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2017年6月10日 (土)

2017年6月10日(土)の聖教

2017年6月10日(土)の聖教

◆わが友に贈る

大東京の躍進の要たる
支部長・婦人部長の
尊き献身に感謝!
満々たる生命力で
歴史に輝く名指揮を!

◆〈名字の言〉 2017年6月10日
 

 仕事やスポーツなどで優れた結果を出すには、チームワークが不可欠。しかし多様な人々を一つにまとめるのは容易ではない▼一昨年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた荒木香織氏は、「コミュニケーションが勝利の要」と語る(「潮」7月号)。まず大事なのは①リーダーが目標やビジョンを皆と共有すること。作業の指示や数字の押し付けだけでは一人一人が主体性を持てないからだ。また②メンバーが自身の定めた目標に挑み、それがチーム全体の目標の達成に結び付くようにすることも重要である▼最も大切なのは③組織内の他者に興味を持ち、互いを理解するよう努めること。日常生活も含めて相手のことを知るなど、意識的に関係づくりをしてこそ、チームの団結力・共感力は上がるという▼学会が強い団結を築き上げた理由の一つは、体裁や虚飾を取り払った「人間としての絆」を重んじてきたからだ。家庭や仕事、病気の悩みなど苦しいことも率直に語り合い、励まし合う。その中で築かれた互いへの信頼と理解が、各人の苦難の山、そして広布の峰を越えゆく力となってきた▼我らの活動の根本は一対一の語らいだ。相手の状況に耳を傾けながら、激励の言葉を送りたい。その積み重ねが幸福と勝利への王道である。(駿)

◆〈寸鉄〉 2017年6月10日

 創価の太陽「婦人部の日」
 師と歩む希望と幸福の道
 皆が世界広布の“主役”と
      ◇
 東京の調布・狛江の友が
 怒濤の行進。正義の電源
 地から勝利の先陣切れ!
      ◇
 「命限り有り惜む可から
 ず」御聖訓。断じて悔いを
 残すな。毎日が出発点と
      ◇
 将棋や卓球で中学生が躍
 動。若芽は急速に伸びる。
 未来の宝を信じて励ませ
      ◇
 公明議員のような道徳的
 政治家が平和社会を構築
 ―識者。大衆と共に進め

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  六十六 (6094)

   


 山本伸一の会長辞任から、間もなく一年がたとうとしていた。
 しかし、学会を取り巻く状況は、いまだ騒然としていた。宗門として、学会に対する誹謗や中傷はやめ、檀徒づくりをしないと約束したにもかかわらず、若手僧の大多数は、それを無視した。むしろ、この時とばかりに、学会への非道な攻撃を繰り返したのだ。
 学会を敵視する宗門僧の勢力は、ますます増大し、宗内の教師資格をもつ僧のうち、三分の二ほどになっていた。
 彼らは、伸一が会長辞任、法華講総講頭の辞任を発表した直後の一九七九年(昭和五十四年)四月末に、学会批判のために檀徒新聞「継命」を創刊していた。
 さらに、六月に行われた宗会議員補欠選挙に彼らの代表が立候補し、一議席を争うこの選挙で、対立候補を大差で破り、当選を果たしたのである。勢いづく彼らを、学会攻撃へと煽り続けたのが、山脇友政であった。
 若手僧の多くは、少年期に総本山の募集に応じて得度した法主・日達の直弟子であった。しかし、その日達が学会批判を禁じても、宗内で力を得ていった彼らは、聞き入れなかった。
 さらに七月、師僧であった日達が他界し、阿部信雄が日顕を名乗り、法主になると、彼の指導に従おうとはせず、対決姿勢をあらわにしていった。
 年が明けた八〇年(同五十五年)一月には、第四回となる全国檀徒総会が開催された。
 そして二月、次の宗会議員選挙(定数十六)に十六人が立候補することを決めたのである。自分たちが宗会を牛耳り、学会をさらに追い込んでいこうと企んだのだ。実際に彼らが、相当数の議席を獲得しかねない状況であった。
 学会の行く手には、障魔の激浪が牙を剝いていた。日蓮大聖人は、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書一二八二ページ)と叫ばれた。勇気をもって、幾重にも襲い来る怒濤に立ち向かい、乗り越えてこそ、広宣流布の大海に躍り出ることができるのだ。

