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2017年10月

2017年10月31日 (火)

平成29年10月21日(土)から31日

平成29年10月21日(土)
◆わが友に贈る

 「其の国の仏法は貴辺に まかせたてまつり候ぞ」
執念の祈りと挑戦で わが使命の天地に 広布の大金字塔を!
◆〈名字の言〉 2017年10月21日
  ①1279年(弘安2年)9月、富士郡熱原郷(現在の富士市の一部)の農民信徒20人が、“稲を盗んだ”という無実の罪で捕らわれた。富士方面での日蓮仏法の広がりに危機感を覚えた悪僧の謀略である。法華経を捨てよと脅されたが、農民信徒は屈しなかった。この「熱原の法難」で神四郎、弥五郎、弥六郎の「三烈士」は、殉教という壮烈な最期を遂げた。
  ②御聖訓に「百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」(御書1173ページ)と。人生の価値とは、“どれだけ”生きたかではなく“いかに”生きたかで決まる。
◆〈寸鉄〉 2017年10月21日
  ◇学会発展の因は、信仰による“不屈の心”―博士。負けじ魂で凱歌の旗高く
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十三 2017年10月21日 (6204)
  ①『巌窟王』の邦訳名で知られる、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の舞台となったシャトー・ディフである。
 本来、シャトー・ディフは、要塞として造られたが、脱出が困難なことから、政治犯などを収容する牢獄として使われてきた。
 エドモン・ダンテス(後のモンテ・クリスト伯)も、十四年間、ここに幽閉されていた人物として描かれている。
 戦時中、二年間の獄中生活を経て出獄した恩師・戸田城聖は、“巌窟王のごとく、いかなる苦難も耐え忍んで、獄死された師の牧口先生の敵を討つ! 師の正義を、断固、証明し、広宣流布の道を開く!”と、固く心に誓い、戦後の学会再建の歩みを開始した。
  ②巌窟王とは、勇気の人、不屈の人、信念の人であり、忍耐の人である。広宣流布は、そうした人がいてこそ、可能になる。ゆえに、いかなる困難にも決して退くことなく、目的を成就するまで、粘り強く、執念をもって前進し続けるのだ。そこに立ちはだかるのは、“もう、いいだろう”“これ以上は無理だ。限界だ”という心の障壁である。それを打ち破り、渾身の力を振り絞って、執念の歩みを踏み出してこそ、勝利の太陽は輝く。
◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉89 一念に億劫の辛労を!
御文 一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり
 (御義口伝、790ページ)
通解 一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来、わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。
同志への指針
 いかなる壁も、題目を唱え抜いて突破する。一念を定めた今の勇猛精進が、億劫にも通ずる地涌の大闘争だ。
 妙法のために尽くす辛労に一切の無駄はない。広宣流布の最前線で、負けじと勇んで戦い進む中でこそ、仏の智慧は躍動する。諸天も動き、必ず活路は開けるのだ。
 信頼するわが同志よ、悪戦苦闘を突き抜けて、歓喜の大功力を漲らせてくれ給え!
◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 インタビュー スイス 宗教社会学者 ジャン=フランソワ・メイヤー博士  揺れ動く若い世代の宗教観
  ①スイスでは57年前、特定の宗教団体に所属していない人の割合は、人口のわずか1%に過ぎませんでした。今は23%にまで増えており、近い将来、30%にまで上がるとみられています。
 だからといって、国民の「宗教への関心」がなくなったかと問われれば、そうとは言い切れません。スイス政府の統計機関の調査によると、若者の約3割は宗教への関心が高く、一方で宗教に無関心な若者も約3割とほぼ同数でした。この複雑な現実をどう理解するか。今、多くの学者が、進展する宗教事情の研究に取り組んでいます。
  ②宗教的信仰および実践は、単なる個人的な事柄とみなすことはできません。それは、広く社会に影響を及ぼしうるものです。人々は、真剣に宗教的になることにより、自身の信念と一致する、以前とは異なった振る舞いをするようになるでしょう。
 第一に、宗教は、信仰者に救済への道を提示します。
 第二に、宗教は、人々が自身を変革することを刺激し、その内面的変革が、自身を取り巻く社会環境に影響を及ぼしていくことを望みます。
 第三に、信仰に基づき、多くの信仰者は社会貢献の道を見いだすようになります。それは、自身の考え方を広めるだけでなく、多くの場合、利他的な目的があります。
 第四に、宗教は、自我を超える喜びを実現します。本当の信仰者は、自身の願望や欲求を満たす以上のことを求めます。それは、「自身の本性を開くことである」ともいえるでしょう。
 この四点に付加し、私は「人間の内面的自律を促す」宗教の役割を強調したい。
 宗教を持つ人は、自らの意思を自身の気まぐれな考えや空想よりも、高くて深いものへと向けていくことができるのです。その人は「自律」を獲得できるようになります。
  ③ローマ帝国の東端で誕生したキリスト教の小さなグループが世界宗教へと飛躍しゆくことを、当時、誰が信じたでしょうか。インドで生まれた仏教が後に、ヨーロッパまで広がることを、想像できた人はいたでしょうか。
 現代は多くの情報が瞬時に飛び交う社会で、交通の発達により、人々の交流も盛んです。物質的には宗教を広める条件が今、かつてないほどに整っています。世界宗教が興隆するにはベストな状況です。しかし、課題もあります。あまりにも選択肢が多すぎる中で、人々がより個人の視点から宗教を扱う傾向があるということです。
◆〈この一節を胸に行学に励む〉 テーマ 対話の宗教  2017年10月21日
「壁」を破る勇気の語らいが 相手の心を動かし友情築く
Q.釈尊や日蓮大聖人は、対話を重視したと聞きました。
A.直接会って語り合うことで、一人一人の心がかわります。
『日蓮は此の法門を申し候へば他人にはにず多くの人に見(まみえ)て候へ』
(妙法比丘尼御返事、1418ページ)
Q.友人との対話で重要なことは何でしょうか?
A.どこまでも相手を信じ抜いて、粘り強く実践することです。
『独り此の事を愁いて胸臆(くおく)に憤びす客来って共に嘆く屡(しばしば)談話を致さん』
(立正安国論、17ページ)
Q.自分の思いが、なかなか通じないこともあるんですが・・・
A.自身の”臆病な心”を打ち破り、楽しく語っていくことが大切です。
『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁
 となって仏になるべきなり』
(法華初心成仏抄、552ページ)
平成29年10月22日(日)
◆わが友に贈る

広宣流布の労苦は全て「今生人界(こんじょうにんかい)の思出」に。
わが身を飾る大福徳に。
栄光の創立記念日へ 共々に凱歌の歴史を
◆〈名字の言〉 2017年10月22日
  ①“重要かつ急ぎの仕事は、多忙な人に頼め”と、ビジネス界ではよく言われる。多事でも自身の時間管理ができる人は、有能で仕事もできる。一方、「忙しい」が口癖になっているだけの人は、心の余裕がないようにも見えてしまう
◆〈寸鉄〉 2017年10月22日
 ◇人間革命の哲学は世界を善の方向へ導いていく―総長。平和創出への直道
 ◇激動の時代、自分の足元を固めた人が勝者―戸田先生。地域を幸の花園に
 ◇青春は人生にたった一度しかない―詩人。青年よ悔いなく。乱舞の時は今
 ◇衆院選の投票日。改革の主役は民衆なり。政策と実績見極め賢明な一票を
◆社説  栄光の創立記念日へ   異体同心の団結と誓願の祈りで
 ①栄光の11・18「創価学会創立記念日」へ、新時代の暁鐘を鳴らすのは「今」である。「私自身」である。
 師と共に! 同志と共に! きょうも悔いなき一日を!――この心で世界広布は開かれた。
  ②恩師・戸田先生の生涯の願業であった「75万世帯」を断固として達成しゆく、弟子の挑戦のポイントは何であったか。
 池田先生は「随筆 永遠なれ創価の大城」で強調する。
 「第一に、勤行・唱題の『誓願の祈り』の呼吸を深く合わせた。第二に、どこまでも、『御書根本』の『法華経の兵法』で、智慧と勇気を湧き出して戦った。第三に、『異体同心の団結』をがっちりと固めながら前進した」と。
 必死の祈りから、智慧と勇気と生命力が湧く。わが一念の変革が、人生も、環境も、やがて世界をも変えていける。その人間革命の哲理が、どれほど希望の光源となることか。
◆きょうの発心   全ての悩みを境涯開く好機に2017年10月22日
御文 但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり
 (富木殿御返事、962ページ)
通解 ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。(佐渡へ流罪になった)今になって翻ることもないし、そのうえまた恨みもない。(迫害した)もろもろの悪人はまた善知識である。
 日蓮大聖人の不惜身命の御精神をとどめられた御文です。

平成29年10月23日(月)

◆今週のことば

「日本の柱」は勝ちたり。皆の尊き大奮闘、万歳! 「冥の照覧」は厳然だ。
福運も仏縁も満々と さあ 胸張り前進を!
◆〈名字の言〉 2017年10月23日
 ①寓話を一つ。ある日、レンガ運びをする3人がいた。彼らに通り掛かりの人が尋ねる。「何をしているんだい」。1人目は「レンガ運びだよ」と答えた。2人目は「壁を作っているのさ」。そして3人目は誇らかに「城を建てているんだ」と。見た目は同じ作業をしていても、心の持ち方一つでやりがいは大きく変わる。
  ②「何のため」という目的を考える人の心は、限りなく広がっていく。初代会長の牧口先生の箴言に「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」と。高い志の大目的が定まればこそ、目の前にある中小の目的もまた、かけがえのないものとして輝きを増してくる。
◆〈寸鉄〉 2017年10月23日
 ◇平和の為に行動する創価の一人一人が世界に必要―識者。時代建設の主役
 ◇家庭や自身の悩みを皆で越える創価の女性は人々の鑑―元次官。幸の太陽
 ◇青年の一番の財産は信頼である―戸田先生。誠実を尽くしゆく人間王者と
 ◇1日30分の運動で健康を増進―研究。家事や歩行も有効と。積み重ねこそ
 ◇公明よ、ここからが本当の戦いだ。支持者の熱誠に死に物狂いで応えよ!
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 四十四 2017年10月23日 (6205)
  荘厳な本会議場には、ユゴーが座っていた議席があった。そこには記念板が取り付けられ、机の上には彼の横顔を彫った金の銘板がはめ込まれ、不滅の業績を讃えていた。
 伸一は、その席に案内してもらった。貧困の追放を、教育の改革を、死刑の反対を訴えた彼の熱弁が響いてくるかのようだった。
 類いまれな文学の才に恵まれ、二十三歳でフランス最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲章を受章した彼が、政界に入ったのは一八四五年、四十三歳の時である。人びとの困窮など、現実を看過することはできなかった。彼は、「文の人」であるとともに、「行動の人」であった。それは、まぎれもなく「人間」であるということであった。

平成29年10月24日(火)

◆わが友に贈る

誉れの「11・18」へ  皆が清新な決意で  広布拡大の快進撃を!
新しい友をつくり 新しい時代を開こう!
◆〈名字の言〉 2017年10月24日
 ①旧国鉄の民営化から本年で30年。大都市圏を擁する本州に比べ、多くの赤字ローカル線を抱えていたJR九州は当初、将来を不安視されていた。さまざまな営業努力を重ねた同社は、昨年10月、ついに株式上場を果たす。その躍進を支えた同社の“合言葉”は「本気で『日本一』『世界一』を目指す」である。
  ②大いなる目標を掲げ、努力と工夫を重ねる。その“本気度”が最もよく表れるのは「人材育成」においてであろう。時間をかけ、手間をかけ、大切に育てられた人材がいてこそ、永続的な発展もある。戸田先生は「人類のために活躍する若い人を育てるのだ」と語った。不二の弟子・池田先生の激闘によって、創価の青年の陣列は今や192カ国・地域に広がる。“世界一の青年城”の建設を目指し、師と共に新たな前進を開始したい。
◆〈寸鉄〉 2017年10月24日
 ◇民族、言語超えた多様性溢れるSGIに学ぶべき―識者。共生世紀の光源
 ◇公害による死者、世界で年900万人。多くが大気汚染と。国際的取組が急務     
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十五 2017年10月24日 (6206)
  ①ビクトル・ユゴーは、独裁化する大統領のルイ・ナポレオン(後のナポレオン三世)によって弾圧を受け、亡命を余儀なくされた。そのなかで、大統領を弾劾する『小ナポレオン』『懲罰詩集』を発表し、この亡命中に、大著『レ・ミゼラブル』を完成させている。フィレンツェを追放されたダンテが『神曲』を創ったように。
 彼らが、最悪の状況下にあって、最高の作品を生んでいるのは、悪と戦う心を強くしていったことと無縁ではなかったであろう。
 悪との命がけの闘争を決意し、研ぎ澄まされた生命には、人間の正も邪も、善も悪も、真実も欺瞞も、すべてが鮮明に映し出されていく。また、悪への怒りは、正義の情熱となってたぎり、ほとばしるからだ。
  ②“文豪ユゴーの業績を、その英雄の激闘の生涯を、後世に残すために、展示館を設置するなど、自分も何か貢献していきたい”
 その着想は、十年後の一九九一年(平成三年)六月、現実のものとなる。パリ南郊のビエーブル市に、多くの友の尽力を得て、ビクトル・ユゴー文学記念館をオープンすることができたのである。記念館となったロシュの館には、ユゴーが何度も訪れている。
 ここには、文豪の精神が凝縮された手稿、遺品、資料など、貴重な品々が公開、展示され、ユゴーの人間主義の光を未来に放つ“文学の城”となったのである。
◆〈負けじ魂ここにあり わが生命の学園生〉5 札幌創価幼稚園 1976~78年度
世界一の幼児教育の城を! それが私の夢です。根本は  不幸な人を出さないことだ。

  ①北海道は、恩師・戸田先生の故郷である。
 また札幌は、創価教育の父・牧口先生が学んだ北海道尋常師範学校(当時)や、教師として初めて教壇に立った同校の付属小学校があった場所だった。
 “この地にいつか創価教育の城を”――池田先生は、創価学園の設立構想の段階から一人、心に期していた。
 小説『新・人間革命』には、その真情を綴っている。
 「札幌に、創価一貫教育の最初の門となる幼稚園をつくり、日本一、世界一の幼児教育の城にしたい。それが、私の夢だ」
  ②先生は入園式の前日から、札幌幼稚園を訪れている。準備に奔走する教職員をねぎらいつつ、未来を展望して語った。
 「この幼稚園を、日本一、世界一にしたいね。日本一、世界一ということの根本要件は、何よりも、この幼稚園からは、一人も不幸な人間を出さないということです。札幌創価幼稚園は、創価教育の出発点となります。目標は、21世紀の人間主義の指導者を育てることです」

平成29年10月25日(水)

◆わが友に贈る

広布に生きる人生に 行き詰まりはない。 全てを意味あるものに!
たくましき楽観主義で 胸中に新生の太陽を!
◆〈名字の言〉 2017年10月25日
  ①将棋棋士の大山康晴氏は十五世名人になった翌年、屈辱的な敗北を喫し、無冠に陥落した。良い時は群がるマスコミも、潮目が変わると手のひらを返す。そんな大山氏を、父が励ました。「自分の将棋を指すように心掛けなさい」。そこからの巻き返しはすさまじかった。2年のうちに、王将、九段、名人の三冠を奪取し、以後、名人戦13連覇などを果たした。さらに、がんの闘病も勝ち越えるなど、生き方そのものが“不死鳥”さながらであった。
  ②大山氏は色紙に揮毫する際、「忍」とよく書いた。不遇の時代にこそ、本物の負けじ魂が磨かれる。仏の別名もまた「能忍」。能く忍ぶ人こそ、わが使命を見失うことなく、自他共の幸福という大事を結実させる。
◆〈寸鉄〉 2017年10月25日
 ◇信心は常に「いよいよ」「これから」だ。新たな決意と祈りで創立の月へ
 ◇未入会のご家族・親戚に感謝の言葉を。仏法者の真価は誠実な振る舞いに
 ◇師子は打たれるほど強くなる―戸田先生。青年よ次なる峰へ先陣を切れ!
 ◇「子にすぎたる財なし」御書。未来部を皆で育成。受験生にも真心のエール
◆社説  寒暖差の大きい時季   賢明な知恵で自他共に健康長寿を
  天候が不順だったり、疲れがたまっていたりする時だからこそ、賢明な生活の知恵と行動を意識して励行していきたい。
 池田先生は、創価学会永遠の五指針にある「健康長寿の信心」に込めた思いを述べている。
 「自他共に健康長寿の人生を生き生きと謳歌していく中にこそ、真の『幸福の世紀』、『平和の世紀』、『健康の世紀』が実現していきます。私どもの創価の仏法運動は、そのためにこそあります」
 広宣流布という尊い使命に生き抜く私たちは、張りのある勤行・唱題を根本に、心身のリズムを整え、晴れやかに創立の月・11月を迎えていきたい。
◆きょうの発心   正義の言論で拡大に挑戦 2017年10月25日
御文 『一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず』(四条金吾殿御返事、1163ページ)
通解 人間の一生は夢の上の出来事のように、はかなく、明日の命も分からないものである。いかなる乞食になっても、法華経に傷を付けてはならない。
 どんな境遇になろうとも、信心の戦いは一歩も引いてはならないと仰せです。
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十六 2017年10月25日(6207)
 ①人間尊重と平和への理念のもと、今回、伸一が、ソ連、ブルガリアなど、社会体制の異なる国々を訪問して要人とも会見し、平和・文化交流を重ねていることに対して、共感しているとの感想を語った。
 平和のためには、異なる体制、異なる文化の国々との交流が大切になる。しかし、多くの人は、その交流を避けようとする。それだけに、彼の行動に議長は着目していたのだ。     
  ②伸一は、自らの平和への信念について簡潔に訴えた。
 「売名のため、あるいは観念で、平和や生命の尊重を語る人もいるかもしれない。しかし、平和を切実に願う人びとや、純粋な青年たちは、鋭く見ています。
 大切なのは、実際に何をしたかという、事実のうえでの行動です。私は、その信念で動いています。そうでなくては、次代を担う青年たちに、平和への真実の波動をもたらすことなどできません。私は真剣なんです。
 創価学会は、戦時中、軍部政府の激しい弾圧を受けました。それによって、牧口初代会長は獄死し、戸田第二代会長をはじめ、多くの幹部が投獄されています。また、私個人としても、戦争で兄を失い、戦禍の悲惨さも身に染みています。
 だからこそ私は、戦争のない世界を創らねばならないと、生命の尊厳の法理である仏法を信奉し、その平和主義を実現するために、行動しております」

平成29年10月26日(木)

◆わが友に贈る

打てば響くような 反応のスピードこそ 外交の要諦だ。
迅速かつ誠実な行動で 信頼の輪を幾重にも!
◆〈名字の言〉 2017年10月26日
  ①当時6歳だった広島の婦人部員。直接の被爆は免れたものの、被爆者を介抱して二次被爆した。戦禍に泣き、宿命を嘆きながら、被爆の事実を隠して生きた▼しかし信心と出あい、婦人の心が変わった。自分から進んで、若い世代に被爆体験や平和への思いを語るようになった。
  ②しかし信心と出あい、婦人の心が変わった。自分から進んで、若い世代に被爆体験や平和への思いを語るようになった。10年前から毎年、自宅の庭で開く「そうめん流し」の集いは、近隣の友人や海外の青年など100人余りが参加する恒例行事に。婦人は「私の宿命は、かけがえのない使命になりました」と。宿命に泣く女性の歴史を何としても転換したい――これが創価三代の会長の悲願である。
◆〈寸鉄〉 2017年10月26日
 ◇米大学に創価教育を学ぶ通信の修士課程。世界が渇望する人間主義の潮流
 ◇仏法に微塵も無駄はない―戸田先生。全部意味がある。強盛な祈りを益々
 ◇幹部が個人指導に徹する組織は強い。友の悩みに耳を傾け、真心の激励を
◆社説  シンガポールで法華経展  地球を結ぶ人類共生のメッセージ
 ①同国の人口は約561万人(2016年6月現在)。
 その中で、“法華経展”の来場者は約5万人を数え、大盛況で25日に閉幕した。     
  ②シンガポール・イスラム教評議会のウスタズ・モハメッド・アリ・アタン氏は、本展の感想を次のように語った。
 「法華経をはじめ仏教への理解が深まりました。知ることで理解が深まり、互いへの尊敬が生まれます。現にコーランと法華経の類似性を知ることができ、法華経の人間主義の精神に感動しました」と。
  あらゆる人に仏性があると信じ、出会う人々を礼拝した不軽菩薩の実践に象徴されるように、法華経には人間尊敬、生命尊厳の哲理が脈打っている。それは差異による分断が広がる現代の世界に、希望の光を送るメッセージにほかならない。
◆きょうの発心   師弟誓願の祈りで勝利へ2017年10月26日
御文 師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり
(御義口伝、748ページ)
通解 「師」とは師匠が授ける妙法、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師弟が共に唱える音声をいう。「作」とは「おこす」と読む。末法で南無妙法蓮華経をおこすことをいう。
 師と弟子が共に妙法を唱え、弘めゆくことが「師子吼」の意義であるとの仰せです。
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    四十七 2017年10月26日 (6208)
  「今日は、パリ会館では、青年部の第一回代表者大会が行われることになっていたね。青年たちの新しい出発のために、詩を贈ろう。言うからメモしてくれないか」
 わずかな時間であっても、広宣流布のために、有効に使いたかったのである。
 ホームで口述が始まった。
 「今 君達は
  万年への広宣流布という
  崇高にして偉大な運動の
  先駆として立った
  正義の旗 自由の旗
  生命の旗を高く掲げて立った
    
  二十一世紀は 君達の世界である
  二十一世紀は 君達の舞台である」
◆原田会長を中心に各部代表者会議   「戦う生命」に永遠の福徳
 池田先生はメッセージを贈り、全同志の奮闘、とりわけ激動のこの一年、たゆまず光を放ち続ける太陽の婦人部の友に、心からの感謝を伝えた。
 そして、日蓮大聖人が一人の母の真心を賛嘆された「十方の諸天此れをしり給うべし、露を大海によせ土を大地に加るがごとし生生に失せじ世世にく(朽)ちざらむかし」(御書968ページ)を拝読。
 「広布の労苦は、全宇宙の諸天が見つめている。その福徳は、妙法の大海、妙法の大地と一体となって、永遠に消えることはない」と述べ、この大確信と大誠実で、仏に等しい同志をねぎらい、たたえていただきたいと訴えた。
 続いて、試練と戦う池上兄弟に宛てた、次の一節を拝した。
 「この度、この難を耐え忍び抜いて、法華経の大功力を試してごらんなさい。日蓮もまた、強盛に諸天に申し上げましょう。いよいよ、恐れる心や姿があってはなりません」(同1084ページ、通解)
 先生は「どんな嵐の時も、臆さず惑わず嘆かず、一切を耐え忍び抜いて、勇敢に仲良く朗らかに、前へ前へ進んでいくのだ。そこに、変毒為薬の大功力を現して、真実の栄光を勝ち広げることができる」と力説した。
 さらに、三類の強敵との大闘争である「札幌大会」「夕張大会」「東京大会」「大阪大会」から本年で60年となったことに触れ、全国の尊き全同志の異体同心の力で、師弟の凱歌を飾ることができたと強調。
 この60年前の大闘争の中、戸田先生から、眼前の勝敗を超えて、「また戦うんだ。どこまでも戦うんだ」と厳愛の叱咤を受けた事実を紹介し、“今も私の生命に轟くこの師子吼をわが弟子に贈りたい”と述べて、メッセージを結んだ。
 原田会長は重ねて全同志の奮闘に感謝し、リーダーは、大誠実で「信心の激励」に徹していきたいと強調。
 広宣流布の「次の勝利」を深く見据えながら、負けじ魂と清新な決意で立ち上がり、明年の「11・18」を目指して、圧倒的な折伏弘教と人材の拡大へ出発しようと呼び掛けた。
◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉67 宝の同志の奮闘に心から感謝―― 「11・18」へ新たな決意で前進! 公明は国民の期待に応えよ
  ①長谷川 真剣に祈り、戦い切った結果は、全て御仏意であり、深い意味があります。信心の眼から見れば、皆さんが「陰徳陽報の大果報」に包まれることは間違いありません。ともどもに大健闘をたたえ合っていきたいと思います。
 永石 御聖訓に「悦しきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(御書286ページ)と仰せです。池田先生は、この御文を通して、「大事なことは、わが宝の同志が自身の心の大地に無量の福運を積み、そして民衆の心の大地に無限の幸の仏縁を広げゆくことだ。これが一番の大勝利だ」と語られました。
 長谷川 広宣流布は永遠の長征です。私たちの世界平和への誓願の大行進はこれからも続きます。新たな決意で、新たな目標へ向かって、仲良く団結して出発してまいりたい。
 原田 まずは、来月迎える栄光の「11・18」を目指し、そして、池田先生の卒寿の誕生日である明年の「1・2」に向けて、師匠と共に、世界の同志と共に、「いまだこりず候」(同1056ページ)、「一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)の精神で朗らかに大前進をしていきましょう。
  ②志賀 自公両党では衆院全体の3分の2を上回る議席を獲得し、政権基盤が強化されました。各紙でも、「政治の安定を維持し、経済再生や日本の安全確保できちんと結果を出してほしい。それが、今回示された民意だろう」(23日付読売新聞)など、結果について分析しています。
  永石 連立政権の要として公明党はこれまで以上に「庶民の視点」「生活者の視点」を大切にして安心を届けてほしいですね。「教育負担の軽減」もぜひ実現してもらいたいと思います。
 伊藤 各界からの期待も大きいですね。政治評論家・森田実氏は「結党以来、50年間にわたり積み上げてきた、その信念の行動の数々は、日本の政治にとってとても貴重なものであり、ここにこそ本来の政治の原点がある」「(公明党は)今や日本の政治の柱となりました」と語っています。

平成29年10月27日(金)

◆わが友に贈る

地道な訪問激励こそ 広布伸展の原動力だ。
膝詰めの対話から 新たなうねりを起こし 本年を勝ち飾ろう!
◆〈寸鉄〉 2017年10月27日
 ◇SGIの運動が最も効果的な平和への取り組み―市長。善の連帯を地域に
 ◇文字・活字文化の日。聖教の発展は読者の皆さまありて。紙面充実で応えん
 ◇滋賀青年部の日。常勝の後継城は盤石!関西から新たな友情拡大の烽火を
 ◇「今生に正法を行ずる功徳・強盛」御聖訓。祈り深く民衆の大行進を堂々
◆社説  きょうから「読書週間」  良書は“心の世界を広げる翼”
 ①きょう27日は「文字・活字文化の日」。第71回「読書週間」が始まる(11月9日まで)。
 ②池田大作先生はつづる。「読書は自己教育の尽きせぬ源泉であり、心の世界を広げる翼である。この読書の豊饒な力を、時代は渇望している」と。読書は、人の心をつくる人間錬磨の作業である。ゆえに、恩師・戸田城聖先生は、青年は激務の中でも「心に読書と思索の暇をつくれ」と訴え   
◆きょうの発心   確信の題目で宿命乗り越える2017年10月27日
御文 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず
 (祈祷抄、1351ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りの叶わないことは絶対にない。
 法華経の行者の祈りは必ず叶うと仰せです。
◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 人格を磨く場② 2017年10月27日
「心の財」を積む実践が生きる力を増していく
  ①井上さんも、将来への不安がなかったわけではない。だが苦境の渦中で他者に尽くすメンバーの姿が、自らの支えだった。
 任務にあっては、来館者の表情を見逃さないよう、立つ位置や体の向きにも注意し、笑顔の声掛けに徹した。さまざまな表情で来館した人たちが、会合を終えると、目を輝かせて帰っていく――そんな光景を目の当たりにし、「元気をもらったのは私自身です」と井上さん。
 創価班の一員だからこそ、自身の悩みに負けるわけにはいかない!――そう一念を定め、就職活動に挑戦する中で、日本の会社から採用を勝ち取った。
 14年に帰国し、現在はアメリカに本社を置く建築設計・管理会社で、コンサルティング業務に従事する。創価班で培ってきた「スピード、スマイル、スマート」の接客を心掛け、この2年間で、営業成績は数倍に。
 井上さんは笑顔で言う。
 「信心という『軸』ができたからこそ、人生に対する迷いが消えました。かつては失敗を恐れて尻込みする自分でしたが、今では“一度ダメでも、また挑戦すればいい”と思えるから、行動する勇気が湧きます」
  ②日本でも、「陰の戦いに徹する」創価班の基本精神を、毎回の活動の中で深めている。
 雨の日は、足元が滑りやすい場所に注意し、館内の椅子の位置がずれていれば、そっと戻す。会員が無事故で来館し、気持ちよく会合に参加できるよう、気配りを欠かさない。
 そして自身が、無事に任務に就けるよう、仕事を滞りなく進めることも“陰の戦い”だ。
  ③2人に共通するのは、信仰に励む中で、試練に負けない「生命の強さ」を磨き、他者の幸福を願う「人間性の豊かさ」を身に付けたことにある。人材グループで人格を磨いたからこそ、社会という使命の舞台で輝く、自分を築くことができた。
 仏法には、3種類の「財」を通して幸福観が示されている。「蔵に蓄える財宝よりも、身の財(健康や技能)がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である」(御書1173ページ、通解)と。
 人に尽くす実践の中で鍛えられる、生命の強さや豊かさなどを表す「心の財」は、いかなる環境の変化の中でも崩れないと仏法では説く。
  ④池田大作先生は語っている。
 「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく」「本当は、人のために生きることは、自分の幸福のためにも不可欠なのです」(『法華経の智慧』)
◆〈世界写真紀行〉第26回 シンガポール マリーナ・ベイ地区  2017年10月27日
  ①1965年8月、シンガポールは、マレーシア連邦から独立した。資源はない。水や食糧も満足になかった。
建国の父・リークアンユー首相は、池田先生との会見(88年)で振り返った。
 「地理的にも小さく、人口も少ない。一国として成り立つには、すべて小さい。その課題を克服するためには、世界各国とリンク(連携)を結んでいかねばならなかった」
 この言葉通り、首相自身が各国を回り、友好関係を築いていった。”人こそ最大の資源”と、英語教育を取り入れ、海外からも幅広く人材を受け入れた。こうした政策により、同国は目覚ましい経済成長を遂げていく。
  ②シンガポールの国民が心を一つにして独立後の試練に挑み、国家を建設してきた歴史に言及。困難に立ち向かう「挑戦の心」こそ、同国の精神の柱であると強調した。
 さらに先生は、SGIの躍進の様子をたたえた上で、こう語った。
 「『創業は易く、守成は難し』という言葉がある。人間の傾向として、いったん基盤ができあがると、たくましい挑戦心を失い、どうしても守りに入ってしまいがちである。だが、それからが本当の戦いであり、本当の挑戦が始まるのである。いかに環境が整おうが、建設期のみずみずしい情熱を、開拓の心を、決して忘れてはならない」
 挑戦の心が燃える人は、何があっても負けない。どこまでも朗らかに、「いよいよだ!」「さあ、これからだ!」と前へ進むことができる。

平成29年10月28日(土)

◆〈名字の言2017年10月28日

 ①駐日コロンビア共和国大使館を訪れた際、大使館前で銅像を見た。「南米解放の父」シモン・ボリバルの像である
  ②ボリバルの闘争には何度も失敗があった。そのたびに決然と立ち上がり、新たな勝利を収めた。最初の戦いから12年後、ついに彼は南米5カ国に自由をもたらした
  ③偉大な事業の道程にも、必ず思うにまかせぬ、苦難と嵐の時がある。目先の出来事に翻弄されることなく、「不屈の心」で挑戦を続けた人にのみ、勝利の未来が開かれることを歴史は教えている▼御聖訓に「いまだこりず候」(御書1056ページ)と。世界広布という遥かなる長征を続ける私たちの道程もまた、何度でも立ち上がる挑戦の連続だ。
◆〈寸鉄〉 2017年10月28日
 ◇会長は励ましの心に溢れた“生命の名医”―教授。抜苦与楽の対話を我らも
 ◇御書「師子王は前三後一」次の一歩を真剣勝負で。栄光の11・18へ勇躍前進
 ◇最後の勝利は、苦労した人間にある―戸田先生。鍛えの青春こそ生涯の宝      
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   四十九 2017年10月28日 (6210)
 ①「私は一年前に信心を始めました。私の住む町では、信心をしているのは私だけです。座談会の会場にいくにも数時間かかります。こんな状況のなかでも、地域に仏法理解の輪を広げていくことはできるのでしょうか」
 ②すかさず、山本伸一は答えた。
 「心配ありません。あなたがいるではありませんか。すべては一人から始まるんです。
 あなた自身が、その地域で、皆から慕われる存在になっていくことです。一本の大樹があれば、猛暑の日には涼を求めて、雨の日には雨宿りをしようと、人びとが集まってきます。仏法を持ったあなたが、大樹のように、皆から慕われ、信頼されていくことが、そのまま仏法への共感となり、弘教へとつながっていきます。
 自身を大樹に育ててください。地域の立派な大樹になってください」
◆〈明日を求めて 池田先生の対話録Ⅱ〉第44回 アメリカの細菌学者 ルネ・デュボス博士
意志の力が未来を変える わが信念の灯火を時代へ

  ①細菌学の権威として名高い米国のルネ・デュボス博士夫妻が、東京の聖教新聞本社を訪問したのは1973年11月28日、師走の訪れを感じさせる寒夜だった
  ②会見に先立つこと半年前(73年5月19日)、トインビー博士から先生に1枚のメモが託された。2年越しに及んだトインビー・池田対談の終了直後のことである。
 「お忙しいでしょうが、お会いしていただいても、決して時間の無駄にはならない私の友人の名を記しておきました」「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」
 メモには7人の世界的な学識者の名が書かれてあった。その一人が、デュボス博士だったのである。
 夜の帳に聖教新聞本社が包まれた午後8時ごろ、デュボス博士と先生の会談は始まった。
  ③「青年へのメッセージを」との先生の要請に応え、博士は16世紀のフランスの文人ラブレーの箴言として「まず最初に何になりたいのか、何でありたいのかを明確に決めよ。そうすれば他は天より授けられるであろう」を挙げ、こう付言した。「しかし、授けられた可能性の中から正しく選択するのは、その人自身の問題です」
  ④いかにして環境問題を解決に導くか。博士は以前から、その方途として”人間性の回復”を強調してきた。人間が「自然の征服」という考えにとらわれている限り、世界の変革はない。真の変革のためには、自然と人間とを調和させる「新しい社会的宗教」が必要である——と。先生との会見でも、博士は”偉大な未来宗教の出現こそ人類の危機を救う唯一の鍵である”との信念を語っている。
 先生は、生命(正報)と環境(依報)は不可分と説く、「依正不二」の原理を紹介し、トインビー博士とも一致をみた論題について、博士にこう語った。
 「仏法は中道主義です。中道とは人間主義であり、生命主義であります。21世紀は『生命の世紀』としていかなければなりません」
デュボス博士は温顔をほころばせ、深くうなずいた。
◆〈スタートライン〉 マーシャル諸島共和国トム・D・キジナー駐日大使
平和の未来 その願いの共有で核なき世界を構築

  ①日本から南東へ約4000キロに位置する、マーシャル諸島共和国。サンゴでできた29の環礁と5つの島が環を描き、“太平洋に浮かぶ真珠の首飾り”と称される。美しい景観からは想像し難いが、同国には”負の歴史”がある。1954年(昭和29年)3月1日、ビキニ環礁での水爆実験(ブラボー実験)で、同国民、また日本の漁船「第5福竜丸」の船員が、死の灰を浴びたのをはじめ、幾度となく核実験場として使われてきた。
  ②マーシャル諸島共和国で実施した水素爆弾の実験。その威力は、広島に投下された原爆の1000倍だった。
また一度に限らず、46年から58年の12年間、同国のビキニ、エニウェトクの両環礁で、67回もの核実験が繰り返された。
  ③またエニウェトクでは、10年以上にわたって、環礁上、その周辺で、43回の核実験が行われました。現在、島のほとんどの地域が居住不能とされて、放射性廃棄物を格納するドームも存在します。残念なことに、1万2千年先まで、エニウェトクでの生活は難しいだろうといわれています。

平成29年10月29日(日)

◆わが友に贈る

「一日もい(活)きてをはせば功徳つもるべし」御聖訓。
断じて病魔に負けるな!
尊き使命の人生を 強く強く生き抜こう!
◆〈名字の言〉 2017年10月29日
  ①かつて映画が無声だった頃、日本の映画館には映像に合わせて場面の状況などを名調子で語る「活動弁士」がいた。その第一人者の一人が、徳川夢声氏である
  ②“話芸の達人”として名をはせた氏が「話の目的」を三つに分けて紹介している。すなわち①意志を伝える②感情を伝える③知識を伝える、である
  ③さらに氏は「良き話をするには、良き心をもっていなければなりません」(前掲書)とも。対話に必要なのは、かしこまった言葉でも、飾り立てた言葉でもない。誠意を込めた、血の通った言葉であってこそ、意志も感情も知識も、相手に真っすぐ届く。日蓮大聖人は「声仏事を為す」(御書708ページ)と仰せである。
◆〈寸鉄〉 2017年10月29日
 ◇真摯に耳を傾ける会長の姿勢は対話の模範―博士友情育む語らいを我らも
 ◇起こった事実を未来の因とせよ―戸田先生。常にここから!飛躍のバネに
◆社説  浸透するインターネット  広布伸展へ知恵を発揮し賢く活用
 ①戸田先生は、「今は昔と違って、通信や交通が飛躍的に発達した。こういう時代が来たということ自体が、広宣流布できるという、ひとつの兆候だ」と指摘した。池田先生は、この言葉を紹介しながら、「科学が進めば進むほど、仏法哲学は理解しやすくなる。同時に、科学文明の発展にふさわしい精神的支柱も必要になってくる」と、技術を人のために活用する“心の錬磨”の重要性を訴えた。 ②まさに戸田先生の指摘通り、インターネットの発展は、同時進行する世界広布新時代到来にふさわしい「兆候」といえよう。
 池田先生は、「これからの時代は、あらゆる知識や情報を、人類の幸福と世界の平和のために生かし、使いこなしていく『知恵』が、ますます追求されなければならない」と語る。
 日々の勤行・唱題で生命を磨き、友の幸福を願いながら知恵を発揮して広布伸展へネットの技術も賢く活用していきたい。    
◆きょうの発心   師匠との原点を胸に拡大の大波を2017年10月29日
御文 あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき
(経王殿御返事、1124ページ)
通解 心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。
 御本尊を信じ唱題し抜いた人は、必ず願いを成就できると教えられています。
◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉90 妙法の福徳は燦然たり
御文 仏法の中に内薫外護と申す大なる大事ありて宗論にて候
 (崇峻天皇御書、1170ページ)
通解 仏法の中に、「内薫外護」という大変に大事な法門があって、それは仏法の要である。
同志への指針
 内なる仏性を薫発すれば、外からの守護が必ず現れる。「内薫外護」の法門の通り、四条金吾夫妻は不屈の信心で相次ぐ苦境を大逆転した。
 誰が見ていなくとも、誠実に積み重ねた善行を、仏天は御照覧である。因果の理法に照らされて、全て自身を荘厳する大果報となるのだ。
 陰徳の人生に栄光の陽報はいよいよ輝く。私の70年の信仰の大確信である。
◆〈世界の識者の眼〉 ドミニカ共和国 サントドミンゴ自治大学 ロベルト・レイナ元総長
青年が輝く社会の実現を  人間の精神性高める池田思想に期待

  ①サントドミンゴ自治大学では、池田SGI会長がドミニカ共和国を訪問された1987年2月に「名誉教授」称号を授与していました。
 実はその時、大学内には、会長に最高栄誉である「名誉博士号」を贈る意向がありました。
 本学の名誉博士号は、学生を含む「全学の総意」で授与されます。そのためには、教員を中心とした審議会で検討・決定した後、全学生と教職員にその是非を問い、一定数以上の承認を得なければなりません。
 しかし、当時の大学が定める規約では、最低でも3000人の学生・教職員が一堂に会した場で、賛否をはかる必要がありました。キャンパスにそれだけの大規模な施設はなく、仮にそれを実行しようとすれば、サントドミンゴ市内にあるアリーナ等を借りなければならないという、非現実的なものでした。
 そこで、まずは審議会のみで検討・決定される「名誉教授」称号を授与することになったのです。
  ②2007年2月、会長のドミニカ共和国訪問20周年を記念して、本学キャンパスで「ガンジー・キング・イケダ――平和建設の遺産」展(主催=米モアハウス大学・キング国際チャペル)を開催することになったのです。非暴力の重要性を訴える展示は、大きな反響を呼びました。
 私自身も、小説『人間革命』をはじめとする著作を通し、会長の偉大さをさらに深く認識することができました。
 そこで、この年の10月、念願だった「名誉博士号」の授与を提案したのです。
 私の発議は、審議会において満場一致で決議された後、「投票」という形で全学生に問われ、賛成多数で決定しました。
  ③本学の創立の淵源は、16世紀初頭にさかのぼります。ドミニカ共和国は、1492年にコロンブスが到達して以降、スペインから次々と人が移り住んできました。移住した人々は、先住民を武力で抑圧し、過重な労働を強いたのです。
 その横暴な振る舞いに対し、一人の修道士が立ち上がり、こう喝破しました。
 「彼らは、人間ではないのか。理性的な魂を持ってはいないのか。自分を愛するのと同じように彼らを愛する義務があるのではないか。そう感じないのか。かくも深い昏睡状態の淵に眠っているのか」と。
 正義と人間主義を希求する彼の叫びが発端となり、わが大学が創立されたのは1538年のことです。
 本学には、民族を超えた「人間の平等」と、そこから生まれる「人権」と「平和」の精神が脈打っています。まさに会長の思想や理念と一致するものです。
 創価学会の牧口初代会長、戸田第2代会長は、戦時下にあって、「教育」に希望を見いだされました。
 「人間の幸福」という価値を創造しゆく生き方は、戦後の復興に大きな貢献を果たしました。
 お二人は軍部政府によって投獄され、後に戸田会長が学会を再建されました。そして後継の池田会長のリーダーシップのもと、SGIは今日まで権力に屈することなく、平和のメッセージを発信し続けておられます。

平成29年10月30日(月)

◆今週のことば

我らは誇り高き 広宣流布の闘士だ。
「大願とは法華弘通なり」
創立の精神たぎらせ 新たな拡大を共々に!
◆〈名字の言〉 2017年10月30日
 ①「彼女が懸命に生きる姿に、心を打たれたんです」――本紙の長年の愛読者が、購読を始めたきっかけを語ってくれた
 ②全盲になったのは20歳の頃。光を感じなくなった目から、幾度も悲嘆の涙を流した。その彼女が今では、職場で範を示し、社会でも指導的立場に。「悲しみや苦しみが大きいほど、それを突き抜けてきた人はより強い。彼女が教えてくれたことです」と愛読者は言う
  ③本年、生誕150年の物理学者キュリー夫人。「でもたいせつなのは、忍耐力と、なにより自信を持つこと。人はみな、なんらかの天分に恵まれているもの。そしてその天分は、どんなことがあっても花開かせるべき」と
◆〈寸鉄〉 2017年10月30日
 ◇『新・人間革命』を日々の活力に。師弟の大叙事詩の更なる一頁をここから
 ◇一人の強き生命力が他人の命を変える―戸田先生深き祈りが友情広げる力
 ◇女子・婦人部の10帰運動を皆で応援!無事故こそ勝利。幹部は配慮忘るな
◆社説  きょうは「マナーの日」  心遣いを“目に見える形”で表す
  池田先生は新社会人に国際的なマナーについて「特別なことではない。相手を敬う気持ちを姿勢として表すこと、言葉に出して明快に伝えていくことだ」と語っている。
 「親しき中にも礼儀あり」という。身近な人にも心掛けたい。会う機会の少ない友人や、つながりの薄い知人に対しては、なおさらである。
 心遣いを言葉で表現することで、相手への印象が変わる。毎日の出会いを大切に、良き縁を結び広げるきっかけとして、進んで目に見える形で胸中の思いを表してみてはどうだろうか。
◆きょうの発心   生涯青春の気概で広布に前進2017年10月30日
御文 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし(兄弟抄、1088ページ・編689ページ)
通解 たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
 何があっても信心第一を貫く姿勢を教えられています。
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    五十 2017年10月30日  (6211)
 この日、フランスの青年たちの胸に、二〇〇一年という広布と人生の目標が、明確に刻まれたのである。
 目標をもつ時、未来の大空に太陽は輝き、美しき希望の虹がかかる。人生に目標があれば、歩みの一足一足に力があふれる。
 山本伸一は、全参加者と共に記念のカメラに納まり、新しい旅立ちを祝し、励ました。
 「まず、二十年後をめざそう。人びとの幸福のため、平和のために、忍耐強く自らを磨き鍛えて、力をつけるんだよ。自分に負けないことが、すべてに勝つ根本だよ」
 ――「ねばり強さだけが、目標の達成への道なのだ」(注)とは、人生の勝利を飾る要諦を示した、詩人シラーの箴言である。
◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉20 苦楽を共に不屈の信心で
  ①「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)
 我らは、この御聖訓通り、どんな時も、たゆむ心なく、「人間革命」という幸福の自転を繰り返し、「広宣流布」という平和への公転を、皆で力強く進めていくのだ。
 言うに言われぬ苦労も、思いも寄らぬ試練もある。
 あの剛毅な四条金吾でさえ、打ち続く苦境に、思わず「大難雨の如く来り候」と弱音をこぼしたことがあったようだ。
 日蓮大聖人は、大きく包容してくださりつつ、譬えを引かれ、難を乗り越える信心を愛弟子に打ち込まれた。〈同1136ページ〉
 松の木は長年の風雪を耐えながら、見事な枝振りの風格を備えるではないか。法華経の行者は、難に遭うほど生命の勢いを倍増し、「久遠長寿の如来」として永遠に崩れざる大境涯を必ず開いていけるのだ――。
 厳愛の叱咤に、金吾夫妻は再び立ち上がり、「雨の如く」襲いかかる讒言にも屈しなかった。信心即生活、仏法即社会の模範を示し、「よかりけり・よかりけり」と謳われゆく勝利を飾っていったのである。
  ②わが創価家族の大闘争は御本仏が全て御照覧であられる。一人一人の健気な同志が、「陰徳陽報」の大果報を勝ち得ないわけがない。
◆きょう30日 クーデンホーフ=カレルギー伯爵との出会いから50年 2017年10月30日
対話の橋を世界へ! 未来へ!

  ①池田先生が多様な背景を持つ世界の指導者や識者と、文明間・宗教間対話を開始したのは、50年前の1967年10月30日のこと。相手は、欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵であった。
  ②伯爵は、この時の感想を自著に記している。
 「私は直ちに池田の人物に強く感銘した。やっと39歳の、この男から発出している動力性に打たれた」「生命力の満ち溢れている、人生を愛する人物である。率直で、友好的で、かつ非常に知性の高い人物である」(鹿島守之助訳『美の国――日本への帰郷』鹿島研究出版会)
 70年10月には東京で4度の出会いを。のべ十数時間に及んだ二人の語らいは、対談集『文明・西と東』として結実した。これが池田先生にとって、海外の識者と編んだ対談集の1号となった。
◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉68 「新・人間革命」第29巻が発刊へ―― 師と共に使命の道をさらに  会場提供をはじめ陰の功労の友に感謝
  ①原田 池田先生は、先日の各部代表者会議へのメッセージの冒頭、全同志、なかんずく、激動のこの時も、たゆまず光を放ち続けてくれている、太陽の婦人部の皆さんへの心からの感謝を示され、「皆で大拍手を送ろう!」と呼び掛けられました。あらためまして、婦人部の皆さん、いつも本当にありがとうございます!
  ②原田 小説『新・人間革命』は、創価学会の“精神の正史”です。ここに、師弟の魂、信心の姿勢、学会の歴史など、学ぶべきことが収められています。いわば、私たちの“信心の教科書”といえます。
  ②竹岡 先生は、先の代表者会議のメッセージの結びで、「札幌大会」「夕張大会」「東京大会」「大阪大会」などの60年前の大闘争の中、戸田先生から、眼前の勝敗を超え、「また戦うんだ。どこまでも戦うんだ」と、厳愛の叱咤を受けた事実を紹介されました。
 そして、“今も私の生命に轟くこの師子吼をわが弟子に贈りたい”と言われたのです。私たち青年部は、この言葉を深く受け止め、新たな戦いの先頭を走っていく決意です。

平成29年10月31日(火)

◆わが友に贈る

「法華経の信心を・とをし給へ」御聖訓。
〝頑張り抜く〟ことが 人生勝利の根本だ! 断じて負けない人たれ!
◆〈名字の言〉 2017年10月31日
  ①ドイツの作家ミヒャエル・エンデの作品『モモ』に、道路掃除人のベッポというおじいさんが登場する。
  彼は口を開く。「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ」「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな」
  ②先のことを思い煩って焦るより、足元を見つめ、「今」を大切に生きることで心は豊かになると、エンデは訴えているのだろう。日々の忙しさの中で、足元の幸福を見失いがちな現代人への警鐘にも思える。広宣流布という理想を抱きつつ、きょう一日の実践に心を込めたい。
◆〈寸鉄〉 2017年10月31日
 ◇聡明な女性達の対話が平和創造の原動力―博士。地域照らす希望の太陽と
 ◇「心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し」御書。今日も広布に勇躍
 ◇人材の養成は高尚な芸術以上―牧口先生。後継を激励!人材の城を地域に
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    五十一 2017年10月31日(6212)
 ①広宣流布は、団結の力によってなされる。そして、団結といっても、皆がいかなる人間観をもっているかが、重要な決め手となる。ゆえに、山本伸一は、誰もが使命の人であるという仏法の人間観に立ち返って、団結について語っておこうと思った。
 「皆が等しく広宣流布の使命をもっていても、個々人の具体的な役割は異なっています。たとえば、一軒の家を建てる場合でも、土台を建設する人や大工仕事をする人、内装工事を行う人など、それぞれが責任をもって作業をすることで、立派な家が完成する。
 広宣流布の大偉業も、さまざまな役割の人が集まり、それぞれの分野、立場で、個性を発揮しながら、力を合わせることによってなされていく。分野、立場の違いはあっても、それは、人間の上下などではありません。
 したがって同志は、互いに個性、特性を、尊重し、励まし合い、信心の連帯を強めながら、前進していかなくてはならない。これが異体同心という、仏法の団結の姿です。
 学会にも組織はありますが、それは活動を合理的に推進していくための機能上の問題にすぎない。したがって、役職は一つのポジションであり、人間の位などでは決してない。
 ただ、役職には責任が伴う。ゆえに、幹部は人一倍、苦労も多い。同志は、皆のために働くリーダーを尊敬し、協力し、守っていくことが大事になります」      
②最も幹部に求められていくのは包容力であり、温かい人間性です。いかに人格を高めるかが、信仰の力の証明となっていきます。どうか、自身を見詰め、自らを成長させようと、真剣に唱題し、仏道修行に励んで、境涯を開いていってください」
◆〈教学〉 11月度座談会拝読御書 日妙聖人御書 2017年10月31日
御書全集1215ページ18行目~1216ページ1行目
「師弟不二」こそ成仏の直道   妙法を持つ人は仏と等しい大境涯に
拝読御文
 我等具縛の凡夫 忽に教主釈尊と功徳ひとし彼の功徳を全体うけとる故なり、経に云く「如我等無異」等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり
受持即観心 大聖人の仏法では南無妙法蓮華経の受持によって、誰もが自身に具わる十界を見ることができます。つまり、自身に仏界が具わることを知り、現実に仏界を現すことができるのです。このことを受持即観心といいます。
以信得入 仏の教えを信じて受け入れることです。法華経譬喩品には「汝舎利弗すら 尚此の経に於いては 信を以て入ることを得たり」(法華経197ページ)と説かれます。これを「以信得入」といいます。
「如我等無異」 仏の目的は、一切衆生を自身(仏)と等しい境地に導くことにあります。
 その願いが、法華経方便品に、「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん=法華経130ページ)と述べられています。
池田先生の指針から 師と共に広布の誓願を貫こう
  ①「如我等無異」こそ、仏の願いが込められた法華経の真髄の一節であり、法華経が「何のために」説かれたのかを明確に示す珠玉の一句です。
 方便品第二に、「一切の衆をして 我が如く等しくして異なること無からしめんと欲しき」(法華経130ページ)とあります。すべての衆生に、仏と同じ境涯を得させようという大慈大悲です。
  ②「凡夫の忽に仏となる」かどうかは、要するに、信心があるかどうかという一点で決まります。
 一念三千の法理の柱は十界互具であり、なかんずく人界所具の仏界です。しかし、理論上は、皆が仏であるというのと、実際に、自分の中にある仏の生命を涌現するのとは天地雲泥の差です。ここに「師弟不二」の重要性があります。
 師匠は何よりも、弟子をはじめ一切衆生の幸福を願い、万人成仏の大願に生き抜きます。

2017年10月31日(火)の聖教

2017年10月31日(火)の聖教

◆わが友に贈る
「法華経の信心を・
とをし給へ」御聖訓。
〝頑張り抜く〟ことが
人生勝利の根本だ!
断じて負けない人たれ!

◆〈名字の言〉 2017年10月31日

 ドイツの作家ミヒャエル・エンデの作品『モモ』に、道路掃除人のベッポというおじいさんが登場する。ある日、
彼がモモに、自分の仕事の話を始めた▼いわく、非常に長い道の掃除を受け持つときがある。“とてもやりきれない”と思いつつ、せかせかと始める。時々、顔を上げるが、ちっとも進んでいない。心配でたまらなくなり、ものすごい勢いで働くが、やがて疲れ果ててしまう――ここで彼が一言。「こういうやり方は、いかんのだ」▼しばらく黙った後、彼は口を開く。「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ」「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな」(岩波書店、大島かおり訳)▼先のことを思い煩って焦るより、足元を見つめ、「今」を大切に生きることで心は豊かになると、エンデは訴えているのだろう。日々の忙しさの中で、足元の幸福を見失いがちな現代人への警鐘にも思える▼広宣流布という理想を抱きつつ、きょう一日の実践に心を込めたい。朗々たる唱題から朝を出発する。「目の前の一人」にしっかり向き合い、納得の対話を重ねる。その中で、自他共の幸福の喜びは深くなる。(起)

◆〈寸鉄〉 2017年10月31日

 聡明な女性達の対話が平
 和創造の原動力―博士。
 地域照らす希望の太陽と
      ◇
 「心ざし大海よりふかく
 善根は大地よりも厚し」
 御書。今日も広布に勇躍
      ◇
 創価班・牙城会大学校生
 が大奮闘!学会の未来は
 君らの双肩に。誓い貫け
      ◇
 人材の養成は高尚な芸術
 以上―牧口先生。後継を
 激励!人材の城を地域に
      ◇
 ストーブの使用に注意。
 誤使用等による高齢者の
 重大事故多し。皆で警戒

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    五十一 2017年10月31日(6212)
 


 広宣流布は、団結の力によってなされる。そして、団結といっても、皆がいかなる人間観をもっているかが、重要な決め手となる。ゆえに、山本伸一は、誰もが使命の人であるという仏法の人間観に立ち返って、団結について語っておこうと思った。
 「皆が等しく広宣流布の使命をもっていても、個々人の具体的な役割は異なっています。たとえば、一軒の家を建てる場合でも、土台を建設する人や大工仕事をする人、内装工事を行う人など、それぞれが責任をもって作業をすることで、立派な家が完成する。
 広宣流布の大偉業も、さまざまな役割の人が集まり、それぞれの分野、立場で、個性を発揮しながら、力を合わせることによってなされていく。分野、立場の違いはあっても、それは、人間の上下などではありません。
 したがって同志は、互いに個性、特性を、尊重し、励まし合い、信心の連帯を強めながら、前進していかなくてはならない。これが異体同心という、仏法の団結の姿です。
 学会にも組織はありますが、それは活動を合理的に推進していくための機能上の問題にすぎない。したがって、役職は一つのポジションであり、人間の位などでは決してない。
 ただ、役職には責任が伴う。ゆえに、幹部は人一倍、苦労も多い。同志は、皆のために働くリーダーを尊敬し、協力し、守っていくことが大事になります」
 また、リーダーの在り方にも言及した。
 「幹部の方々は、心の余裕をもち、決して感情的になったりせずに、皆を大きく包容していただきたい。リーダーがピリピリし、何かに追われ、押しつぶされそうな状態では、日々、楽しく、同志を善導していくことはできないし、それでは後輩がかわいそうです。
 これから、最も幹部に求められていくのは包容力であり、温かい人間性です。いかに人格を高めるかが、信仰の力の証明となっていきます。どうか、自身を見詰め、自らを成長させようと、真剣に唱題し、仏道修行に励んで、境涯を開いていってください」

【聖教ニュース】

◆アメリカ中部方面が勇躍の青年大会 2017年10月31日
池田先生のシカゴ初訪問57周年寿ぎクック郡とシカゴ市が「ダイサク・イケダの日」を宣言


躍進を誓い合った中部方面青年大会の参加者が記念のカメラに。会合ではロゴンボ・ポッターさん、ミキ・サトウさんが、使命の道を歩む模様を報告した(シカゴ市内で)
躍進を誓い合った中部方面青年大会の参加者が記念のカメラに。会合ではロゴンボ・ポッターさん、ミキ・サトウさんが、使命の道を歩む模様を報告した(シカゴ市内で)

 アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の中部方面青年大会が15日、イリノイ州シカゴ市内で盛大に開催され、代表1200人が集い合った。同SGIのストラウス理事長、ヘイニー婦人部長、ウィトコスキー青年部長が駆け付けた。席上、シカゴ市と、同市を擁するクック郡が、池田大作先生のシカゴ初訪問(1960年10月)から57周年を記念して、本年10月9日を「ダイサク・イケダ・デー」と宣言したことが発表された。
 アメリカは多様性の国である。
 ミシガン湖のほとりにある公園、リンカーン・パーク。同地のほど近くに立つ青年大会の会場には、白人、アフリカ系、スペイン系、アジア系など人種や民族を超えて平和創出へと進む若人の連帯が輝いていた。
 池田先生は57年前の10月9日、奴隷解放宣言を発表したリンカーン大統領の名を冠する、同公園を散策。ここで、アフリカ系の少年が非道な差別を受ける現場を目の当たりにした。
 “君が本当に愛し、誇りに思える社会を、きっとつくるからね”――先生は、アメリカ広布の深い意義をかみ締め、万人の尊厳と平等を説く日蓮大聖人の仏法哲理をさらに広げゆくことを誓った。
 アメリカの友もまた、師の思いを胸に刻み、あらゆる差異を超え、人間主義の幸のスクラムを構築してきたのである。
 シカゴ市から贈られた決議書には、池田先生が同市初訪問の折に、人種差別の実像を目撃した経験が、対話推進による「草分け的な国際的民間外交の基盤となった」とつづられている。また、先生の尽力により「192カ国・地域の会員からなる多文化の地球的平和運動が確立された」と記されている。
 さらに、後継のSGIの青年が「池田博士の励ましを胸に、他の青年を応援し、激励し、彼らが無限の可能性に目覚め、崩れることのない確信、限りない勇気、深い感謝、そして、他者に対する尊敬をもって生きるために、啓発することを誓っている」と述べられている。
 現在、明年の「11・18」へ、「青年5万人結集」を目標に怒濤の前進を続けるアメリカSGIにあって、弘教拡大や人材育成で模範の結果を打ち立て、全米をけん引しているのが中部方面である。
 青年大会の第1部では「イケダ・ユース・アンサンブル」による太鼓の演奏、合唱、ダンス等が披露された。
 第2部の冒頭では、新任のハーマン中部方面長が、「中部方面は、アメリカの西部と東部を結ぶ“心臓部”の誇りも高く、正義の師子を陸続と輩出していこう」と語った。
 ストラウス理事長が励ました。
 なお、クック郡とシカゴ市が、同大会の行われた本年10月15日を記念して、「SGI青年後継者の日」を宣言した。

◆戸田平和研究所が国際会議 2017年10月31日
テーマは協調的安全保障と核軍縮 来月、ロンドンで

 戸田記念国際平和研究所(創立者=池田大作先生、所長=ケビン・クレメンツ博士)が11月、イギリスのロンドンで国際会議「協調的安全保障――核軍縮と軍備管理の再検討」を開催する。
 同会議は戸田研究所とノルウェー国際問題研究所、オタゴ大学国立平和紛争研究所(ニュージーランド)、英国紛争研究学会の主催によるもので、欧米各国の政府関係者や研究機関の代表らを招へいして開かれる。
 本年は、創価学会第2代会長・戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」(1957年9月)発表60周年。本会議では国際安全保障の現状分析とともに、特に核兵器に焦点を当てながら、2日間にわたって、今後の国際社会に平和と安定を生み出す方途を巡り議論を行う予定である

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆中国・広東に広がる友誼の絆 2017年10月31日

 
本年7月に届けられた曽海涛氏の絵画「執筆」(サイズ=100号)                                                                          
本年7月に届けられた曽海涛氏の絵画「執筆」(サイズ=100号)

 中国・広東省の各地に、池田先生の思想と行動への共感の輪が大きく広がっている。ここでは広州市人民対外友好協会の李良洲元秘書長、佛山市の画家・曽海涛氏の声と、肇慶学院・池田大作研究所の原青林所長、蒋菊副署長へのインタビューを紹介する

◆〈教学〉 11月度座談会拝読御書 日妙聖人御書 2017年10月31日
御書全集1215ページ18行目~1216ページ1行目
「師弟不二」こそ成仏の直道   妙法を持つ人は仏と等しい大境涯に


本抄について
 本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)5月、佐渡で認められ、乙御前の母(日妙聖人)に与えられたお手紙です。
 本抄は、鎌倉に住んでいた乙御前の母が配流の地・佐渡へ大聖人をお訪ねした、その志をたたえています。乙御前の母は夫と離別し、幼い娘を育てながら純粋な信心を貫きました。

 本抄御執筆の当時は、前年9月の竜の口の法難から佐渡流罪という、大聖人門下にとって厳しい試練の渦中にありました。門下には所領の没収や鎌倉からの追放、投獄などの迫害が及んでいたのです。こうしたなかで乙御前の母は、鎌倉から、はるばる佐渡にまで大聖人をお訪ねしました。
 大聖人は、乙御前の母の求道の姿勢をたたえて、「日本第一の法華経の行者の女人」(御書1217ページ)と仰せになり、「日妙聖人」という最高の名を贈られています。
 本抄では、末法の凡夫は妙法を持つことで仏と等しい功徳を得ることができると教えられています。今回、拝読するのは、この部分の仰せです。

拝読御文

 我等具縛の凡夫 忽に教主釈尊と功徳ひとし彼の功徳を全体うけとる故なり、経に云く「如我等無異」等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり

受持即観心

 日蓮大聖人が出現される以前は、経典に説かれた法理をもとに瞑想して自身の心を見つめていく「観心」が成仏のための修行でした。
 大聖人が、仏法における正師として重んじられたのが天台大師です。
 天台大師は、自身の心を深く見つめていくことによって、“自らの心に十界が具わり、自己の一瞬の心(一念)に三千の諸法という森羅万象が具わること”を覚知する観心の修行を説きました。
 しかし、これは極めて困難な修行であり、覚りに到達する人はまれでした。これに対して、大聖人の仏法では南無妙法蓮華経の受持によって、誰もが自身に具わる十界を見ることができます。つまり、自身に仏界が具わることを知り、現実に仏界を現すことができるのです。このことを受持即観心といいます。
 大聖人は「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(御書246ページ)と仰せです。釈尊が成仏するために積んだ膨大な修行(因行)と、修行によって得たさまざまな功徳(果徳)の全てが、成仏の根本法である「妙法蓮華経の五字」すなわち南無妙法蓮華経に具わるということです。
 大聖人は、この南無妙法蓮華経を私たちの成仏のための御本尊として顕されました。
 末法の衆生は、この御本尊を受持することによって、釈尊が修行で積んだ仏因の功徳と仏果の功徳の全てを自身に譲り受けることができるのです。

以信得入
 日蓮大聖人は、凡夫が妙法を持てば、たちまちに仏と等しい功徳を得られると教えられています。ここで大切になるのは、妙法を持つ人の信心です。
 これは仏道修行の基本である「信行学」の「信」に当たります。この「信」こそ私たちが仏の境涯に入るための根本です。
 法華経には、釈尊の弟子の中で智慧第一といわれた舎利弗も、ただ「信受」することによってのみ、法華経に説かれた法理を体得できたと説かれています。信受とは、仏の教えを信じて受け入れることです。法華経譬喩品には「汝舎利弗すら 尚此の経に於いては 信を以て入ることを得たり」(法華経197ページ)と説かれます。これを「以信得入」といいます。
 仏の覚った偉大な智慧・境涯を自身のものとしていく道は、ただこの「信」による以外にありません。仏の教えを信じて受け入れていった時に、仏法で説く生命の法理の正しさを理解していくことができるのです。
 末法の御本仏・大聖人は、御自身が覚られた宇宙根源の法である南無妙法蓮華経を御本尊として図顕されました。
 大聖人が、末法の一切衆生のために、御自身の仏の生命をそのまま顕されたのが、御本尊です。
 この御本尊を、私たちが仏の境涯を開くための唯一の信仰の対象として深く信ずることこそ、大聖人の仏法を修行する根本にほかなりません。

「如我等無異」
 仏の目的は、一切衆生を自身(仏)と等しい境地に導くことにあります。
 その願いが、法華経方便品に、「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん=法華経130ページ)と述べられています。
 自身を妙法そのものであると覚知した仏は、同時に、あらゆる衆生が本来、妙法そのものであると覚ります。そして、自らが妙法そのものであることを知らずに苦悩の中にいる人々に仏は同苦し、限りない慈しみの心を起こすのです。
 無量の智慧と勇気、そして福徳、慈悲にあふれる仏の生命。全ての人に、その生命を、自身と同じように開かせたい――それが、仏のただ一つの願いなのです。
 法華経寿量品の自我偈には、こう説かれます。「私(釈尊)は、つねにこのことを念じている。すなわち、どのようにすれば、衆生を、無上の道に入らせ、速やかに仏身を成就させることができるだろうか、と」(毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身=同493ページ)
 末法の御本仏である日蓮大聖人も、一切衆生を自身と同じ境涯へ高めようと、瞬時も休むことのない広布の闘争を貫かれました。
 弟子の私たちが、この心を受け継いで、どこまでも広布に前進していく時、仏の願いである万人成仏を現実のものとしていくことができるのです。


池田先生の指針から 師と共に広布の誓願を貫こう
 本抄で、「『如我等無異』等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり」と仰せです。
 「如我等無異」こそ、仏の願いが込められた法華経の真髄の一節であり、法華経が「何のために」説かれたのかを明確に示す珠玉の一句です。
 方便品第二に、「一切の衆をして 我が如く等しくして異なること無からしめんと欲しき」(法華経130ページ)とあります。すべての衆生に、仏と同じ境涯を得させようという大慈大悲です。
 (中略)
 衆生がいかに仏道修行を積み重ねても、「釈尊と斉等なり」とならなければ、仏法の目的を成就したことにはならない。「斉等」とは、両字とも「ひとしい」という意味です。「釈尊と平等」なのです。
 大聖人は本抄で、「師子王の子は師子王となる」、法華経の行者は「教主釈尊のごとく法王とならん」と仰せです。
 仏が「吾子」として、一切衆生を「仏子」と呼ぶのも、「仏」にするためです。仏子がいつまでも「子」のままでは、親である「仏」は、永遠に使命を全うすることはできません。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻)
                                                                         ◇ ◆ ◇ 
 「凡夫の忽に仏となる」かどうかは、要するに、信心があるかどうかという一点で決まります。
 一念三千の法理の柱は十界互具であり、なかんずく人界所具の仏界です。しかし、理論上は、皆が仏であるというのと、実際に、自分の中にある仏の生命を涌現するのとは天地雲泥の差です。ここに「師弟不二」の重要性があります。
 師匠は何よりも、弟子をはじめ一切衆生の幸福を願い、万人成仏の大願に生き抜きます。
 しかし、いくらその慈悲の陽光を浴びても、弟子が同じ誓願の心を起こさなければ、真の意味で、仏に成る道に入ることはできません。一人ひとりが自分から胸中の可能性を開かない限り、幸福を自ら得ることはできないからです。(中略)
 弟子の一人ひとりが、師匠と同じ誓願に立ち、同じ心で、同じ生き方を力強く始めていく。ここに「日蓮と同意」(御書1360ページ)の生き方があります。「師弟不二」の実践があります。(同)

参考文献
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻(聖教新聞社)


◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 悪性骨腫瘍と闘う華陽の乙女
試練は人生を彩る宝 日本股関節学会で症例が紹介 父も直腸がんに打ち勝った!


【札幌市西区】穏やかな秋の陽光が、渓谷に色づく紅葉を照らしていた。今月、辻山正子さん=二十四軒支部、女子地区リーダー=は、北海道の紅葉名所・定山渓へ、両親を旅行に連れて行った。
「また今年も、眺めることができて良かった」。両手でつえを突きながら安堵する娘の肩に、母・静子さん(66)=総区副婦人部長=が、そっと手を添える。「1年後も、必ず来ようね」。正子さんが“骨のがん”を摘出してから、来年で5年を迎える。

切断の可能性
 体の異変は、突然、起きた。2012年(平成24年)12月、趣味のバスケットボールをしていると、右の股関節に痛みが生じた。数日後には、ベッドから起き上がれないほどに。  
 近くの病院では、「特発性大腿骨頭壊死症」との診断。だがその後、入院した大学病院で骨シンチグラフィー検査を受けると、「壊死ではなく、腫瘍の疑いがある」と告げられた。細胞診断の結果、股関節に悪性骨腫瘍があることが判明。骨盤の周辺には、数カ所に転移の影が。  
 「命の危険」「切断の可能性も」。医師の説明に、正子さんは言葉を失った。  
 “なんで今!? なんで私なの……”。当時25歳。転職が決まり、いよいよこれからという時。涙ぐむ娘に、母は毅然と言った。「正子、これが宿命なんだよ。絶対に乗り越えてみせようよ」  
 1男4女を育て抜いた母。病気やいじめなど、「どの子にも宿命と戦うドラマがあった」。末っ子の正子さんに起きたこの試練も、“信心を深めるチャンスに違いない”と感じられた。  
 不安をねじ伏せるように、親子で一心不乱に祈った。地域の同志が何度も見舞いに訪れてくれた。真心の色紙や励ましに、どれほど勇気づけられたことか。池田先生からも、万感の伝言が届いた。  「絶対に元気になって戻ってくる!」。あふれる感謝と確信を抱き、13年3月、正子さんは笑顔で手術台に横たわった。転移や再発を防ぐため、腫瘍周囲の健常な組織まで取り除く広範切除術が施された。  
 医師の懸命な努力もあり、14時間の予定だった手術は8時間で終わり、右脚の切断は免れた。骨盤の右半分と大腿骨上部の骨や筋肉が切除された。  
 「一生、車いすの生活でしょう」。そんな医師の言葉が気にならないほど、無事に手術を終えた喜びは、家族の心を大きく包み込んだ。

“56段”の喜び
 傷口の痛みは、日に日に増していった。鎮痛剤の効き目は薄く、ベッドで身動きするのも苦しいほど。  
 両親は、毎日毎日、病室を訪れた。「俺が代わってあげられたらな……」。父・直樹さん(71)=壮年部員=はいつも妻にそう語り、娘から見えない所で男泣きに泣いた。静子さんも気持ちは同じ。だが、娘と夫の前では、決して涙を見せなかった。“母である私が、沈んでなんていられない” そんな父母の思いを、正子さんは敏感に感じていた。“心配ばかりかけて申し訳ない。一日も早く、元気な姿を見せたい”
 支えてくれた人たちへの恩返し――その思いが、正子さんの生き抜く力を燃え上がらせた。  
 「私、市営住宅の5階のわが家まで、一人で階段を上れるようになりたいんです!」。正子さんの気迫と覚悟に、担当医は目を丸くした。  
 失われた骨が多く、座ることも困難な「体幹機能障害」と告げられていた。だが、真剣な祈りとリハビリを繰り返し、驚異的な早さで回復を遂げていく。寝返りから始まり、車いすの乗り換え、装具とつえを使っての歩行。3カ月後には、ゆっくりと階段を上れるまでになった。  
 初めて外出許可が下りた日、真っすぐに自宅へ向かった。5階までの階段の段数は56段。見慣れた景色も、はるかに高い“山”のように見える。上を見上げては深呼吸し、「よし!」と気合を入れた。
 「頑張れー!」。家族や住民も見守る中、一段一段、踏みしめて進んだ。最後の一段を上り切った時、拍手と歓声が響き渡った。両親を見ると、こぼれる涙を拭おうともせず、うなずいていた。「よく、頑張ったね……」。そう言って喜んでもらえる挑戦ができたことが、一番の幸せだと感じた。
 13年8月に退院。リハビリ通院で膝下の筋力を鍛え、車も支障なく運転できるように。その1年後には、医療機器会社に復職することができた。  
 「人工関節を入れた人より動きがスムーズで、つえがまるで飾りのよう」と、医師も驚くほどの回復ぶり。14年秋に行われた「第41回日本股関節学会学術集会」で、正子さんの症例が紹介された。

私が支える番
 「ねえ、今度、一緒に紅葉を見に行かない?」
 15年10月、正子さんは初めて両親を旅行に誘い出した。今まで家族旅行などしたことはなかったが、「少しでも、感謝の思いを形にしたくて」。  
 登別温泉の高級旅館に泊まった。全て、正子さんが働き、ためたお金で。温泉に漬かり、家族水入らずで食事を楽しむ。宿から紅葉を眺める和やかなひとときは、あっという間に過ぎていった。「秋になったら、私が毎年、連れて来るからね!」  
 それから10月は、家族にとって特別な月となった。正子さんの誕生月であるが、単に年を刻むという意味だけにとどまらない。“今年も勝った”“次も負けない”――「辻山家の決勝点であり、出発点でもあるんです」
 昨年6月、直樹さんに直腸がんが見つかった。正子さんの闘病中、不眠不休で病院へ通い、励まし続けてくれた父。“今度は私が支える番だ!”
 正子さんは真剣な唱題を重ね、入院中の父に寄り添った。「良くなったら、みんなでまた、紅葉を見に行こうね」
 それまで学会活動から離れていた直樹さんだったが、病に立ち向かう凜とした娘の姿に、「もう一度、信心で立ち上がるしかないと思えた」と。  
 家族と同志が一丸となって祈る中、手術は成功し、転移もなかった。直樹さんは2カ月の休職を経て、タクシー運転手の仕事に復帰。その年、約束通りに正子さんが連れて行ってくれた支笏湖の紅葉は、格別な美しさだった。
 池田先生は、つづっている。
 「木々は、深雪に耐えて芽を出し、天高く伸びよう伸びようと枝を張り、葉をつけ、灼熱の太陽に自らを鍛える。やがて、その帰結が炎の紅葉となる。そして、葉が落ちる瞬間まで、自身を赤々と燃やす。見る人に幸せを送ろうとするかのように」と。  
 色彩豊かな一葉一葉に、正子さんは自身の生き方を重ねる。試練は人生を彩る宝。そして、誰かのために生きようと伸びる強さの中に、命のきらめきが放たれていくんだ、と――。

◆〈壮年部のページ〉 『新・人間革命』学び 師弟の精神受け継ぐ 2017年10月31日

 池田先生は、小説『新・人間革命』の連載開始に当たり、「はじめに」で述べている。「完結までに三十巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となるにちがいない」。ここでは、創価学会の精神の正史である『人間革命』『新・人間革命を学びつつ、広布拡大にまい進する代表を紹介する。

『新・人間革命』学び 師弟の精神受け継ぐ 福岡 田川勇者圏・伊田中央支部 2017年10月31日
自他共の幸福への羅針盤

 
壮男合同で開催した伊田中央支部の「人間革命池田塾」。参加者から「毎朝、一番に聖教新聞を開き、『新・人間革命』を切り抜いています」「悩んだ時ほど、師の励ましが心に染みます」などの声が(26日、田川市内で)
壮男合同で開催した伊田中央支部の「人間革命池田塾」。参加者から「毎朝、一番に聖教新聞を開き、『新・人間革命』を切り抜いています」「悩んだ時ほど、師の励ましが心に染みます」などの声が(26日、田川市内で)

 福岡空港から車で約1時間。福岡県北東部にある、自然豊かな田川市に着いた。
 同市は、日本有数の“炭都”として発展。炭鉱労働者が居住した炭鉱住宅では、かつて多くの人々が家族のように暮らしていた。
 同市の一部が、田川勇者圏・伊田中央支部の友の広布の舞台。
 家高正憲さん=圏本部長=は語る。
 「昔は、隣近所で助け合って生活していました。近年、その“共助の精神”が薄まりつつあります。人に寄り添い、自他共の幸福を目指す創価の希望の哲学が、求められていると強く実感します」
 小宮山伸浩さん=支部長=が言葉に力を込めた。
 
 「だからこそ、今、小説『人間革命』『新・人間革命』を学ぶ意義は大きい。目の前の課題を、どう乗り越えるかが記されている“人生の教科書”です」
 九州では、3年前に「人間革命池田塾」を発足。『人間革命』『新・人間革命』の各巻に“重点章”を決め、各部で研さんする。
 壮年部では、池田塾を支部単位で開催。各支部の塾長を中心に学び合う。
 牧野吉晴さん=先駆長(ブロック長)=は、仕事などを理由に、活動から遠ざかっていた。長年、母親との2人暮らしだったが、数年前に母は介護施設に入った。1人になった牧野さんは、孤独感にさいなまれた。そんな時、温かく声を掛けてくれたのが学会員だった。牧野さんは、数十年ぶりに会合に参加した。
 「受け入れてもらえるか不安でした。でも私の顔を見ると、皆さんが気さくに言葉を掛けてくれて。学会家族の温かさが、心に染み渡りました」
 池田塾で小説を学ぶようになると、自身の生き方を見つめ直すことが増えた。
 「山本伸一青年が、常に、師の心を自らの指標にする生き方に心打たれました。『人間革命』は、私の人生の羅針盤です。“山本青年だったら、どう行動するか”と考えるようになり、私が暮らす団地の草刈りを始めました」
 そうした牧野さんの姿に、周囲から信頼が寄せられるように。今では、快く本紙を購読してくれる地域の友人もできた。
 宮原良晴さん=先駆長=は、ケアマネジャーとして活躍。仕事は多忙だが、池田塾には必ず駆け付ける。
 「池田先生が命懸けで執筆してくださっている小説だからこそ、私も真剣に学びたい。求めた分だけ、先生の思いが伝わってくるように感じます」
 宮原さんは小説を学び、“最後まで絶対に諦めてはいけない”との言葉を心に刻んだ。仕事で行き詰まった時もあったが、その言葉を胸に乗り越えることができた。
 池田塾の開催を支える、友の活躍も光る。
 伊田中央支部では、池田塾の開催に合わせ、毎回、ちらしを作成。花田信一さん=壮年部員=は、不規則な仕事のため、なかなか会合に参加できないが、ちらしの作成を担う。
 大島邦寿さん=地区部長=は、「小説を学ぶと、気持ちが前向きになります。この感動を一人でも多くの同志に伝えたい」と訪問激励に率先。毎回の池田塾に、86歳の壮年部員らと意気軒高に集う。
 小説の言葉を自らの指針とし、弘教を実らせた友や、本紙の購読推進が初めてできた同志もいる。同支部の広布の水かさは、着実に増している。
 本年7月、研修会で来日したインド創価学会青年部を迎え、九州各地で交流交歓会が行われた。その際、登壇したインドの友は、口々に『新・人間革命』の言葉を引用した。
 田川県の矢野裕志さん=県長=は語る。
 「『私は山本伸一だ!』と誇らしく宣言するインドの友の姿に、“世界の同志が『新・人間革命』を自身の生き方の、ど真ん中に据えて前進している”と実感しました。池田塾を通し、皆で切磋琢磨しながら、弟子の道を貫きます」

2017年10月30日 (月)

2017年10月30日(月)の聖教

2017年10月30日(月)の聖教

◆今週のことば

我らは誇り高き
広宣流布の闘士だ。
「大願とは法華弘通なり」
創立の精神たぎらせ
新たな拡大を共々に!

