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2017年2月

2017年2月28日 (火)

2017年2月28日(火)の聖教

2017年2月28日(火)の聖教

◆わが友に贈る


実践の教学が学会魂だ。
行き詰まった時こそ
御書を拝そう!
希望と勇気と智慧は
無限に湧き出てくる!

◆名字の言


  龍宮城では洗濯物をどこに干していたのでしょう――ある女の子が疑問を口にすると、教室に笑い声が。分厚い眼鏡を掛けた教師が「うん、いい質問だ」と、豊かな発想を褒めた。そして「先生は、龍宮城では汚れ物が出なかったのかもしれないと思うな」と続けた。戸田先生の私塾「時習学館」での一こまだ▼ゲーテ研究の大家・山下肇氏は時習学館で学んだ一人。「戸田先生は私たちがどんな質問をしても、けっしてバカにせず、真剣に答えてくれました」と、かつての授業を振り返っている(『時習学館と戸田城聖』潮出版社)▼現在、創価班・牙城会大学校の集いが、各地で活発に行われている。発心したばかりのメンバーも多く、率直な質問や素朴な疑問が次々と。その求道の心をたたえつつ、大学校スタッフが真正面から答える。その誠実な姿に心打たれると、多くの大学校生が語っていた▼大学校では、年間目標の一つに「小説『人間革命』全12巻の読了」を掲げている。第1巻には、時習学館の様子を通し、「どんな子どもでも、優等生にしてみせるというのが、彼の教育実践の確信であった」と▼「人材を見極める」よりも、まず「全員が人材と決める」――これが人材育成の基本精神。相手を慈しみ、信じ抜く心である。(速)

◆〈寸鉄〉 2017年2月28日
 

 「伝統の2月」から躍動
 の春3月へ!新たな開拓
 と挑戦で栄光の劇を綴れ
      ◇
 真剣勝負で祈れば必ず功
 徳となって現れる―戸田
 先生。題目の人が勝利者
      ◇
 各地で新入会員が続々と
 誕生。必ず自分以上の人
 材に―幹部は激励に走れ
      ◇
 法華経に「長寿にして衆
 生を度せん」と。生涯、広
 布の為に。多宝会が模範
      ◇
 運転中に居眠りした経験
 ―ドライバーの4割と。
 体調整え絶対に無理なく

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   四十八
 

 山本伸一が聖教新聞社を出て、自宅に向かったのは、午後十時前のことであった。
 空は雲に覆われ、月も星も隠れていた。
 これで人生ドラマの第一幕は終わったと思うと、深い感慨が胸に込み上げてくる。
 すべては、広布と学会の未来を、僧俗和合を、愛するわが同志のことを考えて、自分で決断したことであった。彼は思った。
 “これからも、学会の前途には、幾たびとなく怒濤が押し寄せ、それを乗り越えて進んでいかなくてはならないであろう。私が一身に責任を負って辞任することで、いったんは収まるかもしれないが、問題は、宗門僧らの理不尽な圧力は、過去にもあったし、今後も繰り返されるであろうということだ。それは広宣流布を進めるうえで、学会の最重要の懸案となっていくにちがいない。
 学会の支配を企てる僧の動きや、退転・反逆の徒の暗躍は、広宣流布を破壊する第六天の魔王の所為であり、悪鬼入其身の姿である。信心の眼で、その本質を見破り、尊き仏子には指一本差させぬという炎のような闘魂をたぎらせて戦う勇者がいなければ、学会を守ることなど、とてもできない。広宣流布の道も、全く閉ざされてしまうにちがいない”
 未来を見つめる伸一の、憂慮は深かった。
 玄関で、妻の峯子が微笑みながら待っていた。家に入ると、彼女はお茶をついだ。
 「これで会長は終わったよ」
 伸一の言葉に、にっこりと頷いた。
 「長い間、ご苦労様でした。体を壊さず、健康でよかったです。これからは、より大勢の会員の方に会えますね。世界中の同志の皆さんのところへも行けます。自由が来ましたね。本当のあなたの仕事ができますね」
 心に光が差した思いがした。妻は、会長就任の日を「山本家の葬式」と思い定め、この十九年間、懸命に支え、共に戦ってくれた。いよいよ「一閻浮提広宣流布」への平和旅を開始しようと決意した伸一の心も、よく知っていた。彼は、深い感謝の心をもって、「戦友」という言葉を嚙み締めた。

【聖教ニュース】

◆未来部希望月間 あすからスタート
 卒業部員会、ファミリー勤行会を開催
 少年少女部 合唱団は入卒団式を晴れやかに

 自分らしく、使命と挑戦の春へ! 「未来部希望月間」が、あす3月1日から始まる(4月9日まで)。
 各部が協力して、卒業生や新入生への訪問激励に取り組み、一人一人と心通わせ、青春の決意を分かち合う機会としていく。
 3月は、未来部の日(12日)を中心に卒業部員会を開催。未来部員が新たな舞台で活躍できるよう、皆で真心のエールを送る。
 少年少女部は、合唱団の入卒団式を実施する。少年少女合唱団の誕生から昨年で50周年。各地で成長のドラマが生まれている。「きぼう合唱祭」を契機に、心を合わせて団結する大切さを学んだ友。入団して池田大作先生の言葉に出合い、勤行・唱題に挑戦するようになった友。合唱団の仲間に励まされ、学校での悩みを乗り越えた友――入卒団式は、奮闘の軌跡と勇姿をたたえ合う集いとなろう。
 さらに4月は、未来部の日(2日)を中心に、新入生歓迎の意義を込めた「創価ファミリー勤行会」を開き、新年度を晴れやかにスタートする。
 また月間中は、座談会や本部幹部会の中継行事に、未来部員が家族と一緒に参加できるよう推進していく。
 池田先生は宝の未来部員に「わが未来部は一人ももれなく、輝きわたる希望の一番星です」「皆さんの成長こそ、わが創価家族の最大の希望です」と万感の期待を寄せる。
 未来を担う友が、後継のリーダーと育ちゆく決意にあふれる月間としていきたい。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誓いの天地〉 和歌山市 
 ここが私の輝く場所と


先生が“魂の指揮”を執った県立体育館の前で、青年部の代表が“連戦連勝”の決意に燃えて(11日)
 「万葉集」にも詠まれた風光明媚な和歌山市。江戸時代には、徳川御三家の一つである紀州藩の城下町として栄えた。

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 限りある人生を尊いものに 2017年2月28日
日常の機会を通して命の大切さを心に刻む
生死の課題と向き合う仏法
上越教育大学大学院学校教育研究科教授 得丸定子
 
  大切ないのち――子どもも大人も、誰もが分かっています。正面切って「いのちを大切に」と訴えても、多くの人は「分かっている」「当たり前」と、心の底では思うのではないでしょうか。
 さかのぼると、1980年代後半ごろから、「いのちへの希薄感が増した」「生命尊重の教育を」などと、世間で言われてきています。その中にあって、「いのちの教育」「生と死の教育」という「教育」に関心が寄せられてきました。
 究極的には、あらゆるいのちが尊ばれていて、「いのちを大切にする教育」など必要とすらされない社会が理想ではあります。しかし、いのちに関わるさまざまな課題が存在する現状を見れば、やはり、いのちについて学ぶことをなおざりにはできません。
 学校教育では、「学習指導要領」が「生きる力」を基本に据えていますし、学校教育に限らず、全ての教育の根底に「いのちの大切さ」「生きる力」「生きる哲学」を置くことが望まれています。
 「いのちを大切にする」「生きることを学ぶ」教育には、日本では正式な公的用語はありません。私は、これを「いのち教育」と呼んでいます。ここでは、その言葉を使います。

“対極”からのアプローチ

 大切なことを伝えるための方法として、しばしば用いられるのが、対極からのアプローチです。
 例えば、「平和の大切さ」を伝えたい時、平和の逆の「戦争」の悲惨さを持ち出し、最終目標として「平和の大切さ」を訴えます。
 「いのち教育」では、どのようなアプローチが可能でしょうか? 今、平和を例に挙げましたが、同じように「死」の側面から、「生きる」「生きている」ことの大切さに迫ることができます。言い換えれば、生きていくことの大切さを、「生」と「死」の両面から伝えていくのが「いのち教育」です。
 20世紀初めごろから死をタブー視するようになったといわれます。死のタブー視の背景として挙げられるのは、病院死の増加、日常生活からの死の切り離しなどです。それに加えて、「葬送儀礼の簡素化」も挙げられます。
 現在では、書店で死に関する本がたくさん並ぶようになり、「私(第一人称)の死」や「誰か(第三人称)の死」に言及することはタブーではなくなっているようです。しかし、「“あなた”に当たる大切な人(第二人称)の死」は、依然として語りにくい死のようです。
 生の対極である死から生きることを学ぶアプローチに対しては、子どもも大人も襟を正して耳を傾けます。
 「いのち教育」など、ここでは「いのち」という表記を使っています。根源的な問いではありますが、「いのち」って何でしょう?
 一般的に日本人の多くは、草木や国土、あらゆるものに「いのち」が宿っているという感覚を持っているとされます。この背景には仏教などの影響もあるのでしょう。

「死生観」を親子で語り合う

 東洋で生まれた仏教は、生命の永遠性という考え方を下敷きにしています。
 創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、このように述べています。
 「現在生存するわれらは死という条件によって大宇宙の生命へとけ込み、(中略)なんらかの機縁によってまた生命体として発現する。かくのごとく死しては生まれ生まれては死し、永遠に連続するのが生命の本質である」(『戸田城聖全集』第6巻)
 私は今、研究者としての立場で次世代への「いのち教育」のあり方を模索しています。
 日常生活での「いのち教育」は、まず、自分の生き方を日々の自分の姿で見せて語ることだと思います。つまり、自分の「死生観」を子どもと共に語り合うことです。
 そうした場の一つとして、ペットの亡くなった時が挙げられます。人間より概して寿命の短いペットの死は、死と向き合う貴重な経験の場です。
 また、葬儀に参列する機会があれば、子どもと一緒に故人とのお別れをすることは、大事な教育の場です。
 「子どもは騒ぐから」「葬式など意味が分からないから」と参列に加えないのではなく、子どもに葬儀の意味をよく話した上で、積極的に参加させることが大切です。もちろん嫌がる子どもを無理に連れていくことはありません。
 さらに、葬儀後の一連の儀礼を子どもと共に行うことも大事にしたいと思います。
 子どもが、そうしたことの意味について分からなくても、成長するにつれて、“点”としての経験が“線”としてつながり、“面”へと広がり、人生で大きな意味を持つようになるからです。

妙法で結ばれた絆は三世永遠

 肉親をはじめ愛する人との死別は悲しいものです。しかし、そうした悲しみをも乗り越える希望を、仏法は示しています。
 日蓮大聖人御在世の当時、大聖人の門下に南条時光という青年がいました。幼くして父を亡くした時光に、大聖人は、こう励まされています。
 「この経(=法華経)を受持する人々は、他人であっても同じく霊山にまいられて、また会うことができるのです。まして、亡くなられたお父さまも、あなたも、同じく法華経を信じておられるので、必ず同じところにお生まれになるでしょう」(御書1508ページ、通解)
 妙法によって結ばれた絆は三世永遠であり、相手の死によって失われることはないのです。
 「生と死」は、私たちにとって人生の大きなテーマです。大聖人は「先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(同1404ページ)と仰せです。
 生と死は、切っても切れない関係にあります。「どう死ぬか」を学ぶことは、「どう生きるか」を学ぶことです。そして、限りある生を、より尊いものにするには、「生も死も含めた永遠の生命という視点」がどうしても不可欠です。
 大聖人は先の仰せを通して、誰人も避けられない死の問題から目をそらさず向き合ってこそ、真に幸福な人生を確立することができると教えられているのです。
 日常の経験を通して、人が、いのちの尊さを肌身で感じ、生命を尊ぶ生き方をつくり上げていく中に、確かな幸福が築かれると信じています。
 【プロフィル】とくまる・さだこ 専門分野は、家庭科教育、栄養学、死生学。学術博士。1973年(昭和48年)入会。支部副婦人部長。総新潟副学術部長。

〈コラム〉 生命観の確立を

 仏教の精髄である法華経では、生命は今世限りのものではなく、永遠に続いていくと説いています。
 日蓮大聖人は、この法華経の生命観を踏まえ、妙法と一体となった生命は、生死のあらゆる苦しみを超えて、永遠に仏界の軌道を進んでいくことができると教えられました。
 例えば「御義口伝」には、「自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり」(御書724ページ)と示されています。
 池田先生は、こうした日蓮仏法の哲理を、「生も歓喜」「死も歓喜」という壮大な生死観として現代に展開しています。そして、今世の“生”を最も価値的に生き抜いていく道を指し示してきました。
 池田先生は、次のように洞察しています。
 「死を排除するのではなく、死を凝視し、正しく位置づけていく生命観、生死観、文化観の確立こそ、二十一世紀の最大の課題となってくると私は思います」(『池田大作全集』第2巻)

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 亡き母が教えてくれた創価家族の温もり 
 母「何があっても信心をやめたらいけないよ」
 息子「同志に励まされた分 次は人を励ましたい」

 【北海道恵庭市】気丈な母が、ふっと寂しそうな表情を見せたのは、膵臓がんの手術を終えた2007年(平成19年)春。

2017年2月27日 (月)

2017年2月27日(月)の聖教

2017年2月27日(月)の聖教

◆今週のことば

「師子王は前三後一」
小事にも油断しない。
奮迅の祈りと勢いから
道は劇的に開ける。
いざ師子王の心で勝て!

◆名字の言


  道路際のフェンスが、ふと目に留まった。数日前に設置されたばかりなのに、もう植え込みの植物がつるを絡ませ、伸びようとしている▼たくましい生命力を感じるとともに、「葛は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる」(御書26ページ、通解)との御聖訓を思う。葛のつるは1日に30センチも伸びることがある。多くの植物は自らを支えるために力を使うが、葛は伸びる方に“集中”できるからだという▼青年が多く育つ地区の座談会に出席すると一つの共通点に気付く。会場の後方に必ず、いすに座って静かに皆を見守る草創の大先輩たちがいるのだ。著しい発展を遂げる各国SGIでも同じだった▼ドイツには炭鉱労働者や看護師として働きつつ広布を開いた先輩。スペインには学会を襲った障魔に動じず信心を貫いた壮年や婦人――。風雪に揺るがぬ大木があってこそ、葛はどこまでも伸びる。大仏法を体現してきた池田先生、また共に広布に尽くす草創の先輩方ありて、世界広布も青年拡大もある▼「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(同1468ページ、通解)との御金言がある。新時代を伸びゆく青年世代と見守り支える先輩世代。それぞれの使命を自覚する時、どちらの胸にも新たな力が躍動する。(洋)


◆〈寸鉄〉 2017年2月27日

 会長の姿に師と共に生き
 抜く真実を見た―博士。
 仏法は師弟。後継よ続け
      ◇
 各地で「女性の日」。婦女
 一体の前進で地域に希望
 の光。賑やかに対話拡大
      ◇
 何が必要かよりも自分に
 今、何ができるかを問え
 ―魯迅。今日も一歩前へ
      ◇
 広島の原爆資料館の入館
 者が過去最多に。核なき
 世界へ平和の思潮今こそ
      ◇
 大学生の半数、読書時間
 0と。青年は深き思索の
 時つくれ。開く習慣から

◆社説  3月から未来部希望月間  後継の友に温かな励ましを


 来月1日から、「未来部希望月間」がスタートする(4月9日まで)。全国各地で卒業部員会や合唱団の入卒団式、創価ファミリー勤行会などが開催される予定だ。
 3月といえば、卒業シーズンを迎え、進級や進学、就職に備える大事な時期。多感な青春時代である。さまざまな変化に応じて、希望とともに悩みも増える。不本意な受験結果や進路に戸惑う人もいる。また、新しい環境や人間関係に不安をおぼえる人もいるだろう。そんな時に大切なのが、両親や友人、地域の学会員をはじめとした、周囲からの励ましである。
 ある中等部員は、小学生の頃からいじめに悩み、中学に進学した後もいじめが続いた
 転機となったのは、両親から渡された『希望対話』だった。池田先生の力強い指導に触れた彼は、「自分が負けちゃいけない!」と勇気を奮い起こし、唱題を重ねた。そして今では、同級生たちから、クラスの“ムードメーカー”と慕われるまでになった。
 また、ある高等部員も、中学の頃から人間関係に悩んできた。それでも学校に行
くことができたのは、「大丈夫?」と彼に声を掛け続けた友人の存在が大きい。“自
分のことを心配してくれる人がいる”ことが、彼の心の支えとなった。
 高校に進学し、ある会合に参加した彼は、男子部の先輩から温かな励ましを受け、唱題に挑戦するように。そして、苦しい時に支えてくれた友に恩返しがしたいと祈り、友人に「幸せになってもらいたい」と語り、入会に導くことができたのだ。
 御書に「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいう」(563ページ、通解)と。幸福を願う心は言葉になって、必ず相手に通じていく。
 池田先生は「たった一度の出会いでも、短い時間の語らいでも、直接、会えなくとも、人生を変える励ましがある。後継の友に、かけがえのない触発となる。若き生命の無限の可能性を開くのは、まさしく関わる側の熱意であり、誠意であろう」と記している(「随筆 我らの勝利の大道」)。
 希望の若芽は、励ましの陽光を浴び、人間信頼の大地に育まれて伸びる。
 暖かな日差しに、桜のつぼみも大きくふくらむ春3月――。無限の可能性を持った未来部員一人一人の胸中にも希望が大きく広がるように、深い祈りと、真心の声掛けで、励ましを送っていきたい。

◆きょうの発心   威風堂々と弘教拡大に挑戦!2017年2月27日

御文
 裸形の猛者の進んで大陣を破ると甲冑を帯せる猛者の退いて一陣をも破らざるとは何れが勝るるや(法華真言勝劣事、123ページ・編228ページ)
通解 裸の猛者が勇敢に突き進んで大陣を破るのと、甲冑を身に着けた猛者が引き退いて一陣をも破らないのとでは、どちらが勝れているであろうか。

 戦いにあって肝心なのは、身分や立場ではなく、本当に戦う精神があるかどうかであると仰せです。
 
 1982年(昭和57年)、関西創価中学に、男女共学1期生として入学。大学に進学後、初めて折伏に挑戦しましたが、十人、百人と対話しても、弘教が実らず悩みました。目の前で苦悩する友と心を通わせられず、この上ない無力感を覚えました。
 「題目を唱え、誠意を尽くしていこう」と腹を決め、唱題に挑戦。友の幸福を懸命に祈り抜く中、「お前を信じてやってみる」と言われた時の感動は、今も忘れられません。
 現実に一人の人に仏法を伝えることが、いかに大変であるかを深く学ぶことができました。この難事に挑み、地涌の連帯を広めてきた両親や先輩、そして、世界広布の指揮を執られる池田先生の偉大さを心から実感することができました。
 今、京都中央総県は、威風堂々と弘教拡大に挑戦しています。京都の北山南河を“創価の都”と輝かせるべく、勇んで広布拡大に励んでまいります。   京都中央総県長 茂手木高広

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四十七
 
 

 山本伸一は、記者団の質問に答えて、今後の自身の行動について語っていった。
 「学会としては、世界の平和をめざし、仏法を基調として、さらに幅広い平和運動、教育・文化運動等を展開していきます。私は、その活動に時間をあて、行動していきたいと考えています」
 伸一への質問は続いた。
 「会長交代によって、今後、学会と公明党の関係は変わりますか」
 記者たちの最大関心事は学会と政治との関係にあったようだ。伸一は微笑みながら、「それは、新会長に聞いてもらわないと。でも、これまでと同じでしょ?」と言って、隣の十条潔の顔をのぞき込んだ。
 十条は大きく頷いた。
 「やっぱり、同じですって」
 また、笑いが広がった。
 「これまで同様、学会が公明党の支援団体であることに変わりはないということです。公明党には、いちばん国民のために貢献していると言われる党に、さらに成長していっていただきたいというのが、私の願いです」
 彼は、すべての質問に、率直に答えた。
 午後八時前、記者会見は終わった。
 受付の女子職員が、心配そうな顔で伸一を見ていた。彼は、微笑を浮かべて言った。
 「大丈夫! 私は何も変わらないよ!」
 それから別室に移り、青年部幹部らと懇談した。彼は魂を注ぎ込む思いで訴えた。
 「私が、どんな状況に追い込まれようが、青年が本気になれば、未来は開かれていく。
 弟子が本当に勝負すべきは、日々、師匠に指導を受けながら戦っている時ではない。それは、いわば訓練期間だ。師が、直接、指揮を執らなくなった時こそが勝負だ。
 しかし、師が身を引くと、それをいいことに、わがまま放題になり、学会精神を忘れ去る人もいる。戸田先生が理事長を辞められた時もそうだった。君たちは、断じてそうなってはならない。私に代わって、さっそうと立ち上がるんだ! 皆が“伸一”になるんだ!」

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉5 我らの宝城から幸福勝利の光
 


 待望の新会館が各地に誕生し、心からお祝いしたい。
 わが学会の会館は、希望と幸福の宝処であり、平和と文化の大城である。
 新時代の「二月闘争」で意気軒高の東京・大田区の友からは、中心の文化会館が完成以来27年で来館者が延べ600万人になったと喜びの報告があった。
 恩師の事業が苦境にあった渦中に、私はお約束した。「広宣流布の立派な城を日本中、世界中に建てますから、ご安心ください」と。
 今、各会館に喜々として集い来る創価の宝友たちを戸田先生は、会心の笑顔で見守られているであろう。
                ― ◇ ― 
 寒い日々も、広布の道場を厳然と守ってくださる、創価班、牙城会、白蓮グループをはじめ、会館守る会、婦人部の香城会、一日会館長の創価宝城会など、尊き陰徳の方々に感謝は尽きない。無量の陽報に包まれゆくことを深く確信する。
 とりわけ、3月5日の壮年部の結成記念日を前に、王城会の皆さん方の奮闘に厚く御礼を申し上げたい。
 多忙な中、懸命にやりくりしての厳護の着任とともに、澎湃と躍り出る地涌の勇士の先陣を切る大活躍も、よく伺っている。
 「王城会」――何と誇り高き名前であろうか。
 日蓮大聖人は、「王」の意義について「天・地・人を貫きて少しも傾かざるを王とは名けたり」(御書1422ページ)と仰せになられた。
 何ものにも揺るがず、正義の学会を支え抜く「黄金柱」と合致する力用である。
 わが信頼する王城会の盟友たちよ! 民衆に尽くし、民衆から仰がれ慕われゆく真正の「人間王者」として、一人ももれなく、健康で大勝利の人生を、威風堂々と飾ってくれたまえ!
                  ― ◇ ― 
 地域の宝の個人会場、個人会館を提供くださっているご家庭に、皆で深謝したい。心して大切に礼儀正しく、使わせていただこう。
 牧口先生は、座談会の折々、会場のご家族に丁重に挨拶をなされていた。私の妻も、大田区の実家で、幼き日に命に刻んだ牧口先生の振る舞いを、たゆまぬ前進の力としている。 御聖訓には「かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ」(同965ページ)と仰せである。
 創価の城は、皆が永遠の幸福を開く宝城だ。この城と共に地域も栄える。この城から、勝利の人材を一段と送り出そうではないか!