【聖教ニュース】

◆きょう6・10「部の日」 婦人部が栄光凱歌へ大行進
 幸福のスクラム拡大で結成の月を荘厳


 加速度を増しながら栄光凱歌の大行進を続ける、創価の太陽・婦人部。
 きょう6月10日は「婦人部の日」である。66年前の1951年(昭和26年)のこの日、婦人部は結成された。
 婦人部の歴史は、世界広布を現実のものとした創価の師弟との不二の闘争とともにある。自身や家庭、地域の宿命転換のための懸命な奮闘が、自他共の幸福を目指す民衆城を築いてきたのだ。
 池田大作先生は、その厳然たる事実をたたえ、つづっている。
 「偉大な『生活博士』『幸福博士』の婦人部の皆さま方は、今日もまた、きらめく智慧と勇気で、『皆が幸せに』『地域が安穏に』と、誠実な対話の波を広げておられる」「何があっても、私たちは負けない。絶対に負けない。創価学会に、『絶対勝利の信心』と『師弟不二の誓願』があるかぎり! そして『世界の太陽』たる婦人部が、生き生きと燃え輝いているかぎり!」
 世界の婦人部の友は、幸福のスクラムをわが使命の舞台に広げながら、異体同心の団結で、結成の月を勢いよく進んでいる。
 永石婦人部長は力を込めて語る。
 「師匠と共に、永遠不滅の栄光の大広布城を築くのは今です。題目の渦を巻き起こし、地涌の陣列を大拡大してまいりましょう!」
 〈ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)とタイ創価学会の婦人部長の決意の声を別掲〉


ブラジル ヒラノ婦人部長
 本年4月のブラジル婦人部の新出発に際し、「励ましを分かち合う」とのスローガンを掲げました。具体的には①訪問激励の充実②機関紙「ブラジル・セイキョウ」の購読拡大③弘教拡大の3点です。一人一人が人間革命に挑戦しながら、各部が団結して、広宣流布と立正安国という「師弟共戦の誓願」を果たしてまいります。
 明年には池田先生の第4次ブラジル訪問から25周年を迎えます。
 この訪問の折、香峯子夫人の誕生日である2月27日が「ブラジル婦人部の日」と決定しました。私たちの模範でもある奥さまのように、皆が智慧と慈愛で全てを包む“励ましの太陽”として地域、社会、家庭で輝き、幸福女王の連帯を築きたいと決意しています。
 ブラジルは、婦人部の先輩方から受け継いだ伝統の「ムイト・マイス・ダイモク(もっと題目を)!」との精神を胸に、どのような苦難があろうとも題目で乗り越え、創価の信頼と共感の実証を世界に示してまいります。


タイ ウサニー婦人部長
 タイ婦人部では、皆で小説『新・人間革命』を学び合い、池田先生の励ましを前進の力に変えて奮闘しています。
 折しも、バンコク近郊のタイ創価学会本部で法華経展が開かれており、“万人が無限の可能性を秘めた存在”との法華経の希望の哲理が、タイ社会に広く発信されています。
 そうした中で、婦人部の一人一人が、師の心をわが心として対話に走り抜き、地域・社会に友情と信頼のネットワークを大きく広げています。
 また、後継の青年の育成こそ、婦人部の使命です。タイ創価学会では2018年の「11・18」を目指し、各部が一体となって“青年部5万人”の拡大に取り組んでいますが、今回の法華経展の運営の中心となっているのも青年部。広報活動や案内役員等を担い、これまでの盛況をけん引してくれています。
 これからも未来を開く青年部・未来部を徹して励ましながら、模範の団結を築き、広布にまい進します。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と社会 インタビュー 経済学者・橘木俊詔さん
 格差社会の克服へ
 物質的豊かさから精神的充実へ 「新しい幸福観」への転換が必要 

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ」。経済競争が激化し、格差が広がる中で、若者はどう希望の未来を開いていけばよいか。経済学者で京都女子大学客員教授の橘木俊詔さんに話を聞いた。(聞き手=村上進)

 ――グローバル経済が浸透し、格差社会が広がる今、多くの若者が困難な労働環境や家庭環境などに置かれ、社会との向き合い方に迷い、孤立しがちな状況にある。未来に不安を感じ、希望を見いだせない若者の現状について、格差社会論の第一人者である橘木さんはどう見ているだろうか。
  
