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2017年6月15日 (木)

2017年6月15日(木)の聖教

2017年6月15日(木)の聖教

◆わが友に贈る

朝の真剣な祈りこそ
価値創造のエンジンだ。
「きょう一日を
一週間分、十日分に」と
勢いよく出発しよう!

◆〈名字の言〉2017年6月15日

 知人の勧めで本紙を購読した婦人。記事の内容もさることながら、配達員のはつらつとした“あいさつ”に感動したという▼“何と温かく響くのだろう”。婦人は配達員に会うのが楽しみになり、いつしか玄関の前で待つように。購読の契約が切れる頃、知人に継続を願い出た。「あの声をまた聞きたくて。“私も明るくなろう”って勇気が湧くから」。婦人は長年の悩みに立ち向かう決意を固め、先日、入会を希望した▼「声を発する」という過程には喉と口だけでなく鼻や顎、さらに肺・気管など胴体の4分の3が携わっており、実は体のほとんどの部分と関連している。そのため、足首をくじいても声に影響するという。体中の器官の驚異的な連携によって声は生まれている。人は“全身”でしゃべっているのである▼加えて、声の高さや大きさ、速さによって伝わり方が変わる。このような発話に伴う言葉以外の特徴を「パラ言語」と呼ぶ。このパラ言語によって、言葉に“生命”が吹き込まれ、思いが相手に届く(アン・カープ著『「声」の秘密』草思社)▼法華経に「色心不二」と説かれる通り、心と体は一体である。満々たる生命力は、体を伝わって、生き生きとした声となって表れる。きょうも爽やかなあいさつから、友好を広げたい。(靖) 

◆〈寸鉄〉  2017年6月15日

 学会こそ最も不撓不屈の
 庶民の団体―学者。さあ
 まさかが実現の劇を共に
      ◇
 東京・中野が猛進撃。痛快
 に逆転を!徹底した攻め
 と粘りと団結で勝利掴め
      ◇
 新宿よ強気で押しまくれ
 常勝が本陣の使命なり。
 師子となって勝ち進め!
      ◇
 栃木婦人部の日。勇気の
 対話を今こそ!幸の絆を
 結ぶ母たちに福徳燦たり
      ◇
 国連で核兵器禁止条約の
 交渉第2会期。廃絶こそ
 民衆の悲願。必ず成立を

◆社説  言葉は人生を豊かにする  躍動する生命で朗らかな対話


 「緑陰に開く原書の冷ややかに」――人気の俳人・夏井いつきさんが、今月9日付の本紙インタビューに寄せた「初夏の3句」の一つである。
 緑陰が夏の季語。青々と茂る樹木の陰には涼風が時折吹く。原書は翻訳本ではない洋書。古典・原典の類いと解しても許されるだろうか。読み解くのに多少負荷のある本に没頭する時間が「冷ややかに」過ぎていく。
 木陰の情景、若々しい心を映す学びの姿。首夏らしいイメージを鮮やかに詠んだ一句だ。
 活字を読み、人が得るものとは一体何だろう。それは、まず「想像する豊かさ」だと、聖教歌壇選者の道浦母都子さんは語った。そして、さらに「言葉の豊かさで
す。語彙の豊かさは、生活の豊かさに通じる」とも。
 かつて鎌倉文学館の富岡幸一郎館長は、言語学者・丸山圭三郎の大学での講義の思い出を紹介してくれた。丸山教授は「窓の外を見てください。青空がありますね。しかし、青空はないのです。青空という言葉があるのです」と語ったという。つまり、これは「言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなくて、私たちの世界を生成していく」のであり「そこにいる人々の世界観を生み、認識を秩序立て、流動する森羅万象を形あるものにする」ことを意味する。
 言葉が世界を成立させる。言葉の乱れは社会を混乱させる。それ故、第2代会長・戸田先生は、うそ偽りの輩を「信なき言論煙の如し」と一刀両断した。
 学会員が朝晩、読誦している法華経方便品第2の経文に「言辞柔軟。悦可衆心」――(如来は)言葉は柔らかであり、人々の心を喜ばせる、とある。
 柔和で凜とした確信ある言葉を響かせる。これは耳あたりの良い甘言で相手におもねるのではない。心を知り、琴線に触れること。礼儀と誠意を尽くして堂々と真実を語ることである。
 かつて池田先生は「仏は言葉を編むのに真剣です。悩み、工夫する。方便力を発揮する。そういう努力の結果が、『自在』の説法として表れる」と語った。どうすれば心が通うか、希望が湧くかと、心を砕く日々の努力自体が“如来の振る舞い”に通じると拝せよう。躍動する生命の喜びを広げゆく私たちの朗らかな「対話」で、薄暗い世に明かりをともすのだ。
 その中でこそ本に親しめる。言葉が味わえる。「読書は、智慧も、知識も、指導力も、そして御書の読み方にも、力を与えてくれる」と日記につづった、池田先生の若き日に倣いたい。

