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2017年5月

2017年5月31日 (水)

2017年5月31日(水)の聖教

2017年5月31日(水)の聖教

◆わが友に贈る

「心の一法より
国土世間も出来しゅったい」
社会を輝かせる力は
わが生命にあり!
幸の楽土を築きゆけ!

◆〈名字の言〉 2017年5月31日

 「創価学会は、絶対的幸福境涯に至る軌道の上を走る、いわば“列車”です。これに自ら乗れば誰でも幸せになれます」。ある壮年部員が会合でユニークな例え話をした。「ただし、途中下車したら駄目ですよ」▼今は苦しみのトンネルの中だとしても、信心で前に進む限り、幸福の目的地へ近づける――話を聞いた皆が納得したに違いない▼海沿いの岩手県釜石市に生まれ育った婦人部員は、東日本大震災の津波で自宅を失った。“なぜ……。幸せの道から外れたのだろうか”。そんな彼女を励まそうと、内陸の花巻市から同志が何度も足を運んだ▼その真心に再起を誓った彼女はその後、縁あって花巻市に転居し、先の同志と喜びの再会を。“学会から離れない限り、幸福の直道を歩んでいける”と実感した彼女は今、自身と同じく見知らぬ地に避難した友を励ます側に回り、充実の日々を送る▼岩手県が生んだ宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(集英社)には、「ほんとうの幸」といった言葉が随所に出てくる。話が進むと、それが「みんなのほんとうのさいわい」という趣旨の言葉に変化していく。旅はにぎやかなほど楽しい。そして山越え谷越え、目的地へ進む過程そのものに、充実があり、満足がある。幸福を目指す広布旅も同じだろう。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年5月31日
 

 「猛者の進んで大陣を破
 る」御書。青年よ正義を
 叫べ!一騎当千の勇者と
      ◇
 新宿が怒濤の攻勢。勝負
 はここから!本領発揮し
 本陣で痛快な勝利劇綴れ
      ◇
 仕事に最も集中できる時
 間は「午前10時」―調査。
 朝に勝ち価値ある一日を
      ◇
 10歳未満のネット利用が
 約4割と。トラブルも多
 く。親子で規則決め賢く
      ◇
 世界禁煙デー。受動喫煙
 防止へ実効性のある対策
 が急務。公明が主導せよ

◆社説  地域で輝く「太陽会」   友のためにと尽くす喜びと誇り


 最近、「健康寿命」という言葉をよく耳にする。元々は世界保健機関(WHO)が提唱した言葉で、“健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間”のことをいう。医学の進歩で延びた寿命の分も、いかに健康的に生き生きと暮らせるかが問われている。
 日本認知症学会の認定専門医・指導医である奥村歩氏は本紙でこう語っている。「人間の脳は、人のため、社会のために活動すればするほど、活性化される性質があります」と。
 人々の幸福のため、地域の発展のために奔走する学会活動は「最高の健康法です」と多くの友は語る。
 平日の昼間に活動できる壮年の集い「太陽会」のメンバーにとっても、日々の実践は最高の活力源になっている。
 愛知・犬山光山圏は、先駆けて16年前に“太陽会の活動”をスタートさせた。これまで、圏の集いは189回にも。当初は三十数人しか集わなかったが、今では150人を超すまでに。そこには、長年、圏議長を務める壮年の情熱が燃え上がっていた。
 支部議長らが集う企画会を事前に開き、会合の内容を皆で検討。その後、入場整理券を持って、メンバーのもとに足しげく通う。会合参加の励みになるように、年間を通した参加証も用意する。8年前には「新生太陽会の歌」を自分たちで作り、合唱団が歌声を披露した。はつらつと集い、信心の喜びを語る太陽会の友の姿は、まぶしく輝いていた。
 91歳になる支部議長も、勇んで同志の激励に歩いている。それが生きがいであり、“広布の誇り”となっているのだ。
 パグウォッシュ会議の創設者として、核兵器廃絶に生涯をささげたロートブラット博士。2000年(平成12年)2月に、池田先生と対談した際、91歳の博士はこう語っていた。
 「私は『疲れる』ことを自分に許さないんです」「こうして、池田会長と直接、語り合えることがうれしいんです」
 “生涯現役”で平和の闘士として歩んだ博士の姿が、太陽会の友と重なる。“一人のために”と祈り、励まし続けることほど、尊く偉大な実践はない。
 池田先生は次のように述べている。「どう生きたかです。何をしたかです。どう自分の境涯を変えたのか。どれだけ人々を幸福にしたのか、です」(壮年部指導集『黄金柱の誉れ』)
 “きょう”という一日を最高に輝かせ、充実させゆく豊かな健康人生を歩んでいきたい。

◆きょうの発心 唱題根本に病魔との闘いに勝利 2017年5月31日

御文
 一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり(御義口伝、790ページ・編1636ページ)
通解 一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来わが身に具わっている

仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。
 広宣流布に徹すれば、自身に具わる仏の境涯が自然に薫発されると仰せです。1962年(昭和37年)に入会。高等部、学生部、男子部と学会の庭で信心を学び、折伏した妻と結婚。順風満帆の日々を送っていました。
 しかし、長女が生後3カ月の時、大変な病に侵されていることが判明。先輩の激励とこの御文を胸に唱題を重ね、手術のたびに同志の皆さまにも題目を送っていただく中、81年、3年間に及ぶ病魔との闘いに勝つことができました。
 同年12月27日、世田谷文化会館で開催された「餅つき大会」に一家で参加。創価班として着任していた私が、会合終了後、場内の設営物を撤去していた時に、突然、池田先生が入ってこられ、「ありがとう! おかげさまで大成功だったよ」「陰で戦う人を守ってあげられる人になりなさい」と励ましてくださいました。生涯忘れられない信心の原点です。
 12年前に、料理が好きな妻と飲食店を開店し、地域友好に奮闘しています。感謝の思いで、広布拡大の歴史を築いてまいります。  東京・世田谷広宣区本部長 坂巻一徳

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十七 (6085)


 かつて奄美大島の一部の地域で、学会員への激しい迫害事件があった。村の有力者らが御本尊を没収したり、学会員の働き場所を奪ったりするなどの仕打ちが続いた。生活必需品も売ってもらえなかった。車を連ねて学会排斥のデモが行われたこともあった。
 奄美の女子部員は、少女時代に、そうした逆風のなかで、父や母たちが悔し涙を堪え、自他共の幸せを願って、懸命に弘教に励む姿を目の当たりにしてきた。
 奄美大島地域本部の女子部長である長田麗も、その一人であった。父親は、彼女が一歳の時に船の遭難事故で他界していた。病弱な母親が、和裁の仕事をして、女手一つで彼女と姉を育てた。暮らしは貧しかった。
 一家は、一九五八年(昭和三十三年)に入会する。母は“自分たちが宿命を転換し、幸せになるには、この信心しかない”と、真剣に学会活動に取り組んでいった。
 すると、日々の生活に張り合いと希望を感じ、体調も良くなり、次第に、確信が芽生えていった。母は、口数の少ない人であったが、小学生の麗を連れて弘教に歩いた。旧習の根深い地域である。訪ねた家で返ってくるのは、決まって蔑みの言葉であり、嘲りであり、罵倒であったが、母は負けなかった。
 「学会の信心は絶対に正しい。やれば、必ず幸せになれるんですよ」と、厳として言い切るのである。人びとの幸せを願う懸命な母の姿に、人間の強さと輝きを見た思いがした。
 麗が小学校の高学年の時、母が風邪をこじらせ、高熱を出した。氷囊の氷もすぐに溶けてしまうほどだった。一晩中、看病した。
 病床で、母は繰り返した。
 「私に、もしものことがあっても、絶対に学会から離れてはいけない。御本尊様だけは放してはいけない……」
 その言葉は、幼い娘の生命に、深く刻まれた。やがて健康を回復した母は、元気に学会活動に励み始めた。和裁の仕事も増え、生活は安定していった。功徳の体験は確信を育み、ますます信心を強盛にしていく。

【聖教ニュース】

◆中国・広州で池田思想シンポジウム  池田先生が連帯のメッセージ贈る
 広東省社会科学院、中山大学南方学院、創価大学が主催

 
シンポジウムの参加者が記念のカメラに。中山大学南方学院の国際教養教育・池田大作研究所の王麗栄所長は「池田先生の思想を広めていくことが私の使命です」と語った(広州市内で)
シンポジウムの参加者が記念のカメラに。中山大学南方学院の国際教養教育・池田大作研究所の王麗栄所長は「池田先生の思想を広めていくことが私の使命です」と語った(広州市内で)

 【広州27日】「池田大作思想シンポジウム」が27日、中国・広州市内で行われた。広東省社会科学院、中山大学南方学院、創価大学の主催である。これには、中国内外の大学・機関の研究者から15本の論文が寄せられ、活発な議論が交わされた。池田大作先生はメッセージを贈り、人類の平和という悲願を皆で分かち合い、「教育のための地球社会」という未来へ、さらに力強く行動していきたいと念願した。(記事・写真=松村光城)
 中国には、“池田思想”の研究機関や団体が数多くある。
 北京大学の「池田大作研究会」や、周恩来総理の母校・南開大学の「周恩来・池田大作研究会」などである。
 国内外の大学・諸機関の“池田思想”研究者らが一堂に会し、活発に意見を交換し合う「池田大作思想国際学術シンポジウム」が2年に1度、中国で盛大に行われている。
 これとは別に、広東地域でも2年に1度、広東省社会科学院を中心にシンポジウムが開かれてきた。それが、今回の集いである。
 6回目となるシンポジウムに向けての準備は、昨年9月から進められてきた。
 その際、関係者の頭を最も悩ませたのが大会の「テーマ」であったという。
 どのようなテーマであれば、池田思想の全体像を表現できるのか――皆で徹底して議論を重ねた。
 その中で、次第に三つのキーワードが浮かび上がる。
 第一に「平和」――教育や文化といっても、全ては「平和」に帰着する。平和と人々の幸福を、教育も文化も志向しなければならない。ゆえに「平和」は、池田思想の中核をなすキーワードといえよう。
 第二に「分かち合い」――それは、物質的なものに限らない。精神を、価値観を、思想を分かち合い、学び合うことで、互いに人間性を高め合っていくのである。利己から利他の生き方への変革を促すことにも通じよう。
 そして第三に「行動」――いかなる思想も、行動に表して初めて、その真価を発揮する。池田思想研究の最大の特徴は、理論研究の域にとどまらず、池田先生の哲学を自らの規範とし、実践していくことにほかならない。
 広東省社会科学院の温憲元元副院長は語っていた。
 「池田思想研究は、今現在の池田先生の行動に伴い、年々新しい視野が加わる“生きた分野”でもあります。毎年深まり、広がっているのです。それは研究対象としてのレベルの高さ、難しさを物語るものですが、だからこそ“やりがい”があるといえましょう」
 「まずは私自身が、池田思想を実践し、池田研究を発展させていくことで、よりよき社会を築きたい。その平和な社会を、池田先生にご覧いただきたい――それが私の最大の夢でもあります」
 肇慶学院外国語学院の原青林院長も、力を込めた。
 「今、世界は難民問題や紛争など幾多の課題を抱えております。ゆえに平和を渇望しているのです。今回のシンポジウムのテーマの筆頭に『平和』が掲げられ、そのテーマに基づく新しい観点の発表が数多く用意されました。今日的な課題に、真っ正面から立ち向かう、非常に意義のある大会だと思います。本日の成果を共通の声として社会に発信し、実際の平和運動に貢献していきたい」 
 シンポジウムでは、広東省社会科学院の周薇副院長、中山大学南方学院の喻世友院長があいさつ。
 創価大学の神立孝一副学長が、創立者・池田先生のメッセージを紹介した。
 続いて参加者の発表へ。広東省社会科学院や中山大学南方学院をはじめ、厦門大学、肇慶学院、南開大学、南京理工大学などの大学・機関から駆け付けた気鋭の研究者たちが、自らの専門分野に基づきながら池田思想の卓越性を主張し、人間教育に邁進する誓いを述べた。

【先生のメッセージ】

◆〈随筆 永遠なれ創価の大城〉20 世界一の学会家族
 我らには「異体同心」の信心がある
 広布の父母に最敬礼! 共に人生の凱歌を
 
色とりどりの花や緑の中に、真っ青なアジサイが“団結の美”をひときわ輝かせて咲き誇る(池田先生撮影)
色とりどりの花や緑の中に、真っ青なアジサイが“団結の美”をひときわ輝かせて咲き誇る(池田先生撮影)

 わが師・戸田城聖先生の言葉が今日も蘇る。
 「我らは、久遠元初からの麗しき同心の友である。法華経の会座で共に誓い合って、今また娑婆世界に涌出したのだ」
 学会は、広宣流布の仏勅に立ち上がった、世界で唯一の異体同心の和合僧団である。「創価家族」と言われる通り、ここには、いずこにもまして温かな人間連帯がある。
 実の父母に限らない。壮年部・婦人部という、学会の父母が、男女青年部や未来部を「わが息子、わが娘」と、大切にしてくれている。真心の応援に包まれ、中部、北海道、関東、関西と、各地の青年大会も大成功である。
 多宝会・宝寿会・錦宝会の大先輩方の存在もまた、どれほど大きいか。
 さらに目を世界に転ずれば、百九十二カ国・地域の同志が万人尊敬の励ましの輪を広げている。
 人類が夢に見た共生社会の縮図がここにある。この団結と和楽をもって、「立正安国」の建設に今日も走りゆく同志の皆様を、恩師も笑顔で見守られているに違いない。

白ゆりに幸光れ


 婦人部誕生の六月は“女性の月”である。
 六月四日に、世界の華陽姉妹の記念日を迎える女子部との、婦女一体の大前進の報告を、妻と嬉しく伺っている。
 一九五一年の六月十日、婦人部の晴れの結成に際して、戸田先生は和歌を贈ってくださった。
 「白ゆりの 
   香りも高き 
     集いかな 
  心の清き 
   友どちなれば」
 たとえ今、どんなに苦しくとも、悩みが深くとも、白ゆりのような清らかな信心があれば、断じて負けない。
 先生は草創のある日、涙ながらに苦悩の来し方を語る下町の母を、全力で励まされた。
 「信心で勝とう! 時が来れば、全て懐かしい思い出になるよ」
 この母は、庶民の都・足立で、恩師の指導通りに懸命に祈り、戦い、そして勝った。
 苦楽共に「今生人界の思出」となり、永遠の「心の財」を積んで生命の凱歌を轟かせる。これが信心の極意である。
 日蓮大聖人は、苦難の渦中にあった池上兄弟と夫人たちに、団結の大切さを教えられながら、どこまでも信心第一に生き抜けと指導なされた。
 「たとえ、どんなに煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい」(御書一〇八八ページ、通解)
 苦しい時も題目、嬉しい時も題目、何があっても題目――誓願の祈りを根本に戦ってきたのが、広布の母たちなのだ。
                                                      ◇
 現実社会では、憎悪や反目の争いが絶えない。その悲劇の流転に終止符を打つ希望は、いずこにあるか。
 それは「哲学と勇気と慈愛」で結ばれた女性の連帯にこそある。
 私と妻は、ノーベル平和賞受賞者のベティ・ウィリアムズさんと、友情を結んできた。北アイルランド紛争の解決へ、対立する双方の女性を結集して、奇跡的な平和運動を成し遂げた母である。その聡明な眼は、“ウソは対立を煽り、民衆を分断させる元凶である”と見破ったのだ。
 彼女は語っていた。
 「『真実』はいつまでも隠すことはできません。人々の努力でウソの飾りがはぎ取られた時に、美しき心の泉から『希望』がわき出てくるのです」
 我らの創価の母が動き語る、賢明にして誠実な言葉は、どれほど幸の仏縁を結んでいることか。
 ある初期の仏典には、こう説かれている。
 釈尊は「離反した人々を結びつけ、仲よくしている人々をさらに仲よくさせ」「和合を喜び、和合をもたらす言葉を語っている」と――。
 私たちの勇気の対話もまた、信頼を固め、友情を結び、乱世にあって、真実と希望の安全地帯をつくり広げているのだ。

君よ師子の如く


 六月六日は、殉教の先師・牧口常三郎先生の生誕百四十六周年である。
 先生は常々、「羊千匹よりも獅子一匹」と言われ、壮年門下に一人立つ師子たれと示された。
 御書に、「師子王は前三後一と申して・あり(蟻)の子を取らんとするにも又たけ(猛)きものを取らんとする時も・いきを(勢)ひを出す事は・ただをな(同)じき事なり」(一一二四ページ)と仰せだ。
 眼前の戦いを、“ここが我が勝負なり!”と腹を決め、全力を尽くす。それが師子だ。
 壮年部は、社会のため、地域のため、広布のためにと奮迅の勢いを出す。
 あの真剣な広宣の父の雄姿を見よ! 壮年部の堂々と戦う姿を見れば、家族も地域の皆も、安心する。勇気をもらう。
 日蓮大聖人が佐渡流罪中のことである。
 中興次郎入道という年配の壮年がいた。裕福で心根も立派であり、地域からの信頼も厚い長老格の人物であった。
 この壮年が、世の風評などに惑わされることなく、自らの曇りなき心で大聖人の人格に共鳴し、「この方は、何かいわれのある方に違いない」と正義の声を上げたのだ。
 この一言に一族の人びとも従い、さらに大聖人を憎み、危害を加えようとする周囲の動きも収まった。まさに重鎮の一人の声――大確信の師子吼によって、皆の心を一気に善の方へ動かしていったのである。(御書一三三三ページなど参照)
 この次郎入道の夫妻が逝去した後も、子息(中興入道)夫妻は、大聖人門下として強盛な信心を貫いている。
 「声仏事を為す」だ。なかんずく、壮年の声の力は計り知れない。ゆえに、断じて声を惜しむまい。声の限り、力の限り、創価の勇将が正義を叫んで、必ずや国土世間を仏国土に変えていくのだ。

「兄弟会」の誓い


 「学会家族」の団結を語る上で、私が常に思い起こすのが、「兄弟会」の存在である。
 慣れ親しんだ地を離れ、新天地で苦境に直面した時、懐かしき同志からの激励で、立ち直ることができた――。
 そんな報告を、幾たび伺ってきたことか。今、北海道から沖縄まで全国各地に兄弟会があり、その友情の水脈は世界中に流れ通っている。“支部兄弟会”などとして交流を深めている地域も多い。
 同志と結んだ「心の絆」は、環境や場所が変わろうと、切れはしない。物理的な距離は離れても、心はいよいよ近い。
 この「兄弟会」の模範の原点といえば、東京・中野である。
 スポーツの集いと記念撮影会を行った折(一九七三年二月四日)、参加した青年たちを「中野兄弟会」と命名し、毎年、集い合うことを提案した。一人ひとりが三十年後の目標をメモに記し、誓いを共々に果たそうと呼び掛けたのである。
 同じころ、東京の港、渋谷、世田谷、杉並、目黒、大田等でも兄弟会が結成され、新宿、千代田等にも仲良きグループが誕生した。後年、品川、豊島、北、足立、江東、墨田、荒川、また村山、町田、調布等々、新たな兄弟会が発足している。
 地涌の兄弟姉妹は、民衆の幸と平和を築く広布の誓いを貫いてきた。今や学会でも、社会でも、地域でも、欠かすことのできない大事な要の存在となってくれている。
 つい先日も、私と妻は目黒方面を走り、題目を送った(七日)。若き日に夫婦して住んだ三田も通った。地域に根差し、信頼と友情を広げる友の奮闘が、嬉しくてならなかった。
 石と石を打ち合えば、火が生まれる。大使命に生き抜く意気と意気が共鳴すれば、生命の底から感激が湧き上がる。
 東京の歌「ああ感激の同志あり」を初めて会合で声高らかに歌ったのは、一九七八年の夏、場所は忘れもしない荒川文化会館であった。
 そこには、東京の支部長・婦人部長、男女の部長の代表が集っていた。誰もが歓喜に胸を高鳴らせ、声も限りに歌った。
 「仏の使いに 誇りあり/ほまれの東京 光あれ」と皆が心を一つにし、まさに“感激の同志”として勝利へ総立ちの出陣となったのである。

栄光の峰へ雄飛


 大切な広布の父母よ!
 “黄金柱の壮年部”と“太陽の婦人部”が、ガッチリと心を合わせ、青年と共に「空飛ぶ者の王」鷲の如く進みゆくのだ。そうすれば、いかなる群雲をも突き抜け、旭日に輝く栄光の峰に到達できないはずがない。
 我らには、異体同心の信心がある。あらゆる壁を打ち破る、不屈の負けじ魂がある。無限の価値創造の大空を飛ぶ、慈悲と智慧の翼がある。
 さあ常勝のスクラムをさらに強く、勇気の前進、また前進だ!
    
 未来まで
  凱歌の物語
     綴りゆく
  我らは地涌の
    兄弟なるかな
 
 (随時、掲載いたします)
 仏典の引用は『パーリ仏典〈第2期〉1 長部・戒蘊篇Ⅰ』片山一良訳(大蔵出版)から。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験〉 春を呼び込む母の祈り
 宿命は必ず変えられる!

 【横浜市南区】「母は強い。母は健気だ。母は負けない。母の祈りは無敵である」――池田先生の指針が、飯塚みどりさん(55)=中村橋支部、支部婦人部長=の胸に息づいている。娘の脳梗塞、息子の不登校、夫の他界…。宿業の嵐が吹き荒れるたび、「信心を深め強くしてもらいました」。

2017年5月30日 (火)

2017年5月30日(火)の聖教

2017年5月30日(火)の聖教

◆わが友に贈る

打てば響くような
素早い報告・連絡を!
組織の団結と勢いが
一人一人の力を
何倍にも大きくする。

◆〈名字の言〉 2017年5月30日
 

 73歳で大学に合格し、現在、学生生活を送るタレントの萩本欽一さん。先日、テレビで受験勉強の方法を紹介していたが、英単語の覚え方がユニークだった▼一つの単語を語呂合わせで“物語”にするというもの。例えば「unfortunately(=残念ながら)」であれば、「餡が、4カ所から、チューチューと吸われてなくなった。残念ながら」という具合。ユーモアに富んだ工夫が、いかにも“欽ちゃん”らしい▼円周率の4万桁暗唱の元ギネス記録保持者・友寄英哲さんも、円周率の数字の羅列を、10桁ずつに分けて語呂合わせで覚えたという(本紙5月10日付)。その“物語”は、荒唐無稽な方が、よりインパクトがあって記憶に残りやすいそうだ▼脳には、私たちの想像をはるかに超える能力が秘められている。東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授によれば、脳には可塑性(変形しやすい性質)があり、何歳になっても学び直しができる。発達のピークを過ぎても、努力をすれば身に付けたい能力を獲得できるという▼年齢を重ねるほど、「自分にはできない」「この歳だから無理」と決め付けてしまいがち。この“決め付け”が成長を妨げる最大の敵だ。自分らしく、若々しい挑戦の心で、充実と喜びの人生を開きたい。(朋)

◆〈寸鉄〉 2017年5月30日
 

 池田先生の初訪中の日。
 信義の絆は燦然。心結ぶ
 友誼の対話を使命の地で
      ◇
 東京の東村山・東大和・武
 蔵村山が反転攻勢へ激闘
 正義の言論戦で打ち勝て
      ◇
 信心は全ての体験が生き
 る。塵も残さず無駄なし
 ―戸田先生。挑戦こそ宝
      ◇
 決意持ち己の行為で困難
 を凌ぐ者が勝利者―偉人
 絶対に勝つと決めて進め
      ◇
 「ごみゼロ」の日。持続
 可能な社会は「身近な一
 歩」から。わが家庭でも

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十六 (6084)
 


 四国の同志が、「さんふらわあ7」号で神奈川文化会館を訪れた約一カ月後の二月十七日のことであった。鹿児島県の奄美大島地域本部(後の奄美光城県)の女子部員八十六人が、山本伸一がいた東京・立川文化会館を訪問したのである。
 ――一年前の二月一日、伸一は、九州研修道場で行われた九州記念幹部会に出席した。「七つの鐘」の総仕上げとなるインド訪問を控えての幹部会であった。
 九州各県から集った参加者のなかに、奄美の女子部の代表もいた。伸一は、研修道場で皆と記念のカメラに納まり、奄美のメンバーに語りかけた。
 「何か要望があったら、あとで女子部長の方に言ってください。どんなことでも結構です。遠慮などする必要はありません。私は、可能な限り、皆さんの要望に応えたいんです。離島で苦労に苦労を重ね、奮闘してきた、大事な宝の皆さんだもの」
 奄美の代表が、女子部長に希望を伝えた。
 「創価女子会館で、奄美大島地域本部の女子部の勤行会を行わせてください!」
 東京・信濃町に、女子部の会館として創価女子会館が開館したのは、一九七七年(昭和五十二年)十二月であった。以来、全国の女子部員が、訪問を望んでいたのである。
 伸一は、その要請を快諾した。
 彼女たちは誓い合った。
 「それぞれが各地域で、広布拡大の大波を起こして、広宣流布の師匠である山本先生のもとに集いましょう!」
 宗門僧による卑劣な学会攻撃も続いていた。そのなかでメンバーは、創価の正義の旗を掲げ、情熱をたぎらせて、弘教に走った。しかし、九州研修道場での出会いから三カ月を経ずして、伸一が会長を辞任したのだ。
 突然、太陽が雲に覆い隠された思いであった。でも、負けなかった。
 「こうした時だから、弘教の大勝利をもって、先生に安心していただきましょう!」
 逆境は、人間の真価を問う試金石となる。

【聖教ニュース】

◆大阪・京都・和歌山で誓いの青年大会   関西魂を世界へ!未来へ!

 
総大阪創価青年大会では、最後に“負けたらあかん!”の大横断幕を掲げ、関西の歌「常勝の空」を皆で高らかに歌った。広布と人生の戦いに絶対に勝つ!――一人一人が誓いの灯を心にともした(大阪市浪速区の大阪府立体育会館で)
総大阪創価青年大会では、最後に“負けたらあかん!”の大横断幕を掲げ、関西の歌「常勝の空」を皆で高らかに歌った。広布と人生の戦いに絶対に勝つ!――一人一人が誓いの灯を心にともした(大阪市浪速区の大阪府立体育会館で)

 関西の大阪、京都、和歌山の「創価青年大会」が28日、意気軒高に開催された。
 それぞれの大会には池田大作先生がメッセージを贈り、新たな時代を開きゆく友に万感の期待を寄せた。
 また、各界から多くの来賓も出席した。
                  ◇◆◇ 
 総大阪の大会は昼と夜、大阪市浪速区の大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)で盛大に行われ、総勢1万1000人を超える若人が集った。
 本年は関西の常勝不敗の原点である「大阪大会」から60年。
 ――民衆勢力の台頭を恐れた権力によって1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は無実の罪で不当逮捕・投獄。同月17日に出獄した先生はその日、中之島の大阪市中央公会堂で行われた大阪大会で師子吼した。
 “最後は、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!”
 大阪の友の心に、誰にも消せない“負けたらあかん”の灯がともった瞬間だった――。
 総大阪は今回の青年大会のテーマを「“負けたらあかん!”を世界に! 未来に!!」とした。男子部は部平均3に迫る弘教を結実。女子部は部平均1を超える弘教・入会決意で華陽のスクラムを広げ、学生部は全国模範の拡大を達成。一人一人が“私が関西魂の灯を受け継ぐ!”との決意を燃え上がらせて当日を迎えた。
 会場となった大阪府立体育会館は、池田先生が第3代会長に就任直後の関西総支部幹部会(1960年5月8日)など5回にわたって大阪の友と縁を結んだ舞台。青年部と、関西在住で英語を話すSGI(創価学会インタナショナル)メンバーの集い「関西インタナショナル・グループ」の10カ国の代表が、後継の誓いを合唱やダンスに託して披露した。
 フィナーレでは、男子部有志によるバンドの演奏でオリジナル曲「Light~灯~」を歌い上げた。
 最後に、関西吹奏楽団の演奏で関西の歌「常勝の空」を会場一体となって大合唱。世界広布新時代の一切の勝利を担うとの誓願の歌声が轟き渡った。
                ◇◆◇ 
 「輝!!~新しい未来が京都から始まる~」とのテーマを掲げた、総京都の青年大会。京都市左京区の国立京都国際会館で昼と夕に行われ、合わせて5000人の友が参加した。
 86年(同61年)11月9日の第1回「京都青年平和文化祭」で、池田先生が青年らに渾身の励ましを送ったのが同会館である。今回の大会では、京都広布の父母たちが師弟の原点を刻んだ会場で、後継の若人が新たな広布前進を約し合った。
 この日を目指し、男子部は部平均2、女子部は全ての本部が弘教を達成。学生部も率先垂範のリーダーらが友を入会に導いた。創価の青年が巻き起こす歓喜の波動は今、関西のみならず、全国へと広がっている。

◆団結の各部代表者会議    「折伏精神」で奮い立て

 世界広布新時代第43回の各部代表者会議が29日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、冒頭、記念の月・6月を迎える婦人部・女子部の尊い奮闘をねぎらい、「毎日毎日、本当にありがとう!」とたたえた。
 次いで、広宣流布と立正安国のため、「自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして」(御書1337ページ)との「生死一大事血脈抄」の仰せのままに、祈り戦う全国の同志に心から感謝。
 この創価の地涌の宝友を厳然と守り抜き、仏に等しい同志たちのために断じて勝利の実証を示す。これが、御本仏から託された、創価のリーダーの使命であり、本懐であると述べた。
 そして、日蓮大聖人が、門下の四条金吾のことを「きわめて負けじ魂の人」「我が味方・我が同志のことを大事にして戦ってくれる人」(同986ページ、趣意)であると信頼されていた事実に言及。
 同志のため、学会のため、創価の師弟のため、絶対に負けられない――この究極の負けじ魂で偉大な信力・行力を奮い起こす時、偉大な仏力・法力を満々と涌現できないわけがないと強調。
 無敵の団結と勢いと執念で、日本中、世界中から「よかりけり・よかりけり」(同1173ページ)と謳われゆく正義の凱歌を轟かせよう、と訴えた。
 最後に、「炎の東京大会」「雷雨の大阪大会」から60年を迎えることに触れつつ、その折、戸田城聖先生が師子吼した御金言「いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(同1090ページ)を拝読。この折伏精神、攻撃精神、そして学会精神をいよいよ漲らせて進むよう心から念願した。
 原田会長は、全国の同志の奮闘に改めて感謝するとともに、特に、池田先生が広布の黄金柱・壮年部に寄せた万感の期待に言及。
 壮年が師子のごとく動き語れば、全同志を鼓舞することができるとし、今こそ、金剛不壊の団結と勇敢な行動で、立正安国の旗を堂々と打ち立てようと呼び掛けた。
 また、長谷川理事長、谷川主任副会長、志賀男子部長があいさつ。本社写真局の笠松光一主任が取材報告を行った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆国際通信社INPSが池田先生にインタビュー㊥ 未来に向けて国連とその創造的進化を強化する


 国際通信社INPS(インターナショナル・プレス・シンジケート)による池田先生へのインタビュー記事「未来に向けて国連とその創造的進化を強化する」の㊥は、核兵器のない世界を築くための挑戦をめぐって。なお、記事は以下のウェブサイトから閲覧できます。
 【日本語】http://www.international-press-syndicate-japan.net/
 【英語】http://www.sdgsforall.net/
 ――2015年8月に広島の地で、SGIが共同主催された「世界青年サミット」を鮮明に思い起こします。
 貴殿は、師匠である創価学会の戸田城聖第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表してから60周年の佳節である本年も、青年に焦点を当てた行事の開催をお考えでしょうか。
  
 戸田第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表した神奈川の地で、「青年不戦サミット」の開催を予定しています。これは、広島・長崎・沖縄の青年部をはじめ、各地の青年の代表が集って行われるものです。
 今から60年前の1957年9月8日、戸田会長は、5万人の青年たちを前に、世界の民衆の生存の権利を根源的に脅かす核兵器は“絶対悪”にほかならず、いかなる理由があろうと、その使用を断じて許してはならないと訴えました。
 そして、核兵器の禁止と廃絶を時代潮流に高めていくことを、“遺訓の第一”として、当時、青年だった私たちに託しました。
 以来、私は、その遺訓を胸に、「核兵器のない世界」への道を切り開くための行動を続けてきました。
 SGIが現在、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)をはじめ、他のNGO(非政府組織)や宗教コミュニティーの団体などと力を合わせて、核兵器禁止条約の締結を目指す運動に取り組んでいる精神的な源流も、この戸田会長の「原水爆禁止宣言」にあるのです。
 時を経て、核兵器の非人道性に対する認識が高まる中、核兵器禁止条約をめぐる交渉がいよいよ国連で始まりました。
 条約の締結によって、一切の例外を認めることなく核兵器の使用を禁止する国際規範を打ち立てることが、96年の国際司法裁判所の勧告的意見で焦点となった“明示的な法の不在”の克服につながることは間違いありません。
 この禁止条約の交渉を成功に導く上でも、また、条約の締結後に実効性の確保を図る上でも、市民社会の声、なかんずく、核時代との決別を強く求める青年の声を結集し、目に見える形で示していくことが、非常に重要になると思います。
 神奈川で開催する「青年不戦サミット」が、その一翼を担う集いとなることを、心から念願してやみません。
  
 ――核兵器を法的に禁止し、廃絶する条約制定を目指す国連の交渉会議の第1会期が3月31日に終了したことを受けて、6月15日から7月7日に行われる第2会期に何を期待されますか。
  
 交渉会議の第1会期で、国連加盟国の3分の2を上回る130カ国以上の国々と市民社会の代表が参加する中、条約の大枠をめぐる建設的な議論が進んだことを、強く歓迎するものです。
 会議にはSGIの代表も参加して発言を行ったほか、作業文書を提出しましたが、討議では“何としても禁止条約を成立させよう”という熱気に満ちた発言が相次いだといいます。討議の進展を踏まえ、議長を務めるコスタリカのホワイト大使は、第2会期の最終日には条約の成案を採択したいと表明しました。
 そこで私が申し述べたいのは、第1会期ではほとんど参加がみられなかった核保有国や核依存国を含めて、より多くの国が、今後の討議に参加するよう、強く呼び掛けたいという点です。
 意見の対立があるから対話は不可能なのではなく、対立があるからこそ対話が必要となるからです。
 今日、核兵器がもたらす壊滅的な結末への懸念と、偶発的な事故などによる核爆発の危険性に対する認識は、核保有国や核依存国を含め、どの国にも基本的に共有されたものであるはずです。
 その点は、2010年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書でも確認されております。
 そこを足がかりに、NPT第6条の核軍縮義務に焦点を合わせた討議を行う中で、各国が抱える安全保障上の懸念と、「核兵器のない世界」を実現するための方途が交差する点がどこになるのか浮き彫りにし、前に進めるべき時が来たと思うのです。
 第1会期で行われた市民社会の代表を交えての自由討議の機会を第2会期でも設ける中で、禁止条約の制定を“地球的な共同作業”として推し進め、会期末の成立を期すべきではないでしょうか。
  
 ――核兵器禁止条約をめぐる今後の交渉会議において、貴殿は、日本がどのような役割を担うべきであるとお考えでしょうか。
  
 私は、唯一の戦争被爆国である日本が歴史的な使命と責任を深く自覚し、交渉会議に積極的に臨むことを呼び掛けてきました。
 それだけに、3月末に行われた交渉会議の第1会期で、日本が不参加となったことを、極めて残念に思います。しかし同時に、日本から多くの市民社会の代表が会議に集い、核兵器の禁止と廃絶を求める声を条約への具体的な提案と併せて届けたことの重みは非常に大きかったと感じてなりません。
 会議では3人の被爆者の方々が体験を生の声で語りました。その体験を通し訴えられた“核兵器による惨害を二度と誰にも味わわせてはならない”との切実な思いは、核兵器禁止条約の立脚点がどこにあるのかを明確に示したものといえましょう。
 これまで日本が核軍縮・不拡散外交の柱としてきたNPTは、核戦争が全人類に惨害をもたらすとの認識に立ち、「諸国民の安全を守る措置」の必要性に基づいて制定されたものです。この本旨に照らせば、禁止条約はNPTと決して相反するものではなく、NPTが目指す核軍縮・不拡散の強化につながるものです。
 その意味で大切なのは、日本が近年、広島で開催した軍縮・不拡散イニシアチブの会合やG7(主要7カ国)外相会合で、核保有国や核依存国の外相らと共に採択した宣言を今一度想起することではないでしょうか。そこには、核兵器の非人道的影響をめぐる議論は「国際社会の結束した行動のための触媒であるべき」との文言や、「核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている」との一節が刻まれています。
 核兵器のない世界を築くために何が必要か、議論を徹底して深めながら、道を切り開くことに、日本の使命と責任があります。その一点に立ち返って、第2会期からの討議への参加に踏み出すことを、強く願ってやみません。
 そして、第1会期に参加していた核依存国のオランダなどとも連携しながら、核保有国と非保有国との橋渡し役を担い、日本だからこそできる貢献を果たしてほしいと望むものです。

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 社会にますます貢献する会社へ
 リーダー率先の行動で 社の苦境を乗り越え 
 阪神大震災を機に事業を起こす  通関業社長 小泉努
 


 1995年(平成7年)1月17日、阪神・淡路大震災が発生。当時、42歳だった私にとって、この激震が、そのまま人生の転機となりました。
 私は大学を卒業後、“貿易の際、税関に提出する書類を代理で申告する”通関業を手掛ける神戸の会社に勤務し、営業に携わってきました。
 しかし、この日を境に、神戸の街は一変。想定外の損害・被害を前にパニックになり、そこから抜け出す最善の方法を探ろうともせずに、社会的責任を放棄してしまう会社や団体が少なくありませんでした。
 もちろん、未曽有の災害であり、致し方ない面もあります。しかし、私の胸中には、全てを変毒為薬してみせるとの熱い思いが、ふつふつと湧いてきました。
 神戸は港町であり、歴史的にも、海外に開かれた土地柄です。そのため、貿易に携わる会社、また通関業を営む会社も数多くあります。
 もし、今いる地域が大きな災害に見舞われても、しっかりとした会社が存続していれば、そこに住む従業員の生活を支え、地域の復興の力にもなる――そう考えた私は、世のため人のために貢献し続けることのできる“強い会社”をつくりたいと願い、阪神・淡路大震災から3カ月後、仲間5人で、通関業を手掛ける会社「㈱ミック」を起こしました。
 ゼロから出発した事業でしたが、環境にも恵まれて、順調に業績を伸ばしていきました。
 しかし、多角経営に乗り出そうと、異業種の食品製造・販売に参入したことがあだとなり、累積した負債が結果的に約2億円となったのです。2000年12月のことです。

現実の上に結果を出す信仰


 失敗の最大の原因は、私の油断と慢心でした。
 日蓮大聖人は「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165ページ)と示されています。“仏法は勝負”というのは、法、すなわち教えの正邪によって現実の生活・社会の上に厳然とその結果が表れるということです。
 仏法は、普遍的な生命変革の法です。正しい教えを根本とした人は、現実の中で必ず生命変革の実証を示し、勝利することができる――。私は、この御文を胸に、冷静に現状を分析。食品事業から撤退し、本業の通関業に専念することにし、状況を打開するために死に物狂いで働きました。
 営業によって顧客を増やしていくことは、会社の生命線です。
 ただし、取引先の会社が今後、どのように発展するか。相手先にとって、こちらの提供するサービスを、どのくらいの規模で活用することが今、最適なのか。
 これには、その都度、適切な判断が求められますが、ここを的確に見ていかなければ、最善の取引をすることはできません。
 大きな失敗を経験したことで、私は相手先への見極めも正確になり、倒産や不渡りの被害も激減しました。

顧客の6割を自らが開拓


 毎朝、私は誰よりも先に出社して、社員を迎えます。
 特に、朝が勝負です。まずは真剣な祈りから出発し、午前中に、やるべきことをどんどん処理していく段取りを立て、出社。朝一番から、頭も体もフル回転することができます。朝勝ちの行動は、サラリーマン時代の30代半ばから続いています。
 そして、営業においても、社長である自分自身が現場に立っています。現在、わが社には約1200社の取引先がありますが、その6割が、私が開拓した顧客です。
 創業以来、平均して毎年、新規の取引先を60社ずつ増やしてくることができました。負債を背負い、社員の皆さんに迷惑と心配を掛けた分、それを払拭する結果を出そうと自らに檄を飛ばし、営業の先頭に立ってきたことが実を結んでいます。
 日蓮大聖人は「軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり」(同1219ページ)と仰せです。
 軍勢の要になるのが大将軍の存在です。ここでは、大将軍が臆病になれば兵士たちも臆病になるという道理を教えられています。
 どのような組織、団体にあっても、リーダーの勇気ある率先の行動が、その組織の前進をもたらすことは言うまでもありません。
 営業では、相手先との接触頻度を上げ、相手からの要望には即座に応えるように努力を続けてきました。
 営業の仕事で実感することは、相手の立場に立つ大切さです。
 商談を進めるにあたっては、相手の立場、置かれた状況をよくよく想像することが欠かせません。しかし、営業に慣れないうちは、こちら側の商品・サービスを売り込むことに意識がとらわれてしまいがちです。
 先方から仕事をいただくことは、もちろん大事なのですが、その“ベース”には、相手と信頼を結び、信用を得ることが必要でしょう。私自身、この点を大切にしてきました。

誠意と真心を尽くす関わり


 “相手先も、わが社も、共に成功し発展していきたい”。そうした思いから、業界の中で経験してきたこと、学んできたことなどを、営業先と共有するよう努めてきました。
 相手先を思う誠意や真心が伝われば、それは信頼になります。
 さらに、取引が相手先にとってプラスになれば、信用は一段と深まり、取引内容の拡大につながります。
 負債を抱えてから8年間で、返済のめどが立ちました。社員一丸となっての奮闘があり、業績を順調に伸ばすことができた結果です。創業からこれまで、大阪支店を開設した後、営業所を鳥取・米子、東京、横浜、名古屋、福岡に開いたほか、中国・上海に事務所を設けるまでになりました。今では、会社は年商四十数億円の規模となっています。
 社外では、全国中小貿易業兵庫連盟の理事長を務めて7年になります。異業種の交流、コラボレーション(共同事業)にも力を入れて取り組んでいます。
 神戸に本社を置く誇りを胸に、日本と海外を結ぶ業界のお役に立ち続けることが、わが社の願いです。これからも、ますます仕事に励み、社会に貢献していく決心です。

 
【プロフィル】こいずみ・つとむ 神戸市に本社を構える㈱ミックの代表取締役社長。64歳。1955年(昭和30年)入会。西神戸総県・王者西区副区長。総兵庫専門部書記長。

〈コラム〉 信心即生活


 日蓮大聖人の仏法では、信仰を、仕事や生活と切り離されたものとして捉えません。
 大聖人は「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254ページ)と仰せです。天が晴れれば地上は明らかとなる。法華経を理解するものは、世間の道理をも知るのである、との意味です。
 仏法をより深く会得していけば、世間の道理にも通じていくことができます。
 池田先生は述べています。
 「仕事でも、学業でも、題目を唱え抜いて真剣に挑戦すれば、必ず勝利の智慧が湧いてきます。これが『天晴れぬれば』の生き方であり、『地明かなり』の妙用です」と。
 創価学会では「信心即生活」を掲げています。具体的には、仕事や生活を自らの信心の表れであると捉えて、仕事、生活の場で勝利し信頼を広げていく生き方を教えています。
 仕事や生活の場で勝利するために、努力、工夫を重ねる“前進と挑戦の原動力”となるのが、創価学会の信仰なのです。

◆〈壮年部のページ〉 団地部特集 希望の灯台として 友情と信頼の絆結ぶ
 

 池田先生は、つづった。「“異なった生活を営む多様な人びとが、一つの団地という世界で、共に生きる。まさに団地は、『小さな合衆国』といえる。その団地の人びとを、友情と信頼の固い絆で結び、人間共和の礎をつくらねばならない――それが、伸一の団地部への期待であった」(小説『新・人間革命』第24巻「灯台」の章)。今回の「壮年部のページ」では、地域の希望の灯台として活躍する団地部の友を紹介する。

◆〈信仰体験 しあわせ家族〉 うちなー(沖縄)の母は無敵


 【那覇市】信心継承のドラマを紹介する「しあわせ家族」。志良堂みゆきさん(54)=城北支部、支部婦人部長=は学会2世だが、30歳を過ぎるまで、創価学会の活動に真剣になれなかった。

2017年5月29日 (月)

2017年5月29日(月)の聖教

2017年5月29日(月)の聖教

◆今週のことば

創価の女性スクラムは
平和社会の太陽なり。
「声仏事を為す」
仏の福智を光らす
自信満々と語りゆけ!

◆〈名字の言〉 2017年5月29日
 

 東京・目黒区には坂が多い。故・美空ひばりさんの自宅も坂道の途中にあった▼現在は「美空ひばり記念館」として公開されているその場所に、本人の一詩が飾られている。「生れし時に/この道知らずとも/この道を歩み/幾年月ぞ/今日涙して/明日又/笑おうぞ」。昭和の歌姫が生を受けたのは、80年前の今日。52年の生涯に歩んだ道は、マスコミの心ない中傷や、病との格闘、最愛の母と弟の死など、苦難の風雨に打たれ続ける坂道でもあった▼ひばりさんがレコードデビューした昭和24年は、21歳の池田先生が戸田城聖先生の出版社に入社した年でもある。戸田先生の自宅の最寄り駅は目黒駅。池田先生はその自宅に何度も通い、時に雨の権之助坂を師と共に歩いた。自身の肺病、師の事業の破綻、先輩の裏切り……うち続く嵐の中、師弟という“人生の高み”を目指し、池田青年は上り続けた▼上るも下るも、同じ一つの坂である。苦しくとも栄光への道を上り切るか、それとも鍛えを避けて下ってしまうか。問われているのは、常に己の心だ▼他人と比べるのではなく“昨日の自分”に勝つ。一歩でも二歩でも、日々の歩みを止めない。振り返ったとき、素晴らしい人生の景色を見下ろせるはずだ。自分との戦いを、今日もいざ!(之)

◆〈寸鉄〉 2017年5月29日

 広布を自分が成し遂げる
 決心で全てに勝ち抜け―
 戸田先生。必死の一人に
      ◇
 常に行動すれば考え方に
 賛成する人が出る―文豪
 地道に誠実に。対話貫け
      ◇
 東京・品川が師子奮迅の
 拡大。創価源流の証しを
 今再び!栄冠つかみ取れ
      ◇
 駅での転落防止へ声掛け
 運動開始と。歩き携帯の
 事故も皆で注意し根絶へ
      ◇
 エベレスト初登頂の日。
 進まねば歴史は築けぬ!
 勝利の頂へ。我らも一歩

◆社説  池田先生初訪中から43年  師が開いた「友誼の道」を未来へ


 「自然との対話――池田大作写真展」が、中国で相次ぎ開催されている。4月は、文化揺籃の大連芸術学院で。今月には、“花城(花の都)”広州市の中山大学南方学院で開幕した。
 同展を鑑賞した、ある識者は語った。「作品から、池田先生の気宇壮大な心と温かさを感じます。私は40年ほど前から先生の存在を知っています。先生が中日友好を切り開いてくださったのだと改めて実感しました」
 1974年5月30日、先生は初めて中国を訪れた。当時、日本から北京への直行便はなく、香港から深?へ境界の川に架かる鉄橋を歩いて渡った。
 その頃、中国では、文化大革命が続いており、日本には“中国は怖い国”との印象があった。
 訪中前に先生は語った。「人間と人間の真実の友好を促進し、永久的な、揺るぎない平和の基盤を築き上げていきたい」
 中国への第一歩を刻んだ先生は、行く先々で、人々と心温まる交流を重ねた。
 「おじさんは、どこから来たのですか」との少女の問いに、「日本から来ました。あなたに会うために来ました」と答える一場面も。先生は、「相手が大人であろうと、子どもであろうと、一瞬一瞬の出会いを大切にし、友情を結ぶために全力で対話した」と当時を振り返る。
 以来、先生は一貫して民衆レベルの文化交流を推進。東京富士美術館、民主音楽協会、創価大学の創立者として、「中国敦煌展」等の開催、北京人民芸術劇院や東方歌舞団等の民音公演、各大学への図書贈呈など、心をつなぐ交流を続けてきた。
 今月、中国・広州市を訪れた際、学生らと交流する機会があった。ある学生から「あなたは日本人の歴史認識について、どう思っていますか」と問われた。
 池田先生が折に触れ、日本は「将来のために、責任と信念をもって、歴史を総括しなければなりません」と語ってきた事実を紹介。正しい歴史認識に立ち、世界平和のために日中両国が手を携えられるようにと願い、行動しているのが、創価学会であると伝えた。そして、「平和を共に! 平和の同志、万歳」と固い握手を交わすと、周囲の拍手は、しばし鳴りやまなかった。
 互いの立場は異なっても、日中友好を願う思いは同じだと実感した。
 明日は、池田先生の初訪中から43年。対話で「友誼の道」を開いた師の行動に続きたい。

◆きょうの発心  東京凱歌の歴史を実践の教学で2017年5月29日

御文 
依正福智共に無量なり所謂南無妙法蓮華経福智の二法なり(御義口伝、792ページ・編1638ページ)
通解 依報も正報も福運・智慧ともに無量であり、いわゆる南無妙法蓮華経とは福智の二法なのである。

 妙法に生き抜けば限りない福運と智慧が具わっていくと述べられている御文です。
 
 “信心の横綱”東京・江戸川区で生まれ、育ちました。幼少期は体が弱く、肺炎・喘息・アトピー性皮膚炎などを発症。両親や学会家族の同志の祈りに支えられ、克服することができました。
 池田先生の母校である東京富士大学で学んでいた4年生の時、就職活動がうまくいかず自信を喪失。加えて同居していた祖母の病状が悪化し、入退院を繰り返すように。そんな時、先生から真心の激励をいただき、感動で胸がいっぱいになりました。
 その後、この御文を心に刻み、祈り戦う中で、使命の職場の内定を勝ち取ることができたのです。就職を喜んでくれた祖母は、しばらくして霊山へと旅立ちました。祖母は最後まで、「先生と戦えて幸せだった」と語り、その祖母の姿から不退の信心を教わりました
 今年は、御書発刊65周年。「女子部は教学で立て」との永遠の指針を胸に、「池田華陽会御書30編」の読了に挑みます。そして、実践の教学を貫き、東京凱歌の歴史を開きます。   東京女子部教学部長 石井法子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   五十五 (6083)



 ボーッと、「さんふらわあ7」号の出航を告げる汽笛が夜の海に響いた。
 四国の同志は、甲板に出ていた。船は、静かに離岸し始めた。
 見送りに埠頭に集った神奈川の同志が、「さようなら!」「また来てください!」と口々に叫びながら手を振っている。岸辺には、窓明かりが光る神奈川文化会館がそびえ、横浜の街の灯が広がっていた。次の瞬間、文化会館の明かりが一斉に消えた。上層階の窓に、幾つもの小さな光が揺れている。
 船舶電話に連絡が入った。
 「今、山本先生と奥様が、最上階で懐中電灯を振って、見送ってくださっています。船から見えますか?」
 直ちに船内放送でメンバーに伝えられた。
 皆、甲板の上から、最上階の光に向かって盛んに手を振り、声を限りに叫んだ。
 「先生! 四国は頑張ります!」
 「ご安心ください!」
 「地域広布の先駆けとなります!」
 皆、目を潤ませていた。
 伸一たちは、船が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも懐中電灯を振り続けた。
 遠ざかる船上で叫ぶメンバーの声が、伸一たちに聞こえることはない。しかし、彼も峯子も、わが同志の心の声を聴いていた。また、彼らの送る光は、四国のメンバーの胸に、消えることのない、勇気と希望の灯火となって映し出されていったのである。
 日蓮大聖人は、「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書一二二三ページ)と仰せである。求道の志ある人には、成長がある。歓喜があり、感謝がある。それは、新しき前進の大原動力となろう。
 伸一は、この夜も、船が揺れず、無事故で皆が帰れるように唱題した。さらに、夜更けてから船と連絡を取り、再度、「来られなかった方々に、くれぐれもよろしく」と伝えた。
 翌朝も、安否を確認する連絡を入れた。
 彼にとっては、弟子たちこそが最高の宝であり、未来を照らし出す太陽であった。

【聖教ニュース】

◆アメリカ創価大学で第13回卒業式   創立者・池田先生が祝福のメッセージ
努力と挑戦で世界の新地平を
心理学者チクセントミハイ博士が記念講演
13ヵ国地域出身の102人が雄飛

アメリカ創価大学の第13回卒業式。舞台中央で、卒業生一人一人にハブキ学長から学位記が授与された。ベルギーから出席した保護者は、「感動的な式典でした。このような素晴らしい学びの環境をつくられた創立者に、感謝は尽きません」と(26日、同大学の創価芸術センターで)
アメリカ創価大学の第13回卒業式。舞台中央で、卒業生一人一人にハブキ学長から学位記が授与された。ベルギーから出席した保護者は、「感動的な式典でした。このような素晴らしい学びの環境をつくられた創立者に、感謝は尽きません」と(26日、同大学の創価芸術センターで)

 【アリソビエホ26日】アメリカ創価大学(SUA)の第13回卒業式が26日午後(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学・創価芸術センターで盛大に挙行された。創立者の池田大作先生は卒業生に祝福のメッセージを贈り、たゆまぬ努力と挑戦で人生と社会と世界の新地平を、と呼び掛けた。また、「ポジティブ(楽観主義)心理学」の世界的な権威であるミハリー・チクセントミハイ博士が記念講演。式典には卒業生のほか、SUAのハブキ学長や理事、教職員、卒業生の家族、支援者、同窓生など約1000人が出席した。(2・3面に関連記事、記念講演は後日掲載。記事=山根信明、写真=中谷伸幸)
 キャンパスには、爽やかな風が吹き抜け、カリフォルニアの陽光を浴びた木々が、キラキラと輝いている。
 空も、風も、光も、キャンパスも、この4年間、学問と人格を鍛え抜き、使命の大空へ飛び立つ栄光の卒業生たちを祝福していた。
 創価芸術センターで行われた卒業式。学位記の授与を前に、フィーゼル副学長が厳かに呼び掛けた。
 「では、卒業の証しとして、タッセル(角帽に付いている飾り房)を右から左に動かしてください」
 タッセルを右から左へ動かすのは、“人生の新たなステージに進む準備ができた”との意味があるという。卒業生がタッセルを握り、一斉に右から左に動かした瞬間、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
 今回、卒業を迎えた学部生は、アメリカ、中国、ネパール、ベルギー、南スーダンなど、13カ国・地域から集った13期生102人。また、大学院の研究プログラム「リーダーシップと社会変革のための教育基礎学」では、4カ国6人の第2期卒業生が誕生した。
 一人一人が苦闘を勝ち越えた陰には、多くの人々の支えがあった。その感謝の思いが卒業生の振る舞いに表れている。それを象徴するイベントが卒業式の1週間前にあった。卒業生が主催し、大学を支える方々や教職員への「感謝の集い」が初めて開かれたのだ。
 この催しを企画した中心者の一人が、ニューヨーク出身のエリカ・リムさん。「大学を支える多くの方々は、普段の生活で学生と触れ合う機会はほとんどありません。しかし、目に見えない彼らのサポートがあってこそ、私たちは今日という門出の日を迎えることができたのです」
 リムさんは、高校生の時からボランティア活動に参加するなど、社会貢献への意識が高かった。SUAへの進学を決めたのは、“貢献的人生”という理念に共感したからだ。
 入学後、地域でボランティアを行うクラブを学内に設立。多くの学生から賛同を得られると期待していた。だが、現実は違った。
 「社会への貢献」といっても、アプローチの方法は人それぞれ。それでもクラブ設立の理念を語ることで、活動に参加する人が増えていった。この経験を通し、彼女は対話の重要性を心に刻んだ。

【先生のメッセージ】

◆アメリカ創価大学第13回卒業式への創立者のメッセージ
 平和の大理想へ 信頼の絆を世界に広げよ
 あらゆる差異を超えて 多様性輝く社会を築け

知性と人格を磨いた卒業生が記念のカメラに。支えてくれた方々への感謝を胸に、わが使命の舞台へ(「平和の噴水」の前で)
知性と人格を磨いた卒業生が記念のカメラに。支えてくれた方々への感謝を胸に、わが使命の舞台へ(「平和の噴水」の前で)

 一、「心」というものは、融通無碍であります。わが心は瞬時に太平洋を越え、今まさに、アリソビエホの丘に立つアメリカ創価大学の創価芸術センターにあります。
 我らの母校の伝統を一段と発展させてくれ、見事な青春の勝利劇を飾られた皆さん方一人一人に、祝福の喝采を送りながら、晴れの式典を見守っております。
 私の生命であり、人類の希望である13期生の皆さん、大学院の新教育プログラム2期生の皆さん、誇りも高き卒業、誠におめでとう!
 送り出してくださったご家族の方々、支えてくださったご友人方にも、心からのお祝いを申し上げます。
 また、昼夜を分かたず、学生たちを温かく励まし、薫陶してくださった教員・職員の方々に、心より感謝申し上げます。
 本日は、尊敬申し上げる世界的な心理学者チクセントミハイ博士をはじめ、多くのご来賓に祝福にお越しいただき、創立者として、これほどの喜びはございません。誠に誠にありがとうございます。
 一、チクセントミハイ博士は、長年にわたり、創価の平和・文化・教育運動に対して、深い理解と共感を寄せてくださっています。
 5年前には、聖教新聞のインタビューに応えていただき、「人生の宝」について三つの価値を挙げられました。それは、第一に「信頼」であり、第二に「希望」であり、そして第三に「“今”をよりよく、楽しく生きようとする姿勢」であります。
 若き皆さん方が、人類に貢献しゆく世界市民として、さらに成長し、飛躍しゆく糧となる「人生の宝」であります。
 きょうは、この三つの価値を踏まえ、チクセントミハイ博士を囲み、皆で和気あいあいと語り合う思いで、メッセージを送ります。
 一、第一に、「社会に世界に信頼の絆を広げよ」と申し上げたい。
 チクセントミハイ博士が強調されている通り、「信頼」こそ全てに優先する価値であります。
 私の師匠である戸田城聖先生が青年にとって最大の財産と教えられたのも「信用」であり、「信頼」でありました。
 人生は、一人の人間として、どこまで誠実に「信頼」を勝ち開いていけるかという挑戦であるといってもよいでしょう。
 どうか皆さんは、新しい価値創造の舞台にあっても、アメリカ創大生らしく、常に誠実を貫き通していってください。誠実に勝る力はありません。
 「人の誠実さというのは、誠実な人間にこそ引き出せるものだ」(リチャード・ステンゲル著『信念に生きる』英治出版)とは、私の大切な友人マンデラ元大統領の信念でありました。
 「あの人は誠実だ」「あの人がいれば安心だ。大丈夫だ」。そう信頼される存在と光っていくことが、私たちの目指すべき間断なき成長と自己革新――「人間革命」の具体的な指標でもあります。
 そして、この「信頼の絆」を、誠実な対話によって広げていくことが、あらゆる差異を超え、心と心を深く結び、平和な世界を築く基盤となっていくことを、あらためて確認し合いたいのであります。
 インドネシアのワヒド元大統領は、私との語らいの中で、言われていました。
 「民族性や文化的な違い、あるいは歴史的な背景にかかわらず、対話は人々に“人間の顔”を与えることができる」と。
 世界中の学生が集い合うキャンパスで学んだ皆さんは、まさに、この“人間の顔”を互いに輝かせる対話の力を錬磨し、すでに若き「世界市民」として、大いなる翼を鍛えてきたことを誇り高く自負してください。いよいよ勇気をもって、使命の大空へ羽ばたく時です。
 激しい時代の嵐にも、怯まず、恐れず、惑わず、「不信」を「信頼」へ、「分断」を「結合」へ、「差異への恐れ」を「多様性の喜び」へと転じながら、悠々と堂々と、飛翔していただきたいのであります。


不屈の楽観主義で共に勝利の人生を

 一、第二に、「希望の仲間と、希望の光を放ちゆけ」と申し上げたい。
 13期生の皆さんの入学レセプションで、私はニュージーランド出身の平和学者であるクレメンツ博士と対談を進めていることを紹介しました。昨年、完成したこの対談集の中で、博士が紹介くださった印象深いエピソードがあります。
 それは、紛争地帯でNGO(非政府組織)の活動をする中で、たとえ落胆する試練に遭っても、志を同じくする仲間と接すると必ず勇気が湧いてきたというのです。
 その経験を通して、博士は語られました。
 「自分だけでは押しつぶされてしまいそうな問題に対しては、皆と一緒に立ち向かうこと」「青年たちに伝えたいことは、同じ目的をもった仲間を大切にすること」と。
 良き仲間を持つ人は強い。その励まし合いのあるところ、尽きることのない希望が生まれます。
 そして希望があるところ、どんな困難も必ず乗り越えてゆく力と知恵が生まれる
のです。
 皆さんには、アメリカ創大の同窓のスクラムがあります。皆さんの活躍を何よりの希望として信じ祈り、待ってくれている父たち母たちが、世界中にいます。そしてまた、これからの前進の中で、皆さんの大志に共鳴しゆく新たな友も誕生するでしょう。
 東洋の聖賢の譬喩に「人のために火をともせば・我がまへあき(明)らかなるがごとし」とあります。
 皆のために生命を燃やし、情熱の炎を燃やすところに、自他共の未来を照らす希望の光が輝きます。
 心広々と良き仲間と苦楽を分かち合いながら、不屈の楽観主義で、共に人生の勝利へ、大いなる理想の実現へ、希望の光を放っていっていただきたいのであります。

「今」この時にベストを尽くせ


 一、第三に、「“今”を朗らかに生き切れ! そこに未来の創造と喜びがある」と申し上げたい。
 チクセントミハイ博士の近著『クリエイティヴィティ』(浅川希洋志監訳・世界思想社)の一節に、私は深く感銘しました。すなわち――
 「真に創造的な業績とは、ほとんどの場合、暗闇で電球が点灯するような突然のひらめきによってもたらされるものではなく、長年の努力の結果なのである」と。
 「心」という最も身近にして最も深遠なフロンティアの探究に、計り知れない努力を貫き、不朽の創造を成し遂げられた知性の洞察であります。
 皆さんは若い。ゆえに、いたずらに功を焦る必要などありません。じっくりと構えて、「今」この時に、ベストを尽くしていくことです。その日々の挑戦を楽しんでいくことです。
 たとえ、思うように結果が出なくても、いやまして努力を積み、創意工夫を重ねていただきたい。失敗しても、そこから学べば、新たな価値を創造できます。愚直なまでに執念の挑戦に徹していく生命にこそ、偉大な創造の太陽が昇るのではないでしょうか。
 「陰徳あれば陽報あり」という究極の希望の因果律を、私は愛する皆さんに託したいのです。
 本日の卒業式は、新たな人生を創造するスタートであります。
 どうか、たゆまぬ「努力また努力」、不屈の「挑戦また挑戦」によって、人生と社会と世界の新地平を開いていってください。
 一、昨年、アメリカ創価大学で開催した「世界教育者サミット」に駆け付けてくださった国際平和教育研究所の名誉創設者ベティー・リアドン博士は、「アメリカ創価大学には、全ての人々のためのグローバルなコミュニティー(共同体)を築いていく力をつける環境が整っている」と評価してくださいました。
 アメリカ創価大学は、平和と文化と教育の連帯を広げ、人類の希望の未来を開きゆく「英知の殿堂」であります。2020年からは、新たに「生命科学」コースが設置されることが決まりました。いよいよ発展を続ける、この殿堂を荘厳するのが、皆さん方一人一人の前進であり、勝利なのであります。
 愛する皆さん全員が、健康で幸福で、栄光と凱歌の人生を飾りゆくことを、私は祈り抜いてまいります。
 大切な、大切な宝の卒業生、万歳! 誉れのアメリカ創大家族、万歳! きょうは、本当におめでとう!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉34 苦難の時こそ「宿命転換」の好機 

 
 “まことの信心”で金剛の大境涯を  都議会公明党 震災復興にも全力

「感激の同志」と一緒に、東京凱歌を朗らかに轟かせよう――東京・荒川総区の友が“勝利王”の誇り高く、新時代の“荒川闘争”を前進(6日、豊島区・東京戸田記念講堂で)
「感激の同志」と一緒に、東京凱歌を朗らかに轟かせよう――東京・荒川総区の友が“勝利王”の誇り高く、新時代の“荒川闘争”を前進(6日、豊島区・東京戸田記念講堂で)

 原田 今、全国・全世界の同志が、世界広布の新たな歴史を開こうと、懸命に拡大に尽力してくださっています。あらためて、尊き日々の献身に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
 
 永石 各国、各地とも、青年を中心に大きく前進していますね。広布への戦いの中で、多くの新しい人材が立ち上がっています。
 
 長谷川 池上兄弟への御聖訓に「石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる、此の度こそ・まことの御信用は・あらわれて法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ」(御書1083ページ)と仰せです。
 池田先生はこの御文を通し、「『まこと』の信心と団結で、一人一人が戦いの中で、人間革命し、宿命転換しながら、金剛不壊の大境涯を勝ち開いていこう」と呼び掛けられています。
 
 原田 私たちが信心に励み、広布に挑む中で直面する苦難や課題には、全て意味があります。そうした時にこそ、「まこと」の信心に立ち上がれば、必ず宿命を打開できます。「本物の弟子」の真価を発揮し、永遠に語り継がれる「未来までの・ものがたり(物語)」(同1086ページ)を断じて綴ってまいりましょう。

ネットワークの力


 竹岡 先日、東北の青年が、あらためて語っていました。「6年前の東日本大震災の折、何度も訪問し、一貫して被災者に寄り添い、真剣に尽くしてくれたのが都議会公明党です」と。復興のため、都議会公明党は「現場第一」に徹し、多くの被災地支援を実現してきました。
 
 河西 岩手県や宮城県で発生した災害廃棄物(がれき)は、両県の一般ごみの10~20年分に相当し、復興にはこの処理が不可欠でした。東北地方以外の自治体で最初にがれきの受け入れをしたのが東京都です。都議会公明党は、発災直後から何度も被災地を訪れ、実情を調査して、受け入れ態勢の強化に尽力しました。
 
 原田 宮城県・村井嘉浩知事も「都議会公明党が、がれき受け入れを進めてくれたことは、復興への大きな弾みになりました。ネットワークを持つ公明党の存在意義を強く感じています」と語っていますね。
 
 長谷川 原発事故の風評被害に苦しむ福島県の観光を支援するため、都が2011年から7年連続で実施している「被災地応援ツアー」も好評を博していますね。これも公明党が推進したものです。
 
 河西 福島への旅行代金を1泊当たり3000円(日帰りは1500円)助成するもので、今年度の都予算には2万泊分(日帰りは1万5000回分)が盛り込まれています。公明党はこうした具体的な施策を進めてきました。
 
 長谷川 「根強い風評被害に悩む福島の観光業にとって、とてもありがたい取り組み。福島に足を運びやすくなり、誘客、そして風評払拭の力につながっています」(土湯温泉観光協会・渡邉和裕会長)といった声も聞かれます。
 
 永石 被災地から少年少女のスポーツ団体を都内に招待し、交流試合やホームステイなどを通して絆を強める「スポーツ交流事業」も11年から毎年実施されています。子どもたちや保護者からも喜びの声が多く寄せられているそうですね。
 
 竹岡 公明党は、20年の東京五輪を「復興五輪」と位置づけ、後押しも進めています。野球・ソフトボールの試合会場に福島県営あづま球場が、サッカーの試合会場に宮城スタジアムが決定しています。また19年のラグビーW杯は、岩手県釜石市でも開催されます。
 
 河西 復興事業などに従事する被災地の職員不足を解消するため、都議会公明党はこれまでに、延べ3万人を超える都職員を被災地に派遣してきました。
 
 永石 先日発表された「東京都議選に臨む重点政策」では、災害時の都職員の備蓄食糧として、水やお湯を加えるだけでご飯が食べられる福島県産のアルファ化米を活用することや、被災地応援ツアーの継続実施なども掲げていますね。
 
 竹岡 都議会公明党の活躍は、東京都にとどまるものではありません。こうした経験や実績があるからこそ、都知事をはじめ、あらゆる方々から信頼が寄せられるのだと思います。
 
 原田 被災地は、今なお多くの方が避難生活を余儀なくされ、風評被害や震災の記憶の風化も懸念されています。全ての被災者の方々が生活再建を果たし、心の復興を成し遂げるまで、皆で尽くしていきたい。

責任ある政治こそ


 竹岡 近年、北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を繰り返し、国際社会への威嚇を続けるなど、日本を取り巻く安全保障の環境は緊迫しています。日本、米国、韓国は関係諸国と連携し、北朝鮮に対して自制を促そうとしています。
 
 河西 現実に起きている脅威に対応し、国民の生命と財産、暮らしを守るため、整備されたのが平和安全法制です。今では「あの時、整備しておいてよかった」と、その必要性への理解が広がっています。
 
 竹岡 北朝鮮は、現体制以降、核実験を3回、50発に迫るミサイルを発射しています。平和安全法制の不要論を強調したいがために、日本共産党の志位委員長は「北朝鮮にリアルな危険はない」(2015年11月のテレビ番組)と発言しました。しかし、わずか2カ月後に、北朝鮮は水爆実験の実施を発表しています。
 
 河西 09年4月、北朝鮮がミサイルを発射した際、日本として「断じて容認できない」と強く抗議する国会決議を採択しました。しかし、無責任なことに、「『ミサイル発射』と断定すべきでない」と唯一反対したのが共産党でした。
 
 竹岡 政治には「リアリティー(現実感)」が必要です。今、現実に何が起き、何が求められているのかを受け止め、政治に反映することが重要です。公明党は、国民のために、未来のために、これからも「責任ある政治」を果たしてもらいたい。

◆6月の広布史 

 
◎6・6「初代会長牧口常三郎先生誕生日」
 1871年(明治4年)6月6日、初代会長の牧口常三郎先生が現在の新潟県柏崎市荒浜に生まれた。1928年(昭和3年)に日蓮大聖人の仏法に帰依。戦時下、軍部政府による弾圧に抗して信仰を貫き、44年(同19年)11月18日、獄中で73歳の生涯を閉じた。※参考資料=小説『新・人間革命』第2巻「勇舞」、第12巻「栄光」、第15巻「開花」
  
 
◎6・7「高等部結成記念日」
 64年(同39年)6月7日、池田大作先生が第3代会長就任後、未来部として最初に高等部が結成された。※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
  
 
◎6・10「婦人部の日」
 51年(同26年)6月10日、第2代会長・戸田城聖先生のもとに婦人の代表が集い、歴史的な出発をした日が淵源。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」
  
 
◎6・25「団地部の日」
 78年(同53年)6月25日、団地部の第1回全国大会が開催。これを記念して、部の日に定められた。※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」
  
 
◎6・30「学生部結成記念日」
 57年(同32年)6月30日、東京・麻布公会堂(当時)で、戸田先生のもと、学生部結成大会が行われた。本年は、結成60周年となる。※参考資料=『人間革命』第8巻「学徒」、第11巻「夕張」

◆〈世界の機関紙・誌から〉 アメリカSGI ジョー・ペレスさん 
  苦闘を超えて航空ビジネスを開く

 
米国とキューバ結ぶ友好の懸け橋 国交回復への流れに大きく貢献

 私は1936年に中南米キューバの貧しい家庭で生まれました。父は鉄道の保線員として、母は裁縫師として、3人の子どもを育てるために昼も夜も働きづめでした。
 

2017年5月28日 (日)

2017年5月28日(日)の聖教

2017年5月28日(日)の聖教

◆わが友に贈る

次代を担う青年よ
立正安国の先頭に立て!
勇敢なる師子吼で
幸福と正義の連帯を
幾重にも広げゆこう!