 格差拡大の中で若い世代は多くの困難に直面してきました。長引く経済不況で高い失業率が続き、非正規雇用が拡大する中、働いても貧困に陥るワーキングプアが爆発的に増加しました。また最近、働き口は増えてきたようですが、劣悪な労働条件を強いるブラック企業や、過労死に至るほどの長時間労働など、今も多くの労働を巡る課題が山積しています。
 また近年、家族の絆が希薄化し、離婚率が高くなっている中で、ひとり親家庭や単身世帯の多くが、貧困状態にあります。幼児虐待や育児放棄など痛ましい事件も起きている。また、貧困に直面した若者ほど家庭を持つことに自信が持てず、結婚願望がない男女が急増しており、ますます孤立しがちな状況があります。
 かつての日本社会は、皆が物質的な豊かさを求めて猛烈に働き、高い経済成長と生活満足度を実現してきました。その背景には、若い労働者を安定して雇用し、福利厚生で支え続けた強い企業の存在があり、また貧しくとも共に助け合って若者・子どもを育てていこうという家族・親族の強い絆がありました。
 しかしその後、長い経済不況と低成長の時代に入る中で、企業や家族にかつてのような強い力を求めたり、若い人を支える責任を押し付けたりすることはできなくなってきています。
 今、重要なのは、政府や行政による福祉政策を軸としながら、社会全体で若者や格差に苦しむ人を支え、助け合う共生社会をつくっていくことです。
 また同時に、価値観が多様化する中で、単に物質的な豊かさだけではなく、心の豊かさを重視する「新しい幸福観」を社会に広げていくことが重要です。

  ――若者の中には、やりたい仕事が見つからないなど、「働くこと」の意味を求めるあまり、現実の行動を起こせていない人がいるように感じる。
  
 伝統的に日本で語られてきたのは、働く意義を考えることがまず大切であり、働くことで人生が充実し、生きる喜びを感じられるというような思想です。
 しかし現実に、働くことに楽しさと生きがいを感じるような職に就ける人はかなり少数派であり、大多数の人にとっては「働くことはつらく苦しい」しかし「食べるためには働かざるを得ない」のが実際ではないかと私は思います。
 ドイツ生まれの政治哲学者のハンナ・アーレントは、「労働」(labor)とは生命の維持のための行為であり、人間が生きるためにする消費行動の糧を得る手段であって、通常は苦痛を伴うものと指摘しています。その一方で、製作を伴う「仕事」(work)を、人工的な世界を作り出すものとして区別し、消費財の購入のためだけに働いている現代は「労働者の社会」だと言っています。
 このアーレントの考えを発展させたドミニク・メーダは、人間社会が生活・生命を維持するための労働のみに時間を奪われていることを嘆き、労働に自己実現を求めることは不可能で、労働以外の活動に求めるのが自然であると主張しました。
 私はこの二人の考えに共感します。働くことの意義を考えるなら、生活や家族を養うのに必要な収入・所得を得るためだけでも十分であって、労働を通して人生を充実させるというような考えは、必ずしも必要ではないと考えます。むしろ働くことに意義を持たせ過ぎると、うまく働けない時に、自分の人生までも否定しかねません。
 実際に、「生活の中でいつ充実感を感じるか」を聞いている内閣府の「国民生活に関する世論調査」(図)があります。そこでは一貫して「家族団らんの時」が1位で、かつては僅差の2位に「仕事にうちこんでいる時」が付けていましたが、近年では5位に落ち込んでいます。
 ここで重要なのは仕事以外の余暇であって、「友人や知人と会合、雑談」「趣味やスポーツに熱中」「ゆったりと休養」といったことが充実感につながっており、さらに「勉強や教養」「社会奉仕や社会活動」も大切な要素になってきています。
 もちろん、働きたい人は誰でも働けるだけの仕事が社会にあることが重要な前提になりますが、仕事については、ある程度必要な収入を得られればそれで十分と割り切り、仕事以外のところで人生を充実させていく発想も大切です。昨今、「ワークライフバランス」が強調されるように、仕事と家庭・人生をバランスよく充実させることが重要になっているのです。
  