◆きょうの発心   広宣流布の大願に生き抜く2017年6月15日

御文
 願くは我が弟子等・大願ををこせ(上野殿御返事、1561ページ・編1241ページ)
通解 願わくは、わが弟子らは大願を起こしなさい。

 師弟の魂を胸に、広宣流布の大願に生き抜くことを教えられた一節です。
 
 私が幼少の頃に父が亡くなったため、母は女手一つで私たち3兄弟を育て、学会活動に奔走。経済的にも大変な中、温かい励ましを送ってくださった創価家族に本当に感謝しています。
 青年部になったばかりの1984年(昭和59年)、「神奈川青年平和音楽祭」に出演。仕事、練習、広布の活動と全てをやりきって迎えた当日、雨にぬれながら青年を励ます池田先生の姿を今も鮮明に記憶しています。この感動を語り、入会した妻と結婚し、2人の子どもに恵まれました。
 “自分自身に生きなさい”との池田先生の指導を心に刻み、生涯、広布の大願に生き抜こうと決意。今日まで、この誓いのままに歩んできました。
 わが家の後継も育ち、息子は2人の子を持つ親に。娘は県女子部長として活動しています。一昨年に妻が亡くなり、私自身「妻の分も頑張り、縁する全ての人を幸福に」との決意を新たにしました。
 今月で新「平塚文化会館」が完成して5周年。平塚県のスローガン「拡大の金字塔 連戦連勝の平塚県」を胸に人材城を構築し、青年部を先頭に勝利の実証を示してまいります。
 神奈川・平塚県長 吉村元司

◆小説『新・人間革命』第30巻 雄飛の章 一   (6097)
 


 北京は、うららかな陽光に包まれていた。空港の周囲に広がる、のどかな田園風景が、「北京の春」を感じさせた。
 一九八〇年(昭和五十五年)四月二十一日の午後二時半(現地時間)、山本伸一たち第五次訪中団一行は、北京の空港に到着した。
 この訪中は、伸一が会長を辞任して以来、初めての海外訪問であった。彼は、これまで民間交流によって築き上げてきた日中友好の金の橋を、いっそう堅固なものにするとともに、二十一世紀に向かって、平和の大道を広げていこうとの決意に燃えていた。
 空港で一行を出迎えた中日友好協会の孫平化副会長が、伸一に語り始めた。
 「北京は、この二、三日、『黄塵万丈』だったんですよ」
 「黄塵万丈」とは、強風で黄色い土煙が空高く舞い上がる様子をいう。
 「一寸先も見えない状態でした。昨日の夕方、やっと収まったんです。今日は春らしい日和となり、青空も広がりました。大自然も、先生の訪中を祝福しているようです」
 今回の中日友好協会からの招聘状には、「春の暖かく花が咲く季節」に一行を迎えたいとあり、まさにその通りの天候となった。
 伸一は、束の間、日本国内での学会を取り巻く状況を思った。
 “宗門の若手僧たちは、異様なまでの学会攻撃を繰り返している。まさに「黄塵万丈」といえる。しかし、こんな状態が、いつまでも続くわけがない。これを勝ち越えていけば、今日の青空のような、広宣流布の希望の未来が開かれていくにちがいない”
 案内された空港の貴賓室には、大きな滝の刺繡画が飾られていた。これは、黄河中流にある大瀑布で、さらに下ると、竜門の激流がある。ここを登った魚は竜になるとの故事が、「登竜門」という言葉の由来である。
 御書にも、竜門は仏道修行にあって成仏の難しさを示す譬えとして引かれている。
 一行は、幾度も激流を越えてきた創価の歩みを思いながら、滝の刺繡画に見入っていた。

