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2017年6月 6日 (火)

2017年6月6日(火)の聖教

2017年6月6日(火)の聖教

◆わが友に贈る

広宣流布に先駆する
知勇兼備の学生部よ!
どこまでも信心根本に
正義の言論戦を担い
拡大の波動を起こせ!

◆〈名字の言〉 2017年6月6日
 

 東京の大正小学校で校長を務める牧口先生を追放しようと圧力がかかった(1919年)。権力におもねることなく、理想の学校運営を進める牧口先生に私怨を抱く者たちの謀略だった。心ある教員や保護者が留任運動に決起したが、結果は異動となった▼だが、この異動がなければ創価の歴史は変わっていたかもしれない。牧口先生は転任先の西町小学校で、北海道から上京した若き戸田先生と出会ったのである。人生には後になって意味が分かることがある。目先の結果に一喜一憂せず信念を貫く時、どんな出来事も意味あるものになる▼ある壮年部員が、まな娘の病と職場の業績悪化という二重の試練に襲われた。必死に祈り切った時、それぞれに“結果”が出た。娘の病は治療も功を奏して完治。一方、壮年自身は50歳にしてリストラされた▼壮年は祈りを強め、やがて再就職を。平社員からの再出発で、労働条件は厳しい。それでも“信心で勝ち取った職場に、敗北の歴史を刻んでたまるか”と歯を食いしばった。苦労が実を結び、その後、壮年は社長に抜てきされた▼一見、不条理に思える事態でも、仏法の眼で見れば、その中から“自分でなければ果たせない使命”をつかむことができる。そうして道を開くのが信心である。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年6月6日

 会長の文明間対話は「平
 和の実践」の模範―博士
 人間主義の旗高く我らも
      ◇
 「すべてに第一」の江戸川
 が総立ち。信心の横綱よ
 東京凱歌へ猛然と進め!
      ◇
 関東婦人部の日。今こそ
 “まことの時”と走る広布
 の母たち。幸福勝利あれ
      ◇
 「なにのなげきか有るべ
 き」御書。仏の使いに功徳
 は燦然。誓願の祈り強く
      ◇
 「広く」「良い」人間関
 係を持つ人ほど長生き―
 研究。友情こそ一生の宝

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  六十二 (6090)
 
 


 セミナー会場は、奄美の女子部の登場に沸き返った。南海の島々で、喜々として信心に励む若きメンバーを目の当たりにして、参加者は新鮮な驚きを覚えたようだ。彼女たちが奄美を詠った「島育ち」「月の白浜」の歌を披露すると、大拍手が起こった。
 山本伸一は、セミナーから戻ってきた奄美の女子部長の長田麗や女子部の幹部らと、さらに懇談を重ねた。長田は加計呂麻島で教員をしている女子部員の活躍や、東京に来ることを強く希望しながら、今回は参加できなかったメンバーの様子を伝えた。
 伸一は、「そうか、そうか」と、うなずきながら、報告に耳を傾けた。
 また、彼の方からは、壮年・婦人の中心者や草創の同志、会館の管理者などの近況を、次々と尋ねていった。
 「元気に頑張っているんだね。嬉しいね」
 そして、一人ひとりへの伝言と、書籍などの激励の品を、彼女に託したのである。
 伸一は、語った。
 「皆さんの住むそれぞれの島や地域は、小さいかもしれない。しかし、そこを広宣流布の模範の地にしていくならば、奄美は世界中の同志の希望の星となります。それは、皆さんが先頭に立って、世界の広宣流布を牽引していることになる。したがって、わが地域広布は即世界広布なんです。
 今いる場所こそ、使命の天地であり、幸福の常寂光土であると定め、仲良く前進していってください。日蓮大聖人は、『此を去って彼に行くには非ざるなり』(御書七八一ページ)と仰せです。皆さんの力で、奄美から二十一世紀の広布の新風を起こしてください。
 奄美、頑張れ! 負けるな、奄美!」
 さらに伸一は、皆が立川文化会館を出発する時には、外に出てバスを見送った。
 奄美は、彼の期待通り、日本一の模範の組織となっていく。この時に集った友は、「あの激励が生涯の宝になりました」と語る。
 友の幸せを願う励ましの言葉は、蘇生の光となって、勇気と力を呼び起こす。

【聖教ニュース】

◆きょう牧口先生生誕146周年 明年4月、創価大学大学院に国際平和学研究科(届出中)を開設   地球的課題の解決に挑むリーダー輩出へ

 
新緑が輝く創価大学のキャンパス。開学50周年となる2021年へ、一段と発展を続ける(5月31日撮影)
新緑が輝く創価大学のキャンパス。開学50周年となる2021年へ、一段と発展を続ける(5月31日撮影)

