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2019年12月25日 (水)

2019年12月25日(水)の聖教

2019年12月25日(水)の聖教

◆わが友に贈る

   最も難しい勝利は
 自分に打ち勝つこと。
 受験生よ 負けるな!
 悔いなき一日一日を!
 健康を祈っています。

◆名字の言  宝石はどこにある?

言葉が話せるテディという名の犬がいる。ただし会話ができる相手は詩人と子どもだけ。児童文学作品『テディが宝石を見つけるまで』はそんな設定の物語だ▼飼い主である詩人が“君が宝石を見つけられるといいな”と言い残して亡くなる。ある日、テディは、吹雪で遭難した幼いきょうだいを救助する。その後、無事に子どもたちと再会した母親がテディに“あなたは宝よ”と涙して感謝を伝え、話は結ばれる。つまり、他者に尽くしたテディ自身が「宝」だった▼法華経に「衣裏珠の譬え」がある。貧しい男のために親友が衣の裏に宝珠を縫い付けてやる。だが男は気付かず、貧乏な生活は続いた。後に事実を知り、歓喜するという内容。縫い付けられた珠とは、万人に備わる仏の生命という無上の宝のことであり、それを磨く仏道修行の大切さを教えている▼先日、水晶の産地・山梨県のジュエリーミュージアムを訪れた。さぞかし輝きに満ちた宝石ばかり飾られているだろうと予想したが、意外に原石や研磨・加工の工具、職人を紹介する展示が多かった。宝石へ磨かれる過程も「宝」なのだと感じた▼今年も同志と信心を錬磨し合えたことに感謝が込み上げる。自身を磨き抜く中に宝の人生は築かれると確信し、明年も師と共に前進しよう。(白)

◆寸鉄

永遠に残る壮大な歴史を
綴れ―恩師。若人よ、目標
は高く。前進は着実に!
     ◇
創価班・牙城会・白蓮G
この一年、ありがとう。
薫陶と成長の宝の青春譜
     ◇
常勝の源流「中大阪の日」
不撓不屈の勇者の大連帯
新時代の栄光の旗今こそ
     ◇
最もひどいパスワードは
123456と。ネット
やカードは自身で防御を
     ◇
人の動き多い年末は特に
流感感染に注意―厚労省
手洗い・マスク等で予防

◆社説 学会を支える友に感謝   影の労苦有りて広布は前進

 ある時、日本画の巨匠・横山大観が「世のほまれも君に頒つべきものなり」と手紙を書き送った。受け取ったのは、越前和紙職人の初代・岩野平三郎。彼は、大観や竹内栖鳳など、名だたる日本画家の要望に応え、芸術の興隆を支えた。「苦心こそ人のはげみとはなるものなり」と自らに挑み、紙質を高めた(高橋正隆著『絵絹から画紙へ』文華堂書店)。
 大観が感謝を形にしたように、芸術は一人では成せない。日本画であれば、墨に硯、筆を作る職人がいて、絵が完成した後も、仕立て、保存する表具師がいる。リレーのように技と誇りのバトンがつなげられて一つになる。
 日夜、私たちがつづりゆく広宣流布の絵巻も同じだろう。全世界のあの町、この町で、同志が多彩な役割を担う。会場に集う友がいれば、役員として迎える友がいる。会場を提供する友もいる。
 「会場に 一輪添えて 友を待つ」
 かつて本紙「新・生き生き川柳」に掲載された句だ。会場で交わされる言葉には、悩みあり、決意あり、感動あり。ドラマの裏には、会場提供者の心配りや努力、見えない苦労がある。
 毎度のことであっても、当たり前のことは何一つない。丁寧に感謝を伝え、真心をたたえる振る舞いに、人間主義の仏法が光る。
 創価班、牙城会、白蓮グループ、また王城会、香城会、会館守る会、創価宝城会、設営グループ等、一人一人の献身も、仕事や家庭のことなど、さまざまな現実に挑む中での勝利の姿だ。
 池田先生は「広宣流布」をこう語った。「それは、ただひたすら、黙々と、人々の幸福のため、世界の平和のために戦い抜いてきた『陰の人』『無名の庶民』による、未曽有の大民衆運動」と。
 ある山間部の町で、本紙を配達する婦人部員に同行した時のこと。懐中電灯を左手に持った婦人は、右手で木の枝を拾った。毎朝、通る山道に新しいクモの巣が張るため、枝を前方に振りながら歩く。そんな労苦も全く構わず、むしろ喜び勇んで坂道を登っていく。
 明るい声で「1部増えると、推進した方の真心、読まれる方の姿を想像して、とても、うれしくなります」と、晴れやかな笑顔で語っていた。
 本年完成した世界聖教会館の「城主」と池田先生がたたえた無冠の友。その尊き一歩一歩こそ、「民衆の大地」に「幸の仏縁」を広げる平和への王道であろう。
 無数の労苦ありて、世界広布は進んでいく。陰の舞台で尽力する主役たちへ心からの感謝をささげたい。そして、迎えゆく「前進・人材の年」もまた、共に新たな歴史を築きゆこう。

