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2020年6月30日 (火)

2020年6月30日(火)の聖教

2020年6月30日(火)の聖教

◆わが友に贈る

 「話すと元気になる」
 「あの人がいるから
 心強い」と慕われる
 安心と信頼の存在に!
 励ましの光を幾重にも!


◆名字の言 クラシック音楽は「変わらないから面白い」 2020年6月30日

 作曲家・ピアニストの山中惇史さんが、本紙の文化欄で語っていた。クラシック音楽は、楽譜に沿った忠実な演奏が求められる。その奏法は何百年も変わらない。「変わらないから面白いのです」と▼クラシックの名曲には、偉大な音楽家たちの“魂”が息づいている。魂の力は、時を経ても衰えない。そこに迫ろうとする限り、楽器や演奏者が変わっても人々を魅了し続けるだろう▼変化変化の社会。近年は、インターネット等が普及し、新しい情報、新しい製品が容易に手に入るようになった。が、どんな新情報や新製品もすぐに古くなる。しかも、そのサイクルはますます短くなるようだ。心したいのは、いかに技術が進歩しても、人間の本質に関わる「生老病死」という根本的な苦悩はなくならないということだ▼仏法は「生老病死」という四苦を「常楽我浄」の四徳に転じる哲理と実践を説く。すなわち、「生」を喜びと充実で満たし、「老」や「病」さえ大きな境涯を開く糧にし、「死」を永遠の幸福への晴れやかな出発にしていく。この仏法の叡智は、古くなることがない▼混迷を深める時代に、「生きた哲学」を共に学び、共に実践し、支え励まし合いながら希望を広げる創価の世界。この陣列の尊さを、改めて思う。(実)


◆寸鉄

「一切の法は皆是れ仏法」
御書。智慧の太陽が輝く
信心即生活の賢者たれ!
     ◇
学生部結成記念日。俊英
の使命は先駆!学び語り
新時代の扉を堂々と開け
     ◇
牧口先生は70歳でも「わ
れわれ青年は」が口癖と。
生涯青春の多宝会、尊し
     ◇
あすからレジ袋有料化。
地球守る鍵は一人一人の
意識変革と具体的行動に
     ◇
7月は「熱中症予防強化
月間」。絶対に油断せず。
健康こそ人生勝利の基盤


【先生のメッセージ】

◆〈忘れ得ぬ旅 太陽の心で――池田先生の連載エッセーから〉フィレンツェ 2020年6月30日

フィレンツェ最古の橋「ヴェッキオ橋」。14世紀に再建された(1992年6月、池田先生撮影)

フィレンツェ最古の橋「ヴェッキオ橋」。14世紀に再建された(1992年6月、池田先生撮影)

 月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「フィレンツェ――人間を見つめる花の都」を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。イタリアのフィレンツェは、絢爛たる「人間復興」の文化が花開いたルネサンスの中心地。新しい生活様式が求められる今、この街に薫るルネサンスの精神に学び、人間の絆を強く結びながら、一人一人が絶えず再生し偉大な価値を創造しゆく「負けない生命」の力を湧き立たせていきたい。
  
 世界まで
  つつむ 旭日の
    イタリアは
   ルネッサンスの
      満開 香りぬ
  
 わが街は「花の都」なり――。
 同じ暮らすのであれば、人それぞれに、自らが生きる地域を「花の都」と誇りにして、「花の人生」を飾っていきたいものです。
 たとえ、少々地味な街並みで、一見平凡な生活であったとしても、誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていけるはずです。その香り高い手本が、文字通り「花の都」という名を持ったイタリアのフィレンツェです。
  
 ルネサンスの哲学者ピコ・デラ・ミランドラが、共感を込めて記した一節に、こうあります。
 「世界というこの舞台において、最も感嘆すべきものと見られるものは何か」「人間ほど素晴しいと見られるものはない」
 私たち人間自身のなかにこそ、何よりも素晴らしい宝があります。その宝を発見し、磨いていくならば、人間は一人一人が、わが生命の花を、もっともっと自分らしく色とりどりに咲き薫らせていくことができます――。
 フィレンツェは、そう語りかけ、人生のルネサンス(再生)を促してくれる、人間の花すなわち「人華」の都でもあるのです。

人間の絆を強く
 〈池田先生は、フィレンツェを初訪問した折に青年たちと語り合った思い出を述懐し、人間の絆にこそ、創造の花を育む力があると訴える。また、忘れ得ぬイタリアの一婦人の姿を紹介。病に負けず医師として使命を果たし、青年を励ましてきた不屈の歩みをつづった〉
  
