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2020年7月 1日 (水)

2020年7月1日(水)の聖教

2020年7月1日(水)の聖教

◆わが友に贈る

 無限に向上する人には
 他者から学ぼうとする
 謙虚な姿勢がある。
 周囲への感謝を忘れず
 探求心を燃やしゆこう!


◆名字の言 人間の精神は「太陽」のように絶えず輝いている――ゲーテ  2020年7月1日

 気象情報会社の予想では、全国で梅雨が明けるのは7月下旬だという。日によって晴れ間があるとはいえ、太陽が恋しい季節。ただ、思えば雲のはるか上空には太陽が常に輝いている▼ゲーテは人間の精神とは“年を重ねても壊れることなく、永遠から永遠へと働き続ける”ものとし、「太陽」に例えた。「われわれの肉眼にだけは沈んで行くように見えるが、実際は決して没することなく、絶えず輝き続けているのだ」(高橋健二訳)▼ある多宝会の婦人は、入会以前から病を患っていた。知り合いの婦人部員から「強く生き抜くための仏法です」と聞き、教学部任用試験に挑戦。合格を機に入会した。だがその後、さらなる病を発症し、医師に余命3カ月半と告げられた▼その時、彼女は思った。“病という「魔」が競い起こった。本当に御書の通りだ”。そして確信した。“ならば、この信心で病魔に負けることなく、宿命転換できるんだ”と。あの日から3年半がたつ。米寿を迎えた彼女は、ますます元気で信心に励んでいる▼悩みという暗雲に覆われると、人は心に輝く“希望の太陽”を見失いそうになる。だが太陽の仏法を持ち、胸中に信心の確信を燃やし続ける限り、人生に闇はない。その信仰勝利の晴れ姿は周囲にも希望の光を届けることになる。(白)


◆寸鉄

「宿縁ふかしと思うて」
御書。さあ師弟の絆胸に。
創立90周年へ希望を拡大
     ◇
人間関係が希薄な今こそ
学会の役割に期待―日本
の識者。激励の声を益々
     ◇
今日から未来部ドリーム
チャレンジ期間。宝の友
を皆で応援。成長の夏を
     ◇
対策は一人一人が習慣化
してこそ効果が―専門家
手洗いなど、当たり前に
     ◇
国民安全の日。心の隙に
魔は付け込む。事故・火災
起こさぬ祈りと意識強く


◆社説 成長の夏、未来部員にエールを  子どもたちこそ社会の希望

 きょうから「未来部ドリームチャレンジ期間」が始まる。8月31日までの期間中、未来部員が「健康第一」「勉学第一」で夢に向かって挑戦を続けられるよう、創価家族で励ましを送っていく。

 この間、「未来部イングリッシュチャレンジ」「少年少女希望絵画展」「きぼう作文コンクール」「読書感想文コンクール」の各種コンクールの募集も行われる。毎年、多くの未来部員がチャレンジ精神を燃やし、創造の翼を大きく広げている。今年は“自分発”“家庭発”の取り組みとして、コンクールに挑む友を温かく見守り、激励していきたい。
 親と子、教師と生徒が「タテの関係」、同じ世代同士が「ヨコの関係」ならば、地域における未来部員と未来部担当者の関わりは、「ナナメの関係」に当たるだろうか。教育改革実践家の藤原和博氏はかつて、本紙のインタビューで次のように語っている。「親ではどうしても、『駄目!』と言わざるを得ないところを、ナナメの関係の人は、『それもいいんじゃない』と認め、勇気づけを中心にできます。その結果、子どもの自尊感情は高まります。タテとナナメの関係の双方が、うまく調和してこそ、子どもは健全に成長していくのです」
 現在、全面再開になった学校も多く、タテやヨコの関係が戻りつつある。その中で「ナナメの関係」は、建物でいえば「筋交い」のように、子どもを強固に支える重要な存在となろう。
 今、各地の未来部担当者は、その先駆を切るように、工夫をして、さまざまな形で未来部員に励ましを送っている。
 九州のある未来部担当者はオンラインで対話を。未来部員同士も画面越しに互いの不安な気持ちを赤裸々に語り、「気持ちが落ち着いた」と喜びを伝えていた。また、北海道からは「苦難を克服した信仰体験を織り交ぜた応援メッセージを手紙にして送った」、神奈川からは「未来部員同士の触発になればと、皆の挑戦をSNSなどで共有するようにしている」といった未来部担当者の声も届いている。
 未来部員への関わりには、子どもたちの心身の健康や家庭の状況に十分に配慮することが第一だが、「新しい生活様式」が呼び掛けられる中にあっても、こうした「ナナメの関わり」が、社会にとって希望の光になることは間違いない。
 「大白蓮華」7月号の「世界を照らす太陽の仏法」で池田先生は、未来部員に「皆さんが立ち上がることで、人類の未来を照らす希望の連帯は、いよいよ地球を大きく包んでいくのです」と期待を寄せている。成長の夏へ、ともどもに知恵を湧かせながら、子どもたちの心に希望と勇気の虹をかけていこう。