◆きょうの発心 経王殿御返事 大阪・堺総県副総県長 撫多加司 2019年12月25日

御文 但し御信心によるべし、つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 ただし、あなた方の信心によるのである。剣なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経(御本尊)の剣は、信心の強い人が用いてこそ、役に立つ。まさに鬼に金棒である。

一切は自身の人間革命から!
 潔い、勇気ある信心にこそ御本尊の功力は現れる、と仰せです。
 学会2世の私は、両親の祈りと、同志の皆さまの励ましに包まれ、1978年(昭和53年)に創価大学に進学。第1次宗門事件の渦中にあっても、池田先生は学生の中に分け入り、励ましてくださいました。その姿に、「生涯、先生と共に」と誓ったことが原点です。
 卒業後、地元・大阪の堺で仕事と学会活動の両立に励み、15年間の会社勤めを経て起業。事業が軌道に乗った矢先、経済不況に襲われました。この御文を命に刻み、6年にわたって総区長を務めながら、奮闘し、乗り越えました。家族や先輩の励まし、先生の指導に感謝は尽きません。
 亡き両親から引き継いだ広布の会場を守り、報恩の心で戦っています。悩める友に寄り添い、励まし合いながら、学会創立90周年の明「前進・人材の年」へ、私自身が人間革命に挑戦していきます。

 

【先生のメッセージ】

◆世界広布の大道 小説「新・人間革命」に学ぶ 第14巻 解説編 池田主任副会長の紙上講座

イラスト・間瀬健治

イラスト・間瀬健治

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第14巻の「解説編」。池田博正主任副会長の紙上講座とともに、同巻につづられた珠玉の名言を紹介する。
紙上講座 池田主任副会長

ポイント
①渓流から大河へ
②主体者の自覚
③師と同じ心で

 『新・人間革命』執筆開始より10周年となった2003年(平成15年)8月、池田先生は「起稿10周年」と題する随筆を発表しました。その中で、執筆に対する思いを記されています。
 「私の胸には、言論の闘争の決意がたぎっている。広宣流布の大道は、今つくるしかないからだ」
 「『真実』を明確に書き残すことが、未来の人びとの明鏡となる」
 それから15年が経過した昨年8月、先生は全30巻の執筆を終えられ、私たちに「世界広布の大道」を示してくださったのです。
 この随筆は、第14巻「大河」の章の連載中に書かれたものでした。同章は、1970年(昭和45年)5月3日、山本伸一の第3代会長就任10周年となる本部総会の場面から始まります。
 その1カ月前に行われた戸田先生の十三回忌法要で、伸一は、学会が750万世帯を達成したことを述べ、「広宣流布の流れは、遂に渓流より大河の流れとなりました」(287ページ)と、恩師に報告します。「広宣流布の波が広がり、人間主義に目覚めた民衆勢力が台頭し、時代の転換点を迎えた」(288ページ)のです。
 この転換期に起こったのが、「言論・出版問題」でした。学会批判書を書いた著者に対して、学会の幹部が事実に基づく執筆を要望したことを、言論弾圧として騒ぎ立てたのです。それを口実に、政党や宗教勢力が、学会攻撃の集中砲火を浴びせました。
 「言論・出版問題」は、「伸一の会長就任以来、初めての大試練」(293ページ)でした。しかし、伸一は「最も理想的な社会の模範となる創価学会をつくろう」(同ページ)という決意を一段と深くします。障魔の嵐を、「未来への新たな大発展の飛躍台」(同ページ)としていきました。
 試練に敢然と立ち向かう勇気を奮い起こす時、広布を阻む逆風を、追い風に転じることができます。「烈風に勇み立つ」精神で前進し続けてきたところに、「学会の強さがある」(253ページ)のです。

