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2019年11月

2019年11月30日 (土)

2019年11月30日(水)の聖教

2019年11月30日(水)の聖教

◆わが友に贈る

   社会で奮闘する
 わが地域の青年に
 皆で温かな応援を!
 後継の育成と成長こそ
 広布拡大の原動力だ!

◆名字の言

「私の“入会記念日”は二つあります」と、ある壮年部員が語っていた。一つ目は、文字通り入会した日。二つ目は、人のことを祈り始めた日、だという▼彼が言う“2回目の入会”までには随分と時間がかかった。信心する意味を見失い、活動から離れた時期もあった。やめてしまおうかと思う時も。だが、信心を勧めた先輩は関わり続けてくれた。共に信心の基本を学び、共に動き、共に祈ってくれた▼当時を振り返り、先輩は言った。「不安もあっただろうに、君は僕を信じ、一大決心をして入会してくれた。だから僕も一大決心して、君と一緒に成長していこうと決めたんだ」。“2回目の入会”を誰より喜んだのも先輩だった▼池田先生は男子部の第1部隊長の時、さまざまな事情で個人指導が行き届いていなかった新入会者や、思うように活動できていない部員に会うことに、弘教と同じくらい力を入れた。当時、先生は語っている。「一人ひとりを大事に面倒をみて、育てていく。それも大切な弘教です」▼“わが心の入会”は何度あってもいいのかもしれない。新しい自分に一歩成長できた日、新しい決意で信心に挑み始める日は、ともどもにたたえ合い、喜び合える記念日だ。その積み重ねが、揺るぎない幸福への軌道となる。(鉄)

◆寸鉄

広布に戦い続ける人が菩
薩であり仏―恩師。共に
若々しい心で今日も前進
     ◇
SGIは異なる文化や背
景の人を結ぶ役割果たす
―博士。共生社会の指標
     ◇
「貴賤上下をえらばず」
御書。信心に肩書や立場
は関係なし。率先の人に
     ◇
暖房器具火災での死亡事
故、5年で100人。7割が高
齢者。共に注意呼び掛け
     ◇
寒さが増す時季。無冠の
友の皆様ありがとう!使
命の道を呉々も無事故で


【教学】

◆〈12月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 男子部教学室編  同生同名御書
 信心貫く人が勝利者 “陰の戦い”に陽報は必ず

御文 人の身には同生同名と申す二のつかひを天生るる時よりつけさせ給いて影の身に・したがふがごとく須臾も・はなれず、大罪・小罪・大功徳・小功徳すこしも・おとさず・かはるがはる天にのぼて申し候と仏説き給う、此の事ははや天も・しろしめしぬらん、たのもしし・たのもしし(御書1115ページ)

通解 人の身には、同生と同名という二人の使いを、天は、その人が生まれたときからつけられている。(この二人の神は)影が身に随うように、寸時も離れず、その人の大罪・小罪・大功徳・小功徳を少しもおとさず、かわるがわる天に昇って報告していると、仏は説かれている。このこと(日眼女が夫・四条金吾を佐渡に送り出したこと)は、すでに天も知っていることであろう。まことに、頼もしいことである。

背景と大意
 本抄は文永9年(1272年)4月、流罪地の佐渡・一谷に日蓮大聖人を訪ねた四条金吾に託し、鎌倉で留守を守る金吾の妻・日眼女に与えられたお手紙である。
 武士として江間氏に仕えた四条金吾は、純真な信仰を貫き、鎌倉の門下の中心的存在として活躍。大聖人から「崇峻天皇御書」など数々の御書を頂いている。
 本抄で大聖人は、金吾夫妻の強盛な信心と、遠く隔てた佐渡の地まで夫の金吾を送り出した日眼女の志を称賛。その功徳は必ず御本尊に通じると述べ、不退の信心を勧められている。

解説
 本抄の題号に掲げられている「同生」「同名」とは、それぞれ「同生天」「同名天」のことである。
 人が生まれた時から常に両肩にいて、瞬時も離れずに、その人の全ての行動の善悪を天に報告するという神であり、別名を倶?生神ともいう。
 二人の神が示すのは、生命の「因果の理法」である。すなわち、私たちの一念や振る舞いは、誰が知らなくても、全て自己の生命に刻まれ、必ず善悪の報いを受ける。この因果律は、仏法が明かす根本的な原理である。
 拝読御文の「此の事」は、日眼女が、佐渡の地へと夫の四条金吾を送り出したことを指す。
 この前段で大聖人は、頼れる使いもいない、乱れた世で、夫を送り出した日眼女の真心は「大地よりも厚い」「虚空よりも高い」(御書1115ページ、通解)と、その潔い志をたたえられている。
 そして、同生天・同名天の法理を通して、「此の事」を、必ず諸天が見守っていると確信を込めて仰せである。
 陰の立場で仏法に尽くす日眼女は、どれほど励まされたことであろうか。
 大聖人が四条金吾に宛てられた別の御書には、「陰徳あれば陽報あり」(同1178ページ)とも仰せである。
 陰の労苦を惜しまず信心を貫いた四条金吾夫妻の生き方は、私たちが取り組む広宣流布のための行動一つ一つにも、無量の功徳が輝くことを示しているといえよう。
 こうした御文に照らして、日々の会合参加や訪問・激励、仏法対話、そして創価班・牙城会をはじめとする“陰の戦い”は、誰が見ていなくても、全て自身の福徳となって積まれていくことは間違いない。
 池田先生は語っている。
 「因果の理法は峻厳です。自分が、どう祈り、どう戦っているか、どう行動してきたかは、自身の生命に厳然と刻み残されている。どこまでも真面目に、誠実に信心を貫いた人が、絶対に最後は勝つ。必ず無量の福運を積んでいけるのです」
 明「前進・人材の年」開幕まで、あとわずか。
 「冥の照覧」を確信しながら、自身の人間革命に挑み抜き、本年を総仕上げしていきたい。

〈ナットクTALK〉  テーマ:幸福な人生

Q 親に結婚を勧められます
A 幸不幸を決めるのは自分自身
 新井区男子部長 原田君、憂鬱そうな顔して、どうしたの?
 原田ニュー・リーダー 実はこの年末、ちょっと実家に帰りたくないなぁと思ってて。
 新井 親御さんとけんかでもしたの?
 原田 いや、違うんです。両親とは仲が良いんですけど、最近、帰るたびに「結婚はまだなの?」「いい相手はいるの?」って、しつこくて……。今、とても仕事が楽しくて、大きなプロジェクトを任されるようにもなったし。なんか家庭を持つと、自由な時間が制約される感じがしちゃうんです。
 新井 そうか。そろそろ結婚する同級生も増えてくる年齢だしね。周囲が結婚し始めると、本人より、意外と親の方が焦っちゃったりするんだよね。
 原田 親と話していると、まるで「結婚しないと幸せになれない」と言われているような気がして。
 新井 僕らの親の世代は、“定職に就いて、結婚するのが幸せな人生”っていう考え方が一般的だったから、きっと、原田君に幸せになってもらいたいっていう、わが子への強い願いが、“しつこさ”になっちゃうんだろうね(笑い)。
 原田 その気持ちはうれしいんですが。
 新井 池田先生はこう仰ってるよ。「裕福な家庭に生まれ、周囲がうらやむような結婚をしても、それが幸福かどうかは、だれにも分からない」「立場がどうあれ、また環境がどうなろうとも、揺るがぬ自分自身を築いた人が幸福である」と。
 また御書には「ねふかければはかれず・いづみに玉あれば水たえずと申すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか」(1479ページ)とある。人生の幸福という点で最も大事なのは、信心の根っこを強くすること。そうすれば、どんな大変なことに直面しても、決して負けないんだ。
 原田 僕も大学校で、揺るがない信心の根っこをつくりたいです!
 新井 その上で、僕の経験から言えば、結婚したことで確かに自由に使える時間やお金は減ったけど、支え合える“人生のパートナー”を得たことで、仕事や学会活動に張り合いがもてるようになったし、生かせることも多いかな。もちろん、大変だなって思うこともあるけど、妻と二人で乗り越えていく中で、信心の確信が深まったよ。あくまで結婚は自由だけど、祈りながら、親の言葉に向き合っていくことも大事だと思うよ。
 原田 そうですね。自分の将来を見据えながら、まずは真剣に向き合ってみようと思います。


【聖教ニュース】

◆未来部勝利月間が12月1日スタート  2019年11月30日
 宝の友を励まそう! 少年少女部は合唱祭 受験生にもエールを

 

  • 本年9月に行われた関西未来部の大会(大阪・交野市の関西創価学園で)

本年9月に行われた関西未来部の大会(大阪・交野市の関西創価学園で)

 あす12月1日に「未来部勝利月間」がスタートする(22日まで)。  
 本年、未来部の友は勉強やクラブ活動などに加えて「E―1グランプリ」や作文・読書感想文コンクール、少年少女希望絵画展などに勇んで挑戦してきた。とう尾を飾る月間では、「未来部の日」(15日)を中心に、訪問・激励を通してメンバーをたたえていく。  
 少年少女部は「きぼう合唱祭」を各地で開催し、勇気と希望のハーモニーを届ける。
 中学、高校、大学受験に挑む友にとっては大事な時期を迎える。本人や家族の負担にならないよう、こまやかな配慮をしながらエールを送りたい。  
 進学推進の模範と輝く沖縄県では、毎年、多くの友が創価大学・女子短大をはじめ大学への進学を勝ち取っている。沖縄出身の創大や短大の現役生たちが帰省した折などに、手書きのメッセージと写真を添えた日めくりカレンダーを受験生一人一人に手渡すという。その真心を受け取った受験生たちは、さらなる勉学の挑戦を誓う。  
 池田先生は受験生にエールを送る。  
 「とりわけ受験は、未来部のみんなが初めて迎える、大きな岐路とも言えるでしょう。分からないことや不安があって、当然です。だから、自分一人で悩みを抱えこまないで、親や学校の先生、信頼する先輩方に率直に相談しながら、大きな心で最高の進路を選び取っていただきたい」  
 未来部員は、全員が「人類の宝」「世界の希望」である。受験生をはじめ一人一人の友の声にじっくりと耳を傾け、温かな励ましを届けていきたい。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈「新・人間革命」と私〉 心に刻む珠玉の言葉  北陸婦人部長 横山美智子さん

 幸せになるための信仰なんですから、楽しく、弾む生命で、学会活動にいそしんでいくことが肝要です。それには、信心は義務ではなく、権利であることを心に刻むことです。受け身ではなく、自ら積極的に、戦いを起こしていくなかに、歓喜が生まれます。〈第28巻「大道」の章〉


時代背景
 1978年(昭和53年)8月8日、山本伸一は創価文化会館内の広宣会館で行われた県長会議に出席。席上、北陸の歌「ああ誓願の歌」の歌詞が発表される。伸一は「北陸は、“広布の誓願”に生き抜かれた戸田先生の、ご生誕の地」と述べ、「どうか、恩師の、その精神を受け継ぐ闘将の皆さんであってください」と訴える。

弾む生命で 広布に挑む
 「大道」の章には、池田先生が北陸の歌「ああ誓願の歌」を贈ってくださったシーンが描かれています。
 先生は、4番まである歌詞のそれぞれ3行目が大切であることを教えてくださり、「常楽」「遊楽」「同心」「誓願」との北陸の不滅の指針を込めてくださいました。
 同章の中で、とりわけ私の心に残ったのは、「楽しく、弾む生命で」「自ら積極的に、戦いを起こしていくなかに、歓喜が生まれます」との言葉です。

戸田先生のご生誕の地に地涌の人材が躍動
 かつては“念仏王国”といわれてきた北陸。学会への無理解や偏見から、多くの同志が誹謗中傷を受けました。
 このような状況下にあって、池田先生と不二の絆で結ばれた草創の父母たちは、強盛な祈りと誠実な対話を貫き、理解の輪を大きく広げてこられました。
 こうした先輩方の不断の努力があって、今、戸田先生のご生誕の地・北陸は、地涌の人材が生き生きと躍動する時代を迎えています。

“北陸を希望あふれる幸福の楽土に”との師の心
 これまでの北陸広布の歴史を振り返った時、同歌には、旧習深い地域の“哀音”を打ち破り、希望あふれる幸福の楽土へと変革してほしいとの、北陸に対する池田先生の深いご期待と励ましが込められていると感じずにはいられません。
 北陸婦人部は2014年に、小説『新・人間革命』を学び合う「喜多国コスモス大学校」を開校。“信心の教科書”を学び深める機会を設け、師の心をわが心に刻みゆく研さん運動を続けています。
 これからも、池田先生と対話する思いで、拝読していきたいと決意しています。
 
皆が“広布の主体者”の誇りに燃えて
 池田先生は同章に、「日々の学会活動が、楽しくて楽しくてしょうがないという人は、自ら勇んで行動を起こした人です。それが信心なんです」と、つづってくださいました。
 学会創立90周年となる明「前進・人材の年」へ、北陸婦人部は、皆が“広布の主体者”の誇りに燃え、「ヤング白ゆり世代」と共に、真心で他者に尽くせる、福運に満ちた人材の陣列を拡大してまいります。

◆〈ライフウオッチ--人生100年時代の幸福論〉 インタビュー ローマ・ラ・サピエンツァ大学 ツーツィー・グラツィア博士  「希望」を伝え、心を豊かにする真のコミュニティーの再生を

 人生100年時代の幸福論を探る「ライフウオッチ」。これからの社会を支える若い世代が、豊かに生きるためには何が必要か。ローマ・ラ・サピエンツァ大学のツーツィー・グラツィア博士に話を聞いた。(聞き手=西賢一)

 日本で急速に進む少子高齢化・人口減少は、イタリアでも深刻な課題として認識されている。同国の合計特殊出生率(※)は1・32で、日本の1・43よりも低く、欧州の先進国の中で最低レベルだ(2017年)。また、人口学者たちが推計した子どもの寿命は、2007年生まれの半数が、イタリアで104歳、日本に至っては107歳まで生きる見通しだという。そうした状況を、ツーツィー・グラツィア博士はどのように見ているのか。
  
 少子高齢化・人口減少については、さまざまな問題点があると思います。
 一つ目の問題点は社会的な施策です。
 イタリアでは子どもを産みたいと願う家庭に対する経済的な支援が、なかなかありません。幼稚園・保育園の利用料も高く、待機児童の問題も深刻です。
 物価もますます上昇しており、本来、もっと希望を持ってよいはずの子育てが、楽しんでできる状況にないのです。
 もう一つの問題点は雇用です。
 現代社会には“自分さえ良ければいい”という利己主義が、まん延しています。かつて私自身も経験したことですが、青年たちは競争を強いられ、受験でも就職でも“周囲に負けられない”という気持ちから、精神的な負担を感じているように思います。
 また、イタリアでは大学や大学院を出ても就職が困難で、失業率も依然として高いままです。やっと職を見つけても短期契約、という人も大勢います。
 もちろん、彼らは自分が定めた目標を実現できる可能性を持っていますが、多くの若者は達成するまでにかなりの時間を要してしまいます。仕事や生活が安定する頃には、すでに40代という人も少なくなく、そこから家族を持つことが難しくなっているのです。
 そのため、青年たちは将来の見通しが立てにくくなっており、子どもと共に生きる未来に対して希望を失っているのが実情です。
  
 若い世代が直面している諸問題もまた、世界共通であることが分かる。それらを乗り越える鍵は、どこにあるのか。
  
 社会的な支援が必要なのは当然ですが、普遍的な価値を大切にすることではないでしょうか。その価値とは「人間関係」であると私は思います。
 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)によるつながりよりも、人間的な連帯が大事です。著名な社会学者のジグムント・バウマンも、SNS偏重の傾向に警鐘を鳴らしています。
 現在の多くのメディアが伝える価値観は、社会的成功や高収入、高価なスマートフォンを手に入れることが大事であるといったメッセージであり、これも若い人たちを迷わせているように感じます。それらが手に入らなければ、彼らは落ち込み、自暴自棄になってしまう場合があり、とても心配です。
 その意味で、少子高齢化の影響もあって衰退してはいますが、やはり正しいメッセージを伝え、心を豊かにする、真のコミュニティー(共同体)の存在が不可欠なのです。
 私の場合は教員ですから、大学という世界の中で、その役割を果たしたいと考えています。
 宗教の社会的使命も、そこにあるのではないでしょうか。特に創価学会は、会員が多い分、責任が大きいといえます。
 大切なのは、会員はもちろん一般にも、とりわけ青年たちに「希望」を伝えることでありましょう。何があっても、この人生、この世界、この地球は素晴らしい。誰もが歴史の主人公になれる。だからこそ、何事も情熱をもって、楽しんでやろう――そうした意識を持てるようにしてあげることが重要です。
 さらに、①対話すること②自分なりの考えを持つこと③自身の中にある可能性を引き出しながら、周囲の人々との調和を持続すること――などを教えるのも、大事であると思います。
 また、よく言われていることですが、礼拝や布教などの宗教活動に熱心であれ、無宗教であれ、人間として重要なのは現実社会の中で善行をなしているかどうかです。
 私が3年前に創価学会と出あい、一番驚いたのは、イタリア全土に10万人近くいるというメンバーの数でした。宗教間の対話や交流を推進しておられる点も評価できます。
 素晴らしいのは、それだけ多くの人々に正しい生き方を示してきたという事実であり、どうすれば良き市民として社会に貢献できるかを教えておられるのが、よく分かります。
 ツーツィー博士は、アルゼンチンの人権活動家でノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士と親交が深い。昨年6月にローマで行われた、エスキベル博士と池田先生による共同声明「世界の青年へ レジリエンス(困難を乗り越える力)と希望の存在たれ!」の国際記者発表会では、進行役を務めている。
  
 エスキベル博士も「自身の行動を通して、“希望の言葉”を伝えなければならない」と、常々言われています。
 「私は希望を失ったことは、一度もありません。その希望の心、連帯の心を、今こそ青年たちに継承してもらいたい」とも語っておられます。
 博士と池田先生の人生は、青年たちのモデルになっていると強く確信しています。両者は自らの信念を貫き、正義のために“希望の力”をもって戦ってこられました。まさに、共に発刊された対談集『希望の力』(邦題『人権の世紀へのメッセージ』)のタイトルの通りです。
 昨年6月に発表された共同声明には、青年の連帯がある限り、何があろうと、希望は絶対に失われないとのメッセージが込められています。
 この共同声明は、両者と若い世代を結ぶ「絆」であると思います。
 先人たちの知識や経験は、貴重な歴史であり、財産です。今後は、博士と先生の後継者である青年たちが、具体的に行動を起こし、地球的課題の解決を目指す共同声明のメッセージを、世界中に伝えていってほしいと心から願っています。
 ただし、それは青年たちだけに未来の責任を負わせるという意味ではありません。私たち大人が彼らを正しい方向に導き、同じ道を歩んでいく必要があります。
 そうすれば、“人は100歳まで青年でいられる”と言われるエスキベル博士のように、誰もが前向きで若々しい生き方ができるのではないでしょうか。
 Tuzi Grazia イタリア・ローマ出身。ローマ・ラ・サピエンツァ大学で民族音楽学博士号を取得。スペインのバリャドリード大学教授などを経て、現在はローマ・ラ・サピエンツァ大学の准教授。専門は民族音楽学。移民コミュニティーについても研究している。
 ※合計特殊出生率とは、1人の女性が生涯に産むことが見込まれる子どもの数を示す指標。
ご感想をお寄せください
ファクス 03―5360―9613
kansou@seikyo-np.jp


◆〈信仰体験〉〈ターニングポイント〉 今度は、私が、誰かを!  ロックバンドボーカル

 幸せって何だろう。
 梅村幸子は、自分の名前にも込められたその意味を、ずっと考えてきた。 
 夢に向かって、思い通りにならないことも結構あって、でも、どれも無駄じゃなかったと思う。一つ一つが、ロックバンドのボーカリスト「Sachi」を形づくっている、大切なピースだったから。

 夢は、オリンピックに出ることだった。
 小学1年で始めた新体操。中学の時は兵庫県選抜になって、高校も全国屈指の名門校の特待生枠に。骨盤を骨折する大けがもはね返し、全国2位の結果を残せた。
 でも大学時代、壁にぶつかった。先輩・後輩の厳しいしきたり。膨大な練習と結果へのプレッシャーで心が不安定になった。苦しい時は、人前に出られなくて、トイレにこもって食事をした。それでも最後のインカレで上位の入賞を収め、全てやり切って新体操を引退した。

 大学を卒業。心配ばかりかけてきた母親への恩返しを込めて、エステサロンに就職した。体も心も美しくしていく仕事。顧客一人一人と丁寧に関わった。指名も増え、毎日にやりがいを感じていた。
 施術の時間に、相手がプライベートの話をしてくれることも、わりとある。仕事のことだったり、交際相手のことだったり、人生の目標や夢のことだったり……。
 一生懸命に頑張っている人の話は、それがハッピーなことであっても、ネガティブなことであっても、聞いていて勉強になった。
 とても充実した日々。でも迷いも生まれた。私にしかできないことって? 私の使命ってなんだろう――。
 そんな心境を親身に聞いてくれる人たちがいた。創価学会の女子部の先輩。話を聞いてもらうだけで、気持ちが楽になる。職場で顧客の話を聞く“逆パターン”だった。
 信仰に熱心に励む両親を見て育ってきた幸子だけに、池田先生の言葉にも、何度も励まされてきた。
 先生はつづっている。
 「人生に平坦な道のりなどない。しかし苦しんだ分だけ、自分が幸せになれ、人を幸せにできるのが、仏法である」
 幸子は思った。
 “今度は私が、誰かを励ましたい!”
 周囲を元気に。それが「幸子」という名前に込められた私の使命――。その思いは日に日に強くなる。
  そんな時、友人から思いも掛けないことを言われた。「サチは、いい声してるから、出てみたら」
 アニメソングのコンテストで優勝してしまった。

 自分で曲と歌詞をつくって、みんなに元気になってもらえたら――。
 思い切って地元でバンドを組み、音楽活動を始めた。理想と現実のギャップに苦しみ、トレードマークだった笑顔も失いそうになることも。
 そんな時、ふと聖教新聞を開くと「幸の歌声」との言葉が目に飛び込んできた。“まさに私へのエール!”と思った。
 その後、経験を積む中で、海外でも活動していた今のバンドメンバーと知り合う。
 2017年(平成29年)に、ロックバンドグループ「BrighNation」を結成した。 
 皆、経験豊富でプロ意識が高い。「この業界はそんな甘い世界じゃない」という厳しさも教えられた。
 心を強く持とうと、「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(御書1190ページ)の御文を言い聞かせた。関西の芸術部員たちの励ましも奮い立つ力になった。
 「ロックは誰もが持っている“負けない心”を呼び覚ます力強い音楽。“みんなが熱く、元気になるように!”との思いを込めて全力でステージに立っています」
 ラジオやテレビ出演、国内外のイベントへのオファーも増えている。
 「目先のことに振り回されない高い志を持ち続けないと負けてしまう」と。
 梅村幸子の目指す先は“世界中の人の幸せ”。その使命を果たそうと、今、さまざまなジャンルの曲に取り組みながら、日々100%の自分で挑み続けている。

◆〈読書ワイド〉金子兜太遺句集『百年』をひもとく 田中亜美(本紙俳壇選者)

本紙インタビュー時、95歳の金子兜太氏(2014年11月、埼玉・熊谷市内で)

 98歳で昨年逝去した日本を代表する俳人・金子兜太(1919~2018年)の第15句集『百年』(朔出版、3300円)が、去る9月に発刊され、好評を博している。“兜太最後の直弟子”としても知られ、同句集の刊行委員を務めた本紙俳壇選者の田中亜美さんに、同書の意義や特徴などについて寄稿してもらった。

本紙インタビュー時、95歳の金子兜太氏(2014年11月、埼玉・熊谷市内で)

〈金子兜太略歴〉
 大正8年9月23日、埼玉・小川町に生まれ秩父地方の皆野町に育つ。父は医師で俳人の金子伊昔紅。旧制水戸高校在学中に句作を始める。東京帝国大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。昭和37年、俳句誌「海程」を創刊、同人代表および主宰を務めた。同58年から平成12年まで現代俳句協会会長。同14年、第13句集『東国抄』にて第36回蛇笏賞。昭和63年に紫綬褒章。平成15年に日本芸術院賞。同20年に文化功労者。同30年2月20日、逝去。
『百年』収録の10句(筆者選)
 昭和通りの梅雨を戦中派が歩く

 津波のあとに老女生きてあり死なぬ

 雲は秋運命という雲も混じるよ

 秩父谷朴咲く頃はわれも帰る

 嘗つて海底秩父に育ち鰯面

 棚にタオル薔薇無造作に床にかな

 朝?よ若者逝きて何んの国ぞ

 雪の夜を平和一途の妻抱きいし

 河より掛け声さすらいの終るその日

 陽の柔わら歩ききれない遠い家

最後まで凜として明晰
■最晩10年の736句
 句集『百年』は、2018年2月に98歳で亡くなった、俳人・金子兜太の遺句集です。
 第15句集となる本句集には、08年から亡くなる2週間前に詠まれた最後の作品まで、約10年間のほぼ全句が収められています。収録句数は736句で、88歳から98歳に至るまでの晩年の歩みが、年代順に記されています。
 私は刊行委員の一人として、この句集の編集に携わりました。
 何よりも感銘したのは、人の晩年は、こんなにもエネルギッシュで豊かなものか、ということでした。
 晩年の10年間は、08年のリーマンショックと、それに伴う不況、11年の東日本大震災など、社会的・経済的にもさまざまな苦難がありました。一方で、兜太自身も92歳の時に胆管癌の手術を受けるなど、いくつかの危機を乗り越えてきました。
 
 検査入院名月が待つているとは
 一老を生かさんと釣瓶落しに医師たち
 
 入院中に詠まれた句です。不安で苦しい時だからこそ「名月」をユーモラスに愛でているのが印象的です。医療や看護、介護に携わる方々への敬意と感謝を忘れませんでした。
 苦境を前向きに捉える精神のみずみずしさは、人生の<晩年>になってこそ、ますます発揮されるのではないでしょうか。
 人は年を重ねるごとに、よりいっそう命を愛おしむようになるといいます。己の命を愛おしみ、他者の命を愛おしむ。人間も動物も草花も同じ生命を持つ仲間同士なのだから。それを、兜太は「生きもの感覚」と呼びました。
 故郷の秩父の作品が心に残ります。
 
 山影情念狼も人も俯伏き
 科の花かくも小さき寝息かな
 
 絶滅したとされるニホンオオカミに心を寄せ、小さな花の呼吸に耳を傾けること。人生の<晩年>だからこそ、詠むことのできる世界観が、この句集には籠められているようです。

兜太氏の書斎(筆者提供)
■代表3句を読み解く
 嘗つて海底秩父に育ち鰯面

 秩父地方は、聳え立つ山々で知られています。その山を形づくっている地層や岩石が、今から3億年以上も前の古生代から中生代にかけての海底火山の噴出物であり、サンゴ礁を形成していた生物、海を泳いでいた魚などの殻や骨格の堆積物です。
 山国でありながら、太古の海の記憶を残す故郷の自然を、兜太は生涯愛し続けました。
 「鰯面」は鰯のような顔。いわゆる美男子ではないかもしれませんが、庶民的な親しみを感じさせます。
 
 雪の夜を平和一途の妻抱きいし
 
 兜太は、日中戦争の契機となった満州事変の年に12歳、太平洋戦争開戦の年に22歳でした。終戦の前年に、トラック島に赴任しました。サンゴ礁の美しい南洋の島で目にしたのは、悲惨な戦争の現実でした。
 空襲や飢餓で亡くなった兵士の顔が今でも思い浮かぶ、彼らの死に報いなくてはいけないと、目に涙を滲ませながら語っていた姿が忘れられません。
 晩年の兜太は反戦を強く訴えました。その根底には多感で繊細な青年時代の体験があります。<平和>とは、愛する妻のように、優しくあたたかく包み込むものという深い思いが、「雪の夜」の静かな情景と響き合っています。
 
 陽の柔わら歩ききれない遠い家
 
 兜太は亡くなる2週間前まで俳句を作り続けました。この句は、最後に記された9句の最後の作品です。
 兜太は「歩く」ことを大事にしていました。杖を使うようになっても、挨拶などでは背筋を伸ばしていました。最晩年は車椅子を押されながら、にっこりとほほ笑んでいました。
 「歩ききれない」とは、自分の道を懸命に歩いてきた人だからこそ成しえた、前向きな表現ではないでしょうか。
 柔らかな陽射しを浴びながら、はるかな道を歩み続けてゆく。安らかな決意の一句のようにも思われます。

絶筆の9句原稿(筆者提供)
■編集を終え思うこと
 句集『百年』は、今年の9月23日に合わせて刊行。ちょうど百歳の誕生日に当たります。また、収録作を読み解くブックレット(朔出版、770円)も刊行されました。
 生誕百年を記念して、埼玉県熊谷市と実家のある皆野町で盛大なイベントが開かれました。皆野町では、さまざまな立場の俳人が集結して兜太俳句の魅力を語るシンポジウムが開かれました。町長さんをはじめ、町民の皆さんが秩父音頭を披露してくださり、楽しい時間を過ごしました。
 私が師・兜太から教わったことで今も大事にしていることに<古き良きものに現代を生かす>と<一流性と一般性>があります。
 意味だけを考えると矛盾した物言いなのかもしれません。しかし、兜太は俳句という文学/文芸においては、互いに矛盾する志向の、いずれもが大切であり、両立すると考えていました。
 現代俳句の第一人者として斬新な表現を追求しながら、芭蕉や一茶、東洋や西洋の古典も貪欲に学びました。詩的で難解な俳句も平明でユーモラスな俳句も、どちらも大事にしていました。俳句を通じた国際交流にも力を注ぎました。
 兜太は悟り澄ました物言いをすることは好みませんでした。一人の人間、生まな<荒凡夫>として、「俳句とは何か」「人はどう生きるか」という問いを、ひたむきに求め続けた人だったのだと思います。
 編集作業に当たる間、私は長男の金子眞土ご夫妻の好意で、生前の兜太の書斎に案内される機会がありました。
 大きな机には、使い込んで背表紙が割れた大型の国語辞書、漢和辞典、外国語の辞書や事典など、広範囲にわたる関心をうかがわせる書物が並んでいました。世界史の年表や資料集もありました。
 俳句や文学にとどまるのではなく、幅広い視野から、人間の営みと世界を洞察することを忘れませんでした。98歳の知的好奇心は、最後まで凜として、明晰だったのです。
〈筆者プロフィル〉
 たなか・あみ 東京都出身。俳誌「海原」(前「海程」)同人。近現代ドイツ詩研究者。青山学院大学、実践女子大学などで講師を務める。1998年、海程俳句会に入り、主宰の金子兜太に師事。2006年に現代俳句新人賞、12年に海程賞を受賞。現代俳句協会会員。日本文藝家協会会員。15年4月から本紙俳壇選者。





2019年11月29日 (金)

2019年11月29日(金)の聖教

2019年11月29日(金)の聖教

◆わが友に贈る

   詐欺に厳重注意!
 性急な判断は禁物だ。
 慌てず 焦らず
 家族や周囲に相談を。
 皆で声を掛け合おう!

◆名字の言 「旅」の語源を知っていますか?   2019年11月29日

 「旅」という日本語は「賜る」が転じたものではないか――そうつづったのは、民俗学者の柳田国男である(『定本柳田國男集第25巻』筑摩書房)▼かつて「たぶ(賜ぶ)」という動詞が用いられた時代があった。「品物や恩恵をいただく」等の意味だ。保存食も十分になかった頃の長旅では、行く先々で現地の人々から食べ物や宿泊場所などを与えてもらう、すなわち「賜びてもらう」のが一般的だった。それが、いつしか「旅」と呼ばれるようになったという説である▼そう考えると、人生を「旅」に例えることが多いのもうなずける。人は誰しも、一人では生きていけない。支え合い、与え合いながら、幸福という目的地を目指し、歩みを進めていくものだろう▼まして広布の旅路は、何代もかけて成し遂げていく長征だ。広宣流布大誓堂の北側広場に立つ歌碑には、「妙法の 広布の旅は 遠けれど 共に励まし とも共に征かなむ」と刻まれている。戸田先生が詠み、池田先生が記したものである▼万代にわたる広布の流れを確かなものとするには、後継の青年を励まし、育てる以外にない。「励まし」は「万」の「力」。今日の学会の世界的な発展は、師の激励と同志の奮闘の賜物にほかならない。共戦の旅路を、これからも。(之)

◆寸鉄

世界で充実の教学試験。
求道の人材群が陸続と!
哲学の深さが青年を糾合
     ◇
一家和楽の信心を共に。
親から子へ、子から孫へ
着実な継承に未来あり!
     ◇
宗教は体験する以外に分
からない―先師。自身の
“実験証明”の確信を語れ
     ◇
流感は肺炎や脳症など、
合併症の危険も。ワクチ
ン接種等で早めの対策を
     ◇
賃上げを実施した企業の
割合、初の9割超。公明よ
生活者支える政策さらに

◆社説 2019・11・29 あす「絵本の日」 人生を開く想像力と創造力を

 ページを開くとびっくり! 豪華な仕掛けが飛び出したり、動物が生きているように動きだしたり。絵本は今、子ども向けだけでなく、大人向けも数多く出版されている。
 2016年3月から全国を巡回している「絵本とわたしの物語展」(主催=創価学会同展実行委員会、企画協力=毎日新聞社)では、約250種類、600点の作品が並ぶ。また、絵本が生まれた時代の生活空間の再現や、物語の中に入り込めるバーチャル体験コーナーなども。今月27日から、和歌山県田辺市で開幕し、好評を博している(12月1日まで)。
 さらに絵本は、超高齢社会の課題に応えるものとしても注目されている。厚生労働省の推計で、65歳以上の認知症の人は2012年で462万人だったのが、25年には700万人に達するとされる。その認知症の予防として、絵本の読み聞かせが期待されているのだ。
 東京都健康長寿医療センター研究所の鈴木宏幸氏によれば、絵本の読み聞かせを高齢者が行うことで「脳の機能の活性化に役立つ」とし、記憶や空間学習能力をつかさどる脳の海馬の萎縮率を抑制し、認知機能の低下に一定の歯止めがかけられたという(「東京新聞」11月20日付)。
 絵本の読み聞かせは、聞き手と読み手とが一緒になって、ハラハラ・ドキドキし、悲しみや喜びを共有し、心を響かせ合う。その心の滋養は、いつまでも、私たちの心を温め、勇気を送り、人生の大事な力になる。
 宮崎県の婦人部員は、02年から毎週、地元の小学校で絵本の読み聞かせ活動を行っている。初年度の担当は小学1年生。じっと聞いてくれなかった。しかし彼女は、子どもたちの喜ぶ姿を想像しながら、話し方を試行錯誤。身ぶり手ぶりを交え、体を揺らして臨場感を出すと、子どもたちは絵本を食い入るように見つめ、耳をそばだてるようになった。
 74歳になった今は、地域の伝承を方言で語る活動にも取り組んでいる。「昔話は、他人の痛みを思う『想像力』と、苦難をどう乗り越えるかという『創造力』を育みます。絵本を読み聞かせながら、私自身が勇気をもらい、新しいことに挑戦することができました」と。
 創作童話を紡いできた池田先生は、「『こころそのもの』である子どもたちに、最高に良き物語を贈りたい」「心に毒を入れてはいけない。『おいしくて、栄養のある』つまり『面白くて、ためになる』ものを与えてあげたい」と。
 あす30日は「絵本の日」。子や孫、地域の子どもたちと絵本や童話を共に読み、共に楽しみ、語り合い、心の対話を重ねる機会としていきたい。

◆きょうの発心 御義口伝 “烈風魂”で一切の苦難を打開! 2019年11月29日

御文 大願とは法華弘通なり(御義口伝、736ページ・編1582ページ)
通解 大願とは、法華弘通のことである。

 広宣流布の実現こそが、日蓮大聖人の大願にほかならないことを宣言された一節です。
 私が高校に入学した1974年(昭和49年)の春、母が交通事故で急逝――。女子学生部になっても失意の底に沈む中、参加した会合で、この御文を学びました。広宣流布に生きる使命の深さに感動。自身の宿命を嘆き、自らの幸せばかりを求めていた、それまでの信心の姿勢を反省しました。
 84年に、和歌山・白浜町の関西研修道場で池田先生との出会いが。“絶対に退転してはいけないよ”と言葉を掛けていただき、生涯の原点を刻むことができました。
 結婚後も、父の2度の大病、長男の耳の手術など、度重なる困難に直面。そのたびに、師匠や同志の皆さまからの励ましに奮起し、広布拡大に挑む中で、全てを乗り越えることができました。
 信心の先輩でもある義母の支えもあって、3人の子どもたちも学会の庭で成長。長年、信心に無理解だった叔母が、そんなわが家を見て、一昨年に入会しました。
 69年(同44年)12月21日、先生が和歌山県立体育館を舞台に“烈風魂”を刻んでくださいました。来月、50周年を記念して、「和歌山大会」を開催する予定です。大城県の皆さまと共に後継を育み、新たな50年へ勝利を開きます。
和歌山大城県婦人部長 丸田佳代


【先生のメッセージ】

◆〈心に御書を〉10 会場提供の福徳は無量 2019年11月29日

御文 家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん(南部六郎殿御書、1374ページ)
通解 (伝教大師は言っている。)「家に正法を褒めたたえる勤めがあれば、七難は必ず退散する」

池田先生が贈る指針
 妙法の音声が響く家庭は仏天に必ず守られる。
 いわんや、自宅を広布の会場に提供してくださるご一家の福徳は、無量にして永遠である。諸難に打ち勝っていける。
 地涌の宝友が喜び集う個人会館、個人会場は、現代の「法華経の会座」だ。地域の宝城である。
 尊き真心に感謝し、ご家族や近隣にも配慮して、皆で一段と大切に!


【聖教ニュース】

◆創立の月 世界で教学試験  太陽の仏法を学ぶ喜び  2019年11月29日

 世界で高まる仏法研さんの熱気!――創価学会の「創立の月」である今月、各国・地域で教学試験が行われた。

中国語での任用試験に挑むフィリピンの友(マニラ国際平和会館で)

中国語での任用試験に挑むフィリピンの友(マニラ国際平和会館で)

 フィリピンSGI(創価学会インタナショナル)の教学部任用試験は24日、ケソン市のフィリピン文化会館をはじめ全土17会場で実施。レイテ島やサマール島などでは初の開催となった。英語、中国語、日本語で行われ、500人が受験した。

 台湾SGIでは3日、任用試験と、同試験の合格者が対象の進修試験を実施。離島を含む48会場で、合わせて7000人が挑戦した。
 林釗理事長は、新北市淡水区内の試験会場で受験者を激励。「希望の哲理を心肝に染めて、行学の二道にまい進しよう」と語った。
 ドイツSGIの教学試験は3日、フランクフルト近郊のドイツ文化会館をはじめ全国31会場で行われ、スイス・ドイツ語圏の友もチューリヒ会館で受験した。今回、実施されたのは日本の任用試験に当たる「グレード1」。「日蓮大聖人の御生涯」「人間主義の仏法の系譜」「一生成仏抄」などから出題された。
 オーストリアでは10日、日本の任用試験に当たる「グレード1」が、首都ウィーンのオーストリア文化センターで行われた。
 列車で片道4時間かけて試験会場に集った男子部員は「これまで試験を避けてきましたが、このままではいけないと奮起し、受験することができました」と笑顔で語った。
 ベネズエラでは17日に任用試験(レベル1)、一般A試験(レベル2)、一般B試験(レベル3)が20会場で実施され、約600人が受験した。
 任用試験に初めて挑んだ婦人部員は「大聖人の生命哲学を学ぶ喜びを実感しました。池田先生の講義を読み、“師匠との絆”を強める機会になりました」と話した。


【特集記事・信仰体験など】

◆「未来部E―1グランプリ」全国大会への池田先生のメッセージ
人類の幸福と平和の夢の実現へ

 平和の使者たる未来部の皆さん! 日本全国から、ここ世界市民の学びや・創価大学に、本当にようこそ! 私の心もここディスカバリーホールで愛する皆さんと一緒です。
 素晴らしい伝統となったE―1グランプリの様子を、嬉しく頼もしく見守っております。皆さんが今日まで、どれほど、たくさんの努力と準備を重ねてきたことか。チームの皆で、どれほど多くの知恵を出し合い、励まし合いながら、一つ一つ作りあげてきたことか。
 桜梅桃李の個性輝く青春の晴れ舞台は、生涯輝く友情の結晶と言えるでしょう。この会場に集った皆さんをはじめ、E―1グランプリ、そしてE―1フェスティバルに挑戦してくれた全国の全ての友の健闘をたたえ、ここで互いに大拍手を贈り合いたいと思うが、みんな、どうだろうか!(大拍手)
 そして、陰に陽にサポートしてくださった担当者の方々、ご家族の方々、本当にありがとうございます。また、方面の未来本部長・未来部長の方々にも、心から御礼申し上げます。
 
                      ◆ ◇ ◆
 
 今年は、「不思議な博物館」を舞台に設定した、文化の薫り高いE―1となりました。文化は、国や民族を超えて人々を一つにします。
 私も、たくさんの世界の芸術家の方々と友情を深め、文化交流を行ってきました。今、東京富士美術館で、ゆかりの展示会が行われているフランスの美術史家ルネ・ユイグ氏も、その一人です。ルーブル美術館の絵画部長として、第二次世界大戦中には、ナチスから、あの≪モナ・リザ≫をはじめ、人類の宝である美術品を守り抜いた信念の人です。
 かつて関西創価学園を訪問された折、ユイグ氏は、学園生に呼び掛けられました。「まず、足を地につけて着実に歩んでください。しかし、目は未来の希望に向かって、高く上を見てください」と。青年への忘れ得ぬエールです。
 どうか、皆さんは、勉強も、語学も、読書も、スポーツも、一歩一歩、地道に粘り強く努力を続けながら、明るく朗らかに未来の希望を見つめ、心には宇宙大のロマンを広げゆく青春であってください。一人ももれなく不思議な、偉大な使命を帯びて躍り出た皆さんです。
 全員が今はじっくりと力をつけて、「世界広宣流布」という、究極の人類の幸福と平和の夢を、断じて実現していっていただきたいのです。
 
                       ◆ ◇ ◆
 
 最後に、皆さんと一緒に御書の一節を英語で拝したい。
 The Lotus Sutra remains the same, but if you repeatedly strengthen your resolve, your color will be better than that of others, and you will receive more blessings than they do.
 ――同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり(御書1221ページ)――
 宝の未来部よ、「負けじ魂のプリンス(王子)・プリンセス(王女)」たれ! 健康第一、勉学第一、親孝行第一で、世界に友情のスクラムを楽しく広げていってください。(大拍手)

◆心に響くのは心で歌うから 30年続くジャズライブ店〈信仰体験〉  国内最大級のジャズフェスで熱唱

 【兵庫県・猪名川町】大阪の北新地に、30年続くジャズライブ店がある。店の名前は「ヌーヴォー」。高野宏美さん(52)=地区婦人部長、芸術部員=が、夫の大石浩之さん(74)=壮年部員=と営む人気の店だ。高野さん自身、「藤野宏美」の芸名で活動するジャズボーカリスト。かつては華やかなスポットライトを夢見たこともあったが、「一人のために歌える今が、一番充実しています」と。“自分らしく”と言い聞かせ、きょうもマイクを握る。

◆20歳でデビュー◆
 仕事帰りのサラリーマンが街を行き交い始める頃。店に、楽器を持ったお客が訪れる。
 「せわしない世の中。でも皆さんは、音楽を楽しむ“心の余裕”をお持ちなんです」

 客と語らいながらマイクを握る。夫の浩之さんのピアノ演奏で、ジャズの名曲「Waltz for Debby」が始まると、語り掛けるように歌い始めた。軽快に、それでいて優しく――豊かな音色が店内を包む。ステージの出演者が入れ替わると、テーブルには香ばしい料理が次々と運ばれる。
 デビューは1988年(昭和63年)、20歳の時。ジャズシンガーの登竜門といわれたホテル日航大阪「ジェット・ストリーム」のオーディションに合格し、専属歌手として採用された。
 華々しいステージデビュー。だが、その後の現実は厳しかった。1年の契約期間を終えると仕事はなくなった。もう一度、修業する思いで、今の店に飛び込んだ。
 当時、午前3時の営業終了まで、3回転、4回転と客が入れ替わるほど店はにぎわった。精いっぱい歌い、接客もした。皿洗い、店の鍵閉め……ひたむきに働いた。
 ホテル時代の同期の友人は、「海外留学」「有名アーティストとの共演」など、華やかに活躍している。
 「人と比べてばかりでした。だんだんと大好きな歌にも、自信を持てなくなって」
 26歳の時。やむにやまれぬ思いで、創価学会の先輩に悩みを打ち明けた。学会員の両親のもとに生まれたが、信心を自ら求めていったのは、この時が初めてだった。
 先輩から、「自分らしく広布に戦い抜き、勝利者になること」と強く言われた。歌う意味が見つかった気がした。

◆劇的に変わった◆
 先輩は毎週、池田先生の指導を手紙に添えて送ってくれた。励ましは100通を超えた。
 「妙法は、大宇宙に轟きわたる“希望の音声”」――池田先生の一言一言に、勇気が湧いた。
 そんな時、ジャズピアニストのハービー・ハンコック氏が店を訪れる機会が。憧れの大スターは、おおらかで誠実な振る舞い。改めて、ハンコック氏のアルバム「処女航海」を聴くと、音律からあふれる壮大な世界観に胸が躍った。
 “私も人を励ませる歌手になりたい”。歌のレッスンに力がこもった。時間を割いては学会活動に励み、弘教を次々と実らせた。
 この頃から、彼女の歌声は劇的に変わったと浩之さんは言う。「彼女の変化を間近で見ていて、見えがなくなった。“本当の音楽”をいちずに求めるようになった」
 ピアニストとしても名をはせる浩之さんは、2004年に高野さんの紹介で入会。その4年後、二人は結婚した。以来、「ヌーヴォー」で、ジャズを愛するお客と、時に共演しながら、励ましの調べを歌い上げてきた。
 15年には、川満由美子さん(43)=大阪市、副白ゆり長、芸術部員=とハーモニーグループ「ヌーヴェル・ボア」を結成。沖縄育ちの川満さんはエネルギッシュで、伸びやかな歌声が特徴。片や、優しい歌声が持ち味の高野さん。そのデュオは、各地のライブ・イベントで人気を博すようになっていく。

◆最高峰の舞台に◆
 本年2月、うれしい知らせが届いた。7月に開催される第31回「モントレー・ジャズフェスティバルin能登」への出演が決まったのだ。
 世界三大ジャズフェスティバルの名を冠する憧れの大舞台。だが、喜びと同時に、不安が頭をよぎった。川満さんが、心身共に調子を崩していたからだ。“もし彼女が出演できなかったら……”
 不安な気持ちを真剣な祈りで打ち払った。“彼女も自身の宿命と懸命に闘っている。私もやるべきことをやり、祈り抜こう”
 本番前日、北陸に向かう列車の中で、いつもの笑顔をみせる川満さんに安堵した。体調が回復し、出演が間に合った。
本年7月に開催されたモントレー・ジャズフェスティバルin能登のステージ。高野さんらは来年の出演オファーも受けた(本人提供)
 能登の浜風薫る広々とした野外会場には、3000人ものジャズファンが集まった。
 「すごい! 人があんなに遠くまで」
 「私たちらしく歌おうよ。感謝の心を届けられたらいいね」
 歌えることの喜びをかみ締め、二人は舞台に上がった。
 熟練のミュージシャンで結成されたバンド「The Rising Six」の軽快な演奏に乗って、ハーモニーが遠くの山まで響き渡るような感覚だった。最後に披露した曲は「アメイジング・グレイス」。歌い終えた時には、万雷の拍手に包まれていた。

 忙しい日々は今も続いている。地域行事や結婚式、福祉施設のイベント等で歌を披露することも多い。音楽教室では、30人の生徒にマンツーマンで教えている。
 「高野さんの歌を聴いて、入会を決めた友人もいるんですよ」と婦人部の同志は、ほほ笑む。
 仕事のトラブルで落ち込む客、家庭不和に悩む友、病と懸命に闘う同志――目の前の一人一人の心に届けと、真剣に祈り寄り添う毎日。だから、彼女が歌う歌には、心がこもっている。
(関西支社編集部発)

2019年11月28日 (木)

2019年11月28日(木)の聖教

2019年11月28日(木)の聖教

◆わが友に贈る

   各地が新体制で出発。
 正・副役職の団結こそ
 勝利と発展の要だ。
 満々たる生命力で
 新時代を開きゆこう!

◆名字の言

新春の箱根駅伝へ、創価大学駅伝部の調整が進む。先日、1万メートル記録会でムイル選手が27分台、米満選手が自己ベストを30秒以上更新する28分30秒台に突入し、創大の日本人歴代記録を打ち立てた。3番手、4番手も29分10秒台で続き、新たに4人の選手が30分の壁を破った。いい緊張感がチーム内に満ちてきている▼本年2月に就任した創大の榎木監督は「箱根は特別。人生が変わる」と選手に訴える。監督自身も、箱根駅伝で4年連続の区間賞を獲得し、その後の競技人生を開いてきた▼そんな監督の座右の銘は「走姿顕心」。走る姿には、その人のさまざまな心、魂が表れる、という意。長距離走はごまかしが利かない。選手たちの記録更新が彼らの闘志の表れだと思うと、胸が熱くなる▼100メートル10秒の壁、1マイル(約1・6キロ)4分の壁――不可能とされた壁を破る一人が現れると、せきを切ったように更新する選手が続く。それが陸上競技の歴史だった。先月には参考記録ながら、ついにマラソン2時間の壁も破られた。歴史は繰り返されるに違いない▼仏法では「色心不二」を説く。自分にはできないと思う「心の壁」を壊せば、不可能も可能になる。我らも、自身の“人生の新記録”を目指して走りきろうではないか。(差)

◆寸鉄

「信の一字を詮と為す」
御書。何があろうと題目
第一。苦難の時こそ貫け
     ◇
信越婦人部「誓いの日」。
師弟の道、一筋に。太陽の
母ありて人材山脈は隆々
     ◇
宗門との決別は学会の歴
史で最良の出来事―博士
きょう「魂の独立記念日」
     ◇
褒めることが子供の自己
肯定感や自尊感情を育む
―研究。励ましは万の力
     ◇
CO2濃度が過去最高を
更新。上昇止まらずと。
国境超えて温暖化防止へ

◆社説 2019・11・28 きょう「魂の独立記念日」 未曽有の世界広布新時代が到来

 きょうは、創価学会が日顕宗(日蓮正宗)と決別した「魂の独立記念日」である。
 1990年、破竹の勢いで世界広布の伸展を遂げる学会に怨嫉した日顕は、広布破壊の謀略「C作戦」(創価学会分離作戦)を発動。創価の師弟の分断を画策した。
 全く根拠のない言いがかりで池田先生を総講頭から罷免(90年12月)したのを皮切りに、檀徒作りをたくらみ、海外布教の方針を一方的に廃止(91年3月)。末寺の許可なしに本山に参詣できないようにした(同年7月)。しかし、度重なる暴挙にも学会は微動だにしなかった。
 日顕のもくろみは、ことごとく破綻。窮地の日顕に残された道は、法主の立場を盾に、信徒に服従を強いることだけだった。こうして宗門は、学会に「破門通告書」(91年11月28日)を送付。学会員に対する本尊下付の停止に及ぶ。日顕は、日蓮大聖人が「末代幼稚の頸に懸けさしめ給う」(御書254ページ)と顕された御本尊を、あろうことか信徒脅しの道具に利用した。
 何の話し合いにも応じず、一片の通知で「破門」を告げる。まさに「信教の自由」を踏みにじる横暴。“僧が上で信徒が下”などと時代錯誤の差別主義を振りかざす日顕宗の体質を象徴している。
 法華経は「如我等無異」――衆生を仏と同じ境涯にすること、差別と対極にある「平等」こそが、釈尊の根本の願いだと説いている。この教え通りに広宣流布の実践を貫き、“衣の権威”の鉄鎖を断ち切った学会は世界宗教へと飛翔した。
 当時115カ国・地域だったSGIは、今や192カ国・地域へと広まり、地球上の至る所で24時間365日、妙法の音声が響き渡る未曽有の時代を迎えた。
 一方、仏意仏勅の学会を切り、「破和合僧」の大罪を犯した宗門は、見るも無残に凋落の一途をたどっている。本山や末寺の参詣者は減るばかりで、本山の援助なしには成り立たない寺が散見。将来を悲観し、隠居する坊主も後を絶たない。まさに「終にほろびざるは候はず」(同1190ページ)の哀れな末路である。
 「学会と宗門の決別は、歴史的必然だった」と評するのは、作家の佐藤優氏だ。同氏は「非常に狭い、前近代的な考え方をする宗門に縛られているかぎり、自由自在な世界への弘教は困難であった」と語る。
 学会が創立90周年を迎える明年は、「C作戦」から30年の節目でもある。洋々たる世界広布新時代を前進する学会と、保身と権威に固執し続け、衰退の坂を転がり落ちる宗門。正邪は、あまりに歴然である。

◆きょうの発心 顕仏未来記 青春の薫陶を胸に広布勝利へ 2019年11月28日

御文 浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり(顕仏未来記、509ページ・編562ページ)
通解 浅い教えは信じやすく理解しやすいが、深い教えは信じ難く理解し難い、とは釈尊の教判である。浅きを去って深きに就くのが仏の心である。

 浅い爾前権教を捨て、深い法華経につくことが、仏の心であり成仏の直道である、との釈です。20歳の時に入会し、男子部では創価班の薫陶を受けました。創価班歌(当時)には、「浅きを去りて丈夫が 深き絆の陣列で 千万同志の城築く 学会厳たり創価班」との歌詞がありました。同志と共に幾度も歌い、絆を強めながら、無事故の運営に汗した日々は金の思い出です。また、「学会を護る」「会員を大切に」「陰の戦いに徹する」との創価班精神を心に刻み、信心の基盤を築きました。
 1985年(昭和60年)、池田先生が京阪文化会館に来館され、役員と共に勤行を。一人一人と握手をしながら、どこまでも温かく励ましてくださる先生の姿に触れ、“師匠の期待に応える弟子になろう”と決意しました。
 師匠と縁深き京阪総県は、全国を舞台に本紙の購読推進に取り組み、「創価学会 世界聖教会館」の開館をお祝いすることができました。同志の皆さまと共に、学会創立90周年の明年の大勝利に向けて前進していきます。
大阪・京阪総県書記長 池田清孝


【先生のメッセージ】

◆11月の本部幹部会で紹介された池田先生の指針
 広布の長征へ朗らかに前進!

「SGI総会」の意義を込めて行われた今月の本部幹部会。65カ国・地域から280人のリーダーが集った(18日、東京戸田記念講堂で)

 「世界広布新時代第44回本部幹部会」(11月18日、巣鴨の東京戸田記念講堂)の席上、1996年10月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。学会創立90周年となる明「前進・人材の年」へ、先駆する友の指針として掲載する。

自身を鍛えよ! 岩山のごとく  フランスの作家「戦うことで君たちは強くなる」

 一、全国の皆さま、ご苦労さまです。
 まず、フランスの作家アンドレ・モロワ(1885~1967年)の言葉を紹介したい。
 「君たちのためには、障害や闘争があった方がいいと思う。闘うことで君たちは強くなるだろう。五十歳または六十歳になったときには、嵐にたたかれたあの古い岩山のように、ごつごつしたたくましい姿になるだろう。敵と闘うことで、君たちの人物が彫刻されるのだ」(「ある何人かの青年に寄せる手紙」、『人生をよりよく生きる技術』中山真彦訳、講談社学術文庫)
 青年の財産は何か。それは闘争である。苦労である。戦わなければ強くなれない。青年時代に戦っていれば、人生の総仕上げの時に、何も恐れるものはない。厳然たる岩山のごとき大境涯である。
 仏法でいえば、何ものにも侵されない「仏の境涯」である。偉大なる人間王者の姿である。そうなるために、若い時は苦労しなさい、戦いなさいと言っているのである。

 一、私も戦ってきた。だから強い。何も恐れない。
 私は偉大なる戸田先生の弟子である。創価学会の崇高な伝統を背負った人間である。ゆえに、だれにも頼らず、一人、師子のごとく戦ってきた。
 強いことは幸福である。強いこと自体が勝利である。
 弱さ、臆病に幸福はない。
 戦いには勝つことも負けることもあろう。しかし、「戦い続ける」こと自体が人間としての勝利なのである。
 「強き心」「強き信心」「強き祈り」。これを鍛え上げれば勝利である。それが「仏界」である。
 ゆえに、私は青年部に申し上げたい。
 「何ものにも屈しない自分自身を彫刻せよ!」と。

進まざるは「退転」
 一、明1997年は「新世紀へ前進の年」と決まった。おめでとう。
 前進といっても、さまざまな「前進」がある。
 朗らかな前進。
 堂々たる前進。
 忍耐の前進。
 勝利の前進。
 スクラムの前進。
 社会での成功への前進。
 楽しい前進。
 生活のすべてが前進。
 笑いの前進。
 求道の前進。
 前進――日蓮大聖人も、「進まざるは退転」の精神を教えてくださっている。嵐があろうが、苦難があろうが、前へ進む。何ものも恐れず、「師子」となって前へ進む。

 一、「仏法即人生」である。人生のすべてが即仏法である。「仏法即社会」である。社会も即仏法である。
 広宣流布も、人生、社会という現実のなかにしかない。
 その現実と格闘した人は、自分が鍛えられていく。自分が向上していく。自分の心が「勝利の旗」に包まれていく。
 反対に、戦うべき時に戦わず、前進するべき時に前進せず、愚痴と臆病と無責任と批判ばかり――そういう人は、一見、楽しそうに、また安穏無事に見えても、「心の敗北者」である。

「未来の果」は「現在の因」に今の行動で人生は決まる
 「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)――(心地観経に)未来の結果を知ろうとするならば、その現在の因を見なさい(等とある)――。
 これが、「開目抄」での御言葉である。
 今、自分は、いかなる原因をつくっているのか。今、どう行動しているのか。これで、未来は決まるのである。一生にわたって。三世にわたって。ここに信心の根本がある。この根本法則に生き抜くところに、栄光があり、勝利がある。
 ゆえに、一人一人が師子となって、今再び広宣流布の闘争を始めていただきたい。

縁する人を味方に
 一、中国の「長征」について、周恩来総理の話を紹介したい。
 <長征は、1934年から36年までの2年間、紅軍が行った戦略上の大遠征。「万里長征」ともいわれ、後に“20世紀の奇跡”とたたえられた>
 人間の二本の足で1万2500キロ(2万5000華里)を歩いた「長征」。
 なんと、アメリカ大陸を横断して往復する距離になる。
 長征の行軍は過酷を極めた。何十機もの飛行機に連日、爆撃される。地上でも、敵の大軍に追われ、包囲される。病気にも、飢えにも苦しめられる。だが、“歩き通す”ほかなかった。“戦う”しかなかった。“前進する”しかなかった。
 しかも、ただ、歩いただけではない。この間に通った広大な11の省、2億の人民を、着実に味方にしていった。話し合い、自分たちの理想を教えながら。
 派手な姿は、一つもなかった。静かに山々を越え、村々を回りながら、未来の「勝利」の種を植えていったのである。仏法で言えば「下種」である。

 一、新中国ができて10年ほど後、著名なアメリカ人記者が、周総理にインタビューする(1960年)。
  二人は新たな国家建設の展望を語り合う。やがて話題は24年前の長征に及ぶ。
 周総理の苦渋の思い出を聞いて、記者は述べる。
 「それに比べれば、他の国家的な問題も比較的容易に解決できると考えておられるに違いない」
 すると周総理は答えた。鋭い口調であった。
 「容易ですって? 容易なものは何一つとしてありませんよ」。さらに、厳しく釘をさした。
 「容易なものがあるとわたしが言ったなどと、決して書かないで下さい」
 「十年前全中国は第二の長征をはじめたのです。われわれは第一歩を踏み出した。そう、第一歩にすぎないのです」
 「第一の長征」は、勝利した。しかし今、私たちは「第二の長征」を始めたのだ、と――。
 この一念、この気概。総理は、「もう、これでいい」などとは思わなかった。民衆を救いきるまでは、永遠に前進する決心であった。

「青年」が焦点
 一、創価学会も、広宣流布の「万年の長征」を前進している。戦いは、今まさに始まったばかりである。
 1万メートル走でいえば、まだ50メートルぐらいしか走っていない。
 これからである。
 これからが本当の「前進!」である。
 私どもの前には、洋々たる舞台が開けている。
 「『万年の長征』へ、私たちは今、一年一年を歩んでいるんだ!」――この思いで、勇んで「信心の前進」をお願いしたい。
 「いかなる状況になっても戦おう! 前進しよう! 必ず勝とう!」。この学会精神で、楽しく、朗らかに、ともに進んでまいりたい。
 一、万年の長征である。先は長い。
 そのために、若い人材が、ぐんぐん成長してもらいたい。21世紀は青年部に託す以外にない。青年部が焦点である。本格的に鍛えたい。育てたい。そして、立派に一切の総仕上げをお願いしたいのである。
 「新世紀へ前進の年」とは「新世紀へ人材をつくる年」である。こう決めて、全力を挙げていただきたい。
 人材は「実戦」のなかでしか、現実の戦いのなかでしか育たない。人任せでなく、自分が全責任をもつか、もたないか。人材の成長は、これで決まる。
 本年を有意義に総仕上げし、来年また、よき一年を迎えたい。
 きょうはご苦労さま。本当にありがとう!
 きょう、お会いできなかった皆さまにも、くれぐれもよろしく伝えていただきたい。
 楽しく、朗らかに進みましょう!