 「いかなる距離も我らの友情を引き離すことはなく、いかなる忘却の力も我らの記憶を消し去ることはない」
 これは、フィレンツェの指導者で、ルネサンスの思想家であったブルーニの言葉です。
 街自体が「屋根のない美術館」とも称されるフィレンツェを、私が初めて訪れたのは、一九八一年の五月のことです。
 時に友人宅におじゃまし、時に陽光降り注ぐ芝生の上に座って、時にアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、時にミケランジェロ広場からフィレンツェの街を一望しながら、私は、とりわけ青年たちと徹して語り合いました。当時のイタリアでは、麻薬が蔓延するなど、青少年を取り巻く状況は厳しいものがありました。そうした風潮のなかで奮闘する健気な青年たちを、何とか励まし、力づけたかったのです。
 ――現実から逃避してはならない。希望の哲学を持って正面を向こう! 親に心配をかけぬよう、青年らしく、大いに学び、大いに働こう! 友と仲良く信頼し合って、共に前進するのだ、と。
 「秀でた人物が出現するとき、多くの場合たった一人だけでない」と語ったのは、ルネサンスの画家・建築家のヴァザーリです。
 どんなに才能に恵まれた人でも、一人で孤立していては、成長を続けられません。
 レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、きら星の如く優れた芸術家を生み出したルネサンスに、師弟の薫陶があり、先輩・後輩の継承があり、友と友との切磋琢磨があったことは、よく知られるところです。
 人間の絆にこそ、創造の花を育て、開花させゆく光線があり、水分があり、滋養があるのではないでしょうか。

イタリア広布20周年を祝う友好文化総会の会場で、池田先生が未来っ子の小さな手を握り、励ましを送る(81年5月、フィレンツェ郊外で)

 妻が近しいイタリアの婦人も、常に友や青年の話に耳を傾けて、励ましを贈り、多くの人材を育ててこられました。忘れ得ぬ方です。
 彼女は十五歳の時に、突然、ポリオ(小児まひ)を患い、両足が不自由になりました。しかし断じて負けませんでした。悲嘆に打ちひしがれるより、学びに学び抜いて医師になったのです。自分が病気に苦しんできたからこそ、病気に苦しむ人を助けようという心からです。
 慈愛の医師としての使命を果たして退職したあとに、仏法の生命哲学と出あいました。そして、かつて残酷な戦火に覆われたヨーロッパに、生命尊厳の哲学を伝え、人々の連帯を広げて、平和に貢献していくことを、人生の総仕上げとしていきます。
 お子さんのいない彼女は、杖で体を支えながら歩きに歩いて、縁する青年を、息子のように、娘のように、激励してきたのです。
 さらに日本語にも精通していた彼女の名翻訳が東洋の英知を紹介し、大きく道を開いて、今、イタリアでは幾万もの青年が続いて、生命ルネサンスの道を学んでいます。
 この婦人が聡明な笑顔で語られていた言葉が、思い起こされます。
 「どんな困難な状況があろうとも、一人一人とじっくり心の対話を重ねていけば、前進は可能です」
 「異なる個性を持つ人がしっかりとスクラムを組んでいくことが大切です。それなくして世界平和の実現はありません」

負けない生命
 〈先生は、歴史に名を刻んだ芸術家のごとく、今いる場所でベストを尽くし、偉大な価値を創造しゆく中に、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝くとエールを送る〉
 世界的なロベルト・ロンギ美術史研究財団のミーナ・グレゴリー会長は、若き美の探究者たちを育成されてきた芸術の母です。会長は私に語られました。「『芸術』は、生活を潤し、人生を豊かにする不可欠の宝です」と。
 そして、「モノ」や「計算」や「利害」が中心となった殺伐たる時代を打ち破るために、芸術がもっと多くの人生に深く入っていくべきだと言われるのです。

アルノ川のほとりに広がる美しいフィレンツェの町並み(94年5月、池田先生撮影)

 フィレンツェのシンボルの一つであるヴェッキオ宮殿は、天井や壁、柱まで絵画や彫刻が配される美の殿堂であり、しかも中世から政治の中枢となってきました。
 現在も市庁舎として使われています。
 その広間の一角にさりげなく飾られているのが、大芸術家ミケランジェロの「勝利」の像です。
 数々の迫害と苦難に勝って、不滅の名作を創り上げてきた彼は、毅然と断言しました。
 「わたしは自分の今あるもろもろの条件の下で最善をつくすだけだ」
 今いる場所で、いかなる苦難もはね返して偉大な価値の創造をしていく「負けない生命」こそ、最高の人間芸術でしょう。それは、フィレンツェの紋章の百合の花の如く、何にも汚されない清らかな花です。
 この「花の心」から、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝いていくのではないでしょうか。
  
