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2017年3月

2017年3月31日 (金)

2017年3月31日(金)の聖教

2017年3月31日(金)の聖教

◆わが友に贈る


人生は悩みとの戦いだ!
何でも相談できる
信心の先輩を持とう!
共に祈り 動けば
必ず道は開ける!

◆名字の言


紫・白・桃色など、鮮やかな色で見る人を引きつける菖蒲の花。武道を尊ぶ志を表す“尚武”と同じ読みであることから、江戸時代、武士の間で広まり、特別な思いをもって観賞されたという。3日間ほどの開花のために1年間、手塩にかけて育てられる▼1973年(昭和48年)3月、東京・目黒の同志は、池田先生との記念撮影会の折、その花を“勝負”になぞらえ、会場に届けた。本来は初夏に咲く花。日本各地を訪ね、見つけ出した友の真心に、師は深い感謝を寄せ、人生勝利への強い心をたたえた▼花を調達し、生けた婦人部員に先日、話を聞いた。第1次宗門事件の嵐が吹き荒れた79年(昭和54年)3月、婦人は生涯不退の誓いを込め、再び学会本部に菖蒲の花を届け、正義の対話に奔走した▼以来、毎年3月に“勝負の花”を求めては、師弟共戦の歴史を刻んだ。その情熱によって、地域に揺るぎない人材のスクラムが築かれた。91歳を迎えた婦人は今春、40回目の“師弟の菖蒲”に込めた決意のまま、さっそうと友情の語らいを広げる▼菖蒲の特徴は一つの花茎から2度、花が咲くこと。がくの中のつぼみが育ち、一番花の開花に続いて、二番花が力強く開く。広布誓願の大輪もまた、弟子が師に続いて、不二の心で進む中に輝いていく。(開)

◆〈寸鉄〉 2017年3月31日

 紛争など人類の難局の打
 破には会長の慧眼が必要
 ―博士。後継よ学び語れ
      ◇
 「従藍而青」が創価教育の
 特色だ―牧口先生。先頭
 走る教育本部が発足15年
      ◇
 『新・人間革命』とともに
 日々前進。生涯広布の為、
 同志の為に!共戦の道を
      ◇
 口だけでは駄目だ。肝腎
 なのはやることだ―魯迅
 幹部率先の拡大で範示せ
      ◇
 各地で桜が開花。我らも
 対話の花を満開に!弾む
 生命で颯爽と友のもとへ

◆社説   きょうは「教育本部の日」  子らの笑顔を家庭や社会と総体で


 稀有の教育者でもあった戸田城聖先生は、「15年」を成長や実証の指標としていたという。「小さな芽が、15年すると大樹になる。15年間、その芽を見なかった人は、『あっ、すごいな!』と思う」と。
 15年前の2002年のきょう31日、前身の教育部(1961年発足)が教育本部へと発展した。その時点で、既に人間教育の陣列が国内で大きな広がりを持っていたことは言うまでもなく、それを「小さな芽」に例えるのは不遜に当たるかもしれない。それでも今日における教育本部の業績を初めて見る人がいたならば、恩師の言葉をかみしめることだろう。
 それほどに教育本部の発展は目覚ましいものがある。文部科学大臣優秀教職員表彰や読売教育賞など、友の実践が評価された例は枚挙にいとまがない。校長や副校長、指導主事などの立場で存在感を発揮する熟年の方々はもちろん、青年教育者の活躍も著しい。創価学会の各種グループの中で青年部員が極めて多いことも特徴だ。その前進の原動力こそ、同本部を「人間教育の不二の盟友」と讃える池田先生の励ましであった。
 池田先生の提案を受けて1984年から始まった教育実践記録運動が、同本部発足時の累計1万3000事例から、この15年間で10万事例へと飛躍的に拡大したことも特筆すべき点である。15年前といえば、国公立校を中心とする小中学校の「完全学校週5日制」がスタートした年だ。
 旧・文部省が志向した「ゆとり教育」のもとで「生きる力」を養おうという方向性は、従来の知識偏重の詰め込み教育への反省を踏まえた軌道修正であったに違いない。だが子どもらを取り巻く問題は、制度的改変などで解決に向かうような根の浅いものではなかった。不登校やいじめといった課題の背景には、学校に限らず地域や家庭など社会総体が本来有しているはずの教育力の衰弱という根因が巣くっていたからだ。
 教育本部が着目したのは、まさに、そこだった。「総体の教育力」を高めるため、学校教育に加え、「幼児・家庭教育」「社会教育」にも力を注いだのである。実践記録10万事例は、日本が最も教育的支援を必要としている分野に、友が果敢に飛び込んできたことの証左であろう。
 15周年を迎えた「教育本部の日」。全国津々浦々にそびえる人間教育の大樹に、子どもたちの笑顔という「実証の花」が、爛漫と咲き薫る時代が来た。

◆きょうの発心   “宝”の未来部に温かな励ましを2017年3月31日

御文
 譬えば春夏田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す(一念三千法門、416ページ・編54ページ)
通解 たとえば、春、夏と田を作る時も、早い遅いはあっても、一年のうちに必ず収穫できるようなものである。法華経の行者も上根・中根・下根があっても必ず一生のうちに証得する。

 仏の説いた通りに修行するならば、必ず一生のうちに一人も残らず成仏することができることを教えられています。
 両親の祈りに支えられ、創価高校に進学しましたが、周りと比べて自信をなくす時期がありました。1987年(昭和62年)10月、体育大会に出席された池田先生は、実る時期の違う早稲と晩稲の話を通し、「すべての人が、それぞれの使命の庭で、自分らしい『完成』を見ていくことができる」と励ましてくださいました。以来、晩稲のように実りは遅くとも、自分らしさを大切に一歩ずつ前進しようと誓いました。
 大学卒業後、一度は企業に就職しましたが、子どもが好きだった私は、教員の道を決意。仕事と学会活動に励みながら、つらい時も、この御文と同志の激励を胸に勉強に挑みました。そして34歳の時、小学校教員としての第一歩を踏み出すことができたのです。
 総愛知教育部は“宝”の未来部員の可能性を信じ、励ましを送る中で共に成長してまいります。  総愛知教育部長 大脇孝一

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章   七
  

 八月二十日の午後、山本伸一は、東京・台東文化会館を訪問したあと、長野県・軽井沢町の長野研修道場へ向かった。
 軽井沢は、戸田城聖が逝去前年の一九五七年(昭和三十二年)八月に訪れ、最後の夏を過ごした地である。滞在中、戸田は、伸一と森川一正を招き、鬼押出に車を走らせて、奇岩の連なる景観を見せ、ホテルで共に食事をした。大阪事件で不当逮捕された伸一を、ねぎらいたかったのである。
 食事をしながら、師弟の語らいは弾み、話題は、戸田が「妙悟空」のペンネームで執筆した小説『人間革命』に及んだ。この小説は、五一年(同二十六年)四月の「聖教新聞」の創刊号から連載されてきたもので、この五七年(同三十二年)七月に単行本として発刊されたばかりであった。
 小説の主人公「巌さん」は、印刷工場に勤め、八軒長屋に住む市井の壮年である。
 その「巌さん」が、「牧田城三郎」(牧口常三郎の仮名。後の出版では本名に改める)の折伏を受け、日蓮大聖人の仏法を実践するようになり、信仰の実証を示し、やがて印刷会社の社長となる。さらに学会の理事長に就任し、牧田会長を支えていくのだ。
 しかし、戦時中の軍部政府の弾圧で、会長の「牧田先生」も、牧田を師と慕う「巌さん」も、共に投獄されてしまう。「巌さん」は、獄中にあって唱題を重ね、法華経を読み進むなかで、自分は、法華経で説かれた虚空会の会座にいた地涌の菩薩であることを悟達する。そして、生涯、この法華経を弘めていこうと決意するところで、小説は終わる。
 小説の前半、「巌さん」は、戸田城聖とは全く異なる架空の人物として描かれていくが、後半の「巌さん」の体験は、戸田自身の体験となる。特に逮捕・投獄され、広宣流布の使命を自覚する獄中の悟達は、現実そのものの描写であり、創価学会の精神の原点が浮き彫りにされている。
 「おれは地涌の菩薩ぞ!」――この「巌さん」の叫びこそ、創価の確信の源である。

【聖教ニュース】

◆きょう「教育本部の日」15周年 人間教育実践記録センターが発足 
 「教育のための社会」構築へ 10万の事例を活用・展開

昨年、福島で行われた全国人間教育実践報告大会。来賓の一人は「人間教育の真髄を見た思いです」と
昨年、福島で行われた全国人間教育実践報告大会。来賓の一人は「人間教育の真髄を見た思いです」と
 きょう31日は「教育本部の日」である。

 同本部の発足は2002年。前身の「教育部」が学校教育、幼児・家庭教育、社会教育の分野を担う3部体制に拡充されたことに伴い、誕生した。15周年に当たり、同本部が積み重ねてきた「実践記録」が累計で10万事例を突破した(代表事例を2面に掲載)。
 池田大作先生の提案で、1984年からスタートした実践記録運動。その一つ一つの事例には、子どもの可能性を徹して信じ抜く慈悲と誠実の振る舞いが光り、豊かな知恵と真心のぬくもりがある。
 他に例のないこの実践記録の蓄積を、「教育のための社会」構築へ、広く活用・展開していくことを目指し、このほど同本部に「人間教育実践記録センター」が設置された。センター部長には斎藤実さんが就いた。
 さらに朗報! 子どもたちと心をつなぐ感激のドラマをつづりゆく友に、新たな指標が発表された。
 その名も「人間教育実践記録の誇り」。
 「我らの実践記録は――一、わが生命に永遠に光る『黄金の日記文書』なり! 一、若き友の無限の宝を映し出す『人間教育の明鏡』なり! 一、社会と世界を希望で照らす『未来までの物語』なり!」
 また、教育本部の発足15周年を記念して、本年、同本部初の青年教育者による全国実践報告大会が9月に開催されることが決まった。さらに6・6「牧口先生生誕の日」記念講演会は静岡・下田の地で、教育実践報告の第39回全国大会は10月に岐阜で行われる。
 創価の人間教育の大地から誕生した幾千幾万の“太陽の教育者”たちは、きょうも子どもたちに慈愛の陽光を注ぎ続ける。希望の未来を開くために――。

◆核兵器廃絶へ確かな前進を 国連本部で宗教間の共同声明を発表

   
SGIが参加する「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」が、共同声明を発表した会議(国連本部で)
SGIが参加する「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」が、共同声明を発表した会議(国連本部で)

 アメリカ・ニューヨークの国連本部で27日、核兵器禁止条約の制定に向けた交渉会議がスタートし、SGI(創価学会インタナショナル)の代表が市民社会の一員として参加している。
 28日には、条約内容の具体的な討議に先立つハイレベルセッションが行われ、SGIが参加する「核兵器を憂慮する宗教コミュニティー」が共同声明を発表した。
 120カ国以上の政府が参加している同会議は、史上初めて核兵器を法的に禁止しようとする国際的な試み。今月と、6月から7月の2回の会期で議論が交わされる。
 池田先生は1月に発表した「SGIの日」記念提言で、同会議に言及。SGIとして、同会議を「『地球的な共同作業』を生み出す場とするために、他の団体と協力し、市民社会の声の結集に全力で取り組む」と訴えた。
 共同声明は、SGIがWCC(世界教会協議会)、PAX(オランダの平和団体)などと共に準備を進めてきたもの。2013年にノルウェーのオスロから始まった「核兵器の非人道性に関する国際会議」を受けて、翌14年から5回にわたって国際会議等の場で発表してきた声明に基づいている。
 今回は、24の個人ならびに団体が賛同の意を表明している(29日時点)。
 声明では、核兵器は“安全で尊厳をもって生きる権利を求める信仰の価値観や約束事を蔑ろにする”とし、禁止条約交渉会議の開催を歓迎。全ての核軍縮努力の中心に人道の視点を据えるよう訴え、全ての国々が同会議の交渉に参加するよう呼び掛けている。
 また、新たに制定される法的取り決めが核兵器の全廃義務を提示するものであり、またその達成のための枠組みを提供するものであるべきとしている。

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉5  未来部員は世界の宝

御文
 経王御前を儲させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし  (経王御前御書、1123ページ)
通解 経王御前をもうけられたので、現世には、必ず跡を継ぐ孝子である。また、後生には、この子に導かれて仏に成られるであろう。

同志への指針

 御本仏は、門下の後継の誕生を、これほどまでに喜ばれている。未来部が、いかに偉大な「令法久住」の宝か。一人の未来っ子の生命から、明日の希望の世界が広がる。人類を仏の境涯へ高めゆく使命を帯びているのだ。
 だからこそ、一人一人の声に耳を傾け、最大に褒め讃えたい。入学・進級など新たな出発の春。はつらつたる前進と成長を皆で応援しよう!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・調布総区   “不屈の心”継ぐ青年の連帯
  
2020年の東京オリンピック・パラリンピックで競技会場となる味の素スタジアム(東京スタジアム)で、調布総区青年部の代表が広布拡大を誓って(26日)
2020年の東京オリンピック・パラリンピックで競技会場となる味の素スタジアム(東京スタジアム)で、調布総区青年部の代表が広布拡大を誓って(26日)

 東京都のほぼ中央、多摩川が流れる調布・狛江の2市が、調布総区の広布の舞台である。
 両市とも都心からのアクセスが良く、年々、人口が増えている。

◆〈信仰体験 登攀者〉 「IoT社会」を守る研究者 金子朋子さん 
  力ある人とは 学び続ける人

 自動車、家電、医療……。あらゆるモノをインターネットでつなぐ「IoT(Internet of Things)」が急速に普及している。

2017年3月30日 (木)

2017年3月30日(木)の聖教

2017年3月30日(木)の聖教

◆わが友に贈る


新天地で出発する友よ
信頼を結ぶ第一歩は
「さわやかな挨拶」だ。
誠実と笑顔の対応で
周囲を照らす太陽に!

◆名字の言


  小欄での紹介も恒例となった「太陽会万葉集」。都内のある地域の太陽会(平日の昼間に活動できる壮年の集い)の友が年1回、自身の思いを歌に詠み、それを編さんしたものだ。今年の第11集には94人の作品が収められている▼「賜りし 白檀の香 命に滲む 断じて勝つと 師匠に誓う」とは、昨年、重い病気に襲われた79歳の友。闘病生活は今も続くが、心は負けない。「題目第一で前進します。歌に込めた決意は、どんな病も壊せません」▼今回の最高齢の98歳は「九十八 耐えてしのいだ 幾山河 目指す峠は 光り輝く」と。旧習深い離島の“信心の一粒種”で、弘教は150世帯に及ぶ。さらに、師弟の道を貫く89歳は「歳重ね 生命燃やして 師と共に」、青年の心で進む82歳は「未来児と 共に輝く 壮年部」と詠んだ▼「歌う」には「うったう、訴える」意味がある。作家の石牟礼道子さんは、漢字学の大家の見解を通し、「人間の力では及ばないものに訴える、究極的には訴えるしかない、歌うしかないという、そういう魂の呼びかけとして言葉が汲み上げられたんではないか」と(『蘇生した魂をのせて』河出書房新社)▼太陽会の万葉集から聞こえる「魂の呼びかけ」――多くの人に伝えたい「宝の言葉」である。(川)

◆〈寸鉄〉 2017年3月30日
 

 御書を拝して境涯をもう
 一歩開くのだ―戸田先生
 信行学の利剣で突破口を
      ◇
 中国方面「師弟正義の日」
 開拓に燃え立つ人は全員
 青年!幸薫る対話へ先駆
      ◇
 訪問激励と会合での話、
 幹部は8対2を目標に。
 徹すれば人材が必ず育つ
      ◇
 文明の一つの尺度はよき
 女性の勢力に―詩人。創
 価の婦女の連帯こそ希望
      ◇
 交通事故・死傷、小学1年
 が多し。左右の確認等、新
 入生への注意を家庭から

◆社説  新社会人の友を応援   朝に勝ち、職場で信用を築こう


 電車の中を見回すと大半の人がスマートフォン(スマホ)とにらめっこ――都心ではありふれた光景だ。スマホでネットにつながり、手軽に買い物も会話も情報収集もできる。特にSNSを利用する人は多く、企業の注目度も高い。
 例えば「チャットボット」というAI(人工知能)を活用した自動会話プログラムを導入する企業も増えてきた。コールセンターで行う問い合わせ対応をSNS上で行う取り組みだ。客の問い合わせに人間ではなくAIが回答。人件費の削減につながる。これは一例だが今後、AIの急速な発達で人間の仕事が奪われ、職種によっては求人が大きく減るとの分析もある。
 仕事環境の変化は激しい。教育改革実践家の藤原和博氏は「人間は、人間じゃなきゃできない仕事をするようになり、人間本来の知恵と力が生きてくる」(『10年後、君に仕事はあるのか?』)と予測する。どんなにAIが発達しても、人を叱ったり、勇気づけたり、共感したりといった人間にしかできない仕事があり、ますます「人間力」が大事になってくると。
 激動の時代の大海原へ、いよいよ新社会人が船出する。「校舎なき総合大学」ともいえる創価学会の活動で磨き上げた人間力を存分に発揮してほしい。
 池田先生は以前、新社会人に向け「信用こそ力」「信用こそ宝」と訴え、信用を築くための基本が「朝に勝つ」ことだと教えた。始業時間の30分前には出勤し、職場を清掃して先輩を出迎えた、との若き日の自らのエピソードも紹介している。
 「朝に勝つ」ためには、生活リズムが大事だ。自分を律する力が求められる。疲れをためないように睡眠時間を十分にとり、朝晩の勤行・唱題を軸に価値的な日々を送りたい。信心根本に生活リズムを整えれば、自らの命が躍動し、多忙な時でも冷静に対処ができるものだ。
 近年の調査では、新社会人になって1カ月半で会社を辞めたいと感じる人は3割にも上る(マクロミル調べ)。理想と現実のギャップが大きいという実態もある。思い描いた仕事と異なり、任されることを雑務と感じることもあろう。
 池田先生は「人は『やらねばならないこと』をやり切れば、必ず『やりたいこと』の力に変えていける」(『未来対話』)と、若き友に語る。目の前の「やらねばならないこと」への挑戦こそが、自身を磨く糧になるのだ。職場に新風を巻き起こす新社会人の活躍に、心からエールを送りたい。

◆きょうの発心  感謝の一念で広布拡大の波を 2017年3月30日

御文
 一切の草木は地より出生せり、是を以て思うに一切の仏法も又人によりて弘まるべし(持妙法華問答抄、465ページ・編215ページ)
通解 一切の草木は大地から生ずる。このことから考えると、一切の仏法もまた、人によって弘まるのである。

 仏法を実践し、弘める「人」の大切さが説かれています。私の信心の原点は、未来部時代に築かれました。ギャンブル好きの父。働きづくめの母。経済苦の中、希望を持って過ごせたのは同志の励ましがあったからです。
 当時の支部長・婦人部長夫妻の真心は忘れられません。いつも「池田先生の期待に応えるんだよ」「先生を求めていけば大丈夫」と、心に染み込むように“師弟”を教えてくれました。私が大学受験に失敗した時は、朝から日が暮れるまで一緒に唱題。「また頑張るよ」と私が決意した時、夫妻で涙して喜んでくれました。
 後に、その支部から約20人が創価の学びやに進み、世界で活躍する人材が輩出されました。皆、未来部時代に受けた励ましを“心の宝”として頑張っています。
 いつの日も“励ましの大地”となって、「わが生命よりも大切」と青年を守り、育んでくださる先生。そして、恩ある先輩方に、感謝の思いは尽きません。
 4・14「博多県の日」、5・1「博多総県の日」に向け、後継の若人に心を尽くしながら、広布拡大の波を起こしていく決意です。   福岡・博多県長 松浦正浩

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  六

  
 八月六日から八日まで、法主・日達の通夜、本葬が営まれ、山本伸一をはじめ、学会の首脳、代表も参列した。
 この夏、世界四十一カ国三地域のSGIメンバー千三百人が来日していた。伸一は、十三日に神奈川文化会館で開かれた国際親善友好の集いや、十五日に行われた東京戸田記念講堂での世界平和祈願勤行会に、SGI会長として出席し、メンバーを激励した。
 彼は、いかなる状況下にあろうが、広宣流布のために奮闘し、世界各地から求道の心を燃やして来日した健気な同志を、励まさずにおくことなど、絶対にできなかった。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「法華経の一偈一句をも説かん者をば『当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし』の道理なれば仏の如く互に敬うべし」(御書一三八三ページ)と。しかも大聖人は、この「当起遠迎、当如敬仏」(法華経六七七ページ)の文を「最上第一の相伝」(御書七八一ページ)とされたのである。
 根本とすべきは、大聖人の御指導である。
 伸一の胸中には、いよいよ世界広布の新時代が到来したとの思いが、日々強まっていた。
 国際親善友好の集いで伸一は訴えた。
 「世界から千三百人ものメンバーが、大聖人の仏法を求めて来日したこと自体、仏法史上、画期的な出来事です。皆さんは、世界広宣流布の未聞の道を開いている先駆者であり、歴史の創造者であるとの自覚を忘れないでください。
 それぞれの国へ帰れば、メンバーはまだ少なく、広大な地域に、信心しているのは自分しかいないということも多いにちがいない。しかし、大事なのは一人立つことです。
 日蓮大聖人は、お一人から、広宣流布の波を起こされた。戦後の学会の再建も、戸田城聖先生が、ただ一人立たれたことから始まっています。それが、仏法者の精神であり、学会精神です。
 今こそ、師子となって、一人立とうではありませんか! 私も立ちます!」

【聖教ニュース】

◆戸田記念国際平和研究所が総合研究会議をオタゴ大学と共催 2017年3月30日
「現代世界における地球的平和への挑戦」
5カ国の研究者らが活発に

戸田研究所とオタゴ大学による「総合研究会議」の公開セッション(28日、都内で)。各界の識者が多く参加し、質疑応答も行われた
戸田研究所とオタゴ大学による「総合研究会議」の公開セッション(28日、都内で)。各界の識者が多く参加し、質疑応答も行われた

 戸田記念国際平和研究所(創立者・池田大作先生)とニュージーランドのオタゴ大学国立平和紛争研究所の共催による総合研究会議「激動する現代世界における地球的平和への挑戦」が27、28の両日、東京都内で開催された。
 同研究会議には、戸田研究所総合所長のケビン・クレメンツ博士、同上級研究員のスベレ・ルードガルド博士(ノルウェー国際問題研究所上級研究員)とリサ・シャーク博士(米国イースタン・メノナイト大学教授)など、5カ国の研究者・学識者が参加。2日間にわたり、活発に議論した。
 このうち、28日には公開セッションが行われ、初めにクレメンツ博士があいさつ。混迷の度を増す時代にあって、困難に屈することなく希望と楽観主義を保つことが重要であると指摘し、子どもや孫の世代も安心して生きられる社会を築くために英知を結集していきたいと語った。
 第1セッションでは昨年の英国のEU(欧州連合)離脱や米国の新政権誕生などを踏まえて、こうした現象の底流に存在する要因を洞察。政策決定への市民社会の関わり方や役割などについて幅広く意見が交わされた。
 続く第2セッションは、主に核兵器に関連した安全保障がテーマに。現在、ニューヨークの国連本部で行われている核兵器禁止条約交渉に触れつつ、核抑止の論理がはらむ問題点を考察。恐怖による均衡から脱却し、協調して安全保障を目指す方途を検討した。
 第3セッションは、これまでの議論を受け創造的な平和建設の取り組みが焦点に。暴力的手段では恒久的な平和構築は困難であることを確認し、共通の目標のもとに多様な主体を包含しながら平和創出に貢献していく方途を論じ合った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈地域を歩く〉 愛媛 牧口宇和島県   “未来の宝”を育む

   
支えられてきたから、支える人になりたい。
 
    
石段造りの「遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑」から望む宇和海。手前に旬を迎えた甘夏が実る
石段造りの「遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑」から望む宇和海。手前に旬を迎えた甘夏が実る
 
 「卒業の春」3月は、人の絆のぬくもりを、深く感じる時である。
 進学する人も、社会に出る人も、周囲の支えや励ましの思い出を胸に、新天地へと旅立つ。
 1990年代初頭には200万人を超えていた「18歳人口」は、昨年時点で119万人。少子高齢化は避けられない課題だが、若者が少なくなるほど、一人に何倍もの愛情を注いでいこう――そんな大人たちの思いに育まれたのが、今日の10代かも知れない。
 愛媛牧口宇和島県(宇和島市、松野町、鬼北町、愛南町)でも、若者の減少は、地域の悩みの種だった。
 郷里を担う後継者を、どうしたら増やせるか。この地の創価学会のリーダーたちは話し合いを重ねた。その中で、2010年に考案されたのが、“ダイヤモンド運動”。
 地域に住む青年・未来部員から乳幼児は、一人一人が“社会の宝”であるとの思いで、意識的に関わりを増やす取り組みをしてきた。
 その結果の一つは、英語劇のコンテスト「未来部E―1グランプリ」に表れる。
 一昨年、県未来本部長の大濱寿夫さん、県女性未来本部長の本多由美さんは「まず私たちが手本を示しましょう」と、男女青年部と共にチームを結成。必死に覚えた英語の寸劇を、未来部員たちに披露した。
 その真剣さは未来部の友に伝わった。一昨年は5チーム、昨年は8チームが県から同グランプリに出場し、かけがえのない思い出を築いた。
 “創価家族”の真心に包まれて巣立ちゆく未来部員が、今年もいる

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉19 教育本部が“後継の宝”育成に全力 
 人間の可能性を信じ抜き励ます
 4月2日は戸田先生の祥月命日 勝利こそ報恩の証し

 伊藤 4月2日は、戸田先生の祥月命日です。
 高梨 この日は、創価大学の開学の日でもあります。「社会に信念の人を」との戸田先生の志を継いだ池田先生は、報恩の思いから、この日を開学の日とされました。
 原田 小説『新・人間革命』第7巻「操舵」の章には、4月2日に臨む弟子の姿勢が書かれています。「伸一は、毎年この日に、戸田に“勝利”の報告をすることを、自らの義務としていた。いかに苦戦を強いられようとも、必ずなんらかの勝利の実証をもって、法要の席に馳せ参じることが、弟子の道であると、彼は決めていたのである」と。
 私たちも、勝利の証しをもって、戸田先生の崇高な生涯を偲んでまいりたい。

子どもの“居場所”


 高梨 3月31日に「本部の日」を迎える教育本部は、“青年拡大の年”の本年、青年教育者の育成に一層の力を注いでいます。
 志賀 各種グループの中で教育本部は、青年部員の数が極めて多い組織です。
 伊藤 教育本部では本年、青年教育者による実践報告大会を開催する予定だとも伺っています。
 志賀 広布の最前線で奮闘する青年教育者も多くいます。たとえば、関西青年教育者の副委員長は、勤務する地域で最年少の小学校教頭に抜てきされながら、総県青年部長としても奮闘しています。
 原田 こうした友の勝利の力となっているのが、創価教育85周年の2015年11月18日に発刊された教育本部の指針集『わが教育者に贈る』(本社刊)ですね。
 伊藤 先生の寄稿「わが教育者に贈る」や教育提言などが収録された同書には、教育者への励ましの言葉があふれています。
 高梨 教育界には、教育理論が書かれた本は多くありますが、教育者自身に励ましを送るものは、あまりありません。そんな中、教育という聖業に携わる友にエールを送る同書は、皆の希望となっています。
 臼田 教員をはじめ、校長や教育委員会に所属した経歴を持つ、10人ほどの私の友人も、この本を読んで、とても感動していました。「人間教育の原点が記された本です。改めて、人間の可能性を信じ抜く力をもらいました」と。
 原田 先生の励ましを力に変え、教育本部の皆さんが、子どもの幸福のための教育の体現者となりゆくことを念願してやみません。
 伊藤 教育本部ではまた、教育サポートセンターを立ち上げ、宝の未来部の育成にも全力で取り組んでいますね。
 原田 特に、SOKAチャンネルVODを活用しながら実施する、本部・支部などの単位での家庭教育懇談会には、多くの感謝の声が寄せられています。
 臼田 VODには現在、教育本部のメンバーが講師を務める教育セミナーが、3番組あります。一つは、乳幼児期、児童期、思春期のそれぞれで親が気を付けるべきポイントが示された総論的な番組です。
 志賀 幼少期を中心とした子どもとの接し方についての番組もありますね。ここでは、子どもの心に寄り添い、わずかな時間でも、話に耳を傾けることが大事だと、いわれています。
 臼田 三つ目は、思春期の子どもを持つ人を対象とした番組です。子どものありのままを受け入れ、良いところを見つけ、褒めることの大切さが訴えられています。
 高梨 これらの番組を活用しながら、今後も楽しく充実した、家庭教育懇談会を開催していきます。
 原田 最後に今、大きな期待を集める「社会教育部」についてです。現代社会では、共働き家庭の増加、いじめ、不登校の問題などから、学校以外での教育の重要性が指摘されています。
 臼田 そうした学童保育や塾、フリースクールや児童館などに勤務する友を、教育本部では、社会教育部として把握しています。
 高梨 たとえば、静岡県富士市に発達障害や不登校の子のための八つの事業所を運営する方がいます。そこには、子どもの発達外来のある「診療所」も併設され、注目されています。
 臼田 他にも、児童館の館長として、放課後の子どもの居場所作りに奔走されているメンバーもいます。
 高梨 「教育のための社会」――これが、教育本部が目指すべき姿です。社会教育部は、まさに、その先頭を走る方々です。
 原田 御書には、「麻の中に生えた蓬、筒の中に入った蛇が真っすぐになるように、善人と親しく交わる者は、それだけで心も行いも言葉も真っすぐになる」(1591ページ、通解)と仰せです。
 敷衍すれば、家庭や学校、地域といった、子どもを取り巻く環境が、いかに大事かが示されていると思います。家庭、学校、地域が力を合わせてこそ、未来の宝である子どもたちを健やかに育てることができると、ともどもに肝に銘じていきましょう。

大成長のチャンス


 志賀 新学期を迎える4月が目前となり、転出や転入も多くなります。環境の変化に不安を感じる方もいますので、どうか温かな励ましをお願いします。
 原田 一方、環境の変化は、大きく成長するチャンスでもあります。新しい出会いにより、発心し、夢へ向かって飛躍する方もいます。全ての出会いが一期一会であると定め、スピード感と、こまやかな配慮あふれる励ましに徹していきたいものです。

◆〈信仰体験 白ゆりの詩〉 地域に愛される美容室開いて30年 
      

 【北海道石狩市】午前9時。美容室「ビューティーサロンいいだ」が、開店を迎える。飯田陽子さん(73)=花川東支部、支部副婦人部長=は、自宅に併設する店内に入ると
 

2017年3月29日 (水)

2017年3月29日(水)の聖教

2017年3月29日(水)の聖教

◆わが友に贈る


後継の友を育む
未来部担当者に感謝!
人の何倍も忙しい毎日を
その万倍の喜びと福徳で
輝かせていく長者なり!

◆名字の言


 落語家の林家木久扇さんが喉頭がんになった時のこと。しゃべる商売なのに声が出ない。弱気にならないように“体から出ていけ!”と毎日、がんを叱りつけた。それを聞いた医師からは「とてもいいことだ」と褒められたという(2016年9月9日付「河北新報」)▼不安や臆病といった後ろ向きの気持ち。それとは逆の、確信や負けじ魂――これらは共に心の中にある。“もはや、これまでか”という難局を乗り切る力は、外から借りるものではなく、自身の心の中から取り出すものである▼生花店を営み、フラワーアーティストとして活躍する宮城の壮年。14年前の入会当初、先輩から「“願いとしてかなわざるはなし”の信心だよ」と言われ、夢を書き出した。「花で世界に通用する実力を付け、広布のお役に立つ」▼だが事故で大けが、事業の挫折、子どもの大病……間断なく続く試練に周囲も心を痛めた。それでも彼は毎回の本部幹部会(中継行事)の壇上を飾る装花を見ては、自分を奮い立たせた▼不屈の年月を経た今月、彼の手による装花が「新生・東北総会」の舞台を彩り、SGIの友を迎えた。踏まれても踏まれても、なお立ち上がる負けじ魂の人から、幸福の種子は奪えない。厳しい冬を耐え、必ず、爛漫の春を勝ち飾る。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年3月29日
 

 学会の根本は団結の二字
 ―恩師。幹部は最前線に
 飛び込み同志の心を結べ
      ◇
 東京「目黒の日」。創価
 勝利の電源地の誇りで前
 進!執念の対話で活路を
      ◇
 「神の護ると申すも人の
 心つよきによる」御書。
 強盛な祈りで諸天動かせ
      ◇
 認知症が急増。抑制の鍵
 は軽度患者の早期発見・
 治療。地域の絆が重要に
      ◇
 季節の変わり目。寒暖差
 に注意を。「一枚多く羽織
 る」など賢く健康第一で

◆社説   徹して一人を大切に育む  創価家族で宝の未来部に励ましを

◆きょうの発心  御書根本に、勇気の対話を拡大

御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし (開目抄、234ページ)
通解 私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。

 
いかなる難があっても疑うことなく信心を貫けば、成仏の境涯を得られると仰せです。

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  五

  


 山本伸一が法華講総講頭、学会の会長を辞任することで、若手僧らによる学会攻撃はピリオドが打たれることになっていた。
 五月一日には、宗務院から「院達」として、次のような事項が徹底されている。
 「御講等に於ては、御書による教義以外の説法は固く禁ずる。従来、しばしばこれについての通達あるにもかかわらず、乱れが見られたが自今以後は厳しく自誡せられたい」
 「創価学会員に対しては、自分からの意志・希望によって檀徒となることを申出た者は受け入れて差支えないが、それ以外は一切の働きかけを固く禁止する」
 「院達」を無視して学会誹謗を続ける僧には、法主の日達も叱責することがあった。ところが、若手僧の寺の多くが、御講の席などで、学会への中傷、攻撃を繰り返していたのである。また、学会員を檀徒にする動きも、むしろ活発化していた。
 もはや彼らは、宗務院の言うことも、さらには、法主の言うことさえも、耳を傾けようとはしなくなっていたのだ。宗内は、次第に混乱の様相を見せ始めていたのである。
 七月二十二日午前六時過ぎのことであった。伸一のもとに日達法主が亡くなったとの連絡が入った。日達は、十七日、福岡の寺院の法要に出席し、十八日に総本山に戻るが、翌十九日朝、体調が優れず、富士宮市内の病院に入院した。そして、二十二日午前五時五分、心筋梗塞のため息を引き取ったのである。七十七歳であった。
 伸一は、直ちに神奈川文化会館から弔問に向かった。午前九時前には総本山に到着。懇ろに唱題、焼香し、冥福を祈った。
 この日夜から、大客殿で仮通夜が営まれ、席上、重役である僧から、「重大発表」があった。それは、総監の阿部信雄が、前年四月、日達から内々に相承を受けており、彼が第六十七世の法主になることが決まったというものである。この時も、広宣流布のために和合を願い、宗門を守っていくというのが、学会の姿勢であった。

【聖教ニュース】

◆ブラジル アクレ連邦大学が池田先生に「名誉博士号」を授与 2017年3月29日
キンパラ総長が来日し、創価大学で授与式
授与の辞「持続可能な世界の構築へ価値創造の哲学に学びたい」
 
ブラジル・アクレ連邦大学のキンパラ総長(右から4人目)から馬場創大学長に「名誉博士号」の学位記が託された。フェレッティ准教授(同3人目)、マセード准教授(同2人目)らが祝福した(創大本部棟で)
ブラジル・アクレ連邦大学のキンパラ総長(右から4人目)から馬場創大学長に「名誉博士号」の学位記が託された。フェレッティ准教授(同3人目)、マセード准教授(同2人目)らが祝福した(創大本部棟で)

 ブラジル北西部の名門学府「アクレ連邦大学」から、創価大学創立者の池田大作先生に「名誉博士号」が贈られた。人間主義に基づく恒久平和建設への功績をたたえたもの。授与式は28日午後、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、アクレ連邦大学のミノル・マルチンス・キンパラ総長、総長夫人のデグマール・アパレシーダ・フェレッティ准教授、マルシア・ヴェロニカ・ハモス・デ・マセード准教授らが出席した。(2・3面に関連記事)
 「ベン・ヴィンドス!」(ポルトガル語で「ようこそ!」)
 創大本部棟の入り口で、創大生らによる盛大な歓迎を受けたアクレ連邦大学一行。
 「私の父がここにいたら、どれほど喜んでいたことでしょう」
 学生たちの真心に、キンパラ総長は感慨深げに語った。
 総長の父は日本の静岡出身。18歳でブラジルに渡り、アクレ州で地域社会に尽くしながら、5人の子どもを立派に育て上げた。
 総長が今回、最も楽しみにしていたのが、最愛の父の故郷であり、自身のルーツである日本への訪問とともに、学生との交流であった。一人一人に温かな視線を送りながら、総長は呼び掛けた。
 「まるで、わが家に帰ったような気持ちです。日本の皆さんは大切な友人です。大学の施設が素晴らしいのはもちろんですが、それ以上に、皆さん一人一人が宝の存在です」
 キンパラ総長は、アクレ連邦大学の卒業生。2012年から現職として、母校の改革の陣頭指揮を執ってきた。
  キンパラ総長は、「ブラジル大学学長評議会」副会長、「全国連邦教育機関校長協会」理事を務め、大学教育の充実と人材の育成に尽力する。

【先生のメッセージ】

◆ブラジル アクレ連邦大学の「名誉博士号」授与式から 池田先生の謝辞(代読)
 地球の未来へ平和と共生の大河を
 
アクレ連邦大学からの「名誉博士号」授与式。マセード准教授(手前左の女性)が決議書を朗々と読み上げた(東京・八王子市の創大本部棟で)
アクレ連邦大学からの「名誉博士号」授与式。マセード准教授(手前左の女性)が決議書を朗々と読み上げた(東京・八王子市の創大本部棟で)
 一、今、私のまぶたには、地球という「生命の星」の呼吸を絶え間なく支え続けてくれている、アマゾンの大森林が映じております。
 かけがえのない、この緑輝く大地にそびえ立ち、地域の繁栄と民衆の幸福、そして自然環境の保護に尽くされゆく偉大な知性と教育の殿堂こそ、貴アクレ連邦大学であります。
 光栄にも、本日、私は、貴大学から名誉博士号を賜りました。
 この最高に誉れある英知の宝冠を、ここに出席されている敬愛してやまないブラジルの同志、また、留学生の皆さん、さらには、ブラジル創価学園をはじめ、全世界の大樹と育ちゆく創価の若人たちと共に拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 貴大学の名誉ある一員とさせていただくに当たり、私は、その高邁な理念と歴史を学び、深い感慨と感動を禁じ得ませんでした。それは、地球の反対側に位置する、わが創価大学の建学の精神とも、不思議なほどに響き合っているからであります。
 今年の1月に発表した平和提言で、私は、社会の“希望と安心の港”たる大学の連帯を呼びかけました。
 貴大学と手を携えて、私たちは地球的な課題の打開に、さらに力強く挑戦してまいりたい。ここでは、その決意を3点、申し上げたいと思います。

生命の大地を一段と豊かに


 一、第一に、「民衆の生命の豊かなる大地を」ということであります。
 貴大学の淵源は、1964年。アクレ州の地域の発展と民衆の生活向上を目指し、向学の人すべてに門戸を開いていかれました。以来、半世紀を超え、その信念は、いやまして民衆のための最高学府を輝かせているのであります。
 貴大学は、貧困にあえぐ人々やアマゾンの密林の遠隔地にも、学習機会を提供するなど、民衆奉仕の大学として、さまざまな工夫と努力を重ねてこられました。
 大学の誇りを語られたキンパラ総長の真情が、私の胸に熱く迫ってきます。
 ――経済的な理由で充実した教育を受けられなかった家庭の子弟たちが、このキャンパスで学問を修め、使命の舞台へと飛翔しゆく姿を目の当たりにすることこそが、最大の喜びである、と。
 思えば、わが創価教育の父である牧口常三郎先生も、20世紀の初頭に、女性のための通信教育を、いち早く推進されました。
 「子どもの幸福のための教育」を掲げられた先生は、東京・下町の小学校長として、お腹をすかせた児童を案じ、先駆的な無料給食も実施されています。
 不二の弟子である戸田城聖先生も、「どんな子も優等生にしてみせる」との気概に燃えた大教育者でした。
 第2次世界大戦中、両先生は人権蹂躙の軍国主義と対峙して投獄され、高齢の牧口先生は壮絶な獄死を遂げました。
 生きて獄を出た後継の戸田先生は、戦乱の流転を止め、この世の悲惨を無くさんとの誓いをもって、生命尊厳の哲学に立脚した人材を、一人また一人、育成していったのであります。
 この人間教育の熱願を受け継ぎ、私が創立したのが、創価大学であります。
 うれしいことに、今回の看護師国家試験に、わが創大看護学部の初の受験生75人が全員、見事に合格を果たしてくれました(大拍手)。
 誉れの第1期生の尊き奮闘を心から讃嘆したい。とともに、この席をお借りして、薫陶してくださった先生方、職員の方々、そして陰に陽に、真心の応援をしてくださっている方々に、厚く厚く御礼を申し上げたいのであります。
 4月からは、国連難民高等弁務官事務所との協定により、難民の留学生の方も受け入れる運びとなっております。
 貴大学と共々に、民衆の生命の大地を一段と豊かに育みながら、世界市民の希望の連帯を広げていきたいと思うのであります。

森林を守るのは人類を守ること


 一、第二に申し上げたいのは、「平和と共生の滔々たる大河を」ということであります。
 貴大学は、「地域社会の発展につながる知識の生産と普及」を標榜され、とりわけ自然との共生の英知を重視してこられました。
 「エコロジーと自然資源の管理」「アマゾンのための科学・技術革新」「西アマゾンの持続可能な衛生と畜産」など、多様な生命の宝庫であるアマゾンの環境を守り、未来の人類へ伝え託しゆくためのプログラムを推進されていることも、よく伺っております。
 わが創価大学も、2003年に環境共生工学科を設置。15年には、共生創造理工学科に発展し、持続可能な地球社会の構築に貢献しゆく人材を育成してきました。アメリカ創価大学でも、「自然と人間の共生の指導者育成」を指針とし、「環境教育」の集中コースが設けられております。
 貴アクレ州の出身で、「アマゾンのマハトマ・ガンジー」とうたわれる環境運動の指導者シコ・メンデス氏は、「熱帯雨林を守る戦い」は、実は「人類を守るための戦い」なり、と宣言されました。
 そして、平和を求め、勇敢なる非暴力の闘争を貫かれたのであります。
 自然環境を守り抜く挑戦は、そのまま人類生存への知恵と勇気を結集する戦いでもありましょう。
 戦時中、若き私は、大好きな桜をはじめ、木が無残に切られていくのを目の当たりにしました。
 戦争は最大の環境破壊です。だからこそ、私は木を一本また一本、大切に植樹しながら、ここ創大のキャンパスをはじめ、桜に彩られゆく平和の城を築いてきたのであります。
 アマゾンの森林保護に大きな貢献を果たされている貴大学から学びながら、平和と共生の大河を、アマゾン川の如く滔々と流れ通わせていきたいと、私は願ってやみません。

交流と相互理解が悪に打ち勝つ力


 一、第三に、「対話の文化で人間性の凱歌を」と申し上げたい。
 貴大学と創価大学の共鳴し合う精神に、「対話」を重んずる教育があります。
 キンパラ総長は、「対話こそ、大学を強化し続けるための唯一無二の道であると確信する」と明言され、まさしく開かれた対話の力で、貴大学の躍進を勝ち取ってこられたのであります。
 私は心から感銘いたしました。
 私がご一緒に対談集を発刊したブラジル文学アカデミーの総裁で、人道の獅子であられたアタイデ氏も、遺言の如く語られました。
 「すべての悪の脅威に打ち勝つものは、『対話』による相互理解と連帯の力である」と。
 残念ながら、今、世界は至るところで「分断」の亀裂を深め、暴力の噴出に直面しております。
 なればこそ、私たちは、いよいよ「対話の文化」を基軸とし、世界の大学の交流を広げ、人間性の勝利を打ち立てていきたいと思うのであります。
 その決心を、私は、素晴らしき貴アクレ州の州歌の一節に託し、ささげます。
 「我々は、変わらぬ力で再び戦うのだ。
 屈せず、倒れず、恐れず!
 そして、この地域から、我らは轟かせるのだ。
 勇敢なる凱歌を!
 これこそ、ブラジル全土に響き渡る
 アマゾンの叫びとなるのだ!」
 終わりに、愛する心の母校・貴大学の栄光と発展、そして、愛する魂の祖国・ブラジルの永遠無窮の隆盛を強く強くお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

〈信仰体験〉 飲食店経営の青年実業家
  信心は現実に打ち勝つ力

「お客さまに、心から満足していただける店を目指したい」と松田さん。農場では、トマトやレタスなど約30種類の野菜を栽培している

 【山梨県甲府市】「飲食店の経営に加えて、農業、漁業と多角的に事業を広げています!」。

◆〈信仰体験〉 女性向け体操教室講師
 皆が健康に!それが私の使命

「5歳、10歳と、どんどん若返りましょう!」。レッスン中、山村さん(中央)は誰よりも元気に声を出す
 【神奈川県横須賀市】「“私は、宝塚のトップスター”という気持ちで、手を大きく広げましょう!」
 地域のコミュニティーセンターの一室に、元気な声と笑い声が響く。

2017年3月28日 (火)

2017年3月28日(火)の聖教

2017年3月28日(火)の聖教

◆わが友に贈る


御聖訓「例(ためし)には他を
引くべからず」。
リーダーが率先垂範を!
そこに真の団結と
前進の勢いが生まれる。

◆名字の言


  地域の俳句会で「春の季語」を学んだことがある。梅や桜は言わずもがなとして、驚いたのは「凧」である▼正月に揚げるイメージから、冬の風物詩とばかり思っていた。そもそもは江戸時代に春の行事として流行したものらしい。凧のほかに風車、風船、石春の季語に入るそうだ。いずれも「風」と遊ぶ玩具である。暖かさを増した風に誘われ、子どもたちが外遊びに興じるのどかな光景に、昔の人々は春の訪れを重ねたのだろう▼季節の移ろう日本では、風の変化を鋭敏に読み取る感性が磨かれるのかもしれない。「風」の語が、自然現象にとどまらず、「世の動き」「形勢」等の意味で使われるのも興味深い▼同じ「風」でも捉え方は人それぞれ。少々の「向かい風」に怯む人もいれば、鳥や飛行機のように飛翔の好機とする人もいる。向かい風であれ、追い風であれ、生かせるかどうかは自分次第。どうせなら風を利用して勢いづけたい。仏典に登場する伝説上の虫「求羅」は大風に吹かれるほど、その身が倍増するという▼ブラジルの作家ベリッシモいわく「変化の突風が吹く時、防壁を立てる人もいれば、風車を創る人もいる」と。“攻め”の姿勢こそ、あらゆる風を楽しむための急所に違いない。信仰者とは「戦う人」の異名である。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年3月28日
 

 不安定な時代、連帯を掲
 げる会長の哲学が重要―
 識者。平和建設への大光
      ◇
 沖縄女性の日。広布の宝
 土照らす太陽の母!我が
 勝利島から拡大の大波を
      ◇
 我らのいる所、「山谷曠野
 皆寂光土」と御書。青年よ
 今いる場所で実証を示せ
      ◇
 新学期、未来部の友よ頑
 張れ!目標を明確に親子
 一体で成長。皆でエール
      ◇
 調理器具火災は4月が最
 多と。初めての1人暮ら
 し等で。呉々も無事故で

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章  四

 


 山本伸一は、平和友好の対話を積極的に推進していった。
 五月二十五日には、ザンビアのM・K・チーフ・マパンザ駐日大使と会談し、二十九日には、中国文芸界の指導者・周揚夫妻と語り合った。六月も、ニュージーランドのR・M・ミラー駐日大使や、ナイジェリアのB・A・T・バレワ駐日大使らと対話を広げている。
 伸一は、特に、アフリカの関係者との語らいに力を注ぐようにしていた。それは、二十一世紀は「アフリカの世紀」になるというのが、彼の信念であったからだ。また、長年、大国の植民地として支配され、貧困や飢餓に苦しんできたアフリカの平和と繁栄が約束されなければ、人類の未来はないと痛感していたからである。
 彼は、海外の要人と会談する一方で、日本の有識者とも対話を重ねていった。
 また、その間隙を縫うようにして、神奈川県横浜市の鶴見区や港北区、東京の板橋区や中央区、豊島区、小金井市、小平市など、行く先々で、共に広宣流布に汗を流してきた同志の家を訪問し、激励に努めた。
 広宣流布の師弟の心が強く結ばれていれば、いかなる嵐にも創価のスクラムは微動だにしない。そのためには胸襟を開いた対話が不可欠であり、その生命の触発が使命の自覚を促すとともに、信頼の絆を育んでいく。
 伸一は、草創の同志と会うと、決まって言うことがあった。それは、「人生は、総仕上げの時が、最も大切である」ということであった。過去にどんなに活躍し、栄光の歴史を残したとしても、晩年になって退転してしまえば、結局は敗北の人生となってしまう。
 日蓮大聖人は、「譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこ(運)びて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき」(御書一四四〇ページ)と仰せである。
 「生涯求道」「生涯挑戦」「生涯闘争」の精神を持ち続けていくなかにこそ、三世永遠にわたる燦然たる生命の勝利がある。

【聖教ニュース】

◆第106回看護師国家試験 創価大学受験者が全員合格 2017年3月28日
栄光の看護学部1期生いよいよ使命の舞台へ

創立者が看護学部開設時に贈った指針。看護学部棟のエントランスに、その銘板が掲げられている                                                                      
創立者が看護学部開設時に贈った指針。看護学部棟のエントランスに、その銘板が掲げられている

 第106回看護師国家試験の合格者が27日午後、厚生労働省から発表され、創価大学看護学部(東京・八王子市)の受験者75人が、「全員合格」を果たした。
 2013年4月、創大初の保健医療系学部として誕生した看護学部。今回、看護師国家試験に挑戦したのは、同学部の「1期生」だ。
 彼ら彼女らは、この4年間、パイオニアの誇りも高く、学業に、実習に、学部建設に、全力を挙げてきた。
 その中で常に心に刻んできたこと――それは、同学部開設時に創立者の池田大作先生から贈られた三つの指針である。
 「生命の尊厳を探究する生涯学びの看護」「生きる力を引き出す励ましの心光る看護」「共に勝利の人生を開く智慧と慈悲の看護」
 中泉看護学部長は、感慨を込めて語る。
 「学生たちは、創立者から頂いた指針を胸に、日々の大学生活を送り、看護学部の素晴らしい土台を築いてくれました。今後、1期生たちは、自らの“実践”の中で、珠玉の指針をさらに輝かせていってくれると確信しています」
 全員合格の栄冠を手にした1期生たちは、人間教育の大城を巣立ち、いよいよ、使命の舞台である臨床現場の最前線へ。「生命の尊厳」を探究し、「生きる力」を引き出しながら、「共に勝利の人生」を開きゆく看護の新たな人材群が躍り出る。
 創立者は、第43回卒業式(今月18日)のメッセージの中で、同学部の1期生を讃えた。「先駆の誉れを胸に、立派な模範を示してくれました。本当にありがとう!」と。
 創立者や教職員、同学部の支援者への感謝を心に刻み、後に続く創大生に道を開くため――栄光の1期生の新たな挑戦が始まる。

◆原田会長を中心に誓いの各部代表者会議
 誇り高く御書根本で進め

 世界広布新時代第41回の各部代表者会議が27日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、冒頭、総本部が日本中、世界中から訪れる同志や友人でにぎわっていることを喜びつつ、誠心誠意で迎える友の尊き献身に感謝した。
 次いで戸田城聖先生が発願し、創価学会の信心によって御書全集が発刊され、来る4月で65周年となることに触れ、「転重軽受法門」の次の一節を拝読。
 「法華経の一句一偈でさえ身で読めば、成仏の記別を受ける。ましてや、日蓮は、法華経の全巻28品を身をもって読んだのであるから『いよいよ頼もし』である」(御書1001ページ、通解)
 そして「われら創価の師弟は御書全集を身をもって拝し、御書根本に一閻浮提への広宣流布を成し遂げている」と述べ、「いよいよ頼もし」と誇りも高く進もうと呼び掛けた。
 さらに、この御文に続く一節「ただ、国土までも安穏にしたいと思っていたが、進んで日蓮を用いようとしない世なので、力が及ばない」(同)を拝しつつ、この御本仏の悲願を受け継ぎ、成就していく学会の大使命を強調。日本の安穏と世界の平和のために、いやまして「立正安国」の大光を威風堂々と放っていこうと訴えた。
 そして、全世界の地涌の宝友の喜びあふれる前進のためにも、大胆に戦い、全創価家族の「異体同心の柱」となって勝利の旗を打ち立てようと力説した。
 最後に、戸田先生の師子吼「一歩も退いてはならんぞ。追撃の手をゆるめるな」を共々に心肝に染めたいと述べ、メッセージを結んだ。
 原田会長は、電光石火のスピードこそ学会の発展の因であり、激動の社会、変化の時代を勝ち越える要諦であると強調。
 「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」(御書509ページ)を拝しつつ、師匠の不惜身命の精神を受け継ぐ弟子の自覚と行動が、広布の未来を決すると語り、「4・2」から「5・3」、そして師弟の月・7月へ、対話拡大に勇んで打って出ようと訴えた。
 また、長谷川理事長、谷川主任副会長、宮尾総東京男子部長があいさつ。田中SGI女子部長、SGI事務総局の大山伸子主任がそれぞれ、イタリア、インドへの派遣団の模様を報告した。
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈教学〉 4月度「御書講義」の参考 立正安国論 
御書全集 31ページ7行目~18行目
編年体御書 169ページ5行目~17行目
対話の力で安穏な社会を建設

 4月度の「御書講義」では「立正安国論」を学びます。拝読範囲は「主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る~汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書全集31ページ7行目~18行目、編年体御書169ページ5行目~17行目)です。ここでは拝読の参考として、本書の背景と大意、また、拝読範囲の理解を深める解説を掲載します。

背景


 「立正安国論」は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、39歳の時、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。
 「諫暁」には、仏法者の立場から相手の誤りを指摘して、正しい道に導く、との意義が込められています。
 本書の宛先は、直接は北条時頼ですが、広くいえば社会の指導者全般であると拝することができます。さらに主権在民の現代にあっては、主権者たる「国民一人一人」が「国主」であり、本書の精神を訴えていくべき対象となります。
 当時は、大地震・大風・洪水などの自然災害が相次ぎ、深刻な飢饉を招き、加えて疫病の流行などが毎年のように続き、人心は乱れ、民衆は苦悩の底にありました。中でも、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った「正嘉の大地震」が、本書の執筆を決意された直接の動機となりました。


大意


 「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読みます。具体的には、人々の心に正法を確立し(立正)、社会の繁栄と平和を築く(安国)との意味です。
 本書は、相次ぐ災難による災禍を嘆く客の言葉から始まり、それに対して主人が、“災いの原因は、人々が正法に背き悪法を信じていることにある”と述べるところから対話が開始されます。
 主人は災厄の元凶として、当時、隆盛を誇っていた念仏を強く破折され、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書24ページ)と、謗法への布施を止めて正法に帰依するならば、平和楽土の実現は間違いないと断じられます。
 さらに、このまま謗法の教えに執着していくならば、経典に説かれる七難のうち、まだ起こっていない自界叛逆難(内乱)と他国侵逼難(外国からの侵略)の二難が競い起こってくることを警告し、実乗の一善(妙法)に帰依するよう、促されています。
 最後に客は、謗法の教えを捨てて妙法に帰依することを誓います。この誓いの言葉が、そのまま本書全体の結論となっています。


10問9答の「問答形式」 心つかむ納得の語らいを


 「立正安国論」は客(=北条時頼を想定)と主人(=日蓮大聖人を想定)の10問9答の「問答形式」で展開され、誤った教えに執着する客に対して、主人は理路整然と真実を説き示していきます。
 冒頭は「旅客来りて嘆いて曰く……」(御書17ページ)と、天変地異や飢饉、疫病など、相次ぐ災難を嘆く客の言葉から始まります。これに対して、「主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤悱す客来って共に嘆く屢談話を致さん」(同ページ)と、主人も同じ悩みを共有していたことを明かします。
 主人は悠然と、時には相手をなだめ、時には毅然たる態度で、「文証」「理証」「現証」の上から、客の誤った考え方を諭していきます。それに対し、「客色を作して曰く」(同20ページ)、「客猶憤りて曰く」(同21ページ)と、客は感情を高ぶらせて主人を批判します。
 日本浄土宗の開祖・法然を尊崇する客に対し、主人が「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(同24ページ)と言うと、「客殊に色を作して曰く」(同ページ)と、客の怒りは頂点に達し、席を立とうとします。
 その時に、主人は「咲み止めて曰く」(同ページ)――笑みをたたえ、去ろうとする客を止めて、話を続けるのです。
 やがて主人の明快な話と、確信あふれる姿勢に心を動かされた客は、徐々に態度を改め、最後は「私が信ずるだけではなく他の人にも語っていく」(同33ページ、趣意)と決意する真の“同志”に変わっていきます。
 このように、「立正安国論」が「対話」で展開されていることは、極めて示唆に富むといってよいでしょう。
 “対話の力”で安穏な世の中、平和な世界を築いていく――。「立正安国」の戦いを現実の上で進めているのが、創価学会なのです。


二難の予言が的中 戦乱を回避するとの思い


 拝読御文で、主人は謗法の対治を誓う客の変化を喜び、直ちに決意を実行に移すよう呼び掛けます。そして、謗法を対治しないならば薬師経・金光明経・大集経・仁王経の四経の文に照らして、七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告しています。
 主人は、北条時頼をはじめとする為政者に対し、他国侵逼難や自界叛逆難が起これば、統治の基盤である国家そのものが滅び、臣下の地位・生活の基盤である所領そのものが侵略されることを強調。その時に驚いても、もはや逃れるところもないと諄々と諭されます(御書31ページ、趣意)。しかし幕府は、この大聖人の警告を受け入れませんでした。
 その後、「自界叛逆難」は12年後の文永9年(1272年)の二月騒動(北条一門の内部争い)となって、また「他国侵逼難」は蒙古襲来(14年後の文永の役、21年後の弘安の役)となって現れたのです。
 「三世を知るを聖人という」(同287ページ)との原理に照らした時、「立正安国論の予言」の的中は、大聖人が「聖人」、すなわち「仏」であることを証明したものであるといえます。また、大聖人御自身が「種種御振舞御書」で、「安国論」の予言の符合は「仏の未来記にもをとらず」(同909ページ)と仰せになり、御本仏の御境涯を示唆されています。
 しかし、もとより大聖人は、予言の的中を求めていたわけではありません。
 大聖人が自らに迫害が及ぶことを承知の上で「立正安国論」を提出し、国主諫暁された御真意は、民衆を救済するために、「何としても未然に戦乱を回避しなければならない」との強い「慈悲」の発露でした。
 「安国論」の中の予言は、法に基づく「智慧」の発露なのです。


「四表の静謐」を祈れ 自分だけの幸福はない!


 大聖人は、本書の予言と警告の結論として、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31ページ)と仰せです。
 すなわち「一身の安堵」――自分個人の生活の安泰、一家の幸福を願うならば、「四表の静謐」――世界の平和と、それに基づく国の安定を祈るべきであると示されています。
 この一節は、為政者に対する諫暁であると同時に、学会員である私たちの実践の指標となっています。
 日蓮仏法は「自他共の幸福」の実現を目指しています。それは、自分だけの幸せを求めるのではなく、他人の幸せをも祈り、行動していくという意味です。その地道な実践に日々、まい進しているのが、私たち学会員の一人一人です。
 池田先生は、つづられています。
 「もし、自分だけの幸せのみを願ってよしとする生き方であれば、それは、あまりにも無慈悲であり、仏法上、慳貪の罪となってしまう。また、それでは、道理のうえからも、エゴ的な生き方といわざるを得ません。自分のみならず、周囲の人びとも、共に幸せにならなければ、自身の本当の幸せはない。ゆえに、自行化他にわたる実践のなかにこそ自身の真実の幸せがある。そこに私どもが、広宣流布に、さらには立正安国に生きるゆえんがあるんです」
 私たちは「立正安国」の精神を胸に、自身の深き使命を確信しながら、地域に友情の輪を広げる対話に率先していきましょう。

◆〈魂のバトンを君に 池田先生と後継の友〉 北海道 

   
第3回世界平和文化祭の出演者らにエールを送る。師弟一体で築いた歴史的な祭典は、人間主義の世紀を目指す、北海道の友の新たな船出となった(1983年8月、札幌市で)                                                                          
第3回世界平和文化祭の出演者らにエールを送る。師弟一体で築いた歴史的な祭典は、人間主義の世紀を目指す、北海道の友の新たな船出となった(1983年8月、札幌市で)

 「北海道は、青年の天地だ」。池田先生は記した。「北海道に燃え立つ青年力こそ、新時代を開く力である」
 青年が先頭に立ち、不屈の生命力で未踏の原野を開拓する。

◆〈壮年部のページ〉 青年の心脈打つ王城会は人材育成の大きな柱
 
 


 「天晴れて 勝利の柱の 王城会」。かつて池田先生は、学会厳護の友に句を贈った。
  今回の「壮年部のページ」では、創価の城を厳然と護りつつ、広布拡大、壮年強化の大きな柱となっている人材グループ「王城会」の代表を紹介する。

池田先生の指針                                                                                   

                   各地で研さんが進む壮年部指導集『黄金柱の誉れ』。ここでは指針を抜粋して紹介する。

 御聖訓には、「大地はささばはづるるとも(中略)法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(御書1351ページ)とまで断言なされている。
 それゆえに、漠然とした曖昧な祈りではなく、「的」を明確に定めることだ。つまり「必ず」と腹を決めた誓願である。そこに牧口先生が、常に言われていた「百発百中」の実証も現れるのだ。(中略)
 あの友の幸福を、わが後輩の成長を――すべて一つ一つ深く祈念しながら、足取り軽く最前線へと飛び込む。この「祈り即実行」の繰り返しを、それこそ「せめ返し・せめをとし」(同502ページ)と仰せの如く、弛まず貫いていくことだ。
 壮年部は、職場でも、学会の組織においても、師子王の心で、信頼厚き「幸福責任者」「勝利責任者」となるのだ。
 一個の男として、何があろうが、自分は逃げない、責任を果たしてみせると、勇気を奮い起こす時、汝の本当の力が現れる。(45ページ)
                                                                     ◇ 
 「おはようございます!」「こんにちは!」と、さわやかに声をかける。明るくはつらつと接する。それだけで声をかけられた人はうれしい。信頼関係も築かれる。
 気持ちのよい「あいさつ」――私自身、近所でも、職場でも、また学会活動の中でも、きちんとあいさつをしようと決めて、実践してきました。(119ページ)
                                                                    ◇ 
 多忙ななかで、いかに時間をつくりだすかが既に戦いなんです。少しでも早く、見事に仕事を仕上げて活動に出ようと、必死に努力することから、仏道修行は始まっています。自分の生命が鍛えられているんです。この挑戦を重ねていけば、凝縮された時間の使い方、生き方ができるようになります。(中略)
 「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(御書329ページ)との御文がありますが、大変な状況のなかで、信心に励むからこそ、それだけ功徳も大きいんです。(222ページ)
                                                                    ◇ 
 だれが見ていなくとも、私たちの一念・行動を、全宇宙の諸天・諸仏が見守っている。御本仏日蓮大聖人が、すべて御覧になっている。これを「冥の照覧」というのです。ゆえに信心は、他人に“どう見えるか”ではない。自分自身が“どうあるか”“どう行動したか”である。
 目には見えない「一念」と「行動」が、長い間には必ず目に見える結果となって現れてくる。長い目で見れば、その人の真実は、自然のうちに明らかになっていく。裏表のない人が最後に勝っていく。(105ページ)

★東京・北区 東十条会館                                         10年でメンバーが3倍に

  JR東十条駅前には、下町の風情漂う商店街がある。駅から徒歩数分。東十条会館が見えてきた。
 同会館を厳護する喜多創価区王城会は、この2月、新たに9人が加わり、59グループ163人の体制で出発した。
 同区壮年部長の鈴木敏城さん=副区長=は語る。
 「任務に就くには日々、仕事に勝ち、職場で信頼を得ることが大切です。王城会の一員であることが、人生の骨格づくりにもなっています」
 同区では、一人一人の技術の向上を図るため、任務前指導会で、電話応対や緊急時の避難アナウンス、AED(自動体外式除細動器)による蘇生措置や消火訓練などを行うことも。また指導会を本部ごとに開催し、顔の見えるつながりを常に心掛けている。
 職場で管理職を務める尾﨑義輝さん=地区部長=は述べる。「無事故の任務に徹し、『前前の用心』(御書1192ページ)や時間厳守などを実践すると、仕事に対する姿勢が自然と変わっていきました」
 そうした姿を見てきた職場の元同僚は昨年、尾﨑さんの紹介で入会した。
 牙城会出身の井上篤さん=支部書記長(副支部長兼任)=は28年にわたって会館警備を担う。ただ青年部を卒業後、仕事に追われ、会合に参加できない時期があった。「次第に喜びや充実感がなくなり、仕事にも行き詰まりました。それでも任務の時だけは、“絶対に負けない”と自分自身に言い聞かせてきました」
 その後、先輩の励ましに奮い立った井上さんは両立に挑戦。職場の検定試験に合格し、1月に昇格した。
 そのほかにも、勇んで会館警備に就く息子の姿に、自ら志願して王城会メンバーとなった父親や、一昨年に王城会員となり、昨年、母親に弘教した入会3年目の同志もいる。
 「喜多創価区王城会の発足から満10年。今では発足時の3倍となる壮年勇士の陣列となりました」と、同区委員長の上野博さん=副本部長=は胸を張る。
 1988年(昭和63年)、池田先生は東十条会館を訪れ、和歌を詠んだ。
 「堂々と 祈り祈りて この世をば 功徳の満開 飾りて楽しめ」
 今、同区王城会の友は、信心で開いた幸福勝利の人生を力強く歩んでいる。

◆〈信仰体験〉 母の覚悟に確かな幸せ 経済苦、夫の介護を越え

 【大阪市都島区】真っすぐに師を求め、3人の子を育てた母がいる。両手を頬に当て、照れくさそうなしぐさが印象的な杉本清子さん(82)=北大阪創価支部、支部副婦人部長。「池田先生の写真を見てたらね、“もっと頑張らんと”って決意させてもらうんです」。

2017年3月27日 (月)

2017年3月27日(月)の聖教

2017年3月27日(月)の聖教

◆今週のことば

「先んずれば人を制す」
スピードが勝負だ。
さあ新年度へ
祈りは明確に 具体的に。
師子奮迅のダッシュを!