【聖教ニュース】

◆南米に広がる創価の哲学への共感――池田先生を2都市が顕彰 2019年11月28日

 池田大作先生のリーダーシップのもと、SGI(創価学会インタナショナル)が推進する、仏法を基調とした平和・文化・教育運動に対し、南米各国から共感と賛同の声が相次いでいる。このほど、ブラジル・サンタカタリーナ州のポルト・ベロ市議会が池田先生に顕彰プレートを授与。また、アルゼンチン・サンフアン州のサルミエント市から、池田先生と香峯子夫人に「文化に傑出した人物」証が贈られた。 ブラジルのポルト・ベロ市議会から池田先生に贈られた顕彰プレートの授与式に参加した友らが喜びのカメラに(ポルト・ベロ市議会議場で)

ブラジルのポルト・ベロ市議会から池田先生に贈られた顕彰プレートの授与式に参加した友らが喜びのカメラに(ポルト・ベロ市議会議場で)

 ブラジル・サンタカタリーナ州のポルト・ベロ市議会は、池田先生に顕彰プレートを授与した。
 授与式は17日(現地時間)、同市議会議場で盛大に開催。発議者のマルコス・ベニシウス・マルケス市議をはじめ、来賓、地元メンバーらが出席した。
 州都フロリアノポリスの北65キロに位置し、州内有数の観光都市として知られる同市。
 地元のSGIメンバーは地域の繁栄を願い、幸福の哲学を広げようと粘り強い対話で信頼を拡大してきた。
 今回の顕彰は、同市から池田先生への初の栄誉。授与式で、マルケス市議は訴えた。
 「池田博士の偉大な思想をたたえることはごく自然なことです。博士の世界的な貢献を知った時、顕彰せずにはいられなくなりました。わが市に、博士と同じ思想で献身するSGIの方々がいることは大変に喜ばしいことであり、誇りです」

 アルゼンチン・サンフアン州のサルミエント市は、池田先生と香峯子夫人に「文化に傑出した人物」証を贈った。
 サルミエント市では近年、青年部を中心に環境保護活動などを展開。市関係者も参加するようになり、共感と友情が大きく広がる。
 昨年には同市議会の決議により、同市内の山の一つが「池田大作先生平和山」と命名。喜びを胸に、メンバーはさらなる地域貢献に汗を流してきた。
 そして、同市の文化・観光・スポーツ局の提案で、市内の中心地に立つ「文化会館」でSGIの「平和の文化と女性展」を開催することが決定。その際、世界中の人々に希望と励ましを送る池田先生ご夫妻をたたえたいと「文化に傑出した人物」証の授与が決議されたのである。
 3日(同)に行われた授与式では、マリオ・グスタボ・マルティン市長が、SGIメンバーとの交流を通して先生ご夫妻の人間主義の思想に出あえた喜びを述べ、「平和と文化と全ての人の尊厳のため、これからもSGIと共に行動していきたい」と力強く語った。


◆原田会長中心に「各部代表者会議」――池田先生がメッセージ贈る  2019年11月28日

 世界広布新時代第73回の各部代表者会議が27日、原田会長を中心に、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、牧口先生の殉教75年となる「創立の月」を、全同志の祈りと団結で飾り、総本部の「創価学会 世界聖教会館」とともに「総合案内センター」の誕生にも大きな喜びが広がっていると、心からの感謝を述べた。
 
地球上のいずこにも広宣流布の誓願の会座が
 次いで、戸田先生が獄中で「われ地涌の菩薩なり」との悟達を得たのは、牧口先生の獄死と同時期であったことに触れつつ、両先生が呼びいだした地涌の菩薩の陣列は今、「霊山一会儼然未散」(御書757ページ)――霊山一会儼然として未だ散らず――との久遠の姿さながらに、広宣流布の誓願の会座を、地球上のいずこにも現していると強調。
 「此等の大菩薩末法の衆生を利益したもうこと猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し」(同1033ページ)を拝し、地涌の菩薩には、末法濁悪の世の衆生を救うため、いかなる壁をも勝ち越え、自在に限りなく「前進」しゆく力が具わっていると述べた。
 
前進! 地涌の生命力で
 さらに「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」(同1360ページ)を拝読。
 「人材」の拡大の道もまた無限であり、明「前進・人材の年」へ、不二の地涌の大生命力を涌現して、舞を舞うがごとく戦おう! 「地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目」(同ページ)を自他共に轟かせ、人類の希望たる幸と平和の大行進を広げゆこう!――と訴えた。 
 最後に、年末年始へ、全同志が絶対無事故で、大福運に包まれゆくよう祈り抜き、心を尽くそうと呼び掛け、メッセージを結んだ。
 
「人材」の拡大の道は無限
 原田会長は、広布を支える供養の功徳は、御聖訓に照らして間違いないと強調。リーダーはその志を賛嘆し、財務の無事故を真剣に祈り抜きたいと述べた。
 さらに「前進・人材の年」へ進むに当たり、人材の要件とは師弟不二に生き抜く覚悟であり、一人のために辛労を尽くすことであると力説。明年の「5・3」へ、一日一日を勝ち抜こうと訴えた。
 長谷川理事長があいさつし、松野未来部長が「E―1グランプリ」の大成功を報告。
 本社の原田デジタルメディア局長が聖教電子版の反響を紹介した。


【特集記事・信仰体験など】

◆<「新・人間革命」と私> 芸術部長 大高政則さん 心に刻む珠玉の言葉

 仏法の慈光が、凍てついた人間の生命の大地をよみがえらせる時、絢爛たる「人間文化の華」が開くにちがいない。広宣流布とは、社会建設の担い手である一人ひとりの人間革命を機軸に、世界を平和と文化の花園に変えゆく、まことに尊き偉業なのである。<第7巻「文化の華」の章>

時代背景
 1962年(昭和37年)3月8日に発足した学芸第2部は、同年9月27日に芸術部として新出発した。当時、東京での原水爆禁止世界大会で政治思想の相違から乱闘騒ぎが発生。山本伸一は、平和運動が政争の具にされたことに強い憤りを覚える。万人を結ぶ文化の力を確信する伸一は、芸術部の友が“文化の走者の先駆け”にと期待を寄せる。

戦う誇り胸に 同志に希望を
 「文化の華」の章には、人々の幸福と世界平和のために、文化活動の推進に力を入れる山本伸一の姿と、「偉大なる宗教は、偉大なる文化を生む」との絶対の確信がつづられています。
 仏法の人間主義を基調とした文化興隆への池田先生の強き思いを受け、芸術部は発足しました。
 わずか20人から始まった芸術部ですが、今や9000人を超える陣容となり、音楽、美術、演劇、舞踊、伝統芸能など、メンバーは多彩な分野で活躍しています。
 昨年、芸術部長となった私が全国の友と触れ合う中で感じるのは“戦う芸術部”との誇りです。
 地域で長年にわたって教室や展示会等を開き、地道に友好と信頼の輪を広げる友や、仕事の合間を縫って各種セミナーの講師を担う友など、皆が広布拡大の原動力として奮闘しています。
 「芸術部が立てば、十人力、百人力、いな、それ以上である」との池田先生の指導通りだと実感します。
 一方で、芸術の世界は浮き沈みの激しい世界です。努力が結果に結び付かずに苦闘する日々もあります。こうした厳しい世界で戦う友に共通するのは「信心根本」の挑戦です。
 皆、どんなに忙しくても、ひたむきに御本尊に向かいながら、組織の最前線で活動に挑み抜いています。メンバーの折伏、聖教拡大、題目などの信心の挑戦を聞くたびに、感動を新たにしています。
 先生は、折々に信心に徹する生き方を芸術部の友に訴えてきました。
 「妙法は、芸術と人生と、両方に勝利していける根本法である。ゆえに信心を最後の最後まで貫き通さねばならない」「妙法を護持した芸術家は、全員が、魂の芸術を持った人である。ゆえに、必ずや、最高最大の芸術家として光っていくことができるのである」
 今年で結成57年――師の思い、そして“戦う芸術部”の魂は脈々と受け継がれています。
 学会の永遠性の確立へ、同志に希望と勇気を送る一騎当千の広布の人材を、陸続と輩出していく決意です。

◆〈座談会〉88 創立90周年を勝ち開く 「人間革命」執筆開始から55年 
 師の行動から学び実践を

〈出席者〉 原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、西方男子部長、大串女子部長

 西方 本年も、いよいよ師走を迎えます。
 
 長谷川 一年の締めくくりに当たり、改めて自身が年頭に掲げた目標の達成に向けて、最後まではつらつと走り抜いていきたい。
 
 永石 さまざまな課題はあるかもしれません。しかし、広布のために尽くした労苦は、すべて自身の成長の因となり、福運になっていきます。
 
 原田 若き日より、池田先生の戦いも「前進また前進」の連続でした。私たちもまた「自分の前進こそ、世界広布の前進」との確信に立ち、悔いの残らない戦いで総仕上げし、明年に向けて勢いを加速してまいりましょう。

世界で研さん運動
 永石 12月2日には、1964年の同日、先生が小説『人間革命』の執筆を沖縄の地で開始されてから55年の佳節を迎えます。
 
 原田 小説『新・人間革命』も合わせ、世界広布の指揮を執られながらの、半世紀以上にわたる壮絶な執筆闘争でした。海外訪問や地方指導の際にも小説の構想を練り、原稿用紙に向かわれる日々でした。体調を崩されてペンが握れず、口述をテープに吹き込み、執筆されたこともありました。その偉業に感謝の思いは尽きません。
 
 長谷川 『新・人間革命』第9巻「衆望」の章には、執筆開始当時の真情がつづられています。「どんなに苦しむことになったとしても、偉大なる師の思想と真実を、自分が書き残していく以外にないという使命感と喜びが、彼の胸にたぎっていた」と。改めて、一人一人が真剣に学び、自身の血肉にしていきたい。
 
 永石 先生のライフワークである小説『人間革命』『新・人間革命』には、世界の識者からも称賛と共感の声が寄せられています。
 
 大串 インド文化国際アカデミーのロケッシュ・チャンドラ理事長は「『新・人間革命』は、『価値創造の人生』へ、魂の翼を広げることを促す『目覚めの一書』です。池田先生は人類の精神に、生命の讃歌を呼び起こしているのです」と語っています。
 
 長谷川 ケニア作家協会のヘンリー・インダンガシ会長は『新・人間革命』は「世界の十大小説」の一つであると強調し、「20世紀から21世紀にかけて、失われる恐れのある人間主義の真髄を、文学に回復することに成功した」と述べています。
 
 永石 今、世界中の同志が、師匠から直接、指導を受ける思いで『新・人間革命』を学び、前進の糧にしています。
 
 大串 SGIのメンバーと語ると、必ず『新・人間革命』研さんについての話題になります。
 
 西方 ある国のリーダーは、地域の集いで、『新・人間革命』の中の山本伸一会長から学び、行動し、その結果、自身がどのように成長し、実証を示すことができたのかを皆で語り合っているそうです。
 
 原田 一度も先生とお会いしたことのないメンバーが『人間革命』『新・人間革命』を通して、仏法の哲理や創価の師弟の真実を学び、それを自身へのメッセージと捉えているのです。そして、自らが人間革命した姿で周囲に希望を送っています。まさに世界広布の新時代が到来していることを感じます。
 
 大串 今月からスタートした聖教電子版では、『人間革命』全12巻と、『新・人間革命』全30巻の内容を検索できるサービスが好評です。
 
 西方 例えば、仕事で悩む友を励ましたい時にテーマ別検索で「職場での実証」を選択します。すると「大聖人が『御みやづかいを法華経とをぼしめせ』(御書1295ページ)と仰せのように、自分の仕事を信心と思い、仏道修行と思って挑戦していくことです」(『新・人間革命』第24巻「灯台」の章)等の指導に出あうことができます。
 
 大串 自分が住んでいる方面・県を検索すれば、わが地域の広布史、師弟の原点を学ぶこともできます。
 
 原田 広布のあらゆる活動について、その要諦がつづられているのが『新・人間革命』です。皆が師弟の道を学び、自らの人間革命に挑戦できるよう、リーダー率先で研さん・熟読に励んでいきたい。

慌ただしい年の瀬 「詐欺」には厳重注意
 長谷川 年の瀬に向けて、何かと慌ただしくなります。くれぐれも無事故で過ごしていきましょう。
 
 西方 年々、手口が巧妙化する特殊詐欺の被害も後を絶ちません。最近では、「訪問型」の詐欺も目立つそうです。
 
 長谷川 例えば、警察官や銀行協会を名乗り、「あなたのキャッシュカード(銀行口座)が不正に使用されています」などと電話をかけ、その後、偽の警察官などが自宅を訪問し、キャッシュカード等をだまし取ってしまう手口があげられます。
 
 西方 「銀行口座の情報が漏れています。運用停止手続きのために、暗証番号を教えてください」などと言って、あらかじめ暗証番号を聞き出す場合もあるそうです。
 
 原田 警察庁も、「警察官や金融庁職員などが、暗証番号を聞いたり、メモに書かせたりすることは絶対にありません」と注意を呼び掛けています。
 
 永石 特に狙われやすいのが高齢者です。家庭内で「暗証番号を他人に絶対に教えない」といった基本的なことを確認し合いましょう。不審な電話や訪問があったらすぐに家族に相談するよう、日頃から家庭で具体的な対策について話し合っておくことが大切です。
 
 原田 「自分は大丈夫」との油断を排していきたい。賢明な判断、具体的な防止策で、自分や家族を被害から守っていきましょう。財務の振り込みも始まります。絶対無事故を強く祈るとともに、こうした犯罪被害に巻き込まれないよう、厳重注意の呼び掛けを行ってまいりたい。

◆〈信仰体験〉魚が釣れた瞬間、人は○○になる――“バスプロ”のオタク道
  
 【東京都足立区】さざ波が立つ水面の奥に“やつ”はいる。関口恭兵さん(31)=男子地区リーダー=は語る。「自分が“ブラックバス”になりきって、今日はどんな餌なら食いつきたいか、妄想するんです」と。

 

2019年11月27日 (水)

2019年11月27日(水)の聖教

2019年11月27日(水)の聖教

◆わが友に贈る

 尊き無冠の道を歩む
 配達員の皆様に感謝!
 寒さが一段と増す時期。
 防寒等の対策を万全に
 無理せず安全第一で!

◆名字の言

先日、行われた鹿児島総県・指宿圏の総会。男女青年部と共に“7人の少年少女部合唱団”が歌声を披露し、大きな拍手に包まれた。この晴れ舞台の陰には、2人の少女部員の“奮闘”があった▼昨年、彼女たちは鹿児島総県少年少女部の合唱祭へ。圏ごとにステージに立つが、指宿圏は彼女たち2人しかいなかったので、他の圏と一緒に歌った。2人は“来年は絶対に圏の合唱団として歌おう”と誓い合った▼早速、団員募集のポスターを作成。会館に張り出し、会合などで懸命に呼び掛けた。また圏の部員会を“王子王女プラザ”と銘打ち、企画も自分たちで工夫した。そのけなげな姿に壮年・婦人部も立ち上がった。本年、3回開催された“プラザ”は、少年少女部員のほか多くの未就学児や保護者、友人も参加し大盛況。そして来月の総県合唱祭には、9人の団員で、指宿圏として参加する予定だ▼「未来に羽ばたく使命を自覚するとき、才能の芽は、急速に伸びる」との池田先生の言葉を思う。子どもの心は本来、“伸びよう”“成長しよう”という息吹に満ちている。それを信じ、待ち、粘り強く励ますのが大人たちの挑戦だ▼12月1日から未来部勝利月間が始まる。学会創立100周年の主役と共に、新たな前進を開始しよう。(誼)

◆寸鉄

会長は話を深く聞き取る
対話で平和を推進―教授
心の絆結ぶ極意はここに
     ◇
本年の総仕上げへ全国の
同志が驀進。「前進・人材
の年」の勝利の本因を今
     ◇
学会は世界で只一つ正法
弘める折伏の団体―恩師
誇りに胸張り堂々と語れ
     ◇
「寒暖差疲労」に注意。
軽い運動も有効。小さな
積み重ねで健康人生を!
     ◇
終にほろびざるは候はず
―御書。今年も日顕宗は
脱講者続出。陰々滅々と


◆きょうの発心 一生成仏抄 師と共に温かな励ましの輪を 2019年11月27日

御文 深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり(一生成仏抄、384ページ・編22ページ)
通解 深く信心を起こし、日夜朝暮に怠らずわが心を磨くべきである。どのように磨くべきか。ただ南無妙法蓮華経と唱えることが磨くことになる。

 信心の実践で心を磨いていくようにと教えられています。
 1985年(昭和60年)5月26日、池田先生をお迎えした、第2回岡山青年平和文化祭に女子部として出演。同年10月のSGI総会では役員として先生の渾身の激励に触れ、信心の原点を築きました。
 結婚して間もなく、悩んでいた私に、「どんなことがあっても“必ず幸せになれる”と確信して題目を」と、先輩が強き祈りの姿勢を教えてくれました。
 後年、両親が相次ぎがんを患った時、“今こそ宿命転換を”と、一家で題目を唱え、折伏に挑戦。娘と共に弘教を実らせました。3年前には自身も病と向き合いましたが、唱題に徹する中で、この闘病を通して人の痛みに寄り添う大切さを学びました。
 先生からの心温まる激励や、周囲の方々の支えのおかげで、使命の道を歩んでいけることに心から感謝しています。
 岡山創価総県の皆さまと共に、誓願の祈りを根本に、温かな励ましの輪を広げ、広布拡大と一人一人の勝利を果たしていきます。
   岡山創価総県婦人部長 則武峰子


【先生のメッセージ】

◆連載〈世界広布の大道〉小説「新・人間革命に学ぶ」 第13巻 解説編 池田主任副会長の紙上講座

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第13巻の「解説編」。池田博正主任副会長の紙上講座とともに、同巻につづられた珠玉の名言を紹介する。

ポイント
①日中友好を万代へ
②楽土は人間の建設に
③座談会充実の要諦

 間もなく迎える12月5日は、池田先生が第2次訪中(1974年)の折、周恩来総理と会見した日です。今年は45周年の佳節です。
 第13巻「金の橋」の章では、1968年(昭和43年)9月8日、山本伸一が学生部総会の席上、「日中国交正常化提言」を発表した経緯が詳細に記されています。 
 伸一の日中友好に懸ける思いは、恩師・戸田先生の誓いでもありました。「雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん」(11ページ)との和歌に象徴されるように、戸田先生はアジア、中でも中国に対する「ことのほか深い」(同ページ)思いがあったのです。
 また、提言発表には、日中の関係改善に心血を注いできた人たちとの出会いがありました。その一人が、実業家の高碕達之助です。
 伸一と高碕が語り合ったのは、63年(同38年)9月。高碕は中国の様子などを伝えると、伸一に「あなたには、その日中友好の力になってもらいたい」(26ページ)と率直に訴えます。それに対して、伸一は「必ず、やらせていただきます」(同ページ)と応え、日中友好の「金の橋」を架けることを決意します。
 当時の日本は、中国敵視政策をとっており、日中友好を口にすれば、激しい非難と中傷が起こることは容易に想像できました。それでも、伸一は恩師や日中友好に尽くす方々の思いを胸に、「私が、発言するしかない!」(43ページ)と提言の発表を行いました。
 伸一の提言に、代議士の松村謙三は、「百万の味方を得た思い」(81ページ)と述べ、「ぜひとも、あなたを周恩来総理に紹介したい」(82ページ)とまで語ります。
 高碕も松村も、伸一と40歳以上の年の差がありました。2人は、伸一に日中の将来を託そうとしたのです。
 同章には、「日中友好の永遠なる『金の橋』を築き上げるという大業は、決して、一代限りではできない」(44ページ)とあります。伸一が提言発表の場を、学生部総会としたのも、「学生部員のなかから、自分の提言の実現のために、生涯、走り抜いてくれる同志が必ず出るにちがいない」(同ページ)との確信があったからです。
 池田先生はこれまで、10度訪中し、青年交流、文化・教育交流を幅広く推進してこられました。両国間に築かれた平和と友誼の「金の橋」は揺るがぬものとなっています。
 池田先生には、中国の大学・学術機関から数多くの名誉学術称号が贈られています。また、これまで約40の大学などに、池田思想の研究機関が設置されてきました。さらに、創価大学は現在、60を超える中国の大学・学術機関と学術交流協定を締結しています。
 明年3月からは、日本全国30都市で、上海歌舞団が出演する舞劇「朱鷺」の民音公演が開催されます。東京富士美術館では、明秋に「大シルクロード展(仮称)」が予定されています。
 また、1985年から中華全国青年連合会(全青連)と学会青年部は交流を重ねており、中華全国婦女連合会(婦女連)と創価学会の女性交流は今年で40周年となりました。
 池田先生が架けた日中の「金の橋」を万代へ――後継の青年部・未来部の皆さんは、その大きな使命と責任を担っているのです。

北京の釣魚台国賓館の一角。池田先生はここで、中日友好協会会長を務めた孫平化氏など、多くの要人と友誼の語らいを重ねた(1992年10月、先生撮影)

北京の釣魚台国賓館の一角。池田先生はここで、中日友好協会会長を務めた孫平化氏など、多くの要人と友誼の語らいを重ねた(1992年10月、先生撮影)

首里城に思い馳せて
 「楽土」の章では、山本伸一が1969年(昭和44年)2月に沖縄を訪問した場面が描かれています。
 この時、沖縄は本土復帰問題などで揺れていました。同章に「真の繁栄と平和を勝ち取ることができるかどうかは、最終的には、そこに住む人びとの、一念にこそかかっている」「楽土の建設は、主体である人間自身の建設にこそかかっている」(302ページ)とつづられています。伸一は、「会員一人ひとりの胸中深く、確固不動なる信心の杭を打ち込もう」(303ページ)と誓い、沖縄を訪れました。
 この訪問の折、芸術祭が行われ、演劇「青年尚巴志」が演じられました。総勢100人の出演者による1時間半にわたる舞台でした。
 尚巴志は15世紀に琉球を統一し、首里城を拡充した名将です。沖縄の同志は、「戦時中から今まで、沖縄の民衆がなめてきた辛酸は、尚巴志が生きた戦乱の時代と酷似している」(342ページ)と思い、この劇で沖縄の平和建設への決意を表現しました。
 あの悲惨な沖縄戦で焼失した首里城は、89年(平成元年)に復元工事が始まり、3年後の92年(同4年)、正殿などが再建されました。
 94年(同6年)2月の沖縄訪問の折、池田先生は首里城を視察しています。「楽土」の章の連載は、2002年(同14年)10月からです。先生は首里城の姿を思い浮かべながら、執筆されたのではないでしょうか。
 首里城は、沖縄の歴史と文化、そして平和のシンボルです。その首里城の正殿などが先日、焼失しました。沖縄の皆さまの心中は、察するに余りあります。首里城の雄姿が再び見られることを願ってやみません。

池田先生が首里城を視察(1994年2月)。首里城跡は、日本で11番目の世界遺産に登録されている

池田先生が首里城を視察(1994年2月)。首里城跡は、日本で11番目の世界遺産に登録されている

事前の準備で決まる
 「北斗」の章に、「牧口初代会長以来、学会は座談会とともにあった」(162ページ)とある通り、座談会は学会の伝統です。同章には、「座談会革命」について記されています。
 座談会を充実させる秘訣を尋ねられた伸一は、座談会は、弘教のための仏法対話の場であり、集ってきた同志に、勇気と確信を与える真剣勝負の指導の場であることを述べた上で、「中心者の気迫と力量が勝負になる」(164ページ)と強調します。
 そのほかにも、①新来者を連れてきた人に、心からの尊敬の念をもって激励すること②座談会は当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まること③担当する幹部は、成功を真剣に御本尊に祈り、決意と確信をもって臨むこと④リーダーの社会性ある、常識豊かな振る舞いが大事であること⑤会場提供者に礼を尽くすことなどが、座談会を成功させるための要諦であると語ります。
 聖教新聞では、「世界のザダンカイ」などで、各国の座談会の模様を紹介しています。「ザダンカイ」は今、世界の共通語です。
 「創価学会といっても、それは、どこか遠くにあるのではない。わが地区の座談会のなかにこそ、学会の実像がある」(168ページ)とあるように、私たちは座談会の充実を図りながら、世界宗教としての誇りも高く、前進していこうではありませんか。

名言集
●国交の本義
 国交も、その本義は人間の交流にあり、民衆の交流にある。友情と信頼の絆で、人間同士が結ばれることだ。国家といっても、それを動かすのは人間であるからだ。(「金の橋」の章、63ページ)
●広布貢献の功徳
 わが家を活動の拠点に提供し、広宣流布に貢献してきた功徳は、無量であり、無辺である。それは、大福運、大福徳となって、子々孫々までも照らしゆくにちがいない。(「北斗」の章、119ページ)
●女性の世紀
 女性の幸福なくして、人類の平和はない。女性が輝けば、家庭も、地域も、社会も輝く。ゆえに二十一世紀は、女性が主役となる「女性の世紀」に、しなくてはならない。(「北斗」の章、160ページ)
●境涯革命の証
 皆が仲よく団結しているということは、それ自体が、各人の境涯革命、人間革命の証なんです。(「光城」の章、273ページ)
●誰にも負けない力
 人材には、力がなくてはならない。心根は、清く、美しくとも、力がないというのでは、民衆の幸福、平和を築くことはできない。だから、何か一つでよい。これだけは誰にも負けないというものをもつことが必要です。(「楽土」の章、349ページ)
【題字のイラスト】間瀬健治


【聖教ニュース】

◆創価家族の笑顔は世界一  2019年11月27日
 「前進・人材の年」へ「11・18」から勇躍 各国で記念の集い

  • 創価家族の笑顔は世界一! ニュージーランド・オークランドで開かれた広宣流布勤行会(3日、ニュージーランド文化会館で)

創価家族の笑顔は世界一! ニュージーランド・オークランドで開かれた広宣流布勤行会(3日、ニュージーランド文化会館で)

 明「前進・人材の年」へと出発する「11・18」祝賀の集いが今月、世界各地で晴れやかに開催された。
 明年は、池田大作先生の会長就任(1960年5月3日)から60周年。先生は就任のわずか5カ月後、北南米を訪れ、世界の平和旅の一歩を踏み出した。
 信心に励むメンバーは少なかったが、先生は行く先々で、地涌の同志を抱きかかえるように励ました。
 創価の師弟のスクラムは今、192カ国・地域に広がる。
 平和といっても、目の前の一人を励まし、心の絆を結ぶことから始まる――先生が60年10月に平和旅をスタートしたアメリカでは、明年の佳節に、広布拡大の金字塔を打ち立てるとの決意に燃え、記念の地区座談会を全土で開催した。

友人16人が参加したアメリカ・フロリダ圏のキー・ビスケイン・ブリッケル地区の集い。有志が、一家和楽を巡って研究発表。ソト圏長が励ました(21日、マイアミ市内で)

友人16人が参加したアメリカ・フロリダ圏のキー・ビスケイン・ブリッケル地区の集い。有志が、一家和楽を巡って研究発表。ソト圏長が励ました(21日、マイアミ市内で)

 このうち、フロリダ州のキー・ビスケイン・ブリッケル地区の集いは21日、マイアミ市内で行われた。男子部のサリム・ジャオウハリさんが信仰体験を披露した。

カナダ・トロント西本部のピュア・ゴールド地区の集い(23日、トロント市内で)

カナダ・トロント西本部のピュア・ゴールド地区の集い(23日、トロント市内で)

 一方、カナダでは各地で地区総会をにぎやかに行い、先生の初訪問(60年10月11日)の60周年を、一人一人が勝利した姿で迎える誓いを新たにした。
 このうち、先生が初訪問の折に訪れたトロントにあるピュア・ゴールド地区は23日、総会を行い、出身も背景も異なる20人以上が集い、創価家族の対話の花を咲かせた。


最初の座談会を開催してから本年で15周年を迎えた、南太平洋のフィジーの集い(3日)

最初の座談会を開催してから本年で15周年を迎えた、南太平洋のフィジーの集い(3日) 


生命尊厳の哲学を広げるニューカレドニアの友が「11・18」を祝賀(17日、デュムベア市内で)

生命尊厳の哲学を広げるニューカレドニアの友が「11・18」を祝賀(17日、デュムベア市内で) 


タイの幹部会は10日、バンコク近郊のタイ本部で。タナワット・ガームキティソンクンさん、ラウィカーン・サーイスープさんが体験発表。ソムサック議長が激励した

タイの幹部会は10日、バンコク近郊のタイ本部で。タナワット・ガームキティソンクンさん、ラウィカーン・サーイスープさんが体験発表。ソムサック議長が激励したドミニカ共和国の総会は3日、3会場で計380人が参加。首都サントドミンゴのドミニカ共和国文化会館の集いでは、歌や演奏、体験発表などをにぎやかに。ファミリア理事長が激励した

ドミニカ共和国の総会は3日、3会場で計380人が参加。首都サントドミンゴのドミニカ共和国文化会館の集いでは、歌や演奏、体験発表などをにぎやかに。ファミリア理事長が激励した


【特集記事・信仰体験など】

◆合言葉は「限界プラス1!」 くも膜下出血から再起した母〈信仰体験〉

右から長男・義明さん、邦雄さん、美枝子さん、次男・伸雄君

 【東京都八王子市】昨年8月12日。出美枝子さん(42)=支部副婦人部長=は、昼から続く頭痛を押して、夕食を作っていた。
 “2階で少し休もう”。階段に足を掛けたその時。頭を金づちで殴られたような激痛に襲われ、うずくまった。体は全く動かせない。異変に気付いた夫と息子たちが駆け寄ってくる。
 すぐさま、救急車で東京医科大学八王子医療センターへ緊急搬送された。
 一夜明け、夫・邦雄さん(44)=副支部長(地区部長兼任)=は、医師から検査結果の説明を受けた。
 「くも膜下出血です。右脳の脳動脈にできたこぶから、日中に出血したと思われます。今は、“皮一枚”で完全な破裂は免れていますが、再破裂すると死のリスクが高まります。極力早くに手術が必要です」
 邦雄さんは努めて冷静に、細かくメモを取った。――前夜から未明まで御本尊に向かった。押し寄せる不安の中、ひたすら題目を唱えるしかなかった。祈るうち、御書の一節が心に浮かんだ。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」「つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234ページ)
 結婚前から師匠を求め、信仰の実践に励んできた2人。邦雄さんは決めた。“僕らには信心がある。今が難を乗り越える「まことの時」だ!”――。
 医師の説明から数時間後の午後3時、手術が始まった。「脳動脈のこぶの両側をクリップで留め、腕の血管を移植しバイパスを作る」という。医師5人がチームを組んでの手術だ。“手術に携わる人たちが最善を尽くせるように”
“妻の生命力が病魔なんかに負けてたまるものか!”
 手術中、胸中で唱題に次ぐ唱題。家族控室の電話が鳴ったのは、開始から12時間後の午前3時だった。「少し時間が掛かっていますが、想定通り進んでいます」

 美枝子さんは、15時間に及んだ手術に耐え、ICU(集中治療室)へ移った。麻酔から覚めて間もなく、高熱と痛みに襲われた。
 “私はこのまま死んでいくのかな”。そんな時、学会の仲間や家族と一緒に唱題に励んだ光景が浮かんだ。
 “そうだ、題目だ”。もうろうとする意識の中、心の中で題目を唱え始めた。やがて体調は快方へ向かう。
 発語も、当初は周囲が聞き取りにくい状況だったが、それも改善していった。8月下旬には一般病棟へ。くも膜下出血のもう一つの後遺症である、左半身まひのリハビリを開始した。
 挑戦を支えたのは2人の息子たち。陸上部に所属し、長距離走の選手である長男・義明さん(15)=中学3年=は、母の入院中に市の大会で準優勝を果たす。
 その時のゼッケンをタオルに縫い付け、「リハビリのために使って」とプレゼントした。
 痛みを伴うリハビリには、意志と実行力が必要だ。義明さんは母をこう激励した。
 「お母さん、限界だと思ったところから、もう1周だよ。限界プラス1!」
 その言葉が、美枝子さんの心にヒットした。“私の回復を待ってくれている家族がいる。同志がいる!”

出さん夫妻それぞれの父母と共に
 医師の許可を得て“自主練”を。放課後に毎日見舞ってくれる次男・伸雄君(10)=小学4年=の姿も励みとなった。
 10月24日、晴れて退院。2カ月半ぶりに、わが家に帰ってきた。驚いたことがある。男3人で掃除、洗濯を分担する姿が。
 それ以上に、息子2人が自らの意思で御本尊の前に座り、勤行・唱題をするようになっていた。息子たちは、美枝子さんの回復を祈念し続けていた。
 1年後の本年8月12日、家族で池田先生に手紙を書いた。「病が家族の絆をさらに強めてくれました」
 師匠、同志の真心に恩返しを誓う日として、これからも心に刻み続ける。

 

2019年11月26日 (火)

2019年11月26日(火)の聖教

2019年11月26日(火)の聖教

◆わが友に贈る

   もっと強く!
 もっと優しく!
 大きな苦難を越えてこそ
 大きな自分になれる。
 そのための信心だ。

◆名字の言

   資産家の元に生まれたナイチンゲールは30代の時、豊かな生活から一転、過酷な看護の世界に飛び込んだ。赴任した戦地の兵舎病院では劣悪な環境、傲慢な軍医や将校からの冷遇、彼女の活躍に嫉妬する同僚の妨害といった“壁”に直面した▼だが、そうした不条理な状況をはね返し、苦しむ人に尽くし抜いた。後輩を励ます彼女の言葉がある。「あなた方は、進歩しつづけない限りは退歩していることになるのです。目的を高く掲げなさい」(薄井坦子他訳)。それは彼女の人生観にも重なる▼目の病と闘う男子部員は31歳で結婚。希望に満ちた日々を送っていた矢先、妻が余命1カ月のがんに。治療に専念しつつ、夫婦で祈りを深めた。妻は更賜寿命の実証を示し、霊山へ。亡くなる2週間前、妻は友人に弘教を実らせた▼失意の中、彼は視力までも奪われた。だが決意した。「自分は立ち止まっても、社会は動き、時代は進む。それでは後退だ。前に進もう」。彼はマラソンにも挑戦し始めた。めきめきと力をつけた今夏、国内最大の障がい者スポーツ大会で優勝。その日は亡き妻との5回目の結婚記念日だった▼伴走者である家族を心に抱いて彼は走り続ける。一歩一歩進むことが不屈の足跡になると確信し、信仰勝利のゴールを目指す。(城)

◆寸鉄

未来部が「E―1GP」。
挑んだ皆が勝利者!次代
を担う鳳雛こそ希望の光
     ◇
山口女性の日。婦女一体
の麗しき励ましの連帯!
新時代の広布開拓史綴れ
     ◇
「知恩報恩をいたすべし」
御書。感謝の人は成長の
人。君よ師弟の大道進め
     ◇
世界の11~17歳、8割が
深刻な運動不足―調査。
健康こそ第一。対策急げ
     ◇
2割がコンタクトレンズ
を“ポイ捨て”。環境汚染
の恐れも。正しく廃棄を


【教学】

◆心大歓喜 紙上講義で学ぼう 平和の誓い継ぐ「人材の中国」

御文 元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり
 (治病大小権実違目、997ページ7行目~8行目)
通解(生命に本来具わっている)「元品の法性」は、梵天・帝釈などの諸天善神として顕れ、(本来具わっている)「元品の無明」は、第六天の魔王として顕れるのである。

「人間革命」の連帯広げ生命尊厳を社会の柱に   中国教学部長 久保泰郎

 11月は、広島にとって、師弟の平和闘争の魂が赤々と燃える月です。

 あの歴史的な「原水爆禁止宣言」から2カ月後の1957年(昭和32年)11月、体調を崩された戸田先生は、命懸けで広島訪問を断行しようとされました。しかし、病状は思わしくなく、断念せざるをえませんでした。
 恩師の思いを胸に、平和への戦いを起こした池田先生は、75年(同50年)11月、広島を訪れ、原爆死没者慰霊碑に祈りをささげられました。
 
 この師弟の峻厳なる平和闘争を受け継ぎ、さらに世界へと広げるのが、広島で生まれ育った被爆2世である私自身の使命と定め、青年時代から平和運動に邁進してきました。うれしいことに中国方面には、平和の闘争を継ぐ、青年の人材山脈がそびえています。
 今回拝する「治病大小権実違目」の御文は、一人一人の生命の変革によって、災難をとどめる道理を示されている箇所です。つまり、平和は一人の「人間革命」から始まるのです。
 仏法では、善も悪も、一人の生命に厳然と具わっていると教えています。
 その上で、善性である「元品の法性」は諸天善神の働き、悪性である「元品の無明」は「第六天の魔王」の働きとなって顕れると仰せです。
 「元品の無明」とは、生命に具わる根本的無知、迷いのことですが、その根底は、生命の尊厳が信じられないということです。それは、他者だけでなく、自身の生命の軽視でもあります。
 この視座から見れば、「第六天の魔王」は、支配欲・権力欲・国家悪等として働き、顕れます。人類を何度も亡ぼすほどの膨大な数の核兵器を頂点とする軍事・軍需体系は、その権化です。他者の生命を奪う戦争もそうです。ゆえに、戸田先生が、核兵器をサタン(悪魔)の産物と言われたのです。
 核兵器は、人間が生み出したのであるならば、人々の生命を変革し、善の連帯を広げることで、核兵器廃絶も、恒久平和も現実にできるはずです。
 “核兵器なんて私には関係ない”と思う人もいるでしょう。しかし、仏法では、善悪一如と説きます。自分の中に善も悪も具わっていると洞察するならば、誰もが当事者なのです。
 大学1年の時、アジアからの留学生との交流で、「日本も加害者」と認識されていることにがくぜんとしました。被害者意識だけでは、狭小な運動になりかねないことを知ったのです。平和を前進させるには、互いを良く知り、相手の立場を尊重しながら、理解を広げていかねばなりません。
 また、大学2年の時、学会の反戦出版の一つとして、被爆証言集が発刊されました。そこに、母の証言が収録されました。折々に聞いていましたが、まとまった形で読んだ時、母の平和への思いが胸に迫ってきました。
 今も新たに、証言される方々がおられます。それは、家族も含め、偏見や差別との戦いの始まりです。その覚悟に、思いを馳せなければなりません。
 “二度とこの苦しみを、誰にも味わわせたくない”との、切なる願いが、重い心の扉を開いたのです。
 学会は、これまで反戦出版をはじめ、核廃絶を訴える展示や署名を行ってきました。広島では、青年部主催の「平和のための広島学講座」を30年にわたって開催してきました。私も、毎週、内外の人たちに、新聞各紙の切り抜きなどの平和情報を発信し続けています。
 
 日蓮大聖人は、「同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう」(御書1224ページ)と仰せです。現実の魔性との闘争の中で、一人一人の人間の善性を呼び覚ます対話を続けていくしかないのです。
 池田先生は、創価学会の社会的貢献に関して、主師親の三徳になぞらえ、次のように教えてくださいました。
 「生命の尊厳を護る『主の徳』を目指すのは、平和の貢献です。青年を正しく導く『師の徳』を体現するのが、人間教育です。人類の心を耕し、結び合う『親の徳』は、文化の交流です」(『御書と師弟』第3巻)
 学会の平和運動は、憎悪や偏見などが渦巻く現代社会にあって、厳然とそびえ立つ平和と希望の柱なのです。
 
 大聖人は「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」(御書1506ページ)と仰せです。現実社会は、利害や思惑が複雑に絡み合っています。分断の風潮が強まる中で、どこまでも「立正安国」の理念を高く掲げながら、平和を構築していきたい。恒久平和は、決して静的なものではなく、間断なき闘争に勝ち続けてこそ可能になるのです。
 
池田先生の指針から――

 核兵器を廃絶せよ! その元凶となる生命軽視の魔性の思想を打ち破れ! 恩師の遺訓のまま我らは弛まず進む。

 それは「元品の無明」を破って「元品の法性」を開き、民衆一人一人の心に平和の砦を築く地涌の挑戦である。「生命尊厳」を地球社会の柱に打ち立てゆく精神闘争だ。
 この最極の道である「立正安国」の対話に、今日も挑みゆこう!(本年9月6日付本紙、御書と歩むⅡ――池田先生が贈る指針)
                      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
 きょう9月8日は、わが師・戸田城聖先生が、学会の平和運動の永遠の原点である「原水爆禁止宣言」を、青年に託された日であります。
 “核兵器を絶対に使用させてはならない”“世界の民衆の生存の権利を断じて守らなければならない”との恩師の師子吼を、私は不二の弟子の誓いとして命に刻みつけ、行動を貫いてきました。(中略)
 長らく不可能と言われ続けてきた核兵器禁止条約が、2年前に国連で採択されたのであります。
 私は、広島と長崎に原爆が投下されてから75年となる明2020年のうちに、何としても核兵器禁止条約の発効を実現させたいと切望しています。
 条約の発効こそが、原水爆禁止宣言で訴えられた、核兵器を容認する思想の「奥に隠されているところの爪」をもぎ取るための不可欠の基盤になると信じてやまないからです。(本年9月10日付本紙、青年不戦サミットへのメッセージ)


【聖教ニュース】

◆未来部E-1グランプリ全国大会    2019年11月26日
 池田先生が祝福のメッセージ贈る 地道に! 朗らかに! 宇宙大のロマンを

 第5回「未来部E―1グランプリ」の全国大会が24日、東京・八王子市の創価大学ディスカバリーホールで晴れやかに開催された。
 池田大作先生がメッセージを贈り、心から祝福。フランスの美術史家ルネ・ユイグ氏との交流を通しながら、「地道に粘り強く努力を続けながら、明るく朗らかに未来の希望を見つめ、心には宇宙大のロマンを広げゆく青春であってください」と念願した。
 4人一組で英会話の寸劇を披露する同グランプリ。今回のテーマは「世界市民」である。課題文では、ユウキとジーニーが見たいものが何でもそろっているという“不思議な博物館”を訪れる。魔法で命を吹き込まれた“展示品”とのやり取りを通して、世界市民になるための条件を学び合うという内容だ。
 全国大会には多数の応募の中から厳正な映像審査を経て選ばれた代表10チームが出場。堂々のグランプリ(第1位)に「Red Fires 2019」(広島創価総県)が輝いた。

第1位に輝いた「Red Fires 2019」(広島創価総県)。地域の同志への感謝を胸に

第1位に輝いた「Red Fires 2019」(広島創価総県)。地域の同志への感謝を胸に

 第2位に「NAKS(ナックス)」(福島正義県)、第3位には「Dream@mmyn.com」(福岡・小倉南県)が選ばれた。
 グランプリに輝いた「Red Fires 2019」は、フランスの芸術家・ドラクロワ作「民衆を導く自由の女神」を通して、人間の生命力の強さと「負けじ魂」の大切さを訴える劇を演じた。
 表彰の場で、マイクを向けられたメンバーの一人が語った。「本当にうれしいです。でも僕たちの力では決してないんです。応援してくださった同志の皆さんの祈りのおかげなんです」――それは、全チーム一人一人の思いを代弁する一言だったに違いない。

団結力が光った「NAKS(ナックス)」(福島正義県)が第2位に。歌舞伎の「連獅子」から着想した演技を披露

 英語の練習、演技指導、さらには小道具作りなど、地域の創価家族にどれほど支えられたか。誰もが“わが地域の未来っ子を全国大会へ”との並々ならぬ思いで祈り、送り出してくれた。その感謝の気持ちを、子どもたちが精いっぱいの演技で表現した。
 大会では、志賀青年部長、松野未来部長、先﨑女子未来部長があいさつ。創価大学国際教養学部のローレンス・マクドナルド学部長が講評し、山口未来本部長が、友の奮闘を心からたたえた。

第3位の「Dream@mmyn.com」(福岡・小倉南県)は、個性豊かな演技で会場を大いに沸かせた

◆東京富士美術館で「フランス絵画の精華」展が好評開催中 2019年11月26日
 音声ガイドも充実 明年1月19日まで





    • 「フランス絵画の精華」展では、フランスやイギリスを代表する美術館の名品と共に、東京富士美術館の所蔵品が並ぶ

「フランス絵画の精華」展では、フランスやイギリスを代表する美術館の名品と共に、東京富士美術館の所蔵品が並ぶ

 東京富士美術館(八王子市)で「フランス絵画の精華」展が好評開催中である。
 17~19世紀のフランス絵画が多様な発展をみせた時代の作品を展示。均整のとれた構図を用いた歴史画や、色鮮やかな風俗画などで彩られる。来場者からは「日本では名前を聞き慣れない画家も多いが、だからこそ西洋絵画の新たな魅力を発見できました」等の声が寄せられている。
 鑑賞をサポートする工夫も充実。特設サイト=mu1.site/fuji/では、声優の本名陽子さんによる音声ガイドを無料で聞くことができる。スマホでサイトを開き、持参したイヤホンを用いれば、題材にされた人物や歴史の解説を聞きながら鑑賞を楽しめる。
 ミュージアムシアターでは、フランスの美術史家ルネ・ユイグ氏と東京富士美術館の創立者である池田先生との友情に迫った約15分の映像を放映。
 作品や展覧会の背景を踏まえて、絵画の本質に触れられる好機となろう。

 【案内】明年1月19日(日)まで。月曜休館(祝休日は開館し、翌日が休館)。12月26日(木)~明年1月3日(金)は休館。開館時間は午前10時~午後5時(入館は同4時半まで)。
 ※入場料などの詳細は、ホームページ=www.fujibi.or.jpを参照。


【特集記事・信仰体験など】

◆SDGs――持続可能な未来へ共に考える 静岡県立大学の鬼頭宏学長にインタビュー

 国連が本年発表した報告書によれば、世界人口は2050年までに20億人増の97億人となり、21世紀の末ごろには約110億人でピークに達することが見込まれている。
 一方、高齢化と人口減少が進んでいる国の数も増えていると指摘されており、日本もその一つである。
 こうした人口規模や構成の変化は、国連が定めた「SDGs(持続可能な開発目標)」の達成にも大きな影響を与える。
 私たちは、混迷の時代をどう進むべきか――歴史人口学の研究者である静岡県立大学の鬼頭宏学長に、青年部の代表が話を聞いた。

インタビュアーの林総静岡女子部長
インタビュアーの馬渕総静岡学生部長
人口減少時代を迎えて

 馬渕総静岡学生部長 世界的に人口の増加が続く一方、日本では減少が進んでいます。増加と減少のメカニズムは、どういったものなのでしょうか。

 鬼頭学長 放っておけば基本的に人口は増え、地域に食べ物がなくなれば止まるという考え方があります。イギリスの経済学者マルサスが「人口論」で理論化したものですが、人口増加が続けば食料生産が追いつかないために、いずれ増加は止まり、まかなえる人口まで抑制される。食料の水準が人口を決めるというわけです。
 しかし、技術革新が起きて人々を養える力(収容力)が増すと、人口が増えるのです。そして、その技術が社会に普及し尽くすと、再び人口は増えなくなる。こうして増加と減少を繰り返してきたという見方があります。
 日本もこれまで少なくとも4回、波を描いて人口増減の循環を繰り返しており、現在は2010年をピークに人口減少の局面に入っています。

人口減少は社会変革のチャンス

 林総静岡女子部長 人口減少という事態をどのように捉えていけばよいのでしょうか。

 鬼頭 先日ある会議に参加した折、「静岡が抱えている一番の問題は、労働力不足だ」という話が出ました。経営者はいるし、機械もある。仕事もあって物をつくれば売れるけれども、働き手がいない、と。
 人口減少が進むと、労働力と消費が減ります。財政が困窮し、台風や洪水等で被害を受けても堤防や道路を修繕できず、社会資本が維持できなくなるかもしれない。すると災害に弱い社会になり、持続可能な社会ではなくなってくる。その意味でも人口減少への対応は必要です。
 しかし、人口が減少していく時期は、「社会を大きく作り変えるチャンス」でもあります。ヨーロッパでは14世紀に人口増加が止まりました。そこにペストの流行が重なって人口が減少したわけですが、この時、社会では人々の労働の価値が高まりました。
 領主の元で働かされていた農奴の存在が、人手不足によって重視されるようになり、賃金が上がって自立した農業経営者になったりもした。社会の仕組みに変化が起きたのです。
 これは一例ですが、人口減少は決してマイナス面だけではありません。現在、男女の賃金格差が問題視されていますが、労働力の減少はそうした格差解消の一助になることも考えられます。
「なんとかしなければ」が次代を開く
 
馬渕 人口減少を停滞や閉塞とばかり捉える必要はない、ということですね。
 
 鬼頭 そうですね。人口が減少した時代は「次の準備をした時代」「技術革新が進んだ時代」であるといわれることがあります。
 現在もロボットやIT技術をさらに活用するという議論がありますよね。背景の一つには労働力不足があります。当然、研究者は好きで研究しているということはありますが、機械化を進めたいという社会的ニーズが、大きな後押しになっているでしょう。
 もう一つの事例に、イギリスの産業革命があります。多くの発明が生まれて社会の機械化が進み、産業革命に至ったと言われますが、それは「結果」です。
 産業革命前、イギリスは多くの移民を出し、人口増加が停滞していたのですが、それは森林伐採による耕地やエネルギーの不足が理由の一つでした。つまり、資源や人手が足りずに“なんとかしなければ”という事態が次の社会を開くステップにつながるのです。

創価学会平和委員会が制作した「平和の文化と希望展」。少子高齢化が進む社会で希望をもって生きるために、一人一人の価値観や行動の変革を促している(2015年11月、東京で)

未来は自分で描こう
 林 新しい社会を開くチャンスである一方で、若い世代が展望を描きづらい社会であるように思います。
 
 鬼頭 『幸福論』の著者であるフランスの哲学者アランは、「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」と言いました。
 “どうしようもないな、困ったな”ではなく、“社会をよりよく変える機会だ”と思考していくことが大切ではないでしょうか。
 アメリカの科学者アラン・ケイは「未来を予測する最善の方法はそれを発明すること」だと言っています。
 どうなるのだろうかと悩んでいても仕方がない。未来はこうするのだと自分で設計して、図面を描いてしまう。それに向かって実現していくのだ、と。
 “自分はこうしていきたい”という気持ちがあれば、新しい局面が開けてくるのではないでしょうか。その上で、間違った未来を描かないように、若い世代の方々には歴史をしっかり学んでほしいと思います。
 
皆が生きがいを持てる世界を
 馬渕 今後の社会の指針として、SDGsは「誰も置き去りにしない社会」を掲げています。創価学会学生部でも先日、学生を主な対象にした意識調査を実施したところです。
 
 鬼頭 調査結果は、私も拝見させていただきました。
 “このままでは人類社会、文明が続いていかない”という意識は現在、広く共有されてきているように感じます。1960年代から80年代にかけて、人口が過剰であることが世界的に注目されるようになりました。
 その一方で70年代には、「いつまでも、もつのか」ということが大きな議論となりました。国連の報告書や世界的な研究機関である「ローマクラブ」が発表したリポートなどで持続可能ではないことがうたわれ、現在のSDGsにつながってくるわけです。
 人生の価値は長い短いという「時間」で決まるものではなく、社会の一員として貢献し続けることができるかどうか、「生きがい」を持ち続けられるかどうかに掛かっていると思います。
 それは「社会との関係」を常に持っていくことと深く関係しているでしょう。SDGsを実現させていくことが、まさにそこにつながっていくのだと思います。
 
SDGsは未来への重要な指標
 林 未来をより良くしていくために、青年の使命は大きいと思います。池田先生は本年の「SGIの日」記念提言で、大学は社会の“希望と安心の港”として大きな役割があると指摘しています。鬼頭学長は公立大学協会会長も務めておられますが、大学の使命とは何でしょうか。
 
 鬼頭 創価大学では早くからSDGsに取り組んでいらっしゃいますね。本学もさまざまな取り組みを行っていますが、最近、公立大学は地域の施策を体現できるものでなくてはならないという思いを強くしています。
 地域の目指すものや人材の在り方を的確に読み取って育てていく。そうした地域作りの拠点になっていきたいと思っています。
 産業を興すとか労働力を供給すればいいというのではなく、広い意味での地域の豊かさです。それはGDPの成長だけでは測れない豊かさであり、21世紀のビジョンを考える上で、SDGsは重要な指標になる。
 その意味からもSDGs実現のために、他の大学、地域とつながる活動を展開していきたいと考えています。

◆〈世界に魂を 心に翼を 民音が開いた文化の地平〉第20回 世界バレエ・シリーズの金字塔㊥2019年11月26日  時代の“圧倒的先端”

民音の「世界バレエ・シリーズ」第2弾。円形の舞台を特設して行われた、ベルギー国立20世紀バレエ団の「ロメオとジュリエット」(1967年6月、千駄ケ谷の東京体育館で)

ベルギー国立20世紀バレエ団による「春の祭典」。「世界バレエ・シリーズ」のアンコール公演となった(1978年5月、名古屋市民会館で)

 「驚くべき早さです。だって1960年代ですよ。民音が、圧倒的に時代の先端をいっていた」
 評論家の三浦雅士氏が、民音「世界バレエ・シリーズ」の軌跡をたどりつつ、言葉を継いだ。
 雑誌「ユリイカ」や「現代思想」で編集長を務め、文芸評論家として著名な三浦氏は、バレエへの造詣も深く、月刊「ダンスマガジン」を創刊するなど、舞踊評論の第一人者としても知られる。
 「当時、バレエといえば、やはりソ連ですから。最初にノボシビルスク・バレエ団を招いた。注目すべきは、その後の展開。もう水際立って鮮やか。あっという間に、ヨーロッパの中心に接近していった」
 民音がノボシビルスク・バレエ団(66年)に続いて招聘したのは、モーリス・ベジャール氏率いる「ベルギー国立20世紀バレエ団」。前者がバレエの本場・ソ連の“伝統”を象徴する一方で、後者はモダンバレエの“革新”の担い手であった。
 その後も民音は、アメリカン・バレエ・シアター、パリ・オペラ座バレエ団、ドイツのシュツットガルト・バレエ団、英国ロイヤル・バレエ団といった名門バレエ団の来日公演を、次々と実現させていく。
 「60年代後半、日本のバレエは、まだまだ“習いごと”の延長線上。海外のバレエ界について、今のような知識もないし、情報も簡単に入らない。欧州でも、ベジャールやクランコ(シュツットガルト・バレエ団)の実力を皆が知っていたわけではない。とにかく現地を歩き、耳学問でベジャールやクランコを呼ぼうと決めた。だからこそ世界バレエ・シリーズは、日本という島国にあって、2
0世紀後半の“バレエ史全体”を見渡せるプログラムになった」
                       ◇ ◆ ◇ 
 文豪ビクトル・ユゴーが“世界一美しい広場”と賛嘆した、ブリュッセルのグラン・プラス。そのほど近くに王立モネ劇場がたたずむ。
 66年4月、民音の秋谷専任理事と東京バレエ団の佐々木忠次氏が、同劇場を拠点とするベルギー国立20世紀バレエ団の公演に足を運んだ。そこには既成概念を根底から覆す、バレエの新たな地平が広がっていた。
 ベジャール氏は、豪華な舞台装置や衣装に重きを置くバレエ界に異を唱え、“人間の肉体に還れ”と訴えた。可能な限り装飾をなくし、“人類は皆、同じ”との信念のもと、普遍の人間性を舞台に追い求めた。
 同団の創立は60年。ベジャール氏の理想を求め、各国から有望な若手が集まり、短日月のうちに世界最高峰の実力を誇るようになった。
 ダンサーの約半数がベルギー以外の生まれで、東洋人の姿もあった。ソリストの出身国も、ブラジル、イラン、モロッコ、日本と多彩である。
 10年足らずで50以上のバレエを振り付けし、名声を定着させつつあったベジャール氏だが、当初、評価は二分し、観客がゼロの舞台さえあった。「私の好きなバレエはいつでも、次に創る作品である」「人は、自らの人生との闘いから退いた軍人であってはならない」(『モーリス・ベジャール自伝』前田允訳、劇書房)と、わが道を突き進んだ。
 モネ劇場での公演後、同団に民音の来日公演を持ち掛けたが、結果は門前払い。無理もない。彼らにとって、日本は“遠い島国”。民音も、いまだ創立3年に満たず、海外交流の実績は皆無に等しい。
 だが、ここで交渉を諦めるわけにはいかない。後日、佐々木氏が再び交渉を申し出た。その胸には「民音公演を通してつくられる肥やしが、日本バレエの土壌を育ててほしい」との思いが脈打っていた。
 だが再度の交渉も実を結ぶことはなく、帰国便の時間が迫ってきた。やむなく空港へ向かうと、そこには20世紀バレエ団の責任者が。手には来日公演の契約書が握られていた。
 いちずな情熱が扉を開く。のちに世界的なインプレサリオ(総合プロデューサー)として名を高める佐々木氏だが、三浦氏は、その原点が、この交渉にあったと指摘する。「何度も足を運び、“これで断ったら申し訳ない”と相手に思わせるまで人間関係を深める――佐々木さんが、こうしたスタンスを身に付けたのは、この時。民音が、その情熱に火を付け、佐々木さんを佐々木さんたらしめた」
                       ◇ ◆ ◇ 
 「えっ、ここでバレエを?」
 会場を目にした来場者から、口々に驚きの声が。
 67年6月、千駄ケ谷の東京体育館には、見渡す限りの円形の舞台が設置されていた。幅24メートル。固定された“額縁”の舞台ではなく、張り出しの特設ステージである。縁に沿うように客席が置かれ、6日間で3万6000人が詰め掛けた。
 シェークスピアの悲恋物語である「ロメオとジュリエット」を、ベジャール氏は、人間の尊厳、愛と平和の勝利を歌い上げる、劇的な舞台へと一変させた。前年(66年)に初演されたばかりの同作品では、モダンバレエの大地に、卓越したクラシックバレエの技術が溶け合っていた。
 東京、神戸、京都、大阪、愛知の5都市で、17日間の公演。どの会場もカーテンコールが鳴りやまない。大阪・中之島公演の最終日では、プログラムにない新演目も追加し、ベジャール氏自らも出演。充実のツアー成果に喜びを隠さなかった。
 同団が日本で披露したのは「春の祭典」「ボレロ」「ロメオとジュリエット」など。それが、なぜ、ここまで観衆の心を打ったのか――。
 三浦氏は、人間の“本質”を表現した舞台であったからだと語る。
 「踊るのは人間だけ。古来、狩りや漁、戦争など、人間が自身の生死を懸ける時、自らの生存を強く意識する時、人間は踊った。“鼓舞”という言葉も、“太鼓をたたいて舞う”と書く。生死こそが、人間の本質であり、舞踊の原点なのです。
 『白鳥の湖』は、人の生死を見つめる物語。『ジゼル』も『眠れる森の美女』もそう。能や歌舞伎といった邦舞も、良い作品はあの世とこの世との結び付きを映し出している。織田信長が舞った『敦盛』、ラグビーで注目されたハカなどの“ウォークライ”も、心を打つのは、人間の生死の哲学を表現した舞台。それは、いつの時代も変わらない。世界バレエ・シリーズは、各国を代表するバレエ団を一律に招いたのではなく、舞踊の本質に迫るものだけを呼んできてくれたのです」
 三浦氏は、こうも述べている。
 「はっきり言って、60年代の日本で、世界の最先端がどれほど理解されたかは分からない。でも民音は、“一番”を持ってきてくれた。何でも一番から知らなければ、正しい評価はできない。中途半端なものから観せてはだめなんです」
                           ◇ ◆ ◇ 
 当時、ヨーロッパでは、クラシックバレエの人気に陰りが見え始めていたという。その理由を、ベジャール氏は、こう見ていた。
 “考えの奥にあるもの、思想の奥にあるものの価値が問われています”
 東洋も西洋も超えたバレエを目指し、彼は常々、バレエは単なる「舞踊」ではなく、「リット(儀式、祭典)」であると言った。皆が手を組み、人類を結んでいく――ここに、彼の夢見た芸術の理想像があった。
 自身が振り付けた「春の祭典」について、こう語っている。
 “春とは何か――。冬のマントの下に長い間眠っていたものが輝き出す「力」ではないだろうか。植物、動物、そして人間に至る万物が、大宇宙の中で生命を得た喜びを謳歌している。この春のような、永遠の生と死の賛歌の舞踊である”と。 
 来日の折、ベジャール氏は、創価学会の「文化祭」の映像を見る機会があった。青年たちが織り成す団結美、壮大な人文字に、思わず拍手を送る。降りしきる雨の中での「関西文化祭」(66年9月)の場面では、感嘆のため息を漏らした。
 優れた思想・哲学は、必ずや偉大な芸術を生む――民音創立者・池田先生の理念と、ベジャール氏の信念は深く共鳴していた。
 67年6月6日、東京体育館で20世紀バレエ団の公演を鑑賞した池田先生はベジャール氏と会見。その絶えざる自己錬磨をたたえた。
 来日公演のさなか、池田先生はダンサーの宇田川栄作さん、「ロメオとジュリエット」でジョルジュ・ドン氏と組んだ浅川仁美さんら、同団で活躍する日本人にも謝意を伝えている。「バレエの舞台はもちろん、人生の舞台の上でも生ききって、大きく躍動してほしい」。後年、ベルギーを訪れた際には、異国で奮闘する宇田川さんと再会を喜び合った。
 先生は、“文化の大使”である芸術家たちのさらなる飛躍を願いつつ、交流の充実へ心を砕いた。ある時、芸術交流への思いを、こう記している。
 「『一流』に触れさせたい。一流を見ていれば、二流・三流はすぐわかる。二流・三流を追っていては、どこまでいっても一流はわからない。一流の人物と接する。一流の音楽を聴く。一流の書物に親しむ。一流の美を鑑賞する。そこに、一流の人格も磨かれる」
 国内外の一流芸術を庶民の手に。世界バレエ・シリーズは、その民音の精神を象徴するものとなった。
 この67年6月には、今に続く指揮者コンクールも開幕。
 文化交流の旗手・民音の躍進が始まる。(月1回の掲載予定)

◆離島の“友人葬”を担う儀典長は“ペンキ屋のおやじ”〈信仰体験〉

 【長崎県五島市】ローカル紙で最も読まれる記事の一つは、「おくやみ」欄だという。
 森勝昭さん(73)=圏壮年部長、副本部長=もまた、毎朝、目を通す一人である。五島列島の福江島は、互いの顔が見え、地域のつながりが色濃く息づく。
 森さんは10年以上にわたって、圏儀典長として創価学会の友人葬の導師を担当。妻との死別、自らのがんとの闘病を経て、誠心誠意、真心を込めて務めている。
 信頼と友情の絆で結ばれた同志が集い、故人の冥福を祈る友人葬。学会では、儀典長が奉仕の心で導師を担当する。
 森さんは葬儀の連絡を受けると、御本尊に向かい思いを巡らせる。亡くなった人との思い出、交わした会話。遺族のもとを訪れ、生前の話に耳を傾ける。どんなご苦労があったのか、どんな幸福をつかんだのか。埋まっていくメモ帳をもとに、草稿を練る。

 告別式のあいさつでは、友人葬の意義も語る。他宗の参列者もいる。仏教の本義にのっとり、現世での名前のまま戒名を付けないことを、端的に丁寧に述べる。朗々たる唱題の声には、厳かさと温かみがある。
 「皆さん、池田先生の弟子として、五島広布に歩んだ方々です。最大の敬意をもって送りたい」。そこには若き日から貫く誓いがある。
 学会に先に入会していた家族に、森さんが続いたのは1968年(昭和43年)。当時、テレビの分配器の工事を請け負い、売り上げで県内でもトップを誇った。高給取りで社交ダンスをこなし、趣味も多彩。男子部メンバーに会合に誘われても、「俺はあんたらとは違う」と居丈高だった。
 ある時、根負けして会合に参加した。オーダーでしつらえたスーツで威勢を張った。しかし、そこは別世界だった。
 腰の曲がった高齢男性が学会歌の指揮を執ったかと思うと、若い女性が続いた。繕い跡の目立つ作業着や、かっぽう着。年齢も性別も貧富の差も関係なく、それぞれの顔には充実感が満ちていた。
 “本物”を目の当たりにした森さんは、飾った己を恥じ、身を縮こませた。自ら広布のロマンに身を投じるのに、時間はかからなかった。
 入会して1年で3世帯の弘教を実らせ、その3人目が妻の京子さんだった。心臓弁膜症を患い、働くこともできない体。森さんは、「いかなる病さはりをなすべきや」(御書1124ページ)の御文を何度も繰り返し、励ました。70年に結婚する。
 医師から無理と言われた体で、妻は3人の子どもを出産した。「信心に不可能はない」と妻の手を取り、喜んだ。
 学会活動に拍車が掛かる。長崎や佐世保で会合があれば、運賃を工面し、片道4時間以上かかるフェリーに飛び乗った。港近くのベンチで夜を明かし、翌朝、島に戻るのが常だった。
 30歳で塗装店を立ち上げる。アルバイト経験しかなかったが、腕の良い職人を雇い、技術を見て覚えた。徐々に受注は増え、島のあちこちで手掛けた建物が見られるように。島に“森、ここにあり”と点を打ち込んだ。
 離島に生きる覚悟を決めさせてくれたのは、池田先生だった。
 輸送班(現・創価班)で、先生と一緒に勤行・唱題をする機会が。先生は遠来の友を激励していった。
 「一番遠い人は誰かな」との言葉に、森さんは喉元まで“長崎の五島から来ました!”と出かかった。だが言えなかった。“師匠から激励されようと思うたらいかん”。「俺は学会厳護、会員厳護する側やけん」
 島に戻り、ひたぶるに御本尊に祈るようになった。“五島の同志を守れる自分になる”。温かくも射貫くような師のまなざしを背に、自らを律した。
 小説『新・人間革命』第28巻「勝利島」の章にこうある。
 「わが地域の広宣流布は、わが手で成し遂げるしかない。それが、自分の使命である――そう自覚した同志が、次々と誕生したことによって、離島広布は加速度的に進んできたのだ。これは、いかなる地域にあっても、永遠不変の原理といってよい」

 島に生き抜くのは容易ではない。経営難は何度もあった。不渡り手形を5度つかまされ、資金繰りに走った。島を出た方が楽になれる、と思ったことも。だが、森さんは退かなかった。
 88年、妻が急逝した。風邪から肺に水がたまり、一晩足らず。あまりにも突然だった。3人の子どもは、18歳、16歳、11歳だった。
 告別式には多くの同志が集まり、励ましてくれた。更賜寿命した妻に感謝しつつ、親族や同志の助けを受けて仕事に没頭した。「お世辞にも良い父親とはいえんかった。子どもらに支えられてばっかりやったと」
 僧侶のいない葬儀に奇異の目が向けられることもある。参列者の中には、香典泥棒のデマをいまだに信じる人もいた。
 “ペンキ屋のおやじ”で知られる森さんが導師に立つと、参列する知人に驚かれた。「立派な読経やったで」と肩をたたかれた。ありのままの学会の姿を見せてきた。
 5年前のある日、森さんは水も飲めない喉の痛さ、高熱から病院へ運ばれた。「中咽頭がんです。あと1カ月遅ければ、危なかった」と医師。
 胃ろうを造設し、抗がん剤、放射線治療で75キロあった体重は46キロに。体力をそがれ、死魔に翻弄されながらも、森さんは望みを失わなかった。“まだ、やり残したことがある!”

 退院した時、長年の友人がしみじみと言った。「人のために良かことば、しよったけんばい、生き返ったんじゃ」
 5年がたち、がんは完治した。塗装業は息子の代に譲り、会長に。思う存分に学会活動ができるようになり、島の発展のために尽くす。
 先月、行われた五島大光圏の幸福島総会で森さんは体験を発表。本紙の購読を40部拡大して臨んだ。いつまでも変わらず、広布第一線に立ち続ける森さんに、周囲の信頼は厚い。
 「体力は奪われて、無理はできん。けど青年部時代、こしゃくにも『学会厳護』を誓わせてもろうた。それが今に通じとるんやなかか」
 先日は、草創期から広布に励んできた96歳の婦人の告別式で導師を務めた。火入れの時、森さんは腰をかがめて最敬礼し、言った。「長い間、お疲れさまでした。ありがとうございました」

豊かな自然を残す五島列島には美しい白浜があちこちに

◆白ゆりの輝き〈婦人部のページ〉 皆が宝の人材 励ましの光を幾重にも?
 「ヤング白ゆり世代」と共に希望の前進!

「ヤング白ゆり世代」の使命や今後の婦人部の活動について、永石全国婦人部長、沼倉全国婦人部書記長と代表の友が語り合った。併せて、地域・社会で活躍する「ヤング白ゆり世代」のメンバーを紹介。

永石貴美子 全国婦人部長、沼倉千佳代 全国婦人部書記長、池上純代 中国婦人部長、?
川浪マチ子 総千葉婦人部長、石田弥生 東京・豊島総区婦人部長

新しき時代を築く主役

 永石 いよいよ明「前進・人材の年」の出発の時に当たり、励ましのスクラムを原動力に、新しき広布の歴史を築くため、婦人部の中で40代までを「ヤング白ゆり世代」と総称することになりました。

 沼倉 若いメンバーが生き生きと輝き、今いる場所で広布を拡大する時、どれほど平和と幸福を広げ、地域・社会を変えていけることか。
学会創立100周年(2030年)を担う人材が、各地から陸続と躍り出ていけるよう取り組みたいと思います。

 池上 婦人全体が、最高最強のチームワークで励まし合い、皆の力を出し合いながら、"新しい時代を開く"との決意で出発していきます。

 永石 「ヤング・ミセス」も含め、その世代の全ての人に光を当て、励ましを送るため、ヤング・ミセスは、全国組織としては発展的に解消となります。中央委員長だった西由美子さんも「同世代の全ての同志と励まし合いながら、広宣流布に進んでいけることが本当にうれしいです」と語っていました。

 川浪 ヤング・ミセスで頑張ってきた皆さんこそが、「ヤング白ゆり世代」の要となって、新時代を開いていってほしいですね。

 沼倉 宝の一人一人を大切に育むには、私たち先輩が、時代や社会は変化の連続であることや、ライフスタイルも多様化していることを、よく理解することが大事です。

 永石 池田先生は、「人材の育成、教育の在り方は、時代とともに異なってきています。自分が受けた訓練を、そのまま後輩に行うべきではありません。これからは、賞讃(しょうさん)、激励(げきれい)の時代です。多種多様なあらゆる努力を的確に評価し、褒(ほ)め、讃(たた)えていく。それが、勇気となり、意欲を育(はぐく)んでいきます」と教えてくださっています。

 石田 一人一人が置かれている立場や環境をよく分かってあげることも大切ですね。

 池上 仕事、子育て、地域や学?の活動などに奮闘する中、壁にぶつかったり、人間関係の悩みに直面したりしている人も多いと思います。

 沼倉 その悩みに寄り添い、苦楽を共にしながら、信心の確信を深め、共に勝利していくには、全てを受け止め、どこまで真剣に祈ってあ げられるかが大切ですね。

 川浪 ”どれほど使命の深い人たちか”と、後輩を尊敬していくことです。

 石田 それは同時に私たちの境涯革命への挑戦ですね。


相手の側に立った配慮

 沼倉 ある地域では、支部婦人部長以上全員を「チー厶太陽」と名付けて、「ヤング白ゆり世代」に太陽の励ましを送ろうと、「祈って 会っ て 共に実践 共に勝利」との合言葉を決めました。

 川浪 ”共に"というのが素晴らしい。北風ではなく、太陽が大切ですね(笑い)。

 永石 皆さん"短期決戦"は得意ですが(笑い)、人材育成は、じっくり時間をかけ、”時を待つ"ことでもあります。現状がなかなか変わらなくても、目の前の一人を大切に、祈りの中に入れて、真心の励ましを送り続けていくことが大事です。

 池上 総広島婦人部では2010年から、40代までの婦人部員を「2030年命宝会」として光を当て、メンバーへの訪問・激励に取り組んできました。

沼倉 会合は、どのように行っているのでしょうか?

