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2017年6月11日 (日)

2017年6月11日(日)の聖教

2017年6月11日(日)の聖教

◆今週のことば

「信は智慧の種なり」
法華経の兵法に
行き詰まりはない。
勇猛精進の題目で
賢く楽しく壁を破れ!

◆〈名字の言〉 2017年6月11日

 各地で梅雨入りし、「五月雨」が降り続いている――こう書くと“もう6月なのに、なぜ五月雨?”と思われる方もいるかもしれない▼五月雨は、旧暦5月に降る長雨のこと。今の6月に当たり、本来は梅雨を指す。「五月晴れ」も同じく、元は梅雨のさなかの晴れ間のことだった。端午の節句も、古くは梅雨時の行事。菖蒲の香りは、じめじめした長雨の毒消しになった▼五月雨は、歌にも数多く詠まれてきた。例えば「日の道や葵傾くさ月あめ」(芭蕉)――梅雨にぬれて、葵の花が傾いて咲いている。その傾く方向は、太陽の通る道筋。日は出ていないが、葵も日の光を慕っているのだ、と▼3月まで神戸で開催された学会主催の企画展「No Rain No Rainbow(=雨が降るから虹が懸かる) 7色に輝く女性展」。そこでカナダの作家モンゴメリーの言葉が紹介されていた。「どんな人の人生にも憂鬱と落胆の日々があるだろう」「けれど、いつでも空に太陽があるということを忘れてはいけない」(桂宥子訳『モンゴメリ日記 愛、その光と影』立風書房)▼梅雨の雨があるから、実りの秋は訪れる。人もまた、悲しみや苦しみといった“雨の日”があるからこそ、幸福という太陽の貴さを知り、人生を実り多くしていける。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年6月11日

 「あへて臆病にては叶う
 べからず」御書。信心とは
 勇気。今日も不屈の一歩
      ◇
 東京・目黒よ限界突破の
 拡大を!栄冠は強気で攻
 めた所に。大逆転劇必ず
      ◇
 男らしさとは戦うことだ
 ―偉人。壮年部・男子部よ
 立ち上がれ!正義を叫べ
      ◇
 世界の電力の25%が再生
 可能エネルギーに。温暖
 化対策へ我らも足元から
      ◇
 叱られるより褒められた
 子ほど自ら進んで勉強―
 調査。励ましこそ万の力

◆社説  青春の金文字の日記帳を  師弟共戦の不滅の自分史を刻む


 あすは「日記の日」。『アンネの日記』の作者、アンネ・フランクが、ナチス・ドイツ占領下の隠れ家で日記を付け始めた日(6月12日)に由来する。
 ある調査によると、日本では4割近い人が何らかの形で日記を付けているという(2011年7月、青山ハッピー研究所発表)。その役割として一番多かったのは「1日の中で特に印象深い事柄を書く」こと。次に「記憶すべき事柄をメモとして残す」「1日の記録を思い出せる範囲で書き残す」などが続く。
 日記は、自らの感情や行動をつづった、世界に一つだけの「記録」であり、生きた「証し」そのものともいえる。
 わが同志にも、病や経済苦などの試練に挑む日々を書き記す人は多い。それらは信心根本に希望を失わず戦い続ける「黄金の自分史」であり、読み返すたびに心の支えとなるだろう。
 過日の本紙「声」欄に、日記ノートが100冊を超えたという70代男性の投稿が載った。
 20歳の頃、池田先生の『若き日の日記』を読んだことをきっかけに書き始め、以来、師と共に黄金の歴史をつづろうと51年間続けてきたという。
 『若き日の日記』は、先生が20代から30代初め頃、激闘の日々の中で書かれたもので、後に、青年たちの励みになればと、雑誌に一部が連載された(現在は『池田大作全集』第36・37巻に収録)。
 先生が23歳になって間もない新年の日記には、戸田城聖先生が最大の苦境にあった渦中に、師から後事を託された粛然たる心境が書き留められている。
 「先生は、正成の如く、吾れは、正行の如くなり。奥様は、落涙。此の日の、感動、厳粛、感涙、使命、因縁、生き甲斐は、生涯、忘るることはない。後継者は、私であることが決まった」(1951年1月6日)
 烈風の中、恩師を守ろうと一人立ち、学会の全責任を背負って苦闘の青春を送った池田先生。連載の文面にほとばしる、熱く深い思いは、幾多の同志に勇気を送る光源となってきた。
 今、小説『新・人間革命』は、総仕上げの第30巻に入っている。それは、師が弟子に語る共戦譜としての“創価学会の日記”であり、万代に残す後継のバトンといえよう。
 「青春の一日一日を、自分らしく戦い抜いたといえる、金文字の日記帳をつづろう」(小説『新・人間革命』「言論城」の章)との師の呼び掛けのままに、師弟共戦の不滅の自分史を日々刻み残していきたい。