◆名字の言


  広島平和記念資料館の本年度入館者数が159万3280人を上回り、25年ぶりに過去最多を更新した。中でも外国人の割合は、20・8%と増加。海外旅行客の定着に加え、オバマ前米大統領が来館したことが要因になった。今、核兵器廃絶を願う世界の声が高まる▼広島市が推進する「被爆体験伝承者」1期生として、母の記憶を継ぐ被爆2世の婦人部員がいる。昨年、非政府組織(NGO)の企画に参加し、世界21カ国で原爆の惨状を語った▼104日にわたる長旅。宿泊先では、ある女性と2人部屋になった。「実は私、学会員なんです。勤行してもよろしいでしょうか」。意を決して聞くと「私も学会員よ」と。長崎で被爆した婦人部員だった▼英国・ロンドンでも講演。終了後、参加者の一人であるイギリス人女性が打ち明けてくれた。「私は日本の仏教を信仰しています。“SGI”といいます」。さらに、その場にいた通訳の女性も「私も学会員なんです」。感動的な創価家族の出会い。4人は手を取り合い、平和への前進を誓った▼きょう27日から、国連で「核兵器禁止条約」制定に向けた交渉会議が始まる。一人一人の心に、平和の種をまく。その世界の同志が織り成す点と点がつながり、“絶対悪”を根絶する連帯となる。(子)


◆〈寸鉄〉 2017年3月27日

 “共生の心”を語り広げる
 学会青年は人類の希望―
 教授。平和世紀の柱たれ
      ◇
 東京・品川婦人部の日。
 広布源流の地から対話の
 花を!勝利の春呼ぶ躍進
      ◇
 行為一つ一つに後悔ない
 かを問え―賢帝。今日も
 挑戦!その一歩が歴史と
      ◇
 会議は焦点絞って価値的
 に。魂の触発で全幹部が
 最前線へ飛び出す流れを
      ◇
 交通死者、小学1・2年生
 が多し。左右前後を確認。
 注意喚起を家庭・地域で

◆社説  発展するドミニカ共和国  “広布の開拓者”は地域の希望に


 アメリカの初優勝で幕を閉じたワールド・ベースボール・クラシック。今大会では、プエルトリコやベネズエラなど、中米各国のレベルの高さも目立った。そのうちの一つ、ドミニカ共和国は数多くのメジャーリーガーを輩出している野球王国。少年たちが、貧しさをバネに“プロになって、家族を助けたい”と夢を追い掛けているという。
 同国にも逆境と戦うSGIのメンバーがいる。その活躍は“地域の希望”と光る。
 貧しい家に生まれたある女子部員は、模範の生徒として表彰され、奨学金を得て名門大学に通っている。また、入会前にギャングの一員だった男子部員は、信心を始めて更生の道を歩み、創価班として他者に尽くす生き方を学んでいる。
 感染症を患った婦人部員は、病魔と闘いながらも常に笑顔を忘れず、看護師を入会に導いた。病状が回復した今は、同じ病に苦しむ人のため、人権運動に参加している。ある壮年部員は、懸命に祈る中で転職を勝ち取り、経済苦を転換。家と車を購入できた。また部下を心から大切にし、職場においても、高い評価を得ている。
 同国に広宣流布の火がともされたのは1960年頃。日本から移民としてやってきたクラト・キムラさん(同国SGI名誉理事長)が、日本にいる母から手紙で折伏された。その後、仏法は移民だけでなく、現地の人々の間にも広まり、66年に支部が結成された
 池田先生は、87年に同国を初訪問。メンバーを心から励ますとともに、大統領と会見するなど社会に信頼を大きく広げた。
 アジアを目指したコロンブスが第1回の航海で到達し、“西方航路”を見いだす原点ともなった、ドミニカ共和国。池田先生はその意義に触れ、カリブ海諸国の同志に呼び掛けている。
 「皆さま方は人類を根底から救いきる“平和の道”“成仏の道”の開拓者である。三世にわたる永遠の幸福への確かなる“生命航路”を人々に教えておられる。コロンブスよりも、はるかに尊く偉大な、仏の使いなのである。やがて幾百万、幾千万、幾億もの世界の人々が、皆さま方の開いたこの道を勇んで歩みゆくにちがいない」(『池田大作全集』第68巻)と。
 30年前、1本部4支部だったドミニカ共和国SGIは現在、7本部16支部へと発展。幸福への“生命航路”は広布の開拓者の手によって、洋々と開かれている。

◆きょうの発心   “全ての原動力”が創価班の使命2017年3月27日

御文 
大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず  (祈?抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。
 
 創価大学1年の時、構内で池田先生との出会いが。先生は、折伏が思うように進まない私の悩みを聞かれ、「私も、若い時は、試行錯誤の連続でした。しかし、それは、すべて、将来の成功のための土台です。何があっても、粘り強く、朗らかに、愉快に挑戦していくことです。“愉快王”でいこうよ」と励ましてくださいました。
 その後、この御文を拝し、懸命に友人との対話へ。5カ月後、初の弘教が実り、師匠に勝利の報告ができました。
 昨年、創価班は結成40周年を迎えました。新指導集の「発刊の辞」で先生は、「『創価班』は、いずこにあっても、いついかなる時にあっても、『勝利』が宿命づけられている」と期待を寄せてくださいました。師のため、学会厳護のため、私自身が率先の行動を起こし、創価班が全ての戦いで勝利の原動力となってまいります。  創価班書記長 尾﨑義博

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章 三
 


 山本伸一は、世界を結び、確かな平和への道を開くために、各国の識者や大使らとも積極的に交流を図っていった。五月十九日には、親善交流のために、中日友好の船「明華」で、交流団の団長として来日した中日友好協会の廖承志会長と都内のホテルで会談した。
 語らいのなかで伸一は、いかなる立場になろうが、日中の平和・文化・教育の交流を推進し、両国の友好に、さらに尽力していきたいと決意を披瀝した。そして、万代にわたって崩れることのない友好のためには、民間次元の強いつながりが重要になると訴えた。
 また、廖会長は、伸一に、五度目となる訪中を要請したのである。
 二人は、第一次訪中以来、幾度となく対話を重ね、深い友情に結ばれてきた。廖会長は、この四年後の一九八三年(昭和五十八年)六月に他界する。伸一は、その翌年、廖家を弔問し、経普椿夫人、子息と、廖承志の尊き生涯を偲びつつ語り合った。
 二〇〇九年(平成二十一年)十月、中国・広州市にある仲愷農業工程学院から、伸一と妻の峯子に、それぞれ名誉教授の称号が贈られる。「仲愷」とは、孫文の盟友で、廖承志の父・廖仲愷のことである。同校の淵源となる仲愷農工学校は、彼と共に新中国の建設に生きた夫人の何香凝によって創立されている。
 さらに同校には、廖承志と伸一の研究センターがつくられ、二〇一〇年(同二十二年)十一月に開所式が行われた。
 伸一の植えた友誼の苗木は、二十一世紀の大空に大きく枝を広げていったのである。
 彼は、廖承志会長との会談に続いて、五月二十二日にはソ連のノーボスチ通信社の国際部長や論説委員、大使館関係者らと神奈川文化会館で語り合った。米ソ第二次戦略兵器制限交渉(SALTⅡ)や、アジア及び世界の平和・文化・教育の問題などをめぐって意見交換したのである。その席で伸一に、強い訪ソの要請が出されたのだ。
 恒久平和の実現を願い、懸命に努力し、行動していくことこそ、仏法者の責務である。

【聖教ニュース】

◆栄光の「5・3」へ各国・地域のSGIが誓願の集い
   
仲良き団結光るフィリピンの友。「良き市民」として友情のスクラムを幾重にも広げる(ミンダナオ島のダバオ文化会館で)
仲良き団結光るフィリピンの友。「良き市民」として友情のスクラムを幾重にも広げる(ミンダナオ島のダバオ文化会館で)

   栄光の5・3「創価学会の日」へ、青年拡大の勢いを加速! 3・16「広宣流布記念の日」を祝賀するSGI(創価学会インタナショナル)の集いが、各国・地域で行われた。
 フィリピンSGIは16日、国内5会館で開催。このうち、ケソン市のフィリピン文化会館では、女子部のキム・リー・バイロンさんが体験発表。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)の一節を胸に苦境を打開し、社会で実証を示した喜びを語った。
 アルカンタラ理事長は求道の友をたたえ、皆が“青年の心”で、新たな広布拡大の金字塔をと念願した。
 一方、オーストリアSGIの青年部総会は12日、首都ウィーンのオーストリア文化センターで意気軒高に。
 バルヴェルデ男子部長、ヴァルター女子部長のあいさつの後、皆で「3・16」の意義を学習。続いて、マークス・エレーガーさんが信心根本に職場で信頼を広げる模様を述べ、クラウディア・カールパネーゼさんは、信仰によって自分に自信を持てるようになったとの体験を語った。
 さらに、質疑応答も活発に行われ、「より継続的に信仰を実践するには?」「師弟不二の意味とは?」等について意見が交わされた。ウィリアムス理事長、ルボー婦人部長が激励した。
 ベルギーSGI(ハシモト理事長)の記念勤行会は5日、首都ブリュッセルのベルギー文化会館で。
 青年部による研究発表や、男子・壮年部の有志による演奏、体験発表などが行われ、ダナエ・リスト副青年部長が仏縁を広げる対話拡大に打って出ようと呼び掛けた。

【先生のメッセージ】

◆池田先生と共に 新時代を進む 7 

                                                          

 師弟誓願の3月から「4・2」「5・3」へ、我ら創価は勝利のリズムで進む。総本部の青年桜も開花し、各地から集われる尊き友が笑顔で仰ぐ季節となった。
 年々歳々、「冬は必ず春となる」との希望の劇を宝友と飾りながら、恩師・戸田城聖先生の祥月命日を迎えられることに感無量である。
 アメリカSGIの初代から第4代まで歴代の婦人部長・書記長たちも、仲睦まじく来日された。世界広布の道なき道を、共々に開いてくれたパイオニアである。
 妻と一緒に懐かしい再会をすることができた(25日、戸田記念国際会館で)。
 皆、健康長寿と幸福和楽の実証を示しながら、姉妹のように、母娘のように、麗しく後輩を慈しみ、人材の流れを築いてくれている。
 「アメリカは大勝利します!」との若々しい心意気が、何より嬉しかった。
 全世界に輝き広がる創価家族の功徳満開の晴れ姿を、恩師もどれほどお喜びくださるであろうか。
                   ― ◇ ― 
 日蓮大聖人は門下の先駆の功労を讃えられ、「国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし」(御書1241ページ)と仰せになられた。
 法のため、友のため、社会のため、苦難に怯まず、広布に生き抜く福運は無量だ。時とともに、いやまし光る。
 学会活動には、何一つとして無駄はない。あらゆる苦労が、最極の「今生人界の思出」となり、自身と一家眷属の「人間革命」の力となる。さらには愛する地域と国土の「立正安国」へとつながっていくのだ。
                 ― ◇ ― 
 法華経には「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(法華経575ページ)と。
 苦悩の絶えない社会にあって、生命尊厳の大哲学を持ち、希望と勇気の光を送りゆく地涌の友の使命は、いかに大きく誇り高いか。
 “どうすれば組織が盛り上がるか”と悩む青年を、私は励ましたことがある。
 ――君自身が燃えていればいいんだよ。一人の信心が、一人の成仏が、最後には全てを変えるんだから、と。
 一人から一切は始まる。自分が太陽となれば、いかなる闇も消え去るのだ。
 今の祈りと行動が種となって、必ず勝利の花を咲かせる。生き生きと友情と仏縁を広げ、いざ爛漫と創価桜の道を開きゆこう!


【特集記事・教学・信仰体験など】
◆〈誉れの学園 世界市民を育む創価教育〉 第10回 感謝の心
「一流」とは父母を愛する人

             
創価学園の卒業式で、卒業生の決意の歌声に応え、悠然と指揮を執る創立者・池田先生。先生は、祝辞で、「どこまでも、お父さん、お母さんを大切に」と、親孝行の重要性を訴えた(2004年3月16日、東京・小平市で)
創価学園の卒業式で、卒業生の決意の歌声に応え、悠然と指揮を執る創立者・池田先生。先生は、祝辞で、「どこまでも、お父さん、お母さんを大切に」と、親孝行の重要性を訴えた(2004年3月16日、東京・小平市で)

 学園生にとって、3月16日の卒業式は、一つの「終着点」である。だが、そのゴールテープを切るのは、生徒だけではない。「保護者」もまた、わが子と“二人三脚”の思いで、卒業式を目指してきた。
 体調は大丈夫か。勉強についていけるか。寂しい思いをしていないか……。心配してくれた両親・家族に、「感謝」を伝えたい。東西の創価高校では、毎年、生徒手づくりの“感謝の集い”が行われている。
 今月4日、関西創価高校(大阪・交野市)では「謝恩合唱祭」が開かれた。これは、13年前から続く伝統行事である。
 関西高の講堂は、全国各地から集った、約700人の保護者で満席。高校3年の全8クラスが合唱を披露し、間奏に入ると、次々に両親への思いを叫んでいった。
 「素直になれない時もありました。反抗して困らせる時もありました。でも、そんな私を、いつも大きな心で包んでくれた。お父さん、お母さん、ありがとう!」
 「くじけそうになった時は、お母さんの笑顔とお父さんの背中を思い出して、何度も立ち上がって、挑戦していきます!」
 涙があふれ、声にならない生徒もいた。走馬灯のように、心に浮かんでいたのは、父母と共に歩んだ日々の思い出――。
 感動が最高潮に達したのは、親元を離れて暮らす寮生、下宿生の言葉だった。
 「友達の愛情たっぷりのお弁当も、親子げんかの愚痴も全てがうらやましかった。でも、その分、お父さん、お母さんの存在の大きさを知ることができました」
 「(故郷から)送られてくる荷物の中の手紙。電話から聞こえた両親の声。離れていても支えてくれた。今度は、僕たちが立派になって、世界一幸せにします!」
 両親に心配を掛けまいと、寮生・下宿生たちは、努めて明るく振る舞ってきた。
 ある下宿生の保護者は、こう振り返る。
 「夏休みなどで帰省した時、娘はいつも、楽しかったことしか話しませんでした。家族と離れて、つらい時もあったはずです。寮に戻る日、少し寂しそうな娘の背中を、“頑張れ、頑張れ”と祈るように見送った日のことを懐かしく思い出します」
 生徒の真心の結晶である謝恩合唱祭は、万雷の拍手とともに幕を閉じた。参加した保護者は口々に感動を語っていた。
 「こんな高校生がいるのかと、素直な子どもたちの心に感動しました。創価教育の真髄を見た気がしました」
 「遠くから来たかいがありました。息子を創価学園に入れて本当に良かったです。優しい心を育ててくださり、池田先生と教職員の方々に感謝申し上げます」
 〽母よ あなたは なんと不思議な……
 3月16日の卒業式。東京校の体育館に、創立者・池田先生が作詞した「母」の歌が響いた。声の主は、東京校の卒業生。父母への感謝を込めて歌う「母」の合唱は、東京校の卒業式の最後を飾る伝統である。
 その後、高校では、各クラスに保護者を招き、「感謝の集い」が開催された。そこでは、卒業生たちが、自分の両親に「感謝の手紙」を手渡した。母と抱き合う女子生徒がいた。父と握手する男子生徒もいた。ある寮生の母親は、こう語っていた。
 「息子からの手紙には、“将来、必ず、父さん、母さんを海外旅行に連れて行くからね”と書いてありました。涙が出るほどうれしかった。息子は4月から創価大学に進学するので、また離れ離れですが、安心して送り出そうと思います」
 「親に感謝のできる子」は、当たり前に育つものではない。近年、日本でも深刻化しているのが、子どもの家庭内暴力だ。
 警察庁の統計(平成26年)によれば、暴力を振るう年齢は、男女共通して、13歳から17歳の中学・高校時代に集中している。さらに、暴力を振るう対象(人)としては、母親が全体の7割以上に及んでいる。
 第2代会長・戸田城聖先生が「青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか」と述べたように、最も身近な両親への感謝ができない人間に、社会貢献などできようはずもない。
 だからこそ、池田先生は、「世界の一流の人格は親孝行です。父母に感謝し、父母を大切にする心から、平和は生まれる」「心の中に、決して感謝を忘れてはなりません」などと語り、学園生の「感謝の心」を育み続けてきたのである。
 関西創価小学校(大阪・枚方市)を支援する団体に、「華王グループ」がある。
 近隣地域(枚方市、寝屋川市)に住む関西小の支援者で運営される同グループは、年2回、パンジーやベゴニアの鉢を関西小に寄贈。今年度も4000鉢以上が、校内を美しく彩り、児童たちの心を潤した。
 関西小では毎年、4年生が、グループの方々への感謝の気持ちを込め、頂いた花で「押し花」を作成。そこに、感謝のメッセージを書き添えて贈っている。
 約30年前に誕生した「華王グループ」。母子2代で、関西小に花を贈る人もいる。浦三枝子さん・楠直子さん親子だ。
 娘の直子さんは関西小の卒業生(7期)。母の三枝子さんは、直子さんの在校当時から、関西小に花を寄贈し続けている。
 直子さんは語る。「花が大好きな母は、自分の育てた花で、私たちに明るさや元気を贈りたかったのでしょう。母をはじめ、見守ってくださった方々への感謝を胸に、私も母校に花を贈っています」
 直子さんは、学園を卒業後、歯科衛生士として働き、結婚。長男は今、関西小3年生として、花を育てる母の姿を見つめる。
 かつて、学園を訪問した、米国エマソン協会元会長のサーラ・ワイダー博士は、「創価の教育には、感謝の心があります」と評している。学園に脈打つ「感謝の心」。その気風は、学園生に対する池田先生の慈愛によってつくられてきた。
 学園の草創期。生徒たちのもとに届けられた池田先生からの“激励”。「おなかがすいているだろう」と、団子やたい焼きが贈られることもあったという。
 ある1期生は、こう述懐する。
 「池田先生は、いつも師匠・戸田先生との思い出を語っておられました。『このお団子は、戸田先生が好きだったんだ』『寒い冬、戸田先生に、たい焼きをごちそうしていただいて、一緒に食べたんだよ』と。常に戸田先生のことを思い、『感謝の心』を持ち続けておられる池田先生の姿に、報恩の生き方を学んだのです」
 それは、過去の話ではない。7月17日の「栄光の日」には今も、学園生に、かき氷が贈られる。60年前の7月17日、民衆を抑圧する不当な権力と戦い抜き、出獄をした池田先生に、戸田先生が振る舞った「思い出のかき氷」である。
 いつまでも、戸田先生から受けた恩を忘れない池田先生。その姿を模範として、学園生は「感謝の心」を育てていった。
 池田先生の心を継ぎ、1期生や2期生の中には、卒業して50年近くたった今でも、後輩である現役の栄光寮生たちに、団子やたい焼きを差し入れする人たちがいる。
 池田先生と学園生を結ぶ「感謝の絆」。その絆が、創価の人間教育を輝かせる。
 父母のため、師のために――報恩を誓う学園生の心は、今も昔も変わらない。


池田先生の指針


 「感謝」とは、人間性の真髄です。その心は、「学ぶ」という、同じく人間性の真髄と一体となって、人生を限りなく高めてくれる二つの翼であります。
 東洋の大先哲は、なぜ学問をするのか、それは智慧を習い究めて、最高の人格を開き、恩ある人々を、皆、幸福に導いていくためであると示されております。勉学と人生の極意が、ここにあります。
 もちろん、焦ることはありません。今は、じっくりと学び、力をつけて、根を張り、幹を鍛える時です。「じっとこらえて今に見よ」と、父母も、皆も仰ぎ見る、偉大な大樹と育って、民衆の大地に恩返しを果たしていただきたいのであります。
 〈昨年3月、創価学園卒業式〉
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉18 「創価学会永遠の五指針」を命に刻む 師弟不二で絶対勝利の信心を   明確な目標で新年度を出発
桜花爛漫の「創価の春」へ、颯爽と対話拡大! 

 伊藤 池田先生の指導集『創価学会永遠の五指針』が反響を呼んでいますね。
 竹岡 「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」――世界広布新時代に当たり、先生はこの五指針を「SGIの永遠の五指針」との意義も込めて、講義されています。
 永石 今、日本だけでなく、SGIの研修会などでも、海外の同志が求道の心を燃やして研さんしていますね。私たちも真剣に学んでいきたいと思います。
 長谷川 1957年(昭和32年)12月、戸田先生は、75万世帯の弘教達成と共に、「学会の三指針」を発表されました。全同志を幸福に導くため、一人一人が目指すべき信心の在り方、また何のための信心なのかを、明確にとどめておこうとされたのです。
 原田 そして2003年(平成15年)、池田先生は21世紀の広布を展望され、新たに「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」を提案されました。先生は「恩師の三指針に、後に二指針を加えた師弟共同の指標が、『創価学会永遠の五指針』です」と語られています。

異体同心の団結で

 永石 「健康長寿の信心」に込めた思いを、先生はこう述べられています。
 「世界のいかなる地にあっても、人々が自身の生命の尊厳性を輝かせ、自他共に健康長寿の人生を生き生きと謳歌していく中にこそ、真の『幸福の世紀』、『平和の世紀』、『健康の世紀』が実現していきます。私どもの創価の仏法運動は、そのためにこそあります」と。
 原田 仏法者として、「自他共の幸福」のために生き、他者に尽くす人生ほど、素晴らしいものはありません。学会活動に励み、広布のために前進していくことが、最高の「健康長寿」の人生を歩む要諦であると教えられています。
 竹岡 「絶対勝利の信心」について、先生はこう語られています。
 「『絶対勝利』――これこそ、私たちの信仰と人生の究極の目的です。戸田先生が衰弱したお体をおして熟考され、発表してくださった『永遠の三指針』の奥底を貫く、根本の精神です」と。
 伊藤 全学会員の幸福勝利を願われた、戸田先生のお心を深くくみとられてのことだったのですね。
 竹岡 そして、そのための信心と実践の要諦について、「信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば」(御書1357ページ)との御聖訓を通して、3点示されています。第1に「不退と決定の信心」。第2に「信念と正義の信心」。第3に「如説と確信の信心」です。
 長谷川 また先生は、「異体同心事」を通して語られています。
 「正義の陣営が異体同心の団結で臨めば、最後には絶対に勝てるのです。広宣流布の師匠と心を合わせて、法華経の兵法で戦えば必ず勝てる! 勇気ある信心を貫けば、必ず正義を宣揚できる! 異体を同心とする善の団結を築けば、いかなる悪をも打ち破れる! これが『絶対勝利の信心』の極意です」と。
 原田 講義の最後は、こう結ばれています。
 「創価学会は、永遠に師弟不二で絶対勝利の信心を貫き、凱歌の歴史を刻んでいくのです」と。私たちは「永遠の五指針」にうたわれた偉大な信心の炎を燃やし、世界広布新時代の「師弟の凱歌」を必ずや轟かせてまいりましょう。

決めて祈って動く

 永石 桜の開花も各地で始まりましたね。いよいよ「躍動の春」「拡大の春」「対話の春」の到来です。
 伊藤 池田先生は、先日の本部幹部会で呼び掛けられました。
 「私たちが語った分だけ仏縁が結ばれます。それは必ず幸福の種となって自他共に心の大地に蒔かれ、いつの日か爛漫と人間革命の花を咲かせ、一生成仏の実を結んでいくでありましょう」と。
 原田 私たちは、希望の春風とともに颯爽と、足取りも軽く、対話拡大へ、勢いよく打って出てまいりたいと思います。
 長谷川 あらためて「目標」を明確にして出発していくことも大切です。目標があってこそ、そこに向かって前進していくことができるからです。
 竹岡 先生は、「明確な目標が心の一致を生む。綿密な協議が団結を強める。皆で祈り、智慧を出し合い、共に納得しながら合議する。その中で、信心の息吹をいやましていくのだ」と語られています。
 永石 また先生はこう呼び掛けられています。
 「組織としての目標だけでなく、自分個人の目標を明確にし、その成就と、自身のさまざまな苦悩の転換をかけて、祈り抜いて戦っていくんです。『広布の勝利』は『生活の勝利』になります。『活動の歓喜』は『人生の歓喜』になります」と。
 長谷川 とくに年度末、新年度の始まりにも当たり、仕事・家事・学業など、さまざま多忙な時期でもあります。新たな決意で「信心即生活」の実証を示していけるよう、共々に心を配り、励まし合っていきたいと思います。
 原田 その通りです。拡大の目標とともに、自身や一家の「人間革命・宿命転換」の目標を具体的にしていくことも大切です。
 長谷川 “決めて、祈って、動く”――これを粘り強く、歓喜をもって実践していくことが、活動にあっても、人生にあっても、「勝利への不変の方程式」であることを先生は教えてくださっています。
 原田 明確な目標を決めて、題目の師子吼を轟かせ、「4・2」から「5・3」、そして「師弟の月・7月」へ、勢いよく前進してまいりましょう。

◆4月の広布史 2017年3月27日

◎4・2「第2代会長戸田城聖先生命日」

 1958年(昭和33年)4月2日、第2代会長の戸田城聖先生が、広布の一切の願業を成就し、58年の尊い生涯を閉じた。戦後の焦土に一人立ち、初代会長の牧口常三郎先生の遺志を継いで、学会の再建と75万世帯の折伏を達成した戸田先生。その偉大な足跡は、広布史に不滅の光彩を放っている。※参考資料=小説『人間革命』第12巻「寂光」「新・黎明」、『新・人間革命』第4巻「春嵐」
  
◎4・11「ヤング・ミセスの日」
 86年(同61年)4月11日、池田先生ご夫妻が出席して行われた東京・北多摩圏(現・学園総区)のヤング・ミセスの集いにちなんで定められた。※参考資料=ヤング・ミセス指導集『幸福の太陽』
  
◎4・18「大学会の日」
 「大学会」は、68年(同43年)の春、「生涯にわたって友情を育み、広宣流布の使命を確認し合える」ようにとの池田先生の提案を受けて誕生した。「大学会の日」は、53年(同28年)4月18日に、戸田先生が、5人の東大生に法華経の講義を始めた日が淵源となっている。※参考資料=『人間革命』第8巻「学徒」、『新・人間革命』第13巻「金の橋」
  
◎4・20「聖教新聞創刊記念日」
 51年(同26年)4月20日、聖教新聞が創刊。当時は、発行部数5000部、月3回刊の2ページ建て。71年(同46年)1月から現在の日刊12ページ建てとなり、公式ウェブサイト「セイキョウオンライン」には、世界179カ国・地域からアクセスがあるなど、大きく発展した。※参考資料=『新・人間革命』第4巻「凱旋」、第10巻「言論城」、第14巻「大河」
  
◎4・28「立宗の日」
 1253年(建長5年)4月28日、日蓮大聖人が32歳の時、末法の全民衆を救う根本の法である「南無妙法蓮華経」を唱え、立宗宣言した。「聖人御難事」には「建長五年太歳癸丑四月二十八日に(中略)此の法門申しはじめて」(御書1189ページ)としたためられている。※参考資料=『人間革命』第6巻「七百年祭」


◆〈世界の機関紙・誌から〉 アメリカSGI レオナルド・マツダさん

 私はブラジルで生まれ育ちました。物心ついた頃から父の姿はなく、父親と一緒に遊ぶ友達の姿を見ては「なぜ僕にはお父さんがいないの?」と言う私に、母もさぞつらかった…

2017年3月26日 (日)

2017年3月26日(日)の聖教

2017年3月26日(日)の聖教

◆わが友に贈る


「いつかやろう」では
永遠に「時」は来ない。
「よし今、やろう!」
決意即行動の人が
栄光への突破口を開く!

◆名字の言


  熊本地震から来月で1年となる。一般に、発災からの節目を刻む時、被災者が「記念日(アニバーサリー)反応」を起こす恐れがあるという▼記念日反応とは、身近な人の死や災害などに直面した人が、その出来事のあった日の前後に、つらい体験や悲しみを思い出し、不眠や落ち込みなど心身に不調を来すこと。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に特徴的な反応の一つである。一見、落ち着いた生活を取り戻したように見える人や、精神的苦痛を感じた自覚をもたない人でさえ、こうした反応を示す場合があるといわれる▼これを防ぐ重要な対処法の一つが「周囲とのつながり」を深めること。家族や親しい友人と語り合うことはもちろん、地域の人々と協力した過去の記憶を呼び起こすだけでも効果があるという▼熊本の婦人部員は、この一年、被災した友に寄り添うことに徹してきた。先月も、震災で心身を患い、半年ほど家にこもっていた友が、彼女をはじめ学会家族の支えで、外出することができた。「私も被災者の一人ですが、師匠や同志の励ましで立ち上がることができました。ご恩返しです」と彼女は言う▼蓄積された記憶はさまざまだからこそ、じっくりと相手の話を聴くことが大切だ。心通う対話で、地域の絆を強めたい。(剣)

◆〈寸鉄〉 2017年3月26日
 

 人間は師の存在があって
 深く人生を学べる―博士
 池田門下の誇り胸に前進
      ◇
 「一切法華経に其の身を
 任せて」御書。深き祈りで
 勝つ。この確信が創価魂
      ◇
 子供の頃に愛情注がれた
 大人ほど幸福感は高い―
 研究。鳳雛に激励の風を
      ◇
 家の防犯対策、意識せず
 が7割。油断は空き巣の
 餌食。鍵は扉にも心にも
      ◇
 現場のニーズに合う改革
 を起こせるのは公明党―
 識者。「大衆と共に」貫け

◆社説  新出発の春を迎えて  出会いの季節に仏縁と境涯を拡大


 春は別れと出会いの季節だ。進学や就職といった人生の節目を刻むたびに、新たな人間関係が生まれるが、過去に結んだ交友関係を継続させていくのも、なかなか容易なことで
はない。
 内閣府が一昨年、60歳以上に行った「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」。「家族以外に相談あるいは世話をし合う親しい友人がいるか」という問いに対し、日本は25・9%が、同性・異性の友人の「いずれもいない」と答えた。これは、調査を行った他の3カ国(アメリカ、ドイツ、スウェーデン)と比べ最も高い数字。男女別に見ると、日本人男性は29・8%、実に3人に1人が“友がいない”と感じているのだ。仕事や子育てに追われるうちに同窓会からは足が遠のき、職場の同僚とはプライベートの付き合いがないまま定年を迎える――そんな生活スタイルの人が多いことの表れかもしれない。
 都内に住む30代の男子部員は、3年前に外資系IT企業へ。外資系なので、個人主義
の社風や仕事の成果へのプレッシャーは予想通りだった。驚いたのは、一定時間、各種ボ
ランティアへの参加が業務として定められていることだった。
 さまざまな分野の人と触れ合う中で、男子部員の心に変化が。“キャリアや金銭を得ることと同じか、それ以上に、人生に不可欠な価値があるのではないか”と。そして、親から継承してきた信仰に改めて魅力を感じ、実践に立ち上がった。
 足しげく地域の友を訪ね、仕事が多忙な時期も、電話で声を聞く。逆境に挑む仲間がい
る安心感、勇気が湧く題目があるという希望……。活動に励む中で、それらが人生の大き
な喜びになっていることに気付いた。旧友との関わりや、職場の同僚への接し方も変化。
業績面でも信頼を勝ち取ったのである。
 “あの人は今、どうしているかな?”と思いをはせ、一歩足を踏み出して対話の機会を
増やすことが、自らの境涯の拡大につながる。人生の宝になる。
 池田先生はつづっている。
 「人の心は、他者との触れ合いという『縁』によって、大きく変わることができる。足
取り軽く、友のもとへ行こう! 語ろう! 動けば、何かが変わる。直接、会えば心が近
づく。誠実に語れば、一歩、強い絆が生まれる。気どらず、気負わず、誠心誠意の対話で、
友の心を開拓していけばよいのだ」
 春風に乗って、旧交を温め、新たな友情を刻む一歩を踏み出したい。

◆きょうの発心  師の励ましに報いる歴史を築く2017年3月26日

御文
 よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(華果成就御書、900ページ・編1098ページ)
通解 よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。

 よい弟子を持つかどうかで師弟の仏果が決まると、師弟不二の大切さを教えられています。信心を貫く両親のもとで育ちましたが、青春時代は素直になれず反発していました。就職を機に千葉へ。良き縁に恵まれ、信心の基本を教わりました。
 男子部で拡大の戦いを通し、師匠と心を合わせれば破れない壁はないと確信しました。その模様などを池田先生に手紙で報告すると、闘病中の父に念珠を頂きました。どこまでも会員を大切にしてくださる師と共に、生涯、広布に戦い抜こうと決意。その後、父は私の成長を待っていたかのように霊山へ旅立ちました。そして、28歳で本紙販売店主に。無冠の友の皆さんに感謝の日々です。
 2005年(平成17年)2月、関東総会の席上、思いがけず先生から直接、激励をいただいたことは忘れ得ぬ原点です。現在、家族全員が度重なる宿命を乗り越え、元気に広布に走っています。
 千葉広布70周年の本年、師と共に、新たな歴史を築きます。  千葉長(千葉市特別区) 中谷 健一

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 心を広げる「対話の春」に 2017年3月26日

 私たちの対話が、
 社会を変え、世界を結び、
 未来を創る。
 私たちの対話には、希望がある。
 生命の可能性を開く
 蘇生の力がある。
 勝利と勇気と確信がある。
 「人間を信ずる力」によって
 民衆の時代を築くのが、
 私たちの対話なのである。
 
「人に会う」ことである。
 「会う」ことから
 何かが始まる。
 何かを学べるし、
 自分の世界も広がる。
 次の、新しい出会いへと、
 つながっていく。
 勢いも出る。
 知恵もわく。
 
   対話を避ける菩薩はいない。
 声を惜しむ仏もいない。
 人と会い、
 人と語り合うことなくして、
 仏道修行は
 あり得ないのである。
 民主主義の出発も、対話である。
 対話は、
 一人の人格を
 
  平等に尊重する営みだからだ。
 「自分の心の中にある思想」を
 人に語ることによって、
 自分自身の知恵がいっそう輝き、
 豊かになっていく。
 語れば語るほど、
 その思想を、
 よりはっきりとつかみ、
 自分自身のものにしていける。
 自在に展開していける。
 正義を語り抜く人は、
 どんどん輝いていく。
 徹底して
 叫ぶ人が勝っていく。
 さあ! “対話の春”である。
 “行動の春”である。
 “成長の春”である。
 


 赤レンガの煙突。こけむす屋根。壁には、ツルアジサイの“白と緑のカーテン”
が映えていた。1989年(平成元年)の5月。池田大作先生が、イギリス・オッ
クスフォードで撮影した一葉である。
 先生は72年(昭和47年)5月、同国の歴史学者トインビー博士と対談。以来、
世界の指導者や識者と1600回を超える対話を重ね、平和建設への潮流を起こし
てきた。
 アジサイのがく片は、一片一片は小さいが、一つにまとまると、手まりのような、
かれんな姿となる。同様に、一回一回の対話が友情を育み、「平和」という崇高な
目的に人類を結束させていく。
 対話の春。心軽やかに、あの友この友のもとへ足を運び、“友情の花”を満開に咲
かせよう。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈誓いの天地〉 東京・目黒区

 
勇気の対話で東京をけん引する目黒青年部が、栄光の凱歌を誓って(5日、自由が丘駅前で)
勇気の対話で東京をけん引する目黒青年部が、栄光の凱歌を誓って(5日、自由が丘駅前で)

 東京・目黒区は、都内でも有数の“おしゃれな街”。なかでも、自由が丘と共に、中目黒には若者に人気の店が集まる。
 中目黒駅から区の北端に位置する駒場までの地域が酒井康成さんの広布の舞台だ。

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 信仰体験 どんな相手も、こんな自分も、好きになれる 
 
大阪にある防災関連の研究所に勤める李さん。韓国、ブラジルなど世界各国で、地震や山崩れなどの防災対策に携わる。「社会に貢献できることが、うれしい」と。妻・一美さんは大学で韓国語の講師を。共働きゆえ、家事や2男1女の子育ても、分担して取り組む。40歳。共立支部、男子地区リーダー。

大阪にある防災関連の研究所に勤める李さん。韓国、ブラジルなど世界各国で、地震や山崩れなどの防災対策に携わる。「社会に貢献できることが、うれしい」と。妻・一美さんは大学で韓国語の講師を。共働きゆえ、家事や2男1女の子育ても、分担して取り組む。40歳。共立支部、男子地区リーダー。

 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ 若者と希望」。ここでは、競争社会を生きる韓国と日本の青年を紹介する。いわゆる勝ちと負け、対照的な2人が見つめた創価の思想・哲学の価値とは――。

◆〈親が子に語る物語〉 心を合わせて戦った武王  全員の団結で勝利をつかむ!

 

 昔の中国のお話です。周という国に勇敢な王さまがいました。
 名前を武王といいます。武王は人々を守り、人々に尽くす人でした。
 部下や、民や、国のために命をささげる武王の働きによって、人々は幸せに暮らしていました。
 「武王さま、なにゆえ、私たちに尽くしてくださるのですか?」
 「私は亡き父に誓ったのじゃ。人々が幸せに暮らせる世の中を作るのだと」
 そんなとき、殷の国から難を逃れる人々がおおぜい周の国にやってきました。
 「紂王は悪い王さまです。民は重い税で苦しんでいます。なのに、もっとしぼり取ろうとするのです」
 殷の国の王は紂王といいます。
 「紂王に逆らう部下は、みんな罰せられます。だから、紂王の悪事を止める者は誰もいません」
 「人々の苦しみをかえりみず、紂王は毎晩お酒を飲み、ぜいたくをしています」
 「武王さま、どうか、私たちを助けてください」
 紂王の悪事は、聞けば、胸が苦しくなるほど恐ろしいことばかりでした。

 「武王さま、どうしますか? 殷の紂王がいくら悪いといっても、相手はあまりにも強すぎます」
 「苦しんでいる人がいると知ってしまったかぎりは、黙っているわけにはいかん」
 武王は目を赤く染めます。
 「でも他の国のことではありませんか?」
 「他国の人なら苦しんでもいいというのか? それは悪事をおかすことと同じだぞ」
 人々の幸せを願う武王は紂王を倒すことを決意します。そして、将軍たちを呼び寄せました。集まった将軍や兵士たちは800人です。
 「武王さま、殷の兵士は70万です。とても太刀打ちできるものではありません。それでも紂王を討つというのですか?」
 「どうか、おやめください。命を捨てに、いくようなものです」
 部下たちはそう言って武王を引き止めます。しかし、武王はたくましいまなざしをして立ち上がります。
 「いま戦わなければ悔いが残る。父との誓いを果たすのは、いましかない!」
 
  周の武王は800という少ない兵力で、70万の殷と戦いました。
 「臆病にては、かなわぬぞ。勇気を奮い立たせるのじゃ!」
 武王の雄たけびに、兵士たちは拳を振りあげます。
 「戦いは数が問題ではない。勝つと決めたほうが勝つ。大事なのは団結することだ」
 部下たちは武王を尊敬していましたし、心を一つにして戦う気持ちを持っていました。
 するとどうでしょう。不思議なことが起こりました。
 「武王さま、どうしたことでしょうか。城門が開いておりまする」
 「紂王の兵士が逃げ出していますぞ」
 「我々を歓迎する者もいます」
 「これはどうしたことでしょうか?」
 武王の部下たちは目を疑いました。
 「殷の兵士たちは心が、ばらばらなのじゃ。民衆のためとの思いが、人々の心を開いたのだ。天が我らに味方してくれたぞ」
 殷は総崩れです。負けを覚悟した紂王は、宝物といっしょに火のなかへ飛び込んでしまいました。
 武王の大勝利です。その後も、武王はよい国を作り、人々の幸せのために尽くしました。

                                                       ◇ ◆ ◇ 
 ぶん・高橋フミアキ
 え ・松井 春子

おうちの方へ


 今回の「親が子に語る物語」に登場する殷の紂王と周の武王の話は、中国の歴史書『史記』等に記されています。
 腐敗・堕落していた紂王は、周囲の意見に耳を貸さず、暴虐な振る舞いで民衆を苦しめていました。
 一方、民衆の苦悩に同苦して立ち上がり、少数ながら「団結」の力で、悪王を打ち破ったのが武王です。
 日蓮大聖人は「異体同心事」で、この故事を通して、「殷の紂王は七十万騎なれども同体異心なればいくさにまけぬ、周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ」(御書1463ページ)と、団結こそ勝利の要諦であることを教えられています。
 人数が多くても、心がばらばらであれば、力を発揮することはできません。反対に、たとえ人数が少なくても、心を一つに合わせていくならば、想像を超える力を出し、不可能を可能にすることができるのです。

2017年3月25日 (土)

2017年3月25日(土)の聖教

2017年3月25日(土)の聖教

◆わが友に贈る


さあ 対話の春だ!
相手の幸福を祈り
情熱を込めて語ろう!
「声も惜まず」
随力弘通の実践を!

◆名字の言


  事故の後遺症で、声は出せても言葉にならない少女が、“一日だけ話せたら、したいこと”をつづったエッセーを読んだ。タイトルは「わたしの願い」(日本新聞協会発刊「HAPPY新聞」)▼“お母さんに「ただいま!」って言う”“お父さんとお兄ちゃんに電話して、「早く帰ってきて」って言う”などの願いが並ぶ。そして、最後の一文に胸が締め付けられた。「家族みんなに『おやすみ』って言う/それで じゅうぶん」▼人が心から望むもの。それは、ささやかでも、かけがえのないことに違いない。岩手県釜石市の中学校で行われた「東北希望コンサート」(民音などが主催)でのこと。同市出身の歌手が生徒らと、釜石と熊本の震災復興を願って、「釜石、熊本に帰ったら〇〇したい」という内容の歌を作り、合唱した。その歌詞も、“よく遊んだ公園から夕日を見たい”“母校に行ってみたい”というものだった▼以前、「震災後、希望を持てた転換点は?」と取材した際、多くの友の答えが重なった。「聖教新聞で池田先生の指導を学べた時」「御本尊の前で勤行できた時」「座談会で皆に会えた時」……▼決して仰々しくはない小さなことにも、大きな幸せの因は宿る。それを知り、感謝できる人が、本物の幸福を手にする。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年3月25日

 創大に「新寮」が誕生。学
 生第一の要塞から世界へ
 雄飛!英知錬磨の青春を
      ◇
 東京・江東「師弟勝利の原
 点の日」。滔々たる人材の
 大河。弛まぬ拡大を皆で
      ◇
 「名聞名利の風はげしく
 仏道修行の灯は消えやす
 し」御書。清新の心で挑め
      ◇
 生命の奥に染まった病は
 仏法でしか治せぬ―牧口
 先生。題目は最高の良薬
      ◇
 海洋生物の絶滅危惧56種
 を公表。自然破壊への警
 鐘。国境超えた取組急げ

◆小説『新・人間革命』第30巻 雌伏の章 二

 


 山本伸一は、学会本部に行くことを、なるべく控えるようにしていた。
 会長になった十条潔たちに、思う存分、指揮を執ってほしかったし、自分が本部にいることによって、ついつい皆が頼ってしまうようになることを避けたかったのである。
 伸一の最大の願いは、後を託した首脳たちが、創価の師弟の大精神を受け継ぎ、すべて自分たちの力で学会の運営や会員の指導にあたり、広宣流布の使命と責任を果たしていくことであった。また、次代を担う青年たちの成長であった。
 彼は、深い祈りを捧げながら、「獅子の子落とし」の言い伝えを思い起こした。獅子は、子が生まれると深い谷底に突き落とし、生き抜いたものを育てるとの俗説がある。あえてわが子に、大成のために試練を与えることを意味するが、今、彼も、同じ思いで、後継の奮闘を見守っていたのである。
 週刊誌などのマスコミは、毎週のように伸一の会長辞任などを取り上げ、囂しかった。学会批判を繰り返してきた評論家らが登場し、学会は滅亡に向かうといった、邪推に基づく無責任な報道も続いていた。
 そのなかで彼は、神奈川文化会館で、立川文化会館で、静岡研修道場で、行く先々で学会員の姿を見ると声をかけ、激励を重ねていった。記念のカメラにも納まった。
 何があろうが、広宣流布の軌道を外さず、自ら定めたことを、日々、黙々と実行していく――まさに太陽の運行のごとき前進のなかにこそ、人生の栄光も広布の勝利もある。
 五月十一日、伸一は、立川文化会館で、日天、月天と対話する思いで、詩を詠んだ。
   
 西に 満々たる夕日
 東に 満月 煌々たり
 天空は 薄暮 爽やか
 この一瞬の静寂
 元初の生命の一幅の絵画
 我が境涯も又
 自在無礙に相似たり

【聖教ニュース】

◆創大の滝山国際寮(男子)、万葉国際寮(女子)が晴れの開所式 
海外からの留学生と日本人学生が共同生活

春の陽光が差す丹木の丘に、「滝山国際寮」(男子)が堂々の完成。教職員や学生の代表らが参加し、開所式を晴れやかに。入寮する韓国からの留学生は「創立者の思想を学び合いながら、韓日友好に貢献できる人になりたい」と
春の陽光が差す丹木の丘に、「滝山国際寮」(男子)が堂々の完成。教職員や学生の代表らが参加し、開所式を晴れやかに。入寮する韓国からの留学生は「創立者の思想を学び合いながら、韓日友好に貢献できる人になりたい」と

 創価大学(東京・八王子市)のキャンパスに待望の「滝山国際寮」(男子)、「万葉国際寮」(女子)が完成した。
 文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」事業の一環として、海外からの留学生の受け入れが、一段と拡充されることになる。
 晴れの開所式は24日、それぞれの寮で盛大に行われ、教職員や学生、留学生の代表らが参加。創立者の池田大作先生は、伝言を贈り、新たな学生寮の誕生を心から祝福した。
                   ◇ 
 創価大学は、1971年(昭和46年)の開学以来、「学生寮」を重要視してきた。
 「教室だけでは学べぬ『人間』そのものを育てる場が寮である」「一緒に暮らしながら、学問に励んでいくということも誠に人間教育としての意義がある」――創立者は折々に、寮生活の意義や学問の目的、人格形成の必要性などを語ってきた。
 創大の学生寮には、創立者と学生が共に築いた輝かしい「人間教育の伝統」が光る。
 そして、このほど、新たな国際学生寮が誕生! ここでは、海外からの留学生と日本人学生が共同生活を送る。
 「滝山国際寮」は、歴史ある滝山寮に隣接。東棟6階、西棟7階、各棟地下1階建て。創大の寮として最大規模の男子学生400人が生活できる。
 同寮で留学生と新入生のサポートに当たる新田明人さん(法学部)はマレーシア・マラヤ大学への留学中、寮生活を経験した。
 当初は習慣も文化も異なる環境で不安の連続。そんな時、手を差し伸べてくれたのが現地の学生スタッフだった。その支えのおかげで、充実した留学生活になった。
 新田さんは語る。「今度は、私が入寮する留学生の不安を取り除きたい。そして世界の友と一緒に、学問と人格を磨く学寮を建設します」
 「万葉国際寮」は6階建て。女子学生144人の生活が可能。創立者が世界の賓客と語り合った「万葉の家」の跡地周辺に立つ。
 同寮のサポートスタッフを務める学生たちは、真新しい建物に心躍らせながら寮の展望を語り合ったという。
 西村美紀さん(経済学部)が、皆の思いを代弁する。「多様性を認め合い、“世界平和の縮図”となるような寮にしていきます」
 各寮の開所式では、田代理事長が、建設に携わった関係者に感謝の意を表した。
 馬場学長は、創大が目指す「世界市民教育」の中心軸となるのが、新国際学生寮であると強調。創立者のもとで、世界の学友と切磋琢磨しながら、社会をリードする、力ある人材に成長をと呼び掛けた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 
 インタビュー スペイン・ローマクラブ ホセ・マヌエル・モラン副会長
 “激変の時代”を歩む
  青年が直面する不安定な社会に
 協調・連帯の価値を伝え続ける


 現代社会が抱える課題と向き合う「グローバルウオッチ」。激変する世界にあって、青年はいかに生きるべきか。また宗教・哲学が果たせる役割は。スペイン・ローマクラブのホセ・マヌエル・モラン副会長に聞いた。(聞き手=金田陽介)

 ――「ローマクラブ」は、国際的な研究・提言グループである。1968年、人類の未来に共通の問題意識を持つ各国の知識人によって発足。『成長の限界』等の報告書を発表し、資源の枯渇や人口増加など地球的な問題に対して、いち早く警鐘を鳴らしてきた。創設者のアウレリオ・ペッチェイ博士と池田大作先生は、対談集『二十一世紀への警鐘』(読売新聞社刊)を発刊している。
 同じく対談集を編んだ同クラブのリカルド・ディエス=ホフライトネル名誉会長は、かつて「ローマクラブは青年のために尽くす団体です」と語っていた。同クラブは、青年についてどのような視点を持っているのだろうか。
  
 青年は常に大きな希望です。ペッチェイ博士は、ローマクラブ創設当初から、青年に関するグループを設立していました。そして、次の千年紀を迎えようとする2000年には「青年」をあらためて議題として取り上げました。
 しかし、そうした努力にもかかわらず、私たちは、青年が今まさに経験している社会の変化を、明確には捉え切れていません。なぜならば、それは、過去の世代が経験してきたものを、はるかに超えるスピードの変化だからです。
 そういう意味で、現在はとても不確実な時代です。「既存のものの見方」の価値が急激に失われていくため、常に新しいビジョンに光を当てることが必要です。技術革命の速度もすさまじく、ひとつのテーマを勉強しても、勉強している間にそのテーマ自体が扱われなくなってしまう。そうしたことは、「どんな物事も、不確実であるという事実だけが、確実なことなのだ」という感覚を、私たちに抱かせます。
 激変と危機に、継続的にさらされた、ひどく分断されている世界――そうした時代状況が、青年の精神的側面にも、多大な影響を及ぼしているのです。

 ――すさまじい変化の時代。日本も世界もそれは同じだろう。モラン副会長は、そのような社会に生きる青年たちの精神的側面、心の側面をどのように見ているのか。
  
 スペイン・ローマクラブ内には、青年によるグループが存在しており、特にバルセロナ等で活発に活動しています。彼らには、適切と思われるテーマについて自由に議論してもらいます。そして我々は、彼らを制約しないように努めています。
 青年は、全てが変化する不安定な時代に適応しながら育っていますが、私たちの世代は、過去からの固定された考え方を保っています。そのため、青年たちの考え方は、私たちのものとは全く違ってきており、私たちの世代が優秀な青年に何かを教えることは、極めて難しいことだと思われます。
 知識の伝達においても同じことが言えるでしょう。私自身、自らの仕事において、長年続けてきたやり方が最も合理的だと考えてきました。しかし、今日では社会の変化の中で、必ずしもそのやり方が価値的だとは言えなくなっています。
 一方、別の懸念もあります。
 例えば、科学の進歩によって、迷信の類いは社会の隅に追いやられ消滅してしまうと、30年前には考えられていました。ところが、現在のSNS上では中世の時代のものであるかのような、科学的根拠のない話が、大量に見られます。このことは私たちを混乱させるばかりか、青年たちの新しい人間関係の発展にも、暗い影を落とすように思えます。
  
 ――モラン副会長はインタビューの中で、自らを楽観主義者であると表現し、「現状を転換することがいかに困難でも、根本的な改善を達成できると思っています」と語った。その言葉の根底には、青年への信頼があるようだ。
  
 青年たちは皆、このままでは人類の生活が持続不可能であるという地球の危機に、すでに気付いていると思います。実際、青年が生まれ育ってきた世界は、限りあるエネルギー資源を大量に消費しており、すでに地球温暖化などが引き起こされているわけですから。
 直面する危機に気付いていないのは、むしろ、私たち年長者なのかもしれません。
 青年は、生活様式を変える行動も起こしています。私は、スペイン・ローマクラブの会員になって38年になりますが、今でも息子たちから、私の消費の習慣や、環境に過度に影響を及ぼす習慣を、とがめられることがあります。
 例えば、末の息子はサッカーを一緒に見に行く時に、次のことを教えてくれました。私は、以前はレアル・マドリードのスタジアムに行くと、帰りはタクシーを拾っていました。しかし息子は、電気自動車のレンタカーをスタジアムの近くで借りて利用しているというのです。息子は車の維持費も、燃料費も掛けないのです。
 問題は、私たちが消費文明をつくり上げ、それを発展と関連付けてきたことにある。我々は、大きな家に住み、それぞれが暖房を保有し、極めて効率の悪いエネルギーシステムのもとで生活しています。そうしたことを改善しなければならないと考えます。
 スペインという国を例に挙げれば、実際にそうした改善が進んでいます。現在ではガラスの再生加工率が60%近くに達しており、紙も大量に再生し、街をきれいに保つことにも心を砕いています。また、公園にも気を配るようになりました。これらは、共生の価値を知る、青年の生活感覚がもたらしたものです。自転車を使ったり、電気自動車を利用したりするなど、環境を考慮した新しい生活様式に私たちを導く変革なのです。
 今後の世界の気象現象を見るならば、ハリケーンや嵐は、より強烈になり、干ばつも激しくなっていく可能性があります。北極の氷は解け続けて海面変動が各国を直撃し、スペインは暑くなり過ぎて、やがては、現在のような、世界トップクラスのワインの生産を維持できなくなるかもしれません。
 それでも、私たちは地球を破壊せずに生きる人間になれると、私はわずかながら楽観しています。人類は心を深め、成長し続けることができるので、山積みの問題も必ず解決していけると思っているのです。
 ――2014年12月、マドリード市内でスペイン・ローマクラブとスペインSGIが主催したシンポジウムでは、“心の豊かさ”を育む宗教の役割などについて議論が交わされた。
 ローマクラブの名誉会員である池田先生は「『SGIの日』記念提言」などを通して、仏法の知恵に基づいた具体的な自己変革、平和構築の方途を提示し続けている。
  
 今、ヨーロッパでは、特に若い世代において、既存の宗教から離れる傾向が顕著になっています。
 しかし、私たちは、人間の成長において、宗教は大切なテーマであると考えています。宗教は人を、隣人に手を差し伸べる行動へと導きます。こうした宗教的行動が失われるならば、人間の成長が鈍化することになります。
 宗教的アイデンティティーは、孤立してしまいがちな人々を結合します。特に、難民や移民といったマイノリティーにおいては、宗教が、人々を結び付ける接着剤のような役割を果たしています。
 しかし、西洋ではこのことが十分に理解されていません。ともすると、人はカトリックか、または特に宗教を持たない者のいずれかであるといった考えに固執し、ヨーロッパには多様な宗教的考えや信条を持つ人が存在しているということを正しく認識していない人も多い。
 私たちは、科学的に大きな進歩を遂げた世界で生活していますが、一方で、世界に多様な宗教的信条が存在し、人々を結び付けていることも事実です。
 私たちが、このことを理解しなければ、宗教は逆に、分断を生む要因になってしまいます。宗教の多様性は、社会の発展を見る一つの指標となりますが、自分たちの社会に参加していない人々を忌避する手段に陥ってしまう可能性もあるからです。
 こうした観点からも、宗教の役割について語られるシンポジウムの開催に際し、イスラム教、キリスト教の福音派、ユダヤ教など多様なパネリストの方々との連携にご尽力いただいたSGIの皆さまには、心から感謝しています。
 ローマクラブにとりまして、SGIや池田SGI会長との関係は、この上なく実り多いものになっています。それは特に、池田会長が信仰に基づいて次々と発表し続けている、人々の「協調・連帯」に資する哲学の重要性によるものです。その価値は、この先もさらに高まっていくことでしょう。
 なぜなら、世界的な協調と連帯の運動を構築していこうとする場合、時に、その正反対の方向ともいえる、歴史上のナショナリズム(民族主義)に回帰しようとする考え方とぶつかることになるからです。
 そうしたナショナリズムを甘受してしまうならば、ヨーロッパ分裂の動きなどと相まって、世界は一層、不安定になっていきます。だからこそ、「協調・連帯」を標榜し続ける池田会長のメッセージを思い起こすことが、とても大事です。
 世界は、今から12カ月前と比較しても、さらに不安定な状態にあります。それゆえに、そうした変動に流されることなく、平静を保ち、落ち着きを持って連帯の価値を伝えるメッセージを送り続けることが、今まで以上に重要なのです。
 José Manuel Morán 1991年に設立されたスペイン経済社会理事会において、設立当初からディレクターを務めている。マドリード工科大学、世界トップクラスのビジネススクールであるESADE、IESE等に学び、ユーロフォーラム戦略研究所長、ナバラ大学ビジネス・ヒューマニズム研究所の科学委員会スタッフなど、多数の要職を兼務。
 グローバルウオッチへの感想・意見をお寄せください。
 メール g-w@seikyo-np.jp
 ファクス 03―5360―9613

◆〈4月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 諸法実相抄 
    「行学の二道」こそ〝創価の魂〟

   
美しいアーチを描く錦帯橋(山口県岩国市)。堅固な基礎の上にこそ、勝利の人生は築かれる
美しいアーチを描く錦帯橋(山口県岩国市)。堅固な基礎の上にこそ、勝利の人生は築かれる

 4月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「諸法実相抄」を研さん。信心根本に「行学の二道」にまい進することが、仏道修行の根幹であることを学ぶ。

◆〈信仰体験〉 名古屋有数の繁華街で日本料理店を経営   一品に込める


 【名古屋市中区】「いらっしゃい!」。心がほっこりするような声で「割烹 ふく一」の来店客を迎える福田洋一さん(55)=大須支部、副支部長。

◆〈スタートライン〉 ビスポーク靴職人 山口千尋さん
  「やりたいこと」を始めれば  「すべきこと」が生まれてくる   そこからが勉強の始まりです

 ビスポーク靴――顧客専用の足の木型から作り上げていく、“フルオーダーメード”の靴。革靴の本場イギリスで日本人初の「マスタークラフツメン」の資格を授与され、日本ビスポーク靴の第一人者である、靴職人の山口千尋さんに、ものづくりのこだわりや仕事への向き合い方などを聞いた。

2017年3月24日 (金)

2017年3月24日(金)の聖教

2017年3月24日(金)の聖教

◆わが友に贈る


仏法は「桜梅桃李」。
人と比べる必要はない。
焦らず着実に進もう!
どこまでも自分らしく
使命の花を咲かせゆけ!

◆名字の言


  奈良時代の歌人・山上憶良が詠んだ長歌がある。「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ……」(『万葉集(二)』岩波文庫)。おいしい瓜や栗を食べると、子どものことが思い出されて仕方がない。“わが子にやれば、どれほど喜ぶだろう”と。子を愛する親の情に、今も昔もない。家族の絆は強く、固い▼今春、創価大学に進学する青年から体験を聞いた。昨年、受験に失敗。やけになって生活が荒れた。そんな彼に周囲も失望の様子。だが、母は「誰が見放したって私は信じるよ」と。寡黙な父も「息子と俺は運命共同体」と語った。祈り続ける両親の姿から、痛いほど愛情が伝わってきた。そして、彼は奮起した▼御書に「木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず」(1468ページ)と。何があろうと信じ、期待し続けてくれる存在があれば、人は強く生きられる▼進学や就職で巣立つ人、思いかなわず再挑戦する人……。“若木”たちの心が揺れ動く季節である。皆が自信を持って伸びゆけるよう、親や地域の友が“祈りの大地”となり、“励ましの光”を送りたい▼憶良は、先の長歌に反歌を添えた。「銀も金も玉も何せむに優れる宝子にしかめやも」。この世界に、子らに優る宝などない、と。(誠)

◆〈寸鉄〉 2017年3月24日
 

 SGIは、地球に人道の
 光を広げる人類の希望―
 文豪。平和と共生の光源
      ◇
 福井師弟原点の日。常勝
 関西の“北の砦”。愛する
 郷土に対話拡大の春風を
      ◇
 人のために火をともせば
 ・我がまへ明らか―御書
 貢献的人生を朗らかに!
      ◇
 不幸の最大の原因は嫉み
 ―哲人。愚痴や怨嫉は損。
 感謝の心で幸の道を前進
      ◇
 幸福度1位はノルウェー
 将来世代への投資等が因
 と。母子が輝く社会こそ

◆社説  春休みに親子で語り合う  子どもを守るネット利用ルールを


 今月、スマートフォン(スマホ)に対応する、お菓子の「おまけ」が登場する。専用アプリを使い、おまけの動物のおもちゃにスマホのカメラをかざすと、おもちゃがスマホの中を歩き回るもので、動物の生態を学ぶこともできるという。
 動画やゲーム、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、便利で楽し
い機能が満載のスマホは、子どもたちにも身近な存在になった。
 平成27年度の内閣府の調査では小学生のスマホ利用率は23・7%、中学生では45・8%、高校生では9割を超えるという。
 便利さの一方で、リスク(危険性)もある。たとえば無料通信・通話アプリを使えば瞬
時に複数の相手とのやり取りが可能だが、親の目が届かない環境で言葉の行き違いによるトラブルや仲間外れなど「ネットいじめ」が起きている。ちょっとした悪ふざけの気持ちから写真や動画を投稿すると“加害者”になってしまうケースもある。
 そのため子どもにスマホを持たせる時には、他人の悪口や嫌がることを発信しない、相
手の承諾なしに写真を撮らない、ひとたびネットに上げると世界中の人が閲覧可能になる――など大人と同様の「社会のルール」「ネットの常識」をしっかりと理解させる必要がある。
 また、大人と子どもが混在するネットの世界では、犯罪に巻き込まれやすい。子どもの
好奇心を巧みに利用して誘導する有害アプリも散見される。
 対策として、まずは子どもを守る「フィルタリング」システムを活用することが重要。
ただし、携帯ショップの窓口で申し込むだけでは無線LAN(Wi―Fi)を使った有害サイトへの接続までは防げないので、スマホ本体の設定も必要となる。携帯電話会社などに問い合わせるとよい。
 「スマホ依存」の問題も指摘されている。警視庁は、子どもの携帯電話やネット利用に関するアンケートの結果から、依存を防ぐには、時間制限など「利用に関してのルールを作ることが有効」としている。
 池田先生は、幼年期の心を育む重要性について、「(幼年期の心の)カンバスに、泥を塗りつけるのか、色彩豊かな人間性のハーモニーを描いていけるのか――大人の責任は重大です」と語っている。
 便利だからこそ、子どもの成長と幸福につなげていく、こちら側の「知恵」が試される。 春休みの期間、新学期を前に、わが家の「ネットルール」を具体的に語り合ってみよう。

◆きょうの発心  師の入信70周年を拡大で荘厳!2017年3月24日

御文
 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり(檀越某御返事、1295ページ・編1092ページ)
通解 宮仕えを法華経の修行と思いなさい。法華経に「一切世間の治生産業は皆、実相と違背しない」と説かれているのは、このことである。

 仕事に取り組む姿勢を教えられた一節であり、仏法に精通した人は職場、社会で勝利者になっていくべきであるとの仰せです。
 
 私が生まれて間もなく、両親が離婚。1960年(昭和35年)、母は経済苦の中、病弱な私を抱えて、すがるような思いで入会しました。母は、親戚中に信心を大反対されながらも、私に仏法の素晴らしさを教えてくれました。
 創価高校・大学での思い出を胸に、銀行に就職し、母へ仕送りもできるようになりまし
た。しかし、連日深夜の帰宅で、いつしか仕事に集中できなくなりました。さらに、母の病死、妻の流産、娘の病と、次々と宿命の嵐が襲いました。
 そんな中、若き日の池田先生が住まわれた大田区大森の「青葉荘」がある地域の地区部
長に。師の激闘を学ぶ中、この御文を教わりました。中途半端だった姿勢を改め、仕事と学会活動の両立に徹したところ状況は好転。現在は、会社役員を務めています。
 大森青春区では、対話の花が満開です。師の入信70周年を荘厳すべく、大勝利してま
いります。   東京・大森青春区総合長 山口一司

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  雌伏 一

 


 さあ、対話をしよう!
 友の眼に秘められた
 哀しみ、苦しみを見すえ、
 ためらいの言葉に耳をそばだて、
 勇気を奮い起こして
 励ましの対話を始めよう!
 同苦の腕を広げ、
 弾む生命で、
 希望と正義の哲学を語ろう!
 ほとばしる情熱と
 金剛の確信をもって、
 忍耐強く、
 共感の調べを奏でよう!
   
 さあ、対話を続けよう!
 一個の人間に
 内在する力は無限だ!
 一人の発心は、
 友から友へと
 蘇生の波を広げ、
 やがて万波を呼び起こす。
 「一は万が母」(御書四九八ページ)と。
    
 われらは、
 対話をもって
 人びとの心田に幸福の種子を植え、
 この世の尊き使命を呼び覚ます。
 対話をもって
 心をつなぎ、世界を結び、
 難攻不落の
 恒久平和の城塞を築く。
 さあ、今日も、対話を進めよう!
   
 第三代会長を辞任し、名誉会長になった山本伸一は、一九七九年(昭和五十四年)五月三日の本部総会で、十条潔新会長のもと、新体制がスタートしたことを見届けると、世界広布の新しい雄飛のために行動を開始した。同志との励ましの対話に徹し、また、世界平和への流れを開くために、各国の大使や識者らとの語らいに努めた。
 対話の力こそが、時代を開く平和力となる。

【聖教ニュース】

◆東欧で求道の青年部研修会 2017年3月24日
ウィーンで11カ国の代表が一堂に
池田先生がメッセージ

東欧青年部研修会に参加した友が、師弟勝利の誓いを込めて記念のカメラに
東欧青年部研修会に参加した友が、師弟勝利の誓いを込めて記念のカメラに

 欧州SGI(創価学会インタナショナル)の東欧青年部研修会が17~19日、オーストリア・ウィーンで開催された。これには、東欧11カ国から代表が参加。池田大作先生が祝福のメッセージを贈り、タカハシ欧州議長、欧州青年委員会のオザワ委員長らが出席した。(2面に関連記事)
 ウィーンのオーストリア文化センターで行われた東欧青年部研修会。池田先生はメッセージの中で、「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」との戸田城聖先生の指針を通し、今こそ創価の魂のバトンを受け継ぎ、新時代の広布を担ってほしいと望んだ。
 また、自身が今いるその場所で大きく成長し、友の幸福のために行動することが、人間革命であると強調。「生活において、社会において、信頼というかけがえのない財産を勝ち取っていただきたい」と念願した。
 求道の研修会には、ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、スロベニア、スロバキアなどから、代表のメンバーが集った。
 研修会では、御書講義や代表による体験発表、歌やピアノを披露したミニ文化祭など、多彩なプログラムが。参加者からは、「国を超えて、東欧中に信頼できる友ができ、かけがえのない原点になりました」など、感動の声が絶えなかった。
 欧州青年委員会のオザワ委員長は、「この研修会を新たな出発点に、実践を積み重ね、歓喜の体験を語っていこう」と力説。
 タカハシ欧州議長は、池田先生が欧州を訪問した際に激励した青年が今、各地域の中心者となって活躍している事実に触れ、「社会で実証を示し、師の期待に応えられる人材に」と激励した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆不戦の世紀へ! イタリアに共感の連帯 

   
チビタヴェッキア市での「核兵器廃絶への挑戦」展から。展示は、各地のSGIメンバーが役員として支えている
チビタヴェッキア市での「核兵器廃絶への挑戦」展から。展示は、各地のSGIメンバーが役員として支えている

 イタリアSGIが展示や講演会などを通して、核兵器廃絶を訴える「センツァトミカ(核兵器はいらない)」キャンペーンを展開し、大きな反響を広げている。

◆〈信仰体験〉 “日本で一番住みたい団地”の自治会副会長


 【東京都立川市】“日本で一番住みたい団地”といわれる都営「上砂町1丁目アパート」、通称「大山団地」。
30近い建物が立ち並び、約3500人が暮らすマンモス団地だ。

◆〈信仰体験 さわやか寸景〉 この信心で変わってみせる!


 【神戸市須磨区】自宅の玄関を開け、恐る恐る中に入る。2005年(平成17年)の夏の終わり、櫻井征史さん(41)=副支部長(常勝長〈ブロック長〉兼任)=は、1週間゜の家出から戻ってきた。

2017年3月23日 (木)

2017年3月23日(木)の聖教

2017年3月23日(木)の聖教

◆わが友に贈る
   

一番大変なところに
真っ先に駆け付ける!
一番苦しんでいる人に
真っ先に励ましを送る!
迅速こそ信頼の源だ!