 池上 地域によって環境も人数も違いますので、基本的には本部などの"顔が見える"単位で開催しています。会合では、話す側と聞く側という”一方通行"にならないよう、グループディスカッシヨンを取り入れるなど、”皆が主役"の会合を意識しています。

 石田 東京・豊島でも40代までの婦人部を「エスペランサグループ」と称し、激励に力を入れてきました。今後、ヤング・ミセスと合流して「豊島ヤング白ゆり世代」として活動します。昼と夜それぞれに支部や本部単位で小説『新・人間革命』の読書会をもつなど、メンバーが参加しやすいように工夫していきます。

 永石 同の集いに共感し、触発を受けて立ち上がる人も多いです。そうして成長し、励ます側の人が増えていくことが大事ですね。池田先 生は「子育てや人間関係の悩みなど、若い婦人たちのさまざまな相談にのってあげてください。皆が自分の悩みを乗り越える希望がもててこそ、力を発揮することができるからです」とつづられています。

 沼倉 訪問・激励の際も、未入会のご家族がいる、小さなお子さんや受験生がいるなど、ご家庭の状況をよく理解しながら伺い、配慮していくことが大事です。

川浪 総千葉では数年前から”午後10時30分以降、電話だけでなく、メールやラインなども控えよう”と、リーダーから意識革命をしています。

 永石 いいことですね。多忙な中で学会活動に参加している人もたくさんいます。会合や打ち合わせなどは、終了時間を決めて厳守する、終了後も早めに解散するなど、価値的に「時間革命」をしていきましょう。

「新・人間革命」と共に
 川浪 長年、総千葉では 『新・人間革命』を学ぶ「旭日学校」を続けています。 現在は、副役職の先輩幹部が担当に就いて、共に学会精神を学んでいます。少人数で懇談的に研さんする中で”師弟に生きる人生の素晴らしさを学んだ”若いメンバーの成長速度に自分も負けていられないと、毎回、喜びの声が上がっています。

 永石 『新・人間革命』を読むというとは、「師匠との対話の扉」を開くことにつながります。明年も婦人部は、池田先生の心を学び、実 践する「私の人間革命運動」に挑戦する中で、自身の師弟共戦の歴史をつづっていきたいと思います。

 池上 広島のある「ヤング 白ゆり世代」のご家庭では、娘さんが高校の読書時間に『新・人間革命』を読むようになったそうです。娘さんは小説を読み進めるたびに、山本伸一の生き方に感動。夕飯時、家族に今読んでいる章の感想を語るようになりました。今では、両親を含めた3世代6人がそれぞれ、読了に挑戦しているそうです。

 石田 わが家では、携帯電話の無料アプリ「radiko」を使って、『新・人間革命』のラジオ朗読を家族で聴いています。いつでも、どこでも利用できるため、地域の同志も活用しています。

 池上 仕事や介護、子育てなどで、思うように活動に参加できない方も多くいらっしやいます。たとえ会合に出られない時でも、『新・人間革命』をひもとき、自身の信心の糧としていくことが大切です。”ーぺージでも”と、小説に触れ合えるよう、励ましの言葉を掛けていきたいと思います。

 沼倉 学会活動は、自他共の幸福に生きる心を鍛え、福運を積むことができます。悩みを抱える時も、多忙な生活に埋没しそうな時も、学会活動に参加し、“人のため”“広宣流布のため”という目的観を持って生きる中に、真の充実と幸福があることを、共に学びながら、慈愛の太陽となって、温かな励ましを送り続けましょう。
 
 永石 池田先生は「人材は自然に育つものではありません。人材を育成しようとする先輩幹部の、誠意あふれた行動によってのみ、後輩たちの人材たろうとする使命の自覚がなされていきます」と教えてくださっています。私たち婦人部は、地域の総合力を発揮し、「ヤング白ゆり世代」の皆さんと共に、地域・社会に人間革命の希望の哲学を広げていきましょう!

大阪 交野万葉圏・天の川支部 園田 安奈さん(白ゆり長)
美容師として闘病患者に寄り添う

 午前9時。「おはようございます!」と、園田安奈さんの爽(さわ)やかな声が店内に響く。夫の健太郎さん=副支部長=と共に経営する大阪・交野市の美容室「ボレロ」。園田さんは美容師兼マネジャーとして店を支えている。「お客さまの満足された笑顔が最高の喜びです」
 愛媛県宇和島市出身の園田さん。友人関係で悩んでいた中学時代、池田先生の『青春対話』に出あい、“人の役に立てる仕事がしたい”と思うように。高校卒業後、看護師を目指し大阪の専門学校に進学した。
 夢をかなえ、看護師として医療の最前線で奮闘。「予防医学」の重要性を痛感し、大学に進学し、猛勉強の末、保健師の資格も取得した。
 保健師として、乳幼児健診から健康相談、生活習慣病の予防教育など、地域の健康を守るため、懸命に走り回った。
 一方、美容師の健太郎さんは9年前に独立し、店舗を構えた。学会活動も人一倍、頑張る夫の帰宅は、いつも深夜……。園田さんは次第に“夫のお店も支えながら、3人の子どもたちも守りたい”――と思うようになった。
保健師を辞めるかどうか悩んでいた時、背中を押してくれたのは、地域の婦人部だった。「あなたにしかできない使命が必ずある。家族のためにと祈って悩んだ結論なら、そうしてみたら。今は、点にしか見えないことも、いつか線になってつながる日が絶対にくるから」
 店の経営に携わるようになった園田さんは自らできることを探し、勉強していった。カラーリングやヘアケアの認定資格、着付け師の師範。先日は、ついに美容師の資格も取得することができた。
 ある日、常連客の婦人から、抗がん剤治療で髪が抜けてしまうため、美容室に来られないことを伝えられた。園田さんは「私にも何かできないだろうか」と真剣に考え、医療用ウイッグ(かつら)の事業化に奔走した。
 「必死で努力してきたことが少しずつつながってきています。医療従事者の経験を生かし、一人でも多くの人を笑顔にしていきます」
 学会では白ゆり長のほか、地区の未来部担当者や会館守る会としても活躍する園田さん。「地域でも、学会の中でも、一人を大切にし、希望を届けられる人に成長していきます」と、園田さんは瞳(ひとみ)を輝かせながら語る。

愛知 中央区・池田支部 大野 恵美子さん(支部婦人部長)
名古屋市PTA副会長などを歴任

 明るく、飾らない人柄。持ち前の行動力で自身の体験を通しながら友を励ます大野恵実子さん。「信心をしてきて、今が一番、幸せです」と笑顔で語る。
 大野さんは夫・友和さん=副堅塁長(副ブロック長) を折伏して結婚。地域の婦人部に励まされながら、地道に学会活動に取り組んできた。
 長男・良太さんも誕生し、幸せに包まれていた大野さん。しかし、次第に良太さんの成長が気になるように。同じ年頃の子と比べると、明らかに言葉が少ない。勇気を出して専門医のもとへ。医師から「発達障がいの疑いがあります」と告げられた時、大野さんの頭は真っ白になつた。
 信じたくないという気持ちと、育てていけるのかという不安……。母(小笹泰子さん=婦人部副本部長)や地元の同志がすぐに駆け付け、寄り添うように励ましてくれた。
 大野さんは、「自分らしく、この子と一緒に成長していこう」と、息子の個性を尊重しながら、共に成長する思いで向き合ってきた。
 良太さんは小学校、中学校と普通学級に進学。一見、障がいがあるように見えないことで、周囲から理解されないことも多かった。少しでも息子の成長をそばで見守ろうと、PTA役員なども積極的に引き受けてきた。
 小学校、中学校の母親代表やPTA役員を長年務め、名古屋市の小中学校PTA協議会副会長も歴任した。「重責を担うたび、”できるだろう か"と不安に襲われました。でも、学会活動で学んだことが全て生きました」と大野さんは振り返る。10年前から始めた「読み聞かせボランティア」は、今も続けている。
 目が回るほど多忙な毎日も、「信心を根本に知恵と工夫を凝らしながら挑戦してきました」と大野さん。学会でも白ゆり長、地区婦人部長などの役職を務め、友の激励に奔走してきた。
 現在、良太さんは20歳。今年、男子部大学校2期生となり、「学会活動が楽しくてしょうがない」と喜々として活動に参加する。長女、次男も学会の庭で伸び伸びと育つ。
 大野さんは語る。
「私は、長男の障がいがあったからこそ、信心と向き合えて、母として強くなれました。くじけそうな時、何度も激励してくださった池田先生、学会の同志への報恩感謝を胸に、地域広布を進めていきます」



2019年11月25日 (月)

2019年11月25日(金)の聖教

2019年11月25日(金)の聖教

◆今週のことば

友の幸せを祈り
 信心の体験を語る。
 これこそ仏の聖業なり。
 朗らかに大確信で
 「未来までの仏種」を!
 (御書P1486)

◆名字の言

本紙で連載中の「ライフウオッチ」。学会員の多彩なエピソードを軸に、識者へのインタビュー等を交えながら、「人生100年時代」の幸福論を考える企画に、毎回、多くの反響が寄せられる▼共通するのは登場人物への「共感」だ。“就職氷河期”世代の友がつづる人間革命のドラマに「“遠回りをしても、その分、全てを生かせる時が来る”と励まされた気がします」と。変わるきっかけになった同志の支えや池田先生の言葉に心を揺さぶられた、との感想もあった▼15年間の非正規雇用を経て正社員になった男子部員の信仰体験(先月13日付)には、「いわゆる“華々しい体験”だけでなく、もがき苦しむ場面にも焦点が当てられ、自分もこれでいいんだと自信が持てました」と▼スイスの哲人ヒルティは言った。「ひとを信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいという願望と気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証言である」(草間平作訳)。池田先生はこの言葉を紹介しつつ、信仰体験について「生命にわき上がる、その実感に勝る説得力は、どこにもない」と強調した▼もがきつつ同時代を生き抜く友の姿は、人の心に真っすぐ届く。その心の共振は、おのずと周囲に広がり、社会を変えていく。(仁)

◆寸鉄

インドから名誉博士号。
「平和と調和目指す会長
の対話こそ模範」学部長
     ◇
哲学を基礎としている事
が学会の強み―戸田先生
常に御書を学ぶリズムを
     ◇
勝利の暁とは新たな決意
の時だ―首相。創立の月
から清新な息吹で拡大へ
     ◇
後回しにする人は時間に
追われる―行動経済学。
仕事も活動も先手必勝で
     ◇
警察庁が高齢運転の相談
電話を開設。「私は平気」
と過信せず。活用上手に


【先生のメッセージ】

◆池田先生の謝辞(代読) インド・ゼビア大学の名誉博士号授与式から

ブバネーシュワル郊外に広がるゼビア大学の新キャンパス。ほかに、同大学の礎となった経営学院のキャンパスが、ブバネーシュワルの中心にあるブバネーシュワル郊外に広がるゼビア大学の新キャンパス。ほかに、同大学の礎となった経営学院のキャンパスが、ブバネーシュワルの中心

一、目覚ましい躍進を遂げゆく大国インドにあって、時代の最先端の教育を推進され、卓越した英知の逸材を陸続と育成される貴・名門ゼビア大学より、意義深き栄誉を賜り、心より感謝申し上げます。
 栄えある「名誉サステイナビリティ経営学博士号」の称号を、私は同じ心で「持続可能な開発」のために行動しゆく、敬愛するインド創価学会をはじめ、世界192カ国・地域の宝友と共々に、謹んで拝受させていただきます。誠にありがとうございます。

もっと成し遂げられることがある
 一、貴大学の崇高なる理念を学ばせていただく中で、私は創価教育の創始者である牧口常三郎先生の哲学との深い共鳴に感銘を禁じ得ないのであります。
 貴大学は、ラテン語の「マジス」つまり「より、もっと、さらに」という精神における教育をモットーに掲げられています。
 ウバリ副総長が明快に示されている通り、「今まで何かを成し遂げたとしても、もっと成し遂げられることがある」――ここに「マジス」の精神が脈打っています。
 貴大学は、この息吹を満々とたたえて、インド最高峰と仰がれた経営学院の当時から“未来を啓発する学びや”として、前進また前進、成長また成長、挑戦また挑戦の知性のパイオニアを澎湃と送り出してこられました。

「マジス」と「価値創造」の精神
 私たちの先師である牧口先生は、「マジス」の精神と相通ずる、「創価」すなわち、たゆみなき「価値創造」の教育を提唱しました。そして自ら平和の信念を体現し、第2次世界大戦中、日本の軍部政府の弾圧によって獄死を遂げるその時まで、法華経に説かれる「勇猛精進」を貫き通しております。獄死の一月前の最後の書簡にも、「カントの哲学を精読している」と記されておりました。
 この「マジス」と「創価」の精神は、いずれも「持続可能性(サステイナビリティ)」を追求し、実現しゆく上で、大いなる希望の力となるのではないでしょうか。
 そこには、「人間」の生命それ自体が具える限りない可能性への信頼があり、自負があり、誇りがあるからであります。

「手遅れにならないうちに!」
 一、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」においても、前文に続いて高らかに謳い上げられているのは、まさしく「人間」という一項目であります。
 私は、「ローマクラブ」の創立者アウレリオ・ペッチェイ博士との語らいを思い起こします。
 世界の地球の環境破壊や資源の枯渇、人口増加などの危機にいちはやく警鐘を打ち鳴らされた博士と共に、私は「手遅れにならないうちに」との願いを込めて、35年前に対談集を発刊いたしました。

ローマクラブ創立者・ペッチェイ博士
「未開発で未使用の莫大な資源がわれわれの内部に」
地球的問題群の深刻な現実を憂慮されつつも、博士は悠然と、また厳然と指摘されました。
 「これまで探索されたことすらない未開発で未使用の能力という、莫大な富がわれわれ自身の内部にある」
 「これこそはまさに驚くべき資源であり、再生も拡大も可能な資源」である、と。
 ゆえに、人間の内なる変革――「人間革命」によってこそ、人類は必ずや無限の可能性を開き、希望の未来を創ることができる。これが私たちの結論でありました。
 その原動力こそが、教育の聖業でありましょう。

「誰一人取り残さない社会」は人のために尽くす人材の育成から
一切衆生の幸福こそ釈尊の願い
 一、思えば、人類の教師・釈尊は、万人の生命に最極の智慧が秘められていることを明かし、その智慧を一人も漏れなく開き、示し、悟らしめ、入らしめようと、まさに至高の人間教育を実践されました。
 この釈尊の心を受け継ぐ求道者たちが起こす「衆生無辺誓願度(一切の衆生を幸福へ導く)」という誓いは、「持続可能な開発目標(SDGs)」の理念である「誰一人取り残さない」の理念とも一致します。
 そしてそれは、「人々が素晴らしい人生を歩み、世界の光となれるように」というビジョンに立った貴大学の教育と、見事に響き合っているのであります。
 貴大学では、ウバリ副総長が強調されているように、「人のために尽くす人材の育成」さらに「人道的な社会の創造に貢献する教育」に力を注がれております。
 ここに「持続可能な開発」へ連動していく教育の模範を、私は見る思いがいたします。

世間を利益する「最上の努力」を
アショーカ大王の「人間革命」
 一、歴史をさかのぼれば、貴大学が聳える、ここオディシャ州の州都・ブバネーシュワルは、宝の遺跡が幾重にも広がる悠久の古都であります。
 近郊には、「ナーランダ大学」「タキシラ大学」と並び称せられる名高き「プシュパギリ大学」があったとされます。近年の有力な研究では、あのアショーカ大王によって創立されたとも考えられております。
 紀元前3世紀、アショーカ大王の「人間革命」の転機となった「カリンガの戦い」の舞台も、ここオディシャ州のダウリであります。
 あまりにも残酷な戦争への悔恨にさいなまれた大王は、「軍事力による征服」から「法(ダルマ)による統治」へ転換を果たしていきました。
大王は「生命尊厳」のヒューマニズムを具現化して、福祉や環境保護、女性への奉仕、信教の自由の保護、格差の是正、他国との文化交流等々、画期的な貢献を残しております。
 そこに、現代の「持続可能な開発」への大いなる示唆を見いだすのは、私一人ではないでありましょう。
 ここダウリの天地の岩に厳然と刻まれたアショーカ大王の法勅には、「一切世間の利益のために努力するように」しかも「最上の努力」を、との一節があります(塚本啓祥著『アショーカ王碑文』第三文明社)。

持続可能な地球の創造へさらに挑戦を!
 幾千年を超えた、この魂の呼び掛けに応え、私たちは、共に共々に手を携えながら、「より、もっと、さらに」との「マジス」の心で、持続可能な地球社会の創造へ、「最上の努力」を尽くしていこうではありませんか!
 最後に、わが命の母校たる貴大学のいよいよの発展と、ご臨席の方々のますますのご健勝を心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。(大拍手)

【聖教ニュース】

◆インド・ゼビア大学が池田先生に名誉サステイナビリティ経営学博士号を授与  2019年11月25日

 インド・オディシャ州の州都ブバネーシュワルに立つ名門・ゼビア大学から、池田大作先生に「名誉サステイナビリティ経営学博士号」が授与された。
 これは、平和・文化・教育へのたゆみない貢献をたたえたものである。
 授与式は22日午前10時(現地時間)から同大学講堂で行われ、アントニー・ウバリ副総長をはじめ教職員、学生、多数の研究者らが列席。
 ウバリ副総長から、代理の池田主任副会長に学位記が授与された。同大学から授与された、外国人初の名誉博士号となった。(記事=田代貞治、写真=外山慶介)

贈られた名誉サステイナビリティ経営学博士号の学位記
「寺院」と「IT」の都市に立つ名門学府

 首都デリーから空路で2時間余。ブバネーシュワルの空港には、その近郊にヒンズー教や仏教の重要な遺跡があることを伝える大きなパネルが、いくつも飾られていた。
 ブバネーシュワルは古代の宗教建築が多く残る「テンプルシティ(寺院の都市)」として広く知られる。
 しかし近年では、別の愛称もあるという。穏やかな環境が広がるこの地に、次々と情報技術関連の企業が進出しており、「東インドのIT都市」と呼ばれているのだ。
 精神の大国、IT大国として伸びゆくインドの魅力が光る街にあって、先進的な“知の発信源”となっているのがゼビア大学である。
 前身のゼビア経営学院は1987年、カトリック教会のイエズス会によって創立。インド屈指のビジネススクールとなった同経営学院を礎として、2013年6月にゼビア大学が設立された。
 「ゼビア」とは、16世紀に東方布教に身をささげた宣教師ザビエルの現地読みである。その精神を継ぎ、同大学は「マジス」(ラテン語で「より、もっと、さらに」)の理念のもと、社会貢献の人生を歩む、幾多の人材を育んできた。
 そして、大学として今、全力を注ぐのが「サステイナビリティ(持続可能性)」を巡る研究と教育である。
 
 特に、「サステイナビリティ学部」では、気候変動、資源管理、廃棄物管理、代替技術に関する素養を持った、環境保全に資する人材を輩出することを目標としている。
 インドにとって、自然環境との調和を保ちながら、さらなる開発を続けていけるか、すなわち、均衡の取れた経済発展を“持続”していけるか否かが、喫緊の課題なのである。国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成の可否は、インドの進路が鍵を握ると見る人もいる。
 授与式に先立ち、池田主任副会長ら一行を歓迎したウバリ副総長は、サステイナビリティ学部が、この分野に特化した同国初の学部であると述べ、「サステイナビリティは、世界平和に直結する最重要の視座です」と力説した。そして、イエズス会出身のローマ教皇フランシスコが訪日することなど、尽きぬ語らいの中、主任副会長と大学首脳はローブを羽織り式典の会場へ。
 授与式は、2日間にわたる、同大学主催の第5回「サステイナビリティサミット(持続可能性会議)」の冒頭を飾る式典として挙行された。
 インドの伝統の灯明式から始まった授与式では、サステイナビリティ学部のスタパ・パティ学部長が歓迎の辞を述べた。
 ウバリ副総長のあいさつに続き、農村経営学部のS・ペッピン学部長が授与の辞を厳かに読み上げた。ここで副総長から、池田主任副会長に学位記が手渡されると、会場は喝采に包まれた。
 続いて、主任副会長が池田先生の謝辞を代読した。

心通い合う式典
 代読後、主任副会長がサステイナビリティという理念がうたわれた栄冠を、日本で知らない人のいないゼビア(ザビエル)の名を冠した学府から贈られた意義を語ると、万雷の拍手が起こった。
 最後にE・A・オーガスティン事務局長が感謝の辞を述べた。
 式典終了後、ウバリ副総長は感激した面持ちで「池田博士に授与でき、誠に光栄です」と。
 別れの際まで主任副会長と語り合い、「今日を第一歩として、ぜひ、交流を深めていきたい」と話した。
 豊かな精神性に満ちたゼビア大学と、池田先生の心が見事に共鳴した式典――。
 ウバリ副総長のあいさつの中でも、池田先生の謝辞においても、仏教の慈悲の精神に基づく「法(ダルマ)」による治世を行ったアショーカ王の偉大な事績が語られた。
 同大学が立つオディシャ州こそ、凄惨を極めた「カリンガの戦い」を悔恨し、アショーカ王が改心した地である。
 言葉の成り立ちをひもとくと、「ダルマ」という語は「支える」等を意味する動詞に基づいているという。英語の名詞「サステイナビリティ」も、動詞の「サステイン(支える)」から派生した語。
 未来に向けて、どんな価値を“支え”、守っていけばいいのか。どうすれば希望の未来を“持続的に”紡いでいけるか。
 池田先生がアショーカ王の法勅を引いて呼び掛けた通り、持続可能な創造的未来へ、共に「最上の努力」の第一歩を踏み出す式典となった。

◆ウバリ副総長のあいさつ――インド・ゼビア大学の名誉博士号授与式から

 本学は、インド初の“イエズス大学”であり、アショーカ大王の「カリンガの戦い」の戦地となった地域に位置しています。
 ラメッシュ・プラサード・モハパトラ氏は、その著書でこのように書いています。「人類史上、勝者の心を無慈悲で残忍性あふれるものから、模範的なまでに敬虔な心へと変革させた戦いは他にはない。人類の政治の歴史とは実は戦争の歴史であるが、カリンガの戦いほど、戦火にまみれた人類に平和をもたらすとの“戦争の使命”を果たすことに成功した戦争はない」と。
 カリンガは平和の基盤たる存在です。
 ゼビア大学は、教育に携わる世界的なイエズス会の一員として、平和と調和の使命を強く主張してまいりました。
 
授与式は、持続可能な開発目標(SDGs)をテーマにした「サステイナビリティサミット」の冒頭で開かれた(ゼビア大学で)

 そして、池田大作博士は世界平和の先駆者です。アショーカ大王を戦士から平和の使者へと生まれ変わらせたこの地で、平和構築者が集い合う式典に参加し、お祝いすることができるとは何という栄誉でしょう。
 池田博士は数多くの名誉学術称号を受けておられますが、本学より授与される名誉博士号は先の理由によって特別であり、意義深いものであることを誇り高く申し上げるのであります。
 ゼビア大学は、イエズス会の社会的、そして環境的使命を果たすことを専門とするサステイナビリティ学部を設立するとの大胆な行動に踏み切ったという意味で、インドにおける、そしておそらく世界における最初の大学です。私たちは、ビジネス、また社会的開発の分野において、サステイナビリティを推進し、主流化させるとの旅路を歩み始めたばかりです。
 
教育を高めゆくゼビア大学とSGI 手を携え平和の種を植え育てたい
 しかし本日、池田博士に名誉サステイナビリティ経営学博士号を授与することで、この旅路における重要な節目を迎えることができたと誇らしげに申し上げることができます。
 インド創価学会、そして全SGI家族の皆さまとこの旅路を共にすることで、「マジスの精神で持続可能な教育を推進する」との使命を果たすことを目指す本学の取り組みは、世界的な広がりを持つこととなります。
 私たちのパートナーシップを通して平和の種を植え、育て続け、“人々が非凡な人生を送り、世界の光となることを可能にする”との本学のビジョンを実現していけることを確信しております。(要旨)

◆専門部が記念の集い  2019年11月25日

一騎当千の世雄たれ!――社会に信頼を広げる専門部の友(東京戸田記念講堂で)

 専門部の11・18「部の日」記念総会が24日、巣鴨の東京戸田記念講堂で開かれた。
 忍田社会本部長に続き、上野賢了さん、市原敏雄さんが社会で奮闘しながら人間革命の実証を示す喜びを語った。
 和田専門部長が、同部結成50周年を迎える2023年への新テーマ「結成五十周年へ 大前進! 一人立つ世雄の陣列を 社会へ 地域へ 世界へ!」と、同部の人材グループ「21世紀会議」の新モットー「師弟誓願の祈りと智慧で 信頼の勝利王たれ!」を発表。全員が、模範と光る拡大の勝利劇をと呼び掛けた。
 長谷川理事長は、一人一人が負けじ魂を燃やし、「最後は必ず勝つ」との大確信で前進をと激励した。

◆先駆の九州が総会 原田会長、永石婦人部長が出席 2019年11月25日

青年を先頭に、先駆の大拡大を誓い合った九州総会。創価福岡フロイデ吹奏楽団の演奏が花を添えた(九州池田講堂で)

 「九州が立てば、全国が立つ! 九州が勝てば、全国が勝つ!」
 この池田先生の万感の期待を胸に、明「前進・人材の年」の勝利へ先駆する九州総会が24日、福岡市の九州池田講堂で晴れやかに開催された。
 第1部では、九州・菜の花少年少女合唱団をはじめ、未来部・学生部の代表が誓いを述べ、清新な歌声を披露。青年部のリーダーが、圧倒的な拡大で“先駆の魂”を継承しゆく決意を語り、約800人の後継の友がベートーベンの「第九」(歓喜の歌)を高らかに歌い上げた。
 第2部では、新名九州総合長の後、斎藤悦子さんが一家の宿命転換を果たした喜びと、支部一丸で拡大に挑む様子を語った。
 平井九州長、川上同婦人部長は席上、池田先生の会長就任60周年の明年5月3日までが「先駆九州 師弟勝利季間」になったことを発表。「前進また前進」で新たな勝利の歴史をと訴えた。
 永石婦人部長は、真心の励ましで幸の連帯を広げ、師恩に報いようと強調。
 原田会長は、今こそ一人一人が後継の弟子の自覚を強める時と力説。青年を先頭に勇気の祈りと行動で、盤石な広布の人材城を築こうと望んだ。

教育心理学者として活躍 「慈悲」こそ子どもを育む力 〈世界の体験プラザ〉 2019年11月25日


【特集記事・信仰体験など】

◆〈座談会〉“魂の独立”から世界宗教へ飛翔 学会は永遠に大聖人直結
 11月30日は儀典部の日 共感広げる真心の友人葬

〈出席者〉原田会長、永石婦人部長、末定儀典部長、西方男子部長、大串女子部長

 西方 学会創立記念日を祝賀する、本部幹部会・SGI総会の中継行事が各地で感動を呼んでいます。
 
 大串 「創価学会 世界聖教会館」もオープンし、幾重にも喜びが広がっていることを感じています。
 
 永石 明「前進・人材の年」は、池田先生の第3代会長就任60周年、そして学会創立90周年という輝かしい年です。
 
 原田 「皆が前進!」「皆が人材!」を合言葉に、池田門下が総力を挙げて、「折伏」と「人材」の拡大を成し遂げ、この佳節を勝ち飾ってまいりたい。

192カ国・地域に広がる創価の連帯。“宗門との決別は、創価学会の世界宗教化を本格化させる大きな推進力になった”と識者は語る(先日の本部幹部会)

日本の葬儀に革命
 永石 11月28日は、学会が世界宗教へと大きく飛翔する節目となった“魂の独立記念日”です
 
 西方 1991年のこの日、日顕宗は「創価学会破門通告書」なる文書を送付してきました。すなわちそれは、永遠に日蓮大聖人直結の正義の学会が、邪教と化した宗門と決別したことを意味しています。
 
 原田 大聖人の仰せ通りに、不撓の闘争によって、現実に広宣流布を進めてきたのは、創価三代の会長であり、それに連なる学会の同志です。
 
 西方 宗門は、その池田先生の偉大な平和行動と、学会の大発展に嫉妬していました。宗門の暗躍の狙いは、創価の師弟の分断であり、卑劣な檀徒づくりだったのです。
 
 原田 しかし、学会員は皆、宗門の「破和合僧」の謀略を鋭く見破り、池田先生を中心とした鉄の団結で、一切の障魔を打ち破っていきました。当時、115カ国・地域だった創価の連帯は、今や192カ国・地域に発展。一方、宗門の信徒数は往時の2%にまで激減し、その後も衰亡し続けています。

 末定 小説『新・人間革命』第30巻「誓願」の章にも詳述されている、この「第2次宗門事件」以降、学会が推進し、多くの方から共感を集めているのが、大聖人の教えの本義に則って行う「友人葬」です。

 
 原田 そもそも、葬儀で“僧侶が拝まないと故人は成仏できない”などという考えは、大聖人の仏法とは全く無関係の邪義です。御書には「故聖霊は此の経の行者なれば即身成仏疑いなし」(1506ページ)と仰せです。故人の生前の信心によって、成仏が決まると示されているのです。
 
 末定 戒名についても本来、受戒名・出家名として生前に名乗ったものであり、大聖人の時代に死後戒名などはありません。後代につくられた慣習であり、当然、成仏とは全く関係ありません。
 
 原田 こうした事実を踏まえ、学会が行っているのが友人葬です。友人葬に参列した、ある学会員でない方は、「葬儀はともすれば、ただ悲しみに包まれ、陰々滅々としたものになりがちですが、学会の友人葬は、さわやかで明るく、“次の生”への希望さえ感じました。学会の前向きな死生観がよく現れていますね」と語っていました。このような評価の声は、年々多くなっています。
 
 末定 11月30日に「部の日」を迎える儀典部をはじめ、儀典に携わる全ての人にとって、これほどうれしい声はありません。先日私は、90歳を過ぎて亡くなられた方の儀典長を務めました。6人の娘さん、20人近くのお孫さん・ひ孫さんの全員が立派に信心をされ、追善の題目で故人を送った葬儀は、本当にすがすがしく、まさに「生も歓喜、死も歓喜」の哲理を現しているように感じました。
 
 永石 ある学者は、学会が友人葬を始めた頃、「日本の葬儀に革命的ともいえる変革をもたらすもの」「時代を先取りしているだけに、一部、旧思考の人びとから反発されるかもしれないが、これが将来の葬儀となり、定着することは明らかである」「三百年かかって日本に定着した檀家制度を、わずか三十年で、もう乗り越えようとしている学会の発展とスピードは奇跡的である」などと語っていましたね。
 
 末定 私は今、年間で10回ほどの葬儀を担当していますが、まさに、この言葉の通りの時代になっていると実感します。
 
 原田 なお確認ですが、現代において、近親者のみの「家族葬」や、火葬だけの「直葬」などで、家族・親族の代表が導師を務める場合も、仏法の本義に照らせば、妙法の最高の追善回向になります。全てが「友人葬」の意義にかなった葬送儀礼です。
 
 末定 真心の唱題こそが最高の追善となります。友人葬を執り行う場合は、「会員からの儀礼的な香典は必要ない」というのが、基本的な考え方です。当然、参列する会員への「精進落とし(通夜振る舞い)」や「会葬御礼」の品は必要ありません。
 
 西方 友人葬の場合、「儀典長」への謝礼も不要ですね。
 
 末定 はい。先日、私が儀典長を務めた葬儀は、祭壇は簡素なものでしたが、参列した同志の力強い題目によって、とてもさわやかな葬送となりました。

VOD大いに活用
 大串 今、SOKAチャンネルVODの新作である女子部の信仰体験「微笑みのカウンセラー」が大きな反響を呼んでいます。
 
 永石 「師の真実を綴った『人間革命』」や「学会活動は究極の幸福の軌道」「七つの鐘を高らかに」など、池田先生のスピーチを収録した番組も新たに加わり、各地から感動と決意の声が届けられています。
 
 原田 未就学児や小学校低学年の児童を対象としたアニメのシリーズ番組「げんきのスイッチ」もスタートし、話題です。
 
 大串 こうした番組は、モバイルSTBでも視聴が可能です。ぜひ、インターネットを通してダウンロードしてください。
 
 原田 災害対応を訓練するための番組も用意されています。年末に防災訓練などを実施する地域は、ご活用ください。

◆〈12月の広布史〉2019年11月25日

◎12・2 小説『人間革命』の執筆開始
 1964年(昭和39年)12月2日、池田大作先生は小説『人間革命』の執筆を、太平洋戦争で凄惨な地上戦の舞台となった沖縄の地で開始した(翌65年の元日付から聖教新聞紙上で連載)。
 『人間革命』全12巻は完結まで28年余り。聖教新聞での連載は、1509回を数えた。『人間革命』の完結から、わずか半年後の93年(平成5年)8月6日、池田先生は長野の地で小説『新・人間革命』の執筆を開始。昨年9月、全30巻で完結した。連載回数は『人間革命』『新・人間革命』を合わせ、通算7978回。
れは、日本の新聞小説史上、最多の連載回数である。
 ※参考資料=『新・人間革命』第9巻「衆望」小説「新・人間革命」の直筆原稿

◎12・2「文芸部の日」
 『人間革命』起稿の日が淵源。池田先生は文芸部の結成の際、“人々に最大に貢献するのだという信念をもち、大いに活躍を”との指針を示した。
 ※参考資料=『新・人間革命』第14巻「使命」

◎12・5 池田先生が中国の周恩来総理と会見
 74年(昭和49年)12月5日、池田先生は、中国の周恩来総理の強い要望により、北京市内で一期一会の歴史的な会見を行った。  
 ※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「信義の絆」

◎12・22「統監部の日」
 伸展する広布の状況を正確に把握し、さらなる飛躍を期すため、52年(同27年)12月22日、第2代会長の戸田城聖先生のもと、地方統監部が設置された。
 ※参考資料=『人間革命』第6巻「離陸」

◆〈世界の体験プラザ〉 教育心理学者・大学講師として活躍 香港SGI 羅 偉柏さん
2019年11月25日
「慈悲」こそ子どもを育む力
 小中学・高校教諭向け書籍を出版
 3年間の研究費が支給

 東京都の約半分の面積に、約750万人が暮らす香港。資源もなく、水すらも中国本土に依存するこの地では、“人材こそが宝”と、一貫して教育に力を入れてきた。

 OECD(経済協力開発機構)が2015年に実施した72カ国・地域、約54万人の「生徒の学習到達度調査」(PISA)でも、香港は日本などと並んでトップクラスを形成している。
 羅偉柏さんが16年から、教育心理学者として講師を務める香港教育大学は、教員養成と研究に特化した専門大学。
 主な仕事は次の3点だ。①教育心理学分野での研究②学生たちへの講義。そしてユニークなのは、③キャンパス内に設けられたカウンセリングルームで、直接、子どもたちや保護者を対象にカウンセリングを行っていること。
 「どんな子どもにも無限の可能性があります。しかし、それを見つけ、引き出し、育んでいくのは大人の側の知恵によるということを粘り強く訴え、希望を送っていけるように心掛けています」
 羅さんは、もともとは教育心理の研究一本に進むつもりだった。だが今、カウンセリングを通し、教育現場が直面する問題に関わることで、むしろ、自身の研究に深みが増し、これ以上の環境はないと感謝する。
 一方、研究分野では、保護者や教員など、周囲の人たちの「慈悲」が、子どもたちの学習面や心理面にどのような影響を与えるかについて研究している。
 昨年、政府に企画書を提出した際には、“斬新な視点”と評価され、3年間の研究費が支給された。
 「私にとっても最も大切なテーマになった『慈悲』は、実は香港創価幼稚園での池田先生のお姿のおかげです」

米大学院で博士号取得

 物心がついた頃から、文字通り“創価の庭”で成長させていただいたと語る羅さん。
 1992年、海外の創価幼稚園としては初めて香港創価幼稚園がオープンすると、母・黄素玉さんが初代園長の任に就いた。
 「当時、私は8歳で小学3年生。家が近かったこともあり、学校帰りには2歳年下の妹と毎日のように通い、香港センターとして親しまれてきた会館が、創価幼稚園に建て替えられる過程を目の当たりにしました」
 初めて題目の力を実感したのは、中学5年生(日本の高校最終学年に相当)を終えて受けた統一試験の時。唱題と勉学の両立に挑戦し、見事、目標点を達成。米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校への留学を勝ち取った。
 博士課程も米国の大学院に、と思ったものの、応募した10校のうち9校からは不合格通知。米国に自分の使命はないのか……とくじけそうになったが、“いや、今こそ信心が試されている。絶対に合格を勝ち取ろう”と発奮。10校目で合格通知が届き、5年間の奨学金を得ることもできた。
 06年から13年まで、ニューヨーク州のロチェスター大学大学院に学び、博士課程を修了。14年からは、香港で学校心理士の資格を得るために香港大学大学院に進んだ。
 「准教授の方と、小中学・高校の教諭向け書籍『生徒を学習に向かわせるには』を著すこともできました。ところが、いよいよ社会に出て存分に活躍しようと意気込んでいた矢先、思いもよらぬ試練に襲われたのです」

師匠の振る舞いに触発

 16年5月、友人と遊んでいたサッカーボールが羅さんの右目を直撃。それまで経験したことのない痛みが走った。安静にしても涙が止まらず、視力が戻らないことに不安を覚え、病院に行くと、医師から「けがは楽観できません。右目は休めつつ、左目だけで本を読んだり、電子機器の画面を見たりしないでください」と告げられた。
 「最も大切な時期に、文献も読めない、論文も仕上げられないことは大きなストレスでした……」
 “絶対に諦めない、必ず治す”と腹を決め、横になって題目をあげていくと病状は少しずつ改善。2カ月後には安定し、資格も無事に取得できた。
 就職の面接でも、この経験が生き、「困難にぶつかった時、あなたはどう考え、行動しますか」などの質問にも実体験を通して話し、共感を得ることができた。
 16年8月から香港教育大学に奉職。昨年、研究テーマに悩んでいた時に、心によみがえってきたのが池田先生の振る舞いだったという。
 1991年の創価幼稚園起工式に池田先生は出席し、92年の完成後、93年に初訪問。「香港幼稚園は 私の生命なり」との色紙を贈った。98年には「世界の少年少女絵画展」の会場で園児たちを激励。さらに2000年には卒園した1、2、3期生(当時、中学2年、1年、小学6年生)と記念撮影し、励ましを送った。
 「多忙を極める池田先生が、ここまで園児を大切にし、一人の人格として誠実に向き合うお姿に触れ、私は教育の原点、子どもを育む最大の力は『慈悲』にこそあると深く実感したのです」
 御書に説かれる「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(761ページ)との一節を胸に、羅さんは知恵と慈悲に裏打ちされた、新たな時代の「教育心理学」の構築を誓う。

 

2019年11月24日 (日)

2019年11月24日(日)の聖教

2019年11月24日(日)の聖教

◆わが友に贈る

「未来の果を
 知らんと欲せば
 其の現在の因を見よ」
 栄光の人生を開くのは
 今の決意と行動にあり!
 (御書P231)

◆名字の言

中等部員からうれしい連絡があった。先日の全日本合唱コンクール全国大会で、所属する中学校の合唱部が金賞に輝いたという▼彼は「最高のハーモニーを生み出したい」と願い、練習に励んできた。部員は“個性豊かな”メンバーばかり。うまくまとまらず、唇をかんだこともある。それでも唱題に挑戦し、努力を重ねた。全員が力を発揮し、一生の思い出を築けるように。金賞に輝いた瞬間、喜びとともに彼の胸を満たしたものは「最高の仲間」を得た実感であり、家族や地域の同志への感謝だった▼ハーモニーは「調和」と訳される。古代ギリシャの言葉「ハルモニア」が語源という。いにしえの人々は宇宙の星々がぶつかることなく、見事なリズムを保って運行している事実に驚嘆した。その調和の力を「ハルモニア」と呼んだといわれる▼仏法では、宇宙に調和をもたらす根源の法則を「南無妙法蓮華経」と説く。御書には「題目を唱える声は十方世界(大宇宙)で届かぬ所はない」(808ページ、通解)と仰せだ▼池田先生は祈りを“命と命を結ぶ同苦の労作業”と表現した。友の幸せを願う真剣な思いが題目の音声となった時、祈りはあらゆる障害を突破する。命と命が響き合う“和楽のハーモニー”を、わが地域に広げよう。(之)

◆寸鉄

会長の思想が浸透すれば
社会は必ず変わる―総長
語り広げる弟子の使命大
     ◇
岩手支部結成の日。60周
年の明年へ師弟共戦の心
で拡大!希望開拓の旗手
     ◇
力の結合はより偉大なる
ものを作り成す―詩人。
我らは永遠に異体同心で
     ◇
何人の友を励ませたか―
これ組織発展の要。新任
幹部は最前線へ勢いよく
     ◇
言葉巧みに銀行カードや
通帳預かる詐欺が横行。
絶対渡すな。注意喚起を


【先生のメッセージ】


◆人材を育てる人が真の人材 池田大作先生の写真と言葉「四季の励まし」 2019年11月24日

 【写真の説明】見上げると、赤や黄に色づいた広葉樹が陽光に照らされていた。その向こうには、送電塔がそびえ立つ。それはまるで、自然と人間の営みが織り成す一幅の名画のよう――。2004年(平成16年)12月、池田大作先生が東京・八王子市内でカメラに収めた。
 創価学会は、老若男女の違いも社会的地位も問わず、皆で仏法哲学を学び、切磋琢磨する“人間教育の場”である。第2代会長・戸田城聖先生は、学会を「校舎なき総合大学」と表現した。
 明年の学会のテーマは「前進・人材の年」。さあ、“皆が前進”“皆が人材”を合言葉に、互いに励まし合いながら、心新たに出発しよう。

池田先生の言葉
 個人も、団体も、国家も、
 どれだけ人材を見つけ、
 どれだけ人材を育てたか
 ――それで
 歴史の真価が決まる。
 民衆のため、社会のため、
 人間のために貢献する
 指導者を育てゆくことだ。
 これが
 世界平和の波動を広げる。
 これが
 創価学会の実践である。

 人材とは人格の人である。
 人への思いやり、包容力、
 自分を律する精神の力、
 正義への信念と意志等々、
 人格の輝きこそ、
 人間として最も大事だ。
 それには、
 精神闘争が必要である。
 自分の弱さに挑み、
 苦労に苦労を重ねて、
 自己の精神を
 磨き上げていくことだ。

 自分が偉くなるのでなく、
 人を偉くする。
 幸福にする。
 その人が
 本当に偉い人である。
 先輩は後輩を守ることだ。
 後輩に
 尽くしていくことだ。
 後輩を
 自分以上の大人材に
 していくことである。

 「一人」が大事である。
 本物の「一人」が立てば、
 「万人」の
 勝利と幸福につながる。
 人数が
 多いかどうかではない。
 一人でも、二人でも、
 真剣な人がいれば、
 全体に大きな波動を
 起こすことができるのだ。
 目の前の「一人」、
 自分が縁した「一人」を、
 全力で励まし、
 伸ばしゆくことだ。

 人間の一切の力、
 可能性を
 引き出していくカギは、
 ひとえに信心にある。
 「信心」の二字には、
 すべてが
 納まっているのだ。
 ゆえに人材の根本要件は、
 一言すれば、
 強盛な信心に
 立つことに尽きる。


【聖教ニュース】

◆マレーシア・マラヤ大学で池田先生の提言巡るフォーラム 2019年11月24日

マラヤ大学で開催されたフォーラム。有識者が参加し、活発にパネルディスカッションが行われた

マラヤ大学で開催されたフォーラム。有識者が参加し、活発にパネルディスカッションが行われた

 マレーシア・マラヤ大学のイスラーム研究学部や、文明間対話センターなど同大学付属の学術機関、マレーシア創価学会(SGM)が共催する平和フォーラムが10月24日、同大学で開かれた。
 「青年と人間中心の平和と調和へのアプローチ」をテーマに掲げたフォーラムには、学識者や学生ら500人が出席した。
 席上、同学部のライハナ・アブドゥーラ学部長が、混迷の度を深める現代社会にあって、調和と多様性の力が求められていると強調。
 マラヤ大学付属「人材と産業訓練センター」のウエンディ・イー・メイ・ティエン所長が登壇し、同大学の名誉人文学博士である池田先生が本年発表した、「平和と軍縮の新しき世紀を」と題する「SGIの日」記念提言を紹介した。
 続いて、マレーシア国際イスラム大学のアブドゥル・ラザク総長をはじめとする有識者ら4人が、先生の提言を巡って、「核兵器の廃絶」「環境保護」「青年の育成」等をテーマにパネルディスカッションを行った。
 またフォーラムに際し、SGIが国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」の協力を得て制作した「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展がマラヤ大学内の2カ所で開催され、大きな反響を呼んだ。 


【特集記事・信仰体験など】

◆関西創価学園と創立者・池田先生(2003~05年度)2019年11月24日
 連載〈負けじ魂ここにあり――わが生命の学園生 第24回 関西校〉から

 関西の地に創価の学舎が誕生して30年余り。卒業生は、1万人になろうとしていた。
 創立者・池田先生は、平和・文化・教育のための行動を一段と大きく展開。国内外の識者らと会い、次々と語らいを重ねていた。
 そうした激務の中、時間をこじあけるようにして、たびたび学園生と出会いを結んだ。
 先生は学園生に、こう信頼を寄せる。「皆さん方のために、世界へ続く道を完璧に開いておきます。私が開いた『平和と人道の連帯』の正道を、皆さん方が、さらに大きく、豊かに、無限に広げゆくことを願い、期待し、信じております」

関西創価高校の代表が参加したパラグアイ国立イタプア大学の名誉博士号授与式で、スピーチする池田先生(2005年4月、東京都内で)

 2004年11月10日。秋に色づく東京・八王子市の創価大学のキャンパスを、関西創価高校の3年生20人が歩いていた。翌春、創大・女子短期大学への進学を予定する生徒の代表である。学長や学部長と懇談などを行う研修のため、関西から訪れていたのだ。
 池田記念講堂付近を散策していた時だった。講堂脇の坂の下からゆっくりと車が近づいてきた。後部座席の窓が開くと、そこには池田先生ご夫妻の姿が。
 “先生だ!”
 集まる生徒たちに、先生は次々と声を掛けていく。
 「お母さんによろしく。お母さんを大事にね」
 「皆のことを、ずっと待っていたんだよ」
 「とても優秀だね。頑張りなさい」
 温かな振る舞いに、学園生の笑顔がはじける。皆、思い思いの決意や感謝を述べた。交流はわずかな時間だったが、先生の慈愛は若き心に深く強く刻まれた。

温かな振る舞い
 藤田将大さん(高校30期)は、法学部進学予定者の代表として参加した。小学校から学園で学び、東京校と中継で結んで行われる行事では、画面越しに先生の姿を見ることが多く、どこか遠い存在のように思っていた。
 「物理的な距離は関係ありませんでした。先生は常に学園生のことを気に掛けてくださっているのだと実感しました」
 “成長した結果で応えたい”と、藤田さんは創大で一層、勉学に励む。3年次には交換留学でアルゼンチンに渡った。
 しかし帰国後、就職活動で苦難に直面する。リーマン・ショックで不況の嵐が吹き荒れたのだ。藤田さんは300社以上にエントリーし、次々と試験を受けるも不採用が続いた。ようやく内定を勝ち取ったのは32社目に受けた大手製薬会社。創大の新卒として初の採用だった。
 就職後は営業マンとして奮闘し、ある指定難病の薬剤で全国一の売り上げを7年連続で達成。藤田さんの入社をきっかけに、創大出身者の採用も続いた。現在は、グループ会社の非常勤取締役も務める。

偉くなれ!

修学旅行で創価大学を訪れていた関西創価小学校の6年生を、包み込むように励ます池田先生。小柄な子には、「私もね、6年生の時は、小さかったんだ。同じだよ」と温かく(同年9月16日)

  修学旅行で創価大学を訪れていた関西創価小学校の6年生を、包み込むように励ます池田先生。小柄な子には、「私もね、6年生の時は、小さかったんだ。同じだよ」と温かく(同年9月16日)

 2005年9月16日、創大の本部棟前。ここでも、池田先生と学園生との忘れ得ぬ出会いが刻まれた。
 集まっていたのは、修学旅行で訪れていた関西創価小学校生。そこへ、先生の乗った車が到着する。先生は手前で車を降りると、歩いて児童たちの元へ。
 「よく来たね!」
 「会えて、うれしい」
 「みんな優秀だ」
 先生は、その場にいた6年生110人全員と握手を交わし、一人一人に声を掛けていく。
 「負けちゃいけないよ」
 「親孝行するんだよ」
 藤井伸夫さん(高校37期)は緊張しながら、自分の所まで先生が来るのを、今か今かと待っていた。
 「1年生の時からお会いするのを、楽しみにしていました!」
 藤井さんが元気いっぱい叫ぶと、先生は「そうか」と抱き締める。
 「偉くなりなさい。偉くなってまた会おう。創大に来るんだよ。お父さん、お母さんを大事にね」
 藤井さんは大阪に戻ると、感動のままを両親に話した。
 しかし、困ったことが一つ。幼い頃から医療の道を志していたため、他大学への進学を考えていたのだ。藤井さんは母の勧めで、思いの丈を書き、先生に手紙を送った。すると、すぐに返事が。
 「学園を出れば、創大を出たのと同じだから、わが道を堂々と歩み抜きなさい」
 藤井さんは青春の決意のまま勉学に挑み、私立大学の歯学部を経て、昨年から国立大学の付属病院に勤務する。口腔外科の歯科医師として、夢への第一歩を踏み出した。
 「“偉くなってまた会おう”との先生の言葉を胸に、患者の心までケアできる一流の歯科医師に成長していきます!」

青春の生き方
 リー幸代さん(中学34期)も、創大での励ましを胸に刻む一人。池田先生の柔らかな手の感触を、今も鮮明に覚えている。
 先生はあの日、リーさんに「お父さん、お母さんによろしくね」と語った。
 アメリカ人の父と日本人の母のもとに生まれたリーさん。学園に入学して以来、両親は、創立者と娘の出会いをずっと念願していた。
 “本当に先生は何でもご存じなんだ”。家に帰って報告すると、両親も一緒に喜んでくれた。顔を太陽の方へと向ければ影は後ろに回る。常に正しく朗らかに、希望に燃えて前へ!
 中学を卒業後、リーさんは家族でハワイに移った。学校の授業は当然、英語。友達もなかなかできなかった。
 “ずっと学園だったら良かったのに……”
 寂しい生活の中で、励みとなったのは、学園時代に友人たちと学んだ、池田先生のスピーチやメッセージ。
 とりわけ、中学の入学式に寄せられたメッセージを繰り返し読んだ。その中で、先生はニュージーランドの先住民マオリの言葉「顔を太陽に向けよ! そうすれば、影はあなたの後ろに回る」を通して訴えた。
 「これが、青春の生き方の真髄です。悩みに負けたり、悪い縁に紛動されたり、小さな感情に流されたりして、暗く、わびしい影に入ってはなりません。常に、正しく、明るく、朗らかに、前へ、また前へ、希望に燃えて進みゆくことです」
 “暗くなっちゃいけない!”。奮起したリーさんは、4年間の予定だった高校を2年で卒業。奨学生にも選ばれ、短期大学で美術史を学んだ。
 現在は、ホテル内にある服飾店で働く傍ら、ハワイの隠れた魅力を紹介するテレビ番組でリポーターとしても活躍する。
 番組で取り上げた店や地域が旅行客でにぎわい、現地の人々にも喜ばれている。
 正しく、明るく、朗らかに――心にはいつも先生の指針が輝いている。   
 2005年11月、先生は、関西学園歌「関西創価 わが誇り」を贈った。
  
  〽見つめむ未来に
      父ははの
  笑顔の誓いを
      忘れずに
  師弟は共に
      世界をば
  関西創価よ
      常勝の
  おお大関西
      永遠に勝て
  
 学園生は希望の未来を見つめながら、わが人生の“常勝の道”を力強く進んでいる。
 (月1回の掲載を予定)

【池田先生の主な足跡】(2003年4月~06年3月)
2003年
 〈5月9日〉  「随筆 新・人間革命」<「平和の園」関西創価学園>を発表。「関西創価の同窓のスクラムこそ、私の命であり、また私と妻の宝である。さらにまた、わが家全員の夢であり、そして、我ら関西家族みなの希望でもある」とつづる
2004年
 〈9月15日〉  修学旅行で東京を訪れていた関西創価小学校6年生を激励(新宿区内)。「万歳と 皆で叫ばむ 創価小 未来の偉人よ 負けずに育てと」との和歌を贈る
  
 〈11月10日〉  翌春、創価大学・女子短期大学への進学を予定している生徒の代表を激励(創大)
2005年
 〈3月3日〉  関西創価学園の草創期をつづった、小説『新・人間革命』「希望」の章の新聞連載が開始(~5/23)
  
 〈4月29日〉  パラグアイ国立イタプア大学の名誉博士号授与式に高校2年生が出席(東京・渋谷区内)

 〈9月16日〉  修学旅行で東京を訪れた小学6年生を激励(創大)

 〈11月8日〉  中学3年生らの創大研修で、関西学園歌「関西創価 わが誇り」の歌詞を贈る(本紙発表は11月11日付)

◆本部幹部会での原田会長の話 地域に“心通う人間の連帯”を  

 一、完全勝利で「11・18」を祝賀する「世界広布新時代第44回本部幹部会」「SGI総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
秋季研修会で来日した、65カ国・地域、280人のSGIメンバーの皆さんも、ようこそお越しくださいました。
 一、初めに、このほど会長として再任していただきました。2006年、会長の大任を拝した折に、池田先生はご指導くださいました。
 「全員が『会長』の自覚と誇りで進む。全員が、『広宣流布の一兵卒』として働く。これが永遠の創価の魂である。その意味から、原田新会長には、『誠実の二字で会員に尽くせ』と申し上げたい」と。
 私は、今再び先生から、このご指導を頂戴した思いで、どこまでも「広宣流布の一兵卒」として戦い、そして「誠実の二字」で、同志の皆さまに尽くし抜いていく所存です。何とぞ、よろしくお願い致します(拍手)。
 一、今月末から財務の振り込みが始まります。
 池田先生は、釈迦仏に土の餅を供養して成仏した徳勝童子の説話を通して、「広布のための行動は、結局はすべて、自分自身のためになる。その根本は『信心』である。『心』である。御聖訓には、『凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり』(御書1596ページ)と仰せだ。法のため、広布のため――この一点に、真摯に、わが心を結び合わせていくことが大切である」と、ご指導くださっています。
 どうか、“法のため、広布のために”との一点に心を合わせた、すがすがしい、また、無事故の財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。
 一、さて、このたび待望の世界聖教会館がオープンし、本日集われているSGIの皆さんも参加しての記念勤行会が開催されました。この歴史的な時を、皆さまのおかげで未曽有の聖教新聞の購読拡大を果たし、荘厳することができました。本当にありがとうございました(拍手)。
 こうしてまいた仏の種に、絶えず“対話”という水をささげ、“祈り”という光を注ぎ、育んでいく、これからの実践が肝心です。

第3代会長就任60周年の明年へ
 一、明「前進・人材の年」の「5・3」は、池田先生の第3代会長就任60周年という佳節を刻みます。
 次なる目標は「2020年5月3日」。折伏の師匠・池田先生の弟子として、折伏の結果をもって、会長就任60周年をお祝いしてまいりたい。
 ここで改めて、折伏の基本姿勢を確認し合いたいと思います。
 戸田先生のご指導には、こうあります。「銀行の方々は、金銭の数字を数えている。出版社の方々は、本の部数を常に念頭に置いている。私ども創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけ人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」との有名なご指導であります。
 「何人の人を幸せにしたか」――これが広布推進の目的です。そして、単に入会するだけではなく、どう入会するかが大切です。
 ご本人の心底からの納得と決意、ご家族などのご理解、また、座談会への参加や聖教新聞の継続的な購読など、しっかりと信心を持続し、幸福への軌道を歩んでいけるよう、環境を整え、入会に導いてまいりたいと思います。
 一、また、池田先生はご指導くださっています。「信仰は、“観念”ではない。“現実”である。『信心即生活』『仏法即社会』という現実の場で、勝ったのか、負けたのか。幸福になったのか、不幸になったのか――。その厳しき結果主義の世界、現実の審判の世界で、勝ち抜いていくのが信心である」と。
 だからこそ学会は、いわゆる「成果主義」ではなく、「結果主義」であります。
 入会という成果をもって折伏が完結するのではなく、幸福と勝利という結果を出すまでが折伏です。つまりは「人材育成」であります。

信頼される一人一人に
 一、現在、学会の統監は、居住地の「ブロック」に置くことが根本の大原則となっています。池田先生が、折伏のつながりに基づいたタテ線から、居住地に基づいたヨコ線、すなわちブロック組織への転換を発表されたのは、会長就任10周年の「5・3」でした。
 この時に先生は、新たなモットーに「社会に信頼され、親しまれる学会」を掲げられました。そして発表されたのが、ヨコ線組織への移行でありました。
 当時の真情を、先生は小説『新・人間革命』で、こうつづられています。
 「学会員が中心になって、地域社会に、人間と人間の、強い連帯のネットワークをつくり上げなければならないと考えていた。それが、現代の社会が抱える、人間の孤立化という問題を乗り越え、社会が人間の温もりを取り戻す要諦であるというのが、伸一の確信であったのである。彼は、ブロック組織への移行に、学会と社会の未来をかけていたのだ」
 以来、半世紀を経て、この「学会と社会の未来」は、どうなったでありましょうか。
 例えば、社会起業家の駒崎弘樹氏は、学会に、このような期待を寄せています。
 「行政による対策は重要なことですが、その一方で『助けて』と言えずに孤立して苦しんでいる人にも目を向ける必要があります。そのようなアウトリーチ(訪問支援)ができる力として期待できるのが、国家でも個人でもない中間団体の存在です」
 「全国各地で地域に根差したコミュニティーを持つ創価学会は日本最大の中間団体といえるでしょう。苦しむ人に積極的に寄り添う“おせっかい力”が、今ほど求められている時はないと思います」と。
 まさに池田先生が50年前、今いる足もとの地域、いわば“ご近所”を第一に考えられた先見が、ますます光り輝き、社会を照らす時代を迎えているのであります。
 「社会に信頼され、親しまれる学会」は、「地域に信頼され、親しまれる一人の学会員」から始まります。
 まず、私たち一人一人が、そうした人材の一人へと成長してまいりたい。そしてまた、現実の世界で勝ち抜いていく、新たな人材の陣列を拡大してまいりたい。
 さあ、本日より、先生の会長就任60周年となる「5・3」を目指し、人間革命と立正安国の新たな前進を、ともどもに開始しようではありませんか(拍手)。

◆本部幹部会での永石婦人部長の話 新しい人材を励ましの力で

 一、お元気な池田先生・奥さまと共に迎えた晴れやかな11・18「創価学会創立記念日」、大変におめでとうございます(拍手)。
うれしいことに先生・奥さまは、完成したばかりの世界聖教会館へ2度、足を運ばれ、全同志の健康・幸福を祈ってくださいました。その時に撮られた「創価世界女性会館」の写真が聖教新聞に掲載され、全国に大きな喜びが広がり、被災地の友の勇気にもなりました。本当に感謝でいっぱいです。
 一、明「前進・人材の年」は、学会創立100周年への本格的なスタートの年となります。新たな広布の人材と歴史を築く時です。
 そこで、このたび、婦人部の中で、40代までを「ヤング白ゆり世代」と総称することに致しました(拍手)。
 “励ましのスクラム”を原動力として、婦人部が「前進・人材の年」を先駆してまいります。
 ヤング白ゆり世代は、“新時代を築く主役”であり、地域・社会の最前線で活躍する宝の一人一人です。また、子育てや仕事など、最も忙しく、試練に直面する年代でもあります。
 一、池田先生は、かつて新たな時代を展望して「第1回」と銘打たれた婦人部幹部会で“生命本源の「自由」を勝ちとれ”と、若い時代に抱える悩みに寄り添うように指導してくださいました。
 先生はユーモアを交えながら「皆さま方のなかにも、お姑さんにしばられ、子どもにまとわりつかれ、ご主人や家事、仕事……すべてが、にっくき鉄の鎖に見えてくる経験をおもちの方も少なくないと思う」と。場内に爆笑の渦が起こりました。
 先生は続けて、「しかし、他の気楽そうに見える人をうらやみ、そうしたところに行っても、真の自由はない」「自分の生命の外へ逃げだすことは不可能である」「妙法こそ事実のうえに、真の『自由』を実現する無上の大法なのである」と語ってくださいました。
 学会活動に励み、今いる場所で、ありのままで幸福境涯を築いていく、その一人の女性の存在がどれほど尊いかを、先生が教えてくださったのです。

「ヤング白ゆり世代」と共に前進
 一、東京の田中さんは、4人の子育て真っただ中の37歳の時、突然、ご主人が失明しました。ご主人はショックで、部屋に閉じこもり、自暴自棄に。しかし、池田先生の「仏眼、法眼がある。生き抜くんだよ」とのご指導に奮い立ち、夫婦で一歩も引かず朗らかに学会活動に頑張り抜こうと決めました。
 苦労があっても、上の子どもたちは明るく振る舞い、お父さんの手を引いたり、幼い妹の面倒を進んで見てくれたりしました。田中さんはご主人と共に、愛知へ大阪へと広布の対話拡大に奔走しました。
 その後、ご主人は題目をあげ抜く中、奇跡的に視力がわずかに戻ったのです(拍手)。
 5歳になった次女を見て「大きくなったね」と泣いたそうです。
 成長した4人の子どもは、全員が奨学金を受け、アルバイトをしながら創価の学びやを卒業。さらに4人とも20歳までに個人折伏を実らせ、社会でも実証を示しています。今、孫を含め一族22人が広布後継の道を歩んでいることが最高の喜びと語ります。
 一、師匠を求め、題目をあげ抜く中で、乗り越えられないものはありません。
 御書に「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」(720ページ)とあります。
 さあ、青年部・未来部、そしてヤング白ゆり世代と共に、人間革命の哲学を世界中に広げ、婦人部新時代を築いていこうではありませんか(拍手)。

◆〈信仰体験〉退屈な島が嫌だった私が島に住んでいる理由
 夫の意地、息子の夢――ロマンに付き合ってやるか

 “こんな島はもう嫌”映画館もコンビニもない。北海道の北西、日本海に浮かぶ天売島。三浦美保子さん(35)は、19歳で島を出た。
だが、札幌での生活はバイトに追われ、息苦しかった。“不便でも、つまんなくても、やっぱり島がいい”。わずか1年で、島に戻った。
 2005年(平成17年)、漁師の信明さん(37)=男子地区リーダー=と結婚。今、島で3人の男の子を育てている。

 島には、商店が二つだけある。
 今年のハロウィーン。店主がお菓子を配った。息子が持って帰ってきたのは、鮭とばと貝柱。さすが、漁師の息子。
 島には遊ぶ場所が少ないから、息子たちは、ユーチューブに夢中。魚をさばく動画と、吉幾三の歌が大好き。夫の船に乗って、漁も手伝う。長男・大我君(11)=小学5年=は「漁師になりたい」と言うようになった。
 紙オムツやベビー服、学校のノートもインターネットで買って、船で届く。今の時期、本島からの船は1日1便。時化で欠航が続くと、たちまち物資が不足する。
 極寒の冬は、横殴りの雪に襲われる。常駐の医師はいないため、子どもが風邪をひいたら一大事。都会では想像できない不便さが、この島にはある。
 それでも、なぜ島で生きるのか――。

 2006年6月10日、美保子さんのおなかには、第1子となる男の子がいた。
 臨月を迎え、名前は「大尊」と決めていた。この日の朝、漁に出る夫を見送った後、突然の出血。腹痛も激しい。当時、島に一軒だけあった診療所に向かった。
 「おしるし(出産前の準備段階で起きる出血)かもしれない」
 漁から戻った夫と、着の身着のまま、高速船に乗り込み、本島の病院に急ぐ。1時間後、羽幌の港にたどり着いた。
 だが、最初の病院では「ここでは処置できない」と。また救急車で50キロ以上離れた留萌市の病院へ。「赤ちゃんの心音が下がってきてるから、帝王切開するね」。医師の言葉を最後に、美保子さんは意識を失った。
  
 胎盤?離だった。2500ccも出血。留萌からドクターヘリで札幌へ搬送され、一命を取り留めた。だが、目を覚ました時、隣に息子の姿はなかった。
 夫は目に涙を浮かべていた。「実は、亡くなったんだ。抱いたら、まだあったかくて。ポンポンって揺すったら起きそうでさ……」。あとは言葉にならなかった。夫と?をすりつけて泣き続けた。
 「あと15分早ければ、助けられました」。医師に言われた。元気な赤ちゃんを抱いて、笑顔で戻るはずだった島。まさか遺骨を抱いて帰るなんて……。
 美しかった島の景色が、色あせて見えた。無意識に涙が出てしまう。着せるはずだった服。寝かせるはずだったベッド。一度でも、抱き締めてあげたかった。“大尊のためにしてあげられることは、もうない……”
 夫の母が、声を掛けてくれた。「一緒にお題目をあげよう」
 美保子さんは結婚を機に、創価学会に入会していた。宗教にいいイメージはなかったが、“夫の家に入るのだから”と軽い気持ちだった。義母から「胸の中にある思い、全部、御本尊様にぶつけていいのよ」と言われ、仏壇の前に座った。夫に勤行を教わり、毎日少しずつ題目を唱えた。“大尊、ごめんね”。祈りながら、いつも謝っていた。それでも、息子のことを祈ることができる。それが、うれしかった。
 翌年、美保子さんのおなかに、再び命が宿る。胎盤?離の時、幸いにも子宮の摘出は免れていた。“きっと、大尊が守ってくれたんだ”。出産予定日を聞いて驚いた。7月3日――大尊君と同じ予定日だった。
  
 あれから13年――。大尊君がつないでくれた命は今、すくすく育っている。長男・大我君と次男・凰我君(9)=小学4年=は、全校児童10人の小学校に通う。
 末っ子の尊生我君はもうすぐ1歳で、島で唯一の赤ちゃん。島の人たちから、かわいがってもらっている。
 島の人口は年々減り続け、280人に(9月時点)。その約40%が高齢者(全国では約28%)。今年、中学校は休校になった。少子高齢化どころの騒ぎではない。
 正直、このまま島に残れるのか不安の方が大きい。そんな中、「天売一の漁師」を目指し、「この島で踏ん張りたい」と語る夫。「漁師になりたい」と目を輝かせる息子を見ると、“男たちのロマンに付き合ってやるか”と大きな気持ちになれる。
  
 今、島にはドクターヘリが飛ぶようになった。<大尊君のような悲しみを二度と繰り返さないように>と、道北エリアで初めて配備されたのだ。
 そのヘリが、多くの島民の命を救っている。ヘリを見るたびに、息子の生きた証しが、この島にはあるんだと思う。
 池田先生は語っている。「幸福は『遠いところ』にあるのではない。『今、ここ』の現実との戦いによって、幸福は勝ち取っていくべきである」
 漁師は自然が相手ゆえに、安定した生活は難しい。ナマコの不漁、マグロ漁の規制、船のエンジン故障……。何度も試練に襲われた。
 夫を支えるため、一緒に漁船にも乗り込む。もともと船酔いしやすい体質。吐きながら船にしがみついた。命を張って働く夫。一緒に沖に出るたび、感謝の気持ちがあふれる。
 新しい船の購入に、国の補助金が出る事業がある。だが選ばれるのは「宝くじに当たるようなもの」。家族で祈る中、夫のもとに“当選”の通知が届いた。来春からは、新たな船で漁に出る。
 夫の意地、息子の夢。天売の海には、わが家の思い出と未来が詰まっている。美しい夕焼け。満天の星。人の絆。かけがえのないものが、この島にはある。

 

2019年11月23日 (土)

2019年11月23日(土)の聖教

2019年11月23日(土)の聖教

◆わが友に贈る

 中継行事に携わる
 全ての役員の皆さま
 寒い中ありがとう!
 風邪をひかないように。
 陰の労苦に福徳は燦然!