◆〈名字の言〉 2017年5月28日

 「音楽は時代を映す鏡」といわれる。では、変化が激しい現代でヒット曲を生む秘訣は何か。若者に人気の楽曲を手掛ける音楽家が答えた▼情報通信技術などの発達で、音楽を“聴く方法”“受け取る方法”は多様になった。だが、曲作りの本質は変わらない。重要なのは人々の“歌いたい”という気持ちを引き出すこと。“聴く”だけでは受け身にすぎない。童謡と同じように、歌は「歌い継がれることで広まっていく」という(柴那典著『ヒットの崩壊』講談社現代新書)▼歌う時、人は自分の感情を託したり、人生の経験を重ねたりするもの。だから同じ歌でも、人ごとに深みや味わいは異なる。歌うという行為によって、その人は代わりのいない“主役”となり、自身を表現するのだ▼各地でたけなわの創価青年大会は、後継育成の大きな軸になっている。これまで「聴く側」「見る側」だった青年たちが、「歌う側」「踊る側」となって躍動する姿に、感嘆の声は尽きない。このステージに立った一人一人もまた、紛れもなく“広布の主役”だ▼「自らの使命を自覚した時、才能の芽は、急速に伸びる」とは池田先生の言葉。決意一つで、青年はいくらでも伸びていく。地域の未来を担う若き友の成長を祈り、全力で応援しよう。(差)

◆〈寸鉄〉 2017年5月28日

 信心さえあれば悉く功徳
 なのだ―戸田先生。祈り
 抜け。その人に栄冠必ず
      ◇
 宮城県婦人部の日。地域
 に友情を広げる語らいの
 輪。皆様こそ福光の太陽
      ◇
 東京・江東が力闘。不屈
 こそ同志の心意気。民衆
 勝利へ圧倒的な拡大を!
      ◇
 何億もの心が合えば破壊
 する者も畏れる―民謡。
 テロ根絶へ対話の波更に
      ◇
 睡眠不足は心臓病の危険
 高めると。多忙な時ほど
 リズム正しい生活に留意

◆社説  〈社説〉 唱題こそ全ての出発点     「祈り」から勝利のドラマは始まる

 
逆境に歯を食いしばる挑戦者には、必死の祈りが生まれる。祈りとは「諦めない勇気」だ。自らを信じ、不可能を可能に、全てを味方に変えゆく祈りの力を創価の友は実感している。
 御書に、「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(384ページ)と仰せのように、「南無妙法蓮華経」の唱題行によって生命を磨き、自身の内面に秘められた勇気や智慧を無限に発揮していけるのである。
 本紙・信仰体験のページの取材をするたび、苦難を乗り越えてきた勝利のドラマに心打たれる。壁にぶつかり、負けそうになった時、困難を打ち破るための出発点は「祈り」であることを教わる。
 日蓮大聖人の御書に学んで、池田先生の指針を胸に、真剣に題目を唱え抜く。祈りはやがて、“この宿命を転換しよう。広布のために断じて自分の使命を果たそう”との深い決意へと変わっていく。そして、勇気の行動へとつながっていくのだ。
 「どんなに苦しくても、祈ることをやめませんでした」と、先日取材した婦人が朗らかに語ってくれた。生まれたばかりのわが子が大病を患い、「歩くことも、話すこともできない」と医師から告げられた時は、ショックのあまり涙も出なかった。
 だが、諦める気持ちなど、みじんもなかった。その強い心は「題目が育んでくれた」と。“元気になったら、この子と一緒に広布のために戦います!”。母は、祈る自分のそばに娘を座らせ、誓いの唱題を続けた。
 それから数十年。医師の言葉を覆すように、少しずつ成長したわが子。歩けるようになり、話すことができるようになった娘は今、障がいをものともせず、母と共に題目を唱え、元気に広布に歩む。過日の創価青年大会では、合唱メンバーとして晴れの舞台に立った。
 「一念」が変われば「祈り」が変わり、「行動」も変わる。日々の唱題によって、あらゆる苦難に挑む力が湧き上がる。
 池田先生は訴える。「全ては『祈り』から始まる。真の祈りとは、漠然とした願望などではない。『断じて成し遂げてみせる!』という深き強き『誓願の祈り』だ。それが自分自身の崩れぬ境涯を開くのだ」と。
 自身の壁を破るには、勇気の一歩を踏み出すことだ。きょうも“誓願の題目”を朗々と唱えながら、人間革命の勝利のドラマをつづっていきたい。
 

◆きょうの発心  〝地域貢献の王者〟と共々に前進

御文
 賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり (四条金吾殿御返事、1151ページ)
通解 賢人は八風といって八種の風に侵されないのを賢人というのである。八風とは利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。

 
周囲の縁に紛動されることなく、自分自身をしっかり見つめて生き抜いていくことが大切である、と教えられた一節です。
   社会人になったばかりの1961年(昭和36年)夏に急性腎炎を発症。慢性腎炎に移行し、長期休職を余儀なくされました。病院で療養していた翌年春、同じ病で入院中の職場の先輩から渡されたのが、学会の書籍でした。数日で読了し、自ら入会。人生に希望と信念の裏付けを得た喜びのままに仏法対話を重ね、家族や同僚への弘教が次々と実りました。健康も取り戻し、職場復帰もかなったのです。
 池田先生から男子部の部隊旗を受けた日のことは忘れられません。この御文を胸に、使命の人生を生き抜くことを誓いました。以来、「労苦は転重軽受の証し、功徳は陰徳陽報の証し」と確信し、学会活動に励んできました。
 退職後、“地域貢献の王者”である団地部の皆さまの粘り強い活動に支えられ、自分も地域の役職を受け、多くの方と友情の絆を結んできました。これからも青年の心意気で、自身の使命に生き抜いてまいります。  四国団地部長 岡田光弘


【聖教ニュース】

◆6・30「結成記念日」を荘厳 拡大月間がスタート 
学生部が凱歌の60周年へ
大胆に朗らかに打って出よ

皆が福智輝く女性の世紀のリーダーに!――幸の青春を朗らかに歩む女子学生部の友(今月16日)
皆が福智輝く女性の世紀のリーダーに!――幸の青春を朗らかに歩む女子学生部の友(今月16日)

 男女学生部が、結成60周年を祝賀する拡大月間を、6月1日から勢いよくスタートする(同30日まで)。
 男子学生部は「“先駆拡大”月間」、女子学生部は「“希望の励まし拡大”月間」と定め、圧倒的な対話拡大に挑む。新入生をはじめ、新たな人材の裾野を広げながら、行学の二道に励みゆく。
 1957年(昭和32年)6月30日。第2代会長・戸田城聖先生が出席し、東京・麻布公会堂(当時)で学生部結成大会が行われた。若き池田大作先生は、北海道の地より、俊英たちへ、万感こもる電報を送り、祝福した。
 この直前、北海道で炭鉱労働組合が、不当に学会員を弾圧した「夕張炭労事件」が勃発。池田先生は学会の正義を訴え、解決に向け、陣頭指揮を。さらに直後の7月3日には、事実無根の罪で、池田先生が不当逮捕される「大阪事件」が起きた。
 逝去9カ月前の戸田先生と池田先生の師弟によって結成された“最後の部”である学生部は、こうした迫害の嵐の中で生まれた。ゆえに、学生部には、民衆の団体である学会を守るべく、社会変革への正義の対話の渦を起こす使命がある。
 東京・豊島総区の丸山伸樹さんは、世界150カ国・地域に事業を展開する外資系コンサルティング会社への就職の内定を勝ち取った。1年生の秋、同級生と比べ、意欲を持って取り組めるものがなく悩んでいた。そんな時、学生部の先輩から「信心は生き方の勉強。一緒に学会活動に挑戦しよう」と励ましが。活動に励み、「人のため」に努力を重ねる同年代の友の姿を目の当たりにして、胸が熱くなった。「自分も人のため、社会のために生きたい」
 人生の目的が定まった丸山さんは、2年生の時に、初めて弘教を結実。語学習得にも励み、カナダへの留学も経験した。“次は自分が同志に希望の光を送る番”と丸山さんは対話に走る。
 東京・北総区の都竹亜希さんは、信心根本に経済苦を乗り越えた両親の姿から“自分が変われば環境も変わる”との確信を深めた。
 1年生の時、仏法対話に初挑戦。思いが伝わらず、悩んだが、“大好きな学会を知ってもらいたい”と友の幸福を祈り続けた。
 友人は昨年、教学部任用試験に合格。一番の理解者となり、深い友情を築いた。
 「結成記念日に向け、一人でも多くの友人と会い、励ましを送りたい」と都竹さんは朗らかに前進する。
 板子学生部長、横井女子学生部長は語る。
 「結成60周年の凱歌を響かせゆくため、大胆に、朗らかに対話拡大に打って出ます!」

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉10 誓春凱歌の花を爛漫と
 

  わが女子部の友が「凱歌の花」の拡大月間と掲げて、はつらつと前進している。
 創価の太陽・婦人部と共に、幸福と友情の対話を明るく賢く織り成す姿を、御本仏がいかばかりお喜びくださることか。
 「乙御前は、さぞかし成長されたことでしょう。どんなに聡明になられたことでしょうか」(御書1222ページ、通解)。健気な母娘を慈しまれた御聖訓は、華陽姉妹への仰せとも拝される。
 広宣流布の誓いに走る青春は苦労も多い。しかし、尽きせぬ充実がある。歓喜がある。希望がある。
 60年前の夏、大阪事件の直後に、私は東京の下町・荒川で人情あふれる同志と一緒に、新たな民衆勝利の波を起こしていった。
 その折、座談会場のお宅の乙女からの質問に答え、「妙法のジャンヌ・ダルクたれ!」と呼び掛けたことも懐かしい。
 創価のジャンヌたちは、まさに善意と慈愛と優しい心で悩める友を励まし、社会の只中で立正安国のスクラムを勇敢に広げてきた。
 それは、一人一人が福智を光らせ、「心の財」を積みながら、皆で仲良く朗らかに幸の境涯を開きゆく平和の大革命といってよい。
 女子部が輝けば、一家も地域も、そして未来も輝く。
 「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(同552ページ)
 地涌の女性の確信の声で、あの友この友の心に、幸福凱歌の種を蒔いていただきたい。
 ― ◇ ― 
 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)――「“まさか”が実現」の関西の戦いの中で、皆と拝した一節である。
 いかなる壁が立ちはだかろうとも、題目の師子吼で祈り抜き、祈り切り、大胆に一歩を踏み出すことだ。
 そこに、無量の智慧を発揮し、不可能を可能にする道が必ず開かれる。
 戸田先生が青年に示された逆転勝利の鉄則がある。「真剣に祈れば智慧が湧く」「行き詰まった時が勝負だ」「大変な所へ真っ先に行け」
 ― ◇ ― 
 全国を牽引する関西青年部の大行進も頼もしい。
 今日(28日)は、大阪、京都、和歌山で意気軒高に青年大会が行われる。さらに来週は福井、再来週は滋賀で予定されている。
 「負けたらあかん!」
 常勝後継の若人たちの輝く誓春乱舞を、尊き関西の父母たちと、私は何よりうれしく見守っている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈新世紀の旭日 アメリカ創価大学〉第1回 創立の心   三代会長の夢の学舎
  青空に映えるファウンダーズホール(本部棟)と平和の池
 
青空に映えるファウンダーズホール(本部棟)と平和の池

 21世紀が開幕した2001年の5月3日、カリフォルニア州オレンジ郡のアリソビエホ市に開学したアメリカ創価大学(SUA)。本企画では「新世紀の旭日」と題して、本年で開学16周年を迎えたSUAの歴史と発展の様子を紹介する。第1回は「創立の心」。
 創価教育の創始者である牧口常三郎先生が、弟子・戸田城聖先生の家を訪れたのは、1930年のある冬の日だった。火鉢を囲んで、二人は語り合った。
 自らの教育学を世に問いたいと語る師に、「先生の教育学は、何が目的ですか」と戸田先生は尋ねた。
 「それは、価値を創造することだ」
 「では先生、創価教育、と決めましょう」
 『創価教育学体系』が発刊されるのは、この語らいから数カ月後の、30年11月18日である。
 出版に向け、戸田先生は、牧口先生の原稿の整理・編集を申し出た。
 牧口先生が折々に、自身の理論を書きとどめていた反古紙や広告の裏紙。その一枚一枚を、戸田先生が体系的に整理し、牧口先生が推敲して『創価教育学体系』は完成した。表紙の題字と牧口先生の名前を、戸田先生は金文字で飾った。
 慎ましくとも、崇高な師弟の絆の中で生まれた創価教育――。
 「将来、創価教育の学説を実践する学校ができる。幼稚園から大学までだ。必ず戸田君が後を引き継いでやってくれるよ」。これが牧口先生の確信であった。
 その師の構想を、戸田先生が、愛弟子の池田大作先生に託したのは、50年の秋である。
 「創価大学をつくろうな」「世界一の大学にしよう」と。
 当時、苦境に陥った恩師の事業を支えるために戦っていた池田先生。この遺言を胸に71年4月2日、東京・八王子市に創価大学を創立。牧口先生の生誕100周年であり、「4・2」は恩師の祥月命日だった。
 そして池田先生の構想は、さらなる未来へ広がっていた。
 「事業の苦境のなか、先生は、眼光爛々と、世界を見つめておられた。壮大な未来を見つめておられた」
 「ゆえに私は、創価大学を創立した時から、“いずれは海外に、人類貢献の大学建設を”と、決心していた」
                                 ◇ 
 80年、先生のロサンゼルス訪問の折、アメリカ在住の創大卒業生からなる「アメリカ創友会」が結成。その中にはハブキ学長をはじめ、SUAの職員となる友がいた。“そろそろアメリカに大学を”と、具体的な提案がされたのはこの頃である。
 そして87年2月、ロサンゼルス市近郊のカラバサスに創大ロサンゼルス分校が開校。後にSUAの大学院が開学し、4年制大学への本格的な一歩を踏み出す場所となった。
 開所式のあいさつで、池田先生は呼び掛けた。「この分校の成否は、一にも二にも人間にかかっていることを忘れてはならない」と。
 創価教育の理想を、自らの理想として継ぐ人の「決意」と「意志」があってこそ、大学は大学たりえると訴えたのである。
 SUAの建設地が、オレンジ郡に決定したのは95年。開学を目指して準備が進められていく。
 教育課程などを議論する会議。豪華な顔ぶれの学識者の中に、先生と交流を重ねた、ハーバード大学名誉教授のジョン・モンゴメリー博士がいた。現在のSUAのカリキュラムの基礎をなす、多くの提案をしたのが博士だった。
 大学運営の決定権を持つ理事会。開学当初から携わり、現理事長を務めるスティーブ・ダナム氏もまた、先生との出会いを通して、その教育思想に啓発された一人である。
 動きだした建設計画の中心には、先生の理想の実現へ、決意と意志に燃える人たちがいた。
 96年6月1日、新キャンパス設立準備委員会に出席した先生は、こう展望を語っている。
 「『平和』こそ、人類の最大の課題である。その平和の大地を耕すのが『文化』である。この平和と文化が人間性を耕し、『幸福』を実らせていく。その推進をするのが知性であり、教育なのである。すでに数十年前、私は『教育こそ私の人生の最後の事業』と宣言した。その通りに私は行動している。この心をくんでいただければ幸いである」
 「SUAは、これからの大学である。今後、皆さまのご協力をいただいて、教育界の『新しき太陽』として、アメリカ社会に貢献し、未来に希望の曙光を送っていきたい」
                                 ◇ 
 2001年5月3日。待望のオレンジ郡キャンパスが開学した。
 幅広い教養と人間性を育むリベラルアーツ(一般教養)の大学。使命を表すミッションステートメントには、「貢献的人生を生きゆく世界市民の確固たる潮流を築く」と掲げられている。
 「太平洋を望み、天空に伸びゆく驚嘆すべき教育施設」(ニューヨーク・タイムズ紙)
 「世界に焦点を当てた教育」(ロサンゼルス・タイムズ紙)
 各界から注目が集まる中、栄光の1期生が門をたたく。
 晴れの門出を、誰よりも祝福したのは創立者の池田先生である。
 「私は、キャンパスの光となり、風となって、皆さんを包み、祝福したい思いでいっぱいです」
 「牧口先生も、戸田先生も、どれほど、お喜びになっていることか。まことに不思議な縁の皆さん方であり、その『使命』は限りなく大きい。いな、『天命』であり、『宿命』といえるかもしれません」
 慈愛の陽光が降り注ぐ。創価の三代会長の夢が詰まったキャンパスで、新しき世紀の挑戦が始まった。

インタビュー ハブキ学長
●社会貢献の秀才逸材を育成

 SUAのキャンパスに入ると、目に飛び込んでくる本部棟。名前は「ファウンダーズホール」――ファウンダーズ(創立者たち)と複数形になっています。
 池田先生は、その意義を、「先師牧口先生、恩師戸田先生の創価教育の理想に続いた私と共に、今日に至るまで、陰に陽に尽力してくださったすべての方々を顕彰するためである」と教えてくださいました。
 池田先生がロサンゼルスに滞在していた折、先生と懇談する機会がありました。当時まだ、大学院生だった私を、先生は“将来、アメリカに大学をつくるから、しっかり博士号を取りなさい”と激励してくださいました。
 こうして希望を送っていただいたのは、私一人ではありません。2001年の開学に携わった教職員や、理事会のメンバーの多くが、先生に励まされ、先生のSUAに懸ける思いに心打たれた人たちでした。
 そして世界中に、“先生の大学だから”と、真心で支えてくださる庶民の方々がいます。このような大学は、ほかにないと確信します。
 私の両親の時代は、大学に行くのが当たり前ではなかった。しかし、学園や創大が誕生すると、夢を膨らませた親たちが懸命に、わが子を大学に行かせてくれました。
 その私たちが創価教育の「第1世代」であるならば、開学して間もないSUAに入学した学生の多くは、「第2世代」だったと言えます。親や祖父母の思いを背負って、彼らは、無名の大学に勇み集ってくれました。
 大学で最も大切なのは学生です。その学生は、お金では雇えない。池田先生の理想を継ぐ世界中の人たちが、わが子、わが青年の心を育み、背中を押し、SUAでの学問を可能にしてくださいました。
 先生の遠大な展望に包まれて、SUAの歴史が刻まれてきたことに感謝は尽きません。
 開学前、先生は和歌を詠んでくださいました。
 「アメリカの わが創大は わが生命 秀才 逸材 無限に育てよ」
 教育は「最後の事業」であると語られた先生。SUAは、世界を舞台にした教育のネットワークの始まりであると、私は考えています。
 努力を重ねる「秀才」と、教育で培った力を、社会に還元していく「逸材」。そうした人材を無限に育てていくことが、先生の心を継ぎ、創価教育の真価が発揮される時代をつくると、実感を深くしています。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈親が子に語る物語〉 スリハンドク     師の言葉を信じ努力を重ねる
                                                       
 むかしむかし スリハンドクという男の子がいました。
 スリハンドクは たくさんのきょうだい弟子たちといっしょに おしゃかさまのおしえをまなんでいました。
  みんな すらすらと ほとけのおしえをそらんじます。
 スリハンドクも がんばっておぼえようとするのですが……。
 「さあ きのう おぼえたところをもういちど いってごらん」
 あに弟子に そういわれたスリハンドクは こたえようとします。
 「はい それは えーっと えーっと なんだっけ」
 空をみあげたまま かたまって うごきません。
 「やれやれ。こいつは こうやって3年間 ひとつのおしえもおぼえられずにいるんだ。たった14文字のおしえだというのに」
 「おい スリハンドク きいているのか」
 なんど なまえをよばれても スリハンドクは 空をみあげてかたまったままです。
 「もしかして おまえは じぶんのなまえもわすれちゃったのかい」
 そういって あに弟子が かたをつかんで ゆさぶると スリハンドクは「てへへ」と てれわらいするではありませんか。
 きっと スリハンドクは 世界一のわすれんぼうにちがいありません。
 「もう おまえさんは がんばらなくていい。うちにかえって きままにくらせ」と あに弟子から かたをたたかれました。
 スリハンドクは とっさに「はい」と へんじをして 道場をでたもののどうしていいかわかりません。
 いえへとつづく山道を なきながらいったりきたりしているうちに 日がくれてきました。
 ふいに「スリハンドクよ なぜ ないているのか」と 声をかけられました。あわてて なみだをふいて声のするほうをみると そこに たっているのは おしゃかさまでした。
 「えっと えっと ぼくは 3年かけても14文字のおしえをそらんじることができないんです。世界一のわすれんぼうなんです」
 すると おしゃかさまは、「世界一のわすれんぼうか。それは たいしたものだな。ははは」と ゆかいそうにわらいました。そして つつみこむような あたたかなまなざしで スリハンドクをみつめると、「口を守り、意を摂め、身に非を犯すことなかれ。かくの如く行ずれば、必ず度脱することを得」と ゆっくりかたりました。まるで たからものを 大切なひとに そっと てわたすように。
 すると ふしぎなことに 3年間 一度もそらんずることのできなかったおしえを スリハンドクは すらすらととなえることができました。
 おしゃかさまは 言いました。
 「では このおしえの意味をさずけよう。『言葉に気をつけてまちがったことを言わず、心をひとつにとどめてまちがった考えを起こさず、身にあやまちをおかすような行動をしない。このように修行する人は、生死の苦しみから解放される覚りを得るでしょう』というものだ。一心におききなさい」
 スリハンドクは おしゃかさまのおしえの意味を こころにきざみました。そして それからというもの このおしえのとおりの生き方をつらぬきました。師匠のまごころに おこたえしようとがんばったのです。
 いっぽう ダイバダッタというきょうだい弟子は ものおぼえがよく 6万ものおしえを またたくまに 暗記しました。しかし 師匠への恩にむくいず なかまをうらぎり むけんじごくへおちてしまいました。
 やがて スリハンドクは「ふみょうにょらい」という りっぱなほとけさまになりました。
                                                              ◇ ◆ ◇ 
 ぶん・橋出たより 
 え ・前田安規子

おうちの方へ

 今回の物語に登場する「スリハンドク」は、釈尊の弟子である須梨槃特を基にしています。
 須梨槃特(兄弟2人のうち弟を指すとする説と、兄弟の併称とする説がある)は、愚鈍な弟子の代表として、多くの経典に登場します。
 日蓮大聖人は須梨槃特について「閻浮第一の好く忘るる者なり」(御書976ページ)、つまり「世界一の忘れん坊」と仰せです。しかし彼は、釈尊の言葉を信じ、決して努力を怠りませんでした。
 地道な仏道修行を続けた須梨槃特は、やがて「普明如来」という仏になりました。それに対して、“自分は頭がよい”という慢心に陥った提婆達多は、無間地獄に堕ちてしまいました。
 そのことを大聖人は、「すりはむどくは三箇年に十四字を暗にせざりしかども仏に成りぬ提婆は六万蔵を暗にして無間に堕ちぬ」(同1472ページ)と仰せです。
 純粋な「信心」を貫き、努力を続ける人は必ず勝利の人生を歩んでいけることを、私たちは伝えていきましょう。
◆〈信仰体験〉 家族との別れ、宿命の嵐を越えた母の心意気

ハンドル型電動車いすを運転し学会活動へ。「自分なんて、まだまだですよ」。控えめで平凡な母に、人生を謳歌する輝きが
 【東京都調布市】地図で見ると「ガッツポーズ」の形ともいわれる調布市。ここに、この決めポーズがよく似合い、誰からも慕われる母がいる。
 

2017年5月27日 (土)

2017年5月27日(土)の聖教

2017年5月27日(土)の聖教

◆わが友に贈る

会った分だけ
友情は深まる。
語った分だけ
信頼が広がる。
さあ今日も行動を!

◆〈名字の言〉 2017年5月27日
 

 米サンフランシスコ市にあるゴールデン・ゲート・ブリッジは80年前のきょう開通した。全長2737メートル、主塔の高さは227メートル。振動に耐えられるよう、固定するのではなく、ケーブルで橋桁をつり上げている▼橋のたもとの広場にはケーブルの断面図が展示されている。直径約92センチのケーブルの中には、2万7000本以上のワイヤがある。一本一本は細くとも、束ねることで巨大な橋を支えているのだ。これを通して池田先生はつづった。「学会も、一人ひとりは小さな力であっても、力を合わせ、結束していけば、考えられないような大きな力を出せる。団結は力なんだ」▼仏法が広がることを「広宣流布」という。その実像は、各地の同志による一本一本の奮闘のドラマの「糸」で織りなされたものにほかならない▼アメリカ青年部は今、明年の「5万人の結集」へ躍進する。リーダーの一人が「“5万”とは人数にとどまらず、5万通りの『勝利の実証』なんです」と語っていた。皆が自身の課題に挑戦し抜いてこそ、その“戦う心”の結合は大きな波動を生む▼御書に「異体同心なれば万事を成じ」(1463ページ)と。大目標に挑む中で、一人一人の本領もまた発揮されていく。互いに励まし“全員で一歩前進!”を目指したい。(蹴)

◆〈寸鉄〉 2017年5月27日

 「よき弟子になったとき、
 師弟が定まる」戸田先生。
 青年よ不二の闘魂で進め
      ◇
 神奈川婦人部の日。地域
 照らす「正義」と「共戦」の
 母。颯爽と幸の連帯拡大
      ◇
 東京・墨田が奮戦。師と共
 に築いた庶民の王国。源
 流の誇り胸に攻め勝て!
      ◇
 御聖訓「意が声とあらは
 る」。誠実は必ず通じる。
 友の幸せ願い、語り抜け
      ◇
 地域貢献する人は幸福度
 高いと。生き生きと周囲
 に尽くす同志の姿が証明

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   五十四 (6082)
 


 山本伸一は、「熱原の三烈士」「さくら」と、ピアノを弾いていった。“凜々しき勇気の信仰者に育て!”“幸の桜花咲く人生の春を!”との祈りを込めた演奏であった。
 彼は思った。
 “今、この時に、求道の炎を燃やし、波浪を越えて、横浜の地までやって来た四国の同志の果敢な行動は、広宣流布の歴史に燦然と輝き、永遠に語り継がれるにちがいない。
 大事なことは、学会が苦境に立った時に、いかに行動し、新しい突破口を開くかだ”
 伸一は、「最後に“大楠公”を弾きます。また、お会いしましょう」と語り、さらに、ピアノに向かった。
 皆、調べに耳を傾け、“大楠公”に歌われた楠木正成・正行の父子に創価の師弟を重ねながら、心に誓っていた。
 “私たちは、断じて学会精神を継承していきます。いかなる事態になろうが、広宣流布の道を開き抜いていきます。四国は負けません。創価の勝利の旗を翻してまいります!”
 求道の思い熱き同志の目に、涙が光った。
 そして、全員で四国創価学会の万歳を三唱し、大拍手が響くなか、会食懇談会は終了した。伸一は言った。
 「ありがとう! お元気で! 今日は、皆さんの船をお見送りいたします。
 どうか、留守を預かるご家族の皆さん、それぞれの組織の皆さんに、くれぐれもよろしくお伝えください。また、青年部は、お父さん、お母さんを大切に!」
 四国のメンバーが神奈川文化会館を出た時には、すっかり夜の帷に包まれていた。
 埠頭には、二百人余りの神奈川のメンバーが集まり、乗船する四国の同志を見送った。
 音楽隊が四国の歌「我等の天地」を演奏するなか、船からは色とりどりのテープが投げられた。次いで、神奈川のメンバーが、演奏に合わせて県歌「ああ陽は昇る」を熱唱したあと、皆で一緒に「広布に走れ」「威風堂々の歌」を大合唱した。創価の法友の心は一つにとけ合い、歌声が星空に轟いた。

【聖教ニュース】

◆教育・文化への貢献を讃えラオス人民民主共和国が池田SGI会長に友好記章 
大使館で叙勲式行う
ヴォンダラ情報文化観光大臣が祝福

池田SGI会長へのラオス人民民主共和国の「友好記章」と「証書」が、ヴォンダラ大臣(中央)から代理の池田主任副会長へ。大臣夫人(右から3人目)、ブッパー局長(左から2人目)、スンダーラー大使(右から2人目)、ラオスSGIのパーリーカン理事長(右端)らが祝福した(東京・ラオス大使館で)
池田SGI会長へのラオス人民民主共和国の「友好記章」と「証書」が、ヴォンダラ大臣(中央)から代理の池田主任副会長へ。大臣夫人(右から3人目)、ブッパー局長(左から2人目)、スンダーラー大使(右から2人目)、ラオスSGIのパーリーカン理事長(右端)らが祝福した(東京・ラオス大使館で)

 東南アジアのラオス人民民主共和国から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、同国の国家勲章である「友好記章」が授与された。教育・文化交流、活字文化の振興を通して同国の発展に寄与してきた功績を讃えたもの。叙勲式は26日午後3時から東京・港区の駐日ラオス大使館で挙行され、来日した情報文化観光省のボーセンカム・ヴォンダラ大臣をはじめ、同省国際協力局のブンルアン・ブッパー局長、ヴィロード・スンダーラー駐日大使らが出席。ヴォンダラ大臣から代理の池田主任副会長に、記章と証書が託された。(3面に関連記事)
 「私は以前、ラオス国立大学の学長として創価大学を訪れたことがあります。両大学の交流はわが国の青年に日本で学ぶ道を開き、そこから多くの有為な人材が巣立っていきました」
 ――柔和な笑顔をたたえて、ヴォンダラ大臣は語った。1998年、大臣は東京の創価大学を訪問。発展する創価教育への理解を深めた。
 「こうした池田会長のリーダーシップによる教育・文化交流から両国間の青年の往来は広がり、両国の友好は一段と深まっていきました。その功績は非常に大きなものです。このたびの授章は、ラオスが国家として池田会長の貢献を認めた証しなのです」
 インドシナ半島中央に位置するラオス。中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーと国境を接し、日本の本州とほぼ同面積の国土に約650万人が暮らしている。
 国の名には、「輝く人間」「心の清らかな人間」との意義が込められているという。母なるメコン川を抱き、仏教国として、悠久の自然と共生しながら、古来より豊かな歴史を紡いできた。
 特に、14世紀から18世紀にはラーンサーン王国として繁栄を謳歌し、都であったルアンパバーンは今、町全体が世界文化遺産として登録されている。
 しかし、19世紀以降は他国による植民地支配が続き、その後も第2次世界大戦、インドシナ戦争など苦難の歩みをたどってきた。

【先生のメッセージ】

◆叙勲式で手渡されたSGI会長の謝辞   青年の交流こそ共生の世界創る力
“メコンの宝石の国”からの栄誉に感謝
 
晴れの叙勲式では、ラオス情報文化観光省国際協力局のブッパー局長が祝辞を述べ、「友好記章」叙勲の首相令を読み上げた(ラオス大使館で)
晴れの叙勲式では、ラオス情報文化観光省国際協力局のブッパー局長が祝辞を述べ、「友
好記章」叙勲の首相令を読み上げた(ラオス大使館で)

 一、本日は、誠に光栄にも、貴・ラオス人民民主共和国の尊き「友好記章」を賜り、心より感謝申し上げます。
 私は、この栄誉を、貴国の良き国民、良き市民として、日夜、社会貢献を続けるオスSGIの友と拝受させていただきたいと思っております。
 とともに、貴国を敬愛する世界192カ国・地域の同志と、この喜びを分かち合わせていただきます。誠に誠に、ありがとうございます。
 光まばゆき「メコンの宝石」と輝く貴国は、悠久の伝統文化が滔々と流れ、多彩な民族が麗しく共存する人の希望の天地であります。
 私は、貴国の魅力を謳い上げた、有名な「美しき豊かなラオス」の詩の一節が大好きであります。
 「故郷のラオスは 目に美しき場所 北には山や谷が 重なり合い 好きな森林の音には 無数の木々が 広大な庭園の如く いつも緑に潤う」「ラオスの国土は
 どうしてこんなに楽しいのか 野原は遠くまで続く 地平線の果てまで」と。
 この世界の憧れの貴国と、うれしいことに、わがSGIは、平和・文化・教育の交流を、幾重にも結び広げてくることができました。
 特に1998年、ボーセンカム・ヴォンダラ大臣が、最高峰の名門ラオス国立大学の学長として、わが創価大学を訪問してくださったことを、私は改めて、深い感謝とともに思い起こすのであります。
 大臣に温かく見守っていただき、同大学と創価大学の間には学術交流協定が結ばれ、今、毎年、貴国の最優秀の英才をお迎えしております。

平和のために行動

 一、思えば、私が平和への願いを込めて、民衆と民衆の相互理解と友好の促進のため、民主音楽協会(民音)の創立を構想したのは、メコンの大河が潤すインドシナの大地においてでありました。
 この民音も、8年前、「日・メコン交流年」を祝う記念公演に、貴国の誇るラオス国立音楽舞踊団をお招きすることができました。優美にしてロマンあふれる貴国の舞と調べは、幾多の日本人の心を魅了し、新たな友誼の共鳴を奏でてくださったのであります。
 さらに、貴国の先生方とSGIは「平和の文化」の創出のため、共々に行動してまいりました。
 2004年、私どもはニューヨークの国連本部で、「世界の子どもたちのための平和の文化と非暴力の国際10年」を支援する展示会(「世界の子どもたちのための平和の文化の建設」展)を共催いたしました。
 その折、貴国の国連代表部の先生方が展示会の意義に深く賛同し、ご協力くださったことも、忘れ得ぬ歴史であります。

輝く無限の可能性


 一、貴国には、人々の幸福のため、正義の前進のため、平和の勝利のため、手を差し伸べて献身する「開かれた友誼の心」があり、皆と力を合わせて苦難を乗り越えゆく「勇敢なる連帯の心」があります。
 私が心にとどめる貴国の格言に、こうあります。「木一本だけでは塀で囲えない誰かが欠けていれば町づくりはできない」(『世界ことわざ大事典』柴田武・谷川俊太郎・矢川澄子編、大修館書店) 誠に、その通りであります。
 今、国際社会が追い求めている「人間の安全保障」の原点も、この共生の智慧にあるといって、過言ではないでありましょう。
 ともあれ、21世紀の焦点は、アジアであります。なかんずく、その進路を大きく決定づけていくのは、英邁な若き人材の宝庫であり、無限の可能性をたたえた、メコンの宝土であると、私は確信してやみません。
 貴国の「建国の英雄」であられるカイソーン元大統領は叫ばれました。  「青年は、激しい嵐にも動じない鷲である。新しい時代を勝利へと変えていくことができる」と。
 本日の栄誉にお応えするためにも、私は、生命尊厳の英知みなぎる貴国の皆様方と心を通わせながら、新たな地球文明の創造へ、希望の若鷲たる、両国そして世界の青年の育成と交流に尽力してまいる決心であります。
 貴国ラオスと日本は、外交関係が樹立されてより、本年で62周年を迎えました。
 貴国の国花・チャンパーと日本の国花・桜に彩られた友好の並木道を、若人たちが手と手を取り合って、さっそうと進みゆく未来を、私は心に思い描いております。
 偉大なるラオス人民民主共和国の永遠無窮のご繁栄、そして、本日ご列席くださった皆様方のご健勝を心よりお祈り申し上げ、私の御礼とさせていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈6月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 辦殿尼御前御書
 不退の信心を貫け! 
   魔を寄せ付けない満々たる生命力を
 
雄大な北アルプスをかなたに望む。青年期の鍛錬が“不動の信心”の骨格に(長野県・白馬村)=長野支局・森田昭治通信員 
雄大な北アルプスをかなたに望む。青年期の鍛錬が“不動の信心”の骨格に(長野県・白馬村)=長野支局・森田昭治通信員 

御文

 第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし(御書1224ページ)

通解


 第六天の魔王は、十種の魔の軍勢を用いて戦を起こし、法華経の行者を相手に、生死の苦しみの海の中で、凡夫と聖者が共に住んでいるこの娑婆世界を「取られまい」「奪おう」と争っている。日蓮は、その第六天の魔王と戦う身に当たって、大きな戦を起こして、二十数年になる。その間、日蓮は一度も退く心はない。

背景と大意


 本抄は、日蓮大聖人が佐渡流罪中の文永10年(1273年)9月、一谷で認められ、弟子の辦殿(日昭)と、辦殿と関わりがある尼御前に与えられたお手紙である。
 大聖人は、建長5年(1253年)の立宗から「二十余年」、「法華経の行者」として、現実の娑婆世界を舞台に、「第六天の魔王」と熾烈な闘争を繰り広げてきたことを述べ、「日蓮一度もしりぞく心なし」と断言されている。
 そして、大聖人の佐渡流罪の際、多くの門下が迫害を受けて退転する中、勇敢に信心を貫き通した尼御前の不退
転の信心を、「いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし」(御書1224ページ)と称賛されている。

解説


 第六天の魔王とは、人々の成仏を妨げる魔の働きの根源であり、その正体は、仏性を信じ切ることのできない根本的な生命の迷い――すなわち、「元品の無明」である。
 仏法では、現実社会は第六天の魔王が支配する国土で、人々は「生老病死の苦しみ」を繰り返し続けると説かれている。抜け出すことのできない苦悩に翻弄される現実世界を、大聖人は「生死海」という大海に例えられている。
 ゆえに、「法華経の行者」が現実社会を仏国土に変えようと立ち上がると、第六天の魔王は、それを阻止すべく、魔軍を率いて襲い掛かってくる。十界の衆生が住む「同居穢土」(現実世界)を「とられじ・うばはん」と争う「仏と魔」の戦い。それは、私たちの心の中でも、瞬間瞬間に激しく繰り広げられている。
 第六天の魔王が率いる「十軍」とは何か。
 それは、生命に巣くう10の煩悩を、次々と襲い掛かる軍勢に例えたものである。具体的には、①欲②憂愁(憂い、悲しみ)③飢渇(飢え、渇き)④渇愛(五欲への愛着)⑤睡眠⑥怖畏(恐れ、臆病)⑦疑悔(疑いや後悔)⑧瞋恚(怒り)⑨利養虚称(財をむさぼり、評判・名誉を求める)⑩自高蔑人(他人を見下す)のこと。ゆえに、「十軍」との戦いとは、「己心の魔」との闘争に他ならない。
 では、どうすれば魔の軍勢に勝てるのか。
 その第1は、たゆみなき唱題の実践である。御聖訓に「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(同751ページ)とある。「以信代慧」、すなわち妙法への強固な「信」が、偉大な智慧を生み、魔軍を打ち破る剣となる。
 魔を破る第2の要件は「信念を貫き、戦い続けること」だ。大聖人は、第六天の魔王という根源的な魔性に立ち向かっていく断固たる挑戦を「大兵を・をこして二十余年」と仰せになった。
 大聖人は、幾多の大難にあっても、一歩も引かずに正義を叫び続けられた。この「戦い続ける魂」こそ、魔に打ち勝つ要諦である。
 池田先生は語っている。
 「成仏の道を歩もうとする心を破壊すること、これが魔の狙いです。ゆえに、最後まで信心を貫き、前進する心を固く持ち続ける人には、決して魔がつけいる隙がない。魔を寄せ付けない『強き心』を鍛え上げることこそが、真実の信心です」
 私たち男子部は、いかなる悩みや試練に直面しても、強く祈り、勇んで学会活動に奔走していきたい。
 政治、経済、教育、文化――私たちの社会自体も、その底流に流れる人間の生命の魔性を打破しなければ、真の平和も、全ての人々の幸福も確立することはできない。社会の精神土壌を根底から変革し、民衆が喜び栄える仏国土を築くことが、広宣流布である。
 ゆえに、きょうも、人間の中へ! 不退の信心を貫き、地域・社会を繁栄と安穏へ導く「勇気の対話」を広げていきたい。


◆〈信仰体験 母ありて〉第17回 静岡県・川根本町 小澤洋子さん 

 「天空の茶園」とも称される。標高500メートルを超す山あいの茶園。ウグイスのさえずりを運ぶ風が、もえぎ色の新芽を揺らす。
 

2017年5月26日 (金)

2017年5月26日(金)の聖教

2017年5月26日(金)の聖教

◆わが友に贈る

いかなる苦悩も悲哀も
大境涯を開く糧となる。
「宿命転換してみせる!」
この誓いを断固と貫き
凱歌の人生を飾れ!

◆〈名字の言〉 2017年5月26日

 ナチスが第2次大戦の勝利に最も近づいた危険な瞬間があった。フランスなど4カ国に同時侵攻し、短期間で攻略した1940年の5月である▼侵攻当日、命運を託されて英国首相に就任したチャーチル。議会では当時、戦うことを諦め、ナチスに妥協するのが得策、との意見が根強かった。だが、彼が「決して降伏しない」と主張したことが、戦局の転機となった▼「決意を固めて、それぞれの務めを遂行し、大英帝国と英連邦が一千年続くとしても、これこそもっとも輝かしいときだったと語り継がれるようにしようではないか」。彼が議会で演説した通り、この時期は後に“世界史を変えた1カ月”といわれた(ポール・ジョンソン著、山岡洋一・高遠裕子訳『チャーチル』日経BP社)▼人には誰しも“ここぞ”という勝負の時がある。「札幌・夏の陣」と語り継がれる、55年(昭和30年)夏の弘教拡大に臨む前、若き池田先生は札幌の友に手紙を送った。「十日間を、何年にも越ゆる斗争と致し度く、心を躍らして居ります」▼たった1カ月でも、10日でも、自分を変え、歴史を変えることができる。わが「最も輝かしい時」とすることができる。さあ時を逃さず、「未来までの・ものがたり(物語)」(御書1086ページ)を。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年5月26日
 

 他者と学び合う創価運動
 は地球規模の“教育事業”
 ―博士。平和創出の光源
      ◇
 東京・大田が執念の追い
 上げ!“鉄の団結”が我ら
 の誇り。堂々の凱旋待つ
      ◇
 御書「人の心は時に随っ
 て移り」。決意したら、即
 行動!好機逃さず対話へ
      ◇
 「プール熱」感染が増加。
 発熱、喉の痛み、結膜炎の
 症状も。嗽、手洗いを励行
      ◇
 実質賃金6年ぶりプラス
 と。実感できる経済再生
 へ公明が旗を振り続けよ

◆社説  夏本番を前に熱中症対策   油断なく聡明な生活で健康守る


 日本列島が広く高気圧に覆われた今月21日、群馬県館林市では最高気温35・3度を記録。今年に入って、全国で初めての「猛暑日」となった。
 他にも、福島市が34・2度、埼玉県熊谷市が34・0度など、最高気温30度以上の「真夏日」となった地点が全国で187カ所も。長野県上田市など、5月の観測史上最高を記録した地点も多かった。
 総務省消防庁の発表では、今月15日から21日までの間、熱中症による救急搬送人員数は984人に上る。熱中症は最悪の場合、死に至る危険性があるが、予防法を知っていれば防ぐことができる。
 発症のピークとなる、本格的な夏の到来を前に、万全な熱中症対策を行っていきたい。
 各会館の「会館守る会」をはじめとする、各種運営グループ(創価宝城会、牙城会、王城会、香城会、創価班、白蓮グループ等)の皆さまに対しては、既に学会本部から、熱中症予防の取り組みが連絡されている。
 活動に関する任務の際だけでなく、日常生活の中でも、屋外では帽子をかぶる、通気性が良く、汗を吸収する服を着る、小まめに水分と塩分を補給する――といった注意点を、互いに確認し合いたい。
 熱中症に注意しなくてはならないのは、気温が高い日だけではない。曇っていても、雨上がりの蒸し暑い日など、湿度の高い日や気温が急に上昇した日などでも、発症数は多い。
 熱中症は、こうした気象条件だけでなく、個々の状況によっても生じやすい場合がある。エアコンがない部屋や閉め切った室内といった環境条件、長時間の屋外作業といった行動条件など、さまざまな状況で引き起こされることを覚えておきたい。
 特に、熱中症弱者とされる高齢者や乳幼児、体調が優れない人には、周囲のこまやかな心遣いをお願いしたい。
 来月になれば、列島各地は本格的な梅雨の時季を迎える。こうした季節の変わり目は、どうしても体調を崩しがちだ。気象情報を確認しながら、無理のない賢明な生活を心掛けたい。
 かつて池田先生は「信心をしているからこそ、油断なく、賢明に生きていくのである。(中略)仏とは、最高の賢者である。勝者である。信心は最高に価値ある人生を生きる原動力であり、勝利の推進力なのである」との指針を示している。広布の原動力となる自身の健康のためにも、日々の勤行・唱題を根本に聡明な生活を送っていきたい。

◆きょうの発心   唱題こそ「歓喜の中の大歓喜」2017年5月26日

御文
 始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり(御義口伝、788ページ・編1634ページ)
通解 初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である。

 自身の中に仏の生命があると知り、唱題することこそ、最高の歓喜である、との仰せです。
 
 私は6カ月健診の時、医師から「変形性股関節脱臼です。治っても一生、片足を引きずるでしょう」と診断されました。宿命転換を決意した母が、私をおんぶして弘教に励む中、私は1歳の頃に歩き出したそうです。
 小学6年生の時、池田先生との記念撮影会に参加。“どこまでも師と共に”と誓いました。
 1984年(昭和59年)に三代会長有縁の地・豊島へ。年子3人を連れての学会活動に行き詰まりを感じた時、“明るい太陽の存在に”と先輩から励まされ、「歓喜の題目を唱えよう」と決意。一念が変わると全てが開けました。現在は地域活動にも積極的に参加。子どもは全員が創価大学を卒業し、社会で奮闘しています。
 来月7日は、池田先生が豊島の友に長編詩「永遠なれ 創価の都」を詠んでくださってから20年の佳節です。「決めた戦いは 断じて勝つ! これぞ 豊島の伝統なり!」との一節を胸に、勇気の対話拡大をしてまいります。  東京・豊島池田区総合婦人部長 郷野陽子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十三 (6081)
 


 山本伸一は参加者に近況などを尋ね、ちょっとした話題を契機に、信心やリーダーの在り方に触れ、指導、激励していった。皆、その自在な語らいを望んでいたといってよい。
 話は、同志に接する幹部の姿勢に及んだ。
 「幹部の皆さんは、会員の方々の意思をどこまでも尊重し、相手を傷つけるようなことがないように、心していってください。
 また、さまざまな方がいることでしょう。全員が、素直に話を聞いてくれるわけではありません。リーダーは苦労も多いが、大きな心で皆を包み、幸せになるように全力を注ぎ、忍耐強く励ましていくなかに仏道修行があるんです。その苦労が、自身の功徳、福運となっていきます。
 草創期に歌った学会歌の『日本男子の歌』に、『海をも容るる 慈悲を持ち』とあるじゃないですか。そう歌いながら、実践しないのは、問題ですよ」
 笑いが広がった。
 「では、勤行しましょう!」
 伸一の導師で勤行が始まった。広宣流布を誓願する師弟の読経・唱題の声は、力強い躍動の音律となって響いていった。
 午後三時半からは、会食懇談会が開始された。伸一は、八階の壮年・婦人の会場に出席し、同じテーブルに着いたメンバーの報告に耳を傾けた。やがて五階にいた青年たちも合流し、アトラクションが始まった。
 「南国土佐を後にして」の合唱や、阿波踊りなどが次々と披露されていった。伸一は、「楽しくやろうよ」と声をかけ、一つ一つの演技に惜しみない拍手を送るのであった。
 歌や踊りが一段落すると、彼は言った。
 「では、私がピアノを弾きます」
 最初に「厚田村」の調べが流れた。
 今こそ、恩師・戸田城聖のごとく、北海の吹雪に一人立ち向かう勇気と覇気とをもって、雄々しく前進してほしい――そう願いながら、鍵盤に指を走らせた。
 試練は人を鍛える。なれば、広布を阻む猛吹雪に敢然と挑みゆく人は最強の勇者となる。

【聖教ニュース】

◆イギリス タプロー・コート総合文化センターにトインビー対談45周年の新展示 
地元各界の来賓・市民が開幕式へ
地方評議会議長「人間革命の哲学を尊敬」
青年部が文化の祭典も

新展示の開幕式では、冒頭に、70人ほどの参加者が見守る中、サウス・バックス地方評議会のダンカン・スミス議長(前列中央)らがテープカットを行った(タプロー・コート総合文化センターで)
新展示の開幕式では、冒頭に、70人ほどの参加者が見守る中、サウス・バックス地方評議会のダンカン・スミス議長(前列中央)らがテープカットを行った(タプロー・コート総合文化センターで)

 イギリスの首都ロンドン近郊にある同国SGI(創価学会インタナショナル)のタプロー・コート総合文化センターに、このほど、SGI会長である池田大作先生と、20世紀を代表する同国の歴史学者アーノルド・J・トインビー博士との対談45周年を記念する新展示「Choose Dialogue――対話の選択」が完成した。
 同展の開幕式は21日、同センターで行われた伝統の「オープンデー」に合わせて開催され、サウス・バックス地方評議会のダンカン・スミス議長をはじめとする地元の来賓や市民、同SGIのハラップ理事長、コーワン総合青年部長らが参加した。
 「私たち2人で現在、人類の直面する基本的な諸問題について、対談をしたい」――こうつづられたトインビー博士の手紙によって始まった2人の語らい。1972年5月、そして翌73年5月、計40時間にわたって行われたその内容は、人類を取り巻く万般の課題に及んだ。
 これを機に、池田先生は、世界の識者との語らいを本格的に展開していった。
 今回の展示では、トインビー博士だけでなく、その後、出会いを結んだソ連のコスイギン首相や南アフリカのマンデラ大統領、アメリカの公民権運動の母であるローザ・パークス氏らとの交流の足跡がまとめられた。
 平和のために“対話の選択”を促すものになっている。
 開幕式に出席したスミス議長は、平和思想を根本に活動するSGIに大きな期待を寄せた。
 「SGIの活動は、内面の人間性の変革、つまり人間革命を通し、自身、そして周りの人々、環境を変えていく哲学を根本としています」
 「このような素晴らしい人道主義の哲学を広げる池田SGI会長と共に活動する皆さまを、深く尊敬しています!」
 式典後には、青年部による記念の文化祭も行われた。
 文化祭に向け、小説『新・人間革命』「対話」の章の研さんに励み、友との語らいによって希望の連帯を広げてきた若人たち。後継の誓いを込めた演技などが終わると、会場はスタンディングオベーション(総立ちの拍手)に包まれた。
 この日、同センターには約600人が来場した。
 展示は、6~8月の第一日曜日、および9月の「歴史的建造物公開の日」に公開される予定。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆国際通信社INPSが池田先生にインタビュー㊤ 
 未来に向けて国連とその創造的進化を強化する 
 「思いの共有」から「行動の共有」へ 一対一の友情こそ連帯の生命線

国連の人権理事会にあわせて開催された新展示「変革の一歩――人権教育の力」(本年3月、スイスの国連欧州本部で)
国連の人権理事会にあわせて開催された新展示「変革の一歩――人権教育の力」(本年3月、スイスの国連欧州本部で)

 国際通信社INPS(インターナショナル・プレス・シンジケート)による池田先生へのインタビュー記事「未来に向けて国連とその創造的進化を強化する」が、分析記事で定評がある同社のIDN(インデプスニュース)のウェブサイトに掲載された。
 池田先生は、寄せられた質問に対し、持続可能な未来を開く上での青年の役割や、核兵器禁止条約の制定に向けた交渉会議への期待、国連が直面する課題と挑戦などについて述べている。
 またこの記事は、同社が193カ国の駐国連政府代表部、欧米各国の政策責任者、国連関連機関などに向けて発行しているニュースレター「国連インサイダー」でも配信された。掲載されたインタビュー記事を、3回にわけて紹介する。
 ――貴殿は、1983年から毎年、平和提言を発表されています。本年の「希望の暁鐘 青年の大連帯」と題する提言の冒頭で、「青年の役割」に焦点を当てられております。
 「青年の役割」に注目することがなぜ大切なのかについて、説明いただけますでしょうか。
  
 それは、「青年の数だけ希望があり、未来がある」と固く信じるからです。
 現在、世界では多くの問題が山積していますが、青年たちが連帯して行動を起こしていけば、そこから希望の暁鐘が生み出されるとの思いを、提言のタイトルに込めました。
 今回、私は、SDGs(持続可能な開発目標)をめぐる課題を中心的に論じましたが、その制定プロセスにおいて国連が実施した調査に、最も多くの声を寄せたのも青年たちでした。
 市民社会から700万人以上の声が届けられる中、7割以上を30歳未満の若い世代が占めていたのです。
 以前のミレニアム開発目標とSDGsの違いは様々ありますが、なかでも重要なのは、市民社会の声、特に青年の声を踏まえる形で採択された“民衆のアジェンダ”であるという点だと思います。 
 SDGsでは、貧困や飢餓をはじめ、ジェンダー平等や気候変動など、17分野・169項目にわたる目標が盛り込まれました。
 いずれも容易ならざる課題であり、国レベルでの取り組みの強化はもとより、市民社会の力強い後押しが絶対に欠かせません。
 “民衆のアジェンダ”という特色を最大の強みとし、グローバルな行動の連帯を築くことがSDGsの成否を握る鍵であり、その結集軸となる存在こそ「青年」にほかならないと私は考えます。
 私どもSGIが、国連の協議資格NGOとして軍縮・人権・環境・人道を軸に活動を続ける中、その中核を担ってきたのも青年たちでした。
 青年には、自らの創造力をもって希望のシナリオを紡ぎ出し、自らの情熱と行動をもってそれを前に進める力が具わっています。
 今、世界には10歳から24歳までの若い世代が、18億人いるといわれています。こうした若い世代が、暴力や争いではなく、平和や人権を守るために共に立ち上がり、行動の輪を広げていけば、SDGsが目指す「誰も置き去りにしない」社会への道は、必ずや大きく開けていくに違いありません。
 ――「大連帯」とは、国家、人種、民族、経済、イデオロギーの違いを超えるものかと思います。
 貴殿の視点から、青年たちはどのように大連帯を実現することができるでしょうか。
  
 様々な違いを乗り越えて連帯を築くための出発点となるのは、「思いを共有すること」ではないでしょうか。
 それは、難民の人々が直面する窮状に対して“胸を痛める心”であったり、環境破壊を食い止めたいという“やむにやまれぬ思い”であったり、戦争のない世界を求める“心の底からの願い”といったものです。
 実際、私どもSGIが国連支援の活動を続ける中で、他の団体と連携を深める基盤となってきたのも、そうした思いでした。
 例えば人権の分野では、各地で広がる差別や排他主義に対し、問題意識を同じくする多くの団体と連携する中で、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択を後押ししました。
 採択から2年後の2013年には、アムネスティ・インターナショナル、人権教育アソシエイツ(HREA)と一緒に、「人権教育2020」という市民社会ネットワークを立ち上げ、この3月にも同ネットワークなどと共同し、「変革の一歩――人権教育の力」と題する新展示をジュネーブの国連欧州本部で開催したところです。
 また、青年の連帯という面では、核兵器の廃絶を求める国際ネットワーク「アンプリファイ」が昨年5月に発足し、SGIの青年メンバーが他の団体の青年たちと力を合わせて、核時代に終止符を打つための活動を広げています。
 このように思いを共有し、問題解決のために何をすべきかを共に考えることが、連帯を形づくる基盤になると思うのです。
 SGIが「世界市民教育」を重視し、地球的な課題に関する様々な展示等の開催を通して、特に若い世代の意識啓発に力を入れてきた理由の一つもそこにあります。
 その上で最も大切なのは、共に行動を重ねる中で、垣根を超えた“一対一の友情”を深め合っていくことではないでしょうか。
 「大連帯」といっても、あくまで重要なのは、規模の大きさではなく、つながりの強さです。困難な状況を乗り越えながら、現実変革のうねりを巻き起こすスクラムの強さです。
 “一対一の友情”こそ、「青年の大連帯」の生命線なのです。

 記事はタイトルなどで検索するか、以下のアドレスから閲覧できます。
 【日本語】http://www.international-press-syndicate-japan.net/index.php/news/politics-confict-peace/2993-strengthening-the-un-and-its-creative-evolution-into-the-future-2
 【英語】http://www.sdgsforall.net/index.php/goal-4/338-strengthening-the-un-and-its-creative-evolution-into-the-future
◆〈信仰体験〉 農家の暮らしを経験 民泊受け入れて10年

 【長野県飯田市】市街地を離れて峠を上ると、田んぼがあちこちに点在する、のどかな風景が広がる。
 今は田植えの季節。ある田んぼの一角から、子どもたちの声が聞こえ
 

2017年5月25日 (木)

2017年5月25日(木)の聖教

2017年5月25日(木)の聖教

◆わが友に贈る

病魔に負けるな!
「いかなる病
さはりをなすべきや」
全細胞を一新させるとの
強き一念で祈り抜け!

◆〈名字の言〉 2017年5月25日
 

 青年は東京の信濃町駅で空襲警報を聞いた。母の手を握り、火の海を走った。だが混乱の中で手が離れてしまう。次の瞬間、母は炎に包まれた▼昭和20年5月25日は、数度にわたる東京大空襲の中でも「山の手大空襲」と呼ばれる。悔恨と贖罪の念がその青年・宗左近氏を詩人に変えた。詩集『炎える母』を編んだのは空襲の22年後。詩は幾たびも「母よ」と繰り返される。「母よ/いない/母がいない/走っている走っていた走っている/母がいない」「母よ呪ってください息子であるわたしを」▼あの戦争で親やきょうだいを救えず、自らを責めた子は無数にいただろう。愛するわが子を失い、天を仰ぎ慟哭した母も数えきれないほどいたはずだ▼当時17歳の池田先生も、5月の空襲で家を焼け出された。やがて出征していた長兄の訃報が届く。母は戦死公報を握り締め、小さな背中を震わせた。後に先生が詠んだ「母」の詩は、残酷な戦争に苦しめられ、人生の風雪に耐え続けた“庶民の母たち”に思いをはせたものだった▼信濃町駅から程近い創価世界女性会館に、この「母」の歌碑がある。〽母よ あなたの/思想と聡明さで 春を願う/地球の上に/平安の楽符を 奏でてほしい……。全ての母と子のために、平和を、平和をと誓う。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年5月25日

 御書「修行とは無疑曰信
 の信心の事なり」。何が
 あろうが題目。必勝の要
      ◇
 毎日が私たちにとっての
 新たな出発―首相。今日
 も快活に。挑戦の証しを
      ◇
 広布の特区・町田の友よ
 頑張れ!執念の追い上げ
 で東京に栄光の旗断じて
      ◇
 ヤング男子部が頼もしき
 拡大の旋風!新時代開く
 若き熱と力。先駆を頼む
      ◇
 全国的に熱中症に注意―
 気象協会。体が気温差に
 慣れぬ時期。油断排して

◆社説  25日は「アフリカ・デー」  「希望大陸」に広がる幸福の哲学


 5月25日は、アフリカ統一機構(OAU)の創設を記念する「アフリカ・デー」である。
 1963年のこの日、OAUはアフリカ諸国の統一、連帯と協力の促進などを目的とし、南アフリカ共和国を除くアフリカの全独立国31カ国により誕生。その後、モロッコを除く全アフリカ諸国53カ国・地域で構成され、2002年7月、欧州連合(EU)をモデルとしたアフリカ連合に発展した。
 OAU創設3年前の「アフリカの年」といわれた1960年、アフリカ17カ国が植民地から次々と独立した。同年10月、池田先生は世界広布への第一歩を踏みだし、14日にはアメリカ・ニューヨークの国連本部を訪れた。国連への加盟が認められたアフリカの若きリーダーたちの希望と情熱に燃える姿を見て、「21世紀は、必ずアフリカの世紀になるよ。その若木の生長を、世界はあらゆる面から支援していくべきだ」と語った。
 以来、“最も苦しんできた大陸が最も幸福に”との思いで、貧困や疫病、紛争などに苦しむアフリカの友を何度も激励してきた池田先生。師の思いに応えるように、友は地道な対話で友情を結び、社会で実証を示し、人間革命の光を広げてきた。
 マンデラ南アフリカ元大統領と池田先生の2度の会見、ナイロビ大学、ガーナ大学などからの名誉学術称号をはじめとする先生への顕彰も、アフリカ各界が寄せる信頼の深さを物語る。
 昨年には、19カ国105会場で「第1回アフリカ統一教学実力試験」が実施された。「御文や先生の指針を身近に感じるようになった」「信心の確信を深める良い機会になった」等の歓喜の声が大陸中に響いている。
 5月度のSGI研修会で初来日したザンビアのメンバーは、鎌倉市のSGI教学会館で交流交歓会に参加。「御書で学んだ“鎌倉”がどういった場所なのか、行ってみたいと憧れを抱いていました。きょう夢がかないました」。“万人を仏に”との大誓願に連なる喜びを語った。
 池田先生はつづった。「アフリカが『暗黒大陸』なのではない。アフリカを不幸にしてしまった人間の心こそ、暗黒であろう。ここを『幸福大陸』『希望大陸』にしていくことが、人類共通の目標でなければならない。アフリカに学び、アフリカを大事にしていく時代を築いていくことだ」。そうした時代を創造し、確かなものにするために、仏法の幸福の哲学と、池田先生の希望の指針を胸に、アフリカSGIの友は進んでいる。

◆きょうの発心  師弟不二の実践で広布に先駆2017年5月25日

御文
 心の師とは・なるとも心を師とせざれ(兄弟抄、1088ページ・編689ページ)
通解 わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない。

 自身の弱い心に負け、弱い心を師として従ってはならない、と教えられている御文です。
 1988年(昭和63年)、25歳の時に妻の紹介で入会。当時、地元の地区部長から、この御金言を教わり、以来、自身の人生の指標にしています。
 その後、知り合った青年への仏法対話に挑戦。彼は勤行を実践し、会合にも参加しますが、なかなか入会には至りません。男子部の先輩から「叶うまで祈るのが信心だよ」と励まされ、再び奮起。この御文を胸に、「友人を幸せにしたい」との漠然とした願いから、「この友人と共に、広宣流布のために生き抜きたい」との強き祈りに変わった時、友人が御本尊を受持したのです。
 この友人とは、7年間、共に学会活動に奔走。彼は今、南米・パラグアイの地でさまざまな試練と格闘しながら、広大な組織の支部長として活動しています。地球の反対側ですが、メールで連絡を取り合い、励まし合っています。
 私自身、今まで数多くの先輩方に訓練していただき、信心を貫くことができました。今こそ、師弟不二の強盛な祈りを根本に、広布拡大の先頭に立ち、青年と共に、師弟の信心の連帯を拡大していく決意です。   滋賀・大津常勝県長 利田浩之

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十二 (6080)



 山本伸一は、皆と一緒に勤行し、四国から来たメンバーの帰途の無事と、全参加者の健康と一家の繁栄を祈念しようと交流幹部会の会場に姿を現した。幾つもの懐かしい顔が、彼の目に飛び込んできた。
 伸一は、何人かの同志に、次々と声をかけていった。そして、四国の壮年幹部らに語り始めた。
 「幹部は、決して威張ったり、人を叱ったりしてはいけないよ。どこまでも、仏子として敬い、大切に接していくことです。
 戸田先生は、弟子を叱られることがあったが、そこには深い意味がありました。
 第一に、広宣流布のために弟子を訓練し、自分と同じ境涯に高め、一切を託そうとされる場合です。その人が担っていく責任が重いだけに、それはそれは、厳しく叱咤されることもあった。
 第二に、魔に信心を妨げられている人を、どうしても立ち上がらせたいという時に、その魔を打ち破るために、叱られた。
 人間には、直情径行であるために皆と調和できない人や、自滅的な考えに陥ってしまう人、困難を避けて通ろうとする人、いざとなると責任転嫁をしたり、ごまかそうとしたりする人もいる。そうした傾向性や、その背後に潜む弱さ、ずるさ、臆病が一凶となり、魔となって、自身の信心の成長を妨げ、さらに幸福への道を誤らせてしまう。ゆえに戸田先生は、その一凶を自覚させ、断ち切るために、叱られることがありました。
 第三に、多くの人びとに迷惑をかけ、広宣流布の団結を乱している時などには、本人のため、皆のために、それをやめさせようとして叱ることがありました。
 つまり、いかなる場合も戸田先生の一念の奥底にあるのは、大慈大悲でした。それもわからず、言動の一端を真似て、同志を叱るようなことがあっては絶対にならないし、どんな幹部にもそんな権利はありません。誤りを正さなければならない場合でも、諄々と話していけばよいことです」

【聖教ニュース】

◆台湾の名門・建国科技大学で全人教育国際シンポジウム 
池田先生に感謝状
吳理事長「池田先生の人間教育の理念は全人類にとって必要」
建国科技大学と創大が交流協定

池田先生への感謝状が陳学長(左から2人目)から託された。右端は吳理事長(19日、建国科技大学で)
池田先生への感謝状が陳学長(左から2人目)から託された。右端は吳理事長(19日、建国科技大学で)

 台湾の建国科技大学が主催する第1回「全人教育国際学術シンポジウム」が19日、台湾中部・彰化市の同大学で盛大に開催された。これには同大学の吳聯星理事長、陳繁興学長と共に、創価大学の馬場善久学長らが出席。席上、建国科技大学から池田大作先生に、人間主義の理念に基づいた平和・文化・教育への貢献をたたえる「感謝状」が贈られた。また、同大学と創大の学術交流協定の調印式が執り行われた。(記事=村上進、写真=井﨑伸明)
 シンポジウムのテーマに掲げられた「全人教育」とは何か――建国科技大学の吳理事長は、こう語った。
 「今、教育に求められているのは、専門的知識や技術の習得だけでなく、それらを使って世界平和のために貢献しようという知恵と人間性を兼ね備えた学生を育てていくこと。それが全人教育です」
 同大学は1965年、建国商業専科学校として誕生。その後、工学系分野の拡充や再編を経て、2004年に建国科技大学として出発した。
 現在、工学・管理・設計・生活科学技術の4学部18学科と九つの研究所があり、1万人を超える学生が学ぶ。吳理事長が発案した「学力・実力・願力」を鍛えゆく教育方針のもと、陳学長を中心に、学生の可能性を引き出し、教養・人格の優れた人材を育成するための環境を充実させてきた。
 2015年11月、同大学は、教育と文化を通した平和建設への貢献をたたえ、池田先生に「終身名誉教授」称号を授与している。
 今回のシンポジウムに創価大学が招へいされたのは、建国科技大学が目指す「全人教育」と、創大の「人間教育」の理念が深く共鳴しているからだ。
 「池田先生が模範を示されてきた世界市民を育成する『人間教育』の理念は、複雑な課題を抱える現代社会の中で、全人類にとって必要不可欠なものです。私たちは池田先生の人間主義の思想をさらに学び、台湾そして世界の教育を発展させていく決意です」と吳理事長は強調する。
 200人の教育関係者や学生が出席したシンポジウムでは、創大の馬場学長が「創価大学における全人教育」と題し、基調講演を行った。その中で同学長は、池田先生が示した創大の建学精神「人間教育の最高学府たれ」「新しき大文化建設の揺籃たれ」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」に言及。「人間性を軽視しがちな現代の教育界にあって、創大は社会に必要な価値を創造し、社会をリードしていく英知と創造性に富んだ『全体人間』『創造的人間』を育成することに全力を注いでいます。今や世界各地で実践されている池田先生の教育理念に学び、共々に創造的地球市民を輩出していきたい」と訴えた。
 基調講演の後、分科会が行われ、約20人の研究者が論文を発表。台北海洋技術学院の唐彦博学長が「池田人間教育思想」をテーマに、中国文化大学「池田大作研究センター」の李彦良所長が「池田・トインビー対談に学ぶ人間教育」との内容で、それぞれ発表した。
 それに先立つ開幕式では、吳理事長、陳学長、台湾SGI(創価学会インタナショナル)の林廷鋒副理事長があいさつ。席上、建国科技大学から池田先生への「感謝状」が馬場学長に託され、参加者から盛大な拍手が送られた。
 今後、さらに世界の識者と交流を広げていくという「全人教育国際学術シンポジウム」。アジアから世界へ、地球市民教育の流れを拡大する重要な機会となろう。

◆原田会長が出席し総東京総区長会 
東京凱歌へ意気高く

全リーダーの師子奮迅の大闘争で師弟勝利の金字塔を、と誓い合った総東京総区長会(東京・信濃町の広宣会館で)
全リーダーの師子奮迅の大闘争で師弟勝利の金字塔を、と誓い合った総東京総区長会(東京・信濃町の広宣会館で)

 感激の同志と共に「東京凱歌」へ勇躍の前進を期する総東京総区長会が24日、信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で意気高く行われた。
 冒頭、原田会長は、全国・全世界の模範となり、誇りとなるべき総東京の深き使命を強調。断じてわが地域に広宣勝利の旗を、との強盛なる一念と行動を貫き、「未来までの・ものがたり」(御書1086ページ)と語り継がれる歴史を築こうと望んだ。
 河合総東京婦人部長は、いかなる人も広布の味方に変えゆく挑戦をと力説。河西総東京青年部長の後、金澤総東京長は、皆が師と心のギアを合わせ、幹部率先の戦いと異体同心のスクラムで拡大の活路を開き、立正安国の証しを打ち立てようと訴えた。
 池田主任副会長は「兄弟抄」の一節を拝しつつ、困難があるからこそ、信心が鍛えられると強調。リーダーが一切の慢心を排し、御本尊への絶対の確信に立った祈り、最前線の友への励ましに徹して、学会の新しい団結の勝利を示そうと語った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第15回 オーストラリア・メルボルンの街並み
地域を変える先駆者に

メルボルンの中心街を上空から望む。中央の湖を囲む公園「アルバートパーク」は、住民の憩いの場となっている(2014年、村田康治氏撮影)
メルボルンの中心街を上空から望む。中央の湖を囲む公園「アルバートパーク」は、住民の憩いの場となっている(2014年、村田康治氏撮影)

 整然と並ぶ建物。水と緑に恵まれた街並み。これだけ高い所から眺めても、人々が暮らしやすい、落ち着いた佇まいが伝わってくるようだ。
 オーストラリア第2の都市メルボルン。
 南東部ビクトリア州の州都で、人口は435万人。19世紀、州内に金鉱が発見され、工業都市として急速に発展した。1927年までは同国の首都だった。
 「移民の国」として知られるオーストラリア。中でもメルボルンは、アジアや欧州など世界からの移民が多く、街には中国風や南欧風など多様な建築が。多民族・多文化が共生する天地である。
 64年5月13日、池田先生はオーストラリアへの第一歩をしるす。6日間の日程で、シドニーからメルボルン、ゴールドコーストなど各地を訪問した。
 この時の様子が、小説『新・人間革命』第9巻「新時代」の章に綴られている。
 当時、オーストラリアのメンバーは数えるほどしかいなかった。山本伸一会長は、宿舎のロビーで一人一人の状況を聞いた後、「メルボルン支部」の結成を宣言。日本から現地の大学に留学していた友を、支部長に任命した。
 伸一は多忙の合間を縫って、若き支部長と語り合い、渾身の励ましを送った。
 “できることなら、オーストラリアで仕事を探してみたらどうか”と提案する伸一。すると友の表情は曇った。
 「この国では、白豪主義が根深く、白人以外の人種が就職したり、社会に食い込んでいくのは、並大抵のことではありません」と本音を漏らす友。伸一は言った。
 「そうかもしれない。しかし、だからこそ、誰かが、それを打ち破っていかなければならない。どこの国でも、さまざまな差別や障害がある。それが現実だよ。矛盾だ、不平等だと文句を言うだけで、それが解決できるなら、こんなに簡単なことはない。その現実を直視して、道を切り開いてきたのが、世界広布の歩みです」
 「学会が掲げているのは地球民族主義だ。その実現の第一歩は、君がこのオーストラリアで、力をもち、実証を示して、誰からも信頼され、尊敬されていくことだよ」「これは大変なことだ。生活に根差した、粘り強い戦いだ。君は、その先駆者になりたまえ」
 師の期待を胸に、草創の友は社会の第一線で奮闘しつつ、広布拡大に走った。先生は、そうしたメンバーを心から励まし、見守り続けた。
 70年代になると移民政策は大きく転換され、白豪主義は消えていく。一方で、社会の繁栄を願うSGIの行動は、確固たる信頼となって地域に根付いていった。
 ダーウィン市などオーストラリアの各都市からは、池田先生に「名誉市民」の称号が授与された。また同国の名門シドニー大学から先生に「名誉文学博士号」が贈られるなど、先生の思想と行動への称賛は尽きない。
 社会は動く。それぞれの地域にもまた、独特の難しさや障害があるかもしれないが、それにのみ込まれてはならない。“変わるはずがない”という諦めや“誰かがやるだろう”という人任せは、何の解決にもならないからだ。
 現実を見つめつつ、立正安国という理想を目指し、今いる場所で努力を重ねる。いかに状況が厳しくても諦めず、何度でも挑み続ける――。これが創価の三代会長の実践であり、世界広布の先駆者の戦いである。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉33 東京凱歌へ拡大の金字塔! 
強盛な祈りと率先の行動を


 
1983年5月3日を記念して、揮毫された「東京凱歌」の書。「感激の同志」の連帯で、師弟の凱歌を!                                                                          
1983年5月3日を記念して、揮毫された「東京凱歌」の書。「感激の同志」の連帯で、師弟の凱歌を!