【聖教ニュース】

◆各地に新会館 喜びはじける開館式
 わが地域に幸と安心の城


北海道・苫小牧平和会館
 わが地域に幸と安心の城と輝く創価の会館が、各地に誕生した。
 北海道の新「苫小牧平和会館」の開館式は26日、苫小牧市の同会館で行われた。
 池田大作先生は、1954年8月に北海道を初訪問した際、苫小牧へも広布の歩みを。10人ほどの新来者に情熱を込めて仏法を語り、全員が入会を決意した。弘教の波は勢いよく広がり、8年後には苫小牧に支部が結成。今年で55周年の佳節となる。
 先生は後年、同会館に隣接する旧・苫小牧平和会館で語った。
 「苫小牧は、これから開ける町だね。もっともっと発展していく所だね」
 式典では、地元・太平洋総県の羽野総県長、相内同婦人部長が「師の期待に応え、開拓と発展の新時代を築こう」と力説した。


東京 葛飾・柴又平和会館

 東京・葛飾の「柴又平和会館」の開館式は同日、区内の同会館で晴れやかに。
 人気映画「男はつらいよ」の“寅さん”の街として有名な柴又。下町情緒あふれる地域に誕生した同会館は、高砂桜城区の中心会館となる。町会や消防団などの地域活動に貢献する同区の友は、新会館の完成を荘厳すべく、全支部が見事な聖教拡大を成し遂げた。
 式典では大久保葛飾総区長の後、高砂桜城区の半田知久区長、堀川聡子婦人部長が「池田先生の葛飾初代総ブロック長就任60周年の本年、感謝の思いで師弟共戦の歴史を築こう」と語った。音楽隊・しなの合唱団が祝賀の歌声を。金澤総東京長が友をたたえた。


神奈川・麻生文化会館

 神奈川の「麻生文化会館」の開館式は25日、川崎市麻生区の同会館で行われた。
 同会館は、麻生勇勝区(宿野部悟区長、新井妙子婦人部長)の中心会場となる。
 式典でピアノを演奏した江尻由香利さん。大学進学を機に山梨から麻生区へ。女子部の先輩や創価家族の温かさに触れ、“自分も励ます側の人になりたい”と、学会活動にまい進するようになった。現在、本部長、区白蓮グループ委員長として対話に率先。仕事では生活支援員として周囲の信頼を広げる。
 「お世話になった方々への感謝を込めました」と、力強くも温かな音律を響かせた。
 式典では、鈴木川崎総県長が経過報告。宿野部区長は「新会館の喜びを胸に、功徳と人材と勝利の花を咲かせよう」と呼び掛けた。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉11 「伝統の2月」から
 「広布後継の3月」へ 創価班・牙城会・白蓮Gが躍動
 全国各地で入卒式が意気高く

 原田 「新時代の二月闘争」から広布後継の「3・16」へ、男女青年部が目覚ましい拡大を遂げていますね。池田先生も活躍を最大にたたえられています。
 志賀 男子部は全国で、創価班大学校40・41期、牙城会新世紀大学校16・17期の入卒式を行っています。
 清水 「ロマン総会」を大成功に終え、女子部でも各地で白蓮グループ15・16期の入卒式を行っています。
 原田 未来の学会の命運を担う大事な人材です。勇気を奮った“挑戦の一歩”が結実し、人間革命・宿命転換のドラマが各地で生まれています。頼もしい限りです。陰で支えてくださる先輩方、そして壮年・婦人部の皆さまにも、あらためて心から感謝申し上げます。

新たな人材が陸続

 志賀 北陸・富山池田県では、2年連続、創価班大学校生が全員、折伏を実らせています。先輩が率先の弘教で範を示し、一緒になって折伏に臨むことで大きな触発を与えています。
 角田 同県のある40期生は「臆病な自分を克服したい」と入校しました。先駆する先輩の姿に奮起し、勇気を振り絞った執念の対話で、人生初の御本尊流布を成就。彼は、その先輩がさらに弘教を果たしたことに奮い立ち、自身も2世帯目の御本尊流布を達成しました。「大学校での薫陶を通し、『自分の弱い心』に打ち勝つ信心の力を確信しました」と彼は語っています。
 志賀 2人が折伏した友人のうち3人が、本年、創価班・牙城会大学校に入校しました。その中には、入校前にすでに、2世帯の弘教をした方もいます。
 角田 1月の本部幹部会で、代表の活動報告をした方も、創価班です。大学校卒業後も毎年、後輩の模範となるよう、率先して弘教を実践しています。職場でも実証を示し、地域貢献でも信頼を広げています。
 原田 先生は「『後輩のためなら』と労苦を惜しまぬ先輩がいるから、学会の人材の流れは盤石なのです。広宣流布は断絶することなく、未来へと発展していくことができるのです」と語られています。これが創価の人材育成の伝統です。
 角田 「『創価』とは『勝利』の異名なり」との指導を胸に、弘教・拡大、人材育成、破邪顕正の言論戦、全ての戦いにおいて、創価班が「勝利」の原動力となっていく決意です。
 志賀 牙城会は、先生から「ただ頼む 冥の照覧 牙城会」との句を頂いて、本年で35周年を迎えます。1982年6月、第1次宗門事件の“反転攻勢”の上げ潮の中、先生は北海道の地で、広布の使命に徹する牙城会を最大にたたえ、句を贈ってくださいました
 前島 北海道牙城会は、佳節を勝ち飾ろうと、リーダー率先で圧倒的な弘教・聖教拡大を果たし、着任でも模範の取り組みを行っています。札幌厚別総区のある16期生は、家族に念願の弘教を実らせ、さらに40人以上に対話。模範の聖教拡大も果たしています
 志賀 地区リーダーとしても、2人の17期生を輩出したそうですね。
 前島 また、網走戸田県のある17期生は「自分を変えたい」と願い、昨年2月に入会しました。祈った通り、すぐに自身の変化を実感し、「この信心は本物だ」と確信。入会した翌月に、友人に御本尊流布。さらに、その友人も本年、創価班大学校に入校しました
 原田 「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(御書1046ページ)との通り、新たな人材が破竹の勢いを生んでいますね。
 前島 「ただ頼む」――先生の全幅の信頼にお応えすべく、一回一回の着任に勝って集い合い、新たな人材と共に、学会厳護の使命を果たしてまいります。そして一切の勝利の突破口を断じて開いていきます。

“良き同志と先輩”

 大串 白蓮グループでは、毎回の任務の中で“心”を磨き、先生の“目の前の一人を大切にする行動”を受け継いでいます。毎月8日の「白蓮DAY」をリズムに「歓喜の弘教」も各地に大きく広がっています。
 清水 総千葉では、皆が折伏に挑戦できるよう、女子部の先輩と白蓮メンバーが、2人1組で励まし合う“ピーナッツ”という取り組みを行っていますね。
 大串 殻の中で実が二つ寄り添うように、共に目標を立てて祈り、折伏に挑戦して、“共に殻を破ろう”という思いが込められています。ある県では、先輩と励まし合う中で、白蓮メンバーが友人を入会決意に導きました。さらにその翌日、翌々日には、先輩の2人の友人が入会を決意しました。各地に次々と折伏の息吹が広がり、職場での活躍など、勝利の実証も生まれています。
 清水 総長野では、班長同士が触発し合えるようにと「班長研修会」を行いました。共に研修会に参加したメンバーが弘教を実らせ、輝く姿に触れ、ある班長は“私も折伏したい”と決意。そして、華陽姉妹の温かな連帯に感動した友人に、御本尊流布をすることができました。さらに、その新入会の方も今、折伏に挑戦しています。
 原田 「信心の宝――それは、良き同志と良き先輩です。みんなで仲良く励まし合い、支え合って、全員が『幸福勝利の博士』と光っていってください」と、先生が白蓮グループに語られている通りの姿ですね。
 大串 「白蓮乃人に 不幸なし」との先生の指針を胸に、白蓮グループでの宝の薫陶を通して、一生の幸福と勝利の土台を皆で築いてまいります。
 原田 創価班・牙城会・白蓮グループのスクラムは、今や世界中に広がり、各国SGIの中核として活躍しています。先生は「世界広布新時代の今この時、躍り出た地涌の若人が、どれほど深い使命と宿縁を帯びていることか」と万感の期待を寄せられています。
 志賀 「青年が青年を拡大し続けるところが、永遠に勝つ」――この先生の呼び掛けを胸に、「3・16」「4・2」、そして「5・3」へ、世界の同志と共に圧倒的な拡大を繰り広げてまいります。

◆〈魂のバトンを君に 池田先生と後継の友〉 中部
 いざや築け!堅塁の金の城を

世界青年平和文化祭で、カメラを手に青年たちの熱演を見守る池田先生(1986年10月5日、愛知県体育館で)。この日は「中部青年部の日」と輝く
世界青年平和文化祭で、カメラを手に青年たちの熱演を見守る池田先生(1986年10月5日、愛知県体育館で)。この日は「中部青年部の日」と輝く

 後継の友の輝く未来を信じ、共に祈り、共に語り、共に進む――各方面に刻まれた池田先生の青年部への激励行を追う新企画「魂のバトンを君に」。第1回は、中部を紹介する。
 いざや起て
  いざや築けと
    金の城
   中部の堅塁
    丈夫勇みて
  
 60年前の2月、池田先生は詠んだ。
 戦いには急所がある。その舞台こそ、天下分け目の関ケ原があり、日本の中心に位置する中部であった。
 中部に人材の堅き城が築かれてこそ、日本の広宣流布も盤石となる。それが先生の確信であった。
 愛知、三重、岐阜――100回を超える中部への足跡。その一回一回を通し、先生は、中部の使命を語り、未来を託す青年たちを育ててきた。
                  ◆◇◆ 
 「青年部が前に来なさい」
 1981年(昭和56年)11月27日。岐阜文化会館で、池田先生は語った。前方に座った青年たち。その一人一人の出身地などを尋ねながら、スピーチした。
 「青年部は純粋だ。青年には未来がある」
 翌28日にも、中部青年部の代表100人と2時間にわたり懇談。“文化祭を開催したい”との青年たちの熱意に、こう応じた。
 「分かった。やろう! 君たち青年部が、一切を担って立つんだ」
 当時、岐阜の男子部長だった石津泰伸さん(名古屋牧口総県主事)。「第1次宗門事件の渦中でした。池田門下が躍動する文化祭を通し、学会と先生の正義を示したかった」と振り返る。
 その5カ月後。82年(同57年)4月29日に、第1回「中部青年平和文化祭」が岐阜県営陸上競技場(当時)で開催され、7万人の若人たちが乱舞した。
 圧巻は、男子部3000人の組み体操。そこで、一つのドラマが生まれた。
 5基のうち、中央の五段円塔が完成直前に崩れた。
 観衆が息をのんで見守る中、不屈の心で再挑戦し、見事に完成させた。
 その模様は、岐阜放送で実況中継され、学会青年部の心意気を満天下に示す文化祭となった。
 やり切った!――誰もが満足感にひたったが、最後にあいさつした先生は、こう提案した。
 “第2回の文化祭を開こう”。後日、その真意を語っている。
 「倒れても立ち上がる不屈の精神、それが堅塁中部の魂なんだ」「一度で満足してはいけない。二度繰り返して本物になるんだ」
 文化祭に、徒手体操で出演した飯沼研二さん(西濃圏、副圏長)。「“もう一度”との先生の提案に、青年を鍛えようとされる真剣さが伝わってきました」
 「池田先生はすごい人だ、すごい師匠だ」。子どもたちにも常々、こう伝えてきた研二さんには、忘れられない光景があった。
 77年(同52年)4月29日、中部第1総合研修所(現・三重研修道場)で行われた岐阜の青年部集会。先生は真心の激励を送った後も、バスで帰路に就く青年たちに手を振って見送った。「愛する青年たちのために、どこまでも心を砕く。これが先生なんだと胸が熱くなりました」
                 ◆◇◆ 
 第1回の文化祭から第2回までは、5カ月余り。次の会場は、三重の四日市市陸上競技場(当時)であった。
 「短期間の準備であっても、同じ演目では意味がありません。あの頃は、新しいものを生み出そうと、真剣に語り合う姿が各所で見られました」。中部男子部主任部長だった中本好昭さん(中部参事)は言う。
 当時、青年部の合言葉は「鍛錬」。弘教拡大に挑みながら、練習を重ねた。
 迎えた82年(同57年)10月3日の第2回文化祭。体操やダンス、力強い行進などが披露され、フィナーレでは、3万3000人の若人による中部歌「この道の歌」の歓喜の歌声が、会場の空にこだました。
 固く手を握り、肩を抱き合う友、涙を拭う友、拳を突き上げる友……。
 感動さめやらぬ会場に、池田先生から伝言が届く。
 「本当によかった。大、大成功おめでとう」
 この日、福冨あけみさん(鈴鹿常勝圏、支部副婦人部長)は、文化祭の生中継をテレビで見ていた。のちに夫となる栄さん(同圏、圏副本部長)が、役員として支えていた。
 「夫から信心の話を聞いてはいましたが、『私はやらない』と壁をつくっていました。でも、テレビを見て、それまでの“宗教”のイメージが一変しました。若者たちの迫力に圧倒されました」
 あけみさんは、この3カ月後に入会した。
                  ◆◇◆ 
 岐阜、三重と、1年に2回の文化祭を成功させた中部青年部。翌83年(同58年)4月、池田先生が中部を訪問した折には、さらなる構想が発表された。
 愛知での「世界青年平和文化祭」の開催である。それは、3年後の86年(同61年)と決まった。
 次なる目標へ、先生の励ましは続いた。
 85年(同60年)10月7日は、三重研修道場内に中部青年部が築いた「三重池田青年塾」の開所式に出席。「これからが若き諸君の本舞台だ」と。
 翌8日には、「道が大事だ。真っ直ぐに進むんだ。道を間違えては駄目だ」と、「道」などの書を揮毫。「さっき青年塾で書いてきたよ」と、代表の友に披露した。
 86年(同61年)9月には、群馬の文化祭に中部青年部の代表を招待。終わると、すぐに伝言を伝えた。
 「一緒に帰ろう」
 同乗した上越新幹線では、青年たちのもとに、次々と激励が届いた。
 今こそ、堅塁の底力を!
 君たちの手で新時代を!
 後継の成長を願う心が、ひしひしと伝わってきた。
 そして同年10月5日。愛知県体育館で、「世界青年平和文化祭」が開かれた。
 「この明るさ、この色、いいね」
 文化祭では、一つ一つの演技に拍手を送り、その模様をカメラに収めた。
 当時、長野耕三さん(副中部長)は、中部青年部長として、先生に演目の説明をしていた。「演技の合間にも、出演者に気を配り、電光石火で励ましの手を打たれていました」
 長野さん自身も、激励の当事者となった。教員をしていた頃の教え子が、ミュージカルに出演していることを報告すると、すぐに“皆に紹介してあげよう”。頑張っている人を一人も励まさずにはおかない、という気迫がみなぎっていた。
 「岐阜、三重、そして愛知での文化祭。その全てに出演する中で、先生に原点を築いていただきました」とは、音楽隊のフラッグ隊を務めた加藤英知さん(中川王者区、支部長)。
 愛知の文化祭の前年、音楽隊員としてハワイへ。その折、先生は提案した。
 “お父さん、お母さんを亡くした人は植樹を”
 中学1年の時、母親を失っていた英知さんも、植樹に参加した。「先生が目の前で見守ってくださる中、植樹をしました。“全部、分かってくださっている”。そう実感しました」
 師弟に生きる英知さんのもとで育った3人の子どもたちは今、男子部・女子部・学生部のリーダーとして、後継の道を歩む。
                                                 ◆◇◆ 
 87年(同62年)9月20日、池田先生は、中部文化会館(現・中部池田記念会館)を訪れた。
 70年前後の“言論問題”では最も厳しい風雪に耐え、80年代にも宗門事件の嵐が吹き荒れた中部。しかし烈風の中で断固と勝ち抜き、岐阜、三重、愛知の文化祭を節に、凜々しく成長した青年たちの顔があった。
 先生は、中部の同志を前に、高らかに宣言した。
 「よくぞ、ここまで戦い抜かれた」
 「皆さま方の今日までのご苦労をたたえ、中部の『大勝利宣言』としたい」
 「堅塁」――その「堅」の一字には、どんな試練にも揺るがぬ「堅固」という意味がある。どんな苦難をも耐え抜く「堅忍」という意味がある。そして、どんな変化にも勝ち抜く「堅実」という意味がある。
 本年4月に愛知、三重、岐阜の各県で行われる創価青年大会に向け、青春の汗を流す中部青年部。堅塁の新たな時代を開く後継たちの挑戦が始まっている。


◆3月の広布史

◎3・5「壮年部結成記念日」
 1966年(昭和41年)3月5日、池田先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成された。席上、先生は“創価の城を支えゆく、黄金柱になっていただきたい”“壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です”などと述べ、大きな期待を寄せた。
 ※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」 


◎3・8「芸術部の日」
 62年(同37年)3月8日、「文化の世紀」の到来を見通した池田先生のもと、20人で部が発足した。本年は、結成55周年となる。
 ※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」


◎3・11「小樽問答記念日」
 55年(同30年)3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で日蓮宗側を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。
 ※参考資料=『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」


◎3・16「広宣流布記念の日」
 57年(同32年)、第2代会長の戸田先生が、生涯の願業である75万世帯の弘教を達成。翌58年3月上旬、戸田先生は、若き池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしよう」と提案。同月16日、男女青年部の精鋭6000人が戸田先生のもとに集い、“広宣流布の記念式典”が開かれた。戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを後継の青年に託した。
 ※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」


【信仰体験】

◆〈世界の体験プラザ〉 スペインSGI フェリペ・ガルシア・ヴェレスさん
スペイン映画界で注目集める  人間味が輝く“名脇役”
 

2017年2月26日 (日)

2017年2月26日(日)の聖教

2017年2月26日(日)の聖教

◆わが友に贈る


勇気を出せば
一切が楽しくなる!
全てに勝っていける!
題目を唱え抜き
勇猛精進の日々を!

◆名字の言


   災害時に備える意味もあって、試しに職場から自宅まで、都内を歩いたことがある。全行程は15キロ。3時間半くらいだろうと予想し、地図を片手に意気揚々と出発した▼だが、実際はそう簡単にはいかない。道に迷っては引き返すという繰り返し。諦めて幹線道路を歩くと、車の排気ガスで鼻や喉が痛くなる。だらだらとした坂の連続で、やがて足も限界に▼一方で、新しい発見もあった。不意に開ける素晴らしい眺望。電車でしか行ったことのない駅同士が、実はそれほど離れていないこと。「点」でしかなかった場所がつながってくる。頭の中の地図が、立体的に立ち上がる。所要時間は予定よりかかったものの、収穫は大きかった▼万事、やってみなければ分からないことは多い。もちろん、事前にさまざま考えることも大切だ。しかし、それで全てが分かるわけではない。実際に体を動かせば、心も大きく動きだし、新しい出会いや気付きが生まれる▼初代会長の牧口先生は青年に言った。「勇猛精進し給え! 仏法は実行だよ。精進だよ。老齢にはなったが、私も実践しています」。学会にはこの「行動第一」の伝統が生き生きと脈打っている。さあ自他共の勝利の春へ、わが心の扉を大きく開き、友好対話に打って出よう。(起)

◆〈寸鉄〉 2017年2月26日
 

 一つの声が世界を変える
 という力を学会は示した
 ―博士。混迷の時代の光
      ◇
 苦手な人と関わる中で人
 は自制し、成長し、発展―
 文豪。異体同心で勝利へ
      ◇
 「地にたうれたる人は・か
 へりて地よりをく」御書。
 苦難の嵐こそ飛躍の好機
      ◇
 忘恩から人生も社会も乱
 れが生ずる―戸田先生。
 知恩報恩の大道を勇んで
      ◇
 覚醒剤押収量が過去最多
 と。奪命の薬物で未来壊
 すな。皆の手で断固根絶

◆社説  「SGI提言」に学ぶ   分断の濁流押し返す平和の文化


 池田先生が1月26日に発表した「SGIの日」記念提言が、大きな反響を呼んでいる。  今回の提言の特徴は、青年の使命と役割に大きな焦点を当てた点だ。
 核兵器の拡散や難民の増大、貧富の差の拡大、そして社会の分断の深刻化――世界は多くの難題に直面している。欧米などの先進国でも、移民や難民への排他的な風潮が広がっている。池田先生は提言で、こうした問題の本質に迫りながら、次のように論じている。
 「分断をもたらす排他主義や、犠牲を顧みない経済的合理性の追求に抗する、社会の楔となるものは何か――。私は、一人一人の顔といった具体的な像をもって心に立ち現れる『友情』のような、確固たる結びつきではないかと考えます」と。
 自分と異なる人々への排斥は、相手への無知や偏見から起こる場合が多い。そしてそれは、相手を集団としてひとくくりにする抽象化によって正当化される。例えば「○○教徒は、こういう人たちだ。彼らを排除すれば、全てはうまくいく――」といった具合である。  こうした短絡的な思考に流されないためには、互いの一つの属性に縛られることなく、一人一人が“顔を持った存在”として結びついていくことが重要だ。そして、その“開かれた心”こそ、青年が大きな力を発輝できる源泉となるものだ。友情を通して、心が深く通い合う中で、差異は多様性の輝きへと昇華していく。池田先生は、「いかなる分断の濁流も押し返す、多様性の尊重に基づいた『平和の文化』のうねりは、青年たちの友情から力強く巻き起こっていく」と大きな期待を寄せている。
 青年には未来を切り開く情熱があり、困難に挑みゆく気概がある。こうした青年の熱と力こそ、地球社会の諸問題を乗り越える原動力である。
 実際、これまで創価学会青年部は核兵器廃絶の運動に尽力。世界の青年と絆を結び、平和への潮流を広げてきた。
 今回の提言を学んだ青年学術者会議のメンバーが語っていた。「友の悩みや苦しみを、自分の身に置き換えて考える、想像力と共感力が、今ほど必要とされる時代はないのではないでしょうか」「魂と魂の触発という、深い次元での対話によって結ばれた友情こそ、平和と共生の社会を築く確かな礎です。今いる場所から、対話と友情の輪を広げていきたい」と。
 自らの使命の舞台で、平和への潮流を起こしゆく一人一人でありたい。

