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2017年4月

2017年4月30日 (日)

2017年4月30日(日)の聖教

2017年4月30日(日)の聖教

◆わが友に贈る
 

信心の戦いとは
祈りから始めることだ。
自他共の幸福の実現を
わが使命とすることだ。
この一生を楽しく勝て!

◆〈名字の言〉 2017年4月30日

 今月26日の午前8時30分。大雨の中、人の列ができていた。広島平和記念資料館の東館がリニューアルオープン。市街が破壊されるCG映像、3Dプリンターで作った原爆ドームの模型など最先端技術を駆使。多彩な手法で「どう伝えるか」に工夫が凝らされていた▼「大工の原さん」「洋服店の新藤さん」……。72年前、そこには家々が立ち並んでいた。庶民の生活、それぞれの幸せを1発の原子爆弾が奪った。後年、跡地に同館が建設。被爆者が世を去っていく中、「何を伝えるか」もまた重要になる▼同館でボランティアを始めた婦人部員。広島に生まれながらも、無知な自分を悔いた。「人類の 中より選ばれ 広島に 戦う使命を 誇りと功徳に」――かつて池田先生が詠んだ和歌を胸に講習会に出席し、現在は館内で展示説明を行う▼平和を願う母の心を、高校3年生の息子も継いだ。英検準1級に合格し、第10回「全日本高校模擬国連大会」に初出場。選抜された高校生と英語で討論した。「将来は国際社会に貢献したい」と誓う▼学会の広島池田平和記念会館は、出兵する兵士を訓練した「東練兵場」の跡地に立つ。今、ここから平和を創る青年たちが羽ばたく。“二度と悲劇を繰り返さない”――「ヒロシマの心」を世界に伝えるために。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年4月30日
 

 学会こそ師子王の団体―
 戸田先生。勇敢に堂々と。
 時代動かす正義の言論を
      ◇
 勤勉を習慣的にするコツ
 は思い切って始めること
 ―哲人。さあ今ここから
      ◇
 御書「相構えて父母の恩
 を報ずべし」。自らの成長
 が親孝行。広布の道貫け
      ◇
 図書館記念日。良い本は
 人生を豊かに彩る。青年
 は読書と思索の暇つくれ
      ◇
 旅行者狙う「ひったくり」
 に注意を。貴重品は肌身
 離さず。断じて無事故で

◆社説   出会いは可能性秘めた劇  絆の数だけ人生は豊かに彩られる


 「きょうは、○○ちゃんと友達になったよ!」。今春、小学校に入学した未来部員たちが、目を輝かせて話していた。
 あすから若葉もえる5月。年度初めに地域や職場で知り合った人と、新たな人間関係を築いていくチャンスである。まずは大型連休を活用し、進んで交流の機会を持っていきたい。
 人が一生のうちに出会う人数はどれくらいか。一説には3万~5万人ともいわれるが、個人差があり、定かではない。だが、世界73億人の中で、自らが交友を持てる確率を考えれば、全ての出会いが奇跡であり、友人は“運命の人”といえるだろう。
 近年、SNSの普及により、電話で連絡を取り合う人が減少し、インターネット上だけの付き合いが急増。コミュニケーションに大きな変化が見られる一方、必ずしも交友関係が拡大しているわけではないようだ。
 進化人類学者のロビン・ダンバー氏は、人間が一人一人の顔や名前を認識して交友関係を結べるのは、平均して150人程度であると主張し、それは「ダンバー数」として知られるようになった。
 氏によると、サルが毛繕いをしてつながりを深めるように、人間は言葉を交わして親密になる。また、一緒に笑うことで脳内物質が分泌され、互いの距離感は急速に縮まる――など興味深い知見が多い。
 共に語り、共に笑う――そうして心の絆は強くなる。このことは、私たちの日々の学会活動からも、うなずける。笑顔の対話こそ信頼を育む源泉だ。
 良き出会いは人生を変え、生涯の宝となる。
 仏法では善知識(=善友)に会うことの重要性を説く。万人に内在する仏性は、善縁に触れてこそ発現することができるからだ。さらに、自らの一念次第では、敵意や悪意を持った存在をも、味方に変えていくことができると説いている。
 ゆえに先入観を排し、“相手に心を開こう、学んでいこう”という姿勢で交流に臨みたいものだ。そこにこそ自身の新たな一面を開拓し、可能性を開花させる鍵がある。友と結んだ心の絆の数だけ、人生は豊かに彩られていく。
 池田先生は「すべては、一人との出会いから始まる。一人を大切にすることが、万人への広がりに通じる」と語っている。
 薫風爽やかな季節。縁した一人一人の心に、笑顔で、はつらつと語り掛けていこう。その先に思いがけない感激のドラマが待っているに違いない。

◆きょうの発心   青年と共に広布拡大に勝利!2017年4月30日

御文
 頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき(日眼女造立釈迦仏供養事、1187ページ・編1171ページ)
通解 頭を振れば髪が揺らぐ。心が働けば身体が動く。大風が吹けば草木も揺れる。大地が動けば大海も荒れる。同じように教主釈尊を動かせば揺るがぬ草木があるだろうか。

 強い一念で御本尊に祈れば、諸天善神が必ず動くとの仰せです。11歳の時、母と共に入会。信心に猛反対した父は、病を機に入会し、題目を唱えながら安らかに霊山へと旅立ちました。
 第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、兄が信心に反対するように。そうした時に、「大分県青年部幹部会」に参加し、初めて池田先生にお会いしました。席上、「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」が発表され、「題目をあげぬいた人には誰人もかなわない」との一節と、先生の“大楠公”のピアノ演奏に感動。“生涯、師と共に”と誓いました。やがて、兄も信心に理解を示し、入会しました。
 女子部時代は、幼稚園教諭として働き、学会活動にも全力で挑戦し、婦人部となった今も、師との原点を胸に広布に走っています。
 「大分21世紀会」の一員として、報恩の心で青年部と共に広布拡大に勝利し、仲良き大分戸田県のスクラムを築いてまいります。  大分戸田県婦人部長 久野ひと美

【聖教ニュース】

◆タイ・プミポン国王写真展 来月、創価大学で開催 
 日タイ修好130周年を記念
 民衆に尽くした偉大な生涯を偲ぶ

1988年2月、プミポン国王を表敬した池田SGI会長(タイ・バンコクのチトラダ宮殿で)。会見はこの時に加え、92年、94年と3度にわたった
1988年2月、プミポン国王を表敬した池田SGI会長(タイ・バンコクのチトラダ宮殿で)。会見はこの時に加え、92年、94年と3度にわたった

 「日タイ修好130周年記念写真展――プミポン国王陛下を偲んで」が来月、東京・八王子市の創価大学で開催される。
 創価大学、タイ文化省、タイ外務省、在京タイ大使館の共催である。
 タイ王国のプミポン・アドゥンヤデート前国王――昨年10月の崩御の折には、世界中が追悼の意を表し、その崇高な生涯を偲んだ。在位70年の間、国民から絶大な尊敬と信頼を集め、国家の安定と発展、そして国民の融和の要となってきた「平和の大王」である。
 在位中、多い年では1年のうち7カ月間は地方に足を運び、国民の声に耳を傾けた。
 すくい上げた“現場の声”を生かし、国民生活向上のために立ち上げた「王室プロジェクト」は、4600以上。その分野は農業、水質、土壌、環境、交通、基礎建築、教育など多岐にわたった。
 今回の展示では、こうした数々の業績を伝える写真に加え、幼少期の貴重なカットや、音楽、絵画、写真などにも造詣が深い「文化大王」としての側面を捉えた一葉一葉などが公開される。
 展示会場は創大・中央教育棟1階のエントランスホール。一般公開は5月13日(土)から同18日(木)まで。午前9時~午後5時。入場無料。
 ※駐車場がありませんので、来学の際は公共交通機関をご利用ください。
                              ◇ 
 プミポン前国王と創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、3度にわたり会見を重ねるなど、深い親交を結んできた。
 SGI会長の提案によって、国王御撮影の「特別写真展」(1989年の東京富士美術館など)、国王御作曲作品の「特別演奏会」(93年、創価大学)、国王御制作の絵画を中心とする「特別展」(96年、同美術館)が行われている。
 「特別写真展」の開幕式には国王の三女・チュラポーン王女が、「特別演奏会」には姉君・ガラヤニ王女が、それぞれ臨席した。2015年には次女・シリントーン王女が創価大学に来訪している。
 また、2012年、創価大学は国王に名誉経済学博士号を授与。さらに創価大学のタイ事務所が昨年、同国のタマサート大学内に開設されている。
 なお、SGI会長は1991年、「タイ王冠勲章勲一等」を受章している。
 今回の創価大学での展示は、こうした長年にわたる教育・文化交流を踏まえ、日本とタイの修好130周年の本年に合わせて開催が決定したものである。
 国王が体現した民衆愛の精神に触れ、日タイ友好の大河を未来へ一段と広げゆく機会となろう。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・豊島区    育ててくれた地域に尽くす
 栄光の共戦譜:勇敢な魂で民衆凱歌を

   
池田先生が東京戸田記念講堂を訪問し、幾重にも広布の歴史を刻んできた“師弟の殿堂”の正面をカメラに収めた(26日)
池田先生が東京戸田記念講堂を訪問し、幾重にも広布の歴史を刻んできた“師弟の殿堂”の正面をカメラに収めた(26日)

 4社8線の鉄道が乗り入れ、1日250万人以上が利用する池袋駅。同駅周辺は2020年春に向け、八つの劇場を含む国際的な文化拠点へと整備が進む。
   一方で、“おばあちゃんの原宿”として有名になった巣鴨の地蔵通り商店街もある。南長崎には、手塚治虫や石ノ森章太郎が青春を過ごした漫画の聖地「トキワ荘」があった。
 東京・豊島区は、さまざまな文化が一体となり、魅力あふれる都市として発展を続ける。
 現在、駅周辺の整備が進む大塚。毎年8月になると、駅前の大通りで1000人以上の踊り手が集う「東京大塚阿波おどり」が行われる。学会の男子部員も、運営・整理役員として積極的に関わり、行事を支える力となっている。
 参加団体の中でもひときわ人気の高い「新粋連」で太鼓を担当するのが菊池健一さん(豊島戸田区、男子部副本部長)だ。総務として団体の運営に携わる。
 1995年に地域の先輩に声を掛けられ、数人で立ち上げた。地道に技術を磨き、昨年、阿波踊りの本場・徳島で行われた全国コンテストで「新粋連」が優勝を果たす。今では“日本一の団体”として地元住民の誇りに。老人ホームの慰問など、地域貢献にも取り組んでいる。
 “生まれも育ちも豊島”の菊池さんは顔が広く、誰とでもすぐに打ち解ける。“地元愛”も人一倍強い。
 “学会2世”として生まれたが活動には消極的だった。25歳で豊子さんと結婚。しかし、生活のすれ違いから、夫婦関係がうまくいかなくなった。
 落ち込む菊池さんのもとへ、多くの友人が心配して来てくれた。その中に、心に残る励ましが。学会の男子部だった。力強い言葉に、“自分もこの人たちのようになりたい”と学会活動に挑戦。創価班大学校にも入校した。
 “一番、仏法を伝えたい人は誰か”と考えたとき、すぐに豊子さんの顔が浮かんだ。あらためて一対一で向き合い、仏法対話を。豊子さんは、菊池さんの真心と前向きに変わった姿に信心への理解を深め、入会した。その後、2女に恵まれ、和楽の家庭を築くことができた。
 シャッター等を製造・販売する会社に勤務。学会の設営グループである栄光会の総区委員長を務める。
 「信心に目覚めさせてくれた妻、そして何より、師匠・池田先生への感謝は尽きません。育ててくれた地域のために動き、報恩の道を貫きます」
                                                                            ◇ 
 市原友莉さん(豊島池田区、女子部副本部長)も豊島で育った。自宅は広布の会場。いつも明るい母と、創価家族の姿から自然に信心を学んだ。
 “人の役に立ちたい”と勉学に励み、看護師になった。最初に配属されたのは、がんなどの終末期の高齢者が暮らす病棟。毎日のように「死」を目の当たりにする。“昨日、会話した人が今日はいない”という現実に、ついていけないこともあった。
 苦しい時こそ、学会活動に挑戦し、御書を繙いた。白樺グループの会合では仏法の「抜苦与楽」の精神を学んだ。“池田先生ならどうされるか”と考えて患者に接することができるように。ある患者から、「あなたが私の担当でよかった」と言われたことが忘れられない。病棟では看護師のリーダーを務め、昨年、新たな病棟へ移った。
 不規則な勤務の中でも、学会活動する日を決め、真剣に取り組む。この2年間で、市原さんが担当する部から5人の白蓮グループが誕生するなど、総区でも模範の人材育成が光る。地域のバレーボールチームにも所属し、友情の輪を大きく広げてきた。
 「“一人を大切にする”精神を胸に、大好きな豊島に華陽のスクラムを広げたい」と決意する。
 三代会長が不滅の足跡を刻んだ豊島。その地に今、後継の青年の陣列が躍動している。

栄光の共戦譜


 今月26日、池田先生ご夫妻が、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を訪れた。
 同講堂が開館したのは1979年(昭和54年)6月。第3代会長辞任の直後だった。以来、わずか半年で18回の訪問。
 先生は、この講堂で、幾多の同志と出会いを重ねつつ、創価の“反転攻勢”の指揮を執った。
 今回で、66回目の訪問となった。
 先生は初代会長・牧口常三郎先生、第2代会長・戸田城聖先生の肖像が掲げられた講堂で勤行・唱題した後、豊島の広布史を紹介する展示を丹念に見学。そこには、間もなく迎える5・5「豊島の日」の淵源も記されていた。
 73年(同48年)の5月5日。池田先生と豊島の同志3400人との記念撮影が行われた。
 先生は撮影の合間にマイクを取り、参加者に語り掛けた。
 「勇気ある信仰を貫くことです。そのために何が大事か、一にも二にも迷わぬ信仰の姿勢を確立することです」
 「私と一緒に楽しい人生を送ろう。しかし、邪悪とは断固、戦おう!」
 記念撮影に参加した志村三千子さん(豊島戸田区、婦人部副本部長)は、初めて先生と出会いを刻んだ。「“信心のことで夫婦げんかをしてはいけないよ”との言葉が、今も胸に残っています。あの日、先生こそ人生の師匠だ、と深く心に決めました」
 64年(同39年)、母の病を機に入会。母は寿命を延ばし、安らかに霊山へ旅立つ。志村さんは、信仰の確信を胸に広布に走った。
 記念撮影から6年後の79年(同54年)4月24日、突然の会長辞任の報。同じ団地の住民から、「会長やめちゃったね」と言われた。志村さんは「先生の舞台は世界ですから!」と言い切った。
 同年、東京戸田記念講堂の落成を控え、生け花の心得があった志村さんは、会館を花などで飾るグループの一員となる。
 10月のある日、講堂の入り口で花の手入れをしていた志村さん。そこへ池田先生が訪れた。
 「女子大生?」
 「婦人部です!」
 先生のユーモアに笑顔の輪が広がる。先生は、志村さんや夫・仙十郎さん(副支部長)の近況を聞いた後、純粋な信心の大切さを語った。
 その後、志村さんは民生委員を21年務めた。誠実に地域に尽くす姿に信頼が広がり、友情を結んだ婦人に後年、真心の弘教も実った。2年前からは居住する団地の自治会長として奮闘する。
 「“先生と共に”との思いで苦難を乗り越えてくることができました。恩返しの人生を歩みます」
                                                                     ◇ 
 記念撮影で整理役員を担った谷山守さん(総区主事)。当時、男子部の部長。「輸送班(現在の創価班)での薫陶が人生の礎です」と胸を張る。
 69年(同44年)、夏季講習会の役員だった谷山さんに先生と勤行する機会が。「師匠の気迫に触れ、五体に電流が走るようでした」。その翌年の講習会でも再び師と勤行を。前年も共に勤行させていただいたと報告すると、先生は喜び、谷山さんを心から励ました。“先生を中心とする広布の奔流のまっただ中に生き抜く”と深く誓った。
 その後、大病を何度も経験するが、その度に信心で乗り越えた。
 本部長時代に始めた壮年部リーダーによる御書と池田先生の指導を研さんする集い「剣豪塾」は200回を超え、人材の流れが大きく広がる。さらに初代の豊島池田区長に就き、拡大の先頭に立った。
 仕事は弁理士として、77歳の今も現役だ。
 「偉大な師匠に出会い、広布の理想に人生を懸けることができた。いよいよ師恩に報いる時です」
 豊島は、三代会長に有縁の地である。
 牧口先生は、「サンシャイン60」が立つ地にあった東京拘置所で殉教した。戸田先生は豊島公会堂で学会再建の師子吼を放った。
 池田先生もまた、文京支部長代理として豊島の地を駆けた。そして宗門事件の嵐が吹き荒れた時には、邪悪を打ち砕く正義の大闘争を、ここ豊島の地で展開したのである。
 池田先生は94年、豊島の同志に詠み、贈った。
 「勇敢な 魂吹き込む 豊島かな 恩師の叫びの 源忘るな」
 師弟の魂が脈打つ豊島。池田門下の不二の叫びで、民衆凱歌の新時代を築く時は今である。

◆【親が子に語る物語】南条時光  師匠との誓い胸に後継の道を

                                                                                                     

 今から700年あまりむかし。小さいころ日蓮大聖人さまにお会いし、それ以来、水の流れるような、清らかな信心をつらぬいた、ひとりの少年のお話です。
 少年の名前は、南条時光。お父さんはりっぱな武士で、大聖人さまの弟子となり、まじめに信心に励みました。ところが、病気がもとで、亡くなってしまったのです。
 あとに残されたお母さんと、7歳の時光、たくさんのきょうだいたちは、とほうにくれました。そんな時、思いがけず大聖人さまが、かけつけてくださったのです。そしてお父さんのお墓の前で、ろうろうと題目をとなえてくださいました。
 そのどうどうとした姿を、じっと見つめながら、時光少年は思いました。
 “ぼくもお父さんのように、大聖人さまのりっぱな弟子になろう!”
 その後、大聖人さまは、日本の国を平和にし、人びとを幸せにするため、いのちがけで正しい仏法をひろめていきました。でも悪い僧や武士たちが、つぎつぎとおそいかかり、とうとう遠い島へ、流されてしまったのです。
 「大聖人さまが、一日も早く、お帰りになりますように!」
 時光少年は、お母さんといっしょに、毎日題目をとなえ続けました。
 3年ほどたった時のこと。うれしい便りが、時光たちのところに届きました。大聖人さまが、遠い島からもどられたのです。そして身延という山の中に住み、新たな戦いを、始められました。
 「すぐに、お会いしてこよう!」
 16歳になり、お父さんのあとをついで、りっぱな武士になった時光は、たくさんのおくり物を持って、大聖人さまのもとへ、かけつけました。
 大聖人さまは、時光を見て大よろこび!   
 「亡くなったお父さんに、そっくりだ。きっと心も、お父さんのように、清らかだね。しっかり信心をやりぬくんだよ」
 大聖人さまの、あたたかく力強いひと言ひと言を、時光は心の奥深く、しっかりと受けとめました。
 時光青年が住んでいたところは、上野とよばれていました。その近くでは、たくさんの人たちが、大聖人さまの弟子となり、題目をとなえはじめました。それに反対する、悪い僧や武士たちが、弟子たちをいじめぬきました。とうとう、殺される人たちも、あらわれたのです。
 「早く、かくれるんだ!」
 時光青年は、逃げてきた大聖人さまの弟子を、家にかくまったりして助けました。
 そのようすをお聞きになった大聖人さまは、時光を“上野の賢人(かしこい人、りっぱな人)”と、ほめたたえました。
 さらに「“大きな願い”をふるいおこしなさい。正しい教えを信じ、ひろめるために、いのちをかけるのです」と、深い弟子の生き方を、教えてくださったのです。
 しばらくして、大聖人さまは、すべてをなしとげて、あとのことを弟子たちにたくし、亡くなられました。
 その後、時光青年は悲しみを乗りこえて、心に誓った弟子の道を、74歳で亡くなるまで、ひたすら走りぬきました。
 胸の中には、師からたくされた“大きな願い”が、いつも、あかあかと輝いていたのです。
                              ◆ ◇ ◆ 
 

おうちの方へ

 今回の物語に登場する南条時光は、駿河国(現在の静岡県中央部)富士郡上野郷の地頭で、日蓮大聖人の門下として活躍しました。
 時光の父・南条兵衛七郎は、大聖人に帰依していました。その父が文永2年(1265年)に死去します。大聖人は墓参のために、わざわざ鎌倉から上野郷の南条家まで足を運ばれました。この時、7歳の時光も大聖人にお会いしたと考えられます。
 以来、時光は母の上野尼御前と共に純真な信仰に励みました。文永11年(1274年)に大聖人が身延に入山されると、時光は、駿河地方を舞台に日興上人のもとで折伏を展開。「熱原の法難」の際には、熱原の門下たちを守り抜きました。
 弘安5年(1282年)に大聖人が御入滅された後も、時光は日興上人を支え、74歳で死去するまで妙法流布に生き抜きました。
 生涯のうちに大聖人から数多くの御書を頂いており、大聖人は、南条時光の戦いをたたえて、「上野賢人」(御書1561ページ)との称号を贈られています。


◆〈ターニングポイント〉 陶芸家 小野澤弘一さん 
】〝一器入魂〟の陶芸家
 世界三大見本市に出品
 

 大学4年の夏のこと。美術部の小野澤弘一は、彫刻家・鷹尾俊一氏の頭部彫刻のモデルになっていた。
 じっと見つめられて2時間。その研ぎ澄まされた集中力に圧倒された
 

2017年4月29日 (土)

2017年34月29日(土)の聖教

2017年34月29日(土)の聖教

◆わが友に贈る

きょうも心軽やかに
友と会おう!語ろう!
そこに新鮮な感動があり
喜びと充実が広がる!
幸の花薫る対話の春に!

◆〈名字の言〉 2017年4月29日
 

 外国語翻訳ソフトの進歩が目覚ましい。「2カ国語間の会話をその場で音声翻訳」「カメラを向けただけで画像内の文字を翻訳」「103言語の文章を相互翻訳」などが、スマートフォンで気軽に利用できる。翻訳の精度や読み上げる声の自然さも日々、向上している▼異なる言語の人々が瞬時に意思疎通できる素晴らしさ。一昔前には想像できなかった“夢の機能”には違いない。とはいえ、外国語を学ぶ大切さは変わらないだろう。相手の言葉を話すという行為は、その文化を受け入れ、尊重するという姿勢の表れにほかならないからだ▼池田先生は、第1回の高等部総会(1968年)で「まず1カ国の外国語に習熟すること」を提案。多くの若き友がこの指針を抱き締めて世界へ雄飛した。SGIの平和運動の一翼を担うメンバーも陸続と誕生している▼また先生は“真の国際人は広宣流布に働く皆さんのお父さん、お母さん”と述べ理由を続ける。「毎日、全人類の幸福を真剣に祈っている。そして、利己主義を捨てて、人の幸福のためにボランティアで行動している。毎日、忙しいなかを、世界的な大哲学である仏法を学んでいる」(『青春対話』)▼相手の側に立つ。一人のために行動する。その人こそ国際人であり、真心は必ず万人に通じていく。(行)

◆〈寸鉄〉 2017年4月29日
 

 青年よ八方に戦いの火蓋
 を切り、新しい道作れ―
 戸田先生。後継の使命大
      ◇
 東京・大田の日。師弟源流
 の地から人材が澎湃と。
 故郷城に新たな金字塔を
      ◇
 決断と忍耐は最も高貴な
 精神―文豪。深き祈りと
 執念の行動で栄冠つかめ
      ◇
 黄金週間。爽やかに友情
 拡大。長距離運転等、無理
 は禁物だ。絶対無事故で
      ◇
 組織利用の金銭貸借・共
 同事業などは厳禁。油断
 排し同志の絆を守り抜け

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十一 (6059)
 
 山本伸一は、言葉をついだ。
 「意見というのは、人の数だけあるといっても過言ではない。ましてや世代などが違えば、意見は異なって当然です。
 座談会のもち方一つでも、平日の夜がいいという人もいれば、土曜や日曜の夜がいいという人もいる。日曜の昼がいいという人も、平日の昼がいいという人もいる。でも、どれかに決めなければならないので、より多くの人が都合のよい日を選ぶことになる。
 そして、皆で協議して決まったことに対しては、自分の希望通りではなくとも、心を合わせ、成功するように最大の努力を払っていくことが大事です。
 また、座談会を運営していく側の人は、参加できないメンバーのことを考慮して、別の日に、小さな単位での語らいの場をもつとか、たまには曜日を変えてみるとか、皆が平等に、喜々として信心に励めるように工夫をしていくことが必要です。
 そのほかの活動の進め方や運動の在り方についても、いろいろな意見があるでしょう。活動の方法に、“絶対”や“完璧”ということはありません。メリットもあれば、なんらかのデメリットもあるものです。したがって、問題点があったら、皆で知恵を出し合って、それをフォローする方法を考えていくんです。柔軟に、大きな心で、互いに力を合わせていくことが大切です」
 青年たちは、大きく頷きながら話を聞いていた。伸一は、一人ひとりに視線を注ぎ、力を込めて語っていった。
 「活動を進めるうえで、いちばん心しなければならないのは、自分の意見が受け入れられないことで、失望感をいだいたり、感情的になって人を恨んだりしてしまうことです。それは、自分の信心を破るだけでなく、広宣流布を破壊する働きになっていく。
 どの団体や宗教も、多くは運動上の意見、方法論の違いから対立や憎悪を生み、分裂しています。学会は、断じて、そんな轍を踏むようなことがあってはならない!」

【聖教ニュース】

◆日蓮大聖人「立宗の日」勤行会  世界広布の大誓願を継承
池田先生は創価学会第2別館、原田会長は広宣会館で

原田会長を中心に行われた「立宗の日」記念の勤行会。日蓮大聖人の「世界広宣流布」「立正安国」の大誓願を継承しゆくことを約し合った(広宣会館で)
原田会長を中心に行われた「立宗の日」記念の勤行会。日蓮大聖人の「世界広宣流布」「立正安国」の大誓願を継承しゆくことを約し合った(広宣会館で)

 今や世界192カ国・地域に広がったSGI(創価学会インタナショナル)。全世界で日蓮大聖人の仏法が実践される「世界広布新時代」が到来した。
 この原点は、大聖人が1253年(建長5年)4月28日、末法の一切衆生を救う根本の法である「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、高らかに立宗宣言されたことにある。
 4・28「立宗の日」を慶祝し、池田大作先生は28日、東京・新宿区の創価学会第2別館で厳粛に勤行・唱題。大難の連続の中を、末法万年にわたる妙法流布の大誓願に生き抜かれた大聖人の尊き御生涯を偲んだ。
 原田会長は同日、長谷川理事長、各部の代表と共に、広宣会館(学会本部別館内)での勤行会に出席した。
 会長は、大聖人が佐渡で認められた辦殿尼御前御書を拝読。「一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)との大聖人の勇猛心を魂に刻み、“何があろうと最後に勝つのは正義の我らである”との大確信で題目を唱え抜き、一人一人が限界の壁を打ち破っていきたいと語った。また、けなげな信心を貫く門下を最大に励まされた大聖人の振る舞いに触れ、誰よりも懸命に拡大に取り組む最前線の同志を、誠心誠意たたえ、徹して支え抜いてこそ広布のリーダーであると強調。
 「5・3『創価学会の日』から凱歌の7月へ、池田門下の手で断じて勝利の突破口を開こう」と呼び掛けた。

◆ノーベル親族会元会長 マイケル・ノーベル博士が創価大学で講演

   
創価大学で講演したマイケル・ノーベル博士(中央教育棟で)
創価大学で講演したマイケル・ノーベル博士(中央教育棟で)

 ノーベル親族会元会長のマイケル・ノーベル博士が28日、東京・八王子市の創価大学を訪問。平和講座の授業の一環で講演した。
 博士はノーベル賞創設者であるアルフレッド・ノーベル氏の兄のひ孫。国際的な社会活動家として活躍する。2002年9月には、創立者の池田先生と会談。15年に、創大の客員教授に就任した。
 博士は冒頭、池田先生が平和建設のために「対話」を重視したことに触れ、「今回の授業を対話形式で」と提案。学生から寄せられた「核兵器を廃絶するためには」「排他主義や嫌悪の風潮の広がりを食い止めるには」等の質問に対し、事例を挙げながら回答した。
 最後に、正解のない課題に向き合い、最善の解決策を「考え続ける」重要性を述べた。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈希望航路―池田大作先生と進む人生旅―〉 ドミニカ共和国3=完
 共々に悠久なる広布の歩みを

   
“ありがとうございます。大変お世話になります”――。役員らと固い握手を交わす池田先生(1987年2月9日、サントドミンゴ市内で)。先生は行く先々で、行事の成功を陰で支える役員や同志に励ましを送った
“ありがとうございます。大変お世話になります”――。役員らと固い握手を交わす池田先生(1987年2月9日、サントドミンゴ市内で)。先生は行く先々で、行事の成功を陰で支える役員や同志に励ましを送った
 1987年2月、ドミニカ共和国の訪問を終えた池田先生は、同国の友に長編詩「カリブの偉大な太陽」を詠み贈った。
  
 君たちと過ごせし日々は 短くも
 ともに金の思い出を育み
 祖国ドミニカの
  悠久なる広布の
 旅たちの記念碑は厳として築かれた
 まさに4日間の滞在は、一人一人と崩れざる「金の思い出」を刻みゆく旅となった。
 訪問2日目の2月9日、先生を迎えて行われた「ドミニカ広布21周年記念勤行会」。
 席上、婦人部のコーラスが歓迎の歌声を披露した。
  
 〽我々の大地よりも
 美しいものはない
 愛しのキスケーヤよ
 汝を星にたとえて
 我は歌う
 一番星のように
 私の人生を
 照らしてくれる……
  
 同国で親しまれている「キスケーヤ(母なる大地)」である。
 先生は「いい歌だ、本当にいい歌だ」と何度も感嘆の声を。曲が終わると、立ち上がって拍手を送った。
 コーラスの責任者を務めたレイコ・コマツさん(総合婦人部長)は振り返る。
 「全身でたたえてくださる真心に感激しました。メンバーと先生の心が深く通じ合ったた瞬間でした」
 先生はスピーチの際にも“この歌に歌われる、光に満ちた大地と人間の美しさは、やがてドミニカが、世界のどの国よりも美しく発展していく象徴のようである”と語り、称賛を惜しまなかった。
 この日の勤行会の司会は、レイコさんの夫のオサムさん(支部長。当時、男子部長)だった。
 「会合中、先生は常に場内に目を配っておられました。スピーチの最中にも、通訳が入るたびに視線を送り、一人一人と目で会話をするように、参加者や役員の顔をじっと見つめておられました」
 その中には、オサムさんの母の写真を抱いた父の姿もあった。
 先生訪問の半年ほど前、オサムさんは母を亡くしている。父の留守中、ダハボンの実家に強盗が押し入り、事件に巻き込まれたのだ。「私の誕生日前日の出来事でした」
 軍人で厳格だった父とは対照的に、優しかった母。オサムさんが実家を出た後も、苦しい時には手紙で励ましてくれ、たびたび手料理を持って、サントドミンゴの家に来てくれた。
 最愛の母を失ったショックは大きかった。だが、リーダーである自分の身に起きた不幸によって、メンバーが動揺しないよう、オサムさんは懸命に題目をあげ、気丈に振る舞い続けていた。
 先生は滞在中、オサムさんに1枚の色紙を贈っている。そこには「母も又 君の心に燦然と 親子は不二と 勇み生きなむ」と揮毫されていた。
 「“お母さんは永遠に君の心の中にいる。頑張れ! 負けてはいけないよ”との深い慈愛を感じました。悲しみに打ち勝ち、絶対に幸福の実証を示すと、固く心に決めました」
 オサムさんは一段と広布に駆けた。
 その後、勤めていた会社の倒産や多額の負債など、多くの苦難に見舞われるが、師の励ましを胸に全てを乗り越えてきた。現在は、夫婦で立ち上げた電気部品の販売店を経営している。
 「清廉潔白」を信条とし、約70社が加盟する電機製造販売連盟の役員も任されるなど、社会で揺るがぬ信頼を築き上げた。
 訪問最終日の11日。レイコさんは長女と次女を連れ、ホテルに先生を見送りに行った。先生は2人の頭を優しくなで、「覚えていてね」と語り掛けた。
 次女のマサエさんは今、同国SGIの女子部長に。4人姉妹がそれぞれ、後継の道を真っすぐに歩んでいる。
 先生は、寸暇を惜しんで目の前の一人と心を通わせた。
 3日目(10日)の午前中には、ホテルの中庭で役員と共にラジオ体操を。午後、サントドミンゴ市から「名誉市民証」と「市の鍵」を受章し、ホテルに戻ると、“皆さんを代表して名誉市民証を頂きました。これは皆さんに対する栄誉です”と、役員に感謝を述べた。
 滞在中のある日、先生はホテルの売店に立ち寄り、いくつかの帽子を購入。自ら一つをかぶり、「お世話になった方々に」と役員の代表に贈呈した。
 さらにはSGIのメンバーだけでなく、ホテルの従業員にも「お世話になります」と、一人一人に声を掛けている。彼らは“これまで多くの要人を迎えたが、これほど素晴らしい方は出会ったことがない”と、口々に語っていた。
 国家指導者にも、市井の一庶民にも、一貫して変わらないその振る舞いは、先生を初めて間近にしたドミニカの友の心を強く打った。
 ベルナルド・モスケアさん(壮年部長)もその一人。役員として先生に随行し、その一挙手一投足を目に焼き付けた。先生から贈られた白い帽子を、今も宝物として大事にしている。
 87年当時は、入会して8年目だった。仏法を信じてはいたが、組織に属することに少し抵抗があった。
 「下の人に対して強い態度に出ることが、世間一般のリーダー像でした。私は、そうした人にはなりたくなかった」
 しかし、先生の大誠実の姿を目の当たりにし、その考えは一変した。誰に対しても分け隔てがない。謙虚で、会う人会う人を温かく包み込む。「まさに他者を軽んじない『不軽菩薩』の実践そのものでした。この方がリーダーならば、SGIは信じられると確信したのです」
 先生と出会い、生涯不退を誓ったモスケアさんは、ここから精力的に学会活動に励むように。誰に対しても胸襟を開いて接するように心掛けた。活動で培った相手に寄り添う姿勢は、職場でも高く評価されていった。
 7人きょうだいの末っ子として、貧しい母子家庭に生まれ育ったモスケアさん。現在は経営者として大きく経済革命を果たし、母に家をプレゼントすることができた。
 「池田先生から『真の人間の道』を教えていただきました。先生は私の“父”であり、人生の師匠です。『在在諸仏土 常与師俱生』(在在の諸仏の土に 常に師と俱に生ず)のままに、広布に尽くしてまいります!」
 先生の激励行は、ドミニカを離れる直前まで続いた。
 最終日には、同国の繁栄を祈り、独立公園で献花を行った後、スペイン広場で二百数十人の同志との記念撮影に臨んでいる。撮影の前後には、メンバーの輪の中に入り、握手を交わすなど、皆を徹して励まし抜いた。
 そして午後5時25分――。先生を乗せた飛行機は、多くの同志に見送られ、大空へと飛び立った。
  
 長編詩「カリブの偉大な太陽」には、こうもつづられている。
  
 ああ カリブの太陽のごとく
 力みなぎるドミニカの若き君たちよ
 精悍なるあの顔が
 すがやかなるあの瞳が
 朗らかなるあの笑みが
 今も 我が胸中に踊っている
 いな 生涯 忘れはしまい
  
 先生の訪問から30星霜。師弟の絆強きドミニカ共和国SGIの友は、世界が憧れるカリブの天地に、平和と幸福の連帯を大きく広げている。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈5月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 呵責謗法滅罪抄
 誓願の祈りで勝利を!
 “必ずやり抜く”とまず決めよ

清水が幾重にも降り注ぐ「白糸の滝」。広布拡大の勢いを加速させ、われらは駆ける!(長野県・軽井沢町)=長野支局・森田昭治通信員
清水が幾重にも降り注ぐ「白糸の滝」。広布拡大の勢いを加速させ、われらは駆ける!(長野県・軽井沢町)=長野支局・森田昭治通信員

 5月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「呵責謗法滅罪抄」を研さん。強盛な祈りが、不可能をも可能にすることを学ぶ。

御文

 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(御書1132ページ)

通解

 いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。

背景と大意

 本抄は、文永10年(1273年)、日蓮大聖人が流罪の地・佐渡から、鎌倉の門下である四条金吾に送られたお手紙であると考えられてきたが、詳細は不明である。
 ただ、本抄を与えられた門下は、その内容から、鎌倉に住み、幕府による激しい迫害が加えられていたことは間違いない。
 その厳しい状況の中で、この門下は、亡き母の追善のため、供養を携えて佐渡を訪問。大聖人とその弟子たちの生活を支えていたと考えられる。
 本抄で大聖人は、佐渡の地にあって今まで命を永らえてきたのは、門下の真心の御供養のおかげであると、その信心を称賛され、法華経の文字が門下の身に入ったようであると仰せになっている。

解説

 拝読御文は本抄の末尾の一節であり、大聖人御自身が、苦難の中にいる門下の無事・安穏を強盛に祈っていることを述べられている。
 大聖人は拝読御文の冒頭で、「何なる世の乱れにも」と仰せである。
 本抄御執筆の前年の文永9年(1272年)には、幕府の実権を握る北条一族の内乱である「二月騒動」が起こり、文永11年(1274年)には「蒙古襲来」が起きた。
 いずれも大聖人が諸経典に基づいて幕府に警告されていた災難の的中であり、「自界叛逆難」(内乱)が二月騒動として、「他国侵逼難」(他国からの侵略)が蒙古襲来として現実のものとなったのである。
 続く「各各をば法華経・十羅刹・助け給へ」では、乱世で苦闘する門下への大聖人御自身の祈りが示されている。
 ここで「法華経」とは、御本尊のこと。また、「十羅刹」は法華経の会座において、諸天善神として法華経の行者を守護することを釈尊の前で誓っている。
 さらに、強盛な祈りの姿勢について、大聖人は「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く」と、“濡れた木をこすって火を出すように”“カラカラに乾いた土から水を得るように”と仰せになっている。
 大聖人御自身が、死罪にも等しい佐渡流罪という逆境にあったことは言うまでもない。
 だが、過酷な境遇にありながら、そこには、諸天にすがるような弱い祈りはない。
 大聖人は、「弟子を必ず守る」「いかなる難事があっても、必ず成就する」との、諸天をも揺り動かしていく確信の祈りに貫かれていた。師匠の強き一念と慈愛に触れた弟子たちは、どれほど励まされただろうか。
 私たち男子部も、いかに環境が厳しくとも、“断じて現状を打開しよう”“必ず勝利を開く!”との誓願の祈りから出発することを心に刻みたい。
 池田先生はつづっている。
 「日蓮仏法は『誓願の仏法』です。自分が自分の立場で、御本尊に『私は、これだけ広宣流布を進めます! 断じて勝利します!』と誓願することです。その『誓願の祈り』が出発点です」
 決めて、祈って、動く――この“勝利の方程式”を実践する中で、学会員一人一人は広布と人生を大きく勝ち開いてきた。
 栄光の「5・3」から師弟凱歌の金字塔を打ち立てる青年の月・7月へ! 今こそ「必ず勝つ」と決めて祈り、広布の大闘争を起こしていこう。

◆〈信仰体験〉 山里に春の訪れ告げる桜が開花 信心で開いた夢の扉 

   
春の日差しを受け、らんまんと咲き誇る大三戸桜。古池さんが亡き夫と心を合わせて願ってきた通り、今では地域の人たちに喜ばれる名所に(今月20日撮影)
春の日差しを受け、らんまんと咲き誇る大三戸桜。古池さんが亡き夫と心を合わせて願ってきた通り、今では地域の人たちに喜ばれる名所に(今月20日撮影)

 【岐阜県郡上市】奥美濃の里に春が来た!――先月28日に気象庁が県庁所在地・岐阜市の桜の開花を宣言してから、およそ3週間。「奥美濃の小京都」と称される郡上八幡一
帯で、今月中旬に桜花が盛りを迎えた。

2017年4月28日 (金)

2017年4月28日(金)の聖教

2017年4月28日(金)の聖教

◆わが友に贈る

リーダーは 一念に
億劫の辛労を尽くせ!
勝負の「時」を逃すな。
戦いの急所を押さえよ。
勇敢なる将の将たれ!

◆〈名字の言〉 2017年4月28日

 厚生労働省が先頃、2065年までの将来推計人口を公表。50年近く先のこととはいえ、総人口は8808万人に減り、高齢者が年少人口(0~14歳)の約4倍を占めると予測された▼少子高齢化が進む中で、社会や消費の動向に新たな可能性を生む「クロスジェネレーション」(世代間交流)が注目されている。ヨーヨー、けん玉など懐かしいおもちゃが今、世界各地で流行。日本では大人が教える体験教室も盛況という▼「大人世代が若者世代をサポートするような社会になれば、まさに世界のモデルになる」との声も(阪本節郎/原田曜平著『日本初! たった1冊で誰とでもうまく付き合える世代論の教科書』東洋経済新報社)▼世代間交流は広布の運動でも新たな勢いを生む。仏法対話に挑む広島県の学生部員。だがうまくいかない。「わしの折伏についておいで」と言う祖父に同行。烈々たる情熱と確信の声。祖父の友人は「信心してみる」と。触発された学生部員は再び挑戦し、弘教を実らせた▼御書に「人のものををしふると申すは車のおもけれども油をぬりてまわり・ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり」(1574ページ)と。模範を示す。励ましを送る。共に動く――青年の成長を信じ抜く行動から新しい時代が始まる。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年4月28日

 創価の師弟の闘争で大聖
 人の仏法は世界へ。歴史
 的偉業。きょう立宗の日
      ◇
 広宣流布の為の苦労は必
 ず生きてくる―戸田先生
 全て自身を飾る黄金譜に
      ◇
 石川・富山の日。「誓」の
 炎は友の胸に赤々。北陸
 から対話拡大の潮流を!
      ◇
 褒められた経験が多い人
 ほど、へこたれない大人
 に―調査。励ましこそ力
      ◇
 「10年後の日本に不安」
 中高生の6割と。公明が
 先頭に立ち希望の未来へ

◆社説  きょう「立宗の日」  「御書根本」で勝利の正道を進め


 きょう4月28日は「立宗の日」。日蓮大聖人は建長5年(1253年)のこの日、清澄寺で念仏などを破折するとともに、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えて、末法の民衆を救済する唯一の正法を宣言された。
 御書に「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(200ページ)と仰せのように、「立宗宣言」以降、大聖人には数々の大難が競い起こった。
 松葉ケ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、そして竜の口の法難・佐渡流罪など、大聖人は命に及ぶ法難に直面したが、決して迫害に屈しなかった。むしろ、大難を法華経に説かれる「三類の強敵」が競い起こったことの証明であるとして、ご自身が「法華経の行者」であるとの確信を深められていったのである。
 また、「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)と仰せのように、大聖人は“全民衆を幸福にする!”との覚悟で妙法流布に生き抜かれた。この誓願を継承し、現代において世界広布を現実のものとしてきたのが、創価三代の会長であり、そこに連なる学会の同志である。
 「立宗の日」は、1952年、学会によって『日蓮大聖人御書全集』――御書が発刊された日でもあり、本年で発刊から65周年の節目を刻む。
 戸田先生は第2代会長に就任すると、即座に御書の発刊を決断した。しかし、戸田先生が御書の発刊を提案すると、大石寺の梵鐘の鋳造に力を注いでいた宗門は一蹴。“学会による御書の出版は了承するが、援助はしない”と言ってきたのだ。
 大聖人の御精神を誤りなく後世に伝え、世界広宣流布を進めようとする学会と、寺の形式や権威を取り繕うことを優先した宗門。御書発刊の一事をもっても、広宣流布に懸ける思いは、天と地ほどの差があった。
 それでも学会は、10カ月という短期間で御書発刊という大事業を成し遂げた。そして戸田先生、池田先生のもと、学会は「御書根本」「御本尊根本」で大聖人に直結し、難を乗り越えて世界広布を推進している。
 池田先生は、つづっている。「『自行化他の実践』と『御書根本』――この両輪で広布と人生の勝利の正道を進むのである。さあ御書を繙き、世界最高峰の大思想を学び抜け! その確信と喜びを語れ!」と。御書根本こそ学会の正道である。何より、全民衆の幸福のために戦う学会にこそ、大聖人の魂は厳然と流れ通っている。

◆きょうの発心   さらなる拡大で「福光」へ!2017年4月28日

御文
 つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 愚かな者の習いは、約束したことをまことの時には忘れるのである。

 いかなる難があっても疑わずに信心を貫けば、必ず成仏の境涯を得られると仰せです。
 1994年(平成6年)、東京牧口記念会館で行われた「東北栄光総会」に参加。初めて池田先生にお会いし、この御文を拝しての「諸難を越えて戦い続ける人こそが『仏』になる」との指導を心に刻みました。
 5年前、歯科技工士として独立するも軌道に乗らず、経済的にも厳しい状況が続きました。家庭の課題も重なり、窮地に立たされましたが、“今こそ、まことの時”と奮起。これまでにない真剣な唱題に励む中、取引先が倍になり、悩みも着実に乗り越え、あらためて信心の確信をつかむことができました。
 東日本大震災から6年となる本年3月、「新生・東北総会」が開催されました。中継会場となった地元・宮古平和会館には、折伏・聖教拡大をやり切った同志が喜々として集い合いました。
 私たち宮古太陽県は、新・東北スローガン「我ら東北家族は折伏で勝利! 折伏で築こう! 青年の大城 折伏で果たそう! 福光の誓い」を合言葉に、“福光”10年の2021年を目指し、さらなる拡大へ前進してまいります。  岩手・宮古太陽県長 岩間徹

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  三十 (6058)
 


 青年たちは、真剣な顔で、山本伸一の話に耳を澄ましていた。
 「青年幹部の側は、先輩の壮年や婦人の幹部に賛成してもらうためには、まず、説得力を培っていくことです。
 それには“なぜ、それが大事なのか”を、明快に、理路整然と説明できなくてはならない。また、その根拠を示すことが大切です。具体的なデータや実例を挙げることもいいでしょう。道理に適った話であれば、誰もが納得せざるを得ない。日蓮大聖人は、『道理と申すは主に勝つ物なり』(御書一一六九ページ)と言われている。その説得力を最も磨いていけるのが折伏です。
 さらに、青年らしい、一途な情熱が大事です。後継の青年が、真剣に、一生懸命に新しい挑戦を開始したいと力説している。その心意気に触れれば、応援したいなと思うのが人情です。結局、人の魂を揺り動かした時に、事態は大きく進展するんです。
 そして、実績を積むことです。青年たちの企画・提案は斬新であり、常に新しい波動を起こしてきたということになれば、皆が進んで意見を受け入れるようになるでしょう。つまり実証が信頼につながっていきます。
 それから、一度ぐらい、意見が受け入れられなかったからといって、すぐにあきらめたり、挫けたりしないことです。“本当に必要である。大事である”と思うなら、指摘された問題点を検討、改善し、何度でも案をぶつけていくことです。粘り強さが大事だよ」
 伸一の言葉は、自身の体験に裏づけられていた。彼は、一九五四年(昭和二十九年)三月、新設された青年部の室長に就任し、学会の運動の企画・運営を担うことになるが、当初、理事室は、提出した企画のほとんどに難色を示した。後の平和文化祭の淵源となった青年部体育大会に対しても、賛成しようとはしなかった。
 それが、回を重ねるにつれて皆が絶賛するようになり、やがて学会を象徴する催しとなったのである。青年の力の勝利であった。

【聖教ニュース】

◆きょう立宗の日 御書発刊65周年 アルゼンチンで教学研修会 2017年4月28日
中南米9カ国 4000人の友が参加

ブエノスアイレスで開催されたラテンアメリカ教学研修会。森中SGI教学部長の担当で、「聖人御難事」などを研さんした(アルゼンチン平和講堂で)
ブエノスアイレスで開催されたラテンアメリカ教学研修会。森中SGI教学部長の担当で、「聖人御難事」などを研さんした(アルゼンチン平和講堂で)

 きょう4月28日は、日蓮大聖人の「立宗の日」。1253年(建長5年)のこの日、大聖人は、末法の全民衆を救う根本の法である「南無妙法蓮華経」を唱え、立宗を宣言された。またきょうは、1952年(昭和27年)に学会が御書全集を発刊してから65周年の佳節でもある。今、この御書を根本とした広宣流布の大運動は世界に広がり、仏法の人間主義の大光は地球を包んでいる。各国では、今月も活発に教学研修会が開催された。
 世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」は23日から25日の3日間(現地時間)、ブラジル・サンパウロでの開催(21、22日)に続いて、首都ブエノスアイレスのアルゼンチン平和講堂で行われた。
 これには池田大作先生がメッセージを寄せ、中南米8カ国70人とアルゼンチンの地方都市250人を含む、9カ国の延べ4000人を超える友が参加。研修会の模様は、アルゼンチン全土176会場にインターネットで同時中継された。
 「日本と地球のちょうど反対側に中南米はあります。しかし、世界で一番、師弟共戦の決意に満ちあふれています」――講師の森中SGI(創価学会インタナショナル)教学部長が語り掛けると、会場からは歓声が上がり、「シー!(はい!)」との大きな声が。
 続けて、会場中が一体となって、中南米の掛け声が始まった。
 「アキ! アキ! センセイ・エスタ・アキ! エン・ミ・コラソン・ラティーノ(私たちラテンアメリカの心には、センセイがいる!)……」
 参加者は口々に語っていた。
 「中南米には師匠を求め抜く同志がこんなにたくさんいます。だから世界広布は実現できます!」と。

◆フィリピンで御書講義 池田先生がメッセージ

全国から代表が集った青年部教学研修会。「仕事と信心」などについて学んだ(マニラ国際平和会館で) 
全国から代表が集った青年部教学研修会。「仕事と信心」などについて学んだ(マニラ国際平和会館で)

 フィリピンSGIでも22日から25日まで、教学研修会や御書講義が活発に行われた。
 池田先生はメッセージの中で、学会の教学は「実践の教学」「広宣流布のための教学」「人材育成のための教学」であると強調。御書根本に、全員が「幸福博士」と光るとともに、わが地域に平和の楽土を築いていただきたいと念願した。
 今回、世界広布新時代を象徴する行事となったのは、23日に全国の代表約230人がマニラ国際平和会館に集って行われた「青年部教学研修会」。マニラ首都圏のみならず、ルソン島北部や、同国中部のビサヤ諸島、南部のミンダナオ島など遠隔地からも飛行機等を乗り継いで求道の友が参加した。
 アン青年部長の話の後、フィリピンに「教学委員会」が発足したことが発表された(2面に関連記事)。
 福田SGI副教学部長の担当で行われた研修では、「仏教の人間主義の系譜」を学んだほか、池田先生の『生死一大事血脈抄講義』を通して「異体同心」の前進こそ広布実現の要諦であり、その中で一人一人が仏の大境涯を開いていけることを胸に刻んだ。
 また、「檀越某御返事」の講義を通し、「信心即生活」の法理を学ぶとともに、仕事や学業など現実の生活で勝利していくことが、仏法者として重要であることを確認した。
 さらに、計2時間にわたって質問会が行われた。
 参加者は「御書の研さんを通して、信心への確信を深めることができた」(男子学生部)、「青年部にとって大切な内容を学ぶことができ、非常に有意義だった」(女子部)と語り、決意を新たにしていた。
 またケソン市のフィリピン文化会館では22日に一般講義を開催。マニラ首都圏から、約300人が集った。
 24日にはマニラ国際平和会館でも一般講義が行われ、中国系の友ら約300人が参加。
 いずれの講義でも「仏教の人間主義の系譜」を学び、参加者は信心根本の団結で前進することを誓い合った。チュア教学部長、アルカンタラ理事長が尊き同志をたたえた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・大田区 
 師の故郷で躍動する青年
 「広宣の源流」の誇りもて

あす29日は「大田の日」。師との記念撮影が行われた大田区総合体育館(当時は大田区体育館)の前で、青年部の代表が「師弟源流の地」の誇りに燃えて(23日)
あす29日は「大田の日」。師との記念撮影が行われた大田区総合体育館(当時は大田区体育館)の前で、青年部の代表が「師弟源流の地」の誇りに燃えて(23日)

 1947年(昭和22年)3月、当時の大森区と蒲田区が合併して、「大田区」が誕生した。今年、区制70周年である。
 大田区の特徴の一つは「ものづくりの町」。大森南、糀谷、羽田、下丸子、多摩川、矢口などには、高い技術力を持つ町工場が集まる。京浜島、城南島、昭和島にも工業団地が形成されている。
 坂本勇一さん(大田池田区、男子部部長)は、本羽田で絶縁ゴムカバーの製造業を営む。
 一昨年、先代の経営者が高齢を理由に引退を宣言。信頼されていた坂本さんが事業を引き継ぐことに。
 「引き継ぐ」といっても、経営者から「君の力で、別の会社を立ち上げなさい」と。司法書士や事業継承の専門家と相談を重ね、昨年2月、会社設立にこぎ着けた。
 開業当初は、売り上げが伸びなかった。必死に祈り、高品質・低コスト製品の提供、厳格な納期管理など工夫を重ね、取引先からの信頼を勝ち取った。
 そうした経営努力が評価され、今年、中小企業庁の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」の1社に選ばれた。
 30代半ばまで転職を繰り返した坂本さん。新しい仕事に就くたび、人間関係で行き詰まった。
 ある時は、銀行の預金残高が、700円しかなかった。どん底まで落ちた自身の情けなさに、涙が止まらなかった。
 意を決して、学生時代からお世話になっていた学会の先輩に、数年ぶりに連絡を。すぐに、激励に駆け付けてくれた。その温かさに、信心で立ち上がろうと腹を決めた。
 「学会活動に挑戦して、人生が百八十度、変わりました。試練に遭遇しても、“前に進もう”という勇気が湧いてくるんです」
 今年、会社は「拡大」を目標に掲げる。「ものづくりの町・大田」を代表する会社を目指し、自身の人間革命に挑み続けている。
                   ◇ 
 2010年(平成22年)10月、羽田空港に新国際線旅客ターミナルが開業。15年(同27年)には、世界1144の空港の中で、第5位の旅客数を記録している(国際空港評議会の報告から)。
 今年、大田区は「国際都市おおた宣言」を発表。今後、国際交流拠点都市、多文化共生都市としての魅力を発信していくという。
 門脇沙都紀さん(蒲田太陽区、女子部本部長)は、羽田空港国際線の免税店で働く。「海外のお客さまが、日本での最後の一時を過ごす場所です。だから、常に笑顔と真心で接客しています」
 創価大学2年の時、学費を支払うため、飲食店や塾講師など、三つのアルバイトを掛け持ちしていた。だが、多忙な毎日のストレスで、摂食障害になった。
 苦しみの渦中、何人もの同級生が声を掛けてくれた。友の励ましを胸に、1年の通院で摂食障害を乗り越えることができた。
 その後、語学力を鍛えようと、アメリカのシアトルに留学。空港のインターンシップ(就業体験)も経験した。
 就職活動では、大手航空会社をはじめ、空港に関係する会社の採用試験を受けた。その数、30社を超えたが、全て不採用。
 “もう無理かな”と思っていた時、壮年から「諦めは、親不孝だよ」と。その一言に目が覚めた。“必ず就職を勝ち取ろう”と決意新たに御本尊の前に座った。卒業式を目前に控えた「3・16」に、今の会社で働くことが決まった。
 卒業式では、学業・研究面で優れた業績を収めた学生・団体に贈られる「創価大学ダ・ヴィンチ賞」を受賞した。
 今年、白蓮グループの総区委員長の任命を受けた。「女子は門をひらく」(御書1566ページ)の御聖訓を胸に、師の故郷・大田に、満開の勝利桜を咲かせゆくことを誓う。

栄光の共戦譜


 池田先生は、大田で生まれた。
 生涯の師・戸田城聖先生と出会ったのも、大田だ。
 池田先生は大田で、「二月闘争」の指揮を執った。1955年(昭和30年)には、横浜・鶴見区と共に、大田で圧勝劇を飾った。世界広布へ旅立ったのは、羽田空港からである。
 先生は新宿区信濃町に居を移すまで、ほぼ38年を大田で過ごした。その後の足跡も、区内のそこかしこに刻まれている。
 90年(平成2年)11月1日に開館した大田池田文化会館に、これまで14回訪問。
 第1次宗門事件の嵐の渦中だった79年(昭和54年)3月11日には、馬込会館(当時)へ足を運んだ。85年(同60年)6月14日には雪谷文化会館へ向かい、友を激励した。
 また、96年(平成8年)5月15日には羽田平和会館、2002年(同14年)5月6日には蒲田文化会館、昨年8月28日には森ケ崎文化会館を訪れている。
 数ある“黄金の歴史”の中でも、「4月29日」の感動は、大田の友の心に、今も輝き続ける。
 1973年(昭和48年)のこの日、大田区体育館(当時)に5000人の友が集い、記念撮影が行われた。
 撮影会が始まると、先生は「大田より 師子は育ちて 広布かな」など10句を詠み、川柳も一句、披露。さらに、伊豆諸島、小笠原諸島から駆け付けた友に励ましを。集った青年・未来部で「大田兄弟会」を結成することを提案し、満場一致で決定した。
 その一人、石塚春好さん(蒲田広宣区、副総区長・区総合長兼任)は、この時の師との出会いが、生涯の原点だ。
 「先生は、『五体から根性がにじみ出てくるような青年の中の青年の闘士であってほしい』と。その深い真心に、断じてお応えしていこうと決意しました」
 石塚さん自身、「五体から根性がにじみ出る」人生を生きてきた。1歳半の時、ポリオ(小児まひ)にかかり、左腕の自由を失った。これがきっかけで、58年(同33年)に一家で入会した。
 懸命に勉学に励み、創価高校に1期生として入学。創価大学卒業後、区の福祉事業に携わり、その向上に尽力してきた。現在、知的障がい者支援の活動に取り組んでいる。
 学会活動にも全力を注いできた。総区壮年部長として一昨年12月、本陣長(ブロック長)、副本陣長が本部単位で、小説『新・人間革命』を研さんする「大田壮年『本陣大学校』」をスタート。信心の歓喜に燃える黄金柱の連帯が広がる。
 「不屈の根性で、東京凱歌の歴史を切り開いていきます」
                 ◇ 
 大田に新たな会館を――先生がこう提案したのは、83年(同58年)1月31日、大森文化会館(当時)を訪問した時のことだ。
 大田池田文化会館が誕生したのは、この時から7年後。会館完成を祝し、先生は「天までも 功徳で築きし 大田城 富士もかなたに この城 守れや」など、3首の和歌を詠み贈っている。
 90年(平成2年)11月7日、先生は同会館を初訪問。会館近くの鵜の木の商店街には、三色旗がはためき、「祝 大田池田文化会館落成」の横断幕が掲げられた。
 開館記念勤行会で先生は、大田ゆかりの池上兄弟に与えられた御聖訓「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)を拝読。「大田もまた、『団結の勝利』の模範であっていただきたい」と念願した。
 勤行会に参加した宮本純子さん(大田池田区、区副婦人部長、伊豆諸島栄光圏婦人部長兼任)。
 「先生は会場に入られると、参加者に“学会の根本は師弟だよ”と。直後に第2次宗門事件が勃発。師弟の魂魄をとどめてくださったんだと知り、“何があっても先生と共に”と改めて誓いました」
 結婚後、大田の地へ。流産や卵巣のう腫の手術などの苦難を乗り越え、2人の子どもを授かった。
 支部婦人部長として奮闘していた時、先生から支部に「常勝の 城をかざりし 桜花 秋に散りゆく 落葉の香りよ」との激励の和歌が届いたことは、宝の思い出だ。
 「皆が歓喜し、師恩を胸に、対話に走りました」。その感動を今も忘れず、夫・和徹さん(副区長・区書記長兼任)と、同志の激励に奔走する。
 2人の子も、後継の道を真っすぐに進む。長女・和美さんは総区女子部長、長男・勇一さん(男子地区副リーダー)は広島の大学院で教育の研究に励む。
                  ◇ 
 新たな広布の歴史を開く時、師と共に立ち上がり、戦い、勝利を刻んできた大田の友。先生は万感の思いを詠んだ。
 「広宣の 源流 大田と 誇りもて 偉大な使命を 断じて忘るな」
 日本も、世界も、大田を源流として、広布の潮流は千波万波と広がった。その「広布源流の地」の底力が、いよいよ発揮される。 

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 障がいのある三女と歩んだ日々

 【北海道恵庭市】高橋千枝子さん(77)=南恵庭支部、支部副婦人部長=は、三女・光子さん=華陽リーダー=から、いつも背中を押してもらっている。「『お母さん、題目
 

2017年4月27日 (木)

2017年4月27日(木)の聖教

2017年4月27日(木)の聖教

◆わが友に贈る

知恵は現場にあり!
最前線で奮闘する
友の声の中に
勝利への鍵がある。
広宣流布は総合力だ。

◆〈名字の言〉 2017年4月27日
 

 本部幹部会中継行事の終了後、自転車のかごにメモが入っていた。「タイヤの空気圧が低いようです。自転車屋さんで見てもらってはいかがですか」と記されていた▼持ち主の少女は驚いた。確かに、頑張ってペダルを踏んでも、自転車はなかなか進まなかった。メモを書いたのは創価班。来館者の自転車を、一台一台点検していた。とてもうれしかった――こんな声を、少女が寄せてくれたことがある▼そこまで確認する義務はないかもしれない。だが、自転車に不具合があれば、事故につながりかねない。この創価班は、皆が無事に帰宅するまでを「わが責任」と捉え、任務に当たっていた▼今月の中部を皮切りに、本年、全国で「創価青年大会」が開かれる。かつて、青年大会に参加した識者が語っていた。「合唱も演技も素晴らしかった。同じように、汗をかきながら、笑顔で参加者を迎え、黙々と責任を果たす役員の姿も、まぶしいほど輝いていた」▼池田先生は述べている。「(私は)『ここまで』と相手が驚くほど、手を尽くして、一人一人を励ましてきた」「友のために『頭』を使い、『心』を使う。それが真実の指導者である」。この師の心をわが心とし、自身を鍛え、幸福拡大に進む“励ましの挑戦者”でありたい。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年4月27日

 人々を真心で結ぶ学会の
 活動こそ現代に不可欠―
 日本の教授。共生の地平
      ◇
 自分が変われば一切に勝
 てる―戸田先生。拡大に
 一人立て。突破口を開け
      ◇
 「今日こそ最良の一日に」
 との信念が満足の秘訣―
 作家。勇んで挑戦の一歩
      ◇
 五月病を防ぐのはリズム
 正しい生活―精神科医。
 充実した黄金週間を賢く
      ◇
 ライターの残り火に注意
 ―消費者庁。火傷による
 死傷者も。管理を厳格に

◆社説   油断を排し細心の注意  無事故で充実の「大型連休」


 ゴールデンウイーク(黄金週間)を目前に控え、旧友との再会に、胸を高鳴らせている方も多いのではないだろうか。絶対無事故を心掛け、実り多い連休にしていきたい。
 御書に「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」(1220ページ)とある。「何とかなるだろう」という油断を排し、
「絶対に事故を起こさない!」という一念に立つことが根本だ。
 現在、公開中の映画「バーニング・オーシャン」では、2010年にメキシコ湾沖で発生した“世界最大級の人災”といわれる、原油流出事故が描かれている。さまざまな事故原因が考えられるが、工期が遅れることで発生する追加経費を抑えるために、本来行うべき基本的な安全確認を怠り、無謀な作業日程を強行したことが、主な原因であったようだ。 何事も「小事が大事」である。「自分は大丈夫……」と過信せず、過去の教訓から学び、基本をおろそかにしないことを肝に銘じたい。
 まずは、事前に行動計画を練ること。移動手段をはじめ、混雑具合や休憩できる場所なども調べておきたい。大型連休は、人の往来が激しくなるため、通常に比べ、道路が渋滞し、電車の乗り換えもスムーズにいかないことが予想できる。多少遅れても大丈夫なように、時間にゆとりを持って行動しよう。
 車で移動する際は、事前にタイヤの空気圧やガソリンの残量などの点検も忘れずに。走行中は、後部座席を含めて、全ての座席でシートベルトの着用を徹底。また、ドライバーは十分な睡眠を取り、途中で休憩をはさむなど、無事故のために細心の注意を払いたい。“飲酒運転”はもちろんのこと、携帯電話やカーナビの操作に気を取られる“ながら運転”は厳禁だ。一瞬の油断が大事故を招くことを忘れてはならない。
 天気予報によると、連休中は、全国的に平年より気温が高くなり、汗ばむ陽気となる日が多くなるという。寒暖差に留意しつつ、水分補給を小まめに行うなど、熱中症にも気を付けていきたい。
 池田先生は、「絶対無事故で進んでいくことが、最大の価値なのです。無事故こそ幸福の条件であり、そのために祈りに祈り、最善の努力を注ぐことです」と語っている。
 “最大の価値を創造する”ことこそ、われら創価の哲学だ。楽しい大型連休、大いに動き、大いに語り、“黄金の自分史”をつづりゆこう。

◆きょうの発心  広宣流布の熱情を赤々と燃やし2017年4月27日

御文
 予少量為りと雖も忝くも大乗を学す蒼蠅驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ(立正安国論、26ページ・編163ページ)
通解 私は取るに足りない身ではあるけれども、かたじけなくも大乗の教えを学んでいる。小さな青バエも駿馬の尾につかまって万里を行くことができ、葛は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる。

 小さい存在であっても、妙法を信じ、広布にまい進することで、大きく境涯革命できると仰せです。1964年(昭和39年)8月に入会。経済苦の中、信心に励む母の背中を見て育ちました。社会人1年目の時、事故に遭い、右目が失明の危機に。父も事故で右目を失明しており、「今こそ宿命転換の時」と決め、真剣に題目を唱え抜いた結果、視力を回復することができました。
 その後、男子部の活動に積極的に参加。創価班では、“学会と同志を守る”との精神を学び、人生の礎を築きました。
 結婚後、次女を出産した妻の容体が急変。インスリン依存型の急性糖尿病との診断でした。一家で真剣な唱題を重ねた結果、1カ月後には母子共に退院できました。現在、妻は病と闘いながら、教育部でも奮闘しています。
 「汝自身の胸中に 自らの汗と労苦により 広布を必然たらしめんとする 熱情のありや無しやを 常に問え」との師の指導を胸に、広宣流布に進んでまいります。  大阪・堺総県東総区総合長 森哲也
◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   二十九 (6057)
 

 
 


 山本伸一は、来る日も来る日も、神奈川研修道場や新宿文化会館などで、各地や各部の代表らと懇談し、指導・激励を続けた。
 一部の週刊誌などは、相変わらず学会批判を続け、捏造、歪曲した報道も盛んであった。しかし、伸一は、悠然と、太陽が己の軌道を黙々と進むように、個人指導を重ねていった。励ました同志が、信心に奮い立ち、宿業の障壁に挑み、乗り越え、人生の凱歌を響かせる姿を見ることに勝る感動はない。
 伸一は、青年たちとも好んで懇談した。神奈川文化会館で数人の男子部、学生部の幹部らと語り合った折、彼は尋ねた。
 「学会は新出発して半年以上が経過したが、青年は元気かね」
 男子部の幹部が答えた。
 「はい。頑張っています。ただ、先生が会合で指導されることがなくなってしまい、皆、寂しい思いをしています」
 伸一は、すかさず言った。
 「そう感じたならば、青年が立ち上がるんです。そうでなければ、傍観者であり、主体者ではない。自分が一切を担おうと決めて、前進の原動力となっていくのが青年です」
 男子部の幹部が、困惑した顔で語った。
 「新しい活動などを提案しても、壮年の先輩たちは、なかなか賛成してくれません」
 伸一は、笑みを浮かべた。
 「青年が新しいものを企画し、先輩である壮年たちが反対する――多かれ、少なかれ、どの団体や社会でもあるものだ。
 年配者には、何事にせよ、豊富な経験がある。そこから導き出された経験的法則というものがあり、その尺度で物事を判断する。
 この経験則という裏づけがあるだけに、年配者の判断には間違いは少ない。しかし、自分が経験していない物事には否定的になりやすい。また、時代が大きく変化している場合には、経験則が役に立たなくなる。それが認識できないと、判断を誤ってしまう。
 壮年幹部の側は、その点を心して、青年の意見に、積極的に耳を傾けていくべきです」

【聖教ニュース】

◆池田先生に英雄エウスタキオ・メンデス褒章 
 南米ボリビア・タリハ県議会の最高栄誉
 県議会議長「平和の旗を振り続ける人をたたえたい」

タリハ県議会のゲレロ議長(前列右から5人目)と儀式用のサッシュベルト(飾り帯)を掛けた議員らが、池田先生の受章を祝し、記念のカメラに(タリハ県議会議場で)
タリハ県議会のゲレロ議長(前列右から5人目)と儀式用のサッシュベルト(飾り帯)を掛けた議員らが、池田先生の受章を祝し、記念のカメラに(タリハ県議会議場で)

 南米・ボリビア多民族国のタリハ県議会から池田大作先生に、同県議会最高栄誉の「英雄エウスタキオ・メンデス褒章」が贈られた。これは、平和・文化・教育を世界的に推進する功績をたたえたもの。授与式は18日、同県議会議場で挙行され、ウィリアムス・ゲレロ県議会議長をはじめ県議会議員、ボリビアSGI(創価学会インタナショナル)の友らが出席した。
 ボリビアの最南部に位置するタリハ県は、南米有数の天然ガスの埋蔵量を誇るとともに、ワインの生産地としても有名。中心都市のタリハ市は、標高1900メートルの高原都市である。
 ボリビアSGIの友はこの地で、「良き市民たれ」との池田先生の指針のもと、社会貢献の取り組みを幅広く実施。なかでもヤング・ミセスによる「家庭教育セミナー」や、女性の意識向上を目指した「ボリビア女性平和集会」など草の根の啓発運動が、人々に共感と連帯を広げてきた。
 さらに2004年4月には同国で初となる「ガンジー・キング・イケダ」展が同市で開催。市の人口の1割以上が会場に足を運ぶなど、大きな反響を呼んだ。
 タリハ県議会のマリジェット・ハラミリョ議員もSGIの運動に賛同する一人。同議員は昨年7月、ボリビア上院議会から池田先生に「特別顕彰」が贈られたことをきっかけに、池田先生の哲学や世界的な足跡を理解するように。そして昨年10月、同議員の発議で、池田先生に対する「英雄エウスタキオ・メンデス褒章」の授与が推挙され、県議会の席上、満場一致で決議されたのである。

◆スペイン文化会館で 宗教間対話シンポジウム  原理主義の克服へ諸団体が登壇

和やかな雰囲気のなかで行われた「マドリード宗教間対話シンポジウム」(スペイン文化会館で)
和やかな雰囲気のなかで行われた「マドリード宗教間対話シンポジウム」(スペイン文化会館で)

 スペイン・マドリード宗教間対話協会が主催する「マドリード宗教間対話シンポジウム」が22日、リーバス・バシアマドリード市のスペイン文化会館で開かれた。
 「原理主義から対話へ」をテーマに行われた同シンポジウムでは、マドリード・カルロス三世大学のファン・ホセ・タマージョ教授が講演した。教授は、一神教における原理主義が形成される過程、宗教の分野以外にも存在する現代社会を取り巻く原理主義の種類やその主な特徴などを解説。原理主義による紛争を避けるための手段は対話しかないことを強調し、人間同士のコミュニケーションを通した真理の探究が不可欠であることを訴えた。
 その後、仏教、キリスト教、バハーイー教など、各団体がテーマに沿って登壇。
 仏教団体を代表し、スペインSGIのマンドゥハノ学生部長とベンディンガー女子学生部長が、原理主義の典型として、第2次宗門事件の経過と本質について説明した。
 マドリード宗教間対話協会のマルガリータ・ピントス会長が、宗教間の対話を通し、社会の分断や抗争を乗り越えようと訴えた。

◆池田先生ご夫妻が東京戸田記念講堂で勤行 2017年4月27日

 池田先生は26日午前、香峯子夫人と共に、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を訪問。
 初代会長・牧口常三郎先生、第2代会長・戸田城聖先生の肖像が掲げられた講堂で勤行・唱題し、「東京凱歌の年」を対話拡大へ力走する総東京をはじめ、全国の同志の勝利と幸福、健康・無事故を深く祈念した。
 恩師の名を冠する同講堂は1979年(昭和54年)6月に完成。今月5日に訪れた立川文化会館などとともに、第3代会長辞任後の先生が“反転攻勢”の指揮を執った、原点の城である。折しも今、本紙連載中の小説『新・人間革命』「雌伏」の章で、その歴史がつづられている。
 ご夫妻は、勤行・唱題の後、恩師記念室にある展示室へ。79年6月の初訪問をはじめとする、同講堂を舞台とした広布史、また73年(同48年)5月5日の記念撮影など、豊島広布の歴史を紹介するパネルを丹念に見学し、5・5「豊島の日」を心から祝福した。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈地域を歩く〉 神奈川県 秦野市   ここに居場所がある

長年、秦野市で学生部員らを見守り続ける「潮荘」                                                                      
長年、秦野市で学生部員らを見守り続ける「潮荘」
 
 新年度を迎え4週間。進学や就職を機に新天地で始まった生活も、落ち着いてくる頃だろう。
 平成27年の国勢調査によると、25~34歳の若者の約半数が、5年前とは別の場所に移り住んでいるという。
 都市部などには、毎年この季節になると、新社会人や学生が転入してくる地域がある。神奈川県秦野市も、その一つ。毎年、市内を流れる水無川が満開の桜に彩られる時期に、県内の大学・短大などに進学した学生が、全国各地からやってくるのだ。
 杉尾優人さん(学生部・グループ長)は2年前の春、大学進学で茨城県の実家から、この地にやってきた。3カ月間のカナダ留学から先月、帰国。早々に、座談会に顔を出した。
 「お帰り! 向こうでの生活はどうだった?」
 “再会”を喜ぶ地区の皆からは早速、矢継ぎ早の質問が。「帰ってこられる居場所があるというのは、とてもうれしいです」と杉尾さんは笑う。
 引っ越した当初、親元を離れた生活を心配して、近所に住んでいた藤田達代さん(圏副婦人部長)が度々、夕食を密閉容器に詰めて持って来てくれた。
 杉尾さんも地区の一員として、一昨年には、高校受験を控えた中等部員の勉強をサポート。昨年は高校に入学したその未来部員の、教学部任用試験合格にも貢献した。
  学生たちが活躍することで地区も活気づくと、藤田さんは語る。
 「杉尾君は、勉強も学会活動も一生懸命頑張っていて、“相手の幸せを真剣に祈る先輩たちのようになりた…

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉26 「4・28」御書発刊65周年 
 勇敢に「立正安国」の対話を
 大東京には広布本陣の使命

 伊藤 あす、4・28「立宗の日」を迎えます。今年は『日蓮大聖人御書全集』発刊から65周年の佳節でもあります。
 
 原田 立宗700年の記念事業として、御書発刊が発表されたのは1951年6月のことでした。戸田先生は第2代会長就任直後、大聖人の御精神を後世に伝え、広布を進めるため、発刊を決断されました。
 
 竹岡 発刊までの期間はわずか10カ月。この事業を陰で支え、奮闘されたのが池田先生でした。連日連夜にわたる編さん・校正作業を経て、52年4月28日、未聞の大事業は成し遂げられました。
 原田 戸田先生は「発刊の辞」の冒頭で、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ」(御書1361ページ)を拝し、こう綴られています。
 「創価学会は初代会長牧口常三郎先生之を創設して以来、此の金言を遵奉して純真強盛な信心に基き、行学の二道を励むと共に如説の折伏行に邁進して来たが、剣豪の修行を思わせるが如きその厳格なる鍛錬は、学会の伝統・名誉ある特徴となっている」
 
 長谷川 学会に、大聖人の峻厳なる御精神が流れ通ってきたのは、御聖訓の通りに「行学の二道」に邁進してきたからです。学会は常に、広布への戦いの中で御書を拝してきました。
 
 竹岡 そして「発刊の辞」は「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」と締めくくられます。戸田先生の念願の通り、今や御書は10言語以上に翻訳され、世界192カ国・地域の同志が日々、大聖人の仏法を学び、実践し、幸福勝利の大道を歩んでいます。
 
 伊藤 教学研修会も各国で行われていますね。まさに世界同時進行で広布は大きく進んでいます。世界に広がった創価の平和の連帯も、御書根本の実践によって築かれてきました。
 
 原田 池田先生は先日、御書発刊65周年の佳節に触れ、こう語られました。「われら創価の師弟は御書全集を身をもって拝し、御書根本に一閻浮提への広宣流布を成し遂げている。『いよいよ頼もし』と誇りも高く、進んでまいりたい」「日本の安穏と世界の平和のために、われらはいやまして『立正安国』の大光を威風堂々と放っていくのだ」と。私たちはどこまでも御書根本に、「広宣流布」と「立正安国」の対話にいよいよ大きく打って出たいと思います。

“感激の同志あり”


 永石 先日の「5・3」記念の本部幹部会では、世界各国のメンバー、全国のリーダーが本陣・東京に集い、東京の歌「ああ感激の同志あり」を大合唱しました。「『東京の歌』を歌い、誓いを深くしました」という声も多く伺いました。
 
 原田 「東京の歌」は、第1次宗門事件の渦中の78年、池田先生が全国を駆け巡る中で作成してくださった歌です。そして同年8月2日、荒川文化会館で行われた東京支部長会の席上、発表されました。
 
 伊藤 歌の誕生の模様は小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章にも描かれていますね。「東京が、全国、全世界の広宣流布の本陣として、さらに大きな飛躍を遂げていくためには、何が必要か」と先生は何度も推敲を重ねてくださいました。
 
 永石 「感激」という言葉に込めた思いを、先生はこう綴られています。
 「仏法の眼を開けば、すべては感激に満ちている。自分が地涌の菩薩として、広宣流布の大使命をもって、この時に、広布の本陣たる大東京に出現したこと。この地に大宇宙より雲集した同志と奇しくも巡り合い、久遠の誓いを果たそうと、大法戦を起こしたこと。日蓮大聖人の御遺命たる世界広宣流布の時代の幕を、今、自分たちの手で開こうとしていること……。一つ一つが不思議な、大感動の事実であり、感激以外の何ものでもない」と。 
 原田 「感激」は、人と人との触れ合いのなかにあり、勇んで行動するなかに生まれ、前進の活力となることを先生は教えてくださっています。そして「互いの幸せを願い、祈り、誠心誠意、励まし合う――こんな世界は、学会しかありません。だ
から、『ああ感激の同志あり』なんです」と歌の意義を語られました。

幸福と勝利の実証


 長谷川 「大道」の章では「学会活動に取り組む姿勢」についても、4点にわたって呼び掛けられています。
 第一に、地道な個人指導を重ね、一人一人を立派な人材に育てていこうと、深く心を定めていくこと。
 第二に、同志に尽くすことは広布のためであり、その功徳は無量である。ゆえに、人材育成の労苦は、すべて自分のためであるということ。
 第三に、一生成仏への最も尊い仏道修行をさせていただいている、という感謝と喜びをもって、強盛な信心を貫くこと。
 第四に、同志全員が、功徳を受けきっていくように、日々、深き祈りを捧げる、慈悲のリーダーであること、です。
 
 竹岡 先生は、このようにも激励されています。「日々の生活にも、広宣流布の道にも、辛い時も、苦しい時もあるでしょう。しかし、行き詰まったらお題目です。私たちには、御本尊があるではありませんか!」「泥沼のような現実の世界で苦闘を重ね、幸福と勝利の白蓮のごとき大輪を咲かせ、大実証を示していくのが地涌の菩薩なんです」と。
 
 長谷川 そして東京への思いをこう語られています。「首都・東京は、学会本部を擁する本陣である。広宣流布の決定打を放つのも、学会の未来を決するのも東京である。東京が強くなった分だけ創価学会は堅固になり、東京が前進した分だけ広宣流布は進むといっても過言ではない」と。
 
 原田 「私と一緒に、不敗の東京をつくろう! 世界の同志が仰ぎ見る、永遠不滅の、栄光の大広布城を築こうよ!」――この先生の思いを胸に、世界広布新時代の凱歌を断じて本陣に轟かせてまいりましょう。


◆〈信仰体験 ふくしまの今〉26 夢かなえ、今春、幼稚園教諭に
 “ふるさと”は いつも心の中に

 【福島県いわき市】加藤陽子さん=平支部、女子部員=には、忘れられない“原風景”がある。ふるさとの楢葉町の幼稚園に通い、仲良く遊んだ友達の笑い声。先生の優しい声と手のぬくもり。夏には隣町の富岡町の海水浴場に出かけた――。
 

2017年4月26日 (水)

2017年4月26日(水)の聖教

2017年4月26日(水)の聖教

◆わが友に贈る

苦難に負けない
我ら学会員の姿自体が
仏法の偉大さの証しだ。
地涌の使命を確信し
不撓不屈の大前進を!

