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2020年6月28日 (日)

2020年6月28日(日)の聖教

2020年6月28日(日)の聖教

◆わが友に贈る

 いつも笑顔を忘れずに!
 心に不屈の太陽を!
 負けないことそれ自体が
 全ての勝利につながる。
 焦らず弛まず一歩ずつ!


◆名字の言 コロナ禍で実感する「歌の力」 2020年6月28日

 「歌は祈り」。オペラ歌手・佐藤しのぶさんが生前、自らの民音コンサートに掲げたタイトルである▼「私にとって歌うことと祈ることは、同じ」と、佐藤さんは本紙で語っていた。祈りも歌も、目には見えない。だが確かに人の心に届く。「今まで出会ったすべての方々への感謝の気持ちが、歌という形で伝えられたら」との願いを込めて、毎回のステージに全力で臨んでいたという▼“コロナ禍で歌の力を実感した”という人は少なくない。青年部の参加型プロジェクト「うたつく」(歌をつくろう)をはじめ、婦人部・白ゆり合唱団や未来部の代表、海外の友が作成した合唱動画を本紙電子版で視聴した読者も、多くおられるだろう▼信心に消極的だった青年が、同志の歌声を聞いた感想を寄せてくれた。一家を襲う宿命の嵐と戦っているさなかという彼。「“負けないで!”という祈りにも似た皆さんの思いが、僕の背中を押してくれました」。彼は友人にも合唱動画を送り、電話で仏法対話にも挑戦。“勇気の一歩”を踏み出した▼「歌は『訴う』こと」だと、池田先生は言う。「天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます」と。友の幸福を願う歌声は距離を超え、互いの心と心を結ぶ。そこから希望は生まれる。(之)


◆寸鉄

「青年の強みは燃ゆるが
如き熱情」戸田先生。さあ
若人の声の力で希望拡大
     ◇
悩みを知らぬ者は幸福を
知ることもない―文学者
祈り強く変毒為薬の劇を
     ◇
今後の社会で助け合いが
必要と思う―9割。激励
で心結ぶ我らの使命は大
     ◇
大気が不安定な時期。気
象情報を常に意識。無冠
の皆様も無事故最優先で
     ◇
空調の誤った洗浄方法で
火災事故多発。説明書を
必ず確認。自己流は禁物


◆〈きょうの発心〉三三蔵祈雨事 京都・伏見西区婦人部長 岡田真由美 2020年6月28日

御文 されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり(三三蔵祈雨事、1468ページ)


【先生のメッセージ】

◆池田大作先生の写真と言葉 「四季の励まし」 青年の心で価値ある人生を

 みずみずしい緑。右手に、大相撲で知られる両国国技館(東京・墨田区)が見える。2017年(平成29年)6月、池田大作先生が撮影した。
 この付近には、かつて日大講堂があった。32歳の池田先生が第3代会長に就任した地であり、1万数千人の青年たちの前で「日中国交正常化提言」を発表した場でもある。先生は「ここから、広布の使命を自覚した、いかに多くの青年たちが、世界へ羽ばたいていったことか」と。
 一人の青年が立ち上がれば、勇気の炎は燃え広がり、時代が動く。来る6月30日は学生部の結成記念日。そして7月11日は男子部、同19日は女子部の結成記念日である。
 さあ、青年を先頭に、青年の心で励ましの光を広げよう!

 青年とは先駆者である。
 挑戦者である。
 開拓者である。
 すでに、
 でき上がった土台の上に、
 自分が
 花を咲かせるのではない。
 人のため、社会のため、
 あとに続く
 後輩たちのために、
 自分が礎
 いしずえ
 となる――。
 この青年の
 誇り高き闘魂によって、
 道なき道が開かれる。
  
 価値ある人生、なかんずく
 「価値ある青春」を
 開くもの――。
 それは「今まで、
 どうであったか」ではない。
 「これから、
 どう生きるか」。
 この力強い
 前向きの一念である。
 そこに勝利の道がある。
 今の自分を超える労作業に
 絶えず挑戦していく。
 その「向上する心」にこそ、
 青年の魂がある。
  
 青年の力は無限である。
 たとえ
 逆境に突き落とされても、
 ピンチを
 チャンスに変える。
 最後に勝つ
 ドラマをつくる。
 それが青年の強さである。
 偉大な使命に生き抜けば、
 偉大な自分を
 築いていける。
  