◆〈名字の言〉 2017年10月30日

 「彼女が懸命に生きる姿に、心を打たれたんです」――本紙の長年の愛読者が、購読を始めたきっかけを語ってくれた▼彼女とは、札幌在住の全盲の婦人部員。鍼灸マッサージ師として34年、愛読者が経営する鍼・マッサージ院で働いてきた。優秀勤労障害者として厚生労働大臣表彰も受賞。先日、盲学校の女性卒業生として初めて、視覚支援学校の伝統の研修講座で講師を務めた▼全盲になったのは20歳の頃。光を感じなくなった目から、幾度も悲嘆の涙を流した。その彼女が今では、職場で範を示し、社会でも指導的立場に。「悲しみや苦しみが大きいほど、それを突き抜けてきた人はより強い。彼女が教えてくれたことです」と愛読者は言う▼「人生は、だれにとってもやさしいものではない」と述べたのは、本年、生誕150年の物理学者キュリー夫人。「でもたいせつなのは、忍耐力と、なにより自信を持つこと。人はみな、なんらかの天分に恵まれているもの。そしてその天分は、どんなことがあっても花開かせるべき」と(エーヴ・キュリー著『キュリー夫人伝』河野万里子訳、白水社)▼順風満帆の時ではなく、むしろ最大の苦境の時こそ、不屈の信仰が本領を発揮する時。一人の勇者の生き方は、闇を照らす光のように万人の希望となる。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年10月30日
 

 『新・人間革命』を日々の
 活力に。師弟の大叙事詩
 の更なる一頁をここから
      ◇
 福島の日。わが地域を幸
 の楽土に!皆さまの不屈
 の挑戦が福光の確かな道
      ◇
 一人の強き生命力が他人
 の命を変える―戸田先生
 深き祈りが友情広げる力
      ◇
 女子・婦人部の10帰運動
 を皆で応援!無事故こそ
 勝利。幹部は配慮忘るな
      ◇
 個人情報は悪用される!
 データ・書類の管理厳重
 に。処分も細心の注意で

◆社説  きょうは「マナーの日」  心遣いを“目に見える形”で表す


 今日10月30日が「マナーの日」とは、あまり知られていないのではないか。が、マナーといえば、書店にはハウツー本が多く並び、関心は高い。内容もビジネスシーンでの応対方法やメールの書き方、冠婚葬祭のしきたりなど、多種にわたる。
 一方、電車など公共空間でのマナーが守られていないといった話題をメディアでよく目にする。東京都が実施したアンケートでは、大人世代の約5割の人が、「現在の大人が子どもたちと比べて、社会のルールやマナーをあまり守っていない」と答えている(2015年、東京都・報道発表資料)。関心が高い割に守られていない、活用されていない、というのが今どきのマナー事情のようだ。
 マナーは社会が成り立つために必要である。人間関係を円滑にする力を持ち、ビジネスでの成功にも欠かせない。関心の高さは、多くの人がそう思っている表れとも言えよう。
 現代礼法研究所代表の岩下宣子さんは、「マナーのルール自体はあった方がいい」と話す。この時はこうすればいいという、先人たちからの生活の知恵がマナーだという。その上で、「(知っているという)安心感が心の余裕を生み、相手を思いやれます」「大切なのは、人に緊張感を与えず、ホッとさせる心遣い」と述べている。
 例えば、あいさつの後に「いつも爽やかですね」といった、相手がうれしくなる一言を添えるだけでも、印象が変わる。
 本紙の読者投稿欄でも、日常生活での心掛けを寄せてもらったことがある。メールやSNSのやり取りは「親しい人でも午後9時以降はメッセージを送らない」、誤解や不快感を生まないように「言葉遣いを丁寧にする」。電話についても「今、お電話よろしいですか?」と、一言を添えるといった投稿もあった。共通しているのは、相手の立場に立った配慮である。
 池田先生は新社会人に国際的なマナーについて「特別なことではない。相手を敬う気持ちを姿勢として表すこと、言葉に出して明快に伝えていくことだ」と語っている。
 「親しき中にも礼儀あり」という。身近な人にも心掛けたい。会う機会の少ない友人や、つながりの薄い知人に対しては、なおさらである。
 心遣いを言葉で表現することで、相手への印象が変わる。毎日の出会いを大切に、良き縁を結び広げるきっかけとして、進んで目に見える形で胸中の思いを表してみてはどうだろうか。

◆きょうの発心   生涯青春の気概で広布に前進2017年10月30日


御文
 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし
(兄弟抄、1088ページ)
通解 たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。

 
何があっても信心第一を貫く姿勢を教えられています。
 1983年(昭和58年)3月16日、兵庫池田講堂(現・西宮平和講堂)での兵庫県代表幹部会に出席された池田先生は、終了後、役員を呼んでピアノ演奏をしてくださいました。この時の師との出会いが私の原点です。
 95年(平成7年)の阪神・淡路大震災で、わが家は全壊し、勤務していた小学校は約800人の避難所に。教頭であった私は、さまざまな課題の解決に奔走する日々が続きましたが、師匠の励ましを胸に、生活再建を含め、全て乗り越えることができました。
 校長を終えた後は「郷土史講座」の講師など、地域貢献活動にも取り組んでいます。
 現在、総県太陽会議長として歴戦の勇士の皆さんと共に広布拡大に挑戦。わが家での座談会に誘うなど、夫婦で交流を重ねていた隣に住む婦人が今年3月に入会されました。教育本部の兵庫未来部育成相談室長も務めています。
 関西の歌「常勝の空」誕生40周年の明年へ、生涯青春の気概で、師恩に報いる信心勝利の道を真っすぐに歩んでまいります。
 兵庫・西宮総県副総県長 岡本幸夫

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    五十 2017年10月30日  (6211)
 
 詩を読み上げる力強い声が会場に響く。
 フランスの青年たちの瞳が輝き、新しき世紀への旅立ちの決意が燃える。
 「今ここに 立ちたる青年の数二百名
  君達よ
  フランス広布の第二幕の
  峰の頂上に立ちて
  高らかなるかっさいと
  凱歌をあげるのだ
  そのめざしゆく指標の日は
  西暦二〇〇一年六月十四日
  この日なりと――」
 朗読が終わった。一瞬の静寂のあと、感動と誓いの大拍手が広がった。
 この日、フランスの青年たちの胸に、二〇〇一年という広布と人生の目標が、明確に刻まれたのである。
 目標をもつ時、未来の大空に太陽は輝き、美しき希望の虹がかかる。人生に目標があれば、歩みの一足一足に力があふれる。
 山本伸一は、全参加者と共に記念のカメラに納まり、新しい旅立ちを祝し、励ました。
 「まず、二十年後をめざそう。人びとの幸福のため、平和のために、忍耐強く自らを磨き鍛えて、力をつけるんだよ。自分に負けないことが、すべてに勝つ根本だよ」
 ――「ねばり強さだけが、目標の達成への道なのだ」(注)とは、人生の勝利を飾る要諦を示した、詩人シラーの箴言である。
    
 伸一が、パリでも力を注いだのは、信心懇談会であった。特に青年たちとは、折々に語らいの場を設け、信心の基本や仏法者の生き方などを語っていった。
 彼は、皆を二十一世紀を担う大人材に育てたかった。だから自身の生命を紡ぎ、捧げる思いで真剣に語らいを重ねた。
 ある懇談会では、こう訴えた。
 「仏法では、皆が広宣流布を担う尊き“使命の人”であり、地涌の菩薩であると説いている。その使命を自覚した時、人は最高最大の力を発揮していくことができるんです」
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『フリードリッヒ・シラー詩集』ヨーヘン・ゴルツ編、インゼル出版社(ドイツ語)

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉20 苦楽を共に不屈の信心で

 

 相次ぐ台風の被害に心よりお見舞い申し上げます。各地の皆さまの無事安穏を、また早期の復旧を、さらに被災された方々の変毒為薬を強盛に祈ります。
 そして尊き配達員の宝友が日々、健康で、絶対無事故であるよう、妻と真剣に題目を送っています。
                   ― ◇ ― 
 「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)
 我らは、この御聖訓通り、どんな時も、たゆむ心なく、「人間革命」という幸福の自転を繰り返し、「広宣流布」という平和への公転を、皆で力強く進めていくのだ。
 言うに言われぬ苦労も、思いも寄らぬ試練もある。
 あの剛毅な四条金吾でさえ、打ち続く苦境に、思わず「大難雨の如く来り候」と弱音をこぼしたことがあったようだ。
 日蓮大聖人は、大きく包容してくださりつつ、譬えを引かれ、難を乗り越える信心を愛弟子に打ち込まれた。〈同1136ページ〉
 松の木は長年の風雪を耐えながら、見事な枝振りの風格を備えるではないか。法華経の行者は、難に遭うほど生命の勢いを倍増し、「久遠長寿の如来」として永遠に崩れざる大境涯を必ず開いていけるのだ――。
 厳愛の叱咤に、金吾夫妻は再び立ち上がり、「雨の如く」襲いかかる讒言にも屈しなかった。信心即生活、仏法即社会の模範を示し、「よかりけり・よかりけり」と謳われゆく勝利を飾っていったのである。
 「雨」といえば――
 雨の関西文化祭(1966年)、雨の沖縄平和文化祭(83年)、そして雨の神奈川青年平和音楽祭(84年)等々、思い出は尽きない。
 天が試すような逆境を、一緒にはね返した負けじ魂の若人たちが、堂々たる大樹と育ち、名指揮を執ってくれている。
 わが創価家族の大闘争は御本仏が全て御照覧であられる。一人一人の健気な同志が、「陰徳陽報」の大果報を勝ち得ないわけがない。
                   ― ◇ ― 
 間もなく、70カ国・地域からSGIの代表が、秋季研修会で来日する。栄光の創立記念日は目前である。
 世界のリーダーと肩を組んで、心新たに、全員が若々しい生命で出発するのだ。
 苦も楽も分かち合って、万年先の地涌の友まで照らし、励ましゆける不屈の民衆凱歌の叙事詩を、いよいよ朗らかに綴り広げようではないか!

【聖教ニュース】

◆第65回全日本吹奏楽コンクール 音楽隊 関西吹奏楽団が日本一 2017年10月30日
4年連続17度目の「金賞」
創価グロリアは「銀賞」の熱演


師と共に常勝関西の新たな歴史を開こう!――渾身の演奏で「金賞」に輝いた関西吹奏楽団
師と共に常勝関西の新たな歴史を開こう!――渾身の演奏で「金賞」に輝いた関西吹奏楽団

 音楽隊の「関西吹奏楽団」と「創価グロリア吹奏楽団」が29日、岡山・倉敷市の倉敷市民会館で行われた第65回「全日本吹奏楽コンクール」(主催=全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社)の「職場・一般の部」に出場。
 関西吹奏楽団が見事、日本一となる「金賞」に輝き、創価グロリア吹奏楽団が「銀賞」を受賞した。
 ◇ 
 「関西吹奏楽団、ゴールド、金賞!」
 そのアナウンスの瞬間、団員たちの歓喜が爆発した。
 固く握手を交わす友。肩を抱き合う友。皆、人目もはばからず男泣きした。脳裏には、この1年の激闘が思い出された。
 本年は関西音楽隊の結成60周年、そして池田大作先生が創価の正義を満天下に轟かせた大阪大会から60周年。
 団員たちは、この師弟誓願の佳節に“断じて日本一の結果で先生に応えよう”と、信心根本に練習に励み、心技を鍛え抜いてきた。
 サックス奏者の松本大樹さんは入団3年。
 自身の人間革命を懸けて、入団当初から折伏に挑んだ。しかし仏法対話は簡単には実らない。落ち込む心を奮い立たせ、今年からは一段と深く友の幸福を祈り、仕事にも、学会活動にも、一歩も引かずに挑戦した。すると、松本さんの変化に気付いた人がいた。高校時代の友人だった。
 松本さんの言葉を信じて「信心に挑戦してみるよ」と。そして先月、晴れて御本尊を授与することができた。
 松本さんは振り返る。「彼の成長を祈る中で、音楽に向かう姿勢が変わりました」
 松本さんだけではない。団員一人一人が友のために自身を磨く中で、音楽性を高め、勝ち切った姿で当日を迎えることができた。

◆米サンフランシスコ市が池田先生に「栄誉賞」を贈る 2017年10月30日
10・5「アメリカSGIの日」を祝賀

贈られた「栄誉賞」                                                                                             贈られた「栄誉賞」

 米サンフランシスコ市から、SGI(創価学会インタナショナル)会長である池田先生に「栄誉賞」が贈られた。平和・文化・教育への多大な貢献をたたえたもの。
 1960年10月2日、池田先生は世界平和への旅路を開始。ハワイを経て、現地時間の同3日にサンフランシスコへ到着し、アメリカ本土への広布の第一歩を刻んだ。
 そして同5日、サンフランシスコ市内を見下ろすテレグラフヒルに向かった池田先生はコロンブス像の前で、アメリカのメンバーと記念撮影を。その際、先生は「20年、50年たてば、この日は偉大な記念日となるだろう」と語り、アメリカ広布の大発展を望んだ。
 後にこの日は「アメリカSGIの日」となり、同国の友にとって不滅の原点となった。
 サンフランシスコの友は、この師の展望を実現しようと、創価の人間主義の哲学を語り広げ、地域・社会に、希望のスクラムを築いてきた。
 「10月5日」付で贈られた今回の顕彰は、池田先生のリーダーシップのもと、同市において、SGIメンバーが大きな信頼を勝ち得てきた証左である。
 サンフランシスコ市のエドウィン・リー市長の署名が記された栄誉賞には、池田先生の同市初訪問から57周年を迎えたことを祝福した上で、「長年にわたり、人々の平等を促進し、世界市民の哲学を広げてきた」と称賛。その行動は、「他の人々の模範であり、世界に極めて深い影響を与えている」とつづられている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆きょう30日 クーデンホーフ=カレルギー伯爵との出会いから50年 2017年10月30日
対話の橋を世界へ! 未来へ!


初の出会いから3年後、池田先生とカレルギー伯爵が東京で再会(1970年10月)
初の出会いから3年後、池田先生とカレルギー伯爵が東京で再会(1970年10月)

 池田先生が多様な背景を持つ世界の指導者や識者と、文明間・宗教間対話を開始したのは、50年前の1967年10月30日のこと。相手は、欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵であった。
 28歳で『パン・ヨーロッパ』を出版し、ナチスから命を狙われながらも、欧州統合という夢に向かって動き続けてきた伯爵。先生との出会いが実現した67年は、欧州評議会、EEC(欧州経済共同体)に続いて、EC(欧州共同体)が誕生し、伯爵の夢が現実となった年であった。
 当時、伯爵は72歳。先生は39歳。創価学会を「世界最初の友愛運動である仏教のよみがえり」と評価していた伯爵は、来日に当たって、先生との会見を自ら希望したのである。
 10月30日、東京・信濃町で行われた会見では、学会の展望や西洋哲学と仏法などについて語り合った。
 伯爵は、この時の感想を自著に記している。
 「私は直ちに池田の人物に強く感銘した。やっと39歳の、この男から発出している動力性に打たれた」「生命力の満ち溢れている、人生を愛する人物である。率直で、友好的で、かつ非常に知性の高い人物である」(鹿島守之助訳『美の国――日本への帰郷』鹿島研究出版会)
 70年10月には東京で4度の出会いを。のべ十数時間に及んだ二人の語らいは、対談集『文明・西と東』として結実した。これが池田先生にとって、海外の識者と編んだ対談集の1号となった。
 以来、ゴルバチョフ元ソ連大統領との『二十世紀の精神の教訓』など、一級の知性との対談集は約80点に。海外40言語に翻訳され、世界各国で出版されている。中でもイギリスの歴史家アーノルド・J・トインビーとの対談集『二十一世紀への対話』は、「人類の教科書」と評され、各国の大学や高校で教材として使用されている。
 イタリアのルイス・グイド・カルリ大学のアントニオ・ラ・スピーナ教授は、先生の対話の特長を「相手との多くの『相違点』に潜む『共通性』をいち早く、的確に見抜く能力の高さ」と語る。だからこそ、先生の対談集は人類普遍のの価値を生み出し、多様な読者の心を引き付けてやまないのだ、と。
 差異を超えて人々を結び、人類の課題解決のために英知を結集する池田先生の対談集は、世界を平和へと導く光となって、輝き続けていくに違いない。

◆〈SGIの輝き〉 PHOTOS(写真編) 新しい決意で新しい前進を

 
昨年、池田先生の初訪問から50周年を迎えたペルー。新スローガン「2030年へ! 後継の青年を先頭に勝利の人材山脈を!!」を掲げ、さらなる広布拡大と社会貢献に励む(8月、首都リマのペルー文化会館で)
昨年、池田先生の初訪問から50周年を迎えたペルー。新スローガン「2030年へ! 後継の青年を先頭に勝利の人材山脈を!!」を掲げ、さらなる広布拡大と社会貢献に励む(8月、首都リマのペルー文化会館で)

 学会創立記念日の「11・18」へ、はつらつと対話と人材拡大に挑むSGIの友。ここでは、各地で出会った海外の同志の表情を写真で紹介する。

◆11・15は「地域部の日」 郷土に尽くす幸福責任者と 2017年10月30日


 11月15日は「地域部の日」。池田先生は述べている。「わが地域を発展させたい。わが地域から人材を出したい――この切実な祈りと行動から、最も確かな広布の波が広がる。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉68 「新・人間革命」第29巻が発刊へ―― 師と共に使命の道をさらに  会場提供をはじめ陰の功労の友に感謝

座談会をはじめ、各種会合で、会場を提供してくださる友に心から感謝。こうした陰で広布を支えてくださっている方々の存在があってこそ、創価の前進がある(9月、大阪市内で)
座談会をはじめ、各種会合で、会場を提供してくださる友に心から感謝。こうした陰で広布を支えてくださっている方々の存在があってこそ、創価の前進がある(9月、大阪市内で)

 原田 池田先生は、先日の各部代表者会議へのメッセージの冒頭、全同志、なかんずく、激動のこの時も、たゆまず光を放ち続けてくれている、太陽の婦人部の皆さんへの心からの感謝を示され、「皆で大拍手を送ろう!」と呼び掛けられました。あらためまして、婦人部の皆さん、いつも本当にありがとうございます!(一同、大拍手)

 永石 先生の真心の励ましが、心に深く染み入ってきます。婦人部は、どこまでも、師弟直結で前進してまいります。

 伊藤 大変うれしいことに、11月16日には、小説『新・人間革命』第29巻が発売となります。

 原田 小説『新・人間革命』は、創価学会の“精神の正史”です。ここに、師弟の魂、信心の姿勢、学会の歴史など、学ぶべきことが収められています。いわば、私たちの“信心の教科書”といえます。

 原田(光) 先生は、今も聖教新聞に小説の連載を続けてくださっています。第30巻の第4章「暁鐘」の章です。日々、感謝の思いでいっぱいです。

 竹岡 この時に、聖教新聞を通して、先生のお心に触れ、広布に生き抜くことができる私たちの使命と福運は、計り知れません。

 永石 毎日の連載を切り抜き、「掲載の日付」とともに、ノートに貼り付け、“師弟の日記帳”を綴られている方もおられます。

 竹岡 先生は、先の代表者会議のメッセージの結びで、「札幌大会」「夕張大会」「東京大会」「大阪大会」などの60年前の大闘争の中、戸田先生から、眼前の勝敗を超え、「また戦うんだ。どこまでも戦うんだ」と、厳愛の叱咤を受けた事実を紹介されました。
 そして、“今も私の生命に轟くこの師子吼をわが弟子に贈りたい”と言われたのです。私たち青年部は、この言葉を深く受け止め、新たな戦いの先頭を走っていく決意です。

近隣配慮の心掛け
 原田(光) 広布の闘争には、第一線で奮闘する数多くの同志がいます。そして、光が当たらなくとも、黙々と使命の道を貫いてくださっている友もいます。

 永石 まずは、嵐のように多忙な日々の中も、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さま! 本当にありがとうございます。皆さんあってこそ、私たちは、希望と勇気の根源である聖教新聞を読むことができ、先生と“対話”することができます。

 原田(光) 私からも重ねて、御礼申し上げます。特に、この10月は、雨も多く、急激な冷え込みもありました。また、台風の影響で、配達ができなかったり、大幅に遅れたりすることもあり、ご苦労を、お掛けします。配達に際しては、くれぐれも無理をすることなく、「無事故」最優先で、お願いいたします。

 原田 また、会場提供の方々にも、心から感謝を申し上げます。自宅を会場に提供する苦労が、いかばかりか。先生は、ご自身が会場を提供されてきた苦労を振り返りながら、「最高に尊い仏法の会座を支える功徳は、三世に輝き、無量無辺である。『冥の照覧』を深く強く確信していただきたい」と語られています。

 伊藤 小説『新・人間革命』第30巻「雌伏」の章には、長野県佐久市の個人会館の提供者宅へ、池田先生が訪問された様子が綴られています。

 原田 先生は、その功労に深く感謝され、一家を温かく包むように励まされながら、心すべき大切な点を話されます。「大変でしょうが、周囲のお宅には足しげくあいさつに伺い、『何かあったら、すぐにおっしゃってください』と、意思の疎通を図っていくことが大切です。近隣の方々が、快く協力し、応援してくださるようになれば、それ自体が広宣流布の姿なんです。個人会場は、広布の民衆城です。そこに、堅固な信頼の石垣を築くことが、学会を盤石にしていくことにつながります」と。

 原田(光) もちろん、この指針は、会場提供者だけでなく、会合の中心者をはじめ、使わせていただく私たち一人一人が、常に心すべきことですね。

 永石 具体的には、「使用時間の厳守」「清掃と整理整頓」「節電・節水」など、ルールを順守していくことが大切ですね。

 竹岡 さらに、近隣への配慮として、外では禁煙、また私語を慎み、駐車・駐輪などでも、絶対に迷惑をかけてはいけません。

 原田 会場提供の皆さんからは、「わが家に集う同志の方々の笑顔を見るのが、何よりの喜び」との言葉をいただきます。ゆえに、使わせていただく私たち一人一人が、その言葉に甘えることなく、気を引き締め、誠実な行動で感謝を表し、地域の“民衆城”を守り抜いていきたい。

「10帰運動」の励行
 原田(光) 一日一日、日没の時間が早くなっています。無事故のために、車を運転される方は、早めのライトの点灯を、お願いします。自転車も同様です。
 原田 特に女子部の皆さんは、午後10時までに帰宅する「10帰運動」を励行していただきたい。いまだに物騒な事件が相次いでいます。女子部の皆さんが、事故に巻き込まれることのないよう、皆で声を掛け合ってまいりたい。

 伊藤 ありがとうございます。女子部の大切な使命を果たすためにも、「10帰」の励行へ、皆で知恵を出し合い、価値的な活動を実践していきます。

 原田 ともかくも、リーダーは、これまで以上に、会場提供者や、無冠の友をはじめ、全ての学会員の皆さんの幸福と勝利、そして無事故を祈り、真心と大誠実で、感謝の言葉を伝えていきましょう。

〈世界の体験プラザ〉 ドイツSGI マレーネ・イトウさん 2017年10月30日


ベルリンフィルで活躍するイトウさん。コンサートホール内にある楽団のロゴが記されたモニュメントの横で
 世界最高峰のオーケストラとたたえられるベルリンフィルハーモニー管弦楽団、通称「ベルリンフィル」。
  20世紀を代表するフルトベングラー、カラヤンという巨匠を首席指揮者に迎え、音楽界の至宝の名をほしいままにしてきた同楽団には、世界中から超一流の演奏者が集まる。明年には、サイモン・ラトル首席指揮者兼芸術監督の後任として、キリル・ペトレンコ氏が就任する予定で、今、世界中の音楽ファンから熱い視線が注がれている。
 

2017年10月29日 (日)

2017年10月29日(日)の聖教

2017年10月29日(日)の聖教

◆わが友に贈る

「一日もい(活)きてをはせば
功徳つもるべし」御聖訓。
断じて病魔に負けるな!
尊き使命の人生を
強く強く生き抜こう!

◆〈名字の言〉 2017年10月29日
 

 かつて映画が無声だった頃、日本の映画館には映像に合わせて場面の状況などを名調子で語る「活動弁士」がいた。その第一人者の一人が、徳川夢声氏である▼後にラジオ番組「宮本武蔵」の朗読でも人気を博し、“話芸の達人”として名をはせた氏が「話の目的」を三つに分けて紹介している。すなわち①意志を伝える②感情を伝える③知識を伝える、である(『話術』白揚社)▼日々、私たちが実践している仏法対話や同志への激励の場面にも参考になろう。相手に伝えるべきは――「この信仰で共に成長していきたい」という「意志」。「学会活動は本当に楽しい!」との、実体験からにじみ出る「感情」。そして、仏法哲理という幸福を開くための「知識」だ▼さらに氏は「良き話をするには、良き心をもっていなければなりません」(前掲書)とも。対話に必要なのは、かしこまった言葉でも、飾り立てた言葉でもない。誠意を込めた、血の通った言葉であってこそ、意志も感情も知識も、相手に真っすぐ届く▼日蓮大聖人は「声仏事を為す」(御書708ページ)と仰せである。幸福の連帯は、何よりも声の力で広がる。信仰で磨いた心を、わが「声」に込め、晴れやかな創立の月へ向け、生き生きと語らいの輪を広げていきたい。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年10月29日

 真摯に耳を傾ける会長の
 姿勢は対話の模範―博士
 友情育む語らいを我らも
      ◇
 青森県婦人部の日。後継
 を自分以上に!太陽の母
 の祈りで人材の森は青々
      ◇
 起こった事実を未来の因
 とせよ―戸田先生。常に
 ここから!飛躍のバネに
      ◇
 「美しい笑いは家の中の
 太陽」作家。一家和楽こそ
 幸福の礎。心結ぶ一時を
      ◇
 運動不足は脳の萎縮促す
 恐れと。友のために歩く。
 学会活動で心身共に健康

◆社説  浸透するインターネット  広布伸展へ知恵を発揮し賢く活用

 インターネットは日常生活に深く浸透し、現代人に欠かせないツール(道具)になった。パソコンやスマートフォンは、会社や学校、役所など、さまざまな場面で利用されている。
 平成29年版の総務省・情報通信白書によると、国内のインターネット利用者数は、既に4年前に1億人を超え、なお増加傾向にある。
 ネットの起源は1969年(昭和44年)10月29日、初めてメッセージのやりとりに成功したこととされる。以来、約半世紀にわたり発展し続けてきた。
 戸田先生は、「今は昔と違って、通信や交通が飛躍的に発達した。こういう時代が来たということ自体が、広宣流布できるという、ひとつの兆候だ」と指摘した。池田先生は、この言葉を紹介しながら、「科学が進めば進むほど、仏法哲学は理解しやすくなる。同時に、科学文明の発展にふさわしい精神的支柱も必要になってくる」と、技術を人のために活用する“心の錬磨”の重要性を訴えた。
 聖教新聞社では、ネットでも紙面と同じ内容を即座に伝えるため、公式サイト「SEIKYO online」を公開。昨年2月からは有料会員登録(月額1700円)がスタートし、過去1カ月分の紙面まで閲覧できるようになった。全国の方面・県版もカラー写真で見られ、姉妹紙である創価新報、未来ジャーナル、少年少女きぼう新聞も読むことが可能だ。
 さらには300件の記事を保存できる「クリップ機能」などがあり、読者から「過去の記事を探す時に便利」「仏法対話に活用している」とのうれしい反響が寄せられている。
 一方、学会の公式サイト「SOKAnet」では、座談会拝読御書や広布の歴史を学べるほか、音楽隊・鼓笛隊の演奏の模様を動画で視聴することもできる。そのほか、学会関連書籍の販売サイト「SOKAオンラインストア」や、未来部の活動に役立つ「未来部希望ネット」も展開している。
 まさに戸田先生の指摘通り、インターネットの発展は、同時進行する世界広布新時代到来にふさわしい「兆候」といえよう。
 池田先生は、「これからの時代は、あらゆる知識や情報を、人類の幸福と世界の平和のために生かし、使いこなしていく『知恵』が、ますます追求されなければならない」と語る。
 日々の勤行・唱題で生命を磨き、友の幸福を願いながら知恵を発揮して広布伸展へネットの技術も賢く活用していきたい。

◆きょうの発心   師匠との原点を胸に拡大の大波を2017年10月29日


御文
 あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき
(経王殿御返事、1124ページ)
通解 心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

 御本尊を信じ唱題し抜いた人は、必ず願いを成就できると教えられています。妻から初めて信心の話を聞いた時は猛烈に反対しましたが、功徳の体験を聞く中で見方が変わり、22歳で入会。創価班などで薫陶を受け、自分勝手だった性格が人と協調できるようになりました。
 霧ケ峰の長野青年研修道場で額に汗しながら皆を励まされる池田先生の姿は、今
も鮮明に記憶しており、信心の原点になっています。その後、長女が交通事故に遭
ったものの、かすり傷ひとつなかったことに信心の確信を深めました。
 しかし、順調だった事業が挫折しそうになり、住居のローン返済にも行き詰まるように。先輩に指導を受け、いつの間にか惰性に陥っていた自身の信心を猛省。学会活動に真剣に励んだ結果、思いもかけない形で大きな功徳をいただき、事業を再び軌道に乗せることができたのです。
 今年は、先生から「『教学第一』の山梨たれ! 『行動第一』の山梨たれ!」との指針を頂いて20周年の佳節です。師弟誓願の祈りで「甲府即広布」をモットーに、拡大の大波を起こしてまいります。
 山梨・甲府常勝県長 秋山睦夫

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉90 妙法の福徳は燦然たり


御文
 仏法の中に内薫外護と申す大なる大事ありて宗論にて候
 (崇峻天皇御書、1170ページ)
通解 仏法の中に、「内薫外護」という大変に大事な法門があって、それは仏法の要である。

同志への指針

 内なる仏性を薫発すれば、外からの守護が必ず現れる。「内薫外護」の法門の通り、四条金吾夫妻は不屈の信心で相次ぐ苦境を大逆転した。
 誰が見ていなくとも、誠実に積み重ねた善行を、仏天は御照覧である。因果の理法に照らされて、全て自身を荘厳する大果報となるのだ。
 陰徳の人生に栄光の陽報はいよいよ輝く。私の70年の信仰の大確信である。

【聖教ニュース】

◆中国・中山大学で「自然との対話――池田大作写真展」 2017年10月29日
平和への理想が響き合う友誼の心あふれる展示

中山大学での写真展の開幕式。来場者の一人は「池田先生の名前は広く知られています。今日、先生の功績を詳しく聞き、中日友好に多大な尽力をされていたことに深い感銘を受けました」と
中山大学での写真展の開幕式。来場者の一人は「池田先生の名前は広く知られています。今日、先生の功績を詳しく聞き、中日友好に多大な尽力をされていたことに深い感銘を受けました」と

 【広州27日】日中国交正常化45周年を祝賀する「自然との対話――池田大作写真展」が27日、広東省広州市に立つ中国屈指の名門・中山大学で開幕した(主催=同大学、中国人民対外友好協会、中日友好協会、創価学会、協力=広州市人民対外友好協会、創価大学北京事務所等)。開幕式には、広州市委員会宣伝部の朱小燚副部長、中山大学マルクス主義学院の李輝院長、同大学国際合作・交流処の徐瑶副処長らが出席。池田大作先生はメッセージを寄せ、1978年に、上海に立つ孫文の故居や南京の「中山陵」を訪れ、世界の平和を目指した崇高な生涯を偲びつつ、日中友好の金の橋を永遠たらしめんと誓ったことを述懐。そして、孫文が望んだ「博愛の世紀」「教育の世紀」の実現へ、全力を尽くしていく決意を伝えた。同展は30日まで開催される。(記事・写真=松村光城)
 広州を潤す珠江のほとりに立つ中山大学のメインキャンパス。ガジュマルの街路樹と芝生の緑がまぶしく、涼風が肌に心地よい。
 北門から入り、広大な敷地を南北に貫く逸仙路(孫文の字に由来)を数分歩いた場所に、孫文の銅像が立っていた。
 孫文――。広州で革命の烽火を上げてから10回以上の失敗を乗り越え、近代中国の夜明けを開いた「国父」である。
 1924年、孫文の手によって産声を上げた中山大学。孫文の死後、その名には彼の号「中山」が冠された。
 晩年の孫文は、この学びやで、16回にわたり、歴史に残る「三民主義」を講義した。すでに末期の肝臓がんに侵されていたが、病を押して、未来を担う学生たちに遺言する思いで自身の理想を烈々と説いた。
 “後継の諸君の責任の方が、私よりもさらに重い”――。
 祖国の未来を案じ、人材の育成に全生命を注いだ孫文。その熱願を受け継ぐ中山大学は、隆々たる発展を遂げてきた。
 魯迅、郭沫若など、近代中国の偉人が教壇に立った。また修士・博士号を中国で初めて授与するなど、学術機関として高い権威を誇っている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界の識者の眼〉 ドミニカ共和国 サントドミンゴ自治大学 ロベルト・レイナ元総長
青年が輝く社会の実現を  人間の精神性高める池田思想に期待



 中米・ドミニカ共和国の名門・国立サントドミンゴ自治大学は、池田先生に「名誉教授」称号(1987年2月)と、「名誉博士号」(2008年1月)を贈っている。創価の平和・文化・教育運動に注目を寄せるロベルト・レイナ教授(同大学元総長)に、先生との出会いやSGIの思想と行動への期待などについて話を聞いた。(聞き手=谷口伸久記者)

20年越しの名誉博士号

 ――「名誉博士号」の授与の経緯について聞かせてください。
 
 レイナ教授 すでにサントドミンゴ自治大学では、池田SGI会長がドミニカ共和国を訪問された1987年2月に「名誉教授」称号を授与していました。
 実はその時、大学内には、会長に最高栄誉である「名誉博士号」を贈る意向がありました。
 本学の名誉博士号は、学生を含む「全学の総意」で授与されます。そのためには、教員を中心とした審議会で検討・決定した後、全学生と教職員にその是非を問い、一定数以上の承認を得なければなりません。
 しかし、当時の大学が定める規約では、最低でも3000人の学生・教職員が一堂に会した場で、賛否をはかる必要がありました。キャンパスにそれだけの大規模な施設はなく、仮にそれを実行しようとすれば、サントドミンゴ市内にあるアリーナ等を借りなければならないという、非現実的なものでした。
 そこで、まずは審議会のみで検討・決定される「名誉教授」称号を授与することになったのです。
 名誉教授もまた、当時の実質的な最高栄誉でありましたが、“いつか会長に「名誉博士号」を”という思いを残すものでした。
 それから20年――。私が総長を務めていた時、再びSGIの方々と交流を深める機会に恵まれました。
 2007年2月、会長のドミニカ共和国訪問20周年を記念して、本学キャンパスで「ガンジー・キング・イケダ――平和建設の遺産」展(主催=米モアハウス大学・キング国際チャペル)を開催することになったのです。非暴力の重要性を訴える展示は、大きな反響を呼びました。
 私自身も、小説『人間革命』をはじめとする著作を通し、会長の偉大さをさらに深く認識することができました。
 そこで、この年の10月、念願だった「名誉博士号」の授与を提案したのです。
 私の発議は、審議会において満場一致で決議された後、「投票」という形で全学生に問われ、賛成多数で決定しました。


響き合う平和の心


 ――レイナ教授は、池田先生とSGIの思想と行動を、高く評価されています。
 
 教授 その通りです。池田会長は、サントドミンゴ自治大学の「建学の精神」を体現されている方です。
 本学の創立の淵源は、16世紀初頭にさかのぼります。ドミニカ共和国は、1492年にコロンブスが到達して以降、スペインから次々と人が移り住んできました。移住した人々は、先住民を武力で抑圧し、過重な労働を強いたのです。
 その横暴な振る舞いに対し、一人の修道士が立ち上がり、こう喝破しました。
 「彼らは、人間ではないのか。理性的な魂を持ってはいないのか。自分を愛するのと同じように彼らを愛する義務があるのではないか。そう感じないのか。かくも深い昏睡状態の淵に眠っているのか」と。
 正義と人間主義を希求する彼の叫びが発端となり、わが大学が創立されたのは1538年のことです。
 本学には、民族を超えた「人間の平等」と、そこから生まれる「人権」と「平和」の精神が脈打っています。まさに会長の思想や理念と一致するものです。
 創価学会の牧口初代会長、戸田第2代会長は、戦時下にあって、「教育」に希望を見いだされました。
 「人間の幸福」という価値を創造しゆく生き方は、戦後の復興に大きな貢献を果たしました。
 お二人は軍部政府によって投獄され、後に戸田会長が学会を再建されました。そして後継の池田会長のリーダーシップのもと、SGIは今日まで権力に屈することなく、平和のメッセージを発信し続けておられます。
 さらに会長自身、人間教育の範を示してこられました。世界中の多くの人々が会長の励ましを受け、生きる意味を深めています。人間の精神性を向上させることは、技術や知識を与えることよりも、はるかに難しく、大変です。
 会長を中心としたSGIの思想と行動は、人類に対する大きな貢献といえましょう。

内なる変革を促す教育の力


 ――「名誉博士号」の授与から、間もなく10年になります。池田先生との出会いの印象を教えてください。
 
 教授 今も忘れられない、特別な時間でした。
 式典当日、会長は会場のエレベーターホールまで、わざわざ私たちを出迎えてくださいました。扉が開くと、そこに立っておられたのです。
 そして、初めて言葉を交わすにもかかわらず、まるで数年来の友人のように親しく接してくださいました。その謙虚で温かな振る舞いに、想像以上の人物であることを直感しました。
 会長はその日、大勢の若者と喜びを共有する舞台を用意してくださいました。
 授与の儀式が一通り終了すると、会長は演壇に立たれました。印象的だったのは、スピーチ中、何度も何度も青年たちに声を掛けられる姿でした。
 会長は、誰とでも同じ目の高さで向き合う方であると思いました。瞳を輝かせながら、会長の一言一言を受け止める青年たち。その感動的な雰囲気は、忘れることができません。
 会長は、青年たちの中に、限りない希望を感じておられるようでした。
 私も長年、教職に従事していますが、現代の教育の在り方に、危惧を抱いています。学校は単に、より良い職業に就くための競争の場となり、技術や知識ばかりが重視され、もはや人間的な成長を望めなくなってしまいました。
 今こそ、人間の内面に焦点を当てた教育が必要です。私たちがやらなければならないのは、青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)です。情熱を持った青年たちを、社会に未来に陸続と送り出していかなければなりません。
 歴史を振り返ると、ドミニカ共和国の独立をリードしたのは、30歳にも満たない青年たちでした。しかし今日、20代の若者に、一体何ができるでしょうか。現代社会は、大きな夢や大いなる理想に向かって進む若者像を見失ってしまったように思えるのです。
 冷戦以降、世界は「哲学不在」ともいえる時代になりました。人々は「何を信じていいか分からない」「どのように生きたらいいのか分からない」状態に陥っているように感じられてなりません。
 だからこそ、池田会長の功績が光り輝き、その存在がいや増して重要となっているのです。
 一人一人が、自らの人生に価値を見いだし、自らの使命に目覚めていく――。そうしたSGIの取り組みは、世界に大きな示唆を与えるものであると思います。

 Roberto Antonio Reyna Tejada 1958年生まれ。79年から国立サントドミンゴ自治大学で教壇に立ち、2005年から総長を務めた。高等教育審議会会員、ラテンアメリカ・カリブ地域大学連盟会長、裁判官養成学校顧問などを歴任。大統領府の高等教育評議会顧問。

◆〈トークの花束〉 なにげない語らいから幸せを感じて 2017年10月29日


      愛知県女性薬剤師会顧問 上野朝子さん  心の交流こそ一番の癒やしに
      中部女子部長 松波妙子さん  対話の力で生命尊厳の時代を


 今回の「トークの花束」のゲストは、愛知県女性薬剤師会の顧問を務める、上野朝子さんです。松波妙子中部女子部長と、「生命尊厳の時代を開く女性の力」「心の交流の大切さ」などをテーマに、和やかな語らいになりました。

女子会の歴史は古い

 松波 NHK連続テレビ小説「わろてんか」の舞台は明治時代で、ヒロインは薬種問屋の長女ですね。
 
 上野 明治7年に医療制度が確立され、第1号の女性の薬剤師は明治18年に誕生しています。当時は薬舗開業免状という資格でしたけれど、15歳で試験に合格したとの記録があります。
 
 松波 15歳! 優秀な女性がいたんですね。
 
 上野 明治23年ごろに薬剤師という資格ができました。明治の終わりには、4千人中、1%が女性だったそうです。そこから今日まで、女性薬剤師には、先達の知恵や、しなやかさが連綿と引き継がれています。
 
 松波 実は、私の祖母も薬剤師でした。若い頃は、女性が自分らしく社会で活躍することが難しい時代だったと話していました。
 
 上野 終戦を機に、男女平等の思想が確立されましたが、現実は大学を卒業した女性を起用する企業はほとんどありませんでした。私も子育てが大変だった時に夫の転勤で名古屋へ来たのですが、資格はあるけど仕事がありません。そんな同じ境遇の女性薬剤師が集まって、いつかは“女性の時代”が来ると信じ、勉強会を開いていたのです。
 
 松波 今で言う“女子会”ですね。
 
 上野 それが女性薬剤師会の前身・女子薬剤師会です。
 
 松波 先駆の女性のスクラムですね。
 
 上野 先輩方のおかげで、私たち次の世代が勉強会を中心に、いろいろな活動を続けてくることができました。夫が心筋梗塞を患ったこともあり、将来を考え、幼い子どもを抱えながら必死に勉強し、実務にも取り組みました。女子薬剤師会では、いち早く託児のシステムを考え、育児中の会員も安心して勉強できるよう、サポートをしてきました。
 
 松波 皆で助け合って進んでこられたんですね。
 
 上野 創価学会の皆さんも、よく勉強会を開いていらっしゃるそうですね。
 
 松波 私たち女子部では、池田先生の指導を通して生き方を学んでいます。ありのままに語り合い、時には涙しながら励まし合って前進しています。その中で感じるんです。女性は対話が好きだって(笑い)。
 
 上野 “おいしいもの売ってたわよ”とか。なにげない語らいから女性は幸せを実感できます。励ましの対話が弾めば、希望と笑顔が広がります。

指先にも目がある⁉

 松波 悩みにぶつかりながらも頑張る女子部に、アドバイスを頂けませんか?
 
 上野 今は、いろいろな可能性が増え、女性が活躍する舞台が広がりましたが、戦中戦後は女性が男性を支えるのが良いとされた時代でした。ですから私がこの道を選んだばかりの頃は、華やかに活躍する友人は少なく、うらやましいと思ったこともありました。若い時から、いろいろな経験をした方が、充実した人生を歩んでいけると思うんです。
 
 松波 池田先生は「若き日の苦労は最高の宝である」と言われています。
 
 上野 そう思います。私はよく「触りなさい」と言っています。指先にも目があって、脳がある――だから実際にやってみることで、新たな発見やときめきがあり、心が豊かになるのです。
 
 松波 情報があふれた現代で、とても重要なことですね。
 
 上野 今やAI(人工知能)の時代でしょう? 私は、はっきり言ってついていけません(笑い)。でも、人はどのように生きていくべきか、生命の本質とは何か、考えていくことも大切ではないでしょうか。
 
 松波 かけがえのない生命を皆で慈しんでいければ、もっと良い世界が広がります。
 
 上野 上野動物園のパンダの赤ちゃん、かわいいでしょう。お母さんも一生懸命育てていて。あれが大切なんです。人は生まれてから3歳までの記憶が基礎になります。ですから、皆で赤ちゃんを抱っこしてあげましょう。“自分は存在を肯定されている”と、赤ちゃんに安心感が生まれますから。
 
 松波 生命尊厳の時代を創っていくのは、やはり女性の力です。
 
 上野 そうですね。でも、日本の男性は、本来はおおらかで優しいのです。私たちの活動でも、男性の医師や薬剤師の先生の応援をいただきました。欧米の人に比べて、闘争の遺伝子が少ないのでは(笑い)。それを見守り、包み込んできたのが日本の女性だったのではないでしょうか。
 
 松波 それぞれが支え合い、分かち合うことで、真に女性が輝く世紀ができますね。
 
 上野 生命を慈しみ、育てる――女性が本来持っている力はすごいのです。
飛行機から見えるもの
 松波 上野さんは海外にも行かれていますね。
 
 上野 ええ。まだまだ勉強することが楽しくて。体が弱かったから、ここまで生きていられることが人生のおまけかな(笑い)。大事に生きていきます。
 
 松波 上野さんのお話を伺うと、“生涯青春”の心を感じます。
 
 上野 私、飛行機から見える景色が大好きなんです。機内から見る日本列島はとても美しい。“皆でこの美しい国を守りましょうよ”と言いたくなります。シベリアの上空から、眼下に広がる漆黒の闇の中に、ひとすじの明かりが見えた時、“ああ、ここにも人の命があるんだな”と思いました。みんな、仲良くすればいいのに。
 
 松波 現代はSNSなど“スマホ”での交流が増え、世界も狭くなりました。
 
 上野 その一方で“心の交流”が希薄になってきていると思います。生命の交流は一番の癒やしになります。握手一つでも「お互い頑張ろう」と手のひらを通じて心の交流ができます。
 
 松波 創価学会では毎月、座談会を行っています。老若男女が集まって、悩みを語ったり、夢や思いを共有したり。人間らしい世界だなと思います。
 
 上野 お互いに体験を話し合える場はいいですね。生の言葉が大切です。心を豊かにしますから。
 
 松波 そう思います。そんな、明るい集いの中心にいるのは、いつも女性なんです。
 
 上野 おじさんは論理的になってしまいますから(笑い)。その点、女性はすごい。「ねぇ、元気?」って、そんなささいな交流で幸せになれます。
 
 松波 “励ましの世界”を広げていきたいです。
 
 上野 心と心の交流があって、生かしていただいているなと思うとすっきりします。楽しいと病気や痛みも忘れられます。心豊かに生きていきたい。特に、未来の子どもたちの世界は、心豊かであってほしいと願っています。
 
 松波 私たち女性のしなやかさと優しさが平和を実現させていくと信じて、朗らかに前進していきます。

 うえの あさこ 1933年、石川県生まれ。金沢大学薬学部卒。静岡薬科大学薬理学教室で助手を務めた後、結婚退職。育児に励む中、家族で名古屋へ。薬剤師の活動を始め、2003年から愛知県女性薬剤師会の会長として活躍。16年に、愛知県女性薬剤師会顧問となる。

 まつなみ たえこ 中部女子部長。愛知県生まれ。創価女子短期大学時代、勉学に励み、創価大学へ編入学した。卒業後は鉄道会社勤務を経て、学会本部職員に。爽やかな笑顔の中に優しさと芯の強さが光る。中部池田記念会館勤務。

2017年10月28日 (土)

2017年10月28日(土)の聖教

2017年10月28日(土)の聖教

◆わが友に贈る

季節の変わり目。
バランスの取れた食事
適度な睡眠・運動など
疲れをためない工夫を。
信心即生活で進もう!

◆〈名字の言2017年10月28日
 

 駐日コロンビア共和国大使館を訪れた際、大使館前で銅像を見た。「南米解放の父」シモン・ボリバルの像である▼300年にわたる植民地支配からの独立を求めた戦いは1812年、祖国のベネズエラで始まった。ボリバルは司令官に任命されたものの、仲間の裏切りに遭い、亡命を余儀なくされる。だが、来るべき勝利を目指し、亡命地で祖国解放のための構想を練った▼翌年、スペイン軍に勝利し、祖国に新たな共和制国家が誕生した。しかし、その翌年には戦いに敗れ、再び亡命。共和制国家も崩壊する。このように、ボリバルの闘争には何度も失敗があった。そのたびに決然と立ち上がり、新たな勝利を収めた。最初の戦いから12年後、ついに彼は南米5カ国に自由をもたらした▼古今東西の歴史が示すように、偉大な事業の道程にも、必ず思うにまかせぬ、苦難と嵐の時がある。目先の出来事に翻弄されることなく、「不屈の心」で挑戦を続けた人にのみ、勝利の未来が開かれることを歴史は教えている▼御聖訓に「いまだこりず候」(御書1056ページ)と。世界広布という遥かなる長征を続ける私たちの道程もまた、何度でも立ち上がる挑戦の連続だ。この「負けじ魂」で前進したい。信心とは「不屈」の異名である。(芯) 〉

◆〈寸鉄〉 2017年10月28日

 会長は励ましの心に溢れ
 た“生命の名医”―教授。
 抜苦与楽の対話を我らも
      ◇
 御書「師子王は前三後一」
 次の一歩を真剣勝負で。
 栄光の11・18へ勇躍前進
      ◇
 東京「杉並婦人部の日」。
 幸福の花園をわが地域に
 拡大!太陽の母に最敬礼
      ◇
 最後の勝利は、苦労した
 人間にある―戸田先生。
 鍛えの青春こそ生涯の宝
      ◇
 読書習慣のある人39%―
 調査。良書に触れ豊かな
 人生を。まず開く事から

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   四十九 2017年10月28日 (6210)



 三人の青年たちのうち、一人の女子部員が口を開いた。
 「私は一年前に信心を始めました。私の住む町では、信心をしているのは私だけです。座談会の会場にいくにも数時間かかります。こんな状況のなかでも、地域に仏法理解の輪を広げていくことはできるのでしょうか」
 すかさず、山本伸一は答えた。
 「心配ありません。あなたがいるではありませんか。すべては一人から始まるんです。
 あなた自身が、その地域で、皆から慕われる存在になっていくことです。一本の大樹があれば、猛暑の日には涼を求めて、雨の日には雨宿りをしようと、人びとが集まってきます。仏法を持ったあなたが、大樹のように、皆から慕われ、信頼されていくことが、そのまま仏法への共感となり、弘教へとつながっていきます。
 自身を大樹に育ててください。地域の立派な大樹になってください」
 電車がパリ会館のあるソー駅に着くころには、詩はすべて完成した。題名は「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」とした。
 一行が会館に到着すると、メンバーによって、直ちに翻訳が開始された。
 伸一は、ヨーロッパ会議議長の川崎鋭治らと打ち合わせを行った。彼は言った。
 「青年部の第一回代表者大会が行われる今日を、『フランス青年部の日』としてはどうだろうか。それを、川崎さんの方から、皆に諮ってみてください」
 この日、パリ会館では、二日目となる友好文化祭や、フランス最高協議会が行われ、午後五時半、フランス青年部代表者大会が、意気軒昂に開催された。
 この席上、川崎が、「六月十四日を『フランス青年部の日』に」という伸一の提案を伝えると、賛同の大拍手が沸き起こった。
 さらに、フランス男子部のリーダーによって、詩「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」が読み上げられていった。
 皆、伸一の魂の叫びを聴く思いがした。 

【聖教ニュース】

◆民音 バーレーン芸術団が東京公演 2017年10月28日
各国大使・大使館関係者が鑑賞
シェイク・ハリーファ国立博物館館長も出席

バーレーン芸術団の東京公演。アラブ音楽の独特なリズム、抑揚のある歌声が響いた。手拍子で聴衆も演奏に参加するひと幕もあり、にぎやかな雰囲気が会場を包んだ(中野サンプラザホールで)
バーレーン芸術団の東京公演。アラブ音楽の独特なリズム、抑揚のある歌声が響いた。手拍子で聴衆も演奏に参加するひと幕もあり、にぎやかな雰囲気が会場を包んだ(中野サンプラザホールで)

 民主音楽協会(民音)の107番目の交流国となるバーレーン王国「バーレーン芸術団」の東京公演が27日、中野サンプラザホールで開催された。
 日本とバーレーンの外交関係樹立45周年を記念した本公演は、同国の伝統文化や芸術の継承を目的に設立されたバーレーン文化・古代遺跡庁の全面協力のもと実現したもの。
 東京公演には、同国の王族である、バーレーン国立博物館のシェイク・ハリーファ館長をはじめ、15カ国・地域の大使・大使館関係者が訪れ、鑑賞した。
 バーレーンは、ペルシャ湾に浮かぶ島々で構成される国。青く茂った緑野と、豊富に湧き出る水により、古くから海上交易の要衝として栄え、メソポタミアとインダスの両文明の交易拠点として発展を遂げてきた。
 紀元前から良質な天然真珠の採取を主要産業としていた歴史や、神秘的な伝説の舞台として育まれた文化は、そこに住む人々の音楽にも大きな影響を与えてきた。
 ステージでは、王国を代表する「モハメッド・ビン・ファリス・バンド」を中心とした特別編成の楽団が心に染み入る演奏を披露。
 ウードやカーヌーンといった伝統楽器と、バイオリンをはじめとした西洋楽器の音色を調和させ、「真珠採りの歌」や「生命の木」などを奏でた。
 公演後、歓迎レセプションが行われ、シェイク・ハリーファ館長が、音楽を通じた交流の重要性に言及し、「本公演が、さらなる文化事業の推進のきっかけになることを願っています」と語った。民音の伊藤代表理事は新たな音楽交流がスタートした喜びを述べた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆明日を求めて 池田先生の対話録Ⅱ 第44回 アメリカの細菌学者 ルネ・デュボス博士     意志の力が未来を変える わが信念の灯火を時代へ

池田先生との出会いを喜び、握手を交わすルネ・デュボス博士。会見は、来日中の博士からの要望で、急きょ実現した(1973年11月28日、東京の聖教新聞本社で)。後日、博士は「池田先生は宇宙的、地球的にものごとを考え、そして、個人的、地域的に行動、実践されている方だ」と、感慨深く語っていたという
池田先生との出会いを喜び、握手を交わすルネ・デュボス博士。会見は、来日中の博士からの要望で、急きょ実現した(1973年11月28日、東京の聖教新聞本社で)後日、博士は「池田先生は宇宙的、地球的にものごとを考え、そして、個人的、地域的に行動、実践されている方だ」と、感慨深く語っていたという

 細菌学の権威として名高い米国のルネ・デュボス博士夫妻が、東京の聖教新聞本社を訪問したのは1973年11月28日、師走の訪れを感じさせる寒夜だった。
前月に勃発した第4次中東戦争によって、世界が石油危機の不安に覆われていた時期である。
 米国の名門ロックフェラー大学の医学研究所教授を務めた博士。
世界を一新させた抗生物質の先駆的研究者であり、人間と自然環境の調和を鋭く主張した碩学としても知られる。著書に『人間であるために』が69年度ピュリツァー賞に輝くなど、その社会的活動に注目が集まっていた。
 73年の来日はNHKの招へいによるもので、同局では「ルネ・デュボスの思想」と題するシリーズ番組が放映されている。日本での多忙な行程の中、博士は池田先生との会見を切望した。
 だが、両者の出会いを最も待ち望んでいた人物こそ、英国の歴史学者アーノルド・J・トインビー博士だったであろう。
 会見に先立つこと半年前(73年5月19日)、トインビー博士から先生に1枚のメモが託された。2年越しに及んだトインビー・池田対談の終了直後のことである。
 「お忙しいでしょうが、お会いしていただいても、決して時間の無駄にはならない私の友人の名を記しておきました」「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」
 メモには7人の世界的な学識者の名が書かれてあった。その一人が、デュボス博士だったのである。
                        ◇
 夜の帳に聖教新聞本社が包まれた午後8時ごろ、デュボス博士と先生の会談は始まった。
 72歳の博士は、旅の疲れを感じさせない血色の良い笑みをたたえていた。ゆっくりとした手ぶりを交えつつ、「精神においては、すっかり日本人になりました」と、滞在した京都の印象などを楽しそうに語った。
 話題が教育論に移ると、博士の表情は曇った。「現今の大学教育は、機構があまりに物質的で、人間的環境に欠けている。自分がいかに生きるかの認識を学生に与えていないのです」
 ゆえに、博士は、当時開学まもない創価大学が「人間教育の最高学府」を標榜している点や、先生が語る人間教育の構想について、深い共感と期待を寄せた。
 「青年へのメッセージを」との先生の要請に応え、博士は16世紀のフランスの文人ラブレーの箴言として「まず最初に何になりたいのか、何でありたいのかを明確に決めよ。そうすれば他は天より授けられるであろう」を挙げ、こう付言した。「しかし、授けられた可能性の中から正しく選択するのは、その人自身の問題です」
 人生は「選択」の連続だ。進む道を決めるのは自分自身であり、その選択が「未来」を変える。ゆえに、「いかに生きるか」の価値基準をもつことが重要になる。
 「人間は、人間性を向上させる進歩した選択を通して自分自身をつくりあげるのである」(「人間であるために」)。
これが、博士の揺るがぬ信条であった。
 限りない可能性を秘めた未来に眼を開き、人間の利己的な利害を超えた新しい世界をいかにして創造していくか。
博士は未来の運命を変えうる人間の力を信じた。
 「人間の将来というものは、どうしても避けられない宿命に結びつけられているわけではない」
「人間と、その住む環境に起こる事柄は、かなりの程度まで人間の想像力と意志の力によって条件づけられている」
 そして、科学が社会にもたらす最大の貢献とは、人類に宇宙と人間の本性についての知識を与えるとともに、人間が自らの運命を決め、目標に達する最良の方法を学び取れるよう助けることであると確信していたのである。
 博士が、世界的に有名な標語「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球的に考え、地域で行動する)」を発案し、地球環境の保護に心血を注いだことも、こうした信念を源とする。
 いかにして環境問題を解決に導くか。博士は以前から、その方途として”人間性の回復”を強調してきた。人間が「自然の征服」という考えにとらわれている限り、世界の変革はない。真の変革のためには、自然と人間とを調和させる「新しい社会的宗教」が必要である——と。先生との会見でも、博士は”偉大な未来宗教の出現こそ人類の危機を救う唯一の鍵である”との信念を語っている。
 先生は、生命(正報)と環境(依報)は不可分と説く、「依正不二」の原理を紹介し、トインビー博士とも一致をみた論題について、博士にこう語った。
 「仏法は中道主義です。中道とは人間主義であり、生命主義であります。21世紀は『生命の世紀』としていかなければなりません」
デュボス博士は温顔をほころばせ、深くうなずいた。
                      ◇
 会談の2ケ月後、先生のもとに博士から新著『内なる神』が届けられた。本の扉には、博士のサインとともに、先生へのメッセージがしたためられていた。「本書の最後の一行に『ものごとのなりゆきは運命ではない』とあるのは、私が日蓮仏法の教理を人文主義的、科学的に表現したものです」
 さらに、添えられた手紙には、「本書の精神は”人間革命”というあなたの思想と、必ずや一致するものと思う」と記されていた。
 人間の変革は運命をも超越し、自然との調和と人類の真の繁栄をもたらす——両者が共有した理想の未来は、一朝一夕に築かれるものではない。
 博士はつづっている。
 「個々の人間の力が限られており、その貢献がささやかであり。その生きた期間が短いものであっても、私たちの努力は決して無駄ではない。なぜなら、リレー競争のなかの走者のように、私たちは生命の灯を次々と手渡してゆくからである」(『生命の灯』)
 いかに社会が混沌とし、先の見えない時代になったとしても、理想の世界の実現を目指して、わが信念の灯火を次代へとつなげゆく勇者の力走がある限り、未来は、必ず開けていく。

ルネ・デュボス 1901年2月20日、フランス生まれ。38年にアメリカに帰化。ロックフェラー大学教授、ハーバード大学教授、ニューヨ0ク州立大学教授アメリカ細胞学会会長等を歴任。「抗生物質時代」を築いた碩学として知られ、「細菌生態学」の分野などで数多くの業績を挙げた。医学者、文明批評家、環境学者などとしても活躍。『健康という幻想』(田多井吉之介訳、紀伊国屋書店)、『人間と適応』(木原弘二訳、みすず書房)など邦訳された著書も多数。『人間であるために』は69年度のピュリツァーを受賞した。1982年2月20日、81歳で死去。

◆〈11月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 寂日房御書 2017年10月28日
広布は使命の自覚から! 師弟の絆は三世永遠
 
陽光に照らされ、快晴の空に映える広宣流布大誓堂(東京・信濃町)。師弟共戦の誉れも高く、我らは永遠に勝ち進む!
陽光に照らされ、快晴の空に映える広宣流布大誓堂(東京・信濃町)。師弟共戦の誉れも高く、我らは永遠に勝ち進む!

 11月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「寂日房御書」を研さん。妙法流布に生きる師弟の絆の強さについて学ぶ。

御文

 かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり(御書903ページ)

通解

 このような日蓮の弟子檀那となろうとする人々は、宿縁が深いと思って日蓮と同じく法華経を弘めるべきである。

背景と大意

 本抄は弘安2年(1279年)9月、弟子の寂日房を介して在家の門下に送られたお手紙である。
 本抄の内容から、この門下は日蓮大聖人の両親と関係のある人であり、大聖人の故郷・安房(千葉県南部)に住んでいたと推定される。
 大聖人は、便りを送ってくれたことへの御礼を述べられた上で、御自身が釈尊滅後の妙法弘通を託された地涌の菩薩のリーダーである上行菩薩に当たることを示され、門下にも同じ心で妙法流布に励むよう、呼び掛けられている。

解説

 拝読御文の前段までで、大聖人は御自身のことについて「日本第一の法華経の行者」であること、また法華経勧持品の「二十行の偈」は、日本国の中で大聖人お一人が身で読んだことを述べられている。
 この「二十行の偈」には、釈尊の滅後悪世に妙法を弘める時、三類の強敵が競い起こることが記されている。
 拝読御文の冒頭にある「かかる者」とは、「このような日蓮の」との意。さらに「宿縁」とは、過去世からの因縁を意味し、ここでは、弟子が師匠や法華経と過去世から深い関係があることを指す。
 大聖人は門下に対して、御自身と過去世から深い宿縁で結ばれていることを自覚し、一切衆生に法華経を受持するよう勧めてこられた大聖人と同じ心で、広布に進むよう励まされている。
 私たちが人生の師匠に巡り合い、自他共の幸福のために日蓮仏法を弘められるのは、過去世からの深き宿縁ゆえである。拝読御文は、その尊き使命を覚知し、師匠と同じ決意に立て、との仰せと拝せよう。
 71年前(1946年)の11月、獄中で殉教された初代会長・牧口常三郎先生の三回忌法要で、第2代会長・戸田城聖先生は三世永遠の師弟の絆について語られた。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました。そのおかげで、『在在諸仏土・常与師俱生』と、妙法蓮華経の一句を身をもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができました。なんたるしあわせでございましょうか」
 「在在諸仏土・常与師俱生」とは、法華経化城喩品に説かれる一節である。師と弟子が、常に同じ仏国土に生まれ、共に仏法を行じていくことを教えたもので、仏法の師弟の絆が、三世にわたって流れ通うことを示している。
 この戸田先生の確信と地涌の誓いを源流とし、第3代会長・池田先生の不惜身命の闘争によって、日蓮仏法は世界192カ国・地域に広がった。今、深き使命を自覚して、仏法を実践する地涌の同志が陸続と誕生している。
 欧州教学研修会に参加したあるメンバーは、「『在在諸仏土・常与師俱生』の深義を学び、感銘しました。この一節を抱き締め、妙法流布に生き抜きます」と力を込めて語っていた。
 池田先生は述べている。
 「使命を自覚した者は強い。何も恐れない。自分にしかない価値を、自分の尊さを知っているからである。学会は、広宣流布という偉大なる使命に生きるがゆえに、恐れるものは何もない」
 いよいよ創立の月・11月を迎える。私たちは、「宿縁ふかし」との御聖訓をあらためて深く胸に刻み、創価三代の師弟に連なる広宣流布の新たな大闘争に、意気揚々と出発していきたい!

◆〈信仰体験 登攀者〉 山岳気象予報士 猪熊隆之さん

限界の一歩先へ 開放骨折・骨髄炎を克服 新たな道を開く

 山の天気は変わりやすい――これが要因で登山中の遭難事故につながるケースが後を絶たない。そんな難易度の高い山岳気象予報を専門に扱うのが、㈱ヤマテンの代表取締役、猪熊隆之さん(47)=長野県茅野市、蓼科支部、ブロック長=だ。国内はもとより、ヒマラヤ山脈の気象予報を得意とする。その高い精度と的確なコメントに、プロの登山家から厚い信頼が寄せられる。あらゆるデータを駆使し、考えて考えて、さらに考え抜く――。これが猪熊さんの流儀だ。新たな道を切り開いてきたのは、苦しい時に踏み出す勇気の一歩だった。

 キーボードをたたく音が静かな室内に響く。10月上旬、茅野市に構える事務所で、猪熊さんはパソコンに向かっていた。  
 まさにこの時、20代の日本人登山隊がヒマラヤ山脈の未踏峰「ラジョダダ」(6426メートル)に挑戦していたのだ。  
 時計の針は、午後7時15分。ヒマラヤの現地時間は午後4時。登山隊が翌日の動きを決める夕食時まで、あと2時間。それまでに気象予報を間に合わせなければならない。  
 山の標高1000メートルごとの風速、亜熱帯ジェット気流の動き、空気の各層の水蒸気量を丹念に調べる。参考とするのは、衛星画像や各種天気図だ。  
 あらゆるデータを吟味した上で、猪熊さんは山の地形をじっくりと思い描く。標高や地形によって風や雲がどう生じ、変化するのか。この作業を猪熊さんはこう表現する。「ヒマラヤの風や雲の気持ちになる」と。  
 一般的な天気予報は「数値予報」を用いる。しかしヒマラヤでは周囲の観測データが少ないため、予想精度は格段に低い。また、地形に大小の起伏があり、ズレも生じる。そのため、科学データに加え、自身の経験と読みが不可欠なのだ。この「人間的な予報」こそ、猪熊さんの真骨頂といえる。
 「天気は分からないことだらけ。だから分かるまでとことん突き詰めて考え抜きます。答えらしきものが見つかるのは、いつも限界の一歩先なんです」  予報作業が終わるとぐったりと疲れ、傍らのソファに座り込む。  
 登山隊が山頂アタックに成功したとの報が入ったのは、それから2週間後のこと。ほっと胸をなで下ろす猪熊さん。
と同時に思う。
 “無事にベースキャンプまで下りて来てくれ”と。若き登山家たちの挑戦が、かつての自分と二重写しになった。
                     *   
 中央大学山岳部で本格的に登山を始めた。順調に力をつけていた大学3年の初冬。富士山で滑落事故に遭い、左足の開放骨折(折れた骨が皮膚を突き破ること)を負う。捜索活動は難航し、救出されたのは30時間後。  
 切断もやむなしと覚悟したが、複数回に及ぶ手術と、懸命なリハビリを経て、2年後には再び山に戻ることができた。  
 エベレストの難ルートをはじめ、国内外の山に挑戦した。あらゆる困難を越え、登り切った先にある大自然の絶景にとりつかれた。
 だが、2005年(平成17年)、「慢性骨髄炎」を発症。骨に入り込んだ細菌が繁殖し、骨を腐らせる疾患である。富士山での負傷が原因だった。  
 入退院を繰り返す。大好きな登山はおろか、松葉づえを使いながらの生活は不便を強いられた。生きがいを奪われ、自暴自棄に陥りかけた。  
 そんな時、かつての勤務先の先輩が創価学会の本部幹部会(中継行事)や会合に誘ってくれた。聖教新聞や、池田先生の書籍も学んだ。  
 全ての人に仏性を見いだす信心、自身の人間革命が周囲の環境も変化させていく哲学に、強く心を引かれるように。唱題に励む中で、心が前向きになる。信心との出あいが、生きる力をくれた。  
 ある日、思い付いた。
 “足が駄目なら頭がある。昔から好きだった天気予報を仕事にしよう” 小学生の頃からラジオを聞きながら天気図を描くことが好きだった。病を患い、登山の道が閉ざされたことで、新たな活路を見いだした。  
 07年、創価学会に入会した猪熊さんは、気象予報士試験に合格。その名を飛躍的に高めたのは翌年5月のことだ。
 国際山岳ガイドによって組織された日本のエベレスト登山隊に、予報を配信することになった。他国の登山隊が利用する気象会社は、悪天候を予想。猪熊さんだけは違った。  
 過去のデータを総ざらいし、考えられる手を全て尽くした上での予報は「快晴・弱風」。その情報を得た日本の登山隊が、晴れ渡るエベレスト頂上を独占することができたからだ。  
 さらに日本人初の8000メートル峰14座の全登頂に成功したプロ登山家の竹内洋岳さんをはじめ、NHK―BS「世界の名峰グレートサミッツ」の撮影隊などからも依頼が寄せられるように。信心と努力で、使命の山を一歩一歩登り詰めていく。  
 その間、大学病院の難治性骨折専門チームの手術を受け、骨髄炎も完治を果たした。
                        *   
 変わりやすい山の天気。時には予報が外れることもある。猪熊さんが毎日欠かさず行うのは、予報の検証作業だ。
 「特に失敗した時こそ、なぜ外れたのかの検証が大事です。それを克服すれば、さらに成長できるんです」
 近年の登山ブームもあり、山登りの愛好家が増えている。  
 猪熊さんは、想定されるリスク対策のため、山岳気象の講演会を数多くこなす。一緒に山に登り、雲の動きや種類を伝え、空気の変化を肌で感じながら気象講座を行うことも。  
 「天気予報も山登りと同じです。“重い荷物”を背負って、道なき道を歩むのは苦しい。ですが、一歩登れば景色が変わる。一歩踏み出せば、これまで見えなかった道が見えてくる」  
猪熊さんは、今日も空を見上げ、山の天気に思いをはせる。

◆〈スタートライン〉 マーシャル諸島共和国トム・D・キジナー駐日大使
平和の未来 その願いの共有で核なき世界を構築
調和を生む青年こそきぼうそのもの  

 
日本から南東へ約4000キロに位置する、マーシャル諸島共和国。サンゴでできた29の環礁と5つの島が環を描き、“太平洋に浮かぶ真珠の首飾り”と称される。美しい景観からは想像し難いが、同国には”負の歴史”がある。1954年(昭和29年)3月1日、ビキニ環礁での水爆実験(ブラボー実験)で、同国民、また日本の漁船「第5福竜丸」の船員が、死の灰を浴びたのをはじめ、幾度となく核実験場として使われてきた。マーシャルと核実験の歴史、平和への思いを、トム・D・キジナー駐日大使に語ってもらった。

  アメリカが1954年3月1日、マーシャル諸島共和国で実施した水素爆弾の実験。その威力は、広島に投下された原爆の1000倍だった。
また一度に限らず、46年から58年の12年間、同国のビキニ、エニウェトクの両環礁で、67回もの核実験が繰り返された。
”負の歴史”は国民に、何をもたらしたのか・・・・
 ブラボー実験が行われた時、私は小学生でした。
 当時、リキエップ環礁に暮らしていましたが、急に空が何ともいえない色に染まり、恐怖に震えたのを覚えています。
 しばらくして、島民の中で、体調不良や異常出産で苦しむ人が続出しました。
 ビキニ・エニウェトク環礁の人は、病だけでなく、多くの辛酸をなめました。
 ビキニの人々は、核実験を実施するため、移住を強いられました。57年、安全回復宣言を信じて帰島するも、健康被害を受け、85年、再び故郷を追われ、放浪の民になったのです。出身者は現在も、ビキニに戻ることはできません。
 またエニウェトクでは、10年以上にわたって、環礁上、その周辺で、43回の核実験が行われました。現在、島のほとんどの地域が居住不能とされて、放射性廃棄物を格納するドームも存在します。残念なことに、1万2千年先まで、エニウェトクでの生活は難しいだろうといわれています。
 国外に避難し、被害を恐れるあまり、帰国しようとしない島民もいます。日本や世界の皆さんには、マーシャルの核被害昔のことではなく、今も続いていることを知ってもらいたい。
 じかにブラボー実験を目にし、祖国が蹂躙される姿を見てきたことが、自身の平和活動の「原点」です。

 マーシャル諸島共和国は2014年、核保有国9ヶ国に対し、核軍縮交渉に取り組む義務を怠り、国際法に違反したと国際司法裁判所(ICJ)に訴えた。しかし2年後、ICJは管轄権はないと判断を示した。
 2年間、わが国のトニー・デブルム元外務大臣らを先頭に、懸命な法廷闘争を続けてきただけに、棄却という結果は、残念でなりませんでした。
 先日、デブルム元外相が亡くなり、国民が失意に沈みましたが”今こそ彼の遺志をを継ごう”と、皆が立ち上がっています。
 核兵器は、ゲームで使用するカードではない。人を操って、利用するための道具でもありません。世界平和の障壁であり、人類の生存に対する脅威です。
 私たち人間には、互いに合意できないこともあるでしょう。ですが、決して忘れてはいけないのは、我々は数多くのものを共有しているという事実です。
 地球、水、空気、さらに平和への願い、未来を共有しています。未来は私たちの手の中にあります。次の世代へ、明るい未来を手渡すためにも、手と手を携え、核なき世界を築いていくことが求められています。

 9月18、19の両日、大使は被爆地・長崎を訪問した。爆心地公園の「原爆落下中心地碑」に献花。創価学会の長崎平和学講座で講演し、被爆者や未来部員と交流のひとときを持った。
 思えば私は、長崎に原爆が投下された18日後、この世に生を受けました。
 街の荒廃、後遺症、将来への不安・・・・。生前のことではありますが、被爆地を一歩一歩踏み締め、長崎の皆さんが受けた”痛み”に思いを巡らせました。
 マーシャル人は、長崎が抱く苦しみを、十分に理解できると信じています。それは、似た経験を持っているからにほかなりません。
 私はいつの日か、長崎や広島と母国のいずれかの場所で、姉妹都市の提携を結べたらと考えています。共通項の多い私たちが力を合わせれば、核被害の悲惨さ、平和の思想を、世界へ一層広げられると思うからです。

 創価学会青年部は14年「Nuclear Zero(核兵器廃絶)」キャンペーンに協力し、3ケ月間で、512万8295人分の署名を集め、代表がデブルム元外相に目録を手渡した。
青年発で起こす新たな平和構築の流れー—大使に青年への期待を聞いた。
 創価学会インタナショナルの池田会長は毎年、記念提言を発表し、青年や市民の平和意識を啓発してこれれました。
 本年の提言の中に、「青年の数だけ希望があり、未来がある」とありました。私も、この思いに心から賛同する一人です。
 若人は、日本に限らず、世界の希望そのものです。未来を形作り、調和の世界を推し進める存在であるからです。
 今後も学会青年部をはじめ未来を担う青年らが、国と国、人と人を結び、平和運動をリードしてほしいと願ってやみません。

マーシャル諸島共和国とは
 人口約7万人。第1次世界大戦から第2次世界大戦終了まで、日本の占領下にあった。国内に親日家は多く、英語やマーシャル語に加え、「ゾウリ(草履)」「テンキ(天気)」などの日本語が、今でも使われている。日本からの移民も多く、沖縄系の姓を名乗る日系人も。現在、米国の迎撃ミサイル発射試験基地が国内に設置されている。
トム・D・キジナーマーシャル諸島共和国駐日大使。1945年生まれ。グアム大学に在籍後、67年、母国の小学校教諭に。校長まで務める。74年、同国議会議員となり、教育大臣、外務大臣、財務大臣、保健大臣を歴任。2007年から外交に貢献。現在、駐日大使とアジア14ケ国の大使(非駐在)を務める。

<編集後記>
 取材中、大使のある一言に驚かされた。
 「マーシャル諸島の人口の半数以上は、青年です」
 同国では、毎年3月1日が「核被害者追悼の日」とされ、平和の集いを開催。本年も、首都マジュロ、第2都市イバイ、米国のアーカンソーやホノルル等で行われ、大使の義娘であり、同国初の女性大統領であるハイネ大統領の呼び掛けで、数多くの島民が列席した。
 その場で重要視されているのが、「”語り部”であるヒバクシャが、若い世代に焦点を当て、平和や実体験を語り継ぐこと」という。
 大使の孫娘・キャシーさんも祖父や大統領である母に続き、国連サミットで自作の詩を発表するなど、平和活動家として、核軍縮を叫んでいる一人だ。
 かつて池田先生は。「世界は変わる。いな、変えられる。必要なのは『変わらない』という『あきらめの壁』を乗り越える勇気だ」と語った。
 平和を願う強い思い。そこから生まれる不屈の心。その精神を持った人から人へと、平和のバトンは受け継がれていくに違いない。多くの青年と”平和の願いの共有を”と誓い、足元から行動を始めたい。

2017年10月27日 (金)

2017年10月27日(金)の聖教

2017年10月27日(金)の聖教

◆わが友に贈る

地道な訪問激励こそ
広布伸展の原動力だ。
膝詰めの対話から
新たなうねりを起こし
本年を勝ち飾ろう!

