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2017年6月16日 (金)

2017年6月16日(金)の聖教

2017年6月16日(金)の聖教

◆わが友に贈る

最も苦しい時に
最大の力を出すのが
学会精神の真髄だ!
確信の題目を根本に
敢然と人間革命の劇を!

◆〈名字の言〉 2017年6月16日
 

 小学校教諭の教育部員が、常々、子どもたちに伝えていることがある。「人生は宝探しゲームだよ」。お金では買えない、けれど大切なものを、たくさん見つけよう、と▼「私は一日に『ありがとう』を100回言うの」と語る92歳の婦人を取材した。東京・足立区の団地で、一つ年上の夫を在宅介護する。最初の“ありがとう”は毎朝、目覚めた瞬間。「見える目に、聞こえる耳に」。ポストに届いた本紙を手にすれば、無冠の友のぬくもりを感じる。1時間かけて熟読。同志の信仰体験に、師の励ましに感謝する▼親切なケアマネジャーや介護スタッフに対しても必ず「ありがとう」。「父の日」を前に、夫へのプレゼントを持って来てくれた友人と対話が弾む。就寝前、御本尊に合掌する。「きょうも、たくさんの宝物が見つかりました」。これまで実らせた弘教は60世帯以上。子も孫も皆、広布後継の道を歩む▼最上の幸福とは? そう問われ、釈尊は答えた。「諸々の賢者に親しみ、尊敬すべき人々を尊敬すること」と(スッタニパータ)▼自分がどれほど多くの人やものに支えられているか、気付ける人には愚痴がない。「感謝」を心の基調にする人は、どんな試練も幸福への薪にできる。人生の宝は、すぐ近くにあるものである。(恭)

◆〈寸鉄〉 2017年6月16日

 平坦な道を歩いて宿命転
 換などできるか―戸田先
 生。強く祈り艱難に挑戦
      ◇
 東京・品川が急追。勇敢に
 語り断固攻め勝て!民衆
 の底力奮い起こし勝鬨を
      ◇
 特区・町田が激闘。決戦の
 時は今。限界突破の拡大
 で栄光の峰へ突き進め!
      ◇
 無事故が全ての礎。事故
 に遭わない起こさない―
 「百千万億倍の用心」で
      ◇
 家庭・学校・地域…居場所
 と感じる所が多い若者ほ
 ど、充実感強いと。絆は宝

◆社説  あさっては「父の日」   拡大の先頭に立つ創価の黄金柱


 「父の日」が広く知られるようになったのは、第28代アメリカ合衆国大統領のウッドロー・ウィルソンの演説からだといわれている。国際連盟の創設に尽力し、ノーベル平和賞に輝いた彼は自身の父親を「最高の教師で、最も励ましてくれる相手であり、少年にとって最も恵まれた最高の指導をしてくれる」人と語っている(アーサー・S・リンク著・草間秀三郎訳『ウッドロー・ウィルソン伝』南窓社)。
 父親の存在は、幼い日には分からなくても、成人し、社会の荒波にもまれ、時がたつと、その大きさに気付かされる。
 父親は、試練の時、ひときわ使命の炎を燃え上がらせる。
 「父の日は、父である私が感謝する日でもあります」と語る壮年部員がいる。彼は会社のトラブルを乗り越え、信頼を拡大する中、ステージ4の大腸がんが判明した。当時、一人娘は5歳。手術を受けるも再発した。
 「師匠のため、同志のため、負けるわけにいかなかった」と、抗がん剤の点滴を続けながら仕事と学会活動に奮闘。父の日に娘からもらった「家族の似顔絵」が力になったという。
 その後、見事に乗り越え、今では職場でも重責を担うほどに回復。一人娘は「お父さんは過酷な病との闘いの中でも笑顔を絶やさなかった。今も変わらないその笑顔が私の元気の源です」と感謝の言葉を述べている。
 “父親”とは、学会でいえば黄金柱の壮年部に当たる。北海道方面は昨年、「支部ブロック5勇士」の取り組みで、全国模範の達成率を打ち立てた。その後の弘教や新聞購読推進でも、「壮年部のおかげで、わが地区は勝利することができました」との声が後を絶たない。
 ある本部では、壮年部が地区1世帯に迫る弘教を達成。さらに男子部を励まして対話を後押し。歓喜の波動は婦人部、女子部にも伝わり、同志の笑顔が広がっている。壮年部が拡大の先頭を走り、北海道は昨年、堂々たる世帯増を成し遂げた。
 池田先生は、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』の発刊の辞で、つづっている。
 「現実の闘争は熾烈だ。しかし、たとえ絶体絶命に思えたとしても、『柱』さえ厳然と屹立していれば、そこから反転攻勢の勝負が始まる」
 不撓不屈の黄金柱――豊かな経験に裏打ちされた不動の確信を持ち、どんな逆境をもはね返す百戦錬磨の行動力も備える。周囲の皆を安心の笑顔で包み込む包容力もある。あさっては「父の日」。創価の黄金柱の本領発揮の時が来た。