 青年の証しとは何か。
 それは年齢ではない。
 年老いても
 「心は青年」の人がいる。
 心が生きているか
 死んでいるか。
 わが胸に
 「戦う心」が燃えているか
 どうかである。
  
 さあ、いよいよ、
 太陽輝く7月へ!
 躍動する「青年の月」へ!
 偉大なる創価の師弟は、
 断固と全てに
 勝ちまくっていくのだ。
 人類の幸福と平和という、
 世界広宣流布の
 大願を高く掲げ、
 さらに壮大なる
 創価の「師弟の物語」を、
 来る日も来る日も、
 綴り築こうではないか!


【聖教ニュース】

◆寄稿「牧口先生の生誕の月に寄せて――世界が希求する“内なる変革”の教育」 創価大学・高橋強教授

 本年は、創価教育の父・牧口常三郎先生の生誕(6月6日)149周年であり、牧口先生の大著『創価教育学体系』の発刊(11月18日)から90周年を迎える。
 今や創価教育は、牧口先生から戸田城聖先生、そして池田大作先生へと受け継がれ、創価の学びやは世界7カ国・地域に設立。中国、アメリカ、スペインの大学等に創価教育を研究する機関も誕生している。
 ここでは、創価大学文学部の高橋強教授の「牧口先生の生誕の月に寄せて――世界が希求する“内なる変革”の教育」と題した寄稿を紹介する。

「子どもの幸福」に尽くす創価の人間教育を未来へ
 新型コロナウイルスの感染が広がる中、創価大学では、いち早くオンラインシステムを活用した授業を取り入れ、4月から新学期がスタートしました。
 大学のみならず小・中学・高校の学校現場など、さまざまな場面で、オンライン授業の導入をはじめとした教育環境の劇的な変化が起きています。今後も、教育の形は必要に応じて変わっていくでしょう。
 ゆえに今こそ、“いかなる変化の中でも「変わらない・変えてはいけない」教育の価値とは何か”を追求すべき時であると実感しています。
 私は長年にわたり、創立者・池田先生の思想を研究する中国の学者らと交流してきました。本稿では、教育に携わる方々の思索の一助となればとの思いで、私なりの「創価教育」の考察や中国の研究者の視点を紹介させていただければと思います。
海外の学識者が池田思想を研究
 「創価教育」とは何か?――創価大学で教壇に立つ中で常に自身に問い続けてきました。しかし、「自身に問い掛ける」だけでなく、「世界へ発信する」使命を自覚した大きな転換点が訪れました。それは、2001年12月に「池田大作研究会」を北京大学に設立した賈蕙萱教授との出会いでした。
 賈教授が交換教員として創大に滞在された当時、私は創大国際部の副部長として賈教授とよく語り合いました。池田先生のことについて、それはそれは多くのことを聞かれました。
 ある時、賈教授から「池田先生が一番よく使う言葉は何だと思いますか?」と尋ねられました。そして、「それは『勝つ』『勝利』ですよ」と言うのです。
 賈教授は日中友好に尽くす池田先生の功績を、よく知られていました。その上で、先生の思想は、幸福の人生を勝ち取るための実践の哲学であることを見いだし、深めていかれたのです。
 賈教授によって北京大学の池田大作研究会が設立されると、中国各地の大学に池田先生の思想を研究する機関や学生団体が次々と誕生。そして、各地の研究者が池田思想の研究成果を発表し合う国際学術シンポジウムが開催されるようになったのです。創大が共催し、中国全土の研究者が集まるシンポジウムは2005年に始まり、現在までに10回を数えています。
 私も創大の一教員として、創立者の人間教育について発表する機会を得ました。これが、創価教育について本格的に整理・思索するきっかけとなりました。