◆〈名字の言〉 2017年10月27日

 インターネット上に質問を投稿すると、それを閲覧した人たちから、程なく回答が寄せられる。便利な時代と感心する半面、自分で調べたわけではない“借り物”の知識をため込んでも本物の知性は磨かれないのではと心配になる▼記者という仕事柄、一つの事実を確かめるために、何冊もの書籍と格闘することが多い。有益な情報を得るための努力は、頭とともに心を鍛えてくれるように思う。加えて、本との関わりは、知識を得る以上に、価値ある生き方を教えてくれる▼先日も、本の存在の大きさを痛感する出来事があった。宮城県の気仙沼湾に浮かぶ「大島」の中学校に、学会から優良図書300冊と書架が贈られた。贈呈式に臨んだ生徒が喜びを語った。「島には書店がありません。大切に読み、人の役に立つ人間に成長します」▼大島は東日本大震災の際、東西の浜から押し寄せた津波に挟み撃ちにされ、島内では火災も起きた。そんな極限の恐怖を経験した子どもたちが今、島の復興や地域社会に役立ちたいと、本を成長の糧に学んでいる。彼、彼女らにとって、「本」は未来を切り開く“宝剣”となるに違いない▼人生を変えるほどの大きな力が、本にはある。珠玉の一書に出あう喜びを大切にしたい。きょうから読書週間。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年10月27日

 SGIの運動が最も効果
 的な平和への取り組み―
 市長。善の連帯を地域に
      ◇
 文字・活字文化の日。聖教
 の発展は読者の皆さまあ
 りて。紙面充実で応えん
      ◇
 滋賀青年部の日。常勝の
 後継城は盤石!関西から
 新たな友情拡大の烽火を
      ◇
 「今生に正法を行ずる功
 徳・強盛」御聖訓。祈り
 深く民衆の大行進を堂々
      ◇
 台風、大雨情報に注意。川
 の増水や土砂災害にも。
 無冠の友よ安全最優先で

◆社説  きょうから「読書週間」  良書は“心の世界を広げる翼”


 きょう27日は「文字・活字文化の日」。第71回「読書週間」が始まる(11月9日まで)。
 「まだ戦火の傷痕が至るところに残っているなかで『読書の力によって、平和な文化国家を作ろう』という決意のもと」(公益社団法人 読書推進運動協議会のホームページから)、1947年(昭和22年)に第1回を実施。年を経て、取り組みは全国に広がり、今では“秋の国民的行事”になっている。
 読書の秋。良書に親しみ、豊かな心を育む機会としたい。
 本年実施された、あるインターネット調査によると、読書人口の減少が見られた。
 「読書習慣の有無」についての問いに、「ある」と答えたのは39・4%。2年前の同じ調査より10%以上も減っていた。
 そして、「読書をしない理由」を調べると、「忙しい」が40・7%で最も多い理由だった。
 多忙な現代人を象徴するような話に、思わず納得してしまう人も多いことだろう。
 目まぐるしい日常の中で、何とか読書を習慣化するための工夫はないものか。
 探していると、本紙の読者投稿欄に面白い話があった。
 ――ある東京の主婦は、図書館で借りてきた本を、わざとリビングに山積みに。しかも、小説、詩や童話など、子どもが興味を持ちそうなものを選んで。
 子どもが手をつけなくても、無理強いせず、長年、これを続けた。その影響か、子どもは本を身近に感じるように。自ら広い知的好奇心を育んで、どんなジャンルの本でも手に取って、読書を楽しむようになった。
 まさに、環境が人をつくる。日々、自分らしい形で、良書に触れる環境を求めていきたい。
 かの楽聖ベートーベンは、読書の中で心打たれた言葉を日記に書き留めていた。美しい言葉はベートーベンの心を潤したことだろう。そして本によって豊かに育まれた生命から人類の魂を揺さぶる名曲が生まれた。
 池田大作先生はつづる。「読書は自己教育の尽きせぬ源泉であり、心の世界を広げる翼である。この読書の豊饒な力を、時代は渇望している」と。読書は、人の心をつくる人間錬磨の作業である。ゆえに、恩師・戸田城聖先生は、青年は激務の中でも「心に読書と思索の暇をつくれ」と訴えた。
 多忙な時こそ、「読書は勝利者の源泉」「読書は幸福の伴侶なり」との確信で、少しでも本を手に取り、自分を磨いていきたい。その小さな一歩の中に、未来を開く大きな力がある。

◆きょうの発心   確信の題目で宿命乗り越える2017年10月27日

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず
 (祈祷抄、1351ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りの叶わないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ず叶うと仰せです。
 満蒙開拓団として中国にいた時に、中国の方に助けられて九死に一生を得た母は、帰国後、2人の息子と夫を相次いで亡くし、不幸のどん底にいたときに信心に巡り合い、入会。折伏と唱題の実践で、さまざまな宿命を乗り越える母の姿から信心を学びました。
 3年前、母が96歳で霊山に旅立った直後に、私の体に「境界悪性卵巣腫瘍」が見つかりました。“手術してみないと詳細は分からない”との医師の話に、この御文を胸に誓願の題目を唱えました。手術の結果、良性と判明し、あらためて題目の功徳の大きさを実感。さらなる確信の題目で実証を示そうと決意しています。
 母の恩人の国である中国に「友好の金の橋」を架けてくださった池田先生に深く感謝し、両国交流の発展を祈るとともに、これからも一層、地域広布に走り抜いてまいります。
 鳥取池田県副婦人部長 栗田和子

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    四十八 2017年10月27日(6209)




 地下鉄の中でも、山本伸一の口述は続いた。
 同行のメンバーは、懸命にメモ帳にペンを走らせる。
 チュイルリー駅から三つ目のシャトレ駅で、郊外に向かうB線に乗り換える。“動く歩道”でも、電車を待つ間も口述を重ねた。
 「今 社会は
  夕陽の落ちゆくごとく
  カオスの時代に入った
  故に我らは今
  新しき太陽の昇りゆくごとく
  平和と文化の
  新生の歌と曲を奏でゆくのだ
  多くの新鮮な
  友と友の輪を広げながら
  老いたる人も 悩める人も
  求める人も 悲しみ沈む人も
  すべての人の心に光を当てながら
  すべての人の喜びを蘇生させながら
  我らは絶えまなく
  前進しゆくのだ」
 彼の瞼に、新世紀の広布に生きる、凜々しき青年たちの雄姿が浮かんだ。
 「新しき世界は
  君達の
  右手に慈悲 左手に哲理を持ち
  白馬に乗りゆく姿を
  強く待っている」
 電車を乗り換えてほどなく、伸一の口述は終わった。実質、十分ほどであった。
 同行のメンバーが、走り書きしたメモを急いで清書する。彼は、それを見ながら、推敲し、ペンで直しを入れていく。
 その時、「センセイ!」という声がした。
 三人のフランス人の青年男女が立っていた。数百キロ離れたブルターニュ地方から、パリ会館へ向かうところだという。
 「ご苦労様。遠くから来たんだね。長旅で疲れていないかい?」
 青年を大切にしたいという思いが、気遣いの言葉となった。
 青年こそ希望であり、社会の宝である。

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 人格を磨く場② 2017年10月27日
「心の財」を積む実践が生きる力を増していく


 現代社会の課題に向き合う「グローバルウオッチ」。人それぞれの幸福の在り方に対して、創価学会の活動はどんな価値をもたらしているのか。前回に続き、「人格を磨く場」である人材育成グループで奮闘する友を追った。(記事=萩本秀樹)

 今回取材したのは、日本から欧州に渡った経験のある男子部員と、台湾から来日した男子部の友。2人は、会合運営等を通して学会厳護の任に当たる創価班の一員である。
 また2人は、欧州、台湾でも「ソウカハン」に所属。会館に集うメンバーに真心を尽くす活動を通じて、自らの人生も大きく開いてきた。

迷いが消えた

 神奈川県川崎市に住む井上仁さん(総区男子部長)は、中学の頃からプロサッカー選手を夢見るように。高校卒業後の1996年、熱い思いを抱いてサッカーの本場スペインに渡った。
 町のチームの練習に飛び入り参加し、実力を示そうと懸命に走る。だが、プロ契約には至らなかった。
 その頃は「根無し草のようだった」と振り返る井上さん。感情の浮き沈みが激しく、「一時は良いプレーができても、“次は失敗するかも……”と思ってしまう。心の底ではいつも不安と恐怖がありました」。
 創価学会の先輩に悩みを打ち明けると、「真剣に題目をあげて、満々たる生命力で臨もう」と激励された。1時間、2時間と御本尊に向かうと、“絶対に大丈夫だ!”との強い確信が芽生えた。
 直後の選考では、それまでにない強気のプレーができた。マドリード郊外のクラブとのセミプロ契約にこぎ着け、そこから選手として数年間を過ごす。
 環境に左右されない、ぶれない心を築きたい――その思いを強めた井上さんは、男子部の活動に参加するように。創価班にも入った。
 当時の創価班は、まだ規模が小さく、会館での任務が必要となれば、皆が“我こそは!”と競うように集った。
 誰かに頼るのではなく、自分がやろう。創価班の実践5項の一つである「責任ある行動」の大切さを、井上さんはスペインで深く心に刻んだ。
 選手としてのキャリアを終え、ポルトガルで5年間を過ごした後、2006年、英語習得のためイギリスへ。そこでも、創価班として薫陶を受けた。
 リーマン・ショックの影響による就職難に襲われた。創価班のメンバーにも、経済苦や家族の悩みを抱えた友がいた。それでも皆、遠方から会館に集い、創価班の任務に全力で当たりながら、仕事や生活の課題に勇んで立ち向かっていた。
 あるメンバーは、こんな思いを語っていた。「僕はもともと、self esteem(=自己肯定感)が低いのが悩みだった。でも利他の実践を通して、“自分も人の役に立てる”と思える。創価班は、自分に自信を与えてくれる場所なんだ」
 井上さんも、将来への不安がなかったわけではない。だが苦境の渦中で他者に尽くすメンバーの姿が、自らの支えだった。
 任務にあっては、来館者の表情を見逃さないよう、立つ位置や体の向きにも注意し、笑顔の声掛けに徹した。さまざまな表情で来館した人たちが、会合を終えると、目を輝かせて帰っていく――そんな光景を目の当たりにし、「元気をもらったのは私自身です」と井上さん。
 創価班の一員だからこそ、自身の悩みに負けるわけにはいかない!――そう一念を定め、就職活動に挑戦する中で、日本の会社から採用を勝ち取った。
 14年に帰国し、現在はアメリカに本社を置く建築設計・管理会社で、コンサルティング業務に従事する。創価班で培ってきた「スピード、スマイル、スマート」の接客を心掛け、この2年間で、営業成績は数倍に。
 井上さんは笑顔で言う。
 「信心という『軸』ができたからこそ、人生に対する迷いが消えました。かつては失敗を恐れて尻込みする自分でしたが、今では“一度ダメでも、また挑戦すればいい”と思えるから、行動する勇気が湧きます」

陰に徹する

 相模原市の莊竣喬さん(男子部副部長)は、台湾で生まれ育った。幼い頃から内気な性格。教育熱心で厳しかった父の影響もあり、いつの間にか自分の感情を隠すようになった。
 大学でも友人の輪の中に飛び込めず、趣味の写真撮影などに興じる時間が増えた。そんな自分のもとへ、学生部や男子部の先輩が足しげく通ってくれた。車の話で盛り上がり、何でも話せる“友達”になった。
 大学2年の時、学生部のリーダーに任命された。“人と話すのが苦手な自分が、なぜ?”。疑問を抱きつつ、先輩と一緒に同志の訪問激励を始める。
 相手の話にじっと耳を傾け、温かな励ましを送る先輩。すると相手も心を開き、悩みを打ち明けていく。そんな先輩の姿を手本として、莊さんも学生部員の激励に駆けた。気付けば、内気な自分を乗り越えていた。
 男子部となり、莊さんは創価班の一員になった。そこで、人の目につく活動だけでなく、“陰の立場”で皆のために尽くすことの大切さを学んでいく。
 今も忘れられないのは、会館で開かれた展示会でのこと。来賓の登壇に合わせて、マイクを出すのが莊さんの役割だった。
 開会前、その一つの動作を、先輩と共に何度も、何度も練習したのだ。歩く姿については、「もっと胸を張って歩こう」。マイクを置く際には、「自然な形で一礼をしよう」。莊さんが不思議に思うくらい、細かなアドバイスが送られた。
 先輩は言った。「こうして陰の努力に徹するからこそ、私たちの振る舞いを通して、創価学会の素晴らしさを伝えることができるんだよ」と。
 莊さんは2009年に来日。当初は1年間の留学予定だったが、大学院を卒業後、日本の自動車関連会社に就職した。
 日本でも、「陰の戦いに徹する」創価班の基本精神を、毎回の活動の中で深めている。
 雨の日は、足元が滑りやすい場所に注意し、館内の椅子の位置がずれていれば、そっと戻す。会員が無事故で来館し、気持ちよく会合に参加できるよう、気配りを欠かさない。
 そして自身が、無事に任務に就けるよう、仕事を滞りなく進めることも“陰の戦い”だ。
 決められた時間内で仕事を終えるために、朝早くの出勤を心掛ける。人よりも早く、効率よく仕事を済ませる莊さんだからこそ、今年に入って、さらに多くの仕事が任されるようになったという。
 台湾でも日本でも、莊さんにとって創価班とは「決めた目標を、必ずやり抜く意志の強さを磨く場です」と。
 他者に尽くそうと真剣に祈り行動する時、その努力が目立たぬものであっても、かけがえのない生命の充実感が生まれる。

人も自分も共に

 2人に共通するのは、信仰に励む中で、試練に負けない「生命の強さ」を磨き、他者の幸福を願う「人間性の豊かさ」を身に付けたことにある。人材グループで人格を磨いたからこそ、社会という使命の舞台で輝く、自分を築くことができた。
 仏法には、3種類の「財」を通して幸福観が示されている。「蔵に蓄える財宝よりも、身の財(健康や技能)がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である」(御書1173ページ、通解)と。
 人に尽くす実践の中で鍛えられる、生命の強さや豊かさなどを表す「心の財」は、いかなる環境の変化の中でも崩れないと仏法では説く。
 効率や“コスパ(注)”が強調され、人と比べての相対的幸福が重視される社会にあって、学会活動での利他の実践は、一見、その正反対を行っているように見えるかもしれない。
 だが、「心の財」を積みゆくことで、結果として、環境に左右されない絶対的幸福をつかみ取り、自他共の幸福を大きく開くことができるのだ。
 池田大作先生は語っている。
 「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく」「本当は、人のために生きることは、自分の幸福のためにも不可欠なのです」(『法華経の智慧』)
 (注)コスパ=コストパフォーマンス。「費用対効果」の意味。

◆イタリア北部のピエーヴェ・ディ・チェント市の公園に 「新・人間革命」の銘板が設置

ピエーヴェ・ディ・チェント市の公園内に設置された銘板が、マッカニャーニ市長㊧らによって除幕された
ピエーヴェ・ディ・チェント市の公園内に.設置された銘板が、マッカニャーニ市長㊧らによって除幕された

 イタリアのボローニャ県ピエーヴェ・ディ・チェント市の公園内に、このほど「平和の庭園」がオープン。池田先生の小説『新・人間革命』の冒頭の一節が刻まれた銘板が設置された。
 同庭園内で行われた銘板の除幕式(9月21日)には、同市のセルジョ・マッカニャーニ市長らと共に、地元SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーらが列席した。
 同市は、同国北部の古都・ボローニャ市に隣接する人口約7000人の街。今回の銘板設置は、同市市議会が決定したものである。
 銘鈑には、2002年に同市が平和建設への多大な貢献を讃え、池田先生に名誉市民称号を授与した歴史などとともに、次の一節が記されている。
 「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばまらない」
 除幕式で、マッカニャーニ市長は語った。
 「この公園は、多くの市民が行き交う憩いの場所です。15年前、わが市の名誉市民として、池田博士を迎えたことは、今なお、素晴らしい思い出となっています」
 「わが市は、池田博士の言葉を通して、平和の大切さを世界に発信したいと願っております」
 銘鈑には、平和を希求する市民の心が反映されている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第26回 シンガポール マリーナ・ベイ地区  2017年10月27日


 
発展を続けるシンガポールのマリーナ・ベイ地区(昨年11月、本社カメラマン撮影)。同国は国際的な金融の中心であり、海運の一大拠点でもある
発展を続けるシンガポールのマリーナ・ベイ地区(昨年11月、本社カメラマン撮影)同国は国際的な金融の中心であり、海運の一大拠点でもある

 半世紀前、誰がこの街の様子を想像できただろうか。
「奇跡」と呼ぶにふさわしい、堂々たる発展ぶりだ。
 シンガポールのマリーナ・ベイ地区。
 3棟のビルに“船”が乗った独創的なデザインは、複合施設「マリーナ・ベイ・サンズ」。付近には、美術館や博物館、コンサートホールなどの文化施設や、大型ショッピングセンターがあり、世界中から多くの人が訪れる。
 日本の淡路島ほどの国土に、中国系、マレー系、インド系なご500万人が暮らす。一人当たりの名目国内総生産(GDP)は日本の約1.4倍。世界的な経済大国だ。
 その建国の歩みは、苦難に満ちたものだった。
 1965年8月、シンガポールは、マレーシア連邦から独立した。資源はない。水や食糧も満足になかった。
建国の父・リークアンユー首相は、池田先生との会見(88年)で振り返った。
 「地理的にも小さく、人口も少ない。一国として成り立つには、すべて小さい。その課題を克服するためには、世界各国とリンク(連携)を結んでいかねばならなかった」
 この言葉通り、首相自身が各国を回り、友好関係を築いていった。”人こそ最大の資源”と、英語教育を取り入れ、海外からも幅広く人材を受け入れた。こうした政策により、同国は目覚ましい経済成長を遂げていく。
 2000年11月、池田先生がシンガポールへ。5年ぶり3度目の訪問である。街は至る所で建設が進み、活気にあふれていた。
 シンガポール創価学会(SSA)もまた、足並みをそろえるように発展。毎年のシンガポールの独立国家式典には政府の要請を受けたSSAのメンバーが出演するなど、社会貢献の連帯に絶大な信頼が寄せられている。
 26日のリーダーの集いに出席した先生は、シンガポールの国民が心を一つにして独立後の試練に挑み、国家を建設してきた歴史に言及。困難に立ち向かう「挑戦の心」こそ、同国の精神の柱であると強調した。
 さらに先生は、SGIの躍進の様子をたたえた上で、こう語った。
 「『創業は易く、守成は難し』という言葉がある。人間の傾向として、いったん基盤ができあがると、たくましい挑戦心を失い、どうしても守りに入ってしまいがちである。だが、それからが本当の戦いであり、本当の挑戦が始まるのである。いかに環境が整おうが、建設期のみずみずしい情熱を、開拓の心を、決して忘れてはならない」
 挑戦の心が燃える人は、何があっても負けない。どこまでも朗らかに、「いよいよだ!」「さあ、これからだ!」と前へ進むことができる。
 きょうも師と共に、尊い同志と共に、はつらつと出発しよう。広布の大理想を胸に、自分自身の挑戦を開始しよう。このたくましい前進と向上の心こそ、永遠の学会精神である。
 

2017年10月26日 (木)

2017年10月26日(木)の聖教

2017年10月26日(木)の聖教
 
◆わが友に贈る

打てば響くような
反応のスピードこそ
外交の要諦だ。
迅速かつ誠実な行動で
信頼の輪を幾重にも!

◆〈名字の言〉 2017年10月26日

 東京富士美術館企画の「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』広島展」。来場者が7万人を超え、盛況のうちに閉幕した(22日)▼広島展の見どころの一つが、幼いキリストを抱き上げる女性を描いた「聖アンナと聖母子」(米・ハマー美術館所蔵)。池田先生は地元紙への寄稿で作品に触れ、「生命を慈しみ、育む女性愛があふれています。広島の平和の母たち、女性たちは、原爆の悲劇に立ち向かいながら、生命の賛歌をうたい上げてきました」と述べた▼当時6歳だった広島の婦人部員。直接の被爆は免れたものの、被爆者を介抱して二次被爆した。戦禍に泣き、宿命を嘆きながら、被爆の事実を隠して生きた▼しかし信心と出あい、婦人の心が変わった。自分から進んで、若い世代に被爆体験や平和への思いを語るようになった。10年前から毎年、自宅の庭で開く「そうめん流し」の集いは、近隣の友人や海外の青年など100人余りが参加する恒例行事に。婦人は「私の宿命は、かけがえのない使命になりました」と▼宿命に泣く女性の歴史を何としても転換したい――これが創価三代の会長の悲願である。全ての母が幸福と喜びに包まれ、生命の賛歌をうたい上げる人間世紀へ。その先頭を走る創価の母に最敬礼したい。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年10月26日

 米大学に創価教育を学ぶ
 通信の修士課程。世界が
 渇望する人間主義の潮流
      ◇
 池田先生の北陸初訪問か
 ら60星霜。誓願に生きる
 後継は有縁の天地に陸続
      ◇
 仏法に微塵も無駄はない
 ―戸田先生。全部意味が
 ある。強盛な祈りを益々
      ◇
 幹部が個人指導に徹する
 組織は強い。友の悩みに
 耳を傾け、真心の激励を
      ◇
 歩きスマホをすることが
 ある―2人に1人。油断・
 慣れは事故の元。戒めよ

◆社説  シンガポールで法華経展  地球を結ぶ人類共生のメッセージ


 シンガポールの街を歩くと、色とりどりのトゥドゥン(スカーフ)をまとった女性や、頭にターバンを巻いた男性、スーツを着たビジネスマンなど、さまざまな人々とすれ違う。言語も、英語や中国語が、次々と耳に飛び込んでくる。
 同国には中国系、マレー系、インド系等の民族が暮らし、宗教も仏教、イスラム教、ヒンズー教、キリスト教など多彩。
 その上、外資系企業も多く、各国からビジネスマンらが集まる。各地からの旅行者も多い。
 シンガポールの面積は東京23区ほどの広さだが、まさに“世界の縮図”といえる。
 この国際都市で今月1日から「法華経――平和と共生のメッセージ」展(企画・制作=東洋哲学研究所)が開かれた。
 「法華経には人類を正しい道に導く力があると実感します」 「他者への共感こそが法華経の精神であると感じました。私たちがエゴを乗り越えるなら、全ての人の中に美しさを見いだしていけるのではないでしょうか」――連日、学術者や各宗教の関係者から、多くの反響の声が寄せられた。
 同国の人口は約561万人(2016年6月現在)。
 その中で、“法華経展”の来場者は約5万人を数え、大盛況で25日に閉幕した。
 世界16カ国・地域目の開催となった同展は、東哲、中国・敦煌研究院、シンガポール創価学会が共催し、ロシア科学アカデミー東洋古文書研究所、インド文化国際アカデミーが後援。
 人類の精神遺産ともいえる、各言語に翻訳されてきた法華経写本資料や仏教芸術の品々を通し、2500年に及ぶ仏教流伝の歴史や、法華経の人間主義の哲学などを発信するもの。
 シンガポール・イスラム教評議会のウスタズ・モハメッド・アリ・アタン氏は、本展の感想を次のように語った。
 「法華経をはじめ仏教への理解が深まりました。知ることで理解が深まり、互いへの尊敬が生まれます。現にコーランと法華経の類似性を知ることができ、法華経の人間主義の精神に感動しました」と。
 あらゆる人に仏性があると信じ、出会う人々を礼拝した不軽菩薩の実践に象徴されるように、法華経には人間尊敬、生命尊厳の哲理が脈打っている。それは差異による分断が広がる現代の世界に、希望の光を送るメッセージにほかならない。
 展示への大きな反響は、時代が法華経の調和の精神を求めている確かな証左といえよう。

◆きょうの発心   師弟誓願の祈りで勝利へ2017年10月26日


御文
 師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり
(御義口伝、748ページ)
通解 「師」とは師匠が授ける妙法、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師弟が共に唱える音声をいう。「作」とは「おこす」と読む。末法で南無妙法蓮華経をおこすことをいう。

 
師と弟子が共に妙法を唱え、弘めゆくことが「師子吼」の意義であるとの仰せです。
 1983年(昭和58年)の夏、高等部員だった私は、九州研修道場(当時)での九州未来部の研修会に参加。その時に池田先生が示してくださった「諸君には、第一に知力、第二に生命力、第三に生活力をもってもらいたい」との指針を胸に勉学に挑戦しました。
 翌年、大学進学を機に上京し、本陣・東京の学生部員に。この御文のままに、師弟不二、生涯不退の金の思い出を生命に刻みました。創価学園を卒業した2人の子どもたちも、学生部のメンバーとして後継の道を歩んでいます。
 本年、新宿池田区結成20周年の佳節に、池田先生は区内の会館を次々に訪問して励ましを送ってくださいました。大切な新宿池田区の同志の皆さまと共に、師弟誓願の祈りを根本にして広布拡大の勝利の結果をもって師匠にお応えしてまいります。
 東京・新宿池田区長 小城克幸

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章    四十七 2017年10月26日 (6208)




 山本伸一は、パリにあっても、要人や識者と対話を重ねる一方で、メンバーの激励に全力を尽くした。
 パリに到着した翌日の十一日には、フランスの青年メンバーとの信心懇談会に臨み、十二日にはパリ会館を訪問し、勤行会に集った人たちを激励。さらに、懇談会を行っている。十三日は、パリ会館での友好文化祭、フランス広布二十周年記念の銘板除幕式、記念勤行会へ。十四日は、フランス最高協議会などに出席した。
 また、パリ滞在中も、多くのメンバーと記念撮影を行い、家庭訪問にも足を運んだ。
 二十一世紀の大飛躍のために、今こそ、青年を中心に、信心の基本を、創価の精神を、一人ひとりに伝えていかねばならないと決意していたのである。
 十四日午前、伸一は、宿舎のホテルから、ルーブル美術館に隣接するチュイルリー公園沿いの通りを歩いていた。地下鉄と電車を乗り継いで、ソー市のパリ会館へ行くためである。前日も電車を利用していた。日ごろ皆が、どんな状況で活動に励んでいるかを、知っておきたかったのである。
 地下鉄のチュイルリー駅の階段を下り、構内に入った時、彼は同行の幹部に言った。
 「今日は、パリ会館では、青年部の第一回代表者大会が行われることになっていたね。青年たちの新しい出発のために、詩を贈ろう。言うからメモしてくれないか」
 わずかな時間であっても、広宣流布のために、有効に使いたかったのである。
 ホームで口述が始まった。
 「今 君達は
  万年への広宣流布という
  崇高にして偉大な運動の
  先駆として立った
  正義の旗 自由の旗
  生命の旗を高く掲げて立った
    
  二十一世紀は 君達の世界である
  二十一世紀は 君達の舞台である」

【聖教ニュース】

◆来月、SGI秋季研修会を実施 70カ国・地域の280人が来日 2017年10月26日
世界の友と広布新時代の大航海を


平和の地球を、我らの勇気で! SGI秋季研修会では、世界中から集い来る同志が希望の前進を約し合う(SGI青年研修会から=先月、神奈川池田記念講堂で)
平和の地球を、我らの勇気で! SGI秋季研修会では、世界中から集い来る同志が希望の前進を約し合う(SGI青年研修会から=先月、神奈川池田記念講堂で)

 世界の友と、新たな広布の大航海を!――SGI(創価学会インタナショナル)秋季研修会が来月、盛大に開催される。
 これには、世界70カ国・地域から280人が参加する予定。地球の反対側にある中南米、希望大陸・アフリカをはじめ、五大州から尊き求道の同志が来日する。
 期間中、各国代表者会議や、埼玉県内の各地で交流交歓会を実施する。
 1975年1月26日、太平洋に浮かぶグアムの地で、第1回「世界平和会議」が行われ、SGIが発足。席上、51カ国・地域から集った参加者の総意で、池田大作先生がSGI会長に就任した。
 会議の中で、池田先生は呼び掛けた。
 「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」
 以来、42星霜――。
 広布拡大の先頭に立ち、同志への間断なき激励行を重ねた池田先生。その期待に応えようと、各国各地で信頼と共感の輪を広げてきた創価の友。師弟共戦の闘争によって、人間共和の連帯は今、世界192カ国・地域へと広がったのである。
 混迷の度を増す現代社会にあって、SGIの使命は、いやまして大きい。
 かつて池田先生は、つづった。
 「良き人びととの連帯を広げ、平和と文化と教育の価値を創造していくことができる。これが、大仏法の人間主義である。民衆と民衆の『平和の大連帯』――これが、我らSGIである」と。
 広宣流布大誓堂完成5周年となる明2018年の11月18日へ、伝統の秋季研修会は、世界広布のさらなる雄飛を誓い合う絶好の機会となろう。

◆マレーシア創価幼稚園で第23回卒園式 2017年10月26日
   
卒園式で、池田先生の創作童話「シカとカンタ」の演劇を、はつらつと披露した園児たち
卒園式で、池田先生の創作童話「シカとカンタ」の演劇を、はつらつと披露した園児たち

 マレーシア創価幼稚園の第23回卒園式が14日、首都クアラルンプール郊外で晴れやかに開催された。
 これには、創立者の池田先生がメッセージを贈り、みんなと仲良くできる明るい“太陽の子”として、強く、正しく、伸び伸びと、成長していってほしいと望んだ。
 黎来好園長、梅松明理事長は、148人の王子・王女たちの門出を心から祝福した。
 式典の最後には、卒園生による創立者の創作童話「シカとカンタ」の演劇が披露された。この日を目指し、練習を重ねてきた園児たちの元気いっぱいの演目に、温かな拍手が送られた。

◆原田会長を中心に各部代表者会議 2017年10月26日
「戦う生命」に永遠の福徳


 世界広布新時代第48回の各部代表者会議が25日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、全同志の奮闘、とりわけ激動のこの一年、たゆまず光を放ち続ける太陽の婦人部の友に、心からの感謝を伝えた。
 そして、日蓮大聖人が一人の母の真心を賛嘆された「十方の諸天此れをしり給うべし、露を大海によせ土を大地に加るがごとし生生に失せじ世世にく(朽)ちざらむかし」(御書968ページ)を拝読。
 「広布の労苦は、全宇宙の諸天が見つめている。その福徳は、妙法の大海、妙法の大地と一体となって、永遠に消えることはない」と述べ、この大確信と大誠実で、仏に等しい同志をねぎらい、たたえていただきたいと訴えた。
 続いて、試練と戦う池上兄弟に宛てた、次の一節を拝した。
 「この度、この難を耐え忍び抜いて、法華経の大功力を試してごらんなさい。日蓮もまた、強盛に諸天に申し上げましょう。いよいよ、恐れる心や姿があってはなりません」(同1084ページ、通解)
 先生は「どんな嵐の時も、臆さず惑わず嘆かず、一切を耐え忍び抜いて、勇敢に仲良く朗らかに、前へ前へ進んでいくのだ。そこに、変毒為薬の大功力を現して、真実の栄光を勝ち広げることができる」と力説した。
 さらに、三類の強敵との大闘争である「札幌大会」「夕張大会」「東京大会」「大阪大会」から本年で60年となったことに触れ、全国の尊き全同志の異体同心の力で、師弟の凱歌を飾ることができたと強調。
 この60年前の大闘争の中、戸田先生から、眼前の勝敗を超えて、「また戦うんだ。どこまでも戦うんだ」と厳愛の叱咤を受けた事実を紹介し、“今も私の生命に轟くこの師子吼をわが弟子に贈りたい”と述べて、メッセージを結んだ。
 原田会長は重ねて全同志の奮闘に感謝し、リーダーは、大誠実で「信心の激励」に徹していきたいと強調。
 広宣流布の「次の勝利」を深く見据えながら、負けじ魂と清新な決意で立ち上がり、明年の「11・18」を目指して、圧倒的な折伏弘教と人材の拡大へ出発しようと呼び掛けた。
 また、長谷川理事長、谷川主任副会長、志賀男子部長があいさつ。
 本社編集局の伊藤大輔主任が海外取材報告を行った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青年SGI 世界の若きスクラム〉 タイ 2017年10月26日

 
首都バンコクのルンピニー公園で。25年前(1992年2月)、タイ訪問中の池田先生は、この公園でタイの青年部と記念撮影に納まり、広布の未来を託した。その誓いを受け継ぐタイ青年部が意気高く
首都バンコクのルンピニー公園で。25年前(1992年2月)、タイ訪問中の池田先生は、この公園でタイの青年部と記念撮影に納まり、広布の未来を託した。その誓いを受け継ぐタイ青年部が意気高く

 アジアで初の支部となる「バンコク支部」の結成から55周年。今、タイに広がる創価の連帯は16万人を超えた。広布の原動力や活動の様子を、青年部のリーダーに聞いた。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉67 宝の同志の奮闘に心から感謝―― 「11・18」へ新たな決意で前進! 公明は国民の期待に応えよ

 
誉れの「11・18」学会創立記念日へ世界の友も清新な決意にあふれて                                                                          
誉れの「11・18」学会創立記念日へ世界の友も清新な決意にあふれて

 長谷川 このたびの台風により、被害に遭われた地域の方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 原田 悪天候が続く中、全国の同志の皆さまが、各地で対話拡大に多大な尽力をしてくださいました。大激戦を走り抜いてくださった全ての方々に感謝を申し上げます。筆舌に尽くせぬ大奮闘、誠にありがとうございました。

 長谷川 真剣に祈り、戦い切った結果は、全て御仏意であり、深い意味があります。信心の眼から見れば、皆さんが「陰徳陽報の大果報」に包まれることは間違いありません。ともどもに大健闘をたたえ合っていきたいと思います。

 永石 御聖訓に「悦しきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(御書286ページ)と仰せです。池田先生は、この御文を通して、「大事なことは、わが宝の同志が自身の心の大地に無量の福運を積み、そして民衆の心の大地に無限の幸の仏縁を広げゆくことだ。これが一番の大勝利だ」と語られました。

 長谷川 広宣流布は永遠の長征です。私たちの世界平和への誓願の大行進はこれからも続きます。新たな決意で、新たな目標へ向かって、仲良く団結して出発してまいりたい。

 原田 まずは、来月迎える栄光の「11・18」を目指し、そして、池田先生の卒寿の誕生日である明年の「1・2」に向けて、師匠と共に、世界の同志と共に、「いまだこりず候」(同1056ページ)、「一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)の精神で朗らかに大前進をしていきましょう。

日本の政治の柱に


 長谷川 あらためまして、このたびの第48回衆議院選挙において、史上まれに見る短期決戦の中、最後の最後まで、公明党を支えてくださった全ての皆さまに、感謝・御礼を申し上げます。

 原田 支持者の方々の血のにじむような労苦と奮闘のお陰で、公明党があります。公明党は、一人一人の真心を断じて忘れることなく、大恩に報いていってもらいたい。

 竹岡 513票という僅差で、大接戦を競り勝った北海道10区をはじめ、公明党は8小選挙区で激戦を突破。比例区では全てのブロックで議席を獲得し、21人が当選。合わせて29議席を獲得しました。惜しくも当選に及ばなかった地域も、前回票を上回るなど、大健闘を果たしました。

 志賀 自公両党では衆院全体の3分の2を上回る議席を獲得し、政権基盤が強化されました。各紙でも、「政治の安定を維持し、経済再生や日本の安全確保できちんと結果を出してほしい。それが、今回示された民意だろう」(23日付読売新聞)など、結果について分析しています。

 竹岡 今回の衆院選は、経済や外交をはじめ、政治を前に進めてきた自公連立政権に日本の未来を託すのか。それとも、野党に委ねるかを問う政権選択の選挙でした。結果として日本の未来の舵取りは、自公連立政権に託されました。

 永石 連立政権の要として公明党はこれまで以上に「庶民の視点」「生活者の視点」を大切にして安心を届けてほしいですね。「教育負担の軽減」もぜひ実現してもらいたいと思います。

 志賀 日本は今、さらなる経済再生、本格的な少子高齢化、緊迫する北朝鮮問題など、重要課題が山積しています。日本の未来を開くためにも、いよいよこれからが、公明党の本領発揮の時です。改革を進めるとともに、全国3000人の議員が結束し、比類なきネットワークの力で、国民のために掲げた公約を有言実行で果たしてもらいたい。

 伊藤 各界からの期待も大きいですね。政治評論家・森田実氏は「結党以来、50年間にわたり積み上げてきた、その信念の行動の数々は、日本の政治にとってとても貴重なものであり、ここにこそ本来の政治の原点がある」「(公明党は)今や日本の政治の柱となりました」と語っています。

 竹岡 「一部の人ではなく、すべての人のための政治。日本一国のみならず、世界のための政治。そのような『人間主義』、世界市民的な視野を持った政治を、公明党は半世紀余にわたって貫いてきた」(作家・佐藤優氏)との声もあります。

 原田 公明党はこうした期待を胸に、「大衆とともに」との不変の立党精神をどこまでも貫き、国民のため、日本のため、世界のために、全身全霊を賭して戦い抜いていただきたい。

万全の体調管理を


 伊藤 秋の深まりに合わせて、気温が低下し、日没の時間も早くなってきました。先日は、都心でも60年ぶりとなる寒さを記録しました。

 永石 天候が変化する時は体調を崩しやすくなります。特に朝晩は冷え込みますので、服装など防寒対策を心掛けたいですね。

 原田 風邪などをひかないよう、今から小まめな手洗い・うがいを習慣化することも大切です。疲れがたまっている時は早めに休むなど、生活リズムを整えてください。日々の真剣な祈りを根本に、体調管理に万全を期して、一日一日を価値的に、聡明に過ごしていきましょう。

◆〈信仰体験〉 亡き夫の後を継ぎ電気工事会社社長に

「信心」は私の最高の宝物 2度のがんを越え、「優良電気工事店」

【鳥取市】無口で、取っつきにくく、ちょっとこわもて。そんな職人気質の社員が、木原辰惠さん(60)=若葉台支部、地区副婦人部長=のことを、「お母ちゃん」と慕う。電気工事会社の社長だった夫・荘一郎さんが他界して16年。その後を継ぎ、堅実に仕事を貫き、本年、「優良電気工事店」に輝いた。そこには、実証の土台を支えてくれた、亡き夫の形見ともいうべき“宝物”が幾つもある。

2017年10月25日 (水)

2017年10月25日(水)の聖教

2017年10月25日(水)の聖教  

◆わが友に贈る

広布に生きる人生に
行き詰まりはない。
全てを意味あるものに!
たくましき楽観主義で
胸中に新生の太陽を!

◆〈名字の言〉 2017年10月25日
 

 将棋棋士の大山康晴氏は十五世名人になった翌年、屈辱的な敗北を喫し、無冠に陥落した。良い時は群がるマスコミも、潮目が変わると手のひらを返す。そんな大山氏を、父が励ました。「自分の将棋を指すように心掛けなさい」(『名棋士81傑 ちょっといい話』講談社)▼そこからの巻き返しはすさまじかった。2年のうちに、王将、九段、名人の三冠を奪取し、以後、名人戦13連覇などを果たした。さらに、がんの闘病も勝ち越えるなど、生き方そのものが“不死鳥”さながらであった▼氏は、あの父の言葉を、どう受け止めたのだろう。“肩書や立場ではなく、「将棋」という使命の舞台で、自分の信念を貫け”という指針として、胸に刻んだように思えてならない▼人生、順風もあれば嵐もある。忘れてならないのは、いかに周囲の状況が変わろうと“自分は自分”であるということだ。何があろうと前を向いて、一つ一つ、誠実に努力を重ねる。いつか嵐がやんだとき、目覚ましい成長を遂げた自分を発見するだろう▼大山氏は色紙に揮毫する際、「忍」とよく書いた。不遇の時代にこそ、本物の負けじ魂が磨かれる。仏の別名もまた「能忍」。能く忍ぶ人こそ、わが使命を見失うことなく、自他共の幸福という大事を結実させる。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年10月25日

 信心は常に「いよいよ」
 「これから」だ。新たな
 決意と祈りで創立の月へ
      ◇
 未入会のご家族・親戚に
 感謝の言葉を。仏法者の
 真価は誠実な振る舞いに
      ◇
 師子は打たれるほど強く
 なる―戸田先生。青年よ
 次なる峰へ先陣を切れ!
      ◇
 「子にすぎたる財なし」
 御書。未来部を皆で育成。
 受験生にも真心のエール
      ◇
 寒暖差等による秋バテに
 注意。生活習慣の見直し
 で疲れ残さず健康人生を

◆社説  寒暖差の大きい時季      賢明な知恵で自他共に健康長寿を

 
本格的な冬の到来を前にしたこの時季。一日の最高気温と最低気温の差、いわゆる寒暖差が非常に大きく、体調を崩しやすくなる。私たちの体は、寒い環境では熱をつくり出し、暑い環境では熱を逃がそうとする。こうした体温の調節をつかさどっているのが「自律神経」だ。
 寒暖差が激しいと、その環境に対応しようとするため、より多くのエネルギーを消費し、自律神経に疲労が蓄積する。その結果、肩凝りやめまい、食欲不振などにつながることがある。そうした症状を感じる前に予防することが大切だ。
 外出時には、帽子や手袋、マフラーなどで防寒対策を。長袖のカーディガン、あるいはストールなども重宝するだろう。また、温かい部屋から外へ出る場合、あらかじめ上着を羽織ったり、軽いストレッチなどをして血流をよくしておくことを心掛けたい。
 急激な気温の変化によって、免疫力が低下するところに、例年11月ごろからは、インフルエンザが広がりを見せ始めるので気を付けたい。多くの人の場合、安静にすることで自然に治るものの、持病がある人、乳幼児や高齢者、妊婦などは重症化することもある。
 特に高齢者は、インフルエンザを発症しても高熱が出にくいことがある。咳が長引いたり、痰が絡まったりといった症状を本人や家族が感じたら、早めに医療機関を受診しよう。
 発症を抑えるだけでなく、万一、インフルエンザにかかった場合でも重症化を防ぐ効果が期待されるのが、ワクチンの接種だ。ただ接種後、すぐに効果が表れるわけではなく、約2週間後から抗体の量が増え始めるので、流行のピークを迎える遅くとも12月中旬ごろまでの接種が望ましいとされている。
 いずれにしても、天候が不順だったり、疲れがたまっていたりする時だからこそ、賢明な生活の知恵と行動を意識して励行していきたい。
 池田先生は、創価学会永遠の五指針にある「健康長寿の信心」に込めた思いを述べている。
 「自他共に健康長寿の人生を生き生きと謳歌していく中にこそ、真の『幸福の世紀』、『平和の世紀』、『健康の世紀』が実現していきます。私どもの創価の仏法運動は、そのためにこそあります」
 広宣流布という尊い使命に生き抜く私たちは、張りのある勤行・唱題を根本に、心身のリズムを整え、晴れやかに創立の月・11月を迎えていきたい。

◆きょうの発心   正義の言論で拡大に挑戦 2017年10月25日


御文
 『一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず』
(四条金吾殿御返事、1163ページ)
通解 人間の一生は夢の上の出来事のように、はかなく、明日の命も分からないものである。いかなる乞食になっても、法華経に傷を付けてはならない。

 どんな境遇になろうとも、信心の戦いは一歩も引いてはならないと仰せです。家族そろって入会する前に、わが家に宿命の嵐が襲い掛かってきた時、命に刻んだ御文です。
 1983年(昭和58年)、父が重度の糖尿病を患う中、母が末期がんであることが判明し、医師から”余命数カ月”との宣告を受けました。
 学会員の先輩から信心の話を聞き、藁にもすがる思いで入会を決意。両親の反対に遭いましたが、先輩と共に唱題を重ねること1年、両親は病魔を乗り越え、私に続いて両親も入会しました。二人とも、20年近く更賜寿命し、医師も驚くほどの実証を示して、霊山へと旅立ちました。
 85年に、仕事の関係で成田へ。池田先生を求めて来日される海外の来賓やSGIメンバーを迎える尊き使命の地を舞台に活動する喜びを胸に、さらなる決意に燃えています。
 広宣流布大誓堂完成5周年となる明年の「11・18」を目指し、これからも正義の言論を武器に広布拡大に挑戦してまいります。

 千葉・池田総県書記長 辰口 信次

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十六 2017年10月25日(6207)
 

 フランス上院の議場を見学した山本伸一は、公邸で、ポエール議長と会談した。議長は、創価学会に強い関心をもち、かねてから親しく話し合えることを願っていたという。
 また、人間尊重と平和への理念のもと、今回、伸一が、ソ連、ブルガリアなど、社会体制の異なる国々を訪問して要人とも会見し、平和・文化交流を重ねていることに対して、共感しているとの感想を語った。
 平和のためには、異なる体制、異なる文化の国々との交流が大切になる。しかし、多くの人は、その交流を避けようとする。それだけに、彼の行動に議長は着目していたのだ。
 伸一は、自らの平和への信念について簡潔に訴えた。
 「売名のため、あるいは観念で、平和や生命の尊重を語る人もいるかもしれない。しかし、平和を切実に願う人びとや、純粋な青年たちは、鋭く見ています。
 大切なのは、実際に何をしたかという、事実のうえでの行動です。私は、その信念で動いています。そうでなくては、次代を担う青年たちに、平和への真実の波動をもたらすことなどできません。私は真剣なんです。
 創価学会は、戦時中、軍部政府の激しい弾圧を受けました。それによって、牧口初代会長は獄死し、戸田第二代会長をはじめ、多くの幹部が投獄されています。また、私個人としても、戦争で兄を失い、戦禍の悲惨さも身に染みています。
 だからこそ私は、戦争のない世界を創らねばならないと、生命の尊厳の法理である仏法を信奉し、その平和主義を実現するために、行動しております」
 語らいは弾んだ。議長は、自身のレジスタンス運動の体験を語っていった。
 話題は、フランス大統領を務めたド・ゴールなどの人物論から、人間の生き方に及び、三時間にわたって意見交換がなされた。
 「人間は、自分より不幸な人を助けなければならない」――それが議長の信念である。
 平和への共鳴音が、また広がっていった。   

【聖教ニュース】

◆民音がマレーシア派遣公演 2017年10月25日
日本との外交関係樹立60周年を祝し、両国の音楽家が友情のステージ

日本とマレーシアの青年音楽家たちによるステージ。聴衆から「音楽に国境はないと肌で感じました」等の感想が寄せられた(17日、コンベンションセンターで)
日本とマレーシアの青年音楽家たちによるステージ。聴衆から「音楽に国境はないと肌で感じました」等の感想が寄せられた(17日、コンベンションセンターで)

 民主音楽協会(民音)によるマレーシア派遣公演が17日から19日まで、同国の3会場で開催された。
 世界と日本の青年音楽家の交流を目的に民音が手掛ける海外派遣公演「Min-On Global Music Network」は韓国(2014年)、ロシア(15年)、シンガポール(16年)に続いて、今回が4回目。“音楽の力で世界平和の建設を”との創立者・池田大作先生の理念に基づく取り組みとして、各国で好評を博してきた。
 日本とマレーシアの外交関係樹立60周年を慶祝する今回の公演には、日本から尺八や三味線、和太鼓、琴、日舞の演者をはじめ、ピアニストやバイオリニストなど9人の気鋭の音楽家が出演。一方、マレーシアからはガムランという民族音楽を奏でる弦楽器のラバーブや、打楽器のグンダンを演奏するアーティストやダンサーなど8人が参加した。
 テーマは「レガシー(遺産)」。両国の音楽の魅力を分かち合うことで、互いの文化遺産を継承していく重要性を表現したい――そんな願いが込められている。
 初日公演(17日)は首都クアラルンプールのコンベンションセンターで。ピアノの流麗な旋律で幕を開けると、東南アジアのガムラン音楽の演奏や、日本の力強い「津軽じょんがら節」などが次々と。音色も心も一つに解け合った友情のステージに、聴衆から拍手と喝采が送られた。
 2日目(18日)にはマレーシア・ツーリズムセンターで、最終日(19日)にはマレーシア国立芸術文化遺産大学でそれぞれ行われ、反響を呼んだ。
 出演者からは、次のような声が――。
 「感動で言葉が見つかりません。共演する中で、学ぶことは山ほどありました。民音の皆さまには、この活動を世界中に広げていただきたい」(ゴング奏者、ニック・モハマッド・イザム氏)
 「異なる文化に触れて、自身の成長の大きな糧となりました。心から感謝しています」(和太鼓奏者、金刺由大氏)
 来賓として公演を鑑賞した、マレーシア全国作家協会連盟のザイナル・アビディン・ボーラン会長は語った。
 「類いまれな共演に感動を禁じ得ません。音楽には人を魅了し、団結させる力がある。その力が平和につながるのでしょう。民音の活動に心から敬意を表します」
 また20日には、同大学で民音主催のワークショップも催され、約100人の学生らが日本とマレーシアの両国の文化を堪能した。

◆インドネシア・ワヒド元大統領夫人が創価大学で記念講演行う 2017年10月25日

  
ワヒド元大統領のシンタ・ヌリヤ夫人が、創価女子短期大学の学生たちに語る。「女性がリーダーシップを発揮するためには?」との質問に対し、夫人は「徹して学び抜くことです」と(創大・大教室棟で)
ワヒド元大統領のシンタ・ヌリヤ夫人が、創価女子短期大学の学生たちに語る。「女性がリーダーシップを発揮するためには?」との質問に対し、夫人は「徹して学び抜くことです」と(創大・大教室棟で)

 インドネシア共和国の故アブドゥルラフマン・ワヒド元大統領のシンタ・ヌリヤ夫人が24日、東京・八王子市の創価大学を訪問。創価女子短期大学の学生たちを対象に記念講演した。
 同夫人は、池田先生とワヒド元大統領との会見(2002年)に同席。その後も、インドネシア創価学会の会合等に来賓として出席するなど深い交流を重ねてきた。12年には、創価大学の本部棟で講演。『香峯子抄』のインドネシア語版が発刊された際(15年)には序文を寄せている。
 今回の講演は、「宗教の差異を超えるイスラムの平和精神」と題して行われた。国民の大多数がイスラムである同国。夫人は、イスラムの精神とは本来、「平和と安穏、幸福を追求するもの」であり、「人間性の価値を高めていくもの」であると強調。今こそ人類は、宗教の差異を超えて平和の潮流を築いてきた池田先生やワヒド元大統領の偉大な行動に学び、実践するべきであると訴えた。
 また平和精神を広げる担い手としての女性の使命にも言及。女性は「生命を慈しむ心」「平和を愛する心」を持った存在である。互いの心を尊重し合う女性の連帯が平和な社会を映し出すと語った。そして『香峯子抄』について触れ、同書には女性が平和を開いていくための手本が示されていると述べた。
 講演後、夫人に「創大最高栄誉賞」が贈られた。夫人一行は東京富士美術館も訪れた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 静岡・掛川市 2017年10月25日

 
夕日に染まる威風堂々の富士。池田先生が新幹線の車中からカメラに収めた(2007年11月)
夕日に染まる威風堂々の富士。池田先生が新幹線の車中からカメラに収めた(2007年11月)

 掛川市は、静岡県の西部に位置する。北部は南アルプスの山々が占め、南部は遠州灘に面した砂浜海岸が広がる。
  戦国時代に、掛川城、高天神城、横須賀城の三つの城が建てられ、その後、城下町として発展。東海道に沿って、掛川と日坂の宿場町が栄え、海上交易の中継地の役割も果たした。
全国有数の茶の生産量を誇り、メロンやイチゴの栽培も盛ん。「葛府」と呼ばれる葛の繊維を織り上げた布は、インテリ用品にも活用されている。
毎年10月には、掛川駅周辺市街地を中心に「掛川祭」が開催される。華やかに装飾された屋台など、街は祭り一色に染まる。
この「掛川祭」で、地域の子どもたちに「和太鼓」を教えているのが、佐藤友宏さん(掛川創価圏、男子部本部長)。
「祭りに関わる方々は、地域への思いが熱く、エネルギッシュな人が多い。皆さんと手を携えながら、地域に貢献していきたい」
もともと人間関係をつくるのが苦手で、”自分の世界”に閉じこもる性格だった。そんな自分を変えたいと思っていた時、友人から本部幹部会の中継行事に誘われた。
友人も、かつては”自分の殻”に閉じこもる人間だったが、まるで別人のように明るく変わっていた。その姿に信心の力を感じ、2006年(平成18年)に入会した。
翌年、創価班大学校に入校。だが、次第に信心から離れ、男子部の仲間も遠ざけるように。
毎晩のように遊び歩く生活が続く。そんな中、父が不慮の事故で亡くなった。
通夜には、佐藤さんを入会に導いた友人も来てくれた。「上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う」(御書1430頁)との御聖訓を拝して励ましてくれた。その真心に、” 父の分まで、精いっぱい人生を生きよう”と誓った。
以来、学会活動に一歩も引かずに挑戦。昨年には、弘教を実らせた。
現在、地域の消防団の一員としても活躍する佐藤さん。「自らの姿を通して、地域に学会理解の輪を広げていきます」
                                                                   ◇
東京・八王子市出身の若松由貴さん(掛川創価圏、女子部副本部長)。アメリカ創価大学(SUA)を卒業後、自動車の排ガス浄化触媒などの開発・生産・販売を行う会社に就職した。
経営の観点から原価の引き下げを計画し、実現をサポートする部署で活躍する。
入社当初、「東京出身」「アメリカの大学卒業」という経歴で、社内から注目された。若松さんも”SUAの看板を背負っている”と意気込んだが、専門用語などが分からず、何度も先輩から叱責された。
そのストレスから、じんましんを発症。それでも、”何としても社会で勝利の実証を”と、御本尊に思いをぶつけるように祈り、自分の心を奮い立たせた。
先輩の指摘にも、必死に食らいついた。少しずつ仕事を覚え、職場での信頼を広げた。3年後、じんましんは完治した。
昨年、会社の業務査定で、最高の評価を勝ち取った。今では”なくてはならない存在”として光る。
学会活動では、総静岡女子副未来部長を兼任し、未来部員の激励にも奔走。創価高校、SUAで学んだ原点を語っている。
「ここまで自分が成長することができたのは、静岡の皆さんの励ましのおかげです。静岡は、私の大切な『故郷』です」。若松さんの笑顔が弾けた。

栄光の共戦譜
学会創立記念日を迎える11月は、静岡の友にとって、忘れ得ぬ歴史が幾重にも刻まれた月である。
1971年(昭和46年)11月10日、清水市(当時)鈴与記念体育館で、池田先生が出席しての記念撮影会が開催された。「静岡県太陽の日」の淵源である。
約4000人の同志が集った撮影は、15グループに分かれ、3時間に及んだ。撮影の合間、先生はマイクを取り、友に万感の励ましを送り続けた。
”静岡は、あらゆる点で模範的な国土となり、妙法流布の実証を全国に先駆けて示していく使命がある””仲良く、信心からほとばしる底抜けの明朗さをもって進んでいってほしい”
会場には、同志が持ち寄った特産品が展示されていた。このコーナーに足を運んだ池田先生は、机上に置かれた色紙にしたためた。
「太陽」。この二字を友は胸中深くに刻んだ。
日蓮大聖人は伊豆流罪。日興上人は熱原の法難。
戦時中、牧口先生は軍部の弾圧によって、伊豆・下田で逮捕された。戸田先生、池田先生は悪侶の謀略と戦ってきた。
数々の大難が競い起こってきた地であるがゆえに、静岡には「正義の闘魂」が、世代を超えて、脈々と受け継がれている。
                                                                        ◇
掛川の友は、「あの11月」を忘れない。それは、81年(同56年)11月30日。池田先生が掛川市を初めて訪れた日である。
第1次宗門事件の嵐は、掛川にも吹き荒れた。師と共に、静岡の同志は宗門尽くし抜いてきた。赤誠の外護を踏みにじる横暴に、”もう、だまってはいられない”と立ち上がった。
81年、掛川を含む駿河圏(当時)の友は、「500世帯の弘教」という大きな目標を掲げた。
年頭から怒涛の勢いで展開された対話は、「500世帯の弘教」に結実。この金字塔が打ち立てられた日こそ、師が掛川を訪問した11月30日だったのである。
この日、先生は学会員が営む市内の喫茶店へ激励に。駆け付けた圏のリーダーの中に、早川三夫さん(駿河常楽県県副総合長)の姿もあった。
「目標達成の日のご訪問に、”先生は弟子の戦いを、全て分かってくださっている”と思えてなりませんでした」
早川さんは、71年11月の記念撮影会にも参加。師の激励に”「御書根本」「先生の指導根本」に進んでいこう”と誓い、真っすぐに学会活動に励んだ。
第1次宗門事件の時には、圏青年部長として同志の激励に奔走。自らが拡大の先頭に立って戦い、81年に掛川で師との出会いを刻んだ。
先生は友を温かく激励。早川さんは「本日、500世帯目の弘教が実りました」と元気いっぱいに報告した。先生は「すごいね」「よかったね」と何度も友の奮闘をたたえ、「学会は、どこまでも『師弟』だよ」と語った。
早川さんは、「当時の駿河圏が、今日のように発展した原動力は、この時の先生の励ましにほかなりません」と力を込めた。
2年前、前立腺がんが見つかった。だが、”信心の力を証明してみせる”と決め、懸命に祈り続けた。治療にも専念し、がん細胞は消滅。今、経過観察を続けながら、広布の最前線を駆ける日々だ。
関根恵子さん(遠州創価県、圏副婦人部長)も、師の掛川訪問の場に集った。
「記念撮影までしてくださった感動を、忘れることなどできません」
原点は、71年8月21日、静岡での師との出会いだ。この時、先生は関根さんら女子部の友に、「実証を示す人に」と期待を寄せた。
当時、社会人2年目。仏法への理解も浅かったが、一人一人の成長を心から願う師の姿に、”池田先生を「人生の師」として進もう”と決めた。
82年(同57年)滝司さん(同副支部長)と結婚。その後、滝司さんの海外転勤で、ポルトガルへ。現地の友と信心の喜びを語り合う中で、92年(平成4年)に支部が結成された。
「この前年、日顕宗と決別し、学会は”魂の独立”を果たしました。支部結成は、世界宗教へと飛躍する第一歩だったと思います」
翌年、帰国。静岡での新たな生活をスタートした矢先、ステージ3の子宮がんが見つかった。
医師から手術を告げられた。”自分には、まだ果たさなければいけない広布の使命がある”。必死に祈り、手術は無事に成功。その後の治療で快方に向かい、寛解を勝ち取った。
「これからも、功徳の実証をもって、先生にお応えしていきます」—―そう語る関根さんの胸には、「実証を示す人に」との女子部時代の誓いが輝いている。
                                                                     ◇
71年の記念撮影から45年が経過した昨年11月、新愛称「太陽の静岡」が発表された。先生は静岡の友への万感の思いを詠んでいる。
「天下一 正義の太陽 静岡よ 一人ももれなく 凱歌の生命を」
”我らの11月”は、もうすぐだ。「正義の太陽」の誇りに燃え、掛川と静岡の新たな前進が始まる。

2017年10月24日 (火)

2017年10月24日(火)の聖教

2017年10月24日(火)の聖教

◆わが友に贈る

誉れの「11・18」へ
皆が清新な決意で
広布拡大の快進撃を!
新しい友をつくり
新しい時代を開こう!

◆〈名字の言〉 2017年10月24日
 

 旧国鉄の民営化から本年で30年。大都市圏を擁する本州に比べ、多くの赤字ローカル線を抱えていたJR九州は当初、将来を不安視されていた▼さまざまな営業努力を重ねた同社は、昨年10月、ついに株式上場を果たす。その躍進を支えた同社の“合言葉”は「本気で『日本一』『世界一』を目指す」である▼予約が取れないほど人気の寝台列車「ななつ星」では、運行の1年前に乗務員を決め、徹底して研修した。韓国の釜山と福岡を結ぶ高速船事業は、10年計画で社員の船員資格取得から始めた。鉄道事業の「サービスの基本39カ条訓」に「電話に出る時の声のトーンは、ドレミファソの『ソ』の音で」と明記するなど、細部まで“世界一”を目指した(唐池恒二著『本気になって何が悪い』PHP研究所)▼大いなる目標を掲げ、努力と工夫を重ねる。その“本気度”が最もよく表れるのは「人材育成」においてであろう。時間をかけ、手間をかけ、大切に育てられた人材がいてこそ、永続的な発展もある▼戸田先生は「人類のために活躍する若い人を育てるのだ」と語った。不二の弟子・池田先生の激闘によって、創価の青年の陣列は今や192カ国・地域に広がる。“世界一の青年城”の建設を目指し、師と共に新たな前進を開始したい。(誼)

◆〈寸鉄〉 2017年10月24日

 民族、言語超えた多様性
 溢れるSGIに学ぶべき
 ―識者。共生世紀の光源
      ◇
 第2総東京婦人部の日。
 世界広布本陣の母に幸は
 厳然。後継の人材も陸続
      ◇
 創価の世雄よ負けるな!
 職場を使命の舞台として
 光れ。きょう社会部の日
      ◇
 会場提供者、ご家族に感
 謝の言葉を。尊き献身あ
 ればこそ広宣流布は伸展
      ◇
 公害による死者、世界で
 年900万人。多くが大気汚
 染と。国際的取組が急務

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十五 2017年10月24日 (6206)
 

 ビクトル・ユゴーは、独裁化する大統領のルイ・ナポレオン(後のナポレオン三世)によって弾圧を受け、亡命を余儀なくされた。そのなかで、大統領を弾劾する『小ナポレオン』『懲罰詩集』を発表し、この亡命中に、大著『レ・ミゼラブル』を完成させている。フィレンツェを追放されたダンテが『神曲』を創ったように。
 彼らが、最悪の状況下にあって、最高の作品を生んでいるのは、悪と戦う心を強くしていったことと無縁ではなかったであろう。
 悪との命がけの闘争を決意し、研ぎ澄まされた生命には、人間の正も邪も、善も悪も、真実も欺瞞も、すべてが鮮明に映し出されていく。また、悪への怒りは、正義の情熱となってたぎり、ほとばしるからだ。
 彼が祖国フランスに帰還するのは、ナポレオン三世が失脚したあとであり、亡命から実に十九年を経た、六十八歳の時である。
 彼の創作は、いよいよ勢いを増していく。
 彼の心意気は青年であった。人は、ただ齢を重ねるから老いるのではない。希望を捨て、理想を捨てた刹那、その魂は老いる。
 「わたしの考えは、いつも前進するということです」(注)とユゴーは記している。
 山本伸一は、ユゴーの業績をとどめる上院議場を見学して、蘇生の新風が吹き抜けていったように感じた。
 彼は、この時、思った。
 “文豪ユゴーの業績を、その英雄の激闘の生涯を、後世に残すために、展示館を設置するなど、自分も何か貢献していきたい”
 その着想は、十年後の一九九一年(平成三年)六月、現実のものとなる。パリ南郊のビエーブル市に、多くの友の尽力を得て、ビクトル・ユゴー文学記念館をオープンすることができたのである。記念館となったロシュの館には、ユゴーが何度も訪れている。
 ここには、文豪の精神が凝縮された手稿、遺品、資料など、貴重な品々が公開、展示され、ユゴーの人間主義の光を未来に放つ“文学の城”となったのである。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ユゴー著『九十三年』榊原晃三訳、潮出版社   

【聖教ニュース】

◆キルギスが生んだ文豪の名を冠したアカデミーから 池田先生に国際アイトマートフ賞
創価の哲学を世界が賞讃

池田先生への「国際チンギス・アイトマートフ賞」のトロフィーと証書が、アブドゥヴァリエヴァ総裁(前列右から2人目)から、代理のハラップ理事長に手渡された(タプロー・コート総合文化センターで)
「大いなる魂を永遠に継承したい」アブドゥヴァリエヴァ総裁が出席しイギリスで授与式

池田先生への「国際チンギス・アイトマートフ賞」のトロフィーと証書が、アブドゥヴァリエヴァ総裁(前列右から2人目)から、代理のハラップ理事長に手渡された(タプロー・コート総合文化センターで)

 イギリスの「アイトマートフ・アカデミー」から、池田大作先生に「国際チンギス・アイトマートフ賞」が贈られた。授与式は19日、首都ロンドン近郊にあるイギリスSGI(創価学会インタナショナル)のタプロー・コート総合文化センターで行われ、同アカデミーのラヒーマ・アブドゥヴァリエヴァ総裁、同国SGIのハラップ理事長らが出席した。
 「お二人の友情の証しとして、皆さまの心に届けば幸いです!」
 授与式でこう語り、証書に添えられた一枚の写真を掲げたアブドゥヴァリエヴァ総裁。
 そこには、池田先生がキルギス出身の世界的な文豪である故・チンギス・アイトマートフ氏と1988年に東京で初の出会いを刻み、語らう様子が写っていた。
 以来、幾度も出会いを重ね、文学や宗教、政治、平和など、あらゆるテーマから人類の進むべき道を模索してきた二人の語らいは94年、対談集『大いなる魂の詩』として結実。現在では、英語やキルギス語などで翻訳され広く親しまれている。
 この対談集のドイツ語版の出版に関わったのが、アブドゥヴァリエヴァ総裁である。
 総裁はドイツにいた当時を「池田先生とアイトマートフ氏の人格に、非常に感銘を受けました。二人の偉大な人間主義者が出会ったのだと感じたのです」と振り返る。
 その後、イギリスに渡った総裁は、2011年に「アイトマートフ・アカデミー」を設立。同氏に関する会議や講演会の開催、作品の翻訳・出版等を手掛け、社会にアイトマートフ氏の文学遺産を広めている。
 その一環で創設されたのが「国際チンギス・アイトマートフ賞」である。受賞者には、キルギスのアカエフ元大統領やカザフスタンのナザルバエフ大統領ら、各国の元首や学識者が名を連ねる。
 今回の証書には、池田先生とアイトマートフ氏に脈打つ“大いなる魂の旗”を、池田先生が未来の世代に向けて掲げ続けてきたことへの感謝と賞讃が記されている。
 授与式で総裁は語った。「池田先生とアイトマートフ氏が紡いだ功績を広めることで、お二人の友情を、さらに深めたい」「私の目標は、二人の偉人の名を末永く顕彰していくことなのです!」

◆新たな広布の開拓へ! 10・19「ブラジルSGIの日」記念の集い

 
10・19「ブラジルSGIの日」を記念する集いに参加した友。歓喜の笑顔が光る(ブラジルSGI平和講堂で)
10・19「ブラジルSGIの日」を記念する集いに参加した友。歓喜の笑顔が光る(ブラジルSGI平和講堂で)

 10・19「ブラジルSGIの日」を記念する集いが19日、サンパウロのブラジルSGI平和講堂で開催された。
 池田先生は1960年10月19日、ブラジルを初訪問。翌日、海外初となる支部の結成を発表し、世界広布の開拓者の使命に燃える友を最大に激励した。  
 ブラジルの友は“良き市民たれ”との池田先生の指針のままに地域貢献に全力を。各地で教育・平和展示を開催したり、識字教育運動や牧口常三郎先生の創価教育学説に基づく「牧口教育プロジェクト」を推進したりするなど、ブラジル社会の発展に尽くしてきた。  
 こうした長年にわたる地道な貢献に理解と共感の輪は大きく着実に広がり、池田先生に「南十字国家勲章コメンダドール章」が叙勲されているほか、国内有数の大学が平和・文化・教育への偉業に敬意を表し、名誉学術称号を授与。サンパウロ州やパラナ州等の多くの都市が先生に名誉市民称号を贈っている。さらに、創価の三代の師弟をたたえ、その名を刻んだ「公園」や「通り」などが各地に開設されている。  
 記念の集いでは、青年部の代表がブラジルの師弟共戦の歴史について研究発表。女子部のアマンダ・メロさんが体験発表した。  
 ヒラノ婦人部長の後、ナカムラ副理事長は「異体同心の団結で、新たな世界広布の開拓へ、勢いよく進みゆこう」と訴えた。
 「ブラジル池田ヒューマニズム交響楽団」が記念演奏した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆広布50周年を勝ち飾るシンガポール創価学会 2017年10月24日
人間革命の実証こそ弘教拡大の原動力!

さらなる人材・弘教拡大に前進するシンガポール創価学会の友(本年6月、SSA本部で)
さらなる人材・弘教拡大に前進するシンガポール創価学会の友(本年6月、SSA本部で)

 アジア屈指の国際都市として発展するシンガポール。中国系、マレー系、インド系などの民族が暮らし、宗教も多様だ。調和を重視する同国で、シンガポール創価学会(SSA)の友は共生の心を光らせ、社会貢献に尽力してきた。

◆〈負けじ魂ここにあり わが生命の学園生〉5 札幌創価幼稚園 1976~78年度
世界一の幼児教育の城を! それが私の夢です。根本は  不幸な人を出さないことだ。

園児と通園バスに乗る池田先生。童謡やアニメの主題歌を歌い、クイズを出し合うなど楽しいひとときを過ごした(1976年4月17日)
園児と通園バスに乗る池田先生。童謡やアニメの主題歌を歌い、クイズを出し合うなど楽しいひとときを過ごした(1976年4月17日)

 「あっ、池田先生だ!」
 真新しい園舎に、王子・王女たちの声が響く。
  1976年4月16日。札幌創価幼稚園(札幌市豊平区)で、晴れの第1回入園式が行われた。
 創立者の池田先生は、新入生を出迎えるため、式典の1時間以上前から玄関で待っていた。
 「入園おめでとう!」
 「よく来たね」
 一人一人、頭をなで、頰をさすり、抱きかかえて歓迎する。
 北海道は、恩師・戸田先生の故郷である。
 また札幌は、創価教育の父・牧口先生が学んだ北海道尋常師範学校(当時)や、教師として初めて教壇に立った同校の付属小学校があった場所だった。
 “この地にいつか創価教育の城を”――池田先生は、創価学園の設立構想の段階から一人、心に期していた。
 小説『新・人間革命』には、その真情を綴っている。
 「札幌に、創価一貫教育の最初の門となる幼稚園をつくり、日本一、世界一の幼児教育の城にしたい。それが、私の夢だ」
21世紀の指導者を
 先生は入園式の前日から、札幌幼稚園を訪れている。準備に奔走する教職員をねぎらいつつ、未来を展望して語った。
 「この幼稚園を、日本一、世界一にしたいね。日本一、世界一ということの根本要件は、何よりも、この幼稚園からは、一人も不幸な人間を出さないということです。札幌創価幼稚園は、創価教育の出発点となります。目標は、21世紀の人間主義の指導者を育てることです」
 年少1クラス、年長3クラスの合計155人からのスタート。
 入園式で先生は、子どもたちの輪に飛び込み、自ら人間教育の範を示していった。
 ピアノで「さくら」を演奏し、園児と記念撮影や植樹を。式典が終わった後も、握手やハイタッチをして、一人一人と交流し、忘れ得ぬ思い出を刻んだ。
 さらに先生は、さくら組の三浦啓禎さん(1期卒園)に、自身が着けていた白バラの胸章を手渡した。
 「池田先生を間近に見て、うれしさと恥ずかしさでいっぱいでした」と三浦さん。
 幼い頃から体が弱く、クラスでも背が低い方だったが、1年間、元気に通い続けた。
 小学校に上がると、体調を崩して休みがちに。勉強が追い付かず、悩んだこともあった。それでも、不屈の負けじ魂で地元の中学・高校を卒業。社会人となった。
 だが、やがて過労で体が悲鳴を上げ、退職と入院を余儀なくされてしまう。その後も入退院を繰り返し、思うように働けない日々が続いた。
 そんな三浦さんの支えになったのは、家族や創陽会(卒園生の集い)の仲間たちの存在だった。
 何より、苦しい時はいつも先生から贈られた胸章を手に取って、自分を奮い立たせてきた。
 ――あの日、入園式から帰った三浦さんは、先生からの胸章を制服に着けて写真を撮った。
 そこには、白い大きな花を胸に、誇らしげな表情を浮かべる姿が写っている。
 “絶対に負けない! 必ず自分の使命の人生を開いてみせる!”
 根気強く治療に励み、三浦さんは10年以上の歳月を経て、社会復帰を果たした。
 現在は、児童福祉施設に勤めている。
 「どんな子にも、自信を持って生きてもらいたい。先生が私を励まし続けてくださったように、今度は私が子どもたちの支えになっていきたいと決意しています」
将来は創大へ
 入園式当日、子どもたちは「通園バス」に興味津々の様子だった。
 それを見た先生は、試運転することを提案。共にバスに乗り、園児たちを送り届けた。
 翌日(17日)にも、一緒にバスへ。車内は、先生を囲む“触れ合いの広場”となった。
 ある園児が「大きな羽を2枚つけて飛ぶもの、なーんだ?」とクイズを出す。「チョウチョウ」と答えた先生に、「当たりー」と笑いかけた。
 そうしたやりとりの中で先生が「一生懸命に勉強して、大きくなったら創価大学にもおいでね」と呼び掛けると、「はーい!」と元気な声が返ってきた。
 年少クラスだった舟生日出男さん(2期卒園)も、その場にいた一人だ。
 入園の折、優しく迎えてくれた先生の姿は、今も心に焼き付いている。後年、先生の教育に懸ける思いを知り、大学教員の道を志した。
 受験で一度は不合格になるも、1浪して特待生で創大の教育学部へ。先生との約束を果たした。
 卒業後は、東京工業大学と東京理科大学の大学院を経て、大学教員に。先進の学習支援システムを研究する。
 「学生たちが、共に深く学び合い、着実に成長できる学習環境を整えたい」と、母校・創大で教育に尽くす毎日だ。
忘れていないよ
 開園2年目の77年。この年、池田先生が初めて幼稚園を訪問したのは、9月生まれの園児たちのお誕生会だった。
 会場となる遊戯室に入った先生ご夫妻は、皆を見守るように、場内後方に座った。
 「きょうは、創価幼稚園に来てくださって、どうもありがとうございます!」
 園児の代表2人が、先生と香峯子夫人に歓迎の花束を贈呈。各クラスによる発表が始まった。
 鼓笛隊として見事なステージを披露したのは、すみれ組。年長の中で唯一の2年保育のクラスである。入園から1年半の成長を見てもらおうと、皆で張り切って練習してきた。
 舞台では、大小の太鼓や鉄琴、鍵盤ハーモニカを手に合奏を。その前では、リズムに合わせてバトンを回す子も。演奏が終わると、先生は満面の笑みで拍手を送った。
 最後に全員で先生が作詞した「厚田村」を合唱し、催しは幕を閉じた。
 この日、先生は、懸命に頑張る園児や教員の様子をカメラに収め、後に写真を贈っている。
 すみれ組の担任だった鈴木郁子さんには、ピアノ伴奏をしている姿を。「“いつも見守っているからね”との、先生の温かな心を感じました」と振り返る。
 先生は会場を後にすると、居合わせた教職員に言った。
 「本当に成長した。1年であんなに立派になるとは思わなかった。札幌の幼稚園から偉い人がどんどん出るよ!」
 ご夫妻に花束を渡したのは、宮田正靖さんと久保美奈子さん(共に3期卒園)である。
 宮田さんは東京・創価高校に進んだ後、東京大学、同大大学院に学び、札幌幼稚園初の「工学博士」に。大手電機メーカーに研究員として勤務する。
 久保さんは創大を卒業し、現在は東京・創価学園がある小平市で2児の母として奮闘。長女を東京創価小学校に送り出している。
 “お誕生会の原点”から40年の節を刻んだ本年9月、2人は近況を記した手紙とバラの花束を先生に届けた。
 すると先生は、全卒園生への思いも込めて、真心の伝言を寄せた。
 「ありがとう。本当にうれしい。札幌創価幼稚園、万歳だ! みんな、忘れていないよ」
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆紙上セミナー 生活に生きる仏教 「食」を通し地域の人々に貢献 
JA女性部の有志と共に運営

地元の食材を使った弁当が好評を呼ぶ  食品加工事業者代表 尾山叔子



 私は毎朝午前3時半に起きて、「ひびきの工房」の皆さんの健康、無事故を真剣に祈ります。
    「ひびきの工房」は、「JA埼玉ひびきの」女性部の有志による食品加工事業。午前5時には平均年齢69歳の仲間が“工房”に集合し、お弁当作りが始まります。午前11時に仕事が終わった後も、お茶を飲むなど、楽しい語らいが続きます。皆さんから、たくさんのことを学べるので、日々、感謝は尽きません。
 私と同女性部との出合いは、家族で地元、埼玉・上里町のイベントに参加した時です。女性部の皆さんが、地元の野菜がいっぱい入った豚汁や、手作りの田舎まんじゅうを、生き生きと笑顔で振る舞う様子に、私も仲間に入りたいと思いました。そして16年前、友人の誘いで女性部に入ったのです。
 私は上里町の農家の4女として生まれました。父は農業に誇りを持って、日々、まじめに働き、いつも地域の役員を引き受けて忙しくしていました。そんな父の背中を見て育った私が、JA女性部で活動することになりました。
 その中で一番大きな節目となったのは、「ひびきの工房」を立ち上げたことです。
 “食品加工事業を、ぜひやってみたい”という女性部の方々の声を聞き、JAの了解を得て“工房”としてのお弁当作りがスタートしました。
 2年間の試作や改良を重ね、味や見た目、値段を決めながら、2007年(平成19年)3月、正式に「ひびきの工房」の運営が始まりました。
 “工房”の皆で出資金を出し合い、まずは3年間、事業を続けようと互いに決意しました。

「地産地消」を心掛ける

 私たちの作るお弁当は、「地産地消」(地元で生産したものを地元で消費すること)を心掛けています。
 看板メニューの一つは、太巻きずしです。
 コメは、減農薬・減化学肥料特別栽培米である地元の「かんな清流米キヌヒカリ」を使用。太巻きは、この酢飯で新鮮な農産物を巻き込んだものです。
 どっしりとした卵焼きやゴボウ、ニンジンが入っていて、通常のものより大きいのが、うちらしさです。
 ひな祭りや運動会などの行事には、太巻きが出るのが、地域の昔ながらの習わしです。
 年配のお客さまは、幼い頃の記憶を重ねるように、「この太巻きを食べると懐かしい気がしますね。おばあちゃんの味がします」と喜んでくれます。
 看板メニューのもう一つは、地粉100%のゆでたてうどんです。
 「JA埼玉ひびきの」管内にある上里町は、国産小麦の主力品種である「さとのそら」の有数の生産地です。この地元産小麦で作っているのが、ゆでたてうどんです。
 地粉を使っているので、真っ白な麺ではありませんが、小麦の香りがほんのりする素朴な味が親しまれています。
 こうしたお弁当を、管内の四つの直売所に、毎日、140食から160食、配達しています。
 “工房”は、オリジナル弁当の注文にも対応しています。直売所の売り出し日や地域の行事のたびに、「お弁当をお願いできますか」と注文を頂けることも、うれしいことの一つです。

自分が変われば周囲も変わる

 “工房”を発足して2年後の09年、その取り組みがJAの雑誌「家の光」10月号に掲載されました。さらに11年2月には、JAグループの出版・文化団体主催による全国大会で、埼玉県代表として発表を行い、「会長賞」を頂くことができました。
 “工房”の取り組みは、いうなれば「6次産業化」の試みでもあります。
 作物の生産から加工、流通、販売までを、生産者が一手に担う6次産業化の動きは、今、全国各地で見られます。6次産業の「6次」には、1次(生産)、2次(加工)、3次(販売)を全てひっくるめた意味があります。6次産業化には、例えば加工した農作物をいち早く、消費者のもとに届けられるという利点があります。
 従来は、1次、2次、3次と、いくつもの事業者の手を介して農産品が消費者のもとに届いていました。それが、一つの事業者によって、消費者のもとに素早く届くようになるのです。
 農産品を、より新鮮な状態で届けることのできるこうした動きは、地域にとって活性化のきっかけともなります。
 お弁当を直売所に配達に行くと、売り場で「お弁当を楽しみに待ってました」と声を掛けてくださる常連客もいらっしゃいます。こうした方々に支えていただきながら、“工房”の経営を続けてくることができました。
 日蓮大聖人は「心という一法から国土世間も出てくるのである」(御書563ページ、通解)と、強い信心の一念が環境を変えていくことを教えられています。
 今いる場所、地域を、どう、より良くしていくことができるか。それは紛れもなく、そこに生きる人の心、一念が出発点です。自分が変わることで周囲も変え、地域をより良くしていくことができる――このことを仏法は教えています。

今いる場所を照らす“灯台”に

 “工房”のスタートに当たっては、もちろん不安も迷いもありました。しかし、地域の発展と人々の幸せを真剣に祈りながら、“絶対に引かない”と一念を定めて、“工房”の運営を続けてきました。
 私が心に刻む御金言に「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(同1190ページ)とあります。
 仏法は、仏道修行を妨げようとする「魔」と、どこまでも戦い抜く信心の姿勢を教えています。仏法は、この魔を見破り、乗り越えていく中に、自他共の幸福の拡大があることを示しています。
 自他共の幸せを願って、信心を根本に、常に前へ前へと進みゆく生き方こそ、信仰者の姿です。
 「地域の灯台たれ」との農漁光部の指針を胸に、地域の発展を願ってますます仕事に励んでいく決意です。

 【プロフィル】おやま・よしこ 「JA埼玉ひびきの」の女性部長を務める。と同時に、同女性部の有志による食品加工事業「ひびきの工房」を運営。埼玉・上里町在住。1965年(昭和40年)入会。婦人部副本部長。農漁光部員。

〈コラム〉 郷土の繁栄へ

 私たち信仰者は、わが地域の発展と繁栄を心から願って行動しています。
 日蓮大聖人は「智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(御書1466ページ)と仰せです。
 大聖人の仏法は、人生や生活から、かけ離れたものでは決してありません。
 私たち自身の日常の生活はもとより、政治、経済、教育、文化等のさまざまな社会的次元において、仏法の豊かな智慧を顕現していくことが仏法者としての使命です。そこに「仏法即社会」の具体的な展開、実践があります。
 池田先生は記しています。
 「“地域のために尽くそう。社会に貢献しよう”という強い一念があってこそ、仏法を社会に開くこともできる」と。
 地域の人々の幸福の実現も郷土の繁栄も、その使命を自覚した一人一人の行動から変革の一歩が始まるのです。

◆〈女子部のページ〉 若き心に“人生の幸の基礎”を 2017年10月24日


 11・12「女子部の日」を目指して、「池田華陽会御書30編」の読了に励む創価の乙女の姿が光る。

◆〈信仰体験 移住のリアル〉1 故郷の島へUターン かんきつ農家に転身
挑戦の人生に悔いなし 喜寿からの“ライフチェンジ”


 日本の人口は、東京をはじめとする都市部への極点集中が著しいが、近年は大都市回避志向、地域志向の傾向も見られる。
 都会から生まれ故郷へ戻る「Uターン」、都会から地方へ移り住む「Iターン」が増加。2014年(平成26年)には、移住支援策などを活用した地方移住者が1万人を超えた。連載「移住のリアル」では、そうした地方移住の現実に迫る。

2017年10月23日 (月)

2017年10月23日(月)の聖教

2017年10月23日(月)の聖教

◆今週のことば

「日本の柱」は勝ちたり。
皆の尊き大奮闘、万歳!
「冥の照覧」は厳然だ。
福運も仏縁も満々と
さあ 胸張り前進を!

◆〈名字の言〉 2017年10月23日

 寓話を一つ。ある日、レンガ運びをする3人がいた。彼らに通り掛かりの人が尋ねる。「何をしているんだい」▼1人目は「レンガ運びだよ」と答えた。2人目は「壁を作っているのさ」。そして3人目は誇らかに「城を建てているんだ」と。見た目は同じ作業をしていても、心の持ち方一つでやりがいは大きく変わる▼「何のため」という目的を考える人の心は、限りなく広がっていく。初代会長の牧口先生の箴言に「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」と。高い志の大目的が定まればこそ、目の前にある中小の目的もまた、かけがえのないものとして輝きを増してくる▼先日伺った同志の家に、彼の“大目的”を記したメモがあった。「広布の人材に成長する!」――それを勝ち取るための中目的がいくつか書かれている。その一つに「信頼輝く地域勝利の存在に」とあった。そして、それを実現させる数個の小目的の最初に、「出会った人に、自分からあいさつをする人になる」と挙げていた▼見た目には、決して華々しくはない行為も、その人の志が高くあれば、生み出す価値は無限に大きくできる。広宣流布という崇高な目的観を抱きつつ、地道に、誠実な振る舞いを重ねるところに「道」は開かれる。(白)

◆〈寸鉄〉 2017年10月23日

 平和の為に行動する創価
 の一人一人が世界に必要
 ―識者。時代建設の主役
      ◇
 家庭や自身の悩みを皆で
 越える創価の女性は人々
 の鑑―元次官。幸の太陽
      ◇
 青年の一番の財産は信頼
 である―戸田先生。誠実
 を尽くしゆく人間王者と
      ◇
 1日30分の運動で健康を
 増進―研究。家事や歩行
 も有効と。積み重ねこそ
      ◇
 公明よ、ここからが本当
 の戦いだ。支持者の熱誠
 に死に物狂いで応えよ!