◆きょうの発心   不惜身命で“幸福の大道”を歩む2017年2月26日

御文
 寿量品の自我偈に云く「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云、日蓮が己心の仏界を此の文に依って顕はすなり(義浄房御書、892ページ・編552ページ)
通解 法華経如来寿量品第16の自我偈に「一心に仏を拝見しようとして、自ら身命を惜しまない」とある。日蓮の己心の仏の境涯をこの文によって顕すのである。

 真剣な求道心と、わが身を惜しまず実践する行動に、仏界が涌現すると仰せです。
 幼いころから一家の経済苦と、虚弱体質である自身の宿業に悩み、幸せになりたいとの一心で信心に励むようになりました。
 戸田先生が、牧口先生をしのばれ、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と感謝された歴史を学び、深く感動。“広宣流布のお役に立ちたい”との決意で、この御文を胸に、不惜身命の思いで学会活動に取り組みました。  同じころ、主人が仕事で独立。経済的にとても苦労しましたが、夫婦で懸命に題目を唱えながら、師匠と同志の皆さまと共に、幸の連帯を広げる喜びでいっぱいでした。
 そうした中で、弱かった身体も、思う存分広布のために走れるようになり、幸福の大道を歩んでいると実感しています。長年、苦楽を共にした主人は、昨年、安らかな相で霊山へと旅立ちました。
 明年の「11・18」を目指し、人材の城を築いてまいります。   長野第2総県副総合婦人部長  宮坂 晶(せい)子

【聖教ニュース】

◆アルゼンチン プエルト・デセアド市文化局が池田先生に「顕彰状」

   
プエルト・デセアド港に続く入り江をバックに、池田先生への顕彰状を手にするピック局長(前列左から4人目の女性)と地元SGIの友が、記念のカメラに
プエルト・デセアド港に続く入り江をバックに、池田先生への顕彰状を手にするピック局長(前列左から4人目の女性)と地元SGIの友が、記念のカメラに
 南米アルゼンチンのサンタ・クルス州プエルト・デセアド市文化局から池田先生に、平和・文化・教育への傑出した貢献をたたえ、「顕彰状」が贈られた。

◆太陽のイタリア婦人部が充実の研修会

   
全土からローマ文化会館に駆け付けたイタリア婦人部の方面リーダーたち
全土からローマ文化会館に駆け付けたイタリア婦人部の方面リーダーたち
 欧州広布をリードするイタリアSGIの婦人部研修会が18、19の両日、ローマ文化会館で行われ、全土から各方面のリーダーが一堂に会した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 女性の力は社会の希望

 新たな社会の希望の活力は、
 女性のソフト・パワーである。
 女性の知恵が発揮されれば、
 職場であれ、地域であれ、
 創造性が漲り、
 調和が図られていく。
 女性が安心して
 伸びやかに働ける社会を
 皆で作っていくことが大切である。
 
  働くこと、子を育てること、
 妻であること。また娘であること、
 地域の一員であること、
 学ぶこと――
 それらが互いにぶつかりあい、
 悩みながらも、
 なおすべてを
 自分の成長の糧にしようと
 心が定まった時、
 初めて、
 女性は一個の太陽になれる。
 
  母の楽観主義の光は、
 地域の太陽となり、
 世界平和の太陽として、
 昇り輝いている。
 私たちは、
 この健気な母を幸福にする
 「責任」がある。
 いな「使命」がある。
 これが「人生」だ。
 この平凡にして偉大な母を
 幸福にしていくことこそが、
 全世界の
 平和への第一歩なのだ。
 
  本当に強い人とは、
 「心の強い人」である。
 ゆえに、永遠にして
 宇宙大の妙法を強盛に信じぬく、
 婦人部・女子部の皆さんは、
 最も強い人である。
 どんな宿命にも、どんな困難にも、
 負けるわけがない。必ず勝てる。
 必ず乗り越えていける。
 皆が仰ぎ見るような、
 晴ればれとした勝利の大境涯を、
 必ずや開いていけるのである。

 


 陽光に照らされる南国の花・ブーゲンビレア。赤や橙の彩りの向こうには、木々の緑が映え、ビルが林立していた。1988年(昭和63年)2月、池田大作先生がタイの首都バンコクで撮った1枚である。
 まぶしく輝く花は、周囲に生き生きと喜びの対話を広げる、創価の女性のよう――。
 法華経には「如蓮華在水(蓮華の水に在るが如し)」との言葉がある。蓮華は泥水の中にあって、汚れに染まることなく、美しい花を咲かせる。同様に、妙法を持った人は、どんなに厳しい現実社会にあっても、見事な“使命の花”を咲かせていく。
 ブーゲンビレアの花言葉の一つに「情熱」と。広布への情熱を赤々と燃やしながら、社会や地域に“使命の花”を爛漫と咲かせゆこう!


◆〈親が子に語る物語〉 人々を敬い続けたフキョー
 一人ももれなく尊い存在
             


 はるかとおいむかし、ダイジョーという国がありました。立派な仏様がいらっしゃって、人々はその教えを守り、豊かに、仲良く暮らしていました。
 仏様がなくなると、国は、だんだんすたれていきました。人々は仏様の教えを忘れ、おたがいのことを信じられず、いさかいがたえません。
 「おい、うちの畑から野菜を盗んだろう!」
 「知らないね。おまえこそ、うちの鶏小屋から卵を盗んだろう!」
 そんなとき、ひとりの若者があらわれて、ふたりの男に合掌し、ふかくこうべをたれて、こう、いいました。
 「わたしは、あなたがたを軽んじません。尊敬します。なぜなら、やがて仏になられるからです」
 ふたりは、拍子抜けしていさかいをやめました。
 「なんだ、こいつ」
 「へんなやつだな」
 若者は、誰に会っても、「あなたを軽んじません」と、いうので、いつかフキョー(不軽)と呼ばれるようになりました。

 フキョーは、毎日、町をいく人に声をかけました。
 「わたしは、あなたを軽んじません。尊敬します。なぜなら、やがて仏になられるからです」
 すると、ひとりのひげをはやした大男が、立ち止まって怒りました。
 「おまえは、なんのつもりで、そういうことをいうんだ? 仏でもないのに、おれの未来を予言するのか?」
 大男は、たずさえていた、つえをふりおろしました。
 すると、フキョーは、身をかわして、つえのとどかないところから、同じことをいいました。
 「なまいきな!」
 大男が、足元に落ちていた石をひろって投げようとしたら、フキョーは、走り去り、遠くから大きな声でいいました。
 「わたしは、あなたを軽んじません!」

 フキョーが人々をうやまう礼拝行をするようになって、長い歳月がすぎました。
 若者だったかれも、年をとって、髪が白くなっていました。もう、誰もフキョーのことを気にせず、町の風景のひとつになっていました。
 ある日のこと。
 「わたしは、あなたを軽んじません」と、フキョーがいいかけたとき、空から仏様の声が、きこえてきました。
 「フキョーよ、あなたは仏になる。なぜなら、あなたは仏のすることをおこなってきたからだ」
 フキョーは、見るからに威厳のある、立派な仏様になりました。かれをさげすんでいた人々は、びっくりしました。
 「おい、フキョーが仏になったぞ」
 「おれも礼拝行をするぞ」
 フキョーのおかげで、ダイジョーは、人々が、おたがいを信じて、尊敬しあう豊かな国になりました。
                                    ◆ ◇ ◆  
                                                                               ぶん・村上政彦
                                                                                え ・三浦哲
おうちの方へ
 今回の「人々を敬い続けたフキョー」は、法華経常不軽菩薩品第20に説かれる「不軽菩薩」の話が基になっています。不軽菩薩は、釈尊が過去世において修行していた時の姿の一つです。
 ――威音王仏の像法時代の末に出現した不軽菩薩は、「我は深く汝等を敬い、敢えて軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べければなり」(法華経557ページ)という、「二十四文字の法華経」を唱えながら、会う人ごとに礼拝を行じました。
 慢心の人々からは悪口罵詈や杖木瓦石の迫害を受けましたが、不軽菩薩は、この礼拝行を貫き通したことが因となって、「六根清浄」の功徳を得ます。不軽菩薩を迫害してきた人々も、一度は不軽を軽んじた罪の報いを受けますが、やがて罪障消滅し、再び不軽菩薩に巡り合って救われたのです――。
 日蓮大聖人は、「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と、釈尊がこの世に生まれてきた目的が、“不軽菩薩のように万人を尊敬する生き方”を説くことにあったと述べられています。
 誰もが尊い存在であるとの思想を、私たちは子どもたちに伝え、相手を敬う心を育んでいきたいものです。  

【信仰体験】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 信仰体験 家族をつなぐ力 

 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ 若者と希望」。今回は、家族の問題を見つめる。

2017年2月25日 (土)

2017年2月25日(土)の聖教

2017年2月25日(土)の聖教

◆わが友に贈る


さあ二月闘争の
総仕上げの拡大を!
激しい寒暖差に注意し
健康第一、唱題第一で
新たな歴史を築こう!

◆名字の言


  球春到来。プロ野球のオープン戦がきょうから始まる。各チームとも、レギュラー陣の活躍とともに、新戦力の台頭に期待が集まる▼プロ球団に選ばれた選手たちだ。入団当初の実力差は紙一重。では、何によって差が生じるのか。監督時代、名将といわれた解説者の野村克也氏によると、その決め手は「感性」という。感じる力が優れている選手は、相手の動き、試合の流れなど、わずかな変化でも気付き、対応する。修正能力にたけ、同じ失敗を繰り返さない。だから伸びる▼この「感性」をはかるのに、実は、氏が最も重視したのは「親を大事にしているかどうか」だった。恩人への感謝。それこそが「感じる心の根っこ」であると(『師弟』講談社、共著)▼御書に「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」(491ページ)と。感謝の人は強い。“今の自分があるのは誰のおかげか”。人生の師、肉親、同志……。祈り、励まし、支えてくれた存在を強く思えば、不安や孤独は消える。勇気が湧き上がる。絶対に負けない▼モバイルSTBで、東北楽天の新人・池田隆英投手の一家の番組を視聴し、胸が熱くなった。映し出された投手愛用のグラブに、「親孝行」の文字の刺しゅうが。この「感謝の心」で戦う青年の未来が楽しみだ。(誠)

◆〈寸鉄〉 2017年2月25日

 会長との出会いから謙虚
 さを教わった―元総長。
 「人の振舞」に仏法の真髄
      ◇
 誠実に努力をすれば必ず
 心は通じる―戸田先生。
 日々の爽やかな挨拶から
      ◇
 わたしたちは正義のため
 に生まれた―哲人。破邪
 顕正の叫びで時代動かせ
      ◇
 高校生8割、授業以外の
 過ごし方はスマホと。宝
 の青春。賢き向上の道を
      ◇
 「私は大丈夫」と思う人ほ
 ど詐欺被害に―心理学者
 小さな油断こそ落とし穴

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四十六



 十条潔は、緊張した面持ちで新会長としての抱負を語った。
 「山本第三代会長の後を受けまして、新しい制度による出発となりました。これまでに山本会長は、学会の運営は皆で行っていけるように、十分に指導してくださいました。これからも、学会の進み方に変わりはありません。誠に大任ですが、決意を新たにし、この任を全うしていきたいと考えております。
 今後は二十一世紀をめざし、五年単位の展望で前進してまいります。特に最初の五年は人材の育成に力を注いでいく所存です。そして、二度と戦争を起こさせない、社会の安定した平和勢力に、学会を育てていきたいと思っております」
 そこに、山本伸一が到着した。
 彼は、記者たちに笑顔を向け、「大変にお疲れさまです」と言って礼をし、十条にも会釈して隣に座った。
 すぐに、「現在の心境と会長勇退の理由をお聞かせください」との質問が飛んだ。
 「大きな荷物を下ろしてホッとした気持ちです。ただし、新しい会長中心の体制、これからの前進を見守るという意味では、また新しい荷物を背負ったような気持ちもいたします。ゆっくり休ませてくれないんですよ」
 彼の言葉に、どっと笑いが起こった。どことなく重たかった空気が一変し、十条の顔にも笑みが広がった。伸一は、新体制の出発を明るいものにしたかったのである。
 ユーモアは暗雲を吹き払う。
 彼は、話を続けた。
 「既に説明もあったと思いますが、会長を辞任しようと思った最大の理由は、足かけ二十年という歳月を、一人で最高責任者をしていることは長すぎると判断したことです。以前から、後進に道を譲ることで、新しい活気に満ちた創造もなされると考えてきました。
 また、疲れもたまっています。しかし、私は五十一歳であり、今ならば、まだ皆を見守りながら、応援していくことができます」
 人生は、闘争の連続であるといえよう。

【聖教ニュース】

◆池田先生と環境学者ヴァイツゼッカー博士の対談集
 「地球革命への挑戦」イタリア語版が発刊 
 「豊かさ」の価値観を問い直す
 “貪欲”を超え“他者に尽くす生き方”を

            
初めての出会いを喜び合うヴァイツゼッカー博士(右端)と池田先生(2010年3月、東京・八王子市の創価大学で)
初めての出会いを喜び合うヴァイツゼッカー博士(右端)と池田先生(2010年3月、東京・八王子市の創価大学で)

 世界的な環境学者のエルンスト・U・フォン・ヴァイツゼッカー博士と池田大作先生の対談集『地球革命への挑戦――人間と環境を語る』のイタリア語版が、同国最大手のメディアグループ「モンダドーリグループ」のピエメ出版社から発刊された。同語版のタイトルは“大量消費からの脱却”を意味する『La gioia del meno』。日本語版、英語版、ドイツ語版に続く4言語目の刊行となる。
 ヴァイツゼッカー博士は、ドイツ・カッセル大学学長、国連科学技術センター所長などを歴任。現在は世界的なシンクタンク「ローマクラブ」の共同会長を務める。
 博士と池田先生との出会いは、2010年3月。以来、書簡などを通じて語らいを重ね、14年に対談集の日本語版が発刊された。
 対談集では、消費による豊かさばかりを追い求めてきた現代社会の在り方に警鐘を鳴らし、豊かさ、幸福とは何かについて、価値観を問い直す必要があることを指摘。
 資源浪費型社会から低炭素・循環型社会へと転換する必要性などを訴える博士に対し、池田先生は「貪欲」を乗り越え、他者に尽くす中で「自他共の喜び」を得るとの仏法の知見を紹介する。
 とりわけ二人は、宗教の重要性に着目。博士が「人間が宗教性から離れていってしまうことは、『節約』や『充足』という価値観を捨て去ってしまうこと」だと述べると、池田先生は「『節約』や『充足』といった価値観を、より社会に定着させていくために、宗教が十分な役割を果たしていくことが求められる」と応じている。
 「持続可能な地球社会」の構築のために、示唆にあふれた一書が世界に反響を広げている。

【先生のメッセージ・特集記事】 
                        

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 インタビュー 京都大学 こころの未来研究センター 広井良典教授
 
 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ」。若者が希望を持てる社会を構築していくために、今、哲学・宗教に求められているものは何か。

◆〈スタートライン〉 医師・作家 鎌田實さん   
「高齢社会」では“外向きの生き方”がより価値をもつ

 生きる上で、「不安」は尽きない。それを取り払うのは、「言葉の力」だと強調する医師がいる。諏訪中央病院名誉院長で、コメンテーターとしてメディアなどでも活躍する鎌田實さん。長年、医療に携わりながら、その経験から紡ぎ出した「がんばらない」「1%の力」などのキーワードを本に著し、数々のベストセラーを生んできた。今回は、近著のキーワード「遊行」に込めた思いとともに、「医療と言葉」「若者とコミュニケーション」といったテーマを中心に話を聞いた。
 ――医療現場で実感してきたのは、治療における言葉のもつ力だった。
  
 内科と外科を立て分ける時に、「外科はメスで治療する」「内科は薬で治療する」と言われることがあります。私自身は内科が専門なのですが、内科、外科にかかわらず、最終的には“医師の言葉”が治療に大きな影響を与えます。
 例えば、難しい手術があったとします。手術がうまい外科医が担当しても、「成功率は40%ですね」と冷静に声を掛けられると、つらいですよね(笑い)。
 それが、「難しい手術ですが、全力を尽くします」と言われれば、医師を信じたいと思うはずです。実際に、患者が病の回復を信じられると、治療経過が良くなる場合が多いのです。
  
 ――在宅医療の往診を行った時のこと。中年男性の患者は手足を動かせず、目の動きでしか意思を伝えることができなかった。脳幹部梗塞による「閉じ込め症候群」の病態だった。
  
 「閉じ込め症候群」はとても残酷な病気です。思考は正常なのですが、脳幹部に疾患があるため、手足も口も動かせず、話すことも食べることもできません。パソコンの補助具や、目のわずかな動きで意思疎通を図ることになります。
 ふびんに思いながら居室の壁を見ると、俳句が書かれた多くの紙が貼られているのに気付きました。病に直面しながら、患者さんが詠んだものでした。
 「ああ あきた 寝たきりにあきた どうしよう」
 「パイン 味噌汁 アンパン せんべい 甘酒 レーズン」
 二つ目の句は、自分が食べたいものを並べたのでしょう。切ない気持ちになりましたが、同時に、この患者さんは、“心は自由”だと感じました。
 言葉というのは本当に不思議です。それぞれの人生経験を経て、一つの言葉が発酵したり熟成したりしていきます。その言葉には、深みがあります。
 良い言葉は人生を変えてくれるものです。一生懸命生きることで、逆に、良い言葉が生まれます。言葉と人生って、“行ったり来たり”なんですよね。
  
 ――「人間は負けるようにはつくられていない」「力のある言葉をもったとき、人生の大逆転が起きる」。近著では、支えになった言葉や、自分なりに紡いだ124の言葉がちりばめられ、「遊行」という聞き慣れない言葉がキーワードになっている。
  
 遊行といってもよく分からないですよね(笑い)。
 辞書では「歩き回ること」等と記されていますが、もともとは、「四住期」という古代インドの考え方からきた言葉です。人生を四つの期間に分け、その最終段階が「遊行期」と名付けられました。人生の締めくくりに向かっていく“死への準備期間”のことです。
 そこに「遊行」という言葉を使っているのが、とても面白いと感じたのです。さまざまな解釈ができると思いますが、私はその言葉を、“遊び心をもって、外に向かっていくこと”と捉えています。
 60歳を超え、これから自分に何ができるかということを模索してきました。日本も著しい高齢化が進み、ともすれば静的で内向的な社会になっていく危険性があります。
  
 ――鎌田さんは、世界の“内向化”に危機感を抱いている。
  
 イギリスがEU離脱を決め、アメリカにトランプ大統領が誕生したことで、“自分の国さえ良ければいい”という内向きの傾向が強まっています。ここで、日本も内向きの風潮になっていくと、大変なことになってしまうでしょう。
 今、大切なのは、若者も高齢者も、積極的に自分の外側に目を向けていくことです。それも、“外に目を向けるべき”という堅苦しい感じではなく、遊び心をもって、軽やかに外に飛び出していくことでしょう。
 遊行という言葉を意識することで、私自身も、人生を振り返るより、今まで培ってきた力で何かのお役に立てれば、と考えるようになりました。
 それで昨年、早速、地域包括ケアに関する研究所を立ち上げました。そのために、全国を飛び回っています。長年続けてきた支援活動で海外にも赴き、多忙であることが本当にありがたいと感謝しています。
  
 ――ゲームやスマートフォンが普及する時代、若者のコミュニケーションについてはどう考えるか。
  
 ゲームや“スマホ”が悪いとは思いません。ただ、それに没頭して内に閉じこもるのではなく、最先端の技術に親しむその力を、外に向かっても使ってもらいたいですね。頑張れば、ビジネスにしていくこともできますし、社会のために使っていくこともできるのです。
 コミュニケーションという部分では、最近、自分の考えを押し通そうとしたり、用件だけを伝えようとする“一方的なコミュニケーション”が多いように感じます。人を動かすのもコミュニケーションですが、その前提として、“自分自身も変わる姿勢”があってこそ、人は変わっていくものです。
 苦手な人とコミュニケーションを取るのは大変ですが、それによって自分も触発を受け、成長できます。双方向のコミュニケーションを通じて、“自分が変わっていく過程”を楽しんでいければいいですよね。
 かまた・みのる 1948年、東京都生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。医師。作家。長野県の諏訪中央病院で地域医療に携わり、88年、同病院の院長に就く。現在、名誉院長。医療の傍ら、チェルノブイリ、イラク、東日本大震災などの支援に献身。意欲的に執筆活動にも取り組み、代表作の『がんばらない』(集英社)や『1%の力』(河出書房新社)などがベストセラーとなっている。近著に『遊行を生きる』(清流出版)。
 【編集】松崎慎一 【写真】石川大樹 【レイアウト】近藤翔平   
                                                    
【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 競走馬育成牧場の調教スタッフ 山田翔太さん 
 「アレッ(行け)! アレッ!」
 地響きするような声援に包まれて、向正面を駆け、第4コーナーを回る。
 

2017年2月24日 (金)

2017年2月24日(金)の聖教

2017年2月24日(金)の聖教

◆わが友に贈る


広布とは「声」の戦いだ。
真実を叫ぶのも声。
人を励ますのも声だ。
「心の思いを響かして」
誠実に朗らかに語れ!