 きょう6日で、牧口常三郎先生の生誕146周年を迎えた。人々の幸福を第一に掲げる価値創造の教育学を打ち立てた「創価教育の父」である。牧口先生は大著『人生地理学』の中で「郷土」を立脚点とした「世界民」の理念を訴え、不二の弟子であった戸田城聖先生は「地球民族主義」のビジョンを提唱した。池田大作先生は両先生の悲願であった創価の一貫教育を実現し、国際社会の発展に尽くす世界市民を輩出する。このほど、創価大学(東京・八王子市)は、文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援」事業の一環として大学院に修士課程「国際平和学研究科」の設置構想を発表。明年4月の開設へ、文部科学省に届出書類を提出し、本格的な準備が進む。
 「人間教育の世界的拠点」の構築へ、挑戦を続ける創価大学。
 「国際平和学研究科」は、2年間の修士課程として開設する。これまで推進してきた教育の「国際的通用性」と「質保証」の成果を基盤として、グローバル化に伴う複雑な社会的課題の解決に取り組む「創造的世界市民」の輩出を目指す。
 2014年に開設した国際教養学部のカリキュラムとも連動しながら、「国際関係論」と「平和学」の両分野を包括する「国際平和学」の高度な教育・研究を展開。「平和で持続可能な社会」の在り方を探究していく。
 授業は全て英語で実施し、諸課題の解決に向けた「政策構想力」「提言力」を養成。
 海外の大学院博士課程や国際機関・企業に進むなど、平和に資する人材として活躍できるよう、総合的な力を育む。
 具体的には、1年次前期の必修科目として「国際関係理論」「平和・世界市民論」を開設。国際社会の対立・紛争事例等への理解を深めるとともに、客観的な原因分析に必要な知識と理論を体系的に身に付ける。
 また、各学生が設定した研究課題に沿って、各自が必要とする専門分野を深められるよう、「国際関係論」と「平和学」の両分野に選択必修科目を配置する。「国際関係論」分野には「ヨーロッパ統合論」「国際帝国主義史」「アジア太平洋における地域・制度構築論」など7科目、「平和学」分野には「内戦と和平プロセス」「女性学」「人間の安全保障と人権」など8科目を設置する予定である。これらの科目は、国際公募で採用した経験豊富な教授陣らが担う。
 同研究科の修了者には修士(国際平和学)を授与する。
 創立者は、本年の創大入学式の折、学生にこう呼び掛けた。
 「共に『建学の精神』を実現しゆく盟友として、希望と啓発の世界市民の連帯を強め、深め、広げつつ、民衆の幸福へ、また人道と共生の地球へと、人類史を前進させていただきたい」と。
 世界の恒久平和の実現へ、創価教育学が志向する世界市民教育を体現しゆく「国際平和学研究科」に、大きな注目が集まる。
 〈現在、届出書類を提出中であり、内容等は、予定のため、変更する場合があります〉

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価女子短期大学〉第14回 留学・語学研修
 人格と教養光る国際人たれ
 
澄み渡る青空の下、短大生と懇談する池田先生。一人一人の成長を願い、心からの励ましを送る(1990年2月、アメリカ創大ロサンゼルス・キャンパスで)                                                                          
              澄み渡る青空の下、短大生と懇談する池田先生。一人一人の成長を願い、心からの励ましを送る(1990年2月、アメリカ創大ロサンゼルス・キャンパスで)

 昨日、創価女子短期大学生24人が、清新な決意に燃えて、成田国際空港を飛び立った。
 目的は、アメリカ創価大学(SUA)での伝統光る「短期留学プログラム」である。
 SUAでは2カ月間、学生寮で暮らしながら、リスニング、ライティング、リーディング、スピーキング、文法構造などを全て英語で学習。地元の小学生と交流する課外活動などを通して、異文化への理解を深める。
 短大では他に、ニュージーランド最古のオタゴ大学の付属語学学校での語学研修も。ホストファミリーのもとでホームステイをしながら、他国の留学生と一緒に少人数クラスで語学を身に付ける。
 海外で生きた言語を学び、多様な文化に触れることで個性と人格を磨く――。
 語学を鍛え、国際性豊かな女性を育成するプログラムは、短大の大きな特色の一つとなっている。