◆きょうの発心   師子吼の題目で病魔に打ち勝つ2017年6月16日

御文
 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすこ
とができようか。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築くことができるとの慈愛の励ましです。
 1967年(昭和42年)10月、池田先生が北区の旧赤羽会館を訪問。当時、小学3年生だった私もその場に参加し、煩悩即菩提の法理を教わりました。
 中学3年生の冬、高校受験の失敗と時を同じくして、急性腎炎を発病。失意のどん底でしたが、先生の指導を思い起こし、この御文を胸に高校生活をスタートしました。75年1月、高校1年生の私は、東京未来会5期として先生と記念撮影を。この時“師子の子は断じて負けるな”と励ましてくださったのです。高等部の先輩の激励もあり、唱題に挑戦。病は治り、信心の確信をつかみました。
 結婚後、支部婦人部長として奮闘するさなかに、すい臓炎を発症し、再び、この御文を真剣に拝しました。「健康な体になって、広布に走ります」と必死に祈り、活動に励む中、数年後に完治しました。感謝の思いでいっぱいです。
 先生は「北区よ、わが喜多区よ! 常勝の歴史をつくれ! 全員が常勝将軍と立て!」と呼び掛けてくださいました。必ずや北区に東京凱歌を轟かせる決意です。  東京・喜多戸田区総合婦人部長 大梶陽子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雄飛の章  二 (6098)
 


 二十二日午前、山本伸一たち訪中団は、北京市の中国歴史博物館で開催中の「周恩来総理展」を参観したあと、故・周総理の夫人で、全国人民代表大会常務委員会の副委員長等の要職を務める鄧穎超の招きを受け、中南海の自宅「西花庁」を訪れた。
 彼女の案内で、海棠やライラックの花が咲く美しい庭を回った。亡き総理が外国の賓客を迎えたという応接室で、伸一は一時間半にわたって懇談した。前年四月、日本の迎賓館で会見して以来、一年ぶりの対面であり、総理との思い出に話が弾んだ。
 この日午後、人民大会堂で行われた歓迎宴でも、周恩来の生き方が話題となり、鄧穎超は、総理の遺灰を飛行機から散布したことについて語った。胸を打たれる話であった。
 「若き日に恩来同志と私は、『生涯、人民のために奉仕していこう』と約束しました。
 後年、死んだあとも、その誓いを貫くために、『遺骨を保存することはやめよう』と話し合ったんです」
 遺骨を保存すれば、廟などの建物を造ることになり、場所も、労働力も必要となる。それでは、人民のために奉仕することにはならない。しかし、大地に撒けば、肥料となり、少しでも人民の役に立つこともできる。
 ところが、中国の風俗、習慣では、それはとうてい受け入れがたいことであり、実行することは、まさに革命的行動であった。
 「恩来同志は、病が重くなり、両脇を看護の人に支えられなければならなくなった時、私に念を押しました。
 『あの約束は、必ず実行するんだよ』
 そして、恩来同志は亡くなりました。私が党中央に出したお願いは、ただ一つ、『遺骨は保存しないでください。全国に撒いてください』ということでした。この願いを毛沢東主席と党中央が聞いてくれ、恩来同志との約束を果たすことができたんです」
 人民への奉仕に徹しきった周総理を象徴するエピソードである。意志は実行することで真の意志となり、貫くことで真の信念となる。 

【聖教ニュース】

◆南米ウルグアイで希望の種子展 
 政府長官、モンテビデオ市長らが開幕式へ
 
ウルグアイ文化会館で行われている“希望の種子展”。多くの市民が来場し、環境保護への意識を啓発する場となっている
ウルグアイ文化会館で行われている“希望の種子展”。多くの市民が来場し、環境保護への意識を啓発する場となっている