◆名字の言


  「新しい人材が各地で躍り出ています」――米国を訪れた際、青年部のリーダーが語っていた。同国青年部では、池田先生の教学著作を学ぶ運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」を展開。仏法への確信が力となり、弘教が大きく進んでいる。昨年は全米で約9000人が入会。そのうち5000人が青年部員という▼教学を学んだ友が口々に語るのは、「自分の生きる意味、使命が明確になった」との喜びだ。そして「仏法の眼から生活を見つめ、価値を創造していく智慧(ウィズダム)を学んだ」と▼今、米国など先進国はさまざまな課題に直面している。貧富の差、社会の分断や排外主義の拡大。少子高齢化による未来への不安……。もちろん、制度や法律の整備など対策を講じていくことは必要だ。その上で大切なのは、根本となる「哲学」「智慧」を、私たち一人一人が培うことであろう▼社会の機構や政治・経済が木の幹や枝であるとすれば、民衆はその根といえる。人間の生き方、生命を変革する広宣流布は、社会の「根っこ」を変えゆく最も根本の運動といえよう◆日々の訪問激励や仏法対話。毎月の座談会。いずれも地道な活動だ。しかし、それは地域を変え、世界を変えゆく最重要の活動であるとの誇りで進みたい。(駿)

◆〈寸鉄〉 2017年2月24日

 会長は人道・平和主義の
 価値を創造し世界に拡大
 -大使。人間外交に続け
      ◇
 人生の目的は自分と他者
 の向上に―闘士。広布に
 生きる日々こそ幸の軌道
      ◇
 「火をきるに・やすみぬれ
 ば火をえず」御書。勝利
 者とは進み続ける人なり
      ◇
 “5万歳”の微生物を発見
 と。尽きぬ生命の不思議。
 われらは心の宇宙を探究
      ◇
 今春導入の給付型奨学金
 は「非常に画期的」東大教
 授。公明よ若者支援更に

◆社説   就職活動に挑む友を応援   諦めない! 賢者の道を朗らかに


 文部科学省と厚生労働省の発表によると、今春卒業予定の大学生の就職内定率は、前年比4・6ポイント増の85・0%(昨年12月1日時点)、高校生の内定率は1・5ポイント増の74・9%(同10月末時点)と、いずれも上昇。25年ぶりの高水準となった。景気が回復傾向であるとともに卒業後3年間は新卒扱いという概念が一般化したことや、採用面接などの選考開始時期が大学4年生の6月となり、2カ月前倒しになったことなどが影響していると考えられる。
 そんな中、来月から2018年春の卒業予定者の就職活動が本格的に始まる。“売り手市場”といわれるものの、準備不足の学生は、内定獲得が難しい傾向にあるという。
 以前、本紙「あすなび」の欄で、キャリアインストラクターの小寺良二さんが就活のポイントとして、①業界や職種を絞り込まず、大手から中小まで幅広く狙っていく②60~100社程度にエントリーし、30社以上を目安に足を運ぶ③実際に試験を受け、合否で相性を判断していく④試験に落ちても自分に合う会社ではなかったのだと捉え、落ち込まない⑤就活に励む友人と小まめに連携し、孤独にならない――などを挙げていた。
 企業研究などの準備を怠らず、たとえ不採用が続いても、粘り強く挑戦していきたい。
 ある学生部員は、昨春から就活を開始したが、秋になっても内定が出ず、焦りばかりが募っていた。学生部の先輩から「どん底に沈んだ時こそ、祈りから始めよう」と励まされ、毎日、真剣に唱題を重ねた。
 先輩も一緒に唱題し、書類の作成や面接の練習まで付き合ってもらう中、採用試験に臨んだ企業は40社を超えた。そしてついに昨年11月、介護関係の職場から内定を勝ち取った。
 苦難のない人生などない。目の前の試練を、いかにして乗り越えていくか――池田先生は、若きアインシュタインが就職活動等で苦闘したことを通し、労苦の中で本物が育つと語った。そして「思うようにいかない時も、くさってはならない。上手くいかない時も、自分らしくベストを尽くしていけば、必ず、そこから次の道が開かれる」と。
 ゆえに、周囲と比べる必要などない。不如意の時も負けないで、全力の挑戦を諦めないことだ。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法」(御書1192ページ)と、強盛な祈りで勇気と知恵を湧きいだし、時に“創価家族”の先輩の助言も力にしながら、朗らかに賢者の前進をしていこう。

◆きょうの発心   地域と家庭に功徳の花を爛漫と2017年2月24日

御文
 行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず(兄弟抄、1087ページ・編688ページ)
通解 修行が進み、仏法の理解が進んでくると、必ず三障四魔が入り乱れて競い起こる。(中略)これに随ってはならない。恐れてもならない。

 仏道修行が進むと障魔が競う、と教えられた一節です。
 家族でただ一人信心をしていた祖母が、病弱だった私のことを心配し祈り続けてくれたおかげで、私は1982年(昭和57年)に入会。しかし、父の反対にあい、女子部の活動になかなか参加できませんでした。
 夫を折伏して結婚しましたが、夫の両親にも信心を反対され、悶々とする日々が続きました。幼子を寝かしつけた後、池田先生の指導を胸に、懸命に唱題を重ねた夜のことが、今も忘れられません。
 「三障四魔」を必ず乗り越えてみせると決めて祈る中、地域の同志の支えもあり、学会活動もできるようになりました。
 私の両親も次第に学会に理解を示すようになり、念願がかなって8年前に入会。長女は県女子部長、三女は部長と広布の庭で育てていただいています。次女の夫も昨年入会し、一家和楽の信心を築くことができました。
 池田先生を筑豊文化会館(現・飯塚平和会館)にお迎えしてから32星霜。筑豊県は、功徳の花を爛漫と咲き薫らせ、朗らかに前進してまいります。  福岡・筑豊県婦人部長 園田淳子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章    四十五

 


 県長会等のあとも、山本伸一は新宿文化会館にとどまり、彼の辞任にいちばん衝撃を受けている婦人部の代表と懇談して励ました。また、来客の予定があり、その応対にも時間を費やした。
 夜には、創価学会として記者会見を行うことになっていたが、既に新聞各紙は夕刊で、伸一が会長を勇退し、十条潔が新会長に就任することになると、大々的に報じた。
 それらの報道では、この日の「聖教新聞」に、伸一の所感「『七つの鐘』終了に当たって」が掲載されたことに触れ、それが「辞意」の表明であるなどとしていた。
  
 記者会見の会場である聖教新聞社には、夕刻から、次々と新聞、テレビ、ラジオなどのマスコミ関係者が訪れ、午後六時過ぎには数十人の記者らでごった返していた。
 午後七時、新会長の十条と新理事長の森川一正、副会長の秋月英介・山道尚弥らが姿を現すと、いっせいにフラッシュが光り、カメラのシャッター音が響いた。
 伸一は、三十分ほど遅れて、会場に行くことにしていた。新会長の十条を前面に立てなければとの思いからであった。
 記者会見では、秋月が、本日の総務会で会長・山本伸一の勇退の意向が受理されて辞任し、名誉会長となったと報告。そして、理事長であった十条が会長に、副会長の森川が理事長に就任したことが発表された。
 また、伸一の会長勇退については、「七つの鐘」の終了という学会にとって大きな歴史の区切りを迎え、新しい制度、機構も整い、人材もそろったので、会長職を辞して、平和・文化・教育の活動に力を注ぎたいとの希望が出されたことなどが伝えられた。
 マスコミ関係者の多くは、辞任の情報は耳にしていた。しかし、昨日まで、まだ先のことではないかと思っていたようだ。
 学会が未曾有の大発展を遂げたのは、常に未来を見すえて、先手、先手と、素早く手を打って前進してきたことにこそある。
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◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉54 一遍の唱題に無量の福徳


御文 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う  (観心本尊抄、246ページ)
通解 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足している。私たちは、この妙法蓮華経の五字を受持すれば自然に釈尊の因果の功徳を譲り与えられるのである。
同志への指針
 私たちの唱える題目の力は無量無辺である。釈尊はじめ一切の仏の修行の功徳も、仏の威徳も、全部この妙法五字に具わっている。
 ただ一遍の唱題でも、功徳力は絶対である。ましてや、自行化他にわたる誓願の唱題行の福徳は、三世永遠に、わが生命とわが眷属を包んでいくのだ。「歓喜の中の大歓喜」の題目を、今日も朗々と唱えゆこう!

【聖教ニュース】

◆3月 本部幹部会が全国壮年部幹部会に
3・5「部結成記念日」を祝賀 青年の心で! 地域の黄金柱と輝け


 3・5「壮年部結成記念日」に向かって、勢いよく進む友に朗報! 3月度本部幹部会が、「全国壮年部幹部会」として開催されることになった。
 51年前の1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、東京・信濃町の学会本部に代表750人が集い、壮年部結成式が行われた。池田先生は、当時の思いを小説『新・人間革命』につづっている。
 「いよいよ壮年が立つんだね。これで、本格的な広宣流布の時代が幕を開けるぞ」と。
 師の期待を胸に、職場、家庭、組織など、あらゆる場所で信頼の柱と光り、懸命に奮闘する壮年部の友――。昨年発刊された同部の指導集『黄金柱の誉れ』を学び合い、堂々と王者の道を歩む。
 埼玉・川口池田県の鳩ケ谷正義支部(石井利勝支部長)は昨年、“ブロック6勇士”を達成。
 結集戦の軸は、男子部と合同で毎月実施している「壮男部員会」。毎回の結集目標を明確にし、地区部長や創価長(ブロック長)と共に訪問激励を実施して当日を迎えている。
 また、会合では体験発表を必ず行い、信心の歓喜を分かち合える場に。
 部員会を継続して3年目となった現在、壮年部の参加者数は当初の5倍以上に拡大。“ブロック7勇士”の実現も視野に入ってきた。男子部の陣列も着実に広がっている。
 宮城勇舞県(南條裕美県長)は、東北で取り組む“聖教ブロック5勇士(購読推進者)”を全16支部で完遂。
 「スタートダッシュで勝利を」と、1月6日に支部長会を開き、1月中に成し遂げるとの目標を共有した。
 最初に達成した坂元支部は、宮城勇舞県の中で、東日本大震災の被害が最も甚大だった地域。苦難に負けず勝ち進む同志の姿が各地に波動を広げ、見事、月内に全支部が“5勇士”の陣列となった。
 この勢いで、唱題根本に弘教に走り、今月中旬には、同県で地区1の折伏を成就した。
 指導集をリーダーが持ち歩き、友に励ましを送り続け、さらなる弘教拡大へ、各部と団結して進む。
 萩本壮年部長は語る。「“創価の城を支える黄金柱”との使命と誇りを持ち、青年と共に、青年の心で広布拡大の新時代を開いていきましょう!」

◆寒風に胸張り前進する各地の壮年部 2017年2月24日


坂元総県長を中心に朗らかに指導集を学び合う能登本部(上野良晴本部長)の友(珠洲会館で)
 “我らは王者の風格で勝つ!”――3月5日の「壮年部結成記念日」を目指して、各地の壮年部員が寒風に胸を張り前進している。ここでは、支部で“ブロック6勇士”を達成した大阪の友、壮年部指導集「黄金柱の誉」を手に拡大に走る石川の友を紹介する。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈希望航路―池田大作先生と進む人生旅―〉 スペイン3=完 カナリア諸島

             
スペインを訪問した池田大作先生と香峯子夫人(1983年6月13日、マドリード市内で)
スペインを訪問した池田大作先生と香峯子夫人(1983年6月13日、マドリード市内で)

 スペインの首都マドリードから、南西へ約2000キロ――国内ながら1時間の時差もある、大西洋のカナリア諸島は“常春の楽園”と呼ばれ、冬でも半袖で歩けるほどだ。
  その日も、参加者は軽装で集ってきた。昨年12月11日、諸島の一つであるテネリフェ島で開催された、クレシエンテ地区の総会。会場のテネリフェ会館に集ってきた参加者は、抱擁や握手を交わし、1年の歩みをたたえ合った。
 近年、カナリア諸島では、続々と新入会者が誕生している。この地区総会でも、新入会者への御本尊授与が行われた。
 中心者のエスペランサ・ロドリゲスさん(方面長)は満面の笑みで語った。
 「今こうして一人一人、創価学会の信仰への理解を深めてくれていることは、本当に素晴らしいことです」
 そして、表情を引き締めて言葉を継ぐ。
 「創価学会を破壊しようとする宗門から、魂の独立を果たして25年。池田先生と共に、全てを変毒為薬してくることができました」
 
 宗門事件はスペインでも、1991年に起こった。
 退転した、卑劣な元中心者が画策した、師弟の絆の分断。本国から離れ、情報も少なかったカナリア諸島は、邪智に翻弄されやすい環境だったといえるかもしれない。
 だが、嵐の中で、現在の大発展につながる反転攻勢の端緒を開いたメンバーがいた。
 「スペインの真の創価の同志たちの胸には、屈服の二字は微塵もなかった。不屈の闘魂が赤々と燃えていた」(随筆「新・人間革命」 勝利と情熱のスペイン)
 ロドリゲスさんは、1985年に御本尊を受持した。それまで、自分の人生の意味を見つけられず悩んでいたが、学会員に触れて題目を唱える中、“この信仰で、人の役に立つ生き方ができる”と確信したからだ。
 88年に日本で、初めて池田先生と出会う。「皆さんは家族です、と語り掛けてくださる先生の温かさが、心に残りました」
 それだけに、91年の宗門事件で抱いた怒りは、今も忘れない。
 「当時、カナリア諸島にも少しずつ、退転した元中心者が、宗門と手を組んで学会を裏切ったことが伝わりました。その後に分かったのですが、池田先生がスペインの私たちに贈ってくださった仏法の教材などが、届けられず、とどめ置かれていたんです」
 さらに、「先生の指導についても『君たちには難しいから、学ばなくていい』と言っていました」。
 だからこそ、青年をはじめとする新入会者が次々と生まれている今、心掛けていることがある。
 「特に青年には、かつて何が起こったのかを常に語るようにしています。新たに入会するメンバーにも、新入会の面談の時に、しっかりと宗門事件の歴史を語っています」
 86年から信心をしているマリア・ピエダ・エレロスさん(方面副総合婦人部長)も、学会の正義を肌身で経験してきた一人だ。
 退転者たちは、団結して歩む同志の絆、師弟の絆を分断しようとした。
 「おかしいと思い、彼らの中心人物に『こんな状態で、どうして平和をつくる使命を果たしていけるのか』と、面と向かって聞いたら、何も答えられなかったんです」
 池田先生と共に絶対的幸福の道を歩む――その決意が揺るがなかったのは、「草創の先輩であるヨシエイ・オサナイさん(名誉理事長)、スミエ・ナカムラさん(全国副総合婦人部長)たちが、創価三代の会長の歴史を教えてくださっていたから」だという。
 「私も、自宅を広布の会場に提供して、毎日のように同志と題目をあげては、一人一人と対話して歩き続けてきました。今は『あれから、こんなに幸福になったよ』という功徳の体験を、誰にでも語り広げています」
 
 正邪は「振る舞い」に表れる――91年からの歩みを振り返って、ソラヤ・ディアスさん(方面婦人部長)は、そう痛感している。
 89年に入会し、題目を唱え始めた。そのうち、自分の心を見つめ直せるようになった。
 「私が幼い頃、父は酒癖が悪く母は悲しんでいた。自分の心の奥に、そんな父親への怒りがたまっていることに気付きました」
 それでも、さらに題目を唱えながら学会活動に励むうち、両親を尊敬し、感謝できる自分になっていったのだという。
 病に悩んでいた母も90年に入会。程なく、健康を取り戻す。父も学会への理解を深め、会合で楽器を演奏してくれるまでになった。
 宗門事件の時には、「信心の素晴らしさを教えてくれたのは創価学会だから、迷わず学会についていこうと決めました」。
 父は、2005年に亡くなった。その3年後、日本を訪れる機会があり、池田先生との出会いを刻んだ。
 「その後、先生から重ねての、丁寧な追善と激励をいただきました。そうした“真心の世界”を、カナリアでも実現したいと思うようになりました」
 学会との明らかな人間性の違いに気付き、宗門を離れて再び創価の世界を求めるようになった人もいる。「そういう意味では、25年間にわたって続けてきた対話が、最近になって実ってきたのだと感じます」
 パナマ出身のジャクリーン・オドウェイェルさん(本部婦人部長)は、学生だった18歳の時、アメリカで入会した。その後、アルゼンチンや日本で水産業の勉強を重ね、海藻の研究のため、91年にカナリア諸島・テネリフェ島に来た。
 「どこの国でも、学会員さんはすぐに会いに来てくれます。私がテネリフェ島に来た時は、ちょうど宗門事件の真っただ中だったことを後で知りました。でも、そんな中でも、会いに来てくれる学会員さんの温かさは変わらなかった」
 
 「正しいから勝つとは限らない。正しいからこそ、勝たねばならない。悪に勝ってこそ、初めて、善であることが証明されるのだ」(同随筆)――池田先生の指針を胸に、スペインの同志は人生勝利を誓い、社会貢献の道を歩み続ける。
 そうした一人一人の振る舞いに寄せられる信頼と共感こそが、世界広布の「実像」に違いない。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 父が早世→一家離散→15歳で単身生活 信心は苦労を宝に変える!
 【横浜市保土ケ谷区】「労苦と使命のなかにのみ 人生の価値は生まれる」とは、池田先生の箴言である――。

2017年2月23日 (木)

2017年2月23日(木)の聖教

2017年2月23日(木)の聖教

◆わが友に贈る


他者に尽くす行動が
小さなエゴの殻を破り
境涯を大きく広げる!
学会と共に 同志と共に
人間革命の山を登れ!

◆名字の言


  沖縄では今、ヒカンザクラが満開。本土より一足早く春の盛りがやってきた▼2月といえば、池田先生と沖縄の同志が多くの出会いを刻んだ月でもある。友はこの月を「桜満開月間」と銘打ち、各地で対話の花を咲かせている▼恩納村にある沖縄研修道場は今月27日、開所40周年を迎える。開所当時は核ミサイル・メースBの発射台跡とプレハブの建物が2棟あるだけ。開所前、視察に訪れた関係者が「学会はこんな荒れ地をどうするつもりだ」と首をかしげるほどだった▼沖縄の友は手弁当で整備作業に当たった。1983年、池田先生が初訪問。解体が検討されていたミサイル発射台跡について、こう提案した。「基地の跡は永遠に残そう。『人類は、かつて戦争という愚かなことをしたんだ』という、ひとつの証しとして」。翌年、冷戦の象徴は「世界平和の碑」に生まれ変わった。以降、研修道場にはノーベル平和賞受賞者のロートブラット博士をはじめ、世界各国から100組以上の識者等が来訪。“平和の発信基地”となっている▼人間の一念次第で、どんな忌まわしい荒れ地も、平和を誓う天地へと変えられる。仏法の「三変土田」の法理に通じる。それぞれの地域、職場、家庭に幸福の花を咲かせる使命をかみしめ、躍動の3月へ。(結)


◆〈寸鉄〉 2017年2月23日
 

 世界市民の輩出を目指す
 創価の人間教育に期待―
 博士。人材の大河今こそ
      ◇
 九州婦人部の日。先駆の
 誇りで進む太陽の母よ!
 郷土に友情の花を爛漫と
      ◇
 戦う人を大切に。何十倍
 もの力が出る―戸田先生
 団結の鉄則。幹部は肝に
      ◇
 相次ぐ不審火。家の周辺
 には燃える物を置くな。
 地域で声掛け放火防止を
      ◇
 桜の開花、関東・西日本で
 3月末からと。厳しき冬
 越え希望の春へ。我らも

◆社説  急増する還付金詐欺  日頃からの声掛けで意識を向上


 警察庁によると、「おれおれ詐欺」など特殊詐欺の被害額は昨年1年間で406億3000万円にのぼる。前年より75億7000万円(15・7%)減ったが、被害届に基づく認知件数は未遂も含め1万4151件で、前年より327件(2・4%)増加。依然として高水準にある。
 先日、ある主婦のもとに銀行協会の職員を名乗る女性から電話があった。「キャッシュカードが悪用されている。早急に停止の手続きを」と、言葉巧みに暗証番号を聞き出した上、別の男がカードを回収しに自宅に訪れた。気付いた時には現金が引き出されていたという。
 詐欺の手口は巧妙化するばかり。「魔の手は常に身近に潜んでいる」「どんな手段を使ってくるか分からない」と肝に銘じたい。何よりも、「自分は大丈夫だろう」との油断を排し、細心の注意を払うことが必要だ。
 特に最近は「医療費の還付が受けられる」「保険料の過払い金が戻ってくる」など、自治体職員や税務署員を装って電話をかけ、コンビニ等の現金自動預払機(ATM)に誘導し、現金を振り込ませる「還付金詐欺」の被害が急増している。
 警察庁は、こうした特殊詐欺の被害防止への取り組みに力を注いでいる。昨年は、犯行グループに被害金が渡るのを阻止するため、宅配事業者やコンビニ等に協力を要請し、声掛けや通報を推進した。これにより、191億8000万円の被害を阻止。阻止率は49・8%と、集計を開始した2008年(平成20年)以降で最高となった。
 政府広報も、被害の中心となる高齢者の家族や友人、地域の方に向けて「日頃からの声掛け」を呼び掛けている。携帯電話をかけながらATMを操作している高齢者を見掛けたら、詐欺の被害を疑い、一声掛けるようにしたい。家族と離れた場所に住んでいる場合も、週に1度は電話をすることで、いざという時に異変に気付くこともあろう。
 まずは、こうした特殊詐欺に警戒する意識を高め、「還付金がATMで返還されることはない」「『ATMに行って』と言われたら詐欺」など、心にとどめておくことが大切だ。  池田先生は、無事故の要諦について、「『自分だけは平気』『信心しているから大丈夫』といった過信があってはならない。信心をしているからこそ、油断なく、賢明に生きていくのである」と強調している。日々の絶対無事故の祈りを根本に、ともどもに充実の一日一日を重ねていきたい。

◆きょうの発心  一番苦労した場所で使命果たす2017年2月23日

御文
 我等も無明の卵にして・あさましき身なれども南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられ・まいらせて三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生そろひて実相真如の虚空にかけるべし(新池御書、1443ページ・編1267ページ)
通解 われらも無明(迷い)の卵で、あさましい身であるけれども、南無妙法蓮華経の唱題の母に温められて、三十二相の觜が出てきて、八十種好の鎧毛が生え揃い、実相真如の大空に飛ぶことができる。

 自身の可能性を開花させる、唱題の力の偉大さを教えられた一節です。
 
 小学校入学時、右足に色素性絨毛結節性滑膜炎を発症。当時は病名さえついておらず、原因不明で満足に通学できない日々――。母から「信心しかないよ」と言われ、親子で唱題を始めました。
 そんな折、「使命を自覚した時、才能の芽は急速に伸びる」との指導に出合い、祈る中で自身の使命を求めた結果、一番苦労した場所で人の役に立とうと決意。小学校の教員を志し、創価大学に進学しました。
 念願がかない、教員になって28年。病も克服し、昨年から副校長として報恩の思いで仕事に励んでいます。
 この信心は、どんな苦悩の境涯でも、師匠を求め、御本尊を信じて題目を唱え抜けば、必ず使命の人生を送れる信仰であると実感します。感謝の心で青年を励まし、大勝利の1年にしてまいります。  東京・忠生凱旋区長 奥明廣

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四十四 

 


 二十四日の総務会で制定された「創価学会会則」は、学会が宗教団体として、どのように宗教活動をしていくのか、また、どのように会員を教化育成していくのか、さらに、そのために組織をどのように運営していくのかなど、原則的な事項を定めたものである。つまり、学会が宗教団体として活動を進めていくうえでの基本的な規範といえよう。
 それまで学会は「創価学会規則」のほか、総務会規定、人事委員会規定など個別の事項について定めた規定、さらに創立以来培われてきた慣例等が運営の基本となってきた。
 この「会則」は、学会の飛躍的、重層的な発展と、「七つの鐘」終了にともなう新時代への前進に対応するため、それらを整理し、成文化してまとめたものである。
 「会則」は十五章からなり、会長及び理事長については、総務のなかから総務会が選出することが明記され、任期は五年と定められていた。(その後、改定=編集部注)
 なお、この日の総務会には、副会長の鮫島源治からも役職辞任の申し出があり、受理されている。
 県長会が終了し、正午ごろになると、「創価学会の山本伸一会長が辞任へ」とのニュースがテレビ、ラジオで流れた。報道では、宗門の法華講総講頭も辞め、新会長には十条潔が就任し、伸一は名誉会長となる見込みであることなどが伝えられた。既に情報が流されていたのである。
 全国の学会員にとっては、まさに寝耳に水であった。“そんなことがあるわけがない。とんでもない誤報だ”と思う人もいれば、“本当なのだろうか”と、首をひねる人もいた。また、“なんで先生が会長を辞めなければならないのか!”と憤る人もいた。
 学会本部には、問い合わせや憤慨の電話が殺到した。電話口で泣きだす人もいた。交換台は、大わらわであった。
 海を進む船は、荒波にも揉まれる。疾風怒濤を越えてこそ、新天地へと至る。伸一は、ただ一人、船首に立って風に向かった。