◆〈名字の言〉 2017年4月26日

 広島平和記念資料館の9代目館長を務めた原田浩氏の講演を聴いた▼被爆50年の1995年、米国・スミソニアン国立航空宇宙博物館で初の原爆展が予定されていたが、退役軍人らの反対によって中止に。それ以降も、同博物館では被爆遺品を扱う展示会は開かれていない。原田氏は「B29爆撃機の展示キャプション(説明)には、いまだにその成果だけが記されている」と指摘した▼先月14日、ある展示会が、米南西部の原爆開発の地・ニューメキシコ州のロスアラモス歴史博物館の主催で行われた。被爆2世で美術家の壮年部員と、米国の女性画家が共同制作した現代アートが飾られていた。壮年が撮影した折り鶴の写真に、女性が描いたハトを重ね合わせた作品▼女性の父親はかつてマンハッタン計画(原爆開発計画)に関わった人物。一方、壮年の父親は爆心地から2・5キロで被爆した。加害者・被害者という立場を超え、「原爆が開発された地から、芸術の力で平和を発信したかった」と2人は口をそろえる▼池田先生は「真に対決し克服すべきは、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという『核兵器を容認する思想』です」と強調する。核の脅威が叫ばれる時こそ、“核は絶対悪”という根源からの思考を手放してはならない。(柑)

◆〈寸鉄〉 2017年4月26日
 

 異体同心の「心」は信じる
 心―戸田先生。民衆勝利
 への祈りを一つに大行進
      ◇
 長野の日。世界一の人材
 山脈ここにあり!勇敢に
 誠実に対話拡大の波動を
      ◇
 人間は常に自己完成を目
 指して進むべき―文豪。
 信行学の鍛えの道を邁進
      ◇
 間もなく大型連休。友好
 深める絶好機。計画立て
 無事故・有意義な期間に
      ◇
 熱中症予防の「暑さ指数」
 公開―環境省。水分・塩分
 補給等、早めの対策賢く

◆社説  生涯青春の気概で生きる  “第三の人生”も自他共の幸福道で


 “第三の人生”をいかに充実させていくか――。定年を機に春から新たな生活をスタートさせた人も多い。中には現役時代は仕事中心だったため、「何をしようか」と悩む人や、自営業で定年はないが体力的な衰え等が気になるといった人もいるだろう。
 「人生90年時代」ともいわれる日本の長寿社会を生き抜くには、人生の総仕上げとなる時期こそ生きがいを持ち続けることが大切だ。
 そもそも、第三の人生とは、「○歳から」と一概に言えるものではない。日本では一般に65歳以上を「高齢者」と呼ぶが、厳密な定義はない。本年1月には日本老年学会などが、現在の高齢者は医学的に若返っているとして、その定義を75歳以上にすることを提唱した。
 ただ、健康状態の個人差は、高齢になるほど大きくなる。70代、80代でも元気に働く人もいれば、40代、50代で大病を患い、定年前に退職する人もいる。
 第三の人生で大事なのは、人と比べないこと。もとより人生は一つとして同じものがない。自分の“人生の劇”は、最後まで自分らしく演じ切る――。それこそが使命ともいえるだろう。
 90歳の“現役社交ダンサー”として、ある婦人の信仰体験が本紙で紹介された。彼女は49歳の時に夫をがんで亡くし、長男も30代の若さで、がんで他界。深い悲しみを振り払うかのように祈る中で「広宣流布に生き抜こう!」と決意した。すると、健康のために始めた社交ダンスが、信仰の実証を示すための生きがいに変わったという。
 お茶の水女子大学名誉教授、シニア社会学会会長の袖井孝子氏も、本紙のインタビューで、「人生90年時代の生きがいは、仕事、趣味、学び、また家庭参加も地域貢献もある」「重要なのは、相互依存も大事にしつつ、他者の役に立っている実感を得ること。それが自尊感情や生活満足感、つまり『生きがい』になります」と述べている。
 歌を通して皆を元気づけたいと語る壮年、病や経済苦に悩む友へ励ましを送る婦人もいる。
 自由になった時間を「何のため」に使うのか。御金言には、「人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなる」(御書1598ページ、通解)と、献身の行動が、自らをも幸せに導くことが説かれている。
 世界の平和と自他共の幸福を願う私たちは、偉大な師と共に生涯青春の気概を持ち、わが広布拡大の総仕上げに臨みたい。その生き方こそ、人類の未来を照らしゆくことを確信しつつ。

◆きょうの発心  師との原点を胸に友情の拡大を2017年4月26日

御文
 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし(兄弟抄、1088ページ・編689ページ)
通解 たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。

 
何があっても信心第一を貫く姿勢を教えられています。 
 1958年(昭和33年)に一家で入会。結婚した夫と、弁当・総菜店を営んできました。
 76年2月12日、池田先生が大隅の地を初訪問してくださいました。私は、弘教拡大で先生をお迎えした歴史を学び、“自身の原点”と定めて、毎年の「2・12」に向けて、幸福の輪を広げてきました。
 県婦人部長の時、多額の負債を抱え、店を畳むかどうかの瀬戸際に。その時、先輩がこの御文を通して励ましてくれました。
 経済革命に挑む中で参加した2009年4月の本部幹部会において、先生から、私たち夫婦に真心からの激励をいただきました。
 “必ず信心で勝ち、師匠に勝利の報告を!”と誓い、学会活動にも一歩も引かずに挑戦する中、徐々に状況が好転し、3年前には負債を完済。今では、商売も軌道に乗り、感謝の思いでいっぱいです。
 「広宣流布の“日本一”をめざそう」との指導を胸に、明年の2・12「大隅の日」に向け、友情の拡大を成し遂げてまいります。   鹿児島・大隅旭日県婦人部総合長 大西ひとみ

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十八 (6056)
 


 山本伸一は、十一月十六日の本部幹部会は学会創立四十九周年を記念する式典であるだけに、わずかな時間でも出席し、同志と共に新しい広宣流布のスタートを切りたかった。
 彼は、会合の途中で入場した。大多数の参加者が、久しぶりに伸一の姿を目にした。揺るがさんばかりの大拍手が場内を圧した。
 彼は、長い話をすることは自粛し、上着を脱ぎ、扇を手に壇上の中央に立った。
 「今日は、学会歌の指揮を執ります。『威風堂々の歌』にしよう!」
 会長辞任後、初めての伸一の指揮である。
 再び、雷鳴を思わせる大拍手がうねった。
 講演ばかりが指導・激励ではない。戦いは智慧である。工夫である。創造である。どんなに動きを封じられようが、広宣流布への不屈の一念があれば、前進の道が断たれることはない。伸一は、一曲の指揮で、皆の魂を奮い立たせようと、決意したのである。
 高らかに勇壮な調べが流れ、喜びに満ちあふれた躍動の手拍子がこだました。
 〽濁悪の此の世行く 学会の……
 彼は、まさに威風堂々と、大鷲のごとく、力強く舞った。
 “大東京よ、立ち上がれ! 全同志よ、立ち上がれ!”と心で叫びながら。
 頰を紅潮させ、大きく腕を広げ、力いっぱい手拍子を打つ壮年もいた。目を潤ませながら、声を限りに歌う婦人もいた。凜々しき瞳に闘魂をたぎらせる男子部も、歓喜に顔をほころばせて熱唱する女子部もいた。
 皆の息はピタリと合い、生命は一つにとけ合った。吹き荒れる嵐のなかで、この日、東京から、再び凱歌の行進が開始されたのだ。
 「仏法は勝負」である。ゆえに、広宣流布の戦いは、いかなる逆境が打ち続こうが、断固として勝つことを宿命づけられているのだ。
 広布の勝利王は、即人生の勝利王となり、幸せの勝利王となる。広布の峰を一つ一つ越えるたびに、幸の太陽は燦然と輝きを増す。

【聖教ニュース】

◆中国・大連芸術学院で開幕 自然との対話 池田大作写真展 
 王理事長 池田先生の平和を願う心
を伝えたい
 
「自然との対話」写真展の開幕式。タイトルが浮かび上がる水晶玉に、来賓が手を当ててオープニングを宣言した(大連芸術学院の美術館で)
「自然との対話」写真展の開幕式。タイトルが浮かび上がる水晶玉に、来賓が手を当ててオープニングを宣言した(大連芸術学院の美術館で)

 【大連24日】「自然との対話――池田大作写真展」が24日、中国の遼寧省大連市に立つ大連芸術学院で開幕した(主催=大連芸術学院、中国人民対外友好協会、中日友好協会、創価学会、協力=創価大学北京事務所)。日中国交正常化45周年の記念事業として催されたものである。開幕式には、同学院の王賢俊理事長、姜茂発院長、中日友好協会の袁敏道秘書長、大連市人民対外友好協会の王洪俊副会長、曲世成秘書長をはじめ来賓・学生ら200人が出席した。同展は来月8日まで開かれる。(記事・写真=白田修治)
 大連で最も高い山・大黒山に抱かれた大連芸術学院。
 レンガを基調とした建物が、なだらかな丘に沿って並び、百花繚乱のにぎわいが、春の彩りを加えている。
 自然と人工美が調和したキャンパスは、まさに“芸術”と呼ぶにふさわしい。音楽、美術、ファッションなど8学部に約1万人が学ぶ省内随一の芸術系・私立総合大学である。
 四季折々の自然と語らいながら、向学の青春を歩んでいる学生たちの眼に、今回の写真展は、どのように映ったのであろうか。
 絵画を専門に学ぶ青年は言う。「とても美しい写真のその一葉一葉の中に、それぞれの“物語”があるかのよう。私も、自然と人間に対する“心”を磨いていきたい」
 ある教員も「身近な所にこそ、“美”があるのだということを教わりました。毎日を、心豊かに過ごしていかなければ」と笑顔で。
 こうした反響を誰よりも喜んでいたのが、写真展の開催に尽力した同学院の王理事長である。「池田先生の写真は、自然や人間の美しさが、そのまま表現されています。世界平和を願う先生の心を伝えたい――そう思っていました。その心は、一人一人に必ず伝わると確信していました」
 王理事長が、学院内で、池田先生を宣揚しようと深く胸に期したきっかけは、2013年10月にさかのぼる。
 王理事長は訪日し、創価大学へ向かった。池田先生の日中友好への傑出した貢献をたたえ、大連芸術学院から「名誉教授」称号を授与するためである。
 実は当時、日中関係悪化の影響を受け、訪日を取りやめる団体や大学が相次いでいた。
 だが、王理事長には信念があった。
 「困難の時こそ、平和・文化・教育の交流が大事ではないか」
 池田先生と同じように、純粋な心で民間交流を重んじるならば、両国の関係を、良き方へ、良き方へとリードしていけるはずだ。そのためにも、先生をたたえ、連帯と友好のメッセージを発信しなければならない――と。

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉62  父母に最高の親孝行を


御文
 法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり、我が心には報ずると思はねども此の経の力にて報ずるなり (上野殿御消息、1528ページ)
通解 法華経(御本尊)を持つ人は、父と母の恩を報じているのである。自分の心には
父母の恩を報じているとは思わなくても、この経の力によって報じているのである。

同志への指針

 正しい信仰は最高の親孝行である。「成仏」という永遠の幸福の光を、大恩ある父母に送ることができるからだ。
 青年に、背伸びなどいらない。ありのままの自分で、題目を唱えながら、学び鍛え、前進していけばよいのだ。ここに、わが生命を最大に充実させ、皆に希望と喜びを広げゆける青春がある。
 未来を創る君たちよ、朗らかに育ちゆけ!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誉れの学園 世界市民を育む創価教育〉第11回 語学の翼
 多様性を尊重する“心の国際人”

 
関西創価小・中・高校の新入生との記念撮影会で、学園生を励ます創立者・池田先生。韓国・慶熙大学から「名誉哲学博士号」を受章し、帰国4日後の訪問だった。先生は、“世界に友情を広げる人に成長してほしい。そのためにも、語学に挑戦を”と呼び掛けた(1998年5月22日、大阪・交野市の関西創価学園で)
関西創価小・中・高校の新入生との記念撮影会で、学園生を励ます創立者・池田先生。韓国・慶熙大学から「名誉哲学博士号」を受章し、帰国4日後の訪問だった。先生は、“世界に友情を広げる人に成長してほしい。そのためにも、語学に挑戦を”と呼び掛けた(1998年5月22日、大阪・交野市の関西創価学園で)

 東京・小平市の創価学園が開校した年(1968年)の12月、栄光寮の会食会が開催されている。「アフリカの人種問題を解決したい」と決意を語る生徒に、創立者・池田先生は、こう助言した。
 「語学を勉強しなさい」「それができる裏付け、実力があり、理想を実現できる武器がなければならない。その武器は何か。絶対条件として、これは語学なのです」
 先生の指針を基とする「語学習得」への果敢な挑戦は、創立以来の伝統となった。
 今日の学園生は、語学を「学びの目的」ではなく、「学びのツール(道具)」として駆使しながら、英字新聞コンテストや模擬国連の国際大会、英語ディベートの全国大会などでも高い評価を受けている。
 今月、長崎で開かれた、日米露3カ国の高校生による核兵器廃絶問題に関する国際会議「クリティカル・イシューズ・フォーラム」(主催=ミドルベリー国際大学院モントレー校ジェームズ・マーティン不拡散研究所)には、2年連続で、東京高と関西高の生徒が日本代表で出場。特定のテーマに基づき、研究成果を英語で発表し、米露の生徒とも意見を交換した。
 学園の創立は、日本で海外渡航が自由化された3年後であり、当時の日本人出国者は年間約27万人〈以下の統計数は、「日本政府観光局(JNTO)」のウェブサイト〉。外国人訪日者の数も年間約48万人であったが、国際化の進展に伴い、日本社会も変容している。
 昨年、海外に渡った日本人は1700万人を超え、外国人訪日者数は、2400万人以上。今後、海外に出ずとも、外国人との交流の機会は、増え続けるだろう。
 その一方で、こんな指摘もある。単一民族に近い日本人には、外国人を「よそ者」として排他的に見る一面がある、と。国内の国際化に日本人の心が追い付いていないのでは、と危惧する声も少なくない。
 未知の国際化時代に突入する日本人が、備えるべき能力は何か。日本国際理解教育学会の多田孝志元会長は、こう論じる。
 「文化の多様性への関心をもち、異文化をもつ人々との相互理解を図り、相互浸透を受け入れ、彼らと積極的に交流し、共生できる人間の育成が必要となり、教育への期待となっている」(『グローバル時代の国際理解教育』明石書店)と。
 語学はもとより、「共生の精神」を育むことが、時代の要請であるといえよう。
 約30年前、池田先生は学園生に、「大事なことは語学を身につけながら、同時にその国の人の考え方を知り、心を学んでいくことである」と呼び掛けている。
 世界に羽ばたく“心の国際人”の育成へ、語学と人間性の“両翼”を鍛えるとの先生の教育方針は、すでに、80年代に示され、学園の授業に反映されてきた。
 東西の学園では、多様な国の人々との触れ合いを重視し、先生の理念を体現している。
 その第一の例は、多言語授業である。
 東京高の学校設定科目「国際理解」では、韓国、スペイン、ドイツ、中国、ロシア、フランスの6言語の授業が、3年生の選択科目として開設され、大学での本格的な語学学習への導入的な役割も果たしている。
 1、2年生の学習意欲にも応じ、全学年を対象として、放課後には、6言語を学ぶ研究会が活動している。5言語を教えるのは、その言語を母語とする外国人講師だ。ウラジオストク出身のロシア語講師は、学園生との出会いの印象をこう語った。
 「私が教員になる前、初めて創価学園の授業を見学した時、初対面で緊張していたら、学園生が気さくに声を掛け、温かく迎えてくれました。“この子たちの心には国境の壁なんてないんだ”と感動し、このように豊かな人間性を育てる創価学園の教員になりたいと思ったのです」
 授業では、各講師が出身国の社会事情や生活習慣、独自の文化などについて、自身の体験を交えながら、生徒に紹介する。
 そうした経験を踏まえ、学園生が発信する言葉は具体性を帯び、説得力を増す。
 昨年、人民中国雑誌社、中国駐日大使館等が主催した「全日本青年作文コンクール」では、東京高の生徒が、日中友好の思いをつづり、優秀賞に輝いた。中国への研修旅行に招待され、生徒の作品は「人民中国」誌に掲載される。同じく昨年に行われた、韓国の延世大学等が主催する、第25回「外国人ハングル白日場大会」でも、東京高の生徒が優秀賞を受賞している。
 第二の例として、創価大学の留学生との交流授業が挙げられる。東西の創価小・中・高校の6校全てで行われているものだ。
 東京創価小学校(小平市、国分寺市)は、4、5年次に留学生と交流する。
 教員が、「どうして留学生の人たちは、創価小学校に来てくれるのかな?」と問い掛けると、児童から「日本語や日本文化を学ぶため」など、多くの意見が出る。
 そして、児童は、留学生の側に立って、どう迎えれば喜んでもらえるかと考え、日本語や漢字の穴埋めクイズを作るなど、創意工夫の“おもてなし”で歓迎する。
 児童の中には、留学生に日本語が伝わらず、小さな体を懸命に動かし、身ぶり手ぶりで、思いを表現している子がいた。
 留学生も全身を耳にして、児童の思いを受け止める。伝えたい、分かりたいと、向き合う中で、相互理解の心が育つのだ。
 この出会いの2週間後には、5年生の児童たちが創大を訪問。今度は、留学生たちが児童を迎え、出身国の文化を紹介し、創大のキャンパスを案内してくれる。
 関西創価高校(大阪・交野市)では、留学生と共に小グループをつくり、英語のポスター制作を行っている。留学生が母国の社会問題からテーマを抽出し、学園生と英語で議論。課題の分析と解決案をポスターにまとめ、評価し合っている。
 これまで、約10度、学園生との交流会に応募し、参加してきたインドからの創大留学生アローラ・トゥシタさんは語る。
 「学園生の特色は、外国人へのオープン(開放的)な姿勢だと思います。私が困らないようにと、こまやかな配慮をしてくれる学園生を見ていると、私をインド人としてではなく、『一人の人間』として大切にしてくれているんだと実感します。また、学園生の英語の学習に対する熱心さ、異文化への関心の高さは、通訳を目指す私に、触発を与えてくれるのです」
 トゥシタさんは、交流会の後も学園生と友好を深めている。その中には、トゥシタさんとの出会いを契機にインドへの留学を決意し、今秋、交換留学生として、デリー大学に向かう関西高の卒業生もいる。
 なぜ、学園生の心には、多様性を尊重しようとする思いが芽生えるのか。それは、常に「創立者」の振る舞いを、自身の行動の規範としているからであろう。
 東西冷戦の時代にあって、池田先生は、中国やソ連など共産主義国にも渡り、平和と友好に向けた人間外交を貫いた。あらゆる差異を超え、人間と人間を結びゆく先生。その信念と行動は、世界市民を目指す学園生にとって、最高の「教科書」である。
池田先生の指針
 たとえば、優れた外国の本の登場人物と対話をかわし、“友だち”になる。そうすれば、その国の「心」を深く知った人ともいえる。また世界中の人々に通じる普遍的な「人間性」を磨いたことにもなる。
 その人は、たんに語学力を鼻にかけ、さも国際通のように見せかける傲慢な人になるより、よほど“心の国際人”であるといえまいか。
 もちろん、語学は絶対に必要である。大事なことは語学を身につけながら、同時にその国の人の考え方を知り、心を学んでいくことである。
 〈1989年10月10日 関西創価小・中・高校合同第8回健康祭〉
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験 ふくしまの今〉25 震災いじめ越え、大学へ
 知的障碍者施設の職員に


 この春、福島は大きな転換点を迎えた。東京電力福島第1原発の事故から6年、3月31日に浪江町、飯舘村、川俣町、4月1日に富岡町で「帰還困難区域」を除いて避難指示が解除された――。

2017年4月25日 (火)

2017年4月25日(火)の聖教

2017年4月25日(火)の聖教

◆わが友に贈る

限りある時間の中で
最大の価値を生み出す。
これが信心の醍醐味だ!
多忙であればあるほど
深き祈りに立ち返れ!

◆〈名字の言〉 2017年4月25日
 

 中国・周恩来総理のめいの周秉宜氏が今月来日し、創価大学や信濃町の総本部などを訪問した。その際、池田先生と学会に対する周総理の認識の一端が新たな証言として語られた(本紙12日付)▼創価大学の観桜会では、周秉宜氏が学会青年部との交流の思い出を振り返った。1992年、氏が東京に滞在中、学会青年部が後援する日中交流イベント(中野区内)に出席。そこで1枚のパネルを目にする。周総理が日本に留学中、中野区内に下宿していた頃の周辺の様子をイラストで再現したものだった▼大正8年ごろ、周総理が同区内に住んでいたことは知られていたが、詳しい住所は分からなかった。それを中野青年部が、総理の発言や資料をもとに粘り強く調査し、下宿先が、東中野にある学会の中野文化会館近くだったと特定したのだ▼周秉宜氏は「青年部の皆さんは、一つの物事に対して手を抜くことなく真面目に取り組まれた。そこに周総理や中日友好、平和に対する誠実な心を痛切に感じた」と。周桜が咲き誇る中、創大生と共に、池田思想を学ぶ若き研究者や学生が、その声に耳を傾けていた▼日中の友好がアジアと世界の安定をもたらす。それを託すのは青年しかいない――周総理と池田先生の心は、確かに引き継がれていた。(朋)

◆〈寸鉄〉 2017年4月25日

 「強敵が人をば・よくなし
 けるなり」御書。試練よ
 来い!青年は戦って成長
      ◇
 江戸川「師弟勝利の日」。
 東京凱歌の突破口を堂々
 と開け。拡大の大旋風を
      ◇
 国連記念日。平和の為、民
 衆の声を人類の議会に。
 “核なき世界”へ力を結集
      ◇
 親の読書冊数に伴い子の
 読書量も増える傾向と。
 子は鏡だ。共々に挑戦!
      ◇
 高齢者の運転診断行う教
 習所が増加。私は大丈夫
 と過信せず、上手に活用

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十七 (6055)
 


 十一月十六日、創価学会創立四十九周年を記念する本部幹部会が、東京・巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
 講堂の立つ豊島区には、初代会長・牧口常三郎と第二代会長・戸田城聖が軍部政府の弾圧によって投獄された東京拘置所があった。牧口は、ここで殉難の生涯を終えたのだ。
 戸田記念講堂は、その場所にも近く、両先生の死身弘法の精神をとどめる創価の新法城として工事が進められ、この年の六月に完成したのである。しかし、山本伸一が会合に出て指導することは制約されており、彼は落成式への出席を控えた。
 そうしたなかでも、講堂のオープンに尽力してくれている方々を讃え、御礼を述べようと、式典の前日に講堂を訪れ、同志と語らい、励ましたのである。以来、折々に、ここに足を運んでは、地元・豊島区や隣接する北区の同志、全国各地から集って来たメンバーと懇談を重ねたのだ。
 伸一は、先師の殉難の地である豊島区から、東京勝利の広布の大波を起こそうと決意していた。戦い抜こうという一念があれば、いかなる状況にあろうが、戦うことはできる。鉄格子の中でさえ闘争の道はある。投獄された牧口は、取り調べの場にあっても、堂々と創価の正義を語り説いている。
 御聖訓には「大悪を(起)これば大善きたる」(御書一三〇〇ページ)と仰せである。初代会長の殉教という「大悪」が起こったがゆえに、広宣流布の大勝利という「大善」が必ず実現できる道が開かれたのだ。
 しかし、ただ傍観しているだけでは、事態を転じていくことはできない。断じて、「大悪」を「大善」に変えてみせるという、決意と確信と勇猛果敢なる実践が不可欠となる。まさに、人の一念、人の行動こそが、御書の仰せを現実のものとしていくのである。
 伸一は今、彼を封じ込め、仏意仏勅の広宣流布の団体である学会を崩壊させようとする策謀のなかで、必ず突破口を開こうと、懸命な戦いを開始していた。

【聖教ニュース】

◆ブラジルでラテンアメリカ教学研修会 
 人間尊厳の暖流を世界へ
 池田先生がメッセージ 中南米9カ国の友が参加

ラテンアメリカ教学研修会では、森中SGI教学部長の担当で、世界広布新時代に生きる使命や「創価学会仏」の意義などについて学んだ(ブラジル池田文化会館で)
ラテンアメリカ教学研修会では、森中SGI教学部長の担当で、世界広布新時代に生きる使命や「創価学会仏」の意義などについて学んだ(ブラジル池田文化会館で)

 【サンパウロ22日】世界広布新時代第4回「ラテンアメリカ教学研修会」が21、22の両日(現地時間)、サンパウロ市のブラジル池田文化会館で開催され、中南米9カ国のSGI(創価学会インタナショナル)の代表500人が出席した。これには、池田大作先生が万感のメッセージを寄せ、「誠実と信念の振る舞いで、縁する人を大切にし、社会に貢献していくことが、法華経の修行の肝心」であると強調。“人間尊厳の暖流”で、いやまして人々の心を温め、世界に友情と平和の絆を結び広げていこうと呼び掛けた。研修会の模様は、ブラジル全土315会場にもインターネットで同時中継され、約8000人が参加した。(記事・写真=制野大介)
 “私たちこそ、世界広布新時代を担う主体者だ!”
 “さあ、最高峰の仏法哲学を学ぼう!”
 皆が、この日を待ちわびていた。
 司会の第一声が響くやいなや、参加者が一斉に立ち上がる。あふれる思いを抑えきれないとばかりに、歓声と大拍手が、しばし鳴りやまなかった。
 歓喜と情熱みなぎるラテンアメリカ教学研修会の開講式。
 ブラジルSGIのエンドウ教学部長、ヒラノ婦人部長のあいさつの後、コウサカ理事長は「一人一人が“我こそ地涌の菩薩”と使命を自覚し、勇気と信念の前進を開始する好機に」と念願した。
 研修会では森中SGI教学部長の担当で2日間にわたって講義が行われ、「聖人御難事」「四条金吾殿御返事(此経難持御書)」「立正安国論」等を研さんした。参加者は、世界広布新時代と地涌の使命を確認。信心根本に、いかなる逆境にも屈せず、各国の社会に生命尊厳の思想を打ち立て、世界平和を築きゆく誓いを深め合った。
 会場で真剣にメモを取り、ひときわ目を輝かせながら講義を聴いていたのは、中南米8カ国から集った11人の女子部の友だ。
 中南米各国の広布拡大の主役は女性。中でも女子部の活躍が目覚ましい。
 ボリビアのミッシェル・バルガス・バネガスさん(圏女子部長)は、少女部の時に鼓笛隊のポンポン隊の一員となり、11歳から縦笛やフルートを担当。
 人間関係に悩む時もあったが、音楽や笑顔で池田先生の心を表現する鼓笛隊の実践の中で自身が磨かれたと実感する。その後、白蓮グループとしても、任務を通して責任感や目の前の一人を大切にする精神などを学んだ。
 現在、大学で国際関係学を専攻。アメリカ創価大学の大学院進学を目指し勉学に励む。夢は会社の起業だ。先月、友人に弘教。来月にも別の友人が入会予定というバルガス・バネガスさん。「まず自らが師弟に生き抜き、ボリビアの地に師弟不二の人材のスクラムを築きます」と意欲を燃やす。

◆原田会長を中心に団結の各部代表者会議 「命限り有り惜む可からず」

 世界広布新時代第42回の各部代表者会議が24日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、冒頭、初代会長・牧口常三郎先生が「従藍而青(青は藍より出でて、しかも藍より青し)」との言葉を好み、優秀で力ある人材群が澎湃と躍り出てこそ創価の世界である、と期待されていたことを紹介。
 頼もしく清々しい「従藍而青」の青年が集い、一段と勢いを増しゆく広布の前進を祝福した。
 次いで、創価青年大会が中部から始まり、次は北海道と茨城で予定されていることに触れ、男女青年部の目覚ましい成長を賞讃。温かく祈り、見守り、応援する壮年部・婦人部の友に心から感謝した。
 さらに、「立宗宣言の日」「創価学会の日」を前に、心新たに生命に刻みたいと述べ、「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(御書955ページ)の一節を拝読。
 日蓮大聖人が最晩年、現在の大東京にあたる武蔵国の池上邸に歩みを運ばれ、「立正安国論」の講義をなされたお振る舞いは、この「立正安国」の大精神の真髄を創価の師弟に託されたものと、拝されてならないと強調。
 事実、牧口先生は不惜身命で戦い抜かれ、ここ東京の天地で崇高な殉教を遂げられたのであり、誉れの門弟である我らは、断じて「立正安国」の大闘争を貫き通すのみであると力を込めた。
 続いて「娑婆世界は耳根得道の国なり」「是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり」(同415ページ)を拝し、「正義の信念の声、民衆の団結の声ほど、強い力はない」「我らが勇敢に語った分だけ、仏縁が広がり、諸天が動き、功徳が積まれる」と力説。
 異体同心で「声仏事を為す」(同708ページ)挑戦を貫く尊き創価家族の健康・無事故・大福運を念願しつつ、“広布の大歓喜の金字塔を断固と打ち立てよう!”“学会のリーダーは「死身弘法」の御聖訓を忘れず、一切の戦いの原動力たれ”と呼び掛け、メッセージを結んだ。
 原田会長は、「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)を拝しつつ、必死の祈りが壁を破る原動力であると強調。師弟の月・7月へ、全同志の団結で、拡大の歴史を残そうと訴えた。
 また長谷川理事長、谷川主任副会長、竹岡青年部長があいさつ。本社写真局の伊藤政明副主任が取材報告を行った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 相手を信じ 粘り強い関わりを   
養護教諭 加藤まり子
 生徒と気持ちを通わせ 真心と慈愛の励まし
 長所をほめて伸ばす      
 


 近年の社会環境や生活環境の急激な変化は、子どもの心身の健康に大きな影響を与えています。それは、生活習慣の乱れだけにとどまらず、いじめや不登校、性に関する問題、薬物乱用、アレルギー疾患、感染症など、さまざまな健康上の問題を生じさせ、深刻さを増しています。
 こうした中、学校の保健室では昨今、けがや体調不良などによる対応以上に、心のケアを求められることが多くなっています。
 私は長年、県立高校の養護教諭を務めてきました。養護教諭とは、いわゆる“保健室の先生”です。現在も、思春期真っただ中の高校生と、さまざまな課題に向き合っています 私が養護教諭の仕事を一生の仕事とし、44年間も続けることができたのは、高校時代の担任、N先生との出会いがあったからです。
 当時のわが家は、経済的にとても大学に進学できる状況ではありませんでした。そのため、卒業後の進路は就職とし、就職先も、ほぼ決めていました。
 ところが、夏休みのある日曜日、N先生が、わが家を訪問し、両親に向かって、「大変だとは思いますが、何とか大学受験をさせてあげてください」と、深く頭を下げられたのです。この担任の一人を思う真心の行動のおかげで、私は進学し、養護教諭となることができたのです。

自信を取り戻し志望の大学に合格


 長い教員生活の中には、さまざまな生徒との出会いがありましたが、親の期待に応えたいと、けなげに頑張る子が、思うような結果が出せず苦しむケースが、しばしばありました。
 当時、3年生だったC君は、3年に進級した頃から体調不良を訴え、保健室に来室することが多くなり、遅刻や欠席が目立つようになりました。
 2学期に入り、本人は努力を続けるものの、一向に上がらない成績に自信をなくし、学習面での自信喪失が生活全般に影響していきました。
 学習意欲が低下し、家にいる時は常にパソコンの前から離れることができず、昼夜が逆転し、生活は乱れていきました。
 私は、まずC君の気持ちに寄り添いながら、彼に「つらくなった時は、いつでも保健室へ来ていいよ」と声を掛けました。そして、担任や学年主任等と連携し、学習面でのサポート体制を取っていただくよう、お願いしました。
 その一方で、わが子の変貌ぶりに憔悴しきった母親への支援も必要でした。徹して母親の話にも耳を傾けるようにしました。
 C君は、保健室を出たり入ったりの日々が続きましたが、私は焦らず、本人の可能性を信じて粘り強く見守りました。
 2学期後半になると、C君の気持ちも安定し、笑顔が戻り、生活も改善していきました。そして、自らの進路について、どの大学で何を学びたいか、自らの意思を語るまでになり、両親の応援を得て、志望校への合格を果たしたのです。教師に望まれる理想の接し方
 創価学会教育本部では、教育部員による3000事例の教育実践記録を分析し、教師に望まれる児童・生徒への関わり方を五つ、抽出しました。
 その五つとは、①「信じぬく」②「ありのまま受け容れる」③「励まし続ける」④「どこまでも支える」⑤「心をつなぐ」というものです。
 池田先生は、この五つの関わりを通して、「信頼できる大人が見守り、励ましてくれることは、子どもたちに安心と向上をもたらしていきます」と述べています。私も、このことを自身の子育てを通して痛感しています。
 娘は、幼少時から、まじめな性格で手のかからない子でした。しかし、中学1年の頃から勉強に身が入らなくなり、なんとか高校には進学したものの、成績は全く振るいませんでした。私は娘の顔を見るたびに、注意や小言ばかり言っていました。
 そうした中、思わぬ出来事が起こりました。娘が親に相談なく、当時、流行していたポケベルを身に着けるようになったのです。追及する私に娘は、「お母さんに相談しても反対されるだけ。私の気持ちなんか、分かってもらえない」と言ったのです。
 私は、自身の子育てを振り返りました。娘の気持ちを考えず、親の“物差し”で娘に接していたこと。さらに、努力したことも、ほめようとせず、“もっと頑張って”と、結局はプレッシャーをかけていたこと。どれも親の“エゴ”でしかないことに気付いたのです。
 私は深く反省し、娘に詫びました。こうした経験から、学校でも家庭でも、子どもの長所を見つけてほめ、それを伸ばしていく関わりを強く意識するようになりました。

その人の個性・特質を発揮させる


 仏法は、一人一人がありのままの姿で、最高に輝いていく生き方を教えています。その原理が、「桜梅桃李」という考え方です。
 桜梅桃李とは、桜も梅も桃も李も、それぞれ趣深く、素晴らしい特性・個性があり、その特性・個性を開花させるということです。人も同じであり、一人一人が、それぞれ他の人にはない固有の特質・個性を持っていて、それを発揮して生かしていこうとする考え方のことです。
 「御義口伝」には「桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見す」(御書784ページ)と示されています。春になると、桜、梅、桃、李が、それぞれ色や形、香り等の特質を改めることなく、ありのままで見事に咲き薫ります。その姿が、成仏に譬えられているのです。
 私は、仏法のこうした教えを心に刻み、生徒一人一人の持つ可能性、個性を伸ばしていく関わりを続けてきました。生徒が、自分らしさを開花させるためには、周囲にいる私たちが粘り強く関わってその個性を光らせていく努力が欠かせません。
 私が、指針としてきた池田先生の教えがあります。それは、子どもは教師や親の所有物ではなく「人類共有の宝」であるという“尊敬の心に基づく教育”を呼び掛けられた言葉です。
 未来の宝を育む思いで、これからも目の前の一人を大切にし、生徒の幸せのために力を注いでいく決意です。

 【プロフィル】かとう・まりこ
 短期大学を卒業後、愛知県の公立高校で養護教諭を務め、現在に至る。1971年(昭和46年)入会。婦人部副本部長。中部女性教育者委員長。

〈コラム〉 一人一人が宝

 未来に伸びゆく子どもたちこそ、尊い宝です。法華経には「宝聚」との言葉があります。「宝聚」は「宝珠」とも書きます。
 法華経以外の経典では、二乗(声聞・縁覚界の衆生)は成仏できないとされました。これに対し法華経は、二乗を含めてあらゆる衆生が成仏できることを教えています。
 数多くの衆生が集う法華経の説法の会座で、声聞の代表が、二乗の成仏を説く釈尊の説法を理解し、無上の宝を得た喜びを次のように述べます。
 ――仏は、声聞の衆生が成仏すると説かれた。「無上の宝聚は 求めざるに自ずから得たり」(法華経224ページ)と。
 無上の宝珠は、もともと私たちの生命にあり、生命それ自体が尊い妙法そのものなのです。
 仏法は、あらゆる人の生命の計り知れない尊さを教えているのです。

◆〈信仰体験〉 わが子は最高の親孝行 2017年4月25日


 【東京都立川市】「満開の桜の下を笑顔で歩ける日が来るなんて、想像すらできませんでした」
 森下誠子さん(59)=池田支部、婦人部副本部長=は、夫・憲次さん(67)と共に、3人の子育てに悩み抜いてきた。

◆〈信仰体験〉 地区婦人部長は理学療法士 2017年4月25日


 【石川県金沢市】「座る、立つ、歩く、食べる、トイレに行く。日常生活の当たり前の動作を少しでも取り戻せるよう、患者さんをサポートするのが理学療法士の仕事です」――。

◆〈壮年部のページ〉 地域広布の拡大は「一人」から始まる


 地域広布は、誓いの一念を定めた「一人」の挑戦と前進から始まる。今回の「壮年部のページ」では、今いる場所で信頼を広げる友の活躍を追う。

2017年4月24日 (月)

2017年4月24日(月)の聖教

2017年4月24日(月)の聖教

◆今週のことば


広布は「対話」で進む。
動けば境涯が開かれる。
語れば仏縁が広がる。
勇んで打って出て
「心の財」を共々に!

◆〈名字の言〉 2017年4月24日
 

 東日本大震災の直後、しばしば「サプライチェーン」という言葉を目にした。ある製品が、原料の段階から消費者に届くまでの一連の工程をいう▼震災時、さまざまな企業活動で、サプライチェーンが寸断され、経済に大きな打撃を与えた。そうした反省から、「BCP(事業継続計画)」と呼ばれる取り組みが各企業で始まった。自然災害などに見舞われても、事業の早期復旧を可能とするために、緊急時における事業継続の方法などを決めておく計画のことだ▼BCP策定における大きな課題の一つは、サプライチェーンを構成する企業間や地域内、業界内の「連携」だという。それぞれの企業の取り組みと同時に、防災・減災のネットワークを広げることは、社会全体の「レジリエンス(回復力)の強化」にも寄与する▼災害は、人間と社会の“つながり”を断ち切る。災害に強い社会づくりの核は、この分断に対抗する力を、あらゆる分野で強めていくことだ。そのためには、企業・団体であれ、個人であれ、普段から防災意識を共有することが欠かせない▼御書に「賢人は安きに居て危きを歎き」(969ページ)と。最悪の災害を想定し、さまざまな次元で備える。その地道な努力が必要なのは平時――すなわち、「今」である。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年4月24日
 

 第3代を中心に団結せよ
 ―戸田先生。永遠に師と
 共に。5・3へ誓い新た
      ◇
 君の一歩こそ新しい人間
 たちの起床―詩人。まず
 自分が。一人立つ挑戦を
      ◇
 さあ地区協議会。明確な
 目標を掲げて心一つに。
 痛快な勝利劇をここから
      ◇
 歩くことで内臓や認知の
 機能は活発化と。広布に
 歩む人生に健康と充実が
      ◇
 引き続き流感に注意を―
 厚労省が呼び掛け。嗽や
 手洗いを励行。油断なく

◆社説   学生部新指導集が完成  「先駆の誇り」胸に変革へ行動


 新入生を迎えた春の大学キャンパスで、学生たちが清新な決意で学業に励んでいる。送り出してくれた父母の思いを胸に、最高の鍛えの青春をと祈る。
 男女学生部では今春、各地で新入生歓迎大会を開催。新たな力と共に、部の結成60周年となる「6・30」へ前進する。
 この時に合わせ、学生部の新指導集『先駆の誇り』が完成し、発刊された。指導集には、池田先生の折々の指針がテーマ別にまとめられ、随筆や長編詩、海外大学講演等を収録。また、学生部時代に心に刻むべき御聖訓20選も収められている。人生の土台を築く学生部員にとって、必携の書となろう。
 池田先生は、「発刊に寄せて」を贈り、「一閻浮提広宣流布という永遠の人間共和の大建設を、私は全世界の創価家族と共に、すべて『先駆の誇り』の学生部に託したい」とつづっている。結成以来、師の期待は、一貫して変わらない。
 何のために学ぶのか――。「夕張炭労事件」「大阪事件」という民衆を抑圧する権力との攻防戦の真っただ中で誕生した学生部は、社会のリーダーへと成長し、人類の幸福に寄与していく使命を忘れてはならない。
 インド独立の父であるマハトマ・ガンジーは「学んだことの真価は、行動によって判断されます」(M・K・ガンジー著、片山佳代子編訳『ガンジーの教育論』星雲社)と語った。
 また先日、学生部代表との対談で作家の佐藤優氏は、時代の転換点には、確かな哲学を持った若者が立ち上がってきたと言及。そして、抽象的な観念論に終始しては意味がない。社会変革のためには、内発性・自発性にみなぎる具体的な行動が欠かせないと述べ、創価の学生の前途に期待を寄せた。
 最高学府に学ぶ学生部は、誰もが幸福になる社会構築のために、徹して学び、行動を起こしてほしい。
 東京・荒川区に住む学生部員は、学生部結成当時の池田先生の闘争を学び、自身も庶民の幸福に尽くす生き方をと決意。勉学に励み、友人への対話にも率先して挑んだ。そして先月、難関の国家試験に合格。東京をけん引する対話拡大も成し遂げた。一人の学生の決意と行動は波動となっていく。
 学生には、みずみずしい感性とほとばしる情熱がある。それこそが、閉塞感漂う社会をも変革しゆく行動の原動力となろう。新指導集を手に、普賢菩薩のごとき知性光る男女学生部が、全国で対話拡大の先頭を走りゆくことを念願する。

◆きょうの発心  調布に広宣勝利の金字塔を!2017年4月24日

御文
 浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384ページ・編22ページ)
通解 浄土といい穢土といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ我らの心の善悪によるのである。

 浄土、穢土といっても二つの国土があるのではなく、衆生の心の善悪によって決まる、との仰せです。
 
 社会人1年目の時、思うように営業の結果が出ず、繁華街に繰り出す毎日。全ての原因を環境のせいにして、わずか3年で辞職してしまいました。
 そんな時、学生部時代に先輩から、「信心の基本だからしっかり暗記するように」と、この御文を教わったことを思い起こし、自身の姿勢を猛省。真剣な唱題に挑戦し、辞職から3日後に再就職することができました。
 十数年の勤続を経て、意を決して起業するも失敗。苦闘は続きましたが、信心根本に挑戦を続けた結果、現在の会社に就職することができたのです。
 小説『新・人間革命』で池田先生は、「題目を唱えていけば、自分が変わります。自分が変われば、環境も変わる」とつづられました。この指導を胸に、日々の仕事と学会活動に全力で取り組んでいます。
 “調布から正義の火の手を上げよ!”との師の期待に応え、広宣勝利の金字塔を打ち立ててまいります。  東京・調布本陣区長 小松勝弥

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十六 (6054)

 


 若い力が育てば、未来は希望に光り輝く。
 九月の創価大学の訪問で山本伸一は、試合を控えたラグビー部のメンバーや、野球部、卓球部の代表とも記念のカメラに納まった。
 十月には、創価大学の体育大会に臨み、閉会式であいさつした。社会にあって、あらゆることに対応していくために、学生時代に基本を徹して身につけていくよう、力を込めて訴えたのである。
 人生の価値創造のためには、崇高な使命を自覚することが大切である。そして、その使命を果たしていくには、基本をしっかりと修得していくことが不可欠であるからだ。
 さらに、東京創価小学校の運動会や、いもほり大会にも参加した。
 創価学園の寮を訪ね、寮生、下宿生との懇談も行った。ここでは、一人ひとりが「光る存在」になってほしいと語った。「光る存在」とは、人びとを励まし、希望、勇気を与える人のことである。
 また、十一月の二日には、創価大学の「創大祭」に、三日には、創価大学の卒業生の集いである「創友会」の総会に出席した。
 伸一には、“創価大学、創価学園の出身者は、民衆の幸福、世界の平和の実現のために、必ず二十一世紀の大空に羽ばたいてくれるにちがいない”との大きな期待と強い確信があった。そのメンバーが、自らを磨き鍛え、大成長している姿を見ると、元気が出た。勇気が湧いた。
 「創友会」総会に集った一人が、声を弾ませて報告した。
 「先生。私たちは、確認し合いました。
 『もう創立者に決意を述べている時代は終わった。これからは、“実際に、こうしました。こうなりました”と、結果をもって集う実証の時代である。それが、弟子が立つということである』と」
 伸一の顔に笑みが浮かんだ。
 「そうか。嬉しいね。みんなが創立者の自覚で道を開いていくんだ。それが、わが創価教育の栄えある伝統なんだから」

【聖教ニュース】

◆中部文化センターがオープン 
 永遠の指針「広布の堅塁・中部たれ」50周年記念
 池田先生と築いた民衆の大城 共戦の歴史伝える常設展示を設置

誉れの中部広布史を伝える常設展示を来場者が観賞。「この素晴らしい会館から、師弟の心を語り広げていきたい」などの声が聞かれた(22日、中部文化センターで)
誉れの中部広布史を伝える常設展示を来場者が観賞。「この素晴らしい会館から、師弟の心を語り広げていきたい」などの声が聞かれた(22日、中部文化センターで)

 池田大作先生が中部の同志に贈った永遠の指針「広布の堅塁・中部たれ」の発表(1967年〈昭和42年〉7月10日)から50周年となる本年。中部に平和と文化を発信する新法城が誕生した。これまで婦人部・女子部に親しまれてきた中部国際女性会館をリニューアルし、「中部文化センター」として、22日にオープン。併せて、先生と中部の広布史を伝える常設展示が設置された。
 晴れ渡る青空に映える名古屋城。その威容を間近に望む地に、中部文化センターが装いも新たに開館した。
 1階正面の玄関を進むと、常設展示室「ワールドホール」が広がる。場内に掲げられた2枚の大きな展示パネルが、来場者の目に飛び込んでくる。
 1枚目のタイトルは「池田先生と“民衆の城”」。先生ご夫妻が中部国際婦人会館(当時)を2度訪問した模様を紹介している。
 初訪問は1996年(平成8年)3月。先生は、“ここに集う人が、一人も残らず幸福に”と語り、「一人一人が広布の『城』となり、『堅塁』となって、全日本、全世界の模範の中部、そして愛知を築いていただきたい」と念願した。
 2度目は、98年(同10年)11月。フィリピン・リサール協会のキアンバオ会長一行を迎え、会見を行った。
 先生が「ここから名古屋城が、よく見えるんです」と語ると、キアンバオ会長は答えた。「向かいには、歴史の城。こちらは美しき“民衆の城”――素晴らしい配置ですね」「学会には、たくさんの会館があります。それは、民衆の真心で、民衆がつくった『平和のセンター』です。出発点は民衆――この一点に、私どもは学びたい」と。
 続く2枚目のパネルは「池田先生と“幸の対話”」。先生が名古屋城周辺で、青年部や未来部の友らと語らう場面を紹介。また師弟共戦で築いた、中部広布の貴重な特別映像も上映されている。
 2階は「KENRUIホール」。企画展示やイベントスペースとして活用される。
 3階は中部国際女性会館として、礼拝室や会議室などが設置。
 地下1階には休憩・懇談ができるスペースのほか、キッズルームも備える。
 22日午前のオープニングセレモニーは、総愛知婦人部「仲良合唱団」の歌声で華やかにスタート。
 松波中部婦人部長、沼倉婦人部書記長のあいさつの後、平山中部長は、「『広布の堅塁・中部たれ』の発表から50周年の夏へ、拡大に次ぐ拡大で、堅固な師弟の城、人材の城、民衆の城を打ち立てよう」と呼び掛けた。
 同日午後には会館周辺の町内会長をはじめ、地域の友らを招き、見学会を行った。
                                                                           ◇ 
 【案内】開館時間=午後0時30分から同5時まで(入場は同4時30分まで)。休館日=毎週水曜日、年末年始。所在地=愛知県名古屋市西区堀端町6の14。※入場無料。

【先生のメッセージ】

◆本部幹部会で紹介された池田先生の指針
 広宣流布は立正安国の言論戦
 勇気こそ青年の魂 攻めに攻めて勝て
 義経のごとく破邪顕正の大攻勢を
 陰で戦う友に心から感謝
 
第44回本部幹部会・東京総会の席上、池田先生と周恩来総理の会見30周年を記念し、中国の天津市文化局と天津彩塑(さいそ)工作室から会見を再現した像が贈られた(2004年12月9日、東京牧口記念会館で)
第44回本部幹部会・東京総会の席上、池田先生と周恩来総理の会見30周年を記念し、中国の天津市文化局と天津彩塑(さいそ)工作室から会見を再現した像が贈られた(2004年12月9日、東京牧口記念会館で)

 「SGI春季研修会」「聖教新聞配達員大会」の意義を込めて行われた「世界広布新時代第25回本部幹部会」(15日、巣鴨の東京戸田記念講堂)の席上、「第44回本部幹部会」「東京総会」(2004年12月)での池田先生のスピーチ映像が上映された。対話拡大にまい進する友の指針として掲載する。

 一、それは56年前、1948年(昭和23年)の12月9日のことである。
 周恩来総理と、夫人の鄧穎超先生は、創立して間もない大学に足を運ばれた。
 現在、学会青年部も交流を結んでいる名高い人材の城「中国青年政治学院」である。その学生たちは、自らつくり上げた歌劇を披露し、周総理ご夫妻を真心から歓迎した。
 総理ご夫妻は、青年たちの真心をがっちりと受け止められた。そして、演技が終わると、ご夫妻は、すぐに舞台裏に駆けつけ、一人一人と固い握手を交わされたのである。
 楽団の隅のほうで、健気に銅鑼を鳴らしていた女子学生には、こう激励された。
 「目立たない陰の使命こそ大切です。どうか、無名の英雄として光っていってください。陰の使命に徹してこそ、表舞台で活躍できるのです」と。
 映画の名場面のような美しい光景である。
 一、周総理は、常に、陰の労苦に光を当てておられた。
 陰で苦しみながらも、頑張っている人、真剣に戦っている人――そういう人に励ましを送ることを忘れなかった。指導者として、大変に重要なことである。全指導者が模範とすべき姿勢である。

尊き無冠の友


 一、先ほども話があったと思うが、広布の陰の功労者の方々に、私からも、心から御礼を申し上げたい。
 なかんずく、“無冠の友”の配達員の皆さま方に、最大の感謝を捧げ、賞讃を送りたい。
 私も、かつて新聞配達をした。皆さまの苦労はよく分かる。朝早くから――寒い日も、雨の日も、雪の日も――毎日毎日、広宣流布のために行動されている最高に尊い方々である。
 諸天善神も、仏菩薩も最大に讃嘆し、守ってくださる。これが妙法である。
 私たちは、配達員の皆さまに最敬礼し、「朝早くから、本当にご苦労さまです」「くれぐれも、お体を大切になさってください」と心から感謝していきたい。
 友の労苦を、決して当たり前と思ってはならない。感謝やねぎらいの言葉も言えないのは、人間として最低である。
 一、また、尊き個人会場を提供してくださっているご家庭に対しても、「いつもいつも、本当にお世話になります」と、最大に感謝したい。
 個人会場を提供しておられる方は、いらっしゃいますか?〈会場から「ハイ」と挙手が〉
 いつも、ありがとう!
 「親しき中にも礼儀あり」である。使わせていただく私たちは、会場を掃除するのはもちろん、すみずみにまで配慮し、心をこめて御礼を申し上げていかねばいけない。
 大きなことだけではない。こうした小さな、身近な振る舞いのなかに仏法はある。「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)なのである。
 広布のために会場を提供してくださる方々に、迷惑をかけるようなことがあっては絶対にならない。
 良識豊かに、わが家と同じように、いな、わが家以上に大事にしていくよう、幹部から率先して取り組んでいきたい。
 ともあれ、個人会場を提供してくださっているご家庭は、御聖訓に照らし、子々孫々まで大宮殿に生きる境涯となっていく。この誉れを忘れないでいただきたい。

反撃の根性を


 一、戸田先生は、このような言葉も残されている。
 「私の真の弟子であるならば、広布のために、創価のために、最後の最後まで戦い続けよ!」
 たとえ、何があろうと、どんな困難が立ちはだかろうと、「広宣流布」のため、「創価学会」のために戦い抜く。最後の最後まで戦い続ける。それが「真の弟子」である。
 さらに、戸田先生は言われた。
 「悪に対する反撃の根性のない者は、去っていくがよい。中傷批判は、妬みと偏見と嘘八百の策略であることは、天を見るよりも明らかではないか」
 これが、今も昔も変わらぬ方程式である。
 皆さんは、正々堂々と反撃し、論破し、正義を語り抜いていただきたい。
 一、50年前の12月、私は戸田先生から任命され、学会の初代の渉外部長に就任した。〈54年12月13日〉
 戸田先生は、渉外戦の一切の総責任者に、最高幹部ではなく、青年部の私を任命された。私も今、青年部に期待したい。
 ずるさがない。インチキがない。邪智がない。鋭敏にして純粋な心、そして勇気こそ、青年の魂であるからだ。
 私は、渉外部長として、あらゆる人と会い、対話し、突破口を開いた。責任を一手に引き受け、陰で学会を支えていったのである。
 戸田先生は、広宣流布の活動は、最高の渉外戦であり、外交戦であることを教えてくださった。
 人との接し方、礼儀、言葉遣い、そして人の心をつかむ知恵――あらゆる力をつけていける究極の言論戦が、広宣流布なのである。
 私たちは、一人一人が“幸福の大使”“平和の外交官”として進んでまいりたい。
 一、有名な『平家物語』には、源平の決戦に臨む、若き源義経の心意気が謳われている。
 「戦いはひたすらただ攻めに攻めて勝つのが心地よいものだ」(杉本圭三郎訳注『平家物語』、講談社学術文庫)と。
 戦いは、強く攻め抜くことだ。全力を集中させてこそ勝利はある。戦いの根本姿勢は、徹して攻めることである。
 この義経の心意気は、学会精神にも通じる。
 「攻めに攻めて痛快に勝ちまくる」――私たちも、この心で進みたい。
 なかんずく青年部は、「花の義経」のごとく、勢いをもって「破邪顕正」の大攻勢をお願いしたい。

永遠に「本陣」


 一、きょうは、大勝利の東京総会、おめでとう!
 思えば、日蓮大聖人は、ここ東京の天地で、御生涯の総仕上げをされた。現在の大田区池上で最後に講義されたのは「立正安国論」であった。
 大聖人の御一代の弘法は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われる。妙法を掲げ、平和と安穏の社会を築き上げていくのが、私たちの戦いである。
 東京は、永遠に「広宣流布の本陣」である。
 本陣として、「立正安国」の大闘争を勝ち抜かねばならない使命と宿命がある。
責任があり、名誉がある。
 ともに戦おう! 私も東京生まれである。
 一、大聖人は、大東京の団結の鑑であった池上兄弟へ仰せである。
 「たとえ、どんな煩わしいことがあっても、夢だと思って、ただ法華経のことだけを考えていきなさい」(御書1088ページ、通解)
 私たちも、この心で、あらゆる難を乗り越えて、広宣流布へ、まっしぐらに進みたい
 “これ以上ない”という最高の人生を、そして、「充実」と「価値」と「勝利」の、偉大にして朗らかな創価の道を、ともどもに、勇敢に進もうと誓い合い、きょうのスピーチとしたい。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉25 無事故で思い出に残る「大型連休」に 
 勇気の対話が信義の絆を結ぶ
 都議会公明党の「人にやさしい街づくり」
 

 原田 先日、日中国交正常化45周年を記念する、「中国国家京劇院」の民音公演を、各国の大使や大使館関係者の皆さんと鑑賞してきました。大変に素晴らしい内容で、大きな感動を呼んでいました。
 志賀 京劇といえば、中国の古典演劇の一つで、唱(うた)、念(せりふ)、做(しぐさ)、打(たちまわり)などの技能を駆使する総合芸術ですね。
 伊藤 特に、国家京劇院は、中国文化部の直属で、全土から選抜されたメンバーが在籍しています。
 原田 文化・芸術には、国境を超え、人々を結ぶ力があります。池田先生は“民衆の相互理解を深める文化の交流を!”との信念のもと、民音を創立され、国家京劇院をはじめ、中国では40以上の文化団体と親交を深めてきました。
 志賀 2002年には、国家京劇院が、先生を「中日友好の先駆者、最大の功労者」として、「名誉芸術顧問」に迎えていますね。
 原田 一緒に鑑賞した中国の程永華駐日大使も、「両国の友好のベースである文化と民衆の交流は盤石です。民音は、その重要な懸け橋です」と述べていました。民音創立から54年。先生が、まかれた友情の種は大きく花開いています。

直接会って語らう


 長谷川 さて、ゴールデンウイークが間近に迫ってきました。多くの会員の方々の来訪が予想される、東京・信濃町の総本部でも、皆さまが栄光の5・3「創価学会の日」を晴れやかに迎えられるよう、万全の準備を進めております。
 永石 大型連休は、普段、会うことができない友人や親戚と交流を深める絶好の機会でもありますね。
 原田 小説『新・人間革命』「源流」の章には、1979年2月の、池田先生のインド訪問の様子が描かれています。デリー大学を訪れた先生は、図書贈呈式に臨まれます。席上、メヘロトラ副総長は語ります。“贈書もさることながら、池田先生が、この大学を訪れてくれたという事実そのものに、感謝を覚えるものであります”と。
 長谷川 直接、会って語り、心を通わせていく――これが、深い友情を結んでいく道です。「行動にこそ、人間の真実が表れる。直接、現地に足を運び、出会いをつくることから、友情は芽生え、その積み重ねのなかで、強い信義の絆が結ばれていく」と先生が語られている通りです。
 永石 私たちも、先生が教えてくださった、「対話の道」を勇んで歩んでいきたいと思います。
 長谷川 大聖人が「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書1282ページ)と仰せのように、大切なのは「勇気」です。先生は、勇気とは、「弱い自分、苦労を回避しようとする自分、新しい挑戦を尻込みしてしまう自分、嫌なことがあると他人のせいにして人を恨んでしまう自分など、自己の迷いや殻を打ち破っていく心であり、それが幸福を確立していくうえで、最も大切な力なんです」と言われています。
 原田 事情により、足を運ぶことができない場合もあるでしょう。けれども、重要なのは、「誠実さ」であり、「真心」を伝えることです。会えない場合は、電話でも構いません。
 題目を唱え、勇気を奮い起こし、無事故で、思い出に残るゴールデンウイークにしていきましょう。

ホームドアの設置


 伊藤 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、都議会における
公明党の活躍に、各界から注目が集まっています。
 原田 たとえば、日本盲人会連合会の竹下義樹会長は、「都議会公明党が掲げている『人にやさしい街づくり』というフレーズを聞き、良い言葉だと感じた」「公明党の、その思いの表れが命を守るホームドアやエレベーター、点字ブロックの設置などにつながっている」(公明新聞4月15日付)と語っています。
 伊藤 公明党は、世界一のバリアフリー都市・東京の構築を目指し、先般の都議会でも奮闘しました。具体的には、2017年度、ホームドアとエレベーターを新設する駅の数が、前年から倍になることが決定しました。
 志賀 中でも、公明党は、ホームドアが設置されていない都立盲学校の最寄り駅を優先的に整備すべきだと主張。小池都知事が、「さすが、生活者の視点をもつ公明党ですね」と述べていたそうです。
 永石 ほかにも、高齢者や障がい者の方々が、安全で安心して生活できるよう、歩道の段差や勾配の解消、点字ブロックの整備も推進しています。
 長谷川 学校現場からの要望を聞いた公明党の提案により、公立の小中学校と都立高校のトイレの「洋式化」を強力に推進していくことも決まりました。
 志賀 さらに、「待機児童」の解消を目指し、保育士の待遇改善を図ることが決定しました。一人当たりの賃金補助額を上乗せし、保育士の月給が、幼稚園教諭と同水準の約32万円になります。
 伊藤 公明党が一貫して取り組んできた首都直下型地震の対策においては、「女性視点の防災ブック」が新しく作成されることになっています。
 永石 これには、女性が着替えや授乳をしづらい避難所の運営改善や、液体ミルクの普及・活用などが盛り込まれる予定です。これも公明党の提案に、小池都知事が賛同したことによって実現されるものです。
 原田 皆に語り、誇れる多くの実績を残す公明党は、これからも、一人一人の声に真剣に耳を傾け、都民のための東京改革を全力で進めてもらいたい。

◆第25回本部幹部会から(要旨)活動体験 トーゴSGI イダ・アジェビ議長


 一、トーゴ共和国は、かつて池田先生が長編詩で「西アフリカの真珠」と讃えてくださった通り、広大な自然に囲まれた、とても美しい国です。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 インド創価学会 マンシ・アルン・パンジュワニさん


 幼い頃の私は、両親や友達と衝突を繰り返し、成績も最悪で、追試を受けなければ進級すらおぼつかない劣等生でした。

2017年4月23日 (日)