 ――人生の充実感を得る上で「家族の団らん」が大きな役割を果たしていることは重要だが、現実はそういった「団らんが持てない家族」が増えていることが問題だといえる。
  
 そもそも全体的に、個人主義が徹底された社会になってきて、人との付き合いや助け合いといった関係性が面倒であり、好きではないという人が増えてきています。その中で、高い離婚率や若者の結婚願望の低下など、家族の絆が希薄化しているのは現実であり、それ自体をダメだと批判したり、否定しても意味がありません。
 むしろここで重要なのは、経済的な貧困や劣悪な労働環境などの問題から、結婚したくてもできない若者や、「団らんのある家庭」をつくりたくても、つくれずに孤立している家族が増えているということです。
 特に、ひとり親家庭の相対的貧困率は5割を超えており、子どもが十分な教育を受けられずに、将来にわたって貧困が連鎖しかねない事態は大変に深刻です。
 これまでの日本社会は自己責任の考えが強く、子どもの教育は家族に責任と負担を押し付けてきました。GDP(国内総生産)に占める「教育への公的支出」の割合が先進国の中で最低レベルであるというショックな数字は、日本が子どもの教育を家族に依存してきたことを物語っています。
 しかし今や、家族だけでは子どもの教育の機会均等を支えることができなくなっていることは間違いない。ならば政府や行政による福祉を軸として、社会全体で困難な状況にある家族を守りながら、未来ある子どもの教育を支えていかなくてはいけないと思います。
 また、若い学生・社会人への技能教育・職業訓練についても同じことがいえます。かつての企業は、安定した長期雇用の中で若い社員の技能教育をする役割を果たしてきましたが、今は余裕がなく、即戦力になる人ばかりを雇用する傾向にあります。
 現在、世界で最も幸福度が高いといわれるデンマークをはじめ、北欧諸国やドイツなどでは、学生に対する技能教育や、社会人になってからの職業訓練の機会が十分に広がっています。
 これからの日本社会も、子どもや若者への教育・技能訓練に関わる政策などを充実させ、一人一人の労働生産性を向上させながら、個人の幸福度と経済成長をバランスよく両立させる、新しい福祉国家へと進んでいく必要があると考えます。

 ――急速に少子高齢化が進み、人口減少社会に突入した日本は、かつてのような経済成長を望めないといわれる。その中でこれからの若い世代が未来へ希望を持って進むために、どんな視点が必要だろうか。
  
 経済学では、経済成長のないゼロ成長に近い状態を「定常状態(経済)」と呼びますが、これを19世紀に指摘したのがジョン・スチュアート・ミルです。
 ミルは地球上で開墾できる土地が有限であることに注目し、農業や工業における生産の成長にも制約がある以上、経済は定常状態に向かうと示しました。
 このミルの思想は、その後の経済成長一辺倒の世界にあって重視されることはなかったのですが、20世紀、人類の生存そのものを脅かす地球環境問題に直面して以来、あらためて注目されてきたといえます。
 つまり、有限な地球環境の中で生きる人類には、際限なき経済成長は許されず、持続可能な経済成長の中で生きていくことが必要不可欠だといえます。
 ましてや人口減少が続く日本で、高い経済成長を実現するのは現実的ではなく、地球の資源・環境を考えれば決して望ましいことでもありません。
 過去の「国民生活に関する世論調査」などの結果からも、経済成長率が向上したからといって、人生の充実感や幸福度が増すとは限らないことが分かっています。
 そういった意味では、一人一人が、経済成長や物質的な豊かさだけから幸福感を得るのではなく、精神的な充実や心の豊かさから幸福を実感できる「新しい幸福観」を持っていくことが、重要になってきているのではないでしょうか。
 アジアの発展途上国ブータンは、経済的には決して豊かではありませんが、国民の幸福度が高い国として知られています。
 一般的な経済指標であるGNP(国民総生産)とは別に、経済以外の要素を入れたGNH(国民総幸福)という独自の指標をもとに、幸福度を高めてきたといわれます。
 それが実現できた背景には、国民の多くが、チベット系の仏教を信仰しており、高い所得や華美な消費を追求することよりも、家族や地域との結び付きや支え合いの中で、安心感を得ることを重視する考え方があるとされます。
 もちろん宗教であれば何でもよいということではありませんが、やはり善い宗教を信じることは、精神的な幸福を得るために大切だと私は思います。
 特に、経済の拡大成長期から定常期へと移行していく時代には、有限な地球資源や環境への配慮、他者と助け合う共生・共存の精神など、「幸福とは何か」について、人類が思想的に成長・飛躍していくことが必要になってきます。
 新しい幸福観を支えていく上で、思想・宗教が果たす役割は大きいと考えます。
 たちばなき・としあき 1943年、兵庫県生まれ。京都大学教授、同志社大学教授を経て、現在、京都大学名誉教授、京都女子大学客員教授。労働経済学、公共経済学を専門としながら、格差社会論や労働問題の第一人者として社会に有意な発信を続けている。著書に『格差社会』『「幸せ」の経済学』『新しい幸福論』『脱「成長」戦略』(広井良典氏との共著)など多数。
 グローバルウオッチへの感想・意見をお寄せください。
 メール:g-w@seikyo-np.jp
 ファクス:03-5360-9613