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 世界の“ザダンカイ” 
 台湾・台北 青年の躍動支える“愛心ママ” 信仰の実証を示してみせる
          
台湾の金華地区永康組の5月度座談会では、青年部から婦人部へ、日頃の感謝を込めてカーネーションが贈られた。写真は、未来部の楊豐綸くん(右端)から母親の黄少薇・地区婦人部長へ(先月21日、台北市内で)

台湾の金華地区永康組の5月度座談会では、青年部から婦人部へ、日頃の感謝を込めてカーネーションが贈られた。写真は、未来部の楊豐綸くん(右端)から母親の黄少薇・地区婦人部長へ(先月21日、台北市内で)

   模範の社会貢献が光る台湾SGI(創価学会インタナショナル)。台湾行政院の内政部から「社会優良団体賞」を19回連続、「優良宗教団体賞」を14回連続で受賞している。それほどまでに社会から大きな信頼が寄せられる背景には何があるのだろうか。その一端でも学びたいという思いで、“台湾のザダンカイ”を取材した。(記事=村上進、写真=井﨑伸明)
 先月21日の日曜日。日本より一足先に梅雨に入り、曇りがちな台湾の空から時折、まぶしい陽光が差し込む。
 座談会場に向かう途中、発展する台湾を象徴する光景が。101階建ての「台北101」を東に望む大通り(信義路)には、世界をリードする台湾IT関連の企業や金融機関等が、所狭しと立ち並ぶ。その中に、観光客や台湾各地からの人でにぎわい、流行の先端をいく人気店が集まる商店街「永康街」がある。
 今回、訪れたのは、この台湾の中心地域を舞台とする、台北西区・金華地区永康組(ブロック)の座談会だ。
                                                               ◇ 
 午後2時開会。司会は男女青年部による軽妙な掛け合いで。ITが浸透する台湾らしく、お面をかぶってスマートフォンになりきった男子部員が“音声認識機能”を使い、女子部員が投げ掛ける質問に“人工知能”で答えていく流れ。座談会に初めて来てくれた友人や、青年・未来部も楽しめるように、「なぜ御書を学ぶのか」「信仰体験の力」などについて、分かりやすい説明を加えていた。
 さらに、座談会で発表される内容が理解しやすいように、青年部が事前にパソコンで作成した資料を、次々とテレビ画面に映し出すなど、いたるところに工夫が凝らされていた。 
 会合の中で続々と発表を行うのも青年部。5・3「創価学会の日」について研究発表をしたのは、出版社で働く社会人1年目の女子部・䔥閔云さん。「5・3の意義は、私にはよく分かりませんでしたが、今回、世界平和と人類の幸福を実現しようとする、戸田先生と池田先生の師弟の魂が込められていると、はっきり分かりました」と。
 本年の台湾青年部のスローガン「いまだかつてない歴史をつくろう!」を胸に、仕事でも生活でも新しい挑戦を続ける中、信心に消極的だった弟も、学会活動に励むように。その喜びを語る彼女に、大きな拍手が送られた。
 また、御書学習のコーナーで「立正安国論」の講義を担当したのは、名門・台湾大学の大学院生・鍾佩宏さん。今回、留学生の友人と共に参加。大学院生ならではの少々難しい講義も、熱心に耳を傾ける同志の温かさに包まれ、充実した学びの時間に。
 参加した友人は語った。「以前から、なぜSGIのメンバーは人に対して明るく、親切な振る舞いができるのか疑問でしたが、座談会に参加して分かりました。皆で励まし合える小さい単位の集まりがあることは、とても素晴らしいことですね」