2017年4月23日(日)の聖教

2017年4月23日(日)の聖教

◆わが友に贈る

創価学会は永遠に
異体同心の団結で勝つ!
全員が主体者として
断固と一人立て!
人間主義の連帯を築け!
◆〈名字の言〉 2017年4月23日 

 人の経歴の8割は偶然の出来事で決まる――スタンフォード大学のJ・D・クランボルツ教授が提唱する学説だ。社会的成功を収めた数百人を調査した結果、8割がその地位を築いた要因に、偶然の出会いなど予期せぬ出来事を挙げたという▼とはいえ、決して“偶然に身を委ねる生き方”を勧めているわけではない。教授は、主体的に行動する中で起こるさまざまな偶然を人生を開く好機にする「計画的偶発性理論」を提唱。成功の鍵として①旺盛な「好奇心」②努力を重ねる「持続力」③前向きに物事を捉える「楽観主義」④固定観念に縛られない「柔軟性」⑤失敗を恐れない「冒険心」を挙げる▼「ああなりたい」「こうしよう」と意思をもって努力することは大切だ。ただ人生は何が起きるか分からない。予想外の何かが起きたとき、“自分が考えていたこととは違う”などと切り捨てず、“新しい人生が開けるかもしれない”と捉えてみる。不断の努力を重ねつつ、目の前の出来事に心を開いておく――その構えがチャンスを呼び込むともいえよう▼池田先生は御書を拝し、「強き信心とは、強力な磁石のように、幸いを万里の外より集める力である」と▼勇んで動けば、思いがけないドラマが待っている。出会いの春。軽快に一歩を踏み出そう。(開)


◆〈寸鉄〉 2017年4月23日

 「日蓮が弟子臆病にては
 叶う可からざる事」御書。
 壁を破れ!勇気の言論で
      ◇
 東京・北区栄光の日。創価
 の北極星よ!拡大で広布
 の未来照らす大金字塔を
      ◇
 三重県婦人部の日。「今日
 も元気で」確信の対話を。
 友情広げる母達に幸薫れ
      ◇
 若いうちに良い本を読め
 ―戸田先生。繙く工夫を
 親子で。子ども読書の日
      ◇
 企業が求む人材、意欲的
 が49%。仕事は三人前の
 心で。社会で光る青年に

◆社説  こどもの読書週間始まる  無限の可能性開く喜び伝えたい

◆きょうの
発心 石川広布の佳節を拡大で荘厳 2017年4月23日
御文 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず (祈祷抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。
 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。
 
 2000年(平成12年)に結婚しましたが、子宝に恵まれないことが何よりの悩みでした。
 当時、青年部のリーダーとして、同じ悩みを抱えるメンバーにも、「絶対に祈りはかなう」と励ましながら、広布の活動に、そして、折伏に率先。5人の友が入会しました。
 夫婦で諦めずに信心に徹し抜いた結果、09年(同21年)に、待望の第1子が誕生。今では未来部の一員として元気に育っています。この体験を通し、信心の確信を深めました。
 池田先生は北陸の同志に、「『誓願』を果たすためには、『勇気』がいる。その勇気の究極の源泉こそが、創価の師弟の精神なのである」と示してくださいました。
 本年は、先生が石川を初訪問されてから60周年の佳節。“師恩に報いる時は今”と決め、拡大の結果をもって荘厳してまいります。  石川総県書記長 表川拓生

【先生のメッセージ】

◆御書発刊65周年 行学の二道を歩む喜び


 御書は、全人類に
 「冬は必ず春となる」と示し切った
 「希望の経典」である。
 「命こそ第一の財なり」と断ずる
 「生命尊厳の経典」である。
 「立正安国」の道を開いた
 「平和の経典」である。
 「正義は邪悪に勝つ」ことを
 説き切った
 「勝利の経典」なのである。
   
 教学の深化は、信心をさらに深め、
 自分自身の使命の自覚を促し、
 広宣流布に生き抜く闘魂を
 燃え上がらせてくれるものだ。
 信心は常に戦いだ。
 日々、臆病や惰性、慢心など、
 自らを不幸にする
 己心の魔との戦いだ。
 教学とは、精神闘争の武器であり、
 自己錬磨の明鏡である。
   
 一行でも、一節でもいい。
 日々の生活と広布の戦いの中で、
 御書を拝していくことだ。
 御書を「わかろう、わかりたい」と、
 一生懸命、努力することだ。
 真剣であれば、
 毛穴からでも入っていく。
 頭でわかるのと、
 信心でわかるのとは違う。
 自らの身に当ててみて、
 「ああ、このことだったのか」と、
 わかる時が必ず来るのだ。
   
 日蓮大聖人は、私たちに
 仏道修行の根本の軌道を
 示してくださった。
 「行学の二道を
 はげみ候べし」(御書1361ページ)
 学ばなければ、
 人びとを納得させられない。
 実践の伴わない教学は、
 自身の成長にも、
 社会の変革の力にもならない。
 「行」と「学」の両輪――
 この実践の教学こそが
 学会の伝統である。
 


  高原の空の彼方に、そびえ立つ浅間山。その雄姿に向かって一本の道が延びる。広宣流布という栄光の峰へ、真っすぐに進む創価の師弟の軌跡のように――。昨年8月、池田大作先生が長野を訪問した折、撮影した一枚である。
 今月28日は、『日蓮大聖人御書全集』の発刊から65周年。同書は、第2代会長・戸田城聖先生が発願し、池田先生をはじめ弟子たちが編さん・校正作業などを担った「師弟不二の結晶」である。これまでに英語、中国語、スペイン語など、10言語以上に翻訳。世界中に「行学の二道」を歩む喜びが広がる。
 池田先生は「『行学の二道』が、試練を勝ち越える力となる」と。行き詰まった時こそ、御書を開こう。そこから、宿命転換の勝利劇は始まる。

【聖教ニュース】

◆南米 アルゼンチン ティエラデルフエゴ州 池田先生に「傑出した人物」証

 
ティエラデルフエゴ州のベルトネ知事(前列中央)から池田先生への「傑出した人物」証が。SGIと同州が展示などを共催で行うことが記された決議書も託された(ウスアイア市内で)
ティエラデルフエゴ州のベルトネ知事(前列中央)から池田先生への「傑出した人物」証が。SGIと同州が展示などを共催で行うことが記された決議書も託された(ウスアイア市内で)

 南米アルゼンチンのティエラデルフエゴ州から、池田先生に「傑出した人物」証が贈られた。世界平和への間断なき貢献をたたえたものである。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・墨田区  “師と同じ道を”朗らかに

   
隅田川に架かる桜橋で、青年部の代表が誓いのカメラに(16日)                                                                          
世界一の自立式電波塔・東京スカイツリーの隅田川に架かる桜橋で、青年部の代表が誓いのカメラに(16日)

五月の空に先駆の誉れ


 世界一の自立式電波塔・東京スカイツリーの開業から、来月で、はや5年を迎える。
 本年は墨田区の誕生から70年。大相撲や花火大会はじめ、豊かな下町情緒に彩られる庶民の都は、東京の一大観光拠点として、さらに存在感を増している。
 “将来、ここが世界の中心になるよ”――。若き池田先生は、この地で広布に駆け、未来の発展を展望した。
 「“先生は、この道も通られたんだよ”。草創の先輩から教わるたびに、路地一つとっても先生の息遣いを感じます」
 そう語るのは、墨田戸田区の女子部長を務める中込里美さん。生粋の墨田っ子だ。
 区内の病院に理学療法士として勤務。病気やけがの回復をサポートし、患者のリハビリを支える。
 中には、体が思うように動かない現実を受け入れられず、周囲に当たる人もいる。
 ベッドから動くことができず、何を話しても無表情でうなずくだけの患者もいた。
 白蓮グループなどでの活動を通して、相手の側に立つ姿勢を学んでいた中込さん。不安な心に寄り添おうと、祈りを重ねた。
 やがて、その人は、かたくなに拒み続けていた“座る練習”ができるように。「ありがとう。あなたに診てもらえてよかった」。その一言が、何よりうれしい。
 中込さんは「体のリハビリとともに、心のリハビリが大切です。真心は必ず通じる。毎日、そう実感します」と語る。“相手は自分を映す鏡”と決めて、日々の学会活動で心を磨く。
 「大好きな墨田を、もっと暮らしやすい街に!」と、地域でのリハビリ支援にも心を尽くす。
                                                                   ◇ 
 スカイツリーがある押上駅から1駅、京成曳舟駅を出て歩くと、焼きたてのパンの香りが漂う。
 高橋聖一さん(墨田戸田区、男子部副本部長)が、妻・実香さん(白ゆり長)と営むパン屋「オットポン」。ひっきりなしに客が訪れ、思い思いのパンをトレーにのせていく。開放感のある店内はバリアフリー設計だ。
 パン作りの専門学校を卒業し、高橋さんは都内のベーカリーで腕を磨いた。男子部の先輩の激励に奮起し、学会活動にも挑戦。同級生に弘教を実らせ、2人で一緒に牙城会大学校へ入校した。
 それまで漠然と向き合っていたパン作りにも身が入る。「細かいところにどこまで気を配れるか。そこでパンのおいしさが決まります。どの工程も工夫のしがいが、いくらでもある。毎日が発見です」
 開店はスカイツリー開業と同じ2012年。最初は飛ぶようにパンが売れたが、その後、客足が遠のく。「もう無理か」と諦めそうになるたび、同志が激励に来てくれた。
 やがて駅前の再開発で住民が増加。パンの評判も徐々に広まり、苦境を脱することができた。
 パン屋の朝は早い。かまどの火を午前4時に付け、5時半には最初のパンを焼き上げる。夜明け前の町を歩きながら、高橋さんは広布の誓いを燃やす。多忙を言い訳にすることなく、活動にも全力。これまで7人に弘教を実らせた。
 若き池田先生が踏み締めた墨田の道。同じ道を進む友の胸には、後継の誓いが脈打っている。

栄光の共戦譜

 全同志の希望の指標であり、世界が慶祝する「5・3」。その源流は、ここ墨田にある。
 1951年(昭和26年)5月3日、墨田区内で行われた第2代会長就任式の席上、戸田先生は75万世帯の弘教を宣言。池田先生は男子第1部隊長として墨田を駆け、恩師の誓願成就への道を開いた。
 そして、60年(同35年)5月3日、池田先生は墨田の日大講堂で第3代会長に就任したのである。
 「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して、化儀の広宣流布を目指し、一歩前進への指揮を執らせていただきます!」
 就任式に参加した加藤君子さん(墨田牧口区、支部副婦人部長)は振り返る。「池田先生は、講堂に掲げられた戸田先生の遺影に深々と頭を下げ、壇上に向かわれました。厳粛さに命が震えました」
 夫の國蔵さん(故人)と、墨田広布の草創を駆けた。男子部員と食事や風呂を共にし、激励を重ねる先生の振る舞いを若い世代に伝えてきた。
 君子さんの長男・広宣さん(副本部長)が先生に初めて接したのは、未来部の代表として参加した第1回墨田区幹部大会(73年12月11日、学会本部)。
 識者との会見を終えて駆け付けた先生は、“皆さんの所願の達成を共々に祈りに込めたい”と、勤行・唱題し、同志を激励した。
 師の確信に触れ、広宣さんは苦手だった勉学に打ち込み、教育の道へ。今、専門学校の教務部長として奮闘する。妻の喜美さん(婦人部副本部長)と共に本部未来本部長として後継の育成に尽力。個人会館の自宅は、子ども会の会場としても地域に親しまれてきた。
 長女・真喜子さんは女子部の富士合唱団、次女・理沙さんは高等部の正義合唱団で活躍。広布の誓いが受け継がれている。
                                                                      ◇ 
 2012年5月、スカイツリーの開業祝賀イベントに、創価ルネサンスバンガードが出演した。
 パレードの出発地点となった町会で、長年、尽力してきた富川孝子さん(墨田池田区、婦人部副本部長)。
 「オープニングを告げる『威風堂々の歌』が、人生の勝利の凱歌のようでした」と振り返る。
 富川さんは6人きょうだいの末っ子。7歳の時に母が失踪し、プレス加工を営む父を家族全員で支えた。そんな彼女を、墨田の同志が母のように包んでくれた。
 池田先生との出会いは、墨田文化会館の落成式(1976年11月1日)。先生は、「“墨田ここにあり!”との気概で、先駆と模範の実証を全東京に示し切ってほしい」と望んだ。
 師の期待を胸に、富川さん一家は経済革命を果たす。家族の病をはじめ、一切を乗り越えてきた。夫の好浩さん(副支部長)も町内会で防災部長を15年務めるなど、その姿は皆の模範と輝く。
                                                                      ◇ 
 「『5・3』を目前に、『五月の空に』も、ひときわ思いがこもります」と、足立起佐子さん(総区婦人部主事)は語る。
 第2代・第3代会長就任の地の誇りと、下町広布の情熱を歌い上げた墨田区歌「五月の空に」。
 同歌が発表されたのは84年(同59年)1月21日、区内で行われた最高協議会の席だった。足立さんも婦人部の代表として参加した。
 有志が作成した歌詞の案を受け取った先生は、3カ所の直しを提案。「世界へ世紀へ 勇み立て」を、「世界だ世紀だ 勇み立て」としてはどうかと語った。
 「普通、歌に『だ』は使わないんだ。けれど、『だ』にすることで大胆さが出る」「広布への深い責任と強い使命に立った時に、色心ともの躍動の活動がある」
 翌85年、足立さんは墨田区(当時)の婦人部長に。ある時、池田先生から墨田の同志に掛け軸を頂いたとの連絡を受けた。
 「五月晴れ この日この時 久遠より 覚悟の旅路 ついに来れり」――墨痕鮮やかに大書され、脇には「昭和三十五年五月三日 恩師戸田先生を偲びつつ詠む」としたためられていた。第3代会長就任の日、池田先生が詠んだ和歌だった。
 先生は“この歌は墨田に一番ふさわしい。墨田にあることが大切だ”と伝言を寄せている。
 「5月は“墨田の月”。先生との新たな誓いに立つ時です」。足立さんは決意を語る。
 師弟源流の地から、新たな勝利の波動を! これが墨田に受け継がれる師匠との誓いである。


◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 信仰体験 人のため=自分のため 自分も周りも変えていける

世界中どこにいても、学会の友の笑顔に支えられてきたクーさん㊥。今は埼玉の男子部で活動し、牙城会として埼玉文化会館の警備も。今年1月、長男が生まれ、妻と共に幸せを実感する日々。仕事では、都内の大学職員に転職。各国から来日した留学生に寄り添う。35歳。常盤支部、男子部ニュー・リーダー。

世界中どこにいても、学会の友の笑顔に支えられてきたクーさん㊥。今は埼玉の男子部で活動し、牙城会として埼玉文化会館の警備も。今年1月、長男が生まれ、妻と共に幸せを実感する日々。仕事では、都内の大学職員に転職。各国から来日した留学生に寄り添う。35歳。常盤支部、男子部ニュー・リーダー。
 現代社会が直面する課題と向き合う「グローバルウオッチ 若者と希望」。ここでは、移民2世のフランス人男性と、児童養護施設で働く日本人女性を取材した。社会的に弱い立場にある当事者と、包摂する支援者。それぞれが見つめる“人生の喜び”都は――。

2017年4月22日 (土)

2017年4月22日(土)の聖教

2017年4月22日(土)の聖教

◆わが友に贈る


目標は明確に。
祈りは強盛に。
行動は勇敢に。
自身の殻を破る
挑戦の人たれ!

◆〈名字の言〉 2017年4月22日
 

 かつて物理学者のアインシュタイン博士が来日した折、開かれた歓迎の会食会。博士を招待した出版社の社員たちに交じり、一人の少年がテーブルの端で小さくなって座っていた▼彼を見つめる博士に、通訳が耳打ちする。“あの子は、社員たちが東京駅に博士を迎えに行った時、一人で留守番をしていた子”――博士は即座に立ち上がり、その十二、三歳の少年の目の前へ。握手をして彼の労をねぎらった。博士は、この日の日記に「事実上もっとも年少の社員の晴れやかな握手によって歓迎」されたとつづっている▼博士は常に“陰の人”に敬意を払った。ホテルを出る時にも、わざわざスタッフに向かって、心のこもったしぐさで帽子をとった。反対に、地位ばかり高く、傲慢な連中には、厳しく批判的な目を向けた(金子務著『アインシュタイン・ショックⅠ』岩波書店)▼池田先生は、「わが学会は、陰の労苦を惜しまない尊き尊き皆さま方によって支えられている」と語った。本紙配達員の「無冠の友」をはじめ、不惜身命で広宣流布に走る全ての陰の同志への感謝は尽きない▼陰に徹する人を「英雄」とたたえ、励ましの光を送り続けていく。それが創価三代の師弟の魂であり、現代社会に必要な人間尊敬の哲学である。(速)

◆〈寸鉄〉 2017年4月22日

 会長は出会い通し善を育
 める事を世界に示した―
 博士。対話こそ平和の道
      ◇
 外交の根本とは誠実だ―
 戸田先生。日々の振舞が
 大切。爽やかな挨拶から
      ◇
 「根の弱きは・たうれぬ」
 御書。青年時代は鍛えの
 時。信・行・学を磨き抜け
      ◇
 地球の日。英知の結集で
 この星を守れ。環境への
 意識変革が共生の第一歩
      ◇
 社会の安定にはブレない
 公明の力が必要―識者。
 大衆の為に死力を尽くせ

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   二十五 (6053)
 


 山本伸一は、創立者として創価大学、創価高校・中学、東京創価小学校の諸行事等にも、極力、出席するように努めた。彼は、人生の最後の事業と定めた教育に、今こそ、最大の力を注ごうと決意していたのである。
 九月には、創大生や学園生の代表と一緒に、国立市の梨園へ梨狩りにも行った。
 創価大学では、秋期スクーリングに参加していた通信教育部の学生たちと記念撮影もした。彼は、働き学ぶ通教生の大変さを痛感していた。自身も勤労学生であったからだ。
 伸一は、戦後、東洋商業(後の東洋高校)の夜学を出て、大世学院の夜学に進んだ。入学した翌年の一九四九年(昭和二十四年)一月から、戸田城聖が経営する出版社に勤務した。この年の秋、不況の煽りを受け、会社の経営が行き詰まり、残務整理に追われる日が続き、やがて夜学を断念する。戸田は伸一に万般の学問を授けるため、全精魂を注いで個人教授を行う。いわゆる「戸田大学」である。
 そして、伸一が会長に就任して六年ほど過ぎたころ、大世学院の後身となる富士短期大学(後の東京富士大学)から、卒業のためのリポートを提出してはどうかとの強い勧めがあった。彼は、教えを受けた大世学院の高田勇道院長に報いる意味からも、学校側の厚意に応えることにした。
 当時、伸一は、日本国内はもとより、欧米訪問など、東奔西走の日々であり、小説『人間革命』の執筆もあった。そのなかでリポート提出のための関係書籍を買い求め、移動の車中や、会合と会合のわずかな時間を縫うようにして学習に励み、「日本における産業資本の確立とその特質」(経済史)など、十のリポートを書き上げていった。
 したがって伸一には、通教生たちの苦闘が痛いほどわかるのである。それだけに断じて負けないでほしかった。最後まで挫けずに、卒業の栄冠を手にしてほしかったのである。
 「鉄は炎の中で鍛えられ、人は困難の中で鍛えられる」(注)とは、中央アジアの誇り高きカザフ民族の箴言である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『カザフ民族の諺と慣用句』V・B・ザハーロフ、A・T・スマイロワ編訳、カチェヴニキ出版所(ロシア語)

【聖教ニュース】

◆遥かなるルネサンス展 兵庫・神戸市立博物館で開幕 7月17日まで
 イタリア共和国と東京富士美術館の協定で実現
 16世紀の少年使節が触れた芸術の光
 日本と西洋の心を結ぶ至宝が集結

記念のテープカットを。右から東京富士美術館の池田首席参事、ウフィツィ美術館のシュミット館長、久元喜造神戸市長、神戸新聞社の高士薫代表取締役社長、毎日放送・事業局文化事業統括の大橋篤則氏、朝日新聞社・企画事業本部大阪選任本部長の鈴木直哉氏(神戸市立博物館で)
記念のテープカットを。右から東京富士美術館の池田首席参事、ウフィツィ美術館のシュミット館長、久元喜造神戸市長、神戸新聞社の高士薫代表取締役社長、毎日放送・事業局文化事業統括の大橋篤則氏、朝日新聞社・企画事業本部大阪選任本部長の鈴木直哉氏(神戸市立博物館で)

 東京富士美術館の企画展「遥かなるルネサンス――天正遣欧少年使節がたどったイタリア」関西展が21日、兵庫・神戸市立博物館で開幕した(主催=同博物館、神戸新聞社、MBS、朝日新聞社。後援=外務省、イタリア文化財・文化活動・観光省、イタリア大使館、イタリア文化会館。特別協力=ウフィツィ美術館等)。開幕式では、本展の学術総監修者であるイタリア・ウフィツィ美術館のアイケ・D・シュミット館長らがあいさつした。一般公開は、きょうから7月17日まで。
 ルネサンスの息吹が薫る最高峰の芸術作品が、港町・神戸に集まった。
 会場に入るとまず、宝石のラピスラズリが一面にあしらわれた「テーブル天板」に目を奪われる。トスカーナ・リヴォルノの港のにぎわいを模したもの。1585年3月、日本からの「天正遣欧少年使節」が、イタリアへの第一歩をしるした街である。
 4人の少年使節は、その後、ピサ、フィレンツェ、ローマ、ベネチア、ミラノ等と約5カ月間にわたり各地を訪れた。
 本展は、その足跡をたどりつつ、彼らが目にしたであろう作品等を紹介。イタリアを代表するウフィツィ美術館の所蔵品を中心に、絵画、工芸品、彫刻、タペストリーなど、約70点の至宝を展示する。
 中でも「ビア・デ・メディチの肖像」は、470年以上にわたってフィレンツェの外に出たことがなかった名作。今回が本邦初公開となった。

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 インタビュー 東北大学大学院 佐藤弘夫教授 
   近代の弊害を越える道

 現代社会が直面する課題と向き合う「グローバルウオッチ」。人々が希望をもって生きていくために、これからの思想・宗教に求められているものとは何か。東北大学大学院の佐藤弘夫教授に聞いた。(聞き手=村上進)
 ――2011年、未曽有の死者・被害者を出した東日本大震災・原発事故。あの時、科学技術を過信してきた人間の傲慢さ、近代化を押し進める社会の行き詰まりに直面し、生き方を転換する必要性を感じた人は多かったに違いない。
 その一方、グローバル化が進展する中で、現代社会を覆う課題はいよいよ深刻さを増し、世界中に広がっているといえる。
 今、私たちはどこに向かって進んでいけばよいのか――。
 日本思想史・文化史の代表的研究者である佐藤弘夫教授は、東北の地から現代社会をどう見つめているのだろうか。
  
 人類は、科学技術を駆使した近代化を進める中で、人間の合理的な理性が進化するほど社会も進化し、理想的世界が実現するという進歩史観を共有してきたといえます。
 もちろん、近代化がもたらした技術発展によって私たちが幸福を享受している事実を否定するつもりはありません。しかし今日、近代化がもたらしたメリットよりもデメリットの方が大きくなりつつある状況がある。人類は、地球環境破壊や核兵器、テロなど、自らの生存そのものを脅かす現実に直面し、人間の内面世界も排外主義やヘイトスピーチがあふれる荒れ果てた状況にあると感じます。
 しかも難しいのは、近代化が進めば進むほど事態は深刻さを増していくことです。さらに、近代化に伴って生み出された人類的課題というのは、私たちの近代的思考の枠の中だけではとても解決できないでしょう。
 そこで必要になってくるのは近代そのものを相対化する視点です。つまり、近代以前から人類が数百年、数千年単位で積み上げてきた思想・哲学・宗教といった英知、人文学の学知といったものを、もう一度、引き出していく。そういった“鏡”に照らし合わせて、近代の一体何が問題なのかを明らかにしていくことが、今、求められていると思います。

 最後に、同事業の真の成果は「学生の成長」にあると述べ、学生のためのさらなる教育実践に期待した。

  ――近代化の流れが世界中に広がる中で、私たち人類が失ってきたものとは何だろうか。
  
 端的に言えば、「近代はカミを失った」ことが決定的に大きいといえます。ニーチェが「神は死んだ」と言ったように、宗教離れ・世俗化が進み、近代合理主義のもとで目に見えるもの、計測できるものしか信用しないという風潮がまん延しました。
 しかし、そもそも古今東西のあらゆる民族をみても、宗教のない世界というものはなかったと言ってもよい。人間というのは、広い意味でのカミ、目に見えない力を信じ、人間を超越した力への畏敬の念を持って生きてきたと思います。
 近代以前からのカミが人間に果たしてきた役割として、私はクッション(緩衝材)という側面があると考えます。
 例えば、古い都市や町の中心には、教会や神社、寺院、お墓があったりして、祭りなどのために何カ月もかけて人々が協力して準備するような習慣が、今も残っているところがある。人は人のためには働かないけど、カミのためならということで、共に働いたりする中で自然と人々の信頼関係が結ばれていく。カミが人々の間に入って、共同体に血液を送り込むような働きをしてきたともいえます。
 東日本大震災からの復興においても、早い段階で地域の祭礼や伝統芸能を復活させたり、宗教的コミュニティーを再生させようとする動きが起きたことも、その表れといえます。
 また今、日本と中国、韓国との間にある無人島の領有を巡る対立がありますが、近代以前の人々にとってみれば、あの島はカミが支配する場所であって、人間が領有権を争うなど、とんでもない話だったともいえる。なのに私たちは今、その島を巡って、会ったこともない人たちとののしり合ったりしている。
 近代は、世界や社会から緩衝材としてのカミを排除したことで、特権的存在としての人間同士が鋭く対峙し、傷付け合うような社会を生み出してしまったのではないでしょうか。
  
 ――近代のヒューマニズムは「人間中心主義」に陥ってしまったといえる。そこには自分さえ、今さえよければいいという、目の前のものへの現世的欲望に支配された人間像が浮かぶ。現代が「死を忘れた文明」とされることにも通じるといえる。
  
 まさにその通りで、近代化はカミと同様に死者をも排除してきました。私たちは今、病院で「何時何分ご臨終です」と明確に生死の境目を区別しますが、そこには、死を目に見えない恐怖の世界として忌み嫌う近代の発想が表れているといえます。
 どうせ死んだら終わりという発想は“今世さえよければいい”という思考を生み、また“無理にでも生の側にとどめよう”という考えにつながる。しかも、その根底には、死への大きな不安を抱えているのが現実です。
 しかし人類は、死者を弔わない文明がなかったように、人生は死後まで穏やかであってこそ完結するという思想を持ってきたといえます。死後もなお、死者は生者とつながり続けられることで、いつかは死を迎える生者も安心して生きることができる。さらには、定期的な死者とのつながりを通し、それを緩衝材として、共同体の中の生者を穏やかにつなぎ直してきたともいえます。
 日本のターミナルケア(終末期医療)の中で、がん患者等の在宅緩和ケアのパイオニアとして宮城で活動してきた岡部健さん(故人)という医師がいました。その方は、今の医療は「生きることへの道しるべ」しか示せていないとして、「死への道しるべ」を示そうと、死にゆく人の緩和ケアに従事し、2000人以上をみとってきました。
 岡部先生は、医療者とともに宗教者も手を携えてケアに当たるべきとして、“臨床宗教師”の誕生にも力を注ぎました。
 その岡部先生の遺志を受け継ぐ思いで、私たち東北大学では全国に先駆けて、さまざまなケアに携わる臨床宗教師を養成するための実践宗教学寄附講座を、2012年から設置しています。今後とも力を尽くしていく決意です。
 いずれにしても、複雑な現代社会の中で人と人が穏やかに安定してつながるためには、“つなぎ”としてのカミや死者と共存してきた人類の知恵を見直していく必要があると考えます。
 
 ――近代化の弊害を乗り越え、人類の未来を開くために、これからの宗教に求められているものは何であろうか。
  
 まず前提として、宗教というのは、場合によっては怖いものにもなることを言っておかなければなりません。宗教が犯してきた過去の過ちを繰り返してはいけない。特定の一つのカミで全ての空間を埋めようとすると、必ず誤った方向にいってしまいます。
 これからは強い力を持った一つのカミではなく、多種多様な小さなカミが人々の間にたくさん入ってくる、やわらかい社会が必要になってくると思う。今のペットや、ゆるキャラのブームもその表れかもしれません。
 私は宗教の持つ役割として、あらゆる場所に「公共的な空間」をつくり出す機能が重要だと考えます。
 その意味では、狂信的なテロリズムは全く逆で、自分たち以外の他者を完全に排除する。人間の欲望を宗教の名を借りて実現しようとする世俗主義の究極の姿だと思います。
 その点、創価学会が全国・全世界の津々浦々で行っている座談会の取り組みは、文字通り最小単位の個人と個人の関係性の中に「公共的な空間」を生み出す活動といえる。
 戦後、学会が日本中に、今や世界に広げている、身近な人を思いやり、真心で結んでいく活動は、公共空間を隅々に広げる大きな役割を果たしていると考えます。
 これからの時代は、志のある宗教が普遍的な価値を追求する中で、宗派を超えて地域社会に公共空間を立ち上げていくような、宗教間の協力が重要になってきます。そして、その宗教を信じる一人一人が、自分の周りの壁を取り払って、自ら他者を包み込む世界をつくっていけるかどうか。それを可能にする宗教が、今こそ求められていると思います。
  
 ――若者が容易に排外主義や孤立状態に陥りかねない現代社会の中で、未来に、人生に希望を見いだしていくためには、何が必要だろうか。
  
 今やスマホから誰でもアクセスできるネットの空間は、一見、開かれているように見えます。しかし実は、自分の周りの理解できないものを排除し、公共空間をつくることができない孤絶した人たちが多くいる、閉ざされた空間であることも分かってきました。
 これはグローバル化が進む現代、国境や壁はなくなってきているように見えて、実は人の心の孤絶性は高まっているのと、同じ構図だと感じています。
 希望というのは、自分は一人きりではなく、周りをも変えていける存在なんだと自覚できた時に生まれてくる。
 それを実感するための知恵は、スマホでは簡単に見つからない。人類が長い年月を経て積み上げてきた、思想・哲学・宗教をはじめとした人文学の教養の中に眠っている。教養とは議論の作法であり、人と共存していく作法のことです。
 そうした教養の力を身に付け、自分の周りに一つずつ「公共的な空間」を生み出す実践の中で、自分は社会を変えられるという希望を抱いた人生を歩んでいく。若い人たちにはそれができると信じています。
 さとう・ひろお 1953年宮城県生まれ。現在、東北大学大学院文学研究科教授を務め、日本思想史・文化史の代表的研究者として活躍する。神仏習合、鎌倉仏教、死生観などを専門テーマに、実証的な文献読解を基盤にした大きな精神史のストーリー構築を目指す。著書に『死者の花嫁』(幻戯書房)、『鎌倉仏教』(ちくま学芸文庫)、『神国日本』(ちくま新書)など多数。『岩波講座 日本の思想』(全8巻)の編集委員も務めた。
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 ファクス:03-5360-9613

◆世界市民の拠点創価大学 スーパーグローバル大学創成支援報告会
   創価大学で講演した広島大学の佐藤副学長。創大の「スーパーグローバル大学創成支援」
   事業の外部評価委員も務めている
 
創価大学で講演した広島大学の佐藤副学長。創大の「スーパーグローバル大学創成支援」事業の外部評価委員も務めている

 創価大学(東京・八王子市)による文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援」事業報告会が21日午後、同大学で行われた。
 創大は、2014年に同事業に採択されて以来、国内の国際化をけん引するため、さまざまな取り組みを展開している。同事業の実施期間は最大10年間。今回は、その進捗状況を発表する場である。
 報告会では、創大の馬場善久学長が開式のあいさつ。文部科学省・高等教育企画課国際企画室の岩渕秀樹室長は「国内の大学の国際化」と「グローバル人材の育成」を目指す同事業の意義に触れた。
 ここで、創大の小出稔グローバル・コア・センター長が同事業の取り組みを報告した。
 創大は、建学の精神のもと、新たな知力・人間力を備えた「創造的世界市民」を育成するとともに、多様性に富んだ「人間教育の世界的拠点」の構築を目指す。
 席上、センター長は、その目的を果たすための具体的な目標と現状の成果を語った。
 次に、創大の勘坂純市経済学部長が2016年から同学部で開始した「SUCCEED Program」を紹介。これは、海外からの留学生らが卒業に必要な全ての単位を英語で取得できるプログラムである。受講者を代表して、葉豊源さん(マレーシア)とアラン・ミツノリ・オイカワ・マエハラさん(ブラジル)が学びの軌跡を伝えた。
 生駒比奈子さん(法学部、GCP所属)と大島輝一さん(国際教養学部)は、第16回「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」(本年2月)に参加した模様を報告した。
 続いて、広島大学の佐藤利行副学長が「平和構築への大学の役割と期待」と題し、講演した。
 冒頭、同事業の「トップ型」採択校である広島大学の多彩な取り組みを紹介。同大学の理念五原則の一つである「平和を希求する精神」に基づき、平和科目を必修化していることにも触れた。
 さらに、今月6日、広島大学が創大と「連携・協力に関する包括協定書」を調印したことに言及。「平和」という共通の理念を持つ大学として、「その目的に向け、何ができるのか」を共に考え、行動していきたいと語った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈ターニングポイント〉 和歌山電鐵の女性運転士 玉置郁恵さん 2017年4月22日


車内にカプセルトイが設置されている「おもちゃ電車」の前で
 ヒノキを使った車窓から見える四季折々の自然。有名デザイナーが手掛けたユニークな車両。“猫の駅長”に会おうと海外からも観光客が訪れる。

2017年4月21日 (金)

2017年4月21日(金)の聖教

2017年4月21日(金)の聖教

◆わが友に贈る

「師子王は前三後一」
どんな小さな課題にも
全力で取り組もう!
真剣勝負の一念が
凱歌の歴史を開く!

◆〈名字の言〉 2017年4月21日

 インターネットが出現した当初のシステムは、1台のホストコンピューターと多くの端末をつなぐ「集中型」だった▼だが、それではホストが停止したらネットワーク全体が断絶してしまう。その対策として、個々のコンピューター同士を結ぶ技術が生まれた。これにより回線がどこかで切れても、他の回線を使ってネットワークが存続できるように。現在は、こうした「分散型」がシステムの主流になっている▼実は雑草も、これに似た仕組みによって力強く生きている。一つの株元から茎を這わせて節をたくさんつくり、節ごとに根をおろす。そこからさらに上や横へ茎を張り巡らせ、大地に“ネットワーク”を形成する。抜いても抜いても生えてくるのはこのためで、親株がなくなっても生き残る戦略である(稲垣栄洋著『雑草は踏まれても諦めない』中公新書ラクレ)▼青年部の活躍が目覚ましい愛知の地区。長年、地区部長を務める壮年にその要因を伺った。「一人一人が地区の主役なんです。老若男女の垣根を越えて互いにつながり、“皆が皆を励ます連帯”があるからこそ、後継の人材が陸続と躍り出ています」▼タテ、ヨコ、ナナメに結ばれる“多対多の創価家族のネットワーク”。これが何ものにも崩されない、人間の城の強さである。(靖)

◆〈寸鉄〉 2017年4月21日
 

 広布の指導者はスピード
 をモットーとせよ―戸田
 先生。率先垂範で行動を
      ◇
 御書「人を憑みて・あやぶ
 む事無かれ」。堂々、一人
 立つ!それが後継の使命
      ◇
 世に役立つ事をするのに
 疲れを知らぬ―偉人。多
 宝会の友は益々若々しく
      ◇
 歯磨き中の転倒によるけ
 が等、子どもの事故67%
 が家庭内で。注意怠らず
      ◇
 企業の来春採用者「前年
 並み以上」7割と。青年に
 好機!政治は後押し更に

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   二十四 (6052)
 
 


 山本伸一の功労者宅を中心とした家庭訪問は続いた。「敬老の日」である九月十五日には、東京・狛江の草創の同志の家を訪ね、家族と和やかに懇談し、皆で記念のカメラに納まった。五月以来、既に三十軒目の家庭訪問となっていた。さらに、狛江文化会館を訪れ、居合わせた同志を激励した。
 狛江市では、五年前の九月、台風十六号によって多摩川の堤防が決壊し、民家十九棟が流されるという事故が起こった。伸一は、そのニュースが流れるや東京の幹部らと連絡を取るとともに、犠牲者がないよう懸命に祈りを捧げたことが忘れられなかった。
 狛江市も、隣接する調布市も、住宅地として開発が進み、人口は増加の一途をたどっているという。
 田園と新しい住宅が広がる風景を見ながら、伸一は、同行していたメンバーに語った。
 「第二東京は広宣流布の新舞台だ。ここも未来が楽しみだ。皆で力を合わせて、新しい歴史を創ってほしいね」
 広宣流布は前代未聞の大業であり、道なき道を開き進む労作業である。その道を切り開くには、人を頼むのではなく、皆が自発・能動の信心で、一人立つことである。自らが目標を定め、主体者となって取り組む活動には歓喜がある。
 また、日々、勇気を奮い起こして自分の殻を破り、新しい挑戦を重ねていくことだ。挑戦こそが、前進と成長の原動力となる。
 武蔵野を愛し、調布で晩年を過ごした文豪・武者小路実篤は、次の言葉を残している。
 「いかなる時でも自分は思ふ、
 もう一歩
 今が実に大事な時だ。
 もう一歩」(注)
 もう一歩――その粘り強い歩みの積み重ねが、自分を変え、地域を変え、社会を変える。
 伸一は、念願であった個人指導に、多くの時間を割き、同志と語り合えることが何よりも嬉しかった。その堅実な行動のなかにこそ、学会活動の最大の醍醐味があるからだ。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「もう一歩」(『武者小路實篤全集11』所収)小学館

【聖教ニュース】

◆アメリカの平和研究機関・池田国際対話センターが青年セミナー 
  ハーバード大学等の若き学究者が議論
  テーマ 分断の時代の文学 ボストン大学パターソン教授を中心に

 
好評を博している池田センターの青年対話セミナー。終了後、パターソン博士は「素晴らしい経験になりました。センターの皆さんの友情に感謝します」と(ケンブリッジ市内で)
好評を博している池田センターの青年対話セミナー。終了後、パターソン博士は「素晴らしい経験になりました。センターの皆さんの友情に感謝します」と(ケンブリッジ市内で)

 アメリカの平和研究機関「池田国際対話センター」が主催する青年対話セミナーが12日午後、マサチューセッツ州ケンブリッジ市の同センターで開催された。セミナーには、ハーバード大学やタフツ大学をはじめ、ボストン近郊の7大学に学ぶ大学生、大学院生など若き学究者が参加。ボストン大学教授のアニータ・パターソン博士を講師に迎え、「分断の時代における文学の役割」をテーマに語り合った。
 青年対話セミナーは、人類の平和に資する取り組みとして、創立者・池田大作先生の思想や創価教育に共感を寄せる学識者を迎えて行われてきた。
 今回は英文学を専門とするパターソン博士を講師に、ハーバード大学、ノースイースタン大学、マサチューセッツ大学ボストン校、タフツ大学、レスリー大学、ブランダイス大学、アメリカン大学の学生、大学院生らが参加した。
 池田センターのバージニア・ベンソン代表代行のあいさつに続いて、パターソン博士が講演。哲学者エマソンの言葉を通し、文学は“人生の素晴らしい未知の領域”と出あわせてくれるものであり、文化と社会の分断をつなぐ力になりうると指摘。作品に込められた意味や著者の視点を丹念に読み込み、解釈する努力によって、浅薄な判断を避けることを学べると論じた。
 さらに博士は、文学など教養教育を通して学生たちは、常に多くを他者から学べることを知り、差異を尊重するようになっていくと強調。学ぶことをやめた時、人は生きること自体をやめてしまうことになると述べた。
 また、社会における分断や紛争は、これまで起きた出来事により形作られてきたものと捉えられる。ゆえに、歴史を認識することが直面する課題の解決策発見の第一歩であり、そうした自覚を根付かせることが文学の役割であると訴えた。
 さらに、池田先生が1月に発表した「SGI(創価学会インタナショナル)の日」記念提言に言及。青年は変革の力であるとの主張に共感を寄せ、「教育者として同じ信念で次世代のために尽くしていきたい」と語った。
 続いて自由討論が行われた。ここでは、経済学や国際関係論と比較し、文学で世界を変えることはできないとの批判もあるが、読書を通じた体験は人々の中に蓄積されていくものであり、今日の世界を変えることはできなくとも明日の世界を創ることに資することは可能である等と、活発に意見が交わされた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆6・30学生部結成60周年 新指導集が完成 

   
東京・中野総区学生部が新指導集を学び合う(4月、都内で)
東京・中野総区学生部が新指導集を学び合う(4月、都内で)

 結成60周年を記念する男女学生部の新指導集『先駆の誇り』が発刊された。池田先生の折々の指導、海外大学講演、御聖訓20選などが収められている。

◆〈明日を求めて 池田大作先生の対話録Ⅱ〉第35回 アルゼンチン・タンゴの巨匠 マリアーノ・モーレス氏 
 人々にどう希望を与えるか。そこに不滅の創造が生まれる

 
アルゼンチン・タンゴの巨匠モーレス氏夫妻を、聖教新聞本社で歓迎。池田先生はタンゴに親しんだ青年時代の思い出に触れつつ、音楽の使命などについて語り合った(1988年4月18日)
アルゼンチン・タンゴの巨匠モーレス氏夫妻を、聖教新聞本社で歓迎。池田先生はタンゴに親しんだ青年時代の思い出に触れつつ、音楽の使命などについて語り合った(1988年4月18日)
  初対面ではあったが、“民衆と音楽”を巡って、語らいは旧知のように弾んだ。
 1988年4月18日、東京・信濃町の聖教新聞本社。
 「国の指導者や民衆が優れた音楽に親しめば、一段と生きる意欲を増進し、社会の繁栄のために一層の力を発揮していけます」
 池田先生が、白馬の声を聞いて国を治める力を得た輪陀王の説話を紹介すると、マリアーノ・モーレス氏がにこやかに応じる。
 「タンゴは、民衆のエネルギーと闊達な精神を、詩と曲に結晶させたものです。タンゴが世界中に広まり、親しまれているのは、こうしたタンゴのロマンとバイタリティーが原因になっていると思います」――。
 タンゴ史上、最高の売り上げを記録した「さらば草原よ」をはじめ、数々のヒット曲を生み出した巨匠モーレス氏。
 演奏と踊り、歌が一体となったショースタイルを確立し、タンゴの新たな地平を開いた、アルゼンチンを代表する音楽家である。
 70年前後、軍事政権下にあったアルゼンチンでは、誘拐や行方不明事件が多発。3万人もの市民が犠牲となった。タンゴも“冬の時代”を迎えていた。
 そうした中、本場のアーティストの奮起を促したのが、民音のタンゴ・シリーズだった。
 民音を創立し、音楽で人類を結ぼうとする池田先生を知ったモーレス氏は、「アルゼンチンはこの方を必要としている」と。
 先生とトインビー博士の対談集『21世紀への対話』に感動し、時の大統領に贈ったこともあった。
 氏は、「私の願いは、民衆独自の音楽を、人々が心で切望しているまま、民衆に届けることです」と。
 池田先生は「民衆の願いにどう応えるか、どう感動と希望を与えるか――そこに焦点を定めてこそ不滅の創造はあります」と語った。
                                               ◇ 
 84年、民音の招へいで氏の初来日公演が決定。3カ月に及ぶツアーでは、氏の子息であり、天才的歌手として将来を嘱望されていたニト氏の出演が決まっていた。
 だが来日直前、ニト氏が病に倒れ、彼の出演は中止に。モーレス氏は息子の回復を願いながら、連日のステージに臨んだ。
 急激に悪化するニト氏の容体。来日から1カ月がたったころ、危篤との連絡が入った。
 公演の続行を願い出たモーレス氏だったが、周囲に説得され、一路、アルゼンチンへ。
 息子のもとに着いたのは、亡くなる2日前だった。病床のニト氏は、着けていた酸素マスクを外させ、あえぎながら話し始めた。
 「お父さん……治ったら、また一緒に舞台に立ちましょうね」
 そう言い残し、ニト氏は38歳の若さで世を去った。
 関係者の誰もが公演は中止になると思った。しかし、モーレス氏は再び来日し、ステージに復帰。
 もともと情熱的な音楽で知られていた氏だが、鬼気迫る演奏にピアノの弦が何度も切れたという。事情を知る観客たちは、涙を抑えることができなかった。
                                                                       ◇ 
 モーレス氏と池田先生の初の会見の日。氏が本社のロビーに入ると、ある曲が聞こえてきた。
 氏の代表曲「さらば草原よ」。演奏はモーレス氏、歌声は在りし日の息子ニト氏のものだった。
 過密な日程の疲れを癒やしてもらいたいと、先生の提案で録音テープを流したのである。
 「そうです。この曲です!」
 モーレス氏夫妻が、体いっぱいに喜びを表す。
 「息子さんは今も、お父さん、お母さんのそばにおられますよ。ご家族を見守り、支えておられます。生命は永遠です」
 夫妻の頰が紅潮する。
 「私も、モーレスさんと同じ年に、息子を亡くしました。今、ニトさんと息子は、天の兄弟になっているにちがいありません。今、二人で仲良く、にっこりと私たちを見ていますよ。そしてまた近くに生まれてくることでしょう。何も心配はいりません」
 氏が繰り返しうなずいた。
 「私も、そう思います。ニトはいつも私のそばにいます。私がピアノを弾いていると、そばに寄ってきて、私の肩をたたき、励ましてくれるのです」
 瞳を潤ませる氏に、先生は「悲しみを越えて、ともに『今』を生きましょう」と。
 先生はニト氏をしのぶ桜の木を植え、翌年には、モーレス氏一家をうたった長編詩「魂の響き 民衆の調べ」を贈っている。
 92年の再会の折、モーレス氏は池田先生への献呈曲を携えて来日した。
 曲名は「アオーラ(スペイン語で『今』)」。
 「今 君のいない今/君はこんなに近くにいる!」――。
 そこには「永遠の生命」への確信が、力強くうたわれていた。
 「本物の友情への感謝の思いを、この曲に託しました」「来日を念願しながら、来ることができなかった息子が、今、この瞬間を見てくれているようです」
 悲哀を制し、さらなる高みへと進みゆく氏に、先生は語った。
 「あなたは偉大なる“タンゴの帝王”です」
 この日、氏は芳名録に記した。
 「私は、師・池田会長の聡明な人格への感嘆を込めて、『今』の曲を捧げた。これは私の“音楽による敬意”である」
 「池田会長は常に、人の心に『平和』の思いを築いてくださる偉大なる巨匠である」
 マリアーノ・モーレス タンゴのピアニスト、作曲家。1918年2月、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。若くして“タンゴ王”フランシスコ・カナロの楽団に正ピアニストとして迎えられ、絶大な人気を博した。同楽団の指揮者として活躍し、48年に独立。以来、タンゴ王のショースタイルをより発展させたステージを繰り広げ、タンゴの国際化に多大な功績を残した。作曲家としても「さらば草原よ」「ウノ」「タンゲーラ」をはじめ、数々の名曲を生み出してきた。民音で3度の来日公演を行っている(84年、88年、92年)。2016年4月13日、死去。
 〈引用・参考文献〉池田大作著『世界の指導者と語る』潮出版社(『池田大作全集第123巻』所収)、同著『春秋抄』(『池田大作全集第42巻』所収)、『民音50年史』民主音楽協会、石川浩司著『タンゴの歴史』青土社、香坂優著『抱きしめてタンゴ』主婦の友社など。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆世界広布新時代第25回本部幹部会 (要旨) 原田稔会長 


 
皆が幸せになるための信心
 庶民が主役の時代へ堂々と


 一、「世界広布新時代第25回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 また本日は、SGI春季研修会で来日された、55カ国・地域270人の皆さんも参加されています。ようこそ、お越しくださいました。
 無冠の友の皆さまには、配達員大会の開催を、心からお祝い申し上げます。
 池田先生は「無冠」(創刊記念日特集)にメッセージを寄せ、「配達は即『地域広布』なり、そして配達は即『一軒一軒の幸福勝利劇』の始まりなり」と讃えてくださっております。
 ここで改めて、学会の屋台骨であり、広布の大動脈である無冠の友の皆さまに、感謝と賞讃の拍手をお送りしようではありませんか(拍手)。
 一、さて、6月23日告示、7月2日投票の東京都議会議員選挙につきまして、公明党東京都本部からの同党公認23人への支持依頼を受け、学会として、東京社会協議会において協議し、支持を決定しました。私たちは、よりよき社会、よりよき東京建設のために全力で支援していきたい。
 思えば、7月に「立正安国論」を上呈された日蓮大聖人の言論戦は、終始一貫、鎌倉を舞台とする「首都決戦」でありました。
 また7月は、池田先生が、夕張炭労による不当な学会弾圧の矢面に立って戦われ、そして事実無根の大阪事件によって入獄された月です。私どもは、師匠の不惜身命の精神を今こそ受け継ぎ、東京の完全勝利から全国へと、「庶民が主役の時代」を開いていきたい(拍手)。
 一、本年は日中国交正常化45周年を迎えます。池田先生は1968年(昭和43年)、国交正常化を命懸けで提言され、正常化の後には、中国の周恩来総理と一期一会の出会いを結ばれました。
 この佳節に当たり、先日、周総理のめいに当たる周秉宜氏らが来日され、創価大学で周桜の観桜会に出席。前日には総本部を訪問くださり、私どもで歓迎させていただきました。
 会見で特に印象深かったエピソードは、周総理が、かつて自宅で食事をしていた折のことです。一冊の冊子を物珍しそうに眺めている秉宜氏に、総理は語りました。
 「それは創価学会という日本の宗教団体の本です。創価学会は戦争に反対し、平和のために貢献している団体です。会長は池田大作という方です」と。
 周総理は、仕事の話を家族にすることがほとんどなかったため、この総理の言葉は、秉宜氏の印象に強く残っているそうです。
 どれほど周総理が、創価学会に注目していたかを端的に示す歴史的事実だと思います。
 なぜ周総理が学会を重要視したか。それは、学会が「大衆の中に基盤を持つ団体」だったからである、とは多くの関係者が証言するところであります。最も盤石で、最も広大な「大衆」という大地に根を張るがゆえに、学会はぶれない。最も正しく、最も信頼できる。こう周総理は見抜いたのです。
 誰が一番、庶民の心を知るのか――。
 誰が一番、庶民の心を守るのか――。
 「それは学会をおいて、ほかにはない」と、私たちは大確信で胸を張り、「庶民の」「庶民による」「庶民のための」対話拡大を、ますます威風堂々と開始していきましょう(拍手)。

社会の繁栄築く 立正安国の行動


 一、大阪事件直後の57年8月、池田先生は、反転攻勢の拡大戦を東京・荒川の地から開始され、わずか1週間で会員世帯の1割を超える弘教の金字塔を打ち立てられました。
 その勝利の原動力を、池田先生は小説『新・人間革命』第26巻(「奮迅」の章)で、2点つづられています。
 1点目は、「みんなに、絶対に幸せになってもらいたいという一念」です。
 「幸せになるための信心であり、学会活動ではないですか。全部、自分のためであり、それがそのまま、社会の繁栄を築いていくことにもなるんです」と教えてくださっています。
 「人間革命」即「立正安国」であり「立正安国」即「人間革命」です。リーダーは、一切が信心の戦いであり、同志が功徳を受けてこその勝利であると銘記していきたい。
 2点目に、先生は「“広宣流布の後事は、すべて大丈夫です”と言える拡大の実証を、戸田先生にご覧いただこうと、決意していたこと」であると教えてくださっています。
 会員75万世帯の「達成は、戸田先生の人生の総仕上げとなる戦いだった。なんとしても、この昭和32年(1957年)中には、それを成し遂げ、先生にご安心していただきたかった」と。
 そして先生は、ご指導くださっています。
 「師匠の総仕上げの戦いというのは、弟子の大成を見届けることなんです。つまり、弟子が、『先生! わが勝利を、ご覧ください!』と、師匠に胸を張って報告できる実証を示すことなんです。それが、師弟不二です」
 まさしく、今の私どもへのご指導と拝すべき、重要な一文であります。
 池田先生は「学会の永遠性を確立するのは、まさに今この時だ。これが私の総仕上げの闘争である」と、ご指導くださっています。
 そして「師匠の総仕上げの戦い」が「弟子の大成を見届けること」であるならば、私たちは断じて勝たねばなりません。
 御聖訓に「強敵を伏して始て力士をしる」(御書957ページ)と仰せの通り、史上最難関の激戦が待ち受けるは必定です。
 「『感激』できる人は、何事にも感謝していける、清新で謙虚な、豊かな生命の人です」「その『感激』を生み出す根本は、清らかな久遠の生命に立ち返ることです」との池田先生のご指導を身で拝し、私どもは日々、師匠との誓願に立ち返りながら、全てが「自分の戦い」であり、全てが「自分のための戦い」であると決めて、勇んで戦っていきたい。
 「5・3」から「7・3」へ、断じて池田門下の勝ちどきを上げようではありませんか(拍手)。 


◆世界広布新時代第25回本部幹部会 (要旨) 永石貴美子婦人部長


 一、お元気な池田先生・奥さまのもと迎えた、5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する本部幹部会の開催、おめでとうございます(拍手)。

◆〈信仰体験〉 5つの介護事業を経営

 【徳島県阿南市】市内の小さなデイサービスセンター「杏の丘」。介護が必要な高齢者十数人が通い、食事をしたり互いに交流をしたりしている。

◆〈信仰体験〉 個別指導学習塾を運営

 【名古屋市東区】「社会に貢献したい」「家計を支えたい」――働きたいと思いながら仕事に就いていない女性は、内閣府の調査によると国内に300万人以上。

2017年4月20日 (木)

2017年4月20日(木)の聖教

2017年4月20日(木)の聖教

◆わが友に贈る

躍動する生命の人は
愚痴や不満が出ない。
歓喜と感謝の心は
福運を倍加させる。
さあ颯爽と使命の道を!

◆〈名字の言〉 2017年4月20日
 

 東日本大震災の被災地で、古文書や文化財の保全に取り組む歴史家たちがいる。その集大成である『よみがえるふるさとの歴史』全12巻(蕃山房発行)が好評を博している▼失われた郷土の歴史を“文章の力”で取り戻す試みで、第2巻では、約400年前に東北を襲った慶長奥州地震津波からの復興を特集。塩害で農業が困難になった地にあって、逆転の発想で製塩事業を推し進め、沿岸部を活性化した事例が紹介されている▼プロジェクトの中心者で歴史家の平川新宮城学院女子大学学長は、先人の挑戦をよみがえらせる意義について「心の復興につながる仕事」と力を込める(「第三文明」4月号)▼震災から半年後の2011年9月、池田先生は小説『新・人間革命』第25巻「福光」の章の連載を開始した。1977年3月11日から3日間にわたる福島訪問を軸につづられた同章の連載中、『新・人間革命』は新聞小説史上、日本一の連載数を記録。渾身の筆による東北への熱き思いに、友は奮い立った▼常設展示「東北福光みらい館」(仙台市)は、同章の一節から始まる。3月に開設し、観賞者は6000人を超えた。不屈の精神を燃やし、悲哀を勇気に、宿命を使命に変えゆく友の姿こそ、“福光の歴史”として未来へ輝き渡る。(朱)

◆〈寸鉄〉 2017年4月20日

 会長の言葉には心がある
 から人の胸を打つ―識者
 思いは伝わる。師に続け
      ◇
 聖教を世界に読ませたい
 ―戸田先生。発展支える
 友に深謝。本紙創刊の日
      ◇
 言わねばならぬ事を言う
 のだ―桐生悠々。社会を
 動かす正義の対話今こそ
      ◇
 疲労、寝不足は交通事故
 の因。体調管理しっかり。
 無冠の皆様も安全第一で
      ◇
 活字閲読は認知症予防に
 効果的と。読者が健康・
 和楽で―希望の論調益々

◆社説22日は「アースデー」   地球のためにできることから


 「自転車に乗れば毎日がアースデイ」――毎年4月22日を中心に開催される、あるイベントのキャッチコピーである。排出ガスがなく、環境に負荷を掛けない自転車を利用することで、地球に優しい生き方を見つめている。
 あさって22日は、「アースデー(地球の日)」。1970年のアメリカの市民運動を発端とする環境意識啓発の日だ。日本でも市民団体やNPO(民間非営利団体)、自治体などが各地でさまざまな催しを企画している。地球環境保全のために何ができるのか、一人一人が真剣に思索する機会としたい。
 例えば、CO2削減や地球温暖化防止につながる節電もその一つ。環境省では、節電に役立つ情報を詳しくまとめた特設サイトを開設し、「こまめにスイッチオフ!」や「待機電力を削減!」など、家庭でできる節電のポイント七つを分かりやすく紹介している。
 こうした具体的行動の前提として、事実を正しく知ることが重要だ。それは、国際的な取り組みにおいても不可欠である。
 気候変動抑制に関するパリ協定は、2015年12月の採択から1年足らずの翌年11月、異例のスピードで発効した。
 池田先生は、その要因を、本年の「SGIの日」記念提言の中で、「異常気象や海面上昇など、気候変動の影響が次々と目に見える形で現れ、どの国にとっても喫緊の課題であるとの『認識の共有』が進んだことが大きかった」と推考している。
 国際社会が大きく変化する中で、国民の意識啓発がどれほど進んでいるだろうか。昨年9月、内閣府が発表した世論調査によれば、パリ協定を知っている人は6割、だが内容まで知っている人は7%にとどまった。アースデー等の機会を一段と活用することが必要だろう。
 これまで創価学会は、各地で「わたしと地球の環境展」を開催するなど、この「認識の共有」に取り組んできた。世界各国のSGIも環境保全の活動を進め、アースデーに合わせて、フィリピンやカナダ、中米パナマなどでは環境展示も開催してきた。国際的な連帯の拡大に、識者から高い評価が寄せられている。
 「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(御書31ページ)と日蓮大聖人は訴えられた。「四表」つまり自身を取り巻く環境が、平和で安全でない限り、自らの幸福も実現できない。自他共の「幸福な未来」を築くため、まずできることから取り組みを始めたい。

◆きょうの発心     行き詰まりこそ境涯を開く好機2017年4月20日

御文 
仏になり候事は凡夫は志ざしと申す文字を心 へて仏になり候なり(白米一俵御書、1596ページ・編1447ページ)
通解 仏になることについていえば、凡夫は「志」という文字を心得て仏になるのである。

 仏法を求める純真な一念こそ、成仏の要諦であることを教えられています。
 
 社会人3年目の時に男子部部長の任命を受けましたが、仕事の悩みが尽きませんでした。男子部本部長を務めていた頃、先輩から“仕事で苦労していても、笑顔でメンバーを励まそう”と激励を受け、移動中もメンバーの幸せを祈り、深夜に帰宅してからも御本尊に向かいました。
 そんな時、聖教新聞に「大きな悩みが 大きな境涯を開く」との言葉が。先輩に指導を受ける中、自分が早く楽になりたいという“小ささ”に気付きました。祈る姿勢が変わり、「自分が大変な時こそ、人のために行動を」と大きく境涯を開くことができました。
 その後、本部職員に。男子部のリーダーとして、池田先生と同志の皆さまへの感
謝の思いを、広布拡大の結果をもって示していこうと励んできました。
 長年、子宝に恵まれないことが私たち夫婦の悩みでしたが、4年前、弘教を実らせた直後に長女を授かりました。
 学会厳護の牙城会精神を胸に、今月30日に開催する「三代城創価青年大会」を大成功・大勝利してまいります。  北海道牙城会委員長 本間信一

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十三 (6051)
 


 山本伸一は、長野の同志に対して、全精魂を注いで激励に次ぐ激励を重ね、八月二十八日、敢闘の九日間を過ごして東京へ戻った。
 この長野訪問は、長野広布の歩みのうえでも、創価学会の歴史のうえでも、時代を画する新しいスタートとなった。しかし、それが「聖教新聞」に大きく報道されることはなかった。功労者宅への訪問が、二面などに、わずかな行数で報じられたにすぎなかった。
 伸一は、翌年も、翌々年も長野研修道場を訪問し、ここから清新なる広布の波動を起こしていくことになる。
 同研修道場での研修は、年ごとに規模を大きくし、充実したものになっていった。
 中心幹部が集っての全国最高協議会をはじめ、各方面、各部の研修会、世界のメンバーの研修会などが活発に開催された。
 伸一も、メンバーの要請を受けて出席し、共に錬磨の汗を流した。そして、この研修会は、学会の新しき伝統行事となり、広布伸展の原動力となっていくのである。
 また、ここには、キルギスの著名な作家チンギス・アイトマートフや、米デラウェア大学のデイビッド・ノートン教授、米インタナショナル大学のデイル・ベセル教授、米ジョン・デューイ協会のジム・ガリソン会長とラリー・ヒックマン前会長、中国・華南師範大学の顔沢賢学長、インドのガンジー記念館のラダクリシュナン館長など、世界の識者も多数訪れ、平和・教育・文化交流の舞台となっていった。
 伸一が戸田城聖の精神と偉業を永遠に記し伝えることを誓った後継の天地・軽井沢は、新しき前進と創造の電源の地となったのだ。
 彼が一九九三年(平成五年)八月六日、小説『新・人間革命』を起稿したのも、長野研修道場であった。
 長野の同志は、この研修道場での伸一との出会いと共戦を、最高、最大の誇りとし、果敢に地域広布の大道を開いてきた。師子の誇りこそ、不撓不屈の闘魂となり、勇気の光源となる。そして、勝利の大力となる。

【聖教ニュース】

◆きょう本紙創刊66周年  全読者、無冠の友、通信員に感謝
 7月に新社屋「創価学会 世界聖教会館」を着工
 きょうから全国で中継 本部幹部会に配達員大会の意義を込め

「創価学会 世界聖教会館」の完成予想図
「創価学会 世界聖教会館」の完成予想図

 きょう20日、「聖教新聞」が創刊66周年を迎えた。
 全読者、無冠の友(本紙配達員)、通信員、ならびに全ての関係者の皆さまに心から感謝するとともに、今後もいっそうの紙面の充実に努めたい。
 聖教新聞の新社屋である「創価学会 世界聖教会館」は、2019年の11・18「創価学会創立記念日」の落成を目指して、7月から本格的な工事が開始される。
 東京・信濃町の総本部に建設される同会館は、地上5階、地下2階建て。正面玄関に創刊原点の意義をとどめる記念碑が設置され、「人間の機関紙」としての聖教の永遠の使命が刻まれる。
 建物には機関紙・誌の編集室や会議室、礼拝室の「言論会館」などとともに、配達員顕彰室や展示室、図書資料室、談話スペースなどが設けられ、聖教を支える会員・読者の皆さまが喜び集う「希望の言論城」となろう。
 一方、きょうから全国で始まる世界広布新時代第25回本部幹部会の中継行事は、「聖教新聞配達員大会」の意義を込めて開催され、永年表彰が行われる(中継の会場と時間は各県・区で決定)。無冠の友の皆さまの日頃の献身に感謝し、たたえ合う集いとなる。
 聖教はこれからも、人間革命と生命尊厳の哲学を掲げ、「言葉の力」で人間を結び、世界平和を創出しゆく「正義の言論城」としての使命を果たしていく。

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉61  剣豪の如く教学を磨け

御文
 この御文は大事の事どもかきて候、よくよく人によませて・きこしめせ  (上野殿御返事、1510ページ)
通解 このお手紙には大事のことを書き記している。よくよく人に読ませて、お聞きになりなさい。

同志への指針

 “剣豪の修行の如き鍛錬”――65年前、御書全集の「発刊の辞」で、恩師は学会伝統の行学の姿勢を厳と示された。
 教学は生命の宝剣だ。剣豪が基本の素振りを怠らぬように、たゆまず御書を開くのだ。教学を磨き深めれば、境涯が広がる。友に希望と勇気の励ましを送ることができる。
 どこまでも御書根本に、「広宣流布」と「立正安国」の確信の対話を!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉24 歓喜と躍動の「5・3」を晴れやかに 
 今こそ千載一遇の「天の時」
 一人への激励から新たな拡大

 竹岡 日本全国、全世界の同志と共に、栄光の「5・3」記念の本部幹部会を、晴れやかに開催することができました。
 永石 「SGI春季研修会」「聖教新聞配達員大会」の意義も込めて、海外55カ国・地域のリーダー、「無冠の友」の代表の皆さまも、世界広布の本陣・東京に集い合うことができました。皆で大合唱した東京の歌「ああ感激の同志あり」は感動的でした。
 伊藤 アフリカ・トーゴSGI議長のイダ・アジェビさんの活動体験も素晴らしかったですね。
 竹岡 「魂の独立」から25年の昨年、19カ国で行われた「第1回アフリカ統一教学実力試験」の模様も映像で紹介されました。世界広布がすごいスピードで進んでいることを実感します。
 原田 連載中の小説『新・人間革命』「雌伏」の章で、1979年(昭和54年)、池田先生が「二十一世紀は『アフリカの世紀』になる」との信念でアフリカの関係者との語らいに力を注いだ模様も綴られています。「長年、大国の植民地として支配され、貧困や飢餓に苦しんできたアフリカの平和と繁栄が約束されなければ、人類の未来はない」と。
 伊藤 そうした先生の信念は、一貫していますね。そして今、アフリカ全土に陸続と、地涌の友が誕生する時代が到来しています。
 長谷川 先生は幹部会へのメッセージで呼び掛けられました。
 「民衆の幸福のため、社会の安定のため、世界の平和のため、我らはいよいよ『賢者はよろこび』と戦い進むのだ。そして、信念の対話を勇敢に広げ、地涌の若き賢者を聡明に育みながら、人類に立ちはだかる、ありとあらゆる試練を断じて勝ち越えていく『立正安国の大連帯』を築き上げていこうではないか!」と。
 原田 世界広布の壮大な未来へ、一人一人が「人間革命の凱歌」「師弟の凱歌」を轟かせてまいりたい。幹部会の全国中継は20日から23日まで行われます(中継の会場と時間は各県・区で決定)。皆で晴れやかに集い合い、全世界の創価家族と共に「5・3」を慶祝し、「師弟の月・7月」へ勢いよく出発してまいりましょう。

「いよいよ強盛」に


 永石 先月、池田先生ご夫妻は、世界の婦人部を代表して、アメリカ婦人部の“広布功労の母”を激励されました。この歓喜のニュースを受け、全米の同志は希望に燃え、さらなる拡大に挑戦しているそうですね。
 竹岡 アメリカ青年部も、「一人一人への激励」を根本に、①折伏②家庭訪問・個人指導③青年部の座談会参加④教学、に全力を挙げています。今、「世界広布新時代 青年拡大の年」を先駆しています。
 伊藤 新入会の方々の成長と活躍も目覚ましいですね。「自他共の幸福」を目指し、各部が協力して家庭訪問に取り組み、新しいメンバーが次々と立ち上がっていると伺いました。
 長谷川 世界広布も、こうした「一人への励まし」「身近な一歩」から始まります。「新しい一歩を踏み出し、新しい人と会う。その行動のなかに広宣流布の広がりがある。一人の同志が使命に燃え立つならば、その火は、次々と人びとの心に移り広がり、燎原の火となって燃え輝く」と先生が教えてくださっている通りですね。
 原田 先日、先生は「いよいよ強盛なるべし」(御書1512ページ)との御聖訓を引かれ、「私も、日本と世界の同志のために、『いよいよ強盛』の決心でおります。これからも、ますます、祈り、書き、動きます。千載一遇の天の時である」と語られました。
 この師匠の真心に何としてもお応えしたい。世界広布の「天の時」を、全世界の同志の「異体同心の団結」で一丸となり、断固勝ち飾ってまいりましょう。

絶対無事故の祈り


 永石 最近、社会では詐欺の手口が一段と巧妙化しています。先日もニュースで、「生活センター」を名乗り、権利譲渡などを持ち掛ける男らに、80代女性が約1億500万円をだまし取られる、という事件が報じられていました。
 長谷川 魔の手は常に身近に潜み、どんな手段を使ってくるか分かりません。「自分は大丈夫」との油断を排して細心の注意を払い、特に、高齢者の家族や友人、地域の方に「日頃からの声掛け」を行いたい。
 原田 あらためて確認ですが、金銭貸借や共同事業などのために学会の組織、役職等を悪用する行為は厳禁です。万一、こうした兆候があれば、リーダーは厳重に対応してまいりたい。
 長谷川 仮に金銭的に困っている人がいても、本人が信心根本に自力で立ち上がれるよう励ましていくのが、学会指導です。仏子の集いである清浄な学会の組織を守り、発展させていくためにも、そうした組織利用は絶対にあってはなりません。なお、組織では、忘年会・新年会と同様、飲食を伴う歓送迎会なども行わないようにしてください。
 原田 また日頃、幹部は同志の一身上の悩みやプライバシーについて、話を伺う機会があるかもしれません。同志が信頼した上で話してくださったことです。当然ですが、本人の了承を得ない限り、絶対に口外してはいけません。
 永石 もし、自分一人で解決できないような場合は、本人の了承のもと、「○○さんのもとへ、一緒に相談に行きましょう」など提案し、共に指導を受けることも大切です。
 原田 たとえ親しい間柄であっても、プライバシーは最大に尊重しなければなりません。「わざわい(禍)は口より出でて身をやぶる」(同1492ページ)と仰せの通り、軽はずみな発言などで同志を苦しめることがあってはなりません。日々の絶対無事故の祈りを根本に、すがすがしい息吹で、充実の一日一日を重ねていきましょう。

◆〈魂のバトンを君に 池田先生と後継の友〉 関東 
 敢闘精神で世界の模範と輝け!

   
埼玉・所沢の西武ライオンズ球場(当時)で開かれた第2回世界平和文化祭。開会前、池田先生は小雨の降る中、グラウンドを回り、出演者・参加者に励ましを送った(1982年9月19日)
埼玉・所沢の西武ライオンズ球場(当時)で開かれた第2回世界平和文化祭。開会前、池田先生は小雨の降る中、グラウンドを回り、出演者・参加者に励ましを送った(1982年9月19日)

 関八州を制する者は
 天下を制する。
 これは日本史の
 確固たる方程式である。
  
 ゆえに我らは
 ここ大関東で
 真剣勝負に挑むのだ!
 ここ大関東で
 完勝の旗を振るのだ!
  