三代に継承され発展した理念
 賈教授をはじめ中国の交換教員から、創価教育や池田先生の教育思想について問われた時には、私は次のように答えています。
 牧口先生と池田先生の教育の目的は同じであり、池田先生の教育思想は、牧口先生の価値論、戸田先生の生命論を受け継ぎ、自身の人間革命論を通して発展させたものである、と。
 つまり、①人間の内なる無限の可能性を開き鍛え(生命論)、②そのエネルギーを価値の創造へと導き(価値論)、③社会を築き、時代を決する根源の力を引き出す(人間革命論)――これこそが創価教育であると捉えています。
 その要諦は、人間を基軸とし、人間の“内なる変革”を促す教育です。
北京大学の「池田大作研究会」と創価大学の共催で行われた、池田思想を巡る第1回の国際学術シンポジウム(2005年10月、北京大学で)
 池田先生は、中国教育学会の顧明遠名誉会長との対談集『平和の架け橋――人間教育を語る』でこう述べられています。
 “創価教育の目的は、美・利・善の価値を実生活のなかで創造しゆく人格を育むことである。創価教育を人間教育と表現するのは、こうした人格を育てていく作業を重視しているからである”と。
 池田先生の教育理念の大きな特徴は、創価教育学の理論を教育現場や日常生活の上で実践できるように展開されたことにあります。
 そして、自身の振る舞いでその理念を体現される「知行合一(知識と行動の一致)」の姿に皆、納得と共感を示すのです。

多彩な分野に展開される哲学
 研究が進むにつれ、改めて実感することは、池田先生の思想が、いかに遠大で深遠であるかということです。それぞれの学者が自身の専攻する学問を通して池田先生の思想を深め、現代社会に新たな価値を展開しているのです。
 ここで中国の研究者による視点の一端を紹介したいと思います。
 牧口先生は「教育の目的は子どもの幸福」と厳然と叫ばれました。「人格を育む教育」とは、どこまでも「目の前の一人の子どもの幸福」に尽くすということにほかなりません。
 中山大学「池田大作とアジア教育研究センター」副所長の王麗栄教授は「人格を育む」との観点から、「道徳教育」の側面に注目しました。
 「子どもを育む上では、単に知識を与えるだけでなく、人格的な成長を促し、健全に発育していくことが大事です。そのために何が美しく、人として価値があることなのかを教える『美育』が有効です」「(言葉や振る舞い、表情などを通して聴衆や対話の相手の善性を引き出す)池田先生の焦点は、常に『人間』です。自身の全人格を通して目の前の一人を励まし、育てる。この先生が実践してこられた人間主義の教育は、まさに美育のお手本なのです」と語っています。

中国の名門・復旦大学で開かれた第10回「池田大作思想国際学術シンポジウム」は、「人類運命共同体のビジョンと実践」をテーマに(2018年10月)

中国の名門・復旦大学で開かれた第10回「池田大作思想国際学術シンポジウム」は、「人類運命共同体のビジョンと実践」をテーマに(2018年10月)

 一方、佛山科学技術学院「池田大作思想研究所」副所長の李鋒講師は、池田先生の「世界市民教育」に大きな共感を示しています。
 牧口先生は著書『人生地理学』で、郷土こそ「自己の立脚地点」であることに着目しました。そして、一人の人間は地域に根差す「郷土民」であると同時に、国家に属する「国民」であり、世界を舞台とする「世界民」であり、この三つの自覚を併せ持つことで、人生の可能性を豊かに開花できると訴えました。ここに世界市民教育の魂があります。
 池田先生はコロンビア大学ティーチャーズカレッジでの講演(1996年6月)で、世界市民の三つの要件として、①生命の相関性を認識する「智慧」②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」③苦しむ人に同苦し、連帯する「慈悲」――を示しています。
 異文化コミュニケーションを研究する李講師は、“池田先生の世界市民教育は、異文化理解の教育に大きな示唆を与え、地域や民族等に対する偏見や差別を取り除き、世界の平和促進に有益である”と考察しています。
 また、陝西師範大学「池田大作・池田香峯子研究センター」副センター長の曹?副教授は、“善性の開発を目標とする人間主義の教育は、民族やイデオロギーの壁を克服し、智慧を引き出し、真の文化を創出することができる”と述べています。