 台湾でも日本と同様、激しい競争社会や人間関係の希薄化が進む中、仕事や生活上の壁に直面し、誰にも相談できずに悩む若者が多くいるといわれる。その中にあって、職場や家庭で信仰の実証を示そうと奮闘する青年を支え、活躍を応援するという思いに満ちた台湾SGIの座談会は、まさに若い人が安心して輝ける場所なのだろう。
 そんな温かな同志への感謝を青年部が語る中で、何度も登場したフレーズが“愛心ママ”。
 台湾婦人部では、親元を離れて暮らす学生部や地域の宝の未来部をはじめ、青年一人一人の状況に合わせて励ましを送る担当者を決め、“愛心ママ”と名付けて活動しているという。
 座談会の途中、「母の日」の5月にちなんでのサプライズが。「創価の母に感謝」「愛心ママありがとう」――地区の青年部それぞれが婦人部への感謝を語る映像が映し出された。
 さらに青年部が「母」の歌を歌いながら、婦人部にカーネーションを渡す姿に、会場は感動に包まれた。
 座談会は、さらに体験発表のコーナーへ。
 中正本部男子部長を務める楊英杰さんは、昨年末、念願の司法試験合格を果たした。
 妻の黄少薇さん(地区婦人部長)との結婚を機に、義母からの勧めで入会。長男・楊豐綸くんの出産の際、へその緒が首に巻き付いて生まれ、生命が危険な状態を、妻と共に唱題で乗り越えた。また8年前に乳がんを発症した妻が、信仰の力で克服した姿を目の当たりにし、自らも学会活動に参加しながら試験への挑戦を続けた。
 しかし、何度受けても不合格。次第に祈りへの確信が弱まり、活動からも遠ざかる。昨年、心が折れかけた夫に妻は語った。「信心根本で挑まなければ、不可能を可能にすることはできないよ」と。
 一念発起し、男子部の活動、創価班の任務も全てやり切りながら勉強を再開。地区の同志から励ましを受ける中で、「偉大な信仰の実証を自らの結果で示してみせる」との強い祈りに変わった。そして、13回目の挑戦で合格をつかんだ楊さんは、体験発表の最後に「妻そして義母、世界一の婦人部の皆さまの祈りに感謝です」と。今年、中学に進学する長男からは、母親であり、地区の“愛心ママ”である黄さんに花束が手渡された。
                                                                  ◇ 
 台湾初の支部となる台北支部が結成されたのは、55年前の1962年。しかし当時の台湾は、戒厳令のもと言論や集会の自由は著しく制限され、宗教活動が自由にできない時代が続いた。
 翌63年1月27日、海外訪問からの帰路にあった池田先生の飛行機が、給油のため台北・松山空港に一時着陸。待っていた草創の同志に、先生は語った。
 「本当の勝負は、30年、40年先です。最後は必ず勝ちます」「冬は必ず春となります」
 その指針を胸に、台湾SGIは、平和・文化・教育の運動で社会の発展に尽くし、一人一人が現実の中で良き市民として、信仰の実証を示す偉大な伝統を築き上げてきた。
 今や、その社会貢献の姿が台湾社会から模範とたたえられる“春の時代”が到来した。
 そして、“冬の時代”に培われた「社会で実証を示し抜く精神」は、“愛心ママ”をはじめ壮年・婦人による青年部への励ましの中で、後継の世代へと確かに受け継がれている。
 ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【先生のメッセージ】