◆きょうの発心  師と共に破邪顕正の歴史つづる

御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。

 いかなる難があっても疑うことなく信心を貫けば、成仏の境涯を得られると仰せです。
 1990年(平成2年)に第2次宗門事件が起こり、地元・今治でも、日顕宗坊主が学会批判を始めました。これまでの赤誠を踏みにじる坊主の非道な振る舞いに、同志と共に憤り、正義の言論戦を展開しました。
 “衣の権威”との闘争の渦中の91年2月11日、今治文化会館での本部幹部会の中継行事がスタート。今治の友に真心をこめて呼び掛けてくださった池田先生の慈愛の声の響きは、今も忘れることができません。
 後に「愛媛戸田しまなみ県の日」となるこの日から、破邪顕正の戦いの勢いが加速。この御文のままに弟子の道を皆で真っすぐに進み、衰亡する宗門を尻目に、連続勝利の歴史をつづっています。
 昨年は、10月に開催された「四国総会」を目指して、かつてない聖教新聞の購読推進を達成。今年も、地域を舞台に対話の渦を起こし、その勢いはとどまるところを知りません。
 これからも、わが県は同志のスクラムも固く前進し、池田先生に勝利の報告をしてまいります。  愛媛戸田しまなみ県長 村上勝康

【聖教ニュース】

◆東西の学園生が各地で充実の研修

   
先駆の若師子として、挑戦の日々を送る関西創価高校の2年生(9日、創価大学で)。「44期生大会」では、学園愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を歌い上げた
先駆の若師子として、挑戦の日々を送る関西創価高校の2年生(9日、創価大学で)。「44期生大会」では、学園愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を歌い上げた

 新時代を開く英知の指導者に! 東西の創価学園生が、各地で研修を行っている。
 関西創価高校の2年生(44期)は、東京・八王子市の創価大学を訪問(7~9日)。一

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 「苦労」が生命を輝かせる

 仏法では
 「如蓮華在水」と説かれている。
 蓮華は泥沼から生じて、
 あの美しい花を咲かせる。
 同じように、
 どんなに厳しい状況にあっても、
 最高に価値ある人生を
 開いていけるのが仏法である。
 私もそう確信して生きてきた。
 今、どんなに苦しくても、
 決して負けてはいけない。
 幸福と栄光の人生へと、
 劇的に転換できるのが信心だ。
 
  白蓮は、花と実が同時に成長する。
 すなわち、原因(花)と結果(実)が
 同時に具わっている――
 これが「因果?時」の法則である。
 ゆえに、いつか、どこかで、
 仏になるというのではない。
 今この時、
 真剣に妙法を説き弘めゆく、
 わが命に、即、
 仏の大生命が躍動してくるのだ。
 友のため、法のため、
 広宣流布のために行動することは、
 人の何倍も苦労が多い。
 しかし、それは自分自身の生命を、
 何よりも尊く強く美しく、
 光り輝かせていく道である。

 「負けじ魂」とは、一体、何か。
 それは、究極の「勇気」である。
 偉大な栄光は、
 悪戦苦闘なくして
 勝ち取ることはできない。
 ゆえに、真の「栄光の人」とは、
 負けじ魂を燃え上がらせた
 「勇気の人」なのである。

 必死の一念は、
 無限の活力を、智慧を、
 湧かせる源泉である。
 広宣流布のために
 断じて戦い抜こうとする
 強き一念の前には、逆境はない。
 すべての困難や悪条件は、
 闘魂の炎を
 燃え上がらせる風となる。

 


 美しく咲き薫る蓮の花。その横には、今にも開花しそうなつぼみが、太陽に向かって膨らんでいた。昨年7月、池田大作先生が東京・新宿区内で撮影した一葉である。
 「蓮華」は、中国で「君子の花」とも呼ばれ、古来、最も高貴な人間の姿を象徴していた。
 御書には、「蓮華と云うは地涌の菩薩に譬えたり」(833ページ)と。泥の中にあっても汚れることなく、清らかに咲く蓮華。その凜とした姿は、苦悩の多い現実社会の中で、地涌の使命に生き抜く創価の友のよう。
 蓮の花言葉の一つに「雄弁」とある。師弟の月・7月の凱歌へ――さあ、堂々と正義を語り、友情の大輪を満開に咲かせよう!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈みらいへの記〉 岩手 旭日金港支部 東日本大震災から6年3カ月

新しい建物が多く建った釜石の中心街。写真手前と中央に見える、はまゆり色の集合住宅は、昨年完成した復興公営住宅。奥に釜石湾が広がる            
新しい建物が多く建った釜石の中心街。写真手前と中央に見える、はまゆり色の集合住宅は、昨年完成した復興公営住宅。奥に釜石湾が広がる

 東日本大震災から6年3カ月。連載「みらいへの記」では毎月11日を中心に、今この時の、東北の姿を紹介する。今回は、岩手県釜石市の旭日金港支部を訪ねた。

◆〈信仰体験〉 創業100年 日用雑貨販売会社の4代目社長 
 地域の“幸福責任者”たれ


 【福岡市博多区】「困ったら、“武ちゃん”のところに行け」と、地域の人から頼りにされる人がいる。

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