◆名字の言

桜といえば春に咲き誇るソメイヨシノを思い浮かべるが、「四季桜」は春と秋に咲く。先日、総本部の四季桜が「11・18」を待っていたかのように淡い紅色の花を咲かせた▼「言葉の一語一語は、桜の花びら一枚一枚だと言っていい」と語ったのは詩人の大岡信である。爛漫と咲き誇る桜並木も素晴らしいが、一枚の桜の花びらも、いとおしく、美しい。言葉もまた、時に“真心の一言”が相手の胸を打つ▼フランス語で「贈り物」を意味する「カドー」はラテン語由来の言葉で、最初は「大文字」を意味したといわれる。「文字」を指していた単語が、「贈り物」へと変化していったことを通して、大岡は、贈り物と同様に、言葉もまた「心がこもっているかいないか」が大切と述べている(『ことばの力』花神社)▼日蓮大聖人は「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563ページ)と仰せだ。「心」は見えない。その見えない心を相手に届ける最良の手段の一つが言葉であろう。真心の言葉は、人間の絆を結び、地域・社会を潤していく▼世界聖教会館に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」に「仏法の真実と正義を叫ぶ、雄渾なる言葉の力なくして、創価の前進はない」と。自身の心を磨き、友に勇気をともす言葉を紡いでいきたい。(澪)

◆寸鉄

「広宣流布は一対一の膝
詰めの対話からだ」恩師。
師と共に黄金史を綴る時
     ◇
東京・品川の日。友の胸に
燃える創価源流の誇り!
皆で拡大の最高峰を登攀
     ◇
江戸川の日。信心の横綱
が対話の大旋風。庶民の
奮闘ありて広布は前進!
     ◇
火災に要注意。たこ足配
線やコンセントの埃等の
点検・清掃を。用心重ねて
     ◇
働く喜び知る人は幸福な
人。使命の場所で自分ら
しく。今日、勤労感謝の日


【先生のメッセージ】

◆池田先生の謝辞(代読)――ジャイプル・ナショナル大学「名誉博士号」授与式から2019年11月23日

空から見たジャイプル・ナショナル大学。手前が医学部のキャンパス。奥にメインキャンパスが広がる。“全体人間”を育む気鋭の総合大学である

空から見たジャイプル・ナショナル大学。手前が医学部のキャンパス。奥にメインキャンパスが広がる。“全体人間”を育む気鋭の総合大学である

 一、光栄にも、悠久なる「精神の大国」から世界の未来を知性と希望の光で燦然と照らしゆかれる貴ジャイプル・ナショナル大学より、名誉博士の学位を授与賜りました。
 良き市民として、良き国民として、社会貢献をたゆみなく続けゆく、わがインド創価学会の宝友たちと、この栄誉と喜びを、謹んで分かち合わせていただきます。誠にありがとうございます。
 
「ジャイプル」の名には「勝利」の意義が

 一、「名は必ず体にいたる徳あり」といわれる通り、名前には不思議な力があります。
 
 貴大学が、その名に冠しておられる、ラジャスタン州の州都「ジャイプル」には、「勝利」という深き意義が込められていると伺いました。
 ジャイプルの天地は、世界文化遺産に登録された野外天文観測所ジャンタル・マンタルや宮殿シティ・パレス、ジャイプル市街など、幾多の壮麗な建造物が並び立つ、芸術と科学の都であります。
 18世紀の偉大な改革者であり、科学者としても名高いジャイ・シング2世が建設した天文台は、当時の世界の学問を結集して、新たな時代を開かんとした先駆の知性による「勝利」の象徴といえましょう。

 ジャイプルは、ネルー初代首相が「都市設計のモデルの一つ」とたたえた先進都市としても、よく知られ、商工業や金融の中心として目覚ましい大発展を遂げてこられました。
 そして、この「勝利の都」にそびえる「勝利の学府」として、「勝利の人材群」を育成されてきたのが、まさに貴ジャイプル・ナショナル大学であられると、私は讃嘆したいのであります。
 
「勝利」を青年の薫陶の根幹に置いた牧口先生

 実は、わが創価教育の師父である牧口常三郎先生も、「勝利」ということを、青年の薫陶の根幹に置いておりました。
 生活も人生も、また社会も文明も、絶え間ない「勝負」の連続であります。現実に一つ一つ立ち現れる課題と、いかに戦い、苦難に屈せず、試練を勝ち越えていくか。
 この「負けじ魂」と「勝利」へ前進する価値創造の英知を、一人一人の若き生命から引き出していくことを、牧口先生は目指していました。
 先生が日本の軍部政府の弾圧で獄死して、この11月で75年となります。
 先生は獄中の訊問でも、何ものにも負けずに人間として最高の理想を実現しゆく究極の勝利の力を示したのが、貴国インドの釈尊であることを、堂々と主張していたのであります。

「学び」「考え」「語り合う」力を強め 若き生命の創造性を解き放て
 一、本日は、「勝利の学府」たる貴大学の理念と精神に学びながら、「勝利へのビジョン」を3点、確認させていただきたいと思うのであります。
 第一に、「闊達なる学びから勝利の力が生まれる」ということであります。
 貴大学は「学生中心の教育」を高らかに掲げ、「最高水準の学術的厳格さと活力」とともに、「生涯にわたる学びへの情熱」を育まれています。
 そして、バクシ総長ご自身が「私は全ての人から学ぼうとしています」と語られ、日々、闊達なる対話を広げておられるのであります。
 学生が自らの関心を生かして、さまざまなコースを横断的に学び、広々と開放された環境で才能を発揮できるように工夫されていることも、素晴らしい取り組みです。
 
仏教学者ロケッシュ・チャンドラ博士「考えることは人類の進歩の象徴」

再会を喜び合う池田先生とロケッシュ・チャンドラ博士(2008年3月、東京・八王子市の創価大学で)。これまで日印両国で6度の出会いを結んでいる

 インドを代表する仏教学者ロケッシュ・チャンドラ博士との語らいを私は思い起こします。
 ――「知性」を意味する英語の「マインド」は、サンスクリットで「考える」を意味する「マン」と語源が同じであり、その「マン」から「人間」を意味する「マヌシャ」という言葉ができた。すなわち「考える」ことはまさしく「人類の進歩の象徴」なのであると、大碩学の博士は示してくださいました。
 IT(情報技術)が急速に進展する現代社会だからこそ、「学び」「考え」、そして「語り合う」という人間自身の本源的な力を一段と強め深めながら、いかなる人類の難局も勝ち開いていく若き生命の創造性を解き放っていきたいと、私は願う一人であります。

「ヴェーダ文化」の基本理念――「あらゆる民族は一つの家族」

 一、第二に、「人々への献身から勝利の光が広がる」ということであります。
 貴大学のミッションには「地域と社会の、社会的・文化的・経済的ニーズへの奉仕」が謳い上げられ、人々の苦悩や痛みに寄り添いゆく殿堂として輝きを放っておられます。
 市内の美化運動や、貧困に苦しむ子どもたちへのサポート、さらには医療分野に注力されていることにも、その尊き精神が脈打っております。
 インドを代表する世界的な法律家にして、人権運動の闘士であるベッド・ナンダ博士との対談では、深遠な「インド思想」、また「ヴェーダ文化」が大きなテーマになりました。
 そこには、「あらゆる人種・民族は一つの家族である」との基本的な理念があり、「貧困や無知、飢餓や病気など、世界のどこかで人間が苦しんでいるならば、共に苦しむ」という精神があります
 仏典では、釈尊が弟子たちに「歩みを行なえ、衆人の利益のために、衆人の安楽のために、世人に対する共感のために」(中村元訳『原始仏典』筑摩書房)と呼び掛けたと説かれております。

人間の尊厳と幸福に尽くす英才の育成を

 私が創立した創価大学も、地域社会への貢献とともに、国連と世界の大学を結ぶ「国連アカデミック・インパクト」の一員として、「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組んでおります。身近な郷土から世界まで、一人一人の尊厳と幸福を願い、尽くしていく英才の育成と連帯にこそ、未来の勝利の光があるのではないでしょうか。
 
“執念”こそ人生と社会の勝利の要諦
 一、第三に申し上げたいのは、「断じて諦めない執念から勝利が成就する」ということであります。
 貴大学が飛躍的な発展を遂げた要因は、何か。
 創立者であられるバクシ総長は「それは、途中で諦めずに、成し遂げようとするコミットメント(献身)の心があったからです。この心が、成長への大きな原動力となったのです」と語られています。
 創立者として同じ苦労を重ねてきた私には、痛いほど胸に迫る一言です。
 総長は、「『ネバー・ギブアップ』、そして『闘士であること』が私の哲学です」とも言われております。
 万般にわたって、人生と社会の勝利の要諦は、この執念にこそあるといってよいでありましょう
 私たちが大切にしている「法華経」の一節にも、生命の真髄の力として「忍辱の大力 智慧の宝蔵あり 大慈悲を以て 法の如く世を化す」と記されております。
 慈悲のあるところ、智慧は尽きることなく湧いてきます。そして忍耐のあるところ、勝利の道は必ず開かれるのであります。
 
太陽の如き青年が未来を照らす

 一、ジャイプルの旧市街を走る大通りの東西には、堂々たる太陽門(スーラジポール)と月光門(チャンドポール)が屹立しております。生命を太陽の如く、月光の如く輝かせゆく青年たちが、貴大学から、そして貴国から、いやまして澎湃と躍り出て、そして人類の勝利を照らしゆかれることを、私は祈り、また確信してやみません。
 結びに、貴ジャイプル・ナショナル大学の無窮のご繁栄と、ご臨席の方々のご健勝を心から念願し、私の謝辞とさせていただきます(大拍手)。


【教学】

◆〈「教学部教授登用講座」のために〉第2回 観心本尊抄2019年11月23日
 平和の世紀を築く人間主義の哲理

 「教学部教授登用講座」(全3回)の第2回中継行事が、30日(土)、12月1日(日)に、全国各地の会館・会場で開催されます(日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定)。ここでは、中継行事の中で学ぶ御書の御文と通解、池田先生の指導を掲載しました(学習の便宜を図るため、講座の中で取り上げる順に合わせて、御文の冒頭に番号を振ってあります)。受講者は、御書と教材
(本紙面)、受講カードを持参し、中継行事に参加してください。

「観心本尊抄」について
 「観心本尊抄」は、文永10年(1273年)4月25日、日蓮大聖人が52歳の時、流罪地の佐渡・一谷で御述作になり、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に送られた重書です。
 大聖人は、文永8年(1271年)9月12日の竜の口の法難の後、約2年半の間、佐渡に流罪されました。
 本抄では、まず、本門の本尊を信受し、南無妙法蓮華経の唱題に励むことが、末法における成仏の修行であるという「受持即観心」の法門が明かされます。
 続いて、末法の衆生が成仏のために信受すべき本尊について述べられ、その本尊は本門の肝心である南無妙法蓮華経であり、地涌の菩薩によって弘められることが明かされます。
 最後に、成仏の根本法である一念三千を知らない末法の衆生に対して、仏(久遠の釈尊)が大慈悲を起こし、一念三千の珠を包んだ妙法五字を授与されることを述べて、本抄を結ばれます。

御文1
 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、四大声聞の領解に云く「無上宝聚・不求自得」云云、我等が己心の声聞界なり、「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」、妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや(御書246ページ15行目~18行目、編年体御書536ページ8行目~11行目)

通解1
 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足している。私たちは、この妙法蓮華経の五字を受持すれば、おのずと釈尊の因果の功徳を譲り与えられるのである。
 信解品で、須菩提・迦旃延・迦葉・目?連の四大声聞が説法を聞いて理解して「この上ない宝の集まりを、求めずしておのずから得ることができた」と言っている。これは、私たちの己心の声聞界である。
 方便品には「衆生を私(釈尊)のように等しくして異なることがないようにしたいと、私がその昔、願ったことが、今はすでに満足した。一切衆生を教化して、皆、仏道に入らせることができた」と述べられている。妙覚の位の釈尊は、私たちの血肉である。この仏の因果の功徳は、私たちの骨髄ではないだろうか。

池田先生の指導から1
 「受持即観心」という日蓮仏法の極意を明かされた御文です。
 妙法蓮華経は、釈尊が久遠より積み重ねた成仏の原因である修行(因行)と、その結果として成就した福徳(果徳)を、全て具足する大法です。
 それは、釈尊自身が妙法蓮華経によって仏になり、また、妙法蓮華経に基づいた法華経を説いているからです。釈尊のみならず一切の諸仏もそうです。妙法五字には、一切諸仏の仏因と仏果が具わっている。
 続けて大聖人は、「我等此の五字を受持すれば」と仰せです。「我等」とは大聖人と門下であり、直結する末弟の私たちです。さらに、一切衆生、全民衆を包含するお言葉です。
 そして、「自然に」――道理として「必ず」です。「誰でも」ということです。どんな人でも、必ず仏の境涯を開いていけるのです。
 この妙法五字を受持して、自行化他の題目を唱え、実践していくならば、成仏の原因も結果も、そっくりそのまま、私たちに譲り与えられます。末法の凡夫が成仏する修行の原理を確立し、明かしてくださったのです。
 発迹顕本された大聖人が、顕された御本尊は、この妙法五字の曼荼羅です。
 戸田先生は、「文底よりこれを読めば『己心を観ずる』というのは御本尊を信ずることであり、『十法界を見る』というのは妙法を唱えることである」と拝しています。(中略)
 深く信心を発して、妙法を唱える時、私たちが拝する御本尊の明鏡に照らされ、わが胸中の御本尊が涌現します。己心の仏界を見るのです。受持即観心の御本尊なればこそ、いかなる苦難も必ず乗り越えていける、いかなる苦悩も必ず解決していける、その偉大な力があるのです。(『人間革命の宗教』所収「民衆仏法㊤」)

御文2
 是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す。
 問うて曰く仏の記文は云何答えて曰く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」(中略)
 此の釈に闘諍の時と云云、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し(御書254ページ1行目~9行目、編年体御書544ページ5行目~15行目)

通解2
 このような高貴な大菩薩が、釈迦仏、多宝仏、十方の分身諸仏という三仏に対して末法弘通を約束して、妙法蓮華経の五字を受持したのである。どうして末法の初めに出現されないことがあるだろうか。
 まさに知るべきである。この地涌の菩薩の指導者である四菩薩は、折伏を現ずる時は賢王となって愚王を責め誡め、摂受を行ずる時は僧と成って正法を持ち広めるのである。
 問うて言う。仏は未来についてどのように述べられているか。
 答えて言う。法華経薬王品には「後の五百年に(この法華経を)閻浮提(全世界)において広宣流布するだろう」と説かれている。
 この文について天台大師は『法華文句』に「後の五百年に、妙法が流布し、長遠に一切衆生がその功徳に潤うだろう」と記し、妙楽大師は『法華文句記』に「末法の初めにも、冥益がないわけではない」と記している。(中略)
 (続く)伝教大師の(『法華秀句』の)釈に(末法の様子を)「闘諍の時(争いの絶えない時)」とあるのは、今起きている自界叛逆難・西海侵逼難の二難を指すのである。この(闘諍の)時に、地涌千界の菩薩が出現して、本門の釈尊を脇士とする一閻浮提第一の本尊を、この国に立てるのである。

池田先生の指導から2
 「観心本尊抄」では、地涌の菩薩が出現する「時」――それは、“末法の初め”であると仰せです。三毒強盛の五濁悪世であり、闘諍言訟の乱世です。
 思想・宗教においては“我賢し”と我見が横行し、小が大を破るなどの転倒が続き、根本として尊敬すべき本尊が雑乱する。ゆえに、あるべき人間と社会の価値観が見失われ、精神の土台が崩れていく。この一番混迷した時代に、地涌の菩薩が現れ、いまだ真実に無知である末代幼稚の衆生に、「妙法蓮華経の五字」の大良薬を与えられるのです。
 そして、御文の後段において、この地涌の菩薩の現実の振る舞いを「賢王」と「僧」の対比から明かされています。
 とりわけ、地涌の菩薩が末法において「折伏を現ずる」時には、「賢王」すなわち「在家」の賢明なる指導者となって、荒れ狂う社会に出現すると仰せです。
 「愚王を誡責」するとは、民衆を不幸にする権力者の誤りを正していくことです。今日でいえば、「賢王」とは、民衆の中で、人間を苦しめる根源悪と戦う賢者の一人一人です。
 どこまでも謗法充満の悪世の中で仏法を弘通する、末代にわたっての大折伏行がいかに偉大な聖業であるかを教えられている、まことに甚深の御聖訓です。
 末法の広宣流布とは、現実社会に生きる目覚めた民衆自身が、民衆の海の中で、目の前の一人の民衆の生命変革に挑んでいく以外にないとの大宣言であると拝されます。
 いずれにせよ、「自他共の幸福」を築くための行動がなければ、地涌の菩薩ではありません。人間の苦悩と諸問題を解決し、その社会的使命を果たしてこそ、真の菩薩です。
 現実の社会にあって、日常の人間生活にあって、仏法の生命尊厳の思想を浸透させていく「賢王」という人間主義の振る舞いは、具体的には、文化・教育・平和の次元に現れます。「文化の大地」を耕し、「教育の大光」を広げ、「平和の大道」を開いていくのです。絢爛たる人間革命の文化が創出されます。その中で人類の調和と共生の花を爛漫と咲かせていくのです。(『人間革命の宗教』所収「民衆仏法㊦」)

【聖教ニュース】

◆インド ジャイプル・ナショナル大学から池田先生に同大学第1号の「名誉博士号」  2019年11月23日

 【デリー】インド・ラジャスタン州の州都ジャイプルに立つジャイプル・ナショナル大学(サンディープ・バクシ総長)から、池田大作先生に「名誉博士号」が授与された。絶え間ない平和建設への貢献と卓越した功績をたたえたもの。授与式は21日午後2時(現地時間)から、ニューデリーの「アンベードカル博士国際センター」で行われ、総長の夫人で同大学常任理事のプリティ・バクシ博士、H・N・バルマ副総長ら首脳が列席。バクシ博士から代理の池田主任副会長に学位記が授与された。2007年の創立以来、同大学として第1号の名誉博士号授与となった。

60ヘクタールに四つのキャンパス 
 授与式に先立つ19日、取材陣はジャイプル・ナショナル大学を訪ねた。
 観光客であふれたジャイプル国際空港から約11キロ。大学病院を併設する医学部キャンパスの一室でバクシ総長が歓迎してくれた。
 同大学のキャンパスは四つに分かれており、その総面積は、60ヘクタール(東京ドーム約13個分)に及ぶという。キャンパスの広さと美しさへの驚きを伝えつつ、早速、総長に質問した。
 “この地域の教育熱が、高い理由は何でしょうか?”。大学に向かう途中、各種の学校や教育機関の看板を、数多く目にしたからだ。
 「発展するインド社会の基盤こそ、教育です。特に、ジャイプルは落ち着いた街で、ニューデリーにも近く、若者を育む“教育のハブ(結節点)”となっているのです」と、総長は胸を張った。
 しかし、ラジャスタン州は長らく、最も教育が遅れた州の一つであったという。
 
 バクシ総長の母であるモヒニ・バクシ理事長が1980年代初頭に、自宅の敷地で幼稚園を立ち上げた当時もそうだった。
 後に母の影響を受けて教育の世界に入った総長は90年代、二つの一貫校(日本の小学校から高校に当たる)の経営を力強くリードし、2007年にジャイプル・ナショナル大学を創立する。
 その経緯を語りつつ総長は「物質主義に覆われた現代にあって、池田博士は教育に貢献し、世界の人々を良き道へと導かれています。今回、博士に名誉学位を贈る機会をいただき、大変に光栄です」と力を込めた。
 
大学首脳が列席しニューデリーで授与式 


大統領府、インド政府の官庁街にほど近い会場で行われた授与式(ニューデリーで)

 ――授与式当日。アンベードカル博士国際センターの1階にある650席のホールは多数の来賓、インド創価学会(BSG)の代表らで埋まっていた。
 式典前、バクシ常任理事らは、吹き抜けになった1階ホールで訪問団の到着を待ち構え、池田主任副会長らを満面の笑みで迎えた。
 “遠来の賓客を歓迎したい。池田博士を最大にたたえたい”――そんな真心に包まれ、午後2時、司会第一声で式典は幕を開けた。
 白いガーベラの花で飾られた舞台に、大学首脳、池田主任副会長、BSGのグプタ議長が上がり、それぞれ花束を受け取る。
 最初にバクシ常任理事が登壇。「教育の力で人間の可能性を開く池田氏の取り組みは、私たちの信条と重なります」と述べた。
 
ラジャスタン州に立つ“全体人間”育成の総合大学

贈られた「名誉博士」の学位記
 ――同大学が目指す教育は「価値教育」と「全体性を育む教育」である。知識だけではなく、人生の困難を乗り越える知恵と人間性を備えた、社会貢献の人材を育みたいとの願いが込められている。崇高な目標のもと、同大学には医学、工学、薬学、法学、農学等の学部、修士・博士課程が設置され、7000人が学ぶ。さらには国際キャンパスが中東のドバイにあるという。インドの私立大学ランキングでトップ25(2019年「インディア・トゥデイ」誌)に入るなど高い評価を受ける。
 授与式では続いて、グプタBSG議長の後、バクシ総長のあいさつをバルマ副総長が代読。バクシ常任理事が授与の辞を述べ、池田主任副会長に学位記を手渡した。
 次に池田主任副会長が、「勝利」を意味する街、「ジャイプル」の美しさなどに触れた池田先生の謝辞を代読した。読み終えた後、主任副会長が“ジャイプルを訪れたことのある人はいらっしゃいますか?”と会場に問い掛けると、ほぼ全員の手が上がる。「皆さんこそ、今日の謝辞の意味を深く理解されたのではないでしょうか」と述べると、万雷の拍手が起こった。
 最後にバルマ副総長が感謝の辞を述べ、式典は幕を閉じた。
  授与式の最後に、会場の全員で池田先生に対する名誉学位授与を祝福した。前列左からジャイプル・ナショナル大学のバルマ副総長、バクシ常任理事、池田主任副会長、インド創価学会のグプタ議長(ニューデリーで)

授与式の最後に、会場の全員で池田先生に対する名誉学位授与を祝福した。前列左からジャイプル・ナショナル大学のバルマ副総長、バクシ常任理事、池田主任副会長、インド創価学会のグプタ議長(ニューデリーで)

 ジャイプルから駆け付けたBSG婦人部のニーラム・アーリヤさんは「今日、私たちの夢が実現しました」と声を弾ませた。1995年の入会当時、同地で信心に励むのは数十人だった。その連帯は今、約9000人に。先生に対する名誉学位に、歓喜の波が広がっているという。

 そして、総長と二人三脚で教育貢献の道をまい進してきたバクシ常任理事は、「わが大学最初の名誉博士号を池田氏に贈ることができ、光栄です。創価の哲学を持った皆さまと、さらに交流を深めていきたい。今日がその一歩です」と話した。
 なお授与式はインド国営放送「ドゥール・ダルシャン」ほかマスコミ数社が取材した。


〈信仰体験〉   Soul 不動心 この一矢に込め

 【北海道三笠市】身長163センチの体が、弓を構えると大きく見える。
 錬士六段の清水建詞さん(59)=圏書記長(本部長兼任)。心の静けさのまま離れた矢は、自らの意思を持ったように地を這いながら、的に当たった。

◆〈スタートライン〉 『こども六法』著者 山崎聡一郎さん 助けを求める力を身に付けよう

 今、書店の店頭に『こども六法』(弘文堂)が並び、話題になっている。子どもに分かりやすい言葉で法律の条文を紹介し、ユニークな動物のイラスト入り。刑法や民法などに続いて、通常の「六法」にはない「少年法」「いじめ防止対策推進法」も載せている。著者の山崎聡一郎さんが、自身のいじめの原体験をもとに学生時代から取り組み、25歳で完成させた、子どものための法律書だ。山崎さんに同書に込めた思いを聞いた。

 ――クラウドファンディングで『こども六法』を出版。当初は5000部を想定していたが、約28万部の出版部数に山崎さん本人も驚いている。

  
 「各教室に入れました」「保育園を卒園する子に1冊ずつ配ろうと思っています」など、今、予想外の反響を多くいただいています。講演依頼もいただくようになり、活動の場も広がっています。
 執筆時は読者層として10~15歳ぐらいの子を想定していましたが、実際には「5歳でも読んでいます」という声があるくらい、より小さい子たちも読んでくれているようです。
 子どもたちの読解力や興味は自分の想像を上回るほど、すごいものであることにびっくりしています。
 この本はもともと大学3年の時に、僕のいじめの原体験をもとに作りました。僕は中学生の時に六法全書を読むまで、いじめが犯罪であることに気が付かず、小学校卒業まで自分で自分の身を守ることができませんでした。
 今、同じような気持ちで悩む子どもたちに何か届けられるものがあるとすれば、それは法律を知ってもらうことだと思います。法律の知識を持ち、自分で自分の身を守る力を身に付けてほしい――『こども六法』にはそんな願いを込めています。

先生も必見
 ――山崎さんは小学5年生の時、いじめられている友人を助けたことで、いじめを受けるようになった。
  
 この本を小学生の頃の僕にプレゼントしてあげたいです。あの頃は暴力や暴言、筆記用具を壊されるなどのいじめ被害に、もがき苦しみ、登校拒否をしたこともありました。今考えれば「傷害罪」「暴行罪」といえるものです。
 どうにかしようと学校の先生に相談もしましたが、いじめはなくなりません。転校も考えましたが、それはできないと先生に言われました。
 これでは中学でも同じ生徒たちにいじめられてしまいます。僕は教育委員会も学校もあてにならないと思い、受験をして私立中学に行き、いじめから逃れました。
 大学時代に法教育に出合った僕は、こうした自らの体験から、法教育によっていじめを解決したいと思い、研究活動に取り組むようになりました。
 将来は、『こども六法』に準拠した指導案を、いじめに直面する先生方に公表したいと思っています。それによって、先生が見落としたり放置したりしたことで、いじめが深刻化したという事例がなくなればいいなと思います。
 本書には「いじめ防止対策推進法」を載せました。これは、いじめに直面した先生をサポートすることによって、子どもの生命と尊厳を守る法律です。教員がチームで対応するなど、いじめに対してすべきことや効果的な方法などが明確に書かれています。
 学校の先生方から「いじめが起きたら何をしたらいいのか分からない」という声をよく聞きます。ぜひ、分かりやすく“翻訳”した本書に触れてその内容を知ってほしいです。

悩みを公に
 ――未来に生きるために必要な力を山崎さんは講演会で訴えている。
  
 いじめられていた時の僕には、“こうしたらいじめがなくなる”という確信がありませんでした。“大人に相談しても自分のために何かしてくれるなんてことがあるのか”とも思っていました。唯一、親だけが味方でした。
 だから、今、いじめで悩む子は一刻も早く公に伝え、自分が置かれている状況をオープンにしてほしいです。
 追い詰められるような問題は自分で抱え込みやすいですが、それだと誰も助けることができません。加害者が特定されないような形であれば、ネットで状況を発信することもありだと思います。
 警察や弁護士に聞いたり、相談所に行ってみたりと助けを求めてください。その時に、証拠などがあればさらにいいです。少しでも程度の軽い段階でそうしたことができるかどうかがカギです。
 講演会の際、僕は子どもたちに、あえて冷たくこう伝えています。
 「ちゃんと助けを求める力を身に付けようね。これからは、声を上げないと助からない世の中になるよ」と。
 これからは、力が強い人間や声の大きな人間の意見が通用するような社会ではなくなっていきます。
 その社会で大人になる時に必要なのは、自分が侵害されている権利や自分が主張したい権利などを、証拠と一緒に理路整然と説明できる力を持つということだと思います。
 これからを生きる、子どもたちや僕と同世代の若い方々には、そうした力をぜひとも身に付けていってほしいですね。

 やまさき・そういちろう 1993年生まれ、埼玉県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。現在、合同会社Art&Arts社長、慶應義塾大学SFC研究所所員。ミュージカル俳優としても活躍中。
 【編集・写真】忠津秀伸 【レイアウト】本橋正俊 ※イラストは弘文堂提供

 

2019年11月22日 (金)

2019年11月22日(金)の聖教

2019年11月22日(金)の聖教

◆わが友に贈る

「法華経を持ち奉る処を
 当詣道場と云うなり」
 今いる場所こそ
 わが人間革命の舞台だ。
 地域で社会で輝く人に!
 (御書P781)

◆名字の言

本紙の11・18「創価学会創立記念日」特集で掲載された田原総一朗氏のインタビュー(17日付)。氏の率直かつ明快なコメントに、読者から多くの反響があった▼取材の折には、パナソニックの創業者・松下幸之助氏との思い出も語ってくれた。松下氏が新しい事業を始める際、田原氏に日本の政治・経済に対する所感を聞きたいと連絡があった▼松下氏は、田原氏より40歳年上。親子以上の年齢差がある田原氏の話に、松下氏は1時間ほど耳を傾けた。2日後にも再び田原氏を招き、話を聞いた。本田宗一郎氏や盛田昭夫氏など、数々の実業家を取材してきた田原氏は、「優れた経営者はいずれも、人の話をよく聞く」と実感を込めて語る▼衆知(多くの人々の知恵)を集める――これが松下氏の経営哲学だった。衆知を軽視するような経営は、いずれ行き詰まると自らを戒めていた。講演会での松下氏の言葉を思い出す。「全部がわが師である。どこでも私より偉い人ばかりがいる。私がいちばんあかん、そういう考えでやっているんです」▼対話の達人は例外なく聞き上手。「話を聞く」ことは、相手を理解する最良の手段であると同時に、謙虚に学び続ける姿勢の表れでもある。「話を聞く人」とは無限の「向上と成長の人」である。(嶺)

◆寸鉄

「日蓮さきがけしたり」
御書。一人立つが仏法の
魂。まず己が折伏に挑戦
     ◇
山形支部結成の日。幸の
理想郷築く勇者ここに!
共戦の誇り胸に対話拡大
     ◇
聖教を世界に読ませたい
―恩師。電子版は201カ国
へ。希望送る言論戦更に
     ◇
「いい夫婦の日」。感謝の
思いを言葉に。相手への
尊敬と信頼が円満の秘訣
     ◇
非人道的なAI兵器規制
へ国連で協議。深刻な事
態になる前に急ぎ対策を

◆社説 2019・11・22 きょう「いい夫婦の日」 相手への尊敬心を忘れずに

 「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」――2年前、結婚情報誌「ゼクシィ」のCMで話題になったキャッチコピーだ。
 “誰の考えも否定せずに、結婚の良さをストレートに伝えている”“時代性を捉える言葉の上に、女性の強い意志を重ねている”など、既婚者だけでなく、結婚を意識していない人からも共感を呼んだという。
 昨今は、50歳時未婚率の上昇や、離婚率も高いまま、といった結婚に関するニュースを聞くことが多い。その中で、このキャッチコピーからは、結婚の本来持っているパワーが伝わってくる。
 新婚時代をへて5年、10年、25年……と続く結婚生活。まして今は人生100年時代。30歳で結婚すれば、70年連れ添うこともありうる。夫婦円満で過ごせればいいが、そう簡単にはいかない。そもそも元は他人。育った環境や性格が違うのだから、意見が合わないことがあって当然、と心したい。
 男女でコミュニケーションの取り方が違うことも忘れてはいけない。多くの男性は「問題解決」、女性は「共感」を志向するといわれる。女性が悩みを口にすると、男性はつい話をさえぎってアドバイスを始めがちだが、女性が求めているのは「分かってほしい」という気持ちへの共感だ(『家族を笑顔にする
 パパ入門ガイド』池田書店)。
 もちろん、全ての男女に当てはまるわけではない。大事なことは互いの違いを認めつつ、良好な夫婦関係を築くために力を合わせていくことだろう。
 夫婦共に100歳前後の方々を取材してきたノンフィクション作家の本岡典子さんは、「夫婦力」を上げるための五つの心得を本紙で紹介している。
 ①笑顔…朝起きたら「おはよう」と笑顔で。1日1回は「アッハッハ」と大笑いも②見て見ぬふり…相手の失敗には寛容になり、お互いの自尊心を保って褒め合う③触れ合い…何げない会話と肌の触れ合いが大切。脳が活性化され、心身が若返る④愚行権…味付けの好みや飲酒の量など、少々の愚かな行為をする権利を認め合う⑤健忘力…嫌なことはすぐに忘れる。二人で生きる時間は長いようで短いのだから。
 その上で、「良好な夫婦関係の要は『相手への尊敬心』」とも語っている。
 ごはんを食べる。清潔な服を着る。お風呂に入る。当たり前の日常は、家事や育児、仕事に奮闘する妻や夫がいてこそ訪れる。「ありがとう」「これからもよろしく」――感謝の気持ちを伝え、互いの労をねぎらう機会としたい。きょうは「いい夫婦の日」。

◆きょうの発心 四条金吾殿御返事 師匠に連なり、苦難を乗り越え 2019年11月22日

御文 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ・編880ページ)
通解 苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。

 題目を唱えられること自体が幸福であると教えられています。
 私の原点は、1982年(昭和57年)3月の関西青年平和文化祭です。当時、私が入会に導いた、3人の友人と共に参加。青年に対する、池田先生の大きな期待に感動し、広布後継を誓いました。
 結婚後、兄の心の病、両親の他界など苦難が続きました。先生に手紙を認めるたびに、先生から頂く励ましが希望の光源に。同志の皆さまにも支えられ、義父母への弘教も実りました。
 3人の子どもが反抗期を迎えた頃は、身が裂かれるような思いに駆られながらも、真剣に祈りました。“この子たちこそ、先生の弟子なんだ”と尊敬の心が湧き上がると、“子どもたちを必ず広布の人材に”と、祈りに変化が。すると、子どもたちは自ら会合に参加するようになり、今では全員が広布の最前線を走っています。これまで激励した方々が師に連なり、困難に立ち向かう姿に触れ、人の持つ強さに感動が込み上げてきます。明「前進・人材の年」へ、自身の殻を破り、学研太陽県の皆さまと共に広布の歴史を築く決心です。
大阪・学研太陽県婦人部長 北村朋子


【聖教ニュース】

◆「創価学会 世界聖教会館」に展示室がオープン 原田会長が出席しテープカット2019年11月22日


 東京・信濃町の「創価学会 世界聖教会館」1階の展示室が21日、晴れやかにオープン。原田会長、谷川主任副会長、聖教新聞社の原田代表理事、青年部の代表が集い、テープカットが行われた。
 「生まれ変わったような、世界一の『創価城』『広宣城』をつくっていく。海外から来られた方々も、悠々と、ゆっくりできるような『本陣』を、一段と整備していくことを、固くお約束します」――池田大作先生の言葉のままに、会員第一の総本部としていくため、2020年に向けて記念事業が進んでいる。
 その中で、今月5日には周辺の施設案内などを行う「創価学会 総合案内センター」が誕生。16日に開館記念勤行会が行われた世界聖教会館には、展示室が設置された。
    
師弟の絆と本紙の歴史を紹介
 同会館の入り口にある「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には、先生の真情が記されている。
 「私は聖教新聞を主戦場として、創価の師弟の真実を永遠に刻み残す決意で、一人一人に励ましの手紙を綴る思いで、ペンの闘争に挑み抜いてきた」
 展示室では、この師の思いに迫る聖教の歴史や師弟の絆を映像・パネルを通して紹介。本社出版物を閲覧できる図書資料室も設置された。
 テープカットでは、谷川主任副会長が展示室と図書資料室の概要を説明した。
 本日から一般公開。ただし、混雑緩和のため、当面は「入場整理券制」とさせていただきます(整理券をお持ちの方のみ入館できます)。詳細については、各県・区を通じてお知らせします。

◆世界聖教会館の展示室・図書資料室を紹介

「池田先生とのきずな」をテーマにしたコーナーでは、先生の平和旅の様子や折々に撮影した写真を堪能できる
 「創価学会 世界聖教会館」1階に設置されている「展示室」と「図書資料室」。「聖教新聞を支える世界中の人と人がつながり、未来に向けた新たな『発見』と『共感』を創出するコミュニケーション・ラウンジ」とのコンセプトで企画され、映像やタッチパネル、本社の出版物を通して本紙の歴史や魅力などを伝える。ここでは、その一端を紹介する。
 
展示室――池田先生の写真紀行や無冠の友のコーナーも

カーブの壁面を利用した大迫力のスクリーンで、聖教の歴史などをまとめた映像を視聴できるシアタールーム
 「展示室」入り口の正面には、「言葉と、生きていく。聖教新聞」との文字が掲げられている。
 
 そのキャッチコピーのままに、本紙は「一本の見出し」「記事の一節」に魂を込め、読者に勇気と希望を届ける“生きた言葉”を紡いできた。その先頭に立ち、激務の合間を縫って渾身のペンを執り続けてきたのが池田先生である。
 入り口の右手前にあるシアタールームでは、そうした先生の執筆闘争をはじめ、“師弟の語らい”から生まれた聖教新聞の淵源から世界への広がりまでをまとめた特別映像を、カーブの壁面を利用した左右8メートルの大型スクリーンで視聴できる。
タッチパネル操作のモニターでは、“聖教が伝えた主な出来事”として代表的な30紙面を閲覧できる
 また、タッチパネルで操作可能な大画面モニターを2台設置。「聖教新聞が伝えたおもなできごと」と題し、創刊号(1951年4月20日)や、池田先生の第3代会長就任式(60年5月3日)、小説『人間革命』の連載開始(65年1月1日)など、当時の新聞の質感を残した紙面をデジタルで閲覧できる。

配達員である「無冠の友」を顕彰するコーナー。池田先生がしたためた揮毫等も展示されている
 さらに、別のモニターでは、先生が広布の平和旅で訪れた海外54カ国・地域での一こまや、先生が折々に撮影した“写真紀行”をタッチパネル画面で選択し、自由に見ることができる。
 展示室の最後は、配達員「無冠の友」の功労を顕彰するコーナーである。池田先生が95年の新春に無冠の友に贈った言葉をパノラマ形式で展示し、その中央のモニターでは、先生のスピーチなどを紹介する特別映像を上映。先生が無冠の友に贈った詩や和歌も展示されている。
昇りゆく旭日に照らされ金色に輝く「創価学会 世界聖教会館」。その正面を東天に向けて、そびえ立つ
 この展示室は、“人々をつなぎ、「未来への求心力」「さらなる躍進への原動力」を生み出す場”との位置付けで開設された。
 世界聖教会館で創価の師弟の言論闘争を学び、新たな誓いの一歩を踏みだす契機としたい。
 
当面は入場整理券制
 本日から一般公開。ただし、混雑緩和のため、当面は「入場整理券制」とさせていただきます(整理券をお持ちの方のみ入館できます)。詳細については、各県・区を通じてお知らせします。
 
図書資料室――デジタル書籍ほか姉妹紙誌も常設

本社の出版物が自由に閲覧できる「図書資料室」。明るく居心地の良い空間で、友との笑顔の語らいが弾む
 世界聖教会館のエントランスに入ると、左前方に見えるのが「図書資料室」である。
 ここには、池田先生が執筆した小説『人間革命』『新・人間革命』をはじめ、先生の教学著作や世界の識者との対談集、本社刊行の書籍など、約750冊の図書が並ぶ。

タブレット端末で、本社刊行の電子書籍の閲覧が可能。いつでも、どこでも読める電子書籍の手軽さを実感できる
 また、タブレット端末で本社の電子書籍が閲覧できるほか、人間主義の哲学を広げる各国の姉妹紙・誌、海外の出版物を手に取って読むこともできる。

 さらに、大きな反響を呼んでいる聖教新聞の最新のテレビCMも視聴可能である。

アメリカの「ワールド・トリビューン」や韓国の「和光新聞」など、世界広布の推進力となっている各国の姉妹紙・誌も充実
 池田先生ご夫妻は9月28日、図書資料室を訪問した折、このCMなどを丹念に観賞しながら、さらなる機関紙の発展に思いをはせた。池田先生がこの時の模様をつづった随筆を拡大したパネルも置かれている。
 図書資料室は、来館者が世界中に希望と勇気を送る“人間の機関紙”の発展を身近に感じながら、和やかに語らいの花を咲かせゆく広場となろう。

◆ポーランドの国立民族合唱舞踊団「シロンスク」が池田先生にメセナ・シレジア賞

「シロンスク」のチェルニャク団長(右から3人目)から民音最高顧問の原田会長に「メセナ・シレジア賞」の証書とブロンズ像が手渡された

 日本とポーランド共和国の国交樹立100周年を祝賀する「ポーランド国立民族合唱舞踊団『シロンスク』」の最終公演が20日、東京・中野サンプラザホールで行われた。

 終演後に同ホールで行われた式典で、同舞踊団から民音創立者・池田先生に、「シロンスク」の最高栄誉賞である「メセナ・シレジア」賞が授与された。
 これはポーランドの音楽文化の普及を通じた、次世代に続く友好促進への貢献をたたえたものである。「メセナ・シレジア」賞の証書(右)とブロンズ像

「メセナ・シレジア」賞の証書(右)とブロンズ像

 同舞踊団は、同国文化・国家遺産省とポーランド・シロンスク県が共同で運営する文化団体で、これまで世界44カ国以上で、7000回を超える公演を行ってきた。今回の日本ツアーでは、全国各地で30公演を開催。掉尾を飾る中野サンプラザホールでの公演には、19カ国の大使・大使館関係者が訪れた。
 授与式では、パヴェウ・ミレフスキ次期駐日ポーランド大使に続き、同舞踊団のズビグニェフ・チェルニャク団長があいさつ。団長は、民音のサポートで全公演を大成功で終えられた感謝を述べ、民音創立者が目指す文化交流の一翼を担えたことを誇りに思うと語った。
 その後、証書とブロンズ像が民音最高顧問である原田会長に手渡されると、万雷の拍手が響いた。
 民音の伊藤代表理事が謝辞に立ち、公演への反響を紹介しつつ、相互理解を広げる文化交流にいっそう尽力していきたいと語った。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈ライフスタイル〉 大学院で学びながら バイオベンチャーを起業

 大学進学で故郷を離れ、久しぶりに帰省すると、地元が閑散としている――。この状況に寂しさを覚えた古賀碧さんは、大学生の時に地方創生事業に着手。

 

 

2019年11月21日 (木)

2019年11月21日(木)の聖教

2019年11月21日(木)の聖教

◆わが友に贈る

 明年のスタートは
 本年の総仕上げから。
 異体同心の合言葉は
 皆が前進! 皆が人材!
 さあ先駆の第一歩を!

◆名字の言

ワールド・ボクシング・スーパーシリーズで、バンタム級王者になった井上尚弥選手。プロでは19戦19勝(16KO)と無敗を誇る。この強さの秘密は、かつて“敗戦”と向き合ったことにあった▼アマチュア時代の彼は81戦75勝で「6敗」。その敗戦の一つが、18歳の時のロンドン五輪アジア予選である。格上相手とはいえ、自身のスタミナ切れは明白だった▼強くなりたい――考え抜いた末、「やらされている練習では勝てない」と思い至った。以来、練習はもちろん、日常生活でも意識を高く持ち続けるよう心掛けた。「意識しているものが、やがて自分の長所になる」。テレビを見る時なども、広げたタオルを足の指でたぐり寄せる訓練を続けた。そうした積み重ねから、爆発的な高速ステップが生まれた(『勝ちスイッチ』秀和システム)▼同じ行動でも、ただ漫然と行うのか、意識を持って主体的に取り組むのか。小さなことでも日々、積み重ねることで確かな成果が生まれる▼御書に「受くるは・やすく持つはかたし」(1136ページ)と。持続の信心の大切さとともに、「受くる」という受動的な姿勢から、「持つ」という主体的な生き方への転換を促されたとも拝せよう。皆が広布の主役として、自身の目標を勝ち取り、創立の月を飾ろう。(誼)

◆寸鉄

私の後に必ず青年が続く
―先師。192カ国に後継の
陣列。三代の偉業は燦然
     ◇
御書「我が弟子等・大願を
をこせ」。さあ創立の月
から決意新たに広布開拓
     ◇
汝の尊厳と同じく他人の
尊厳を大切にせよ―詩人
人の振舞に仏法の真価も
     ◇
紛争なき未来へ挨拶から
絆結ぼう―世界ハロー・
デー。我らも今いる所で
     ◇
後絶たぬ詐欺被害。急か
す内容、うまい話は用心。
まず冷静に。周囲に相談

◆社説  情報通信技術(ICT)時代の心構え 劇的変化生かす創造的知性を

 「いつまでスマホやってるの?」。母親が怒ると、息子が反論。「英語の勉強だよ。ゲームもするけど、音楽を聴いたり、友だちとLINEしたり、本を読んだり、全部スマホでやっているんだ」。確かに中高年世代が子どもの頃は、同様のことを別々のモノで行っていた。そう考えると、スマホの“やり過ぎ”も内容別に見ていく視点が必要かもしれない。
 今、若者のスマホ依存は世界的な問題だが、良くも悪くも、スマホなど情報通信技術(ICT)と共に生きることが避けがたい時代となった。ゆえにその心構えについて考えたい。
 ICTの普及・進化は、私たちの暮らしを劇的に変えつつある。来年から本格稼働する高速大容量の第5世代(5G)移動通信システムは、全ての機器を通信でつなぐ「モノのインターネット(IoT)」化を促進し、自動運転車やドローン配送、遠隔診療といった近未来のサービスの実用化へ加速する。また人工知能(AI)を搭載した機器や「考える家電」が主流となり、さまざまな場面でAIが判断
し、人間の代わりに働く領域が広がっていくという。
 囲碁AIが世界最強棋士に完勝した2017年以来、“いよいよ、ドラえもんのような汎用型ロボットができるのでは”との夢が膨らんだ。そして2045年にAIが人間の知能を超えるというシンギュラリティー(技術的特異点)仮説が、まことしやかに語られるように。AIブームの加熱は時に人間を矮小化し、小ばかにするような論調さえ生んでいる。
 だが、本当にそうか。コンピューターの中では情報を示す記号と意味が結び付いていない。これは「記号接地問題」と呼ばれ、研究者も「AIの根本的難題」と指摘する。「犬」という文字が動物の「犬」を意味するといった小学生でも分かる簡単な認識が、実はAIは苦手なのだ。
 あらためて人間はさまざまな事象に意味を与え、意味を見いだせる尊い存在であることに気付く。AIはあくまで人が使うものであって、AIに使われては本末転倒。だからこそ日常生活の中で、何のためかを考える目的意識と、受け身ではない主体的な行動力が大切となろう。
 池田先生は「AIの進展が加速する現代だからこそ、若き創価の世界市民は、一切を人間の幸福と社会の繁栄、そして人類の平和のために生かし、リードしていく創造的知性を、いやまして鋭くたくましく、磨き鍛え上げていっていただきたい」と青年に期待を寄せる。
 一切の先端技術は、平和・文化・教育のために生かす。使いこなす。絶対に悪用させない。仏法の人間主義に根差した力強い信念でICT時代に対応したい。

◆きょうの発心 諸法実相抄 同志と共に仏法対話の拡大へ 2019年11月21日

御文 行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ・編550ページ)
通解 行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

 信心根本に「行学の二道」にまい進することが、仏道修行の根幹であるとの仰せです。
 学会2世として育った私は、高校1年の時、学会の素晴らしさと池田先生の偉大さを学ぼうと、第1回関西青年平和文化祭に音楽隊として出場。初めて池田先生にお会いしました。
 当日に向けての練習や、教学研さん、学業など、全てをやり遂げた達成感が信心の喜びとなり、“生涯、学会員として生きよう”と誓った原点です。
 学生時代は京都で、社会人になってからは大阪に戻って学会活動に全力を注ぎました。使命の職場で働いて30年目の昨年、転勤で香川へ。清新な決意を抱き、信心を磨く好機になりました。
 四国の同志が「さんふらわあ7」号で師のもとにはせ参じた、広布史に輝く佳節から明年で40年。同志とスクラムを固く組み、仏法対話の輪を大きく広げていきます。
香川池田本陣県長 壬生勝利


【聖教ニュース】

◆〈ライフいま 不況の波を越えて 2019年11月21日ウオッチ――人生100年時代の幸福論〉 “就職氷河期”世代の
苦闘の数だけ強くなれる。経験が輝く

「負けるわけにはいかないと、彼らが勇気をくれました」。加藤さん(左から2人目)が、固い絆で結ばれた男子部の後輩たちと(長野・松本市内で)

 あらゆる世代が「人生100年時代」を幸せに生きるための知恵を探る「ライフウオッチ」。今回は、30代で職場の経営危機と倒産に直面し、2度の転職を重ねた、長野・松本市に暮らす“就職氷河期”世代の友を取材した。(記事=木﨑哲郎)
 コンビニで買った夜食を手に、倒れ込むように帰宅した深夜。悔し涙があふれる。
 
“なんで、またこんな目に?”

 2013年春、当時34歳だった加藤雅也さんは、数年前から働く会社の経営難に直面し、人生2度目の転職を考えていた。
 時を同じくして、本紙で小説『新・人間革命』第26巻「奮迅」の章の連載がスタート。そこには、主人公・山本伸一が、信越の男子部員を励ますシーンがあった。
 「諸君の人生は長い。決して焦ってはならない。焦って、地道な努力を怠れば、必ず、どこかで行き詰まってしまう。人生の勝負は、五年や十年で決まるものではありません。一生で判断すべきです」
 社会人となり約10年。加藤さんは、“ともかく負けまい”と自分に言い聞かせた。「小説を読んで、人生は“長いスパン(時間の幅)”で見なくちゃいけない。まだまだ、これからなんだと、勇気をもらいました」

働けど報われない 

 加藤さんが大学を出た2001年は、求人倍率1・09%という就職氷河期。京都出身でもあり、当初は関西の企業への就職を望んでいた。だが不況により募集人員は限られ、いくつもの会社にエントリー用紙を郵送したが、ほとんど返事がない。
 「何かしらの職に」と、卒業前の秋に滑り込むように内定を得たのが、加藤さんの通う大学があった長野・松本市の電機メーカー。「賃金が低く、将来が不安でした。30代になっても、ほとんど貯金がありませんでした」
 2008年にリーマン・ショックが起こると、翌年、会社が経営難に陥る。加藤さんは、再建のために不眠不休で奔走した。心身が悲鳴を上げるまで働いたが、会社はもたなかった。
 悪化する景気動向下での転職活動は困難を極めた。転職エージェントからのメールも、ピタリと途切れた。企業に連絡しても、「求人はしていません」と相手にされない。
 ようやく採用が決まった精密機器メーカーも、すでに経営に陰りがあった。1年足らずで希望退職の募集が始まり、後に整理解雇が行われた。社員は3分の1に減り、加藤さんは、またもや会社再建の業務を担うことに。
 やがて一時帰休制度で週休4日となり、賞与が消え、収入は大幅にダウン。転職エージェントからは、「とにかく嵐が過ぎ去るのを待ちましょう」と。結局、この二つ目の会社も、わずか3年で退職することになる。
 働けど働けど、報われない。一体、自分の将来はどうなるのか。結婚はおろか、翌月の生活すら思い描けない。「奮迅」の章が連載されたのは、まさに苦悩の渦中だった。

“決勝点”を見つめ 

 小説『新・人間革命』起稿の地・長野では、長年、「創価信濃大学校」の名で、各部で同小説の学習運動を進めている。当時、男子部の圏書記長だった加藤さんも、再度の転職に挑みながら、メンバーと共に研さんを深めていた。
 後輩の一人に、中学を卒業後、仕事に就けず、ふさぎ込みがちな男子部員がいた。加藤さんが「実は今、僕もね」と近況を語ると、少しずつ心を開いてくれた。「働きたいけど、一歩が踏み出せないんです……」
 やがて加藤さんは、「一緒に頑張ってみよう」と後輩を車に乗せ、共に就労支援所へ通うように。彼が、あれこれと希望する職種を教えてくれるようになった時、ふと「苦労は宝」だと思った。「仕事の悩みが、彼との絆を強めてくれた。ありがたいな、と」
 その後、後輩は人生初の定職を得る。人のことなのに、涙が出るほどうれしかった。
 またこの頃、加藤さんのことを、よく気に掛けてくれる壮年部の先輩がいた。水産関係の自営業を営むその人は、さまざまな仕事の苦労を話してくれた。取引先から突然、契約の打ち切りを伝えられたが、何度も誠実に交渉する中で、新たな活路が開けたこともあったという。
 常々、先輩は言った。「仕事の悩みが、自分を強くしてくれる。苦労が大きい分、大きく道を開いていけるのが、この信仰だよ」
 加藤さんは、「自分も、仕事での挑戦を“土台”にして、強くなりたい」と思えた。
 日々、学会の先輩や後輩と関わり、触発を受ける中で、加藤さんは、今まで以上の覚悟で転職活動に臨むことができた。
 そして、「奮迅」の章の連載が終了した2013年7月、現在の勤務先である商社から内定を得る。「貴重な経験をお持ちですね」と、2度の会社の経営難、再建への職務経歴が買われての新出発となった。
 2年前には、縁あって結婚。家族を支えるためにスキルアップをと、昨年は宅地建物取引士などの国家資格を取得し、英語の勉強にも力を注ぎ始めている。
 学会では今秋、男子部から壮年部に進出した。「41歳。いよいよ、これからです」
                                                                     ◇ 
 加藤さんが赤い線を引き、何度も読み返してきた「奮迅」の章――。信越男子部への激励の場面で、山本伸一は、「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(富田砕花訳)との、アメリカの詩人ホイットマンの詩を引用。続けて、こう訴える。
 「悪戦苦闘は、われらにとって、避けがたき宿命的なものです。しかし、決められた決勝点、すなわち、われらの目的である広宣流布、また、一生成仏、人間完成、福運に満ちた勝利の実証を示すという、人生の決勝点は取り消すことはできない」
 そして同章には、こうも記されている。「悪戦を経た数だけが、自身の経験の輝きとなる。苦闘の数だけが力の蓄積となる」と。
 ならば、わが人生の“決勝点”に到達する直道は、苦難のど真ん中を進むことであろう。加藤さんは決意する。「何があっても、試練に挑み立っていける自分。目標に向かって努力できる自分。そこを目指したい。悪戦を経て、多くのメンバーに励ましを送れるようになることが、人生の財産だと思っています」
 100年時代を生きる自身の“決勝点”へ――加藤さんの目は、「今」の先にある「未来」を見据えている。

【特集記事・信仰体験など】

◆箱根に挑む創大駅伝部 榎木監督が目指す「代表型」から「全員型」への転換  創価大学 箱根駅伝への道(下)

 創価大学駅伝部は、第96回箱根駅伝の本戦(明年1月2日、3日)に向けて、順調に調整を続けている。本年2月に就任した榎木和貴監督のもと、どのようなチームづくりが進められているのだろうか。(㊤は12日付3面に掲載)

競争――予選会後に生まれた意識
 11月1日夕刻、練習拠点である八王子市の創価大学池田記念グラウンドを訪ねた。
 この日の練習メニューは、400メートル×12本のインターバル走。不完全回復を挟みながら運動を繰り返すトレーニング法である。緩急を交互に取り入れることで、心肺機能や脚筋力の強化、フォームの改善等に効果的だという。
 「63、64、65秒……」
 ストップウオッチを手にした、マネジャーの声がグラウンドに響く。
 「リラックス、肩の力を抜いて」
 瀬上雄然総監督、榎木和貴監督、久保田満コーチは、選手たちのフォームや息づかい、表情などを確認しながら、適宜、声を掛けていく。
 瀬上総監督は「本戦が決まり、予選会を走れなかったメンバーの目の色も変わりました。チーム内には、良い競争意識が生まれています」と言う。

対話――考える習慣を身に付ける
 練習を終えた選手一人一人に、榎木監督が尋ねる。
 「どう?」
 週末にハーフマラソンを控えた選手は「最初は足が重かったです」と。監督は「足が重くても、体が自然と動く状態をつくっていきたい。まずは、64分台で走るイメージをしっかり持とう」と応える。
 「どう?」
 「足の動きがついてこなかったです」と語る故障明けの4年生に対しては、「焦らなくていいよ。集団の力をうまく使いながら、箱根に照準を合わせ、足をつくっていこう」と励ます。

 「どう?」
 予選会を力走したばかりの選手は「太ももの張りは残っていますが、疲労はだいぶ抜けてきました」と。監督は「今は無理をせず、疲労回復に意識を」と諭した。
 榎木監督の声掛けは、常に「どう?」から始まる。「就任当初は、問い掛けても、言葉が詰まる選手が多かったです。いざレースになれば、自分で考えて、判断しなければならない。選手が『考える習慣』を身に付けられるよう、意識してきました」
 何のための練習か。課題は何か。どうすれば改善できるか。一回一回の練習には、監督と選手たちとの“対話”があった。
 対話は理解を増進する――榎木監督の指導指針の一つである。

覚悟――何としても箱根へ
 榎木監督が誕生したのは本年2月1日。
 「選手たちの目がギラギラしていたというか、箱根への強い思いを感じました」
 榎木監督は宮崎県出身。地元・小林高校時代は3年連続で全国高校駅伝(都大路)に出場した。中央大学に進学後、箱根駅伝で4年連続の区間賞を獲得。3年次には同大学の総合優勝に貢献した。卒業後は、名門・旭化成陸上競技部に所属し、別府大分毎日マラソンで優勝。引退後は、トヨタ紡織陸上競技部の監督などを務めた。
 「実は、監督を引き受けるべきか、悩みました。まだまだ、自分の指導スキルが足りないと実感していたからです。でも、創価大学関係者から“何としても箱根に行きたい”という強い気持ちが伝わってきました。ですから、私なりに“覚悟”を決めて、ここに来ました」
 創価大学キャンパス近くに単身赴任し、指導に当たっている。

継続――選手の良さを引き出す声掛け
 就任後、榎木監督は瀬上総監督、久保田コーチ、渡部啓太コーチと共に、チームの課題を分析した。前年までの予選会データなどから、全選手の「15キロ以降の失速」は明らかだった。
 まずは長距離走の基本となる“足をつくる”ために、月間走行距離「750キロ」の継続を求めた。榎木監督自身も毎朝、選手と一緒にランニングしながら、コミュニケーションの量を増やした。そして現役時代の「成功と失敗」から導き出した、練習メニューを、一人一人に示した。
 榎木監督と同じく旭化成陸上競技部出身の久保田コーチは「練習メニューには説得力があり、選手の意欲が高まりました。チームに“変わらなければならない”との自覚が生まれました」と語る。
 榎木監督は、実業団で得た知見を生かしながらも、創価大学にふさわしい指導スタイルを探った。「学生第一」の教育理念を踏まえ、“どうすれば学生の能力を引き出せるか”を考えてきた。その中で、たとえ練習をこなせなかった選手に対しても、マイナスの発言は避けた。「実業団はある程度、知識を持った選手たちの集まりです。一方で、学生は皆、まだまだ伸びしろが大きいし、学びたいという姿勢もある。だから否定ではなく、選手の良さを引き出していくことが強化につながると思いました」
 何事も継続するためには、モチベーションの維持が欠かせない。プラスの声掛けによって、選手の意欲は高まり、練習の質も上がった。予選会で力を発揮した選手たちが口を揃えたのは「練習通り」という言葉だった。
 「練習とレースを結び付けることが私の役目です。レースで証明されることが一番の自信になります。この繰り返しです」(榎木監督)

大波――チームを支える「マネジャー改革」
 本年、チームを陰で支える「マネジャー改革」も進んでいた。マネジャー10人を統括する吉田泰樹主務(4年)は、築舘陽介主将(同)らと、チームのビジョンを語り合ってきた。そして、主務の立場で、箱根駅伝出場校にふさわしい「マネジャー像」を考え、行動を起こしてきた。
 その一つが、“部内新聞”である「駅伝新報」の発行だった。
 吉田主務が記事の出稿やレイアウト制作など全ての編集を担う。この1年間で、発行回数は、すでに「19号」となった。
 トップの記事には、直近の記録会等で活躍した選手を紹介。「主務の部屋」と題したコラム記事もある。「選手によって出場する記録会は異なります。これまでは“誰が、どのような走りをしたか”が、チームで共有されていなかったんです」

 “もっと競争意識を高めたい”――吉田主務はそんな思いで、ペンを走らせる。
 「ただタイムだけを掲載しても、誰も見ません(笑い)。“どうすれば、読まれるか”を考え、ユーモアも交えています」
 選手たちからは大好評で、チームの活性化に大きく寄与している。
 吉田主務の座右の銘は「常に一歩先へ」。二つ上の尊敬する主務の先輩から学んできたことである。
 本年からは「マネジャーミーティング」を定期的に開催。業務の確認や役割分担はもとより、マネジャーの視点から選手の状況などをスタッフと共有している。
 吉田主務は語る。「今年に入り、選手、スタッフ、そしてマネジャーのそれぞれから新しい波が起きました。その波が今、うまく混じり合い、大波になってきたと感じます。このチーム力が、今年の強さです」

熾烈――12月10日にエントリー発表
 「メンバー争い熾烈化」――今月18日発行の「駅伝新報」最新号(19号)の大見出しである。2人の活躍が紹介されていた。
 原富慶季選手(3年)が「上尾シティハーフマラソン」(17日)で63分台入り。原富選手は故障の影響で、予選会を走れなかったが、目標を見失わず、こつこつと努力を重ね、自己記録を1分以上更新した。
 また、福田悠一選手(同)が「日本体育大学長距離競技会」の5000メートル(同日)で14分の壁を破り、13分台に。予選会でも安定した走りを見せた福田選手の好調ぶりが、報じられていた。
 チームは今、上向きだ。「国士舘大学競技会」(3日)や「世田谷246ハーフマラソン」(10日)でも自己記録が続々と更新されている。予選会に出走できなかったメンバーの活躍も頼もしい。
 同号の「主務の部屋」には、こうつづられていた。「箱根本戦が決まり、メンバー争いが熾烈だ。切磋琢磨しあい、チームの状態はどんどん上がってきている」
 エントリーメンバーの発表は12月10日。チーム内の競争は、これからも続く。
 今、大学駅伝を勝ち抜くチームに共通するのは選手層の厚さだ。レースのたびに、新しい選手が躍り出てくるチームは強い。
 レギュラーが固定された「代表型」ではなく、皆が力を発揮する「全員型」へ――2020年1月2日、3日、創価大学は、チーム全員の力を結集し、大舞台に挑む。

 大好評のドキュメンタリームービー「創価大学 箱根駅伝への道」。選手、スタッフの箱根路に懸ける思いをご覧ください。


◆〈座談会〉 妙法と共に広布の大誓願を貫く―― 創価の師弟の祈りは必ず成就

〈出席者〉 原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、志賀青年部長、大串女子部長

 大串 「11・18」創立記念日を祝賀する本部幹部会が盛大に開催されました。
 
 永石 朝方までの冷たい雨を吹き飛ばす大晴天の中、創立90周年の明「前進・人材の年」へ新たな決意で晴れ晴れと出発することができました。
 
 志賀 聖教電子版では、本部幹部会の模様をその日のうちに配信。65カ国・地域から集い合った同志の喜びに満ちた表情、会合の様子が世界中へと発信されました。
 
 大串 現在、聖教電子版には世界の201カ国・地域からアクセスがあるそうですね。まさに広宣流布は世界同時進行です。
 
 長谷川 創価の父、牧口常三郎先生の殉教から満75年の11月18日。私たちは、自らの師弟誓願の成就へ向け強盛に祈り、行動していきたい。
 
 原田 池田先生は本部幹部会のメッセージの中で、「よき師と・よき檀那(よき弟子)と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり」(御書550ページ)との御文を通して、「妙法と共に広布の大誓願を貫く創価の師弟に、成就できない祈りはありません」と述べ、異体同心の団結でいよいよの大前進をと呼び掛けてくださいました。
 
 長谷川 次なる目標は、先生の第3代会長就任60周年となる「2020年5月3日」です。
 
 原田 合言葉は「皆が前進!」「皆が人材!」です。一人一人が弘教拡大に挑戦するとともに、真心の励ましに徹し抜き、わが地域に盤石の人材の大城を築いてまいりましょう。


創立記念日を「私の勝利」「私の人間革命」で飾り、世界中から本部幹部会に集い合

った友。異体同心のスクラムで限りなき前進を誓う(11月18日、東京戸田記念講
堂で)

「無冠の友」の健康・無事故を祈念
 永石 この秋、世界聖教会館のオープンを未曽有の聖教新聞の拡大でお祝いしようと、全国の同志の皆さまが懸命に取り組んでくださいました。
 
 原田 部数の大幅な拡大を果たすことができました。本当にありがとうございます。聖教新聞という“幸の便り”を地域の一軒一軒に届けてくださっているのが、尊き無冠の友の皆さまに他なりません。
 
 長谷川 いよいよ寒さが厳しい季節になります。降雪や、路面の凍結も発生します。具体的な工夫をしながら、絶対無事故の配達に努めていただきたいと思います。
 
 志賀 今、各地で配達員の皆さまが無事故を啓発し合う、支部ヒヤリハット配達員会が行われています。
 
 永石 配達員会ではVODを視聴します。そのうち、新作番組「さあ、冬の準備を始めましょう!」では、専門家の解説を交え、冬場の配達の注意点などについて確認しています。
 
 長谷川 配達の前日には、翌朝の天気、最低気温等の予報をチェックすることが大切です。降雪や路面凍結などに備えることができます。
 
 大串 配達の前の準備運動も推奨しています。簡単な運動でも、こわばった筋肉がほぐれ、「これから寒い外に出るんだ」という切り替えにもなるそうです。
 
 永石 配達員のための交通安全パンフレットには、取り外して掲示できる「冬の無事故配達5カ条」も付いていますね。「滑りやすい場所に注意」「安全最優先! 配達に集中!」など具体的なポイントについて記載しています。配達前の確認に、活用してください。
 
 長谷川 「慌てず」「油断せず」「無理をせず」を心掛け、体調が悪い時、天候不順の時などは決して無理せず、無事故第一の配達に努めるようお願いします。
 
 原田 日々、聖教新聞を届ける一歩一歩が、わが地域に学会理解の輪を広げる尊き行動です。全国各地で、真心の献身を続けてくださっている「無冠の友」の皆さま、そして、ご家族の健康・無事故を真剣に祈念してまいりたい。

公明党が結党55年
 大串 私たちが支援する公明党が、去る11月17日、結党から55年を迎えました。
 
 原田 結党当時、日本の政界は左右の勢力が不毛な対立に明け暮れ、“国民不在”の状況が続いていました。そうした中、公明党は創立者・池田先生が示された「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との立党精神を掲げ、庶民のための政治を推進していきました。
 
 志賀 当時の既成政党が目を向けなかった福祉などの分野で具体的政策を進めていったのが公明党です。

 原田 自民党の要請を受けて連立政権に参画してから20年。公明党は政治の安定と改革の要としての役割を果たしています。
 
 志賀 教育の分野でも、公明党の長年の主張が反映されています。
 
 永石 先月、消費税率引き上げに合わせて開始した幼児教育・保育の無償化も公明党のリードで実現。私立高校授業料の実質無償化も来年度から始まります。
 
 志賀 11月18日付の読売新聞の世論調査では、現内閣の政策で「評価できると思うもの」との質問に対し、一番多かった回答は、まさしく「子育て支援や教育の無償化」でした。
 
 永石 公明党の主張で実現した軽減税率についても、朝日新聞の調査で、約60%の人が「評価する」と回答しています。
 
 志賀 一橋大学教授の中北浩爾氏は、公明党の存在意義が「大衆とともに」との立党精神にあることを示し「庶民に力を与え、平等な社会をつくる役割を地道に果たしてきた」と述べています。
 
 長谷川 政治評論家の森田実氏も「(結党以来)公明党は少しもぶれることなく中道政治を貫き、日本の政治の安定に寄与してきました」と指摘。こうした評価はますます高まっています。
 
 原田 公明党の議員は立党精神を胸に刻み、国民の安心のため、日本と国際社会の安定のために、どんどん国民の声を政治に反映してもらいたい。


◆〈信仰体験〉93歳にとっての「前進」。それはシベリア抑留を語ること
「平和への思いを伝えることが私の前進です」

 【滋賀県野洲市】1947年(昭和22年)11月、ソ連のナホトカを出た引き揚げ船「信濃丸」が、京都の舞鶴港に帰港した。

 

2019年11月20日 (水)

2019年11月20日(水)の聖教

2019年11月20日(水)の聖教

◆わが友に贈る

 一日の命の尊さは
 全宇宙の財宝にも勝る。
 今日という日を悔いなく
 喜び勇んで生きよう!
 大情熱を燃やして!