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 四十四 2017年10月23日 (6205)




 広宣流布は、常に新しき出発である。希望みなぎる挑戦の旅路である。
 十日午後三時半過ぎ、山本伸一の一行は、五十人ほどの地元メンバーに送られ、マルセイユを発ち、鉄路、パリへと向かった。約七時間ほどの旅である。
 伸一の間断なき奮闘の舞台は、花の都パリへと移った。
 パリ滞在中、十一日には、歴史学者の故アーノルド・トインビーとの対談集『生への選択』(邦題『二十一世紀への選択』)のフランス語版の出版記念レセプションに出席した。
 翌十二日には、美術史家でアカデミー・フランセーズ会員のルネ・ユイグと会談し、前年九月にフランス語で発刊された二人の対談集『闇は暁を求めて』や、ビクトル・ユゴーなどをめぐって意見交換した。
 そして十五日には、フランス議会上院にアラン・ポエール議長を訪ね、議長公邸で初の会談を行った。
 会談に先立ち、議長の厚意で議場を見学した。ここは由緒あるリュクサンブール宮殿であり、上院議員としても活躍したビクトル・ユゴーの部屋もあった。そこで、ひときわ目を引いたのが、壁に飾られたユゴーのレリーフであった。ヒゲをたくわえ、剛毅さにあふれた彼の顔が浮き彫りされていた。
 荘厳な本会議場には、ユゴーが座っていた議席があった。そこには記念板が取り付けられ、机の上には彼の横顔を彫った金の銘板がはめ込まれ、不滅の業績を讃えていた。
 伸一は、その席に案内してもらった。貧困の追放を、教育の改革を、死刑の反対を訴えた彼の熱弁が響いてくるかのようだった。
 類いまれな文学の才に恵まれ、二十三歳でフランス最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲章を受章した彼が、政界に入ったのは一八四五年、四十三歳の時である。人びとの困窮など、現実を看過することはできなかった。彼は、「文の人」であるとともに、「行動の人」であった。それは、まぎれもなく「人間」であるということであった。   

【聖教ニュース】

◆世界最大の書籍見本市 フランクフルト・ブックフェア 2017年10月23日
池田先生の対談集など学会出版物213点を展示

歴史ある書籍見本市として名高い「フランクフルト・ブックフェア」。今年は5日間で約28万6000人が来場した。会場のメッセ・フランクフルトは東京ドームの約4倍の広さを誇る
歴史ある書籍見本市として名高い「フランクフルト・ブックフェア」。今年は5日間で約28万6000人が来場した。会場のメッセ・フランクフルトは東京ドームの約4倍の広さを誇る

 世界最大の書籍見本市である「フランクフルト・ブックフェア」に、SGI(創価学会インタナショナル)がブースを開設。池田大作先生の著作や対談集など、213点の出版物を展示した。
 毎年10月、ドイツのフランクフルトで行われる同ブックフェア。500年以上もの歴史を有し、出版物の展示や版権の交渉の場となっている。今年は11日から15日にかけて開催され、100以上の国や地域から約7300社が出展。会場のメッセ・フランクフルトには連日、多くの出版関係者や一般来場者が訪れ、盛況を博した。
 世界各地から参加者を迎えるブックフェアだけに、SGIのブースに並べられた書籍を見ても、翻訳言語は実に多彩である。ドイツ語をはじめ、英語、イタリア語、韓国語、スウェーデン語――。
 『生命と仏法を語る』(スウェーデン語版)や、池田先生の指針を収録した『悠々と生きるための仏の智慧』(ドイツ語版)、池田先生と劉遵義博士(香港中文大学元学長)の対談集『新たなグローバル社会の指標――平和と経済と教育を語る』(英語版)等々、多くの学会書籍が展示された。
 このほか、世界的な絵本画家ワイルドスミス氏が挿絵を描いた池田先生原作の絵本や、『インド国立公文書館所蔵 ギルギット法華経写本――写真版』といった貴重な資料も置かれ、来場者の注目を集めていた。
 SGIの展示ブースに足を運んだ来場者からは次のような声が。
 「これまでスペイン語版の『御書』などの書物をSGIの皆さまと一緒に出版してきました。世界の人々のためになる本を、わが社から出版することができ、大変光栄に思います」(スペインのヘルダー出版社の社長)
 「ベトナムで“イケダ・ダイサク”といえば、仏教関連の著者として大変に有名です。国内では売り切れていることも多く、こうして手に取って読むことができて、とてもうれしいです」(ベトナム人男性)

◆アメリカ池田国際対話センターで学生平和セミナー 2017年10月23日
核兵器廃絶提言を巡り


ボストン近郊の八つの大学、大学院に学ぶ15人の学生が参加した、池田センターの学生平和セミナー(ケンブリッジ市内で)
ボストン近郊の八つの大学、大学院に学ぶ15人の学生が参加した、池田センターの学生平和セミナー(ケンブリッジ市内で)

 アメリカの平和研究機関「池田国際対話センター」(バージニア・ベンソン所長)主催の学生平和セミナーが14日(現地時間)、マサチューセッツ州ケンブリッジ市の同センターで開催された。
 池田センターは、世界に仏法の平和と人間主義の思想を広げゆく一大拠点として1993年に設立。以来、創立者である池田先生が示した「地球市民のネットワークの要たれ」「『文明の対話』の懸け橋たれ」「『生命の世紀』を照らす灯台たれ」とのモットーのもと、平和、宗教、非暴力、女性、国連など多様なテーマと角度から研究を進めてきた。近年は、青年を対象にした対話セミナーも活発に実施している。
 設立25周年の明年に向け、飛躍を期すセンターが主催した今回のセミナーは、池田先生の提言をもとに平和について考察するもの。ハーバード大学やタフツ大学など、ボストン近郊の大学・大学院に通う学生が参加。2009年の提言「核兵器廃絶へ 民衆の大連帯を」を題材に、国際平和教育研究所名誉創設者のベティー・リアドン博士、マサチューセッツ大学ボストン校のジーナ・ザカリア博士が講師を務めた。
 初めにザカリア博士は、学生こそ現代の危機に立ち向かう力を磨かなくてはならないと述べ、自らが平和教育に携わり始めた契機を紹介した。
 続いて、提言に基づいてテーマごとに議論を。市民社会の運動と核兵器禁止条約の関係性や、核兵器廃絶を目指してより多くの他者と連帯するための対話の意義等を巡って語り合った。終日にわたったセミナーを通し、学生たちは、地域やキャンパスの友人と対話をしていきたい等の思いを口々に語っていた。
 リアドン博士は「私が池田博士の提言に感銘を受けるのは、その考え方についてです」と力説。「池田博士は、目先の問題への対処法のみならず、未来への展望を示して“誰もが未来を描き出せる力を持っている”ことを教えておられる」と訴えた。さらに核兵器などの困難な問題に対処するに当たって「私たちが知るべきは、根本の価値をどこに置くかということです。それは、池田先生が言われているように人間の尊厳であるべきです」と述べた。

【特集記事・教学・信仰体験など】


◆〈無冠の宝友 配達員のページ〉
 

 列島の各地から“冬の便り”が届き始めている。寒い日も雪の日も、早朝から地域広布に奮闘する無冠の友。ここでは、配達員の同志に贈られた池田先生の言葉を紹介する。

池田先生の言葉から  

 目が覚めると、最初に確認したくなるのは全国の天気模様。
 晴れならば一安心。雨や雪だと、「聖教新聞」の配達員さんのことを思い、胸が痛む。
 “事故はなかっただろうか。風邪などをひかなかっただろうか……”
 大雪の朝など、届けられた新聞を手にすると、熱いものが込み上げる。
 滑る足元を気遣い、新聞を濡らすまいと必死に庇いながら、配ってくださったのであろう。
 自転車も使えず、配達時間も、いつもの倍以上かかっているにちがいない。
 新聞を見つめながら、その真心に深く感謝せずにはいられない。
 (「随筆 新・人間革命」〈雪と「無冠の友」〉。『池田大作全集』第129巻所収)
                ◆◇◆ 
 旭日よりも早く、凍てつく闇を打ち破り、さっそうと胸を張って行動されゆく皆様方があればこそ、広宣流布の熱と力が全同志に脈打っていくのだ。
 蓮祖大聖人は、わざわざ使いを立てて、厳寒の山道を越え、真心を届けてきた弟子を讃えられて仰せである。
 「雪つもりて山里路たえぬ」「友にあらずば たれか問うべき」(御書1554ページ)――雪が降り積もって、山里に通う路も途絶えてしまった。真の友でなければ、誰が訪ねてくるであろうか、と。
 聖教新聞は、大聖人が御賞讃の精神のままに、広宣流布を遂行する機関紙である。
 無冠の友の皆様は、聖教新聞を通して、御本仏の御心を、一軒また一軒に、届けてくださっているのだ。
 この尊極の方々を三世十方の仏菩薩、無数の諸天善神が讃え、護らないはずがない。
 (「随筆 人間世紀の光」〈聖教は勝利の力〉)
                ◆◇◆ 
 配達や集金は、地道な陰の戦いに見えるかもしれない。
 だが、見る人は必ず見ているものだ。
 「無冠の友」こそ、実は「創価学会の顔」なのである。
 清々しいあいさつ、明るい笑顔から、学会理解、仏法理解の輪が広がっていくのだ。
 その意味で「配達即折伏」であり、「配達即広宣流布」である。
 また、人生は“快晴”の日ばかりではない。雨の日もあれば、嵐が吹き荒れることもあるだろう。
 しかし、無冠の友の皆様は、人々に「福徳」と「希望」と「勝利」を届けておられる。
 その皆様の人生が、因果の理法に照らして「福徳」に満ちあふれないわけがない。
 「希望」に輝かないわけがない。
 必ず「勝利」の人生を歩むことができる。
 (2010年4月、「5・3祝賀協議会」のスピーチ)

◆中国・広東外語外貿大学での「自然との対話」写真展記念講演から 2017年10月23日


 
広東外語外貿大学が池田先生の偉業をたたえ、同大初の「名誉教授」称号を授与。先生の名を刻んだ「印譜(いんぷ)」を掲げる黄学長(中央)。その右に陳副学長、そして韋教授らが並び祝福する(2000年2月19日、香港で)
広東外語外貿大学が池田先生の偉業をたたえ、同大初の「名誉教授」称号を授与。先生の名を刻んだ「印譜(いんぷ)」を掲げる黄学長(中央)。その右に陳副学長、そして韋教授らが並び祝福する(2000年2月19日、香港で)

 「自然との対話――池田大作写真展」が中国・広州の広東外語外貿大学で行われている(きょう23日まで)。12日の開幕式には、大学関係者や日本語を学ぶ学部生が出席。…

◆〈世界広布と新入会の友〉 タイ 2017年10月23日


地涌の誓いに燃えるメンバー(バンコク近郊の水上マーケットで)
                                                         
地涌の誓いに燃えるメンバー(バンコク近郊の水上マーケットで)

 新たなメンバーが次々と誕生し、信心の歓喜と確信を語り広げるタイ創価学会の友。新入会のメンバーに入会動機や信仰体験を聞いた。

◆〈世界の体験プラザ〉 ブラジルSGI メルキゼデク・カラブリアさん
学業が苦手な少年がパイロットに 大学で「模範教授」に選出
師弟の誓いこそ人生の翼


いつか空を飛びたい
 航空機パイロットとして空を飛ぶ夢――。それはきっと、私がサーカスの一座の中で生まれ育ったことと無縁ではないでしょう。リオデジャネイロ市で、母はダンサー、父は空中ブランコの曲芸師として、自在に空中を舞っていたのです。
 子どもの頃、いつも年末になると大好きな叔父が来て、私たちと過ごしていました。6歳だったある日、私は叔父が「南無妙法蓮華経」と唱えているのを目にしたのです。叔父はSGIの信仰をしていたのでした。
 私は叔父の隣で、一緒に唱題をしてみました。以来、叔父のいるサンパウロに行く機会があるたび、未来部の会合などにも参加するようになりました。
 母と共に、正式にSGIに入会したのは、私が15歳の時です。
 この当時、母は父との不仲や経済苦で悩み、看護師など三つの仕事を掛け持ちして家計を支えていました。叔父はそんな母を励ますために、何年間もずっと機関紙「ブラジル・セイキョウ」を贈ってくれていたのです。
 ある日、母がそれを持って勤め先の病院に行くと、1人の患者さんから「あなたもSGIメンバーなの?」と声を掛けられました。メンバーだったこの患者さんに誘われ、地元のSGIの会合に参加するようになったことがきっかけで、母は入会を決意したのです。
 一緒に入会した私は、パイロットになりたいという夢を抱き、ブラジル空軍の傘下にある訓練専門学校の、航空整備コースに応募しました。

30歳から勉学に挑戦
 十数倍の難関を突破して合格。17歳になると整備工場での勤務も始まりました。ところが、18歳になる直前、兵役期間が始まることを理由に、工場を解雇されてしまったのです。
 ちょうど同じ頃、ブラジルSGIの学生部総会に参加する機会がありました。「自分が池田先生の弟子だと思う人はいますか?」との幹部の呼び掛けに、私は元気いっぱい「ハイ!」と手を挙げました。
 しかし続けて「大学に進学する人は?」との問い掛けに、私は口をつぐんで下を向いてしまったのです。私は勉学が苦手で、自分にはそんな能力などないと思っていたからです。
すると先輩幹部は、こう言いました。
 「勉学に励む決意もなく、社会に貢献する人間になろうと挑戦もできないで、先生の弟子と言えるだろうか」
 この厳しい問い掛けは、私の若い胸に深く刺さり、そして固く決意しました。
 “パイロットになるという夢を実現させよう。そのためにも、池田先生の弟子だからこそ、自分を信じ、最も苦手なことに挑戦しよう”――。その日を契機に、学会活動の中で自身の人間革命を目指し、地道に鍛えの青春を送りました。
 苦手だった本を読むことや、語学にも挑戦しました。そして、30歳になった2000年、ついにトゥイウチ・ド・パラナ大学航空科学学部に入学できたのです。
 卒業後は同大の民間航空学部に再入学。さらに大学院に進んで航空マネジメントとソフトウエア品質管理の修士号も取得しました。

想像を超えた場所へ
 2010年、妻のルシアナと結婚。妻は結婚後に入会し、今では地区副婦人部長として、また婦人部の合唱団でも活躍しています。
 生後2カ月だった次男が手術を受けなければならなくなった時も、三男が母胎の中で脳の生育にリスクを抱えた時も、妻と一緒に題目を唱えに唱えました。
 難が来るたびに、それに立ち向かうことを通して、私たち家族は団結し、より強くなり、信仰への確信を深めることができたと思っています。
 14年には、地元パラナ州の名門私立大学ポジチボ大学航空科学学部に教授として迎えられました。それは、私がずっと願ってきたことでした。
 世界各国の旗が並ぶ学内の一角で、私は、池田先生の弟子として、自分がこの大学で“模範”になってみせようと誓いました。
 学生第一の授業と環境づくりに尽力する中で、学生たちが投票するその年の「ベスト・プロフェッサー」に、何と私が選出されたのです。700人の教員の中で20人しか選ばれない栄誉でした。また、この年には父を入会に導くこともできました。
 世界の名門大学と学術交流を結ぶ創価大学は、ブラジルでもサンパウロ大学など三つの著名な公立大学と協定を結んでいますが、うれしいことに本年7月、ブラジルの私立大学としては初めて、わがポジチボ大学が4校目に加えられました。
 現在、私はポジチボ大学大学院博士課程で、ドローンの農業利用に関する論文を書いており、間もなく出来上がる予定です。
 思えば、学ぶことが人一倍苦手だった少年が、30歳で大学に入り、夢だったパイロットの資格を手にしたばかりか、今では大学教授として教壇に立っているのです。
私は今、次代を生きるSGIの青年たちに、こう呼び掛けたい。
 「目の前の滑走路を見て、エンジンをかけ、高く高く、雲を越えて飛ぶのです。池田先生の若き弟子として情熱を持ち続ければ、自分の想像をはるかに超えた場所にたどり着くことができる!」と。

2017年10月22日 (日)

2017年10月22日(日)の聖教

2017年10月22日(日)の聖教

◆わが友に贈る

広宣流布の労苦は全て
「今生人界(こんじょうにんかい)の思出」に。
わが身を飾る大福徳に。
栄光の創立記念日へ
共々に凱歌の歴史を

◆〈名字の言〉 2017年10月22日

 “重要かつ急ぎの仕事は、多忙な人に頼め”と、ビジネス界ではよく言われる。多事でも自身の時間管理ができる人は、有能で仕事もできる。一方、「忙しい」が口癖になっているだけの人は、心の余裕がないようにも見えてしまう▼「私は“タボウ人間”です!」と宣言する壮年部員がいる。彼の言う“タボウ”とは、「多忙」ならぬ「多望」。「かなえたい望みが多いので、悩みは増える一方です」と苦笑しつつ、表情は晴れやかだ▼広布のために生きれば、「あの人を幸せにしたい」「この人が悩みを打開できるよう、力になりたい」と、自他共の幸福のための祈りには限りがない。乗り越えていく悩みが大きいほど、大きな責任を果たせる自分に成長できる。境涯を大きく開いていける▼今月、東北で強めの地震があった。東日本大震災から6年半を過ぎても、地震直後に各地の同志から安否を気遣う連絡が入った。「ずっと応援してるから、いつも気になって……」の声に感謝は尽きない▼「多望」の人は、常に友を忘れない。忘れないことは慈悲に通じる。慈悲は英語で「compassion」。com=「共に」と、passion=「情熱」から成る。「多望」の人とは、情熱を分かち合える人でもある。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年10月22日

 人間革命の哲学は世界を
 善の方向へ導いていく―
 総長。平和創出への直道
      ◇
 激動の時代、自分の足元
 を固めた人が勝者―戸田
 先生。地域を幸の花園に
      ◇
 青春は人生にたった一度
 しかない―詩人。青年よ
 悔いなく。乱舞の時は今
      ◇
 北上する台風、大雨情報
 に注意を。声を掛け合い、
 絶対無事故で。油断せず
      ◇
 衆院選の投票日。改革の
 主役は民衆なり。政策と
 実績見極め賢明な一票を

◆社説  栄光の創立記念日へ   異体同心の団結と誓願の祈りで

 
栄光の11・18「創価学会創立記念日」へ、新時代の暁鐘を鳴らすのは「今」である。「私自身」である。
 師と共に! 同志と共に! きょうも悔いなき一日を!――この心で世界広布は開かれた。
 アルプスを仰ぐスイスで広布に励む婦人がいる。
 彼女は北海道の出身。60年前の夕張炭労事件の際には、父母や祖母と共に、同志を守るために奔走した。
 炭労の不当な圧迫に対する学会の勝利を決定づけたのは、若き池田先生の陣頭指揮だった。その直後、先生は大阪の地で事実無根の冤罪に見舞われる。
 夕張炭労事件が表面化し始めていた時に、池田先生が語っていた「ぼくは“功徳のるつぼ”の中にいるんだよ」との鮮烈な一言を彼女は忘れない。
 まさに「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)。難と戦うからこそ宿命転換ができるのだ。
 スイスに渡った彼女を支えたのは、北海道にいた時に先生から送られた激励のはがきだった。そこには、こうつづられていた。「風雪に耐へて 人生の眞価は解る。又、苦難に、苦悩に勝ち抜きて 信心の力がきまる」「御本尊と、自身との信心のみが 最后の勝敗を決する」(月刊誌「潮」11月号の連載「民衆こそ王者」から)
 困難を打ち破る中で、広宣流布の新たな歴史は開かれる。
 恩師・戸田先生の生涯の願業であった「75万世帯」を断固として達成しゆく、弟子の挑戦のポイントは何であったか。
 池田先生は「随筆 永遠なれ創価の大城」で強調する。
 「第一に、勤行・唱題の『誓願の祈り』の呼吸を深く合わせた。第二に、どこまでも、『御書根本』の『法華経の兵法』で、智慧と勇気を湧き出して戦った。第三に、『異体同心の団結』をがっちりと固めながら前進した」と。
 必死の祈りから、智慧と勇気と生命力が湧く。わが一念の変革が、人生も、環境も、やがて世界をも変えていける。その人間革命の哲理が、どれほど希望の光源となることか。「自他共の幸福」を願う友情と信頼のスクラムを大きく広げゆく。その一歩一歩が、仏法の慈悲の精神と人間主義の理想を社会に実現していくのだ。
 雲を突き抜けた先に太陽は輝く。人生も社会も、最後に勝つのが真の勝利者だ。「信心しきった者が必ず勝つ」――その実証は今、世界に咲き薫る。わが胸に信心の確信を燃やし、創立の秋を、共に凱歌で飾りたい。   2017年10月22日

◆きょうの発心   全ての悩みを境涯開く好機に2017年10月22日


御文
 但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり
 (富木殿御返事、962ページ)
通解 ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。(佐渡へ流罪になった)今になって翻ることもないし、そのうえまた恨みもない。(迫害した)もろもろの悪人はまた善知識である。

日蓮大聖人の不惜身命の御精神をとどめられた御文です。
 1980年(昭和55年)4月、池田先生は、お好み焼き店を営むわが家を訪問し、両親を激励してくださいました。創価女子学園(当時)に学んでいた私は、この日の歓喜を胸に創価大学へ。卒業後、帰郷し、女子部の活動に励んでいました。89年10月、京都記念幹部会で先生にお会いし“生涯、京都広布に生き抜こう”と腹を決めました。
 ヤング・ミセス時代には、甲状腺機能亢進症や主人の転職で悩んだ時期もありましたが、全て学会活動に励む中で乗り越えました。父が急逝し、難題が次々と襲ってきた時も、この御文を拝しながら奮闘し、境涯を開くことができました。
 現在、自身が婦人部長を兼務する京都北錦州区には、池田先生と縁深き「衣笠記念会館」があり、師弟の精神を学ぼうと訪問するSGIの友の求道心に触れるたびに誓いを新たにしています。
 後継の青年部と共に、新たな仏縁の拡大にまい進する決意です。
 総京都婦人部書記長 横関芳衛

【聖教ニュース】

◆創立119年の名門アメリカデポール大学に誕生 世界市民育成のための価値創造教育オンラインコース 2017年10月22日
明年1月スタートへ 2年制の修士課程
牧口・戸田・池田先生の教育理念と実践を研究

アメリカ・シカゴに立つデポール大学。海外100カ国以上の留学生も含め約2万3000人の学生が学ぶ
アメリカ・シカゴに立つデポール大学。海外100カ国以上の留学生も含め約2万3000人の学生が学ぶ

 創立119年の歴史を誇るアメリカ・シカゴのデポール大学教育学部(ポール・ザイオンツ学部長)に、2年制の修士課程として「世界市民育成のための価値創造教育」オンラインコースが開設される運びとなった。牧口常三郎先生、戸田城聖先生、池田大作先生の教育理念と実践の研究を通して、世界市民育成に向けた創価教育の価値の探究と、その応用を目指すもの。明年1月の開講に向けて準備が進められている。
 地球規模の課題が山積し、かつ複雑化する現代社会。差異を超えて連帯し、人類に貢献しゆく「世界市民」の育成は、いや増して急務となっている。ここに、全米最大のカトリック系私立大学であるデポール大学と創価教育が奉じる共通の使命がある。
 デポール大学はこれまで、牧口先生、池田先生の教育理念と実践について学ぶコースを2010年に開設。14年には大学の付属機関として「池田大作教育研究所」(ジェイソン・グーラー所長)を設立するなど、創価教育の探究を続けてきた。博士課程で創価教育を研究する学生も、多く在籍している。
 「世界市民育成のための価値創造教育」コースは、こうした学生や研究者らからの要望の広がりもあり、開設されることとなった。
 三代会長の教育理念と実践について学ぶほか、「価値創造教育の理論的基礎」「世界市民育成のための教育」「対話と教育」「価値創造教育の実践的応用」など、多角的な授業が用意されている。
 アルゼンチン、インド、アメリカ、日本出身の多彩な教員が担当する。オンライン講座のため、世界中どこでも受講が可能となっている。
 昨年12月、デポール大学は、世界平和構築と人類連帯への貢献を讃えて池田先生に「名誉人文学博士号」を授与。授与式の折、ホルトシュナイダー学長(当時)が、同コースの構想を語っていた。
 「創価の教育哲学やその実践に、明確に焦点を当てた」「世界中の学生が対象」となるプログラムをわが大学に――と。1年の準備を経て、いよいよ実現することとなった。
 また、明年秋には、同テーマの対面授業形式の修士課程の開設も予定している。
 創価の人間主義の探究は、世界の学術の世界でも一段と熱を帯びている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈親が子に語る物語〉 子どもを救った長者の知恵  妙法を持った人の人生は自在

                                                                                                                                                 
 むかし、ある町に、とてもお金もちの、長者がすんでいました。

 ある日のことです。
 「火事だー!」
 長者の大きな家が、ボンボンと音をたてて、もえはじめました。
 「ご主人さま! 家の中には、お子さまたちが、あそんでいます!」
 めしつかいが、あわてて、やってきます。
 長者は、大声で、さけびました。
 「はやく、家から出てきなさい!」
 でも、子どもたちは、あそびにむちゅうになって、長者の言うことをききません。
 “なんとしても、子どもたちを、助けるんだ!”
 長者は、ひっしに考えました。すると、パッと、いい考えがうかびました。
 “子どもたちは、前から、おもちゃの車を、ほしがっていた……”
 長者は、いそいで、子どもたちのところへ、むかいます。
 「あぶない! おやめください」
 「とめるな!」
 長者は、めしつかいの手をふり切ると、もえさかる家の中へ、走っていきます。
 「さあ、お父さんといっしょに、あそぼう」
 長者の声をきくと、子どもたちが、集まってきました。
 「みんながほしがっていた、ヒツジとシカとウシの、おもちゃの車で、あそぼう!」
 子どもたちの顔が、みるみる、かがやきました。
 「そのおもちゃの車は、どこにあるの?」
 ひとりの子どもが、たずねます。
 「車は、門の外においてあるよ。早くいってごらん」
 「ワーイ、ワーイ!」
 子どもたちは、いちもくさんに家をとびだし、門の外へ、走っていきました。
 でも、門の外には、なにもありません。
 「ヒツジとシカとウシのおもちゃの車は、どこにあるの?」
 子どもたちは、長者をとりかこみました。
 長者は、子どもたちが、みんな無事なのをたしかめると、話しました。
 「お父さんは、おもちゃの車よりも、もっとすばらしい車を、もっているんだよ」
 そのとき、めしつかいたちが、見たこともない、りっぱな車を、ひいてきました。
 子どもたちは、目をみはりました。
 その車は、ぜんたいが、金や銀で作ってあります。そのまわりに、キラキラかがやく、たくさんの宝石が、ちりばめられています。車がうごくと、つるしてある鈴が、うつくしい音楽を、かなでます。
 「これは、おもちゃの車ではないよ。『大白牛車』という、仏さまの、いのちの車だよ。これにのると、だれでも仏さまと同じ、いのちになり、どんな苦しみものりこえ、幸せになれるんだよ」
 そういうと長者は、子どもたちみんなに、大白牛車をあげました。
 「すごく速く、走るね!」
 「きもちいいなあ!」
 子どもたちは、大よろこび!
 ひろい大地や大空を、大白牛車にのって、思うぞんぶん、かけまわりました。子どもたちの、楽しくげんきな笑い声は、いつまでもいつまでも、ひびきわたったのです。
                  ◇ ◆ ◇
おうちの方へ

 今回の物語は、法華経譬喩品第3に説かれる「三車火宅の譬え」を基にしています。
 この譬えは、家が火事であることを知らずに遊んでいる子どもたちを救い出すために、父である長者が方便(=手段)として羊車・鹿車・牛車の三車を示して外に誘い出し、出てきた時にはそれらに勝る大白牛車を与えたというものです。
 長者は「仏」を、子どもたちは「一切衆生」を、燃え盛る家(火宅)は、煩悩に支配された「苦悩の世界」を譬えています。
 車は「仏の教え」であり、羊車、鹿車、牛車は、法華経以前に説かれた声聞の教え、縁覚の教え、菩薩の教えを指し、大白牛車は、一切衆生の成仏を説いた法華経の教えです。
 これは、仏が法華経以前に説いた教えは、衆生を現実の苦悩の世界から抜け出させるための方便であり、本当に教えたかったのは、法華経であることを意味します。
 日蓮大聖人は、大白牛車について「法性の空に自在にとびゆく車」(御書1584ページ)と仰せです。妙法を持つことで、私たちは、最高の宝である大白牛車に乗った人のように、自在の人生を送ることができるのです。

◆〈信仰体験 ターニングポイント〉 失業から再起し税理士に 靍田高志さん
必ず勝つ! 師に応える一心で

 税理士の靍田高志。以前は、外資系保険会社に勤めていた。  
 営業マン時代、思いつくことは全て試した。午前6時に出社して1日に200件のテレホンアポイント、その倍以上のダイレクトメールも自腹で。
だが、ノルマは遠かった。  
 「契約解除で」
 ねぎらいも叱咤もない。
 先に去った同僚と同様、事実が端的に告げられるだけだった。

2017年10月21日 (土)

2017年10月21日(土)の聖教

2017年10月1日(土)の聖教

◆わが友に贈る

「其の国の仏法は貴辺に
まかせたてまつり候ぞ」
執念の祈りと挑戦で
わが使命の天地に
広布の大金字塔を!

◆〈名字の言〉 2017年10月21日
 

 静岡県富士市で、たわわに実る稲を見た。収穫の季節を喜ぶ心は、今も昔も変わらないだろう。この地方にゆかりの「熱原の三烈士」を思った▼1279年(弘安2年)9月、富士郡熱原郷(現在の富士市の一部)の農民信徒20人が、“稲を盗んだ”という無実の罪で捕らわれた。富士方面での日蓮仏法の広がりに危機感を覚えた悪僧の謀略である。法華経を捨てよと脅されたが、農民信徒は屈しなかった。この「熱原の法難」で神四郎、弥五郎、弥六郎の「三烈士」は、殉教という壮烈な最期を遂げた▼「『熱原の三烈士』は、今の時代にも名が残っている。すごいことですよね」。そう言われ、改めて感動したことがある。確かに“歴史に残る鎌倉時代の農民を挙げよ”といわれても、他に思い浮かばない。「三烈士」の名は、信念を貫き通したゆえに、不滅の光彩を放つ▼御聖訓に「百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」(御書1173ページ)と。人生の価値とは、“どれだけ”生きたかではなく“いかに”生きたかで決まる▼30分あれば、悩める友の元へ行ける。3分あれば、励ましの電話も掛けられる。自身が決めた広布の金字塔へ、この瞬間を悔いなく、完全燃焼の一日を。(嶺)

◆〈寸鉄〉 2017年10月21日

 学会発展の因は、信仰に
 よる“不屈の心”―博士。
 負けじ魂で凱歌の旗高く
      ◇
 北海道の同志が総決起。
 最後まで攻め抜いた方が
 勝つ!逆転勝利の勝鬨を
      ◇
 正義宣揚が神奈川の使命
 民衆の底力は無限なり。
 完勝へ歴史綴る一日に!
      ◇
 埼玉、千葉、茨城、群馬、
 栃木、山梨よ断じて押し
 勝て!一気に攻勢かけよ
      ◇
 愛知、静岡、岐阜、三重が
 拡大の最高峰へ。勇敢に
 動き語れ!栄光の扉開け

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十三 2017年10月21日 (6204)


 九日正午、山本伸一たちは、マルセイユを訪れた。小高い丘の上に四角い鐘楼がそびえていた。ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院である。丘に立つと、地中海のコバルト色の海に浮かぶ、石造りの堅固な城壁に囲まれた小島が見える。
 『巌窟王』の邦訳名で知られる、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の舞台となったシャトー・ディフである。
 本来、シャトー・ディフは、要塞として造られたが、脱出が困難なことから、政治犯などを収容する牢獄として使われてきた。
 エドモン・ダンテス(後のモンテ・クリスト伯)も、十四年間、ここに幽閉されていた人物として描かれている。
 戦時中、二年間の獄中生活を経て出獄した恩師・戸田城聖は、“巌窟王のごとく、いかなる苦難も耐え忍んで、獄死された師の牧口先生の敵を討つ! 師の正義を、断固、証明し、広宣流布の道を開く!”と、固く心に誓い、戦後の学会再建の歩みを開始した。
 ナチスの激しい弾圧に耐え、勝利したフランスのレジスタンス(抵抗)運動にも、まさに、この“巌窟王の精神”が脈打っているように、伸一には思えた。
 巌窟王とは、勇気の人、不屈の人、信念の人であり、忍耐の人である。広宣流布は、そうした人がいてこそ、可能になる。ゆえに、いかなる困難にも決して退くことなく、目的を成就するまで、粘り強く、執念をもって前進し続けるのだ。そこに立ちはだかるのは、“もう、いいだろう”“これ以上は無理だ。限界だ”という心の障壁である。それを打ち破り、渾身の力を振り絞って、執念の歩みを踏み出してこそ、勝利の太陽は輝く。
 伸一は、フランスの、ヨーロッパの青年たちの姿を思い浮かべ、二十一世紀を仰ぎ見ながら、願い、祈った。
 “出でよ! 数多の創価の巌窟王よ! 君たちの手で、新世紀の人間共和の暁鐘を打ち鳴らしてくれたまえ”
 太陽を浴びて、海は銀色に光っていた。   

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉89 一念に億劫の辛労を!


御文
 一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり
 (御義口伝、790ページ)
通解 一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来、わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。

同志への指針
 いかなる壁も、題目を唱え抜いて突破する。一念を定めた今の勇猛精進が、億劫にも通ずる地涌の大闘争だ。
 妙法のために尽くす辛労に一切の無駄はない。広宣流布の最前線で、負けじと勇んで戦い進む中でこそ、仏の智慧は躍動する。諸天も動き、必ず活路は開けるのだ。
 信頼するわが同志よ、悪戦苦闘を突き抜けて、歓喜の大功力を漲らせてくれ給え!

【聖教ニュース】

◆スペインの市立公園に池田先生の言葉が刻まれた「平和の記念碑」が誕生
リーバス・バシアマドリード市から 池田先生に「顕彰盾」

リーバス・バシアマドリード市から池田先生への「顕彰盾」の授与式に参加した来賓らが記念のカメラに(スペイン文化会館で)
リーバス・バシアマドリード市から池田先生への「顕彰盾」の授与式に参加した来賓らが記念のカメラに(スペイン文化会館で)

 スペインのリーバス・バシアマドリード市の公園内に、不戦の誓いを込めた市の記念碑「平和のモニュメント」が誕生した。これには、長崎市から贈られた、“被爆れんが”とともに、池田大作先生の小説『新・人間革命』の冒頭の一節「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」を刻んだプレートが設置されている。記念碑の除幕式は16日(現地時間)、同公園内で晴れやかに行われ、ペドロ・デル・クラ・サンチェス市長ほか、多くの来賓らが出席した。また同日、池田先生の長年の平和貢献をたたえる同市からの「顕彰盾」の授与式が、同市内のスペイン文化会館で行われた。
 スペインSGI(創価学会インタナショナル)の中心拠点であるスペイン文化会館に隣接する市立公園の敷地内に、記念碑「平和のモニュメント」は誕生した。
 人間の手と手が重なってハトの形をしたオブジェのもとに、原爆投下で破壊された長崎の浦上天主堂の「れんが」を、市民が観賞しやすいように設置している。
 併せて、池田先生の小説『新・人間革命』の一節を記したプレートが設けられている。
 市が設置したこの記念碑は、人類の遺産ともいえる“被爆れんが”を、永遠にとどめ置くとともに、戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表から60年の節目を記念する意義を込めたもの。
 原爆使用の過酷な実相を今に伝える“被爆れんが”は、平和と友好の象徴として2015年、長崎市からリーバス・バシアマドリード市に贈られたものである。

◆ドイツから欧州広布の潮
    
 
「デュッセルドルフの日」記念の集い 
「デュッセルドルフの日」記念の集い

 欧州の要・ドイツから広布の潮流を――同国の各地で、誓いの友がにぎやかに集った。
 デュッセルドルフ北・南、宝塔の3本部は3日、10・7「デュッセルドルフの日」記念の集いを、デュッセルドルフ市内で開いた。
 同市は、池田先生が1961年10月7日、ドイツを初訪問した折、最初に訪れた地。
この”ドイツ広布原点の地”を舞台に拡大に走る友が、記念のカメラに納まった。
 学生部の研修会は13日から15日まで、ビンゲン市ヴィラ・ザクセン総合文化センターで開かれた。
 「立正安国論」などを研さん。マツノ最高参与、ドリチッチ理事長が励ました。
 「錦秋会(多宝会)」の集いは、同センターで(9月15日~17日)。
代表4人が体験発表。さらに、御書を通して師弟不二の精神を学び合った。グループディスカッション、合唱や詩の朗読なども行われた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 インタビュー スイス 宗教社会学者 ジャン=フランソワ・メイヤー博士 
    揺れ動く若い世代の宗教観
 
 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ」。世界で若者の“宗教離れ”が危惧される今、宗教の価値をどのように伝えていけばよいのだろうか。スイスの著名な宗教社会学者ジャン=フランソワ・メイヤー博士に聞いた。(聞き手=中谷光昭)

 2015年、英・ガーディアン紙は、少子高齢化、後継者不足で閉鎖が相次ぐ日本の寺院の衰退を“仏教伝来以来最大の存続の危機”と報じた。欧米にも若者の「教会離れ」を危惧する声がある。世界の人々は今、「宗教」をどのように見ているのか。
  
 過日、フィンランドで、欧州における宗教の発展に関する国際会議が開かれ、ある教授が「特定の宗教団体に属していない人々」の今後の動向について講演をしました。
 昨今、宗教学者の研究ターゲットにおける時流の一つとして、こうした人々に関連するものがあります。誤解のないように明示しますが、宗教団体に所属していない人は、必ずしも宗教に関心がない人と同意ではありません。
 世界の現状を見れば、宗教団体に属していない人の数が最も多いのは、アジアです。要因は、国民の5割以上が無宗教である中国の存在です。米・ピュー研究所の報告書「変化する世界の宗教事情」によると、現在、世界で特定の宗教に属していない人々の60%が中国に住んでいます。北米・欧州では、そうした人々の数が年々増えています。アフリカは例外で、宗教団体への帰属率は、依然として高い状態で推移しています。
 
 ピュー研究所の専門家は、無宗教の人々が今後50年間において急増するとは予想していません。一因として、このグループの出生率が比較的低いことを挙げています。
 それにもかかわらず、いくつかの国で変化がみられる。私が住んでいるスイスでは、国民の5%が完全な無神論者であると推測されています。また、国民のおよそ半数は、宗教が人生と自身のアイデンティティーにとって重要な要素であると考えていません。
 印象的なことは、わずか数十年で大きな変化があったことです。スイスでは57年前、特定の宗教団体に所属していない人の割合は、人口のわずか1%に過ぎませんでした。今は23%にまで増えており、近い将来、30%にまで上がるとみられています。
 だからといって、国民の「宗教への関心」がなくなったかと問われれば、そうとは言い切れません。スイス政府の統計機関の調査によると、若者の約3割は宗教への関心が高く、一方で宗教に無関心な若者も約3割とほぼ同数でした。この複雑な現実をどう理解するか。今、多くの学者が、進展する宗教事情の研究に取り組んでいます。

現代は「世界宗教」興隆の時代 人に自律と社会貢献を促す役割

 世界では、新しい宗教団体が誕生するなど多くの宗教運動が起こっている。一方で、特に西洋において顕著にみられる傾向として、宗教団体に所属しない人が増えている。博士が表現する「多くの矛盾をはらんだ現代社会」にあって、人類はどういった宗教を待望しているのだろうか。
  
 宗教的信仰および実践は、単なる個人的な事柄とみなすことはできません。それは、広く社会に影響を及ぼしうるものです。人々は、真剣に宗教的になることにより、自身の信念と一致する、以前とは異なった振る舞いをするようになるでしょう。
 第一に、宗教は、信仰者に救済への道を提示します。
 第二に、宗教は、人々が自身を変革することを刺激し、その内面的変革が、自身を取り巻く社会環境に影響を及ぼしていくことを望みます。
 第三に、信仰に基づき、多くの信仰者は社会貢献の道を見いだすようになります。それは、自身の考え方を広めるだけでなく、多くの場合、利他的な目的があります。
 第四に、宗教は、自我を超える喜びを実現します。本当の信仰者は、自身の願望や欲求を満たす以上のことを求めます。それは、「自身の本性を開くことである」ともいえるでしょう。
 この四点に付加し、私は「人間の内面的自律を促す」宗教の役割を強調したい。
 宗教を持つ人は、自らの意思を自身の気まぐれな考えや空想よりも、高くて深いものへと向けていくことができるのです。その人は「自律」を獲得できるようになります。
 人間は皆、生まれつき、「幸せになりたい」と願っていますが、本当の幸せとは、儚い物質的存在を超えるものであり、“自分を超える大きな存在”を求めるのです。
 精神的自律の一部としての「祈り」によって、“自分を超える存在”を思い出し、意識させ、人間であることの意味を深く洞察することができます。祈り以外の精神的な修行・実践もまたしかりです。それは、「人間としての背骨」をつくることであるといえるでしょう。このような道に徹する人は、同時に生きとし生ける全てのものに対し、責任を自覚するようになります。信仰は、個人的成長以上のものを含んでいるのです。
 宗教は、この限られた人生に「意味」をもたらします。私たちは慌ただしい日常生活に没頭しており、働くことにあまりにも集中し、何が大事であるかを忘れるほどです。
 働くことや人生の美しい側面を楽しむことも良いことですが、“人生には物質的成果を獲得することより高い価値があること”を忘れてはなりません。それを思い出させ、教えてくれるのが宗教です。
  
 池田先生の平和活動に共感を寄せる博士。どういった経緯で、SGIを知ったのか。
  
 SGIに出合ったのは、1980年代中ごろです。当時、私はスイス国立科学財団からの助成を受け、歴史学、社会学の観点で宗教団体を研究していました。その対象の一つが、SGIでした。
 SGIは最も大きい在家の仏教団体の一つであり、会員の方々は宗教活動のみならず、さまざまな平和活動も展開されています。
 私が特に感銘を受けるのは、SGIの池田会長が、宗教以外の分野にも関心をもっておられる点です。一般的に見て、それは並大抵のことではありません。宗教指導者として、その宗教的使命と他の分野への関心を結び付けておられることが、池田会長が世界から尊敬を集めておられる理由の一つだと思います。
  
 今後、「世界宗教」へと発展しゆく潜在性を持った宗教とは、どんな宗教なのか。
  
 植民地の負の遺産のない国々を含め、欧州の各国に、今、SGIなど東洋で誕生した宗教が広がっていることは刮目すべき現象です。無論、欧州における大半の宗教心のある人々は、依然として、キリスト教に精神的価値を見いだしています。キリスト教が西洋社会の根本要素であることに変わりはありません。
 そうした中で、欧州では19世紀から「精神性の東洋」というイメージが形成され始めました。加えて、西洋の制度化された宗教に全ての答えを見いだせなかった一部の西洋人は、自身の心にイメージした理想を、東洋の宗教の中に投影しています。
 その傾向は、観光でインドを訪れた西洋人たちが「目にする全てが精神性にあふれていた」と旅の感想を語ることにみられるように、今日まで続いているのです。
 かつて仏教は、インドから中国、日本へと流布されました。その過程で、仏教はさまざまな文化と出合い、受容されてきました。キリスト教は、まずローマ帝国に広がり、その後、ペルシャ帝国に伝わる中で、キリスト教の形態は変わらぬまま、さまざまな変容・発展を遂げました。
 異国に向かう多くの宣教師は、自宗をどのように各国の文化に適応させるか、また、どこまで自宗を適応させてよいかと熟考し、試行錯誤の実践を繰り返したのです。これは、キリスト教だけに限った話ではありません。
 フランスの学者オリビエ・ロイ氏が出版した『ホーリー・イグノランス』で強調されているように、現代において宗教を原理主義的に捉えている人々は、「文化」を無視するようになっています。しかし、歴史を振り返れば、世界宗教は常に文化と交流しています。宗教家たちは、新しい文化、異なる文化に出合うたび、宗教的価値観をどう伝えるべきか悩み、新たな表現法を生んできたのです。
 幻想的で、時代錯誤の考え方によって、他の文化を犠牲にすることもいとわない宗教的原理主義者について考える時、人々は通常、彼らの「暴力性」を恐れています。
 しかし、私はそれ以上に、彼らによって「無文化の貧しい世界」が広がることに、深刻な脅威を感じています。
 
 文化は豊かさとともに、“壁”や異なる理解も生み出します。しばしば宗教的信念や信仰の形態は、異文化において理解されにくい場合があります。ゆえに、新しい世界宗教が誕生するならば、「多様な文化を包含する普遍性をそなえた宗教」でしょう。
 また、宗教は教義だけでなく、「儀式」を提供しなければなりません。人間は、人生のさまざまな段階で「儀式」を行いたいと望みます。
 近年、スイスだけでなく西洋の他の地域でも、それぞれのニーズに合った儀式を提供する“カウンセラー”が増えてきました。先日、特定の宗教団体から離れた結婚式を望む人々の傾向について、興味深い報告をしているスイスのテレビ番組を見ました。国内では、教会での挙式の数は激減しているというのです。
 儀式の重要性は、新しい人生の段階に入る時に、特別な感情を与えてくれるだけではありません。儀式は家族や地域など、自分を支える他者との絆を育むものです。
 今後、誕生しゆく世界宗教は、こうした「儀式」や「人との絆」を重んじる人々の志向性を捉えていかねばならないでしょう。
 ローマ帝国の東端で誕生したキリスト教の小さなグループが世界宗教へと飛躍しゆくことを、当時、誰が信じたでしょうか。インドで生まれた仏教が後に、ヨーロッパまで広がることを、想像できた人はいたでしょうか。
 現代は多くの情報が瞬時に飛び交う社会で、交通の発達により、人々の交流も盛んです。物質的には宗教を広める条件が今、かつてないほどに整っています。世界宗教が興隆するにはベストな状況です。しかし、課題もあります。あまりにも選択肢が多すぎる中で、人々がより個人の視点から宗教を扱う傾向があるということです。
  
 社会の世俗化、宗教の多元化が進み、平和社会の構築へ、ますます「宗教間対話」の重要性が叫ばれている。今後、どのような姿勢で対話に臨むべきかを考えたい。
  
 宗教間対話の最大の目的は、異なる宗教を信じる人々の「相互理解」を促進することです。例えば、キリスト教の聖職者がミサに集った信者に、「私はイスラム教のことを知っています。地域のムスリムの方々は大変に素晴らしい」と語れば、キリスト教とイスラム教の相互理解は、その地域で進展し、偏見や差別は減少するでしょう。
 本来、宗教間対話は形式ばらない形で行われており、“草の根レベル”で、影響を与えていかなければ、全く実にならないものなのです。残念なことに、時に、聖職者が宗教間対話の会場を行き来しているだけのように見られる、民衆とはかけ離れた対話が行われることがあります。
 対話を進める上で大事な点は、他の教義や実践を理解することです。同時に、その宗教の信仰者の目的や志、課題などを知らねばなりません。教義を学び合うだけでなく、人間性をも学び取っていくのです。そうすれば、他の宗教は、抽象的なものではなく、“教義を束ねたもの”でもなくなります。良い点や悪い点を併せ持つ信仰者たちとの出会いを通し、理解は深まっていくものなのです。
 要するに、宗教間対話は、現実的かつ地域に根差したものであるべきなのです。地域レベルで調和をもたらし、相互理解を進めるものであれば、対話の目的は達成されたといえるでしょう。
 Jean-François Mayer 1957年、スイス・フリブール生まれ。84年、仏・リヨン大学で博士号を取得。スイス国立科学財団の研究プロジェクト担当者、スイス連邦政府の国際関係アナリスト、フリブール大学の宗教学の講師等を経て、2007年、宗教研究の機関「レリジオスコープ研究所」を設立。現代世界における宗教の役割等に関するニュースや分析を提供する2言語のウェブサイトの編集長も兼務する。著書、論文多数。
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◆〈この一節を胸に行学に励む〉 テーマ 対話の宗教  2017年10月21日
「壁」を破る勇気の語らいが 相手の心を動かし友情築く
 


 世界192カ国・地域に広がったSGIの連帯――。仏教史に燦然と輝く壮挙は、創価学会員による地道な一対一の「対話」のたまものにほかなりません。今回は、対話の意義について確認します。

Q.釈尊や日蓮大聖人は、対話を重視したと聞きました。
A.直接会って語り合うことで、一人一人の心がかわります。


『日蓮は此の法門を申し候へば他人にはにず多くの人に見(まみえ)て候へ』
(妙法比丘尼御返事、1418ページ)

 仏教の創始者である釈尊は「自分から話し掛ける日知」だったといわれます。その生涯は「開かれた対話」に貫かれていました。
 釈尊の最初の説法(初転法輪)は、決して高みから教えを垂れるようなものではなかったといわれます。覚りを開いた釈尊は、その地・ガヤからサールナート(鹿野苑)へ、250キロの道のりを歩いて5人の旧友を尋ねました。
 そして、粘り強い対話によって、やがて一人の友が教えを理解し、残りの友も続いたのです。
 目の前の一人と心を通わせる・・・これが仏教の出発点です。
 日蓮大聖人も言論の力を重視されました。多くの門下への激励のお手紙や、時の権力者に対する正義の論陣などで社会を変革しようとされたのです。
 御書に「日蓮は、この法門を語ってきたので、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(1418頁、通解)とあるように、大聖人は仏法弘通に当たって、多くの人と会い、対話を繰り広げてきたと述べられています。率先して人と会い、人と語り、妙法の仏縁を結びました。
 日蓮仏法はまさに「対話の宗教」なのです。


Q.友人との対話で重要なことは何でしょうか?
A.どこまでも相手を信じ抜いて、粘り強く実践することです。


『独り此の事を愁いて胸臆(くおく)に憤びす客来って共に嘆く屡(しばしば)談話を致さん』
(立正安国論、17ページ)

 御書には、「問うて曰く」「答えて曰く」といった対話形式で進められた論文やお手紙が数多くあります。中でも「立正安国論」は、「客」と「主人」との10問9答の「問答形式」でつづられており、対話の在り方が示された書です。
 「立正安国論が執筆された当時の日本では、大地震、大風、洪水、飢饉、疫病などが続き、民衆は苦悩にあえいでいました。
 同書の冒頭は、こうした惨状を嘆く客に対して、主人が「自分も一人でこのことを憂い、胸の中で憤ってもどかしい思い出いたところ、あなたが来て同じことを嘆くので、しばらく、これについて語り合おうと思う」(御書17頁、通解)と、同苦するところから始まります。
 主人は、理路整然と話を進め、客の誤った考え方を諭していきます。客は反発し、席を立とうとまでしますが、主人は笑みをたたえ、去ろうとする客をとどめて、話を続けます。そして、粘り強い対話によって客も次第に心を開き、ついに自ら正義のために立ち上がることを誓います。
こうしたやりとりは、私たちの対話の手本ともいえます。
 どこまでも粘り強く、真心を尽くしていく中でこそ、相手の心を変えることができるのです。


Q.自分の思いが、なかなか通じないこともあるんですが・・・
A.自身の”臆病な心”を打ち破り、楽しく語っていくことが大切です。


『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁
 となって仏になるべきなり』
(法華初心成仏抄、552ページ)

 対話をした時の相手の反応は、十人十色です。中には、自分の思いが通じないどころか、反発さえする人もいるでしょう。
 日蓮大聖人は「とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。信じる人は仏になり、謗る者は毒鼓の縁となって仏になるのである」(552ページ、通解)と仰せです。
 池田先生はこの御文を拝して、つづられています。
 「相手の反応がどうであれ、妙法に縁させることが大事なのだ。そして、『強いて』語るためには、何よりもまず、自分の臆病な心、弱い心を打ち破らねばならない。そうであってこそ、勇気をもって、悠然と楽しく対話ができる。その結実は、真心と執念で決まる」
 大聖人御自身、妙法弘通の御生涯において、2度の流罪をはじめ、幾多の難に遭われました。しかし、「喜悦はかりなし」(1360ページ)とあるとおり、常に歓喜の生命で民衆救済の大願に生き抜かれました。
 私たちの対話は、友人に仏縁を広げていくとともに、さまざまな価値観をもった友人と語り合うことで自身の境涯を大きく開いていく実践でもあります。
 自他共の幸福を実現する直道であることを確信して、喜々として取り組んでいきましょう。

◆〈信仰体験 ブラボーわが人生〉第37回 どろんこ人生に感謝状
「言い尽くせないほどの『ありがとう』をここに」


【大阪市淀川区】順風に帆を揚げてきたのかといえば、そうでもない。松井昌子さん(92)=新塚本支部、総区婦人部主事=は幼くして右目の光を失い、戦後の貧苦を家族でしのいだ。それにもかかわらず、である。「苦労を苦労と感じたことがない」と言い切る。それはひとえに「お父さん(夫)のおかげやろうなあ」。夫の旅立ちからもうじき七回忌。昌子さんは、陰になり日なたになって支えてくれた夫への思いを、筆に込めることにした。

 感謝状 松井利夫殿
 お父さん――私より背の低かったお父さん。高げたを履いていたお父さん。風呂おけを抱えて、子どもと銭湯に行くのが好きだったお父さん。帽子をよくかぶったお父さん。トンカツには目がないけど、娘のおごりだとウナギ屋に入るお父さん。手あかで黒ずんだ御書のどこにどんな御文があるのか、すぐに開いたお父さん。家族の苦労を一人で背負ったお父さん。お父さんがいなくなって、感謝は日増しに膨らみます。
  
 お父さん――あなたのプロポーズは突然でした。出征の日の真っすぐな視線。海軍の炊事兵として広島の大竹海兵団に入ったけど、戦闘で爆撃されて、しょうゆだるを腹にくくりつけ大海を漂ったお父さん。胸ポケットに忍ばせた私の写真も海のもくずとなったのでしょう。
 昭和30年(1955年)6月、あなたは実家の天ぷら屋の常連さんから、座談会に誘われました。「あいそで行ってこい」と母親に言われたのに、潔く入会を決めたお父さん。勘当をくらっても唱題の背筋は真っすぐで、私は箒で邪魔ばかり。それでも揺るがぬ鉄の意志に、私も半年後に続いたのです。
 貧困に生き、3畳間の納屋暮らし。あなたは日雇いの仕事を始めました。船の塗装、サビ取りを6年間。汗と油の染み込んだ、くたくたの作業服。顔にこびりついたサビとペンキを、シンナーで取るお父さん。流した涙はシンナーが染みたのか、貧しさが染みたのか。ペンキが取りきれない顔で座談会に駆け付けたあなたは、泥をつかんででも、家族を幸せにしようとしていました。
  
 お父さん――あなたは大阪市中央公会堂の外で雨に打たれながら、池田先生に誓いを立てました。昭和32年7月17日。胸の奥から安堵と闘志が湧き上がり、折伏に激走した日々。「戦わな正義もない。正義ゆえに負けるわけにはいかんのや」。その志が師匠に届いたのか、池田先生からもらったレコードはまさに勲章でした。
 原爆の後遺症で、若い時から総入れ歯。頭にはケロイドの痕。めまいが多く、日なたを避けて歩いていたお父さん。原爆の傷を背負って強く生きようとしたお父さん。唱題の背で教えてくれたのは、「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(御書1190ページ)という常勝の土台でした。
  
 お父さん――あなたのおかげで、私は朝から晩まで学会活動ができました。ご飯の支度も任せきり。私が「おなかすいたあ」と言えば、おじやを作り、出掛ける前は、一口おにぎりを持たせてくれる。私と子どもの茶わんには炊きたてのご飯をよそい、「家族を愛するのも、わしの使命や」と、自分の茶わんに冷やご飯を入れて笑ってくれた。
 思い出すのは優しさばかり。穴の開いた靴で、いつも私と子どもの服ばかり買ってきたこと。息子の反抗期には、「わしの嫁に何すんねん」と怒鳴ってくれたこと。私が学会活動で終電をなくしたら、いつも中古の軽自動車で迎えに来てくれたこと。エンジンがかからず、押したこともありました。
 鉄工所で働いていた39歳。不始末の責任を一身にかぶって退職した夜。ぶっきらぼうに手のひらの小箱を差し出したお父さん。わずかな退職金の使い道は、結婚当初に買えなかった婚約指輪でした。
 お父さん――あなたの晩年は病気とともにありました。65歳で脳梗塞、75歳で心臓病。過酷な日々だったけど、青春を取り戻すことができました。
 リハビリを兼ねて、公園まで手をつないで散歩し、雨が降ったら一つの傘で雨宿り。桜の下のベンチに腰掛け、噴水に懸かる虹を見つめていたあなたの横顔。息子の喫茶店から漂うコーヒーの香りに誘われて、特に話すこともなく過ごした時間。
 あなたは私の一番の味方になってくれました。でも私はあなたに何もしてあげられなかった。妻として失格だったかもしれません。お父さん、あなたは私と結婚して、本当に幸せでしたか?
 あなたは答えてくれました。一冊のノートが出てきたのです。そこには自由の利かない右手を左手で支えながら書いた、あなたの震える文字が右下がりに並んでいました。
 『長い間本当に有り難う。私の人生であなたと別れなかったことが最高に幸福』
  
 お父さん――あなたはよく言っていました。「わしの人生はどろんこ人生」。その言葉通り、あなたの悔しさや頑張り、不屈の祈りが、私の根っことなってくれました。だから私は自分らしい花を咲かせられたと思います。
 よってあなたの労苦に、言い尽くせないほどの「ありがとう」をここに表します。 妻・昌子

 「こんな年の重ね方をしたい」と、みんなに言われる。165センチの高身長。真っすぐな線の立ち姿。声に張りがあり、頭脳も明晰。すたすた歩いて、まとう空気には気品が漂う。そんな昌子さんに聞いてみた。
 美人は得をするって本当ですか?
 かつて、昌子さんと結婚しようと、男性陣があれこれ健闘したようだ。おかげで欲しいものは「だいたい手に入った」と笑う。だから美人は得をする? そうではない。
 昌子さんは、池田先生との出会いを刻んだ。草創期の面接に始まり、新大阪文化会館での記念撮影(80年)、日ソ親善交流文化使節団(81年)。原点を築けたのは、「お父さんが背中を押してくれたから」と。師との誓いを共にし、偉大な目的に共に歩める人がいる――。「結局、お父さんと暮らせたから、美人は得をするんでしょうね」。ちなみに、昌子さんの言う美人とは「題目の香水で美しく輝く人」のこと。顔の整い具合は関係ないようです。ご安心を。(天)

2017年10月20日 (金)

2017年10月20日(金)の聖教

2017年10月20日(金)の聖教

◆わが友に贈る

御聖訓「ちかいし願
やぶるべからず」
誓願は果たしてこそ!
決定した祈りと行動で
断じて栄光をつかもう

◆〈名字の言〉 2017年10月20日

 北海道北広島市には「寒地稲作発祥の地」を記念する石碑がある。1873年、中山久蔵が赤毛種を用いた稲の栽培に成功した。その後、彼は種もみを無償で提供し、北海道の稲作の普及に尽力。「寒地稲作の父」と仰がれる▼もともと農業には全くの素人で、開拓使からは侮蔑的な言葉も浴びせられた。日本政府は北海道での稲栽培を“不可能”と考え、畑作を強制したが、久蔵は諦めない。深夜、風呂の残り湯を苗代に運び、水温を上げるなど、必死の努力を続けた。3年目、執念は実を結び、石狩・空知地方へと米作りは広がっていった▼久蔵の稲作にみられる通り、北海道の歴史はあらゆる点で「開拓の歴史」といえよう。学会にあっては「小樽問答」「札幌・夏の陣」「夕張炭労事件」に象徴されるように、池田先生自らが、北海道広布の“開拓”に挑んできた。ここに、友の誇りがある▼25年前、先生は厚田の戸田記念墓地公園を訪問した折、中山久蔵の生涯に触れつつ、こう語った。「だれが何と言おうと、『今に見よ!』『絶対に成し遂げてみせる!』――この執念を貫いた人が“最後の勝利”をもたらすのです」▼自ら決めた目標は、何が何でも実現せずにおくものか。その勝利への執念から、難攻不落の栄光城は築かれる。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年10月20日

 「大風吹けば求羅は倍増
 するなり」御書。試練に
 打ち勝つ真の勇者たれ!
      ◇
 大空知総県・留萌創価県
 頑張れ。全国から熱い声
 援。北海天地に凱歌を!
      ◇
 神奈川の保土ケ谷・旭よ
 師子となって走れ!気迫
 の対話で断じて競り勝て
      ◇
 東北が勇躍前進!庶民の
 力に勝る物なし。不屈の
 みちのく魂で勝ち上がれ
      ◇
 政策集への関心後退と。
 政治は夢物語でなく実行
 力だ。公明よ実績で輝け

◆社説  「新・人間革命」に学ぶ  今が勝負だ! 師子よ一人立て!


 「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」――これは、池田大作先生の座右の銘である。先生は、常に、この言のごとく、厳しい試練にさらされれば、さらされるほど、闘魂を燃え上がらせて広宣流布の大道を切り開いてきた。
 現在、本紙に好評連載中の小説『新・人間革命』第30巻では、1979年(昭和54年)に会長辞任を余儀なくされた山本伸一が、雌伏の時を経て、反転攻勢に打って出る模様が克明に描かれている。
 辞任後は、会合に出席することも、「聖教新聞」に登場することも制限された。創価の師弟を離間させ、学会を意のままに操ろうとする、宗門僧と反逆者による謀略であった。その窮地のなかから、創価の新時代を開いた伸一の、力の源泉となったものは何であったか――。
 彼は語っている。「私は、戸田先生の弟子だ。だから、どんな状況に追い込まれようが、どんな立場になろうが、広宣流布の戦いをやめるわけにはいかないんだ」(「雄飛」の章)と。
 広布の師弟誓願に生き抜こうとする一念こそ、不撓不屈の原動力にほかならない。
 彼の心には、常に師がいた。日々、悔いなき弟子の行動であるかを問う師弟の対話があった。
 伸一は、打ち続く四面楚歌の状況の中で戦いを開始した。
 指導ができなければピアノを弾いて勇気を送り、共に写真に納まっては奮起を呼び掛けた。会合に出られないのなら、自ら出向いて同志と会い、全生命を注ぐ思いで励ました。不屈の一念は、智慧を湧かせ、行動となり、現実を動かしていく。
 伸一の行動は迅速果敢であった。反転攻勢の火ぶたを切る会員指導は、第5次訪中の帰途、九州の長崎に降り、直ちに同志の輪の中に飛び込み、開始されたのである。電光石火、福岡、関西、中部、静岡と回り、蘇生の新風を巻き起こしていった。
 小説には、「死力を尽くす思いで、一人でも多くの同志と会っていった。反転攻
勢の『時』を、断じて逸するわけにはいかなかった。“師子よ立て! 今が勝負だ!”」(同)とある。
 「未来」といっても、この一瞬にある。明日ではなく、「今」を勝つ人の頭上に勝利の栄冠は輝くのだ。
 小説『新・人間革命』の連載は、第4章「暁鐘」に入り、師のペンの闘争は、ますます意気盛んに進められている。私たちも、師に呼応し、師子となって一人立ち、わが人生の、わが広布の、“新時代の暁鐘”を打ち鳴らしていきたい。

◆きょうの発心   “足で立つ”戦いで対話拡大へ2017年10月20日


御文
 始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり
 (御義口伝、788ページ)
通解 初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である。

 
自身の中に仏の生命があると知り、唱題することこそ、最高の歓喜である、との仰せです。
 18歳の時、母に続いて入会。女子部で薫陶を受け、真剣に唱題に励む中で、歓喜の人生を教わりました。
 1981年(昭和56年)10月25日、「足立区友好総会」に出演。初めて池田先生との出会いを結びました。先生の「私は何があっても、富士山のごとく不動です」との師子吼を胸に、生涯、信心根本に生き抜くことを誓いました。
 結婚して間もなく、夫は独立して起業。日々の暮らしもままならない中、夫の転落事故、子どもたちの病気や不登校など、何度も厳しい現実にぶつかりました。そのたびに、家族で団結して祈り抜き、全てを乗り越えて、念願の個人会場も提供できるように。今、3人の子どもたちは全員が、青年部として広布に走っています。
 10・25「足立広布 師弟原点の日」に向けて、足立は“足で立つ”との伝統の対話拡大に打って出ています。報恩感謝を胸に、行動第一、実践第一で、怒濤の勝利のドラマをつづってまいります。
 東京・竹の塚牧口区総合婦人部長 小林美恵子

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 四十二 2017年10月20日 (6203)



 山本伸一は、ここで、仏法で説く「発心」について語っていった。
 「『発心』とは、『発菩提心』という意味である。簡単に申し上げれば、悟りを求める心を起こすということであり、成仏への決心です。
 人生をより良く生きようとするには、『汝自身とは何か』『汝自身のこの世の使命とは何か』『汝自身の生命とは何か』『社会にいかなる価値を創造し、貢献していくか』等々、根源的な課題に向き合わざるを得ない。
 その解決のために、求道と挑戦を重ね、仏道修行即人間修行に取り組んでいくことが『発心』であり、それは向上心の発露です」
 彼は、仏法の法理や仏法用語を、いかにわかりやすく、ヨーロッパの友に伝えるか、心を砕いていた。どんなに深遠な法理であっても、人びとが理解できなければ、結局は、価値をもたらすことはないからだ。仏法の現代的展開にこそ、人類の至極の智慧を、世界共通の精神の至宝とする方途がある。
  
 翌八日には、夏季研修会の掉尾を飾って、友好文化祭が開催された。
 イギリスの同志は熱唱した。
  
 〽心と心のふれあいに
  強き絆に結ばれて
  自由の道を拓きゆく
  たとえ道は長くとも
  希望の光かかげつつ
  
 デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの同志が、花柄のスカーフをなびかせて踊れば、スペインの同志は陽気に舞い、黒いハットを場内に投げる。ベルギーのメンバーは、「同志の歌」をバックに創作舞踊を披露。西ドイツ、スイス、ギリシャ……と続く。
 “私は負けない! 断じて勝つ!”――広宣流布へ、皆の心は一つにとけ合い、歌声が勝利山(サント・ビクトワール山)にこだまする。欧州は一つになった。それは、世界の平和をめざす、人間の魂と魂の連合であった。   

【聖教ニュース】

◆イギリス 「10・13」池田先生初訪問の日56周年記念の集い 2017年10月20日
明年3月に6000人の青年フェスティバル


広布サミット会議の参加者が決意のカメラに(タプロー・コート総合文化センターで)
広布サミット会議の参加者が決意のカメラに(タプロー・コート総合文化センターで)

 10・13「イギリスSGI(創価学会インタナショナル)の日」を記念する広布サミット会議が14、15の両日(現地時間)、ロンドン郊外のタプロー・コート総合文化センターで開かれ、全英から約220人のリーダーが集い合った。
 ――池田大作先生がイギリスへの第一歩をしるしたのは1961年10月13日。この時、同国のメンバーは、わずか2人だった。
 かつて池田先生は、初訪問時の心境を、次のように振り返った。
 「私は、33歳の青年会長であった。しかし、自らがひとたび、この大地を、踏みしめたからには、日蓮大聖人の『地涌の義』の仰せのごとく、“必ずや、地涌の勇者を陸続と輩出せずにはおかない”との決意であり、確信であった」と。
 以来、7度にわたって同国を訪れ、同志を励まし続けてきた池田先生。まさに師の大闘争ありて、今やイギリス全土に輝ける“地涌の勇者の陣列”が築かれたのである。
 広布サミット会議の初日(14日)には、ハラップ理事長が、2018年11月18日に向けた活動大綱を発表した後、小説『新・人間革命』を教材に、「師弟不二の精神」などについて学び合った。
 ユング青年部長は、3・16「広宣流布記念の日」60周年となる明年3月に、ロンドン、マンチェスター、ブリストルの3都市で、合計6000人が集う青年フェスティバルを開催すると発表。この佳節を勝ち飾るべく、青年を拡大し、育てゆく決意を述べた。
 翌15日は、各方面の代表メンバーが弘教拡大の模様や信仰体験を語った。グループ別のディスカッションのほか、青年部有志による合唱なども行われた。
 サミュエルズ男子部長のあいさつの後、マーチャント婦人部長は、「一人」の励ましに徹し、永遠に発展しゆくイギリス広布を築こうと強調。
 ハラップ理事長は、「青年を先頭に異体同心の団結で前進し、全ての活動で勝とう」と呼び掛け、フジイ欧州書記長が励ました。
 また、広布サミット会議に先立ち、13日には、池田先生の初訪問56周年を記念する勤行会が同センターで行われた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈金秋のモスクワ 初訪露43年 池田先生の足跡をたどって〉㊦ 2017年10月20日
「人間を信じる」優しさと強さを

 
モスクワ大学のシンボルである高さ240メートルの壮麗な本館と、創立者ロモノーソフの像。池田先生は6度の訪露でいずれも、同大学を訪れている(本年9月)
モスクワ大学のシンボルである高さ240メートルの壮麗な本館と、創立者ロモノーソフの像。池田先生は6度の訪露でいずれも、同大学を訪れている(本年9月)

 作家のチェーホフが、ゴーゴリ、ブルガーコフがいる。作曲家のショスタコービッチ、それにフルシチョフ、エリツィンら、世界を揺るがした政治家たちも。
 モスクワのノヴォデヴィチ墓地には、荘重な造りを施した墓石が並ぶ。著名人たちの墓に、国内外の多くの観光客が集まっている。
 そうした喧噪から離れた静かな場所に、一つの墓石があった。
 「レム・ホフロフ」と刻まれたそれは、物理学者で、1973年から77年までモスクワ大学総長を務めた、ホフロフ博士のものである。
 「素朴と言われてもよい、ともかく人間に会うことだ。人間として、人間同士の友情を結ぶことだ」。1974年9月8日、そう心に期してモスクワの土を踏んだ池田先生が、初めて出会った「人間」こそ、ホフロフ総長であった。
 「モスクワは今、金の秋を迎えました。最もよい季節です」。穏やかな笑みを絶やさず、鋭い知性を温厚な振る舞いの中に包み込んでいた総長。
 質実そのものの墓石が、そうした姿をしのぶのに、ふさわしいものに思えた。
 77年、総長は登山中の事故で、51歳の若さで世を去った。池田先生は81年5月の3度目の訪露で、墓前に献花し、エレーナ夫人の自宅を訪問。残された子息たちを励ましている。
 総長との交友はわずか4年に過ぎなかったが、その4年を礎に、モスクワ大学と、池田先生が創立した創価大学との友情はログノフ総長、現サドーヴニチィ総長に引き継がれ、43年後の今、大きく花開いている。
 その一つの証左が、モスクワ大学で行われた、池田先生に対する「国際グローバル研究アカデミー」正会員証の授与であった。
 授与は、世界50カ国から1500人の学識者らが集った国際会議「グローバリスティクス2017」の初日、9月25日に行われた。
 同会議はサドーヴニチィ総長が提唱し、隔年で開かれているもの。開催中、キャンパスの至るところに会議のポスターを見かけ、モスクワ大学が総力を挙げていることが伝わってきた。
 しかし総長は、開会式であいさつすると、席をはずさざるを得なかった。総長が正会員を務める最高学術機関「ロシア科学アカデミー」の、総裁選と重なったためである。
 多忙を極める、その総長が、日も暗くなった後にわざわざ大学に戻り、本館に招いたのが、池田博正SGI副会長(創大最高顧問)だった。
 開口一番、総長は「創価大学は、わがモスクワ大学が、日本で真っ先に交流を始めた大学の一つです。池田先生とは長年にわたって交流し、対談集も出すことができました」と。
 そして「創大は私たちにとって、“最優先”の大学なのです」と述べ、再訪への期待を語った。
 総長は幾たびも創大を訪れており、直近の来訪は昨年12月15日。プーチン大統領と時を同じくしての訪日だった。
 創大訪問の予定は、到着したその日の午後4時。ところが、飛行機の遅れと道路の渋滞が重なり、東京・八王子市のキャンパスに着いた時間は午後7時半になった。予定行事のいくつかをキャンセルしても、驚くには当たらない。
 ところが総長は、予定通りに講演を行い、同大学に開設された「ロシアセンター」にも足を運んだ。大学を出発した時、午後9時を過ぎていた。
 “創大は最優先の大学”――それが掛け値なしの言葉であることが分かる。
 「ぜひ池田先生に、私の心からの敬意をお伝えください。(94年5月、モスクワ大学に)一緒に植えた白樺の木も育っています。先生のご健勝とご長寿を、心から祈っています」
 そう総長は、大学本館で池田SGI副会長に語るのだった。
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 モスクワ大学の正式名称は「M・V・ロモノーソフ記念モスクワ国立大学」という。
 1755年、43歳だった科学者ロモノーソフが創立に奔走した。帝政ロシアの時代にあって、“特権階級のためではない、全ての人に開かれた学びの場を”との理想を掲げた。
 風当たりは強かった。開校式にも出席できなかった。最初は、小さな薬局を校舎に改装して使った。
 「赤の広場」の北側に位置するその場所には、国立歴史博物館が立っている。建物の壁に、大学原点の地であることを示すレリーフが刻まれていた。
 「雀が丘」にある現在のモスクワ大学は、一つの街と言っていいほどの、広大なキャンパスを有する。
 高さ240メートルの本館は圧倒的な存在感を持ち、モスクワを代表するクラシック建築の一つ。キャンパスにはロモノーソフ像が立ち、ロモノーソフ棟という名の建物もある。
 創立者と「建学の精神」を大事にしていることが、一目で分かる。
 43年前、池田先生は本館のバルコニーに立ち、市内を一望しながら、ホフロフ総長に語った。
 「創価大学は、まだ、誕生したばかりの小さな大学ですが、21世紀には、貴大学に匹敵する大学になって、世界に貢献したいというのが、私の夢なんです」
 ロモノーソフと同じ43歳で創大を開学して3年。まだ、卒業生もいなかった。
 総長は応じた。「大学の意義は、決して大きさで決まるのではありません。創価大学には、全人類的価値を掲げる、すばらしい『建学の精神』があります。そこには、限りない未来があります。だからこそ私たちは、創価大学と真剣にお付き合いしたいのです」
 創価教育の世界的広がり。ロシアをはじめ、各国で活躍する創大卒業生。モスクワ大学と創大の、今も続く留学生の往来――。それらを思う時、池田先生の間断なき行動への感謝とともに、ホフロフ総長の慧眼がしのばれてならない。
                                                                   ◇
 「モスクワに来られる時は、いつでもお会いしたい」――「正会員証」の授与翌日の9月26日、アレクセイ・ホフロフ副総長が、池田SGI副会長はじめ訪問団を本館に迎えた。副総長は、レム・ホフロフ総長の子息である。
 池田先生が81年、総長の墓参の後、夫人の自宅を訪ね、激励したのが若き日の副総長。以来、先生と3度の出会いを重ねてきた。
 「池田先生は偉大な方です。露日の友好、人的交流に長く貢献してこられた」「(初訪露された)74年が『原点』です。私は何度も日本を訪れていますが、常に心掛けているのは、父の開いた道を確かに継承していくということなのです」
 にこやかに語る副総長。時は移ろい、体制は変わっても、父から子へ、「心」は確かにつながっていた。
 国際会議「グローバリスティクス2017」の期間中、モスクワ大学の植物園に入らせてもらった。
 94年5月17日、サドーヴニチィ総長と池田先生が植えた白樺の木が、そこに立っている。
 人の腰の高さほどだった若木は、厳寒に、吹雪に嵐に耐えて、大木に育っていた。緑の葉は黄色く色づきはじめ、「金秋」の到来間近を告げていた。
 白い木肌。風にさらさらと揺れる細い枝。白樺は優しく、素朴で美しい。
 しかし、弱いのではない。やせた土にも育ち、山火事などで荒れた土地にも、最初に姿を見せ、人々を癒やしてくれるのが、白樺の木であるという。
 人間もまた、“しなやかな強さ”を持ちたい。相手を思う優しさが世界を結び、ひたむきに信念を語り抜く強さが、社会を変えゆくことを信じたい。
 モスクワ大学の白樺が、それを教えてくれた。
 (㊤㊦ともに記事=濵﨑正、市街と大学の写真=川上孝徳)  

◆〈信仰体験〉 自動車修理一筋50年
絶対に成し遂げる! という一念 昨日、「九州運輸局長表彰」に輝く


【福岡県田川市】 精巧な精密機器でも太刀打ちできない「技」が光る!――自動車修理一筋50年、自動車整備工場「ガレージつかはら」を営む塚原義晴さん(68)=田川先駆支部、副支部長=に昨19日、「九州運輸局長表彰」が贈られた。
 自動車車体整備部門としては、唯一の受賞。晴れの舞台に立った塚原さんは感慨深げに、「きょうまで歩んでこられたのは、池田先生と同志のおかげ。そんだけばい」と語る。師匠に応えんと、ただひたすらに、技の極みを求め、腕と心を磨いてきた。

戦いの銅鑼

 “街の車屋さん”と親しまれている「ガレージつかはら」。元々は板金業だったが、今では、ボディー修復やエンジンなどの整備も行っている。  
 「いろんなお客さまが来てくださる。どんな要望にも応えたくて、たくさんの資格を取ったばい」 少年のように笑う塚原さんだが、車に向かうと、鋭い「匠」の目になる。  
 ゆっくりと車を一回り。へこみ、傷、ゆがみを見定めると、作業工程が浮かんでくる。エンジンをかけると、音と振動で、瞬時に内部の不調が分かるという。
 「“ここが痛い”って、話し掛けてきよる」
 点検を終えると、板金用のハンマーと当て盤を手にする。車のへこみをジッとにらみ、ハンマを一当て、二当て……。瞬く間にボディーやフレームが、滑らかな曲線を取り戻していく。  
 「鉄は伸びたり、縮んだりしよる。生きちょんばい。この感覚や経験は、知識や理屈じゃないけん。どんだけ壁にぶち当たって、必死に乗り越えてきたか。そんだけばい」
 塗装も一見、同じ色に見えても、メーカーや車種によって微妙に違う。色あせもある。数種類の塗料を調合して、正確な色を作り出す。  
 塗料の吹き付けは、ミリ単位の違いで波打って見える「塗装波」が生じてしまう。
 「勝負は一瞬。わずかな油断が命取り。絶対にやるっちゅう一念が大事やきー。信心で鍛えたんは、こればい」
 手際よく塗装を終えると、次の車をハンマーでたたき始める。カーン、カーン……。半世紀、打ち鳴らしてきたこの音は、戦いの銅鑼のように、塚原さんを鼓舞してきた。

仕事は3人前
 塚原さんが生まれ育った田川市は、炭鉱の街だった。気性の荒い作業員たちが酒をあおっては遊興にふける。塚原さんも、自動車整備の仕事を終えると、街に繰り出し、荒くれ者の輪に加わった。だが、一人になると、むなしさに襲われた。  
 そうした頃、母と姉から、創価学会の話を聞いた。“親孝行だ”と決め、1970年(昭和45年)、21歳の時に入会する。  
 中途半端は性に合わない。信心もやると決めたら、とことんやった。男子部の先輩から「信心は実証が大事。仕事は、二人前、三人前だ」と言われ、真剣に打ち込んだ。腕の良い整備士がいると聞けば、頭を下げて教えを請うた。
 その後、利江さん(68)=圏副婦人部長=と結婚し、79年には独立を果たす。利江さんも子育てをしながら、事務を担当した。  
 だが、近所には大手自動車メーカーの整備工場がすでにあり、塚原さんの工場は閑古鳥が鳴いた。 塚原さんは真剣に祈った。どんな小さな仕事も誠意をもって打ち込んだ。  
 89年(平成元年)、現在の場所に工場兼自宅を移し、家を広布の会場に提供する。大きな決断だったが、“広布の役に立ちたい”と、夫婦で決めた「攻め」の一手だった。  
 そんなある日、以前勤めていた職場の取引先から仕事の依頼があった。塚原さんのことを、ずっと気に掛けてくれていたという。その真心に胸が熱くなった。その後、大口の契約が続き、経営は軌道に乗っていった。  
 業界の発展にも尽くした。2007年には、筑豊自動車車体整備協同組合の理事長に就任。当時、大手自動車メーカーが、有資格者や認証工場に仕事を依頼する方針になり、対応していない同業者が廃業に追い込まれていた。
 塚原さんは毎週、組合内で、認証工場と自動車車体整備士の資格取得の重要性を説いた。  
 当初、周囲の反応は冷ややかだったが、塚原さんの情熱に、一人また一人と賛同者が現れ、ついには、45社150人以上が資格を取得した。次第に、大手からの依頼が入るようになり、多くの同業者が経営不振を乗り越えていった。
 塚原さんの体に異変が起きたのは、そんな時だった。

肺がんを越え
 11年7月、人間ドックを受診すると、右肺に7・4センチの腫瘍が見つかった。がんだった。リンパ節への転移も危惧され、手術ができないと告げられる。  
 “組合の発展が、いよいよこれからという時に、なぜ……”。ぶつけようのない怒りが込み上げた。  
 すぐに壮年部の先輩が駆け付けてくれ、「塚原さん、まだ死なれんばい! 折伏ばい、題目ばい!」と。先輩の渾身の励ましに共鳴するように、ふつふつと闘志が湧いてきた。  
 “そうじゃけえ。御書に、『よからんは不思議わるからんは一定』(御書1190ページ)とある。 何があっても、信心がひるんじゃいけんばい!”
 塚原さんは、懸命に題目を唱えた。経済苦や病で悩む友人のもとを訪ねては、「がんになったけん。だけん、見ててくれ。絶対に治してやるっちゃ。一緒に頑張るばい!」と励まし抜いた。その不屈の姿に、友人2人が入会した。  
 その直後のこと。セカンドオピニオンに訪れた病院で、「これなら手術できる」との診断を受けた。手術は成功。幸い、リンパ節への転移はなく、現在、再発もない。  
 塚原さんは今、「生かされた命。広布のために使うばい」と、常に“励ましの最前線”を駆けている。
                     *   
 昨19日、「自動車及び観光関係功労者九州運輸局長表彰」の表彰式が、福岡市内で行われた。その晴れの舞台に塚原さんの姿があった。自動車整備事業に貢献してきた功績をたたえる表彰。  
 「不備がある車は、真っすぐ走れん。欠陥があれば、走ることさえかなわんくなる。だけん、整備が必要なんじゃ。人間も一緒。真っすぐな人生を歩み続けるために、師匠や同志に触れて、心のメンテナンスをせんといけん。しかも、わしらには、『信心』という宇宙一のエンジンがある。絶対無敵じゃけん。池田先生は、『信心とは――断じて諦めない勇気』とおっしゃっている。最後の瞬間まで、勇気、勇気、勇気の連続闘争で挑み抜くばい!」
 人生という道の“達人”の域にはまだまだ!――その自戒を胸に、塚原さんの前進は止まらない


2017年10月19日 (木)

2017年10月19日(木)の聖教

2017年10月19日(木)の聖教

◆わが友に贈る

「強敵を伏して
始て力士をしる」御聖訓。
困難に挑み抜いてこそ
本当の力が発揮される。
破竹の勢いで進もう!