 志賀 「東京凱歌」――池田先生は1983年(昭和58年)の5月3日に寄せて、このように揮毫されました。東京会館(現在は東京牧口記念会館が建つ)の開館を記念したものです。
 長谷川 「凱歌」とは、戦いに勝った時に歌う喜びの歌のことです。本陣・東京の勝利は、広宣流布の新しい道を開いていくという意味だと思います。
 永石 この先生の思いを胸に、東京の同志は本年を「東京凱歌の年」にしようと大奮闘しています。
 伊藤 聖教新聞で「東京凱歌の青年城」として連載していただいた通り、青年部も拡大に走っています。
 原田 先生は、その様子を喜んで聞かれていました。さらに、4月26日に東京戸田記念講堂を訪問された際には、「全同志に勝利の鐘よ響け! 大東京に凱歌よ轟け!」との思いで、「七つの鐘」のオブジェを強く、また強く打ち鳴らされました。
 志賀 なぜ「東京凱歌」と記されたのか。83年の先生の足跡を調べると、その思いを知ることができるのではないかと思います。
 永石 この模様は、発売中の月刊誌「潮」6月号の連載「民衆こそ王者」でも紹介されていますね。
 志賀 それは、82年の暮れから始まります。先生は、12月28日に江東区、29日に杉並区、30日に足立区へと向かわれます。
 伊藤 そして、83年になると、1月4日に墨田区、5日に新宿区、6日に板橋区と北区、7日に文京区、8日に目黒区のメンバーと懇談されています。
 原田 さらに、20日に中野区、21日に村山圏、22日に第2東京総合本部、23日に品川区、25日に中央区と台東区、27日に港区と千代田区、28日に江戸川区、29日に葛飾区、30日に世田谷区、31日に大田区と、友への激励が続きます。
 長谷川 2月にも、8日に渋谷区、10日に荒川区、11日に豊島区、14日に練馬区、18日に第2東京総合本部、24日に北区の方々と語り合っています。
 永石 そして4月に「東京会館」が完成します。反転攻勢の集大成
 原田 この年、先生は、東京の各区を次々と訪れ、スピーチ、懇談、記念撮影など、同志との固い絆を結んでいかれます。それは、79年の会長辞任後、大分、秋田等、陰険な衣の権威と戦う同志への励ましなどを重ねてきた先生の「反転攻勢」の「集大成」ともいえる闘争でした。
 長谷川 東京は日本の首都であり、政治、経済、文化の一大拠点です。日蓮大聖人が最晩年、「立正安国論」の講義をなされた地であり、学会発祥の場所でもあります。牧口先生、戸田先生が広宣流布の指揮を執られた東京は、学会の原点の地なのです。
 伊藤 池田先生が戸田先生と出会い、運命的な闘争を開始されたのも、東京でした。
 志賀 750年前、大聖人は政都・鎌倉で師子奮迅の民衆救済の戦いをされました。それは、「時代と社会の焦点の地で叫びを上げてこそ、時代と社会を動かせる」との信念からの御行動であったのではないかと思います。
 原田 学会は、三代会長が、この大聖人の御精神のままに、庶民の中に飛び込み、世界広宣流布という未聞の歴史を築いてきました。池田先生は、その本陣である東京の使命と責任について、「東京は、獅子として立ち、獅子として進まねばならない。獅子は、勝たねばならない。永遠の大河の流れを築くには、その源はあくまで清らかで、獅子の咆哮のような勢いがなければならない」と指導されています。
 長谷川 先生が、この東京各地への訪問の時、強調された点の一つが、「慢心」を排すことでした。
 御書に「仏になる道は、我慢偏執(=我をたのんでおごり、偏った考えに執着する)の心なく、南無妙法蓮華経と唱えることである」(557ページ、通解)とあります。小さな執着にとらわれることなく、慢心を排し、大聖人の仰せ通りに妙法を唱えていけば、自身の中の仏の生命が、湧き上がってくるのです。
 原田 特に、リーダーは、御本尊への絶対の確信に立った強盛な祈りが大切です。そして、組織の最前線の方々のところまで足を運び、徹して語り合うことです。何より自らが拡大の先頭に立ち、率先垂範の行動を貫くことです。「建設は死闘、破壊は一瞬」との指針を忘れることなく、「東京凱歌」の年に、拡大の金字塔を打ち立てていこうではありませんか。

「異文化」との交流


 長谷川 現在、兵庫の神戸市立博物館では、東京富士美術館の「遥かなるルネサンス」関西展が開催されています。
 原田 これは、安土桃山時代に、日本から派遣された天正遣欧少年使節の足跡をたどりながら、当時のイタリアを彩った最高峰の文化を伝える展示会です。
 伊藤 イタリアを代表するウフィツィ美術館の所蔵品を中心に、絵画、文献、工芸品、陶芸品など約70点が公開されています。
 永石 中でも、「ビア・デ・メディチの肖像」は昨年まで約470年、一度もフィレンツェから外に出たことがなかった名作です。
 原田 富士美の創立者である池田先生は、“異なる文化との交流によって得られる心の財産は計り知れない”と言われ、「広い国際性を涵養し、豊かな未来性を育む絶好の機会」と語られています。関西から、日本中、世界中に、新たな価値創造の光が放たれゆくことを念願しています。

◆〈信仰体験 白ゆりの詩〉 結婚生活27年 “一家和楽の信心”が実現 
 負けない母の愛情勝ち! 


 【石川県七尾市】先月18日、創価学会の七尾会館で行われた入会記念勤行会。その会場に、あふれんばかりの喜びで笑顔満開の婦人がいた。
 

2017年5月24日 (水)

2017年5月24日(水)の聖教

2017年5月24日(水)の聖教

◆わが友に贈る

「蘭室の友に交りて
麻畝(まほ)の性と成る」
人間同士の交流が
互いを磨き 高め合う。
善友の絆を広げゆこう!

◆〈名字の言〉 2017年5月24日

 広島市にある小さな喫茶店で、原爆投下の翌1946年の大みそか、ベートーベン「交響曲第9番」の“演奏会”が催された。店主が闇市で手に入れたレコードから“歓喜の歌”が満席の店内に響く。雪が舞う中、外から窓越しに耳を澄ませる聴衆もいた▼被爆地の“心の復興”を支えた力――その一つが音楽だ。広島在住の演奏家で創設されたプロオーケストラ「広島交響楽団」もそうである。今月、民音主催の「クラシック名曲コンサート」でも美しいハーモニーを響かせた▼同楽団のクラリネット奏者を務める広島出身の壮年部員。中学1年の時、学会の音楽隊に出あった。躍動の旋律が彼の心を変え、音楽家を志すように。音大で学んだ後、欧州に留学すると「ヒロシマの悲劇を知っている」と多くの人に言われた▼音楽は世界の共通語。彼は創価グロリア吹奏楽団で指揮者を務めた後、4年前に広島交響楽団に入団した。「戦死した祖父、原爆で苦しんだ人々のため、音楽で平和を発信します」と誓う▼御書に「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(88ページ)と。平和の心を託した妙音は、人生を変え、社会をも変える。今、各地の創価青年大会で、合唱や演奏が力強く響く。平和を築く青年の連帯も、音楽の力で広がっている。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年5月24日

 「きわめて・まけじだまし
 (不負魂)の人」御書。最後
 に勝つ人こそ真の勝利者
      ◇
 東京・豊島が激戦。スピー
 ドで勝れ。強気で壁破れ。
 三代有縁の地に凱歌轟け
      ◇
 人工知能が発達すれば対
 人関係力が重要に―企業
 調査。人間力が光る時代
      ◇
 どこにいても温暖化の影
 響は逃れられない―国連
 会議。人類益の連帯結べ
      ◇
 「子どもの事故防止週間」
 水の事故が増える季節。
 まず親が注意・声掛けを

◆社説  会場提供者の真心に感謝  広布伸展支える陰徳に陽報は厳然


 先週、5月度の座談会が列島各地で開催された。「病を乗り越え、再び皆さんと会えて感謝の思いでいっぱいです」「かつてない友好拡大を成し遂げました」など歓喜の声が聞かれ、和楽と喜びの波動が広がった。
 学会の伸展は、この民衆の集いの中にある。そして支部や地区の活動は、それを支えてくださる会場提供者の友がいればこそ、と感謝の念が湧き上がる。
 長野・松本市で自動車板金業を営んでいた壮年は、「わが家から半世紀を超えて多彩な人材が巣立ったのが何よりの喜び」と胸を張る。毎月の座談会を、人生の節目と捉えて歩んできた。
 60歳を超えた頃から習い始めたピアノを座談会で披露することも。10年ほど前には中国から高校生のホームステイを受け入れ、「国際交流ができ、私たちにとっては、世界平和の身近な第一歩」と、連れ添う夫人と目を細める。その柔和な笑顔は、学会一筋に生きてきた人生の勝利を象徴しているかのようだ。
 池田先生は、小説『新・人間革命』「雌伏」の章で、長野・佐久市で個人会館の提供者宅を訪問した模様をつづった。尊き同志に感謝を伝えながら、一家を温かく包み込み激励。その上で、日頃から心すべき大切な点を挙げている。
 「ともかく近隣に迷惑をかけないよう、会合の中心者ともよく連携し、駐車、駐輪、話し声など、細かく気を配っていくことが大事です。大変でしょうが、周囲のお宅には足しげくあいさつに伺い、『何かあったら、すぐにおっしゃってください』と、意思の疎通を図っていくことが大切です。近隣の方々が、快く協力し、応援してくださるようになれば、それ自体が広宣流布の姿なんです。個人会場は、広布の民衆城です。そこに、堅固な信頼の石垣を築くことが、学会を盤石にしていくことにつながります」
 会場提供者の苦労は尽きない。だからこそ、使わせていただく私たち一人一人にも、常に注意すべきことがある。「使用時間を厳守する」「使用後は清掃をして整理整頓する」「節電・節水を心掛ける」等々、皆で再確認したい。また近隣への配慮として、外では私語を慎み、駐車・駐輪にも十分に心配りを。
 会場提供の友から「わが家に集う同志の笑顔を見られるのが喜び」と、ありがたい声が届く。広布の伸展を支える陰徳に陽報は厳然と輝く。その真心に報恩感謝の心で応え、地域の“民衆城”を皆で守り抜きたい。

◆きょうの発心   生涯、師と共に幸福の絆を拡大2017年5月24日

御文
 深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり(一生成仏抄、384ページ・編22ページ)
通解 深く信心を起こし、日夜朝暮に怠らずわが心を磨くべきである。どのように磨くべきか。ただ南無妙法蓮華経と唱えることが磨くことになる。

 信心の実践で心を磨いていくようにと教えられています。
 
 1959年(昭和34年)、父に続いて一家で入会。高校を卒業後、実家を離れ、昼は働きながら、大学の夜間部で学びました。多忙な日々でしたが、住んでいた会社の寮では、学会の先輩方に恵まれ、女子部の活動の中で唱題の功徳を実感しました。
 85年8月18日に開催された「第1回栃木青年平和文化祭」に、未来部出演者の担当者として参加。その2日後に池田先生と未来部の記念撮影の機会があり、私も直接握手をしていただき「生涯、師と共に」と固く誓いました。
 結婚後、「無冠の友」を30年間、務めました。8年前には夫が霊山へと旅立ちましたが、子どもたちと「夫の分も広布に生き抜こう」と決意を新たにしています。
 51年5月27日、池田先生は、小山を訪問され、正義の言論で広布の突破口を開いてくださいました。この師匠の闘争を受け継ぐべく、青年部を先頭に幸福の絆を一段と広げ、5・27「小山総県の日」を勝利で荘厳してまいります。  栃木・小山総県婦人部長 磯部好子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十一 (6079)
 


 午後一時半、神奈川文化会館三階の大広間は花のような笑顔で埋まった。四国・神奈川の交流幹部会が開催されたのである。
 神奈川を代表してあいさつに立った幹部は、深い感慨を込めて語った。
 「四国の同志の皆さん! ようこそ神奈川へおいでくださいました。
 私たちは、今回、四国の皆さんから、多くのことを教えていただきました。それは、皆が心を合わせて、師を求め、広宣流布の使命を果たそうとする異体同心の信心です。さらに、“今こそ、波浪を越えて大前進しよう。やろうじゃないか!”という心意気です」
 山本伸一の会長辞任から、はや九カ月がたとうとしていた。そのなかで、師と弟子とが引き離されてしまっていることの異常さを、神奈川の同志は、いや、全国、全世界の同志が感じていた。
 それだけに、自分たちから師のもとに集おうと声をあげた四国の友の、勇気と求道の一念に、神奈川のメンバーは、共感、感嘆したのである。
 次いで、四国の代表があいさつに立った。
 「横浜の街は、昨日、一面の雪であったと聞きましたが、本日は、暖かく、春を思わせる天候となり、山本先生をはじめ同志の祈りに守られていることを実感しております。
 これからも山本先生がいらっしゃる時に、この神奈川へ、四国の同志は次々にやってまいりますので、よろしくお願いいたします」
 また、理事長の森川一正は、四国のメンバーの奮闘をねぎらったあと、強く訴えた。
 「航海は、順風満帆の日ばかりとは限りません。大荒れの時もある。嵐が待ち受けているかもしれない。今、学会を取り巻く状況もそうです。ゆえに、私どもは『題目』と『団結』に徹して、希望の前進を開始したい。
 そして、今年は『地域の年』でありますから、わが地域に拡大・勝利の実証を打ち立てて、新時代の突破口を開いていこうではありませんか!」
 大事なことは、「行動」と「実証」である。

【聖教ニュース】

◆韓国・大田広域市大徳区が池田先生ご夫妻を名誉区民に 
朴区庁長「平和思想と行動は世界の模範」

大田広域市大徳区の「名誉区民」称号の授与式(18日)。この日は、1998年に池田先生が韓国SGI本部を初訪問した日でもある(大田文化会館で)
大田広域市大徳区の「名誉区民」称号の授与式(18日)。この日は、1998年に池田先生が韓国SGI本部を初訪問した日でもある(大田文化会館で)

 韓国・大田広域市の大徳区から、池田大作先生、香峯子夫人に「名誉区民」称号が贈られた。これは、日本と韓国の友好促進と地域社会貢献へのリーダーシップをたたえるもの。授与式は18日、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の大田文化会館で朴寿範区庁長が出席して盛大に行われ、金仁洙理事長、金暻希婦人部長はじめ多くの同志が祝福した。
 「池田SGI会長の平和思想と偉大な行動は、全世界の人々が模範とし、実践すべきです!」
 朴区庁長が力強く語ると、万雷の拍手が湧き起こった。
 区庁長はさらに述べた。「池田会長は、人類の繁栄と共存のために、あらゆる差異を超えて、仏法に基づく人間主義の哲学を世界中の人々に伝えておられます。その尊き実践に深く感動しました。わが区は“開かれた行政と区民への奉仕で希望の大徳の建設を!”とのスローガンを掲げています。これは会長の理念と見事に一致しているのです」
 大徳区は韓国中部に位置し、大田広域市を支える産業団地があるほか、かつて“鳳凰の山”とも呼ばれた鶏足山や、同市や清州市等の人々の貴重な水源である大清湖など、美しい景観が広がる。
 この山紫水明の天地を舞台として、地元のSGIメンバーは「良き市民たれ」との池田先生の指針のままに、植樹や読書教育の推進等、さまざまな社会貢献の活動を展開。こうしたSGIの地道な取り組みが評価され、2013年には同区から池田先生ご夫妻に「特別顕彰牌」が贈られている。
 朴区庁長は、友人を介してSGIの存在を知ったという。14年に区庁長に就任以来、池田先生とSGIの哲学や行動への理解を一段と深め、今回の顕彰に結実したのである。
 名誉区民牌には「生命尊重という人類最高の価値を根本に、人間主義と世界平和の思想を体現」「調和と奉仕の精神で希望ある大徳区の建設に寄与」等と記され、ご夫妻の貢献をたたえている。
 池田先生ご夫妻が切り開いてきた日韓友好の道を、さらに大きく、強固に!――授与式に出席した同志の顔は、新たな誓いに燃えて輝きを放っていた。

◆〈地域を歩く〉 青森県・横浜町  友好広げる季節の到来
 青い空、緑の丘、黄色の花畑。遅い春の彩りに染まる横浜町
 
青い空、緑の丘、黄色の花畑。遅い春の彩りに染まる横浜町                                                                                
青い空、緑の丘、黄色の花畑。遅い春の彩りに染まる横浜町

 丘の上の風車が回る。
 山から海に向け、ゆっくりと雲が流れていく。
 “やませ”と呼ばれる北東の風が吹き始めるとようやく、遅い春が来る――地域では、そういわれている。取材に訪ねた今月15日は、まさに春の真っ盛り。田植えの準備が進んでいた。
 青森県・横浜町。
 斧の形をした下北半島の、“柄”の部分に位置する、陸奥湾に面した細長い町だ。約4600人が暮らすこの地には、毎年5月になると、県の内外から数万人の観光客がやって来る。
 人の流れに付いて行くと、その理由が、瞬時に分かった。海沿いの国道を山側に少し入った時、“黄色い海”が現れたのだ。横浜町が誇る一面の「菜の花畑」が、風に波打っていた。
 同町は、菜の花の作付面積で国内一、二を争う。町内には約156ヘクタール、東京ドーム約33倍の花畑がある。
 町では、1991年から毎年、花が見頃を迎える5月を中心に、「菜の花フェスティバル」が行われている。そして、この町で活動する横浜支部の同志は同年から、フェスティバルに前後する日程で、「菜の花友好の集い」を開催してきた。
 毎回、趣向を凝らした企画を考え、近隣の人々を招いて、地域の親睦を深める。近年では、20人以上の友人が参加した年もあるという。
 集いに込められた、メンバーの思いを聞いた。
  2日間にわたる「菜の花フェスティバル」では毎年、7000台もの観光客の車が、小さな町を行き交う。交通安全指導隊の一員として、毎年、その整理誘導に当たってきたのが尾身隆士さん(副本部長)だ。

  わが町を“喜びの花畑”に   
      

陽光に輝く横浜町の菜の花畑。奥には陸奥湾と津軽半島が見える
陽光に輝く横浜町の菜の花畑。奥には陸奥湾と津軽半島が見える

 2日間にわたる「菜の花フェスティバル」では毎年、7000台もの観光客の車が、小さな町を行き交う。交通安全指導隊の一員として、毎年、その整理誘導に当たってきたのが尾見隆士さん(副本部長)だ。
 1956年に信心を始めた。当時、まだ旧習が根強く残る集落では、冷たい目で見られることもあった。「うちだけ地域の連絡が来ないことも、よくありました」
 だが、町内会やPTAの役員を積極的に引き受ける姿を、皆は見てくれていたようだ。ある時、町長から直接「交通安全指導隊をやってくれないか」と頼まれた。
 以来、三十余年、「何か事故でもあれば“私の責任”だという思いで、地域の無事故を祈り続けてきました」。
 その長年の貢献に対し地元の警察署や全日本交通安全協会から、表彰状が贈られている。
 
 「菜の花友好の集い」は、地域貢献の一環として、町が主催する「菜の花フェスティバル」を盛り上げるために始めた。当初はフェスティバル会場の一角を使い、魚介のバーベキューをしたり、歌や踊りを楽しんだり、そのまま青空座談会を開催したりしていた。
 一方、県外からも人が集まり始めたフェスティバルは、次第に、住民が役員などに当たらねばならなくなる。“横浜町の春”を十分に楽しめない人が増えてきたのだ。
 そこで、そうした地元に暮らす人々が共に楽しめる場にしたいと、友好の集いは、フェスティバルと日程をずらして開催するようになった。
 今年で27回目を迎えるこの集いを、毎年、楽しみにしている人は少なくない。町の母子寡婦福祉会で会長を務める中山タヨさんもその一人。集いでは、いつも踊りを披露。長年、聖教新聞も愛読する。
 「学会の集いは、みんなが主役で素晴らしいと思います。先月、白内障の手術をした際、学会員の皆さんが『大成功を祈っているよ』って勇気づけてくれたの。言葉一つでとっても安心できました。励まし合いの絆があるから、学会は結束力が強くて明るいのかもしれませんね」
 
 杉山ミサホさん(支部副婦人部長)も毎年、見事な舞いで「友好の集い」を盛り上げる。幼い頃から踊りが好きで、96年に友人らと「手踊り保存会」を立ち上げた。町の行事や高齢者施設の慰労会にも参加している。
 「時には、お面をかぶったり、衣装を前後反対に着てみたり。とにかく、みんなを楽しませることが大好きなの。楽しいと『次もまた来ようかしら』って思うでしょ」
 昨年、椎間板ヘルニアが悪化し、一時は寝たきりになった。地域の友人たちの見舞いが心に染みた。婦人部の先輩が、「体調を崩したことにも意味があるね」と励ましてくれた。
 「その通りだ、と感謝すると、生命力が湧いてきて」。本年、孫を入会に導いた。「折伏に励むと、どんどん元気になった。早くみんなの前で、また踊りたいわ」
 
 毎年、多くの友人と共に参加しているのは、若佐今子さん(支部婦人部長)。2年前には、10人以上の友人を誘った。
 横浜町出身の若佐さんは、中学卒業と同時に県外へ。三重県で信心に出あい、その後、仕事の関係で30年以上、愛知県で暮らしていた。
 2007年、父の介護をするために、40年ぶりに帰郷した。生活環境の違いに、なかなか慣れない。地元ではあるが、初めは全く友人がおらず、寂しい思いをした。自身を地域の皆とつないでくれる、学会員の存在がありがたかった。
 「地域に溶け込んでいきたいと、近所を歩いては、あいさつを心掛けました。知らない人にも会釈をしながら、顔なじみになって。作業中の人には『今、それは何をしているのですか?』と尋ねて、いろいろと教えてもらいました。近所の人に習って始めたメロン作りは、今年で10年目になります」
 そうした中、老人会の役員を頼まれ、「地域のために貢献できるならと、引き受けました」。
 今では、町中に友人がいる。自身の故郷で、人をつなぐ役割を果たせるようになったことを、誇りに思っている。
 
 陸奥湾に面する横浜町には、採れた魚介を近所に“お裾分け”する習慣がある。
 「精魂込めてつくったものを、みんなに食べてもらいたい」と語るのは森川敦子さん。家族でホタテの養殖業を営む。昨年、娘の小百合さんを入会に導いた。
 森川さんは、若佐さんが激励に通い続けてきたメンバーだ。
 「若佐さんは、会えなくても毎日のようにメモや手紙を置いて励ましてくれました」
 自然が相手の仕事は、苦労や悩みの連続。海が荒れる時には、陸で作業をしながら、“早く帰れますように”と家族の無事を祈る。天候の不順によって、不漁が続く時もある。「若佐さんがそういう話を聞いてくれるだけで、心が軽くなりました」と森川さん。
 若佐さんは語る。
 「学会活動って、“自分が相手に何かをしてあげる”んじゃなくて、“相手から学ばせてもらうこと”だと思っています。だから、つながりが増えた分、成長も歓喜も人一倍大きくなっていくんだな、と感じます」
 本年の「友好の集い」は今週末。今回も歌に踊りに、多くの笑顔が咲くことだろう。人と会い、人とつながる――そのたび、心に“喜びの花畑”が広がっていく。

【特集記事・教学・信仰体験など】
◆昨年設立 中国・中山大学南方学院国際教養教育 池田大作研究所

中国・中山大学南方学院の「国際教養教育・池田大作研究所」を学会代表が訪問。日中友好の未来について語り合った(15日、広州市で)
中国・中山大学南方学院の「国際教養教育・池田大作研究所」を学会代表が訪問。日中友好の未来について語り合った(15日、広州市で)

 中国・広東省広州市の中山大学南方学院に昨年、「国際教養教育・池田大作研究所」が誕生し、総合素養学部主任の王麗栄教授が所長に、黄家瑜博士が副所長に就任した。同研究所の目的は、諸大学と国際教養教育の交流を行うとともに、池田先生の「平和・文化・教育」の思想を研究して人間主義の理念を宣揚し、人類の平和と日中両国の友好を推進することである。研究所の発足に尽力した同学院の黄静波副院長、王所長に話を聞いた。(聞き手=高原和也記者)

黄静波 副院長/中日の友好と交流の窓口に
 ――“池田研究所”を設立されたのは、どのような理由からでしょうか。
 大学の発展と学生の成長にとって、グローバルな視野を持ち、海外の学術・教育機関と連携していくことが非常に重要です。
 わが大学は昨年、欧州の6つの大学を訪問・視察するなど、海外の大学との交流を進めています。しかしアジア、特に日本の大学との交流は、ほとんどありません。
 今後の世界情勢を考えると、中日両国の友好関係は非常に重要であり、学生たちにも、そうした視点を持ってもらいたいと考えてきました。
 “池田研究所”の活動を通して、多くの教員や学生が池田先生の平和思想を学ぶとともに、日本をはじめアジア、世界の学問を知る窓口にしていきたい――そうした思いから研究所の設立を推進しました。
     
 ――黄副院長が、池田先生の思想を知ったきっかけについて教えてください。
 中国と日本の間には戦争の歴史もありましたが、「友好を築きたい」というのが両国の民衆の変わらざる願いだと思います。
 私がかつて、(同じ広州市にある)中山大学に勤務していた頃、同大学教育学院には、すでに「池田大作とアジア教育研究センター」がありました。
 同センターの教授らと接する中で、池田先生がわが身の危険を顧みず、中日国交正常化提言をされたこと、また周恩来総理と会い、総理の心をわが心として中日友好の道を切り開かれたことを知り、深く感銘しました。
     
 ――黄副院長は、昨年4月に日本の創価大学を訪問されていますね。
 ええ。素晴らしい発展を遂げている大学だと思いました。キャンパスは非常に美しく、周総理をしのんで植樹された「周桜」を見ることができました。
 本部棟や、中央図書館に設置された中国館なども見学し、中国をはじめ世界各国との交流を大切にされる池田先生の平和行動に感嘆しました。また、わが大学が学生中心の理念を掲げていることもあり、創価大学が「学生中心」「学生の成長第一」で教育に取り組んでいることに、深い感銘を受けました。
 先生が創立された創価大学と、設立11年の私たちの大学が交流を深められることを、大変に光栄に思っています。
   
 ――中山大学南方学院では現在、「自然との対話――池田大作写真展」が開催されています(25日まで)。
 池田先生の写真からは、展示のタイトルにもなっている「自然との対話」の理念が伝わってきます。この考え方は、中国伝統の“人間と自然は、調和して生きていくべきである”との「天人合一」思想とも通じるものがあります。
 写真展を鑑賞し、この理念の大切さに気付いた学生たちは、自然や環境を守るための具体的な行動を起こしていくことでしょう。それは学生にとっても、社会にとっても、非常に意義のあることだと思います。

王麗栄 所長/「対話」こそ「調和」を生む力
 ――今、世界では急速にグローバル化が進んでおり、中国社会もさまざまな変化に直面しています。そうした中で、王所長は「池田思想」のどのような点に注目しておられますか。
 私の専攻は道徳教育です。道徳教育の捉え方は各国で異なりますが、中国では、生き方の規範や公民教育、政治教育、愛国心の育成などが幅広く含まれます。
 一方で、各国の道徳教育には共通点もあります。例えば「真・善・美」を追求する生き方です。
 「真」とは、真実、真理です。これには、心と心の交流も含まれると私は考えます。心の交流で大切なのは「対話」であり、対話は池田先生の思想にあって最も重要な要素です。私たちは、異なる人々との間においても、対話によって調和を生み出すことができるのです。
 今、グローバル化によって世界の国々の交流が活発になっているからこそ、先生が訴えている「対話」の重要性は、その度を増しているのではないでしょうか。
 中国と日本でいえば、過去の歴史や政治の状況などから、まだまだ互いを理解し合えていないのが実情です。だからこそ「対話」によって、心の交流を行う必要があるのです。
 中国の諸大学で開催されている池田先生の写真展も、相互理解を深める一つのきっかけになります。写真は、国籍や民族、政治制度などの差異を超えるからです。先生の優れた写真を通して、日本への理解が深まりますし、対話への糸口にもなります。
 私は以前から先生の作品を見てきました。その写真は自然の美だけでなく、先生の心にある「人間主義」をも映し出しています。作品からは、先生の「文化主義」「平和教育」の思想が伝わってくるのです。
 池田先生が信奉する仏教の思想には、一人一人の心に「仏性」が具わっていると説かれています。心にある仏性を引き出していくという考え方自体が、「善」だと思います。この「真」と「善」があってこそ、「美」は生まれます。
 池田先生が、なぜ中国で大きな影響力を持っているのか。それは、全ての行動に「平和」の理念が脈打っているからです。その理念は時間や国境、人種などの違いを超えて、多くの人が共感できるものです。
 だから私たちは、池田思想を広げたいと思っているのです。
   
 ――これまでに、特に感銘を受けた池田先生の言葉や指針はありますか。
 私が賛同する池田先生の指針の一つに、創価大学の建学の精神「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」があります。
 こうした崇高な精神を学び、自らの生き方を見つめ直す機会となる「平和の教育」「対話の教育」「真理の教育」「心と心の教育」が必要です。
 また“壁にぶつかったら原点に返れ”との言葉も、心に刻んでいます。
 かつては教育者が、学生をまるで“道具”のように扱ったことがありました。しかし、教育の原点は学生であり、学生の成長にあります。だから先生は、教育についても“原点に返れ”と常に言われているのです。
 「創価」とは価値創造です。では、どのような価値を創造するのか。さまざまな考え方がありますが、東洋思想の多くは、国家や社会、学校、家族のために価値を創造すると考えます。しかし池田先生の思想の目的は、一人一人の幸福の実現にあります。
 また、一人一人が自身を変革しゆく「人間革命」こそが、平和を築くための基盤だとされています。
 私は、この理念に賛同します。池田先生の思想は、平和の時代を開くための最先端の哲学だと確信しています。

◆〈信仰体験〉 苦労があるから成長できる
  ステージ4の悪性リンパ腫を越え保育士に  息子は不登校を克服し大学に進学   

 【広島市東区】母の祈りに不可能はない。そう確信する一つのドラマがある。「明るさだけが取りえなんです。御本尊様に元気をもらってますから!」と、三浦信恵さん(49
 

2017年5月23日 (火)

2017年5月23日(火)の聖教

2017年5月23日(火)の聖教

◆わが友に贈る

諦めや臆病の心に
打ち勝つための仏法だ。
強盛な祈りに徹し
あらゆる障魔の壁を
断じて乗り越えよう!

◆〈名字の言〉 2017年5月23日
 

 昔から「4月の風は光り、5月の風は薫る」という。確かに日の光が熱を持つにつれ、匂いもまた増していくような気がする▼実際、樹木の成長が活発になる今の時期には、「フィトンチッド」と呼ばれる芳香を持った物質が、葉から多く放出されるという。これこそが香りの元。森や林でなくても、近所の公園など樹木の多い所なら、吹き抜ける風が運ぶ新緑の香りを楽しめるはずだ▼風は見えない。だがその存在を、香りや肌で感じることはできる。英国の詩人クリスティーナ・ロセッティは歌った。「誰が風を見たでせう?/僕もあなたも見やしない、/けれど木の葉を顫はせて/風は通りぬけてゆく」(西条八十訳)▼心もまた、見えない。見えないが、言の葉のやり取りを通じて、その温かさを知る。御書に「蘭室の友」(31ページ)とあるように、自らの人格の薫りをもって相手を包み、感化していくこともできる▼小説『新・人間革命』「薫風」の章で、佐賀の壮年部員が、対話の姿勢について語る場面がある。第一に「相手ば思う真心の唱題たい」。第二に「こっちの確信ばい」。そして第三に「粘りばい」と。真心の祈りから発せられた確信の言葉を、粘り強く相手に届けたい。その挑戦が、地域に幸の薫風を送っていく。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年5月23日

 「水は昼夜不退に流るる
 なり」御書。日々前進こそ
 学会魂。さあ挑戦の一歩
      ◇
 友人はあらゆる宝の中で
 最大のもの―文人。友情
 を広げる対話へ。颯爽と
      ◇
 東京・荒川が猛攻。ここか
 らが底力の見せ所!庶民
 の都に常勝の歴史を断固
      ◇
 感謝の気持ち持つ人は心
 にやる気が―心理学者。
 ありがとう。まず言葉に
      ◇
 天候の変化で体調を崩し
 やすい時期。祈り根本に
 リズム正しく。健康第一

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五十(6078)

 


 四国のメンバーは、何グループかに分かれ、神奈川文化会館の館内や、会館の敷地内にある戸田平和記念館を見学した。同記念館は、前年の一九七九年(昭和五十四年)八月にオープンしており、通称「イギリス七番館」といわれていた、歴史ある赤レンガ造りの建物を、補修・改修したものである。
 第二代会長・戸田城聖が、五七年(同三十二年)九月八日、この横浜の地で、「原水爆禁止宣言」を発表したことから、その精神と意義をとどめるとともに、反戦・平和の資料を展示し、広く市民に公開するために誕生した記念館であった。
 館内では、戸田の「原水爆禁止宣言」の音声テープも聴くことができた。青年部が七三年(同四十八年)以来、取り組んできた反戦出版五十六巻や、その英訳本の『平和への叫び』も置かれていた。
 また、戦時下での国民生活や過酷な戦場での兵士の様子、広島・長崎の原爆投下や各地の空襲、沖縄戦、引き揚げ者の惨状などを伝える写真パネルや資料物品を展示。テープに録音した戦争体験者の証言を聴けるコーナーもあった。
 創価学会の平和運動の歩みを伝える展示もあり、山本伸一の平和提言や世界の指導者、識者との友好対話も紹介されていた。
 四国の同志は、展示品を鑑賞し、テープを聴き、戦争の悲惨さを再確認しただけでなく、創価学会が世界平和の大潮流を巻き起こしていることを実感した。そして、平和建設への誓いを新たにしたのである。
 「ユネスコ憲章」は、平和のためには、人の心の中に“平和のとりで”を築かねばならないと訴えている。それには、欲望や憎悪などに翻弄されることのない生命を築く、人間革命が不可欠の要件となる。
 創価学会は、その“平和のとりで”を人間の心に築きながら、世界に友情の連帯を幾重にも広げてきた。
 仏法者の社会的使命は、立正安国すなわち社会の繁栄と人類の平和の実現にこそある。

【聖教ニュース】

◆ポルトガル語版御書第2巻が発刊   新池御書など122編


 ポルトガル語版の『日蓮大聖人御書全集』第2巻が、ブラジル・セイキョウ出版社から発刊された。
 『英訳御書』からの重訳で、「三沢抄」や「新池御書」など122編を収録。第1巻収録分と合わせると、計210編に上る。全3巻を予定。
 池田大作先生は、第1巻に寄せた序文で、次のように期待をつづっていた。
 「ポルトガル語版『御書』の発刊は、日蓮大聖人の仏法と、ブラジルをはじめとする世界のポルトガル語圏各国の方々との壮大な対話の道を開く大偉業であると確信する。仏教史上にも、また世界の宗教史にも、計り知れない意義があり、後世に永く光彩を放ちゆくことは間違いない」
 本年は、1952年(昭和27年)に創価学会が御書全集を発刊してから65周年。
 第2代会長の戸田城聖先生は御書の「発刊の辞」の中で、「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」と述べている。
 その恩師の悲願を現実のものとするため、池田先生のリーダーシップのもと、続けられてきたのが御書の翻訳・出版である。現在までに英語、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語など10言語以上に及ぶ。
 ポルトガル語版「御書」第2巻にも収められている「華果成就御書」で、大聖人は仰せである。
 「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(御書900ページ)
 御書の翻訳・出版の進展とともに、仏法の師弟の精神もまた、世界へ、未来へと、大きく広がっていくに違いない。

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉65  大確信の名指揮を頼む


御文
 一つ船に乗りぬれば船頭のはかり事わるければ一同に船中の諸人損じ・又身つよき人も心かひなければ多くの能も無用なり(乙御前御消息、1220ページ)
通解 一つの船に乗り合わせた時、船頭の舵取りが悪ければ、船に乗った人々は一斉に命を落としてしまう。また、体が強い人でも、心が弱ければ多くの才能も役に立たない。

▼同志への指針

 ひとたび船出したからには舵取りの責任は重大だ。リーダーは、いかなる嵐にも
決して揺らいではならない。
 断じて皆を守り、幸と勝利の港へ導いてみせると、強盛に祈り抜くのだ。その信
力・行力の強さによって、仏力・法力も必ず強くなる。
 苦労が大きい分、福徳もまた大きい。一人一人の力を引き出しながら、一切の波
濤を越えゆく名指揮を頼む!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈創価青年大会〉 太陽の心光る人材王国 群馬

   
〽群馬の天地に 幸薫れ さあ肩くみて 友よ起て――総群馬の創価青年大会のフィナーレで、県歌「広布の鐘」を高らかに(21日、前橋市内で)
〽群馬の天地に 幸薫れ さあ肩くみて 友よ起て――総群馬の創価青年大会のフィナーレで、県歌「広布の鐘」を高らかに(21日、前橋市内で)

 なぜ、群馬が「太陽の国」なのか? 総群馬創価青年大会(21日、前橋市のALSOKぐんまアリーナ)は、参加者に、こう問い掛けて始まった。

◆〈青年SGI 世界の若きスクラム〉 アメリカ サンフランシスコ常勝圏 2017年5月23日

   
緑が広がる「アラモスクエア」で男女青年部が語らう。カラフルなビクトリアンハウスが並び、その奥にダウンタウンのビル群がそびえる(サンフランシスコ市内で)
緑が広がる「アラモスクエア」で男女青年部が語らう。カラフルなビクトリアンハウスが並び、その奥にダウンタウンのビル群がそびえる(サンフランシスコ市内で)

 アメリカSGIの青年拡大をリードする、サンフランシスコ常勝圏。発展の様子や信仰体験などを、男女青年部のリーダーに聞いた。

◆〈婦人部のページ〉 社会の第一線で活躍する友 2017年5月23日

 
 婦人部は来月、結成66周年を迎える。1951年(昭和26年)6月10日、わずか52人で発足した婦人部は、今や世界一の平和と幸福の連帯となった。

◆〈信仰体験 登攀者〉 訪問看護認定看護師 三原由美子さん


 終末期は、自宅での療養を希望する人が6割を超えるという厚生労働省の調査がある。その「在宅医療」に欠かせないのが、「訪問看護」だ。
 

2017年5月22日 (月)

2017年5月22日(月)の聖教

2017年5月22日(月)の聖教

◆今週のことば

広布に走る一日は
極楽百年の修行に勝る。
なれば今日も
正義と仏縁の拡大だ。
大功徳を積みながら!

◆〈名字の言〉 2017年5月22日

 17世紀の英国の詩人ミルトンは43歳の時、両目の視力を失った。共和派と王党派が対立する中、共和派を擁護していたミルトンは、王党派の論客から失明を嘲笑された。さらに数カ月後、妻と1歳の長男が相次いで亡くなった▼光を失っても詩人は静かに忍耐し続けた。「盲目であることは、盲目に堪えきれないほどにみじめなものではない」(宮西光雄訳『ミルトン英詩全訳集 上巻』)と。困難それ自体は不幸ではない。困難に屈し理想を捨てることが、彼にとっては不幸だった▼ミルトンは生涯で多くのソネット(14行詩)を残しているが、代表的な作品は失明後、口述筆記によって生まれた。失明から15年後には大著『失楽園』が完成。苦境の中で詩人としての深みが増したといえる▼法華経では、地涌の菩薩の姿を「忍辱の心は決定し」と説く。試練は自らを飛躍させ、自身の本懐を強く自覚させてくれる。その意味で「忍耐」と「成長」は一体なのかもしれない。より深い人生観に立ち、何ものにも揺るがぬ自己を築くのが私たちの信仰である▼挑戦しているからこそ、行き詰まることもある。思い通りにいかない現実と格闘し、耐えてこそ、勝利の喜びも大きい。「いまだこりず候」(御書1056ページ)の御聖訓を胸に、堂々と進みたい。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年5月22日
 

 的が曖昧で矢が当たるは
 ずがない―牧口先生。何
 事も具体的祈りと行動を
      ◇
 力は休んだ瞬間に利かな
 くなる―詩人。挑戦に次
 ぐ挑戦!それ青年の特権
      ◇
 東京・足立が勇戦。一歩
 も引かぬ執念燃やし民衆
 の勝鬨を!王者の底力で
      ◇
 地区こそ歓喜の泉なり。
 地区部長・婦人部長を中
 心に励ましの波動を友へ
      ◇
 「国際生物多様性の日」。
 全ての種に尊き価値。地
 球守る共生の思潮今こそ

◆社説   「国際生物多様性の日」  環境と自身の連関を感じる心を


 沖縄の石垣島と西表島の間に広がる、国内最大規模のサンゴ礁海域・石西礁湖。西表石垣国立公園に含まれる絶景の海だ。昨年、海水温上昇などの影響で、同海域のサンゴの7割が死滅。生態系の維持が危ぶまれていたが、今月、サンゴの産卵が始まったことが報じられた。たくましい生命力に、サンゴ礁の再生への期待をつなぎたい。
 きょうは国連が定めた「国際生物多様性の日」。毎年、世界各地で午前10時(現地時間)を中心に、植樹や森林保全、環境意識啓発活動などを行う。東から西へ、地球の上に“緑の波”を広げる運動は、年々、その水かさを増す。一方、地球温暖化が進むと、今世紀末には東京の気温が屋久島並みになるとの予測も。生物多様性への影響が懸念され、環境保護へ、できるところから一歩を踏み出したい。
 今年は特別に、「生物多様性と持続可能な観光」とのテーマが掲げられた。国連世界観光機関(UNWTO)によれば、2016年に国境を越えた旅行者は12億3500万人。前年比3・9%増で7年連続の成長だ。観光業の伸長が、特に自然環境への被害を広げないよう、積極的な配慮が求められている。
 わが国には34カ所の国立公園があり、面積は国土の5・8%を占める。米国の2・6%と比べると、比率の高さがうかがえよう。環境省は、その自然環境の保全や利用拠点の整備と、観光客の増加とを好循環させていくことを目指す「国立公園満喫プロジェクト」を進めている。
 先日、都内で同省等が主催のシンポジウムが開かれ、国立公園の魅力を発信する「インタープリター」の役割に光が当たった。インタープリターとは通訳のことだが、ここでは自然景観の味わい方を観光客に分かりやすく伝えるガイドなどを指す。
 関係者が多数登壇し「人と自然とのつながりを、歴史を踏まえて伝えたい」「漁師の体験談が好評」など、拡充に向けて情報・意見を交換していた。
 物理学者のアインシュタインは語る。「私たちの慈愛を、生きとし生けるものへ、そして、美しい自然全体へと広げることだ。人類が生き残るためには、これまでとは大いに異なる新しい考え方を持つ必要がある」。池田先生はこの警鐘を、仏法の「依正不二」の哲理に通じると指摘する。環境と自身とは、離れ離れのものではない。大自然に親しみ、生命の連関を実感することは、環境意識啓発に向けた得がたい機会となろう。

◆きょうの発心   どんな苦難にも断じて負けない2017年5月22日

御文
 此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候(曾谷殿御返事、1056ページ・編930ページ)
通解 この法門を日蓮が申すゆえに、忠言は耳に逆らうの道理であるから、流罪されたり命にも及んだのである。しかしながら、いまだ、こりてはいない。

 広布のために、どんな苦難にも一歩も退かないとの、大聖人の凄まじいばかりの勇気と忍耐が記された御文です。
 
 1968年(昭和43年)10月6日に行われた中部の四大学会合同結成式において、池田先生と長時間にわたって懇談していただきました。また、幾多の三重指導に役員として携わったことは、青春時代の金の思い出です。
 そうした師弟有縁の大地・三重に邪宗門の狂気の嵐が吹き荒れました。わが地域でも悪侶や退転者が学会員をいじめ、脱会を迫りました。苦しくて押しつぶされそうになった時に、心の支えとなったのがこの一節です。“どんな苦難にも断じて負けない”と皆で祈り、戦い抜き、一切を勝ち越えた歴史は、今も忘れることができません。
 本年は、97年5月の池田先生の三重指導から20周年の佳節を刻みます。この折、壮年部にいただいた和歌「厳然と/断固と守れ/三重の城/破邪顕正の/剣 鋭く」を胸に、何があろうとも「生涯広宣流布」の心意気で、師弟の大道を歩み抜いてまいります。
三重万葉県副総合長 清水正

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十九 (6077)



 山本伸一は、下船してきた壮年たちを笑顔で包み込み、肩を抱き、握手を交わし、励ましの言葉をかけていった。
 「待っていたよ! お会いできて嬉しい。さあ、出発だ!」
 彼は、四国の同志の熱き求道の心が嬉しかった。その一念がある限り、広宣流布に生きる創価の師弟の精神は、永遠に脈打ち続けるからだ。
 伸一は、久米川誠太郎に言った。
 「本当に、船でやって来るとはね。面白いじゃないか。それだけでも皆が新たな気持ちになる。何事につけても、そうした工夫が大事だよ。広宣流布は智慧の勝負なんだ。
 広布の道には、常にさまざまな障壁が立ちふさがっている。それでも、自他共の幸せのために、平和のために、進まねばならない。たとえば、陸路を断たれたら海路を、空路をと、次々と新しい手を考え、前進を重ねていくんだ。負けるわけにはいかないもの」
 千年の昔、キルギスの大詩人バラサグンはこう訴えた。「生ある限り、すべての希望は君とともにある。知恵があれば、あらゆる目的は達せられる」(注)と。
 この伸一の歓迎風景も、「聖教新聞」に報じられることはなかった。報道できなかったのである。
 久米川に女子部の代表が、伸一からの花束を贈った時にも、伸一は傍らに立ち、大きな拍手で祝福し、歓迎していた。しかし、新聞では、彼の姿はカットされ、拍手する腕から先だけが写っているにすぎなかった。編集者は、断腸の思いで、写真をトリミングしたのである。
 神奈川の同志は、神奈川文化会館の前でも、四国からやって来た遠来の友を、温かい大拍手で迎えた。そして、ひたすら師を求める信心の息吹を分かち合ったのである。
 四国の同志の一人が、叫ぶように語った。
 「弟子が師匠に会うこともできない。『先生!』と叫ぶこともいけない――そんな話に、おめおめと従うわけにはいきません!」
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ユスフ・バラサグン著『幸福の智恵』ナウカ出版社(ロシア語)

聖教ニュース】

◆列島に響く歓喜の勝ちどき

   
太平洋や江の島などが一望できるSGI教学会館の庭園で、鎌倉県の同志がアフリカの友を歓迎。交歓会では、少年少女部の鎌倉ペガサス合唱団が歌声で勇気を送った
太平洋や江の島などが一望できるSGI教学会館の庭園で、鎌倉県の同志がアフリカの友を歓迎。交歓会では、少年少女部の鎌倉ペガサス合唱団が歌声で勇気を送った

神奈川でSGI交流交歓会

 列島各地で21日、創価の同志が集い、広布に生きゆく歓喜の勝ちどきを響かせた。
 5月度のSGI(創価学会インタナショナル)研修会で来日した友は神奈川で開催された交流交歓会に参加。
 アフリカのナイジェリアとザンビアの友は鎌倉市のSGI教学会館へ向かった。ナイジェリアのアクア・アフォラビさんは「日蓮大聖人が正義を師子吼された鎌倉を訪問でき、感無量です」と声を弾ませた。
 交歓会では、西岡英明さんがメーカーの営業として世界を舞台に奔走する模様を報告。ザンビアのムタレ・カンプニさんが、家族の病や死別を乗り越え、揺るぎない幸福境涯を築いた体験を語った。
 湘南総県の山口副総県長、増川副総県長が歓迎の言葉を述べた。
 インドネシアの友は横浜市鶴見区の神奈川池田記念講堂へ。「スラマッ ダタン!(ようこそ)」。地元・鶴見総区の友が覚えたてのインドネシア語で出迎えると、遠来の同志も満面の笑みで応えた。
 集いでは、鈴木礼美さんが使命の職場で活躍する様子を報告。インドネシアのヘンドゥリ・クスマさんは、建設・不動産関連の仕事で、困難に負けず信頼の実証を示した体験を発表した。この後、インドネシア民謡や、日本語とインドネシア語による「紅の歌」など、両国を結ぶ友情の歌声が会場を包んだ。
 丸岡伸久総区長があいさつした。
ほとばしる青春の情熱 奈良・群馬では青年大会
 地涌の若人が勇み立つ創価青年大会は同日、奈良と群馬で開かれ、弘教・人材拡大に力走した男女青年部が躍動した。
 池田大作先生はそれぞれにメッセージを寄せ、勝利の青春を歩む友にエールを贈った。
 奈良総県の大会は橿原市の奈良県橿原文化会館で行われ、2500人が参加。テーマは「Awake my mission!(使命に目覚めよ!)――青年の“熱”と“力”で、新たな“理想の奈良”を築こう!」。
 1997年5月22日、池田先生は奈良国際友好会館で行われた奈良代表者会議に出席。“理想の奈良”の構築を訴えた。この師弟の原点から20周年を祝賀する大会では、各部の演舞や合唱が見事に披露された。
 総群馬の大会は前橋市のALSOKぐんまアリーナで行われ、5200人が出席した。
 テーマは「Kingdom of the Sun Gunma――黎明の勇士たち」。永遠の指針「太陽の国・群馬」が池田先生によって示されて、今年で30周年の意義をとどめたものである。
 群馬広布の新たな夜明けを告げる大会では、ダンスや池田先生の詩の群読、創価家族への感謝を伝える朗読が行われた。(いずれの大会も後日詳報)

◆ブラジル弁護士会サンパウロ支部ジアデマ地区が創価の三代会長を顕彰

 
ブラジル弁護士会・ジアデマ地区のナガサワ会長(前列左から5人目の女性)らから牧口常三郎先生、戸田城聖先生、池田大作先生をたたえる顕彰プレートが授与。音楽隊の演奏が式典に花を添えた(ジアデマ市内で)
ブラジル弁護士会・ジアデマ地区のナガサワ会長(前列左から5人目の女性)らから牧口常三郎先生、戸田城聖先生、池田大作先生をたたえる顕彰プレートが授与。音楽隊の演奏が式典に花を添えた(ジアデマ市内で)

 ブラジル弁護士会サンパウロ支部のジアデマ地区から、創価の三代会長の人類社会への貢献をたたえる「顕彰プレート」がそれぞれ贈られた。授与式は16日、サンパウロ州ジアデマ市内にある同地区の本部で行われ、同会所属の弁護士や市民らが出席した。
 ブラジル弁護士会は、学会の創立記念日と同じ1930年11月18日に政府によって設立。全国に支部・地区を持ち、現在は90万人以上の弁護士が所属する。弁護士資格の認可のほか、社会倫理の啓発運動なども積極的に行っている。
 ジアデマ市を拠点とするジアデマ地区は、2015年に池田先生をたたえる顕彰プレートを授与。今回はそれに続き、創価三代の師弟の功績を称賛する。
 牧口先生には創価教育哲学の確立をたたえて。戸田先生には原水爆禁止宣言60周年を記念。そして池田先生には70年におよぶ平和と人権擁護等への尽力を顕彰するものである。
 授与式では同地区のフェルナンド・ドゥケ・ホーザ副会長に続き、弁護士のジョルジ・スギタ氏があいさつ。「創価の民衆運動は、他のいかなる権力や団体よりも人々を導く力があります。その指導者である池田博士の思想には、人類の未来への深い洞察があります」と賛辞を。
 最後に同地区のマリウザ・ナガサワ会長は次のように語った。
 「毎年、池田博士の平和提言を読み、ブラジルSGIとも交流を続けてきました。その中で、創価の三代会長の平和・文化・教育への多大な貢献を知り、今回の顕彰を発議しました。SGIこそ理想の人間社会を築くことができると言っても過言ではありません」

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・村山総区  「一人を大切に」の心を胸に
 勝利の夜明けをここから

村山総区の青年部が多摩湖畔で(14日)。湖の中の取水塔は“日本一美しい”といわれる
村山総区の青年部が多摩湖畔で(14日)。湖の中の取水塔は“日本一美しい”といわれる

 北多摩地域の北部の武蔵村山・東大和・東村山・東久留米・清瀬の5市からなる村山総区。
 都心へのアクセスも良く、自然豊かな狭山丘陵にほど近い。日本で初めて女子フルマラソンが開催されたとされる多摩湖周辺は、休日になると、サイクリングやランニングを楽しむ人々でにぎわう。
 東大和市には3年前、音楽隊・鼓笛隊が練習する拠点として「創価青年音楽センター」が開館した。
 武蔵村山市で生まれ育った相田佳美さん(女子部本部長)は、ウエディングプランナー。営業成績は、同じ会社のプランナーの中でもトップクラスだ。
 「誰よりも早く出勤し、掃除をするのが日課です。華やかな仕事だと思われがちですが、実際は、人の見ていないところで、どこまで努力を積み重ねられるかが勝負。女子部の白蓮グループでの薫陶が生きていると実感します」
 学会活動の基本を学んだのは地区リーダー時代。地区婦人部長の母・壽美代さん(支部副婦人部長兼任)と同じ地区を担当し、協議会や座談会、訪問激励にも親子で。近所の人と楽しそうに語り合う母、親身になって同志の相談に乗る母の姿に、「一人」を大切にする心を教わった。
 昨年11月、女子部本部長に。2月のロマン総会に向けて、訪問激励に走った。
 総会目前のある日、母から「グラフSGI」2月号を手渡された。開いてみると1983年の村山圏記念幹部会の写真が。そこには池田先生と共に、相田さんが10歳の頃に亡くなった父・博さんの姿があった。父も応援してくれているように感じ、勇気が湧いた。
 迎えたロマン総会は3支部とも大成功。約8割のメンバーと友情の語らいを広げ、総区をリードする拡大を成し遂げた。
 「自他共の幸福」を目指し、相田さんは、きょうも愛する地域を駆ける。
                                                                 ◇ 
 兼田雄一郎さん(男子部部長、副本部長兼任)は、小学校入学と同時に清瀬台田団地に越してきた。
 「ご近所が、まるでみんな親戚のよう。子どもの頃は、近くに住むおじいさんやおばあさんの家によく遊びに行きました」
 信心の原点は学生部時代、第2東京大文化祭に出演したこと。地区の同志の応援を力に、初の弘教を実らせ、当日を迎えた。フィナーレで「紅の歌」を大合唱した際、青年部の奮闘をたたえる池田先生の姿に涙があふれた。
 「先生は立ち上がると、会場に設置された大きな木のオブジェを指さされました。“君よ、立派な大樹に育て”と呼び掛けるように。“大成長してお応えしよう”と誓いました」
 大手警備会社に勤める兼田さん。入社3年後、模範の社員に贈られる「優秀警備員」を受賞。昨年は、自身が隊長を務めるチームが「優秀警備隊」として表彰された。現在、事業所の代表として、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた責任者養成研修に参加している。
 「警備という仕事は、チームワークが何より大切です。一人一人の“桜梅桃李の良さ”を引き出せるよう、日頃のコミュニケーションを大切にし、信頼関係を強めていきたい」
 区少年部長として未来部の友の育成にも尽力する兼田さん。次代の“大樹”を育てることが、地域への恩返しだと決めている。
栄光の共戦譜
 池田先生が初めて村山の地を訪れたのは、1960年4月10日。戸田先生の遺族と共に、桜舞う多摩湖周辺を散策した。
 先生の日記には、こう記されている。
 「蘭春――風塵――東村山まで征く。桜あり、しばし心麗か」「愛する東京の桃源境、日本の平野。私の憧れの大地なり」
 76年、池田先生の提案により東村山市に桜の苗木が寄贈された。その一部が植えられた多摩湖町では、翌年から「さくらまつり」が開かれ、地域の恒例行事に。本年で40回目を迎えた。
 「毎年、各地からたくさんの人がやってきますよ」と笑顔で語る津佐澄子さん(区婦人部主事)。結婚を機に福島県から上京した。両親が災害で亡くなった上、夫が原因不明の病に倒れ、病院をたらい回しにされるなど、度重なる苦難の中、57年に入会した。
 入会3日目に参加した座談会。「この信心を一人でも多くの人に語っていきなさい。必ず病気は治るよ」との言葉が胸に響いた。満々たる確信で語る青年が池田先生だと知ったのは、後になってからだった。
 翌日から弘教に歩いた。夫はみるみる回復し、2カ月で職場に復帰。61年、東村山市に越してからも、拡大の勢いは止まらない。夫妻で、月に30人以上を入会に導いたこともあった。
 77年、東村山文化会館(現・東村山平和会館)が落成した折、感謝の思いを込め、夫妻でピアノを同会館に寄贈。「津佐ピアノ」と命名された。
 翌年2月24日、同会館を初訪問した池田先生が、このピアノに向かい、「月の沙漠」「赤とんぼ」などを弾いて婦人部の友を激励。この日は「東村山戸田区創価女性の日」となった。
 本年、入会60周年。4人の娘は、村山総区で婦人部のリーダーとして活躍する。米寿を迎えた津佐さんは、はつらつと仏法を語り広げている。
                                                                       ◇ 
 広布の前進を阻む障魔と戦い、常に正義を打ち立ててきた「村山」。常勝の誇り高き友の胸には、同志を励まし抜く池田先生の姿が刻まれている。
 83年1月21日、池田先生が、旧・東大和文化会館を初訪問した。
 会館に到着後、先生は、居合わせた友と記念撮影。1回目が終わると“まだいるだろう”“役員がいたら全員撮ってあげるよ”と何度も促し、陰の同志を見つけては、共にカメラに納まった。
 同会館で行われた「村山圏記念幹部会」の席上、先生は励ましの大切さを語った。
 「人間は強そうで弱いものだ。いくら幹部でも、また社会的地位がある人でも、悩みもある。弱さももっている。ゆえに上下の差別なく、同志間の『励まし』が信心と幸福への重要な鍵となっていることを忘れてはならない」
 先生は会合前にも、地域の同志に励ましを送っていた。東大和市で精肉店を営む山根操さん(副支部長)・仁子さん(地区副婦人部長)夫妻だ。
 先生は車で会館へ向かう途中、山根さんの店の前を通り、伝言を贈った。
 「競争相手は多いけれども、絶対に負けないで頑張りなさい。今、世の中は不景気だけれども、経費を節約して賢く対応するんだ。そして、皆を励まして戦ってください」
 実はこの3年前の80年3月、池田先生は東大和市を訪問した際、山根さんの店を訪れ、温かく激励。「お元気で。3年後に、またお会いしましょう」と声を掛けていた。「たった一度、立ち寄られたわが家を忘れず、約束を果たしてくださったんです」と山根さん。
 父が知人の借金の肩代わりをしたため、当時の家計は厳しかった。学会活動に消極的だった山根さんは、先生の伝言に奮起。本陣長(ブロック長)や地区部長として広布の最前線を走る一方、地元の商店会長や、食肉事業協同組合の地区長なども務めてきた。妻の仁子さんは、36年間にわたり聖教新聞を配達。自治会の行事の運営などにも積極的に携わる。
 大型店に押され、商店街の店舗数は全盛期の3割程度に減少。「だからこそ支え合うことが大事です」。山根さん夫妻は朗らかに、励ましの声を広げる。
                                                                          ◇ 
 2001年5月、池田先生は、村山の友に和歌を詠み贈った。
 「大東京 勝利 勝利の 夜明けをば 村山立ちて ついに迎えり」
 師の渾身の励ましと、それに全力で応える弟子の奮闘で築かれた村山。創価の勝利の夜明けへ、常勝の弟子が今再び立ち上がる。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉32 “広布の黄金柱”壮年部が立つ! 
 「いよいよ」の心意気で大前進
 東京改革へ公明が重点政策
 
“壮年がいれば皆が安心する。壮年が立てば皆が勇気を燃え上がらせる”――広布の丈夫が各地で勇躍
“壮年がいれば皆が安心する。壮年が立てば皆が勇気を燃え上がらせる”――広布の丈夫
が各地で勇躍

 永石 新緑の色が濃くなり、夏めいてきました。各地で友好を深める対話も、大きく広がっていますね。
 長谷川 壮年部もいよいよ、各地で雄々しく立ち上がっています。池田先生はこう期待をされています。
 「わが壮年部が意気軒昂であれば、婦人部が喜んでくださる。青年部も快活に続く。未来部も強く元気に育つ。地域も社会も刮目する。『黄金柱』とは、一切を黄金に変えゆく柱だ」と。
 原田 壮年部の経験と確信、知恵、そして実践こそ、さらなる広布伸展の鍵といえます。家庭や職場、また地域においても、壮年世代に覇気がみなぎっていることが、発展と勝利の要件です。
 長谷川 「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」(御書1192ページ)、「いよいよ・はげ(励)まして法華経の功徳を得給うべし」(同1448ページ)と、日蓮大聖人は繰り返し、呼び掛けられています。私たち壮年部が、「いよいよ」の心意気で、広布拡大に大きく打って出てまいりたい。
 原田 先生は語られています。「励ましのあるところは、勇気が満ちあふれる。その勇気を一切の中心にして固い団結をつくり、強気で、前へ、さらに前へと、歩みを進めていくのだ」「いかなる険路に突き当たっても、それを乗り越え、勝利へ、勝利へと大波を起こしていく、民衆の『勢い』と『団結』が、我ら創価の底力である」と。
 創価家族が皆で励まし合い、団結して、福徳にあふれた勇気の大前進を果たしてまいりましょう。

受動喫煙の防止へ


  永石 先日、公明党東京都本部が「都民とともに『東京改革』」と掲げて、都議会議員選挙(6月23日告示、7月2日投票)に臨む「重点政策」を発表しましたね。(公明新聞5月12日・14日付など掲載)
 竹岡 三つの柱で構成され、15分野53項目の政策が掲げられています。地域に根差す公明党のネットワークで集めた「現場の声」が反映されています。公明党らしい、意欲的で、きめ細かな政策が並んでいます。
 宮尾 一つ目の柱は、「『安全・安心』先進都市・東京へ――2020東京大会をめざして」です。人にやさしいまちづくりや、交通ネットワークの整備などが盛り込まれています。
 永石 東京五輪・パラリンピックに向けて国際水準を目指し、原則、屋内全面禁煙を内容とする罰則付きの「受動喫煙防止条例」を制定すること、また、視覚障がい者の利用が多い都立盲学校の最寄り駅に、ホームドア整備を拡充することなどを明記していますね。
 宮尾 二つ目の柱は、「『誰もが生き生き』希望都市・東京へ――生活者の現場から」です。子育てや高齢者、若者、教育に対する支援策のほか、医療・障がい者福祉の充実などを盛り込んでいます。
 永石 宿泊型の産後ケアセンター(現在9カ所)を各区市町村に拡大することや、全都立・公社病院での病児・病後児保育の実施。また、住み慣れた地域で入所できる地域密着型特別養護老人ホームの増設なども掲げています。
 宮尾 そして、三つ目の柱は、「『新たな活力』前進都市・東京へ――被災地とともに」です。小規模事業者や被災地の支援策などを盛り込んでいます。
 竹岡 創業希望者と後継者不足の小規模事業者を引き合わせる「後継者バンク」の創設、商店街の空き店舗を活用して起業したい若者や女性への家賃補助制度の導入なども掲げています。
 長谷川 被災地復興への支援では、風評被害の払拭に向け、災害時の都職員の備蓄食糧として、水やお湯を加えるだけでご飯が食べられる、福島県産のアルファ化米の活用なども挙げていますね。
 原田 公明党には、経験と実績があります。合意形成の中心軸となって都政を安定させるとともに、都民が望む政策の実現へ、全力を尽くしてもらいたい。

教育費負担の軽減


 永石 重点政策の中でも特に、子どもたちの未来を開く教育への支援では、国が段階的に進めている「幼児教育無償化の完全実施」に加えて、健康な体をつくる食育の観点から「小・中学校給食の無償化」を提案していますね。
 竹岡 すでに都議会公明党の大きな実績として、年収約760万円未満の世帯への「私立高校授業料の実質無償化」が実現しています。今回の政策では、無償化をさらに、年収約910万円未満の世帯に拡大することも明記しています。
 宮尾 一方で、私立高校授業料の無償化について、日本共産党がいまだに“自分たちの提案が実った”と主張を繰り返しているのには、あきれるばかりです。
 竹岡 今回の無償化は、予算編成を主導した小池都知事自ら、「庶民目線、生活者目線の公明党の提案がまさに花開いた」と明言している通り、公明党の推進によって実ったものです。
 宮尾 新聞各紙もこう伝えています。「知事は『公明党と話が整った。一致できてよかった』と強調した」(日経)、「実質無償化に踏み切ったのは、公明党が同事業の実施を強く要望したため」(読売)、「公明要望で『私立高無償』」(朝日)。
 竹岡 政策は、ただ単に主張し続けていれば実現する、というものではありません。無償化を「共産党の成果」と報じた主要紙は皆無でした。相変わらずの、全く卑劣な「実績横取り」というほかありません。
 宮尾 識者も「公明党にとって王道である政策に小池都知事が乗り、長年の懸案だった私立高校の授業料無償化がようやく実現」(国際医療福祉大学・川上和久教授)等と語っています。
 原田 「都政改革を、真に都民第一の方向へと形づけていける都議会公明党の役割は大きい」(淑徳大学・結城康博教授)など、公明党への期待は高い。「都民のため」の政治を貫き、「東京改革」をリードしていただきたい。

2017年5月21日 (日)

2017年5月21日(日)の聖教

2017年5月21日(日)の聖教

◆わが友に贈る

御聖訓「わたうども(和党共)
二陣三陣つづきて」
後継の友よ立て!
善のスクラムを広げる
勇気の言論戦を!