◆名字の言

札幌の「大通公園」は元々、公園ではなかった。建設が計画されたのは1869年(明治2年)。今年で150年となる▼その名が示すように、最初は何もない大きな通りで、火事の延焼を防ぐための空き地として位置づけられていた。食料が不足した戦時中は、ジャガイモなどの菜園に。戦後は進駐軍に接収され、野球場やテニスコートに。雪捨て場となった時期もある▼皆で芝生や花壇を設け、人々の憩いの場に――今に続く「公園」へと整備が進んでいた頃、そのすぐそばの地を中心に、学会史に輝く広布拡大が進められた。1955年8月、池田先生の陣頭指揮で全国一の弘教を遂げた「札幌・夏の陣」だ▼先生は友が運転するスクーターの後ろに乗り、市内の座談会場を駆け巡った。走行中、小声で題目を唱える先生に、友は「運転は確かですから、ご安心ください」と。先生は「出会う人が、皆、仏法に縁できるよう祈っているんですよ」と応えた▼元々、誰も気にも留めなかった大通公園。ここを発着点に、東京五輪のマラソンと競歩が実施される方向で検討中だ。不屈の挑戦に、世界中がエールを送る平和の祭典。“世界が憧れる理想郷に”と祈り走ったあの夏から65年後の同じ夏、同じ天地で希望の号砲が鳴る。(鉄)

◆寸鉄

「金は大火にも焼けず」
御書。我らに黄金の信仰。
貫けば人生に恐れなし!
     ◇
宮城「県の日」。不屈の友
が励ましの対話を拡大。
新世紀の光は大東北から
     ◇
全国の「新聞長」に感謝。
社会に正義と希望広げる
言論の闘士。福徳は燦然
     ◇
例年より早く流感が流行
期に。手洗い・嗽を励行。
ワクチン接種で感染防げ
     ◇
国連「世界子どもの日」。
皆が未来の宝。創価家族
の温かな慈愛の中で育成


【先生のメッセージ】

◆連載〈世界広布の大道〉小説「新・人間革命」に学ぶ 第13巻 御書編  

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第13巻の「御書編」。小説で引用された御書、コラム「ここにフォーカス」を紹介する。

師弟を結ぶのは“戦う心”
御文
 御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり
 (御書1316ページ、千日尼御前御返事)
通解
 あなたの身は佐渡の国にいらっしゃっても、心はこの国(身延)に来ているのです。

小説の場面から


 <1968年(昭和43年)9月、山本伸一は北海道の稚内へ。最北端の地で奮闘する同志に励ましを送る>

 稚内地域は、日本の最北端にあり、幹部の指導の手も、あまり入らぬところから、普段は、取り残されたような寂しさを感じながら、活動しているメンバーも少なくなかった。
 実は、伸一の指導の眼目は、その心の雲を破ることにあったといってよい。
 (中略)
 伸一は、「御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり」の御文から、こう訴えた。
 「佐渡という山海を遠く隔てた地にあっても、強い求道心の千日尼の一念は、大聖人と共にあった。地理的な距離と、精神の距離とは、全く別です。
 どんなに遠く離れた地にあっても、自分がいる限り、ここを絶対に広宣流布してみせる、人びとを幸福にしてみせると決意し、堂々と戦いゆく人は、心は大聖人と共にあります。
 また、それが、学会精神であり、本部に直結した信心といえます。
 反対に、東京に住んでいようが、あるいは、学会本部にいようが、革命精神を失い、戦いを忘れるならば、精神は最も遠く離れています。
 私も真剣です。
 広布に燃える稚内の皆さんとは、同じ心で、最も強く結ばれています」
 (「北斗」の章、149~150ページ)

魔を人間革命への飛躍台に
御文
 我を損ずる国主等をば最初に之を導かん
 (御書509ページ、顕仏未来記)
通解
 自分を迫害する国主等を最初に化導してあげよう。

小説の場面から


 <山本伸一は、学会に対する迫害が続く奄美大島へ向かう派遣幹部に、“魔”の本質について語る>

 「人間は、魔の働きをすることもあれば、諸天善神の働きをすることもあります。
 また、一つの現象が魔となるのか、人間革命への飛躍台になるのかは、自分の一念の問題です。
 大弾圧が起こっても、御書の仰せ通りであると確信を深め、歓喜する人もいる。逆に、功徳を受け、生活が豊かになったことで、真剣に信心に励まなくなる人もいる。
 さらに、戸田先生の時代から、師匠の厳愛の指導に怨嫉し、反逆していく者もいました。結局、外の世界のすべての現象は、魔が生ずる契機にすぎず、魔は己心に宿っているんです」
 (中略)
 伸一は、彼方を仰ぐように、目を細めて言った。(中略)
 「大聖人は『我を損ずる国主等をば最初に之を導かん』と仰せです。自分を迫害した権力者たちを、最初に救おうという、この御境涯に連なれるかどうかです。(中略)
 奄美の同志も、その考えに立って、人びとを大きく包容し、皆の幸福を願いながら、仲良く進んでいってほしいんです。
 奄美のこれからの戦いとは、信頼を勝ち取ることです。そのための武器は誠実な対話です。さらに、社会にあって一人ひとりが、粘り強く社会貢献の実証を示していくことです」
 (「光城」の章、242~243ページ)
ここにフォーカス/五つの段階
 「光城」の章で、インドの独立運動の指導者マハトマ・ガンジーが語った、立派な運動が経る五つの段階が示されています。①無関心②嘲笑③非難④抑圧⑤尊敬です。
 ガンジーはさらに、抑圧から尊敬へと至る秘訣を、「誠実」と述べています。
 同章では、1967年(昭和42年)に奄美大島の村で起こった、学会への迫害の歴史が記されています。
 村の有力者らによって、学会員は村八分にされ、学会撲滅を叫ぶデモまで行われます。公明党が躍進したことで、支援団体である学会を敵視したのです。
 山本伸一は、弾圧の要因について、“学会の真実を知らないがゆえの誤解”と結論し、「憎み合うことは、決して信仰者の本義ではありません。皆と仲良くすることが大切です」と伝言を託します。68年11月の奄美訪問では、「奄美を日本の広宣流布の理想郷に」と呼び掛けました。
 伸一の励ましを胸に、奄美の同志は、対話を重ね、地域貢献に取り組んでいきました。21世紀の今、奄美では信頼の輪が大きく広がっています。すべての居住世帯が、本紙を購読した集落も誕生しました。
 いかなる抑圧があろうと、誠実を貫いていくならば、必ず勝利の道は開かれる――奄美の同志の足跡は、広布史に不滅の光彩を放っています。
 【挿絵】内田健一郎 【題字のイラスト】間瀬健治

ここにフォーカス
五つの段階

 「光城」の章で、インドの独立運動の指導者マハトマ・ガンジーが語った、立派な運動が経る五つの段階が示されています。①無関心②嘲笑
ちょうしょう
③非難④抑圧⑤尊敬です。
 ガンジーはさらに、抑圧から尊敬へと至る秘訣を、「誠実」と述べています。
 同章では、1967年(昭和42年)に奄美大島の村で起こった、学会への迫害の歴史が記されています。
 村の有力者らによって、学会員は村八分にされ、学会撲滅を叫ぶデモまで行われます。公明党が躍進したことで、支援団体である学会を敵視したのです。
 山本伸一は、弾圧の要因について、“学会の真実を知らないがゆえの誤解”と結論し、「憎み合うことは、決して信仰者の本義ではありません。皆と仲良くすることが大切です」と伝言を託します。68年11月の奄美訪問では、「奄美を日本の広宣流布の理想郷に」と呼び掛けました。
 伸一の励ましを胸に、奄美の同志は、対話を重ね、地域貢献に取り組んでいきました。21世紀の今、奄美では信頼の輪が大きく広がっています。すべての居住世帯が、本紙を購読した集落も誕生しました。
 いかなる抑圧があろうと、誠実を貫いていくならば、必ず勝利の道は開かれる――奄美の同志の足跡は、広布史に不滅の光彩を放っています。

◆きょうの発心 唱題根本に苦難を乗り越える

御文 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや、鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解
 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。鬼子母神、十羅刹女は、法華経の題目を持つものを守護すると経文に見えている。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築けるとの慈愛の励ましです。
 3歳だった娘が、事故に遭って意識不明の重体に。突然のことに目の前が真っ暗になりました。
 かつて産んだ長女を、先天性の病で亡くしていたので、宿命の恐ろしさを思い知らされました。
 その時に、この一節を思い起こし、一家の宿命転換を祈り抜きました。
 翌朝、娘は奇跡的に意識を回復。医師も驚嘆し、信心の偉大さを体験しました。
 その後も、困難に直面しても、同志の皆さまと池田先生の慈愛に守られ、全て信心根本に乗り越えることができました。
 わが家も、広布の会場として使っていただき25年。感謝は尽きません。
 沖縄宮古県の同志は、先月の沖縄総会を勝利で荘厳し、大歓喜に満ちあふれています。
 これからも師と共に、青年を先頭に“世界で最初の広宣流布の地帯”へと大前進していきます。
沖縄宮古県婦人部総合長 平良恵子

【聖教ニュース】

◆あす池田先生の「人間革命の宗教」が発刊 御書講義12編を収録  2019年11月20日

 池田大作先生の『人間革命の宗教』が、あす発刊される。
 同書の「序――『人間革命の宗教』の大道」で、池田先生はつづっている。
 「どこまでも『人間のため』という原点を忘れてはならない。“人間を離れるな!”“生命に目覚めよ!”“民衆自身から始めよ!”――今、この根本に立ち返ることが、あらためて求められているのではないでしょうか」と。
 世界各地で頻発する紛争や経済格差など、人間を分断する力が渦巻く、混迷の現代社会。本書は、そのただ中にあって、「一人の人間」の変革により、世界の平和を可能にしゆく「人間革命」の法理を、仏法の深義から考察した一冊である。

あす発刊される池田先生の『人間革命の宗教』
 池田先生の御書講義「世界を照らす太陽の仏法」から、「人間革命の宗教」をテーマにした12編を収録。「松野殿御返事」「開目抄」「大白牛車書」「立正安国論」などの御文を拝して、「師子王の心」「誓願」「生死」「平和」等を巡る講義が、縦横無尽に展開される。
 「希望――創価の信仰は宿命を使命に転換」編では、「先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱっときへて」(御書1000ページ)等を拝し、宿命を使命に変える生き方に言及。
 「学会と共に、異体同心の同志と共に信心に励んでいくならば、越えられない『苦難の坂』など断じてありません」と励ましを送る。
 
 本社刊。1500円(税込み)。全国の書店で発売。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能です。


◆異体同心で新たな建設 原田会長が出席し指導会行う 各国・地域のリーダーを教師・准教師に任命 2019年11月20日

65カ国・地域の代表が参加して行われた「教師」「准教師」の任命式。「師弟の誓願」を胸に、異体同心で新たな出発を切った(金舞会館で)

 「教師」「准教師」の任命式が19日午後、東京・新宿区の金舞会館(創価文化センター内)で行われた。
 これには原田会長、大場SGI(創価学会インタナショナル)理事長をはじめ、SGI秋季研修会で来日中の65カ国・地域の代表280人が参加した。
 創価学会会憲第13条で、教師・准教師は「儀式行事を執行し、会員を指導し、世界広宣流布を推進する任に当たる模範のリーダー」とされ、「信仰経験、人格、識見、指導力、教学力ともに優れた会員」の中から会長が任命する、と定められている。
 席上、SGI常任理事会の推薦に基づき、原田会長が各国・地域の理事長ら57人を教師に、95人を准教師に任命。それぞれに「教師証」「准教師証」を授与した。
 続く指導会で、原田会長は、地域に根差した少人数の集いである「座談会」こそが、学会の発展の原動力であることを確認。世界広布の新たな建設へ、励ましの対話で希望の連帯を大きく広げていこうと呼び掛けた。


◆総県長会議での原田会長の指導(18日) 皆が前進! 全員で折伏に挑戦
 皆が人材! 訪問・激励に総力

 一、東日本の広範囲にわたって甚大な被害をもたらした台風19号をはじめ、この下半期は台風や豪雨が相次ぎました。被災された皆さまに、心からのお見舞いを申し上げます。また、これまで全力で激励に当たってくださった皆さま、青年部の“かたし隊”など復旧・復興に尽力してくださっている皆さまに、厚く御礼を申し上げます。
 私も神奈川・栃木・福島と、被災された方のもとへ足を運び、全力で激励させていただきました。そこには“必ずや信心で立ち上がり、断じて変毒為薬してみせる”と再起を誓う、崇高な姿が光っていました。これからも私たち創価家族は、一丸となって、一日も早い復旧・復興を、全力で祈ってまいりたい。
 
 一、一昨日(16日)には世界の同志と共に開館記念勤行会を晴れやかに開催し、師弟凱歌の大言論城である「創価学会 世界聖教会館」が威風も堂々と完成いたしました。大変におめでとうございます!(拍手)
 信濃町駅を降りてすぐの場所には、「総合案内センター」もオープンし、総本部に来館された方から、既に数多くの喜びの声をいただいています。
 世界聖教会館の完成を聖教新聞の拡大で祝賀しようと、全国が一丸となって取り組んでいただいた結果、近年まれに見る部数の拡大で、栄光の「11・18」を迎えることができました。改めて、全国の同志の大奮闘に、心より御礼申し上げます。
 本当に、ありがとうございました!(拍手)
 池田先生は、9月28日、10月19日と、2度にわたり世界聖教会館を訪問され、勤行・唱題してくださり、魂魄をとどめてくださいました。1階入り口に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には「立正安国と世界広布の大言論城たる此の地から、永久に師弟共戦の師子吼が放ちゆかれることを信ずるものである」と記してくださっています。
 私たちは、これまでの池田先生のペンの大闘争に心からの感謝をささげるとともに、先生がつくり上げてくださった聖教新聞をさらに発展させながら、世界広布をより前進させゆく師弟共戦の師子吼を轟かせてまいりたい。
 今、聖教新聞は大きく紙面が刷新され、内容も充実しています。聖教電子版もスタートし、「人間革命検索サービス」が開始されるとともに、「速報配信機能」も加わりました。
 聖教新聞を熟読するとともに、これらも大いに活用していきたいと思います。

絶対無事故の財務
 一、いよいよ今月28日からは、財務納金が始まります。御聖訓に「供養し給ういづれも・いづれも功徳に・ならざるはなし」(御書1098ページ)と仰せの通り、総本部が着々と整備され、創立90周年、さらには100周年へと、世界広布が勢いを増す中で、それを支える財務の功徳は計り知れません。
 世間では、架空請求のハガキやSNS・メールが届くなど、年々、詐欺事件が巧妙になっています。改めて確認すれば、振込用紙に記載された振込先が変わることはありませんし、財務を誰かが預かるようなことも決してありません。
 絶対無事故で、福徳あふれる財務となるよう真剣に祈りながら、本年の総仕上げを飾っていきたい。
 
 一、明年は池田先生の第3代会長就任60周年、そして学会創立90周年という輝かしい佳節であります。
 この佳節を、「皆が前進!」「皆が人材!」を合言葉に、池田門下の弟子が総力を挙げて、「折伏」と「人材」の拡大で祝賀してまいりたい。
 かつて池田先生は明確に語られました。
 「私は、戸田先生を守るために、命をかけて戦ってきた。ある時は先生の事業を再建するために。そして、先生の願業である広宣流布を実現するために。青年時代から折伏をやり抜いた。拡大の指揮を執ってきた」
 「人間、だれが一番、偉いのか。法のため、人のため、一生懸命に折伏をし、友の激励に歩く、その人が偉いのである」
 さまざまな悩みや苦しみと格闘しながら折伏に奔走する中に、真実の人間の輝きがあります。「学会は、永遠に折伏の団体である」「折伏をする人こそが一番、偉く尊い」。この根本指針を再確認し、皆で大きく拡大に打って出たい。
 本年は、上半期の全人脈への友好拡大、そして下半期の聖教拡大と、大きく仏縁を結び、種をまいていただきました。明年は、その種を、大切に育て続けながら、大きく花開かせていきたい。
 聖教新聞の紙面だけでなく、VOD番組も充実し、SOKAnetやインスタグラムもあります。そして、創価家族の温かな座談会、同志の素晴らしい体験こそが、学会理解を深めることは間違いありません。まして、世界広布を現実のものとされてきた折伏の師匠である池田先生と共に戦える今この時こそ、広布拡大の絶好機であります。
 池田先生が第3代会長に就任されて60周年となる「5・3」を、池田門下の弟子が一丸となって、折伏大前進の結果でお祝いしてまいりたい。「私が折伏に挑戦する」「私が折伏を実らせる」との決意で、本日より出発を切ってまいりましょう。
 
 一、明年は「折伏の前進」とともに、「人材の拡大」にも総力を挙げてまいりたい。
 先生はサーチライトで照らし出すように、励ましの光を送られてきました。まさに「皆が人材」との大確信で、真心の激励に徹してこそ、人材は育まれる。新しい人材が生まれなければ、広布の伸展もありません。
 昨年より「励まし週間」を設定し、訪問・激励の強化に取り組んできました。「人材の年」と銘打ったからこそ、明年は、これまで以上に「励まし週間」を充実させ、訪問・激励を強化してまいりたい。
 聖教新聞に好評連載の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は今月、第13巻を数えています。「励まし週間」スタートの際にも確認しましたが、第13巻「北斗」の章には「座談会を迎えるにあたっては、幹部が手分けをして、連絡、指導、激励にあたり、全員が参加できるように力を尽くしていくことが大事になります。座談会は、当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まってしまう」とあります。
 「励まし週間」は「座談会の週」や「本部幹部会・中継行事」の前に設定されています。人材拡大の一つの指標は「座談会・本幹中継の参加者が増えたかどうか」です。
 この点も踏まえ、私たちは改めて“リーダーの活動の眼目は一人と会うこと”“会合と個人指導の比率は2対8を目標に”の指針を実践していきたい。
 そして「創立90周年は、自分史上最高の訪問・激励ができた。その結果、盤石な人材の城が築けた」との歴史を、ともどもに打ち立てていきたい。

11・18から5・3へ
 一、創価大学駅伝部が3年ぶり3回目の箱根駅伝の本選出場を決め、1月2日、先生の92歳の誕生日をお祝いしてくれます。おめでとうございます!
 私たちも「折伏の前進」「人材の拡大」へ、勇んでスタートダッシュしてまいりたい。
 池田先生は、「世界を照らす太陽の仏法」の中で、「生命尊厳の人間主義を、世界中の人々がいやまして求めています」「創立90周年へ、前進、前進、また前進していこうではありませんか!」と力強く呼び掛けてくださいました。
 私自身、新たな決意で、新たな戦いを起こしてまいります。さあ、世界聖教会館完成の栄光燦たる「11・18」から、先生の会長就任60周年の「5・3」へ、「前進、前進、また前進」で、折伏の大波を起こしていこうではありませんか!(拍手)


【特集記事・信仰体験など】

◆信仰体験 20代のリアル ボクらのイマ。
 新卒2カ月半で仕事を辞めた俺  悩んで乗り越えるこの波も楽しい!

 <新山英雄さん(26)=東京都府中市、男子地区リーダー=が大学に入学すると、創価学会学生部の先輩が訪ねてくるようになった>
  
 “自分には必要ない”って、最初は断り続けました。親はバリバリ活動してるんで、“だから英雄もやるでしょ?”みたいな周りの空気が嫌だった。“イヤイヤオーラ”を出しまくってたんです。
 けど、先輩が懲りずに何回も来るので、仕方なく会合に顔を出すようになった。気が乗らないので、一番最後に行って一番最初に帰って(笑い)。

 <ある学生部の会合で、聖教新聞に掲載された小説『新・人間革命』を皆で読み合った時のこと……>
  
 感想を求められたんですけど、何もなかったので、とりあえず「挿絵が良かった」って言ったら、「その視点はなかったわ。すごいね!」って、参加してた同期のメンバーが言ったんですよ。
 テキトーに言ったのに、何でこんな前向きな言葉を掛けてくれるんだろうって、気持ちが揺れました。
 最後は先輩の、「“一緒に”頑張ろうよ!」って言葉にやられた(笑い)。
 学生部には友達もいたし、“自分一人じゃないなら、頑張れるかも!”と思うようになったんです。

 <仲間と学会活動に走り、友人に弘教を実らせることもできた。無事に大学を卒業したが、就職先では人間関係に悩み、2カ月半で会社を辞めることに>
 
 “俺が頑張ってきた4年間って、何だったんだろう”と落ち込みました。すごくふがいなかった。
 これからどうしようか迷ってた時、学生部で一緒だった仲間に、思いを打ち明けたんです。
 失望させてしまっただろうなと思っていたら、「何があっても、新山は新山だから」って。
 “こんな自分を見捨てないでいてくれるんだ”と、一気に気持ちが軽くなりました。

 <題目に拍車を掛け、自分のこれからを模索した>
  
 池田先生が“舞台は世界だ”ってよく言ってたのを思い出して、行ってみようって思い立ちました。
 国際交流基金(独立行政法人)主催の「日本語パートナーズ」に応募して、10カ月間、ベトナムに日本語教師の補佐として派遣してもらうことができました。
 帰国後は、2回目の就活。“海外経験を生かしたい”って祈る中で、外国人留学生を支援する今の会社に、派遣社員で入りました。
 そしたら、働きぶりを見ていた上司が推薦してくれて、4カ月で正社員になれたんです!

 <現在は、男子部の一員として活動している>
 
 今でも、仕事で失敗したり、日常でも“やだなあ”って思ったりすることはあります。
 男子部の先輩には、たまに厳しいことも言われるけど(笑い)、だからこそ成長させてもらえる。そう思えるようになりました。
 海外経験とか、今の会社のこととか、前の会社を辞めた当時は、こんなんになるとは思わなかった。
 悩んでる間は、しんどいですけど、乗り越えられた時の充実感はたまらない。この波も楽しいなって。

◆信仰体験 店舗の全焼に負けず、先月、同じ場所で再オープン
 この街で再起してみせる! “祈りとしてかなわざるなし”の確信

 【山口市】JR新山口駅から徒歩2分の立地にある「Cafe はなめ」。
 安田和子さん(54)=婦人部副本部長=が「喫茶店で、この街を盛り上げたい」と、食堂を営んでいた友人の協力を得て、昨年5月、オープンした“地域の灯台”だ。

 「長州鶏むね肉の大葉巻き定食」など、県内産の食材にこだわったメニューや、香りのいいコーヒーを求めて常連客もできた。

  ところが開店2カ月後――。
 「隣の家が燃えとる! すぐ外に出ろ!」。近隣の学会員からの電話に、安田さんは一緒にいた家族に声を掛け、着の身着のまま飛び出した。自宅を兼ねた店は全焼。負傷者は出なかったが、この火事で7棟が焼損した。
 見る影もなくなったわが家を前に、次女・律子さん=副白ゆり長=は過呼吸を起こし、母・三輪芳子さん(79)=地区副婦人部長=は辺りをウロウロするばかり。
 安田さんは、毅然と言い放った。「こんなことで泣きなさんな! 絶対、大丈夫じゃけえ!」
 火災の翌日、驚いた。のれんが奇跡的に焼けずに残っていたのだ。“もう一度、この場所でやってみせる!”と、再建を決断する。
 安田さんには、これまで幾つもの苦難を、“祈りとして叶わざるなし”の信心で乗り越えてきた確信があった。
  ――しかし、2004年(平成16年)、が多額の借金が発覚する。安田さんは夫・芳三さん(54)=圏副書記長=と共に、一家の経済革命を懸けて真剣に祈り始めた。
 10年9月、今度は当時19歳の律子さんに、子宮頸がんが見つかった。翌年3月には、長女・扶
美子さん=女子部員=が交通事故に。大きな音を聞くと、当時の恐怖が思い出され、仕事もままならず、寝たきりの状態に。
 一家に次々と襲い掛かる苦難。安田さんは心が折れそうだった。しかし、“ここで負けてたまるか”と、懸命に唱題を重ね、支部婦人部長として一歩も引かず、学会活動に挑戦した。
 同年8月、迎えた律子さんの手術の日。医師も驚くほど、がんの進行は止まっており、短時間で終えることができた。手術の成功を祈っていた扶美子さんも、元気を取り戻し、新たな仕事に就いた。さらに同年、負債を完済――。
 “いろんな困難が一気に解決の方向へ動いた”あの日々。安田さんの胸には信心の確信が燃え立った。
 池田先生の言葉も背中を押してくれた。
 「無限なる/変毒為薬の/法なれば/断じて勝ちぬけ/諸天も守らむ」
 周辺の飲食店の店主たちは、それぞれの店に募金箱を設置し寄付金を募ってくれた。常連客からは励ましのメッセージが、連日届けられた。
 安田さんは地域への感謝を胸に、火災に遭った他の店舗の事務処理などを買って出た。
 そして――。
 さまざまな困難を乗り越え、先月15日、同じ場所で再オープンすることができたのだ。
 開店当日、この日を待ち望んでいた多くの常連客らが訪れ、地元紙やテレビでその模様が紹介された。
 店は以前と変わらず、母と自分、2人の娘の「親子三代」で切り盛り。米は夫が萩市で作る県産コシヒカリ「みのる米」を使用。甘みが強いと評判だ。当時の定番メニューも健在。
 安田さんは、民生委員や児童の登校時の見守り隊など、地域貢献にも力を尽くす日々。
 「地元の皆さんをはじめ、多くの人に支えてもらいました。恩返しの思いで、今度は私たちが地域を元気にしていきます!」

 

2019年11月19日 (火)

2019年11月19日(火)の聖教

2019年11月19日(火)の聖教

◆わが友に贈る

 波浪は障害にあうごとに
 その頑固の度を増す。
 困難・試練こそが
 人間を鍛え 強くする。
 不退の心で進みゆこう!

◆名字の言

画家の壮年部員と語らい、絵を描く心構えを伺った。壮年いわく、画像データや写真資料を参考にはしても、それに頼り過ぎた作品は、見る人の心に響かない。骨身を惜しまずに「実物を見に行くこと」が何より大事という▼例えば、描く花の構図を、しなやかな枝、青く茂る葉、彩り豊かな大輪と決める。それでも実際は、構図から外れた所には地面から伸びる茎があり、また地中には根が張り巡らされていると想像できる。「花は花びらだけでは咲けません。同様に物事には目に見えない“背景”があると、現場で見て感じる。これが大事です」▼その話に、ある地方新聞の社長がしみじみと語った言葉を思い出す。「新聞が衰退し始めるのは、記者が現場に行かなくなった時です」。いつの時代も“現場”にこそ、伝えるべき真実があることは変わらない▼今月12日から「聖教電子版」がスタートした。拡充された機能の中でも、読者に喜ばれている一つが動画「SEIKYO MOVIE」。映像は現場に足を運ばなくては取材できない。まさに臨場感あふれるニュースだ▼現場主義は「民衆と共に」を不動の信念とする人間主義でもある。本紙は広布の現場の躍動感を伝える「人間の機関紙」として、今後も前進していく。(代)

◆寸鉄

世界聖教会館開館の喜び
溢れた幹部会。師と共に
正義の師子吼をと心新た
     ◇
山梨青年部の日。富士を
仰ぐ君よ!新会館建設の
槌音とともに拡大史綴れ
     ◇
教主釈尊の勅宣を頂戴し
て此の国に来れり―御書
誉れの天地で勝利の劇を
     ◇
空き巣被害多し。外出時
は施錠。短時間なら点灯
など不在知られぬ工夫も
     ◇
公明が幼保無償化の実態
調査。耳傾けこまやかな
手を更に。未来の宝守れ


【先生のメッセージ】

◆世界広布新時代第44回本部幹部会・SGI総会への池田先生のメッセージ

 一、戸田先生は健気な母の宿命転換の体験を聞かれると、いつも、「大作、牧口先生にお聞かせしたいな」と言われました。また人知れず陰の労苦に徹する男女青年部の姿を見つけると、「牧口先生にお見せしたいな」と言われました。
 師匠と弟子は常に一体であり、生死を超えて、永遠に不二であります。
 牧口先生の荘厳なる殉教の朝から、まさに満75年の今日この日――。
 全てを戦い勝って集い合った凱歌の創価家族のスクラムを、牧口先生も、戸田先生も、どれほどお喜びであるか。両先生の心を継ぐ日本全国、そして、世界65カ国・地域の「広宣流布の闘士」の皆さん、誠におめでとう! 本当にありがとう!(大拍手)

先師の勇気の訴え
 一、御本仏は、「日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず」(御書1468ページ)と宣言されました。
 宗教はもとより哲学・思想・科学等、万般にわたって、真と偽、正と邪、優と劣の価値を見極めていく指標が、この文証・理証・現証の「三証」に示されております。
 創価学会は、大聖人の御精神に直結する師弟の言論闘争から出発しました。「創立」のその日は『創価教育学体系』の発刊日であり、以来、両先生は一貫して対話に、座談会に、執筆にと、信念の言論戦を繰り広げたのであります。
 1941年の12月、太平洋戦争が勃発すると、邪宗門は直ちに戦争を賛美する文書を出しました。しかし牧口先生は、この月に発行した機関紙「価値創造」で、国家主義などによって民衆の生活が犠牲にされることは、絶対に誡めねばならないと、厳然たる論陣を展開しております。
 先生は訴えました。
 ――妙法こそ、世界の人類が等しく渇望する「無上最大の生活法」であり、「成仏の法」である。この偉大な力を、我々同志の実験によって証明し、誰にもたやすく分かるようにするのだ。そして、その功徳を普く施して、一切衆生を無上最高の幸福へ至らしめるまで、前進していこうではないか、と。
 それが、どれほど勇気ある主張であったか。この「価値創造」も、半年後には軍部政府から廃刊を命じられました。その翌年、牧口先生は戸田先生と共に投獄され、そして75年前の11月18日に獄死を遂げられたのです。

 一、一国が残酷な戦争に暴走するただ中で、牧口先生は、「信心即生活」「仏法即社会」の実験証明を積み重ね、世界の平和へ、全人類の幸福へ、限りなく前進していくことを、命を賭して後継の弟子に、また未来の人材に託されました。
 この殉教の先師の師子吼を胸に、私たちは、創立90周年「前進・人材の年」へ、自行化他の題目を唱え抜きながら、一人一人が自らの「人間革命」に挑戦し、功徳と福運の実証をいやまして生き生きと打ち立てていきたい。
 体験・実証ほど、雄弁なものはありません。
 今や世界語となった「ザダンカイ」を中心に、体験談を楽しく明るく語り合い、幸の仏縁を大いに結んで、悩める友、苦しむ友が「信心してよかった」「学会員になって幸せである」と笑顔を光らせる大歓喜のスクラムを、地域社会にも、地球社会にも、さらに広げていきたいと思うが、どうだろうか!(大拍手)

海外出版が2千点に
 一、言葉には、心を蘇らせる力があります。人と人を結び合う力があります。
 90年、アフリカの人道の獅子・マンデラ氏が獄中闘争を勝ち越えて来日された折、晴れわたる青空のもと、私は多くの青年たちと共に聖教新聞本社で熱烈に歓迎しました。
 私たちとの語らいを、あの満面のマンデラ・スマイルを浮かべ、「今日ここで得た最大の“収穫”は英知の言葉です。勲章は、いつか壊れてしまうかもしれない。しかし、英知の言葉は不変です」と喜んでくださいました。
 ついに誕生した世界聖教会館は、各国の姉妹紙誌とも心を一つに、力強く英知の言葉を発信し、人類へ希望と勇気を贈りゆく民衆の言論城であります。
 いずこでも、完成を祝す聖教新聞の拡大、本当にありがとう!
 そして創立日を前に、私の著作の海外出版が48言語で2000点を超えたことを、皆さんとご一緒に牧口先生・戸田先生に謹んで報告させていただきます(大拍手)。
 牧口・戸田両先生がどちらも御書に線を引かれ、大切にされた一節があります。それは「よき師と・よき檀那(よき弟子)と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり」(同550ページ)との仰せであります。
 妙法と共に広布の大誓願を貫く創価の師弟に、成就できない祈りはありません。人類に立ちはだかる大難も、地涌の世界市民による異体同心の団結で一つ一つ打ち払いながら、いよいよ大前進していこうではありませんか!

 一、明年はSGIの結成45周年。グアムでの出発の会議で、世界の草創のリーダーに呼び掛けた言葉を再び申し上げて、私のメッセージといたします。
 「今日から皆さんが何をするか――それが未来の世界を決するんです」と。
 わが愛する創価家族に、健康あれ! 和楽あれ! 勝利あれ! そして、尊き全国各地、尊き世界各国に、福徳あれ! 安穏あれ! 栄光あれ!(大拍手)


【聖教ニュース】

◆「学会創立の日」を記念する世界広布新時代第44回本部幹部会(SGI総会) 2019年11月19日
 池田先生がメッセージ贈る――全人類の幸福へ 限りなき前進



 世界の平和へ、全人類の幸福へ、限りなき前進を!――11・18「創価学会創立記念日」を慶祝する「世界広布新時代第44回本部幹部会」が18日午後、「SGI(創価学会インタナショナル)総会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で盛大に開催された。
 これには、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、来日した65カ国・地域280人のリーダーと出席した。
 池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、妙法と共に広布の大誓願を貫く創価の師弟に、成就できない祈りはないと強調。明「前進・人材の年」へ、自行化他の題目を唱え抜き、一人一人が自らの「人間革命」に挑戦し、功徳と福運の実証をいやまして生き生きと打ち立てようと呼び掛けた。
 (全国中継は23日から26日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
原田会長、永石婦人部長が65カ国・地域の代表と出席
 「11月18日」――それは創価の全同志が、厳粛なる師弟の魂を、わが生命に燃え上がらせゆく永遠の「原点の日」である。
 初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生が、師弟して著した大著『創価教育学体系』第1巻が発刊されたのは、1930年(昭和5年)11月18日のこと。後に、この日が創価学会(当時は創価教育学会)の「創立記念日」となった。
 44年(同19年)の11月18日――日本の軍部政府による弾圧に屈せず、平和と正義の信念を貫き通した牧口先生は獄死。翌年、生きて出獄した不二の弟子・戸田先生が、敗戦間近の焼け野原に一人立ち、学会の再建に奔走した。
 今回の本部幹部会に寄せたメッセージで、池田先生は述べた。
 「牧口先生の荘厳なる殉教の朝から、まさに満75年の今日この日――。全てを戦い勝って集い合った凱歌の創価家族のスクラムを、牧口先生も、戸田先生も、どれほどお喜びであるか」
 先師・恩師が獄中闘争を貫き、魂魄を留めた巣鴨の地に立つ東京戸田記念講堂に、全国・全世界の「広宣流布の闘士」の代表が、晴れ晴れと集った。会場後方には牧口・戸田両先生の肖像画が掲げられ、その姿をじっと見守っている。
 学会を創立し、牢獄の中で、死身弘法の生涯を閉じた初代会長・牧口先生。日本の広宣流布の盤石な基盤を築いた第2代会長・戸田先生。先師・恩師の遺志を継ぎ、世界広布の道なき道を切り開いた第3代会長・池田先生――。そして今、創価三代の師弟に連なる創価家族のスクラムは、世界192カ国・地域にまで広がった。
 学会創立の日を祝賀する幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。
 次に、海外の同志を代表して、インド創価学会のグプタ議長があいさつに立った。同国は本年、22万人を超える地涌の陣列を構築。その原動力は、“学会の精神の正史”である小説『人間革命』『新・人間革命』を学び深める青年たちの熱と力だという。
 『新・人間革命』の最終回には、山本伸一が恩師の言葉「一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる」を紹介する場面がある。インドの同志は「I am that one disciple(私がその一人の弟子だ)」を合言葉に、破竹の勢いで拡大にまい進している。
 インドだけではない。「私は山本伸一だ!」との自覚に立ち、地涌の使命に生きる若き池田門下が日本中、世界中に躍り出ている。
 明年は、池田先生の第3代会長就任60周年。1960年(昭和35年)5月3日、東京・両国の日大講堂で行われた会長就任式の折、池田先生は師子吼した。「化儀の広宣流布を目指し、一歩前進への指揮を執らせていただきます!」と。
 さあ師の誓いを「わが誓い」として、青年を先頭に「前進・人材の年」へ! 大歓喜のスクラムを、地域社会に、地球社会に!――グプタ議長の後、音楽隊・創価グロリア吹奏楽団がエルガーの行進曲「威風堂々」第1番を勇壮に奏で、明年へ“一歩前進”を誓う友の心を鼓舞した。
 永石婦人部長は、新たな広布の人材の流れと歴史を築く時に当たり、40代までの婦人部を「ヤング白ゆり世代」と総称することを発表。青年部・未来部と共に、人間革命の哲理を世界中に広げ、婦人部新時代を開こうと訴えた。
 原田会長は「創価学会 世界聖教会館」の開館を、未曽有の本紙の購読拡大によって荘厳できたことを紹介。全国の同志の大奮闘に心からの感謝を述べた。
 さらに、折伏の基本姿勢について言及しつつ、入会した友が勝利と幸福の実証を示すまで励まし、育てる“人材育成”の重要性を確認。まず自らが「地域に信頼され、親しまれる一人の学会員」として成長し、新たな陣列を拡大していこうと呼び掛けた。
 続いて、1996年10月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像を視聴。最後に全員で、学会歌「誓いの青年よ」を大合唱した。


◆原田会長を中心に全国総県長会議  明年の「5・3」へ折伏弘教の大波

さあ、明年へスタートダッシュ!――「折伏の前進」「人材の拡大」を誓い合った総県長会議(金舞会館で)

 明「前進・人材の年」へ出発を期す全国総県長会議が18日午前、東京・新宿区の金舞会館(創価文化センター内)で開かれた。席上、本部人事委員会で検討・決定された副会長はじめ新任人事が発表。萩本主任副会長が明年の活動について述べた。
 原田会長は、本紙の購読拡大で「創価学会 世界聖教会館」の完成を祝賀した全国の同志の奮闘に感謝し、世界広布をさらに前進させゆく「師弟共戦の師子吼」をと強調。
 本年に結んだ仏縁を育て、花開かせながら、池田先生の第3代会長就任60周年である明年の「5・3」を、弘教と人材の大拡大で荘厳しようと述べた。

中央会議も開催
 第345回中央会議が18日午前9時から、東京・信濃町の学会本部別館で行われ、今後の基本日程や全国中継行事の開催予定等を協議した。原田会長は再任のあいさつに立ち、師弟不二で世界広布に尽くす決意を述べた。


【特集記事・信仰体験など】

◆2020年の活動 テーマ 「前進・人材の年」

 明2020年は、5月3日に「池田大作先生の第3代会長就任60周年」、そして11月18日に「創価学会創立90周年」という大きな佳節を迎える。 
 池田先生が会長に就任された1960年の年間テーマは「前進の年」であった。幾重にも意義深き節を刻む明年、皆で折伏・弘教に挑戦し、人材を拡大して、世界広布を大きく前進させてまいりたい。この強き決意を込めて、2020年はテーマを「前進・人材の年」と掲げ、諸活動を推進していく。
 池田先生の戦いは、蒲田の二月闘争、札幌・夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導と、若き日から「前進また前進」の連続だった。文京支部で支部長代理として指揮を執った際の合言葉も「前進」だった。当時を振り返り、先生は「“この支部が前進しなければ、学会全体が前進しない”との確信に立ち、それこそ歌を口ずさむ思いで生き生きと戦った」と語られている。
 私たちもまた「私の前進なくして、世界広布の前進はない」との確信に立ち、生き生きと戦っていきたい。
 さらに先生は、文京支部のメンバー一人一人と会い、全力で励まし、電光石火で手を打たれた。その激励があったればこそ、全国が目を見張る、第一級の拡大の成果が残された。
 「人材育成とは、まず自分が模範の人材に成長することである」との原点に立ち返り、今再び、“皆が前進”“皆が人材”を合言葉に、わがブロック、わが地区、わが支部の広布を、一歩前進させてまいりたい。そして師弟の勝利が輝く、栄光の創立90周年を開きゆこう!

1、皆が前進! 折伏・弘教で「5・3」「11・18」を祝賀
 「皆さんは、さまざまな悩み、苦しみと、日々格闘しながら、希望に燃えて折伏・弘教に奔走
ほんそう
されている。ここに真実の人間の輝きがあり、これこそが地涌の菩薩の姿です。再び新しい決意で、私と共に前進しましょう!」(小説『新・人間革命』第30巻〈上〉「雄飛」の章)
 
 ◇折伏・弘教に積極果敢に挑戦し、拡大の結果で「5・3」「11・18」を祝賀しよう。
 ◇聖教新聞の拡大に挑もう。聖教拡大に挑戦するメンバーを増やしながら、「新規購読」「長期購読」も進めよう。
 
 ◇近隣・地域・職場に友好と信頼を広げ、“10人の本当の友人づくり”を目指そう。家族・親族との交流にも力を入れよう。そのために「友好デーの拡充や会合の回数減」「学会行事と地域行事の重なりを避けて日程調整」など工夫しよう。
 
 ◇「教学部任用試験(仏法入門)」で会友受験を進め、「地区2人以上の合格者」の輩出を目指そう。
 
 ◇「モバイルSTB」視聴運動を進めよう。「SOKAnet」や「インスタグラム」の学会公式チャンネルも活用し、学会理解を広げよう。

2、皆が人材! 励ましの拡大で盤石な創価城を構築
 「皆が人材である。皆が使命の人である。皆が日蓮大聖人の直弟子である。(中略)真心からの激励が、友に希望を与え、勇気を与え、新しき前進の活力となっていくのである。伸一は、一人ひとりを、サーチライトで照らし出すように、“励ましの光を送ろう”と自らに言い聞かせ、この一年もまた、同志のなかに飛び込んでいく決意を固めていたのである」(同第16巻「入魂」の章)
 
 ◇「励まし週間」をはじめとして、リーダーは徹底して「訪問・激励」に動こう。一人一人の声に耳を傾け、全力で励ましを送り、広布拡大に挑戦する活動者の水かさを増そう。
 
 ◇「皆が信心を深める」「皆が主役」の歓喜あふれる座談会を開催しよう。多くの友人を招き、未入会家族の参加も促そう。
 
 ◇青年部・未来部の育成に力を入れよう。各方面・県で開催される「創価青年大会」を通じて、青年層の折伏・青年部の活動者増を各部一体で進めよう。「わが家庭」「わが地域」「わが組織」で協力して創価後継の人材を育み、「家族皆で会合参加」「家族皆で友好活動」を促進しよう。
 
 ◇「SOKAキッズフェスタ」「七五三記念勤行会」なども活用しながら、未来部・未就学世代の未入会メンバーの入会を応援しよう。

3、皆が研さん! 前進・人材の要諦は小説「新・人間革命」
 「小説『新・人間革命』の完結を新しい出発として、創価の同志が『山本伸一』として立ち、友の幸福のために走り、間断なき不屈の行動をもって、自身の輝ける『人間革命』の歴史を綴られんことを、心から念願している」(同第30巻〈下〉「あとがき」)
 
 ◇小説『人間革命』(全12巻)『新・人間革命』(全30巻)の研さん・熟読に取り組もう。「聖教電子版」や「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」なども活用し、師弟の道を学び、自ら実践しながら、自分自身の人間革命に挑戦していこう。
 
 ◇御書根本に「教学の日」「教学試験」「教学講座」を通して、人間主義の仏法の研さんに力を入れ、「行学の二道」に挑戦する人材の増加を目指すとともに、破邪顕正の教宣活動も着実に進めよう。

2020年の平和・文化・教育運動

沖縄国際平和会館で青年不戦サミット(第28回青年平和連絡協議会)

 創価学会は、日蓮大聖人の仏法の理念を基調に平和・文化・教育の運動を多角的かつ広範に展開するとともに、人類普遍のヒューマニズムの哲学を探究し、平和のための善の連帯を世界に広げてきた。今後も、人類的諸課題解決のため、公共的役割を果たしていく。
 2020年は以下の取り組みを、女性や青年によるリーダーシップを最大に尊重しながら、SGI国連事務所(ニューヨーク、ジュネーブ)や関連団体をはじめ、国連諸機関、非政府組織(NGO)、信仰を基盤とした団体(FBO)等とも連携・協力して力強く推進する。

1、「平和の文化」構築に幅広く貢献

荒牧重人氏が「平和の文化講演会」(東京・信濃町の創価世界女性会館で)
 終戦・被爆から75年を迎える2020年、「平和の文化」を構築する取り組みを引き続き幅広く展開する。そのために、「対話」を通した啓発、人と人とのネットワークの拡大、「誰も置き去りにしない」(後出)社会的包摂への貢献など、一人一人の平和への取り組みを支援する。
 ①国連の「平和の文化」ハイレベルフォーラム(年次会合)に貢献
 ②AI兵器(キラーロボット)や、合成生物学の軍事転用などの問題に倫理面から警鐘
 ③女性平和委員会は、“私がつくる「平和の文化」”をテーマに、フォーラムや講演会を開催
 ④高齢社会の世界的先例である日本の課題を踏まえ、高齢者や子どもの権利と希望ある生活について考える「平和の文化と希望」展を各地で開催
 ⑤日本・アジアをはじめ全世界の戦争犠牲者を追悼し、平和への誓いを新たにする「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」を実施
 ⑥戦争・被爆体験の継承活動を推進
 ⑦青年部「SOKAグローバルアクション」キャンペーンの一環として、広島・長崎・沖縄の青年部を中心とした「青年不戦サミット」を開催。各種平和意識調査を実施
 ⑧戸田平和記念館(横浜市)、沖縄研修道場などで平和意識の啓発活動を実施
 ⑨青年の参画を求める国連安保理2250決議および2419決議の普及を支援
 ⑩21世紀の国際社会に即した平和倫理、生命倫理の構築のための研究を推進
 ⑪東洋哲学研究所、池田国際対話センターとも協力し、宗教間・文明間対話や相互理解を促進
 ⑫民音研究所による「平和構築の音楽」を探求する研究活動を支援

2、核兵器の廃絶に向け連帯を拡大

カザフスタン共和国・ヌルスルタン市内のナザルバエフセンターで「核兵器なき世界への連帯」展
 2020年は、「核不拡散条約(NPT)」の発効50周年であり、5年ごとのNPT再検討会議が開催される年である。会議では、条約に定められている、全ての締約国が果たすべき核軍縮義務に対する核兵器国の姿勢が問われることになる。一方、核兵器を法的に禁止する初の多国間条約である「核兵器禁止条約」は、NPTを補完し、強化するものであり、同会議までに、50カ国の批准という発効要件が整うことが期待される。
 核兵器が「絶対悪」であることを一貫して訴えてきた池田先生の平和理念を掲げ、引き続き核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)等と協力し、「核兵器禁止条約」の普及を通じた同条約の早期発効への取り組みを強化する。また、平和・軍縮教育を草の根レベルで推進する。
 
 ①核兵器に関する各種国際会議に参加し議論に貢献(NPTなど)
 ②核兵器の禁止と廃絶を訴える宗教コミュニティーの取り組みを推進
 ③「核兵器禁止条約」の普及を推進する啓発ツールを制作
 ④ICANと共同制作した「核兵器なき世界への連帯」展を各地で開催
 ⑤女性平和委員会は、ヒロシマ・ナガサキの被爆体験の映写会を草の根で展開
 ⑥ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える「ヒバクシャ国際署名」に協力
 ⑦核兵器廃絶を求める青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の取り組みを支援
 ⑧戸田記念国際平和研究所による核兵器廃絶および安全保障と先端技術に関する研究および取り組みを支援

3、気候変動対策などを推進し、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を支援

SDGs(持続可能な開発目標)推進へSGIが多彩な取り組み
 国際社会の2030年に向けての指標である「SDGs(持続可能な開発目標)」では、「誰も置き去りにしない」との、仏法の生命尊厳・平等観にも通ずる誓いが掲げられている。この精神性をいっそう高めながら、SDGsの普及と推進に貢献する。
 また、同目標にも掲げられている気候変動問題について取り組みを強化する。
 
 ①「持続可能な開発のための教育」(ESD)の活動として、新展示「希望と行動の種子」展や「わたしと地球の環境展」を開催
 ②SDGsや気候変動問題に関する啓発ツールを活用して、個々人の取り組みを支援
 ③国内外のFBO(信仰を基盤とした団体)等と連携して、SDGs達成や気候変動対策における宗教の役割に関する議論に貢献
 ④地球憲章インタナショナル等と連携し、SDGs啓発アプリ「マプティング」を用いての意識啓発活動を展開
 ⑤女性平和文化会議は講演会や2019年に行ったSDGsに関するアンケートの結果発表を実施
 ⑥ブラジルの「創価研究所――アマゾン環境研究センター」の活動を支援し、森林再生にも貢献
 ⑦アフリカにおける森林再生や水資源確保を支援

4、多様性を尊重する共生社会を建設


石川・金沢市の金沢流通会館で「勇気の証言――ホロコースト展 
 世界各地で、ヘイトスピーチ(憎悪表現)や移民排斥など、少数者を非寛容に差別する事例が多発している。人権について学び、理解を深め、人権尊重の価値観を育むとともに、必要な行動を促す人権教育は、いっそう重要性を増している。
 特に、2020年は北京行動綱領採択25周年、国連安保理1325決議採択20周年の節目となる。また、焦点を「青年」にと定めた人権教育世界プログラム第4段階がスタートする。国際人権の前進に貢献するとともに、幅広い教育・啓発活動に注力する。
 
 ①「変革の一歩――人権教育の力」展を国際巡回
 ②「人権教育ウェブサイト」の普及、活用
 ③人権教育の促進のため、国連人権理事会の討議に貢献
 ④ジェンダーの多様性と平等促進のため、国連女性の地位委員会などへの貢献を継続
 ⑤人権教育映画「尊厳への道」の活用
 ⑥「勇気の証言――ホロコースト展」巡回を支援
 ⑦青年平和会議を中心に、人権や難民問題について考えるための連続セミナー等を開催
 ⑧生命尊厳の立場から、死刑廃止に関する意識を啓発
 ⑨女性平和委員会は「子どもの権利条約」採択30周年の2019年からスタートした「広げよう!子どもの権利条約キャンペーン」に賛同団体として参加。「子どもの笑顔キャンペーン」を推進し、「子どもの権利」を尊重するための啓発活動に注力

5
、地域のネットワークを生かし、人道活動を展開

音楽隊・創価グロリア吹奏楽団が「希望の絆」コンサート(宮城・大和町の高田コミュニティーセンターで)
 自然災害の頻度や被害が増大する中、信仰を基盤とした地域のネットワークが緊急時に大きな力を発揮することが、国際的に注目されている。
 復興地への支援を一層推進するために、多様な組織との連携を図る。また、深刻化する難民問題について意識を啓発するとともに、難民支援に取り組む。
 ①東日本をはじめ各地での被災体験の聞き取り活動を推進。復興支援のため、「生命のかがやき」展や「希望の絆」コンサートを開催。「東北福光みらい館」での情報発信を強化
 ②創価学会による災害救援や復興支援の経験を生かし、国連機関等による防災の取り組みの議論に貢献
 ③自然災害等の緊急時における支援のあり方をさらに効果的なものにする研究を推進
 ④難民問題に関する意識啓発のため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連UNHCR協会のキャンペーンを支援するほか、難民映画の上映会や、難民の子どもたちによる絵画展を開催
 ⑤他のNGOと協力し、難民の子どもたちの教育を支援
 ⑥社会本部各部、地域本部各部は、個人の活動を通じて、地域社会の発展と向上に貢献

6、市民社会における多角的な文化活動を促進

兵庫・神戸市の関西国際文化センターで「絵本とわたしの物語展」
 グローバル化が進展する現代にあって、各国・各地域の多様な文化を守り育む活動や、それらを共有するための多角的な活動を推進する。また、それを担う人材の育成にも継続して取り組む。

 ①多彩な展示を開催
 ・宇宙との関わりを通じて「地球人」としてのあり方を問い直す「わたしと宇宙展」
 ・子どもから高齢者まで「読んで」「語って」「参加」できる「絵本とわたしの物語展」
 ・社会に広く「活字文化」の重要性を伝える「世界の書籍展」
 ・写真文化の普及、向上を目的とする「自然との対話」写真展
 ②全国主要会館の「創価ライブラリー」の充実と多彩なイベントで、良書との出合いを促進
 ③民主音楽協会による、多角的な音楽文化活動と各国との文化交流を支援
 ④東京富士美術館による、国内外における文化の相互交流の活動を支援
 ⑤東洋思想、なかんずく仏教の思想・哲学の研究および関連の学際的研究を推進する東洋哲学研究所を支援
 ⑥文化本部各部、国際本部各部は、個人の活動を通じて文化・学術の振興に貢献
 ⑦各地の音楽隊、鼓笛隊、合唱団は、演奏活動を通じて地域社会の活性化に貢献

7、「教育のための社会」実現へ 人間主義の教育運動を推進

 社会全体の教育力向上のために、「教育のための社会」への転換を図るべく、幅広い運動を推進する。

 ①教育本部は「人間主義」の教育運動を展開
 ・教育者と地域社会の教育力向上のために、人間教育実践報告大会、教育フォーラム等を開催
 ・各地で家庭教育セミナーや家庭教育懇談会等を開催して、家庭教育の向上に貢献
 ②辺地や離島などへの図書贈呈を推進
 ③世界市民の育成を目指す創価大学、アメリカ創価大学、創価学園を支援
 ④創価教育学に関する国際学術交流を支援
 ⑤世界各地の学術機関に設置されている池田思想研究機関と連携
 ⑥教育の振興を通して青少年の健全な育成を図る牧口記念教育基金会の活動を支援
 ⑦平和、人権、SDGs、人道等に関する展示やワークショップなどの教育ツールを通し、世界市民教育を展開
 ⑧各地で任意に活用できる平和教育の学習教材を、SOKAチャンネルVOD等を通じて提供

◆〈女子部のページ〉 11・12「部の日」から明年の「ロマン総会」へ  2019年11月19日

2020年のロマンカード
 「わが華陽の乙女たちは、幸福の太陽である。一家にあって、地域にあって、社会にあって、朗らかに女子部が立てば、そこから明るい希望の光が、燦々と輝き出るのだ」との池田先生の指導通り、友情と幸福のスクラムを広げる女子部の友。

〈女子部 華陽タイム〉
ロマンカードにつづられた御文を解説
【開目抄】
●御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(御書234ページ7行目)

●通解
 私も、そして私の弟子も、いかなる難があっても疑う心がなければ、必ず仏界に至るのである。

●解説
題目根本に人間革命の大道を
 「この御文の身読が、創価学会の永遠の生命線です。常にこの御文に立ち戻り、前進していけば、私たちの信仰は不滅の輝きを放つからです」――池田先生は、かつてこのようにつづられました。
 2020年「ロマンカード」につづられた「開目抄」の一節は、学会精神の根幹ともいうべき御聖訓です。
 本抄は、文永9年(1272年)2月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡でしたためられ、門下一同に与えられました。
 当時、大聖人一門に対する迫害が激しさを増し、退転する人が続出していました。
 大聖人は本抄で、いかなる大難に遭おうとも、また、たとえ諸天善神が自分を守護しなくとも、民衆の幸福のため、不惜身命で妙法を弘め抜くとの「誓願」を明かされています。
 そしてこの一節において、弟子たちに、師と同じ心で、何があっても「疑わず」信心を貫けば、必ず成仏の境涯に至ると仰せです。
 私たちの生命は本来、妙法蓮華経の当体です。そのことを確信して題目を唱え抜く時、妙法の無限の力が、自身の生命の上に現れます。
 しかし、心が妙法に対する根本的な迷い、すなわち「無明」に覆われると、その力を現すことはできません。
 ゆえに大事なことは、妙法への「信」を貫くことです。
 決意をして前に進もうとしても、恐れや不安が出てくることがあります。苦難に直面して、たまらず嘆きたくなることもあるでしょう。思い通りにいかず、疑いが起こることもあるかもしれません。
 しかし、そうした時こそ信心を奮い起こし、「疑う心なく」との仰せを胸に題目を唱え抜けば、無明は打ち破ることができ、本来、具わる仏界が輝きます。勇気も、忍耐も、智慧も、慈悲も、無限に引き出し、発揮していくことができます。信心さえ敗れなければ、一切を勝利へと転じ、大きく幸福境涯を開いていけるのです。
 池田先生は女子部への真情をつづられました。
 「日々、題目を唱え抜き、日本一、世界一、幸せだといえる人になっていただきたい。いかなる状況にあっても、最後は、信心を貫いた人が絶対に勝ち、福運に満ちあふれた人生を歩むことができると、私は断言しておきます」(『新・人間革命』第30巻<上>「雄飛」の章)
 学会創立90周年へ、師弟の誓願を光らせながら、唱題根本に「人間革命」の大道を前進していきましょう!

◆青年栄光の誓い 小説「新・人間革命」に学ぶ 総山口女子部長 神田莉佳さん
“一人ももれなく”幸せを祈り抜く

 みんなも、必ず幸せになるんだよ。私は、その姿を見ることがいちばん嬉しいし、それが、信心の正しさの証明になるんです。どうか皆さんは、それぞれが日本一、世界一、幸せになることを誓ってください。幸福のための信心であり、学会活動であり、広宣流布なんです。
(小説『新・人間革命』第30巻<上>「雌伏」の章)

 東京へ訪ねてきた奄美の女子部員たちに、山本伸一が励ましを送る場面です。私は自らの戦いを起こす時は、決まってこの場面を読み返して、「何のための信心か」を確認して出発しています。

大きな原点
 創価大学3年の時、後輩たちの模範になる自分にと決意するものの、“自分がやりたいことは何か”と、進路に悩むようになりました。
 そんな時、地域の女子部の先輩から「生き方を決める大事な時だから、一緒に祈ろう」と励まされました。“どう生きていきたいのか”を見つめ、真剣に祈る中、「今まで多くの方々に励まされ、池田先生の激励によって今の自分がある」と改めて気付き、“恩返しの人生を”との思いが込み上げてきました。
 いかなる時も、「自分が今いる場所を使命の場所にしていく」と思えるようになり、生涯、人を励ます生き方を貫こうと心が定まったことは、私にとって信心の大きな原点になっています。

参加者が3倍
 2016年、圏女子部長の時、10月の「山口開拓指導」60周年を対話拡大で荘厳しようと、年頭から心に深く決めて出発しました。“折伏チャレンジャー”として立ち上がったメンバー一人一人に、婦人部の担当者が寄り添ってくださり、きめ細やかな励ましを送っていただきました。
 婦女一体の取り組みとして毎週、圏で行った「すずらん唱題会」では、当初10人程度だった女子部の参加者が、半年で30人以上集うようになり、圏の女子部で“部1”に迫る弘教を達成することができました。池田先生の期待にお応えしたいと真剣に祈り、徹底して一人を励まし抜くことこそが、広布拡大の根本であることを教えていただきました。

励ましの手紙
 昨年、総山口女子部長の任命をいただきました。これまで創価学会の中で、数え切れないほどの励ましをいただいてきたからこそ、自らがメンバー一人一人の幸福をさらに真剣に祈り、自分が受けてきた以上の励ましを同志に送っていこうと決めました。
 もともと手紙を書くことが好きだったので、メンバーへの訪問・激励では、訪問前に相手のことを祈りながら、自分の思いを手紙に書いて持っていくようにしています。また、激励の後でも、伝えきれなかったことがある時など、手紙を郵送することもあります。
 池田先生はつづられています。
 「大事なことは、皆さんが強盛な信心に励み、大功徳を受け、生活も豊かになり、幸福に満ち満ちた悠々たる大境涯になっていくことです」(小説『新・人間革命』第8巻「布陣」の章)
 “一人ももれなく幸せになってほしい”との池田先生の心を、わが心として、これからも徹底して一人を励まし抜いていく決意です。

 

2019年11月18日 (月)

2019年11月18日(月)の聖教

2019年11月18日(月)の聖教

◆今週のことば

 全てに大勝利の11・18
 世界中の同志に深謝!
 「大願とは法華弘通なり」
 伸びゆく青年が先頭に
 新たな地涌の拡大を!
 (御書P736)

◆名字の言

パリの新聞に連載されたアレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』。日本では明治時代、ジャーナリストの黒岩涙香が創刊した新聞に、「巌窟王」の題名で連載され、人気を博した▼周囲の陰謀によって、孤島の牢獄に捕らわれた主人公の青年が、14年の投獄を経て、冤罪に陥れた者への復讐を果たす物語。その逆転劇を可能にしたのが、獄中での老神父との出会いである。万般の学問を学び、財宝まで譲り受けた感謝を、青年はいかなる時も忘れなかった▼この「巌窟王」を戸田先生は愛し、青年にも学ばせた。自ら筆を執り、聖教新聞の創刊号から連載が始まった小説『人間革命』の主人公の名は「巌九十翁」。戸田先生の生涯は、獄死された牧口先生の正義を宣揚しようとする「巌窟王」の誓いに貫かれていた▼牧口先生の三回忌法要の折、戸田先生は師匠への深い感謝を語った。「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」。この言葉を、池田先生は「学会の師弟論の真髄」と述べている▼創価の三代会長は、いずれも権力の魔性と戦い、投獄された。この歴史こそ学会が永遠に誇るべき原点である。きょう創立の日。三代会長への報恩を誓い、「信心の巌窟王」と立ち上がろう。(芯)

◆寸鉄

栄光の11・18創立記念日。
さあ明年の90周年の峰へ
世界の友と朗らかに前進
     ◇
広布に尽くすことが最高
にして永遠の誉れ―恩師
信心根本の人こそ勝利者
     ◇
「専門部の日」。活躍光る
一騎当千の大英雄。職場・
地域で実証の旗高らかに
     ◇
温暖化は感染症等増やし
子供の健康を直撃―研究
対策加速へ民衆の声結集
     ◇
大卒の就職内定、来春も
高水準を維持と。公明が
若者支援更にリードせよ

◆社説  牧口先生の殉教75年に誓う 正義の言論こそ広布拡大の力?