◆池田先生がジャパンタイムズに寄稿 2
 市民社会の声を反映させ核兵器禁止条約の成立を
 
ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約交渉会議の第1会期。一般討論では市民社会の一員として、SGIも発言した(本年3月)
ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約交渉会議の第1会期。一般討論では市民社会の一員として、SGIも発言した(本年3月)

 アメリカ・ニューヨークの国連本部で明15日から始まる核兵器禁止条約交渉会議の第2会期に向けて、池田先生は6日付の英字紙「ジャパンタイムズ」に「禁止条約は核兵器のない世界へ可能性を開く」と題し、寄稿した。ジャパンタイムズ紙の了承を得て、日本語の全文を掲載する。
 核兵器禁止条約の締結に向け、正念場となる交渉会議の第2会期が、今月15日からニューヨークの国連本部で始まる。
 3月末の第1会期には、加盟国の3分の2に及ぶ130カ国近くが参加し、市民社会の代表も交えて活発な討議が行われた。
 人類と地球の生態系を壊滅の危機にさらす核兵器――。その脅威は一向に解消されず、むしろ増幅しかねない方向に向かいつつある。交渉会議は、こうした状況の根本的な打開を目指すものだ。
 「私たちヒバクシャは、核兵器禁止条約は世界を変革できるものであり、変革しゆくものであるという点について、少しの疑いも抱いていない」
 第1会期での被爆者のこの発言に対し、会場でしばし拍手が鳴りやまなかったように、それは、国家の違いという垣根を超えて多くの参加者に共通する思いでもあるといえよう。
 先月22日には、交渉会議の議長から禁止条約の草案が発表された。核兵器が引き起こす壊滅的な人道的結末を深く憂慮し、核兵器の使用はもとより、保有や開発などを広く禁じる内容となっている。
 前文には、「核兵器の犠牲者(ヒバクシャ)や核兵器実験による被害者の苦痛に留意する」との一節も盛り込まれた。
 “二度と惨劇を繰り返してはならない!”という世界のヒバクシャの強い思いが、条約の精神を刻む前文に掲げられたのだ。
 核兵器と核兵器が対峙する状態は、あくまで時代状況の中でつくり出されたものであって、国際社会において絶対に動かすことができない“所与の条件”などではないはずだ。
 事実、これまで非核地帯が次々と設立される中、110以上の国々が核兵器に依存しない安全保障の道を選び取ってきた。その中には、一時は核開発を模索しながらも放棄した国も少なくない。
 “核兵器による安全保障”とは、広島と長崎での惨劇が他国で繰り返されてもやむを得ないとの前提に立った、極めて非人道的な安全保障観に他ならないという本質と向き合う必要がある。
 残念ながら、第1会期の討議には、核保有国をはじめ、日本を含む大半の核依存国が参加しなかった。
 しかし禁止条約の草案に記された、核兵器による壊滅的な人道的結末への深い懸念は、2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の最終文書において全会一致で示された通り、核保有国や核依存国を含め、今やどの国にも共有されているものだ。
 この共通認識に基づき、NPTの全加盟国が「核兵器のない世界という目的に完全に合致した政策を追求する」と明確に誓約したことを、第2会期での討議の土台に据えて、さらに多くの国が交渉の輪に加わる中で、核兵器禁止条約の具体的な条文として結晶させることを、私は強く呼び掛けたい。
 そこで重要な鍵を握るのは、核依存国の参加である。中でも、唯一の戦争被爆国である日本が果たすべき役割は大きい。
 昨年4月、広島で行われたG7(主要7カ国)外相会合で、日本は他の核保有国や核依存国と共同して、「我々は、核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている」との宣言を世界に発信した。この宣言を胸に、日本は今こそ交渉会議への参加に踏み切るべきだ。
 広島と長崎の強い願い――。そこには、“どの国も核攻撃の対象にしてはならない”との思いとともに、“どの国も核攻撃に踏み切らせてはならない”との思いが脈打っている。核兵器禁止条約は、それを人類共通の規範として打ち立てるもので、日本の使命は、その実現のために最大の努力を払うことにあるといってよい。
 核兵器が地球上に存在し続ける限り、かつてのキューバ危機のような一触即発の事態が生じる恐れは消え去ることはない。
 「大量殲滅の時代における“世界大戦”ではなく、我々は、この自己決定の時代にあって“世界法”を選び取る」とは、1961年の国連総会でケネディ大統領(当時)が呼び掛けた言葉であった。
 多くの国々と市民社会が協働する形で、建設的な討議が進められてきた禁止条約は、まさにケネディ大統領が提起していた“世界法”にもつながるものといえよう。
 NPTの履行を確保する重要な基盤となり、核兵器廃絶への流れを決定的なものにする核兵器禁止条約を、7月7日まで行われる第2会期で、何としても成立させるべきだ。
 そして、この歴史的な条約が、市民社会からの声を十分に反映したものとして採択されることを切に望むものである。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第16回 オランダの風車 2017年6月15日
一日一日、勝利の旗を

アムステルダム近郊の風景(2016年撮影)。この地域の風車は、主に粉をひくために使われてきた
アムステルダム近郊の風景(2016年撮影)。この地域の風車は、主に粉をひくために使われてきた