【聖教ニュース】

◆世界初の非核兵器地帯を実現したトラテロルコ条約50周年総会
 
 
メキシコ市で開催 SGIが参加
 池田先生がメッセージ


ソアレス事務局長(右から3人目)に、メッセージと1・26「SGIの日」記念提言を手渡した
ソアレス事務局長(右から3人目)に、メッセージと1・26「SGIの日」記念提言を手渡した

 「ラテンアメリカおよびカリブ核兵器禁止条約」(トラテロルコ条約)調印50周年を記念する総会が14日、メキシコ市で開催され、招へいを受けたSGI(創価学会インタナショナル)の代表が出席した。13日には記念のセミナーも行われ、SGIの代表が同条約実施機構であるOPANALのマセド・ソアレス事務局長に、総会ならびにセミナーに寄せた池田大作先生のメッセージと1・26「SGIの日」記念提言を手渡した。
 トラテロルコ条約はキューバ危機(1962年)を契機に67年に調印された、世界初の非核兵器地帯条約。地域内で核兵器を使用、製造、貯蔵することなどを禁じており、33カ国が加入している。
 総会には、開催国メキシコのペニャニエト大統領のほか、各国外交団や国連などの国際機関等が出席。SGIはNGOの代表として、招へいを受けた。
 池田先生はメッセージの中で、トラテロルコ条約は、武力による一方的な決着ではなく粘り強い対話による外交努力で核時代の難問を解いた「最初の挑戦にして、他の地域での非核地帯の設立を促した偉大なモデル」とたたえた。
 さらに、来月から国連で始まる核兵器禁止条約を巡る交渉に言及し、非核地帯の存在は「核兵器のない世界」がどのようなものであるかを現実に示す重みがあると指摘。核兵器による惨劇がひとたび現実に起きれば、人道上の影響は世界に広がり、将来にわたって取り返しのつかない禍根を残す。ここに、戸田先生の「原水爆禁止宣言」に始まるSGIの平和運動の原点があると語り、トラテロルコ条約の締結を可能にした信念と英知から学ぶことが、核兵器禁止条約交渉を軌道に乗せるために不可欠であると述べている。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉10 
 結成60周年の学生部が先駆 「正義の陣列」の大拡大を!
 「就活」に挑戦する友にエール
 
目まぐるしく変化する時代。学生部は全員が、民衆を守るリーダーに。徹して自らを鍛え、正邪を見極め、真実を見抜く眼を持ちゆけ(希望の暁鐘・関西女子学生部が19日、関西文化会館で)
目まぐるしく変化する時代。学生部は全員が、民衆を守るリーダーに。徹して自らを鍛え、正邪を見極め、真実を見抜く眼を持ちゆけ(希望の暁鐘・関西女子学生部が19日、関西文化会館で)

 竹岡 次代のリーダーへ成長を期す学生部は本年、結成から60周年の佳節を迎えます。「学生部、ここにあり」との旗を打ち立てるべく、弘教と人材育成による「正義の陣列」の大拡大に挑戦しています。
 永石 池田先生は常々、学生部は「学会の先駆である」と教えてくださっています。
 原田 2018年11月18日「広宣流布大誓堂」完成5周年へ、「学会の永遠性を確立するのは、まさに今この時だ。これが私の総仕上げの闘争である」との先生の指針の実現へ、先駆を切るのが学生部です。
 横井 その誓いのもと、女子学生部では、この2月に結成記念の大会を開催し、3月にも「全国女子学生部大会」を行います。
 板子 男子学生部では、3月の「全国学生部総会」を目指し、「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(御書1451ページ)との精神で、弘教・拡大に励んでいます。
 竹岡 中でも、先頭を走っているのが、岡山県の学生部ですね。
 板子 ええ。岡山では毎月、「SOKAチャンネル モバイルSTB」を活用した“折伏座談会”を開催しています。その結果、昨年は部平均で4人以上の会友が、任用試験を受験。そのうち、半数以上の方が入会を果たしています。
 永石 「青年を触発し、覚醒していく力となるのは同じ青年である」と先生が言われる通りの拡大を成し遂げているのですね。
 板子 私が伺った集いには、3人の友人が参加していました。年齢も職業もバラバラの3人でしたが、対話を深めていく中で、全員が入会を希望されました。
 横井 ある識者が、現代を「誰も答えを持ち合わせていない社会」と表現していました。そんな時代だからこそ、人生の羅針盤となる確かな哲学が、求められているのだと思います。
 板子 3人の方が仏法の思想に共感を示す姿に、先生が言われていた「世界はますます深く強く仏法を求めている」ことを実感しています。
 原田 御聖訓に「此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり」(同780ページ)とあります。「普く賢い」智慧の力こそ、広宣流布の原動力です。まさに、戦う知性の学生部のことです。みずみずしい行動力を兼ね備えた学生部の使命は大きい。どうか、学びに学び、自らを鍛え、変革の闘士へと成長していってもらいたい。
 横井 はい。女子学生部は、池田華陽会の先頭に立ち、行学の二道に挑戦していきます。
 板子 3月には、待望の新指導集も完成します。真剣に学び、勇敢に正義を語り、新たな時代を開きゆく決意です。

「美・利・善」の仕事

 竹岡 ここで、「進学者カード」記入についてのお願いです。学生部では現在、新入生がスムーズに活動に取り組めるよう、「進学者カード」の記入をお願いしています。
 板子 大学や短期大学、専門学校などへの進学が決定した高校3年生や浪人生の家族か本人が記入し、提出していただくものです。
 原田 全員が広布の人材へ成長できるよう、学生部が全力で励ましを送っていきますので、協力のほど、よろしくお願い致します。
 竹岡 一方、これから、2018年春に卒業予定の大学生らを対象とする就職活動が解禁されます。
 永石 3月から会社説明会が、6月から試験・面接が始まりますね。
 竹岡 皆が学生部員の勝利を祈っています。努力の成果を存分に発揮し、悔いなく挑戦をしてください。
 原田 戸田先生は、「美・利・善」つまり、「好き」(美)で、「得であり、収入があり」(利)、「人の役に立ち、社会に貢献できる」(善)、この三つがそろった仕事が最高の仕事であると言われています。
 もちろん、希望通りの進路とはならないかもしれません。けれども、嫌な仕事から逃げず、御本尊に祈りながら努力していくうちに、必ず最後には、自分にとって理想の仕事に到着する。苦労した経験が、全て貴重な財産として生きる。これが戸田先生の結論でした。皆さんの健闘を心から祈り、応援しています。

菩薩の精神を希求

 永石 ところで、2月24日は、池田先生とアメリカのポーリング博士との初会見から30周年となります。
 横井 博士は史上唯一、単独で二つのノーベル賞(化学賞と平和賞)を受賞した「現代化学の父」と呼ばれる方です。学生部は、こうした世界の知性と、池田先生との対話をしっかり学んでいきます。
 原田 会見の中で博士が「世界平和を達成するために大変な努力をされている方とお会いできたのを喜んでおります。その努力が実るよう私にできることは、なんでも喜んで協力させていただきます」と、語られていたのが印象的でした。
 永石 1993年、クレアモント・マッケナ大学での池田先生の講演の際も、仏法の哲理に共感し、「私たちは十界論のうちの『ナンバー・ナイン』、つまり菩薩の精神に立って行動するよう努力すべきです」とコメントされましたね。
 原田 “自分のため”だけでなく、“人のため”に生きてこそ、人類はよりよい未来を開いていける。これは、混迷する現代において、必要な精神ではないでしょうか。
 永石 お二人の語らいは、対談集『「生命の世紀」への探求』として結実し、現在はVODにも収録されています。ぜひとも、ご覧いただければと思います。

◆〈地域を歩く〉 新潟県 十日町市・津南町
 銀世界に広がる温もり

 雪に包まれた桑原文子さん㊧の自宅。玄関前だけ「雪掘り」をして道をつくり、津端美也子さんと同志のもとへ(18日、津南町で)
雪に包まれた桑原文子さん㊧の自宅。玄関前だけ「雪掘り」をして道をつくり、津端美也子さんと同志のもとへ(18日、津南町で)

 雪国の朝は早い。
 仕事よりも、家事よりも、日の出前からまず玄関を出て、自宅の前の雪を「掘る」(=かく)。固まってしまわないうちに――時間と戦う朝が、何日もある。
 新潟県の十日町市と津南町。四方を山に囲まれたこの地では、一晩で、玄関をすっぽり覆うほどに降る。
 高さ数メートルも積もった上を、電線をまたいで歩いた――最近は雪が減っているというが、かつてはそんな“伝説”が尽きなかったという。
 銀世界に、側溝を流れる水音ばかりが響く午前5時。「無冠の友」(本紙配達員)の田中京子さん(婦人部副本部長)は、ゴム長靴を履き、軽自動車の助手席に聖教新聞を積み込んだ。
 配達先は、津南町内の10軒。五つの集落にまたがり、半数以上が会友である。
 近年は、集落内の小さな車道にまで消雪パイプが整備されている。「まだまだ雪は多いけど、昔に比べれば、随分運転しやすくなりましたよ」
 音をたてないよう、車を降りる。白い息をはきながら、雪の壁の間を縫って、小脇に抱えた新聞をポストに入れる。
 時折、ポストの周辺が、きれいに除雪されている家がある。配達を始める前の時間帯に、雪掘りをしてくれたのだろう。
 「無冠の友」を35年も続けてこられたのは、いつもそんな温もりをもらえたからかもしれない。
 夜明け前に配達を終えた田中さんは、地域の繁栄を願い、いつも通り、御本尊に向かう。 朝日が昇る。
 白銀の街は、一面の、金の輝きに包まれる。
 静寂を破り、通勤の車がにわかに増え始めた――。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 甲状腺がん、腎臓がん、肺がんと闘う 

 【三重県四日市市】試練に次ぐ試練だった。だが、南川邦広さん(68)=橋北支部、支部長=は、3度にわたるがんとの闘いにも、決してひるむことはなかった。

2017年2月22日 (水)

2017年2月22日(水)の聖教

2017年2月22日(水)の聖教

◆わが友に贈る


仕事等で忙しい時こそ
知恵と勇気を出し
連携を取ろう!
呼吸を合わせる努力から
拡大の波動は生まれる!

◆名字の言


  先日、89歳で亡くなったオランダの絵本作家ディック・ブルーナさん。うさぎの「ミッフィー」シリーズをはじめ、多くの作品を残した▼ブルーナさんが描いた絵本の登場人物は、いつも正面を向いている。体が横を向いても顔は真正面のまま。その理由を「うれしいときにも悲しいときにも目をそらすことなく、読者の子どもたちと正直に対峙していたいという気持ちのあらわれ」と語った。全ての子どもに「平等に幸福が訪れますように」と創作を続けたという(『ミッフィーからの贈り物』講談社文庫)▼10代の時、ナチス・ドイツがオランダに侵攻した。疎開先で過ごしていた冬の日、幾人かのユダヤ人が冷たい湖を泳いで逃げる場面を見かけ、憤りと悲しみが込み上げた。少年時代の体験から「戦争はあってはならない」と。子どもの幸せを真っすぐに見つめるまなざしの奥には、平和を願う信念があったのだろう▼池田先生は「『生命』を基準にした時、誰もが一対一で向き合うことができる」と語る。皆がかけがえのない命を持っている。幸せになる権利がある。その大前提があってこそ相手を敬うことができる▼喜びも悲しみも真正面から受け止めて、目の前の一人を励ます。この創価の対話運動もまた、目的は万人の幸福にある。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年2月22日
 

 SGIは人と人の懸け橋
 ―識者。心を開き、心を
 結ぶ対話を今日も颯爽と
      ◇
 男女青年部の「部長」が
 勇戦。拡大の新潮流を!
 生涯の原点を築くのは今
      ◇
 どの一日も自分の全人生
 と思え―哲人。無上の同
 志と共に勝利の黄金譜を
      ◇
 たこ足配線による発火事
 故が増加と。許容電力の
 確認、埃除去など万全に
      ◇
 北極・南極の海氷面積が
 観測史上最小に。温暖化
 対策は国境なき緊急課題

◆社説   ポーリング対談から30年  創価の青年こそ平和建設の主体者


 「自分の研究をとおして、人間の苦痛を減らすための何か、世界平和のための何かをずっとやっていきたい」(『「生命の世紀」への探求』)――“現代化学の父”と称され、二つのノーベル賞(化学・平和)を受賞したアメリカの科学者ライナス・ポーリング博士の言葉である。
 1987年2月24日に、博士と池田先生がアメリカで初の出会いを刻んでから、あさってで30周年の節目を迎える。博士は、「科学上の発見は人類の利益のために用いなければならない」との信念のもと、反核運動のための講演活動を開始。『ノー・モア・ウォー』を著す。また、科学者1万3000人が署名した「核実験の即時停止を要請する国連への請願書」を、他の科学者と共同で発案。“人類の脅威”となる核兵器の廃絶や不戦の重要性を内外に訴え、平和への潮流を生み出すために世界的な貢献を果たした。
 権力者にとって、博士の平和運動は、時には目障りなものに映った。取り調べを
受けたり、旅券を没収されたりするなど、幾たびもの弾圧にあった。だが博士は、信念の歩みを止めることはなかった。
 平和のために不屈の行動を貫いた博士と、仏法指導者として、全民衆の幸福のために走りゆく池田先生の語らいは、互いの透徹した信念が共鳴し合うものとなった。両者は、核兵器廃絶と軍縮を促進し、平和創出のための確固たる潮流を生み出す方途などに言及。“核の力よりも、人間精神の力こそ偉大である”との理念を共有し、人類の未来への展望を深く論じ合った。
 90年には、対談集『「生命の世紀」への探求』が発刊。この中で博士は「民衆を苦しめる戦争を防止するのは、私たち一人一人の課題です。ほかのだれの責任でもない。ですから、とりわけ青年に対して、“地上から戦争を追放することを自身の責務とせよ”と呼びかけたい」と次世代の友へ期待を寄せている。
 創価三代の会長の平和思想を掲げ、世界に不戦の連帯を広げてきた創価学会青年部こそ、博士の叫びに応えゆく存在であるといえよう。青年部が中心となって推進された核兵器廃絶を求める500万署名(2014年)や、「核兵器廃絶のための世界青年サミット」(15年)などによって、草の根レベルでの創価の平和運動は着実に広がっている。
 創価の青年こそ、平和の世紀を建設する主体者だ。その自覚のもとに、一人一人が地域の活動に取り組み、全世界の希望の存在へと成長していこう。

◆きょうの発心  師と共に幸福の連帯を拡大2017年2月22日

御文
 水の底なる石に火のあるが如く百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる(妙法尼御前御返事、1403ページ・編1113ページ)
通解 (どんな十界の衆生も即身成仏できることは)水底に沈んでいる石でも、こすれば火を発するように、百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなるようなものである。

 一切衆生を即身成仏へと導く妙法の偉大な功力を述べられた御文です。
 わが家は、私が1歳の時、経済革命をかけて一家で入会。父の交通事故など宿命の嵐が吹き荒れましたが、気丈な母の祈りが和楽の家庭を築く原動力となりました。
 高等部時代、師との出会いが。“じっとこらえて今に見ろの精神でいきなさい”との指導を胸に、女子部や鼓笛隊で薫陶を受け、自営業を営む夫と結婚しました。
 しかし、業績不振で生活費にも事欠き、3人の子どもを抱えながら、心が折れそうになる日々――。同志に励まされる中、この御文を思い起こし、夫と祈り、働きました。振り返れば、不可能に思われることも全て乗り越えることができました。
「貧乏は誇り」と明るく育てた子どもたちは、社会人になり、後継の道を歩んでいます
 池田先生は昨年12月の北陸総会に「誓願の/日々の祈りに/師弟あり/仏の力を/出し勝ちゆけ」との一首を贈ってくださいました。誓願の祈りで、師と共に幸福の連帯を拡大してまいります。  石川・金沢王者県婦人部長 清水良子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四十三
 
 


 会場の中央にいた男性が立ち上がった。まだ三十代の東北方面の県長である。彼は、県長会の参加者に怒りをぶつけるかのように、声を張り上げて訴えた。
 「皆さんは、先生が辞任されるということを前提に話をしている。私は、おかしいと思う。そのこと自体が、納得できません!」
 沈黙が流れた。
 伸一の声が響いた。
 「辞任が大前提でいいじゃないか。私は、そう決めたんだ。これで新しい流れができ、学会員が守られるならば、いいじゃないか。
 声を荒らげるのではなく、学会は和気あいあいと、穏やかに、団結して進んでいくことだよ。私と同じ心であるならば、今こそ、同志を抱きかかえるようにして励まし、元気づけていくんだ。みんなが立ち上がり、みんなが私の分身として指揮を執るんだ!
 初代会長の牧口先生が獄死されても、戸田先生がその遺志を受け継いで一人立たれた。そして、会員七十五万世帯を達成し、学会は大飛躍した。その戸田先生が逝去された時、私は、日本の広宣流布を盤石にし、必ずや世界広布の流れを開こうと心に誓った。そうして今、大聖人の仏法は世界に広がった。
 物事には、必ず区切りがあり、終わりがある。一つの終わりは、新しい始まりだ。その新出発に必要なのは、断固たる決意だ。誓いの真っ赤な炎だ。立つんだよ。皆が後継の師子として立つんだ。いいね。頼んだよ」
 県長会は、涙のなかで幕を閉じた。
 何があろうと、皆の心に峻厳な創価の師弟の精神が脈動している限り、新しき道が開かれ、広宣流布は伸展していくのだ。
 引き続き、午後には総務会が開かれた。
 この席上、伸一の会長辞任の意向が伝えられ、受理された。さらに総務会では、懸案であった「創価学会会則」の制定を審議し、採択。これに基づき、新会長に十条潔が、新理事長に森川一正が選任され、伸一は名誉会長に就任した。それは、伸一にとって、壮大な人生ドラマの新章節の開幕であった。

【聖教ニュース】

◆シンガポールで国家行事 SGI未来部が出演 
 社会貢献の模範の大行進
 タン大統領らが観賞

春節(旧正月)を祝うシンガポールの国家行事「チンゲイパレード」。SSAの未来部による躍動感あふれる演技に、沿道を埋め尽くす観客から喝采が送られた(マリーナ・ベイ地区で)
春節(旧正月)を祝うシンガポールの国家行事「チンゲイパレード」。SSAの未来部による躍動感あふれる演技に、沿道を埋め尽くす観客から喝采が送られた(マリーナ・ベイ地区で)

 春節(旧正月)を祝賀するシンガポールの「チンゲイ(粧芸)パレード」(主催=人民協会など)が10、11の両日、同国のマリーナ・ベイ地区で盛大に開催。これには、シンガポール創価学会(SSA)の未来部の代表300人が出演し、ダンスや行進を元気いっぱいに行った。
 同パレードは、同国の文化を織り成す中国系、マレー系、インド系等の人々が一堂に会し、「衣装と仮装の芸術」を披露するアジア最大規模のイベント。
 45回目の開催となった本年は、カンボジア、インドネシア、韓国、日本などの国々からも出演者が招かれ、華麗かつ迫力ある演技を。トニー・タン大統領やリー・シェンロン首相ら政府首脳はじめ、沿道の観客が大きな声援を送った。
 SSAの同パレードへの参加は33回目。
 今回は、未来部が「夢の街」をテーマに、光る棒を使いながら、創造性豊かなパフォーマンスを繰り広げ、シンガポールの輝く未来と平和の世界を堂々と表現した。
 未来部の友は、この日に向けて、池田大作先生の長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」などを学びつつ、勉強や勤行・唱題に挑戦。それぞれの“目標の山”を目指し、互いに励まし合いながら前進してきた。
 パレードに出演した未来っ子からは「見ている人たちに平和と喜びを感じてもらいたいと、一生懸命、演技しました」「創価の哲学を学び抜き、希望を与えられる人に成長していきます」等の決意の声が寄せられた。
 本年は、シンガポール広布50周年。
 池田先生が獅子の国の同志に示した“良き市民たれ”との指針は今、後継の若獅子たちに確かに受け継がれ、新たな50年を開きゆく社会貢献の人材が陸続と躍り出ている。

◆ドミニカ共和国で指針集「カリブの偉大な太陽」が発刊
 池田先生のドミニカ共和国訪問30周年を記念
 国立サントドミンゴ自治大学で出版発表会

ドミニカ共和国の名門・国立サントドミンゴ自治大学で開かれた『カリブの偉大な太陽』の出版発表会。会場となったペドロ・ミル図書館内には、池田先生の著作を集めた「池田大作コーナー」が常設されている
ドミニカ共和国の名門・国立サントドミンゴ自治大学で開かれた『カリブの偉大な太陽』の出版発表会。会場となったペドロ・ミル図書館内には、池田先生の著作を集めた「池田大作コーナー」が常設されている

 池田先生のドミニカ共和国訪問30周年を記念し、指針集『カリブの偉大な太陽』が同国SGI(創価学会インタナショナル)から発刊。出版発表会が11日(現地時間)、国立サントドミンゴ自治大学で開催され、憲法裁判所のジョティン・クーリ・ジュニア裁判官、文化大臣代理のアレクシス・ゴメス氏らが出席した。
 同書は、池田先生が同国SGIに宛てた長編詩やメッセージ、訪問の際に行ったスピーチなどを収録したもの。師と共に歩んできたドミニカ広布の足跡が、写真とともに記録されている。
 発表会には、同大学のロベルト・レイナ元総長がメッセージを寄せ、2008年に池田先生に名誉博士号を授与した際の語らいを述懐。「池田博士との出会いは、私に『素朴さ』『謙虚さ』『尊厳性』『人間の連帯』といった価値観を与え、心を豊かにしてくれました。博士にわが大学の名誉博士号を授与できたことは、総長時代の私の誇りです」と述べ、同書の出版を心から祝福した。
 同大学のクララ・ベネディクト国際協力・関係局長の祝辞の後、ファミリア同国SGI理事長は「池田先生の振る舞いを模範とし、より良き社会の建設へ、さらに貢献したい」とあいさつした。
 発表会終了後、ドミニカ共和国学術アカデミーで国際関係コーディネーターを務めるモデスト・クルス博士は語った。
 「アカデミーでは特に池田博士の教育哲学に注目しています。博士が掲げる“一人の人間の内なる変革こそ、社会変革の根本”との理念は、発展途上にあるわが国において、非常に重要な視点です。地域の発展に貢献するSGIメンバーを励ましてきた博士の指針は、ドミニカ社会に大きな影響を与えるに違いありません」