 中国には、「飲水思源」という言葉がある。水を飲む時に井戸を掘った人に思いをはせる、人から受けた恩を忘れてはいけない、などの意味である。
 常に「源流」の精神を確認し、「原点」に立ち返り、恩ある人に報いようと努力を重ねる。その中でこそ、組織も団体も時代の激流に翻弄されず、発展していくことができるのである。
 きょう11月18日は、創価学会の創立記念日。学会の「原点」の日である。
 淵源は1930年(昭和5年)の同日、初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生の師弟の手で『創価教育学体系』第1巻が発刊されたこと。その奥付には、学会の前身である「創価教育学会」の名が記された。いわば、学会は、“師弟の魂の結合による言論戦”から産声を上げたのである。
 また、治安維持法違反と不敬罪の容疑で軍部政府に逮捕された牧口先生が、信念の獄中闘争の末に殉教したのは、44年(同19年)の11月18日。不思議にも、創立と同じ日の早朝であった。
 当時、軍部政府の弾圧の嵐が学会を襲っていた。迫害を恐れて多くの退転者が出る中、牧口先生は厳しい取り調べにも屈することなく、政府の精神的支柱であった国家神道の誤りを指摘するなど、仏法の正義を堂々と語り抜いた。
 逝去の1カ月前、獄中から家族に宛てた手紙には、「三障四魔が紛起するのは当然で、経文通りです」と。大難に臆するどころか、むしろ御書を身で読んだ歓喜に燃えて、最期まで不惜身命の言論闘争を貫かれたのである。
 この正義を叫ぶ言論の魂は、牧口先生と共に入獄し、生きて出獄した戸田先生と、その不二の弟子である池田先生に受け継がれた。そして、創価の師弟の激闘によって今、地涌のスクラムは世界192カ国・地域へと広がっている。
 本年は、牧口先生の殉教から75年。師弟の勝利の歴史を象徴するように、今月16日には、世界広布の言論城たる「創価学会 世界聖教会館」の開館記念勤行会が盛大に行われ、五大州の友の晴れやかな笑顔が会場に広がった。
 同会館の入り口に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には、池田先生が記した碑文が刻まれている。その冒頭には「広宣流布とは言論戦である。仏法の真実と正義を叫ぶ、雄渾なる言葉の力なくして、創価の前進はない」と。
 学会の原点とともに、一人一人が自らの信心の原点を再認識し、学会創立90周年の明「前進・人材の年」に向かって、生まれ変わった息吹で社会に信頼と友情の輪を大きく広げていきたい。
 私たちの勇気と信念の声で!

◆きょうの発心 三世諸仏総勘文教相廃立 師弟求道の“大海原”へ出発! 2019年11月18日

御文 此の心の一法より国土世間も出来する事なり(三世諸仏総勘文教相廃立、563ページ・編1226ページ)
通解 この心という一法から国土の違いも出てくるのである。

 心という一法から、国土世間も生まれてくる、と「一念の生命」の広がりを教えられている一節です。
 大学卒業後、社会人になり、多忙な接客部門に配属となり、思うように学会活動ができない生活に。池田先生から頂いた、“どんなに苦しくてもしっかり頑張りなさい”との伝言を胸に、真剣に祈る中、“今の環境でもできることはある”と奮起。終業後、部員宅に励ましの手紙を入れるなど、挑戦を始めました。
 自身の一念を変えた時、悶々としていた心が晴れ、仕事でも一流の接客を目指すように。苦手だった接客業が、自身の天職と思えるまでになりました。
 そんな中、迎えた「創価同窓の集い」で、先生は冒頭、“遠いところよく来たね”と温かな励ましを。「私の苦闘を全て分かってくださっている」との感謝の念に包まれました。10年間戦い切った時、図らずも本部職員の使命を頂き、今も広布に走る日々です。
 明年は、四国広布の父母たちの「さんふらわあ7」号の求道の旅から40周年。愛媛池田南県の皆さまと共に、師弟誓願の“大海原”へ前進していきます。
愛媛池田南県長 能瀬秀夫


【聖教ニュース】

◆きょう11月18日 栄光燦たる学会創立記念日 「創価学会 世界聖教会館」が開館  2019年11月18日
 盛大に記念勤行会を開催

「創価学会 世界聖教会館」の外観。創価の言論闘争の新たな拠点として、人間主義と生命尊厳の思潮を五大州に広げゆく

 きょう11月18日、創価学会は栄光燦たる創立記念日を迎えた。この節目に合わせ、東京・信濃町に建設された師弟の言論城「創価学会 世界聖教会館」が待望のオープン!
「創価学会 世界聖教会館」の外観。創価の言論闘争の新たな拠点として、人間主義と生命尊厳の思潮を五大州に広げゆく
 開館記念勤行会は16日、同会館4階の礼拝室「言論会館」で盛大に行われ、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長はじめ各部の代表、聖教新聞社の原田代表理事、また世界65カ国・地域280人のSGI(創価学会インタナショナル)の代表が出席した。

65カ国・地域のSGIの同志が集った世界聖教会館の開館記念勤行会。各地で正義の言論戦に挑み、世界広布の新たな大潮流を起こす誓いを胸に(言論会館で)

 JR信濃町駅から外苑東通りを北に進むと、左手に“白亜の大城”が姿を現す。その質実剛健な外観が、頭上に広がる青空と調和して美しく映える。

SGIの友が世界聖教会館の入り口に立つ「聖教新聞 師弟凱歌の碑」の前で。碑文を心に刻み、民衆勝利の時代へ、師弟共戦の師子吼を放ちゆく誓いを新たにした

 16日午後、SGIの友が広宣流布の新たな「言論の殿堂」である世界聖教会館に続々と集ってきた。目を向けたのは、正面玄関に設置されている「聖教新聞 師弟凱歌の碑」。同会館の竣工に合わせて池田先生が寄せた碑文が、日本語と英語で刻まれている。
 「広宣流布とは言論戦である。仏法の真実と正義を叫ぶ、雄渾なる言葉の力なくして、創価の前進はない」「此の地から、永久に師弟共戦の師子吼が放ちゆかれることを信ずるものである」

4階の礼拝室「言論会館」。須弥壇の基底部には、五大陸と47都道府県の石や世界の機関紙・誌、全国の配達員・通信員の名簿を収めたCDなどが納められている

 真実と正義を叫ぶ師弟共戦の師子吼――これこそ創刊以来、変わることのない聖教の誉れの使命である。
 1950年8月24日、事業の苦境にあった戸田城聖先生は池田先生に語った。「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ。学会も、いつか、なるべく早い時期に新聞をもたなければいけない」
 この“師弟の語らい”が起点となり、翌51年4月20日に本紙は創刊された。
「世界」をモチーフにデザインされた世界聖教会館のエントランス。床には五大陸の石がちりばめられている
 「聖教新聞を日本中、世界中の人に読ませたい」との戸田先生の熱願を胸に、池田先生は小説『人間革命』『新・人間革命』の連載など、激務の合間を縫って自らペンを執り続けた。そして、創価の真実と正義を明らかにしながら、世界中の同志に勇気と希望の光を送り続けていった。その中で、創刊から68年となる本年の1月20日、本紙は2万号を記録した。

2階の編集室。柱が少ない広々とした空間が特徴で、新聞制作に関わる業務を一つのフロアで行うことができる

 さらに、9月の世界聖教会館の竣工以来、池田先生ご夫妻は同会館を2度訪問。全同志に喜びが広がる中、学会創立の月・11月の開館に向けて、全国各地で本紙の購読推進が大きく進んだ。世界聖教会館は、こうした師弟共戦の同志をはじめ、読者、無冠の友(配達員)、通信員、新聞長ら多くの方々の真心に支えられて完成したのである。


世界聖教会館は、地元・信濃町商店振興会も祝福する中で開館を迎えた

 

世界聖教会館は、地元・信濃町商店振興会も祝福する中で開館を迎えた

 晴れの開館記念勤行会では、谷川主任副会長が世界聖教会館の建物の概要を紹介した。
 原田会長は冒頭、池田先生が詠み贈った3首の和歌を発表。また聖教新聞の創刊の原点に触れつつ、恩師の構想の一切を実現してきた池田先生の闘魂を継ぎ、新たな決意で正義の言論の大潮流をと呼び掛けた。

学会創立100周年へ、広布の言論戦を今ここから!――世界聖教会館の開館記念勤行会に参加した各部の代表や65カ国・地域の海外の友らが決意にあふれて


◆「創価学会 世界聖教会館」が開館 池田先生が全同志に和歌贈る 2019年11月18日

 きょう11月18日、創価学会は栄光燦たる創立記念日を迎えた。この節目に合わせ、東京・信濃町に建設された師弟の言論城「創価学会 世界聖教会館」が待望のオープン!
 池田大作先生は創立89周年と世界聖教会館の開館を祝賀し、全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み贈った。

池田先生の和歌
言論で
 勝ち征く師弟の
  創立日
 世界の聖教
  乱世に師子吼を

無冠なる
 友が城主の
  大城なれば
 幸の仏縁
  民衆の大地に

自他共に
 智慧と慈悲との
  聖火をば
 喜び掲げ
  正義の走者と

◆原田会長のあいさつ(要旨)――「創価学会 世界聖教会館」開館記念勤行会から 2019年11月18日
 師弟の闘魂を受け継ぎ 平和と正義の大潮流を

 一、「創価学会 世界聖教会館」開館記念勤行会を65カ国・地域280人の同志と共に、晴れやかに開催することができました。誠におめでとうございます(大拍手)。
 
 一、世界聖教会館には、池田先生も既に2度、ご訪問くださり、世界広布のますますの前進と言論戦の勝利を祈ってくださいました。
 1階に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」につづられている通り、戸田先生が聖教新聞発刊の構想を示されたのは1950年8月24日。奇しくも池田先生が入信されて、ちょうど3年となる日でありました。「創価学会 世界聖教会館」に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」

「創価学会 世界聖教会館」に設置された「聖教新聞 師弟凱歌の碑」

 事業が暗礁に乗り上げた戸田先生は、この日、学会の理事長を辞任。事業について新聞記者に取材を受けた際、戸田先生は、言論の持つ大きな力を痛感されました。
 明日をも知れぬ状況の中で、戸田先生はなお広布の未来を見据え、「学会も、いつか、新聞を持たなければならない。大作、よく考えておいてくれ」と、機関紙発刊の準備を池田先生に命じられたのです。
 さらに、本日11月16日も、創価の未来を決する大切な師弟の語らいがあった日です。すなわち、戸田先生が池田先生に創価大学の設立構想を語られたのが、69年前のきょうなのです。

2021年の開学50周年へ、発展を続ける創価大学(東京・八王子市)
 晩秋になっても、戸田先生の事業の状況が好転することはありませんでした。新聞創刊も大学創立も、こうした厳しい現実の真っただ中で構想されたのです。
 その後、人生の厳冬ともいうべき時に、池田先生は阿修羅のごとく戦い、師匠を守り抜かれました。
 その激闘によって「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との御聖訓の通り、事業の整理は劇的に進み、翌春の51年4月20日、聖教新聞は産声を上げました。
 その2週間後、戸田先生は第2代会長に就任。広宣流布への本格的な前進が開始されたのです。
 一方、池田先生が創価大学の設立構想を正式に発表されたのは、第3代会長就任から、わずか4年後の64年。そして、そこから7年のうちに創価大学は開学をみたのであります。

日本、そして世界各国の尊き配達員「無冠の友」。雨の日も、風の日も「銀の道」を走る。その姿には“師との絆”“広布への使命感”が光り輝く
 一、かつて池田先生は語られました。
 「(戸田)先生と私(池田先生)の二人きりのとき、先生は言われました。
 『大作が、もしか会長になったら、何カ国ぐらいの国に広宣流布できるか』と。
 当時の学会は、日本のことだけで精一杯でした。しかし、戸田先生は鋭く世界を展望しておられたのです。
 私は答えました。
 『必ず全世界に仏法を弘めます!』
 『それは何カ国だ』
 『100カ国以上に弘めていきます』
 先生は涙ぐんでいました。私が言えば、必ず実行することは分かっておられましたから。
 事業の失敗で苦境にあった師をお護りし、師の広布拡大の大願を成就させ、文化と教育の大構想も、すべて実現してきました。
 師匠が喜び、安心し、勝利する――そのためには、どんなことでも成し遂げる。そういう弟子であったのです。これが本当の師弟の関係です」と。

旭日に照らされる「創価学会 世界聖教会館」。「太陽の言論城」から、人間主義の哲学を日本中、世界中へ!
 本日、広宣流布の新たな言論城に、池田先生が恩師に誓った世界広布の人材が集結しました。この言論会館での集いこそ、池田先生の師弟勝利の実像であります。
 だからこそ私どもは、最大の苦境の中で一切を変毒為薬し、恩師の大構想の一切を実現してこられた池田先生の闘争に続き、“師匠が喜び、安心し、勝利するために、どんなことでも成し遂げる”――この本当の師弟の闘魂を断固、受け継いでまいりたい。
 広宣流布の根幹は、どこまでも言論闘争です。世界を平和へ、幸福へと導く、正義の言論の大潮流を、きょうから新たな決意で、ともどもに巻き起こしてまいりたい。
 そして、池田先生に、喜び、安心していただける弟子の勝利を、これからの聖教紙上に、各国の機関紙・誌に、さらには万年の広布史に、厳然とつづりゆこうではありませんか(大拍手)。

◆姉妹紙・誌の編集長から祝福と決意の声 セイキョウを世界中に読ませたい 2019年11月18日
 
イタリア アンナ・コンティさん

 聖教新聞は、世界の同志にとって歓喜と励ましの源です。世界聖教会館から世界に、創価の師弟の光が燦々と送られゆくことを望んでおります。
 イタリアには、機関誌「新ルネサンス」「仏法と社会」と、青年部のウェブサイト「間断なき飛翔」がありますが、今回の新出発に当たり、私たち編集部も、池田先生の人間主義のビジョンをより広く伝え、広宣流布に貢献し続けていく決意を固めています。
 イタリアの機関誌は、学会指導や教学、同志の信仰体験を掲載し、メンバーの人間革命の糧になっています。また各界のオピニオンリーダーのインタビュー等を紹介し、社会との懸け橋の役割も担っています。2年前からデジタル化を進め、動画や音声も楽しんでもらえるようになりました。読者に師匠の心が届くよう、先生の指導の翻訳等に真剣に挑みながら、写真やデザインにも力を入れ、いつもフレッシュな記事を心掛けています。
 先生の指導を学び、常に“師匠と対話”しながら、明年の「11・18」を目指し、必ずや報恩の実証を示してまいります。

カナダ グレン・ターナーさん

 世界の同志が待望する新たな「師弟の言論城」の誕生を、心よりお祝い申し上げます。
 多様な人々が共生するカナダでは、毎月、英語、中国語、フランス語の3言語で、四つの機関誌を発刊しています。
 とりわけ、池田先生の2度目のカナダ訪問(1981年6月)の際に、先生のご提案によって誕生した機関誌「ニューセンチュリー(新世紀)」には、池田先生がつづってくださった指針、カナダメンバーの信仰体験、青年部や未来部の特集企画などを収録。座談会や各種グループの勉強会等での研さん教材として、広く愛用されています。
 日本の約27倍という広大な国土を擁するカナダでは、会館に集うことが難しい地域に住むメンバーもいます。そうした友にとって、「ニューセンチュリー」は、池田先生や学会の同志との絆を結ぶ重要な役割を果たしています。
 私たちは、“創価の師弟の魂をカナダ全土に広げゆく”との誓いを胸に、平和の時代を切り開く原動力となる誌面作成に、これからも懸命に取り組んでまいります。

◆「創価学会 世界聖教会館」開館記念勤行会に参加した海外リーダーが感動を語る  2019年11月18日

 開館記念勤行会に参加した各国のリーダーの声を紹介する。

【オーストラリア】クリス・ステインズ理事長
 創価の人間主義の哲学を広げゆく決意を新たにしました。
 池田先生のオーストラリアご訪問55周年の本年、私たちは、先生の指針を掲載した機関誌「インディゴ」を学び深める中、拡大の歴史を打ち立て、この重要な佳節を飾ることができました。
 明年はオセアニア総会を盛大に開催する予定です。必ずや“1万人の陣列”を築き、勝利の結果を先生にお届けします。
 
【イギリス】ジャスティン・マーチャント婦人部長
 世界広布新時代の新たな言論城である世界聖教会館を訪れることができ、大変感動しています。
 戸田先生と池田先生の師弟の語らいから聖教新聞が誕生した歴史、そして、池田先生が聖教新聞を主戦場としてペンの闘争を展開されていること等を、あらためて学びました。
 師の闘争に続き、新たな決意で広布の言論戦に挑み、希望の励ましを広げてまいります。
 
【パラグアイ】ヒロシ・カタオカ理事長
 聖教新聞の歴史は、戸田先生、池田先生が自らペンを執られ、同志に勇気と希望を送ってこられた歴史そのものです。“師弟の勝利の結晶”である世界聖教会館に来館でき、感動で震えました。
 パラグアイにも、草創期から“広布の弾丸”として同志に親しまれる月刊誌「パラグアイ・セイキョウ」があります。この“セイキョウ”の拡大に挑み、師弟の言論闘争に連なっていく決意です。

【韓国】金?希婦人部長
 歴史的な開館記念勤行会に参加させていただき、心から感謝申し上げます。池田先生と共に開館をお祝いでき、これ以上の喜びはありません。
 世界聖教会館は、世界宗教として飛翔する創価学会の未来を象徴するような壮麗な建物だと思いました。
 世界中に希望のメッセージを届ける聖教新聞と共に韓国の機関紙「和光新聞」も発展させゆくことを婦人部一同、懸命に祈り、支えてまいります。

◆関東各地でにぎやかにSGI交流交歓会 2019年11月18日

 SGI秋季研修会で来日中の各国の友が17日、関東各地で行われた交流交歓会に参加した。

アフリカの友は埼玉平和会館へ
歓喜の輪が広がった埼玉・浦和大勝区の交流交歓会。長野裕資さんの演奏に合わせて、アフリカの友が歌声を披露した(埼玉平和会館で)

歓喜の輪が広がった埼玉・浦和大勝区の交流交歓会。長野裕資さんの演奏に合わせて、アフリカの友が歌声を披露した(埼玉平和会館で)

 希望の大陸・アフリカのガーナ、ケニア、ザンビア、南アフリカの同志は埼玉平和会館へ。埼玉・浦和大勝区の友と交流した。
 信仰の喜びを分かち合い、音楽などで心通わせた交歓会では、南アフリカのジャニーンヌ・ド・プレズさんが体験発表。師との誓いを胸に、教師として、子どもたちのために奮闘する模様を報告した。続いて、アフリカの友が、軽快なリズムと共に歌を披露。力強い歌声に会場が沸いた。
 
 続いて、長野裕資さんが活動体験を報告。母・敦子さんのピアノの音色と共に、ガーナの民族楽器・パンロゴを叩いて、情熱的な歓迎演奏を行い、会場は喝采に包まれた。
 加藤守治区長、馬目幸子同婦人部長があいさつし、求道の同志を迎えた喜びを語った。
群馬王者総県の交歓会には北欧の友が参加

群馬・渋川文化会館での交歓会では、北欧の友を群馬王者総県の同志が拍手で歓迎。笑顔あふれるひとときとなった
 群馬王者総県(柏瀬総県長、後藤婦人部長)の交歓会は渋川文化会館で行われ、北欧のデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの友が参加した。
 Welcome to Gunma!――入り口で未来っ子の掛け声で出迎えられる中、SGIの友は場内へ。メンバーが着席する頃には、外の寒さを忘れさせるほど、場内は笑顔と熱気に包まれていた。
 遠来の友を歓迎しようと、女子部の志水真菜さんが琴の演奏を披露。少年少女部の「希望の王子王女合唱団」が「Be Brave! 獅子の心で」などを元気いっぱいに歌い上げた。
 干川さち子さんが、がんと闘い抜いた信仰体験を発表。スウェーデンのローレンス・スコグルンドさんは、経済苦を乗り越えて、功徳の人生を歩む歓喜を語った。
 北欧の友が欧州青年部の愛唱歌「欧州の青年よ 光り輝け!」を合唱。田島副総群馬長があいさつした。

◆会長選出委員会行う 原田会長を再任  2019年11月18日

 創価学会の会長選出委員会(議長=山本武総務会議長)が、17日午前11時から東京・信濃町の学会本部別館で開かれ、全員の賛同で原田稔会長を再任した(4期目)。
 同委員会は、原田会長の任期(4年)が11月17日をもって満了となることから、創価学会会則に基づき、次期会長選出のため行われた。

◆本社移転のお知らせ 2019年11月18日

 読者の皆さまには、いつも本紙を支えていただき、ありがとうございます。
 このたび、東京・信濃町の総本部に開館した「創価学会 世界聖教会館」内に、聖教新聞本社の機能が移転し、事業総局、編集総局ともに業務を開始しました。
 郵便物の宛先ならびに代表番号は、次の通りです。
    
 〒160―8070
 東京都新宿区信濃町7番地
 03(3353)6111
    
 聖教新聞社 

◆聖教を主戦場とした言論闘争――世界に広がる小説『新・人間革命』研さんの波  2019年11月18日

 本紙に連載されてきた池田先生の小説『新・人間革命』は1993年のスタートから25年で新聞連載回数日本一の6469回を刻んだ。完結から1年余。同小説は諸言語に翻訳され、世界各地で研さんの波が起きている。

英語、フランス語、スペイン語など13言語に翻訳されている小説『新・人間革命』。創価の“精神の正史”として世界中の友が読み深めている
 欧州では、今春から「『新・人間革命』世代よ 光り輝け!」と題して定期的な学習運動を推進。

チェコの青年部座談会。“小説を学んでの決意を具体的な行動に!”と語り合う(本年6月)
 またインド創価学会では月ごとに章を定め、全土で勉強会を開いている。

インド男子部のリーダーが部員宅で。小説を共に研さんしながら真心の激励(本年2月)

小説につづられた師の言葉を通して、希望の対話を弾ませるインド婦人部の友(本年9月)
 師の心をわが心に、「私は山本伸一だ!」と立ち上がる誓願は、世界広布の大きな原動力となっている。

師の言葉に勇気を奮い起こし、自らの人間革命に挑む南米ボリビアの女子部(昨年12月)

第30巻〈上〉の中国語(繁体字)版の出版発表会。作家・翻訳家の孫立川博士が編集・出版に携わってきた喜び等を語った(本年5月、香港で)

【特集記事・信仰体験など】

◆〈座談会〉 11月18日――我らの決意の誕生日 一人の本物の弟子が広布を実現2019年11月18日
 明「前進・人材」の年へ勢いよく

〈出席者〉
原田会長、
長谷川理事長、
永石婦人部長、
西方男子部長、
大串女子部長

 永石 「十一月十八日! この日は 我らの 決意の誕生日!」「世界平和を誓い 祈りゆく わが創価の 創立の日である」――池田先生は「11・18」を迎え、このように詠まれたことがあります。
 
 原田 学会は今、名実ともに“宗教界の王者”となり、一大平和勢力として、各界から大きな期待を寄せられています。
 
 西方 読売新聞では「11月の日程」として、さまざまな行事予定が報じられる中、「18日 創価学会創立記念日」とありました。
 
 大串 総本部のある信濃町では、地元の商店振興会の方が、「世界聖教会館完成 祝11・18」と書かれた“三色旗”を町の各地に掲揚してくださっています。
 
 原田 全国、全世界の同志の大奮闘のおかげで、お元気な池田先生・奥さまと共に、晴れわたる大勝利の「11・18」創価学会創立記念日を迎えることができました。本当におめでとうございます。
 
 長谷川 この日を祝し、待望の「創価学会 世界聖教会館」が開館しました(1~3面に詳報)。広布にまい進し、見事な聖教拡大に挑戦してくださっている全ての皆さまに、心からの感謝を申し上げます。
 
 永石 総本部の“玄関口”となる「創価学会 総合案内センター」もオープンし、多くの会員の皆さまをお迎えしています。来館された方から早速、喜びの声が届いています。
 
 原田 「見違えるような発展を続ける総本部と同じように、私も成長を続けていきます!」と語る同志も多くいます。全ては、不撓の闘争で今日の大発展の基盤を築いてくださった池田先生のおかげです。私たちは、先生の「会員第一」の精神をわが心とし、さらなる世界広布の推進に力を尽くしてまいりたい。


国も民族も世代も超え、学会が築き上げてきた人間共和の世界は、もう二度とつくることができない奇跡。この地球民族の大連帯をさらに大きく広げゆこう!(本年のSGI青年研修会)

青年の躍動に感嘆
 長谷川 「創価勝利の年」の一年も、青年を先頭に、世界中で素晴らしい拡大の歴史が刻まれました。

 西方 小説『新・人間革命』の最終回では、21世紀開幕の2001年「11・18」を記念する本部幹部会の模様が描かれています。席上、先生は、「一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる」との指針を示されました。
 
 大串 先日訪問したインドの皆さんは口々に、「アイ アム ザット ワン
 ディサイプル」と叫んでいました。これは、「その一人の本物の弟子は私です」との意味です。小説を“自身に宛てられたメッセージ”と捉え、「一人の本物の弟子」となって、インド広布を実現しようと本気で取り組んでいたのです。
 
 西方 国連の予測では、インドは2027年ごろ、世界最多の人口になるとされています。そのインドで今、学会は大発展を続けているのです。メンバーの数は、この5年で3倍以上になっています。
 
 原田 御書に「日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(589ページ)と仰せです。池田先生が東洋広布の道を開き、共戦の同志の大奮闘によって、日蓮大聖人の未来記は実現したのです。仏法史上、未聞の快挙です。
 
 西方 私がインドで出会った男子部員の中には、個人折伏を40世帯も50世帯も成就している方がいました。自分の組織を1年で2倍に拡大したという女子部員もいました。
 
 永石 インドの同志は、日頃から時間を見つけては唱題に挑戦しています。新本部の落成へ、メンバーが一丸となり、120億遍の題目を達成したほどです。
 
 大串 先生の思想も本当によく勉強していて、日本のメンバーが自己紹介すると、「その地域のことは、小説『新・人間革命』の〇〇の章に描かれていますね」と即座に返答するメンバーに何人も会いました。
 
 原田 インドもそうですが、どの国に行っても、各界の識者が感嘆するのは、“学会は青年が多い”“青年が立派に成長し、躍動している”ということです。
 
 長谷川 草創期、戸田先生が、あるラジオ局のインタビューで、「創価学会に青年が多いのはなぜか」と質問されたことがあります。戸田先生は、「それは哲学が深いからである」と明快に答えられました。それが今、世界中で証明されているのです。本当に感動的なことです。
 
 原田 「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(御書1467ページ)です。先生にお会いしたことのない青年たちが各国で、仏法に出あい、先生の思想と行動を学び、「先生ならどうされるか」を心で問いながら、地涌の使命に生き抜いています。私たちも今こそ、「わが地域の広宣流布を自身が必ず成し遂げてみせる!」と決意し、さらなる拡大、さらなる人材育成に励んでいきたい。

全員が「宝の人材」
 長谷川 各地では今、新しい人事が進められ、新たなスタートを切っている地域も多くあります。「人事の交代は、これまでの人と、これからの人の両方が一段と成長する。一段と朗らかになる。そして一段と勝利を決していけるようになる。これが大事だ」と先生は言われています。
 
 永石 「新しい人も、交代する人も、全部、新しい使命であり、任務であると思って、張り切って戦っていきなさい。一切が、仏になるための仏道修行である。新しく戦っていく人も、若々しく、断じて勝利して、仏になっていくんだ」とも指導されています。
 
 原田 新たな立場に就く方も、そうでない方も、全員が大切な宝の人材です。学会は、広布のためにたゆまず人材を育成していくのです。皆が清新な決意で、学会創立90周年の明「前進・人材の年」へ勢いを増して進んでいきましょう。

◆アメリカ創価大学卒の病理医 反対していた父が入会へ 〈信仰体験〉 2019年11月18日

 【東京都文京区】都内の大学病院に勤務する安井万里子さん=区女子部主任部長、創価女性医学者会議書記長。産婦人科医や小児科医よりも不足し、全国に2500人ほどしかいない病理医の一人である。病理解剖や組織・細胞診断などを行い、病気の原因を探る。患者を直接診察はしないが、「採取した組織・細胞の向こうには、生きた患者さんがいます。的確な診断を待っている人がいます」。この熱い思いを胸に顕微鏡をのぞき込み、ガラス片の上の小さな細胞に向き合う。

 アメリカから帰国し、空港に降り立った安井さんの表情は、決意に満ちていた。
 「私の挑戦は、今ここから始まるんだ」
 2007年(平成19年)5月。当時、アメリカ創価大学(SUA)出身の医師は、まだ一人もいなかった。
 しかも安井さんは理系ではなく文系卒。国公立大学医学部への編入は難関。倍率は数十倍という狭き門を突破しなければならない。
 しかし、安井さんの胸には、創立者への誓いが燃えていた。SUAの入学式で、世界13カ国から集った若き英才たちに、池田先生は呼び掛けた。

 「皆さんの奮闘によってこそ、創価教育の50年先、100年先への軌道は豁然と開かれゆくにちがいない。いな人類の未来を照らす、生命ルネサンスの希望の曙光が、ここ(アメリカ)アリソビエホの丘から、燦然と輝きゆくことを、私は確信しております」
 研究者か、医師か、進路に悩んだ3年次。決め手となったのは、入学の日の誓いだった。「私が道を開くんだ!」。あえて困難な道を選んだ。
 卒業後、1年間、医大受験専門の予備校に通い、勉強漬けの日々。食事が全くのどを通らないほど、プレッシャーに押しつぶされそうな時もあった。挫けそうになるたび、“何のために学ぶのか”と原点を思い出した。
 努力は実り、複数の国公立大学に合格。長崎大学医学部へ2年次後期から編入した。

 「長崎で過ごした5年間は、本当に貴重な日々でした」
 見知らぬ土地での初めての1人暮らしが始まったが、不安はすぐに払拭された。
 座談会に行けば、いつも同志が温かく励ましてくれた。婦人部の先輩の家で夕飯をごちそうになったこともある。
 多宝会の“おばあちゃん”に言われた言葉が忘れられない。
 「立派なお医者さんになってね。本当に楽しみだわ。あなたは私らの希望だよ」
 期待に応えたいと思った。報恩の思いが心を強くしてくれた。
 長崎大学の卒業を控えた安井さんは13年3月、医師国家試験に合格。創立者・池田先生に報告すると、伝言と和歌が届いた。

 「卒業してもなお、創価同窓生の成長を心から喜んでくださる創立者がいる。弟子を見守り続けてくださる師匠がいる。それがどれほどありがたいことか、言葉では言い尽くすことができません」
 研修医として2年間の経験を積んだ後、東京大学大学院博士課程へ進み、「ウイルスが関連する胃がんの発がんメカニズム」をテーマに研究。今春、病理学で博士号を取得した。
 今年9月末には、第78回日本癌学会学術総会で研究事例を紹介。今後、論文としてまとめ、国際学術誌に提出する予定である。

 ずっと心の中で悩んできたことがある。父・俊行さん(71)=東京都小金井市、壮年部員=のことだ。
 結婚当初から信心に理解のなかった父は、母・慶子さん=支部副婦人部長=と信心や学会活動のことで、よく口論になった。
 母が娘の東京創価小学校への進学を希望した時もそう。学園の素晴らしさを語り続ける母に、根負けした父は、しぶしぶ承諾したという。
 母と娘は、学校行事には必ず父を誘った。学園のことを、創立者のことを、父の目で見て知ってほしかった。
 そんな中、安井さんを突然の病が襲う。卒業が間近に迫った中学3年の冬、体に異変を感じた。腰のくびれの形が明らかにおかしい。恐ろしくなり、病院へ。

 特発性脊柱側弯症との診断だった。原因は不明。成長するにつれ、背骨がねじれ曲がっていく。医師からは「進行すれば、手術をしなければならない」と宣告された。
 “私どうなってしまうの?”。最悪の事態ばかり浮かび、涙が?を伝う。将来への不安が渦巻き、どうすることもできない現実を突き付けられた。
 「万里ちゃん、お題目しかないよ」。母は毅然とした口調で、そう言うと、毎日一緒に祈ってくれた。3年間、矯正用のコルセットを身に着けた治療が奏効し、手術をすることもなく症状は治まった。
 「悩み苦しんだからこそ、長くつらい闘病体験は私の財産になっています。苦しむ人の役に立ちたいという思いが強くなりました」

 「ジグソーパズルをやりたいんだけど。お父さん、手伝ってくれない?」
 昨年2月、寡黙な父と二人きりで半日を過ごした。父は腎臓専門の内科医。思えば小さい頃から、多忙な父と過ごす時間は少なかった。思春期になると、ますます距離を置いた。
 そんな父との溝を埋めるように、バラバラのパズルのピースを、一つ一つはめていく。
 たわいもない世間話や、医学上の相談にもなった。しかし父は考え込んでいるのか、照れているのか、ほとんど言葉を発しない。
 ――“学会や池田先生のことを本当は理解し信頼しているからこそ、学園に通わせてくれたのではないだろうか”。御本尊に祈ると、父への感謝の思いがあふれてきた。
 「親孝行をするんだよ」。この池田先生の呼び掛けが、いつも胸の中にあった。「親孝行の時は今しかない」と思えた。

 「お父さん、学園からSUAにまで行かせてくれて、本当にありがとう」。下を向いたまま、うなずく父。「私、お父さんと一緒に信心をやりたい」。率直な思いをぶつけると、父は「一晩考えさせてくれ」とつぶやいた。
 翌朝、父は「私もやってみるよ」と。今度は安井さんの方が感動で言葉にならなかった。
 父は70歳の誕生日となった昨年4月2日に創価学会に入会した。
 「和楽を祈り続けた母の姿もそうですが、父の存在は、諦めずに信じ抜くことの大切さを教えてくれたんだと思います。両親には感謝しかありません」
 一家で歩み始めた幸福への道。この確かな道を、秋の柔らかい陽光が照らしていた。

〈世界の体験プラザ〉3次元映像開発アーティスト アニメ作品で米アカデミー賞

 笹川信輝さんは現在、アメリカ西海岸カリフォルニア州にあるCGアニメーションの制作会社ソニー・ピクチャーズ アニメーション(SPA)で、3次元映像開発(3Dビジ゜ュアル・ディベロップメント)のアーティストとして活躍している。

2019年11月17日 (日)

2019年11月17日(日)の聖教

2019年11月17日(日)の聖教

◆わが友に贈る

 若い人を励ませば
 自分も若々しくなる。
 青年と共に成長し
 青年の息吹で進む。
 そこに栄えの道が!

◆名字の言

一本の木を見るために、彫刻界の巨匠・平櫛田中の美術館(東京都小平市)に足を運んだ。入り口付近に置かれた直径約2メートル、重さ5・5トンのクスノキは圧倒的な存在感があった▼107歳まで生きた田中。この美術館は彼が晩年の10年間を過ごした旧宅が基になっている。彼の畢生の大作といえば、現在、国立劇場に展示されている「鏡獅子」。歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎をモデルに、完成まで22年を要した、高さ2メートル余りの木造彫刻だ。美術館のクスノキは、これに匹敵する作品を彫るために用意した原木という▼この木を調達した時、田中はすでに100歳だった。巨木は作品の素材という以上に、創作を通して自分自身を鍛え上げる“戦いの舞台”だったのかもしれない。重ねた長い歳月を礎とし、「今」に真剣勝負で臨んでいく生き方を垣間見た▼あす18日に学会は創立89周年を刻む。創立の精神を確認する日であるとともに、師と共に明90周年へ向かう「出発の日」でもある▼田中は「いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる」と書にしたためた。使命の道を突き進む「時」は、“いつか”ではなく“今”。その道を歩み抜くのは、ほかでもない“自分自身”。明「前進・人材の年」の意義にも重なる。(白)

◆寸鉄

創価学園で「英知の日」の
記念行事。庶民守る大樹
と育て。創立の精神胸に
     ◇
思い込みのブレーキを破
れば無限の力が―文豪。
今日より明日と一念強く
     ◇
困った時には近隣と助け
合いたい―6割。絆結ぶ
普段の挨拶・声掛けが鍵
     ◇
家族の日。感謝し尊敬し
合う心が一家和楽を築く
土台。わが振る舞いから
     ◇
公明ありて福祉は政治の
主流に―評論家。永遠に
大衆と共に!結党55周年

◆社説 世界に広がる教学運動 「行学の二道」こそ学会の根本

 学会創立90周年の明「前進・人材の年」に向けて、世界65カ国・地域の同志280人が集い合い、「SGI秋季研修会」が開催されている。

 15日には、森中SGI教学部長の担当で「教学研修」が行われ、池田先生の御書講義「世界を照らす太陽の仏法」<人間革命の宗教>の中から、「師弟共戦」をテーマに学び合った。
 師弟の誓願に生き抜く同志が、師のもとで、世界広布の拡大を約し合う姿は、「法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(御書265ページ)との御聖訓を、現実の上で示しゆくものだった。
 現在、世界中で弘教拡大・人材育成への取り組みが進む中、その原動力となっているのが教学の研さんである。
 先月はインド、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピンで教学研修会が開催され、池田先生の御書講義を学び合い、質問会も活発に行われた。
 最近の質問会で数多く聞かれるのが、「どうすれば師弟の精神を継承できるか」「広宣流布の誓願を貫くために大切なことは何か」といったものである。青年部はもちろん、未来部や壮年・婦人部と、さまざまな世代の同志が「広宣流布の主体者」の自覚に立ち、真剣に思索を重ねている。
 そうしたメンバーは教学研修などの機会を通じて、池田先生の御書講義や小説『新・人間革命』を学び、日蓮仏法が「人間革命の宗教」であるとともに、「師弟共戦の宗教」であることを確認。師弟といっても弟子の戦いこそ重要であると銘記し、常に師と共に戦い続けていく決意を固め合い、勇んで弘教拡大に挑戦している。
 「諸法実相抄」には、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(同1361ページ)と仰せである。
 池田先生はこの一節を拝し、「『御書』を根本に、創価は永遠に前進する。『行学の二道』を貫くゆえに、我らに停滞はない。御書を開けば、幸福の道が開かれる。いかなる『宿命』も『使命』に変え、生老病死の荒海を勝ち越えゆく航路が示されている」(「心に御書を」)と、つづっている。
 学会の伝統は「日蓮大聖人直結」「御書根本」で、広布に邁進してきたことである。
 世界広布が同時進行する今、一人一人が日々、御書をひもときながら、世界の同志と共に一層の勇躍前進を重ねていきたい。

◆きょうの発心 経王殿御返事  母の背中から信心の姿勢を学ぶ 2019年11月17日

御文 わざはひも転じて幸となるべし、あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 災いも転じて幸いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

 御本尊を信じ唱題し抜いた人は、必ず願いを成就できると教えられています。

 学会3世として生まれた私は、どんな苦難も唱題と学会活動に励む中で乗り越える両親の背中を見て育ちました。
 高校生になり、自分に自信がもてず壁にぶつかった時、小説『人間革命』を研さん。全ての人に使命があること、そして母が語っていたとおり、一人一人を真心から激励される池田先生の温かさに感動したことが信心の原点です。
 92歳になる母は、4年前に認知症と診断。骨折や腎不全などのため、6回、入院しましたが、強い生命力で不死鳥のようによみがえり、看護師や施設のスタッフを驚かせました。信心で積んできた「心の財」は壊れることはないと実感しています。
 一昨年、母の闘病が縁で知り合った方への弘教が実りました。昨年、叔父も
入会。これらも母のおかげと感謝しています。
 北海道の心臓部・函館の誇りを胸に“4年連続の世帯増”達成の先駆を切ってまいります。
北海道・函館総県婦人部長 木村久美子


【先生のメッセージ】


◆創価学園「英知の日」への池田先生のメッセージ  「学びの道」継ぐ青春の挑戦王たれ 2019年11月17日

北海道・札幌創価幼稚園の園児たちは、元気いっぱい。どんなことにも輝く笑顔で取り組む“太陽の子”に!


北海道・札幌創価幼稚園の園児たちは、元気いっぱい。どんなことにも輝く笑顔で取り組む“太陽の子”に!

 一、巡り来る11月18日は、私たち「創価教育」の「原点の日」であります。
この日は、創始者である牧口常三郎先生が、平和と人道の信念を貫き通して、軍部政府の不当な弾圧によって獄死された日でもあります。今年で75年。牧口先生は悲願であった「創価の学びや」で凜々しく成長する皆さん方の晴れ姿こそ、何よりの喜びとされるでしょう。先生の会心の笑顔が胸に迫ります。
 牧口先生は、幼き日から青春時代、さらに最晩年まで一生涯、学んで学んで、学び抜かれました。きょうは、その偉大なご生涯を偲びつつ、先生が開き示してくださった三つの「学びの道」を、皆で受け継いでいきたいと思うのです。

読書は希望の力

関西創価小学校では、全員が“創価のメロスに”を合言葉に、友への感謝の心で一日一
日を走り抜いてきた(大阪・枚方市で)

 一、第一に「学びの道」は朗らかな「希望の道」なり、ということであります。
 新潟県柏崎市の荒浜(現在)に誕生した牧口先生は、幼くして実の父母と別れて、逆境の中で成長していきます。家の仕事の手伝いをせねばならず、小学校に思うように通えない日もありました。でも、そういう時は、仲の良い友だちに授業の内容を砂浜に書いてもらって教わりました。どんな境遇でも、学ぼうという情熱を燃やし、たくましく前へ前へ進んでいったのです。共に学ぶ仲間とは、朗らかに一生涯の友情を結んでいきました。
 13歳の頃、北海道へ渡り、警察署で給仕として働きながら、暇があれば、本を開き、一心不乱に勉強していきます。「勉強給仕」と呼ばれるほど尊い努力の日々は4年間。今の中学生・高校生の年代に当たります。
 そして、その姿に心を打たれた人たちからの支援に応え、学校の先生を養成する師範学校へ進学を勝ち取っていったのです。
 牧口先生には、いつ、いずこにあっても、一緒にいる大切な親友がいました。それは「本」です。「読書」こそを、「希望の力」とされたのです。
 女性教育の先駆者でもあった先生は、日本で最初の少女雑誌を編集された折、苦労して学ぶ乙女たちを激励して呼び掛けました。
 “我らは書物のおかげで、いながらにして世界万国の人々と話をすることもでき、また千年前の人の教えも受けることができます”と。
 そして良書という、楽しく面白く、しかも親切に真実の力になってくれる親友を、生涯、そばから離さないようにしようと、訴えておられました。
 ですから、わが学園の読書の伝統を、牧口先生はさぞかしたたえてくださっているでしょう。今、皆さんが時間を工夫して読み進める一冊一冊が、心の天空を広げ、英知の大地を耕し、創造力の大海原を豊かにしてくれるのです。

勇気の一歩を!

東京創価小学校の集い。児童たちは“読書で英知の扉を開こう!”と多くの本との出あいを重ねてきた

 一、第二に「学びの道」は不屈の「勇気の道」なり、ということであります。
 日本の軍国主義が吹き荒れる時代にも、牧口先生は民衆の大地に飛び込んで、苦悩の庶民を励ましながら、生命尊厳の平和の哲学を互いに学ぶ対話を広げていかれました。人間が人間として学び合い、励まし合い、高め合う権利は、誰人たりとも奪うことはできません。先生は迫害の牢獄でも、悠然と、たゆまず読書に励み、最後の最後まで、断じて哲学の探究をやめなかったのであります。
 この偉大な牧口先生に続く創価の青年にとって、学ぶことは即、正義の戦いです。ゆえに、苦しみながら、悩みながら、もがきながらでいい。自分らしく学びの一歩を、日々、踏み出していく。この勇気を忘れないでいただきたいのです。
 第三に「学びの道」は世界市民の「連帯の道」なり、ということであります。
 牧口先生は、若き日から、地球全体の自然環境、人類全体の生活文化を研究され、「世界市民」の教育に先駆けて取り組まれました。小学校の校長として、直径2メートルもの大きな地球儀を教材に、児童の心を世界に広げたこともあります。さらに、自らも激務の中で生き生きと英語の習得に挑まれていました。
 私の師匠・戸田城聖先生の「地球民族主義」というビジョンも、この牧口先生から継承されたものです。
 創価の大理想を断固と実現し、両先生の偉大さを世界中に宣揚すると決めて、私は戦い続けてきました。学園の創立者として皆さんの先頭に立って、世界市民が学び合う平和・文化・教育の大連帯を築き上げてきました。一切は、弟子で決まる。後継の勝利こそ、先人の勝利だからです。

「負けじ魂」で進め

自身の課題を、一つ一つ乗り越え、学園創立記念日を飾った東京・創価中学校の生徒たち(東京・小平市で)

 一、世界の知性との対談集も、トインビー博士をはじめ80点に及びます。
 その一人、中国教育学会名誉会長の顧明遠先生の言葉が思い起こされます。
 「この瞬間も大きく変化している社会において、ただ学ぶということだけが、新しい創造を生み、不敗の地(決して敗れないという天地)に立つことができるのです」と。
 これから皆さんは、ますます変化のスピードが激しくなる時代に直面します。だからこそ、「さあ何でも来い!」と立ち向かい、勇敢に学び抜いてください。悔しい失敗や敗北からさえも学んでみせるという「負けじ魂」で、大胆かつ聡明に前進していただきたい。「常勝不敗の英知の大城」で学ぶ旭日の学園生は、どんな闇も晴らして、新たな価値創造の暁を告げてくれたまえ!
 牧口先生、戸田先生とご一緒に、私はいつも、奇しき縁で結ばれた、わが命の学園生を一人一人、見守っています。皆、健康第一で、青春の挑戦王たれ!(大拍手)


【聖教ニュース】

◆東西の創価学園「英知の日」記念行事  創立者が祝福のメッセージ贈る 2019年11月17日
 
 東西の創価学園で16日、11・18「学園創立記念日」を祝賀する「英知の日」記念行事が開催された。これには創立者の池田大作先生がメッセージを寄せ、心から祝福。今年度の卒業予定者に卒業指針を贈った。また同日、札幌創価幼稚園でも記念の集いが行われ、同幼稚園の新園舎の建設が発表された。
                                                                   ◇
 『創価教育学体系』発刊の日(1930年)であり、創価教育の父・牧口常三郎先生の殉教の日(44年)である11月18日は、創価学園の創立記念日。「英知の日」と呼ばれる。
 7・17「栄光の日」、10・10「情熱の日」という成長の節を刻んできた学園生たちは、この「11・18」を目指し、あらためて自らに問い掛ける。“何のために学園で学ぶのか”“学園生の使命とは何か”と。
 その答えを探求し、創立者への誓いを行動で示そうと、皆が勉学や読書に、友との対話に、校内の清掃活動にと、自身が定めた目標に取り組んできた。

「英知の日」記念式典を、晴れやかな勝利の姿で迎えた東京・創価高校の生徒たち。清新な歌声に、創立者と学友への感謝を込めて(東京・小平市の創価学園で)

 迎えた各校の集いでは互いの健闘をたたえ合う学園生の姿が。明春の卒業式へ成長の日々を!――鳳雛たちは使命の大空へ飛翔しゆく決意を、校歌や愛唱歌の歌声に託した。

関西創価中学校・高校では全校を挙げて語学や勉学、クラスでの群読などに取り組んできた。創立者への誓いを胸に合唱を披露(大阪・交野市の関西創価学園で)

卒業指針
 <中学校・高校卒業生へ>
 今日も勇気の一歩を!
 負けじ魂で青春勝利の旗を!
 奇しき縁の君よ
 新時代を創る英知の旭日たれ!

 <小学校卒業生へ>
 わが命の君よ!
 世界へ 未来へ
 学びの大道を!
 父母を胸に
 揺るがぬ大樹とそびえ立て!

 <幼稚園卒園生へ>
 未来をてらす光の王子・王女よ
 学ぼう! 伸びよう! きたえよう!
 つよく ただしく のびのびと!

◆韓国釜山広域市沙上区が池田先生ご夫妻を名誉区民に   2019年11月17日

池田先生に贈られた「名誉区民牌」



池田先生に贈られた「名誉区民牌」

香峯子夫人に贈られた「名誉区民牌」
 韓国・釜山広域市の沙上区から、池田大作先生と香峯子夫人に「名誉区民」称号が贈られた。韓日友好の促進と文化交流への多大なる功績、同区発展へのリーダーシップをたたえたものである。授与式は7日、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の沙上幸福文化会館で盛大に行われた。式典には、金大根区庁長をはじめ、張仁洙区議会議長、尹泰漢同副議長等が出席。同SGIの金仁洙理事長、金?希婦人部長、釜山第4方面の代表ら600人が祝福した。

 「勇気の対話で人類の幸福と繁栄、恒久的な世界平和を実現するために尽力してきた池田大作先生こそ、この時代の真の平和建設者です!」
 「名誉区民」称号授与式の席上、登壇した金区庁長が語ると、場内は大きな喝采に包まれ、地元同志の笑顔が咲いた。
 沙上区は交通と物流の要衝であるとともに、韓国最長の川・洛東江に面し、豊かな自然に恵まれた天地。ここを舞台にSGIの友は、師の指針である“良き市民”として、有志による図書贈呈や各種ボランティアに積極的に取り組み、地域の発展へひたむきに汗を流してきた。
 金区庁長は、こうした活動を続けるSGIを、地域行事に出席したことをきっかけに知った。そして交流を重ねる中で、メンバーの行動力の源が、池田先生ご夫妻の励ましにあることを知り、深い感動を覚えたという。

韓国・釜山広域市の沙上区からの「名誉区民」称号授与式。参加者が喜びのカメラに(沙上幸福文化会館で)

 晴れの授与式では、婦人部の新世紀合唱団が流麗な歌声で祝賀の合唱を披露。金区庁長から池田先生と香峯子夫人への名誉区民牌が、代理の金理事長と金婦人部長にそれぞれ手渡された。
 次いで、張区議会議長が、池田先生ご夫妻の平和・文化・教育への業績に大きな拍手を送りたいと語り、SGIメンバーのさらなる地域貢献へ期待を寄せた。
 続いて、金区庁長が語った。
 「池田先生の韓日友好のための多大なる貢献と言葉は、現在だけでなく未来においても一段と大きな価値を持つことでしょう。先生の平和と和合の人間主義の理念が、世界中に広がりゆくことを願ってやみません」

◆コートジボワール創価学会「外国宗教法人」に認可  2019年11月17日コートジボワール創価学会のゴイ理事長(中央)らが原田会長(右端)、大場SGI理事長(左端)と記念のカメラに(学会本部別館で)
コートジボワール創価学会のゴイ理事長(中央)らが原田会長(右端)、大場SGI理事長(左端)と記念のカメラに(学会本部別館で)



 アフリカ・コートジボワール共和国に輝く正義の太陽!――コートジボワール創価学会が、同国で「コートジボワール・日蓮大聖人仏法・創価学会」との名称で「外国宗教法人」として認可された。
 所管官庁である領土行政・地方分権化省のシディキ・ディアキテ大臣の署名が入った省令が10月3日に公布され、官報で全国に公表された。外国に本部をもつ宗教法人として、その活動が広く認められたことになる。
原田会長と喜びの懇談会

 SGI秋季研修会で来日中の同創価学会のイリエ・ビ・ゴイ理事長、マルティン・ヴァレ第1副理事長、エドゥアール・シルエ方面長は16日、東京・信濃町の学会本部別館で原田会長と懇談。
 ゴイ理事長は法人認可の喜びを述べるとともに、過日のアフリカ統一教学実力試験では7000人以上が研さんに励んだことを紹介。広布に走る同志の陣列を、さらに広げたいと決意を語った。
 原田会長は法人認可を祝うとともに、コートジボワールの新時代を築く友の前進を称賛。学会創立90周年となる明年を前に新たな出発を切ったことは非常に意義深いと語り、一人一人を励まし、次代を担う人材を育ててほしいと望んだ。


【特集記事・信仰体験など】

◆11・18「創価学会創立記念日」特集㊦インタビュー 田原総一朗さん   2019年11月17日

 11・18「創価学会創立記念日」特集㊦は、ジャーナリストの田原総一朗氏へのインタビューを掲載する。民衆運動としての創価学会と、その社会的役割などについて語ってもらった。(聞き手=佐口博之、歌橋智也)

 
学会は人間を励ます共同体

 ――高度成長期の時代から創価学会に注目してこられました。

 僕が創価学会を初めて取材したのは、東京オリンピックのあった1964年(昭和39年)です。
 当時、学会は、まさに破竹の勢いで伸びていました。謗法払いの厳格さなどもあって、世間の風当たりが強かったにもかかわらず、拡大している。このすさまじい勢いの要因は一体、何だろう? それが取材の動機です。
 あの時は、ある会社員の女子部の方を紹介してもらい、彼女を中心に取材をしました。なぜ学会員になったのか、なぜそんなに一生懸命なのかといろいろ聞きました。
 どうして女性に取材をしたかというと、今もそうですが、日本では女性への根強い差別がある。女性は弱者です。だから学会の中で女性がどう扱われているかに興味があったし、女性が不満を持つような団体ならだめだろうと思ったからです。でも学会は違いました。
 
座談会の社会的な意義とは?

 ――座談会も取材されています。

 僕が一番、関心があったのは座談会ですよ。何度も行きました。これが学会をどんどん発展させている要因だと思いましたね。
 高度成長の時代、東京にいろんな地方の人がやって来る。大企業に入った人たちは労働組合もあるんだけど、そうじゃない人たちは組合もないし、友達もいない。だから孤立してしまう。そういう人たちを学会が受け入れ、励ましていったんです。
 座談会は、だいたい20~30人くらいの小さな集まりですよね。そこで、いろんな人が「信心して、こんなことがあった」とか「最初はうまくいかなかったけど、こうやって成功した」といった体験を、赤裸々にしゃべる。一種のコミュニティーです。何よりも、人と話し合うことができる。悩みの相談に乗ってくれる。こういう存在が大きいんです。
 座談会に出ると気持ちが前向きになるんですね。学会の人って、皆さん、明るいですよ。とても素直で、ひねくれていない(笑い)。お題目をあげているから、すごく元気なんです。
 
宿命は変えられる

 ――座談会は“地域のオアシス”のような集いです。
  
 今の日本社会で重要な問題の一つは、都会にコミュニティーがなくなってきていることです。だから、いわゆる「引きこもり」になってしまう人たちが増えている。300万人くらいいるんじゃないかともいわれています。
 でも“下手に心を開いて人に話をすると、だまされるんじゃないか”と疑ってしまう。ところが、学会の座談会はそういう心配がいらない。何でも話せる。心から信頼できる相手がいる。これが大きいですね。
 もう一つ、学会員を取材する中で「宿命転換」という考え方を知りました。死んでからじゃなくて、生きているうちに宿命を転換して、幸せになるという思想です。
 人生、少なからぬ人たちが苦労している。貧乏だ。病気になる。仕事を失う。こうした悩みを乗り越えて、生きがいのある人生を送りたい。何のために生きているのかをつかみたい。信心することで、それを得ることができる。
 しかも、そういうことを“上から目線”ではなく、座談会で皆が平等に語り合う。池田名誉会長も上からものを言うことは絶対にしない。これが学会の良さだと思う。
  
池田名誉会長への取材

 ――池田名誉会長に2度、取材されています。
  
 大組織のリーダーだから、きっと近寄りがたい雰囲気で、理屈っぽいことを滔々と言われるんだろうと思っていたんです。
 でも、実際にお会いすると、そんなことは一切なかった。偉ぶったところが全くなく、年下の僕の話をよく聞いてくれた。気が付いたら、僕ばかりが話していました。
 この点は、パナソニックの松下幸之助さんやソニーの盛田昭夫さんなどとも共通しています。人の話を聞くのが非常にうまいんです。
 僕は名誉会長に「なぜ創価学会に入ったんですか」と質問しました。
 名誉会長は入信前、第2代の戸田会長(当時、理事長)の会合に参加します。戦後の本当に貧しかった時代です。
 戸田会長は戦争中に国家神道に反対して不敬罪などの容疑で逮捕・投獄される。当時、政治・思想犯とされた人たちは、投獄されると転向する人も多かった。ところが戸田会長は、獄中で苦しい目に遭っても最後まで信念を貫き、転向しなかった。だから、この人の言うことなら信用できると思った、と言うんです。つまり、日蓮仏法の教義云々ではなく、戸田城聖という人物を信用して
入信したんだ、と。
 こうした率直な話に、僕は非常に感銘を受けました。名誉会長は、自分を良く見せようという下心がない。失礼な言い方かもしれませんが、本当に素直な方だと思います。
 
「三世の生命」はある?
 三世の生命についても聞きました。多くの宗教では、前世があって、現世があって、来世があると説く。でも、前世も来世も見た人はいない。それなのに何で「ある」と言うんだ。証拠はないじゃないか、と。
 そうしたら名誉会長は、分かりやすく、こう言われたんです。
 「あるかどうかは、分かりません。でも、あると思った方がいい。来世がないと思って悪いことばかりして、もし、来世があったら大変だ。来世があると思って良いことをして、なかったとしても、いいじゃないですか」と。
 なるほど、これは面白い。大事なのは生き方なんだと。理屈で僕をねじ伏せようなんて様子は、みじんもなかった。非常に好感を持ちましたね。
 どうも世間では、学会員が名誉会長のことを教祖のように崇めている、と思っている人もいるようですが、全くそんなことはない。何でも本音で話せる、実に人間味のある方だなと、取材を通して強く感じました。
 
一人一人とのつながり

 ――学会にはこれまで、いくつもの試練がありました。
  
 僕はね、言論・出版問題(1970年頃)の時などは、申し訳ないが、創価学会は潰れるんじゃないかと思いましたよ。でも、そうはならなかった。
 その理由を探ろうと、婦人部の皆さんに話を聞きました。「なぜ、学会は潰れなかったんでしょう?」「なぜ、学会員は池田会長を信用するんでしょう?」と。
 そうしたら、「池田先生は教祖でも、単なる指導者でもないんです」という。そして、口を揃えて「私と池田先生のつながりなんです」と答えるんです。
 “池田先生は私たちを「一対一」で大事にしてくださる。その振る舞いを見れば、自分のことなど全く考えておらず、皆が幸せになるにはどう励ませばいいかしか考えていないことが分かる”と。
 学会員一人一人が、リーダーとしての名誉会長じゃなくて、「私の池田先生」と捉えている。この答えが圧倒的に多かった。僕は改めて、「これは、すごいことだ」と思いました。だから、乗り越えられた。
 「大阪の戦い」といわれる1956年(昭和31年)の参議院選挙もそうです。誰も勝てると思っていなかったのに勝っちゃった。なぜだろう?
 あの時、名誉会長は大阪中を回り、一人一人に会って、一人一人と、どうやったら大阪が良くなるのかを語り合った。そして、一人一人が名誉会長を信じ、あんなに大きな輪になった。そして、予想を覆して勝利したんです。
  
世界で共感呼ぶ「宿命転換」の思想

アメリカ・ボストンでの座談会
 ――今、創価学会は世界宗教へと進み始めています。
  
 創価学会では今、「他宗」という言葉を使うようになりましたね。これが大きいと思う。海外には当然、キリスト教やイスラム教などがある。名誉会長は他宗の人たちとも積極的に対話をし、友好を広げてこられました。
 もう一つは「宿命転換」の思想が共感を呼んでいると思う。宿命は決まったものではなく、現世で転換できると教えている。これが世界で伸びている大きな要因でしょう。
 それを広げるための座談会です。皆が心を開いて話をして、コミュニティーをつくる。“いろいろと失敗したけど、こうやったら、うまくいった”といった前向きな話が聞ける。すると“それなら自分にもできる”と、皆が人生に希望を持てるんです。これには、人種や言語の違いは関係ない。
  
青年の指標となる「新しい言葉」を

インドネシアの座談会
 ――今後の学会への期待をお願いします。
  
 もうかつての「貧・病・争」はなくなりました。これからは、別の意味で難しい時代になります。人口が減る一方で、人が100歳以上生きる時代です。
 そんな今の社会を日本人は「黄昏」だと思っている。たとえば経済も1989年(平成元年)、日本の企業が時価総額で世界のトップ50社の中に32社も入っていた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ですよ。でも昨年、トップ50社の中で残っているのは1社だけ。あとは全部、落ちちゃった。中国にも韓国にも負けている。
 僕はね、新しい時代には「新しい言葉」が必要だと思っています。黄昏だなんて思っちゃいけない。今こそ、100年、200年、持続可能な社会を築くためにどうすればいいか、ビジョンを示さなければいけない。
 だから、学会には「新しい言葉」を発信してほしい。夢を持てるような言葉です。それが青年の指標になり、未来を創造する力になります。
 人生100年時代には、生きる意味が問われます。人々がその答えを見いだすためにも宗教の力が重要です。僕は創価学会に、それを期待するのです。

田原総一朗氏が著した『創価学会』(毎日新聞出版)
 
 たはら・そういちろう 1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学卒業後、岩波映画製作所を経て、東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社。77年、フリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」等でテレビジャーナリズムの新しい地平を開く。98年、城戸又一賞を受賞。著書に『日本の戦争』(小学館)、『日本人のための新「幸福論」』(三笠書房)、『ヒトは120歳まで生きられるのか』(文春新書)など多数。

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◆わたしは“わたし”を歌う セクシュアル・マイノリティーを見つめて〈信仰体験〉
 わたしはわたし――ありのまま、歌う

 連載「ライフウオッチ」――信仰体験のページでは、「アラフォー世代」の生き方を見つめてきた。“唄うたい”として活躍する美雲さん(37)=本名・木村真介さん=は、セクシュアル・マイノリティー(※メモ)への理解が乏しい時代に幼少期を送り、いじめにも遭った。
 自己否定から自己実現へ――自分らしく歌い続ける姿を追った。(記事=掛川俊明、野田栄一)

――美雲――
わたしはわたし
男にはなれないし
女になれるといわれても
“間に合ってます”って感じ
性なんて
細かく数えれば
何十種類もあるっていうから
男か女か
二つに分けようとするのが
どだい無理な話なわけよ
そんなことを調べた頃もあったけど、今はどうでもいい
ありのまま、歌う
それだけでいい――
  
 幼稚園では、お気に入りのぬいぐるみと、いつも一緒。
 遊ぶ友達も女の子ばかり。
 家に連れてきては、母・和枝さん(66)=仙台市、白ゆり長=にお菓子作りを教えてもらった。
 母は「男らしく」なんて言わなかった。幼なじみも「真ちゃんは真ちゃん」と受け入れていた。
 だが、小学6年で仙台から埼玉に引っ越すと、転校先では、異質なものとして扱われた。
 「おかま」
 「気持ち悪い」
 心が切り裂かれる。自分がおかしいのか。ダメなのか。
 全てが否定されたようで“死にたい”と思い悩んだ。
  
――美雲――
あの頃は必死に祈ったわよ
題目が“心の安定剤”だった
祈るといい意味で諦められる
“明らかになる”って感じよね
悩んで祈っての繰り返し
祈ると必ず、いい方向にいく
状況も変わる
“かなわざるなし”だわね

 父は創価学会が大嫌いだった。
 最後は離婚することになったが、母は信心をやめなかった。
 幼い頃の美雲さんの思い出は、座談会で歌ったこと。歌えば、褒められ喜ばれた。
 昭和歌謡、童謡、流行歌。
 暇さえあれば歌っていた。
 中学の頃にはシャンソンにハマる。人生の機微、悲哀、別れ、孤独――語るように歌うシャンソンに魅了された。
 一家で仙台に戻り、高校を卒業すると飲食店で働きながら、ライブハウスで歌うように。
 その後、23歳で上京した。
  
――美雲――
歌しかなかった
自分の存在を確かめられるのは
だから、歌うために働いた
歌の中では何にでもなれる
その歌の主人公になるわけよ
でも
自分の中にないものは歌えない
つくってもダメ
あるものしか出てこない
歌うってのが
私にとっての真実なの
あとはデタラメで
生きてきたからね(笑い)

勤務する飲食店では、美雲さんに多くの人生相談も寄せられる
 バーで働き、シャンソンの師匠に教えを仰いだ。
 歌は自分を丸裸にする。
 それが楽しいのだが、なかなか自分を出せずに苦しんだ。
 実力が認められ、コンクールで入賞しても、心から満足はできなかった。
 明け方まで働いて家に帰る。
 玄関の前で本紙の配達員と、よく顔を合わせた。
 自分を見失わず、ありのままの自分を見つめられたのは、学会の同志がいたから。  男子部の仲間と美雲さん(左から4人目)

男子部の仲間と美雲さん(左から4人目)
  
――美雲――
最初は抵抗もあったけど
男子部で活動すると
やっぱり安心するのよ
みんな心根がいいし、優しいし
安らぎがあって、元気になれる
たまに
“男ってほんとバカだわねー”って
あきれることもあるけど
みんなのおかげで
“自分のまま”で
生きさせてもらってます
  
 小説『人間革命』を読了し、『新・人間革命』は第17巻まで読み進めた。
 池田先生の人生を思うと心が震えた。
 昨年、学会の会合で信仰体験を発表した。
 セクシュアル・マイノリティーの苦悩。信心に救われ、見いだした歌う使命。
 赤裸々に語り、感謝を込めて「母」を歌った。
 大勢の人が泣いていた。
 学会員に生まれた喜びを生命の底から感じ、その体験原稿を母に送った。
 自分の性について母に語ったことなどない。
 けれど、母は全てを包み込み、応援し続けてくれた。
 母が命懸けで守ってきた信心で成長できたことを伝えたかった。
  
――美雲――
世の中は
すぐに型や枠に
はめようとするけど
そんなのゴメンよ
私はノージャンルの
ただの“唄うたい”
もう怖いものなんてないわ
私には池田先生がいる
学会の同志がいる
信心がある
ありのまま
歌い続けるだけ
つべこべ言わず
歌、聞きゃ分かるわよ

 <プロフィル>
 美雲 本名・木村真介。東京都台東区在住。男子部大学校の1期生。2014年には「日本シャンソン・カンツォーネ振興協会コンクール」で準グランプリを受賞。歌謡曲をはじめジャンルを問わず、多くの歌を感情豊かに歌う。37歳。男子地区副リーダー。芸術部員。
 
 【メモ】セクシュアル・マイノリティー
 性の自己認識や指向の違いから、社会的に理不尽な扱いを受けてきた歴史がある。
 マイノリティーという言葉には、差別的なニュアンスがあるため、最近は「LGBTQ+」などの表現が用いられたりもする。
 性の捉え方は、身体的性(身体構造における性)、性自認(自身の性をどのように認識しているか)、性的指向(どんな性を好きになるか)、性表現(自分のありたい性をどのように表現するか)の組み合わせからなると考えられている。
 
 ●ご感想をお寄せください
 kansou@seikyo-np.jp
 ファクス 03―5360―9613






2019年11月16日 (土)

2019年11月16日(土)の聖教

2019年11月16日(土)の聖教

◆わが友に贈る

 いつも笑顔で温かく!
 誰人にも優しい言葉を!
 豊かな人間性の中に
 信心の発露はある。
 境涯革命の一歩を共に!