【先生のメッセージ】

◆<心に御書を>57 希望を送る確信の声を2020年7月1日

<御文>
 此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩・前後左右に立そひて・此の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人・道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ(妙法曼陀羅供養事、1306ページ)
<通解>
 この良薬(妙法)を持った女性らを、この四人の地涌の大菩薩(上行・無辺行・浄行・安立行)が前後左右に添い立ち、この女性が立たれたならば、この四大菩薩も一緒に立たれるのである。この女性が道を行く時にはこれら四大菩薩も道を行かれるのである。

<池田先生が贈る指針>
 妙法は、生命の究極の大良薬である。妙法を行ずる友を、目には見えなくとも、四大菩薩は常に厳然と守護している。
 広布のためにわが地域を歩めば、あまたの菩薩を従える常楽我浄の地涌の行進となるのだ。
 不安や迷いを希望と勇気に転ずる「確信の声」を聡明に快活に広げゆこう!
 友の幸福と社会の安穏のために!


◆連載〈世界広布の大道〉小説「新・人間革命」に学ぶ 第21巻 基礎資料編2020年7月1日

イラスト・間瀬健治

イラスト・間瀬健治

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第21巻の「基礎資料編」。各章のあらすじ等を紹介する。挿絵は内田健一郎。
  
【物語の時期】1975年(昭和50年)1月26日~5月29日

「SGI」の章

 1975年(昭和50年)1月26日、世界51カ国・地域のメンバーの代表158人がグアムに集い、第1回「世界平和会議」が開催された。グアムは第2次世界大戦で日米の攻防戦の舞台となった島である。
 山本伸一は、恩師・戸田城聖の「地球民族主義」の言葉を胸に、会場にあった参加者署名簿の国籍欄に「世界」と記す。
 会議では、国際平和団体「IBL」(国際仏教者連盟)が誕生。そして、創価の精神を根幹とした国際的機構としてSGI(創価学会インタナショナル)が結成され、全参加者の総意で、伸一がSGI会長に就任する。また、生命の尊厳に目覚めた民衆の連帯を築き、恒久平和の創出を誓った「平和宣言」が採択される。
 スピーチに立った伸一は、「全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」と呼びかける。
 会場には、伸一が育んできた各国のリーダーが集っていたが、韓国は、一つにまとまることができずに、代表の姿はなかった。しかし、韓国の同志は、幾多の試練を乗り越え、後に大発展を遂げることになる。
  