1930年11月18日に第1巻が発刊された『創価教育学体系』。牧口先生の経験と理論を集大成した同書は、英語、スペイン語、中国語などで翻訳・出版されている


1930年11月18日に第1巻が発刊された『創価教育学体系』。牧口先生の経験と理論を集大成した同書は、英語、スペイン語、中国語などで翻訳・出版されている

 さらに、「子どもたちにとって、最大の教育環境は教師自身である」とは池田先生が示された指針です。
 肇慶学院「池田大作研究所」副所長である蒋菊副教授は、この指針から「教師論」を展開します。
 「教師と子どもの生命と生命の触発こそが教育の原点である」とし、教師自身の人生観、教育観、人間観の確立をはじめとした“人間的成長”が大切であると結論付けました。
変化の時代に挑む教育実践を
 今、中国をはじめ海外の研究者が注目しているのが、池田先生の提案によって創価学会の教育本部が推進している、人間教育の「実践記録」です。
 膨大な教育実践の記録が残っているという事実は驚嘆をもって受け止められています。
 教育本部の皆さまの使命は本当に大きいと思います。
 私自身も常に、小説『新・人間革命』第15巻「創価大学」の章に描かれる山本伸一の姿を模範として、自分なりに実践してきました。
 オンライン授業という新しい環境の中でも、池田先生の一人を大切にする理念を実践に移そうと、自宅などで受講する学生たちが孤独を感じていないか、一人で悩んでいないかに気を配りながら、グループディスカッションを多く取り入れたり、なるべく学生の名前を直接呼び掛けたりするなど知恵を絞り、工夫をこらす毎日です。
 三代にわたって受け継がれてきた創価教育は、今度は私たちの実践によって未来へと受け継がれていきます。未曽有のコロナ禍の中での教育実践は、正解の見えない、逡巡と決断の連続かもしれません。しかし「子どもの幸福」を追求してきた創価三代の人間教育も、激動の時代に挑み抜いた激闘によって現在の発展があります。
 その意味で、私たち教育者の日々の実践は、“私の小説『新・人間革命』”の新たな「人間教育」の章をつづりゆく挑戦である、とも言えるのではないでしょうか。
 10年後の創価教育100周年に向けて、共々に歩みを進めていこうではありませんか。


【特集記事・信仰体験など】

◆未来に輝く知性の宝冠――池田先生の名誉学術称号45周年  キューバ ハバナ大学
 何よりも美しきは「人間」

1996年6月、キューバ最古のハバナ大学から、日本人初となる「名誉人文学博士号」が池田先生に授与された。“芸術の粋(すい)”を集めた同大学のアウラ・マグナ(大講堂)での授与に続き、先生は「新世紀へ 大いなる精神の架橋を」と題して記念講演を行った

1996年6月、キューバ最古のハバナ大学から、日本人初となる「名誉人文学博士号」が池田先生に授与された。“芸術の粋(すい)”を集めた同大学のアウラ・マグナ(大講堂)での授与に続き、先生は「新世紀へ 大いなる精神の架橋を」と題して記念講演を行った

 「カリブ海の真珠」とうたわれる中米・キューバ。  ??
 その海の青さにも、街の壮麗さにもまして、何より美しいのは「人間」であった――池田先生はつづっている。  
 先生は1996年6月に同国を訪問し、幾多の困難に遭いながらも、心豊かに生きる人々の、誇りと力強さを感じ取った。  
 同月24日午後に到着し、26日午後には、次なる訪問地であるコスタリカへ。実質2日間に満たないキューバ滞在中、先生には、ハバナ市「最高賓客」称号、国家勲章である「フェリックス・バレラ勲章勲一等」、そして、ハバナ大学の「名誉人文学博士号」が相次ぎ授与された。  
 先生は、キューバと日本の間に友情の橋を架けるべく奔走してきた。民主音楽協会(民音)の招へいで、キューバの音楽・芸術団体による日本公演がスタートしたのは81年。駐日大使らと文化交流を巡る会見を重ね、キューバ訪問の要請も受けていた。  
 96年の訪問は、同国文化省の招へいによるもの。キューバ社会からの顕彰は、文化の力を通して、平和に尽くす先生への高い評価の表れにほかならなかった。  
 中でも、同国最古の歴史を誇るハバナ大学がたたえたのは、先生の長年の執筆活動であった。  
 6月25日、同大学のアウラ・マグナ(大講堂)で行われた「名誉人文学博士号」の授与式で、ヴァルデス総長(当時)は語った。  
 池田氏は、作家、詩人、哲学者であり、その著作活動は「民衆の興隆」と「平和への貢献」を基軸にしたものである――と。  
 「ペンの力」で民衆を鼓舞し、平和を開く。こうした先生の行動は、“キューバ独立の父”ホセ・マルティが、生涯貫いた闘争とも重なるものであった。