◆名字の言

先日、新潟県の柏崎市立博物館を訪れた。市の偉人コーナーに、初代会長の牧口常三郎先生が紹介されていた▼大著『人生地理学』を著したこと、戸田城聖先生(第2代会長)と出会ったこと、1930年に『創価教育学体系』を出版し、創価教育学会(後の創価学会)を創立したこと、信念を貫いて獄死したことなどが記され、「炎の殉教者」である、と▼アジアの人々と交流する時、とりわけ牧口先生の殉教の精神の重みを痛感する。フィリピンの“独立の父”リサール博士の名を冠した国際平和賞の第1号が池田先生に贈られた時のこと(98年)。戦争中、日本軍に蹂躙された国が、なぜ日本人の池田先生を選んだのか――▼「私たちは創価学会の歴史を知っています。歴代の会長が軍国主義と命懸けで戦った歴史を。それが決定的でした。この平和の流れを世界へ広げているのが池田博士です」(リサール協会のサリアール氏)。創価の平和の連帯は今、192カ国・地域に広がる▼明後18日は牧口先生の殉教75年。学会は世界宗教として力強く飛翔している。だが、どんなに時代が移っても、変わってはいけないものがある。それは「精神」である。創立の原点、三代会長の死身弘法の精神に立つ限り、広布に行き詰まりはない。(川)

◆寸鉄

SGIの利他の精神こそ
新時代を拓く鍵―識者。
自他共の尊厳輝く社会へ
     ◇
熊本支部結成の日。火の
国に聳える広布の人材城
青年を先頭に先駆の拡大
     ◇
師弟の人生ほど崇高で尊
いものはない―戸田先生
創価三代の魂を受け継げ
     ◇
先を目指す人には新しい
地平線が見える―作家。
創立90周年へ希望の前進
     ◇
国連の「国際寛容デー」。
差異を尊重し合う世界の
構築へ。草の根の対話で


【教学】

◆みんなで学ぶ教学 2 信心の目的(中)  唱題で仏の生命を開こう

 今回の「みんなで学ぶ教学」のテーマは、前回に続いて「信心の目的」です。今回、取り上げるのは「一生成仏」。「仏」について考えるとともに、幸福境涯を築く実践を学びましょう。さて、新会員のカツヤさんが、地区座談会に参加した後、支部長のユタカさんに感想を話しているようです。

 カツヤ 同級生だったマサオくんが、学会員だったとは驚きました。10年前の彼は、人前で堂々と話せるような性格じゃなかったんですよ。
  
 ユタカ マサオくんは5年前に発心したんだ。今では男子部の地区リーダーとして頑張っていて、周囲からも信頼されているよ。
  
 カツヤ 先月、入会したばかりの僕でも、彼のように変わっていけますか?
  
 ユタカ 大丈夫! 私たちが信奉する日蓮大聖人の仏法では、“あらゆる人が仏になれる”と断言されている。必ず変わっていけるよ。
  
カツヤ 「ホトケ」と言われても……。
  
ユタカ 「仏」と聞くと、荘厳な「仏像」や、亡くなった方を連想する人が多いからね。でも、本来は私たち一人一人の生命に内在する仏性を表しているんだよ。
 朝晩の勤行で読誦する「法華経」には、万人成仏の法が説かれている。凡夫、つまり普通の人がその身のままで、しかも今世で成仏できることが明かされているんだ。
  
 カツヤ 支部長は学者ですか!?
  
 ユタカ そんなに驚いた?(笑) 一緒に教学を学んでいけば、カツヤくんも分かるようになるよ。先ほど話した成仏観について、大聖人は、「一生成仏」という言葉で示してくださっているんだ。文字通り、この一生のうちに成仏すること。とても大切だから、ぜひ覚えてほしいな。
  
 カツヤ 今の悩みから解放されたいから覚えます!
  
 ユタカ “悩みから解放されたい”か……。よしっ、まずは「絶対的幸福」と「相対的幸福」を知ることから始めようか。
 相対的幸福とは、金銭や物の豊かさ、社会的地位の高さなど、物質的に充足したり、欲望が満たされたりすることで得られる幸福のことだよ。でも、人間の欲望には際限がないことを考えれば、この幸福は長続きするかな?
  
 カツヤ いや、状況が変われば消えてしまうかもしれません。
  
 ユタカ そうだね。これに対して、絶対的幸福とは、欲望にとらわれることのない、生命から湧き起こる充実感を指すよ。どんな悩みがあっても、“生きていること自体が楽しい”――そういう境涯こそ、仏の境涯といえるんだ。

 カツヤ なるほど。悩みをなくすのではなく、悩みにどう向き合い、乗り越えていくかが大切なんですね。では、具体的にどうすればいいのですか?
  
 ユタカ 「一生成仏抄」を拝してみよう。御書384ページの4行目から、「深く信心を起こす」大切さが記されているよね。御本尊に向かって祈る時、「必ず○○するぞ」といった強い意志を持つ姿勢が大切なんだよ。漠然とした祈りではいけないともいえるね。
 大聖人は、続けて「持続の信心」を訴えられているんだ。鏡を譬えとして、映りの悪い鏡も磨き続ければ、くっきり全てのものをよく映すことができる――同じように、人間の生命もたゆみなく“磨く”ことで、真実の悟りの生命と現れることを仰せになっているんだよ。
 つまり、どんな人にも悟りの生命が具わっており、仏界を現す“生命の変革”が可能であることを断言されているんだ。
  
 カツヤ 僕でも変わっていける、幸せになれる、という意味がよく分かりました。
  
 ユタカ 仏とは、私たち人間を離れた存在ではないから、カツヤくんらしく悩みに向き合う中で、信心を実践していけば必ず幸せの道を歩んでいけるからね。
 大聖人は、成仏の「成」を「開く義なり」(御書753ページ)と仰せだよ。私たちの生命に具わる仏の生命を現実に開いていけるのが、創価学会の信仰なんだ。マサオくんのように、以前からは思いもよらないほど変わった――こうした体験を通して、気が付けば、人のため、社会のために行動できる自身に成長していけるのが、この仏法の魅力なんだ!

質問BOX
質問
 仕事の時間が不規則で、勤行の時間が定まりません。

回答
 雇用形態の多様化で、不規則な時間帯で勤務している人も少なくありません。
 夜勤を終えて明け方に帰宅し、夜の勤行をする。午後に朝の勤行をしてから出勤するなど、そうせざるを得ない中で、勤行を続けること自体、尊いことです。
 朝と夜に勤行を行うことを基本にしていますが、勤行をする時間に、特別な決まりはありません。生活のリズムに合わせて、最も価値的な時間を選んでいけば良いでしょう。
 なお、勤行の際には、近隣や家族など周囲への配慮も大切です。時間帯によっては、勤行の声を控えめにするなど、良識ある行動を心掛けてください。
 御本尊を拝する心を根本に、勤行を実践し抜き、自身の生命を磨き上げていきましょう。


【聖教ニュース】

◆「11・18」を記念して誓願勤行会 殉教75年 牧口先生の追善法要の意義込め 2019年11月16日

原田会長を中心に、厳粛に執り行われた学会創立記念の誓願勤行会。創価三代の不惜身命の闘争に連なり、世界へ未来へ、生命尊厳の哲学を広めゆくことを誓い合った(広宣流布大誓堂で)




原田会長を中心に、厳粛に執り行われた学会創立記念の誓願勤行会。創価三代の不惜身命の闘争に連なり、世界へ未来へ、生命尊厳の哲学を広めゆくことを誓い合った(広宣流布大誓堂で)

 11月18日「創価学会創立記念日」を祝賀する誓願勤行会が15日、東京・信濃町の広宣流布大誓堂で行われた。初代会長・牧口常三郎先生の殉教(1944年11月18日)から75年に当たる祥月命日の追善法要の意義も込められた。
 これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表と出席し、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」と認められた創価学会常住の御本尊に勤行・唱題。
 「池田大作先生の第3代会長就任60周年」「学会創立90周年」の大佳節を刻む明「前進・人材の年」へ、師弟共戦の新たな大叙事詩をつづりゆくことを約し合った。
総本部発展の槌音に合わせて
 席上、原田会長は、「創価学会 世界聖教会館」の竣工、「創価学会 総合案内センター」のオープン、また、明年に完成を予定している「創価宝光会館」の建設工事が着々と進む中、「11・18」を迎えることに言及。総本部発展の槌音に合わせて、今再びの希望の前進を開始したいと望んだ。
「青年」こそ世界広布の焦点
 そして、その主役こそ「青年」にほかならないと力説。この10年間、池田先生が真心の励ましを送り、育成してきた若人の手によって、世界広宣流布の基盤が盤石に築かれたと述べつつ、世界宗教として一段と雄飛しゆくために、今後も変わらず「青年」が焦点であると訴えた。
 さらに「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)との仰せのままに、まずは創立90周年の「11・18」を目指して、前進と人材拡大の誓願を新たにしたいと強調。次の10年の勝利を開きゆく明年へ、青年を先頭に前進し、後継の人材を輩出し、師弟凱歌の歴史を築こうと呼び掛けた。

◆SGI秋季研修会スタート  280人が参加 各国代表者会議など開催 2019年11月16日

さあ、異体同心の団結で新たな歴史を! 各国代表者会議の参加者が決意を胸に(金舞会館で)



さあ、異体同心の団結で新たな歴史を! 各国代表者会議の参加者が決意を胸に(金舞会館で)

 65カ国・地域から280人が参加して、SGI(創価学会インタナショナル)秋季研修会がスタート! 各国代表者会議が15日午後、東京・新宿区の金舞会館(創価文化センター内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、世界各地から集った尊き地涌のリーダーを称賛。広布拡大といっても「一対一の対話」「少人数の語らい」が根本であると述べ、座談会を中心に、率先の行動で新たな勝利の波を起こしてほしいと望んだ。
 また明年が「前進・人材の年」であることに触れ、後継の青年を育てながら、自らも「青年の心」で若々しく前進を、と訴えた。

海外のリーダーが活動報告
 会議ではSGI事務総局・国際連絡局の清水局長の後、台湾SGIの呉青蓉婦人部長が活動報告。青年部・未来部の育成に力点を置いた取り組みを行い、着実に人材が育っている様子を語った。
 アルゼンチンSGIのフェルナンデス理事長は、弘教が大きく進む模様や、各界から池田先生の平和行動への称賛が相次いでいることを紹介した。
 また、コートジボワール創価学会のゴイ理事長が活動報告した。
 堤同総局長の後、笠貫SGI女性部長は「創価学会 世界聖教会館」が完成したことに触れ、師弟の精神を胸に、新たな言論闘争で広布の道を開いていこうと述べた。
 大場SGI理事長は人材育成の要諦などを確認し、「SGI発足45周年」となる明年へ向かって、人間主義の連帯をさらに広げようと呼び掛けた。 

意気軒高に教学研修
 この後、同会場では教学研修が意気軒高に開催された。
 森中SGI教学部長の講義で「人間革命の宗教」をテーマに研さん。「御義口伝」「華果成就御書」「開目抄」の各御文を通して、日蓮仏法の真髄は“師弟共戦”であることを学んだ。
 そして師弟一体で広布に生き抜くために、一人一人が師匠と同じ誓願に立ち、自身の天地で、生涯不退の信心を貫こうと約し合った。

SGI理事会・常任理事会行う
 第19回SGI理事会が15日午前、東京・新宿区の戸田記念国際会館で開かれた。
 ここでは、SGI理事長、常任理事、常任役員などを選出・紹介。諸案件について審議・了承した。
 これに先立ち、第30回SGI常任理事会が同会館で行われ、教師・准教師、理事の推薦などについて審議・了承した。

◆シンガポール幼稚園で晴れやかに卒園式  2019年11月16日

シンガポール創価幼稚園の卒園式で園児たちが演劇を披露



シンガポール創価幼稚園の卒園式で園児たちが演劇を披露

 シンガポール創価幼稚園の第26回卒園式が2日、タンピネス地区にある同幼稚園の講堂で盛大に開催され、94人の卒園生が晴れの門出を迎えた。
 創立者の池田先生はメッセージを寄せ、「世界にも、皆さんのお友だちがたくさんいます。将来、皆さんがそのお友だちと一緒に、地球の平和のため、みんなの幸せのために活躍することを世界中の人たちが待っています」と、卒園する“獅子の子”たちに万感の期待を寄せた。

園児たちが元気いっぱいに
 園児たちは、元気いっぱいに合唱や体操、演劇を披露。陳振喜園長が、希望の未来に船出する園児たちに温かなエールを送り、一人一人に証書とメダルを授与した。

◆ポンタグロッサ市議会から池田先生に顕彰状 ブラジルSGIの平和・文化運動に広がる共感2019年11月16日



    • ポンタグロッサ市議会の顕彰状授与式に参加した友が、喜びにあふれて。「平和の翼鼓笛隊」の演奏が式典に花を添えた(ポンタグロッサ会館で)


ポンタグロッサ市議会の顕彰状授与式に参加した友が、喜びにあふれて。「平和の翼鼓笛隊」の演奏が式典に花を添えた(ポンタグロッサ会館で)

 ブラジル社会に創価の民衆運動に対する理解と共感の声が、一段と広がっている。
 パラナ州のポンタグロッサ市議会は10月19日(現地時間)、平和・文化・教育への多大な貢献をたたえ、池田先生に顕彰状を贈った。
 授与式が行われた日は「ブラジルSGIの日」。会場の同SGIのポンタグロッサ会館には、発議者のダニエル・ミラ・フラカロ市議会議長、地元メンバーら約70人が出席した。
 ポンタグロッサ市は、ブラジル南部に位置する風光明媚な観光都市。郊外の「ヴィラ・ヴェーリャ州立公園」には、3億年の歳月をかけて大自然が造り上げた“巨岩彫刻”がそびえ立つ。
 同市の友は、「良き市民たれ」との池田先生の指針を心に刻み、平和展示を実施するなど、着実に地域に信頼の輪を広げてきた。

市議会からの顕彰状
 同市は2008年、池田先生に「名誉市民証」を贈り、翌年には「創価学会の日」である5月3日を、市の「SGIの日」に制定。11年には、香峯子夫人を名誉市民に迎えている。
 式典でフラカロ議長は語った。「ブラジルSGIは池田先生のリーダーシップのもと、社会の平和のために祈り、行動し、社会に有為の人材を多く輩出しています。わが市に対しても、文化・教育等において数々の貢献をされ、感謝の言葉もありません」
 そして、同議長から同SGIのアデミル・バチスタ分圏長に顕彰状が手渡されると、会場は祝福の大拍手に包まれた。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈11・18「創価学会創立記念日」特集㊥〉 インタビュー 米ジョージ・メイソン大学 名誉首席副学長 ピーター・スターンズ博士2019年11月16日
 対話こそ社会を変革する力  牧口会長は正義の信念貫いた「平和の英雄」
 調和と共生の理想掲げるSGIに期待

 11・18「創価学会創立記念日」特集㊥は、米ジョージ・メイソン大学名誉首席副学長のピーター・スターンズ博士のインタビューを掲載する。135以上の編著書を持つ世界史の大家である博士は、池田大作先生の平和思想に感銘を受け、自らの歴史へのアプローチを大きく見直した。そうした経緯や「対話」の重要性、牧口常三郎先生の生涯を巡り、話を聞いた。(聞き手=萩本秀樹)

 ――混迷の世界を照らし、人々に希望をともすのは心通う「対話」である――創価学会は1930年の創立以来、この信念を掲げ、三代会長のリーダーシップのもと、平和の連帯を広げてきました。アメリカの池田国際対話センターでは、ジョージ・メイソン大学出版局と共同で英文学術書『対話を通じた平和構築――教育・人間変革・紛争解決』を出版し、博士がその編集に当たられました。

  
 大変に興味深い経験となりました。学術書では対話について、①教育②個人の成長③紛争解決という三つの側面から多角的に論じていますが、非常に意欲的な試みであったといえます。
 同書の序文の中で、私は、「Google Ngram Viewer」(注=あるキーワードが蔵書に出現する頻度を年代ごとに表示するグラフ)を用いて、「対話」という言葉がどの時代に、どれほど使用されていたのかを分析しました。すると、その頻度は平和への関心の大きさに左右されることが分かりました。
 例えば、宗教改革後のヨーロッパでは、異なる宗教の間に橋を架けるべく対話への関心が一段と高まりました。一方で、こうした宗教間の取り組みが衰退し、帝国主義の時代を迎えると、その関心が著しく低下していたのです。
 こうした変動に目を向けることで、改めて気付かされることがありました。それは、対話とは努力を要するものであるということです。自然発生的に生まれるのではなく、積極的につくり出していかねばならないものなのです。
  
 ――では、そうした対話を効果的に生み出し、促進していくにはどうしたらよいでしょうか。
  
 二つの道があると思います。まず、差異や争いに向き合う上で、対話は暴力よりもはるかに優れた方途であると、繰り返し訴えていくことです。これは、精力的かつ理論的に、対話という概念を広めていくことであるといえます。
 二つ目は既に述べたように、対話が用いられ、効果を発揮した過去の事例を提示していくことです。具体性をもって示すことで、観念論ではなく現実的なアプローチとして、対話の重要性を伝えることが可能です。
 『対話を通じた平和構築』では、アフリカやアイルランドでの紛争、冷戦など、対話が国家間の緊張を緩和し、社会の変革に貢献した例を紹介しています。
  
 ――博士は2014年に『世界史における平和』と題する研究書を出版され、ジョージ・メイソン大学では同タイトルの授業をしておられます。その中で、歴史家として半世紀以上のキャリアを積んでこられた博士は“歴史とは戦争の繰り返しである”との通説を離れ、平和に焦点を当てて歴史を捉えられています。こうした変化に至った経緯を教えてください。
  
 暴力ではなく、平和こそが“標準”である――この思想は、いまだ広く普及しているとはいえません。疑いもなく正しい事実であるにもかかわらず、です。
 その背景には、特にアメリカ社会があまりにも頻繁に、戦争状態にあったことが挙げられます。そのため、今は争いがなくとも、またすぐに戦争が始まるであろうと人々は考えるのです。こうした危険な思考に対峙するための努力が、現代社会に求められています。
 2010年、私は日本を訪れ、池田博士にジョージ・メイソン大学「名誉人文学博士号」を授与する機会に恵まれました。その折に見聞きした、創価学会が展開する平和運動に、大変に感銘を受けました。
 そして、“どんな人も平和に貢献できる”との池田博士の主張に心動かされました。私も、そう強く確信する一人であるからです。
 そして、そうした思想を広めるために何ができるだろうと考えました。私は歴史家であり、教育者ですので、研究や授業で、平和に光を当てた歴史観を提示することが、真っ先にできる貢献であると思ったのです。
 池田博士の偉大さを改めて申し上げるならば、まず1点目は、数十年にもわたって示し続けた、平和へのエネルギーと責任の大きさです。これほどのスケールで平和に生涯をささげた人物は、非常にまれです。
 2点目に、博士が多くの人と志を分かち合ってこられたことが挙げられます。それは自身の価値観を押し付けるのではなく、寛容、対話、相互理解といった普遍的な価値に基づく連帯です。
 博士の偉業に触れ、歴史の焦点を変えることで私は、人類史には平和構築の成功例が多くちりばめられていることを、再確認することができました。
 そうした事例に共通していたのは、立場や意見の違いを超え、“勝者”であろうとなかろうと、あらゆる人々を包括的に結びゆこうとする努力があったということです。
  
 ――平和構築のプロセスでは、政治家や権力者がその主体者であると思われがちですが、市民にしか果たせない役割とは何でしょうか。
  
 実際に私が研究してきた平和構築の取り組みでも、その中心にいるのは政府レベルの人々である場合が多くありました。しかし特に19世紀以降、民衆運動が平和に貢献したさまざまな事例が見られるのも事実です。
 こうした市民による運動は、紛争を平和的解決に導いた直接的な要因ではなかったかもしれません。しかし、平和的解決が社会に受け入れられるための「土壌づくり」をしたのです。
 これが、市民による大きな貢献です。
 そして、平和は“戦争と戦争の間の一時的な状態”ではなく、本来あるべき状態
なのだという考えを普及することも市民が果たし得る役割です。こうした思想が社会の底流に流れることで、平和は実現可能であるとの確信が、育まれていくのだと思います。
  
 ――今月18日は、牧口常三郎初代会長の殉教から75年に当たります。戦時下の日本で、厳しい弾圧にも屈せず初代会長が貫いた平和の信念は、今日に受け継がれています。   

 牧口氏は平和と正義の理想を掲げ、それを自らの人生の基底部に据えることも、信念のために殉じることすらも恐れませんでした。こうした人物について学ぶたびに、粛然とした思いを抱きます。

 当時の日本を、軍国主義とひとくくりに形容して語ることは簡単です。しかし実際は、軍国思想に当てはまらない人がいて、その人たちの叫びがありました。私たちは、そうした歴史を忘れてはいけないのです。
 “戦争の英雄”は世に知られていますが、私たちはより声高に、“平和の英雄”の功績を語り広めなければなりません。牧口氏は、この“平和の英雄”の素晴らしいお一人です。
 「世界史における平和」と題する私の授業では、ガンジーやマーチン・ルーサー・キングはもちろんのこと、創価学会の平和運動についても紹介しています。
 そのほかに、インドのムガル帝国(16~19世紀)の話なども織り交ぜています。多様な文化や慣習の例を紹介することで、平和の建設者とはある時、ある場所に突然現れたのではなく、さまざまな時代や社会に存在していたことを伝えられるからです。
 平和を希求する上では、異なる人たちの間に「共通項」を見いだすことが重要です。そして、それを可能にするのは、日常における「寛容」の実践にほかなりません。
 この寛容の実践は、グローバル化する今日にあっては、より不可欠なものとなります。
 一方で、グローバル化によって物事が複雑に連関し合っているために、ともすれば人々が“無力さ”を感じやすいのが、現代の特徴であるともいえます。その点、“一人の偉大な変革が世界の変革を可能にする”との池田博士の「人間革命」の思想は、大きな光を放つと私は確信します。
 博士が創立された池田国際対話センターもまた、多岐にわたる活動を展開しています。深い敬意を表するとともに、私自身も、センターでの交流をいつも楽しみにしています。
 アメリカをはじめ世界は今、かつてない混乱の時代を迎えています。池田センターやSGIのように、「分断」ではなく「調和」と「共生」のビジョンを示し、行動する人々の存在は、かけがえのないものです。
 より良い世界の建設を目指す皆さんの献身に感謝し、その重要な役割を果たし続けてくれることを切に願っています。

 Peter Stearns 米ジョージ・メイソン大学名誉首席副学長。博士。ハーバード大学、同大学大学院で歴史学を専攻。シカゴ大学、カーネギーメロン大学などで教壇に立ち、『The Journal of Social History』誌の創刊を手掛けた。2000年にジョージ・メイソン大学教授に就任し、14年まで同大学首席副学長。社会史、世界史を中心に135を超える編著書がある。

◆〈信仰体験〉 母と私、そして娘。3代で歩む看護の道

 【埼玉県三郷市】大泉ひろみさん(58)=地区副婦人部長=とその母・飯岡君エさん(故人)、そして長女の和代さん=千葉県、華陽リーダー=は看護師。母娘3代にわたって“白樺”の道を歩んでいる。訪問看護師として、最前線で一人一人の患者に尽くす大泉さんが、母から受け、愛娘へ嫁がせゆく白樺の心とは――。

◆〈スタートライン〉 ブックデザイナー 鈴木一誌さん

 一冊の本を手に取り、ページをめくる――。その瞬間、私たちは、無意識にブックデザイナーの仕事に遭遇しています。著者の思いをくみ取り、読者の視点を大切にして、本をデザインするブックデザイナー。今回のスタートラインには、1万点近くのブックデザインを手掛けてきた鈴木一誌さんが登場。事務所に伺い、仕事の内容と若い世代への期待を語っていただきました。

 ――ブックデザイナーはどんな仕事ですか。
   
 ブックデザイナーは、本の装丁から中身のレイアウトまで、全てをデザインする仕事です。それは、ページを積み重ねて、本という立体物を作っていく作業といえます。
 多くの場合、出版社から生のテキストデータを渡されて、1ページ当たりの行数、文字の大きさ、フォント、余白など、読者の年齢層にも配慮しながら、レイアウトのルールを作ります。レイアウトは本の値段に影響してくるため、読みやすさだけを考えるわけではありません。例えば、1ページ当たりの文字数が少なくなれば、ページ数が増え、定価が高くなるのです。
 レイアウトで大切なのは、どの順番で読んでもらいたいのかを考え、視線の流れを予想することです。風が流れるように、視線が自然に誘導されるように意識しています。

師匠との出会い

 ――鈴木さんは在学時代から、著名なデザイナー・杉浦康平氏の事務所で、アシスタントとして働かれました。
   
 師匠が偉大だと大変です。自分がやりたいことは、既に師匠が全部やってしまっていて、“ぺんぺん草も生えない”とはよく言いますが、その通りでした。20代、30代は苦悩の連続。とにかく先生と違うことをしなければと必死で、先生が持っていない運転免許を取ったりもしました(笑い)。いろんなことをした中の一つに、アイデアを記録したカードの作成があります。
 きっかけは本の装丁を任されたときです。何案も提出しましたが、ボツになるものばかり。しかし、先生がボツにしたのだから、この案の中から自分の道が開けるんじゃないかと思ってカードにまとめ始めたんです。思い付いたアイデア、気になったデザイン、色、写真――。今では、何千枚あるか分かりません。
   
 ――何千枚ものカード?
   
 ええ、記録しなければ、自分が感じたことや考えたことは過ぎ去り、忘れてしまいます。今この瞬間に自分が何に興味を持ったのか、何を考えたのか。その思考の断片を記録し、蓄積していくのです。
 デザインを考えるとき、そのカードを無心にめくると、いくつかのアイデアが心に留まり、それを組み合わせることで、一つの案に結びつくのです。

作風をつくるな

 ――昨今、「個性」の重要性が叫ばれていますが、この風潮を鈴木さんはどう捉えておられますか。
  
 個性は大事ですが、デザインの仕事をする上で心掛けているのは、「作風をつくるな」ということです。
 ブックデザイナーの場合、自分の作風をつくろうとすると、本の内容を犠牲にして自分の色を出すことになりかねません。
 デザイナーに限らず言えば、以前の自分との連続性を意識しすぎると、“自分のキャラクターと違うな”とか“こういう発言が期待されているのでは”と思って、言いたいことが言えなかったり、挑戦したいのに踏みとどまったりしてしまいます。ですから、個性が大事だという世間の風潮を過剰に意識する必要はないと思います。
  
 ――若い世代に身に付けてほしい力は何でしょうか。
   
 どんな仕事であっても、複眼(複数の視点)を意識して物事を思考する力が必要ではないでしょうか。
 ブックデザインをするとき、3人の読者を想像します。“このデザインだったらあの人はどう思うか”と考えるわけです。自分の視点だけでなく、他者の視点に立つことで違った見え方に気付きます。何かに行き詰まったとき、一歩離れて、客観的に見直してみることも、複眼的思考の一つといえるでしょう。
 また、最近は情報社会といわれるだけあって、何をするにも、まずネットで検索する。映画が始まればレビューを見るし、レストランに行きたければ口コミを見る。そこにはメリットもありますが、“無駄”がなくなっているというデメリットもあります。
 最近は何をするにもスピード感や即効性が求められていますが、私は“無駄が大事”だと思います。その中に重要なアイデアが詰まっているんじゃないかと。
 いろんなことを経験した方がいいと思います。“清濁併せのむ”とでも言いましょうか。無駄だと思われるものであっても、自分の目で見て感じることで、新たな気付きがあるのです。
 すずき・ひとし 1950年、東京都生まれ。東京造形大学在学中にデザイナー・杉浦康平氏のアシスタントとなる。85年に独立。主な著書に『ページと力』(青土社)、『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』(誠文堂新光社)などがある。
【編集】安孫子正樹 【写真】工藤正孝 【レイアウト】清水湧揮

2019年11月15日 (金)

2019年11月15日(金)の聖教

2019年11月15日(金)の聖教

◆わが友に贈る

 御聖訓「仏の如く
 互に敬うべし」
 皆が主役の座談会。
 一人一人の挑戦を称え
 幸福と和楽の大行進を!
 (御書P1383)

◆名字の言

作家の武者小路実篤は長年、毎日のように書をしたため、絵を描いた。ただ、なかなか上達しなかったという。スケッチブックに、こんな自作評を記している。「デッサンは実にへたなり 勉強するつもり」(山口瞳「私の好きな」)▼謙遜を含んだ言葉だろうが、“不得手なものは不得手”と素直に認め、精進を重ねた実篤の、飾らない人柄が伝わってくる。日本を代表する文豪は、見えや体裁を気にする人ではなかった▼「こんなに元気が出る世界があったんですね!」。座談会に参加した青年が喜々として語っていた。老若男女、さまざまな職業や立場の人が集い、学び合う。成功談だけでなく、失敗談さえ明るく語り、励まし合う。人間味あふれる学会の温かさに感動し、青年は入会を希望した▼仏法では「無作」の生き方を大切にする。飾らず、繕わず、ありのままの姿で切磋琢磨するからこそ“本物の人間力”が磨かれる。その人間錬磨の最高の場が、今や世界中で開かれている「ザダンカイ」であり、日々の学会活動だ▼実篤が書いている。「色と云ふものはお互に助けあって美しくなるものだよ。人間と同じことだよ……どの色もいきなければ」(『武者小路實篤全集6』小学館)。団結こそ人生勝利への力である。(誠)

◆寸鉄

世界各地で進む教学研鑽
確固たる哲学持つ賢者は
強し。若師子よ繙け、学べ
     ◇
地域部の日。師弟共戦で
迎えた結成45年。大誠実
で開拓続ける友、万歳!
     ◇
「たすくる者強ければた
うれず」御書。真心の祈り
と励ましこそ希望の源泉
     ◇
社会改革の道は只一つ、
君が善良になる事―文豪
我らは人間革命の大道を
     ◇
蝶の仲間の4割が急減、
生息環境の保全急務と。
社会一体の取り組み急げ

◆きょうの発心 三沢抄 三障四魔を乗り越え広布に走る2019年11月15日

御文 生死をいで仏にならむとする時には・かならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく・三障四魔と申して七の大事出現す(三沢抄、1487ページ、編1078ページ)
通解 生死を出離して仏に成ろうとする時には、必ず影が身に添うように、雨の時に雲があるように三障四魔といって七つの大きな障魔が現れてくるのである。

 いよいよ成仏の境涯に至ろうとする時には、必ず三障四魔が競い起こると教えられています。
 学生時代、友人が入会を希望したものの周囲の反対に遭い、弘教を諦めかけていた私に先輩が教えてくれた御文です。勇気を奮い起こして唱題を重ねた結果、学会への誤解が解けて御本尊流布することができ、信心の確信をつかみました。
 本年3月、友好拡大の戦いの真っただ中、私の妻が脳血管の動脈解離を起こし、緊急入院。この時、あらためてこの一節を胸に祈り、一歩も引かず活動に励む中、妻は2週間で退院。報恩感謝の思いで夫婦共々、広布に走り抜きました。本年は、大分で発表された長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」に池田先生が加筆してくださって20周年。まさに“今”を生きる私たちへの指針で
す。
 来月の「九州男子部大会」へ、男子部大学校生を先頭に、弘教に、「広布十傑」運動に勇んで挑戦。世界広布をリードし、明年の会長就任60周年を祝賀する戦いののろしを九州からあげます。
九州男子部長 岩田健児


【先生のメッセージ】

◆〈心に御書を〉9 広布は「一人」から始まる2019年11月15日

御文 妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし(種種御振舞御書、910ページ)
通解 妙法蓮華経の五字が、末法の初めに全世界に弘まっていく瑞相として、日蓮が先駆けしたのである。わが一門の者たちは、二陣、三陣と続いて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教をも超えていくのだ。

池田先生が贈る指針
 御本仏の大確信に連なり、壮大な一閻浮提広布の道を開いたのが、創価の師弟である。迦葉・阿難も、天台・伝教も讃えているに違いない。
 末法万年を思えば、これからが勝負である。従藍而青の後継を、いよいよ「二陣三陣」と呼び出していこう!
 時に適った地涌の菩薩の陸続たる出現は、一人一人の対話力で決まる。


【聖教ニュース】

◆アフリカ31カ国で「統一教学実力試験」 2019年11月15日
 池田先生がメッセージを贈り、歓喜と求道の友を称賛

アフリカに巻き起こる歓喜と求道の研さんの渦!――ガーナの港湾都市ケープコーストでも統一教学実力試験が行われた(10月27日)

アフリカに巻き起こる歓喜と求道の研さんの渦!――ガーナの港湾都市ケープコーストでも統一教学実力試験が行われた(10月27日)

 アフリカの第4回統一教学実力試験が、10月27日と11月3日を中心に各国で行われた。
 池田大作先生はメッセージを贈り、“仏法の研さんに生き生きと励むアフリカの友こそ21世紀の希望”と称賛。“御書根本に仲良く前進を”と望んだ。
 同試験は2016年から毎年開催され、今回は過去最多となる31カ国で実施。リーダーが、教学を学ぶ意義を、体験も交えて語る中で、受験者数は昨年の3倍になった。
 試験は「兄弟抄」「如説修行抄」「上野殿御返事(須達長者御書)」「四条金吾殿御返事(石虎将軍御書)」「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」「諸法実相抄」等から出題。友は学習会を開き、共に御文を拝し、池田先生の御書講義等を読み合いながら学んできた。
 
 ガーナでは、首都アクラやテマなど8会場で約900人が受験。
 「仏法理解が深まりました。学業にも力が入りました」(大学4年の女子部員)、「先輩の激励に奮起し受験して良かった。身に付けた教学と勇気で折伏に励みたい」(入会7カ月の男子部員)等の声が寄せられた。

◆“池田研究所”を開設している中国4大学に図書を寄贈 各大学で贈呈式  2019年11月15日

長春師範大学の李党委書記㊨に図書の目録を手渡した(長春市の同大学で)

 池田先生の思想研究所を開設している中国の4大学に対し、研究支援の一環として、このほど学会本部から図書を寄贈。学会代表が出席し、贈呈式が各大学で行われた。
 学会本部国際渉外局の長岡局長らは4日、大連市の大連海事大学を訪問。本年7月に設立された同大学「池田大作研究センター」を視察し、図書を贈呈した。
 また、6日には長春市の東北師範大学を訪れ、韓東育副学長らと懇談。2007年5月に誕生した「池田大作哲学研究所」に図書を寄贈した。
 7日には同市の長春師範大学で同大学「池田大作文化研究所」の開所式などに出席。併せて図書贈呈式が行われ、李彧威党委書記に目録を手渡した。
 8日には、厦門市の厦門大学を訪問。本年7月開設の「池田大作思想研究センター」に図書を贈呈した。


【特集記事・信仰体験など】

◆〈11・18「創価学会創立記念日」特集㊤〉 初代会長・牧口先生 殉教75年 「死身弘法」こそ学会永遠の原点

牧口先生㊨と戸田先生

 初代会長・牧口常三郎先生の殉教から、11月18日で75年。創価の光彩は今、地球を照らしている。11・18「創価学会創立記念日」特集㊤では、学会永遠の原点である師弟の闘争とともに、創価教育に期待を寄せる識者の声を紹介する。

各国語に翻訳されている牧口先生の『創価教育学体系』

1930年11月18日 「創価教育学体系」発刊

 凍てつく校舎の一角。子どもたちのあかぎれた手を取り、優しく湯にひたして傷を癒やす――。

 1893年(明治26年)、21歳の牧口先生は、北海道で教員生活の第一歩を踏み出した。尋常小学校の義務教育制が始まって、まだ数年。近代初等教育の黎明期にあって、慈愛に満ちた振る舞いは、人々の心に深く刻まれている。
 「幸福が人生の目的であり、従って教育の目的でなければならぬ」(『牧口常三郎全集』第6巻、第三文明社、現代表記に改めた)
 後にそう記した思いは、生涯を通じ、どんな境遇の人に対しても変わることはなかった。

「人道主義」の先駆け
 28歳で北海道師範学校の教諭となった牧口先生は、その後、上京し、六つの小学校で校長を歴任する。牧口の名を広く世に知らしめたのは、1903年(同36年)の『人生地理学』の出版であった。
 風土、地形、気候といった地理的現象と人間生活の関係を探究した同書は、40以上の新聞・雑誌に書評が掲載されている。後に「この書の出現によってわが国の地理学がその外貌を一変した」(社会学者の田辺寿利氏)と評されるなど、大きな話題を集めた。
 中でも注目すべきは、同書が、日本において、世界市民や人道主義の理念を示した、先駆けの一つという点である。
 日露戦争の前年、帝国主義が世界を席巻しつつある中で、先生は「人道的競争」を提唱。人類は、軍事的競争から、政治的競争、経済的競争を経て、人道的競争へ向かうべきであると訴えた。
 この『人生地理学』出版の翌年から、牧口先生は中国人留学生のために設けられた弘文学院(のちに宏文学院)で地理学を教えている。講義は留学生の話題に。4年後には、同書の中国語訳『最新人生地理学』が上海で出版された。
 日清戦争による中国人蔑視の風潮もあったが、牧口先生は彼らをこよなく愛した。かの文豪・魯迅も同校で学んでいる。
 また牧口先生は、庶民のための女性教育の道を、いち早く開いた。
 1900年代の初頭は、小学校を出た後、女学校で学ぶことのできる女性は、ごく少数だった。
 その状況を憂い、牧口先生は女性のための通信教育を行う「大日本高等女学会」を創立(1905年)。自ら編集・発行人となって教材『高等女学講義』を刊行し、教育の機会を広く提供していく。
 ある新聞評では“知識のみを学んで精神を忘却するような女学校より、女子の本分の自覚を促す、この講義録に学んだ方が幸福”(「九州日日新聞」)とも。最盛期、受講者は2万人にも上った。

戸田先生との出会い
 1920年(大正9年)、牧口先生は三笠尋常小学校、同夜学校の校長に就任する。
 同校は、壊れた窓ガラスを厚紙で塞ぐような資金の乏しい学校であり、800人が3部に分かれて授業を受けていた。牧口先生は家族と校内の官舎に暮らし、子どもたちのために精魂を注ぐ。
 おなかをすかせた子には、身銭を切って豆餅などを用意。弁当を持参できない児童のために、学校としてパンやみそ汁を無料で提供していく。その様子は新聞などでも紹介され、牧口先生の“米シカゴ郊外の貧民学校で行われている「ペニーランチ」を参考にした”との談話も掲載されている。
 さらに先生は、子を学校に通わせず、労働を優先させる家庭へ何度も足を運び、登校を促した。
 この年、北海道から上京していた戸田先生が牧口先生の自宅を訪ね、こう訴えた。「私を採用してください。私はどんな劣等生でも必ず優等生にしてみせます」
 牧口先生、48歳。戸田先生、19歳。子どもの可能性を信じ抜く、運命的な師弟の出会いであった。
 戸田先生は牧口先生の教育理論を実践する場として、私塾・時習学館を開設。教材をまとめた『推理式指導算術』は、100万部のロングセラーとなった。
                               ◇ 
 この師弟の出会いから10年後の1930年(昭和5年)2月。
 ある夜、牧口先生と戸田先生は時習学館の一室で、火鉢を囲み、深夜まで語らいを続けた。
 寸暇を惜しみ、牧口先生が書きためてきた思索の紙片は、膨大な量となっていた。
 自らの教育学を世に問いたいと語る師に、戸田先生は尋ねた。
 「牧口先生の教育学は、何が目的ですか」
 「それは、価値を創造することだ」
 「では先生、創価教育、と決めましょう」
 出版に向け、戸田先生は原稿の編集や資金の準備を申し出た。
 重複を避けながら紙片の一枚一枚を体系的に整理し、牧口先生の幾度もの推敲を経て、『創価教育学体系』第1巻が完成。奥付には創価学会の前身である「創価教育学会」の名が記された。
 発刊日である11月18日が、のちに創価学会創立記念日となる。

1944年11月18日 「不惜身命」の大精神
 牧口先生が日蓮大聖人の仏法と出あったのは、1928年(昭和3年)。戸田先生も、その後、入信に至っている。
 当初、教育者の集いとして始まった創価教育学会の活動は、やがて、日蓮仏法の実践に基づき、各人の幸福と社会の繁栄を目指すものへと発展。牧口先生は一人一人との対話を重視し、折伏のための座談会に力を尽くす。
 北は北海道から南は九州へ。新幹線も飛行機もない時代である。約10日で北海道をほぼ1周したこともあった。41年(同16年)5月からの2年間だけでも、実に240回を超える座談会に出席したことが明らかになっている。
 しかもそれは、行く先々に特高警察が付いて回る中での弘教だった。治安維持法の改正(41年3月)により、座談会は思想犯などを取り締まる特高の監視下に。国家や神社に話が及ぶや、「中止!」の連呼。だが牧口先生は刑事に「よく来た。こっちへいらっしゃい」と声を掛け、「新来者が来ているよ」と、場を和やかにと努めた。

迫害を見下ろして
 日ごとに軍靴の音は高まり、日本は国家神道を精神的支柱に太平洋戦争に突入する(41年12月)。
 迫害を覚悟の上で牧口先生が弘教に歩く一方、宗門は当局から目を付けられることを恐れ、戦争協力の道をひた走る。
 勤行の御観念文を天皇と国家神道を賛嘆する内容に改変し、御書全集の発刊を禁止。さらに「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり」(御書974ページ)など、御文を14カ所も削除し、迎合を重ねていく。
 43年(同18年)6月27日、宗門は牧口先生、戸田先生らを呼び付け、「神札を受けてはどうか」と勧める。だが牧口先生は、「承服いたしかねます。神札は絶対に受けません」と言下に否定。この直後、権力の魔性が牙をむいた。
 2日後の29日に学会幹部が連行されるが、牧口先生は微動だにせず、逮捕者の家族を激励。7月1日には青年を入信に導き、幹部会に出席。当初の予定通り、伊豆の下田方面へ対話に向かう。
 伊豆は大聖人が流罪された法難の地。牧口先生は72歳という高齢をものともせず、翌2日から5日まで弘教に歩き、6日の朝、特高刑事に同行を求められた。
 下田署まで約5キロもの夏の長路を、袴姿の先生が、まるで刑事を従えるかのように歩いて出頭した。
 容疑は、治安維持法違反ならびに不敬罪である。別れ際、会員に託した言葉は「戸田君によろしく」。その戸田先生もまた、この日の朝、東京で検挙されていた。

獄中での勝利宣言
 取り調べは苛烈を極めた。逮捕者の大半が収入を断たれ、家族は「国賊」と罵られた。最後まで信念を貫いたのは、牧口先生と戸田先生の二人のみである。
 だが牧口先生は逮捕を“諫暁の好機”と捉え、取り調べで国家神道の誤りを指摘。旧内務省の資料「特高月報」には、権力の横暴に一歩も引くことのない先生の発言が、克明に残っている。
 およそ2カ月半の尋問の末、牧口先生は警視庁から巣鴨の東京拘置所へ。暗く冷たい独房での獄中闘争は、約420日に及んだ。しかし、先生は泰然自若として家族に手紙を送っている。
 「災難と云ふても、大聖人様の九牛の一毛(=ほんのわずか)です」
 「大聖人様の佐渡の御苦しみをしのぶと何でもありません」と、大聖人を一切の基準とした。
 逝去の1カ月前、家族に宛てた最後の手紙には、こうあった。
 「(大聖人の仏法を)数千人に実証したのを見て、自分ながら驚いている。これ故、三障四魔が紛起するのは当然で、経文通りです」
 命に迫る法難を、「経文通り」と悠然と見下ろす大境涯――これが牧口先生の絶筆となった。
 この“勝利宣言”から1カ月後となる44年(同19年)11月18日、奇しくも学会創立の日の朝、牧口先生は崇高な生涯を閉じた。
                        ◇ 
 戸田先生が牧口先生の死を獄中で知ったのは、その2カ月後。45年(同20年)7月3日に出獄し、学会再建に一人立つ戸田先生を、一心に支えたのが池田先生であった。
 戸田先生の願業である75万世帯の折伏、牧口先生が念願とした創価教育の学舎の創立をはじめ、両先生の一切の悲願を実現。学会は192カ国・地域に広がり、世界宗教へと飛躍を遂げたのである。
 池田先生は随筆に記している。
 「創価のすべての門弟が、広宣流布への『不惜身命』『死身弘法』の魂を、わが生命に厳粛に燃え上がらせゆく原点の日――それが、十一月十八日である」

◆「11・18」特集㊤ 創価教育への期待――ブラジル・ソアレス元教育大臣
人類貢献の世界市民を育む

 <ホシエリ・ソアレス 1978年生まれ。サンパウロ州教育局長。弁護士。同国の教育大臣、国家州教育局長評議会副議長、アマゾナス州教育局長などを歴任>

 「教育の目的は、子どもの幸福にある」――牧口常三郎初代会長のこの理念に、私は心からの敬意と賛同を表したい。青少年たちをいかに幸福に、そしてより良い人間へと育成していけるかが、教育に携わる者の責務と信じているからです。
 ブラジルでは、残念ながら青少年による暴力事件が後を絶ちません。その原因の一つとして、貧困から生じる劣悪な教育環境の悪循環が挙げられます。
 経済的理由から学校教育を受けられなかった親たちが、教育の重要性に気付けず、家の手伝いを優先させることも少なくありません。1990年代の中頃は「義務教育を最後まで受けられるのは10人中、わずか4人」ともいわれていました。
 最近の調査では、小学3年生の半数以上が読み書きや計算の力が不十分であり、書き取りについては3分の1以上の児童が授業についていけない、という結果が出ました。勉強ができないことで自信を失い、いつしか犯罪に手を染めてしまうのです。
 もう一つの要因は“心の教育”が不十分であるという点です。
 罪を犯した若者全てが教育を受けてこなかったわけではありません。しかし、他者への感謝、思いやりや尊敬の心、そして生命の大切さを教える授業自体が十分とはいえません。また、教師の社会的地位が低く、教員自身が意欲を失っている場合もあります。教育カリキュラムとともに、教師の質を高めていく必要があります。
 ブラジルSGIでは、池田SGI会長のリーダーシップのもと、読み書きができない人に対する「識字教育運動」や、牧口会長の創価教育学説に基づく「牧口教育プロジェクト」の推進など、地域の教育力向上に多大な貢献をしてこられました。

ブラジル創価学園での授業風景。少人数教育で学習内容の理解を促す(本年5月、サンパウロ市内で)
 また、牧口会長の理念を掲げ、2001年に開設されたブラジル創価学園は幼稚園から高校までの一貫教育機関に発展。世界市民の育成に力を注ぎ、地元サンパウロ市の教育当局から「優秀校」として推奨されるなど、高い評価を得ています。
 昨年12月、ブラジル連邦共和国から池田会長に「教育功労国家勲章オフィシアール章」が贈られました。
 この勲章は、教育界で傑出した貢献をなした人物に対して、大統領の決定によって授与される国内の最高栄誉です。日本人への授与は、池田会長が初めてでした。
 世界の分断化が進む昨今、平和を築くために大切なこと――それは、池田会長が尽力してこられたように、青年たちを本物の世界市民へと育むことではないでしょうか。この世界市民とは、いつどこにいても、人種や民族、文化などの違いを乗り越え、互いを尊重できる人間のことです。
 SGIの青年たちは、池田会長を“人生の手本”として、社会や地域に貢献していこうとの高い志を持っています。それは今、ブラジルの青年教育に必要なものなのです。
 これからもSGIの皆さんと手を取り合い、ブラジルの未来のために、教育環境の向上に努めていきます。

創価教育への期待――ケニア・ナイロビ大学 インダンガシ教授
 確かな倫理観がここに 

 〈ヘンリー・インダンガシ 1947年生まれ。ケニア作家協会会長。ナイロビ大学教授。池田先生との語らいは、対談集『世界の文学を語る』(潮出版社)に収録〉

創価教育への期待――カナダ・グラフ・ハンバー大学 シャーマン博士
 研究成果に期待高まる 

 〈ポール・シャーマン 1953年生まれ。ゲルフ・ハンバー大学の家族・コミュニティー・ソーシャルサービス学科長。教育・社会正義の分野で博士号を取得〉

◆信仰体験  修学旅行で本社を訪れた少年  あの日を原点に社会へ飛翔

 【岐阜県羽島市】2008年(平成20年)5月、東京の聖教新聞社を訪れた少年がいた。
 大野優人さん(25)=総県学生部長。
 中学3年の時だ。修学旅行の一環として、企業訪問があった。
 “お母さんが届けている新聞はどうつくられているんだろう?”
 母が本紙の配達員だった大野さんはそう思い立ち、訪問先に聖教新聞社を選んだのだった。
 “待っているよ。気を付けていらっしゃい”。訪問が決まると、池田先生から伝言が。
 胸を弾ませ、社屋の入り口をくぐると、歓迎の拍手が鳴り響いた――。
                              ◇
 あれから11年。
 大野さんの一日は、“サーチライトのように”と御本尊に祈ることから始まる。
 大手航空機メーカーの下請けを担う企業で、部品の製造・管理を担当している。工場で黙々と製品を検品し、在庫数を入念にチェック。一つのミスでも命取りに。
 「だから、細部まで“サーチライトで照らす”ように目を行き届かせて仕事をしていきたいって」
 もともとは、希望の仕事ではなかった。「明確な夢があったわけではないけど、人と接するのが好きなので、営業職がいいなって思っていました。けど今の仕事は、ほど遠いですよね(笑い)」
 会社での大野さんは、“盛り上げ役”。人好きな性分を生かし、会話が少なくなりがちな職場にあって、同僚に進んで声を掛けている。「大野がいると朝礼が明るくなるな」と、周囲の信頼は厚い。
 “振る舞いで勝つ”。創価学会の活動に励む中で、学んできた生き方だ。
 地道に学会活動に励む両親の背中を見て育った。創価大学の受験を目指していた、高校3年の秋。信号無視の車にひかれ、意識が戻らない状態で病院に搬送された。頭蓋内に出血があったが、治療が功を奏し、事故の2日後に目を覚ました。

 だが後遺症から、事故以前のペースで、勉強を続けることが困難になった。結果、受験は不合格。
 地元の専門学校に入学したが、幼い頃からあったアトピー性皮膚炎が悪化。人間関係にも悩むように。
 “どうして自分ばかり”。ネガティブな感情が、次々と押し寄せた。
 卑屈になりそうな大野さんを支えたのは、この頃から参加するようになった学生部の活動。同志の励ましと、池田先生の言葉だった。
 「恵まれた状況のなかでなら、誰でも戦える。私は、(戸田)先生の弟子だ! 師子の子だ! どんなに苦しくとも、辛くとも、必ず勝ってみせる!」
 “あの時、事故に遭ってなかったら……そんなことで思い詰めてもしょうがない。創価大学にいった以上の自分になってやる!”
 御本尊に向かう姿勢が変わった。ひたぶるに祈り、仏法対話に挑戦。数カ月後には全身のかゆみが治まり、友人に弘教を実らせることもできた。
 卒業後、就職した会社で3年働き、精密機器を扱う企業に転職。すぐに研修生として、提携のあった工場勤務への出向を命じられた。専門性の高い知識を必要とする製造工程に、初めは手間取りながらも、持ち前の好奇心で吸収していく。その働きぶりに、出向先の役員から「ここの社員にならないか」と声を掛けられた。必要とされる自分になれたことはうれしかったが、願っていた営業職ではない。
 学生部の先輩に思うままを話すと、「希望通りでなくても、声を掛けられたのには意味があると思うよ。人生は50代、60代が勝負だよ!」と。
 元の職場からの後押しもあり、“せっかくの縁だから”と工場勤務に飛び込んだ。
 「やってみると、正確に製品をそろえていくのを楽しんでいる、新しい自分がいた」。
 派手ではないが、この仕事が大好きだ。
                           ◇
 学生部では、総県のリーダーとして友を励ます日々。“忙しくても、学会活動からは離れない”。そう決めて走り抜いてきた。
 メンバーには決まって、“あの日”のことを語っている。「聖教新聞社に見学に行った日のことは、今でも忘れられません。訪問に当たって伝言をくださった池田先生や、迎えてくれた方々の温かさが、僕の原点になっています」
 “振る舞いで勝つ”。その自覚が、周囲の人を照らしている。

 

2019年11月14日 (木)

2019年10月14日(月)の聖教

2019年10月14日(月)の聖教

◆わが友に贈る

 「努力の風」によって
 「栄光の旗」は翻る。
 ゆえに焦らず 弛まず
 今日なすべき課題に
 全力で挑みゆこう!

◆名字の言

「ここには、時代が希求する教育の理想像があります」。先日、鹿児島県薩摩川内市で行われた教育本部の「県人間教育実践報告大会」で、来賓が語っていた▼大会では、積極的な声掛けで生徒の自主性を育む中学校教諭、英語教育に携わって50年の元高校教諭らが登壇。情熱を胸に、教育現場で奮闘する姿に共感が広がった▼小学校の特別支援教育を担当する婦人部員が報告したのは、母子家庭で育つ、知的障がいと自閉症の傾向がある児童との関わり。彼女は、児童の不安を和らげるため、初めての行動は必ず“予習”を。耳鼻科健診の前には、スプーンを代用して「口に冷たいものが入ります」と語り掛けて慣れさせた。また母親との信頼関係を築こうと、交わした連絡帳は5年間で15冊に。「いっしょに悩んでいきましょう」。ノートにつづられた言葉に“一人も置き去りにしない”との心が脈打つ▼「皆さまの手で今日的な教育理論を構築していっていただきたい」――1984年(昭和59年)、池田先生の提案によってスタートした「教育実践記録運動」。35周年の本年、事例数は13万件を突破した▼多様な教育現場での実践例の蓄積は、一人一人の教育力の向上にとどまらず、「教育のための社会」を築きゆく、確かな指標となる。(誼)

◆寸鉄

会長は対話を基調に平和
の哲理広げた希有な存在
―総長。共生世紀の指標
     ◇
「紅の歌」誕生の日。若き
君よ師弟勝利の先駆を!
紅に燃える広布の情熱で
     ◇
「悩みを断ち切る利剣は
題目と折伏」戸田先生。
創立の月、悔いなく挑戦
     ◇
世界糖尿病デー。主な因
は暴飲暴食や運動不足。
祈りを根本に賢く見直し
     ◇
秋の火災予防運動。煙草・
暖房・こんろ・電気コード
が火の元に。指さし確認

◆社説 特殊詐欺から身を守る  手口を知り、具体的な対策を

 年の瀬が近づき、何かと多用になる頃。日々の慌ただしさに追われ、予期せぬトラブルに巻き込まれることのないよう細心の注意を払いたい。
 後を絶たないのが振り込め詐欺など、特殊詐欺の被害だ。昨年の被害額は、全国で約360億円という深刻な状況が続いている。打開へ向け、警察庁では、大切な家族を特殊詐欺から守るため、家庭内で正しい防犯知識を身に付け、日頃から互いにコミュニケーションを取ることを呼び掛けている。
 例えば、家族になりすまし、電話をかけてくるオレオレ詐欺。警察庁は、家族と普段から対策について話し、合言葉を決めておくこと等を呼び掛けている。
 家族を名乗る者が「携帯電話の番号が変わった」と、知らない番号から電話をしてきた場合には慎重に会話をすることも大切。詐欺の電話であったとしても、家族の「元の番号」に電話をすることで見破ることができる。高齢の家族にも分かりやすいように、電話の近くに消費者ホットライン「188」や、警察相談専用窓口「#9110」をメモしておくこともいざという時に効果的だ。
 調査によればオレオレ詐欺の被害者のうち約75%が、だましの電話を受けてから、誰にも連絡や相談をせず、被害に遭っているという。反対に、家族や周囲に相談したことで被害を未然に防げたケースは多い。
 また、近年は、携帯電話のSMS(ショートメッセージサービス)を使った手口も目立つ。大手宅配業者をかたり、「お荷物のお届けにあがりましたが不在のため持ち帰りました」などの文面が、さも実際の企業からのように送られてくるケースが多発。添付されているURLから不正のアプリをインストールすると、IDやパスワードを盗み取られ、自分のクレジットカードなどを不正利用さ
れてしまう。
 また、携帯電話会社をかたり、「不正ログインされた可能性がある」「プレゼントがある」などと、SMSで偽のメッセージが送られてくる手口も増えている。これらも同様に、偽サイトに誘導され、暗証番号等を入力させられてしまう。実在する企業の名でメッセージが届いても、記載のURLには安易にアクセスせず、IDやパスワードをすぐに入力しないことを心掛けたい。
 幅広い世代にスマホが普及している昨今だからこそ、ネット社会を巧みに利用した新手の詐欺の手口を見抜き、被害から家族を守っていこう。
 各人が賢明な生活を送るのと同時に、家族、さらには地域の絆を強め、無事故で本年の総仕上げを飾っていきたい。

◆きょうの発心 信心を貫いて“勝利の花”を! 生死一大事血脈抄 2019年11月14日

御文 過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師?生」よも虚事候はじ(生死一大事血脈抄、1338ページ・編402ページ)
通解 あなたは、過去の宿縁から今世で日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそご存じと思われる。法華経化城喩品の「在在の諸仏の土に 常に師と?に生ず」の経文は、よもや?とは思われない。

 三世にわたる、仏法の深い師弟の関係を教えられた一節です。
 私が創価女子短期大学2年だった3月、本部幹部会の席で、短大で学ぶ女子学生部の代表として、池田先生の前で短大歌「誉れの青春」を合唱したことが原点です。先生は、指揮者を務めた私を壇上に招き、「お父さん、お母さんによろしく」と温かく声を掛けてくださいました。師の慈愛を感じ、“先生の娘”として「生涯、師と共に、恩返しの人生を歩んでいこう!」と誓い、この御文を深く心に刻みました。
 卒業後は、本部職員に。広宣流布に尽くす日々に、感謝の思いでいっぱいです。
 これまでの白蓮グループでの薫陶を通し、どんな状況であっても信心を貫けば、最後は必ず“勝利の花”を咲かせていける、との確信を深めることができました。
 「“勝利の女王”白蓮グループ」との使命を胸に師と共に歩み、白蓮姉妹のスクラムで友情の連帯を朗らかに広げてまいります。
   白蓮グループ副委員長 大田直子


【先生のメッセージ】

◆池田先生の謝辞(代読) 長春師範大学「名誉教授」称号授与式から  地球に幸福平和繁栄の花を!
   常に「原点」に立ち返れ そこに人生と社会の蘇生の力

 

創立113年の歴史を誇る長春師範大学のキャンパス。この“教育の殿堂”から、次代を担う人材が陸続と育っている              

 一、このたびは「教育の世紀」の都にそびえる、学問探究と人格育成の大城たる貴・長春師範大学より、誠に尊き名誉教授の称号を賜りました。
 心より厚く御礼申し上げます。 
 貴大学の素晴らしき校歌を、皆さまとご一緒に歌う思いで、私も今、胸に響かせております。 
 「堅固なる基礎ありて広き建築 初めてその輝きを増す時代の庭師ありて蕾は初めて 精彩なる花を咲かせる」と。 
 若き生命の栄光の大建設のためには、喜んで「基礎」となり、幸福の大開花のためには、勇んで「庭師」となる。 
 この誇り高き教育の真髄を、100年を超えて厳然と貫き通してこられたのが、貴大学であられます。
 教育を生涯の事業と定めてきた私も、今日より、この貴大学の誉れある連帯に謹んで連ならせていただきます。誠に誠に、ありがとうございました。
      
変わらぬ友好を文化大恩の国と
 一、ここで私は、脈々と受け継がれてきた、貴・長春師範大学の崇高なる精神、すなわち「長師精神」から、地球社会の明日を照らす三つの心を学ばせていただきたい。 
 その第一は、「原点を忘れない心」であります。
 現在、貴大学の先生方、学生方が制作し、熱演される舞台が、反響を呼んでいると伺いました。
 そのテーマは、まさしく「原点」であります。 
 1920年代の激動の時代に、革命に生きた貴大学の先人を描く歴史劇であり、「師たる者は道を伝える」との長春師範の気概が込められています。 
 人生も、社会も、常に「原点」に立ち返るところに、みずみずしい蘇生があり、今再びの希望の前進が始まります。貴国との変わらぬ友好を信条とする私たちの「原点」は、いにしえからの計り知れない文化の大恩であります。 
 さらにまた、忘恩非道にも、日本の軍国主義が言語に絶する惨禍をもたらしてしまったにもかかわらず、ここ長春では、戦後、親を失った幾千人もの幼児たちが慈愛深く育まれた恩義も、決して忘れることはできません。

教育の目的は若人の幸福にあり
 貴大学の劇「原点」の舞台では、冒頭に「経師は遇い易く、人師は遇い難し」との古典の名句が語られます。私も命に刻んできました。小学校時代の恩師の最晩年に、尽きせぬ深謝の思いで、この至言を記してささげたことも、懐かしい思い出であります。 
 「経師」――知識を伝える教師にとどまらず、「人師」――正しき人間の道、豊かな生命の道を伝えゆく教育者たれ。IT(情報技術)が急速に発展する時代だからこそ、ここに見失ってはならない「人間教育」の原点があるのではないでしょうか。 
 わが創価教育の創始者であり、平和の信念に殉じた牧口常三郎先生も、教育の目的は、教育を受ける若人の幸福にありと宣言し、「知識の切り売りや注入」ではなくして、自ら「知識の宝庫を開く」智慧の鍵を授けることと教えられました。 
 実力と人間性を兼ね備えた「人師」を育成されゆく貴大学と共々に、幸福と平和の価値を創造しゆく人間教育の道を、私たちもさらにまい進しゆく決心であります。

生き生きと学び 民衆への奉仕を
 一、第二に、学び続ける心です。
 貴大学は校訓に、「学問に果てなく 行動は師として模範たれ」と掲げられています。 
 思えば、人民の父・周恩来総理もまた、徹底して学び続ける指導者でありました。若き日から「活動と学習は切り離すことができない」(『周恩来選集(1926年~1949年)』日本語版≪周恩来選集≫翻訳室訳、東方書店)と、常に学ばれながら、たゆみなく人民への奉仕を積み重ねてこられたのであります。 
 総理として、長春はじめ吉林省を訪問された折にも、銀行や自動車工場、撮影所など行くところ向かうところで現場の声に耳を傾けられ、村落では民族の風俗習慣を尊重されるなど、一貫して民衆と共に学び、民衆への尊敬の振る舞いを示されました。 
 実は私が周総理とお会いした翌1975年の春、創価大学にお迎えした、新中国最初の日本への国費留学生の英才たちも、その多くの方がここ長春の出身でした。 
 異国の地で、まさに開拓者として真剣に大情熱を燃やして学問に取り組む姿を、私は思い起こすのであります。その向学の気高き青春に、今、貴国をはじめ世界の幾多の留学生たちが続いてくれています。 
 生き生きと学び、自他共に高めゆくことが、良き教育者たる大前提なり――貴大学の師範育成の伝統が、世代を重ねるごとに、百花繚乱の人材の園を開かれゆくことを、私は確信してやみません。