◆〈名字の言〉 2017年10月19日

 元プロ野球選手の豊田泰光さんは、黄金期の西鉄ライオンズなどで活躍した。4度出場した日本シリーズでは通算3割6分2厘の高打率。現役の終盤には2試合連続代打サヨナラ本塁打を放つなど、土壇場で大役を果たした。そんな豊田さんが論じる「勝負強さ」が興味深い▼いわく、勝負に弱い人は打席に入っても「なぜ打てないのか」と悩んでしまう。反対に、勝負強い人は「どうやったら打てるだろう」と考える。すると、相手が見えるようになり、目の前が一気に開けてくるという(『豊田泰光のチェンジアップ人生論』日本経済新聞社)▼いざという時、失敗を恐れ、一歩を踏み出せないことがある。その時に、“なぜできないか”と縮こまるのではなく“どうすればできるか”と心躍らせて挑みたい。克服すべき課題、対峙すべき相手に正面から向き合ってこそ、活路は開かれる▼日蓮大聖人は、広布の途上に起きる数々の大難にも「いよいよ・はりあげてせむべし」(御書1090ページ)と、満々たる“攻め”の精神を貫かれた。決して忘れてはならない言論闘争の魂である▼対話の場にあっては、どんな人も「必ず味方に変えてみせる!」との強き一念で、真実を語り抜きたい。その確信の声が、わが地域の広布の決定打となる。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年10月19日

 会長は平和社会の建設を
 実践で示す模範―総長。
 「行動の人」を世界は信頼
      ◇
 東京が総立ち。連戦連勝
 こそ本陣の誉れだ。底力
 示し切り感激の勝利を!
      ◇
 大関西が追い上げ。圧倒
 的民衆パワーで勝ちまく
 れ!常勝の万歳を空高く
      ◇
 愛知、静岡、岐阜、三重よ
 断固栄冠を!最後の3日
 が勝負。堂々と語り抜け
      ◇
 「乾ける土より水を儲け
 んが如く強盛に」御書。
 必死の祈りで壁を破れ!

◆社説  師と共に進むタイの友  世界を潤す「人間革命」の仏法


 タイで取材する時は、手元に電卓が欠かせない。
 日本で元号を冠する和暦が用いられるように、タイでは、釈尊の入滅を基準とする「仏暦」が使われている。
 仏暦でいえば、今年は2560年。西暦に「543年」を足すと仏暦になる。取材中に仏暦が出てきた時には、電卓で543を引いて西暦に換算する。瞬時に暗算ができればいいのだが、正確さに自信がないので電卓が手放せない。
 タイは国民のほとんどが仏教徒であり、暦一つにもそれが象徴されている。寺院数は3万を超え、街を歩けば色とりどりの壮麗な伽藍が目に飛び込む。
 精神性を重んじる生き方が社会に根づいている。それは、人間革命の仏法を実践する上でも、大きな力となっている。
 4年前に入会した、女子部員の言葉が印象的だった。
 「毎日“勝つだけ”のことです。御本尊に祈れば、全てを乗り越えていけるんですから」
 自信満々に話す彼女だが、信心を始める前は、問題から逃げてばかりだったという。
 友人に勧められて題目を唱えると、悲観的な心が、次第に前向きに変わっていった。今では仕事や家庭の問題一つ一つに感謝の念が湧き、「悩みに追われていた自分が、悩みを追いかけられるようになりました」と。
 初めて題目を唱えた1年後、彼女は御本尊を受持。「一人でも多くの人に、この仏法を伝えたい。それが、仏法を教えてくれた池田先生への恩返しだと思います」。自分らしく輝いていける喜びを語らずにおれない。
 もちろん、信心を始めたからといって、何もかもが順風満帆だったわけではない。彼女をはじめ、タイの多くの同志が心に刻んでいるのが、「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)の一節だった。
 タイは熱帯性気候で、暑季・雨季・涼季の三つのシーズンに分かれる。日本のような四季はないが、友の心は、苦難の冬を越え、勝利と幸福の春をつかむ信心の確信にあふれている。
 「私にとって春のイメージは先生と桜です。先生は桜を通して“勝利の人生を”と教えてくださっています。たくさん撮られている桜の写真も、“春をつかめ”とのお心だと思います」
 勝利の春と師の笑顔を重ね、女子部員が言葉を結んだ。
 師に勝利の報告ができる――その心の躍動に、信心歴の長短は関係ない。師匠を求める強き一念の拡大こそ、世界広宣流布の実像なのだ。

◆きょうの発心   九州から広布拡大の金字塔を築く2017年10月19日


御文
 此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか(報恩抄、293ページ)
通解 この大恩に報いるには、必ず仏法の奥底を学び行じて、智者とならなければならない。

 父母や師匠への報恩のために、智者となって広布に励むべきであるとの一節です。東京創価小学校に入学した直後、池田先生との記念撮影会が行われ、先生と初の出会いを結びました。“みんな日本一、世界一だよ”との温かな声とまなざしは今も胸奥に刻まれています。
 受験勉強に行き詰まっていた創価高校3年生の時には、「勝たんと欲すれば、苦しむことを学べ!」との指針を頂きました。九州の大学に進学し、学生部で対話拡大に奔走。一昨年、九州男子部長の任命を受けた際には、「世界の先駆の九州男子部 新時代の 広布の山を勝ち登れ!!」とのスローガンを頂き、そのご期待に全国屈指の弘教でお応えできたのです。
 初の出会いから30年、先生が励ましを送り続けてくださったおかげで、今の私があります。
 この夏、九州の地で交流を結んだインド創価学会の青年たちが情熱をもって「先生のために戦いましょう! 広宣流布のために戦いましょう!」と叫んでいた姿が忘れられません。この心意気で“勝利こそ報恩の証し”と定め、九州男子部は拡大の金字塔を打ち立て、師恩に報いてまいります。
 九州男子部長 藤原雅一

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十一 2017年10月19日 (6202)



 翌七日、夏季研修会の一環として、ヨーロッパ広布二十周年の記念総会が開催された。山本伸一は、この席でも、御書を拝して、参加者と共に、仏法の法理を研鑽し合った。
 そのなかで彼は、一切衆生が「仏」の生命を具えていることを述べ、生命の尊厳を説く仏法は、古来、平和主義であったことに言及。戦時中、日本にあって、国家神道を精神の支柱に戦争を遂行する軍部政府の弾圧と戦った学会の歴史も、それを証明していると訴えた。
 さらに、平和を信条とする仏法者の、社会での在り方を示していった。
 「皆さんは、『一切法は皆是仏法なり』(御書五六三ページ)との御聖訓を深く心に体して、それぞれの国にあって、良識豊かな、人びとの模範となる、良き市民、良き社会人であってください。
 われわれは、暴力を絶対に否定します。その信念のもとに、各国各地にあっては、その伝統並びに風習を最大に尊重し、社会に信頼の根を深く張っていっていただきたい。そして、世界の友と、心と心を結び合い、平和をめざしていただきたいのであります」
 次いで伸一は、宇宙の根源の法たる妙法を具現した、御本尊の力について語った。
 「人間の心ほど、瞬間、瞬間、微妙に変化し、複雑極まりないものはない。その心を、いかに強く、揺るぎないものにしていくかによって、人生の充実、幸福も決まっていく。
 また、人生には、“なんで自分は、こんな目に遭わなければならないのか”と思うような、宿命・宿業の嵐に遭遇することもある。それを乗り越えていく、何ものにも負けない強い心を培うための信心なんです。
 妙法という宇宙根源の法を具現したものが御本尊です。私どもの信力、行力によって、南無妙法蓮華経の御本尊の仏力・法力に、わが生命が感応して、大生命力が涌現し、困難の厚き鉄の扉も必ずや開くことができる」
 フランスの思想家モンテーニュは言う。
 「勇猛さは、足と腕がしっかりしているということにはなく、心と魂の堅固さにある」(注)
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『世界の名著19 モンテーニュ』荒木昭太郎訳、中央公論社   

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉88 嵐に不動の鍛えの信心で


御文
 きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るればとくとけ候、冰をゆに入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり
 (四条金吾殿御返事、1169ページ)
通解 鍛えられていない鉄は、燃え盛る火に入れれば、すぐに溶けてしまう。それは、氷を湯に入れたようなものである。剣などは、大火に入れても、しばらくは溶けない。これは、鍛えられているからである。

同志への指針

 わが門下は鍛え抜いた宝剣なり! 試練の炎にも怯むことなかれ! これが御本仏の烈々たる師子吼であられる。
 「仏法は勝負」だ。断じて負けない金剛不壊の生命を発揮する信仰なのだ。ひたぶるに仏道修行に徹しゆく人は、「ここぞ」という時に、必ず絶対勝利の実証を示せる。
 創価の青年は、何ものにも翻弄されぬ「世雄」(社会の英雄)と勝ち光れ!

【聖教ニュース】

◆情熱のスペインが総会 2017年10月19日
池田先生の初訪問56周年「師弟原点の日」を記念 全土から1000人が参加
池田先生が祝福のメッセージ 社会貢献の「良き市民」たれ

10・15「スペイン師弟原点の日」記念総会の参加者が決意のカメラに。隣国のポルトガルからも求道のメンバーが駆け付けた(リーバス・バシアマドリード市内で)
10・15「スペイン師弟原点の日」記念総会の参加者が決意のカメラに。隣国のポルトガルからも求道のメンバーが駆け付けた(リーバス・バシアマドリード市内で)

 10・15「スペイン師弟原点の日」記念総会が15日(現地時間)、リーバス・バシアマドリード市内で盛大に開催され、全土から約1000人が参加した。
 池田大作先生はメッセージを贈り、幾多の風雪を勝ち越え、今日の盤石なるスペイン広布の基盤を築いた同志の奮闘を心から賞讃。社会も世界も、いよいよ生命尊厳の大仏法の光を渇仰していると述べ、一人一人が、「良き市民」「良き国民」として、地域に貢献し、信頼と友情の輪を大きく広げていこうと呼び掛けた。
 「スペイン師弟原点の日」――淵源は56年前の1961年10月15日にさかのぼる。この日、池田先生は初めてスペインの地に立ち、未来へと続く同志を思いながら、深く強く祈念した。“出よ! 妙法のピカソよ、妙法のカザルスよ”と――。
 師の祈りに包まれ、スペインにはその後、地涌の同志が陸続と誕生。広宣流布を阻む一切の障魔の嵐を打ち破り、正義の連帯を幾重にも広げてきた。
 巡り来る「10・15」はスペインの同志にとって、「師との誓い」を確認し、立正安国への歩みを進める「出発の日」である。
 総会のステージでは演劇やフラメンコ、合唱などで、スペイン広布の歴史を表現した。圧巻は青年部の代表260人による「第九」(歓喜の歌)の熱唱。
 何があっても、絶対に負けない! スペイン広布は我らの手で!――若人の誓いの歌声に大喝采が起こった。
 スペインのロシェ婦人部長のあいさつなどに続き、カプート理事長は世界広布が伸展する今、スペインから新しい拡大の大波を起こそうと力説。プリチャード欧州女性部長は、師弟不二の誓願こそ人間革命の道であると述べ、一人一人が自身の壁を破り、人生勝利の歴史をと語った。
 タカハシ欧州議長は総会を支えた全ての関係者に感謝を述べるとともに、今ここから広布の対話に打って出ようと訴えた。
 最後に青年部の代表が「2018年11月18日」に向けて誓いの言葉を発表。参加者全員で学会歌「誓いの青年よ」を大合唱した。
 カプート理事長の決意は固い。「スペイン社会は、混迷の様相を呈しています。その中で若き広布の人材が続々と誕生しています。立正安国を目指すSGI(創価学会インタナショナル)の使命は大きい。この総会を出発点として、人間主義の旗を高く掲げます」

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆三代城の北海道に民衆の凱歌よ轟け  「札幌大会」「夕張大会」60周年
戸田記念墓地公園開園40周年

戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)内にある戸田先生の立像。そのまなざしは、広宣流布の未来を見つめて。恩師は生前、愛弟子の池田先生に語った。「大作、おまえは世界の広布の大道を必ず開いてゆけ! 頼む。断じて開け!」と
戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)内にある戸田先生の立像。そのまなざしは、広宣流布の未来を見つめて。恩師は生前、愛弟子の池田先生に語った。「大作、おまえは世界の広布の大道を必ず開いてゆけ! 頼む。断じて開け!」と

 本年は、北海道の広布史において意義深き佳節を幾重にも刻む。学会員を虐げる「炭労」(日本炭鉱労働組合)の横暴に対して、若き日の池田先生が正義の師子吼を放った「札幌大会」「夕張大会」から60周年。さらには、恩師の故郷・厚田の地に戸田記念墓地公園が開園してから40周年である。創価三代の会長と深き縁で結ばれた三代城・北海道の同志は今、「勝ってこそ新しい歴史は創られる」「愛する北海天地に民衆の凱歌を!」と奮闘している。ここでは、留萌創価県の大会(8日、留萌会館)で感動を広げた活動報告の要旨や、使命の地で実証を示す4人の友の話題を紹介する。

留萌創価県大会での活動報告から 天売支部 支部長 佐賀大一さん

 北海道・羽幌町に属する天売島で、父・佐一の代から続く宿泊施設「島の宿 大一」を営んでいます。
 今から2年前の2015年夏、私は天売支部の支部長の任を受けました。
 それから間もなくして、池田先生が、小説『新・人間革命』「勝利島」の章で天売広布の歴史をつづってくださったのです。父のこと、天売のことを書き残していただいたことは、天売の同志にとって最高の誇りと喜びになりました。しかし私は、この励ましに応える結果を満足に出せないまま、いたずらに時を過ごしてしまっていたのです。
 このままでは、いけない――昨年の暮れに「まず御本尊の前から出発しよう」と決意。天売広布の伸展と島の人々の幸福を真剣に祈り、勇気を奮い起こして、行動を開始しました。
 すると今夏、思いがけずSOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)の新番組「青年よ 未開の広野を進め――池田先生と北海道」で、父のことを紹介していただけるとの話が飛び込んできたのです。
 私は感謝とともに、深く決意をしました。「戸田記念墓地公園の開園40周年の10月を、過去最高の拡大で荘厳しよう!」と。
 しかし、夏は観光シーズン真っ盛り。同志のほとんどが観光業に従事しています。それでも皆が「よし、やろう!」と心一つに立ち上がってくれました。どれほど、うれしかったか。
 島の人は皆、顔見知り。ゆえに島のあらゆる場所が対話の舞台になりました。道端で、店先で、フェリーターミナルで……。顔を見れば笑顔で声を掛け、心を込めて、真剣に語ります。
 たとえ良い反応が得られなくても、めげずに次へ、また次へ。「この島で私たちが対話をしていない友人は、誰一人いない」と言っても過言ではありません。
 「島の発展のために! みんなの幸福のために!」――その一心でした。
 戦いの功徳でしょうか。今夏、私が営む宿泊施設の利用者数が、過去最高を記録したのです。
 聖教拡大の波も、日に日に島中に広がっていきました。島の全世帯の2割、3割、そして過去最高の4割まで。それでも勢いは止まらず、ついには今月、島の3分の2の世帯が聖教新聞を購読してくれるまでに。
 島の同志と手分けして、“池田先生からのお手紙”を届ける思いで、一軒一軒に「幸と希望の花よ咲け」と祈りを込めながら、ひた走る毎日です。
 ――今回配信されたVODの映像では、父が「鉄石の決意で戦い続ける」と叫び、体験発表した1979年(昭和54年)11月の本部幹部会の模様とともに、終了後に池田先生が父を激励してくださった時の写真も紹介されました。
 当時、先生が私にまで渾身の励ましを送ってくださった感激は生涯、忘れられません。
 天売島、そして北海道の勝利を願い、今なお励ましてくださる先生の真心に、島の同志は泣きました。
 映像の中で紹介されていた先生のスピーチが、皆の命に深く刻まれています。「勝利を誇る姿――それも美しい。しかし、それ以上に美しく、気高いのは“さあ、戦うぞ!”“いよいよ、これからだ”という、挑戦の姿であろう」 
 今、天売の同志は、さらなる友好拡大を誓い、島中を駆けています。「さあ、勝つぞ!」「いよいよだ!」と、励まし合いながら。

使命の天地で奮闘する友の話題

●負けじ魂の母

 札幌池田総県の小野亜沙希さん(地区副婦人部長)は、札幌創価幼稚園の出身だ。幼い頃から対人恐怖症で悩み、高校を中退した。
 17歳で結婚し、その後、4人の子宝に恵まれるも、三男が川崎病を、次男が小児ネフローゼ症候群を相次いで発症。さらには、夫が蒸発するなど宿命の嵐に襲われる。
 このとき、どれほど多くの婦人部の先輩たちが共に祈り、励ましてくれたか。小野さんの胸に、創価の園舎で培った「負けじ魂」が燃え上がる。働きながら必死に学び、高校卒業資格を取ると、「マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト」や合格率十数%の「情報セキュリティ・スペシャリスト」の国家資格も次々と取得した。今、大手企業の開発部門に勤め、周囲からの信頼を集める。
 4人の子どもたちは全員が札幌創価幼稚園を巣立ち、長男・七音さんは創価大学、次男・鈴音さんは東京の創価高校へ。三男・快音さんと四男・脩音君も学会の未来っ子として「つよく、ただしく、のびのびと」育つ。

●正しい人生とは

 すし職人の小野寺晃彦さん(札幌栄光総県、前進勝利長〈ブロック長〉)が学会に入会したのは、4年前の11月だった。
 青春時代から「正しい人生とは何か」と思索を重ねてきた。さまざまな宗教や哲学の書を手に取った末、創価学会の存在を知る。
 「自分の求めていた生き方だ!」――これと決めたら一直線。行学の二道に真剣に励むと、何事も悠々と楽しめる強い自分自身へと成長していくのを実感した。唱題の功徳か、人間革命の実証か。職場においては、異例の早さで札幌市内のすし店の店長に抜てきされるまでに。
 また、勇気を出して対話に挑む中、病で苦しんでいた母が信仰の力を実感し、入会。その姿に父も続いた。
 本年1月には念願だった自分の店をオープン。同業者がひしめく激戦区の繁華街で、常連客を増やしている。
 座右の銘は「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)。仕事も広布も「絶対勝つ!」――この勇壮な心意気で、きょうも進む。

●逆転ドラマこそ

 「夕張メロンは世界一!」と胸を張る、大空知総県の森秀幸さん(夕張正義圏男子部主任部長)。60年前に創価の人権運動の原点である「夕張闘争」が繰り広げられた地で、農家の3代目として活躍する。
 4年前、厚生労働省の指定難病である「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」を発症。手足がまひし、医師からは、「悪化すると車椅子の生活になる可能性も」と宣告が。励ましに駆け付けてくれたのは夕張の同志たちだった。
 「みんなで、題目を送ります!」「絶対に大丈夫だよ!」と。
 さらに池田先生からも、励ましの言葉が届く。森さんは、男泣きに泣き、奮起した。宿命を使命に変えてみせる――猛然と祈り、広布拡大に挑戦。杖をつき、転んでは立ち、転んでは立ちを繰り返しながら、一人また一人と対話を重ねていった。
 治療が奏功し、今では杖が不要になるまでに。病魔との闘いは続く。だが絶対に諦めない。「大逆転のドラマこそ信心の醍醐味ですから!」

●夢を叶えて
 小樽に学習塾を開いて44年、札幌牧口総県の阿部美幸さん(婦人部副本部長)には誓いがある。「師匠と信心の偉大さを、自らの姿で示し続けたい」
 入会50年。祈った夢を次々と叶えてきた。経済的な理由から諦めていたアメリカ留学、家族全員への弘教、45歳で再度の米留学、池田先生に誓った“本の出版”等々……。14年前には脳腫瘍が見つかり、右半身不随となってしまうが、真剣な唱題を重ね、一歩もひかずに病魔と闘った。医師にも恵まれ、手術は大成功。その後、アメリカの母校に3度目の留学を果たし、オールAの成績を収めた。
 リハビリを兼ねて始めた卓球の腕前も、日本卓球協会主催の全日本卓球選手権大会(マスターズの部)で第3位に入るなど折り紙付き。学習塾の子どもたちは阿部さんの“生涯青春”の姿を通して夢を持つ大切さを学び、瞳を輝かせている。
 これまで阿部さんが実らせた弘教は38人。挑戦は終わらない。広布と人生の最高峰へ、師との誓いのままに。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉66 誉れの「11・18」へ師弟勝利の暁鐘を! 限界を破るのは気迫と執念   「大衆とともに」を貫く公明党

わが地域から「立正安国」を決する歴史的な大攻勢を!(左上から時計回りに、東北・福島、関東・茨城、九州・福岡、関西・大阪の集い)
わが地域から「立正安国」を決する歴史的な大攻勢を!(左上から時計回りに、東北・福島、関東・茨城、九州・福岡、関西・大阪の集い)

 原田 栄光の「11・18」を断じて勝ち飾ろうと、全国の同志が猛然と対話拡大に走ってくださっています。先日、伺った北海道では、何としても勝利をと、各部が心一つに団結し、逆境をはね返す戦いを繰り広げています。
 
 永石 神奈川でも、共戦の連帯固く、苦境を勝ち越えるため、全魂込めて正義の拡大に奔走しています。
 
 長谷川 各人の眼前の戦いの勝利こそが、広宣流布と立正安国の万年の大道を開くことにつながります。
 
 原田 かつて池田先生は「ひとたび戦いを起こしたならば、断じて勝たねばならない。勝って、広宣流布の偉大な歴史を残すことだ」と呼び掛けられました。そして、「信心しきった者は、最後は必ず勝利する」と指導されました。
 
 長谷川 「鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき」(御書1440ページ)――幾度も拝してきた御金言です。「これからが、一番大切な時」と心を定めて進んでまいりたい。
 
 永石 後から、「もっと真剣にやっていればよかった」と思うような悔いだけは絶対に残してはなりません。「これほど祈り、語ったことはない」と最後まで強盛な祈りで限界突破の拡大に挑んでいきましょう。
 
 竹岡 御聖訓には「権門をかっぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(同502ページ)と仰せです。日蓮大聖人は末法万年の民衆救済へ、徹底した「折伏精神」「破折精神」で歩きに歩き、語りに語り、正義の対話闘争に生涯をささげられたのです。
 
 志賀 民衆の幸福を目指す創価の対話運動もまた、臆さず威風堂々と真実を語り切ることが重要です。
 
 長谷川 勝敗を分かつのは「執念の差」であり「勢いの差」です。どちらが真剣か。気取りや見栄などかなぐり捨て、「最後の一日」「最後の5分」まで、戦い続けた方が勝ちます。
 
 原田 私たちには絶対勝利の信心があります。「断じて勝つ」と決め、「もう一歩!」「あと一押し!」との気迫で攻め抜いてまいりたい。一人一人が決勝点まで全速力で走り切り、師弟勝利の暁鐘を打ち鳴らしていこうではありませんか!

「安心と安定」こそ

 伊藤 いよいよ衆院選の投票日(10月22日)まで、あと3決める重要な選挙です。まだ支持を決めていない人が約4割で、情勢の変化もあり得ると報じられています。
 
 竹岡 自公政権による政治の「安定」か。野党による政治の「混乱」か。そして、少子高齢化や北朝鮮の脅威など、課題山積の中、国民に「安心」をもたらすのは、どの政党か。この点が問われる「安心選択選挙」といえます。
 
 伊藤 中でも、公明党は「三つの安心」を掲げていますね。
 
 永石 ①将来の子育てや社会保障の安心②緊迫化する北朝鮮問題に対し、各国と手を携えて解決できる安心③連立政権に公明党がいることで庶民目線の政治が進む安心、です。日本にとって不可欠な「安心と安定」の要こそ、公明党です。
 
 竹岡 一方で、野党の多くは、旧・民主党出身者。2009年から3年間、民主党政権は失政を続け、日本の経済・外交を悲惨な結果に導きました。「不安と混乱」を生み、多くの国民に政治への不信をもたらしました。
 
 志賀 特に立憲民主党はあの“悪夢”と呼ばれた時代に政権の中枢を担った閣僚たちが顔を並べています。
 
 竹岡 東日本大震災当時の首相と官房長官が、最高顧問と代表に就いているのが、今の立憲民主党です。当時の政権の震災対応は「遅い、鈍い、心がない」と被災地で大ひんしゅくを買いました。特に原発事故は「人災」とも言われました。
 
 志賀 東北の方が心底怒っていました。「立憲民主党は“東日本大震災が原点”“まっとうな暮らしを取り戻す”と言っているが被災地から“まっとうな暮らし”を奪ったのが、当時の民主党政権ではないか」と。
 
 伊藤 翻って、公明党は当時、野党でしたが、被災者の方々や被災自治体の首長、多くの識者から、「公明党は、地方議員から国会議員まで一体となって、現場の声を受け止め、政府を動かした。これはすごいこと」「もし公明党がいなかったら復興はもっと遅れた」等の声が相次ぎました。
 
 竹岡 立憲民主党は今、“筋を通す。理念や政策は曲げられない”等と言っていますが、民主党時代に政権を取っても、約束した政策をほとんど実現できず、国民を失望させました。
 
 志賀 民主党から民進党へ変わり、さらに希望の党へ移ろうとして拒否され、選挙のために寄り集まったに過ぎません。短期間に度々、“筋を曲げてきた”選挙互助会です。
 
 竹岡 立憲民主党は“違憲の自衛隊は解散”“日米同盟の破棄”と訴える共産党と選挙協力も進めている。北朝鮮の脅威から日本の安全をどうやって守るのか。極めて無責任といえます。
 
 伊藤 見た目や、聞こえのいい言葉にだまされず、どの政党が、現実に国民のために働いているかを見極めることが大切ですね。
 
 永石 公明党には、他党にない、地域に深く根ざした全国3000人の議員の「草の根のネットワーク力」があります。震災の時も、立党精神を胸に、一人一人の「声なき声」を聞き、政策として実現してきました。
 
 長谷川 政治評論家の森田実氏も語っていました。「見えざるところに手を伸ばし、現場主義で隅々まで光を当てる。『大衆とともに』という立党精神に根ざし、苦しんでいる大衆と一緒に歩んでいく。『共生』『共苦』『共栄』の思想を根本に置く議員集団・公明党は日本の宝なのです」
 
 原田 「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」――不変の立党精神は、半世紀を超えた今も、光彩を放っています。公明党は衆院選を断じて勝ち越え、日本の未来を開いてもらいたい。

◆〈信仰体験 白ゆりの詩〉 細菌性髄膜炎でまひが残る娘と共に 2017年10月19日


 【兵庫県西宮市】「あらゆる体験は宝物にひとしい。しかも、自分が関わったすべての体験は決して誰からも奪われることがない唯一のものなのだ」とは、ドイツの文豪・ゲーテの箴言である。

2017年10月18日 (水)

2017年10月18日(水)の聖教

2017年10月18日(水)の聖教

◆わが友に贈る

信心とは行動の異名だ。
広布に動けば動くほど
友情と境涯は広がる。
さあ今日もはつらつと
足取り軽く友のもとへ!

◆〈名字の言〉 2017年10月18日

 60年前の10月18日、「大阪事件」の初公判が行われた。裁判に出廷した池田先生は、この日の夜、神戸で開催された大会に出席。日記に「今こそ、信心の前進の秋と知れ。友よ、次の勝利に、断固進もう。俺も、戦うぞ」とつづった▼「大阪事件」の「無罪判決」までに、先生は23回、法廷に立ち、その合間を縫っては関西の友を励ました。この間、裁判のことを語らなかった先生が、初めて裁判について切り出したのは判決前夜、尼崎市体育会館での関西男子部幹部会においてである▼先生は烈々と宣言した。「善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う」。「大阪事件」の「無罪判決」は一面から見れば、神戸の大会に参加した日の“闘争宣言”に始まり、尼崎での“闘争宣言”で締めくくられたともいえる。この事実に、兵庫と関西の友の深き使命が示されていよう▼師が手づくりで築いた常勝の天地・関西。「常勝」について先生は「断固として『今を勝つ』ことだ。『今日を勝つ』ことだ」と。時の流れは一定ではない。瞬間瞬間、「自身に勝つ」との執念を燃やす時、同じ一日であっても、十年にも匹敵する歴史となる▼さあ「信心の前進の秋」だ。自身で決めた広布の最高峰を目指し、きょうも“勝利の一日”を飾ろう。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年10月18日

 勇敢な人生を生き切る人
 は幸福―戸田先生。強盛
 に祈り、強気で勝ち進め
      ◇
 北海道が猛追!民衆の力
 は偉大なり。夕張闘争60
 周年を大勝利のドラマで
      ◇
 神奈川よ不屈の闘魂燃や
 せ。共戦のスクラム固く
 大拡大で正義の勝鬨を!
      ◇
 御聖訓「声仏事を為す」。
 語った分、仏縁は広がる。
 勇気の対話で新時代開け
      ◇
 電子マネーを使った詐欺
 出現と。手口は更に巧妙
 に。声掛け強め賢く撃退

◆社説  きょう民音創立記念日  音楽交流が世界平和の建設の力に


 きょう、民主音楽協会(民音)が創立54周年を迎えた。1963年(昭和38年)10月18日、民音による初の記念演奏会が東京・文京公会堂で開催され、この日が創立記念日となった。
 当時の日本では歌謡曲やポップスは親しまれていたものの、クラシックやオペラは大衆とは大きな隔たりがあった。鑑賞券が至って高額なコンサートも多く、庶民にはとても手が届くものではなかった。
 そんな中にあって創立者・池田先生は、民音誕生前の懇談会で語った。「庶民が“下駄履き”で行けるコンサートをつくろうよ!」と。
 そこには、徹して民衆に根差す姿勢と、“音楽交流こそ、世界中の人々の心を結び、世界平和建設の一助となる”との創立の理念が脈打っていた。
 以来54星霜。これまで日本で行った公演回数は7万8000回を超え、中には、ミラノ・スカラ座やアルゼンチン・タンゴ界のマエストロ(巨匠)など、音楽史に輝く舞台も含まれる。
 また、小・中学校等での「学校コンサート」は全国4400校で開催。各地の民音推進委員や賛助会員の支援のもと、離島や山間地域にも希望の音楽を届けてきた。
 言葉や文化は違えど池田先生の理念に共鳴した一流のアーティストが繰り広げるステージ。その一回一回に一期一会の出会いがあり、ドラマがあった。
 現在、来日中のニカラグア共和国の歌姫、カティア・カルデナル氏の公演もその一つ。中米出身の女性アーティストで最多のアルバム・リリース数を誇るなど、同国の音楽界を代表する彼女には、今回の訪日に特別な思いがあるという。
 兄とデュオとして活動を始めたのは37年前。当時のニカラグアは、不安定な政治状況や内戦、自然災害が続く状況にあって、国民の音楽活動に対する評価は著しく低かった。そんな中でも2人は、人々に元気を送る音楽の可能性を信じ、「世界に友情を広げるため、音楽を奏で続けよう」と励まし合ってきた。
 その兄は7年前に他界。彼女は今回の招聘を受け、先生の理念と兄の言葉を重ね、“世界平和を築く一人に”と力強くも温かい歌声を披露している。
 今や名実共に世界の文化向上の一端を担う音楽団体へと発展を遂げた民音。本年、ニカラグアと共に、中東・バーレーン王国を加え、交流国は107カ国・地域となった。
 世界を舞台に希望のハーモニーで人と人の心を結ぶ民音の活動に一段と期待したい。

◆きょうの発心   真剣な祈りで病魔に打ち勝つ2017年10月18日


御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈?抄、1351ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りの叶わないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ず叶うと仰せです。
 小学5年生で池田先生に初めてお会いし「つらいことがあっても頑張るんだよ」と激励していただいたことが自身の原点です。
 高校1年生の時に父が霊山へ。女手一つで、働きながら学会活動に励む母を見て育ちました。幾重にも師との出会いを刻む中で「広布に生き抜こう」と決意。女子部時代は富士合唱団や白蓮グループで薫陶を受け、師弟共戦の歴史をつづりました。
 結婚後、次男が先天性の心疾患である「ファロー四徴症」と判明。家族や同志の「絶対に病魔に打ち勝つ」との真剣な祈りの結果、次男は3度の手術を乗り越え、元気に日々を送っています。家族も皆、この実証に確信を深め、一家和楽の信心を実践しています。
 茅ケ崎県では、青年部を先頭に地域広布、人材の拡大に励んでいます。勝利した姿で10・22「県の日」を荘厳してまいります。
 神奈川・茅ケ崎県総合婦人部長 金子めぐみ

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  四十 2017年10月18日 (6201)



 六日の午後、欧州研修道場では、山本伸一が出席して、ヨーロッパ広布二十周年を記念する夏季研修会が晴れやかに開幕した。
 これには、地元フランスの百人をはじめ、十八カ国五百人のメンバーが集った。
 伸一は皆と厳粛に勤行し、参加者の多幸とヨーロッパ広布の伸展を祈った。そして、マイクに向かうと、こう提案した。
 「本日六月六日は、二十一世紀への飛翔を遂げる研修会が開催された日であると同時に、初代会長の牧口常三郎先生の生誕の日であります。この意義深き日を、『欧州の日』と定め、毎年、この日を節として、互いに前進を誓い合う記念日としてはどうかと思いますが、皆さん、いかがでしょうか!」
 出席者全員が挙手をもってこれに応え、正式に6・6「欧州の日」が決定したのだ。
 牧口は、伸一が入会する三年前に獄死しており、謦咳に接することはなかった。しかし、伸一は、恩師・戸田城聖を通して、その人格、信心、実践、教育思想について学んできた。また、牧口の著作を繰り返し読んでは、自身の大事な規範としてきた。
 著書の中で牧口は、平和への道筋として、「軍事的競争」「政治的競争」「経済的競争」から「人道的競争」に入ると予見している。
 伸一は、人類の平和のために、今こそ世界に、「人道的競争」への確かな潮流を創っていかなくてはならないと、決意を新たにするのであった。
 夏季研修会では、記念植樹が行われ、さらに、体験談大会に移った。信心によって前向きな自分になり、病との闘いにも勝った西ドイツの女子部員の体験や、念願の音楽家として活躍するイタリアの男子部員の体験などが披露され、大きな感動が広がった。
 いずれの体験にも、勇気と挑戦による境涯革命のドラマがあった。
 信仰とは、“絶望”“あきらめ”に打ち勝ち、前へ、前へと進みゆく原動力である。その前進のなかで自身の生命は磨き鍛えられ、境涯を大きく開いていくことができるのである。   

【聖教ニュース】

◆池田先生ご夫妻にサン・フェルナンド市から「顕彰状」 バルカルセ市、ヘネラル・ベルグラノ市からは「傑出した人物」証 2017年10月18日

 
サン・フェルナンド市から池田先生ご夫妻への「顕彰状」は池田バンガード・オーケストラの野外コンサートの席上、授与された(同市内で)
サン・フェルナンド市から池田先生ご夫妻への「顕彰状」は池田バンガード・オーケストラの野外コンサートの席上、授与された(同市内で)

 南米アルゼンチンで、池田大作先生ご夫妻の長年にわたるたゆみない平和行動をたたえる顕彰が相次いだ。サン・フェルナンド市からは「顕彰状」が、バルカルセ市とヘネラル・ベルグラノ市議会からは「傑出した人物」証が贈られた。
 サン・フェルナンド市からの「顕彰状」は9月23日、同市内で開かれたアルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)青年部の池田バンガード・オーケストラのコンサートの席上、贈られた。
 コンサートは、市立大学総合センターの開設10周年を祝賀し、センターの招きを受け、野外で催されたもの。
 日頃から地域貢献に励む同市のSGIの友は、音楽で街を潤そうと、本年8月、同オーケストラによるコンサートを実施。会場には多数の市民が足を運び、大盛況の行事となった。こうしたSGIの活動に触れ、識者の中に、SGI会長である池田先生の平和への理念や行動に対する共感が広がった。
 今回のコンサートには同市のルイス・アンドレオッティ市長のほか多数の市民が来場。池田バンガード・オーケストラの熱演の後、市長は「顕彰状」をSGIの代表に託し、こう語った。
 「オーケストラの皆さんの真剣な姿から、池田会長夫妻と同じ理想に生きる青年の心意気を感じました。皆さんこそ、調和の世界を築く主体者です」
                                                                          ◇ 
 バルカルセ市からの「傑出した人物」証は同24日に授与された。
 授与式は、同市の「文化の家」で開催された環境展示「希望の種子――持続可能性のビジョンと変革へのステップ」の開幕式の席上で行われ、エステバン・アンドレス・レイノ市長ら市関係者やSGIの友が参加。
 市長は、同展が「一人一人の意識を変え、友情の絆を強め合う場になるでしょう」とあいさつした。
 「傑出した人物」証の決議書には、「SGIは、平和の文化を構築し、対話と非暴力によって、個人の幸福と地域社会の平和を結びつける活動を推進」と記され、そのリーダーシップを執る池田先生ご夫妻が、社会と教育における傑出した人物であることを宣言している。
                                                                            ◇ 
 ヘネラル・ベルグラノ市議会からの「傑出した人物」証も同日、贈られた。
 同市での記念イベントの一環として行われた、池田先生の平和提言のセミナーと展示のオープニングで授与。これにはホルへ・マガレフスキー市議会議長らが出席した。
 市議会の満場一致となった決議書には、「世界各地で平和・文化・教育活動を推進し、生命の尊厳を訴えてきた」と明記され、「世界平和への間断なき活動を称賛する」とつづられている。

◆指針“広布の堅塁たれ”発表50周年 12月の本部幹部会が中部総会に
11月には静岡「太陽の日」記念行事を開催


 広布誓願の炎を燃やし、“日本の中心”東海の天地で対話に駆ける中部、静岡の友にうれしいニュース!
 このほど、12月の本部幹部会が「中部総会」の意義を込めて、中部の地で開催されることが決定した。
 中部の友の永遠の原点――それは、1967年(昭和42年)7月、中部本部の大会の席上、池田先生が「広布の堅塁・中部たれ」との指針を示したことである。
 以来、50星霜。友はこの指針を抱き締め、いかなる魔の蠢動があろうとも、師弟共戦の大激闘で“金剛の民衆城”を築いてきた。
 池田先生は訴えた。
 「中部が急所だ!/広宣流布の命運を決する/最重要の決戦場もまた/大中部であるに違いない!」
 この呼び掛けに応えようと、今、中部の友は「堅塁」の名のごとき金城鉄壁の団結で、愛知、三重、岐阜の天地に栄光勝利の「道」を開きゆく!
 一方、静岡では、11・10「静岡県太陽の日」の記念行事を、11月に開催することが決まった。
 71年(同46年)のこの日、池田先生は静岡市内で、4000人の同志と記念撮影を。そして、会場にあった色紙にしたためた。
 「太陽」――と。
 この不滅の原点を胸に、友は邪宗門による幾多の迫害の嵐も、太陽のような強さと明るさで、威風堂々と乗り越えてきた。
 そして91年(平成3年)11月28日、“衣の権威”から解き放たれた学会は“魂の独立”を果たし、世界宗教へと大いなる飛翔を遂げたのである。
 昨年11月、新愛称「太陽の静岡」が発表され、本年8月には池田先生の指導集『太陽の静岡』が発刊。喜びに沸く静岡健児が、その勢いのままに正義の大連帯を広げゆく!
原田会長を中心に中部・静岡合同総県長会議
 中部と総静岡の合同総県長会議が17日、名古屋市の中部池田記念会館で開催された。
 平山中部長、佐野総静岡長らがあいさつ。原田会長は“日本の柱”である中部と静岡が底力を発揮し、壁を打ち破ってこそ、勝利の扉は開かれると強調。
 大事なのは、目標に対するリーダーの執念である。広布の最前線であり、要である「地区」を中心に、全員が総立ちとなって、新たな拡大の波動を起こしていきたい。弟子の不屈の行動で、断じて凱歌の歴史を築こうと訴えた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆10・18「民音創立記念日」特集  文化の交流で世界を結ぶ
相互理解深める公益事業

「共に感動を創ろう」をテーマに開催されたロシア公演。モスクワ大学では、「インペリアル・ホール」で華やかに(2015年12月10日)
「共に感動を創ろう」をテーマに開催されたロシア公演。モスクワ大学では、「インペリアル・ホール」で華やかに(2015年12月10日)

 きょう18日、創立記念日を迎えた民主音楽協会(民音)。アジア、中南米、アフリカ、欧州など、世界に文化交流を広げ、名実共に日本を代表する音楽文化団体へと発展した。ここでは、民音の公益事業と、駐日コロンビア共和国大使館のガブリエル・ドゥケ大使へのインタビューを紹介する。
 今秋、民音では「ニカラグア共和国」「バーレーン王国」の2カ国との音楽交流が新たに始まり、海外との文化交流は、107カ国・地域となった。
 民音は、これまで7万8000回を超す演奏会を開催。鑑賞者は延べ1億1000万人以上に上る。
 このほかにも、若手指揮者の登竜門といわれる「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」の開催や“青少年に一流の音楽との出あいを”との理念で開始された「学校コンサート」、さらには地域・社会への貢献を目的とした公益事業にも力を注いできた。
 創立50周年を迎えた2013年からは、“民音第2期”と位置づけ、日本の優れた伝統芸能を世界に広める活動を展開。同年10・11月に、「民音芸術団」の特別公演が中国の北京、天津両市の3会場で開催された。以来、毎年の公演は、大きな反響を呼んでいる。
 さらに、世界と日本の青年音楽家たちの交流を目的とした「Min‒On Global Music Network」が、14年から新たにスタート。
 15年のロシア公演は、特別な行事のみで使用されるモスクワ大学の「インペリアル・ホール」で行われ、音楽文化を通して、相互理解を深めた。
 民音音楽博物館では、「教育、学術および文化の発展に寄与する」との目的から、これまで文化講演会を開催してきた。現在、各国大使館との共催企画も積極的に行われている。

インタビュー 駐日コロンビア共和国大使館 ガブリエル・ドゥケ大使

 ――昨年、駐日大使に就任されて以降、コロンビア大使館との共催で2回、民音文化講演会が開催されています。
 
 ガブリエル・ドゥケ大使 昨年、パーカッション奏者のトゥパック・マンティージャの講演会を開催しました。先月には、わが国が誇るダンスカンパニー「ペリフェリア」が、ダンスの魅力を伝えてくれました。
 どちらの講演会も好評を博し、大変にうれしく思います。
 コロンビアと民音との関係は1988年に始まりました。この時、民音の招聘で、「コロンビア国立民族舞踊団」の公演が実現しました。99年には、アンドレス・パストラナ元大統領の来日を記念し、無形文化遺産に登録されている「バランキージャ民族舞踊団」の公演が、民音主催で行われました。
 長年にわたる民音とのパートナーシップは、コロンビアと日本の両国間の相互理解を深める上で、非常に有意義なものです。
  
 ――池田SGI会長の「芸術・文化・音楽を通しての人間と人間の交流による相互理解こそが、世界平和の基盤である」との理念のもと、民音は1963年10月に誕生しました。
 
 大使 その理念に、全面的に賛同します。SGI会長は、多くの文化的業績を残されています。その一つが民音の創立です。
 日本の文化を世界に発信し、世界の多様な文化を日本国内に紹介する。民音の使命の大きさは、計り知れません。
 昨年、わが国のサントス大統領がノーベル平和賞を受賞しました。半世紀以上にわたる内戦終結への努力が評価されたものです。
 大統領の信念とは、思想や価値観などの差異があったとしても、「我々は『同じ人間』である」ということです。私たちは、人類全体に恩恵をもたらすことに力を合わせていかねばなりません。
 「差異」は本来、人間を分断するものではなく、人間を豊かにするものです。その力となるのが、文化交流なのです。
  
 ――大使に就任されて、さまざまな日本文化に触れてこられたと伺いました。
 
 大使 私自身、来日してから、より文化の大切さを感じるようになりました。というのも、日本文化を通して、日本のことが、さらに好きになったからです。
 歌舞伎、能、和太鼓、墨絵など、日本には洗練された表現の文化が多いと思います。食文化も芸術的です。
 コロンビアは、北はカリブ海、西は太平洋に面し、南東部には熱帯雨林が広がっています。生物多様性に富んでいます。
 こうした地理的環境が多彩な文化を育みました。また、歴史的にも、先住民の文化、スペイン統治時代の欧州文化の影響も受けています。アフリカ系移民が受け継いできた文化もあります。わが国では、さまざまな文化が融合しています。
 音楽のジャンルは多岐にわたり、ダンスの種類も数多くあります。総じて、明るい表現のものが、多いのが特徴です。
 こうした「違い」が、私に思考の幅の広がりを、もたらしてくれています。
  
 ――最後に、今後の民音の活動に対する期待をお聞かせください。
 
 大使 これまで続けてこられた事業を、さらに発展させてもらいたいと思います。民音の活動は、世界平和を築く基盤となるものです。ぜひ、世界との交流を、さらに広げてほしい。
 ただ、コロンビアとの関係は、どの国よりも深いものであってほしいですね(笑い)。
 今後も、民音との協力関係を深めながら、文化交流を促進し、日本との友好の絆を強めていきたいと念願しています。

◆信仰体験 まうごつすごか 熊本の友 2代目ガラス職人の奮闘
今こそ見せたい!熊本の底力
地震後、先代から事業を継承 被災地から“復興の勇気”届ける

【熊本県・益城町】熊本地震から1年半が経過した。道路などインフラの復旧が進む一方で、建設業者の人手不足や土地の区画整理等が影響し、住宅の再建は遅れ、今もなお、約4万5000人が仮住まいを続けている。土山幸治さん(36)=益城常勝支部、圏男子部長=は昨年秋、先代の祖父から「㈱池田硝子店」を継いだ。地震により住んでいた益城町のアパートを追われ、熊本市東区にある工場の2階で暮らしながら、事業と生活の再建に奔走してきた。

2017年10月17日 (火)

2017年10月17日(火)の聖教

2017年10月17日(火)の聖教

◆わが友に贈る

大変な時こそ
朗らかに! 大胆に!
強気で祈り進めば
逆風すら追い風になる。
挑戦と感激のドラマを!

◆〈名字の言〉 2017年10月17日

 始業前の朝の時間を勉強や趣味など自己研さんにあてる「朝活」も、耳慣れた言葉になった。今夏も都内では複数の企業が連携し、“午前7時半までに列車で渋谷駅を通過すると割引クーポンが配信される”など、「朝活」を後押しする企画が行われた▼そもそも、なぜ「朝活」は良いのか。脳科学者の茂木健一郎氏によると、朝、目覚めてからの約3時間は、脳が最も活発に働く時間帯とのこと▼人が一日の活動で得た情報は、いったん短期記憶として脳内に保管される。それが睡眠中に整理され、長期記憶へと変わり、朝一番の脳はきれいに“クリーニング”された状態に。そのときを逃さず、良い刺激を与えることで、「1日の効率を何倍もアップさせることも可能」と氏は言う(『脳を最高に活かせる人の朝時間』河出文庫)▼10日間で388世帯の弘教という広布の金字塔を打ち立てた「札幌・夏の陣」。池田先生は、この闘争を振り返りつつ、「一日一日が渾身の勝負だ。その一日の勝利は、“朝の勝利”から始まる」「毎朝、真剣に祈り、御書を拝しながら闘争をスタートした」と述べた▼充実した人生も、広布の偉業も、“朝勝”から始まる。明確な目標を胸に、深き祈りから出発し、きょう一日を、はつらつと走りたい。(江)

◆〈寸鉄〉 2017年10月17日
 

 「最後まで油断は禁物」と
 戸田先生。誰かがやるは
 慢心。一念定め、前へ前へ
      ◇
 東北が総力で猛反撃!対
 話の大旋風をここから!
 勝利決する師子吼を放て
      ◇
 埼玉、茨城、栃木、群馬よ
 今こそ大拡大を!勇敢に
 動き語り痛快な逆転劇を
      ◇
 先駆・九州、沖縄が大奮戦
 最後まで攻め抜いたほう
 が勝つ。凱歌を南から!
      ◇
 “庶民目線”で政策論を展
 開できるのは公明党だけ
 ―識者。声なき声を形に

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  三十九 2017年10月17日 (6200)



 欧州研修道場の北側には、サント・ビクトワール山(聖なる勝利山)がそそり立ち、青空の下、太陽を浴びて、石灰岩の岩肌が輝いていた。“二十世紀絵画の祖”といわれるセザンヌもこの山に魅了され、多くの名画を残している。
 六月六日の昼前、山本伸一は、妻の峯子をはじめ、ヨーロッパ会議議長の川崎鋭治らと共に、トレッツ市庁舎を訪問した。
 ジョン・フェロー市長をはじめ、市議会議員ら約二十人が迎えてくれた。市長は、フランス国旗と同じ、青・白・赤を配した儀礼用の懸章をつけて、あいさつに立った。
 「山本先生をトレッツ市にお迎えできたことは、市民にとって大きな喜びであります。先生が平和のために世界的に重要な働きをされていることも、また、その優れた思想も、著作を通して、よく存じ上げております。
 先生は、東西対立のなかで、核の危機を回避するために奮闘されてきました。また、創価学会インタナショナルの国際的な平和運動の指導者でもあります。
 さらに、これまで、世界を代表する知性と対話を重ね、平和のために戦い、人間と人間の交流を深める努力をされてきました。
 その先生が、世界各地に数あるSGIの会館のなかで、わがトレッツの欧州研修道場を訪問してくださったことに対して、心より感謝申し上げます」
 市長の賞讃の言葉に、伸一はいたく恐縮しながら耳を傾けた。市長は、一段と力のこもった声で、厳かに告げた。
 「私どもは、誠実と忍耐、真心と熱意、旺盛なバイタリティーとエネルギーで行動される“平和の大使”である山本先生を、ここに名誉市民としてお迎えいたします」
 拍手のなか、市長から伸一に、市のメダルと名誉市民章が贈られた。伸一は、市長の深い理解と厚意に、心から感謝の意を表した。
 この陰には、メンバーの誠実な努力と対話があったにちがいない。私たちの運動への理解を促す力は、粘り強い真心の語らいである。   

【聖教ニュース】

◆ブラジル・ピンダモニャンガーバ市に「平和主義者・池田大作博士広場」が誕生
わが地域に広げよう! 友情と信頼の園


「平和主義者・池田大作博士広場」の銘板除幕式の参加者が記念のカメラに納まった。師の名を刻んだこの場所から友情と信頼を広げゆこう――SGIの友が決意も新たに(ピンダモニャンガーバ市内で)
「平和主義者・池田大作博士広場」の銘板除幕式の参加者が記念のカメラに納まった。師の名を刻んだこの場所から友情と信頼を広げゆこう――SGIの友が決意も新たに(ピンダモニャンガーバ市内で)

 ブラジル・サンパウロ州のピンダモニャンガーバ市に、「平和主義者・池田大作博士広場」が誕生した。
 池田大作先生の平和・文化・教育への世界的な貢献をたたえ、命名されたものである。
 2日に行われた銘板の除幕式には、ヒカルド・ピオリノ副市長をはじめとする来賓のほか、多くの地元市民が参加し、祝福した。
 サンパウロ市の北東に位置する同市は、歴史が薫り、豊かな自然を有する町として名高い。また南米最大規模を誇るアルミニウムのリサイクル工業団地を擁し、工業都市としても発展を続けている。
 同市はこれまでも、創価の平和運動に着目し、さまざまな機会に称賛と宣揚を重ねてきた。1998年、同市議会が池田先生に「顕彰証書」を授与したのをはじめ、翌99年には同市にある主要道路が「牧口常三郎創価学会初代会長大通り」「戸田城聖創価学会第2代会長通り」と命名されている。
 今回開設された広場があるのは、市内の中心部から車で南東に約10分ほどの、シダーデ・ノーヴァ(新しい町)区という国道沿いの地区の一角である。
 式典では、命名の発議者である元市議のエリック・デ・オリベイラ氏が「青年時代から今日に至るまで、正義と人類のために奮闘してこられた池田大作博士の名が付いた広場を開設することができ、大変に光栄です」と、あいさつ。
 ピオリノ副市長も喜びで声をはずませながら、「偉大な平和主義者、そして人道主義者である池田博士の精神は、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さまの行動の中に息づいていると感じます。広場がこの地域の発展のシンボルとなっていくことを、心から念願しています」と述べた。
 ブラジルSGIの代表として出席したモリシタ副理事長は「池田先生が世界平和の旅へ第一歩をしるされた意義深い10月2日に、先生の名を冠した広場が誕生したことに、SGIの私たちは弟子として、喜びを隠せないでおります。感謝と誇りを胸に、市民の皆さまと手を携えながら、市の発展にさらに尽力していきます」と決意を語った。
 また同日、10・2「世界平和の日」を記念して、同広場で「紫イペー」の木の記念植樹が行われた。

◆「マレーシア・デー」慶祝式典   2017年10月17日

 
慶祝式典で創価の共生の哲学を表現したSGMの出演者たち。彼らの約半数は新入会メンバーで構成される(ヌグリスンビラン州内で)

 9・16「マレーシア・デー」を慶祝する式典が9月29、30の両日、同国のヌグリスンビラン州内で開かれ、同州政府の招へいを受け、マレーシア創価学会(SGM)の代表410人が出演した。
 同州のモハマド・ハッサン州知事、政府関係者、教育者をはじめ、約2000人の観衆が喝采を送った。
 SGMの友は、合唱や中国舞踊、モダンダンスや組み体操等の演目を披露した。
 同州のモハマド・ラシ文化局長は「SGMの真心の貢献に心から感謝申し上げます」と述べ、モハマド州知事が「SGMは、いつも最高の演技を見せてくれます。今後も文化の力で共生の国家建設に貢献してほしい」と期待を寄せた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界の識者の眼〉 ペルー コンチネンタル大学 エサウ・カロ・メサ総長
「民衆のため」を忘れるな  SGIの人間主義を時代が希求

 
国立ペルー中央大学の「名誉博士号」授与式。カロ総長から池田先生に証書が手渡された。式典には、この日行われた九州の「長崎・熊本・大分新世紀栄光総会」の参加者らが出席。師の栄誉を祝福した(1999年9月、八王子市の東京牧口記念会館で)
国立ペルー中央大学の「名誉博士号」授与式。カロ総長から池田先生に証書が手渡された。式典には、この日行われた九州の「長崎・熊本・大分新世紀栄光総会」の参加者らが出席。師の栄誉を祝福した(1999年9月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 池田先生は、南米最古の学府である国立サンマルコス大学をはじめ、ペルーの諸大学から名誉学術称号が贈られている。1999年9月には、名門・国立ペルー中央大学から「名誉博士号」が授与された。当時、同大学の総長だったエサウ・カロ・メサ氏(現・コンチネンタル大学総長)に、先生との思い出、創価教育やSGIへの評価などについてインタビューした。(聞き手=西賢一記者)
社会を照らす価値創造教育
 ――池田先生との出会いを教えてください。
 カロ総長 初めに、このたびのサンマルコス大学からの「名誉博士号」の授与を、心からお祝い申し上げたいと思います(本年8月)。
 「名誉教授」称号(1981年)に続く栄誉は、ペルー社会からの絶大なる信頼の証しといっても過言ではありません。
 池田博士は、世界中に“価値の種子”をまき、平和の文化を築くための道筋を示してこられました。そのような方と同時代を生きることができ、誇りに思います。
 これから先も長きにわたり、博士が我々と一緒にいてくださることを望み、また祈っています。
 私が池田博士という存在に出あったのは、ペルー中央大学の総長時代でした。95年に総長に就任し、「価値創造の教育」を探究する中、その道で世界的に活躍されている人物がいることを知ったのです。
 その後、ペルーSGIのシマ理事長(現・最高参与)にお会いし、現代を代表する識者である博士を、より深く理解することができました。
 博士の哲学は21世紀に不可欠なものです。ゆえに人間主義の巨匠を、ペルー中央大学にお迎えしたい。その思いを強くした私は、自らが推薦人となって、「名誉博士号」を授与する議案を大学評議会に提出しました。
 当時の評議会は、学部長と学生代表らで構成されていました。最初に授与対象者の経歴や業績を詳細かつ厳正に審査します。この時は、平和・文化・教育における博士の顕著な足跡を全員が高く評価し、全会一致で決定したことをよく覚えています。
 そして、99年9月に東京で授与式を執り行うことになったのです。
  
 ――来日の折には、創価学園・創価大学を視察されています。創価教育の実践は、総長の目にどのように映ったのでしょうか。
 総長 まず感銘を受けたのは、創価教育の質の高さです。
 “小学校から大学までトータルして見る”という一貫教育システムは、ペルーでは一般的ではありません。しかも、日本をはじめ世界各国に幼稚園もあります。
 滞在中、私は関西創価学園と創価大学を訪問しました。そこで目の当たりにしたのは、時間に正確で礼儀正しい生徒・学生の姿であり、彼らと教職員との親しい関係性でした。
 “縦”ではなく“横”の関係を築こうとされている教職員の姿勢に感動したのです。
 その模範こそ、世界的な指導者でありながら、誰よりも気さくで温かく接してくださった池田博士でした。
 私自身も、教育者として、こちらから学生たちの輪の中に入ることを心掛けています。
 歴史を振り返ると、ペルーの教育は非常に厳格であったように思えます。そこには、人間的な価値を教えてこなかった一つの反省があります。
 わが国では、今も犯罪が多発し、多くの青年たちが価値を見失い、人生を豊かに生きる方法を知らずに育っています。
 だからこそ、価値創造の教育が必要である。とりわけ、高等教育を受ける人たちは、知識だけでなく、人間性を育まなければならない――博士の振る舞いと創価教育の実践から、そのことを学ばせていただきました。
 博士からは現在も、毎年のようにグリーティングカード(新年状)が届き、そのたびに真の友情を感じ、喜びでいっぱいになります。
「正直」「誠実」「勤勉」であれ
 ――99年の授与式の席上、総長は「今日に通用する教訓」として、インカ帝国時代の三つの倫理観に言及されました。
 総長 そうでしたね。
 その一つ目は、「アマ・リューリャ」――「うそをついてはならない」です。
 単純なようですが、学術界をはじめ、どのような分野でも、客観性や現実性、何より誠実性が求められます。うそによっては、どんな問題も解決することはできません。
 二つ目は、「アマ・ケーリャ」――「怠けてはならない」です。
 例えば、仕事において肉体的、精神的な負担を軽減し、効率化をはかることは、もちろん必要です。しかし、それにこだわりすぎて、勤勉さを欠くことは望ましくありません。
 三つ目は、「アマ・スア」――「盗んではならない」です。
 これは、盗難や犯罪といった、社会の秩序を乱す行為の排除であり、私たちは多くの善良な人々が営々として築き上げてきた価値観の破壊を防がなければなりません。
 インカ文明は、これらの倫理観によって、「正直さ」「誠実さ」「勤勉さ」という行動規範を民衆の中に打ち立てようとしました。
 私が追求してきたのは、価値観の喪失が叫ばれる現代社会において、どうすればこの行動規範を時代精神として復興できるか、ということでした。
 その答えを、私は池田博士とSGIが進めておられる「人間革命」運動の中に見いだしたのです。
 世界を善の方向へと導く博士の哲学のように、インカの倫理観もまた、私たち自身の行動を通して、ペルー社会に復元しなければならないと考えています。
  
 ――SGIの「人間革命」運動のどのような点を評価されていますか。
 総長 SGIの皆さんは、“より良いペルー”を目指して、日々奮闘されています。そこには、私たちが忘れてはならない、人間として大変に重要な価値が光っていると感じます。
 世界には多くの宗教がありますが、SGIではより人間的な教育が行われていると確信します。
 池田博士がペルーを初訪問されて、昨年でちょうど50年になったと伺いました。
 その大切な原点を胸に、良き市民であろうとする、お一人お一人に、私は敬意を表したい。
 仏法思想の偉大さは、それを実践する皆さんが「生き方が変わった」「元気になった」「幸せになった」という事実によって証明されていくべきでありましょう。
 SGIをリードする博士は、言葉で、活字で、行動で、平和貢献の道を歩み続けておられます。その全てが「民衆のため」という一点に集約されていることに感動を禁じ得ません。
 わが大学は「コンチネンタル」、つまり「大陸」という名前を冠しています。
 その名の通り、これからも広々と開かれた視点を大切にしながら、博士と共に、SGIの皆さんと共に進んでいきたいと願っています。
 Esaú Caro Meza 1942年生まれ。コンチネンタル大学総長。ペルー中央大学卒。インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガ大学で博士号を取得(経営学)。化学エンジニア。ペルー中央大学総長などを歴任。創価大学名誉博士。

◆さらなる前進へ この一節を学ぶ  御書根本に師弟共戦の凱歌を

 創価学会は創立以来、一貫して御書根本の実践を重ね、前進してきました。若き日の池田先生も、二月闘争、札幌・夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導をはじめ、あらゆる広布の戦いで常に御書をひもとき、御書を拝して友を励ましながら、常勝の歴史を刻んできました。先生は、「『御書』を開くことは『境涯』を開くことだ。御書を拝して、広大無辺なる御本仏のお心に迫り、自らの小さな殻を打ち破る戦いをするのだ」とつづっています。ここでは、さらなる躍進の原動力となる御書の一節を紹介します。ともどもに御書を拝しながら、師弟共戦の歩みを力強く進めていきましょう。

御書根本に師弟共戦の凱歌を


 創価学会は創立以来、一貫して御書根本の実践を重ね、前進してきました。
 若き日の池田先生も、二月闘争、札幌・夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導をはじめ、あらゆる広布の戦いで常に御書をひもとき、御書を拝して友を励ましながら、常勝の歴史を刻んできました。先生は、「『御書』を開くことは『境涯』を開くことだ。御書を拝して、広大無辺なる御本仏のお心に迫り、自らの小さな殻を打ち破る戦いをするのだ」とつづっています。ここでは、さらなる躍進の原動力となる御書の一節を紹介します。ともどもに御書を拝しながら、師弟共戦の歩みを力強く進めていきましょう。

「一人」の友をたたえ励まそう

御文
 『夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし』
(妙密上人御消息、1237㌻)
通解 そもそも須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祇となっても、その生みの母はただ一なのである。

 建治2年(1276年)閏3月、日蓮大聖人が身延で著され、妙密上人に送られたお手紙が本抄です。大聖人は、妙密上人の御供養の志をたたえられ、法華経の行者を支える功徳が無量であることを述べられたうえで、さらなる強盛な信心を促されています。
 大聖人は本抄で、最高・最大のものの象徴である須弥山や大海も、その始まりは「一つの塵」であり、「一滴の露」であると示されています。そして、御自身の闘争を「須弥山の始の一塵」「大海の初の一露」と譬えられ、「一」から始まった妙法の波動が、やがて2人、3人、10人、100人と広がっていくとの原理を教えられています。
 まさに今日、世界192ケ国・地域へと広がった広宣流布の壮大な流れは、大聖人お一人の戦いから始まりました。
 あらゆる広布の戦いは、使命を自覚した「一人」が立ち上がり、次の「一人」へと伝えていくところから開かれていきます。ゆえに、目の前の「一人」を大切にし、「一人」を激励する実践こそ、広布拡大の確かな方程式です。いかなる時も、共戦の「一人」をたたえ励ますことから、勝利の突破口は大きく開かれるのです。
 池田先生は、次のようにつづっています。
 「全ては、一人から始まる。一人を激励し、育てる。一人と対話し、仏縁を結ぶ。地道にして粘り強い、この執念の積み重ねこそが、創価の大勝利山を築き、広布の大海原を開くのだ」
 自身と広布の最高峰を目指し、今こそ共戦の同志と励まし合いながら、もう一歩、あと一
歩と、勇気の挑戦を積み重ねていきましょう。


執念の祈りが諸天を動かす

御文 
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』 (呵責謗法滅罪抄、1132㌻)
通解 いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出
し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。

 本抄は、文永10年(1273年)、日蓮大聖人が流罪の地・佐渡から、鎌倉の四条金吾に送られたお手紙であると考えられています。
 その2年前に起きた「竜の口の法難」を機に、大聖人門下は”1000人のうち999人まで退転した”と言われるような大弾圧を受けていました。その中で大聖人は、”諸天善神よ、わが弟子を守れ!”と弟子の無事安穏を強盛に祈念される姿勢を示し、門下に渾身の励ましを送られています。
 ここには、不可能を可能にしゆく信心のあり方を拝することができます。すなわち、いかに厳しい事態に直面しようと、「諸天をも動かしてみせる」との強盛な祈りを重ね、深い確信に立つ時、事態を打開する道が決然と開けることを教えられているのです。
 1956年(昭和31年)の大阪の戦い。若き池田先生は関西の同志とこの御文拝し、不可能の壁を打破する祈りの要諦を訴えました。「”まさか”が実現」の大勝利は、恩師の構想実現を誓った不二の弟子の透徹した一念と、強盛な祈りによって成し遂げられたのです。
 先生はつづりました。
 「不可能を可能にするのは、『断じて成し遂げるのだ』との決定した祈りである。勝利への執念である。断じて諦めない!最後に必ず勝ってみせる!--この強き心が諸天善神を動かす。一切を味方に変える」
 私たちもまた、妙法への深き確信を胸に、強盛な祈りと執念の行動で、共感のスクラムを一段と広げていこうではありませんか。


限界を打ち破る勇気の一歩

御文
 『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にを
じず・師子の子・又かくのごとし』 (聖人御難事、1190㌻)
通解 一人一人が師子王の心を奮い起こし、いかに人が脅そうとも、決して恐れてはならない。
 師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。

 駿河国(静岡県中央部)富士地方の熱原郷で、大聖人門下が受けた「熱原の法難」。その渦中の弘安2年(1279年)10月1日、日蓮大聖人が身延で認められ、門下一同に与えられたお手紙が本抄です。
 幕府によって農民信徒20人が無罪の罪で捕らえられ、中心者らが斬首されるなど。信仰ゆえに過酷な迫害を受けますが、一人も退転することなく信心を貫き通しました。
 大聖人は、自分の心の中に本来ある「師子王の心」を「取り出して」いきなさいと仰せになり、大難を恐れず信仰を貫くよう、門下を最大に励まされています。
 「師子王」は何ものにも打ち勝つ仏の姿を譬えたもの。「師子王の心」とは、どんな試練にも負けない「最高の勇気」であり、「仏界の生命」とも拝せます。
 その勇気を「取り出す」ための要諦こそ、師弟不二の信心です。弟子が師匠と同じ決意に立つ時、弟子の胸中にも師と同じ無限の勇気が湧き起り、臆病の心を打ち破っていくことができます。ゆえに大聖人は、門下も「師子の子」として、師と同じ覚悟で”生命の底力”を奮い起こしていくよう呼びかけられています。
 池田先生はつづっています。
 「偉大な師子王の心を取り出した勇者に、恐れるものはない。何があろうと、結局は、正しい仏法を実践し、語り切った者が、必ず必ず勝つ」師弟一体の前進に、行き詰まりはありません。共戦の誓いを胸に勇気の一歩を踏み出すことで、自身の限界を打ち破り、いかなる逆境も、断じてはね返していくことができるのです。

◆【婦人部のページ】仏縁の拡大は幸福の拡大  笑顔のスクラム 入会のドラマ 拡大版
 

  11・18「創価学会創立記念日」へ、自他共の幸福を祈りながら、勇気の対話で仏縁を広げる婦人部の友。今月の「婦人部のページ」では、新会員と紹介者のトーク「笑顔のスクラム 入会のドラマ」の拡大版を掲載。併せて、池田先生の言葉を紹介する。

◆<信仰体験> 郷土の旬を届ける日本料理店主 前立腺がん乗り越え、「青森の名工」に輝く   
勝負を決めるのは、純粋なひたむきさ

【青森県十和田市】
東北新幹線の八戸駅から車で40分ほどの繁華街に、玉川幸広さん(60)=十和田支部、副本部長=の経営する
「日本料理かぐら」はある。店の売り上げの7割は予約客が占める。それは、大切な来客や友人をもてなす時、特
別な思いを込めて、「かぐら」を選んでくれている証しだ。その信頼に応えようと、玉川さんは腕を振るう。
親子水入らず
 ある夜、一組の客が来た。「おやじさん、うちの子を連れてきたよ」。社会に出て間もない息子が、転職すべきかどうか悩んでいるという。自身の経験を踏まえて助言する父親は、この日が2度目の来店。最初は、業者の接待で連れられて。気に入ってくれたのか、息子との“水入らず”の場を、「かぐら」に決めてくれたのだ。  
 会話が途切れ、少し重い空気が漂ったタイミングで、玉川さんの妻で、おかみのゆり子さん(53)=婦人部員=が声を掛けた。「親子でうらやましいですね」。父親は思わず口元を緩め、会話に花を咲かせた。  
 職人気質で実直な玉川さんと、物腰柔らかな笑顔のゆり子さん。二人で店を構えたのが6年前。目指したのは、客が旬の味を楽しみながら幸福感に包まれる空間だ。

1日800人分
 “おなかいっぱいになれば、誰だって幸福感に満たされる”――農作業で忙しい両親に代わって、かやぶき小屋で炊事を任されてきた玉川さんは、単純にそう思った。料理の世界に入るのは、自然の流れだった。  
 故郷の岩手県二戸市から盛岡に出て、居酒屋で働いていたある日、書店で見つけた一冊の本が転機となる。色彩豊かで洗練された日本料理の写真。“こんな世界があるのか”。心がときめいた。最高峰を目指そうと決意し、一流店へのつてを探した。寝台列車に飛び乗ったのは16歳の時だった。 最初は築地の鮮魚店でアルバイト。そこから日本料理店の見習に。修業生活に身を投じていく。ボストンバッグに包丁一式を詰めて、一流の料理店での経験を求め、東京、大阪、京都など転々とした。親方が厳しく、思うに任せぬこともしばしば。そんな時、「どこにでも東の空はある。つらかったら題目を唱えろ」と見送ってくれた父の言葉を思い出し、空に手を合わせて祈った。学会員宅を探しては座談会へ。同志は温かく迎えてくれた。  
 同僚の中には、志半ばで辞める者もいる。そんな中、玉川さんは揺るがぬ自己を築こうと、行く先々で学会活動に駆けた。“勝負を決めるのは、純粋なひたむきさだ”と信じた。胸には、師匠・池田先生の指導が輝いていた。
 “一流の信仰をすれば、社会で一流と輝くのは当然”――飽くなき向上心を燃やし、仕事に励んだ。職場を移るたびに収入は上がった。  
 1980年(昭和55年)ごろ、冠婚葬祭の仕出しも手掛ける十和田市の料亭へ、煮方(副料理長)で迎えられ、その後、親方(料理長)に。毎朝午前6時ごろには市場で食材を仕入れ、仕出しから夜の宴会まで、1日7、800人分の調理を指揮する。その中で時間を工面し、地区部長を11年務めてきた。94年(平成6年)には、十和田市にある東北研修道場で池田先生との出会いを刻んだ。

食育サポーター
 2011年、勤務先のオーナーが病に倒れ、店を畳むことに。予想外の解雇だったが、玉川さんは周囲の後押しもあり、独立を決意。同年11月に「かぐら」を開店させた。  
一人で全て担うのは、妥協とのせめぎ合いでもある。玉川さんは自らを律して、創意工夫に努めた。これまでの常連客を引き継ぐこともでき、順調に滑り出した。  
 しかし――。ゆり子さんと再婚後、一緒に暮らしてきた息子の市澤裕也さんを昨年3月、がんで失った。  
 追い打ちをかけるように8月末、今度は玉川さんに前立腺がんが見つかる。仙骨へ転移し、手術ができない状態だった。  
 ゆり子さんの動揺は大きかった。“私を残して逝ってしまうの……”。玉川さんは逆境の中で自らの使命を見いだした。「大丈夫だ。心配するな」と語り、猛然と御本尊に祈った。  「滝の如く堂々と/男は王者の風格を持て」――池田先生がかつて地元の奥入瀬渓流を訪れ、詠んだ「滝」の詩。玉川さんは青年部時代、行き詰まるたびに、師が立った銚子大滝に向かい、学会歌「滝の詩」を歌ってきた。“今こそ、本当の勝負だ”と心は定まった。  
 毎朝、放射線治療を受けてから、休まず板場に立った。1クール30日間。幸いにも副作用は無く、驚くほど効果が数値に表れた。420だったPSAの値が、0・001まで下がったのだ。  
 2カ月後、思いも掛けない吉報が届く。青森県卓越技能者(青森の名工)表彰の通知だった。  
 十和田に来て三十数年。多忙な中にあっても、職業訓練指導員の資格を取得。調理専門学校で講師を務めるなど、後進の育成に当たってきた。それは、かつて自分が求めたように、一歩踏み出せば、料理には限りない世界が広がっていると伝えたかったからだ。培った本物の技術を惜しみなく伝授した。  
 さらに県別平均寿命で最下位が続く青森の現状を改善しようと、「あおもり食名人」の県副代表「あおもり食育サポーター」としてイベントの講師を担当。個々人に応じた「適塩」の必要性を説く料理講習会など、県民の健康を守るための貢献も認められた。  
 「光栄だが、責任の重さの方が大きいね」。そう話す玉川さんだが、試練を経て、もっと大きなものを得た実感がある。見守ってくれる師、同志への感謝と、一瞬に全魂を込める真剣さだ。  
 今日もネクタイを締め、玉川さんは板場に立つ。“一番最初にお迎えする客が、大切な師匠だったなら”との基本姿勢を忘れず、心尽くしの料理でもてなす。

西十一番クリニック 成田直史院長  
 前立腺がんの場合、PSAの値が4以上で異常ですが、玉川さんの場合、420と桁違いに高いものでした。
 しかし、若くて気力、体力もあったため、標準治療のホルモン療法のほかに、やや高めの放射線を短期間で集中的に当てるなど、やれる治療は一気に行いました。それが功を奏し、現在では数値がゼロに近いところまで抑えられています。私が今まで診てきた中でも例のないケースです。

2017年10月16日 (月)

2017年10月16日(月)の聖教

2017年10月16日(月)の聖教

◆今週のことば

法華経に勝る兵法なし。
「いよいよ・
はりあげてせむべし」
勇気凛々と語り切れ!
そこに栄光の暁鐘が。

◆〈名字の言〉 2017年10月16日

 人類が初めて人工衛星の打ち上げに成功したのは1957年10月4日。今月で60年だ▼毎年、この日からの1週間は「世界宇宙週間」。これに合わせ、北海道岩見沢市でNASA(米航空宇宙局)などが協力する、学会主催の企画展「わたしと宇宙展」が行われ、成功裏に終わった▼同展では、小惑星探査機「はやぶさ」の模型も展示された。燃料漏れやエンジンの故障など、数々のトラブルを乗り越え、7年間で60億キロの宇宙旅をし、地球重力圏外の小惑星からサンプルを持ち帰った。世界で初の偉業である▼プロジェクトを指揮した宇宙航空研究開発機構の川口淳一郎教授は、「はやぶさ以前」の失敗の歴史を決して忘れなかった。「『がんばったね』『よくやった』といわれましたが、所詮、失敗は失敗」「(失敗した探査機を)思い出してくれた人が、いったいどれだけいたでしょう」「健闘するだけではだめ。ゴールしなければ意味がない」(『はやぶさ、そうまでして君は』宝島社)▼人生もまた、苦難に勝ち切ってこそ、幸福を開いていける。仏法も、安閑たる感傷の世界ではなく、「勝負をさき(=第一)とし」(御書1165ページ)である。自己の限界への大いなる挑戦を勝ち抜いた先にこそ、記憶に残る感動も待っている。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年10月16日

 「異体同心なればかちぬ」
 御書。民衆の連帯は無敵
 の力。祈りを一つに前進
      ◇
 大空知総県・留萌創価県
 が猛追。北海道に未聞の
 勝利史を!さあ総攻撃だ
      ◇
 神奈川の保土ケ谷・旭が
 乾坤一擲の激戦。正義は
 勝ってこそ!断固凱旋を
      ◇
 妙法の青年に偉大な革命
 ができないわけがない―
 戸田先生。使命胸に走れ
      ◇
 世界食料デー。未だ9人
 に1人が食料不足と。食
 べ残し削減等、足元から

◆社説  きょう世界食料デー   全ての人に食べ物が行き渡る社会


 韓国には、「食卓の脚が折れる(ほどのごちそう)」ということわざがある。客人をもてなす際、食卓の上にごちそうを所狭しと並べる習慣を形容したものだ。
 こうした“もてなしの精神”は、日本でも通じるところがあるだろう。振る舞った料理が残ってこそ、客人が満腹になった証しだと。
 しかし、飽食の時代といわれる現代社会では、「食品ロス」が問題になっている。
 飲食店などでの食べ残し、商業施設の売れ残りなど、本来食べられるはずの食品が廃棄されてしまう割合は、先進国ほど高く、日本国内では、年間632万トンに上る。これは、世界の国々が途上国へ行う食糧援助の約2倍に当たる量だという。
 一方、日本の貧困率が上昇し、子どもの6人に1人が、貧困状態にあるという現状もある。そこで、賞味には問題ないが、流通過程で店頭には出さないと分類された調理前の食材を、「子ども食堂」などに提供する取り組みも始まっている。
 「全ての人に食料を行き届かせる」。この基本的人権の最重要事項を実現するため、世界の食糧問題を考える日として国連が定めた日が「世界食料デー」。1981年(昭和56年)から世界共通の日として制定以来、きょうで36年を迎えた。
 本年5月、国連食糧農業機関(FAO)のダ・シルバ事務局長が聖教新聞のインタビューで語っている。
 「明言しておきたいことは、地球全体として、すでに世界の人々が十分に生きていけるだけの食糧を生産しているということです。ただ、食糧が行き渡る体制がぜい弱なため、食べられずに捨てられているのです」
 その解決策として、池田先生は40年以上前から「世界食糧銀行」の創設を提唱している。
 2008年(平成20年)7月、その実現へ、具体的な一歩が踏み出された。北海道洞爺湖サミットで、備蓄管理のあり方について検討していくことが、G8首脳声明に初めて盛り込まれたのだ。
 先のインタビューで、ダ・シルバ事務局長は、「市民社会に根差した団体の存在は不可欠です。そうした団体は、地域のネットワークを持つ強みを生かし、これまで軽んじられてきたような小さな声をすくい上げ、政策につなげられるような提唱をしてきました」とSGIへの期待を語っている。
 人間のため、社会のため――。地域のセーフティーネットの構築を今こそ実現したい。

◆きょうの発心   広布に生き抜く使命の人生2017年10月16日

御文
 人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ(崇峻天皇御書、1173ページ)
通解 人間に生まれることは難しく、爪の上の土のようにまれであり、その身を全うするのは難しく、草の上の露のようにはかない。120歳まで長生きしても悪い評判を残して終わるよりは、生きて一日でも名をあげることこそ大切である。

 
使命に生きる大切さを教えられています。
 1992年(平成4年)に交通事故に遭い、九死に一生を得たものの、「脊髄神経引き抜き損傷」のため、左腕の感覚と運動機能を失いました。
 病室で意識を取り戻した当初は、“助かった”という思いでいっぱいでしたが、手術を目前に控え、心は次第に不安や恐怖に包まれていきました。
 自身の“臆病の心”を打破しようと、本部幹部会の中継に参加。池田先生のスピーチを伺い、確信あふれる言葉に「自分の人生は勝つためにあるんだ」と心が定まりました。9時間に及ぶ手術も成功し、家族や同志の応援にも力を得て社会復帰し、再び学会活動に参加できるようになりました。
 きょうも、師との誓い、そして自身の広布の使命を果たすべく、広布のために祈り、行動し、勝利の歴史をつづっていく決意です。
 東京・江戸川創価区本部長 江戸健司

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十八 2017年10月16日(6199)



 山本伸一の搭乗機は、右手に白雪を頂くアルプスの山々を望みながら、地中海沿岸のフランス第二の都市マルセイユへ向かった。
 現地時間の六月五日午後一時過ぎ、マルセイユの空港に到着した一行は、エクサンプロバンスのホテルで、直ちにフランスでの諸行事について打ち合わせを行った。
 さらに伸一は、トレッツにある欧州研修道場に移動し、午後六時から開催されたヨーロッパ代表者会議に出席した。これには、十三カ国の代表が集い、欧州広布に向けて、種々、協議が行われた。
 この席で、ヨーロッパ各国が一段と力を合わせ、希望の前進を開始していくため、ヨーロッパ会議議長の川崎鋭治のもと、新たにイギリスの理事長であるレイモンド・ゴードンと、ドイツ理事長のディーター・カーンが同会議の副議長に、日本で高等部長、男子部主任部長などを歴任してきた高吉昭英が書記長に就任することが決議された。
 高吉は、高校生の時から人材育成グループの一員として、伸一が育んできた青年で、大学院で学んだあと、本部職員となった。この人事は二十一世紀への布石であった。
 伸一は、参加者に訴えた。
 「今回の訪問は、ヨーロッパ新時代の夜明けを告げるためです。青年たちが、次代を担う使命を自覚し、生命尊厳の哲学を自身の生き方として確立し、社会貢献の道を歩んでいくならば、現代社会にあって、分断された人と人とを結んでいくことができる。そこから、平和も始まります。
 ゆえに私は、青年と会い、語らいに徹していきます。そして、行動を通し、心の触れ合いを通して、皆の魂を触発していきます。
 人は、心から納得し、共感し、感激し、“よし、私も立ち上がろう!”と決意して、自発的に行動を開始した時に、最大の力を発揮することができる。この触発をもたらしてこそ、“励まし”なんです。
 それは、誠実と全情熱を注いでの対話であり、生命と生命の打ち合いです」   

【先生のメッセージ】

◆ニホンガッコウ大学「名誉教育学博士号」授与に寄せた池田先生の謝辞(代読)