◆〈名字の言〉 2017年5月21日

 ツツジ咲く金沢城を訪れた。江戸初期に天守は焼失したが、加賀百万石を象徴する城跡である。2008年に国の史跡になった▼百万石と聞くと豊かな印象だが、徳川宗家に次ぐ石高は“脅威”と映ったためか、藩主の前田家は折に触れ、幕府からの多大な賦役を負った。大工事となった江戸城の普請では、実に工事区域の6分の1を担当。この前田家で多くの苦労を重ねたのが、藩祖・利家から3代目の利常だ▼利常は家康にも警戒されたという覇気の持ち主。後に金沢城の補修や新たな家臣の採用を巡り、謀反の疑いをかけられた。誤解を解くため命を賭して江戸に出向く一方、国元の文化・芸術を振興し、農業を改革。将軍家との緊張関係の中、120万石の家領を保ち、「政治は一加賀」とたたえられた▼中国・唐の太宗と臣下の問答等を記した為政書『貞観政要』に「創業は易く守成は難し」と。“創業と守成のどちらが難しいか”と太宗から問われた魏徴は、創業の辛苦を知る者がいなくなった時、守るには創業にも増した激闘が必要になる等とした▼金沢城の窓や石垣には防御の工夫が凝らされ、「守成」の精神が光る。事業を守り発展させるために、創業の心を継ぎつつ、それを上回る情熱で挑戦を重ねよ――そう教えているようだ。(由)

◆〈寸鉄〉 2017年5月21日
 

 創価の青年たちから平和
 の波が生まれると確信―
 博士。胸張り正義を叫べ
      ◇
 池田先生の“山光提言”の
 日。信頼を広げる鳥取・
 島根の友こそ地域の太陽
      ◇
 東京・北区よ攻める時は
 今だ!限界突破の拡大で
 「北の砦」に栄光の大旗を
      ◇
 自分より他人の為に動く
 人の方が喜びを感じる―
 研究。広布の人生に充実
      ◇
 中高1年生の自転車事故
 は5・6月に突出。慣れた
 道こそ用心。ルール守れ

◆社説  王蒙氏との対談集が好評  日中友好の未来を照らす語らい


 ペンによって、常に新しい時代を照らしてきた両者である。
 中国を代表する文豪・王蒙元文化相と池田大作先生。その2人の対談集『未来に贈る人生哲学』が好評だ。タイトルの通り、語らいは一貫して、人生のより良き未来を志向する読者、日中友好の明るい未来を願う人々に対して向けられている。
 「文学は人間学である。人間を真の人間にするために、また人間関係を真の人間関係にするために文学はある」。これは、東京での2人の会見(1987年)で、池田先生が共感の意を示した、王蒙氏の文学観である。国は違えど、ほぼ同時代に生まれ、若き日に戦禍と貧しさを味わった両者にとって、良書は精神の滋養であり、「人生、いかに生きるべきか」を示す羅針盤だった。
 対談集では、『三国志演義』『水滸伝』などの歴史小説や王蒙氏の代表作『青春万歳』を巡る語らいが。時に、『源氏物語』や、トルストイ、ロマン・ロランに触れつつ、教育・文化・政治にも通ずる真理や哲理について縦横無尽に対話が展開されている。情報化・高齢化社会の課題と展望など、日中両国に共通する現代的なテーマも論じられ、内容は壮大にして多彩だ。
 王蒙氏にとって「文学と人生の原点」とは何か。それは、反右派闘争、文化大革命によって、執筆の権利を不当に奪われた経験にあるという。故郷・北京を離れ、29歳から45歳までの働き盛りの時期を、新疆の地で暮らした。苦境の氏を支えたのは、新疆の人々の励ましであった。「なにもびくびくすることはないんだ。堂々と行くんだよ!」「むこうがあんたを理解しなくても、われわれがあんたを理解している」
 氏は訴えた。「私は信じる。人民の間で最も大切なこと――それは愛であり、信頼であり、人情であり、喜びと活力、日々の生活、共鳴と融合である」
 民衆の絆こそ偉大なり!――これが王蒙氏と池田先生が深く一致した結論だった。この民衆の連帯のために、2人はペンを執り続けてきたともいえよう。
 中国の名言に「文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」とある。文は人なり、心なり。偉大な文章には、民衆の心を動かし、社会を発展と調和に導く、永久不変の力があろう。日中国交正常化45周年という今この時に、“民衆のための文学”に生きる2人の文学者が贈る希望の人生哲学――その光もまた、友好の未来を永遠に照らし続けるに違いない。

◆きょうの発心   「山光」の天地から希望の光を!2017年5月21日

御文
 剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし(諸法実相抄、1360ページ・編549ページ)
通解 まして広宣流布の時は、日本中が一同に南無妙法蓮華経と唱えることは大地を的とするように確かなことである。ともかくも、法華経に名を立て、身を任せていきなさい。

 広宣流布は必ず実現すると宣言され、信心根本の姿勢を教えられています。
 
 1962年(昭和37年)、経済苦を克服したいと一家で入会。宿命の嵐を信心根本に乗り越えてきました。
 女子部時代、仏法対話が進まず悩んでいた時に学んだのがこの御文です。真剣に題目を唱えるうちに、必ず友人を幸せにしようと心が定まり、初の弘教が実りました。
 その直後の84年(同59年)5月21日、島根を訪れた池田先生は「私はここを、光り輝く天地、つまり『山光』と申しあげたい」と「山光提言」を発表。「広宣流布に生き抜こう」と決意した生涯の原点です。
 以来、出雲の同志は、師匠の期待に応えようと全てに勝利してきました。わが家も、子どもたちが広布のリーダーに育ち、一家和楽で前進しています。
 愛する「山光」の天地を希望の光で照らすべく、青年と共に全力で広布に走り抜いてまいります。  島根・出雲創価県婦人部長 藤原登美惠

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 未来を決するのは「青年」

 青年には、未来がある。
 青年には、希望がある。
 そして――
 青年とは、挑戦者だ。
 青年とは、先駆者だ。
 青年とは、建設者だ。
 いかなる国も団体も、
 未来の盛衰を決するのは、
 理想を抱き、
 元気溌剌と実現しゆく
 青年である。
 
  青年であることは、
 それだけで、
 いかなる権力者にも勝る
 無限の財宝を
 もっていることなのである。
 いわんや諸君には「妙法」という
 “永遠の財宝”がある。
 唯一無上の法とともに生きる人は、
 菩薩であり仏である。
 この大切な「青春」という宝を、
 最高に生かさなければ、
 あまりにもむなしい。
 燦然と輝かせていくべきである。
 そのための信心である。
 そのための仏道修行であり、

 学会活動である。
 青春とは、
 “勇気ある挑戦”の連続である。
 失敗を恐れて委縮していては、
 何もできない。何も残せない。
 ともかく
 前へ前へと進むことである。
 たくましい「挑戦」の心こそが、
 自分の「可能性」を広げていく。
 
  真の広布の指導者は、
 青年を育成し、
 青年に一切を託す。
 自ら青年の心をもち、
 青年とともに動き、
 そして、青年を育て、
 青年に未来を託す。
 常に青年との輝かしき
 共戦譜をもてる人は、
 崇高な魂の勝利者である。
 

 “大自然の妙”というべきか。初夏の青空に浮かぶ白雲が、両翼を広げる“大鳳”と
なった。2004年(平成16年)6月、池田大作先生が、名画のような一瞬を逃
さず、八王子市の東京牧口記念会館からシャッターを切った。
 雲は、さまざまに形を変えながら、果てしない空を舞う。それはまた、試行錯誤
を繰り返し、悪戦苦闘しながら、将来の夢や未来に向かって挑戦し続ける、青年た
ちの姿と重なる。
 青年こそ、一切の状況を打開しゆく希望の存在である。どこまでも青年を信じ、
励まし育て、無限の可能性を発揮させてあげたい。一人一人が“大鳳”へと成長し、
使命の大空へ羽ばたく姿を思い描きながら――。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」から 中南米の友が語る㊦ 2017年5月21日

   
(右から)アリアスさん、カン・デ・シルバさん、モリナ・カルデロンさん、ハナノさん
(右から)アリアスさん、カン・デ・シルバさん、モリナ・カルデロンさん、ハナノさん

 
御書こそ人間革命の源泉
 同志との触発で深めた師弟の心


 先月、ブラジル、アルゼンチンで行われた世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」。参加したウルグアイ、エクアドル、パラグアイ、ベネズエラの代表の友に、師匠との出会いや宿命転換のドラマを聞いた。
 ――教学研修会に参加したメンバーは、同志と共に学び合う中で、信心の確信を深めています。
 ハナノ 私の信心の姿勢が大きく変わったきっかけも研修会でした。2006年、ブラジルでの研修会に参加した時のことです。講義を受け、皆と活動体験などを語り合う中で、「中南米の中で、なぜブラジルSGIが発展しているのだろう」と疑問を抱きました。
 研修会の最終日に、ブラジルSGIが制作した映像の上映がありました。軍事政権下のブラジルで、学会に対する偏見から、池田先生にビザが発給されず、1974年の訪伯が実現できなかったこと。そして、その悔しさをばねに先生の哲学、学会の正義を社会に広める中、84年に先生の入国許可が下り、再び先生をブラジルに迎えることができたこと。それらを伝える歴史的な映像でした。
 カン・デ・シルバ ブラジル広布における偉大な転換点だと学んでいます。
 ハナノ 池田先生がブラジルの同志を激励されるシーンを見た瞬間、胸が熱くなり、涙があふれました。同時に、“私は一体、何に感動したのだろう?”と思い、「よし、私もブラジルの同志のように、真剣に先生を求めよう! そうすれば、何かが分かるかもしれない」と決心しました。そして、断じて勝利の結果を持って先生にお会いしようと誓いを立てたのです。
 アリアス 池田先生を師匠と定めた瞬間ですね!
 ハナノ はい! その後、家庭や仕事の悩みを乗り越え、2006年、10年と、日本での研修会に参加し、先生とのかけがえのない出会いを結びました。特に10年の時には、中国の程永華駐日大使と池田先生との会見の歓迎メンバーに加わりました。
 モリナ・カルデロン 重要な機会に居合わせることができたのですね。
 ハナノ 池田先生は、会場に着くなり一直線に私たちSGIメンバーがいる所に来てくださったのです。先生は一人一人と言葉を交わし、温かく激励してくださいました。私は「先生、パラグアイ広布は青年部が絶対に成し遂げます! ご安心ください!」と精いっぱい答えました。すると先生は、私の目をじっと見つめ、「分かっているよ」と、うなずかれたのです。
 カン・デ・シルバ 劇的な瞬間です。
 ハナノ 池田先生の言葉はとてもシンプルでしたが、そこには、師に応えようと戦う弟子の全てを包み込む大海のような深き慈愛と期待を感じました。そして“これが師弟の絆なんだ!”と心から実感したのです。
 この時、先に語った4年前のブラジルでの感動の意味が分かったのです。
 以来、「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(御書900ページ)の御聖訓を命に刻み、弟子の使命を果たそうと、パラグアイ広布に走り続けています。
  
 ――誓願の弟子として、生涯の原点をつかんだのですね。池田先生は世界の同志一人一人と、あらゆる機会を通して、こうした絆を結んでこられました。創価の師弟の強さが、ここにあります。
 モリナ・カルデロン 私たちは、池田先生の深き祈りによって呼び出された地涌の菩薩です。
 私は05年に家族と入会しました。03年ごろ、わが家は経済苦と家庭不和の真っただ中でした。母は自殺すら考えました。そうした中、偶然、道で知り合った人から仏法の話を聞き、母と共に実践を始めたのです。「信心をすれば必ず変われるよ!」との確信の言葉に人生を懸けたのです。
 アリアス 運命を変えた出会いだったのですね。
苦をば苦とさとり 楽をば楽とひらき
 モリナ・カルデロン 入会後は、白蓮グループとして10年間、薫陶を受ける中、家庭の悩みを乗り越えました。2年前には結婚。夫も昨年、入会しました。ベネズエラは経済状況が厳しく、1日1食しか食べられない日もありましたが、昨年11月には、夫の会社の収益が上がり、アパートを購入できるまでになりました。この功徳の体験を語り抜き、昨年だけで5人の友に折伏が成就。これまで10人に弘教を実らせました。
  
 ――「現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(御書1045ページ)の御文の通りの実践です。
 モリナ・カルデロン 学会活動に励む中で、これまでの苦労には全て意味があると学びました。「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(同1143ページ)との御金言を深く拝しています。御書を心肝に染めることが人間革命、境涯革命の源泉です。
 カン・デ・シルバ 私は4年前に、9歳の娘が脳の病に。医師からは「一生、薬を飲み続けなければならない」と言われましたが、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124ページ)との強盛な祈りを根本に治療に専念する中、今では、薬を使わなくても大丈夫になりました。
 アリアス 私は5年前に胃がんの手術をしました。その後、3年間、抗がん剤治療を受けましたが、昨年末に再発。今も病魔と闘っています。ですが、この研修会で皆と触れ合い、「絶対に負けるものか!」と、ますます闘志が湧きました。「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)の題目で、必ずや勝利した姿で池田先生に報告できるよう一歩も引かず、前進していきます!

◆〈ターニングポイント〉 市内の観光事業を担当 乾麻里さん 


 「へー。“仁徳天皇陵古墳”って、クフ王のピラミッドより大きいんや」
 「甲子園球場の12個分ってすごいなぁ」
 堺市博物館を訪れた親子が笑顔で話している。
 

2017年5月20日 (土)

2017年5月20日(土)の聖教

2017年5月20日(土)の聖教

◆わが友に贈る

事実は百万言に勝る。
体験を語ろう!
行動で示そう!
ありのままの姿で
社会に勇気と希望を!

◆〈名字の言〉 2017年5月20日

 ある陶芸家が語っていた。「完璧なものは奇麗です。でも魅力とは別」と。例えば機械で作った完璧な瀬戸物の器より、ろくろを回して焼き上げた手作りの器に、人は味わいを感じる。「作品に魂が宿ると、色や形のずれさえ魅力に変わるのです」▼事業の挫折から再起した壮年部員が、「このおかげで負けなかった」と、紙の束を見せてくれた。それは地域の先輩が、留守がちだった壮年の家に通い続け書き置きした“励ましのメモ”。一枚一枚拝見し、こちらまで胸が熱くなった。先輩は、筆を持つのが苦手だったのだろう。たどたどしい文には、誤字や脱字もあった。だが、壮年を思う気持ちは、痛いほど伝わってきた▼記者がまだ駆け出しだった頃、先輩に教わった。「思いだけで、良い記事が書けるとは限らない。でも思いがなければ、良い記事は絶対に書けない」と。文章も対話も同じだと思う▼いくら体裁が整っていても、“借り物”や“背伸び”の言葉は、人の心に響かない。うまくなくてもいい。大切なのは、自分の思いを、自分の言葉で、誠実に伝えることだ▼御聖訓「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563ページ)を深く、深く拝したい。祈りと真心を込めた時、言葉の力は何倍にも増す。(誠)

◆〈寸鉄〉 2017年5月20日

 朝に今日一日の向上を思
 い、勇躍し、楽しめ―戸田
 先生。深き祈りから出発
      ◇
 東京・中野の友よ、執念の
 行動で勝ち進め!本陣の
 大人材城の底力を見せよ
      ◇
 岩手「女性の日」「青年部
 の日」。皆様の福光の歩み
 ありて東北の未来は輝く
      ◇
 「名を揚るか名をくだす
 かなり」御書。勝敗の分か
 れ目こそ強気で攻め抜け
      ◇
 食中毒が増える季節。予
 防の基本は加熱・殺菌・手
 洗い。油断なく健康人生

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   四十八  (6076)
 


 一月十四日の朝を迎えた。波は穏やかで、刻一刻と昇る太陽が海原を照らしていった。
 やがて、「さんふらわあ7」号から、白雪を頂いた富士が見え始めた。その堂々たる雄姿が、宗門僧らの誹謗・中傷に耐え、風雪の日々を勝ち越えてきた同志の胸に迫った。
 船のラウンジからは、「ともだちの歌」などの合唱が響いていた。女子部員が、山本伸一や神奈川のメンバーに披露しようと、練習に励んでいたのである。
 正午前、船は横浜の港に入った。船の左舷には、「先生!こんにちは」という言葉が一文字ずつ大書きされ、横に左から並べられていた。ところが、接岸するのは右舷であった。
 「反対側だ! 張り替えよう」
 急遽、男子部の手で張り替え作業が行われたが、慌ててしまい、文字を右から並べてしまった。それも楽しいエピソードとなった。
 伸一は、船が港に着くと、「さあ、皆で大歓迎しよう!」と言って、神奈川文化会館を飛び出した。
 四国の同志は、デッキに立った。
 大桟橋の上には、「ようこそ神奈川へ」と書かれた横幕が広げられている。埠頭で神奈川の有志が奏でる四国の歌「我等の天地」の調べが、力強く鳴り響く。そして、歓迎の演奏を続ける人たちの前には、黒いコートに身を包み、盛んに手を振る伸一の姿があった。
 「先生! 先生!」
 皆が口々に叫び、手を振り返す。涙声の婦人もいる。
 伸一も叫ぶ。
 「ようこそ! 待っていましたよ」
 四国の同志がタラップを下りてくると、出迎えた神奈川の同志の大拍手に包まれた。
 歓迎の花束が、女子部の代表から四国長の久米川誠太郎に手渡された。
 伸一は、笑みを浮かべて語りかけた。
 「みんな体調は大丈夫かい。よく来たね。これで勝った! 二十一世紀が見えたよ。君たちが新しい広布の突破口を開いたんだ」
 信念の行動が新時代の扉を開ける。

【聖教ニュース】

◆創価の凱歌へ異体同心の翼で雄飛 学会常住御本尊記念日 
 広宣流布大誓堂で勤行会 原田会長が各部代表と 
   
広布大願に燃え、異体同心の大前進を!――広宣流布大誓堂(東京・信濃町)で行われた5・19「創価学会常住御本尊記念日」の勤行会
広布大願に燃え、異体同心の大前進を!――広宣流布大誓堂(東京・信濃町)で行われた5・19「創価学会常住御本尊記念日」の勤行会

 「創価学会常住御本尊記念日」である19日、東京・信濃町の広宣流布大誓堂で、記念日の意義をとどめた勤行会が行われた。
 これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表と出席し、大誓堂に御安置の創価学会常住御本尊に、厳粛に勤行・唱題。師弟不二の翼、異体同心の翼を広げて、創価の凱歌へ威風堂々と雄飛しゆくことを深く誓い合った。
 創価学会常住御本尊は1951年(昭和26年)5月、戸田城聖先生が第2代会長に就任直後、広布前進の「金剛不壊の大車軸」として発願。同月19日にあらわされた。
 御本尊には、向かって右に「大法弘通慈折広宣流布大願成就」、左に「創価学会常住」と認められ、唯一の仏意仏勅の教団である学会の使命が、厳然と刻印されている。
 かつて、池田大作先生は語った。
 「御本仏・日蓮大聖人の大願である『大法弘通慈折広宣流布』は、そのまま、仏意仏勅の創価学会が断じて成就していくのだ――これが、戸田先生の誓願である。弟子である私の誓願である」
 以来66星霜。常住御本尊を「法華弘通のはたじるし」(御書1243ページ)として、学会は世界広布にまい進してきた。
 この御本尊に強盛に祈りつつ、戸田先生は「75万世帯の弘教」という願業を達成。さらに、恩師の遺志を継いだ第3代会長・池田先生の指揮のもと、地涌の陣列は今、世界192カ国・地域へと広がった。
 勤行会の席上、原田会長は、こうした峻厳なる師弟の歴史に言及し、創価三代の会長の不惜身命の大闘争に報恩感謝をささげたいと強調した。
 また、御義口伝の「当品流布の国土とは日本国なり惣じては南閻浮提なり、所化とは日本国の一切衆生なり修行とは無疑曰信の信心の事なり」(同759ページ)を拝読。
 日本と世界の広宣流布の要諦は、どこまでも「無疑曰信の信心」であるとし、「法華経の兵法」「信心の利剣」を根本に、今こそ世界広布の新たな一歩を開こうと呼び掛けた。
【先生のメッセージ】

◆御書と歩む 池田先生が贈る指針 〈64〉全世界の誓願の友と出発(顕仏未来記)


御文
 諸天善神並びに地涌千界等の菩薩・法華の行者を守護せん此の人は守護の力を得て本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしめんか(顕仏未来記、507ページ)

通解 諸天善神ならびに地涌の菩薩などは、法華経の行者を守護するだろう。この人はそれらの守護の力によって、本門の本尊である妙法蓮華経の五字を閻浮提に広宣流布させていくだろう。

▼同志への指針
御本仏の未来記の通り、妙法を閻浮提に流布したのは創価学会だ。今、日本中、世界中の尊き友が「大法弘通」の誓願を掲げ、祈り行動してくれている。
 「太陽の仏法」が、赫々と人類を照らす時を迎えた。
 我らは日蓮大聖人の正統として、「慈折広宣流布」という平和と幸福の大道を勝ち開くのだ。仏天の守護の力をいよいよ湧き立たせながら!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈創価大学 人間教育の世界的拠点への道〉第1回 何のためのグローバル化か

   
創価大学で生き生きと学ぶ世界各地から集った留学生。ここから平和を担う英才が陸続と羽ばたく(4月2日)
創価大学で生き生きと学ぶ世界各地から集った留学生。ここから平和を担う英才が陸続と羽ばたく(4月2日)

 新緑の創価大学(東京・八王子市)のキャンパスを歩くと、あちこちで海外留学生と出会う。
 出身国を聞けば、アメリカ、ロシア、韓国、ミャンマー、ブラジル、ケニア……。その顔ぶれは実に多彩だ。

◆世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」から 中南米の友が語る㊤

 
最高峰の「希望の哲学」を学ぶ喜びがあふれる教学研修会。信仰の確信を胸に、新たな拡大へ!
最高峰の「希望の哲学」を学ぶ喜びがあふれる教学研修会。信仰の確信を胸に、新たな拡大へ!

 先月、ブラジル・サンパウロとアルゼンチン・ブエノスアイレスで行われた世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」。中南米各国から参加した代表に、各国の活動の模様や信仰体験などを語ってもらった。

◆〈生老病死を見つめて〉 「地涌の使命」の自覚 
苦悩は「大いなる自分」を目覚めさせる

                                                                                                                                                 

 

 連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は、長男を病で亡くした婦人の体験を通して考察したい。

心に刻む御聖訓


 浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり(顕仏未来記、509ページ)
逆境にある人が幸せに
 御書には、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや」(1360ページ)と仰せである。
 「地涌の菩薩」とは法華経の虚空会の会座で、釈尊が他の菩薩を退け、滅後の広宣流布を託した無数の菩薩のこと。法華経には、その活躍の模様が描かれている。
 冒頭の御聖訓は、日蓮大聖人と同じ心で広布の大願に生き、難と戦い抜く人こそ「地涌の菩薩」であることを教えている。「地涌の菩薩」の智慧と力が、わが身にあふれてくるのだ。
 かつて第2代会長・戸田城聖先生は、「大聖人の仏法は、逆境にある人が、幸せになる宗教なのだ。苦難にあった人ほど、それを乗り越えた時、すごい力が出るのだ。その人こそが、本当に不幸な人々の味方になれるのだよ」と語られた。
 池田先生は、この言葉を通して語っている。
 「地涌の使命を自覚すれば、偉大な力が出る。難は、民衆を救うために、自ら願って受けた難となる。そして、それを乗り越えることで、人々を救うという願いを果たすことができる。使命を果たすために難はあるのです」と。
 学会の同志は、あらゆる難と向き合う中で、その意味を見いだし、宿命をも自身の使命へと変えている。そこに、人間としての強さや輝きもある。
                                                                ◇ ◆ ◇ 
 大分池田県総合婦人部長の池邉美恵さん(63)にとって、「12月28日」は忘れられない日である。
 1991年(平成3年)のこの日、脳腫瘍を患っていた長男・幸城さんが、長い闘病の末に霊山へと旅立ったのだ。享年9歳だった。
 池邉さんにとって、長男を亡くしてからの四半世紀は、「悲しみを振り払うように、脇目も振らず広布に駆け抜けた日々」だった。
 池邉さんは、当時を振り返って語る。
 「息子の死は受け入れがたく、命を暗闇に引きずり下ろされるような、悲しみ、つらさでいっぱいでした。長男以外に3人の息子がいたので、日中は明るく振る舞っていましたが、夜になると落ち込み、泣き続けて、納骨は春過ぎまでできませんでした。そんな中で多くの同志が支えてくれ、再び立ち上がることができたのです」


脳幹を覆う「脳腫瘍」


 池邉さんは大分県別府市で生まれ育ち、2歳で両親と入会。未来部時代から信心に励んできた。女子部の部長、本部長として広布に走り、80年に夫・徳幸さん(65)=副本部長=と結婚。翌年に幸城さんが誕生した。
 幸城さんは2歳を過ぎた頃から体調を崩すようになり、病院で受診しても原因は不明だった。食事を受け付けず、次第に衰弱していく中、国立病院での診断で「脳腫瘍」が判明する。
 「脳腫瘍が脳幹を覆うようにできていました。医師からは『国内に、手術をできる先生がいるかどうかも分からない』と言われ、ぼうぜんとしました。号泣しながら主人に電話したことだけ覚えています。実は、私の姉は33歳で亡くなっています。幸城の病が判明した時、これはわが家の宿業なんだと思いました」
 幸いなことに執刀医が見つかり、幸城さんは手術を受けることができた。その後、抗がん剤治療を始め、順調に回復する。だが池邉さんは医師から、「再発の可能性がある」と告げられていた。
 定期検診を受けながら幸城さんは成長し、小学校に入学。ところが、小学1年生の12月に脳腫瘍が再発する。
 手術を受けたが、幸城さんの視覚に後遺症をもたらし、体も不自由に。さらに小学4年生の6月には、2度目の再発が分かった。7月に手術を受けたが、病は日増しに幸城さんをむしばみ、病院で過ごす時間が増えていった。
 「医者は、『脳腫瘍が再発するたびに、有効な治療方法は少なくなる』と語っていました。手術を重ねるごとに、幸城の病状が悪化しているのは分かりました。でも、幸城はどんな時も、弱音を吐きませんでした」
長男が生まれてきた意味
 幸城さんが亡くなったのは、10歳になる誕生日の前日だった。池邉さんは亡くなる直前の出来事を、今もはっきり覚えている。
 「病院のベッドに横たわる幸城の手をさすりながら、必死に唱題をしていました。明け方に、ふと、『お母さん、もういいよ』という幸城の声が聞こえたような気がしたのです。その直後、心電図の波形が一直線になりました」
 幸城さんが亡くなった後、池邉さんの心は悲嘆一色に染まった。“なぜ?”“どうして?”という疑問を拭い去ることができなかった。
 池邉さんは真剣に題目を唱えながら、御書の一節を何度も拝した。それが「浅い小法を捨て去り、深い大法につくことこそ、丈夫(仏)の心である」(御書509ページ、通解)との御聖訓だった。
 池邉さんは語る。
 「“幸城が私のもとに生まれてきた意味を教えてください!”と祈りました。池田先生の指導も、むさぼるように読みました。無我夢中で祈り続ける中、ある日、すっと心が晴れていくのを感じました。私は気付いたのです。“私の宿命転換はもちろん、師匠のため、同志のために生き抜く大切さを教えるために、幸城は生まれてきてくれたのだ”と」
 亡くなった幸城さんは、3人の弟たちを気遣う心優しい「兄」だった。また常に池邉さんを助け、支えてくれた。池邉さんは幸城さんと接する中で、わが子でありながら、まるで「信心の先輩」であるかのような思いをすることが何度もあったという。
 「幸城の闘病中、池田先生をはじめ地域の同志から、限りない励ましを受けました。幸城は、『絶対に学会と先生から離れてはいけない!』『広布のために生き抜く人生こそ最も尊い』ということを、私たち夫婦に教えてくれたのだと思います。幸城の姿から、私は自他共の幸福を実現する、広宣流布の大願に生き抜こうと決意が固まりました。幸城の分まで、生涯、広布に生き抜き、報恩の人生を歩んでまいります」


取材メモ

 池田先生は「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(御書509ページ)との御聖訓を拝して語っている。
 「いかなる分野にも、“浅深”がある。人生にあっても同じである。自分一人のために生きるのか、より大きな価値のために生きるのか。もとより、自分のことのみを考えて生きることはたやすい。大いなる理想のために生きるには、強靱なる決意と勇気が必要である。その決意と勇気に立てるか否か。そこに人間としての真価が問われるといえよう」
 池邉さんは圏婦人部長に就任した2005年以降、積極的に自身の体験を同志に語るようにしてきた。
 「広布に生き抜くという『地涌の使命』を、亡くなった長男が教えてくれました」――ありのままに語る池邉さんの言葉は、同じ境遇で悩み苦しむ同志に、希望の灯をともしている。
 「地涌の使命」の自覚といっても、決して簡単なことではない。だが、「広宣流布こそわが人生」と定めた人は、いかなる苦難や試練にも屈しない。恐れもない。
 わが子への愛を、他の人への人間愛にまで広げる――その生きざまこそ、菩薩の姿の実像であろう。(秀)

◆〈信仰体験〉 「線維筋痛症」と闘って  全ての苦労を「宝の日々」に
 「病が私を強くしてくれた」


 【東京都目黒区】2008年(平成20年)、増田千恵さん(35)=向原平和支部、地区副婦人部長(白ゆり長兼任)=は「線維筋痛症」を患い、退職を余儀なくされた。

2017年5月19日 (金)

2017年5月19日(金)の聖教

2017年5月19日(金)の聖教

◆わが友に贈る

絶対勝利の信心だ。
変毒為薬の妙法だ。
「祈りとして
叶わざるなし」の
大確信で進みゆけ!

◆〈名字の言〉 2017年5月19日
 

 10歳で農場を手伝い、ペンキ塗り、車掌、軍隊、販売員など職を転々。3度の大事故や離婚も経験した。起業した会社は相次ぎ破綻。モーテル経営は成功したが火事で全焼し、65歳で無一文になった▼この人は世界的な外食チェーンの創業者カーネル・サンダース。“失敗は新たな挑戦への機会”と考えていた彼は、無一文になっても手製のフライドチキンで再びビジネスに挑んだ▼車で寝泊まりしながら営業をかけ、契約店を拡大。年間で地球20周分もの距離を走った。その情熱が広がり、現在120カ国に店舗を展開する(中野明著『カーネル・サンダースの教え』朝日新聞出版)▼七転び八起きの人生に、90歳に近い多宝会の婦人の言葉が重なった。夫の死など苦難の山坂を越え、入会したのは60歳。「信心して、やっと私自身の人生が始まった気がします。だから、まだ“30歳”にもなっていないの(笑い)。いよいよ、これから。祈っていると、やりたいことがあふれてくるの」。“生涯挑戦”の心で新しい友情を広げる▼誰に何を言われようと、人生は自分自身のもの。諦めない限り、勝機は必ずある。失敗して立ち止まったなら、もう一度、自分でスタートラインを引けばいい。常に「今、ここから」出発するのが本因妙の仏法である。(靖)

◆〈寸鉄〉 2017年5月19日

 学会の「常住御本尊」記念
 日。創価の師弟ありて世
 界広布は実現。誓い固く
      ◇
 目黒が勇戦!先入観捨て
 “心の扉”開く師子吼を放
 て。東京凱歌の電源地と
      ◇
 熊本の日。火の国に燃え
 立つ闘魂。不屈の蘇生劇
 と模範の拡大に喝采轟く
      ◇
 「仏法を学せん人・知恩
 報恩なかるべしや」御書。
 後継の証は勝利!青年よ
      ◇
 ベランダから出火する火
 災増加と。たばこの不始
 末等で。決して隙作るな

◆社説  新たな人材群が陸続と  “広布の大志”継ぐ青年の熱と力


 「Boys, be ambitious」(青年よ、大志を抱け)――今から140年前、札幌農学校(現・北海道大学)の初代教頭であったクラーク博士が、札幌をたつ際に学生に送った言葉だ。博士の銅像が立つ丘から程近いスポーツ施設で先月、北海道青年部の三代城創価青年大会が開催された。
 圧巻だったのは会場を埋め尽くした1万人を超える参加者。全員が次代を担う青年たちだ。離島から片道7時間以上かけて参加した友もいた。
 さらに、舞台上で演目を披露したのは、男子部の創価班・牙城会大学校生や、女子部の「どSUN娘シスターズ」といった新たな人材が中心だった。この日に向け、多くのメンバーが弘教に挑戦。昨年入会したある友は、自らが入会に導いた友人と共に出演を果たすなど、青年大会は、新たな人材が人材を呼ぶ大きな起爆剤となった。
 哲人ソクラテスは、“シビレエイは、自分がしびれているからこそ他人をしびれさせる”と語ったという。
 立ち上がった友の側には、温かく見守り、励ましを送る先輩の姿があった。明け方まで後輩の悩みに耳を傾けた、ある男子部員は、後輩の就職が決まったとの知らせに、涙して喜んだ。相手を思う真心が感動のドラマを生み、歓喜の波動が幾重にも広がっていった
 クラーク博士の言葉には続きがある。「like this old man」(この老人のように)と。「この老人」とは、博士自身のことである。“自分のように、君たちは大志を抱くのだ!”と呼び掛けているのだ。
 博士が札幌に滞在したのは、わずか8カ月。しかし、博士の情熱は、“シビレエイの原理”により、学生たちへ脈々と受け継がれていった。後に農学校からは、日本を代表する逸材が陸続と誕生している。
 連載中の小説『新・人間革命』「雌伏」の章に、山本伸一名誉会長が、青年には学会の後継者として一切を担う重大な使命があると強調し、次のように若人に呼び掛ける場面がある。
 「君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」
 創価三代の会長の“広宣流布の大志”は今、まさに世界の青年の手に託されつつある。
 民衆が輝く新時代を!――その原動力こそ「青年の熱と力」である。

◆きょうの発心    “祈りは必ずかなう”信心2017年5月19日

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず  (祈祷抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。
 
 次男が生後50日の頃、何となく遠くを見るような瞳に、「目が見えないのでは」と胸騒ぎがして病院に連れて行きました。乳飲み子への検査は、7カ月にも及びましたが、診察日を迎えるたびに恐怖が襲い、不安な気持ちを打ち消す思いで唱題していました。
 診察結果を聞く日の朝、この御文が私の脳裏に浮かび、確信をもって祈ってこなかったことを反省。医師から「目が見えると考えられるデータは得られなかった」と告げられましたが、病院の待合室で知らない人にあやされて笑った次男の顔を見て、“絶対に大丈夫だ”と確信しました。
 あれから20年、次男の目は不自由など一切なく、中学から創価の学舎に進み、広布後継の青年に成長しました。「世界広布新時代 青年拡大の年」の本年、わが子をはじめ青年部と共に全てに大勝利してまいります。  茨城・筑西勝利県総合婦人部長 内山佳応子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十七 (6075)
 
 


 船上幹部会で、四国長の久米川誠太郎は力説した。
 「今、学会を取り巻く環境は厳しいものがあります。山本先生は自由に全国を回って指導することも、難しい状況です。しかし、どんな力をもってしても、先生と私たちの絆を断ち切ることなど絶対にできない! 
 先生の行動が制約されているなら、私たち弟子が、師匠のもとへ馳せ参じればよい。燃え盛る求道の一念あるところに、不可能の障壁などありません。私たち四国が先駆けとなって、先生と共に、創価学会創立五十周年の開幕をお祝いしようではないですか!」
 賛同の大拍手がわき起こった。皆、意気軒昂であった。
 四国でも愛媛県大洲市や高知県高知市など、悪僧たちの非道な仕打ち、暴言に、皆が悔し涙を流し、耐えに耐えてきた。そのうえ、学会員の信心の命綱ともいうべき師弟の絆を、分断しようとする策謀が実行されたのである。“もう、そんなことに唯々諾々と従うわけにはいかぬぞ!”というのが、同志の真情であり、決意となっていたのだ。
 山本伸一のもとには、「さんふらわあ7」号の様子が、逐一、報告された。
 彼は、「ゆっくり、楽しく来てください」と伝言した。また、船内ホールには、上映設備が整っていることを聞いていたので、「皆で映画観賞もしてください」と伝えた。
 楽しい船旅となったが、夜半になると、低気圧の影響で、海は荒れ始めた。
 ドドドーン! ドドッ、ドドーン!
 船は揺れた。しかし、救護の役員として参加したドクター部の医師らが、事前に船酔いの予防注射を勧めるなどの対策を施していたため、事なきを得た。
 何ごとによらず、無事故、大成功を収めるには、周到な備えが不可欠となる。ゆえに日蓮大聖人は、「前前の用心」(御書一一九二ページ)を強調されているのである。
 波を砕いて船は走る。皆、明日の伸一との再会に思いを馳せながら、眠りに就いた。

【聖教ニュース】

◆創価学会法華経写本シリーズ 「ネパール国立公文書館所蔵本ローマ字版」を発刊
 シリーズ17点目 東洋哲学研究所との共同事業
 人類の宝を万人に

発刊された『ネパール国立公文書館所蔵梵文法華経写本(№5―144)――ローマ字版』
発刊された『ネパール国立公文書館所蔵梵文法華経写本(№5―144)――ローマ字版』

 創価学会版「法華経写本シリーズ」の17点目として『ネパール国立公文書館所蔵梵文法華経写本(№5―144)――ローマ字版』が刊行された(非売品)。同シリーズは、創価学会と東洋哲学研究所(創立者・池田大作先生)が世界の研究機関および研究者の協力を得て、共同事業として推進しているもの。1997年に中国・旅順博物館の梵文法華経写本を発刊してから20年。営々と続けてきた研究活動は、多大な業績となって結実している。
 法華経の思想の淵源や成立、流布の実態に迫るには、「写本」を正確に読む基礎研究が不可欠である。しかし、梵語(サンスクリット語)で書かれた原典を読むためには、幅広い知識と読解力の習熟が必要となる。
 東洋哲学研究所では、写本をカラー写真に収めた「写真版」、写本の読みを正確にローマ字化した「ローマ字版」を刊行してきた。ローマ字化によって、さまざまな書体の梵文テキストが、より多くの研究者に身近なものとなる。
 ローマ字本の流布により、写本研究は大きく進展する。ここに、「法華経写本シリーズ」刊行の一つの意義がある。
 このほど発刊された本書の特色は、ネパール国立公文書館所蔵の梵文写本(№5―144)と写本19種(カシミール地方出土の写本4種、ネパールの貝葉写本15種)とが、どの程度一致するかを統計学の手法を用いて分析し、その結果をグラフ化したことにある。
 写本を書いた人の誤写・誤読・加筆・書き漏らし等は、写本の宿命である。オリジナルに近いテキスト構築のためには、写本間の読みの比較検討が不可避である。グラフによって写本の相互関係が可視化されたため、それぞれの写本の読みがどれに近く、どのようなグループにまとまっているのかも容易に推測できる。法華経研究の新たな地平を開くものとして、学術的にも反響を呼ぶであろう。
 今回の刊行は、東洋哲学研究所の委嘱研究員である小槻晴明氏の長年にわたる研さんの成果である。
 同氏は「創価三代の会長の戦いによって、万人成仏・世界平和を可能にする法華経が世界に流布する時代に、写本研究ができることは大きな喜び」と語り、さらなる法華経研究の課題に挑戦を開始している。
 池田先生の構想をもとに進められてきた法華経写本出版事業に対し、各界の識者から称賛の声がやまない。
 香港中文大学の饒宗頤終身主任教授は「これらは、学術研究への貢献のみならず、人類に残された貴重な文化遺産とも言えるでしょう」と語っている。
 仏教の真髄たる法華経の原典研究。その進展とともに、生命尊厳の智慧と精神は、さらに世界へ未来へと伝わっていくに違いない。

◆〈季節の詩〉 奈良 葛城山のツツジ 2017年5月19日
 


 朝の陽光を浴びて、山肌一面が真紅に染まった。奈良から大阪にまたがる葛城山を彩るツツジの大群生。視界いっぱいに広がる絶景は、「一目百万本」とたたえられる。燃えいずるような“生命の芸術”は人々を引きつけてやまない。奈良では今月、創価青年大会が開かれる。全同志の胸に、真っ赤な誓いの炎が広がっている。(16日=綿谷満久記者撮影)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界広布と新入会の友〉 アメリカ サンフランシスコ常勝圏 
 人間革命の哲学が人生の柱に

   
さまざまな人種や国籍のメンバーが集うサンフランシスコの座談会。苦楽を分かち合うSGIのつながりが、日々を生き抜く前進の糧に(先月23日、サンフランシスコ市内で)
さまざまな人種や国籍のメンバーが集うサンフランシスコの座談会。苦楽を分かち合うSGIのつながりが、日々を生き抜く前進の糧に(先月23日、サンフランシスコ市内で)

 新入会のSGIメンバーを紹介する本企画。今回は、アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ市、サンノゼ市などを広布の舞台とする、サンフランシスコ常勝圏の友にインタビューした。

◆〈信仰体験〉 看板業37年 倒産の危機越え市の技能功労者表彰に輝く


 【高知市】看板業で37年間、誠実な仕事を貫いてきた武市彰宏さん(56)=下知支部、副県長(支部長兼任)=に昨年11月、市から技能功労者表彰(屋外広告技能者)が
贈られた。

◆〈信仰体験〉 繁華街に憩いの喫茶店 ここは悩める人の相談室


 【名古屋市熱田区】愛知の“喫茶店文化”といえば、ことに有名。県内各地の、あの店この店を、多くの人が息抜きや交流の場として利用している。
 

2017年5月18日 (木)

2017年5月18日(木)の聖教

2017年5月18日(木)の聖教

◆わが友に贈る

陰に徹する友に称賛を!
悩める人には同苦を!
「こんなところにまで」と
皆が感嘆するほど
隅々に光を当てよう!

◆〈名字の言〉   2017年5月18日

 漫画『ベルサイユのばら』の作者・池田理代子さんは声楽家でもある。かつて出演した演奏会で、ピアノを弾く10歳の少年と共演した。公演後、池田さんに手を握られた少年は「誰?」と尋ねた。少年は目が不自由だった▼「さっき歌を歌ったおばちゃんよ」との返答に、少年は言った。「ああ、すごくきれいな声で、素晴らしい歌だった」。池田さんは、歌声に込めた音楽への純粋な心が、少年の心に響いた喜びを、自著『あきらめない人生』(海竜社)につづっている。“少年”とは、今や世界で活躍する辻井伸行さんだ▼ある青年の父が病に倒れた。信心強盛な両親に対し、青年は学会活動に消極的だった。地域の同志は連日、家族の激励に訪れ、“君のお父さんにどれほど励まされてきたことか”と感謝の言葉を口にした▼青年は“最も父に励まされてきたのは自分だ”と痛感し、その回復を必死に祈った。後日、退院した父が言った。「お前の題目が、しっかり心に届いたよ。ありがとうな」。今、親子で信心に励む▼てらいのない、本心からの言葉に勝る力はない。場の空気を読んだり、表現を選ぶのも大事だが、もっと大切なのは、ありのままに受け入れ、素直に気持ちを表せるよう心を磨くことだ。われらの仏道修行も、そのためにある。(城)

◆〈寸鉄〉   2017年5月18日 

 「善友は日蓮等の類いな
 り」御書。同志の絆が勝利
 の要。たたえ励まし前へ
      ◇
 秋田の日。日本海の雄が
 青年の心で対話に挑戦。
 新しき時代の建設今こそ
      ◇
 東京の調布・狛江の友よ
 強気で攻め抜け!正義の
 言論で凱歌の歴史を断固
      ◇
 内容のない形式など無用
 ―戸田先生。戦って集う。
 互いに触発し合う会合に
      ◇
 貧困家庭への学習支援、
 自治体7割超が前向き。
 教育の為の社会へ加速を

◆社説  きょう「国際親善デー」  差異を越える一対一の心の交流

 1899年のきょう、オランダのハーグに日本を含む26カ国の代表が集って、第1回平和会議が開催された。紛争の平和的解決に関する条約などを締結したこの日を記念し、後に「国際親善デー」と制定された。
 しかし、平和を願った人々の“善意”は実らず、その後、人類は2度の世界大戦で悲惨な戦禍に見舞われた。
 テロや紛争は今もやまない。国家や民族、宗教の差異を背景にした偏見、憎悪などによる「対立」「分断」の暗雲が世界を覆い、排外主義によるヘイトスピーチ(憎悪表現)も社会にあふれている。現代ほど、人類の調和と共生の智慧が求められている時代はないだろう。
 だからこそ、善意と友情のネットワークを地球規模で広げてきたSGIの民衆運動が、ひときわ光彩を放っている。その「結合」の要をなすものは何か――。それは、地道な対話を通して相互の差異を理解し合いながら絆を強めてきた、一対一の心の交流にほかならない。
 イギリスの欧州連合(EU)離脱の問題に揺れ、“内向き”の風潮が強まる欧州。来日したSGIの青年リーダーの話が印象深い。
 「もともと欧州は個人主義の慣習が根強く、ともすれば、自分以外の“他者”に関心が向きづらい。他方、SGIメンバーは友の幸福を願い、積極的に他者へ関わろうとする。悩んでいる人がいれば、決して見捨てない。多くの人は今、そこに注目しているんです」
 日蓮仏法は、万人に仏界の生命という究極の尊厳性を見いだす。ゆえに創価の友は、どんな相手であれ可能性を信じ抜く。
 利己主義に支配された小さな自分を乗り越え、人々の幸福のために尽くしゆく、大いなる自分を開く――一人一人の「人間革命」が、あらゆる社会変革の土台となる。迂遠なようで、最も確実な親善の道となるのだ。
 SGIの平和運動に深い共感を寄せて、アメリカの歴史学者・ハーディング博士は語った。
 「池田SGI会長は、私たちに、一切の差異を乗り越え、平和と共感は築けるのだ、ということを身をもって示してくださっております。そのSGI会長の指導力によって、創価学会は堅固な砦を築かれました」「SGIのような正義と真実のために戦う、世界の人々の善意を今こそ結集すべきです」
 万人が幸福を享受する平和な未来へ――目の前の「一人」を励ます実践から、変革の潮流を起こしたい。

◆きょうの発心   師弟共戦の誓いを胸に勝利へ!2017年5月18日

御文
 木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず(三三蔵祈雨事、1468ページ・編759ページ)
通解 植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない。

 
信心の善知識という強い「支え」があれば、必ず試練を乗り越えられると教えられた一節です。
 1983年(昭和58年)2月10日に行われた「荒川の日」記念幹部会に参加された池田先生に初めてお会いし、「生涯、師弟共戦の道を歩もう」と誓いました。
 2001年に坐骨神経痛を発症し、治療していましたが、指先まで麻痺が広がり、左足が動かなくなったことで寝たきりになりました。昼夜間断なく続く激痛で夜も眠ることができず、心が折れそうになりました。
 そんな時、入会以来お世話になっている学会の先輩が、毎日、自宅に足を運んでくれました。3カ月間、共に唱題をし、御書と池田先生の指導を通して激励してくださる中、名医に巡り合い、歩けるように。その後、職場復帰を果たすことができたのです。善知識の存在のありがたさを、あらためて実感しました。
 本年は、8・8「荒川広布原点の日」の淵源である、池田先生による夏季ブロック指導から60周年。青年部を先頭に、大好きな荒川の同志の皆さまと師弟共戦の誓いを胸に全てに勝利し、この佳節を荘厳してまいります。  東京・荒川池田区長 吉田孝行

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十六   (6074)

 一九七九年(昭和五十四年)の十二月十六日、神奈川文化会館で行われた本部中央会議に出席した四国長の久米川誠太郎は、同会館に来ていた山本伸一と、他の方面の幹部らと共に懇談する機会があった。
 「先生、お願いがあります。先生がこの神奈川文化会館にいらっしゃる時に、四国から八百人ほどで、ここにまいりたいと考えております。できれば、船をチャーターして、そこの港に着けようと思います。その折には、メンバーとお会いいただけますでしょうか」
 彼は、一気に話した。
 「わざわざ四国から、私を訪ねて同志が来てくれるんだね。わかった。お会いします。その心意気が嬉しい。お待ちしています」
 久米川は、小躍りしたい思いだった。
 その後、スケジュール調整が行われた。年が明けた一月の十三日に船で高松を発ち、十四日昼に神奈川文化会館に到着。神奈川のメンバーとの交流など、諸会合を行い、夜には帰途に就くという大綱が決まった。
 準備期間は一カ月もない。しかも、年末年始を挟んでいる。大型客船のチャーターや参加者の人選等を進めるなかで、瞬く間に出発の日となった。
  
 一九八〇年(昭和五十五年)一月十三日の午後一時、大型客船「さんふらわあ7」号は、香川県の高松港から曇天の海に船出した。出港してほどなく、船上幹部会が開催された。
 あいさつに立った幹部の一人は訴えた。
 「日蓮大聖人の時代、四条金吾は、鎌倉から佐渡に流された大聖人を訪ねています。また、佐渡にいた阿仏房は、高齢でありながら身延におられた大聖人のもとへ、毎年のように行かれております。
 次元は異なりますが、私どもも、求道心を燃やして神奈川の地を訪問し、新しい広宣流布の歴史を開く決意を固めようではありませんか!」
 はつらつとした、元気な返事が響いた。
 求道の人には、あふれる歓喜がある。

【聖教ニュース】

◆中国・広州市の中山大学南方学院で「自然との対話」池田大作写真展

日中国交正 常化45周年を祝賀 
    文化交流が民衆の心結ぶ

“自然との対話展”のテープカット。中山大学南方学院の王麗栄総合素養学部主任(右から2人目)から左に、李建超党委書記、学会本部国際渉外局の竹井部長、龔鳴副院長

 【広州15日】日中国交正常化45周年を祝賀する「自然との対話――池田大作写真展」が15日午後4時(現地時間)、中国・広州市の中山大学南方学院で開幕した(主催=中山大学南方学院、中国人民対外友好協会、中日友好協会、創価学会、協力=広州市人民対外友好協会、創価大学北京事務所)。開幕式には、同学院の李建超党委書記、龔鳴副院長、唐燕副院長をはじめ、来賓、教職員、学生ら約150人が出席した。
 池田大作先生はメッセージを寄せ、1974年の第1次訪中の折、初めて中国の大地を踏みしめたのが広州市のある広東省だったと述懐。世界の人々が仰ぎ見る希望の天地である同市で、写真展を開催できることに感謝の念を表明した。さらに、「地道な民間外交の対話と、文化・教育の交流を重ねて、民衆と民衆が心を開き、心を通わせ、心を結び合っていく。そこに、平和の価値を創造する英知は尽きることなく湧き出ずる」と述べ、これは周恩来総理の心を継いで貫き通してきた信念であると語り、さらなる日中友好の伸展をと結んだ。
 同展は25日まで。(記事・写真=高原和也、2面に関連記事)

◆国連食糧農業機関(FAO) ダ・シルバ事務局長に聞く   
 協調的な世界築く学会の運動に期待
 

イタリア・ローマ市内に立つFAO本部。各国に事務所があり、日本の連絡事務所は横浜にある©FAO/Giulio Napolitano

イタリア・ローマ市内に立つFAO本部。各国に事務所があり、日本の連絡事務所は横浜にある©FAO/Giulio Napolitano

 9日から12日まで来日し、政府関係者や議員との意見交換や日本の世界農業遺産(GIAHS)の視察などを行った国連食糧農業機関(FAO)のジョゼ・グラツィアーノ・ダ・シルバ事務局長。3月13日には、イタリア・ローマ市内のFAO本部を訪れた池田博正SGI(創価学会インタナショナル)副会長らSGIの代表と会見している。その時の感想とともに、FAOの役割や今後の展望などを聞いた。
                                                           ◇ 
 ――会見から2カ月がたちました。あらためて、その時の感想をお聞かせください。
 はじめにSGIは、あらゆる利害を超えて、協調的な世界を築くために、地球規模で対話に取り組んでいる団体であり、私たちFAOは、その全ての活動に感謝しています。というのも、SGIが取り組む平和運動は、FAOが目指す人類の栄養・生活水準の向上や農業の発展とは別の問題ではなく、むしろ同じ挑戦であると思うからです。
 例えば、FAOは農業への支援を通して農村地域の発展を促し、雇用を創出する手助けを担っています。
 それぞれの地域が豊かになれば、資源の奪い合いなどが鎮静化する一助になります。これは大きな意味で、平和貢献です。
 会見では、池田SGI会長が「世界食糧銀行」という構想を、40年以上も前に提唱されていたという事実に興味を持ちました。
 ここで明言しておきたいことは、地球全体として、すでに世界の人々が十分に生きていけるだけの食糧を生産しているということです。ただ、食糧が行き渡る体制がぜい弱なため、食べられずに捨てられているのです。
 だからこそ、この問題に対して、解決策を指し示すSGI会長の提案に、深い賛同を示すのです。
  ――1945年に設立され、現在196カ国(2準加盟国を含む)と欧州連合(EU)が加盟するFAOは、これまで数多くの活動を展開してきましたが、中でも、事務局長が

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・品川区   支えてくれる皆に恩返しを
  師弟の源流 人材の大河
 

青年部の代表が、かつてと同じ場所に立つ現在の「時習学館」の前で(14日)
青年部の代表が、かつてと同じ場所に立つ現在の「時習学館」の前で(14日)

 品川といえば?――この区の住民に聞いた時、皆がそれぞれに、多様な魅力を口にする。
 かつて京浜工業地帯の発祥地として発展した品川。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉31 「立正安国」の精神こそ日蓮仏法の魂 
 勇気と真心で納得の対話を
 加熱・冷凍で「食中毒」を予防

「SGIは、目を見張るような草の根の運動を展開しています。活動を通して互いを理解し、深い人間関係を築きながら平和の建設のために行動しているのです」と識者(4月、イタリアの首都ローマに集ったラツィオ州の友)
「SGIは、目を見張るような草の根の運動を展開しています。活動を通して互いを理
解し、深い人間関係を築きながら平和の建設のために行動しているのです」と識者(4
月、イタリアの首都ローマに集ったラツィオ州の友)

 志賀 「なぜ、学会は政治に積極的に関わるのですか?」――ヤング男子部のメンバーから、こう質問されることがあります。

 永石 政治不信、青年の政治離れや無関心は、長い間の社会問題です。けれども、未来を開くのは青年です。「青年は心して政治を監視せよ」とは、学会の不変の指針です。

 伊藤 「宗教」と「政治」の関係は、新入会の方も増えている今、確認しておくべき点ですね。

 志賀 昨年、聖教新聞のインタビューで、世界74カ国・地域に広がるカトリックの信徒団体のクァットルッチ事務総長が、宗教団体が積極的に政治に関わる必要性を明瞭に語っていました。いわく、「政治における改革を成し遂げるには、議員の心を常に正していく必要があると考えます。そして、政治家の良心を保つための薬こそ、『宗教』であると断言したい」と。

 長谷川 世界を見渡しても、宗教を基盤にした政党は数多くあります。これが世界の常識です。道徳や倫理、宗教心がない政治は、必ず堕落するからです。

 志賀 事務総長はまた、「日本では、いまだに、“宗教家は政治に口出しするな”ということを言う人がいるようですが、それは、国家の成長を妨げる浅薄な言論です。宗教的思想を根本に、自らを律し、正義の信念に生きる者こそ、より積極的に政治に関わるべきです」とも述べています。

 原田 古今東西の哲人政治家たちも、「政治には、宗教性が不可欠である」と強く主張しています。たとえば、インドの大指導者ガンジーは、「宗教の欠如した政治は、国家の首を吊るロープであります」との有名な言葉を残しています。
 また、議会制民主主義発祥の国・イギリスの大宰相グラッドストンも、「治者(国を統治する者)は、義務を厳守して、特に宗教的でなければならない」と喝破しています。

 志賀 日本ではいまだに学会の支援活動が、「政教分離」の原則に反するなどと、的外れの批判をする人がいますが、これがいかに不見識、不勉強か。そもそも、憲法20条の「政教分離」の「政」とは、「国家」のことであり、「国家が宗教に対して中立であること」を定めたものです。

 長谷川 かつて、国家神道と結び付いた軍部政府は宗教を弾圧しました。その時、「政教一致」の横暴と戦ったのが、学会の牧口先生であり、戸田先生です。
 こうした歴史を繰り返さないためにも、国が宗教に対して中立の立場をとり、介入してはならないことを示したのが憲法20条です。

 原田 国会でも、内閣の「憲法の番人」といえる歴代の内閣法制局長官が、何度も明言しています。「憲法の定める政教分離の原則と申しますのは、信教の自由の保障を実質的なものとするため、国及びその機関が国権行使の場面において宗教に介入しまたは関与することを排除する趣旨である」「宗教団体が政治的活動をすることをも排除している趣旨ではない」と。
 それをねじ曲げ、策略で持ち出すこと自体、政治の真の進歩を遅らせるだけです。私たちは、国民の権利を存分に行使し、堂々と政治に参加していきたい。

平和な社会を築く
 伊藤 立正安国論に「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(御書31ページ)と仰せです。自身の安穏を求めるのであれば、家族や友人をはじめ、周囲の人々の幸福と、社会の平和と繁栄を祈り、その実現のために、積極的に行動すべきである――これが日蓮仏法の本質です。

 原田 宗祖・日蓮大聖人は、鎌倉幕府の実質的な最高権力者である北条時頼に、立正安国論を提出されました。天災や疫病などにより、苦しみにあえぐ民衆を救うため、為政者は、生命尊厳の思想と慈悲の哲学を持つべきであると、決然と声を上げられたのです。

 長谷川 この立正安国論が、10問9答の「問答形式」になっているのは、注目すべき点です。

 原田 万人尊厳、万人平等の哲理を否定する、誤った考えに執着する客に、主人が理路整然と真実を説き示していくのです。
 主人は、時に相手をなだめ、時に毅然たる態度で、文証、理証、現証の上から諭していきます。それに対し、「客色を作して曰く」(同20ページ)等と、客が感情を高ぶらせて主人を批判する時もあります。

 永石 しかし、主人の明快な話と確信あふれる姿に心を動かされ、最後は「私が信ずるだけでなく他の人にも語っていく」(同33ページ、趣意)と決意し、真の“同志”へと変わります。

 原田 大聖人の実践は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれます。「対話の力」で、世の中の平和を築いていくのが、大聖人の一貫した、御行動でした。私たちには、この「立正安国」の魂を受け継ぎ、平和と幸福の社会を築いていく使命があります。きょうも、「勇気」と「真心」と「納得」の対話で、「立正安国」の道を歩んでいきたい。

手洗い・嗽の励行
 伊藤 最近、メディアで話題になっていますが、暑い日が増え始め、「食中毒」への注意が必要です。

 永石 手や食材、調理器具等をしっかり洗う。肉や魚は十分に加熱もしくは冷凍する。こうした基本が食中毒を防ぐ方法です。

 原田 手洗い・うがいによる、健康管理を含め、心身ともに充実した日々を過ごすためにも、互いに気を配っていきましょう。

◆〈信仰体験〉 慈愛の心で人に尽くす  勤続34年、総合支援看護師長を務める
  自身の「適応障がい」を乗り越え 父の介護を経て実母が入会

 【福岡市博多区】一日に約1000人もの外来患者が訪れる福岡赤十字病院(同市南区)。桑原淑子さん(55)=博多旭日支部、地区婦人部長=は、総合支援看護師長を務めている。

2017年5月17日 (水)

2017年5月17日(水)の聖教

2017年5月17日(水)の聖教

◆わが友に贈る

①張りのある勤行
②無理と無駄のない生活
③献身の行動
④教養のある食生活
これが健康長寿の要諦!

◆〈名字の言〉   2017年5月17日

 「日本で47番目に有名な県」「いいえ、砂丘はありません」――自虐的な言葉が、かえって目を引くある県のカレンダー。累計約10万部を販売する大ヒット商品になった。ある県とは「島根県」。“発想の転換の勝利”だった▼同県の自然館で、国の特別天然記念物「オオサンショウウオ」を飼育する壮年部員がいる。閑散とする同館の状況を打開したいと祈る中、「展示水槽内での人工繁殖」を思いつく。国内での例はないが、だからこそ価値があると確信した▼夜を徹して川に漬かり、生息環境を調べた。水槽内を限りなく自然界に近づけた結果、産卵に成功。日本初の快挙に、来館者が押し寄せた。以来、毎年、産卵を成功させ、全国で指導も行う▼33年前の5月、池田先生は提案した。「『山陰』ではなく、われらの生き抜く天地を『山光』と命名したい」。地域の繁栄と幸福を祈り、山光り、里光る土地の素晴らしさを見事に表現した言葉が、同志だけでなく、多くの市民を勇気づけていった▼山陰には人口の少ない地域もあるかもしれないが、その分、古き良き「ふるさと」の風情がたっぷり残っている。多くの場合、短所と長所は裏表だ。問われるのは、わが地域を元気にしたいという、人間の情熱であり、短所も長所に変える知恵なのである。(子)

◆〈寸鉄〉   2017年5月17日 

 学会活動は全て自分の為
 にある―戸田先生。広布
 に生きる人生こそ無上道
      ◇
 一切の拡大は強き祈りか
 ら。これ不滅の学会精神。
 満々たる確信で友の元へ
      ◇
 「花は根にかへり真味は
 土にとどまる」御書。後継
 育成に尽くす福徳は無量
      ◇
 自分は最後まで諦めない
 ―小中学生の7割。希望
 の若芽を信じて伸ばそう
      ◇
 前例なきサイバー攻撃が
 猛威。不明な添付は開く
 な。防衛ソフト等最新に

◆社説  「変化の時代」の挑戦とは  無限の勇気湧かし困難打ち破れ

 先日、インターネットテレビ局で放映された番組が話題になった。視聴数が1420万に上ったその企画は、日本人初の3階級制覇を果たした元プロボクサーに勝ったら1000万円を獲得できる、というもの。対戦相手は、全国から約3000人が応募し、その中から4人の挑戦者が選出された。
 つわものたちが名を連ねる中、現役高校教師の挑戦がひときわ注目を浴びた。彼は、最近の若者世代が、何事にもすぐ「無理」と諦める傾向にあると感じていたという。自らが挑戦する姿で、教え子や視聴者を勇気づけたいと語っていた。結果は賞金獲得に至らなかったが、果敢に戦い抜いた姿に勇気をもらった視聴者も少なくなかったのではないだろうか。
 “最近の若者は、すぐに「無理」と諦め、挑戦したがらない”との声はよく聞かれるが、ジャーナリストの田原総一朗氏は、そんな若者観に一石を投じている。“現代の若者には、ある種の堅実さがあり、もうけるためだけではなく、人の役に立ち世の中を変えたいと考える傾向がある”と本紙のインタビューで語る。さらに、若者が自由に動くことを妨げる社会のしがらみというものは、皆が勝手に感じているだけで、本当は存在しないとし、「しがらみがない世代だから、新しい時代をつくれる」と若者にエールを送る。
 現代は「変化の時代」である。激動する社会や経済が、個々人に過酷な変化を強いている現実もある。不当な変化を忍従する必要はないが、いたずらに過去や現状にこだわり、変化を恐れていては、自身の成長や飛躍のチャンスも逃してしまう。変化への新たな挑戦には、一歩を踏み出す勇気が必須条件だ。
 「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124ページ)と仰せの通り、題目を唱えることで、どんな悩みや苦しみも勝ち越える無限の勇気を、わが生命から湧かせることができる。その勇気の一歩から、必ず困難を打ち破り、自分を成長させていけるのが、この偉大な仏法である。
 「勇敢な心となんでもしようという手とたくさんの仕事をもっていれば、この世はどんなにたのしいところになるかみてごらんなさい」(吉田勝江訳)。『若草物語』で有名な、米国の作家・オルコットの言葉を引用し、池田先生は「勇敢であれ」と友に励ましを送った。偉大な歴史は、真剣な一人の勇気ある行動から生まれる。今こそ、大胆な挑戦に身を投じ、確かな一歩をともどもに踏み出そう。

◆きょうの発心   師との誓いを胸に苦難に勝つ!2017年5月17日

御文
 極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか(報恩抄、329ページ・編926ページ)
通解 極楽浄土での百年の修行の功徳は、汚れたこの国土での一日の修行の功徳に及ばない。正法、像法2000年の弘通は、末法の一時の弘通に劣るのである。

 末法の仏道修行が、正法・像法時代の修行よりもはるかに功徳が大きいことを示されています。1960年(昭和35年)、経済苦の中、一家で入会。亀岡広布に走る両親の背中を見ながら、学会家族の中で育ちました。
 20歳の時、就職が決まらずくじけそうになっていた私に、女子部の先輩がこの御文を拝し「安楽いすに座っているような人生では宿命転換などできるはずがない」と激励してくださり、自身の姿勢を猛省。時を同じくして、和歌山・白浜の関西研修道場を訪れた池田先生と記念撮影をする機会に恵まれ、生涯の原点となりました。
 “先生の期待にお応えし、広布のお役に立てる人材に”と学会活動に励む中、希望通りの就職をすることができたのです。その後も、夫のリストラや、父と自身の病など、さまざまな困難に直面しましたが、師との誓いを胸に全てを乗り越えることができました。
 自行化他の実践こそが報恩の直道であると心に決め、今月開催される総京都創価青年大会を目指し、青年部を先頭に師匠を求め、拡大の大波を起こしてまいります。  京都・亀岡創光県婦人部長 北川正美

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十五   (6073)

 四国の同志は、山本伸一の会長辞任後、月日を経るにつれて、彼の訪問を強く希望するようになっていった。もとより、それは四国だけではなかった。全国各地から伸一に寄せられる便りの多くが、来訪を求めていた。
 四国では県幹部らで語り合った。
 「山本先生に、四国においでいただくわけにはいかないのでしょうか。やはり、四国広布の大前進のためには、先生のもとで、再度、師弟共戦の決意を固め、信心の歓喜のなかで新出発するしかないと思います」
 婦人部の幹部が、思い詰めたように、こう切り出すと、年配の壮年幹部が言った。
 「しかし、先生は会合で指導したり、機関紙誌に登場したりすることができない状況だからね。残念だが、時を待つしかないのかもしれないよ」
 「でも、いつまで待てばいいのですか。五年ですか、十年ですか」
 「いや、いつまでと言われても……」
 そうした語らいを聞きながら、四国長の久米川誠太郎は胸を痛めた。
 “皆のこの思いをかなえる方法はないものか。なんとかしなければ!
 先生が会長を辞められてから、皆の心には、空虚感のようなものが広がり、歓喜も次第に薄れてきているように感じる。今こそ、弟子が立ち上がるべき時であることは、よくわかる。しかし、そのための契機となる起爆剤が必要なのだ。それには、やはり先生に皆とお会いいただくしかない。では、具体的に、どうすればよいのか……”
 久米川に、一つの考えがひらめいた。
 彼は、意を決したように口を開いた。
 「先生の行動が制約されているのなら、私たちの方から、お伺いしよう!」
 彼の言葉を受けて、四国青年部長の大和田興光が身を乗り出すようにして語った。
 「ぜひ、そうしたいと思います。私たちと先生の間には、本来、なんの障壁もないはずです。あるとすれば、それは弟子の側がつくってしまった、心の壁ではないでしょうか」

【聖教ニュース】

◆さあ栄光の峰へ団結固く 列島で歓喜踊躍の座談会   
 原田会長は東京・足立へ
 永石婦人部長は東京・目黒へ
 信越も晴れやかに

 さあ栄光の峰へ、異体同心の団結固く前進! 列島各地で16日、歓喜踊躍の座談会が開催された。
 原田会長は、東京・竹の塚牧口区の宝城地区の集い(足立区内)へ。
 同地区の広布の舞台は、東武鉄道伊勢崎線・竹ノ塚駅から程近い高層マンション、団地、商店街、そして一軒家が並ぶ住宅街。91歳の“広布の母”から“未来っ子”まで、老若男女が仲良く活動に励むのが特徴だ。
 日常の“あいさつ運動”で近隣に友好の輪を広げる同地区の友。草創の先輩の地域広布に駆ける情熱は今、青年たちに脈々と受け継がれている。
 座談会では、末吉静枝さん、髙瀬英夫さんが祈りを根本に、かつてない拡大を成し遂げた喜びを報告。松本敬生地区部長、高瀬千恵美同婦人部長が“必ず勝つ”との一念で、広布の金字塔をと望んだ。
 原田会長は、師の間断なき激励行に言及。「一は万が母」(御書498ページ)との御聖訓を胸に、勇気の対話拡大をと訴えた。
 東京の目黒戸田区・五本木地区の座談会は、目黒区内でにぎやかに行われた。“わが町の発展に尽くしたい”との思いで長年、地域に根差した運動を展開してきた同地区の友。防災部長や婦人部長をはじめ、現在、多くの友が町会の要職を務めている。「良き市民たれ」との学会指導のままに奮闘するメンバーの姿に、町会長などから感謝の声が寄せられている。
 友好拡大の誓いみなぎる集いでは、滝澤宏さん、中川正子さん、須郷美佐子さん、鈴木幸三さんが周囲に信頼を広げる喜びを報告。佐野光孝地区部長、松田篤子同婦人部長は、勇気の祈りで自身の壁を破ろうと訴えた。
 永石婦人部長は、師の闘争に学びながら、純真な信心を貫き、崩れざる幸福境涯を築こうと呼び掛けた。
 長野の上田圏・傍陽地区の座談会は、上田市内で晴れやかに。
 長崎理恵子さん・聡司さん親子が、「大白蓮華」の巻頭言を朗読。五十嵐よし子さんが、真剣な祈りと行動で学会理解の輪を拡大した感動を語った。
 栁沢和夫地区部長、中山順子同婦人部長が「幸のスクラムを大きく広げる対話に打って出ましょう」とあいさつ。畑信越長は「師弟共戦の魂に燃え、間断なき広布の大闘争で勝利また勝利の前進を」と励ました。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価大学〉第13回 ロシア研究会   
「この道」を歩み続ける人に
            

ロシア研究会の友らが、池田先生と共にゴルバチョフ元大統領を見送る(2007年6月11日、八王子市内で)。この日の会見に同席した研究会の部長は、苦学の末に弁護士となった
ロシア研究会の友らが、池田先生と共にゴルバチョフ元大統領を見送る(2007年6月11日、八王子市内で)。この日の会見に同席した研究会の部長は、苦学の末に弁護士となった 

 「そこに人間がいるから、私は行くのです」――世界を分断した東西冷戦の渦中、創価大学創立者の池田先生は、ソ連(当時)への第一歩をしるした。1974年9月のことである。
 先生は翌75年5月にも再び訪ソを。この時、名門・モスクワ大学と創大との間で学術交流協定が結ばれている。
 同年、入学した5期生。先生の勇気の行動を目の当たりにした彼・彼女らは“創立者に続こう!”と燃えていた。
 この5期生の数人によって創部されたのが、現在の「ロシア研究会」である。
 モットーは“直接行って、自分の目で確かめる”。ロシア語の研さんはもとより、ロシアの歴史、文化、文学などを幅広く学習。研究誌を毎年発行し、主催するロシア語スピーチコンテストは26回を数える。モスクワ大学をはじめ、ロシアの各大学へ留学するメンバーも多い。

日ロ友好の人材を 

 創部当時、創大にロシア語専攻はなかった。創大のロシア語教育の草分け的な存在であった酒井一之教授(故人)が顧問となり、学生たちは語学の習得に挑戦。部室には一冊のノートが置かれ、両国友好への熱い思いを、互いに書き込んでいった。
 そんな研究会の友を、池田先生はずっと見守ってきた。
 76年秋の創大祭。来学したソ連の賓客との会見に、研究会の学生の代表2人が同席。先生は通訳に挑戦するよう促した。
 「きょうは、ゆっくり学内を散策するような一日にしたいですね」と語る先生の言葉を、しどろもどろになりながら伝える学生。しかし、後が続かない。先生は、ほほ笑みながら「しっかり勉強するんだよ」と温かく励ました。
 別の会見では、研究会の部長を同席させ、「ロシア語であいさつを」と勧めたこともある。懸命に言葉をつないだ友を優しく見つめ、「彼にとって、生涯忘れられない瞬間となったことでしょう」と来賓に語った。
 そうやって先生は、両国友好の人材を手塩にかけて育ててきたのである。

平和と友情の虹の橋 

 79年、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻。世界に緊張が走る。当時、研究会の学生が、ロシア語を学び続けることへの一抹の不安を、池田先生に打ち明ける機会があった。
 すると先生は、いつになく厳しい表情で語った。「国際情勢は変わり続けるものです。それに一喜一憂するのであれば、初めからやらないほうがいい。自分で選んだ『この道』を歩み続けるのが偉大な人です」
 その信念を貫き、先生は研究会の友を含む250人の交流団を率いて3度目の訪ソを(81年5月)。自らが先頭に立ち、平和・文化・教育の新たな道を開拓した。
 創立者のように、いかなる時代の変化にも左右されない。創立者の心を伝えるために、ロシア語を学ぶのだ!――学生たちは固く誓った。
                                                        ◇ ◆ ◇ 
 2007年6月11日。冷戦終結の立役者となったゴルバチョフ元大統領が創大へ。記念講演を行った後、池田先生と9度目の再会を果たした。
 語らいを終えた二人を待っていたのは、ロシア研究会の代表数十人だった。
 「ぜひ再び、創価大学に来てください!」。声を合わせて、ロシア語で呼び掛ける学生。元大統領は「皆さんの声が、あまりにも素晴らしいので感動しました」と、満面の“ゴルビースマイル”で応じた。
 元大統領を見送った先生は研究会の友のもとへ。一人一人と握手を交わし、「ありがとう」と何度も何度も口にした。
 初訪問から40年の時を刻んだ14年には、研究会のメンバーにこう真情を伝えている。
 「私と一緒に、道なき道を開き、ロシアとの『平和』と『友情』の虹の橋を結んでくれた皆さんのことは、私の胸の奥に、いつも輝き光っています」
 創部から四十余星霜。
 一貫して変わらぬ先生の期待を胸に、研究会出身者は、両国を舞台とする第一級の通訳や研究者、商社社長をはじめ、ロシアで、世界で、日本で、使命の人生を力強く歩んでいる。
 先生が開いた「この道」。
 先生が架けた「虹の橋」。
 真っ先に続くのは、創大生であり、ロシア研究会である。
 
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験〉 “究極の音”への探求  2017年5月17日

 【東京都大田区】“究極の音”を求めるオーディオマニアの間で、「マイ電柱」が注目されている。

2017年5月16日 (火)

2017年5月16日(火)の聖教

2017年5月16日(火)の聖教

◆わが友に贈る

「心こそ大切なれ」
何事も受け身ではなく
主体的にチャレンジを!
その勇気の実践が
限りない成長の源だ!