 花の人
  花の心の
    花の旅
  
 (『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第2巻所収)
  
 ※ピコ・デラ・ミランドラの一節は『ルネサンスの人間論――原典翻訳集』佐藤三夫訳編(有信堂高文社)、ブルーニの言葉は『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』池上俊一監修・髙田康成訳(名古屋大学出版会)、ヴァザーリは『ルネサンス画人伝《新装版》』小谷年司訳(白水社)、ミケランジェロは『ミケランジェロの手紙』杉浦明平訳(岩波書店)。


【教学】

◆〈教学随想 日蓮仏法の視座〉 学生部教学室長 三國秀夫
世界を結ぶ地涌の絆
激動の時代――“先駆”の実践で社会を照らす

 パソコンやスマートフォンの画面上に、就職活動の悩みを打ち明けるメンバーや、友への激励に奮闘するメンバーの顔が映し出される。身ぶり手ぶりを交えて近況を語る、友の明るい表情に、こちらも元気をもらう。
 オンライン上で喜びを分かち合い、励まし合う――今、全国各地の学生部で見られる光景だ。
 コロナ禍により、社会の“当たり前”も大きく変わった。感染拡大防止のための「新しい生活様式」に移行しつつある中、これまでの“常識”が問い直され、社会のさまざまな分野で思いもよらない変化が次々と起きていることを、日々、感じている。

知勇兼備の闘将の集い
 きょう6月30日は「学生部結成記念日」。1957年(昭和32年)のこの日、男女学生の代表約500人が集い、結成大会が開催された。
 その直前には、北海道・夕張で炭鉱労働組合が学会員を不当に弾圧した「夕張炭労事件」が起こった。直後の7月3日には、池田先生が不当逮捕される。「大阪事件」である。
 学生部は、権力の魔性との熾烈な闘争の渦中で産声を上げたのである。
 かつて先生は、「学生部こそ、無名の民衆を守り抜くことを使命として誕生した、知勇兼備の闘将の集いである」とつづられた。
 学生部の使命――それは、いかなる激動の時代にあろうとも、常に広宣流布に先駆し、英知の光で社会を照らしゆくことにほかならない。
 この誇りを胸に、私たち学生部は、社会が揺れ動く中でも、常に前を向く。
 ウイルスの感染が広がり、緊急事態宣言が発令された4月は、ちょうど入学・進級のシーズンだった。学生部でも、例年であれば新入生など、新たな友とつながる時期だったが、直接会えない、集まれない、という状況が続いていた。
 しかし、各地のメンバーは知恵を湧かせ、工夫を凝らしながら、電話やSNSなどを活用して“つながる”挑戦を重ねてきた。
 こうした状況の中で、私自身、あらためて気付かされたのは、「同志との“心の絆”は、試練の時ほど強靱さを増す」という紛れもない事実だ。