「人間外交」の章

 1月28日に帰国した山本伸一は、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元総理をはじめ、国内外の各界のリーダーや識者らと精力的に対話していく。また、執筆活動にも力を注ぎ、一般紙に「私の履歴書」の連載を開始し、訪ソの印象をまとめた『私のソビエト紀行』も発刊する。
 さらに、作家の井上靖や福田赳夫副総理とも会談を重ねる。3月16日には、中国青年代表団を聖教新聞社で歓迎。また、日中国交正常化後、初の正式な中国からの留学生を迎える創価大学の入寮式に駆けつける。
 4月14日、3度目の訪中へ。北京大学などを訪れ、鄧小平副総理と会談。難局を迎えていた日中平和友好条約の締結への見解をあらためて確認する。17日、カンボジアの首都プノンペンが民族統一戦線によって陥落する。翌18日、北京で、カンボジアのシアヌーク殿下と会見。平和への全精魂を注ぐ「人間外交」が展開されていく。19日には、創大1期生との出会いが縁となり交流する、呉
月娥が教壇に立つ武漢大学での図書贈呈式に出席。21日、上海の復旦大学を訪問。誠意と信義の行動をもって、日中友好に尽力することを誓う。
  
「共鳴音」の章

 5月3日、山本伸一は会長就任15周年の式典に出席。「創価功労賞」等の授賞や会場提供者への表彰が行われる。その後、伸一は、男子部、学生部の代表の集いで、人材育成グループ「伸一会」を結成。5日の本部幹部会でも、参加者の隣で、学会歌を合唱し、渾身の激励を続ける。
 13日、仏・英・ソ連の訪問に出発。14日には、フランスのパリ大学ソルボンヌ校の総長と語り合う。15日、パリ会館での集いに臨み、16日、ローマクラブの創立者であるアウレリオ・ペッチェイ博士と会談する。伸一は欧州最高会議や友好祭などに出席する一方、陰で活躍する同志のグループを結成し、現地の中心的メンバーの家を訪問する。
 ロンドンに移動した伸一は、18日、市内で行われた代表者会でイギリスの理事長と再会。19日、トインビー博士に、対談集『21世紀への対話』(日本語版)と創大名誉教授称号の証書を届けるために、王立国際問題研究所を訪ねる。博士は病気療養中のため秘書に託し、再びフランスへ。作家のアンドレ・マルローや、美術史家ルネ・ユイグと会談し、魂の「共鳴音」を響かせる。
  
「宝冠」の章

 5月22日、フランスでの予定を終えた山本伸一は第2次訪ソへ。23日、ソ連対文連で、ポポワ議長らと語り合う。さらに、デミチェフ文化相と会談したあと、ショーロホフ生誕記念レセプションに出席。25日、レーニン臨終の地を訪れ、居合わせた子どもたちに声をかけ、交流する。
 伸一は26日も、連邦会議議長、モスクワ市長、海運相らと会見を続ける。夕方、婦人・女子部の代表とソ連婦人委員会を訪れ、世界初の女性宇宙飛行士である同委員会のテレシコワ議長らと会談を行う。
 27日、モスクワ大学から、伸一に知性の「宝冠」である「名誉博士号」が贈
られる。これが、世界の大学・学術機関からの、最初の名誉学術称号となる。彼は、「東西文化交流の新しい道」と題して記念講演し、“人間の心と心を結ぶ「精神のシルクロード」を”と訴える。
 翌28日、コスイギン首相と再会。中国への警戒を強くする首相に、訪中で周恩来総理、鄧小平副総理と会談したことを伝える。伸一は険悪化する中ソ関係を改善するため、自身が両者の懸け橋になろうと覚悟していたのである。
  
【山本伸一の平和旅】1975年1月~5月の訪問
◆世界平和会議でSGIが発足(1975年1月26日)
グアムで行われた第1回「世界平和会議」。51カ国・地域の代表が集い、SGIが発足した(1975年1月26日)

◆第3次訪中(1975年4月14日~21日)


中国の鄧小平副総理と会談(同年4月16日、北京の人民大会堂で)
北京市内を散策し、子どもと交流する池田先生ご夫妻(同年4月17日)