◆〈名字の言〉 2017年5月16日

 本土復帰から45年を迎えた沖縄。インフラ整備が進み、街の風景は大きく変わったが、一方で変わらないものもある▼県民を対象にした地元紙などの共同調査では、6割の人が「沖縄らしさが残っている」と回答。代表的な例として「伝統文化」「精神や助け合いの心」などを挙げていた▼沖縄固有の食文化を支えてきたものの一つが「豚」。“鳴き声以外は全て食べる”といわれるほどだ。その豚が、沖縄戦の戦禍によって島から消滅寸前になったことがある。故郷の窮状を知り、動いたのがハワイに移住していたウチナーンチュ(沖縄人)だった。「沖縄に豚を送ろう」と募金活動を始め、約5万ドルを集めた。そして7人が約1カ月の命懸けの航海を経て、500頭以上の豚を沖縄に届けた。これが数年後には、10万頭以上に増えたという▼沖縄には「ユイマール(ユイ=結、マール=回る)」という助け合いの精神がある。“子どもは、親だけでなく親戚や地域など皆で育てる”“農作物の収穫は、皆が持ち回りで協力する”などの伝統が、今も生き生きと受け継がれる▼他者の幸福を願い、勇んで行動する心は、仏法の精神にも通じよう。“助け合いの心”“平和の心”――この変わらぬ“沖縄精神”を世界へ広げていきたい。(結)

◆〈寸鉄〉 2017年5月16日
 

 「法華経の行者は久遠長
 寿の如来」御書。崇高な使
 命に生きゆく多宝の友よ
      ◇
 話し方を聞けばその人の
 生き方がわかる―哲人。
 真剣、誠実に勝る力なし
      ◇
 不幸の経験は大きな幸福
 に―文豪。試練に負ける
 な!祈り強く立ち向かえ
      ◇
 日本は「言葉のいじめ」
 多い―先進国調査。断固
 許さぬ思潮を大人から。
      ◇
 公明は地域密着の目線で
 多彩な成果を結実―識者
 現場第一主義で更に戦え

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十四 (6072)
 


 新しき十年の開幕となる、この一九八〇年(昭和五十五年)、世界は激動していた。
 前年、中東・イランでは、パーレビ朝が倒され、四月にはホメイニ師を最高指導者とするイラン・イスラム共和国が成立した。
 また、前年十二月、ソ連は内戦が続くアフガニスタンに侵攻した。紛争は長期化、泥沼化の様相を呈し、それは、より深刻な米ソの対決に発展することが懸念されていた。
 こうした中東情勢の悪化は、石油危機をもたらし、世界経済の混乱も招きかねない。いわば、世界の行く手は極めて不透明であり、不安の雲が垂れ込めるなかでの新年の出発であった。
 山本伸一は、元朝、静岡研修道場にあって深い祈りを捧げながら、平和への道を開くため、世界広宣流布のために、いよいよ本格的な行動を開始しようと心に誓ったのである。
   
 青空に白い雲が浮かび、海は紺碧に輝いていた。双眼鏡をのぞくと、白い船が進んで来る。船体には、太陽をデザインしたオレンジ色の模様があり、甲板に人影も見える。大型客船「さんふらわあ7」号だ。船はカーブし、波を蹴立てて、横浜の大桟橋をめざす。
 一月十四日の正午前、山本伸一は、妻の峯子と共に、横浜にある神奈川文化会館の一室から海を見ていた。
 この日、四国の同志約八百人が船を借り切り、丸一日がかりで、伸一を訪ねて神奈川文化会館へやって来たのだ。
 前日、天候は荒れ、東京にも、横浜にも雪が降った。低気圧が日本の東海上に張り出し、海も荒れることが予想された。一時は、航海を中止してはどうかとの話も出た。
 しかし、四国の同志は、「断固、行く!」と、荒波に向かって旅立ったのである。
 伸一は、この夜、皆が無事故で元気に到着できるよう、真剣に唱題し、祈った。楽しき広布の物語を創ってほしかったのである。
 広宣流布の大いなるドラマに連なる自身の物語をもつことは、人生を豊かにしていく。

【聖教ニュース】

◆アメリカ創価大学が2020年、新コース「生命科学」設置へ  
 3年次からの「集中コース(コンセントレーション)」として
 「人文科学」「社会・行動科学」「環境」「国際研究」に加えて

発展を続けるアメリカ創価大学のキャンパス。「生命科学」コースの新設によって、創価の人間主義を体現する人材がより多角的な分野で活躍していくことが期待される
発展を続けるアメリカ創価大学のキャンパス。「生命科学」コースの新設によって、創価の人間主義を体現する人材がより多角的な分野で活躍していくことが期待される

 生命尊厳の世紀を築く英知の人材よ、世界に羽ばたけ!
 アメリカ創価大学(SUA)の3年次から専攻できるコンセントレーション(集中コース)に、新たに「生命科学」が設置されることが発表された。
 2020年9月からの予定である。
 これまでもSUAではリベラルアーツ(一般教養)の教育課程のもと、幅広い分野の学問を身に付けるための授業が行われてきた。3年次からは、専門分野を深める集中コースから一つを専攻することができる。
 現在、選択できるコースは「人文科学」「社会・行動科学」「環境」「国際研究」の四つ。
 新たに加わる「生命科学」コースには、生物学、化学、物理学、数学などの理数系の授業が用意される。公衆衛生学、生理学、遺伝学などの科目も設けられる。
 また生命科学コース設置に併せて、“医学大学院進学準備プログラム”が誕生する。これは、SUA生が卒業後、米国内のメディカルスクール(医学系の専門職大学院)に直接応募できる条件を満たすもの。「生命科学」以外のコースを専攻する学生も履修できるという。
 SUA生が活躍する使命の舞台は、バイオテクノロジーに関連する企業や研究機関、理系諸分野を専攻とする大学院など、これまで以上に広がっていくに違いない。
 かつて創立者の池田大作先生は、SUA生に念願した。
 「混迷の度を増す世界にあって、皆さんには民衆の幸福、平和の建設へと寄与する、かけがえのない使命があります。時代の呼び掛けに応じて、いよいよ勇敢に、『平和の大道』を開きゆく一人一人であっていただきたい」
 新コースの設置により、生命尊厳の哲学を発信する地球市民が、さらに世界へ、未来へと雄飛していくこととなろう。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈魂のバトンを君に 池田先生と後継の友〉 関西 
 常勝不敗の原点を永遠に継承
 
 
「関西は、日本の広布の源流だ。私が築いた関西である」「世界の関西、万歳! 大関西の人材の城、万歳!」――関西の友らをピアノの演奏で力強く励ます池田先生(2007年11月、大阪市の関西池田記念会館で)
「関西は、日本の広布の源流だ。私が築いた関西である」「世界の関西、万歳! 大関西の人材の城、万歳!」――関西の友らをピアノの演奏で力強く励ます池田先生(2007年11月、大阪市の関西池田記念会館で)

 「正しい信心が最後は必ず勝つ!」
 池田先生の正義の師子吼が轟いた「大阪大会」から本年で60周年を迎える。
 1957年(昭和32年)7月3日、民衆勢力の台頭を恐れた権力によって池田先生が不当逮捕・投獄された。後の裁判でも明らかになるように全くの無実の罪であった。そして、出獄した同月17日に中之島の大阪市中央公会堂で行われたのが大阪大会である。
 この時、関西の同志は心に誓った。
 「仏法は勝負や。負けたらあかん。絶対に、負けたらあかんのや!」――
 師弟共戦で関西に築かれた不滅の錦州城。その常勝不敗の魂は今、脈々と後継の友へと受け継がれている。
               ◇◆◇ 
 大阪・旭常勝区の小田文子さん(支部副婦人部長)は大阪大会の日、母・馬場美江子さんが、家に帰るなり顔を紅潮させて語った言葉を鮮明に覚えている。
 「折伏せなあかん! 味方をつくらなあかん!」
 「先生を、あんな目に遭わせて! 折伏して、創価学会の真実を言い切らなあかん」
 美江子さんは、55年(同30年)10月に入会。翌年、池田先生が関西の同志と共に「1万1111世帯」の金字塔を打ち立てた「大阪の戦い」でも、弘教に奔走した。
 週末ともなれば、経済的に大変な中で旅費を工面し、父・順三さんと地方折伏へ走ったこともある。地域に青年部が引っ越してくると親身に面倒を見た。服や靴下など、家にあるものを惜しげもなく渡してしまう。「わが身に置き換えたら、うれしいと思って」と。
 2008年(平成20年)に霊山に旅立つまで、愚痴を聞いたことがない。弘教した人の数を尋ねても「覚えてへん」。それほど多くの友に仏縁を広げた。「この信心しなかったら、幸せになれへんねん」「この信心を教えてくれた先生のためにやらなあかん」が口癖だった。
 母に続いて入会した時、中学生だった文子さんも、女子部で弘教にまい進。当時は対話に出向いても水を掛けられることもあった。
 そんな時に母は「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ」(御書234ページ)の御文を拝して毅然と語った。「難があるのは当たり前。これで宿命転換できる。うれしいことや」
 文子さんは20代の頃、神戸市の王子陸上競技場での関西体育大会に女子部の合唱団の一員として参加。入場する池田先生が、ぴたっと文子さんの前で止まった。「体が基本だよ。広宣流布のために、元気になることが大事だよ」
 どきっとした。小学校も休みがちで体が弱かった文子さん。師の一言に涙が止まらなかった。
 以来、“信心で健康になる”と祈りを定め、弘教に走り抜いた。仕事も商社の服飾デザイン部門で活躍。気付けば、日々の学会活動や深夜に及ぶ仕事も全力で取り組めるほど健康になっていた。
 しかし、地区婦人部長として奔走していた1988年(昭和63年)、ひどい肩こりに襲われた。マッサージしても治らない。病院へ行くと医師から「乳がんかもしれません」と。文子さんの脳裏には、かつての池田先生の言葉が浮かんだ。「先生はこの時のために私に指導してくださったんだ。健康を勝ち取るんだ!」
 その足で、予定されていた御書講義の講師を担当。「今、乳がんだと言われてきたけど、これは御本尊からの最高のプレゼントだと思って、戦います!」。自然と口から出た。“言い切れた。これで絶対に勝てる!”と文子さんは確信した。
 手術は無事成功。術後の痛みもなく、医師から他の患者に話をして不安を解消してあげてほしいと頼まれるほどだった。とはいえ、腕が上がらず、少しの段差も越せないほど歩行も困難に。それも、4カ月に及ぶリハビリで克服した。
 後に寛解を勝ち取った文子さん。「本当に学会員で良かった。これからも池田先生の弟子として、『伝持の人』として広布に走り、先生が築かれた麗しい学会の世界を守り抜きたい」
 そんな文子さんと、どんな時も題目を唱え抜く夫・繁太さん(地区幹事)の姿を見て育った長女・陽子さん、長男・宏一さんは、ともに関西創価小学校から大学まで創立者のもとで薫陶を受け、後継の道を真っすぐに歩む。そして、孫たちへと、関西魂は4世代に流れ通っている。
 兵庫・姫路総県の網干勇勝圏で婦人部副本部長を務める北浦恵理子さんの母・生田美佐子さんも、姫路から幾度も大阪に足を運び、師弟の共戦譜をつづった一人だ。
 55年(同30年)の入会。自宅を個人会場に提供し、毎日のように集う同志と、友好を広げた。近所で美佐子さんを知らない人はいないほど地域広布に徹した。
 美佐子さんはよく孫を連れて対話に歩いた。道中では、「大阪の戦い」の際に池田先生の「全ての活動が、宿命転換のための戦いであり、幸福になるための戦いなんだよ」との励ましに触れ、感動したこと。命の底から確信が湧いて、勇んで折伏に走り抜いたことなどを語ってくれたという。訪問した友人の中には、素っ気ない対応をする人もいたが、「また来るからね」と笑顔で返す姿に常勝の魂を学んだと、孫たちは口をそろえる。
 一貫して友人を大切にし、毎年、200枚ほどの年賀状を手作りで作成していた。2004年(平成16年)7月1日の朝、所願満足の生涯を閉じた時も、近所の人々が「2、3日前にも訪ねてこられたわよ」と驚くほど、最後まで広布に歩いた人生だった。
 恵理子さんは「とにかく厳しい母でした。『信心はさぼったらあかん。真面目にするんやで』『愚痴は言うたらあかん。信心は喜んでするもんや』と。そのおかげで今があります」と感謝する。
 恵理子さん自身は、未来部で五年会、関西鳳雛会2期として、池田先生から慈愛の薫陶を受け、後継を誓った。高校・短大を卒業後、美容師に。東京での4年半の修業を経て帰郷し、26歳から現在まで、自宅兼店舗の経営を切り盛りしている。姫路文化会館や兵庫池田文化会館などで、池田先生の来県のたびに女子部のリーダーとして師弟の出会いを結んだことが、揺るぎない原点だ。
 北浦さん一家に宿命の嵐が襲ったのは2004年。支部婦人部長として奮闘していた恵理子さんが1月に脳梗塞を発症。祖父も父も同じ病だった。「今こそ宿命転換の時!」と祈り抜き、2週間で後遺症もなく退院することができた。一安心したのもつかの間、4月には夫・平三さん(副本部長)が、勤めていた中堅ゼネコンからリストラを宣告される。そして7月の母・美佐子さんの逝去。長女・恵美子さんの大学受験も控えていた。「今こそ題目だ! 負けたらあかん!」と一家が一丸となって御本尊に向かった。
 数カ月後、これまでより良い条件で平三さんの再就職が決定。恵美子さんは創価大学に特別奨学生での入学を勝ち取った。
 「結果的に全てが良い方向になっていました。凡夫ですから未来は分かりません。でも題目の功徳はすごい。これだけは間違いありません」。当時を振り返りながら、平三さんは語る。
 現在、長女・恵美子さんはじめ、創大教育学部出身の次女・正子さん、創大通教出身の長男・良明さんの、きょうだい3人がそろって小学校の教員として奮闘し、広布の第一線で活躍している。
 一昨年12月、2度目の脳梗塞になったが、大きな後遺症もなく、以前の健康を取り戻すことを目指す恵理子さん。「何が起きても一喜一憂せずに、素直に信心する。それが大事であることを母から受け継ぎました。どこまでも学会と共に、師弟不二で、社会に実証を示していきます」
                 ◇◆◇ 
 路地裏まで一軒一軒訪ねて、膝詰めで語り、肩をたたいて庶民を励ました池田先生の温もりが生きている。そのかけがえのない共戦の日々を誇りとし、正義の魂を語り継ぐ同志が、どの町にもいる。これが関西の強さだ。
 常勝関西よ、永遠なれ! 断じて不敗の関西であれ!――この限りない師の信頼と期待を胸に、今、青年たちが立ち上がる。

◆〈この一節を胸に 行学に励む〉 テーマ 難を乗り越える 

   

 仏法では、仏道修行が進めば、必ずそれを阻もうとする障魔や難が競い起こると説かれています。「一生成仏」の途上で、難との戦いを避けることはできません。今回は難を乗り越えるための信心の姿勢を学びます。

〈Q〉次から次へと試練や苦難に直面し、くじけそうです。
〈A〉全ては自分自身を鍛え、成長するためのチャンスです! 

 各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし(兄弟抄、御書1083ページ)
 私たちは信心に励んでいても、時として試練や苦難に直面することがあります。また、広布のために戦うと、それを妨げようとする障魔が起こり、難にあいます。重要なのは、そうした障魔を自身がどのように受け止めていくかです。
 日蓮大聖人の時代にも、信心ゆえに父親から迫害を受けた弟子がいました。池上兄弟です。大聖人は「あなた方兄弟は、かなり法華経を信じてきたので、過去世の重い罪を現世に責めいだされているのである。それは例えば鉄を念入りに鍛え打てば内部の疵が表面に現れてくるようなものである」(御書1083ページ、通解)と仰せです。強盛な信心によって過去世の罪業を責めいだし、わが生命を輝かせていけるのです。
 いかなる苦難も、自身が成長するための追い風へと転換していけるのが仏法です。ゆえに難が競い起こった時こそ、強盛な信心が求められます。
 大聖人は「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448ページ)とも仰せです。困難な状況に直面した時こそ強盛な信心を奮い起こし、喜び勇んで前進していくならば、全てが自分自身を鍛え、成長させるためのチャンスとなるのです。

〈Q〉この信心では、宿業をどのように捉えるのでしょうか?
〈A〉「いかなる宿命も使命に変えられる」と説いています。
 

 先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱっときへて(転重軽受法門、御書1000ページ)
 仏法では「三世の生命」「三世の因果」を説きます。すなわち、生命は今世だけのものではなく、過去世・現在世・未来世の三世にわたるものであり、過去世の行為が因となって、現在世の結果として現れ、また、現在世の行為が因となって、未来世の果をもたらすと見るのです。
 しかし、これだけでは現在の苦しみが分かっても、それを今世において直ちに変革することはできません。宿業の考え方は往々にして、希望のない宿命論に陥りやすいのです。
 日蓮大聖人の仏法では、「宿命の転換」を説きます。御書に「過去世の重い業が今生では尽きずに、来世に地獄の苦しみを受けるところを、今生にこのような重い苦しみにあえば、地獄の苦しみがぱっと消えて……」(1000ページ、通解)とあるように、大聖人は苦難にあって宿命転換できるのは、「転重軽受」の功徳だと教えられています。
 転重軽受とは、「重きを転じて軽く受く」と読みます。過去世からの重い罪業を転じて、その報いを現世で軽く受けて消滅させるとの意味です。
 学会員は苦難に直面しても信心の眼で捉えて意味を見いだします。日々、「宿命」を「使命」に変えようと、信心の実践に励んでいるのです。

〈Q〉どうすれば、難を乗り越えていくことができますか?
〈A〉「法華経の行者は必ず仏になる」と確信して、広布に生き抜くことです。
 

 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を(妙一尼御前御消息、御書1253ページ)
 御書には至る所に、大聖人の弟子に対する真心の励ましが、つづられています。
 夫に先立たれ、病弱な子どもを抱えながら純粋な信心を貫いていた妙一尼にも、大聖人は大確信の激励を送られています。それが、「法華経を信じる人は、冬のようなものである。冬は必ず春となる。冬が秋に戻ったということは、いまだかつて聞いたことも見たこともない。法華経を信ずる人が仏とならず凡夫になるということも聞いたことがない」(御書1253ページ、通解)との一節です。
 厳しい冬もいつか暖かい春になるように、信心を貫く人は、必ず勝利するとの確信の言葉に、妙一尼がどれほど勇気づけられたか分かりません。あらゆる苦難も必ず乗り越えて、幸せになれる!――そう確信して前進していくのが日蓮仏法の生き方です。そのためにも日々、「誓願」の題目を唱えていくことが欠かせません。
 池田先生は語っています。「仏意仏勅の我ら学会には、無敵の『信心の宝剣』がある。いかなる戦いも、一切の勝利は、強き誓願の題目から開かれる。御本尊に祈るほどに勇気が湧き、元気になる」と。私たちは祈りを根本に勝利を開いていきましょう。

〈智慧の扉〉 永遠の五指針とは


 1957年(昭和32年)12月、第2代会長の戸田城聖先生は「永遠の三指針」を発表されました。その後、池田先生は2003年(平成15年)、新たに2項目を加え、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」からなる「創価学会永遠の五指針」を示されました。
 この指針には、全同志を漏れなく幸福に導くために、一人一人が目指すべき信心の在り方、何のための信心なのかが、明確に示され、とどめられています。今では、この指針を世界中の同志が心に刻み、世界広布にまい進しています。


◆〈青年部のページ〉 心を結ぶ勇気と希望の調べ   



 今月、5・3「創価学会の日」を中心に音楽隊・鼓笛隊の友が各地でパレード等に参加。希望と勇気の旋律を届けている。

◆〈信仰体験〉 知的障がいの息子と共に 
  「人生、楽しんじゃえ。立ち止まる時間はねぇ!」

 【東京都足立区】卒寿を迎えて、「信心のすごさが、また分かってきたよ」と目を細める大谷孝一さん(90)=希望支部、副本部長。つえが手放せなくなっても、その求道心が衰えることがない。

2017年5月15日 (月)

2017年5月15日(月)の聖教

2017年5月15日(月)の聖教
◆今週のことば

「妙とは蘇生の義なり」
座談会こそ
生命が蘇るオアシスだ。
明るく楽しき語らいから
歓喜踊躍(かんきゆやく)の大前進を!

◆〈名字の言〉 2017年5月15日

 50年前の5月、池田先生は武蔵野の面影を残す創価大学の建設地に立っていた。手にはスコップが握られていた。この日、先生は未来を託す青年たちと共に、桜や梅など1万6000本の苗木の植樹に参加した▼樹木の生育には時を要する。一瞬一瞬の成長は、見た目ではほぼ分からない。だが、木は着実に育ち、年輪を刻んで大樹となる。これは広布史も同じだろう。はるかな未来を展望しつつ、一歩また一歩と前進する中に、偉大な歴史は築かれていく▼先月、入院中の友を見舞った。足に大けがを負った彼は手術を受け、リハビリに励んでいた。院内の廊下の壁に、2メートル間隔で貼られたビニールテープを見つけた▼彼がテープを見ながら言った。「最初は歩けなかった。でも、『今日は〇メートルまで歩けた』と、わずかでも確実な回復ぶりを実感しながら頑張っている」と。“再び、広布に駆け巡れる日を”と誓い、日々、けなげな努力を重ねる彼に頭が下がった。先日、退院し、元気に広布の第一線へ復帰した▼「信心のけなげなる人」(御書1124ページ)との御聖訓の「けなげ」の脇には、「勇」と記されている。「忍耐」や「信じる力」と、「勇気」は一体である。未来の勝利を信じ、布石となる勇気の一歩前進を今こそ!(白)

◆〈寸鉄〉 2017年5月15日

 「根ふかきときんば枝葉
 かれず」御書。信心は勝利
 の根。「まず題目」と出発
      ◇
 沖縄の本土復帰45年。苦
 しんだ人が一番幸せに。
 広布模範の友の健闘祈る
      ◇
 福島県婦人部の日。今日
 も朗らかに友情を拡大!
 母の躍動の姿は福光の光
      ◇
 希望も絶望も他人でなく
 自分からくる―戸田先生
 己を信じよ。壁は破れる
      ◇
 国連・国際家族デー。どの
 家庭も置き去りにしない
 社会へ。そこに平和の礎

◆社説  本土復帰から45年    苦難を乗り越え発展する沖縄


 きょう、沖縄が本土に復帰して45年になる。
 今月、琉球新報が発表した県民世論調査によれば、復帰して「良かった」と回答した人は75・5%に上った。主な理由に「本土との交流や情報量が増えた」「道路や橋、港湾などが整備された」が挙げられている。厳しい雇用状況などの課題も山積しているが、復帰後の振興の歩みは確かだ。
 特に著しく伸びているのが観光業である。県が発表した2016年度の年間観光客は、過去最高の約877万人を記録。これは、本土復帰した72年の約56万人と比較すると、約16倍になる。格安航空会社の就航やクルーズ船の寄港回数の増加などで、外国人観光客も急増中だ。
 美しい海、特色のある文化、温かな人柄、もてなしの心――多くの人を魅了する沖縄は、今や日本屈指のリゾート地として定着する。文化芸術の華麗な花も咲き、世界最高水準の教育・研究を行う沖縄科学技術大学院大学も、海外の教育研究機関と連携を深め、沖縄と世界の発展に貢献している。
 琉球王国の時代から、沖縄はアジア各国との交易を通し、独自の歴史を形成した。ゆえに、沖縄には豊かな文化と世界市民の気風が息づいている。
 1899年以降、沖縄から多くの移民が海外に渡ったが、進取の気性に富む沖縄の人々は、慣れない環境にも適応し、たくましく生き抜いた。現在、その子孫など、沖縄にルーツがある県系人が、世界各地に約42万人いるとされる。その絆を結ぶ、第6回「世界のウチナーンチュ大会」が昨年10月、県内で開催された。27カ国・2地域の海外参加者7353人を含む、約43万人が訪れ、文化、経済をはじめとする多彩な分野で交流を行った。多文化共生の心、郷土愛が深いウチナーンチュ(沖縄の人)だからこそ、このような世界に開かれたイベントの開催が可能だといえよう。
 かつて池田先生は、戦後も苦労を重ねてきた沖縄を訪れ、“沖縄を東洋のハワイに”“平和と幸福の楽土に”との指針を示した。当時、県民の多くが、発展はおろか、復興の希望すら見えない中で、先生は、人間の無限の可能性と、沖縄の将来に、限りない期待を寄せた。それは、宿命転換の法である仏法に照らして、沖縄が、必ずや世界に誇る宝島になるとの確信にほかならない。
 師の言葉通り、戦後のあまたの苦難を乗り越え、発展を遂げる沖縄こそ、世界の希望と輝き続けていくに違いない。

◆きょうの発心  師弟誓願の祈りで凱歌の歴史を2017年5月15日

御文
 一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり(御義口伝、790ページ・編1636ページ)
通解 一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。

 広宣流布に徹すれば、自身に具わる仏の境涯が自然に薫発されると仰せです。
 
 18歳の時、初めて御書に朱線を引いた御文です。今日まで、さまざまな試練に出あうたびにこの御文を拝し、勝ち越えてきました。
 大学を卒業後、東京・調布の地で創価班大学校生に。地域に知人は全くいませんでしたが「拡大の結果をもって師恩に報いたい。仏法を求めている友人に会わせてください」と祈り抜きました。すると、思いがけず悩みを打ち明けてくれる知人が現れ、御本尊流布することができたのです。師弟誓願の祈りがあれば、どんな状況でも打開できることを学びました。
 池田先生はかつて、第2総東京の友に「現状に満足することなく、常に“もう一つの大城”“第2の大城”をつくり上げていく気概をもって、大発展の歴史を残していきたい」と語られました。
 第2総東京男子部は「拡大の電源地」との使命と誇りに燃え、圧倒的な拡大で東京凱歌の突破口を開き、最強無敵の人材城を構築してまいります。   第2総東京男子部長 多田和久

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十三 
(6071)


 創価学会創立五十周年を迎える一九八〇年(昭和五十五年)が明けた。元日付の「聖教新聞」三面には、山本伸一の近影と、新春を祝賀して彼が詠んだ二首の和歌が掲載された。
    
  ひろびろと
    三世の旅路の
       元朝なれば
   心も新たに
      南無し歩まん
    
  幾山河
    ふたたび越えなむ
        ともどもに
   広宣の旗
      厳といだきて
    
 それを目にした多くの学会員から、伸一のもとへ、また、学会本部や聖教新聞社へ、喜びの便りが寄せられたのである。
 九州の男性は、こう綴ってきた。
 「今年の『聖教新聞』新年号では、山本先生のお姿を拝見することはできないと思っておりました。しかし、お元気な先生の姿と和歌を目にすることができ、勇気百倍です。
 私の住んでいる地域では、相変わらず、口汚く学会を批判する僧がいますが、必ず正邪はハッキリすると確信しています。この一年も、学会員の誇りに燃えて、広宣流布に邁進してまいります」
 関西の女性は、次のように記していた。
 「『幾山河 ふたたび越えなむ』のお言葉に、先生の強いご決意を感じました。力が湧いてまいります。私も新しい決意で、初心に帰り、何があっても、絶対に負けずに頑張り抜いていきます。“常勝・関西”は、先生の弟子らしく、断じてすべてに勝利いたします」
 悪僧たちや、週刊誌など一部のマスコミによって繰り返される中傷に耐えながら、一途に信心を貫く尊き同志たち――伸一は、創価の師子たちの、大山のごとき信念の強さを仰ぎ見る思いであった。

【聖教ニュース】

◆桜花爛漫の北海道・戸田記念墓園 開園40周年 来園者1千万人に
 
   
戸田先生の立像を囲むようにソメイヨシノが咲き誇る。立像は東洋広布の未来を見つめ、インドのブッダガヤに向けられている(戸田記念墓地公園で)
戸田先生の立像を囲むようにソメイヨシノが咲き誇る。立像は東洋広布の未来を見つめ、インドのブッダガヤに向けられている(戸田記念墓地公園で)

 本年、開園40周年を迎える北海道の戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)。同園の8000本の桜が、今年も爛漫と咲き誇っている。道内でも有数の桜の名所である同園には、連日、多くの人が訪れ、このほど来園者が1000万人を超えた。
 かなたに望む青き山々には残雪が白く輝き、緑野には色鮮やかな花々が咲き薫る。雄大なる自然のパノラマが広がる北海道。
 今、その大地に、創価の師弟と友の歓喜を象徴する桜が、満開の時を迎えている――。
 第2代会長・戸田城聖先生の故郷、厚田(旧厚田村)に立つ戸田記念墓地公園。
 その設立は、慈折広布の激戦の中で語られた戸田先生の言葉に淵源がある。「この末法の現実の世界で、波瀾万丈の戦いをしきって一生を生き、あとは、わが同志と一緒に、どこかで静かに眠りに就きたいものだな」(小説『新・人間革命』第26巻「厚田」)
 恩師の言葉を脳裏に焼き付けた池田大作先生が構想を重ね、1977年(昭和52年)10月2日、厚田の地に学会初の墓地公園が開園した。
 池田先生には、もう一つの願いがあった。
 それは“恩師がこよなく愛されたソメイヨシノで墓園を荘厳したい”というものだった。
 この師の思いを実現したのが、桜守の故・佐々木忠さんだ。
 佐々木さんは01年(明治34年)から67年(昭和42年)までの気象データを詳細に分析するとともに、低温や海から吹き付ける潮風への対策、土壌改良、肥料の開発や害獣からの防御、加えて大型台風による全木倒壊など、さまざまな困難に挑んだ。
 その一つ一つを乗り越え、挑戦から10年目の87年、不可能が可能になる。ソメイヨシノが厚田の地に、見事な花を咲かせたのだ。師弟の宿願を果たした瞬間だった。
 生前、佐々木さんは語っている。「桜はうそをつかない。ちゃんと報いてくれる。自然界の流れをつかんでいるんだよ。わずか1週間しか咲かないのに、すごい力をもっている。科学がどんなに進歩しても、一輪の花を咲かせるのは大変なんだ。桜から実に多くのものを学んだね」

【先生のメッセージ】

◆本紙創刊66周年を記念 無冠の友へのメッセージ 池田大作
 不屈の楽観主義で前へ
 配達即「地域広布」なり

   
最も地道に、最も堅実に、広宣流布の道を歩みゆく「無冠の友」の皆さまの健康と無事安穏を、いつもいつも、ひたぶるにご祈念しています――創刊55周年を記念する配達員大会の席上、友の尊き労苦を讃える池田先生(2006年4月、東京牧口記念会館で)
最も地道に、最も堅実に、広宣流布の道を歩みゆく「無冠の友」の皆さまの健康と無事安穏を、いつもいつも、ひたぶるにご祈念しています――創刊55周年を記念する配達員大会の席上、友の尊き労苦を讃える池田先生(2006年4月、東京牧口記念会館で)

 毎日、朝早くから信心の息吹と感動を全国の同志に届けてくださる配達員の友。この“朝一番の言論戦”こそ、日々の広布拡大の原動力である。ここでは、本紙配達員の機関紙「無冠」の創刊記念日特集に掲載された、池田先生のメッセージを紹介する。
 最も敬愛し、信頼する「無冠の友」の皆さま! 皆さま方の尊き奮闘あればこそ、わが聖教新聞は、この4月20日、創刊66周年を晴れやかに迎えることができました。心より御礼申し上げます。
 いよいよ7月からは、新たな正義の言論城となる「創価学会 世界聖教会館」の建設が始まります。新会館には、配達員の皆さま方の功労を讃え、永遠に顕彰させていただく一室も設置される予定となっております。完成する2019年の11月18日を楽しみにしながら、勝利、勝利の大前進をお願いいたします。
                  ◇ 
 聖教新聞は、折しも厳寒の冬を耐えて、桜前線が日本列島を北上していく季節に誕生しました。
 構想を、恩師・戸田城聖先生と私が語り合ったのは、1950年(昭和25年)の夏8月24日、先生の事業が最大の苦境にあった渦中でした。それから、まさしく秋霜と猛吹雪のような試練を、一つ一つ勝ち越えて、ついに聖教新聞の創刊まで、たどり着いたのが、翌51年の春4月の20日だったのです。
 迎えた晴れわたる5月3日、恩師は、あの「75万世帯の拡大」を宣言されました。当時、ほとんどの人が夢物語として聞いていたことでしょう。
 しかし、先生と私の師弟は、断じて実現を疑いませんでした。なぜならば、聖教新聞が産声を上げ、烈々たる学会精神が脈動を始めていたからです。
 そして、この学会精神を、今も生き生きと受け継いでくださっているのが、「無冠の友」の皆さまにほかなりません。
                   ◇ 
 先日、東北の無冠の友から尊い便りを頂きました。
 雪深き天地で聖教新聞の配達を担い立たれ、この春で32年になる創価の母です。亡きご主人の「俺の分まで!」との遺言を支えに、冬はスキーのストックをつきながら、歩いて配達してくださっています。
 この2月には、ご本人も、息子さんも、共に友人に折伏を実らせることができたと、喜びが綴られていました。
 さらに、この3月は、東北総会を期して聖教新聞の大拡大をしていただき、配達部数も大幅に増えました。皆の真心の結晶である一部また一部に、題目を唱えながら、また学会歌を口ずさみつつ、元気いっぱい無事故で配達してくださっているとの近況を、何より有り難く、うれしく拝見したのです。
 こうした「無冠の友」のあまりにも深く強く、清らかな信心の志ありて、広宣流布がたゆみなく進んでいることに、私は妻と、ただただ合掌する日々です。
 そして日蓮大聖人が、けなげな門下を讃えられた御聖訓「同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(御書1221ページ)を謹んで捧げたいのであります。
                   ◇ 
 戸田先生は、聖教の創刊号から健筆をふるい続けられました。
 法華経の寿量品には、「未曽暫癈(未だ曽て暫くも癈せず)」――「仏は未だかつて少しも説法を休んだことはない」とあります。
 先生は「仏は『未曽暫癈』と仰せだ。だから私も休むわけにはいかないのだ」と語られながら、広布の言論闘争に生命を注がれたのです。
 師弟は不二なるがゆえに、この恩師に続き、私もまた今日までペンを執り続けてきました。小説『新・人間革命』の連載も、おかげさまで総仕上げの第30巻に入っております。
 雨の日も、雪の日も、誇り高く広布の機関紙を届けてくださる皆さま方のことを思えば、限りない力が湧いてくるのです。
 無冠の友の皆さまの一歩また一歩こそ、最も尊貴な「仏の歩み」でなくて何でありましょうか。
                  ◇ 
 第2総東京のある無冠の母は、一家の経済的な苦境にもひるまず、自ら仕事をしながら、学会活動と聖教配達を長年にわたって、やり抜いてこられました。
 その姿を見て育った娘さん方も、「お母さんのように、少しでも地域のお役に立ちたい」と、女子部のリーダーとして活躍されています。自ら進んで、無冠の道に続いてくれるようにもなりました。
 大聖人は、「父母の成仏即ち子の成仏なり」(御書813ページ)と仰せです。父母の労苦は必ず子の幸福に、さらには地域・社会の発展に通じていきます。わが地域に、希望と勇気を届ける聖教の配達は、かけがえのない貢献であります。
 ゆえに私は、配達は即「地域広布」なり、そして配達は即「一軒一軒の幸福勝利劇」の始まりなりと申し上げたいのです。
 現実の日々の歩みには、さまざまな苦労や、心労もあるでしょう。
 しかし、アメリカの社会福祉運動家ヘレン・ケラーが「一つ一つの労苦が勝利なのです」と語ったように、何があろうとも不屈の楽観主義で前へと進む人には、常に成長があり、充実があり、勝利があります。
 私は、厳しい冬を乗り越えて、爛漫と咲き香る桜を見るたびに、無冠の友の皆さまの笑顔を思います。
 わが地域から社会へ、朗らかな幸福前線を広げゆく尊い皆さま方が、健康長寿・絶対無事故で前進されますよう、私と妻は、朝な夕な真剣に祈り抜いてまいります。
 偉大なる無冠の友と、ご一家の皆さま、万歳!
 どうかどうか、お元気で!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉30 御聖訓「法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる」 健闘たたえ合えば前進の勢いが
 "都議会公明発”の実績が全国に

   
“座談会に集う勇敢な一歩が、新たな無数の希望の未来と勝利を開く”――各地で歓喜の輪が(4月、東京都内で)
“座談会に集う勇敢な一歩が、新たな無数の希望の未来と勝利を開く”――各地で歓喜の輪が(4月、東京都内で)

 原田 今月も、全国各地で座談会が開催されます。日々のお互いの大健闘をたたえ合い、さらなる前進を誓い合う場にしてまいりたいと思います。

 永石 忙しい中、懸命に時間をやり繰りして、駆け付けてくださる方や、陰で準備に尽くしてくださっている方もいます。皆さんの労苦をたたえるなど、心を配っていきたいですね。

 原田 あらためて、会場提供者の皆さまへの御礼の気持ちも伝えてまいりたいと思います。皆が集い合える会場があるからこそ、広布の発展があります。広布のため、同志のため、会場を提供してくださる方々の真心に、心から感謝申し上げます。

 竹岡 池田先生は、小説『新・人間革命』「激闘」の章で、座談会の意義について、こう綴られています。
 「座談会は、学会の生命線である。座談会が活気と歓喜にあふれ、大いなる生命の共感と触発がある限り、人びとの心に希望と勇気の火をともし、幸の調べを広げ続けていくにちがいない。そして、広宣流布の歩みは、ますます勢いを増していこう」と。

 永石 参加者の励ましの場としていく大切さも、教えられています。
 「座談会で発言をしても、話を上手にまとめられない方もいるでしょう。ひとこと話すのに緊張し、生命力を振り絞って、話をしてくださる方もいます。そうした方々を、共に同志として心から讃え、励ましていただきたい。それが、創価家族の連帯の世界です」

 伊藤 私たちも皆、先輩からの励ましがあって発心し、信心の体験と確信をつかんできました。

 原田 御聖訓に、「金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる」(御書1241ページ)と仰せです。先生はこの御文を通し、「『真心からの賞讃』があるところには、福運も歓喜も倍加する。そこにこそ、人材が生き生きと威光勢力を増すのである」と語られています。広宣流布に戦う同志を賛嘆した分だけ、地域に勢いが増します。功徳が広がります。一人一人が新たな決意で出発を切る、有意義な座談会にしてまいりましょう。

ネットワークの力

 永石 さて、東京都議会が注目される中、あらためて、都議会公明党が成し遂げた「3つの挑戦」への評価が高まっていますね。

 竹岡 議員報酬の削減、私立高校授業料の実質無償化、街のバリアフリーの推進を短期間で実現し、都議会公明党のスピーディーな「政策実現力」が発揮されました。

 河西 先日、小池都知事が、このように語っていました。「都議会公明党が先頭に立ち、議員報酬の20%削減などが実現しました。あの時、改革の旗を掲げてくれた公明党の決断に感謝しています」「東京大改革の中軸として、公明党都議団の活躍を心から期待している」と。

 伊藤 都議会公明党には「専門家が揃っている」と評して、「一番頼りになるのは公明党」とも語っています。

 原田 日本には、“東京発”で実現してきた施策が数多くありますね。

 竹岡 はい。公明党はこれまで東京で第一歩を踏み出し、そこからネットワークを生かし、さまざまな政策を全国に広げています。

 永石 たとえば、「子育て支援」の分野では、「子ども医療費助成」や、国の制度として定着している「児童手当」も、全国に先駆けて東京でスタートしましたね。

 河西 「命を守る」政策では、駅のホームからの転落事故を防ぐための「ホームドア」、「がん対策」などもそうです。「ドクターヘリ」や「ハイパーレスキュー隊」、災害医療派遣チーム「東京DMAT」の導入など、救急救命体制の強化も進めてきました。

 竹岡 新公会計制度の導入による財政の「見える化」や、不要不急な事業を削減・整理する「事業評価」といった、「ムダ削減」もそうです。

「一人の声」が大切


 永石 最近の政策では、障がいのある方が携帯し、災害時などに緊急連絡先や必要な支援内容を周囲に伝える「ヘルプカード」があります。都議会公明党の提案で、東京都が標準様式を定めたことを契機に、作製する市区町村が全国に広がっています。

 伊藤 政府はヘルプカードに付いたヘルプマークを、案内用図記号を規定する国内規格(JIS)に本年7月から追加する方針を公表しました。安倍首相も国会答弁でヘルプカード・ヘルプマークについて「大変意義がある」と語り、一層の普及を図る考えを示しています。

 河西 公明党がヘルプカードの普及に取り組むきっかけとなったのは、公明党都議が、自閉症のお子さんをもつ女性の「一人の声」を真剣に受け止めたことでした。「一人の声」から政治を変える。これが、他党にはない公明党の歴史であり、原点です。

 竹岡 中央大学教授の佐々木信夫氏はこう語っています。
 「“東京発”の実績は、地域に密着した目線で、福祉や医療に力を入れ続けてきた都議会公明党の輝かしい“政策開発”の成果です。また、こうした実績は、国会議員と地方議員という縦と、地方議員同士の横からなる公明党のネットワークの力による影響が大きい。他の政党では、なかなか真似できない公明党の強みです」

 原田 公明党は、これからも徹して「一人の声」「大衆の声」に耳を傾け、現場に根差した地方議員・国会議員の比類なきネットワークで、庶民のための政治を貫いてもらいたい。

◆〈新会員のページ ニューメンバーの日々発見〉第1回 宿命転換って?

 このたび「新会員のページ」が新しくなりました。「ニューメンバーの日々発見」は、新会員が信仰の魅力を語る企画。初回は名古屋・緑大高区の新井邦仁さん(男子部ニューリーダー、2014年3月入会)、紹介者の園部伸正さん(男子部部長)に、「宿命転換」をテーマに語り合ってもらいました。

.◆〈世界の機関紙・誌から〉 ブラジルSGI ロナウド・ジョゼ・ロブレスさん
 アートは心と心を結びゆく  影絵演劇で地域と社会に希望を送る
  人間には幸福になる権利がある

 わが家は1967年に祖母がブラジルSGIに入会し、私はその3年後に生まれた「学会三世」になります。
 ただ、大樹が一夜にして育たないのと同じように、当時のわが家は多くの困難を抱えていました。

2017年5月14日 (日)

2017年5月14日(日)の聖教

2017年5月14日(日)の聖教

◆わが友に贈る

団結に勝る力はない。
世界広布の大願成就へ
心一つに前進しよう!
誉れの同志と共に
一筋に師弟の大道を!

◆〈名字の言〉 2017年5月14日

 作家の出久根達郎さんが、『母を語る』(NHKサービスセンター)で亡き母を紹介している。決して上手とは言えない片仮名で、「タカラハコ」と書かれた箱を遺品から見つけた。中には、出久根さんが就職先の東京から送った手紙の束が入っていた▼その内容は“これだけ手紙を出したのに、なぜ返事をよこさないのか”という不満ばかり。母は読み書きがほとんどできないと知りながらの恨み節。それでも母は、わが子の手紙を宝物として、大切に保管していた▼ある青年部員は、未入会の母と一緒に信心できるよう長年祈っていた。父は若くして他界し、苦労ずくめの母。最高の恩返しを、と仏法対話を重ねるが平行線は続いた▼ところがある日、母が入会を申し出た。青年が毎年の元日に記す「今年の目標」の最初に、必ず「母の幸福・長寿のために題目をあげる」とあることを青年の妻から聞き、決心したという。入会後、母と青年の家族が初めて一緒に勤行をした時、孫娘が「おばあちゃん、何を祈ったの?」と聞いた。「息子家族の幸せだよ」との答えに青年は涙した▼たとえすれ違いがあっても、子の幸せを願わない親も、孝行したいという子の真心を喜ばない親もいない。その変わらぬ愛情の深さに頭を垂れる今日の「母の日」。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年5月14日
 

 青年は一つの目標を貫く
 意志力を持て―戸田先生
 執念の拡大で突破口開け
      ◇
 御書「日月・衆星も己心に
 あり」。大宇宙包む妙法。
 深き祈りから勝利へ前進
      ◇
 「母の日」に欲しいもの、
 1位は子供からの感謝の
 言葉と。行動で示す日に
      ◇
 最もよく治める者は最も
 よく愛する者―看護師。
 温かな励ましに幹部の力
      ◇
 流感B型ウイルスの検出
 割合が最高。学級閉鎖も
 多し。手洗い等の基本を

◆社説  会うことが広布の第一歩   生命触発の劇は励ましの対話から


 「会う」ことが広布の出発点であり、「語る」ことが広布の推進力となる。
 池田先生は、平和と幸福を築くため、誰よりも人と会い、誰よりも人と語ってきた。1952年(昭和27年)、蒲田支部の支部幹事として指揮を執った「二月闘争」では、最前線の同志の家を一軒一軒訪問し、励ますことを重要な日課にしていた。
 翌53年(同28年)、男子部の第1部隊長に就任。学会活動に積極的でないメンバーや新入会の友に会うことに力を注ぐ。56年(同31年)の「大阪の戦い」でも個人指導に全力。約半年で8000人に会って励ました。
 草創期、世界広布の布石を打つ中で「たった一人の同志に会うために訪れた国もある」と。
 御聖訓には「面にあらずば申しつくしがたし」(御書1099ページ)、「委細は見参の時申すべし」(同1390ページ)等と記されている。顔を合わせて対話することを、どれほど大切にされていたかが伝わってくる。
 今や「ZADANKAI」として世界共通語になった、学会伝統の座談会も、皆で希望の体験を語る民衆運動の最前線だ。
 東京・調布のある男子部員は、大学3年まで、学会活動に参加したことがなかった。何度も訪ねてくる学生部の先輩にも、「興味がありません」と素っ気なく返答するだけ。
 当時、大学を休学していた彼は、夜中まで友人たちと遊び歩く毎日。時々、「自分はどうしようもない人間だ」と虚無感に襲われていたという。
 やがて復学を決意し、自分を変える“きっかけ”を模索。ちょうどその頃、来訪した先輩に誘われ、初めて会合に参加。日々の大学生活と学会活動の充実を語る、同世代の部員たちの姿に圧倒された。帰宅すると、冷めやらぬ感動を夜半まで、両親に語り続けた。
 その後、学会活動に取り組むようになった彼は、現在、男子部の部長として、訪問激励に走る。なかなか会合に参加できない部員には、約束を取って数人で訪問し、“ミニ座談会”を開催するなど工夫している。
 池田先生は、「『会う勇気』『語る勇気』、そして『励まし続ける誠実さ』から、地域の広宣流布は、必ず五倍にも十倍にも広がっていくのである」とつづっている。
 まいた種が、どれだけ成長しているかは、土の上からは見えない。だからこそ、芽吹くその日まで祈り続け、会い続ける。さあ、今日も友のもとへ、励ましの対話拡大に打って出よう!

◆きょうの発心  「健康の世紀」を開くドクターに2017年5月14日

御文
 蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし(崇峻天皇御書、1173ページ・編1038ページ)
通解 蔵に蓄える財宝よりも、身の財がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい。

 財産や名誉、地位より、信心という心の財を積むことこそ大切であると仰せです。
 小学6年生の頃、わが家の“一粒種”だった母と共に勤行を始めました。高等部の会合でドクター部の方と出会い、医師になることを決意。勉学と唱題に励み、医学部に進むことができました。
 念願の外科医になって3年目、父が事業で多額の負債を抱えてしまいました。結婚したばかりの妻と返済を決意し、信心根本に仕事に励むも、思うようにいかず、落胆することもありました。しかし、池田先生から温かな励ましをいただき、研究にまい進。2年後には保健学科の教授に就任し、現在は、創価大学の非常勤講師も務めています。
 家族の支えもあって、父の借金を完済。苦難を通して“心の財を積む”大切さを学びました。
 勇気と希望に満ちた境涯で、病と闘う同志に触れるたびに、妙法の確信を深めます。「健康の世紀」を開くドクター部の使命を果たすべく、自身の生命を磨いてまいります。
四国ドクター部長 近藤和也

【聖教ニュース】

◆ブラジル・イタペマ市が池田先生を名誉市民に  市議会議場で授与式

 
イタペマ市の「名誉市民」称号の証書を手に、カニャス議長(最前列右から5人目)とブラジルSGIの友らが記念のカメラに(同市議会議場で)
イタペマ市の「名誉市民」称号の証書を手に、カニャス議長(最前列右から5人目)とブラジルSGIの友らが記念のカメラに(同市議会議場で)

 ブラジル・サンタカタリーナ州の風光明媚な観光都市・イタペマ市から池田大作先生に「名誉市民」の称号が贈られた。これは、人間革命を根本とした平和と人権擁護の世界的な貢献を讃えたもの。授与式は9日、同市議会議場で盛大に挙行され、ニウザ・ニウダ・シマス市長、全市議会議員、地元市民ら約150人が出席した。
 本年、市制55周年を迎えたイタペマ市。人口約7万人の同市には、ブラジル南部で最も美しいと言われる海岸線が広がり、連日、多くの観光客でにぎわっている。
 同市には、ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の「地区」が一つある。同市のメンバーは、良き市民として地道に信頼の根を張ってきた。特に近年、一人の人間の内なる変革こそが社会をも変えていくという人間革命の思想に、共感の輪が幾重にも広がっている。
 シャビエル・デ・レガヘア・カニャス市議会議長も、創価の人間主義に共感を寄せる一人。ブラジルSGIとの交流を重ね、より良き社会を実現するためには、人間革命の思想が不可欠であることを実感したという。さらに池田先生の世界的な平和貢献とSGIへの理解を深めるほどに、その確信は揺るぎないものとなっていった。そして今回、議長自ら池田先生への「名誉市民」称号の授与を発議。全会一致で決議されたのである。
 晴れの式典では、シマス市長とカニャス議長からブラジルSGIの代表に証書が託され、会場は万雷の拍手に包まれた。
 未来部の代表がリコーダーで「森ケ崎海岸」を演奏し、式典に花を添えた。
 最後に登壇したカニャス議長は、力を込めて語った。
 「池田博士に『名誉市民』称号を贈らせていただくことは、大変に光栄なことです。SGIの皆さまは、わが街に平和の文化と友情の絆を広げてくださっています。池田博士が訴える人間革命の哲学が、社会をより良く変えゆく鍵となることを私も確信しています」

◆首都ワシントンで米SGIが会議   民衆の連帯で核兵器廃絶を
専門家、市民100人が活発に議論

「核兵器のない世界」実現への方途を巡り、アメリカSGIが主催し20の団体が後援して行われた会議(首都ワシントンで)
「核兵器のない世界」実現への方途を巡り、アメリカSGIが主催し20の団体が後援して行われた会議(首都ワシントンで)

 アメリカSGIが主催する会議「核兵器政策の根本的な変革を目指して」が4月27日、首都ワシントンで開催された。
 会議では、国連で核兵器禁止条約制定に向けた交渉が進んでいることを受け、学者や専門家、市民団体の代表ら約100人が活発に意見を交わした。
 初めに主催者を代表してアメリカSGIのダニー・ホール渉外部長があいさつ。その後四つのテーマで議論が進められた。
 第1セッションでは深まる核戦争の危機をテーマに。ジア・ミアン氏(プリンストン大学・科学と地球安全保障プログラム共同ディレクター)、ブルース・ブレア氏(グローバル・ゼロ共同創設者)らが登壇。国際情勢を洞察し、核戦争の可能性は高まりつつあると論じた。
 第2セッションでは核兵器の人道上の影響が焦点に。広島で被爆したサーロー節子氏が被爆体験を語り、核兵器の使用がもたらす健康被害などについて訴えた。
 第3セッションは、宗教間の協力や青年の役割を巡って。イスラムやキリスト教、ユダヤ教、仏教を基盤とする団体で活動する青年が、それぞれの取り組みを紹介した。
 アメリカSGIからはオマリー男子部長、サイトウ女子部長が登壇。各地で進めている講演会や意識調査、対話キャンペーンなど、戸田先生の原水爆禁止宣言に始まる創価の平和運動を紹介した。
 第4セッションでは核兵器政策の根本的変革に向けた討論が行われた。ダリル・G・キンボール氏(軍備管理協会事務局長)、レイ・アチェソン氏(リーチング・クリティカル・ウィル代表)らが登壇し、核兵器禁止条約の議論を歓迎するとともに、核抑止論が抱える矛盾を追及した。
 参加者から「政策議論に終始するのではなく、核兵器のない世界を実現しようという思いにさせてくれる有意義な会議でした」などの感想が寄せられた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈明日を求めて 池田先生の対話録Ⅱ〉第36回 モスクワ大学総長 V・A・サドーヴニチィ氏
「自分以上」の人材に育ててみせる。その信念が教育の魂

モスクワ大学での2度目の講演を終えた池田先生が、サドーヴニチィ総長の案内で構内を散策(1994年5月17日)。現在、世界から先生に贈られた名誉学術称号は369を数えるが、その第1号はモスクワ大学の名誉博士号(75年)である。2002年にはサドーヴニチィ総長が来日し、モスクワ大学の「名誉教授」が授与された
モスクワ大学での2度目の講演を終えた池田先生が、サドーヴニチィ総長の案内で構内を散策(1994年5月17日)。現在、世界から先生に贈られた名誉学術称号は369を数えるが、その第1号はモスクワ大学の名誉博士号(75年)である。2002年にはサドーヴニチィ総長が来日し、モスクワ大学の「名誉教授」が授与された

     「池田博士のご尊名は、わが大学の創立者であるM・V・ロモノーソフを彷彿とさせます」
 モスクワ大学のサドーヴニチィ総長は語った。
 ロシア最高峰の名門である同大学の正式名称は「M・V・ロモノーソフ記念モスクワ国立大学」。同国で「学問の父」と称されるロモノーソフの名を冠している。
 寒村の漁師の家に生まれたロモノーソフは、身分差別に立ち向かいながら苦学を重ね、第一級の科学者に。“あらゆる階層の人々に開かれた大学”をつくるために奔走した。1755年、小さな薬局を改装し、30人ほどの学生を集めてモスクワ大学を開学する。
 “彼は、ロシアで最初の大学をつくった。いや、彼自身を最初の大学と呼ぶべきだろう”と、ロシアの詩人プーシキンはたたえた。
 当時、ロモノーソフは43歳。
 池田先生が創価大学を創立したのも、同じ43歳の時である。
 創大開学から4年がたった1974年9月、先生にモスクワ大学から招へいが。東西冷戦のさなか、先生は「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」と、反対や批判を押し切ってソ連を訪問し、同大学を表敬した。
 「わが創価大学は、モスクワ大学と比べれば、孫のような存在です。しかし、21世紀には、貴大学のごとく世界に貢献を――これが私の夢です」
 当時、モスクワ大学の総長だったホフロフ氏は笑顔で応えた。
 「大学の意義は、決して大きさで決まるのではありません。創価大学には、全人類的な価値を掲げる、素晴らしい『建学の精神』があります。ゆえに私たちは、真剣にお付き合いしたいのです」
 翌年、モスクワ大学と創大は学術交流を締結。ソ連への留学を志していた創大生は、社会主義の大国に行く不安を抱えていたが、先生は、「政治体制は、やがて変わる。君たちは、変わらない“友情の道”を行くんだよ」と激励を重ね、訪ソの折には学生の代表として多くの創大生を同行させた。
                                                       ◇ 
 創立者ロモノーソフと同様に、サドーヴニチィ総長も苦学の青春を歩んできた。
 総長が生まれ育ったのは、10軒の家しかない農村。両親は字の読み書きができなかったという。
 当時、大学に入るには“パスポート”が必要で、それがなければ国内の移動すら許されなかった。
 ある夜、総長は汽車に乗って炭鉱の町へ。地下600メートルから石炭を掘り出し、夜は疲労と戦いながら勉強に励んだ。2年の苦学を経てパスポートを手に入れ、モスクワ大学の門をくぐったのである。
 総長は数学、理論物理学、力学の基礎研究分野で世界的な業績を収め、50冊以上の著書、300以上の学術論文を発表。宇宙飛行士の訓練装置なども提案している。
 モスクワ大学総長に就いたのは92年3月。実に四半世紀もの間、同国の教育界をリードしてきた。
 総長就任時、モスクワ大学はソ連崩壊の混乱で財政危機に陥っていた。学生や教員の生活援助のため、総長自ら頭を下げて回り、大学の意義を訴え続けたのである。
 この年の11月、来日した総長は「私のいる間は、学生が安心して勉強できるよう頑張りたい」と池田先生に決意を語っている。
 やがてモスクワ大学は苦境を脱し、ロシアは著しい経済発展を遂げた。90年代のロシアが高等教育を失わずにすんだのは、ひとえに総長の功績ともいわれる。
 同大学の総長職は大統領令によって任じられる。プーチン大統領の絶大な信頼を受け、サドーヴニチィ総長は、78歳の今も精力的に陣頭指揮を執る。
 「本当によい人材は、大教室からは育ちません。一対一で、教授のそばに置いて育成しなければならない。つまり、『建物』としての学校ではなく、『教える人の人格』の周りにできる学校なのです」
 会見の折に総長が語ると、池田先生は即座に言った。
 「今のお話を聞いたら、私の恩師が、きっと喜んだことでしょう。実は私も、戸田第2代会長の個人教育で育った人間です。『戸田大学』の卒業生なんです」
 語らいは往復書簡を通して続けられ、3冊の対談集に結実した。
 「教育の本義は人間自身をつくること」――対談では、両大学の「創立の精神」が強く響き合った。
 池田先生が強調する。
 「創価大学が、創立以来、『人間教育の最高学府たれ』とのモットーを掲げてきた理由も、この一点にあります。そのためには、高等教育の編成、大学の運営においては、教える側から出発するのではなく、何よりも、学生を起点とするものでなくてはなりません」
 サドーヴニチィ総長が応じた。
 「目の前に座る未完成の学生の中に、将来大きく成長するであろう可能性を信じる心、知識や行動すべてにおいていつか必ず自分を超える偉大な人物になると信ずる心、池田博士のおっしゃる『学生に学ぶ心』――これが教師の学生に対する尊敬と信頼なのだと私は考えます。もしも、この心が教師の中になければ、いかなる博学の講義も指導も、なべて教育の力とはなりえないでしょう」
                                                                  ◇ 
 「重ねて申し上げます」――。11度目となった対談(2008年11月、聖教新聞本社)の最後、総長は同席者に視線を移し、訴えた。
 「私は、いつまでもいつまでも、池田先生の友人であり続けます。私たちの交流・協力が、より一層深まっていくよう、一生懸命に努力してまいります。同席の皆さま、どうか皆さまの師匠である池田先生を大事にしてください。未来永遠に深い尊敬を持ってください」
 その言葉通り、総長は激務の間隙を縫うようにして創大へ。
 一昨年3月には、「M・V・ロモノーソフ――宇宙大の人間」と題して創大で講演。7月には、創大との学術交流40周年を記念するシンポジウムをモスクワ大学で開き、自ら進行役を務めた。
 総長は昨年12月にも創大を訪問し、ロシアセンターを視察。大学の使命について講演している。
 これまで500人を超える学生が両大学を往来し、両国の友好に寄与する多彩な人材を送り出してきた。友情の道はさらに広々と、若き友に受け継がれている。
 ヴィクトル・A・サドーヴニチィ モスクワ大学総長、ロシア大学総長会議議長、ロシア科学アカデミー正会員。1939年、ウクライナ生まれ。モスクワ大学機械・数学部大学院を修了。76年に同大学教授となり、92年に同大総長に就任。機械・数学の機能理論・機能分析学の分野における世界的研究者。ソ連崩壊後、総長としてモスクワ大学の教育水準の維持、財政再建に尽力する。ヨーロッパ大学総長・副総長・学長会議議長、ユーラシア大学協議会会長等を歴任。池田先生と対談集『新しき人類を 新しき世界を』(2002年)、『学は光』(04年)、『明日の世界 教育の使命』(13年)を発刊している。
 〈引用・参考文献〉V・A・サドーヴニチィ/池田大作著『新しき人類を 新しき世界を――教育と社会を語る』潮出版社、同著『学は光――文明と教育の未来を語る』潮出版社(ともに『池田大作全集』第113巻所収)、同著『明日の世界 教育の使命――二十一世紀の人間を考察する』潮出版社、池田大作著『新たなる世紀を拓く』読売新聞社、ウラジーミル・トローピン著『「精神のシルクロード」を求めて――「ロシア」が見た池田大作』道口幸恵監訳・潮出版社ほか。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験 ふくしまの今〉27  家庭で紡ぐ成長の軌跡
 どんな時も“負げでたまっか”でいこうね!

 【埼玉県川口市】東日本大震災、東京電力福島第1原発の事故で、前川梢枝さん(38)=鳩ケ谷常勝支部、白ゆり長=は、長女・雪乃さん(14)=中学3年、次女・春乃さ
ん(12)と、帰還困難区域になった福島・大熊町から埼玉へ避難した。

2017年5月13日 (土)

2017年5月13日(土)の聖教

2017年5月13日(土)の聖教

◆わが友に贈る

勇気の人は明朗だ!
信念の人は愉快だ!
「艱難 汝を玉にす」
あえて苦難に挑み
不動の自己を築きゆけ!

◆〈名字の言〉 2017年5月13日
 

 毎朝、近所の竹林を見るたび、その成長の勢いに驚く。「天まで届きそうな」との表現がぴったりだ▼実は天まで届くエレベーターの開発が国内で進んでいる。その名も宇宙エレベーター。実現すれば、宇宙へ人や荷物を運ぶことができる。「『竹取物語』のかぐや姫も竹のエレベーターで地球と月の間を昇降した」。開発検討会議では、そんなユーモアを交えた発表も▼SFファンの間では古くから夢物語として語られていた。だが26年前、開発条件に応えられる素材が発見され、議論が加速。完成目標は2050年という▼「胸中に成竹あり」との故事がある。竹の絵を描くには、まず胸中に竹の姿を思い描くこと――「人生も同じ」だと池田先生はつづる。「心に、未来のどんな絵を描くか。ありありと、目前に見えるがごとく、希望に満ちた絵を描かねばならぬ」。古今の大事業もまた、たとえ誰も信じずとも「できる!」と思った最初の一人から始まった▼勤行・唱題は胸中に「幸福と勝利の絵」を描く作業とも言えようか。絵が現実になった時、周囲にも“自分もできる!”との確信が広がる。御書に「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046ページ)と。まず自分が心に“絵”を描き、挑み始める。そこから人間革命の万波を。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年5月13日
 

 創大でプーミポン国王展
 開幕。永久に輝く平和交
 流。我らも心結ぶ対話を
      ◇
 後継の人材を雲霞の如く
 輩出せよ―戸田先生。共
 に行動する中で人は育つ
      ◇
 「叶ひ叶はぬは御信心に
 より候べし」御書。一念定
 めよ。強盛な祈りで勝て
      ◇
 スマホのネットトラブル
 過去最多と。不慣れな中
 高年者で急増。賢く活用
      ◇
 「命を守る」事に最も真剣
 な党は公明―識者。「大衆
 と共に!」の原点忘るな

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章 四十二 (6070)
 


 参加者が久しぶりに聞く、元気な山本伸一の声であった。皆、一心に耳を傾けていた。
 「皆さんの美しい演技の裏には、どれほど厳しい修業があり、根性と忍耐をもって技術を磨き、挫けずに前進してきたことか。人生もまた、美しい開花の裏には苦闘がある。
 今日の総会は、テーマに掲げたように、まさしく『二〇〇一年 大いなる希望の行進』の開幕でした。私も二〇〇一年へ、希望の行進を開始します。一緒に進みましょう!
 皆さんは、学会第二世、第三世であると思います。その若い皆さん方も、荒れ狂う人間世界の、厳しい現実の嵐のなかを進まねばならない。学業、仕事、人間関係、病気など、さまざまな課題や試練が待ち受けているでしょう。しかし、それを経て、すべてを勝ち越えてこそ、初めて二〇〇一年への希望の行進が成就することを知ってください。
 何があっても、今日のこの日を忘れず、この根性と忍耐とを思い起こし、全員が強い信心で、幸福輝く二十一世紀の峰を登り切っていただきたい。
 皆さんの幸せと人生の勝利を、祈りに祈って、本日の御礼のあいさつといたします」
 再び会場は大拍手に包まれた。
 伸一は、若き後継の世代が、二十一世紀の大空に向かって、はつらつと真っすぐに伸びていることを実感し、大きな喜びを覚えた。何ものにも勝る希望を得た思いがした。
 鼓笛隊総会は、歴史の大きな節目となった一九七九年(昭和五十四年)の有終の美を飾り、二十一世紀への新しい出発を告げるファンファーレとなったのである。
 激動と波瀾と新生の、劇のごとき一年が終わろうとしていた。大晦日、伸一は、静岡研修道場にいた。この静岡県で捕らえられた初代会長・牧口常三郎を偲びながら、自身の新しい大闘争が、始まろうとしていることを感じた。闇は未だ深かった。
 彼は、魯迅の言葉を思い起こしていた。
 「光明はかならずや訪れる。あたかも夜明けをさえぎることはできないように」(注)
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「寸鉄」(『魯迅全集10』所収)伊藤虎丸訳、学習研究社 

【聖教ニュース】

◆プーミポン国王写真展が創価大学で開幕(3面に続く)
 民衆愛の精神を永遠に
 タナサック副首相が来日し出席 タイ文化大臣、八王子市長らも

「日タイ修好130周年記念写真展――プミポン国王陛下を偲んで」の開幕式。タイのタナサック副首相(中央)、ウィーラ文化大臣(右から5人目)、バンサーン大使(同4人目)らがテープカット(創価大学で)
「日タイ修好130周年記念写真展――プミポン国王陛下を偲んで」の開幕式。タイのタナサック副首相(中央)、ウィーラ文化大臣(右から5人目)、バンサーン大使(同4人目)らがテープカット(創価大学で)

 日タイ修好130周年を記念して、プーミポン前国王の遺徳を偲ぶ写真展が12日、東京・八王子市の創価大学・中央教育棟で開幕した。タイ外務省、タイ文化省、在京タイ大使館、創価大学の共催である。開幕式には、タイのタナサック・パティマプラゴーン副首相、ウィーラ・ロートポッチャナラット文化大臣、バンサーン・ブンナーク駐日大使、八王子市の石森孝志市長ら多くの来賓が出席した。(3面に関連記事)
 「きょう、初めて創価大学を訪れることができました」
 開幕式であいさつに立ったタナサック副首相は、約200人の学生を前に、ほほ笑みをたたえ、語り始めた。
 「創価大学の環境は、とても美しい。そして、学生の皆さんの笑顔が素晴らしい。このように温かく歓迎していただき、うれしく思います」
 「創価大学とタイのチュラロンコン大学やタマサート大学などが学術交流を結び、協力し合っていることはタイ日両国の繁栄につながると確信します」
 日本とタイが正式に修好を宣言したのは、今から130年前の1887年9月。
 だが交流そのものは、既に約600年前、タイのアユタヤ王朝との間で始まっていたとされる。
 こうした歴史を踏まえ、副首相は「皆さんには、まだその歴史の1年分しか話せていません。残りの599年分、話を続けてもよろしいですか」とユーモアを交えつつ、開幕を宣言。「プーミポン国王陛下の写真展の日本での開催は、両国が親密な関係にあるからです。本展を通じて、両国の友好が末永く続いていくことを願っています」と述べた。
 タイ王国のプーミポン・アドゥンヤデート前国王――昨年10月の崩御の折には世界中が追悼の意を表し、その崇高な生涯を偲んだ。

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉63  広布の勝利劇を綴りゆけ

御文
 世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし  (佐渡御書、956ページ)
通解 世間の浅いことには、命を失うことはあっても、大事な仏法のために命を捨てることは難しい。それ故に仏になる人もいないのである。

同志への指針

 人間として生を受けたことが、いかに尊貴な福運か。ゆえに「浅き事」に流されて、悔いを残してはならない。
 恩師は私に“若き命を「大事の仏法」に懸けてみよ。絶対に正しき人生を歩める”と約束くださった。この70年の軌跡が、その証明である。
 私も叫びたい。“地涌の若人よ、広宣流布という壮大なロマンの勝利劇を、思う存分に綴りゆけ!”と。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ 〉 乙御前御消息㊦
 “いよいよの心”で広布へ前進


 今月は、「乙御前御消息」の後半を学びます。
 池田先生は綴っています。
 「大聖人御一人から始まった『立正安国』の闘争は、乙御前の母のような女性門下をはじめ、無名の庶民に継承され、そして今では創価学会に受け継がれました。『信念の一人』が立ち上がれば強い。(中略)いよいよ大事なのは、どこまでも『一人』の勝利です。『一人』の勝利こそが、広布の大河の流れを万代へ決定づけるのです」
 今回は、勝利の源泉となる“いよいよの強盛な信心”の姿勢と、万人の“心の眼”を開きゆく広布の実践の意義を学びましょう。(今回の拝読範囲は、御書1220ページ13行目「一つ船に乗りぬれば」~1222ページ本抄末尾です)

本抄について


 本抄は、建治元年(1275年)8月、日蓮大聖人が身延の地で認められたお手紙です。
 宛名は「乙御前」となっていますが、内容は乙御前の母に対して送られたものです。
 乙御前の母は、鎌倉に住んでいた門下で、夫と離別し、幼い娘を一人で育てながら純粋な信心を貫いた女性です。大聖人の佐渡流罪の渦中には遠路はるばる佐渡まで訪れ、大聖人から「日妙聖人」という最高の称号を贈られています。
 当時、再びの蒙古襲来の可能性に世情が騒然としていました。そうした中、大聖人のおられる身延へと師匠を求めて足を運んだ乙御前の母に送られたのが本抄です。

御文①

 いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる、同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり(御書1221ページ4行目~6行目)

通解

 ますます信心を強盛にしていきなさい。
 氷は水からできますが、水よりもいっそう冷たいものです。青い色は藍という草から生まれますが、重ねて染めると藍よりも色が鮮やかになります。
 同じ法華経ではあっても、信心をさらに深め、実践を重ねていくならば、他の人よりも輝きが増し、利益もはっきりとあらわれてくるのです。

御文②

 抑一人の盲目をあけて候はん功徳すら申すばかりなし、況や日本国の一切衆生の眼をあけて候はん功徳をや、何に況や一閻浮提・四天下の人の眼のしゐたるを・あけて候はんをや(御書1221ページ16行目~17行目)

通解

 そもそも、無知な人の眼を開かせる功徳でさえ言い尽くすことができません。
 ましてや日本国の一切の人々の眼を開く功徳はなおさらのことです。
 ましてや更に、全世界のあらゆる人々の眼を開く功徳は計り知れません。
〈解説〉志を重ねるほど功徳は増大
 本抄は、一人の女性門下とその娘の幸福を願われた日蓮大聖人の慈愛があふれています。
 〈御文①について〉
 悪世の中、師匠を求め、純粋な信心に励む乙御前の母に対し、大聖人は“いよいよ強盛に信心を奮い起こしていきなさい”と呼び掛けられています。
 水が凍ってできた氷は水より冷たく、藍の葉から作られる青の染料は、重ねて染めると藍よりも鮮やかな青色になります。
 大聖人は、この例を通し、法華経も同じであると仰せです。信心を奮い起こして、広布のための実践を重ねていけば、自身の生命の輝きが増し、功徳もはっきりとあらわれてくると教えられています。
 「志をかさぬれば」と仰せの通り、広宣流布のために祈った分、動いた分、語った分、全てが自身の福徳となり、大きく境涯が開かれていくのです。
 大事なのは、何があっても強盛な信心を奮い起こして、祈り、行動していく“たゆみない信心の姿勢”です。常に“いよいよこれから”と前進する中で、苦難に負けない確固たる境涯を築くことができるのです。
 〈御文②について〉
 ここでは、広宣流布を進める人の功徳を強調されています。
 対話を通して仏縁を結び、相手に妙法を持たせていくことは、相手の生命の無明を打ち破り、“心の眼”を開かせます。
 大聖人は、民衆救済のため、あらゆる大難を乗り越えて万人成仏の妙法を弘め抜かれました。その功徳について大聖人は、“一人の心の眼を開く功徳さえも言い尽くせない。ましてや日本国、さらには全世界の人々の眼を開かせる功徳は、計り知れません”と述べられます。
 現代にあって、大聖人と同じ心で人間主義の仏法を弘めているのが、創価学会です。
 創価の対話運動は、人々の“心の眼”を開き、自他共の幸福を開きゆく挑戦なのです。
 池田先生は綴っています。
 「私たちは、目の前の一人を大切にし、相手の仏性を信じ、確信を持って語るのだ。粘り強い大誠実の対話は、悪意や偏見も打ち破る。確かな友情を結び、仏縁を広げていくのだ」
 さあ、6・4「世界池田華陽会の日」へ、“いよいよ”の心意気で“正義の対話”を広げ、女子部の「凱歌の花❀拡大月間」を勝利していきましょう。
池田先生の講義から
 信心強盛な模範の門下にも、大聖人は「いよいよ」と仰せです。言い換えれば、「いよいよ」の姿勢こそ、信心の極意であり、根幹の要諦となるということです。(中略)
 誰人の人生にも、また、どんな戦いにも、必ず「行き詰まり」を感じる時があります。
 しかし、行き詰まった時こそ、自身の信心が試されているのであり、「勝負の時」にほかならない。
 大事なことは、常に前進の方向へ一念を定めることです。壁を乗り越える挑戦自体が、自身の境涯を確実に広げていく因となることは間違いありません。
               ◇ ◆ ◇ 
 法華経の生命尊厳、万人尊貴の思想に基づき、大聖人の人間主義の仏法を弘めているのが、創価学会です。
 ゆえに創価の行動は、一閻浮提の一切衆生の眼を開く大闘争です。万人の心の眼を開き、この地上から悲惨と不幸をなくすまで、私たちの前進は止むことはありません。
 (いずれも『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻、「乙御前御消息」(聖教新聞社)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻、「日妙聖人御書」(同)

◆〈信仰体験〉 ママは“きゃりーぱみゅぱみゅ”!?