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と社会 信仰体験 働く意味
 
   
米国人気ブランドのアジア地域マネジャーとして、現在は日本の全店舗を統括する。TIG(首都圏在住で英語を話す海外メンバーの集い)の副女子部長として友の激励も。出張中も池田先生の2冊の書籍を持ち歩くのは、「メンバーの相談に先生のガイダンス(指導)で答えるため」。羽沢支部、女子部員
米国人気ブランドのアジア地域マネジャーとして、現在は日本の全店舗を統括する。TIG(首都圏在住で英語を話す海外メンバーの集い)の副女子部長として友の激励も。出張中も池田先生の2冊の書籍を持ち歩くのは、「メンバーの相談に先生のガイダンス(指導)で答えるため」。羽沢支部、女子部員

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ」。今月から「若者と社会」をテーマに、6月は「仕事」について考える。グローバルとローカル。対照的に働く2人の女性。

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ〉 兄弟抄㊤
広宣流布は仏と魔との大闘争
 
「難を乗り越える信心」を貫き、確固たる幸福の土台を築きゆこう(先月28日、大阪市内で行われた総大阪創価青年大会)
「難を乗り越える信心」を貫き、確固たる幸福の土台を築きゆこう(先月28日、大阪市内で行われた総大阪創価青年大会)

 今月から2回にわたり、「兄弟抄」を学びます。池田先生は述べています。
 「戸田先生と私が師弟して、この『信心の姿勢』を学ぶ重書として拝読した御聖訓が、『兄弟抄』です。
 “わが門下よ、競い起こる三障四魔を決然と乗り越えよ”“各人が第六天の魔王を破り、成仏の境涯を確立せよ”――日蓮大聖人は、この『兄弟抄』で、『師弟不二』『異体同心』の信心で堂々と一切の魔性を乗り越えゆけ、と門下に教えてくださっています」
 苦難を、信心の眼から、どう捉えて乗り越えるか――。日蓮大聖人が、池上兄弟に教えられた“障魔と戦う信心の姿勢”を心に刻んでいきましょう。(今回の拝読範囲は、御書1079ページ冒頭~1084ページ10行目です)

本抄について


 本抄は、日蓮大聖人が、武蔵国池上(東京都大田区池上)の門下である池上宗仲・宗長兄弟と、その夫人たちに対して送られたお手紙です。
 池上家は、有力な工匠(建物の建築や修理を統括する役)として鎌倉幕府に仕えていました。しかし、父が兄弟の法華経の信仰に反対し、兄・宗仲を勘当します。本抄は、その報告に対する激励のお手紙です。文永12年(1275年)の御述作とされてきましたが、現在では建治2年(1276年)と考えられています。
 当時の勘当は、家督相続権を失うことであり、経済的基盤も、社会的立場も奪われることを意味しました。本抄が認められて以後、兄への2度目の勘当がありましたが、兄弟は大聖人の御指導通りに実践し、最後は父が入信するに至るのです。

御文


 されば法華経を信ずる人の・をそるべきものは賊人・強盗・夜打ち・虎狼・師子等よりも当時の蒙古のせめよりも法華経の行者をなやます人人なり、此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみを・すすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす(御書1081ページ14行目~18行目)