◆名字の言


  全国のトップを切って、東京でサクラの開花が発表された(21日)。標本木の花が5、6輪以上咲いた時に宣言される。3月中の寒の戻りなどによって花芽の生育が多少遅れることもあるが、これから順次、“桜前線”が列島を駆け抜ける▼前年の夏に形成されるサクラの花芽。それ以降は新たに形成されることはなく、季節が移り変わる中で、休眠→休眠打破→生成と進む。これは四季の豊かな日本などで進化した種ならではのもの。江戸時代の『農業全書』にも「本朝の名木なれば、子を取り置きて必ずうゆべし」と特筆される▼日蓮大聖人は「さくらはをもしろき物・木の中よりさきいづ」(御書1492ページ)と。ゴツゴツとした木から、美しい花が咲き出ずる桜をたとえに、凡夫の心からも、最極の仏の生命を涌現できると仰せだ▼池田先生の桜への思いも深い。会長辞任直後の5月3日の模様が、小説『新・人間革命』につづられている。山本伸一は、万感の思いを込めて「大桜」と揮毫を。脇書には「わが友の功徳満開たれと祈りつつ」としたためた▼爛漫の桜は、広布と人生の勝利の象徴にふさわしい。東京の開花が全国で最も早かったのは2008年以来、9年ぶり。広布の本陣・東京から“友情の対話前線”を大きく広げよう。(由)

◆〈寸鉄〉 2017年3月23日

 学会の草の根運動こそ地
 に足の着いた平和行動―
 識者。心結ぶ対話、今日も
      ◇
 中部女性の日。婦女一体
 で使命のこの道を邁進。
 創価完勝の一番星と光れ
      ◇
 「忍辱を行ずるは瞋恚の
 病を除くなり」御書。粘り
 強く語れ!真心は伝わる
      ◇
 決意込めた題目をあげよ
 ―戸田先生。わが一念を
 定めて。勝利を開く源泉
      ◇
 認知症の進行抑制、マウ
 スで成功。新薬へ期待と。
 幸齢社会へ生き方探求も

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十八

 


 漆黒の空が、次第に紫に変わり、うっすらと半島の稜線を浮かび上がらせる。やがて金の光が東の空に走り、海はキラキラと輝き、さわやかな五月の朝が明ける。
 五月五日、山本伸一は、神奈川文化会館から、夜明けの海を見ていた。この日は、「こどもの日」で国民の祝日であり、また、「創価学会後継者の日」である。
 伸一は、神奈川の幹部から、クルーザーを所有する地元の学会員の方が、横浜港周辺を案内したいと言ってくれていると聞き、三十分ほど、乗せてもらうことにした。船の名は「二十一世紀」号である。
 海から見た神奈川文化会館もまた、すばらしかった。この海は太平洋につながっているのだと思うと、二十一世紀の世界広布の大海原が見える気がした。彼の胸は躍った。
 伸一は、前日の四日には、神奈川県の功労者の代表と懇談し、この五日も、草創の向島支部、城東支部の代表からなる向島会、城東会のメンバーと語り合い、敢闘の労をねぎらった。功労者を中心とした伸一の激励の車輪は、既に勢いよく回転を開始していたのだ。
 彼は、できることなら、二十一世紀を担う後継の青年部、未来部の集いにも出席し、全精魂を注いで励ましたかった。また、神奈川文化会館の前にある山下公園には、連日、多くの学会員が集って来た。そうした同志と会合をもち、力の限り、讃えたかった。しかし、今、それは許されなかった。
 “ならば、未来、永遠にわたる創価の魂を、後継の弟子たちに形として残そう!”
 この日、彼は、広宣流布の師匠・戸田城聖の真正の弟子として、わが誓いを筆に託して、一気呵成に認めた。
 「正義」――その右下には、「われ一人正義の旗持つ也」と記した。
 “いよいよ本当の勝負だ! いかなる立場になろうが、私は断じて戦う。たった一人になっても。師弟不二の心で断固として勝利してみせる。正義とは、どこまでも広宣流布の大道を進み抜くことだ!” (この章終わり)

【聖教ニュース】

◆インド コルカタで幹部会 池田先生がメッセージ 
 「歓喜の街」に輝く勝利の太陽!
 コルカタ文化会館の開館を祝賀 SGI派遣団が出席
 
            
池田先生、私たちは勝ち続けます!――新法城から決意の出発を期すインド東部の友。コルカタ文化会館は市の中心街に立つビルの中に。そのテラスからはコルカタの街が一望できる(20日)
池田先生、私たちは勝ち続けます!――新法城から決意の出発を期すインド東部の友。コルカタ文化会館は市の中心街に立つビルの中に。そのテラスからはコルカタの街が一望できる(20日)

 【コルカタ20日】インド東部のコルカタ(旧カルカッタ)で20日、インド創価学会の「コルカタ文化会館」の開館を記念する、コルカタ幹部会が晴れやかに行われた。これには、オディシャ州やパトナなど周辺各地も含めた代表約200人が参加。池田大作先生がメッセージを贈り、SGI(創価学会インタナショナル)インド派遣団の谷川主任副会長、笠貫SGI女性部長らが出席した。幹部会の模様はインド東部の21会場に同時中継された。
 うれしくて、うれしくて、拍手が鳴りやまない。建設発表から実に11年。待ちに待ったインド東部初の会館を祝う歴史的な会合は、同志の爆発的な喜びに包まれた。
 参加者だけでない。
 受付や接待などの白蓮グループやホワイトリリー・グループ(婦人部)も、整理誘導の創価班や創勝会(壮年部)も、記録や映像のスタッフも、新会館での任務が誇らしい。
 友を迎えるその笑顔、案内するその手の指先、また裏方で機材を運ぶ掛け声にまで、師と共に創価の城を守り、インド広布を背負い立つ使命感と決意が光っていた。
 コルカタの愛称はシティ・オブ・ジョイ。すなわち「歓喜の街」。それはまさに、この日を迎えた全同志の姿そのものであった。
 大勝利で集ったインド東部の友に、池田先生はメッセージで万感の思いを。
 「きょうは、私も妻も、懐かしきコルカタでの歓喜の集いに共に参加している思いで、日本の地より、祝福の大拍手を送らせていただきます」。すると客席のそこかしこから、「ウワーオ」と感嘆の声がもれる。
 そして先生は、「発展目覚ましきコルカタに開館したこの法城こそ、インド広布の大いなる伸展の象徴であります。また、皆さんの偉大なる陰徳陽報の勝利と福徳の証明です」と称賛。
 さらに、「わが家に、わが地域に、わが職場に、そしてインド中、世界中に、底抜けに明るい創価の勝利の太陽を、赫々と輝きわたらせようではありませんか!」と呼び掛けると、新法城を揺るがすような、賛同と誓いの大拍手が湧き起こった。
 西ベンガル州の州都コルカタは、イギリス統治時代はカルカッタの名称で首都として発展。東西の文化と歴史が融合した異国情緒あふれる街並みが広がり、人口1400万の民衆のエネルギーが躍動する大都市である。

◆4月度の拝読御書 立正安国論
対話こそ変革の力
 4月度の拝読御書は「立正安国論」。


 日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」である。
 座談会では、「汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ」(御書32ページ)等を拝読し、一人一人の生命の変革こそが、平和と安穏の世界を築く根本であることを学ぶ。
 御書講義では、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(同31ページ)などを研鑽。自他共の幸福の実現へ、現実社会の中で行動することの大切さを確認する。
 研修教材では、広布の誓願を胸に対話へ挑みゆく決意を深める。
                                                                   ◇ 
 【座談会】「汝早く信仰の寸心を改めて~心は是れ禅定ならん」(同32ページ14行目~16行目)
 【御書講義】「主人悦んで日く~四表の静謐を禱らん者か」(同31ページ7行目~18行目)
 【研修教材】「客の曰く~他の誤りをも誡めんのみ」(同32ページ18行目~33ページ4行目)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価大学〉第11回 旅立ち 

 
卒業生、万歳! 創大に来てくれて、ありがとう! 使命の大空へ羽ばたく友を祝福する池田先生(2003年3月19日)
卒業生、万歳! 創大に来てくれて、ありがとう! 使命の大空へ羽ばたく友を祝福する池田先生(2003年3月19日)

 富士の如く雄大な人生を

  富士を仰ぎ、富士に見つめられながら、今年もまた、新たな卒業生が創価大学を巣立った。
 その連帯は、通信教育部を含めると、間もなく8万人に。教育、法曹、経済、学術、芸術、スポーツなどの各界で、創大出身者が輝く黄金時代を迎えた。
 かつて創立者・池田先生は、随筆に綴った。
 「創価大学は、牧口先生、戸田先生が悲願とされた『人間教育の最高学府』である」
 1期生の卒業から40年余。先師と恩師の“夢”は、池田先生と共に歩む同窓のスクラムによって、大きく広がっている。

信頼の輪を広げよ

 1975年3月22日。陽光燦たるキャンパスで、第1回卒業式が晴れやかに挙行された。
 ほおを紅潮させる友がいた。
 そっと涙をぬぐう友がいた。
 入学式には出席できなかった池田先生を目の前にし、宝の思い出が次々と浮かんでくる。
 先生の初の公式訪問は、第1回創大祭だった。第2回滝山祭では血豆の手で太鼓をたたき、一人一人にエールを。社会に出てから困らないようにと、代表を会食会に招き、テーブルマナーの基本を教えたこともある。
 就職に悩む友には「どんな会社でもいいじゃないか。入った会社で、母校である創大への信頼の輪を、どんどん広げていくんだ」。この後、1期生は100%の就職を勝ち取った。
 ――長いようで短かった4年間。司会が閉会を告げると、先生は壇上袖から退場せず、卒業生の席へ。「お元気で!」「しっかり頼みます」。613人全員と握手する思いで、最前列の友の手をぎゅっと握り締めた。
 終了後、都内での卒業記念祝賀会。“苦労をかけた君たちのために、盛大に行ってあげたい”――発案したのは先生だった。
 だが会場に、その姿はなかった。夜遅くまで大学に残り、晴れ舞台を支えた人たちの労をねぎらい、激励していたのだ。
 成功の裏には、陰の存在がある。諸行事を運営する学生らを、先生はずっと大切にしてきた。

君の前途に栄光あれ

 ある時、本部棟内で男子学生との出会いがあった。
 「何年生だい?」「きょうは風が強いから、体に気を付けてね」と励ます先生。「先生こそ、どうかお体にお気を付けください」と彼が答えると、撮影した富士山の写真を手渡して言った。
 「富士山のように雄大な人生を」「決して負けてはいけないよ」「卒業式の時に、お互いに勝利した姿で、会おうじゃないか!」
 2003年3月10日には、学生の熱意に応え、第1回特別文化講座が実現する。ドイツの文豪ゲーテの生涯と精神を巡って講義し、旅立つ29期生に、何度も何度も祝福の声を――。
 最後には「さみしいね」と語りつつ、こう言葉を継いだ。
 「でも全部、皆さんの名簿は、私のそばにずっと置いてあります。たまに見るんです。文集なども全部、置いてあるんです。いつまでも健康で! 勝利の人生を頼みます!」
 9日後の卒業式。席上、卒業生の総意で、先生に「感謝牌」が授与されることになった。
 「世界第一の英知の指導者であられる創立者のもとに学んだ私たちは、最高に幸せであり、この人生において、絶対に負けません!」。力強い決意とともに代表が手渡すと、先生は「ありがとう。創大の宝にします」と、にこやかに受け取った。
 ――式典に先立つこと2週間前。先生は、はなむけの言葉をしたためて卒業生に贈った。
 「皆さま! お目出とう! 勝ったね! 父 はは によろしく! 祈る 御多幸を!」「君の前途に栄光あれ!」と。
 4年間、いな永遠に見守り続ける。1期生から43期生、さらには未来まで等しく注がれる、創立者の慈愛である。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp
 
◆〈信仰体験〉 交通指導員10年 

 【埼玉県川越市】午前7時半過ぎ。道幅が狭く、交通量の多い通学路。「みんな気を付けて! 道からはみ出しちゃ駄目だよ!」。

2017年3月22日 (水)

2017年3月22日(水)の聖教

2017年3月22日(水)の聖教

◆わが友に贈る


生涯求道の賢者たる
太陽会・敢闘会の皆様
いつもありがとう!
いよいよの心意気で
黄金の自分史を共に!

◆名字の言


  街や駅構内など、至る所で見かける“黄色い道しるべ”。この点字ブロック第1号が岡山市に敷設されてから、今月で50周年を迎えた▼考案者は同市の実業家で、発明家としても活動していた三宅精一氏。きっかけは路上で遭遇した、ある出来事だった。道路を横断する一人の視覚障がい者。そのすぐ横を、自動車が勢いよく走り去った。一歩間違えれば大惨事だ。視覚障がい者が街を安全に歩くためにはどうすればいいか――氏は真剣に考え始めた▼ヒントは、目が不自由な友人の“コケと土の境は、靴を通して分かる”との一言だったという。ここから、地面に突起物を配置し、足元から危険を知らせることを発案する。当事者の意見を丹念に聞き、形状・配列・寸法などを工夫。試行錯誤の末、完成にこぎ着けた。その後、全国で需要が拡大。点字ブロックは現在、世界の多くの国々でも活用される▼かつて戸田先生は「その人のためにどうしてあげたらいいか。その慈悲から、一つ一つ具体的な智慧が生まれる」と教えた。人生の万般に通じる視点であろう▼「目の前の一人を救いたい」との深い祈りから、無限の知恵が湧く。人生の岐路で道に迷い、悩む友がいるならば、その足元を励ましの光で照らし、共に一歩を踏み出したい。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年3月22日
 

 生命力と逞しき智慧なく
 して幸福は得られぬ―戸
 田先生。信心で引き出せ
      ◇
 関西男子部の日。常勝魂
 を継ぐ若武者よ!全同志
 の模範たる拡大劇を綴れ
      ◇
 小事に喜びを感じる人は
 大事を成し遂げる―文豪
 一度の対話・激励に全力
      ◇
 米国が過去の核実験映像
 を公開。凄まじい破壊力。
 廃絶こそ恒久平和への道
      ◇
 世界の気温、3年連続で
 最高を更新。地球環境に
 目を向け足元から行動を

◆社説  人種差別撤廃デーに思う  他者尊ぶ思想で多様性輝く社会を


 1966年、国連総会で3月21日が「国際人種差別撤廃デー」と制定された。毎年、この日を中心に、世界各地で人権意識の啓発活動が行われている。
 政府は、2020年の東京五輪を控え、「人権大国」の構築を方針として打ち出している。また、外国人観光客や留学生の倍増を掲げ、在日外国人も増加の一途をたどる。一方で、人種差別を扇動する言動への法規制は、国際社会に比べ不十分であり、人権意識の向上が課題だ。
 かつてマーチン・ルーサー・キング博士は、人種問題を解決するには「二つの道」が必要だと論じた。教育で“内面的な態度”を変革し、立法で“外面的な慣習”を規制することだ。
 キング博士の盟友ビンセント・ハーディング博士と池田先生の対談集『希望の教育 平和の行進』は、キング博士の理想の本質に迫る優良書として反響を呼んでいる。同書で両者は、キング博士が進めた「公民権運動」は、法的権利の実現だけを目指したものではなく、人々の思想を変える「民主主義を拡大するための運動」だと強調。また、この運動はキング博士が“始めた”のではなく、民衆が率先して運動を起こす中で、博士がスポークスマン(代弁者)として“招かれた”という点に着目する。さらに、人種差別をなくすには「教育」が鍵であり、「我々は何者か」という普遍的なアイデンティティーの探究が不可欠であると結論する。
 「我々は何者か」という問いに、日蓮仏法は「地涌の菩薩」という答えを持つ。誰もが、人々の幸福のために尽くす使命を持って生まれた尊い存在なのである。その大前提には、自己も尊厳であり、同じく他者も尊厳であるという生命尊厳と万人尊敬の人間観がある。  昨年、本紙でシカゴの友の活動の様子が特集された。人種間の対立の激しかった時代から、メンバーは地域をくまなく回り、白人も黒人も関係なく、仏法対話を重ねた。そして、多種多様な人々の心が通い合う、信頼と友情の連帯を築いてきた。
 日本国内でも、妙法を持った数多くの外国人メンバーが活躍している。祖国の言語の勉強会を開いたり、日本の青少年を文化交流会に招いたりして、差異を認め、お互いを尊ぶ心を育もうと奮闘している。
 学会の躍進は、多様性が輝く社会を築く基盤であり、模範となる。その誇りを胸に、きょうも“万人に等しく具わる仏性”に呼び掛ける対話に走りたい。

◆きょうの発心  “十連十勝”で幸福の連帯を築く2017年3月22日

御文
 悦しきかな汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る(立正安国論、31ページ・編169ページ)
通解 悦ばしいことに、あなたが蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)に交わって感化を受け、蓬のように曲がっていた邪信が、麻のように素直な正信になることができた。

 
妙法の信仰者が蘭室の友になっていくよう、人間性の大切さを教えられています。
 高校1年の時、中学時代の親友に誘われ、女子部の会合に参加しました。「自分らしく生きることができる仏法です」との確信の言葉に感銘を受け、入会を決意。しかし、両親の反対もあって、すぐに入会には至りませんでした。
 その後、同志の温かい励ましを受け、唱題根本に活躍する女子部の先輩の姿に触れ、“広宣流布の祈りは、かなう”との希望を胸に、1979年(昭和54年)に晴れて入会しました。
 女子部で多くの薫陶を受けた後に結婚。実家が経済的に苦しくなった時も、夫婦で祈り、広布拡大に全力で取り組む中で乗り越えることができました。池田先生と同志の激励があって、今日があります。報恩感謝の心で、師弟不二の道を夫と共に貫く決意です。
 91年、北海道を訪れた先生は十勝の同志に、“十連十勝”との指針を示してくださいました。“青年拡大の年”の本年、大好きな十勝県の同志と共に、幸福の連帯を築いてまいります。   北海道・十勝県婦人部長 佐々木智子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十七

 


 山本伸一が峯子と共に、車で創価大学を出発したのは午後五時半であった。彼は学会本部へは戻らず、横浜の神奈川文化会館へ向かった。世界につながる横浜の海から、新しい世界広宣流布の戦いを、真の師弟の戦いを起こそうと、心に決めていたのである。
 横浜に到着したのは午後七時であり、既に夜の帳に包まれていた。神奈川文化会館の一室から海を眺めた。眼下に、係留・保存されている貨客船の氷川丸が見えた。竣工は一九三〇年(昭和五年)、学会創立の年である。
 学会は、以来、「七つの鐘」を打ち鳴らし、今また、大航海を開始するのだ。
 伸一は、ようやく一息つけた気がした。
 側近の幹部が、「今朝の新聞に先生のお名前が出ておりました」と教えてくれた。
 それは、「読売新聞」がアメリカのギャラップ世論調査所と提携して実施した日米両国の生活意識調査の結果で、日本国民が選んだ「最も尊敬する有名な日本人」の上位二十人の第六位に、伸一の名が挙がっていた。吉田茂、野口英世、二宮尊徳、福沢諭吉、そして昭和天皇に続いて山本伸一となっている。
 「現存する民間人では第一位ですし、宗教界ではただ一人です」という。伸一は、この劇的な一日を振り返ると、不思議な気がした。さらに同志の大きな期待と懸命な応援のようにも感じた。
 三週間前、故・周恩来の夫人である鄧穎超に、会長辞任の意向を伝えた時、彼女が「人民の支持がある限り、辞めてはいけません」と語っていたことが思い返された。“人びとの期待に報いよ! 信義に報いよ! 戦い続けよ!”との励ましであったにちがいない。
 “いかなる立場になろうが、私は戦い続ける! いよいよわが本門の戦いが始まる!”
 彼は、ここでも筆を執り、「共戦」と認めた。
 そして、“弟子よ。われと共に起て!”と心で叫びながら、脇書に、こう記した。
 「五十四年 五月三日夜 生涯にわたり われ広布を 不動の心にて 決意あり 真実の同志あるを 信じつつ 合掌」

◆〈御書と歩む--池田先生が贈る指針〉57 学会活動が最高の回向に

御文
 今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり  (御義口伝、712ページ)
通解 今、日蓮およびその門下が、故人を追善する時、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱えたならば、題目の光が無間地獄に至って、即身成仏させることができる。回向の文はこのことから事起こるのである。

同志への指針

 題目の大功力は亡くなった方々の生命にも厳然と届く。悲しい別れであったとしても、妙法の光明で赫々と照らし、必ず成仏の境涯へ導いていける。
 なかんずく自行化他の題目を唱え、広布に邁進しゆく学会活動には、「生も歓喜、死も歓喜」という永遠の生命の凱歌が轟く。この偉大な功徳を故人に回らし向けるのだ。ここに回向の本義がある。

【聖教ニュース】

◆台湾の名門・中国文化大学で第11回池田思想国際フォーラム 
 21大学の研究者が論文を発表
 池田先生がメッセージ 青年と共に希望の未来を

中国文化大学で開催された「池田大作平和思想研究国際フォーラム」。同大学の創立55周年を祝賀する記念行事の一環として行われた
中国文化大学で開催された「池田大作平和思想研究国際フォーラム」。同大学の創立55周年を祝賀する記念行事の一環として行われた

 台湾の名門・中国文化大学が主催する第11回「池田大作平和思想研究国際フォーラム」が2日、同大学で行われた。大学など21の学術機関の研究者28人が“池田思想”に関する論文を発表。多数の教職員、学生らが参加し、大きな反響を呼んだ。
 台北市にある中国文化大学は、1962年に創立。本年、55周年の佳節を刻んだ。
 95年に創価大学と学術交流協定を締結。2003年3月、創大創立者の池田大作先生に「名誉哲学博士号」を授与し、同年9月には、台湾初の“池田思想”の研究機関として「池田大作研究センター」(李彦良所長)を設立した。
 「池田大作平和思想研究国際フォーラム」は、同センターが中心となり、07年から毎年開かれている。
 11回目となった今回のテーマは「希望の暁鐘 青年の大連帯」。本年1月に発表された池田先生の「SGI(創価学会インタナショナル)の日」記念提言のタイトルを掲げた。
 フォーラムには池田先生がメッセージを寄せ、中国文化大学の張鏡湖理事長、李天任学長はじめ関係者の尽力に深く感謝を。
 そして、「万人の尊厳」と「生命の変革」こそ、大きな転機を迎えた人類が立ち返るべき原点であり、最重要の命題であると強調。
 悩みや苦しみに真正面から向き合い、自らの力で幸福を切り開いていける仏法の生命変革の哲理に言及し、人間教育によって青年を育み、共に新時代の地平を開きたいと呼び掛けた。
 開幕式では冒頭、李学長が力強く訴えた。
 「池田先生の平和思想を根本に、共に手を携えて、希望に満ちた輝かしい未来を開きましょう!」
 さらに席上、池田先生の教育の発展、人類の幸福、世界平和への貢献をたたえる「感謝状」が授与。創大の田代理事長に託されると、場内は大拍手に包まれた。
 また、創大の小山内国際部長が「社会の分断と世界市民教育」について報告した。
 分科会では、多岐にわたるテーマの論考が、池田先生の人間主義の思想と照らし合わせて発表された。
 閉幕式であいさつに立ったのは、中国文化大学の林彩梅元学長。教育の力によって世界に貢献する青年を輩出していくことが、平和を創出するために欠かせないと力説。「今後も池田先生の思想を研究し、世界市民の育成に取り組んでいきたい」と述べた。
 池田先生は、本年の「SGIの日」記念提言でつづった。「いかなる分断の濁流も押し返す、多様性の尊重に基づいた『平和の文化』のうねりは、青年たちの友情から力強く巻き起こっていく」と。
 フォーラムは、こうした先生の“青年への期待の心”を体現したものとなった。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第12回 アンデス山脈  挑み続ける人は偉大に

 
果てしなく続くアンデス山脈(2015年12月撮影)。北部と南部、また標高によって気候は大きく異なる。この山並みを超えて、50カ国・地域目となるチリ訪問を果たした池田先生は、次の和歌を詠んだ。「荘厳な 金色(ゆうひ)に包まれ 白雪の アンデス越えたり 我は勝ちたり」
果てしなく続くアンデス山脈(2015年12月撮影)。北部と南部、また標高によって気候は大きく異なる。この山並みを超えて、50カ国・地域目となるチリ訪問を果たした池田先生は、次の和歌を詠んだ。「荘厳な 金色(ゆうひ)に包まれ 白雪の アンデス越えたり 我は勝ちたり」


 見渡す限りの大パノラマ。白雪を冠した山々が幾重にも連なる。この壮大な光景に触れれば、心はどこまでも広がっていくだろう。
 南アメリカ大陸を貫くアンデス山脈。
 ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリの7カ国を縦断。全長は約1万キロと、実に地球の円周の4分の1にもなる。
 この世界最長の大山脈には北南米最高峰のアコンカグア山(6960メートル)をはじめ、6000メートルを超える高峰がそびえ立つ。これまで多くの登山家が挑んできたが、未踏峰も多いという。
 1993年2月23日、池田大作先生を乗せたジェット機は、パラグアイをたち、チリの首都サンティアゴへ向かっていた。
 眼下にはアンデスの銀嶺が延々と続く。1月下旬から始まった、北南米訪問の途上だった。
 「君の本当の舞台は世界だ。世界へ征くんだ。この私に代わって」――逝去の約2週間前、第2代会長の戸田先生は、池田先生に語り掛けた。この言葉を抱きしめ、池田先生は60年10月、北南米訪問を皮切りに世界へ雄飛したのである。
 だが、その平和旅は困難の連続だった。
 海外渡航自体がまだまだ珍しい時代。各国のメンバーも極めて少なかった。社会主義国を訪れた際には“宗教者が、なぜ宗教否定の国に行くのか”などと中傷の嵐が起きた。軍事政権下の国で当局の監視が付いて回ったこともある。
 その中で先生は、断固として世界広布と平和の大道を切り開いてきた。
 先生の海外訪問は、日本から最も遠い国・チリで50カ国・地域に。そこには、苦難の時代を勝ち越えた友が待っていた。
 73年から89年まで軍事政権に支配されたチリ。弾圧によって死者・行方不明者が続出した。
 戒厳令で外出が制限される中、同志は一軒一軒訪ね歩き、“家族座談会”を開いて励まし合った。そうした状況下のチリから来日する同志を、池田先生は抱きかかえるようにして励まし、「今度は私がチリに行くからね」と約束していたのである。
 24日の第1回チリSGI総会。先生は次のように語っている。
 「逆境に負けずに頑張り抜いてこられた皆さまの功徳は、アンデスの山脈のごとく、限りなく積まれていくことは絶対に間違いない」
 そして力を込めた。
 「私は、戸田先生の道を歩み、戸田先生の道を広げながら、そこに、さまざまな花を咲かせ、実を結ばせてきた。50カ国歴訪もその一つである。いよいよ、これからが本番である。皆さまと共に、全世界を楽しく朗らかに、駆け巡ってまいりたい」
 池田先生の滞在は約40時間。軍政を終結させたエイルウィン大統領との会見や、サンティアゴ市からの「最高賓客」称号の授章式など、重要な行事が続く。その合間を縫い、友を励まし続けた。
 この時、出会いを結んだ未来部は今、青年部の中核に成長。チリSGIは、新たな広布拡大へ堂々と躍進する。
 先生はつづっている。
 「山の向こうには、また山がある。それを越えるたびに、人は偉大になれるのだ。アンデスのような自分になれるのだ。信仰とは、高貴なる人生とは、自ら『山』をつくり、自ら乗り越え、幾つ越えたかを楽しみにしていける生き方なのである」
 漫然と生きるのは楽かもしれない。だが、それでは成長も喜びもない。あえて眼前の山に挑戦し、制覇し、そして勇んで次の山を目指す。それが歓喜と充実に満ちた、人間革命の道である。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 

1982・3・22 関西青年平和文化祭の出演が原点 苦境に燃えた負けじ魂
 

 【大阪府大東市】35年前のきょう3月22日、大阪市長居陸上競技場で開催された「関西青年平和文化祭」。そのクライマックスの組み体操で六段円塔が立ち上がった時――、

2017年3月21日 (火)

2017年3月21日(火)の聖教

2017年3月21日(火)の聖教

◆わが友に贈る


病と闘う友やその家族に
真心の励ましを!
「妙とは蘇生の義なり」と
大確信の唱題を共に!
健康長寿の信心なれば!

◆名字の言


  宮崎では朝の出勤時、コートを羽織らない日が増えてきた。日が暮れていたはずの帰り道も明るくなり、春の訪れを感じる▼「春」の語源には、草木の芽が「張る」、田畑を「墾る」、気候の「晴る」などがある(『広辞苑』)。冬の寒さがやわらぎ、万物が生き生きと躍動し始める季節。その変化を誰よりも敏感に感じるのが、大地に生きる農漁光部の友だろう▼「SOKAチャンネルVOD」で配信中の、第21回「農漁村ルネサンス体験主張大会」が好評だ(配信は31日まで)。先日、九州のある会館では、近隣の友や地域の来賓らを招いて、番組を視聴。千葉、兵庫、鳥取の友の体験主張に、「農業という仕事に、自信が持てるようになりました」「“私も頑張ろう”と勇気をもらいました」など、多くの共感の声が寄せられた▼農林水産業の担い手の減少が叫ばれて久しい。農林水産省の平成27年度「食料・農業・農村白書」によれば、日本の農地面積は、前年と比べて2万2000ヘクタール減少したという▼池田先生は、農業に従事する方々こそ「一番の文化人であり、農業を大事にする国が文化国家ではないだろうか」と述べている。農業を重んじる社会とは、生命を重んじる社会。命が芽吹き、命を育む春、「農の心」に学びたい。(誼)


◆〈寸鉄〉 2017年3月21日
 

 南アジア青年部が幹部会
 さあ広布の新時代を。皆
 が山本伸一の自覚で躍動
      ◇
 先駆「九州の日」。使命に
 燃える火の国の勇者よ!
 後世に残る拡大の歴史を
      ◇
 他人に奉仕すれば特別な
 幸福が返ってくる―博士
 日々の学会活動こそ王道
      ◇
 国連・国際人種差別撤廃
 デー。共生社会の実現へ。
 多様性輝くSGIが模範
      ◇
 睡眠不足で鬱や心臓病等
 のリスクが増加と。規則
 正しく。基本は祈りから

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十六

  


 法主・日達をはじめ、僧たちを送った山本伸一は、別室に入ると、妻の峯子に、和紙と硯、墨、筆を用意してもらった。創価学会の歴史に大きな足跡を刻むであろうこの日の、わが誓いと、弟子たちへの思いを、書として認めておきたかったのである。
 既に揮毫の文字は決まっていた。
 墨を含んだ太い筆が、かすれるような音を立てて、勢いよく白い紙の上を走った。
 ――「大山」
 その下に、「わが友よ 嵐に不動の信心たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 式後記す也」と書いた。
 伸一は、恩師・戸田城聖の事業が窮地に追い込まれた一九五〇年(昭和二十五年)の一月、「富士に祈る」と題する詩を作った。
 詩の一節に、こうある。
 「世紀の 貪婪なる火宅の中に
  虚飾なく佇み 駁説に怖じぬ
  われ 遥かなる富士を讃う」
 その時、彼の心には、一身に降りかかる非難・中傷の嵐にも微動だにせず、広宣流布に生きようとする、恩師・戸田城聖の堂々たる雄姿と富士とが重なっていた。
 「大山」の揮毫には、伸一の魂の叫びが込められていた。
 “妙法は永遠不滅である。その妙法と共に、広宣流布に生き抜くわれらには、無限の希望がある。いかなる烈風にも、大山のごとく不動であらねばならない。何を恐れる必要があろうか! 学会は、日蓮大聖人の仰せ通りに死身弘法の実践を貫き、忍辱の鎧を着て進んできた。創価の師弟は、この不動の信心によって、すべてを勝ち抜いてきたのだ”
 伸一は、さらに、筆を執った。
 ――「大桜」
 そして、下に脇書として記した。
 「わが友の功徳満開たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 合掌」
 “どんな厳しい試練にさらされようが、仏法の因果は厳然である。胸に創価の「大桜」をいだいて進むのだ”――伸一は念願した。

【聖教ニュース】

◆旭日のインドで3・16記念 南アジア青年部幹部会 
 SGI派遣団、南アジア4カ国の訪問団が出席 インド国内185会場に同時中継
 池田先生がメッセージ
 青年拡大の大源流と勝ち進め
 東洋広布誓願式典 記念植樹も

インド、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの青年が広布後継の誓いをみなぎらせ、歓喜と友情の大前進を開始した「3・16」記念の南アジア青年部幹部会(創価菩提樹講堂で)
インド、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの青年が広布後継の誓いをみなぎらせ、歓喜と友情の大前進を開始した「3・16」記念の南アジア青年部幹部会(創価菩提樹講堂で)

 【デリー19日】3・16「広宣流布記念の日」の意義をとどめる「南アジア青年部幹部会」が19日(現地時間)、インド・デリー近郊の創価菩提樹園で盛大に開催された。これには、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアから訪印した青年部のリーダーと、インド各地から集った同志、合わせて約700人が参加。SGI(創価学会インタナショナル)インド派遣団の谷川主任副会長、笠貫SGI女性部長らが出席した。池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、「全世界の青年拡大の迸る大源流となって勝ち進め!」と万感の期待を寄せた。幹部会の模様は、インド国内185会場に同時中継された。
 仏法源流の天地に、「午前8時の太陽」のごとく、赫々と燃える広布後継の陣列が立ち上がった!
 この日の午前、3月の光と緑、そして清浄なる空気に包まれた創価菩提樹園に、南アジアの“ヤマモト・シンイチ”たちが、希望に胸を高鳴らせて続々と到着した。それを、インドの歓迎委員会の友が、まるで“仏を敬うがごとく”温かく、また元気な掛け声と手拍子で迎えていた。“広宣流布ノタメニ、タタカイマショウ!”
 わが誓いよ、師のもとに届け!――集い合った全員の心が一つになり、菩提樹が広がる大地を美しく輝かせていた。
 「池田先生! 私たちは、生涯、師弟不二の道を歩み、南アジアに金剛不壊の団結を築きます!」。幹部会の席上、各国を代表し、インドのサブー男子部長が高らかに叫んだ。
 すると、会場にいた友は拳を固く握り締め、また、ある同志は瞳を光らせて「イエス!」と、大きくうなずいた。
 さらにサブー男子部長が「先生! 私たちは何があっても、世界広布実現のために、師子となって前進します!」と、烈々たる気迫で訴えると、万雷の拍手が会場に轟いた。
 池田先生が恩師・戸田城聖先生の弟子となって今年で70年。
 戦後、民衆救済に一人立ち上がった戸田先生は、1958年(昭和33年)3月16日、池田先生、そして6000人の青年に広布の一切を託した。
 その後、32歳で第3代会長に就任した池田先生のもと、広宣流布は未曽有の大発展を遂げ、地涌の連帯が地球を包む時代を迎えた。
 今回、参加した南アジア4カ国にインドを加えた人口の合計は約17億。実に世界の人口の23%を占める。その平均年齢は20代後半。いずれも、まさに青年が主役の国々である。
 今日、アジアをはじめ世界には、人々を苦しめ分断する紛争、貧困、差別、難民問題、環境破壊など課題が山積する。
 世界は、人類を救いゆく指導原理を求めてやまない。その大望に応え、人間革命の哲学の力で人類の宿命転換を成し遂げゆく崇高なる使命を担うのが、新時代の“ヤマモト・シンイチ”である。

広布の炎のバトンを継ぐのは我ら!
         
池田先生! 世界広布の平和と希望のバトンは、私たちが断じて継承します!――「午前8時の太陽」のごとく、躍動のエネルギーに満ちた南アジアの若き地涌の友らが決意のカメラに(19日、創価菩提樹園で)
池田先生! 世界広布の平和と希望のバトンは、私たちが断じて継承します!――「午前8時の太陽」のごとく、躍動のエネルギーに満ちた南アジアの若き地涌の友らが決意のカメラに(19日、創価菩提樹園で)

 なかんずく、南アジアを舞台に、戦う使命に目覚め、立ち上がったのが、この日集った青年たちなのだ。
 池田先生はメッセージで、東洋広布を悲願とした戸田先生が、南アジアの地涌の若人の集いをどれほど喜び見つめているかと称賛。
 そして、弟子が師匠以上に立派に成長する後継の原理「従藍而青(青は藍より出でて、藍より青し)」を通し、「今、この従藍而青の弟子とは、ここに集まった若き世界広宣流布の闘士である皆さんに他ならないのであります。後継の弟子が陸続と続く限り、広布の大河の流れは、決してとどまることはありません。私は、恩師より受け継いだ広布のバトンを、次代を担い立つ、若き皆さんに託したい。否、皆さんに託す以外に、世界広布の未来は断じてないのであります」と万感の期待を込めた。そして「わが最も信頼する南アジア青年部よ! 全世界の青年拡大の迸る大源流となって勝ち進め!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
 会合では、インド青年部による躍動感あふれる学会歌が次々と披露され、会場の熱気は最高潮に。その後、青年たちの活動体験3題に喝采が送られた。
 シンガポールのタン区副女子部長はアメリカ創価大学を卒業し、現在、国立シンガポール大学に勤務。教育環境の整備や他大学との交流などを通し、人間教育の確立に励む。
 インドのシュリバスタバ圏副女子部長は、家族の病など困難に負けず、映画監督として、数々の国際映画祭で受賞した喜びの体験を語った。
 マレーシアのチャンドレン副男子部長は、SGIアジア文化教育センターの開所に合わせるように、母と幸福拡大に励めるようになった感激を報告。
 インドのグプタ女子部長は、華陽の友が弘教や訪問激励に奮闘する模様を伝えた。
 インドのグプタ議長に続き、笠貫SGI女性部長は、同志と共に悩み、祈り、行動する中で広布の人材を育もうと激励。谷川主任副会長は、師の構想の実現を誓う弟子の闘争によって、不可能は可能になると訴えた。
 最後に、皆で固くスクラムを組み、日本に届けとばかりに学会歌「21世紀のマーチ」を高らかに歌い上げた。その歌声は、誓いの調べとなって、創価菩提樹園に響き渡った。
 “池田先生、私たちは先生の炎のバトンを受け継ぎます!”――幹部会はまさに、アジア広布新時代の黎明を告げる後継の儀式となった。

◆全国で春季彼岸法要  池田先生は総本部、原田会長は東京・北区で


 「創価学会春季彼岸勤行法要」が「春分の日」である20日を中心に、全国の主要会館、墓地公園、納骨堂などで営まれている。
 池田先生は20日、総本部(東京・新宿区)の創価学会第2別館で勤行・唱題を厳粛に。亡くなられたご家族、そして広宣流布に連なる全ての方々の先祖代々の追善回向を懇ろに行い、三世永遠にわたる安穏と福徳を心から祈念した。
 原田会長は同日、東京・北区の北平和会館での勤行法要に出席した。その中で会長は「生老病死」「愛別離苦」という人間の根源的な苦悩をいかに打開していくかに仏法の真髄があると強調。妙法を根本に「今」を全力で生き切る姿そのものが故人の勝利の証しになると確信し、ともどもに広布の大道を進もうと語った。
 東北池田記念墓地公園(宮城・白石市)も同日、多くの来園者が。
 宮城・大河原町の村上純一さんは、家族と共に。「毎年、祖父母の墓参に来ています。長女も今春、小学生となり、報恩の心で進みます」と語った。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈生老病死を見つめて〉 使命に生きる  

   
 連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は、病魔と闘う壮年の姿を通して考察したい。

心に刻む御聖訓

 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈禱抄、1351ページ)
「悪性リンパ腫」との宣告
 日蓮大聖人は、夫が病気になった夫人に対して、「このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり」(御書1480ページ)と仰せである。
 突然の病に襲われた時、人々の胸中にはさまざまな思いが駆け巡る。しかし、多くの学会員は病気をも自身の使命と捉え、新たな戦いを開始している。
                                                               ◇ ◆ ◇ 
 2004年(平成16年)6月、本田尚道さん(65)=奈良常勝県副総合長=は、中学校の教頭として激務の日々を送りながら、広布の最前線で圏長としても奮闘していた。病魔が襲ったのは、そんなさなかのことだった。
 同年春から腰に痛みを感じていた本田さんは、検査入院した病院で「悪性リンパ腫」との診断を受ける。
 「おなかに、こぶし大の腫瘍があります。放射線治療や開腹手術はできないので、薬物治療を行います」
 医師の言葉に、付き添っていた妻・道枝さん(63)=香芝西支部、支部副婦人部長(地区婦人部長兼任)=は、「助けてください」と必死に訴えていたが、本田さんは実感が湧いてこなかった。
 ――未来部時代から信心に励んできた本田さんは、大学卒業後、大阪で中学校の教員になった。職場の同僚だった道枝さんを折伏し、1978年に結婚。1男1女に恵まれた。
 「青年部時代から、常に仕事と学会活動の両立に挑戦してきました。体も健康そのもので、まさか自分が病気になるとは思いもよりませんでした」と、本田さんは振り返る。
 病名が分かり、すぐに入院したが痛みは取れず、本田さんは七転八倒を繰り返していた。9月に入って投薬治療を開始したが、免疫力が激減するため、病室は無菌状態の個室で面会謝絶に。激痛や体力の衰え、孤独との戦いが、しばらく続いた。
 「この時期は、とにかく早く家に帰りたい、退院したいと思って泣いてばかりいました。唱題する気力も起きず、完全に病魔に打ち負かされていました」

活動ができない苦しみ

 本田さんは、病院のベッドで唱題に挑戦しようとしたが、なかなか続かなかった。明日への希望も見いだせず、本田さんは毎日のように絶望と孤独に襲われたという。時には、妻・道枝さんの「あなた圏長でしょう。しっかりしいや!」との叱咤が、本田さんの心を奮い立たせてくれた。同志も何度となく病院に足を運んでくれた。
 しかし、11月になると恐れていた合併症を起こし、本田さんはウイルス性肺炎に。主治医からは「この2、3日がヤマです」と宣告を受ける。だが、道枝さんは「絶対に夫が死ぬわけない」と確信していたという。家族や同志の懸命な祈りが届いたのか、その後、病状は好転。抗がん剤治療も功を奏し、腫瘍がなくなっていった。
 年が明けた05年1月には、7カ月ぶりに退院し、自宅に戻ることができた。
 「でも、本当の闘いは退院してからでした」と本田さんは言う。
 長期入院と抗がん剤の影響で歩けなくなり、さらには、ぶどう膜炎と緑内障を併発し、ほとんど目が見えなくなったのだ。
 「家の中を伝い歩きするのも難しい状況でした。なぜ、自分がこんな思いをするのかと自問自答し、唱題しては池田先生の指導を求める日々でした」
 本田さんは、「大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない」(同1351ページ、通解)との御聖訓を胸に、病と闘い続けた。
 「日頃は立派そうなことを言っていても、いざ、自分が病魔に襲われ、逆境にいると、なかなか克服できないものだと痛感しました。また、学会活動をしたくてもできない苦しみや、題目をあげたくてもできないいら立ちは、経験した人間でないと分かりません。多くの同志の励ましが、崩れそうになる心を支えてくれました」

闘病を通しての“気付き”

 その後、本田さんは訓練を重ねて少しずつ歩けるようになり、座談会や学会活動に復帰。06年には目の手術を行い、若干だが視力も回復した。
 「退院後、初めて座談会に参加した時の感動は今も忘れられません。学会ほど温かい組織はないと、心から感謝し、自分の居場所を確認した思いでした」
 発病から13年が経過したが、幸いなことに再発もなく、医師からは「寛解」を告げられた。ただ、今も脚には障がいが残り、視野も極めて狭い。健康な時に比べると失ったものはある。
 だが、「病になったからこそ分かったことや気付いたことも多い」と語る。
 その一つが支えてくれる家族や同志のありがたさ、そして同苦の大切さだ。その感謝の思いが本田さんを、同志への激励に駆り立てる。
 「闘病中、“元気になったら広布のために、悩んでいる人を激励したい!”と思っていました。だから今は、人一倍、病で苦しむ同志への励ましを心掛けています。自分の経験を振り返っても、病と闘う人には『支えてくれる存在』が大事です。また、相手に寄り添って思いを聞くだけでも元気になる人がいます。
 病気の人や、その家族から相談を受けることも多くなり、そのたびに、自身の体験を赤裸々に語っています。病気になったからこそ、家族も真剣に信心に向き合い、信心の確信をつかむことができた。まさに『病によりて道心はをこり候なり』(同1480ページ)を実感できたと、心から感謝しています」

取材メモ

 池田先生は語っている。
 「病気で苦しければ、誰しも一生懸命、題目をあげ始めるにちがいない。また、そうした苦難のときにこそ、いやまして信心の炎を燃やさねばならない。大切なことは、病気を不幸への出発点とするか、より大いなる幸福の軌道へのスタートとするかである」
 本田さんにとって闘病中に最もつらかったのは、職場復帰を断念した時だったという。
 「当時は55歳。悔しさから『自分の人生は何もかもなくなってしまった』と弱音を吐いたら、娘に言われました。『何、言ってんの。父さんには信心があるやん。学会のおかげで、ここまでこれたんやないの。それを忘れてどうするの!』と。その言葉に、ハッとしました」
 本田さんは、人と比べるのではなく、自身の使命に生き抜こうと決めて進んだ。やがて還暦を迎え、周囲も本田さんと同じく「第三の人生」を歩み始めた頃から、本田さんは「自分は人より5年だけ、先回りしただけだ」と思えるようになり、引け目を感じなくなったという。
 現在、本田さんは教職経験を生かし、市不登校児童生徒適応教室の指導員としても活動している。
 信心に励んでいても決して順風満帆なことばかりではない。むしろ試練に直面した時にこそ、信心の深さを実感できる。さらに信心を貫くならば、試練も自身の成長の糧に変えていける。本田さんの姿を通して、その実感をひときわ強くした。(秀)


◆〈信仰体験 ブラボーわが人生〉第27回 98歳のもったいない話 
  「題目をあげていると 自然と涙が こぼれるんですよ」

 【滋賀県草津市】広辞苑で「もったいない」を引いてみた。<過分のことで畏れ多い。かたじけない。ありがたい><そのものの値打ちが生かされず無駄になるのが惜しい>―。
 

2017年3月20日 (月)

2017年3月20日(月)の聖教

2017年3月20日(月)の聖教

◆今週のことば

自行化他の題目こそ
真の追善なり。
「生も歓喜、死も歓喜」
広布に走る生命から
常楽我浄の春風が!

◆名字の言


  取材の帰り道、激しい雨に降られた。次の予定が気になりつつも雨宿り。雨脚が弱まり、ふと空を見上げると、空には見事な虹が。慌ただしい日常にあって胸のすく思いがした▼虹は、太陽の光が雨粒の中で反射・屈折することでできる。雨が降っても、空が雲におおわれていれば、虹は出ない。虹が現れるには、太陽の光が差し込んでくることが必要なのだ▼進学・就職の季節。なかには志望とは異なる道に進む人がいるかもしれない。だが雨の中でも、ひとたび光が差し込めば、虹は生まれる。その光こそ、腐らず、焦らず、前進し続ける「負けじ魂」ではないだろうか▼壮年の夢は「世界に羽ばたくこと」だった。4畳半一間で家族6人が暮らす貧乏のどん底。家計を支えるため、大学も中退した。それでも夢を諦めなかった。発電設備関連の仕事に携わる中で、工夫を重ね、数々の特許を取得。その実績が高く評価され、昨年、ネパール工科大学の客員教授に迎えられた▼日蓮大聖人は、たび重なる困難を乗り越えた門下の四条金吾を「極めて負けじ魂の人」(御書986ページ、通解)とたたえた。自らが目指す山々への途上には、厳しい嵐の日もあろうが、やまない雨はない。「負けじ魂」を燃やして前進する人生に、燦然たる勝利の虹は輝く。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年3月20日
 

 「つよきすけをかひぬれ
 ば・たうれず」御書。守り
 励まし、固き団結で前進
      ◇
 長崎の日。“青葉の誓い”
 胸にさあ拡大!使命の友
 ありて平和の世紀は盤石
      ◇
 「仏法は観念の遊戯では
 ない」牧口先生。足元から
 信頼広げよ。深き祈りで
      ◇
 ネット上の人権侵害、4
 年連続で最多更新。噓は
 社会の敵。許さぬ思潮を
      ◇
 大学生の就職内定率90%
 で過去最高。若者の活躍
 は光。公明よ追い風更に

◆社説  全国で春季彼岸勤行法要   広布を願う実践こそ最高の追善


 創価学会では、彼岸の中日となる、きょう「春分の日」を中心に、全国の主要会館、墓地公園、納骨堂で「春季彼岸勤行法要」を開催する。広布の途上で亡くなられた家族、先祖、友人、全同志への追善の勤行・唱題、焼香を厳粛に執り行う。
 仏教では、迷いに満ちた現実世界を「此岸」に、そして仏道修行によって得られる覚りの境涯を「彼岸」に譬える。
 法華経以前の教えでは、生まれ変わるたびに仏道修行を繰り返す「歴劫修行」によって彼岸を目指すとされてきた。
 これに対し、日蓮大聖人の仏法では、御本尊を持ち、信心を貫いていくことで、この一生の間に仏の境涯を開くことができる。法華経の真髄であり、成仏の根源の法である南無妙法蓮華経を唱え、妙法流布に生き抜くことで、この一生のうちに誰もが彼岸に到ることができるのである。
 この偉大な妙法を唱え弘める功徳は、自らの生命に積み重ねられるだけではない。私たちは、その功徳を故人に追善回向することができる。
 「法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり」(御書712ページ)
 「回向」とは、自らが修行して得た功徳を、先祖や故人に「回らし向ける」という意味である。
 勤行・唱題をはじめ、私たち学会員が日々、広布を願って取り組む信心の実践こそ、故人をも含めた自他共の成仏を実現しゆく直道なのである。
 大聖人は身延の地から、遠く離れた佐渡の女性門下である千日尼にお手紙をつづられ、こう仰せになられた。「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし」(同1316ページ)と。穢土とは、煩悩で汚れたこの現実世界のこと、霊山とは、常住の仏のいる場所のことである。
 東日本大震災から6年を迎えた今月11日付の本紙掲載の随筆で、池田先生は、この仰せを拝して次のようにつづった。「いかなる試練にあろうとも、私たちの心は、常に大聖人とご一緒です。亡くなられたご家族も友も、広宣流布に懸命に進みゆく私たちの心の霊山に一緒なのであります」
 “妙法で結ばれた絆”は、今世限りのものではない。その絆は、三世永遠に続いていく。生死を超えて妙法流布の旅路を歩む使命をあらためて確認し、さらなる前進をともどもに誓う機会としたい。

◆きょうの発心  太陽会が“先駆”の使命を果たす

御文
 釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返って仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり(諸法実相抄、1358ページ・編547ページ)
通解 釈迦仏は我ら衆生のために主師親の三徳を備えられていると思っていたが、そうではなくて、かえって仏に三徳をこうむらせているのは凡夫なのである。

 仏の偉大な徳も、凡夫がいればこそ輝く、との仰せです。
 1973年(昭和48年)3月21日、第1回九州青年部総会に運営委員長として携わりました。後に「九州の日」の淵源となったこの総会で、青年部一人一人を抱きかかえるように励ます池田先生の姿に触れ、“青年をここまで信じてくださっているのか”と、私の心は震えました。最後に、先生と9000人の青年たちで「同志の歌」を大合唱――その感動の光景は、今も脳裏に鮮明に焼き付いています。
 翌年、34歳で心臓病を発症。思うように好転しない病状に、立ち向かう心が弱くなっていた時、師匠から真心の励ましをいただきました。それから猛然と唱題に挑戦した結果、宿命の鉄鎖を断ち切り、病魔に打ち勝つことができました。
 現在、八幡県の壮年部太陽会の同志と共に、先生の指導を真剣に学び抜き、弘教拡大に挑んでいます。師の期待に応えるために、先駆の北九州が“青年の心”で、広布拡大の突破口を開く決意です。   福岡・八幡県副総合長 七嶋健治

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十五

 
 山本伸一のあいさつに与えられた時間は、十分にも満たなかった。
 これまで本部総会では、伸一から広宣流布の遠大な未来構想や希望の指針が示され、また、社会、世界の直面するテーマに対して解決の方途を示す提言が発表されることも少なくなかった。さらに、参加者と一対一で対話するような、ユーモアを交えた心和む話に、皆は時に安堵し、時に大笑いしながら、新しい前進への決意を固め合ってきた。しかし、そんな心の触れ合いもない、あまりにも形式的な総会になっていた。
 伸一のあいさつに続いて、法主・日達の特別講演があり、新理事長の森川一正、新会長の十条潔のあいさつと進んだ。
 十条は、これまで三代の会長が築いてきた盤石な基盤のうえに、安定と継続、そして着実な発展を図っていきたいと抱負を語った。
 総会は型通りに終わった。
 この時、狂ったように学会を誹謗し、信徒支配を狙っていた宗門の悪僧や、背後で暗躍した邪智のペテン師らは、“計画通りだ。これでよし!”と、ほくそ笑んでいたにちがいない。伸一には、妬みと欲望の虜となった、その滅びゆく実像がよく見えていた。
 彼が体育館を出て渡り廊下を歩いていると、幼子を背負った婦人など、広場にいた数人の人たちが伸一の姿に気づき、「先生! 先生!」と叫び、広場の手すりまで駆け寄って来た。本部総会の参加者ではない。一目でも会いたいと、外でずっと待っていたのであろう。その目には涙が光っていた。
 伸一は大きく手を振った。
 「ありがとう! お元気で!」
 一瞬の出会いであった。しかし、そこには何があっても変わらぬ、深い魂の結合があった。創価学会の真実の絆があった。
 “これから、こういう尊い方々を、本当に善良な仏子を、誰が守っていくのか! 誰が幸福にしていくのか! 私は、必ず守り抜いてみせる!”
 伸一は、会員厳護の決意を新たにした。

【聖教ニュース】

◆東洋哲学研究所が学術大会
  タイ・世界仏教徒大学 ノーラニット学長を迎えシンポジウム

東洋哲学研究所の学術大会のシンポジウム。講演する世界仏教徒大学のノーラニット学長(創価大学で)
東洋哲学研究所の学術大会のシンポジウム。講演する世界仏教徒大学のノーラニット学長(創価大学で)

 創立55周年を迎えた東洋哲学研究所(東京・八王子市)。このほど、所長に桐ケ谷章氏、副所長に菅野博史氏が就任した。新たな前進を開始した同研究所の第32回「学術大会」が19日、八王子市の創価大学で開催。同大会では、シンポジウム「人類的課題と仏教」が開かれ、タイ・世界仏教徒大学のノーラニット・セータブット学長(タマサート大学評議会議長等を兼務)が「仏教と平和」と題して特別講演を行った。
 東洋哲学研究所の創立は1962年(昭和37年)1月27日。
 以来、創立者・池田大作先生の「仏法の人間主義、平和主義を世界に展開していける人材を育む」との設立構想のもと、着実に研究成果を上げてきた。
 同研究所の活動の柱の一つである学術大会は、平和と人権、環境問題等の人類的課題の克服を目指すもの。
 創立55周年の節目を刻む本年の大会は、新たな地球文明の創出に向け、さらなる発展を期して開催された。
 シンポジウムでは、桐ケ谷所長があいさつ。人類的課題を解決するためには宗教間・文明間対話が重要であるとし、研究所が、その推進役を担いたいとの信条を語った。
 続いて、研究者が論考を発表した。
 山本修一主任研究員は「自然破壊に対する大乗仏教の視点」をテーマに。「依正不二」の法理を通し、自然環境があってこそ人間社会の持続可能な発展もあるゆえに、人間には自然を守る使命と責任があると訴えた。
 世界仏教徒大学のパッタラポーン・シリカンチャナ副学長の主題は「仏典に見る環境保全の精神と現代タイの生活」。環境問題を解決するために、仏教の知識と実践を拡大する必要性に言及。釈尊の暮らしと教えを紹介し、人類は自然と調和した生活様式に転換していくべきであると論じた。
 大島京子研究員は、「核兵器なき未来へ」と題して。仏教に説かれる非暴力の行動規範、生命尊重の対話実践こそが、自他共の変革を生む平和創造の方途であると述べた。
 登壇したノーラニット学長は、紛争や難民問題等の世界的な危機は“人間が引き起こした惨事”であるとし、それらの原因は、他者を置き去りにした「利害」の心や、理性の働かない「感情」にあると指摘。人類的課題の解決には、指導者が平和を築く大きな責任を担い、「柔和」「自制」等の“徳”を備えていくことが必要であると語った。
 このほか、国内外の研究員・委嘱研究員らが研究成果を発表した。学術大会は、きょう20日も開かれる。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉17 あす3月21日は「白樺会の日」 
 生命守る尊き献身に感謝 2017年3月20日
 良質の睡眠で体も心も健康に
 
 原田 3月21日に、「白樺会(婦人部の看護者の集い)の日」を迎えますね。
 平栗 本当にありがとうございます。「白樺グループ」(女子部の看護者の集い)
を卒業された先輩方が“婦人部にも白樺を”と祈り抜く中、1986年(昭和61年)3月21日に「白樺会」は結成されました。
 松岡 念願の結成式には、池田先生・奥さまをお迎えすることができ、一緒に勤行をしていただきました。喜びに包まれ、皆、感動の涙で、声にならなかったと伺っています
 平栗 先生は何度も、「いつも学会を陰で支えてくれている大事な人たちだ」と激励してくださいました。白樺にとって、生涯、「師弟の道」を歩む大事な原点となっています
 松岡 今、全国各地で「3・21」記念の「白樺ミーティング」を行い、未来を担う白樺グループと“婦女一体”で、共に励まし合い、切磋琢磨しています。
 原田 先生は、生命を守る崇高な使命に生きる白樺の同志に、“看護の仕事を選んだこと自体、菩薩の心の人”と、一貫して敬意をささげてこられました。
 永石 日々、厳しい現実と向き合う医療現場で、不規則勤務や人手不足など、さまざまな労苦や課題も多いと思います。そんな中、信心で培った“目の前の一人”を大切にする心で、尽くしてくださっています。
 長谷川 仕事や家庭も大変な中、地域の最前線で、地道に学会活動にも励まれています。会合の救護役員なども担い、人知れず陰で、皆の健康・無事故を真剣に祈ってくださっています。日々の献身に、あらためて感謝いたします。本当にありがとうございます。
 原田 「『抜苦与楽』の慈悲の聖業――そこに携わる方々は、知識と技術と人格が光る『人を癒す大芸術家』である」と先生はたたえられています。私たちも最大に敬意を表し、さらなる活躍を祈りたいと思います。

“疲れ”をためない

 永石 今、「春の睡眠健康週間」(11日~25日)を迎えていますね。
 松岡 「春の睡眠の日」(18日)を中心に、睡眠に関する知識の普及・啓発を目的としたものです。「良質の睡眠は子どもの心身の成長に重要であり、生活習慣病を予防し、高齢者の生活の質を高める」とされています。また18日は「世界睡眠デー」でもあります。
 原田 健康で元気に生活するためには、良質の睡眠を取ることがとても大切ですね。寝不足は万病のもとであり、事故のもとです。
 平栗 睡眠不足になると免疫力が落ち、病気になりやすくなったり、イライラしたり、ホルモンのバランスが崩れたりと、さまざまな悪影響を及ぼします。
 長谷川 池田先生も語られています。「何であれ、無理はいけない。無理して、病気になったり、交通事故を起こしたりすれば、自分も周囲も苦しむ。大事なのは、『疲れをためない』ことです。これは、すべての病気の予防に通じる。そのためには、睡眠を上手にとることです。ある程度の年齢になれば、なおさらです」と。
 松岡 一人一人、生活も異なり、睡眠時間などには個人差もありますので、自分に合った睡眠の方法を見つけることが大切です。

賢明に、価値的に

 平栗 「健康づくりのための睡眠指針」として、厚生労働省は「睡眠12箇条」を示しています。①良い睡眠で、体も心も健康に②適度な運動、しっかり朝食、眠りと目覚めのメリハリを③良い睡眠は、生活習慣病予防につながる④睡眠による休養感は、心の健康に重要⑤年齢や季節に応じて、昼間の眠気で困らない程度の睡眠を⑥良い睡眠のためには、環境づくりも重要。
 松岡 また⑦若年世代は夜更かしを避けて、体内時計のリズムを保つ⑧勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を⑨熟年世代は朝晩メリハリ、昼間に適度な運動で良い睡眠⑩眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない⑪いつもと違う睡眠には要注意⑫眠れない、その苦しみを抱えずに、専門家に相談を、という内容です。
 永石 いろいろな工夫をされている方もいますね。眠る前に自分なりのリラックス法を行う。カフェイン等の刺激物は寝る4時間前まで。規則正しく3度の食事を取る、など伺いました。
 平栗 極力、その日のうちに就寝することも大切です。また、今日がんばった自分をほめてから、眠りに就く方もいます。穏やかな眠りは、次の新生の目覚めにつながるのだそうです。
 松岡 「光」も睡眠にとって重要です。日光は“幸せホルモン”と呼ばれるセロトニンの分泌を促し、体内時計を整えます。朝に太陽を浴びるとスッキリ目覚め、夜は暗めで暖色系の明かりが眠気を誘います。反対に、携帯等のブルーライトは覚醒を促します。寝る前や夜遅くの使用は控えるのをお勧めします。特にお子さんは注意が必要です。
 永石 集中力が続かない時は、上手に「仮眠」を取ることも効果的と伺いました。目をつぶるだけでも脳を休めるそうですね。
 平栗 そうなんです。また、夜遅くに食事をすると睡眠の質が下がり、疲れが十分に取れません。朝スッキリ目覚めるためにも、私は寝る2時間前からは、食べないようにしています。
 原田 先生は語られています。「疲れを取るには、まず、ぐっすり眠ることです。生死を繰り返す人間の生命にあって、『眠り』は一種の『小さな死』ともいえましょう。よき眠りは、生命の奥底の次元に立ち返り、その宇宙大の広がりに戻って、色心を蘇生させるものです。だから、生命力が充電される」と。
 長谷川 何か体に異変があったら、まず病院に行くことも大切です。信心しているからこそ、人一倍、健康に注意し、賢明に、価値的に医学を活用していくのが、本来の在り方です。
 原田 根本は「祈り」であるとした上で、先生は「予防」を大切にされ、「食事、睡眠、運動といった生活の基本」を強調されています。私たちは信心を根本に「健康・長寿」「幸福・勝利」の軌道を生き生きと歩んでいきましょう。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 シンガポール創価学会 王徳才さん


 「前へ、前へ、もっと前へという飽くなき挑戦のなかにのみ、生の躍動と人生の勝利がある」――この小説『新・人間革命』の池田先生の言葉が、私の人生のモットーになっている。

2017年3月19日 (日)

2017年3月19日(日)の聖教

2017年3月19日(日)の聖教

◆わが友に贈る


偉大な事業は
一日にして成らず。
今できることから
一歩一歩 挑み抜け!
結果は必ずついてくる。

◆名字の言


  沿道の応援が力になった――マラソン大会でゴールした選手が、しばしば口にする。それを心の底から実感したことがある▼都市部の大会に出場した時のこと。途切れない沿道の声援。応援の“形”もさまざまで「残りたった30キロ」「ビールまであと○キロ」など、ユニークな応援ボードを掲げる人もいる▼終盤、肉体的にも精神的にも苦しい時、ふいに名前が呼ばれた。ウエアの刺しゅうを読み取ってくれたらしい。そして「腕の振り、いいぞ!」「いいペース! まだ記録伸びるよ」と。不思議と体が軽くなったような感覚。自分だけに向けられた一つ一つの言葉が、強く背中を押してくれた▼コーチングの基本的なスキル(技能)に「アクノリッジメント(承認)」がある。その有効な手段の一つが「褒める」。抽象的な言葉ではなく、相手の特長を捉え、力を引き出す言葉を具体的に伝えることが「褒める」という行為なのだ(鈴木義幸著『コーチングのプロが教える「ほめる」技術』日本実業出版社)▼御書に「人から自分が、大変によく褒められる時は『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである」(1359ページ、通解)と。相手を知ればこそ褒めることもできる。友情を深めつつ、たたえ励まし合う創価の輪を広げたい。(味)

◆〈寸鉄〉 2017年3月19日

 創大・女子短大で卒業式。
 君達の成長が母校の誇り
 創立者の期待に応えゆけ
      ◇
 福岡「筑紫総県の日」。正
 義の天地から拡大の先陣
 を。師子王の心で壁破れ
      ◇
 「学会に青年が多いのは、
 哲学が深いから」戸田先
 生。無上道の人生を共に
      ◇
 大震災後のデマ、8割超
 が「信じた」と―調査。真
 偽を峻別する確かな眼を
      ◇
 大麻の検挙者、また増加。
 75%が20~30代と。若者
 狂わす魔手。断じて撲滅

◆社説  「白樺会」が結成31周年  生命を輝かせる抜苦与楽の実践


 池田先生がハーバード大学で2度目の講演「21世紀文明と大乗仏教」を行ったのは1993年(平成5年)のことだった。現代文明について、生老病死という人間にとって最も根本的な課題に目をそらし、物質的価値を追い続ける「死を忘れた文明」と警鐘を鳴らした。
 それから約四半世紀。日本では平均寿命が男女平均83・7歳(2015年)に達し、超高齢社会化が加速度的に進行する。
 老いをどう支え、死をどう捉えるべきかという大きな課題に、社会全体が、いや応なしに向き合う時代を迎えている。制度の整備は当然として、その背骨となる「生死観」「生命観」が求められている。
 こうした時代にあって、日々生死を見つめる看護の現場で、日蓮仏法の慈悲の哲学を体現しているのが白樺会(婦人部)・白樺グループ(女子部)の友だ。
 1986年(昭和61年)3月21日に結成された白樺会。献身的な振る舞いに、「あなたの笑顔が最高の力となった」「あなたの一言が私の心をよみがえらせた」と感謝の声は尽きない。
 看護者は命を預かる仕事。長時間にわたる業務、夜勤など、気の抜けない時間が連続する現場だ。
 患者の身近で献身的に支える立場だけに、時に不安やいら立ちをぶつけられることも。文字通り生老病死の最前線に立つことが、いかに大変で、それゆえいかに尊い労苦であることか。
 白樺会のリーダーは語る。「患者に接すると、自分の生命状態が厳然と現れます。だからこそ全ての人に対しての尊敬と感謝が大切だと痛感します。また、それにより私たちも心の財を積んでいると実感します」
 法華経の如来寿量品第十六には「如実知見」が説かれる。現実世界をありのままに見通し、衆生を救済するための仏の智慧を指す。この法理のままに、白樺のメンバーは、患者が何を求めているのか、真剣な唱題で心を研ぎ澄まし、「抜苦与楽」の慈悲の看護に徹する。
 「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769ページ)と。誠心誠意、尽くし抜く――それは相手の生命に光を送るだけでなく、自身の生命をも輝かせゆく振る舞いだ。この生命の法則を最も実感し、かつ証明しているのが白樺の友といえる
 池田先生は、白樺の友こそ“生命の幸福の博士”と。充実した「健康長寿の人生」を目指す全ての人々にとって、この「白樺の心」は模範となろう。

◆きょうの発心   師の慈愛を胸に、正義の闘争を2017年3月19日

御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(聖人御難事、1190ページ・編1209ページ)
通解 月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう。

 月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。
 
 創価大学時代、将来に不安を抱えていた時に、池田先生とお会いする機会が。大勢の学生がいる中、私の前まで来てくださり、「頑張って!」と励まされたことが、自身の原点になりました。
 その直後の1979年(昭和54年)、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、先生が会長を辞任。後に、悪侶と反逆の輩の策謀を知り、必ず師の正義を満天下に示そうと決意しました。当時、兄弟3人で東京・中野区で信心を学び、折伏を通して人生の土台を築いたことは、最高の思い出です。
 81年(同56年)12月、先生が熊本に来県。悪辣な坊主に苦しめられた同志を最大に激励される師の深き慈愛に触れ、胸が熱くなりました。
 現在、父から受け継いだ薬局は、地域に根を張り続けて50年。報恩感謝の思いで営んでいます。
 反転攻勢の「熊本文化祭」から35周年。“熊本広布の源流”である熊本戸田県から、後継の未来部・青年部を先頭に、新たな勝利の歴史を開いてまいります。  熊本戸田県総合長 岡田 憲介

【聖教ニュース】

◆創価大学・女子短大で卒業式 2017年3月19日
創立者が和歌とメッセージ贈る

            
白雪の富士が見つめる中、晴れやかに行われた卒業式。式典では偉大なる価値創造の人生を歩み抜くことを誓って「創価大学学生歌」を合唱。さらに両親への感謝を込めて「母」を歌い上げた(創大記念講堂で)
白雪の富士が見つめる中、晴れやかに行われた卒業式。式典では偉大なる価値創造の人生を歩み抜くことを誓って「創価大学学生歌」を合唱。さらに両親への感謝を込めて「母」を歌い上げた(創大記念講堂で)

 創価大学の第43回、創価女子短期大学の第31回卒業式が18日午後、東京・八王子市の創大キャンパスで挙行された。式典は創大(創大記念講堂)と短大(創大中央教育棟・ディスカバリーホール)に分かれて開催され、創大最高顧問の原田会長が出席。創立者の池田大作先生は和歌(別掲)とメッセージを贈った。またタイの名門・タマサート大学のノーラニット・セータブット評議会議長が祝辞を述べた。(2・3面に関連記事)

 わが君に
  平和の襷
   託さなむ
  黄金の光を
   世界の民へと

 式典前。陽光を浴びながら、卒業生たちが感慨深そうに見つめていたものがある。
 視線の先には「中央教育棟」――4年前の2013年9月に完成した“人間教育の大城”である。創大43期生の入学から半年後だった。池田先生は入学式のメッセージで語っていた。
 「この壮麗な新校舎で学び始める皆さんが、いやまして創価教育の黄金時代を築いてくださることを、私は確信します」
 あれから4年。彼らは、この場所で何を思うのだろう。
 青一色の空に映える威容。その正面には、創立者の筆による「創価大学」の金文字が輝く。
 一人がゆっくり口を開いた。
 「ここに立つと、『共に築き上げた』日々を思い出します。『共に歩んできた』という感謝が湧き上がってきます」。そして、母校を巣立つ今――「『共に創り上げていく』という誓いが込み上げてくるんです」。
                                                                           ◇ 
 午後1時半。壮麗な創大記念講堂の緞帳が開いた瞬間、万雷の拍手が轟いた。拍手一つとっても、4年分の重みが伝わってくる。
 創立者はメッセージの冒頭、呼び掛けた。「今、我らの創価教育は、新たな黄金時代を迎えております。この黄金時代を先頭に立って開き築いてくれた旗手たちこそ、きょう巣立ちゆく卒業生の皆さんです」
 この4年の間に創大は文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」事業に採択され、国内の大学の国際化をリード。栄光の看護学部1期生たちも、新たな伝統を必死に築き上げ、晴れの「卒業の日」を迎えた。
 創立者は高らかに宣言した。「創価に学んだ皆さんは、一人ももれなく『金』の若人です」
 ――式典後、あらためて、中央教育棟の「創価大学」の金文字を仰ぎ見て、皆が確信した。
 「真金の卒業生たち」の手で開幕した黄金時代は、後に続く学生たちによって、さらに輝きを増していくことを。

【先生のメッセージ】

◆創価大学・女子短大卒業式への池田先生のメッセージ
 君らこそ黄金時代を開いた旗手
 世界を照らす光たれ!