 ――2007年(平成19年)6月、池田先生が、関東の同志に詠み贈った長編詩の一節である。
 本陣・東京を囲むように広がる埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木。
 その深き使命を先生は、“東京を動かし、東京の砦となる”とも、“関東の勝利が、日本の勝利、そして全民衆の勝利である”とも語ってきた。
 中心部の周囲にある組織を「電源地」へと育て、中心部を刺激し、切磋琢磨することによって、全体の広布を前進させる――池田先生が若き日から実践してきた、広布の将軍学である。
 「関東精神」即「敢闘精神」にみなぎる今日の大関東。それは、先生自ら、青年を育てることによって築かれてきた。ここでは、第3代会長辞任後の“反転攻勢”の中で結ばれた、先生と関東青年部の原点を確認したい。
                                                                    ◇◆◇ 
 行動の火ぶたが切られたのは茨城だった。1982年(昭和57年)2月の、いわゆる“厳寒の茨城指導”である。
 前年秋の四国、関西、中部、九州、同年1月の“雪の秋田指導”などに続いて、最も宗門による攻撃の激しかった地域を訪ね、共戦の友をたたえ、青年には“私と共に立ち上がれ”と訴えゆく激励行だった。
 体調は決して思わしくなかったが、池田先生の茨城訪問の決意は固かった。
 「苦しみ抜いた、茨城の友が待っているんだ。何があっても、私は行くよ!」
 2月7日から12日までの6日間、渾身の激励は続いた。
 期間中、11日には茨城県青年部総会が予定されていた。“先生に出席していただきたい”――当時の青年部の思いは一つだった。
 10日、先生を乗せたバスに茨城の青年たちが同乗する機会が訪れた。当時、県女子部長だった杉山英子さん(第1茨城総県副総合婦人部長)が、意を決して願い出た。「明日の青年部総会に出席してください」
 先生は答えた。「総会は、自分たちでやるんだよ」
 11日の総会には、全県から3500人が駆け付けた。そこに師匠の姿はなくとも、“21世紀の茨城広布は私たちがやる”との意気がみなぎる中、会合は進んでいった。
 そのさなか、先生から伝言が届いた。“記念撮影をしよう!”
 終了後、茨城文化会館の駐車場で、忘れ得ぬ出会いが刻まれた。
 杉山さんは振り返る。
 「池田先生は、あえて総会に出席しないことで私たちを薫陶してくださり、記念撮影に納まることで、私たちの思いに応えてくださいました。後になればなるほど、弟子を思う師匠の心がどれほど深いかが、胸に迫ります」
 同年9月19日には、埼玉・所沢の西武ライオンズ球場(当時)で、第2回世界平和文化祭が行われ、多くの関東青年部が師弟の原点をつくった。
 当日の天気は雨。開会前の午後4時半ごろ。先生は小雨の降る中、傘をささずに、観客席に手を振り、グラウンドを一周した。「本当にご苦労さま。風邪をひかないよう、工夫してくださいね」と。参加者は、その姿を目に焼き付けた。
 来場者のうち、1万2千人は、各界の来賓や地域の友人だった。師匠の真心に応えようとする青年の熱演は、観衆を魅了し、学会の「真実」を物語り、認識を一変さえさせたのである。
                                                                        ◇◆◇ 
 85年(同60年)から86年(同61年)にかけて、栃木、千葉、埼玉、群馬の文化祭が相次ぎ開かれた。そのいずれにも、池田先生は出席し、関東青年部の汗と労苦をたたえた。
 栃木青年部の文化祭は85年8月18日。夏真っ盛りの開催である。会場となった県体育館は、出演者4000人の熱気に満ちていた。7年ぶりの栃木訪問となった先生は、袖をまくり、汗で背中をびっしょりにしながら、拍手を送り続けた。
 「栃木青年部の伝統として、総会を開催してはどうか」。先生が提案したのは77年(同52年)3月。約半年後に第1回総会を行って以来、栃木青年部は毎年のように総会を開き、同文化祭には第8回総会の意義を込めていた。
 当時、県女子部書記長として、文化祭の成功に奔走した一人が塩野良子さん(宇都宮総県婦人部長)。
 「私たちの広布への情熱と決意を、先生に見ていただきたい! ただただ、その思いだけでした」
 塩野さんの長女・美穂子さん(女子部本部長)は先月、8年越しの対話を実らせ、中学時代の友人を入会に導いた。師弟に生き抜く“誓春の道”を、親子二代で歩んでいる。
 栃木に続いて85年9月23日、先生は千葉・成田市で開かれた第1回千葉青年平和文化祭に出席した。
 その1カ月余り前、文化祭の開催を報告した千葉の代表に、先生は語った。「千葉は立ち上がったな!」
 当日も先生は、郷土愛にあふれた演目、出席した5200人の青年をねぎらい、あいさつした。
 そのわずか6日後の9月29日、今度は、埼玉・川口市での第1回埼玉青年平和文化祭に駆け付ける。
 この日も、82年の所沢での文化祭に続いて雨だった。
 来賓に心を配り、声を掛けながら、4500人の演技一つ一つに拍手を送り続ける先生。演技者だけではない。「どうもありがとうございました」と、会場を去る瞬間まで、場外の運営役員に感謝の言葉を掛ける。
 07年5月8日、埼玉池田研修道場を初訪問した先生は、心を砕き、命を削って友を励ましてきた真情を語り残した。――創価の三代は自分を捨てて、会員を守ってきた。その心が異体同心につながる。勝って、また会おう!――と。
 この「常勝埼玉師弟の日」から、今年で10周年となる。
                                                                          ◇◆◇ 
 「今日の文化祭、成功させよう」
 86年9月7日。池田先生は前橋文化会館でそう語り、第1回群馬青年平和文化祭の会場となった前橋市民体育館に向かった。
 そして、先生が見守る中、舞台が始まった。出演者・役員ら、約5000人の青年の歓喜と決意が爆発したフィナーレ。その中に、宮本雅則さん(群馬池田総県、副総県長)もいた。
 男子部の演目「鎌倉征伐」に出演した。仕事を終え、発心したばかりの友や、入会から日の浅い友と一緒に練習に駆け付ける日々。弘教拡大に走りに走った。
 「当時、あれだけ頑張れたんだから、今できないわけがないって思えるんですよ。だから、どんな苦難も乗り越えていけます!」
 広布への情熱の松明は今、長男の光宏さん(男子部本部長)、次男の宏樹さん(総県男子部長)、長女の槇島香さん(副白ゆり長、支部ヤング長)に、確かに受け継がれている。
                                                                         ◇◆◇ 
 数々の師弟の原点を誇る関東青年部。その中で今、再び胸に刻むべき、先生の重要な指導がある。
 2001年(平成13年)9月23日、東京牧口記念会館で行われた、千葉青年部総会。9・11米同時多発テロ事件から、わずか12日後の開催だった。
 先生は「大悪は大善が来る前兆である」(御書1467ページ、通解)等の御書を拝しながら、今こそ「生命尊厳」の正しき永遠の軌道を聡明に探求し、勇敢に叫び抜こう! と訴えた。
 そして、諸君がその先頭に立ってもらいたい、と。
  
 完勝の
 世界の模範たれ!
 大関東の勢力は
 天下一なり!
  
 ――池田先生が関東に贈った言葉である。その期待を真実ならしめる時は、「今」である。

◆〈信仰体験〉 4月20日は「聖教新聞創刊記念日」 今日も歩む“無冠の道”を 

「こうして元気に配達ができる。私にとって何よりの喜びです」。“無冠の誇り”を胸に竹之内さんは歩む
 【東京都清瀬市】きょう20日は「本紙創刊記念日」。聖教新聞の配達に尽力してくださる「無冠の友」に心から敬意を表したい。竹之内貞子さん(64)=栄光支部、地区副…
 

2017年4月19日 (水)

2017年4月19日(水)の聖教

2017年4月19日(水)の聖教

◆わが友に贈る


一対一の励ましこそ
人材育成の王道だ。
明るく元気になるよう
リーダーは誠心誠意
友の話に耳を傾けよ!

◆〈名字の言〉 2017年4月19日
 

 沖縄・那覇市の3大祭りの一つ「那覇ハーリー」が5月の連休に開催される。祭りのメインはハーリー競漕。地域対抗をはじめ、中学校対抗や職域対抗などもにぎやかだ▼爬竜船と呼ばれる小船に32人のこぎ手と、船首部分に鐘打ち役、船尾にはかじ取り役が乗り込み、速さを競う。本番が近づく今、早朝や夕刻には、あちこちから練習に励む鐘の音が聞こえる▼20年以上にわたり、ハーリーのこぎ手を務める壮年に話を聞いた。「大切なのは鐘打ちのリズムに、全員が呼吸を合わせて櫂をさばくことです」と。どんなに力や技術のあるこぎ手をそろえても、櫂をこぐタイミングがバラバラなら力はそがれ、スピードに乗ることはできない。逆に、皆の呼吸が合えば、ぐんぐん勢いは増していくという▼御書に「殷の紂王は、70万騎の大軍でしたが『同体異心』であったので、戦いに負けました。周の武王は、800人でしたが『異体同心』であったので、勝ったのです」(1463ページ、通解)と仰せの通りである▼異体同心の団結とは、個性を抑えるものではない。大目標に向かって、心一つに切磋琢磨する。そのなかで一人の力が最大限に引き出され、想像を超えた大きな力となる。「5・3」から「7・3」へ、「一人」が輝く団結の前進を開始したい。(結)

◆〈寸鉄〉 2017年4月19日

 「法華経を持ち奉る処を
 当詣道場」御書。我らは
 地域の幸福責任者の心で
      ◇
 良い事をしないのは悪い
 事をするのと同じ―牧口
 先生。仏法の魂は行動に
      ◇
 できると信じればどんな
 困難も成就できる―孫文
 いざ楽観主義で開拓を!
      ◇
 急な気温上昇時、熱中症
 に注意。体が慣れぬ季節。
 水分補給等をぬかりなく
      ◇
 人工知能による翻訳が劇
 的進化と。言葉の壁と共
 に「心の壁」なき時代を

◆社説  「真実」は良き社会の指標  平和への人間革命の叙事詩を発信


 その年を象徴する単語を、毎年、選出する英オックスフォード辞書。昨年は「ポスト・トゥルース(真実の次)」という単語が選ばれた。
 その語義は「事実を語るより、感情や個人的信条に訴えた方が、世論形成に強い影響力を与えられる状況」のこと。真偽の判定に労力を掛けるより、自分に心地よい情報を手早く受け取ってしまう――真実が軽視され、虚偽が横行する風潮は、人々の精神をむしばみ、社会の存立を危うくさせる。
 あす聖教新聞は創刊66周年を迎える。本紙は、その出発点から、常に真実と真摯に向き合う姿勢を貫いてきた。本紙創刊に向けた検討の中で、戸田先生は“正直で、?がなく、正確であること”を第一に求めている(小説『人間革命』第5巻「烈日」の章)。
 創刊の原点を振り返ると、混迷を深める現代社会にどのようなメッセージを発信すべきか、忘れてはならない視点をあらためて確認させられる。
 「この新聞をもって、広宣流布の火蓋を切っていくんだ」とも戸田先生は語っている。本紙創刊に懸けた情熱を受け継ぎ、聖教の礎を築き、常に紙面作りの先頭に立ってきたのが池田先生である。執筆する小説『新・人間革命』は本年2月に連載6000回を突破。最前線で広布の指揮を執る、絶え間なき平和への行動が報道されてきた。
 先生の哲学と行動が、どれだけ読者に希望と勇気を与えてきたか、そして地球的規模で伸展する世界広布の原動力となったか、計り知れない。本紙はこれからも、永遠に師弟不二の精神で、平和への叙事詩をつづる“人間の機関紙”であり続ける。
 「火蓋を切る」とは、火縄銃の引き金を引く直前の動作を指す。広布伸展の引き金を引くのは、三代の師弟の言論闘争を継ぐ、私たち弟子の使命といえよう。読者一人一人の勇気の行動を応援する紙面や企画の創出に、今後も全力を尽くしたい。
 過日、開催された本部幹部会で、池田先生は「究極の信念の闘士」と、本紙の配達に携わる全ての友に励ましと感謝を送った。この言葉は、無冠の友のみならず、通信員の方々、また本紙の購読推進に奮闘される皆さま、世界中の読者の皆さまに宛てられた賛辞でもあろう。
 多くの人の支えなくして本紙はない。創価学会の真の姿、信仰が生み出す同志の蘇生のドラマを届ける責務を、読者への感謝を胸に、果たしていきたい。

◆きょうの発心   師の励ましに、地域広布を誓う2017年4月19日
御文
 かくれての信あれば・あらはれての徳あるなり(上野殿御消息、1527ページ・編840ページ)

通解
 今は知られなくとも内に誠意があれば、いつかその徳は外にあらわれるものである。

 誰が見ていようといまいと、まじめに広布に戦う人には、必ず福運の花が咲くとの原理を示されています。
 
 1989年(平成元年)4月19日、垂井の岐阜平和講堂を訪れた池田先生が、私の祖父母の手を握り、励ましてくださいました。当時、小学生だった私は何も分かりませんでしたが、2002年(同14年)、随筆の中で、この日のエピソードとともに、祖父母が第1次宗門事件に敢然と立ち向かったことをつづってくださり、大感動しました。さらに、私が当時、創価女子短期大学に学んでいることを聞かれた先生が大変に喜んでくださったと伺い、岐阜広布に生きる誓いを立てました。
 昨年、母が、子宮体がんの宣告を受けました。母は宿命転換の実証を示そうと、力強く地域広布に駆け回りました。家族皆で唱題に徹し、師匠と同志の皆さまの励ましに支えられる中、手術は無事に成功。全てに守られたことに、信心の確信を深めました。
 本年は4・29「岐阜県青年部の日」から40周年。今月23日には、「岐阜創価青年大会」が盛大に開催されます。今いる場所から、平和の連帯を広げてまいります。  中部女性平和文化会議議長 杉山有紀子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十二 2017年4月19日 (6050)
 


 八月二十七日、山本伸一は、長野研修道場から小諸文化会館を訪れた。ここでも三回にわたって、三百人ほどの人たちと記念撮影をし、さらに代表と勤行し、懇談した。
 伸一は、どこまでも題目第一に、「勇敢なる信心を! 地道なる信心を!」と訴えた。
 研修道場に帰ったのは、夜九時近かった。
 二十八日は、長野滞在の最終日である。この日も研修道場を見学に来た人たちと十数回にわたって記念撮影し、懇談や家庭訪問を重ねた。その語らいのなかで、県長の斉田高志に語った。
 「長野研修道場は、地の利も良いし、夏は涼しく、美しい自然に恵まれている。これからは、全国、全世界の同志がここに集い、研修会も盛んに行われ、世界の人びとの憧れの地となるでしょう。
 したがって、その研修道場のある長野県創価学会もまた、世界一の人材山脈がそびえ、世界一の人間共和の模範となる組織をめざしてほしい。世界の同志から、『信心は長野に学べ!』と言われるようになってもらいたいというのが、私の願いなんです。
 それには団結しかない。それぞれの地域の特色を最大限に生かしながら、広宣流布のために、皆が心を一つにしていくことです。そうしていくには、県長が同志のために必死に尽くすことです。皆が、“あの県長は、私たちのために、ここまで気を配ってくれるのか”“ここまで献身してくれるのか”と思ってこそ、心を合わせ、協力してくれる。そこに団結が生まれるんです。
 リーダーが怠惰でいいかげんな姿勢であれば、人はついてこないし、団結もできない。そうなれば会員がかわいそうです。真剣で、誠実であることが、人びとの信頼につながっていきます。懸命に走り抜くんだよ」
 人材の育成は、来る日も来る日も、一人ひとりの心田に発心の種子を植える作業から始まる。伸一は、長野滞在中、身をもってそれを教えようとしてきたのである。行動に勝る、人を育むための教科書はない。

【聖教ニュース】

◆中国・王蒙元文化相と池田先生との対談集 「未来に贈る人生哲学」発刊
 人間の心の絆を復興する文学の力に迫る
 完成した対談集『未来に贈る人生哲学』


 中国を代表する文豪である王蒙元文化相と池田大作先生の対談集『未来に贈る人生哲学――文学と人間を見つめて』が、日中国交正常化45周年を記念して、あす発刊される。
 月刊誌「潮」に2015年10月号から16年11月号まで連載された対談を、加筆・再編集したもの。
 王蒙氏は、1934年、中国・北京生まれ。19歳で小説『青春万歳』を著し、『組織部にやってきた若者』で注目を集める。しかし、反右派闘争、文化大革命の中で、執筆の権利を奪われ、63年から同国西北端の新疆で生活を。その後、78年に北京へ戻り、中国作家協会に復帰した。同国の文化相などを歴任し、現代中国の文学界の重鎮として、国内外で活躍している。
 池田先生と氏との出会いは87年4月、東京で。「文学の使命」「日中の未来と青年」等をテーマに会談した。その後、2013年から両者は往復書簡等を通じ、日中友好の語らいを重ねた。
 対談では、氏の作品や、『三国志演義』『水滸伝』等の中国の四大古典小説、世界の文学作品を取り上げ、それぞれのストーリーや登場人物の人間性などに言及しながら、現代社会が抱える諸問題を乗り越えゆく方途を考察している。
 また、宋の詩人・蘇東坡を巡る語らいでは池田先生が、技巧に拘泥せず、芸術家自身の人格や精神性を重視した蘇東坡の視点に着目。「多様な文化活動を通して、人間という根本を探究する。そうした絶え間なき往還作業があってこそ、創造力もいや増していくのではないでしょうか」と訴える。そして、現代社会で求められるのは、こうした大いなる精神性であると指摘すると、氏は「池田先生がおっしゃったことは、まさに文学の根本」と応じ、「文の根本は人間であり、人間への関心、思いやりです」と、共鳴の対話が織り成される。
 人間性を高め、人間の心の絆を復興していく文学の力に迫った珠玉の一書は、読者の「希望の道標」「精神の糧」となろう。
 潮出版社刊。1728円(税込み)。全国の書店で発売。SOKAオンラインストアでも注文、購入できます。また、コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「ローチケHMV」での注文、受け取りも可能です。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈開学50周年へ 世界に挑む創価大学〉 留学生と日本人が共に暮らす国際学生寮が完成
 
   
勉強の合間に、ほっと一息。万葉国際寮の共用ラウンジは、広いキッチンスペースを完備。「食べ物を囲めば、すぐに仲良くなれます。これは世界共通みたいです(笑い)」
勉強の合間に、ほっと一息。万葉国際寮の共用ラウンジは、広いキッチンスペースを完備。「食べ物を囲めば、すぐに仲良くなれます。これは世界共通みたいです(笑い)」

 創価大学(東京・八王子市)の外国人留学生の数は年々増加し、現在は50カ国・地域から600人以上が学んでいる。今春も32カ国・地域から239人が来日。

◆〈信仰体験 入学の曲〉 子宮がんの再発、経済苦を越えて 

 【大阪府寝屋川市】自らを襲ったがん、夫のうつ病と経済苦……。打ち続く試練を越え、田中晴美さん(48)=葛原常勝支部、白ゆり長=は今月8日、交野市の関西創価学園…
 

2017年4月18日 (火)

2017年4月18日(火)の聖教

2017年4月18日(火)の聖教

◆わが友に贈る

広布のため 同志のため
陰の労苦を重ねる中に
無量の福徳が輝く!
「冥の照覧」は厳然だ。
大確信に満ちて進め!

◆〈名字の言〉 2017年4月18日

 かつて長寿の双子姉妹として人気を博した、きんさん・ぎんさん。妹の蟹江ぎんさんの4人の娘さんたちも、負けず劣らずの長寿姉妹で、平均年齢は98歳になる▼彼女たちの“元気の秘訣”は、毎日のように集まって「おしゃべり」することだった。長寿医療の研究者が調べたところ、4姉妹が自由に会話している時、脳の血流が増えていることが分かった(石川恭三著『沈黙は猛毒、お喋りは百薬の長』河出書房新社)▼脳の血流が増えると、神経細胞が活発になり、認知症の予防や、抗うつ効果も期待できるといわれる。「健康社会」を考えるうえで、人と人との対話や交流は欠かせない要素だ▼先ごろ、91歳で入会した婦人が語っていた。「学会に入って20歳、いえ30歳は若返りました(笑い)」。世代や立場を超え、和気あいあいと励まし合う。成功談だけでなく、時には失敗談も愉快に語り合う。そんな学会の世界で今、彼女は新たな人生を謳歌している▼「おぼしき事言はぬは腹ふくるゝわざ」と『徒然草』にある。礼節をわきまえ、愚痴や文句を慎む姿勢は大切だが、思ったことを言わず、我慢し続けるのは体にも障る。互いを敬いつつ、どんどんしゃべって知恵を出し、元気を出す。日々の学会活動は“最高の健康法”だ。(誠)

◆〈寸鉄〉 2017年4月18日
 

 会長は他者に尽くす菩薩
 の生き方を現代に蘇らせ
 た―博士。平和創出の光
      ◇
 大学会の日。仏法即社会
 の勇者よ勝利の人生を!
 青春の誓いは貫いてこそ
      ◇
 「心の世界はいくらでも
 変化する」戸田先生。友
 を揺り動かす確信の声を
      ◇
 自転車事故経験者は3割
 ―調査。音楽やスマホ等
 「ながら」運転は厳禁だ
      ◇
 地域の多様な声くむ公明
 が改革の鍵―識者。三千
 の議員網で期待に応えよ

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十一  (6049)


 山本伸一が激励した人のなかに、佐久から来た柳坂亘・志津夫妻がいた。二人は、研修道場の庭の整備のために、伸一の滞在中も、連日のように通って来ていたのである。
 亘は、六十歳前後の造園業を営む壮年であった。伸一は夫妻に言った。
 「研修道場を大切にしてくださる柳坂さんの思いは、私の心でもあります。
 私は、ここを訪れた方々が、英気を養い、信心を錬磨し、最高の思い出をつくり、決意を新たにして、各地の広宣流布に邁進していっていただきたいと念願しています。
 そのためには、整備された、すがすがしい環境が大事です。お二人は、その重責を担ってくださっている。尊いことです。
 その労苦は、仏法の因果の理法に照らして、無量の功徳、大福運になっていくことは間違いありません。どうか、いつまでもお元気で、研修道場を守ってください」
 記念撮影が終わったのは、午後四時近かった。撮影回数は三十回ほどになり、一緒にカメラに納まった人は三千人を超えた。
 伸一は、記念撮影の準備・運営にあたった役員の青年たちに語りかけた。
 「ありがとう! 参加者は皆、喜んでいたよ。皆さんのおかげです」
 そして、駐車場の草刈りなど、陣頭指揮を執っていた長野県の男子部長に言った。
 「雨の中、泥まみれになって草刈りをしていた姿を、私は永遠に忘れません。学会員に尽くし抜いていく。それが私との共戦です。
 長い人生には、失敗も、挫折もあるかもしれない。しかし、それでも前へ進むんです。いちばん大事なことは、何があろうが、生涯、学会から離れず、同志のため、広布のために、献身していくことです。
 自分が脚光を浴びようとするのではなく、冥の照覧を信じて、広宣流布に生き抜くんです。それこそが本当の勇気です。
 その時に、自身が最も輝くし、その人こそが、人生の最高の勝利者です。私は、みんなのことを、じっと見続けていきます」
 小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎冥の照覧/「冥」とは、奥深く、目に見えないことで、ここでは凡夫には見えない仏神をいう。仏や諸天善神が、人びとの一念や行動をことごとく知っていること。  

【聖教ニュース】

◆ブラジルが池田先生を顕彰 2
 連邦下院議会「伯日国会議員連盟」 ロンドリーナ市 ロンドリーナ市議会
 連邦下院議員、ロンドリーナ市長、市議会議長が列席し創大で授与式

             
ブラジルのニシモリ連邦下院議員(右から4人目)から馬場創大学長に伯日国会議員連盟からの「顕彰プレート」が託された。ロンドリーナ市のベリナチ市長(同3人目)、同市議会のタカハシ議長(同2人目)らが祝福した(創大中央教育棟で)
ブラジルのニシモリ連邦下院議員(右から4人目)から馬場創大学長に伯日国会議員連盟からの「顕彰プレート」が託された。ロンドリーナ市のベリナチ市長(同3人目)、同市議会のタカハシ議長(同2人目)らが祝福した(創大中央教育棟で)

 ブラジルが、池田大作先生の平和・文化・教育への貢献を讃嘆――同国連邦下院議会の伯日国会議員連盟から池田先生に「顕彰プレート」が贈られた。パラナ州ロンドリーナ市と同市議会からは、それぞれ「顕彰状」が贈呈された。授与式は17日、同連盟会長のルイス・ニシモリ連邦下院議員、マルセロ・ベリナチ市長、マリオ・タカハシ市議会議長らが出席し、東京・八王子市の創価大学で行われた。
 「ベン・ヴィンドス!」(ポルトガル語で「ようこそ!」)
 ニシモリ議員一行を歓迎したのは、ブラジル出身の創大への留学生たち。一行は、都内や兵庫、沖縄での公務を終え、帰国の直前に創大を訪れた。
 「世界で活躍する人材を育む創価大学への訪問は、私たちのたっての願いでした」と、ベリナチ市長が語るように、留学生との交流は、式典終了後の別れ際まで続いた。
 ニシモリ議員は、母国の英才一人一人と握手を交わし、期待を込めて呼び掛けた。
 「素晴らしい環境で学べる皆さんは幸せです。皆さんは、わが国の誇りであり、希望の存在です」
 力強くうなずく留学生たち。「創価大学で徹して学び、ブラジルのみならず世界を舞台に平和に貢献できる人材になります!」と口々に語っていた。
 ブラジルには、日系人が多く住んでいる。伯日国会議員連盟は、日系の国会議員で構成され、ニシモリ議員も日系2世である。同連盟からは、これまでに、「顕彰盾」(2010年)と「顕彰状」(14年)が池田先生に贈られている。
 ニシモリ議員の地元・パラナ州では、牧口常三郎初代会長の創価教育学説に基づいた「牧口教育プロジェクト」などを通し、人間主義の思想が広く浸透している。とりわけロンドリーナ市では、創価の哲学への理解が進む。市内には、東京ドーム26個分に及ぶ広大な「池田大作博士環境公園」や「池田香峯子夫人環境広場」が設置され、池田先生ご夫妻は同市の名誉市民に迎えられている。
 ニシモリ議員は、来日するたび、創大や民音などを訪問し、交流を重ねてきた。その中で、池田先生の平和・文化・教育の思想と行動への理解を深めていったという。
 「池田先生は、世界中に平和に対するメッセージを発信されています。その先生のリーダーシップのもと、わが地元でも多くの市民が、社会に貢献されています」
 留学生も出席し、和やかに行われた式典では、ニシモリ議員、ベリナチ市長、タカハシ市議会議長から、それぞれの顕彰が代理の馬場学長に託されると、会場は大きな喝采に包まれた。

◆本紙創刊66周年 記念勤行会 
 
全国・全世界の友に勇気の万波を!――聖教新聞のさらなる充実と発展を約し合った創刊記念勤行会(常勝会館で)
全国・全世界の友に勇気の万波を!――聖教新聞のさらなる充実と発展を約し合った創刊記念勤行会(常勝会館で)

 4月20日の本紙創刊66周年を記念する勤行会が17日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 恩師・戸田城聖先生と若き池田先生の語らいの中で構想された聖教新聞は、1951年(昭和26年)4月20日に誕生した。池田先生は創刊以来、現在まで自ら筆を執り、人間主義の思潮を広げゆく言論闘争に全力を。また、無冠の友(本紙配達員)、通信員、新聞長ら多くの方々の支えにより、「セイキョウオンライン」を含め、世界で愛読される「人間の機関紙」として発展してきた。
 集いでは、原田代表理事が全読者への感謝を述べ、本社の新社屋となる「創価学会 世界聖教会館」の落成(2019年11月18日予定)へ、聖教の拡大が広布の拡大との気概で前進をと語った。
 原田会長は、小説『新・人間革命』の執筆や各地の会館への訪問などを通し、全同志に渾身の励ましを送る池田先生の行動に言及。今こそ弟子が師弟共戦の心で立ち上がり、世界広布のさらなる伸展へ、正義の言論の大旋風を巻き起こしていこうと力説した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第13回 ライン川 2017年4月18日

   
ドイツのビンゲン市からライン川を望む。ほとりには白壁の家々が立ち並ぶ(2015年5月撮影)
ドイツのビンゲン市からライン川を望む。ほとりには白壁の家々が立ち並ぶ(2015年5月撮影)

   日々、新しい心で挑戦

 遊覧船やボートが憩うように浮かぶ。静かな水面に家々や緑を映しつつ、ゆったりと流れていく。
 ドイツのライン川。
 全長は約1320キロ。アルプスの山中に源を発し、スイス、オーストリア、ドイツ、フランスなど六つの国を潤した後、北海へと注ぐ。
 古来、南北ヨーロッパを結ぶ水路として活用された。川沿いにケルンやマインツなどの都市が形成され、中世には諸侯が通行税を徴収しようと、競って城塞を築いた。
 趣のある古城。広大なブドウ畑。詩情豊かな景観は、見る者のロマンをかき立ててやまない。ゲーテが愛し、ユゴーがたたえた流れは、ヨーロッパの歴史と文化を育んだ「父なる大河」なのだ。
 1961年10月、池田大作先生がドイツを初訪問。ライン川のほとりの都市デュッセルドルフで、広宣流布の未来を展望した。
 その後、世界広布の誓いを胸に、数人の日本の青年がドイツへ渡る。しかし、待っていたのは苦闘の連続だった。
 彼らは炭鉱の作業員に。暗い坑内で汗と炭じんにまみれた。疲れ過ぎて、食事も喉を通らない。そんな青年たちのもとへ、下着やシャツ、日本食の詰まった段ボール箱が届く。先生ご夫妻からだった。
 “師匠の真心に必ず応える”――休日には、個人指導に、弘教にと車で何百キロも駆けた。岩盤に爪を立てるような努力によって、ドイツ広布の礎が築かれていく。
 65年、先生が再びドイツへ。小説『新・人間革命』第10巻「新航路」の章には、この時の模様が記されている。
 新体制で出発したドイツSGI。しかし、“自分には何の力もなく、自信がない”と悩みを口にするリーダーに、山本伸一会長が言う。
 「自信なんて、一朝一夕につくものではない。最初はなくていいんだ。大切なのは、挑戦していく心だ。挑戦し続ける勇気だ。何があっても、くじけず、あきらめず、投げ出さずに進んでいこうとする持続の力だ」
 師の期待を胸に、挑み続けたドイツの友。地域に信頼の根は広がり、広布の水かさは着実に増していった。
 「ここから見るライン川が一番美しい」とゲーテがたたえたビンゲン市には、由緒ある館を修復・保護したドイツSGIのヴィラ・ザクセン総合文化センターが立つ。一昨年には「フランクフルト池田平和文化会館」が開館した。共に地域に開かれた“対話と交流の広場”として、市民に愛されている。
 先生はつづった。
 「『人間完成』という大海を求めて、いつも『進んでいく』『向かっていく』。それが求道者であり、仏法で言えば『菩薩』である。
 ラインの流れも、大海を求めて、たゆむことなく進み続ける。大河は変わらない。大河は屈しない。永遠に流れる。永遠であって、しかも、いつも新しい。前へ前へ、いつも動き、いつも出発であり、いつも『途上』にある」
 川の様子は、一見、変わらないように見える。だが一滴たりとも同じ水はない。絶えず流れ続けるからこそ、川は美しく輝き、流域を豊かに潤すこともできる。
 人間も同じだろう。愚痴や文句は立ち止まっているようなもの。生命がよどんでしまう。何があろうと前を向き、勇んで行動する人は、生き生きと輝いていく。
 広布と人生の勝利へ、今日も新しい挑戦を開始したい。
 永遠の向上と成長こそ、我らの創価の道である。


◆〈この一節を胸に 行学に励む〉 テーマ 一人立つ
 全民衆の救済こそ日蓮大聖人の大願

             
 4月28日は「立宗の日」。建長5年(1253年)のこの日、日蓮大聖人は末法万年にわたる民衆救済の大闘争を開始され、ただ一人、妙法弘通に生き抜かれました。今回は「一人立つ」精神について学びます。

〈Q〉大聖人はどのような決意で、妙法流布に生き抜かれたのですか?
 
〈A〉「全ての民衆を必ず救う!」との心で一人立ち、戦われました。

 
一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし(御義口伝、御書758ページ)

 日蓮大聖人は、御自身の半生を振り返られて「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(御書200ページ)と仰せです。妙法流布に生き抜いた大聖人の御生涯は、迫害に次ぐ迫害の連続でした。
 そうした中でも、大聖人が闘争をやめなかった理由は、“苦しんでいる人を見捨てない!”“全ての人を救っていこう!”との深き御決意があったからです。
 「御義口伝」には、「一切衆生のさまざまな苦悩は、ことごとく日蓮一人の苦である」(同758ページ、通解)とあります。大聖人は、末法の一切衆生の苦悩を御自身の苦悩とされ、その根絶のために立ち上がり、成仏の肝要である「南無妙法蓮華経」の大法を流布されました。
 また、大聖人は弟子に対しても、「日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903ページ)、「此の度大願を立て後生を願はせ給へ」(同1308ページ)など、御書の随所で、御自身と同じ決意に立って生き抜くように呼び掛けられています。
 「一切衆生救済」の大願を掲げ、自らその誓いのままの御生涯を送られた大聖人。この魂を受け継ぎ、自らが一人立って実践することこそ、私たち学会員の使命なのです。


〈Q〉「頑張ろう」と決意しても、くじけそうになります。

〈A〉「持続の信心」こそ大切。同志と励まし合って前進を!

 
法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず(四条金吾殿御返事、御書1117ページ)
 日蓮大聖人はさまざまな機会に、「持続の信心」「不退の信心」の重要性を語られています。
 「法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、途中で休んでしまえば火は得られないのである」(御書1117ページ、通解)との御聖訓も、その一つです。
 大聖人は四条金吾に法華経の信心を貫く大切さを示されるとともに、この御文に続く部分で、強盛の信心を奮い起こして、鎌倉中そして日本国の人々から、「法華宗の四条金吾・四条金吾」と称賛されるようになりなさいと、一人立つ信心の実践を教えられています。
 その上で大事なのは、互いに励まし合う同志の存在です。決意をしても、自分一人になると決意が持続しないことはよくあります。しかし、学会の中で、同志と共に信心に励むならば、自身の心を奮い起こしていくことができます。
 池田先生は「本当の幸福とは、崩れざる自分自身を築くことである。その源泉が妙法の信仰である。そのために学会の組織がある」「一人だけでは、道をはずれる場合がある。絶対的幸福をめざして、たがいに励ましあい、支えあい、正しい軌道を進んでいく」と、学会と共に進む重要性を教えられています。


〈Q〉信心の実践で、私たちが心掛けるべき点は何ですか?
〈A〉「広宣流布に生き抜こう」という「誓願」を持ち続けることです。


 
我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず(開目抄、御書232ページ)
 日蓮大聖人は常々、誓願に生き抜くことの重要性を教えられています。
 若き弟子の南条時光には「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)と、呼び掛けられました。また、「御義口伝」には「大願とは法華弘通なり」(同736ページ)とあります。
 大聖人は、佐渡流罪という最も過酷な状況にあって「開目抄」を著され、御自身の誓いを示されました。それが「我は日本の柱となろう、我は日本の眼目となろう、我は日本の大船となろう等との誓願は絶対に破ることはない」(同232ページ、通解)との一節です。
 現代にあって、大聖人の誓願を継承し、広宣流布に一人立ったのが創価三代の会長です。また、多くの学会員は、「自分こそ広宣流布の主体者」との決意で、地域に友好を広げています。
 池田先生は小説『人間革命』の「はじめに」において、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」とつづっています。「本物の一人」が立ち上がれば、自身の人生はもとより、自らを取り巻く社会をも大きく変えていける――。学会の今日の発展は、その証明でもあるのです。


〈智慧の扉〉 地域の幸福責任者

 日蓮大聖人は、「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(御書1467ページ)と仰せです。地域広布の使命と責任を教えられたこの御書の一節を胸に、学会員は地域に根を張り、友情の輪を広げています。
 池田先生は、折々に、「学会員は、地域の幸福責任者です」と訴えています。
 この指導は多くの同志の心に深く刻まれるとともに、「社会貢献」という使命の自覚を促してきました。そして、地道な実践の積み重ねは世界192カ国・地域にまで広がり、現在では多くのSGIのメンバーが、各地で信頼を勝ち得ています。


◆〈男子部のページ〉 創価の青年城を築きゆけ! 
 熊本での全国男子部幹部会から歓喜のうねり 
 広布の決意があふれる合唱

 各地で青年部による対話の花が幾重にも咲いている。今回は9日に熊本で行われた全国男子部幹部会に向けて、全国模範の拡大を遂げた熊本総県荒玉栄光県男子部の取り組みととともに、代表の体験を紹介。あわせて池田先生の指針を掲載する。


池田先生の指針から              

                   大聖人は、(南条)時光に対し、「たがふ事あらば・いよいよ悦びとこそおもひて」(御書1542ページ)とも仰せである。
 思うようにいかないことがあればあるほど、喜び勇んで立ち向かっていくのだ。何があっても強気で、思い切り戦い抜いていくのだ。これが、創価の青年である。学会精神である。
 ひとたび、戦いを起こしたからには、「能忍(能く忍ぶ)」という仏の大力を発揮して、勝利するまで、前へ前へと進むのだ。    〈『随筆 対話の大道』「青年よ 快活に対話の波を(下)」〉
                                                                  ◇◆◇ 
 今、勇気の対話に挑戦している同志の中には、人知れず、体調や仕事、家庭などの苦悩を抱えている方もいるだろう。
 だが、自らも悩みと格闘しながら、自他共の幸福を祈り、人のため社会のため、労苦を惜しまず信念の対話に打って出る――これほど気高い人生があるだろうか。
 オーストリアの詩人ホフマンスタールは、「苦しまないところからは、ほんのその場限りの、大して価値のないものしか生まれては参りません」と綴っている。
 偉大な思想は、苦難に屈せず実践を貫いていく渦中にこそ、わが血肉となり、骨格となっていくのである。
 ◇ 
 臆して立ち止まっていても、何も生まれない。友の中へ、人間の中へ、民衆の中へと、喜び勇んで飛び込むことだ。
 どんどん人と会う。
 どんどん友と語る。
 形式ではない。真心を込めて語っていくのだ。この胸襟を開いた対話の中に、本当の民主主義の躍動もある。
 一人、また一人と、新たな連帯を結びゆく道程には、あの友、この友の、感謝と共感の笑顔が光っていくに違いない。
 大聖人は、「元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ」(御書997ページ)と、誠にダイナミックな生命の劇を洞察された。
 思いもよらぬ困難が立ちはだかったその時、わが一念が怯めば、生命は元品の無明に覆われ、魔に負けてしまう。
 しかし、題目の師子吼を唱え、広布の誓願のまま、勇猛に挑んでいくならば、わが生命の元品の法性はいよいよ輝く。梵天・帝釈など、あらゆる諸天善神の加護を厳然と顕せる。魔を打ち破り、プラスに転じていける。
 私も戸田先生のもと、いかなる激戦にも、喜び勇んで立ち向かった。
 創価の師子奮迅の一念で猛然と祈り、戦いゆくところ、必ず一切を味方に変え、断固として勝利の道を切り開けるのだ。                     〈『随筆 民衆凱歌の大行進』「行学で飾る創立の月」〉

 ※ホフマンスタールの言葉は『リヒャルト・シュトラウス/ホーフマンスタール往復書簡全集』ヴィリー・シュー編、中島悠爾訳(音楽之友社)。


◆〈信仰体験〉 私は世界一の幸せ者 脳性まひの娘と歩んだ54年間

 【徳島県鳴門市】武市あけみさん(77)=婦人部副本部長、鳴光支部=が、長女・結花さん(54)=婦人部員=の「脳性まひ」を知った時、「何も考えられず、無邪気に笑
う娘を見ることができませんでした」。だが、そこからはい上がり、娘と織りなした54年間の一日一日は、かけがえのない宝となっている。

2017年4月17日 (月)

2017年4月17日(月)の聖教

2017年4月17日(月)の聖教

◆今週のことば 2017年4月17日

聖教の創刊66周年。
「無冠の友」の皆さまの
たゆまぬ力走に深謝!
創価の正義の言論で
立正安国の大光を!

◆〈名字の言〉 2017年4月17日
 

 今年は「宗教改革から500年」とされる。大学教授だったマルティン・ルターが1517年、“買えば罪が許される”とする免罪符を批判し、95カ条の意見書を発表。教会の腐敗を指摘し、宗教改革の口火を切った▼意見書は難解なラテン語で書かれた。それが、庶民にも分かるドイツ語に訳され、流布した。文字の読めない人には、読める人が語って聞かせた。聖書をドイツ語に訳したのもルター。信仰の情熱こもる言論と、万人に理解される根本の聖典の存在が、時代を動かす原動力となった▼学会には、万人救済の経典である日蓮大聖人の「御書」がある。仏法の甚深の法門や、門下への温かい励ましなどがしたためられたこの書を、学会員は日々学び、実践する。10言語以上に翻訳・出版され、世界中に広がっている▼今月28日で、学会による御書発刊から65周年。第2代会長の戸田先生は「発刊の辞」に記した。「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」。今、その言葉通りの時代が到来した▼国を超え、この一書に、どれほどの人々が希望を見いだしてきたか。人生を変えることができたか。学会はどこまでも御書根本に「人間のための宗教」の道を進みゆく。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年4月17日

 会長は生涯を通して希望
 と平和の徳を体現―顕彰
 振舞に仏法。我らも姿で
      ◇
 山形県婦人部の日。桜梅
 桃李の前進で幸を拡大。
 皆様こそ人間共和の模範
      ◇
 人生とは息つく暇もない
 闘争の代名詞―喜劇王。
 師と共に悔いなき日々を
      ◇
 上が戦わずに号令だけで
 は全体が澱む―戸田先生
 まず自分。率先の将たれ
      ◇
 日本の人口、6年連続減。
 故に一人を一騎当千に。
 社会に尽くす人材を益々

◆社説  禁止条約の制定へ   「民衆の声」で核兵器なき世界を


 核兵器禁止条約の制定を目指す史上初の交渉会議が3月、アメリカ・ニューヨークの国連本部で行われた。同会議は、核兵器の非人道性に関する近年の議論を受け、昨年12月に採択された国連総会での決議に基づいて開催された。
 第1回の会議となる今回は、120カ国以上の政府が参加。5日間にわたる議論を経て、核兵器の使用や威嚇、配備、開発、実験を禁止していくことで大筋合意がなされた。第2回の会議は6月15日から7月7日にかけて開かれ、早ければここで、条約文書が採択される見通しともなっている。
 一方、核兵器を保有する国や、日本などの“核の傘”の下にある国のほとんどが参加しなかった。日本は唯一の戦争被爆国としての責任を果たすべく、建設的な役割を担うべきだ。
 会議には、政府や国際機関以外に被爆者をはじめ市民社会の代表も加わっており、SGIも出席。3月29日に議場で発言したほか、同会議に提出した作業文書は国連文書として公式ウェブサイトに掲載されている。
 また、同28日には「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」として、WCC(世界教会協議会)、PCI(パックス・クリスティ・インターナショナル)などと共に、核兵器廃絶を求める6回目の共同声明を発表した。同声明では、核兵器は安全と尊厳に生きる権利を踏みにじるものであり、生命の尊厳を掲げる信仰の価値観とは両立しないと述べている。
 世界中の被爆者の声に耳を傾け、あらゆる人々が核兵器による破壊という恐怖から自由に生きる権利を実現する。そこに、禁止条約の目的がある。ゆえに創価学会とSGIは、核兵器廃絶の挑戦は保有国だけでなく、全ての国と市民社会を巻き込んでの「地球的な共同作業」でなければならないと訴えてきた。
 本年は、学会の平和運動の原点となった戸田先生の「原水爆禁止宣言」(1957年9月)発表から60周年。それは“核保有の正当化の奥に潜む人間生命の魔性”との闘争宣言であったといえる。
 核兵器の廃絶は“他者の不幸の上に自らの幸福を築かない”という価値観を実現するための挑戦でもある。池田先生は、本年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、「会議を力強く支持する市民社会の声を届け、禁止条約を“民衆の主導による国際法”として確立する流れをつくり出すべき」と。核兵器のない世界へ、時代を動かす時は今である。

◆きょうの発心  誓い新たに“福光の春”目指して2017年4月17日

御文
 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を(妙一尼御前御消息、1253ページ・編715ページ)
通解 法華経を信じる人は、冬のようなものである。冬は必ず春となる。冬が秋に戻ったということは、いまだかつて聞いたことも見たこともない。法華経を信ずる人が仏とならず凡夫になるということも聞いたことがない。

 厳しい冬も暖かい春を迎えるように、信心を貫く人は、必ず勝利するとの御文です。
 
 いわきの地で3人きょうだいの末っ子として生まれ、その翌日に父が病気で他界。母は健康ではありませんでしたが、懸命に働きながら、私たちを育ててくれました。私が5歳の時に、幸せになりたい一心で家族で入会しました。
 未来部・女子部では、“何があっても負けない信心”を教わりました。結婚後、生後2カ月の長男を連れて参加した「福島青年平和文化祭」で、池田先生にお会いしたことは忘れ得ぬ思い出です。
 その後、夫と自身の病など、多くの困難に直面しましたが、先生の指導を心に刻み、題目根本に乗り越えてきました。家族皆で仲良く、頑張っています。
 師弟共戦の誓いも新たに、東北広布70周年、“福光10年”となる2021年を目指し、広宣流布を推進してまいります。 福島王者県婦人部長 渡辺茂子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  二十 2017年4月17日 (6048)
 


 三台の撮影台を使って写真撮影が行われたが、長野研修道場は長蛇の列が途切れることはなかった。飯山、長野、上田から、穂高、松本から、塩尻、諏訪から、飯田、伊那から、続々と同志は集って来た。
 山本伸一は、記念撮影が終わるたび、皆に声をかけ、語り合い、何十人、何百人もの人と握手を交わした。
 記念撮影も終盤に入った時、日焼けした精悍な顔の青年が、感極まった声で語った。
 「先生! ありがとうございます! 私たち男子部は、断じて戦い、勝って、先生にお応えしていきます」
 伸一は、にっこり微笑むと、力を込めて語り始めた。
 「そうだ。師匠が表に出て動けないならば、師に代わって立ち上がるのが弟子です。私と会えなければ元気が出ない、勇気も湧かないというのであれば、真の師弟ではない。師をしのぐ果敢な実践をもって、広宣流布の未曾有の上げ潮をつくっていくんです。
 私が君たちを指導・激励し、全力を注いで育成してきたのは、こうした時のためです。
 今こそ、『私たちに任せてください! 弟子の戦いを見てください!』と胸を張り、私に代わって同志を励まし、元気づけていくのが師弟だ! 君たち一人ひとりが山本伸一なんだよ! 私は、肝心な時に力を発揮できないような弱虫を育ててきた覚えはありません。今こそ君たちが、学会を、それぞれの地域を担っていくんだ。その重要な時に感傷的になって、力を出せないことほど、情けない話はありません。
 それが、今の私の思いだ。魂の叫びです。頼んだよ!」
 そこにいた青年たちの瞳が、決意に燃え輝いた。唇を嚙み締める人もいた。拳を握り締める人もいた。
 戸田城聖は、一九五四年(昭和二十九年)十月、彼のもとに集った一万人の青年に訴えた。
 「吾人は、前途多難に対して奮起を望むものである」(注)と。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「青年諸君に告ぐ」(『戸田城聖全集4』所収)聖教新聞社 
【聖教ニュース】

◆千葉でSGI交流交歓会   55カ国の同志が30会場でにぎやかに
  アフリカの友は鴨川へ
  中南米の友は松戸へ

鴨川文化会館での交流交歓会。ベナンのフランク・ファクンデさんは「国は違っても皆が同じ使命に生きる同志だと実感しました」と
鴨川文化会館での交流交歓会。ベナンのフランク・ファクンデさんは「国は違っても皆が同じ使命に生きる同志だと実感しました」と

 SGI(創価学会インタナショナル)春季研修会で来日している55カ国・地域の同志が16日、千葉県内の30会場で行われた交流交歓会に参加した。
 西アフリカのコートジボワール、ガーナ、トーゴ、ベナンの4カ国の友は、日蓮大聖人有縁の地・鴨川市の鴨川文化会館へ。内房総県安房県(龍崎一紀県長、末永みき婦人部長)の友の大声援と、少年少女部の安房サンライズ合唱団の歌声に迎えられた。
 会合ではアフリカの友が「池田先生との絆を築くために来ました!」などと述べた後、メンバーで一斉に「たった一人でも広宣流布していくぞ!」と誓願の心をトーゴの現地語で訴えた。続いて岩間秀幸さんが、病を乗り越えて医師となった信仰体験を。田口眞・峰子さん夫妻がピアノと歌声で「母」を演奏。心が一つに解け合うひとときとなった。
 友情の集いを終えて、コートジボワールのオノレ・コナンさんは「大聖人ゆかりの地を訪問でき、感無量です。母国の広布をさらに前進させます!」と決意を燃やしていた。
 中南米10カ国の友は松戸総県の同志が待つ松戸池田講堂へ。少年少女部の松戸ビクトリー合唱団による歌声に包まれるなど、真心こもる歓迎を受けた。
 続いて分県別に交歓会が行われた。
 このうち、パラグアイ、ボリビア、エクアドルの友が参加した松戸旭日県の集いでは、パラグアイのロサ・マリア・ロリ・カスティージョさんが信仰体験を披露。彼女の紹介で入会し、一緒に来日したビルナ・テレサ・ドゥアルテ・デ・ピリスさんは「家族の人間関係で悩んでいましたが、今では一家和楽を実現することができました!」と功徳の喜びを語った。
 日本からは高橋光恵さんが、病魔を乗り越え、使命に生きることのできる感謝を伝えた。世界同時進行で展開する宿命転換のドラマに拍手が送られた。
 村崎幸樹県長、西中麻子同婦人部長が「ともどもに師弟不二の人生を」と念願した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈希望航路―池田先生と進む人生旅―〉 ドミニカ共和国 2 
 わが同志に幸福の勲章を

私どもは妙法で結ばれた兄弟姉妹であり、家族である――池田先生を囲んで和やかに行われた「ドミニカ広布21周年記念勤行会」(1987年2月9日、首都サントドミンゴ市のドミニカ会館で)
私どもは妙法で結ばれた兄弟姉妹であり、家族である――池田先生を囲んで和やかに行われた「ドミニカ広布21周年記念勤行会」(1987年2月9日、首都サントドミンゴ市のドミニカ会館で)

 ドミニカ共和国の訪問2日目となった1987年2月9日。
 池田先生は、大統領府にバラゲール大統領を表敬する。
 その後、外務省に場所を移し、平和への卓越した貢献をたたえて「クリストバル・コロン大十字勲章」が叙勲された。
 カリブ海に浮かぶ同国は、1492年にクリストファー・コロンブスが1回目の航海で到達し、「新世界」と「旧世界」を結ぶ起点となった。この“海の英雄”の名にちなんだ最高栄誉は、同国が「今日の世界で最も傑出した人物」を選んで贈るものである。
 さらに、翌日の午前には、両国の交流発展に寄与した功績に対し、首都サントドミンゴ市から「名誉市民証」と「市の鍵」を受章。
 午後には、同国の最高学府であるサントドミンゴ自治大学から、多次元におよぶ教育・文化活動を賞讃する「名誉教授」称号が授与されている。
 これらは連日、テレビのニュース番組や新聞等で報じられた。
 「大統領会見などが報道されたことで、ドミニカSGIのメンバーは、一段と胸を張って信心に励めるようになりました。国賓として先生をお迎えできたことは、私たちにとって最大の誇りです」と語るのは、タカシ・ニシオさん(同国SGI議長)。渉外の全責任を担ってきた。
 ドミニカを訪れた先生は、「クリストバル・コロン大十字勲章」を身に着けた写真の裏に「兄弟家族の君に ドミニカの友を 呉々もよろしく」との言葉をしたためて、ニシオさんに贈っている。
 
 ニシオさんが日本から移住したのは、13歳の頃である。海外に出たいとの思いが強く、自ら家族を説得。すでに学会に入会していた一家は、御本尊と共に海を渡った。
 入植した町は北部の都市・コンスタンサ。割り当てられた土地には、松やグアバの木が生い茂っていた。
 「蛮刀やつるはしを使い、木々の伐採から始めました」
 だが、朝早くから働いても一日に2、3本切るのがやっとだった。そうして少しずつ開墾した畑で、日本から持ってきた野菜を育て、現地の人に食べ方を教えながら売っていった。
 しかし、しばらくすると内戦が勃発。野菜が売れなくなったことから、サントドミンゴに出て雑貨商を始める。「初日の売り上げは、わずか3・85ペソ(日本円で約1400円)でした」
 その中で、商売を通してマスターしたスペイン語を駆使し、現地の人々と仏法対話を。広布の輪も徐々に広がり、仕事も軌道に乗っていった。
 私生活では、縁あって同じ移民であるヨーコさん(指導部員)と結婚。長女を授かるが、その後は度重なる流産に悩んでいた。
 「わが家には御本尊があるじゃないか。今こそ本物の信心で頑張る時だ」。義父のマサミツ・ヒダカさん(故人)から激励を受け、夫婦でこれまで以上に真剣な唱題に挑戦。流産の兆候を乗り越え、第2子となる長男が誕生する。信心の歓喜は、弘教の勢いへと変わっていった。
 87年の滞在中、先生はヨーコさんら婦人部の友に言った。「子どもは創価の庭で育てるんだよ」と。その言葉通りに、3人の子は広布後継の人生を歩み、長男・エイジさんは、同国SGIの青年部長として奮闘する。
  
 ドミニカの
  先駆の道を
    開きたる
   夫婦に幸あれ
    長寿祈りて
  
 先生から贈られた和歌を宝とし、二人三脚でドミニカの天地を駆け回る日々である。
 大統領との会見、国家勲章叙勲式を終えた先生は、メンバーの待つドミニカ会館へ。
 車を降りると、歓迎のメロディーを奏でる鼓笛隊一人一人に最敬礼して館内に入った。
 歓喜に満ちて開催された「ドミニカ広布21周年記念勤行会」。
 席上、先生は、授与されたばかりの勲章を手に取り、場内を埋め尽くした同志に掲げて見せた。
 “皆さんは本当に苦労してきた。できることならば、このメダルを細かく分けて、一人一人に差し上げたい”――先生はあふれる真情を語りつつ、こう言葉を継いだ。
 「皆さん方が幸福になることが大事なのです。勲章を頂けば、皆さんがこの国で学会活動しやすくなる。学会員が幸せになることが私の勲章だ」
 さらには、より大勢の人々が集える会館の建設を提案。この日の参加者の氏名を記録に残し、新会館で顕彰したいと述べると、賛同の大拍手が湧き起こった。
 無名の同志を最大にたたえ、広布史に永遠にとどめる。それが、先生の心だった。
 
 訪問中、先生は人知れず、未来への布石を打ち続けた。
 新会館もその一環である。ドミニカに着くや、現地のリーダーに建設を発表することを告げる。それを伝え聞いた建築家のソフィア・ロブレスさん(副婦人部長)は、会合に間に合うよう、新会館のデザイン案を描いて提出した。「新宝城の建設は、私たちにとって新たな指標となりました」と笑顔で振り返る。
 後年、彼女は思いがけない事実を知る。それは、病に倒れた学生時代の恩師を見舞った時のことである。
 彼の言葉に、ロブレスさんは驚いた。
 「あなたが師事されている池田SGI会長に、私は一度お会いしたことがあるんです。とても印象深い方でした」と。
 先生は新会館の建設を提案するだけでなく、予定が詰まった4日間の合間を縫って、ドミニカの著名な建築家であるロブレスさんの恩師と会い、交流を結んでいたのだ。深い感動がこみ上げた。
 その後、ロブレスさんは、建設メンバーの一員として正式に新会館の計画立案などを手掛けることに。その実績が買われ、大手企業への就職も果たす。やがて一大プロジェクトの建築計画の責任者にも抜てきされた。
 家庭不和や、子育てと仕事の両立に悩んだこともある。しかし、87年に築いた師弟の原点を胸に、あらゆる困難を勝ち越えてきた。
 「訪問の最終日でした(11日)。スペイン広場での記念撮影の折、先生は、多くのメンバーを励まされました。私に対しても、まるで“力強く生きていくんだよ”と語り掛けるように、じっと目を見つめてくださったのです」
 この時、先生から激励された生後4カ月の長女をはじめ3人の子は、師弟の大道を真っすぐに進んでいる。
 
 87年当時、会館周辺の地域は、畑や荒れ地ばかりが広がっていたが、30年たった現在では、ビルが建ち並び、ドミニカ経済の中心地として発展している。
 師との出会いを結んだ地には今、90年に新しく建て替えられた白亜の現「ドミニカ共和国文化会館」がたたずむ。その中央には、ドミニカ広布の勝利の象徴として、328人の同志の名が刻まれた銘板が設置されている。
 
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉23 「聖教新聞」を支える全ての皆さまに感謝 
 日々、「新・人間革命」と共に!
 都議会公明党 「教育負担軽減」を推進

広布のための労苦は、全てが自身の福徳となる。さあ、信心は、はつらつと歓喜に燃えて!――人生の喜びは、前向きに行動した時に生まれる(1月、和歌山での配達員の大会)
広布のための労苦は、全てが自身の福徳となる。さあ、信心は、はつらつと歓喜に燃えて!――人生の喜びは、前向きに行動した時に生まれる(1月、和歌山での配達員の大会)

 永石 間もなく迎える20日は、聖教新聞の創刊記念日です。御書に「仏は文字によって民衆を救う」(153ページ、通解)と仰せの通り、聖教新聞の歴史は、そのまま、日本の広宣流布、そして世界広宣流布の歴史でもあります。
 
 原田(光) 読者の方々、また、配達員(無冠の友)、通信員、新聞長をはじめ、聖教新聞を支えてくださる全ての皆さまに深く感謝いたします。何より、小説や随筆、メッセージ、詩、提言などの執筆を続けてくださる池田先生のおかげで、大発展の中、創刊66年を迎えることができます。
 
 伊藤 今も、先生は毎日、小説『新・人間革命』第30巻「雌伏」の章を綴ってくださっています。
 
 原田(光) 「雌伏」には、「実力を養いながら活躍の機会をじっと待つ」との意味があります。先生は今、「対話」によって開いた、世界広布への新しい雄飛の道を描いてくださっているのだと思います。
 
 原田 かつて先生は、“全同志の皆さま、お一人お一人に、感謝と励ましのお手紙を差し上げる思いで、小説『新・人間革命』の執筆に取り組んでいる”と述べられたことがあります。創価学会の「精神の正史」、そして今を勝ち進むための指針が示された『新・人間革命』を日々、学びながら、私たちは、「学会の永遠性」を確立する時を全力で駆けていきたい。

オンラインが拡充


 伊藤 聖教新聞には、世界に希望と勇気を送るメッセージがあふれています。
 先日も、先生が創立された戸田記念国際平和研究所が、ニュージーランドのオタゴ大学国立平和紛争研究所との共催で、総合研究会議を開催したとのニュースが報道されていました。
 
 原田 この会議に参加したのは、いずれも国際的に評価の高い平和研究機関などに所属する学者です。相次ぐテロや暴力的過激主義の高まりなど、混迷の度を増す時代にあって、困難に屈することなく希望と楽観主義を保つことが重要であることが確認されました。
 このように、「人間主義」の旗を掲げ、人道の連帯を広げる言論を発信してきたのが、聖教新聞です。
 
 原田(光) その中、今月から、公式サイト「セイキョウオンライン」のサービスを一段と拡充しました。有料会員(月額税込み1700円)の方は、これまでの本紙・地方版に加え、「創価新報」「未来ジャーナル」「少年少女きぼう新聞」の紙面イメージの閲覧が可能になりました。
 
 志賀 また、全国の方面・県版の紙面イメージのクリップ(保存)もできるようになりました。
  
 永石 読者からの強い要望を受け、電子書籍「大白蓮華」の発売もスタートしましたね。
 
 原田 先日、伺った座談会でも、新入会の方が、セイキョウオンラインを活用し、信心を深めている様子を語っていました。日本中、世界中の人に読まれる聖教へ、さらなる発展を期していきましょう。

私立高校の無償化


 志賀 さて、本年2・3月に実施された都議会において、公明党が提案した「3つの挑戦」が全て実現しました。
 
 原田(光) 「身を切る改革」「教育負担の軽減」「人にやさしい街づくり」の三つですね。公明党が「3つの挑戦」を発表して、わずか数カ月。他の追随を許さない、スピード感あふれる政策実現力に、各界から感嘆の声が上がっています。
 
 原田 中でも、「教育負担の軽減」で実現された、私立高校の授業料の実質無償化は、“「教育を受ける権利」を保障するもの(柴田悠京都大准教授)”と高く評価されています。
 
 永石 東京都の場合、私立高校に通う生徒の割合は約6割。これは、全国で一番多い数です。調査によれば、都の全世帯の消費支出のうち、「教育」への支出は、全国平均の1・7倍にもなります。
 
 原田 その上で、私立高校の授業料は、平均で44万2000円です。国の就学支援金で実質無償化されている公立高校に比べ、私立高校の授業料の負担は格段に重くなっているのです。
 
 志賀 こうした教育負担の公私間の格差是正。そして、高校進学率がほぼ100%の時代にあって、教育機会を保障するため、都議会公明党は、私立高校に通う生徒がいる世帯への支援策を提言したのです。
 
 伊藤 小池都知事にも直接、要望するなど、粘り強く交渉を重ねた結果、年収約760万円未満の世帯を対象にした無償化への道が切り開かれました。
 
 志賀 一方、共産党は機関紙などを通し、私立高校授業料の無償化を、自分たちの実績であるかのように宣伝しています。しかし、1月26日付の各紙で、「公明要望で『私立高無償』」(朝日)、「実質無償化に踏み切ったのは、公明党が同事業の実施を強く要望したため」(読売)などと報道された通り、公明党の実績であることは明らかです。
 
 永石 公明党の改革に、早速、喜びの声が届けられています。今後は、無償化の対象外である通信制高校への適用や年収約910万円未満の世帯への拡充を目指し、皆が教育を受ける機会を得られる社会への歩みを進めていただきたいと思います。
 
 原田 東京で起きた、こうした改革は、全国にも波及しています。首都が変われば、日本が変わるのです。これまでも、公明党は、大学生への給付型奨学金の創設や、幼児教育無償化の拡大、また義務教育の教科書の無償配布などに取り組んできました。子どもの可能性を開く教育支援の先頭を走る公明党のさらなる活躍に期待したい。

◆〈世界の体験プラザ〉 イタリアSGI モニカ・ガンビーノさん 

   国営放送のディレクターとして活躍
     信仰は勇気と想像力の源泉

 イタリアの国営放送「RAI(イタリア放送協会)」で10年間、愛され続けた料理番組がある。

◆5月の広布史 2017年4月17日

 ◎5・3「創価学会の日」
 1951年(昭和26年)5月3日、生涯の願業として75万世帯の弘教を掲げ、戸田第2代会長が就任。60年(同35年)同日には、東京・…

2017年4月16日 (日)

2017年4月16日(日)の聖教

2017年4月16日(日)の聖教

◆わが友に贈る

仏法は勝負だ。
断じて躊躇するな!
いかなる戦いも
攻め抜く勢いで決まる!
果敢に打って出よ!

◆〈名字の言〉 2017年4月16日
 

 江戸時代の蘭医学者・緒方洪庵が著した『扶氏医戒之略』に次の一節がある。「病者に対しては唯病者を視るべし。貴賤貧富を顧ることなかれ」▼診察に限らず、洪庵は普段から誰にでも分け隔てなく接した。弟子の福沢諭吉は「客に接するにも門生を率いるにも諄々として応対倦まず、誠に類い稀れなる高徳の君子」と師を敬慕していた(中田雅博著『緒方洪庵――幕末の医と教え』思文閣出版)。相手によって態度を変えない。これが「大人」の要件の一つだろう▼先日、群馬の壮年が、池田先生と地元会館で出会った時のことを語ってくれた。来館の10日程前、先生は海外で国家元首と会見し、その模様が本紙に報じられていた。その先生が婦人や子どもを心を砕いて励ましている。要人であれ庶民であれ、真剣に向き合うその姿に、深い感銘を受けたという▼壮年は職場で取締役まで務めたが、退職した途端、接し方を変える人もいた。その後、がんを患う。不安を隠せない彼に、師の姿に学ぶ学会の同志は“一緒に信心で勝とう”と励ましを。手術の日、同志は懸命に題目を送ってくれた。壮年は振り返る。「学会は真心の世界。この真実を語らずにはいられません」▼一人の「人間」として向き合う。そうして結ばれた絆ほど強いものはない。(江)

◆〈寸鉄〉 2017年4月16日

 「5・3」祝賀の幹部会。
 さあ新しき勝利の峰へ!
 世界の同志と誓いの船出
      ◇
 香川女性の日。婦女一体
 の団結で幸福の楽土を。
 志の国に対話の花は満開
      ◇
 人間の美徳で最良のもの
 は勇気―大統領。今日も
 不屈の心で。正義を語れ
      ◇
 熊本の仮設住宅暮らしは
 4万4千人。復興はこれ
 から。寄り添う心を常に
      ◇
 自動車の無人運転、今夏
 にも公道実験へ。命守る
 技術開発。安全最優先で

◆社説  アジアから人間革命の光  広布新時代を切り開くインドの友


 仏法源流の天地・インドで広布の伸展が目覚ましい。
 インド創価学会(BSG)では、2014年3月に7万であったメンバー数が、15年11月には11万に。さらに現在では16万の陣列へと発展を遂げている。
「午前8時の太陽」のように、赫々たる前進の勢いである。
 この3月にはインド・デリー近郊に、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの青年リーダーを迎え、南アジアとして初となる青年部幹部会を開催。各国の青年が友情を結び、広布史の新たな一ページを開いた。
 また東部のコルカタでは、BSGの東インド方面で初の法城「コルカタ文化会館」が誕生。同地では現在、1万人の幸福の連帯が築かれている。
 インド広布発展の原動力は充実した「座談会」だ。それぞれが信仰でつかんだ功徳の体験を赤裸々に語り、仏法の偉大さを伝えるとともに、インドならではの、にぎやかな歌やダンスも披露される。活気あふれる雰囲気の中、新来者は心を開き、仏法理解を深めるという。
 メンバーに入会動機を聞いてみると、仕事や経済苦、病気、人間関係、家庭不和、自身の性格など、悩みの内容は他の国々と異なることはなかった。
 インド社会では伝統的に過去の「業」によって「運命は定められたもの」といった意識が強い。そうした中で、宿命を勝ち越えた体験や、それを生き生きと語るメンバーの輝きに触れ、「人生は変えることができる」「自分が求めていた哲学だ」と感じ、友は仏法の実践を開始していくのである。
 さらに貧困や不平等など社会の構造的な課題に目を向け、解決への方途を求めて入会するメンバーも多い。人間革命の哲学が、悩める友の心に強く響き、まさに希望の光となってインド社会を照らしているのである。
 1961年1・2月、池田先生は仏法西還の歴史的な第一歩となるインドを初訪問。この時、永住しているメンバーは皆無だった。釈尊成道の地ブッダガヤを訪れた際の池田先生の決意が、小説『新・人間革命』につづられている。「私はやる。断じてやる。私が道半ばに倒れるならば、わが分身たる青年に託す。出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ」と。
 以来五十有余年、池田先生の深き祈りに呼び出されるように16万の「山本伸一」が、インドの大地から厳然と躍り出た。躍進のエネルギーみなぎるインドから、世界広布の新たな時代が切り開かれていくに違いない。

◆きょうの発心  “命どぅ宝”の平和思想を世界へ2017年4月16日

御文
 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや、鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。鬼子母神、十羅刹女は、法華経の題目を持つものを守護すると経文に見えている。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築けるとの慈愛の励ましです。
 
 創価大学の卒業を目前に控えた2008年(平成20年)2月、家族を信心に導いてくれた祖母が突然、危篤状態に。家族全員でこの御文を胸に刻み、懸命に題目を唱えると、「祖母は必ず諸天に護られる」との確信に変わりました。
 約20日間、更賜寿命して霊山へ旅立った祖母の安らかな姿に、「生も歓喜、死も歓喜」との言葉を心から実感。その1週間後の卒業式で、初めて池田先生にお会いしました。「新生の春の息吹で、新しい心で、大勝利の青春、大成功の人生を」とのスピーチに感激しました。この原点を胸に、“生涯、師弟不二の人生を”と誓いを立て、華陽のスクラムを拡大しています。
 小説『人間革命』執筆開始の地・沖縄は、師の平和闘争に続き、地域に対話を広げています。沖縄本土復帰45年の本年、“命どぅ宝(命こそ宝)”との平和思想を世界へ発信してまいります。  沖縄女性平和文化会議議長 中由乃

【聖教ニュース】

◆5・3「創価学会の日」「創価学会 母の日」を祝賀 
 世界広布新時代第25回本部幹部会 SGI春季研修会 聖教新聞配達員大会 
 池田先生がメッセージ贈る
 原田会長、永石婦人部長が55カ国・地域の代表と出席
 世界の友と大歓喜の賢者の行進!