英語は度胸
 短大では、草創期から語学教育に力を入れてきた。
 開学2年目の1986年からは夏季語学研修がスタート。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で実施され、翌年からはアメリカ創大ロサンゼルス・キャンパス(当時)で行われるようになった。
 懸命に英語に挑みゆく短大生を、創立者の池田先生は温かく励まし、薫育してきた。
 90年2月には、世界への平和旅でアメリカへ。滞在中のロスから、研修出発前の5期生に真心の伝言を贈った。
 「飛行機が途中、揺れることがあるかもしれません。でも、一切心配いりません。安心して来なさい。ロスの方でお待ちしています」「人生の生き方を教えてあげたい」
 この言葉の通り、先生は短大生が到着した日から、毎日のように懇談や激励を重ねていく。
 ある時は共に記念撮影に納まり、「人格と教養のある人に」と励ましを。
 またある時は、学生の代表に名前や出身校を尋ねながら、「洗練された知性ある国際人になりなさい」「ここを出る時は一歩成長した姿で」と語った。
 「何ごとも、口ごもって言うのはいけない。はっきりと、大きな声で勇気ある行動をしなければいけない」とも呼び掛けている。
 ――先生の慈愛と期待に胸を熱くしながら、真剣に英語に打ち込んだ短大生。
 2月25日には、英語のテストが実施された。30分を超える長文の英語を聴き、その要旨を各人が英語でまとめるという内容である。
 2日後にも、再び同様の試験が。皆、必死にペンを走らせたが、思うように書くことができず、落胆するメンバーもいた。
 その日の夜、短大生の奮闘の様子を聞いた先生から伝言が届く。
 「真剣になると伸びていくものだということを強く感じました」
 「みんな風邪を引かないように」「楽しい一生の思い出を作りなさい」
 そして「英語は、第一に度胸、第二に度胸、第三に度胸だから頑張ってください」と、万感のエールを送った。
 “必ず創立者の期待に応えよう”――参加した友は、この研修を原点として猛勉強に励み、使命の大空へと羽ばたいていった。
                         
                                                                       ◇ ◆ ◇ 
 92年12月、アメリカの“人権運動の母”であるローザ・パークスさんが、アメリカ創大ロサンゼルス・キャンパスを訪問。短期留学中だった短大生と懇談した。
 短大生が歌う池田先生作詞の「母」に深い感銘を受けたパークスさん。この出会いの翌年1月には、先生との会見が実現している。
 今春、新たに33期生が入学した短大。語学教育は一段と充実し、留学を経験した“白鳥姉妹”たちは、外資系企業や大手航空会社、銀行、旅行会社など、活躍の舞台を日本中、世界中に広げている。
 語学と知性を磨く、かけがえのない“青春二歳”。永遠の原点と輝く90年2月、先生はロスで短大生に認めて贈った。
 「短大山 英知城」
 「短大山 幸福城」
 「知性山 短大城」
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈教学〉 6月度座談会拝読御書 弥三郎殿御返事 
御書全集1451ページ10行目~12行目 編年体御書1022ページ5行目~7行目
 後世にまで残る偉大な歴史を
 「勝つ」と決めて全力を尽くす

                                                                                                                                                 
 
本抄について
 本抄は、建治3年(1277年)8月4日、日蓮大聖人が56歳の時に身延においてしたためられ、弥三郎という門下に宛てられたお手紙です。
 弥三郎については御書の内容から武士ではないかと思われますが、住んでいた場所など詳しいことは不明です。伊豆の門下・船守弥三郎とは別人とされています。
 本抄は、弥三郎が出家の念仏者と法論を行うに際し、主張すべき内容や心構えについて大聖人に御指南を仰いだことに対して答えられたものと考えられています。
 初めに、日本国の人々が、主師親の三徳を具える釈迦仏を差し置いて阿弥陀仏を崇めているのは大謗法であり、それゆえに飢饉や疫病が起こり、他国から攻められるのであると言われています。
 次に、そのことを指摘する大聖人に対して、2度の流罪など、さまざまな迫害が加えられたことを述べられ、心ある人ならば自分たちのために大聖人が難に遭ってくれたのだと考え、その迫害の一部でも引き受けるべきであると仰せです。
 最後に法論に当たって述べるべき内容と心構えを示されています。すなわち、所領を惜しんだり、妻子を顧みたりするのではなく、ひとえに思い切るべきであると言われています。そして、今まで生きてきたのは、今回の法論に遭うためであると思い定めて戦い抜くよう励まされています。


拝読御文

 但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり


諸仏の“入其身”

 日蓮大聖人は今回、拝読する御文のすぐ後で、「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451ページ)と仰せです。「釈迦仏・多宝仏・十方の仏たちよ! 集い来って、わが身に入りかわり、私を助け給え」と心に念じなさい、との意味です。
 ここに説かれているのは、「善」の「入其身」ですが、法華経勧持品第13には「悪」の「入其身」である「悪鬼入其身」が説かれています。「悪鬼は其の身に入って」と読みますが、これは「悪鬼」が、さまざまな衆生の身に入り、正法を護持する者をそしり、辱め、仏道の実践を妨害することをいいます。
 「悪鬼」とは、誤った宗教・思想、また人の苦悩の因となって、精神を乱す源をいいます。日蓮大聖人は例えば、第六天の魔王が法華経の行者を迫害するために、智者や権力者の身に入ると述べられています。
 これに対して、「釈迦・多宝・十方の仏」、すなわち諸仏が「入其身」すれば、仏の所従(=家来)である諸菩薩・諸天等が従い、法華経の行者を守護することは間違いありません。
 池田先生は述べています。「広布の誓願を貫く生命にはありとあらゆる仏が入其身する。それほど、尊貴な我らである。ゆえに、諸天善神が守りに護らないわけがない。大宇宙の善の働きを、全て味方にしながら、満々たる仏の力で堂々と進みゆくのだ」
 “ここぞ”という勝負所では、わが身に、諸仏を「入其身」させる強盛な一念で祈り、行動していくことが大切になるのです。