◆欧州訪問・第2次訪ソ(1975年5月13日~29日)




パリ会館でローマクラブ創立者のアウレリオ・ペッチェイ博士(右から2人目)と会

談(同年5月16日)。後年、対談集『21世紀への警鐘』が編まれた
作家アンドレ・マルロー氏㊧の自宅を訪れ、対話(同年5月19日)。二人の語らい
は後に対談集『人間革命と人間の条件』に結実
美術史家のルネ・ユイグ氏㊥と会談(同年5月20日、パリ会館で)。両者の対談集
『闇は暁を求めて』は1981年に発刊された
モスクワ大学で記念講演をする池田先生。この日、同大学から名誉博士号を受けた(同
年5月27日)


【聖教ニュース】

◆創価大学理工学部の国際共同研究がSATREPSに採択  2020年7月1日
 アフリカの環境・発展に貢献

創価大学の理工学部棟(東京・八王子市)。同学部では、グローバル人材を養成する海外研修やプログラムを実施している

創価大学の理工学部棟(東京・八王子市)。同学部では、グローバル人材を養成する海外研修やプログラムを実施している

 創価大学理工学部が中心となって推進するアフリカのエチオピアとの国際共同研究(代表・佐藤伸二郎教授)がこのほど、「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム」(SATREPS)の今年度の研究課題に採択された。今年度の準備期間を経て、研究期間は2021年度から2025年度までの5年間となる。
 SATREPSとは、科学技術振興機構(JST)と日本医療研究開発機構(AMED)、および国際協力機構(JICA)が共同で実施する研究プロジェクトのこと。日本と開発途上国の国際科学技術協力の強化をはじめ、地球規模課題の解決や科学技術水準の向上、地球の未来を担う人材育成とネットワークの構築を目的としている。具体的な研究成果が、製品化されて市場に普及したり、行政サービスに反映されたりするなど、対象国の社会に役立つ形で還元される点が特徴となっている。
 今年度のプログラムには、国公立大学や国立研究所などから95件の応募があり、10件が採択された。そのうち、創大の研究課題が唯一、科学技術によるSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて、国の外交政策上、重要な研究テーマであるとして、「トップダウン型SATREPS」に採用。今後の研究開発に大きな期待が寄せられている。

エチオピア・タナ湖の水草の有効活用へ

ホテイアオイが過剰に繁茂するエチオピア・タナ湖の様子。人が立っている場所より奥は湖面だが、水が見えない

ホテイアオイが過剰に繁茂するエチオピア・タナ湖の様子。人が立っている場所より奥は湖面だが、水が見えない

 今回、採択された研究課題名は「ナイルの源流エチオピア・タナ湖で過剰繁茂する水草バイオマスの管理手法と有効利用プロセスの確立」。現在、エチオピア最大の湖であるタナ湖には、水草のホテイアオイが湖面を覆うほど過剰に繁茂し、環境破壊や経済問題などを引き起こしている。このホテイアオイから得られるバイオマスの管理・処理手法の確立とともに、栄養価の高いスーパーフードの「スピルリナ」の生産や、農業生産性を向上させる肥料への有効活用を通して、エチオピアの環境問題の解決や経済の活性化、児童の栄養改善への貢献を目指す。
 創価大学では2017年度から、「PLANE3T Project」を展開。途上国における持続可能な循環型社会の構築に向けて、多くの成果を積み上げてきた。今回の採択は、マレーシアで創大が進めてきたSATREPS事業に次いで2件目となる。これまでに私立大学として、一つの学部で2件の研究課題が採択された前例はなく、創大理工学部の国際研究活動に関心が高まっている。
 本事業の実施チームは、創価大学を主幹校として、滋賀県立大学、滋賀県琵琶湖環境科学研究センター、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの国内4機関と、バハルダール大学、インジバラ大学、タナ湖周辺水域保護開発機構のエチオピア3機関で構成。創大からは、各学部の教員や、大学院生らが参加予定である。
 創立者・池田大作先生の「21世紀はアフリカの世紀」との展望から60年――研究代表の佐藤教授は力を込める。「これまでに創価大学が培ってきた研究成果を踏まえつつ、日本とエチオピアの将来のために、さらなる事業の発展と有望な人材育成に全力を注ぎます」