師弟の月・7月へ、世界五大陸の広布の賢者が集った本部幹部会。毎年7月に青年部総会が行われるフィリピンのアン青年部長は「師を求める心は“万国共通”です。共に人生と広布の凱歌をあげましょう!」と(東京戸田記念講堂で)
師弟の月・7月へ、世界五大陸の広布の賢者が集った本部幹部会。毎年7月に青年部総会が行われるフィリピンのアン青年部長は「師を求める心は“万国共通”です。共に人生と広布の凱歌をあげましょう!」と(東京戸田記念講堂で)

 栄光の5月3日「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する「世界広布新時代第25回本部幹部会」が15日午後、「SGI(創価学会インタナショナル)春季研修会」「聖教新聞配達員大会」の意義を込め、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、55カ国・地域270人の友と出席した。池田大作先生はメッセージ(3面)を贈り、心から祝福。民衆の幸福のため、社会の安定のため、世界の平和のために、“大歓喜の賢者の行進”で、あらゆる試練を断じて勝ち越える「立正安国の大連帯」の構築をと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は20日から23日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)

 さながら“地球座談会”、はたまた広布の“世界サミット”ともいえようか。
 55カ国・地域の広宣流布のリーダーが一堂に会した本部幹部会。開会前、司会から紹介を受けた海外の同志が笑顔とともに立ち上がり、広布に駆ける思いを叫ぶ。
 英語で、韓国語で、スペイン語で、ポルトガル語で……言語も文化も異なれど、人類の平和と幸福を願う心は一つ! 全世界を包む「感激の同志」のスクラムを、創価学会初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生の肖像が、会場の後方から見守っていた。“地球民族”の集いをたたえるように。
 池田先生は幹部会へのメッセージの中で、日蓮大聖人と、武蔵国池上(現在の東京都大田区池上)の門下であった池上兄弟との師弟の交わりに触れつつ、力強く訴えた。「不思議にも、わが学会は、御本仏が魂魄を留められた大東京を本陣として、『立正安国』の旗を高く掲げて誕生したのであります」と。
 厳粛な面持ちで耳を傾ける世界の青年リーダーたち。アメリカのウィトコスキー青年部長には、かつて東京・北区の男子部として活動した思い出がある。「今の自分があるのは東京で受けた薫陶があったればこそです」。同国SGIは明2018年11月18日までに、「青年5万人の結集」を目指し、各部一体で前進する。本年、すでに2600人を超える新会員が誕生した。
 “世界の王者”ブラジルの青年部も、意気軒高だ。この2年間で2万5000人に弘教を結実。特筆すべきは入会間もないメンバーが喜び勇んで対話に挑戦している点である。中には5人、7人、10人と、次々に弘教した友も。エンドウ青年部長は言う。「原動力は一人一人が信心の功徳を実感していることに尽きます。青年部は全員が勝利者となり、池田先生との永遠の絆を結んでいきます!」
 活動体験を披露したのは、アフリカ・トーゴSGI議長のイダ・アジェビさんだ。わが子の死産など宿命の嵐を乗り越え、今、女性医師として堂々たる実証を示す“トーゴ広布の母”である。
 1985年に同国に地区が結成された時、初代地区部長に就いたのがイダさんだった。
  わずか20人で出発したトーゴ広布は現在、1総合本部13本部の陣容にまで発展した。
 創価の母ありて広布あり!――この方程式は世界共通だ。「“アフリカの世紀”は厳然と幕を開けました!」。このイダさんの言葉に大拍手が起こった――。

【先生のメッセージ】

◆世界広布新時代第25回本部幹部会への池田先生のメッセージ
 輝き光る「我らの五月三日」 平和を築く「立正安国の大連帯」

勝利と充実の創価の道を!――第44回本部幹部会、東京総会でスピーチする池田先生(2004年12月、八王子市の東京牧口記念会館で)
勝利と充実の創価の道を!――第44回本部幹部会、東京総会でスピーチする池田先生(2004年12月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 一、日本全国、全世界の創価家族と、今年も晴れやかに、輝き光る「我らの五月三日」を祝賀することができ、これほど、うれしいことはありません。
 55カ国・地域のリーダーの皆さん方、桜舞う花の都・大東京へ、本当にようこそ、お越しくださいました。
 偉大なる求道の一人一人と固い心の握手を交わしつつ、題目を送っております。皆で熱烈に大歓迎しましょう!(大拍手)
 きょうは聖教新聞の配達員大会であり、一番お世話になっている「無冠の友」の皆さんに、心から感謝申し上げます。
 聖教新聞の創刊号の1面を飾ったのは、戸田先生の執筆による論陣「信念とは何ぞや?」でした。聖教新聞は「生命尊厳」の揺るぎなき信念を掲げた言論であり、その配達に当たってくださる皆さんは、究極の信念の闘士であります。
 一、忘れ得ぬマンデラ元大統領が、27年半もの獄中闘争を貫き通した、心の支えは何であったか。
 それは、お母さんが「自分の信念の正しさを信じ、信念のために闘いなさい」(長田雅子訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』明石書店)と、最後の最後まで書き送ってくれた手紙であった。この母の励ましこそが、尽きることのない「誇り」と「喜び」の源泉になったというのであります。
 信念に生き抜く母たちの励ましほど、尊く強い正義の光はありません。我ら創価家族が、何があろうと、広宣流布という最極の信念の大道を明るく毅然と前進できるのも、太陽の母たちがいるからであります。
 5月3日「創価学会母の日」を前に、世界一の婦人部の皆さん方に、感謝と讃嘆の大拍手を送りたいと思うが、どうだろうか!(大拍手)

全て覚悟の上

 一、我らの信念は、御本仏・日蓮大聖人に直結する大信念であります。
 大聖人が、武蔵国、すなわち、ここ大東京の先達である池上兄弟に送られた御聖訓を一緒に心肝に染めたい。
 それは、池上兄弟が二度目の勘当という苦難の真っ只中で頂いたお手紙です。
 当時、社会的生命の圧殺にも等しい勘当の難を、兄弟は、ひとたびは乗り越えたものの、再び、より厳しい迫害に襲われました。
 病気の再発や、事業の度重なる逆境など、人生には何度も越えねばならない困難がある。いわんや、広宣流布の途上にあっては、「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ」(御書202ページ)と仰せの通りに、険しい使命の難関が打ち続くことは、もとより覚悟の上である。その時こそ、まことの信心が試される勝負の時といってよい。全て、皆が永遠に仏になりゆくための仏道修行だからである。
 大聖人は、池上兄弟に厳然と仰せになられました。
 「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)と。
 兄弟は、この御指導のままに一歩も退かず、勇んで前に進み抜いた。魔に付け入る隙を与えない団結で、夫人たちも一丸となって戦い抜いた。
 そして、ついに「冬は必ず春となる」(同1253ページ)との勝利を迎える。それは、勘当が解けるだけではなく、猛反対であった父親が入信し、見事なる「一家和楽」を勝ち開くまでに至ったのであります。
 「難を乗り越える信心」の実証は、眼前の苦境を打開するのみにとどまらず、周囲の仏法への理解を一変させ、国土世間までも劇的に変えていくことができる。これが「賢者」の大歓喜の逆転勝利なのであります。
 やがて、池上家の人々は大聖人をお迎えすることができ、大聖人は万年まで託されるが如く、最後に「立正安国論」の講義をなされました。
 不思議にも、わが学会は、御本仏が魂魄を留められた大東京を本陣として、「立正安国」の旗を高く掲げて誕生したのであります。

対話を勇敢に

 一、60年前の7月、大阪事件の弾圧の渦中に炎の東京大会を行ってくれた歴史も、私と妻の命から離れることはありません。雷雨の中の大阪大会も、わが胸奥に不滅の輝きを放っています。誉れ高き「ああ感激の同志あり」の劇です。
 あの日あの時、戸田先生は関西本部で私に言われました。
 「社会の不幸に目をつぶり、宗教の世界に閉じこもり、安穏として、ただ題目を唱えているだけだとしたら、大聖人の立正安国の御精神に反する。
 この世の悲惨をなくし、不幸をなくし、人権を、人間の尊厳を守り、平和な社会を築いていくなかにこそ仏法の実践がある」
 「君が先頭となり、大難と戦うことで、君だけでなく、本末究竟して、みんなの一生成仏の道が開かれることになる」と。
 民衆の幸福のため、社会の安定のため、世界の平和のため、我らはいよいよ「賢者はよろこび」と戦い進むのだ。そして、信念の対話を勇敢に広げ、地涌の若き賢者を聡明に育みながら、人類に立ちはだかる、ありとあらゆる試練を断じて勝ち越えていく「立正安国の大連帯」を築き上げていこうではないか!
 一、大聖人は池上兄弟や四条金吾夫妻など愛弟子の勝利を、「何よりも爽快なり」(同1175ページ、趣意)と喜ばれました。「仏法は勝負」であるゆえに、最後は正しい信心が必ず勝つと示し切ることが、妙法の無限の功力の証明であり、未来へ贈る希望の光なのです。
 世界広宣流布の壮大な未来へ、何ものも恐れぬ「感激の同志」のスクラムで、一人一人の「人間革命の凱歌」を、我ら「東京の凱歌」を、そして「師弟の凱歌」を轟かせゆくことを共々に決意しあって、私のメッセージといたします。
 全国、全世界の同志の皆さん、本当にありがとう! 皆、お元気で!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈ターニングポイント〉 タクシー会社の代表取締役 石川渡さん

 「もっと本気で打ち込めよ!」 
 石川渡の胸に、グサッと突き刺さる父・武男さん(62)の言葉。口論になるたび “とどめの一撃” をくらい、反論できずに終わる。
 

2017年4月15日 (土)

2017年34月15日(土)の聖教

2017年34月15日(土)の聖教

◆わが友に贈る


次代を担う青年ならば
発想は柔軟に!
行動は大胆に!
人生と広布の劇(ドラマ)を飾る
名指揮を頼む!

◆〈名字の言〉 2017年4月15日

 「生きているうちに息子に伝えなければ」――カナダの実業家キングスレイ・ウォードは、2度の心臓手術の後、会社を継ぐ息子に手紙を書いた。後に『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』として出版され、新社会人の必読書としてベストセラーになった▼「礼儀正しさに勝る攻撃力はない」「服装は君に代わって物を言う」……。仕事で遭遇する局面での対応を説く同書。親子の立場を超えた「同じ道を志す友」への愛情が伝わってくる。「君の父親であったおかげで、素晴らしい人生だった」(城山三郎訳)▼岡山県で不動産会社を営む壮年は末期の胃がんと診断された。「余命半年」の宣告後、創価大学で学ぶ息子の元へ。「池田先生の弟子として生きた。最高に幸せだったよ」。父は広布のバトンを託し、霊山へと旅立った▼帰郷した息子は26歳で会社を継いだ。経営難でも父の背中を追い、多くの友人にも弘教した。先月には過去最高の売り上げを計上し、新たな自社物件を購入するまでに▼今春、約89万人が社会に巣立った。理想と現実の差を感じることもあろう。しかし池田先生は新社会人の友に語った。「大誠実に徹していけば、全てを生かして、必ずいい方向に転じていくことができる」。苦闘の時も師父はじっと見守っている。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年4月15日

 SGIは心を豊かに育み
 共に向上する触発の学舎
 ―学者。皆が幸福博士に
      ◇
 常勝の要衝・神戸の日。
 師子の力に限界はない。
 新時代を開く新風起こせ
      ◇
 信用こそが最大の誇りで
 あり、勝利だ―戸田先生。
 誠実一路に勝るものなし
      ◇
 中学生の睡眠、ネット等
 の利用で時間が減少と。
 青春の日々を賢明に歩め
      ◇
 世界の樹木種、6分の1
 が絶滅危機。伐採、開発が
 因。地球環境の保全、急務

◆雌伏の章   十九 2017年4月15日 (6047)
 


 長野研修道場には、三台の撮影台が設置されていた。
 午後一時前、山本伸一は、「さあ、戦いの開始だ!」と峯子に言うと、ポロシャツ姿で皆の待っている研修道場の前庭に飛び出していった。
 「お待ちしていました。ようこそおいでくださいました。二十一世紀への新しい出発をしましょう!」
 参加者から歓声があがった。額に深い皺が刻まれた老婦人が、目を潤ませて語った。
 「先生! 新聞でも先生のお姿を拝見できないものですから、心配で、心配で、寂しくて、ずーっと祈ってきました。でも、お元気なので安心しました。嬉しいです」
 伸一は、この老婦人を抱きかかえるようにして、励ましの言葉をかけた。
 「おばあちゃん、ありがとう! 
 私は、この通り元気ですよ。おばあちゃんがお元気ならば、私も元気です。私も、おばあちゃんのお顔を心に焼き付けて、毎日、お題目を送ります。だから、私たちは、いつも一緒ですよ。来世も一緒です。
 うんと長生きしてください。ますます元気で、もっと、もっと幸せになってください。それ自体が、広宣流布の力になります。同志の希望になります」
 八十代半ばだという、別の老婦人には、力強く、こう語った。
 「百歳まで生き抜いてください。いや、二十一世紀まで生きて、広宣流布の未来を見届けてください。学会は、さらに大発展します。世界に大きく広がります。私は今、そのための戦いを開始したんです」
 また、壮年には断固たる口調で宣言した。
 「学会の正義は、必ずや明確になります。まだ、宗門僧による理不尽な攻撃や、一部の週刊誌による無責任な批判が続いていますが、そんなことで心が揺らげば、必ず後悔します。日蓮大聖人の仰せのままに広宣流布してきたのは学会しかありません。この厳たる事実を絶対に見失わないことです。戦おう!」

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 “無縁社会”に挑む② 
 「あなたは必要な人」 その実感を広げたい。

スペイン・マドリード郊外での座談会。創価の哲学が、皆に生きる力を送りゆく(2016年12月)
スペイン・マドリード郊外での座談会。創価の哲学が、皆に生きる力を送りゆく(2016年12月)

 現代社会が直面する課題に向き合い、創価の思想・哲学の価値について考える「グローバルウオッチ」。今回は韓国とスペインを舞台に、さまざまな形の“無縁”や“孤立”から若者を救う、創価の社会的包摂(注1)について取材した。(記事=金田陽介)
 陽光に舞う桜。
 スーツ姿の新社会人。
 若草も花々も輝く4月。
 そうした新出発の季節の中、思い描いた春を迎えられず、周囲のにぎわいに孤独を深めざるを得ない人もいる。日本にも、世界にも――。
 韓国SGI(創価学会インタナショナル)女子部の車善喜さん(地区リーダー)は、そうした新年度を5回も経験した。現在、韓国の大田広域市で中学校の教員を務めて3年目。だが、採用試験の合格まで、実に6年の歳月を重ねた。

最悪の状況で

 教員は幼少からの夢だった。大学で教職課程を取り、中学校の教師を目指した。
 韓国でも教員採用試験は年に1度。2010年、初めての挑戦は不合格。家庭教師のアルバイトをしながら翌年の試験に臨む。が、2度目も結果が出ず、両親の笑顔が消えた。3度目も不合格。親に「就職しなさい」と言われた。
 午前7時に起き、図書館で勉強し、午後11時ごろに帰宅。友達は皆、社会でキャリアを重ねている。自分だけが取り残される焦り。かつての、明るかった自分を取り戻したいと思った。
 その頃、家庭教師をしていた生徒の母親に、気になる人がいた。鄭熙秀さん(地区婦人部長)。進行した乳がんを患っていたが、ある時から目に見えて雰囲気が明るくなった。結果、がんも乗り越えた。
 ある日、その理由を聞いた。SGI(創価学会インタナショナル)に入ったのだという。
 「この信仰で、立ち向かう勇気を得たのよ」。その言葉が心に響いた。車さんは12年の春、SGIに入会する。
 だが、その後の試験も2度、不合格だった。ショックで何も食べられなくなり、うつ状態に陥った。
 鄭さんが訪ねて来てくれた。彼女の前で、涙しか出ない。
 しかし、彼女の言葉に、車さんは思わず顔を上げた。
 「がんが、再発したの」
 だが、鄭さんは続けて言う。
 「私は必ず勝ってみせます。あなたも一緒に、この苦しみを乗り越えていこうよ」
 最悪の状況の中で、なお人を励ます彼女。車さんは気付く。これがSGIの信仰か――。
 座談会に連れて行かれた。
 皆、胸の内を聞いてくれた。ある婦人部の先輩が言う。
 「あなたは貴重な人。そういう思いをしているあなたが教員になれば、教え子たちは必ず、世界的に優秀な子になるわ」
 一週間、唱題を重ねた。
 もう一度だけ、と決めた。
                                                                       * 
 家族は反対した。親不孝を申し訳なく思った。6年も試験勉強をする劣等感もあった。
 学会員は、自分以上に合格を信じ、家族でも親戚でもない自分のために祈ってくれた。
 6度目の試験。女子部の皆が試験時間に合わせて唱題してくれていたことは、後で知った。負担にならないよう、車さんには黙っていたのだ。
 そして、15年2月の合格発表――インターネットに受験番号を打ち込む。自分の心臓の音が聞こえる。表示された画面は、夢に見た結果を伝えていた。
                                                                       * 
 あれから2年が過ぎた。鄭さんは、再びがんを乗り越えた。
 車さんは振り返る。
 「長年の勉強で実力を積んだから合格できたんだ、と言われることもあります。でも、婦人部や女子部の皆さんの励ましがなければ、6年もの挑戦に耐えられなかったと思う」
 受験・就職競争の激しい韓国では、中学生でも「いかに他者よりもいい進学・就職を勝ち取り、社会で生き残るか」という意識が強いという。学校の授業の後も、塾などでの勉強が、午後10時ごろまで続く。
 「もし、他者と共に生きる姿勢を学ぶ機会がなく、自分さえ生き残ればいいという感覚になるならば、それも、孤独なことかもしれません」
 職場でも、学会活動の場でも自分の体験を通し、さまざまな人の気持ちが分かる自分になった感謝を語り伝えている。

異国にあって

 「無縁社会」という言葉が、「ユーキャン新語・流行語大賞」に登場したのは、2010年のことだった。人の絆が薄れ、孤立する人が増えている社会を表した言葉だ。困難を抱えながら意に反して社会的に排除される人を、受け止める場がない、という問題ともいえる。
 一方、こんな見方もある。
 「『孤立』の本質は、誰も自分を必要としない、ということではないだろうか」(注2)
 どの一人にも「あなたは必要な人だ」と言葉で伝える。またそれができなくても、寄り添って話を聞くことで、その思いを届ける――そうしたつながりが現代社会には不可欠だろう。
                                                                           * 
 スペインで方面男子部長を務めるアレハンドロ・モゴジョンさんも、少し珍しい形で、そうしたつながりのありがたさを知った人である。
 ペルー出身。07年に観光で訪れたスペインに魅了された。この国で暮らしたいと単身で移住した。頼れる人がいたわけではないが、居住の許可を得る手続きを始めた。
 SGIメンバーだったことは幸いだった。スペインの会館で男子部のメンバーと知り合い、現地の友達ができたからだ。
 「あなたは労働許可も、すばらしい仕事も得られる。その確信で祈ろう」。異国にあって、そう真剣に励ましてくれる人の存在は心強かった。
 ところが、08年の冬。きちんと労働・居住許可の申請書類を出していたにもかかわらず、手違いで不法滞在を疑われ、警察に連行されてしまう。
 すぐに男子部のメンバーに、状況を伝えるメールを送った。
 「みんなで応援するよ!」と間髪入れず返信が。それだけで安心できた。留置施設で題目を唱え、落ち着きを取り戻した。
 誤解はすぐに晴れた。許可が下り、1時間半後、モゴジョンさんは解放された。
 「普段からつながり、自分の存在を認めて応援してくれる人がいることの価値を、体で理解できました」。今、欧州で最大級の警備会社に勤める。男子部のリーダーとして、メンバーや友人たちを励ます人になった。

“共にある”

 池田大作先生は語っている。「『自分のことを思ってくれる人がいる』――その手応えが、苦悩の人の生命空間を、すっと広げてくれるのです。他人や世界と“共にある”という実感があれば、必ず立ち上がることができる」(『法華経の智慧』)
 仏法でいう「縁」には、結果を導く補助的要因という意味が含まれる。自身の生きる意味を再確認できる“補助”が必要な青年は今、世界中にいる。
 だからこそ、「誰もが必要不可欠な存在だ」という人間観とそれに基づく行動を広げゆくことは、世界にあらゆる形で存在している“無縁社会”に挑む、一つの確かな道なのだ。
 注1 社会の一員として包み支え合うことを意味する言葉。路上死や外国人排除などの「社会的排除や摩擦」、孤独死や自殺などの「社会的孤立や孤独」といった、現代の問題を解消するために示された理念である。
 注2 阿部彩著『弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂』(講談社現代新書)

◆原田会長を中心に団結の全国総県長会議


師子王の心で前進!――原田会長を中心に行われた全国総県長会議(金舞会館で)
 栄光の「5・3」から師弟の月・7月へ、「いよいよ強盛の信力」(御書1143ページ)で幸福勝利の劇を!
 前進の情熱みなぎる全国総県長会議が14日、金舞会館(創…

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉60  人格の光で社会を照らせ

御文
 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり  (檀越某御返事、1295ページ)
通解 主君に仕えることが、法華経の修行であると思いなさい。「あらゆる一般世間の生活を支える営み、なりわいは、全て実相(妙法)と相反することはない」と、経文に説かれているのは、このことである。

同志への指針

 新出発の春だ。心機一転、新しい環境に飛び込む友も多い。壁にぶつかることもあろう。それは前進しているゆえだ。失敗することもある。次に成功するためだ。
 「太陽の仏法」を行ずる青年は、何があっても、明るく賢く逞しくあれ! 我らは、仕事で価値を創造し、社会に貢献し、自身の人間革命をしていけるのだ。勇気で進め! 誠実で開け! 粘りで勝て!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈大学は平和の門〉第7回 トルコ・アンカラ大学 

   
池田先生が、トルコ・アンカラ大学の「名誉社会科学博士号」を受章(1992年6月24日、同大学のアタチュルク生誕100周年記念講堂で)。時を同じくして、アンカラ大学出版局から、池田先生と英国の歴史学者トインビー博士の対談集(トルコ語版)が発刊された
池田先生が、トルコ・アンカラ大学の「名誉社会科学博士号」を受章(1992年6月24日、同大学のアタチュルク生誕100周年記念講堂で)。時を同じくして、アンカラ大学出版局から、池田先生と英国の歴史学者トインビー博士の対談集(トルコ語版)が発刊された

 アンカラ大学の創立者は、「トルコ革命」を指導した、ケマル・アタチュルク初代大統領である。自由で開明的な近代的国家の構築へ、大統領は、教育改革に着手。

◆〈信仰体験〉 下咽頭がんとの闘い 食道発声で“声”を取り戻す
 

 【大阪市天王寺区】区内のスポーツセンター。約30人の男女が、民族音楽に乗って、軽やかにステップを踏む。

2017年4月14日 (金)

2017年4月14日(金)の聖教

2017年4月14日(金)の聖教

◆わが友に贈る


「仏種は縁に従(よ)って起る」
どんどん人と会おう!
自分から話し掛けよう!
長年の友を大切に
新たな友情を結べ!

◆〈名字の言〉 2017年4月14日
 

 2月から始まった本紙連載「グローバルウオッチ」。日本や各国が直面する諸問題を取り上げ、学会の活動や信仰の価値を再考する企画に毎回、多くの反響が寄せられている▼米国出身で“ゲームオタク”の青年が、信仰を通して成長を遂げた体験(8日付)にも共感が。ある読者は「○○だからダメという世間のレッテルを覆すような体験で、時代に即した形で仏法の偉大さが学べた」。また記事中の言葉について「新しい感覚で、とても良かった」との声も届けられた▼時代とともに、社会は変化する。日本では少子高齢化や人口減少、情報化による「ネット社会」の拡大。同時に、認知症患者や「引きこもり」の増加、人々が孤立する「無縁社会」の広がりなど、新たな課題が生まれている▼その中で、私たちが行う学会活動には、社会的にも大きな意義がある。高齢者の孤立化を防ぐ訪問激励。地域一体で子どもを育む未来部の取り組み。一人一人の可能性を信じ抜き、希望を送る仏法対話……いずれも草の根レベルで、社会の諸課題に光を送る無私の行動だ▼時代が変わろうとも、否、変化の激しい時代だからこそ仏法の価値は輝きを増す。学会員の尊き実践の実像を、「生きた言葉」「新しい言葉」で世界へと発信し続けたい。(駿)

◆〈寸鉄〉 2017年4月14日
 

 熊本地震1年。犠牲者の
 冥福祈る。復興の加速へ
 公助と共助の絆を力強く
      ◇
 新潟の日。大聖人有縁の
 地にそびえる人材山脈。
 時代動かす対話の旋風を
      ◇
 芽が出る前も満開の時も
 花の全生命が躍動―詩人
 今日も明るく全力で進め
      ◇
 題目は「大風の吹くが如
 くなり」と御書。正義の
 哲理を広めよ!弾む心で
      ◇
 1歳未満の乳児に蜂蜜を
 与えるな―厚労省。毒素
 出す菌は加熱で死なずと

◆社説   熊本から復興の歩み  「不撓不屈」の心で共に生き抜く


 熊本地震から1年を迎えた。最大で震度7の激震が2度。今年3月まで、余震は九州全域で約13万回も。震災は田畑や建造物、そして住民の心身にも深刻な被害を及ぼした。今も4万人以上が仮設等で暮らし続ける。
 震災の約1週間後――不安の渦中にあった同志に思いをはせ、池田先生は随筆を寄せた。「苦難に遭遇した時に、『師子王の心』を取り出し、最大の生命の底力を発揮して、一切の艱難の山を登り切ってみせる」――この「創価の師弟の誇り」を胸に、断じて負けるな、と勇気と希望を送った。
 本当の励ましは感傷や同情とは無縁だ。苦難を乗り越えるには、生命の底力を湧き起こし、自らが立ち上がる以外ない。真心の叫びが被災地の友の心を一変させた。
「負けんばい!」。火の国の闘魂は炎と燃えた。
 熊本市南区の地区部長の家は全壊に。“わが町を再び元気な地域にしてみせる!”。炊き出しや水の確保、声掛け……。地元に根を張る同志と避難所の運営を。自治会長らが感心する貢献で、地域は明るさを取り戻していった。
 同市東区の支部長・婦人部長夫妻は、自宅の格闘技道場が被災を免れた。「困っとる人ば放っとかれんけん」。家族同然の地域住民29人に、道場を自主避難所として開放、寝食を共にした。余震の終息を祈る夫妻の後ろで、共に唱題する友の姿も。
 アパートが住めなくなり、ぼうぜんとする友を励まし、新たな住居探しを手伝った婦人。「こんなにも温かい、励ましの世界があったなんて」――避難先の学会の会館で受けた真心に感動し、入会した友もいる。
 大自然の猛威の前では、富や名声などはかない。災害の脅威をはね返す力になるのは、民衆が共に守り合い、生き抜いていく誓いであり、断じて安穏の世界を、との祈りではないだろうか。熊本のこの1年は、「不撓不屈」の学会精神を、わが胸に燃やし続け、歩んできた歳月であった。何があっても、決して負けない。苦しんでいる友を絶対に置き去りにしない。手を取り合って、断固乗り越えてみせる。その創価の生き方に、共感は広がり続ける。
 9日に熊本の地で開催された「新時代第10回全国男子部幹部会」。国土と自身の宿命転換を誓い、全国をけん引する弘教と人材拡大を果たした熊本男子部を中心に、1500人が意気高く集った。試練に鍛え上げられた青年の顔は、復興が緒に就いた被災地の未来を明るく輝かせていく。

◆きょうの発心  希望の種子を蒔く報恩の人生を2017年4月14日

御文
 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり此れを道場と云うなり(御義口伝、781ページ・編1627ページ)
通解 いま南無妙法蓮華経と唱える日蓮とその門下の住所は、それが山であり、谷であり、広野であっても、すべて寂光土である。これを道場というのである。
 今自分がいる所が、成仏得道の舞台であると教えられています。
 20年以上前から「農村体験談大会」などを東北で開催し、池田先生から頂いた「地域の灯台たれ」との指針を実践してきたことが、最高の誉れです。
 ちょうど20年前に開催された「農村ルネサンス体験主張大会」に、先生はこの御文を通し、“今いる場所で、粘り強く勝利と栄光の人生を”とのメッセージを。その中で、画家ミレーの「種蒔く人」を紹介してくださり、私は“幸福の種を蒔く一生を”と、誓いを新たにしました。
 その後、転勤を繰り返しましたが、いずこの地でも題目と御書を根本に「地域を寂光土に」と奮闘する中、多くの人と信頼を結んできました。現在は、果樹の町、山形・山辺町で、縁する方に尽くせることが何よりの喜びです。
 妻の病や自身の直腸がんなどがありましたが、師匠の真心の激励に奮起し、同志の題目に包まれ、勝ち越えることができました。
 生涯青春の息吹で、希望の種子を蒔く報恩感謝の人生を朗らかに前進してまいります。  東北総合農漁光部長 錦本雅晴

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   十八 2017年4月14日 (6046)
 


 蔵林家では、主の龍臣と妻の芳乃の孫たち十人が、琴やハーモニカ、横笛の演奏、合唱などで、山本伸一たちを歓迎した。
 子どもから孫へと信心が受け継がれ、すくすくと育っている未来っ子の姿が微笑ましかった。仏法が、地域へ、社会へと広まり、そして子どもたちへ、未来へと継承されていってこそ、広宣流布の流れが創られていく。
 やがて雨も小降りになった。伸一は、蔵林龍臣と腕を組みながら庭を散策した。少し、はにかみながら、「ありがたい。人生の最高の思い出です」と繰り返す蔵林に言った。
 「お父さんの人生は大勝利です。子どもさんも、お孫さんも、皆、立派に育っている。しかし、信心には終わりはありません。命ある限り、同志のため、地域のため、広布のために戦い抜いてください。大事なのは、総仕上げの時を迎えるこれからです。明日へ、未来へ、意気盛んに前進していってください」
 蔵林は、伸一の顔をのぞき込むように見ては、何度も、何度も頷くのであった。
 後に、伸一は、深い感謝の思いを託して、一家に句を贈っている。
 「なつかしき 佐久に家あり 銀の城」
  
 二十六日は、長野研修道場での記念撮影の日である。「希望する方は、全員、参加してください」との連絡を聞いて、長野全県から同志が研修道場に集って来た。
 前日の雨は上がり、木々を吹き渡る風がさわやかであった。メンバーは、昼前から続々と研修道場に到着した。伸一が、ほとんど「聖教新聞」にも登場しなくなってから四カ月近くになっていた。皆、ひと目でも伸一と会いたかった。そして、広宣流布への誓いを新たにしたかったのである。
 学会の強さは、伸一が会員一人ひとりと結んできた師弟の糸と、同志の糸によって縒り上げられた、団結の絆にこそある。
 「力は、健全な人格と強固な団結から生まれる」(注)とは、韓民族独立の父・安昌浩の言葉である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 安昌浩著『島山安昌浩論説集』乙酉文化社(ハングル)

【聖教ニュース】

◆熊本地震から1年 上益城本部嘉島支部を訪ねて 2017年4月14日
   
熊本地震から1年――互いに励まし合いながら、幾多の“試練の坂”を「負けんばい!」と乗り越えてきた上益城本部と熊本大城本部の友が笑顔にあふれて(下益城郡美里町で)
熊本地震から1年――互いに励まし合いながら、幾多の“試練の坂”を「負けんばい!」と乗り越えてきた上益城本部と熊本大城本部の友が笑顔にあふれて(下益城郡美里町で)

 きょう14日で熊本地震から1年。昨年6月には豪雨も襲った。地震との関連が認められた被害を含めると、県内の死者は225人、全壊家屋は約8700棟、半壊は約3万3700棟。いまだ復興は道半ばである。熊本の同志は今、何を思い、日々の歩みを重ねているのか。嘉島町を舞台に、不屈の前進を続ける上益城本部嘉島支部の友を訪ねた。益城町の婦人部リーダーの手記(2面)も紹介する。
 本紙を配達していると、町の景色の変化にも、さまざまな思いが巡るという。
 屋根を覆っていたブルーシートが一枚二枚と減っていく感慨だったり、見慣れた家が解体されて更地になっていく寂しさだったり。
 「今月は、うれしか変化もあったけんね」と、広田美代子さん(支部婦人部長)は言う。冬を越え、桜の花が三分咲きから五分七分、そしてついには満開の時を迎える――それと軌を一にするように、広布の花も、次々と咲き開いたからだ。
 年頭から数えて、嘉島支部の友は、地区平均3を超える11世帯の弘教を実らせた。同志は皆、多かれ少なかれ、地震の被害を受けた人たちである。嘉島町の全壊家屋は230棟以上。田畑が陥没し、液状化に苦しんだ農家の青年がいる。仮設住宅に身を寄せる壮年・婦人もいる。その中で、同じような境遇にある人々の声に耳を傾け、共に悩み、祈り、「この信心があれば絶対に負けんばい! 必ず乗り越えられるけん!」と励ましてきたのである。
 支部には合言葉がある。「ネバー・ギブアップ!」(絶対に諦めない!)――それは、美代子さんの夫・勝さんの信念でもあった。
 1年前の桜の開花の喜びは、共に「無冠の友」(本紙配達員)として、長年にわたり走ってきた夫と分かち合った。
 その“広布の戦友”を病で失ってから、まもなく3カ月になる。
 12年前に心臓のバイパス手術を受けて以来、寿命を延ばすように、生きて、生きて、生き抜いた、68歳の支部長だった。
 情けに厚く、無類の責任感を持った九州男児。地震後は、ダンプカーを駆使してがれきなど災害ゴミの処理に奮闘しながら、寸暇を惜しんで被災者のもとへ走り、寄り添った。
 「一番苦しんだ人が一番幸せに――そのための信心と創価学会だけん!」と。

◆池田先生ご夫妻 桜輝く創価大学へ 
滝山国際寮、万葉国際寮などを視察


 池田先生ご夫妻は13日午前、爛漫の桜が春の光に照り映える東京・八王子市の創価大学を訪問。新年度の講義が始まり、活気あふれるキャンパスを視察した。
 先生ご夫妻は、中央教育棟の前で創大の田代理事長、馬場学長、創価女子短大の石川学長とあいさつを交わし、看護学部棟へ。今春卒業した1期生の受験者が看護師国家試験「全員合格」の快挙を果たした看護学部の奮闘に、重ねてのエールを送った。
 さらに、初の入寮生を迎えた「滝山国際寮」「万葉国際寮」を視察。寮の管理者をはじめ、学生を支える教職員らに心からの感謝を伝えるとともに、新入生、各国からの留学生など全学生の健康と成長を念願した。

【先生のメッセージ】

◆御書と歩む 池田先生が贈る指針〈60〉人格の光で社会を照らせ
御文
 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり(檀越某御返事、1295ページ)

通解 主君に仕えることが、法華経の修行であると思いなさい。「あらゆる一般世間の生活を支える営み、なりわいは、全て実相(妙法)と相反することはない」と、経文に説かれているのは、このことである。

同志への指針
新出発の春だ。心機一転、新しい環境に飛び込む友も多い。壁にぶつかることもあろう。それは前進しているゆえだ。失敗することもある。次に成功するためだ。
 「太陽の仏法」を行ずる青年は、何があっても、明るく賢く逞しくあれ! 我らは、仕事で価値を創造し、社会に貢献し、自身の人間革命をしていけるのだ。勇気で進め! 誠実で開け! 粘りで勝て!  

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・町田市 

   
立正安国の対話に打って出る町田青年部の友が、新たな広布の夜明けを開くことを誓って(2日、町田文化会館で)
立正安国の対話に打って出る町田青年部の友が、新たな広布の夜明けを開くことを誓って(2日、町田文化会館で)
 東京の南端に位置する町田市は、「都会と自然」の両面の魅力を持つ街だ。
 中心市街地は、多くの若者が集まり、にぎわいを見せる。

◆〈信仰体験 まうごつすごか 熊本の友〉 補聴器販売会社の社長


 【熊本県・益城町】熊本地震から1年が経過した。2度の震度7に襲われた震源地・益城町では、倒壊した家屋の解体は7割程度しか進んでいない。

2017年4月13日 (木)

2017年4月13日(木)の聖教

2017年4月13日(木)の聖教

◆わが友に贈る

季節の変わり目。
祈りを根本に
賢明に体調を整えよう!
周囲の健康を守る
気配りと声掛けも!


◆〈名字の言〉 2017年4月13日

 海あり山あり。広大な福島県は気候の変化に富み、桜の季節が長い。「宝の山」と歌われる磐梯山の麓に立つ福島研修道場には、池田先生が自ら植樹した三代桜がある。この桜は毎年、5月3日前後に爛漫の雄姿を見せる▼開花が早い遅いと気をもむのは人間の都合。環境の違いで、それぞれの木に咲くべき「時」がある。これは人の生き方も同じで、“開花の春”は一様ではない▼先日、総本部で行われた「うつくしまフェニックスグループ」(原発事故の影響で福島県内外に避難した友)の首都圏大会で、母子がリレー体験を発表した。大震災から3年目。小学校3年の次女が体調を崩し、学校に行けなくなった。母に心配を掛けまいと、小さな胸にしまい込んできた不安と恐怖の感情が噴き出したのだ。食欲がなく、座ることもできない娘を母が背負う。体重20キロにも満たない軽さに涙が止まらない▼母は「必ず健康にしてみせる!」と信心で再起を誓う。家族の愛情に包まれた娘は一進一退しながらも心身が安定し、今春、母子は笑顔で中学校の入学式に臨んだ▼語り終えた親子に拍手がしばらく鳴りやまなかった。同志も、この日が来ることを信じ、祈り続けてきたのだ。待ち望む時間が長いほど、功徳満開の春の喜びは大きい。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年4月13日
 

 世界の友が団結する学会
 こそ戦争と対極―博士。
 共感の連帯拡大へ勇躍!
      ◇
 徳島女性の日。私たちの
 手で新時代の夜明けを。
 婦女一体で賑やかに行進
      ◇
 異体同心とは互いの信心
 の励まし合い―戸田先生
 リーダーから触発の波を
      ◇
 心のゆるみが人間の敵―
 劇作家。無事故へ油断排
 せ。歩きスマホ等に注意
      ◇
 日本の人口、36年後は1
 億以下と。減少時代こそ
 一人を大切に。皆が人材

◆〈社説〉 有意義な「大型連休」に  会って語る――そこに生命の触発


 「ふとあひたる、昔しに露たがはざるいとうれし」
 旧友と再会した樋口一葉は以前と変わらない友の姿を喜んだ(『一葉語録』岩波現代文庫)。どんなに時を隔てても顔と顔を合わせれば、かつての面影が目に浮かぶ。昔話に花が咲けば心の距離もぐっと縮まる。
 今月末からゴールデンウイーク(黄金週間)が始まる。新年度に入って約1カ月。新しい生活の慌ただしさに一息つくのと同時に、普段は疎遠になりがちな友人や親戚と、旧交を温める絶好の機会でもある。事前の準備を万全にし、有意義な連休としていきたい。
 まずは、「絶対無事故」の心掛けを。車で出掛ける場合は、エンジンオイルの量、タイヤの空気圧など出発前に点検をしっかり行っておきたい。運転者は睡眠を十分に取るなど、体調管理に気を配ることも大切だ。
 慣れない道の走行、長時間の運転も考えられる。一切の油断を排し、心身共にゆとりを持ち、安全な旅としていきたい。
 渋滞が各地で発生するのも、この時期の傾向。高速道路各社によれば、今年は、上下線ともに、連休後半の5月3~5日に渋滞が多く発生するという。渋滞が起こる場所、規模も日時ごとに予測されている。出発時刻を渋滞のピークからずらすことで、所要時間の短縮につながるという統計もある。
 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などが広く普及する現代。新しい友人とも、気軽に連絡先を交換するなどコミュニケーションの幅が広がって
いる。また、連絡先が分からなくなっていた古い友人と、インターネット上でつな
がり、そこから再会に発展することもあろう。
 とはいえ、しばらくぶりの友人や知人に会うのは、楽しみな半面、不安もあるものだ。文豪ゲーテは、相手のことを知るためには、「自分のほうから先方へ出かけていかなければいけない」とつづった(『ゲーテ全集13』、潮出版社)。
 何事も、“受け身”なままでは大きな前進はない。友との再会にあっても、“こちらから”声を掛け、相手のもとへと足を運んでいく姿勢が大切だろう。
 世界の識者らと、対話を通して心の絆を結んできた池田先生は語る。「心を揺さぶるのは心だ。直接会う。会って語る。そこに生命の触発が生まれる」
 “対話の春”は“行動の春”。「自分から」を合言葉に、友のもとへ足を延ばし、心が触れ合う対話に挑戦していきたい。

◆きょうの発心   師との誓いを果たす人生を歩む2017年4月13日

御文
 過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師?生」よも虚事候はじ(生死一大事血脈抄、1338ページ・編402ページ)
通解 あなたは、過去の宿縁から今世で日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそご存じと思われる。法華経化城喩品の「在在の諸仏の土に 常に師と?に生ず」の経文は、よもや嘘とは思われない。

 三世にわたる仏法の深い師弟の関係を教えられた一節です。
 
温かな創価家族に囲まれて育ち、念願の創価女子学園(当時)に2期生として入学。池田先生と幾度も金の思い出を刻む中、「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」との指導が生涯の指針となりました。
 1987年(昭和62年)5月、関西創価学園・女子出身者の集いである「蛍会」の一員として、フランス・ロワールへ。同国を訪れていた先生とお会いし、“生涯、誓いを果たす人生を”と誓ったことが信心の原点になっています。
 結婚を機に大阪・大正区へ。学会活動に励む中、母と弟の大病、阪神・淡路大震災後の主人の転職等、さまざまな試練に直面しましたが、師との誓いを胸に祈り、一つ一つ乗り越えることができました。感謝の思いでいっぱいです。
 誉れ高き大正総区の同志の皆さまと共に、青年を先頭に全てに勝利し、庶民の都に新たな常勝不敗の歴史を築いてまいります。  大阪・大正総区総合婦人部長 松本景子 

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   十七 2017年4月13日  (6045)
 


 蔵林龍臣は七十一歳であり、五人の子どもたちも、広宣流布の庭で活躍していた。この日も、アメリカに永住している四男以外は元気に集い、孫も含め、賑やかに山本伸一と峯子を迎えてくれた。
 蔵林は、伸一を床の間の前に案内した。
 「こちらにどうぞ!」
 「それはいけません。人生の大先輩である蔵林さんが、お座りになってください」
 一瞬、蔵林は、メガネの奥の目に困惑の色を浮かべた。しかし、伸一の強い勧めに、床の間を背にして座った。
 部屋にある衝立の書も見事であった。黒光りした柱や意匠を凝らした欄間が、風格を感じさせた。
 伸一が、家の歴史について尋ねると、「実は、わが家にはこんな言い伝えがありまして」と言いながら、伝承を語り始めた。
 ――昔、ある冬の夜のことである。庄屋の彦左衛門が、ため池に落ちて凍えるキツネを助け上げ、体を湯で拭いて乾かし、山へ帰した。キツネは、嬉しそうに「コン、コン」と鳴きながら消えていった。翌朝、家に二羽のキジが置いてあった。雪の上には、点々とキツネの足跡が続いていた。
 「恩返しにやってきたというわけです」
 伸一が、「人間も見習わなければいけませんね」と応えると、側にいた人たちは、真剣な顔で頷いた。忘恩の徒が暗躍し、学会員をいじめ、苦しめている時だけに、皆、恩に報いることの大切さを、強く感じていたのであろう。
 戸田城聖の事業が破綻した時にも、それまで、さんざん戸田の世話になり、大恩を受けながら、手のひらを返すように、悪口し、恨み、憎んで、去っていった者もいた。
 「忘恩は明瞭この上もない不正」(注=2面)とは、哲人ソクラテスの箴言である。
 日蓮大聖人は、老狐や白亀が恩に報いた故事をあげ、「畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや」(御書二九三ページ)と、人として報恩の誠に生きることの大切さを強調されている。報恩は人間の生き方の基である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 クセノフォーン著『ソークラテースの思い出』佐々木理訳、岩波書店

【聖教ニュース】

◆9月に教学部初級試験・青年部教学試験3級を実施 
 「立正安国論」「佐渡御書」などから出題

 「教学部初級試験・青年部教学試験3級」が、9月に全国で開催される。
 受験対象は、助師・講師。両試験は同一の問題で、今回からマーク方式で実施される。
 「御書根本」の実践こそ、創価の誉れある伝統である。
 戸田城聖先生は語った。「疲れた時にこそ、御書を拝読していけ! たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」と。
 この通りに、行学の二道を貫いたのが池田大作先生である。池田先生はつづっている。
 「仏法を学べば、勇気が湧く。信念が深まる。皆が生まれ変わった息吹で、『生命尊厳の哲理の眼目』となり、社会に蘇生の光を放ちゆくのだ」
 今回の試験は、各地の友が勝利の人生を歩むために、日蓮仏法の魂を心肝に染める絶好の機会となろう。
 大綱は次の通り。

 【日時】
 9月24日(日)
 〈昼〉午後1時30分~同2時30分
 〈夜〉午後7時30分~同8時30分
 60分間のマーク方式
 ※昼の受験を原則とする。仕事等の理由でどうしても昼の受験が難しい場合に限り、特例として夜の受験ができる。

 【受験資格】
 ①受験申し込みの締め切り時点で、会員で教学部助師の人(講師の人も含む)。ただし、会友ならびに未来部員の受験については行わない。
 ②座談会・御書学習会等、日常の会合に参加している人。
 ※以上の条件を満たし、かつ本人が受験を希望すること。受験資格については、支部長が承認し、受験カードに押印する。高齢の人、妊産婦、病弱な人については、無理をしないよう注意してください。

 【受験申し込み】
 6月1日(木)から7月22日(土)まで。
 ※申し込み期間に本人自筆の受験カードを、所属の支部長に提出し、申し込む。締め切り後の申し込みは受け付けません。また、地域によって申し込み期間が異なることがありますので、地元組織にご確認ください。
 
【出題範囲】
 〈1〉御書
 ①「立正安国論」第9・10段(31ページ1行目~33ページ4行目)
 ②「佐渡御書」(本年2月度の御書講義拝読範囲、957ページ7行目~12行目)
 〈2〉教学入門
 『教学入門』第2部および「世界広布と創価学会」から(日顕宗破折の内容を含む)

 【教学講座】
 「教学部初級試験・青年部教学試験3級」に関する「教学講座」は、SOKAチャンネルVODの番組として配信します。VODが利用できる会館等や、「SOKAチャンネル モバイルSTB」で視聴が可能。モバイルSTBで視聴する際は、インターネットを通してダウンロードが必要。
 創価学会公式ホームページ「SOKAnet」のコンテンツでも配信予定(配信期間等の詳細は決定次第、お知らせします)。
 ◇ 
 ※出題範囲の全ての解説が、「大白蓮華」6月号(5月下旬に配達)に掲載。205円(税込み)。配達を希望する場合は、4月20日までにお近くの聖教新聞販売店にお申し込みください。
 SOKAオンラインストアでは4月25日から予約を受け付けます。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「ローチケHMV(ローソングループ)」での注文、受け取りもできます。一般書店での注文・購入も可能です。
 また、電子書籍としても購入できます。希望小売価格185円(税込み)。配信日は各電子書店によって異なります。

◆民音 中国国家京劇院 東京公演 
 日中国交正常化45周年を慶祝
 程中国大使ら各国大使が鑑賞

            
「西遊記・金銭豹」から。アクロバティックな技の数々に、会場から拍手喝采が送られた(中野サンプラザホールで)
「西遊記・金銭豹」から。アクロバティックな技の数々に、会場から拍手喝采が送られた(中野サンプラザホールで)

 民主音楽協会(民音)の「中国国家京劇院『愛と正義と報恩の三大傑作選』」東京公演が12日の昼と夜、中野区の中野サンプラザホールで行われた。夜の公演には34カ国の大使・大使館関係者が来場。中国の程永華駐日大使は、原田会長、民音の伊藤代表理事と共に鑑賞した。
 本公演は、今年秋に迎える日中国交正常化45周年を記念したもの。京劇界のトップスターである于魁智氏や李勝素氏らが、珠玉の名作「西遊記・金銭豹」「太真外伝」「鎖麟嚢」を披露した。
 これほど豪華な出演者は中国でもなかなか見られない――そう評される夢の舞台では、伸びやかな歌声やダイナミックな宙返り、人物の心情を表現する繊細な身のこなしなど、名優たちの一挙一動に感嘆の声が。2時間の上映時間は、あっという間に過ぎていった。
 中国国家京劇院は1955年、中国文化部直属の団体として創設。初代院長は巨匠・梅蘭芳氏が務めた。
 創設の翌年、梅氏は、中国政府による京劇代表団の団長として日本を訪れることに。戦争の記憶が焼き付いており、戸惑う梅氏に周恩来総理は言った。“中国を侵略したのは一部の軍閥です。代表団は日本の人民に聴かせるために行くのです”と。
 一方、民音が中国の民族舞踊などの公演を初めて開催したのは、1975年のこと。創立者の池田先生と周総理の出会いの翌年のことだった。以来、民音が招聘した中国の文化団体は40以上。公演回数は2000回に及ぶ。中国国家京劇院は2002年、池田先生を「名誉芸術顧問」に迎えている。
 この日の幕あいに懇談した程大使と原田会長の話題も、周総理と池田先生の出会いから始まる文化交流に。程大使は「両国の友好のベースである文化と民衆の交流は盤石です。民音は、その重要な懸け橋です」と述べた。
 文化の力で民衆の心を結びたい――人民の総理と池田先生の信念から生まれた友誼の「金の橋」は、さらに輝きを増している。 
民音が新体制
 このほど、民主音楽協会の代表理事に、伊藤一人氏が就いた。
 創立者の池田先生の理念のもと、これまで105カ国・地域の人々と、文化交流を広げてきた民音。今後も、音楽の力で世界を結ぶ活動に尽力する。

【先生のメッセージ】

◆〈随筆 永遠なれ創価の大城〉18 師弟の大桜は爛漫と 2017年4月13日

調布文化会館を訪れた池田先生ご夫妻を出迎えたのは、誓いを込めた大桜のオブジェ。師は友の真心に“満開の千年桜の見事さに功徳もかくあれ”と念願した(1992年4月3日)
調布文化会館を訪れた池田先生ご夫妻を出迎えたのは、誓いを込めた大桜のオブジェ。師は友の真心に“満開の千年桜の見事さに功徳もかくあれ”と念願した(1992年4月3日)

試練を越えて 凱歌の花は咲く
君よ 対話の春を舞いに舞いゆけ

 
 父母と
  試練の坂を
    勝ち越えて
  咲き誇りゆく
     若桜かな
     
 熊本地震から一年――愛する郷土の復興へ奮闘しゆく不撓不屈の若人の連帯を、諸天も寿いでくれたのであろう。
 熊本での全国男子部幹部会は、異体同心の九州家族の祈りに照らされ、暖かい陽光に包まれた。
 会場は、一年前、被災された方々の一時避難所となった熊本平和会館だ。
 今年は三月の寒さの影響か、桜の開花が平年より遅く、折しも当日は満開の桜に包まれ、日本一の弘教を飾った九州の丈夫たちを祝賀した。
 引き続き、桜花舞う熊本では、けなげな九州女子部の総会も行われる。
 「さくら(桜)はをもしろき物・木の中よりさきいづ」(御書一四九二ページ)と、日蓮大聖人は桜を愛でられた。
 固く、ごつごつとした樹皮に覆われた桜の木。その中から清らかな花が咲き出る。それは、凡夫の生命に清浄にして偉大な仏の生命が具わることの象徴でもあろう。
 また、桜の大樹は風雪の苦難に耐えるかのように、太い幹を曲げられながらも、毅然と枝を伸ばし、花を咲かせる。
 その凜たる姿は、「負けんばい!」と胸を張る熊本の宝友たちと二重写しに思えてならない。


「誓い」を新たに

 今年の桜(ソメイヨシノ)は、開花宣言も満開も東京が最も早かった。
 総本部を訪れるSGIの友も、万朶と咲き誇る「青年桜」や「華陽桜」に、世界広宣流布への誓いを新たにされている。
 春季研修で来日された世界の同志と共々に、清新な心で、新出発を切っていきたい。
 先日、私は、桜花爛漫の中を、創価学園から久方ぶりに立川文化会館へ走った(五日)。
 道すがら、目に入った聖教新聞の販売店にも、題目を送りつつ、シャッターを切った。「無冠の友」の皆様と一丸となり、たゆまず地域広布を推進する大事な城である。
 この立川文化会館では、昭和五十三年(一九七八年)、女子部の歌「青春桜」を友と一緒に作り、3・16「広宣流布記念の日」に発表したことも懐かしい。
 私は歌詞に詠んだ。
 「あなたと語りし
      あの誓い
  いかに忘れじ
  この道を この道を
  手に手をとりたる
      青春桜」
 立川文化会館の「元初の間」で、私は妻と、全世界の創価の女性に、幸と勝利の“青春桜”が、永久に、馥郁と薫りゆくことを真剣に祈念した。


多摩川に沿って

 「桜」で蘇るのが、二十五年前(一九九二年)の四月、八王子から大田に向かう途次、調布文化会館に立ち寄った時のことである。
 多摩川に沿って、美しい桜が咲いていたが、それにも増して見事だったのは、館内のロビーいっぱいに花を広げた手作りの大桜であった。
 聞けば、花びら一枚一枚に、誓いの祈りが込められていたという。
 真心の労作業に胸中で合掌しつつ、仰ぎ見た。
 会館の窓から多摩川を望むと、河川敷にいた家族連れが目に留まった。
 わが創価家族ではないかと思い、声を掛けてもらうと、やはりそうだった。男の子は河川敷で遊んでいたままの姿で、お母さんは恐縮されていたが、館内に入ってもらい一緒に勤行を行った。
 今、その少年は大学院の博士課程で学びつつ、創価学園で教壇に立ち、男子部のリーダーとしても奮戦してくれている。
 この折、私は調布と狛江の友に熱願した。
 「仏法は勝負。勝つか負けるかだ」「功徳と正義を示せ! ここから火の手を上げよ」――と。
 私の心には、愛弟子たちが“常勝の錦州城”を築き、功徳満開の無数の花を咲かせる姿が、今もありありと映っている。
 調布を出て、車で狛江、世田谷と抜けると、わが故郷城・大田である。
 大田にも、桜の思い出は数多い。戦災の焼け野原に一本残った桜が、皆に希望と勇気を送ってくれたことを、童話『少年とさくら』に綴りもした。
 地域貢献として私が提案し、大田区に千本の桜の若木を寄贈させていただいたこともある。大切に守り支えてくださる地元の方々に感謝は尽きない。
 私の心を心として、大田の青年部が“千本桜”のごとく、誠実と信頼光る人材の若木を地域に植えてくれていることも、嬉しい限りだ。


「人華」を広げよ

 桜は世界に友情の花を広げてきた。
 中でもアメリカの首都ワシントンのポトマック河畔の桜は有名だ。淵源は百年以上前、“憲政の神様”尾崎行雄が東京市長の時に苗木約三千本が寄贈されたことにある。
 わがアメリカSGIの友も、ロッキー山脈を仰ぐデンバーなどで桜の植樹を重ね、多くの市民に喜ばれている。 
 世界には、“紫の桜”ジャカランダなど、桜を彷彿させる花樹がある。
 たとえば、この時節、インドでは、桜によく似たアーモンドの白い花が満開になる。
 インドの創価の友は、今や十五万人を超える“人華の園”となった。
 その原動力こそ、あくまでも「一人」を大切にする振る舞いだ。
 そして、「一人立つ」リーダーの行動である。
 それは、あのマハトマ・ガンジーが身をもって残した拡大の方程式でもあるといってよい。
 ガンジーは、どのようにして、広大なインドの民衆を糾合したのか。
 共に戦い抜いた盟友ネルーの結論は、誠に明快である。
 「ただやさしいまなざしと、おだやかな言葉と、それに何よりも身をもって自ら模範を示すことによって成しとげたのである」と。
 特別な何かで、人心をまとめたのではない。誠実一路の人間性と、率先垂範の勇気によって、民衆を結合したのである。


「一は万が母」と

 ともあれ、誰かではない、自分である。まず自分が戦いを起こす。自分が壁を破るのだ。
 「一は万が母」(御書四九八ページ)である。自身の祈りと智慧、闘魂、行動からこそ、広布の万波が生まれる。
 「一人立つ」勇気と挑戦の先に、必ず突破口は開かれていくのだ。
 日蓮仏法は「下種仏法」である。
 一言一句でも仏縁を結ぶなら、友の胸には、何があろうと消えない成仏の種子が植えられる。
 だからこそ、臆してはならない。信念をもって語り切ることだ。
 そのために悩むことは、菩薩の悩みである。全ての苦労が、仏の境涯を開いていくのである。


歴史創る新風を

 法華経化城喩品には美しい一節がある。
 「香風は萎める華を吹いて 更に新しき好き者を雨らす」(創価学会版法華経三一三ページ)――香り高い風がしぼんだ花を吹いて、さらに新しく好ましい花を降らせる――。
 新しき歴史は、新しき風とともに創られる。私たちの広布への活動においても、新しき価値創造には、常に、新鮮な風を送りゆかねばならない。
 ゆえに、青年部が大事なのだ。各地域の壮婦の励ましで、一人の男子部が、女子部、学生部が立ち上がることは、必ず、新しい花を咲かすことに通じる。目の前の一人を大事に育めば、新時代の扉は必ず開かれる。
 一人ひとりの若人が“桜梅桃李の人華”を命いっぱいに咲かせ、人間革命の輝きで社会を照らし、立正安国の花園を、わが地域・わが国土に広げていくのである。


学会精神に燃え

 昭和五十四年(一九七九年)の四月二日――、桜をこよなく愛された、わが師・戸田城聖先生の祥月命日に、私はこう書き留めた。
 「死身弘法 不惜身命
 此の心は
 学会精神のみにある」
 永遠の妙法と共にある我らは、永遠に師弟の道を進み、学会精神を燃え上がらせ、広宣流布の大誓願に生き抜くのだ。
 恩師を偲ぶ北海道・厚田にも、五月三日ごろ、桜前線が到達する。
 我らの前には「師弟の大桜」が咲き誇り、晴れやかな「創価桜」の大道が広がっている。
 さあ、正義と勇気の前進だ! 君たち、貴女たちよ、対話の春を舞いに舞いゆけ! 朗らかに、自身の凱歌の花、民衆の勝利の花を咲かせよう!
 (随時、掲載いたします)
 ネルーの言葉は『マハトマ・ガンジー』ガンジー平和連盟訳(朝日新聞社)=現代表記に改めた。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉22 熊本地震から1年 
 復興を心から祈念 不撓不屈の青年が拡大の実証
 都議会公明党身を切る改革を実現
 
人材の城・熊本で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」。青年の凱歌が高らかに(9日、熊本平和会館で)
人材の城・熊本で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」。青年の凱歌が高らか
に(9日、熊本平和会館で)

 原田 14日、甚大な被害をもたらした「熊本地震」から1年を迎えます。全ての犠牲者の方々に、追善回向の題目を送るとともに、被災地の復興と皆さまの幸福を深く祈念いたします。
 
 長谷川 九州の同志の皆さまは、池田先生の激励を胸に、不撓不屈の魂を燃やして、被災者の方々への激励、復興・復旧に尽くし抜いてくださっています。心から敬意を表します。
 
 志賀 9日には、「新時代第10回全国男子部幹部会」が熊本の地で開催されました。九州男子部は、言葉に尽くせぬ「苦難の坂」「試練の坂」を乗り越えて、堂々たる“日本一の折伏”を成し遂げました。
 
 永石 九州女子部のスクラムも、地域の大きな希望となっています。先生は、先日の幹部会へのメッセージで、「一番、苦労した青年が、一番、輝く勝利を手にする。この新時代の大いなる希望を、全国、全世界に示してくれた。創価の師弟に越せない坂は絶対にないことを、『未来までの物語』として留めてくれました」と最大にたたえられていますね。
 
 原田 「妙とは蘇生の義なり」(御書947ページ)との御聖訓を通し、先生は「必ず変毒為薬して、新たな幸福と勝利の道を切り開くことができるのです」と語られました。私たちは、全ての方々の変毒為薬、そして幸福と勝利をさらに真剣に祈り続けていきましょう。

「率先垂範」の対話


 永石 今、各地で率先の対話が幾重にも広がり、友情と信頼の花が咲き薫っています。尊きご尽力に心から感謝いたします。
 
 志賀 男子部としても、皆さまの応援をいただき、1万5000の弘教拡大を果たすことができました。
 
 原田 まさに青年が先駆を切ってくれました。小説『新・人間革命』「人材城」の章には、池田先生の熊本訪問(1977年5月)の模様が描かれ、リーダーの姿勢について綴られています。「“自ら率先垂範で、何をすべきかを示していく人”が、新時代のリーダーです」「自分が真っ先に行動を起こして、『こうやって実践しています』と語っていくことが重要なんです」と。
 
 長谷川 先生は続けて、こう綴られています。「結果は実っていなくとも、挑戦の苦闘と喜びを、ありのままに語り、頑張り続けていくという決意をぶつけていくんです。そうすれば皆が、“それなら、私にだってできる。私も挑戦しよう”という思いをいだいていきます。一生懸命で、健気な姿勢に、人は、世代を超えて共感するんです。ありのままの自分、等身大の自分でいいんです」と。
 
 原田 「例には他を引くべからず」(同1220ページ)と仰せの通り、他の人ではなく、自身の活動体験が共感と納得を生み、団結と前進の勢いにつながります。広布に進む同志への感謝と配慮を忘れず、皆で歓喜の対話拡大に大きく打って出たいと思います。

都民本位の政治を


 永石 東京都議会の動向が注目される中、公明党がリードした「身を切る改革」が、各方面から高く評価されていますね。
 
 竹岡 今回の「身を切る改革」の実現は、都議会史に残る画期的なことです。相次いだ「政治とカネ」の問題等で不信が高まる中、都民の信頼回復のため、公明党はまず議員自らが襟を正し、覚悟を示そうと、昨年11月、「身を切る改革」として議会改革案を他党に先駆けて提唱しました。
 
 志賀 公明党がブレることなく進めた結果、他会派にも賛同が広がり、当初の公明案から一字一句変えないまま、全会派による共同提案となり、定例会初日に可決、成立しました。
 
 永石 まさに公明議員の覚悟が、いまだかつてない結果を導いたといえます。
 
 竹岡 第一に、議員報酬が20%削減(4月から1年間)されました。さらに条例の抜本的な見直しなどを行い、報酬削減の恒久化を目指しています。
 
 志賀 第二に、政務活動費が月額10万円減額(議員一人当たり)され、収支報告書や領収書などの写しをインターネット上で全面公開します。こうした公開をしている議会は、都道府県のうち4府県(3月末現在)しかなく、全国の範となります。
 
 竹岡 そして第三に、本会議などに出席するたびに定額支給されていた「費用弁償」も廃止。そのほか、永年議員への記念品授与や肖像画作成などの「議員特権」も廃止されました。

 永石 政治評論家の森田実氏は「倫理を重んじる公明党議員だから決断できたことです」「さまざまな課題のある東京都政を真に改革するためには、この公明党の『身を切る改革』が絶対に必要」と語っています。

 竹岡 これまでも、都議会公明党は、さまざまな改革の実績を残してきました。たとえば、公明党の強い主張により、東京都は2006年度から「新公会計制度」を全国で初めて導入。財政のムダ削減に努め、07年度末までに、約1兆円の“隠れ借金”を解消することができました。

 志賀 都では、毎年の予算編成の際、一つ一つの事業を厳しく検証し、不要不急なものを削減・整理するなど、事業の効率性を高める「事業評価」を実施しています。これも都議会公明党により06年度に導入されました。これまでに生み出された財源は、17年度予算分を含め、累計で6900億円にも上ります。

 竹岡 地方公会計研究センター代表理事の淺田隆治氏は、「日本経済の中枢である東京都で、新公会計制度が導入された意義は大きく、日本全体の財政健全化、地方への波及効果が期待できます」「(都議会公明党は)今後も制度改革の先頭に立ってもらいたい」と語っています。

 原田 こうした評価の声を私もよく伺います。都議会公明党は、半世紀以上にわたって、「大衆とともに」の立党精神のまま、都民本位の政策を推進してきました。これからも、「都民のために」との一心で、全力で尽くし抜いてもらいたい。

◆〈信仰体験〉 沖縄・石垣島で信頼の保育園経営 誓願の祈りで使命の道開く


 【沖縄県石垣市】先月18日に「海開き」の公式行事が行われた沖縄・八重山諸島では、4月の日差しに早くも初夏のような紫外線の強さが感じられる。

2017年4月12日 (水)

2017年4月12日(水)の聖教

2017年4月12日(水)の聖教

◆わが友に贈る


会館・個人会場の周辺は
駐輪・駐車や立ち話など
近隣に細心の配慮を。
良識豊かな行動で
地域に信頼を広げよう!