瀬田川・宇治川

 今回の御文で言われる「勢多」とは瀬田川のことです。琵琶湖から流出して大阪湾に注ぐ淀川は、最も上流の部分を瀬田川といい、途中から宇治川と呼ばれます。
 瀬田川・宇治川は、古来、京都の南東の防衛線とされ、東国の軍勢にとって瀬田川・宇治川を渡れるかどうかが、京都を攻略する際のポイントになっていました。
 例えば、寿永3年(1184年)、源範頼と源義経の軍勢が、京都に入っていた木曽義仲の軍勢と戦った「宇治川の合戦」でも、ここが勝敗の分かれ目になりました。
 この時、義経軍に属する佐々木高綱と梶原景季の二人が先陣争いを演じたことは『平家物語』などに記されています。先に川を渡って先陣争いに勝った佐々木高綱は、優れた武士として、後の世まで名を残しました。
 この時、宇治川を渡りきった義経の軍勢が義仲軍を破り、勝利を収めました。
 また、鎌倉幕府と朝廷が戦った承久3年(1221年)の「承久の乱」の際も、北条泰時が率いる幕府の軍勢が、朝廷方の防戦をしのいで宇治川の渡河に成功し、勝利しました。幕府は、この乱に勝ったことで、全国各地に勢力を広げました。
 このように瀬田川・宇治川は戦いの勝負を決する場所とされてきたのです。
                                                                  ◇ 
 日蓮大聖人は弥三郎に対して、今回の法論こそが勝負を決する瀬田川・宇治川に当たり、名を上げるか下すかの分かれ目であると言われています。全力を尽くして戦い、断じて勝利していくよう、弥三郎を激励されているのです。


「今年の世間」

 拝読御文では「今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに」(御書1451ページ)として、本抄が書かれた建治3年(1277年)に多くの人命が失われたことを述べられています。
 すなわち本抄に「諸人現身に大飢渇・大疫病・先代になき大苦を受くる」(同1450ページ)とあるように、この年は深刻な飢饉があり、また疫病の大流行が見られました。
 疫病は建治3年の春から翌・建治4年の2月中旬まで、社会の各層に広がりました。この疫病について建治4年2月に書かれた「松野殿御返事」には次のように述べられています。
 “去年の春から今年の2月の中旬まで、伝染病が国中に充満した。10軒に5軒、また100軒に50軒まで、家族が皆、伝染病で死んでしまったり、また、病にはかからなかった者も、心は大苦悩にあっているので、病に侵された人々以上に苦しんでいる”(同1389ページ、趣旨)。疫病が猛威を振るい、多くの人が亡くなったことが分かります。
 また飢饉についても、同抄には次のように記されています。“日本国は、ここ数年の間、うち続いて飢饉が進み、衣食は全くなくなり、畜類を食べ尽くした”(同ページ、趣旨)と。当時の飢饉は、これほど深刻なものでした。
 日蓮大聖人は、このように多くの人が亡くなっていった中で、生き永らえることのできた自らの使命を深く自覚すべきであると教えられているのです。
池田先生の指針から 大変な戦いこそ宿命転換の好機
 重大なる法戦――広宣流布の言論戦に立ち会い、わが身、わが声、わが行動をもって仏法を宣揚し、師匠の正義を叫ぶことができる。これ以上の誉れはありません。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」――
 思えば、末法今時において、妙法に巡りあい、創価学会員として、創価の師弟として、世界広宣流布の道を共に歩めること自体が、最高の栄誉です。黄金に輝く人生です。
 戸田先生は言われました。
 「乱れた世の中で生活が苦しいとき、何故私たちは生まれてきたかを考えなければならない。
 みな大聖人様の命を受けて広宣流布する役目を持って生まれて来たということが宿習なのである。それが解るか解らないかが問題なのだ」
 長い人生の中にあって、「ここが勝負所である」「今が重大な勝負時である」という戦いに直面した場合も、この御文に通ずる体験でありましょう。
 私も、わが師と共に、わが同志と共に、幾度となく「此の事にあはん為なりけり」と命に刻んだ激闘が、数多くあります。同志の皆様もそうでしょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第13巻)
                                                                     ◇ ◆ ◇ 
 大聖人は、これから弥三郎が臨まんとする法論こそ、武士が名を挙げるチャンスである合戦と同じく、広宣流布の法戦において永遠に名を残す好機だと教えられています。
 そこで譬えに挙げられているのが、宇治・勢多の戦いです。
 そこは古来、京都に攻め入る際の要衝です。そこを余人に先駆けて突破して名を挙げることに、多くの名将たちも命を懸けたのです。
 私にとって、この一節は「“まさか”が実現」と、世間をあっと驚かせた「大阪の戦い」(1956年)の渦中、わが関西の同志と深く拝した御文でもあります。
 「今ここ」が、広布の突破口を開く決戦場であり、自身の宿命転換の正念場である――こう自ら決めて祈り、行動する時、必ず勝利の道は開かれます。
 大変な戦いの時こそ大転換のチャンスだと覚悟し、喜んで挑んでいくのが本当の勇者であり、賢者の生き方です。(同)
参考文献
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第13巻(聖教新聞社)