タイ・タマサート大学のノーラニット学長(当時)と会見する池田先生ご夫妻(1994年2月7日、同大学で)
タイ・タマサート大学のノーラニット学長(当時)と会見する池田先生ご夫妻(199
4年2月7日、同大学で)

 一、今、我らの創価教育は、新たな黄金時代を迎えております。
 この黄金時代を先頭に立って開き築いてくれた旗手たちこそ、きょう巣立ちゆく卒業生の皆さんです。
 晴れやかな門出を迎えた、創価大学43期生の皆さん、創価女子短期大学31期生の皆さん!
 共に誇り高き世界市民の青春を乱舞した最優秀の留学生の皆さん、また、深き探究の歴史を刻んだ大学院生の皆さん、そして、尊き「学の光」に輝く通信教育部の皆さん! ご卒業、本当におめでとう!
 私の心は、皆さん一人一人に学位記を手渡しながら、健闘を讃え、祝福する思いで、式典に臨んでおります。
 わが創大・わが短大は「人間教育の最高学府」であります。ゆえに、本学からの卒業証書は、誰よりも苦労を重ねて皆さんを育み、大学まで送り出してくださった父上や母上方に、感謝と報恩の決意を込めて捧げていただきたいと、私は願っております。ご家族の方々、誠に誠におめでとうございます(大拍手)。
 本日は、タイ王国の名門・国立タマサート大学評議会議長のノーラニット博士ご夫妻をはじめ、世界の一流の知性の先生方に見守っていただき、これにまさる光栄はございません。
 ご来賓の諸先生方、本当にありがとうございます。
 また、教員の先生方、職員の方々の薫陶に、心より御礼を申し上げます。

「民衆の大地」に希望と正義を!

 一、いよいよ社会の本舞台で「創価の大光」を放ちゆく皆さんの出発に当たり、三つの「光」を確認し合い、はなむけとさせていただきたい。
 第一に、「民衆の大地を照らす希望と正義の光たれ」ということであります。私は皆さんの創立者として、世界各国の大学を訪問し、友情を結んで、教育・学術交流の道を開いてきました。
 今、その道に皆さんが続いてくれ、相互の留学生の往来などが明るく賑やかに広がっていることは、何よりの希望です。
 ここにこそ、地道でありながら、いかなる分断も越えて、世界の青年と青年、また民衆と民衆の心をつなぎ、未来の平和を創造しゆく最も確実な軌道があると信ずるからであります。
 その中でも、1994年の2月、バンコクを潤す母なるチャオプラヤー河の畔に広がる、タマサート大学の麗しいキャンパスを表敬し、ここにご臨席のノーラニット博士に温かく歓迎いただいたことは、ひときわ忘れ得ぬ歴史であります。
 私の命に鮮烈に刻まれて離れない、タマサート大学の精神があります。
 それは、正義の言論の力で民衆に貢献したタマサート大学の卒業生が語り、脈々と受け継がれてきた信条であります。
 すなわち、「私はタマサート大学を愛する。なぜなら、タマサート大学が私に民衆を愛することを教えてくれたからである」と。
 何と素晴らしい、何と我ら創価教育の魂と一致する母校愛でありましょうか。
 ここで、最大の敬意と連帯を込めて、大拍手を送りたいと思うが、どうだろうか!(大拍手)
 皆さんもまた、「私は創大を愛する。短大を愛する。なぜなら、私に民衆を愛することを教えてくれたからである」と胸を張っていただきたい。
 そして、皆さんの活躍と栄光を、わが喜びとして祈ってくれている日本中、世界中の善意の父母たちに応えながら、民衆の大地を照らす「希望の光」「正義の光」を、いやまして赫々と強めていただきたいのであります。

生命尊厳の世紀 告げる先駆と

 一、第二に申し上げたいのは、「生命尊厳の世紀を告げる先駆の光たれ」ということです。
 今回は、わが看護学部の栄光の一期生も羽ばたいていきます。先駆の誉れを胸に、立派な模範を示してくれました。本当にありがとう!(大拍手)
 創価教育の父・牧口常三郎先生は、一切の価値の根本基準を「生命」と定めました。
 その意味において、「生命の尊厳」を探究し、「生きる力」を引き出しながら、「共に勝利の人生」を開きゆく、新たな看護の人材群が躍り出ることを、牧口先生も、いかばかりお喜びくださるか。
 私は感無量であります。
 空前の少子高齢社会を迎えて、病気や老い、さらに死という根源的な苦悩にどう立ち向かうかが、ますます切実な課題となっております。
 わが創大・短大は、看護学部はもとより、大学を挙げて「生命尊厳」の智慧と慈愛を育む「平和のフォートレス」であります。ゆえに、このキャンパスに学んだ創価同窓こそ、「生老病死」の打開に挑みゆく先駆の連帯なりと、私は宣言したいの
であります。
 「生涯学習」「生涯青春」の鑑である通信教育部の皆さんも、その頼もしき要の存在であります。
 本日は、イギリスの誇る「私学の雄」バッキンガム大学のジョン・ドリュー先生もお越しくださっております。
 イギリスが生んだ近代看護の母・ナイチンゲールは、「私たちが共に生きているかぎりは、お互いの幸せのために生きていこうではありませんか」(湯槇ます監修・薄井坦子他編訳『ナイチンゲール著作集 第三巻』現代社)と語っておりました。
 さらに、自らの仕事を「ひろがりのある大きな仕事」(同)と意義づけて、団結を築いていくことを呼び掛けております。
 皆さんも、これから取り組む一つ一つの仕事、また縁する一人一人を大切にしていってください。
 そして、自他共に「生命」に秘められた無限の力を信じ、解き放ち、結び合いながら、幸福と平和のスクラムを、自らが立つその場所から拡大していっていただきたいのであります。

一度、倒れても再び立ち上がれ

 一、第三に、「不屈の勝利を飾る黄金の光たれ!」と申し上げたい。
 この四年間、また二年間、皆さん方をずっと見守ってきて、私が感動を禁じ得ないのは、一人一人が試練に負けず、「苦難は宝」とたゆみない努力を貫き通し、目を瞠る大成長を遂げてくれたことです。
 本日は、ドイツの六百年余の伝統輝くライプチヒ大学のバーバラ・ドリンク教授も参加してくださっています。ライプチヒ大学は、大文豪ゲーテの母校でもあります。
 私の大好きなゲーテの言葉に、「理想においてはすべてが躍動(elans)に、現実においてはすべてがねばり強さにかかっている」(岩崎英二郎・関楠生訳『ゲーテ全集13』潮出版社)とあります。
 人生は、マラソンにも、そして駅伝にも譬えられる長い戦いです。風雪もある。険しい坂もあれば、予期せぬ波乱もある。
 ひとたびは力尽きて倒れることもあるかもしれない。しかし、転んでもまた立ち上がる。母校での誉れの青春の原点を思い起こし、再び生命を躍動させ、ただただ粘り強く、前へ前へ進み抜いていく以外にありません。その先にのみ、栄光があり、勝利があるからです
 東洋の大先哲の至言に、「石は焼けば灰となる。金(金)は焼けば真金となる」とあります。
 創価に学んだ皆さんは、一人ももれなく「金」の若人です。
 焼き尽くされるような艱難にあっても、断じて負けない。
 いな、それをチャンスとして断固と勝ち切り、黄金の光を世界の友へ、未来の友へと贈りゆく大使命の人なのです。
 どうか、労多きことを、むしろ誇りとして、天下一の友情で励まし合いながら、朗らかに勇敢に、不屈の挑戦、そして不屈の勝利の劇を飾っていただきたいのであります。
 私は創立者として、いつでも、どんな時でも、皆さんの青春の力走に、人生の熱闘に、力の限り大声援を送り続けています。
 愛する君たち、貴女たちの健康と和楽と凱歌を、一生涯、祈り抜いていきます。
 結びに――
  
 わが君に
  平和の襷
   託さなむ
  黄金の光を
   世界の民へと
 
 と贈り、私のメッセージとさせていただきます。
 皆さん、お元気で! きょうは、本当におめでとう!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験 登攀者〉 低山フォトグラファー 渡邉明博さん

 その道を追求し、登り詰めた者が見た風景とは。語られる言葉とは。新企画「登攀者 2017」では、社会の第一線で活躍する友を紹介していく。
◆〈聖教新聞通信員発 ニッポン図鑑〉3
 
青森 弘前公園の桜
青森 弘前公園の桜

 日本列島に春が来た! 第3回「ニッポン図鑑」では、全国津々浦々に咲く“春の花”を特集。各地の通信員から、その地ならではの風景が寄せられました。

2017年3月18日 (土)

2017年3月18日(土)の聖教

2017年3月18日(土)の聖教

◆わが友に贈る


若き君よ親孝行であれ!
感謝の心があれば
限りなく向上できる。
報恩の人生に
行き詰まりはない!

◆名字の言

 “広宣流布の記念式典”が行われてから1年後の1959年3月16日。池田先生の日記には「十六日――。」とあり、具体的な出来事は記されていない。この日、先生は青年部の代表と共に、恩師・戸田先生の墓前にいた▼この1週間前、池田先生は恩師の指導や遺品の整理に当たった。夜には、恩師の一周忌に関する「大白蓮華」の原稿を執筆。17日には学会本部で再び恩師の指導の記録を整理するなど、各地の激励行の合間を縫って、恩師の精神を後世に伝えることに心を砕いた▼恩師の墓前で、池田先生は青年たちに提案した。“毎年、3月16日を青年部の伝統ある節目にしていこう”と。私たちが今、「3・16」の意義を知ることができるのも、式典を行った恩師の心を深く胸に刻み、その精神を宣揚し続けた先生の行動ありてこそである▼「3・16」は師匠から託された広布のバトンを、弟子が継承する日であり、世界広布へ向けて一切の責任を担い、立ち上がる日である。その精神は、歴史を学ぶだけでなく、師と同じ心で、行動を開始する生命の中に、生き生きと脈動していく▼「3・16」から「5・3」へ、誓い新たに出発したい。自身の限界を打ち破る挑戦で、堂々たる「後継の証し」を打ち立てていこう。(嶺)


◆〈寸鉄〉 2017年3月18日
 

 青年を呼ぶのは青年―戸
 田先生。若き連帯で希望
 の社会に!本領発揮の時
      ◇
 東京「杉並の日」。勇気と
 聡明な行動で拡大の大波
 を!民衆凱歌を満天下に
      ◇
 福井「県婦人部の日」。愛
 する郷土に幸の春風を!
 常勝の母の奮闘に最敬礼
      ◇
 御書「一身一念法界に遍
 し」。誓願の祈りで明日を
 開け。環境は必ず変わる
      ◇
 食品で窒息死の子、5年
 で100人超。半数が0歳児。
 「大丈夫だろう…」は危険

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十四
 
 


 山本伸一は、日本の広宣流布の揺るぎない基盤をつくり、各国・地域に仏法の種子を下ろし、幸福の緑野を世界に広げてきた。
 学会の組織の布陣も、高等部、中等部、少年・少女部を誕生させ、広範な文化運動を推進するために、教育・国際・文芸の各部も設置した。さらに、全国各地に広布の法城として文化会館等を建設してきた。
 牧口常三郎、戸田城聖の悲願であった創価一貫教育の学舎もつくり上げた。仏法の人間主義を基調にした平和・文化の花を咲かせようと、民主音楽協会や東洋哲学研究所、富士美術館なども次々と創設。さらに、政治の分野にあっては、公明党も誕生させた。
 また、宗門の厳護を貫き、総本山に正本堂をはじめ、大客殿、大化城等々を発願主となって建立寄進したほか、全国各地に末寺を建立し、宗門の未曾有の興隆をもたらしてきたのである。
 これらの燦然と輝く学会の功績は、いかなる罵詈雑言や虚言の喧伝をもってしても、決して消し去ることはできない。伸一と共に生命を削り、力を尽くした全同志の魂に刻まれた、金剛不壊の誉れの歴史であるからだ。
 総会で伸一は、新会長の十条潔、新理事長の森川一正を紹介し、「創価学会という世界を、異体を同心として、継続、発展せしめていただきたいことを衷心よりお願い申し上げます」と念願。そして、「私は生涯、皆様を見守ってまいります」と決意を披瀝した。
 さらに、「私は仏法者であります」と力を込めて述べ、こう続けた。
 「そこで、私は執行部にもお願いいたしまして、できうれば、草創以来の長き幾星霜、共々に戦ってこられた方々、特に広宣流布の途上に亡くなられた方、功労者、病床に伏している方のお宅等に伺って、その労に報い、激励をさせていただく所存であります」
 いかに行動を制約されようが、広宣流布の戦いをやめることなど、断じてできない。また、絶対にあってはならない。広布の使命に生き切る人が仏法者なのだ。

【特集記事・教学・信仰体験など】


◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 “競争社会”を生きる②


 現代社会の課題に向き合い、創価の思想・哲学の価値について考える「グローバルウオッチ 若者と希望」。「“競争社会”を生きる」の第2回では、美容師、女優として活躍する友の姿を通し、熾烈な競争を強いられる世界で、苦境を成長の糧へと変える価値創造の生き方を追った。(記事=小野顕一)
 腕には自信があった。
 千葉・佐倉の高校を卒業後、美容学校に進んだ桑原和誠さん(男子部副本部長)。
 学生コンクールのカット部門で2位に入賞し、大手美容室グループに就職した。
 幼い頃から母の信心に学び、学会の輪の中で自身を磨く中、夢だった海外でのヘアショーを実現。業界誌にも特集され、信心の確信を深めた。
 桑原さんを指名する客は日を追うごとに増え、給料もうなぎ上り。その一方で、他のスタッフの仕事ぶりが目についた。
 売り上げを伸ばして職場に貢献する自分に比べ、彼らは、時間があれば携帯かたばこ。“あの人たちには美容師なんて向いていない。早く辞めて、違う仕事に就けばいいのに……”
 そんなある日、桑原さんの実績が認められ、売り上げトップの店舗への異動が決まった。
 “最高の環境に移れば、自分もさらに変われる。ここでナンバーワンになってやる”――だが新店舗には、桑原さんの想像を超える光景が広がっていた。
 圧倒的なセンス、素早く正確なカットの技術、気の利いた接客……。その実力差に、自分の全てを否定された気がした。
 「もっと周りを見てもらっていいですか?」「自分の事だけ考えて仕事しないでください」と、桑原さんに注意が飛ぶ。
 カットに満足できなければ、再び客が足を運ぶことはない。なかなか指名を得ることができず、桑原さんの焦りが募った。
 社内のパソコンには、全店の従業員の指名数と順位がリアルタイムで更新される。カット中も指名目標の数がちらついた。
 寝ても覚めても数字に追われる桑原さんを支えたのは、同業の世界で奮闘する桂冠会(男子部の美容師グループ)や地域の同志による励ましだった。会合で元気をもらっては、自分も職場の後輩たちを励ませる人間になろうと心掛けた。
 だが、1年がたってようやく指名が伸びてきた頃、ある後輩が桑原さんを追い抜いて昇進。後輩は、桑原さんの1・5倍の指名実績を上げていた。
 “結局、数字が全てか……”
 自暴自棄になる桑原さんに、男子部の先輩が寄り添う。諦めそうになるたび、“ここで腐っちゃいけない。もう一度、頑張ろう”と一緒に祈ってくれた。
 “スタッフ全員が個性を発揮できる美容室を持ちたい”。そんな目標が祈りの中に加わるようになった頃、桑原さんに、同業の社長から、思いがけない提案が寄せられた。
 「マネジメントも戦略も全てを桑原君に任せるから、店を開いてみないか」
 「なぜ自分に?」と聞くと、社長は「桑原君は人として信用できる。どんなに美容師として腕が良くても、後輩に横柄な人には任せたくない」と。
 昨年5月、桑原さんは船橋市内にサロン「Juliet」をオープン。ずっと応援してくれた母を最初の客として迎えた。
 信頼するスタッフと共に、理想の美容室を追求する日々だ。


他者を尊敬する

 各地の学会員を取材して感じるのが、信仰を貫く中で得ていく「他者への尊敬」である。
 生きる上で競争は避けられないが、競争相手をどう捉えるかで状況は違ってくる。
 初代会長の牧口常三郎先生は“他の犠牲を顧みない”競争からの脱却を訴えた。それは競争自体の否定ではなく、競争は人々を切磋琢磨させ、活力を引き出し合うと述べた上で、「他を益しつつ自己も益する」人道的競争を呼び掛けたのである。
 その理念を継承し、池田大作先生は、「競争」から、ともに価値創造を広げる「共創」へ、行動規範の転換を促してきた。
 はじめは自分の成長や幸福だけで精いっぱいだった人が、いつしか周囲の幸福を祈り、その思いを行動に移していく――。
 他者を「競争相手」として上回り、排除すべきという人間観から、他者を生命の次元で見つめ、共に生きる「共創相手」へと捉え直す人間観は、周囲を変え、地域を変える力となる。


磨き合える仲間

 「どこであろうと、“仏の世界”と見るようにしています。共演者やスタッフの方にも、必ず仏界があり、自分次第でそれを引き出していけますから」
 そう語るのは、オランダで女優として活躍するエンジンガ・ソルダムさん(女子未来部長)。同国の連続テレビドラマで準主役を演じる。
 番組は昨年12月からスタートし、週5回の放映。視聴者から大きな反響が寄せられている。
 収録は、朝早くから夜まで続く。視聴率が悪ければ放映途中でも容赦なく打ち切りとなる。
 演技一つ一つに、高いパフォーマンスが求められる。自分への評価を気にする余り、本来の力を出し切れない役者もいる。
 だがソルダムさんは、周囲と自分を比較して落ち込むことがない。相手を、磨き合える仲間と確信できるからだという。
 「縁する全ての人に幸せになってほしい。だから、心の底から相手を尊敬できます」
 そんな他者へのまなざしを培えたのは、15歳で信心に巡りあってから。女優として活躍する地区の婦人部員は、多忙を極めるはずなのに、いつも優しく接してくれた。以来、仏法を学び、学会活動に励む中で、周りの人に同苦する心を育んできた。
 女優業だけで生計を立てられるのは、ごく一握り。ソルダムさんも、家賃を払えず、スーツケース一つで友人宅を渡り歩いたことがあった。
 重圧がのしかかる収録でも、ソルダムさんは“大丈夫! 世界で自分にしかできない役なんだ”と、確信をみなぎらせる。今回のドラマ出演は、そんな彼女の姿を見てきた関係者から直接、依頼を受けたものだ。
 先日、ある場面を撮り終えた後のこと。メーク担当がふと、ソルダムさんにもらした。
 「あなたのような女優は初めて。みんな自分で精一杯なのに、あなたはいつも元気。なぜ、そんなに周囲を気遣えるの?」
 そんな聞き方をされ、SGIの話を始めるのがソルダムさんの日常という。彼女の人柄に触れ、信心を始めた友も多い。


内面の変革から

 限りある“モノ”を奪い合うなら「競争」しかない。だが、人に分けても減らないのが“心の豊かさ”。その限りない価値を引き出すためのキーワードが「共創」といえよう。
 それには、差異を否定するのではなく、触発を通じて豊かさへと転じていく知恵が必要だ。その意識の転換が、今、求められる「地球文明の要件」であると、池田先生は述べている。
 一人の内面の変革、すなわち「人間革命」から始まる「他者を尊敬する心」の拡大が、人類全体の意識を高めゆく。
 感想・意見をお寄せください
 メール:g-w@seikyo-np.jp     ファクス:03-5360-9613


◆〈青年SGI 世界の若きスクラム〉 ドミニカ共和国 

   
このはじける笑顔は、地域の宝! 未来の希望!――赤・黄・青の服を着た少年少女部のメンバーが元気いっぱいに(先月)
このはじける笑顔は、地域の宝! 未来の希望!――赤・黄・青の服を着た少年少女部のメンバーが元気いっぱいに(先月)

 世界各国に広がるSGI。仏法の哲学は、それぞれの国の人々にどのように受け入れられ、青年たちにどのような影響を与えているのか――。今回は、池田先生の訪問30周年…

◆「春季彼岸勤行法要」のために   拝読御書「上野殿御返事」(土餅供養御書)
 御書全集 1508ページ13行目~1509ページ1行目
 編年体御書 623ページ13行目~624ページ1行目
 広布の実践こそ最高の回向
 共に朗らかに“生命の旅路”を
 

 創価学会では、「春分の日」である20日を中心に、全国の主要会館、墓地公園、納骨堂で「春季彼岸勤行法要」を開催し、故人への追善の勤行・唱題、焼香を厳粛に行います。ここでは、勤行法要の拝読御書である「上野殿御返事」(土餅供養御書)について、御文の理解を深める解説を掲載します。(「大白蓮華」3月号にも、拝読御文と解説が掲載されています)

拝読御文

 故親父は武士なりしかども・あながちに法華経を尊み給いしかば・臨終正念なりけるよしうけ給わりき、其の親の跡をつがせ給いて又此の経を御信用あれば・故聖霊いかに草のかげにても喜びおぼすらん、あわれいきてをはせば・いかにうれしかるべき、此の経を持つ人人は他人なれども同じ霊山へまいりあはせ給うなり、いかにいはんや故聖霊も殿も同じく法華経を信じさせ給へば・同じところに生れさせ給うべし

本抄について

 日蓮大聖人は文永11年(1274年)11月、身延の地から、若き南条時光に本抄を送られました。
 佐渡流罪を勝ち越えられた大聖人が鎌倉から身延に入られたのは、この年の5月。2カ月後には、16歳の時光が大聖人のもとを訪れます。時光は7歳の時、父の南条兵衛七郎を亡くし、墓参に来られた大聖人とお会いしたと推定されるため、約9年ぶりの再会と考えられます。立派に成長した時光の姿に、大聖人のお喜びは、いかばかりだったことでしょう。
 本抄は、その後、真心の御供養を届けた時光への御礼の返書です。亡き父の志を受け継ぎ、純真な信心に励む時光を最大にたたえられています。
故人への追善
 拝読御文で日蓮大聖人は南条時光に、こう仰せになっています。“あなたが、亡き父・兵衛七郎の跡を継ぎ、また法華経を信仰しているので、亡き聖霊は、どれほどか喜ばれていることでしょう”と。
 残された家族が信心を受け継ぎ、その実践に励んでいくことが、故人への追善となります。
 ここで、「回向」「追善」について、回向とは、“回らし向ける”こと、すなわち自身が仏法を実践・修行した功徳を、他の人々へ手向けることです。また追善とは、故人に対して、故人が生前に積んだ功徳に追加して、遺族などが功徳を回向することをいいます。
 御書に照らせば、回向とは、①法華経(その真髄である南無妙法蓮華経)を信じ実践する功徳によって可能であること、②その功徳は、自身が関わる全ての人に手向けられるものであること、が明らかです。
 過去の一切の諸仏・菩薩が妙法への信によって成仏の境涯を開いてきたように、私たち自身も地道な仏道修行で境涯を開き、絶大な功徳をわが身に具えることができます。その功徳を故人に回らし向けていくのが、日蓮仏法における「追善回向」です。
 大聖人は「自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし」(御書1429ページ)と仰せです。追善回向の本義は、私たち自身が御本尊を信じ、信心に励んでいくことにあります。
 大聖人の御遺命である広宣流布へ行動しているのは、創価学会以外にありません。勤行・唱題をはじめとする、広布を願っての日々の信心の実践こそ、故人に対する最高の追善回向となるのです。

三世永遠の絆

 日蓮大聖人は本抄で、“亡き聖霊(亡父)も、あなたも、同じく法華経を信じられているので、同じ所にお生まれになるでしょう”と励まされています。
 池田先生は、この仰せを踏まえて、次のように述べています。「生命は永遠です。信心を貫いた人は、共に楽しく朗らかに三世の旅路を歩んでいくことができる。未来世も、同じところに生まれて、一緒に広宣流布の大道を歩んでいくことができる――。大聖人の激励に大きく包まれながら、時光の胸にどれほど安堵の心が広がっていったことでしょうか」
 こうした温かな励ましを大聖人から頂いた弟子は、時光だけではありません。最愛のわが子を失った女性門下の光日尼へのお手紙では、こう仰せです。
 「今の光日上人(光日尼)は、わが子を思うあまり法華経の行者となられた。よって必ず母と子が、共に霊山浄土へまいることができるでしょう」(御書934ページ、通解)
 妙法への信心を貫いてきた同志は、生死を超えて、ともどもに広宣流布に進み続けていくことができるのです。

霊山浄土

 「よくよく信心を強盛にして霊山浄土にまいりなさい」(御書1226ページ、通解)
 「ただ一心に信心を持たれて霊山を期しなさい」(同1227ページ、通解)
 日蓮大聖人は、御書の随所で、“法華経を修行し抜いた人は、亡くなってから霊山浄土に行くことができる”と教えられています。
 ただし、霊山浄土といっても、念仏の教えが説く西方極楽浄土のような別世界のことではありません。
 全宇宙から仏が来集した法華経の会座の様相が示しているように、霊山浄土は宇宙そのもの、宇宙の全体であると捉えることができます。
 池田先生は、「正しき信心を貫き、偉大なる正念を確立した人が亡くなると、その生命は、宇宙全体を余すところなく我が生命とできるような、広大無辺なる境地にいたって、歓喜していける」と教えています。
 霊山浄土は、信心を貫いて一生成仏を果たした人が、等しく到達することのできる、宇宙大の仏界の生命境涯なのです。

池田先生の指針から

 仏法では「生命は永遠」と説きます。そして「法華経を持つ人は、同じ霊山に行き、会うことができる。亡くなった人もあなたも同じく法華経を信じられているので、必ず同じところに生まれてきますよ」(御書1508ページ、趣意)と示されております。
 家族であっても、友人であっても、生きている間、ずっと一緒にいられるわけではありません。しかし、亡き家族、亡き友は、自身の胸の中に常にいる。生死を超えて一体である。そして、新しい生命で生まれてくることができる。同じ妙法を信じて、また身近に、一緒になっていける――そのように仏法は教えています。(対談集『生命の光 母の歌』)
                                              ◇ ◆ ◇ 
 夫の心を継いで、時光の母は、強盛な信心を貫き、時光ら子どもたちを立派な後継者へと育てあげていった。子どもたちも、父から学んだ信心を毅然と受け継いでいった。
 その時光も、当然、「自分は早くに父を失い、いろいろ教えてもらうことができなかった」との無念な思いも抱いていたようだ。
 その時光の心を深く知っておられた大聖人は、こう励ましておられる。
 「この経を受持する人々は、他人であっても同じく霊山にまいられて、また会うことができるのです。まして、亡くなられたお父さまも、あなたも、同じく法華経を信じておられるので、必ず同じところにお生まれになるでしょう」(御書1508ページ、通解)と、お約束なされているのである。
 妙法で結ばれた縁は永遠である。いわんや、妙法に生きる家族は、同じところに生まれ合わせていくことができる。それが、不可思議なる妙法の力用なのである。(『池田大作全集』第100巻)

◆〈信仰体験〉 兄弟デュオが届ける人権コンサート


 【兵庫県三田市】小学校の体育館で、特別な時間が始まろうとしていた。アコースティックデュオ「ちめいど」が登場する。「どんな人たちだろう?」「楽しみ!」。

2017年3月17日 (金)

2017年3月17日(金)の聖教

2017年3月17日(金)の聖教

◆わが友に贈る


動けば動くほど
語れば語るほど
広布は無限に広がる。
いよいよの信心で
わが新記録へ挑め!

◆名字の言


  野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、侍ジャパンの快進撃が目覚ましい。世界一奪還へ期待が膨らむ▼各チームとも活躍が光るのは、やはり大リーガー。今でこそ人種も多様だが、70年前は白人選手しかいなかった。黒人初の大リーガーは、ドジャースのジャッキー・ロビンソン。新人王・首位打者・盗塁王・MVPなどに輝き、背番号「42」は全球団の永久欠番だ▼数々の差別と罵詈罵倒にさらされた彼を、球団の会長らは支え続けた。会長は、差別する人に対して「不条理な悪口を口にすることで、むしろドジャースの三十人を結束させて、団結させてくれた」「最高の働きをしてくれた」と“感謝”していたことが、ロビンソンは忘れられなかった(宮川毅訳『ジャッキー・ロビンソン自伝』ベースボール・マガジン社)▼弘教の実践を貫いた草創の婦人部の先輩は、貧しい身なりを嘲笑され、行く先々で悪口を浴びた。だが「話を聞いてくださって、ありがとうございます」と頭を下げ、「宿命転換させてもらえるからありがたい」と感謝するのが常だった▼苦難に感謝する――決して容易に言えることではない。それは“一人立つ”腹を決めた勇者のみぞ知る、誇り高い境涯。その心ありて、「歴史」は開かれる。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年3月17日
 

 東西創価学園で卒業式。
 創立者との誓い胸に羽ば
 たけ!負けじ魂燃やして
      ◇
 「師子の声には一切の獣・
 声を失ふ」御書。これ創価
 の言論!君よ正義を叫べ
      ◇
 願いは即座に実行に移さ
 ねばならぬ―詩人。強き
 祈りと迅速な行動で勝て
      ◇
 ガスの小売り自由化で便
 乗詐欺と。不審な電話・訪
 問者は警察へ。慌てるな
      ◇
 暗黒バイト被害が拡大。
 若者は社会の宝。情報の
 適正化等、公明が先導を

◆社説  転出転入の友を温かく  創価家族は心安らぐ生命の故郷


 進学や就職、転勤。3月、4月は、転出や転入の多い季節だ。行政では、新生活
に伴う諸手続きの窓口業務を時間延長したり、休日に臨時窓口を設けたりする地域
も多い。
 生活環境の変化に当たっては、期待とともに不安も募るもの。最近は、「引っ越
しブルー」「引っ越し鬱」という言葉を聞くようになった。初めての1人暮らし。
知り合いのいない地域。慣れない環境……。そんな不安からか、転居を機に憂鬱な
気分になることがあるようだ。
 「全国どこへ行っても、学会員がいるから安心して」。転出する学会員の友に、
よく掛けられる言葉だ。日本中どころか、今や世界中といっていい。
 親に反発し、信心に否定的だったある男子部員が、成人を機に1人暮らしを始め
た。ところが、仕事は失敗続きで怒られてばかり。さらに持病も再発。命に影響を
及ぼしかねないと医師に告げられた。不安と絶望の中、近くに知り合いもおらず、
入院している間、彼の孤独感は深まる一方だった。
 退院後、親に強く勧められ、渋々本紙を購読した。すると、配達員が、わが子に
接するように話を聞いてくれた。
 以来、地区の同志が度々、訪ねてくれるように。彼は毎月の座談会に参加し、御
本尊を受持。多くの励ましを受けながら、恩返しの思いで学会活動に励み、皆に愛
される男子部部長へと成長。病状も安定し、職場でも昇進を果たした。
 「初めての1人暮らしで不安だったけど、引っ越し先にも“お父さん”“お母さん”
がいた」と、多くの青年部員が語る。壮年・婦人部員は、転居してきた青年部員を
わが子のように大切にする。
 もちろん、青年や単身世帯に限ったことではなく、和楽の麗しい絆は、老若男女
に生きる勇気と希望を与えてくれる。
 池田先生は、つづっている。
 「人びとの心に、安らぎを与えるこの生命の『故郷』が、私たちにはある。それ
は、わが創価の地区や支部であり、共に戦う同志である。生命の『故郷』を見失わ
ない限り、人間は孤独ではない。かけがえのない同志ありてこそ――そう心から感
謝できる胸中には、生きる歓びが滾々とあふれる」
 真心あふれる創価家族のつながりは、不安や孤独を感じる人に、心底からの安心
をもたらす。
 転出、転入する友にとって、新しい場所が「生命の故郷」になるよう、心から願
い、励ましを送りたい。

◆きょうの発心  師弟共戦の人生こそ最高の誉れ2017年3月17日

御文
 妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず?法なり(一生成仏抄、383ページ・編21ページ)
通解 妙法蓮華経と唱え、受持するとはいっても、もし自身の心の外に法があると思うならば、それは全く妙法ではなく劣った粗雑な法である。

 妙法は外ではなく、自身の内なる生命の大海を説き明かした法であると仰せです。
 
 5歳の時に、自宅が火災に遭い、両親は離婚。非行に走るようになり、人に迷惑をかけましたが、自らの非を認められませんでした。
 高校入学時に出会った学会員の友人に触発され、「広島青年平和文化祭」に友人と参加。未入会ながらも、「紅の歌」を歌い、感動したことは最高の思い出です。就職が決まった頃、信頼を寄せる先輩の紹介で入会しました。
 1985年(昭和60年)、「第6回世界青年平和文化祭」に参加し、池田先生と生涯の原点をつくることができました。その後、教学部任用試験にも挑戦し、確信を深めた喜びは忘れられません。
 以来、吃音や腰椎分離症等、悩みは尽きませんでしたが、宿命を使命に変えて奮闘する日々です。
 13年前に、本紙販売店主に。7年前からPTA活動にも励んでいます。
 学会の永遠性を確立する本年、師と共に戦う人生こそが、最高の誉れと確信し、青年と共に弘教の拡大にまい進してまいります。   広島宝光総県長 船越洋典 

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十三

  


 山本伸一の落ち着いた力強い声が、場内に響いた。
 「私は、十九歳で信仰いたしました。以来、今日まで約三十年間、病弱であった私が入院一つせず、広宣流布のために戦ってくることができました!」
 そして、それこそが、御本尊の威光の証明であることを訴え、一九六〇年(昭和三十五年)五月三日、第三代会長就任式の折、心に深く刻んだ「開目抄」の一節を拝した。
 「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書二三二ページ)
 結局のところは、天も私を捨てるがよい。いかなる難にも遭おう。身命をなげうつ覚悟はできている――日蓮大聖人の烈々たる死身弘法の決意の言である。伸一と同志は、この御本仏の仰せをわが誓いとして、末法広宣流布の茨の道を開いてきたのだ。
 その実践ゆえに、大聖人の正法正義の命脈は保たれ、日蓮仏法は、蘇生の光源として現代社会に燦然と輝きを放ったのである。
 伸一は力説した。
 「このお言葉は、生涯にわたって、私並びに私どもの、信心の確固たる決意として持続していかなければならないと思いますが、皆さんいかがでしょうか!」
 何があっても、信心だけは、大山のごとく不動でなければならない。彼は話を続けた。
 「戸田城聖先生逝いて二十一年。ここに創価学会創立四十九年――学会の第一期の目標である『七つの鐘』を打ち鳴らすことができました。これによって、牧口常三郎先生、戸田城聖先生の遺言は、皆様方の絶大なるお力を得て、ひとまず私の代としては、ことごとく遂行したと確信いたします。ありがとうございました!」
 会長就任十九周年にして、創価の同志の連帯は世界一千万の幸の花綵となり、仏法を基調とした平和、教育、文化の運動は、人間主義の大潮流を巻き起こしたのだ。それは、誰も想像しなかった、未曾有の「世界広布の時代」の到来を告げるものであった。

【聖教ニュース】

◆創価学園で卒業式 2017年3月17日
東京校47期 関西校42期 創立者が和歌とメッセージ贈る
東西の小学校でも晴れやかに

関西校の卒業式。卒業証書が一人一人に手渡される。使命の舞台で輝く気概を託し、関西創価学園歌を大合唱した(大阪・交野市で)
関西校の卒業式。卒業証書が一人一人に手渡される。使命の舞台で輝く気概を託し、関西創価学園歌を大合唱した(大阪・交野市で)

 創価学園の卒業式が16日、東京・関西の各キャンパスを音声と映像でつなぎ、晴れやかに開催された。学園最高顧問である原田会長は関西創価中学・高校での卒業式に出席。創立者の池田大作先生が和歌(別掲)とメッセージを贈り、希望の未来に向かって、伸び伸びと自分らしく、桜梅桃李の勝利の花を咲き薫らせていってほしいと念願した。同日、札幌創価幼稚園の卒園式も行われた。(2・3面に関連記事)
 
 打ち鳴らせ
  希望の暁鐘を
    この地球に
   若き創価の
    英知と勇気で
 
 負けじ魂――学園愛唱歌の名に冠したその言葉を、入学以来、何度、口にしたことだろう。
 「もう、ダメか」とうつむいた時、自分に向かって訴えるようにつぶやくと、不思議と勇気が湧いてきた。
 どんなに大変な状況にあっても、学友と語り、その言葉が互いの耳に心に入るたび、強い絆で一つになれた。
 父母のため、世界のため、大きな理想へと挑戦する自分になれたのも、その言葉を抱き締めてきたからだ。
 創価の負けじ魂は、わが胸の中にあり!
 「きょうは、あらためて三つの『負けじ魂』を確認し合いたい」
 創立者・池田先生は学園卒業式に寄せたメッセージの中で、そう呼び掛けた。
 「失敗から学ぶ勇気の負けじ魂を!」
 「嵐の時こそ負けじ魂の絆を強く深く!」
 「人類の宿命をも転換する負けじ魂の挑戦を!」
 卒業生一人一人の胸に、“父子一体”で歩んだ黄金の日々がよみがえる。東西の卒業生1347人の3年分、6年分、12年分の思いが凝縮した卒業式典。
 その最後に、創立者からの伝言が届いた。
 「大晴天の卒業式、おめでとう! ずっと見守っていました。みんな立派になって、うれしいよ。最後に、一緒に『負けじ魂ここにあり』を歌おう!」
 呼応して、卒業生と在校生が一斉に立ち上がった。
 
 〽学べ勝ち抜け
  世界まで
  負けじ魂
  朗らかに……
  
 大好きな学園から巣立っていく高校卒業生の感慨は、ひとしおであったに違いない。
 今年度から文部科学省の「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に指定された創価高校、SGH2年目に突入した関西創価高校の友は、国内外のフィールドワークや国際会議への参加に挑戦してきた。英検1級をはじめとする語学の習得、海外の大学への進学も相次ぐ。
  東京の男子卒業生はフィールドワークで原爆被爆者の声に耳を傾けた。痛感したのは命の重み。折しも、父はがんと闘病中だった。
 父は、わが子の不安を打ち消すように言った。「何があっても、創立者のつくられた大学に行くんだよ」と。「負けじ魂ここにあり」を歌いながら、勉強を重ね、アメリカ創価大学への進学を勝ち取った。その報に病床で接した父が、強くうなずいてくれた姿を、忘れることはできない。
 父は今月、その尊き命を燃焼し尽くした。新たな生へと旅立った父に、使命の舞台へと旅立つ子は誓う。「地球科学の大学教授になって、世界平和に尽くす人生を歩むからね」
 今回、妹も創価中学校を卒業した。
 ある関西の女子卒業生の原点は2年次の創価大学研修。実行委員長として創立者との出会いを刻んだ。そこで皆と共に歌った「負けじ魂ここにあり」に、「21世紀を平和の世紀にします」との誓いを乗せた。
 模擬国連部の部長として国際大会に出場。さらに学年全員が参加しての模擬国連を実現させ、教育関係者から高い評価を得た。英検1級の合格、TOEICでも935点を獲得し、海外の大学に進む。「苦しい時、ずっと激励してくださった創立者をはじめ教職員の方々、両親に、心から感謝を伝えたいです」
                                                                             ◇ 
 伝統の「英知」「栄光」「情熱」の日を記念する三大行事を中心に、卒業生たちは創立者の精神について研さんを重ねてきた。
 創価高校ではテーマを掲げ、創立者の著作等を学習。創価中学校では、対話を通して団結を深めた。
 関西創価高校は創立者への誓いを確認。関西創価中学校では創立者の指針を胸に、「学びの道」を歩んだ。
 創立者の小説『新・人間革命』「若芽」の章などを読み、勇気の大切さを学んだ東京創価小学校や、真の平和を築く世界市民の心を磨いた関西創価小学校の取り組みも光った。
 また、卒業生は、クラブや諸活動でも大いに力を発揮。ディベートや英語ディベート、英語弁論、英字新聞コンテスト、絵画、書道、書道パフォーマンス、作文、小説、吹奏楽、合唱、箏曲、ダンス、鼓笛、野球、空手、合気道、囲碁、ゴルフ、山岳競技等の全国レベルの舞台で活躍し、中には世界大会に出場する友もいた。
 昨秋、池田先生は卒業指針を贈った。
 中学・高校生に「学は無限の希望なり 学は平和の源泉なり 君よ! 不屈の負けじ魂で 『勝利の未来』を 創りゆけ!!」と。
 小学生には「無限の可能性を 持つ君よ! 自分のため 父母のため 友のため 世界のため 今日も 学びの挑戦を! 勇気で 英知で 勝利の歌を 響かせよ!!」と。
 卒業生たちの晴れの姿は、創立50周年から次の50年へ船出する学園の、洋々たる前途を象徴していた。
                                                                       ◇ 
 学園卒業式では創価高校の森岡大我さんと玉川直美さん、関西創価高校の青山裕二さんと辻岡美和さんが、創立者賞を受賞。また創立者栄冠賞、魯迅青少年文学賞、冰心青少年文学賞、牧口賞、創価池田女子大学賞、セトゥ・バスカラ学園賞、ガンジー平和賞、マカオ大学最優秀賞が代表に贈られた。
 原田学園理事長が、創立者のメッセージを紹介。学園最高顧問である原田会長は、人間教育の城で学んだ誇りを胸に、生涯、父子の誓いの道を歩み抜こうと訴えた。
 創価高校・中学校(東京・小平市)の卒業式(ともに47期)では塩田中学校校長の開式の辞などの後、木下高校校長が民衆を守りゆく力ある世界市民にと念願し、中川東京学園長が祝福した。
 関西創価高校・中学校(大阪・交野市)の卒業式(ともに42期)では、松浦中学校校長による開式の辞などに続き、中西高校校長が平和の世紀を実現する希望の人材にと念願。武田関西学園長があいさつした。
 東京創価小学校(小平市、国分寺市)の卒業式(36期)では、片桐校長が友情を深め、未来のために学び抜こうと望んだ。関西創価小学校(大阪・枚方市)の式典(34期)では、松井校長が「創立者との金の思い出を胸に、一人ももれなく後継の道を」と呼び掛けた。

◆原田会長が出席し男子青年部が集い  3・16「広宣流布記念の日」


 男子部・学生部の代表による3・16「広宣流布記念の日」の集いが16日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 竹岡青年部長は師弟の誓願に燃え、異体同心のスクラムも固く、正義の言論戦に先駆をと力説。東京・目黒総区の峰尾男子部長が、壁を破る勇気の対話拡大で模範の前進を示す模様を報告した。
 志賀男子部長、板子学生部長があいさつ。原田会長は、学会の全責任を担い立ち、“恩師の分身”として広布の突破口を開いた若き日の池田先生の闘争に言及。師の「一人立つ精神」を受け継ぎ、池田門下の熱と力で民衆凱歌の歴史を断じて築きゆこうと念願した。

【先生のメッセージ】

◆創価学園卒業式への池田先生のメッセージ
 英知の世界市民と光れ
 幸福の花勝利の花を自分らしく
 友情こそ嵐を越えゆく力
 「理想の旗」高らかに進め
 
池田先生と韓国の趙文富博士は、これまで7度の出会いを。語らいは2冊の対談集に結実している(2005年4月、創価大学で)
池田先生と韓国の趙文富博士は、これまで7度の出会いを。語らいは2冊の対談集に結
実している(2005年4月、創価大学で)

 一、深く結ばれた心と心に距離はありません。私の心はきょうも、わが学園生と一緒です。
 栄えある卒業生の皆さん、よく通い、よく学び、よく鍛え、よく頑張り抜いてくれました。私は、一人一人とがっちり命の握手を交わしながら、ねぎらい、讃えたい。
 そして、きょうの日を誰よりも喜び見つめておられる、お父さん、お母さん、ご家族の方々に、心よりお祝いを申し上げます。
 見違えるほどに成長した卒業生の晴れ姿こそ、ご一家の勝利の春の象徴です。
 教員の先生方、職員の方々も、本当にありがとうございます。また、陰に陽にお世話になってきた、すべての方々に、創立者として深く御礼を申し上げます。
 創価学園が創立されて50年――。この佳節に旅立つ皆さんが、これから10年、20年、30年、さらに50年先の学園創立100周年のその時、いかに偉大なリーダーとなって活躍してくれていることか。
 君たち、貴女たちの無限に輝きわたる希望の未来に思いをはせながら、はなむけの言葉を贈ります。

失敗から学び前へ

 一、きょうは、あらためて三つの「負けじ魂」を確認し合いたい。
 第一に申し上げたいのは、「失敗から学ぶ勇気の負けじ魂を!」ということです。
 青春時代は、なかなか、うまくいかないことや思うようにならないことの連続です。
 しかし、偉大な前進をしている人は、実は皆、何度も壁にぶつかっている。失敗することも多い。それは常に勇敢に挑戦しているからです。ゆえに、決してへこたれない。むしろ、試練や失敗から学んで、いよいよ大きく進歩し続けていくのです。
 私が共に2冊の対談集を発刊した韓国の大教育者・趙文富博士(済州大学元総長)も苦難をバネに学び抜いた方です。
 博士は、経済的な理由から小学校を卒業すると進学せず、すぐに働かざるを得ませんでした。落胆する中で、朝、ふと目に留まる光景がありました。セメントで固められた垣根の隙間から伸びる一本の草でした。暗がりから太陽の光を求めて、伸びよう伸びようとしています。
 若き趙博士は不屈の生命力に感動しました。
 「その偉大な力があるかぎり、この草もやがて花を咲かせ、実を結ばないはずがない」「私も、太陽に向かって、人生の固く困難な垣根を打ち破ってみせよう」と。
 それから、趙博士は仕事の合間をぬって猛勉強を開始しました。念願かなって夜間中学へ進み、さらに学びに学んで、偉大な社会貢献の力を鍛え上げていかれたのです。
 学ぶ勇気、学び抜く負けじ魂は、何ものにも屈しない太陽です。
 どんな逆境にあろうとも、また、どんな失敗があろうとも、そこから、わが生命を光らせて道を開き、たくましく朗らかに価値を創造していく皆さんであってください。 

生命の劇をつづれ

 一、第二に、「嵐の時こそ負けじ魂の絆を強く深く!」と贈りたい。
 わが学園生は、かけがえのない私の後継です。その学園生に受け継いでもらいたい宝があります。それは「友情」です。創価学園の五原則にも、「友情の深さ・一生涯の友情」とある通りです。
 私の人生は波瀾万丈の使命の大闘争でした。嵐に次ぐ嵐の連続であったといっても過言ではありません。しかし、どんな時にも揺るがない信頼で苦楽を分かち合う友人がいました。同志がいました。
 この誉れ高き友情の叙事詩を、私は小説『新・人間革命』に書き残しています。
 思えば、フランスを代表する2人の大文豪、ビクトル・ユゴーとアレクサンドル・デュマも、誠実なる友情で結ばれていました。それは、迫害の真っ只中にあっても、いささかも変わらなかった。
 この負けじ魂の絆があればこそ、『レ・ミゼラブル』『モンテ・クリスト伯』などの大傑作も生まれたのです。
 わが学園で育まれた皆さん方の友情から、いかなる嵐も越えて、どれほど麗しく、どれほど壮大な生命のドラマが生まれていくか、私は何よりの楽しみとしています。

人間革命の哲学

 一、第三に、「人類の宿命をも転換する負けじ魂の挑戦を!」と申し上げます。
 今、時代は大きく揺れ動いております。その中で、いよいよ真価を発揮するのが、わが東西の学園キャンパスに漲る「生命尊厳」の精神です。世界平和への大情熱です。
 パグウォッシュ会議の創設者で、核兵器の廃絶に生涯を捧げられたロートブラット博士も、創価教育に絶大なる期待を寄せてくださいました。
 博士は青年たちに、自分を起点として、家族へ、地域へ、社会へ、国家へ、さらには人類全体へ、変革の波を起こしていこうと呼び掛けられました。
 ロートブラット博士をはじめ、マンデラ氏、ゴルバチョフ氏、ローザ・パークスさん、マータイ博士、エスキベル博士等々、私の世界の友人たちは、平和、人権、人道、平等、環境、共生など、理想の旗を高らかに掲げて、人類史の変革に挑んできました。
 いずれの変革にあっても、その中心に立つのは自分自身です。ゆえに自分が変われば、世界も変えていくことができる。これが、創価の「人間革命」の哲学であります。
 ゆえに皆さんも、今いる場所で、自分にできることから変えていくことです。まずは学び、力をつける。一番身近な、お父さんやお母さんを大切にして親孝行をする。
 そして、一日また一日、世界市民として開かれた英知と人格を磨き、やがて人類の宿命をも転換しゆく負けじ魂の挑戦を、断固と貫いていただきたいのであります。

母校の誇りを胸に

 一、ともあれ、わが学園生の可能性は無限大です。どうか、われらの武蔵野の大地、また交野の大地、さらに枚方の大地から、冬を勝ち越えて萌え出ずる春の花のごとく、伸び伸びと自分らしく、桜梅桃李の幸福の花、勝利の花を咲き薫らせていってください。
 愛する学園生に、健康あれ! 福徳あれ! 栄光あれ! そして、世界一の母校と世界一の学友を誇りに、胸を張って前進を! と祈りつつ、一首を贈ります。
  
 打ち鳴らせ
  希望の暁鐘を
    この地球に
   若き創価の
    英知と勇気で
  
 いつもいつも、見守っています。皆さん、お元気で! 学園生、万歳!(大拍手)

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験〉 和歌山県・市の食生活改善推進協議会会長 
 献身の行動に厚生労働大臣表彰


 【和歌山市】「ヘルスメイト」の愛称で呼ばれる食生活改善推進員。全国1300以上の自治体に協議会組織があり、約14万人が所属する。
 

2017年3月16日 (木)

2017年3月16日(木)の聖教

2017年3月16日(木)の聖教

◆わが友に贈る


進学や就職等で
転入・転出する友に
真心の励ましを!
新天地での活躍を
皆で温かく応援しよう!

◆名字の言


  「あの人、どうしてあんなに元気なんだろう」。近所で話題の壮年部員は102歳。秘訣を伺うと「毎日、人に会うこと」と教えてくれた▼道端で、公園で、スーパーで。出会った人と気さくに話すと、実年齢との差に驚かれることがちょっとうれしい、と笑顔皺が▼先日、名古屋市内で行われた聖教文化講演会。日本認知症学会の認定専門医・指導医である脳神経外科医の奥村歩氏は「“リアルの質感”が大切」と語った。ITが発達した現代では、家から出なくても、大半のことはパソコンやスマートフォンで済んでしまう。しかし、それでは刺激が「視覚」に偏る。そんな生活を続ければ“脳がなまってしまう”と▼脳を健やかに保つには、「五感」をバランスよく刺激すること。例えば、読書で本を持ち、紙に触れる。メモを手書きで取る。でこぼこ道を歩く。森林で草や木の香りを楽しむ。この“実感”が脳の老化を防ぎ、認知症になりにくくするという。とりわけ、外に出て積極的に人に会うことを氏は推奨する▼友のもとへ歩いていく。顔を見ておしゃべりをする。幸福を祈りつつ手紙を書く――人と関わる学会活動もまた、脳を若々しく保つ行動にほかならない。出会いの春。身も心も生き生きと前進したい。(靖)


◆〈寸鉄〉 2017年3月16日
 

 広布後継の3・16。地涌の
 若人が世界各地で躍動。
 新たな拡大の好機到来だ
      ◇
 池田華陽会10期が結成。
 誓いの青春を朗らかに!
 さあ希望の門開く対話を
      ◇
 「蒼蠅驥尾に附して万里
 を渡り」御書。仏勅の学会
 と共に大山の如き境涯へ
      ◇
 「社会のために役立ちた
 い」と考える人が減少と。
 時代は創価の青年を希求
      ◇
 沖縄の野鳥、東京で目撃。
 温暖化の影響とも。環境
 守る取り組みの強化更に

◆社説   きょう広宣流布記念の日  誓いを永遠に! 青年勇者の陣列で


 きょう3月16日は「広宣流布記念の日」。59年前の1958年(昭和33年)、第2代会長・戸田先生のもとに、全国から6000人の青年が集い、広布後継の大儀式が行われた日である。席上、戸田先生は、「創価学会は、宗教界の王者である!」と師子吼した。
 この大儀式を終えた恩師の心境が小説『人間革命』に綴られている。先師・牧口先生に向かい、胸中で“ただ今、後事の一切を、わが愛弟子に託しました”“妙法広布の松明が、東洋へ、世界へと、燃え広がる日も、もはや、遠くはございません”(「後継」の章)と――。
 広宣流布の印綬を託された青年たちは、池田先生を中心に「王者の証し」を打ち立てる大遠征を開始した。そして、見事に師の念願した世界広布の時代を築き上げたのである。
 今年は、池田先生が昨夏、「学会の永遠性を確立するのは、まさに今この時だ。これが私の総仕上げの闘争である」と呼び掛けてから、初めての「3・16」となった。
 後継の青年は、師弟共戦の情熱を胸に、勇気の対話に日々、挑んでいる。九州では今年4月、震災から1年を迎える熊本の地で「新時代第10回全国男子部幹部会」「九州女子部総会」が開催される。この日を目標に、復興と拡大の実証を、との心意気で前進を続けている。
 自らも震災に遭い、益城町の実家が全壊した、熊本市の男子部本部長は、“負けんばい!”と最激震地の故郷で、妻と共に仏法対話。今年1月、友人に弘教を実らせた。創価熊本フェニックス吹奏楽団の一員としても、勇気と希望の調べを届ける。
 女子部の友は、婦人部と一体になって友人に仏法理解を広げるロマンカフェを開催中。熊本・天草圏では、ここ1年足らずで、部平均1世帯の新入会の友を誕生させている。
 レスリング部で奮闘する大分市の学生部員は今年2月、部活動の友人に弘教。さらに翌日、同じ部活の共通の友人を折伏し、晴れて入会に導いた。
 青年勇者の陣列は、着々と広がっている。
 池田先生は、地涌の菩薩の集いである「創価学会仏」を永遠ならしめる3要件として、「一人ひとりが『広布誓願』の生涯を生き抜くこと」「『師弟不二』の大道を歩み抜くこと」「『異体同心』の団結」を挙げた。
 師が見守る中、不滅の指針を胸深く刻み、世界の同志と共に自らの誓いを新たにする「3・16」としたい。

◆きょうの発心 勇気の妙音を奏でる使命2017年3月16日


御文
 仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか(報恩抄、293ページ・編888ページ)
通解 仏法を学ぶ人は、父母、師匠、国家社会の恩を忘れてはならない。この大恩に報いるには、必ず仏法の奥底を学び行じて、智者とならなければならない。

 父母や師匠への報恩のために、智者となって広布に励むべきであるとの一節です。
 
 学会3世として生まれ、中学生の時に鼓笛隊へ。学業等との両立に悩みましたが、“世界一の鼓笛隊に”との池田先生の期待を胸に、全てに挑戦しました。毎回の出演に目標を定め、唱題根本に自身を磨き、メンバーと分かち合えた感動は黄金の思い出です。
 2004年(平成16年)11月、先生から「貴女よ! 仏法のリーダーに 社会のリーダーに 幸福のリーダーに」との言葉を頂き、どんなに苦しい時も、この言葉を胸に前を向いてきました。
 一昨年、母が大病を患い、10時間の手術をすることに――。既に父は他界しており、不安でしたが、先生と同志の皆さまの温かい励ましに支えられ、乗り越えることができました。現在、母娘で元気に学会活動に励んでいます。
 自身が勤務する福祉の職場でも、利用者の方々のお役に立てるよう、日々奮闘しています。“平和の天使・鼓笛隊”として勇気と希望の妙音を奏でてまいります。   四国鼓笛部長 植野布美子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   六十二

 


 この日の総会には、いつもの学会の会合に見られる、あの弾けるような生命の躍動も歓喜もなかった。広がる青空とは裏腹に、暗鬱な雲が皆の心を覆っていた。
 運営にあたる幹部らは、僧たちを刺激するまいと、腫れ物に触るように、彼らの顔色に一喜一憂していた。
 開会前には、青年部の幹部から、山本伸一の入場や登壇の折に、声をかけたり、歓声をあげて拍手をしたりすることのないように徹底された。それを聞いた伸一は、修羅に怯えるかのような、その心根が悲しかった。
 伸一が、会場である体育館の壇上に姿を見せた。皆、大拍手で迎えたい気持ちを抑え、黙って熱い視線を彼に注いだ。
 「開会の辞」で幕を開けた総会は、「“七つの鐘”の総仕上げと未来への展望」、青年部と教学部の「代表抱負」と進んだ。
 どの登壇者も、伸一の第三代会長としての奮闘や事績に触れることを、あえて避けていた。後に、ある婦人は、この総会を振り返って、こう怒りをあらわにして語っていた。
 「山本先生は、十九年間、私たちのために走り抜いてこられた。どうして誰も、『今日の広宣流布の大発展は、山本先生のおかげです』と言えないんですか!」
 次いで「名誉会長あいさつ」となり、伸一が登壇した。ためらうような、まばらな拍手が起こった。参加者から見て壇上右側の大半を僧たちが占めている。“衣の権威”の監視下に置かれたような、重苦しい雰囲気が支配していた。しかし、伸一を見詰める参加者の目は真剣そのものであった。声に出して叫びたい思いを抑えに抑えている健気な同志の心が、彼には、びんびんと伝わってくる。
 “大丈夫だ! いよいよこれからだよ”と心で語りかけながら場内を見渡し、にっこりと微笑み、一礼した。そこには、いつもと変わらぬ伸一がいた。「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(御書一一九〇ページ)である。伸一は、今こそ、一人ひとりが師子のごとく、強くなってもらいたかった。


◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉6 未来部は宝 青年こそ希望

 

     「 3・16」 のこの日を、全世界の青年部・未来部のはつらつたる前進の息吹で迎え、うれしい限りだ。
 先日の日曜日(12日)、東京・新宿区の大久保会館と若松会館を視察した。朝から男女青年部がそれぞれに元気に集い合い、未来部の卒業部員会も、ご家族や担当者の方々の見守る中、楽しく行われていた。
 厳護する牙城会の友も、凜々しく頼もしかった。
 未来部は宝だ。
 青年こそ希望だ。
 わが学会の庭で、躍動する地涌の若人たちの晴れ姿を見てくれ給え!と、私は胸を張って叫びたい。
                                                                         ― ◇ ― 
 日蓮大聖人は、青年・南条時光に仰せになられた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)
 広宣流布とは、仏がく究極の大願である。ゆえに、この大願を起こす時、青年の生命は仏に等しく、最も気高く、最も雄渾になる。昇りゆく旭日のように、鮮烈な光を放ち始めるのだ。
 1958年(昭和33年)のきょう、恩師・戸田先生はご自身が命を賭して貫かれた広布の大願を、「いざ!」と馳せ参じた6,000人の青年部代表に託された。
 皆、無名無冠なれど、心は師弟の誓いに燃えていた。
 ただ師と共に! 広布のために! この戦う心で、我ら創価の青年は道なき道を勝ち開いてきた。
                                          ― ◇ ― 
 戸田先生は宣言された。「創価学会は、宗教界の王者として、社会のあらゆる分野に、真に優れた人物を送り出していくのだ」と。この先生の願いの通り、今、社会貢献の人材が、日本中、世界中で乱舞している。
 イタリアの同志が各界から、これほど深い信頼を寄せられているのは、なぜか。
 36年前、私と出会いを結んだ尊き求道の青年たちが先頭に立って、「信心即生活」「仏法即社会」の模範を誠実に示してくれた。いかなる苦難も団結して乗り越え、後輩を大切に育てながら、一人一人が偉大な人間革命の勝利の実証を重ねてくれたからに他ならない。
 世界広布の原動力は、永遠に青年だ。
 いよいよ全国各地で創価青年大会も始まる。
 壁を破り、決然と一人立つ青年が一切を変える。試練を越えて、永遠の土台ができる。全ては仏になる修行であり、訓練なのだ。
 何より、我らには「法華経の兵法」がある。
 「題目」で進もう!  「励まし」で開こう!  そして、「団結」で勝とうではないか!