 “心の絆”で思い起こすのは、日蓮大聖人が身延の地から、遠く離れた佐渡の門下・千日尼に送られたお手紙である。
 「譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ」(御書1316ページ)
 千日尼は、身延にいる大聖人に御供養を届けるため、夫の阿仏房を送り出し、佐渡の地で留守を預かっていた。
 その千日尼に対して、大聖人は、天空の月が瞬時に池に影を浮かべるように、また、古代中国の「雷門の鼓」の音が遠い距離を越えて直ちに伝わったとされるように、千日尼の身は佐渡にあっても、その心は、私(大聖人)のいる身延にまで届いていると励まされた。
 物理的な距離は離れていても、心は瞬時につながっている――この慈愛の励ましに、千日尼は深く勇気づけられたに違いない。
 心の絆に、距離や時間は関係ない。相手を思う心は“いつか”ではなく、“今この瞬間”に必ず伝わるのだ。
 さらに大聖人は、「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(同ページ)――私たちは、けがれた国土におりますが、心は霊山浄土に住んでいるのです。お会いしたからといって、どうなりましょう。心こそ大切なのです――と仰せである。
 仏法の眼から見れば、私たちの絆は、“会う・会わない”の次元を超え、生命の次元で深い宿縁によって結ばれた、久遠からの“地涌の絆”なのである。
 また、「御義口伝」には、「霊山一会儼然未散」(霊山一会儼然として未だ散らず=同757ページ)との一節がある。
 これは、法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意味である。「会座」とは、仏の説法を聞くために仏弟子達が集まった場所・儀式のことだ。
 このことについて池田先生は、「広く言えば、日蓮大聖人の門下として、異体同心で広宣流布に向かって進んでいる創価学会の姿そのものが、『霊山一会儼然未散』と言えます」と述べられた。
 深い縁で結ばれた創価の同志の心は、どんなに離れていても、いずこの地にいたとしても、一つである。目には見えなくても、心の絆は厳然としてあるのだ。
 私たちは今、“何としてもあのメンバーを励まそう”“あの友人に希望を送りたい”と、オンラインを活用して、一人また一人と心を通わせ、絆を結び広げている。ウイルスとの闘いで物理的な距離は離れようと、心の距離は絶対に離れない――この思いが脈打つ創価の絆の真価は、あらゆる分野で“分断”が広がる混迷の世界にあって、今後ますます光っていくだろう。
 思えば、自然災害や疫病などが打ち続いた鎌倉時代、苦悩にあえぐ民衆に蘇生の励ましを送られたのが、大聖人である。たとえ直接会えずとも、手紙をしたため、会われたのと同じように心を込めて、多くの門下を激励された。
 手紙を受け取った門下もまた、文字を通して大聖人のお心を感じ、師の心をわが心として、苦難に立ち向かっていった。
 善なる人と人とによって織り成される心の絆は、未曽有の災禍に遭っても変わらない。いやむしろ、世界中、同じ状況にある今こそ、さらに強く輝く希望となるに違いない。

「誓い」の共有
 ではなぜ、これほど強固な心の絆が、日本中、世界中で強く結ばれてきたのだろうか。
 私自身、信心に目覚めたのは、学生部の先輩の励ましがあったからだ。
 大学に進学すると、学生部の先輩が私のもとへ頻繁に訪れるようになり、私もやがて、学生部の集まりに参加した。
 そこで、池田先生の偉大さを語り合う同志の生き生きとした姿に触発を受け、「自分も、学生部の仲間たちと一緒に、広宣流布のために戦おう!」と決意したことを覚えている。
 特別なことは何もない。
 ただ、「師と共に広布に生き抜く」との誓いに燃え立つ一人から一人へ、いわば「誓い」が共有されていく中で、私たちの絆は結ばれてきたのだ。
 この方程式は、世界のどの地でも、また、いかなる時代になろうと、変わらないことだろう。
 妙法が、地涌の使命を自覚した一人から、「二人・三人・百人」(御書1360ページ)と唱え伝えられ、未来にまで続いていく――これが「地涌の義」であると大聖人が示された通りである。

学生部の使命とは
 今、学生は大きな不安と向き合う。授業や就職活動などの先行きは見通せず、すぐ近くで励まし合える仲間にも会えない。しかしそれでも、自宅の机で、パソコンの画面に向かって、自身の未来を開こうと、学業に励む。
 日本だけでなく、世界の学生もまた、同じだろう。
 状況は異なるが、2011年(平成23年)を思い出す。東日本大震災が日本を襲った、あの日だ。
 当時、創価高校の3年生で卒業を控えていた私は、震災を報じるテレビを前に、「これから先、どうなるのか」と大きな不安に襲われた。
 その5日後の3月16日。池田先生が、創価学園の卒業式に寄せられたメッセージは、今も私の心に刻まれている。
 「これから、どこにいようとも、私の心は常に、皆さんと一緒です。いつも成長を見守っています」
 その後も、困難に直面するたび、先生の励ましを思い起こし、自らを鼓舞して、挑み抜いてくることができた。
 1962年(昭和37年)、学生部への本格的な薫陶のため、先生は「大白蓮華」4月号の巻頭言で「学生部に与う」をつづり、呼び掛けられた。
 「青年のなかにあって、とくに学生部は、その先駆をきるべき責任と自覚をもつべきである」
 この“先駆”の誇りを胸に、私たち学生部は、広布を誓う絆を結びながら、希望の哲学を社会へ大きく広げゆく実践に、ともどもに挑んでいきたい。


【聖教ニュース】

◆きょう「学生部結成記念日」 希望の哲学で新たな歴史を開け  2020年6月30日


 きょう6月30日は「学生部結成記念日」である。1957年のこの日、第2代会長・戸田城聖先生のもとに男女学生の代表約500人が集って、学生部は結成。池田大作先生が祝電を送った。男女学生部の友は、今月を「希望の哲学を胸に! 先駆励まし月間」として、御書の研さんと希望の拡大に走ってきた。また結成記念日に寄せて、各国学生部のリーダーからメッセージが届けられた。