流れそれ自体
 「言論・出版問題」の渦中から、21世紀の広布の未来を見据え、伸一は布石を打っていきます。その一つが、時代に即応した組織改革です。
 70年5月3日の本部総会で、伸一は「広宣流布は、流れの到達点ではなく、流れそれ自体であり、生きた仏法の、社会への脈動」(298ページ)と語り、何か終着点があるかのような広宣流布観を一変させます。
 そして、「社会に信頼され、親しまれる学会」(同ページ)をモットーに前進することを呼び掛け、「地域社会と密接なつながりをもち、社会に大きく貢献していく意味」(305ページ)から、地域を基盤としたブロック組織へ移行することを発表します。それまで、学会の組織は、居住地と関係なく、入会した会員は紹介者と同じ組織に所属し、活動することを主軸としてきました。その分、団結は強いものがありました。
 それに比べて、ブロック組織は、「人間関係を深めることの難しさ」(306ページ)が最大の課題でした。しかし、伸一は、現代社会が抱える人間の孤立化という問題を乗り越えるために、「学会員が中心になって、地域社会に、人間と人間の、強い連帯のネットワークをつくり上げなければならない」(同ページ)と考えていました。ブロック組織への移行は、地域に開かれた学会の組織を築くためであり、社会の未来を開くためでもあったのです。
 この新しい段階に当たって、伸一が憂慮したのは、皆の一念の改革がなされていくか、ということでした。その「一念の改革」とは、「一人ひとりが『自分こそが学会の命運を担い、広宣流布を推進する主体者である』との、自覚に立つこと」(310ページ)であり、「会長の伸一と、同じ決意、同じ責任感に立つこと」(311ページ)です。
 この「主体者の自覚」にこそ、「すべての活動の成否も、勝敗の決め手もある」(同ページ)からです。

太陽に照らされた緑の庭園。その向こうに、青い海が広がる。池田先生が和歌山・白浜町の関西研修道場でシャッターを切った(1984年6月)。この訪問の折、先生は和歌山駅で少年少女合唱団のメンバーを激励。「はればれと 天の歌声 父祈る」と詠んだ
太陽に照らされた緑の庭園。その向こうに、青い海が広がる。池田先生が和歌山・白浜町の関西研修道場でシャッターを切った(1984年6月)。この訪問の折、先生は和歌山駅で少年少女合唱団のメンバーを激励。「はればれと 天の歌声 父祈る」と詠んだ