【聖教ニュース】

◆米国 ロサンゼルス郡が「3・16」を祝し池田先生ご夫妻に顕彰状
 きょう3・16 若人の手で平和の世紀を
 
ロサンゼルス郡のソリス行政長官(左から3人目)から、アメリカSGIのウィトコスキー青年部長(同2人目)に顕彰状が手渡された(3日)
ロサンゼルス郡のソリス行政長官(左から3人目)から、アメリカSGIのウィトコスキー青年部長(同2人目)に顕彰状が手渡された(3日)

 きょう3月16日は、「広宣流布記念の日」。
 1958年(昭和33年)、第2代会長・戸田城聖先生から池田大作先生、そして青年たちに、広布誓願の旗が託された厳粛な儀式の日である。
 この意義深き「3・16」を祝し、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡から、池田先生と香峯子夫人に対して「顕彰状」が贈られた。
 これは、池田先生ご夫妻の傑出した平和貢献を讃えるとともに、「3・16」を記念して開催されたアメリカSGI(創価学会インタナショナル)西部方面の青年大会を祝福するもの。ヒルダ・ソリス郡行政長官(第1区)が発議した。
 同郡は、ロサンゼルス市を中心として、約1000万の人々が暮らす、アメリカ西海岸を代表する行政単位。
 池田先生は、「3・16」の式典から2年半後の60年(同35年)10月、初めてロスの地へ。平和建設の誓いも固く、世界広布への力強い一歩を踏み出したのである。
 授与式は3日、同郡内にあるソリス行政長官の事務所で行われ、同行政長官からアメリカSGIのウィトコスキー青年部長に顕彰状が手渡された。
 顕彰状の中でソリス長官は、「3・16」59周年の意義を刻む青年大会の開催を慶祝。続いて「(池田先生ご夫妻の)平和へのご業績、地域社会へのご尽力、ロサンゼルス郡の全住民を益する数々のご貢献に感謝を表して」と厳かに述べている。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉16 福光の春! 東北の勝利が広布の総仕上げ 
 弘教・拡大こそ信仰の大道
 不屈の「人材城」は世界の希望に
 
皆さんの演奏に、どれほどの勇気をもらったか――復興支援のためのコンサート等への出演が100回の節を刻んだ音楽隊。新生・東北総会でも、その希望の音色を披露(5日、東北文化会館で)
皆さんの演奏に、どれほどの勇気をもらったか――復興支援のためのコンサート等への出演が100回の節を刻んだ音楽隊。新生・東北総会でも、その希望の音色を披露(5日、東北文化会館で)

 志賀 春を思わせるような温暖、無風、快晴のもと、復興のシンボル・東北文化会館で行われた、新生・東北総会(本部幹部会)が大成功で終了しました。
 今村 中継で結んだ東北6県の27会場も、全て見事な晴天に恵まれました。
 原田 池田先生は6年前、大震災直後の3月18日付の聖教新聞で、「最も大きな難を受けた東北が、最も勝ち栄えていくことこそが、広宣流布の総仕上げ」になると言われました。
 盛島 この言葉を胸に、私たちは、この6年間、皆で励まし合い、頑張ってきました。今回の総会に向けても、全力で弘教・拡大に走り抜きました。そして、目標の「地区1世帯」を大きく超える弘教を成し遂げ、当日を迎えたのです。
 今村 総会へのメッセージも、記念映像も、新スローガン「我ら東北家族は折伏で勝利! 折伏で築こう! 青年の大城 折伏で果たそう! 福光の誓い」も、全てが「折伏」精神に貫かれた総会でした。
 原田 御書に「日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(1558ページ)とあります。このお心を体して、弘教に生き抜く中に、信仰の大道があります。
 新沼 震災から約半年後の9月に連載を開始してくださった小説『新・人間革命』第25巻「福光」の章で、先生は、「学会の後継者として、青年時代に必ず身につけてほしいのは折伏力だ」と綴られました。東北男子部は、改めて全員で、この「福光」の章を読み深め、部平均2世帯に迫る弘教を達成しました。学生部も日本一の拡大を成し遂げました。
 三浦 女子部も、婦女一体、母娘一体の活動で、本部1を大きく超える拡大を果たしました。
 原田 唱題に徹し、弘教に挑戦していく中で、青年は大きく成長します。
 盛島 伝統の2月は、各地で唱題の渦が起こり、皆が壁を破りました。どの地域の座談会に行っても、たくさんの友人が参加しており、多くの同志が「題目をあげ抜いての折伏は楽しくてしかたがない」と語っていました。
 今村 こうした折伏の戦いの中で、職場や家庭での実証、困難や課題を克服した体験など、東北中に功徳の花が咲いています。
 盛島 新スローガンの中に、「我ら」とあります。これは、先生と私たち弟子のことです。東北は、いよいよの「折伏」精神で、人材育成と福光に挑んでいきます。

日本一の聖教推進

 志賀 総会に参加したブラジルの音楽隊も、出発直前まで折伏に挑み、24人で101世帯の弘教を果たし、来日しました。
 原田 実は彼らは、ブラジルで東北の歌「青葉の誓い」を練習していたそうです。そして、自分たちの荷物をできるだけ減らして楽器を持参。総会前日の交流交歓会で演奏を披露し、大喝采を呼んだのです。
 盛島 インドのメンバーと懇談した際には、日本語で、「負げでたまっか!」と「心の財は絶対に壊されない」と励まされ、感動で胸が震えました。
 原田 先生は、「人類に希望の福光を送る『地涌の正義の旗頭』こそ、わが愛する東北の皆さん」と語られました。まさに、その通りの姿ですね。また、東北の聖教新聞の拡大も目を見張るものがありました。
 今村 この3月の拡大で、日本一を達成。これで、3月は5年連続の日本一となります。
 原田 全6県で成し遂げた、壮年部の「聖教ブロック5勇士(購読推進者)」も見事でした。中には、総会当日の朝、達成した地域もあると聞きました。
 今村 こうした善の拡大とともに、法華講救済にも全力を注ぎました。
 新沼 総会での記念映像にもありましたが、「破邪顕正」の精神は、東北に脈打つ魂でもあります。
 三浦 映像を見た高校1年生の女子未来部員は、「衣の権威に物おじせず、創価学会が正しいと戦った女性のように、強い勇気や信念を持った大人になりたい」と決意していました。
 原田 永遠の指針である「人材の牙城・東北たれ」の発表から50年。東北には、後継の人材が陸続と育っていますね。

“獅子の子”の成長

 盛島 宮城・気仙沼の壮年本部長は震災の日、2階まで津波が浸水した気仙沼会館の須弥壇の上で一晩耐え抜いた、22人(大人21人、幼子1人)の一人です。
 今村 当時、抱き締めて避難した1歳2カ月の孫が小学1年生となり、昨年12月、完成したばかりの東北文化会館で開催した「少年少女福光希望合唱祭」に出演。少年部歌「Be Brave! 獅子の心で」を合唱したのです。
 志賀 「Be Brave!」といえば、津波が引いた後、歌詞を大書きした模造紙が発見されたことで有名になりましたね。
 三浦 その歌を元気に披露する姿は、まさに福光の新たな希望となりました。
 原田 この地域には今秋、待望の会館が完成の予定です。この会館の落成をもって、震災後に発表された建設計画が完結します。
 新沼 11日に一般公開が開始された、「東北福光みらい館」には、その「Be Brave!」の模造紙(複製)などが展示されています。全世界からの励ましのメッセージも公開され、東北の6年間の歴史と決意が凝縮されています。
 盛島 不撓不屈の東北の新たな一歩が踏み出されました。東北広布70周年、震災から10年となる2021年を目指し、東北は、さらなる拡大に挑みます。そして、地域に社会に希望の福光を送ってまいります。

◆〈大学は平和の門〉第6回 王立プノンペン大学
 創価大学との交流15周年 響き合う「生命尊厳」の哲学


カンボジア王国の王立プノンペン大学から、池田先生に「名誉教授」称号が贈られた(2002年3月19日、創価大学記念講堂で)。長年、カンボジアの平和を祈り、行動を続けてきた池田先生。内戦の渦中にも、国王との会見をはじめ、提言で内戦終結と和平の実現を訴えてきた。「カンボジアの空に、不滅の『平和の太陽』よ昇れ!」――変わらぬ信念で、先生は、カンボジアとの文化・教育交流を続けている
カンボジア王国の王立プノンペン大学から、池田先生に「名誉教授」称号が贈られた(2002年3月19日、創価大学記念講堂で)。長年、カンボジアの平和を祈り、行動を続けてきた池田先生。内戦の渦中にも、国王との会見をはじめ、提言で内戦終結と和平の実現を訴えてきた。「カンボジアの空に、不滅の『平和の太陽』よ昇れ!」――変わらぬ信念で、先生は、カンボジアとの文化・教育交流を続けている


 30年近く続いた内戦を越え、近年、経済成長を続けているカンボジア。産業の多様化を図る一方で、それを支える人材が渇望され、教育の充実が求められている。
 それはまた、ポル・ポト政権時代の闇と決別する、“復興”への道程でもある。1975年4月からの約4年間の圧政により、教員などの知識人を含む200万人以上が命を落としたといわれる。学校は次々に破壊され、教材は焼き捨てられた。その爪痕は今も癒えてはいない。79年に同政権が倒れ、翌年に壊滅的な状況から復活を遂げた大学がある。
 その名は、王立プノンペン大学。60年に創立された、カンボジア最高峰の総合大学である。同大学は、内戦で荒廃した祖国の再建をリードし続けてきた。
 2002年3月、当時のプッ・チャムナン学長(現在は教育・青少年・スポーツ省長官)が創価大学を訪問した。創大創立者の池田先生に、王立プノンペン大学の第1号の「名誉教授」称号を授与するためである。
 創大で、学長は語った。「長く内戦に苦しんできたカンボジアの国民にとって、一番必要なのは本当の平和です。平和の哲学です。だから、池田先生に学びたいのです」
 生命を守る教育の重要性を知悉する学長だからこそ、池田先生の「生命尊厳」の哲学と国際的な教育交流に共感を寄せ、創大との学術交流に期待を抱いたのである。
 今月19日、両大学の学術交流は、15周年を迎える。プノンペン大学からは10人の交換留学生が創大へ。プノンペン大学で学んだ創大生の中からも、カンボジアと日本の友好に貢献する人材が誕生している。

カンボジア日本人材開発センター 非常勤講師 オク・ソッケンさん

圧政に耐えた両親の思い
 カンボジアの高校・大学進学率は、“15%未満”ともいわれています。要因の多くは貧困で、地方には、小学校の卒業さえ断念する子も少なくありません。
 そうした中で、私が学業に専念してこれたのは、奨学金制度のおかげです。プノンペン大学を成績優秀奨学生として卒業しました。
 このことを誰よりも喜んでくれたのは、両親です。
 祖父がフランス語の教師だったため、知識人が次々に粛清されたポル・ポト政権下で、私の家族は激しい弾圧を受けました。何とか命は助かりましたが、当時まだ幼かった両親まで強制労働をさせられ、母の体には今も、その際に負った傷痕が残っています。
 満足な教育を受けられなかった両親は、「できることなら大学に行きなさい。悔いのないように勉強するんだよ」と、私を励まし続けてくれました。
 両親の期待に応えるため、そして、大学に行けなかった同胞のためにも、学問に徹し、祖国カンボジアの平和と発展に貢献しようと決心したのです。
 日本語を専攻した私は、大学3年次、カンボジアで開かれた、日本語スピーチコンテストの全国大会で、最優秀賞を受賞することができました。その直後には、念願だった創価大学への交換留学も実現し、創立者・池田先生の指針に多くを学びました。
 「大学に来たのは学問をするために来たのだ。学問をおろそかにする人は来る必要はない」
 「社会のためにも人々のためにも、力ある丈夫でなければ何の奉仕もできない。弱き観念の人生であっては断じてならない」
 この池田先生の言葉が、今も印象に残っています。また、先生の指針を胸に学ぶ創大生の向学心の強さにも触発を受けました。
 私は今、「カンボジア日本人材開発センター」で、日本語の非常勤講師を務めています。そして、来月からは、国費留学生として再び日本に渡り、国立大学の研究生となります。
 「学ばずは卑し」との池田先生の教えを忘れず、自身を高めていきます。 

留学経験者 創価大学33期 菅野 江里香さん
現地で働く先輩の姿に感銘

 私が、創価大学の東南アジア研究会の一員として、カンボジアを訪れたのは、大学3年次の2月。毎年行われている、研究会の海外研修に参加したのです。
 現地で、研修のガイドをしてくださったのは、創大を卒業した先輩方でした。「池田先生の平和の信念を継ぎ、カンボジアに骨をうずめる覚悟で来ています」と語る先輩たち。クメール語を自在に使い、地雷撤去会社の社員やJICAの職員として、社会に貢献する姿に感銘を受けました。
 高級車が走り、デパートやレストランが並ぶ首都の市街地。しかし、一方で、“ゴミ山”やスラム街も存在します。耐えがたい悪臭が漂うゴミ山では、数え切れないほどの子どもや大人たちが、危険を顧みず、お金になる鉄くずを拾い集めていたのです。その光景はあまりに衝撃的でした。
 もっと深くカンボジアについて学ぼうと思い、プノンペン大学付属語学学校への留学を決意しました。
 池田先生が名誉教授称号を受章されたプノンペン大学。両親は、「池田先生が開いてくださった道だね。頑張ってくるんだよ」と背中を押してくれました。
 池田先生から、「元気で行ってらっしゃい」との伝言を受け、カンボジアへ。私は、再びゴミ山を訪れました。付近に住むご婦人に「今、一番欲しいものは何ですか」と伺うと、「子どもたちが元気でいてくれれば、それで十分です」と。母の願いは“世界共通”なのだと感激しました。
 カンボジアの人々と交流し、最も印象に残ったのは、「笑顔の輝き」です。過酷な環境の中にあっても、人々は常に希望を抱いていたのです。現地の小学校を訪問した際も、子どもたちは瞳を輝かせ、将来の夢を語ってくれました。
 相手に何かを施そうとする前に、謙虚に相手の長所に学び、相手を理解していくことこそ、友好の第一歩であると実感しました。
 今、東京都内の小学校で教員をしています。カンボジアの子どもたちの様子を語り、異文化交流の大切さを伝えたいと思います。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 希少腫瘍GIST(消化管間質腫瘍)に負けず
 現実を変える力を知った

 【茨城県つくば市】にぎやかな声がリビングに響く。菅野貴之さん(38)=学園本陣支部、男子部副部長(地区リーダー兼任)=が見つめる先には、2人の子どもたちの姿。

2017年3月15日 (水)

2017年3月15日(水)の聖教

2017年3月15日(水)の聖教

◆わが友に贈る


信仰とは
諦めない勇気の異名だ。
「現状は変えられる!」
確信の祈りと行動で
宿命転換の勝利劇を!

◆名字の言


  サッカー界の歴史に残る劇的な一戦だった。現在、開催中のUEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグ。世界一レベルの高い、伝統的な大会でのことである▼決勝トーナメント1回戦。スペインの名門、FCバルセロナは、窮地に追い込まれていた。初戦で0対4の大敗。2戦目では3点を先制するものの、後半17分に1点を返される。ルール上、勝ち進むには、あと3点が必要という厳しい状況▼だが選手たちは諦めていなかった。超一流のスターたちが必死の形相でボールを追う。試合終了間際、立て続けに3点を奪い、大逆転。スタジアムは歓声に揺れた▼実業家・松下幸之助氏の講演会でのこと。一人の中小企業の経営者が、どうすれば松下さんの言う経営ができるのかと質問した。氏は答える。“まず大事なのは、やろうと思うこと”。その時の聴衆の一人で、後に世界的企業に成長した会社の経営者は、「“できる、できない”ではなしに、まず、“こうでありたい。おれは経営をこうしよう”という強い願望を胸にもつことが大切だ」と感じたという(『エピソードで読む松下幸之助』PHP新書)▼勝てるかどうかではなく、まず勝つと決める。最後まで諦めない。大逆転のドラマは、わが一念から始まる。(速)


◆〈寸鉄〉 2017年3月15日
 

 会長は平和建設志す人に
 希望の光を送る―市長。
 対話で“人々の心”を結合
      ◇
 新しい時代は新しい人材
 から。地域に後継の陣列
 を!共に走り共々に成長
      ◇
 われら創価学会の折伏は
 師子が吼えるのだ―戸田
 先生。青年よ正義を語れ
      ◇
 世界の誰もが核の脅威の
 下に―被爆者が米国で訴
 え。廃絶へ民衆の連帯を
      ◇
 公明は被災者の側に立ち
 寄り添ってくれた―岩手
 の市長。公助・共助さらに

◆社説  全ての苦難を好機に転換   力強い楽観主義脈打つ創価の哲学


 「ノー残業 居なくなるのは 上司だけ」「職場でも 家でもおれは ペコ太郎」。年恒例となった「サラリーマン川柳コンクール」(主催・第一生命)の“傑作100選”の一部。「五・七・五」のリズムで“サラ川”おなじみの、上司や部下への不満や夫婦の小言、社会の風刺など、くすっと笑える名句の数々が今年も共感を呼んだ。入選作からは世相や人生の悲哀をも笑い飛ばす庶民のたくましさが感じられる。
 サラリーマンに限らず、誰しも思うに任せないことはある。それがともすれば、愚痴や文句となって心の中を灰色に覆いがちだ。そんな生き方ではつまらない。何があろうと愉快に笑い飛ばして前進する“賢者の生き方”を身に付けたいものだ。
 東京・港区のある宝寿会(多宝会)の夫妻は、今年で結婚55年。妻が長女を身ごもった際、医師から「子どもは、良くて重症の黄疸か、悪ければ血液全てを交換」と宣告を受けた。さらに2人目以降は難しいとまで。
 がくぜんとする中、同志の励ましを胸に祈り抜き、母子ともに無事、出産を乗り越え、やがて長男、次男にも恵まれた。
 その後も経済苦や夫の転職、C型肝炎など一つ一つ克服し、変毒為薬の実証を。二人は「愚痴を言う暇もなかった」(妻)、「何があってもお題目!」(夫)と破顔一笑。昨年、妻は卵巣がんの手術も成功した。
 広布のため、学会活動に励めることが何よりの喜びという夫妻。先日、創価大学に学ぶ孫が仏法対話に挑戦。友の幸福を願う後継の姿に胸を熱くした。
 創価の哲学には、決して気休めや、その場限りの口先だけではない、仏法哲理に根差した力強い楽観主義が脈打っている。
 日蓮大聖人は流罪の地・佐渡でも悠然と「喜悦はかりなし」(御書1360ページ)と仰せになられた。全人類の救済のため、広宣流布に身命を賭した、この大境涯の確立こそ、われわれが目指すべき信心の究極の目的であり、そこにこそ、絶対的幸福境涯もある。
 池田先生はつづられている。
 「大変な時ほど明るく楽しくいこう! 師子王の心で進むのだ。これで宿命転換できる。これで一切を変えられる。これで永遠の師弟勝利の原点をつくることができる――と。仏法は三世を貫く究極の楽観主義だ」
 仏法の法理に照らせば、全ての事象には意味がある。苦難は、何ものにも負けない自身を築くチャンスと捉え、きょうも朗らかに進んでいきたい。

◆きょうの発心  「まことの時」と定めて難に勝つ

御文
 我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 (難にあっても疑う心がなければ成仏すると)わが弟子に朝に夕に教えてきたが、難にあって疑いを起こし、みな退転してしまったようである。愚かな者の習いは、約束したことをまことの時には忘れるのである。

 いかなる難があっても疑わずに信心を貫けば、必ず成仏の境涯を得られると仰せです。 学生部時代、同志と帆船「日本丸」の模型を作り、池田先生にお届けしました。この時、先生は、一気呵成にお歌を認めて贈ってくださったのです。生涯、弟子の道を歩み抜こうと誓いました。
 結婚後、長男が仮死状態で生まれ、発育が心配されたほか、経済苦や自身の病気等、数々の苦難が。しかし、そのたびに、同志からの励ましと、師匠への誓いを胸に、自身の「まことの時」と定めて、信心で乗り越えてきました。
 現在は、本紙販売店主となり、亀戸の地に広布の会場を提供できるように。障がいが心配された長男もたくましく成長し、昨年、結婚。今夏には、初孫が誕生する予定です。昨年、総区の3割を超える支部が「ブロック5勇士」を達成し、人材を拡大しています。
 間もなく迎える3・25「江東『師弟勝利の原点の日』」を、圧倒的な拡大で荘厳してまいります。   東京・江東総区壮年部長 小峯栄治

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十一 
 


 山本伸一は、前年の一九七八年(昭和五十三年)七月三日、男子部歌「友よ起て」を作詞・作曲して、後継の青年たちに贈った。
  
 〽広布のロマンを 一筋に
  打てよ鳴らせよ 七つの鐘を
  やがては誉れの 凱歌の世紀
  花に吹雪に 友よ起て
   
 その歌詞にあるように、「七つの鐘」は鳴り響き、今、学会は「凱歌の世紀」をめざして、新しい旅立ちの朝を迎えたのだ。
 五月三日――五月晴れの空のもと、「七つの鐘」の総仕上げを記念する第四十回創価学会本部総会が、東京・八王子市の創価大学体育館で行われた。参加者は皆、新出発の祝賀の本部総会であることはわかっていた。しかし、誰もが心のなかで、一抹の寂しさを拭いきれずにいた。“これから学会は、どうなってしまうのか”との思いも強かった。
 開会は、午後二時である。この総会には、法主の日達をはじめ、宗門僧の代表も出席することになっていた。伸一は彼らを迎えるために、午後一時半前から新会長の十条潔らと創価大学の玄関前に立った。やがてマイクロバス、乗用車が到着し、僧が降りてきた。
 「ようこそ、おこしくださいました!」
 伸一はモーニングに身を包み、丁重にお辞儀をし、僧たちを迎えた。しかし、多くはあいさつもせず、無表情に、傲然と通り過ぎていく。なかには、したり顔で一瞥し、冷ややかな笑いを浮かべる者さえいる。
 伸一の脳裏には、悪僧の冷酷な仕打ちに苦しんできた学会員の悲痛な顔が浮かんでは消えた。今回、自分が身を引くことで、宗門が言うように事態が収まるなら、それでよいと彼は思った。
 守るべきは誰か――健気な学会員である。最愛の同志である。尊き仏子たちである。
 そのために自分は盾になり、犠牲にもなろうと、彼は心を定めていたのである。
 決定した心には、勇気の太陽が昇る。

【聖教ニュース】

◆来月、神戸市立博物館で「遥かなるルネサンス」展が開幕
 天正遣欧少年使節の足跡を美術作品で追体験
 日本と西洋の文化交流の源流をたどる

ブロンズィーノ(アーニョロ・ディ・コジモ・トーリ)「ビア・デ・メディチの肖像」 1542年頃 油彩/板 64×48センチ ウフィツィ美術館 ©Gabinetto Fotografico delle Gallerie degli Uffizi                                                                      
ブロンズィーノ(アーニョロ・ディ・コジモ・トーリ)「ビア・デ・メディチの肖像」 1542年頃 油彩/板 64×48センチ ウフィツィ美術館 ©Gabinetto Fotografico delle Gallerie degli Uffizi

 八王子市の東京富士美術館企画展「遥かなるルネサンス――天正遣欧少年使節がたどったイタリア」の関西展が来月22日から兵庫・神戸市立博物館で開幕する(主催=神戸市立博物館、神戸新聞社、MBS、朝日新聞社。後援=外務省、イタリア文化財・文化活動・観光省、イタリア大使館、イタリア文化会館。特別協力=ウフィツィ美術館)。同展は、2012年のイタリアと東京富士美術館の文化交流協定に基づき15年から開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」に続く、2回目の展覧会。16世紀後半のイタリアを訪れた同使節の足跡をたどりながら、絵画や工芸品など約70点を出品する。
 天正遣欧少年使節は1582年(天正10年)にイエズス会の巡察師ヴァリニャーノの勧めによって九州の大名がイタリアに派遣した使節。使者は伊東マンショら13歳前後の少年4人であった。ローマ教皇らに謁見し、1590年に帰国した。
 ヨーロッパの文化を目にして帰国した初めての日本人であり、日本と西洋の文化交流の淵源ともいえる。
 同展は、同使節の足跡を追うように、訪問した都市にまつわる諸作品が展示され、初めて異文化に触れた少年らの驚きと感動の旅路を追体験できるものになっている。
 出品作も絵画だけでなく、かぶとや陶器、タペストリーなどの工芸品や、使節に関する書簡など多彩。特に、「ビア・デ・メディチの肖像」はメディチ家の至宝とされ、これまで展覧会に貸し出されたのはフィレンツェ市内とオーストリアのみで日本初公開。深く鮮やかな群青色の背景に浮かび上がる優雅で気品に満ちた少女の姿が印象的である。
 さらに使節の一人を描いた「伊東マンショの肖像」は近年、描かれた人物が特定された貴重な作品。
 同展の図録の監修者である東京造形大学の池上英洋教授は「戦国時代の日本とルネサンス時代のイタリアとの間に、どれほど濃密な異文化交流の機会があったのかを知ることができる興味深い展示」と語る。
 日本とイタリアの文化交流の源流をたどる同展に期待が高まる。
案内
 ▽会期=4月22日(土)~7月17日(月・祝)。月曜休館(7月17日は開館)。
 ▽開館時間=午前9時30分~午後5時30分(土曜は同7時まで)。入館は閉館の30分前まで。
 ▽入場料金=一般1300円(1100円)、大学・高校生900円(700円)、中・小学生500円(350円)。カッコ内は前売り、20人以上の団体割引などの各種割引料金(前売りは一般のみの販売)。
 ▽会場=神戸市立博物館(JR「三ノ宮」駅、阪急・阪神「神戸三宮」駅、ポートライナー・地下鉄(西神・山手線)「三宮」駅から南西へ徒歩約10分。JR・阪神「元町」駅から南東へ徒歩約10分。地下鉄(海岸線)「旧居留地・大丸前」駅から南東へ徒歩約8分)。
 ※関西展に続き、青森展(青森県立美術館、7月28日~9月10日)、東京展(東京富士美術館、9月21日~12月3日)が開催予定。

◆イタリア派遣団が国連食糧農業機関の本部を訪問 2017年3月15日
 
   
FAOのダ・シルバ事務局長(右から2人目)、マリオ・ルベトキン官房長(右端)とSGIイタリア派遣団が記念のカメラに
FAOのダ・シルバ事務局長(右から2人目)、マリオ・ルベトキン官房長(右端)とSGIイタリア派遣団が記念のカメラに

 【ローマ13日】池田博正SGI(創価学会インタナショナル)副会長、寺崎SGI平和運動総局長らSGIイタリア派遣団は13日(現地時間)、ローマ市内の国連食糧農業機関(FAO)本部を訪問。ジョゼ・グラツィアーノ・ダ・シルバ事務局長と会見した。
 FAOは、人類の栄養・生活水準の向上や農業の発展を目的として1945年に設立された国連の専門機関。2015年3月時点で196カ国(2準加盟国含む)とEU(欧州連合)が加盟している。
 会見では、池田SGI副会長が農業開発や食糧の安全確保などに努めてきたFAOの長年にわたるリーダーシップに敬意を表した。
 その上で、池田大作先生が74年に「世界食糧銀行」の創設を提唱したことや、SGIが貧困や飢餓をなくすといった国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の普及・推進に取り組み、「誰も置き去りにしない」世界の構築を目指してきたことを紹介。「この出会いを契機に、FAOと力を合わせて進んでいきたい」と語った。
 ダ・シルバ事務局長は、食糧が安全に確保されてこそ平和は保たれ、平和が確保されてこそ食糧の安全も確保されるという意味で、両者は密接な関係にあると述べた。しかし、その平和と食糧の安全保障の関係性について、社会の関心度が低い現状を指摘。「互いに協力し、若者をはじめ社会の意識啓発に努めたい」と望んだ。
 FAOからは、市民社会等とのパートナーシップを担う部門の担当者も出席。今後の協力関係について、具体的な意見を交わした。
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈ワールドリポート〉 中米・ハイチを訪ねて㊦   愛する天地に平和と繁栄を

ハイチ広布の一粒種であるピエール=ポール・シャルルさん(額を持って立っている男性)宅に集まり、信心の喜びを語り合うメンバーたち(先月9日)
ハイチ広布の一粒種であるピエール=ポール・シャルルさん(額を持って立っている男性)宅に集まり、信心の喜びを語り合うメンバーたち(先月9日)

 カリブ海に浮かぶ中米・ハイチ共和国。そこには、多くの社会的な課題にも負けず、妙法を抱き締めて闘う同志の姿があった。この国を、平和と繁栄の楽土に!――開拓精神を燃やし、生活革命や境涯革命に挑むメンバーの声を紹介する。(記事・写真=谷口伸久)

人に尽くした分 目の前が明るく

 私は3児の母です。現在は、システムエンジニアをしています。
 信心を始めたのは2007年。その頃、私は、大学で情報工学を学んでいました。しかし、経済的な理由から、仕事を探さなければならなくなりました。育児をしながら働き口を見つけるのは容易ではありませんでしたが、公共事業運輸通信省に会計担当として就職することができました。
 平日は地方で働き、週末は首都ポルトープランスの家に戻るという生活でした。そんな中、働き始めて3カ月後に、大好きだった母が急性虫垂炎で倒れ、手術の末に他界。心にぽっかりと穴が空いてしまいました。
 同時期に、仕事では、職場の人から妬まれ、嫌がらせを受けるように。仕事で評価を上げた私を陥れようとする動きが起きたのです。
 度重なる苦難に押しつぶされそうになっていた時、職場の同僚から信心を教わりました。その日から少しずつ題目を唱え始めました。
 母を亡くして以来、不安な日々を歩んできましたが、SGIの会合に参加するようになり、新たな“人生の道しるべ”を得ることができました。
 ともすれば足を引っ張り合うような競争社会だからこそ、「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598ページ)との御書の一節を胸に、友人のために尽くしていこうと決めています。
 信心を教えてくれた同僚のように、私も友人の幸せを願い、仏法を語ってきました。今では、二つのグループができるまでにメンバーを拡大。4年前に家を建てて、広布の会場として提供しています! 苦しかった職場環境も改善されました。
 常に励ましを送ってくださる池田先生への感謝を胸に、これからも頑張っていきます。
 (カティア・フランソワさん)

自宅で仏法の勉強会を開催

 私は、電気工事士をしながら、大学で経済学を勉強しています。
 以前は、他の宗教をやっていたことがありますが、自分の変化を感じることはありませんでした。しかし、この信心を実践するようになって、周囲への思いやりや感謝の心を持てるようになりました。こうした精神的な変化が、私にとって一番の功徳だと思っています。
 “友達にも仏法の魅力を知ってほしい”と、信心を始めた3年前から継続して、自宅で仏法の勉強会を開いてきました。最初は6、7人からスタートし、今では15人ほどが集まるようになりました! そのうち3人は御本尊を受持して頑張っています。
 (ピーターソン・セヴェールさん)

今いる場所で幸福の花を!

 小さい頃、母から信心の話を聞き、私も始めました。真剣に題目をあげて臨んだ学校の卒業試験で、優秀な成績を得られたことが、最初の信心の確信になりました。
 私は父を11歳で亡くし、母が女手一つで育ててくれました。
 少しでも早く働きたいと祈り、2009年に赤十字に入社。同時に大学にも入学することになり、午前中は働き、午後は勉強という生活がスタートしました。
 経営学部を卒業した現在は、コミュニケーション学部でさらに勉強をしています。広宣流布のために、この思想をたくさんの人に分かりやすく伝えていく力を磨きたいと思っています。
 高等教育を受けたハイチの若者は、外国に行きたがる傾向があります。その方が仕事もあり、家族を養っていけるからです。
 しかし私は、ここで働き、ここで幸せになることが大切だと思っています。この場所を仏国土に変えていくのが私たちの使命ですから。
 池田先生はたびたび、創価の女性を“花”に例えて励ましを送ってくださいます。風雪に耐えて咲く花が野原を美しく彩るように、私自身が幸福の花を咲かせることで、ハイチの大地を変えていきます。
 (カティアナ・ジュールさん)

信心を始めて夢ができた!

 14歳の時、病気で母を亡くしました。父や弟と暮らしてきましたが、心の傷は癒やされませんでした。家族との確執などから大学を中退。母を失ったことで、どんどん自信をなくしていった私は、昨年4月に信心と出あい、12月に御本尊を受持しました。
 この信心を始めて変わったところは、夢を持てたことです!
 これまでは、事務や調理場など、さまざまな仕事に挑戦するも、長続きしませんでした。
 SGIの先輩の温かな励ましを受け、共に祈る中、自分を見つめることができました。繊細で傷つきやすい性格が、実は人に寄り添える長所なのだと気付き、ジャーナリストになるという夢が見えてきたのです。
 目標を決めて祈ると、私の人生は大きく転換していきました。
 まず奨学金の試験に合格し、語学の学校に通えるようになりました。また、ボランティアでラジオ番組のパーソナリティーも務めています。
 希望が見えず、学ぶことを諦めた私が、目標を持って再び学校に通うようになるなんて、思ってもみませんでした。
 今、私は本当に幸せです! 何より、自分の生き方に誇りを持てるようになりました。
 SGIでは、自身の人間革命によって環境を変えていけることを学びました。長年、弟といがみ合ってきましたが、今は弟ではなく、自分が変わることで解決しようと祈っています。
 ハイチの若い女性は多くの問題に直面しています。そうした人たちにこの人間革命の哲学を語っていきたいです。
 (タフィカ・ポリカさん)

強き祈りで会社の経営が軌道に

 首都ポルトープランスで知り合った人に折伏されました。その日から早速、唱題を開始し、数カ月後に御本尊をお受けしました。
 当時の課題は、仕事がなかったこと。信心に励む中で、妻と共にカルフール市で会社を立ち上げることができました。
 先輩から“実際に働く姿をイメージして祈るんだよ”と言われ、実践してみたところ、その2週間後に会社に投資をしたいという人が現れ、経営を軌道に乗せることができたのです!
 仕事を持てたことで、4人の子を養いながら、学校に通って語学を学べるようになりました。
 生活で葛藤することも多くありますが、池田先生の書籍を読んで祈りを深めています。
 目標は、ハイチ一のビジネスマンになることです!
 (フィリップ・デルファンさん)
 ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験 新生の道 震災6年〉 市職員として故郷・閖上の復興を担う


 【宮城県名取市】今月5日の「新生・東北総会」を、菊地昌夫さん(64)=陽光台支部、副県長=は、中継会場の仙南文化会館(柴田町)で、運営役員として迎えた。
 

2017年3月14日 (火)

2017年3月14日(火)の聖教

2017年3月14日(火)の聖教

◆わが友に贈る


真のリーダーとは
励ましと率先の人だ。
「皆に喜んでもらおう」
「自分がまず動こう」
同志の信頼の灯台たれ!

◆名字の言


  文学座の名優・杉村春子さんらが座るテーブルに、一人の紳士が歩み寄る。花瓶に挿された菊を取って贈ったその人は、中国の周恩来総理だった。「中日友好の花が、万代に咲き薫ることを願って」▼1972年の日中国交正常化の翌月、北京の人民大会堂で行われた祝賀会の一こまである。16年も前から幾たびも訪中し、演劇交流を重ねてくれた日本の文化人の労に謝したい――信義を重んじる“人民の総理”らしい心遣いだった▼杉村さんは生前、本紙てい談に2度登場している。最初は83年、中国話劇「茶館」を民音が招へいした時である。次は95年。民音の助力に感謝しつつ、長年にわたり演劇交流を続けてきた理由を語っていた。「たとえ一粒の小さな砂であっても、たくさん集まれば大地にもなる」と▼「草木は大地なくして生長する事あるべからず」(御書900ページ)。芸術の大花を愛でることができるのも、信頼の大地を耕し、友情の種を蒔いた先人たちの労苦があったればこそであろう▼国交正常化45周年を彩る、中国国家京劇院の民音公演が始まった。来月まで全国28会場を巡る。〽友誼の桜は永遠なりと……(山本伸一作詞「桜花縁」)。周総理と日本を結ぶゆかりの花・桜の美しい季節に、友好の花を咲かせる旅である。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年3月14日

 列島で「3・16」記念座談
 会。体験あり決意あり。全
 員が輝く生命のオアシス
      ◇
 京都婦人部の日。民衆の
 楽土照らす太陽の母よ!
 心に春呼ぶ歓喜の対話を
      ◇
 一人が本気で立てば大勢
 の眷属が必ず出現―戸田
 先生。先駆が青年の使命
      ◇
 「運動不足を感じる」67%
 ―調査。友の為にと歩く
 学会活動は健康への直道
      ◇
 給付型奨学金、高卒認定
 者も対象へ。皆が学べる
 社会目指し公明が旗振れ

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六十 2

 


 山本伸一は、しみじみと思うのであった。
 “戸田先生は、私という一人の真正の弟子を残した。全生命を注ぎ尽くして、仏法を、信心を教え、万般の学問を授け、将軍学を、人間学を伝授し、訓練に訓練を重ねてくださった。また、先生の事業が破綻し、烈風に立ち向かった、あの辛酸の日々を過ごしたことも、師子として私を鍛え上げるための、諸天の計らいであったのかもしれない。
 私も会長就任以来十九年、全精魂を傾けて後継の人材を、一陣、二陣、三陣、四陣……と育ててきた。しかし、その本格的な育成は、いよいよこれからだ。
 後を継ぐ第一陣ともいうべき首脳幹部たちは、嵐のなかに船出し、学会の全責任を担い、懸命に戦うなかで、真正の師子となってもらいたい。退路なき必死の闘争が覚悟を決めさせ、師子の魂を磨き上げるからだ。
 それに、今ならば、私も彼らを見守り、個人的に励まし、一人の同志としてアドバイスしていくこともできる。執行部を、後継の同志を、正行のように、討ち死になど、断じてさせるわけにはいかぬ!”
 そう考えると、すべては御仏意であると、伸一は強く確信することができた。
 “あとは、二十一世紀を託す若き師子たちの育成が、大事な仕事となる。一人ひとりが、いかなる時代の激動にも対応できる、知勇兼備の後継の逸材に育ってほしい”
 彼は、青年たちに、その思いを伝えるために、“大楠公”の歌のピアノ演奏をテープに収め、門下の代表に贈ろうと思った。
 早速、職員にテープレコーダーを用意してもらった。そして、初めに「わが愛し、信ずる君のために、また、二十一世紀への大活躍を、私は祈りながら、この一曲を贈ります」との言葉を録音し、ピアノに向かった。
 ひたすら弟子の成長を願い、一心に、時に力強く、魂を込めた演奏が続いた。
 “立てよ! わが弟子よ、わが同志よ。勇み進め! 君たちこそが伸一なれば!”と心で叫びながら――。

◆<御書と歩む――池田先生が贈る指針>56    後継の魂を明々と燃やせ


御文
 ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず (四条金吾殿御返事、1143ページ)
通解 ただ、世間の種々の難が襲ってきても、とりあってはいけない。賢人や聖人であっても、このことは逃れられないからである。

同志への指針

 偉大な使命の青春なればこそ、苦難は大きい。悪口罵詈は正義の誉れである。
 地涌の若人として、労苦をいとわず誓願を貫く一日一日は、最も誇り高い。
 試練が偉大な生命を鍛える。「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え、強く朗らかに進むのだ。必ず道は開ける。
 「3・16」は、永遠に青年の出発の日だ。恐れなく、わが最高峰へ挑みゆけ!

【聖教ニュース】

◆3・16記念 イタリア青年部総会 2017年3月14日
池田先生がメッセージ 共に栄光の広布の山へ
SGI派遣団が出席 新時代担う友たたえ

さあ、決意も新たに青年拡大へ出発しよう!――にぎやかに行われたイタリア青年部総会。池田SGI副会長の呼び掛けに参加者が元気よく(イタリア文化会館で)
さあ、決意も新たに青年拡大へ出発しよう!――にぎやかに行われたイタリア青年部総会。池田SGI副会長の呼び掛けに参加者が元気よく(イタリア文化会館で)

 【フィレンツェ12日】世界広布は青年の手で! 師と共に、同志と共に!!――3・16「広宣流布記念の日」を祝賀するイタリアSGI(創価学会インタナショナル)の青年部総会が12日(現地時間)、フィレンツェ市のイタリア文化会館で晴れやかに行われた。これには池田博正SGI副会長、寺崎SGI平和運動総局長らSGIイタリア派遣団をはじめ、欧州のタカハシ議長、プリチャード女性部長らが出席。池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、「学会創立100周年をめざし、共々に勇敢に楽しく、栄光の広宣流布の山の登攀をしていこう」と呼び掛けた。
 青年たちは、歓喜に沸いていた。
 前日(11日)に行われたフィレンツェ市から池田先生への「名誉市民」称号授与式の、感動さめやらぬ中での青年部総会だったからである。総会会場のイタリア文化会館の立つ場所が、ほかでもないフィレンツェであることも、喜びを二重にさせたのだろう。
 「今こそ、池田門下が社会に信頼を広げていく時だ」「私がその一人に」「僕が先駆者に」――皆が口々に決意を語り、会場に熱気をもたらしていた。
 青年よ一人立て!
 これが、池田先生がフィレンツェを初訪問した1981年から変わらない、イタリア青年部の心意気である。
 同年5月30日、先生は青年に訴えた。「太陽が昇れば、地球は明るくなる。『太陽の仏法』を受持した人が、その一家に、その社会に、一人存在することで、太陽のごとく、すべての人を救える」
【先生のメッセージ・特集記事】

◆世界広布新時代第24回本部幹部会 全国壮年部幹部会 新生・東北総会から(要旨) 盛島明彦東北長 今村里美婦人部長 新沼光昭男子部長 三浦貴子女子部長


◆世界広布新時代第24回本部幹部会 全国壮年部幹部会 新生・東北総会から(要旨) 活動体験 宮城・宮城野本陣区 小松敬藏さん(副本部長) 


 一、私は1957年(昭和32年)、15歳で入会。同じ頃から家計を助けるため、仙台市内のクリーニング店に住み込みで働き始めました。

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ 〉 佐渡御書㊦
  師弟の大道歩む“幸福人生”を


 今月は、「佐渡御書」の後半を学びます。池田先生は本抄の講義の中で、次のように述べました。
 「師弟の魂を受け継ぐ限り、学会は永遠に勝ち栄えていく。このことを、わが門下、なかんずく直系の弟子である青年部の諸君に、私は強く語っておきたい。『師子王の心』の師に続け! 『師子王の心』で、弟子よ勝て! これこそが『佐渡御書』を身読する、創価の師弟の常勝の叫びなのです」
 弟子の勝利を願い、師子王の心で正義を叫ばれた日蓮大聖人の御精神を拝し、師弟不二の大道を歩んでいきましょう。(拝読範囲は、御書958ページ8行目~961ページ末尾)

本抄について

 本抄は、文永9年(1272年)3月、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地の佐渡・塚原から、門下一同に宛てて認められたお手紙です。
 前年の竜の口の法難以降、迫害の手は大聖人だけでなく門下にも及び、弟子たちは投獄・所領没収などの処罰を受けました。こうした中、弾圧を恐れて退転する者が相次いだのです。大聖人は、難に動揺する弟子たちを案じられ、文永9年2月、御自身が末法の御本仏であることを示された「開目抄」を門下一同に与えられました。
 この2月には、大聖人が「立正安国論」で予言された自界叛逆難の的中を意味する「二月騒動(北条一族の内乱)」が起こりました。その知らせを受けて認められたのが本抄です。

御文

 日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし(中略)日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし
 (御書960ページ17行目~961ページ3行目)

通解

 日蓮を信じているようであった者たちが、日蓮がこのような身になると疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教え諭して、自分は賢いと思っている。こうした愚か者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄にいるであろうことは不憫としか言いようがない。(中略)
 「日蓮御房は師匠ではいらっしゃるがあまりにも強引だ。私たちは柔らかに法華経を弘めよう」などと言っているのは、螢火が太陽や月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や川が大河や海を侮り、鵲が鸞鳳を笑うようなものである。笑うようなものである。

〈解説〉「師子王の心」で勇気の前進

 日蓮大聖人は、正法を弘めれば難に遭うことは法華経の経文通りであり、その中で信心を貫けば必ず宿命転換できることを教えられてきました。
 しかし、本抄御執筆の当時、“正法を持っているのに、なぜ迫害に遭うのか。なぜ諸天善神の加護がないのか”と、信心に疑いを起こし、退転する門下が相次ぎました。
 掲げた御文で大聖人は、“一度は大聖人門下となりながら、大聖人に激しい迫害が加えられると心を翻し、大聖人を教え諭して「我賢し」と思い上がる者は、正法を誹謗する念仏者よりはるかに罪は重い”と断言されています。
 こうした人々の本性は慢心であり、そこには師匠をないがしろにする心があります。
 彼らは、“大聖人が難に遭うのは、弘教のあり方が、あまりに強引だからだ”と非難し、“自分たちは、もっと柔らかに法華経を弘めよう”と自分勝手な主張をします。
 末法の民衆を救うために命懸けで広宣流布を進めようとする師匠の心が分からず、大聖人から心が離れていった人々。こうした人々のことを、大聖人は、「僻人」(愚か者)と喝破されます。そして、僻人が、いくら主張しようと、それは“螢火が太陽や月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や川が大河や海を侮り、鵲が鸞鳳を笑うようなものである”と断じられます。
 このように大聖人が弟子たちを厳しく戒められているのは、断じて弟子を退転させまいとする大慈悲からだと拝されます。
 広布を前進させる要諦は、“師弟の魂”です。師弟に生き抜けば、いかなる悩みや苦難も必ず乗り越えていくことができます。ゆえに大聖人は本抄で、“私と共に師子王の心で進め”と、門下に渾身の激励をされているのです。
 この大聖人の御精神を受け継ぎ、あらゆる大難を勝ち越えてきたのが創価三代の師弟です。
 池田先生は、「師匠と『同じ誓願』『同じ理想』『同じ行動』を貫くならば、必ず師匠と同じ境涯に達することができる」と述べています。
 師弟誓願の月・3月。師匠の大願と行動を受け継ぎ、今いる場所から世界広布の勝利の門を開いていきましょう。

池田先生の講義から

 「人生の師匠」に出会い、「師弟の道」に徹しゆくことほど、誇り高い人生はない。
 日蓮仏法は「師子王の宗教」です。大聖人は「佐渡御書」で弟子たちに、一生涯、「師弟の大道」に生き抜くべきことを教えられています。
 ――師匠は、師子の境涯で戦い抜いた。弟子もまた、「師子王の心」で戦えば、必ず、仏になれる。“この大難の中でこそ、偉大な宿命転換ができる。成仏は間違いない。ゆえに、わが宿業転換の闘争を見よ! 範とせよ!”――「佐渡御書」は、どこまでも、弟子の身を案じていく「師匠の心」が、全編に漲っています。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
                                 ◇ ◆ ◇ 
 創価の師弟は師子王の陣列です。
 我らは軽薄な誹謗など痛烈に笑い飛ばしながら、そして、昇りゆく太陽の如く明るく朗らかに「師子王の心」で威風も堂々と進むのです。(2016年7月号「大白蓮華」、「世界を照らす太陽の仏法」)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻、「佐渡御書」(聖教新聞社)
 ○…『御書の世界』第2巻、「佐渡流罪」㊤㊦(同)
 ○…2016年7月号「大白蓮華」、「世界を照らす太陽の仏法」〈御書根本㊦〉(同)

◆〈婦人部のページ〉「サン❀フラワー キャンペーン」が各地で活発に 
   座談会 佐賀総県の婦女一体の取り組み

人材育成や対話拡大などを巡り、語らいが弾んだ“婦女座談会”
 “太陽”の婦人部と“花”の女子部では、本年から婦女一体の取り組みの総称を「サン❀フラワー キャンペーン」としてスタート。

 

2017年3月13日 (月)

2017年3月13日(月)の聖教

2017年3月13日(月)の聖教

◆今週のことば

藍より青く
いよいよ前進!
これが創価の心だ。
後継の若人を大切に
希望と躍進の座談会を!

◆名字の言


  バスケットボール界の伝説的選手マイケル・ジョーダン。彼は常に、高い理想を持ちながらも、短期間の目標を設定し、着実に努力を重ねてきた▼大学3年の時のこと。周囲からの期待の大きさを感じた彼は、次第に“華麗なダンクシュート”ばかりを追求するように。だが逆に技術は伸び悩み、壁にぶつかった▼ある日、監督に指摘され、好調だった時は基本練習を繰り返していたことに気付く。「3年生のぼくは近道を探していただけ」と振り返る彼は、こう断言する。「目標を達成するには、全力で取り組む以外に方法はない。そこに近道はない」(『挑戦せずにあきらめることはできない』楠木成文訳、ソニー・マガジンズ)▼目標が大きいと“一気に”“要領よく”進めたいと思うことがある。しかし、地道な努力なくして、大きな飛躍は望めない。御書には「衆流あつまりて大海となる」(288ページ)と。広大な海は、小さな川の集まりであり、その川もまた、一滴一滴の水が集まったものである▼池田先生は「大発展、大勝利といっても、日々の挑戦の積み重ねである。今を勝ち、きょうを勝つなかにしか、将来の栄光も、人生の勝利もない」と語る。不可能の壁は、少し頑張れば可能な、しかし弛みない努力の末に破られる。(速)


◆〈寸鉄〉 2017年3月13日
 

 学会の民衆運動は平和建
 設の模範―博士。草の根
 から広がる地球的な連帯
      ◇
 男女青年部が対話拡大に
 全力!語った分だけ信頼
 の花が咲く。福徳が輝く
      ◇
 魂の財宝にまさるものは
 ない―詩人。徹して友の
 中へ。わが人格の錬磨を
      ◇
 会場提供の皆様に感謝!
 家族・近隣への配慮忘れ
 ず。皆で地域の宝城守れ
      ◇
 交通事故に注意。夕暮れ
 時に多発。①反射材の使
 用②早めの点灯等を徹底

◆社説  油断を排し事故を未然に防ぐ  改正道路交通法が施行 


 日本人の平均寿命が過去最高を更新した。1日の厚生労働省の発表によれば、2015年の日本人の平均寿命は、男性が80・75歳、女性が86・99歳。米国など先進7カ国(G7)の中でトップとなっている。
 高齢化が進むにつれ、残念ながら、高齢ドライバーによる死亡事故の割合が増加。ハンドル操作の誤りやブレーキ、アクセルの踏み間違えなどの操作ミスが、最も多い原因だ。運転歴の豊富なベテラン高齢ドライバーが、こうした基本的なミスを犯してしまう要因に、加齢に伴う身体能力や認知機能の変化があると考えられている。
 12日に施行された改正道路交通法では、75歳以上の高齢ドライバーへの交通安全対策が強化。運転免許更新時に実施される認知機能検査で「認知症のおそれ」と判定された場合、医師の診断が義務付けられ、その結果、認知症と判断された場合は免許の取り消し等の対象になる。そのほか、免許更新時以外でも、認知機能が低下した時に起こしやすい違反行為をした時は、新設の「臨時認知機能検査」を受けなければならない。
 また、地方自治体では運転に不安を感じる高齢者へ、運転免許の自主返納を呼び掛けている。返納後に交付申請できる運転経歴証明書は身分証明になり、提示するとさまざまな特典が受けられるサポート制度もある。バス、タクシーの割引や地域内の協力企業による商品の無料配達サービスなど、自治体ごとに工夫を凝らしている。
 ただ、生活の足である車が運転できなくなると、支障を来す高齢者も多い。生活の質を落とさないよう、地域の支援体制の充実も併せて推進することが重要だ。
 運転時の安全を確保するために、「高齢運転者標識(高齢運転者マーク)」も積極的に活用したい。70歳以上のドライバーが運転する車に表示することができる。同マークを付けた車に対する危険な幅寄せや割り込みは法律で禁じられており、周囲のドライバーも、より一層の配慮が必要になる。
 池田先生は語っている。「交通事故には、くれぐれも注意していただきたい。『事故を絶対、起こさないでいこう』と毎日、『意識して』祈り、『意識して』乗ることである。その心が自分を守る」と。無事故の要諦は強盛な祈りと綿密な準備だ。
“運転は得意だから大丈夫”との油断を排して、事故を未然に防ぐよう心掛けていきたい。

◆きょうの発心  師匠と結んだ原点を胸に前進!2017年3月13日

御文
 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず (祈祷?抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。1966年(昭和41年)に入会して以来、この御文と共に、題目第一で駆け抜けてきました。
 長年にわたり、夫と共に学会の会館管理者を務めました。“広布の城”である会館と共に、池田先生と共に、人生の苦難を乗り越えてきたことが、私の誇りです。
 92年(平成4年)8月14日、池田先生が、飯田平和会館に初めて来館されました。「御本尊はすごいんだよ! 願いは必ずかなうよ」と力強く語られる先生の姿が、25年たった今でも鮮明に思い起こされます。
 これまで、両親と弟たちをはじめ25世帯の弘教を実らせることができました。苦労して育てた2人の娘は、婦人部の輪の中で師弟の精神を学んでいます。
 師匠と結んだ原点を胸に、“青年拡大の年”を勝利すべく、報恩感謝の心で朗らかに前進してまいります。  長野第4総県副総合婦人部長 小林佑子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五十九
 
 


 一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、万策尽きた戸田城聖が書類整理をしながら語った言葉は、山本伸一には“大楠公”に歌われた楠木正成の心情と重なるのであった。
  
 〽正成涙を打ち払い
  我子正行呼び寄せて
  父は兵庫に赴かん
  彼方の浦にて討死せん
  いましはここ迄来れども
  とくとく帰れ故郷へ
  
 以来、二十八年余――伸一は今、静岡研修道場にあって、後継の人を残して決死の大戦に赴こうとする勇将の胸の内を、そして、わが師の思いを嚙み締めていた。
 彼もまた、十条潔ら新執行部に、さらには後継の若き人材たちに、これからの学会を託して、新しき世界広宣流布へと旅立つことを思うと、あの時の戸田の覚悟が強く心に迫ってくるのである。
 伸一は、研修道場の白いピアノに向かった。指が鍵盤を走り、“大楠公”の曲を奏で始めた。
   
 〽父上いかにのたもうも 
  見捨てまつりてわれ一人
  いかで帰らん帰られん
  此正行は年こそは
  未だ若けれ諸共に
  御供仕えん死出の旅
   
 〽いましをここより帰さんは
  わが私の為ならず
  己れ討死為さんには
  世は尊氏の儘ならん
  …………
   
 彼は心で恩師・戸田城聖に誓っていた。
 “正成も、父の遺志を継いだ正行も、足利方と戦い、敗れ、無念の最期を遂げましたが、私は負けません。必ず全同志を守り抜き、世界広宣流布の新舞台を開きます!”
 *小説『新・人間革命』文中の「青葉茂れる桜井の(大楠公)」(作詞=落合直文)の歌詞は、正規には本文中のとおりですが、学会のなかでは慣習的に、「いまし」は「汝(なんじ)」、「来(きつ)れ」は「来(きた)れ」、「わが私の」は「われ私の」と歌われています。

【聖教ニュース】

◆イタリア・ルネサンス発祥の地 フィレンツェ市が池田先生を名誉市民に 
700年の歴史誇るヴェッキオ宮殿で授与式
SGI派遣団が出席

絢爛たるルネサンス芸術の粋を集めたヴェッキオ宮殿の五百人広間で、名誉市民称号の授与式は挙行された。写真右の壁面の巨大なフレスコ画は、フィレンツェとピサの攻防を描いたもの
絢爛たるルネサンス芸術の粋を集めたヴェッキオ宮殿の五百人広間で、名誉市民称号の授与式は挙行された。写真右の壁面の巨大なフレスコ画は、フィレンツェとピサの攻防を描いたもの

 【フィレンツェ11日】イタリアの花の都・フィレンツェ市から、池田大作先生に「名誉市民」の称号が贈られた。人間精神の開花と平和建設への多大な貢献をたたえたもの。授与式は11日(現地時間)、同市庁舎であるヴェッキオ宮殿の「五百人広間」で盛大に挙行され、ダリオ・ナルデッラ市長をはじめ市議会関係者や来賓、イタリアSGI(創価学会インタナショナル)の代表ら600人が出席。SGIイタリア派遣団の池田博正SGI副会長に証書が手渡された。席上、祝福に駆け付けたノーベル平和賞受賞者のベティ・ウィリアムズ博士、イタリアのルイス・グイド・カルリ大学のアントニオ・ラ・スピーナ教授があいさつした。(2・3面に関連記事。記事=加藤伸樹、写真=笹山泰弘)
 完成から700年を経た今も、フィレンツェ行政の中心地となっているヴェッキオ宮殿。その「五百人広間」に、ひときわ輝く彫像があった。
 その名は「勝利」。巨匠ミケランジェロの作品である。
 そして、広間の両側壁には、ピサとシエナでの合戦を描いた巨大なフレスコ画。16世紀の宮廷画家ヴァザーリらの手によるもので、フィレンツェの隆盛を決定づけた“勝利”を今に伝える。
 世界に名だたる芸術家や詩人らが駆け、人間精神の夜明けを開いたフィレンツェ。この地に、新たな名前が刻まれることになった。
 「池田大作」。
 事前にイタリアの全国紙などで予告記事が報じられたこともあってか、授与式当日には、隣接するシニョリーア広場に、地元市民やSGIメンバーをはじめ約4000人が集い、広場に設置された特大のモニターを、固唾をのんで見守っていた。

【先生のメッセージ・特集記事】
◆フィレンツェ市の「名誉市民」称号授与式から 池田先生の謝辞(代読)
 ルネサンスの都から人間主義の花園を地球社会へ
五百人広間で盛大に行われた式典。来賓やイタリアSGIの代表ら600人が列席した
五百人広間で盛大に行われた式典。来賓やイタリアSGIの代表ら600人が列席した

 一、私が、日々折々に見つめている写真があります。青年たちと訪れたミケランジェロ広場から収めた、アルノ川のほとりに広がるフィレンツェの5月の街並みです。
 人類の宝と薫る「ルネサンスの花の都」に思いをはせれば、わが生命は生き生きとよみがえり、尽きることなく創造の活力が漲ってくるのであります。
 今も私の心はフィレンツェへ飛び、荘厳なる五百人広間での式典に臨ませていただいております。
 ここに満腔の感謝と感動をもって、最高に意義深き貴フィレンツェ市からの名誉市民の称号を拝受いたします。
 ナルデッラ市長をはじめ、全ての市議会議員の先生方、ならびにご関係の皆さま方に、心より御礼申し上げます。
 本日の光栄を、私は何よりも、イタリアSGIの友と分かち合わせていただきます。
 この栄誉は、良き市民、良き国民として社会と国家に貢献しゆく、わが友への信頼の証しに他ならないからであります。
 とともに私は、この栄誉を、第2次世界大戦中、日本の軍国主義による2年間の投獄にも屈せず、戦後、「人間革命」、また「地球民族主義」の理念を掲げ、平和と人道の民衆運動を開始した、わが師匠・戸田城聖先生に、捧げさせていただきたいのであります。
 今年は、この恩師に私が師事してより70年。
 さらに恩師が、世界の民衆の生存の権利を謳い上げる「原水爆禁止宣言」を発表してから60年を迎えます。
 貴国、なかんずくフィレンツェを舞台とした偉大なるルネサンスの歴史に師弟で学びつつ、青年の創造的生命の開花と連帯を目指し、新時代の文化交流を展望したことも、忘れ得ぬ思い出です。

多彩なる文化が融合する十字路

 一、ここに、光輝満つる「花の都」の一員とさせていただいた私は、貴国をはじめ世界192カ国・地域の信頼する青年たちと共に、ここフィレンツェから人間主義の花園を、いやまして地球社会の未来へ咲き薫らせていきたいと、決意しております。
 その第一は、「平和と共生の花園」です。
 国際社会が深刻な分断に引き裂かれた東西冷戦の最中、世界各界の指導層に対話を呼び掛けて、平和への雄渾なるリーダーシップを執られた都市が、貴フィレンツェ市であったのであります。
 当時のジョルジョ・ラ・ピーラ市長は、緊迫した情勢のただ中で、多様な宗教や文明の懸け橋となられました。
 1955年には、世界の都市の首長たちを、ここフィレンツェに招き、核兵器の脅威と平和への連帯を訴える、歴史的な国際会議を開催されております。
 人類の生存と、人間の尊厳性を断固として守りゆく、平和と人道の都市外交を、全世界に先駆けて展開された金字塔であります。
 ラ・ピーラ市長が厳然と叫ばれたごとく、都市の生存の権利は「誰人も、いかなる理由があろうとも、破壊する権利はなく、侵すことはできない」のであります。
 この崇高なる信念を受け継がれ、異なる民族や文化を心開かれた対話で結び、世界市民の「善の連帯」を創り広げてこられたのが、若き英邁なるナルデッラ市長であられます。
 2015年秋、市長の卓越したビジョンのもと、50カ国60都市が参加して「多様性の中の調和」を掲げて開催された国際会議が、世界に大いなる未来図を示したことも、記憶に新しいところであります。
 多彩な文化が融合し、新たな光を放つ「平和の十字路」として、貴市は創造的リーダーシップを、いやまして赫々と世界に示されているのであります。
 東洋の美しい譬喩に「桜梅桃李」とあります。桜も梅も桃も李も、それぞれに自分らしく咲き誇りながら、麗しく大地を彩っていきます。
 それと同じように、人間も、都市も、文明も、まさしく「多様性の中の調和」を織り成していくことを促しております。
 その希望のモデルたる貴市の皆さま方とご一緒に、「平和共生の花園」を地球社会に広げていけることは、私どもSGIにとって、最高の誉れであり、喜びであります。

芸術の交流通し創造性を薫発

 一、第二に申し上げたいのは、「文化創造の花園」です。
 東京富士美術館も、フィレンツェ市と重ねてきた文化・芸術交流を、最高の誇りとしております。
 とりわけ、貴イタリア共和国政府と、貴市のご厚意によって実現した、「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」は、2015年以来、日本の各地で巡回され、大きな反響を呼んでおります。
 昨年は、2011年の東日本大震災によって甚大な被害を受けた東北でも開催され、「心の復興」を進めゆく友へ限りない勇気を贈っていただきました。
 折しも、きょう(11日)は大震災より6年のその日です。
 この展覧会の開催に当たり、ご尽力を賜りました、市長をはじめ、関係者の皆さま方のひとかたならぬ信頼と友情に、重ねて御礼を申し上げます(大拍手)。
 この4月からも、フィレンツェの誇るウフィツィ美術館をはじめ多くの方々のご尽力をいただき、日本各地で「遙かなるルネサンス展」の開催が予定されております。
 こうした文化芸術の交流をたゆまず積み重ねながら、一段と民衆の心と心を結合するとともに、新たな人類の創造性を薫発していきたいと、願ってやみません。壮大な建設が力を合わせれば
 一、最後に、「青年連帯の花園を」と申し上げたい。
 フィレンツェは、若人の生命が躍動する青年の都です。36年前、私が初訪問した折に迎えてくれたのも、多くの若人たちでした。
 その太陽のように輝く瞳と陽気な笑顔、真剣で情熱あふれる生命の息吹に触れて、私自身、世界の未来は明るいと計り知れない希望を見いだしたのであります。
 そして今、当時、語り合った青年たちが、皆、素晴らしいリーダーと大成して、社会に世界に目覚ましい貢献を果たしゆく晴れ姿ほど、うれしいものはありません。
 かの偉大なるラ・ピーラ市長は「人間に戻るのだ。人間の偉大さと苦労に」(アンジェリーナ・ヴォルペ著『20世紀の聖者』ドン・ボスコ社)と獅子吼されました。
 我らのフィレンツェは、まさに偉大な「人間の都」であります。一人の人間の生命が、どれほど偉大な智慧と不屈の勇気を秘めているか。そして、皆で力を合わせた時に、どれほど壮大な建設を成し遂げることができるか。
 フィレンツェこそ、青年の魂に、その目覚めをもたらす「永遠の希望の都」なのであります。
 親愛なるフィレンツェの全ての友人の皆さま方。
 きょうより私は、誉れも高きフィレンツェ市民の一人として、皆さま方と手を携えながら、「誰も置き去りにされることのない」平和と人道の地球社会の創造へ、共に進みゆくことを、ここに固くお誓い申し上げます。
 最後に、貴フィレンツェ市のますますの栄光と無窮の発展、ご参加の皆さま方の健勝とご一家の繁栄を心よりお祈り申し上げ、私の御礼とさせていただきます(大拍手)。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉15 後継の春 「未来部希望月間」(4月9日まで) 今、師弟の魂のバトンを!
「3・16」は永遠の出発の日

 原田 間もなく3・16「広宣流布記念の日」を迎えます。「師から弟子への『継承』の日」であり、「『後継』の弟子が立ち上がる日」。そして「永遠の『出発』の日」です
 石黒 池田先生は『未来対話』で、「3・16」の歴史を通して、未来部にこう語られています。「これからの本格的な世界広宣流布を担い立つのは、君たち、あなたたちです。私は、今この時に、師弟の魂のバトンを、未来部の皆さんに厳然と託していきます」と
 飛田 先生の万感の思いを胸に、未来部の一人一人が、広布後継のバトンを受け継ぎ、新たな挑戦をスタートできるよう、皆で温かな励ましを送っていきたいと思います。

時を逃さぬ励まし


 竹岡 「未来部希望月間」(4月9日まで)も始まり、全国各地で、未来部育成の取り組みも大きく広がっていますね。
 和田 3月は、卒業部員会や少年少女部の合唱団の入卒団式が、各地で開催されています。また4月は、未来部の日(2日)を中心に、新入生歓迎の意義を込めた「創価ファミリー勤行会」を行い、新年度をスタートします。
 石黒 先日伺った茨城旭日県では、日頃から「各部一体」で、未来部への“励まし運動”を行っていました。期間を決めて全未来部員への訪問激励を重ねた結果、先日の高等部・中等部大会には、見事な大結集をされていました。座談会や本部幹部会の中継行事にも普段から多くの未来部メンバーが参加しています。
 飛田 会合の内容やメンバーの声などを紹介する「未来通信」を独自に作成して、皆で情報共有もしているそうですね。各地でさまざまな工夫をしてくださっています。
 和田 進学・進級を控えた一人一人にも真心の励ましを送っていきたいと思います。特に、希望していた進路に進めなかった方を、時を逃さず激励していくことが大事だと実感します。
 石黒 先生は「未来の翼」(「未来ジャーナル」3月号)でこう語られています。「望んだ通りの結果を得られなかった人も、いるかもしれない。しかし、全員が勝利者です。なぜならば、真の勝利とは、“最後に勝つ”ことだからです」と。
 原田 「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との御聖訓の通り、題目を唱える限り、決して行き詰まりはありません。未来部の皆さんの使命は、自分が思う以上に、はるかに壮大で崇高であることを先生は教えてくださっています。
 木﨑 山梨のある高等部員の話を伺いました。彼は小中学校時代、いじめなどが原因で不登校になりました。しかし、教育本部や未来部担当者の方々の励ましで立ち上がり、定時制高校に進学。それから勤行・唱題にも挑戦し、猛勉強の末、晴れて創価大学に合格をすることができました。
 竹岡 彼は「不登校だった時期からは考えられないほどに成長し、自分でも驚いています。広布を担う人材として活躍できるよう努力を重ねていきます」と語っているそうです。
 原田 素晴らしいですね。最後の最後まで、皆で励ましと希望を送り続けていきたいと思います。

「人間革命」の研鑽


 木﨑 「新生・東北総会」の意義を込めた先日の本部幹部会に、多くの未来部員も参加することができました。来日したSGIメンバーを盛大に歓迎し、皆、目を輝かせていました。
 原田 先生と東北の同志の広布史を描いた記念映像などにも、多くの未来部員が感動した面持ちで決意を新たにしていましたね。
 和田 最後を飾った、宮城県青葉少年少女合唱団の歌声も、新生・東北の未来を照らすかのようで、本当に胸を打たれました。
 木﨑 今、先生は連日、小説『新・人間革命』の渾身の連載を続けてくださっています。幹部会に参加した、インド創価学会の男子部長と女子部長が、自身の師弟の原点を、「小説『人間革命』『新・人間革命』との出合い」と語っていました。これからを担う世代にとって両書を学ぶことがさらに大切になると実感します。
 原田 思えば、先生が小説『人間革命』の執筆を開始されたのは、1964年12月。この半年前、高等部が結成され、65年1月、中等部結成の月の元日から、聖教新聞で連載が始まりました。大叙事詩の執筆闘争と時を同じくして、未来部育成に力を注がれた歴史の意義は計り知れません。
 竹岡 創価新報でも、新企画「弟子の道――小説『新・人間革命』に学ぶ」がスタートし、大きな反響を呼んでいます。4月からは、第1巻から全巻を特集していく予定です。活用していきたいと思います。
 石黒 先生は「未来の翼」で語られました。「私は、今年の年頭、『新・人間革命』の第30巻の連載をスタートしました。いよいよ、皆さんへと託しゆく、『師弟の道』の物語の総仕上げの時を迎えています」と。
 飛田 完結に向かう『新・人間革命』を、どう読み深め、実践し、後世に正しく伝えていくかが大事になります。私たちが今、求道の心を燃やして、“リアルタイム”で真剣に学んでいくこと自体が、「学会の永遠性」の確立につながるのだと確信します。
 原田 「未来の翼」の最後を、先生はこう結ばれています。「学会創立100周年の2030年へ、次は愛弟子の未来部の皆さんが、新しい黎明の物語を築く番です。永遠に語り継がれゆく『未来までの物語』として! 


あ、君よ! 貴女よ!


 私と一緒に育み広げた『未来の翼』で、大空へ舞いゆけ!」と。
 先生の思いを胸に、未来部と共に、自らの「人間革命の物語」を綴っていきまし
ょう。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 しあわせ家族〉 子どもの難題(非行、失業、借金…)全部解決
 
 【和歌山市】上田百合さん(73)=和歌山支部、県副婦人部長=が、夫・穣さん(75)=副圏長=の元へ嫁いだのは1970年(昭和45年)。

◆〈世界の体験プラザ〉 アメリカSGI マイケル・カーティスさん 


米国の国際開発庁(USAID)の前で
 マイケル・カーティスさんは、2014年から2年間、米国の国際開発庁(USAID)の一員として、南アジアのパキスタンに赴任した。

2017年3月12日 (日)

2017年3月12日(日)の聖教

2017年3月12日(日)の聖教

◆わが友に贈る
 

人生は強気でいけ!
信心とは
不屈の楽観主義だ。
「私は勝つ!」と
前へ、また前へ!