通解


 ゆえに、法華経を信じる人が恐れなければならないものは、賊人、強盗、夜討ち、虎や狼、獅子などよりも、現在の蒙古の襲来よりも、法華経の行者の修行を妨げ悩ます人々である。
 この世界は第六天の魔王が支配する所であり、あらゆる人々は、限りなく遠い過去から、この魔王の家来である。第六天の魔王は、六道の中に、二十五種類の存在(=三界六道の迷いの世界を二十五種に分けたもの)という牢を構えて、あらゆる人々をそこに入れるだけでは終わらず、妻子という手かせ足かせをかけ、父母・主君という網を空に張り、貪・瞋・癡の酒を飲ませて、仏性という本心を迷わせようとする。もっぱら、悪の肴だけをすすめて、三悪道の大地に寝転がらせておくのである。そしてたまたま、善の心を起こす人があれば、その邪魔をする。

〈解説〉強盛な信心で障魔に打ち勝つ


 広宣流布は、「仏」と「魔」との熾烈な闘争です。日蓮大聖人は、本抄で、大難に直面する池上兄弟に対し、魔と戦い抜く信心のあり方を教えられています。
 掲げた御文では、法華経を信じ、実践する人が恐れなければならないものは、強盗や猛獣、他国からの攻めよりも、“法華経の行者の修行を妨げ悩ます人々”であると仰せです。
 “法華経の行者の修行を妨げ悩ます人々”とは、広宣流布に前進する人の心を破り、悪道に導く「悪知識」を指します。悪知識とは、悪僧、悪人のことです。
 悪知識に紛動され、信心が破られてしまえば、成仏することはできません。ゆえに大聖人は池上兄弟に、“断じて魔に負けてはならない”と厳しく指導されているのです。
 悪の働きの根源となるのが「第六天の魔王」であり、その本質は、人間の生命に潜む根源的な迷い、すなわち「元品の無明」にほかなりません。
 私たちの住む娑婆世界は、「第六天の魔王」が支配する世界です。第六天の魔王は、妙法を持つ人の妻子や父母、主君を通して信心を妨げる働きとなり、“貪・瞋・癡の酒を飲ませて、仏性という本心を迷わせる”など、あらゆる手を尽くして人々を悪へと追いやります。
 この第六天の魔王に打ち勝つものは、「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(御書751ページ)とある通り、「信心」の利剣しかありません。“魔に負けてなるものか!”と強盛な信心を奮い起こして題目を唱え、立ち向かっていく時、魔を打ち破ることができます。
 大聖人の御生涯は、人々を不幸にする第六天の魔王との激しい闘争の連続でした。しかし、「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)と仰せのように、大聖人は民衆救済の誓願を貫き、あらゆる大難を勝ち越えられました。
 現代にあって、この大聖人の御精神を受け継ぎ、あらゆる魔性と戦い抜いてこられたのが、創価三代の師弟です。
 池田先生は綴っています。
 「魔というものは、皆を悩ませ困らせる働きをいう。だから戦わなければいけない。いかなる作戦も、その根本は強盛なる祈りです。敵が『魔』だから、『仏』に祈る。それで断ち切っていけるのです」
 師弟の月・7月へ。華陽姉妹の強盛な祈りと団結で、いかなる魔も打ち破り、師弟の凱歌を轟かせていきましょう!

池田先生の講義から


 戸田先生は、よく、「私の真の弟子ならば難を恐れず最後まで続け。断じて負けてはならぬ」とご指導されました。一日また一日、先生の言われるままに戦い、私は一切の魔性を打ち破ってきました。
 「師弟」は、いかなる魔性をも破る原動力です。(中略)
 「何があっても恐れない」「一切、魔性に従ってはならない」――これが、魔と戦う信心です。必ず勝つことができます。そしてまた、これが人生の極意ともいえましょう。
                                                                      ◇ ◆ ◇ 
 一番大事なのは、「自分自身の心に勝つこと」「唱題に徹し抜くこと」です。
 「難を乗り越える信心」に生ききれば、必ず、変毒為薬することができます。必ず、宿命転換することができます。必ず、一生成仏の境涯を築くことができます。必ず、広宣流布の道が大きく開かれていくのです。
 (『勝利の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第2巻、「兄弟抄」(聖教新聞社)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第8巻、「兵衛志殿御書」(同)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第13巻、「兵衛志殿御返事」(同)
 ○…『御書の世界』第3巻、「弟子の法難」(同)