 環境展「希望の種子――持続可能性のビジョンと変革へのステップ」が5日(現地時間)、南米ウルグアイの首都モンテビデオにあるウルグアイ文化会館で開幕した(18日まで)。
 同展は、国連が実施した「持続可能な開発のための教育の10年」を支援する取り組みとして、SGI(創価学会インタナショナル)と地球憲章インタナショナルが共同企画・制作したもの。地球規模で進む環境危機に警鐘を鳴らし、その解決には一人一人の人間の心の変革こそが大きな力になることを訴える内容である。これまでに36カ国・地域を巡回してきた。
 ウルグアイ文化会館で行われた開幕式には同国政府の予算企画庁(OPP)のアルバレス長官、モンテビデオ市のマルティネス市長らの来賓をはじめ、多くの市民が参加した。
 アルバレス長官は、「一対一の関わり合いの中で人間の可能性を引き出し、世界を変えていこうとされているSGIの皆さんに期待したい」と語った。
 同国SGI婦人部の代表が同展の開催の経緯に言及。カエツ理事長が池田大作先生の小説『人間革命』の主題を通し、“一人の変革から一国、世界の変革は始まる”と述べた。
 テープカットに続いて、マルティネス市長が祝辞を。「より良き人間になるためには、精神の向上が不可欠である」と訴えつつ、それは、まさしくSGIが実践していることであり、現実の上で社会に貢献している団体であると賛辞を送った。
 このほか同展の開幕に当たって、国内の識者から祝福のメッセージが多く寄せられた。その中の一人、メルセデス・メナフラ・デ・バジェ元大統領夫人は2001年に池田先生ご夫妻と東京で会見している。その後もSGIの会合に参加するなど、創価の平和運動に共感を寄せてきた。
 ウルグアイの各界が注目する同展は今後、同国各地を巡回する。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈インタビュー〉 ドミニカ共和国の識者に聞く 
 サントドミンゴ自治大学 フェルナンド・サンチェス・マルチーネス元総長
 池田会長は寛容の精神に満ちた対話で世界に平和建設の模範を示した

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                    池田先生は1987年2月、中米ドミニカ共和国を初訪問。その折、同国最高峰の学府であるサントドミンゴ自治大学から「名誉教授」称号が贈られている。2008年には、同大学の名誉博士号を受章した。名誉教授就任から30周年となる本年、当時、同大学の総長として池田先生に称号を授与したフェルナンド・サンチェス・マルチーネス博士に話を聞いた。(聞き手=谷口伸久記者)

 ――サンチェス博士は、池田先生がドミニカを訪問する約1年半前の1985年9月に、東京・信濃町の聖教新聞本社を訪れ、池田先生と会見されています。
 日本政府の招へいで訪日した際、表敬訪問しました。初対面の私に対し、池田SGI会長が穏やかに、親愛の情をもって迎えてくださったことを、今でも印象深く覚えております。
 事前に、トインビー博士と池田会長の対談集を読んでいた私は、会長との会談を楽しみにしていました。
 私たちは「大学の使命」などについて語り合い、「若い世代に、人類の生存権、社会正義などを正しく教育し、平和に貢献する人材を育成することこそ、大学の使命である」との意見で一致しました。会長は、地球規模の諸課題に対して深い洞察を持ちながら、非常に分かりやすく話をしてくださいました。その慧眼に感銘を受けました。
 その後、池田会長の卓越したリーダーシップと平和への貢献をたたえるために、87年に会長がドミニカを訪問した折、わが大学の法律政治学部の名誉教授に就任していただきました。
 以来30年以上にわたって、会長と交流を結んできました。2008年に、わが大学の名誉博士号をお受けいただいた際には、訪日した大学関係者に私のことを尋ねてくださるなど、変わらぬ友情を示し続けてくださり、心からうれしく思いました。
  