◆名字の言


  旋盤工が使う図面には、百分の一ミリ単位の数字が並んでいた。その精密さにひるむ見習工。先輩が声を掛けた。「百分の一ミリってのがどんなものか、教えてやろう」▼先輩は見習工の両手に髪の毛を1本ずつ持たせ、親指と人さし指でもませた。「どっちが太い?」。正しく答える見習工。その差、百分の一ミリ。「な。百分の一ミリなんて、そんなもんだ」と先輩。人間の指先がどんなに鋭いものかを教えられた、と熟練の旋盤工で作家の小関智弘さんは振り返る(『町工場・スーパーなものづくり』ちくま文庫)▼触覚だけでなく、人間の五感には想像以上の力がもともと備わっている。そう考えると、電話やメールですませず、直接会って触れ合うことの大切さを改めて思う▼就職活動に励む後輩を、日々激励する群馬の男子部員。ある日の別れ際、後輩が“頑張ります”と。その声と表情にかすかな“惰性”を感じた男子部員は、あえて踏み込む。「“勝ちます”と言い切っていこうよ」。そして一緒に唱題を。後輩は心新たに挑戦を重ね、希望通りの就職を果たした▼御書に「言は心を尽さず事事見参の時を期せん」(1012ページ)と。会わなければ気付けない表情や、聞こえない心の声がある。時を逃さず、悩める友に向き合いたい。(江)

◆社説   新出発の未来部の友へ  汗と涙の努力の軌跡は生涯の宝に


 卒業シーズンが真っ盛り。本日の「未来部の日」を中心に、各地で卒業部員会が開かれる。一人一人が刻んだ、かけがえのない成長の日々をたたえ、晴れやかな船出を祝福しながら、誓いを新たにする集いとしたい。
 愛知の少女部員は、合唱団の練習を通し、池田先生の『希望対話』などを学び、努力や苦労の大切さを知ったという。日々の勤行に励むようになると、勉強にも身が入り、学校生活が充実した。サッカー部では、つらい練習にくじけそうになる自分を信心で奮い立たせ、大会に出場。チームの一員として、勝利に貢献した。
 地域でも学校でも、元気なあいさつで友達を笑顔にさせる彼女は、学校の推薦を受け、昨年、市の優良児童として教育委員会から表彰された。今、看護師という夢の実現へ挑戦中だ。
 他にも、勉強や部活動、「読書感想文コンクール」「未来部E―1グランプリ」等に奮闘した友は数多い。青春の汗と涙が染み込んだ努力の軌跡が、生涯の宝になることは間違いない。
 ロシアの宇宙飛行士アレクサンドル・セレブロフ博士は池田先生との対談で語った。
 「自分自身が努力をして、いい仕事を成し遂げた人は、他人の努力の尊さも一番わかってあげられるものです。逆に、自分がいい加減な人は、他の人の仕事を尊重してあげることもできません。……結局、自分がまず成長することが大切です」(『池田大作全集』第141巻)
 何でもいい。好きなことや得意なことから始めよう。「昨日の自分」と「今日の自分」を比べて、たとえ一歩でも一ミリでも前に進めば勝利だ。苦労なくして成長なし。春は新しい一歩を踏み出すチャンスといえる。
 卒業生は、4月から新しい青春の舞台が待っている。期待に胸を膨らませる友もいれば、不安を抱く人や、希望通りでない道に進む友もいることだろう。
 「未来ジャーナル」の連載「未来の翼」最終回で、池田先生は限りない信頼を込めてつづっている。「望んだ通りの結果を得られなかった人も、いるかもしれない。しかし、全員が勝利者です。なぜならば、真の勝利とは、“最後に勝つ”ことだからです」。さらに「青春には、嵐の日も、吹雪の日もある。険しい坂も峰もある。けれども、題目を唱える青年に、決して行き詰まりはありません」と。
 人生も春は必ずやってくる。尊い使命を担う若木に、創価家族が希望の滋養を送り続けたい。将来、自分らしく開花し、立派な大樹となる日を楽しみに。

◆きょうの発心  行学の実践で病に打ち勝つ!2017年3月12日

御文
 行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ・編550ページ)
通解 行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

 信心根本に「行学の二道」にまい進することが仏道修行の根幹であるとの仰せです。
 
 幼い頃から、両親の不仲や経済苦に悩みましたが、創価家族に温かく育んでいただきました。
 女子部時代、対話が進まず悩んでいた時、この御文と出合い、「生涯、行学の実践を」と決意。師と心を合わせて祈る中、初の弘教を実らせることができました。
 1978年(昭和53年)、千葉文化祭に出場し、池田先生との出会いを結び、生涯不退転を誓いました。
 結婚した夫を入会に導いた後、自身にがんが見つかりました。つらい治療が続きましたが、同志から激励を受け、入院中に知り合った方へ弘教もでき、がんは完治。病が“人生の宝”になりました。
 学会創立100周年を目指し、報恩の心で、若葉総区の皆さまと共に「わが家は成長家族に!」を合言葉に、千葉広布70周年の本年を勝利してまいります。   千葉・若葉総区婦人部長 國友宏美

◆〈寸鉄〉 2017年3月12日

 言葉の力で広布は進む。
 声仏事だ。正義の声、慈愛
 の声―弾む生命で語ろう
      ◇
 東京・喜多区女性の日。歓
 喜の門開く対話拡大を颯
 爽と!偉大な太陽の連帯
      ◇
 「宗教は私たちの行動全
 体に行き渡るべきもの」
 偉人。大誠実の賢者たれ
      ◇
 迅速さが勝利の鍵。幹部
 は報告・相談に電光石火
 で動け。会員奉仕の心で
      ◇
 複数の犯人が役を演じる
 「劇場型詐欺」が頻発。
 注意喚起絶やさず撃退を

【聖教ニュース】

◆東北40会場をはじめ全国で厳粛に福光勤行会
 3・11東日本大震災から6年    
 全犠牲者の冥福、被災地の復興を祈念
 池田先生がメッセージ贈る
 
宮城・石巻文化会館では盛島東北長を中心に追善の勤行・唱題を。菊地総宮城婦人部長、中川法雄石巻躍進県長があいさつした

宮城・石巻文化会館では盛島東北長を中心に追善の勤行・唱題を。菊地総宮城婦人部長、中川法雄石巻躍進県長があいさつした

  東日本大震災から6年となる11日、全犠牲者の冥福と被災地の一日も早い復興を祈念する「福光勤行会」が、七回忌法要の意義を込め、東北40会場をはじめ、全国で行われた。
 池田大作先生は、東北の同志にメッセージを寄せた。その中で先生は、「生死は不二であるゆえに、妙法で結ばれた創価家族は、瞬時も離れず常に、そして永遠に一緒です。亡くなられたご家族の生命も、ご友人の生命も妙法に包まれていることは、御聖訓に照らして、絶対に間違いありません」と強く訴えた。
 そして、私たちが唱える題目には、ありとあらゆる衆生を、ありとあらゆる環境を、蘇生させゆく大功力が脈打っていると述べ、月月・日日に題目を朗々と響かせ、健康長寿と絶対勝利の人生を開いてほしいと念願。縁する友に希望と勇気を送り、常楽我浄の永遠の都を、仲良く朗らかに断固と築きゆこうと呼び掛けた。
 宮城・石巻文化会館の勤行会には、石巻躍進県を中心に多くの友が集った。盛島東北長は「試練に立ち向かう私たちの姿こそ世界の希望です。励ましの絆を強め、前に進んでいきたい」と望んだ。
 会合に出席した武山昭子さん(地区副婦人部長)。あの日、長男の嫁と生後7カ月の孫を津波に奪われた。
 一昨年末、石巻市内に自宅を再建し、夫と長男の3人で暮らす。今もまだ、ふとした瞬間に嫁や孫を思い、寂しさに覆われる時がある。「そんな時に、励ましてくださる池田先生や同志の存在がありがたいです。さまざまな思いを抱き締めながら、使命に生き抜いていきます」と語った。
 岩手・宮古平和会館の勤行会には、宮古太陽県の友らが追善の祈りをささげ、今村東北婦人部長が新生の友をたたえた。福島・原町王者本部、原町常勝本部の勤行会(原町文化会館)では、山岸副会長らが不屈の同志を励ました。

◆学会青年部の“心の復興”への支援 100回刻んだ「希望の絆」コンサート 2017年3月12日

「希望の絆」コンサートの第1回は2014年3月1日、福島県内5カ所の仮設住宅で。しなの合唱団が「被災者と共に歩む」思いを歌声に託した
「希望の絆」コンサートの第1回は2014年3月1日、福島県内5カ所の仮設住宅で。しなの合唱団が「被災者と共に歩む」思いを歌声に託した

 東日本大震災の復興支援として、音楽隊の「創価グロリア吹奏楽団」「関西吹奏楽団」「創価ルネサンスバンガード」「しなの合唱団」の4楽団が、東北の宮城、岩手、福島の被災地で行ってきた「希望の絆」コンサート等での演奏が100回を刻んだ。青年部の「SOKAグローバルアクション」と東北「心の福光プロジェクト」の一環として2014年3月にスタートしたもの。ここでは、その軌跡の一端と、同コンサートへの反響の声を紹介する。
 ある復興住宅の集会所――。70人ほどが詰め掛けていた。
 そこに、力強い男声合唱が響き渡る。
 場内は、なじみ深い歌謡曲を一緒に口ずさんだり、手拍子を送ったり……しなの合唱団による「希望の絆」コンサートは、進むにつれて熱気を帯びる。
 そんな中、全く表情を変えず、ただ一点を見つめる壮年がいた。
 コンサートの終盤、復興支援ソング「花は咲く」を歌う前に、進行役の団員がマイクを取った。
 「私たちの前に、悲しみすら表に出せないほどつらい人がいたとして、私たちにどんな言葉が掛けられるのか――。
 いつも自分の無力さを思い知らされます。
 それでも、音楽なら、心からの歌声でなら、きっと私たちの思いを届けられるのではないか――。
 お集まりの皆さまの大切な思い出に、歌の花束を贈ります」

【先生のメッセージ・特集記事】

◆東北福光みらい館 一般公開スタート 

   
SGI本幹研修会で来日した海外の友が見学。東北に寄せられた全国・全世界からの励ましを真剣に見つめる
SGI本幹研修会で来日した海外の友が見学。東北に寄せられた全国・全世界からの励ましを真剣に見つめる
 常設展示「東北福光みらい館」(仙台市の東北国際女性会館内)の一般公開が11日、スタートした。

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 下水の維持管理で町を支える 畠山太輔さん 


 母子家庭で育った畠山太輔は、東日本大震災の発生時、岩手県盛岡市の専門学校にいた。故郷である宮古市内の自宅は全壊。

2017年3月11日 (土)

2017年3月11日(土)の聖教

2017年3月11日(土)の聖教

◆わが友に贈る


妙法の絆は永遠だ。
広宣流布の題目こそ
最高の追善回向となる。
不撓不屈の同志と共に
三世に輝く福徳の道を!

◆名字の言


  福島県葛尾村を走る道すがら、大きな看板を見た。それは2000年(平成12年)に「交通死亡事故ゼロ」1万3000日を達成した記念に設置されたものだった▼記録のためには村民だけでなく、村内に職場があったり、村を通過したりする人も無事でなければならない。村民と、村に関わる全ての人の努力によって結実する。しかも“飛び石”ではなく、“一日一日”の積み重ねで築かれた偉業だ▼それに倣えば、今日までは震災から「6年」というより「2192日」の道のりだった。不屈の心で試練と闘う友、その奮闘を支え、寄り添った全ての人――2192日に、一日として無駄な日はない▼先日、東京の友人に「今年の『3・11』から学会創立100周年の2030年11月18日まで、ちょうど5000日ですね」と教わった。居場所は離れていても、常に思いを寄せてくれる同志の存在は、「新生・東北」の構築を加速させる力となる▼池田先生は創立100周年を展望しつつ、「私たちは、自身の人生の一日また一日を、粘り強く、勝ち飾りながら、後継の青年たちへ、宝の未来っ子たちへ、しっかりと広宣流布のバトンをつないでいきたい」と呼び掛けた。力強く復興と広布の未来を開く使命を胸に、心新たに進みゆこう。(城)


◆〈寸鉄〉 2017年3月11日

 青年よ、理想に生きよ。炎
 となって進め!―戸田先
 生。凱歌の青春を堂々と
      ◇
 小樽問答の日。勝負決し
 た猛然たる師子吼。破邪
 顕正の闘魂を弟子が継承
      ◇
 「開とは信心の異名なり」
 御書。強盛な祈りで境涯
 開け。そこに幸の軌道が
      ◇
 警察から児童相談所への
 虐待通告、初の5万人超。
 地域力で未来の宝を守れ
      ◇
 ネット通販トラブルが急            
 増。手軽さつけ込む商法。
 確認を入念に。賢く利用

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五十八

 


 戸田城聖の目は、広宣流布の未来を見すえていた。その未来へ、創価の魂の水脈を流れ通わせるために、彼は、山本伸一という一人の弟子に、後継者として一切を託そうとしていたのである。
 伸一には、その師の気持ちが痛いほどわかった。戸田は、再確認するように語った。
 「私と君とが、使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命も達成する時が来るだろう。誰がなんと言おうと、強く、強く、一緒に前へ進むのだ!」
 伸一は、潤んだ瞳を上げた。
 「先生、決して、ご心配なさらないでください。私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております。この覚悟は、また、将来にわたって、永遠に変わることはありません」
 まさに背水の陣ともいうべき状況のなかでの、厳粛な師弟の対話であった。
 この時、伸一の脳裏に、湊川(兵庫県神戸市)の戦いに赴く武将・楠木正成と長子・正行の父子が交わした別れの語らいが浮かんだ。
 一三三六年(延元元年・建武三年)、正成は、朝敵となった足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦場へと向かう。しかし、討つべき足利方の軍は大軍であり、敗北は必至であった。死を覚悟しての戦いである。
 正成は湊川での決戦を前にし、桜井(大阪府三島郡島本町)の地で正行を呼び、引き返すように告げる。だが、正行も、父と共に討ち死にする覚悟であり、帰ろうとはしない。正成は、涙ながらに、もしも二人が共に討ち死にしてしまえば、尊氏の天下となってしまうことを訴え、正行を説き伏せる。
 その情景を歌にしたのが、“大楠公”と呼ばれる「青葉茂れる桜井の」(作詞・落合直文)である。戸田が愛し、青年たちに、よく歌わせた歌である。正成は、正行に言う。
 「早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為」――この歌詞に戸田は、青年たちへの、“早く巣立ってほしい。広宣流布の大願に生き抜け!”との願いを託していたのである。

【聖教ニュース】

◆きょう3・11 東日本大震災から6年 2017年3月11日
池田先生が随筆を贈る
東北は世界の希望

日和山から見える石巻の町。髙橋英寛さん㊨が男子部の友と復興を願って
日和山から見える石巻の町。髙橋英寛さん㊨が男子部の友と復興を願って

  東日本大震災から、きょう3月11日で6年を迎えた。東北40会場をはじめ全国・全世界では追善の「福光勤行会」が厳粛に行われ、全ての犠牲者の冥福と被災地の復興、全被災者の生活再建を祈念する。池田大作先生は「随筆 永遠なれ創価の大城」〈東北は世界の希望〉を贈り、不撓不屈の「師子王の心」を貫いて「心の財」を無量に積みゆく、東北の同志をたたえた(3面に掲載)。東北各地を襲った未曽有の大災害。死者・行方不明者は1万8447人に上り、いまだ12万人以上が避難生活を強いられている。復興への厳しい道のりが続く被災地の友は何を思い、過酷な現実とどう向き合っているのか。宮城・岩手・福島で生きる青年たちの「今」を追った。

ルポ 被災地の青年は今

 福島県・大熊町出身の遠藤由香さんは、本年、高校を卒業した。春から一人、福島を離れ、創価女子短期大学での学生生活が始まる。
 小学校の卒業式を目前に震災、原発事故が起こった。卒業証書を受け取れないまま、避難先の会津若松市で、中学生になった。
 同市の遠藤志津子さん(総県婦人部主事)は、由香さんの一家が借り上げ住宅に入った2011年夏からの付き合い。「同じ『遠藤』ですね」が、初対面のあいさつだった。
 由香さんの母・和子さん(副白ゆり長)は、一家でただ一人の学会員だった。翌年、仮設住宅に移ると、狭い部屋でけんかが絶えなくなった。和子さんは心身のバランスを崩す。一時はアルコール依存にもなった。

◆民音 中国国家京劇院 千葉で開幕 2017年3月11日
日中国交正常化45周年を記念
「報恩」が主題の名作「鎖麟嚢」を日本初上演

実話をもとにしたといわれる京劇の名作「鎖麟嚢(さりんのう)」の一幕(千葉県文化会館で)
実話をもとにしたといわれる京劇の名作「鎖麟嚢(さりんのう)」の一幕(千葉県文化会館で)

 「中国国家京劇院『愛と正義と報恩の三大傑作選』」の民音公演が10日、千葉県文化会館で開幕した。
 これは日中国交正常化45周年を記念するもの。今公演は、京劇界のトップスターである于魁智や李勝素をはじめ、中国最高峰の役者陣が一堂に会する“夢の舞台”となった。
 インドへ向かう三蔵法師の一行が、豹の妖怪を退治する活劇「西遊記・金銭豹」。
 玄宗皇帝と楊貴妃の永遠の愛を描いた「太真外伝」。
 さらに今回、日本初上演となる中国の名作「鎖麟嚢」。宝石が詰められた袋(鎖麟嚢)を巡り、境遇の異なる2人の女性の人生が交差する。恩に報いる生き方の素晴らしさを表現した。
 洗練された歌と舞。息もつかせぬアクロバット――まさに総合芸術の至宝というべき圧巻のステージに、観衆から大きな拍手と喝采が送られた。
 4月28日まで全国28会場で行われる。問い合わせは各地の民音センターまで。  

【先生のメッセージ・特集記事】                           

◆〈随筆 永遠なれ創価の大城〉17 東北は世界の希望
 不屈の魂の「人材城」は厳たり
 新しき民衆の連帯に「福光の春」
 
堂々たるしだれ桜。風雪を越え、生命の花を爛漫と(池田先生撮影、1983年4月、仙台市の榴岡公園で)
堂々たるしだれ桜。風雪を越え、生命の花を爛漫と(池田先生撮影、1983年4月、
仙台市の榴岡公園で)

 今、私は、妙法で結ばれた創価家族の縁の深さを?み締めております。
 それは、生死を超えて「常楽我浄」の生命の旅を共々に続ける絆です。
 御本仏・日蓮大聖人は遠く離れた門下へ、「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし」(御書一三一六ページ)と仰せになられました。
 いかなる試練にあろうとも、私たちの心は、常に大聖人とご一緒です。亡くなられたご家族も友も、広宣流布に懸命に進みゆく私たちの心の霊山に一緒なのであります。
 あの東日本大震災から六年――。未曽有の災害の犠牲になられた全ての方々に、さらに震災後の苦難の中で逝去された方々に、あらためて、心からの追善回向の題目を送らせていただきます。
 そして、縁深き東北の皆様の幸福勝利と郷土の繁栄を、ひたぶるに祈念し続けてまいります。
 「生死一大事血脈抄」には、「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり」(同一三三七ページ)と明かされています。
 法華経に結縁した生命には、成仏の血脈が滔々と流れ通い、「三世の生死」にわたって、決して離れることも、切れることもありません。
 ゆえに妙法に包まれた「仏界の生死」であり、「生死ともに仏」(同一五〇四ページ)です。これ以上、大安心の生死は、断じてないのです。

「仏をば能忍と」

 仙台の新・東北文化会館を中心に六県を結んで行われた、凱歌の「新生・東北総会」を、私も嬉しく見守った。
 「負げでたまっか!」――わが東北の同志は、この負けじ魂を命がけで発揮してきた。皆が勇敢なる信心で「心の財」を無量に積み、東北中に「功徳の山々」を築き上げてきたのだ。
 御聖訓に、「此の世界をば娑婆と名く娑婆と申すは忍と申す事なり・故に仏をば能忍と名けたてまつる」(同九三五ページ)と仰せである。
 すなわち苦悩多き娑婆世界にあって、あらゆる苦難を「能く忍ぶ」勇者を「仏」というのだ。
 御本仏はその永遠の鑑を、打ち続く大難に「いまだこりず候」(同一〇五六ページ)と立ち向かう御自身のお姿を通して示してくださった。
 不撓不屈なる東北家族が、この「師子王の心」に直結していることは、絶対に間違いないのだ。
 復興は道半ば。今も、多くの方々が仮設住宅や避難先で暮らされている現実がある。帰還にも、期待と不安は交錯する。
 まして、悲しさや寂しさ、苦しさは皆違う。一人ひとりの心の復興への歩みは、時間で測れない。
 それでもなお、東北の皆様方は、今いる場所、今いる地域で、生きる勇気を奮い起こし、凍てつく大地から再び草木が芽吹くように、雄渾に立ち上がってこられた。
 御書に「妙とは蘇生の義」(九四七ページ)とある。妙法とは最極の希望の力といってよい。
 ゆえに私は、宮城、岩手、福島の三県をはじめ、青森、秋田、山形の「歓喜の友々」こそ、「世界の希望なり!」と声を大にして叫びたいのだ。
 この東北の希望の足音に歩調を合わせてこそ、真の「人間主義の世紀」が生まれていくのだと、私は確信してやまない。

支え合って強く

 今回、東北を訪れ交流したSGIの友も、どこまでも温かく、明るく、強靱な、みちのくの同志の姿に感動していた。
 目の前に、苦しむ人、悲しむ人がいれば、そっと手を差し伸べ、寄り添ってきた。ありのままに悩みを語り合い、分かち合い、励まし合って生き抜いてきた。
 信心で戦えば元気になる。だから一緒に戦いたいと声を掛ける――ある被災地の婦人部の友が、深い決意を語っていた。
 「目的は『壁を破る』こと。誰かと比べて勝つことじゃなくて、今の自分より進歩すること」
 そうやって、一歩また一歩と歩みを重ねる一人ひとりが、互いに支え、支えられて、地域社会は強く豊かになる。
 今、私には、「一切衆生は互に相助くる恩重し」(御書四三五ページ)との御金言が、不滅の輝きをもって拝されてならない。
 我らは、いやまして強盛な「立正安国」の祈りで進み、同苦と励ましの連帯を広げ、地域に根ざした人のつながり、友情で結ばれた心の結合を強めていきたい。そこに、生命尊厳と共生の社会の創造があるからだ。
                       ◇ 
 尊きブラジルの来日メンバーは「タイヨウ音楽隊」の代表であった。音楽の持つ偉大な励ましの力を、生き生きと体現する若人たちだ。
 福島でも、浜通りの北部、四市町村(相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村)からなる「福島旭日県」の皆さん方は、各部それぞれに合唱団をつくられている。
 壮年部は「福光銀河合唱団」、婦人部と女子部は合同で「福光春風合唱団」、男子部は二十代のメンバーを中心に「福光若獅子合唱団」を結成した。苦闘の日々、歌が元気の力になってきたという。
 昨年の「うつくしまフェニックスグループ」(原発事故等の影響で福島県内外に避難した友の集い)の総福島での大会でも、“福光の春”を声高らかに歌った。
 しなの合唱団、創価グロリア吹奏楽団、関西吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、そして東北の音楽隊が被災各地で行ってきた演奏は、百回を数える。
 法華経に登場する妙音菩薩は、「能く娑婆世界の諸の衆生を救護する者なり」(創価学会版法華経六一六ページ)と説かれる。
 私の心を心とし、希望と勇気の妙音を響かせてくれている創価の楽雄たちに感謝は尽きない。

尊き三つの椅子

 東北国際女性会館に、この度、設置された「東北福光みらい館」を観賞した海外の友の反響も、大きかった。
 展示品の中に、石巻の木工作家の方が制作してくださった、尊い三つの椅子がある。大津波で亡くされた三人のお子さん方への尽きせぬ愛情と祈りが込められている。
 椅子の写真を拝見し、まるで三人のお子さん方が仲良く笑って腰掛けているような、平和と幸福の光を感じ取り、私は深く合掌した。私には宝がある
 思えば、一九七〇年(昭和四十五年)の一月、私は未来部への詩「大いなる希望」に詠んだ。
 「昭和五十四年に 第七の鐘は ひとたび鳴り終わる」「次に新しい 七つの鐘を鳴らすのは 君たちしかない」
 当時、岩手県雫石町の六人の少年少女部員が、私の詩を読み合い、決意の手紙を送ってくれた。
 嬉しかった。「すみれグループ」と名付けられた少年少女たちは、冬を越えて咲く花のように、けなげだった。
 「岩手に行ったら、必ず会いましょう」と、すぐに伝言を託した。
 その約束は二年後(一九七二年)の七月に実現した。将来の夢やご両親のことなどを語り合い、次のような言葉を書籍に認め贈った。
 「辛くとも 私は 決して くじけない 私には 私には 希望という 宝があるからだ」
 「希望という やさしい そして 強い心をもって 私は いつまでも 幸をつくっていくのだ」
 使命が大きいゆえに、試練もあろう。残酷な現実に直面する時もあるかもしれぬ。だが、それでも希望を忘れてはならない――そう願って綴った。
 今も私の心は、未来部の友と直結だ。生命と生命はつながっている。
 今回の東北総会では、最後に宮城の青葉少年少女合唱団が凜々しく壇上に立ち、東北の歌「青葉の誓い」を全参加者と歌い上げてくれた。
 この四月には、震災直後に小学校に上がった友が中学生になり、中学に上がった友は大学生や社会人になる。六年という歳月に、東北の若人たちは何と逞しく成長してくれたことか。未来を限りなく照らす希望の宝だ。

“流れ”を未来へ

 四十年前(一九七七年)の三月、私は福島の地で、3・16「広宣流布記念の日」の意義を語った。
 広宣流布は“流れ”それ自体である。青年が先駆となり、人材の流れを強く、深く、大きくするという儀式こそ「3・16」の意義なのだ、と。
 「広布の総仕上げ」を託した東北から、負けじ魂に燃える後継の地涌の陣列が躍り出ることを、私は祈り、信じた。
 今その通りになった。世界が東北を希望とし、東北の底力に励まされているではないか
 岩手出身の詩人・宮沢賢治はうたった。
 「はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる」と。
 いつも私の心の真ん中には、鍛え上げられた、新生の東北家族がいる。
 「学会精神は、東北に学べ!」と、誰もが仰ぎ見る「凱歌の人々」だ。
 「冬は必ず春となる」――見よ! この不滅の大法則のままに、「福光の春」は輝き始めた。
 わが東北の不屈の魂の人材城よ、師弟の誓いの大城よ、永遠なれ!
 (随時、掲載いたします)
 宮沢賢治の言葉は『宮沢賢治全集2』(筑摩書房)。

◆世界広布新時代第24回本部幹部会 全国壮年部幹部会 新生・東北総会から(要旨) 原田稔会長
 “私が道を開く!”心を決めれば力は無限
 勇気と執念の対話を共々に


 一、「世界広布新時代第24回本部幹部会」「全国壮年部幹部会」、そして「新生・東北総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 また本日は、11カ国・地域から、105人のSGIメンバーも参加されています。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます。
 一、「滝の如く 激しく/滝の如く 撓まず/滝の如く 恐れず/滝の如く 朗らかに/滝の如く 堂々と/男は 王者の風格を持て」
 15世紀に誕生したスコットランドの名門中の名門・グラスゴー大学の荘厳なホールに響き渡ったのは、かつて池田先生が、青森・奥入瀬の滝に寄せて詠んだ詩でした。
 声の主はマンロー博士。博士は、この滝の詩が、池田先生の人物像と深く一致していると結論され、詠み上げられたのであります。
 そして博士は、高らかに宣言します。
 「総長に申し上げます。大学評議会が推挙する池田大作氏に対して、名誉博士の学位授与を要請いたします」
 私もその場におりましたが、あの凜然たる響きは今も耳から離れません。一幅の名画のごとき感動的な一瞬でした。
 1990年に初来日されたマンロー博士は、創価大学や学会本部を訪問され、関西で講演もされました。そして日本をたつ際、見送る関係者に空港で、こう言われています。
 「私がお会いした創価学会の方々は、だれもが、平和を愛する立派な人々でした。しかし学会は常に中傷されています。事実に反する不当な評価に、どうして抗議しないのですか。私は行動します。私の見た事実をもとに」と。
 そして4年後、グラスゴー大学で最も権威ある大学評議会において、議長だったマンロー博士から、“国際的な教育・文化交流への池田先生の貢献を正しく顕彰したい”と名誉博士への推挙があり、諮問委員会等での厳正な審査を経て、評議会の満場一致で決定され、先生に授与されたのであります。
 信義には信義を、誠実には誠実で――。この人間性の極致ともいうべきマンロー博士の生き方、行動に、私は感動を禁じ得ない一人であります。とともに、いわんや池田先生の「弟子」ならば、なおいっそう師弟不二の行動で師弟勝利の実証を厳然と示しゆかねばならない。こう深く決意せずにはいられません。
 「滝の如く」――それはまさに、復興に立ち上がった東北同志の姿であり、厳しき乱世を戦う我ら壮年部の姿そのものであります。
 王者の東北、王者の壮年部こそが、断じて創価完勝の旗を打ち立てていきましょう(拍手)。


師弟の月・7月へ連戦連勝を

 一、今、全国で、折伏・弘教、友好交流と対話拡大の旋風が巻き起こっています。
 いかなる戦いにおいても、大切なことは「わが一念を定めること」であり、言い換えれば「自身の使命を自覚すること」です。
 かつて池田先生は、小説『新・人間革命』第18巻「飛躍」の章に、つづられました。
 日本から香港に渡って草創期を戦い、自分も中国名を名乗りたいと決意するメンバーに対し、「香港の人になりきろうというんだね。いいじゃないか。大事なことだ。“腰掛け”のつもりでいたのでは、その地域の広宣流布を本当に担うことなどできない。骨を埋める覚悟がなければ、力は出せないものだ」と。
 人生いっときは、努力しても思い通りにならないことや、“祈ってきたのになぜ?”と思いたくなることもあります。しかし仏法に偶然はありません。住む場所も、働く職場も、出会った人々も、仏法の眼から見れば一切が過去世からの約束であり、必然です。
 御義口伝には「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去って彼に行くには非ざるなり」(御書781ページ)と仰せです。
 かなたに寂光土を求めるのではなく、「この地域を広宣流布するのは、私しかいない」――こう決心してこそ、地涌の底力が発揮される。
 人間関係の濃淡でもなく、人任せでもなく、「この人を幸せにするのは、私しかいない」――こう覚悟してこそ、あらゆる人との出会いを大切にし、その仏性を信じて、勇気と執念をもって語り抜く不軽菩薩の実践を貫ける。わが使命の大地を踏みしめ、立ち上がるところに、自身の宿命転換もあるのです。
 「池田先生、どうかご安心ください。私は全てに勝利しました。こんなに幸せになりました」と、こう言い切れる戦いを、「3・16」から「4・2」「5・3」、そして「師弟の月・7月」へ連戦連勝で飾っていきたい(拍手)。


哲学深き学会には幾多の青年が

 一、戸田先生は、東北のラジオ局のインタビューに、次のように応じられました。
 「創価学会に青年が多いのはなぜか」。戸田先生は即答されました。「学会に青年が多いのは、哲学が深いからです」
 先生は、その理由を語られます。
 「若い青年は、それ(哲学)を究めようとする。究めようとすれば、ますます山が高くなってくる。だんだんと山に登りますから、楽しみも増えるというわけです。ですから、青年は、ついたら離れないのです」と。
 そして、さらに戸田先生は続けます。
 「私も、自分自身も、その道を歩んでいるのです。ただ一歩先か、二歩先かの問題です。“山を究めた”と言っているのではないのです。“山をめざして一緒に歩こう”と言っているのです」
 これぞ創価の師弟の精神であり、創価家族の団結であり、創価青年学会の心です。
 私どもは、皆で、仲良く励まし合いながら、「生涯青春」「生涯一青年」で、ともどもに広布の山を登はんしていきましょう(拍手)。                                                       

◆世界広布新時代第24回本部幹部会 全国壮年部幹部会 新生・東北総会から(要旨) 伊藤樹美女子部長
 
誓い果たし勝利の春を

   一、3月3日「ひな祭り」の日に、池田先生・奥さまが創価女子会館へお越しくださり、婦人部・女子部の代表でごあいさつをさせていただき、女子部の新出発に対し、大激励を頂戴しました。
 昨年も3月3日、創価女子会館をご訪問くださり、先生・奥さまに大きく見守っていただき、心からの感謝でいっぱいです。
 そして大変うれしいことに、この3月3日が、永遠に輝く師弟の原点の日として、このたび、「華陽姉妹 誓春の日」と制定されました(拍手)。
 “誓いの春”と書いて“誓春”です。女子部は全員が先生との“誓い”を果たし抜き、勝利の“春”を開いていきます。
 一、私は東京・北区で生まれ育ちました。
 信心強盛な母は、いつも折伏の場に私を連れていってくれました。
 私が中学1年の時、母が再婚しましたが、なかなか父に心を開けず、悩んだ時がありました。
 そんな時、手にとった『青春対話』に、「もがきながら、題目をあげ、一ミリでも二ミリでもいいから、前へ進む」「苦しんだ分だけ(中略)深い人生となっている」とあり、絶対に意味があると決め、題目をあげ続けました。
 高校3年の時、その父が右手にリウマチを発症。建築の一人親方として、腕一つで仕事をしてきた父にとって、致命的な病でした。痛みにうずくまる父の背中を見て、気付けば御本尊の前に座っていました。
 「父が、わが家の宿命を担ってくれているんだ」と感謝があふれ、「父の病気が治りますように」と真剣に祈れる自分に変わっていきました。
 大学1年の時には、幼少の頃に一度、治ったはずのぜんそくが再発。夜通し続く発作に、通学がままならない時期もありました。
 そんな時、女子学生部の代表として、先生から「伊藤さんの健康と幸福を祈りつつ」との言葉が記されたレターヘッドを頂き、「先生は一学生のことを、これほどまでに思ってくださるのだ」と涙があふれました。
 そして「広宣流布のお役に立てる、健康な体になりたい」と祈る中、女子部の先輩から「宿命転換の一番の近道は折伏だよ」と教えていただき、大学時代、100人以上の友人に仏法対話。婦人部の方に応援をいただき、3人の友人を入会に導くことができました(拍手)。また、ぜんそくも大学4年の春、完治することができました。
 父も病を克服することができ、2013年には、一職人として広宣流布大誓堂の建設工事にも携わらせていただき、今では皆で信心に励む一家和楽の家庭へと変われたことに、感謝の思いでいっぱいです。
 その後も報恩の心で対話し、これまで7世帯11人に折伏を実らせることができました(拍手)。
 友の幸せを祈り、対話に挑戦する中で、自分の心が強くなる。折伏に挑む中で、幸福の門を開くことができる。心から、そう実感します。
 一、女子部は今、婦人部の皆さんと一緒に「サン❀フラワー キャンペーン」で前進しています。
 岩手宝光県では、21歳の女子部メンバーが、婦人部の多宝会の大先輩に折あるごとに悩みを聞いていただいていました。その温かな励ましを受けて華陽リーダーに成長した彼女は、大先輩の「私が一緒に話してあげるからセミナーに誘ってみたら」との激励で親友への対話にも挑戦。一緒に対話する中で先月、見事、人生初の折伏を実らせることができました。
 婦人部の皆さんの大確信と、女子部の清新な行動があれば、幸福と歓喜は大きく広がります。
 女子部は全員が、“何があっても負けない”大歓喜の青春を歩んでいけるよう、徹して一人を大切に真心の励ましを送り、明るく、にぎやかに広布の門を開いていきます(拍手)。


【信仰体験】

◆〈信仰体験 新生の道 震災6年〉 人工透析30年――出産、津波を乗り越え

 【宮城県石巻市】佐藤佳世さん(51)=河南躍進支部、地区副婦人部長(白ゆり長兼任)=の左腕には、幅2センチにもなる血管が隆起している。「

◆〈スタートライン〉 詩人 文月悠光さん

 6年前の3月11日、震源地から遠く離れた地で揺れを感じ、ニュースの報道に心を痛めた人は少なくない。

2017年3月10日 (金)

2017年3月10日(金)の聖教

2017年3月10日(金)の聖教

◆わが友に贈る


寒暖の差が
激しくなる時期。
1枚羽織るなど
体調管理を賢明に。
油断なく健康人生を!

◆名字の言


「われは湖の子 さすらいの……」で始まる「琵琶湖周航の歌」は、旧制第三高等学校(現・京都大学)の寮歌。今年、誕生100周年を迎える▼作詞は水上部(ボート部)だった小口太郎。1917年6月28日、滋賀・高島市今津の宿で仲間に披露し、当時、学生の間で流行していた「ひつじぐさ」(吉田千秋作曲)の曲に合わせて歌ったのが誕生の瞬間といわれる▼71年9月5日、琵琶湖畔に滋賀研修道場(米原市)が開館。記念して開催された第1回「琵琶湖フェスティバル」で、高等部員46人がこの歌を合唱した。じっと聞き入っていた池田先生は、「ここで『琵琶湖周航の歌』を聞くと長生きする思いがする」と語り、「もう一度みんなで歌おう」と提案。参加者と一緒に何度も歌った▼10年後の81年11月23日、先生は再び同研修道場で“周航の歌”を聴いた。会長辞任後、初の訪問である。心を込めて歌った婦人部合唱団に、「天の曲 幸の声あり 琵琶湖かな」との句を贈った▼“周航の歌”は、日本一大きな湖を、自らの力でこいでまわった学生が、大正ロマンの気風の中で詩情豊かに歌い上げた“青春賛歌”。歌詞の最後は、創価の同志の心意気とも響き合う。「黄金の波に いざ漕がん 語れ我が友 熱き心」(糀)

◆〈寸鉄〉 2017年3月10日
 

 未来部が各地で卒業部員
 会。全員が尊き使命持つ
 後継者。真心のエールを
      ◇
 本幹中継を支える役員の
 皆さまに感謝。毎回の集
 いを前進と勝利の源泉に
      ◇
 御書「賢者はよろこび愚
 者は退く」。青年よ困難に
 挑め!誉れの共戦譜綴れ
      ◇
 農山漁村女性の日。農漁
 光部の婦人部・女子部が
 各地で大活躍。地域の光
      ◇
 自然災害時の避難場所を
 家族で確認50%弱―調査
 「いざ」の備えを普段から

◆社説  東日本大震災から6年  不屈の東北が世界の希望の光源に


 あす、東日本大震災から6年を迎える。被災地の都市整備やなりわいの再生が進む一方、犠牲者の遺族や被災者の心の傷は、街並みの変化や月日が消し去るものではない。未曽有の災害に立ち向かう同志は、「最も大きな難を受けた東北が、最も勝ち栄えていくことこそが、広宣流布の総仕上げ」との池田先生のメッセージを胸に地域の再興と広布の伸展に尽力。それぞれの場所で、生きる力と希望を発信してきた。
 宮城県石巻市の壮年部員は震災の翌年、パニック障害と闘いながら“一歩でも前に”と、被災者を勇気づける歌を作詞作曲。東北各地のラジオ番組などで紹介され、多くの人の支えとなる。
 不屈の心で自他共の幸福を開く壮年の姿に、同じ仮設住宅で暮らす友が先月入会。身寄りがなく、人生を悲観していた友は“前に進む勇気をもらった”と希望の再スタートを切った。
 また、福島県いわき市の婦人部員は、NPO法人の事務局長として避難所や仮設住宅での炊き出し支援や救援物資の配布などに奔走。「真の復興の日まで支え続けたい」と、多彩な取り組みを継続してきた。風評被害などで使われなくなった農地を活用し、綿花を有機栽培。地元農業を再生する取り組みが反響を呼び、復興へと歩む地域の連帯を強くしている。昨年末、NPO法人に厚生労働大臣表彰が贈られた。
 そして今月5日。3月度の本部幹部会が「新生・東北総会」の意義を込め、昨年11月に開館した“福光の象徴”である東北文化会館で開催された。
 併せて、本幹研修会で来日したSGIメンバーとの交流交歓会を、宮城、岩手、福島の3県で実施。そのうちブラジルの代表が参加した多賀城文化会館の集いでは、人生の師と共に歩む喜びを、文化の違いを超えて語り合った。師弟共戦の息吹が共鳴した交歓会終了後、会場で8人の友が入会を決意した。
 東北総会を目指し、各部の同志は広布拡大に挑戦。本年1月から東北全体で日本一の聖教拡大を推進し、地区1世帯を超える弘教を達成。希望の大道へ、また一歩踏み出した
 歓喜の総会では東北の歌「青葉の誓い」を高らかに歌い上げた。
 おお新生の 道広く
 王者の鼓動は 雄渾に
 三世の光と ひらかなん
 これぞ元初の 太陽と
 ああ東北の 凱歌の人々よ
 一人一人の胸に赤々と燃える「元初の太陽」は世界広布新時代を照らす希望の光
源となろう。

◆きょうの発心   苦難に負けず覚悟の信心を貫く2017年3月10日

御文
 譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき(新池御書、1440ページ・編1264ページ)
通解 例えば、鎌倉から京までは12日の道のりである。それを11日余り歩いて、あと1日となった時に歩くのをやめたのでは、どうして都の月を詠ずることができようか。

 貫き通す“覚悟の信心”を教えられています。
 7歳の時、父の事業が破綻。貧乏のどん底の中、朝から晩まで働きながら、学会活動に励む母の姿を見て育ちました。
 私は幼い頃から病弱でしたが、15歳の時、男子部の先輩から「必ず健康になれる」との激励を受け、活動に励むように。
 1989年(平成元年)、創価班の任務中に、池田先生から大激励を受け、生涯、信心を貫くことを決意。悩み続けたぜんそくの発作も完治し、健康になりました。
 2009年(同21年)、勤務先が倒産の危機に。この御文を拝して、唱題と弘教拡大に挑戦しました。翌年、会社の経営が想像以上に好転し、より大きな立場で仕事ができるようになったのです。
 水元公園に先生をお迎えして45周年の節を刻んだ先月、柴又平和会館が開館。喜びでいっぱいです。青年を先頭に報恩感謝の心で、葛飾は「勝つしかない!」を合言葉に、東京凱歌の年をまい進してまいります。  東京・高砂桜城区長 半田知久

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五十七



 学会は、「創価学会仏」なればこそ、永遠なる後継の流れをつくり、広宣流布の大使命を果たし続けなければならない。
 山本伸一は、強く自分に言い聞かせた。
 “断じて、人材の大河を開いてみせる!” 彼は、一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、恩師・戸田城聖が最も窮地に立たされていた時、自宅へ呼ばれ、後事の一切を託された日のことを思い起こした。
 戸田は、四九年(同二十四年)秋、出版事業が暗礁に乗り上げると、状況打開のために東光建設信用組合の専務理事として金融事業に着手する。しかし、時代の荒波をもろに被り、事業は悪化の一途をたどった。そして、遂に業務停止という最悪な事態を迎えたのである。新たな活路を求めて、戸田が最高顧問となって大東商工がスタートしていたが、それも思うに任せなかった。
 社員のなかには、戸田を恨み、憎み、罵りながら、去っていく者もいた。一部の債権者は彼を告訴さえしており、事と次第によっては、逮捕もされかねない状況である。戸田は、自ら当局に出頭し、事情説明にあたる覚悟を固めていた。
 そのなかで、東光建設信用組合の残務整理のために、伸一を自宅に呼んだのである。
 戸田が妻の幾枝を傍らに置き、率直に心の内を語り始めると、幾枝は肩を震わせて泣き伏した。“将軍の妻”が「大切な時に泣くとは、いったい何事だ!」と、彼は叱咤し、伸一に言うのであった。
 「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、組合のことも、また、大東商工のことも、一切、君に任せるから、引き受けてくれまいか。そして、できることなら、私の家族のこともだ」
 さらに、言葉をついだ。
 「私の、この世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。わかっているね。何が起きたとしても、しっかりするんだぞ」
 いかなる事態になろうが、共に広宣流布の大使命に生き抜いてこそ師弟である。

【聖教ニュース】

◆アルゼンチン北部のサンフランシスコ・デ・ライシ市が池田先生ご夫妻を顕彰
市長「全ては『一人の変革』に始まる――この人間革命の哲学を学んだ」

レスカノ市長(中央左の男性)と、喜びに沸くSGIの友らが、池田先生ご夫妻への顕彰状を手に、記念のカメラに(アルゼンチン創価女性平和会館で)
レスカノ市長(中央左の男性)と、喜びに沸くSGIの友らが、池田先生ご夫妻への顕彰状を手に、記念のカメラに(アルゼンチン創価女性平和会館で)

 南米アルゼンチン北部のフォルモサ州にある環境都市サンフランシスコ・デ・ライシ市から、池田大作先生ご夫妻を「平和と希望の大使」と宣言する顕彰状が贈られた。平和・文化・教育への貢献を讃えるもので、授与式は2月25日(現地時間)、首都ブエノスアイレスのアルゼンチン創価女性平和会館で盛大に行われた。
 同市では2014年に、SGI(創価学会インタナショナル)の環境展示「希望の種子――持続可能性のビジョンと変革へのステップ」が開かれ、生命尊厳の思想に基づく内容に、多くの共感の声が寄せられた。その開幕式の際、池田先生に対し、人道主義の偉大な功績を讃えて、市の「最高賓客」称号が贈られている。
 以来、地元SGIの友は、師を“市の一員”に迎えた喜びを胸に、地域・職場に信頼と友情を広げた。14年当時から市長を務めるホセ・オルランド・レスカノ氏は、そうしたSGIの活動を見守りつつ、創価の哲学に理解を深めてきた。
 アルゼンチンSGIはこのほど、香峯子夫人の誕生日(2月27日)を記念し、女性平和会館で美術展を企画。会館周辺地域の芸術家に呼び掛け、約40点の絵画作品を展示した。
 美術展の趣旨に共感したレスカノ市長は、同展の開幕式が池田先生ご夫妻の功績を宣揚できる好機と捉え、顕彰状の授与を提案し、決定をみたのである。
 授与式では、婦人部の合唱団や青年部の「池田バンガード・オーケストラ」が祝賀の合唱・演奏を披露。大きな喜びに包まれる中、レスカノ市長からSGIの代表に顕彰状が託された。
 レスカノ市長は語っている。
 「私たちは、池田博士ご夫妻、そしてSGIの皆さんとの友情によって、創価の価値観を学びました。その価値観とは、全ての変革は一人の変革から始まり、ひいては国をも変革できるという『人間革命』の哲学です。私たちにとって、あらゆる面で模範の存在である池田博士ご夫妻を顕彰できることは、大きな喜びです」

【先生のメッセージ・特集記事】

◆国連欧州本部での新展示「変革の一歩」開幕式から 2017年3月10日

国連欧州本部での展示「変革の一歩」の開幕式。各国の大使など来賓が参加した(6日、ジュネーブで)   

国連欧州本部での展示「変革の一歩」の開幕式。各国の大使など来賓が参加した(6日、ジュネーブで)
 SGIなどが制作した新展示「変革の一歩――人権教育の力」が6日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開幕し、反響を呼んでいる(17日まで)。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 新生の道 震災6年〉 母子避難の手助け
 【山形市】壁に張られた白い模造紙に、伸び伸びと色を塗る。手のひらに絵の具を付けて押し当てる子。

◆〈信仰体験〉 自治会役員等を30年 交通事故減少に貢献

 【栃木市】菅原良枝さん(68)=栃木南支部、支部副婦人部長=の自宅のカレンダーは、予定でビッシリ埋まっている。

2017年3月 9日 (木)

2017年3月9日(木)の聖教

2017年3月9日(木)の聖教

◆わが友に贈る


何のための信仰か。
何のための人生か。
わが使命を自覚した時
計り知れない力が出る。
信念の道を朗らかに!

◆名字の言


  “星空が美しく見える村”として全国的に知られる長野県南部の阿智村を訪れた。高原に立ち、満天の星を仰いでいると、まるで自分が宇宙空間に浮かんでいるような感覚を覚えた▼信州・木曽に生まれた島崎藤村は、星を題材にした情景を数多く描いている。「山の上の星は君に見せたいと思ふものの一つだ」という散文。星空を「望みをさそふ天の花」と例える詩。星との語らいが文豪を励まし、創作への活力を与えていたことがうかがえる▼「わたしと宇宙展」が各地で好評を博している。親友の未来部員に誘われ、同展を観賞した女子中学生が語っていた。「“私も、この広い宇宙の一部なんだ”と思えた瞬間、今、抱えている人間関係の悩みも、必ず乗り越えられると感じました」。自身の存在の貴さをかみしめた彼女は、不登校を乗り越え、進学への挑戦を開始している▼池田先生は、「星と対話する時、人は本来の自分自身に立ち戻ることができます。悩みや困難の多い日常のなかでこそ、星空を見上げ、宇宙大の生命の鼓動を全身に感じながら、明日への希望を湧き上がらせていきたい」と▼弥生3月。厳寒の冬から芽吹きの春への移ろいも、宇宙の運行の証しである。大宇宙のロマンに思いをはせつつ、心の扉を開く対話に走りたい。(市)

◆〈寸鉄〉 2017年3月9日
 

 「一日の命は三千界の財
 にもすぎて候」御書。今日
 もわが日記に挑戦の一頁
      ◇
 中国方面の「女性の日」。
 婦女一体で拡大へ!希望
 の門を開く広宣の前進を
      ◇
 心が燃えずに偉大なこと
 の成された例なし―哲人
 組織も幹部の情熱ありて
      ◇
 世界で死亡した幼児、26
 %は大気や水汚染が要因
 と。環境守る努力を皆で
      ◇
 「3・11」前に各地で避難
 訓練。「もしも」の備えを
 家庭でも。教訓を忘れず

◆社説  忙しさに流されない  時間の価値を高める生き方に


 近年、雇用環境の変化や若者の人口減少といった社会情勢の変動等によって、一人一人にかかる労働などの負荷が増大しているといわれる。それらの課題を乗り越えるヒントとして、「タイムマネジメント(時間管理)」に関する書籍が世の注目を集める。
 本紙「あすなび」でも北真也さんが、仕事の質や効率、生産性を上げるための工夫や取り組みとして、「ライフハック」を紹介していた(2月18日付)。いわば、
「生活をうまくやるすべ」だ。
 要点は、①把握する(気になっているもの全てを書き出す)②見極める(収集したタスクを仕分ける)③整理する(仕分けたものを適切に収納)④更新する(収集、仕分け、収納を最新状態に)⑤選択する(最適な行動を選択して実行する)。
 やるべきことを可視化し、優先順位を考え実行することで、不安やストレスが減り、生活を豊かにしていけるという。
 幾つもの課題を成し遂げる上で、大切な指摘だ。そうやって「外」から環境を整えると同時に、夢や希望、目的意識といった「内」から発する力を引き出すことも、多忙に負けない秘訣ではなかろうか。
 2月15日付の「創価新報」では、「時間革命」をテーマに、仕事と学会活動の両立に励み、地域や職場で信頼を広げる男女青年部の様子を紹介している。
 男子部の友は電気設備会社に勤務。出張もある中、区男子部書記長、創価班の区委員長、総本部創価班の部長、さらに西東京男子社会部長などを務める。
 女子部の友はネイルサロンを経営。完全予約制のため、時間に融通が利かないことも多い中で、県女子部長、白蓮グループ総県委員長、また華冠グループの一員として奮闘する
 2人に共通することは何か。それは仕事も学会活動も、全て自身を鍛え、生命を磨く最高の場だと捉える使命感であり、信心根本に智慧を湧かせていく姿勢だ。「人間として」成長してこそ、真の幸福は築かれる。
 池田先生は小説『新・人間革命』「厳護」の章で、「どんなに仕事が忙しくとも、学会活動をやり抜いていくことが大事です。投げ出したり、“時間的にも無理だ”などとあきらめてしまったら、そこで、成長は止まってしまい、人間完成はありません」と綴っている。
 「1日24時間」という時の流れは、全ての人に平等だ。だからこそ、忙しさに流されず、今いる使命の舞台で、限られた時間の価値を何倍にも輝かせる生き方を目指したい。

◆きょうの発心  広布拡大の結果で師恩に報いる2017年3月9日

御文
 須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき(持妙法華問答抄、467ページ・編217ページ)
通解 ぜひとも、心を定めて南無妙法蓮華経と自身も唱え、他人にも勧めることこそ、人間として生まれてきた今生の思い出となるのである。

 自行化他にわたる信心修行に励むことこそ、この人生を最高に輝かせる道である、との仰せです。
 
 1984年(昭和59年)、池田先生が出席された「第4回世界平和文化祭」に、3人の友を入会に導いて集い、“生涯、師と共に生き抜く”と決意したことが自身の原点です。
 その後、白蓮グループとして関西戸田記念講堂に着任した際、池田先生が、車の窓を開けて「ありがとう」と大きく手を振ってくださいました。当時、学会活動が思うようにできない職場環境に悩んでいたので、師の激励に涙が止まりませんでした。この出会いの後、努力を重ねる中で、環境も大きく変わり、職場の同僚への仏法対話にいっそう励めるようになりました。
 結婚後、2人の娘は創価教育に学び、今、広布の庭で折伏精神を受け継いで後継の道を歩んでいます。さらに、先生の恩に報いようと家族で決意しています。
 河内太陽県は、「関西魂とは折伏精神なり」との指導を胸に、同志の皆さまと共に、青年拡大・弘教拡大に走り抜いてまいります。   大阪・河内太陽県婦人部長 大西恵美

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   五十六

 


 法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。この仏は、一人を指すのではない。最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も「威音王仏」といった。そして「是くの如く次第に二万億の仏有し、皆同一の号なり」(法華経五五六ページ)と記されている。つまり「二万億の仏」が、皆、同じ「威音王仏」という名前で、長遠なる歳月、衆生を救済してきたと説かれているのだ。
 戸田城聖は、「これは、威音王仏の名を冠した『組織』『和合僧団』とはいえまいか」と鋭く洞察していた。
 個人の今世の寿命は限られている。しかし、広宣流布に戦う根本精神が師匠から弟子へと脈々と受け継がれ、一つの組織体として活動し続けるならば、それは、民衆を救済し続ける恒久的な仏の生命力をもつことになる。
 「創価学会仏」とは、初代会長・牧口常三郎、第二代会長・戸田城聖という師弟に連なり、広宣流布大誓願の使命に生きる同志のスクラムであり、地涌の菩薩の集いである。
 その「創価学会仏」を永遠ならしめていく要件とは何か。
 第一に、一人ひとりが「広布誓願」の生涯を生き抜くことである。人生の根本目的は広宣流布にあると深く自覚し、苦悩する人びとと同苦しながら、「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書一三六一ページ)との御聖訓を心肝に染めて進んでいくのだ。
 第二に、「師弟不二」の大道を歩み抜くことである。死身弘法を貫いた創価の師の魂を受け継ぎ、師の教えを徹して学び、自らの行動の規範とするのだ。つまり、日々、心に師をいだき、師と対話し、“師ならばどうするか”と考え、戦い生きることである。
 第三に、「異体同心」の団結である。日蓮大聖人は、「異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」(同一三三七ページ)と仰せである。広宣流布のために、それぞれが心を一つにし、全力を発揮していくなかにこそ、信心の血脈が流れ通うのである。

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 中米・ハイチを訪ねて㊤ 
逆境と闘う国で仏法を語り広げるSGIの友
国土を変革するために私たちは生まれてきた

私たちがハイチ広布のパイオニア!――笑顔あふれるハイチSGIの友。“社会に平和と幸福を築きゆく”との誓いを胸に(先月9日、ポルトープランス近郊で)
私たちがハイチ広布のパイオニア!――笑顔あふれるハイチSGIの友。“社会に平和と幸福を築きゆく”との誓いを胸に(先月9日、ポルトープランス近郊で)

 中米のハイチ共和国は、人口の半数以上が一日1・9ドル未満で生活するという、世界で最も貧しい国の一つである。ここにも、SGI(創価学会インタナショナル)の同志がいる。先月、隣国のドミニカ共和国から足を伸ばし、さまざまな課題が山積するハイチで活動する友を取材した。(記事・写真=谷口伸久)
 ドミニカ共和国の首都サントドミンゴから空路で45分。ハイチの首都ポルトープランスに到着した。両国は、同じイスパニョーラ島にあるが、その雰囲気はだいぶ異なる。
 支部長のニオー・ピエールさんが車で街を案内してくれた。国道を走ると、カラフルにペイントされた車をたくさん見掛けた。「タプタプ」といわれる乗り合いタクシーである。“もう満席では?”という状態でも、道端で人を拾う。車にしがみついて乗る人もいれば、屋根の上に座っている人も。
 しばらくすると、沿道に小屋や大きなパラソルが密集したマーケットが現れた。野菜や果物、雑貨などが売られ、多くの人でにぎわっている。頭の上に荷物を載せて歩いている人もいる。
 ハイチは、植民地時代にアフリカから奴隷として連れてこられた人々が革命を起こして、1804年に独立。人口の9割以上がアフリカ系民族だ。人々の生活には、その文化が息づいている。
 宗教もその一つ。9割がキリスト教徒だが、ブードゥー教というアフリカに起源をもつ呪術的な宗教も深く根付いているという。
 「ハイチ人は、心のどこかで常に迷信的な恐れを抱いています。仏法が説く『道理』には、その迷信を打破する力があります。だからSGIのメンバーは、とても朗らかです」と、ピエールさんが教えてくれた。
 現在、同国では60世帯以上のメンバーが活動しており、ドミニカ共和国SGIのリーダーが定期的に激励に通っている。
 さっそく、同志が集まっているというお宅に向かった。
                                                                           ◇ 
 出迎えてくれたのは、壮年のピエール=ポール・シャルルさん。ハイチ広布の一粒種だ。1975年にアメリカで信心を始め、その後、ハイチに移り住んできた。笑顔じわをたたえ、子どものように輝く瞳が印象的である。
 「シャルルさんは、私たちハイチSGIの誇りです! これまで、何度か日本にも行き、池田先生との出会いを刻んできた方なんです」。高齢のシャルルさんに代わって、近くにいた男子部が教えてくれた。ハイチの師弟の歴史を胸を張って語る姿に、仲良き創価家族の絆の強さを感じた。
 仏法は今なお、同国ではほとんど知られていない。ではなぜ、メンバーはSGIを選んだのだろうか――。
 何人かが、入会動機や信仰体験を語ってくれた。
 幼い子どもを抱いたマリー=フォンス・ビヤンエメさんが口を開いた。
 「私は、生後10カ月で両親に見捨てられ、祖母に育てられました。しばらくしてその祖母も亡くなり、祖父と一緒に暮らすことに。そんな環境で育ちましたから、生活が悪化するたびに“悪いのは全て環境のせいだ”と考えていました。“いつか神様がこの状況を変えてくれるのでは”と願うことはあっても、自分で何かを変えようと努力したことはありませんでした。
 そんな中、『一切の原因は、自分の中にあるんだよ』と聞かされ、私の人生は180度変わりました。唱題に励みながら、一つ一つ課題を解決し、仕事も得ることができたのです。
 私は、蓮が泥の中でも美しい花を咲かせるという、仏法の“蓮華の例え”が大好きです。私も蓮華のように、どんな逆境にも負けず、この国で美しい使命の花を咲かせていきます」
 ハイチでは、一つの家に複数の家族が一緒に暮らしていることも珍しくないという。そのため、御本尊を受けるには、同居する全員の理解を得なければならない。
 男子部のマッケンディー・ジョゼフさんは、同居者全員の同意を求めて、地道に信心を実践している。
 「私は、自身の胸中にある御本尊を信じて、唱題に挑戦しています。御安置できるその日を確信し、広布のリーダーへと成長していきます」と力強く語ってくれた。
 皆の真情を代弁するように、婦人部のグラヴディア・デルヴァさんが言う。
 「信心を始めて16年になります。きっかけは2001年、医学部の1年生だったある日、父から突然、学業を断念するように告げられたことです。その時、友人が『不可能を可能にする信仰があるよ』と教えてくれたのです。3カ月間、必死に祈った結果、奨学金が支給されることになり、家族の援助がなくても最後まで学び抜くことができました。
 私はお題目をあげる時に心掛けていることがあります。それは、“無理かもしれない”と、自分で限界を決めないことです。だって私たちは『地涌の菩薩』なんですから。
 苦労の多い国に生まれてきたのも、自分が願ってきたからだ――そう思えば、どんな悩みだって、必ず乗り越えていけるという『希望』が湧いてきます。
 ここが私の使命の天地だ――そう思えば、誰かの助けを待つまでもなく、自分自身でこの国を変えていこうという『勇気』が湧いてきます。
 池田先生は、私たちに“希望の光”を送ってくれました。私は、一人でも多くの人に、その光を届けていきたいのです」
 ハイチでは一昨年に10世帯、昨年は4世帯と、着実にメンバーが増えている。妙法の種がまかれて40年余り。信心の功徳を喜々として語る友の姿は、まぶしいほどに輝いていた。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉14 対話とは「話をよく聞くこと」 勇気と意欲を育む励ましを
 公明党が主導 都議会で「身を切る改革」が成立

 原田 さらなる前進を期しての女子部の新出発、誠におめでとうございます。
 伊藤 ありがとうございます。歓喜の華陽スクラムをさらに拡大するため、全力で頑張ってまいります。
 永石 池田先生・奥さまは、この時に当たり、創価女子会館を訪問してくださり、婦人部と女子部を激励してくださいました。
 伊藤 感謝の思いでいっぱいです。この日を記念し、桃の節句である3月3日が「華陽姉妹 誓春の日」に決定しました。女子部は全員が、先生との“誓い”を果たし、勝利の“春”を開いてまいります。
 永石 大切な女子部が、一人ももれなく幸福勝利を開いていけるよう、婦人部も全力で応援します。
 長谷川 さて、人材の育成、教育の在り方は、時代とともに変化しています。現代において、新しい人材を育成するためには、「具体的な事柄を讃えていくこと」が、非常に大切です。
 竹岡 『新・人間革命』第25巻「共戦」の章には、「これからは、賞讃、激励の時代です。努力を的確に評価し、褒め、讃えていく。それが、勇気となり、意欲を育んでいきます。その場合も、一つ一つの事柄を、具体的に讃えていくことが大事です。また、賞讃のタイミングを外さないことです」とあります。
 原田 「新しい人材を、よく激励してあげてほしい。親身になって、話を聞くことである。悩みを『聞いてもらう』だけでも、ぐっと心が軽くなるものだ。前へ進む力になる」とも先生は言われています。
 重要なのは、まず「話を聞くこと」です。リーダーは、会合での指導と個人指導の比率を「2対8」にしようと言われますが、全ては、メンバーの話をよく聞き、励まし、共に乗り越えていくためです。
 長谷川 「新しい人材」の力が、「新しい勝利」を開く。これが、広布拡大の法則です。「題目」を根本に、「励まし」に徹し抜き、新しい人材と「団結」して、世界広布新時代を雄々しく進んでいきたい。

真の追善回向とは


 永石 20日の「春分の日」を中心に、全国の主要会館、墓地公園、納骨堂で、「春季彼岸勤行法要」が営まれます。
 原田 日蓮大聖人は、信心に励む門下に、「この功徳は、あなたの父母や祖父母、さらに無量無辺の衆生にも及んでいくでしょう」(御書1231ページ、通解)と教えられています。大聖人の仏法においては、自分自身が仏道修行に励み、その功徳を故人に回らし向けることが、真の追善回向になるのです。
 伊藤 親孝行の真心を尽くした女性の弟子には、「亡くなった、優しかったお父さまは、娘のあなたの題目の声を聞かれて仏になられるのです」(同1424ページ、趣意)とも励まされていますね。
 原田 幼くして父と別れた南条時光に対しては、「必ず同じ所にお生まれになり、亡き父上と再び会うことができますよ」と仰せです。題目を唱え抜くことで、必ず霊山において再会し、再び広布の舞台で一緒になれますよ、と教えられているのです(同1508ページ、趣意)。法要に当たり、私たちは真心を込めて追善をしてまいりたい。
 志賀 大聖人の御書に照らせば、“坊主が拝まなければ、先祖は成仏できない”“塔婆を立てなければ、回向にならない”などと言うのは、全くのインチキです。特に、彼岸の時期になると、そうした邪義を唱え、勧誘活動を繰り返す宗門(日顕宗)が、いかに大聖人の仏法に背く邪宗教であるかは明らかです。
 竹岡 その本質は、信者を供養収奪の手段としか考えていない「法師の皮を著たる畜生」(同1386ページ)だ。「追撃の手をゆるめるな!」との戸田先生の遺言のままに、これからも男子部は、破邪顕正の戦いで、創価の正義と勝利を満天下に示していきます。

3つの挑戦が前進


 志賀 今、東京都議会の動向が連日、報道されています。2月22日の本会議では、「議員報酬20%削減」など、都議会公明党が提唱した「身を切る改革」を具体化する条例が、全会一致で可決、成立しました。
 竹岡 「政治とカネ」の問題で、都知事が2代続けて辞任。豊洲市場の移転が延期され、経費として都民の血税が投入される事態に陥るなど、都政への都民の不信感は高まっている。
 こうした中で昨年11月、都議会公明党は、都民の信頼を回復するため、まずは議員自らが襟を正し、「身を切る改革」をしていくことを決めました。
 長谷川 それが、「議員報酬の20%削減」「月額60万円の政務活動費を50万円に減額。そして収支報告書と領収書の全面公開」「本会議などに出席するたびに定額支給される費用弁償の廃止」などです。
 志賀 公明党はブレることなく、独自の提案を貫き通し、最終的には、「公明案をベースにした案を全会派の『共同提案』とすることでまとまった」(毎日新聞2月21日付)のです。これは画期的なことです。
 原田 そもそも、都議会公明党は、政務活動費の使途については、以前から独自に厳しいルールを設定していました。2015年度には、会派として約3000万円を都に返還しています。これは、都の返還額全体の約7割に当たります。
 長谷川 公明党の主導により、都政改革の一歩は踏み出されました。これで公明党が昨年11月に発表した三つの挑戦のうち、「身を切る改革」が実現し、「教育負担の軽減」「人にやさしい街作り」も大きく前進したことになります。
 原田 いよいよこれからが大切です。都民のためのさらなる改革へ、公明党は先頭に立って戦ってもらいたい。

◆〈誓いの天地〉 東京・江東区 
 発展する街伸びゆく青年

   
パレットタウンは、お台場を代表するスポット。世界最大級の大観覧車からは東京が一望できる(2006年1月、池田先生撮影)
パレットタウンは、お台場を代表するスポット。世界最大級の大観覧車からは東京が一望できる(2006年1月、池田先生撮影)

 2020年に行われる東京五輪・パラリンピック。江東区の臨海地域(有明、辰巳・夢の島、中央防波堤埋め立て地)では、多くの競技が実施される予定だ――。
 
【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 日本免疫学会で2年連続表彰 2017年3月9日


 【横浜市磯子区】毎年12月、免疫の研究者が一堂に会し、研究成果を発表する日本免疫学会学術集会。

◆〈信仰体験 新生の道 震災6年〉 かさ上げ工事と住宅事情


 【宮城県塩釜市】3月の風が、潮の香りを乗せて吹き付ける。松島湾に浮かぶ野々島。

2017年3月 8日 (水)

2017年3月8日(水)の聖教

2017年3月8日(水)の聖教

◆わが友に贈る


後継の友を育てよう!
青年を大切にしよう!
わが地域の勝利は
人材の成長で決まる。
共々に躍進の日々を!