◆子どもの幸福のために! 教育本部の挑戦 

 
牧口先生の生誕を記念して行われた講演会。終了後、参加者は下田牧口記念会館内に設置されている記念展示室などを見学した(4日)
牧口先生の生誕を記念して行われた講演会。終了後、参加者は下田牧口記念会館内に設置されている記念展示室などを見学した(4日)

 創価の三代会長が貫いてきた人間教育の思想と実践を継承しようと日々、使命の舞台で挑戦の汗を流す教育本部の友。1984年(昭和59年)からは「実践記録」を積み重ね、累計で10万事例を突破した。また各地で講演会やセミナーなどを行い、「教育のための社会」構築への希望と輝く。ここでは、同本部が主催し、静岡・下田で開かれた牧口先生生誕146周年記念講演会の模様とともに、代表のメンバーの実践記録の内容(要旨)を紹介する。


静岡・下田で記念講演会 「牧口先生の生涯」テーマに

 創価学会初代会長・牧口先生の生誕146周年を記念する教育本部主催の講演会が4日、静岡の下田牧口記念会館で晴れやかに開催された(後援=牧口記念教育基金会)。
 約20年にわたり、6校の尋常小学校校長を歴任した牧口先生。戦争への坂を転がり落ち、子どもを“国家の道具”としか見ていなかった戦前の日本にあって、牧口先生は叫んだ。「教育は、子どもたちを幸福にするためにこそある」
 この信念で、子どもたちに寄り添い、幸福のために尽くし続けた牧口先生を人生の師と定めた第2代会長の戸田先生は、牧口先生の教育理論を実践する場として、私塾「時習学館」を創設。子どもたちの無限の可能性を引き出していった。
 そして、「教育は私の最後の事業」と語る第3代会長の池田先生は、初代・2代の遺志を受け継ぎ、創価学園・創価大学などを創立。激務の合間に生徒・学生らと触れ合い、手作りで人材を育ててきた。
 人類の未来を開くため、教育の発展に人生をささげてきた創価三代の師弟の闘争に連なる誇りに燃えて、各地の教育現場で奮闘する教育本部の友。創価教育の原点を確認し、その思想を広く社会に発信しゆくために、毎年、牧口先生の生誕日に合わせて、記念の講演会を行ってきた。
 今回の講演会では「牧口先生の生涯と創価教育」とのテーマで、創価大学の神立孝一副学長が講演した。
 神立副学長は、牧口先生の年表をもとに、生い立ちや日蓮仏法との出あいなどを紹介。戦時中に自らの信念を貫き、子どもたちや人類の幸福のために国家権力と最後まで戦い続けた先生の生き方の中にこそ創価教育の真髄はあると強調し、「平和の道を歩み抜いた先師の思いを継承していきたい」と述べた。
 佐野総静岡長は、会場となった下田牧口記念会館が1943年(昭和18年)7月6日、牧口先生が官憲に連行された法難の地・下田市須崎の地に立つことなどを紹介。高梨教育本部長があいさつした。