1993年2月にパラグアイを初訪問した池田先生が、愛すべき後継の友一人一人に尊敬の眼差しを送り最大にたたえる(パラグアイ文化会館で)
1993年2月にパラグアイを初訪問した池田先生が、愛すべき後継の友一人一人に尊敬の眼差しを送り最大にたたえる(パラグアイ文化会館で)

 一、貴国パラグアイは、偉大なる「太陽の大地」にして「勇壮な歴史を誇る、伝説の大地」(詩人ルベン・ダリオ)と讃えられております。
 どこまでも澄み渡る青空、緑輝く大地、平和に流れゆく大河、そして、世界のいずこにも増して、朗らかで、友誼の心あふれる人々――今、私の心は、「太陽の大地」の誇り高き宝友と一緒にあります。
 憧れの貴国を、私が初めて訪問できたのは、1993年の2月でありました。
 奇しくも、その3月に創立されたのが、青少年を薫育する、貴「ニホンガッコウ」であります。
 校歌に、「全体人間になれと、無限の可能性を広げてくれる」「教育の絶え間ない向上を目指す、献身の教育に賞讃あれ」と謳われているように、崇高なる人間教育の理念を掲げ、若き英才を育んでこられました。そして、2008年12月に、世界市民を育成する先進的な知性の学城「ニホンガッコウ大学」が威風堂々とそびえ立ったのであります。
 貴大学からの最高に栄えある英知の宝冠を、私は貴国の良き市民、模範の国民として活躍する、敬愛するパラグアイの友をはじめ、世界192カ国・地域のSGIメンバーと共に、分かち合わせていただきます。
 誠に、誠にありがとうございます。(大拍手)

牧口先生の実践と響き合う理念

 一、貴大学のシンボルマークには、両手に抱かれた地球に、パラグアイと日本が描かれています。そこには、最も遠く離れた両国の心を一つに結び、人類に貢献しゆく人材を輩出しようとの、オルテガ総長ご夫妻の強い決意が輝き光っております。
 貴国のグアラニーの伝統の言葉に、「志を抱き続ければ、成し遂げられる」とあるように、総長ご夫妻は、幾多の困難を勝ち越えながら、今日の大発展を築いてこられたのであります。
 総長ご夫妻は、学生や児童と接する時は、実の父母のように、こまやかに心を配り、保護者であるご家族も折々に学校に招くなど、皆の絆を強め合うひとときを持たれていると伺っております。キャンパスに広がる人間教育の麗しき光景が目に浮かぶようです。
 それは、創価教育の創始者である牧口常三郎先生の理念とも深く響き合うものであります。
 教育の目的は「子どもの幸福」にあるとの信念に立った牧口先生は、若き日、寒さの厳しい北海道の小学校では、雪の降る朝でも外に出て、登校する子どもたちを迎えました。あかぎれで手を腫らした子がいれば、お湯を沸かし、手を温めてあげたといいます。
 また、東京の小学校の校長時代には、弁当を持参できない子どものために、無料の給食を先駆的に実施されるなど、さまざまな工夫をこらし、子どもたちを慈しまれました。
 「教育は最優最良の人材にあらざれば成功することの出来ぬ人生最高至難の技術であり芸術である」と牧口先生は宣言されています。
 そして、「自他共の幸福」を目指す人間教育の粘り強い推進によって、社会の矛盾や葛藤を打開しつつ、平和な社会の創造をと展望したのであります。
 この教育哲学もまた、貴大学の理念に深く通底していることに、私は感銘を深くしております。
 貴国が誇る世界的な作家であり、私どもSGIの草の根の教育運動にも深い共感を寄せてくださっていた、ロア・バストス先生は、述べられています。
 「大きな出来事というものは、時として目に見えない、ささやかなことから始まることが多いものだ」と。
 一人一人の若人を励まし、一人一人の人材を育てゆく教育は、「時として目に見えない」誠に地道な営みであります。
 しかし、その弛みなき挑戦の中にこそ、時代を変革し、社会を安定させ、前進させゆく、偉大なる原動力があるのではないでしょうか。

壮麗な人間共和と平和友情の花園を

 一、歴史を創るのは「水底のゆるやかな動き」である――これは、私が対談したイギリスの大歴史家トインビー博士の深き洞察でもありました。
 貴国の国名「パラグアイ」には、「大河の集まる国」との意義があると言われます。
 貴大学が、滔々と流れゆく大河の如く、尽きることのない幾多の優秀な人材を育み、世に送り出しながら、パラグアイの大地に、そして地球社会の沃野に、壮麗な人間共和と平和友情の花園を、いよいよ咲き広げていかれることを心から願ってやみません。
 私も、今日よりは、誉れ高き貴大学の一員として、先生方とご一緒に、生涯、全力を尽くしゆく決意でおります。
 その心情を、私の大好きなグアラニーの箴言に託させていただきます。
 「勇者と船の帆は、最後まで屹立している」と。
 結びに、わが母校たる貴大学のますますの隆盛と、パラグアイの無窮の栄光、そして本日ご列席のすべての皆様方のますますのご健勝を、心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)
(大拍手)

【聖教ニュース】

◆南米パラグアイのニホンガッコウ大学が池田先生を名誉教育学博士に
授与の辞 「世界の平和と環境を守る善なる行動をたたえたい」

ニホンガッコウ大学の講堂で行われた「名誉教育学博士号」授与式の参加者が記念のカメラに。オルテガ総長(前列左から3人目)ら大学関係者、来賓が池田先生の世界平和への行動を称賛した
ニホンガッコウ大学の講堂で行われた「名誉教育学博士号」授与式の参加者が記念のカメラに。オルテガ総長(前列左から3人目)ら大学関係者、来賓が池田先生の世界平和への行動を称賛した

 南米パラグアイ共和国の「ニホンガッコウ大学」から、池田大作先生に「名誉教育学博士号」が授与された。平和・文化・教育の世界的な促進、および公正で寛容な社会構築への尽力をたたえたもの。授与式は10日(現地時間)、同大学の講堂で行われ、ディオニシオ・オルテガ総長、カリーナ・ボルバ大学院部長、マリア・アメリア・ブリトス学術部長ら大学の代表や、同国のベジャス・アルテス大学のカルロス・ピニャネス理事長ら来賓が出席。オルテガ総長から代理のパラグアイSGI・カタオカ理事長に名誉学位記が託された。(2・3面に関連記事)

 ニホンガッコウ大学のシンボルマークには両手に包まれた地球に、パラグアイと日本が描かれている。
 代読される池田先生の謝辞の言葉が響く。
 「そこには、最も遠く離れた両国の心を一つに結び、人類に貢献しゆく人材を輩出しようとの、オルテガ総長ご夫妻の強い決意が輝き光っております」
 静かに聞き入るオルテガ総長が、深くうなずいた。
 南米パラグアイにおいて、地球のおよそ反対に位置する日本。その名を冠した「ニホンガッコウ」の創立には、パラグアイの教育に情熱を燃やす総長夫妻の強い思いがあった。
 オルテガ総長と、妻のエルメリンダ・アルバレンガ・デ・オルテガ副総長は1991年、日本の国立大学に留学。比較教育学を学んだ。その際、道徳や伝統、礼儀、規則を重んじ、思いやりの心を養う日本の教育に、深い感銘を受けたという。
 “日本の教育や伝統文化をパラグアイに取り入れ、理想の人間教育を実現したい”――そう志した2人は、帰国後の1993年、幼稚園と小学校からなる「ニホンガッコウ」を、首都に隣接するフェルナンド・デラモラ市に創立。その後、中学・高校が拡充した。
 そこでは、パラグアイ人としてのアイデンティティーを育みつつ、日本語学習のほか茶道、華道、日本舞踊、空手などを教育カリキュラムに導入。さらに、ひな祭りや端午の節句、七夕など、折々の日本の伝統行事を実施し、日本文化を学ぶ機会を設けている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉65 御聖訓「ちかいし願やぶるべからず」 不屈の負けじ魂で徹して前へ 公明は政策実現力ナンバー1

今こそ創価の底力を振り絞り、歴史的な逆転勝利を!(左上から時計回りに、北海道・留萌創価県、大空知南県、神奈川・保土ケ谷総区、旭総区の集い)
今こそ創価の底力を振り絞り、歴史的な逆転勝利を!(左上から時計回りに、北海道・留萌創価県、大空知南県、神奈川・保土ケ谷総区、旭総区の集い)

 原田 全国の同志の皆さまの、日々の尊き献身に、心から感謝申し上げます。先日伺った東北では、復興のシンボル・東北文化会館の開館1周年を荘厳しようと、歴史を開く執念の大攻勢に打って出ています。

 永石 熊本地震から1年半となる九州でも、各部が総立ちとなり、猛然と対話拡大に走り抜いています。

 志賀 「敢闘精神」みなぎる関東各県の同志も、勝利の峰に向かい、怒濤の大前進を続けています。

 長谷川 池田先生はかつて、「いかなる戦いも、『勝つ』と決めて、最後の最後まで進み抜いた方が勝つ。いざという時に戦い切れば、永遠に崩れない常楽我浄の軌道を開くことができる」と指導されました。これこそ、不可能を可能にする勝利の鉄則です。

 原田 本当の壁は自身の心の中にあります。「自分一人くらい、いいだろう」という油断、「ここまでやれば十分」という慢心、「もう時間がない」というあきらめを一切、排することです。「断じて勝ち抜く!」と強く一念を定め、最後の最後まで行動を起こしていくことです。それは“自身の弱い命との戦い”でもあるのです。

 長谷川 決勝点が近づくほど、魔の働きも強くなります。大切なことは周囲の状況や環境に振り回されないこと。そして「ちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)との精神のまま、自ら誓った目標に向かって前進し続けることです。

 原田 日蓮大聖人は、度重なる大難にも、「いまだこりず候」(同1056ページ)との気迫で、民衆救済の闘争を続けられました。今こそ私たちも、日蓮仏法の真髄である、この不屈の「負けじ魂」を命に刻む時です。最後の一瞬まで「攻めの対話」に徹してまいりましょう。

3つの選択基準

 伊藤 衆院選の投票日(10月22日)まで6日。連日報道され、有権者の関心も高まってきています。

 竹岡 今回の選択基準は確かな「政策と実績」があるか、国民に「安心」をもたらす政党はどこか。「安心選択選挙」ともいえます。

 志賀 本格的な少子高齢化や、緊迫する北朝鮮の脅威など、「不安」を感じている国民に「安心」をもたらすのは、与党か野党か。この点が問われています。

 伊藤 公明党は「三つの安心」を掲げていますね。

①将来の子育てや社会保障の安心

 永石 公明党は「子育て支援の元祖」です。教科書無償配布や児童手当の創設等、半世紀以上にわたり実績を重ねてきました。教育費を心配せずに子育てができるよう、今回、「教育費の負担軽減」を掲げています。幼児教育の無償化、私立高校授業料の実質無償化、給付型奨学金・授業料減免の拡充を目指しています。

 長谷川 また、高齢者の暮らしを守るため、「低年金者への加算(月最大5000円)」や「介護保険料の軽減拡大」の前倒し実施なども掲げています。

②北朝鮮問題を各国と解決する安心

 志賀 弾道ミサイル等の北朝鮮の脅威に対し、自公政権が憲法の枠内で成立させた「平和安全法制」などにより、日本は米国をはじめ、国際社会と連携して対応することができています。


 竹岡 諸外国からも「問題解決のためには、日本の政権を安定させてもらいたい」との声が上がっています。公明党が政権にいることで政治が安定し、外交も進んでいます。世論調査でも現政権の外交などを評価するデータが出ています。

③「庶民目線の政治」を進める安心

 永石 公明党が政権にいることで「庶民目線の政治」が進み、「安心感がある」という声もありますね。

 伊藤 今回の重点政策も「庶民の視点」が貫かれ、具体的な、公明党らしさが光っています。他党にはない「草の根のネットワーク」で一人一人の「小さな声」を政策に反映してきました。

 長谷川 九州大学・藪野祐三名誉教授も語っています。「結党以来、公明党は一貫して『庶民の政党』『大衆の政党』として歩んでいます。連立与党の一員となった今も、公明党には全国3000人もの地方議員と国会議員との強いネットワークが生きています」

 志賀 その一方で、政策そっちのけで、自分たちの“議席の生き残り”に右往左往する野党の姿が目立ちます。たとえば、立憲民主党と共産党は、自衛隊について「合憲」と「違憲」で、方針が正反対にもかかわらず、手を組んでいる。まさに選挙目当ての野合です。

 竹岡 野党の政策は、聞こえは良くとも、財源などの裏付けのないものが多すぎます。2009年、今の立憲民主党の議員が中枢を担った旧民主党政権が、いい加減な公約を並べ、全く実現できなかったことをよく覚えています。

 志賀 政策は、有権者との約束。票欲しさに“バラ色の政策”を出せばいいというものではありません。

 永石 公明党と他党との一番の違いは、多彩な実績を持つ「政策実現力ナンバーワン」であることですね。約束した政策を必ず実現する力があります。軽減税率の導入、年金受給資格期間の短縮(25年→10年)も公明党の推進で実現しました。

 竹岡 識者からも「公明党は現実に、統治機構の中で自民党とも官僚とも連携しながら、着実に政策を推進していく政党」「円熟した与党・公明党にしかできない大事な仕事」(東京大学・御厨貴名誉教授)など多くの期待の声があります。

 原田 公明党には、「小さな声」を実現する力、そして「庶民の視点」で政権運営を行うバランス感覚があります。これからも徹して「大衆とともに」の立党精神を貫き、「安心の未来」を開いてもらいたい。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 カナダSGI セカイ・セカイさん 2017年10月16日


 私は1949年にカナダの港町ハリファックスで生まれました。父はアフリカ系アメリカ人で、母はヨーロッパとカナダ先住民の血を引いています。

2017年10月15日 (日)

2017年10月15日(日)の聖教

2017年1月15日(日)の聖教

◆わが友に贈る

「いまだこりず候」と
何度も立ち上がる中に
自身の人間革命がある。
さあ勇敢に 堂々と
正義の対話を広げよう!

◆〈名字の言〉 2017年10月15日

 その昔、一流の書家は良質の墨色を得るために、あえて12歳くらいの子どもに墨をすらせたという。純粋にして無垢な心の持ち主がすってこそ、最高の墨色が出ると考えられていた▼えり抜きの硯や固形墨をそろえても、する人に功名心や俗心があれば、墨は濁る。それでは、書き手の卓抜の実力をもってしても、不本意な作品となってしまう――そう捉えたのだろう▼仏法では「心は工なる画師の如し」と説く。心一つで、偉大な画家のように、自身の人生という“名画”を自在の境涯で表現することができる。信心根本に宿命に打ち勝ち、人生を見事に切り開いたドラマが連日つづられる本紙は、世界中の同志の純粋な心で描かれているともいえよう▼ならば、記事の書き手である記者は、実のところ、友の勝利劇を最高のものに仕上げるために、極上の墨をするという役目を担っているのかもしれない。それだけに、創価の世界の実像、同志の奮闘ぶりを、正しく映す“心の鏡”を一点の曇りなく磨く精進に努めたい▼きょうから新聞週間。今年の新聞週間標語の佳作に選ばれた一つに、「その記事が人を支える勇気に変わる」とある。地域と社会、そして読者の心へ、未来を開く勇気を届ける紙面作製に全力の日々を誓う。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年10月15日

 誠実こそ戦いの全てであ
 り要諦である―戸田先生
 人間外交で敵をも味方に
      ◇
 東北が猛攻!ここが正念
 場だ。総力で押し上げよ。
 見事なる逆転劇で万歳を
      ◇
 九州・沖縄健児が追撃!
 勇気と団結で民衆の力を
 示せ。共に勝利山を登攀
      ◇
 「兵庫の日」。常勝の要は
 我ら。師子となって走れ。
 新世紀の栄光譜を断固と
      ◇
 肥満の子供や若者、40年
 で10倍―調査。教養ある
 食生活から。健康第一で

◆社説  きょうから「新聞週間」   民衆の幸福を追求する勇気の言論


 「新聞配達の人は、毎朝私に世界を見せてくれる」――ある女子高校生がつづった「新聞配達に関するエッセーコンテスト」の入選作だ。10月15日は日本新聞協会が定めた「新聞配達の日」。きょうから「新聞週間」がスタートする(21日まで)。
 新聞は読者に、世界の“真実の姿”を知らせ、未来の展望をも示す役割を担っている。
 本紙においては、まず尊い配達の労作業に携わる「無冠の友」をはじめ、本紙を支えてくださる全ての皆さまに心から感謝し、無事故と健康を祈りたい。
 歴史家のトインビー博士は、イギリスの有力紙「マンチェスター・ガーディアン」の特派員として、トルコの地を視察したことがある。
 当時、「ギリシャ・トルコ戦争」によって、トルコの村々は荒廃していた。しかし西洋に伝わるのは、ギリシャ側の情報ばかり。博士はトルコ人大量虐殺の事実を突き止め、勇敢にも新聞に発表した。「勇敢にも」とは、この記事の発表をきっかけに、やがてロンドン大学教授の職を失ってしまうからである。
 博士の揺るぎない信念は、当時の紙面から読み取ることができる。「今、私は悪を見る。そして私は悪に対して沈黙することができない。ジャーナリズムにおいて、唯一の名誉ある針路とは、恐怖と贔屓を介さず、見たこと、そして信じることをすべて書くことである」(1921年6月10日付同紙)
 「信濃毎日新聞」などで健筆を振るい、軍国主義と戦い続けた言論人・桐生悠々は叫んだ。「私は言いたいことを言っているのではない。……国民として、……真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ」(『桐生悠々反軍論集』新泉社発行)
 桐生もまた、いかなる非難や弾圧にも屈しなかった。「剣の使い方を矯める(=『改める』の意味)ものは、筆の力である」(同)と。“看板”と“内実”が懸け離れた政治家を舌鋒鋭く批判した。
 かつて池田先生は、桐生の生涯を通し、「民衆の幸福を追求する政治を、言論を!
 これが彼の信条であった」「広布に進む私たちもまた、言論の力で勝つ。聖教新聞は、常にその原動力として、民衆のための言論戦に先駆していただきたい」と呼び掛けた。
 庶民の幸福のために、今こそ言わねばならないことを語り切るのだ!――この誇りに燃え、読者の皆さまと共に、勇気の言論戦を貫いていきたい。

◆きょうの発心   師と共に勝利の歴史を築く!2017年10月15日

御文
 詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん(開目抄、232ページ)
通解 つまるところ、諸天善神も日蓮を見捨てるなら見捨てよ。諸難に遭うなら遭おう。身命をなげうっていくだけである。

日蓮大聖人が流罪地の佐渡で、妙法弘通への御覚悟を述べられた御文です。
 創価女子学園(当時)を経て創価大学へ。ところが、大学進学と時を同じくして父が蒸発。“宿命転換したい”との一心で題目を唱え、折伏に挑戦する中で学んだのがこの一節です。目の前がパッと開け、宿命に泣くばかりだった自身の命が、使命に生きる喜びの命に変わりました。
 その後、池田先生と勤行する機会に恵まれ、初の弘教も実り、信心の原点となりました。
 1997年(平成9年)5月22日、奈良国際友好会館を訪問された先生は、「この地に“理想の奈良”を」との指針を贈ってくださいました。以来、毎年、夫婦で折伏を実践。夫の転職、経済苦等、宿命の嵐に襲われましたが、この御文を胸に乗り越えてきました。
 支部婦人部長時代には、支部として56世帯の弘教を達成し、「師と心を合わせて戦えば必ず勝てる」と確信。広布に走り抜く中、信心を貫いてきた母と共に、父との再会を果たすこともできました。
 奈良常勝県は“師と共に断じて勝つ”との誓いのままに大拡大の歴史を築いてまいります。
 奈良常勝県婦人部長 尾上知美

【聖教ニュース】

◆アメリカ創価大学が主催「平和の文化と非暴力」会議 2017年10月15日
チョウドリ元国連事務次長とエラ・ガンジー博士らが出席


「平和の文化と非暴力」会議には、100人を超える参加者が出席した(アメリカ創価大学で)
「平和の文化と非暴力」会議には、100人を超える参加者が出席した(アメリカ創価大学で)

 アメリカ創価大学(SUA)が主催する第4回「平和の文化と非暴力」会議が2日(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学で開かれた。
 同会議は、非暴力・不服従運動を貫いたインド独立の父マハトマ・ガンジーの生誕日(10月2日)に合わせて決議された国連の「国際非暴力デー」にちなみ、2014年から始まった。世界市民を育成するSUAを拠点に、学識者や社会活動家を招いて意見を交わし、平和と非暴力の潮流を起こすことを目的として企画された。
 本年の会議では、元国連事務次長のアンワルル・チョウドリ博士が進行役を務め、「開発のための軍縮運動の推進」をテーマに進められた。これには、SUAの学生・教職員をはじめ、地元の市民らが出席した。
 冒頭、チョウドリ博士は、これまでの同会議の歩みに触れ、SUAの尽力に心からの謝意を表した。さらに、本年の会議のテーマを紹介した上で、核兵器廃絶のために、教育現場等での啓発活動の重要性を指摘した。
 続いて行われた基調講演では、マハトマ・ガンジーの令孫であり、平和活動家のエラ・ガンジー博士が登壇した。
 ガンジー博士は、第2次世界大戦後、アメリカがマーシャル諸島共和国で実施した67回にも上る核実験により、今もなお、多くの人々が放射能による健康被害で苦しんでいることに言及し、核兵器が使用された場合の脅威は、「私たちの想像をはるかに超えるもの」であると警鐘を鳴らした。
 さらに、世界では膨大な予算が、軍事費に使われていると強調。世界の年間軍事支出のうち、その約5%を代替するだけで、2015年まで推進された国連のミレニアム開発目標(MDGs)を達成できたとの例を挙げ、これらの予算を教育や医療、社会福祉などに代替すべきであると力説した。
 最後に博士は、このような現状を打破するためには、「環境への配慮」「搾取の終結」「万人の尊厳」などを重んじた平和的な思考や持続可能な生活様式が重要であると述べ、「今後も、これらの問題に関心を持ち続け、行動を起こしていってほしい」と参加者に呼び掛けた。
 また、同会議では、カリフォルニア大学アーバイン校のエテル・ソリンゲン教授、バーゼル平和研究所のアリン・ウェア事務局長が講演。SUAのハブキ学長があいさつした。
                    ◇ 
 同会議に先立ち、登壇した4人の識者とSUAの大学院生らが2日、交流の集いを開催した。
 集いでは、核軍縮等についてディスカッションが行われ、幅広い意見が交わされた。
 チョウドリ博士とガンジー博士は、平和と非暴力の社会を実現するため、目的達成への情熱をいつまでも持ち続けてほしいと学生たちに呼び掛け、期待を寄せた。

◆箱根駅伝予選会 創価大学が力走 2017年10月15日

「集団走」で執念の走りを見せた創価大学の選手たち
 
 「集団走」で執念の走りを見せた
      創価大学の選手たち

   第94回東京箱根間往復大学駅伝競走の予選会が14日午前、東京・立川市の陸上自衛隊立川駐屯地から国営昭和記念公園までの20キロコースで行われ、創価大学は12位だった。
   創大の最終合計タイムは10時間13分04秒。力走及ばず、本戦への出場はかなわなかった。
    「今回、果たせなかった箱根駅団の夢は後輩に託します」(主将・大山憲明選手)
    「たくさんのご声援に心から感謝申し上げます。再び箱根路に戻るために、チーム一丸となって立ち上がります」 (瀬上雄然監督)

◆〈季節の詩〉 北海道・美唄市 マガンの飛翔 2017年10月15日
 


 10月初旬、美唄市の宮島沼は、ロシアから海を渡ってきたマガンのねぐらとなる。
 東天が朝焼けに染まり、月が姿を隠そうとする幻想的な一日の始まり。サッと飛び出した一羽に続き、約7万羽のマガンが次々と湖面を飛び立つ。
 無数の鳴き声と羽音が、流れるような一つの響きとなり、その壮大な合奏に夢中でシャッターを切った。
 60年前、北海道「夕張炭労事件」を勝ち越え、「大阪事件」の嵐に突き進む池田先生は、同志に伝言を送った――「夜明けが来た」と。師と共に立ち上がった弟子たちは、“今再びの師弟の共戦譜を”と怒濤の前進を続ける。勝利の暁を目指して。(6日=上沢尚之記者撮影)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈ターニングポイント〉 宿命に勝った北海道・空知の幸せ家族 2017年10月15日
打開できない「壁」など絶対にない!


 幼少の頃の高田潤一は、父と母の3人家族。特別、裕福ではなかったが、不自由もない幸せな暮らしだった。
 だが突然、人生は一変する――。  
 小学4年の1992年(平成4年)、母・悦子さん(66)が脳出血で倒れる。数週間後、病室で再会した母は、まるで別人だった。後遺症で右半身は動かず、しゃべることもできない。話し掛けても、「ああ」「ああ」と答えるだけ。  
 現実を受け止められず、母の前で声を上げて泣いた。涙を拭いても嗚咽が込み上げる。その後、どうやって帰ったのか、覚えていない。  
 退院してからの母はふさぎ込み、家に引きこもった。家事の全てを近くに住む祖母に任せ、寝ている時以外は、ソファでテレビを見るだけの生活。  
 家族で食卓を囲むことはなくなり、いつしか家の中は、暗い空気に包まれていった。元々、内向的だった高田は一層、内気になり、学校でも数人の友人としか話さなくなった。  
 高校2年の時、父・進さん(65)が失踪した。数カ月後、町で偶然、見掛けた父は、「もう、家には戻らない」と頑なだった。祖母との折り合いが悪くなっていたのだ。父を責める気にはなれなかった。  
 “なぜ2人の確執に気付いてあげられなかったのか……”。自分が情けなくて、父と別れた後、一人で泣いた。
 専門学校への進学を諦め、高校卒業後は地元企業に就職した。工場に勤めたが、極度の人見知りから誰とも打ち解けられず、上司には毎日、叱られた。耐え切れず、2カ月で辞める。  
 その後は2年間で七つの職を転々と。苦しかったが家にいるのも、つらかった。どこにも居場所はない。現実から逃げることが、自分を守ることだった。そんな2003年、友人から創価学会の話を聞く。  
 「一家和楽の信心」との言葉に衝撃を受けた。母を幸せにしたい一心で、入会を決意する。  
 同じ頃、ヘルパーの資格を取得し、介護施設で働き始めた。職場では相変わらず、怒られてばかり。逃げたい思いとの葛藤。それでも題目を唱えると、不思議と職場へ足が向いた。  
男子部の先輩に誘われ、毎晩、メンバーの激励に回る。最初は緊張したが、いつからか、人と話すのが苦ではなくなった。相手の心に寄り添い、励ます先輩の対話術を知らぬ間に身に付けていた。職場でも利用者から愛される存在になった。
 学会員だった妻・沙耶香さん(31)=婦人部員=には、出会った頃から、母を折伏したいと話していた。  
 妻は心の病を患っていた。それでも母の幸せをひたぶるに祈ってくれた。入院中も、震える手で手紙を書いた。
 〈私も必ず、病気を治します。お母さんも一緒に信心してほしい〉  
 母は06年、入会。快方に向かう妻と共に、母も徐々に元気を取り戻した。部屋の掃除を始め、10年ぶりにカレーを作ってくれた。結婚後は同居し、自宅で開かれる会合に参加した。  
高田は思いっきり、学会活動に励んだ。広大な北海道の天地。一軒訪ねるのに、車で30分かかる場所もある。
 夕食代わりに、妻が握ってくれた“おにぎり”を車中で頰張り、毎晩、部員の激励に駆けた。  
 全てが順風だった訳ではない。人生の試練は何度も訪れた。介護福祉士の試験は3回目でようやく合格。
 その後、ケアマネジャーの資格取得には5年もかかった。  
 打ちひしがれ、逃げ出したい思いにも駆られたが、悩みを打ち明けられる先輩がいた。池田先生の指導を読むと心が奮い立った。  
「誰しも、『こんなに頑張っているのに、なぜ自分だけが』といった無念にかられる時がある。実は、その時こそ、大きく境涯を開くチャンスなのである。  
 一人で悩まず、良き先輩に相談することだ。御書を拝し、題目を唱え、青年らしく思い切ってぶつかっていくのだ。
 打開できない壁など、絶対にない」  父がアルコール依存症で緊急入院した時も、たじろぐことはなかった。
 入院費の工面、借金の整理。夫婦で祈り、乗り越えた。一昨年、父は入会。教学部任用試験に合格し、社会復帰も果たした。  
 長女・香蓮ちゃん(5)の保育園の行事に、父と母を連れて行くこともできた。20年ぶりに顔を合わせた2人。
 祈り続けた一家和楽。「こんな日が本当に、来るんだね……」。その夜、妻と2人で御本尊に感謝した。  
 高田は今春、約10年勤めた施設から転職し、ケアマネジャーになった。そして、学会では8月、圏男子部長に任命された。  
 一気に重責を担い、正直、音を上げたくなったこともある。だが、もう逃げない。高田の胸には先生の和歌が響いている。  
 「師子と立て 師子と吼えゆけ 勝ち抜けや 北海道は 師弟の模範と」  目前の「壁」は高くて険しい。
  だからこそ、必ず勝って、師弟の模範を示したい。高田は今日も、車中で妻のおにぎりを頬張り、、北海道の天地を駆ける。

 たかだ・じゅんいち 1982年(昭和57年)生まれ、2003年(平成15年)入会。北海道滝川市在住。高校卒業後、定職に就けず苦しんだが、母を介護してきた経験を生かし、ヘルパーに。現在は、市内の介護施設でケアマネジャーとして奮闘する。圏男子部長。東滝川支部。

2017年10月14日 (土)

2017年10月14日(土)の聖教

2017年10月14日(土)の聖教

◆わが友に贈る

頼もしき壮年部よ!
険難の峰を越えてきた
誠実と確信の声は
全てを味方に変える。
今こそ信心の底力を!

◆〈名字の言〉 2017年10月14日

 本年のノーベル平和賞に決まったICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のメンバーと被爆者が11日、都内で記者会見を開いた▼ICAN国際運営委員の川崎哲氏は質疑応答の中で「信仰を基盤とする団体は市井の人々に声を届ける重要な使命がある」「SGIは私たちの大切なパートナーであり、一段と協力を強めていく時を迎えていると思う」と述べた▼わずか10年で100カ国以上の団体が参加するネットワークとなったICAN。その原動力は“自分が経験した苦しみを二度と誰にも味わわせてはならない”という被爆者の願いと、それに呼応した青年の行動だった。国際会議などあらゆる機会を通して各国の政府関係者と対話を重ね、SNSも駆使して連帯を拡大。本年7月、悲願であった「核兵器禁止条約」採択を実現させた▼一見、不可能と思える課題も、諦めずに心を合わせ、新しい力を結集すれば未来は必ず開ける――2007年の発足以来のパートナーであるSGIとICANに共通する信念だ。七十余年、進まなかった核軍縮に今、大きな風穴があきつつある▼未来は民衆の意思にかかっている。池田先生は“平和とは無力感と執念の競争”と語った。揺るがぬ信念で、一段と草の根の平和の対話を広げる時である。(波)

◆〈寸鉄〉 2017年10月14日

 御書「ゆめゆめ退する心
 なかれ恐るる心なかれ」。
 勇気と行動の人に栄冠が
      ◇
 本陣・東京よ、凱歌の行進
 を今再び!戦いは勢い。
 攻めに徹し、勝ち上がれ
      ◇
 関西は一つ。新たな常勝
 譜綴る時だ。歴史的闘争
 に勝利を。いざや前進!
      ◇
 最大の敵は自分自身だ―
 英雄。強い心で自らの壁
 を破れ!拡大の新記録を
      ◇
 気温差が激しく。体調管
 理に留意を。聡明に健康
 第一で対話の秋を飾ろう

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十七 2017年10月14日 (6198)

 


 山本伸一は、さらに、結婚観について語っていった。
 「近年は、世界的な傾向として、すぐに離婚してしまうケースが増えつつあると聞いています。しかし、どちらかが、しっかり信心に励み、発心して、解決の方向へ歩みゆくならば、聡明に打開していける場合が多いと、私は確信しています。ともかく、確固たる信心に立つことが、最も肝要です。
 よき人生を生き抜き、幸福になり、社会に希望の光を送るための信心です。ゆえに、よき夫婦となり、よき家庭を築き、皆の信頼、尊敬を集め、仏法の証明者になることです」
 この夜、伸一は、スカラ座のバディーニ総裁の招きを受け、峯子と共に、クラウディオ・アッバード指揮のロンドン交響楽団による、ムソルグスキー作曲「展覧会の絵」などの演奏を鑑賞した。
 すばらしい演奏であった。彼は、この感動を、日本の市井の人びとに、ぜひ味わってもらいたいと思った。彼が民音を創立した目的の一つは、民衆に世界最高の音楽・芸術と接してもらうことにあった。芸術も文化も、一部の特別な人のものではない。
  
 翌五日の正午過ぎ、伸一たち一行は、メンバーに見送られ、ミラノから空路、フランスのマルセイユに向かった。
 伸一のミラノ滞在は、三泊四日にすぎなかった。しかし、彼と身近に接したミラノの青年たちが、心に深く焼き付けたことがあった。それは、彼が、ホテルのドアボーイや料理人、運転手、会社の経営者、学者など、すべての人に、平等にねぎらいや感謝の言葉をかけ、丁重に御礼を言う姿であった。
 仏法では、万人が等しく「仏」の生命を具え、平等であると説く。まさに伸一の行動が、それを体現していると感じたという。
 思想、哲学、そして宗教も、その真価は、人の行動、生き方にこそ表れる。
 友の幸福のため、社会のために、喜々として懸命に活動する姿のなかに、仏法はある。   

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉19   正義の走者は“澎湃”と   2017年10月14日

 

 我ら創価家族には、偉大な正義の源流がある。  
 戦時中、軍部政府の弾圧にも断じて屈しなかった殉教の師父・牧口先生が、獄中で最後の葉書を綴られたのは、昭和19年(1944年)の10月13日であった。
 御本仏御入滅のこの日、先生は「三障四魔ガ紛起スルノハ当然デ、経文通リデス」と大確信を記された。
 先師の死身弘法を偲び、「立正安国」の魂を胸に奮闘する全同志に届けと、八王子の東京牧口記念会館で勤行・唱題した(10日)。
 会館には、随所に線が引かれた、牧口先生の御書が保管されている。
 「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」
 「いまだこりず候」
 「悪は多けれども一善にかつ事なし」
 広布の大闘争の中でこそ、境涯革命ができ、無量の大福運を積める。ゆえに、大聖人直結の「勇気」と「執念」と「団結」で恐れなく戦い進め、との先師の師子吼が生命に響いてくる。
                      - ◇ -
 東京富士美術館の「遥かなるルネサンス」展にも立ち寄り、イタリアが誇る美の至宝を鑑賞した。
 その一つに、ルネサンス期の美術工芸の名品「市民を救うカエサルが描かれた大皿」が展示されている。
 厳しい戦いに臨んだ古代ローマの英雄カエサルは、「この困難は、ただ機敏な行動によってのみ克服される」と叫んだ。
 学会の強さはスピードである。どんな困難にも、創価の英雄は迅速果敢な行動で栄光の逆転劇を生むのだ。
                      - ◇ -
 牧口先生の夢を実現した創価大学・創価女子短期大学のキャンパスも回った。
 創大祭・白鳥祭を大成功で終え、愛する創大生・短大生が躍動していた。英知の世界市民たる留学生の友情も、尊く輝き光っている。
 牧口先生が若き日、用いられた筆名は「澎湃(ほうはい)」である。水が漲るように勢いを増す生命力で「従藍而青」の人材群を育成されたのだ。
 先生が展望した、民衆の幸福と平和を開く「人道的競争」の時代が始まった。その先頭に正義の走者たる創価のメロスたちが、いよいよ”澎湃”と踊り出ている。
                      - ◇ -
 寒さが本格化してきた。北海道や東北はじめ全宝友の健康と無事安穏を祈る。無冠の友も、お元気で!
 皆で悔いなく走り切って、立正安国の勝利を飾ろう!

【聖教ニュース】

◆日蓮大聖人御入滅の日勤行法要 2017年10月14日

 「日蓮大聖人御入滅の日」の勤行法要が13日、各地で行われた。
 弘安5年(1282年)10月13日の日蓮大聖人の「御入滅の日」の意義をとどめたものである。
 池田大作先生は、総本部(東京・新宿区)の創価学会第2別館で厳粛に勤行・唱題し、末法の御本仏への報恩感謝と、世界広布への誓願を捧げ、全同志の幸福と勝利を深く祈念した。
 原田会長は、埼玉文化会館での勤行法要に出席。また、信濃町の広宣会館(学会本部別館内)では、長谷川理事長を中心に各部の代表が集い、行われた。
 日蓮大聖人の死身弘法の御生涯――それは、競い起こる三類の強敵に対し、師子王の心で勝ち越えて、「一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめんとする」(御書1337ページ)誓願を貫かれた御闘争であられた。
 命にも及ぶ数々の大難も「本より存知の旨なり」(同910ページ)と、法難の烈風に立ち向かわれ、末法万年の広宣流布の大道を開かれたのである。
 そして、現代において日蓮大聖人の御遺命たる「一閻浮提広宣流布」を現実のものとしてきたのが、創価の三代会長であり、池田先生が世界192カ国・地域に広がるSGI(創価学会インタナショナル)の基盤を築いたのである。
 池田先生は綴った。
 「日蓮大聖人に直結する我らは『師子王の心』を取り出して、何ものも恐れず、堂々と悠々と一切を勝ち越えていくのだ!」と。
 栄光の「11・18」へ、広布の誓願を果たす時は「今」である。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 インタビュー 京都大学こころの未来研究センター特定准教授 熊谷誠慈さん   困難な時代を生き抜く若い世代


 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ」。若者が幸福を実感できる社会をつくるために何が必要か。宗教はいかなる貢献ができるか。京都大学こころの未来研究センター特定准教授で、仏教学者の熊谷誠慈さんに話を聞いた。(聞き手=村上進)

 国連が発表している国際比較調査「世界幸福度ランキング2017」によると、日本は51位。先進国中で最下位レベル。経済発展を遂げてきた日本人が実感している幸福度は高いとはいえない。
 一方で、内閣府による「国民生活に関する世論調査」では、現在の生活に満足していると答えた人は7割以上と過去最高を記録し、特に18歳から29歳の若者の満足度が一番高いという結果が出ている。また最近の若者について、かつての高度成長期とは違い、高級品や車などを欲しがらず、経済的なコストパフォーマンス(費用対効果、以下「コスパ」)を重視するライフスタイルが指摘される。
 これらの調査や研究が映し出す日本の若者の幸福観とは、どのようなものなのだろうか。
  
 「若者」をひとくくりにするのは難しいですが、今の若い人は概して物欲が少なくなっていて、物質的に小さな、自分がかなえられる程度のものを手に入れて満足を得る傾向があると思います。自分が損をしないように場の空気を読んで、周囲との関係にも気を使っています。大人社会や企業の論理ともいえるコスパという考え方を既に小学生から取り入れていて、ある部分が極端に成熟し、大人化した若者ともいえると思います。
 そういった若者の傾向自体は否定すべきものではありませんし、経済が低迷する時代を受け入れ、生き抜くために必要な耐性を身に付けているという意味で、私はポジティブに捉えています。ただ一方で、大人になって感じるような不安感を、既に子どもや若者が漠然と抱え込んでいるのではないかと思います。
 幸福度などの数字を見る時に注意が必要なのはアベレージ(平均値)であって、実際の個人間では差があるということです。日本の若者は一部の幸福実感が強い人、多くの小さな幸福に満足している人、近年増加する幸福感を持てない人などに分かれ、格差も広がる一方で、他者の幸・不幸には無関心な人が多いように感じています。
 現在、大きな困難に直面している人は、まず社会的な制度やネットワークによって助けなくてはいけない。その上で無関心な人が、いつ自分も貧困や苦境に陥るかもしれないという「当事者意識」を持ち、いざという時に助けてもらう、身近な人を助けられるための「情報」を持つことが重要です。
  現代社会の幸福を見る上で、世界的にはGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)が示す経済的な豊かさが重視されてきたといえる。しかし近年、一人当たりのGDPは上昇しても幸福度は必ずしも上がらないことが、多くの研究者によって示されている。
 一方で、GDP自体は最貧国レベルでありながら、国民の幸福実感が非常に高いことで注目されてきたのがアジアの小国ブータンである。これからの日本人の幸福観を考える上でも、ブータンが掲げてきた新たな指標ともいうべき「GNH(国民総幸福)」の理念・政策には学ぶべきものがあると熊谷さんは指摘する。
  
 ブータンのGNHは、憲法にも明記されている、国の中心的な理念といえます。あらゆる政策がGNHの指標に照らして不十分であれば成立しないというものです。この指標は大きく九つの領域に分かれています。その中で経済面に直接関係するのは「生活水準」のみで、その他、「教育」「健康」「心理的幸福」「コミュニティーの活力」「文化」「時間の使い方」「良い統治」「環境」の領域があり、それぞれが9分の1に当たる11・1%の評価力を持っている。
 例えば、高い経済効果を生むような政策で、生活水準を高めることができても、それが森林伐採など自然環境を損ねたり、長時間労働によって余暇や健康、心理的幸福を疎外するとなれば、総合的な評価はとても低くなり、修正が求められるわけです。つまりGNHは経済的・物質的な幸福だけを評価するのではなく、心理的な幸福や持続可能性とのバランスを重視する理念・指標といえます。
 ここで重要なのは、ブータンが経済成長や物質的な幸福を否定しているわけではないという点です。実際、ブータンは2008年以降、国王を中心とした親政から、首相と議会を軸とした立憲君主制に移行し、近代化も進んできています。都市部の若者はスマートフォンなどへの物欲も強いですし、失業率も高く、若者の抱える問題も少なくありません。近代化による良い面と悪い面があることも分かっていながら、踏み切っているのが最近の実情です。
 むしろブータンは、そういった状況を想定していたからこそ、日本などの先進国の近代化による功罪両面の経験に学びながら、物質的な幸福とともに、伝統的な仏教思想に基づく精神的な幸福を両立させようと、GNHの理念を生み出したのだと思われます。
 また近代化の行方が不透明な中で、ブータンを“世界一幸せな国”などと過度に美化するべきではないと考えます。ブータンは人口70万人ほどの小さな国であり、本格的な経済成長を経験する前に、国民的カリスマであった第4代国王が主導したからこそ、GNHのような政策が受け入れられたともいえます。
 そういった意味でも、GNHは現代の国々に単純に適用できるものではないかもしれない。むしろ、国家行政とは異なる市区町村や地方都市などが、市民の幸福度を高めていくのに適した理念かもしれません。
 実際にGNHの発想は、経済の低成長期を迎えた欧州などでも注目され、日本でも東京都荒川区が、GNHを参考にした独自の幸福指標である「GAH(荒川区民総幸福度)」による取り組みを進めています。さらに荒川区の事例をもとに、日本各地の地方自治体にGNHの理念を工夫して活用する動きが広がっていて、それぞれの事例を共有・発展させるための基礎自治体連合「幸せリーグ」が発足して、100に近い市区町村が参加している状況です。
 いずれにしても、より市民に近いグループや自治体などが主体的に立ち上がり、ボトムアップ型で市民の声を吸い上げ、「全ての人には幸せになる権利と可能性がある」という意識を広げる。その中で若者をはじめ一人一人の幸福度を上げるために、GNHの理念は役立つのではないかと思います。
  
 GNHをはじめとするブータンの取り組みには、伝統的な仏教思想がどのように取り入れられているのだろうか。
  
 伝統的に仏教徒が多いブータンでは、国の運営や開発を進める上で、仏教的な倫理と慈悲を重んずることを明確にしています。中でもGNHの根底にあるのは、仏教的な「中道」の発想です。
 世界には経済至上主義ともいえる風潮が強い中で、ブータンは経済的・物質的な幸福を重視すると同時に、それ以外の精神的幸福や持続可能な幸福との中道的なバランスを最も大切にする、というのが大きな特徴といえます。
 ここで重要なのは、ブータンでは、仏教が他の宗教と比べて優れているというようなことは言われず、信教の自由がしっかりと認められているということです。
 仏教には、他の宗教と同様に、宗教的側面と非宗教的側面があり、ブータンでは両者をたて分けています。つまり宗教的側面では他宗教を信ずる人と理解し合えない場合であっても、非宗教的側面である慈悲や知恵などに関する意識であれば、どの宗教の人たちとも共有できると考えているのです。
 例えば仏教の特徴といえる「輪廻」でいえば、前世や来世といった考え方は極めて宗教的であり、これを共有することは簡単ではない。しかし、非宗教的な輪廻的発想に着目すると、あらゆる存在をつなぐネットワークと考えることもできます。
 時間軸で発想すれば、先祖と自分と子孫をつなぐものであり、人は単純な独立存在ではなく、自分一人では終わらないことに気付く。
 さらに空間的には、他者と完全に切り離されて存在する人はおらず、誰しもが家族や友人、職場や地域社会、そして国家という社会的つながりの中で生きているということになる。
 そもそも人は、自然界の生態系、食物連鎖という巨大なネットワークの中にいるという視点は、宗教を超えて共有できると思います。
 また、仏教的思想の特徴といえる「自利と利他」のバランスという視点も、現代の幸福につながるアイデアといえます。つまり、自分に利益をもたらす「自利」は当然、必要不可欠なものですが、自利ばかりであれば争いが絶えなくなる。不幸が増大してしまいます。
 そこで、他者を利する「利他」が重視されるわけですが、利他性には限界があって、それぞれの置かれた状況や適性などによっても変わってくることを知らなくてはいけません。近年は介護や育児による「燃え尽き症候群」など、過度な負担を背負った結果、心身のバランスを崩してしまうこともあります。
 大事なのは、一人一人が無理なく、持続可能な形で利他を行う。自利と利他の中道的なバランスを保って、なるべく自利を疎外しないで利他を行うことです。
 そもそも、多くの人にとって適度に利他的な行動をし、社会に大なり小なり貢献することは、生きる喜びという自利につながると思います。
 ですから今、市民レベルの幸福度を高めていくためにも、利他と自利がバランスよくつながる在り方や事例、そのための方法論といった情報をシェア(共有)し、一人一人が当事者意識を持って行動できるようにすることが必要だと考えます。
  
 今後、現代社会の課題を解決していくために、仏教思想を生かしていくには、どういった視点が必要になってくるだろうか。
  
 約2500年前に生まれた仏教は、狩猟採集・農耕時代を経て、各地の近代化といった流れの中で、少なからず人類の幸福に寄与してきたといえます。現代社会において、古い仏教経典に書かれていることを文言通り実践することは容易ではありません。
 しかし、ブータンのGNHの例のように、仏教の輪廻や縁起、自利と利他といった思想などを、各地域の文化や社会状況に合わせて上手にアレンジすることで、現代にも応用できると考えています。
 私たち人類にとって、科学技術を進化させ、新しい発見や開発を生み出すことはもちろん大切ですが、それと同じくらい、歴史の中で忘れられ、無価値だと思われている思想・哲学を再発見し、再活用することも重要だと思います。
 そういった意味でも、創価学会が戦後の日本社会、そして世界において仏教思想を応用し、これだけ多くの人の幸福に貢献する具体的な実践をしてきたことは、大きな成功例の一つだと私は思います。さらにこれから、仏教思想の良いところを吸収しながら、日本だけでなく世界の人たち、20世紀だけでなく21世紀の人類の幸福に貢献するものとして、仏教を進化させていくことが重要です。
 創価学会・SGIの特徴は、宗教的側面といえる究極的な幸福と、非宗教的側面の世俗的な幸福をバランスよく実現している点といえます。生死という根本的課題はもとより、今を生きる目の前の人の苦悩をどう解決していくかというところに力点がある。だからこそ、会員同士のつながりを大切にし、各地域の産業や社会の枠組みに対しても、現実的に、柔軟に対応できるのだと思います。
 いずれにしても、科学技術は決して万能ではないし、行政による社会保障なども完全なものにはなりません。これからの世界の中で、不確実な現実の生活に確かな幸福をもたらし、いざという時のセーフティーネットとなるためにも、仏教をはじめとする宗教の役割は重要だと、私は考えています。

 くまがい・せいじ 1980年、広島県生まれ。京都大学こころの未来研究センター特定准教授。専門は仏教学(インド・チベット・ブータン)およびボン教研究。編著に『ブータン 国民の幸せをめざす王国』、共著に『こころ学への挑戦』、論文に「ブータンにおける仏教と国民総幸福(GNH)」などがある。
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◆〈池田華陽会御書30編に学ぶ 女子部教学室〉 法華証明抄 2017年10月14日
師弟を根本に勝利の人生を



  「弟子が師と不二の道を貫けば、打ち破れない魔性などありません。師弟が一体であれば、変毒為薬できない病気などありません。健康・長寿の要諦を示す『師弟勝利の一書』。これが『法華証明抄』です」
 病と闘う愛弟子に本抄で渾身の大激励をされた日蓮大聖人。その法華経の行者としての烈々たる師子吼を心に刻みましょう。(拝読範囲は本抄全編です)

本抄について
 本抄は、弘安5年(1282年)2月28日、日蓮大聖人が身延で認められ、駿河国(静岡県中央部)の門下である南条時光に送られたお手紙です。
 熱原の法難を、強盛な信心で勇敢に乗り越えた時光は、この時、24歳の青年でした。その時光が重病であるとの報告が大聖人のもとに入ります。
 実は、大聖人御自身も、この前年から病と闘われていました。本抄を送られる3日前には、時光へのお見舞いの書状を弟子に代筆させて送られています。そして今度は自らが病を押して筆を執られ、時光に宛てて再び送られたのが本抄です。
 本抄には、「法華経の行者 日蓮(花押)」と認められています。そのように記された御書は、本抄のみです。
 法華経の行者としての立場から、広布後継の弟子の勝利のために厳愛の御指導をされているのが本抄なのです。

御文

 すでに仏になるべしと見へ候へば・天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ、又鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまに・のむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか、あなかしこ・あなかしこ、此の人のやまいを忽になをして・かへりてまほりとなりて鬼道の大苦をぬくべきか、其の義なくして現在には頭破七分の科に行われ・後生には大無間地獄に堕つべきか(御書1587ページ4行目~7行目)

通解

 (南条時光が)もはや仏に成ることは間違いないと見えたからこそ、天魔や外道が病にさせて脅そうとこころみているのでしょう。人の命には限りがあります。ですから少しも驚いてはいけません。
 また、鬼神どもよ。この人(時光)を悩ますとは、剣を逆さまにのむのか。自ら、大火を抱くのか。三世十方の仏の大怨敵となるのか。まことに恐れるべきである。
 この人の病をすぐに治して、反対に、この人の守りとなって餓鬼道の大苦から免れるべきではないか。そうでなければ、現世には「頭が七つに破れる」との罪を受け、後生には大無間地獄に堕ちるであろう。

〈解説〉鬼神を呵責する御本仏の大確信
 “後継のわが弟子よ、断じて生き抜け!”

 本抄には、病と闘われながら、弟子のために命を削る思いで筆を執られた日蓮大聖人の深き慈愛が込められています。
 本抄を頂いた南条時光は、熱原の法難の際、矢面に立って同志を守り抜くなど、強盛な信心を貫いてきた門下です。
 その時光の信心の姿勢をたたえて、大聖人は掲げた御文で、時光が仏になることは間違いないと述べられています。
 そして、時光が今、直面している病は、天魔や外道が信心を試そうとして起こっていると仰せです。天魔・外道とは、ここでは仏道修行を妨げ、災厄をもたらす働きのことを指します。
 「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)とあるように、信心の実践が深まっているからこそ障魔が競い起こります。
 大事なことは、障魔が競い起こった時に、ひるむことなく戦い抜く勇気です。そして、必ず変毒為薬してみせると腹を決め、広布のためにできる行動を起こすことです。
 続いて大聖人は、時光の命を奪おうとする鬼神に対し、“時光を苦しめるとは、自ら身を滅ぼし、あらゆる仏の敵となるつもりか”と烈々たる気迫で叱り飛ばしておられます。
 ここでの鬼神とは、人の生命をむしばみ、奪う働きをするものを指します。
 もともと鬼神は、餓鬼道の苦しみを受けている衆生です。鬼神は、法華経を持つ人を守護すること等で、この苦悩の境涯を脱することができるのです。
 ゆえに大聖人は鬼神に向かって、妙法を持つ時光の病を治し、さらに時光を守護して、餓鬼道の苦しみから免れるよう教えられているのです。
 この鬼神への呵責を通して大聖人は、何ものも恐れぬ法華経の行者としての確信を時光に示されていると拝されます。
 この師の厳愛の指導に、時光は奮い立ったことでしょう。時光は大病を克服して、50年も寿命を延ばし、師匠への報恩の人生を貫いたのです。
 「師匠にお応えしたい」と立ち上がれば、無限の勇気と力が湧き上がり、苦難を乗り越え、変毒為薬することができるのです。
 栄光の11・18「創価学会創立記念日」へ、強盛な祈りを根本に、正義の対話を広げ、“師弟勝利の門”を開いていきましょう!

池田先生の講義から

 私たちも、いよいよ、「法華経の行者の祈り」を強盛にして、病魔に対しては「鬼神めらめ」と叱責しながら、一切の悪鬼をも、わが使命の人生の味方に変えていく決心で前進していきたい。
 ゆえに、師子吼の如き題目が大切です。(中略)いかなる病魔に対しても、わが生命の奥底から「師子王の心」を取りいだして、敢然と立ち向かっていく――この「勇気ある信心」が根幹となるのです。
                         ◇ ◆ ◇ 
 真の健康とは何か。それは、病気がない状態を言うのではありません。信心根本に生き生きと価値創造の営みを続けられるかどうかです。病気の宿業を使命に変え、常に自身の生命を革新している人は、病魔に勝利している人です。戦う中に、真の色心の健康がある。それを教えているのが日蓮仏法です。(中略)何があっても絶対に負けない。あきらめない。屈しない。この人こそ、生命の勝利者です。真の健康・長寿の勇者なのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第6巻)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第6巻、「法華証明抄」(聖教新聞社)
 ○…『御書の世界』第3巻、「生老病死」㊤㊦(同)

 
師匠と心一つに広布へ前進し、確かな幸福の土台を築きゆこう(北海道の札幌5総県合同の池田華陽会大会=9月28日、北海道文化会館)
師匠と心一つに広布へ前進し、確かな幸福の土台を築きゆこう(北海道の札幌5総県合同の池田華陽会大会=9月28日、北海道文化会館)

 今月は「法華証明抄」を学びます。
 池田先生は、つづっています。

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 信仰体験 2017年10月14日
最高の自分になれる


 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 若者と幸福」。ダンサーとして世界で活躍し、日本にやって来た青年がいる。

2017年10月13日 (金)

2017年10月13日(金)の聖教

2017年10月13日(金)の聖教

◆わが友に贈る

「一日なりとも名を
あげん事こそ大切なれ」
見栄や格好はいらない。
広宣流布に生き抜く
誉れの自分史を残そう!

◆〈名字の言〉 2017年10月13日

 カナダで開催された体操の世界選手権。白井健三選手が床運動の2連覇に続き、跳馬でも初優勝した(8日)。若き才能の大躍進に日本中が沸いた▼跳馬で「14・900」をマークした白井選手と2位の選手との得点差は「0・001」。素人目には分からない、手足のわずかなぶれなど“紙一重の差”が勝敗を分けた▼今大会では日本のエース・内村航平選手がケガで棄権し、後輩の白井選手が周囲の期待を一身に背負った。それを自分に与えられた使命と捉え、代表チームに「ついていく立場」から「引っ張っていく立場」を自覚したという。僅差での勝利は「気持ちの差」と白井選手は振り返った▼スポーツの世界は実力第一の熾烈な戦い。その上で力が拮抗する時に、最後の勝負を決するのは“自分自身の勝利への一念”である。仮に人を頼る気持ちがあれば、“心の隙”が生じる。万般に通じる勝負の鉄則だ▼広布の世界も、つまるところ、わが人間革命を懸けた戦いである。池田先生は「人間革命とは、自己自身に勝利していくことであり、そのための、いわば道場が、学会活動の場である」と。どんな状況にあろうとも、誰かではなく、「自分が勝つ」と腹を決める。そう思い切って行動する人に、人間革命の道は開かれる。(差)

◆〈寸鉄〉 2017年10月13日

 「言わねばならぬことを
 どしどし言う」牧口先生
 この戦いで学会は大発展
      ◇
 千葉、神奈川、山梨の同志
 に恐れなし!正義の師子
 吼で不滅の勝利城を築け
      ◇
 岐阜、静岡、愛知、三重よ
 強気で攻めまくれ。日本
 の“中心”に栄光の大旗を
      ◇
 歴史回天の地・中国方面
 が驀進。開拓に次ぐ開拓
 で限界突破し栄冠摑め!
      ◇
 景況感、10年ぶり高水準。
 “実感できる”経済再生へ
 公明が身を粉にして戦え

◆社説  日蓮大聖人御入滅の日  民衆救済の熱誠は創価の同志に

「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232ページ)――日蓮大聖人の民衆救済の熱誠は、今、世界各地で立ち上がった「創価の地涌の同志」に流れ通う。
 きょう10月13日は、大聖人御入滅の日。弘安5年(1282年)に死身弘法の御生涯を閉じられてから735年に当たる。
 大聖人は、39歳で「立正安国論」を著し、国主諫暁された。その理由について「ただひとえに国のため、法のため、人のためであって、自分の身のために言うのではない」(同35ページ、通解)と綴られている。この諫暁を境に、2度の流罪など命に及ぶ迫害が相次ぎ、門下にも弾圧が加えられる。それは、法華経に説かれる「三類の強敵」との闘争を身読するものだった。
 そうした熾烈な戦いにあっても、「すこしも・をそるる心なかれ」(同1091ページ)と弟子たちに不動の信心を示された。
 やがて、熱原の法難において、農民信徒たちが不惜身命の信仰を示したことによって、民衆仏法が確立されたのである。
 晩年は、病を押して「立正安国論」を講義。令法久住のため、最後まで後継の育成に心血を注がれたのだ。
 「観心本尊抄」には、地涌の菩薩が出現する様相について、「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し」(同254ページ)とある。末法においては、「賢王」すなわち在家が、民衆を不幸に導く権力の誤りを正していくとの仰せだ。
 一人一人の胸中に正法を打ち立て、仏法の慈悲の精神を社会の基調にしていく――まさに創価学会が実践してきた立正安国の運動にほかならない。
 初代会長・牧口先生は、国家神道の誤りを破折し、神札を祭ることを敢然と拒否して逮捕される。獄中にあっても仏法の正義を貫き通し、殉教された。
 先師と共に投獄された第2代会長・戸田先生は、出獄後、創価学会の再建に着手。75万世帯の大折伏を展開し、学会の礎を築いた。
 こうした闘争を継承し、厳然と世界広宣流布の指揮を執ってこられたのが第3代会長・池田先生であることはいうまでもない。
 広宣流布こそ大聖人の御遺命である。創価学会は御本仏の魂をわが心として、妙法を流布し、民衆に生きる喜びの灯をともしてきた。学会は、死身弘法の精神を体現した三代会長に連なり、世界広布の大願成就へ鉄壁の団結で進む。
 
◆きょうの発心   法華経の兵法で苦境乗り越える 2017年10月13日


御文
 なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず(四条金吾殿御返事、1192ページ・編1219ページ)
通解  どのような兵法よりも法華経の兵法を用いていきなさい。法華経薬王品第23に「諸余の怨敵は、皆悉摧滅せり」と説かれる金言は決して空しいはずがない。

 法華経の兵法こそ、勝利への最高の要諦である、と仰せです。
  草創期に入会して以来、毎日のように弘教に奔走する両親の背中を見て育ちました。
 師との原点は、1995年(平成7年)9月22日。池田先生が氷川東京青年研修道場を訪問された折、声を掛けていただいたことです。以来、”師と共に戦おう”と心に決め、実践してきました。
 5年前、長年勤めていた会社が倒産し、経済的に苦しくなりました。しかし、「法華経の兵法で乗り越えよう」と決意し、祈りを深める中、測量設計事務所を起業し、苦境を脱することができました。
 勝利の実証は家族にも。長男は夢であったデザイナーになり、長女はこのたび看護師として就職する内定を得たのです。
 創価の三代会長有縁の地であり、男子部「水滸会」の野外研修が行われた氷川を含む青梅総区は今、池田先生の青梅文化会館初訪問40周年となる2018年を目指して前進しています。私自身、師弟共戦の思いで、全力で広布拡大にまい進する決意です。
 東京・青梅総区副総区長 井上 哲

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  三十六 2017年10月13日 (6197)



 四日の夕刻、山本伸一は、宿舎のホテルの会議室で、学生をはじめ、青年の代表ら約五十人と信心懇談会を開催した。
 メンバーの質問に答えながら彼は、指導、激励を重ねた。そのなかで強調したのは、制度の改革といっても、自身の生命の変革が不可欠であるということであった。
 立派な制度をつくっても、それを運用していくのは人間であり、肥大化していくエゴイズムを制御する人間革命の哲学を確立しなければ、本当の意味での社会の繁栄はない。
 彼は青年たちに、生命の世紀を開く“人間革命の旗手”として立ってほしかったのだ。
 さらに伸一は、イタリアは青年のメンバーが多く、その両親などから、結婚観についても、ぜひ語ってほしいとの要請があったことを踏まえ、この問題に言及していった。
 「結婚は、自分の意思が最重要であるのは言うまでもないが、若いということは、人生経験も乏しく、未熟な面もあることは否定できない。ゆえに、両親や身近な先輩のアドバイスを受け、周囲の方々から祝福されて結婚することが大切であると申し上げたい。
 また、結婚すれば、生涯、苦楽を共にしていくことになる。人生にはいかなる宿命があり、試練が待ち受けているか、わからない。それを二人で乗り越えていくには、互いの愛情はもとより、思想、哲学、なかんずく信仰という人生の基盤の上に、一つの共通の目的をもって進んでいくことが重要になる。
 二人が共に信心をしている場合は、切磋琢磨し、信心、人格を磨き合う関係を築いていただきたい。もし、恋愛することで組織から遠ざかり、信心の歓喜も失われ、向上、成長もなくなってしまえば、自分が不幸です」
 人生の荒波を越えゆく力の源泉こそ、仏法である。崩れざる幸福を築く道は、学会活動の最前線にこそある。広布のために流す汗は、珠玉の福運となり、その一歩一歩の歩みが、宿命を転換し、幸と歓喜の人生行路を開いていく――ゆえに伸一は、信仰の炎を、絶対に消してはならないと訴えたのである。   

【聖教ニュース】

◆中国・広東外語外貿大学で「自然との対話――池田大作写真展」 2017年10月13日
何副学長「中日人民の友誼を一段と強固にする意義深き展示」


写真展のテープカット。左から陳院長、吉郷国際総局主事、蔡処長、韋教授(広東外語外貿大学で)
写真展のテープカット。左から陳院長、吉郷国際総局主事、蔡処長、韋教授(広東外語外貿大学で)

 【広州12日】日中国交正常化45周年を祝賀する「自然との対話――池田大作写真展」が12日午前(現地時間)、中国・広州市の広東外語外貿大学で開幕した(主催=同大学、中国人民対外友好協会、中日友好協会、創価学会、協力=広州市人民対外友好協会、創価大学北京事務所)。開幕式には、広東外語外貿大学の何伝添副学長、国際合作・交流処の蔡紅処長、東方語言文化学院の陳多友院長、池田大作思想研究所所長の韋立新教授ら大学関係者、学生が出席。池田大作先生はメッセージを寄せ、中国への平和友好の旅の開始地点となった広州に万感の思いをはせつつ、「世界市民の揺籃」として人材を育む同大学での写真展の開催に深い感謝の意を表した。同展は今月23日まで開催される。(記事・写真=白田修治)
 広東外語外貿大学のキャンパスを歩くと、所々で語学の教科書や参考書を手に朗読を繰り返す学生の姿が。世界に開かれた“外大”の意気を感じる。
 同大学は、北京外国語大学、上海外国語大学と並ぶ、中国3大外国語大学の一つとして名高い。1965年、周恩来総理の指示で設立された。
 26言語の専攻は華南地域では最多。文学、経済学、法学、芸術学など多彩な学部も設置され、国内外で活躍する優秀な卒業生を輩出し続けている。
 この名門大学が、初の「名誉教授」として迎えたのが池田先生である。2000年2月の授与式では、池田先生の日中友好の功績に絶大な称賛を寄せた。
 以来、池田大作思想研究所の設立、創価大学との学術交流協定の締結、池田思想シンポジウムの開催など友誼の道を広げてきた。
 そして今回、交流史の新たなページに、池田先生の写真展の開催が刻まれたのである。
 展示会場の大学図書館での開幕式は、陳院長が司会を務めた。冒頭、登壇した何副学長は、国交正常化45周年の佳節に写真展を開催できたことは、両国の友好を一段と強固にする意義があると述べ、今後も教育・文化交流を重ねて相互理解を深め、両国人民の絆を強めたいと語った。
 学会本部の吉郷国際総局主事のあいさつに続き、韋教授が記念のスピーチを。韋教授は、池田先生は対話の力で国境、宗教、思想、民族などの壁を超え、世界中で友好の懸け橋を築いてきたと力説。創造的な心と世界的視野を備えた池田先生の写真には、強い生命力と積極的に向上しゆく進取の精神が込められており、作品を通して、私たちに人の心を鼓舞する勇気を教えてくれると強調した。
 展示を鑑賞した日本語を学ぶ大学院生は、「私は月の写真が好きです。李白らの詩人が詠んできたように、中国では月を愛する人が多い。先生の月の写真を見ると、心が自然と落ち着くのを感じます」と感想を語った。

◆ブラジル・ジアデマ市が慶祝議会 2017年10月13日
「市のブラジルSGIの日」を記念し、三代会長に顕彰状


ジアデマ市の慶祝議会は「市のブラジルSGIの日」を記念して。出席者が記念のカメラに納まった(市議会議場で)
ジアデマ市の慶祝議会は「市のブラジルSGIの日」を記念して。出席者が記念のカメラに納まった(市議会議場で)

 創価の平和哲学を世界が称賛!――ブラジル・サンパウロ州のジアデマ市議会で2日、10・19「市のブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の日」を慶祝する議会が開催された。
 池田先生がブラジルを初訪問した1960年10月19日を記念し、2004年に同市議会が制定したもの。
 席上、平和・文化・教育への多大な貢献をたたえ、初代会長の牧口常三郎先生、第2代会長の戸田城聖先生、そして池田先生と香峯子夫人に市議会から、それぞれ「顕彰状」が贈られた。
 ジアデマ市はサンパウロ市の南に位置する同国有数の工業都市。SGIの友は、教育・平和展示の開催や、牧口先生の創価教育学説に基づいた「牧口教育プロジェクト」を推進するなど、地域の発展に尽力してきた。
 同市議会は、1999年から毎年、10月19日を慶祝する議会を開いており、2006年には池田先生ご夫妻に「名誉市民」称号を贈っている。
 今回の慶祝議会の冒頭、元市議のジョゼ・ジット・ダ・シルヴァ氏は感慨深く語った。「SGI、そして池田博士の世界平和への貢献は、今や多くの市民が知るまでになりました!」
 氏は「市のブラジルSGIの日」制定の発議者。長年にわたり、同SGIの活動に共感を寄せてきた一人でもある。
 続いて、本年の慶祝議会を発議したマルシオ・パスコアル・ジウジシオ・ジュニオル市議は「今年の池田博士の『SGIの日』記念提言には、青年こそ希望であると記されています。生命の尊厳を守るため、私も青年の心で、青年たちと一緒に多くのことに取り組んでいきたい」と力強く決意を述べた。
 同市議の父でもあるマルシオ・パスコアル・ジウジシオ副市長は「池田博士は『創価学会永遠の五指針』を通して、求めるべき幸福観について論じられています。その中で、一人の人間に内在する力と信仰の力を強調されていることに大変感動しました。また8月のバレンサ大学の名誉博士号授与式に参加し、池田博士の偉大さを、よりいっそう実感しました」と語った。
 その後、ブラジルSGI壮年部の「ウイラプル(=鳥の名)合唱団」がコーラスを披露すると、会場の熱気は最高潮に。ジウジシオ・ジュニオル市議からブラジルSGIの代表に顕彰状が手渡されると、市議会議場は大きな拍手に包まれた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆創価大学での李寿成・韓国元首相の記念講演 2017年10月13日
池田先生は“真の正義”を教える指導者
世界平和の実現へ 青年よ後継の道を
 
創価栄光の集いで記念講演する李元首相。終了後、集いの模様を述懐し、「学生たちの団結の姿、そして創立者を心から尊敬する姿に深い感銘を受けました」と(7日、創大記念講堂で)
創価栄光の集いで記念講演する李元首相。終了後、集いの模様を述懐し、「学生たちの団結の姿、そして創立者を心から尊敬する姿に深い感銘を受けました」と(7日、創大記念講堂で)

 韓国の李寿成元首相(ソウル大学元総長)が7日、東京・八王子市の創価大学で行われた「創価栄光の集い」に出席し、記念講演を行った。ここでは、講演の要旨を紹介する。

  一、未来の主人公であり、知性光る創価大学、ならびに創価女子短期大学の学生、留学生の皆さんにお目にかかることができ、大変うれしく思います。
 若い学生の皆さんには、率直な態度で接しなければならないというのが私の信条であります。ですから、本日は率直にお話しさせていただきます。
 私は人より優れたところはありませんが、ただ人に尽くしていきたいという思いだけで生きてきました。
 私は、一つの信念を持っています。それは、人はいくらお金持ちであっても、どんなに優れた人であっても、他者に対して傲慢であってはならない。また、ある民族が他の民族に対して、傲慢であってはならない。そして、いくら豊かな国であっても、いかなる国に対しても傲慢な態度で接してはならない、ということであります。
 最近の世の中の流れは、非常に濁っています。浅はかな利己主義が横行し、社会の中に清らかな流れが失われています。
 しかし、きょう、皆さんの明るく素晴らしい演技を拝見することができました。中でも最後に皆が肩を組んで学生歌を歌った姿は、世界でも見ることのできない素晴らしい姿であると、本当に感動しました。
 先ほども、大学の方に、「きょうの演技を見て、創価大学の未来だけでなく、日本の未来は明るいと感じました。世界の平和も必ずや成し遂げられると、確信を持つことができました」とお話しさせていただきました。

忘れ得ぬ出会い

 一、池田先生は、次世代の社会建設のために「何のための大学か」という新しい理念が大学に確立されねばならないという信念をもっておられました。
 また、「大学革命」が遅くなればなるほど、日本という国が、人類の未来が暗闇に閉ざされるとの思いで、「大学革命」の旗手となり、世界の模範となる大学を築くために創価大学を創立されたと伺っております。
 光栄にも本日、私は名門の貴・創価大学より「名誉博士号」を拝受しました。
 私は世界各国のさまざまな大学から名誉学位を頂いておりますが、創価大学からの名誉学位は、これまで頂いた中で最も誇らしい学位です。それは、私が最も尊敬する池田先生が創立された大学であり、また、池田先生の素晴らしい弟子がいる大学だからであります(大拍手)。
 私は、師弟というものは単に技術を教え、学ぶ関係ではなく、永遠に愛情と信頼を分かち合う交わりの関係であると思います。
 1999年12月に池田先生に初めてお目にかかりましたが、その感動は今でも忘れることができません。配慮に満ちたお言葉と、謙虚でありながら、真心が感じられる先生のお姿から、相手を思う深い配慮と、人間に対する慈愛を感じました。
 真の指導者とは、いつも民衆と共にあり、人を愛する、真に立派な人間性の所有者のことなのだと、池田先生を通じて深く知ることができました。私が常日頃、備えていたいと思い、また実践に移そうと努力していた姿が、池田先生の姿でありました。
 池田先生は、弟子である皆さん一人一人を大切にされています。池田先生は、青年たちに“偉い人になるより、人柄の良い人になってほしい”と語っておられます。本当に正しいお言葉です。
 真に素晴らしい人間とは、偉い人であるよりも人柄の良い人、人格の立派な人です。普通の姿をしていても、人柄の良い人が一番、素晴らしいのです。
 私がソウル大学で総長として在職していた当時、大学に入学した学生たちに常々話してきたのは、「人を愛する人間になりなさい。身近な親、兄弟、師匠、そして祖国、また本当に困っている人、貧しい人を、心から助ける人間になりなさい」ということです。
 皆さん一人一人は、弱い存在かもしれません。しかし、きょうの姿のように、団結した心で、団結した力で立ち上がるならば、憎悪と不信が渦巻く弱肉強食のこの社会にあって、必ずや素晴らしい使命を果たしていけると確信します。

美しき共同体

 一、“一国の将来を知るためには、その国の大学を見よ”という言葉があります。私はまさにきょう、その姿を見ました。美しい教育の伝統と共同体の姿を見ました。
 皆さんもよくご存じだと思いますが、現在、日本と中国、韓国の関係は、あまり良い状況ではありません。また、歴史的にもさまざまな問題がありました。
 しかし、その中でも韓国から200を超える名誉道民・郡民・市民証、特別顕彰等、そして、多くの大学の名誉学術称号、国家勲章を受けておられる方は、日本だけでなく世界をみても、池田先生しかおられません。中国においても、110以上の大学・学術機関から名誉学術称号が贈られていると伺っています。
 池田先生は、単に創価大学の創立者、思想家、詩人であるというだけではありません。天が遣わせた、世界平和の先導的な指導者であると、私は考えております。
 皆さんも池田先生の後を継いで、世界平和のために尽力していただきたい。年老いて力はありませんが、私も、池田先生が追求されてきた世界平和のために、最後の余力の全てをささげて、努力していきたいと思っています。
 池田先生は、真実の愛とはどういうものか、真の正義とは何か、人を許すとはどういうことか、和解とは何か――を全て教えてくださっています。
 皆さん一人一人が池田先生と同じ人間主義に立って、世界に、未来に、大きく羽ばたかれること、そして幸福な人生を歩まれることを確信して、私のあいさつに代えさせていただきます。
 大変にありがとうございました(大拍手)。
 イ・スソン 1939年生まれ。ソウル大学教授、法学部長等を経て95年に第20代総長に就任。同年、韓国首相に抜擢され、97年まで務めた。

◆〈ワールドリポート〉 微笑みの国タイ バーンサパーン本部バーングルード地区
広布の一粒種誕生から14年 咲き輝く2000人の笑顔  さあ今日も友のもとへ!

 
タイ・バーングルード地区の友が朗らかに。皆の合言葉は「ヤー・ティン・ファン!」(タイ語で「夢をあきらめるな!」)。動き語った分、境涯が高まり、幸の連帯が広がる。「声仏事を為す」の信念で、広布のために! 今日を悔いなく!(9月19日、プラチュワプキーリーカンで)
タイ・バーングルード地区の友が朗らかに。皆の合言葉は「ヤー・ティン・ファン!」(タイ語で「夢をあきらめるな!」)。動き語った分、境涯が高まり、幸の連帯が広がる。「声仏事を為す」の信念で、広布のために! 今日を悔いなく!(9月19日、プラチュワプキーリーカンで)

 本年、地涌の陣列が16万人を超え、勢いよく発展を遂げるタイ創価学会。首都バンコクをはじめ、プーケットやサムイ島などタイ南部でも、拡大の機運が高まっている。

◆【信仰体験-ブラボーわが人生】〈36〉雨のち笑顔の92歳
「食べ物がない時は題目をご飯のつもりで食べてたよ」

【横浜市保土ケ谷区】快活な話し言葉が面白い。「私いい女でしょ」「人生、笑いが絶えないのが理想なの。そこ目指してんのよ。分かる?」と、こんな具合。鶴岡美枝子さん(92)=岡沢支部、地区副婦人部長=は座卓をたたいて腹から笑う。じっくり話を聞くと、笑顔の素地を垣間見た気がした。逆境にくじけぬ人だからこそ、放つ言葉は愉快で、力強い。

■一歩も二歩も  
 御本尊様の前に座ることが、どんなに素晴らしいか。私はね、御本尊様を恋い慕ってんのよ。まじで。  
 毎日さ、題目をあげて、あげて、夜になんの。御本尊様が「お休みだよ。頑張ったね」って言ってくれんの。
そしたら眠くなるから、布団にもぐんの。  
 題目は人生の何にでも効くんだから。それをいまだに知らない人がいるってことは、まだまだ私らは一歩も二歩も前進しないと駄目だね。海外の同志に負けちゃうよ。まじで。
    
■骨身を削って  
 この世は、苦に満ちた娑婆世界だっていうじゃない。だけどこの信心は、最後まで苦じゃないんだから。必ず春らんまんなんだから。御書の通りだよ。それを力いっぱい語れば、みんなついてくるよ。  
 「妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず」(御書1360ページ)てんだからさ。
苦労して一言一句を語る中に、人間革命があんだよね。そこに御本尊様は功徳をくれんだからさ。骨身を削ってしゃべってごらん。折伏できた喜びは、道を踊って歩きたくなるぐらい。
 
■正月の餅  
 町一番の貧乏でさ。子どもが着る正月の服も買えなかったの。ミシンの内職してたから、大みそかに夜なべして、新しい服を枕元に置いといたんだよ。驚かせようと思ってさ。  
 だけど驚いたのは私だった。昭和34年(1959年)の元日だよ。朝早くから鶴見支部の人がやって来て、折伏されたのさ。  
 帰り際に、餅をたくさんくれたの。それを子どもたちが見て泣いてんの。学校で「おまえんとこ、正月に餅もねえんだろ」って言われたって。その時の親の心はどんなだと思います? 「今にお母ちゃんが餅をつく姿を見せてやっから」と抱き締めたよ。  
 膝を突き合わせて食べたのよ。「お母ちゃん、学校行って話ができるよ」って、子どもたちが喜ぶの。餅と一緒に、鶴見支部の人の言葉が喉を通ったわけよ。「絶対に幸せになれる信心」って言葉がね。  

■救いの手  
 信心した次の日から、折伏に歩いたよ。貧乏をばかにされて、お湯をぶっかけられてさ。やっと買った靴なのに。
 だけど、この仏法にあっちゃあ、かなわない。良薬は口に苦しだよ。御本尊様はね、ちゃんと救いの手を出してくれる。それに乗せてもらうぐらいの題目を、毎日あげてきたんだ。食べ物がない時は、題目をご飯のつもりで食べてたよ。     

■神奈川文化会館  
 昭和54年5月だよ。創価大学から直行された池田先生にお会いしたくてさ、神奈川文化会館まで歩いたの。会長を辞任された後だったし、すごい人が来てた。山下公園の方から会館を見上げて、ずっと手を振ったの。先生がとにかく元気でいてほしい。それだけ。先生が玄関から出てこられた瞬間、もう飛びつきたいぐらいだった。  
 思えば入会間もない頃、先生と一緒に勤行したことがあんのね。木造の旧学会本部の2階でさ。この方がこれからの創価学会を背負っていくんだって感じたなあ。それから家の玄関先に、しきみを植えたの。先生がわが家へ来てくださる時の目印にね。その日を夢見て折伏すると、世間から何言われたって、痛くもかゆくもないんだから。
 神奈川文化会館の帰り道は、歩きながら泣いてたよ。ああ、池田先生はお元気だ。「正義」の揮毫は神奈川の魂でしょ。あの書で命が燃えてこなきゃ、うそだね。     

■娘の笑顔  
 いつだったろうねえ。悲しいことを覚えんのは、よそうと思ってんから。娘を病気で亡くしたの。折伏して、結婚して、間もなくに……。きついよ。言葉に表せないよ。一日中泣いたよ。  
 きっと見かねたんだね。娘が夢に出てきたの。「お母さんの一番似合う姿は、折伏に歩く姿だよ」って。  
 よおし、もう一度、信心を真面目にやっていこう。私がどう変わるか見せてやろう。みんなを救うんだという大願にかけて、題目をあげ通したね。  
 折伏ができた時、やっと娘が心で笑ってくれたの。命の躍動ってあのことだよ。生命は母子一体なんだね。

■あっちに逝ったらば  
 自分が「おぎゃあ」と生まれて92年。池田先生に巡り合えて、信心一筋に生きてきたよ。急ぐことないけどもさあっちに逝ったらば、この世でやってきたことを体験発表できる自分でいたいと思ってる。そして拍手を浴びながら、日蓮大聖人に抱きかかえられて、人間に舞い戻ってきたいよね。まじで。  
 今も楽しいし、死んだ後も分かってんから楽しみだよ。来世は美人に生まれてくんの。えくぼがぽこんとあるような。男が一目でフラフラするような。ねえ、分かる?