男子学生部の「6・30」記念の“全国オンライン総会”で、司会の呼び掛けに応える北海道の友。岐阜の大野優人さん、千葉の本間義弘さんが活動報告した

男子学生部の「6・30」記念の“全国オンライン総会”で、司会の呼び掛けに応える北海道の友。岐阜の大野優人さん、千葉の本間義弘さんが活動報告した

男子学生部は全国オンライン総会を開催
 新型コロナウイルスの世界的流行は、学生たちの生活に大きな影響をもたらしている。
 大学等の授業の多くはオンラインとなり、友人と直接会う機会は激減。不況による経済的困難に直面する学生も多く、就職活動でも不安な状況が続く。

 だからこそ、互いの「心の距離」を近づけ、「希望」を広げていこう!――男女学生部はインターネットを駆使して、多彩な取り組みを進めてきた。そうした中、共に唱題や仏法対話、研さんに励む友は例年よりも増加している。
 男子学生部は、ライブ講義「学生部スタディーチャンネル」を3月末から、ほぼ毎週配信。学生部のリーダーが、基礎教学や御書の講義を行ってきた。6月は「佐渡御書」を学び、「困難に負けずに頑張ります!」などの声が多数寄せられた。
 また、全国で8万人を超える友人に励ましの対話を広げてきた。28日には全学生部員を対象とした“オンライン総会”を動画配信で実施。さらなる成長を皆で誓い合った。

京都の女子学生部の集い(28日)に、上野関西女子学生部長が参加。有志が学生部結成の歴史をスライドで紹介し、柳井彩喜さんが決意を語った

京都の女子学生部の集い(28日)に、上野関西女子学生部長が参加。有志が学生部結成の歴史をス
ライドで紹介し、柳井彩喜さんが決意を語った

女子学生部は各地でオンラインの集い
 女子学生部は「開目抄」をはじめ「池田華陽会御書30編」の研さんに取り組んできた。

 同世代の友と勉強や信心について気軽に語り合える会合をオンラインで開く地域も。会合では、新入生から先輩への質問コーナーや広布史を学ぶクイズ、御書講義、信仰体験などを通し、福智のスクラムを拡大。「この集いが、自分が頑張れる原動力です!」など喜びの声が聞かれる。
 池田先生は、学生部の友に万感の期待を寄せている。
 「新たな地球文明の創造へ、創価の世界宗教の真価を、いよいよ発揮する本舞台が、わが不二の学生部を待っているのだ」
 さあ、共に希望の歴史の建設を!――師弟の誓いを胸に、若き友は前進を続ける。

活躍する友の話題を紹介
 富山の山谷祐貴さん(大学3年)は医学部で学ぶとともに、5月からは大学生への生活支援として、総菜を届けるボランティア活動に参加している。
 組織ではグループ長として「皆の成長の原動力になれば」と、オンラインの集いを毎週開催。自ら御書講義などを行う。
 集いには大学の友人も毎週のように参加しており、「ここに来ると、1週間頑張ろうと思えるんです」と感想を。その姿を見て、他の部員が自身の友人を集いに招くなど、決意の波が広がる。
 山谷さんは「周囲を安心させられる力と人格をもった医師となり、地域医療の発展に貢献したい」と誓う。
 神奈川の岩﨑優里花さん(大学6年)は、明年の歯科医師国家試験の合格を目指し全力を尽くす。昨年は勉強や人間関係の問題で悩んだこともあったが、同志と御書を学ぶ中で、自分を信じて進むことができた。
 その確信のままに、今月、新入生とオンライン御書学習会を開き、「諸法実相抄」を共に研さん。また、仏法対話にも挑戦し、先日は友人に『ワールド セイキョウ』を渡すことができた。
 岩﨑さんは力強く語る。「今まで支えてくれた家族、同志、そして池田先生への感謝を忘れず、勝利の実証を示してまいります」

各国のリーダーからメッセージ
フィリピン アンダヤ学生部長
 フィリピンの大学生は、通信環境が十分でない場合もある中、オンライン授業と、個人のレベルに合わせた課題に取り組むなどして学業に励んでいます。
 こうした状況下で、学生部は、各人がどのように自身の困難を乗り越えているかを共有する「Breakthrough(突破口を開こう)」運動を開始。早速、唱題根本に奨学生として大学入学を果たした体験や、御書の一節を胸に、自己への挑戦を重ねる様子が報告されています。
 今こそ信心への確信を胸に、物理的に離れていようとも、SNS等を駆使して部員へ、友人へ、励ましの輪を大きく広げる時と実感します。
 「逆境に打ち勝つ」との哲学に満ちた池田先生の指導などを、オンラインの学習会を通して深めながら、強固な心の団結を築き、民衆を守る学生部の使命を果たしていきます!