 【東京都小平市】メイン写真の3人、実は親子である。ママの職業は“きゃりーぱみゅぱみゅ”!? ものまね芸人「マーナ」こと伊藤真子さん(40)=小平新世紀支部、副
白ゆり長は5年前まで、ごく平凡な主婦だった。

2017年5月12日 (金)

2017年5月12日(金)の聖教

2017年5月12日(金)の聖教

◆わが友に贈る

全員が宝の人材だ!
地道な訪問激励で
皆を幸福の軌道に!
新しい力を結集し
広布の緑野を開きゆけ!

◆〈名字の言〉 2017年5月12日

 本年、日本の各地で創価青年大会が開催され、弘教や新たな活動者の誕生など、さまざまな「青年拡大」のエピソードが生まれている。その潮流の広がりは世界同時進行だ▼フィリピンでは先月、初の青年部教学研修会をマニラで開催した。大小7000以上の島々から成る同国。1カ所に全国の代表が集うのは容易ではない。しかし、中部のビサヤ諸島や南部のミンダナオ島からも飛行機等を乗り継いで参加するなど、約230人が意気高く集った▼「異体同心の団結」「仕事と信心」などをテーマに、計6時間にわたった講義や質問会。印象的だったのは参加者の輝くような瞳だ。長旅の疲れをものともせず、一言も聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける。メモを取る姿も多く見られた▼メンバーは「仕事の悩みなど、自分が直面している課題について学べ、非常に有意義だった」「普段は会えない地域の友と交流できて、とても刺激になった」と喜びを。「触発」こそ成長の原動力だと深く感じた▼「青年を育てたところが栄える。後輩を伸ばした組織が発展する」――池田先生はこう語り、一貫して次代を担う人材の育成に心血を注いできた。未来を創るのは青年。わが地域で、若き友の成長と勝利を祈り、最大の励ましを送っていきたい。(駿)

◆〈寸鉄〉 2017年5月12日

 青年は人間革命を求め勇
 猛精進すべき―戸田先生
 大胆に逆境に挑み勝て!
      ◇
 国際看護師の日。白樺の
 献身ありて、同志は安心
 して前進。聖業に最敬礼
      ◇
 各地で火災多発。建物周
 囲の可燃物、たこ足配線、
 タバコなど確認を怠るな
      ◇
 国内の温室ガス排出、2
 年連続減。環境対策は足
 元の小事の積み重ねから
      ◇
 公明の女性議員は全国で
 900人超。議員網のフ
 ル稼働で大衆の声を形に

◆社説   きょうは「看護の日」   慈悲の心が「生命の世紀」を開く


 きょうは「看護の日」。近代看護の創始者、フローレンス・ナイチンゲールの生誕日にちなんで制定された。この日を中心にした看護週間(7日~13日)では、各地で看護体験や健康相談などの啓発活動が行われる。
 全国の看護職の就業者数は約163万人(2015年末)。団塊の世代が75歳以上となる2025年には、200万人の就業者が必要との推計もある。チーム医療や在宅医療の拡大に伴い、医療ニーズの多様化に対応する力も求められ、看護職の「質」と「量」の確保が喫緊の課題となっている。
 “たった一人でもいいから、後継者を遺すことができたら”――ナイチンゲールもまた、後進の育成に生涯をささげた。看護学校を創立した40歳の頃、彼女の体力は限界に達していた。頭痛、吐き気、呼吸困難……。長時間、話をすることも難しかった。そんな体調の中、“自由に動けなくても、まだ書くことができる”と、学生に激励の手紙を書き続けた。その数は1万2000通にも。「私たちは常に患者と共にいるのです」「進歩しつづけない限りは退歩していることになる」(『新訳・ナイチンゲール書簡集』現代社)――彼女の珠玉の指針に、学生はどれほど励まされたことだろう。彼女を慕い、模範とした卒業生の多くが、後年、責任ある立場となって、看護の発展に大きく貢献した。
 生命の限りない可能性を信じ、生命尊厳の哲学を実践する白樺の友の姿は“現代のナイチンゲール”そのものである。
 精神病棟で看護師長を務める婦人は、年間300人の看護実習生を受け入れ、各地の大学や地域で講演も行うなど、看護職の育成に全力を注いでいる。また、認定看護管理者の育成に尽力する友は、看護師長時代に義母の認知症介護をした経験などを通し、「生きる力を引き出す看護」の重要性を訴えている。
 池田先生は、「白樺の皆さん方の真剣勝負の一日また一日が、どれほど大変であるか。だからこそ偉大です。その一切の労苦が無量無辺の大功徳となり、皆さん方の心の宝となっていくのであります」と、その奮闘を最大にたたえている。
 今春、創価大学看護学部1期生の受験者が、看護師国家試験に全員合格を果たした。超高齢社会を迎える現代にあって、真の「慈悲の心」を体現する若き看護師の存在が熱望される。「生命尊厳の世紀」を照らす全ての皆さんに、心からの感謝をささげ、その献身的情熱に学びたい。

◆きょうの発心   家族皆で広布の誓いを貫く2017年5月12日

御文
 悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢・霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ、退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ(松野殿御返事、1386ページ・編941ページ)
通解 うれしい時でも、今生の悦びは夢の中の夢のごときものであり、霊山浄土の悦びこそ、まことの悦びであると思い合わせて、また南無妙法蓮華経と唱えなさい。そして退転することなく修行して、最後臨終の時を待ってごらんなさい。

 題目を唱えて、生死を超越した永遠の幸福境涯を自得するように激励された一節です。
 私が婦人部本部長の任命を受けた年に、夫が、くも膜下出血に。4年後には、19歳の長男に舌がんが見つかりました。一家で競い起こる病魔に信心で立ち向かい、乗り越えることができました。
 その後、夫が役員を務める会社が倒産した影響で、わが家も自己破産に。苦境の渦中に池田先生から、この御文を拝して励ましていただき、題目根本に一歩も引かず、宿命に挑もうと決めました。
 現在、夫は自営業を始め、長男と次男夫婦、義母の家族全員が広布のリーダーとして地域で奮闘しています。信心根本に苦難を必ず勝ち越えようと、家族皆で広布の使命に生きる誓いを立てています。お元気な池田先生・奥さまと共に進む今、この時、題目を唱え抜き、全ての戦いに全力で取り組んでまいります。 群馬池田総県副婦人部長 山本妙子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   四十一 (6069)

 


 今回の第三回鼓笛隊総会では、壮年・婦人・男子・女子部の合唱団が一体となって交響詩「民衆」を歌い上げた。まさに多様な民衆が力を合わせ、凱歌を轟かせていったのだ。
 山本伸一は、詩「民衆」に綴っている。
   
 科学も 哲学も
 芸術も 宗教も
 あらゆるものは
 民衆に赴くものでなければならない
   
 君のいない科学は冷酷――
 君のいない哲学は不毛――
 君のいない芸術は空虚――
 君のいない宗教は無慙――
    
 君を睥睨する者どもは
 脚下にするがよい……   
    
 伸一は、交響詩を聴きながら、学会が担っている使命の意味を、深く嚙み締めていた。
 “あらゆる権力の軛から、そして、宿命の鉄鎖から民衆を解放する――それが創価学会の使命だ! それがわれらの人間主義だ! 私は戦う! 断じて戦う! 民衆のため、広布のために。そして、何があっても民衆を守り抜き、民衆の時代を開いてみせる!”
 鼓笛隊総会はフィナーレとなった。メンバーが場内通路をパレードし、全出演者が舞台に上がり、「平和の天使」を大合唱する。
   
 〽平和の天使 鼓笛の同志よ……
   
 熱唱する乙女らの頰に感涙が光っていた。それは、清らかな青春の魂の結晶であった。
 伸一は、あいさつの要請を受けていた。彼も、メンバーの健気な努力と精進に、御礼と感謝の励ましの言葉をかけたかった。
 観客席でマイクを手にして立ち上がった。歓声と雷鳴のような拍手が起こった。
 「大変に美しく、立派な演技であり、見事な総会でした。感動いたしました!」

【聖教ニュース】

◆ブラジル サランジ市で慶祝議会 池田先生ご夫妻に顕彰状

   
ジョゼ・アパレシード・ルイス副市長ら来賓を含めて160人が出席したブラジル・サランジ市の慶祝議会。音楽隊、鼓笛隊の演奏が式典に花を添えた
ジョゼ・アパレシード・ルイス副市長ら来賓を含めて160人が出席したブラジル・サランジ市の慶祝議会。音楽隊、鼓笛隊の演奏が式典に花を添えた

 ブラジル・パラナ州サランジ市の5・3「SGI(創価学会インタナショナル)の日」制定10周年を記念する慶祝議会が2日、同市議会議場で挙行された。席上、池田大作先生ご夫妻への顕彰状が贈られた。
 積極的に教育の充実に取り組み、教育都市として知られるサランジ市。2007年には、池田先生ご夫妻を名誉市民に迎えている。慶祝議会では、07年当時に名誉市民称号の発議をしたクラウジオネイ・ビトリーノ元市議が登壇した。「池田SGI会長ご夫妻は、半世紀以上、平和の思想を広めておられます。これからも平和・文化・教育運動のリーダーシップを取っていただきたい」
 市議会議場の建物の目の前には、12年に誕生した「池田香峯子広場」が広がる。バウテル・ボウパット市長も同広場を愛してやまないという。あいさつに立った市長は、「ブラジルSGIの皆さまの自発的な貢献により、広場は常に美しく保たれています。皆さまが良き市民の模範として活躍されていることも、よく存じ上げております」と話した。
 式典の最後には、カルロス・ホベルト・ファラッシ市議会議長がこう称賛した。「池田会長ご夫妻は、人々の幸福と世界平和のために、生涯をささげてこられました。理想への正しき道を貫くためにも、私たちは創価の師弟に学ばなければならないのです」

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第14回 マレーシア「ペトロナス・ツインタワー」
 麗しき団結の人間城を

             
青空に映える「ペトロナス・ツインタワー」(中央、2014年撮影)。マレーシア創価学会の「マレーシア総合文化センター」からもほど近い
青空に映える「ペトロナス・ツインタワー」(中央、2014年撮影)。マレーシア創価学会の「マレーシア総合文化センター」からもほど近い

 競い合うように天空を目指すビル群。その中で、ひときわ目を引く一対の塔。
 まるでこの国の勢いを象徴しているかのようだ。
 マレーシアの首都クアラルンプールに立つ「ペトロナス・ツインタワー」。
 地上452メートルの88階建て。1998年に完成した。20世紀に建てられたビルでは最も高く、ツインタワーとしては、今も「世界一」を誇る。
 多民族国家のマレーシア。クアラルンプールの街並みも、壮麗なイスラム建築やにぎやかなチャイナタウン、英国統治時代の面影を残す洋館と多彩だ。マレー語・英語・中国語が飛び交い、鮮やかな民族衣装の人々が往来する。
 この国に妙法の灯がともったのは半世紀前。まだ日本軍による侵略の記憶が生々しい頃だった。
 草創の友は、時に「敵の宗教をやるのか!」と言われながらも、軍国主義と戦い抜いた創価の師弟の精神を語った。さらに多民族の国に、共生の哲理を語り広げていった。
 88年2月、池田先生が初訪問。“現実の社会で価値を創造する人に”との師の期待に、友はさらなる広布拡大と社会貢献を誓った。
 98年には、マレーシアの国家行事の開幕式で、マレーシア創価学会のメンバー5000人が人文字を披露。
 マハティール首相(当時)は“団結と真剣さによって成し得た人文字の演技は、マレーシア人が全力を尽くして全ての困難を乗り越える意志と力を備えていることを表現していた”と絶賛した。
 2000年11月27日、先生が12年ぶりにマレーシアへ。そこには、ツインタワーをはじめとするクアラルンプールの目覚ましい発展があった。
 翌12月の1日、先生がマレーシア創価学会の代表者会議に出席した。
 多文化が混在するマレーシアで、粘り強く妙法の種をまいてきた友。先生は「娑婆世界」の「娑婆」とは「堪忍」、すなわち、たえ忍ばねばならない世界であり、そこで勝ち抜く中に、真の鍛えがあると強調。さらに、次のように呼び掛けた。
 「釈尊は、同志の結合を『不敗の集い』と呼び、『善き友』と歩むなかに仏道修行のすべてが納まっていると教えた。麗しき信心の団結の姿のなかにこそ、仏道修行があり、人生の勝利がある」「どこまでも仲良く明るく、前進していただきたい。そして、ペトロナス・ツインタワーが世界一であるように、『世界一の団結の人間城』を築き上げていっていただきたい」
 創価の同志は皆、今この時に戦うことを誓い、勇んで集った地涌の菩薩である。使命のない人など一人もいない。
 信心を根本に、それぞれの持ち味を最大に生かす。多様な個性の人がいれば、その分、新しい可能性も広がる。“あの人はこうだから”などの決め付けは仏法に反する。
 どこまでも「一人」を信じ、励ます。そして広宣流布へ、共に祈り、行動を開始する。どんな困難も、朗らかに笑い飛ばし、肩を組んで支え合っていく――。
 こうした麗しい「団結の力」で勝ち進んできたのが創価の師弟である。この勝利の方程式は永遠に変わらない。

◆〈信仰体験〉 漁協支所の女性部長として尽力 使命に生きる人は幸福

 【高知県・中土佐町】高知県の中西部に位置する中土佐町は、人口7100人余りの町。その町内にある上ノ加江漁港で、ゴールデンウイークに1日だけ催される「海鮮まつりは、毎回、住民や観光客ら3000人ほどが駆け付け、にぎわいを見せる。
 

2017年5月11日 (木)

2017年5月11日(木)の聖教

2017年5月11日(木)の聖教

◆わが友に贈る

御書に無限の智慧あり!
どうすれば壁を破れるか
皆が勇気を燃やせるか。
真剣に御文を拝すれば
希望の光は燦然と!

◆〈名字の言〉 2017年5月11日

 “桜前線”は津軽海峡を越え北海道へ。札幌では、創価青年大会が開かれた先月30日から見頃に。厚田の戸田記念墓地公園では、「創価学会の日」の5月3日に開花が確認された▼北海道の人気情報誌が同園を特集し、「訪れる人々の喜ぶ姿がとても印象的」「また来ようと思わせる桜」と紹介していた。記事には「厚田の桜の特徴」が「手を伸ばせば触れられるほど身近まで、枝葉が伸びている」と書かれていた▼なぜ、そのような形になったか。「浜風に負けないように、冬になる前の短期間で栄養を吸い上げられるように、幹が太くて短く、枝が横に広がるように育っている」との解説が、同誌に載っていた。困難な環境に立ち向かう大自然の生命力が、迫力のある「桜のトンネル」を生んだ、というのだ▼「“枝葉末節”という言葉がありますが、私に言わせれば、とんでもない話です」と、樹木医の壮年部員が語っていた。「花を支えるのは、枝と葉と根です。大地に根を張り、太陽に向かって葉を広げ、しっかり枝を伸ばさなければ、決して美しい花は咲きません」と▼今年は同園の開園から40周年の佳節。厳しい冬を乗り越えて咲くから、桜は感動を呼ぶ。人もまた同じ――そう厚田の桜が語り掛けているようだ。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年5月11日

 会長は人類の共生へ宗教
 間対話の道開いた―教授
 我らも人と人を結ぶ一歩
      ◇
 滋賀婦人部の日。友情を
 大きく広げる太陽の母。
 美しき湖国から常勝の波
      ◇
 「法華経を信ずるを水の
 行者とは云うなり」御書。
 弛まぬ信心こそ勝利の源
      ◇
 新社会人の五月病防ぐ鍵
 は周囲との意思疎通と。
 やりがい育む声掛け常に
      ◇
 自ら歯を磨く子ほど虫歯
 は少ない―調査。子は鏡。
 良い生活習慣を親から。

◆社説  躍進するアメリカSGI  青年が立つ時、歴史は大きく動く


 間もなくフランスの新大統領に就任するエマニュエル・マクロン氏。注目の理由の一つは、その若さである。39歳での就任はルイ・ナポレオンより若く、同国最年少の大統領となる。
 “フランスは若さにチャンスを与えた”とは国民の声。混迷の時代の舵取りを託された、青年リーダーの手腕が問われる。
 若さは力だ。60年前の1957年5月、アメリカ公民権運動の指導者キング博士が、ワシントンDCのリンカーン記念堂で演説に立ったのも、28歳の時。
 その3年前、連邦最高裁判所が、公教育の場での人種隔離に違憲判決を下すも、黒人へのさまざまな差別は続いていた。
 全ての人々が平等に生きる社会のために。前進し続けよう、歩み続けよう!――博士の訴えは大衆の心を打ち、変革のうねりは高まっていった。
 青年が立つ時、歴史は動く。この方程式は、広宣流布の戦いにおいても変わらない。
 それを自らの行動で示したのが池田先生である。二月闘争、文京の戦い、大阪の戦いなど、青年指導者として指揮を執り、数々の金字塔を打ち立てた。
 そして青年に期待し、世界各国で青年たちを育んできた。
 先生が27度訪問したアメリカで、多くの同志が原点とするのは90年2月の訪米である。
 17日間の滞在中、実に8回、青年部のための研修会が開かれた。さらに先生は、会合の合間にも青年の輪に入って語らい、陰の行事役員にも、ねぎらいの言葉を掛け続けた。
 この時に薫陶を受けた青年たちが、今、アメリカSGIの中核のリーダーとして活躍している。そしてその“父母”たちの慈愛に包まれて、新時代の青年たちが躍動する。
 西海岸のサンフランシスコ市では、本年に入り、男女青年部の弘教の勢いが加速している。新入会の友が生き生きと仏法対話に挑戦するなど、人材の成長も目覚ましい。
 ある青年リーダーに聞くと、「壮年部・婦人部の支えがあってこそです」と。青年の成長をわが喜びとし、その勝利を祈りながら、「できることは何でもサポートしよう」という心意気の先輩たちが、若人の躍進を支えていた。
 広宣流布とは「流れの到達点ではなく、流れそれ自体」であり、その流れは「澄みきった清流でなければならない」と先生は語った。
 師弟に生きる清き心は、今、脈々と、世界の青年たちに流れ通っている。

◆きょうの発心  地涌の菩薩の使命を胸に生き抜く2017年5月11日

御文
 いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし(諸法実相抄、1360ページ・編549ページ)
通解 このたび、信心をしたからには、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい。

 何があろうとも信心を貫き通すことこそ肝要である、と教えられた一節です。  “信心の確信をつかみたい”と悩んでいた高等部時代にこの御文に出合い、地涌の菩薩としての使命に生き抜く大切さを心に刻みました。
 その後、第11回高等部総会において池田先生と初の出会いが。師匠と共に広布に生きようと誓ったことが原点です。子どもの障がいや難病に、家族が希望を失いかけた時、池田先生から渾身の激励をいただいたことは、忘れることができません。妻の献身の行動と、師匠の励ましに支えられ、全てを乗り越えることができました。
 この信心の確信と師弟の道を歩む素晴らしさを多くの方に伝えようと奮起。壮年部長となって3年半の間に、約1800人の壮年部の方と懇談しました。誰もが社会の荒波を信心で乗り越え、確信が光る“信心の達人”ばかりです。自分も率先の活動をと決意し、今年1月2日には壮年部に進出して6人目の弘教が実りました。
 三代会長有縁の墨田で、先生が教えてくださった“妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わる人生”を貫く決意です。  東京・墨田総区壮年部長 足立憲陽

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四十 (6068)

 
 山本伸一は、女子部には虚栄に生きるのではなく、“民衆の子”であることを誇りとして、民衆の大地に根を張り、民衆と共に、民衆のために生き抜いてほしかった。そこにこそ現実があり、そこで築いた幸せこそが、幸福の実像であるからだ。
 彼は、その願いを込めて、女子部に詩「民衆」を贈ったのである。
 鼓笛隊は、前年の一九七八年(昭和五十三年)十月、東京・八王子の創価大学のグラウンドで第二回鼓笛隊総会を開催。ここで、初めて交響詩「民衆」が披露されたのである。この総会は、雨の中で行われた。
 女子部合唱団三千人の熱唱、群舞メンバー三千人の躍動、鼓笛隊アンサンブル百五十人による熱こもる演奏が繰り広げられた。
 雨は容赦なくたたきつける。合唱団も、奏者も楽器も濡れていく。グラウンドで踊る群舞メンバーの青、黄、ピンクの真新しいドレスの裾も泥水に染まる。しかし、その表情は晴れやかであり、誇らかであった。民衆の時代を創造しようという、はつらつとした気概にあふれていた。
 伸一も雨に打たれながら、演技を鑑賞した。彼のスーツはびっしょりと濡れていった。しかし、降りしきる雨をものともせぬ、乙女たちの真剣な姿を見ると、傘など差す気にはなれなかった。ただ、皆が風邪をひかないように心で唱題しながら、華麗にして力強い舞台を見守っていた。
 交響詩「民衆」が終わると、大拍手がグラウンドを圧し、雲を突き抜けるかのように天に舞った。その瞬間、雨があがった。太陽が顔を出したのだ。
 伸一は、この総会から、皆が、何があろうと断じて負けずに広宣流布の共戦の道を歩み通す心を学び取ってほしかった。そして、そこには、必ず希望の太陽が輝くことを生命に刻んでほしかった。その信強き女性の連帯こそが、民衆凱歌の幕を開く力となるからだ。
 以来一年余、彼は、この第三回鼓笛隊総会で再び交響詩「民衆」を聴いたのである。

【聖教ニュース】

◆タイで「法華経――平和と共生のメッセージ」展 東洋哲学研究所が企画・制作 
 タイ文化省、世界仏教徒大学など共催
 バンコク近郊で開幕式を盛大に ウィーラ文化大臣ら650人が出席

来賓のウィーラ文化大臣(左から5人目)、世界仏教徒大学のノーラニット評議会議長(同6人目)ら代表が、晴れやかにテープカット
来賓のウィーラ文化大臣(左から5人目)、世界仏教徒大学のノーラニット評議会議長(同6人目)ら代表が、晴れやかにテープカット

 タイで初となる「法華経――平和と共生のメッセージ」展(企画・制作=東洋哲学研究所)が3日、首都バンコク近郊のタイ創価学会本部で開幕した。タイ文化省、世界仏教徒大学、タイ創価学会が共催し、ロシア科学アカデミー東洋古文書研究所、中国・敦煌研究院、インド文化国際アカデミーの協力で実現。開幕式にはウィーラ・ロートポッチャナラット文化大臣、ノーラニット・セータブット世界仏教徒大学評議会議長、ノンタブリー県のニシット・ジャンソムウォン知事ら来賓、タイ創価学会の代表など650人が出席した。(2面に関連記事)

東哲 タイの枢密院顧問官を表敬


 東洋哲学研究所一行が2日、タイ王国のカセーム・ワッタナチャイ枢密院顧問官を表敬した。顧問官は、昨年崩御したプーミポン前国王のもとで長年、王室に仕えてきた一人である。同研究所の桐ケ谷章所長は、前国王への深い哀悼の意を表しつつ、新国王に即位したワチラロンコーン陛下への祝意を述べた。
 顧問官は、「仏教においては、上座部も大乗も、共に平和を目指す教えです。私たちと池田SGI(創価学会インタナショナル)会長とは、同じ目的を持っていると感じております」と語り、法華経展への期待を寄せた。

◆“トインビー対談”45周年に寄せて 2017年5月11日

イギリス I・B・トーリス社 アレックス・ライト編集局長
平和への勇気の行動を促す一書


 今月5日、池田先生と、20世紀最大の歴史家とたたえられる英国のアーノルド・J・トインビー博士との初対談から、45周年を迎えた。両者の対談集『21世紀への対話』(邦題)の英語版を発刊する英国の総合出版社I・B・トーリス社のアレックス・ライト編集局長に、池田先生とトインビー博士の対談の現代的意義について聞いた。
                ◇ 
 私たちI・B・トーリス社は、時事問題や歴史に関する書籍とともに、この15年ほど、宗教に関する本の発刊に力を注いできました。特に、仏教に関する良質な書籍を世に出したいと考えたのです。
 だからこそ、平和、教育に貢献し、文明間対話を推進する創価学会とともに、池田SGI会長の著作を発刊することは、わが社にとっては当然の選択でした。
 池田会長の書籍は、紛争解決のための対話や教育に関して、多大な啓発を与えるものです。当社が発刊している英語版『池田大作対談選集』(全12巻を予定)は、宗教への関心を呼び覚ます上で、多大な貢献をしていると思います。宗教や文明間の誤った考えがまん延する現代にあって、宗教へのより良い理解を促しているのです。
 池田会長は、それぞれの文化や文明に違いがあるように、各宗教にも相違があることを理解しておられ、池田会長は、そうした相違を、互いの理解によって、いかに乗り越えるかを追求している点で、非常に優れています。
 今年で、トインビー博士と池田会長の対談開始から45周年となりました。トインビー博士は、彼が生きた時代で、最も重要な識者の一人です。その職歴の中で、数多くの書籍などを出版しています。博士は、幅広い分野に関心を寄せていましたが、中でも、核兵器の悪と危険性に対しては、強い意志を持って、立ち向かってきました。
 トインビー博士と池田会長の対談集で、核拡散防止に関して両者の考えが一致していることは、とても重要な意味があります。そして今、冷戦後のグローバル社会にあって、もはやコントロールが難しい核保有国の複雑な動きを見るにつけても、ますます両者の考えは、光を放っていると感じます。
 私たちは、かつてない危険にひんした世界に生きています。平和的な解決策を奨励する両者の意志は軍拡競争への抵抗として非常に重要な意義があり、“トインビー対談”は21世紀において、私たちが直面するあらゆる危機に対し、勇気あるレジスタンスを促す書物ではないかと思います。
 また“トインビー対談”は、池田会長と他の著名な識者との対談の先駆けとなるものであり、疑いもなく重要な一書です。トインビー博士が最も重要な識者である理由は、博士が現代の出来事や世界平和という課題に対し、常に関わり、取り組んできたからです。
 本対談において、トインビー博士と池田会長が論じている、平和、対話、教育、文明間の相互理解の重要性への問いかけは、この後に続く池田会長の対談においても、同様に取り上げられており、ある意味で、“トインビー対談”は、これ以降の対談のあり方を定めたとも言えるのです。
 また、対談で言及されたテーマである、文化間の誤った理解、兵器の拡散、地政学的緊張の高まりなどは、今も世界が抱えている課題です。
 21世紀を生きる私たちにとっても、“トインビー対談”は、大事な諸問題について良くまとめられた重要な書だと思います。
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉29 トインビー博士との初対談から45年 
 声を惜しまず対話の旋風を  今年もクールビズを励行
 
池田先生とトインビー博士の対談集は、“人類の未来を開く一書”と評され、現在までに世界29言語で発刊されている
池田先生とトインビー博士の対談集は、“人類の未来を開く一書”と評され、現在までに世界29言語で発刊されている

 原田 全国、全世界の同志の皆さまの激闘によりまして、最高に晴れやかに、栄光の5月3日「創価学会の日」「創価学会母の日」を迎えました。本当に、ありがとうございます。
 
 長谷川 池田先生ご夫妻は3日、広宣流布大誓堂で勤行をされ、全同志の健康長寿と無事安穏、そして幸福勝利を深く祈念してくださいました。
 
 永石 また、先生は、「5・3」に当たり、3首の和歌を詠まれ、「随筆」も綴ってくださいました。その「随筆」では、不滅の学会精神として、「一切の勝利は『祈り』から始まる」、「広宣流布の全ての戦いは、自分自身の『人間革命』のためにある」、そして、「巌窟王の折伏精神を忘るるな」との3点が示されています。
 
 原田 大型連休を終え、いよいよ勢いを増して、友好拡大に走る時です。三つの学会精神を胸に刻み、皆で勇んで「対話の旋風」を巻き起こしていきたい。
 
 伊藤 女子部は、6・4「世界池田華陽会の日」を目指して「凱歌の花?拡大月間」を展開し、一人一人が対話拡大の金字塔に挑んでまいります。
 
 志賀 男子部も、師弟勝利の7月へ、全国が一丸となって勇戦を貫き、壁を破る戦いに挑戦します。
 
 原田 本年の7月3日で、池田先生が、無実の罪で入獄された大阪事件から60年になります。先生は、恩師、学会、学会員を守るため、師弟不二の信心を貫き、勝利の歴史を築いてくださいました。今こそ私たち弟子が先生に続き、「無敵の信心」の強さを満天下に示す時です。

「忍耐」は勝利の力


 伊藤 今月は、トインビー博士と池田先生の初対談から45周年の佳節です。
 
 永石 5日付の聖教新聞でも特集されていましたが、当時の模様は、小説『新・人間革命』第16巻「対話」の章に詳しく書かれています。
 
 伊藤 宗教、科学、哲学、歴史など、2年越し、計40時間にわたって、幅広く
論じ合われた二人の対話には、「人類の未来」を開くための珠玉の指針が無数にち
りばめられています。
 
 志賀 事実、二人の対談集は、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、スワヒリ語、トルコ語など、現在までに29言語で出版されています。
 
 長谷川 インドのナラヤナン元大統領、チリのエイルウィン元大統領、国連のガリ元事務総長、ハーバード大学のヌール・ヤーマン名誉教授など、この本を「座右の書」としてきた、世界の識者も数多くおり、各国の大学や高校では、教材にも使われています。
 
 永石 対談の中で、先生が、トインビー博士の「座右の銘」を聞かれるシーンがあります。博士は即座に、「ラボレムス」(ラテン語で“さあ、仕事を続けよう”との意味)と答えられます。
 
 長谷川 当時、博士は83歳。けれども毎朝、午前6時45分に起床し、9時から仕事を始めていました。そこには、「ともかく仕事を始めるのです。仕事をしたいという気持ちになるのを待っていては、いつまでも仕事はできません」との信念の姿がありました。
 
 原田 行動したくなるのを待つのではなく、まず行動を開始する。常に自身と戦い続け、前進をやめない。私たちにとっても、模範とすべき姿です。
 
 永石 さらに「青年、若い女性へのアドバイス」を求められた博士は、「忍耐強く」と即答されますね。
 
 原田 戸田先生も、新しい時代を創る青年の戦いの第一は、「忍辱のよろい」であると言われました。
 池田先生は、「『忍辱』とは、侮辱や迫害を耐え忍ぶことであり、忍耐といってよい。平和といっても、粘り強い対話から始まる。忍耐は、すべての大業の原動力である」と綴られています。
 
 志賀 忍耐によって、勝利することができる。忍耐があれば、何事も成し遂げられる――青年として、心に刻んでまいります。
 
 原田 対談を終了した際には、博士から先生に「メモ」が託されます。そこには、20世紀を代表する科学者のルネ・デュボス博士や、ローマクラブ創立者のアウレリオ・ペッチェイ博士など、博士の友人である何人もの世界的な学識者の名前が記されていました。
 そして、このように伝言されます。「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」
 
 長谷川 先生は、紙片の文字を追いながら、博士の伝言を何度も、かみ締められ、決意されるのです。“よし、やろう! 人類の平和のために、世界に対話の旋風を巻き起こそう。仏法の人間主義の哲学をもって、世界を結ばねばならない……”と。
 
 原田 こうして、先生の「対話闘争」は開始されるのです。慈悲と勇気の「対話」こそ、時代を変える武器です。真心の「対話」こそ、友情と幸福と正義を広げる道です。御書には「声も惜まず」(726ページ)と仰せです。私たちも、それぞれの使命の舞台で、「対話闘争」を勢いよく起こしていきたい。

冷房時の室温28度


 志賀 学会では本年も、5月から「クールビズ」を励行してまいります。
 
 長谷川 これは、冷房時の室温が28度でも、快適に過ごせるようにするための取り組みです。具体的には、男性であれば、「ノーネクタイ」などの軽装で会合等に参加します。
 
 伊藤 クールビズの認知度は年々上がっており、環境省が昨年10月に行ったインターネット調査では、約9割の人が、運動への理解を示していました。
 
 原田 地域によって、柔軟な対応が必要となりますが、地球温暖化対策や節電対策に有効ですので、積極的に実施していきたい。

◆〈みらいへの記〉 宮城 七ヶ浜本部 東日本大震災から6年2カ月
 海と共に生き続ける 町の魅力を再発見した

 
七ケ浜町の菖蒲田海水浴場。本年夏から本格的な「海開き」を再開予定である
七ケ浜町の菖蒲田海水浴場。本年夏から本格的な「海開き」を再開予定である

 東日本大震災から6年2カ月。連載「みらいへの記」では毎月11日を中心に、「今」「この時」の東北の姿を紹介する。今回は、宮城県七ケ浜町の七ケ浜本部を訪ねた。

◆〈信仰体験〉 県境にボリューム自慢の飲食店 
 亡き夫と築いたこの店は私が戦うと決めた場所!


 【熊本県・あさぎり町】宮崎との県境。町を横切る国道沿いに、飲食店なのに不思議な名前の店がある。
 「しいばストアー」
 建物は築40年以上と古いが、店内は掃除
◆〈信仰体験〉 サラリーマンから一転、経営者に 
 軽くて折り畳めるダンボール製ヘルメット(防災用帽子)が好評


 【神奈川県平塚市】近年、東日本大震災や熊本地震、鳥取地震などの災害が続き、防災グッズへの関心が高まっている。

2017年5月10日 (水)

2017年5月10日(水)の聖教

2017年5月10日(水)の聖教

◆わが友に贈る

苦難こそ人生の宝。
逆境が人間を鍛える。
自分を強くする。
宿命を使命に転じゆく
挑戦のドラマを共に!

◆〈名字の言〉 2017年5月10日
 

 明治の作家、樋口一葉。満足に学校教育を受けられなかった彼女にとって心強い味方が「図書館」だった。「よむとよむ程に、長き日もはや夕暮に成ぬるべし」(『一葉語録』岩波現代文庫)。時を忘れ、読書に没頭した様子がつづられている▼当時、日本に図書館は数えるほどしかなかった。閲覧室は男女別とはいえ、利用者のほとんどが男性で、女性にとっては居心地のよい空間とはいえなかったろう。そうした中で、一葉は読書に励み、文学者としての素養を培っていった▼文部科学省の調査によれば、全国の公立図書館の数は過去最高を記録(平成27年度)。別の調査では、500近い自治体が、図書館で地域活性化への事業に取り組んでいることが分かった。内容も、子ども向けの読み聞かせから高齢者を対象にした健康講座までと実に幅広い▼地域に開かれ、人々の交流の場としての役割も担う現代の図書館。その需要は、いや増して高まっているといえよう。池田先生は「『文化の力』は偉大である。人間の心を潤し、心を広々と開いていく」と述べている▼5月は「図書館振興の月」。良書や向学の人との出合いは、見識と人間性を深める好機となる。図書館という“精神遺産の宝庫”“地域の学びの場”を大事にしたい。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年5月10日

 対話で橋を架け人類結ぶ
 SGIの実践こそ平和の
 直道―博士。希望の光源
      ◇
 厚田の墓園の桜が市民を
 魅了。麗しき師弟の結晶。
 広宣の友の功徳も万朶と
      ◇
 語った分、仏の種を植え
 られる―戸田先生。自他
 共の幸福の為に語り捲れ
      ◇
 正確な報告・相談が組織
 の生命線。幹部は迅速に。
 “鉄の団結”で勇躍前進を
      ◇
 理想の上司像「相談型」が
 トップ―新社会人。聞き
 上手の元から後輩は育つ

◆社説    疲れをためない工夫を  聡明に休養取り健康勝利の日々


 新年度がスタートして1カ月余り。環境の変化や気温差から疲れやストレスがたまりやすく、五月病、また熱中症や風邪などに注意が必要な季節だ。心して体調管理に努めたい。 健康維持のためには、疲れたら休むのが鉄則。だが、俗に「休み下手」といわれる日本人には、疲れても休まない人が少なくない。勤勉が美徳とされるあまり、休むことに、何となく罪悪感やマイナスイメージがつきまとう。
 スポーツの世界では「休養」「睡眠」は重要な意味を持つ。第一線で長く活躍するアスリートは、練習メニューの中にこれらを計画的に組み込み、心身のケアに努める。高校の運動部でも、練習一辺倒ではなく、定期的に休養日を設け、好成績を挙げている学校があるという。
 一方で、「積極的休養(アクティブレスト)」という言葉もある。激しい運動の後では、急に安静にするよりも、軽いトレーニング等を行いながら徐々に体を休めていく「積極的休養」を取り入れた方が、疲労回復の効果が高いという。
 「休養」には文字通り、心身を「休ませる」という意味とともに、趣味や散策、社会的活動などでリフレッシュして英気を「養う」という側面もある。どちらの場合も、疲れを解消し、より高い本来の能力を発揮するためには必要不可欠な行為といえよう。
 「疲労」は「痛み」「発熱」と並ぶ「3大生体アラーム(警報)」といわれる。放置して無理に無理を重ねれば、やがて大きな病気を引き起こす。
 高齢者はもちろん、働き盛りの世代であっても、少しでも疲れや体調異変を感じたら、きちんと休むことが大切だ。
 池田先生は、健康へのアドバイスとして、「大事なのは、『疲れをためない』ことです。これは、すべての病気の予防に通じる。そのためには、睡眠を上手にとることです。ある程度の年齢になれば、なおさらです」と語っている。
 友の幸せのために奔走する多忙な日々にあって、尊い同志が疲れていないか、体調を崩していないかなど、細心の注意を払い、皆が健康で生き生きと前進できるよう、会合の持ち方、活動の在り方についても十分な配慮が求められる。
 聡明に工夫し、疲れを取り、生活リズムを整えることも、大切な“戦い”である。“広布のために健康になろう。長生きしよう”という真剣な祈りで、健康勝利の実証を厳然と示し切っていきたい。

◆きょうの
発心   師に誓った弘教拡大を果たす2017年5月10日

御文
 師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり  (御義口伝、748ページ・編1594ページ)
通解 「師」とは師匠が授ける妙法、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師弟が共に唱える音声をいう。「作」とは「おこす」と読む。末法で南無妙法蓮華経をおこすことをいう。

 師と弟子が、共に妙法を唱え、弘めゆくことが「師子吼」の意義である、との仰せです。1998年(平成10年)、大学進学を機に愛知から京都へ。大学1年生の新年に「青年時代に20人に弘教を」と誓い、折伏に走りました。
 転機となったのは、99年5月27日に京都平和講堂で開催された本部幹部会でした。“今、勝たずして、いつ勝つのか!”と決意し、唱題を重ねて迎えた当日、勤行指導を続けていた友人が入会を決意。人生初の折伏が実り、師弟共戦の原点を築くことができました。
 卒業後、本部職員となり、兵庫を経て大阪の地に。昨年の5月3日には、20人目の弘教を達成。誓いを果たし、師匠に勝利の報告をすることができました。昨年入会した友人は、本年、関西文化班大学校にも入校しました。
 関西文化班は会合での音響操作・映像制作に携わる人材グループです。常勝関西の拡大の推進力として、師子吼してまいります。   関西文化班委員長 西脇正史

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   三十九  (6067)
 


 それは、太陽のような輝きに満ちていた。
 さわやかな希望の笑顔があった。清らかな生命の光彩があった。誇らかな青春の躍動があった。
 鼓笛隊総会は、メンバーの練習の成果をいかんなく発揮する華麗なる祭典となった。
 プロローグでは、山本伸一が作詞した鼓笛隊愛唱歌「平和の天使」の軽快な調べに合わせ、ブルー、ピンクの旗を使ったフラッグ隊の巧みな演技が喝采を浴びた。
 第一部「世界の広場」では、フランスのロワールの古城やシャンゼリゼ通り、中国の天安門広場、アメリカ・ニューヨークの摩天楼、パリの凱旋門と、次々と背景が変わる舞台で、ドラムマーチやドリル演奏が、華やかに、力強く繰り広げられていく。愛らしいポンポン隊の演技には、微笑みが広がった。
 第二部「希望の行進」では、「『軽騎兵』序曲」「さえずる小鳥」の演奏のあと、交響詩「民衆」となった。
   
 〽水平線の彼方
  大いなる海原のうねりにも似た民衆……
   
 友情出演した壮年部「地涌合唱団」、婦人部「白ゆり合唱団」、男子部「しなの合唱団」、女子部「富士合唱団」が、荘重な調べに合わせて、見事に歌い上げていく。
 詩「民衆」は、一九七一年(昭和四十六年)九月、東京・墨田区の日大講堂で行われた女子部幹部会を祝して山本伸一が贈った詩である。彼はこの詩で、本来、最も尊ぶべき民衆の歴史は、常に権力者によって蹂躙され、受難と窮乏の涙で綴られてきたことを訴え、沈黙と諦観と倦怠に決別し、民衆が主役の歴史を創ることを呼びかけたのだ。
   
 僕は生涯 君のために奔る
 一見 孤立して見えるとしても
 僕はいつも君のために
 ただ君のために挑戦しゆくことを
 唯一の 誇りある使命としたい

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 弘教と人材の拡大光るアメリカ
 港湾都市オークランド 新会員のための集い
 常に「原点」に立ち返る

「グランドレイク・テメスカル支部」の集いは、毎週日曜日に行われている。人種や文化の垣根を超えて、仲良き“SGI家族”の語らいが広がる(先月16日、オークランド市内で)
「グランドレイク・テメスカル支部」の集いは、毎週日曜日に行われている。人種や文化の垣根を超えて、仲良き“SGI家族”の語らいが広がる(先月16日、オークランド市内で)

 1960年、池田大作先生が海外訪問の第一歩をしるした原点の国・アメリカ。同国SGI(創価学会インタナショナル)では今、弘教と人材の拡大が勢いを増し、世界広布の伸展を力強くリードしている。その原動力の一つとなっている会合が開かれると聞き、先月16日、カリフォルニア州オークランド市のメンバー宅を訪ねた。(記事=萩本秀樹、写真=笠松光一)
 アメリカ西海岸の大都市・サンフランシスコと、湾を挟んで対岸に位置するオークランド市。古くから港湾都市として栄え、近年では、IT企業の進出で住宅価格が急騰するサンフランシスコの“ベッドタウン”としても注目を集める。
 取材に訪れたのは、デン・ヒルさん(副支部長)とアーニャ・ヒルさん(地区副婦人部長)夫妻の自宅で行われた「イントロダクション・トゥ・ブディズム(仏法入門)」。この会合は、友人や新入会者向けに定期的に開かれる、アメリカSGI伝統の取り組みである。
 デンさんは、先に信心を始めたアーニャさんの紹介で、26年前に入会した。医師として何不自由ない暮らしだったが、誰もが分け隔てなく語り合えるSGIの輪の中に、本当の幸福を見つけたという。
 「皆の力になれるなら」と、12年間、自宅を同会合の会場として提供してきた。SGIの発展を支えているのは、そんな一人一人の真心である。
 ◇ 
 進行役はマイケル・リーさん(副支部長)。アメリカでは原則、35歳を過ぎると、男子部は壮年部となる。36歳のリーさんは“ヤング壮年部”だ。
 実はリーさんは、会合が行われたグランドレイク・テメスカル支部の所属ではない。参加者の付き添いで来たところ、「司会は若い者がやらないと」と、皆に推されて務めることになったのである。
 この日、集まったのは15人。入会5年以内のメンバーが6人で、そのうち3人が、今年に入って信心を始めた。
 毎回、フレッシュな顔ぶれがそろう同会合。式次第に決まりはなく、参加者が仏法の基礎を学び、自由に意見や疑問を言い合えるよう、プログラムがつくられていく。
 この日も、大半がディスカッションに費やされた。
 テーマは「あなたにとって、唱題とは?」。一斉に参加者の手が挙がる。
 「南無妙法蓮華経の『経』という字は、“声”に通ずると学びました。そこに奥深さを感じました」。そう語ったのは、3月に入会した壮年部のマルビン・ミラーさん。
 上司との人間関係に悩み、改善を試みようとするたびに不当な扱いを受けた。次第に自分の殻に閉じこもり、意見を言うことに臆病になったという。
 だが仏法に出あい、力強く題目を唱えると、「環境は必ず変えられる」との確信が湧いた。
 「その心の変化こそ、素晴らしい功徳だね」と、参加者から称賛の声が飛んだ。
 先月、入会したヘタル・ナイクさん(婦人部員)が続く。
 「以前の私は、小さなことで傷ついたり、怒ったりを繰り返していたわ。でも唱題を続けると、その“感情のジェットコースター”がなくなったの。水が流れるような穏やかな心境かしら」
 皆が納得の表情を浮かべる。仏法を実践する一日一日が、新しい自分を発見する“学びと気付きの日々”であることを、新入会の友は教えてくれる。
 入会数十年のメンバーも、目を輝かせ、口々に信仰の喜びを語った。
 会場提供者のアーニャ・ヒルさんは「仏法対話を重ねてきた近隣の友人が、先週、初めて会合に参加してくれたわ!」。
 大拍手の余韻に包まれる中、皆で教学誌「リビング・ブディズム」の4月号を開く。
 そこには、「何があろうとも、恐れず、嘆かず、惑わず、題目を唱え、立ち向かう勇気の一念から、大いなる境涯が開かれる。そこに、今世の幸福勝利はもちろん、三世永遠に崩れぬ金剛不壊の大生命を、自他共に築いていけるのだ」との池田先生の指針が掲載されていた
 飛び入り参加のはずのリーさんが、ディスカッションをまとめる。
 「今はまだ入会間もない皆さんも、やがては信心の“先輩”となります。でも、何年たっても、私たちの使命は変わりません。身近な人の幸せを祈り、誠実に対話をすることです。その積み重ねに、真の幸福があるのではないでしょうか」
 その後は質疑応答。誰かが疑問を投げ掛け、あちこちから答えが飛ぶ。そんな光景が繰り広げられた。
 「夜、仕事から家に帰ると、もうくたくた。そこから家事をやらなきゃいけない。唱題する時間を確保するのが挑戦だわ」(入会3カ月の2児の母)
 「夢や目標を書き出してみると、“祈ろう!”って思える。朝少し早く起きるとか、できることから始めるといいんじゃないかな」(入会45年の友)
 「『本因妙』という考え方があるわ。常に“今、ここから”と捉えるの。思うように唱題できない日があっても、くよくよせず、また次の日から頑張りましょうよ」(入会40年の婦人)
 「勤行の発音が上手にできなくて、“これで大丈夫かな?”って考えながら唱えているかも……」(1月に入会した青年)
 「発音やリズムは難しいけれど、大切なのは『心』だと、私も教わりました。純粋な思いで御本尊に向かうことを心掛けています」(入会11年の壮年)
 そして最後に、皆でゆっくりと勤行を。ぴったりと声が合っているのが印象的だった。
 会合を終え、参加した全員が発言していたことに気付いた。皆が主役の会合だった。
 立ち上がり、帰り支度を始めても、語らいは尽きない。そばの誰かをつかまえて、「私が入会したころはね」「最近、祈りがかなってね」と、思い思いに話題を広げていく――。
 入会した時や、発心した時。何かを乗り越えられた時。仏法の魅力に心動かされ、人生を懸けようと決めた瞬間を「原点」と呼ぶなら、それは誰にでも、何度でもあっていい。
 そんな原点を確認し合える、老若男女の語らい。この場所と同志の存在が、世界広布の「原点」の誇りで前進する、アメリカの発展の力である。
 ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆イタリア各地で歓喜の州幹部会   各地で歓喜の州幹部会

   
首都ローマに集ったラツィオ州の友
首都ローマに集ったラツィオ州の友

 欧州広布の要・イタリアの各州で4月、歓喜あふれる幹部会が行われた。
 各会場には、若き世代の姿が目立った。今、同国SGIをリードするのは青年部である。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆アフリカに高まる教学の息吹 
 昨年実施された第1回統一実力試験の喜びと反響
 「師弟」と「御書」と「団結」こそ我らの拡大・前進のエネルギー

アフリカメンバー対象の教学研修会。活発な質疑応答が行われた(4月17日、東京・新宿区の戸田記念国際会館で)
アフリカメンバー対象の教学研修会。活発な質疑応答が行われた(4月17日、東京・新宿区の戸田記念国際会館で)

 21世紀の希望大陸・アフリカの各国で、教学研さんの息吹が一段と高まっている。中でも昨年11月から12月にかけて19カ国105会場で第1回の「アフリカ統一教学実力試験」が実施され、求道の心光る多くの友が受験した。世界広布新時代の今、アフリカの同志が、どのように仏法を学び、伝え広めているのか――SGI春季研修会(4月13~17日)で来日した友に取材した。
 「アフリカの皆さまから今年も統一教学実力試験を開催したいとの要望を伺いました。教学研さんのさらなるうねりを起こし、世界宗教として輝く歴史を共々に築いていきましょう!」
 先月17日に行われたアフリカメンバー対象の教学研修会で、森中SGI教学部長から第2回統一試験の開催の決定が伝えられると、拍手と歓声が上がった。
 それほど、昨年の初の統一試験の反響は大きかった。トーゴSGIのイダ・アジェビ議長は語る。
 「アフリカには人から人へと語り継ぐ『口承文学』の伝統があります。そのためでしょうか、読み書きに不慣れな人もおり、筆記による教学試験は、私たちにとって大変な挑戦でした。しかし、いざ試験を行ってみるとどうでしょう! 全てのアフリカの友が、幸せな気持ちでいっぱいになっているんです! 教学が広く行きわたるよう、これからも挑戦し続けたい」
「破邪顕正の重要性学んだ」
 第1回の統一教学実力試験は全5問。日蓮大聖人の御生涯、「一生成仏抄」「阿仏房御書(宝塔御書)」の御書2編、さらに「仏教の人間主義の系譜」「日顕宗を破す」から出題された。
 カメルーンSGIのクレール・ディコンゲ理事長は「出題範囲となったテーマが素晴らしく、感動しました。大聖人の御生涯を知ることで仏法を身近に感じ、御書では大事な基礎教学を学習し、『日顕宗を破す』を通して正邪を明らかにしていく重要性を学びました。信心の確信を深める、とても良い機会になりました」と、受験者をはじめ試験に関わった友の思いを代弁した。
皆で歓喜を共有
 これまでも、アフリカ各国の友は、日本での研修から帰国すると、学んだことや感じたことを同志に余すところなく伝えてきた。その歓喜が歓喜を呼び、各国のSGIは、大きく発展を遂げてきたのである。
 近年では、研修会の感動をいち早く伝えようと、インターネットを利用したテレビ電話で各国と日本を結ぶ“アフリカ・テレビ会議”を開催。今回はガーナ、ケニア、南アフリカの全10会場と東京・新宿区の戸田記念国際会館をつないで行われた(4月15日)。
 「題目の重要性を改めて実感しました!」
 「諦めない勇気と、陰の戦いに徹する大切さを学びました!」
 研修会に参加したメンバーの口から次々と決意の言葉があふれ、画面に映る各国の同志と歓喜を分かち合っていた。
 アフリカからの研修会参加者は、すでに延べ1000人を超えているという。テレビ会議や帰国後の報告会は、歓喜や感動を共有するだけではない。かつて研修会に出席したメンバーが原点を思い起こし、さらなる誓いを立てる場ともなっている。
世界広布の主役との自覚と責任
 アフリカの友の教学の深まりを象徴しているのが、研修会で寄せられる質問の内容だ。
 「宗教間対話を進めていくことと、立正安国の精神に基づく破折の違いについて教えてください」
 「異体同心の団結を強固にするには、どうすればよいでしょうか」
 「信心の純粋性を保ち続けていくために、何を心掛けるべきでしょうか」
 どの質問も、自国の広宣流布をどう進めるのか真剣に悩み、池田先生の後継の弟子として戦い抜く自覚と責任感に裏打ちされたものばかり。
 アフリカの友のまなざしと振る舞いには、「師弟」と「御書」と「団結」を前進のエネルギーに、世界広布新時代の拡大の旗手として走り続けるとの誓願がみなぎっていた。
トーゴSGI チャンジャ婦人部長

●確信もって一歩深い対話へ


 統一教学実力試験によって、メンバー一人一人が仏法の知識と信心をさらに深めることができました。
 御書の多くは、日蓮大聖人が門下を励まされたお手紙です。今の時代に置き換えながら、“私たちに認めてくださったのだ”との思いで研さんに取り組みました。
 まずは、受験の推進です。試験と聞くや「受けたくない」と言う人もいましたが、「普通の筆記試験ではなく、信心を深めていくための試験なんですよ」と、一人一人に丁寧に対話をしながら訴えました。
 その結果、わが国では小さな村に住むメンバーも挑戦するなど、470人が受験することができたのです。
 試験当日。「勉強する時間がなかったから行きたくない」と言っていたメンバーが、試験を終え、満面の笑みで会場から出てきた姿を見て、“本当に良かった”と思いました。
 そうした光景を見ながら、仏法を学ぶことで皆が宿命転換できるに違いないと、喜びが湧いてきました。
 学習会は班・地区・支部・本部の単位で行いました。教材のほかに、トーゴSGIの機関誌「目覚めの種子」に掲載された、トーゴ教学部による資料も用いました。
 わが国には子どもの頃に学校に行けず、読み書きができない女性もいるため、そういうメンバーには、教材を読んで聞かせ、一緒に声に出しながら学び、口頭での試験を行いました。
 仏法の知識を深めることで、一歩深い対話ができます。また、苦難に直面した時こそ、御聖訓や池田先生の指針を思い起こすという習慣を身に付けたメンバーを、さらに増やしていきたいと思っています。
 受験者からも「教学試験のおかげで、御文や池田先生の指針をより身近に感じるようになった」との声がありました。
 トーゴ平和会館の誕生から1年がたちました。近隣の方のみならず、首都ロメ中の人々から注目を集めています。
 この「折伏の城」「平和の象徴」である会館を中心に、題目の渦を巻き起こし、師匠の心をわが心として、大拡大を成し遂げていきます!
カメルーンSGI コシェレ総合青年部長

●試験を通して求道と研さんのリズムが


 昨年の教学試験は私たちアフリカにとって、とても良い信心錬磨のチャンスだったと思います。
 仏法の知識や教義の捉え方が地域や人によって、ばらばらだと感じていましたので、統一的に学ぶことでアフリカ広布の前進につながったと確信します。
 また、役職に関係なく全メンバーが対象になったことも素晴らしいと思います。
 私はカメルーンSGIの機関誌「共鳴」の制作に携わっていますが、教材用のページも活用しながら、学習に取り組んでいけるようにしました。
 カメルーンは8本部ありますが、壮年・婦人部は本部ごと、女子部は支部ごと、男子部は地区ごとに学習会を行いました。カメルーンは男子部の人数が一番多いのです。
 月曜は婦人部、火曜は壮年部、木曜と土曜は青年部といった形で週のリズムをつくりながら学び合い、受験者の多くが正答率7割以上を達成できました。
 青年部は学習会で質問に答える役も買って出ました。毎週、新たな質問が寄せられるので皆、必死になって学びました(笑い)。
 学会や三代会長の歴史以外に、SGIの活動に対する質問も多かったため、池田先生の小説『新・人間革命』や随筆などと照らし合わせながら回答しました。
 この青年部の質疑応答が好評で、受験しない人も参加するようになりました。そして、試験が終わっても要望があり、今も月1回の開催を続けています。
 カメルーンの国民性でしょうか、まず自分が見て、知って、理解してから、それを踏まえて自分の行動を決める人が多いように思います。そのため、教義を理解した上で入会を決めたいという人が多い。ですので、良いものだと知ったら、とことんやります(笑い)。
 また、青年が入会する場合は、親の理解が必要です。そのため、まず親を折伏してから青年を折伏することも多いのです。そうした意味でも、教学が大切だと痛感しています。
 さらなる教学研さんに取り組みながら、池田先生への報恩感謝を胸に、自身の人間革命に挑み抜きます。

◆〈信仰体験〉夫が高次脳機能障害を越え社会復帰 妻は乳がん(ステージ3b)を克服


 【堺市北区】夫が病に倒れ、介護が必要になった時、妻ががんに襲われた。この状況を、山下京子さん(56)=金岡支部、区副婦人部長=は、どう打開していったのか――。…
 

2017年5月 9日 (火)

2017年5月9日(火)の聖教

2017年5月9日(火)の聖教

◆わが友に贈る

リーダーが
本気の決意に燃え
自身の行動で道を示す。
そこに共感と共戦の
魂の波動が生まれる!

◆〈名字の言〉 2017年5月9日
 

 人影のない山村で遅咲きの桜を見た。日差しの少ない痩せ地によくぞ咲いたものだと近づくと、たくさんのハチが花の蜜を吸っていた。生育条件が悪かろうとも、誰が見ずとも凜と咲き、命を育む桜には風格があった▼かつて暑い時期の本紙に、池田先生のこんな詩が掲載された。「春だ 桜だ 人生だ」。横には、桜は夏から翌年の開花の準備を始めるという趣旨の文章が添えられていた。花の見頃は短い。だが、その晴れ姿は春夏秋冬、いな、大地に根を下ろしてからの間、厳しい自然環境と戦い、勝った証しともいえよう▼この黄金週間、各地のイベントに音楽隊の雄姿があった。日本一の実力を誇る創価ルネサンスバンガードが、マーチングバンドの大会で演奏する時間は、わずか8分間。しかし、そのショーの完成までに年間を通して懸命な練習を積み重ねる▼メンバーは現実社会での悩みや課題と格闘しながら、学業や仕事、学会活動に取り組んでいる。苦労を誉れとする志は、音楽隊結成以来の伝統だ。その彼らの生み出す音楽だからこそ、聞く人の胸に響くのだろう▼風雨に打たれず成長した樹木はない。不遇な環境にも倒れず、必死に生き、爛漫と

◆〈寸鉄〉 2017年5月9日
 

 観念ではなく現実に対話
 広げる学会は平和の力―
 識者。今日も地道な一歩
      ◇
 女子部が月間開始。師弟
 の誓い胸に希望の語らい
 を拡大。凱歌の花と咲け
      ◇
 音楽隊の日。戦う生命が
 紡ぐ勇気の旋律!創価の
 楽雄ありて広布は大前進
      ◇
 新社会人・新入生よ連休
 明けこそ勝負だ!朝の勤
 行から生命力満々と進め
      ◇
 「チーム意識」が芽生えた
 職場ほど生産性高いと。
 わが振舞で心を結ぶ人に

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十八 (6066)

  


 午後六時半、山本伸一は、荒川文化会館を出発し、鼓笛隊総会の会場である荒川区民会館へ向かった。
 車に乗る時、同行の幹部が言った。
 「ここから二百メートルほど行きますと隅田川です。川の向こうは足立区になります」
 「そうか、足立か。できることなら、足立にも行って、皆を励ましたいな。
 先日、足立の婦人から手紙をもらったんだよ。あれが、みんなの思いなんだろうな。
 ――先生が会長を辞任されてから、本当に寂しくて辛くて仕方なかった。そのうえ、週刊誌などが無責任な学会批判を重ねるので、友人たちもそれを真に受け、ああだ、こうだと言ってくる。悔しさで胸がいっぱいになる。でも、負けません。今こそ、学会の、先生の正義を叫び抜いていきます。
 こういう内容だった。この闘魂が、“不屈の王者・足立”の心意気なんです。私は感動しました。皆、歯を食いしばって、頑張り抜いている。本当に頭が下がる。皆さんには、断じて幸せになってほしい。そのための信心であり、学会活動だ。だから試練の時こそ自らを鼓舞し、広宣流布の庭で必ず勝利の花を咲かせ、見事な幸の果実を実らせてほしい。
 どうか、足立の皆さんに、『日々、お題目を送っています。自分に勝ってください。宿命に勝ってください。広布の戦いに勝ってください。そして、幸せの花薫る勝利の人生を!』と伝えてください」
 車中、伸一は、足立の同志たちを思い、真剣に心で題目を唱え続けた。
   
 「二〇〇一年 大いなる希望の行進」をテーマに掲げた第三回鼓笛隊総会の最終公演が、二十六日午後七時から、荒川区民会館で華やかに行われた。新世紀をめざす、この“平和の天使”たちの活動も、学会が進めている文化・教育の運動の一つである。
 山本伸一は、鼓笛隊から再三にわたり出席を要請されており、皆を元気づけることができればと、招きに応じたのである。

【聖教ニュース】

◆足立・調布・目黒・中野・新宿で団結の集い 「炎の東京大会」60周年の7月へ
 さあ凱歌の大行進を共に  原田会長、永石婦人部長らが激励



 師弟の月・7月が近づくたび、全国の同志の心は燃える。
 中でも、東京の友にとって本年は格別の意義がある。「炎の東京大会」60周年を迎えるからだ。
 若き日の池田大作先生が無実の罪で投獄された「大阪事件」の渦中、不当逮捕に抗議する「東京大会」が蔵前の国技館で開かれたのは、1957年(昭和32年)7月12日。
 後に池田先生はその歴史を随筆につづり、こう呼び掛けている。
 「いつ、いかなる時も、真っ向から勇敢に戦う。これぞ、広布の本陣・大東京の魂だ」
 「炎の原点の七月。久遠より願い求めて使命深き本陣に集った、わが敬愛する三世の同志よ! まず自分自身が、常勝の人間であってくれ給え!」(「随筆 新・人間革命」)
 栄光の「5・3」から、東京凱歌の7月へ――大行進を続ける同志の集いが、各地で行われた。
 足立総区の地区部長・地区婦人部長会は7日の午前と午後、それぞれ足立池田記念講堂で堂々と。
 両会合では金澤総東京長、竹岡青年部長らのあいさつに続き、竹内総区長が「『王者・足立』の誇りを胸に、生まれ変わった勢いで前進を」と力説。永石婦人部長は「自らの振る舞いを通して“友を尊敬する心”を広げ、わが街を友情と幸福の楽土に」と念願した。
 原田会長は、広宣流布の闘争においては「誰かがやるだろう」との油断こそ、大敵であると強調。「全リーダーが『一人立つ』学会精神を燃え上がらせて、『先駆の拡大』『一対一の励まし』に徹しよう」と訴えた。
 目黒総区の同志も同日、意気軒高に会合を開いた。
 目黒戸田区の集いは目黒平和会館で。萩本主任副会長の後、山田幸代さんが活動報告。師弟有縁の地・目黒での広布拡大を通し、人間革命を果たせる感謝を述べた。仲宗根宗吾区長、中島昌子同婦人部長が、友の心を揺り動かす誠心誠意の語らいをと呼び掛けた。
 目黒池田区の集いは目黒国際文化会館で、にぎやかに。山口総区長の話に続き、渡邊美喜さんが一家で地域に信頼の輪を広げる喜びを語った。松本英雄区長、猶本保子同婦人部長は、「誓願の祈りとともに、自らの心の壁を破る挑戦を開始しよう」と力説した。
 両区の会合には原田会長、永石婦人部長が駆け付け、異体同心の創価家族をたたえた。
 新宿総区の大会は同日、巣鴨の東京戸田記念講堂で力強く。奥山総区総合長、森口同総合青年部長などの後、山田総区長、萩原同婦人部長が「世界広布の本陣・新宿の底力を満天下に示そう!」と強調。笠貫婦人部副総合長に続いて長谷川理事長は、新時代の“まさかが実現”の歴史を打ち立てようと語った。
 また、中野総区の同志も6、7の両日、各本部で勇躍の集いを行った。
 調布総区の地区部長会は8日、調布文化会館で。吉原第2総東京総合長らの話の後、赤須総区長、波多野同婦人部長が「鉄壁の団結と一人一人の勇気の行動で、勝利の突破口を開こう」と強調。橋口第2総東京婦人部長に続き、谷川主任副会長は、広宣流布への揺るぎない一念を燃やし、拡大の勢いを増していこうと励ました。

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉9  今日も「慈折広布」の大道を
 

 晴れやかな「創価学会の日」を、世界中の内外の宝友から慶祝していただき、心より御礼申し上げたい。
 5月は、恩師・戸田先生が会長に就任され、「大法弘通慈折広宣流布」の御本尊を発願なされた月である。「慈折」の二文字、すなわち「慈悲の折伏」に、人類を照らす世界宗教の大光がある。
 3日には、広宣流布大誓堂で勤行し、全同志が健康長寿であれ、無事安穏であれ、そして幸福勝利あれと深く祈念した。
 御宝前には、総東京男子部の署名簿なども供えられており、若き地涌の友どちよ、一人も残らず栄光凱歌の青春をと祈った。
 7日には、恩師にゆかりの目黒区などを車で回り、同志に題目を送った。目黒の三田は、65年前の5月に、私たち夫婦が新出発をした地でもあり、発展の様子を懐かしく見つめた。
                ― ◇ ― 
 「創価学会母の日」には、敬意と感謝を込めてピアノで「母」を弾いた。
 明るくたくましく育ちゆく未来部と青年部へ届けと「こいのぼり」「月の沙漠」そして“大楠公”を。恩師の故郷・北海道に思いを馳せ「さくら」も奏でた。
 厚田の戸田記念墓地公園は8千本の桜が満開となり、“さくらまつり”が多くの来賓方を迎えて行われる。開園より40年にして、来園された方も1千万人を超えたと伺った。
 あの夕張での闘争からは60年――。愛する北海天地の父母たちは地域の信頼の柱と仰がれ、三代城の丈夫も、華陽の乙女も、目覚ましく成長してくれている。恩師がどれほどお喜びか。
 昭和32年の7月3日、北海道から大阪へ向かう途中、羽田空港に降り立った私に、恩師は言われた。
 「広宣流布は、現実社会での格闘なのだ。どんな難が競い起ころうが、戦う以外にないのだ。大作、征ってきなさい!」と。
 不二の師弟に恐れなし。
 元初から誓った「立正安国」の遠征を勇敢に続け、正義の勝利を一つ一つ打ち立てていくのみである。
               ― ◇ ― 
 我らには「一閻浮提第一の御本尊」(御書1361ページ)がある。御本仏は「あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」(同1124ページ)と仰せである。
 感激の同志と励まし合い、共々に祈り抜き、祈り切りながら、今日も「慈折広布」の大道を、強く朗らかに進みゆこう!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・足立区

千住新橋の前で、男女青年部が広布拡大の誓いを込めて(4月30日)
千住新橋の前で、男女青年部が広布拡大の誓いを込めて(4月30日)

 東京23区の最北端に位置し、埼玉県川口市、草加市、八潮市に隣接する足立区。建設業や運送業関連の事業所が数多くある。

◆〈教学随想 日蓮仏法の視座〉 御書根本こそ学会の正道 
 高野秀行 男子部教学部長
 「不動の信心」を青年が継承
 「行学の二道」に徹する鍛えの青春を


 「どうすれば教学の力がつきますか?」「広布拡大の原動力として、御書をどのように学ぶべきでしょうか?」――御書講義を担当した折、参加者から、こうした質問をよく受ける。先月、「SGI春季研修会」で来日したアフリカ各国のSGIメンバーと森中教学部長による質問会に同席した際も、御書の内容を通した質問が相次ぎ、その求道心に感動した。本年は御書発刊から65周年。御書根本こそ学会の正道である。本稿では、私たち創価の青年が継承すべき「御書根本」の生き方について考察したい。

心肝に染めた御金言 


 「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書1361ページ)
 第2代会長・戸田城聖先生は御書の「発刊の辞」で、この「諸法実相抄」の一節を引き、「剣豪の修行」を思わせる「行学の二道」の厳格なる鍛錬が、学会の伝統と名誉ある特徴であると述べている。
 学会は創価三代の会長のもと、常に「御書根本」「御本尊根本」で世界広布を進めてきた。また、多くの同志は「行学の二道」に徹し抜く中で、御書の一節を心肝に染め、襲い掛かる宿命や苦難の嵐を乗り越え、信心の確信を深めてきたのである。
 私が19歳の時に、学生部の先輩から教わった御聖訓がある。
 それが「大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(同1351ページ)との「祈禱抄」の一節である。
 当時、折伏に挑戦しても実らずに悩んでいた私に、先輩はこの御文を通して「大事なのは『法華経の行者』の祈りだよ。祈りとしてかなわざるなしの信心だ。必ず折伏はできるよ!」と励ましてくれた。この一節を何度も拝して挑戦を続け、初めて弘教が実った時の感動は今も忘れられない。
 その後も、悩みや壁にぶつかるたびに、先輩は御書の一節や池田先生の指導を通して激励してくれた。当時の御書の書き込みは、20年以上過ぎた今も鮮明に残っている。

一度もしりぞく心なし


 御書には、日蓮大聖人の正義の叫びや迫害にも屈しない御境涯がつづられる一方、苦境にある門下への真心こもる同苦や、慈愛の励ましがあふれている。
 大聖人の御生涯は、民衆の胸中に潜む「無明」を打ち破り、妙法を流布していく大闘争の日々であった。
 大聖人は御自身の生涯を振り返り、「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)と仰せである。また、別の御書では「今に至るまで軍やむ事なし」(502ページ)、「然どもいまだこりず候」(1056ページ)とも述べられている。
 妙法流布に立ち上がられてから、一度も退くことなく障魔と戦い続けられた大聖人。その舞台は常に現実社会であり、眼前の課題と向き合いながら、「不退の心」で広布に生き抜かれたのである。
 大聖人は門下に対しても、“私と同じ心を起こしていきなさい”と呼び掛けられている。「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(同1190ページ)との御聖訓は、「熱原の法難」の渦中の弟子に送られたお手紙である。
 当時の門下も、迫害や試練に直面するたびに大聖人の励ましを受け、信心根本に難と立ち向かい、勝利を開いていったに違いない。
 いかなる状況においても、「勇気」や「執念」の心で、信心根本に戦い続ける――。これこそ私たち学会員が実践する「人生勝利の要諦」である。学会員の偉大さとは、苦難に直面しても逃げずに向き合い、挑んでいけることではないだろうか。

八風に負けない賢人
 

 大聖人は弟子の四条金吾に、「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり」(同1151ページ)と仰せである。
 「八風」とは、仏道修行を妨げる八つの働きのこと。それは皆が望み求める「四順」と、皆が嫌がり避ける「四違」とに分かれる。
 「四順」とは、利益を得て潤う「利い」、世間から誉められる「誉れ」、人々からたたえられる「称え」、心身が楽しい「楽しみ」のこと。また「四違」とは、さまざまに損をする「衰え」、世間から軽蔑される「毀れ」、人々から悪口を言われる「譏り」、心身にわたって苦しむ「苦しみ」のことである。
 大聖人は、この八風に侵されない人こそ、「賢人」であると述べられている。
 生きていれば、楽しみや苦しみがあるのは当然である。いわば、八風のない生活はあり得ない。大事なことは、順風であっても、逆風であっても、それを自分自身の成長と勝利のための「追い風」「原動力」へと変えていけるかどうかである。
 その方途が「南無妙法蓮華経」の唱題行であることも、大聖人は明確に教えられている。
 いかなる苦難にも負けずに戦い、不動の自分自身を作り上げる――。これが私たちの信仰の目的である。また、大聖人が示された「戦う心」「不動の信心」を継承していくことこそ、青年部の使命であろう。 

戦いの中での研さん
 

 私は本紙の記者として、これまで数多くの同志を取材する機会に恵まれた。その中で、自身の病と闘いながら、同志を励まし続けた大阪・豊中の男子部員が忘れられない。
 彼は38歳で末期がんの宣告を受け、抗がん剤治療を開始。「5年生存率は13・2%」という厳しい現実と対峙しながら唱題に励み、学会活動に走った。
 病気になって、彼は池田先生の『生死一大事血脈抄講義』を熟読し、真剣に御書を研さんするようになったという。そして、学会や同志と共に生きるありがたさを実感。自身の生きる意味や使命について考えた。
 取材で彼は語っていた。「昔は『いい車に乗りたい』『金がほしい』ということばかり考えていた。でも病気になって、それらが全く意味のないものに思えてきた。むしろ、限りある『生』を病や困難で苦しむ人々のため、広布のために使えることが本当にうれしい。病気になって池田先生の指導や御書の一節が、自身の心にびんびん響いてきます」と。
 取材後も彼とは連絡のやりとりが続き、東京にも来てくれた。死への恐怖や限られた生への執着といった率直な思いも聞いた。
 昨年1月、彼は多くの同志に惜しまれながら安らかに霊山へと旅立った。最期まで病魔と戦い、不退の青春を歩んだ彼の姿は、間違いなく勝利の人生だったと確信する。
 仏法には「生老病死」という人間の根源的な苦悩を乗り越えていく方途も全て示されている。だが、それは知っていれば良いというものではない。「大聖人の仰せのままに実践しよう」「広宣流布のために戦おう」との決意で、自他共の幸福に尽くす信心の実践の中で、体得すべきものだ。
 池田先生は語っている。「御書を学べば、勇気が出る。智慧がわく。大聖人の大精神が、わが生命に脈打つからだ。そこにこそ『難を乗り越える信心』の炎が燃えあがる」と。
 さまざまな苦難に直面しながら、一歩も引かずに戦っている男子部の友も多い。私たちは、今こそ御書をひもときながら眼前の戦いに挑み、青年の月・7月を勝利で荘厳していきたい。

◆〈信仰体験〉 「軽音楽部」の誇り胸に活躍するギタリスト

 【相模原市中央区】きょう5月9日は「音楽隊の日」。創価学会の行事はもちろん、地域のイベントや各種コンクールなどで、“希望の妙音”を奏でている。
 

2017年5月 8日 (月)

2017年5月8日(月)の聖教

2017年5月8日(月)の聖教

新聞休刊日

◆大白蓮華 2017年(平成29年)5月号
   巻頭言 若き君よ!仏法を試みよ                                    池田 大作
                                  
「池田君、何があっても、青春は『当たって砕けろ』の勇気でいこぅよ!」
 若き日、悪戦苦闘の只中で、敬愛する先輩が声をかけてくれた励ましが、今も胸に温かく蘇る。
 「青春の哲学」とは何か。それは、「思いきってやってみろ!」という一言に要約される――。こう結論したのは、アメリカの教育思想家ボーンである。
 「もし思いきってやりさえすれば、ひじょうに多くのことをなしうるのだ!」というのだ。
 いつの世も、青年の前には分厚い壁が立ちはだかる。特に現代は、若き心を萎縮させる重圧があろう。
 その中で、挑戦の勇気を解き放ち、思いきり青春桜を咲かせているのが、創価の誉れの青年たちだ。
 日蓮仏法は「太陽の仏法」である。それは青年の 旭日の生命を最大に輝かせゆく哲理といってよい。
 大聖人は、大難の中、青年門下の南条時光を鍛え育まれた。どんな圧迫があろうとも、「我が信心を試しているのか」(1540ページ、趣旨)と、うれしく思って、切り返し打ち返していくよう教えられている。
 時光の重病の際は烈々と病魔を叱咤され、「すこしも・をどろく事なかれ」(1587ページ)と激励なされた。
 御書では随所に、苦難とは仏になるための試練であると示されている。ゆえに「まことの信心が今、試されているのだ」と立ち向かえば、断じて乗り越えられないわけがない。そして、その戦いによって、境涯を開き、仏の命をより強く光らせていけるのだ。

 妙法は
  絶対勝利の
   力なり
  誓いの青春
     勝ちて飾れや

 師・戸田城聖先生は、よく言われた。
「信心も、平坦な道ばかりをゆっくり歩いていては、何も変わらない。大きな闘争があるからこそ、大きな成長があり、大きな勝利があるんだよ!・」と。
 だからこそ、青年ならば、「広宣流布」「立正安国」の大闘争に勇んで同志と共に身を投じていくのだ。
 その地道にして、粘(ねば)り強い実践にこそ、あらゆる労苦を突き抜けて、言い知れぬ生命の充実がある。
 自分が確実により良く変わり、人間革命しながら、存分に社会に貢献していく青春の喜びがある。
 「僕も変われた。君も必ず変われる」「私も人間革命できた。貴女も必ずできる」―そう自信を持って語りゆく青年の連帯が、世界をも変えるのだ。
 
 学会は、靑年が先頭に立つゆえに、常に明るい。
 もう40数年前になろうか。学会本部で行われていた首都圈のリーダーの協議会の会場に後方から入ると、最後列に、仕事をやりくりし、汗だくになって駆けつけてきた青年たちがいた。私は労いを込め、そのまま皆に後ろを向いてもらい、青年を最前列にして懇談した、楽しき思い出がある。その後、青年も先輩も共に、全てに先駆をとの心意気で、私と一緒に広布の拡大と勝利へ走ってくれた。
 「撰時抄」には、「此の度仏法を心みよ」(291ページ)と呼びかけられている。試みて絶対に悔いのない、正しき幸福と平和の大道がここにあるのだ。
 若き君よ、共々に思いきり試みようではないか!