 ――サントドミンゴ自治大学にとって、名誉教授の称号を贈るということは、どのような意義があるのでしょうか。
 大学というのは高等教育機関です。その我々の目的は、「全人格的な教育」にあります。大学で学ぶ青年たちに、人間としての模範の生き方を示さなければなりません。
 全人格的な教育というのは、単に専門知識を与えるだけではなく、自分自身と世界との関連性を深く理解させ、社会的な問題がどこに起因しているのか見極める力を持たせることです。
 そうした意味から、世界的に最も重大な問題である核兵器の廃絶や平和問題などに対し、毎年、提言を発信し、民衆運動をリードしてこられた池田会長の行動の偉大さを、高く評価するに至ったのです。
 また、池田会長は、学園や大学を創立されており、国連や学術機関からの称賛が相次いでいます。会長のような、人間的に、かつ学術的に傑出した人物を顕彰できることは、わが大学にとって、大変に光栄なことであります。
 特に卓越していると思うのは、池田会長の「対話の力」です。
 平和を築くキーポイントは「相互理解」です。そのためには、恒常的に対話に臨む姿勢と、寛容の精神が必要です。個人や地域、国家など、いずれの次元においても、相互理解を深める対話によって平和が築けることを、池田会長は自身の行動をもって示してこられました。
 冷戦時代、池田会長は、核兵器が使用されるかもしれないという危機的状況に立ち向かわれました。アメリカやソ連をはじめ、世界各国の指導者と直接、対話を展開されました。
 また、アジアにおいても、第2次世界大戦で日本が侵略した歴史を踏まえながら、各国と積極的に友好の道を開かれたのです。

 ――博士は、SGIとも長年、交流を深めてこられました。
 これまでも多くのイベントに参加させていただきました。SGIの会館で講演をしたこともあります。
 メンバーが届けてくださる機関誌も読んでいます。SGIが、ドミニカ社会に広く受け入れられていることがよく分かり、私も友人として、大変うれしく思っています。
 本年2月に行われた池田会長の訪問30周年を記念する総会にも、出席させていただきました。そこにはドミニカの著名な識者らが招待され、内容はとても素晴らしいものでした。
 特に、治療が難しい病気と宣告された婦人の体験談に感動しました。希望を失わずに病気に立ち向かい続け、寛解を勝ち取られた。さらには、自身の経験を通じて同じ病に苦しむ人に勇気を送っている。病に侵されても負けない生き方に、会場にいた誰もが胸を打たれたことでしょう。
 精神科医である私の経験からいっても、病気は決して、身体的な問題だけではありません。病に立ち向かう心構えや精神状態の違いが、大きな“回復の差”となって現れます。例えば、家族と調和が取れている。職場や地域で良い人間関係を保っている。自分の人生の目的を自覚している――こうした人は、病に対して悲観的になりにくく、回復も早いものです。
  
 ――苦難に直面している人の心の支えになるには、どのように接すればいいのでしょうか。
 まず、話を聞いてあげることが大切です。そして、相手が話をしたいと思った時に、すぐに聞いてあげられるよう、日頃から関わりをもつことです。そこで大事なことは、単に相手に“合わせる”のではなく、互いを信頼し合う関係性を構築することです。
 こうしたことは、医療の現場でも行われています。
 私も現在、病気の予防や治療において、「グループセッション」を取り入れています。一方的に話をするのではなく、患者同士が語り合うことで、患者自身の中から問題を乗り越える力を引き出すのです。
 今日の社会では、人間関係の希薄化が、ますます深刻になってきています。技術の進歩によって、生活は便利になりました。インターネットやスマートフォンが普及し、家にいながら遠く離れた人と交流ができる一方で、すぐそばにいる家族との会話が減っているという指摘もあります。
 わが国でも、経済発展の陰で格差が広がり、共働きの家庭が増えたことで、親子が共に過ごす時間が減ってきています。一番身近なはずの家族間のコミュニケーションでさえ、少なくなりました。
 私は、こうした家庭内のコミュニケーション不足と、それによって引き起こされる孤立を非常に危惧しています。多くの人にとって家庭とは、“心に安らぎを与えてくれる場所”だからです。
 こうした時代にあって、地域や社会で人間を結ぶSGIの存在は、多くの人に希望を与えています。
 あの婦人の体験談のような話を、もっと多くの人に聞いてもらいたいと思います。そうすれば、人生の暗闇の中、出口を見いだせず、独りで、もがき苦しむ人々に、再び立ち上がる勇気を与えられるに違いないからです。
 SGIには、調和のとれた幸福な社会を築く力があります。池田会長の思想や哲学、SGIの力が、今後ますます刮目される時代になるでしょう。

◆〈信仰体験 登攀者〉 日本料理人 一色憲治さん 
 守りに入るな徹して攻め抜け

 空気がきりっと張り詰めた厨房――。9人の職人が、凜とした手際で会席料理の品々を調理している。揚げ帆立、白だこ、冬瓜スープ煮、福子押し鮨の新笹包み……。
 

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