ありのままを語る
 烈風が吹き荒れる中、伸一が打ったもう一つの布石が人材育成――特に未来部への激励です。
 悪を許さぬ、純粋な正義の心が失われてしまえば、「『大河の時代』は、濁流の時代」(293ページ)と化してしまいます。ゆえに、彼は、若い世代の中核となる人材育成に精魂を注ぎます。
 箱根の研修所で行われた、未来部の代表メンバーの研修会で、伸一はこの研修所が、学会の歴史の中で、どんな意味を持っているかを語ります。
 参加者の中には、小学生もいました。しかし、「広布後継の指導者になる使命をもった人」(322ページ)として、学会の真実の歴史を、ありのままに語っていきます。
 さらに、皆の質問に答え、人間としていかに生きるかを訴えます。「こちらが真剣に語ったことは、しっかり受け止められるはずである」(332ページ)と信じて、メンバーの胸中に成長の種子を蒔いていきました。
 その後も、伸一の未来部への励ましは続きます。ある時には、「君が山本伸一なんだ。君が会長なんだ。私の分身なんだ。自分がいる限り大丈夫だと言えるようになっていきなさい」(352ページ)と万感の期待を語っています。
 メンバーは今、社会のさまざまな分野で活躍しています。その「弟子の勝利」(353ページ)は、伸一の「厳たる勝利の証」(同ページ)でもありました。
 池田先生は自らの手で未来部員を本物の人材へと育て、現在の世界広布新時代を開かれました。師匠の闘争を受け継ぎ、次の50年、100年の広布の未来を開く人材を育てていくのは、私たちです。
 「烈風」の章に、1969年(昭和44年)12月、伸一が高熱を押して出席した、和歌山の幹部会のことがつづられています。その50周年の佳節を記念する和歌山の大会が先日、50年前と同じ会場で開催されました。
 この大会で、未来部のメンバーが合唱を披露しました。大切なのは、当日へ向け、練習会を重ねる中で、家族や同志が未来部のメンバーに、和歌山広布史などを通して、信心の大切さ、師匠を持つ人生の素晴らしさを語っていったということです。
 明「前進・人材の年」は、「会長就任60周年」「学会創立90周年」と幾重にも意義を刻む年です。先日、先生は「(学会創立)100周年へ向かう10年は、人類にとって重大な分岐点となる10年である」と述べられました。師匠と同じ心で、次代の学会を担う人材をはぐくみ、万代にわたる広布の流れを開いていこうではありませんか。

音楽隊・鼓笛隊合同演奏会で、池田先生が鼓笛隊のメンバーを励ます。「使命」の章では鼓笛隊の歴史が記されている(2002年11月17日、創価大学池田記念講堂で)音楽隊・鼓笛隊合同演奏会で、池田先生が鼓笛隊のメンバーを励ます。「使命」の章では鼓笛隊の歴史が記されている(2002年11月17日、創価大学池田記念講堂で)

名言集
●宗教の生命
 布教は、宗教の生命であります。布教なき宗教は、もはや“死せる宗教”であります。(「智勇」の章、8ページ)
●生の歓喜と躍動
 平和とは、単に戦争がない状態をいうのではなく、人と人とが信頼に結ばれ、生の歓喜と躍動、希望に満ちあふれていなければならない。(「使命」の章、127ページ)
●人間のため
 「広宣流布」とは、文芸も、教育も、政治も、すべてを人間のためのものとして蘇らせる、生命復興の戦いなのである。(「使命」の章、175ページ)
●強い決意と真剣さ
 大ざっぱであったり、漏れがあるというのは、全責任を担って立つ真剣さの欠如といってよい。絶対に失敗は許されないとの強い決意をもち、真剣であれば、自ずから緻密になるものだ。(「烈風」の章、192ページ)
●前進の積み重ね
 歴史的な壮挙を成し遂げるといっても、その一歩一歩は、決して華やかなものではない。むしろ地道な、誰にも気づかれない作業である場合がほとんどです。だが、その前進の積み重ねが、時代を転換していく力なんです。(「大河」の章、342ページ)


【聖教ニュース】

◆アルゼンチンのロサリオ市議会が池田先生に「平和の師匠・哲学者」証  2019年12月25日

 南米・アルゼンチンの各界から、池田大作先生ご夫妻の平和・文化・教育への貢献をたたえて顕彰が相次いでいる。サンタフェ州ロサリオ市議会は、池田先生に「卓越した平和の師匠・哲学者」証を授与。授与式は11日(現地時間)、同市内で晴れやかに行われた。一方、国立ティエラ・デル・フエゴ大学からは香峯子夫人に顕彰が贈られた。