2017年5月 7日 (日)

2017年5月7日(日)の聖教

2017年5月7日(日)の聖教

◆わが友に贈る

「ほむれば弥(いよいよ)功徳まさる」
尊き友の健闘を
最大に讃え励まそう!
喜びと感動を増して
いよいよ勝利の波動を!

◆〈名字の言〉 2017年5月7日
 

 新年度がスタートして1カ月。新入社員の中には、思い描いていた理想と、現実とのギャップを感じている人もいるだろう。“向いていないのでは……”と悩む人もいるかもしれない▼米マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏はプログラマーの採用試験に、ある課題を出した。それはIQ(知能指数)やプログラミングの技能の高さを問うものではなく、単調なトラブルシューティング(問題解決)に何時間も取り組むという、粘り強さを試す作業だった。氏は、最後まで課題をやり遂げた受験者だけを採用した(アンジェラ・ダックワース著、神崎朗子訳『やり抜く力』ダイヤモンド社)▼戸田先生は、仕事への適性に悩む青年に対し、「自分の今の職場で全力を挙げて頑張ることだ」と激励。さらに、嫌な仕事から逃げず、祈りながら努力していくうちに、最後には自分にふさわしい仕事に到達するだろうと励ました▼そもそも仕事の適性など、自分ではなかなか分からないもの。だからこそ“今の職場で勝つ”と決め、努力を重ねる。その姿勢を貫く中で、あらゆる世界に通用する力が付く。やがて、進むべき道も見えてこよう▼新社会人の挑戦は始まったばかりだ。ここからが本当の勝負。胸を張って目の前の課題に挑もう。(江)

◆〈寸鉄〉 2017年5月7日
 

 外交は礼儀正しく誠実に
 粘り強く―戸田先生。創
 価の全権大使の誇り持ち
      ◇
 中国青年部の日。師弟の
 人材山脈は隆々と!恐れ
 ぬ勇気で対話拡大に先駆
      ◇
 御書「夫れ仏法と申すは
 勝負をさきとし」。まず勝
 つと決めて、祈り、行動を
      ◇
 ウイルス検出等、PCに
 偽警告表示させ解決金を
 求める詐欺増加。要警戒
      ◇
 14歳以下の割合が過去最
 低。益々、一人が大切。一
 騎当千の若人を育てよう

◆社説   あさって「音楽隊の日」  勇気の妙音で友を鼓舞する共戦譜


 「豪雨何するものぞ」「我等の前途は多難」――1954年(昭和29年)5月9日、音楽隊が初出動した青年部の行事を報じた本紙の見出しである。この日が、5・9「音楽隊の日」の淵源となった。
 紙面には、ちょうネクタイを締め、番傘のもとで演奏する隊員の写真が掲載されている。「ラッパ手がいくら吹いても鳴らないのでラッパを下に向けたら5合位水が出て来た」とも。池田先生自らが音楽隊の指揮を執り、5000人を超す青年部員を鼓舞した。
 4月30日、北海道で行われた「三代城創価青年大会」には、クラリネットを演奏する隊員の姿が。彼の家族の原点は60年前の7月2日。学会員を圧迫する炭労に抗議の声を上げた夕張大会だ。終了後、池田先生は、青年の祖父の自宅を訪れている。
 祖父が経営するダンスホールは、当時、地域の広布の会場になっていた。先生は、スティックを手に取ると、軽快にドラムをたたいた。その響きは、徐々に力強く、勢いを増していく。「ドラムは、襲い来る嵐に向かう『出陣の太鼓』と思われてなりませんでした」と、居合わせた婦人は語っている。
 先生は、青年の祖父と同じ車に乗ると、未来を予見するように語った。「民衆次元に立っていない炭労は、かわいそうだが駄目になるよ。みんなは、この信心をしっかりやって、人生の基盤を固めていきなさい」
 7月3日、先生は冤罪の選挙違反容疑で大阪府警に出頭する。草創の音楽隊の友は、楽器を携えて関西まで駆け付けた。
 「私と不二の心で、喜び勇んで、共戦譜を綴ってくれたのが、音楽隊である。あの大阪事件の嵐の中にあっても、獄中の私に届けと、川を挟んだ対岸から勇壮な演奏を送ってくれた歴史を、どうして忘れることができようか」(音楽隊指導集『創価の楽雄』)
 音楽隊は、文字通り、豪雨の中で誕生し、いかなる逆境の嵐の中でも、人々に勇気と希望を送り、師弟直結の闘争を貫いてきた。今、音楽隊の精神は脈々と受け継がれ、未来部をはじめ、後継の人材が陸続と育つ。全隊員が、学業に、仕事に、学会活動にと、一歩も退くことなく、“両立”いな“3立”“4立”へ、挑戦を続けている。
 「絢爛と/世界に響かむ/音楽隊/諸天の力と/万民 救わむ」。「勇気の妙音」を全ての友の心へ! 民衆を鼓舞する音楽文化の旗手たちに、感謝の大喝采を送り、共に前進したい。

◆きょうの発心   師恩に報いる広布の人生を歩む2017年5月7日

御文
 過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師?生」よも虚事候はじ(生死一大事血脈抄、1338ページ・編402ページ)
通解 あなたは、過去の宿縁から今世で日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそご存じと思われる。法華経化城喩品の「在在の諸仏の土に 常に師と?に生ず」の経文は、よもや嘘とは思われない。

 三世にわたる仏法の深い師弟の関係を教えられた一節です。
 高校1年生の時に初めて池田先生にお会いしたことが原点に。創価大学時代にも幾度も励ましを頂き、師匠にお応えしゆく人生を誓いました。多くの先輩にも励まされた青春時代に、かけがえのない“創価姉妹”の絆を結び、卒業後は本部職員に。
 結婚後、悩みに直面した時も師を求め、学会活動に励む中で乗り越えてきました。師弟の道を歩む人生こそ無上の幸せです。
 昨年、家族で友好を深めてきた近隣の方が入会。区内に住む私の友人も任用試験に合格しました。
 2人の子どもは結婚相手に弘教し、孫たちが誕生。師恩に報いるため、子々孫々までの信心の継承を祈り抜いています。
 師弟有縁の中野は今、凱歌の歴史を築くべく、かつてない拡大に果敢に挑んでいます。「『師弟』に生きる人は強い。断じて、勝っていける」との指導のまま、必ず大勝利してまいります。   東京・中野総区副婦人部長 相場久恵

【聖教ニュース】

◆誉れの「夏季ブロック指導」60周年へ 荒川が誓願の大会 原田会長が出席

 
確固不動なる“勝利王”の伝統を!――師の期待を胸に、広布に走る荒川総区の友。集いでは、かつて荒川文化会館で初披露された東京の歌「ああ感激の同志あり」を皆で大合唱した(東京戸田記念講堂で)
確固不動なる“勝利王”の伝統を!――師の期待を胸に、広布に走る荒川総区の友。集いでは、かつて荒川文化会館で初披露された東京の歌「ああ感激の同志あり」を皆で大合唱した(東京戸田記念講堂で)

 東京・荒川総区の大会が6日、巣鴨の東京戸田記念講堂で意気高く開かれた。
 1957年(昭和32年)8月、若き日の池田先生が荒川で指揮を執った「夏季ブロック指導…

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 全ての母に感謝の花束を2017年5月7日

 母は温かい。母は賢い。
 そして母は強い。
 母ありてこそ、私たちがいる。
 「母への感謝」は
 人類永遠の美心である。
 いわんや、友のため、
 地域・社会のため、広宣流布のため、
 だれよりも真剣に、大誠実で
 戦ってくださっているのが、
 わが婦人部の皆さんであられる。

 美しい自然、美しい姿、
 美しい人生、美しい家庭――。
 人間だれしも
 美しいものに憧れるが、
 それは自分の中に
 閉じこもっていては得られない。
 自分だけを
 見つめていてもつくれない。
 人との“よりよいお付き合い”、
 地域社会との“心豊かな交流”、
 自然との“優しい関係”。
 それらに向かって努力する中に、
 自分もまた
 美しく成長していくのである。

 尊敬は、深い次元で、
 相手の尊敬の心を呼び覚ます。
 相手に、
 こちらの気持ちが伝わるように、
 大誠実を尽くすのだ。
 真心は、最後には必ず通ずる。
 創価の女性の対話こそが、
 この世で最も麗しい
 信頼のスクラムを広げているのだ。

 母は一家の船長であり、
 操縦士である。
 婦人が勇敢にして
 聡明な信心を貫けば、
 家庭は必ず変わる。
 家庭が変われば、
 近隣が変わり、地域が変わる。
 社会が変わり、ひいては
 人類も必ず変わっていく――
 これが
 「人間革命」の方程式である。
 


 赤、ピンク、黄色……。柔らかな春の光に包まれ、色鮮やかなチューリップの花が、凜
と咲いていた。2006年(平成18年)3月、池田大作先生が東京・新宿区内でカメラ
に収めた。
 チューリップの花言葉の一つに「思いやり」と。どこまでも家族や友の幸福を祈り、励
ましを送る創価の母たち。その真心の行動があったからこそ、今日の創価学会の発展があ
る。
 人は、母を思う時、優しくなれる。そして強くなれる。母を喜ばせようとする心こそ、
平和をつくる第一歩といえよう。
 全ての母に感謝の花束を! 母たちに幸福あれ、栄光あれ!――5月3日は「創価学会
母の日」。そして、来る14日は「母の日」である。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆インド取材リポート 国立デリー大学の地元 ノース・キャンパス本部
 
インド創価学会のノース・キャンパス本部の友が、師匠に届けとばかりに満開の笑みをたたえて(デリー大学で。後方は人文学部の建物)
インド創価学会のノース・キャンパス本部の友が、師匠に届けとばかりに満開の笑みをたたえて(デリー大学で。後方は人文学部の建物)

IT産業など最先端の分野で世界をリードしゆく人材を輩出するインドの大学。中でも国立デリー大学は、同国を代表する最高学府の一つである。同大学のカレッジが集まる地域を広布の舞台として活動する、インド創価学会(BSG)のノース・キャンパス本部を取材した。また同大学で学ぶ男女学生の声を紹介する。(記事=歌橋智也、写真=工藤正孝)

 首都デリーの北部には、デリー大学の多くのカレッジが、街と共存するように立ち並ぶ。
 このエリアは同大学のノース・キャンパスと呼ばれ、BSGでもこの地域をノース・キャンパス本部と称して広布の活動を推進している。
 同本部は5支部で構成され、メンバー数はここ1、2年で900人から1400人に拡大するなど、破竹の勢いで前進する。
 その先頭を走るのが、デリー大学をはじめとした英知の学生部だ。
 ある男子学生部員は、学友からの折伏で、4月30日に晴れて御本尊を受持。さらに、対話を続けてきた母親や兄弟も入会に導き、念願の一家和楽へ新生のスタートを切った。彼はその喜びのままに、訪問激励や同じカレッジの友への弘教に挑戦している。
 またある女子学生部の友も先月、3人の友人を座談会に招き、仏縁を拡大。今夏、志望していた企業のインターンシップを勝ち取った。
 キャンパスの至る所に、歓喜と友情の語らいの輪が広がっているのである。
 「学会活動に励むほど、弱い自分に打ち勝つ勇気が湧き、もっと勉強を頑張ろうと思えます」
 ノース・キャンパス本部のパルトゥ・アガルワル男子学生部長は語る。デリー大学で会計士を目指す猛勉強の傍ら、メンバーの激励に奔走する。
 同本部の学生部では、デリー大学の各カレッジや他大学の部員が定期的に集まり、池田先生の平和提言や学生部に贈られた指導などを研さんし、学生部が果たすべき使命について熱く語り合っているという。
 インド社会は伝統的に「運命は定められたもの」といった価値観が根強い一方、近年は高学歴化や受験戦争も加熱している。
 その中にあって学生部員の多くは、「未来は変えられるもの」「悩みを乗り越え、人生を開くことができる」との人間革命の哲学に共感し、またそれを体現するメンバーの姿に触れ、仏法を実践し始めるという。
 さらに「大学は大学に行けなかった人のためにある」との、池田先生の大学建設の理念を命に刻み、人々の幸福のため、社会の発展のためにと、学問探究に青春の情熱を燃やすのである。
青年部をわが子のように大切にする
 一方、学生部の先輩として本部を支えているのが男女青年部だ。
 「デリー大学は池田先生が来学し(1979年2月)、また先生に名誉文学博士号を授与した(98年12月)大学です。私たちはその誇りを胸に、社会変革の青年を数多く輩出したい」と、男子部本部長のラーガブ・ククレジャさんは力を込める。取材した当日も、最近折伏した高校時代の友人と共にやって来た。
 ククレジャさん自身はインドの著名な映画学校を卒業し、俳優としてテレビドラマや映画で活躍する。浮き沈みの激しい仕事だけに、「努力と唱題と池田先生の指導。これが勝利の鉄則です」との確信は揺るがない。
 苦労も多い分、学生部員たちの心が分かる面倒見の良い兄として、悩みに寄り添い、温かく励ましている。
 さらに青年たちの成長を見守り、育んでいるのが太陽の婦人部だ。大学近くの広布の会場で行われる折伏を応援したり、人間関係や進路の相談に乗り、一緒に唱題するなど真心で包んでいる。
 ニール・クラーナ婦人部本部長は語る。
 「青年部をわが子のように大切にすることが、池田先生の心です。彼らの新鮮な息吹が、皆に勇気と活力を与えてくれます。未来を開く彼らと共に、世界一仲良き団結で進んでいきたい」
 青年を先頭に、幸福拡大のうねりが勢いを増すノース・キャンパス本部。各部が互いに敬い、心を通わせて前進する麗しい姿がそこにあった。

本部男子学生部長 パルトゥ・アガルワルさん 世界に雄飛する会計士に

 ――会計士を目指しているそうですね。
 父が会計士であるため興味があったのですが、高校2年の時、題目をあげ切って自ら決めました。現在、大学3年(最高学年)で、合格に必要な19科目中11科目の試験を突破しています。今後、世界屈指の会計士事務所で研修を受ける予定です。
 ――信心を始めたきっかけはどのようなことですか。
 2012年1月、先に入会していた母と姉に誘われて座談会に参加しました。
 私は内気な性格で、年下からもいじめられるなど悩みを抱えていました。後日、青年部の方が訪ねてこられ、「信心で願いは必ずかなえることができるよ」と確信を込めて語ってくれたのです。その後、1人で題目をあげてみると、内面から生命力が込み上げ、新しい自分に変われる実感がありました。
 ――信心を始めて変化は?
 自分に自信が持てるようになり、いじめる人たちは自然と離れていきました。勉強も楽しくなり、成績もトップクラスに。未来部の活動や教学研さんにも励みました。
 父は未入会ですが学会に理解を示し、私を励まそうと「何できょうは題目をあげないんだ」と言うまでになりました。
 ――学んでいるシュリ・ラム商業カレッジは、デリー大学で最難関の一つです。
 入学試験でほぼ満点を取らないと受からないことで有名です。私が受験した年の合格者の正答率は97・5%以上。私の正答率は97・25%で、僅差での不合格でした。ですが落胆していたところ、欠員が出たとの連絡が入り合格できたのです。通常はないことと聞き、信心の功徳と確信しました。入学後はこの体験を語り、折伏に挑んでいます。3年前から対話していた学友も、このほど入会しました。
 私は池田先生の期待に応え、必ずや力ある会計士になります。そしてインドのみならず、世界の経済に影響を及ぼせる人間に成長していきます。

女子地区リーダー イシャニ・クラーナさん 研究者として環境保全に貢献を

 ――大学でどのような研究をされていますか。
 化学研究科の博士課程2年で、微生物などによる汚水の浄化について研究をしています。
 ――入会の経緯は?
 別の大学で医学を学ぶ姉の教員の方がBSGのメンバーで、姉と私を座談会に誘ってくれたのです。当時、私は研究室の人間関係で悩んでいました。
 座談会では、婦人部の方々の生き生きとした姿を見て、“この信仰は本物に違いない。私にとって必要なものだ”と直感しました。
 そして、彼女たちが「あなたは若いんだから、くよくよせず、大きな夢を持ちなさい。信心でできないことは何もないんだよ」と励ましてくださり、入会しようと決意したのです。2013年12月のことです。
 姉も信心を始め、その後、2人で母を折伏しました。父も題目をあげています。
 昨年、今年と、祖母や祖父が相次いで亡くなり、両親は深い悲しみに沈みましたが、姉妹で両親の心の支えになりました。
 ――姉妹は一家の希望の太陽です。ご自身の悩みはどうなりましたか。
 学会活動に真剣に励んでいく中で、自分らしさを出せるようになり、研究室での悩みは解消していきました。
 今では自分のことよりも、女子部員一人一人の悩みの解決や成長を祈り、激励に動いています。その方が自分の力になり、生活も充実します。そういう自分になれたことが、一番の功徳です。
 ――人間革命の実証ですね。
 これまでは他人の意見に紛動されたり、一度、落ち込むとふさぎこんだりすることが多かったのですが、池田先生の哲学を学び、同志と共に広宣流布に励む中で、環境に負けない強さを培うことができました。
 今後も、研究活動と広布の戦いをやり遂げながら、博士号を取得し、妙法の研究者として、地球環境の保全に貢献していきます。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 不整脈原性右室心筋症(ARVC)に命の“限り”を感じて前へ 

 【鳥取市】90グラムほどのICD(植え込み型除細動器)が、井上大輔さん(35)=日進支部、男子部副部長=の“命綱”だ。
 

2017年5月 6日 (土)

2017年35月6日(土)の聖教

2017年35月6日(土)の聖教

◆わが友に贈る

「賢者はよろこび
愚者は退く」御聖訓。
いかなる困難な壁も
喜び勇んで立ち向かう。
その人が真の勝利者だ!

◆〈名字の言〉 2017年5月6日

 今年はチャプリン没後40年。「喜劇王」は完璧主義者であったことでも知られる。ヒトラーを痛烈に皮肉った名作「独裁者」のラスト、演説シーンには1000ページもの草稿類が現存するという▼もとの脚本では、チャプリン扮する「理髪師」が、ラジオを通じ各国に平和を訴える。すると、ドイツ軍は行進をやめ、スペインでは敵味方が抱き合う――。演説と、各国の様子が交互に描かれていた。しかし、チャプリンは推敲を重ねる中で原案を捨てた。演説のみにし“聞く側”を登場させなかった▼日本チャップリン協会の大野裕之会長は、この演出について、聴衆とは「映画を見ている私たち」と分析する。そして、「私たち」が「登場人物として現実で行動を起こす」ことで、同作は映画の枠を超え、いつの世にも人々に開かれていくと(『チャップリン 作品とその生涯』中公文庫)▼日蓮大聖人は、法華経に説かれる不軽菩薩に御自身の闘争を重ね、「在世は今にあり今は在世なり」(御書916ページ)と記された。仏典が描くのは「今」「ここで」起きている出来事にほかならないと▼御書を拝するのは、私たちが「今」「ここから」自他共の幸福へ行動を起こすためだ。その時、日蓮仏法は生きた哲学として脈動を始める。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年5月6日

 学会員は正義を広げる平
 和と調和の使者―市長。
 心結ぶ対話、弾む勢いで
      ◇
 御書「教主釈尊の出世の
 本懐は人の振舞にて候け
 るぞ」。大誠実で信頼拡大
      ◇
 本物の一人を育てるのだ
 ―戸田先生。まず自分が。
 必死の一人に人材は続く
      ◇
 8割以上の自治体で耐震
 工事助成と。家具の転倒
 防止などの備えを地道に
      ◇
 乳幼児の胃腸炎が過去最
 多。入院が必要な場合も。
 小まめな手洗いで撃退を

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十七 (6065)

   


 荒川文化会館に到着した山本伸一は、集っていた鼓笛隊のメンバーらと共に勤行し、鼓笛隊総会の成功、そして、鼓笛の乙女らの成長と幸せを願い、深い祈りを捧げた。
 また、荒川のメンバーの代表とも懇談し、活動の模様などに耳を傾けた。話題が一九五七年(昭和三十二年)八月の、伸一の荒川指導に及ぶと、彼は言った。
 「私は、あの闘争で、草創の同志と共に、あえて困難な課題に挑戦し、“勝利王・荒川”の歴史を創りました。この戦いによって、皆が“広宣流布の苦難の峰を乗り越えてこそ、大勝利の歓喜と感動が生まれ、崩れざる幸福境涯を築くことができる”との大確信を、深く生命に刻みました。
 あれから二十余年がたつ。今度は、皆さんがその伝統のうえに、さらに新しい勝利の歴史を創り、後輩たちに伝えていってください。
 広宣流布の勝利の伝統というのは、同じことを繰り返しているだけでは、守ることも創ることもできません。時代も、社会も、大きく変わっていくからです。常に創意工夫を重ね、新しい挑戦を続け、勝ち抜いていってこそ、それが伝統になるんです。つまり、伝えるべきは“戦う心”です」
 “戦う心”という精神の遺産は、話だけで受け継がれていくものではない。共に活動に励む実践のなかで生まれる魂の共感と触発によって、先輩から後輩へ、人から人へと、伝わり流れていくのである。
 伸一は、言葉をついだ。
 「今こそ、荒川の一人ひとりが、山本伸一となって敢闘してほしい。一つの区に、未来へと続く不敗、常勝の伝統ができれば、学会は永遠に栄えます。皆が、そこを模範として学んでいくからです。荒川には、その大使命があることを忘れないでください。
 私は今、自由に会合に出て、指導することもできません。こういう時だからこそ、皆さんに立ってほしい。すべてに勝って、学会は盤石であることを証明してほしいんです」
 決意に輝く同志の眼が凜々しかった。

【聖教ニュース】

◆女子部が8日から「凱歌の花❀拡大月間」をスタート
 6・4「世界池田華陽会の日」へ前進

対話・友情・人材拡大の“誓春の劇”を!――「広宣の華」「希望の華」「使命の華」と舞う女子部の友(本年2月、東京戸田記念講堂での総東京女子部の集いから)
対話・友情・人材拡大の“誓春の劇”を!――「広宣の華」「希望の華」「使命の華」と舞う女子部の友(本年2月、東京戸田記念講堂での総東京女子部の集いから)

 師弟の“誓春の道”を歩む華陽姉妹のスクラムこそ創価の希望!――女子部の「凱歌の花❀拡大月間」が、今月8日から始まる(6月4日まで)。
 月間では、一人一人が桜梅桃李の生命を輝かせながら、友情の対話を拡大。6・4「世界池田華陽会の日」へ、幸福凱歌の花を爛漫と咲き薫らせる。
 ――2009年6月4日、池田大作先生ご夫妻が、東京・信濃町の創価女子会館を初訪問した。
 先生はこの折、女子部の友に和歌を詠み贈るとともに、「女子部 永遠の五指針」――「朗らかな幸福の太陽たれ」「世界一の生命哲学を学ぶ」「何があっても負けない青春」「正義と友情の華の対話を」「永遠に師弟勝利の門を開く」を発表。そして、「師弟が心を合わせて祈る。同志が異体同心で祈る。そこから新しい前進が始まる」と訴えた。
 さらに、「今の皆さん方が、青春の、わが誓いを果たし抜いていくなかで、いかに壮大な広宣流布の勝利の劇が織り成されていくことか」「皆さんの『青春のスクラム』が、未来永遠の希望の鑑として仰がれていくことは、絶対に間違いない」と期待を寄せ、詩情薫る「さくら」と、父子の魂の継承をうたった“大楠公”をピアノで奏で、心からの励ましを送った。
 師の激励を胸に、地域で社会で、信頼の輪を広げる華陽の友。その幸の連帯は今や、日本のみならず全世界に広がっている。
 伊藤女子部長、山本書記長は力を込める。
 「師と共に広布に駆ける喜びを胸に、自身の拡大の金字塔に挑みます。そして華陽姉妹の団結固く、報恩の誓いを果たし、勝利を開いてまいります!」

◆5・5「創価学会後継者の日」原点の地で関西JOSHO(常勝)未来部大会
皆が2030年の主役! 誓いを果たす獅子の子に
師と共に生き抜け 広布の大樹と育て
   
京都さくら少年少女合唱団が元気に(4月29日、関西戸田記念講堂で)
 
1980年5月5日、「創価学会後継者の日」記念の勤行会で、未来部員が作った“かぶと”を笑顔でかぶる池田先生(関西文化会館で)
1980年5月5日、「創価学会後継者の日」記念の勤行会で、未来部員が作った“かぶと”を笑顔でかぶる池田先生(関西文化会館で)

 1976年5月5日、「創価学会後継者の日」が制定された勤行会の席上、池田先生は力強く訴えた。“いかなる時代がこようとも、師と共に、生きて、生きて、生き抜くんだよ”と。
 その4年後の80年同日、先生は再び関西へ。第3代会長辞任から1年。中傷の嵐が吹き荒れる中、向かった先は、未来部員が待つ“後継者の日”記念勤行会であった。そして「信仰の世界で自分をつくっていくことを忘れず、広布の大樹に育っていただきたい」「未来を任せたよ!」と呼び掛けたのだ。
 一切は後継者で決まる。未来部こそ、学会を永遠たらしめる使命深き人材群なのである。

七つの指針を学び

 1976年5月5日に、池田先生が未来部に贈った六つの指針がある。2013年には一つ追加され、七つとなった。
1.健康でいこう
2.本を読もう
3.常識を忘れないでいこう
4.決して焦らないでいこう
5.友人をたくさんつくろう
6.まず自らが福運をつけよう
7.親孝行しよう

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉5 勤行・唱題
 たゆまぬ祈りで生命力を豊かに

マンガ・イラスト 逸見チエコ

 前回(4月11日付)、信仰の基本である「信行学」について学び、「行」には「自行」と「化他行」があることを確認しました。今回の「みんなで学ぶ教学」は、「自行」である「勤行・唱題」について学びます。

法華経読誦の意義


 ――「南無妙法蓮華経」とは何でしょうか?
  
 日蓮大聖人が覚知された、宇宙と生命を貫く根源の法であり、万人の苦悩を根本から解決する法です。自身と宇宙(万物)に具わる仏界の名でもあります。
 私たちが信仰の根本として拝する御本尊は、大聖人が顕された南無妙法蓮華経の御本尊です。「本尊」とは、「根本として尊敬する」という意味です。
 この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱える時、本来、私たちに内在する仏界が呼び起こされ、豊かな生命力を涌現させることができるのです。
  
 ――勤行では、何を読んでいるのですか?
  
 私たちの日々の勤行では、題目を唱える「唱題」とともに、法華経の方便品第2と如来寿量品第16の自我偈を「読誦」(読経)しています。
 釈尊が説いた一切経の中で、最高の真実を伝える経典が法華経です。全体で28品(章)からなる法華経の中でも、方便品と寿量品の自我偈を読誦するのは、万人成仏を説く法華経の最も大切な品だからです。
 方便品では、法華経の前半である迹門の中心的な法理である「諸法実相(宇宙のありとあらゆる事象が『妙法』の現れであるということ)」が説かれています。
 また、寿量品では、法華経の後半である本門の中心的な法理である「久遠実成(釈尊は実ははるか久遠の昔に成仏して以来、この娑婆世界に常住する仏であるということ)」が説かれています。

御本尊を信じる心


 ――読経と唱題の関係について教えてください。
  
 あくまでも、南無妙法蓮華経の題目を唱えることが、勤行にあって根幹の修行です。ゆえに、唱題を「正行」といいます。
 方便品・自我偈の読誦は「正行」である題目の功徳を助け顕すために行うので、「助行」といいます。
 米やパンといった主食(=正行)と、塩や酢といった主食の味を助ける調味料(=助行)の関係に譬えられることもあります。
  
 ――難しい経文の意味が分からないといけないのでしょうか?
  
 題目や経文の意味が分からなくても、勤行の功徳は変わりません。
 たとえば、外国語の意味を理解していなくても、正しく発音さえしていれば、その言語を使っている方に正しく伝えることができます。「南無妙法蓮華経」の題目や、法華経の経文は、仏の世界で用いられる“言葉”と考えればよいでしょう。
 大切なのは、御本尊を信じる心であり、賛嘆する心です。

一遍の題目に功徳が


 ――正直、忙しくて勤行ができない日もあるのですが……。
  
 生活上の理由で、決まった時間に勤行ができなかったり、思うように時間がとれなかったりすることもあるでしょう。しかし、気に病む必要はありません。
 何より大切なのは、“御本尊に向かおう”という一念です。実践できるように挑戦する姿勢自体が、信心の眼から見れば、すでに勝利した姿なのです。
  
 ――祈るうえで大切なことを教えてください。
  
 「苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(御書1143ページ)とあるように、苦しい時も、うれしい時も、素直な心で御本尊に向かって祈ることが大切です。
 また、「法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(同1352ページ)と仰せのように、大確信をもって祈りましょう。
 池田先生は、「たとえ一遍の題目であっても、全宇宙に響き渡る。妙法の音律は、諸天を揺り動かさずにはおかない」と語っています。
 勤行・唱題に真剣に励んだ時、どんな困難や課題をも乗り越えていける力強い生命力が湧いてきます。願いをかなえるための具体的な智慧が湧き、勝利するための実践を一つ一つ着実に積み重ねていくことができます。
 祈りは、目的に向かっていくための“エンジン”ともいえます。勝利の人生を荘厳することを確信し、朗々と勤行・唱題に励んでいきましょう。

放課後メモ

 「勤行・唱題」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…『信仰の基本「信行学」』(聖教新聞社)
 ○…『法華経 方便品・寿量品講義』普及版〈上・下〉(同)
 ○…『新会員の友のために――創価学会入門』(同)

◆〈信仰体験〉 ダンススクールを開設して31年 誓いに生きる人生は強い!


 【岐阜市】奥村照美さん(57)=金華本陣支部、地区婦人部長=は、地域でダンススクールを開業して31年になる。

2017年5月 5日 (金)

2017年5月5日(金)の聖教

2017年5月5日(金)の聖教

◆わが友に贈る

誓いを貫く人は強い。
最も深く 充実した
人生を歩んでいける。
日に日に新たに
使命の道を切り開け!

◆〈名字の言〉 2017年5月5日

 高校生の頃だったか。歌舞伎役者の「襲名」のニュースを見て、その意味を親に尋ねたことがある▼先人の名跡を継ぐことだとは分かったが、なぜ「襲」という字を使うのか、合点がいかない。辞典を引いた。襲は「かさね」とも読む。十二単のように衣を重ねていく意味から転じて、師の名に歴史を積み重ねていく意味になったようだ▼衣といえば法華経に「衣裏珠の譬え」がある。貧窮した男を見かねた親友が、男の寝ている間に衣の裏に宝の珠を縫い付けて立ち去った。だが男は気付かないまま苦しい生活を続ける。やがて親友との再会の折、男は衣の裏にある宝の存在を告げられ、歓喜した▼宝は全ての人に具わる仏界の生命を表している。「最高の宝は、あなたの中にあるのですよ」と教えているのだ。その宝を引き出すのが信仰の力。学会の歴史もまた、苦悩に沈む人々を「あなたこそ宝の人」と励まし、幾重にも希望を育んだ歩みにほかならない▼「わが子に財産は残せないが、信心という“心の財”は残せる」。そう語る草創の大先輩がいた。信心の継承とは「僕こそ私こそ、宝の人!」という希望を心に重ねていくことでもある。5・5「創価学会後継者の日」。一人一人に希望の力を送り、「創価」の名を託したい。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年5月5日
 

 トインビー・池田対談45
 周年。「今も各国識者の教
 科書」教授。色褪せぬ名著
      ◇
 私は時を稼ぐ。君らは力
 を養え―戸田先生。鳳雛
 よ学べ!学会後継者の日
      ◇
 東京・豊島の日。友の胸に
 脈打つ師弟共戦の喜び。
 圧倒的な拡大で勝ち抜け
      ◇
 心を開かねば相手はいつ
 までも心を閉ざす―哲人
 今日も大誠実で友の元へ
      ◇
 GWは高速道路での追突
 事故多し。渋滞中も気を
 引き締め。適度な休憩を

◆社説  「創価学会後継者の日」  共に成長“師子は師子が育てる”と


 五月晴れの空を、色鮮やかなこいのぼりが悠々と泳ぐ。こいのぼりは「竜門」という滝を登り切ったコイが竜になるとされる中国の故事に由来する。
 41年前のきょう、池田先生は関西戸田記念講堂で行われた鳳雛会・未来部の会合に出席し、5月5日を「創価学会後継者の日」とすることを提案。未来部員と共に同講堂の池にコイを放流した。
 日蓮大聖人も、別名「竜門御書」(御書1560ページ)と呼ばれるお手紙を、“未来部出身”ともいえる南条時光に宛てられている。幼くして父を亡くした時光を、大聖人は慈父のように見守り、信心を貫くよう薫陶を続けられたのである。門下の中で最も多い三十数通に及ぶ御消息文を受け取った時光は、御本仏の真心から発した言々句々を胸に抱き、苦難に負けない立派な青年へと成長していく――。
 山梨のある少女部員は、足の骨の腫瘍を取り除くために昨年入院。慣れない病院での生活、痛み止めの薬の副作用、何より大好きな家族と離れ離れになる寂しさと不安に何度も涙し、くじけそうになった。
 そんな時、先生から励ましの言葉が届く。「先生が待ってくださっている!」。師の期待を受け止めた少女部員は、寂しさに耐え、家族の支えと地域の同志の祈りを追い風に、手術の成功と退院を勝ち取った。つらい思いをしたが、病気を乗り越えた体験は、彼女が強く生きていく糧となるに違いない。
 未来部機関紙の「未来ジャーナル」「少年少女きぼう新聞」も、師の心を伝える紙面を目指して新たに誕生してから、今月号で5周年を迎えた。
 それぞれ先生の新連載「未来対話『夢の翼』」「光の星のメッセージ」がスタート。未来部員一人一人を思う真剣な一念で紡がれた言葉は、これまでの連載同様、未来部員にとって温かな心の陽光となるだろう。連休中の親子の語らいや、地域の未来部員への励ましの中で、共に学んでいきたい。
 先生は、「『師子』は『師子』によってしか、育てることはできません」「いかなる試練の激戦も、法華経の兵法で勝ち切っていく師子の強さと力を、皆様方が後継の世代に示し切っていただきたい」と呼び掛けている。
 後継の若芽を育成するためには、まず育てる側である私たち自身も成長していくことが重要だ。わが家の、そして地域の、「未来の指導者」と共に、鍛えと成長の道を朗らかに歩んでいきたい。

◆きょうの発心  子どもの病に信心の姿勢を学ぶ2017年5月5日

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず (祈祷抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。
 
 1982年(昭和57年)、結婚を機に妻の勧めで入会。転機は、長男が先天性の血友病をもって生まれた時でした。男子部の先輩から「現在の環境を変えることができる信心だよ」と励ましを受け、入会5年目にして、初めて日々の勤行・唱題を始めました。
 以来、真剣に学会活動に励むようになり、友人と弟に弘教を。88年(同63年)には、沖縄を訪問された池田先生に初めてお会いし、生涯の原点を刻みました。その後、長男の症状は落ち着き、同じ病で悩み、引きこもっていた次男も回復に向かっています。私も14年前に設立した会社の危機を乗り越え、充実した日々です。
 “世界で最初の広宣流布の地帯に”との師の沖縄への指針は、常に胸に刻まれています。報恩感謝の思いで、明年の「11・18」を目指し、広布拡大の金字塔を打ち立てるべく前進してまいります。  沖縄戸田県長 山内盛和

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   三十六 (6064)
 


 同志の中へ、心の中へ――山本伸一は、日々、激励行を重ねていった。それは、創価の新しき大地を開くために、語らいの鍬を振るい続ける、魂の開墾作業でもあった。
 激動の一九七九年(昭和五十四年)は師走に入り、慌ただしい年の瀬を迎えた。
 十二月二十六日午後、伸一は、東京・荒川文化会館を訪問した。この日の夜、荒川区民会館で開催される第三回鼓笛隊総会に出席することになっており、それに先だって、文化会館に集合している鼓笛隊や、地元・荒川区の同志を励ましたかったのである。
 伸一の荒川への思いは、人一倍強かった。
 五七年(同三十二年)七月、彼が選挙違反という無実の容疑によって逮捕・勾留された大阪事件から一カ月後の八月、広布の開拓に東奔西走したのが荒川区であったからだ。
 横暴な牙を剝く“権力の魔性”と戦い、獄中闘争を展開した彼は、不当な権力に抗し得るものは、民衆の力の拡大と連帯しかないと、心の底から痛感していた。ゆえに、人情味豊かな下町の気質を受け継ぐこの荒川の地で、広宣流布の大いなる拡大の金字塔を打ち立てることを決意したのだ。
 彼は、一人ひとりに焦点を当て、一人を励ますことに徹した。全情熱、全精魂を注ぎ、一騎当千の勇者を次々と誕生させていった。
 荒川は小さな区である。しかし、そこでの団結の勝利は、全東京の大勝利の突破口となり、必ずや全国へ、全世界へと波動していく。
 伸一は、“荒川闘争”にあたって、ある目標を深く心に定めていた。それは、一週間ほどの活動であるが、区内の学会世帯の一割を超える拡大をすることであった。
 皆が、想像もできない激戦となるが、ここで勝つならば、その勝利は、誇らかな自信となり、各人が永遠に自らの生命を飾る栄光、福運の大勲章となろう。
 御聖訓には、「強敵を伏して始て力士をしる」(御書九五七ページ)と。伸一は荒川の同志には、困難を克服し、確固不動なる“東京の王者”の伝統を築いてほしかったのである。

【聖教ニュース】

◆きょう池田先生とトインビー博士の対談開始45周年
 「21世紀への対話」ベトナム語版(世界29言語目)が発刊
 時代超えて読み継がれる普遍の語らい 人間の変革こそ平和の条件

語り合うトインビー博士(左から2人目)と池田先生。ベロニカ夫人(右端)と香峯子夫人も共に(1972年5月、博士のロンドンの自宅で)
語り合うトインビー博士(左から2人目)と池田先生。ベロニカ夫人(右端)と香峯子夫人も共に(1972年5月、博士のロンドンの自宅で)

 きょう5日、池田大作先生と、20世紀を代表する英国の歴史学者アーノルド・J・トインビー博士(1889~1975年)との初対談(72年5月5日)から、45周年の佳節を迎えた。このほど、両者の対談集『21世紀への対話』(邦題)のベトナム語版が、ベトナム国家政治出版社から発刊された。同対談集はこれで、世界29言語目となった。(2・3面に関連記事)

 池田先生とトインビー博士の語らいは、1972年5月と73年5月、ロンドンにある博士の自宅で計40時間にわたって行われ、75年3月に対談集(日本語版)として発刊。以後、英語、フランス語、スペイン語、中国語等に翻訳され、世界中で愛読されてきた。
 その内容は「人生と社会」「政治と世界」「哲学と宗教」の3部からなり、テーマは「知的生物としての人間」「健康と福祉のために」「政治体制の選択」「一つの世界へ」「宗教の役割」等、人類を取り巻く万般の課題に及んでいる。
 対談の中で語り合われた、当時の時代を象徴する出来事がある。ベトナム戦争である。
 対談が始まった72年当時、同戦争は泥沼化していた。73年に和平協定が調印。対談集が刊行された75年、米国関係者が全てサイゴン(現・ホーチミン市)から脱出し、第2次世界大戦後では最大規模となった戦争は完全に終わった。両者の対談は、大国の代理戦争として起こった同戦争の背景等を踏まえつつ、各章で、同様の悲劇を根絶するための方途にまで迫った。
 池田先生は、人間自身への究明が不十分なままに、体制や機構の改革だけで社会を変革しようとしてきたところに失敗の根本原因があるとし、「真実の生命哲学、宗教によるならば、人類が自己変革を成し遂げていくことは可能」と強調。
 トインビー博士は、戦争は「人間の暴力性・残酷性が特殊な形をとってあらわれたもの」と指摘。勝者にも敗者にも破滅をもたらす核時代にあって、理性を持った人間は「戦争を廃絶させることは可能なはず」と語った。
 このように、単なる時局の分析、歴史の回顧・考証にとどまらず、“人間はいかなる存在か”等、根源的な次元から平和創出の道に迫った対談は、今なお世界の人々を引きつけてやまない。
 「人間とは何かを、深く見据えながら交わされる対話は、常に時空を超えた価値を生み出す源となり(中略)普遍的で永続的な価値が輝くものです。『トインビー対談』の真価はそこにあります」(米マサチューセッツ大学ボストン校学事長のラングリー博士)等、多くの識者・指導者が賛辞を寄せる。
 宗教的、文化的背景も、世代も異なる二人が、人類の未来のために紡いだ本書は、悲劇に見舞われたベトナムの人々に、希望の火をともすにちがいない。

◆台湾SGIが主催 ブラジル・サンバの音楽会 池田先生に2団体が感謝状
 
中興大学からの「感謝状」が薛学長(前列左から7人目)から台湾SGIの代表に手渡された(台中市内で)
中興大学からの「感謝状」が薛学長(前列左から7人目)から台湾SGIの代表に手渡された(台中市内で)

 文化交流こそ希望の光――台湾SGI(創価学会インタナショナル)が主催した、ブラジルのサンバグループ「スルル・ナ・ホーダ」の音楽会が4月、中興大学(13日、台中市内で)等で開催された。
 これを記念し、文化・芸術の発展への長年にわたる功績をたたえ、中興大学と、台湾・ブラジルをつなぐブラジル商務事務所からそれぞれ、池田先生に「感謝状」が贈られた。
 中興大学での音楽会には、300人を超える学生や教職員らが来場。躍動感あふれるステージに拍手喝采が送られた。
 「情熱的で感動的な音楽会となりました」――感動を語ったのは同大学の薛富盛学長。学長は、池田先生の対談集などが大学図書館に所蔵されている事実に触れつつ、台湾SGIによる平和・文化・教育への貢献が、同大学に多大な啓発をもたらしていることに感謝の意を表した。
 一方、ブラジル商務事務所からの「感謝状」授与式(4月17日、台北市内で)であいさつした同事務所のファビオ・ギマランエス・フランコ代表は、池田先生のリーダーシップによって一流の文化団体が台湾に招聘されてきたことに言及。今後も、台湾SGIと手を携え、多彩な文化に親しむ機会を設けていきたいと述べた。

◆〈季節の詩〉 東京・港区 東京タワーとこいのぼり
 


 5月5日は端午の節句。天を突く東京タワーのもと、塔の高さ333メートルにちなんだ333匹のこいのぼりが、心地よさそうに泳ぐ。
 かつて池田先生は、大空のこいのぼりを見つめ、若き後継者たちに語った。“広宣流布の大空に躍り出て、人々の幸福と平和のために大活躍を”と。
 こいのぼりは、滝を登り切ったコイが竜となる伝説にちなむ。子らよ、艱難を乗り越えて「竜」となれ――思いを乗せて、躍るように風に舞う。(4月25日=松波義裕記者撮影)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈5・3「創価学会の日」記念特集〉㊦ “トインビー対談”開始45周年
   1972年5月5日、ロンドンのオークウッド・コート
   ここから“世紀の語らい”は始まった

1972年5月5日、対話を開始したトインビー博士と池田先生。「長い間、この機会を待っていました。やりましょう! 21世紀のために語り継ぎましょう!」。83歳の博士の声に、力がみなぎっていた
1972年5月5日、対話を開始したトインビー博士と池田先生。「長い間、この機会を待っていました。やりましょう! 21世紀のために語り継ぎましょう!」。83歳の博士の声に、力がみなぎっていた

 池田先生とアーノルド・J・トインビー博士の対話が開始され、きょう5日で45周年を迎えた。2人の語らいは1972年5月と73年5月、対談集の発刊は75年だが、ベトナム語版が刊行されるなど、世紀を超えて、新たな読者が生まれ続けている。5・3「創価学会の日」記念特集㊦では、池田・トインビー対談の現代的意義について、麗澤大学客員教授の吉澤五郎氏に語ってもらうとともに、対話実現の経緯、対談集の世界的反響についてまとめた。
 ロンドン西部のオークウッド・コートに並ぶ、赤れんが造りの建物。その一つに、トインビー博士の自宅はあった。
 池田先生ご夫妻は1972年5月5日、建物のエレベーターに乗り、5階で降りた。
 「遠いところ、ようこそいらっしゃいました!」。白髪の老紳士が笑顔で待っていた。後ろでベロニカ夫人もほほ笑んでいる。これが、今も世界中で読み継がれる対談の第一歩となった。
 博士の仕事場でもあった、この質素な自宅、花咲くホーランド公園、池田先生が招待した日本料理店、あるいは博士に招かれた会員制のクラブで――語らいは2年越し、延べ40時間にわたった。
 時代の波間に消える本は多いが、「人間とは」「生命とは」など骨太のテーマで交わした、希代の碩学と仏教指導者の対話はますます輝きを放つ。
 対談で博士は語った。
 「私は新しい種類の宗教が必要だと感ずるのです」「新しい文明を生み出し、それを支えていくべき未来の宗教というものは、人類の生存をいま深刻に脅かしている諸悪と対決し、これらを克服する力を、人類に与えるものでなければならないでしょう」
 その「力」を秘めた宗教として、東洋の生きた仏教に期待していた。
 192カ国・地域で躍動するSGI。その指導者として、世界の民衆を励まし、平和の対話を広げてきた池田先生――。
 該博の歴史家はまた、鋭い未来の予見者でもあったのである。

〈メモ〉 対談の経緯とその後


●「挑戦」への「応戦」で文明は発展        なぜ「20世紀最大の歴史家」なのか


 20世紀最大の歴史家といわれるトインビー博士の大著『歴史の研究』。その最大の特徴は、従来の「民族」「国家」という歴史学の枠組みを超え、「文明」という単位で歴史を考察した点にある。
 ――全ての文明は、発生・成長・挫折・解体・消滅を繰り返す。その盛衰は、環境の大きな変化や戦争などの「挑戦」に、いかに「応戦」するかによって決まる。そして、他の文明に征服されるという、最大の苦難の「挑戦」を乗り越えるための英知として、高等宗教が生み出される――
 西洋中心史観から脱却し、各文明を等価値と見なして歴史を読み解いた博士の挑戦は、その後の文化相対主義、オリエンタリズム論、世界システム論などに先駆けしたとも言え、その価値は色あせない。
 
●東洋の“生きた仏教”に注目       なぜ博士は対談を希望したのか

 トインビー博士は、人類の危機を乗り越える可能性を持つ高等宗教として、東洋の大乗仏教に注目していた。
 3度目の来日(1967年)の折、実業家の松下幸之助氏、国際政治学者の若泉敬氏、比較政治学者の河合秀和氏らからの見聞を機に、“生きた仏教”としての創価学会、その指導者・池田先生に大きな関心を持った。
 帰国後、学会に関する記事や出版物を読み、理解を深めた博士は1969年、池田先生に対談を希望する書簡を送ったのである。
 
●海外で初めて迎えた「5月3日」       池田先生にとっての文明間対話の出発

 トインビー博士との対談が始まる2日前の1972年5月3日、池田先生はパリにいた。「5・3」を初めて海外で迎えた。
 渡欧の空路はモスクワ経由だった。モスクワ空港で先生は、将来のソ連訪問を深く心に期する。前年、アメリカが中国政策を転換するなど、世界情勢は大きく動いていた。
 “対立を超えるには対話しかない”――先生は、74年9月にソ連初訪問を果たし、コスイギン首相と会談。同年5月には初訪中し、12月の訪中では周恩来総理と会見する。
 続いて翌年1月にはアメリカのキッシンジャー国務長官と会うなど、世界の指導者、識者と対話を重ねていった。
 対談は、先生にとって、平和を創る「文明間対話」の出発ともなった。
 
●博士が託した一枚の紙片   友情が友情を生んだ

 「若いあなたは、このような対話を、さらに広げてください」――1973年5月19日、対談を終えた博士は、先生に語った。
 後に一枚の紙片を託す。そこには、対話を勧める識者の名前が記されていた。
 先生はそのうち、イタリアのペッチェイ博士、ドイツのデルボラフ博士、米国のルネ・デュボス博士と会談。
 ローマクラブ創設者・ペッチェイ博士との友情はホフライトネル会長、E・ヴァイツゼッカー共同会長との対談集発刊へとつながった。
 
●「まるで現代の百科事典だ」     世界の指導者が愛読

 このほど発刊されたベトナム語版で、29言語目となった対談集『21世紀への対話』の各国語版。
 それを読んで、池田先生との会談に臨んだり、座右の書としている世界の指導者は多い。
 その中には、ガリ国連事務総長、インドのナラヤナン大統領、チリのエイルウィン大統領、インドネシアのワヒド元大統領らがいる。
 宗教社会学者のウィルソン博士は、世界が進むべき方向性を示す一書であり、「まるで現代の百科事典のようだ」と語った。
 「すでに(高い評価の定まった)『古典』の中に入った」と語ったのはモスクワ大学のサドーヴニチィ総長。
 池田先生の著作の翻訳を多く手掛けた中国作家協会の孫立川氏は「人類の教科書ともいえる一書」と評している。
 
●「世界中から名誉称号を受けるでしょう」        「行動の人」池田先生の活躍を予見した博士

 1973年に対談が終わったとき、こんなやりとりがあった。
 「今日で私は、トインビー大学の栄えある卒業生です」「トインビー大学の生徒として、何点ぐらい取れたでしょうか」と池田先生。
 博士は愉快そうに答えた。「最優等の『A』を差し上げます」
 そして、「A」は牛の角を逆さまにした形であり、力強さと意志の固さを示す文字であると述べ、こう続けたのである。
 「人類の未来を開くために戦ってください」「トインビー大学の最優等生であるあなたは、必ず将来、私以上に世界中から名誉称号を贈られるでしょう」
 博士の言葉は的中した。対談を終えた2年後のモスクワ大学「名誉博士号」にはじまり、世界から先生に贈られた名誉学術称号は現在、369を数える。
 
◆〈5・3「創価学会の日」記念特集〉㊦ インタビュー 
 人類に「希望の道」を示す対談、未来世代に精神を継いでほしい

 ――45年前に始まったトインビー博士と池田先生の対談『21世紀への対話』(日本語版)は、今や世界29言語に翻訳されている。その現代的意義と学術的価値について、トインビー研究の第一人者である麗澤大学客員教授の吉沢五郎氏に聞いた。

◆〈信仰体験 登攀者〉 紅茶農園「アーリーモーニング」代表 宮本英治さん 
 重ねた挑戦――至高の一杯が世界へ


 早春の夜明け。広がる雲海から頂をのぞかせる山々を、朝日が優しく照らす。太陽の光で熱せられた雲は霧へと姿を変え、大佐山の中腹を包み込む。

2017年5月 4日 (木)

2017年5月4日(木)の聖教

2017年5月4日(木)の聖教

◆わが友に贈る

友情広げる好機到来。
大胆に動き 語ろう!
尊き広布の力走に
諸天の守護は厳然!
無量の功徳が輝く!

◆〈名字の言〉 2017年5月4日
 

 熊本県立美術館で展示「震災と復興のメモリー@熊本」が開催中である(5月21日まで)。昨年の地震をはじめ、熊本で発生した災害と、その復興の歴史を古文書等から知ることができる▼展示では、1792年(寛政4年)に起きた津波被害も紹介されていた。この前年、長崎・雲仙岳では火山性地震が頻発。山体の崩落で有明海に土砂が流れ込んだため、熊本は津波に襲われた▼県内には現在、その記憶をとどめる70基以上の津波碑が立つ。石碑の一つには、災害時の教訓に加え、“子孫をも諭し、戒めなさい”と、災害の経験を後代へ語り継いでほしいとの願いが刻まれている▼同展の図録は、カラーの写真や図がふんだんに盛り込まれ、分かりやすい。主催者の田崎龍一館長は、地震が100年周期で発生するとの通説に触れ、「未来を生きる子どもたちが理解できなければ、真の意味での復興につながらないと思ったのです」と語っていた▼熊本地震の直後、被災地など至る所でボランティアに励む未来部員に出会った。大変な状況の中で、助け合い、励まし合った経験を、人生のかけがえのない宝としてほしい。黄金週間は、子どもたちと触れ合える絶好の機会。語り残したいことを、真剣に話し合う場もつくりたい。(剣)

◆〈寸鉄〉 2017年5月4日
 

 会長の対話は冷戦時代に
 東西を繫ぐ道開いた―元
 大使。人間外交の友好劇
      ◇
 「大なる・さはぎが大な
 る幸となる」御書。宿命を
 成長の糧と。強き祈りで
      ◇
 新たな岸へこぎ出さなけ
 れば―詩聖。現状維持は
 敗北だ。壁を破る一歩を
      ◇
 震災を機に地元ラジオ局
 の役割、見直される動き。
 声の温かさが地域を結ぶ
      ◇
 急な豪雨や落雷に注意。
 気温の急降下も。無理せ
 ず冷静な判断で無事故を

◆社説   トインビー対談45周年  平和社会築く「一対一の対話」を


 身近な友人・知人に重大な事柄を報告する場合、どのようなコミュニケーション手段を用いるか。総務省の調査によれば、66%が対面での会話を選ぶ一方、21%がメールやSNSといった電子的なテキストでのやりとりを選択している(2015年版「情報通信白書」)。
 現代は、情報技術の発達に伴い、世界中の人とコミュニケーションを取れるようになった。人間関係が広がるのは良いことかもしれないが、目の前にいる人にさえメールで済ます事態も生まれており、一対一の関係で見れば、人間の絆は「強まるどころか弱まっている」という見方もある。
 御書には「書は言を尽さず言は心を尽さず事事見参の時を期せん」(1012ページ)と。文字では表せない感情がある。会わなければ気付けない表情がある。だからこそ学会では、会って語ることを重視し、対話によって人と人がつながってきた。
 その先頭に立ち、地球規模で人類を結んできたのが池田先生である。世界の指導者や識者らと交わされた対話は1600回以上。“同じ人間として、分かり合えないはずがない”という確たる信念で、平和構築のために行動してきた。
 先生が世界の識者との対話を本格化させる画期となったのは、45年前の1972年5月、英国の歴史家トインビー博士との出会いである。翌73年5月も含め、40時間に及んだ語らいのテーマは宗教、政治、環境問題、軍縮など多岐にわたった。
 対談を終えた後、博士は、人を介して、世界最高峰の知性の名前を記したメモを先生に渡している。“この人たちとも対話を”との思いを託して。
 先生は博士の心を受け、メモに載ったローマクラブ創立者のペッチェイ博士らと対話。また、東西冷戦が激しかった74年から75年には、ソ連のコスイギン首相、中国の周恩来総理、米国のキッシンジャー国務長官らと会見。一民間人として、米中ソの和平に力を尽くした。
 先生はトインビー博士との対談を述懐し、語っている。「皆さんも、広々とした大きな心で、勇敢に、朗らかに、私の後に続いてきていただきたい。私たちの『一対一の対話』こそが、人間を変え、社会を変え、世界を変え、平和と幸福の社会を築いていく『王道』なのである」(『池田大作全集』第99巻)
 ゴールデンウイークは、友好を深める絶好機。勇んで友の中に飛び込み、人と人を結びゆく信念の対話を貫いていきたい。

◆きょうの発心   師への誓いを胸に折伏の大波!2017年5月4日

御文
 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築くことができるとの慈愛の励ましです。
 1961年(昭和36年)、両親と2人の兄弟と共に入会。私が中学1年の時、父が心筋梗塞で他界し、母は女手ひとつで懸命に働き、育ててくれました。
 私が22歳の時、母に乳がんが見つかり、“余命3カ月”との診断が。「今こそ親孝行する時」と発心し、毎日、真剣に題目を唱えました。手術後は後遺症もなく、順調に回復し、御本尊の偉大さを実感。宿命転換の原点を築くことができたのです。
 この御文を通して、信心の確信を語り、病で悩む友人へ弘教を実らせることもできました。母は90歳になった今でも、元気に活動に取り組んでいます。
 かつて、長男が信心に前向きでない時期もありましたが、学生部の人材グループを通して大きく成長。今では、男子部の部長として広布拡大に汗を流しています。
 このたび、4・18「明石の日」30周年の佳節を勝利で荘厳することができました。青年部を先頭に折伏の大波を起こし、全ての活動に勝って、池田先生の期待にお応えしてまいります。  兵庫・明石大光県総合婦人部長 柳田みどり

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十五 (6063)

 


 山本伸一は、青年たちと、忌憚なく話し合えることが何よりも嬉しかった。
 伸一は、彼らに大きな期待を込めて語った。
 「青年には、学会の後継として、一切を担っていく重大な使命がある。
 ゆえに、戸田先生は、青年を本気で育てようと訓練された。とりわけ、私には人一倍厳しかった。大勢の前で、激しく叱咤されたこともあった。ほかの人の失敗でも、叱責されるのは常に私だった。特に、皆に対して、広宣流布に生きる師弟の道の峻厳さを教える時には、私を対告衆にされた。
 獅子がわが子を、あえて谷底に突き落とすような訓練でした。先生は私を、後継の師子に育てようとされたからです。
 私が、首脳の幹部を厳しく指導してきたのも、これから学会の全責任を背負っていく重要な立場だからです。
 最高幹部は、常に真剣勝負でなければならない。また、何があっても、必ず勝ち抜いていく強さが必要である。ますます成長して、立派な指導者に育ってほしい。だから私は、広布に生きる人生の師として、これからも厳しく言っていきます。それが慈悲です。
 師匠というのは、本当の弟子には厳しいものなんです。この年になって、戸田先生のお気持ちが、よくわかります。
 先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。
 君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」

【聖教ニュース】

◆世界に広がる創価教育 ブラジル創価学園リポート
  
ブラジル創価学園の高校1年生が、向学の青春を歩む喜びに満ちて。「友情を大切にします」「勉学に励み、デザイナーになります」等と、あふれる決意を口々に(同学園・新校舎の屋上で)

ブラジル創価学園の高校1年生が、向学の青春を歩む喜びに満ちて。「友情を大切にします」「勉学に励み、デザイナーになります」等と、あふれる決意を口々に(同学園・新校舎の屋上で)

 池田大作先生は、つづった。「創価学会の出発は、教育です。創価学会の誇りもまた、教育です」。希代の教育者であった初代会長・牧口常三郎先生から第2代会長・戸田城聖先生、そして第3代の池田先生へと受け継がれた“創価教育の灯”は今、未来を照らす大光となって地球を包む。創価の学舎は、日本の創価学園・大学をはじめ、アメリカ創価大学(SUA)や、韓国・シンガポール・マレーシア・香港の幼稚園など世界に広がった。ブラジル創価学園も、その一つである。「高校の部」が開設された同学園を先月、訪れた。ヤマウチ学園長の声とともにリポートする。(記事・写真=制野大介)
 サンパウロ中心部から車で約20分。ブラジル創価学園の生徒が学ぶ新校舎は、各種教育機関や高層アパート等の住宅が並ぶ一角にある。
 ロビーに足を踏み入れるや、にぎやかな語らいが聞こえてきた。アメリカ創価大学の語学研修プログラムに参加した高校1年生が、感想を発表していたのである。SUAを卒業した学園スタッフも加わり、生徒からの質問に答えている。
 しばし懇談に耳を傾けた後、声を掛けた。「SUAを目指している人は?」と尋ねると全員から「はい!」と元気な返事が。重ねて「なぜ?」と聞くと、「世界で活躍できる教養を身に付けたい!」「世界中に友達をつくれるから!」等々、答えが途切れない。
 「世界」――子どもたちは、自らの使命の舞台がそこにあると、確信している。
 学園では、世界市民の育成を掲げ、語学教育に力を注ぐ。母国語はポルトガル語だが、英語のみで授業を行うことも。スペイン語と日本語を選択して学習することも可能だ。
 語学だけではない。月に2回、社会で活躍する大人を講師に迎えて授業を行っている。弁護士、医師、エンジニア、芸術家など実に多彩である。
 生徒たちからは「人々の幸せのために、世界で活躍するために学ぶんだ、との自覚が芽生えました」など、感動の声が相次ぐ。
 創立者・池田先生は本年度の入学式にメッセージを贈った。「この人間教育の府から、ブラジル、さらに地球社会の大舞台へ、わが愛してやまない博大なる世界市民たちが飛翔することを、強く確信してやみません」
                                                                 ◆◇◆ 
 ブラジル創価学園は2001年6月6日、ブラジル創価幼稚園として出発を切った。その後、「小学校の部」「中学校の部」が設けられ、本年1月には新校舎とともに「高校の部」がスタート。幼稚園から高校までの一貫教育が完成した。
 牧口先生の創価教育学説に基づく「牧口教育プロジェクト」を実践し、確かな教育成果に評価が集まる。サンパウロ市の教育当局が「優秀校」として推奨し、在サンパウロ日本国総領事館からも表彰された。中学校の卒業生の多くが名門高校へ進学してきた。国立大学へ進む生徒も多い。
 取材中、「学園では一人一人が、“一人の人間”として尊重されているんです」との声をよく耳にした。
 実はブラジル社会が抱える課題の一つに、学校・地域間の教育格差が挙げられる。極端なケースかもしれないが、「僕が昔、通っていた学校では、生徒は“名前”で呼ばれることはなかった」と語る生徒もいたという。
 創価教育は「教育の目的は子どもの幸福にある」と掲げる。子どもたちが無限の価値創造の力を引き出せるよう、励まし、たたえ、共に成長していくことに眼目を置く。
 実家を離れ、ホームステイ先から通う生徒が語っていた。「学園の先生は温かい。本物の友人・家族のよう。授業以外の時間でも、自分の話を真剣に聞いてくれるんです」
 ブラジル創価学園愛唱歌「英知の王者」にはこう謳われている。
  
 一人の君に
 一人の友に
 一人の命に
 新たなる
 情熱と希望と知恵が
 心に生まれゆく
  
 この「一人を大切に」する心こそ、民族も文化も宗教も超えて、人々を信頼と友情で結ぶ「世界市民」の条件に違いない。いずこでも変わらぬ創価教育の励ましの世界が、ここブラジルにもあった。
ヤマウチ学園長が語る/「何のために」学ぶかを問いながら
 ――「高校の部」の設置とともに、新校舎での勉強が始まって約3カ月がたちました。
 目まぐるしい日々でした。生徒のため、また学校や教師のために取り組みたいことも、まだたくさんあります。
 現在、この新校舎には250人が通っていて、そのうち100人は新入生です。
 「高校の部」には、「中学校の部」を卒業した生徒と、新たに入学した生徒がほぼ同数います。
 新入生のご家族の方々からも、学園の人間教育の理念や、きめ細かい授業などに対して高い評価をいただいております。
 ――「高校の部」の特色は何でしょうか?
 やはり、国際バカロレア(IB)が真っ先に挙げられるでしょう。スイスのジュネーブに本部を置く国際バカロレア機構が提供するもので、総合的な教育プログラムとして国際的に通用する大学入学資格を与え、大学進学へのルートを確保することを目的として1968年に創設されました。
 わが校も認定校となり、教師がカナダやオークランドへ研修を受けに行くこともあります。ブラジルでは、まだ24校しか認定されていません。
 創立者・池田先生が常に語られる「世界市民」を育成する教育こそ、IBが志向する教育でもありましょう。
 ――世界市民の育成において、重要なポイントは?
 生徒同士、また教師と生徒が互いに尊重し合いながら学べる環境作りだと思います。
 私は学園の創立2年目に当たる2002年から、音楽教師として学園に勤めています。
 幼稚園から高校まで幅広い世代のお子さんがいますが、中には、家庭や発達において問題を抱える児童や生徒も少なくありません。
 学園長として、児童や生徒が安心して学べるよう、本物の親のような気持ちで接したい――そう願いながら毎朝、子どもたちを笑顔で迎えています。
 その上で、子どもたちと共に、池田先生の教育哲学や、「良識・英知・希望」の新モットーを真剣に学び深めています。
 そして、ただ単に学ぶのではなく、「何のために」学ぶのかを問い、子どもたちが自ら追求できるよう心掛けています。
 ――今後の展望は?
 学園生の姿を通し、創価教育の素晴らしさをブラジル社会に伝えていきたいですね。現在、8期生までが卒業しました。世界で活躍する卒業生がたくさんいます。皆が学園生の誇りを胸に頑張っています。
 将来は、「世界市民になるにはブラジル創価学園に学べばいい」と言われるような、南米中から子どもたちが集まる学校にしていきたい。それが、私の夢です。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈5・3「創価学会の日」記念特集〉㊥ 次代担う人材を育成 
「池田博士の意志を継ぐ青年がいる限り未来は明るい」ノーベル平和賞受賞者エスキベル博士
 
スクラム固く進む世界の青年たち。“希望の世紀を私たちの手で!”との決意に燃えて(2016年9月、創価文化センターで)
スクラム固く進む世界の青年たち。“希望の世紀を私たちの手で!”との決意に燃えて(2016年9月、創価文化センターで)