「ペンの力」で民衆を鼓舞し 「万人のため」の平和を開く
 1492年、コロンブスが“新大陸”への航海で到達した島の一つがキューバである。スペインの統治は約400年にわたり続き、人々は忍従を強いられた。  
 1868年、第1次独立戦争が勃発。10年間の長い戦いの末、独立革命は未遂に終わる。16歳で運動に身を投じたマルティは、政治犯として投獄された。  
 以降も何度となく追放され、その生涯を、祖国よりも長く海外で過ごした。  
 命の危機と隣り合わせの日々の中で、若き革命児は言論闘争に立ち上がった。16歳にして新聞を創刊。植民地政府の非道を告発する本を出版し、さらにラテンアメリカ各地の新聞に寄稿した。亡命先でも炎のペンを走らせ、「独立の心」を鼓舞していったのである。  
 革命党を創立し、95年に始まる第2次独立戦争ではその先頭に。そして同年5月、戦闘中に被弾し、独立の夜明けを見ることなく、42歳の生涯を閉じた。  
 革命のために武器を取りながらもマルティは、壮絶な精神闘争を繰り広げ、敵も味方も、全ての人の自由を願う、透徹した人間観を確立していったのである。  
 マルティは言った。  
 「祖国を代表し祖国をまえにしてその持っている一切のにくしみを捨てることを宣言する」(神代修訳『キューバ革命思想の基礎』理論社)

ハバナ市内の革命広場にある“キューバ独立の父”ホセ・マルティ像に献花する池田先生(1996年6月)

 憎悪に対する戦争こそ、「唯一の戦争」であると考えたマルティは、あくまでも「平和革命」を志向していた。  
 そして、人間の上に人間を置くことに警鐘を鳴らし、他の人々を利用しようとする野蛮性を、取り除く道を探っていった。 
 これは、先生とマルティ研究で著名なヴィティエール博士が、対談の中で語り合った点でもある。
 揺るがぬ人間への信頼と民衆奉仕の精神は、マルティの死後も、キューバ発展の道しるべとなっていく。  
 1902年にスペインから独立した同国は、その後もアメリカの事実上の支配下に置かれ、親米政権による独裁が始まった。  
 「キューバ革命」で独裁政権を打倒したのは59年。後に国家評議会議長に就くカストロ氏が、その中心的存在だった。  
 96年6月のキューバ訪問の折、池田先生は、ハバナ市内の革命宮殿にカストロ議長(当時)を表敬訪問。約1時間半にわたって会見している。
  議長は、革命の道徳的基盤はマルティにあり、公平と平等を掲げる「モラル革命」、「教育革命」であると位置付けていた。事実、キューバは、教育、医療の無料化や、ほぼ100%の識字率を実現。賃金格差を解消し、食糧や物資の配給制を敷いた。  
 ハバナ大学は、その推進力となった。  
 字が読めない国民のため、集まった“志願教師”の中核が同大学の学生や卒業生だった。都会の青年たちが、農村へ。昼は農作業を手伝い、夜は明かりの下で文字を教えた。  
 「万人とともに、万人のために」。このマルティの精神を携えてきたのが、同大学なのである。

池田先生がカストロ国家評議会議長(当時)を表敬訪問。議長はいつもの軍服ではなく、スーツに着替えて先生を迎えた(1996年6月、ハバナ市内の革命宮殿で)
 同じ社会主義国だったソ連の崩壊。アメリカとの関係の悪化。96年6月当時、キューバを取り巻く国際情勢は厳しかった。  
 それでも、“人間と会い、友情を結ぶ。全ての道は、そこから始まる”と、訪問を決めた先生。
 その後もマルティを通して、キューバの美しくも気高い精神を、世界に発信し続けてきた。  
 「皆さまのキューバ訪問は、平和に貢献する人間主義を主張する上で、重要なことと思っています」
  そう語ったカストロ議長をはじめ、歴代の文化大臣、ハバナ大学の関係者らキューバ各界の多くの識者が、先生への敬愛と信頼を深めていった。  
 名誉人文学博士号の授与式の3カ月後、ハバナ大学と創価大学は学術交流協定を締結した。以来、交換留学生が毎年のように往来している。2017年には、スアレス前総長も創大を訪問した。  
 また、歴代の駐日大使も創大を訪れ、学生や教職員と交流を重ねてきたほか、民音の招へいによる、キューバの音楽団体の日本公演も活発に行われてきた。  
 2007年に法人認可されたキューバ創価学会の同志も、“良き市民”となって社会貢献の道を歩む。
 「生きるということは世の中のために善を行うということである」(青木康征・柳沼孝一郎訳『ホセ・マルティ選集第2巻』日本経済評論社)  
 マルティの言葉を抱き締めて、先生が築いた平和と教育と文化の橋を、多くの若人たちが渡っている。