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈随筆 永遠なれ創価の大城〉16 青年の息吹で春へ

 
咲かせよう! 対話と友情の花
 負けない力は北風に踏み出す勇気から

春はもうすぐ。ほころび始めた早咲きの桜に誘われ、メジロもやって来た。枝から枝へと巡り、花々と対話を交わすかのように(池田先生撮影、今月、都内で)
春はもうすぐ。ほころび始めた早咲きの桜に誘われ、メジロもやって来た。枝から枝へ
と巡り、花々と対話を交わすかのように(池田先生撮影、今月、都内で)

 二月は、日蓮大聖人の御聖誕の月であり、わが師・戸田城聖先生の誕生の月である。
 東京・大田の蒲田支部での二月闘争をはじめ、師弟で綴った広宣流布の拡大の歴史は「今生人界の思出」と輝いている。
 一九五六年(昭和三十一年)の二月は、関西の目を見張る大前進で、恩師の誕生日を飾った。
 この折、私は、先生へ「関西に 今築きゆく  錦州城 永遠に崩すな 魔軍抑えて」と誓いの一首を献じた。
 先生からは一気呵成に「我が弟子が 折伏行で 築きたる 錦州城を 仰ぐうれしさ」との万感の返歌を賜った。忘れ得ぬ師弟の劇である。
 なお、私が捧げた和歌には、後年、“常勝関西の大城は永久不滅なり”との意義を込めて、「永遠に崩れぬ」と手を入れ、あらためて同志に贈った。
 今再び、関西をはじめ全国、全世界で、新たな青年錦州城が築かれゆくことを、大聖人が、そして恩師も、さぞかし喜んでおられるに違いない。
                                                                        ◇
 厳寒の佐渡で認められた「開目抄」の一節に、「一華を見て春を推せよ」(御書二二二ページ)と仰せである。
 寒風に咲き誇る花は、ただ一輪でも「春遠からじ」と告げてくれる。
 わが愛する創価家族が対話の花、友情の花、信頼の花を、一輪また一輪と咲かせるため、どれほどの祈りと苦労を尽くされていることか。その積み重ねによって、功徳満開の春は開かれるのだ。尊き健闘に、私は妻と題目を送っている。

「凱歌の人生」を

 今月の座談会で全同志が生命に刻んだ御書に、こう仰せである。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(同一二五三ページ)
 誰人たりとも、「生老病死」の苦悩を避けることはできない。誰もが厳しい冬を耐え、戦わねばならぬ運命にあるともいえよう。だが、冬があればこそ、本当の春を知ることができる。御本尊を持った人は、人生の闘争の誉れの勇者なのだ。
 たとえ今、試練の冬にあろうとも、心は閉じこもりはしない。一歩、北風に踏み出す勇気に、戦う力、負けない力が湧き上がる。その心には、もう勝利の春が始まっているのだ。「冬の中に春を生む」梅花のように。
 梅の花で、懐かしく思い出すのは、一九八二年(昭和五十七年)二月の茨城訪問である 同志を苦しめた悪逆な迫害を断固とはね返す、いわゆる反転攻勢の一つの総仕上げでもあった。
 前年の秋から、四国、関西、中部、九州の大分・熊本・福岡、神奈川、年明けには東北の秋田と走り、念願叶って茨城へ向かったのである。
 この時、戸田先生の生誕八十二周年(二月十一日)に寄せ、茨城の友は八十二個の鉢植えの梅を飾ってくださった。
 法難の嵐を勝ち越えた同志と歌った、茨城の歌「凱歌の人生」の響きは耳朶から離れない。
 私は長年、多くの人生を見てきた結論として申し上げた。
 「信心、また人間としての勝利は、愚直のごとき求道の人、また、着実にして地道なる信心、生活を築き上げた人が、凱歌をあげている」と。
 以来三十五星霜――。当時、共に記念撮影した男女青年部により結成された「茨城二〇〇〇年会」(現・茨城新世紀大城会)の友からも、故郷や全国各地で広布に乱舞する様子を伺っている。
 この間、東日本大震災や豪雨災害など打ち続いた苦難にも、わが茨城の同志は懸命に耐え抜き、不退の負けじ魂で乗り越えてこられた。
 心の絆を結んだ宝友たちが、後継の眷属と共に「凱歌の人生」を歩む晴れ姿こそ、創価の正義の勝利劇なりと、私は誇り高く宣揚したいのだ。心は若くあれ!
 「新時代の二月闘争」に勇んで先駆する、わが男女青年部も、何と凜々しく頼もしいことか。
 男子部では、先月から今月にかけて、創価班大学校、牙城会新世紀大学校の気鋭の友らが、全国各地で意気軒昂に入卒式を行っている。
 「ロマン総会」を大成功に終えた女子部においても、白蓮グループの入卒式がたけなわだ。
 結成六十周年に胸を張る男女学生部の俊英も、才媛も、はつらつと使命の言論戦に挑んでいる。
 君たちの努力と開拓こそが、広布の勝利だ。
 貴女方の成長と幸福こそが、創価の希望だ。
 文豪ゲーテは言った。
 「偉大なことをなしとげるには、若くなくてはいけない」と。
 若さは、いかなる苦難も悩みも失敗も、前進の力に変えていける。
 若さには、人生の至宝の勇気と情熱がある。誠実と真剣さがある。
 ゆえに、勇敢なる信心で偉大な誓願に立つ人は皆、青年といってよい。
 「春に遇って栄え華さく」(御書四九四ページ)である。忍耐強く春を待ち力を蓄え、その開花の時に、自分らしい「挑戦の花」を咲かせることだ。
 我らには「生老病死」の四苦を、「常楽我浄」の四徳へ転ずる生命の哲理がある。年代を超えて支え合い、励まし合う「異体同心」のスクラムがある。

我らは実践第一

 思えば、先師・牧口常三郎先生は、晩年まで「われわれ青年は!」と叫び、「暦の年じゃない。つねに伸びていくのだ」と言われていた。
 牧口先生が、青年の青年たる所以とされていたのは「実践」であり、なかんずく
「大善」を行うことであった。
 すなわち、法華経の肝心たる南無妙法蓮華経を持ち、日蓮大聖人の立正安国の教えを実践し、弘めゆく「大善」である。広宣流布という菩薩の行に生き抜く中に、自他共の幸福が、そして社会の平和と繁栄があると、先師は訴えられたのだ。
 牧口先生が創立以来の伝統の座談会を、「大善生活法実証座談会」と銘打たれたのは、七十五年前の一九四二年(昭和十七年)の二月であった。
 当時の創価教育学会の機関紙「価値創造」には、東京の大塚支部、池袋支部、中野支部、北多摩支部など各地で、活発に実証座談会が行われていたことがうかがえる。
 牧口先生自ら蒲田支部等の座談会に足を運び、同志の悩みに耳を傾けながら励ましを送られたという記録も残っている。
 この年の二月十一日、つまり戸田先生の誕生日に、牧口先生は青年部の会合に出席し、明治維新の立役者が二十代の若者だったことを通して激励された。“広宣流布は、青年のリーダーシップによらねばならない”と。それは、戸田先生が常に語られた言葉でもある。  聖教新聞掲載の「東京凱歌の青年城」をはじめ、日本中、世界中で躍動する若人の英姿を、牧口、戸田両先生と同じ気持ちで、私も見守っている。

師弟勝利の物語

 お陰様で、小説『新・人間革命』の連載が六千回を重ねた。小説『人間革命』の執筆開始から数えると、足かけ五十四年、連載回数の合計は七千五百回を超える。
 同志の皆様方の題目と応援に励まされ、“師弟の凱歌の物語”を元気に綴りゆくことができる。誠にありがたい限りだ。
 「私は書くのを止めることは出来ません。私が汽車で旅をしようが、何をしていようが、私の脳は間断なく働くのです」――こう言ったのは、スウェーデンの作家ストリンドベリである。
 私も、さらに書き続けていく決心である。ただ未来のため、未来を生きる青年たちのために!
 信仰とは何か、正義とは何か、そして師弟とは何か――。その真髄を、日本はもちろん全世界の後継の友と、小説の執筆を通して対話できる日々は、何と幸せか。
 世界に発信する翻訳に取り組んでくださる方々にも、感謝は尽きない。

いよいよ励めや

 先日、九州の同志が、先駆の心意気で総本部へ熊本産の早咲きの「てんすい桜」を届けてくれた。熊本・大分の地震から一年となる四月には、全国男子部幹部会と九州女子部総会が熊本で行われる予定である。
 春を告げる真心の桜に合掌しつつ、全同志の健康と無事安穏を、そして不撓不屈の大行進を、私は真剣に祈った。
 ともあれ、私の心は、いつも青年と共にある。君たち、貴女たちが、勝利また勝利へ創価桜を咲かせゆく未来を信じ、ただただ道を開いていく。弥生三月も、日に日に近づく。さあ生き生きと進もう。伸びゆく青年の心で、青年と共に!
   
 寒風も
  はじきて芳し
   師弟花
  いよいよ励めや
    冬を勝ち越え
 
 (随時、掲載いたします)
 ゲーテの言葉はエッカーマン著『ゲーテとの対話』山下肇訳(岩波書店)、ストリンドベリはE・A・ルイゼ著『ストリンドベリー伝』富野敬邦訳(万里閣)=現代表記に改めた。

【信仰体験】
◆〈信仰体験〉 夫婦で児童デイサービスのNPO法人を設立  
 【鳥取県・岩美町】澤美智子さん(63)=浦富支部、婦人部副本部長=は、2012年(平成24年)に夫の芳雄さん(70)=副本部長=とNPO法人「きなんせこども館」を設立した――。

2017年2月21日 (火)

2017年2月21日(火)の聖教

2017年2月21日(火)の聖教

◆わが友に贈る


後継の育成こそ
広宣流布の命脈だ。
皆で新しい人を
どんどん伸ばそう!
個性輝く人材城を築け!

◆名字の言


 JR仙台駅構内の大型テレビで、東北の職人を紹介する映像を見た。その中で、こけし工人3代目の壮年部員が登場した。画面の彼は、ある日、来店した少女が、こけしを買ってくれた話をした後、しみじみと言う。「伝統って、こういうことだよな」▼“受け継ぐだけでは守れない。新しいことに挑戦してこそ、本物の伝統”と彼は信念を語る。民芸の知識のない小さな子どもが、「かわいい」と素朴な気持ちで、こけしを手に取る――ここに伝統工芸の未来があると確信している▼広布拡大も同じ原理だろう。新入会者に話を聞くと、共通する声がある。「悩みに直面し、本気で自身の生き方を考えた時、“この人のようになりたい”と思える学会員が身近にいた」▼無論、教義の浅深は重要である。その上で、学会員一人一人の「人間的魅力」以上に、信心の正しさを表しているものはない。思えば、池田先生も入信を決意した決め手は恩師・戸田先生の人間性であった▼「伝統」「継承」……連綿と続くことを表現する言葉には、糸偏の文字が多いように思う。池田先生は「師匠は針で、弟子は糸です。例えば、裁縫を行う時、針は先頭を進み、後に続く糸が残って使命を果たしていく」と。継ぐ人の姿勢で伝統の真価は決まる。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年2月21日
 

 団結の車軸は純粋で強い
 信心だ―戸田先生。幹部
 は確信の祈りで一人立て
      ◇
 御書を開けば無限の勇気
 が湧く。壁に当たった時
 こそ。行学の両輪で前進
      ◇
 「此を去って彼に行くに
 は非ざるなり」御書。今
 いる場所で勝て!青年よ
      ◇
 高齢者の「転倒・転落」は
 7割が自宅で。焦らず、油
 断せず。危険箇所を確認
      ◇
 歩行中の交通事故、死傷
 者は小学1年が突出と。
 地域の見守り態勢拡充を

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   四十二
 


 山本伸一は、力強い口調で語り始めた。
 「これからは、新会長を中心に、みんなの力で、新しい学会を創っていくんだ。私は、じっと見守っています。悲しむことなんか、何もないよ。壮大な船出なんだから」
 会場から声があがった。
 「先生! 辞めないでください!」
 すすり泣きがもれた。それは次第に大きくなっていった。号泣する人もいた。
 一人の壮年が立ち上がって尋ねた。
 「今後、先生は、どうなるのでしょうか」
 「私は、私のままだ。何も変わらないよ。どんな立場になろうが、地涌の使命に生きる一人の人間として戦うだけだ。広宣流布に一身を捧げられた戸田先生の弟子だもの」
 青年の幹部が、自らの思いを確認するように質問した。
 「会長を辞められても、先生は、私たちの師匠ですよね」
 「原理は、これまでに、すべて教えてきたじゃないか!
 青年は、こんなことでセンチメンタルになってはいけない。皆に、『さあ、新しい時代ですよ。頑張りましょう』と言って、率先して励ましていくんだ。恐れるな!」
 次々に質問の手があがった。
 「県長会には出席していただけますか」
 壮年の質問に伸一は答えた。
 「新会長を中心に、みんなでやっていくんだ。いつまでも私を頼っていてはいけない。
 これまで私は、全力で指導し、皆の育成にあたってきた。すべてを教え、伝えてきた。卒業のない学校なんかない」
 「各県の指導には回っていただけるんでしょうか。ぜひ、わが県に来てください」
 涙を浮かべながら、婦人が言った。
 「ありがとう。でも、今までに何度となく各県を回ってきたじゃないか。これからは、平和のために、もっと世界を回りたい。いつ戦争になるかわからない国もある。できる限りのことをしておきたいんだよ」
 平和への闘魂がほとばしる言葉であった。

【聖教ニュース】

◆世界市民の大城・アメリカ創価大学で 第13回創価教育シンポジウム
 オタワ大学・イブラヒム博士が基調講演
     社会変革は教師自身の成長から

5カ月の準備期間を経て開催された創価教育シンポジウム。運営に尽力したジュン・イヨダさん、ソフィー・ハスオさん、カオリ・ツジさんは「まずは私たち自身が、創価教育を体現していきます」と(SUAで)
 5カ月の準備期間を経て開催された創価教育シンポジウム。運営に尽力したジュン・イヨダさん、ソフィー・ハスオさん、カオリ・ツジさんは「まずは私たち自身が、創価教育を体現していきます」と(SUAで)

 第13回「創価教育シンポジウム」が11、12の両日、アメリカ創価大学(SUA)で開催された。
 これには、SUAの学生・教員・卒業生のほか、学術機関で創価教育の研究に携わる教職員ら150人が参加。カナダ・オタワ大学教授のアワッド・イブラヒム博士が基調講演を行った。
 SUAの学生団体「創価教育・学生研究プロジェクト」が主催する同シンポジウムは、毎年、さまざまな分野の教育関係者が集い、創価教育の意義を多角的に探求する開かれた議論の場となっている。
 本年のテーマは「人間教育による社会変革」。混迷する現代社会の諸課題に対し、それらを解決する方途としての創価教育の可能性について、ディスカッションやワークショップなどで幅広く論じ合った。
 初日にはイブラヒム博士が基調講演。博士はまず、“若者の文化”として誕生し、世界中に普及している「ヒップホップ」の定義や歴史を紹介した。
 リズムに乗せて日常生活の事物、社会的な主張などを語る「ラップ」や、アクロバティックな全身の動きで表現する「ブレークダンス」といったヒップホップの文化は、個性や表現力、創造力を自然のうちに育むものであると指摘。ヒップホップを教育に取り入れる有効性などについて言及した。
 その上で博士は、一人一人の可能性を最大限に引き出す教育が必要であると強調。教育者自身の人間的成長こそ、社会変革への第一歩になると主張した。そして「智慧」「勇気」「慈悲」を兼ね備えた世界市民の輩出を目指すSUAをはじめ、創価の人間教育に大きな期待を寄せた。
 また2日目には、三つのグループに分かれてワークショップ等を開催。「教育によるエンパワーメント」などのテーマで、活発な議論が交わされた。

◆インドで希望の種子展
 デリーなど各地の学校に共感広がる

           
展示の説明に真剣に聴き入るマナブラチャナ国際学校の生徒たち(デリー郊外で)
展示の説明に真剣に聴き入るマナブラチャナ国際学校の生徒たち(デリー郊外で)

 SGI(創価学会インタナショナル)と地球憲章インタナショナルが共同企画・制作した、環境展示「希望の種子」が今月、インド各地で行われている。
 同展は、国連が実施した「持続可能な開発のための教育の10年」に寄せて制作されたもの。“地球上に生きる誰もが、世界の人々や将来世代、また環境との関係性の中で生きていることを知り、行動を変革していくための教育を”との国連のキャンペーンを後押しするべく、世界各地を巡回してきた。
 今回は、同国の教育NGO「環境教育センター」の協力を得て、デリー、ハイデラバード、コルカタの学校で同展を実施。併せて、観賞した生徒の意識がどのように変化していくかという効果測定も行われている。
 このうち、デリーでは7日から20日にかけてパブリックスクールなど全6校で実施され、いずれも高い関心が寄せられた。
 「わが校は、教育、励まし、啓発をモットーに掲げています。その点、『希望の種子』展が投げかけているメッセージは非常に興味深いものです」(ジェイピーパブリックスクールのジョシ校長)
 「設立以来、世界市民教育に力を入れてきました。同展は分かりやすく、生徒にとって学びがいのあるものです」(リャン国際学校のベルマ校長)
 「今後もインド創価学会と協力しながら、教育の普及に努めていきたい」(マナブラチャナ国際学校のワドワ校長)
 「デリー全土の学校関係者に見てもらいたい大事な教育的内容の展示です」(CSKMパブリックスクールのジャイマン校長)

◆原田会長を中心に各部代表者会議 2017年2月21日

 世界広布新時代第40回の各部代表者会議が20日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、冒頭、各地の新リーダーの誕生を心から祝福した。
 その際、仏法で説く「境智行位」の法門に言及。
 学会の実践で言えば、「境」とは、仏意仏勅の学会の役職に託された使命に当たる。その広宣流布の責任を果たすために、真剣に祈り、誠実に「智慧」を尽くし、「行動」を貫いていく中で、偉大な生命の「位」が連動して輝きわたっていくと論じた。
 そして、皆が新たな発心の息吹に燃え、麗しいチームワークを朗らかに光らせながら、希望の前進を加速していくよう念願した。
 次いで、恩師・戸田城聖先生の弟子となって本年で70年を迎えることに触れ、恩師から直々に学び、心肝に染め抜いた御聖訓であるとして、「但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり」(御書962ページ)を拝読。
 社会は、目まぐるしい変化、変化の連続であるが、いかなる壁が立ちはだかろうとも、我らは「本より思い切て候」と、一切を断固として勝ち越えゆくのみである。原田会長を中心として、「自他彼此の心なく水魚の思」(同1337ページ)という同志愛で、大切な学会員を護り抜き、梵天・帝釈をも大いに揺り動かす題目で、創価の仏の陣列をいよいよ拡大しようではないか!――と強く呼び掛けた。
 最後に、恩師の遺訓「人生は強気でいけ!」を愛する青年部に贈りたいと述べ、メッセージを結んだ。
 原田会長は、小説『新・人間革命』が連載6000回を超えたことに論及。同志のため、学会員のために、「限りある命の時間との、壮絶な闘争」との決心でつづられる池田先生の言々句々を日々、感謝とともに生命に刻み、師弟の大道を歩み抜いていきたいと強調した。
 そして、3・16「広宣流布記念の日」へ勇躍前進し、池田門下の手で新たな広宣勝利の金字塔を打ち立てようと訴えた。
 また、長谷川理事長、谷川主任副会長、野中音楽隊長があいさつし、本社編集局の谷口伸久副主任が取材報告を行った。 


【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価女子短期大学〉第10回 短大白鳥会
 あなただけの使命がある

おめでとう! お母さん、お父さんによろしく! 6、7期生、創価学園生と記念のカメラに納まり、心からの励ましを送る池田先生(1991年11月、東京・八王子市の短大・白鳥体育館で)。撮影会は1期生から17期生まで行われ、白鳥姉妹の黄金の歴史と輝く
おめでとう! お母さん、お父さんによろしく! 6、7期生、創価学園生と記念のカメラに納まり、心からの励ましを送る池田先生(1991年11月、東京・八王子市の短大・白鳥体育館で)。撮影会は1期生から17期生まで行われ、白鳥姉妹の黄金の歴史と輝く

 今月4日、2017年度の一般入試を終えた創価女子短期大学。13日には、合格発表が行われ、新たに33期生の入学が決まった。
 かつて創立者・池田大作先生は、試験中の短大を車で視察し、受験生にエールを送った。「私の創立した学府を目指してくださって、本当にうれしい。本来であれば、校舎まで行って、励ましたい気持ちです。創価女子短大を受験される方全員が、私の生命の娘だと思っています」
 合否を超えて、集った全員が短大姉妹――創立者の真心を胸に、乙女たちは、希望の春へと歩みを進める。

品格と知性の人に

 短大は今春、1期生の卒業から30周年の佳節を迎える。
 「私の心情は、ともかく皆さんに幸福になっていただきたいということである」――第1回卒業記念の謝恩会で、池田先生は語った。1987年(昭和62年)3月19日のことである。
 会場のそばには、白梅が咲き薫っていた。
 先生は続けた。
 「女性としての強い“芯”を持ちつつ、謙虚さのなかに美しい品格と知性の輝く人であってほしい。そうした清く豊かな心の土壌にこそ、幸福の大輪は花咲いていくのです」
 卒業生の瞳が光る。
 席上、1期生は決意を込め、「3つの誓い」を朗読した。「創立者の建学の指針を生涯見失わない」「真実を見極める聡明な心を磨いていく」「友情の絆を生涯守り、はぐくんでいく」と。
 そんな彼女たちに、先生は祝福の和歌を詠み贈った。
 青春乃
  英智の朝日は
   昇りける
   嵐の時にも
    笑顔たたえて
 あなたよ、どんな時も笑顔を忘れない太陽の人に!
 創立者のもとから、使命の大空へ羽ばたいた1期生。再び母校に舞い戻ったのは、7カ月後の10月であった。
 「短大白鳥会」(卒業生の集い)の第1回総会に招待を受けた先生は、多忙な合間を縫って、1期生の銘板除幕式に出席する。「2期、3期、そして10期と続いていくんだね」。遠くを見つめるようにして、参加者に語り掛けた。
 短大白鳥会のスクラムは、まもなく31期生が加わると、1万1000人を超える。活躍の舞台は、大手企業の管理職、起業家、学者、教員、客室乗務員、また国際機関の職員、外交官、公認会計士、税理士など、全国・世界各地に広がっている。

「自分らしく」

 池田先生は、折々に短大生と記念撮影を行い、思い出のひとときを刻んできた。
 「私の娘をどうぞよろしくお願いします」。5、6期生との撮影会では教職員に深々と礼を(90年4月28日)。退場後には、感謝の歌声を響かせる短大生の合唱を、外でずっと聴き続けた。
 キャンパスに、マリー・キュリー夫人の像の設置を発表したのは、92年11月13日。7、8期生との撮影会であった。
 女性初のノーベル賞を受賞した科学者であり、妻として、母として、幾多の苦難を乗り越えたキュリー夫人。先生は、一人の模範の女性の姿を通し、短大生に「希望の人」「探求の人」「勝利の人」にと望んだ。
 後年、先生は短大創立者として「特別文化講座」を発表する。タイトルは「永遠に学び勝ちゆく女性・キュリー夫人を語る」。
 在校生、同窓生、さらには受験生、そして全ての創価の女性たちに、力強く呼び掛けた。
 「どんな人でも、どんな時代に生きても、その人には、その人にしかできない使命があります。特別な人間になる必要はない。有名になったり、華やかな脚光を浴びる必要もない。平凡であっていい。『自分らしく』輝くのです」
                                                              ◇ ◆ ◇
 今月27日は「短大の日」。先生と共に、短大生を励まし続ける香峯子夫人の誕生日でもある。
 96年の2月27日、卒業する10期生と、1期から9期までの代表が集い、短大白鳥会の記念植樹が行われた。
 厳冬を越え、開花の時を待つ花々のように、白鳥姉妹の「幸福の大輪」が開くまで――先生ご夫妻の心は今も、そして、これからも、永遠に変わらない。

◆〈青年部のページ〉 励ましの対話が未来を開く
 
 
 勢いよく対話に走る青年部の友。ここでは、人材育成と対話で模範の取り組みをする山口圏女子部と福井総県男子部を紹介するとともに池田先生の指針を掲載。「職場で輝くSОK  の一番星」では、文芸部青年会議のメンバーを取り上げる。

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 遊漁船業を営む 島で人気の“釣りの達人” 
 喜びいっぱいに 釣りやんせ!