後記
 笑顔でひょうひょうと「昔は自分の人生じゃない気がしたよ」。福島の生まれ。小学5年の時、東京の履物問屋へ奉公に出された。同年代の子から東北訛りをからかわれ、年月を静かに重ねた。  
 結婚も他人が決めた。兵隊帰りの夫は血の臭いがした。貧しさを極め、粗末な小屋に暮らした。「それなのに、なんで5人も産むんだ」と町の声に顔を伏せた。  
 信心してからは見えるもの一つ一つが鮮やかだった。折伏からの帰途を急いだが、まだ信心に理解のなかった夫に鍵を閉められた。夜の物置に寝転び「御書の通りだなあ」と心地よく朝日を待った。  
 信心を広めることが、生きがいになった。内職でためたお金で、町内初の電話線を引き、近隣の呼び出しに使ってもらった。いつでも人が来ていいように、寝間着では布団に入らなかった。少しずつ信頼を得た。  
 心を締め付けられる大きな問題でも、いつかは笑って話せる時がくる。人生、雨のち笑顔。鶴岡さんの取材で感じたことだ。  
 地域の人は、鶴岡さんの笑顔の素地を知っている。証拠に、鶴岡さんと近所を歩いた時、すれ違う人みんなが、気軽に声を掛けてきた。感心すると、鶴岡さんは屈託なく笑った。「だってさあ、御本尊様が、ずっと私を見ててくれたんだもん」

2017年10月12日 (木)

2017年10月12日(木)の聖教  

2017年10月12日(木)の聖教   

◆わが友に贈る

「団結」は無敵の力だ!
日々 奮闘する同志に
最大の励ましを!
感謝と尊敬の心に
前進の勢いは加速する!

◆〈名字の言〉 2017年10月12日

 新幹線の車窓から、陽光に輝く稲穂が見えた。稲の穂が熟し、黄色に変化していくことを「黄熟」と書き、「あかり」とも読む。これが「秋」の語源との説もある▼稲は頭を垂れても倒れない。しっかりと地中に根を張っているためだ。この根を活性化させ、土の中に酸素を送り込むための作業が「中干し」。田を満たしていた水を全て抜き、表面の土を乾かす。水がなくなるという状況の中で、稲は強さを増す▼今年で入会62年となる大阪の壮年。18年前、がんを患い、喉頭を摘出した。襲い掛かる試練にも決然と立ち向かい、食道発声で声を取り戻した。87歳の今も広布の情熱を赤々と燃やす▼1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」の陣列に加わり、「大阪大会」にも参加。確かな原点を刻んだ壮年が「これが宝物です」と、一枚の写真を見せてくれた。63年(同38年)に撮影された池田先生との記念写真。その裏には、師のつづった「前進」の文字が。壮年は「何があっても『不撓不屈』で前進する。これが私の誓いです」と▼御書に「秋のいねには早と中と晩との三のいね有れども一年が内に収むる」(411ページ)と。稲が黄金に輝くように、誓いに生きる人生は、それぞれの個性を生かしながら、まばゆい光彩を放つ。ここに信心の醍醐味がある。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年10月12日
 

 「日蓮が弟子等は臆病に
 ては叶うべからず」御書。
 信心とは勇気の異名なり
      ◇
 東北健児の底力、今こそ。
 語った分だけ連帯は拡大
 鮮やかな勝利劇を共々に
      ◇
 茨城、栃木、群馬、埼玉よ
 頑張れ!戦いは攻め抜い
 た方が勝つ。断固、走破を
      ◇
 九州・沖縄が先駆の大攻
 勢。勇気の対話で壁破れ
 見事な金字塔打ち立てよ
      ◇
 70代女性の体力が過去最
 高。友の幸福の為に動く
 多宝会は心も体も健康に

◆社説  札幌・夏の陣に学ぶ   団結を勢いに!励ましを歓喜に!

   
私たち創価の同志には、広宣流布という大理想がある。それは、全世界の平和と全民衆の幸福を実現しゆく、最極の聖業である。その実現に生きる人生は、一日一日が貴重だ。
 悔いのない一日とするには、「最優先すること」をしっかり決めて、祈りから出発することだ。「忙」の字は「心を亡くす」と書くが、多忙な時ほど周囲への心配りを忘れてはなるまい。
 広布史に輝く1955年(昭和30年)の「札幌・夏の陣」。
 池田先生は、派遣隊の責任者として、約10日間で日本一の弘教を成し遂げた。
 この短期決戦を制した要諦を今一度、心に刻みたい。
 まず何より「団結」だ。戦いが短期であればあるほど、気を引き締め、結束しゆくことだ。
 先生は随筆でつづっている。
 「広宣流布の戦いで『勝負』を決するのは、人数の大小ではない。誓願を共にした『異体同心の団結』である」と。
 また大事なのは、中心者の「鋭き一念」だ。智慧を絞り出す。忍耐、執念、絶対に勝つという一念を、胸中に燃え上がらせる。そして、ゴールまで全速力で走り抜く以外にない。同志を明るく褒めたたえながら、朗らかに前進するのだ。
 「戦いを決するのは全軍の勢い」――池田先生の戦いを学ぶ時、一人を励ますことが、いかに大きな力となるかを痛感する。
 励ましを「歓喜」に、団結を「勢い」に変えて、わが地域に正義と勇気の旗を翻らせたい。
 SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)の新番組「青年よ 未開の広野を進め――池田先生と北海道」も全国に感動を広げている。
 池田先生は、札幌・夏の陣の当時、同志に手紙を送った。
 「共に十日間を、何年にも越ゆる斗争と致し度く、心を躍らして居ります」
 師と共に戦い、師と共に勝つ。どこまでも師弟不二の信心で勝つ。これこそ、北海道に刻まれた永遠不滅の原点だ。
 夕張炭労事件のさなか、池田先生は、日蓮大聖人の「佐渡御書」を拝して同志に訴えた。
 「『大きい難があった時こそ、師子王の心をいだける者が仏になる』――従って、その時こそ、信心強盛の人が宿命打開ができると信心を説いたのであります。信心する者が最後は必ず勝つ」
 この師子吼をわが胸に轟かせ、勇気凜々と創立の秋を前進し、ともどもに全てに大勝利の青空を仰ぎたい。


◆きょうの発心  “覚悟の信心”で宿命乗り越える 2017年10月12日


御文
 ただ一えんにおもい切れ・よからんは不思議わるからんは一定とをもへ(聖人御難事、1190ページ・編1209ページ)
通解 ただいちずに思い切りなさい。善い結果になるのが不思議であり、悪い結果になるのが当然と考えなさい。

 熱原の法難の渦中、難を乗り越える”覚悟の信心”を促された一節です。女子部として尼崎で活動する中、勤めていた会社が倒産。祈り抜いた結果、本紙販売店協同組合に5年間勤務することになり「生涯、師と共に」との原点を刻みました。
 婦人部になり、義母の介護、経済苦等の困難に直面しましたが、この御文を拝し、夫婦で全て乗り越えてきました。
 1995年(平成7年)、地区婦人部長の時、阪神・淡路大震災で被災し、家が全壊。師匠への誓いと同志の励ましを胸に「使命の天地に」と祈り、学会活動に励む中、宝塚に転居することに。その後も夫の仕事や病気など幾多の試練に遭いましたが、再びこの御文を拝して唱題を重ね、2人の友に弘教。その結果、宿命を乗り越えることができ、感謝の想い出いっぱいです。
 今年は、10・20「宝塚広布原点の日」の淵源から60周年。大好きな中兵庫常勝県の皆さまと共に「師弟の凱歌 大勝利月間」を走り抜き、明年の広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を。広布拡大の結果で荘厳してまいります。
 中兵庫常勝県総合婦人部長 松本 厚子

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十五 2017年10月12日 (6196)


 スカラ座での語らいで、バディーニ総裁は、さらに言葉をついだ。
 「この公演は、山本先生の力がなければ、実現しなかったでしょう」
 思えば、民音の専任理事であった秋月英介がスカラ座を訪ね、日本公演の交渉に当たったのは、十六年前のことであった。スカラ座全体を招いての公演など、日本でも、アジアでも例がなかった。日本の文化・芸術関係者は、民音がスカラ座を招きたい意向であることを聞くと、決まって「夢想だ!」と一笑に付した。民音や学会などに世界最高峰の大歌劇団を呼べるわけがないというのだ。
 しかし、伸一は、秋月に言った。
 「心配しなくても大丈夫だよ。スカラ座には、どこまでも音楽の興隆のために尽くそうという、誇り高い精神を感じる。その伝統を受け継ぐ音楽の担い手たちが、民衆の新たな大音楽運動を推進している民音に、関心をもたないわけがない」
 この伸一の確信通り、スカラ座は日本公演に賛同の意を示し、やがて仮契約を結ぶまでにいたった。だが、当時の総裁の他界や、後任の総裁の病による引退などが続き、事態は、なかなか進展しなかった。
 そのなかで伸一は、民音の創立者として、陰ながら応援し、手を尽くしてきた。そしてこの一九八一年(昭和五十六年)秋の、スカラ座日本公演が決まったのである。
 困難の壁に、一回一回、粘り強く、体当たりする思いで挑んでいく。その行動の積み重ねが、誰もが“まさか!”と思う壮挙を成し遂げ、新しい歴史を創り上げていくのだ。
 翌四日、伸一は、モンダドーリ出版社に招かれ、教育出版局長らと懇談した。同社はイタリア最大手の出版社で、伸一と世界の知性との対談集を、イタリア語で出版する企画があり、この日の訪問となったのである。
 同社からは、後に、『法華経の智慧』が出版され、大きな反響を呼ぶことになる。
 出版は、思想を流布し、精神の対話を育み、文化向上の力となる。   

【先生のメッセージ】

◆御書と歩む―池田先生が贈る指針 87   題目には無量無辺の功徳力


御文
今法ほ華け経きょうは四十余年の諸しょ経きょうを一いっ経きょうに収おさめて十じっ方ぽう世界の三さん身じん円えん満まんの諸しょ仏ぶつをあつめて釈しゃ迦か一いち仏ぶつの分ふん身じんの諸仏と談だんずる故ゆえに一仏・一いっ切さい仏ぶつにして妙法の二字に諸仏皆みな収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱となうる功く徳どく莫ばく大だいなり
(唱法華題目抄、13ページ)

通解 今、法華経は、四十余年の諸経を一経に収め、十方世界の(法・報・応の)三身円満の諸仏を釈迦一仏の分身の諸仏であると説くゆえに、一仏は一切仏であり、妙法の二字に諸仏は皆、収まるのである。ゆえに妙法蓮華経の五字を唱える功徳は莫大である。

同志への指針

妙法は一切を動かす大宇宙の根源の力である。ゆえに、我らの唱題の音声は、十方世界に轟きわたる。届かないところなどない。
 自行化他の題目に、諸天は舞い、十方の諸仏は歓喜する。万人の仏性を呼び覚ます、無量無辺の功徳力がある。
 宿命転換も唱題だ。人間革命も唱題だ。広宣流布も唱題だ。地涌の題目の底力を、今こそ発揮しようではないか!

【聖教ニュース】

◆スペインで核兵器廃絶展 2017年10月12日
ICAN(本年のノーベル平和賞に決定)とSGIが制作
「SGIの日」記念提言のスペイン語版出版発表会も

スペインのフアン・カルロス国王大学で開催された「核兵器なき世界への連帯」展。核兵器の非人道性を訴えるパネルに見入る来場者たち
スペインのフアン・カルロス国王大学で開催された「核兵器なき世界への連帯」展。核兵器の非人道性を訴えるパネルに見入る来場者たち

 本年のノーベル平和賞に決定したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)とSGI(創価学会インタナショナル)が共同制作した「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展が、9月29日から10月6日にかけて、スペインの首都マドリードのフアン・カルロス国王大学で開催された。
 2012年に制作された同展は、人道、環境、経済、ジェンダーなど12の観点から、核兵器の問題点を浮き彫りにしている。展示会は広島から始まり、これまでに世界19カ国・80都市を巡回。核兵器のない世界に向けて、草の根の対話を広げてきた。
 今回の展示会には、同大学の学生のほか、多くの市民が来場。反響を呼んだ。
 展示会初日の9月29日には、7月に国連で採択された「核兵器禁止条約」を巡る講演会が同大学で行われた。
 同大学学生自治会が主催したこの講演会には、国際安全保障を専門とする同大学のビセンテ・ガリード教授、NGO「平和財団」のジョルディ・アルマダンス所長と共に、スペインSGIのカプート理事長が出席。それぞれ意見を述べた。
 ガリード教授は、核軍縮の歴史と現在の状況を概説。核兵器保有国等が参加していない現状など禁止条約の課題に言及し、まず核兵器の量を減らす努力が必要であると語った。
 アルマダンス所長は生物兵器や化学兵器が禁止された過程を説明し、こうした兵器よりも大きな脅威である核兵器こそ、廃絶されるべきと指摘。すでに50を超える国が禁止条約に署名していることを歓迎した。
 カプート理事長は、生命尊厳を説く仏法の思想と、民衆の生存の権利という視点から核兵器廃絶を訴えた第2代会長・戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」の意義を紹介した。
                      ◇ 
 また同日夜、本年の池田大作先生の1・26「SGIの日」記念提言のスペイン語版の出版発表会が、リーバス・バシアマドリード市のスペイン文化会館で行われた。
 フアン・カルロス国王大学の学生、スペインSGI青年部の代表が登壇。核兵器や難民問題、平和と青年の役割などについて、活発に議論を交わした。
 最後に、来賓のガリード教授があいさつ。
 「このように青年たちが核兵器の廃絶を語り合うことは、わが国においては画期的なことです。今こそ、池田博士が唱える人間主義と平和の思想を広めなくてはいけません」と語った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆トインビー博士との対談から45周年  受け継がれる対話の精神  2017年10月12日

池田先生とトインビー博士の対談45周年を記念する展示の開幕式。サウス・バックス地方評議会のスミス議長(当時、前列中央)らがテープカットを行った(本年5月、タプロー・コート総合文化センターで)
池田先生とトインビー博士の対談45周年を記念する展示の開幕式。サウス・バックス地方評議会のスミス議長(当時、前列中央)らがテープカットを行った(本年5月、タプロー・コート総合文化センターで)

 20世紀を代表するイギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー博士と池田先生の対談開始から45周年を迎えた本年、同国SGI青年部の企画・制作による記念展示がタプロー・コート総合文化センターで行われ、多くの友人らが観賞した(5~9月)。ここでは、好評を博した同展に対する反響の声や、同センターを舞台に繰り広げられる対話拡大の模様を紹介する。
 イギリスの首都ロンドンから、西へ40キロほどの郊外に、タプロー・コート総合文化センターはある。
 1972年(昭和47年)5月に、池田先生とトインビー博士が対談を開始してから45年。同センターで、記念展示「Choose Dialogueー対話の選択」が開かれた。
 同国SGIの青年たちは、さまざまなアイデアを出し、活発に語り合った。「対談45周年の本年を、いかに飾るべきか?」「混迷を極める今だからこそ、草の根の対話で友の心に勇気と希望を送ろう」
 対話集『21世紀への対話』を年頭から学び、3ケ月半かけて、何度も協議を重ねた。そして展示内容は、池田先生がトインビー博士との対談の後に、世界中の識者と対話を繰り広げてきたことに焦点を当てた。”勇気をもって対話に挑戦しよう” ”誰かではなく、私が挑もう”と鑑賞者に感じてほしい、との思いも込めた。
 期間中、青年をはじめ、多くの鑑賞者が訪れ、「対話の重要性を改めて実感した」「素晴らしい内容に感銘を受けた」などの反響があった。
 同展の開幕式に参列したサウス・バックス地方評議会のダンカン・スミス前議長は、SGIをたたえてやまない。「SGIの活動は、人間革命を通して、自分自身、そして周りの人々、環境を変えていく哲学を根本としています。素晴らしい人道主義の哲学を広げる池田SGI会長に共に活動する皆さまを、深く尊敬しています」
 ユング青年部長は誓う。「イギリス広布の歴史において、”トインビー対談”は重要な原点の一つです。池田先生は対談を通して、人種・宗教・文化は違っても必ず共通点を見いだしていけることを教えてくださいました。展示の開催は、私たち青年部にとって、対話の持つ力を学ぶ絶好のチャンスとなりました。この精神的な財産を未来へ受け継いでいきたい」
                      ◇
 現代のイギリスの若者が、悩んでいることは何かーーー ユング青年部長に聞くと、次の答えが返ってきた。
 「”先行きが不透明な時代だから希望がない” という若者が多くいます。また”自分一人では何も変えられない””心の底から信じられるものがない”との声もあります」
 そうした中で、イギリスの友は、心一つに励ましの対話を拡大している。
 座談会などの会合に友人を招いた時も、自然に励ましの場に。参加者からは「SGIは青年を育てよう、青年を信じよう、という息吹にあふれている」「温かい世界で、大きな希望と魅力を感じた」との好意的な感想が多く寄せられている。
 タプロー・コート総合文化センターも対話の広場として開放。特に5月から9月まで、月に1回開かれた「オープンデー」には毎月、数百人が訪れ、8月は約2000人が来館。メンバーは、友人と共に展示を鑑賞した後、有意義な対話に花を咲かせた。
 また展示の開幕に合わせ、同センターでは新たに「仏法講座」を始めた。ハラップ理事長ら同国のリーダーが講師となり、十界論、依正不二、人間革命、師弟など、毎回テーマを決めて行ってきた。
 1時間の講座は、一方通行にならないように”対話”を意識し、講義と質疑応答を30分ずつ。毎回40人ほどの友人が参加し、活発に質問が寄せられた。講師が疑問に一つ一つ丁寧に答える中で、仏法理解の輪が大きく広がった。
 聴講した友人は生命尊厳の哲学に共感。アットホームで家族的な温かさを感じ、「もっとSGIについて知りたい」と、後日多くの人が地域の座談会に参加した。
                      ◇
 96年に国家遺産省から、特別公開の対象となる「歴史的建造物」に指定された同センターは、地域の人々に親しまれてきた。
 例えば、地元の小中学校では、学校のカリキュラムの中に、①地元の歴史を学ぶ ②仏教について学ぶ、という授業がある。
 同センターは、その両方を兼ね備えているとの評価を得て、学校から要請で、児童・生徒らが学習・見学に訪れる。
 こうした交流を積み重ねていた昨年9月、地域一帯を大風雨による水害が襲い、地元の小学校舎が被災。同校から、イギリスSGIに連絡が入った。
 「このままでは、しばらく授業ができないんです・・・」
  ”大変な時こそ、助け合いが必要”と、SGIは校舎が復旧するまで同センターの一部を小学校に提供することを決定。2クラス64人の児童を3週間受け入れ、”臨時の授業”が行われたというエピソードも生まれた。
 89年5月のオープン以来、メンバーは展示やイベントなどを通して、長年にわたり、地域に友情の輪を広げてきた。ハラップ理事長は、力を込める。
 「愛する地域の発展を願い行動してきました。今や友情の種は大きく花開いています。池田先生とトインビー博士の対話の歴史、そしてSGIの平和への理念と行動を、もっと多くの友人に伝え広げていきます」

◆〈金秋のモスクワ 初訪露43年 池田先生の足跡をたどって〉上 2017年10月12日
「使命感」が人間を偉大にする


クレムリンの西側に隣接するアレクサンドロフスキー公園。花壇に彩られた園内を北に進むと「無名戦士の墓」が。池田先生は1974年の初訪露をはじめ、幾たびかここを訪れ、カメラに収めた
クレムリンの西側に隣接するアレクサンドロフスキー公園。花壇に彩られた園内を北に進むと「無名戦士の墓」が。池田先生は1974年の初訪露をはじめ、幾たびかここを訪れ、カメラに収めた

 その場所を訪ねたのは、9月23日土曜日、快晴の朝だった。モスクワのひんやりとした空気は、はや晩秋を思わせる。
 ロシアのノーベル文学賞作家ミハイル・ショーロホフ氏の部屋があったアパートは、クレムリンの西、シプチェフ・ブラジェク通りの33番に、質素なたたずまいで、今も健在だった。
 43年前、池田先生との会談が行われた、まさにその場所である。
 建物の壁には、ここにかつて住んだ著名人のレリーフが並ぶ。ソ連時代の軍人たちに交じってショーロホフ氏のレリーフがあった。
 建物の入り口はテープで遮られ、どうやら改装中らしい。インターホンを押し、遠く日本から訪ねた「理由」を伝えてみた。
 “ロシアのお母さん”といった風情の、気のいいご婦人が工事の立会人で、快く中に通してくれた。ショーロホフ氏の部屋は、4階の9号室だったという。
 婦人はエカテリーナ・ミレンチェワ・ファジーエワさん。驚いたことに、父親がショーロホフ氏と友人だったと話す。ソ連時代、ロシア共和国の文化省で要職にあったそうで、「ノーベル文学賞の授賞式にも、父はショーロホフと共に行きました」と教えてくれた。
 「歴史を残すのは大事なことです」。笑顔で語るエカテリーナさんと別れ、再び通りから9号室を見上げてみる。ここで43年前、ロシアきっての文豪と、東洋の仏教指導者である先生が出会ったのだと思うと、深い感慨が込み上げてきた。
 ――1974年9月16日午後、語らいは実現した。
 初訪露の過密な行程の中で、この会談だけは、池田先生のほうから強く希望したものだった。『静かなドン』『人間の運命』をはじめ、ロシアの大地と民衆に根差して歴史を捉えた、骨太のショーロホフ文学に魅了されてきたからだ。
 しかし、会談が実現するかどうかは、直前まで分からなかった。
 ショーロホフ氏は当時69歳。健康状態は思わしくなく、しかも普段は、モスクワから離れた、ドン川のほとりにあるヴョーシェンスカヤ村で暮らしていた。
 だが、関係者の心配は杞憂に終わる。池田先生という人物に氏は大いに関心を抱き、医師の制止を押し切って、このモスクワのアパートに出向いたのである。
 氏はわざわざスーツに着替え、先生を迎えた。
 「ロストフには行きましたか」と、氏は尋ねた。ロストフ州は氏の故郷であり、『静かなドン』の舞台でもある。
 先生は答えた。
 「いいえ、今回は、訪問することはできませんでした。いつか、ぜひ、ご一緒に訪問させていただきたい」「そのためにもショーロホフ先生には、いつまでも、お元気でいていただかなくてはなりません。東洋には、深い使命に生きる人は、健康になるという考えがあります。一番、大切なのは、使命感です」
 氏が返した。「私も、それを信じます。何回も入院したが、病気を克服して出てきました。私は使命感を忘れたことはありません」
 池田先生に期待通りの“人物”を見たからだろう。氏は終始、上機嫌で、コニャックを持ち出し、酒を飲まない先生に勧め、困らせる場面もあった。
 「私は飲めませんが、私の師匠の前会長は、よく飲みました。その前の会長は飲みません。“飲む・飲まない”が交互になっているんです」
 そんな先生の当意即妙の答えから、話題は自然に、創価学会の師弟、軍部政府の弾圧と戦った歴史に及んでいった。
 ショーロホフ氏もまた、ロシア革命後の内戦の中で青春を送り、第2次世界大戦では、ドイツ軍の爆撃で母を亡くした。遠くの中学に入った一人息子と文通したい一心で文字を覚えたという、けなげで、いとしい大切な母を――。
 あまつさえ、会談当時、文豪は“『静かなドン』は盗作”とする、いわれなき中傷とも戦っていた。
 人間は、歴史という大河の流れに任せて、波間を漂う木の葉のような存在にすぎないのか。それとも、逆巻く運命の波に抗い、自らの人生を切り開こうとする戦いに価値があるのか。
 それはショーロホフ文学、いなショーロホフという人間そのものの真髄に迫る問いであり、だからこそ先生が、ぜひとも聞いてみたいテーマであった。
 「運命の変革を突き詰めて考えていくならば、どうしても自己自身の変革の問題と関連してくると思います。この点はどのようにお考えでしょうか」
 それに対する氏の見解こそは、語らいの核心を成すものだった。
 「運命に負けないかどうかは、その人の信念の問題であると思います。一定の目的に向かう信念のない人は何もできません。
 われわれは、皆が“幸福の鍛冶屋”です。幸福になるために、精神をどれだけ鍛え抜いていくかです。精神的に強い人は、たとえ運命の曲がり角にあっても、自分の生き方に一定の影響を与えうるものです」
 池田先生はうなずいた。
 「まったく同感です。たとえ、どんなに過酷な運命であっても、それに負けない最高の自己をつくる道を教えているのが仏法なんです。その最高の自己を『仏』と言います。
 また、そう自分を変革することを、私たちは『人間革命』と呼んでいます」
 ――語らいから43年。モスクワで、うれしい出会いがあった。
 池田先生に対し、モスクワ大学でロシア「国際グローバル研究アカデミー」正会員証が授与された翌日(9月26日)、氏の令孫であるアレクサンドル・ショーロホフ下院(国家院)議員(ロシア国際博物館評議会会長)と、池田博正SGI副会長をはじめ代表団の懇談が持たれたのである。
 祖父のアパートにあるレリーフのことが話題に上ると、議員は「“偉大なる池田先生とショーロホフがここで会見した”と、そこに刻まれるべきですね」と笑顔で応じた。
 さらに議員は、『静かなドン』が近年、テレビドラマになった話題を紹介。「古典や名著は、どんなに時代が変わり光の当てられ方が変わっても、人々に訴え掛ける力を持っているものです」と語るのだった。
 そして、一冊の書籍を手渡した。
 『わが父について』。議員の父君が、その父親である文豪ショーロホフとの思い出をつづった本である。「池田会長。心からの敬意を込めて。貴殿がかつて始めた対話を続けるために」と献辞が添えられていた。
 父から子、子から孫へ、ショーロホフ家の魂が受け継がれているように、祖父ショーロホフと池田先生が始めた対話もまた、世代を超えて続いている証しとして、贈られたのである。
 モスクワの秋は短い。10月にはもう雪が舞い、長い冬がやってくる。だからこそ、命を燃やして輝く黄葉がいとおしい。
 ロシアの人々は、この短く美しい季節を「黄金の秋」と呼ぶ。
 通りの街路樹の葉は淡く色づき、まさに、金秋の季節が始まろうとしていた。
 市街を蛇行して流れるモスクワ川は、ゆるやかに、しかし確かに、水を運んでいた。その流れはオカ川へと注ぎ、オカ川はやがてヴォルガ川と合流して、はるかカスピ海にたどり着く。
 川の水は、一時として同じ場所にとどまらない。同じように、現在は瞬く間に過去へと流れ去り、人間を待ってはくれない。
 しかし、だからこそ、諦めるのでもなく、時流に右往左往するのでもなく、この世に生を受けた根源の使命を深く見つめて、「今」という瞬間瞬間を、真剣に戦い抜く人でありたい。
 その努力の中でのみ、時空の壁を乗り越える偉大なる精神の力を、人は、得ることができるのだろう。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉64 御聖訓「日蓮一度もしりぞく心なし」 
“今日も勝った”という毎日を  「責任ある政治」貫く公明党


「最後は絶対に勝つ!」――誓いに燃える同志が各地で盛大な集い(上から東北・宮城、関東・埼玉、九州・福岡)                                                                          
              「最後は絶対に勝つ!」――誓いに燃える同志が各地で盛大な集い(上から東北・宮城、関東・埼玉、九州・福岡)

   原田 今、全国の同志が「自分史上最高の拡大」に打って出ています。先日伺った北海道では、「夕張炭労事件」から60年の本年を、何としても弟子の戦いで勝ち飾ろうと、怒濤の対話拡大に挑んでいます。
 
 永石 「原水爆禁止宣言」60年の節目を刻んだ神奈川でも、「正義」「共戦」の旗を高らかに掲げ、気迫の大攻勢を続けています。
 
 長谷川 「大阪大会」から60年、「大阪事件」無罪判決から55年の関西も、「負けじ魂」を赤々と燃え上がらせ、不撓不屈の大闘争を貫いています。
 
 原田 幾重にも大きな節目を迎える本年、後継の弟子として、総立ちとなりたい。「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(御書1451ページ)との御聖訓を深く胸に刻み、各地で新たな師弟共戦の歴史、広布拡大の勝利の証しを示してまいりましょう。
 
 竹岡 広宣流布は、現実社会を舞台にした、仏と魔との攻防戦といえます。その様相を日蓮大聖人が綴られています。「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう」(同1224ページ)
 
 原田 この熾烈な闘争に打ち勝つには、「日蓮一度もしりぞく心なし」(同)の精神で、一歩も引かず、前に進み続ける以外にありません。勇敢に誠実に、正義と真実を堂々と語り切り、目の前の一人を「味方」にしていくことです。
 
 永石 そのためには、強盛に「祈って」「動く」という信心と実践のリズムで、一日一日を悔いなく戦い切ることが大切ですね。
 
 長谷川 かつて先生は、「“自分は今日も勝った”という毎日を、確実に積み重ねていくのだ!」と呼び掛けてくださいました。毎日の「目標」と「結果」を明確にすることで、活動に張り合いが生まれ、勝利への執念を燃やし続けることができます。
 
 原田 今の戦いの場こそ、わが人間革命の舞台と決め、自身の歴史に残る戦いに思い切り挑戦してまいりたい。そして、全国の同志と共に、栄光の「11・18」を荘厳していきましょう。

“新党乱立”の実態

 永石 衆議院選挙(10月22日投票)も、いよいよ本番期間に入り、論戦が過熱しています。
 
 竹岡 “新党乱立”の中の一つが立憲民主党。その実態は一言でいえば、希望の党から受け入れを拒否された、民進党の左派議員の集まりです。
 
 志賀 彼らは、“希望の党の理念、政策は私たちが積み上げてきたものとは違う”“筋を通して新党を立ち上げた”などといっていますが、これは事実ではありません。
 
 藤原 民進党は、9月28日に行われた両院議員総会で、希望の党への合流を満場一致で了承しています。この時点で「平和安全法制」を容認しなければ、希望の党の公認は得られないと報じられていました。
 
 志賀 つまり、民進党の左派議員は、自分たちが“戦争法だ”と騒ぎ立て、国会であれだけ反対してきた「平和安全法制」を容認することを承知の上で、合流を了承していた。彼らはこの時すでに、選挙のために自らの信念など捨て去っていたのです。
 
 藤原 ところが、希望の党から受け入れを拒否された。そこで再び「反対」を理由に挙げたに過ぎません。筋を通すどころか、短期間に度々、“筋を曲げた”のが立憲民主党なのです。
 
 志賀 同党の主要メンバーは、“悪夢”と呼ばれた、あの2009年からの民主党政権の中枢を担い、失政続きで日本の経済、外交を悲惨な結果に導いた中心者がズラリと並んでいます。
 
 永石 6年前の東日本大震災では、原発事故への対応など迷走を極め、復興を大きく遅らせました。あの時のことは、忘れようにも忘れられません。
 
 竹岡 当時の総理と官房長官が、最高顧問と代表を務めているのが、今の立憲民主党です。
 
 藤原 立憲民主党は、小選挙区候補を一本化するなど、衆院選で共産党と共闘を進めています。“自衛隊の解散”“日米同盟の破棄”をもくろむ、あの共産党と手を組んでいる。日本の安全保障より、共産党の選挙応援の方が大事なのかと、思わずにはいられません。
 
 志賀 今、北朝鮮による核実験、弾道ミサイル発射が相次いでいます。こうした脅威に対し、日本は米国をはじめ、国際社会と連携しながら対応をしていくことが求められています。日本の安全に対して、立憲民主党の態度は、極めて無責任といわざるを得ません。

政権の舵取り役を

 竹岡 日本は現在、経済の再生、急速な少子高齢化、人口減少など、内外に重要課題が山積しています。難題を乗り越えるためにも、政権の舵取りを担えるのは、実績ある自公政権以外にありません。
 
 藤原 今回の衆院選の各党公約に対する、全国知事会の採点結果が公表されました。そこでも、自民党・公明党の評価が高く、他党と大きな差をつけていました。特に公明党は、防災などの点で、高い評価を得ています。
 
 志賀 日本の政治を「安定」させる自民・公明による連立政権を選ぶのか。「分裂と混乱」の野党に任せるのか、その選択が問われます。
 
 竹岡 東京大学・姜尚中名誉教授が語っていました。「中道政治の担い手として、旧民主党政権に対する有権者の失望感が今なお根強い中、与党内野党ともいえる公明党に自ずと期待が集まります」「ぜひ、これからも社会の安定化に向けて、中道政治の舵取り役として力を発揮してもらいたい」
 
 原田 公明党はこうした期待を胸に、草創以来、掲げてきた「人間主義」を理念とする「中道政治」を担い、政治の安定・社会の安定のため、「責任ある政治」を貫いてもらいたい。

◆<信仰体験> 理容師ケンちゃん 出張散髪30年 入院患者に安らぎ届けて 
自ら決めた道生き抜く!


【鹿児島県霧島市】
 立ち寄った常連客が「ケンちゃん」と掲げられた理容室の扉を開ける。
 「明日の朝9時でお願いね」「はいよ」。
 ケンちゃんこと南園謙一さん(78)=福山支部、副支部長=がいつものように元気に応じる。  こんな言葉が交わされるのは、月曜の定休日以外でも閉店している時があるため。はさみやちり取りなど仕事道具を携え、南園さんは鹿児島県内の病院へ。入院患者のために出張散髪を行っているからだ。
 病棟の入り口に着くと、待ち構えた患者たちから声が掛かる。


◆<信仰体験>団地に尽くして半世紀 東京の錦州城ここに
26年間にわたり民生・児童委員も

【東京都板橋区】荒川と新河岸川に挟まれて、都営団地「新河岸2丁目アパート」がある。この通称“新河岸団地”が、岡野貞子さん(77)=新河岸支部、支部副婦人部長の広布の舞台だ。
 

2017年10月11日 (水)

2017年10月11日(水)の聖教

2017年10月11日(水)の聖教

◆わが友に贈る

「但偏(ただひとえ)に国の為
法の為 人の為」御聖訓。
さあ 誇りも高く
立正安国の大理想へ!
善の連帯広げる対話を!

◆〈名字の言〉 2017年10月11日
 

 5年日記『道』(本社刊)では、四季を彩る池田先生の写真と箴言が月ごとに紹介されている。10月の写真は秋空に映えるナポレオン像。箴言は「大事なことは/勇気の一歩である/今、自分ができることから/一日一日/一つ一つ/挑戦していくことだ」▼ナポレオンのモットーは「一瞬たりとも失ってはならない」。彼に反対する勢力との和平会議でのこと。反対勢力は、2日間の猶予を申し出た。彼は言った。「2時間でできることに、2日もかけはしない」。電光石火のスピードこそナポレオンの真骨頂だった▼彼は命令書の余白に、自分の手で「活発! 迅速!」と書き込む。“明日やればいい”“誰かがやるだろう”という「先延ばし」「逃げ」の心を徹底して追い出した。「勝利は蓋しわが神速果敢なる行動の中に在ったのだ」(難波浩訳)▼なぜ迅速果敢な行動ができたのか。決勝点が明確だったからだ。彼の素早い決断は、「必ず勝つ!」との強き一念を燃やし、最高の作戦を考え抜いていた結果にほかならない▼一念の「念」という字は、「今」の「心」と書く。わが「今の心」に何があるのかを常に問いたい。そして、いつか勝利の決勝点に達するという歩みではなく、一日一日が決勝点との心意気で前進しよう。(側)

◆〈寸鉄〉 2017年10月11日
 

 「日蓮が一門は師子の吼
 るなり」御書。確信の声が
 変革の力。青年よ先頭に
      ◇
 北海道が疾風怒濤の追い
 上げ。執念で押し捲れ。
 皆で民衆勝利の万歳を!
      ◇
 神奈川よ断固、攻め勝て。
 総立ちして混戦突破を!
 偉大な凱歌の歴史を刻め
      ◇
 汗水たらし懸命になるか
 ら不可能も可能に―戸田
 先生。一瀉千里で力走!
      ◇
 防犯・防災の基本は声掛
 けに。安全・安心なまちづ
 くりの日。地域力を強化

◆社説  想像を超える大きな実り  他者と対話し共感する中に成長が


 20代の若者の外出が70代を下回る――社会人の移動実態についての調査結果である(ジェイアール東日本企画調べ)。今年3月、20代(学生を除く)から70代の2200人を対象にしたもので、1カ月の外出回数が最も少なかったのは20代。ネットやスマートフォンの普及が影響しているという。
 スマホがあれば、あらゆる情報にアクセスでき、買い物も自宅で済ませられる。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によって、誰とでも手軽につながれるのも事実だ。
 その一方、人はそれだけでは満足できるものではなく、同じ空間に集まり、何かを共有することを昔から求めてきた――そう分析するのは、本紙9月23日付「スタートライン」に登場した、男子プロバスケット・Bリーグの琉球ゴールデンキングス代表取締役社長・木村達郎氏。
 氏は古代ローマの円形闘技場を例に挙げながら、今日のスポーツ観戦の空間も「名前も分からない、世代も違う人とすぐに心を通わせる」場であると語る。「他人は怖い」と教えられ、知らない人との交流を避ける社会で育てば、「他者を受け入れられない、いびつな人間関係ができてしまう。社会の根底にもっと人と共感し合う文化が必要だと思う」と警鐘を鳴らす。
 部屋を出ず、他人とも会わず、ネット上の“居心地の良いつながり”にばかり終始していれば、確かにリスクは少ないかもしれないが、そこに本当の「共感」も「満足」も生まれない。
 新しいことへの挑戦は、「先が見えずにモヤモヤするのは当たり前」と木村氏。「でもだからこそ、ワクワクもする」「想定外のハプニングがあっても、想像以上の自分の成長が待っていると信じて、前向きに乗り越えてもらいたい」と特に青年世代へエールを送っている。
 天候のすがすがしい今の時季は、運動会や行楽・観光など、普段は交流の少ない友人や人々と出会う機会も多い。“心の窓”を開け放てば、毎日が心地よい友好対話の連続となろう。
 池田先生は、本紙「四季の励まし」につづっている。
 「一つ一つの出会い、一回一回の生命の交流は、時とともに、私たちの想像を超えるほどの大きな広がりと実りをもたらすものだ」「そのために大切なのは、打って出る『勇気』である」
 人と語り、共感を重ねるところに、「大きな広がりと実り」があり、自身の成長もあると確信し、新たな友との対話で前向きに人生を開いていきたい。

◆きょうの発心   北海道を三代城の理想郷に!  2017年10月11日


御文
 夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり(寂日房御書、902ページ)
通解 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。

人間として生まれ、仏法に出合い、しかも妙法を実践できる身となったことの尊さを教えられています。
 1977年(昭和52年)10月2日、戸田記念墓地公園の開園式で、池田先生との出会いを結びました。
 同日、北海道未来会第4期の結成式で、先生は"粘り"の大切さについて「粘り強さを身につけていくための唱題であり、仏道修行である」と指導され"断じて、師弟の誓いを果たす人に"と決意する原点の日になりました。
 未来部、学生部、男子部と三代城の天地で戦い抜き、壮年部でも常に唱題第一で、全ての戦いに率先しています。同志の皆さまと共に、"広布拡大で三代城の理想郷を!"と全力投球の日々です。
 今こそ、自行化他の題目を唱え抜き、対話に走り、「世界広布は北海道から!」との誓願を果たしてまいります。
  北海道・札幌牧口総県長 小松清史

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  三十四 2017年10月11日 (6195)


 六月二日午後、山本伸一は、フィレンツェ中央駅に駆けつけた百人ほどのメンバーに送られ、ミラノ行きの列車に乗り込んだ。
 窓の外には、名残惜しそうな、幾つもの青年たちの顔があった。彼は、“頼むよ。君たちの時代だよ”との思いを込めて、目と目でガラス越しに無言の対話を交わした。
 列車が動き出した。皆が盛んに手を振る。その目に涙が光る。伸一も手を振り続けた。
 青年が立つ時、未来の扉は開かれる。
 彼は、フィレンツェの街並みを見ながら、「生命の世紀」のルネサンスを告げる暁鐘が、高らかに鳴り響くのを聞く思いがした。
 この時の青年たちが、雄々しく成長し、イタリア社会に大きく貢献していった。そして三十五年後の二〇一六年(平成二十八年)七月、イタリア共和国政府とイタリア創価学会仏教協会のインテーサ(宗教協約)が発効される。それは、まさに信頼の証明であった。
  
 ミラノに到着した伸一は、三日、二百余年の歴史と伝統を誇るスカラ座に、カルロ・マリア・バディーニ総裁を訪ねた。そして、総裁の案内で、スカラ座前のミラノ市庁舎に、カルロ・トニョーリ市長を表敬訪問した。
 実は、この年の秋、民音などの招聘で、スカラ座の日本公演が行われることになっていたのである。公演は、総勢約五百人という空前の規模のものであり、前年のウィーン国立歌劇場に続き、オペラ界の最高峰の日本公演として大きな期待が集まっていた。
 会見の席上、トニョーリ市長から伸一に、市の銀メダルが贈られた。
 さらに、スカラ座でも、バディーニ総裁、フランチェスコ・シチリアーニ芸術監督らと会談した。「スカラ座の名に十分に値し、世界的音楽団体である民音の名に値する、最高の公演にします」と語る総裁の顔には、日本公演にかける並々ならぬ決意がみなぎっていた。
 伝統とは、単に歳月の長さをいうのではない。常に“最高のものを”との、妥協なき挑戦の積み重ねが育む気高き年輪である。   

【聖教ニュース】

◆関東から民衆凱歌の旭日を 2017年10月11日
原田会長は茨城・水戸、長谷川理事長は日立の集いへ

さあ、全ての嵐を勝ち越えて堂々たる凱旋を! 勇気の挑戦、怒濤(どとう)の対話拡大を約し合った水戸県の大会(水戸市の茨城文化会館で)
さあ、全ての嵐を勝ち越えて堂々たる凱旋を! 勇気の挑戦、怒濤(どとう)の対話拡大を約し合った水戸県の大会(水戸市の茨城文化会館で)

 立正安国の大理想を胸に“決意即行動”を続ける全国の同志の前進が加速している。
 中でも、不屈の敢闘精神で突き進む関東各県の友の誓いは固い。
 われらは断固戦う! 民衆勝利のために! 栄光の旭日を大関東から!――と。
 常勝の炎を燃やす総茨城・水戸県の大会が10日、茨城文化会館で勢いよく行われた。
 市川総茨城長のあいさつの後、大矢利彦さんが創価家族の励ましを胸に、病魔との闘いなどを乗り越え、信頼の輪を広げる模範の活動を報告した。細谷則道県長、加藤ますみ同婦人部長が、皆が“自分は勝った”と言える黄金の歴史をつづろうと呼び掛けた。
 原田会長は、民衆凱歌を叫んだ「夕張闘争」「大阪大会」から60年、「大阪事件」の無罪判決から55年となった本年は後継の弟子の真価が問われる時であると強調。どんな困難も「よからんは不思議わるからんは一定」(御書1190ページ)の確信で断じて勝ち越えていきたいと力説した。さらに「語った分だけ、動いた分だけ連帯は広がる」と述べ、“正義は我にあり”と朗らかに、勇敢に、大胆に激戦突破をと訴えた。
 一方、日立県の集いは同日、日立平和会館で意気軒高に。
 遠藤裕行県総合長の後、山本眞理子さん、佐藤光雄さんが真剣な祈りを根本に地区一丸となって、地域に対話の花を咲かせる模様を紹介した。
 大森克己県長、坂上ひろみ同婦人部長は「今こそ本領発揮の時と定め、不屈の精神で真実を語り抜こう」と語った。
 黒沢第1茨城総県長に続き、長谷川理事長が、いかなる障魔も「風の前の塵なるべし」(同232ページ)との心意気で、学会精神を一段と燃え上がらせ、日々、勇気の前進をと望んだ。

◆韓国 李寿成元首相が総本部に 2017年10月11日
原田会長が歓迎し会見
東洋哲学研究所の講演会も

李元首相と原田会長が和やかに。会見では、女手一つで8人の子を育てた元首相の母のことが話題に。母を大切にしてこそ平和の実現もあると語り合った(9日、学会本部別館で)
李元首相と原田会長が和やかに。会見では、女手一つで8人の子を育てた元首相の母のことが話題に。母を大切にしてこそ平和の実現もあると語り合った(9日、学会本部別館で)

 韓国の李寿成元首相(ソウル大学元総長)が9日、東京・信濃町の総本部を表敬。原田会長らが歓迎した。
 会見では、昨年韓国で開催され、13万6000人が観賞した「法華経――平和と共生のメッセージ」展(東洋哲学研究所企画・制作)が話題に。会長は、李元首相が実行委員長として展示会の成功に尽力したことに改めて謝意を表し、法華経の教え、創価学会の信仰の真髄は、人の振る舞いにあると語った。
 李元首相は、宗教を信じる人間は社会が戦争や弱肉強食の方向へと進むことを止めなければならないと述べ、“よき市民”として世界各地で貢献するSGI(創価学会インタナショナル)の活動に共感を寄せた。また、学会の平和運動の歴史に触れて、戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」(1957年)は核兵器廃絶に向けた現在の潮流の先駆けであると評した。
 さらに、池田先生との出会い(99年12月)を振り返りつつ、池田先生は未来を開く平和思想を備え、その思想を世界に展開する尊敬すべき人物である。先生に倣い、韓国と日本が兄弟の国として平和実現に向けて歩めるよう、今後も力を尽くしていきたいと語った。
 これに先立つ8日には、都内で東洋哲学研究所の特別講演会が行われ、李元首相が「東アジアの平和の連帯を目指して」をテーマに講演した。
 桐ケ谷所長のあいさつに続いて登壇した李元首相は、日本占領下で育った幼少期の体験を述懐。戦争は人をあやめるものであり、特定の民族や国ではなく戦争そのものが問題なのであると述べた。
 また、戦争は絶対悪であるとの池田先生の信念への共感を語り、平和を願う声を今こそ広げていかなくてはならないと強調。“自分さえよければ”という風潮を変革し、日本、韓国、中国の青年が共に手を取り合い、世界平和を築いていってほしいと呼び掛けた。

◆池田先生ご夫妻 東京牧口記念会館で勤行 2017年10月11日
東京富士美術館で「遥かなるルネサンス展」を鑑賞
創価大学・短大で創大祭・白鳥祭の成功を祝福


 池田大作先生は10日午前、香峯子夫人と共に、八王子市の東京牧口記念会館を訪問。館内の「牧口講堂」で厳粛に勤行・唱題を行った。
 同会館は、軍部権力による弾圧に屈せず、獄中闘争を貫いて殉教なされた初代会長・牧口常三郎先生を、永遠に顕彰するため、1993年に築かれた。今月24日で開館25年目に入る。
 池田先生ご夫妻は、先師の遺徳を偲ぶとともに、創価の「立正安国」の魂を胸に奮闘する全国・全世界の同志の勝利・健康・安穏を深く祈念した。
 これに先立ち、東京富士美術館の創立者である池田先生は、八王子市の同館を訪れ、好評開催中の海外文化交流特別展「遥かなるルネサンス――天正遣欧少年使節がたどったイタリア」を丹念に鑑賞。
 東京富士美術館の忍田理事長、五木田館長らとあいさつを交わし、同展の盛会を心から念願した。
 その後、先生ご夫妻は創価大学のキャンパスを視察。
 第47回「創大祭」、第33回「白鳥祭」の片付けに汗を流していた留学生をはじめ、創大生・短大生をねぎらうとともに、「創大祭、白鳥祭の大成功、おめでとう!」と真心の伝言を寄せた。

◆〈季節の詩〉 群馬 稲穂とSL 2017年10月11日

 山々に囲まれた秋の田園。吹き抜ける風に、頭を垂れた稲穂が波打っていた。“シュッ、シュッ、シュッ、ポー”――蒸気音とともに時折、大きな汽笛を鳴らして上越線を駆ける蒸気機関車。その迫力は、ファインダー越しにも伝わってくる。
 1957年、「大阪事件」でとらわれの身となった池田先生が、出獄直後、列車に揺られて訪れたのは、群馬・渋川の座談会。“広宣流布に戦い抜けば、必ず幸福になれる!”。気迫の励ましに、群馬の友は不滅の原点を刻んだ。
 深まる秋とともに、広布の勝利という目的地へ向かって、我らも堂々の前進を!(9月30日=伊藤政明記者撮影)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈みらいへの記〉岩手 盛大常勝支部 東日本大震災から6年7カ月  安心できる”居場所”
津波で倒壊した防潮堤が復旧した三陸町吉浜の海岸。背後に広がる水田や木々も秋の装いに変わりつつある
津波で倒壊した防潮堤が復旧した三陸町吉浜の海岸。背後に広がる水田や木々も秋の装いに変わりつつある。

東日本大震災から6年7カ月。本連載では毎月11日を中心に、今この時の、東北の姿を紹介する。今回は、岩手県大船渡市の盛大常勝支部を訪ねた。

◆〈信仰体験〉 湖国に光る工務店 高級和菓子店の店舗を設計施工
あらゆる試練に信心で勝つ!


【滋賀県大津市】「増山工務店」は、木材による施工を得意とする。「特に店構えには、上品な雰囲気を醸し出すため、200年以上前の木材も使用します」。
 代表の増山次利さん(49)=田上友光支部、地区幹事=は33歳で家業を継いだ。従業員は11人。住宅、店舗の施工やリフォーム、古民家再生などを手掛ける。全国展開する高級和菓子メーカー「叶匠壽庵」の店舗も一手に担ってきた。そこには師との原点を胸に、幾多の試練を乗り越えてきたドラマがある。

2017年10月 9日 (月)

2017年10月10日(火)の聖教

2017年10月10日(火)の聖教

新聞休刊日

10月の広布史
    世界平和の日     初の海外訪問へ旅立つ池田会長
写真 初の海外訪問へ旅立つ池田会長

初の海外訪問へ旅立つ池田会長

 「新しき歴史を、この手で」

10月2日は「世界平和の日」です。1960(昭和35)年のこの日、池田第三代会長(現名誉会長)は初の海外指導の旅へと出発します。SGI(創価学会インタナショナル)は今日、世界192カ国・地域へと拡大していますが、その旅立ちとなったのが、まさしくこの日だったのです。
 「新しき歴史を、この手で、断固、開くのだ」。世界広布への旅立ちを前に、32歳の池田会長の胸には決意の炎が燃え上がっていました。世界への広宣流布は日蓮大聖人の御遺命であるとともに、戸田第二代会長から託された使命でもありました。戸田会長は逝去の直前、池田名誉会長に対して次のように語っています。「君の本当の舞台は世界だよ」「世界へ征くんだ」と——。機上の人となった池田会長の胸のポケットには恩師・戸田会長の写真がありました。


一人ひとりを全力で激励

 池田会長の初めての海外訪問は、アメリカ、カナダ、ブラジルの3カ国9都市を24日間でまわる厳しい旅程でした。そこには、同志も少ない土地で健気に信心を続けてきた日本からの移住者や日系人など、少数ながらも学会員がいました。池田会長はそんな一人ひとりを全力で励まし、信心の楔を打ち込んでいきました。世界の広宣流布という壮大な目標から見ると、きわめて地道な戦いではありましたが、“一人の蘇生なくして世界広布の実現はない”と、池田会長は焦らず着実に歩みを進めたのでした。
 旅の途中、池田会長が体調を崩し、同行幹部が海外激励行の中止を進言することもありました。しかし、池田会長は「もし、倒れるなら、倒れてもよいではないか!」と語り、同志の待つ地への訪問を続けたのでした。池田会長は次のように記しています。「新しき開拓に、困難と労苦が伴うのは当然である/それを突き抜ける炎のような覇気と闘争によってのみ、広布の開拓はなされるのだ」
 この言葉どおり、池田会長の命を削った激闘によって、世界広布への大道が開かれ、仏教史上かつてない現在のSGIの発展へとつながっていったのです。

コラム   
世界広布への戦いは、会長就任の日から
 1960(昭和35)年5月3日、第三代会長に就任したその日、池田会長の自宅では、次のような会話が交わされたといいます。
 会長就任のお祝いとして、記念の品を贈ろうとする香峯子夫人に対し、池田会長は大きくて丈夫な旅行カバンを希望します。「そんなに大きなカバンを持って、どこにお出かけになりますの」と問う香峯子夫人に、池田会長は「世界をまわるんだよ。戸田先生に代わって」と答えました。
 世界広布への戦いは、実に会長就任のその日からスタートしていたのでした。
 その日から5カ月後の10月2日、池田会長は初の海外訪問に出発します。旅立ちの日を10月2日に決めたのは、2日が戸田会長の月命日にあたるからでした(祥月命日は4月2日)。

参考資料

『人間革命』  第12巻「涼風」「寂光」
『新・人間革命』  第1巻「旭日」
『池田大作全集』  第22巻  第126巻  第129巻
『教学の基礎』
『新会員の友のために (3)』

2017年10月9日(月)の聖教

2017年10月9日(月)の聖教

◆今週のことば

広布の大闘争にこそ
宿命転換の劇がある。
共に励ましは知り抜こう!
極楽百年に勝る功徳を
今日も楽しく朗らかに!

◆〈名字の言〉 2017年10月9日
 

 「池田先生の訪問は私たちにとって永遠の原点です」――米国のデンバーを訪れた際、SGIの友が語っていた。先生の同市訪問は1996年。デンバー大学から名誉博士号を受けたほか、デンバー文化会館での総会等に出席した▼6日間の滞在で、先生は多忙な時間を縫って一人一人の胸に希望の種を蒔いていった。ある人は直接指導を受ける機会が。「私は家族の問題で悩んでいました。先生は“人間の生命は全宇宙の財宝よりも尊く、偉大なのです”と語り、励ましてくださいました」。彼女は今、婦人部のリーダーとして同志の激励に奔走する▼印象的だったのは、当時、先生と出会いを結んでいない青年部の友が、原点の歴史を深く心に刻み前進していることだ。世代を超えた「精神の継承」こそ広布発展の要諦と感じた▼デンバーの街からは雄大なロッキー山脈が望める。同山脈は複数の山地が連なったもの。古い山地は6億年以上前、若いものは約6500万年前に形成されたといわれる。歴史や個性の異なる山々が連なり、集まっていることで、王者の山脈は風格を増しているのだろう▼我らの組織も同じである。未来を担う青年部、歴戦の壮年・婦人部が異体同心で団結してこそ、創価の人材山脈は輝きを増していく。(駿)

◆〈寸鉄〉 2017年10月9日

 年齢ではなく日々進歩す
 る人が青年―牧口先生。
 わが人間革命の歴史綴れ
      ◇
 北海道・大空知総県、留萌
 創価県が猛撃。全国の友
 が声援。勢いで競り勝て
      ◇
 神奈川の保土ケ谷・旭よ
 圧倒的攻勢をここから!
 正義の師子吼で金字塔を
      ◇
 油断こそ最大の敵。「す
 こしもたゆむ心あらば魔
 たよりをうべし」御聖訓
      ◇
 平和賞のNGO事務局長
 「被爆者全員への賞」と。
 核廃絶へ誓いの連帯固く

◆社説  きょう「体育の日」    壁破る一人の挑戦が道を開く


 きょうは「体育の日」。1964年に行われた、東京五輪開会式の10月10日が制定の由来だが、現在は10月の第2月曜日が祝日になっている。
 2018年に平昌、20年に東京で開催される五輪を見据え、若いアスリートの活躍が著しい。最近では、日本短距離界の悲願だった100メートル10秒の壁を破り、9秒98を記録した桐生祥秀選手が話題をさらった。1998年に10秒00の日本記録が生まれて以降、19年間破られることがなかった大台。そのわずか2週間後には、山県亮太選手が10秒00の好タイムを記録し、9秒台で走る日本選手が、さらに出現することを予感させた。
 池田先生が「未来ジャーナル」10月号の「夢の翼」で紹介した、「1マイル4分の壁」という事例がある。1923年、1マイル(約1609メートル)走で4分10秒3という記録が出た。当時、あまりに驚異的な記録で、「これが人間の限界」と世界中でいわれ、誰もが突破は不可能だと考えた。以来、あまたのランナーが挑戦したが、「1マイル4分」という大きな壁を目の前に、突破には至らなかった。しかし54年、イギリスのロジャー・バニスターが3分59秒4を記録。すると30年以上、記録が破られなかったことがうそのように、1年間で23人もの選手が1マイル4分の壁を突破したのである。
 なぜ、バニスターは不可能といわれた課題を乗り越えることができたのか。「自信は成功の第一の秘訣である」とは哲人エマソンの言葉だが、大きな要因は、周囲の声に左右されることなく自らの力を信じ、挑戦を続けたことであろう。先の桐生選手も、幼い頃から注目され、日本短距離界の象徴のような存在だが、今年の日本選手権では5位に沈み、世界選手権への出場権を逃している。それでも、「初めに10秒台の壁を破るのは自分だ」と自身の力を信じ、飽くなき挑戦を続けたという。  困難の壁は、一人が破ることで周囲に影響を与え、続く人も次々と破ることができる。先生は、「世界を変えてきたあらゆる変革は、誰かが一人で成し遂げたものではない。一人が立ち上がる。呼応した一人が続く。その波動が広範な民衆を糾合し、新たな力と声のうねりが、歴史を変えてきたのである」とつづっている。
 壁を破る挑戦の時は今。目の前に壁が立ちはだかった時こそ、乗り越え、状況を大きく変えていける好機だ。心身ともに挑戦と成長の秋にしたい。

◆きょうの発心  真の幸福は広布に生きる中に 2017年10月9日


御文 『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ』
(四条金吾殿御返事1143頁)
通解 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。ますます強盛な信心を貫いていきなさい。

 いかなる時も唱題し抜いていくことこそ最高の幸せである、との仰せです。1981年(昭和56年)9月20日に守口圏(当時)に贈られたメッセージの中で引用され、各家庭に語り継がれている御文です。
 そのころ私は、仕事を続けることへの不安と焦りの渦中にいましたが、師の言葉を胸に祈り抜き、決意を固めることができました。
 84年、白蓮グループとして任務に就いていた折に、池田先生と共に勤行をする機会が。「負けない人生だよ。元気でね」との師の慈愛に涙が止まりませんでした。
 結婚後、わが家を相次いで襲った死魔を乗り越え、夫婦で”生涯、広布に”との誓いのままに生き抜いてきました。
 本年、大阪大会から60周年。そして、関西の歌「常勝の空」誕生40周年の明年へ。
”負けたらあかん!”を生命に刻み、団結の祈りで愛する同志の皆さまと共に常勝の歴史を築いてまいります。
 大阪・常勝守口県婦人部長 谷口 章子

小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 2017年10月9日 (6194)

 

 ダンテの『神曲』は、神の審判という尺度をもって、嫉妬、欺瞞、傲慢、暴力、噓、裏切りなどがもたらす、死後の世界の無残な結果を描き出した。それは、いわば、人間を不幸にする諸悪との闘争の書といえよう。
 人間は、いくら地位や、名声や、財産を得ても、「死」という問題が解決できなければ、真実の生き方の確立も、幸福もない。現代の歪みは、人間にとって一番大事な「死」の問題を避け、目先の欲望ばかりを追い求めてきた帰結といえよう。
 山本伸一は、人びとが仏法という永遠の生命の大法に目覚めてこそ、新しき生命のルネサンスがあるとの確信を強くいだいていた。
 彼は、さらに青年たちと、フィレンツェ郊外にあるフィエーゾレの丘に足を運び、語らいのひと時をもった。
 「仏法は、対話を重視しているんです。それは、宗教の権威、権力によって人を服従させることとは、対極にあります。釈尊も対話によって法を説き、日蓮大聖人も対話を最重要視されています。学会の座談会も、その精神を受け継いでいるんです。さあ、聞きたいことがあれば、なんでも質問してください」
 青年たちは、瞳を輝かせて伸一に尋ねた。話は、ダンテ論、依正不二論、因果俱時論などに及んだ。質問が一段落すると、伸一は彼方に広がる市街地を眺めながら語った。
 「やがて、ここから見える、たくさんの家々の窓に、妙法の灯がともる日が必ず来ます。広宣流布の時は来ている。今こそ、皆が勇気をもって一人立つことです。
 戸田先生が第二代会長に就任された時、同志は三千人ほどにすぎなかった。しかし、師弟共戦の使命に目覚めた青年たちが立ち上がり、七年を待たずに、学会は先生の生涯の願業であった会員七十五万世帯を達成します。
 それは、果敢な対話の勝利でした。私たちには、仏法への大確信があった。皆が教学に励み、理路整然と明快に法理を語っていった。そして、ほとばしる情熱があった。対話は心を結び、時代を創る力となります」
 小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎依正不二など/依正不二とは、生命活動を営む主体である正報と、その身がよりどころとする環境・国土である依報が不二であること。
 因果俱時とは、一念の生命に、因と果が同時に具足し、先後の別がないこと。また、仏因(九界)と仏果(仏界)とが、ともに衆生の一念にそなわることをいう。   

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉18  心を結べ! 仏縁を幾重にも


 わが師の笑顔が浮かぶ。戸田先生が放たれた「原水爆禁止宣言」より60年――。
 歴史を画する「核兵器禁止条約」が国連で採択され、その発効へ力強く尽力されるICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に、今年のノーベル平和賞の受賞が決定した。
 広島・長崎の被爆者の熱願を世界へ伝え、核兵器の非人道性を訴え続けてこられた尊き奮闘に敬意を表し、心から祝福申し上げます。
 ICANの方々と手を携え、世界中で核兵器廃絶を訴える展示の開催など民衆行動を進めてきた創価の青年を、恩師も労い、讃えてくださっている違いない。
 「核兵器なき世界」への大いなる一歩前進である。
「無理だ」「不可能だ」と絶望するような局面でも、絶対に諦めない。皆が心を合わせ、連帯を広げ、新しい力を糾合すれば、世界の未来は必ず開いていけるのだ。
                  - ◇ ー
 日蓮大聖人は仰せである。「御勘気を二度まで・かほり・すでに頸となりしかども・ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん」(御書1138頁)
 いかなる試練があろうと、恐れなく正義を掲げ、叫び切る。その一貫した信念の行動が、人々の心を変える。
 大聖人の「立正安国」の御精神と、恩師の遺訓を原点として、我らは、どんな困難にも一歩も引かず、大誠実の対話を貫き通している。だからこそ、今や世界の良識が絶大なる信頼を寄せ創価の前進勝利を熱く見つめているのだ。
 「地球民族の平和の柱」「生命尊厳の哲理の眼目」「人道勝利の栄光の大船」として、遠大な未来を展望しつつ今日も一人一人と心を結び、仏縁を幾重にも広げていこうではないか。
                 ー ◇ -
 「原水爆禁止宣言」の前年(1956年)、恩師の心を体し、私は不二の関西の宝友たちと、揺るぎない民衆の正義と平和の連帯を築き上げた。
 さらに、その年の10月、全国から勇み集った同志と山口開拓闘争を開始した。まず10日間の短期決戦を一日一日、誇りも高くーーー
「必ず勝つと決めて祈る」
「心を一つに励まし合う」
「勇気と確信で語りきる」 と、皆で勝利へ走り抜いた。
 病気と闘う友とは、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124頁)の御聖訓を一緒に拝した。
 広布の大使命に挑む学会員の色心は、かけがえのない「宝器」である。師子王の頑健なる大生命力が漲らないわけがない。
 わが全同志の健康を妻と強く祈念する日々である。

【聖教ニュース】

◆三代城・北海道の底力を見よ 2017年10月9日
札幌・大空知壮年部が集い 留萌の創価家族も意気高く

札幌5総県の地区部長会で原田会長が激励。野村北海道総合長が友をたたえた(北海道池田講堂で)
札幌5総県の地区部長会で原田会長が激励。野村北海道総合長が友をたたえた(北海道池田講堂で)

 「三代城」の誇りに燃える北海道の同志が7、8の両日、道内各地で勇み集った。
 札幌5総県(本陣・栄光・池田・戸田・牧口)の地区部長会は7日、札幌市の北海道池田講堂で意気高く。中村猛さんが活動報告。各総県長が方面歌「三代城の歌」の指揮を執り、全員で「広宣流布は我が使命」と勇壮に歌い上げた。
 留萌創価県の大会は8日、留萌会館で。戸水正三県長、鵜家富子同婦人部長が「攻めの姿勢で自身の広布の新記録を!」と強調。天売島の佐賀大一さんは父の遺志を継ぎ、島中に信頼と友情を広げる感激の模様を伝えた。
 大空知北県の壮年大会(同日、滝川文化会館)では佐々木伸一さんが活動報告に立ち、平井清隆県長は「自らの限界を破る挑戦を開始しよう」と力強く。大空知南県の壮年大会(同日、岩見沢文化会館)では上岡友三郎さんが活動報告し、藤田勝人県長は友の懐に飛び込む対話を重ね、勝利の金星をと訴えた。
 全ての集いに原田会長、竹岡青年部長、日下北海道長が出席。会長は、御書の「大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(1187ページ)を拝しつつ、かつてない激戦には、かつてない祈りが必要であると力説。「地域のために絶対勝つ!」との御本尊への強盛な祈りを根本に、自信満々と正義を語り抜き、愛する北海天地に広布の大旋風を起こそうと呼び掛けた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第25回 スイス・チューリヒの街並み  信義と誠実を貫く人に
 
スイス・チューリヒのバーンホーフ通り。付近には博物館や美術館、コンサートホールもあり、文化・芸術の薫り高い街でもある(本年6月、本社カメラマン撮影)
スイス・チューリヒのバーンホーフ通り。付近には博物館や美術館、コンサートホールもあり、文化・芸術の薫り高い街でもある (本年6月、本社カメラマン撮影)

 路面電車や車が行き交い、多くの人でにぎわう大通り。歴史を感じさせる建物と、洗練された原色のデザインが調和する。
 スイス・チューリヒのバーンホーフ通り。
 町の中心にある中央駅からチューリヒ湖へ延びる約1・3キロ。大手銀行や保険会社が集中する金融街でもある。
 世界的な経済都市である一方、チューリヒには、大学をはじめ教育機関も多く、文教都市としての顔も持つ。
 初代会長・牧口先生が“教師の理想”とたたえたペスタロッチも、この町で生まれた。彼はチューリヒ郊外に農場
を開園。貧しい農民の子どもたちと共に、労働と教育とを一体とする学校を開き、子どもたちの幸福のために生
涯をささげた。
 1961年10月、池田先生がスイスを初訪問。ジュネーブを経て、16日にチューリヒに到着した。
 市街を散策する先生の一行。チューリヒ湖から、バーンホーフ通りを歩いて、中央駅へ向かった。
 しばらく行くと、通り沿いの公園に、子どもと男性のブロンズ像が見えた。教育者ペスタロッチである。一行は、そこで足を止めた。
 ペスタロッチの生い立ちには、次のようなエピソードがある。
 ――彼の家には、お手伝いのバーバラ・シュミットという女性がいた。ペスタロッチが幼い頃、父親は亡くなるが、彼女は夫人を助け、子どもたちを育てていく。
 バーバラは十分な教育を受けていなかったものの、いちずで誠実だった。決して約束は破らず、強い信仰心と忍耐力を持っていた。ペスタロッチは後年、「この一女性の追憶はわたしにとって永久に忘れることができないだろう」(佐藤正夫訳)と記している――。
 公園に立つ像を見つめつつ、語り合う様子が、小説『新・人間革命』第5巻「歓喜」の章につづられている。
 山本伸一は、ペスタロッチの人格形成に大きな影響を与えたバーバラの存在を通し、次のように語った。
 「人間の真価というのは、学歴や立場、肩書によって決まるのではない。信義を守るかどうか、誠実であるかどうかです。真剣であるかどうかです。そして、“信義の人”“誠実の人”“真剣の人”には、人間性の光彩がある。その人間性は、人の心を開き、必ず触発を与えていく。学会の世界を見ても、これまで、黙々と、陰で学会を支えてきたのは、そうした庶民ともいうべき、無名の人たちです」
 無名の庶民が立ち上がり、師匠と共に築いてきた創価の大城。それは、民衆を大地とするゆえに、いかなる嵐にも微動だにしない。
 友を信じ、対話を重ね、変わらぬ友情を結ぶ。どこまでも真剣に、どこまでも誠実に――。その人間としての誇
り高い挑戦が、時代を根底から大きく動かしていく。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉63 誓願の祈りから勇気と智慧が! さあ「いよいよ」の決意で前進   公明党が衆院選重点政策(マニフェスト)

「師子王の心」で圧倒的な拡大を――関西の同志が、新たな「常勝」の歴史築く集い(9月、上は総大阪、下は総兵庫)                                                                          
「師子王の心」で圧倒的な拡大を――関西の同志が、新たな「常勝」の歴史築く集い(9月、上は総大阪、下は総兵庫)

 原田 日蓮仏法は「本因妙」です。「いよいよ」の決意で戦い、最後は信心で必ず勝つ。これが広布拡大の方程式です。大切なのは「いつか」ではなく「今」。「どこか」ではなく「ここ」。「誰か」ではなく「自分」が一人立つことです。

 永石 広宣流布が信心の戦いである以上、その根幹となるのは、日々の「勤行・唱題」です。前進の原動力は、深き誓願の祈りにありますね。

 長谷川 池田先生は「眼前の戦いに、題目を唱えて挑む中にこそ、仏の智慧と力が流れ通うのである。今日の課題は何か。張りのある勤行で明確に祈り、生命力を漲らせて、一日一日を勝ち切っていくことだ」と指導されています。

 原田 私たちは、どこまでも「自行化他の題目」を唱え、前進したい。「日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(御書1022ページ)と仰せの通りです。

 永石 満々たる生命力と勇気で、勢いよく飛び出し、友に会い、語り、励まし、確かな仏縁を結んでいく――。地道な対話が何より大切ですね。

 長谷川 池田先生は「広宣流布、立正安国の大闘争は、そのまま一人ひとりが宿命転換を加速し、一生成仏の大境涯を開く戦いに他ならない」と教えてくださいました。

 原田 御書には「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(329ページ)とも仰せです。戦いが大変であればあるほど、功徳は大きい。一日一日が真剣勝負です。各人が「いよいよ」の決意で対話に奔走し、地域に社会に「勝利の旗」を打ち立ててまいりたい。

総選挙「あす公示」

 竹岡 衆議院議員総選挙が、あす10日公示され、22日の投開票に向け、本格的な選挙戦が始まります。

 長谷川 公明党はあらためて、支えてくださる全ての方々の真心を、断じて忘れないでもらいたい。支持者の皆さまの筆舌に尽くせぬ奮闘のお陰で、今の公明党がある。このことをゆめゆめ忘れず、恩に報いていくことです。

 原田 「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」――この不変の立党精神を貫き通し、全身全霊を賭して、支持者のため、国民のため、働いていただきたい。そのためには、まず、議員・OBが「現場第一」に徹して、支持拡大の先頭に立って尽くしてもらいたい。

 竹岡 野党の分裂・合流が相次ぎましたが、本来、政党の再編は政策本位であるべきです。しかし現実は選挙目当てに離合集散し、肝心の政策論議はほとんど、なされていません。

 永石 そんな中、先日、公明党の衆院選重点政策が発表されましたね。一つ一つの政策に「生活者の視点」が貫かれ、具体的で、公明党らしさが光っています。公明党HPなどでも詳しく紹介されていますね。

 志賀 公明党は、重点政策の柱として、①教育負担の軽減へ②力強く伸びる日本経済へ③人を育む政治の実現へ④復興・災害対策の強化へ⑤安定した平和と繁栄の対外関係⑥政治改革と行財政改革、を掲げ、具体策を数多く示しています。

 伊藤 特に注目されているのは、少子高齢化という重要課題に対し、幼児教育から大学までの大胆な「教育の無償化」を明確に示していることです。

 永石 公明党と他党との一番の違いは、豊富な実績を持つ「政策実現力ナンバーワン」であることですね。

 長谷川 日本の将来を託せるのは、どの党か。その判断材料は「政策と実績」です。公明党は、一段と力強く訴え抜いてほしい。

 志賀 前回の衆院選の調査では、公示後に投票先を決めた人は約7割。これから決める人も多くいます。

 伊藤 公示日から投票日前日までの期間中は、LINEやツイッター、フェイスブックなどのSNSで投票依頼ができるようになりますね。ただし有権者が電子メールで投票を呼び掛けることはできませんので、注意したいと思います。
 "悪夢の民主政権"
 志賀 野党の分裂・合流の内実も、顔ぶれを見ると"悪夢の民主党政権"を担った人たちの寄せ集めです。

 竹岡 2009年の衆院選で発足した民主党政権の"失われた3年3カ月"。経済も外交も、震災対応も悲惨な結果でした。「民主党政権の二の舞いは避けたい」と願う人は多い。

 長谷川 12年の自公政権発足から4年10カ月。ようやく経済を立て直し、景気は着実に回復しています。主要な経済指標でも、株価や名目GDP(年率)、有効求人倍率、若年失業率、最低賃金(全国平均)など、自公政権になってから、大きく改善されています。

 志賀 専修大学・野口旭教授は「自公政権の経済政策を高く評価」「安定した政権の下、今の経済政策の路線を粘り強く続けていくべきだ」と語っていました。

 永石 庶民が景気回復を実感するためにも、「生活者の視点」を持つ公明党の役割が重要になりますね。

 竹岡 他方で、北朝鮮の相次ぐ核実験やミサイル等による挑発で、安全保障上の脅威が続いています。外交面でも、日本の舵取りに失敗は許されません。

 志賀 自公政権による「政治の安定」か、理念・政策の一致なき野党による「政治の混乱」か。日本の未来を決める重要な「政権選択選挙」です。

 竹岡 時事通信社特別解説委員の田﨑史郎氏は、こう語っていました。「政権内部における公明党の役割はますます大きくなっている」「自民党を中心とした政権運営を日々厳しくチェックする。この難しい仕事は、『与党内野党』公明党にしかできない」

 原田 国民の求める政策を確実に進めるためにも、「政治の安定」が不可欠です。公明党は「安定の要」として、全力を挙げて国民の暮らしを守り、日本の未来を開いてもらいたい。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 韓国SGI 裵允珠さん  海外からも注目の気鋭の陶芸作家
「幸せを盛る器」を届けたい


「青と金の線が豪華ね」。ギャラリーで目をとめた人が、器を手にした瞬間……。
 「え、とっても軽いわ」――この一言を聞くと、全ての苦労が消えていく気がします。
 

2017年10月 8日 (日)

2017年10月8日(日)の聖教

2017年10月8日(日)の聖教

◆わが友に贈る

御聖訓「命限り有り
惜む可(べ)からず」
二度と来ない今を
悔いなく戦い切ろう!
自身の壁を破る歴史を!

◆〈名字の言〉 2017年10月8日
 

 結婚式のスピーチなどでしばしば耳にする「三つの坂」。①上り坂②下り坂、そして③まさか、である。人生、調子が良い時も、悪い時も、さらに予想もしない出来事が起きた時も、力を合わせて乗り越えてほしいという励ましだ▼「まさか」と、一瞬ひるむほどの困難に出あう――程度の差はあれ、誰にでも経験のあることだろう。人生の先輩方が、自身の経験と重ね合わせて語るからこそ、心に響く助言になるのかもしれない▼では、ピンチの時にどうするか。“赤毛のアン”で有名なカナダの作家モンゴメリーは、主人公のアンに語らせている。「小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」(掛川恭子訳『アンの愛情』講談社)▼池田先生はこの言葉を紹介し、「状況が厳しければ厳しいほど、強気で人生を生き抜いていくことだ。勇気をもって、断固として前へ、また前へ、突き進んでいくことだ」と述べている▼御金言に「わざはひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)と。何があろうと、我らには、全てを前進の力に変えゆく、無敵の信仰がある。ピンチこそチャンスと“攻めの姿勢”を貫き、一切の障害を「風の前の塵」(同232ページ)と吹き飛ばす勇者でありたい。(道)

◆〈寸鉄〉 2017年10月8日

 「本当に楽しかった」と言
 えるまでやるのが戦い―
 戸田先生。朗らかに挑戦
      ◇
 東北の同志よ、攻め抜き、
 競り勝て!ドラマはここ
 から。不撓不屈の猛追を
      ◇
 埼玉・茨城・群馬・栃木が
 破竹の快進撃。大関東に
 正義の勝鬨を轟かせよ!
      ◇
 九州・沖縄の友、頑張れ!
 縦横無尽に動き語り捲れ
 ついには勝利の最高峰へ
      ◇
 大麻の検挙者、4年連続
 増。8割以上が若年層と。
 命を蝕む魔物。断固、撲滅

◆社説  ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が平和賞を受賞

民衆の声で核廃絶のうねりを高く

 本年のノーベル平和賞をICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が受賞した。私たちSGIにとって、ICANは、核兵器禁止条約の実現へ歩みを共にした国際NGOであり、心から祝福したい。
 SGI会長の池田大作先生は直ちに祝電を送り、その中で、今回の受賞は全ての関係者、なかんずく被爆者に大きな勇気を送るものであると強調。今回の受賞により、核兵器廃絶に向けた動きに一段と弾みがつくことに期待を寄せている。
 2007年、ICANの発足直後から、SGIは、核兵器のない世界を目指す国際パートナーの一つとして共に力を尽くしてきた。同年からSGIは「核兵器廃絶への民衆行動の10年」をスタート。ICANとの協力のもと、09年には、「平和への願いをこめて――広島・長崎 女性たちの被爆体験」と題するDVD(5言語版)を制作し、映像を通し核兵器や戦争の悲惨さを訴えてきた。12年に共同制作した「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展は、19カ国79都市
で開催。成立した核兵器禁止条約の重要性を伝える短編アニメも、本年9月に共同で制作・展開している。
 SGIは長年にわたり、核兵器という最も非人道的な兵器の廃絶のために道を開いてきた。
 その原点は1957年、創価学会第2代会長の戸田城聖先生による「原水爆禁止宣言」にある。草の根の運動を世界的に展開し、国連等の場で積極的に議論に参加し、貢献してきた。
 本年7月、核兵器禁止条約が採択された折、その実現へリーダーシップを担ってきたICANのベアトリス・フィン事務局長は本紙に声を寄せ、「たとえ希望が見いだせず、人々が諦めそうになった困難な時代にあっても、SGIが立ち上がるエネルギーと勇気を発揮し続けてきたことに多大な啓発を受けるのです」と真情を述べた。また別の機会に「人々が一緒になれば、本当に多くのことが可能となり、本当に素晴らしいことができるのです」と語っている。
 今回の平和賞は、フィン事務局長が「この受賞は、原爆の犠牲者、被爆者に対する敬意だ」(朝日新聞7日付)と述べ、授賞式に「個人的には被爆者に来て欲しい。我々の賞であるとともに、彼らの賞だ」(同)と強調した通り、核廃絶に人生をささげてきた全ての方々に贈られたものといえる。
 民衆の声で、核兵器のない世界を実現しゆく国際世論のうねりを、一段と高めていきたい。

◆きょうの発心   創価班から師弟凱歌の暁鐘を! 2017年10月8日


御文
 久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり(生死一大事血脈抄、1337ページ)
通解 久遠実成の釈尊と、万人が成仏するための法である法華経と、われら衆生の三つは全く差別がないと信解して、妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈とはいうのである。

自身の胸中に仏の生命(妙法)があると信じて唱題するなかに、信心の血脈が流れ通う、と仰せです。
 大学2年生の時に、母ががんに。池田先生の激励に奮起し、毎週のように実家のある大阪に通い、仏法対話に挑戦しました。その頃、この御文に出あい、題目を唱える中で生命力が湧いてくることを実感。真剣な祈りと対話を重ねた結果、弘教が実り、母も病を乗り越えられたのです。
 世界広布新時代の今、全国各地の大学校生を先頭に創価班一人一人が勇気の対話に挑み、人間革命のドラマをつづっています。
 私たちが日々胸に刻む「着任の誓い」には、「広宣流布の全責任を担い、地域の発展と勝利のために尽くす」とあります。かつて池田先生は、「広布の新たな拡大の波動は、この『責任』を自覚した青年が一人立ち上がるところから
始まる」と教えてくださいました。この師匠の期待を前進の力に変えて、創価班から師弟凱歌の暁鐘を打ち鳴らしてまいります。
 創価班大学校事務局長 西方光雄

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 信心しきった人が勝つ 2017年10月8日

 ひとたび戦いを起こしたならば、
 断じて勝たねばならない。
 勝って、広宣流布の
 偉大な歴史を残すことだ。
 人ではない。自分である。
 自身が、
 どれだけ真剣に行動したか。
 「私が戦う!」という
 情熱がなければ、
 勝利の勢いは生まれない。

 同じ戦うならば、
 前向きにいかなければ、
 つまらない。
 自ら動いて、
 気持ちよく戦ってこそ
 喜びもわく。
 “生き生きと”
 挑戦することである。
 “生き生きと”進むところに、
 福運はついてくる。

 人生は、
 「これ以上無理だ」と
 あきらめる自分、
 「もうこれくらいでいいだろう」と
 妥協しそうになる
 自分との戦いである。
 「断じてあきらめない」
 「断じて負けない」と、
 自己との闘争に勝ちゆくことだ。

 「いまだ こりず候」――
 ここに、日蓮仏法の
 真髄の負けじ魂がある。
 正義の魂は絶対にこりない。
 第六天の魔王の方が「こりた」と
 音をあげるまで、
 攻めて攻めて攻め抜くのだ。

 「広宣流布」と「信心」――
 これだけは、
 断じて忘れてはならない。
 大変な時に、頑張った分だけ、
 功徳が増していく。
 途中に何があろうとも、
 信心しきった者は、
 最後は必ず勝利する。



 10年前の2007年(平成19年)11月。258回目の関西指導の折、池田大作先生は車中から、中之島の大阪市中央公会堂をカメラに収めた。
 白い花こう岩を配した赤れんがの壁に、青銅のドーム屋根。明年で開館100年の歴史を刻む公会堂が常勝の空に向かい、堂々と、そびえ立っている。
 不敗の原点である「大阪大会」(1957年)から60年。その舞台となった公会堂で、池田先生は師子吼した。最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つ――と。
 我らの「異体同心」の祈りと行動に勝る力はない。いかなる試練も、互いに励まし合いながら乗り越え、威風堂々と勝ち進もう。地涌の我らは、勝つために生まれてきたのだから!