代表の実践記録から

●神奈川 元小学校校長 高野裕司さん
希望持てる学校づくり

 ある小学校に新任の校長として赴任した時のこと。その学校では、あいさつが乱れ、落ち着かない児童も多く、毎日起きるトラブルに対応するだけで精一杯でした。
 このままでは、子どもたちに夢や希望を持たせてあげられないと悩む日々……。
 そんな時、頭に浮かんだのは牧口先生の姿でした。小学校校長として、時間を見つけては授業を見守り、児童の表情や体調を気遣い、「どうしたの?」「大丈夫かい?」と優しく声を掛けていかれた牧口先生。
 “そうだ、対話だ! とことん子どもたちにぶつかろう!”
 私の挑戦が始まりました。
 まず私は、学校に来た子どもたちに“がんばるエネルギー”を送りたいと、昇降口の前にメッセージボードを設置。私からの“励ましの言葉”を、毎日つづることにしました。朝会で「毎日書きますから」と児童たちに伝えると、高学年からは「校長先生、毎日ですよ? 大丈夫?」、低学年からは「たのしみです。がんばってください」と、期待と不安が入り混じる声が。
 しばらく続けると、低学年の子どもたちがボードの前で声を合わせて読む姿が見られました。あるクラスでは、教室の黒板にその日のメッセージを写し、朝の会で担任と一緒に話し合う時間ができました。
 だんだんと、児童たちとの距離が近づいていくのを感じました。
 また、朝会等での校長の話も工夫。インタビュー形式にしてみたり、クイズを出してみたり。入学式では、新1年生に対し、話だけでなく、視覚的興味により印象づけられるよう、ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶってメッセージを伝えました。
 「明日から、ランドセルには教科書やノートだけでなく、『あいうえおの心』を入れて学校に来ましょう。『あ』はあいさつをしよう。『い』は命を大切にしよう。『う』は運動しよう。『え』は笑顔でいよう。『お』は思いやりを持とう」と。
 そのメッセージを新1年生だけでなく、全校児童一人一人に「あいうえお」のしおりにして手渡しました。だんだんと学校の雰囲気は変わり、子どもたちから気持ちの良いあいさつをしてくるようになり、学校でのトラブルもなくなっていきました。
 “夢と希望を持てる学校を”と、子どもと共に歩んだことが私の誇りです。一昨年に定年を迎え、校長の立場ではなくなりましたが、今も現場の教師として、子どもの幸せを願いながら日々、奮闘しています。
 

●徳島 特別支援学校教諭 清久幸恵さん
生徒を信じ抜く勇気を

 「先生って高等部におった先生やな」。特別支援学校の中学部3年に進級したA君が、声を掛けてきました。新しく担任することになった私は、「よろしくね」と返す心の内で、不安を抱えていました。A君には、あまり良い印象を持っていなかったからです。
 A君が好きなゲーム形式の授業でのこと。A君は負けそうになると、突然大声を出し、ゲームの道具をぐちゃぐちゃにしてしまったのです。A君は、自分の思い通りにならないと物を投げる。友だちとはケンカばかり。私に対しても「うるさい。無理。先生嫌い」と……。
 A君の生活が落ち着くようにと試行錯誤しましたが、大きな変化はありませんでした。“やっぱりダメ。そう簡単に変わるわけがない……”と諦めかけた時、池田先生の指導が目に留まりました。
 「信じ抜いてくれる先生がいる――そう思えることが、子どもたちにとって、どれほど生きる勇気となり、伸びゆく力となるか」
 “そうだ、信じ抜くことができていなかった自分が変わろう!”
 この日から“絶対にA君は変われる”と、新たな気持ちで教壇に立ちました。
 授業の中で子どもたちに交ざってゲームに参加。ルールを守る姿を見せるだけでなく、あえて順番を破って見せたり、邪魔をしたりしました。
 A君は「何するんだー!」と。そこで、「ルールを破られた気持ちはどう?」と尋ねると、A君はハッとした表情で「嫌な気持ち」と答えてくれました。
 それから、A君と二人で「どうしたら気持ちを落ち着けられるか」をじっくりと相談。興奮しそうになったら言葉を掛け、その都度、振り返る場を持つと決めました。
 最初は、なかなかうまくいかないこともありましたが、私に諦めはありませんでした。“大丈夫。A君なら乗り越えられる!”と。A君から“成長したい”という懸命な思いが伝わってきました。
 そうして、A君は徐々に自分をコントロールできるように。A君の学校生活は落ち着き始め、周りの友だちとも良い関係を築けるようになったのです。
 卒業式の日、A君が「先生、ありがとう!」と照れながら声を掛けてくれた姿は忘れられません。
 “子どもを信じ抜く勇気”を教えてもらった大切な宝の日々でした。「先生の方こそありがとう!」

◆〈未来部育成のページ〉 E-1グランプリ 今夏、第3回を開催

 
昨年8月に開催された「沖縄世界県E-1グランプリ撮影会」(浦添文化会館で)
昨年8月に開催された「沖縄世界県E-1グランプリ撮影会」(浦添文化会館で)

語学の翼で世界に雄飛
 今夏も、各種コンクールの取り組みの一つである「未来部E―1グランプリ」が行われる。ここでは、第3回となる同コンクールの実施大綱や課題文などを掲載。
   また、E―1グランプリをきっかけに、未来部員育成に力を注ぐ沖縄世界県の取り組みを紹介する。                       