 今、池田先生の平和闘争に連なる誇りに満ちて、世界の青年たちが陸続と立ち上がっている。その前進に「池田博士の意志を継ぐ創価の青年たちがいる限り、未来は明るい」(ノーベル平和賞受賞者のエスキベル博士)等と期待を寄せる識者も多い。5・3「創価学会の日」記念特集㊥のテーマは、次代を担う人材の育成。各国の取り組みを紹介する青年リーダーの声とともに、3面では、韓国芸術文化団体総連合会の河喆鏡会長の話を掲載する。
アメリカ ウィトコスキー青年部長/憎悪と差別の克服へ5万人のスクラムを
 池田先生は昨年9月の本部幹部会へのメッセージで「これからの2年間、私と一緒に、世界の同志と一緒に、一人一人が地涌の友を拡大しながら、『師弟の凱歌』を、強く賢く朗らかに、末法万年尽未来際まで轟かせゆくこと」を約し合おうと呼び掛けられました。
 このメッセージを根本に、アメリカ青年部では今、憎悪と差別が渦巻く社会を変革する決意を持って、明2018年に若き弟子の陣列5万人を結集することを目指しています。その柱は①折伏、②家庭訪問と個人指導、③青年部の座談会参加、④日蓮仏法と池田先生の哲学の研さんです。
 本年は、池田先生と戸田先生の出会いから70周年。この佳節を記念して、7000人の部員拡大に挑みます。
 既に、4月中旬までで3000世帯に迫る御本尊流布を達成し、多くの青年が新たに入会しました。
 2点目の柱として、9月までに2万人の家庭訪問をします。折伏・対話と同志への激励を両輪ととらえ、各部が一丸となって取り組んでいます。
 3点目の座談会参加ですが、近年、青年部として毎週、仏法対話の会合を開き、友人や新入会者を対象に少人数での語らいの場を持ってきました。友人やメンバーが質問し、答えを得る機会を持つことに力を入れた結果、本年は、昨年に比べて25%も青年部の参加率が上昇。戦いの大きな突破口となりました。
 4点目の柱として、私たちは教学を通して青年リーダーの信心錬磨に挑戦しています。
 2013年に「イケダ・ウィズダム・アカデミー」が発足。3年間かけて、先生の『法華経の智慧』を研さんし、2000人超が参加しました。そして、このほど「開目抄」の講義を教材とした第2期が始まりました。
 2010年に結成された「イケダ・ユース・アンサンブル」も大きく発展しています。音楽隊、鼓笛隊、合唱団、ダンスグループ、太鼓グループで構成される同アンサンブルは全米各地の集いで演技を行っており、昨年はほぼ全員が個人折伏を実らせました。
 池田先生のもと、アメリカ広布の永遠の基盤を築くために戦うことができ、本当に幸せです。アメリカ青年部は必ず大勝利します!
シンガポール 王男子部長/平和と人道の潮流を若き熱と力で断じて
 シンガポール創価学会(SSA)では、池田先生が示された2018年の「11・18」に向け、まずはシンガポール広布50周年となる本年の11・18を目指して拡大に挑戦。青年部を先頭に毎月、週ごとに会合の開催単位や形式を柔軟に変えながら、弘教に励んでいます。
 広布拡大といってもその要諦は、どこまでも目の前の「一人」を大切にすることです。
 今、男子部では活動の名称を「サイクリスト・キャンペーン」と名付けて実施しています。これはあるSGI青年部のリーダーのエピソードから着想を得たものです。重い病を抱えながらも学会活動に消極的なメンバーを励まそうと、自転車に乗って高い丘の上にあるメンバー宅へ毎週のように激励に走り、立ち上がらせることができたというものです。
 「一人」の幸福のために尽くす生き方こそ池田先生が教えてくださっている仏法の精神です。さらにその一人が使命に目覚め、新たな一人を育てていくことで広布は伸展します。
 一人から一人へ――これこそ地涌の義に他ならないと思います。
 シンガポールは、今や世界有数の経済大国となりましたが、何事も経済優先という側面もあります。特に青年世代は仕事や勉強面での競争に追われ、哲学的、精神的なことを軽視しがちです。
 そうした中で私たちは、経済の浮き沈みなどの相対的な幸福に目を奪われることなく、何ものにも揺るがない絶対的な幸福境涯を築くことの大切さを訴えています。また、御書に「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598ページ)とある通り、他者のために振る舞うことが自他共の幸福につながり、社会に真の豊かさをもたらすと語っています。
 その実践の一つとして、SSAでは政府の要請で独立記念式典やチンゲイ(粧芸)パレードに30年以上にわたり出演し、絶大な信頼を勝ち得るまでになりました。その取り組みの中で、社会に模範の青年群が陸続と輩出されているのです。
 今まさに、池田先生が世界広布の全てを青年に託されようとしている最重要の時。広布後継のバトンを断固受け継ぎ、私たちの熱と力で、平和と人道の世紀を開いていきます。
スペイン ソサ・スギサワ女子部長/創価の正義は燦然! 堂々たる後継の陣列
 1961年に池田先生がスペインを初訪問された折、まだメンバーは皆無でした。先生は、この地に地涌の菩薩が陸続と誕生することを思い描きながら、祈念してくださったのです。その後、組織が誕生。しかし、邪宗門の陰謀の嵐が吹き荒れた91年、魔の手はスペインにも及びました。その中で、先輩たちはかく乱された組織を立て直すため、「池田先生と共に」「御書根本」を合言葉に苦境を超え、今日の礎を築かれたのです。
 当時の状況を直接、知る青年部世代はいません。私たちは先輩方から「いかにしてスペインSGIが立ち上がってきたか」を学び、何があっても、師弟に生き抜く大切さを生命に刻んできたのです。
 「魂の独立」25周年となった昨年、スペインSGIの正義の陣容は、当時の約60倍に発展しました。ひとえに、先生の限りない励ましのたまものです。
 青年部では今、正義の心を受け継ぐための教学運動が盛んです。特に、私たちは「女子部は教学で立て」との指針を胸に「一生成仏抄」をはじめ、御書の研さんに力を入れています。ただ学んで終わりではなく、日々の生活の中でどう実践するか、どんな体験を積むことができたかに焦点を当てています。また本年2月からは、青年部の新しいキャンペーンとして毎月、各地で青年部の集いを開催。同世代に希望の哲学を語り広げています。
 カタルーニャ州のタラゴナ地域に住む女子部のリーダーは、片道2時間以上かけて友の激励に駆けました。先日、この地域で初となる青年部の集いを開き、メンバーはもとより友人7人が参加。彼女自身も目標だった転職を果たし、周囲に喜びが広がっています。
 若年層失業率が極めて高く、スペインの若者を取り巻く環境は厳しさを増しています。社会を非難し、現実から目を背ける人が多い一方で“この状況を何とかしなければ”と問い始める人もいます。だからこそ人生の師匠を持ち、「不可能を可能にする」哲学を学び実践するSGIの存在は大きいのです。
 私たちは、その使命を強く自覚するとともに、共に励ましながら、自他共の幸福へと続く「師弟の大道」を歩んでいきます。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉28 音楽隊は「師弟不二の楽団」
 地球包む正義と勝利の凱旋曲
 魂を鼓舞する熱演に喝采
 
 
来日したブラジルのタイヨウ音楽隊と、創価ルネサンスバンガードが交流。音楽隊の連帯は国境を超え、世界に(3月、東京・東大和市の創価青年音楽センターで)
来日したブラジルのタイヨウ音楽隊と、創価ルネサンスバンガードが交流。音楽隊の連帯は国境を超え、世界に(3月、東京・東大和市の創価青年音楽センターで)

 永石 今、日本をはじめ、世界中で音楽隊・鼓笛隊が熱演を繰り広げていますね。
 
 竹岡 このゴールデンウイークも、全国各地のイベントに出演し、“勢いのある見事な演奏・演技に元気をもらいました”“さわやかな行進に感動しました”など、心揺さぶる希望の旋律に拍手・喝采が送られています。
 
 原田 学会の行事や会合などでも、情熱と信心のほとばしる音律で、全国の同志を鼓舞してくださっています。胸を打つ渾身の演奏の陰には、メンバーの日頃の労苦の積み重ねがあります。
 
 野中 皆、仕事や学業、学会活動など、いくつもの責任を担いながら、時間をやり繰りし、交通費を工面して練習に練習を重ね、出動に臨んでくれています。一人一人が、人間革命・宿命転換を懸けて、懸命に戦っています。
 
 長谷川 あらためて、音楽隊・鼓笛隊の皆さま、またご家族をはじめ、支えてくださる全ての関係者の方々に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
 
 原田 池田先生は、「君たちの寸暇を惜しむ人知れずの努力と奮闘を、私も心から労い、最大に讃えたい」と語られ、皆さんの健康と無事故、そして勝利を日々、祈ってくださっています。私たちも、さらなる活躍を祈り、応援してまいりたいと思います。

“広布の推進力”に


 永石 まもなく、5・9「音楽隊の日」を迎えますね。
 
 野中 ありがとうございます。音楽隊が結成されたのは1954年(昭和29年)のことです。この年は学会にとっても、幾重にも重要な布石が打たれた年でもありました。戸田先生は、広布の未来を見据え、自身に代わる“学会の新たな推進力”“次代のスクリュー”として、同年3月30日、池田先生を青年部の室長に任命されました。
 
 原田 池田先生は就任されてすぐに、音楽隊結成を提案されました。周囲の反対がある中、ただ一人、「大作がやるんだったら、やりたまえ!」と賛同したのが戸田先生でした。そして同年5月6日に結成され、3日後の9日に行われた初出動の日が「音楽隊の日」となりました。
 
 長谷川 池田先生は、「力強い音楽の調べは、広宣流布に進む同志の心を、どれほど鼓舞し、勇気づけるか計り知れない」「熟慮に熟慮を重ね、音楽隊は絶対に必要だと結論した」と結成への思いを記されています。
 
 原田 音楽隊の使命は、結成時の先生の次の言葉に込められていると思います。「優れた宗教があるところ、必ず偉大なる文化、芸術が生まれる。真の人間文化の創造は学会の使命である。そして、文化と芸術を育むことが、仏法の偉大さの証明になる」と。
 結成から63年、勇壮な調べで友の魂を鼓舞する音楽隊の存在は、いやまして光を放っています。

信心と技術を鍛え


 野中 先日、創価青年大会が行われた北海道でも音楽隊の活躍が目覚ましいです。多忙な中、“執念で御本尊流布を実らせました”“就職を勝ち取りました”“家族の病気を克服します”など、数々の決意と報告を伺っています。
 
 永石 音楽隊には、未来部員も多くいますね。
 
 野中 はい。入隊した未来部員の中には、大学入試で特待生として合格したり、生徒会長として活躍し、新聞に紹介されたメンバーなどもおり、多くの人材を輩出しています。
 
 竹岡 あるメンバーは、学業の成績も学年トップクラス。昨年の任用試験には、内外の友人5人と共に受験し、見事、全員合格することができました。
 
 野中 ご家族からも、「音楽隊への入隊をきっかけに、家で勤行・唱題をするようになりました」との声や、社会で活躍する男子部に触れる中で「息子が別人のように勉強するようになりました」「不登校の息子が、人前で話せるほど変わりました」等の声を多く伺っています。
 
 竹岡 男子部から未来部までが一緒に活動する、音楽隊特有の環境の中で、信心・学業共に、皆が成長しています。
 
 長谷川 先生は音楽隊の同志をこうたたえられています。「若き日より、人の何倍も忙しく苦労の多い青春を生き抜く君たちの生命には、三世永遠に晴れ晴れと、天のオーケストラも大編成を組んで、正義と勝利の凱旋曲を上演していくに違いない」「君たちの尊い献身と努力を、私は全部、見守っている。たとえ、会わなくとも、君たちが贈ってくれた決意と真心の演奏を聴かない日は、一日としてない」と。
 
 原田 今や音楽隊は、日本に100以上の楽団が結成され、世界30以上の国々でも、音楽隊が活躍しています。「創価の楽雄」の妙音は、地球を包もうとしています。
 
 永石 3月の東北総会に参加したブラジル音楽隊のメンバーの躍動した姿も、本当に印象的でした。24人で101世帯の弘教を果たして来日されましたね。
 
 野中 ブラジル音楽隊は本年、結成55周年を迎えます。佳節を荘厳しようと、さらなる拡大を遂げて、今、世界広布の先駆を切っています。
 
 原田 先生は「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(御書88ページ)との御聖訓を通し、音楽隊にこう呼び掛けられました。「妙法という大宇宙の究極の音律を唱え、行じながら、音楽の真髄の力を発揮し、哀音を滅し、喜音を生じゆく、君たち創価の楽雄の使命は、いやまして尊く、深い」と。音楽隊の誉れと誇りを胸に、さらなる活躍を心から念願いたします。
 
 野中 「音楽隊は、師匠・戸田城聖先生の心を心として、私が創設した師弟不二の楽団である」――この池田先生の万感の思いを胸に、信心と技術を鍛え上げ、世界の同志と共に、「師弟の凱歌」を轟かせてまいります。
◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 2度の腎移植を乗り越えた機械修理職人

 【鹿児島県・屋久島町】島で知る人ぞ知る機械修理職人・中村謙介さん(61)=屋久島中央支部、副圏長。年間800件もの依頼に一人で応え、元気に島を駆け回る。

2017年5月 3日 (水)

2017年5月3日(水)の聖教

2017年5月3日(水)の聖教

◆わが友に贈る

きょうも師と共に!
これほど尊く楽しい
生きがいに満ちた
人生の軌道はない。
凱歌の舞を舞いゆこう!

◆〈名字の言〉 2017年5月3日
 

 東京戸田記念講堂4階のロビーに「前進時計」がある。時報には、ソクラテスやガンジーらの人形が楽器を手に、世界地図の描かれた中央の舞台に登場。東京の歌「ああ感激の同志あり」などのメロディーが流れる▼時計には金の歯車と、その周囲に38個の歯車が飾られている。時計が完成した当時、東京は38区・圏の陣列。それぞれが持ち味を発揮しながら、師を中心に団結固く、前進の時を刻もう――歯車には、そうした思いが込められているという。池田先生は訪問の折、しばしばこの時計を見つめてきた▼幾重にも師弟の魂魄がとどめられた同講堂。1979年(昭和54年)の会長辞任後、先生が初めて学会歌の指揮を執ったのは、同講堂での本部幹部会である。立川文化会館、神奈川文化会館などとともに、先生は“戸田講”で求道の友を励まし、新たな歴史の歯車を回転させていった▼歯車は、互いがかみ合った時、初めて全体を動かすことができる。広布の原理も同じだ。師を求め、自らが一人立ち上がる。そして、目標を目指し、互いが“心のギア”を合致させていく。ここに、今日の学会前進の原動力がある▼栄光の「5・3」から師弟の月・7月へ。“感激の同志”のスクラムで、広布の凱歌を轟かせよう。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年5月3日

 創価の元日「5・3」を
 世界が祝賀。さあ広布へ。
 192カ国の同志と誓い新た
      ◇
 お母さん、ありがとう!
 希望広げる婦人部に感謝
 の言葉を。学会の母の日
      ◇
 言っておけばと後で後悔
 しないように言うのだ―
 作家。対話の渦を今こそ
      ◇
 音楽隊・鼓笛隊が各地で
 パレード。勇気と歓喜を
 送る妙音菩薩に皆が喝采
      ◇
 性格は強く望むほど変え
 られる―心理学。決めて
 祈る。これ人間革命の道

◆社説  栄光の「5・3」から出発   わが「広布誓願」を胸に勇んで前進


 「地上から/『悲惨』の二字をなくしたい」/この師の悲願のままに/苦悩に喘ぐ民衆がいる限り/創価学会は断じて戦い続ける――池田先生の長編詩「輝き光れ! 我らの五月三日」の一節である。この決意のままに、われらが師は広宣流布に走り続けている。
 きょう5月3日は、先生が1960年(昭和35年)、第3代会長に就任した日である。会場の日大講堂に掲げられた戸田先生の遺影を仰ぎ、池田先生は「世界広宣流布」を誓願した。目標として、まず恩師の七回忌までに会員300万世帯の拡大を訴えた。就任間もない7月には、かつて凄惨な地上戦の舞台となり、米国の施政権下にあった沖縄を初訪問。10月には、太平洋戦争開戦の地ハワイを訪れ、北南米への広布旅を開始している。
 日蓮仏法は「立正安国」を根幹とする宗教である。人々が人生のよりどころとして正法を信受することで、一人一人の胸中に仏法の生命尊厳の理念を確立し(立正)、社会の平和・繁栄と人々の生活の安穏(安国)を実現する教えを説く。
 池田先生の指導のもと、立正安国を現実に推進し、人々の心に幸と勇気の灯をともし、社会に希望の光を送り、平和の航路を照らし出してきたのがSGIの人間主義の運動である。
 先月開催された5・3「創価学会の日」祝賀の本部幹部会には、世界55カ国・地域の代表270人が集った。第1回アフリカ統一教学実力試験に取り組んだメンバーの活躍が紹介された。また医学博士であるトーゴSGI議長が社会貢献の体験とともに、1総合本部・13本部へと発展した同国の広布の活動の模様を喜々として報告した。
 57年前の先生の誓願は、今や192カ国・地域、五大陸へ広がったのだ。
 さかのぼって51年(同26年)の5月3日は、戸田先生が第2代会長に就任した日であり、席上、会員75万世帯達成を誓願した。日本の広宣流布の礎を築かんとする未曽有の大師子吼であった。
 真正の弟子として、ただ一人、師の苦境を支え、会長就任の道を開いた池田先生は、この日、弘教を実らせ、新入会の友人と共に就任式に集った。師の出発を行動をもって祝賀したのである。そして、75万世帯達成をわが誓いとし、大闘争を展開していく。
 5・3「創価学会の日」とは、師弟共戦の決意に立ち、希望に燃えて勇んで行動を開始する、わが「広布誓願」の日である。

◆きょうの発心  師に報恩の誠を尽くす人生を2017年5月3日

御文
 法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得(祈?経送状、1357ページ・編526ページ)
通解 法華経の行者は信心に退転なく、身に詐り親しむ姿なく、一切、法華経にその身を任せて金言の通り修行すれば、確かに後生はいうまでもなく、今生にも息災延命で勝れた大果報を得る。

 退転することなく、純真に信心を貫いていけば、広宣流布も叶い、必ず成仏できる、との仰せです。入会して3年の1979年(昭和54年)11月、創価大学通信教育部の大会に池田先生が出席され、記念撮影をしていただき、“何があっても先生と共に、学会と共に”と誓いました。
 男子部では、創価班3期生として薫陶を受け、部長時代には折伏に徹し、信心の礎を築きました。
 壮年部に進出し、寝屋川の地へ。3人の子宝に恵まれました。次女に障がいが見つかりましたが、徐々に元気になり、今は福祉作業所に通っています。次女の姿に触れ、長女と長男も信心の力を実感し、それぞれが使命の道に進んでいます。私も、定年退職後、願った以上の条件で再就職することができました。
 今があるのは全て師匠と学会のおかげです。これからも、師弟根本に寝屋川の誇りを胸に、報恩の誠を尽くしてまいります。  大阪・寝屋川創価県総合長 中野松男

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十四 (6062)



 青年たちは、山本伸一の言葉に大きく頷いた。質問した学生部の幹部が語り始めた。
 「確かに、“優秀で、すごいな”と思っていたのに、退転していった人を見てみると、自分中心でした。自己顕示欲が強く、皆と協調できず、先輩たちとも心を合わせていくことができませんでした。結局、傲慢であったのだと思います。また、そうした人のなかには、異性問題や金銭問題などで、周囲に迷惑をかけてきた人もいます」
 伸一は、鋭い洞察であると感じた。
 「君の言う通りだね。私もそのような事例を少なからず見てきました。本当に残念でならない。
 自分中心になると、御書や学会指導に立ち返ることも、異体同心を第一義にすることもなくなってしまう。つまり、本来、仏法者の基本である、自身を見詰め、内省するという姿勢が失われていく。
 また、自分の心が“師”となってしまうから、自身を制御できず、その結果、我欲に翻弄され、名聞名利に走ったり、自分勝手なことをしたりする。そして、皆に迷惑をかけ、さまざまな不祥事を引き起こす。だから、誰からも信用されなくなり、清浄な学会の組織にいられなくなる――これが退転・反逆していく共通の構図といえます。
 日蓮大聖人は、佐渡流罪のなかで、仏法を破る者は、外敵ではなく、『師子身中の虫』であり、『仏弟子』であると喝破されている。このことは、広宣流布を進めるうえで、絶対に忘れてはならない。そうした事態は、今後も起こるでしょう。その時に、決然と立って、悪と戦い抜くのが真の弟子です」
 やがて、学会支配を狙い、宗門僧と結託して暗躍していた悪徳弁護士らが仮面を脱ぎ、正体を明らかにしていくのである。
 第二代会長・戸田城聖は、「青年訓」のなかで、「同信退転の徒の屍を踏み越えて」(注)と記している。創価の同志の連帯とは、広布を誓願し、烈風に一人立つ、師子と師子とのスクラムである。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「青年訓」(『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社 

【聖教ニュース】

◆「創価学会の日」「創価学会母の日」 世界が寿ぐ「5月3日」の栄光 2017年5月3日
池田先生が全同志に和歌と随筆贈る

市民ら200人が出席したロンドリーナ市の慶祝議会。来賓のルイス・クラウジオ・ホマネリ州議会議員は「人間主義の社会を構築しゆくブラジルSGIの使命はいやまして大きい」と
市民ら200人が出席したロンドリーナ市の慶祝議会。来賓のルイス・クラウジオ・ホマネリ州議会議員は「人間主義の社会を構築しゆくブラジルSGIの使命はいやまして大きい」と

 師弟不二の永遠の原点の日、世界広宣流布の誓願に生き抜く旅立ちの日――きょう5月3日は「創価学会の日」「創価学会母の日」である。第2代会長・戸田城聖先生は1951年(昭和26年)、第3代会長・池田大作先生は60年(同35年)、ともにこの日に創価学会の会長に就任し、全民衆を救いゆく広布の大長征を開始した。
 この「5・3」の栄光を寿ぎ、池田先生と香峯子夫人の長年にわたる平和・文化・教育への貢献をたたえる顕彰が、ブラジル、アメリカをはじめ、各国から相次いでいる。
 また池田先生は全国・全世界の同志の健康と勝利と幸福を念願しつつ、3首の和歌を贈るとともに、「随筆 永遠なれ 創価の大城」〈我らの凱歌の五月三日〉を寄稿した(3面に掲載)。
 元初より
  ああ感激の
    同志かな
  共に宝処に
    至る嬉しさ
 気高くも
  不軽の慈母の
    振る舞いは
  喜び広げ
    みなを仏に
 民衆の
  命運ひらく
   創価山
  若き世雄は
   誉れの勝旗を

アメリカ サンタモニカ市が宣言 「ダイサク&カネコ・イケダ平和と正義の日」

 アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカ市は、本年の4月24日を「ダイサク&カネコ・イケダ平和と正義の日」に制定。4月29日に同市の世界平和池田講堂で行われたアメリカSGI(創価学会インタナショナル)西部方面女子部の大会の席上、発表された。
 宣言書は、池田先生が「規模と多様性において最大の仏教コミュニティーである創価学会インタナショナル」の発展を通し、「平和と正義の価値を全世界に広げる誓いを深めた」と言及。池田先生が「非暴力によってアメリカ全土に平和と社会正義を広げた」こと、香峯子夫人が「人間生命の尊厳を強調しながら、世界平和という理想と対話による非暴力の社会変革の追求を進めてきた」ことを制定理由に挙げる。
 そして、ご夫妻に連なる同市のSGIメンバーを「平和と調和の使者」とたたえている。
 「新時代の太陽」をテーマに掲げた大会では「イケダ・ユース・アンサンブル」の演技やクレア・マッセーさんの体験発表などを盛大に。ヘイニー全米婦人部長が激励し、タカコ・ミノ西部方面女子部長があいさつした。

ブラジル パラナ州4市から顕彰


 ブラジル・パラナ州の3都市で「5・3」を記念する慶祝議会が盛大に開催された。カンベー市(4月25日)、アサイ市(同27日)、ロンドリーナ市(同28日)のそれぞれの議会の席上、各市議会から池田先生への「顕彰プレート」が贈られた。
 また、きょう3日、同州サランジ市では、池田先生ご夫妻に「顕彰状」が授与される。きょうは、ご夫妻の結婚65周年でもある。
 慶祝議会は、市や社会のために顕著な貢献を行った個人・団体をたたえるもの。議会の厳正な承認のもと開かれる。式典には市民をはじめ各界の要人が招かれ、格式をもって執り行われる。その模様は、各種メディアでも公表され、市がいかなる人物・団体を評価するのかを内外に示す。
 パラナ州では、ブラジルSGIによる人権・環境を巡る展示運動や、初代会長・牧口常三郎先生の創価教育学説に基づいた「牧口教育プロジェクト」の実践を通し、創価の哲学への理解が広がっている。
 式典が挙行された3都市は、いずれも5月3日を市の「創価学会の日」と制定。毎年のように慶祝議会を開催してきた。特にロンドリーナ市のマルセロ・ベリナチ市長とマリオ・タカハシ市議会議長は4月に来日し、その際も、市と市議会から池田先生に「顕彰状」を授与している。

【先生のメッセージ】

◆〈随筆 永遠なれ創価の大城〉19 我らの凱歌の五月三日2017年5月3日
 王者堂々と広布の峰へ前進!
 「師弟共戦」「異体同心」の信心は無敵なり
 
希望に燃えて進もう! 師弟の凱歌を、全国・全世界の友と朗らかに!(4月15日、東京戸田記念講堂で)
希望に燃えて進もう! 師弟の凱歌を、全国・全世界の友と朗らかに!(4月15日、東京戸田記念講堂で)

 日蓮大聖人の仏法は、全人類を永遠に照らす「太陽の仏法」である。
 御聖訓には、「一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(御書一四六七ページ)と仰せである。
 ゆえに時代の闇が深いほど、いよいよ鮮烈に、智慧と希望の陽光を放って、我らは進むのだ。
 久遠よりの誓願である広宣流布を断行するために! 民衆の幸福を勝ち取り、平和の未来を創り開きゆくために!
 誇り高き使命の大行進の中で迎える栄光の五月三日、誠におめでとう!皆、本当にありがとう!

師匠を偲びつつ


 一段と勢いを増しゆく学会の大発展の様子を、創立の師父に御報告したい――その思いを込め、私は、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を訪れた(四月二十六日)。
 同じ区内には、かつて牧口先生と戸田先生が、暴走する軍国主義と国家神道に抵抗して投獄された東京拘置所があった。師弟して「立正安国」のために戦い抜かれた魂の決戦場である。
 この師弟の殿堂を守り荘厳されている豊島区・北区をはじめ地元の方々に感謝は尽きない。
 遠来の友を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で迎えてくれる創価班、牙城会、白蓮グループにも、また音楽隊、鼓笛隊、ドクター部、白樺の皆様、栄光会など役員の方々にも、さらに王城会、香城会、会館守る会、サテライトグループなどの方々にも、心から御礼申し上げたい。
 御書には、「日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか」(一一一三ページ)と記されている。
 学会の会館は、御本仏の不惜の精神に直結して殉難した、創価の師弟の崇高な魂魄を留める広布の法城である。ゆえに、集い来る地涌の闘士たちが皆、「心の財」を無量に積みゆけることも、また絶対に間違いないのだ。
 師弟共戦の歴史を綴ってきた講堂を訪問した意義を刻み、ここでは不滅の学会精神を三点にわたり確認し合いたい。

勝利は祈りから


 一つ目は、一切の勝利は「祈り」から始まる、ということだ。
 牧口、戸田両先生の肖像が見守る講堂で、私は妻と厳粛に勤行・唱題し、死身弘法の御徳に報恩感謝の祈りを捧げた。とともに、慈折広宣流布の大願成就を、そして大東京をはじめ、全国、全世界の宝友の幸福勝利を真剣に祈念した。
 大聖人は、「多くの月日を送り読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし」(御書一一九四ページ)と仰せである。
 大聖人の仏勅である広宣流布、立正安国を誓願し、我ら創価の師弟が唱えてきた自行化他の題目が、どれほど莫大であることか。その功徳は、今や壮大に青き地球を包んでいるのだ。
 女性門下に送られた御文には、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(同一一八七ページ)と説かれる。
 まさしく、仏天をも揺り動かす絶対勝利の祈りで、一切を勝ち開いてくれているのが、世界一の太陽の婦人部である。
 五月三日は「創価学会母の日」――私たちは、尊き広布の母に、最大の賞讃と深謝を捧げたい。
 母たちを中心に、我ら創価家族の祈りは「異体同心」の祈りである。
 いずこでも、悪戦苦闘の友がいれば、励まさずにはおかない。共に祈り、同志のために動かずにはいられない。
 「自他彼此の心なく」結ばれた、この最高に麗しい絆が日本中、世界中に張り巡らされている。だから、御本仏の大生命が脈々と流れ通うのだ。

自ら人間革命を


 二つ目は、広宣流布の全ての戦いは、自分自身の「人間革命」のためにあるということだ。
 
 戸田講堂の恩師記念室では、貴重な広布史の展示を拝見した。
 丹精込めて復元された豊島公会堂の模型も、誠に懐かしかった。
 戸田先生は、先師が獄死された拘置所の間近にある、この公会堂を正義の言論戦の舞台として、御書や法華経を講義していかれたのだ。
 六十年前の八月、私が荒川区で広布拡大の指揮を執った直後にも、先生は、この豊島の会場での本部幹部会で全国の飛躍を讃えられた。そして、新入会の友らを温かく励まし、皆に「信心してよかった」という喜びを味わわせてほしいと念願されたのである。
 「各人が幸福をつかむ信心」の確立にこそ、先生の鋭き焦点があった。
 そのためには、労苦をいとわず「地涌の菩薩」の行動を、と教えられた。
 我らの地球が正確に自転しつつ太陽の周りを公転するが如く、「人間革命」と「広宣流布」は絶妙に連動して、無限の価値を創造していくのだ。
 「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(御書三三ページ)とは、「立正安国論」の結論である。
 日々、「行学の二道」に励みながら、大法弘通のため、立正安国のため、勇んで戦っていく。このダイナミックな学会活動こそ、皆が宿命を転換し、絶対的な幸福境涯を開きゆく、最も確かにして速やかな「一生成仏」の軌道であることを、先生は明かされたのだ。
 展示の中に、一九七三年の五月五日、豊島の友三千四百人との記念撮影や子ども運動会の写真もあった。この折、皆で「勝利」の意義を語り合ったことも思い出深い。
 ――新しき前進への活力は、勝つことである。勝利は、新しき希望を生み、新しき勇気を育む。ゆえに、一つ一つの課題に断固として勝ち続けていくことが、広宣流布の原動力である、と。
 当時の可愛らしい未来部の友も、皆、立派に成長して、「人間革命」即「広宣流布」の勝利のために、団結し、奮闘してくれていることが、何より嬉しく、頼もしい。

巌窟王の精神で


 三点目に、「巌窟王の折伏精神を忘るるな」と訴えたい。
 学会が「広宣流布」という言葉を公の場で使った最初の記録は、七十五年前(一九四二年)の五月、創価教育学会の総会での牧口先生の発言であった。既に太平洋戦争の渦中である。
 牧口先生は、軍部政府からの弾圧も覚悟されていたのであろう。この総会で、嵐に立ち向かうが如く、我らは国家社会を大善の方向に導くのだと師子吼されている。
 そして一対一の折伏によってこそ、「家庭を救い社会を救い、そうして広宣流布に到るまでの御奉公の一端も出来ると信ずる」と断言された。
 ここに「広宣流布」という学会永遠の使命と責任が定められたのだ。
 正義の師を獄死せしめた権力の魔性に憤怒した戸田先生は、妙法の巌窟王となって、一九四五年の七月三日に出獄した。
 必ず広宣流布することこそが、師の仇討ちなりと覚悟された戸田先生は烈々と叫ばれている。
 「私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は、私の手でいたします」
 「私の手で」と、先生は言われた。誰かではない、自ら人生を懸けた誓願として言い切られている。
 そして戸田先生は、牧口先生と寸分違わず、「一対一の膝詰めの対話」によって、広宣流布の道を切り開いていかれたのである。
 一対一で、勇気をもって正義を語る、真心込めて友を励ます――この折伏精神に、人間一人ひとりの無限の可能性を開きゆく広宣の直道がある。
 日本も世界も、激動と不安の中にある。誰もが心から信頼できる何かを求めている。だからこそ、私たちは、目の前の一人を大切にし、相手の仏性を信じ、確信を持って語るのだ。
 粘り強い大誠実の対話は、悪意や偏見も打ち破る。確かな友情を結び、仏縁を広げていくのだ。
 恩師・戸田先生は水滸会や華陽会の折々に、「巌窟王の心」とは、何があっても巌の如く信念を貫き通す折伏精神であると教えてくださった。
 この心で、私は恩師の出獄から十二年後の七月三日に入獄した。全く無実の罪であった。本年夏で六十年となる。「師弟共戦」と「異体同心」の信心は無敵なりと、満天下に示し切ってきた。
 そして今、わが愛弟子たちが一切を受け継ぎ、師弟の正義を、巌窟王の如く威風堂々と勝ち示してくれることを、私は大確信してやまない。

凱旋の鐘を打て


 戸田講堂の平和ロビーには、二〇〇一年の「五月三日」を記念する第一回東京総会に際し、私が鳴らした「七つの鐘」のオブジェがあった。
 今回、湧き上がる思いのまま、「わが全同志に勝利の鐘よ響け! 大東京に凱歌よ轟け!」と、再び強く、また強く鐘を打ち鳴らした。
 鐘の響きには、深く共鳴しつつ、はるか彼方まで届いて、魂を呼び覚ます力がある。
 我らも大歓喜の生命の躍動を、一人また一人と伝え、社会へ、世界へ、未来へ、大いなる希望の波動を広げていくのだ。
 さあ、広宣流布の峰を目指し、共に、共々に、勇気凜々と、晴れやかな凱旋の暁鐘を、打ち鳴らそうではないか!
 (随時、掲載いたします)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験〉 偉大な母よありがとう


 【大阪市城東区】母の祈りには、底知れぬ人間力がある。小林美恵子さん(59)=古市躍進支部、婦人部副本部長(地区婦人部長兼任)=の長女・栄美香さん=女子地区リー

2017年5月 2日 (火)

2017年5月2日(火)の聖教

2017年5月2日(火)の聖教

◆わが友に贈る

健康こそ幸福なり!
無事故こそ勝利なり!
価値ある一日一日を
賢明に進みゆく中に
真の歓喜と躍動がある。

◆〈名字の言〉 2017年5月2日
 

 2015年のワールドカップ(W杯)で日本の躍進を支えたラグビー界の名将エディー・ジョーンズ氏。2年後の19年W杯日本大会へ、現在はイングランド代表の指揮を執る。前回大会で1次リーグ敗退に終わった「ラグビーの母国」の立て直しに着手し、テストマッチで18連勝をマークするなど、その名を一段と高めている▼「義を見て為ざるは、勇なきなり」とは『論語』の有名な一節だ。何をすればいいか分かっていながら、しないことは、勇気がないからだとの意。この言葉を、ジョーンズ氏が日本チームの会議室に掲げたことがある▼当時の日本チームは皆がミスを恐れ、萎縮していたという。その中で彼は勝つためのマインドセット(心構え)づくりに重点を置いた。その根本として「勇気」を挙げたのである。そして一人一人の眠っていた力を引き出し、本番で遺憾なく発揮させた▼彼いわく「勇気とは、慣れ親しんだ自分を捨てること」と(『ハードワーク』講談社)。人は、大きな課題を前にすると、過去の経験に照らして「できない理由」を探しがち。だが、そうした“これまでの自分”を思い切って捨てる。そして一歩踏み出した時、“新しい自分”に出会える▼新緑がまぶしい「躍動の5月」。心弾ませ、勇気の挑戦を開始しよう。(差)

◆〈寸鉄〉 2017年5月2日

 会長との対話から人類を
 救う宗教の力を知った―
 総裁。信念の言論、我らも
      ◇
 どんな戦いも団結の強い
 方が勝つ!―戸田先生。
 たたえ励まし広布の峰へ
      ◇
 黄金は炎の中でこそ輝く
 ―教育者。青年よ挑め!
 自らを鍛える黄金週間に
      ◇
 「陰徳あれば陽報あり」
 御書。牙城会・王城会に
 功徳は燦然。献身に感謝
      ◇
 詐欺手口を知っていても
 騙される人が8割―県警
 「自分は平気」の過信禁物

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十三 (6061)




 山本伸一の声に一段と熱がこもった。
 「次いで大聖人は、『異体同心にして』(御書一三三七ページ)と仰せです。『異体』とは、一人ひとりの個性や特質を尊重することであり、『同心』とは、広宣流布という同じ目的に向かい、心を一つにしていくことです。たとえば、城の石垣も、さまざまな形の石が、しっかりとかみ合い、支え合っているからこそ堅固なんです。
 異体同心は、最も強い団結をもたらすとともに、自身を最大に生かし、力を発揮していく原理でもあります。
 この異体同心の信心で、南無妙法蓮華経と唱えていくことを、『生死一大事の血脈』というのだと言われている。そこに、仏から衆生へと生命の最重要の法が伝わっていく。それが大聖人が弘通する肝要であると宣言されているんです。そして、その実践のなかに、広宣流布の大願成就もある。
 もしも、意見の違いなどによって感情的になり、怨嫉したりするようになれば、本末転倒です。何があろうが、“広宣流布のために心を合わせ、団結していこう”という一念で、異体同心の信心で進むことこそが私たちの鉄則です。いや、学会の永遠の“黄金則”です。
 さらに大聖人は、『日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し』(同)と述べられている。
 最大の悪とは、内部から広宣流布をめざす異体同心の団結を攪乱、破壊することです。それは、広布の激戦を展開している渦中に、味方が自分たちの城に火を放ち、斬りかかってくるようなものだ。異体同心を破る者は、いかに自己正当化しようが、第六天の魔王の働きをなすものです」
 学生部の幹部の一人が口を開いた。
 「幹部として一生懸命に頑張って、信心を完結する先輩もいれば、退転し、敵対していった先輩もいました。その根本的な要因は、どこにあるのでしょうか」
 「結論からいえば、奥底の一念が、広布中心か、自分中心かということです」

【聖教ニュース】

◆今月8日から 婦人部が「勇気の対話! 幸の輝き月間」

 あすは5・3「創価学会母の日」。婦人部が6・10「部の日」を記念する「勇気の対話! 幸の輝き月間」を、今月8日から開始する(6月10日まで)。
 1951年(昭和26年)5月3日、戸田城聖先生が第2代会長に就任。それから約1カ月後の6月10日、各部に先駆けて婦人部が結成された。
 以来、創価の母は自身や家族の宿命と格闘しながら、地域を福徳の園にしようと、目の前の一人のために尊き汗を流してきた。
 太陽のように周囲を明るく照らす母たちの姿に、共感と称賛の声はやまない。エマソン協会元会長のサーラ・ワイダー博士は「もし、希望を見いだしたいと思うなら、私は、すぐに創価学会の婦人部の皆様を思い出すことでしょう」と語る。
 池田大作先生は母たちの奮闘をたたえ、次のようにつづった。
 「『一対一の対話』こそ、平和建設の正道だ。それを、勇敢に行動しておられるのが、婦人部の皆様方である。いずこの地でも、『この母ありての広布かな』と、どんなに讃えても讃えきれない、偉大なる母たちの大行進曲が、来る日も来る日も奏でられている。私と妻は、広布に戦い、生きゆく女性たちの無限の幸福の人生を、真剣に懸命に祈りゆく毎日だ」
 創価の女性たちは強き祈りで自他共の人間革命に挑み抜き、後継の青年部を育みながら、あの地でもこの地でも、見事な勝利の実証を示している。
 月間では、皆が勇気の対話に挑戦。“一人”に焦点を当てるグループ学習・懇談の充実を図り、励ましの輪を幾重にも広げる。
 永石婦人部長は固く誓う。「池田先生、奥さまと共に進むこの黄金の時を逃さず、平和への祈りを根本に月間を勝ち飾り、師弟凱歌の7月へ対話の渦を巻き起こします!」

◆アルゼンチン2都市 池田先生を顕彰

 
アルゼンチン平和講堂で行われたラス・ガルサス市から池田先生への「傑出した人物」証の授与式(23日)
アルゼンチン平和講堂で行われたラス・ガルサス市から池田先生への「傑出した人物」証の授与式(23日)

 5・3「創価学会の日」を記念して、アルゼンチンの2都市から池田先生に顕彰が贈られた。サンタフェ州ラス・ガルサス市からは、地域社会を結ぶ尽力をたたえ、「傑出した人物」証が。授与式は4月23日、首都ブエノスアイレスのアルゼンチン平和講堂で、全国幹部会に引き続いて行われた。翌24日には、リオ・ネグロ州ビエドマ市から、世界平和と人間の安全保障への貢献を賛嘆する「文化・教育の名士」証が同講堂で授与された。


サンタフェ州ラス・ガルサス市 「傑出した人物」証

 「中南米の皆さん! ようこそアルゼンチンへ!」――アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)の全国幹部会の冒頭、司会の呼び掛けで、中南米各国の友が立ち上がると、会場から拍手喝采が。さらに、アルゼンチン20州とブエノスアイレス州11市から集った友が紹介され、皆で求道の心をたたえ合った。
 アルゼンチン未来部の演奏の後、青年部が創価の師弟のドラマを描いた演劇を披露。
 最後に、出演者全員で「青年よ広布の山を登れ」を熱唱し、興奮は最高潮に。会場が一体となり、「アキ! アキ! センセイ・エスタ・アキ!(私たちの心には、センセイがいます!)」の歓呼の声が鳴り響いた。
 師の心をわが心として社会に貢献しゆくとの決意が満ちる中、ラス・ガルサス市の顕彰の授与式が行われた。
 アルゼンチン北部にある自然と共生の都市ラス・ガルサス。贈られた証書には、青年部の社会貢献の活動が明記され、「人々を結び、社会を調和へと導くSGIの行動は大変に価値あるもの」とたたえている。
 来賓であるブエノスアイレス市のフェデリコ・プグリエーセ宗務局長があいさつ。「毎日のように暴力的な事件が起きていますが、SGIの皆さんが社会を変えようと努力されている姿は私たちに安心感を与えます。観念ではなく、現実に平和を目指して世界に対話を広げる。この創価の精神が拡大しなければならないと痛感しています。あなたたちは平和をつくっています。ですから、世界がSGIを求めているのです」と語った。
 ラス・ガルサス市のワルテル・セサル・サンチェス市長は「平和への行動を起こすことが重要なのです。SGIの青年の皆さんが、平和のため、社会のための活動をリードしていることに感謝したい」と述べた。

リオ・ネグロ州ビエドマ市 「文化・教育の名士」証
 首都ブエノスアイレスから南に約900キロ離れた、リオ・ネグロ州の州都ビエドマ。
 「文化・教育の名士」証の決議書には、池田先生の献身的な平和運動や人間教育への貢献をたたえるとともに、SGIが目指す環境保護や教育、民衆のための平和行動は、同市の信念と伝統に一致し、文化・教育・平和への発展と創造に貢献している、と記されている。
 授与式では、池田バンガード・オーケストラがアルゼンチン北部の伝統音楽と学会歌「常勝の空」を演奏。
 ホセ・ルイス・フォルケス市長は「SGIの方々は生命や環境を非常に大事にしていると実感しています」と語り、同市のモットーの「ビエドマは私であり、あなたであり、皆である」を紹介。
 「誰かがどこかで変革してくれるのを待つのではなく、皆が主体者となって変えていくとの信念で進むべきです。きょう、SGIの青年からエネルギーをもらいました。それを自分だけではなく、わが市民にも伝えていきます」と話を結んだ。

【特集記事・教学・信仰体験など】
◆〈5・3「創価学会の日」記念特集〉㊤ 池田先生の平和行動2017年5月2日
 信念の対話の力が時代を動かす
 批判の中でソ連を訪問 「私は行く。そこに人間がいるから」
 
モスクワのクレムリンで、ソ連のゴルバチョフ大統領(当時)との初会見に臨む池田先生(1990年7月)。この時、大統領は訪日の希望を明言し、翌91年4月、ソ連の最高指導者として史上初の訪日が実現した
モスクワのクレムリンで、ソ連のゴルバチョフ大統領(当時)との初会見に臨む池田先生(1990年7月)。この時、大統領は訪日の希望を明言し、翌91年4月、ソ連の最高指導者として史上初の訪日が実現した

 世界広布の大きな上げ潮の中、明日、栄光の5・3「創価学会の日」を迎える。本紙では池田先生の世界を結ぶ対話、青年育成への尽力などについて、識者へのインタビューも含め、3回にわたって特集する。特集㊤のテーマは、先生の平和行動。3面では、中米・ドミニカ共和国のアルベルト・デスプラデル元駐日大使の話を掲載する。

東西冷戦の壁を超え各国の指導者と語らい


 国家や民族、イデオロギーの違いを超え、各国の指導者や民衆と友情を結んできた池田先生。そこには、深き「人間への信頼」があった。「勇気の行動」があった。
 東西の冷戦に加え、中ソ関係も険悪だった1970年代。先生は中国、ソ連、アメリカを訪問。周恩来総理、コスイギン首相、キッシンジャー国務長官と対話を重ねた。
 ソ連訪問の前には、“宗教者がなぜ共産主義の国に行くのか”との批判もあった。しかし、先生は「そこに人間がいるから、私は行く」と、信念の人間外交を貫いたのである
 アメリカの経済学者ガルブレイス博士はかつて、冷戦構造の崩壊について語った。
 「こうした世界平和への前進の一歩も、池田SGI会長のような人物の尽力抜きで考えることはできない」と。
 また、キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起きた96年。両国が一触即発の緊張状態の中で、先生はキューバを訪問し、フィデル・カストロ国家評議会議長と会見。訪問に反対する意見もある中で、先入観の壁を打ち破り、友好交流への道を開いていったのである。

異なる宗教の識者と地球の未来を展望


 池田先生はまた、多様な背景を持つ世界の指導者や識者と、文明間・宗教間対話を精力的に進めてきた。
 インドネシアのワヒド元大統領やイラン出身のテヘラニアン博士らとは、イスラムの歴史や文化、共生の社会建設への方途を巡って対談を行った。仏教とキリスト教については、宗教社会学者のウィルソン博士や教育学者・哲学者のデルボラフ博士らと対話。
 さらに、インド文化関係評議会前会長のカラン・シン博士らヒンズー教を背景とする識者、儒教研究の第一人者であるドゥ・ウェイミン博士、またユダヤ教の識者とも交流を結んできた。
 ハーバード大学名誉教授で、著名な文化人類学者のヤーマン博士は語る。「池田SGI会長ほど宗教間対話を実践してきた人物は、世界に類を見ないでしょう。各分野の巨人たちと、人類が直面する諸問題について語り合ってきた功績は大きい」
 地球社会の未来を展望して対話を重ね、平和への潮流を起こしてきた池田先生。「宗教間対立」への危機が論じられる現代にあって、先生の行動に対する称賛の声は、枚挙にいとまがない。

教育・文化・人権など多彩な分野で交流


 池田先生が語らいを広げてきた識者は、これ以外にも、実に多彩な分野にわたる。
 アメリカの科学者ポーリング博士をはじめ、経済学・天文学・法学などの専門家とも対談を行った。
 また、南アフリカの反アパルトヘイト(人種隔離)運動の闘士だったマンデラ大統領、欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵ら、時代を切り開いたリーダー・識者とも意見を交換。
 さらには、フランスの美術史家ユイグ氏、中国の文豪・巴金氏、ヨーロッパ科学芸術アカデミーのウンガー会長、アフリカの環境の母マータイ博士、アルゼンチンの人権活動家エスキベル博士等と語り合った。
 先生は創価大学、民主音楽協会、東京富士美術館などの創立者として、教育・文化交流にも力を注ぎ、識者との出会いを重ねた。
 人類の未来のために結び続けてきた絆――こうした友情と信頼のネットワークを土台として、今、平和貢献の人材が陸続と躍り出ている。70点以上の対談集を発刊
 池田先生は第3代会長就任(1960年5月3日)以来、世界54カ国・地域を歴訪。各国の文化人や学者らと、公式なものだけで1600回を超える対話を重ねてきた。
 先生と世界の知性との対談集は、これまでに70点以上を数え、海外の諸言語でも翻訳・出版されている。
 なかでも、“20世紀最大の歴史家”と称される英国のトインビー博士との対談集『21世紀への対話』は、各国の大学で教材として使用されるなど、“人類の教科書”として愛読されている。

◆〈5・3「創価学会の日」記念特集〉㊤ インタビュー 
 ドミニカ共和国元駐日大使 アルベルト・デスプラデル氏
 池田会長は人格と思想の力で世界を結んだ「人類の大使」

「とても若い大使ですね」――デスプラデル駐日大使(当時)を心から歓迎する池田先生(1985年6月、東京・信濃町の聖教新聞本社で)
「とても若い大使ですね」――デスプラデル駐日大使(当時)を心から歓迎する池田先生(1985年6月、東京・信濃町の聖教新聞本社で)

 ドミニカ共和国のアルベルト・デスプラデル氏は、1984年に駐日大使として来日。87年の離任まで、池田先生とたびたび会談を重ね、親交を結んだ。先生のドミニカ初訪問から30周年となる本年、同国を訪れ、外交の最前線で活動してきた氏に、先生の平和行動について話を聞いた。(聞き手=谷口伸久記者)
                                                                 ◇ 
 ――1985年6月、聖教新聞社で、初めて池田SGI会長との出会いを刻まれました。その経緯についてお聞かせください。
  
 もう30年以上前になるでしょうか。私が、駐日大使として赴任していた時のことです。
 ある日、大使館のオフィスで1冊の雑誌を手に取りました。表紙に「SGI」と書かれていたことを覚えています。世界平和を希求し、東西の識者と対話を展開される池田SGI会長の軌跡が紹介されていました。
 対話で世界を結ぶ、その平和行動に驚きました。当時は「対立の時代」です。世界の人々が理解し合うなど、多くの人が不可能だと思っていた時です。しかし、SGI会長は、それを本気で実現しようとされていた。私は、卓越した人であると直感しました。
 読み終わる頃には、“SGI会長に、ぜひお会いしたい”との思いに駆られました。すぐ会談を申し入れました。
 初めて出会った時、SGI会長は、年下の私に対して、とても誠実に接し、温かく歓迎してくださいました。その姿に感動しました。
 この振る舞いにこそ、SGI会長の偉大さがあると感じました。率直に「SGI会長のことを、もっと学ばせてください」と伝えました。任期を終えるまでの間、たびたびお会いしました。
 出会いを重ねる中で、SGI会長の人格に、ますます魅了されました。いつしか「SGI会長のドミニカ訪問の実現は、私の使命である」と思うようになったのです。
 SGI会長にお目にかかるたび、ドミニカ訪問を要請してきました。

人々を啓発する平和行動を称賛


 ――87年にSGI会長はドミニカ共和国を初訪問しました。その折、国家勲章である「クリストバル・コロン大十字勲章」が叙勲されました。
  
 この勲章は、わが国が「今日の世界で最も傑出した人物」をたたえて授与するものです。同勲章の委員会の推薦と大統領の承認が必要です。
 叙勲を決めたバラゲール大統領(故人)は、詩人であり、知性の人でした。大統領は、人々を啓発するSGI会長の詩や平和行動を高く評価していました。
 「クリストバル・コロン」とは、アメリカ大陸を「発見」した「コロンブス」のことです。わが国は、コロンブスが最初の航海で到達し、“新世界”と“旧世界”を結ぶ起点となった地です。歴史的に大きな意味を持っています。
 その上で、SGI会長のドミニカ訪問は、それに匹敵する重要な歴史である――。私は、そう思っています。
 なぜなら、SGI会長がドミニカに携えてこられたものが、“平和の心”だからです。
 今年2月5日、SGI会長の初訪問30周年を記念したドミニカ共和国SGIの総会が開催され、約4300人が集った。すごいことです。
 実際は、それ以上の人が、SGI会長の“平和の心”の恩恵を受けています。
 SGI会長のことを直接、知っている人は、限定的かもしれません。しかし、SGI会長の心は、SGIメンバーにとどまらず、ドミニカ社会の隅々にまで波及しています。ドミニカの平和と繁栄の礎を築く大きな力になっていることは間違いありません。
 ――SGI会長の世界平和への貢献とは、具体的にどのようなものだと考えられますか。
  
 SGI会長は、思想や信条、イデオロギーの違いを超え、一貫して「対話の重要性」を自らの行動をもって示されてきました。冷戦時代に東西をつなぐ対話の道を切り開かれたのは、その何よりの証左でしょう。
 SGI会長の対話は、まさに“建設”です。世界に平和を築く根幹の力です。相手を攻撃する“武器”などではありません。
 私は一国の外交官ですが、SGI会長は、世界の人々を結ぶ「人類の大使」です。
 SGI会長は毎年、平和提言を発表され、人類が進むべき道を示されています。私もSGI会長のビジョンから啓発を受けて、自身の活動に生かしています。
 現在、私はドミニカ共和国の外務省に勤務し、ハイチの担当をしています。残念ながら、隣国ハイチとの間には、過去に憎しみ合う歴史がありました。
 私はSGI会長の姿を模範として、「民衆の幸福」という点に最大の価値を置き、相手を尊重する対話を心掛けてきました。
 両国が共に豊かになる方向へと進んでいくよう、これからも最善を尽くしていきたいと思っています。


SGIの哲学は時代の要請


 ――ハイチにも、SGIメンバーがいます。さまざまな困難がある環境の中で、力強く前進しています。
  
 私自身も、SGI会長の思想を実践している一人です。
 「一人の人間の変革」こそ、全ての変革の根本なのです。この会長の哲学に、世界はもっと目を向けるべきでしょう。
 SGI会長のメッセージは常に、最も苦労した人が幸福になるために発せられています。SGI会長の“変革の哲学”は、ドミニカでもハイチでも、苦難と戦う人たちに大きな希望をもたらすことは、絶対に間違いありません。
 私は大使として、日本で多くの識者と会う機会に恵まれました。各界を代表する方々ともお会いし、尊敬する人も多くいます。
 しかし、それ以上に、SGI会長との出会いは、いつも魂を触発され、憧憬と敬慕の念は深まるばかりでした。
 一人、また一人と、SGI会長と心を同じくする人々が連帯するならば、必ず、希望輝く未来が開かれていくと信じます。
  
 ――国家主義、民族主義の動きが各地で見られ、世界は分断の様相を呈しています。
  
 私が駐日大使をしていた当時も、世界は政治的、経済的な対立から厳しい緊張状態にありました。人々の心は悲観的な方向へと傾き、国家間のみならず、人々の間でも友好的な関係を望もうとしない時代でした。
 その時、私はSGI会長と出会い、その思想・哲学に希望を見いだしたのです。
 再び「ベルリンの壁」が築かれるような時代に戻ってはなりません。人間と人間が、イデオロギーで分断されることほど、愚かなことはありません。
 今こそ、SGI会長の思想・哲学が必要です。私たちは、SGI会長の人格から学ばなければなりません。
 卓越した精神性を持つ希有の指導者――SGI会長は「人類の宝」なのです。

◆〈教学〉 5月度座談会拝読御書 四条金吾殿御返事(法華経兵法事) 2017年5月2日

 

 本抄は、鎌倉の門下の中心的存在であった四条金吾に送られたお手紙で、弘安2年(1279年)の御述作とされています。本抄の内容から別名を「法華経兵法事」ともいいます。

◆〈未来部育成のページ〉 5・5「創価学会後継者の日」


 今月5日は、「創価学会後継者の日」。毎年この日、“未来っ子”たちは、将来への誓いを新たにしてきた。今回は、未来部の人材グループでの薫陶が原点となった2人の体験談を紹介。あわせて連載「心の希望の語らいを」と「池田先生の指針」を掲載する。

◆〈信仰体験 ブラボーわが人生〉第28回 米一粒に師弟あり 
 「題目あげでみろ。たまげるほどの幸せ感じっど」

 【山形県・飯豊町】暦は桜薫る4月でも、遠くの山はまだ白い。東北の春は、雪解け水に感謝し、花咲く風を喜ぶ。ぬるむ田んぼに囲まれた家を訪ねた。

2017年5月 1日 (月)

2017年5月1日(月)の聖教

2017年5月1日(月)の聖教

◆今週のことば 2017年5月1日

輝く「創価の母の日」。
皆で感謝の最敬礼を!
太陽の婦人部と共に
明るく賑やかに行進。
友情と信頼の拡大だ!

◆〈名字の言〉 2017年5月1日

 英語の「infant」は「乳児」「未成年」などを意味する。語源はラテン語の「infans」。「in」は否定、「fans」は「話す」を表す。言葉を用いて考え、他者とコミュニケーションをとれるかが、大人と子どもの違いということだろう▼人間の世界は、言葉によって成立しているといっても過言ではない。情報技術の発達により、私たちの日常には、以前にも増して、さまざまな言葉があふれるようになった▼御書に「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)と仰せのように、言葉は、人間の心を映す「鏡」だ。言葉は人と人を結び、笑顔にする力にもなれば、反対に、他者を深く傷つける“凶器”にもなり得る▼1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」の中、一部マスコミが創価学会を“暴力宗教”と報じた。ところが、関西の同志は「そないに有名な学会の座談会や、あんたも来てみまへんか?」と、悪意の中傷を逆手に取り、生き生きと対話を展開。たくましい知恵で逆風も追い風に変え、広布史に燦然と輝く不滅の金字塔を打ち立てた▼正は正、邪は邪と言い切る。言葉の暴力に対しては鮮やかに切

◆〈寸鉄〉 2017年5月1日
 

 新緑萌ゆる5月が開幕。
 我らも対話の花を!満々
 たる生命力で生き生きと
      ◇
 学会の強さは青年に焦点
 を当ててきたこと―識者
 わが地域に若き人材群を
      ◇
 「書は言を尽さず言は心
 を尽さず」御書。会って
 語る。これが広布の王道
      ◇
 自転車の「歩道通行禁止」
 ルール、守らぬ人が6割
 超と。事故の元と戒めよ
      ◇
 公園内に保育所を設置で
 きる改正法が成立。待機
 児童解消へ。公明が先導

◆社説  創大・学園で見学会   人間教育と世界平和の学府


 世界市民の育成に力を入れる創価大学や創価女子短期大学、東京と関西の創価学園で今月3、4の両日、オープンキャンパス(学校見学会)が開かれる。
 創価教育の淵源。それは1930年11月18日、牧口先生が『創価教育学体系』第1巻を発刊したことにある。教育改革に立ち上がった先生は生前、「将来、創価教育の学説を実践する学校ができる。幼稚園から大学までだ。必ず戸田君が後を引き継いでやってくれるよ」と語っていたという。
 それから約30年後の60年4月5日、池田先生は東京・小平の地にいた。将来の創価学園の建設候補地視察のためである。
 時は、創価学会の第3代会長就任のわずか1カ月ほど前。後に、池田先生はこの時のことを振り返っている。「万年の道を厳然と開くために、何から手を打つか。私は、第一に創価学園の創立への行動を起こしたのである。『牧口先生の悲願である、創価の学舎には、最高の教育環境を整えてもらいたい』とは、戸田先生の遺言であった」と。
 視察から7年後の67年11月18日、創価教育機関の第1号として、創価学園は創立された。本年で50周年である。現在、創価教育機関は、大学・短大、東西の高・中・小学校、札幌の幼稚園の各校で構成され、さらにアメリカやブラジル、アジア各地など、海外にも広がる。
 民衆の幸福、世界の平和の実現のために、必ず21世紀の大空に羽ばたいてくれるにちがいない――池田先生は連載中の小説『新・人間革命』「雌伏」の章にも創価大学、創価学園への真情を述べ、今も一層、力を注ぐ。
 牧口先生の人間教育の理想が、戸田先生、池田先生へと受け継がれ、寸分たがわず実現している事実に、あらためて驚嘆するとともに、さらなる発展を心から祈らずにはいられない。
 世界の一流の識者も、大きな期待を寄せている。創大と85年に学術交流協定を結んだタイの国立タマサート大学のノーラニット・セータブット評議会議長は、3月の創大卒業式でこう述べた。「創大生は常にグローバルな視点に立ち、人類の幸福・平和に寄与できる自分を目指している」「この精神は卒業生の心にも深く根を張り、見事な花を咲かせています」「創大は平和構築の旗手です。それも、池田先生の哲学によるものでありましょう」
 三代の師弟で築いた人間教育と世界平和の学府。ぜひオープンキャンパスに足を運び、その魅力の一端を感じてみてはいかがだろうか。

◆きょうの発心  信心を貫き、病魔を打ち破る2017年5月1日

御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。諸天の加護がないからと、疑ってはならない。現世が安穏でないことを嘆いてはならない。

 いかなる難があっても疑うことなく信心を貫けば、成仏の境涯を得られると仰せです。 1961年(昭和36年)に母と共に入会。宿命の嵐が吹き荒れる中でしたが、良き先輩に恵まれ、悔いのない青年部時代を送ることができました。
 79年(同54年)8月、SGIメンバーとの友好の集いに池田先生が出席され、共に参加していた妻と長女を激励してくださいました。終了後には、私の母にも伝言を頂くなど、度重なる励ましを忘れることはできません。
 10年前、会話の際に違和感を覚え、検査の結果、脳梗塞と判明。次第に失語症も出始めました。当時、会社を経営し、壮年部では総県書記長を務めていた私は、“信心で必ず乗り越える”と決め、リハビリに専念。同志の皆さまに力強く励まされる中、3年後には病も完治。現在、三代会長有縁の天地で元気に活動しています。
 伊豆広布70周年の本年、同志と共に、師子王の心で全ての戦いに勝利してまいります。
 静岡・伊豆総県副総県長 遠矢勇

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十二 (6060)




 青年たちは、真剣な眼差しで山本伸一を見つめ、言葉を待った。
 「今日は、将来のために、広宣流布をめざすうえでの、最第一の鉄則とは何かを、あえて言い残しておきます。
 それは、金剛不壊の異体同心の団結です。
 大聖人は、こう仰せになっている。
 『総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か』(御書一三三七ページ)
 ここには、すべての日蓮大聖人の弟子・檀那ら、つまり、広宣流布に生きる私どもが拝すべき根本指針が述べられています。
 まず、『自他彼此の心なく』、すなわち自分と他人、あれとこれとを分け隔て、差別する心を排していきなさいと言われている。
 人間には、国家、民族、文化・習慣、また、社会的な地位や立場、年代、出自、さらには、ものの見方、感じ方など、さまざまな違いがあります。そうした、いっさいの差異にとらわれることなく、共に同志である、等しく地涌の菩薩であるとの原点に、常に立ち返っていかなくてはならない。
 また、『水魚の思を成して』と言われているように、同志は皆、親密な、切っても切れない関係にあることを自覚し、各人が互いに尊重し合い、守り合っていくことです。
 したがって、“あの幹部は好きになれないから、組織にはつきたくない。活動もしたくない”というのは、この御金言に反します。また、それは、自分のわがままに負けてしまっている姿です。
 今、共に信心に励んでいるのは、決して偶然ではない。過去遠遠劫からの深い縁に結ばれ、一緒に久遠の誓いを果たすために末法濁世に出現したんです。
 その縁のうえに今があることを、同志が互いに自覚するならば、強い絆が育まれ、広宣流布への大きな前進の力が生まれます」

【聖教ニュース】


◆北海道で青年大会 札幌・真駒内で1万人が一堂に

   
「一人の力が世界を変える」をテーマに行われた北海道・三代城創価青年大会のフィナーレの演目。集いの最後には、戸田北海道青年部長を中心に、師に届けとばかりに全員で万歳三唱を。竹岡青年部長、清水総合女子部長らが激励に駆け付けた(札幌市の真駒内セキスイハイムアイスアリーナで)
「一人の力が世界を変える」をテーマに行われた北海道・三代城創価青年大会のフィナーレの演目。集いの最後には、戸田北海道青年部長を中心に、師に届けとばかりに全員で万歳三唱を。竹岡青年部長、清水総合女子部長らが激励に駆け付けた(札幌市の真駒内セキスイハイムアイスアリーナで)

 北の大地に新生の春を告げる北海道の「三代城創価青年大会」が4月30日、札幌市の真駒内セキスイハイムアイスアリーナで盛大に開催され、全道から1万人を超える友が一堂に集い合った。
 これには池田先生が祝福のメッセージを贈り、広布開拓に励む友の奮闘に心からの称賛を寄せた。
 また、大会には、北海道の各界から多数の来賓が列席した。席上、来賓を代表して高橋はるみ道知事、札幌市の秋元克広市長があいさつ。青年の熱と力がほとばしるステージに喝采を送った。(3面に詳報)

◆「創価学会後継者の日」記念大会 原田会長が激励
 池田先生がメッセージ 学びの心、希望の心、負けじ魂で進め


 5・5「創価学会後継者の日」41周年を記念して、関西(4月29日)に続き、首都圏の大会が同30日、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で開催され、未来部の代表が参加した。
 両会合に、池田大作先生はメッセージを贈り、「生き生きと勉強に挑戦しゆく『朗らかな学びの心』」「親孝行を忘れず、友と成長しゆく『賢い希望の心』」「何があっても、へこたれない『不屈の負けじ魂』」という、正義の中の正義である創価の心を受け継いでほしいと望んだ。
 さらに御書の一節「さいわいは心よりいでて我をかざる」(1492ページ)を通し、「強く正しく明るい皆さん方の心から、自分も、父母も、みんなも幸せにできる太陽が昇るのです」と強調。
 「世界の未来は、わが心にあり!」との気概で、題目を朗々と唱え、勉学第一で進み、世界広布新時代の大空へ羽ばたこうと呼び掛けた。
 大会では、池田智輝君(小学6年)、加藤すみれさん(中学2年)、岡田悠也さん(高校3年)が未来部の活動を通して、信心の確信を深め、充実した学校生活を送る喜びを語った。
 続いて、富士少年希望少女合唱団が「青年よ広布の山を登れ」などを合唱。高澤女子未来部長、星少年部長が「“私たちが未来の主役”との自覚で、師の心を学び、一人一人が後継のリーダーに」と力説。原田会長は、池田先生と国内外の同志から寄せられる励ましを前進の糧に、あらゆる苦難を乗り越え、挑戦と飛躍の日々を送ろうと訴えた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆5・9「音楽隊の日」特集 創価の行進の先頭に!

   
「全日本吹奏楽コンクール」で3年連続16度目の金賞に輝いた関西吹奏楽団の熱演(2016年10月、金沢市の金沢歌劇座で)
「全日本吹奏楽コンクール」で3年連続16度目の金賞に輝いた関西吹奏楽団の熱演(2016年10月、金沢市の金沢歌劇座で)

 5月9日は「音楽隊の日」。このゴールデンウイークも、各地のイベントに創価の楽雄が出演する。これまで本部幹部会をはじめ、パレードやコンサートなど、音楽隊が奏でる妙音に、心を揺さぶられた読者も多いだろう。ここでは、音楽隊の歴史とともに、関西音楽隊の「関西吹奏楽団」の活動を紹介する。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉27 原点の5月3日から
 師弟勝利の7月へ 元初の太陽を心に燃やして
 凱歌の旗を打ち立てゆけ!
 
 
昭和55年5月3日、関西の地で認められた書。力強い筆に、絶対勝利への誓いが、ほとばしる                                                                          
昭和55年5月3日、関西の地で認められた書。力強い筆に、絶対勝利への誓いが、ほとばしる

 原田 5月の3日――この日は、創価学会の
昭和55年5月3日、関西の地で認められた書。力強い筆に、絶対勝利への誓いが、ほ
とばしる

 原田 5月の3日――この日は、創価学会の永遠の出発の日であり、広宣流布への決意の日です。池田先生は、「広布に生きゆく/我らの五月三日は/なんと晴れやかで明るく/なんと生き生きと/朝日の昇りゆく/心爽やかな/大歓喜の一日であろうか」と詠まれています。
 長谷川 SOKAチャンネルVODの番組「五月三日」でも紹介されていますが、先生はかつて、「五月三日」との「書」を認められたことがあります。
 伊藤 揮毫した日付として、「昭和五十五年五月三日 記す」「心爽やかなり 合掌」と書かれているものですね。
 長谷川 ええ。さらに脇書には、先生にとって、学会にとって、節目となってきた年の「五月三日」が書きとどめられています。
 伊藤 「昭和二十六年五月三日」――戸田先生が第2代会長に就任された日。
 永石 「昭和二十七年五月三日」――池田先生と奥さまが結婚された日。本年は65周年となります。
 伊藤 「昭和三十五年五月三日」――池田先生が第3代会長に就任された日。
 志賀 「昭和五十四年五月三日」――池田先生が前月の4月24日に第3代会長を辞任され、そのすぐ後に行われた本部総会の日。
 長谷川 さらに執筆から3年先となる「昭和五十八年五月三日」、そして「西暦二〇〇一年五月三日」の日付が記されています。

大山・大桜・共戦
 

 原田 「昭和五十八年五月三日」といえば、東京会館(後の東京牧口記念会館)が新たに誕生した時であり、「西暦二〇〇一年五月三日」は、アメリカ創価大学の開学式が盛大に挙行された日です。
 このように、5月の3日には、「学会精神の真髄」があり、「異体同心の究極」があり、「師弟不二の極致」があります。ゆえに、先生は「此の日は わが学会乃原点也」と記されています。
 志賀 小説『新・人間革命』「大山」の章には、昭和54年の5月3日の様子が描かれています。式典を終えた先生は、別室に入ると、「大山」と揮毫され、その下に、「わが友よ 嵐に不動の信心たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 式後記す也」と書かれます。
 永石 さらに、「大桜」とも揮毫され、脇書に、「わが友の功徳満開たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 合掌」と認められます。
 志賀 そして、式典の会場であった創価大学を出発された先生は、神奈川文化会館に向かわれます。そこで、「共戦」と書かれ、脇書に、「五十四年 五月三日夜
 生涯にわたり われ広布を 不動の心にて 決意あり 真実の同志あるを 信じつつ 合掌」と記されます。
 原田 「大山」「大桜」「共戦」――ここに、5月3日の魂があります。
 いかなる烈風にも、「大山」のごとく不動たれ。どんな厳しい試練にさらされようとも、胸に創価の「大桜」をいだいて進みゆけ。師と共に立ち上がり、「共戦」の道を進むのだ、と。
 この「師弟の魂」を心に刻み、「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との御聖訓を信じ、戦い抜いてきたからこそ、学会は、仏法史上未聞の192カ国・地域への拡大という勝利の春を開くことができました。
 伊藤 5月3日は、「創価学会母の日」でもあります。本年も、この日を祝賀し、文化放送をはじめとした全国の各局で、ラジオの特別番組が放送されます。
 長谷川 さらに、世界中で記念の会合が行われ、タイでは初めてとなる「法華経――平和と共生のメッセージ」展(企画・制作=東洋哲学研究所)が、この日から開催される予定です。
 原田 先生は、「我ら創価の友は/いかなる試練に直面しても/常に原点の五月三日から/元初の太陽を心に燃やして/勝利へ出発するのだ。/目標と定めた/新たな五月の三日へ/完勝の旗を打ち立てゆくのだ」と詠まれています。栄光の「5月3日」から、広布拡大の大行進を威風も堂々と開始していきたい。

5日は後継者の日


 志賀 また、「こどもの日」である5日は、「創価学会後継者の日」です。
 原田 昭和54年の、この日、先生は、「正義」「われ一人正義の旗持つ也」と記されました。そこには、“正義とは、どこまでも広宣流布の大道を進み抜くことだ!”との誓いが込められています。
 永石 「雌伏」の章に、重要な指導が記されていました。それは、「師匠が表に出て動けないならば、師に代わって立ち上がるのが弟子です。私と会えなければ元気が出ない、勇気も湧かないというのであれば、真の師弟ではない。師をしのぐ果敢な実践をもって、広宣流布の未曾有の上げ潮をつくっていくんです」との指針です。
 原田 さらに、「私が君たちを指導・激励し、全力を注いで育成してきたのは、こうした時のためです。今こそ、『私たちに任せてください! 弟子の戦いを見てください!』と胸を張り、私に代わって同志を励まし、元気づけていくのが師弟だ!」「それが、今の私の思いだ。魂の叫びです。頼んだよ!」とも綴られていました。
 「千載一遇の天の時」です。今こそ、後継の池田門下が総立ちとなる時です。師弟勝利の7月へ、新たな決意に燃え、凱歌の旗を打ち立てていきましょう!

◆〈世界の機関紙・誌から〉 韓国SGI 高一安さん 

 「あっ、しまった!」
 バレエの練習中、回転をしようとした直前に、今まで感じたことのない痛みが膝に走りました。その場に倒れ込み、救急車で病院へ。

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