◆名字の言


 桜の開花予想が発表された。どの週末が見頃か、卒業式や入学式に間に合うだろうか――あれこれ思いを巡らすのも楽しい▼例年に比べて開花が早いか遅いかは「休眠打破」の進み具合によるという。桜の花芽は、「寒気」にさらされることで休眠状態から目覚め、その後の気温上昇に伴って開花に向かう。冬知らずの常夏の地では、日本の桜も十分に咲かないそうだ▼「寒」の字には「寒い」の他に、「苦しい」「寂しい」「貧しい」という意味もある。できれば「寒」は避けたいのが人情。だが学会員を取材していて思う。人生の「寒」に遭って信心に目覚め、同志の温かさに気付き、「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)の一節をかみしめたと言う人の何と多いことか▼東日本大震災から6年を前にして、新生・東北総会(本部幹部会)に参加した岩手の友が語った。「この地に生きなければ感じなかった苦しみがあり、半面、この地に生を受けなければ得られなかった喜びがあります。東北に生を受けたことが最高の誇りです」▼「冬の嵐の真っ只中でこそ、『心の財』は無量無辺に積まれていく」と、池田先生は総会にメッセージを寄せた。今年の東北は平年より早く桜が咲くとの予想だ。「寒気」は「歓喜」の春のためにある。(之)


◆〈寸鉄〉 2017年3月8日
 

 池田博士は人間の尊厳と
 いう価値観を実践に昇華
 ―博士。平和建設の大光
      ◇
 「芸術部の日」55周年。
 人々に希望を送る人生尊
 し。使命の舞台で乱舞を
      ◇
 「百人・千人なれども一つ
 心なれば必ず事を成ず」
 御書。団結こそ最大の力
      ◇
 真実を語る人の眼は天の
 如く澄んでいる―詩人。
 さあ真っすぐ正義を語れ
      ◇
 介護相談などを行うコン
 ビニの設置進むと。幸齢
 社会の構築は地域一丸で

◆社説  きょう「芸術部の日」  平和の文化建設へ人間勝利の舞を


 きょうは「芸術部の日」。同部は1962年(昭和37年)3月8日、「文化の世紀」の到来を見通した池田先生のもと、「学芸部第2部」との名称で、わずか20人で出発した。
 「妙法は、芸術と人生と、両方に勝利していける根本法である」――芸術部に寄せる先生の期待を胸に、メンバーは心を鍛え、技を磨いてきた。今や部員数は1万人近い。芸術部は、美術、音楽、映画、演劇、舞踊、工芸、書道、華道、茶道などの各分野に、多彩な“人間の勝利者”が集う芸術集団となった。
 先日、多くのファンから惜しまれ、現役を引退したバレエダンサーの友も同部の一人だ。幼い頃から“世界一の妙法のバレリーナに”との夢を掲げ、バレエ留学に挑むなど、毎日、真剣に祈っては練習に励む。遅咲きといわれながら、ある有名バレエ団で、ダンサーとしての最高位であるプリンシパルを見事に務め上げた。
 芸術部の友が生きる世界は、浮き沈みが激しいといわれる。個人の夢や希望を実現するだけでも難しい。それでも友は、信心根本に、周囲を明るく照らしながら、平和の文化建設に前進している。
 かつて16歳で歌手デビューを果たしたある友。初めは、母親が一人で育ててくれた恩返しの思いを込めて歌い始めた。
 しかし、周囲からの「この世界に人間性なんて必要ない」「言われる通りに、や
っていればいい」との声に、次第に自信を失っていった。
 転機は、池田先生の励ましだった。“自分らしく伸び伸びと進んでいけばいい”“芸能人である前に、一人の人間であるということを忘れてはいけない”“誰が見ていなくとも、私は皆さんの活躍を応援しています”――師の慈愛あふれる激励に、再び前を向くことができた。
 その後、芸能生活を脅かしかねない病魔に侵されたが、同じ病で悩む女子部の友と一緒に乗り越え、活躍を続けている。
 結成55周年の本年、「芸術の太陽たれ! 『勝利の舞』を 地域へ 世界へ 未来へ」とのスローガンを掲げる芸術部――信心根本に磨き抜いた生命こそ、桜梅桃李の人華を咲かせ、価値創造の輝きで社会を照らす太陽となろう。
 先日の結成記念大会。目に留まったのは、勇んで陰の支えに徹する青年芸術家たちの姿だ。
 民衆の大地から希望は芽吹き、平和の文化は花開く。芸術部の使命は大きい。尊き人間勝利の舞を、皆が喜び見つめている。

◆きょうの発心  “心臓部”の誇りを胸に前進2017年3月8日

御文
 末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし(種種御振舞御書、910ページ・編947ページ)
通解 (妙法蓮華経の五字が)末法の初めに全世界に広まる瑞相として、日蓮が先駆けしたのである。わが一門の者たちは、二陣、三陣と続いて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にも超えていくのだ。

 弟子たちに妙法蓮華経の大法を弘め、広宣流布していくことを教えられた一節です。
 
 6歳で両親と共に東京・目黒区で入会しました。18歳の時、母が突然他界し、その半年後には父が失踪。相次ぐ家族との離別に打ちひしがれていた私に、男子部
の先輩や、壮年・婦人の皆さまが幾度も激励に来てくださり、創価家族の中で育てていただきました。
 青年部として学会活動に励む中、24歳の時に初めて池田先生との出会いが。“生涯、師と共に広布の人生を歩もう”と誓いを立てました。
 その後、川崎に転居。男子部、壮年部として、仕事と地域広布の拡大に全力で取り組み、確固たる信心の土台を築くことができました。
 師恩に報いる時は今!――この決意を赤々と燃やし、「心臓部・川崎」の地で戦う誇りを胸に、青年の育成に全力で取り組んでまいります。  神奈川・川崎総県副総県長 石塚正敏

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   五十五

 
 
 山本伸一は、静岡研修道場で、世界の平和を推進するために、各国の指導者、識者らとの今後の交流や、文明・宗教間の対話をいかにして進めるべきかなど、深い思索を重ねていった。また、その間に、学生部や婦人部、地元・静岡県の代表とも懇談の機会をもち、広宣流布に生きる創価の師弟の道を確認し、新たな前進を開始するよう懸命に訴えた。
 既に、この時、学会の支配を企む弁護士の山脇友政と宗門僧らの陰謀によって、伸一は自由に会合にも出席できない状況がつくられていたのだ。
 ――会長を辞めるのだから、会合に出席して指導するのはおかしい。その話や行動を機関紙誌に報道する必要はない。
 結局、伸一に関して「聖教新聞」が伝えることができるのは、海外の訪問や要人との会見などに限られ、彼の会内の活動は功労者宅の訪問や個人指導等に制限された。邪智の反逆者と悪僧らの狙いは、伸一を徹底して排除し、学会員と離間させることにあった。そうすれば学会を自在に操り、会員を自分たちに隷属させられると考えたのだ。
 創価学会を貫くものは、広宣流布に生きる師弟の精神である。初代会長・牧口常三郎は獄死という殉難の生涯をもって死身弘法の魂をとどめ、第二代会長・戸田城聖は獄中の悟達によって地涌の菩薩の大使命を自覚した。そこに創価の精神の源流が開かれた。
 出獄した戸田は、地涌の同志の陣列・七十五万世帯達成を宣言し、弟子・伸一と共に、その誓願を成就した。日蓮大聖人が仰せの「地涌の義」が実証されたのだ。そして、伸一は、同志と師弟の絆で心を結び合い、世界広宣流布をめざして進んできた。
 かつて戸田は、「学会は、この末法にあって、これだけ大勢の人に法を弘め、救済してきた。未来の経典には、『創価学会仏』という名が厳然と記されるのだよ」と語っていたことがあった。
 広布の大使命に生きる学会なればこそ、第六天の魔王は牙を剝いて襲いかかるのだ。

【聖教ニュース】

◆国連欧州本部で新展示が開幕 2017年3月8日
SGIなど4団体が共同開催
池田先生がメッセージを贈る
「多様性」尊ぶ文化建設の担い手に

 
ジュネーブの国連欧州本部で行われた開幕式で寺崎SGI平和運動総局長があいさつ。OHCHRのエレナ・イッポリッティ人権教育担当官は「SGIは心から信頼するパートナーです」と
ジュネーブの国連欧州本部で行われた開幕式で寺崎SGI平和運動総局長があいさつ。OHCHRのエレナ・イッポリッティ人権教育担当官は「SGIは心から信頼するパートナーです」と

 【ジュネーブ6日】SGI(創価学会インタナショナル)などが制作した新展示「変革の一歩――人権教育の力」が6日午後(現地時間)、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開幕した。開幕式には、ブラジルのマリア・ナザレ・ファラーニ・アゼべド在ジュネーブ大使、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のクレイグ・モカイバー開発・経済・社会問題部長、国連教育科学文化機関(ユネスコ)ジュネーブ連絡事務所のアブドゥルアズィーズ・アルムザイニ所長をはじめ、多数の来賓が出席。SGI会長の池田大作先生はメッセージを贈り、一人でも多くの人が多様性と尊厳を尊ぶ「人権文化」建設の担い手にと呼び掛けた。(記事・写真=南秀一)
 開会まで、まだ時間は十分にあるというのに、展示周辺に人だかりができていた。
 その中の一人の壮年は、アフリカ南西部のナミビアで人権教育活動に携わっているのだという。
 また、グループで観賞に訪れたと話す青年たちは、スリランカに住むタミル人だった。
 郷土のため、未来のために。母国で人権教育を普及させていきたいと、海を越えてきた人たちである。
 20世紀――人類は、2度にわたる凄惨な世界大戦を経験した。悔恨と反省から生まれた国連憲章(1945年)には、世界各国共通の“誓い”として、こうつづられている。
 「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念を改めて確認し」と。
 だが、現代に至るまで、出自や民族、国籍、性別の違いだけで不自由な生活を強いられ、虐げられる人が後を絶たない。
 歴史をひもとけば、あまりにも不当な仕打ちに対し、抵抗の声を上げた英雄もいた。ガンジー、キング、マンデラ等……。
 一方で、声すら上げられず、声を上げても誰にも届かず、それでも不正や圧迫に耐え抜いて一生を終えた無名の人々が、どれほど多くいたことか。
 “誰もが人間らしく生きることのできる社会を”と謳った「世界人権宣言」の採択から、明年で70年を数える。人類が抱える課題は、今なお多い。私たちにできることは、何なのか――。
 今回の展示は、人権教育および研修に関する国連宣言の採択5周年を記念し、準備が進められてきたもの。2月末から始まっている「国連人権理事会」第34会期に合わせたオープニングとなった。
 開幕式では来賓4人があいさつ。寺崎SGI平和運動総局長が、池田先生のメッセージを紹介した。
 その中で先生は、難民や移民、外国人に対する嫌悪や排斥の動きが各国で見られることに触れ、偏見や憎悪による人権侵害を許さない気風を社会に根付かせることが重要であると指摘。世界人権宣言採択70周年に向け、理想と現実のギャップを埋めていくために、「人権文化」を地道に育んでいくことが一段と重要になっていると訴えた。
 また、人権教育を通じて日頃から互いの多様性と尊厳を大切にし合う社会の土壌を育み、一人でも多くの人が「人権文化」建設の担い手となっていく流れをつくらねばならないと呼び掛け、本展がその一助になればと望んだ。
                                                                ◆◇◆ 
 今回の展示会は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の協賛のもと、SGIが、「人権教育2020」「人権教育学習NGO(非政府組織)作業部会」「人権教育と研修に関する9カ国プラットフォーム」と共同で開催。市民社会、政府、国際機関の協働作業によって実現した。
 25枚のパネルからなる展示は、人権の保護と促進の歩みについて紹介。飢餓や児童労働、難民、女性への暴力等の統計を通し、「知ること」が人権を守る最初の一歩となると訴える。さらに、他者の尊重や包摂といった人権を尊ぶ知識、技術、態度を養うものが「人権教育」であると述べている。
 そして、人権教育が変革につながった事例として、トルコ、ポルトガル、オーストラリア、ブルキナファソ、ペルーでの成果を取り上げている。
 結びに、国際社会や国の行動、地域や学校で行える取り組みにも触れつつ、観賞者が行動を起こしていくよう呼び掛けている。
 同展は17日まで行われる。

【先生のメッセージ・特集記事】
◆〈世界写真紀行〉第11回 キューバ・ハバナの街並み 
 行動の人が時代を創る

          

 
スペイン風の建物が印象的なキューバ・ハバナの旧市街。世界遺産にも登録されている

スペイン風の建物が印象的なキューバ・ハバナの旧市街。世界遺産にも登録されている

 歴史を感じさせる街並み。だが、建物の鮮やかな色彩からは、強い個性や生命力が発散されているように思えてならない。
 キューバの首都ハバナ。スペイン統治時代の面影を残す旧市街の一角だ。
 地元の人々や観光客など一日中、往来が絶えない。街のあちこちから、ルンバ、マンボ、サルサなど、軽快な音楽が聞こえてくる。
 アメリカのフロリダ半島から南に145キロ。キューバ島と周囲の島々に1100万人が暮らす。「カリブ海の真珠」といわれる憧れの天地だ。
 池田大作先生がキューバを訪れたのは、1996年6月。その頃の同国は、最大の苦境にあった。
 59年の「キューバ革命」以来、アメリカの経済封鎖が続いていた。加えて91年にソ連が崩壊。多大な援助が途絶え、経済はどん底に。マイナス70%の経済成長率という“国家崩壊の危機”となる。極度のモノ不足の一方で、強まる“キューバたたき”の論調。“キューバは終わりだ”と冷笑する人も多かった。
 だからこそ、行こう!――池田先生は、アメリカでキッシンジャー元国務長官と会見した後、バハマを経てキューバ入りする。
 “仏法者には反米も反キューバもない。互いが「平和のため」という一点に立てば、対話の橋は架けられる”との信念だった。
 先生の滞在は3日間。ホセ・マルティ像への献花、ハバナ市の「最高賓客」称号授章式、フェリックス・バレラ勲章勲一等の叙勲式、国立ハバナ大学の「名誉人文学博士号」の授与式、フィデル・カストロ国家評議会議長との会見と、友好の歴史を刻む行事が続いた。
 先生は、キューバを離れる直前までハルト文化大臣らと会談し、平和の道をさらに開くため、今後の文化・民衆交流について語り合っている。
 先生は力を込めた。
 「私の恩師(戸田城聖先生)は『200年後を見つめて進め』と私に教えました。また『同志が全世界に散らばって、全人類を結べ。連帯させよ』と教えました。
 この言葉通りに、私は進んでいるつもりです。この偉大な哲学をもつゆえに、皮相的な目先のことなど眼中にありません。どこまでも、各国の民衆に尽くすだけです」
 当時、現地のSGIメンバーは7世帯。先生は滞在中、友の代表と会い、抱きかかえるように励ました。その後も、折に触れて伝言を送るなど、キューバの友を温かく見守り続けた。
 友は、座談会を活動の中心に置き、仏法の哲理を語りに語った。学会理解は広がり、広布の水かさは着実に増していった。そして2007年、キューバ創価学会が国内の仏教団体で唯一の「宗教法人」に認可されたのである。平和のスクラムは、この20年で1000人へと拡大した。
 一昨年の7月、キューバとアメリカの国交が54年ぶりに回復。最近では、アメリカからの渡航者が大幅に増えているという。かつては考えられなかった時代が到来した。
 時代は動いている。だがその波に翻弄され、変化に右往左往するのではなく、はるかな未来を見つめて、信念の行動を貫くことだ。その人が新しい時代を創る。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 新生の道 震災6年〉 かさ上げ工事と住宅事情

 【宮城県塩釜市】3月の風が、潮の香りを乗せて吹き付ける。松島湾に浮かぶ野々島。


◆〈信仰体験〉 人気ラーメン店の店主

 【東京都福生市】カラフルな丼。黒板に色とりどりのチョークで書かれた幾つものラーメンメニュー。そんな「つけ麺屋 丸孫商店」は、女性や家族連れにも親しまれる。

2017年3月 7日 (火)

2017年3月7日(火)の聖教

2017年3月7日(火)の聖教

◆わが友に贈る


経験豊かな
副役職の友の活躍が
団結と前進の力だ!
リーダーと心一つに
盤石なる組織を築け!

◆名字の言


  本年度の米アカデミー賞で最多6部門を受賞した映画「ラ・ラ・ランド」。女優を夢見る女性と、ジャズピアニストとして苦闘する男性が織りなすミュージカルだ。監督・脚本は32歳のデイミアン・チャゼル氏。以前は自分が望む映画を作る資金もなかったため、短編を制作。それが好評を博し、長編版の完成にこぎつけるなど苦労した▼彼はインタビューで「あなたの経験から、他の人に何を学んでほしいか」と聞かれ、こう答えている。「大きな夢を持つことです。僕は、この映画を“ただの夢”ではなく“皆が(無理だと)ばかにするような夢”への賛辞にしたかったんです」▼青年には無限の可能性がある。それを引き出す原動力が「夢」であろう。何より、夢に向かっての苦闘と挑戦そのものが人生の無上の財産となる▼かつて池田先生は関西創価学園生の質問に答えて「私の夢は、戸田先生の夢を実現することです」と。また「『幸福』『正義』『人のため』『平和』――この延長線上につくり上げたもの、描いたものが、本当の夢なんです」と語った▼自他共の幸福の実現という広宣流布こそ、我らの最大の夢。その大目的に生き、祈り、努力を続ける中で、自らの人生の夢も実現していく。その確信を胸に日々、挑戦を重ねたい。(駿)


◆〈寸鉄〉 2017年3月7日

 「勇気の人こそが、最高の
 勝利者」戸田先生。挑戦
 また挑戦!誓いに生きよ
      ◇
 希望は私達に快い活動を
 もたらす―作家。広布の
 ロマン胸に。今日も前へ
      ◇
 「業病なりとも法華経の
 御力たのもし」御書。病に
 負けるな。強く祈り勝て
      ◇
 音楽隊、東北被災地での
 演奏が100回に。心の復興
 支える地道な貢献に喝采
      ◇
 大学3年生らの就職活動
 が開始。努力の先に栄冠
 は必ず。信じて走り抜け

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五十四
 


 最後に十条潔は、胸の思いをありのままに語っていった。
 「私自身、山本先生のこれまでの指導を深く心に刻み、模範の実践を展開していくとともに、組織の最前線で戦ってこられた皆さんから、信心を学んでまいります。
 したがって、どうか会長だからといって、私のことを、『先生』などと呼ぶようなことはしないでいただきたい。厳粛なる歴代の創価の師のみが『先生』であります。
 私に対しては、『十条さん』や『十条君』で結構ですし、呼び捨てでもかまいません。共に同志として、平等に、異体同心の団結で切磋琢磨しながら、新しい前進を開始してまいろうではありませんか!
 ともかく私は、皆様が安心して朗らかに仏道修行に励んでいかれますように、“会員奉仕”に徹してまいりますので、どうかよろしくお願い申し上げます」
 彼の真摯で率直な話に、皆、さわやかな共感を覚えた。信心指導とは、高みに立って同志を教訓することではない。リーダー自らが一個の人間として、決意と情熱と行動をもって進むべき道を指し示し、共感をもたらしていく生命の触発作業にほかならない。
 創価の新しい前進の歯車は、山本伸一が見守るなか、回転を開始していったのである。
   
 翌二十六日、伸一は、静岡県・富士宮の宗門の総本山に法主・日達を訪ね、法華講総講頭の辞表を提出した。その折、日達からは、長年にわたり宗門の隆盛に尽くしてきた伸一の功労をねぎらう言葉があり、法華講名誉総講頭の辞令が渡された。
 夕刻、彼は、静岡研修道場へ向かった。殉教の先師・牧口常三郎の魂を刻む道場で、二十一世紀への大飛躍を期すために、具体的に何を成すべきかを、思索しようと思ったのである。
 一つの終了は、新しい出発である。未来への大いなる飛翔のためには、確たる構想と緻密な計画が不可欠である。

【聖教ニュース】

◆関西「青年錦州城拡大月間」16日から 
1982年3月22日の平和文化祭35周年を記念

          
関西青年平和文化祭。不可能を可能とした「六段円塔」が立つ(1982年3月22日、大阪市内で)
関西青年平和文化祭。不可能を可能とした「六段円塔」が立つ(1982年3月22日、大阪市内で)

 常勝の若き人材の拡大を!――関西の「青年錦州城拡大月間」が、16日からスタートする(4月28日まで)。
 不滅の六段円塔を成し遂げた、3・22「関西青年平和文化祭」35周年を荘厳するもの。
 同文化祭の前年の1981年11月、池田大作先生は関西指導へ。各地を訪れ、懇談や記念撮影を通し、万感の励ましを送った。
 22日には第3回「関西総会」に出席。「嗚呼黎明は近づけり」の指揮を勇壮に執った。
 関西の友は誓った。
 「再び先生が、指揮を執ってくださる。関西は、断じて勝つ。勝って、師の正義を証明する」と。
 この関西指導の折、青年部の代表らが池田先生に“学会ここにありと満天下に示す文化祭を開催したい!”と念願した。
 「10万の青年がお待ちしています!」――常勝の魂を受け継ぐ、若き弟子たちの深き決意から、「関西青年平和文化祭」が決定したのである。
 関西の同志の胸中は歓喜と誓いにあふれた。対話拡大の大きな波動が起こり、文化祭までに広布伸展の金字塔を打ち立てた。
 そして迎えた82年3月22日の同文化祭(大阪市内)。99人の男子部員が六段円塔に挑んだ。練習で成功したのは、たった1回だったが、全関西の固い団結によって、地上9メートルの円塔は見事に立った。
 後年、池田先生は次のように述べている。
 「この常勝の歴史は、広宣流布の創価学会史に、今もって不動である。輝いている。そびえ立っている。不可能を可能にしゆく『関西魂』! これを『常勝関西』と、私は呼ぶ。『常勝関西』と、私は叫ぶ」
                                                                       ◇ 
 月間では、各部一体で後継の友への励ましに力を注ぎ、常勝の若き陣列を広げる弘教に挑み抜く。また「青年拡大座談会」(4月)を盛大に開催する。
 山内関西長、直里同婦人部長は力を込める。「関西は一人一人が『青年の心で』『青年と共に』進みます。そして、全国・全世界が仰ぎ見る“青年錦州城”を構築し、弟子の証しを打ち立てます!」
【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈明日を求めて 池田大作先生の対話録Ⅱ〉
 第34回 インド文化関係評議会前会長 カラン・シン博士 
 民衆から離れるな。全ての指導者は民衆から生まれた

「池田先生も大変ご多忙であり、私も世界中を旅しています。そうした中、今日こうして互いに再会できたということは、本当にありがたい、うれしいことです」――シン博士と池田先生が約4年ぶりの再会を喜び合う(1985年4月26日、兵庫の旧・関西戸田記念館で)                                             
「池田先生も大変ご多忙であり、私も世界中を旅しています。そうした中、今日こうして互いに再会できたということは、本当にありがたい、うれしいことです」――シン博士と池田先生が約4年ぶりの再会を喜び合う(1985年4月26日、兵庫の旧・関西戸田記念館で)

 「全ての王は民衆から生まれたといえます。民衆から離れてはいけない」
 そう語るのは、インドを代表する知性カラン・シン博士。“最後のマハラジャ(王)”と言われたカシミール藩王を父に持つ。
 インドからチベット、中央アジアへと続く、陸路の要衝カシミール。インドで誕生した仏教は、この地を通って、東へ東へと伝わった。最後の「仏典結集」の舞台としても知られる。
 池田先生とシン博士の語らいはこれまで5度に及ぶ。3度目の会見(1985年4月26日、旧・関西戸田記念館)では、博士の故郷カシミールが話題の中心となった。
 「カシミール」は、現地の言葉で「蓮華」を意味する。
 池田先生が「如蓮華在水」「因果俱時」の法理に触れ、仏教における「蓮華」という存在の重要性について論じた。
 シン博士は、インドの聖典『バガバッド・ギーター』の「蓮華の花は水中に咲いても水に濡れることはない。人生もかくあれ」を紹介。「私たちも現代の物質文明、享楽世界に染まらず清く生きねばならない、ということですね」と応じた。
 国際会議などで多忙なシン博士。池田先生は「今日はともかく、“大きな一休み”をしてください」と笑顔で。
 シン博士も笑顔で応えた。
 「ぜひ私の父祖の地であるカシミールにいらしてください」「池田会長は、私のベスト・フレンド(親友)ですから!」
                                                                ◇ 
 この前年(84年)の10月、悲報が世界を駆けた。インドのインディラ・ガンジー首相が凶弾に倒れたのだ。東西冷戦の渦中。人々は核戦争の恐怖におびえてもいた。
 シン博士は指摘した。
 「不幸なことに、技術革命に見合うだけの意識変革はなされませんでした。その結果、地球社会は実現したが、人類の大多数はまだそれを容認できないでおり、そこに危険なギャップが生じているのです」
 池田先生は語った。
 「今や世界は一つの運命共同体であるにもかかわらず、その中で互いに敵視し合い、戦争を考えているのです。これはまるで、狭い部屋の中で、爆薬を突きつけ合っているようなものです」
 ――シン博士は、1949年から18年間、ジャンム・カシミール州の首長を務め、67年にインド史上最年少(当時)で入閣。駐米大使等を歴任するなど、外交・文化・教育の分野でリーダーシップを発揮してきた。信奉するヒンズー教をはじめ、宗教・哲学・科学への造詣も深く、ジャワハルラル・ネルー大学等の総長も務めた。
 池田先生との最初の会見は79年2月8日。インド文化関係評議会(ICCR)の招きで、先生がインドを訪れた時のことだった。
 当時、シン博士はICCRの副会長。インドの神々と仏法に説かれる十界論との関係や、宗教の根本となる本尊についてなど、初対面ながら語らいは弾んだ。
 この折、シン博士は語った。
 「人類が将来も生存し続けるために、個々人が結束して、平和と調和をめざして努力しなければなりません。人種、カーストなどで人間を分断する考え方は改めなければならないのです。インドの古い時代に“人類はすべて一つの家族”という考え方がありました。この理念に立ち返るべきであります」
 翌年、対談集をまとめることに合意。ヒンズー教と仏教という違いを超えて、双方の底流にあるインドの精神的伝統に目を向け、そこに現代の危機を克服する知恵があることを確かめ合った。
 対談は88年、『内なる世界――インドと日本』(東洋哲学研究所刊)として結実した。
                                                                        ◇
 仏教発祥の地・インドで、なぜ仏教が衰退したのか。
 直接の契機は1203年、イスラム教徒によってヴィクラマシーラ寺院(当時の中心的寺院)が破壊されたことといわれる。
 だが両者の対話は、「民衆からの遊離」との洞察で一致した。すなわち、常に民衆の中で仏法を説いた釈尊の精神を失い、出家者が僧院にこもったことこそ、仏教衰退の因であると。
 池田先生は強調した。
 「どのように深い思想であっても、それが現実社会に生きる人々によって実践されなければ生命を失って観念論となりますし、思索は行動に移さなければ、閉ざされた世界での自己満足におちいってしまいます」
 シン博士は応じた。
 「いかなる哲学・宗教でもそれが存続し、しかも活力を保ち続けるには、絶えまない改革と刷新が行われることが必須条件です。さらにあなたのいわれるように、大衆の心の中に深く根を張っていなければなりません」
 両者の初会見の折、全インドから集ったSGIの友は約40人だったが、その後、インド創価学会は飛躍的な発展を遂げた。
 2012年、シン博士はICCR会長として来日。学会本部を訪れ、こう語った。
 「インドをはじめ、SGIの世界的な発展を驚きと喜びをもって見つめております」
 一人の人間革命によって、社会に新たな価値を広げる創価学会。シン博士が展望した「活力ある宗教」の姿がそこにあった。
 カラン・シン 1931年生まれ。カシミール大学を卒業し、デリー大学で博士号を取得。49年から18年間、インドのジャンム・カシミール州の首長を務めた。67年に36歳で下院議員となり、インド史上最年少(当時)の大臣として入閣。観光・民間航空相、健康・家族計画相、教育文化相等を経て、駐米大使としても活躍した。インド文化関係評議会(ICCR)会長、世界ヒンディー語財団会長、ジャワハルラル・ネルー大学総長、ジャンム・カシミール大学総長、ベナレス・ヒンドゥー大学総長などを歴任した。
 〈引用・参考文献〉カラン・シン、池田大作著『内なる世界――インドと日本』東洋哲学研究所(『池田大作全集』第109巻所収)、池田大作著『心に残る人びと』角川書店(『池田大作全集』第21巻所収)、同著『悠久の大地に立って――私のインド紀行』聖教新聞社(『池田大作全集』第118巻所収)ほか。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈教学〉 3月度座談会拝読御書 経王殿御返事
 強盛な信心で妙法の功力を引き出す
 自身の仏界を引き出すためのご本尊

 本抄は、文永10年(1273年)8月15日、日蓮大聖人が52歳の時、流罪地の佐渡・一谷から送られたお手紙です。宛名は経王御前となっていますが、経王御前はまだ幼かったため、実際には、その親である門下に与えられたものと考えられます。
 本抄は、この門下が使いの者を佐渡へ遣わし、幼児である経王御前の病気平癒の祈念をお願いしたことに対する御返事です。
 大聖人は本抄を認める直前、この門下に御本尊を与えられています。

拝読御文

 但し御信心によるべし、つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし、日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし

真剣な祈りを根本に

 拝読御文に「但し御信心によるべし」とあります。“御本尊に偉大な功力があるといっても、それを現すのは御信心によるのです”との意味です。
 私たちの仏法では、祈りを叶え成仏するための四つの要の力、すなわち「四力」(=信力、行力、仏力、法力)が説かれます。
 「信力」とは御本尊を信じる力であり、「行力」とは題目を唱え、人のため、社会のために広宣流布へと行動していく力です。
 「仏力」とは、仏が衆生を救う誓いを立て、その成就を願うこと、「法力」とは、妙法の広大深遠な利益のことです。
 強盛な信力、行力を奮い起こしていく時、偉大な仏力、法力が現れてくるのです。
 例えば大聖人は「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり、信心の厚薄によるべきなり」(御書1244ページ)と仰せです。成仏も、妙法を持つ人の信心の厚薄によるとの趣旨です。厚薄とは、厚いことと薄いことを意味します。つまり、強盛な信心によってこそ、成仏はあるのです。
 第2代会長の戸田城聖先生は、信心の功徳について分かりやすく、次のように教えられました。
 「釣鐘を、楊枝でたたくのと、箸でたたくのと、撞木(釣鐘を鳴らす棒)でつくのとでは、音が違うだろう。同じ釣鐘だが、強く打てば強く響き、弱く打てば弱く響く。御本尊も同じだ。こちらの信力・行力の強弱によって、功徳に違いがあるのだよ」と。
 人生にあっても広布の活動にあっても、真剣な祈りと勇気ある行動・実践が、勝利の根本条件となるのです。
「日蓮がたましひ」
 日蓮大聖人は、命に及ぶ竜の口の法難(文永8年〈1271年〉9月12日)を乗り越えて、南無妙法蓮華経と一体の仏の生命を凡夫の身に開かれました。
 そして、大聖人は御自身の仏の生命境涯を御本尊として図顕されていかれました。
 「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」とは、御本尊についての仰せです。
 万人成仏という仏(釈尊)の真意が述べられているのが法華経です。
 そして、法華経の根底に指し示された、成仏の根源の法である南無妙法蓮華経を、御自身の身に開き顕されたのが、大聖人です。竜の口の法難で発迹顕本された大聖人の御生命は、南無妙法蓮華経そのものなのです。
 御本尊には、大聖人御自身の身に開き顕された妙法・仏界が図顕されています。
 そして、私たちが御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱える時、自身に具わる妙法・仏界を直ちに見ることになるのです。私たちは御本尊を根本として、自身の胸中に仏界を現すことができるのです。
 御本尊は、凡夫である私たち自身の仏界を映し出す明鏡なのです。

病魔に勝つ

 日蓮大聖人が本抄を認められた時、経王御前は重い病気にかかっていました。大聖人は本抄の冒頭で「経王御前のことは、昼夜に日月天に祈っております」(御書1124ページ、通解)と述べられています。
 さらに大聖人は「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同ページ)と仰せになり、妙法根本にどのような病魔も乗り越えることができると励まされています。
 師子の声を聞けば、あらゆる獣は逃げ去ります。大聖人の仰せの通り、南無妙法蓮華経は師子吼のようなものです。妙法の偉大な功力の前に、一切の病魔は退散するのです。
 ここでの「病」とは、信心の実践の上から、病気だけでなく、あらゆる苦しみや悩みとも拝することができます。そうしたさまざまな苦悩を打ち破ることができるのが、南無妙法蓮華経の師子吼です。
 病気になること自体、敗北でもなければ後退でもありません。病気との闘いを、自身の宿命転換や信心を深める好機と捉えていくことが大切です。その強盛な一念が、障魔を打ち破り、崩れざる幸福の軌道を固めていくのです。

池田先生の指針から 「勇気」の二字が信仰の真髄


 薪を加えるほど火が盛んになるように、難に遭うほど、旺盛な大生命力をわきたたせていける。仏の境涯を開いていける。それを大聖人は、身をもって教えてくださった。
 偉大なる仏の力がみなぎれば、障魔に負けるわけがない。
 その大宇宙のような広大な境涯を涌現していく、ただ一つの条件がある。
 それは「信」である。「但し御信心によるべし」「能く能く信ぜさせ給うべし」(御書1124ページ)と仰せの通りである。
 どんなに鋭い剣があっても、それを使う人が臆病であれば、何の役にも立たない。大聖人は「法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ」(同ページ)と仰せになられた。
 苦難に襲われたその時に、「勇敢な信心」「潔い信心」「勇猛な信心」「強盛な信心」があるかどうかだ。
 「心こそ大切」(同1192ページ)である。大聖人は、幾度も「信ぜさせ給へ」等と強調されている。
 今、時代は、乱気流の中に突入している。どんなに社会が動揺しても、いな、社会が動揺している時だからこそ、自らの信心だけは微動だにさせてはならない。信心さえ揺るがなければ、いかなる状況も、必ず打開できる。最後は必ず勝利する。
 「わざはひも転じて幸となる」(同1124ページ)のが妙法の力であるからだ。
 御聖訓に「心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか」(同ページ、通解)と仰せの通り、どこまでも、祈り切ることだ。祈り抜くことだ。(2008・12・29付、各部代表者会議でのスピーチ)
                                                                        ◇ ◆ ◇ 
 師匠に何としてもお応えするのだと、私は命がけで戦った。
 当時、時間を見つけては御書を拝し、日記に書き留めて心肝に染めていきました。
 その一節に、「つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(御書1124ページ)があります。
 これは、わが子の病と闘う門下を励まされた御聖訓です。
 信心の真髄は「けなげ」すなわち「勇気」です。私も戸田先生の弟子として、渾身の勇気を奮い起こし、病魔と死魔に挑みました。とともに、師匠と学会に襲いかかる一切の障魔を、信心の利剣で叩き切る決心で、祈り、戦いました。(2012・7・26付、「若き君へ 新時代の主役に語る」)

◆〈未来部育成のページ〉 家族の語らいで後継の宝を育む 


 未来部員の成長をたたえ、皆で励ましを送る「未来部希望月間」(4月9日まで)が始まり、各地に、育成の取り組みが広がっている。


【信仰体験】

◆〈信仰体験 チャレンジロード 
 3・11 私の挑戦〉 「母さん、見守っていてくれよ」

 【仙台市太白区】阿部伸さん(22)=青山支部、総宮城学生部副書記長=には、“2人の母”がいた。

2017年3月 6日 (月)

2017年3月6日(月)の聖教

2017年3月6日(月)の聖教

◆今週のことば

一番 苦労した人が
一番 幸せになる。
これが妙法の大功力だ。
「陰徳あれば陽報あり」
きょうも「心の財」を!

◆名字の言


  今年は仙台藩主・伊達政宗の生誕450年。幼少期に失明した右目に眼帯をつけ、馬を駆った“独眼竜”の姿を思い浮かべる人も多いだろう▼眼帯が史実かどうかはさておき、政宗公が「人間」を鋭く見抜く“眼”を持っていたことは確かである。家格にとらわれず、実力と人柄を重視して登用した。62万石の雄藩を生んだ根幹も「人材」だった▼“学会は人材をもって城となす”。かつて戸田先生が、若き日の池田先生と共に青葉城址を訪れた折、語った指針である。「皆が人材」と信じ抜く。「皆を人材に」と情熱を燃やす。192カ国・地域に広がる創価の大連帯は、師と共に、師と同じ心で立ち上がった無数の同志の奮闘の証しにほかならない▼東日本大震災から間もなく6年。みちのくに、仰ぎ見る人材城が聳え立つ。風雪に耐え、励まし励まされながら、かつてない弘教と青年の拡大で迎えた本部幹部会。来日した海外の友が語っていた。「東北の皆さんの姿に、仏の振る舞いを見る思いがします」▼「いま 世界の人々が/東北を見つめている」。池田先生が長編詩でこう詠んだのは、1988年の今日だった。「東北には/真の『平和』がある/真の『人間』がいる/真の厚き『友情』がある」。今再び、この言葉をかみしめる。(之)

◆〈寸鉄〉 2017年3月6日
 

 東北で本部幹部会。さあ
 民衆凱歌の歴史を!不屈
 の負けじ魂燃やして前進
      ◇
 スピードが勝る精鋭には
 絶対に勝てぬ―戸田先生
 戦いは先手。大胆に動け
      ◇
 人は己の人格通して他人
 に影響を与える―文豪。
 誠実な振舞で信頼を拡大
      ◇
 宮城・南三陸町で常設の
 商店街が誕生。復興の春
 へ。幸の花を一人残らず
      ◇
 ネット利用者8割、発信
 元を重視と。我らも噓を
 見抜く目を。賢き利用で

◆社説  「体調管理」を万全に   献身の行動こそ“最高の健康法”


 昨日は「啓蟄」――春の陽気に誘われ、虫たちも土から出て活動を始める時節である。万物躍動の季節のスタート。心機一転、足取りも軽く外へ出て、友好を広げる春にしていきたい。
 ただし、まだ日によっては気温の変化が激しく、朝晩の寒暖の差も大きい。日中の暖かさに油断して薄着で出掛け、夕方以降、寒さに震えるということがないように注意が必要だ。
 インフルエンザは流行のピークを越えたものの、まだ感染の時期が続くので油断は禁物。加えて、花粉症の症状に悩む人も増えてきた。今後もマスクの着用や手洗い・うがいの励行など、日常の“小さな努力”の積み重ねを忘れてはなるまい。
 また3月から4月は、進級や進学、就職、転勤など、生活環境の変化が多い時期でもある。年度末の忙しさや新たな生活に向けた準備で、気付かぬうちに疲れやストレスをためてしまいがちだ。
 気温の変化にこうした疲労やストレスが加わり、自律神経が乱れることも多い。頭痛やだるさ、下痢など、風邪のような症状が長く続く場合は要注意。無理をしていないか、一度立ち止まって自身の生活を見直そう。
 一般的に健康には「食生活」「運動」「睡眠」「ストレスの排除」などが必要とされている。十分な睡眠とバランスの良い食事は取れているか、規則正しい生活リズムは築けているか、適度な運動やリラックスする時間も確保できているかなど、具体的にチェックし、自身の生活改善を進めたい。
 池田先生は「健康の4モットー」として①張りのある勤行②無理と無駄のない生活③献身の行動④教養ある食生活――を挙げ、「体を動かすことは、もとより健康増進のための大きなポイントである。そのなかで特に、法のため、人のため、社会のために尽くしゆく行動が、どれほど生命を革新させ、はつらつと人生を生きる源泉となりゆくことか」と「献身の行動」の重要性を強調されている。
 健康であり続けるということは、決して簡単なことではない。健康という何物にも代えがたい価値を自覚し、自ら賢明かつ地道な努力を続けることが必要だ。その上で、人のため、社会のために献身し、挑戦と創造の人生をはつらつと歩みゆくことこそ“最高の健康法”である。
 大切な友の幸福を祈り、爽やかな対話の花を咲かせながら、自他共に健康で充実した人生の春を謳歌しよう。

◆きょうの発心   使命の天地で広布に駆ける喜び2017年3月6日

御文
 よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(華果成就御書、900ページ・編1098ページ)
通解 よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。

 よい弟子を持つかどうかで師弟の仏果が決まると、師弟不二を貫く大切さを教えられています。
 
 1971年(昭和46年)5月3日、日本武道館で開催された「鼓笛祭」に出演。初めて池田先生にお会いすることができました。障魔の嵐の中でも厳然と指揮を執られる師の姿に触れ、“弟子として師匠にお応えできる力ある人材に成長しよう。師匠の正義を宣揚できる弟子になろう”と誓いました。
 未来部・女子部時代では、鼓笛隊、本部職員として悔いなく走り抜きました。青年時代に受けた薫陶が私の原点です。
 結婚後は、母の急死や父の介護、経済闘争など、さまざまな困難がありました。しかし、一つ一つ信心で乗り越え、宿命との戦いに打ち勝つことができました。
 本年は、千葉広布70周年の佳節です。使命の天地・旭日の千葉で広布に駆ける喜びを胸に、青年を拡大し、師弟共戦の勝利の歴史を築き、2018年の「11・18」へ大前進してまいります。   第3総千葉婦人部長 桐野京子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五十三

 


 山本伸一に続いて、最後に新会長の十条潔がマイクに向かった。彼は、率直に自身の心境を語っていった。
 「数年前から山本先生は、『次はあなたたちが力を合わせて、学会を推進していくのだから、すべてにわたって、力を磨いていくように』と言われておりました。しかし、私は心のなかでは、“先生にずっと会長をやっていただくのだ”と思い、また、辞められることがないように願ってまいりました。
 ところが今回、先生は、『七つの鐘』の終了に際して、勇退を固く心に期しておられたのであります。
 日ごろから先生は、『いつまでも私を頼りにしてはいけない。それでは、広宣流布の永劫の流れはつくれないではないか』とおっしゃっておりました。私どもも、『先生。ご安心ください。私たちがおりますから』と大きなことを言ってまいりました。そして今や、その時が来てしまったのであります。
 まことに非力な、なんの取りえもない私であり、とうていこの任に堪えられるとは思いませんが、皆様方のご支援をいただいて、会員の皆様のために、全力を尽くしてまいりますので、よろしくお願い申し上げます」
 十条は、広宣流布に生涯を捧げた戸田城聖の死身弘法の実践を、また、その弟子である伸一の激闘に次ぐ激闘を、目の当たりにしてきた。それだけに会長の任の重さを肌で感じていたにちがいない。
 「初代会長・牧口先生、第二代会長・戸田先生、そして第三代会長・山本先生の三会長に脈打つ、“法のため、社会のため、民衆のため”という創価学会の大精神と広宣流布への揺るぎない大情熱を、二十一世紀へ引き継いで、安定した恒常的な流れをつくってまいります。私は、新しい気持ちで、自らの信心と弘教への姿勢を正し、第一歩からやり直すつもりで頑張っていきます」
 信心とは、日々発心、生涯発心である。常に新たな心で、“いよいよ”の気概で、精進を重ねていくのが、仏法者の生き方である。

【聖教ニュース】

◆笑顔と凱歌の新生・東北総会 世界広布新時代第24回本部幹部会 全国壮年部幹部会
 池田先生がメッセージと和歌
 原田会長、永石婦人部長が11カ国・地域の友と出席
 宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島の27会場を中継で結び

  
広宣流布の総仕上げは東北健児の手で!――東北6県27会場を中継で結び、行われた本部幹部会。宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島の友は、「地涌の正義の旗頭」との誇りも高く、広布拡大の実証を示して集い合った(仙台市の東北文化会館で)
広宣流布の総仕上げは東北健児の手で!――東北6県27会場を中継で結び、行われた本部幹部会。宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島の友は、「地涌の正義の旗頭」との誇りも高く、広布拡大の実証を示して集い合った(仙台市の東北文化会館で)

 「世界広布新時代第24回本部幹部会」が5日午後、「全国壮年部幹部会」「新生・東北総会」の意義を込め、仙台市の東北文化会館で開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長をはじめ各部の代表が、研修会で来日した11カ国・地域の友らと出席。東北6県27会場と中継で結ばれ、2万人が参加した。池田大作先生はメッセージと和歌を贈り、「広宣流布」と「立正安国」の対話で人道と共生の春を開き、若鷲のごとく、師子王のごとく、「平和の柱」と勝ち進もうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は10日から13日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
 大東北に新生の太陽が昇った! 師弟凱歌の春は来た!
 希望の光に包まれた大晴天の「本部幹部会」「新生・東北総会」。
 池田先生は、この日のメッセージで、東北6県の全同志と一緒に恩師・戸田城聖先生にご報告したいと述べ、高らかに宣言した。
 「先生、ご覧ください。未曽有の大震災の苦難にも断じて屈しなかった『地涌の正義の旗頭』たちによって、先生が願われた通り、日本中、世界中が仰ぎ見る人材の城が、我らの東北に堂々と聳え立っております」
 ――1954年(昭和29年)4月、仙台の青葉城址で戸田先生は池田先生に語った。
 「学会は、人材の城をもって広宣流布に進むのだ」
  以来、恩師の心を、わが心とする池田先生の励ましと同志の奮闘によって、東北の天地には、宗門事件の烈風にも、幾多の自然災害にも崩れぬ創価の人材の牙城が築き上げられてきた――。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆世界広布新時代第24回本部幹部会への池田先生のメッセージ
不撓不屈の前進と団結は希望輝く「未来までの物語」
 
SGI本幹研修会で来日した世界11カ国・地域の同志が、復興のシンボル・東北文化会館で記念のカメラに。“人材の牙城”と光る東北の地で、「人間共和の連帯を幾重にも」と誓い合った。初秋のニュージーランドから初来日したエイミー・キムさんは、「“不撓不屈の魂”を、東北の皆さんの姿から学びました」と
SGI本幹研修会で来日した世界11カ国・地域の同志が、復興のシンボル・東北文化
会館で記念のカメラに。“人材の牙城”と光る東北の地で、「人間共和の連帯を幾重にも」
と誓い合った。初秋のニュージーランドから初来日したエイミー・キムさんは、「“不撓
不屈の魂”を、東北の皆さんの姿から学びました」と

 一、初めに、明るい女子部の新出発、おめでとう!(大拍手)
 ひな祭りの日に創価女子会館で、婦人部・女子部の代表の皆さんにお会いした。みんな元気で、何よりもうれしい。創価の仲良き母娘の幸福勝利を、妻と祈ってい
ます。
 尊きSGIのリーダーの皆さん方を、師弟の凱歌が轟く、新・東北文化会館にお迎えすることができ、私は感無量です。本当にありがとう!
 私の心も、今、海外の不二の愛弟子たちと共に、この希望の大殿堂にあります。そして、大勝利の笑顔が光る東北6県の誉れの全同志と一緒に晴れ晴れと、恩師・戸田城聖先生にご報告したいのであります。
 「先生、ご覧ください。未曽有の大震災の苦難にも断じて屈しなかった『地涌の正義の旗頭』たちによって、先生が願われた通り、日本中、世界中が仰ぎ見る人材の城が、我らの東北に堂々と聳え立っております」と。
 全世界の創価家族が祝福し、諸天も喝采する新生・東北総会、並びに本部幹部会、さらに全国壮年部幹部会、誠に誠におめでとう!(大拍手)

冬の嵐の中で「心の財」は積まれる

 一、風雪をものともせず、男女青年部を先頭に全地区が成し遂げた見事な大折伏も、壮年部・婦人部を中心に東北家族の勇気で勝ち取った日本一の聖教新聞の大拡大も、御本仏・日蓮大聖人は、いかばかり喜ばれ、讃えてくださることでありましょうか。
 今日は福光の春を勝ち取った東北家族の皆さんと、どうしても拝読しておきたい御聖訓があります。
 すなわち――
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には『若有聞法者無一不成仏(=もし法を聞くこと有らば一人として成仏せざること無けん)』ととかれて候」(御書1253ページ)
 この御書を頂いたのは、佐渡流罪の大難の中で、所領を没収されても、正義の信仰を勇敢に貫き通したご一家です。大聖人の流罪赦免をひたぶるに祈っていた父は、師匠の凱旋を見届けることができないまま亡くなった。しかし、毅然たる母は、その志を受け継ぎ、病気の子らを抱きかかえつつ、いよいよ強盛に師弟不二の信心を燃え上がらせていったのです。
 私には、そのまま、健気な東北家族への仰せと拝されてなりません。
 荒れ狂う試練の吹雪にも、絶対に「心の財」は壊せない。いな、冬の嵐の真っ只中でこそ、「心の財」は無量無辺に積まれていくのです。
 どれほど言い知れぬ悲しみにあろうと、それでも自行化他の題目を唱え抜く。どれほど打ちのめされる逆境にあろうと、それでも広宣流布の誓願に立ち上がる。この負けじ魂の信心で、東北の宝友たちは、わが生命に「元初の太陽」を赫々と昇らせました。そして、「冬は必ず春となる」という大歓喜の勝利の体験を示し切ってくれているのであります。 この6年にわたる東北創価の不撓不屈の前進と団結は、人類に希望を贈り続ける「未来までの物語」であります。一人一人が、いかなる闇も照らし晴らす「元初の太陽」なりと、お互いに讃え合おうではありませんか!

体験を語る分だけ人間革命の花が

 一、ともあれ、信心の体験ほど、雄弁なものはありません。
 66年前、私も、青年部結成の月に第一歩を刻んだ東北の座談会で、結核を克服した自らの信仰体験を、朗らかに確信を込めて語りました。確か8人の新来者の方が次々と入会を希望してくれ、東北青年部の大拡大の突破口になったと記憶しております。
 大聖人が「もし法を聞くこと有らば一人として成仏せざること無けん」と教えてくださっているように、私たちが語った分だけ仏縁が結ばれます。それは必ず幸福の種となって自他共に心の大地に蒔かれ、いつの日か爛漫と人間革命の花を咲かせ、一生成仏の実を結んでいくでありましょう。
 私たちが、一日また一日、「一人ももれなく幸福に!」と祈り、誠実に忍耐強く重ねゆく「広宣流布」と「立正安国」の対話こそ、地球社会に平和と人道と共生の春を呼ぶ先駆の連帯なのであります。
 一、今朝、私は大好きな東北の歌「青葉の誓い」とともに、東北で生まれた懐かしい「新世紀の歌」を妻と口ずさみ、忘れ得ぬ功労の同志たちを偲びました。
 この歌には、「地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(同1310ページ)との大聖人直結の折伏精神が、誇りも高く謳い上げられております。これが、永遠の学会精神です。
 さあ我らは、若鷲のごとく、師子王のごとく、何ものも恐れず、颯爽と戦い進もう! そして日本の柱、民衆の柱、青年の柱、平和の柱として、異体同心のスクラムで一切を勝ち越えていこうではありませんか!
 終わりに――
  
 いざ昇れ
  元初の太陽
   燦々と
   冬は必ず
     春の福光を
  
と贈り、私のメッセージといたします。皆さん、どうか、お元気で!(大拍手)

◆〈座談会 栄光の峰をめざして 13〉 3月8日「芸術部の日」55周年 
 心と心を結ぶ「文化の力」
 信心で磨いた人格が光彩に
 
使命の舞台で輝く「芸術の太陽」――結成55周年の佳節を迎える“創価の華”芸術部の友。多様な分野で、鮮やかに希望の光彩を放つ(2月、巣鴨の東京戸田記念講堂で)
使命の舞台で輝く「芸術の太陽」――結成55周年の佳節を迎える“創価の華”芸術部の友。多様な分野で、鮮やかに希望の光彩を放つ(2月、巣鴨の東京戸田記念講堂で)

 永石 3月8日には、「芸術部の日」を迎えます。今年で結成55周年の佳節です。本当におめでとうございます。
 原田 思えば、1962年(昭和37年)の結成当時は、東西冷戦の真っただ中でした。武力が世界を席巻した時代にあって、「文化の世紀」の到来を見通した池田先生によって、芸術部は産声を上げました。
 石渡 当時は、ベルリンの壁が建設された直後でもありました。ベルリンを訪れた先生は、冷戦の氷の壁を解かすには、対話とともに、民衆の心をつなぐ、芸術などの文化交流が大事になると語られています。
 山本 先生が、どれほどの深い思いで芸術部を結成してくださったか。人と人をつなぎ、心と心を結ぶ「芸術」の大切さを改めて感じます。
 永石 芸術部は今や、あらゆる分野で、多彩な人材が活躍されていますね。
 木根 絵画や彫刻、工芸、書道、デザイン、写真などの「美術」の分野。クラシックやポピュラー音楽、ダンスなどの「音楽・舞踊」。演劇・芸能などの「大衆芸術」。そして邦楽(歌舞伎、能、狂言など)、日本舞踊、茶道・華道などの「伝統芸能」――さまざまな使命の場で、信心根本に挑戦をされています。
 石渡 シンガー・ソングライターのある婦人部員は、かつて子宮頸がんを患い、手術を受けました。さらに別の病も発症するなど、過酷な現実に直面し、絶望の底にいましたが、学会の同志の温かさに触れて立ち上がりました。
 山本 よく存じ上げています。その方は、“いろいろな経験をした分、多くの人の心に触れることができる。この命を、誰かのために使いたい”と、国連UNHCR協会の広報委員として、世界の難民支援や子宮頸がん検診啓発運動など、さまざまな活動に尽力されています。
 原田 先生は芸術部の同志を「人間の内奥から迸る創造的生命を脈打たせて、あらゆる逆境を勝ち越えながら、人々のため、社会のため、たゆみなく大誠実の献身を貫いておられる」とたたえられています。その通りの姿ですね。

有名無名突き抜け

 永石 先日の首都圏大会では、女優の柴田理恵さんが活動体験を発表されていました。皆さん、地域で地道に、懸命に学会活動に励まれています。
 木根 浮き沈みの激しいこの世界で、壁にぶつかったり、孤独感に苛まれたりと、自分を見失うことも多い中、同志の皆さんの励ましが、本当に大きな力になっています。周囲の評価に左右されない自己を磨くためにも、時間をこじ開けるようにして、学会活動に取り組んでいます。
 原田 忙しい中、家庭訪問などを通し、地元地域でも励ましを送ってくださる芸術部の皆さまに、心から感謝申し上げます。
 木根 先生は、芸術部への長編詩で綴られました。「有名でも 無名でもいい。
 有名 無名が 幸福を決定しない。 ひたすら 人生を立派に 向上させることだ。 そして 汝自身の芸術を 磨きに磨くことだ」と。
 原田 信心を根本に、有名無名を突き抜けて、人格と技術を磨き、一人一人が各分野で光彩を放っていますね。
 山本 世界最高峰のジャズ音楽家で、SGI芸術部長のハービー・ハンコックさんも、行事や会合などの際に、自ら率先して裏方の役員などを務めてくださっていました。
 石渡 そうした姿を見た報道関係者は、音楽界最高峰の栄誉・グラミー賞を14度も受賞している彼が、一役員として献身する行動に衝撃を受けたといいます。

世界平和の推進力

 永石 東北の被災地で、奮闘を続けている女性写真家の方もいますね。
 石渡 はい。その方は震災当初、何もかも津波で流されてしまった郷土を前に、無力感にとらわれていました。しかし、被災地の家族の“今から”“ここから”の歴史をとどめていこうと立ち上がりました。「未来への希望になれば」と今も一枚一枚、無料で家族写真を撮り、贈り続けています。
 原田 先生はこの方の崇高な振る舞いをたたえられ、「どんなに苦しい絶望の淵にあっても、そこから希望を創り出し、生き抜く力を広げていくのが、創価芸術の不屈の舞であります」と語られています。
 永石 多くの芸術部の方が被災地に何度も足を運び、真心から励ましを送られていますね。多くの方々が“勇気と希望をもらった”と深く感謝されています。
 木根 先生から芸術部に贈られた箴言にこうあります。「人間の心の深奥へ光を送ること――これが芸術家の使命である!」と。ドイツの音楽家・シューマンの言葉です。私自身の指針になっています。「一人」の心に勇気と希望の光を送ることが、芸術の使命だと教えていただきました。
 山本 私も先生の指針を胸に、少しでもお役に立てればと、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震と現地に行かせていただきました。共に励まし合い、前に進まれる被災地の方々の姿に本当に胸を打たれました。目の前の「一人」の方が少しでも笑顔になれるよう、この声が続く限り歌い、語り抜いていきます。
 原田 先生は語られました。「『文化の力』に勝るものはありません。文化が人間を、真に人間らしくする。文化は社会を照らし、明るく変えていく光です」と。この「文化の力」こそ、私たちの目指す世界平和の推進力でもあります。皆さんが、信仰者として自身を磨き、使命の舞台で「平和の文化」を築きゆかれることを念願しています。

【信仰体験】

◆〈世界の体験プラザ〉 ドイツSGI クリスチャン・ドゥンカーさん 
  国内有数のがんリハビリ病院の医長
 相手を励まして 自分が励まされる

 全世界的にがん患者が増加する傾向にあるという。米国ワシントン大学の研究グループらの最新の発表(2016年12月)によると、15年のがん罹患数は全世界で1750
万人。十年間で33%増加した――。
 

2017年3月 5日 (日)

2017年3月5日(日)の聖教

2017年3月5日(日)の聖教

◆わが友に贈る


変化の激しい時代。
さまざまな兆候を捉え
時を逃さず対処とする。
これが発展の急所だ。
深き祈りで名指揮を!

◆名字の言

  動物の写真集が売れている。猫や犬などかわいらしいものだけでなく、ゴリラも人気のようだ。“威厳のあるたたずまいが「哲学者」の雰囲気を感じさせる”という声もある▼霊長類学の研究者で京都大学総長の山極壽一氏は、集団生活をするゴリラのまとめ役を「ボス」とは呼ばず、「リーダー」と呼んで区別する。ニホンザルの場合、トップに立つのは「ボスザル」で、常に自分の力を誇示することで立場を保つ。だが集団同士のけんかになると若いオスが前線に出て、ボスは後ろに控えたままだという▼一方で、ゴリラの「リーダー」は存在感や振る舞いで周囲に頼られ、メスや子どもたちから「あなたに従っていく」と承認されている。いざ緊迫した局面になると、リーダーが一番前に出てドラミング(胸をたたくしぐさ)を。敵を威嚇し、皆を守るのだそうだ(山極壽一・小菅正夫著『ゴリラは戦わない』中公新書ラクレ)▼人間社会でも頼られるのは、威張らず、周囲に安心感を与え、いざという時は最前線に立つ責任感のある人だろう。学会で言えば、黄金柱の壮年部である▼池田先生は「勇んで戦いの先頭に立つとともに、同志の心のわかる温かい人間指導者に熟練してほしい」と壮年部に期待する。今日は同部の結成記念日。(朋)

◆〈寸鉄〉 2017年3月5日

 深い人間関係築く学会の
 草の根運動こそ平和の力
 ―識者。颯爽と友の中へ
      ◇
 御書「宅に柱なければ・
 たもたず」。広布も戦う柱
 ありて。壮年部結成の日
      ◇
 東北3県で交流交歓会。
 不屈の心で福光の春へ!
 世界の友と団結固く前進
      ◇
 我見の信心に功徳はない
 ―牧口先生。我らは永遠
 に師と共に、同志と共に
      ◇
 歩きスマホで危険な目に
 ―3人に1人と。事故の
 元だ。互いに注意喚起を

◆社説  「壮年部結成記念日」迎え 〝一人立つ〟勇士が全国に陸続と


 苦境を脱したある電機大手は社員一人一人に、“自分の後ろには、もう誰もいない「ラストマン」たれ”との指針を示し、経済の荒波を乗り切った(『ザ・ラストマン』川村隆著・角川書店)。
 “一人立つ”精神で皆を導き、時代を切り開く――学会伝統の、永遠の師弟の魂でもある。
 きょう「壮年部結成記念日」。池田先生は51年前、学会本部に集った750人の代表に、「創価の城を支えゆく、黄金柱に」と期待を寄せた。
 本紙「壮年部のページ」では先月末まで3年にわたり、広布推進の追い風にと、「わが支部のブロック5勇士」を特集した。これには3800支部以上、16万人を超える壮年の“一人立つ”勇士が登場。現在もなお、県版などで紹介が続く地域もある。1地区2ブロックから5地区17ブロックの写真まで。4度目の挑戦で悲願達成した支部や、“ブロック10勇士”が集った地域など、一枚一枚に各地の友の決意あふれる顔が輝く。
 読者からは「掲載された写真はA4版にプリントし、家族も“聖教新聞にお父さんが出たんだよ”と喜んでいます」といった声が届いた。
 ある支部では本紙購読を推進する壮年が約40人となり、これまでになかった多くのメンバーが心を一つにして躍進する。またある圏では、ブロック平均1世帯を上回る弘教を成し遂げるなど、取り組みを通じて活動者は着実に水かさを増した。
 その達成の陰には婦人部をはじめとする皆さんの、真剣な祈りと応援があったことも忘れてはならない。拡大の息吹は壮年部のみならず各部に伝わった。
 「常勝長(ブロック長)が唱題根本に会合へ、同志の激励へ、近隣友好へと走り回る姿は、地区に歓喜の波動を巻き起こしています」「私も負けないよう、友好対話で地域広布に励みます」等々、全国津々浦々の地区・ブロックから、感動と感謝の声が数多く寄せられた。
 さらに、9日には「王城会の日」を迎える。同会は今や壮年部最大の人材育成グループとなった。一人のメンバーは語る。
 「王城会の任務を通し、“会員と学会を護るのは他の誰でもない、自分なんだ”と実感。すると、縁する人の幸せを、心から祈れるようになりました」
 池田先生はつづっている。
 「壮年が決然と一人立つならば、どれほど大きな力が出るか」「学会の勝負は、最後は壮年部が決するのだ」
 新たな決意を胸に、次なる勝利の峰を目指して出発したい。

◆きょうの発心  近隣を大切に、共感の輪を広げ 2017年3月5日

御文
 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄、1132ページ・編599ページ)
通解 いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。

 強盛な祈りが、不可能を可能に転じると教えられています。
 1985年(昭和60年)、25歳の時に妹の紹介で入会。旧習深い地域のため、両親の反対に遭い、御本尊を自宅に御安置することができず、壁に向かって題目を唱える日々でした。
 “一家和楽を勝ち取ろう”と決意し、折伏に挑戦。必死に祈り、語る中、現在の妻に弘教が実りました。翌年には、私の姿を通して母が学会理解を深め、自ら入会。今では、父も一番の理解者になってくれ、一家和楽を築くことができたのです。
 73年(同48年)6月の福井県幹部会の席上、池田先生は“妙法で郷土のルネサンスを”と呼び掛けてくださいました。この福井永遠の指針を読み返し、地域広布の拡大を決意。近隣を地道に回り、本紙の購読推進を機に、学会主催の展示に参加してもらうなど、学会への共感と理解の輪を広げることができました。
 青年を先頭に、福井広布のため、さらなる強盛な祈りで前進する決意です。  福井創価県長 伊藤浩

【聖教ニュース】

◆結成60周年を荘厳 「世界広布新時代 全国学生部総会」
 池田先生が祝福のメッセージ贈る 「嵐に勝ち抜く正義の師子王に」

学生部総会の第1部ではミュージカル「レ・ミゼラブル」から「民衆の歌」を高らかに! 弘教拡大をけん引した関西、中国、八王子方面をはじめ、全国から集った“英知の陣列”が結成60周年を刻む本年の6・30へ決意を固め合った(八王子市の創価大学総合体育館で)
学生部総会の第1部ではミュージカル「レ・ミゼラブル」から「民衆の歌」を高らかに! 弘教拡大をけん引した関西、中国、八王子方面をはじめ、全国から集った“英知の陣列”が結成60周年を刻む本年の6・30へ決意を固め合った(八王子市の創価大学総合体育館で)

 結成60周年を記念する「世界広布新時代 全国学生部総会」が4日、47都道府県の学生部員の代表2425人が参加して、東京・八王子市の創価大学の総合体育館で盛大に開かれた。池田大作先生は祝福のメッセージを贈り、「いかなる嵐にも勝ち抜く正義の師子王たれ!」と万感の期待を寄せた。また総会に続き、同市内で交流座談会も行われた。(3面にメッセージ全文と関連記事)
 スポットライトの光を浴びて、ステージに立つ出演者が力強く歌い出す。その声に一人また一人と唱和し、やがて全参加者が決意の歌声を響かせる。
  
 〽同志よ入れよ
  広布の大河に 
  師の魂 受け継ぐ
  不二の光……
  
 創価の師弟に対する不当な迫害の嵐の中、学生部は誕生した。本年、結成60周年の佳節を迎える。
 今回の総会のテーマは「勝利の光源――民衆凱歌の世紀を我らの手で!」。広布のバトンを受け継ぐのは今この時――全国の若き俊英の誓いは一つになり、「民衆の歌」の大合唱に結実した。
 “夕張闘争”60周年に燃え立つ北海道の瀬尾将太さん。北海道大学に入学するも目標を見失い、引きこもり状態に。それでも学生部の先輩は温かく励まし続けた。瀬尾さんは次第に自分を取り戻し、大学生活を再出発することができた。
 一家の宿命転換を懸けて弘教に挑み、今月に御本尊流布の予定である。家族の悩みも乗り越えた瀬尾さんは「自分の世界に閉じこもっていた僕が、他人の幸福を祈り行動できる人間に成長できました」と喜びを語る。
 総会の第2部では中部の田中健さんが体験発表。田中さんは小学生の頃、病のため成長ホルモンの分泌が止まる。治療で病は克服したが、髪も抜け失意の底に。その時、池田先生から励ましの伝言が届いた。僕は絶対に負けない!――その信念を貫き、真剣に学会活動に挑戦。止まっていた発育が始まり、身長が2年で22センチも伸びた。この感動を友に語り、本年1月、弘教を実らせた。田中さんは生涯、報恩の道を歩み抜くことを誓う。
 竹岡青年部長があいさつ。板子学生部長は勇気の対話で新時代の黎明を開こうと力説。長谷川理事長が、先駆の勇者として各地で奮闘する友をたたえた。

◆東北3県でSGI交流交歓会

 
イタリアSGIの友が石巻文化会館で行われた交流交歓会へ。歌あり、笑いあり、涙ありの熱気に包まれた
イタリアSGIの友が石巻文化会館で行われた交流交歓会へ。歌あり、笑いあり、涙ありの熱気に包まれた
 3月度のSGI(創価学会インタナショナル)本幹研修会で来日した友が4日、東北3県の交流交歓会に参加した。会場は、宮城の石巻文化会館、多賀城文化会館、仙南文化会館、そして岩手文化会館、福島文化会館の5カ所である。「不屈の“みちのく魂”を学びたい」との思いで海を渡ってきたSGIの友と、「東日本大震災以来、真心のエールをありがとう!」との感謝で迎えた東北の同志が心通うひとときを刻んだ。(2面に詳報)

◆ようこそ世界の東北へ 3県5会場で交流交歓会 
 海外の友 不屈の「みちのく魂」学びたい
 東北の友 真心のエールをありがとう!
 
          
ラッセーラー! ラッセーラー! 岩手文化会館に到着した台湾の友を、ねぶた祭りの演出で歓迎
ラッセーラー! ラッセーラー! 岩手文化会館に到着した台湾の友を、ねぶた祭りの演出で歓迎

岩手/台湾

 気温差約20度の台湾から岩手に来た友を、真っ先に歓迎したのは純白の雪だった。
 生まれて初めて見たという王梓任さんは、「御聖訓が胸に浮かびました」と言う。それは「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)。
 到着した岩手文化会館内は、まさに一足早い春が来たかのよう。
 壁には、色とりどりの付箋を貼り合わせて作った“虹”が。付箋の一枚一枚に岩手の友が祈りを込めたメッセージがつづられている。その数7000枚。
 さらに青森から駆け付けた青年部が伝統の「ねぶた祭り」のパフォーマンスを、秋田男子部「嵐太鼓」も力強いバチさばきで盛大に遠来の友を迎え、笑顔また笑顔の花が咲く。
 「盛岡さんさ踊り」に続き、髙木正基さんが、東日本大震災からの再起の歩みを述懐。「どんな宿命も、必ず変毒為薬できます!」と高らかに宣言した。
 台湾の友は、あふれる感動をダンスで表現した。全参加者が立ち上がり、共に拳を突き上げる。新生の春を告げよう! その誓いを分かち合うように。

福島/オセアニア

 「チョイサ~!」と始まる民謡「会津磐梯山」に、オセアニアの友も思わず「ワオ!」と、のけぞった。笛と太鼓と日本舞踊。福島文化会館は“祭り会場”に。
 小池敏秋さん(壮年部員)の歌声にも力がこもる。先月、闘病中だった弟・幸男さんを亡くしたばかり。今回の出演依頼も一度は断った。だが、病床にあった弟の一言を思い出す。「『会津磐梯山』を歌うのは、兄貴の使命だべ」。20数年前、海外の同志を会津に迎えた時、小池さん一家は、この民謡を披露していたのである。使命――それは「負けない心を伝えることだ」。兄はマイクを握った。
 横笛を吹いて35年、海外公演の経験も持つ佐々木誠さん(副支部長)も闘病中の身。皆が自身の宿命と戦いながら舞台に臨んだ。
 演壇に立ったオーストラリアのジム・タンさんが語った。「池田先生の心がここにある――そう強く感じました」。そしてオセアニアの友から「お礼に」と合唱のプレゼント。全員で“希望の合言葉”を、心一つに叫んだ。「負げでたまっか!」

宮城・石巻/イタリア

 石巻市に立つ「がんばろう!石巻」の木製看板。イタリアの友は「ニュースで見て、そのメッセージが心に焼き付いています」と静かに語る。一行は全ての犠牲者に深い祈りをささげた。
 「当初は、絶望しかなかった。震災1カ月後に、“少しでも希望を”との一心で作りました。即座に行動できたのは池田先生の励ましがあったから……」
 看板制作者の言葉に深くうなずくイタリアSGIメンバー。コンティ婦人部長は「被災してなお、周囲を励まそうと尽力する姿に東北の強さを見ました」と感慨を語った。
 その“強さ”は、交歓会(石巻文化会館)でも光った。
 「家は全壊し、4年間、避難生活をしました。今は家を再建し、元気です」と語った加美山優乃さん(高校3年)。この春、念願の創価大学に進学する。
 経営する自動車整備工場を流失した鈴木康弘さん(地区部長)。師や同志の励ましを胸に、工場を再建した。
 イタリアの友が感謝を込めて合唱を。東北の同志のために歌詞を作成したものだ。
 〽苦難を前に師子の心で立ち上がった 
 皆さんは広布の王者……

宮城・多賀城/ブラジル

 音楽は、国も言語も文化も超える。
 その音楽に「師弟」と「広宣流布」という創価の共通の心が加わると、これほど情熱的な生命の共鳴音を響かせるものなのか。
 ブラジルの友を迎えた、宮城・多賀城文化会館での交歓会。天使少年少女合唱団が透き通った歌声で歓迎し、代表参加の山形の友も「花笠音頭」を舞う。体験発表を行った古屋幸蔵さん・節子さん夫妻は、津軽三味線を手に「津軽じょんから節」で会場を盛り上げた。
 ブラジルの友は皆、「タイヨウ(太陽)音楽隊」の隊員である。24人全員が弘教を実らせ、“東北のために”と日本に楽器を持参。席上、東北の歌「青葉の誓い」等を演奏し、歓待の真心に応えた。
 ケニ・ハファエル・コヘア・ギリェルメさんは、体験発表で力強く訴えた。「私たちは池田先生と共に、東北の皆さまと共に、必ず勝利します!」
 終了後も歌声は途切れない。ブラジルSGIの愛唱歌「サウダソン・ア・センセイ」が響きわたる。
 〽私たちの鼓動は
 高まり こだましています 
 ムイト・オブリガード(本当にありがとうございます)
 先生!