◆創大理工学部教授を代表とする研究グループ 糖鎖科学のポータルサイトを開発 2020年7月1日

 創価大学糖鎖生命システム融合センターの副センター長で、同大学理工学部の木下フローラ聖子教授を代表とする研究グループが、糖鎖に関する研究を推進するための糖鎖科学ポータルサイト「GlyCosmos」を開発した。この研究成果は米科学誌「ネイチャー・メソッズ」7月号に掲載された。
 糖鎖とは、さまざまな種類の糖が鎖状に連なった物質のこと。神経や免疫の働きに関与するなど、生命活動を支える上で重要な役割を果たしている。一方、その構造や生合成の過程は複雑で、一般的に、成分や機能の分析・解明は困難であるといわれている。
 開発されたポータルサイトは、糖鎖に関連する遺伝子やタンパク質、疾患、病原体の情報などを網羅的に統合しており、利用者は必要な情報を、容易に検索・閲覧できるようになっている。昨年4月の正式公開に伴い、日本糖質学会のポータルサイトとして公認され、以降は収録データ数の拡充などを行ってきた。
 今後は、研究者のサポートのため、さらなる解析ツールやソフトウェアの開発などに取り組んでいく。


【特集記事・信仰体験など】


◆〈未来の宝と共に 池田先生の書籍に学ぶ〉沖縄女子未来部長 神谷有希乃さん 2020年7月1日
 テーマ「勤行・唱題するのは何のため?」
〈池田先生の言葉〉
 祈ることは、あくまで、あなたの「権利」です。祈りたいと思う分だけ、無理なく実践すればいいんです。「これだけ唱題しないと、だめ」なんて狭い考えは、仏法にはありません。特に、皆さんは、今は学業が本分だから、伸び伸びと考えてください。「一遍の題目」にも計り知れない力があります。
 朝、時間のない時などは、心を込めて題目三唱をすれば、必ず通じます。その上で、時間を見つけて、勇んで題目を唱えた福運は、“宇宙銀行”に積まれています。いざという時、限りない力となります。(『未来対話』130ページ)

信心の大切さを実感した出来事
 私は少女部時代から、家族で一緒に勤行・唱題に挑戦し、座談会にも参加していました。未来部コーナーを姉妹で担当。人前に立つのは緊張しましたが、温かく支えてくれる創価家族の励ましもあり、楽しく取り組めました。
 また、本部幹部会の中継行事にも欠かさず出席。母は、私たちが楽しく参加できるように「池田先生のネクタイは何色だった?」と、クイズを出す工夫などをしてくれました。
 勤行をしたくない日もありました。母は決して強制することはありませんでしたが、「福運が積めるのに、もったいないなー」と私のやる気に火が付くような声掛けを(笑い)。
 さまざまな形で信心を教えてくれた母のおかげで、勤行・唱題や学会活動が好きになったのです。
 信心の大切さを初めて実感したのは高校受験の時。志望校は私にとってレベルが高く、模擬試験の判定は合格ラインギリギリ。不安が募るばかりでした。それでも唱題根本に勉強も面接も対策をやり切って試験に臨むと、不思議と緊張せず力を出せたのです。そして合格を勝ち取りました。
 高校卒業後の進路に悩んでいた時も“自分が何をしたいのか”と真剣に題目を唱え、“まずは本当に自分がやりたいことを見つける”という気持ちを持てるように。周囲が進学や就職を決めていく中でしたが、“全てのことに意味があるから大丈夫”との強い思いで、不安もなく高校を卒業しました。
 その後、アルバイトをしたり、家庭のことを手伝う中で、やりたいことが見つかり、日商簿記やパソコンの資格を取得。20歳の時に“車で通勤ができる”など、私が望んでいた20の条件を満たす、現在の職場に就職できたのです。