沖縄世界県の取り組み 発表兼ねた撮影会を企画 

    「未来部員の挑戦をもっとたたえる方法はないだろうか」――一昨年の第1回大会を終えた直後から、金城秀治郎県未来部長は悩んでいた。
 沖縄総県では、応募推進のためのプレ大会を開催。四つのグループに分かれて予選会・決勝大会を行い、未来部員の演技に参加者からは大きな拍手が送られた。世界県からは3チームが参加。メンバーの成長した姿に触れ、金城さんは多くの人に知ってもらいたいとの思いが強くなったという。
 

●各部一体の応援

 2回目を迎えた昨年、総県で大会を持たないことが決まると、金城さんら青年部が中心となって、世界県独自の撮影会を企画。手間の掛かる“演技の録画”とコンクールへの応募をサポートするとともに、地域の同志を集めての発表会も兼ねることになった。
 企画が固まったのは7月21日。その3日後に開催された未来本部長会には、県長、県婦人部長を中心に、各部のリーダーと未来部担当者が一堂に会し、取り組む方針を共有した。8月21日の撮影会に向け、本部1チームを目標に各部が一体となって訪問激励に。その結果、前年を大きく上回る14チームが結成された。
 

●刺激を受け奮起

 撮影会に向けた取り組みは、二つの好機を生み出した。一つは未来部員同士の触発の機会となったこと。
 世界県では、撮影会までに2度の合同練習会を企画。英語の発音や皆の前でチームごとに課題文を朗読する練習を重ねた。
 当初は、せりふを読むことすらできなかったチームもあった。しかし、他のチームの姿を見て、徐々に声を出してせりふを言えるように。上達を自分たちが実感するにつれ、いつしか恥ずかしさも消え、撮影会当日には、それぞれのチームが堂々と発表することができた。
 家族でチームを結成した富村里美さん(地区婦人部長)一家。参加した3人の未来部員は1年前の挑戦を振り返り、「やってよかった」と口をそろえる。
 「英語が好きになった」と語る次女・広美さん(小学3年)は、同学年の友の頑張りに負けたくないと猛練習。英文が読めない中、デモ音声を繰り返し聞き、全文を暗記するまでに。長女の由美さん(中学2年)は、「発表することに抵抗があったけど、やってみて自信がつきました」と手応えを実感。長男・清君(小学6年)は、「衣装や表現にこだわっているチームがあり、次に出る時は、もっと工夫したい」と意欲的に話す。
 母・里美さんも、「今年は地域の、より多くの子どもたちに挑戦させてあげたい」と、笑顔で語る。
 

●同志の声援が力

 もう一つは、未来部員の頑張りをたたえる機会となったこと。
 撮影会当日、演技をするたびに、場内からは大きな声援が送られた。また、駆け付けた地域の同志が、発表を終えた一人一人に声を掛ける光景が会場のいたるところで見られた。
 「大勢の人の前で演技した未来部員たちは皆、誇らしげな顔をしていました。声援がメンバーの励みになったのだと思います」と、伊波稔県未来本部長は、改めて励ましの力の重要性を語る。
 その後も、座談会などでメンバーによる発表や演技を録画した映像を上映。
 「英語を理解できた人は少なかったかもしれませんが、未来部員の成長した姿に、皆、わが子のことのように喜んでいました」と安田香代子県女性未来本部長。
 こうした励ましに触れる中、家族と一緒に会合に参加するようになったメンバーや、司会などの役を積極的に担当するようになったメンバーなど、以前にも増して、会合で未来部員の姿が見られるようになった。
 さらなる活躍の場をつくろうと、世界県では未来っ子の特技を披露する機会を設けたり、少年少女部の「パイン合唱団」の出動機会を増やすなど、工夫を重ねている。
 宮城吉孝県長、与那覇美世子県婦人部長は語る。
 「未来部員の成長が地域の同志の希望となっています。これからも各部一体で人材育成の流れを構築していきたいと思います」 

 口ををそろえる。
 「英語が好きになった」と語る次女・広美さん(小学3年)は、同学年の友の頑張りに負けたくないと猛練習。英文が読めない中、デモ音声を繰り返し聞き、全文を暗記するまでに。長女の由美さん(中学2年)は、「発表することに抵抗があったけど、やってみて自信がつきました」と手応えを実感。長男・清君(小学6年)は、「衣装や表現にこだわっているチームがあり、次に出る時は、もっと工夫したい」と意欲的に話す。
 母・里美さんも、「今年は地域の、より多くの子どもたちに挑戦させてあげたい」と、笑顔で語る。