◆「創価栄光の集い」への池田先生のメッセージ  民衆貢献の世界市民たれ
 
最高の青春を歩む喜びを胸に、創大生・短大生・留学生が大合唱(創大記念講堂で)
最高の青春を歩む喜びを胸に、創大生・短大生・留学生が大合唱(創大記念講堂で)

 一、青春の栄光凱歌を轟かせゆく創大祭、白鳥祭、誠におめでとう! 
 私の命も八王子にあります。わが愛する創大生、短大生、そして留学生の皆さんと一緒です。共に歌い、共に奏で、共に舞いゆく心で、きょうの晴れ舞台はもちろん、準備から後片付けまで、一切を見守っています。よき仲間と練習に金の汗を流してきた出演者の皆さん、ありがとう!
 陰の尊き労苦をいとわず、無事故の運営に当たってくれている皆さんにも、心から感謝します。
 本日は、光栄にも、「文化大恩の国」から、私が敬愛してやまない大誠実の哲人指導者をお迎えすることができ、これほどうれしいことはありません。李寿成博士ご夫妻、誠に誠にありがとうございます(大拍手)。そして、日本の各界を代表される先生方に、激務の中、ご来学をいただき、厚く厚く御礼を申し上げます(大拍手)。
 交換教員の先生方、さらに、大学を陰に陽に支えてくださっている方々も、いつもいつも本当にありがとうございます。
 今回の大学祭のテーマに、皆さんは、「勇気の一歩で勝利の歴史を!」、そして「栄光への道を開きゆこう!」と掲げました。きょうは、韓国の国花である麗しき無窮花も咲き薫るキャンパスを共々に散策しながら語り合うような思いで、このテーマに沿って、簡潔に3点、エールを送ります。


混沌の闇に立ち向かう“光”とは

 一、第一に、「太陽の如き勇気で学の光を!」と申し上げたい。
 李博士と私は、戦乱の20世紀の前半に生を享けた世代です。私たちにとって、混沌の闇に立ち向かう光は何であったか? それは、学ぶことであり、教育であったといっても過言ではありません。
 李博士のご一家は、日本の非道な植民地支配に続いて、祖国が引き裂かれる分断の中で、正義の信念の法律家であられた父君を奪われてしまいました。しかし母君は苦労に苦労を重ねて、博士をはじめ8人のお子さん方を、全員、大学へ送り出されました。この母君の無窮の愛情に応えんと、兄弟姉妹で徹して勉学に励み、皆、立派に大成されたのであります。
 李博士は、やがて母校・ソウル大学の大総長となられました。学生たちを、それぞれの家庭の「宝」とし、未来の社会の「柱」として厳然と守り、励まし、薫陶していかれました。
 そして、その人徳と学識を仰がれ、総理に要請され、衆望を担い立って、不滅の功績を残してこられたのです。
 まさしく、李博士とご一家は、言い知れぬ苦難の悲劇さえも、教育の力と学の光で、社会を赫々と照らす大いなる使命の勝利劇に転じられました。
 皆さん方にも、深い深い心で大学へ送り出してくださっているご家族がおられる。また、皆さんの成長と栄光を何よりの喜びとし、誇りとしてくださる郷土の方々、さらに日本や韓国をはじめ、世界中の宝友がおられます。
 どうか、この信頼の励ましを忘れずに、「負けじ魂」の勇気を太陽の如く燃え上がらせ、今は学び、鍛え、大いに実力をつけていただきたい。人格を磨いていただきたい。
 その決意を込めて、偉大な模範であられる李博士ご夫妻に、熱烈な大拍手をお送りしたいと思うが、どうだろうか!(大拍手)
 一、第二に申し上げたいのは、「民衆と共に、明朗闊達に勝利の歴史を!」ということです。
 李博士は、ご両親や師匠から、「どんなに苦しくとも、正しくないことには、頭を下げてはならない」という正義の魂を学ばれました。さらに「困っている人々、悩んでいる人々のために働く。恐れず先頭に立って民衆に仕え、貢献する」との人道の信念を受け継ぎ、貫き通してこられたのです。
 創価教育の創始者である牧口常三郎先生、戸田城聖先生から、私たちが脈々と継承している精神も同じであります。「正義に依って立つ」「民衆の大地に依って立つ」――これほど強く朗らかな青春はない。
 何ものにも負けず、若き英知と力を思う存分に発揮して、使命を果たしていけるのです。
 「民衆立」を誉れとする創価の学舎に集い合った皆さんは、毀誉褒貶の風など、鋭く、また悠々と見下ろしながら、どこまでも民衆と共に、明朗闊達に正義の勝利の歴史を築いていただきたいのであります。


平和即栄光の道

 一、第三に、「若き世界市民の声で『平和』即『栄光』への道を!」と申し上げたい。
 李博士と私が共有する信条は、文化・教育次元での民衆の交流には、いかなる混迷も超えて、戦争を押し止める力がある。なかんずく、青年の交流を、たゆまず活性化することが最重要であるということです。
 本日の留学生の皆さんの多彩にして見事な団結の演技に象徴されるように、わが創大・短大には、世界市民の友情の対話と連帯が、一段と織り成されています。未来の地球社会の確かな共生のモデルが、ここにあります。
 少年少女の幸福を願って、先駆の行動に挑まれた、韓国の児童文学家・方定煥先生は呼び掛けております。
 「今日、我々にいかなる苦労があろうとも、新しく立ち上がる学生たちに溢れんばかりの力強い生命力があれば、何の悲しいことがあるだろうか。生命力だ! 生命力だ!」と。
 さあ、試練に怯まず、日々、新しく立ち上がる創大生よ! 短大生よ! 留学生よ! 平和という人類の究極の栄光に向かって、いよいよ「溢れんばかりの力強い生命力」で、「勇気の一歩」を踏み出してくれ給え!――と申し上げ、私のメッセージといたします。
 ご来賓の先生方、本当にありがとうございます。
 テダニ・カムサハムニダ!(韓国語で「大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)


【聖教ニュース】

◆第47回創大祭 第33回白鳥祭が開幕 「創価栄光の集い」を盛大に 2017年10月8日
 
韓国の李寿成(イ・スソン)元首相夫妻を創大生の代表が歓迎した(創大記念講堂で)
韓国の李寿成(イ・スソン)元首相夫妻を創大生の代表が歓迎した(創大記念講堂で

 創価大学の第47回「創大祭」、創価女子短期大学の第33回「白鳥祭」を記念する「創価栄光の集い」が7日、東京・八王子市の創大記念講堂で開催された。
   創立者の池田先生はメッセージを贈り、負けじ魂の勇気を太陽の如く燃え上がらせ、民衆と共に平和という人類の究極の栄光へ前進をと呼び掛けた(3面に全文を掲載)。
 式典には多数の来賓が参加。韓国・ソウル大学元総長の李寿成元首相が記念講演を行った(後日詳報)。
 ◇ 
 「国際社会に貢献できる人材として活躍します」「私の姿で勇気と希望を伝えていきます」「どんなことがあっても創大生としての誇りを持ち、全てを乗り越えていきます!」
 壇上で韓国、アメリカ、中国、ロシア、イタリアからの留学生が感謝や将来の夢を日本語で発表すると、会場から大喝采が。世界市民の使命と自覚を胸に、皆が新たな舞台へと雄飛を誓う感動の集いとなった。
 本年の創大祭のテーマは「栄光凱歌(とき)は今! 勇気の一歩で勝利の歴史を!」。白鳥祭のテーマは「希望の前進で幸福王女に! 栄光への道を開きゆこう!」。
 第1部では、舞踊や沖縄の伝統芸能、歌やダンス、マーチング演奏など、創大生、短大生、留学生の代表が躍動のステージを披露。フィナーレでは、創大学生歌を皆で大合唱した。
 第2部は、短大の石川学長、創大の田代理事長があいさつ。李元首相は学生の演技を最大にたたえ、創大だけでなく、日本の未来は明るく、世界平和も成し遂げることができると確信したと感動を語った。
 創大の原田最高顧問は、誠実な振る舞いで結んだ信頼と友情こそが平和への礎であると強調。学びに学び、社会に貢献できる本物の英知と人格を磨いていただきたいと望んだ。
 この日、李元首相に「創価大学名誉博士号」が授与された。
 創大祭と白鳥祭は、きょう8日とあす9日に一般公開される。
 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆ 〈ターニングポイント〉介護施設のユニットリーダー 高沢愛さん 「今」を最高に輝かせたい!

 「あの愛が、介護の仕事をよく続けているよね」
 久しぶりに同級生に会うと、必ずといっていいほど言われる。  
 そんな時、高沢愛は昔と変わらずに、のんびりとした声でうなずく。  
 「ほんと、そうだよねー」  
 高校時代は、学校をサボって、遊んでばかり。介護の道に進んだのも、何か決め手があったわけじゃない。支えてくれた家族や友人たちのおかげだった。  
 「精神的にキツいし、重労働でしょ?」  言われてみれば、確かに、それは間違ってはいない。
「でも」と愛は、いつもの話し方と違い、キリッと答える。「利用者さんと触れ合う中で、たくさんの宝物をもらっているよ」と――。
                      *   
 愛が勤務する仙台市内の介護施設は、介護福祉士や医師、看護師など100人以上のスタッフが、24時間体制で勤務している。自宅での生活が困難になった高齢者の介護や、病院を退院した後のリハビリを行う。約100人が入居している。  
 介護福祉士として就職したのは、短期大学を卒業した2004年(平成16年)。食事や排せつ、入浴などを介助した。  
 おじいちゃん、おばあちゃんといえば、いつもニコニコしているものだと思っていた。だが、現実は厳しい。上目遣いでキッとにらまれ、大声で文句を言われた。“めちゃくちゃ怖い……”
 1日、1週間、1カ月と、耐えに耐えるばかりで、ついには、苦しくなった。“どうして、言うことを聞いてくれないの! イライラするなぁ”
 でも、そんなふうに思ってしまう自分が何よりも嫌いだった。  
 就職して1年がたった頃、“もう逃げたい”と思った。愛は、短大時代に自分を創価学会に導いてくれた友人に電話をしていた。話をじっくり聞いた友人は、御書の一節を教えてくれた。  
 「『阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房』(御書1304ページ)ってあるんだよ。この仏法では、生まれや能力、障がいのあるなしにかかわらず、一人の人間を最高に尊い存在と見るの。愛も私も、施設の利用者の方も、一人一人がかけがえのない存在なのよ」
 「私が尊い存在?」――ピンとこなかった。“だって、私に良いところなんてないよ”。自分に全く自信がなかった。  
 御本尊の前に座った。題目を唱えると、頭に浮かんできたのは、愛を信じてくれる友人や同志、女子部を娘のように励ましてくれる池田先生だった。“私も、誰かの心に寄り添える人になれるのかな……。いや、なりたい!”
 次の日も、利用者に怒鳴られた。でも、愛は笑顔をなくさなかった。「ありがとうございます」と、感謝の言葉も言えた。  
 それからは題目を唱えるごとに、利用者の怒った顔や頑固なこだわりも、いとおしく思えるようになった。利用者と過ごす日々が、“何か”を教えてくれている気がしてきた。  
 13年、4人のスタッフをまとめるユニットリーダーになった。“私に、まとめ役なんて絶対無理……”。そうした頃、101歳の婦人と出会った。  
 入居時は元気だったが、次第に愚痴ばかり言うように。家族が訪ねてきても、「何しに来たのよ」と心ない言葉を浴びせた。それでも、一人になると、後悔のため息をつきながら、つぶやく。「なんで、こんなに長生きしてしまったんだろう。早く死にたい」  
 多忙を極めていた愛だが、5分でも時間ができれば、顔を出した。隣にちょこんと座り、話を聞いた。来る日も来る日も……。すると、野菜作りが好きなことが分かった。“何かできるのでは”と、ユニット内のスタッフとも、とことん話し合った。そして、施設内の共同スペースで、ミニトマトやカブなどを栽培することが決まった。  
 ミニトマトの葉が茂り、実が大きくなるにつれ、婦人にも笑顔が戻った。さらに、収穫した野菜で、周囲に料理を振る舞うまでに。すると、その周りに人の輪ができ、笑い声に包まれるようになった。さらに、家族と笑顔でだんらんする様子も見られた。  
 婦人は「今まで生きてきて、本当に良かった。愛ちゃんと出会えて、幸せ」と。  翌年、愛はこの交流の様子を医療機関主催の看護学会で発表。「看護学会委員会賞」に選ばれた。
                   *   
 「あっ、今日は晴れるんだ。お散歩、気持ち良さそうだな」
 愛は、車の中でラジオをよく聞く。時事情報、特に天気予報は必須。ちょっとした話題が、利用者と関わるきっかけになるからだ。休日も、スタッフから相談を受けることがある。365日、利用者のことが頭から離れない。そんな日々に感謝し、自然と笑顔でいる自分に気付く。  
 「人って、自分一人じゃ輝かないんです。自分のことを知ってくれる“誰か”と一緒に心から笑うことで、輝いていくものだから。私は、その“誰か”であり続けたいなって。そのためにも、『今』という瞬間を最高に輝かせていきたい」
 たかさわ・あい 宮城県仙台市出身。短期大学在学中に入会した。卒業後、介護施設に勤務。現在、ユニットリーダーとして、利用者に寄り添う介護に徹している。女子部部長。向陽台支部。
 

2017年10月 7日 (土)

2017年10月7日(土)の聖教

2017年10月7日(土)の聖教

◆わが友に贈る

副役職の皆様こそ
異体同心の要なり!
絶対勝利の力なり!
その勇気の一歩から
拡大の千波万波が!

◆〈名字の言〉 2017年10月7日

 全国一のカキ養殖量を誇る広島県。身を大きくするのに必要な、大切な工程がある。それは、カキの幼生を“潮の干満にさらす”こと。わずか約0・3ミリの幼生は、外気に当てるなど厳しい条件の中で育てることで、濃厚な味わいと豊富な栄養分を持つ▼広島市からフェリーで30分の江田島。同志の原点になったのが1978年(昭和53年)10月7日に開催された第1回「離島本部総会」である。池田先生が入場すると、約120の島から集まった同志から大歓声が。江田島の友は島をアピールする5メートルの横断幕を掲げ、喜びを表現した▼あれから39年――島の同志は見事な実証を示す。ある壮年は度重なる病や会社の倒産など苦難の嵐に襲われた。しかし本年、カキ打ち場を改装したカフェを開店。妻や息子と共に厨房に立ち、全国各地からの客で店は大繁盛。「困難が信心を鍛えてくれたんだ」と“海の男”は破顔一笑する▼あの総会で池田先生は「信心強盛な一人の学会員がいれば、島全体が希望に包まれ、歓喜に満たされていきます」と語った。一人立つ――島の広布史は師弟の誓いに生き抜く、幾万の勇者のドラマでもある▼旧習や偏見の波浪をも自身を鍛える糧として、太陽の存在と輝く島の同志を心からたたえたい。きょうは「勝利島部の日」。(子)

◆〈寸鉄〉2017年10月7日
 

 創価の対話がよき世界を
 創る―教育者。共生社会
 建設の光源。誇りを胸に
      ◇
 今こそ大関西の本領示す
 時。常勝魂を燃え上がら
 せよ!誓いの友と凱歌を
      ◇
 四国が猛攻撃。共戦の志
 は胸に赤々と。動き、語り
 栄光の大海原へ全速前進
      ◇
 振る舞い光る広布模範の
 賢者・勝利島部の日。愛す
 る島を世界一の幸福島に
      ◇
 企業から個人情報の流出
 相次ぐ。業者装う不審な
 メールも多発。油断せず 

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十二 2017年10月7日 (6193)



 六月一日午前、山本伸一は宿舎のホテルでローマクラブのアウレリオ・ペッチェイ会長と会談した。会長は、前日にロンドンからローマの自宅に戻り、朝、ローマを発ち、自ら車を運転して、四時間がかりで訪ねて来たのである。七十二歳にして疲れも見せず、精力的に動く姿に、伸一は感嘆した。理想に向かい、信念をもって行動する人は若々しい。
 二人の間では、対談集発刊の準備が進んでおり、この日も、指導者論などをテーマに語り合い、対談集の構成等の検討も行われた。
 ペッチェイ会長との会談を終えた伸一は、青年たちの代表と、ダンテの家へ向かった。
 家は石造りの四階建てで、博物館になっており、外壁には彼の胸像が飾られていた。
 ダンテは、ヨーロッパ中世イタリアの最高の哲人・詩人であった。一二六五年、フィレンツェに生まれ、三十歳の時、祖国のために尽くそうと政治家になり、頭角を現していく。しかし、政争と嫉妬の渦に巻き込まれ、無実の罪で祖国を永久追放される。
 彼の胸には、虚言、捏造、陰謀によって、正義が邪悪とされ、邪悪が正義とされる転倒を正さねばならぬとの、怒りが燃えていた。そして、『神曲』の執筆に着手し、キリスト教に基づく死後の世界を描き出していった。
 そこでは、虚飾や偽りは、一切、通用せず、誰もが生前の行為によって厳たる報いを受ける。人気を博した政治家も、著名な学者も、勲功の将軍も、聖職者たちも、皆、冷徹に容赦なく裁かれ、地獄に落ちていく。
 彼は死後の世界を描くことで、人は、いかに生きるべきかを突きつけたのである。
 仏法は、三世を貫く生命の因果の理法である。この法に則り、日々、広宣流布という極善の道を行くわれらは、三世永遠に、崩れざる幸福境涯を確立できることは間違いない。
 日蓮大聖人は、「い(生)きてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり」(御書一五〇四ページ)と仰せである。使命に生き、勇み戦う歓喜の境涯は永遠であり、死して後もまた、われらの生命は歓喜に燃え輝く。   

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 人格を磨く場① 2017年10月7日
「明らかに見る智慧」と「動じない心の強さ」

富良野勝利県の白蓮グループで薫陶を受ける佐藤奈緒美さん(右から2人目。先月22日、富良野会館で)
富良野勝利県の白蓮グループで薫陶を受ける佐藤奈緒美さん(右から2人目。先月22日、富良野会館で)

 現代社会の課題に向き合う「グローバルウオッチ」。10月から12月までは「若者と幸福」について考える。もちろん、幸福の在り方は人それぞれ。その上で、国内外の若者が求める「幸せ」とは、どういったものか。また、創価学会、SGI(創価学会インタナショナル)は、そうした若者の思いに、どう応えているのか。(記事=金田陽介、小野顕一)

 日本や海外の、若者に関する各種の調査を見ると、「幸福」の中身として、幾つかの点が共通して挙げられている(注)。
 例えば――
 ・経済的に困らない
 ・仕事にやりがいがある
 ・つながりに恵まれる
 ・人の役に立てる
 などといった点だ。
 「社会生活への不安がない」「自他の関係づくりに不安がない」ことともいえようか。
 創価学会のメンバーは、その実現のために、日々の学会活動に臨んでいる。そして、自他の幸福を確立できる人になるための、人格を磨く場として、各種「人材グループ」がある。
 今回は、女子部の「白蓮グループ」から、日本とタイ、それぞれの例を紹介したい。

水害に負けず

 佐藤奈緒美さん(女子部部長)は、北海道・南富良野町で生まれ育った。高倉健が主演した映画「鉄道員」の、ロケ地となった町である。
 佐藤さんは「感情を内に抱え込む性格だった」という。
 「いつも、表向きは明るく振る舞って。でも高校の頃から、自分の外面と内面のギャップが苦しくなっていきました」
 このギャップを埋めていける自分になりたい――地元の農業協同組合に勤め始めてからも、その思いは募る。「自分も同じタイプだった」という川﨑友理さん(県女子部長)たちの勧めもあり、やがて佐藤さんは、白蓮グループに入った。
 会合の運営などを担う白蓮グループは、「勇気の出し方を教えてもらえるところ」と、伊藤美沙さん(女子部本部長)。
 「例えば、会合の参加者に、席を詰めてもらう声掛けをするのも勇気。小さなことかもしれませんが、その勇気を積み重ねた人って、どこか、キラキラしているんです」
 着任では、参加者の表情に気を配り、「おつかれさまです」「何かお探しですか?」と自分から声を掛ける。この実践の中で、佐藤さんも、コミュニケーション力を磨いた。仕事でも、人から笑顔を返してもらえることが増えた。
 その中で、任務で学んでいることの意味を、いや応なく実感する出来事が起こる。
 昨年8月、三つの台風が続けて北海道を襲い、佐藤さんの町が、水害に見舞われたのだ。
                                                                         * 
 8月30日夜、自宅近くの空知川が急激に増水。消防団員の父はパトロールへ。母と2人で、暴風雨の夜を過ごした。
 31日未明、町に緊急のサイレン。川の堤防が決壊し、住宅街に大量の水が流れ込んだ。
 2階で夜を過ごした佐藤さんは、明け方、階段を下りる足を止めた。1階の茶の間も、廊下も、茶色の川になっていた。
 朝、水位が下がると、スコップを握った。感情をこらえ、泥をかき出す手に、力を込める。父が帰ってきた。思わず駆け寄り、抱きついた。
 やがて、思った。
 “みんなは大丈夫だろうか”
 同級生の家族や、いつも仕事で接している人たちが、避難所にいるはずだった。
 自宅の片付けが落ち着くと、避難所の小学校に足が向いた。「大変でしたね」「お困りのことはありませんか?」――何ができるわけでもないが、会う人ごとに声を掛け続けた。一人だけの「心に寄り添い隊」――そう名付けた行動を、川﨑さんたち女子部も応援してくれた。
 その後、ボランティアに志願し、住民の安否確認も進めた。
 あれから1年。職場で応対する相手が、今も、当時の励ましへの感謝を伝えてくれる。「勇気を出すべき時に、行動できる自分になれたことがうれしい」と佐藤さんは笑顔で語る。
 今も、外面と内面のギャップはある。「でも、周囲から頂く期待や、自分の理想像に向かって、現実の自分を少しずつ近づけていけばいい――今は、そう思っています」

2人目の進学

 タイ北部のチェンマイに住むナッティカー・タナシリワットさん(女子部副班長)は、中学2年の頃から勉強に身が入らなくなり、友人宅を泊まり歩くようになった。やがて、退学を言い渡される。
 転校先でも規則になじめず、中学・高校で5度の中退。部屋の隅に、真新しい制服だけが増えていく。背中を震わせて御本尊に向かう母。見て見ぬふりをした。同じ頃、実家のホテル経営の負債が膨らんだ。
 ナッティカーさんは、経済的な理由などで学校に通えなかった人を対象とするノンフォーマル教育(学校外教育)を受けることに。タイは日本以上ともいわれる学歴社会。ナッティカーさんは、大学進学を、第一の目標に定めた。
 ある時、親しい友人にその夢を語った。だが、「ノンフォーマル教育から大学に入れるわけがない」と一笑に付された。
 ショックのあまり、思わず車が走る道路に向かって飛び出した。衝突こそ免れたが、死をも考えるほどの苦しみだった。
 そうした時、御本尊の存在を思い出した。4年ぶりの唱題。題目を唱えると、「消えたい」気持ちが薄らいだ。
 「今、どの学校に通っているの?」。ある時、家を訪ねてきた女子部の先輩に聞かれ、ナッティカーさんは言葉を濁した。「言いたくない。否定されるに決まっているから……」
 隣にいた母に「本当のことを言おう」と促され、勇気を出して現状を伝えた。先輩は真剣に聞いてくれ、「絶対に大丈夫だよ」と励ましてくれた。
 ナッティカーさんは、先輩が参加していた白蓮グループの活動に挑戦し始めた。タイの大学では、制服の着用が義務付けられている。先輩が、大学の制服から白蓮グループの制服に着替え、友を迎える姿を見ながら、ナッティカーさんも真心の振る舞いを学んだ。着任後には、目指す大学に通う先輩が受験のアドバイスをしてくれた。
 負けない心を育む一方で、家計の足しにとアルバイトをしながら、塾にも通った。家に帰った後も明け方まで机にかじりつき、朝、弟を学校まで車で送ると、自身の登校までの間、また机に向かった。
 努力は実った。本年、ナッティカーさんは、名門の国立チェンマイ大学経営学部に合格。ノンフォーマル教育の母校から2人目の大学進学者となった。卒業後は、家業のホテルを発展させたいと夢を膨らませる。
 タイの白蓮グループには、女子未来部員と一緒に来館者を迎える「白蓮ジュニア」という取り組みがある。「この信心で必ず夢はかなう」と、ナッティカーさんは、後輩たちにもエールを送り続けている。

灯をともす 
 2人が白蓮グループで学んだのは、日蓮大聖人の「人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなる」(御書1598ページ、通解)という生き方。「“灯をともせる自分”に成長させてもらえることもありがたい」と、佐藤さんは言う。
 創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、欲望が満たされる「相対的幸福」、生きていること自体が楽しい「絶対的幸福」の二つの幸福観を提示した。
 「絶対的幸福」について、池田大作先生は語っている。「『絶対的』というのは、何があっても明らかに見ていけるからです。智慧です。そして、何があっても動じないからです。心の強さです。その智慧と強さを、いかなる時にも、生命の奥底から汲み出していけるから、絶対的幸福なのです」(『法華経の智慧』)
 世間を明らかに見る智慧と、動じない心の強さ――本稿の冒頭に挙げた「社会生活への不安がない」「自他の関係づくりに不安がない」ことにも通じよう。
 創価学会の活動は、こうした幸福を勝ち取るためにある。
 (注)内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」、Varkey Foundation「GenerationZ: GLOBAL CITIZENSHIP SURVEY」等を参照した。

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◆ノーベル平和賞に「ICAN」 2017年10月7日
「ICAN」核兵器廃絶国際キャンペーン   SGI会長が祝電
核兵器禁止条約の実現へ歩みを共にした国際NGO


 
ICANとSGIが共同制作した「核兵器なき世界への連帯」展の初公開となった広島での展示会(2012年8月)
ICANとSGIが共同制作した「核兵器なき世界への連帯」展の初公開となった広島での展示会
(2012年8月)

  ノーベル賞委員会は6日、2017年のノーベル平和賞をICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に授与すると発表した。
  ICANは、核兵器のない世界を目指し、2007年にオーストラリアで発足した国際NGO。
スイスのジュネーブに事務局を置き、核兵器保有国や日本を含む世界100カ国以上の団体が参加している。
  被爆者らと手を携えて、非人道性の観点から核兵器の禁止を目指す運動をリード。諸団体と協力し、各国政府への働きかけや市民の意識啓発を通じて世界の核軍縮の動きを活発化させ、軍縮の流れに新たな生命を吹き込んだ。本年7月に国連で採択された「核兵器禁止条約」の実現においても、交渉会議の議論に重要な役割を果たした。
  SGIはICANの理念に賛同し、国際パートナーとして発足当初から歩みを共にしてきた。
2012年には「核兵器なき世界への連帯」展を共同制作し、同展は世界19カ国79都市を巡回してきた。ICANで事務局長を務めるベアトリス・フィン氏は「SGIは、私たちICANの最も強力なパートナーの一つです」と語っている。
 池田SGI会長は祝電を寄せ、今回の受賞は全ての関係者、なかんずく被爆者にとって大きな勇気を送るものであると強調した。
 さらに、受賞の契機となった核兵器禁止条約は、不可能と思える大きな課題に向けて希望を持って取り組むとき、世界にどれほど大きなインパクトを与えることができるかを示したと指摘。禁止条約の採択に続く今回のICANのノーベル平和賞受賞により、核兵器廃絶にむけた動きに一段と弾みがつくことに期待を寄せた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈SGIの輝き〉 EXPERIENCES(体験編) 2017年10月7日

 
南米の玄関口であり、ペルーの首都であるリマ。旧市街には、美しい歴史的建造物が立ち並ぶ
南米の玄関口であり、ペルーの首都であるリマ。旧市街には、美しい歴史的建造物が立ち並ぶ

 生きた信仰の輝きは、あの国にも、この地にも――。仏法を実践して人生を勝ち開いたドラマは枚挙にいとまがない。各国・地域で取材したメンバーの体験を、現地で撮影した写真と共に紹介する。

◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉9 十界論㊦ 2017年10月7日
難を乗り越え、福徳豊かな境涯を開く

マンガ・イラスト 逸見チエコ                                                                                                                                                 

 「六道」について解説した前回(9月2日付)に続き、「十界論㊦」となる今回は、仏道修行によって得られる、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の四つの境涯(まとめて「四聖」という)を学びます。

声聞界・縁覚界 部分的な覚りに安住

 「声聞界」とは、仏の教えを聞いて覚りの一端を得た境涯をいいます。
 「縁覚界」とは、さまざまな物事を縁として、自らの力で仏法の部分的な覚りをつかんだ境涯です。
 二つをまとめて「二乗」と呼びます。二乗の部分的な覚りとは「無常」を覚ることです。無常とは、この世の中で時間とともに変化しないものは何一つない、ということです。
 私たちも、日々の生活の中で無常を感じることがあります。日蓮大聖人は「世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや」(御書241ページ)と、人間として生きている中にも二乗界の働きが具わることがあるとされています。
 しかし、二乗が得た覚りは、仏の覚りから見れば、部分的であり、完全なものではありません。しかし、二乗はその低い覚りに安住し、仏の真実の覚りを求めようとしません。また、二乗は自らの覚りのみにとらわれ、他人を救おうとしない「自己中心」に陥ってしまう限界があります。

菩薩界 他者のために行動する

 「菩薩」とは、仏の覚りを得ようとして絶えず努力をする衆生という意味です。
 菩薩界の特徴は、仏界という最高の境涯を求めていく「求道」と共に、自らが仏道修行の中で得た利益を他者に与えていく「利他」の実践があることです。その行動は、「人のため」「法のため」という使命感に貫かれています。
 「無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり」(同241ページ)
 他人を顧みることのない悪人ですら自分の妻子を慈愛するように、生命にはもともと他を利益しようとする慈悲の働きが具わっています。この慈悲の心を万人に向け、生き方の根本に据えるのが菩薩界です。

仏界 慈悲と智慧で人々を救う
 「仏界」は、仏が体現した尊極の境涯です。仏とは、宇宙と生命を貫く根源の法である妙法を根本として、人々を救い、自分と等しい仏界の境涯を開かせるために戦い続ける人のことです。
 仏界の境涯とは、自身の生命が妙法の当体であると覚知することによって開かれる、広大で福徳豊かな境涯にほかなりません。この仏界の生命を涌現することで、無上の慈悲と智慧を体現し、いかなる困難や宿命をも乗り越えていけるのです。

万人に具わる仏界
 ここまで、十界の各界について見てきましたが、法華経以外の経典では、十界は、それぞれの生命に固定された境涯であり、ある界から他の界に移るのは、死後、来世に生まれ変わる時であるとされていました。
 しかし、法華経はこの考え方を根本的に打ち破り、私たちの生命にも十界が全て具わることを明かしました。
 今この瞬間にも、私たちは十界のいずれかの姿を現しながら、縁によって次の瞬間にほかの界の境涯を現す可能性があります。それまで穏やか(人界)だった人が、次の瞬間、さまざまなきっかけで有頂天になったり(天界)、苦悩に沈んだり(地獄界)、嫉妬したり(修羅界)、といったようにです。
 このように、十界の各界が互いに十界を具えていることを「十界互具」といいます。「互具」とは「互いに具す」という意味です。これは、仏と九界の衆生が共に十界を具えていて本質的に平等であることを明かしています。
 この法理が示されたことにより、たとえ今、自分が地獄の苦しみの境涯であっても、ただちに仏界の大歓喜の境涯へと変革できることの理論的根拠が明確になりました。

信心の目的は「一生成仏」
 仏界を開く方途を、誰もが実践できるように示してくださったのが、日蓮大聖人です。
 大聖人は、「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(同1124ページ)と記されているように、御自身の仏の生命を御本尊として顕されました。この御本尊を信じて唱題に励み、妙法を弘めていけば、誰でも必ず一生のうちに成仏の境涯を得ることができる――これを「一生成仏」といいます。
 法華経以外の経典では、成仏するには何度も生まれ変わって修行を重ねなければならないと考えられていました。それに対して、法華経では一生成仏が可能となったのです。
 御書に、成仏の「成」について「成は開く義なり」(753ページ)とあるように、成仏とは、自身の内に具わる仏の生命を開くことを意味します。
 たとえ悩みや課題を抱えていたとしても、それらを前進の糧にし、今いる場所で仏界を開き、自身の無限の可能性を開花させていく。そこに仏の生き方があります。“何があっても生きていること自体が楽しい”という仏の境涯を開くことこそ、信心の目的です。

◆信仰体験 きょう10月7日は「勝利島部の日」 “島口(方言)漫談”が奄美大島で評判
私らしく地域のために! 大島紬の専門店を営み43年


【鹿児島県奄美市】
 きょう10月7日は「勝利島部の日」。あの島にも、この島にも、友好の輪を広げながら、地域貢献の使命に生きる創価の友がいる。徳山恵美子さん(71)=赤崎支部、圏副婦人部長=は奄美で大島紬の専門店を営み、今年で43年。仕事と学会活動の合間に、島内各地の集会に招かれては、ボランティアで“島口漫談”(奄美の方言で語る面白話)を披露し、多くの人に喜ばれている

2017年10月 6日 (金)

2017年10月6日(金)の聖教

2017年10月6日(金)の聖教

◆わが友に贈る

「願わくは我が弟子等・
大願ををこせ」御聖訓。
誓いの道を真っすぐに
「私は勝った」と
言い切れる一日一日を!

◆〈名字の言〉 2017年10月6日

 「憲政の父」と呼ばれた尾崎行雄は、かつて積極的な武力行使を主張する国家主義者だった。その思想に変化をもたらしたのが第1次世界大戦である▼戦後、欧米視察に赴いた氏は、凄惨な光景に衝撃を受け、国家主義を批判するように。軍国主義に傾斜していく社会にあって、軍縮を訴え、普通選挙の実施を求める運動を展開した。そのため“国賊”と罵られたが、「世界の平和なくして日本の平和なし」との信念のままに行動を続けた▼氏は人生の目的について、一家の幸福を増すためには、一国の幸福、ひいては全世界の幸福を増さなければならないことから、「自国はもちろんのこと世界人類のため各々その分に応じて、貢献すべき」と訴えた(『咢堂言行録』世論時報社)▼氏の言葉は「立正安国論」の「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31ページ)とも強く響き合う。日蓮大聖人は1282年(弘安5年)10月13日に御入滅されるが、前月の25日に病を押して門下に「立正安国論」を講義されたといわれる。最期まで弟子に語り残そうとされたのが、「立正安国の魂」であった▼よりよい社会の建設へ、誰が何と言おうと、正しいことは正しいと叫ぶ。大聖人の精神に連なり、この言論闘争を貫くのが、創価の誇りである。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年10月6日
 

 「但偏に思い切るべし」
 御書。「真剣の一人」「必
 死の一人」が突破口開く
      ◇
 石川・富山よ頑張れ。逞し
 き庶民の前進に恐れなし
 北陸に勝利の歌声よ響け
      ◇
 勇気の新潟、人材の長野
 が躍進。大誠実で心の扉
 開け。信越に凱歌の朝を
      ◇
 食中毒、秋から冬に頻発。
 高齢者・幼児は重症化も。
 手洗い・加熱などで予防
      ◇
 無事故は一切の礎。多忙
 な時こそ運転などに注意
 を。車上荒らしにも警戒

◆社説  あす「勝利島部の日」   師弟の絆で燦たる使命の寂光土に


 あすは「勝利島部の日」だ。「いつの日か 渡り語らむ 隠岐の島 わが友思はば 心はずみて」――新たな離島広布の前進が開始されたのは1978年(昭和53年)1月。池田先生が各島々の同志へ激励の和歌を贈ったことに始まる。師の激励が勇気の炎となり、島に生きる勇者たちは燃えた。
 同年10月7日、第1回「離島本部総会」が開催。海を渡り、求道の心で約120島から駆け付けた友を、先生は抱きかかえるようにして励ました。
 「この島の柱となり、眼目となり、大船となるのだとの決意に立つことが大切です」「誰人に対しても、仲良く協調し、義理を重んじ、大きく包容しながら、人間性豊かに進んでいかれるよう、願ってやみません」
 “一人立つ精神”と“人としての振る舞い”が広布推進の要諦であるとの師の指導は、冒頭の和歌が贈られた島根県・隠岐諸島の同志にも波動を起こす。
 本土からフェリーで片道3時間半、沖合約60キロの中ノ島。1島で海士町を構成し、学会の組織は1支部1地区。当時、学会員は少なく、旧習の壁は厚かった。運送業等を営む副圏長は「一人の決意、姿、振る舞いが広宣流布を決定づける。だからこそ、生活の中で信頼を勝ち取るしかない」と、対話に率先。「波浪を越えて
 いざや征け 世界広布の 先駆けと」との指針を胸に、集落のさまざまな仕事を担い、信頼を築く。
 各種の催しも行われた。2006年(平成18年)に開催された「世界の絵本展」では、全島民の約半数が来場。学会の文化・教育運動に、大きな共感の輪が広がった。
 やがて誤解は信頼へ、批判は称賛へ――。島の繁栄を願い、地域貢献に力を注ぐ同志の真心と振る舞いは、学会に対する島民の見方も変えていった。
 そして今、人口約2300人の海士町は「地域活性化のモデルケース」として全国的に注目されるまでに。Iターンの定住者は384世帯、566人に(本年3月現在)。廃校寸前だった高校も、「島留学」制度で入学希望者が殺到する。広布のモデルの島は、わが国の“離島振興のモデル”と輝きを放つ。
 師弟の絆は、決して地理的な距離では決まらない。師弟の誓いに生きる時、どこでも久遠の使命を果たす天地と変わる。
 郷土愛に燃え、広布を開いてきた勝利島部の同志に学びながら、わが地域を、黄金燦たる使命の寂光土にするため、多くの宝友と心を通わせていきたい。

◆きょうの発心   共戦の同志と勝利の実証を!  2017年10月6日


御文
 一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか
(種種御振舞御書、912ページ)
通解 一丈の堀を越えられない者が、どうして十丈・二十丈もの堀を越えることができるだろうか。

 
祈雨の勝負に敗れた極楽寺良観に対して、"目先のことすらできないのに、成仏往生など遂げられようか"と破折された一節です。
 草創期から広布一筋に生きる両親のもとに生まれ、創価家族の皆さまに見守られて育ちました。
 1978年(昭和53年)4月23日、第1回「三重文化合唱祭」に未来部の合唱メンバーとして参加。池田先生の前で"大楠公"を歌ったことが自身の原点です。
 悔いのない女子部時代を送り、婦人部となりましたが、子宝に恵まれないことが悩みでした。「無冠の友」として本紙を配達するなど広布の活動に励む中、待望の子どもを授かり、92年(平成4年)12月に中部池田記念墓地公園で先生にお会いした際、"世界広布の人材に育てよう"と誓いました。その長女は、創価教育に学び、使命の道を歩んでいます。その後も、2人の子宝に恵ま
れ、広布の庭で成長しています。
 経済的に窮地に立たされた時期もありましたが、この御文を胸に一つ一つ乗り越えてきました。
 師匠への報恩感謝を胸に、三重大光県の皆さまと共々に地域に勝利の実証を示してまいります。
  三重大光県婦人部長 高橋陽子

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十一 2017年10月6日(6192)


 山本伸一は、この二十年間でイタリアの創価学会が目覚ましい発展を遂げたことが、何よりも嬉しかった。
 会場に、役員として走り回る小柄な日本人壮年がいた。十四年前のイタリア訪問の折、ローマのホテルのエレベーターで励ました小島保夫である。当時、美術学校に通う学生であった。本部長の金光弘信の報告では、現在、ローマにあって、支部の中核の一人として皆を守り、活躍しているという。
 自分に光は当たらなくとも、新しい青年たちを励まし、黙々と皆のために尽くす存在は貴重である。組織が強くなり、発展していくには、リーダーのもとに、そうした陰の力となる人が、どれだけいるかが決め手となる。広宣流布とは、結局は連携プレーであり、団結のいかんにかかっている。
 友好文化総会で伸一は、舞台に上がり、マイクを手にした。
 「遠くアルプス山中に湧いた一滴一滴の水が、イタリアの地を流れ、ポー川の大河となって、やがて、アドリア海へと至る。生命のルネサンスをめざす私どもの運動は、今は山中を下り始めたばかりかもしれないが、やがて三十年後、五十年後には、滔々たる大河の流れとなり、人類の新しき平和の潮流になるであろうことを宣言しておきます。
 そのためには、人を頼むのではなく、自分こそが広布の責任者であると決めて、一人立つことです。そして、日々、弛みなく、もう一歩、もう一歩と、全力で前進していく――この小さな行動、小さな勝利の積み重ねこそが、歴史的な大勝利をもたらします」
 伸一は、最後に、「いつも陽気に、そして祈りは真剣に。生活を大切に、体を大切に」と指針を示し、「世界の青年と手に手を取り、世界平和のために雄々しき前進をお願いしたい」と述べて話を結んだ。
 さらに、この夜、彼は、代表メンバーと懇談した。イタリアから宗教間対話の波を起こし、人間共和の新しい歴史を創ってほしいというのが、伸一の念願であった。   

【先生のメッセージ】

◆「情熱の日」記念集会への池田先生のメッセージ 2017年10月6日
若き賢者の学園生たちよ 負けじ魂で挑戦の青春を

 一、尊き「黄金の絆」で、世界を、未来を照らしゆく「情熱の日」、誠におめでとう! わが命の学園生たちが「何があっても立ち向かう」と、「勇気を燃やして」前進してくれ、本当にうれしい!
 若き世界市民の創造性光る学園祭も、「みんな元気」で「大情熱の旗」を共に掲げた運動会・競技大会も、大成功おめでとう! 
 一、先日、私は、ロシアの著名な学術団体である「国際グローバル研究アカデミー」の正会員に就任しました。これも、皆さん方の創立者としての栄誉であり、私はメッセージの中でも、わが学園の「環境教育」について紹介し、世界の識者の方々から感嘆の声をいただきました。
 このアカデミーの事務局が置かれているのは、世界の名門・モスクワ大学です。創立より260年を超す歴史の中で、人類の文化に貢献する幾多の逸材を送り出してこられました。あの大文豪トルストイも、一時期、モスクワ大学で学んだことは、よく知られています。
 「実りの秋」は「読書の秋」です。読書は学園の誇り高き伝統です。
 私も、青春時代、恩師・戸田城聖先生から、毎日のように「今、何を読んでいるか?」と尋ねられました。ですから、どんなに忙しくとも、少しでも本を読み、真剣に学んでいなければ、先生の前には立てない。それほどの厳しい薫陶だったのです。
 ある日、先生からの問いかけに、「トルストイの『読書の輪』という本を読んでいます」とお答えしたことも、懐かしい思い出です。
 これは、もともとのタイトルで、翻訳本では『一日一善』、最近では『文読む月日』などと訳されています。一日を一章として、トルストイが古今東西の英知の名言を集めた研鑽の書です。大文豪も、日々、人類の良識と魂の対話を交わしながら、学び続けていたのです。
 きょう10月5日の欄には、こう記されています。
 「善事(=善い事)は常に努力と共に行われる。しかしながら、努力が再三反復されると、その善事は習慣となる」(原久一郎訳『一日一善 下巻』岩波書店、現代表記に改めた)とあります。
 私は、この言葉を踏まえて、皆さんに、「勝利は自分自身の中にある」「勝利は、朗らかな、たゆまぬ努力にある」と申し上げたいのであります。
 勉学であれ、語学であれ、スポーツであれ、読書であれ、自分らしく地道に「努力」を積み重ねゆく青年は、清々しく輝き光っています。
 すぐに目に見える結果は出ないかもしれない。なかなか思うようにいかないこともある。人の方が先に進んでいると思える場合もある。
 けれども何より大事なのは、自分自身が「今ここで」ベストを尽くしていることです。その努力の生命にこそ「勝利」があるからです。
 モスクワ大学のサドーヴニチィ総長と、私は3冊の対談集を発刊しました。
 総長は十代の日、地下600メートルの炭鉱で汗を流して働きながら、学んで学んで学び抜いて、ついに世界的な数学者、教育者となった方です。
 この偉大な数学者が強調されていることも、「途中を飛ばしたり、省略したりして、正しい結論に達することはできない。目標に達するためには、常に一定の努力が必要なのである」ということです。
 青春は、思いがけない試練や悩みの壁に直面する。誰しも、焦って楽な近道を探したくなることがある。しかし、そこが踏ん張りどころです。負けじ魂の大情熱の出番です。
 たとえ遠回りに思えても、目の前の課題に勇敢に挑み、忍耐強く、もう一歩の努力を貫くことです。その時に、深い闇を破って決然と旭日が昇るように、必ずや勝利の光の道が広々と開かれていくのです。
 ゆえに、努力の青年は朗らかです。かけがえのない青春の一日一日、つまらないことでクヨクヨしたり、悪い縁に振り回されたりしては、自分が損をしてしまう。若き賢者の学園生は、よき友と励まし合い、楽しく伸び伸びと、前へ前へ学び進んでいってください。まさしく、「負けない今日を友と笑顔で」走り抜いていただきたい。今回の「情熱の日」に、このことを約束し合いたいが、どうだろうか!(大拍手)
 一、昨日は「中秋の名月」。月光が、一段と美しく冴えわたる季節です。
 私と妻の心には、学園生と一緒に仰いだ名月が、いつも皆さん方の聡明な知性の笑顔と二重写しになって輝いています。
 どうか、その明るい大らかな負けじ魂の笑顔を、お父さんやお母さん方にも見せて差し上げて、親孝行をお願いします。
 創立50周年という、不思議なこの時に集い合ってくれた大切な大切な宝の皆さんの益々の健康と無事故、そして、いよいよの大成長を祈りに祈って、私のメッセージとします。
 皆、風邪などひかないように!(大拍手)

【聖教ニュース】

◆創価学園で「情熱の日」 2017年10月6日
記念の集いに池田先生がメッセージ
「努力の生命に勝利がある」

私たちの活躍の舞台は世界!――東京の小・中・高校の友が情熱あふれるアピールを(小平市の創価学園で)
私たちの活躍の舞台は世界!――東京の小・中・高校の友が情熱あふれるアピールを(小平市の創価学園で)

 本年、創立50周年となる創価学園の10・10「情熱の日」の記念の集いが5日、東京と関西の各キャンパス、北海道・札幌創価幼稚園を映像と音声で結んで晴れやかに開かれた。創立者の池田大作先生が万感のメッセージを贈り、かけがえのない青春の一日一日を送る若き賢者の学園生に、ベストを尽くす努力の生命にこそ勝利があると強調。「よき友と励まし合い、楽しく伸び伸びと、前へ前へ学び進んでいってください」と呼び掛けた。(2面にメッセージの全文と関連記事)
 池田先生はメッセージの中で、青春の燃えたぎる情熱の大切さを学園生にこう訴えた。
 「青春は、思いがけない試練や悩みの壁に直面する。誰しも、焦って楽な近道を探したくなることがある。しかし、そこが踏ん張りどころです。負けじ魂の大情熱の出番です」
 秋のすがすがしい空気に包まれた学園のキャンパスには、創立者の指針のままに、勉学に、読書に、クラブ活動にと、悔いなく挑み抜いた学園生の爽やかな姿があふれていた。
 記念の集いでは、北海道・札幌創価幼稚園を訪問している香港創価幼稚園の林子琪園長があいさつ。
 東西の各校で先日開催された学園祭、競技大会、運動会などの記念行事の模様が上映された。
 続いて各校の児童・生徒が「情熱の日」に向けたそれぞれの取り組みを紹介。互いの健闘をたたえ合った。
 東京創価小学校の児童は「何があっても 立ち向かう! 『希望のエール』で ぼくらは1つ!」と題し、全校であいさつ運動を。仲間との友情の証しである横断幕を披露した。
 関西創価小学校の児童は「勇気を燃やして使命の道を! つき進め! 朗らかに!」をテーマに。成長してきた一人一人が、創立者に届けと愛唱歌「希望の朝」を熱唱した。
 創価中学・高校の生徒は、真の世界市民に成長をとの創立者の思いを胸に、「つなぎゆけ! 世界を照らす 黄金の絆」(メインテーマ)、「不屈の勇気で! 築け連帯 世界まで!!」(中学校スローガン)を掲げて前進してきた。校歌「草木は萌ゆる」に、父子の誓いを込めた。
 関西創価中学・高校の生徒は、「新時代ここから! 共に掲げよ 大情熱の旗!」(中学校)、「負けない今日を 友と笑顔で!」(高校)を確認し合いながら、試練の時も、負けじと挑戦の波を広げてきた。学園新時代を築く決意で、全員で記念歌「連帯ここに」を歌い上げた。
 原田学園理事長は、創立者のメッセージを紹介。「創立者は、いかなる時も学園生の健康・無事故を祈り見守っています。きょうよりは再び、報恩感謝を胸に、燃えるような情熱、負けじ魂の勇気で大成長の日々を」と念願した。
 最後に全員で学園愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を大合唱した。

◆〈季節の詩〉 大阪・中秋の名月 2017年10月6日

 

 夜のとばりが大阪城を包む。煌々と輝きを放つ中秋の名月が東天に昇り、“月光の城”が浮かび上がった。池田先生は「四季折々、同志と共に、夫婦して眼に映した満月の思い出は尽きない」と語っている。
 1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」の折は、「弓を満月の如く、キリキリと引き絞って、まさに全魂を込めて的を射んとする一念が大事」と関西の同志を鼓舞した。 さあ、満々たる生命力で、栄光の人生を勝ち進もう。(4日=綿谷満久記者撮影)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈希望航路 池田先生と進む人生旅〉 オーストリア4=完 2017年10月6日
広布の英雄その名を残せ

 
オーストリアの国家勲章を受章した直後、ウィーン市立公園へ足を運んだ池田先生。駆け付けた未来っ子たちに真心の励ましを送った。先生の左腕に抱かれている少年がヤコブ・カットナーさんである(1992年6月10日)
オーストリアの国家勲章を受章した直後、ウィーン市立公園へ足を運んだ池田先生。駆け付けた未来っ子たちに真心の励ましを送った。先生の左腕に抱かれている少年がヤコブ・カットナーさんである(1992年6月10日)

 1992年6月10日、国家勲章「オーストリア科学・芸術名誉十字章勲一等」を受章した池田先生は、文部省からウィーン市立公園に向かった。公園内に立つヨハン・シュトラウス2世像の前で、祝福に駆け付けたオーストリアの同志が待っていたのである。
 今、ザルツブルク地区の婦人部長を務めるサヨコ・フーバーさんも、この場にいたメンバーの一人である。
 「私は、生粋の道産子です。『三代城の誇り』は片時も忘れたことはありません」
 北海道・札幌で生まれたフーバーさん。13歳で入会し、女子部では大ブロック長(現・女子地区リーダー)を務めた。
 71年2月には、札幌・中島公園での「雪の文化祭」に、姉の美智代さんと共に参加。先生との忘れ得ぬ出会いを結んでいる。
 24歳の時、旅行先のハワイでオーストリア人の男性と出会い、6年後、結婚を機にザルツブルクに渡った。
 市内のホテル勤務を経て、大手旅行会社に就職。ザルツブルクとウィーンの事務所で所長を務め、社会貢献を果たしていく。
 一時的に、仕事でウィーンに移住したこともあったが、ザルツブルクの自宅を手放すことはなかった。
 彼女の心には常に、「ザルツブルクの大地に根を張って、広宣流布を進めよう」との決意があったのである。
 ザルツブルクは、カトリックの聖職者が領主を兼ねて統治した教会国家の時代を経て、発展した街。フーバーさんは、移住した三十数年前の状況をこう振り返る。
 「この街では、カトリックの教義が市民生活に浸透しています。折伏をしたって、“頭が狂っているのか”と笑われる。当時は、まだそんな時代でした」
 移住した当時、市内のメンバーは、彼女と日本人の女子部員の2人だけ。日本食を振る舞うパーティーを開き、近隣との友好を深めたが、弘教はなかなか実らない。  フーバーさんは御本尊に強く祈った。「ザルツブルクに広布の人材をください」と。
 会合などでウィーンに行く際は、「聖教グラフ」(当時)を片手に、道中で出会った人に仏法の魅力を語った。
 必ず広布を!――彼女の一念に吸い寄せられるように、他都市や他国から一人また一人とメンバーが集まってきた。13年前、ザルツブルクに地区が誕生した際、フーバーさんは初代地区婦人部長に就任。今ではインド、スリランカ、イタリア、ドイツなど各国の友が集うにぎやかな地区に発展している。
 中には、仕事や留学で一時的に滞在し、ザルツブルクを離れていってしまう同志もいるが、彼女は言う。
 「移民の多い都市だから人の出入りは少なくありません。でも、メンバーと共に唱えた題目は、ザルツブルクの大地に浸透しているんです。その功徳の積み重ねが、国土世間を変え、人々の宿命転換を果たしていくと確信しています」
 8年ほど前に夫を亡くしたフーバーさん。家族のいない異国の地では「心細さ」を感じることも多い。
 その時、支えとなったのは、先生の「建設は死闘。破壊は一瞬」との指針と、オーストリア広布の礎を築いた同志の励ましだった。
 92年、シュトラウス像前での先生との記念撮影の際、フーバーさんは、ザルツブルクから駆け付けた。
 先生の姿を見た時、彼女は心の中で、「先生! 私はザルツブルク広布に一生をささげます!」と叫んだ。
 師への誓いは、25年たった今も色あせることなく輝いている。

 記念撮影の折、先生は一人の年配の婦人を抱きかかえるようにして励ましている。
 その場にいた中では最年長だったヨハナ・コッツァーさん。2度の世界大戦をくぐり抜け、戦争で家庭を破壊された彼女は、イタリアに住む娘の勧めで入会した。彼女を知る人は「愛嬌があり、青年部をかわいがっていました。誰からも好かれる素晴らしいおばあちゃんでした」と述懐する。  コッツァーさんに、優しく声を掛けた先生。「80歳です」と胸を張る彼女に、先生はすかさず、“いつまでも若々しく、お元気で!”と。笑顔の輪が広がった。
 その後、コッツァーさんは95歳で天寿をまっとうするまで、この出会いを宝に、地道な信心を貫いた。
 先生と話している瞬間を捉えた写真を大事に持ちながら、いつも先生への感謝を語っていたという。

 オーバーエスターライヒ州の州都リンツの郊外にある街・ベルスに住み、支部婦人部長を務めるアグネス・シュタイナーさんも、92年の記念撮影に参加した一人である。
 ザルツブルクで生まれた彼女は、ウィーンの大学に進学。だが、試験に合格できず、退学を余儀なくされ、社会福祉の専門学校に入学した。
 挫折を乗り越えようと懸命に頑張っていたつもりだったが、周りが見えなくなっていたのか、知人から“あなたはまず、傲慢な性格を直した方がいい”と言われ、心が傷つき、孤独を感じていた。  その中で、友人が仏法を勧めてくれた。題目を唱えると、心に生命力がみなぎることを感じた。87年、彼女は御本尊を受持する。
 以来、同州を広布の舞台として、メンバーの激励に走る中、彼女はリンツに住む一人の婦人部員に出会う。
 女手一つで家庭を守るそのメンバーは、苦悩の底にいた。心の病を抱える6歳の息子(ヤコブ・カットナーさん)が、家出を繰り返していたのである。
 悩みに沈むお母さんに寄り添い、「宿命を乗り越えよう」と、共に題目を唱えた。
 その中、92年に先生との出会いが訪れる。記念撮影の折、シュトラウス像に向かう先生の隣には、カットナーさんの姿があった。
 先生がカットナーさんの肩に手を置き、並んで歩く姿に、シュタイナーさんは「涙を抑えることができませんでした」と語る。
 後に、カットナーさんは手記に、「僕の肩にかかる先生の腕は、暗闇と不安から守ってくれるマントのように感じた」と記した。
 立派な青年に成長したカットナーさんは、ウィーンの大学で博士号を取得し、今、音楽イベントの企画宣伝会社を経営している。
 シュタイナーさん自身もまた、押し寄せる幾多の苦難を信心根本に乗り越えてきた。
 さまざまな家庭の問題があり、夫と離婚。長男のユキオさんは、学校を中退した後、事故に遭い、瀕死の重傷を負った。
 試練が襲うたび、彼女は信心の炎を燃え上がらせ、一家の宿命転換を果たしていった。  長男は奇跡的な回復を遂げ、高校卒業後、念願の就職を得る。
 長女のミツコさんは創価大学の国際教養学部に留学し、夢を目指して研究に励んでいる。
 「離婚した夫とも、深い友情を結ぶことができました。彼は今、支部長として元気に学会活動に走っています。家族は今、かつては想像すらできなかった『強い心の絆』で結ばれています」
 ベルスに移住して四半世紀。今、街のメンバーは25年前の約10倍、州の同志も7倍以上に増えている。
 ソ連のゴルバチョフ元大統領がベルスを訪問した際、彼女は“ひとめだけでも”と観衆の列に加わった。
 彼女の目の前に、一台の車が止まる。そこから降りてきたのは、大統領だった。
 彼女が携えていた「グラフSGI」を見た大統領は、そこに載っていた池田先生の写真に喜び、居合わせた報道陣や市民に向かって先生の写真を掲げ、「彼は私の友人です!」と語った。
 大統領が深い信頼を寄せる先生を師と仰ぎ、広布の使命を果たせる。彼女の胸には感激が込み上げた。

 2010年9月4日、先生はオーストリアの友に、次のように詠み贈っている。   

 崇高な
   世界広布の     
     英雄と    
    君よ その名を     
     三世に残せや   

 華々しい活躍の舞台がなくてもいい。いつも心に師を抱きながら苦難の友を励まし、「自他共の幸福」を勝ち開く。社会の安穏と繁栄を願い、正義の信念を叫び切っていく。それこそ、師弟栄光の誉れの道である。
 颯爽と使命の天地を駆ける「広布の英雄」。その雄姿を、後世の人々は「偉大なる人間革命の勝利劇」とともに、語り継ぐだろう。
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◆〈信仰体験〉 2人の子との別れ、自身と妻のがんを乗り越え 2017年10月6日


 【茨城県・八千代町】大柳恵一さん(61)=安静支部、圏長=には、悩める人の心を包み込む温かさがある。「励ましの達人」とは、周囲の声。

2017年10月 5日 (木)

2017年10月5日(木)の聖教

2017年10月5日(木)の聖教

◆わが友に贈る

「なにの兵法よりも
法華経の兵法」だ。
題目を唱え抜く人は
絶対に行き詰らない。
全てに信心で挑もう!

◆〈名字の言〉 2017年10月5日

 アメリカのある高校にラグビー部を全国優勝の常連に押し上げたコーチがいた。彼が訴え続けた言葉は「勝つ(WIN)」。それは“試合の結果”以上の意味を持っていた▼彼の言う「WIN」とは「今、何が重要か(What’s Important Now?)」の頭文字。チーム全員が、常に自らに問い掛け、考えるべきだと彼は言う。過去にとらわれたり、相手の出方を気にしたりするのではなく、「今、この瞬間」を意識し、やるべきことに集中する指導方針で常勝チームを育てた(グレッグ・マキューン著『エッセンシャル思考』かんき出版)▼声優になる夢を持つ25歳の青年。オーディションを控え、不安で仕方がない。友人である男子部の部長は言った。「周りじゃない、自分だ。今の自分の力を出し切るんだ」。共に祈ると不安が消えた。そして見事、合格。その結果に至る日々は、信心の柱となって、夢へと挑む彼を支えていくに違いない▼現実は絶えず揺れ動くもの。一喜一憂したり、翻弄されたりするのは愚かだ。何があろうと立正安国の大理想に生き抜く――そう決めた人は揺るがない▼「目の前の一人」の可能性を信じ、心を込めて対話し、着実に仏縁を広げていく。いかなる時代になろうと、この広布拡大の方程式は変わらない。(蹴)

◆〈寸鉄〉 2017年10月5日

 「師子王の如くなる心を
 もてる者必ず仏に」御書。
 臆病は敵。強気で攻めよ
      ◇
 師弟の三代城・北海道が
 驀進!不屈の開拓精神で
 壁破れ。痛快な勝利劇を
      ◇
 総東京よ黄金の歴史築く
 時は今!本陣の力を発揮
 し勝ち進め。悔い残すな
      ◇
 世界教師デー。「教育の
 ための社会」へ。聖業担
 う教育本部の奮闘に感謝
      ◇
 プリペイドカード購入さ
 せ、番号聞く電子マネー
 型詐欺が増加。警戒強く

◆社説  未開の地に挑むのが青年    「師子王の心」で苦難を勝ち越える

 
今シーズンのリーグ戦が終了した野球の米大リーグ。代打の年間安打記録28本にあと1本と迫るも、達成できなかったイチロー選手は、“1位にならないと。2位では忘れ去られてしまう”と率直に心中を吐露した。
 飽くなき挑戦が、人を輝かせる。かつて日米通算4000本安打に到達した際、同選手は、“ここまで来るのに自分は8000回以上悔しい思いをしている”とも語った。偉業の陰で、どれだけの苦悩に向き合ってきただろうと、思いをはせずにいられない。
 SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)の新番組「青年よ 未開の広野を進め――池田先生と北海道」が好評を博している。
 中でも反響を呼んでいるのが、本部幹部会で活動報告する佐賀佐一さんの姿だ。天売島の広布をけん引した佐賀さんが、300世帯を超える同島在住の人たちに対話を広げたエピソードは鮮烈に響く。
 ユーモアを交えて語られた佐賀さんの戦いも、言い知れぬ苦悩の連続であったはずだ。何度も対話に挑戦してきた不屈の闘志が、同志に伝わったからこそ、感動が生まれたのではないだろうか。
 今、学会創立記念日へ、対話拡大の大波が起こっている。何事であれ、前進のスピードが速くなるほど逆風も強くなろう。
 御聖訓に「一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし」(御書1463ページ)と。一念のぶれは、勝負を分ける大きな要素だ。
 とはいえ、自分の心に忍び込むマイナスの感情と真正面から向き合うことは、決して簡単ではない。臆病や不安といった弱い心に流されそうになる時もあるだろう。
 自分に勝つ。それが最も難しい、最も偉大な勝利だ。異体同心の団結で進むべき今だからこそ、リーダーは自身の戦う姿勢を示した上で、「一緒に祈ろう!」「一緒に全てを勝ち越えよう!」と温かく激励していきたい。
 過日、本紙に掲載された「四季の励まし」の中で池田先生は、「勇気のない人はいない。/出していないだけなのだ」と訴えた。
 わが胸から、「師子王の心」を取り出す――この恐れなき生き方こそ創価学会の魂であり、池田先生の激励の根幹である。
 困難を越えてこそ、揺るぎない信心の土台は築かれる。世界広布新時代を担う人材のスクラムを広げ、わが決勝点に向かって敢然と進んでいきたい。

◆きょうの発心   “亡き娘の分も”と地域に尽くす 2017年10月5日


御文 『妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり』
(法華経題目抄、947ページ)  
通解 妙とは蘇生の意味である。蘇生とはよみがえるということである。

 宇宙と生命の法・妙法は、一切をよみがえらせると仰せです。
 わが家は、1953年(昭和28年)、原因不明の病に苦しむ母が、わらをもつかむ思いで入会。一心不乱の祈りが叶って1年で全快し、一家で信心の確信をつかみました。
 73年には、私自身が交通事故に遭い、1週間にわたって意識不明に。池田先生から渾身の激励をいただき、死魔に打ち勝ち、絶望の淵から奇跡的に蘇生。20日後に退院することができました。
 76年、当時2歳の娘が不慮の事故で急逝。この時ほど自身の宿命を痛感したことはありません。池田先生の指導を命の底から学び、「宿命転換を懸けて、信心を基本からやり直そう」と決め、この御文を拝して唱題を重ね、折伏をはじめ学会活動に励んできました。
 現在、防災設備の会社を経営し多忙な日々を送っています。その中でも、”幼くして亡くなった娘の分も、未来を託す子どもたちのために尽くしたい”と小中学校のPTA会長や千代田区の青少年委員などを務めてきました。
 三代会長の有縁の地である千代田区に「広布の理想郷」を築くべく、これからも師匠への報恩感謝を胸に前進してまいります。
 東京・千代田区副区長 笹島 繁

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章 三十 2017年10月5日(6191)



 周囲には木々が茂り、薫風が吹き抜けるなか、イタリア広布二十周年を記念する友好文化総会が始まった。
 特設された舞台の正面には、太陽と、陽光を浴びて育つ動物や樹木、花が描かれている。その舞台で、ナポリのメンバーによる伝統舞踊をはじめ、ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ジェノバ、トリノのメンバーなどが、次々と歌や踊りを披露していく。
 高齢の声楽家による生命力みなぎる独唱もあった。ベルガモのメンバーは、口笛と手拍子に合わせて、舞台狭しと陽気に踊った。
 女子部は、山本伸一が「白蓮グループ」に贈った「星は光りて」を日本語で歌い、婦人部も「今日も元気で」を日本語で合唱した。日本からの親善交流団も声を合わせ、やがて全員の大合唱となって青空に広がった。
 親善交流団は、「高知音頭」を踊り、「オー・ソレ・ミオ」(私の太陽)をイタリア語で歌い、大喝采を浴びた。
 伸一は、各演目が終わるたびに、大きな拍手で賞讃した。
 また、出演を終えたメンバーが、伸一のもとに駆け寄って来ると、「ありがとう。すばらしい演技でした」と、ねぎらいの声をかけ、固い握手を交わした。彼の席には人波が絶えなかった。未入会の両親を連れてくる青年もいた。目の不自由な少女の手を引いて訪れた父母もいた。
 その一人ひとりの話に、真剣に耳を傾け、渾身の力を振り絞るように、激励と指導を重ねた。“この時を逃せば、もう、お会いする機会はないかもしれない”との強い思いが、伸一にはあった。一瞬一瞬が勝負であった。
 友好文化総会は、イタリアの責任者である本部長の金光弘信のあいさつとなった。
 彼はメガネの奥の目を光らせながら、全メンバーを代表して誓うように叫んだ。
 「山本先生を迎えることができ、私たちは幸せです。今日はイタリアの新しい出発です。さあ、広布へ走りましょう! 勇気をもって挑戦を開始しましょう! 時は“今”です」 

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉86  いかなる障魔も吹き飛ばせ


御文
 『種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし』
(開目抄、232ページ)
通解 (誘惑や脅しなど)種々の大難が出てきても、私の正しい法義が智者に破られることがない限り、決して受け入れることはない。それ以外の大難は、私にとっては風の前の塵のような、とるに足りないものである。

同志への指針
 御本仏は命にも及ぶ大難・佐渡流罪の中で、民衆の生命を「宝塔」と輝かせ、留難の地
も寂光土へ転じられた。
 この大境涯に連なり、勝利島部など地域本部をはじめ、わが同志は、試練を勝ち越え、信頼を広げてきた。
 我らには、何ものにも破られざる正義の大哲理がある。いかなる障魔も塵の如く吹き飛ばし、地域に社会に「平和の柱」を打ち立てるのだ。

【聖教ニュース】

◆文科省による国際的リーダー育成支援事業の中間評価 関西創価高に最高評価 2017年10月5日
環境・人権などで独自の探究型教育プログラム
対象56校中の上位4校に

地球的課題の解決の道を探る中で、創造性豊かな世界市民を育成する関西創価高校の教育プログラム「GRIT」
地球的課題の解決の道を探る中で、創造性豊かな世界市民を育成する関西創価高校の教育プログラム「GRIT」

 関西創価高校(大阪・交野市)が、文部科学省による国際的リーダーの育成を支援する教育事業「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」の平成27年度の指定校を対象とした中間評価で、最高評価に認定された。同省が9月29日に発表した。
 今回の中間評価は、指定3年目の学校を対象に、第三者の有識者である企画評価会議協力者が、教育プログラムの進捗状況などについて調査したもの。
 関西創価高は対象の56校のうち、「優れた取組状況であり、研究開発のねらいの達成が見込まれ、更なる発展が期待される」4校に選ばれた。これは6段階の中で最高の評価である。
 同校が推進する教育プログラムの主軸は、世界市民を目指す独自の探究型総合学習「GRIT」である。
 これは「環境・開発・人権・平和」の4分野の地球的課題について、自ら学び、解決の方途を探るもの。
 チームで日本語や英語の文献を学び合うとともに、識者インタビューや研究発表、国内外でのフィールドワーク(現地調査)などを実施。そして模擬国連を開催し、課題解決への考えを日本語と英語でまとめていく。
 単に「与えられた問題に答える勉強」ではなく、「自ら課題を見つけ、答えを探し求める勉強」への転換である。また、一部の生徒だけでなく、全校生徒を対象にしている点も同校の特徴である。
 こうした取り組みによって、生徒の意識が向上。校内調査では85%以上の生徒が「地球的課題について関心を持った」と回答した。将来、海外で活躍したいとする生徒は約65%に達している。
 また実用英語技能検定では毎回、全校生徒の半数が受験するように。昨年度は4人が最難関の1級に合格。3割を超える生徒が2級以上を取得している。
 中間評価の講評では同校の取り組みを「探究のプロセスにのっとって事業が展開されており、教科で習得した学びを課題解決に役立てている」と指摘。
 中でもGRITの評価理由として、「生徒が積極的に運営に関わっており、生徒意識調査で多項目に亘り意識が向上している点や数々の事例を取り入れた教材開発が進められている点」としている。
 さらに創価大学やアメリカ創価大学なども念頭に、「卒業生を中心とした海外大学との連携、高大連携を活用したキャリアデザインアドバイザーなど、学びの環境が整えられている」と言及。英語学習を支援するクリティカル・ライティング・センターなど補助的環境も効果的に設定されているとしている。
 今回の結果について中西校長は語る。
 「創価学園創立50周年のこの時に、世界市民教育への高い評価を得られたことに喜びを禁じ得ません。生徒と教職員が一体で取り組んできた成果です。今後も創立者の期待に応えゆく、真のグローバルリーダーの育成に全力を注いでいきます」

◆教学部初級試験・青年部教学試験3級 全国で13万人が合格 2017年10月5日
 

 9月24日に実施された「教学部初級試験・青年部教学試験3級」の結果が、このほど発表された。
 それによると全国で約13万人が合格し、「教学部助教授補」「青年部教学資格3級(教学部助教授補と同格)」となった。
 これはマーク方式による採点結果を踏まえ、教学部で厳正に合否を検討したもの。合格者には順次通知され、各種会合等で「合格証」が授与される。
 発表に際し、森中教学部長は、次のように語った。
 「多忙な中でも、日蓮仏法を学んでこられた受験者の皆さま、本当にご苦労さまでした。また、受験者を応援してくださった担当者、試験会場の運営等に携わっていただいた役員の方々等、陰に陽に支えてくださった全ての方に、深く感謝申し上げます。
 池田先生はご伝言の中で、合否にかかわらず、世界第一の生命哲学の研さんに挑戦した皆さまを『行学の闘士』であり、『幸福哲学の大博士』『福徳無量の大長者』と最大にたたえてくださっています。受験者全員が『立正安国』の使命に燃え、周囲に友情の連帯を広げながら、自他共の幸福の人生を開きゆかれることを心より念願いたします」 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉62 広宣流布は師弟共戦の総力戦―― 
確信の対話で仏縁の拡大を 公明党が教育負担を軽減


 
かつてない対話拡大で、勝利に向かって前進! 北海道・岩見沢躍進圏(上)、滝川先駆圏の集い                                                                          
かつてない対話拡大で、勝利に向かって前進! 北海道・岩見沢躍進圏(上)、滝川先駆圏の集い

 志賀 先月末、モスクワ大学で行われた国際学術会議の席上、池田先生に対して、国際グローバル研究アカデミー「正会員証」が授与されました。

 伊藤 先生が長年にわたって尽力してこられた「地球一体化への卓越した学術的・実践的貢献」をたたえたものですね。

 永石 先生はこれまで「誠実一路」の行動で、世界各国に友好の「虹の橋」を築いてこられました。

 長谷川 かつて冷戦下の緊迫した情勢の中、先生はソ連、中国、アメリカ等の国家指導者と相次ぎ会見。イデオロギーや体制を超え、人を結ぶ「対話の力」を信じ、胸襟を開いた誠実と信念の行動で平和の連帯を広げてこられました。

 原田 日蓮仏法は「対話の宗教」です。「立正安国論」では「主人咲み止めて曰く」(御書24ページ)、「主人悦んで曰く」(同31ページ)と、相手の心情を察しながらも、確信あふれた一言一言で最後には納得を生んでいく様子が描かれています。

 永石 まさに先生の平和行動には、大聖人が示された「対話の精神」が脈打っています。

 長谷川 大聖人は「言わずんばある可からず」(同17ページ)とも仰せです。私たちも「語り抜く時は今!」との大確信で、友情と信頼の輪を大きく広げたい。

 原田 特に、かつてない拡大を果たすためには、経験豊かな「広布の黄金柱」壮年部の力が不可欠です。「いざ鎌倉!」と一人一人が立ち上がる時です。

 長谷川 「壮年には力がある。それをすべて、広宣流布のために生かしていくんです」と、先生は壮年部に深い期待を寄せてくださっています。重鎮の壮年部が総決起すれば、いかなる苦難も「風の前の塵」(同232ページ)に過ぎません。

 原田 広宣流布とは異体同心の戦いであり、「総力戦」です。一人ももれなく「共戦の陣列」に――この思いで励まし、皆が主体者の自覚に立った時、広布は飛躍的に前進します。師弟共戦の決意に燃え、「昨日より今日」「今日より明日」と日々、新たな仏縁の拡大に挑んでまいりましょう。

「安定」か「混乱」か

 志賀 衆議院選挙(10月10日公示、同22日投開票)も、公示まで5日。各党が舌戦を繰り広げています。

 竹岡 今、野党は、合流や分裂が相次ぎ、混迷を極めています。安定の「自公政権」か、混乱の「野党」か。日本の未来を選択する重要な選挙です。

 志賀 与党の中で、常に庶民・大衆の視点に立ち、より良き政治の実現のため、一貫して日本の「政治の安定」に貢献してきたのが公明党です。

 竹岡 政策研究大学院大学・飯尾潤教授はこう語っていました。「与党の一角にいながら、『与党内野党』として、本来野党が果たすべき役割までも果たして、政権内の重しとなる。ここに公明党の真骨頂の一つがある」と。

 原田 公明党は、幅広いネットワークで民意を受け止め、その民意を具体的に政策にして実現してきました。「多様な声をすくい上げることができる公明党だからこそ、社会の分断を阻止することができる」(作家・佐藤優氏)など、公明党に、あらためて大きな期待が寄せられています。

半世紀の政策実現

 伊藤 公明党ホームページの「衆院選特設サイト」が分かりやすいと好評ですね。今回訴えている①軽減税率を実現②教育負担の軽減③年金加算の前倒しなどの動画、また公明党の9小選挙区、比例区などの情報も紹介されています。

 永石 「教育負担の軽減へ。」と掲げた公明党の新たなイメージポスターも明るくていいですね。

 長谷川 国づくりの基本は人づくりです。公明党は結党以来、教育を重視してきました。そして今回、幼児教育から大学を含む高等教育までの大胆な「教育の無償化」を掲げています。


幼児教育の無償化
 竹岡 公明党は、幼児教育の無償化を一貫して主張し、低所得の一人親世帯や2人以上の子どもがいる多子世帯の一部などに、段階的に対象を拡大しました。

 永石 さらに2019年までに全ての就学前児童(0~5歳児)を対象に、保育所や幼稚園、認定こども園などを含めて無償化することを目指しています。教育費の心配をせずに安心してお子さんを産み、子育てできる環境になりますね。

私立高校授業料の実質無償化

 伊藤 公明党は、年収590万円未満の世帯を対象に、全国での「私立高校授業料の実質無償化」も目指していますね。

 竹岡 すでに東京都では公明党の主張で、今年度から年収約760万円未満の世帯を対象に、実質無償化を実現。大阪府などでも独自の制度を進めています。国による無償化が進めば、さらに拡充できます。

大学生に返済不要の給付型奨学金

 志賀 公明党が長年訴えてきた返済不要の「給付型奨学金」が創設されました。今年度は約2500人を対象に実施。来年度は本格実施され、約2万人に月額2~4万円が給付されます。

 永石 さらに、19年度以降については、給付額や対象人数の段階的な拡充とともに、授業料減免の対象拡大も目指していますね。

 長谷川 公明党は「政策実現政党」として、半世紀以上前から、義務教育の教科書無償配布を実現するなど、「教育の負担軽減」に取り組んできました。

 原田 子どもは「国の宝」です。少子高齢化が加速する日本にとって、教育は未来を開く大きな力となります。日本が直面する課題に、公明党は全力で取り組み、抜群の「政策実現力」を発揮してもらいたい。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 脳性まひの体で励まし送る地区婦人部長
笑おう 伸びよう 君よ 強くあれ


【大分県別府市】 午前6時。自動で電源が入るテレビが目覚まし代わり。清水由美枝さん(63)=国立支部、地区婦人部長=の一日が始まった。障がい者福祉施設で暮らして40年になる。脳性まひの体は意思に反して、ねじれるように動いてしまう。ゆっくりと手に数珠を掛けて勤行・唱題。午前7時45分、居室の引き扉を開けて、今日も仕事へ――。

障がい者の自立が進む街で
 車いすが行き交う作業フロアで、自動車部品の製造に携わる。ライトに取り付ける小さな部品を担当。両手で細かな最終確認を行う。
 午後5時に仕事を終えると一休み。食事の後、女子部の友が車いすに乗って自室へやって来た。会話が、にぎやかに弾む――。
 生活するのは、日本で初めてリハビリ等に温泉治療を取り入れた別府市。そのためか、JR亀川駅を降りると、車いすの人を多く見掛ける。スーパーでは、レジの店員にも車いすの人がいる。
 障がい者の自立が進む街で、太陽地区のメンバーは、広布にはつらつと歩む。大半の友が何らかの障がいと向き合う。「癒やし系」と慕われる清水さんが地区婦人部長を務めている。
 いつも穏やかな笑顔だが、一語一語をゆったりとした発話で、「若い、ころは、あまり、笑わなかった」と。“生きる”こと。“生活する”こと。ありふれた言葉にさえ、苦しんできた。
 ――生後間もなく、脳性まひに。寝たきりの体で、学校へ登校するきょうだいを見送った。1960年(昭和35年)、両親が娘の幸せを願い、一家で信心を始める。
 障がい児の就学猶予が多く適用された当時、小学校に入学できなかった。家庭は貧しく、父母が仕事へ出ると、自宅は清水さん一人。孤独だった。昼食は、母・喜代子さん(94)=地区副婦人部長=が握ったおにぎり。手は思うように動かず、うまくつかめない。口を近づけて直接、頰張った。
 なぜ、こんなに不自由なのか。闇に閉ざす心に、母の言葉が光となった。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)と。
 初めて立てたのは10歳の春。よろけて倒れた数歩に、家族中が沸いた。2年後、特別支援学校へ。握り締めた鉛筆で、10分ほどかけて「ゆ」「み」「え」と、初めて名前を書いた。
 全てが新鮮な寮生活は、喜びと同時に悲しみも連れてくる。他校の児童から、石を投げつけられた。
 偏見にも冷笑にも“負けたくない”。そう思えたのは、母のおかげだった。大工の父を支えつつ、自らはトンネル工事に汗しては学会活動に歩いた母。「冬は春になるけん」。苦しい時には、その優しい笑みを思い浮かべた。

非難など全く恐れるな 
 23歳で施設に入所して働き始める。歩行は、おぼつかない。言葉が続かず、意思の疎通にも時間を要した。
 誰のせいでもない。ただ、悔しかった。やるせない感情を拭ってくれたのが、障がいと闘う同志だった。
 移動が困難な中でも、会いに来てくれた。発語がしづらくとも、たった一言に重みがあった。「信心の先輩は、自然な笑顔が輝いていた」自問し続けた、この体で生まれた意味。答えを得た気がした。
 81年12月。池田先生が大分の地で、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表する。
 「少々の屈辱と侮蔑の/非難など全く恐れるな」
 「若き後継の諸君は/悠然として自己の宮殿を勝ちとれ!/その胸中に 無限の幸福と/平和があることを知れ!」
 一節一節が、清水さんの命の奥に響く。「状況がどんなに厳しくても、私も“山”を登っていきたい。そう素直に思えた“この時”から、後ろ向きな心が薄れていった」
 人一倍の時間がかかっても、友の元へ。この身で感じた信心の喜びを言葉に出した。自らに挑む行動を重ねて、1年がたち、数年が過ぎた――。
 92年(平成4年)3月、池田先生が再び大分を訪れる。「大分新世紀総会」が盛大に開かれた。
 本会場の様子を中継した別府文化会館へと、清水さんが向かう。足取りは以前より軽く、言葉も滑らかになっていた。その変化は、周囲の誰もが驚くほど。
 画面に池田先生が現れる。涙がこぼれた。「先生は、壇上の鐘を鳴らされ、紙吹雪もまかれて。私にとって、人生の“春”が来た瞬間でした」
 自分の足で立ち、腕を振り上げ、師と共に万歳をした。
 「学会活動を通して、歩けるようになり、人前でも堂々と話せる自分になれたんです」
 蘇生のドラマを、また新たな人