◆名字の言


  記録文学や歴史小説などの分野で多くの作品を残した吉村昭氏。氏の生まれ故郷、東京・荒川区にオープンした「吉村昭記念文学館」に足を運んだ▼館内の一角には、書斎が再現されている。部屋の三方を天井まで伸びた本棚が囲み、歴史書、郷土史などに加え、自作のスクラップブックも並ぶ。その量に圧倒された。窓際には幅2メートル60センチもある特注品の机。執筆時に多くの資料を載せるため、この長さが必要だったという▼氏の信念は「史実そのものにドラマがある」。戦史小説では関係者の証言を重視し、一つの作品のために192人を取材したこともあった。「証言者と会い、その眼の光、言葉のひびきを見聞きした」(『私の引出し』文春文庫)。それぞれの証言の“体温”にまで迫ったからこそ、事実や数字の羅列ではなく、血の通った人間ドラマを描けたのであろう▼学会の庭では、赤裸々な信仰体験が生き生きと語られる。その一つ一つが、自他共の幸福をつくってきた学会史の一ページであり、仏法哲理の正しさを裏付ける証言である。御書に「道理証文よりも現証にはすぎず」(1468ページ)と▼正確さや裏付けに、体験の持つ“熱”が加わることで、言葉に生命が宿る。無名の庶民の体験にこそ、語り継ぐべきドラマがある。(値)


◆〈寸鉄〉 2017年4月12日

 春爛漫の座談会。清々し
 い決意あり、体験談あり。
 誉れの「5・3」へ躍進!
      ◇
 「修行の肝心は不軽品」
 御書。ただ友の為に。仏法
 の魂は我らが正しく継承
      ◇
 現状に甘んじず行動に移
 そう―博士。挑戦と成長
 を続ける人が次代の主役
      ◇
 食品ロスの削減へ各地で
 啓発行事。「もったいな
 い」の心で。各家庭から
      ◇
 ネット上での偽情報拡散
 防止へ対策相次ぐ。ウソ
 を見抜く鋭き眼を各人が

◆社説   科学技術の進歩を考える  人類の利益と平和のためにこそ


 重力波、系外惑星、ディープラーニング、VR……。最近、よく目にする科学用語である。
 重力波は、時空のゆがみが波動として光速で伝わる現象のこと。米研究チームが直接検出に成功し、話題になった。系外惑星は、太陽系外の惑星のこと。NASAが地球型の惑星を、また欧州のチームも大気のある惑星を発見した。
 ディープラーニングは人工知能用語で、この方法を用いたプログラムがプロ囲碁棋士を破ったことで有名になった。VRはバーチャルリアリティー(仮想現実)の略。ゲーム機などに搭載され、臨場感を演出する。
 来週は科学技術週間(17~23日)。今年のテーマは「なぜ?から始まるわくわくが ステキな未来をつくるんだ!」。大学や研究施設の公開をはじめ、特別講座や展示会など、最先端の技術に触れられるイベントが、各地で計画されている。
 今年は、京都大学の山中伸弥教授が「ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)」の作製に成功してから10年。iPS細胞は、人間の皮膚などの体細胞に特定の遺伝子を導入し、さまざまな細胞になる「多能性幹細胞」に変化させたもの。再生医療や新薬の開発など、さまざまな分野への応用が期待される。
 もともと科学は、社会の発展・平和のために使われるべきものだ。池田先生と対談したライナス・ポーリング博士は、「科学上の発見は人類の利益のために用いなければならない。たとえば、戦争のような人類を害する目的のために利用してはならない。社会全体として、そのように意思決定することが大事です」と語っている(『池田大作全集』第14巻)。
 科学技術そのものについては知らなくても、使いこなせれば、それで済むかもしれない。 しかし社会全体が、「人類の利益のため」という確固たる目的観を持って科学技術と関わっていかなければ、時として間違った方向へと暴走しかねない。
 科学者自身や、科学者を抱える団体・国家などが技術革新を競うあまり、“真理の追究”を口実に「人類の利益のため」という目的観を置き去りにするケースが懸念される。さらには「他者を害するため」「戦争のため」に科学技術を悪用する指導者が出現してきたのが歴史の常である。そうさせないため、民衆が指導者を監視し、導いていく必要がある
 「平和ほど、尊きものはない」――。小説『新・人間革命』の冒頭の一節を、今一度、思い起こさずにはいられない。

◆きょうの発心   師を求め、実証を示す弟子に2017年4月12日

御文
 よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(華果成就御書、900ページ・編1098ページ)
通解 よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。

 よい弟子を持つかどうかで師弟の仏果が決まると、師弟不二を貫く大切さを教えられています。1967年(昭和42年)、病弱だった母が、宿命転換を願い入会。翌年に私も入会しました。
 創価大学に進学後、創立者・池田先生に初めてお会いし、師を求めようと決意。先輩からこの御文を教わり、心に深く刻みました。
 卒業前の記念撮影の際に、「みんな忘れないよ」と呼び掛けてくださった師の言葉を胸に、“生涯、弟子として実証を示そう”と決めて、和歌山へ帰郷しました。
 残業や出張の多い仕事でしたが、懸命に働くとともに、学会活動にも挑戦。くじけそうになるたびに、この御文を拝し、営業成績では1位を取り続け、男子部の拡大戦では総県をけん引しました。その後、本部職員となり、愛する和歌山の地を駆け巡っています。
 昨年末、待望の「紀の川文化会館」が完成。草創の同志が、師匠と共に築いてくださった広布の舞台で、青年と団結し、人材拡大に挑戦してまいります。  和歌山池田県長 武田好史

◆雌伏の章   十六 2017年4月12日
   


 山本伸一は、石塚勝夫に言った。
 「お父さん、お母さんを、生涯、大切にするんですよ。父母の恩に報いることから、人間の道は始まります。報恩の心を忘れない人が、真の仏法者なんです」
 さらに、個人会館を提供してくれていることへの感謝を伝えながら、日ごろ、心すべき点についても語っていった。
 「ともかく近隣に迷惑をかけないよう、会合の中心者ともよく連携し、駐車、駐輪、話し声など、細かく気を配っていくことが大事です。大変でしょうが、周囲のお宅には足しげくあいさつに伺い、『何かあったら、すぐにおっしゃってください』と、意思の疎通を図っていくことが大切です。
 近隣の方々が、快く協力し、応援してくださるようになれば、それ自体が広宣流布の姿なんです。個人会場は、広布の民衆城です。そこに、堅固な信頼の石垣を築くことが、学会を盤石にしていくことにつながります」
 伸一は、それから、自宅の隣にある個人会館を訪問した。一階は、石塚の営む建築電気工事会社の事務所になっており、二階が三十畳ほどの会場であった。
 そこには、佐久本部の支部幹部ら地元の代表が集っていた。伸一は、一緒に勤行し、ここでも懇談のひとときをもった。
 彼は、佐久の同志に、句を詠んで贈った。
 「忘れまじ 佐久の幸ある 瞳かな」
 「佐久の友 今日はいかにと 祈る日日」
    
 石塚宅から伸一が向かったのは、蔵林龍臣の家であった。蔵林家は江戸初期から庄屋を務めた旧家であり、母屋は築三百五十年で、地元では「鶯館」と呼ばれているという。
 主の龍臣は、家の前で和傘を差して立ち、伸一と峯子を迎えた。
 「約束を果たしに来ましたよ」
 伸一は、こう言って笑顔を向けた。
 蔵林は、六年前に東京で行われた本部幹部会の折、自宅が江戸時代からの旧家であることを伝え、訪問を要請したのである。

【聖教ニュース】

◆中国・周総理のめい 周秉宜氏が語る 原田会長との会見から 
 総理の自宅・西花庁で創価学会が話題に

病身の周総理は医師の制止を振り切り、池田先生と会見。国交正常化提言を高く評価し、「あなたが若いからこそ大事につきあいたい」と、友好を託した(1974年12月5日、北京で)
病身の周総理は医師の制止を振り切り、池田先生と会見。国交正常化提言を高く評価し、「あなたが若いからこそ大事につきあいたい」と、友好を託した(1974年12月5日、北京で)

 本年は日中国交正常化から45周年。正常化を宣言する共同声明は1972年9月29日、北京で調印された。調印式に臨んだ中国側の代表者が周恩来総理である。新中国の建国に尽くし、発展の礎を築き、今なお“人民の総理”と慕われる周総理。そのめいに当たる周秉宜氏がこのほど来日し、8日に東京・信濃町の総本部で原田会長と会見。9日には八王子市の創価大学で「周桜」の観桜会に出席した。併せて周氏は10日、本紙のインタビューに応じた。ここでは総理の創価学会に関する発言、周家の一員として垣間見た総理の素顔について、周氏が語った貴重な証言を紹介する。
 周秉宜氏は、周総理の弟である周恩寿氏の次女。現在は中央文献研究室周恩来研究会常務理事を務める。1949年から68年まで、周総理と鄧穎超夫人の住居だった北京・中南海の西花庁で、夫妻と生活を共にしていた。
 原田会長は8日、総本部の本部別館で、周氏一行を心から歓迎。74年12月5日に実現した周総理と池田先生の会見の模様を、随行の一員として訪中していた思い出を交えつつ、詳細に伝えた。
 さらに、周総理の家族に対する振る舞いが話題になると、周氏は大要、次のように述懐した。
 「周総理は、公私の区別に大変厳しい方でした。親族である私にも、特別待遇どころか周囲の子どもに対するよりも厳しかった。
 小学生の頃だったと記憶していますが、伯母の鄧穎超から『あなたの伯父は全人民の総理であって、周家の総理ではありません。ですから、周家のために奉仕はしません。外でも、決して総理のめいであると言ってはなりません』と戒められました。また、西花庁に住んでいることも話してはならないと厳しく言われていました」
 家族に対する特別扱いを嫌う総理の意向もあり、周氏は学生時代、平日は学校内で暮らし、週末だけ西花庁に帰宅していたという。
 「総理も伯母も、今、取り組んでいる仕事のことや、きょう、何をしたかといったことを、家族に語ることはありませんでした」
 「しかし、一度だけ日本について、総理から聞いたことがあります。それが創価学会のことでした。
 私が大学生の頃だったでしょうか。ある日、総理が西花庁の応接間の隣の小さな食堂で食事を取っていた時のことでした。
 テーブルの上に数冊の本が置いてあり、その中に一冊、オールカラーの小冊子がありました。当時、中国は文化大革命の混乱期にあり、外国の書籍は多くなかった。また、全てカラーの冊子は珍しかった。ですから、印象に残っています」
        
東京創価小学校(小平市、国分寺市)を訪問した周氏が、児童の代表と懇談会を(10日)。「中日友好のために、今後も皆さんと交流していきたい」と語った
東京創価小学校(小平市、国分寺市)を訪問した周氏が、児童の代表と懇談会を(10日)。「中日友好のために、今後も皆さんと交流していきたい」と語った

 「冊子の中身は日本語で書かれていて読めませんでしたが、表紙の『創価学会』という4文字は分かりました。学会の会合やスポーツ大会の模様などが紹介されていたと記憶しています」「もの珍しそうに眺めている私に、総理は『それは創価学会という日本の宗教団体の本です。創価学会は戦争に反対し、平和のために貢献している団体です。会長は池田大作という方です』と語ってくれました」
 「総理は中日関係を非常に重視していました。ですから創価学会に注目していたのだと思います」
 以来、周氏自身も、創価学会に関心を持つようになったという。
 さらに、周氏が持参した、周総理夫妻と周氏ら一家の写真を見ながら語らいは続いた。
 その中に、家族らと公園の花を見ている一葉があった。
 「総理は夜型で、朝の5時、6時くらいまで仕事をするので、体調を心配した伯母の鄧穎超が、“お疲れですので、公園でお花を見て気分転換をしては”と提案したのです。
 総理は、人に勧められても休むことはありませんでした。この時は伯母の計らいで、看護師と相談し、寝ていた私を起こして服を着せ、西花庁の前で総理を待たせたのです」
 つまり、幼いめいの頼みなら、総理も仕事の手を休めるだろうという鄧夫人の計らいだったわけである。
 「大人が言っても言うことを聞いてくれないのですが、子どもの私がいたので、仕方なく総理も聞いてくれたのです。私が周総理を連れて散歩に行ったようなものです」
 「看護師の話では、総理は白いシャクヤクの花がお好きでした。シャクヤクが咲いた頃に、できるだけ総理を公園にお連れしていました。のちに西花庁の庭にも植えました」
 総理ゆかりの花――その一つに桜もある。総理は青年時代、祖国復興の志に燃え、日本に留学した。21歳の春、祖国に帰る前に、立ち寄ったのが京都である。雨に煙る嵐山に咲く桜――それが、総理が最後に見た日本の春の情景であった。
 「桜の咲く頃に、私は日本を発ちました」。74年12月の会見で、そう語る総理に、池田先生は言った。「もう一度、ぜひ桜の咲く頃に来てください」。周総理は答えた。「願望はありますが、無理でしょう」
 桜が好きだった総理を偲び、日中友好への誓いを託して池田先生が植樹したのが、創価大学の「周桜」であり「周夫婦桜」である。
 会見の最後に、原田会長が学会への深い理解と、諸行事への出席に重ねて謝意を伝えると、周氏は応じた。
 「創価学会は何十年にもわたり、中国の青年や文化団体と交流を重ねてこられました。中日友好という理念に基づき、これほどの活動を続けておられることに敬意を表したい。
 この機会に、周家を代表して池田名誉会長、創価学会への尊敬の念を表します」

◆周総理と池田先生 2017年4月12日
 

 日中国交正常化が実現したのは、45年前の1972年9月29日。周恩来総理と田中首相が、北京で共同声明に調印した。この国交正常化への過程にあって、日中の橋渡し役を果たしたのは公明党だった。その背景には、中国外交の総責任者である周総理の、党創立者・池田先生に対する高い評価と信頼があった。
 総理は既に1960年代前半から、「大衆の中に基盤を持つ団体」として学会の急成長に注目し、人を介して池田先生の訪中を歓迎する意向を伝えていた。
 68年、両国の関係が厳しく冷え込む中、池田先生が断行した国交正常化提言は、総理の先生への信頼を不動のものにした。今回、周秉宜氏が紹介した、西花庁での総理の言葉は、それを裏付けるものの一つといえる。
 そして、友好の井戸を掘った池田先生の行動に対する評価は歴代指導者にも引き継がれ、現在、中国の各機関・大学で研究も進んでいる。
 周総理は、病床にあった74年12月5日、医師の反対を押して北京の305病院で池田先生と会談。「中日友好は私たちの共通の願望です。共に努力していきましょう」と、友好の未来を当時46歳の若き指導者に託した。
 先生は総理亡き後、夫人の鄧穎超氏と8度会見。創価大学に「周桜」「周夫婦桜」を植樹した。今、万朶と咲くこの桜のもとから、友誼を担う人材が陸続と育ち続けている。

◆周秉宜氏へのインタビュー 

 
周総理が周秉宜氏(左から3人目)と、しばしの散策を。激務が続く総理をいたわる、鄧穎超夫人らの計らいだった(周氏提供)
周総理が周秉宜氏(左から3人目)と、しばしの散策を。激務が続く総理をいたわる、鄧穎超夫人らの計らいだった(周氏提供)
 ――周桜観桜会に参加された感想を、お聞かせください。
 
 周秉宜氏 2012年に続いて参加しましたが、今年の周桜はこれまで見た中で、最も美しかったように感じました。
 式典には中国大使館をはじめ学者、学生など多くの方々が参加されており、演目を披露してくれた創価大学の学生さんたちも丹念に準備してくださったようで、中日国交正常化45周年を飾る式典であったと思います。
 創価大学、また創価学会は、中日友好の発展という事業を一度も中断することなく堅持されています。今回の行事に参加して、その精神が代々受け継がれていることを、改めて感じました。
 1992年に創大と交流が始まって以来、これまでさまざまな行事に参加しました。創大生の皆さんをわが家に招いて、一緒にギョーザを食べたことも良い思い出です。
  
 ――今も“人民の総理”と敬愛される周総理ですが、民衆には誠心誠意尽くされる一方、ご自身に対して、側近や家族に対しては大変に厳格な方であられたと伺いました。
 
 周氏 小学校に入学する時から、わが家ではルールが決められました。特にお金に対しては厳格でした。
 例えば、総理のために車が用意されていたのですが、私たちには“君たちは人民に尽くしたことがないのだから公用車に乗る資格はない”と、決して使わせることはありませんでした。
 食事に関しても、小学校に入ってから、私たちは西花庁で食事を取ることは許されませんでした。“公務員が食事をする場所であって、君たちが食べる場所ではない”と。非常に厳しかったです。
  
 ――文字通り、周家の総理ではなく、人民の指導者として生涯を送られたのですね。
 
 周氏 総理は新中国建国後も、革命はまだ成し遂げられておらずさらに精進していかねばならないという強い思いをお持ちでした。
 ある時には、私たちきょうだいに「周家の革命を続けていこう」と言われました。
 周家はもともと封建官僚の家でしたが、封建的な家には良くない習慣も残っているので、これを打破していこうと呼び掛けられたのです。
 また、私の進路について周総理に相談したことがあります。
 こうした時、総理はいつも「こうしなさい」とは言わずに「私はこう思いますが、後は自分で決めなさい」と言われました。あるいは「こうした方が民衆に貢献できるのではないか」と。その判断が民衆に利益をもたらすときには、大変に喜んでくださいました。
  
 ――これからの日中友好のために、創価学会に期待されることを教えてください。
 
 周氏 創価学会は終始一貫して中日の友好、平和のために交流し、尽力してこられました。さらに努力してほしいなどと、私からは言えません(笑い)。
 ですが、“共に頑張っていきましょう”ということは言えます。
 日本に来させていただき、皆さんが中日友好に懸命に取り組まれている姿を見て、私自身が学ばせていただいている思いです。こうした活動を積み重ねていることは、本当に素晴らしいことだと思いますし、心からの敬意を表したい。
 日本の皆さんだけでなく、中国の青年にも努力してほしい。
 政治は政治家が取り組むことですが、庶民同士、また両国の青年が手を取り合っていけば、さらに良い未来が築かれていくと、私は思っています。

【先生のメッセージ】

◆熊本での全国男子部幹部会に寄せられた池田先生のメッセージ2017年4月12日
 青年の手で復興の楽土を

 火の国・熊本での凱歌轟く全国男子部幹部会、誠におめでとう!
 君たちの不撓不屈の魂の炎が燃える太鼓も、歓喜踊躍の舞も、勝利の歌声も、今、私の心に響きわたっています。私も君たちと一緒に田原坂を大合唱しています。
 あの熊本地震から1年――。君たちは、言葉に尽くせぬ苦難の坂、試練の坂を乗り越え、また乗り越えて、堂々と日本一の折伏を成し遂げてくれた。一番、苦労した青年が、一番、輝く勝利を手にする。この新時代の大いなる希望を、全国、全世界に示してくれた。創価の師弟に越せない坂は絶対にないことを、「未来までの物語」として留めてくれました。
 君たちが、どれほど勇敢に、どれほど忍耐強く、復興支援に奔走してくれたことか。地元の方々から深く大きな感謝が寄せられていることも、よく伺っています。
 ありがとう! 本当にありがとう!
 どんな苦難にも、私と共に打ち勝ってきた熊本の同志も、九州家族も、君たちの大成長を、何よりの喜びとし、何よりの誇りとしています。
 日蓮大聖人は「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(御書947ページ)と仰せになられました。
 この妙法の力で、蘇生できない人はいない。蘇生できない国土もない。いかなる境遇であっても、必ず蘇ることができる。必ず変毒為薬して、新たな幸福と勝利の道を切り開くことができるのです。
 ゆえに、何があっても題目の師子吼を唱え抜き、青春の悩みの坂も、職場や地域での困難の坂も、断じて勝ち越えてもらいたい。
 私たちが朝な夕な読誦している法華経如来寿量品には「我浄土不毀(我が浄土は毀れず)」とあります。
 何ものにも壊されない安穏と繁栄の郷土とは、何ものにも負けない妙法受持の青年がいることだ。そして、地涌の青年がスクラムを組んで、人のため、地域のため、社会のために戦い続け、より善く変革していくことだ。
 ともあれ、広宣流布と立正安国の大願に生きゆく創価の青年の大城がそびえ立つところ、大復興の楽土が築かれていくことは間違いない。
 その未来を見つめつつ確信して、勇気凜々と賢く朗らかに正義の大連帯を広げていってくれ給え!
 君たちを見守っているご家族の皆さん、地域の同志の皆さんに、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 愛する君たち一人一人の健康と栄光を祈り、題目を送ります。
 新時代の山本伸一よ、一人ももれなく、先駆者たれ、勝利者たれ!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験 母ありて〉第16回 広島県尾道市 佐藤富貴子さん 2017年4月12日


 デニムのオーバーオールに赤いジャンパー姿。「いつもこんな感じ。スカートなんかはいたら島中の話題になる」。

2017年4月11日 (火)

2017年4月11日(火)の聖教

2017年4月11日(火)の聖教

◆わが友に贈る


「御みやづかいを
法華経とをぼしめせ」
職場は人間練磨の道場。
眼前の課題に挑み抜け!
誠実な振る舞いで勝て!

◆名字の言


  「初ざくら折しもけふはよき日なり」(松尾芭蕉)。熊本地震から1年を前に、熊本平和会館で行われた新時代全国男子部幹部会。会場周辺では遅咲きの桜が春の訪れを告げ、参加者が顔をほころばせていた▼熊本地方気象台は1日、桜の開花を発表。平年より9日、昨年より10日遅れた。1962年4月2日に次いで観測史上2番目に遅く、先月末からの冷え込みで開花時期が延びたという。“試練の冬”に耐えてきた被災地の友にとって、春到来の喜びはひとしおだったに違いない▼熊本男子部はこの一年、被災地の清掃ボランティアなど復興に全力で携わる一方で、仏法対話に果敢に挑戦。“日本一”の弘教拡大で幹部会当日を迎えた。熊本に生まれ育ち、県男子部長を務めた壮年リーダーがしみじみと語っていた。「桜が幹部会の開催日を待ち、男子部の勝利をたたえてくれているようでした」▼池田先生は「桜は、厳しい冬を耐えて、耐えて、耐え抜いて、遂に迎えた春を、歓喜の勝鬨のごとく咲き誇る。勝利と祝賀を、賑やかに繰り広げゆく姿といってよい」とつづっている▼幹部会では、厳冬を越えて咲く春花のように、“人材の花”がらんまんと咲き薫っていた。次代を担い立つ彼らの姿こそ、希望の未来そのものだった。(剣)

◆〈寸鉄〉 2017年4月11日
 火の国・熊本で「男子部
 幹部会」。不屈の心で友情
 を拡大。君こそ社会の光
      ◇
 本当の決意込めた題目を
 あげよ―戸田先生。祈り
 から出発。これ必勝の要
      ◇
 ヤング・ミセスの日。活動
 ・家事・育児に全力。創価
 の未来開く奮闘に幸薫れ
      ◇
 優れたリーダーの会話術
 ―第1は「聞き上手」と。
 安心と納得広げる名将に
      ◇
 ストーカーの摘発が過去
 最多。暗い夜道は避けよ。
 女性の「10帰運動」励行を

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十五

 


 昼前から降りだした雨は、次第に雨脚が強くなっていた。
 山本伸一は、佐久市の功労者宅を訪問するため、長野研修道場を出発した。
 雨のなか、翌日の記念撮影のために、青年たちが県道沿いの空き地で草刈りをしていた。
 伸一は、同行していた幹部に言った。
 「皆が風邪をひかないように、作業が終わったら、研修道場の風呂を使えるようにしてください。泥も汗も流して温まってもらおう」
 大事な“創価の宝”の青年たちである。泥まみれになって作業をしてもらっているだけでも申し訳ないのに、そのうえ風邪などひかせては絶対にならないとの強い思いがあった。
 研修道場を発って五十分ほどで、佐久市の石塚勝夫の家に着いた。石塚は四十過ぎの壮年で、佐久本部の本部長をしていた。
 彼は、感無量の面持ちで、「先生! わが家においでくださり、ありがとうございます」と言って、伸一の手を握り締めた。
 石塚の父親は背広を着て、母親は着物に羽織姿で、丁重に一行を迎えた。
 伸一は、研修道場に役員として来ていた石塚と語り合う機会があった。その時、彼が個人会館を提供してくれていると聞き、御礼に伺おうと思ったのである。
 広宣流布を進めるうえで、個人会場が担う役割は大きい。各地域に大きな会館が造られても、支部や地区の日常活動の拠点や座談会場等となるのは、個人会場をはじめ、会員の皆さんのお宅である。そこは、現代における荘厳なる仏法の会座となる。
 伸一たちは、石塚の自宅の居間に通された。懇談が始まった。彼の父親は、ちょうど、今日が八十歳の誕生日であるという。
 伸一は、「お祝いに一句、お贈りしましょう」と言うと、壁に掛けてあった日めくりカレンダーに視線を注いだ。
 「そこに、お書きしてよろしいでしょうか」
 カレンダーを外してもらい、老夫妻の健康と長寿を祈りつつ、日付の横にこう認めた。
 「あな嬉し 八十翁の 金の顔」

【聖教ニュース】

◆熊本で全国男子部幹部会  池田先生がメッセージ
 不撓不屈の勝利の道を
 九州の友1500人が原田会長らと共に出席
 
世界広布の先駆者として新たな船出を開始! 不撓不屈の熊本で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」。グランドフィナーレでは、インド創価学会愛唱歌「先駆の歌」を高らかに歌い上げた(菊陽町の熊本平和会館で)
世界広布の先駆者として新たな船出を開始! 不撓不屈の熊本で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」。グランドフィナーレでは、インド創価学会愛唱歌「先駆の歌」を高らかに歌い上げた(菊陽町の熊本平和会館で)

 「新時代第10回全国男子部幹部会」が9日午後、熊本・菊陽町の熊本平和会館で開催された。これには、原田会長、竹岡青年部長、志賀男子部長が、熊本はじめ九州の代表ら1500人と出席。池田大作先生はメッセージを寄せ、妙法には、いかなる境遇も変毒為薬し、新たな幸福と勝利の道を切り開く力があると強調。地涌の青年がスクラムを組み、何ものにも壊されない安穏と繁栄の郷土の建設をと念願した。
 人は「坂」に何を思い浮かべるだろうか。
 「上り坂」「下り坂」といった言葉からも、その傾斜は「試練」を連想させる。
 熊本の友は、険しい人生の坂に差し掛かるたび、ある“場所”を思う。県北部の古戦場「田原坂」。池田先生は折に触れ、この坂を通し、同志に励ましを送ってきた。
 幹部会の冒頭、場内前方の大スクリーンに熊本広布史が映し出された。
 ――池田先生は1958年(昭和33年)、熊本を初訪問。草創の友に訴えた。“広布の坂は、たとえ一人になっても越すのです!”
 邪宗門の迫害の渦中の81年(同56年)、熊本市の壱町畑公園で友は池田先生と共に「田原坂」を大合唱。第1次宗門事件の険難の坂も乗り越えた。
 師弟共戦で構築された難攻不落の人材城・熊本。今後、どんな坂があろうとも、越えていけると思っていた。

【特集記事・教学・信仰体験など】


◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉4 信行学
 信心の基本に徹し、功徳を語ろう

マンガ・イラスト 逸見チエコ                                             
 
                  マンガ・イラスト 逸見チエコ

 どんな分野においても、基本を大切にする人が一流の輝きを放ちます。信心も同じです。今回の「みんなで学ぶ教学」は、日蓮仏法における修行の基本である「信行学」をテーマに学びます。

御本尊への信が根本


 ――これまで「一生成仏」「広宣流布」「立正安国」について学び、信心の目的がよく分かりました。今回は、具体的な日常の実践を教えてください。
  
 日蓮仏法において基本となるのは、「信」「行」「学」の三つです。
 大聖人は次のように仰せです。
 「行学の二道に励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば、仏法はない。自分も行い、人をも教え導いていきなさい。行学は信心から起こる。力があるなら一文一句であっても人に語っていきなさい」(御書1361ページ、通解)
 「行」「学」の実践の根本は、「信」であり、この三つのどれが欠けても、正しい仏道修行にはなりません。
  
 ――まず、「何を」信じることが大切なのでしょうか。
  
 「信」は信受とも言います。仏の教えを信じて受け入れることです。
 私たちにおいては、大聖人の仏法、なかんずく、その究極である御本尊を信じることです。大聖人が、末法の衆生のために、御自身の仏の生命を、そのまま顕されたのが、御本尊です。
 この御本尊を、私たちが成仏の境涯を開くための唯一の縁(信仰の対象)として深く信ずることが、大聖人の仏法を修行する根本となります。御本尊を信受して唱題に励むとき、成仏の境涯を確立することができます。

「自行化他」の実践を


 ――「行」は唱題を指すのでしょうか。
  
 私たちの生命には、何ものにも揺るがない仏性が等しく具わっています。現実の生活において、仏の生命を開き、人生を勝利するためには、御本尊を信受した上での具体的な実践が必要になります。これが「行」に当たります。
 「行」には、自身が法の功徳を得るために実践する「自行」と、他人に功徳を受けさせるために仏法を教える「化他行」があります。
 自行とは勤行(読経・唱題)であり、化他とは折伏・弘教です。また、広宣流布のための、さまざまな活動も化他の修行に含まれます。
  
 ――入会したばかりなので、信心のことを友人にうまく話せません。
  
 大聖人は「自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(同1022ページ)と仰せです。自行化他の両方に取り組むことが正しい修行と言えます。
 例えば、スポーツでも道理にかなった日々の地道な練習が欠かせません。仏法においても、大聖人が示された実践に励むことが大切です。
 仏法を語るには、信心歴や役職などは関係ありません。入会したばかりでも、信心の素晴らしさを実感し、生き生きと信心の喜びを語っている方が多くいます。
 信心で得た功徳や体験を自らの言葉で語ればいいのです。

御書の研さんに励む


 ――「学」といっても何から学べばいいか、分かりません。
  
 「学」とは、大聖人が遺された「御書」の拝読を根本に、仏法の正しい法理を学ぶことです。難しく感じるかもしれませんが、地道に御書を学んでいくことが大切です。
 第2代会長・戸田城聖先生は、「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」と語っています。
 御書を学べば、信が深まります。深まった信は、自然と行動へとつながります。
  
 ――御書を学ぶ目的は何でしょうか?
  
 「学」がいい加減だと、ともすれば、信心を自分勝手に捉えてしまう危険性があり、誤った教えに気付くことができません。御書に示された「行」を正しく学び、実践しましょう。
 大聖人は、「返す返す此の書をつねによませて御聴聞あるべし」(同1444ページ)等と、御書を繰り返し拝すよう呼び掛けられています。
  
 (次回から、「行学の実践」について詳しく学ぶ予定です)

放課後メモ


 「信行学」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…『新会員の友のために――創価学会入門』(聖教新聞社)
 ○…『教学入門――世界宗教の仏法を学ぶ』(同)
 ○…「随筆 新・人間革命」〈新会員の友を全力で育成〉、『池田大作全集』第132巻所収(同)

◆〈婦人部のページ〉 広布最前線の「グループ」を追って 2017年4月11日

 

 婦人部の活動の最前線である「グループ」。「皆で語り 皆で学び 皆が創価の幸福博士に!」とのモットーを胸に、各地で心通う語らいが弾んでいる。

◆〈信仰体験 登攀者〉 信楽焼の魅力を広げる陶芸家 奥田章さん

 小高い丘に立つ信楽焼の工房を、全国各地から見学者が訪れる。洗練されたデザインと手作りのぬくもりが調和した器の数々。

2017年4月10日 (月)

2017年4月10日(月)の聖教

2017年4月10日(月)の聖教

 
新聞休刊日

2017年4月 9日 (日)

2017年4月9日(日)の聖教

2017年4月9日(日)の聖教

◆わが友に贈る

創価の「負けじ魂」は
人類の希望の哲学だ。
広布と人生の坂を
勇敢に越えゆけ!
青年よ 不撓不屈たれ!

◆名字の言


  120年ほど前の日本では、まだ女性に開かれていなかった新聞記者の道を、自らの努力で勝ち取った羽仁もと子さん。後年、教育家となり、ユニークな教育方針の一つとして「靴をそろえて脱ぐ自由」を強調した▼「脱いだ靴をそろえなさい」という強制ではなく、“そろえない自由”も選択肢に示し、自由の真意を考えさせたかったのだろう。自由は自分勝手とは違う。自ら考え、選択し、その結果を引き受ける責任が伴う。それゆえ、問答無用でやらされるより、成長のチャンスは大きい▼かつて、信心に消極的だった壮年部員が病を患い、失職した。気ばかり焦るが、もがくほど泥沼にはまり、生きる気力さえ失いかけた。その時、母親が優しく言った。「お題目をあげてみるかい?」▼壮年は述懐する。「いつもなら、『勤行しなさい!』と叱りつける母の言葉に“もう信心しかない”と腹が決まった」。真剣に祈る壮年に、母の涙声の唱題が重なる。その後、体調を取り戻した壮年は、再就職を果たし、今、地区部長として活躍する▼信仰や生き方は本来、本人の自由である。“これしかない”と自ら選択してこそ、真剣に自分と向き合える。強制するのではなく、背中を押してあげる。これが、人を救うということだろう。(城)


◆〈寸鉄〉 2017年4月9日

 東西創価学園で入学式。
 舞台は世界!学び鍛えて
 創立者が開いた道に続け
      ◇
 釈尊は「自分から語り掛
 ける人」仏典。挨拶一つも
 大事な外交戦。爽やかに
      ◇
 人生とは完成目指す努力
 の中に―文豪。前進こそ
 勝利。目標を明確に挑戦
      ◇
 「親孝行したい」と思うも
 できない人多しと。まず
 言葉に。心は伝えてこそ
      ◇
 春の新聞週間。機関紙を
 支える皆様に感謝。紙面・
 ウェブサイト充実を益々

◆社説   “若き母”にエールを   “一家の太陽”は地域の希望の光


 あさって4月11日は、婦人部の「ヤング・ミセスの日」。現在、各地で記念部員会を開催している創価の“若き母”たちに、改めてエールを送りたい。
 かつて、戸田先生は年若い婦人部に語った。「女子部から婦人部になって家庭に入ると、家事や育児などに追われ、一度は、もみくちゃになってしまう。それに負けずに、その中から立ち上がって、たくましく伸びていくのが、本当の信心なんだ」
 独身時代とは全く異なる生活環境で暮らす人が多いヤング・ミセス。新しい住まいや家族が変わることなど、あらゆる意味で、人生の再スタートだ。慣れない家事や子育てに追われ、思うようにいかない日も多いだろう。だからこそ、祈りを根本に課題に取り組めば、自身の壁を破り、飛躍的な成長を遂げる時期となろう。
 東京・目黒区のあるメンバーは「線維筋痛症」という重い病を患っていた。全身に激しい痛みが起こる病。体調が悪化し、体を起こせない時は、横になりながら唱題を重ねたという。
 ヤング・ミセスとして活動する中、念願の子宝に恵まれる。病と闘う中での出産は、不安もあった。だが、夫や同志の励ましを受け、無事に出産。元気な長女を目にした時から、不思議と痛みがなくなり、医師からも「寛解」を告げられた。彼女は今、家族の太陽として輝き、地域広布の拡大にひた走る。
 多くの友が心に刻んできた「冬は必ず春となる」との一節。この御文を拝した妙一尼は、“子育て婦人”であった。当時、純真な信心に励んできた女性門下に、夫の死という試練が襲う。残された妙一尼は、自身も体が弱い上に、病気の子も抱えていた。そんな逆境にあっても、師を求める信心は揺るがなかった。だからこそ、日蓮大聖人は“冬は必ず春に”――との渾身の励ましを送った。“本当の信心”で人生を勝ち開け、と。
 妻として、母として、一家の太陽と輝く女性の生き方は、地域に希望と勇気を送る。池田先生は、ヤング・ミセスの日の淵源となった東京・北多摩圏(現・学園総区)の婦人部の集いで語った。「どこまでも信心根本に、ご主人を守り、支えながら、お子さんを立派に育てていただきたいのである。そのうえに立って、『法』のために、また悩める人々のために尽くしていただきたい」と。
 躍動の春から、栄光の「5・3」へ。各地で幸のスクラムを広げゆくヤング・ミセスの友を心から応援していきたい。

◆きょうの発心  信心根本に和楽の家族を築く 2017年4月9日

御文
 教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ(崇峻天皇御書、1174ページ・編1039ページ)
通解 教主釈尊の出世の本懐は、人として振る舞う道を説くことであった。

 仏法の極理は観念ではなく、人の振る舞いに表れると仰せです。
 高校2年の時、「中部青年平和文化祭」で初めて池田先生にお会いし、“生涯、広布のお役に立ち、一家和楽の信心を築こう”と誓ったことが信心の原点です。
 父が信心に反対する中、真剣に女子部の活動に励みましたが、そうした中で母が病に――。家事と仕事と学会活動の三立に奮闘し、時には行き詰まりを感じることもありましたが、婦人部の先輩の励ましを受け、懸命に祈る中、いつしか自分中心の祈りになっていたことに気付きました。
 両親への感謝の祈りに変わると状況は一変。父は母の病を機に発心し、母は病を克服。私も友人への弘教が実り、職場でも実証を示すことができたのです。
 昨年、父は任用試験に合格。自宅を座談会会場として提供し、同志の方が集ってこられることを楽しみにしています。夫と2人の息子と共に、広布に励めることに、感謝の思いでいっぱいです。
 本年、先生が知多文化会館を初訪問されてから31星霜。同志と共に、知多半島中に題目を響かせながら、青年を先頭に、対話拡大で師匠にお応えしてまいります。  愛知・知多総県婦人部長 藤田幸子

【聖教ニュース】

◆桜花の創価学園で入学式 
 東京校50期 関西校45期生 東西の小学校・札幌幼稚園も
 創立者が和歌とメッセージを贈る 
 
学園創立50周年の本年は新たな船出の年! 東京の創価中学・高校の入学式では、新時代の旗手との誇りも高く、校歌「草木は萌ゆる」を大合唱した(小平市の創価学園で)
学園創立50周年の本年は新たな船出の年! 東京の創価中学・高校の入学式では、新時代の旗手との誇りも高く、校歌「草木は萌ゆる」を大合唱した(小平市の創価学園で)

 創立50周年を迎える創価学園の入学式が8日、東京・関西の各キャンパスで盛大に開催された。創立者の池田大作先生は祝福のメッセージと和歌(別掲)を贈り、新入生は全員が「学園新時代」を照らしゆく旭日であり、真っ先に輝きわたる金星であると強調。誇り高き旗手として、「学びの旗」「希望の旗」「勝利の旗」を高らかに掲げていってほしいと望んだ。学園最高顧問である原田会長は東京校の入学式に出席した。また同日、東西の創価小学校の入学式、札幌創価幼稚園の入園式、さらに関西校に完成した新「金星寮」のオープニングセレモニーも行われた。(2・3面に関連記事)
 掲げゆけ
  英知の旗を
   高々と
   世界が見つめる
    希望の学城に
 桜花爛漫の学園キャンパスに、在校生の歓迎の声が響きわたる。「入学おめでとう!」「一緒に頑張ろうね」――期待と緊張が入り交じっていた新入生の表情にも、パッと笑顔の花が咲く。
 創立者の池田先生は、入学式に寄せたメッセージの中で宣言した。「不思議な縁で結ばれた新入生の皆さん方を迎えて、きょうここに、我らの学園は、新たな時代を開幕しました」
 “牧口先生の悲願である創価の学舎には、最高の教育環境を”との恩師・戸田先生の言葉を胸に、池田先生が心血を注いで創立したのが創価学園である。
 創立から、まもなく半世紀。学園を巣立って使命の大空に羽ばたいた東西の卒業生は、3万人を超える。400人近い博士号取得者をはじめ、弁護士や医師、教員など、各界で出身者が活躍する。
 また、文部科学省の教育事業「スーパーグローバルハイスクール」の指定を受けた東西の創価高校をはじめ、学園は今や世界の平和と文化に貢献する人間主義のリーダーを育成する“教育界の灯台”となった。
 新入生は語る。
 「親元を離れての生活は不安でしたが、同じ下宿先に住む学園の先輩たちは、本物の家族のように温かく迎えてくれました。学園の歴史を知って、新たな伝統を築く自分の使命を感じています」
 「学園出身の兄・姉の生き生きとした姿にあこがれて進学を志しました。学園の素晴らしい環境で真剣に勉強に打ち込み、将来は、生物系の研究者になりたいです!」
  僕たち、私たち一人一人が「学園新時代」の建設者! 
 草創の気概と、新たな歴史をつづりゆく誓いにあふれた入学式――。

【先生のメッセージ】

◆創価小学校入学式への池田先生のメッセージ 

   
元気いっぱい、希望の出発を切った東京創価小学校の新入生(42期)。「きょうだい学年」の5年生と共に
元気いっぱい、希望の出発を切った東京創価小学校の新入生(42期)。「きょうだい学年」の5年生と共に

3つの約束
本をたくさん読もう
元気にあいさつしよう
負けない心で挑戦しよう


 さくらにつつまれて、創価小学校の門をくぐられた、新入生の皆さん、晴れの入
学式、本当におめでとう! 皆さんが入学してくるのを私は楽しみに待っていまし
た。これからも大切な大切な皆さんのことをずっと見守っていきます。ご家族の皆
さま方にも、心からお祝いを申し上げます。
 きょうは、みんなで三つの約束をしましょう。
 一つめは、「本をたくさん読もう」です。
 東京校には「ロマン図書館」、関西校には「ノーベル図書館」があります。わく
わくするものがたりや、まだ知らない世界のことなど、たくさんの夢や希望がつま
った宝のお城です。
 本を読むことで、世界一周もできるし、宇宙旅行にも行けます。歴史の英雄たち
とも会えます。よい本を読むことは、頭と心のすばらしいごちそうなのです。
 二つめは、「元気にあいさつしよう」です。
 朝、「おはよう!」と明るく声を出せば、皆も自分もさわやかになります。
 親切にしてもらった時に、きちんと「ありがとう!」とお礼を言えば、よろこび
が広がり、自分の心もかがやかせていくことができるのです。
 そして三つめは、「負けない心で挑戦しよう」です。
 夜はなるべく早くねて、朝、元気に起きることも挑戦です。新しい勉強にとりく
むことも挑戦です。
 「にがてだ」「大変だ」などと思うこともあるでしょう。でも、その時が大きく
成長できるチャンスです。「負けない心」で、ねばり強く挑戦する人が勝っていく
のです。
 さあ、希望いっぱいの新しい出発です。みんな、楽しく、仲よく、伸び伸びと、
一日一日、学び進んでいってください。
 私も毎日、大好きな皆さん一人一人の健康を祈ります。強く大きく賢く成長する
ことを、いっしょうけんめい祈りつづけます。
 わが創価小学校の皆さん、万歳! 愛する光の新入生、万歳!(大拍手)

◆桜花の創価学園で入学式 創立者のメッセージ 2017年4月9日
     「学び」「希望」「勝利」の旗を君に託す
   思う存分 情熱の金の汗を
   王蒙元文化相 学習は最も愉快で充実したもの
   地球の悲惨を打開できる英知を磨け
   負けじ魂でたくましく
   よき学友と励まし合い スケールの大きな青春の歴史に

関西創価中学校の新入生(45期)が歩くこの桜の道は、努力の道、友情の道
関西創価中学校の新入生(45期)が歩くこの桜の道は、努力の道、友情の道

 一、東京校は第50期生の皆さん! 関西校は第45期生の皆さん! 世界の知性も見つめ讃える誉れの入学、誠におめでとう!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 進行性の胃がん(ステージ4)と闘う 
 【大阪市旭区】肝転移の胃がん、9カ月間続いた血尿、胃の毛細血管からの出血……。藤原裕香さん(66)=旭南支部、支部副婦人部長(白ゆり長兼任)=は、次々と襲い来

2017年4月 8日 (土)

2017年4月8日(土)の聖教

2017年4月8日(土)の聖教

◆わが友に贈る


車を運転する際
飲酒や携帯使用は厳禁!
法令を守って安全に。
油断・過信・疲労など
心の隙に魔が競う。


◆名字の言


  週末に降る雨を喜ぶ人は、そう多くはいないだろう。桜まつりなどイベントが多いこの時期だと、なおさらだ。今日・明日の予報では、全国的に“傘マーク”が目立つ▼春の雨にはいくつも異称がある。その一つが「育花雨」。花の生育を促す“恵みの雨”との意味で、仏教にまつわる故事から生まれた。4月8日に釈尊が誕生した際、仏法を守護する八竜王が喜びのあまり、「甘露の雨」を降らせて祝福したという伝説だ▼「雨は花の父母」とのことわざもある。子どもたちが、“成長”という名の花を命いっぱいに咲かせる入学シーズン。わが子の産声を聞いたその日から、励ましの陽光と慈雨を一心に注ぎ続けてきた家族の感慨は、ひとしおだろう。御書に「一には父母の恩を報ぜよ」(1527ページ)と仰せの通り、報いるべき第一の存在が父母であることを忘れたくないものだ▼未来へ続く道の途上では、花を潤す甘露のような雨もあれば、滝のように激しく若芽をたたく風雨もあるに違いない。だが、池田先生は励ましている。「それに負けずに伸びることによって、青年は使命の大輪を咲かせることができる」と▼降る雨やよし! 若人ならば、そのくらいの気概があっていい。門出の時を迎えた友に心からの声援を送りたい。(之)


◆〈寸鉄〉 2017年4月8日

 学会員は一人に焦点を当
 て、励ます「良き市民」―
 市議。地域照らす太陽に
      ◇
 大関西が動けば日本が動
 く。師弟共戦の常勝史を
 今再び!きょう関西の日
      ◇
 御書「月月・日日につより
 給へ」。これぞ学会精神。
 戦い抜く人に栄冠は輝く
      ◇
 寒暖差や生活の変化があ
 る4月は脳梗塞等に注意
 ―専門家。リズム整えて
      ◇
 中学生の英語力が調査以
 降、初の低下と。語学は世
 界への旅券。大いに学べ

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十四
 
 


 山本伸一は、入会三十二周年となる八月二十四日を、長野研修道場で迎えた。新しい決意で出発を誓い、真剣に勤行した。
 昼過ぎには、青年たちと自転車で周辺を回った。戸田城聖が最後の夏を過ごした地を巡ることで、在りし日の恩師を偲びたかったのである。
 伸一が研修道場に帰って来ると、ちょうど教育部(後の教育本部)の青年教育者の代表が、研修会に参加するため、バスで到着したところであった。
 メンバーは、バスの中で、「山本先生が研修道場に滞在中です」と聞かされ、喜びが弾けた。皆、研修道場の玄関前に並び、満面の笑みで伸一を迎えた。
 「皆さん、ありがとう! お会いできて嬉しい。では、一緒に記念撮影をしましょう!」
 彼は、メンバーと共にカメラに納まった。
 「私はこの通り元気です! 皆さんも創価の誇りを胸に、わが使命の道を、元気に勝ち進んでいってください。ともかく、何があっても、絶対に退転しないことです。この一点を深く心に刻んでください。広布の道を踏み外していく人を見るのが、私はいちばん辛いし、胸が痛むんです」
 この日の夕刻も、伸一は、地元の同志の家を訪問し、集った人たちと懇談した。
 翌二十五日午前、教育部のメンバーと研修道場の庭でテニスをし、激励を重ねた。
 コートは、研修会に来た人たちの思い出になるように、地元メンバーが急ごしらえしたものであった。
 このあと、伸一は、皆と一緒に勤行し、出発するメンバーを拍手で見送った。
 彼は、制約のあるなかで、どうすれば同志を励まし、勇気づけることができるか、祈りに祈り、智慧を絞った。御聖訓には「信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし」(御書一〇七二ページ)と仰せである。
 広宣流布への強き一念と祈りがあるかぎり、いっさいの障壁を打ち砕き、必ず勝利の道を切り開いていくことができるのだ。

【聖教ニュース】

◆関西創価学園の「新・金星寮」が完成 2017年4月8日
世界の俊英と学ぶ創価学園
日本全国、海外から寮生が集う

             
「創価の金星 勝ちまくれ」――完成した新「金星寮」。この「我らの城」から、日本の指導者、世界の指導者が陸続と育ちゆく!
「創価の金星 勝ちまくれ」――完成した新「金星寮」。この「我らの城」から、日本の指導者、世界の指導者が陸続と育ちゆく!

 創価学園創立50周年を迎える2017年度がいよいよ開幕!――社会に貢献するグローバル人材の育成を目指し、世界の俊英と共に学びゆく環境が、一段と整えられている。
 関西創価中学・高校(大阪・交野市)に、新「金星寮」が堂々と完成した。
 高校硬式野球部のビクトリー寮も統合された新寮は6階建て。温かみのあるデザインが目を引く。
 玄関を入ると、開放感のある吹き抜けのエントランスホールが正面に。自然光が明るく降り注ぐ。
 各階には、学習室と寝室に分かれた4人部屋の寮室が設置。そのほか、浴室や食堂、図書室、大集会室などが整備された。
 新年度を迎えた寮には、北は北海道から、南は沖縄まで、日本全国から集った友、さらにアメリカやインド、タイから入寮する友の姿があった。
 学園創立者の池田大作先生は、かつて金星寮を訪れ、寮生たちに呼び掛けた。「どんな時代、どんな立場になろうとも、君よ、金星の如く光り輝き、社会を照らし、友を照らす存在であれ!」
 寮生たちは、創立者への“金の誓い”を一段と燃え上がらせ、新しい生活をスタートさせていた。

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 
 インタビュー 米デポール大学「池田大作教育研究所」 ジェイソン・グーラー所長 
 人々を覆う「空虚感」

 現代社会が直面する課題と向き合う「グローバルウオッチ 若者と希望」。仏法を基調とした価値創造の哲学は、混迷の世をどう照らすのか。米デポール大学「池田大作教育研究所」のジェイソン・グーラー所長に聞いた。(聞き手=萩本秀樹)
 ――今、世界を揺るがす右派ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭は、民主主義の真の在り方を問うている。トランプ新政権が誕生したアメリカに目を向ければ、黒人やヒスパニック(中南米系)、イスラム教徒、性的マイノリティー(少数派)などへのヘイトクライム(憎悪犯罪)は後を絶たない。そうした中にあって、若者が指標とすべき価値観はどこにあるのか。
    
 昨年11月にトランプ氏が大統領選に勝利した数日後、ある大学教授がツイッターで発信した写真が話題になり、一気に拡散されました。アメリカの思想家リチャード・ローティが1998年に著した『Achieving Our Country』(邦題『アメリカ 未完のプロジェクト』)の、ある一節を写したものです。
 著作の中でローティは、アメリカの左翼を「改良主義左翼」と「文化左翼」に分類し、前者の古い左翼は20世紀最初の60年間で経済発展を成し遂げたものの、その直接的な利益を受けたのは、主に白人男性であったと述べます。そして60年代以降、後者の新しい左翼が生まれ、人種や性的理由で差別されてきた人たちの権利を拡大する流れが始まった、と。
 ここで彼が主張しているのは、人々の求める傾向性が旧左翼から新左翼へ移行していくことに不満を持ち、取り残されたと感じる白人労働階級の多くは、自分たちに経済的恩恵を約束する有力者をリーダーに選ぶということです。つまり彼は、20年近くも前にすでに、アメリカに「何が起こるか誰も予想できない」時代が到来し、マイノリティーに対する差別や軽蔑の言葉が聞かれるようになることを予測していたのです。
 これを踏まえてローティは、アメリカが立ち返るべきは民衆詩人ホイットマンと教育哲学者ジョン・デューイの精神であると述べています。
 では、両者に共通する精神とは何か。私は、対話を基調とした民主主義であり、他者との関わりの中で共に幸福を築くことを重要視する姿勢であると考えています。

競争の中で「画一化」する社会
 生命尊厳の教育が一人を輝かす

         
デポール大学「池田大作教育研究所」が主催するディスカッション。創価教育を研究する学者らが議論を交わす(昨年4月)
デポール大学「池田大作教育研究所」が主催するディスカッション。創価教育を研究する学者らが議論を交わす(昨年4月)

 ――アメリカ社会が大きな変化を迎えた昨年は、デューイの代表作『民主主義と教育』発刊から100年の節目であった。デューイが唱えた民主主義とは対照的に、アメリカの教育現場では今、「経済格差が露骨に教育格差として反映される学校システム全体の構造的な問題」があると指摘されている(鈴木大裕著『崩壊するアメリカの公教育』岩波書店)。教育者として多くの若者と触れ合ってきたグーラー所長は、何を感じているのだろうか。
  
 2002年、連邦政府によって制定された「落ちこぼれ防止法(No Child Left Behind Act)」は、学力格差を是正するために全ての州で同様の学力テストを行い、基準に達しない学校への制裁を義務づけるものでした。
 それを引き継ぐ形で、09年に実施された政策「頂点への競争(Race to the Top)」は、共通学力基準テストを推進し、成果を上げた州を優先的に支援するものです。
 こうして、教育の画一化と市場化が進みました。その根底には、生徒をモノのように扱い、テストの結果一つで優劣をつける競争文化があります。そこでは本来、尊ばれるべき個性が抑圧されているのです。
 他人と比べられてばかりの若者は、ある人は自尊心を失い、ある人は、競争意識に駆られて他者への尊敬を欠きます。この自己と他者への尊敬の欠如は、学校現場のみならず、人生において多大な影響を及ぼします。
 急速なヒト・モノ・カネの流れの中で、“スタンダード(標準的)”であることを強いるグローバル化の影響が、その背景にはあります。誰もが、大量生産されたブランドの製品を好み、手作りの物を手にしなくなったように、教育もまた、ただマニュアル通りに行うことが正しいとされる時代なのです。
  
 ――そうした今日の教育の課題を乗り越える上で、重要な視座を与えるのが、「教育は一人の幸福のためにある」との理念を実践する創価教育であると、グーラー所長は言う。14年には全米最大のカトリック系私立大学であるデポール大学に「池田大作教育研究所」が設立され、初代所長に就任した。
     
 創価教育の特長は、一人一人の個性と人格を認め、心通う対話の中で、その人に合わせた成長の道を見いだしていく点にあります。池田会長が常々、語っている「自分らしく」という言葉に、その精神が表れているのではないでしょうか。
 牧口会長が、戦時中、競争と“試験地獄”を生きる若者に思いを寄せ、教育は国家の“型”にはまる人材を育てるためのものではないと示したことに、私は深い感銘を受けました。
 約18年前、私が牧口会長、戸田会長、池田会長の思想と実践を本格的に研究し始めたころ、英語の資料のほとんどは、創価学会を新興宗教として位置付けた社会学的分析で、教育に関するものはわずかでした。
 状況が変化したきっかけは、07年に行われたアメリカ教育協会の年次大会です。一つのセッションで、牧口会長の教育思想が取り上げられたのです。
 09年には同協会の機関誌で牧口会長が特集され、13年に書籍として発刊されました。さらに他の学術誌でも、牧口会長の思想の英訳が次々と掲載されるようになったのです。
 池田会長の教育思想に関する学問的研究もまた、近年、急速に増えています。全米の多くの大学で、創価教育を専門とする博士課程の学生たちがいるのも、特筆すべきことです。
 これは、学力試験と成績重視のモデルに向かって猛スピードで進むアメリカの教育法に代わるものを、多くの学者が求めている証しです。内面の変革を促し、無限の可能性を開花させる創価教育に注目が集まるのは、必然であったといえます。
    
 ――創価教育の根底にあるのは、仏法の生命尊厳の思想である。ゆえに、その思想を学び、実践する学者や教育関係者の広がりは、混迷を深める社会にも希望の光となりゆく。
    
 私はよく、「創価教育とは何か」と聞かれますが、明確な定義を与えることは困難ですし、そうすべきではないと考えています。「こうである」と決めた瞬間、それが限界にもなってしまうからです。
 むしろ大切なことは、創価教育の多彩な表現方法に目を向けることではないでしょうか。私が注目しているのも、世界に広がる創価教育の「実践」です。
 例えば、アメリカ創価大学を卒業した一人の青年は、犯罪多発地域の学校で教師を務め、彼の生徒の多くもギャングやドラッグ使用者でした。
 ある日の授業で、彼はヒップホップのリズムに合わせて詩を披露しました。何日か繰り返すうちに、授業に臨む生徒の態度が変わっていったといいます。
 それは、古今東西の詩を学ぶための“最短距離”ではないかもしれません。しかし彼は、どんな生徒にも学ぶ意欲や詩を素晴らしいと感じる心があると信じ、それらを引き出すためのツールがヒップホップだと考えたのです。この慈愛と知恵に創価教育の心が体現されていると、私は思うのです。
 今日の若者を覆っているのは「空虚感」です。政治への不信や就職難に対する不満、宗教への無関心。それらが無気力に変わり、「どうせ現状は変わらない」との思いを生む。そうした不安を間近で感じているのが、私たち教育者です。
 しかし一方で、希望を抱いた彼らの目の輝きに、いち早く気付けるのも教師の特権です。私自身、どんな環境でも価値を紡ぎ出していけるとの創価の哲学に、心弾ませる学生たちを目の当たりにしてきました。
 全ての人の可能性を信じ、開花させゆく教育思想は、仏法を基調としたSGIの多岐にわたる活動にも現れています。
 画一化とともに“人間離れ”が進む社会にあって、一人一人の成長と幸福を開く創価の哲学は、青年が進むべき道を照らす「人間主義の光」です。
 人間に目を向け、未来を見つめる哲学が、今ほど求められている時代はありません。
 Jason Goulah アメリカ・デポール大学准教授。博士(言語学)。日本留学後に創価教育の研究を始め、これまで牧口先生、池田先生の教育思想と実践に関する30以上の論文を執筆。2014年に同大学教育学部に「池田大作教育研究所」が設立され、所長に就任。コロンビア大学やUCLAなどアメリカの大学をはじめ、国内外で講演してきた。
 メール:g-w@seikyo-np.jpファクス:03-5360-9613グローバルウオッチへの感想・意見をお寄せください。

◆〈グローバルウオッチ〉 
    若者と希望 信仰体験 ネット⇔リアル 自分⇔他者 喜びも痛みもシェアできる。
 

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 若者と希望」。“無縁”が危惧される今、ネットの中に“縁”を求める若者は多い。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ  乙御前御消息㊤
 
   
熊本地震から1年。今月、熊本で開催される「九州女子部総会」で希望の歌声を届けようと、合唱の練習に励む熊本総県女子部の代表(今月2日、熊本平和会館)=熊本支局・浦本ひかる通信員
熊本地震から1年。今月、熊本で開催される「九州女子部総会」で希望の歌声を届けようと、合唱の練習に励む熊本総県女子部の代表(今月2日、熊本平和会館)=熊本支局・浦本ひかる通信員
 池田先生は綴っています。
 「この御消息でも、大聖人は、乙御前とその母に、本当に幸福な人生を歩んでほしい。そのためにこそ、いかなる悪世でも、強く生き抜いていける信心を築いてほしい。そうした師匠の御慈愛が全編に込められています」
 師匠を求め、佐渡へ、身延へと足を運び、純粋な信心を貫いた女性門下への日蓮大聖人の慈愛あふれる励ましを心に刻むとともに、苦難を乗り越えるための強盛な信心の姿勢を学びましょう。(今回の拝読範囲は、御書1218ページ冒頭~1220ページ13行目「おぼすべし」)

本抄について


 本抄は、建治元年(1275年)8月、日蓮大聖人が身延の地で認められたお手紙です。
 あて名は「乙御前」となっていますが、内容は乙御前の母に対して送られたものです。
 乙御前の母は、鎌倉に住んでいた門下で、夫と離別し、幼い娘を一人で育てながら純粋な信心を貫いた女性です。大聖人の佐渡流罪の渦中には遠路はるばる佐渡まで訪れ、大聖人から「日妙聖人」という最高の称号を贈られています。
 当時、再びの蒙古襲来の可能性に世情が騒然としていました。そうした中、大聖人のおられる身延へと師匠を求めて足を運んだ乙御前の母に送られたのが本抄です。
御文

 されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし、例には他を引くべからず、日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし(御書1220ページ9行目~13行目)

通解


 それゆえ、妙楽大師は「心が堅固であれば、必ず神の守りも強いのである」と言っています。その人の信心が固ければ、諸天善神の守りは必ず強い、ということです。
 これは、あなたのために申し上げるのです。これまでのあなたの信心の深さは、言い表すことができません。しかし、それよりもなお一層の強盛な信心をしていきなさい。その時は、ますます十羅刹女の守護も強くなると思いなさい。
 その例は、他から引くまでもありません。この日蓮を、日本国の上一人より下万民に至るまで一人も残らず、亡き者にしようとしたけれども、今までこうして無事でいることは、日蓮は一人であっても心が強いからなのだと思いなさい。

〈解説〉諸天を揺り動かす強盛な信心で


 妙法には、計り知れない力が具わっています。この妙法の力を最大に引き出していくのは、自らの強き「信心」です。
 このことを日蓮大聖人は、掲げた御文で、妙楽大師の言葉を引いて示されます。
 「心の固き」――すなわち、何があっても恐れず、疑わず、強盛な信心を貫けば、諸天善神の守護の働きが強く現れ、いかなる苦難にも打ち勝つことができるのです。
 本抄の御執筆当時、再びの蒙古襲来の危機に、日本中が騒然としていました。また、大聖人が佐渡に流罪された当時、門下は激しい弾圧を受け、退転者が相次ぎました。
 乙御前の母は、頼りとすべき夫もなく、幼子と二人で乱世を生き抜かなければならない状況でした。しかし、その中で、純粋な信心を貫き、師を求め、険しい道を越えて、佐渡へ、身延へと大聖人を訪ねました。
 大聖人は、その求道心を最大にたたえられ、掲げた御文の直前で、人が生まれた時から両肩に付き添い、善悪の行為を交互に天に報告する同生天・同名天について述べられます。“あなたの善の行動は、全て諸天善神が御存知であり、必ず守られますよ”と、温かな激励をされているのです。
 続いて大聖人は、これまでの乙御前の母の尊い信心をたたえた上で、あえて「今一重強盛に御志あるべし」と、一層の強盛な信心を奮い起こすよう指導されています。
 “昨日より今日”“今日より明日へ”と、どこまでも挑戦していく姿にこそ、強盛な信心の姿勢があります。
 続く「例には他を引くべからず」では、「心の固き」信心で妙法を実践してきたのは、大聖人御自身であると仰せです。
 大聖人は末法の民衆を救うために正法を弘められ、命に及ぶ大難に遭われました。しかし、「一人なれども心のつよき故なるべし」とある通り、信心が強いゆえに大難を乗り越えることができたと教えられています。
 大聖人を襲ういかなる障魔に対しても、一人立つ大聖人の「師子王の心」は微動だにしませんでした。諸天を揺り動かすのは、どこまでも自分自身の「心」、すなわち信心の強き「一念」なのです。
 本年4月28日は、御書全集発刊から65周年。いかなる時も御書根本に戦い抜かれた創価三代の師弟の闘争を受け継ぎ、強盛な信心で諸天を働かせ、栄光の「5・3」へ勝利の扉を開いていきましょう。
池田先生の講義から
 受け身や弱気の心では、諸天を動かすことはできません。“いかなる苦難があろうとも、断じて負けない。絶対に勝利してみせる”――この決定した「一念」から湧き上がる祈りと実践に、諸天善神は感応し、人々を厳として守る働きとして現れるのです。
                                                                   ◇ ◆ ◇ 
 “さあ、これからだ!”――これが草創以来の学会精神です。「前進、前進、また前進」が、広宣流布の合言葉です。
 どんな逆境にも立ち向かっていく。どんなことがあっても退かない。それが「心の固き」です。
                                                                   ◇ ◆ ◇ 
 強く、快活で、智慧ある女性がスクラムを組めば、社会は大きく変わります。何も恐れるものがない女性の連帯があれば、時代は大きく変わります。
 生命を慈しみ守り、豊かな感性をもった女性が立ち上がれば、文明が大きく変わります。
 仏法は、そのために、目覚めた「本物の民衆」をつくりあげる教えなのです。
 (いずれも『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻、「乙御前御消息」(聖教新聞社)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻、「日妙聖人御書」(同)
 

◆〈信仰体験 入学の曲〉 小児白血病を越えた長女が看護の道へ
 

 【東京都豊島区】咲き薫る桜が、小林徹さん(57)=南長崎支部、副支部長(地区部長兼任)=の心に、2008年(平成20年)春の出来事を思い出させる。

2017年4月 7日 (金)

2017年4月7日(金)の聖教

2017年4月7日(金)の聖教

◆わが友に贈る


いかなる戦いもまず
「絶対にやり抜く」と
決めて祈って動く。
この必勝の方程式で
新たな歴史をつくれ!

◆名字の言


 「KY」といえば“空気読めない”の略として、10年ほど前から若い人を中心に使われている言葉。その場の雰囲気や状況などを察することができないという、日本社会独特の否定的な表現である▼一方で、事故や災害を未然に防ぐための取り組みに「KY活動」「KY訓練」という言葉がある。この場合のKYは「危険予知」を指す。1970年代から使われ始めたというから、言葉の歴史としては、こちらの方が“先輩”だ▼例えば、事故につながりかねない危険な体験を共有する本紙の「ヒヤリハット配達員会」や、婦人部・女子部が午後10時までに帰宅することを促す「10帰運動」なども、広い意味でKY活動の一つといえるだろう▼御書に「敵と申す者はわすれさせてねらふものなり」(1185ページ)と。“これくらいは大丈夫だろう”“いつも通っている道だから”など、わずかな油断や心の隙に乗じてトラブルは忍び寄る▼事故は、日常生活の中に潜んでいるからこそ、交通ルールの順守や普段の心構えが何より大切だ。一日一日を、「必ず、やりきる」と「決意のKY」で出発し、「きょうも良かった」という「喜びのKY」で締めくくれるよう、地域で声を掛け合っていこう。15日まで、春の全国交通安全運動。(道)

◆〈寸鉄〉 2017年4月7日
 

 人間は行動するために生
 まれた―哲人。さあ語ろ
 う!新時代の一歩を刻め
      ◇
 山梨婦人部の日。福徳の
 人材城は富士のごとく!
 勇気凜々と勝利の大輪を
      ◇
 御書「八のかぜにをかさ
 れぬを賢人」。青年時代は
 不動の自分を鍛えゆく時
      ◇
 子どもの防犯は親子の対
 話から。「見知らぬ人に声
 を掛けられたら?」等と
      ◇
 地球型惑星7個発見。生
 命育む海が存在する可能
 性も。宇宙の浪漫は無限

◆社説  きょう「世界保健デー」  うつの悩みを分かち支え合う社会


 うつ病患者は世界で3億人を超えるといわれる。世界保健機関(WHO)は、「すべての国が緊急に対応するための警鐘」と強調し、高所得国では、うつ病患者の約半数が治療を受けていないと指摘。偏見をなくすことの重要性を訴える。
 きょうは「世界保健デー」。世界で共有される今年のテーマは「うつ病:一緒に話そう」。 うつ病の当事者は苦しみに追い詰められ、周囲もどう接していいか分からないことがある。原因や治療法など正しい知識を深める努力は大切だが、ある夫婦の取り組みが示唆に富む。
 その夫婦は、自らの体験を共有し支え合う、うつの当事者や家族のためのサロンを開設。安心して胸の内を吐き出せる場として悩みを分かち合う。うつ病の妻が、近くにそのような場がないからと、活動を始めた。
 利用者の心を支えることで、その夫婦も支えられている。夫は、「妻にとっては生きる役割が増え、私も妻以外の方の話を通し、苦しさを知り、視野が広がります。その発見で、心の重りが取れるようで。何より、参加した方に同苦できることがうれしいのです」と、新たな生きがいを手にした充実感を語る。
 現代人は日々、目の前の課題に追われ、自分の“本当の気持ち”を語ったり、相手の“本当の気持ち”にじっくり耳を傾けたりする機会が少なくなった。
 うつ病の当事者や家族と同苦し、支えていく場合、重要なのは、何があったかの「事柄」を聞くだけでなく、そこにある、苦しみ、悲しみ、怒り、また勇気や誇りといった「感情」を聴くことだという。
 それらを、真摯に、忍耐強く受け止めることが、本来の「抜苦与楽=慈悲」の精神につながる実践の第一歩といえよう。
 誰にでもその人にしかない使命がある。“今までとは違う、本来の自分を生きたい!”との本然的な生命の叫びは、視点を変えれば、自分らしく生きるための成長過程とも、好機とも、捉えることができる。
 その人が新たな自分へと生まれ変わって元気になるまで、寄り添い、共に道を探す――そこには、相手の仏性を認める尊敬の念が伴う。だからこそ、互いに平等であり、寄り添う人も成長できるのだ。
 創価の人間主義が、世界的な広がりを見せるのは、こうした抜苦与楽の精神と行動が共感を呼び、民族や国家を超えて支持されている結果といえないだろうか。支え合う社会は、私たち一人一人から始まることを、あらためて銘記したい。

◆きょうの発心   師の言葉を胸に勝利の実証を2017年4月7日

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず  (祈?抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。
 

 1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は「第1次宗門事件」の嵐が吹き荒れた秋田を10年ぶりに訪問。私は、14日の第1回秋田県青年部総会に参加し、「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」との先生の言葉を胸に、弟子として実証を示そうと決意。師に応えたい一心で、仕事と学会活動に真剣に取り組み、広布拡大の結果で応えてきました。
 2002年(平成14年)、父が胃がんのため大手術を受けることに。この御文を心に刻み、同志の題目にも包まれ、完治することができました。
 本年で、入会から56年。師から度重なる激励を受け、常に同志と共に歩んでこられたことに感謝は尽きません。秋田黄金県の皆さまと共に、「雪の秋田指導」35周年の本年を大勝利してまいります。  秋田黄金県副総合長 鈴木金司

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十三

 


 山本伸一の心からの願いは、皆が強盛に信心を貫き、幸福になることだけであった。
 退転・反逆者や宗門僧は、創価の師弟を分断しようと、伸一が会合で指導したり、「聖教新聞」に登場したりできないように陰で画策を進めてきた。その逼塞した状況のなかで、暗い空気がつくられていた。
 伸一は、大きな会合への出席を制約されれば、家庭訪問、個人指導に奔走した。話をするなというのであれば、和歌や俳句を詠み、ピアノを弾いて激励した。
 何ものも、広宣流布への不屈の魂を抑え込むことなどできない。
 長野研修道場に集っていた人たちに、伸一は提案した。
 「もし、よろしければ、二十六日の日曜日にでも、ここにいらっしゃる皆さんと記念撮影したいと思いますが、いかがでしょうか。
 また、ほかにも参加したいとおっしゃる方がいれば、遠慮なくいらしてください」
 参加者から大歓声がわき起こった。長野の同志が願い続けていたことであった。その知らせは、瞬く間に全県下を駆け巡った。
 県幹部たちは、果たして何人が集って来るのかわからなかった。もし、二千人、三千人と詰めかけても、混乱することのないよう、青年部が中心となって、全力で受け入れの準備にあたった。スムーズな撮影が行われるように、撮影台も三台つくることにした。
 地域ごとに到着時刻も決めた。貸し切りバスで来るという地域もあった。
 自家用車で来る人も多いにちがいない。駐車スペースの不足が懸念されたことから、研修道場の前を通る県道脇の空き地を使わせてもらうよう、土地の所有者と交渉した。了承してもらったが、雑草が生い茂り、そのままでは使用できない。
 「よし、男子部で草刈りをしよう」――皆、意気盛んであった。
 今、この時に、師と共に会員を励ますために働けることが嬉しかった。「師弟共戦」の自覚と行動があるところに歓喜が湧く。

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 韓国・ソウル 青年・働く女性が集う週末 
 現実社会で勝つために

弘教拡大の息吹にあふれた禿山支部座談会。韓国では、通常は地区や班で座談会を開催するが、近年は週末の支部座談会も増えてきた(先月11日、ソウル特別市内で)
弘教拡大の息吹にあふれた禿山支部座談会。韓国では、通常は地区や班で座談会を開催するが、近年は週末の支部座談会も増えてきた(先月11日、ソウル特別市内で)

 座談会が始まる予定時刻の3分前――アパート(※注)2階の個人宅に集まった40人ほどの参加者は、取材のためか、緊張の面持ちで皆、黙っていた。「……ちょっといいですか?」。司会の男子部員が声を上げた。「皆さん、隣の人と目を合わせてみてください。緊張をほぐしましょう」。笑い声が上がった。「今度は、手を合わせましょう」。参加者の笑いが大きくなる。隣同士で見つめ合い、握手。「では、最後は口を合わせ……それはできないので、励ましの言葉を掛け合いましょう」。悲鳴と大爆笑。先月11日午後3時、韓国・ソウル特別市衿川区の禿山支部座談会は、こうして、笑顔満開で始まった。(記事=金田陽介、写真=伊藤政明)
 日本では今、「働き方」が社会的に議論されている。青年部のメンバーにも、仕事のため、平日夜の地区座談会に参加できないという人は多い。
 隣の韓国でも、青年世代には似た状況がある。働く女性も多くなってきた。そこで、そうした人が参加できるよう、平日夜の地区・班の座談会とは別に開催される、「支部座談会」が増えている。
 今回訪ねた座談会も、平日に参加できない青年部員らが出席できるように設けられた、土曜日の座談会だった。
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 プログラムは題目三唱の後、月刊の機関誌「法蓮」の巻頭言の朗読、さらに男子部員による3・16「広宣流布記念の日」の研究発表と続く。
 先ほど、見事に会場の空気を変えた司会の男子部員は、教員だという。生徒の気持ちをほぐす方法を応用したのだと、後で教えてもらった。
 会合は、決められた時間通りに進んでいく。御書の研さん。ブロック長の体験発表。続いて司会が、「それでは次に『幸福対話』を行います!」と。
 「ネー(はい)!」
 参加者は力いっぱいの返事。皆が自由に信仰の歓喜を語る、対話の時間である。
 会場の後方に引っ込んでいた制服姿の男子中学生が、周りにつつかれながら前に出た。
 「今年から、中学生になりました。勉強時間が長くなって、つらいです。でも、未来部担当の人みたいに立派になりたいから、勤行と未来部の会合参加は欠かさないように頑張っています。勤行は、やりたくない時もあるけど挑戦しています」
 参加者は、うなずき、笑いながら大拍手。緊張していた彼の表情が、ふっとほころんだ。
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 女子部の金英心さんは、仕事に関する体験を語った。
 「昨年8月、会社を辞めました。契約社員だったのですが、正社員になれず、退社することになったんです……」
 韓国では、非正規雇用の若者が増えており、正社員になるのも難しくなっている。
 「……気落ちしたけれど、信心で前を向こうと思いました。今年の2月までに就職を勝ち取ると決意し、マイロマン総会に臨みました。人を励ますほど、自分が励まされることを実感しました。そして、女子部の大きな会合をやり切った翌週、昨年退社した会社から連絡が来たんです。当時とは別の部署で、正社員の空きができた、という連絡でした。結果、祈っていた通りに、正社員で仕事を勝ち取ることができました」
 婦人部の朴聖徳さんも、自らの信仰体験を語る。
 「去年、夫が建設現場で、手首を折るけがをしました。その後、何とか仕事に復帰したのですが、今度は交通事故に遭ってしまい、さらにPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまったのです」
 夫は学会員だが、事故に遭うまでは、御本尊に向かうこともなかったのだという。
 「でも、私はそれまで、夫に『一緒に信心に励んでいこう』と本気で伝えようとしていなかったことに気付いたんです。事故の後、夫と対話し、私たちは一緒に唱題に励むようになりました。1カ月後、夫は元気になり、なんと私に花を買って帰宅する夫になりました」
 会場に歓声が湧いた。
 「夫のおかげで、自分が人間革命できました。一切の出来事を宝に変える信心を胸に、息子2人と娘の家族5人、学会の庭で一緒に成長していきます!」
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 その後、2008年に入会した男子部員が、本年3月に妻を入会に導いた歓喜を語る。続いて、別の男子部員が、自らの決意を、池田大作先生への手紙に託して披露した。
 座談会の最後に、許峴副圏長があいさつに立った。まず会場提供者の李順愛さんに感謝を述べ、池田先生の指針を紹介した後、力を込める。
 「先生の夢は、戸田先生の夢を実現することでした。我々も先生の弟子として、誓願に生きる“青年”として、それぞれが現実社会で、人生を勝ち開いていきましょう!」
 そして、「話の準備はたくさんしてきましたが、もう時間なので終わりにします」と笑いを誘い、会合を締めた。
 参加者たちは、玄関を埋めた靴の山をまたいで、三々五々、足取りも軽く会場を後にする。
 取材をしていて、いつも不思議な気持ちに駆られる。言語や文化、慣習の違いはある。が、座談会後の、この笑顔と歓喜は韓国も日本も、どこの国でも、全く同じなのだ。
 (※注)韓国では、日本でいうマンションを「アパート」、アパートは「ビラ」などと呼ぶ。記事では日本の呼び方に合わせた。
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【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉8  人材の光を! 新風を起こせ

   

 あふれる春の光の中、武蔵野の天地を一路、わが創価学園へ走った(4月5日)。
 思えば、1960年のこの日も通った思い出深き道のりだ。会長就任の直前、学園の建設用地の視察に妻と訪れたのである。
 57星霜を経て、かつての雑木林には、仰ぎ見る英知の大城が聳え立っている。今や世界の教育界も注目する大発展を、学園首脳と喜び合った。始業式の前日だったが、クラブ活動や新入生の歓迎の準備等に当たる学園生が、はつらつと躍動する息吹がうれしかった。 学園創立から50周年。関西校の大発展も目覚ましい。札幌創価幼稚園をはじめ香港、シンガポール、マレーシア、ブラジル、韓国の姉妹校でも素晴らしい創価の世界市民が育まれている。
 「教育の勝利」こそが、「人類の永遠の勝利」と叫ばれた牧口先生、戸田先生の会心の笑顔が浮かぶ。
 創価教育を支えていただいている全ての方々への感謝は尽きない。そして、学園を志願してくれた友も皆、創価同窓なりと、日々、祈りを捧げている。
                  ― ◇ ― 
 満開の桜の立川文化会館にも、久方ぶりに足を運んだ。
 40年前に誕生してより、新たな“本陣”とも定めて指揮を執った会館である。
 一人を大切に! 一人を幸せに! 一人を師子に!
 反転攻勢の新時代は、この法城から開かれたのだ。
 忘れ得ぬ歴史を刻んだ「元初の間」で勤行し、今、勇んで広布に走る総東京をはじめ、全同志の福徳と大勝利を真剣に念じた。
 記念展示室では、第2総東京の懐かしい広布の共戦譜を見つめ、あの友この家族の近況も伺いつつ、誉れの宝土に題目を送った。
 4月2日、恩師の祥月命日は、「第2総東京の日」でもある。その意義は深い。
 「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり」(御書900ページ)
 正義の魂魄を留めたる、第2総東京の大地から、創価後継の「よき弟子」が未来永遠に躍り出ていくことを私は大確信してやまない。
                    ― ◇ ― 
 人材は試練の中で育つ。
 戸田先生は言われた。
 「皆、地涌の菩薩として自ら願って、あえて厳しい苦難に挑むのだ。なぜか。堂々と戦い勝って、あとに続く人々に限りない希望と勇気を贈るためである」と。
 さあ、人材の光を社会に放ちゆこう! 希望と勇気の新風を起こしゆくのだ。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆イタリア ローマの友が語る  地区結成55周年の明年へ躍動!
 1万人を超える幸のスクラムを達成
 青年と前進! 永遠に崩れぬ「人間共和の都」の大建設を
1961年10月20日、池田先生は古代ローマ時代の遺跡「フォロ・ロマーノ」を視察。ローマ帝国の栄枯盛衰の歴史に思いをはせた

〈出席者〉
ラウラ・アレッチ・コンティさん(方面婦人部長)
ジョルジョ・コンティさん(壮年部員)
ルチア・ブロンゴさん(方面副婦人部長)
シモーナ・スパニョーリさん(婦人部本部長)
ダニエレ・パッキァレッリさん(州副男子部長)

1961年10月20日、池田先生は古代ローマ時代の遺跡「フォロ・ロマーノ」を視察。ローマ帝国の栄枯盛衰の歴史に思いをはせた
 
 イタリアに初の学会の組織となる「ローマ地区」が結成されたのは、1963年1月のこと。ローマの同志は今、結成55周年となる明年に向け、意気軒高に拡大に進む。最前線の友に広布の歩みと躍動の様子を語ってもらった。
 シモーナ・スパニョーリさん ローマのメンバーは先月13日、ローマ文化会館での集いから、明年の地区結成55周年へ、誓いも新たに出発しました。
 この2日前には、フィレンツェ市から、池田先生に名誉市民称号が贈られたこともあって、会場は歓喜と感動に包まれました。
 ダニエレ・パッキァレッリさん 授与式には、私を含め、ローマからも青年部の代表が参加しており、固い決意を胸に、ローマ文化会館に集いました。
 先生は、授与式の謝辞の中で、1981年のフィレンツェ訪問の折の青年たちとの出会いを述懐し、「世界の未来は明るいと計り知れない希望を見いだした」と語られました。広布の未来を継ぐ青年部として、その時、いやそれ以上に、先生に希望を持っていただける弟子に成長しようとの覚悟を深めました。
先生の激励が原点
 ラウラ・アレッチ・コンティさん 81年にローマから駆け付け、先生を迎えた一人として、この言葉は本当に誇りに思いました。
 皆、訪問直前まで緊張していましたが、先生が目の前に現れた瞬間、先生の慈愛に包まれ、雰囲気が一気に和やかになったことを今も鮮やかに覚えています。
 当時のイタリアは、新会員が多く、しかも青年ばかり。私も入会から2年しかたっていない21歳の青年でした。そういう背景を、先生はご存じだったのだと思います。勤行や唱題の意味といった信心の基本を教えてくださり、“仏法を受持した人が一人いれば、その輝きが一家を照らす”と指導してくださいました。
 ルチア・ブロンゴさん 81年の折、私は運営役員として先生と記念撮影をしていただきました。その時、内向的な私は皆に遠慮し、一番後ろに立ちました。しかし、先生は、撮影直前に後方に回られ、私の隣で写られたのです。横に立つ先生から「勇気を持て」「逃げてはいけない」と励まされているようでした。
 79年に入会したものの、それまで、自分が学会員であることを堂々と友人に語れずにいました。しかし、ここから、姿勢が変わりました。ローマに帰ってからは、仏法対話に勇んで挑戦し、兄や近隣の友人らに弘教を実らせることができました。その後、妹と母も入会し、今では家族6人のうち4人が信心しています。
祈れば必ず分かる
 ジョルジョ・コンティさん 現在のナカジマ理事長らを中心とした地道な弘教によって、81年時点でローマのメンバーは約120人に。そこから、先生と原点を刻んだ多くの青年たちによって、ローマに仏法対話の大きな波が起きました。
 対話した際の友人の反応はさまざまでしたが、私たちには「祈れば分かる」という確信がありました。なぜなら、「祈りが必ずかなう信心」だからです。
 先生にお会いする4カ月前に創価の輪に入った私にも、確信がありました。
 実は私は、友人のラウラ、今は妻ですが、彼女から「この言葉を唱えれば、絶対に幸せになれる」と言われ、「南無妙法蓮華経」と書かれた紙を渡されました。その時は、自分とは関係ないと思っていましたが、ある日、仕事を失い、父も失業することに。絶望の淵に立たされ、この言葉を思い出しました。自分の部屋に入り、手を合わせて題目を唱えると、心のわだかまりが解けていくのを感じました。数日後には、父も私も再就職。この信仰は本物だと思ったのです。
 余談ですが、家族の中で、私の部屋はのぞかないというルールがありましたが、この数日間だけ、なぜか家族が次々とドアを開けて入ってきました。ラウラよりも先に、家族に題目を唱えていることを知られてしまったのです(笑い)。
 ラウラ それまで全く興味を示さなかったのに、いきなり「学会に入る」と言ってきたのよね(笑い)。
 でも、先生にお会いする直前に入会できて本当に良かったわ。
 ブロンゴ 現実を変えられる祈りであるとともに、人々が祈りに抵抗感がないことも、対話を進める上で大きかったと思います。
 国民の約8割がカトリックを信仰するイタリア。多くの人は、物心ついた時から周囲の誰かが祈っている中で育っています。だから、題目を素直に受け入れてくれる人が多い。何より、信心すれば必ず成長できます。その姿を見て、家族や友人も理解を寄せるようになっていきました。
 ローマには現在、1万人以上のメンバーがいます。先生と出会いを結んだ81年からの36年間で、会員数は100倍になりました。
 パッキァレッリ 「夢をつかんだ」「人生が開けた」など、座談会は信仰の喜びに満ちあふれています。全員が、その感動をメンバーとも共有したいと話し出すので、1時間では収まりきらず、進行役のリーダーは大変です(笑い)。
 また、座談会には、多くの友人も参加します。イタリアは、高い失業率や心の病などに悩む人が多くいます。そういう人たちにとって、メンバーの生き生きとした姿は、大きな希望なのでしょう。私も座談会に誘った友人に4カ月前、御本尊流布ができました。
師の“心”を感じて
 スパニョーリ 私も座談会に参加した際、同志の元気な姿に魅せられ、2006年に入会を決めました。
 ここ10年くらいの間に入会したメンバーも多く、私をはじめ先生にお会いしたことがないメンバーも増えていますが、皆が「信心に巡りあえたのは、先生がローマに妙法の種を植えてくださったおかげ」との感謝の心にあふれています。
 その理由の一つは、草創の方をはじめ先生と原点を刻んだメンバーが、当時の感動を、昨日のことのように話してくれるからです。
 先生がローマを訪れたのは4回(1961年、63年、64年、67年)。これらの訪問で、先生がローマのここかしこに刻んでくださった“心”を感じながら、私たちは活動しています。
 ジョルジョ 2年前にオープンした「ローマ文化会館」もその一つです。
 先生は67年、ローマ市内を車で移動している時に、こう語られました。
 「この辺に、将来、ローマの会館ができればいいね」
 会館は、先生が言われた、まさに“その場所”に立っています。私はプロメテウス・グループ(会館守る会)の一員ですが、グループのメンバーは、先生の魂が脈打つ会館を守ることを誇りに思っています。
 パッキァレッリ 先生のローマ初訪問は61年10月19日。翌20日には「フォロ・ロマーノ」を視察し、繁栄を誇った古代ローマが滅びたことに思索を巡らせ、和歌を詠まれました。
 「ローマの 廃墟に立ちて 吾思う 妙法の国 とわにくずれじ」
 この時の心境を、小説『新・人間革命』で、次のようにつづられています。
 「永遠なる“精神の大世界”、すなわち“妙法の国”を、一人ひとりの胸中に築き上げ、人間共和の『永遠の都』を建設することがわが創価学会の使命だ。新しき人類史の扉を開くために、断じて成し遂げなければならない」
 学会の永遠性を確立する今、ローマの使命の重要性を感じています。青年部は『新・人間革命』を学び深めながら、どこまでも先生と共に進んでいきます!
頼もしき後継の姿
 ブロンゴ 81年に先生がフィレンツェを訪れた折、イタリア青年部の姿に希望を見いだされたように、私たちも今、後継の前進を頼もしく思っています。
 イタリアSGIでは現在、展示や講演会などを通して、核兵器廃絶を訴える「センツァトミカ(核兵器はいらない)」キャンペーンを展開していますが、この運動の中心的な役割を青年部が担い、社会に大きく信頼を広げています。
 ラウラ 昨年には、イタリアSGIとイタリア共和国政府との間で結ばれたインテーサ(宗教協約)が発効され、いよいよ、イタリア広布、ローマ広布の新しい時代を迎えました。
 明年は、ローマ地区の結成から55周年の佳節。今こそ、先生と共に、地域の青年と共に進み、ローマに永遠に崩れない“人間共和の都”を建設していきます! イタリア ローマの友が語る 

◆〈信仰体験 入学の曲〉 小児白血病を越えた長女が看護の道へ

 【東京都豊島区】咲き薫る桜が、小林徹さん(57)=南長崎支部、副支部長(地区部長兼任)=の心に、2008年(平成20年)春の出来事を思い出させる。

◆〈ヒューマン〉 演歌・歌謡曲の魅力広げる 中里亜美さん 


 〈近頃、若手の演歌歌手が「演歌男子」「演歌女子」と呼ばれ、注目を集めている。その中で、テイチクレコードから移籍第1弾シングル「人恋しさに…」をリリースした中里
 

2017年4月 6日 (木)

2017年4月6日(木)の聖教

2017年4月6日(木)の聖教

◆わが友に贈る


頑張れフレッシュマン!(-新社会人ー)
「誠実」「忍耐」「真剣」
この3点を貫く人に
信用という財産は輝く。
皆の健康と栄光を祈る!