「こりゃあ、上物だ」と福浦さん㊧。釣果のアジに喜色満面。客の笑顔が一番の幸せ!
 【鹿児島県・長島町】長島本島をはじめ、大小23の島々からなる県内最北端の地・長島町。東シナ海、八代海、日本三大急潮「黒之瀬戸海峡」に囲まれる長島は、天然の好漁場として知られる――。

2017年2月20日 (月)

2017年2月20日(月)の聖教

2017年2月20日(月)の聖教

◆今週のことば

〝一は万の母〟なり。
春を呼ぶ声の響きで
一人一人に励ましを!
一人一人を味方に!
そこから希望の万波が。

◆名字の言


  映画「海賊とよばれた男」が好評だ。主人公のモデルは、出光興産の創業者・出光佐三氏。「人間尊重」という経営哲学も注目を集めている▼石油を扱うことが禁じられた戦後、氏が最初に本格的に手掛けた仕事は、畑違いのラジオの修理。「世間からはいわゆる『ラジオ屋』として見られる」と、本業ができないもどかしさを吐露している。だが同時に「これだけでも良い修業」と前向きに捉えた。そして、生活必需品の修繕は「新日本建設に偉大なる貢献をなす」と心に決めた(『人間尊重五十年』春秋社)▼北海道伊達市に、経営する料理店を不景気で手放した上、がんで胃を全摘したブロック長がいる。苦難のどん底で、彼は母を思った。夫を亡くした後、ミシン売りや布団綿の打ち直し、リヤカーでの廃品回収をし、女手一つで育ててくれた▼「どんなにつらかろうが、逃げちゃだめだぁ」「今いる場所が使命の天地だがらなぁ」。昔、母に言われた言葉を胸に、彼は奮起した。立て直した店は繁盛し、調理師会や飲食店組合の役員も務めた。その功績に厚生労働大臣賞も贈られた▼見えや気取りを捨てた人は、思いもしない力が出る。どんな仕事も、場所も、「これこそわが使命」と決めることから、偉業への道は開かれ始める。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年2月20日
 

 「心は工なる画師の如く」
 御書。深き信心で人生は
 自在。青年よ大志を抱け
      ◇
 東京「荒川の日」45周年。
 常勝不敗の歴史は永遠!
 大拡大で本陣を牽引せよ
      ◇
 仲間と力が合わない間は
 本当の能力は出せない―
 詩聖。正と副の連携密に
      ◇
 「ながらスマホ」は事故の
 元。車や自転車の運転中、
 歩行中は厳禁。油断大敵
      ◇
 国連「世界社会正義の日」
 貧困・差別の根絶へ。我ら
 の語らいで共生の思潮を

◆社説   「縁」を大事に動き語ろう  誠実な対話が人生を豊かに彩る


 先週、列島各地で座談会が開催され、にぎやかな対話が広がった。
 いずこであれ、参加者は出身地や職種が異なり、年齢層も幅広い。まさしく、多様な人が集う座談会は、創価学会の特長の一つだ。
 「仏種は縁に従って起る」(御書1467ページ)との御文の通り、私たち一人一人が広げる「縁」によって、広布は大きく進む。
 埼玉に住む壮年も、多くの縁に触れて今月上旬、入会した。
 長年、診療放射線技師を務め、私立大学の医療技術学部教授として活躍した経歴を持つ。“退職後も、より多くの人に尽くしていこう”と考えていたところ、厚生労働省の指定難病であるパーキンソン病に襲われる。不条理な現実に、ショックは大きかった。
 一筋の光明を見いだしたのは、学会員である娘夫婦が勧めた聖教新聞だった。
 昨年4月に掲載された信仰体験で、長崎県島原市の壮年が、小児まひの後遺症に負けず、診療放射線技師として活躍する様子を知った。
 「たとえ病があっても、希望を抱いて生き抜いていきましょう」。この島原の壮年や、都内在住の娘など、多くの同志の励ましを受けて、昨年秋の教学部任用試験(仏法入門)に合格。
 「多くの方が、わがことのように応援してくださいました。さらに、信心の道を歩む覚悟です」と語り、このたびの入会となった。
 対話において、多くを語れない時もあろう。相手が話を聞いてくれない時もあるかもしれない。それでも、挑戦する姿勢を持ち続ければ、折り重なった仏縁は、必ず芽を出す。花開く。
 かつて池田先生はつづった。
 「人の心は、他者との触れ合いという『縁』によって、大きく変わることができる。足取り軽く、友のもとへ行こう! 語ろう! 動けば、何かが変わる。直接、会えば心が近づく。誠実に語れば、一歩、強い絆が生まれる。気どらず、気負わず、誠心誠意の対話で、友の心を開拓していけばよいのだ」
 今月、皆で学び合った座談会拝読御書の「妙一尼御前御消息」には、「冬は必ず春となる」(同1253ページ)と仰せである。
 苦境にありながら、けなげに信心を貫く婦人に、日蓮大聖人が心からの励ましを送ったように、友の幸せを心から祈り、誠実に語っていきたい。
 一つ一つの小さな縁を大切にしながら。

◆きょうの発心  題目を唱え抜き、苦難に打ち勝つ2017年2月20日

御文
 ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず、ただ女房と酒うちのみて南無妙法蓮華経と・となへ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ・編880ページ)
通解 ただ、世間の種々の難が襲ってきても、とりあってはいけない。賢人や聖人であっても、このことは逃れられないからである。(世間の難の最中にあっては)ただ女房と酒を飲み、南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。

 難と直面しても、身近な善友と励まし合いながら、題目を唱え抜きなさいと仰せです。  1960年(昭和35年)、池田先生が会長に就任された翌月、私が7歳の時に一家で入会。家族で数々の功徳を受けました。
 2003年(平成15年)、妻が更年期障害によるうつ病を発症。腹を決めて唱題を重ねた時、良き医師に巡り合い、妻は薄紙をはぐように良くなり、3年間で完治できました。  現在は、夫婦で報恩感謝の唱題を続け、何事にも前向きに挑戦しています。
 入会から56年、師匠から薫陶を受け、良き先輩・同志に恵まれながら、常に学会と共に歩んでこられたことに感謝は尽きません。
 先生が示された「世界で最初の広宣流布の地帯に!」との指針を胸に、青年を先頭に題目第一・団結第一の勇気の行動で、沖縄世界県から「世界に輝く宝島」を築いてまいります。   沖縄世界県長 宮城吉孝

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四十一

 
                                                                                                                                                 

 県長会のメンバーは、十条潔の説明で、山本伸一が会長辞任を決意した理由はわかったが、心の整理がつかなかった。
 十条は話を続けた。
 「先生は、この際、創価学会の会長だけでなく、法華講総講頭の辞任も宗門に申し出られました。こちらの方は、宗門との間に生じた問題の一切の責任を負われてのことです。
 先生が会長を辞められるというと、どうしても、私たちは悲しみが先に立ってしまう。しかし、大切なことは、先生の決断を、その心を、しっかりと受けとめ、未来に向かい、明るくスタートすることではないかと思う。
 力のない私たちではあるが、これから力を合わせて、『先生。ご安心ください』と言える創価学会をつくることが、弟子の道ではないだろうか!
 なお、今後の流れとしては、先生の勇退のお話を受けて、本日、午後から総務会を開催し、勇退が受理されたあと、記者会見を開き、正式発表となる予定であります」
 彼の話は終わった。拍手が起こることはなかった。婦人の多くは、目を赤く腫らしていた。虚ろな目で天井を見上げる壮年もいた。怒りのこもった目で一点を凝視し、ぎゅっと唇を嚙み締める青年幹部もいた。
 その時、伸一が会場に姿を現した。
 「先生!」
 いっせいに声があがった。
 彼は、悠然と歩みを運びながら、大きな声で言った。
 「ドラマだ! 面白いじゃないか! 広宣流布は、波瀾万丈の戦いだ」
 皆と一緒に題目を三唱し、テーブルを前にして椅子に座ると、参加者の顔に視線を注いだ。皆、固唾をのんで、伸一の言葉を待った。
 「既に話があった通りです。何も心配はいりません。私は、私の立場で戦い続けます。広宣流布の戦いに終わりなどない。私は、戸田先生の弟子なんだから!」
 彼は、烈風に勇み立つ師子であった。創価の師弟の誇りは、勇気となって燃え輝く。 
 県長会のメンバーは、十条潔の説明で、山本伸一が会長辞任を決意した理由はわかったが、心の整理がつかなかった。
 十条は話を続けた。
 「先生は、この際、創価学会の会長だけでなく、法華講総講頭の辞任も宗門に申し出られました。こちらの方は、宗門との間に生じた問題の一切の責任を負われてのことです。
 先生が会長を辞められるというと、どうしても、私たちは悲しみが先に立ってしまう。しかし、大切なことは、先生の決断を、その心を、しっかりと受けとめ、未来に向かい、明るくスタートすることではないかと思う。
 力のない私たちではあるが、これから力を合わせて、『先生。ご安心ください』と言える創価学会をつくることが、弟子の道ではないだろうか!
 なお、今後の流れとしては、先生の勇退のお話を受けて、本日、午後から総務会を開催し、勇退が受理されたあと、記者会見を開き、正式発表となる予定であります」
 彼の話は終わった。拍手が起こることはなかった。婦人の多くは、目を赤く腫らしていた。虚ろな目で天井を見上げる壮年もいた。怒りのこもった目で一点を凝視し、ぎゅっと唇を嚙み締める青年幹部もいた。
 その時、伸一が会場に姿を現した。
 「先生!」
 いっせいに声があがった。
 彼は、悠然と歩みを運びながら、大きな声で言った。
 「ドラマだ! 面白いじゃないか! 広宣流布は、波瀾万丈の戦いだ」
 皆と一緒に題目を三唱し、テーブルを前にして椅子に座ると、参加者の顔に視線を注いだ。皆、固唾をのんで、伸一の言葉を待った。
 「既に話があった通りです。何も心配はいりません。私は、私の立場で戦い続けます。広宣流布の戦いに終わりなどない。私は、戸田先生の弟子なんだから!」
 彼は、烈風に勇み立つ師子であった。創価の師弟の誇りは、勇気となって燃え輝く。

【聖教ニュース】

◆白蓮グループが幸福の拡大へ勇気の行進! 
 池田先生がメッセージ 各地で朗らかに入卒式

さわやかな広布の誓いに包まれた第2総東京の入卒式。半田副女子部長、倉島白蓮グループ書記長が登壇した(立川文化会館で)
さわやかな広布の誓いに包まれた第2総東京の入卒式。半田副女子部長、倉島白蓮グループ書記長が登壇した(立川文化会館で)

 誓いの青春を歩む白蓮グループの15・16期入卒式が、各地で朗らかに行われている。
 これには、池田大作先生ご夫妻がメッセージを贈り祝福。新たな幸福拡大の門を開く勇気の行進をと望んだ。
 第2総東京は19日、立川文化会館で。
 15期の阿部優華さんが誠実な振る舞いで、周囲に信頼の輪を広げる喜びを語った。
 新任の古川第2総東京委員長は「師の万感の励ましを胸に、幸福の大道を真っすぐに歩み抜こう」と強調。井上同女子部長は、対話の力で広布の未来を開きゆく一人一人にと訴えた。杉本総合婦人部長が、同志に尽くす誉れの青春を貫き、福徳あふれる人生の土台をと述べた。
 総埼玉は同日、「華陽姉妹総会」の意義を込め、埼玉平和会館でにぎやかに。
 加藤関東女子部長の話の後、15期の坂本爽夏さんが白蓮の友と励まし合い、弘教を実らせた様子を報告した。
 新本総埼玉委員長に続き、新任の栗和田同女子部長は“鉄桶の団結”で仏縁と人材の拡大をと語った。
 清水女子部長が「師と共に、青春勝利の道を悔いなく歩もう」と念願。大高関東婦人部長が励ました。
 総千葉の友は同日、千葉文化会館で。
 飯坂関東副総合女子部長、佐藤総千葉女子部長の後、15期を代表して森田さゆりさんが白蓮グループでの薫陶を胸に、広布にまい進する決意を述べた。16期の飯室穂の佳さんが弘教を達成した喜びを発表。山本総千葉委員長に続き、大串委員長が、「今いる場所で友情と信頼のスクラムを一段と広げよう」と呼び掛けた。川浪総千葉婦人部長がメンバーの活躍をたたえた。
 名古屋市の中部池田記念会館には同日、中部の友が集った。
 15期の横井愛奈さんは、自他共の幸福を強く祈り、学会活動に走る中で先月、御本尊流布を果たした喜びを。16期の柴田麻衣さんは、勝利の実証を示しゆく決意を述べた。
 吉川中部委員長は、「信行学の実践に挑み抜き、一人一人が自身の“幸福の門”を開いていこう」と訴えた。松波同女子部長、大串同婦人部書記長が使命の「この道」を誇り高く歩む友を激励した。

◆鼓笛隊 創価グランエスペランサ マーチング全国大会で金賞 
 ジュニアチームは銀賞

創価グランエスペランサの優美な舞(神奈川県民ホールで)
創価グランエスペランサの優美な舞(神奈川県民ホールで)

 第44回「マーチングバンド全国大会カラーガード部門」(主催=日本マーチングバンド協会)が19日、神奈川県民ホールで開催。鼓笛隊の創価グランエスペランサ(信平里香団長)が一般の部に出演し、13回連続の「金賞」に輝いた。同大会のジュニアの部には創価グランエスペランサ・ジュニア(藤井純子ユニット長)も出場。「銀賞」を受賞した。
 創価グランエスペランサの演技のテーマは「Reflection」。その物語は、鏡のような湖面に映し出された“以前の自分”から始まっていく。
 小さな境涯を打ち破ろうと自身を見つめ、努力を重ねる女性。その中で生命が磨かれ、励まされる側から優しく周囲を照らす存在へと成長していく姿を見事に描いた。
 メンバーは、勉学や仕事、練習など全てに挑戦し抜いた。
 昨年、チームの輪に加わった柳瀬美和さん(高校1年)。仲間たちに追い付くため、懸命に努力したが、勉強との両立に悩んだ。
 全てに勝って当日を迎えようと奮起。国語の試験ではクラス1位となり、大会には2人の友人が応援に駆け付けてくれた。柳瀬さんは「自身の振る舞いで人々を励ます最高の生き方を学べました」と笑顔がはじけた。
 見る人に勇気と希望を送る鼓笛隊の使命を皆が共有し、団結のステージを披露した同チーム。信平団長は固く誓う。「全員が奮闘し、常勝の基盤を築くことができました。新たなる10年を目指して前進していきます」
 大会に初出場した創価グランエスペランサ・ジュニアは「Brave of light――希望の翼」と題して、勇気の光を輝かせながら、未来へと羽ばたく決意を表現した。
 藤井ユニット長は、「何のために舞うのかとの目的観を一人一人が持ち、全ての実力を発揮できました」と誇らかに語った。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉9 “新しい力”が“新しい拡大”の原動力 
 一人を大切に訪問・激励を
 活動の中で日々御書を拝す
 
求道の心光るドイツでの「欧州教学研修会」(1月)
求道の心光るドイツでの「欧州教学研修会」(1月)

 永石 今、日本中、世界中で、新入会の方々や、教学試験を契機に立ち上がった方々が、目覚ましい活躍をされていますね。“新しい力”が“新しい拡大”の原動力になっていると実感します。  
 志賀 男子部でも、各地で新たな創価班・牙城会大学校生が陸続と誕生し、拡大の先頭に立って奮闘しています。  
 清水 全国各地でロマン総会を大成功で開催することができ、女子部でも、華陽姉妹の新たなスクラムが大きく広がっています。

“万人が仏”の精神


 原田 思えば、あの「二月闘争」で活躍したのも、入会まもない同志をはじめ、「新しい力」でした。
 池田先生はこう述懐されています。「『新しい人』『新しい力』による『新しい対話』が、爆発的に広がった。まさに地涌の底力によって、壁は破られ、『新しい歴史』の扉が開かれたのである」と。  
 長谷川 先生は、どこまでも「新しい人」の可能性を信じ、自ら広布の最前線に飛び込んで、一人一人に励ましを送られました。「新しい人」を見つけ、育て、「新しい力」を結集したところが発展する――これが、いつの時代も変わらない「勝利の方程式」です。  原田 そして先生は、一人一人の「功徳の体験」「苦悩を乗り越えた実証」を大切にされました。広布の戦いの中で、功徳の花が大きく開き、その歓喜の波動が、さらに皆に確信と力を与えたのです。私たちも、「全員を勝利者に」との思いで訪問・激励に徹していきたい。  
 志賀 私自身、会合等で全国各地を訪れる際も、何とか時間をつくって、「一対一」の激励ができるように心掛けています。
 清水 各地の女子部のロマン総会でも、「一対一」の対話、“婦女一体”の励ましが、大結集につながりました。  
 永石 仕事や体調などの理由で、思うように会合に参加できない方もいらっしゃいます。そうしたお一人お一人に、こまやかに心を配り、こちらから足を運んで声を掛け、心を通わせていくことが大切ですね。
 長谷川 友を思う誠実な声、真剣な声が、一人を勇気づけ、そこから新たな希望のスクラムが広がります。真心を込めて、一軒一軒訪れ、一人一人とじっくりと対話する。この地道な訪問・激励によって、今日の世界広布の大潮流は生まれました。
 原田 小説『新・人間革命』「大山」の章では、障魔の嵐の中、家庭訪問や個人指導を大切にされた真情が綴られています。
 「何があろうと、いかなる立場になろうと、私は尊き学会員を励まし続ける。庶民と共にどこまでも歩み続ける」「一人の人を大切にし、守り励ますことも、世界平和の建設も、同じ原点をもつ。万人が等しく『仏』であるとの、仏法の哲理と慈悲から生じる実践にほかならないからだ」と。
 この峻厳な精神を胸に、私たちは、新たな広布の扉を開いていきたい。

「師子王の心」こそ

 永石 「教学の日」に当たる26・27日には、各地で「御書講義」が行われます。今回、研鑽するのは「佐渡御書」です。   
 志賀 日蓮大聖人は、佐渡流罪の法難の中にあって、厳然と叫ばれました。「悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し」(御書957ページ)と。  
 長谷川 いかなる苦難の嵐が立ちはだかろうと、「師子王の心」を持って一人立つ。この負けじ魂の勇者こそが、「必ず仏になるべし」との御断言です。  
 原田 池田先生は、「『佐渡御書』は、いわば『創価学会の御書』と申し上げても、過言ではありません」と語られています。「大聖人が、燃え上がる正義の炎で綴り遺され、弟子たちの心に打ち込まれたこの御書を、学会の三代の師弟は不惜身命の信心で、色読してきたからです」と。
 長谷川 恩師・戸田先生の会長就任の直前にも、池田先生は「佐渡御書」をあらためて拝し、日記に御文を綴られています。そして、「私にとって、『佐渡御書』とは、恩師とともに拝して逆境を乗り越えた『師弟勝利の御書』」と述懐されています。 
 原田 「偉大な師弟の道を、師子王の心で語り抜いていく、一対一の正義の対話。ここに『佐渡御書』の実践があります」とも先生は語られています。御書講義では、この「師子王の心」を拝し、新たな前進を誓い合う場にしていきたいと思います。

世界中で仏法研鑽


 清水 本年は、御書発刊から65周年の佳節でもあります。今や世界中で御書を研鑽する時代を迎えました。御書の翻訳・出版は、英語、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、ドイツ語など、10言語以上に及んでいます。  
 永石 先日も、「欧州教学研修会」や「北米・オセアニア教学研修会」が行われましたね。今日の世界192カ国・地域に広がった創価の連帯は、御書根本の実践によって築かれたものです。 
 原田 池田先生は語られています。「御書を拝せば聡明になる。心が美しくなる。その一文字一文字は、大聖人の師子吼であられる。無限の勇気と慈悲が込められている。毎日、一文でも、一節でもいい。声に出して拝読し、生命に刻みつけていくことだ」と。学会の教学は、実践の教学です。私たちは日々、活動の中で御書を拝しながら、自身の境涯を大きく開き、前進してまいりたい。

◆インタビュー スペイン社会の宗教と仏教

   
人と人とを結び、社会に貢献しゆく、バルセロナのSGIメンバーが笑顔に満ちて(昨年12月17日、同市内で)
人と人とを結び、社会に貢献しゆく、バルセロナのSGIメンバーが笑顔に満ちて(昨年12月17日、同市内で)

 世界広布新時代を迎えた今、仏法を実践するメンバーが世界各地で増えている。新入会者が続々と誕生している国の一つが、欧州スペイン。その背景にある社会状況、また宗教が置かれている現状について、2人の識者に聞いた。(聞き手=金田陽介記者)
国立ラ・ラグーナ大学 ディアス・デ・ベラスコ教授/求められる自己発見の道
 ――スペインでは、宗教の多様化が進んでいるそうですね。
 
 ベラスコ教授 フランコの独裁政権が終わった1975年以降、信仰される宗教の多様化が、短期間で急激に進みました。78年に制定された憲法では、宗教の自由が明記されました。
 そうした急な変化が起こると、普通はいろいろな問題が起こってくるものです。しかし、スペインでは大きな問題が起こりませんでした。独裁政権のもとでカトリックが「国教」とされていたので、その後の多様化の流れを、良いことだと考える社会の空気があったのでしょう。
 また、スペインに来た移民が、そのまま彼らの宗教を維持していったという意味では、移民の存在も宗教多様化を実現する一つの要因になっているといえます。
 
 ――仏教を実践する人も増えていると伺っています。
 
 教授 特徴的なのは、スペインでは仏教に対する偏見が、あまりなかったということでしょう。仏教を信仰する人に対して、周囲の反応が良い場合が多いのだと思います。仏教を実践する人は自身の内面を見つめ、深める人間だと見られるからです。
 また、例えば近所に仏教施設などがある場合、近隣の人がそれに対して文句を言ったり不快に感じたりということもあまりないようです。仏教徒は他者に対して無理に信仰を押し付けるのではなく、相手に尊敬の心を持ち、自分の振る舞いで手本を示していく姿勢があると認識されているからです。
 私の近著である『スペインにおける仏教』(2013年)には、SGIのことも紹介しています。SGIの会館が、非常に社会に開かれていることなどについて書きました。
 
 ――教授がSGIを知ったきっかけは?
 