 ゆるやかな流れに沿って点在する風車。大小の水路に潤された草地が、陽光を浴びて黄金色に輝いている。まるで“おとぎの世界”のようだ。
 オランダの首都アムステルダム近郊。
 のどかな風景とは対照的に、同国の歴史は絶えざる「水との戦い」だった。
 正式な国名は「低地の国」を意味する「ネーデルラント王国」。面積は日本の九州ほどだが、その4分の1は海面より低いため、常に水害の危険にさらされてきた。
 15世紀に最初の風車が建造され、国土を広げるため、湖の干拓が始まる。堤防を築いて水を閉じ込め、風車の力で水を堤防の外へくみ出すのだ。16・17世紀には至る所に風車が立ち、大きな湖の干拓が次々と進められた。
 こうして、しばしば大洪水に見舞われながらも、商業をはじめ、農業・工業の発展によってオランダは黄金時代を迎えるのである。
 池田先生は、オランダの干拓の歴史に触れ、次のように述べている。
 「オランダの人たちは、人間の知恵と努力への信頼度が高い気がする。簡単に『しかたがない』とは、あきらめないのだ」
 オランダの美しい大地には、不撓不屈の精神が息づいているのである。
 1967年5月、先生がオランダを訪れた。61年に続き、2度目の訪問だった。
 当時の同国のメンバーは、わずか5人。しかし先生は、未来の大発展を展望して、支部を結成する。
 この時の模様が、小説『新・人間革命』第12巻「新緑」の章につづられている。
 友を宿舎に招き、近況に耳を傾ける山本伸一会長。
 仕事を失ったという青年には、力強く励ました後、こう語り掛けた。
 「人生の戦いというのは“もうだめだ”と思ったところから、どう立ち上がっていくかにある。そこから、本当の勝利への飛翔が始まるんだ」
 また伸一は、リーダーの団結の重要性を確認した上で、拡大の要諦に言及する。
 「広布の戦いは持続です。苦労に苦労を重ねて、あと一歩というところまで来ても、気が緩み、手を抜けば、そこから崩れてしまう」
 「決して油断したり、あきらめたりするのではなく、闘魂を、情熱を、いや増して燃え上がらせ、一つ、また一つと、着実に勝利の旗を打ち立てていくことです」
 油断せず、そして諦めず。一つ一つ、着実に――師の指針は、「水との戦い」を繰り返してきたオランダの友の胸に強く響いたに違いない。
 以来、友は新たな広布拡大への挑戦を開始。団結第一で、一人また一人と粘り強く対話を重ね、地域に友情と信頼を広げた。83年には、ルベルス首相(当時)と池田先生の会見が実現した。
 支部結成から本年で50周年。現在、オランダSGIは、5方面37支部に発展。社会に平和と人間主義の光を発信している。
 広宣流布は、永遠に仏と魔との激しい戦いである。どんなに努力を重ねてきても、“何とかなるだろう”“たぶん大丈夫”などという心の緩みがあれば、一気に崩れてしまいかねない。
 何があろうと前進をやめないことだ。強盛な祈りを根本に、一日一日、知恵を絞り、仏縁の拡大に全力を挙げる。そして一日一日、勝利の旗を厳然と打ち立てていく――。その着実な積み重ねが、偉大な栄光の扉を開く。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉38 さあ、希望の新時代に向かって! 
 団結こそ広布を成就する力
 各地で梅雨入り 健康・無事故の毎日を
 

誠実と熱意が、人の心を動かす。いかなる人も、広宣流布の味方に!――この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開きゆく時は今(13日、東京・北平和会館での北総区の地区部長会)
誠実と熱意が、人の心を動かす。いかなる人も、広宣流布の味方に!――この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開きゆく時は今(13日、東京・北平和会館での北総区の地区部長会)