◆名字の言


  パイロットを夢見る少年部員が空港を訪れた。春休みを利用した“社会科見学”である▼案内役は副操縦士。鉛筆を手にした豆記者から質問が飛ぶ。飛行機の重さは? 燃料はどこに積むの? そして「パイロットになるために大切なことは?」。答えは「勉強も大事。体を鍛えるのも大事。でも一番大事なのは『親孝行』かな」。メモを取る少年の手が止まった▼父や母は最も身近な存在ゆえ、つい感謝を忘れがち。だが「当たり前」を「ありがとう」の言葉に置き換えられる心こそ、パイロットに必須の資質だという。旅客機を飛ばすために、どれほど多くの人が汗を流しているか。クルーや整備士、貨物や清掃のスタッフ、営業や旅客担当者……。「感謝の言葉は心をつなぐ。みんなの心が一つになって初めて最高の仕事もできるんだよ」と副操縦士は言った▼文豪ゲーテの至言に「感謝しなければならぬ人と出あいながら、感謝をわすれていることが、どんなにしばしばだろう」(大山定一訳)と。御書には「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)と仰せである▼飛行機が人を運ぶ乗り物なら、言葉や声は「思い」を乗せて運ぶもの。向かう先は相手の「心」だ。感謝の気持ちも目的地に着いてこそ、である。(恭)

◆〈寸鉄〉 2017年4月6日

 「師子王の剛弱を嫌わず
 して大力を出す」御書。
 今を全力。それが歴史と
      ◇
 人民を信頼せずに革命は
 できぬ―周総理。同志と
 共に。団結が学会の強さ
      ◇
 世界を変えるといっても
 一対一の対話から―戸田
 先生。地道に友のもとへ
      ◇
 振り込め詐欺被害は企業
 にも。社会の悪を断じて
 許すな。衆知集めて撃退
      ◇
 春の全国交通安全運動。
 飲酒運転は厳禁。ベルト
 着用も徹底。油断を排せ

◆社説  12日まで「春の新聞週間」  平和と幸福へ確かな情報を発信


 きょう4月6日は「新聞をヨム日」。日本新聞協会が定めた「春の新聞週間」の初日に当たる(12日まで)。
 IT技術の進歩やスマートフォンなどの機器の発達によって、ニュースや社会情勢などの情報は、手軽に、素早く手に入る時代となった。
 こうした新聞業界を取り巻く厳しい環境の中で、「新聞の特性は何か」「その使命は何か」を、改めて確認する機会が到来しているといえよう。
 総務省の情報通信政策研究所の調査によると「メディアとしての信頼度」は「新聞」が依然として68・6%と最も高く、「インターネット」は29・7%と低い。ネット上の情報は、議論の前提となる事実が噂だったり、全くのデマだったりするケースがしばしばある。誤った前提では正しい結論は導き出せない。
 新聞はただ情報を伝えるだけのツールではない。氾濫する情報の中から、分かりやすく編集し、読者の手元に届ける。事実と経験に基づく深い考察によって、世論を形成し、社会を平和な方向へ、幸福の方向へと導くことが、ジャーナリズムの使命であることは、これからも変わらないだろう。
 一方で、新聞は紙幅が限られる。また必要な時に、欲しい情報を手に入れるには、新聞にはさまざまな限界があるのも事実だ。より深い情報、利便性の高い機能などは、ネットで提供するなど、メディアを融合した活用もますます期待されよう。
 こうした変化の中で、本紙もまた新たな時代を迎えている。
 今月には、「セイキョウオンライン」が一段と拡充された。有料会員には、これまでの本紙・地方版に加え、「創価新報」「未来ジャーナル」「少年少女きぼう新聞」の紙面イメージの閲覧が可能になった。また、電子書籍「大白蓮華」の発売も4月号から始まった。  広宣流布の機関紙として産声を上げ、仏法の視座からの鋭い考察と、体験に基づいた確信の言葉で、勇気と希望を送り続けてきた「聖教新聞」。
 池田先生は、小説『新・人間革命』第10巻「言論城」の章に綴っている。「広宣流布とは、言論戦である。仏法の真実と学会の正義を訴え、論証し、同志を勇気づける言論なくしては、広布の前進はない」「言葉は生命である。言葉は光である。言葉は希望である」  これからも聖教は、愛読者の皆さまと共に、永遠の発展を目指し、平和と幸福の
社会を築く、確かな情報を発信していきたい。

◆きょうの発心   一家で広布後継の証しを

御文
 願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕す師には値いがたかるべし  (閻浮提中御書、1589ページ・編1467ページ)
通解 願わくは日蓮の弟子等は師子王の子となって、群狐に笑われることがあってはならない。過去遠々劫以来、日蓮のように、身命を捨てて強敵の過ちを顕す師には値い難いのである。

 師子王の子である弟子もまた、不惜身命の信心を貫くよう教えられています。
 
 1981年(昭和56年)5月5日、創価大学の構内を家族と共に歩いていた時、池田先生との出会いを刻みました。
 創大2年生だった私は、「女子部でしっかり頑張りなさい」との励ましをいただき、学会活動に全力で挑戦しようと決意。卒業後は、女子部の同志と共に金の思い出を築き、結婚してからは横須賀の地で、信心根本に課題を乗り越えることができました。
 病弱だった母は、30年以上も更賜寿命の実証を示し、本年1月に82歳で霊山へ。師を求め抜いた母の姿に、家族全員で“後継の証しを示そう”と、広布拡大に挑戦しています。
 「皆が人材! 新時代のトップランナーたれ!! 師弟勝利の横須賀総県」とのスローガンを胸に、師子王の誇りも高き青年部と共に勝利の歴史を開いてまいります。  神奈川・横須賀総県婦人部長 鎌原枝理子

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十二

 


 田森寅夫は、歯を食いしばりながら信心を続けていくと、学校に給食のパンを卸せるようになり、また、外国人客も増えていった。さらに、大手の洋菓子店へも卸すことになり、彼の店は、軽井沢を代表する老舗のベーカリーとして評判になっていった。
 彼は、商売で実証を示すだけでなく、町の発展にも力を尽くし、地域の人びとのために献身した。そうした姿に、学会への誤解や偏見は氷解し、多くの人たちが理解者となったのである。
 山本伸一は、長野研修道場で田森夫妻と話し合うなかで、翌日、田森の店の二階にある喫茶室で、地域のメンバーの代表を招いて懇談会を開くことにしたのである。
 その席で伸一は、一九五七年(昭和三十二年)の夏、軽井沢に滞在中の戸田城聖のもとへ駆けつけた折に、恩師が語っていた言葉を紹介した。
 「戸田先生は、山紫水明なこの地を愛され、『将来、ここで夏季研修会を開きたいな』としみじみと話しておられた。ここに研修道場ができ、恩師の構想実現へ、また一歩、前進することができました。
 やがて、長野研修道場には、全国、いや全世界の同志の代表が集うようになり、いわば、広宣流布の電源の地となっていくでしょう。それだけに、この長野県に、世界模範の創価学会を創り上げてください。私も、全力で応援します」
 この日の夜、研修道場では、地元の軽井沢・中軽井沢支部合同幹部会が行われていた。
 会合の終了間際、会場に姿を現した伸一は、共に勤行した。そして、ピアノに向かい、「うれしいひなまつり」や「月の沙漠」などを次々に演奏して励ました。皆の喜びは爆発し、会場は沸き返った。
 同志は、伸一の姿を瞼に焼きつけ、“創価の師弟の大道を誇らかに歩もう”と、決意を新たにするのであった。
 いかなる権威、権力をもってしても、師弟の心の絆を断つことなど断じてできない。

【聖教ニュース】

◆「大いなる魂の詩」キルギス語版 ビシュケク人文大学で出版発表会 
 文豪アイトマートフ氏と池田先生の対談集
 来賓「各界の指導者が学ぶべき一書」

ビシュケク人文大学での出版発表会
ビシュケク人文大学での出版発表会

 キルギス共和国出身の世界的な文豪チンギス・アイトマートフ氏と池田大作先生の対談集『大いなる魂の詩』のキルギス語版が、同国のファスト・プリント社から発刊され、出版記念発表会が3月28日、同国のビシュケク人文大学で行われた。
 これには池田先生がメッセージを寄せ、アイトマートフ氏の母国語であるキルギス語で発刊されたことを喜ぶとともに、翻訳を務めた同大学総長のアブディルダ・ムサエフ氏に心から感謝。そして、キルギスと世界の人々の心の中で「大いなる魂の詩」が紡ぎゆかれ、混乱を調和へと変えゆく「詩心」に満ちた力強き生命の連帯が世界を包みゆくことを念願した。
 式典を寿ぐかのように、前日まで降り続いた雨も上がり、白雪のアラトー山脈が、くっきりと遠方に広がる。
 文学や宗教、政治、平和など、あらゆるテーマから人類の進むべき道を模索した語らいは、これまで1994年に発刊されたロシア語版で広く愛読されてきた。今回のキルギス語版の発刊に、同国の識者は喜びを口にした。
 「科学技術の発展が優先される現代で、高い精神性の対談集がキルギス語版で出版されたことは大変に意義深い。対談集の中の言葉や思想を指導者層がくみ取り、学んでいくべきだと思います」(ジャーナリスト同盟のアブディカデル・スルタンバエフ総裁)
 「文学・哲学界において、この対談集は大きな宝です。お二人の精神性あふれる対談は、世界でも最高峰のものです。アイトマートフ氏が片方の翼、池田氏がもう片方の翼とな
って飛翔するように、読者を魅了するような内容です。この本を読めることは本当に幸せです」(教育アカデミーサべトべク・バイガジエフー副総裁)

◆池田先生ご夫妻が創立50周年の東京・創価学園へ
 

 創立者の池田大作先生が5日午前、香峯子夫人と共に、創立50周年を迎える東京・小平市の創価学園を訪問した。
 折しも4月5日は、1960年(昭和35年)、第3代会長に就任直前の池田先生ご夫妻が、創価学園の建設用地を視察するため、小平市を訪れた日。その7年後の67年(同42年)が、学園の創立の年となった。
 ご夫妻は車中から、新年度の始業、50期生の入学を間近に控えるキャンパスを視察。総合教育棟の前で中川東京学園長、木下高校校長ら首脳とあいさつを交わし、東京、関西、札幌をはじめ、平和の指導者を育む創価学園の世界的な発展を喜びつつ、学園生・卒業生と家族、教職員の健康と勝利を念願した。

立川文化会館で勤行 4・2「第2総東京の日」を祝福


 池田先生ご夫妻は5日午前、創価学園を視察した後、東京・立川市の立川文化会館を訪問した。
 同会館は1977年(昭和52年)12月に開館し、本年で40周年。第3代会長を辞任後、先生が“反転攻勢”の指揮を執った歴史の舞台である。
 ご夫妻は「元初の間」で勤行・唱題し、桜花の4月を広布拡大に駆ける、総東京の同志の福徳と勝利を深く祈念した。さらに、第2総東京・全12総区の師弟共戦の歴史をつづる記念展示室を丹念に見学。4・2「第2総東京の日」を祝福した。

◆躍進の春! 総本部の青年桜
 
 

 全世界の同志を迎える総本部(東京・信濃町)の「青年桜」が見頃だ(写真=5日)。

 「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)――。寒く厳しい冬を乗り越え、爛漫と咲き薫る青年桜は、“躍進の春”の到来を告げ、人々の心を魅了してやまない。
 さあ、我らも、信頼と友情の花を満開に咲かせゆこう!

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉59 妙法の女性に福徳あれ
御文
 日月は地におち須弥山はくづるとも、彼の女人仏に成らせ給わん事疑いなし、あらたのもしや・たのもしや  (松野殿御返事、1390ページ)
通解 たとえ、日や月が地に落ち、須弥山が崩れることがあったとしても、かの女性が仏に成られることは疑いない。まことに、頼もしいことである。

同志への指針

 妙法を持った女性が幸福にならないわけがない! 尊きヤング・ミセスの皆さんを、御本仏がどれほど御賞讃されていることか。
 目まぐるしい変化と慌ただしい毎日の中で、学会活動に励む挑戦の一歩一歩は、自身と一家眷属の永遠の「心の財」を積む黄金の足跡である。
 未来を創りゆく宝友の皆さんに健康と幸あれ! 妻と題目を送っています。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉21 御聖訓「強敵を伏して始て力士をしる」 題目と励ましと団結で勝ち抜く 新時代を先駆するヤング・ミセス

 伊藤 心躍る春4月。入社式や入学式に臨む初々しい姿を見ると、私たちの心も洗われます。新年度、新学期を迎え、ともどもにフレッシュな決意で出発をしていきたいと思います。
 永石 春は出会いの季節です。旧友とも、新しい友人とも、「対話」を通して友情を育む絶好の時です。
 伊藤 池田先生は、小説『新・人間革命』「雌伏」の章で、「対話」こそ、時代を開く力と教えてくださいました。女子部も全国で、にぎやかに対話運動を展開しています。
 長谷川 男子部も含め、今、青年が目覚ましい活躍を見せています。ゆえに大きな困難に直面することもあるでしょう。けれども、「強敵を伏して始て力士をしる」(御書957ページ)です。強敵があればあるほど、自身を強く鍛えることができます。困難の中で、人のため、社会のため、広宣流布のために戦い、勝ち抜いてこそ、真の弟子であることが証明されます。
 原田 先生は「新時代を進む」で勝利の要諦について、「我らには『法華経の兵法』ある。『題目』で進もう! 『励まし』で開こう! そして、『団結』で勝とうではないか!と呼び掛けてくださいました。広宣流布の戦いにあって、限界突破の鍵となるのが、「結」の力です。皆が広宣流布をわが誓いとし、心を合わせ、祈り進んでいくことです。
 長谷川 特に活動にあっては、正役職と副役職が、連携を取り合っていくことです。先生は「副役職者を大切にしなさい。その力が本当に発揮されれば、広宣流布は加速度的に進みます。副役職の人には、中心者の方から積極的に声をかけ、信義と友情の絆を結んでいくんです。強い組織というのは、副役職者が喜々として活躍している組織なんです」と言われています。
 原田 副役職の方の中には、経験豊富な方がたくさんいます。リーダー自ら、こうした友のもとを訪ね、心を通わせてこそ、組織の力は倍加するのです。
 長谷川 また、リーダーは、事情により会合に参加できない人たちこそ大切にし、足を運んでいきたい。
 原田 未入会の家族と一緒の方や闘病中の方、多忙な仕事に追われる方など、事情はさまざまでしょう。けれども、そうした方々と対話し、できることを実践していけるよう、励ますのが、リーダーの責務です。“百人の一歩前進”です。

平凡の中に幸福が


 永石 31年前の1986年(昭和61年)4月11日、桜花爛漫のこの日、池田先生は、東京の小平文化会館を訪問され、居合わせたヤング・ミセスや、その子どもたちと一緒に、勤行・唱題をしてくださいました。
 西 その場での指導は、私たちヤング・ミセスの永遠の指針です。「大切なことは、主人を守り、支えながら、お子さんを立派に育てていくという、平凡といえば平凡なことをやりきっていくことである。その平凡のなかに真実の幸福があることを知らなければなない」
 永石 特に女子部時代、懸命に活動に駆けてきた友にとって、ヤング・ミセスの時代は、毎日が同じことの繰り返しに感じ、平凡な日々と思うことがあるかもしれません。けれども、先生は、そのことを分かってくださった上で、「平凡のなかに真実の幸福がある」と言われているのです。
 西 この時の先生のスピーチは、SOKAチャンネルVODの「一家の太陽 婦人部に贈る」に収められています。改めて、皆でしっかり学んでまいります。
 長谷川 ヤング・ミセスではまた、各地の婦人部長が出席し、毎月、「部員会」を開催することを目標にしていますね。
 西 同世代の友と、少人数で語り合う部員会は、“何でも言い合える励ましの場”として、大変に喜ばれています。
 長谷川 最近は、友人参加の部員会も増えているそうですね。
 西 はい。特に好評なのが、VODに収録されている「教育セミナー」です。子育てに関する悩みを専門家が講演する内容で「ためになる話が聞けて、ありがたかった。また来たい」などの感想が届いています。

産前・産後の活動


 永石 「サンクスパパフェスタ」などの名称で、未入会のご主人やお子さんを招いての会合も好評ですね。
 原田 こうした活動を通して、ヤング・ミセスが勢いよく友好を拡大し、新時代の先駆を切っている模様も、よく伺っています。
 西 ヤング・ミセスの時代こそ、最も大きく友情を広げられる時であり、「友情こそ、人生の宝」と先生が言われているように、この時に築いた友情は、生涯にわたって崩れないものと確信し、さらに友好を広げていく決意です。
 永石 最後に、産前・産後の活動についての確認です。婦人部では、昨今の社会状況の変化を考慮し、より安心して妊娠・出産・育児ができるよう、「妊娠初期・出産前2カ月・出産後4カ月くらいは、十分に体を休め、健康に気をつける」としています。
 西 皆が、すっきり安心して、育児に取り組めると喜んでいます。ありがとうございます。多くの方々が、励まし、見守ってくださっていることに、各地のヤング・ミセスからも感謝の声が寄せられています。
 原田 次代を担うヤング・ミセスの皆さんが、伸び伸びと活躍し、後継の子どもたちが見事に育ってこそ、学会の未来も開かれていきます。ますますの発展を心から祈っています。

◆〈インド取材リポート〉 コルカタに歓喜のスクラム
 地涌の同志1万人が躍動
 師が開いた道に幸の大輪

   
創価家族の温もりにあふれるカンクルガチ地区の座談会。宝の未来っ子たちが「3・16」について学んだことを発表した(コルカタ市内で)
創価家族の温もりにあふれるカンクルガチ地区の座談会。宝の未来っ子たちが「3・16」について学んだことを発表した(コルカタ市内で)

 インド東部最大の都市コルカタ(旧カルカッタ)。今、この地にも新たな広布拡大の息吹がみなぎっている。3月20日にはSGIインド派遣団が出席し、BSG(インド創価学会)東インド方面で初となるコルカタ文化会館の開館記念幹部会が開催された。ここでは、コルカタ広布をリードするカンクルガチ地区の座談会をリポートする。(記事=歌橋智也、写真=工藤正孝)
 濃緑の木々が茂り、3月でも平均最高気温が30度を超えるコルカタ。湿度も高く、じっとしているだけで汗ばんでくる。
 街には生活感あふれる露店が軒を連ね、人々の往来でにぎわっている。無数の車や三輪タクシーが絶え間なくクラクションを鳴らし、競うように走り抜けていく。
 庶民のエネルギーが躍動する街・コルカタ。
 その歴史は1690年、イギリス東インド会社が商館を設置したことに始まる。イギリスの統治時代は、1911年まで首都として機能した。現在、都市圏を含めた人口は1400万。大企業の本社が多く置かれるインド東部最大の経済拠点である。
                  ◇ 
 市の中心街にほど近く、露店が続く活気あるエリアに、座談会場のある集合住宅があった。
 「ノモシュカール!」(ベンガル語で「こんばんは!」)
 敷地の入り口で、未来部の男の子と男子部、婦人部の友が笑顔で迎えてくれた。
 建物に入ると、手動式の古いエレベーターが。ここにもイギリス時代の面影が残っていた。
 目的階でエレベーターのドアを開けると、唱題の声が聞こえてきた。さらに会場に近づくと、廊下にたくさんの靴があふれている。玄関を入るとリビングに50人ほどの友が集っていた。
 会場は、女子地区リーダーのアユーシ・バウシンカさんのお宅。家族でBSGメンバーは彼女だけだが、両親は彼女の成長した姿を通してBSGに深い理解を示し、会場を提供。祖母や兄も唱題を実践している。
 カンクルガチ地区は、2009年にブロックから地区に発展。現在、メンバーは約250人に上る。この1年でも約60人が新たにメンバーに加わった。当初はコルカタで一番小さな地区だったが、今では最大という。この日に参加した女子部世代の新来者も、勤行・唱題を続けている。
 「皆さん、こんばんは! ただ今から3月度の座談会を始めます!」
 司会の男子部員の元気な第一声で、地区座談会は始まった。
                 ◇ 
 1961年(昭和36年)2月、池田先生は仏法西還の第一歩をしるした歴史的な初訪印の折、コルカタを訪問した。
 さらに79年(同54年)2月には、詩聖タゴールの生家のあるラビンドラ・バラティ大学に赴き、図書贈呈を。
 さらに、西ベンガル州の知事と会見し、全寮制の学園を訪れ、生徒たちと交流するなど、日印に平和と教育と友好の道を開いたのである。
 のちに先生は同大学から名誉学位を受章。ムカジー副総長と対談集を発刊している。
                ◇ 
 カンクルガチ地区の座談会は、後継の未来っ子たちの元気な学会歌でスタート。続いて体験発表へ。男子部部長のアニケート・バルマンさんが信仰体験を語った。
 2011年、地元の知り合いから誘われ、座談会に参加した。人と接することが苦手な彼にとって、会合で生き生きと仏法の素晴らしさを語るメンバーの姿は衝撃だった。「この信仰は何かがある」。そう感じて、信心を始めた。
 彼の明るく変わっていく姿に触れ、母と妹もメンバーに。現在、父の経営する警備会社で働き、父の右腕として事業を支えている。
 「自分のことよりも、人のため、社会のために貢献したいと思えるようになりました」。2年前まで、地区に男子部は彼一人だったが、現在は14人に拡大。自身でも11人の友を仏法に導いた。部員の中には、病を乗り越えて映画製作の仕事に就き、作品がコルカタの映画祭でノミネートされたというメンバーもいる。
 「コルカタは貧富の格差が大きい街です。人間革命の哲学の力で、社会を少しでも良くしていきたい。そのために時代変革を担いゆく青年部、未来部を拡大したいのです」。確信を込めて使命を語るバルマンさんに、大きな拍手が送られた。
 続いて、青年部・未来部の友が小説『人間革命』12巻の「後継」の章の研究発表を。クイズを織り交ぜながら、3・16「広宣流布記念の日」の意義を皆で研さんした。
 事前に学んできたメンバーから次々と手が上がり、「戸田先生の弟子としての池田先生の振る舞いに学びます」「学会の永遠性のために、今こそ広布のバトンを受け継ぎます」と決意が語られていった。
 最後に皆で立ち上がり、BSGの愛唱歌「先駆の歌」を意気高らかに歌い、座談会を終えた。
                  ◇ 
 終了後、しばし歓談のひととき。地区結成時から地区婦人部長を務めるパラマ・セングプタさんに拡大の要因を聞いた。
 「いつも心掛けているのは、リーダーの団結です。そのために一緒に題目をあげます。そうすれば、たとえ意見が違っていても、建設的な話し合いができ、同じ目的に進む強い絆が生まれます」
 「徹して訪問激励に歩きます。その前には必ず唱題し、“この人を師匠と御本尊につなげられますように”“私の全ての振る舞いが広布の役に立ちますように”と深く祈ります」
 題目を根本に、組織のリーダーが、がっちり呼吸を合わせた時、広布への情熱が隅々にまで脈動し、躍進の大きなうねりが起こる――彼女の言葉に、あらためて異体同心の要諦を学んだ。
                  ◇ 
 コルカタは、池田先生が創価学会の会長として、最後に訪れた海外都市の一つ。1979年(昭和54年)2月、香港、そしてインド各地を巡ってコルカタから帰国の途に就いた際、先生は日本に電報を打った。
 “アジアの広布の道は開かれた。皆さまによろしく。カルカッタ”――。
 恩師・戸田先生の「東洋広布」の悲願を実現するべく、池田先生が渾身の戦いで開いた道には、時を経て、幸福の大輪が花開いた。
 コルカタでは、90年代から広布が伸展。2005年にはメンバーが1000人に達した。さらに拡大の勢いは加速し、今、1万人の人間革命の希望のスクラムが構築されたのである。
 カンクルガチ地区の一人一人もまた、師の深き祈りによって呼びいだされたかのごとく、使命深き地涌の同志である。
 コルカタの愛称は「シティ・オブ・ジョイ」。すなわち「歓喜の街」。
 今、「歓喜の中の大歓喜」の妙法を抱いた友によって、コルカタは、いよいよ幸の輝きを放ち始めた。

◆〈信仰体験〉 地域に愛される中華料理店

 【神奈川県伊勢原市】市内の国道246号沿いに、中華、うどん、イタリアン、ファミリーレストランと、大手チェーン店が立ち並ぶ、飲食業界の激戦区がある。

◆〈信仰体験〉 会社を支える熟練技術者 パワー半導体製造で特許取得 2017年4月6日


 【長野県・池田町】家電製品、ハイブリッド自動車、太陽光発電装置、LED照明など、現代の私たちの生活は、多くの電気機器に囲まれている。

2017年4月 5日 (水)

2017年4月5日(水)の聖教

2017年4月5日(水)の聖教

◆わが友に贈る


白馬が駆けるようの
清々しい勤行・唱題から
一日をスタートしよう!
朝に勝つことが
勝利のリズムをつくる。

◆名字の言


 市販のトマトの糖度は4~5度程度。だが、農業研究家の永田照喜治氏が栽培したトマトの糖度は、この2~3倍にもなる。ブドウ並みの19度になったことも▼秘密は「スパルタ農法」にある。水と肥料を極力少なくし、トマトを“甘やかさない”。ぎりぎりの環境に置かれたトマトは、養分や水分を何とかして吸収しようと、茎や葉などあらゆるところに産毛をびっしりと生やす。その結果、吸収の効率が上がり、果実においしさが凝縮する▼過剰な栄養が与えられると、根は十分に働かなくなるという。満たされ過ぎるとうまく育たないのは、植物も人間も同じかもしれない▼作家の吉川英治氏が、ある裕福な青年に語ったことがある。「君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べ過ぎていると云う事はこんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れて行くと云う事は青年として気の毒な事だ」(『吉川英治とわたし』講談社)。池田先生は、この言葉を紹介しつつ、“恵まれすぎは不幸”“青春時代の労苦こそ宝”と、若き友に語った▼時に思い通りにならないことがあっても、腐ってはならない。努力に努力を重ねる。その中で、何ものにも動じない人格ができる。苦労の時こそ、成長と飛躍の好機である。(靖)


◆〈寸鉄〉 2017年4月5日

 人間性豊かな世界築くに
 は創価の教育哲学が必要
 ―総長。幸福と平和の礎
      ◇
 婦人による革命は最も静
 かで根本的なもの―藤村
 地域から波起こす使命大
      ◇
 「青年は夢が大きすぎる
 くらいでいい」戸田先生。
 高き目標へ最高の挑戦を
      ◇
 朝鮮通信使の足跡たどる
 日韓の行事始まる。文化
 ・民衆交流が友好の土台
      ◇
 車の自動窓に子供が挟ま
 れる事故多発。大人の不
 注意が因。声掛け忘れず

◆社説  日中友誼の春を迎えて  民衆交流を進め友好の道を一段と


 中国で“人民の父”と敬愛される周恩来総理の功績や人物像を紹介する「周恩来総理記念回顧展」(主催=中国国際文化交流センター、周恩来思想生涯研究会ほか)が3月、京都市内で開催された。総理の直筆文書のほか、歴史的価値の高い物品が公開され、好評を博した。
 展示会には、周総理の甥にあたる周爾均氏ら親族も観賞。氏は、テレビ番組のプロデューサーも務めたことがあり、1997年に上海で池田先生にインタビューしている。今回来日した氏は語った。「(医師の制止を振り切り)周総理は会見を強行された。それは、今後の中日友好を展望してのことでした。振り返れば、『この方ならば』という総理の思いは的中し、池田先生は大きく両国の友好を推進してくださったのです」と。
 本年は日中国交正常化から45周年になるが、日中関係は厳しい状態が続いている。NPO法人「言論NPO」が昨年実施した共同世論調査によれば「これまで改善に傾いていた両国民の意識が再び悪化に転じた」という。要因はさまざまに挙げられようが、両国関係の基盤となる民間感情が悪化していることは懸念すべき点だ。
 一方、調査結果を踏まえた記者会見では、相手国を訪れるなど直接交流を経験した人は相手国に良い印象を保つ傾向が報告され、民間レベルの対話・交流の意義が
強調された。とかく脅威の側面が強調されがちだが、同じ人間として生活を営む民衆一人一人の息遣いに触れる時、共感は生まれてくる。
 小説『新・人間革命』「大山」の章では、周総理、鄧穎超夫人との友誼の交流が紹介された。中国が第2次天安門事件等で国際的孤立を深めていた頃、山本伸一会長は心に期した。「中国の民衆が困難に直面している。私は、今こそ、友人として中国のために力を尽くし、交流の窓を開こう。それが人間の信義であり、友情ではないか!」
 民衆に目を向け、友人として信義を尽くす。我ら創価の信念は、常にこの点にある。時代の表層がいくら変化しようと、民衆同士の信義が不動であれば、必ず友好の道は開けよう。
 池田先生が鄧穎超夫人に長編詩「縁の桜」を贈ってから本年で30周年。創価大学に植えられた周桜、周夫婦桜は今年も咲き誇る。その意義を、中国の友人は「花を賞でるに倍して感ずるは花を栽えし者、水を飲むに常に思うは井を掘りし人」と詠んだ。満開の桜に先人の心を感じながら、友好の語らいを重ねていきたい。

◆きょうの発心  青年期の苦闘が信心の骨格に2017年4月5日

御文
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ・編880ページ)
通解 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。ますます強盛な信心を貫いていきなさい。

 いかなる時も唱題し抜いていくことこそ最高の幸せである、との仰せです。幼少期に家族と共に入会した私は、高校卒業後、東京の総合商社に就職。20代は千葉、30代からは茨城で仕事と学会活動に励みました。男子部の良き先輩にも恵まれ、
“学会から絶対に離れない”と信心の骨格を築くことができました。
 34歳の時、資金もない中で保険代理店を立ち上げ、独立。厳しい現実と向き合いながら、この御文を胸に刻み、唱題に徹しました。数年間は、複数の仕事を掛け持ちして、家族の生活費を捻出。信心根本に努力を重ねた結果、少しずつ売り上げを伸ばし、現在は順調に顧客を増やしています。
 池田先生と同志、家族への感謝の思いで始めた「無冠の友」は、17年目になりました
 「厳寒の茨城指導」35周年の本年、茨城広布拡大のため、題目を唱え抜き、師匠に大勝利の報告をしてまいります。   茨城希望県総合長 西村秀明

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十一

 


 二十一日夜の懇談の折、山本伸一は、軽井沢支部の初代支部長・婦人部長を務めた田森寅夫と妻のタミとも語り合った。
 寅夫は、一流ホテルで修業を積んだパン職人で、心臓病で苦しんでいたタミが信心し、元気になっていく姿を目の当たりにして、一九五五年(昭和三十年)に子どもたちと一緒に入会した。念願であった店舗を購入できたことなどから、信心への確信を強くし、歓喜を胸に弘教に励んでいった。
 しかし、周囲には、学会に偏見をいだき、彼が信心することを快く思わぬ人たちが多くいた。客足も遠のいていった。
 頭を抱え込む田森たちに、学会の先輩は、確信をもって訴え、指導した。
 「日蓮大聖人は、『此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず』(御書一〇八七ページ)と断言されている。あなたたちが、敢然と広宣流布に立ち上がったから、障魔が競い起こったんです。御書に仰せの通りではないですか。
 したがって、このまま、果敢に信心を貫いていくならば、幸福境涯を築けることは間違いない。だから決して退いてはいけません」
 当時の学会員は、大なり小なり、こうした事態に直面した。そのなかで同志は、ますます学会活動に闘魂を燃やしていった。そして、御書を拝しては、互いに励まし合ってきたのである。田森は思った。
 「大聖人は『大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし』(同一四四八ページ)と言われている。大変な事態になればなるほど、強盛な信心を奮い起こして、ますます喜び勇んで前進していこう。今が正念場だ!」
 学会活動は御書と共にあり、生活のなかに教学があった。そこに学会の崩れぬ強さがある。思えば、それは、第二代会長の戸田城聖が、『日蓮大聖人御書全集』の刊行を成し遂げたからこそ可能となったのである。さらに、これによって、日蓮仏法の正しい法理が、広く人びとの生き方の規範として確立されるという、未曾有の歴史が開かれたのである。

【聖教ニュース】

◆シンガポールの政府機関「人民協会」から池田先生に最高栄誉賞 
 リー・クアンユー元首相が教育・文化振興のために設立 
 タン理事長が出席し授与式
 証書「人類の調和と幸福に寄与」
 
シンガポール人民協会のタン理事長(左から3人目)とSSAの鄭理事長らが記念のカメラに
シンガポール人民協会のタン理事長(左から3人目)とSSAの鄭理事長らが記念のカメラに

 シンガポール人民協会から、池田大作先生に「最高栄誉賞」が授与された。恒久平和とシンガポール社会の発展への献身を讃えたもの。授与式は、シンガポール創価学会(SSA)の「3・16」の記念大会(3月16日、SSA本部)の席上、挙行され、「最高栄誉賞」の証書が同協会のデスモンド・タン理事長から、鄭永吉SSA理事長に託された。
 シンガポール人民協会は、教育・文化・スポーツなどを通して諸民族が融和した国家を建設するため、建国の父である故リー・クアンユー元首相が設立し、自ら初代会長を務めた政府機関である。
 池田先生はこれまで、同国を3度訪れている。1988年の初訪問では、当時、現職の首相であったリー・クアンユー氏と会見。その模様はテレビで全土に放映された。
 さらに、池田先生は、シンガポール文化会館を訪れ、こう語った。「このうえなき貴重な『この一生』を、清らかな心で、悠々と、シンガポールのために働き、活躍し抜いていただきたい」と。
 SSAの同志は、この師の指針を胸に、社会貢献の道を歩んできた。国家行事「独立記念式典」には、政府の要請を受け、これまで31回出演。95年からは22年連続で演目を披露し、同国で最重要の行事において、欠かせない存在となっている。また、同協会主催の国家行事「チンゲイ(粧芸)パレード」への出演も、33回を数える。
 池田先生のリーダーシップのもと、社会の調和に寄与するSSAへの信頼は厚い。そして本年は、シンガポール広布50周年の佳節。地域に幸の連帯を広げるこの半世紀の歩みを讃えて、池田先生への「最高栄誉賞」の授与が決定したのである。
 贈られた証書には、「平和・文化・教育の国際的な推進を通して、恒久平和ならびに人類の調和と幸福に寄与してこられたその惜しみない献身とご尽力に鑑み」、同賞を授与することが記されている。
 式典には、タン理事長ら人民協会の代表16人が列席。SSAの友1200人が駆け付けた。さらに、同国首相府省のチャン・チュン・シン大臣から池田先生へ、チンゲイパレード45周年記念の書籍が贈られた。「この50年間、SSAの皆さまが、良き市民として、シンガポールに積極的な貢献ができるよう励まし続けてくださり、心より感謝申し上げます」との献辞が添えられている。席上、同協会からSSAに「地域活動最優秀パートナー賞」が贈られた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価大学〉第12回 中国研究会
 君たちありて 金の橋

池田先生を迎えて行われた「日中友誼農場」の開園式(1976年6月)。現在は東京富士美術館が立つ。この農場を記念する碑が、創大構内の白萩寮近くに設置されている
池田先生を迎えて行われた「日中友誼農場」の開園式(1976年6月)。現在は東京富士美術館が立つ。この農場を記念する碑が、創大構内の白萩寮近くに設置されている

 桜花に彩られた創価大学。
 新たな「学びの道」を歩み始めた新入生たちを、キャンパス中の桜が静かに見守る。
 文学の池のほとりの「周桜」も、ほころび始めた。中国の周恩来総理と創立者・池田先生の“永遠の友誼の証し”である。
 「桜の咲く頃に日本を発ちました」――周総理は1974年12月、池田先生との会見で日本留学の思い出を振り返った。ではその頃に再び日本へ、と語る先生に、闘病中の総理は「願望はありますが、実現は無理でしょう」と。総理の深い思いをくんだ先生の提案で、この翌年に植樹されたのが、周桜である。
 以来、周桜は、中国からの賓客を歓迎する象徴となり、毎春の観桜会は創大の伝統行事になった。近くには、総理と鄧穎超夫人をたたえる「周夫婦桜」も天高く伸び立つ。
 先生が命懸けで築いた「日中の金の橋」。その友誼の歴史を深く学び、語学の習得や中国の思想・文化の探究、観桜会などの諸行事の準備にも汗を流すのが、「中国研究会」である。
 “中研”の愛称で親しまれる中国研究会が誕生したのは、開学と同じ71年。先生の「日中国交正常化提言」(68年)を聞いた1期生が、「何もしないで歴史に委ねるのではなく、今こそ有志が集って積極的に取り組もう」と立ち上げたのである。
 75年、創大は両国の国交正常化(72年)以降、中国から初の正式な留学生6人を受け入れる。その保証人となったのは、他でもない先生だった。
 滝山寮の入寮式に駆け付け、共に構内を散策。直接会って心を配り、誠意を尽くした。
 研究会の友も、留学生と創大祭で餃子の店舗を出したり、部室で語学を教え合ったりした。「友好といっても同じ人間として友情を育むこと――先生の振る舞いから教えていただきました」と当時の部員は述懐する。

誓いが大切なんだ

 日本での生活になじめず、体調を崩す留学生もいた。気分転換になればと、研究会のメンバーは、彼らと一緒に農作業を行うことに。
 農場の開園式には、池田先生も出席(76年6月)。学生たちの要請で「日中友誼農場」と命名する。秋には、収穫した作物を味わう「月見乃宴」が、先生を囲んで開かれた。
 1時間を超える和やかな語らい。「これから寒くなるから、風邪をひかないでね」と留学生を気遣いながら、両国の若人たちに力強く呼び掛けた。
 「若い時の誓いが大切なんだ」「周恩来総理も本気になって生命を賭したから、革命が成ったんだ。私も死力を尽くしたから大学ができたんだ」「本気にならなくては、本物にはなれない」
 その後の「月見乃宴」にも、先生は足を運んでいる。
 3度目の集い(78年)では、目前に迫った中国語弁論大会が話題に上った。先生は出場する研究会の2人を指名。突然、その場で“語学試験”が行われることになった。
 中国語での簡単な質疑応答だったが、指された学生は緊張で頭が真っ白に。
 「上がってるね」「2人で3点半だね」「本当は2点だよ。まだ、生活に密着した発音じゃない」「語学ができることは、それだけ世界が広くなる」。ユーモアを交えながらも、鋭い指摘が続く。
 だが最後には、こう期待を寄せた。「中研は堅実に成長しているね。中研があれば、日中友好は間違いない」「中研、頑張れ!」
 思いだけでは、友好は前進しない。実力を磨こう!――参加した研究会の友は痛感した。
 勉学に拍車が掛かる。留学に飛び立つ人も増えた。
 創部から四十余星霜――。
 今、研究会からは、商社社長や大学教授をはじめ、両国の友好の舞台で活躍する人材が数多く誕生している。
                                                             ◇ ◆ ◇ 
 池田先生は、日中の未来を託す研究会を、いつも励まし続けてきた。
 ある時は、周桜の周りを自主的に清掃していた学生に「ありがとう」と感謝の言葉を。ある時は、中国の雑誌に部長の名を金色のペンで揮毫して贈った。
 2001年7月16日、中国人民対外友好協会の陳昊蘇会長(当時)が来日。先生との会見を終えた一行に、研究会は中国語で真心の歌声を披露する。
 曲目は周総理夫妻との友情をうたった「桜花縁」。
 〽縁の桜は輝き増して 友好の万代なるを 語り継げり……
 その様子を優しく見守った先生は、この日、研究会に詠んだ。
  
 中研の
  君たちありて
      金の橋
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験〉 5つの介護事業所を展開

 【神戸市北区】子育てを終えた女性の社会進出が目覚ましい。生活に根差した“主婦感覚”が、社会に新たな価値を生み出している。

2017年4月 4日 (火)

2017年4月4日(火)の聖教

2017年4月4日(火)の聖教

◆わが友に贈る

煩悩即菩提の信心だ。
悩みがあるから
大きく成長できる。
試練の嵐を突き抜け
歓喜の人生を飾りゆけ!

◆名字の言


 トヨタ自動車の草創期をモデルにしたドラマが放映された。特に販売店や部品メーカーといった、陰の人々に光が当てられていた▼同社の市販車第1号は、よく故障した。苦情も殺到し、販売は困難を極めた。だが販売店の支配人は負けていない。「我々が自信をもってユーザーに差し上げることのできるものは、ただ誠意・誠実・まごころ、それだけだ。我々は全力をあげて、それを実践する」(若松義人著『トヨタのリーダー 現場を動かしたその言葉』PHP研究所)▼営業マン自ら、整備・点検に汗を流した。整備士と共に故障車のもとへ、昼夜を問わず駆け付けた。もっといい車を作ってくれれば、苦労しないのに――こう思って当然であろう。だが彼らは人をあてにしたり、人のせいにはしなかった。“国産車を育てるのは自分だ”という決意と確信は、技術者にも劣らなかった▼新しい時代を切り開くときは、自分の強い信念が大切だ。そのために、できることは何でもやる。そんな気概で壁を破りたい▼本紙もまた、販売店、そして配達員の皆さま、さらに、誇りをもって全力で拡大してくださる全ての方々の献身ありて、今がある。創刊の月。この“世界一の応援団”の支えにふさわしい充実の紙面をと、一層の精進を誓う。(鉄)


◆〈寸鉄〉 2017年4月4日
 

 「創価青年大会」が開幕。
 新時代の建設は新たな人
 材群と共に!皆でエール
      ◇
 友情なしで私の生命は開
 花しない―巴金。誠実の
 対話で生涯の宝の絆結べ
      ◇
 御書「水魚の思を成し」。
 団結すれば力は倍加す。
 心一つに軽やかな前進を
      ◇
 古い携帯電話を東京五輪
 のメダルに活用。環境へ
 配慮。循環型社会の範と
      ◇
 公園内保育園が都内等で
 開所。公明が積極的に推
 進。母子の為、知恵さらに

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  十

 
 残暑の東京を発って二時間半、夜霧に包まれた軽井沢は肌寒かった。
 山本伸一が長野研修道場に到着すると、地元の幹部や役員など、数人が出迎えた。会長を辞任したあと、「聖教新聞」などの機関紙誌で、彼の行動が報じられることは、ほとんどなかったためか、皆、笑顔ではあったが、どことなく不安な表情をしていた。
 伸一は、同志のそんな気持ちを吹き飛ばすように、力強い声で言った。
 「私は元気だよ! さあ、出発だ!」
 師弟の天地に、師子吼が響き渡った。
 彼は、長野県長の斉田高志と握手を交わしながら語っていった。斉田は、三十七歳の青年県長であった。
 「私は、名誉会長になったということで、広布の活動を休むことも、やめてしまうこともできる。そうすれば楽になるだろう。しかし、一歩でも退く心をもつならば、もはや広宣流布に生きる創価の師弟ではない。戸田先生は、激怒されるだろう。
 地涌の菩薩の使命を自覚するならば、どんなに動きを拘束され、封じ込められようが、戦いの道はある。智慧と勇気の闘争だ。大聖人は『いまだこりず候』(御書一〇五六ページ)と言われ、いかなる迫害にも屈せず、戦い抜かれたじゃないか! みんなも、生涯、何があっても、いかなる立場、状況に追い込まれようとも、広宣流布の戦いを、信心の戦いを、決してやめてはいけないよ。私は、会員の皆さんのために戦い続けます」
 伸一の長野訪問は九日間の予定であった。
 到着翌日の二十一日は、朝から役員の青年らを激励し、昼食も草創の同志ら十人ほどと共にしながら語り合い、引き続き、小諸本部の副本部長である木林隆の家を訪問した。十一年前に出会った折に、「ぜひ、わが家へ」と言われ、そこで交わした約束を果たしたのである。
 夜もまた、地元の会員の代表と次々と会っては懇談した。対話を重ねることが、生命の大地を耕し、幸の花園をつくりだしていく。

【聖教ニュース】

◆愛知で盛大に創価青年大会 2017年4月4日
世界広布へ 永遠に堅塁の魂を燃やして前進!
1万人の若人が参加

 
全国に先駆けて、愛知から創価青年大会がスタート! 「I arise――世界広布のKENRUIを永遠に」をテーマに行われた創価青年大会のフィナーレでは、後継の決意を込めて「青年よ広布の山を登れ」を大合唱した(中部池田記念講堂で)
全国に先駆けて、愛知から創価青年大会がスタート! 「I arise――世界広布のKENRUIを永遠に」をテーマに行われた創価青年大会のフィナーレでは、後継の決意を込めて「青年よ広布の山を登れ」を大合唱した(中部池田記念講堂で)

 総愛知の創価青年大会が1日の午後、2日の午前・午後と、名古屋市の中部池田記念講堂で3回にわたって開催され、1万人の若人たちが参加した。池田大作先生は万感のメッセージを贈り、この日に向けて挑戦と努力を貫き、勝利した姿で集い合った友を最大に称賛。竹岡青年部長、志賀男子部長、伊藤女子部長ら青年部リーダーが出席し、松原中部総合長、平山中部長、熱田総愛知長らが激励した。
 それは、総愛知青年部の心意気を象徴する幕開けであった。
 暗闇の中、一筋の光に照らされた二人の青年。その一人が語る。
 「さあ、共に新たな時代の朝を開こう!」
 もう一人が応じる。
 「希望のスクラムで、共に新たな時代の朝を開こう!」
 そして、二人は繰り返し決意を語る。
 「I arise!(私は奮い立つ!)」
 その声は、場内にいる一人また一人へと波及し、最後は、参加した全員が拳を突き上げて叫んだ。
 「I arise!」
 今いる場所で一人立つ!――それが今回の創価青年大会に向け、総愛知青年部が深めてきた誓いだった。
 「愛知の日」の淵源となった50年前の1967年(昭和42年)7月10日。池田先生は、金山体育館(当時)で行われた中部本部の大会で「中部の地こそ、最も模範的な広宣流布の仏国土でなければならない」と呼び掛け、「広布の堅塁・中部たれ」との指針を贈った。
 そして、終了後も、堅塁城の構築のために、一番苦労している人に真っ先に手を差し伸べ、寸暇を惜しんで励ましを送った先生。その歴史を学ぶ中で、後継たちは確信した。
 我らが一人立ち、目の前の一人を徹して大切にすることが、堅塁の魂を永遠ならしめる力なのだ!――と。
 その決意のままに、友は、愛知のあの地この地で一人立ち、信頼と友情を広げてきた。
 3年前、幼なじみの紹介で入会した男子部の阿部和也さん(ニュー・リーダー)。学会活動に励む中、それまで何事も諦めやすかった心が変わった。
 その喜びと信仰の確信を語り抜き、本年1月2日に高校時代の友人を入会に導いた。
 日増しに明るくなる友人を見て、今度は友人の母親が進んで学会家族の輪に。阿部さんと友人は、今回の創価青年大会に、共に出演者として参加した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈教学〉 4月度座談会拝読御書 立正安国論
 御書全集 32ページ14行目~16行目
 編年体御書 170ページ15行目~17行目
 民衆の幸福と社会の繁栄の実現へ
 一人一人の胸中に人間主義の哲学を

本書について


 本書は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、鎌倉幕府の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。
 当時、日本では、飢餓、疫病、地震、気象の異常など、災難が相次いでいました。本書を御執筆された動機は、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った「正嘉の大地震」です。大聖人は、こうした災難の原因を諸経典に照らして洞察され、その根源に国を挙げての謗法、すなわち正法に背いている事実があることを究明されました。
 題号の「立正安国」は、「正を立て、国を安んず」と読みます。大聖人は、国土の平和を実現するためには、根源の悪である謗法を断ち切り、人々の心に正法を打ち立てる以外にないと、本書を著され、時の最高権力者に提出されたのです。
 本書で大聖人は、災難の元凶として、当時、特に隆盛を誇っていた念仏を強く破折されています。そして、このまま謗法が続けば、三災七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」(内乱)と「他国侵逼難」(外国の侵略)の二難が必ず起こると警告され、「実乗の一善」に帰依するよう促されています。

拝読御文


 汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん

立正安国


 日蓮大聖人は、平和実現のための原理を「立正安国論」の中で示されました。
 「立正安国」の「立正」とは、人々が人生のよりどころとして正法を信受することであり、また仏法の生命尊厳の理念が、社会を動かす基本の原理として確立されることです。
 「安国」とは、社会の平和・繁栄と人々の生活の安穏を実現することです。
 「立正安国論」における「国」とは、権力を中心にした統治機構という面とともに、より深く、民衆の生活の基盤として捉えられています。その意味で、人間が形成している社会体制だけでなく、自然環境の国土も含まれます。
 大聖人が民衆を中心に国を捉えられていたことは、「立正安国論」の御真筆において、国を意味する漢字を書かれる多くの場合に、国構えに民と書く「?」の字を用いられていることからも、うかがうことができます。
 「立正安国論」は、直接的には当時の日本の安国の実現のために著された書ですが、その根底となっている精神は、民衆の安穏の実現にあり、したがって未来永遠にわたる全世界の平和と人々の幸せを実現することにあります。
 大聖人が、当時の人々の苦悩を解決するため、「立正安国論」を著し、権力者を諫められたこと自体、仏法を行ずる者は、ただ自身の成仏を祈って信仰していればよいのではなく、仏法の理念・精神を根本にして、積極的に社会の課題に関わっていくべきことを身をもって示されたものと拝察できます。
 創価学会が、今日、仏法の理念を根本に、平和・文化・教育・人権などの分野で行動しているのも、「立正安国」の法理と精神に基づく実践にほかなりません。

「実乗の一善」

 「実乗の一善」とは、一人一人が帰依すべき正法を示しています。
 「実乗」とは法華経であり、「一善」とは「唯一の善」「根本の善」という意味です。すなわち、人間に真の幸福をもたらす妙法こそが根本の善の教えであり、「実乗の一善」です。
 妙法は、“一切衆生は本来、仏なり”と教える、最高の人間尊重の大法です。仏法は、全ての人に絶対の尊厳性と限りない可能性を見いだす“人間主義の哲学”にほかなりません。

 池田先生は述べています。
 「いわば、『実乗の一善に帰せよ』とは、『偏頗な生命観、人間観を排して、生命の尊厳に立ち返れ』『エゴを破り、慈悲を生き方の規範にせよ』『真実の人間主義に立脚せよ』との指南といってよい」
 「実乗の一善」とは、広げて言えば“仏法に基づく人間主義”ということができます。
これこそ、人々の幸福と社会の繁栄を実現しゆく普遍の哲理なのです。

大聖人の弘教の根本目的

 日蓮大聖人の生涯にわたる行動は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれます。
 幕府や既成の宗教勢力からの大聖人に対する迫害が本格化するのは、「立正安国論」提出が契機でした。法然の念仏を強く破折する「立正安国論」の提出からほどなく、念仏者たちが、鎌倉の大聖人の草庵を襲うという松葉ケ谷の法難が起きました。
 さらに、翌・弘長元年(1261年)の伊豆流罪など、命の危険にさらされる迫害を受けても、立正安国を願う大聖人の御覚悟が揺らぐことはありませんでした。
 大聖人は「立正安国論」で「自界叛逆難」「他国侵逼難」を予言されています。大聖人は、この二難が決して現実のものとならないように、権力者を諫め続けられましたが、用いられることはなく、文永8年(1271年)には、竜の口の法難、佐渡流罪に遭われます。この流罪のさなかに、「自界叛逆難」が二月騒動(北条時輔の乱)として的中。赦免直後には、「他国侵逼難」が蒙古の襲来によって現実のものとなります。
 大聖人が御入滅の直前、弘安5年(1282年)9月に武蔵国池上(東京都大田区池上)
で最後に講義されたのも、「立正安国論」でした。このように、大聖人の御生涯は「立正安国論」を中心に展開しました。立正安国の実現こそ、大聖人の弘教の根本目的だったのです。

池田先生の指針から 生命尊厳の理念が脈打つ世界に

 心を変革して、いかなる理念に基づいていくべきなのか。大聖人は、それを「実乗の一善」と仰せです。
 「実乗の一善」とは、法華経の根本善ということであり、すべての民衆が、それぞれ自身に具わっている仏性を開いて成仏することができるという法理です。(『勝利の経典「御
書」に学ぶ』第22巻)

                  ◇ ◆ ◇ 
 「立正」とは、まず、一人の人間の心の次元の変革にかかわります。自身に内在する「根
本善」に目覚め、胸中に法華経の「人間尊敬」「生命尊厳」の哲理を確立し、生き方の根底の哲学とすることです。この目覚めた人の行動によってこそ、法華経の哲理は、社会を支え、動かす原理として確立されていくのです。
 そして、社会に平和の精神基盤を築くことが「立正」の肝要である以上、生命尊厳のため、平和のために、志を同じくする人々や団体と共に立ち上がるのは当然です。決して排他的なものではありません。
 何よりも大事なのは「立正」を貫く一人ひとりを育てることです。一人の「立正」の人が立ち上がることで、周囲を善の方向へ、平和の方向へと変革していくことができます。そうした使命を担う師子王の如き人材を輩出することが「立正」の帰結なのです。
 また、立正安国の「国」とは、民衆が住む国土のことであり、私たちが目指す安国とは、仏国土を実現して民衆のための安穏の国土を建設することです。(中略)
 「安国」の本義は、国家主義の対極にあり、世界に広々と開かれたものです。それと共
に、「安国」とは、未来にも開かれています。仏国、すなわち仏の国土とは、「一閻浮提」に及び、永続するものだからです。
 「仏国」とは、「生命尊厳」「人間尊敬」という仏法の精神が生き生きと脈打つ社会であり、自他共の幸福の実現という思想が重んじられる世界のことです。(同)
参考文献
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻(聖教新聞社)
 ○…『池田大作全集』第25・26巻(同)
 ○…『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために――立正安国論』(同)
 ○…『現代語訳 立正安国論』(同)
 ○…『御書の世界』第1巻、「立正安国」㊤㊦(同)
 ○…小説『新・人間革命』第4巻、「立正安国」の章(同)


★〈教学〉 4月度「御書講義」の参考 立正安国論?2017年3月28日
御書全集 31ページ7行目~18行目
編年体御書 169ページ5行目~17行目
対話の力で安穏な社会を建設

 4月度の「御書講義」では「立正安国論」を学びます。拝読範囲は「主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る~汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(御書全集31ページ7行目~18行目、編年体御書169ページ5行目~17行目)です。ここでは拝読の参考として、本書の背景と大意、また、拝読範囲の理解を深める解説を掲載します。

背景

 「立正安国論」は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、39歳の時、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。
 「諫暁」には、仏法者の立場から相手の誤りを指摘して、正しい道に導く、との意義が込められています。
 本書の宛先は、直接は北条時頼ですが、広くいえば社会の指導者全般であると拝することができます。さらに主権在民の現代にあっては、主権者たる「国民一人一人」が「国主」であり、本書の精神を訴えていくべき対象となります。
 当時は、大地震・大風・洪水などの自然災害が相次ぎ、深刻な飢饉を招き、加えて疫病の流行などが毎年のように続き、人心は乱れ、民衆は苦悩の底にありました。中でも、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った「正嘉の大地震」が、本書の執筆を決意された直接の動機となりました。

大意
 「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読みます。具体的には、人々の心に正法を確立し(立正)、社会の繁栄と平和を築く(安国)との意味です。
 本書は、相次ぐ災難による災禍を嘆く客の言葉から始まり、それに対して主人が、“災いの原因は、人々が正法に背き悪法を信じていることにある”と述べるところから対話が開始されます。
 主人は災厄の元凶として、当時、隆盛を誇っていた念仏を強く破折され、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書24ページ)と、謗法への布施を止めて正法に帰依するならば、平和楽土の実現は間違いないと断じられます。
 さらに、このまま謗法の教えに執着していくならば、経典に説かれる七難のうち、まだ起こっていない自界叛逆難(内乱)と他国侵逼難(外国からの侵略)の二難が競い起こってくることを警告し、実乗の一善(妙法)に帰依するよう、促されています。
 最後に客は、謗法の教えを捨てて妙法に帰依することを誓います。この誓いの言葉が、そのまま本書全体の結論となっています。

10問9答の「問答形式」 心つかむ納得の語らいを
 「立正安国論」は客(=北条時頼を想定)と主人(=日蓮大聖人を想定)の10問9答の「問答形式」で展開され、誤った教えに執着する客に対して、主人は理路整然と真実を説き示していきます。
 冒頭は「旅客来りて嘆いて曰く……」(御書17ページ)と、天変地異や飢饉、疫病など、相次ぐ災難を嘆く客の言葉から始まります。これに対して、「主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤?す客来って共に嘆く?談話を致さん」(同ページ)と、主人も同じ悩みを共有していたことを明かします。
 主人は悠然と、時には相手をなだめ、時には毅然たる態度で、「文証」「理証」「現証」の上から、客の誤った考え方を諭していきます。それに対し、「客色を作して曰く」(同20ページ)、「客猶憤りて曰く」(同21ページ)と、客は感情を高ぶらせて主人を批判します。
 日本浄土宗の開祖・法然を尊崇する客に対し、主人が「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(同24ページ)と言うと、「客殊に色を作して曰く」(同ページ)と、客の怒りは頂点に達し、席を立とうとします。
 その時に、主人は「咲み止めて曰く」(同ページ)――笑みをたたえ、去ろうとする客を止めて、話を続けるのです。
 やがて主人の明快な話と、確信あふれる姿勢に心を動かされた客は、徐々に態度を改め、最後は「私が信ずるだけではなく他の人にも語っていく」(同33ページ、趣意)と決意する真の“同志”に変わっていきます。
 このように、「立正安国論」が「対話」で展開されていることは、極めて示唆に富むといってよいでしょう。
 “対話の力”で安穏な世の中、平和な世界を築いていく――。「立正安国」の戦いを現実の上で進めているのが、創価学会なのです。

二難の予言が的中 戦乱を回避するとの思い

 拝読御文で、主人は謗法の対治を誓う客の変化を喜び、直ちに決意を実行に移すよう呼
び掛けます。そして、謗法を対治しないならば薬師経・金光明経・大集経・仁王経の四経の文に照らして、七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告しています。
 主人は、北条時頼をはじめとする為政者に対し、他国侵逼難や自界叛逆難が起これば、統治の基盤である国家そのものが滅び、臣下の地位・生活の基盤である所領そのものが侵略されることを強調。その時に驚いても、もはや逃れるところもないと諄々と諭されます(御書31ページ、趣意)。しかし幕府は、この大聖人の警告を受け入れませんでした。
 その後、「自界叛逆難」は12年後の文永9年(1272年)の二月騒動(北条一門の内部争い)となって、また「他国侵逼難」は蒙古襲来(14年後の文永の役、21年後の弘安の役)となって現れたのです。
 「三世を知るを聖人という」(同287ページ)との原理に照らした時、「立正安国の予言」の的中は、大聖人が「聖人」、すなわち「仏」であることを証明したものであるといえます。また、大聖人御自身が「種種御振舞御書」で、「安国論」の予言の符合は「仏の未来記にもをとらず」(同909ページ)と仰せになり、御本仏の御境涯を示唆されています。
 しかし、もとより大聖人は、予言の的中を求めていたわけではありません。
 大聖人が自らに迫害が及ぶことを承知の上で「立正安国論」を提出し、国主諫暁された御真意は、民衆を救済するために、「何としても未然に戦乱を回避しなければならない」との強い「慈悲」の発露でした。
 「安国論」の中の予言は、法に基づく「智慧」の発露なのです。

「四表の静謐」を祈れ 自分だけの幸福はない!

 大聖人は、本書の予言と警告の結論として、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)と仰せです。
 すなわち「一身の安堵」――自分個人の生活の安泰、一家の幸福を願うならば、「四表の静謐」――世界の平和と、それに基づく国の安定を祈るべきであると示されています。
 この一節は、為政者に対する諫暁であると同時に、学会員である私たちの実践の指標となっています。
 日蓮仏法は「自他共の幸福」の実現を目指しています。それは、自分だけの幸せを求めるのではなく、他人の幸せをも祈り、行動していくという意味です。その地道な実践に日々、まい進しているのが、私たち学会員の一人一人です。
 池田先生は、つづられています。
 「もし、自分だけの幸せのみを願ってよしとする生き方であれば、それは、あまりにも無慈悲であり、仏法上、慳貪の罪となってしまう。また、それでは、道理のうえからも、エゴ的な生き方といわざるを得ません。自分のみならず、周囲の人びとも、共に幸せにならなければ、自身の本当の幸せはない。ゆえに、自行化他にわたる実践のなかにこそ自身の真実の幸せがある。そこに私どもが、広宣流布に、さらには立正安国に生きるゆえんがあるんです」
 私たちは「立正安国」の精神を胸に、自身の深き使命を確信しながら、地域に友情の輪を広げる対話に率先していきましょう。

◆〈未来部育成のページ〉 機関紙を活用しよう 2017年4月4日


 新年度を迎え、進学・進級する友にとって新たなスタートを切る季節。今回の「未来部育成のページ」では、未来部向けの機関紙「未来ジャーナル」「少年少女きぼう新聞」の
活用方法を紹介。あわせて連載「心に希望の語らいを」と「池田先生の指針」を掲載する。

★池田先生の指針から 

 現在の未来部員が学会の中核となる二〇三〇年頃には、世界全体が少子化へ進むと言われている。
 まさに今、地域をあげて尽力してくださっている一騎当千の人材の育成こそ、世界にとっても、盤石な未来を開く力となる。
 私が海外を訪れた時も、寸暇を惜しんで、未来部の友に会い、激励してきた。その中から、多くの青年リーダーも誕生している。
 地球を舞台に、伸び伸びと成長し、躍動する未来部員の様子を聞くことが、私の最高の楽しみである。
 今の未来部員が――
 創価の魂を受け継ぎ、平和のために乱舞する英姿!
 庶民の思いをわが思いとし、人のために励ましを送り、尽くし抜く雄姿!
 二〇三〇年に夢を馳せると、私の心は高鳴る。
 その輝く未来を目指し、私は、これからも励まし続けていく。どこまでも祈り続けていく。わが心を心として、宝の人材を育ててくれる、真実の創価の同志たちと共に!
 〈『随筆 幸福の大道』「後継の希望・未来部(下)」〉
                               ◆◇◆ 
 わが誉れの二十一世紀使命会が誕生したのは、十六年前(一九九五年)の七月十七日――。
 当時、私がお願いしたのは「未来部員の友達に」ということであった。
 仏法では、「良き友」のことを「善知識」と説く。
 「仏になるみちは善知識にはすぎず」(御書一四六八ページ)とも、御聖訓には仰せである。
 わが未来部の担当者の方々は、何でも話せるお兄さんとなり、お姉さんとなって、共に活動に励みながら、偉大な「善知識」の使命を果たしてくれている。
 自身も、仕事や生活の課題を抱える中での奮闘は、言うに言われぬ苦労の連続であろう。
 しかし、その真剣な姿を、未来部員はじっと見ている。
 誠実の言葉は、必ず命の根底に刻まれていくものである。
 私のもとにも、「あの先輩の励ましがあればこそ、今の自分があります」等と感謝の声が寄せられる。
 派手な喝采など、なくとも構わない。
 人に尽くした「陰徳」は、必ず「陽報」となって、汝自身の生命を荘厳し、一家一族を無量の福徳で包んでいくからだ。
 〈『随筆 対話の大道』「青年学会の希望の黎明(下)」〉

◆〈信仰体験〉 プラダー・ウィリー症候群の娘と歩む
 

 【埼玉県・寄居町】病気や障がいがある人たちの中には、痛みや不自由さもさることながら、周囲の無理解や偏見、差別などに苦しめられる人たちが少なくない。
 

2017年4月 3日 (月)

2017年4月3日(月)の聖教

2017年4月3日(月)の聖教

◆今週のことば

仏法は「現当二世」
〝今から〟〝ここから〟
常に新たな挑戦だ。
元初の祈りとともに
今日も一歩前進を!