ガルシア教授の声
 (池田)博士は、人道主義を重んじ、民衆の中で寛容性と理解をもって「人間の尊厳」を守り、調和の未来へと昇華させる努力をされています。  
 よって当大学の義務は、これを認識し、池田大作氏に称号を授与することであります。なぜなら高潔な教えを語る人への感謝は、すべての人間の義務だからです。(中略)  
 池田氏は、精神的価値の興隆には、文化や社会の向上に向けての個人の参加が不可欠である、と考えておられます。理想を目指すたゆまぬ努力の人であり、同時に、当面の現実に対しても、たゆまぬ努力の人であります。この見地から、池田氏の思想の要素を、うかがうことができます。  
 すなわち、各個人が責任を有し、精神的に成長し、ドグマとエゴイズムを克服するところに、人間と人間、人間と自然が共生できる可能性を見いだしうる、とするものです。つまり、受け身的な消極性とか無益な神秘主義でもなく、我々の環境にとって真に必要である課題を呼び起こす思想なのです。(中略)  
 本日の式典は、ただ単に世界的な人物を、たたえているだけではありません。私どもが、「責任を果たす」という決意を表明することによって、氏に真の敬意を表す式典でもあるのです。すなわち、我々の知識を幅広い精神性へと高め、ハバナ大学に、独創的かつ完全なる良識と調和した場所を創出しゆくことをもって、私どもは、この「責任」を果たしたいと思うのであります。(名誉人文学博士号の授与式<1996年6月25日>から)

キューバ最古の大学 教育立国の発展リード
キューバ最古の歴史を誇るハバナ大学
 キューバの首都ハバナに立つ、ラテンアメリカ屈指の名門学府。1728年に設立され、同国最古の歴史を誇る。  
 小学校から大学までの教育費の無料化、100%に迫る識字率など「教育立国」として名高いキューバの発展をリード。カストロ国家評議会元議長ら国家元首をはじめ、各界に有為の人材を輩出している。  
 文学、生物学などの学部と研究所に、1万4000人の学部生や大学院生らが在籍。50以上の国際機関に所属し、海外の大学と400以上の学術協定を結ぶ。


◆信仰体験 イワシのみりん干しに懸けた46年 “おふくろの味”は多くのメディアで紹介

【福岡県・芦屋町】北九州市に隣接し、清流・遠賀川の河口にある芦屋町は、かつて石炭の積み出し港として栄えた港町。
 響灘に臨む海岸は「白砂青松」とうたわれる景観を見せる。この地で特産品のみりん干し「あしやみりん」を手作りしてきたのが、中西節子さん(72)=白ゆり長。
 昔ながらの味に染み込んだ“漁師町の名物お母ちゃん”の人生劇を追った。

脂の乗った新鮮なイワシを丁寧(いぇいねい)に手さばきし、特製のタレに2日間漬け込んで、仕上げは丸1日天日干し。手間暇かけた「みりん干し」は、弱火で両面をじっくり焼くと、脂がジュワジュワッと滴る。