イタリア ヴァレンテ女子学生部長
 イタリア学生部はコロナ禍でも、友人を招いての集いをオンラインで継続。小説『新・人間革命』で学生部に触れられている箇所や「開目抄」「観心本尊抄」の研さんなどを通し、池田先生との絆を強め、学生部の使命を確認し合っています。
 さらに、人権の闘士・エスキベル博士と池田先生の共同声明をもとに、持続可能な社会への展望と提案をまとめた「イタリア学生部宣言」の実現へ、実践を続けています。
 きょう30日には、オンライン会議を開催します。学生部の代表が先生の平和提言や創価の社会活動などを紹介し、大学教授らがSDGs(持続可能な開発目標)について多様なテーマで講演する予定です。
 学生部員の成長こそ社会の希望と確信し、民衆のために学び行動できる一人一人に成長していく決意です。

◆音楽隊に世界記録のギネス認定証   2020年6月30日

国立競技場の完成イベントで“ボルト・ポーズ”

 音楽隊の創価ルネサンスバンガード・ジュニア(立澤孝亮楽団長)に、「ギネス認定証」が贈られた。
 東京・国立競技場の完成を祝賀する地域イベントの一環で行われた「ギネス世界記録」チャレンジ(昨年12月21日、明治神宮外苑)で、男子陸上の世界記録保持者ウサイン・ボルト氏がレース後などに披露する「ライトニング・ボルト・ポーズ」を同時に行った最多人数の記録を認定したもの。
 創価ルネサンスバンガード・ジュニアは、総本部近隣の商店会などの呼び掛けで参加。ボルト氏もゲストとして招かれ、団体や地域住民を含めた2682人がポーズを決め、世界記録を樹立した。
 同イベントで、創価ルネサンスバンガード・ジュニアは演奏も披露。同日の国立競技場オープニングイベントでも、音楽隊の創価ルネサンスバンガードと鼓笛隊がパレードを先導した。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈「新・人間革命」と私」〉北海道男子部長 平井祐嗣さん  2020年6月30日

〈心に刻む珠玉の言葉〉
 師弟の絆の強さは、物理的な距離によって決まるのではない。己心に師が常住していてこそ、最強の絆で結ばれた弟子であり、そこに師弟不二の大道があるのだ。<第27巻「求道」の章>

〈時代背景〉
 1978年(昭和53年)6月11日、北海道を訪れていた山本伸一は、厚田での北海道青年部の第6回総会に出席した。13日には、別海の北海道研修道場を初訪問し、役員の友を激励。14日、標津町にも足を運び、個人指導に力を注ぐ。16日には、上春別で雑貨店とドライブインを営む壮年と、77歳の求道心旺盛な母親をたたえ、真心の句を贈る。

師の激闘を書き写した日々
 本章では、1978年(昭和53年)6月の山本伸一の北海道指導の様子が描かれています。
 伸一は“草の根を分けるように同志を探し、たたえよう”との思いで道内を駆け巡り、16日間で約5000人の友と一緒に記念撮影し、延べ2万人を超える会員と会い、激励しました。
 冒頭の引用は、これまで伸一と一度も会ったことがなかった上春別の谷沢千秋・徳敬親子と出会いを刻んだ場面を通し、池田先生がつづられた言葉です。千秋はこの日まで、“師の心をもっと知りたい”と真剣に祈り、“今日も弟子らしく戦い抜きました”と、心の師に胸を張って報告できる自分であろうと純真に信心に励んでいました。
 この信心の姿勢は師弟不二の模範であると思います。この部分を読み、学生時代、初めて師匠の心を知ろうとした時のことを思い出しました。
 きっかけは、創価大学1年の時、“池田先生にお応えしよう”と奮闘する先輩や学友の姿に触発を受けたことです。そこで私は、“先生のことを学びたい”と、当時、聖教新聞に連載されていた小説『新・人間革命』を毎日、ノートに書き写すことにしたのです。
 そこで、心から感じました。先生があらゆる場所で絶え間なく、人を励ましていること。激務の中で『新・人間革命』を執筆されていることを。そして、書き写した一字一句から伝わる先生の闘争に、畏敬の念を抱きました。師匠の心を求めたこの日々は、“先生にお応えしゆく生涯を”と誓った原点となりました。
 後に、山本伸一の北海道での激闘がつづられた「厚田」の章、そして「求道」の章が聖教新聞に連載されました。この二つの章もノートに書き写し、伸一の激励行を心に刻みました。このノートは、今でもかばんに入れ、メンバーへの激励の際に使用しています。
 