◆〈教学〉 6月度座談会拝読御書 弥三郎殿御返事
御書全集 1451ページ10行目~12行目  
編年体御書1022ページ5行目~7行目
後世にまで残る偉大な歴史を
「勝つ」と決めて全力を尽くす
 

本抄について

 本抄は、建治3年(1277年)8月4日、日蓮大聖人が56歳の時に身延においてしたためられ、弥三郎という門下に宛てられたお手紙です。
 弥三郎については御書の内容から武士ではないかと思われますが、住んでいた場所など詳しいことは不明です。伊豆の門下・船守弥三郎とは別人とされています。
 本抄は、弥三郎が出家の念仏者と法論を行うに際し、主張すべき内容や心構えについて大聖人に御指南を仰いだことに対して答えられたものと考えられています。
 初めに、日本国の人々が、主師親の三徳を具える釈迦仏を差し置いて阿弥陀仏を崇めているのは大謗法であり、それゆえに飢饉や疫病が起こり、他国から攻められるのであると言われています。
 次に、そのことを指摘する大聖人に対して、2度の流罪など、さまざまな迫害が加えられたことを述べられ、心ある人ならば自分たちのために大聖人が難に遭ってくれたのだと考え、その迫害の一部でも引き受けるべきであると仰せです。
 最後に法論に当たって述べるべき内容と心構えを示されています。すなわち、所領を惜しんだり、妻子を顧みたりするのではなく、ひとえに思い切るべきであると言われています。そして、今まで生きてきたのは、今回の法論に遭うためであると思い定めて戦い抜くよう励まされています。


拝読御文

 但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり


諸仏の“入其身”

 日蓮大聖人は今回、拝読する御文のすぐ後で、「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451ページ)と仰せです。「釈迦仏・多宝仏・十方の仏たちよ! 集い来って、わが身に入りかわり、私を助け給え」と心に念じなさい、との意味です。
 ここに説かれているのは、「善」の「入其身」ですが、法華経勧持品第13には「悪」の「入其身」である「悪鬼入其身」が説かれています。「悪鬼は其の身に入って」と読みますが、これは「悪鬼」が、さまざまな衆生の身に入り、正法を護持する者をそしり、辱め、仏道の実践を妨害することをいいます。
 「悪鬼」とは、誤った宗教・思想、また人の苦悩の因となって、精神を乱す源をいいます。日蓮大聖人は例えば、第六天の魔王が法華経の行者を迫害するために、智?や権力者の身に入ると述べられています。
 これに対して、「釈迦・多宝・十方の仏」、すなわち諸仏が「入其身」すれば、仏の所従(=家来)である諸菩薩・諸天等が従い、法華経の行者を守護することは間違いありません。
 池田先生は述べています。「広布の誓願を貫く生命にはありとあらゆる仏が入其身する。それほど、尊貴な我らである。ゆえに、諸天善神が守りに護らないわけがない。大宇宙の善の働きを、全て味方にしながら、満々たる仏の力で堂々と進みゆくのだ」
 “ここぞ”という勝負所では、わが身に、諸仏を「入其身」させる強盛な一念で祈り、行動していくことが大切になるのです。


瀬田川・宇治川

 今回の御文で言われる「勢多」とは瀬田川のことです。琵琶湖から流出して大阪湾に注ぐ淀川は、最も上流の部分を瀬田川といい、途中から宇治川と呼ばれます。
 瀬田川・宇治川は、古来、京都の南東の防衛線とされ、東国の軍勢にとって瀬田川・宇治川を渡れるかどうかが、京都を攻略する際のポイントになっていました。
 例えば、寿永3年(1184年)、源範頼と源義経の軍勢が、京都に入っていた木曽義仲の軍勢と戦った「宇治川の合戦」でも、ここが勝敗の分かれ目になりました。
 この時、義経軍に属する佐々木高綱と梶原景季の二人が先陣争いを演じたことは『平家物語』などに記されています。先に川を渡って先陣争いに勝った佐々木高綱は、優れた武士として、後の世まで名を残しました。
 この時、宇治川を渡りきった義経の軍勢が義仲軍を破り、勝利を収めました。
 また、鎌倉幕府と朝廷が戦った承久3年(1221年)の「承久の乱」の際も、北条泰時が率いる幕府の軍勢が、朝廷方の防戦をしのいで宇治川の渡河に成功し、勝利しました。幕府は、この乱に勝ったことで、全国各地に勢力を広げました。
 このように瀬田川・宇治川は戦いの勝負を決する場所とされてきたのです。
                                                      ◇ 
 日蓮大聖人は弥三郎に対して、今回の法論こそが勝負を決する瀬田川・宇治川に当たり、名を上げるか下すかの分かれ目であると言われています。全力を尽くして戦い、断じて勝利していくよう、弥三郎を激励されているのです。