祈りは勇気を出す原動力
 今でもさまざまなことに悩みますが、そんな時はすぐに題目を唱えます。祈りは勇気の一歩を踏み出す原動力であり、どんな壁も乗り越えていけるきっかけを与えてくれるからです。
 池田先生は「『信心』という希望の太陽を心に昇らせた人は、どんなに悔しい嵐があろうが、最後は必ず、晴れ晴れとした大満足の勝利の虹をかけることができる」とおっしゃっています。
 未来部の皆さんも、自分の思い通りにいかないことがあるかもしれません。そんな時こそ題目に挑戦してみてください。そうすれば自身の悩みを晴らす、きっかけがつかめます。私も一緒に、成長の日々を送れるように唱題していきます!


◆ 信仰体験 電話一本で物流守る“配車のプロ” パーキンソン病と闘いながら、昨年起業
 運ぶのは物じゃない 人との“つながり” 

 【山形県尾花沢市】“水屋(みずや)”と呼ばれる仕事がある。運送業界で使われる通称で、正式名称は、貨物利用運送事業。昔、水を売り歩く商人が飛脚(ひきゃく)などへの荷物の取り次ぎを行っていたことに由来(ゆらい)するという。電話一本で、トラックと荷物をつなぐ“配車のプロ”である。本間和智(ほんまかずとも)さん(64)=副県長=は、1日で100本以上もの電話をさばく。

 本間さんの元には、「トラックを探す荷主」と「荷物を探す運送会社」の両方から連絡が入る。トラックの種類や大きさ、どのルートを走るか。さまざまな条件を合わせ、マッチングさせる。   
 「きょうの便、10トンウイング、秋田から京都・大阪まで」
 慌ただしく依頼の電話が入る。本間さんはメモを取りながら、頭をフル回転させる。注文に合った路線を通るトラックをどう確保するか。「あの人なら」と当たりを付け、トラックを手配していく。成約すれば、手数料が本間さんの収入になる。   
 必要な情報を入力すれば、全国の業者と契約できるシステムもあるが、本間さんに依頼が集まるのは、やはり広い人脈と信頼の証し。地道な営業努力と、季節の変化を予測して先手で荷物を探す“読み”も冴(さ)える。そこに“差”が生まれる。
 トラックは荷物を積んで目的地に着いた時、そこで新たな荷物を積み込み、次の目的地を目指すのが理想だ。“空荷”で走行することは、経費分の損失になり、できる限り避けたい。そこで必要とされるのが水屋業だ。
 迅速な対応とともに、本間さんが大切にするのは「絶対に断らない」こと。いくら面倒でも活路を探し出す。
 ある時、初めての取引相手に泣きつかれたことがあった。荷物は少量で、東京から島根県の山奥まで運んでほしいと言う。ネットで求荷求車サービスを利用しても便が見つからない。
 断るのもやむを得ない案件だったが、本間さんは“そうはいかない”と諦めなかった。近くの都市まで運び、そこから先へ届けてくれる業者はいないか。業者リストに片っ端から電話をかけた。ようやく見つかった時、荷主の安堵(あんど)した声が電話口から聞こえた。
 後日、荷主はわざわざ山形まで会いに来てくれた。「顔を見て、お礼が言いたかった」と。
 “誰もやらないところまでやる”。本間さんの真骨頂(しんこっちょう)である。