宮城・仙南/南アジア

 SGIのココが知りたい! 宮城・仙南文化会館の交歓会では、青年部・未来部の代表が南アジアの友にインタビューを行った。
 ――SGIに入会したきっかけを教えてください!(小島弓佳さん、小学5年)
 タイのソムサック議長 私は1969年の入会です。当時、恋人がおり、その女性の家族が学会員でした。私は入会しないと結婚を許してもらえないと思い、素直に入会したんです(爆笑)。それが妻でした。それから毎日、題目を唱え、人間革命の哲学を学び、信心第一で経済苦や家族の病などを乗り越えることができました。私は今、幸せでいっぱいです!
 ――心に残っている池田先生の言葉は何でしょうか?(大沼未来さん、小学5年)
 マレーシアの陳愛梅婦人部長 2000年に先生をマレーシアにお迎えした際、“勤行・唱題を根本に心の財を積むんだよ”との激励をいただきました。東日本大震災が起こった時にも、先生は“心の財だけは絶対に壊されません”と、皆さんに励ましを送られたと伺いました。これからも「心の財」を胸に、一緒に世界広布へと進みましょう!

【先生のメッセージ・特集記事】

◆全国学生部総会への池田先生のメッセージ 


 凜々しき学生部の結成60周年の総会、誠におめでとう! 全国各地から、皆、やりくりして、本当によく集ってくれました。
  今、私の心も、創価大学にあります。「先駆の誇り」に燃える君たちと、共に歌い、共に舞い、共に出陣の太鼓を乱打する思いで、すべてを見守っています。
 先頭に立って準備を重ねてきた出演者・登壇者の諸君、また、陰で一切を支えてくれている役員の諸君、本当にありがとう!
 そして、今日を目指し、知勇兼備の学生部が、自身の限界に挑戦して、広宣流布のため、立正安国のために、歴史に残る大拡大を成し遂げてくれたことは、全部、伺っています。これほど嬉しい、これほど頼もしいことはない。
 戸田先生は常に200年先を見据えて指揮を執られていた。その戸田先生と私の手づくりの学生部が結成100周年を迎える時、今ここに集い合った君たちは60代前後、最も円熟し、最も責任ある年代になっている。その時、世界広宣流布が、いかなる壮大な展開をしているか、楽しみでならない。君たちを中核とする地涌の陣列が、創価の世界宗教の新時代を、すべて牽引していくのである。
 ゆえに、私は、「いかなる嵐にも勝ち抜く正義の師子王たれ!」と託したい。
 私が、学生部と共に学んできた「御義口伝」では、師子吼の意義について、「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と仰せである。
 不二の弟子たる、愛する君たちが勇敢に正義の師子吼を貫くならば、一切の障魔を打ち破って、創価の師弟は必ずや平和と人道の大連帯を勝ち広げていくことができると、私は確信しています。
 現在の青春の日々は、悪戦苦闘の連続であろう。しかし、だからこそ、負けない自分が鍛えられる。何があろうと、久遠からの誓願をもって、今この時に出現してきた地涌の菩薩の自覚と自負を、断じて忘れてはならない。
 学生部の真価が大きく光るのは、いよいよ、これからだ。
 この混迷の世に、一人また一人と、友を糾合しながら、絶対勝利の信心の大道を前進し、「民衆凱歌の世紀」を創り開いていってくれ給え!
 全員が、学業でも進路・就職でも、断固、負けるな! 父母を大切に!
 今日明日と、楽しく有意義に、生涯の共戦の同志と、友情と連帯を深めていってください。
 君たちを送り出してくれたご家族の皆さん、地域の同志の皆さんに、よろしくお伝えください。私は、いつも君たち一人一人に題目を送り続けていきます。
 世界第一の平和と正義の学生城、万歳!
 学生部は、永遠に広宣流布の「勝利の光源」であれ!

◆〈トーク2017〉 生命のきらめきを感じよう 

 
「三陸の海」を切り取ったメインの大水槽「いのちきらめく うみ」(幅14メートル、水深7.5メートル)の前で語り合う藤森館長㊥と飯澤東北未来部長㊧、佐藤同女子未来部長。水中では、太陽の光を浴びた魚が躍動する
「三陸の海」を切り取ったメインの大水槽「いのちきらめく うみ」(幅14メートル、水深7.5メートル)の前で語り合う藤森館長㊥と飯澤東北未来部長㊧、佐藤同女子未来部長。水中では、太陽の光を浴びた魚が躍動する

 スタイリッシュな外観。圧巻の水槽群。2015年(平成27年)7月、杜の都に「仙台うみの杜水族館」がオープンしました。

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 39歳でデビュー プロレスラー 山下金吾さん 
 戦う気概が漲っているか!


 昨年9月。東京のイベントホール新宿FACEで開催されたプロレスの試合は、異様な熱気に包まれていた。「山下金吾」はさっそうと、リングの上へ駆け上がった。
 

2017年3月 4日 (土)

2017年3月4日(土)の聖教

2017年3月4日(土)の聖教

◆わが友に贈る
            

かけがえのない人生。
同じ生きるなら
何かで歴史を残すのだ。
「あの人を見よ」と
皆に仰がれる生き方を!

◆名字の言


  今、北海道の日本海沿岸が各地で白く濁っている。ニシンの群れが産卵で押し寄せる「群来」という現象だ。なかでも江差町では大正2年以来、104年ぶりとのこと▼「春告魚」の異名を持つように、かつて春はニシン漁で栄え、全国へ向かう北前船は大にぎわいだったが、近年は激減し、群来も見られなかった。関係者は資源回復を目指し、稚魚の放流を地道に続けてきた▼豊漁か不漁かは運次第、という面もあろう。だが「それだけではない」と、50年近く漁師として生きてきた壮年部員が語っていた。「人一倍の努力と研究、そして真剣な祈り。豊漁は、自分がつかみとるものです」と▼104年前といえば、第2代会長の戸田先生は13歳。北海道・厚田の尋常小学校高等科に通っていた。首席で卒業後、進学を断念して始めた仕事は、海産物の買い付けや問屋への引き渡しなどだった。ニシン漁が不振になった後年、どうすれば苦境を打開できるか、村民と真剣に討議し、心尽くしの援助もしている▼今年は「農漁光部の日」40周年。私たちの生命の営みは、大地や大海と向き合い、心血を注ぐ人々の尊き奮闘によって支えられている。かつて池田先生は詠んだ。「不思議なる/地球の恵みの/尊さよ/豊作豊漁/今日も祈らむ」(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年3月4日

 会長は差異を超え非暴力
 思想を現代に蘇らせた―
 博士。万人を結ぶ指導者
      ◇
 東京・世田谷の日。山の手
 に輝く人間共和の大城。
 凱歌の春へ勇気の大行進
      ◇
 国際本部が発足15周年。
 世界広布の伸展支える開
 拓者。先駆の対話拡大を
      ◇
 生命力が強ければ強いほ
 ど人は幸福になる―戸田
 先生。強盛な祈りで前へ
      ◇
 スマホ使用の女子高生、
 26%が「頭痛」等自覚。健
 康第一。規律決めて活用

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   五十二
 
 


 山本伸一の言葉には、次第に熱がこもっていった。
 「広布の旅路には、さまざまな出来事がある。変遷もある。幹部の交代だって当然あります。そんなことに一喜一憂するのではなく、ひたすら広宣流布に邁進していくんです。それが学会精神ではないですか!  
 『未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事』(御書一六一八ページ)との、日興上人の御遺誡通りに進んでいこうではありませんか!
 私は私の立場で、一個の人間として、全精魂を尽くして広宣流布を推進していきます。皆さんも一個の人間としての使命を自覚し、一人立ってください。何があろうが広宣流布に生き抜いていこうという決心が大事です。
 組織というのは、人びとを成仏へ、幸福境涯へと導いていくための手段であり、組織の機構や役職自体に功徳があるわけではない。組織は大切だが、人間に例えれば骨格といえます。その組織にあって懸命に広布のため、友のために活動に励んでこそ、そこに温かい人間の血が通い、皆が歓喜につつまれ、自身も偉大なる功徳を受けることができる。
 したがって、幹部は、組織の上に安住したり、官僚化するようなことがあっては絶対にならない。どこまでも、会員のため、広宣流布のために、異体同心で助け合い、潤いのある、安心できる組織の運営をお願いしたい。
 何があろうが、御本尊の功徳は絶対です。ゆえに、不変の信心で進むことです。決して感傷的になってはいけません。
 ともかく、幸せになってください。ご自身が、ご一家が、皆が幸せになることです。それが私の願いであり、祈りです。そのために日蓮大聖人から、“立派な信心であった。良き弟子であった”と賞讃される、悔いなき前進の日々であってください」
 伸一は、心からの思いを訴えた。
 彼は、皆が“一人立つ信心”の勇者であってほしかった。それこそが、自身の幸福を開き、広宣流布を開く根源の力となるからだ。

【聖教ニュース】

◆原田会長を中心に全国総県長会議 


 祈りと励ましと団結。この「法華経の兵法」で勝て!――広布前進の息吹みなぎる全国総県長会議が3日、東京・新宿区の創価文化センター内の金舞会館で行われた。

【先生のメッセージ・特集記事】
                         

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 滔々たる人材の流れを2017年3月4日

 未来の一切は、
 後継者で決まる。
 若い人が
 命を継いで立ち上がってくれれば、
 将来も
 永遠に勝ち続けることができる。
 滔々たる
 人材の流れをつくった人が、
 本当の勝利者である。
 “後継”と
 “後続”とは異なる。
 後方の安全地帯に身を置き、
 開拓の労苦も知らず、
 ただ後に続く
 “後続の人”に、
 “後継”の責任を果たすことなど
 できようはずがない。
 “後継の人”とは、
 勝利の旗を打ち立てる
 “先駆の人”でなければならない。
 
 世間には
 浅薄な人間関係で
 よしとする風潮があろうが、
 学会は違う。
 あらゆる機会をとらえて、
 語り合うのだ。
 耳を傾け、励ますのだ。
 共に悩み、共に祈るのだ。
 共に動き、共に戦うのだ。
 その人を知れば知るほど、
 「必ず広布の人材にしていこう!」
 「必ず師匠に縁させていこう!」と
 祈りは深まる。
 この深き祈りこそ、
 「人材・拡大」の原動力である。
 
 「師弟」に生きる人は強い。
 断じて、勝っていける。
 私は、師弟の道に徹しゆく
 本物の「師子」をつくりたい。
 一騎当千の
 力のある師子を育てたい。 
 いかなる嵐にも微動だにしない、
 正義の師子を、
 一人でも多く
 育てていきたいのだ。
 それが今の私の願いである。
 
                                                                          
 
 まばゆい緑の中を進むと、そそり立つ岩壁から清らかな流れがほとばしっていた。
青森県十和田市の奥入瀬渓流にある「九段の滝」。1994年(平成6年)8月、
池田大作先生がカメラに収めた。
 先生は同月、市内の東北研修道場を訪問。諸行事の合間を縫って、近くにある奥
入瀬渓流のほとりを、同志と共に歩いた。
 水は、よどみなく流れるからこそ、清流となる。人もまた、励まし続けてくれる
存在がいるからこそ、勇気と挑戦の心が湧き、力ある人材へと成長することができ
る。
 広布後継の3月。
 まず、自らが一人立つ。そして人材を育て、共に進みゆこう。その“共戦のドラマ”
が、新たな広布の未来を開く。

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 “競争社会”を生きる①


 現代社会の課題に向き合い、創価の思想・哲学の価値について考える「グローバルウオッチ 若者と希望」。「“競争社会”を生きる」の第1回では、厳しい勝負を避けられな                                                      

◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉3 立正安国
 
 
マンガ・イラスト 逸見チエコ

より良き社会をつくる主体者に!

 池田先生は、「生命の根本的な濁りを浄化して、人間社会全体の安全を実現していく最も根源的な平和哲学」として「立正安国」を挙げられました。今回の「みんなで学ぶ教学」では、平和を実現する根本の法理である「立正安国」をテーマに学びます。
「生命尊厳」を基調に
 ――創価学会の活動は、社会のさまざまな分野に広がっていて驚きました。
  
 “世間から離れて修行に励む”という、宗教に対する一般的なイメージから、かけ離れているかもしれません(笑い)。
 学会員は信仰を通して、自身の境涯を向上させるだけでなく、周囲とも積極的に関わることで、社会をより良く変えていこうと挑戦しています。事実、平和・文化・教育などの分野で多くの同志が活躍しています。
 その行動の背景には、「立正安国」という大理想があるからです。
  
 ――どういう意味があるのでしょうか。詳しく教えてください。
  
 「正を立て、国を安んず」と読みます。
 「立正」とは、万人の成仏を可能にする妙法を信じ、実践することであり、また、仏法の生命尊厳・人間尊敬の思想を社会の基調としていくことです。
 「安国」とは、社会の繁栄と世界平和であり、身近でいえば私たちの生活の安穏にほかなりません。
 「立正安国」の法理については、日蓮大聖人が、当時(鎌倉時代)の民衆の苦悩を解決するための方途を示された「立正安国論」(御書17ページ)に説かれています。

民衆の幸福を目指す


 ――「当時の民衆の苦悩」とは、具体的にはどのようなものだったのでしょうか?
  
 当時は、大地震、大風、洪水などの自然災害が相次ぎ、加えて疫病や飢饉が発生するなど、人々は苦悩に見舞われていました。こうした中、仏教の諸宗がさまざまな祈禱や方策を講じたものの、全く効果がありませんでした。
 大聖人は、“民衆が信じる誤った思想こそ、不幸の根本原因である”との確信を「立正安国論」に認められ、当時の社会を治めていた為政者・北条時頼に提出したのです。
  
 ――封建時代にあって、時の権力者に意見するとは、すごいですね。
  
 大聖人は、「王は民を親とし」(同1554ページ)、「(為政者は)万民の手足」(同171ページ)等と仰せです。為政者は民衆を根本とすべきであるとお考えになっていました。人々の幸不幸を左右する責任ある立場にあるのが為政者ですから、大聖人は強く諫められたのです。
 また、大聖人直筆の「立正安国論」では、「国」の字を表記する場合に、国構えに民と書く「囻」の字を多く用いられていました。大聖人の「くに」に対する捉え方は、王がいて「くに」があるのではなく、民がいてこそ「くに」があるという、民衆が生きる基盤としての国土であると拝されます。当時としては画期的な国家観でした。
 ゆえに、“不幸に喘ぎ苦しむ民衆をなんとしても救いたい”――この大聖人のお心が「立正安国論」につづられています。

一対一の対話が大切
 ――大聖人は、「立正安国論」でどのようなことを訴えたのでしょうか。
  
 大聖人は、「立正安国論」の結論部分で、「あなたは一刻も早く信仰の寸心を改めて、実乗の一善に帰依しなさい」(同32ページ、通解)と仰せです。人々が不幸に苦しむ原因は誤った思想にあり、その解決のために確固たる哲学を根本にしなければならないと主張されました。
 「実乗」とは真実の教えの意味で「法華経」を指しており、「一善」とは「根本の善」という意味です。「根本の善」とは、法華経の万人成仏の法理であり、それを実現する南無妙法蓮華経です。
  
 ――私たちが実践する上で大切なことを教えてください。
  
 まず、祈る姿勢が大切です。「一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである」(同31ページ、通解)と仰せのとおり、世界の平和と全人類の幸福の実現なくして、自身の安穏の実現もないというのが、大聖人の御精神であり、私たち仏法者の祈る姿勢そのものといえます。
 次に「一対一の対話」が挙げられます。
 “社会を変える”といっても、世の中の仕組みを形式的に変えることで、すぐに実現できるものではありません。
 社会を構成する一人一人の胸中に正法を打ち立て、生命尊厳の思想が社会のさまざまな分野の根本原理となっていくなかにこそ、真の幸福社会が実現されます。
 妙法を持った一人が対話を積み重ねる――これこそ「立正安国」への直道です。これからも仏法の理念を根本に、より良い社会を建設する主体者として輝いていきたいですね。
放課後メモ
 「立正安国」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…小説『新・人間革命』第4巻「立正安国」(聖教新聞社)
 ○…『現代語訳 立正安国論』(同)
 ○…『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために――立正安国論』(同)

【信仰体験】
            

◆〈信仰体験〉 佐伯魚市場の営業課長として奮闘 職場で地域で断じて勝つ!


 【大分県佐伯市】明5日に結成51周年を迎える壮年部の3モットーは、「生涯求道の壮年部」「職場で勝利する壮年部」「地域貢献の壮年部」。この3モットーのままに奮闘…

2017年3月 3日 (金)

2017年3月3日(金)の聖教

2017年3月3日(金)の聖教

◆わが友に贈る


尊き婦人部・女子部の
皆様に感謝と讃嘆を!
聡明な女性の声が
友の内なる力を引き出し
平和の世紀をつくる。

◆名字の言


  黒澤明監督のもと、数々の作品に携わった脚本家の橋本忍氏。映画『七人の侍』の脚本の決定稿を書き始めた日、黒澤監督が氏の元へ。分厚い大学ノートを取り出し、黙ってページをめくり続けた▼覗き込むと、そこには「歩き方」「わらじの履き方」「声を掛けられた時の振り返り方」など、あらゆる場面における登場人物の立ち居振る舞いが、細部に至るまで書き込まれていた▼氏によればシナリオを書く際、誰もが大まかなストーリーが整うと、人物設定で手を抜いてしまいがちという。しかし、シナリオの出来栄えを最後に決めるのは「人物の彫り」。「人間は恐ろしいほど数多い共通点を持ちながら、一人一人に特色があって違うのだ。だからドラマが成立する」(『複眼の映像』文春文庫)と▼広宣流布という壮大な民衆のドラマも、個々の人間の“活写”なくして語れまい。池田先生は「ともすれば、大きいところや目立つところに、人の意識は向かうものだ。だが、仏法が焦点とするのは、あくまでも一人の『人間革命』である」と▼変革は全体ではなく、常に「一人」から始まる。一人の友が人間革命に立ち上がる。それを励まし支え合う中で、歓喜は万波と広がる。「全員が主役」と輝く勝利のドラマをつづろう。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年3月3日

  繋がりを大切にする学会
 の「人の孤立防ぐ役割」に
 期待―教授。共生の大地
      ◇
 大阪婦人部の日。「何でも
 1番」との誇りで信頼を
 拡大。常勝の太陽は燦然
      ◇
 本当に与えうるのは自分
 の持つ希望だけだ―哲人
 堂々と信心の歓喜を語れ
      ◇
 携帯メール使った詐欺が
 多発。不審な請求は無視。
 相手への電話も必要なし
      ◇
 桃の節句。健やかな成長
 を祝福。幸福願って皆で
 真心込めた祈りと激励を

◆社説   師弟の月・3月を前進  青年の正義の声で人類照らせ


 きょうはひな祭り。女子部をはじめ、創価の友は、幸福の花を薫らせ、各地で生き生きと弘教と友好の拡大に励んでいる。

◆きょうの発心   嵐に耐え抜き、勝利の因を積む2017年3月3日

御文
 過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ(開目抄、231ページ・編461ページ)
通解 過去の因を知りたいと思うなら、その現在の果を見なさい。未来の果を知りたいと思うなら、その現在の因を見なさい。

 厳しい生命の「因果の理法」を記された一節です。
 
 1962年(昭和37年)、長兄の入会を機に一家で学会に入り、その後、きょうだい7人全員が入会。経済苦を乗り越えようと、女子部時代から学会活動に励んできました
 81年(同56年)に結婚。同年12月、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、池田先生は熊本に来られ、母と私は、熊本文化会館でお会いすることができました。この折の「人生には、いろいろな坂がある。その宿命的な坂を一つ一つ乗り越えていくのが人生であり信心です」との指導が原点です。
 その後に行われた記念撮影の際、先生の提案で万歳三唱し、全員で「田原坂」を大合唱。翌々日の聖教新聞に、この模様が大きく掲載され、わが家の金の思い出となりました。2人の子どもも広布の後継者となり、当時、おなかにいた子は、牙城会として日々、奮闘しています。
 「妙法の/城の南に/嵐をば/耐えに耐えたる/友や尊し」とのお歌を胸に、広宣流布大誓堂完成5周年の明年へ、幸福と勝利の因を積み重ねてまいります。  熊本城南県総合婦人部長 杉本己津代

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   五十一
 


 本部幹部会で山本伸一は、新会長の十条潔の登壇に先立ってあいさつした。マイクに向かうと、皆、緊張した面持ちで凝視した。
 「そんな怖い顔で睨みつけないで。新会長誕生のお祝いなんだから。それに、私も十九年間、会長として頑張ってきたんですから、笑顔を浮かべて、『お疲れさまでした』ぐらい言ってくれてもいいんじゃないの」
 彼のユーモアに大爆笑が広がった。会場の重たかった空気は、一瞬にして軽くなった。
 伸一は言葉をついだ。
 「『七つの鐘』――ここには、戸田第二代会長の、広宣流布への強い、強い決意が込められていた。それは、この終了までに、広宣流布の大いなる世界的展開の基礎をつくっておきたいということであった。その『七つの鐘』の総仕上げを、御本尊の御力と全同志の健気なる努力によって成し遂げることができました。この席をお借りして全会員の皆様に心から感謝申し上げます。
 一人の指導者がいつまでも指揮を執っていることは、永続性を維持していくうえで、どうしても改めていかなければならない。その意味から、未来を展望し、今回の新たな出発となった次第であります。
 十条新会長は、私よりも少し年上です。年齢の下の人にバトンタッチする方が自然かもしれませんが、学会の組織は大きい。したがって分別盛りで、学会の草創期から共に苦労して歴史を築いてきた人が会長に選出され、大変に嬉しく、安心いたしております。
 新会長は、非常に几帳面で責任感が強く、公平であり、体も人一倍頑健です。
 一方、森川新理事長は、私や十条新会長の先輩でもあり、一緒に戸田先生の後継を担ってきた一人です。あまり目立たなかったが、信心の姿勢は抜きん出ています。
 どうか、新会長、新理事長を中心に、異体同心の信心で大いなる奮闘をお願いします」
 大聖人は「異体同心なれば万事を成じ」(御書一四六三ページ)と記されている。この御文にこそ広宣流布実現の要諦がある。

【聖教ニュース】

◆韓国・全羅南道和順郡から 池田先生ご夫妻に特別顕彰牌 
「人類繁栄の道を開拓」副郡守

晴れやかに行われた授与式。金京虎副郡守をはじめ、韓国SGIの南光州圏の代表ら700人が祝福した(南光州幸福文化会館で)
晴れやかに行われた授与式。金京虎副郡守をはじめ、韓国SGIの南光州圏の代表ら700人が祝福した(南光州幸福文化会館で)

 韓国・全羅南道の和順郡からSGI(創価学会インタナショナル)会長の池田大作先生ご夫妻に「特別顕彰牌」が贈られた。生命尊厳と人間主義の哲学を掲げ、世界平和に尽くす貢献をたたえたもの。授与式は2月27日、南光州幸福文化会館で挙行され、同郡の金京虎副郡守から金仁洙韓国SGI理事長、金暻希同婦人部長に顕彰牌が託された。
                                                                        ◇ 
 国立公園に指定されている無等山や、巨大な絶壁で知られる和順の赤壁など、美しい自然景観に恵まれる和順郡。古来、郡内に流れる河川に沿って人々が住み、彼らが築いた支石墓群は世界文化遺産に登録されている。
 悠久の歴史と文化、雄大な自然が織りなす天地にあって、韓国SGIのメンバーは、池田先生の「良き市民たれ」との指針のままに、地道な社会貢献に徹してきた。 
 図書贈呈運動や1人暮らしの高齢者・障害者を支える活動、地域行事への参加など、仏法即社会の哲理に裏打ちされた真摯な振る舞いによって、地域の人々から厚い信頼を寄せられるように。池田先生ご夫妻への「特別顕彰牌」の授与は、そうした積み重ねが高く評価されたものである。
 晴れの式典では、婦人部「トラジ合唱団」が和順郡民の歌などを合唱。金仁洙理事長の後、金京虎副郡守が登壇した。
 「池田会長は、国家や社会に存在する不信の壁を壊して世界に信頼と平和の連帯を築き、人類の繁栄の道を開拓してこられました。韓日友好、そしてわが郡の発展にも寄与される池田会長ご夫妻に、感謝の思いは尽きないのです」

【先生のメッセージ・特集記事】


◆英字紙ジャパンタイムズに池田先生が寄稿 
 今こそ核の脅威終わらせる条約を

SGI代表が出席した国連総会第1委員会(昨年10月、ニューヨークで)
SGI代表が出席した国連総会第1委員会(昨年10月、ニューヨークで)

 池田先生が「今こそ核の脅威を終わらせる条約を」と題して、英字紙「ジャパンタイムズ」(1日付)に寄稿した。
 今月末からアメリカ・ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約の締結に向けた交渉が始まることを受けて、唯一の被爆国である日本が歴史的な使命と責任に基づき、交渉会議に自ら参加するとともに、核保有国や依存国へも参加を働きかけるべきと強調。また、この条約作りを“地球的な共同作業”とするためにも、市民社会の声を、民衆主導による国際法としていくべきと訴えている。
 この内容は、以下のサイトで閲覧できます。
 http://www.japantimes.co.jp/opinion/2017/02/28/commentary/japan-commentary/time-treaty-bring-end-nuclear-danger/

◆〈世界写真紀行〉第10回 トルコ・イスタンブール 
 対話の力で“友情の海”を

イスタンブールの高台からボスポラス海峡を望む。手前がヨーロッパ側、対岸がアジア側
イスタンブールの高台からボスポラス海峡を望む。手前がヨーロッパ側、対岸がアジア側

 一つの都市の中に、アジアとヨーロッパが存在する――この何とも不思議な光景は、地球上、ここでしか見ることはできない。
 トルコ最大の都市・イスタンブール。
 町の中央にあるのは“世界で最も混雑する航路”といわれるボスポラス海峡。この東側がアジア、西側がヨーロッパになる。海峡の幅は広くても2・5キロ、狭いところでは700メートル程度なので、日々、橋や船を使って“アジア”と“ヨーロッパ”を行き来する人も多い。
 この東西交流の要地を巡って、古くから大国の興亡が繰り返されてきた。
 古代の名は、ビザンチウム。4世紀末からは、東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルとして栄えた。15世紀にはオスマン帝国の首都となり、やがてイスタンブールと呼ばれるようになる。昔も今も、多様な民族と文化が往来する、国際色豊かな都市だ。
 著名な地理学者でもあった初代会長・牧口常三郎先生は、自著『人生地理学』の中で、イスタンブールを“社会、文化、経済における、世界に開かれた一大中心地”として注目している。
 池田大作先生は、この地を2度訪れている。初訪問は1962年2月だ。
 現地の案内人と共に、先生の一行は、ビザンツ建築の傑作といわれる「アヤ・ソフィア博物館」などを見学。数千の店が軒を連ねるグランド・バザールを歩いた。出会う人たちは「ジャポン(日本人)!」と、笑顔で歓迎してくれた。
 この時の訪問の様子が、小説『新・人間革命』第6巻「遠路」の章につづられている。
 山本伸一の一行は、小高い丘へ上り、日本とトルコの友好の歴史を語り合った。
 さらに話は、両国の“友情の原点”ともいうべき史実に及んだ。「エルトゥールル号の遭難事故」である。
 ――1890年9月、トルコの使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が、和歌山沖で台風に遭遇して沈没。同艦には650人余が乗っていたが、ほとんどが生命を失う大惨事となった。
 その中で、ごく少数の人が自力で海岸にたどり着き、大島(現・串本町)の人々が事故の発生を知る。
 すぐに村長はじめ村人たちが駆け付け、生存者の救援活動に当たった。さらに嵐の後、村人たちは遺体を手厚く葬った――。
 山本伸一は言う。
 「苦しんでいる人に手を差し伸べ、胸を痛める人間の心に国境はありません」
 「根本はこの“民衆次元”の交流であることを忘れてはならないと私は思います。
 民衆は海です。海が穏やかであれば、たくさんの船が往来できます。同じように、民衆同士がしっかりと友情で結ばれていれば、信頼が生まれ、平和が生まれる。そして、その平和の海を、あらゆる次元の友好交流の船が渡っていけます。
 私たち創価学会がやろうとしていることは、世界を結ぶ“人間の海”“友情の海”をつくるということなんです」
 新しい出会いから、新しい価値が生まれる。だからこそ一人また一人と友情を結びたい。誠実な対話で、どこまでも粘り強く。それが、やがて“友情の海”になる。

2017年3月 2日 (木)

2017年3月2日(木)の聖教

2017年3月2日(木)の聖教

◆わが友に贈る


「継続」こそ力なり。
三日坊主も10回やれば
1か月やったことに。
諦めの心に打ち勝ち
朗らかに歩み続けよう!

◆名字の言


  東日本大震災から6年になるのを前に、各地の行政機関や公共施設などで災害時の避難訓練が行われている▼先日、宮崎県の学会の会館で近隣住民らが参加して避難訓練が行われた。この会館は、南海トラフ巨大地震で浸水が想定される地域にあり、「津波避難ビル」に指定されている。参加者は会館内の避難経路などを確認した後、SOKAチャンネルVODで「災害対応訓練番組」を視聴。住民からは「学会の会館に初めて来ましたが、広くてしっかりした施設を頼もしく感じました」などの声が寄せられた▼昨年の熊本地震でも、会館に多くの避難者を受け入れた。阿蘇白菊会館の受け入れに対しては、地元の自治会から先月、熊本創価学会に感謝状が贈られている。「貴学会の地域密着の志と行動を讃え」と記されていた▼池田先生は、災害時には“避難所”として機能する会館の役割について述べた後、「地域を守り、繁栄させ、人びとを幸福にしていくための会館です。学会の会館は、地域の発展に寄与する灯台です」とつづっている▼会館は、信心錬磨の道場、平和・文化・教育運動の発信拠点であるとともに、“地域の安心の灯台”である。この誉れの使命を胸に、近隣への配慮を忘れず、真心で宝城を守り輝かせていこう。(誼)

◆〈寸鉄〉 2017年3月2日
 

 人に会うことが広宣流布
 だ―戸田先生。さあ栄光
 の3・16へ。対話の大波を
      ◇
 埼玉男子部の日。正義の
 魂を継ぐ丈夫よ!鉄桶の
 団結で拡大の金字塔築け
      ◇
 歓びは外からではなく人
 の内部から湧く―哲人。
 生命が輝く題目。朗々と
      ◇
 車と自転車の死亡事故、
 交差点の出合い頭で多発
 と。左右の確認しっかり
      ◇
 世界の平均寿命は更に延
 びると。問われる生き方。
 生涯向上の多宝会こそ鑑

◆社説   「誓願」に生き抜く人生  御書を学び、対話の春風を!


 万物が伸びゆく、躍動の春3月を迎えた。草木が力強く芽を吹き、花が爛漫と咲き薫る様子を日蓮大聖人は、「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生して華敷き栄えて世に値う気色なり」(御書574ページ)と仰せだ。
 「春」は、生命や希望を象徴する季節。さわやかな対話で善の連帯を広げる青年部もまた、希望の象徴といってよい。
 昨今、青年層を取り巻く環境は、決して優しいものではない。「格差社会」「競争社会」とは、厳しい現実でもあろう。社会的な分断傾向が強まり、孤立する人々も少なくない。過酷な激動の時代にあって、未来に希望を見いだすことさえ困難と感じる若者もいるかもしれない。
 しかし仏法は、誰もが尊極の生命を持っていると説く。生命そのものが最高の希望なのだ。であるならば、まず、「何のために生き、何のために自身の生命を使うのか」との人生の問いに立ち返って、考えてみることが大切ではないだろうか。
 大聖人は、父親を早くに亡くし、さらに、信仰を理由に迫害を受けながら信心根本に歩む南条時光を、常に励まし続けた。21歳の時光に対しては、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561ページ)と誓いに生きる人生を訴えられている。
 家庭においても、地域においても、要の存在として奮闘していた青年・時光は、師の薫陶に応える一心で、苦難を勝ち抜いていった。その師弟の崇高なドラマは、時を超えて、現代にまで語り継がれている。
 御書を拝すると、大聖人とその弟子たちは、同じ「広宣流布」という「誓い」を共有していたからこそ、いかなる大難にも屈せずに勝ち抜くことができたことが分かる。師匠の慈愛と弟子の闘争の軌跡を身に刻むのが、教学を学ぶ意義の一つであ
ろう。大聖人の御精神に触れ、師と誓いを共にする中で、無限の勇気が湧き、最高の智慧を発揮し、仏の慈悲を体することができるのだ。
 「大白蓮華」3月号の池田先生の講義「世界を照らす太陽の仏法」には、「大願を掲げた青年が変革の結集軸になっていけば、時代は必ず動きます。いかなる運動・団体においても、青年が焦点となるのです」と誓いに生き抜く青年に対する、万感の期待がつづられている。
 本年は、御書発刊65周年の佳節でもある。生き生きと教学研さんに励み、友情を広げる対話の春風を起こしていきたい。

◆きょうの発心  生涯、師弟共戦の誓いに生きる2017年3月2日

御文
 なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず(四条金吾殿御返事、1192ページ・編1219ページ)
通解 どのような兵法よりも法華経の兵法を用いていきなさい。法華経薬王品第23に「諸余の怨敵は、皆悉摧滅せり」と説かれる金言は決して空しいはずがない。

 法華経の兵法こそ、勝利への最高の要諦である、と仰せです。
 
 中学卒業後、山形の親元を離れ、宮城の高等専門学校に進学。家族のように温かい地区の皆さまに励まされながら信心を学び、19歳の時には、初めて弘教を実らせることもできました。
 社会人になってから、仕事で転居が続きましたが、本部運営創価班など、進んで鍛えの青春を送りました。
 2001年(平成13年)9月23日、千葉青年部総会で池田先生は、「平和を願うならば、平和の準備をせよ! すなわち、断固として広宣流布せよ!」と呼び掛けられ、師と共に戦う誓いを新たにしました。
 04年(同16年)には20年勤めた会社が突如、倒産――。今こそ宿命転換の時と決め、この御文を拝しながら唱題に挑戦し、再就職を果たすことができたのです。
 本年は、野田の地に先生をお迎えしてから45周年、千葉広布70周年の佳節です。野田総県は、青年を先頭に弘教と聖教拡大に取り組み、必ず師匠の期待に応えてまいります。
  千葉・野田総県長 齋藤慎也

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章    五十
 
 


 激動の一夜が明けた四月二十五日――「聖教新聞」一面で、「“七つの鐘”を総仕上げし新体制へ」との見出しで、新会長に十条潔、新理事長に森川一正が就任し、学会は新体制で出発することが発表された。また、会長を辞任した山本伸一は名誉会長となり、併せて宗門の法華講総講頭も辞任することが報道されていた。
 さらに、「全国会員の皆様へ」と題して、伸一のメッセージが掲載されたのである。
 その中で彼は、前日の県長会で発表された三点にわたる会長勇退の理由を述べた。そして、新たに到来する一九八〇年代を展望し、「社会、世界に、信頼と安定の創価学会をば、新会長を中心に立派にもり立てていただきたい」と訴えたのである。
 何度も読み返した人もいた。辞任の経緯はわかったが、発表を聞いたのは昨日であり、皆、戸惑いは拭いきれなかった。
 この日、午後一時半から、信濃町の広宣会館(創価文化会館内)で、「七つの鐘」総仕上げを記念する四月度本部幹部会が開催された。いつもなら参加者は喜々として集って来る。しかし、皆の表情は硬かった。
 “これから、山本先生はどうなってしまうのか”“学会はどうなってしまうのか”
 そんな思いが、心に不安の影を投げかけ、皆の顔から笑みを奪っていたのだ。
 参加者が会場に入ると、普段とどこか違っているように感じられた。いつも会長のスピーチのために、前方に向かって左側に用意してあるテーブルとイスがなかった。そんなことも、寂しさを募らせるのである。
 やがて伸一が入場した。歓声があがった。
 伸一は、悠然と微笑みながら言った。
 「さあ、万歳を三唱しよう。学会の新しい出発だもの。威風堂々と進むのが学会だ。師子は、いつも師子じゃないか!」
 力強い声に勇気が湧いた。一人の闘魂が、皆の闘魂を呼び覚ます。御聖訓には「一の師子王吼れば百子力を得て」(御書一三一六ページ)と。元気な「万歳!」の声が響いた。

【聖教ニュース】

◆「希望の教育 平和の行進」 池田先生とアメリカの歴史学者ハーディング博士の対談集 
    フランス語版完成 
    非暴力の指導者・キング博士らの精神的遺産を継ぐために

初めての出会いを喜び合うアメリカの歴史学者ハーディング博士と池田先生(1994年1月、東京・信濃町の聖教新聞本社で)
初めての出会いを喜び合うアメリカの歴史学者ハーディング博士と池田先生(1994年1月、東京・信濃町の聖教新聞本社で)

 池田大作先生とアメリカの歴史学者ビンセント・ハーディング博士の対談集『希望の教育 平和の行進――キング博士の夢とともに』のフランス語版『L’espoir de la démocratie(民主主義の希望)』が、フランスのアルマッタン社から発刊された。
 フランスの政治思想家トクヴィルは1831年から32年にかけて米国を訪問。見事に花開いた民主主義の根底に、社会に根差した「平等」の精神を見た。しかしそれは、奴隷解放前の米国であり、“将来、大革命があるとすれば、不平等にさらされた黒人の存在によってもたらされるだろう”と予見した。これは、本書の第1章で池田先生が触れているエピソードである。
 このように、本書では、米国の歴史に脈打つ良質な精神、真の平等を勝ち取るための人権闘争、共生の人類社会への方途など多彩なテーマを巡って、非暴力の心を継ぐ二人が縦横に語り合っている。
 ハーディング博士(1931~2014年)は、1958年に公民権運動の指導者キング博士と出会う。以来、人種差別の撤廃へ、キング博士と共に戦った。その後、歴史学者、人権運動家等として、非暴力の精神を次世代へと伝える取り組みに人生を捧げた。
 池田先生とハーディング博士は94年、東京で初めて会見。以来、往復書簡等で語らいを重ね、本対談集が編まれた(日本語版は2012年に発売)。
 キング博士ら先人の理想の実現へ、二人が導いた結論は、「教育」の充実という点で一致している。
 「直面する危機の時代にあって、非暴力の思想を、いかに継承し“平和と共生の地球社会”を創造していくか」(池田先生)との問いに対して、博士は「『非暴力の思想』を継承し、さらに展開していくためには、それを教育の中心に据える以外にありません」と。
 キング博士と夢を共有し、「真の民主主義」のために戦ったハーディング博士との対談集。日本語、英語に続く3言語目の出版となった。

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉55「師子王の心」で勝ち進め!

御文
 願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ  (閻浮提中御書、1589ページ)
通解 願わくは、わが弟子等は師子王の子となって、群狐に笑われることがあってはならない。

同志への指針

 師子王は百獣を恐れない。
 大聖人の正統として、我ら壮年部は広宣流布と立正安国の誓願に走り抜いている。
「師子王の心」を取り出せないわけがない。いかなる険難も悠然と乗り越えゆくのだ。
 信頼する勇猛精進のわが戦友よ、厳然と皆を守りゆく創価家族の父たちよ、「忍辱の鎧」をまとい、混迷の社会に断固と勝利の大道を開きゆこうではないか!

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉12 黄金柱の誉れ・壮年部 
 師と共に総仕上げを飾りゆけ!
 ブロック5勇士の勢いが加速

 高橋 2014年から3年にわたり、聖教新聞に掲載された「わが支部のブロック5勇士」特集が、2月28日付で終了しました。
 萩本 これまで3800を超える支部が登場し、16万人を超えるメンバーの写真が紙面を飾った計算となります。 
 長谷川 壮年部結成50周年を契機とした空前の大家庭訪問運動に、皆が拍手を送っています。
 
 原田 その陰には、多くの涙ぐましい努力がありました。池田先生も随筆で、“わが盟友の壮年部が、意気軒高に、「ブロック5勇士」に取り組んでくれて、うれしい”と喜ばれ、「聖教紙面に並んだ写真を拝見しては心が躍る。各地域の名前から、
『あの時、駆けつけたな。懐かしい』『この地域も頑張っているな』などと、思いを馳せている」と綴られました。あらためて、尽力いただいた全ての方に感謝いたします。
 萩本 壮年部の人材の裾野を大拡大することができました。その勢いは今も止まりません。たとえば、方面として全国模範の5勇士達成率だった北海道では、「集う5勇士」から「戦う5勇士」へ、を合言葉に前進を続けていますね。
 
 高橋 全道トップの97%の達成率を誇った札幌本陣総県。中でも、全支部が達成した道央県のあるブロックでは、5勇士達成を目指して取り組んだ家庭訪問の大切さが、組織の隅々にまで浸透。訪問、懇談を着実に続けた結果、常時、8人の壮年が集うブロックに発展しています。
 原田 同じく全支部が達成した札幌手稲総区では、ブロック5勇士を目指した訪問・激励の中で立ち上がった壮年が、見事に弘教を実らせたそうですね。
 高橋 留萌創価県では現在も、「新・ブロック5勇士」として、支部の合計ではなく、全ブロックに5人以上の壮年を結集しようと取り組み、すでに93%のブロックが達成しています。

指導集の学習運動

 網本 中国方面の壮年部も、多彩な活動を展開しています。広島東黄金区、広島西黄金区では、壮年部が成長するためのポイントと考える「学ぶ心」を引き出すため、毎月1回、日曜日の午前中を中心に壮年アカデミーを開催しています。
 
 原田 27年間、休まず続けられ、これまでの開催回数は約300回になるそうですね。4年前から男子部も加わり、200人近くのメンバーが集い、活況を呈していると聞きました。
 網本 この中で最も感動を呼んだ企画が、リーダーによる入会動機や信仰体験の発表でした。他にも、医師や弁護士を呼んで、実生活で役立つ講座を行い、好評を博しました。今は毎回、必ず、座談会御書の研さんを行っています。
 萩本 岡山旭日総県には、太陽会による「サンシャイン合唱団」がありますね。結成当初の8年前は、十数人ほどでしたが、月に2回の練習を重ね、28人が活動するまでに。各種会合で見事な歌声を披露し、大きな反響を呼んでいます。 
 網本 鳥取総県では、副役職のメンバーを「黄金グループ」として、2カ月に1回の会合で、『法華経の智慧』や壮年部指導集『黄金柱の誉れ』を教材に、学会精神を研さん。その中、米子常勝県では、全支部でブロック5勇士を達成することができました。
 長谷川 昨年、発刊された指導集『黄金柱の誉れ』は今、全国で学習運動が活発に行われていますね。 
 萩本 折伏や聖教拡大など、基本活動の疑問に答える形になっていて、“池田先生だったら、どう考え、どんな答えを出すのかを学ぶことができる”と多くの方に喜ばれています。
 原田 「共戦の大将軍たちに、私の溢れる真情を託した」一書と言われる指導集です。先生の智慧を学び、自らが行動に移し、勝利の力にしてまいりたい。

「励まし」に徹する

 長谷川 壮年部の活動の柱は、どこまでも、家庭訪問による「励まし」です。 
 萩本 私自身も実践しています。先日も80代の壮年の方とお会いしました。その方は20年以上前、会社を定年退職する際に、“これから何をして生きていくか”を考えたそうです。
 出した結論は、「地域貢献」。早速、行政が案内していた15もの団体に応募。その後、書道と太極拳と中国語のサークルの中心となり、現在は、地域の老人クラブの会長として、大きく友好を拡大されています。
 原田 御聖訓に「年は・わかうなり福はかさなり候べし」(御書1135ページ)と仰せです。広宣流布に戦えば戦うほど、若くなり、福徳が増していく。それが学会活動です。その通りに、若々しく信頼を広げる姿に深く感銘を受けます。  
 長谷川 先生は、「私と最も長く、今世の人生を共にしてきた、わが戦友の壮年部よ! 宿縁深く、共戦譜を綴りゆく真金の君たちよ! 金が朽ちないように、何があろうが、厳然と庶民を愛し、護り、輝かせゆく『黄金柱』たれ! その尊き生涯を、これからも私と共に、同志と共に、広宣流布の大願の実現に尽くそうではないか!」と言われていま
 萩本 「戦友」とまで呼び掛けていただいているのが、壮年部の最大の誇りです。師匠の総仕上げの時に、「戦友」の我ら壮年部が総立ちとなって、師の期待にお応えしていきたい。
 長谷川 5日の結成記念日を迎えるに当たり、3月度の本部幹部会が、壮年部幹部会として開催されることも決定しました。開催地の東北壮年部は、この日を目指し、“聖教ブロック5勇士(購読推進者)”の達成に取り組んでいます。
 原田 3月は「青年の月」であると同時に、「壮年の月」でもあります。まずは、この壮年部幹部会の中継行事に大結集し、いよいよ、ここから、「勇者」にして「勝者」の大行進を開始していきましょう。

◆てい談 今、人権について考える  明年で「世界人権宣言」の採択から70年
 万人の尊厳輝く社会へ 青年が声上げ行動を
 「もし自分が同じ状況ならば」想像力が思いやる心に
   
国連支援の一環として、創価学会と国連広報センターの主催で行われた「21世紀 希望の人権展」(2005年、東京の国連大学で)
 国連支援の一環として、創価学会と国連広報センターの主催で行われた「21世紀 希望の人権展」(2005年、東京の国連大学で)

 1月26日に発表した「SGIの日」記念提言で池田先生は、相次ぐテロや暴力的過激主義に抗する手段として「人々の意識を暴力的な手段によらない問題解決の方向へ向ける努力」を社会に組み込むことが重要と指摘。その鍵は「人間教育」の推進にあると述べた――。

◆〈誉れの学園 世界市民を育む創価教育〉  第9回 一生涯の友情
 弱さに勝つメロスのように

大阪・枚方市の関西創価小学校を訪れた創立者・池田先生(1983年9月21日)。2カ月後の第2回友情祭に、先生はメッセージを贈った。“根っこでつながる竹は、大風にも倒れない。皆も、竹のように、友情という根っこを育ててください”と
大阪・枚方市の関西創価小学校を訪れた創立者・池田先生(1983年9月21日)。2カ月後の第2回友情祭に、先生はメッセージを贈った。“根っこでつながる竹は、大風にも倒れない。皆も、竹のように、友情という根っこを育ててください”と


 「日は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風のごとく刑場に突入した」
 太宰治の名著『走れメロス』(岩波文庫)のクライマックス。メロスが親友との約束を果たした瞬間の心躍る一コマである。
 信義に厚いメロスでさえ、険難の道の途上で「弱い心」に負けそうになった。
 友情を守ることは難しい。嫉妬や利己といった弱さと戦い続けねばならない。試されているのは、相手がどうかではなく、友情を守ろうとする「自分の姿勢」である――メロスの力走は、そう教えてくれる。
 創価学園の五原則の第三には、「友情の深さ・一生涯の友情」とある。学園生は、どのように友情を深めているのか。
 関西創価高校(大阪・交野市)には、「応援団」というクラブがある。昨年、創部30周年を迎えた伝統あるクラブだ。
 現在の団員数は9人。運動部や文化部の全クラブの試合・大会に際して、壮行会を開いたり、試合会場での応援を行ったりしている。一日に複数の試合が重なれば、団員たちは分散して、各会場に向かう。
 ある運動部の生徒は語っていた。
 「私たちの試合は、他のクラブの試合と同じ日だったので、応援団は来ないだろうと、残念に思っていました。でも、一人の団員が駆け付けてくれたんです。たった一人で、“行け、行け! 創価!”と、声援を送ってくれました。あの姿は忘れません。涙が出るほど、うれしかったです」
 少人数で「エール」を切ることは、緊張するだろう。まして一人であれば、恥ずかしさもあるに違いない。心ない観客から、ばかにされ、笑われたこともあった。
 しかし、団員は、試合終了の瞬間まで、声を振り絞る。詰め襟の学生服に映える「青色の腕章」には、友のため、腕を振り続けた先輩たちの汗が染み込んでいる。
 その努力を誰よりも理解し、見守り続けてきたのが、創立者・池田先生だった。
 5年前の夏、大会応援の準備をしていた応援団に、先生のメッセージが届いた。
 「いつもありがとう。陰で友のため、母校のために、尊い汗を流してくれている皆さんのことを、私は、一番信頼し、一番かわいく思い、一番頼りにしています。応援団を守り、宣揚していこう」と。
 この言葉を聞いた応援団員は、こみ上げる気持ちを抑えられなかった。瞳からは、せきを切ったように涙がこぼれた。
 その感激は、卒業生たちも同じだった。池田先生が命名した、応援団出身者の集い「関西創価光援会」は今、約150人の陣容となった。使命の天地で、友に全魂のエールを送り続けている。
 東西の学園には、野球、ダンス、ディベート、箏曲、吹奏楽、書道など、全国でも名の知れたクラブが多い。
 “レギュラー”の座を争い、技術力の競争は激しくなるが、心までは敵対しない。勝利のために、全員が自分の役割を見つけ、一致団結する。
 日本一の「文部科学大臣賞」にも輝いた関西高の吹奏楽部には、常時、約100人の部員が所属しているが、各大会の出場者数には限りがある。
 出場者に選ばれた部員は謙虚に、選ばれなかった部員は悔しさをこらえ、弱い心を克服し、互いを思いやる。
 ある日の音楽室。熱心に清掃に励む部員がいた。出場メンバーに入れなかった彼女は、「大会に出場する仲間が練習に専念できるように」と、自らすすんで、音楽室の掃除をしていたのである。
 ある日の休み時間。全国大会に出場する部員が、黙々とペンを走らせていた。支えてくれた仲間へ、“必ず日本一になって、恩返しするから!”と、「感謝の手紙」をつづっていたのである。
 そうした振る舞いは、池田先生から教わった姿勢でもあった。全国大会に臨む際、幾度となく、先生からの伝言が届いた。
 2007年11月には、「私が見ているからね。安心しなさい。『伸び伸び 朗らか 度胸よく』やるんだよ」と。
 見守ってくれる人がいる。それが、どれほど心強く、うれしいことか。その喜びを知る部員たちは、どんな立場にあっても、友の活躍を願い、支えることができる。
 テストの点数やクラブのレギュラー争いなど、「相手に勝つこと」のみに心を奪われてしまえば、隣の友人さえ“敵”に見えてくる。友人の活躍をねたみ、友人の不幸を笑うような心を育ててしまう。
 だからこそ、池田先生は、創価教育の父・牧口常三郎先生の「他を益しつつ自己も益する」との理念を通し、「競争」から「共創(共に価値創造する)」へと、行動規範を変えるよう促してきた。
 受験シーズン真っただ中の今、東西の創価高校の3年生も、大学入試の終盤を迎えている。創価大学をはじめ、東京大学や京都大学などの国公私立大学、アメリカ創価大学などの海外の大学にも、幾多の生徒を送り出す東西の創価高校。その陰には、受験生同士の励ましがある。
 東京高(小平市)の生徒は語っていた。
 「創価の受験は『団体戦』です。長い受験勉強で、孤独を感じ、心が折れそうになることもあります。だからこそ、皆で励まし合い、志望校の合格を目指します」
 受験生同士で、応援のメッセージカードを交換することも多いという。受験の不安や悩みにも、親身に耳を傾け合う。
 そうした友情を支えに、多くの卒業生が挫折や苦難を乗り越え、社会で光る。
 東京高36期生の山田有弥さんもそうした一人だ。学園時代に医師を志した彼女は、友達と励まし合って医学部受験に挑戦を。しかし、合格することはできなかった。
 1年間の浪人生活。そばで励まし続けてくれたのは、学園時代の友達だった。
 その後、山田さんは、ハンガリーのデブレツェン大学に進学を決める。学園の友達が壮行会を開き、寄せ書きの応援メッセージをくれた。出立の日、空港にも学園の友の姿が。手を握り、見送ってくれた。
 応援を背に、山田さんは、難関の試験も次々に突破。だが、研究に拍車がかかっていた3年生の夏、再びの試練が襲う。
 最愛の母が病気で亡くなったのである。“医師になった姿を見てほしかった”――とめどない悲しみが胸を覆った。
 神奈川の実家で、父と葬儀の準備をしていた時だった。全国各地から学園の友達が駆け付けてくれたのだ。泊まり込みで、準備を手伝ってくれた友もいた。当日には、駅から斎場へと続く道に、点々と、学園の友人たちが立っていた。参列者の整理誘導を行ってくれていたのである。
 葬儀が終わった後も、山田さんが寂しくないようにと、1週間、そばに居続けてくれた学園の友達もいる。友の真心に支えられ、山田さんは悲哀を乗り越えた。一昨年6月、EU(欧州連合)の医師免許を取得。見事に、母への誓いを果たした。
 かつて、池田先生は、学園を巣立ちゆく卒業生たちに、こう呼び掛けている。
 「学園で結んだ友情ほど、純粋無垢なものはない」「10年、20年、30年とたった時、今の私の言明することの意味を、しみじみと悟るに違いない。どうか、この友情を、終生変わることなく尊び、育てていくことを、心から念願いたします」
 まもなく迎える卒業式――。苦楽を分かち合った友との絆を胸に、学園生は、それぞれの挑戦の舞台へ、羽ばたいていく。

池田先生の指針

 友を愛し、友を思いやる心が、いかに大切であるか。これがなくなったならば、学生生活は闇に等しい。
 真実の友情というものは、学問の知識にもまして、諸君の生涯の財産となって輝いていくのであります。
 他人の成功をねたみ、他人の失敗を喜ぶ醜い心は、誰にでもある。
 私は、若さの特権というものは、そうした人間の醜い感情を敏感に感じ取れる点にあると思う。
 どうか諸君は、変に大人びたり、しらけたりすることなく、自分との厳しい戦いを忘れないでいただきたい。その自己との対決の中にこそ、友の喜びをわが喜びとし、友の悲しみをわが悲しみとする真実の友情の花が爛漫と咲き誇っていくことを、私は確信しております。
 〈1977年11月19日 創価中学・高校創立10周年式典〉
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【信仰体験】

◆〈信仰体験 3.11 福光6年〉 震災に負けず、有名菓子をトータルデザイン

伝えたい不屈の東北魂

 【仙台市宮城野区】画像編集ソフトの進歩により、一般の人々にもデザイン制作が容易になった。その分、プロに求められるレベルも高まっている。

◆〈信仰体験〉 リストラを越えた1級建築士 
 すべて無駄じゃなかった

 【埼玉県加須市】高橋豊さん(65)=大桑支部、副本部長(地区部長兼任)=は、1級建築士として、設計事務所に勤めた後、1989年(平成元年)に独立。その後――、
 

2017年3月 1日 (水)

2017年3月1日(水)の聖教

2017年3月1日(水)の聖教

◆わが友に贈る

偉大な目標を定め
努力する人生ほど
尊く強いものはない。
失敗を恐れず挑む人が
最後に勝利をつかむ!

◆名字の言

  「雛祭る 都はづれや 桃の月」(与謝蕪村)。3日は「桃の節句」。千葉県勝浦市では約3万体のひな人形が飾られるなど、各地で多彩な行事が行われている▼「ひな人形を見ると、思い出す」と池田先生は述懐したことがある。1945年(昭和20年)3月の東京大空襲の後、大田区内の先生の家は空襲による類焼を防ぐため、取り壊しに。だが同年5月のある日、転居したばかりの疎開先で再び空襲に遭う▼疎開先の家は全焼。何とか運び出した荷物が、ひな人形だった。それでも母は「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ!」。この気丈な明るさが「わが家の希望の光となった」と▼ひな祭りは、元は貴族階級の文化。庶民に広がったのは江戸時代といわれる。ただ、わが子の健やかな成長を祈る親の心に古今東西、違いはあるまい▼少子化、グローバル社会に対応する学校教育改革、貧困・格差と、子どもの現状への社会的関心は高まっている。だがそこには、子どもを“経済成長や社会保障の担い手”と捉える前に、子どもたち自身の幸福を中心に考える視点が根本になければならない。子らを慈しみ、励ます文化をつくる。それが明るく、平和な社会を築く力になる。きょうから未来部希望月間。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年3月1日

 無限に湧く幸福を万民に
 送ろうではないか―戸田
 先生。対話の花を満開に
      ◇
 会長の高き平和の理想を
 SGIの一人一人が継承
 ―識者。世界包む大連帯
      ◇
 「心あさからん事は後悔
 あるべし」御書。青春は鍛
 えの時。断固、苦難に勝て
      ◇
 津波避難施設、自治体に
 よって整備に差。防災は
 最優先課題。総力挙げよ
      ◇
 春の全国火災予防運動。
 煙草・暖房・こんろによる
 出火多しと。指さし点検

◆社説   身の回りから火災予防  油断大敵! 日々の用心で幸の大道

 弥生3月。春の足音が近づいても、まだ肌寒い日が多く、暖房器具が手放せない。空気が乾燥しており、強風の日もある。火の元に細心の注意を払いたい。
 この冬も、昨年末の新潟・糸魚川市での大規模火災や、先月起きた埼玉・三芳町でのオフィス用品通販会社の倉庫火災など、猛火の惨事が後を絶たない。
 総務省消防庁の統計によると、昨年1月から9月に起こった火災は2万8000件を超え、1日当たり、およそ104件、時間にすると、約14分に1件の割合で発生している。その半数以上は「建物火災」である。原因は、多い順に「こんろ」「たばこ」「放火」「ストーブ」「配線器具」と続き、それらで4割を占める。この統計を見ると、私たちがちょっとした不注意や油断を排して用心すれば、多くの火災を防げることが分かる。
 本紙「みんなの投稿」(2月9日付)では、読者の皆さんが日常的に行っている工夫を紹介した。例えば、チェックリストを作成し、「ストーブの火が完全に消えているか」「不必要な電気プラグは抜いてあるか」などを確認してから就寝するという投稿や、家の内外の随所に“水タンク”を置く――などである。
 また消防庁では住宅防火のポイントとして、火災警報器や消火器等の設置、防炎品の使用、隣近所の協力体制、さらに「寝たばこは絶対にやめよ」「ストーブは燃えやすいものから離れた位置で使用」「ガスこんろなどのそばを離れるときは必ず火を消す」との点を挙げている。
 こうした具体的な取り組みとともに不可欠なのは、“絶対に火事を起こさない”と決める「心の備え」である。人は、何か起きてから“もっと注意していれば良かった”と気付くものだ。“自分は大丈夫だろう”との油断は、魔が付け入る隙をつくり、大きな事故につながる。
 池田先生は「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(御書1169ページ)との御文を通し、次のように呼び掛けている。「油断大敵である。前進の勢いが増している時ほど、絶対に事故を起こしてはならない。無事故を祈り抜き、細心の注意を払い抜いていくことだ。『百千万億倍』との仰せを、よくよく心肝に染めて、『仏法勝負』の証しを立てるのだ」
 今日から「春季全国火災予防運動」が始まった(7日まで)。
 災禍を未然に防ぎ、幸の大道を歩んでいくため、信心しているからこそ無事故を祈り抜き、今一度、身の回りの火災予防に取り組んでいきたい。

◆きょうの発心   題目の師子吼で学会を厳護2017年3月1日

御文
 此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 この曼荼羅(御本尊)をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築くことができるとの慈愛の励ましです。19歳の時、組織の第一線で活動していた父が末期がんに。医師から余命宣告も受け、不安な気持ちが拭えずにいたところ、池田先生から『法華経の智慧』を頂きました。
 「何が起ころうと、信心があれば、最後は全部、功徳に変わる」「この一生を勝利しきって、その姿でもって『永遠の生命』を証明するのです。それが法華経です」との力強い言葉に勇気が湧き、この御文の通り、病に敢然と立ち向かう題目を父と共に唱え抜きました。
 父は、医師も驚くほどの更賜寿命の実証を示して霊山へ――。病に立ち向かう私たち家族の姿を見て、私の友人が入会しました。彼は今、地域の牙城会のリーダーとして活躍しています。
 現在、悩みと向き合う牙城会の同志と語り合う中で、池田先生の御指導を一緒に学び、「唱題根本」の大切さを確認し合っています。牙城会は、師子が吼えるような題目を唱え抜き、学会を厳護し、地域と社会で勝利する人材に成長してまいります。  牙城会書記長 鎌田光昭

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   四十九
 
 


 四月二十四日の夜更け、山本伸一は日記帳を開いた。この一日の出来事が、次々に頭に浮かび、万感の思いが込み上げてくる。
 “本来ならば、二十一世紀への新たな希望の出発となるべき日が、あまりにも暗い一日となってしまった。県長会の参加者も皆、沈痛な表情であった……”
 彼は、今日の日を永遠にとどめなければならないと、ペンを走らせた。
 日記を書き終えた時、“ともかく人生ドラマの第二幕が、今開いたのだ! 波瀾万丈の大勝利劇が、いよいよ始まるのだ!”と思った。そして、自分に言い聞かせた。
 “荒波がなんだ! 私は師子だ。広宣流布の大指導者・戸田先生の直弟子だ。
 新しい青年たちを育て、もう一度、新たな決意で、永遠不滅の創価学会をつくろう!”
 闘魂が生命の底から、沸々とたぎり立つのを覚えた。若き日から座右の銘としてきた一つの言葉が、彼の脳裏を貫いた。
 ――「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」
 この夜、各地で緊急の会合が開かれ、伸一の会長勇退と新体制の発足が伝えられた。
 関西では、登壇した幹部が、かつて戸田城聖が理事長を辞任した折、伸一が戸田に贈った和歌を読み上げ、声を大にして叫んだ。
 「『古の 奇しき縁に 仕へしを 人は変れど われは変らじ』――この和歌のごとく、たとえ山本先生が会長を辞めても、関西の私たちの師匠は、永遠に山本先生です」
 すると皆が、「そうだ!」と拳を突き上げたのである。
 また、テレビ、ラジオは夜のニュースで、会長勇退の記者会見の様子を伝えた。
 学会員の衝撃は、あまりにも大きかった。
 しかし、同志の多くは自らを鼓舞した。
 “勇退は山本先生が決められたことだ。深い大きな意味があるにちがいない。今こそ広布に走り抜き、先生にご安心していただくのが真の弟子ではないか!”
 皆の心に、師は厳としていたのである。

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 世界の“ザダンカイ” 中米・ドミニカ共和国 ボカチカ地区
 池田先生の訪問30周年
 幸福のリズムを共々に!

             
燦々(さんさん)と輝く太陽の下で、ボカチカ地区の友が喜びいっぱいに。メンバーが集まりだすと雨模様が一変し、一人一人を歓迎するように晴れ間が広がった(2月11日)
燦々(さんさん)と輝く太陽の下で、ボカチカ地区の友が喜びいっぱいに。メンバーが集まりだすと雨模様が一変し、一人一人を歓迎するように晴れ間が広がった(2月11日)

 カリブ海に浮かぶ中米・ドミニカ共和国。池田大作先生は1987年に同国を訪れ、大統領らと会見し、尊き同志を心からたたえた。以来30年、同国SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーは、先生の心をわが心として、友情と幸福の連帯を大きく広げてきた。2月中旬、その活動の様子を追って同国を訪問し、首都サントドミンゴ近郊のボカチカ地区の座談会を取材した。(記事=谷口伸久、写真=外山慶介)
 サントドミンゴから東へ、車で走ること1時間――。
 白い砂浜。風に揺れるヤシの木。どこまでも透き通るエメラルドグリーンの海。“カリブの宝石”とたたえられるドミニカ共和国にあって、首都近郊にあるボカチカは、美しいビーチで知られ、世界中の人々が訪れる人気の観光都市だ。
 この街を広布の舞台とするのが、ボカチカ地区の友である。マリオ・ファリーナ地区部長が、メンバーの特徴を教えてくれた。
 「何と言っても、皆、とても陽気です! 私たちは、どんな会合でも歌を歌います。その瞬間、世代や立場は関係なくなります。歌や音楽は、どんな時も心を一つにしてくれますから」
 そんな同志を照らす太陽の存在が“ボカチカの母”と愛される、ディグナ・ガルベス地区婦人部長だ。底抜けに明るい笑顔がまぶしい。
 ガルベスさんは、15年ほど前にボカチカに移り住んできた。当初は、ほとんどメンバーはおらず、ファリーナ地区部長と2人で仏法対話に歩いた。10年前に地区婦人部長に就任して以来、12世帯の弘教を。今では40人以上が集う地区に発展した。
 観光業が盛んなボカチカは、犯罪が多い地域でもある。「だからこそお母さんたちが、安心して子どもたちを育てられる社会をつくりたい。会合も未来部が楽しめるように、劇や歌を取り入れるなど工夫しています」
                      ◇
 座談会は2月11日、ビーチから徒歩2分ほどの開店前の飲食店を使って行われた。店内は吹き抜けで、潮風が心地よい。
 午後4時過ぎに開会。「元気に学会歌を歌いましょう!」と司会が言い、皆で「誓いの青年よ」をスペイン語で合唱した。
 信仰体験を発表したのは、ジョセリン・ホアさん(地区副婦人部長)。経済苦を乗り越え、広布の会場として提供できる自宅に転居し、地域貢献にも尽力してきたという。「元々、内気な性格でしたが、信心で困難に立ち向かう勇気を持つことができました!」と語ると、大きな拍手が送られた。
 入会記念勤行会の意義も込めた座談会。ここで、場内は厳粛な雰囲気に。最前列の2人に御本尊が授与され、さらに5人の新会員が紹介されると、割れんばかりの喝采が会場を包んだ。
 続いては質問タイム。ドミニカでは座談会のたびに、こうした時間を設け、友人や参加者の疑問に答えているという。
 一人の新来者が手を挙げた。「入会するためには、何が必要ですか?」
 ラスアメリカス本部のミルキアデス・カーマラ本部長が応じる。「まず“幸せになる”という決意が必要です。この仏法は『人間のための宗教』ですから、あなた自身の幸福が一番大事なのです」
 司会の女性が「題目を唱えて、自分を内面から変革していくのよ」と付け加える。質問した壮年は、なるほどといった様子でうなずいていた。
 やがて、会場に赤や青のステージライトが点灯。突然、曲が流れ始めた。ドミニカ発祥のダンス音楽「メレンゲ」だ。民族衣装をまとったガルベス地区婦人部長らが華麗なダンスを披露し、会場の熱気は最高潮に。
 皆が立ち上がり、軽快なリズムに合わせて体を揺らし、手拍子を打つ。緊張の面持ちで御本尊を受持した婦人も、楽しそうにステップを踏んでいる。
 気が付けば、あっという間に終了時刻。最後にファリーナ地区部長が力を込めた。「新たに入会された皆さん、おめでとうございます。この信心は持続することが肝心です。共に幸福な境涯を築いていきましょう!」
 閉会後、御本尊を受けた婦人に話を聞いた。
 昨年、病や経済苦、家族の人間関係などの悩みに押しつぶされそうになっていた時、近所に住む女子部員の勧めで唱題を実践するようになったという。
 「題目の力、自身の変化を、日々実感しています。これで、心ゆくまで自宅で唱題できるのが、本当にうれしい。生まれ変わるたびに仏法に出合いたいと願っているし、まだ信心に巡り合っていない人たちの幸せも祈っているわ」
 ――午後5時を回ったというのに、カリブの太陽はまだまだ高い。陽光に照らされ、メンバーは各々、余韻に浸りつつ、歓談しながら家路に就いた。
 ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆「富士美の西洋絵画」展 珠玉のコレクション275点を一挙公開!

 
作品がずらりと並ぶ「富士美の西洋絵画」展。展示室内では写真撮影もできる(フラッシュを使用しての撮影は不可。撮影禁止の作品も)
作品がずらりと並ぶ「富士美の西洋絵画」展。展示室内では写真撮影もできる(フラッシュを使用しての撮影は不可。撮影禁止の作品も)

 八王子市の東京富士美術館で好評開催中の「とことん見せます! 富士美の西洋絵画――日本最大級の西洋絵画コレクション、全貌公開!」展。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 3.11 福光6年 ふくしまの今〉23 帰還という現実① たくましき信心で生き抜く
 52年越しの妻の入会

 東京電力福島第1原発の事故から6年。福島は今、大きな転換を迎えている。「帰還困難区域」を除く大部分の地域の避難指示が、4月1日までに解除される見通し。

◆〈信仰体験 3.11 福光6年 ふくしまの今〉23 帰還という現実②   たくましき信心で生き抜く
 病の夫と故郷に戻る
 帰還困難区域を除く避難指示を、本年4月1日に解除すると発表した双葉郡富岡町。同町は昨年9月から、帰還に向けた長期滞在を認める「準備宿泊…
 

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