「今年の世間」

 拝読御文では「今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに」(御書1451ページ)として、本抄が書かれ建治3年(1277年)に多くの人命が失われたことを述べられています。  すなわち本抄に「諸人現身に大飢渇・大疫病・先代になき大苦を受くる」(同1450ページ)とあるように、この年は深刻な飢饉があり、また疫病の流行が見られました。
 疫病は建治3年の春から翌・建治4年の2月中旬まで、社会の各層に広がりました。この疫病について建4年2月に書かれた「松野殿御返事」には次のように述べられています。  “去年の春から今年の2月の中旬まで、伝染病が国中に充満した。10軒に5軒、また100軒に50軒まで、家族が皆、伝染病で死んでしまっり、また、病にはかからなかった者も、心は大苦悩にあっているので、病に侵された人々以上に苦しんでいる”(同1389ページ、趣旨)。疫病が猛威を振るい、多くの人が亡くなったことが分かります。
 また飢饉についても、同抄には次のように記されています。“日本国は、ここ数年の間、うち続いて飢饉がが進み、衣食は全くなくなり、畜類を食べ尽くした”(同ページ、趣旨)と。当時の飢饉は、これほど深刻なものでした。
 日蓮大聖人は、このように多くの人が亡くなっていった中で、生き永らえることのできた自らの使命を深く自覚すべきであると教えられているのです。
池田先生の指針から 大変な戦いこそ宿命転換の好機 重大なる法戦――広宣流布の言論戦に立ち会い、わが身、わが声、わが行動をもって仏法を宣揚し、師匠の正義を叫ぶことができる。これ以上の誉れはありません。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」――
 思えば、末法今時において、妙法に巡りあい、創価学会員として、創価の師弟として、世界広宣流布の道を共に歩めること自体が、最高の栄誉です。黄金に輝く人生です。
 戸田先生は言われました。
 「乱れた世の中で生活が苦しいとき、何故私たちは生まれてきたかを考えなければならない。
 みな大聖人様の命を受けて広宣流布する役目を持って生まれて来たということが宿習なのである。それが解るか解らないかが問題なのだ」
 長い人生の中にあって、「ここが勝負所である」「今が重大な勝負時である」という戦いに直面した場合も、この御文に通ずる体験でありましょう。
 私も、わが師と共に、わが同志と共に、幾度となく「此の事にあはん為なりけり」と命に刻んだ激闘が、数多くあります。同志の皆様もそうでしょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第13巻)
                                                            ◇ ◆ ◇ 
 大聖人は、これから弥三郎が臨まんとする法論こそ、武士が名を挙げるチャンスである合戦と同じく、広宣流布の法戦において永遠に名を残す好機だと教えられています。
 そこで譬えに挙げられているのが、宇治・勢多の戦いです。
 そこは古来、京都に攻め入る際の要衝です。そこを余人に先駆けて突破して名を挙げることに、多くの名将たちも命を懸けたのです。
 私にとって、この一節は「“まさか”が実現」と、世間をあっと驚かせた「大阪の戦い」(1956年)の渦中、わが関西の同志と深く拝した御文でもあります。
 「今ここ」が、広布の突破口を開く決戦場であり、自身の宿命転換の正念場である――こう自ら決めて祈り、行動する時、必ず勝利の道は開かれます。
 大変な戦いの時こそ大転換のチャンスだと覚悟し、喜んで挑んでいくのが本当の勇者であり、賢者の生き方です。(同)
参考文献
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第13巻(聖教新聞社)
 

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