 高校を卒業後、運送会社に就職。大型免許を取得すると、電飾と絵で彩ったトラックで全国を駆け巡った。
 信心強盛な父のもと、学会に入会したが、本間さんは多忙で活動に積極的ではなかった。意識が変わったのは、結婚を機に入会した妻・美代子さん(60)=県婦人部長=を通じてだった。
「勤行の仕方すら教えてもらってなかった」美代子さんだったが、夫婦で実家を離れて暮らした時期があり、そこで会合に参加するようになった。
 ある日、婦人部の先輩に誘われ、初めて家庭訪問へ。ところが玄関先で怒鳴(どな)られた。学会と疎遠(そえん)になっていた人だった。
 帰り道、先輩は笑みをたたえて美代子さんに言った。「おかげで、題目をあげさせてもらえる。また行くべな」   
 それから毎日のように、2人で通った。次第に「また来たの」と言う声が柔(やわ)らかくなり、応対も穏(おだ)やかに。
 40日目。「待ってたのよ」と家に招き入れられた時は、美代子さんに感動が込み上げた。
 「人の気持ちって、変わるんだね」。喜々として語る妻の変化を、本間さんは毎日見ていた。「学会の世界は、温かいな」。やがて夫婦は歩幅を合わせて、信心一筋に進むように。笑い声が絶えない家庭を築いていった。
 本間さんはその後、トラックを降りて、運行管理をつかさどる“配車マン”として活躍する。

 2014年(平成26年)、夫婦で圏長、圏婦人部長を務めていた時だった。本間さんに異変が。
流暢(りゅうちょう)に話しているはずが、舌(した)がもつれて言葉に詰まる。震(ふる)える手を止められなくなり、病院へ。パーキンソン病と診断され、「進行を遅らせる、合う薬を探すしかない」と告げられた。   
 ゆっくりと小刻みに歩くようになり、筋肉がこわばった。社交的でカラオケ好きなのに、人前に出ることを避(さ)けるように。「うちに春は来るのかな……」と悲嘆(ひたん)を妻にこぼしたこともあった。
 伝票へ記入する。数年前はパーキンソン病が進行し、書くこともできなかった
 しかし御本尊に向かうことだけは忘れなかった。題目を唱えるほどに、ありのままの姿で信仰者の強さを示したいとの覚悟(かくご)が定(さだ)まっていく。   
 池田先生の指導を胸に刻(きざ)んだ。「病苦が深ければ深いほど、それを克服(こくふく)すれば、仏法の偉大なる功力を証明することができ、広宣流布の大きな力となるではないですか」
 やがて、ぴたりと合う薬の量が見つかる。症状の進行が止まった。   
 19年春、本間さんは退職する。できる仕事を模索し、漬物屋への転職が決まりかけた時、運送会社の社長から水屋業を提案された。  
「自分でやったらいいべ。あんたほどの人脈と信用があれば、ぴったりだ」。病と闘う姿をずっと見守ってきた人だった。
昨年5月、社長が事務所の一角に机と電話、パソコンまで用意してくれ、起業した。経理や事務も請け負ってくれるという。想像すらしていなかったが、一台のトラックも持たず、電話一本で勝負ができる。天職だった。
 普段は静かな声が、仕事の電話だとハキハキと弾んだ。「良い“職業病”ってあるんだ」と美代子さんと笑った。
 朝から夕方までひっきりなしに電話に追われることがリハビリになったのか、医師も驚くほどの回復を見せる。
梅雨の晴れ間に、妻の美代子さん㊧と散歩。今春、孫の冴虎さんが創価大学に合格し、喜びをかみ締めた
  
 今年3月、緊急の依頼があった。「できるだけ早く、食器トレーを運んでほしい」。新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの飲食店は、テークアウトへ切り替えた。持ち帰り用容器の需要から生まれた仕事だった。  
  運送業は変化の連続。これから夏にかけて、地元産のスイカが最盛期を迎え、青果が大きく動く。
「運ぶのは物じゃない。人とのつながりなんだ」。コロナ禍で再確認した思いを胸に、きょうも受話器を握る。

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