文化と平和を構築するための世界規模の功績をたたえ授与
 ロサリオ市は、サンタフェ州における文化・経済・教育・金融の中心拠点。約100万人の人口を擁する、アルゼンチン第3の都市である。
 雄大なパラナ川沿いに広がる「バンデラ国立公園」は、独立の英雄ベルグラノ将軍が、初めてアルゼンチン国旗を掲揚した場所として名高い。公園内に立つ国旗記念塔、街を彩るコロニアル建築など歴史の薫り豊かな同市には、多くの観光客が訪れる。

ロサリオ市議会から池田先生への「卓越した平和の師匠・哲学者」証の授与式。SGIの合唱団が歌声を披露した(同市内で)

ロサリオ市議会から池田先生への「卓越した平和の師匠・哲学者」証の授与式。SGIの合唱団が歌声を披露した(同市内で)

 この地のSGI(創価学会インタナショナル)メンバーは、池田先生の指針を学び、社会貢献や平和建設こそ“自分自身の使命”であると生命に刻んできた。そして、平和や環境、人権などに関する展示やセミナー、コンサート等の文化活動を展開。近隣住民や市議会関係者も参加するようになり、信頼と友情が育まれていった。
 こうした活動を通して、アレハンドロ・ロセロ議長をはじめとする市議会関係者は、仏法の生命尊厳の思想を基調に、平和・文化・教育の発展に尽くしてきた池田先生の功績を知り、強い感銘を受けたという。そしてこのほど、その長年の献身をたたえるべく、「卓越した平和の師匠・哲学者」証の授与を決定したのである。

「卓越した平和の師匠・哲学者」証の授与を記念するオブジェ
 11日の授与式は、国旗記念塔近くの「バサロ・パレス」で、ロサリオ市議会によって厳粛に執り行われた。
 市議会を代表して出席したアガピト・ブランコ議員は、世界中の人々に希望の励ましを送る池田先生の行動を称賛し、先生への顕彰はロサリオ市の栄誉であると語った。
 そして、「文化と平和を構築するための、世界規模の功績をたたえて」としるされた、証書と記念のオブジェをSGIの代表に託すと、場内は万雷の拍手に包まれた。

国立ティエラ・デル・フエゴ大学は香峯子夫人を顕彰

 一方、国立ティエラ・デル・フエゴ大学は、世界最南端の都市・ウスアイアにメインキャンパスを置く人間教育の大城である。
 ファン・ホセ・カステルシ総長らが創価大学を訪れ、池田先生に同大学「名誉博士号」を授与したのは、昨年4月のこと。
 総長が中心となり、このほど、先生のたゆみなき闘争を支えてきた香峯子夫人に、平和と文化への貢献をたたえる顕彰の授与を決定した。
 授与式は11月18日、リオ・グランデ市にある同大学のキャンパスで、SGIの「平和の文化と女性展」の開幕式の席上、行われた。
 大学の学生や教員、近隣住民と共に、ティエラ・デル・フエゴ州のロサナ・ベルトネ州知事が列席。また、地域貢献の活動に汗を流してきた、地元SGIの友も参加した。
 カステルシ総長からSGIの代表に、香峯子夫人への顕彰の証書が手渡されると、割れんばかりの歓声と拍手が起こった。女優として活躍するSGIメンバーが、「母」を華やかに歌い上げた。

◆冷戦終結30年から明年へ出発 中・東欧に人間主義の輝き 2019年12月25日

 冷戦終結から今年で30周年。その対立の最前線であった中欧、東欧にも仏法の人間主義の輝きが増している。各国で明「前進・人材の年」へ出発する集いが行われた。

オーストリア全国幹部会の参加者が、人間主義の大光で社会を照らしゆく決意に燃えて(オーストリア文化センターで)

オーストリア全国幹部会の参加者が、人間主義の大光で社会を照らしゆく決意に燃えて(オーストリア文化センターで)