 香ばしいにおいが食欲を誘い、柔らかい食感と、口に広がる甘辛さがやみつきになると評判だ。
 中西さんが水産加工品の製造販売などを手掛けて46年。町民が愛してやまない伝統の味を守り続けている。1日300匹のイワシを、来る日も来る日も、手さばきしてきた。
 「アホの一つ覚えですわ(笑い)。けど極上の魚と秘伝のタレ、そして、乾きの判断がポイントやねん。うちが作る“せっちゃんのみりん干し”は、そう簡単にはできひんよ」
 生まれは大阪。常勝関西の地で女子部時代を過ごした。
 「結婚前は、福岡に縁もゆかりもなくて。海はほとんど見たことない。魚は嫌い。そんな私が、漁師町に嫁ぐなんて夢にも思いませんでしたよ」
 ――1973年(昭和48年)、夫(正明さん)の故郷である芦屋町に、大阪から移り住んだ。
 当時から釣り人でにぎわう地域。夫婦で釣具店を始めた。
 「虫も触れんかった私にとって、魚の餌になるゴカイは気持ち悪うてたまらんでした」
 明るく気立てのいい性格。それでも店の経営だけでは、生活は困窮した。夫の両親と妹、息子と2人のおいっ子まで養い、8人が一つ屋根の下で暮らした。吹きさらしのような一軒家。冬は寒風が肌を突き刺し、雪が舞い込む。
 周りの視線も冷たかった。「あの人、今に耐えきれんで、逃げて帰るやろう……」
 “私はよそ者扱いされとる。けど絶対に負けへん”
 込み上げる悔しさを闘志に変えていった。また、この地で草創から信心を貫く、婦人部の先輩が中西さんを励まし続けた。
 「大変な場所に来たね。けど、学会の旗を掲げて頑張らんとね。崩れん信心があれば、絶対に大丈夫」
 中西さんは前を向いた。“この信心で幸せをつかむんや!”
 芦屋町で迎えた2度目の冬――。毎年、この季節は不漁となり、釣り具の売り上げも激減する。“このままじゃ家族は共倒れに……”
 窮地に立たされ、御本尊に向かった。祈ることで、それまで何の気なしに見ていた、町民の「みりん干し」を作る光景が、違ったものに見えてきた。
 “そうだ! 私もやってみよう。これをやるしかない”
 地元の人に頭を下げ、教えを請うた。冬場の作業に体は冷え込んだ。しかし、心には希望が燃えていた。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との一節を抱き締めて、一日一日を生き抜いた。
 作り上げた「みりん干し」を載せて、古びたリヤカーを押した。
 売れてもほんのわずかな数。「今のままではダメだ。もっともっと、広げなあかん」
 程なく車の運転免許を取得し郊外へ。移動の車中では題目を唱えて、勇気を奮い立たせる。“ここに行こう”“あっちはどうだ”と、次から次へと営業先に飛び込んでいった。
 その中でようやく、大量の卸先が見つかった。一人では賄えない数。“町の人にも知らせれば、全体が潤うに違いない”と、近隣に協力を持ち掛けた。だが、反応はいまひとつ。「だったら家族総出で、夜なべしてでもやってやる!」と、負けん気に火がついた。
 繁盛ぶりに誰もが目を見張った。驚いた住民からは「私の分も売ってほしい」と頼み込まれるまでになった。
 1980年代には、空前の釣りブームが到来。釣り具が飛ぶように売れ、家を新築。イカ釣り用の遊漁船も大当たり。家族で喜びに沸いた。
 90年代に入ると一転、一家を宿命が襲う。45歳の夫に異変が現れた。不可解な言動に加え、針への餌付けも、てこずるように。「若年性アルツハイマー病」だった。
 症状は次第に悪化。中西さんは仕事、家事、育児に加え、夫の介護も担いながら家族を支え続けた。
 多忙を極めた生活が続いて17年――「俺の分まで幸せになれよ」との言葉を残し、夫は霊山へ旅立った。
 ぽっかりと穴があいた。途方に暮れる中で、女子部時代の信心の原点を思い返した。
 66年9月の阪神甲子園球場。“雨の文化祭”にリズムダンスで出演した。泥だらけの熱演に応えて、渾身の激励を送る池田先生の姿を目に焼き付けた。
 先生はつづっている。「“常勝”とは、逆境に打ち勝ち続ける者に与えられる栄冠だ」と。
 胸に深く刻まれた“常勝の魂”――。“お父ちゃんの分まで頑張ろう。負けたらあかん”と自らに言い聞かせ、「みりん干し」に丹精を込めていった。
 中西さんが作る「みりん干し」は、NHKなど各種メディアでも取り上げられた。「なんだか“おふくろの味”を思い出す」とは周囲の評。
 広布の旗を掲げ、今や地域でなくてはならない存在に。2年前には「みりん干し」を教わった恩人の親子に、弘教を実らせることもできた。
 干物は潮風にさらされ、太陽の恵みを得ることで、得も言われぬ味を醸(かも)し出す。
 中西さんは語る。「信心に守られて、今の自分がある。人生の味は、甘辛くって深い“みりん干し”そのものや(笑い)。けど、ほんまの勝負は今からやで」
 名物お母ちゃんの朗らかな笑顔は、きょうも輝いている。

 

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