◆名字の言


 人通りが少ない路傍にタンポポを見つけた。誰もが見上げる華やかな桜に負けまいと、足元で懸命に“春の到来”を告げている一輪の花がいとおしい▼タンポポはアスファルトの隙間や崖など、あらゆる場所でかれんな姿を見せる。その秘密は地中深く伸ばした「根」にある。長いものでは、1メートルに達するものもあるという。花が咲いた後の綿毛は風に乗り、土さえあれば、その場所に根をおろし、再び花を咲かせていく▼タンポポの英語名は「ダンデライオン」。語源はフランス語で、“ライオンの歯”という意味だ。ギザギザの葉が、それに似ていることから付けられたという。仏典では百獣の王であるライオンを「師子」と名付けている。「師子」を思わせるたくましさこそ、タンポポの特徴なのかもしれない▼「踏まれても/踏まれても/なお咲く/タンポポの笑顔かな」――池田先生が“少年の頃より胸から離れない”として紹介してきた詩である。華やかな場所でなくとも、誰が見ていなくとも、凜と咲く小さな花。その姿は、“たくましく生き抜け”と、私たちに呼び掛けているようだ▼タンポポは、5月3日の誕生花。桜花舞う「4・2」から栄光の「5・3」へ、「師子王の心」で前進し、わが勝利の花を満開に咲かせたい。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年4月3日
 

 創大・短大入学式。君の
 未来は洋々!最高の学友
 と学べ、学べ。徹して学べ
      ◇
 東京「調布総区の日」25周
 年。正義の師子吼を炎の
 如く!創価勝利の旗頭に
      ◇
 朝に勝つ。それが信用を
 築く第一歩。新社会人よ
 生命力満々にダッシュを
      ◇
 肉体には衰えを感じるが
 心は感じていない―哲人
 多宝会は高齢社会の希望
      ◇
 外国人3割が差別発言受
 けた経験と。同じ地球に
 住むとの意識醸成が急務

◆社説  反響呼ぶ本紙連載(グローバルウオッチ) 価値創造の生き方は希望の光源に


 本年2月から、本紙で連載している「グローバルウオッチ――世界を見つめて」。
 困難な課題が山積する現代社会にあって、私たちはいかに生きるべきか。そのために今、思想・宗教に求められているものは何か。その中で、SGIのメンバーが世界各地で取り組む地道な信仰の実践には、どれほど大きな意味があるのか――SGIの社会的な価値を再発見していく連載に、「仏法を学び、池田先生を師匠として生きていけることのありがたさを、あらためて実感しました」など、読者から多くの声が寄せられている。
 まず、2月から向き合っているテーマが「若者と希望」。今日、日本で「引きこもり」は100万人以上いるともいわれ、働きたくても働けず、社会からも家族からも孤立し、自分を責め続ける若者も少なくない。
 2月19日付1面で紹介した三重の田中秀明さんも親友の自死という悲しみ以来、家にこもっていた一人。その田中さんの閉じた心を開いていった藤原淳さんも、実は仕事などで行き詰まる中、田中さんに寄り添ううちに気力が湧いた。「救われたのは僕の方」と語る通りだ。
 また同じ紙面では、引きこもりが海外でも社会現象化している事例として、ベルギーのファビオ・ガットビージョさんを紹介。幼い頃に受けた暴行によるトラウマ(心的外傷)から生きる意味を見失っていた彼は、SGIの座談会で、皆が苦しみを乗り越えた体験を共有し合う姿に希望を感じた。トラウマに力強く向き合う彼の信仰体験は今や、テロの頻発などで無力感が覆うベルギーの若者に、前を向く力を与えているという。
 人も自分も同じく悩みを持っていると思うから関わらずにはいられない。その関わりの中で互いに「生きる力」を引き出し合う。自他共の仏性を輝かせていく。法華経に説かれる「自他不二」の実践ともいえる生命の触発を、日々、世界各地で重ねているのが創価(価値創造)の運動の実像であろう。
 先日、子育てに悩み、格闘する若い母親から感想が届いた。「どん底の経験をした青年たちの告白に、まるで自分への励ましかと思うほど、泣いて泣いて、ボロボロになるまで読みます。こんな世の中だから、若者が蘇生していく体験は、体の隅々の細胞が刺激されるほど感動します」と。
 不安が渦巻く無縁社会にあって、「つながりの力」を広げるSGIの運動は、希望の光源となっていくに違いない。

◆きょうの発心  御書根本に友の幸福に尽くす2017年4月3日

御文
 蒼蠅驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ(立正安国論、26ページ・編163ページ)
通解 小さな青バエも駿馬の尾につかまって万里を行くことができ、葛は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる。

 小さい存在であっても、妙法を信じ、広布にまい進することで、大きく境涯革命できると仰せです。
 
 私が小学3年の時、父が、がんで余命宣告を受けました。真剣に祈る母の姿や、祖母の大確信の励ましに奮起し、かつてない唱題に挑戦。同志の皆さまの祈りにも包まれ、手術は成功し、信心の確信をつかみました。その後、長野研修道場で池田先生と結んだ出会いは、忘れられません。
 創価女子短期大学へ入学し、進路に悩んでいたころ、先輩からこの御文を拝して激励を受けました。2004年(平成16年)2月、構内で先生とお会いする機会が。“生涯、人を幸せにする人生を歩もう”――生き方が決まった瞬間、人の幸せを真剣に祈れる自分に変わることができました。
 その後、創大に編入し、卒業後は調布をはじめ、第2総東京中を駆け巡り、メンバーと共に御書を拝し、前進してきました。昨年、先生が撮られた写真に、富士山と、思い出深い街並みが。師の励ましに、“師を思えば力は無限に湧く”と確信しました。
 世界広布の本陣・第2総東京女子部から、御書根本に東京凱歌の歴史を開いてまいります。  第2総東京女子部教学部長 飯田明美

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  九

 


 山本伸一は戸田城聖から軽井沢に招かれ、戸田の小説『人間革命』の感動を語りながら、深く心に期すことがあった。
 ――戸田の『人間革命』は、彼の分身ともいうべき「巌さん」が、獄中で、生涯を広宣流布に生き抜く決意をしたところで終わる。
 一九四五年(昭和二十年)七月三日、戸田は、獄死した師の牧口常三郎の遺志を受け継ぎ、生きて獄門を出る。その後、戸田が現実に何を成し遂げ、いかにして日本の広宣流布の基盤を築き上げたか――伸一は、それを書き残さなければ、師の偉業を宣揚することも、牧口と戸田を貫く創価の師弟の精神を後世に伝えることもできないと思った。
 そして伸一は、こう自覚したのである。
 “先生の真実を記すことができるのは、私しかいない。また、それが先生の私への期待であり、弟子としての私の使命であろう”
 この時、彼は、これまでに何度か考えてきた、戸田の『人間革命』の続編ともいうべき伝記小説の執筆を、確固不動の決意としたのだ。長野県は、創価の師弟の精神を永遠ならしめる誓いの天地となったのである。
   
 長野研修道場がオープンしたのは、一年前の一九七八年(昭和五十三年)八月である。伸一にとっては今回が初訪問となる。彼は、戸田が最後の夏に滞在した地を、世界広宣流布への新たな幕を開く最初の夏に訪れたのである。この宿縁の地から、家庭訪問、個人指導の流れを起こし、新しい創価学会の建設に着手しようと心に決めていたのだ。
 世界広布といっても、一人への励ましから、身近な一歩から始まるからだ。
 伸一の決意は、研修道場に向かうために乗車した列車の中から、行動に移された。
 彼の姿を見て、あいさつに来た青年に対して、「ふと会いし 君もわが弟子 幸の旅」と句を認めて贈った。さらに、列車を降りる時には、「ご両親によろしく。立派な人になるんだよ」と言って握手を交わした。
 「決意即行動」である。

【聖教ニュース】

◆第47回創価大学・第33回創価女子短期大学入学式 
 創立者が和歌とメッセージを贈る
 台湾の名門・中国文化大学の李学長一行も祝福
 創大開学50周年・短大開学35周年の栄光凱歌を

栄光の創大開学50周年(2021年)、女子短大開学35周年(2020年)へ! 鍛えの青春の幕を開けた創大・短大の入学式。創大パイオニア吹奏楽団の演奏で「創大学生歌」をさわやかに歌い上げた(創大記念講堂で)
栄光の創大開学50周年(2021年)、女子短大開学35周年(2020年)へ! 鍛えの青春の幕を開けた創大・短大の入学式。創大パイオニア吹奏楽団の演奏で「創大学生歌」をさわやかに歌い上げた(創大記念講堂で)

 向学の息吹あふれる新出発、おめでとう!――創価大学の第47回、創価女子短期大学の第33回入学式が2日午後、東京・八王子市の創価大学記念講堂で晴れやかに挙行された。創立者の池田大作先生は和歌(別掲)とメッセージを寄せ、集い来たった新入生を心から祝福。「英知の太陽を燃やしゆく青春であれ!」「希望と啓発の世界市民の連帯を!」「不退転の行動力で人生を勝ち開け!」と、三つのエールを贈った。また、台湾の名門・中国文化大学の李天任学長が祝辞を述べ、創大最高顧問である原田会長があいさつした。(2・3面に関連記事)

 探究と
  開拓の日々
    送りゆけ
   苦難の土台に
     金の城あり

 「地球民族主義の人間共和の縮図こそ、まさしく創価の学舎であります」――入学式典の席上、創立者から贈られたメッセージに、じっと耳を傾ける新入生たち。
 本年は、第2代会長・戸田城聖先生が「地球民族主義」を提唱してから65周年。“人間は皆、同じ地球民族で、誰もが幸福になる権利がある”との大確信であった。
 今や創大に学ぶ留学生は、海外50カ国・地域600人を超え、恩師の構想がキャンパスに根付く。
 「これから共々に縁深き学友として一緒に歴史をつくる留学生の皆さんを、私たちは固い友情の大拍手で、熱烈に歓迎しようではありませんか!」――創立者の呼び掛けに応え、万雷の大拍手が起こった。留学生が勢いよく立ち上がる。彼らは大きな志を持ち、海を渡ってきた。
 「夢は世界経済の専門家!」と語るアメリカの男子学生。
 「私は、創立者に続き、タイと日本の友好の懸け橋を築きたい」とほほ笑むタイの女子学生。
 「人々が幸せになる! 僕は、そのために学び抜くんだ」と意気込むインドの男子学生。
 日本の新入生も負けていない。
 国際教養学部生は「世界を感じたくて創価大学に来ました。英語とブルガリア語をマスターし、社会に役立つ通訳になりたい」と。
 ここに、世界の友が触発し合う「平和のフォートレス」がある。
 さらに、創立者は万感の期待を寄せた。
 「共に『建学の精神』を実現しゆく盟友として、希望と啓発の世界市民の連帯を強め、深め、広げつつ、民衆の幸福へ、また人道と共生の地球へと、人類史を前進させていただきたい」
 創大47期生は「開学50周年」、短大33期生は「開学35周年」の栄光への道を開きゆく世代。「人間教育の最高学府」の新たな建設が始まった。

◆第2代会長・戸田先生の追善法要 
 世界広布の大誓願を継承

 創価学会第2代会長・戸田城聖先生の追善勤行法要が、祥月命日にあたる2日、全国の主要会館などで厳粛に執り行われた。
 池田先生は総本部の創価学会恩師記念会館で勤行・唱題。あらゆる大難を越えて、仏意仏勅の創価学会を守り、世界広布の大誓願に生き抜いた恩師の崇高な生涯を偲んだ。
 これに先立ち、広宣会館(学会本部別館内)では、原田会長をはじめ各部の代表が、勤行・唱題・焼香した。
 席上、会長は、不惜身命の闘争を貫いた戸田先生と、その遺志を厳然と受け継いだ池田先生によって今日の学会は築かれたと言及。
 戸田先生の指導を紹介しつつ、“断じて負けない”との絶対勝利の一念こそ学会精神であると述べた。
 さらに、策や方法でなく、信心を根本とするところに、歓喜と前進の勢いが生まれると強調。「題目の大音声で諸天を揺り動かしながら、共々に師弟の凱歌を」と呼び掛けた。

【先生のメッセージ】
◆第47回創価大学・第33回創価女子短期大学入学式への池田先生のメッセージ
 探究と開拓の日々送りゆけ


 戸田先生の薫陶“いかなる時も学びの心を手放すな”
創価女子短期大学の新入生が誓いにあふれて。学びも友情も凝縮した2年間――“青春
二歳(ふたとせ)”が始まる
 一、最優秀の新入生の皆さん、誠におめでとう!
 我らの「平和のフォートレス」に、ようこそ集い来たってくれました。
 ありがとう! 本当に、ありがとう!
 私たちが兄の大学と慕う台湾の名門・中国文化大学の李天任学長ご一行をはじめ、祝福においでくださった、ご来賓の先生方に、心より御礼を申し上げます。
 今や地元・八王子の方々はもとより、世界中の方が楽しみにしてくれている、わがキャンパスの桜も、皆さん方の誉れの入学を祝して、いよいよ開き始めました。
 この季節に改めて偲ばれるのは、一年を通じて丹精込め、木々の手入れをしてくださっている“桜守”の方々のご苦労です。猛暑の夏も、厳寒の冬も、人知れぬ真心の労苦の積み重ねありてこそ、春爛漫の桜の開花があります。
 咲き薫る花を陰で仰がれる“桜守”の誇りと喜びが、私には、新入生の皆さんを見守っておられるご家族方の心と重なり合ってならないのであります。
 大変な中、お子さんを立派に育み、この「人間教育の最高学府」へ送り出してくださった保護者の方々に、私は最大に感謝し、そして、お慶びを申し上げます。
 信頼する教員の先生方、職員の方々、どうか、ご父母の宝であり、私の命である創大生、短大生に、温かく、そして最善の薫陶を、何卒よろしくお願いいたします。
 一、きょう4月2日・創大の「開学の日」は、牧口常三郎先生と共に創価教育を創始された、恩師・戸田城聖先生の祥月命日であります。
 第2次世界大戦後の混迷の社会にあって、戸田先生は「地球民族主義」という先見のビジョンを高らかに掲げました。
 どの国に生まれ、どの民族に属する人であれ、皆、尊厳なる生命を発揮して、幸福を勝ち取る権利がある。互いに尊敬し合い、学び合いながら、平和と繁栄の世界を創造していこうではないかとの提唱であります。
 この地球民族主義の人間共和の縮図こそ、まさしく創価の学舎であります。
 今年も、240人に迫る留学生の英才を迎えることができました。これで50カ国・地域の気高き向学の世界市民が学ばれることとなり、こんなに喜ばしいことはありません
 待望の「滝山国際寮」と「万葉国際寮」も完成しました。これから共々に縁深き学友として一緒に歴史をつくる留学生の皆さんを、私たちは固い友情の大拍手で、熱烈に歓迎しようではありませんか!(大拍手)

学べ! 青年ならば


 一、さて今日は、創大のワールドランゲージセンターで、また、短大の白鳥ラウンジで、楽しく、にぎやかに国際座談会を行うような思いで、簡潔に3点、エールを送りたい。
 第一に、「英知の太陽を燃やしゆく青春であれ!」ということです。
 私は皆さんと同じ年代の19歳で、戸田先生と出会いました。徹して打ち込まれたことは、「青年ならば学んで学んで学び抜け!」ということであり、「いつ、いかなる時も学びの心を手放すな」ということであります。
 当時、働きながら通った母校(現在の東京富士大学)を、一昨日(3月31日)、久方ぶりに訪れ、懐かしく、また大発展の様子をうれしく拝見しました。
 懸命に学んだ青春の日々は、時が経てば経つほど、金の輝きを放つものであります。
 今、創大も短大も、教職員の方々のたゆみない尽力により、一段と自分自身の可能性を発見し、思う存分に伸ばしゆける教育環境が充実しております。また、いずこにもまして母校愛に溢れた先輩方が、陰に陽に応援してくれております。
 私は、70年前の恩師と同じ心で、皆さんに託したい。
 ――学問を通して人間を、そして、人間を通して学問を深めゆけ! かけがえのない青春の一日また一日、英知の太陽を燃やしてくれ給え! そこにこそ、確かな平和の光明があるからだ、と。

希望と啓発の連帯


 一、第二に申し上げたいのは、「希望と啓発の世界市民の連帯を!」ということです。
 20世紀を代表する歴史学者のトインビー博士と私が対話を開始して、この5月で45周年となります。
 博士との対談集は今、30に及ぼうとする言語で翻訳され、世界中で読まれております。その中には、わが創大に留学した研究者が見事に訳してくれた一書もあります。創大の名誉教授であられるトインビー博士も、きっと喜んでくださっていると思うのであります  博士と私は語らいました。「人類の生存を脅かしている現代の諸悪」に対して、我らは断じて諦めてはならない。人間は自分たちが招いた危機を絶対に乗り越える力を持っている。そのモデルを示す賢者たちがいる。その先哲たちから、我らは「希望」と「勇気」と「活力」を得て、立ち上がっていこうではないか!――と。
 この博士の期待に応えゆく、恐れなき若人の正義の連帯こそ、私は、我ら創大生であり、我ら短大生であると信じております。
 どうか、同級生同士も、また先輩・後輩も、さらに教職員と学生も、共に「建学の精神」を実現しゆく盟友として、希望と啓発の世界市民の連帯を強め、深め、広げつつ、民衆の幸福へ、また人道と共生の地球へと、人類史を前進させていただきたいのであります。

「為す」ことが大事


 一、第三に、「不退転の行動力で人生を勝ち開け!」と申し上げたい。
 中国文化大学の理事長であられる張鏡湖博士と私は、対談集『教育と文化の王道』を発刊しました。
 その中で語り合った、崇高な創立者・張其昀先生の人生哲学を、私は皆さんの門出にお贈りしたいのであります。
 それは「思想や観念は、行動を起こさなければ、何の効果も得られない。最も大事なのは『為す』『やる』『行う』ことである」。そして、いかなる困難にも屈することなく進むならば、「『一念、岩をも通す』の言葉どおり、理想もついには現実となる」と。
 世界を変えるのは、青年の行動です。何度、倒れようとも、また、たくましく立ち上がって挑戦し抜いていく不退転の行動力です。
 どうか、何があっても、良き友と朗らかに励まし合いながら、創大スピリットである「負けじ魂」で、偉大な使命の人生を断固として勝ち開いていただきたい。
 そして、常識と人間性豊かに、大切な大切な、お父さん、お母さん、さらに皆さんの成長を祈り見つめる日本中、世界中の宝友を、万歳させゆく学生生活を勝ち飾っていただきたいのであります。
 その皆さん一人一人の大勝利とともに、創大の開学50周年、短大の開学35周年の栄光凱歌が晴れ晴れと轟きわたることを、私は確信してやみません。
 一、結びに、わが愛する皆さんの健康と絶対無事故の日々をひたぶるに祈りつつ――
  
 探究と
  開拓の日々
    送りゆけ
   苦難の土台に
      金の城あり
  
 と贈ります。
 新入生、万歳! 留学生、万歳!
 すべてのご家族の皆さんに、ご多幸と繁栄あれ!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉20 “躍動の春”4月が到来! 
 真心の「対話の花」を爛漫と
 都政改革の先頭走る都議会公明党
 
「希望の春」「行動の春」「拡大の春」を全国各地の青年部がさわやかに(総広島男子部の集い)
「希望の春」「行動の春」「拡大の春」を全国各地の青年部がさわやかに(総広島男子部の集い)

 永石 いよいよ“躍動の春”4月を迎えました! 春風とともに心軽やかに、足取り軽く、「対話の花」「友情の花」「信頼の花」を爛漫と咲かせていきたいと思います。
 竹岡 連載中の小説『新・人間革命』「雌伏」の章の冒頭で、池田先生は綴られました 「さあ、対話をしよう!」「われらは、対話をもって人びとの心田に幸福の種子を植え、この世の尊き使命を呼び覚ます。対話をもって心をつなぎ、世界を結び、難攻不落の恒久平和の城塞を築く。さあ、今日も、対話を進めよう!」
 原田 「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761ページ)と仰せの通り、私たちの対話は「自他共の幸福」を築くためのものです。
 先生は「わが友に幸せになってほしい。よき社会、よき未来を一緒に築いていきたい――真心からの真剣な祈りと、勇気の対話が、自身の境涯も大きく開いていくのだ」と呼び掛けられました。私たちは、どこまでも祈りを根本に、真心を込めて対話を重ね、仏縁を大きく広げてまいりたい。

全国交通安全運動


 伊藤 今月6日から15日まで「春の全国交通安全運動」が実施されますね。
 原田 新年度が始まり、環境が変わる時期でもあります。これまで使わなかった道を通ったり、自転車での通学・通勤を始めたりと、慣れない行動をする機会も多くなります。
 永石 特に、子どもと高齢者の交通事故防止が呼び掛けられています。①歩行中・自転車乗用中の交通事故防止②シートベルトとチャイルドシートの正しい着用の徹底③飲酒運転の根絶、が重点に掲げられています。
 竹岡 昨年の交通事故死者数は、歩行中・自転車乗用中の死者の割合が高く、高齢者が全体の半数を占めるなど、依然として厳しい状況が続いています。
 原田 あらためて、交通ルールやマナーの順守を確認し、一人一人が意識を高める機会にしたい。無事故こそ、充実した人生の第一歩です。「心にふかき・えうじん(用心)あるべし」(同1176ページ)との深き祈りで、聡明な日々を送ってまいりましょう。

3つの挑戦が実現


 竹岡 3月30日、東京都議会が閉会しました。2017年度の予算が成立し、公明党の提案がかつてないほど盛り込まれました。
 永石 都政改革の先頭を走る都議会公明党の活躍は、目覚ましいですね。
 原田 都民の信頼回復、新時代の都政構築のため、都議会公明党は昨年11月、「3つの挑戦」を掲げました。①「身を切る改革」②「教育負担の軽減」③「人にやさしい街づくり」です。
 伊藤 2月からはじまった都議会定例会で、公明党の「3つの挑戦」が全て実現する運びとなりましたね。
 河西 「身を切る改革」では、①議員報酬の20%削減②政務活動費の減額・インターネット公開③費用弁償・議員特権の全廃など、独自に条例案を提出。公明案をそのまま、全会派が共同提案する形で可決されました。これは画期的なことです。
 竹岡 公明党の覚悟が全てを動かし、都議会史に残る改革を成し遂げることができたのだと思います。
 永石 「教育負担の軽減」では、年収約760万円未満の世帯を対象に、「私立高校授業料の実質無償化」が決まりましたね。
 河西 東京では、私立高校に通う生徒の割合は、全国最多の約6割に上り、教育への支出は全国平均の1・7倍にもなります。公明党が小池都知事に直接要望し、粘り強く協議を重ねた結果、新年度予算案に盛り込まれました。今後は、世帯年収約910万円までの対象拡大を目指します。
 伊藤 「人にやさしい街づくり」は、2020年の東京五輪・パラリンピックへ向けた重要なテーマですね。喫緊の課題となっている駅のホームドア増設、小・中学校のトイレ洋式化、無電柱化、保育士の待遇改善、女性視点の防災ブックなどが実現します。
 竹岡 公明独自の提案だけでも、過去最大級となる都民のための実績です。

「大衆とともに」


 伊藤 各方面から期待の声も寄せられていますね。
 河西 「身を切る改革」について、東北大学大学院准教授・河村和徳氏はこう語っています。
 「これまで全国で4つの府県議会しか行っていなかった政務活動費のネット公開など『身を切る改革』を、都議会公明党がこれほどの短期間で主導し、実現させたことは画期的なことです」
 竹岡 「教育負担の軽減」について、国際医療福祉大学教授・川上和久氏は、「長年の懸案だった私立高校の授業料無償化がようやく実現しました」「都議会公明党が後押しした教育費無償化の流れが、全国の自治体、さらには国へと広がっていくことを期待します」と語っています。
 河西 そして「人にやさしい街づくり」について、東京大学教授・福島智氏は語っています。
 「公明党は、都の福祉分野の職員でさえ知らなかった私たち盲ろう者の声に耳を傾けてくれました」「公明党が先頭に立ち、子どもたちへの教育や福祉、弱い立場の人に対する施策に取り組み、心のバリアフリー化を進めていただきたい。それが活力ある社会を築く原動力になると期待しています」
 原田 公明党はこうした期待を胸に「現場第一主義」で、今後も生活者目線の政策を実現してもらいたい。そして、「大衆とともに」との不変の立党精神をどこまでも貫き、庶民のために尽くし抜いてもらいたい。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 台湾SGI 洪秀宏さん

 「末っ子の洪秀宏が家業を継いでほしい」――。2006年、父が心臓病で体調を崩し、私たち6人きょうだいの前で遺言して亡くなりました。
 

2017年4月 2日 (日)

2017年4月2日(日)の聖教

2017年4月2日(日)の聖教

◆わが友に贈る


友好が広がる時。
良き出会いは
人生を彩る財産だ。
開拓精神を胸に
心通う友を見つけよう!

◆名字の言


  アジアの広布伸展が目覚ましい。先月、タイやシンガポールなど南アジア4カ国の青年部代表がインドのデリーに集い、日本の派遣団と研修会や記念幹部会を行った▼どの会場でも、参加者が到着するや玄関前で多くのインドの友が迎え、「ワンワールド・ウィズ・センセイ!」などの元気な掛け声に包まれた。底抜けに明るい表情とみなぎる活力に圧倒された▼「コンニチハ!」。片言の日本語で婦人部の友が声を掛けてくれた。話を聞くと、歓迎メンバーは南アジアの同志を最高の歓喜で迎えようと、1カ月前から会合を開いて池田先生の指導を学び、対話拡大に励んだという。中には子どもの病が発症するなど悩みを抱える友もいた。彼女自身も自宅が火事になりかけたという。「でも、苦難があるから強くなれます。それを教えてくれた池田先生と学会に、この歓迎を通して感謝を表したいのです」。朗らかに語る笑顔がまぶしかった▼日蓮大聖人は、仏法の「最上第一の相伝」とは法華経の「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」にあると仰せである。互いの心の内に仏性を見る“敬いの心”に真の団結は生まれる▼まず自分自身が躍動し、その喜びの命で仏子を迎えたインドの友。その振る舞いに地涌の輝きを見た。(朋)

◆〈寸鉄〉 2017年4月2日
 

 桜花薫る4・2。不二の
 弟子ありて仏法は192カ国
 へ。池田門下よ闘魂継げ
      ◇
 第2総東京の日。世界の
 模範と輝く拡大今こそ!
 「人材の城」の底力を発揮
      ◇
 各地で創価家族勤行会。
 皆が大樹と育て。未来の
 宝に真心の祈りと激励を
      ◇
 本を読む度に心は豊かに
 ―文豪。親子で開く習慣
 を。国際子どもの本の日
      ◇
 銀行を装う偽サイトに注
 意。暗証番号は安易に入
 力するな。不正送金防げ

◆社説  師の心をわが心として  人間革命の勝利劇で師弟の道進む


 小説『新・人間革命』の連載が本紙で始まって24年。完結の予定とされる第30巻の連載は、「大山」に続いて「雌伏」の章に入り、第3代会長辞任当時の心境、世界広布への信念などが連日、つづられている。
 そこに池田先生のどれほどの思いが込められているのか。現在、その核心に迫る企画「弟子の道――小説『新・人間革命』に学ぶ」が創価新報で好評連載中だ(毎月上旬号)。
 「先生は、『新・人間革命』の執筆こそ、人生で果たすべき使命であると定められていると感じます。連載を待ってくれている読者、後継の弟子たちに、何を伝え残していくか。そこに、先生の人生を懸けた戦いがあるのだと思います」
 池田博正主任副会長が同連載のインタビューでこう語るように、師はまさに「人生の使命」として、弟子に師弟の魂を継がせゆく「戦い」をされている。
 「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」――この小説『新・人間革命』第1巻の冒頭の一節が認められた石碑がある。第2代会長・戸田城聖先生の故郷、北海道・厚田公園にある「平和への誓い」の碑だ。
 第2次世界大戦の最中、軍部政府の弾圧によって投獄されても、一歩も退くことなく信念を貫いた戸田先生。そして師の遺志を継ぎ、生命尊厳の哲学に生きる人材を、日本に、世界に輩出してきた池田先生。2人の平和への行動をたたえ、7年前に地元の名士らが建立した石碑だ。
 厚田の地元、石狩戸田圏では7年前から毎年、この石碑や戸田先生の生家など、師弟有縁の地を見学し、魂を継承する取り組みを、「師弟ゆかりの地研修」と称して、少年少女部の小学5・6年生を対象に実施している。研修では、若き池田先生が世界広布を誓った厚田の浜辺で「厚田村」を合唱したり、海に向かって大きな声で将来の夢を披歴したりするという。
 こうした地道な取り組みの結果、参加者の中から、音楽隊や鼓笛隊で活躍するメンバーや、未来部の活動をリードする友など、多くの人材が誕生している。師弟の魂は、このように師の足跡に触れ、その信念を学び、実践する中で継承され、未来へのバトンとしてつながっていくのだ。
 きょうは戸田先生が逝いてから59年。先生の壮大な構想を継ぎ、実現してきた池田先生の心をわが心とし、一人一人が人間革命の勝利劇をつづりたい。

◆きょうの発心  婦女のスクラムで対話に先駆!2017年4月2日

御文
 叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず(日厳尼御前御返事、1262ページ・編1322ページ)
通解 あなたの願いがかなうか、かなわないかはご信心によるのである。まったく日
蓮のとがではない。

 願いがかなうかどうかは、ひとえに、自身の勇気ある信心、強盛な信心にこそある、と教えられた一節です。
 
 1981年(昭和56年)、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、池田先生が熊本を訪問され、一人一人を抱きかかえるように激励してくださいました。高等部だった私は、先生に初めてお会いできた感動と、皆で「人間革命の歌」を歌った喜びを深く胸に刻みました。
 “広布の人材に成長しよう”と決意し、創価大学へ。初の弘教を実らせることもできました。
 進路に悩んでいた時に、先輩からこの御文を通し、「使命の道を開く強盛な祈りを」との励ましをいただき、一念が定まりました。その後、本部職員として広布のために、悔いのない青春の日々を送りました。
 結婚後は福岡の地へ。自身の病や、長男の不登校を唱題と折伏で乗り越えました。師匠への感謝の思いは尽きません。
 本年は、福岡市中央区に先生をお迎えし、「常に先駆の九州たれ」との九州永遠の指針を頂いてから50年の佳節です。婦女一体のスクラムで、対話の花を爛漫と咲かせてまいります。   福岡王者県婦人部長 芦塚敦子

【聖教ニュース】

◆特集・企画
シンガポール経営大学のセンターが池田先生に第1号のウィー・キムウィー金賞 

   
ウィー・キムウィー・センターのカパル・シン所長(左から2人目)がSSAの鄭理事長(同4人目)らと共に
ウィー・キムウィー・センターのカパル・シン所長(左から2人目)がSSAの鄭理事長(同4人目)らと共に

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 きょう4・2 師匠をもつ人生は幸福

 師匠をもつことが、
 どれほど尊く、ありがたいことか。
 動物は師匠をもてない。
 人間だけが、
 師匠をもつことができる。
 師匠をもつことこそ、
 人生の最重要事である。
 師弟の道を
 真っすぐに生きる人生が、
 永遠に向上できる
 「最高に幸福な人生」なのである。
 
 師弟とは
 物理的な触れ合いのなかに
 あるのではない。
 心に師をいだき、
 その師に誓い、
 それを成就しようとする、
 必死の精進と
 闘争のなかにこそある。
 
 私は今でも、日に何度となく、
 師と心で対話している。
 一つ一つの問題に対して、
 戸田先生なら
 どうされるかを常に考えている。
 また、自分の行動や
 決断をご覧になったら、
 先生は喜ばれるか、
 悲しまれるか、
 日々、自分に問いかけている。
 師をもつということは、
 自分の生き方の
 規範をもつことであり、
 教育の根幹をなすものである。
 
 長く厳しい
 冬を耐え忍んだ「陰徳」ありて、
 春の桜はひときわ美しく、
 凜然と「陽報」の花を咲かせる。
 人が見ていようがいまいが、
 妙法と共に、
 師匠と共に、
 尊き使命に徹する。
 その生命は必ず
 外界の状況をも揺り動かし、
 希望桜、勝利桜を
 咲かせていくことができるのだ。
 


 きょう4月2日は、第2代会長・戸田城聖先生の祥月命日である。戸田先生は広
宣流布の一切の願業を達成し、1958年(昭和33年)のこの日、万朶の桜に包
まれ、霊山へ旅立った。
 50年後の2008年(平成20年)4月。池田大作先生は、牧口記念庭園(東
京・八王子市)に立ち、恩師・戸田先生が愛した桜に、カメラを向けた。雲一つな
い青空に輝く桜花を、恩師の胸像も見守っていた。
 厳寒の冬を耐え、春の到来を告げる桜。その美しい姿は、幾多の苦難を乗り越え、
栄光の春を勝ち開いてきた「創価の師弟」の姿と重なる。
 さあ、創価後継の誇りも高く、功徳満開の人生を開きゆこう。師と共に、同志と
共に――。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈希望航路―池田先生と進む人生旅―〉 ドミニカ共和国1 2017年4月2日



 ドミニカにようこそ!――メンバーの代表が池田先生に花束を渡し、真心の歓迎を。この日を、同志はずっと祈り、待ちわびてきた(1987年2月8日、首都サントドミンゴ市内で)                                             
 
                  ドミニカにようこそ!――メンバーの代表が池田先生に花束を渡し、真心の歓迎を。この日を、同志はずっと祈り、待ちわびてきた(1987年2月8日、首都サントドミンゴ市内で)
   中米のドミニカ共和国に池田先生が訪問(1987年)してから本年で30周年。師弟の絆が固く結ばれた4日間は、今も同国SGIの同志にとって忘れ得ぬ不滅の原点と輝く。メンバーの心に刻まれた先生の励ましと、広布の歩みを紹介する。 

きずな

が固く

むす

ばれた4日間は、今も同国SGIの

どう

にとって

わす

めつ

原点

げんてん

かがや

く。メンバーの心に

きざ

まれた先生の励ましと、広布の

あゆ

みを紹介する。                

                   ドミニカの大地に、妙法の種が植えられたのは、1960年代。日本から移住した人々が始まりだった。
 その一人、クラト・キムラさん(同国SGI名誉理事長)は、山口県の農家に生まれ、12歳で父を亡くした。
 広大な土地が譲渡され、自給できるようになるまでは給付金がもらえる――そんな好条件に引かれ、“カリブの楽園”とうたわれたドミニカへの移住を決意。同郷のイソヨさん(指導部員)と結婚し、海を渡ったのは57年3月だった。30歳の時である。
 入植したのは、ハイチとの国境付近にあるダハボン。
 しかし、期待は一瞬にして崩れ去った。
 キムラさんを悩ませたのは、絶対的な水不足だった。水路はあるものの、水源からは程遠く、水が届かない。作物が育たないばかりか、日照りが続くと、山の草木までもが枯れた。「大変なところを選んでしまったと思いました。でも、全てをなげうって来たので、戻るつもりはありませんでした」と、キムラさんは振り返る。
 日本から持参した米も底をつき、やがて食べる物がなくなった。ドミニカ政府からの給付金も止まり、マラリアにも苦しめられた。
 「私からの手紙が途絶えた時は、命を落としたものと思ってくれ」。移住から6年目、日本にいる母への手紙につづった。
 しばらくして返事が届く。そこには、創価学会に入ったことが記されていた。
 池田先生という立派な方がいる。必ず幸せになれるから南無妙法蓮華経の題目を唱えていきなさい、と。
 宗教で何かが変わるとは思わなかったが、最後の親孝行のつもりでキムラ夫妻は唱題を実践。63年2月に、御本尊を御安置した。
 しばらくして、義母や親類が相次いで病気に。日本にいる家族に相談すると、“刀も、何度もたたいて不純物を出して立派になる。同じように宿業という不純物が出てきたんだよ”と教わった。そして「宿命転換するには折伏しかない」と知ったキムラさんは、夫婦で弘教に歩くように。
 日本で信心を始めたジュンイチ・ニシオさん(故人、初代支部長)とも出会い、日本人の集落を回って仏法を語った。
 そうした中、農業を辞めて商売を開始したキムラさんの生活は、徐々に好転。米を使った「おこし」作りを始めると、飛ぶように売れ出した。
 「戦後日本史上、最悪の移民政策」といわれたドミニカ移住。約1300人のうち8割以上が現地を去った。
 唯一の希望となった仏法の光は瞬く間に広がり、同国に根付いた移住者は、4分の1が信心を実践。66年3月16日には、待望の支部が結成された。
 
 移住から10年が過ぎた67年の春。母に会うため日本に戻ったキムラさんは、学会本部で池田先生との出会いを果たす。
 「信心の錦を飾ったんだね。本当におめでとう」。先生は遠来のキムラさんを歓迎し、「ドミニカに信心の根っこを張ってください。あなたが大樹として育つことです」「今は苦しいかもしれないが、必ずいっぺんに花咲く時が来る。仲良く、団結して、包容力をもって進んでください」と激励した。
 同年10月には、妻のイソヨさんも来日。「ドミニカから来ました。キムラと言います」とあいさつすると、先生は「よく伺っています。仲良く団結して、頑張ってください。いつか必ず、ドミニカに行きますよ」と優しく手を握りしめた。
 「先生の柔らかい手のぬくもりは、忘れられません」とイソヨさんは述懐する。
 キムラさんは、75年1月にグアムで行われたSGI結成の集いにも参加している。帰国のあいさつの折、先生は一枚のメモ用紙にペンを走らせて、キムラさんに渡した。
 そこには、「ドミニカに 地涌の菩薩は 立ちにけり われも進まむ 君も指揮とれ」と。脇書には、「十二月にドミニカで。同志によろしく」との文字が添えてあった。
 この12月の訪問はかなわなかったが、「池田先生をお迎えすること」が、ドミニカの同志の目標となり、希望となった。
 
 87年2月8日の午後9時前。メンバーの思いが通じたのか、スコールのような雨が上がり、満天の星と美しい月が姿を現した。
 池田先生を乗せた飛行機が空港に到着。鼓笛隊41人の歓迎の演奏が響く中、先生はタラップを下りた。
 「先生!」
 手を上げて駆け寄るキムラさん。思わず涙がこぼれ落ちる。
 その肩を抱きかかえながら、先生は「長い間、本当によく頑張ってきたね」と何度も何度も励ました。
 そして、出迎えた元副大統領や駐日大使らに丁重にあいさつを。
 「貴国はアメリカのような大国から見れば小さな国かもしれない。しかし、紺碧のカリブ海に囲まれた自然の美しさは宮殿のごとく、楽園のようである」「一民間人という立場ではあるが、貴国を愛する一人として貴国の発展を祈り、尽力したい」と語った。
 先生は、ドミニカの未来を見つめていた。
 
 マユミ・ヒダカさん(副婦人部長)が初めて先生と出会ったのは、この9年前の78年秋である。初来日して参加した本部幹部会の席上だった。
 勤行を終えた後、先生は、海外の同志一人一人と握手を。
 ヒダカさんが「ドミニカから来ました!」と告げると、「コーヒーがおいしいところだよね」とにこやかに。
 「ドミニカのコーヒーは世界一おいしいので、ぜひ来てください」とヒダカさんが言うと、笑顔で応じた。
 握手を終えた先生はピアノの前へ。「何の曲がいい?」との問い掛けに、ヒダカさんは「『人間革命の歌』をお願いします!」と。
 「『人間革命の歌』はドミニカでも歌っていました。先生は、この曲を久しぶりに演奏される様子でしたが、うまくできるまで、何度も何度も弾いてくださいました。まるで“何事も最後までやり抜くんだ”と、私を鼓舞してくださるようでした」
 ――10歳の頃、家族でドミニカに移住したヒダカさん。地元の学校に通い、スペイン語を一から習った。
 「信仰なんかしなくても、努力と信念で人生は開ける」と豪語していた父が入会し、母や姉妹も後に続いた。ヒダカさんは反対したが、明るく変わっていく家族の姿に、1年遅れで創価の輪に加わった。
 昼は商売を始めた父の店を手伝い、夜は大学へ。週末には語学力を駆使して、キムラさんらの通訳として、折伏に同行した。一足しかない靴を何度も修繕して履くほど貧しかったものの、苦しいとは思わなかった。
 来日した際は、将来への不安に悩んでいたが、先生の励ましに、「ドミニカ広布に生涯をささげようと誓うことができました」。
 9年後、“あの日の約束”を果たし、ドミニカで再会したヒダカさんに、先生は「いい顔をしているね」と語り掛けている。
 
 滞在中、先生はキムラ夫妻に「遙かなる ドミニカ広布に 堂々と 妙法広げし 佛子に幸あれ」と揮毫を。
 ヒダカさんには「使命ある また福運の 女王なば いつも氣高く いつも笑顔で」と書き贈っている。
 ドミニカ広布史に永遠に刻まれる黄金の出会い。それは、激励に次ぐ激励の4日間となった。                

妙法

みょうほう

たね

えられたのは、1960年代。日本から

移住

いじゅう

した人々が始まりだった。
 その一人、クラト・キムラさん(同国SGI名誉理事長)は、山口県の農家に生まれ、12歳で父を

くした。
 広大な土地が

譲渡

じょうと

され、

自給

じきゅう

できるようになるまでは

給付金

きゅうふきん

がもらえる――そんな好条件に

かれ、“カリブの楽園”とうたわれたドミニカへの移住を決意。同郷のイソヨさん(指導部員)と結婚し、海を

わた

ったのは57年3月だった。30歳の時である。
 

にゅう

しょく

したのは、ハイチとの

国境

こっきょう

付近にあるダハボン。
 しかし、

たい

一瞬

いっしゅん

にして

くず

った。
 キムラさんを

なや

ませたのは、

絶対的

ぜったいてき

な水不足だった。

すい

はあるものの、水源からは

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とお

く、水が

とど

かない。

作物

さくもつ

そだ

たないばかりか、

りが続くと、山の草木までもが

れた。「大変なところを

えら

んでしまったと思いました。でも、

すべ

てをなげうって来たので、

もど

るつもりはありませんでした」と、キムラさんは振り返る。
 日本から持参した米も

そこ

をつき、やがて食べる物がなくなった。ドミニカ政府からの給付金も止まり、マラリアにも苦しめられた。
 「私からの手紙が

えた時は、命を落としたものと思ってくれ」。移住から6年目、日本にいる母への手紙につづった。
 しばらくして返事が届く。そこには、創価学会に入ったことが

しる

されていた。
 池田先生という

りっ

かた

がいる。

かなら

ず幸せになれるから南無妙法蓮華経の題目を

とな

えていきなさい、と。
 宗教で何かが変わるとは思わなかったが、最後の親孝行のつもりでキムラ夫妻は唱題を実践。63年2月に、御本尊を御安置した。
 しばらくして、義母や親類が

あい

いで病気に。日本にいる家族に相談すると、“

かたな

も、何度もたたいて

不純

ふじゅん

ぶつ

を出して立派になる。同じように

宿業

しゅくごう

という不純物が出てきたんだよ”と教わった。そして「

宿命転換

しゅくめいてんかん

するには折伏しかない」と知ったキムラさんは、夫婦で弘教に歩くように。
 日本で信心を始めたジュンイチ・ニシオさん(故人、初代支部長)とも出会い、日本人の集落を

まわ

って仏法を語った。
 そうした中、農業を

めて商売を開始したキムラさんの生活は、徐々に

こう

てん

。米を使った「おこし」作りを始めると、飛ぶように売れ出した。
 「戦後日本史上、最悪の移民政策」といわれたドミニカ移住。約1300人のうち8割以上が現地を

った。
 

唯一

ゆいいつ

の希望となった仏法の

ひかり

またた

に広がり、同国に根付いた移住者は、4分の1が信心を実践。66年3月16日には、

待望

たいぼう

の支部が結成された。
 
 移住から10年が過ぎた67年の春。母に会うため日本に戻ったキムラさんは、学会本部で池田先生との出会いを

たす。
 「信心の

にしき

かざ

ったんだね。本当におめでとう」。先生は

遠来

えんらい

のキムラさんを

歓迎

かんげい

し、「ドミニカに信心の

っこを張ってください。あなたが

大樹

たいじゅ

として育つことです」「今は苦しいかもしれないが、必ずいっぺんに花

く時が来る。仲良く、団結して、

ほう

容力

ようりょく

をもって進んでください」と激励した。
 同年10月には、妻のイソヨさんも来日。「ドミニカから来ました。キムラと言います」とあいさつすると、先生は「よく

うかが

っています。仲良く団結して、頑張ってください。いつか必ず、ドミニカに行きますよ」と

やさ

しく手を

にぎ

りしめた。
 「先生の

やわ

らかい手のぬくもりは、忘れられません」とイソヨさんは

述懐

じゅっかい

する。
 キムラさんは、75年1月にグアムで行われたSGI結成の集いにも参加している。帰国のあいさつの

おり

、先生は一枚のメモ用紙にペンを走らせて、キムラさんに渡した。
 そこには、「ドミニカに 

さつ

は 立ちにけり われも進まむ 君も

とれ」と。

脇書

わきがき

には、「十二月にドミニカで。同志によろしく」との文字が

えてあった。
 この12月の訪問はかなわなかったが、「池田先生をお迎えすること」が、ドミニカの同志の目標となり、希望となった。
 
 87年2月8日の午後9時前。メンバーの思いが通じたのか、スコールのような雨が上がり、

満天

まんてん

の星と

うつく

しい月が

姿

すがた

あらわ

した。
 池田先生を乗せた飛行機が空港に到着。鼓笛隊41人の歓迎の

演奏

えんそう

ひび

く中、先生はタラップを

りた。
 「先生!」
 手を上げて

るキムラさん。思わず涙がこぼれ落ちる。
 その

かた

きかかえながら、先生は「長い間、本当によく頑張ってきたね」と何度も何度も励ました。
 そして、出迎えた元副大統領や駐日大使らに

丁重

ていちょう

にあいさつを。
 「

こく

はアメリカのような大国から見れば小さな国かもしれない。しかし、

紺碧

こんぺき

のカリブ海に

かこ

まれた自然の美しさは

宮殿

きゅうでん

のごとく、楽園のようである」「一民間人という立場ではあるが、貴国を愛する一人として貴国の発展を

いの

り、

尽力

じんりょく

したい」と語った。
 先生は、ドミニカの未来を見つめていた。
 
 マユミ・ヒダカさん(副婦人部長)が初めて先生と出会ったのは、この9年前の78年秋である。初来日して参加した本部幹部会の席上だった。
 勤行を終えた後、先生は、海外の同志一人一人と握手を。
 ヒダカさんが「ドミニカから来ました!」と

げると、「コーヒーがおいしいところだよね」とにこやかに。
 「ドミニカのコーヒーは世界一おいしいので、ぜひ来てください」とヒダカさんが言うと、笑顔で

おう

じた。
 握手を終えた先生はピアノの前へ。「何の曲がいい?」との問い掛けに、ヒダカさんは「『人間革命の歌』をお願いします!」と。
 「『人間革命の歌』はドミニカでも歌っていました。先生は、この曲を

ひさ

しぶりに演奏される様子でしたが、うまくできるまで、何度も何度も

いてくださいました。まるで“何事も最後までやり抜くんだ”と、私を

してくださるようでした」
 ――10歳の

ころ

、家族でドミニカに移住したヒダカさん。地元の学校に通い、スペイン語を一から

なら

った。
 「信仰なんかしなくても、努力と信念で人生は

ひら

ける」と

ごう

していた父が入会し、母や姉妹も後に続いた。ヒダカさんは反対したが、明るく変わっていく家族の姿に、1年遅れで創価の

くわ

わった。
 昼は商売を始めた父の店を手伝い、夜は大学へ。週末には語学力を

使

して、キムラさんらの通訳として、折伏に同行した。

一足

いっそく

しかない

くつ

を何度も

修繕

しゅうぜん

して

くほど

まず

しかったものの、苦しいとは思わなかった。
 来日した際は、将来への不安に悩んでいたが、先生の励ましに、「ドミニカ広布に

生涯

しょうがい

をささげようと

ちか

うことができました」。
 9年後、“あの日の約束”を果たし、ドミニカで再会したヒダカさんに、先生は「いい顔をしているね」と語り掛けている。
 
 滞在中、先生はキムラ夫妻に「

はる

かなる ドミニカ広布に 

堂々

どうどう

と 妙法広げし 

ぶっ

さち

あれ」と

ごう

を。
 ヒダカさんには「

使

めい

ある また

福運

ふくうん

の 女王なば いつも

だか

く いつも笑顔で」と書き

おく

っている。
 ドミニカ広布史に永遠に刻まれる

おう

ごん

の出会い。それは、激励に

ぐ激励の4日間となった。                

                  ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp                

◆〈ターニングポイント〉 介護旅行会社の代表 杉野三千義さん

 「おまえが、介護!? あり得へんな」
 久々に会った同級生の一言。杉野三千義が自分の仕事を語ると、大概、こんな反応だ。 
 それもそのはず。
 

2017年4月 1日 (土)

2017年4月1日(土)の聖教

2017年4月1日(土)の聖教

◆わが友に贈る


我らが目指すのは
全民衆の幸福と平和だ。
大願を抱いて進め!
尊き 志 と行動に
諸天の加護は厳然なり!

◆名字の言


  若芽が顔を出し、花々が咲き始める躍動の春。「世界広布新時代 青年拡大の年」の本年は、4月の中部各県、北海道、茨城などを皮切りに、青年部が全国各地で「創価青年大会」を開催する。若いメンバーが存分に力を発揮できるよう、皆で応援していきたい▼埼玉の男子地区副リーダーは、長く心の病に苦しみ、仕事もできず悩んでいた。しかしその中でも、心のどこかで「人の役に立てる自分になりたい」という、学会で学んだ精神は消えなかった▼本年に入り「折伏で自身の生命変革を」と一念発起。唱題に励み、男子部、そして地区の壮年・婦人部の大きな励ましを受けながら続けてきた仏法対話が実り、今月、知人が入会することになった。気が付けば、自分自身も元気になり、継続して仕事にも励めるようになっていた▼池田先生の指導に、「人に『生きる力』を与えるのは何か。それは、自分以外のだれかのために生きようという『人間の絆』ではないだろうか」とある▼日々の学会活動が、なぜ尊いのか。それは、たとえ自らが苦悩と戦う真っただ中であっても、他者を救っていこうという挑戦だからである。友のため、地域のために祈り、動いてこそ、自身の本当の力が発揮される――そう心を定め、今日も前進を。(道)

◆〈寸鉄〉 2017年4月1日

 さあ新年度。職場・学校等
 での新しい出会いを大切
 に!共に新鮮な心で出発
      ◇
 真心を強くもって説けば
 相手は必ず分かる―戸田
 先生。大誠実で勝ち開け
      ◇
 「逆境は真実への第一歩」
 詩人。奮闘の先に成長し
 た自分が。青年らしく!
      ◇
 車の座席別致死率、後部
 座席がトップ。油断排し、
 シートベルトの着用励行
      ◇
 “スマホ育児”の親、6割。
 目の発達に悪影響も。頼
 り過ぎは禁物。賢く活用

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  八

  


 戸田城聖の小説『人間革命』では、主人公「巌さん」の人間革命の軌跡を主軸に、広宣流布に一人立った、師である「牧田城三郎」(牧口常三郎の仮名)の死身弘法の実践が描かれていく。
 戸田は、一九五四年(昭和二十九年)の十一月、初代会長・牧口常三郎の十一回忌法要で、獄中にあって大恩ある牧口の死を知った日のことに触れ、こう語った。
 「あれほど悲しいことは、私の一生涯になかった。そのとき、私は『よし、いまにみよ! 先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、先生にお返ししよう』と決心した」
 「巌窟王」とは、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の黒岩涙香による邦訳名である。
 ――陰謀によって孤島の牢獄シャトー・ディフにとらえられた船員の青年エドモン・ダンテスは、獄中で老神父からさまざまな知識を授かり、モンテクリスト島に隠された財宝の在りかも教わる。十四年の幽閉生活の後に脱獄に成功した彼は、その巨額の富を手にし、モンテ・クリスト伯と名乗り、パリの社交界に現れ、自分を陥れた者たちへの復讐を図るとともに、善良な恩人たちへの恩返しを果たすという物語である。
 戸田は、この「巌窟王」のごとく臥薪嘗胆し、軍部政府の弾圧で殉教した師の敵を討つことを深く心に誓ったのだ。その復讐とは、恩師の正義を証明することであった。そして牧口を死にいたらしめ、戦争によって多くの人びとの命をも奪い、苦悩の辛酸をなめさせた権力の魔性との対決であった。民衆の幸福と人類の平和を実現することであった。
 ゆえに戸田は、小説『人間革命』の主人公の名を、「巌窟王」をもじって「巌九十翁」とし、全精魂を注いで、牧口の正義と偉大さを書き残していったのである。
 師の正義を宣揚し抜いていくことこそ、弟子に課せられた責務にほかならない。

【聖教ニュース】

◆グローバルウオッチ〉 若者と希望 “無縁社会”に挑む①
 つながりの中で人は変われる。
 
出雲栄光圏で行われた「SGI座談会」。参加者がブラジルSGIの友を温かく歓迎する(2月、出雲平和会館で)
出雲栄光圏で行われた「SGI座談会」。参加者がブラジルSGIの友を温かく歓迎する(2月、出雲平和会館で)

 現代社会の課題に向き合い、創価の思想・哲学の価値について考える「グローバルウオッチ 若者と希望」。「“無縁社会”に挑む①」では、島根・出雲市で信仰に励む男子部員を紹介する。孤立しがちな環境の中で、「つながる」ことは、どんな意味を持つのか。(記事=萩本秀樹)
 日本の在留外国人数は、昨年末時点で230万人以上。そのうち5番目に多いのがブラジルからの移住者である(注1)。
 1990年の入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正以降、多くの日系ブラジル人が来日。それまで単身が主だった出稼ぎから、家族を伴った長期の出稼ぎが増えた。2005年にはポルトガル語辞典に「デカセギ」が収録された(注2)。
 日本でぶつかるのが言葉の壁。居心地の良さを求めて同郷の友とだけ過ごすようになれば、ますます日本になじめなくなる。そうしたストレスを抱え、心を閉ざす人も多い。
 近年、日本で叫ばれる「無縁化」「孤立化」は、在日外国人にとっても遠い話ではない。

安心できる場所

 日系ブラジル3世のホビソン・シモムラさんが、出雲市にある電子部品製造会社の工場で働き始めたのは15年。家族と離れて暮らすのは、これが初めてではなかった。
 1997年、一家で日本の地を踏んだ。3年間働いた後、シモムラさんは両親を日本に残し、ブラジルに帰国した。
 両親がブラジルに戻ったのは2012年。家族で暮らせる喜びはひとしおだった。
 父と弟と3人で、パイン材を輸出する会社を設立した。だが父は社員と衝突を繰り返し、経営は悪化。膨れ上がった借金を返すため、シモムラさんは再び出稼ぎを決め、来日したのだ。
 仕事は夜勤が中心。朝、自宅に戻ると、半日の時差で夜を迎えた、ブラジルの家族や旧友と電話する。婚約者からはよく、いつブラジルに戻ってくるのかと聞かれた。周囲には、仕事や生活の悩みを相談できる存在はなく、孤独を感じた。
 ある日、目に飛び込んだものがある。学会の三色旗だった。滞在していた場所の近くに、出雲平和会館があった。シモムラさんはその4年前に、ブラジルで入会していた。
 「ショウダイ(唱題)したいです」。思い切って会館に飛び込んだ。出迎えたのは、会館の地元・塩冶支部の太田玉緒支部婦人部長ら数人だった。「困っていることがあれば言ってね」と、皆が親身になってくれた。
 受け入れてもらえるのがうれしくて、シモムラさんは地区の会合に参加するようになった。「ブラジルにいた時に感じたSGI(創価学会インタナショナル)の温かさは、日本でも変わりませんでした」
 会合連絡は、太田さんや男子部の田辺英一さん(圏書記長兼本部長)がスマートフォンを使って、ローマ字で文面を送る。漢字が苦手なシモムラさんへの心尽くしである。
 時を同じくして、近くに住む他のブラジルSGIのメンバーも、会合に集うようになった。ブラジルメンバーは、地区やブロックの一員として学会活動に励み、日本の壮年・婦人部、青年部もまた、ブラジルの友への訪問激励を重ねる。顔を合わせ、身ぶり手ぶりを交えて対話すると、お互いに、言葉以上の何かが伝わると確信している。
 そうした中で、シモムラさんの所属する出雲栄光圏では昨年から、「SGI座談会」が行われている。日本の参加者は「Obrigado(オブリガード=ありがとう)」の横断幕を用意し、ポルトガル語の歌を合唱する。
 石橋広信圏長、太田妙子同婦人部長は口をそろえる。「ひたむきに信心に励むSGIメンバーの純粋さに、いつも感動しています。だから私たちも、彼らが安心できるような場所をつくっていきたいと思うんです」
 第4回となった本年2月の集いでは、両国の友が信仰体験を披露。あるブラジルのメンバーが通訳を申し出た。「私たちを支えてくださる日本の皆さんに、恩返しがしたくて」
 そうした一人一人の成長が、同志の何よりの喜びである。

ウソじゃない

 入会3年目の池尻直人さん(地区副リーダー)も、そんな和気あいあいとしたSGI座談会の輪の中にいた。
 小学校の時にいじめに遭って以来、人付き合いに消極的だった。誰かを信用して傷つくよりは、一人でいようと思った。
 だが専門学校を卒業後、クリーニング店に就職すると、他人への苦手意識が“壁”となって立ちはだかった。営業先に商品を届ける。「こんにちは……」。その先の言葉が出ず、そそくさと立ち去ることばかり。
 「お客さんと信頼関係を築かないと」。上司に言われ、自信を失う。ある日、得意先への対応に不手際が。説明を求められたが、うまく話せずに謝るばかり。直後に契約が途切れた。
 仕事を辞めようかと悩んでいた時、神田伸昭さん(県男子部長)と知り合った。神田さんは“直球”だった。「この信心で、必ず乗り越えられるよ」
 「そんな簡単に変えられませんよ」。言いかけた言葉をのみ込んだのは、こんなに飾らずに接してくれる人は初めてだったから。一緒に会館に行き、勤行をすると、心が温かくなった。
 少しずつ、会合に出るようになった。「一言どうぞ」と促され、「入会する気はありませんが、断れないので来ました」。場内は大爆笑。いつ行っても、「会えてよかったよ」「頑張ってな!」と、声を掛けてくれる人ばかりだった。
 参加者と顔を合わせる中で、学会員の励ましは、その場限りではないと知った。仕事の近況を話すと、「お題目を送っているよ。大丈夫」。この人たちの言葉はウソじゃないと思えた。池尻さんは入会を決めた。
 大病を乗り越えた婦人の体験を聞いた。おかげで人の苦しみに寄り添えますと語り、周囲が大喝采でたたえていた。共に人生の戦いに挑み、祈りを送り合う同志。このつながりの中で、自分も変われると感じている。
 孤立するつらさを知るからこそ、“外国から来た人は、なおさら寂しいはず”と、SGI座談会の役員を買って出た。
 この春で社会人6年目。社長からは「5年を過ぎたら、中堅だぞ」と言われている。期待に見合う仕事をと、朝の祈りから一日を始める。

“関係性の網”

 人は皆、多くの関わり合いの中で生きている。だからこそ、その「つながり」を大切にすることが、自らの人生にも彩りを添えることになる。
 そうした行動はいつしか、「全ての人には、自分と同じ“仏の生命”が具わっている」という仏法の精神への確信に至り、その精神を体現した生き方につながるのだろう。
 そこには、国の違いも、言葉や文化の壁もない。先輩も後輩も、共に成長していける。
 池田先生は語っている。
 「(分かちがたい)“関係性の網”の中で、自分という存在が生き、生かされていることの実感を、一つまた一つと深めていく中で、『自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない』との地平が、一つ一つ開けてくる」
 小さな縁を育む先に、また新たな縁が生まれていく。その着実な歩みに、“無縁社会”を克服する道がある。
 注1 法務省のプレスリリース
 注2 三田千代子著『「出稼ぎ」から「デカセギ」へ』(不二出版)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆地涌の天地インドで交流交歓会 

 
新時代の地涌の青年が躍り出る!――訪印団とインドの友が手を取り合って、舞を舞うごとく出会いの喜びをはじけさせる(ノイダ市内での東デリー方面の集い)
新時代の地涌の青年が躍り出る!――訪印団とインドの友が手を取り合って、舞を舞うごとく出会いの喜びをはじけさせる(ノイダ市内での東デリー方面の集い)

 タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの青年部リーダーが3月、インドを訪問(以下、訪印団)。

◆アメリカSGI婦人部座談会
 私たちは永遠に師弟の道を
 池田先生ご夫妻と感動の再会を果たした母たち
 人間共和の理想郷建設へ さあ後継の青年と前進!


〈出席者〉
米SGI初代婦人部長 カズエ・エリオットさん
第2代婦人部長 ウェンディ・クラークさん
第3代婦人部長 マチルダ・バックさん
第4代婦人部長 リンダ・ジョンソンさん
元婦人部書記長 カズエ・ザイツさん
一人ももれなく幸福に! 全員が勝利の人生を!――女性リーダーに入魂の励ましを送る池田先生(1990年2月、ロサンゼルス近郊で)
一人ももれなく幸福に! 全員が勝利の人生を!――女性リーダーに入魂の励ましを送る池田先生(1990年2月、ロサンゼルス近郊で)

 アメリカSGIの歴代婦人部長・書記長が東京・信濃町の総本部を訪問。3月25日には、池田先生ご夫妻が新宿区の戸田記念国際会館で、“広布功労の母”たちを激励した。感動の再会を果たした5人に師匠との忘れ得ぬ原点、信心の継承、世界広布新時代のアメリカの使命などを語ってもらった。
 ――3月25日、池田先生ご夫妻と劇的な再会を果たされました。

 ウェンディ・クラークさん 今回の来日の目的は、アメリカSGI婦人部長・書記長を務めた私たち5人に数限りない励ましを送ってくださった池田先生・奥さまに、感謝と決意をご報告することでした。それが、まさか、直接お会いできるなんて……。
 先生のお顔を見た瞬間、「先生!」「ありがとうございます!」と、心からのお礼を申し上げました。

 カズエ・エリオットさん 何度思い返しても、熱いものが込み上げてきます。先生は「うれしいね」「よかったね」「懐かしいね」と語られ、全員と握手をしてくださいました。皆で抱き合い、歓喜の涙、涙でした。
 
 リンダ・ジョンソンさん 「またお会いできてうれしいです。最高の宝物です」とお伝えすると、先生は「ありがとう」と。“永遠に先生と共に生きる”との誓いで、胸がいっぱいになりました。
 
 マチルダ・バックさん 私にとっても、この出会いは「永遠」を感じた瞬間でした。先生のまなざしに、「常楽我浄」の「常」という言葉が頭に浮かびました。「アメリカは大勝利します!」と申し上げました。本当に美しい瞬間でした。
 
 カズエ・ザイツさん お元気な先生と奥さまの姿に、感動で打ち震えました。今回、先生を求めて5人で来日したことを、全てご存じだったのだと思います。この出会いは、一生涯の宝です。
 
 ――皆さんはこれまで先生と数多くの出会いを刻んでこられました。忘れられない場面を教えてください。
 
 エリオット 1960年10月、池田先生が初訪米された折、ロサンゼルスに支部と地区が結成され、私は地区部長の任命を受けました。
 先生に「仲良く頑張ります」と決意を述べると、「そうだよ!」と言われ、“純真に10年頑張れば、功徳は全然違うよ”と激励してくださったのです。
 当時、私は英語もできない戦争花嫁。苦難に泣いた夜もありました。しかし、この先生のご指導のままに生き抜き、88歳になった今では、流した涙は、全て功徳に変わったと実感しています。
 
 バック 私は、全米婦人部長に就き、本部幹部会に出席するために来日した時のことが忘れられません。
 幸運にも、先生に質問をする機会を得ました。広布の使命に燃えて、アメリカの天地を走り抜く一方、広大な国土を回る時間の確保に悩み、重責に押しつぶされそうになっていました。私は、率直にどうすればいいかを尋ねたのです。
 先生は、広布に対しては真剣であらねばならないが、その広布を進める人の人生が詩のように美しく豊かであってこそ、広布も実りあるものになると指導してくださいました。
 そして“自分自身が幸せになることが最も大切です”と言われ、活動、休息、楽しみの三つを聡明に調和させながら、健やかに「詩的人生を」と励ましてくださったのです。この指針は、アメリカのメンバーの支えともなりました。
 
 ――全米を駆け巡る一方、母としてのご苦労も多かったのではないでしょうか。
 
 クラーク そうですね。私の長男は、思春期になると「学校に行きたくない」と言い始め、私もうるさく言ってしまうもので、口論が絶えませんでした。
 御本尊の前に座り、“わが子を池田先生の弟子に”と懸命に祈るうち、思ったのです。“私が成長しなければならない”と。それからは、やかましく言うことをやめ、じっと成長を見守ることにしました。相当な忍耐が必要でしたが。
 その後、長男は創価大学の日本語別科へ。いつしか、良き友と共に成長してくれ、現在は、創大の教壇に立っています。
 
 ザイツ 私も3人の子の母として、育児に奮闘しました。
 夫は出張、私も学会活動で家を空けることが多かったので、時間のやりくりが大変でした。しかし、音楽隊などで薫陶を受ける中で、「何かあれば御本尊に」との心が、自然と養われていったのだと思います。皆、広布の後継者に成長してくれました。
 学会の庭で育てていただいたとの感謝は尽きません。
 
 ――60年10月以来、池田先生は27回にわたって訪米。アメリカは、先生と共に“世界広布の電源地”として発展を遂げてこられました。
 
 バック はい。
 中でも90年2月のご訪問は、アメリカ広布の重要な転換点です。
 この時、先生は17日間にわたって滞在されました。その間、大小さまざまな会合への出席のほか、合間にもメンバーを温かく激励され、アメリカに信心の基盤を築いてくださいました。
 私もいくつかの会合に参加させていただきましたが、先生は、一人一人がかけがえのない存在であり、互いに尊敬し合っていくよう、繰り返し語られました。
 
 ジョンソン 私も同感です。90年は、アメリカが永遠に師弟不二の軌道を進んでいくための“くさび”を打ち込んでいただいた訪問であったと思います。
 先生は、組織は会員の幸福のために存在するのであって、その逆ではないと、明快に教えてくださいました。さらに、弟子として、私たちは羊ではなく師子にならなくてはいけないのだ、と。
 以来、教学研さんの息吹が一段と強まりました。御書に触れ、仏法の本質、師弟不二の精神に迫ろうという求道の心が、全米に波及していったのです。
 先生の指導があったからこそ、その後に起きた第2次宗門事件にも、アメリカは、ぶれることなく、断固と勝ち抜くことができたのです。
 
 ――学会の永遠性を確立する今、あらためて「次世代への信仰の継承」は、大きなテーマです。
 
 ザイツ アメリカでは現在、2018年に向けて、「5万人の青年城の構築」を目指して前進しています。
 そのためにも、活動の一つの柱として、小説『新・人間革命』の研さんに力を入れています。第1巻は、1960年にハワイを訪れる場面から始まり、先生が何を考え、どういう手を打たれたかが全てつづられています。
 壮年部、婦人部が青年部と共に個人指導、家庭訪問をしながら、『新・人間革命』を通して、先生の心を一緒に学び合っています。
 
 バック その上で大切なことは、池田先生が恩師・戸田先生に対して、そうであられたように、“今、ここに師匠がいらっしゃったら”と心に問い掛けながら日々、人間革命の挑戦を重ねていくことではないでしょうか。その師弟不二の姿を、自らが示していく以外ないと感じています。
 
 ジョンソン 師弟に生き抜く心を伝えるということは、人生を偉大な目的に生きるよう促していくことと表裏一体であると思います。
 私は、一人一人が偉大な「使命」を持っているのだと伝えることを心掛けています。
 
 ――世界広布新時代を迎え、アメリカSGIが担う使命は、一段と深くなっています。
 
 クラーク 先生は、人間共和の絆を、全世界に築いてくださいました。その先駆けとして、先生は半世紀以上にわたってアメリカの同志を薫陶してくださったのです。
 その心を無にしてはなりません。命ある限り後継の青年を育て、青年と共に、先生の構想の実現に全力を尽くしたいと決意しています。
 
 ジョンソン アメリカは“人種のるつぼ”です。だからこそ、「南無妙法蓮華経」が地上の全ての人々の善性を引き出すものであることを証明することが、私たちの使命であると思っています。
 今、世界的に人や社会を分断するような動きもあります。ですから、生命尊厳の哲学を持ち、人々を結ぶ青年たちを育てることが重要なのです。創価の青年たちを育てることは、そのまま社会を変革することにつながっていきます。
 もちろん、容易な挑戦ではありません。ですが功徳は、障害を乗り越えることで証明できるものです。差異によって分断するのではなく、差異を超えて人間を結ぶ。それができた時、アメリカは真に世界をリードする人間共和の理想郷になると信じています。
 
 エリオット 世界平和の実現は、創価の師弟の道に生き抜く以外にありません。これからも私たちは、不二の道を堂々と歩んでいきます! アメリカSGI婦人部座談会 2017年4月1日

一人ももれなく幸福に! 全員が勝利の人生を!――女性リーダーに入魂の励ましを送る池田先生(1990年2月、ロサンゼルス近郊で)
 アメリカSGIの歴代婦人部長・書記長が東京・信濃町の総本部を訪問。3月25日には、池田先生ご夫妻が新宿区の戸田記念国際会館で、“広布功労の母”たちを激励した。

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 地域社会を照らす灯台と
 
 

 スーパーマーケットに並ぶ野菜。最近は、産地に加えて生産者の名前や写真が表示されているものが増えています。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 春満開 切られ与三郎

 【広島県・府中町】厳冬を感じながら春の陽気を待ちわびていた桜のつぼみが、今年も花を咲かせた。幹を覆うほどの薄紅色の花びら。
 

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