 「求道」の章に「求道心を失った時、信心の向上は止まり、慢心に侵され始める」とあります。厳しい社会状況の中ですが、北海道男子部は求道の炎を絶やさず、「三代城」の弟子の底力を示していきます。


◆「学生部結成記念日」特集  信仰体験 一家和楽は僕の手で!

諦めない強さを胸に広布に走る
 きょう30日は「学生部結成記念日」。学会家族の温かさに触れ、励ましの尊さを実感しながら、英知と福智のスクラムを広げる学生部の友。ここでは、それぞれの使命の舞台で、「諦めない強さ」と「一歩踏み出す勇気」を胸に成長するメンバーの活躍を紹介します。

 【群馬県高崎市】大学進学を目前に控えた2017年(平成29年)3月。地元の兵庫を離れて、群馬で1人暮らしを始める矢先のことだった。
 「学会に入会してみない?」。近所の創価学会員の婦人に切り出され、塚本大介さん(21)=学生部部長=は「今は別にいいです」と断った。婦人は「今こそ信心する時だと思うの。また来るね」と言って帰っていった。
 ――父・克巳さん(55)=壮年部員=が、家族で唯一の学会員だった。小学生の頃、何度か座談会に参加したことはあったが、中学生になると、それもなくなった。
 “とっさに断ったけど……”。真剣に語る婦人の顔が忘れられない。
 婦人は、塚本さん家族をいつも気に掛けてくれた。道で会えば「大ちゃーん。最近元気にしてる?」と、いつも大きな声で話し掛けてくれる“優しい近所のおばちゃん”だった。一言二言、交わすだけの短いやりとりでも、向けられる笑顔がうれしかった。思えば、座談会で会う人たちは、みんな心からの笑顔で歓迎してくれた。
 “信仰のことは分からない。でも、あの笑顔が創価学会の世界なんだ”
 1週間後、今度は「やります」と即答した。
 親元を初めて離れての新生活。すぐに地域の学生部の先輩や、地区部長、地区婦人部長夫妻が訪ねて来てくれた。おかげで不安は消えていった。
 大学2年になると、学生部の人材グループ「誓城会」の一員に。東京の総本部に通い、同世代のメンバーと信心を学び合う時間は新鮮で、充実していた。
 任務に就いていると、そろって学会本部を訪れる家族をよく見掛けた。そのたびに“僕も家族みんなで信心してみたい”という気持ちが募っていく。
 先輩に相談すると、「挑戦してみようよ。みんなで祈るよ!」と背中を押してくれた。“一人じゃない”と思うと勇気が湧いた。
 果たして家族への折伏は簡単ではなかった。決意して帰省するも、話すタイミングを何度も逃した。意を決して弟を呼び出したのに、沈黙ばかりが二人の間で流れていったことも。
 それでも弟の気持ちは、塚本さんの成長した姿や近所の学会員の真心に触れる中で、確実に変わっていった。2018年に弟・涼さん(20)=男子部員=が入会した。
 母や妹は、「自分で決めたことなら」と認めてくれた。だが、「私たちはいいよ」と笑ってくぎを刺されると、それ以上は踏み込めなかった。
 それから2年――。今年の初めに学生部で「二月闘争」の歴史を学んだ。戸田先生の誕生月を、勝利の報告で祝福しようと戦う池田先生の姿に胸が熱くなった。その勢いのまま、大切にしていた、学生部指導集『先駆の誇り』を読み返す。
 「世界のどこかに、君にしかできない使命が、君の来る日を待っている。指折り数えて待っている。待たれている君は、あなたは生きなければ! めぐりあう、その日のために!」
 自分にしかできない使命。“絶対に家族全員で信心するんだ!”。心のベクトルが定まった時、迷いも臆病の心も消えていた。
 母と妹にもう一度、真剣な思いで語り抜いた。父も「みんなで一緒にやろう」と言ってくれた。
 今年の2月11日、母・有紀さん(51)=婦人部員=と妹・奈々さん(18)=女子部員=がそろって入会。家族で初めて会館で勤行・唱題をした時、込み上げる思いが、涙となってあふれた。横を見ると、母も泣いていた。