 オーストリアの全国幹部会は8日、首都ウィーンのオーストリア文化センターで。席上、御本尊授与が行われ、会場は大きな喜びに包まれた。
 代表4人が、弘教の体験などを報告。ムフ男子部長、シューラー女子部長が明年への決意を述べ、ルボー婦人部長は、後継の青年を先頭に前進をと強調した。
 ウィリアムス理事長が、座談会を活動のリズムとして、訪問・激励、人材育成に全力を注ごうと呼び掛けた。

 スロバキアの集いは11月30日、首都ブラチスラバで開催。
 婦人部と女子部の代表が、信心根本に和楽の家庭を築き、学会活動に喜び走る模様を報告した。
 隣国オーストリアのウィリアムス理事長が駆け付け、小説『新・人間革命』を学び抜き、新たな地涌の陣列を築こうと呼び掛けた。

 セルビア創価学会の発足3周年記念総会は今月14日、首都ベオグラードで開かれた。
 タジチ男子部長、ミヤトビッチ女子部長の司会第一声で幕を開け、タジチ支部長があいさつ。マジャ・ストジャノヴィク・アンデレジヴィクさん、スポメンカ・ミァデノヴィクさんが体験発表した。
 ロンチャー壮年部長が、日本でのSGI秋季研修会(11月)の模様を報告。ドリチッチ欧州副議長、シミズ同副女性部長が激励した。

 スロベニアSGIのグループ勉強会は12日、マリボル市内で行われた。
 同グループでは、本年1月から月1回、小説『新・人間革命』を研さん。今回は第3巻「月氏」の章を学んだ。
 新入会者や友人も参加した集いではグループ長のイヴァン・ラコヴィチさん、モイツァ・ラコヴィチさん夫妻があいさつ。クサカベ東欧参与が励ました。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈信仰体験〉「当事者だからできることをやる」四肢まひのNPO法人理事長 2019年12月25日

 【東京都多摩市】勝手春幸さん(65)=地区幹事(本陣長<ブロック長>兼任)=は、四肢にまひがある。胸から下の感覚はない。それでも、腕とわずかな握力で車いすを走らせる。自ら自動車も運転し、どこへでも一人で出掛ける。そして、他の人のために送迎も買って出る。身体障がい者団体であるNPO法人の理事長、就労継続支援B型事業所の施設長として、利用者のために尽くす多忙な日々を送る。

 勝手さんは島根出身。進学した長崎の大学では、救命用の大型ボートを漕いでスピードを競う、カッター部に所属した。
 防衛大、海上保安大学校など強豪がひしめく中、主将として日本一の栄冠を手にした。鍛え上げた体には自信があった。
 悲劇は新婚旅行で起きた。1981年(昭和56年)、沖縄の海に飛び込んだ際、岩に頭を直撃。頭蓋骨陥没、第2、第6、第7頸椎を損傷。一命を取り留めたものの、寝たきりとなった。
 「自分でやったこと。誰のせいにもできず、受け入れるしかなかった」。勝手さんがリハビリに励む傍らには、事故後も変わらず、二人で歩む道を選んでくれた妻・真弓さん(63)=支部婦人部長=がいた。
 見舞いに通う真弓さんは、“なぜ、こんな目に遭うのか”知りたくて、いろんな宗教をかじったが、周囲は離婚を勧めてくるばかり。
 そんな中、病院で知り合った創価学会の婦人だけが「絶対に幸せになれる」と確信を込めて語ってくれた。82年に入会する。
 事故から1年半のリハビリで、勝手さんは車いす生活が可能に。前向きに応援してくれる真弓さんの姿に、勝手さんも信心を始めた。
 借家は、バリアフリーと程遠く、夫婦で祈り、障がい者用住宅がある都営団地が当たり、移り住むことに。広いスロープのある玄関、車いすの高さに合わせた風呂とトイレ。感謝から学会活動へ一層励み、“ここで実証を示そう”と誓い合った。
 