 伊藤 池田先生は先日、小説『新・人間革命』「雌伏」の章で、1980年(昭和55年)2月、鹿児島・奄美の女子部員の代表86人が、先生のいる東京を訪れた模様を綴ってくださいました。感動で胸がいっぱいになりました。
 原田 奄美は草創の同志の皆さんが、無理解による弾圧を乗り越え、広布の模範の前進を遂げられた天地です。そこから集った、師弟の心の強き女子部員たちに、先生は呼び掛けられます。「必ず幸せになるんだよ。私は、その姿を見ることがいちばん嬉しいし、それが、信心の正しさの証明になるんです」と。この言葉に、皆さんが、どれほどの勇気をもらい、希望を抱いたことか。
 長谷川 さらに、先生は、「皆さんは、それぞれが日本一、世界一、幸せになることを誓ってください。幸福のための信心であり、学会活動であり、広宣流布なんです」とも励まされています。
 永石 実は今月、東京・信濃町の広宣流布大誓堂での誓願勤行会に、奄美から大勢の方々が参加されました。
 その中には、小説に登場した人物のモデルとなった、奄美光城県の県副婦人部長をはじめ、当時上京した12人の方々もいました。
 伊藤 奄美の女子部員とその出身者の代表16人もおられ、私もお会いさせていただきましたが、求道の心を継承した皆さまの姿に、深く感動しました。
 原田 不滅の師弟の出会いから37年。あの時の女子部員と、その“子どもの世代”に当たる華陽の乙女たちが今、深き師弟の心で、上京されたことを聞かれた先生は、大変に喜ばれていました。
 永石 あの時の皆が、広布の道を歩んでいるとも伺いました。今も多くの方が奄美におり、さらに鹿児島、関西、関東、東京など、それぞれが、使命の舞台で師弟の原点を胸に頑張っているそうで、先生の深い激励に、感動と感謝の思いです。
 原田 先生は綴られています。「皆さんの求道心あふれる姿は、創価学会の希望です。何があっても揺るがない、皆さんの強く清らかな信心こそ、二十一世紀を開く力です。朗らかに、堂々と胸を張って、前進していきましょう」と。燃える「求道の心」こそ、自身の確かな成長をもたらし、時代を変える力です。「感激の同志」の皆さまと共に、何としても広布の新時代を開いてまいりたい。

学会永遠の黄金則

 長谷川 先生は常々、信心における「団結」の重要性を教えてくださいます。あらゆる戦いを「団結」で勝ち開いてきたのが、学会の歴史です。
 伊藤 先日の「雌伏」の章でも、「団結」について、綴られていましたね。
 志賀 広宣流布を目指す上での最第一の鉄則は、「金剛不壊の異体同心の団結」であると強調され、「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(御書1337ページ)との御文について指導してくださいました。
 長谷川 「自他彼此の心なく」とは、自分と他人の差異にとらわれることなく、“共に同志である”“等しく地涌の菩薩である”との意識に立つことです。
 永石 「水魚の思を成して」とは、皆が広布の大切な同志であると自覚して、互いに尊重し、守り合っていくことでもありますね。
 原田 そして、「異体同心」です。「異体」とは、一人一人の個性や特質を尊重することであり、「同心」とは、広宣流布という同じ目的に向かい、心を一つにしていくことです。
 大聖人は、この「異体同心」を実現できてこそ、広宣流布の大願が成就できると結論されています。団結こそ、魔を打ち破り、困難を乗り越える力です。
 志賀 先生は、「もしも、意見の違いなどによって感情的になり、怨嫉したりするようになれば、本末転倒です。何があろうが、“広宣流布のために心を合わせ、団結していこう”という一念で、異体同心の信心で進むことこそが私たちの鉄則です。いや、学会の永遠の“黄金則”です」とも言われています。
 原田 「千載一遇の天の時」を迎えた今だからこそ、私たちは、本陣・東京をはじめ、全同志が、強盛な祈りと信心の勢い、そして「金剛不壊の異体同心の団結」で、師弟凱歌の歴史を築いてまいりましょう。

度差が激しい時
 永石 各地で梅雨入りが発表されました。1日の温度差が激しい時期となり、健康の管理には一層の注意が必要です。
 長谷川 まず大切なのは、体温の調整です。急に寒くなることも考え、羽織る物を1枚持って行動するなどして、賢明な日々を送っていきたいと思います。
 原田 また、「雨」が降る日も増え、「交通事故」には、特に気を付けていかなければなりません。
 志賀 たとえば、車であれば、雨が降ると、視界が悪くなりますので、普段よりも一層、慎重な運転を心掛けていくことですね。
 永石 自転車に乗る方も多くいると思いますが、傘差し運転は絶対に厳禁です。雨がっぱなどを着て、対処しましょう。
 伊藤 歩行中であっても、雨で濡れたマンホールなど、滑りやすい場所が増えますので、注意することが大切ですね。
 原田 忙しい日々だからこそ、皆で声を掛け合い、「健康・無事故」の前進を続けていきましょう。

◆〈信仰体験〉 建機巧みに操る土木系女子(ドボジョ) 私が輝ける場所、見つけた!


 【横浜市栄区】ショベルカー、10トンのダンプカーにフォークリフト。さまざまな建機が
うなりを上げながら仕事を進めている。

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