 
●同志の声援が力



 もう一つは、未来部員の頑張りをたたえる機会となったこと。
 撮影会当日、演技をするたびに、場内からは大きな声援が送られた。また、駆け付けた地域の同志が、発表を終えた一人一人に声を掛ける光景が会場のいたるところで見られた。
 「大勢の人の前で演技した未来部員たちは皆、
誇らしげに顔をしていました。声援がメンバーの励みになったのだと思います」と、伊波稔県未来本部長は、改めて励ましの力の重要性を語る。
 その後も、座談会などでメンバーによる発表や演技を録画した映像を上映。
 「英語を理解できた人は少なかったかもしれませんが、未来部員の成長した姿に、皆、わが子のことのように喜んでいました」と安田香代子県女性未来本部長。
 こうした励ましに触れる中、家族と一緒に会合に参加するようになったメンバーや、司会などの役を積極的に担当するようになったメンバーなど、以前にも増して、会合で未来部員の姿が見られるようになった。
 さらなる活躍の場をつくろうと、世界県では未来っ子の特技を披露する機会を設けたり、少年少女部の「パイン合唱団」の出動機会を増やすなど、工夫を重ねている。
 宮城吉孝県長、与那覇美世子県婦人部長は語る。
 「未来部員の成長が地域の同志の希望となっています。これからも各部一体で人材育成の流れを構築していきたいと思います」                

アピール 創価家族の励ましで成長の夏に      木﨑未来部長  高澤女子未来部長 

 少年少女部員も対象になった昨年の「E―1グランプリ」では、一昨年をはるかに上回る約6000作品の応募があり、工夫を凝らした、たくさんの寸劇が寄せられました。
 また、小学生を中・高校生の先輩が励ましたりするなど、小・中・高の縦のつながりが深まる機会にもなり、第3回となる今年もメンバーの成長に期待が膨らみます。
 「E―1」では、1チーム4人で、英語の寸劇(スキット)を披露します。英語力のほかに、発想力や演技力なども評価の対象です。
 未来部員の中には、「E―1」を通して勤行・唱題に挑戦するようになったメンバーが数多くいます。
 さらに、学校の先生に英語のアドバイスをしてもらったり、互いの演技に「こうしたらいい」と建設的に意見を言い合うようになったりと、自信を持ち、物事に積極的に取り組むようになったエピソードも生まれました。
 現在、社会の国際化や多様化によって、より高い語学力やコミュニケーション力が求められるようになっています。その中で、楽しく英語を学べるだけでなく、協調性や創造性も磨くことができる「E―1」は、一人一人の成長のきっかけになります。
 さらに、「E―1」は、創価家族の総合力が発揮される催しです。
 毎回、各部の方々が英語や演技、そして信心の“コーチ”となって、挑戦するメンバーを支えてくださっています。未来部メンバーに「E―1」の感想を聞くと、そうした同志への感謝の言葉を口にし、自然と信心継承の場にもなっていることを感じます。
 
 メンバーの成長に触発され、信心に消極的だったご家族が学会活動に励むようになったこともありました。
 今回の課題文では、「興味がある国」を調べて自由に作文する箇所があります。異文化交流や世界市民について考えるきっかけにもなるでしょう。
 池田先生が語学についてつづられた、未来ジャーナル6月号の「未来対話『夢の翼』」も研さんしながら、世界へ、未来へと心を広げていく「E―1グランプリ」にしていきましょう!               

 「E―1」では、1チーム4人で、英語の寸劇(スキット)を披露します。英語力のほかに、発想力や演技力なども評価の対象です。
 未来部員の中には、「E―1」を通して勤行・唱題に挑戦するようになったメンバーが数多くいます。
 さらに、学校の先生に英語のアドバイスをしてもらったり、互いの演技に「こうしたらいい」と建設的に意見を言い合うようになったりと、自信を持ち、物事に積極的に取り組むようになったエピソードも生まれました。
 現在、社会の国際化や多様化によって、より高い語学力やコミュニケーション力

求められるようになっています。その中で、楽しく英語を学べるだけでなく、協調性や創造性も磨

くことができる「E―1」は、一人一人の成長のきっかけになります。
 さらに、「E―1」は、創価家族の総合力が発揮される催しです。


 毎回、各部の方々が英語や演技、そして信心の“コーチ”となって、挑戦するメンバーを支えてくださっています。未来部メンバーに「E―1」の感想を聞くと、そうした同志への感謝の言葉を

にし、自然と信心継承の場にもなっていることを感じます。
 
 メンバーの成長に触発され、信心に消極的だったご家族が学会活動に励むようになったこともありました。
 今回の課題文では、「興味がある国」を調べて自由に作文する箇所があります。異文化交流や世界市民について考えるきっかけにもなるでしょう。
 池田先生が語学についてつづられた、未来ジャーナル6月号の「未来対話『夢の翼』」も研さんしながら、世界へ、未来へと心を広げていく「E―1グランプリ」にしていきましょう!
                

◆〈信仰体験 ブラボーわが人生〉第29回 関西創価学園の思い出 

 【山口県・周防大島町】痩せて、落ちくぼんだ目。その鋭くも優しい双眼で、激動の時代を見詰めてきた。

 

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