一人また一人と 生命の燭光点せ
 一、そして第三に、生命の燭光を点しゆく心です。
 貴大学は、歴史文化学院を拠点として、多くの民族が共生する中国東北地域の民族文化の研究に先進的な挑戦をされております。
 
 校歌には――
 「生命の燭光点し
 前進の方向を明るく照らす 長師人
 民族の希望を点し 人生の夢を解き放ち
 懸命の努力
 大地の桃李を芳しめ 光を実現せしめる」と歌い上げられております。
 
 多様な民衆一人ひとりに寄り添い、その可能性を引き出しながら、生命の燭光を点しゆく労作業が、社会に、世界に、どれほどの価値を生むことでしょうか。 
 さらに貴大学では、本年、女性の教員や学生が学識修養を培うための女子書院を設立され、女性たちの生命の燭光が、より一段と光彩を増しております。 
 私と妻が忘れ得ぬ出会いを結ばせていただいた鄧穎超先生は、女性教育の先駆者でありました。
 鄧先生は、「教育は人生の根本であると共に、全民族の文化的素養を高める重要な一環でもあります」と語られていました。 
 地球的課題が山積する現代世界にあって、平和で持続可能な未来を築くためには、あらゆる差異を超えた、多彩な人材の育成と連帯が、ますます求められております。それは容易ならざる道でありましょう。 
 鄧先生は、毅然と言い切られました。「何を為すにしても、困難にぶつかるのは必至です。しかし我々が決心をくだし、信念を固めさえすれば、困難は乗り越えられるのです」と。 
 まもなく、長春の地は晩秋から、氷点下の厳しい冬を迎えられます。しかし、「冬は必ず春となる」であります。凍てついた冬を勝ち越えるからこそ、いずこにもまして爛漫と花咲き香る春を飾られます。
 光栄にも、このほど、私の名前まで付していただき、新たな研究所が設立されました。この長春の天地から、一人また一人と生命の燭光を点しながら、地球民族に「幸福の花」「平和の花」「繁栄の花」を咲かせゆく、人間教育、人間文化の春が広がりゆくことを、私は終生、祈り抜いてまいります。 
 結びに貴・長春師範大学の万古長春の栄光と、貴大学の同窓生をはじめ、全ての関係者の皆さまの限りない健勝を心より祈念申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

【聖教ニュース】

◆中国・長春師範大学から池田先生に「名誉教授」称号  2019年11月14日
 李党委書記らが出席し晴れやかに授与式

長春師範大学から池田先生への「名誉教授」の証書が、李党委書記㊧から代理の田代創大理事長に手渡された(長春市内で)

長春師範大学から池田先生への「名誉教授」の証書が、李党委書記㊧から代理の田代創大理事長に手渡された(長春市内で)

 中国東北部の吉林省長春市に立つ長春師範大学から、創価大学創立者の池田大作先生に「名誉教授」称号が贈られた。
 日本と中国の友好促進と、世界平和への一貫した行動をたたえたもの。
 
 授与式は7日午前9時(現地時間)から、長春師範大学「池田大作文化研究所」の開所式と併せて長春市の同大学キャンパスで行われ、李彧威党委書記、蘇春輝副学長、歴史文化学院の姜維公院長ら大学首脳をはじめ、日本、中国、韓国の池田思想研究者の代表が出席。
 李党委書記から代理の田代創大理事長に、名誉教授の証書が託された。
中日友好と世界平和への一貫した行動をたたえて
 長春師範大学は1906年に設立された長春師範伝習所を淵源としている。省内の師範学校の先駆けとして、これまで10万を超える有為の人材を輩出してきた。
 
 戦前、日本が“満州国”の首都として支配していた同地域にあって、軍国主義の暗雲に覆われた中でも倦むことなく、教育を通じて新しい未来を切り開く英才を育んできた殿堂である。
 
 教育が行き届かない農村地域や少数民族などの教育水準向上を目指して国務院が取り組んだ、人材育成のための教育プロジェクトに参画した最初の大学の一つでもある。
 
 “教育を通じて新しい時代を!”“あらゆる人々、一人一人の幸福のための教育を!”――同大学に脈打つ精神は、創立から110年余を経てなお確かに息づいてる。
 
 その長春師範大学が注目してきたのが、教育を柱の一つとして、人間主義の連帯を世界に広げる創価の思想と歩みであった。
 
学術交流の拠点が開所――池田大作文化研究所

日中韓の池田思想研究者らの祝福の拍手に包まれる中、「池田大作文化研究所」の銘板が除幕。参加者の代表が記念のカメラに(長春市内で)

 「創価教育」の誕生月である11月を飾る式典では、初めに李党委書記から創価大学の田代理事長に名誉教授の証書が手渡された。続いて、「池田大作文化研究所」のプレートが除幕された。

 
 次に、池田先生の謝辞を田代理事長が代読。参加者から盛大な拍手が送られた。
 
 李党委書記は、中国をはじめ日本、韓国から集った研究者や教職員らを前に「皆さまもご存じのように、池田先生は中国人民が尊敬してやまない思想家、教育家であり、中日友好と世界平和のためのご貢献は、大変顕著なものです」と、大学が名誉教授称号の授与を決めた理由を紹介。
 
 すでに中国国内の多くの大学・学術機関に池田思想研究所が設立されていることに触れながら、今回、多くの関係者の尽力で研究所を設立できる運びとなったと喜びを語った。
 
 さらに、「池田大作文化研究所」は教職員と学生に新たな文化と学術交流のプラットフォームを提供するものであると強調。「池田先生の哲学、教育、平和思想を徹底して研究し、学内外の研究者との交流も深めながら、一段深い次元での協力と交流を展開していただきたい」と呼び掛けた。
 
 続いて3人が祝辞に立った。
 
 東北師範大学の韓東育副学長は、池田先生の平和思想と行動は世界的な評価を受けていると指摘し、中国と日本の友好促進だけでなく、中国とソ連(当時)の関係改善にも多大な貢献をなしたと述べた。そして、池田先生と創価学会、創価大学がなければ、現在の中日関係はなかったに違いないと力を込めた。
 
 学会本部国際渉外局の長岡局長は、池田先生の国交正常化提言発表(1968年)につながった理念について考察を述べた。
 
 大連中日教育文化交流協会の劉愛君副会長は、長く池田思想研究を共にしてきた張暁剛教授が在籍する長春師範大学に、研究所が設立されたことに深い感慨を覚えると述べた。さらに、今回の行事に張教授と同大学の強い信念を感じ、研究の進展を確信していると語った。
 
 最後に、「池田大作文化研究所」の所長に就任した長春師範大学の張教授は、同大学に研究所を設立できたことは名誉であり、責任ある大事業であると力説。今後、文化の側面からのアプローチに取り組み、さまざまな分野を交えた研究を展開し、そこから池田思想の文化的内面の全体像を把握していきたいと抱負を語った。
 
 そして、国内外の研究のネットワークを広げ、共生の理念のもとに展開する研究の実践活動を通して、中日平和友好交流の場と窓口を提供していきたいと訴えた。
 
日中韓の研究者が出席し池田思想学術シンポジウムを開催

池田先生への「名誉教授」称号の授与式後に行われた、池田大作平和思想・日中韓文化交流学術シンポジウム。池田思想研究者らが活発な議論を交わした(長春市内で)

 7日午後には、池田大作平和思想・日中韓文化交流学術シンポジウムが、同大学キャンパスで開催。各界から参加した約20人の研究者らが真剣に議論を交わした。


◆勇気の前進! 各地で座談会  2019年11月14日

 栄光の「11・18」を寿ぐ座談会が、列島各地で行われている。

原田会長は東京・北区へ

原田会長が出席した喜多創価区・新星地区の座談会。未来部・男女青年部の代表が清新な決意を述べた(東京・北区内で)

 原田会長は13日、東京・喜多創価区の新星地区へ。多くの友が町会等の役職を担いながら地域に信頼を広げ、本紙の購読推進でも模範の拡大を続ける。
 集いでは、松下敏夫さん・夏子さん夫妻、佐藤恵美子さんが活動報告。田口誠一郎地区部長、昆美佐子同婦人部長が、師への報恩感謝を胸に、仲良き団結で進もうと訴えた。
 原田会長は一人一人と懇談的に語らい、友の奮闘を心から称賛。自分自身が広布の人材との自覚で、明年の勝利へ喜び勇んで前進をと望んだ。

京都の下京創価区・栄光地区の集い


京都・下京創価区の栄光地区の集い。壮年部有志のアトラクションや未来部員の歌とダンスも(京都記念会館で)

 京都の下京創価区・栄光地区の集いは10日、京都記念会館で。
 同地区は心一つに本紙の購読推進に挑戦し、かつてない拡大を達成。人材の裾野も広がっている。 
 小林雪子さんの司会で始まった会合では、村田佳奈さん、神谷伸久さんが体験発表。小川裕義地区部長、戸田久子同婦人部長が誓願の祈りと行動で地域にさらなる歓喜の波動をと呼び掛けた。
 直里関西婦人部長は、皆が“人間革命の主役”となり、功徳と勝利の花を爛漫と咲かせようと激励した。


◆11月16日に民音公演・舞劇「朱鷺」の開催を記念する特別番組が放映  2019年11月14日
 午後4時からBSテレ東で 

舞劇「朱鷺」の公演から

 

舞劇「朱鷺」の公演から
 明年3月から日本全国30都市で開催される舞劇「朱鷺」の民音公演。
 その開催を記念する特別番組「日中友好の翼 朱鷺よ再び」が今月16日(土)午後4時から1時間、BSテレ東で放送される。
 舞劇「朱鷺」は、日中友好記念作品として、民音と中国人民対外友好協会などが共同制作したもの。民音と中国の文化交流40周年の佳節である2015年に、日本各地でツアー公演を行い、大好評を博した。
 番組では、出演する上海歌舞団の練習風景や公演の内容を一部公開。日中の文化交流の歴史を追いつつ、民音創立者・池田先生が、1968年に日大講堂(当時)で発表した「日中国交正常化提言」や、74年に周恩来総理と会見した模様などを写真や映像を交えて紹介する。
 また、中国人民対外友好協会の李小林会長をはじめとする識者が、日中文化交流の一翼を担う民音の役割について語る。

◆勇気の歌声  世界まで  首都圏少年少女きぼう合唱祭から
  
池田先生がメッセージ贈る  前進! 負けない心を燃やして
合唱祭のフィナーレ。全員で少年少女部歌を元気よく

 今月10日に行われた「首都圏少年少女きぼう合唱祭」(東京・小平市の創価学園)。池田先生は万感のメッセージを贈り、子どもたちの奮闘をたたえた。出演した10団体の写真と共に、参加者の声を紹介する。

 「私も大好きな少年少女部歌『Be Brave! 獅子の心で』の歌詞には、『負けない心を 燃やして』という一節があります」
 池田先生は、首都圏の少年少女きぼう合唱祭に寄せたメッセージの中で、合唱団のメンバーたちが「負けない心」を燃やし、互いに励まし合いながら心一つに挑戦を重ねてきた姿を賞讃。「日蓮大聖人が、さぞかし、褒めておられることでありましょう」と述べつつ、こう強調した。
 「大聖人は、『広宣流布』という人類の幸福と世界の平和のために、ありとあらゆる大難を受けられながら、『一度もしりぞく心なし』(御書1224ページ)と力強く宣言されました。
 大聖人に続いて、正義のため、民衆のため、何があっても、『しりぞかない心』にこそ、私たち創価学会の魂があります。これが、初代会長の牧口先生、第二代会長の戸田先生から、第三代の私が受け継いできた『獅子の心』であり、『負けない心』なのです」
 「皆さんのお父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんたちも、私と同じ心で、どんなつらいことがあっても『勝利を信じて』、悩んでいる人や苦しんでいる人に手を差し伸べ、毎日毎日、懸命に走り抜いてこられました。この『勇気のたすき』を受け取り、学び、鍛えて、希望の未来へとつなぎ、世界へ広げていく『正義の走者』こそ、少年少女部の皆さんにほかなりません」
 「さあ、今日から、それぞれの青春の晴れ舞台で、題目を朗々と唱え、新たな大前進を開始しよう! 良き仲間と共に、日本中、世界中の創価家族と共に、私と共に、どんな時も『Be Brave!』と、朗らかに歌声を響かせながら!」
 「笑顔ときぼうの歌声を」がモットーの千葉きぼう合唱団。支えてくれる全ての方々に感謝を届けた
 不登校のある児童は足しげく励ましに通ってくれた合唱団スタッフの真心に触れ、勇気を振り絞ってステージに臨んだ。自分の可能性を信じ抜いてくれる人がいる――それが何よりの力になった。
 先般の台風で被災した千葉の児童もいる。「被災した方々に勇気を送りたい!」との決意を込めたハーモニーは、聞く人の心に“希望の虹”を懸けた。
 フィナーレでは、全員で少年少女部歌を大合唱。その姿は、池田先生のメッセージに応えようとする誓いに輝いていた。

合唱祭のフィナーレ。全員で少年少女部歌を元気よく
参加者の声
 「自然と涙がこぼれました。子どもたちの一生懸命な姿から学ばせていただいた思いです」(千葉・女性) 「子どもたちの元気な姿や歌声、真っすぐな姿勢、爽やかな笑顔に感動です。これまでたくさん頑張って、祈ってきたのでしょう。さまざまな苦労を乗り越えてきた“心”が光っていました」(東京・男性)
 「合唱団それぞれにカラーがあって素晴らしい。希望の未来を感じました。私たち大人も成長していかなければ!」(埼玉・女性) 
 「歌の練習だけでなく、信心を深める挑戦をしてこられたことが伝わってきました。この少年少女たちが創価の後継者となって世界広布を進めていくのだと思うと、胸が熱くなります。勇気をもらいました」(神奈川・女性)


【特集記事・信仰体験など】

◆〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉84 東京富士美の「フランス絵画の精華」展が好評 芸術が「結合の心」を育む  一流に触れる“またとない機会”に

〈出席者〉
原田会長
永石婦人部長
東京富士美術館 五木田館長
志賀青年部長
大串女子部長

ヴィジェ・ルブランによる「ポリニャック公爵夫人」の肖像(右奥)などが展示されたコーナーでは撮影も可能。世界一級の作品を身近に感じることができる(東京富士美術館で)

 志賀 東京富士美術館(八王子市)で開催中の「ルネ・ユイグのまなざし フランス絵画の精華――大様式の形成と変容」展が好評ですね(明年1月19日まで)。

 五木田 多くの方々に足を運んでいただき、心から感謝申し上げます。今回の展覧会は17世紀から19世紀にかけて、そして印象派誕生前夜に至る多様なフランス絵画を公開しています。

 原田 私も鑑賞しましたが、名品の数々に圧倒されました。学術監修を務めた大野芳材氏(美術史家)も「フランス独自の絵画が生まれ、発展してきた流れを見ることができる“またとない機会”」と期待を寄せている通りですね。

 志賀 展示作品のうち、約3分の1が日本初公開だと聞きました。フランスでも、なかなか鑑賞することのできない作品も多く展示されているそうですね。

 原田 今回、“初来日”となる、ヴァトーの「ヴェネチアの宴」などが大きな見どころですね。

 五木田 はい。洗練された色彩が実に見事な作品です。中心の女性と男性の表情やしぐさにも自然と目がいきます。二人が歩み寄り、これからダンスが始まるような躍動感が伝わってきます。この作品について、ルーブル美術館名誉総裁・館長のピエール・ローザンベール氏も「間違いなく18世紀フランス美術の主要作品に数えられる」と称賛しています。

 永石 女性画家のヴィジェ・ルブランが描いた「ポリニャック公爵夫人」の肖像も素晴らしいですね。花のブーケが付いた麦わら帽子など、ファッションも本当にすてきです。

 五木田 所蔵されているヴェルサイユ宮殿美術館でも非常に人気のある作品の一つです。

 大串 絵画に描かれた服装の美しさなど、女性ならではの視点で鑑賞するのも楽しみ方の一つですね。

 五木田 ええ。この画家は王妃マリー・アントワネットの友人であり、ファッションにも当時の流行が色濃く反映されています。今回、この両作品は特別に写真撮影が可能です。多くの来館者が「記念撮影」されている姿をお見掛けします。

 大串 スマホで特設サイトを開けば、声優の本名陽子さんによる音声ガイドを持参のイヤホンで聞くこともできますね。

 五木田 西洋画は宗教や思想など、その時代の影響を大きく受けています。描かれている人物の服装や持ち物、全体の構図にも深い意味が込められています。

 永石 「キッズルーム」も併設されていますので、子育て世代の方々からも、安心して来館できると喜びの声が届いています。

ユイグ氏との友情
 五木田 富士美の開館は1983年。開館時に開催された「近世フランス絵画展」に大きく尽力されたのが、ルーブル美術館の絵画部長等を歴任した20世紀を代表する美術史家の故ルネ・ユイグ氏です。今回の展覧会にはユイグ氏の貢献に対するオマージュ(敬意)が込められています。

 原田 ユイグ氏といえば、第2次世界大戦中に、約4000点のルーブルの絵画をナチスから守った一人として知られる、美術史上の偉人です。ユイグ氏は、池田先生と生涯にわたる友情を結ばれました。だからこそ、先生が創立された富士美に尽力してくださったのです。

 志賀 ユイグ氏と先生は対談集『闇は暁を求めて』を出版されていますね。私も読み、大変に感銘を受けました。

 大串 子息であるフランソワ=ベルナール・ユイグ氏も「東京富士美術館の発展に貢献することは、父にとっても幸せなことだったはずです。生前、何度も東京富士美術館への高い評価を口にしていました」と語られていましたね。

 原田 先生は、多忙な世界広布の旅の中でも、早くからルーブルなど多くの一流の美術館を視察されていました。富士美が全世界の美術館と連携し、庶民が一流の芸術に触れる機会を提供できているのも、先生の長年のご構想と、世界規模で結ばれた文化・芸術の交流があってこそです。

 五木田 今回の展覧会の来館者からは「作品を間近で見て、その人物が目の前にいるような印象を受けました」「解説を通して、鑑賞の仕方が変わりました」との声も頂いています。

 永石 ある婦人部の友人の方は、小説『新・人間革命』を学ぶ集いで研さんした、第4巻「大光」の章を思い出したそうです。同章には、ナチスの蛮行が描かれており、「あの時代に命懸けで美術品を守ったユイグさんと、平和のために行動される池田先生に相通じるものを感じました」と語っていました。

 五木田 今回の展示ではフランスだけでなく、イギリスやドイツなどからも名品が集結しています。「対立」や「分断」がクローズアップされる現代にあって、「結合」の心を育むことが美術館の役割であり、富士美の使命もそこにあると確信します。

 原田 池田先生は「本物の芸術には、どこかに必ず『聖なるもの』『大いなるもの』『永遠』が表れている」と語られています。今回の展覧会も一流の美術作品を通して、心を豊かにする最良の契機になることでしょう。ぜひ、多くの方々に直接、足を運んでいただきたいと思います。

御供養の志に功徳
 志賀 今月、広布部員会が各地で行われます。

 永石 広布部員の方々は広布への深き「志」で参加してくださいます。皆さまが大きく福運を積みゆかれるよう、こまやかな励ましを送っていきましょう。

 原田 御書には「法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり」(1316ページ)と仰せです。仏意仏勅の世界広宣流布にまい進する創価学会に供養する功徳は計り知れません。リーダーは、一切無事故を強く祈り、心を配ってまいりましょう。

◆信仰体験 頸髄損傷、乳がんを克服した准教授 全員が人材 一人ももれなく!

 【栃木県那須塩原市】新聞のコラムなどから、ためになる言葉を紹介して授業を始める。社会性を養ってもらいたいとの思いからだ。
 2年前から短期大学の准教授を務める髙野マチ子さん(68)=地区副婦人部長=の授業は、「パワーをもらえる」と大好評。養護教諭一筋に現場で培った経験と、2度の苦難を乗り越えてつかんだ確信を、学生たちに惜しみなく伝えている。

 2年前から准教授として看護学を担当する髙野さん。養護教諭を志す学生に、“学校看護”を教えている。
 卒業が近い学生には、「つらいことがあっても、まずはこらえて頑張ること。その先に、きっと開ける時が来るから」と。それは、自身の経験から発した言葉だ。
                          ◇
 1972年(昭和47年)4月、髙野さんは“保健室の先生”として中学校に赴任。当時、養護教諭は学校に1人だけだった。
 相談できる先輩が近くにいない不安と、一人で背負う責任の重さ。手探りで仕事に取り組んだ。心掛けたのは「目の前の生徒を、子ども扱いしないこと」。不登校や素行不良の生徒が保健室を訪ねてくる。どんな時も、真剣に耳を傾けてきた。

 「保健室に来た生徒にとって、教室に戻るのは、とても勇気がいるんです。だから本人の自尊心を大切にし、背中をそっと押すよう、工夫してきました」
 ある時には、生徒の手を取り教室の前まで送った。また、他の生徒に気付かれないよう物陰に隠れて見送ったりもした。苦労は多かったが、生徒の笑顔に、疲れは吹き飛んだ。

 そんな髙野さんが2004年(平成16年)6月、交通事故に巻き込まれ、車の下敷きに。奇跡的に一命を取り留めるも、左半身が全く動かなくなってしまった。
 「頸髄損傷」との診断。ベッドをゆっくり起こすだけで、激しい頭痛やめまいに襲われた。看護師の介助を得ても、立ち上がることなんて到底できない。先の見えない不安に涙が止まらなかった。
 髙野さんには、困難に直面した時、決まって思い出す母の言葉があった。

 「いいかい、マチ子。『石の上にも三年』という言葉があってね、どんなにつらくても、まずは、3日頑張るんだ。そうして努力を続けると、30日、3カ月、3年の節目ごとに、事態は少しずつ変わっていくものだよ」
 それは、信心根本に助産師として生きてきた確信の言葉――。
 “これまでも、この言葉を胸に頑張ってきたじゃないか。負けてたまるか!”

 ベッドの中で題目を唱える。2階の病室からは、輝く新緑の木々が見えた。“この葉が落ちる前に、元気になって家に帰るんだ!”。そう自身を鼓舞した。
 朝から晩まで時間いっぱい、リハビリに取り組んだ。動かない体に題目を染み込ませる思いで、一歩ずつ足を運んだ。弱音を吐きそうになる時も、待っている生徒の顔を思い浮かべては、力を湧かせた。
 入院から5カ月後の11月。懸命のリハビリが功を奏し退院を果たす。いつしか紅葉が、外の景色を黄金色に染めていた。
 翌年4月に職場復帰。「オリンピック選手に負けないぐらい、歩く練習を頑張ったのよ」と笑い飛ばす髙野さんは、多くの生徒に囲まれた。

 退院から3年後の07年11月、再び苦難が押し寄せた。定期健診で右乳房にがんの疑いが。その日のうちに精密検査を行った。
 翌週、医師から「進行性の乳がんの可能性が高い」と告げられる。目の前が真っ暗になった。
 自宅に戻ると、真っ先に御本尊の前に座った。おえつが止まらない。ひたすら題目を唱えた。“どうして私ばかり、つらい目に遭うんですか……”。そんな気持ちのまま、唱題に次ぐ唱題。唱えるほどに、種火のように小さかった“負けじ魂”が燃えさかってくる。

 師匠との出会いが思い出された。1968年(昭和43年)9月8日、「日中国交正常化提言」が発表された学生部総会に参加した日のこと。“次の時代を君たちに託す”との池田先生の心に触れ、生涯不退を誓った原点の日――。
 先生の指導を求めた。「何か困難にぶつかったならば、行き詰まりとの“闘争”だ、障魔との“闘争”だ、今が勝負であると決めて、自己の宿命と戦い、勇敢に人生行路を開いていっていただきたいのです」

 “そうだ! 必ず題目で乗り越えて、先生に勝利の報告をするんだ”
 手術の日を迎え、3センチの腫瘍を摘出。幸い、がんは進行性のものではなかった。
 その後、通院での抗がん剤治療に。副作用のつらさは想像以上だった。家に帰ると全身がだるく、抜け落ちる髪の毛を見ては、憂鬱な気持ちに襲われた。

 それでも唱題を重ねるごとに、心が前を向く。家族や同志の励ましも心強かった。
 いつしか“交通事故の体験は、がんを克服するために与えられた試練なんだ”と思えるようになった。
 半年間、治療に専念した後、職場に復帰。その後も2年にわたって治療は続いた。

 11年3月、髙野さんは定年を迎えた。一つのことをやり遂げた充実感でいっぱいだった。
 翌年4月、請われて大学の講師に。自身の経験を、次の世代に生かすことができる仕事に魅力を感じた。
 しかし、全くの畑違いで苦労の連続。放送大学大学院に通い、さらに専門性を深めた。
 自身に課したテーマがある。それは「一人ももれなく」。一対一の懇談に力を注いだ。専門的な知識はもちろん、社会で通用する人格の育成に心を砕く日々。

 「学生一人一人が健康で充実した生活を送れるよう、毎日、題目を送っています。今まで中途退学者が一人も出ていないんですよ」
 がんの治療が終わって10年を迎える本年。事故と病を乗り越えて学んだ、患者としての経験を生かして、今日も元気に教壇に立つ。

 

2019年11月13日 (水)

2019年11月13日(水)の聖教

2019年11月13日(水)の聖教

◆わが友に贈る

やらされていると思うか
自らやると決意するか。
微妙な一念の違いで
結果は大きく変わる。
喜び勇んで使命の道を!

◆名字の言

先月、インドで開かれた教学研修会。各部の代表が参加した御書講義のほかに、創価班や白蓮グループなど、行事運営や会館警備に当たるメンバーを対象とした講義が行われた▼研修では、こうしたグループの使命について、御書や小説『新・人間革命』を通して学び深めた。皆、普段は研修会の運営を陰で支える側で、自らが講義の参加者となることは少ない。平日の開催だったが満員の会場は求道の熱気に満ちていた▼ある創価班の友が語っていた。「この会合に参加するために、全力で仕事に取り組んできました。次から次へと新しい業務が舞い込んできたのですが、“もう研修は始まっている”との思いで、全てやり切って講義に集うことができました。きょうの歓喜と誓いを胸に、新たな前進を開始していきます」▼会場となったのは9月に落成したばかりの新「本部」。壮麗な外壁は陽光に輝き、玄関ロビーの横では、池に浮かんだ色鮮やかなハスの花々が来館者を迎える。仏教源流の国の宝城は、同志の美しき心によって、さらに輝きを増していた▼日本でも多くの友が日々、行事運営や会館警備などに尽力している。多忙な中での献身に心からの感謝をささげたい。学会厳護の「陰の戦い」もまた世界同時進行である。(駿)

◆寸鉄

「創立の月」飾る座談会。
信仰体験と決意を闊達に
語り合う触発の会座に!
     ◇
徳島の日。魁光る人材城。
新たな拡大の波起こせ!
地域に対話の花を爛漫と
     ◇
青年の成長なくして未来
は開けない―恩師。学会
活動で心の財宝積みゆけ
     ◇
会館周辺での違法駐車・
喫煙・立ち話は厳禁。良識
の振る舞いが仏法の精髄
     ◇
台風被害、政府の対策に
公明の主張が多数反映。
復旧加速へさらに総力を



【先生のメッセージ】

◆小説「新・人間革命」に学ぶ 名場面編 第13巻2019年11月13日

連載〈世界広布の大道〉

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第13巻の「名場面編」。心揺さぶる小説の名場面を紹介する。次回の「御書編」は20日付、「解説編」は27日付の予定。(「基礎資料編」は6日付に掲載)

偉大な戦友に最敬礼!

 <1968年(昭和43年)9月8日、日大講堂で開催された学生部総会の席上、山本伸一は、「日中国交正常化提言」を発表。国内外のメディアで取り上げられ、日中友好に取り組んできた人たちは称賛を惜しまなかった>

 しかし、反響は、決して共感と賛同だけではなかった。伸一が予測していたように、彼は、激しい非難と中傷にさらされなければならなかった。
 学会本部などには、嫌がらせや脅迫の電話、手紙が相次いだ。
 街宣車を繰り出しての、けたたましい“攻撃”もあった。(中略)
 提言は、伸一が、アジアの平和を願う仏法者としての信念のうえから、命を賭しても新しい世論を形成し、新しい時流をつくろうとの決意で、発表したものだ。
 だから、いかなる中傷も、非難も、迫害も、弾圧も、すべて覚悟のうえであった。伸一に恐れなど、全くなかった。
 だが、妻の峯子や子どもたちのことが、気にかかった。家族にも、何が起こってもおかしくない状況であったからだ。
 “私は死を覚悟しての行動である。だから何があってもよい。しかし、妻や子どもたちまで、危険にさらされるのは、かわいそうだ。せめて、家族には無事であってもらいたい”
 伸一は、夜、帰宅し、妻や子どもたちの姿を見ると、今日も無事であったかと、ほっと胸を撫で下ろす毎日であった。
 ある時、家族を案じる彼に、峯子は微笑みながら言った。
 「私たちのことなら、大丈夫です。あなたは、正しいことをされたんですもの、心配なさらないでください。子どもたちにも、よく言い聞かせてあります。
 私たちも十分に注意はします。でも、何があっても驚きません。覚悟はできていますから」
 穏やかな口調であったが、その言葉には、凜とした強さがあった。
 伸一は、嬉しかった。勇気がわいてくるのを覚えた。
 それは、彼にとって最大の励ましであった。戦友――そんな言葉が伸一の頭をよぎった。
 彼も微笑を浮かべ、頷きながら言った。
 「ありがとう! 偉大な戦友に最敬礼だ」
 (「金の橋」の章、75~76ページ)

無名無冠の大功労者

 <9月、山本伸一は北海道・稚内へ。指導会の会場には、利尻島の広布を必死に切り開いてきた堀山夫妻の姿があった>

 常に同志の悩みに耳を傾け、素朴だが、誠心誠意、激励を続ける堀山夫妻は、皆から、「トッチャ」(父ちゃん)「カッチャ」(母ちゃん)と呼ばれ、慕われていった。
 ある年、利尻島では不漁が続いた。
 生活は逼迫していった。一方、本土では大漁続きだという。仕方なく出稼ぎに行くことにした。(中略)気がかりは、同志のことだった。
 大漁であった。毎日、無我夢中で働いた。しかし、仕事を終え、ホッと一息つくと、二人で交わす言葉は、島に残っている同志のことばかりであった。
 生活苦にあえぐ人、目の不自由な人、足が悪くて動けない人……。皆、入会して日も浅く、信心への強い確信があるとはいえなかった。(中略)
 日ごとに不安が募り、もはや、居ても立ってもいられなくなった。
 「トッチャ、帰ろう! 島さ、帰るべ。いくら金を儲けてもしぁねぇべさ」
 二人は決めた。
 “おらだぢを頼りにしている同志がいる。どんなに生活が苦しくってもいい。広宣流布のため、同志のために、利尻で暮らそう。それが、おらだぢ夫婦の使命だと思う”
 夫妻は島に戻った。(中略)
 同志のために、島のために――それが、堀山夫妻の生きがいであり、活動の原動力であった。苦しみに泣く人がいると聞けば、いつでも、どこへでも飛んでいった。一緒に涙を流し、抱き締めるようにして、励ましの言葉をかけた。また、悩みを克服した同志がいれば、手を取って喜び合った。
 二人は、貧しい平凡な庶民であった。しかし、島の人びとを守り抜こうとする気概と責任感は、誰よりも強かった。(中略)
 堀山夫妻の入会から十一年、夫妻をはじめ、草創の同志の命がけの苦闘によって、利尻島にも、地域広布の盤石な基盤ができ上がったのである。
 “華やかな表舞台に立つことはなくとも、黙々と献身してくださる無名無冠の同志こそが、学会の最大の功労者なのだ。ゆえに私は、その方々を守り、讃え、生涯を捧げよう”
 それこそが、山本伸一の決意であった。
 (「北斗」の章、143~146ページ)

正義と真実を語り抜け

 <鹿児島の奄美大島の、ある村では、学会員に対する迫害が続き、1967年(昭和42年)6月には、村から名瀬市(現・奄美市)まで、学会排斥を叫ぶデモが行われた>

 奄美総支部長の野川高志は、デモの前日、中学三年生の娘の輝子を呼んで言った。
 「明日、名瀬に行く。お前に見せたいものがあるから、一緒に来い!」
 当日、輝子は、何を見せてくれるのだろうと思いながら、父と一緒に名瀬に向かった。
 街の大通りに立っていると、長い車の列がやって来た。車からスピーカーで、
「平和を乱す折伏を許すな!」などと、盛んに、がなり立てていた。
 輝子は、怖かった。でも、それ以上に憤りを覚えた。
 「お父さん。どうしてなの! なぜ、学会がこんな目にあわなければいけないの!」
 父の高志は言った。
 「ともかく、この光景をよく胸に焼き付けておくんだ。父さんも、島の学会員さんも、島の人たちの幸福のために懸命に戦ってきた。正しいことをしてきた。でも、だからこそ、こんな仕打ちを受け、攻撃をされるんだ。正しいことだから、みんなが認めて、讃えてくれるわけじゃあない。むしろ、大反対がある。
 お前は、この悔しさを決して忘れずに、学会の正義と真実を語り抜け! そして、いつか必ず、お前たちの手で、奄美を幸福の楽園にするんだ。広宣流布の理想郷にするんだ。それが、学会っ子の使命だぞ」
 列をなした車のなかから、大きな声が響いた。
 「村の平和を乱す宗教は出ていけ!」
 野川輝子は、ギュッと唇をかみしめ、その車を睨んだ。父親の高志が、彼女の肩を叩いてなだめた。
 「彼らはいつか、今日のことを、きっと恥じるようになるさ。また、そうしていかなくてはならない。
 そのために、お前たちが学会のすばらしさを証明し、みんなを最高の理解者、味方にしていくんだ。いいな!」(中略)
 その衝撃的な光景は、痛憤の思い出として、若い魂に焼き付けられていったのである。(「光城」の章、247~248ページ)

信仰は不屈の力の源泉

 <1969年(昭和44年)2月、山本伸一は沖縄指導へ。名護総支部婦人部長・岸山富士子を励ました。岸山と夫の幸徳はこれまで、打ち続く人生の試練を乗り越えてきた>

 夫妻は、来る日も、来る日も弘教に歩いた。(中略)鼻先でせせら笑われることも多かった。だが、毅然としていた。富士子は、胸を張って言った。
 「私たちは、長男を病気で亡くし、さらに火事で、娘二人を失いました。皆さんにも、ご迷惑をおかけしました。
 でも、めげずに立ち上がりました。(中略)信心をしても、人生にはさまざまな試練があるものです。考えられないような、大きな悲しみに出あうこともあると思います。
 それでも、どんなことがあろうが、負けずに生きていく力の源泉が信仰なんです。私たちは、必ず幸福になります。見ていてください」
 その叫びが、次第に、人びとの疑念を晴らしていった。(中略)
 富士子は思った。
 “人生は苦悩の連続かもしれない。でも、苦悩即不幸ではない。仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」と説くではないか。長男も、二人の娘も、私にそれを証明させるために、亡くなったにちがいない。いや、その使命を、私に与えるために生まれてきたのだ”
 彼女は、今は亡きわが子たちに誓った。
 “母さんは、自分の生き方を通して、信心の偉大さを証明してみせる。負けないよ。何があっても負けないからね。お前たちの死を、決して無駄にはしないから……”
 (中略)
 夫妻は、一歩も引かずに頑張り通した。やがて、名護は総支部へと発展したのである。
 また、夫妻は、社会に迷惑をかけたのだから、その分、社会に尽くそうと、地域への貢献に力注いだ。
 そして、後年、幸徳は地域の老人クラブの会長として、富士子は市の婦人会の会長や民生委員・児童委員などとして活躍し、信頼の輪を広げていくことになるのである。(「楽土」の章、369~371ページ)
 【挿絵】内田健一郎 【題字のイラスト】間瀬健治


【聖教ニュース】

◆池田先生の「随筆 調和の懸け橋――結び合う地域の未来」が発刊  2019年11月13日
 各地の新聞23紙への寄稿を収録

発刊された池田先生の『随筆 調和の懸け橋――結び合う地域の未来』

 池田大作先生の『随筆 調和の懸け橋――結び合う地域の未来』が、鳳書院から発刊された。
 
 同書は、池田先生が全国各地の新聞23紙に寄稿した随筆33編を収録。「橋を懸ける」「平和と文化」「福光を未来へ」「ふるさとの挑戦」「創立の志」の5章立てで、各地の歴史をひもとき、郷土の繁栄に寄与した偉人・賢人の生き方などを通して、地域の未来を展望している。
 
 このうち、「晴れの国から 平和と文化の虹の橋を」(山陽新聞掲載)では、岡山・香川間の五つの島を、六つの橋で結ぶ「瀬戸大橋」に言及。世界最大級のつり橋を支えるケーブルは、一本一本の細い線が結束することによって、強靱な力を発揮していることに触れ、「文化・教育の交流を通して、一対一の信頼と友情の絆が幾重にも結束した民衆の友好のケーブルは、政治・経済の変化の風波にも断じて揺るぎません」とつづっている。
 
 列島の各地で希望と共生の連帯を広げゆく友への、励ましの言葉がちりばめられた一書である。
 
 本書に収録されている寄稿が掲載された新聞は、次の通り。
    ◇
 室蘭民報、東奥日報、秋田魁新報、山形新聞、河北新報、岩手日報、福島民報、埼玉新聞、千葉日報、茨城新聞、下野新聞、神奈川新聞、神戸新聞、中国新聞、山陽新聞、山口新聞、宇部日報、日本海新聞、山陰中央新報、四国新聞、愛媛新聞、長崎新聞、宮崎日日新聞。
 
 1400円(税込み)。全国の書店で発売。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能です。


◆全国で「11・18」記念の座談会 原田会長が埼玉・川越へ  2019年11月13日

原田会長が出席した埼玉・川越大河圏の中台魁地区の座談会。多くの友が集い、笑顔と語らいの花が咲いた(川越市内で)

 さあ、創立の月・11月から、明2020年の学会創立90周年へ希望の前進を!――「11・18」記念の座談会が全国各地で歓喜に燃えて行われている。
 
 埼玉・川越大河圏の中台魁地区の座談会は12日、川越市内で開催され、原田会長が出席した。
 
 同地区の地域は近年、住宅地の開発が進む。転居してきた同志がすぐに地区になじめるように、リーダー率先で訪問・激励に取り組んでいる。そうした中で、新たに活動に加わる友も増えている。
 
 座談会では、矢内澄子さんが信仰体験を語った後、野口祐正創価長(ブロック長)が「11・18」について研究発表。飯田ルミ地区婦人部長の話に続いて、鮫島康修地区部長が御書講義を行った。
 
 原田会長は、「水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり」(御書1544ページ)の一節を拝し、「生涯、師弟の誓いを貫き、一人一人が“広布の先駆け”の存在に」と激励した。

千葉・市川新世紀県の未来地区の座談会には大高関東婦人部長が出席。男子中等部の大久保健さんが司会を務めた(市川市内で)

 千葉・市川新世紀県の未来地区の座談会は同日、大高関東婦人部長が参加し、市川市内で開かれた。
 
 11・18の「創価学会 世界聖教会館」開館を目指し、聖教拡大に挑んできた同地区。“わが地域に創価の希望の哲学を広げたい”と、特に地区内での拡大に力を入れてきた。
 
 日頃から近隣へのあいさつや友好活動を積み重ねるとともに、対話に取り組んだ。今、地域には、本紙の長期購読者が誕生するなど、信頼と友情の輪が着実に広がっている。
 
 集いでは会場提供者の佐々木作美さん・せつ子さん夫妻が、リフォーム後初となる座談会開催への喜びを語った。続いて、村山千恵子さんが体験発表。
 
 柏原伸洋地区部長、大久保良子同婦人部長が師弟共戦の祈りと勇気の行動で、地域にさらなる幸の連帯を築こうと訴えた。
 
 大高関東婦人部長は、広布に奮闘する友への感謝を述べつつ、創立の月から、題目根本にいよいよの決意で前進をと呼び掛けた。


◆台風19号から1カ月――被災地の同志が踏み出す一歩

 記録的な大雨で各地に甚大な被害をもたらした台風19号。観測史上1位の雨量を記録した地点は120カ所にのぼる。発災から1カ月がたった今も懸命の復旧作業が続く。不屈の一歩を踏み出す宮城、茨城、栃木、長野の同志を取材した。

栃木

 多くの河川が氾濫した栃木県。同県中部の鹿沼市でも思川などが氾濫し、住宅が浸水被害を受けた。粟野川沿いに自宅がある湯澤彰さん(壮年部員)は「荒れ狂う川を見て、県道と唯一つながる橋が流されないかが心配だった。自然と題目を唱えたね」と振り返る。
 翌朝、外へ出て周囲の状況を確認すると橋は幸いにも無事。ただ、庭や橋の上にも流されてきた木材が大量にあり、泥も20センチほど溜まっていた。そんな中でも、地域の人たちが駆け付けてくれた。「学会の同志も『大変だろうけど、頑張ろう』と勇気づけてくれたんです」

 妻の紀子さん(婦人部員)は3年前に喉頭がんと診断され、治療。湯澤さんも一心不乱に題目をあげた。「今、こうして共に生きられていることがありがたい」と語る。今回も“守られた”と感じることがいくつもあったという。
 土間から40センチ高い居間は、浸水せず居住できる。自家用車は、息子の勧めで対岸の高台に停めていたため無事だった。重機を持っている知り合いが、泥の除去作業を手伝ってくれた。「“変毒為薬の思い出”といつか言えるように、懸命に生きていく」と夫妻は誓う。

宮城

 宮城・大崎市鹿島台の佐藤秀夫さん(副本部長兼地区部長)の自宅は、床上1メートル以上が浸水した。現在も片付け作業が続いている。
 大雨が降った10月12日夜、秀夫さんと妻・とし子さん(婦人部副本部長)は同志宅に身を寄せ、翌日から市内にある秀夫さんの実家で3日間を過ごした。
 連日、夫妻のもとには多くの同志が訪れ、家財の搬出作業を手伝ってくれた。何より、池田先生からの励ましの言葉に、どれほど勇気をもらったことだろう。
 とし子さんは、民生委員として高齢者宅を訪問し、皆の声に耳を傾けた。秀夫さんは、被災した広布の会場の清掃等に奔走した。

 そんな夫妻の原点は1999年8月にある。鹿島台支部(当時)が結成された折、2人は支部長と支部婦人部長に就任。以来20星霜、ひたぶるに広布に走り続けてきた。その間、愛する地域を幾たびも自然災害が襲った。夫妻の自宅が浸水被害にあったことも、一度や二度ではない。それでも夫妻は、この地を離れようと考えたことは一度もなかったという。今いる場所で信心の根を張り、自らが安心の大樹となって地域に幸の花を咲かせることこそ、師との約束だからだ。
 秀夫さんが目に涙をためて語った。「信心があれば、同志がいれば、何度でも立ち上がることができます。ここから、また一歩を踏み出します」

茨城

 茨城県の久慈郡大子町では久慈川が氾濫。JR水郡線では橋げたが落下し、橋脚の一部が倒壊した場所もある。
 崩落現場のほど近くに住む小室順子さん(婦人部副本部長)の家にも、濁流が押し寄せた。自宅の庭や家の中も泥まみれに。昨年亡くなった夫が丹精を込めて育てた岩松の植木も散らばり、無残な姿となった。
 これからどうすれば……。片付け作業で途方に暮れていた小室さん。週が明けていち早くやって来たのは、茨城や千葉の男子部を中心に構成された「かたし隊」だった。

 「みんな慣れない作業でも、元気にせっせと泥をかきだし、水を吸った畳などを運んでくれた。感謝、感謝だね」と目頭を押さえる。青年たちと一緒に納まった写真は宝物だ。「かたし隊」のメンバーたちの名前を記したノートと共に、今も見返しては勇気をもらうという。
 師との原点も自身を支えている。支部婦人部長だった時に、池田先生から贈られた“題目をあげるんだよ”との指針を胸に広布に奔走。子宮がんや乳がん、脳梗塞などいくつもの病に打ち勝ってきた。
 「どんなに大変でも必ず乗り越えられる――そう確信できることが、私の財産です」
 そう語る真剣な顔に、何ものにも壊されない心の財が輝いていた。

長野

 長野県千曲市は今月11日、最後の避難所を閉鎖した。台風に見舞われた10月12日、一時、約4800人が27の避難所に身を寄せていたと、同市は発表している。
 こうした数が台風被害の大きさを物語る一方で、記録に表れない避難者もいる。
 同市に住む篠崎頼彦さん(地区部長)・美智子さん(副白ゆり長)夫妻は12日、自宅一帯の冠水に伴い、車の水没を避けるため、車に乗って避難した。だが停電の影響もあり、車中泊することになった。
 翌日、頼彦さんは泥まみれの自宅を前に天を仰いだという。夫妻で唇をかみ締めながら、清掃を開始した。
 3日間かけて家をきれいにしたが、浸水による家の損傷が日を追うごとに表れてきた。いまだ完全な復旧は見えないという。地区内の多くの同志も被災しており、皆のことを思うと心が痛む。
 「それでも皆が心を強く持って、前進しています」と、頼彦さんは言う。地区部長として友のもとへ激励に回る中で、他の多くの同志も足を運んでくれている様子を何度、耳にしたことだろう。
 「早く地区の全員で集まり、皆で笑い合いたい」と頼彦さんは、ほほ笑んだ。
野﨑さん。家財などの整理中、男子部時代になけなしのお金で購入した教学の書籍を見つけ、「当時の広布への情熱がよみがえりました」と 長野市篠ノ井に暮らす野﨑光雄さん(副本部長兼支部長)は、「こんなにやるせない思いをしたのは初めて」と振り返る。
 広布の会場として提供してきた自宅の仏間は、約30センチの床上浸水の被害に見舞われた。自宅の復旧に追われ、思うように御本尊に向かえない、もどかしい日々……。そんな時に思い起こす同志の顔があった。
 野﨑さんは1981年、米シカゴで開催された第1回世界平和文化祭に長野県男子部の代表として出演し、池田先生の前で五段円塔を披露した。
 野﨑さんは被災後、38年前に共に汗を流した仲間に電話し、今の思いを打ち明けた。“あの時、池田先生に誓ったじゃないか”――力強く励ましてくれた友の言葉に、心が震えた。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)とは、男子部時代に魂に刻んだ御聖訓である。「今こそ信心を貫く時です」と、野﨑さんは前を向く。

2019年11月12日 (火)

2019年11月12日(火)の聖教

2019年11月12日(火)の聖教

◆わが友に贈る

 慌ただしいからこそ
 日々の目標を掲げ
 信行学の基本に徹しよう。
 職場や地域の変革も
 「私の一歩前進」から!

◆名字の言

慶応義塾大学の塾長も務めた経済学者の小泉信三は、戦時中、出征する息子・信吉に手紙を書いた。「僕は若し生れ替って妻を択べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶということが出来るものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ。人の子として両親にこう言わせるより以上の孝行はない」(『海軍主計大尉小泉信吉』文春文庫)▼この文章には“何ものも私たち家族の絆を断ち切ることはできない”という愛情と信念、そして“わが子として生まれてくれた”ことへの感謝と喜びがあふれている▼ある朝、多宝会の婦人部員は孫娘に言われた。「おばあちゃん、寝言でお題目を唱えてたよ」。孫娘の笑顔に婦人は目を潤ませ、ほほ笑み返した。内臓疾患を抱えていた孫娘。それは同じ病を持つ父からの遺伝性だと医師に言われた▼当初、婦人は、孫娘の父である息子を“丈夫に産んであげられなかった”と自分を責めた。だが祈る中で、思いは“息子と孫は身を賭して、私に題目の偉大さを教えてくれている”という感謝に変わった。祈りはかない、今は皆が元気に過ごしている▼妙法は宿業を切る“利剣”であり、本物の価値と幸福とは何かを映す“鏡”である。それらを磨く唱題行に励む日々でありたい。(城)

◆寸鉄

「仏になるみちは善知識
にはすぎず」御書。同志と
絆固く。励まし合い前進
     ◇
女子部の日。華陽姉妹の
活躍こそ世界広布の光。
さあ朗らかに勝利の門を
     ◇
生命を強く清くするのが
信心―先師。何があろう
と弛まず。その人が勝つ
     ◇
信頼できる媒体―1位は
新聞。本紙は希望の論調
益々。支える読者のため
     ◇
「あおり運転」を免許取り
消しの方針に―警察庁。
悪質行為を許さぬ社会へ


【教学】

◆御書に学ぶ御供養の精神 門下の尊い志を最大に讃嘆

 日蓮大聖人は、門下からの真心の御供養に対し、その尊い志を賛嘆し、感謝と確信の励ましの返礼を、数多く認められています。ここでは、それらの御書を拝しつつ、御供養の精神を学びます。

御文 ひとつのかたびらなれども法華経の一切の文字の仏にたてまつるべし。この功徳は父母・祖父母・乃至無辺の衆生にも・をよぼしてん
(桟敷女房御返事、御書1231ページ)
通解 1枚の帷ではあるが、法華経の一切の文字の仏に供養したことになるのです。この功徳は、あなたの父母、祖父母、さらに実に多くの衆生にも及ぶことは間違いありません。

功徳は無量無辺
 日蓮大聖人のもとに、鎌倉の女性門下から、自ら縫い上げたであろう1枚の帷が届けられました。帷とは、麻で編んだ単衣の着物です。その御礼として認められたのが「さじき女房御返事」です。
 大聖人は、“法華経のために送ってくださった”と、1枚の帷に込められた弟子の思いをくみ取られ、つづります。
 帷は1枚であっても、法華経の6万9384文字の、一つ一つの仏に供養したようなものです――真心からの御供養は、その多寡にかかわらず、想像もしない福徳となっていくことを記されています。
 さらに、その功徳は、本人はもとより、父母、祖父母、そして一家眷属にまで及んでいくことを確信していきなさいと教えられています。
 広宣流布のために供養する真心は、必ず大きな福徳となって、自分自身だけでなく、三世にわたって一家一族をも包み込んでいくことは間違いありません。
 世界広布が進む今、一閻浮提広宣流布を現実のものとする学会への真心の供養は、平和と幸福の光を世界に広げていくことになるのです。

御文 此の大王の過去をたづぬれば仏の在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさなき人あり、土の餅を仏に供養し給いて一百年の内に大王と生れたり(上野殿御返事、御書1544ページ)
通解 アショーカ大王の過去をたずねると、仏の在世に徳勝童子と無勝童子という二人の幼子がいました。童子が土の餅を仏に供養して、その功徳によって100年のうちに、大王として生まれたのです。

大切なのは真心
 かしら芋、串柿、焼米、栗、筍、酢筒などを御供養した南条時光に、感謝の思いを伝えるためにつづられたのが「上野殿御返事」です。
 最初は悪王だったが、後に仏教に帰依し、慈悲の精神あふれる善政を敷いたインドのアショーカ大王の出生にまつわる伝承を通して、真心の大切さを記されています。
 幼い二人の童子が、仏に供養した土の餅は、もちろん食べることはできません。だからといって、決して無価値ではありません。
 仏法の眼で見るならば、土の餅であっても、お金や物などで測ることのできない真心がこもった大切な品です。だからこそ、土の餅に込められた志が福徳の因となって、童子は大王となって生まれることができたのです。
 当時、時光は、何か悩みを抱えていたようです。飢饉であり品物を用意するのも大変な中、時光が種々の御供養を届けられた真心をたたえ、“諸天に必ず守られる”と大確信で応えられたのです。さらに、勝利の人生を確信して、たゆまぬ水の信心を貫く大切さを教えられています。
 たとえどういう境遇にあっても、信心の志を忘れず、地道に活動に励んでいけば、必ず勝利の人生を開いていけるのです。

御文 法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし、一切衆生を利益するなればなり(高橋殿御返事、御書1467ページ)
通解 法華経の行者を養うのは、慈悲の中の大慈悲の米である。一切衆生を利益するものだからである。

一切衆生を利益
 日蓮大聖人は、米穀を御供養した門下に対して、法華経の行者に供養する米は、「一切衆生を利益する」ものとなるのだから、「慈悲の中の大慈悲の米穀」であると仰せです。
 法華経の行者とは、万人成仏の法である法華経を弘め、衆生を救済する存在です。その法華経の行者を支えることは、一切衆生を利益することにつながります。
 一方で大聖人は、他の御書で民衆救済の大慈悲から、「まことの心なれども供養せらるる人だにも・あしければ功徳とならず、かへりて悪道におつる」(御書1486ページ)「設いこうをいたせども・まことならぬ事を供養すれば大悪とは・なれども善とならず」(同1595ページ)と、謗法への供養を戒められています。
 人々を間違った方向に導いてしまう日顕宗などに供養することは、利益するどころか、かえって衆生を悪道に導いてしまうことにほかなりません。

池田先生の指導から
福田に善根の種を蒔く
 学会が推進する供養、財務は、すべて日蓮大聖人の御遺命である広宣流布のためのものである。大聖人の立てられた大願を成就するために行う供養は、御本仏への供養に通じよう。ならば、これに勝る供養もなければ、大善もない。ゆえに、これに勝る大功徳もないはずである。そう思うと、伸一自身、一人の学会員として、その機会に巡り合えたことに、無量の福運と喜びを感じるのであった。
 この御書(=衆生身心御書)では、最後に、身延の山中に供養の品々を送った一人の門下の志を讃えられて、次のように述べられている。
 「福田によきたねを下させ給うか、なみだもとどまらず」(御書1596ページ)<福田に、すばらしい善根の種を蒔かれたのか。厚い志に涙もとまらない>
 広宣流布に尽くすことは、福田に善根の種を蒔くことである――それは、伸一が青春時代から、強く確信してきたことでもあった。
(小説『新・人間革命』第4巻「凱旋」の章)


【聖教ニュース】

◆華陽姉妹が誓いの前進 晴れやかに11・12「女子部の日」  明年1月中心に全国でロマン総会

地域社会を明るく照らす華陽姉妹こそ創価の希望!(3日、熊本平和会館での九州白蓮グループ総会から)





地域社会を明るく照らす華陽姉妹こそ創価の希望!(3日、熊本平和会館での九州白蓮グループ総会から)

 きょう11月12日は「女子部の日」。
 誓いの前進を続ける華陽姉妹に、うれしいニュース!
 友情と幸福を広げる「ロマン総会」が明年1月を中心に、全国各地で行われることが決定した(本部・支部単位)。SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)を活用するなどして、信心を学び深める集いとなるよう、各地域で創意工夫を凝らす。
 また、このほど総会の折に配布される「ロマンカード」が完成した。これには、「女子部 永遠の五指針」等が記され、1年間の目標や決意が記入できるようになっている。


学会創立90周年の大佳節を刻む2020年のロマンカード



学会創立90周年の大佳節を刻む2020年のロマンカード

 ――1961年(昭和36年)11月12日、晴れ渡る青空のもと、横浜・三ツ沢の競技場で第9回女子部総会が開かれた。

 席上、池田大作先生は、各地から集い来た8万5000人の女子部員を前に、「信仰の目的は幸福になることにある」「次代を担う女性指導者に」「全員が教学部員になろう」との指針を贈った。
 以来、時代は変われど、華陽の友は師の期待を胸に、行学の二道に率先。近年は毎年、「11・12」を目指して、各地で「池田華陽会御書30編」の読了運動を推進してきた。
 この日は創価の乙女にとって、永遠に広宣流布の“決勝点”であり、次なる栄光の峰への“出発点”なのである。
 さあ、明「前進・人材の年」へ!
 かつて池田先生はつづった。「共に語り、共に喜ぶ。共に充実した時間を過ごし、共々に戦い勝つ――心に積み重ねた、その福徳の歴史は、互いの人生を支える土台となる」
 ロマン総会は、華陽姉妹の真心光る語らいを広げ、絆を結びゆく絶好の機会となろう。
 大串女子部長、横井書記長は誓う。「一人でも多くのメンバーと総会に集い、信心の歓喜を広げ、池田先生の誕生月を祝賀してまいります!」

◆首都圏少年少女きぼう合唱祭   124団体から選抜  10団体が歌声高らかに

 首都圏少年少女きぼう合唱祭が10日、東京・小平市の創価学園で開催された。
 これには、池田先生が祝福のメッセージを贈り、「皆さんが題目を唱え、『負けない心を 燃やして』、互いに励まし合いながら、心一つに挑戦を重ねてきた姿ほど、尊いことはありません」と友の奮闘を心からたたえた(メッセージは後日配信)。
 合唱祭では、首都圏1都3県からエントリーのあった124の合唱団のうち、録音審査で最優秀賞に選ばれた代表10団体が出場。
 家族や仲間、そして、いつも真心の励ましを送り続けてくれる池田先生への感謝を歌声に託した。
 佐保少年部長と角田少女部長は、「少年少女部結成55周年の明年へ、勇気の前進を開始しよう」と訴えた。
 大宮総合未来部長の後、フィナーレでは、全員で少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を歌い上げた。

合唱祭のフィナーレでは、「Be Brave! 獅子の心で」を歌い踊った(10日、東京・小平市の創価学園で)



合唱祭のフィナーレでは、「Be Brave! 獅子の心で」を歌い踊った(10日、東京・小平市の創価学園で)


【特集記事・信仰体験など】

◆分析・自信・泥臭さ――3度目の箱根路を引き寄せた創大駅伝部の変化 
 創価大学 箱根駅伝への道(上) 自分に負けない強さをつかんだ

 第96回箱根駅伝の予選会(10月26日)を5位で通過し、3年ぶり3度目の本戦出場を決めた創価大学。チームの主力である、主将の築舘陽介選手(4年)、米満怜選手(同)、ムソニ・ムイル選手(同)、スタッフへのインタビューをもとに、創価大学の「箱根駅伝への道」をたどった。

ドキュメンタリームービー「創価大学 箱根駅伝への道」


日本人エースの米満選手(左端)が集団をリードする(八王子市の創価大学池田記念グラウンドで)



2015年 初陣──目標は「出る」から「戦う」へ

 2015年の第91回箱根駅伝。
 初出場の創価大学の総合順位は20位。
 当時、高校駅伝の強豪・佐久長聖(長野)に在籍していた築舘陽介選手は振り返る。
 「箱根に出ることよりも、箱根で戦うことを目標にして、進学を決めました」
  
 翌16年4月、築舘選手や大牟田(福岡)の米満怜選手をはじめ全国の舞台を駆けた有力選手が創価大学へ。さらに、ケニアからムソニ・ムイル選手も加わり、この年の新入生は“黄金世代”と期待された。
  
 「強豪校から、創価大学を選んで来てくれた学生たちが多い世代でした。何としても晴れ舞台に立たせてあげたいという強い思いがありました」(久保田満コーチ)

2017年 躍進──黄金世代が原動力に

 17年の第93回箱根駅伝。
 創価大学は予選会を3位で突破し、2年ぶり2度目の本戦に返り咲いた。
 往路順位は9位、総合順位は12位。
 躍進の原動力になったのが“黄金世代”だった。2区のムイル選手は7人抜き、8区の米満選手は区間3位。ルーキーながら、大舞台で、その実力を証明した。
  
 一方で、その躍進の様子を、複雑な気持ちでテレビ観戦していた部員がいた。予選会突破に貢献した築舘選手である。
 「箱根で走ることを夢見て、手の届くところまできたのですが、それが空回りしてしまい、スランプに陥りました」
  
 築舘選手は箱根駅伝前にチームを離れ、実家で休養していた。“何のために進学したのか”と落ち込んだ。どんな顔でチームに合流すればいいかも分からなかった。
 「でも、皆が温かく迎え入れてくれたんです。本当にうれしかったです。このチームのために尽くし抜こうと決めました」

2017・18年 試練──負けて当たり前だった

 チームの躍進は続いていくかのように思われた。だが、第94回、第95回はいずれも予選落ち。試練の2年間だった。
 「悪い意味で、1年目のイメージが残ってしまい、チームとしても乗り切れない、苦しんだ部分がありました。皆の気持ちが同じ方向を向いていなかった」(築舘選手)
  
 「負けて当たり前の雰囲気がありました。自分自身、2年時は故障、3年時は副主将としてチームを引っ張れず、先輩たちに申し訳ない気持ちでした」(米満選手)
 ムイル選手も右のアキレス腱を故障し、昨年1年間、レースに出場できなかった。「苦しかった。走れないことが一番つらかったです」と胸の内を語った。

2018・19年 情熱──主将に選ばれたのは“一番悔しかった”選手

 第95回の予選会を終え、現4年生が、チームの最高学年に。スタッフが主将に指名したのは、築舘選手だった。
 「チームを変えられるのは誰かと考えた時、つらい経験を乗り越えてきた築舘しかいないと思いました」(瀬上雄然総監督)
  
 「一度は断りましたが、瀬上さんから、“築舘は、苦しんでいる部員の気持ちが分かる。築舘らしくやってほしい”と言ってもらい、心が決まりました」(築舘選手)
  
 当時、チームには故障者が多かった。築舘選手は「一人も置き去りにしない」との信念で、声を掛け続けた。リハビリ中だったムイル選手にも、片言の英語で“力を貸してほしい”との思いを伝えてきた。
 「誰よりもチームが好きで、箱根駅伝に向けて、一番、熱い気持ちを持っている自負があります。自分のスタイルは、泥臭く毎日、コツコツやること。“小さな積み重ねが箱根につながる”と語ってきました」
  
 米満選手は「築舘は練習でも生活面でも皆の模範です。“もう一度、箱根へ”という機運を高めてくれました」と言う。
 主将の情熱はチームに波及していった。

20年へ 助走──新体制が分析した課題

 さらに本年2月、創価大学は、榎木和貴新監督を迎えた。瀬上総監督、榎木監督、久保田コーチ、渡部啓太コーチの新体制となった。スタッフは、これまでのレースデータを分析。課題を明確にし、長距離の基本である“足づくり”に重点を置いた。
  
 「思いは強く感じましたが、レースの結果に結び付いていませんでした。“自信をどう付けていくか”を考え、練習状況や目標確認など、選手とのコミュニケーションを多く取っていきました」(榎木監督)
  
 箱根駅伝予選会への“助走”と位置付けた本年6月の全日本大学駅伝予選会。練習での手応えはあったが、順位は12位に終わる。この結果が新たな変化をもたらした。
 「“自分がやらなきゃ”という焦りが先行し、ミスにつながった。“どうすれば勝てるか”を考え抜きました」(米満選手)
 「米満や後輩たちに負担を掛けてしまいました。“このままではいけない”と4年生の目の色が変わりました」(築舘選手)

 4年生がチームでどのような役割を果たせるかが大学駅伝を勝ち抜くポイントだ。その真価が発揮されたのは夏合宿だった。
 「4年間、競技してきた中で過去最高の練習を積めました。早く自分たちの力を試したいと思える状況でした」(築舘選手)
  
 夏合宿を終えた選手たちは、9月の法政大学競技会で、続々と自己記録を更新。榎木監督も「負荷が大きい練習をクリアしてくれましたので、自信をもって、予選会に送り出すことができた」と振り返る。

進化──攻めの走りで失速を克服

 迎えた第96回箱根駅伝予選会。
 4年生5人が出走した創価大学は、序盤から攻めの走りを見せた。「後半15キロ以降の失速」を克服し、終始、力強いレースを展開した。結果は堂々の5位。再び本戦の切符をつかんだ。
  
 「4年生を中心に、“3年分の思い”をぶつけてくれました」(久保田コーチ)
 この思いは、選手やスタッフだけではない。“応援団”も同じ思いだった。
 「昨年、一昨年と負けた時も、変わらずに応援してくれた多くの方々がいました。予選突破という結果で、恩返しできたことをうれしく思います」(築舘選手)

予選会を5位で通過した創価大学の選手たち(10月26日)
 そして、いよいよ、新春の箱根路に「創価のタスキ」が戻ってくる。
 瀬上総監督は「榎木監督が描くレースを展開できるよう、チームを支えていきます。そして、最後まで諦めない走りで、1月2日、創立者のお誕生日をお祝いしてまいります」と語る。
 今年のチームスローガンは「やるじゃん創価」。築舘選手は意気込む。
 「試練を乗り越えて、自分に負けない強さをつかみました。チームはまだまだ進化しています。全国の皆さんから『やるじゃん創価』と言ってもらえるような結果を残していきます」

◆アスペルガーの息子がつづる母への手紙〈信仰体験〉 「心を育ててくれてありがとう」

右から長男の湧人さん、小林さん、夫・隆さん

 【東京都小平市】「ママさんには、心を育ててもらいました。ありがとうございます」。冒頭の一文に、家族の日々が凝縮されているように感じた。
小林知己さん(51)=地区副婦人部長=には、ASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)の長男・湧人さん(18)=高校3年=がいる。先日就職が決まった息子が書いた、母宛ての手紙を頼りに、これまでの歩みを追った。

 小さい時は、困らせてばかりで大変だったと思います。今の僕はずいぶん変わったと思いませんか?

 湧人さんが小学生になると、夕方にかかってくる電話に、小林さんはビクビクした。小学校の教員や同級生の保護者からの電話。受話器を握り締め、頭を下げ続けた。
 トラブルを起こす息子を問い詰める。「ちゃんと説明して」。泣いてばかりの湧人さんにいら立ち、母子で泣き腫らすのが常だった。
 家にいる間は、心優しい息子。ペットのカメの死をいつまでも悲しんだり、雨が降れば「地球が泣いてるね」と言ってみたり。豊かな感受性があった。夫・隆さん(53)=本陣長(ブロック長)=と、ぬいぐるみを介して兄弟のようにじゃれ合っていた。
 “なのに、どうして……”。教室では暴言を吐き、叫び、暴力行為も。学校からたびたび呼び出された。
 小学2年の春、「アスペルガー症候群」と診断された。医師は「頭の中の設計図が、他のお友達とちょっと違うだけ。君は何も悪くない」と。
 誰にも分かってもらえない“生きづらさ”の理由が分かり、湧人さんは「ぱっと気持ちが明るくなった」。
 小林さんも暗闇に希望を見いだす。
 自身はしつけの厳しい家庭に育ち、「杓子定規で融通の利かない性格だった」。膠原病、うつ病に苦しんでいた時、職場の同僚だった隆さんか