 それからは、題目を唱え聖教新聞を読むという何気ない日常が、何倍もうれしいものになった。
 地元学生部では部長として、決して人数の多い地域ではないが、「創価家族としてつながっていきたいんです。みんなが僕にそうしてくれたように」と、日々励ましを送る。
 現在、就職活動中。コロナ禍で思うようにいかないことも多いが、「信心して、家族と本気で向き合えました。かけがえのない仲間もできた。学生部での日々が、僕に諦めない強さをくれました」と前を向く。
 家族で歩み始めた新たな道。その一歩一歩を踏みしめながら広布に走る。?


◆「学生部結成記念日」特集 信仰体験 題目でキラキラをチャージ!

勇気の一歩から初の弘教
「オーストラリアではいろんな国の友人ができました」と内藤さん。その影響もあって今は華流(中国)ドラマにはまっている

【横浜市】県内の大学で国際分野について学ぶ内藤歩さん=女子地区リーダー=は、祖父の代からの“学会3世”。進学してすぐ、女子部の活動に参加するようになった。
 話を聞いて驚いた。いつも気に掛けてくれる先輩たちは、友人にも平気で学会のことを話している。
 “みんな、すごいな……”
 気が向いたら題目くらいの意識なら、なんとなくある。小・中学校で人間関係に悩んだ時、唱題してから学校に行くと、ギクシャクしていた相手とうまく話せるようになったことが何回もあった。
 でも胸を張って人に信心の話をする自分の姿なんて、想像できない。
 「“自分なりに祈っていこう”が、学会活動に参加し始めた時の“モットー”でした」
 1年の終わりの春休み。視野を広げたくて、大学の海外研修プログラムに参加した。
 オーストラリアで、5週間のホームステイ。自分の片言の英語では通じないだろうとは覚悟していたものの、予想以上にコミュニケーションがとれないことに、すっかり萎縮してしまう。
 英語の講座が始まっても、普段通りの自分が出せない。不安と緊張で息苦しい。部屋で一人、悶々としていると、思い出したようにスーツケースに手を伸ばした。

愛用の学会活動ノート
 取り出したのは女子部指導集『華陽の誓い』。出発の直前に買ったものだった。夢中でページをめくっていくと、池田先生のある言葉が目に飛び込んできた。
 「希望も、喜びも、人から与えられるのを、待つものではない。自分でつくり出し、皆に広げていくものだ」
 なんだか胸が熱くなった。“絶対、この研修を充実させたい!”
 次の日から、クラスメートに声を掛けるようにした。自身に課したルールは必ず違う人とも話をすること。すると友人がどんどん増えていった。自信がついた。
 そのうれしさを、部屋に戻ると祈りに変えた。
 「唱題すると、なんだか視界がキラキラして見えて、“明日も頑張ろう”って思えるんですよね!」
  帰国すると高校の同級生から、「なんか変わったね」と。
 新たに始めたアルバイト先で、話の合う友人ができた。お互いの将来像や、悩みを気兼ねなく言い合える仲になっていた。
 次第に自分でも驚きの感情が芽生えていた。
 “一緒に信心できたらいいな……”
 でも、うまく話せる自信なんてない。胸の内を母に相談した。
 「歩の思ったままを話せばいいんだよ」
 やり方があるのかと構えていただけに、少し肩の力が抜けた。

女子学生部の同志とオンラインで会合を
 友人に会う日。
 「あの……」
 内容は、「すごいんですよ!」とか、「前向きになるんですよ!」とか。文章という文章には、なっていなかったかも。その後も手紙を送って、自分なりに思いを伝えていくと、<自分も一緒にやってみたい>とのメールが。驚きと喜びで胸がいっぱいになった。
 今年の1月2日、友人は入会。初めての弘教が実った。
 どうして信心をしようと思ったのか尋ねてみると、「内藤さんが、なんだかキラキラしてたから」。
 ただただ、うれしかった。それは自分の実感でもあったから。
 「『南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(御書788ページ)って、本当にそうなんだなって思いました!」
 学会員に生まれてよかった。今は心からそう思う。「入学した頃の私に言ってあげたい。“学会活動って、折伏って元気になれるよ!”」。将来は模索中。不安もあるけど、以前より自信をもって向き合えている気がする。
 信心をつないでくれた家族、同志、そして池田先生への感謝を胸に、きょうの一歩を踏み出す。

 

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