 太ももの腱を手に移す手術を行い、親指と手のひらで物を挟めるようになると、重度障がい者のためのプログラマー養成講座を申し込む。
 手に挟んだボールペンで一文字ずつ、たどたどしくキーボードを押した。その後、社会福祉法人の工場で2年働き、市役所に出向することに。プログラミング作業を担うようになった。
 車通勤で、福祉車両での運転は可能だったが、運転席側に広いスペースがないと、車いすでの乗り降りはできない。やっと見つけた駐車場は、職場まで1キロ離れていた。雨が降れば、傘も差せない。何一つ簡単なことはなかった。
 「よからんは不思議わるからんは一定とをもへ」(御書1190ページ)の御文を胸に、一つ一つ“大変”なことを乗り越えて、“当たり前”に変えていく。
 さらに学会精神を学ぶうち、その先にある生き方を求めていく。
 模範は、自由グループ(身体に障がいがある人の集い)の先輩たち。“一人のために”と、他の人に尽くしていた。その姿に何度も感動し、勇気づけられた。
 勝手さんに身体障がい者団体への加入を勧めてくれたのも、同グループの同志だった。当初は役員名簿に名を連ねただけだったが、社会福祉主事を取得。NPO法人化に携わったのを機に、2007年から理事長を任された。
 以来、愛車で会員の自宅を訪ね、励ましに走る。当事者同士の会話に遠慮はなく、心の距離が縮まる実感があった。
 12年には、NPOが運営する通所施設の施設長を打診された。利用者の“やりがい”や“生活の質”に関わる大きな責任が伴う。市役所の仕事をやりながらの施設長は無理だった。
 しかし、“定年前だが、世話になった福祉に、恩返しをしたい”と決断した。

 いざ実態を知っていくと、障がい者がまだまだ、ないがしろにされていると感じる場面は数多くあった。
 利用できる行政サービスも、申請しなければ受けることができない“申請主義の壁”。制度のはざまで、取り残されている人がいる。
 移動さえ大変な人たちが、どうやって調べ、誰を頼りにすればいいのか。勝手さんは“当事者の自分だからこそ”と社会福祉士を目指すことを決めた。
 仕事をしながら通信講座を受講。2年で114本のリポートを作成し、実習やスクーリングにも行った。真弓さんが「体がおかしくなるんじゃないかと思うくらい」追い込んでの勉強。
 その間、学会活動でも自由グループの会合に全て参加した。一歩も退かない挑戦で、61歳で難関を突破した。
 施設長を務める就労継続支援B型事業所は、一般就労が困難な障がい者に対して、個人のペースに合わせてリハビリや訓練、作業を提供する。
 利用者には、脳梗塞などによる高次脳機能障害や失語症を抱える人がいる。感情の浮き沈みがある人や、作業やリハビリに前向きになれない人もいる。
 そうした人たちも、一緒になって作業や体操をするうち、少しずつ笑顔や発言が増えていく。
 「ここに来れば元気になれる。皆にとっての“居場所”であってほしい」
 勝手さんはパソコンに向かい、工賃や給与計算の業務に携わる。
 利用者は職員と一緒になり、箱折りや箸置き、カードケース作りの作業を行う。手先が利かない勝手さんには、できない作業でもある。
 「それぞれの『やれる』ことに挑戦していけば、それが『やりがい』につながると思うんです」
 心には常に池田先生の指導がある。「真剣な祈りは、必然的に、行動を伴う。行動しない祈りは遊びである」
 勝手さんは仕事から戻ると1時間、その日の課題をそのまま、御本尊に祈る。何ができるかを模索し、活路を見いだす。
 日曜は大抵、NPOでイベントに出店する。店頭には、皆で作ったネズミの置物や箸置きの焼き物が。利用者たちが販売を受け持つ。勝手さんは朝から、何度も往復し、メンバーの送迎を担う。
 「当たり前のことをやってるだけ」。そう語る勝手さんは、やりがいと充実感で満ちていた。
  

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