 教授 実は、SGIについては、子どもの頃から知っていました。父が国際法学の教授をしていた関係で、英訳された池田SGI会長の著作や、SGIの関連の書物が家にあったのです。そうした家庭環境から、私は歴史や宗教に興味を持つようになりました。
 
 ――世界各地で、特に若者の「宗教離れ」が進んでいることを耳にします。
 
 教授 宗教社会学者の見地から言えば、宗教とは、何千年もかけて築き上げられてきた「自己を知るツール」であるといえます。
 今、スペインでは一つの傾向として、“伝統的な宗教”からは離れたとしても、自己を知る道としての思想や哲学を求める人は増えている、ということがあります。
 若者もそうでしょう。以前の時代とは違い、宗教の多様化が進むにつれて、若者も“自分の宗教性”を探しています。宗教離れといっても、本質はそういうことではないでしょうか。
 
 ――教授は、法華経と日蓮仏法が、他宗教との調和を可能にする普遍的価値をもつということを語られています。
 
 教授 普遍的な信仰とは、信仰したい人が自由にアクセスできるということでもあります。
 仏教は、その始まりである釈尊のメッセージ自体が普遍的、つまり、あらゆる人に対して向けられたものであるという特徴があります。釈尊のメッセージは、特定の閉じたグループに宛てられたものではなかった。男女、皮膚の色、どんな生まれの人に対しても向けられたものです。そのメッセージは今も、あらゆる人に届く可能性があるのです。
 だからこそ、仏教はアジアから世界各地に広がっているのでしょう。そういう意味でSGIは、宗教と宗教、人と人との懸け橋としての役割を果たしうると思います。
スペイン宗教多様性オブザーバー プエルト・ガルシア・オルティス事務局長/正しい情報届ける工夫を
 ――貴団体の活動内容を教えてください。
 
 ガルシア事務局長 スペイン法務省宗教局などの後援を受けて、カトリック以外の宗教の社会的立場や状況を調査している機関です。多様な宗教団体やその信仰者が、自由に宗教活動を行えるようにすることを目的とした団体です。
 もちろん「宗教の自由」は法律に定められていますが、今も社会に十分に理解されていない宗教があったり、カトリック以外は外国人や移民のみが信仰している宗教だという偏見もあります。
 そうした状況に対して、私たちは社会に各宗教の情報を提供し、宗教団体と、行政や企業などとの橋渡しを行っているのです。
 6カ月ごとに各宗教団体のデータを整備し、情報誌やウェブサイトで発信しています。おかげさまでスペインSGIについても、カプート理事長はじめ皆さまのご協力により、充実した情報収集・発信ができています。
 
 ――スペイン社会での宗教多様化の現状をどう見ていますか?
 
 事務局長 各宗教の「認知度」という意味では、ここ数年で急激に進んでいますね。中でも仏教の認知度は高く、また社会に広く受け入れられていると思います。
 当機関では、昨年は100件くらいの問い合わせや要望をいただきました。学校などから「宗教について解説する講座を開いてほしい」などという問い合わせを受けることも増えています。多様な宗教について知っていかねばならないという認識が、社会に広がってきているのです。
 
 ――他にはどんな問い合わせが?
 
 事務局長 例えば、老人ホームから、「イスラム教の入所者が亡くなった際、埋葬はどうすればいいのか」というもの。学校から、「あまり世間に良いイメージを与えていない宗教団体の子がいじめを受けているが、どうすればいいか」という相談。また市などの自治体から、「ある宗教団体の記念日の会合に招待されているが、その記念日の重要性とは」などという質問もあります。
 カトリックに関することであれば、皆、一般教養として知識を持っています。ですが、他の宗教だと、まだまだ、そうではない状況があるのです。
 
 ――社会が宗教の情報を求めるようになっているのですね。
 
 事務局長 最近、特に感じるのは、若者層への情報提供に力を注がねばならないということです。今の若者は、ほとんどの人がSNSから情報を得ており、そこから自分たちなりの世界観をつくっています。ここで重要なのは、それらの情報が、どこまで正しい情報源に基づいているかということでしょう。
 若者に対しては、正しい情報を届けようと思っても、大人からの一律の発信では、反応してもらえない。例えばSNSを使ったり、若者の尊敬する人を通して情報発信したりしながら、若者に正しい情報を届ける工夫を重ねていきたいと思っています。
 
 ――宗教団体の側に、何かできることは?
 
 事務局長 SGIのように、宗教団体から平和構築への新しい知恵を発信していただけることで、私たちの活動の視野も広がっていきます。
 それぞれの宗教団体が、自分たちだけが考える「正しさ」に固執していると、社会と断絶してしまい、社会に貢献することも、認知されることもなくなると思います。そうした枠にとらわれず、社会に役立っていく行動が大事なのではないでしょうか。
 また、多様な宗教団体が社会に受け入れられ、人々の生き方の多様性を実現する役目を果たしていくために、宗教団体が政治に積極的に声を上げていくことも大切だと思っています。

【信仰体験】

◆〈世界の機関紙・誌から〉 アメリカSGI マイケル・ソムサンさん 

©Finisher Pix

 あの悲劇的な事件が起きたのは1995年のことでした。
 当時、私は25歳で、テキサス州フォート・フッドの米軍基地で中尉を務めていました。ある晩、私は愛犬を自宅――。

2017年2月19日 (日)

2017年2月19日(日)の聖教

2017年2月19日(日)の聖教

◆わが友に贈る


楽しく明るい所に
人々は喜び集う。
歓喜と感謝の心に
福徳は いや増す
皆で幸の楽土の建設を!

◆名字の言


  漫画「サザエさん」の父・磯野波平は何歳か?――正解は54歳。意外に若い。ただ連載が開始された1946年(昭和21年)ごろの男性平均寿命が50・06歳だったことを考えると、波平も“高齢者”として描かれたことが分かる▼現在、高齢者の定義は65歳以上。だが本年1月、75歳以上に見直すよう日本老年学会が提言した(65~74歳は準高齢者)。体力・生活機能などを科学的に検証した結果、以前より「若返り」が認められたという▼94歳になる広島の婦人部員は、家庭の貧困、夫との死別、大動脈瘤の大病などを乗り越え、広布に生きてきた。1人暮らしになってからも、多くの友に弘教。1月7日には同じ県営住宅に住む83歳の壮年を入会に導いた。“池田先生に勝利の報告がしたい”と誓願勤行会に行くため、新幹線に乗った。到着した東京・信濃町で、青空を見上げて思ったという。「私は世界一の幸せ者だ」▼体は確実に老いるが、心まで老いる必要はない。「高齢者」といっても、社会が決めた物差しの一つにすぎない。「さあ師と共に!」との決意に立てば、心は若々しい青年に変わる▼「年を重ねる」とは、見方を変えれば「熟成」ということでもある。信仰で磨かれた人間性の輝きは、地域を照らす希望の灯台となる。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年2月19日
 

 人々を結ぶ学会の運動は
 現代が失う人間性を再生
 ―博士。使命に胸を張れ
      ◇
 広宣流布といっても一対
 一の対話以外にはない―
 戸田先生。さあ友の中へ
      ◇
 第2宮城総県の日。我ら
 の力で福光の春を必ず!
 不屈の前進を世界が賛嘆
      ◇
 昨年の日本へのサイバー
 攻撃、前年比2・4倍と。
 パスワード管理等厳重に
      ◇
 「生活者」の論理を政権で
 訴えられる公明は重要―
 教授。徹して現場の声を

◆社説  「御書根本」の大道を歩む  逆境に屈しない境涯を開くために

 今月26、27日に本年初の「教学の日」を迎える。今回の拝読御書は「佐渡御書」。竜の口の法難後、日蓮大聖人は、御年50歳で佐渡に流された。
 それは「彼の国へ趣く者は死は多く生は稀なり」(御書1052ページ)と記されたように、死罪に等しいものであった。雪が吹き込む廃屋同然の塚原三昧堂で食料にも事欠き、敵対者からは命を狙われた。
 同時に、大難の魔の手は大聖人門下にまで及ぶ。信仰を理由に投獄・追放などの迫害を受ける中で、大聖人に不信や恨みを抱く弟子も続出したのだ。
 “なんとしても弟子を退転させてなるものか!”――弾圧におびえる門下に対し、難に勝ちゆく覚悟の信心を訴えられたのが佐渡御書である。
 大難に臨んで、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し」(同957ページ)と――。“どんな難があろうとも、信心を貫き通していけば、必ず仏の境涯を開くことができる”との御本仏の大確信は、700年以上の時を超えて、私たちの胸に迫ってくる。
 東京・足立区のある壮年は、16歳で入会した後に参加した御書講義で大聖人の御金言に触れ、“求めていたのはこれだ”と感動を禁じ得なかった。
 以来55年、一貫して信心に励む中、経済苦と病苦に直面しても、“全て御聖訓の通り”と確信して、一切の苦境を乗り越えてきた。今も日々の御書拝読を欠かさない。御書を全編拝読するたびに、鮮やかな感動が胸中に広がる、と語る。
 信心とは、人生の波浪に遭わない生き方を志向することではない。むしろ、人生において苦難は必定であり、“難を乗り越える”ための信心である。
 池田先生は「真の宗教の力は、逆境の時に、より強く発揮されるものです」と述べられている。
 正しい仏法の哲理を学ぶことで、より深い「信」に立つことができ、正しい道を突き進むことができる。「行学の二道」の積み重ねによって、逆境に屈しない境涯を築いていくことができるのだ。
 大聖人は「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ」(同961ページ)等、同志が共に御書を学ぶよう勧められている。私たちの御書講義は、この通りの学びの場である。
 さあ、御書根本の前進を! 一日に、一節でも、一行でもいい。日々、御書を拝する工夫と挑戦を重ねていきたい。地道な研さんこそ、人生を開く大道に通じることを確信して――。

◆きょうの発心  師の期待に応え、拡大に走る 2017年2月19日

御文
 よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず(華果成就御書、900ページ・編1098ページ)
通解 よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれている。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできない。

 よい弟子を持つかどうかで師弟の仏果が決まると、師弟不二を貫く大切さを教えられています。
 
 1960年(昭和35年)、祖母の折伏で母と共に入会。その後、両親は離婚し、3歳の時から祖母に育てられた私は、自身の境遇に悩み続けました。そんな時、この御文に出合い、“嘆き苦しむ自分から、池田先生の期待に応えられる自分に変わろう”と決意。結婚後、4人の子どもに恵まれ悪戦苦闘の日々でしたが、ブロック担当員、地区担当員(共に当時)と懸命に学会活動に励みました。
 88年(同63年)、先生から思いもかけず、夫婦で激励を受けました。わが家は折伏で恩返ししようと決め、今日までに家族で98世帯の弘教を実らせることができました。子ども夫婦と9人の孫も、皆が使命の場で活躍しています。
 昨年4月2日、先生が品川文化会館を訪問してくださいました。この喜びと感謝を胸に、生涯使命の道を朗らかに勝ち進んでまいります。  東京・品川総区副婦人部長 山路美智子

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 “不安社会”の中で2
 心を開ける友がいて 「生きる力」高め合う

多様性輝くベルギーSGI(創価学会インタナショナル)の青年部(右端がファビオ・ガットビージョさん。昨年10月、首都ブリュッセルで)
多様性輝くベルギーSGI(創価学会インタナショナル)の青年部(右端がファビオ・ガットビージョさん。昨年10月、首都ブリュッセルで)

 現代社会が直面する課題に向き合い、創価の思想・哲学の価値について考える「グローバルウオッチ」。今回の「“不安社会”の中で②」では、数年に及ぶ引きこもりを乗り越え、社会復帰を果たした2人の男子部員を紹介する。(記事=小野顕一)

 10年前、24歳の田中秀明さんは面食らった。
 大阪で同居する両親から、唐突に「メキシコに渡って一家で日本料理店を開く」と告げられたからだ。
 その5年前に父の会社が破綻し、多額の借金を抱えていた。田中さんは、大学をわずか2カ月で中退。職を転々としながら返済を支えたが、利息分の支払いがやっとだった。
 そんな田中さんのことを気に掛け、心配してくれたのが、兵庫に住む中学時代の親友だった。交通費を出して田中さんを自宅に招き、励ましてくれた。
 2007年秋、メキシコでの生活が始まったが、折から発生した誘拐事件の影響で夜間は外出が制限され、店と自宅を往復するばかり。仕事を終えて部屋に戻ると、兵庫の親友とオンラインゲームに明け暮れた。
 チャット(文字での雑談)するうちに、田中さんは、親友が家に引きこもっていることを知った。“日本に戻ったら、何かで彼の力になりたい。NPOに入り、そうした境遇の人に尽くしたい”。漠然としたイメージだが、将来の目標が見えた。
 料理店は幸い大繁盛。3年がたつころには、借金返済のめども付いた。田中さんは両親に自分の夢を伝え、一人、日本へ。親友と再会を喜び、その後、神奈川で介護施設に就職した。
 利用者への対応に忙殺されていたある日、親友から電話があった。「本音が言える場所って、パソコンだけやんな……」
 田中さんは「そんなことないよ」「また遊ぼう」と電話を切った。
 その1週間後、親友は自ら死を選んだ。携帯の発信履歴の最後に、田中さんの名があった。
 その日を境に、田中さんは眠れなくなった。仕事でもミスを連発。“自分は駄目な人間なんや”――途端に人が怖くなり、仕事を辞めた。同じころ、感染症の影響からメキシコの店をたたむことに。日本で家族そろって暮らすことになった。
 “将来なんて考えられるわけない。親友すら救えんかった”とふさぎ込む田中さんに、母は「また一から頑張ろう」。久々の家族のぬくもりが身にしみた。
 一家は三重県鳥羽市に居を移す。父がパーキンソン病を患い、田中さんは介護を引き受けた。「いっそ自分も……」と考えたが、家族にさらなる苦しみを味わわせるわけにはいかないと思いとどまった。
 家に引きこもるようになって3年余りがたった2013年。母から学会の教学試験の受験を勧められた。家に仏壇はあったが、信仰には無自覚だった。
 31歳になっていた。田中さんは、何かが変わるならと受験を承諾した。マスクで顔を隠して勉強会へ。“終わったらすぐ帰ろう”。そう思った矢先、声を掛けてきたのが藤原淳さん(当時、男子部副本部長)だった。
 田中さんのゲーム好きを知ってか知らずか、「RPG(ロールプレイングゲーム)に例えるとね、俗衆増上慢が雑魚で、道門増上慢が中ボスで、僭聖増上慢が最後のボスなんだ」。
 思わず田中さんの頬が緩む。「真剣に教えてくれるかと思ったら、雑談ばかりで笑かしてくれて」――心から笑えたのは、親友を亡くして以来だった。
 藤原さんは、連日のように田中さんのもとへ。勉強が一段落すると、ドライブや食事に繰り出した。時には自宅に呼んで手料理を振る舞った。
 教学試験の合格の報が届くころには、勤行・唱題が田中さんの大切な日課となっていた。
 “以前は、自分も藤原さんのように、誰かに尽くせる人になりたいと思っていたはずだ”
 亡き友の分まで生きるという思いが、祈りとなってあふれた。
 田中さんは昨年4月にリサイクル企業に就職。今、男子部部長として友の励ましに駆ける。

自他不二の哲学

 藤原さんは、なぜ田中さんに寄り添い続けたのだろう。
 「むしろ、救われたのは僕の方だったんです」
 田中さんに会う前、藤原さんは仕事などに行き詰まりを感じていた。ところが、“変わりたい”と純粋に信心に励む田中さんに接するうちに気力が湧いたという。「とにかく一緒にいて楽しかった。彼に会ってなかったら、今の自分はありません」
 そうほほ笑む藤原さんの笑顔に、法華経の不軽品に説かれる「自他不二」の哲学を思った。
 本来、自己と他者の生命は一体不二であり、人に尽くすことで自らの希望も開かれる。
 自他不二の視点で見れば、他者は自分を映す鏡ともいえる。人も自分も同じく悩みを持っていると思えるから、関わらずにはいられない。その関わりの中で自他共に生きる力を得る。
 そうした励ましの軌跡が、世界各地でつづられている。
自分を取り戻す
 ベルギーの首都ブリュッセルに暮らすファビオ・ガットビージョさん(男子部班長)は、イタリア・ローマ出身。幼い時に暴行を受け、トラウマ(心的外傷)に苦しんできた。
 洋服店経営を志していたが、大学で専攻していた学科が突然の閉鎖。そのまま退学となり、引きこもり状態となった。
 日本で引きこもりは100万人を超えるともいわれるが、世界的にも広がっており、欧州でもイタリアやフランスなどで社会問題化している。
 陽気で社交的なイメージがあるイタリア人からは想像しにくいが、日本語の「HIKIKOMORI」が新聞やサイトの見出しになることもある。
 「何のために生きるのか。目標を見つけられない自分にいらだっていました」とガットビージョさん。3年間、来る日も来る日も自分を責め続けた。
 そんなある日、SGIメンバーから座談会に誘われる。
 人と会うのが嫌だったガットビージョさんだが、温かな歓迎を受け、まるで家族に会えたかのような気持ちを覚えた。さらに、青年の体験発表に驚いた。
 自分の経験と似た状況から立ち直った内容だった。
 「自殺未遂を乗り越え、信心で自分を取り戻した体験でした。人の顔色をうかがわなくていいと知り、希望を感じました」
 唱題に励むと、不思議と笑顔が出るようになり、友人もできた。その後、SGIの一員に。
 ある集いの折、トラウマと必死に向き合っていることを話すと、同志は「勇気をくれてありがとう」と、口々に感謝を語ってくれた。何の価値もないと思っていた人生が、誰かに希望を送れるものに変わっていった。
 ガットビージョさんは運転手の仕事に就き、一昨年にブリュッセルへやって来た。
 多様な国籍の人が暮らす同都市では、人々が向き合う悩みもさまざま。昨年3月には、空港と駅が同時テロに襲われた。心の空虚さや無力感から、将来を悲観する若者も少なくない。
 ガットビージョさんの体験はそうした人にも、前を向く力を与えている。「彼に元気をもらった」という声を複数聞いた。

孤独にしない

 池田先生は「自他不二」について語っている。
 「『孤独』になってはいけない。人を『孤独』にしてもいけない。悩みに寄りそって、その苦しい『心音』に耳をかたむけてあげなければ。そうすることによって、じつは自分自身が癒されていく」
 「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく。人の生命を拡大してあげた分だけ、自分の生命も拡大する。これが菩薩道の妙です。『利他』と『自利』の一致です」――と。
 学会は“誰も置き去りにしない世界”。なぜなら、不安の中で閉じこもるその人もまた、見いだした希望を胸に、やがて誰かの心を開く存在となることを信じているから。
 この生命の触発の連続が、創価(価値創造)の生き方の実像であろう。
 感想・意見をお寄せください メール:g-w@seikyo-np.jp ファクス:03-5360-9613

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誓いの天地〉 東京・荒川区

             
東京23区で唯一の区営遊園地「あらかわ遊園」の前で、男女青年部が広布拡大を誓って
東京23区で唯一の区営遊園地「あらかわ遊園」の前で、男女青年部が広布拡大を誓って

 唯一の都電・荒川線。活気あふれる商店街や繊維街。荒川は、JRや地下鉄、京成線も通る、交通至便の地である。
 近年、高層マンションが建設され、転入者も増えているが、人情味あふれる気風は変わらない。
 とりわけ壮年部・婦人部の“荒川愛”は人一倍。町内会や自治会の役員を買って出る。青年部も、行事や祭りで運営を担う。祭りの際には、荒川文化会館が「休憩所」として活用される。
 山本幸一さん(男子部部長)も近隣に尽くす青年の一人だ。
 毎年、団地の餅つき大会には、地域の男子部十数人で参加する。「自治会長から“いつも頼りにしてるよ!”と声を掛けられるんです。何でもやらせてもらおうと思っています」
 すっかり地域の“顔”になった山本さんだが、実は宮崎県出身。荒川に来たのは5年前だ。プロのカメラマンを目指し、アシスタントに転職した頃だった。
 だが現実は甘くなかった。午前6時から深夜まで働き続ける日々。4カ月で心も体も悲鳴を上げた。
 仕事を辞め、引きこもった。そんな時、何度も来て、励ましてくれたのが男子部の部長だった。「よく一緒に題目をあげてくれました。長いなって思ったこともありましたけど(笑い)」。地区の同志も祈ってくれた。
 徐々に自分と向き合えるようになった山本さんは、職業訓練校に通い、印刷会社に再就職。その後、友人に弘教も実らせた。
 2013年、部長に。日々、部員の激励に走る。
 「“荒川家族”から師弟直結の信心を学びました。地域や支部の皆さんに喜ばれる男子部に。それが恩返しと思っています」
                                                                      ◇ 
 子育て支援に力を入れる荒川区。「共働き子育てしやすい街ランキング」でも第1位になった(2015年、日本経済新聞社等による「自治体の子育て支援制度に関する調査」)。街行く人にも親子連れが多い。
 日暮里・舎人ライナーの「赤土小学校前」駅を降りて徒歩3分。尾久橋通りから路地へ入ると、白壁のカフェが現れる。「cafe OGU1(カフェ オグイチ)」。“給食が食べられるカフェ”として今、人気を呼んでいる。
 店長の小林早希さん(女子部副本部長)。給食調理員として9年間、都内や埼玉県の小学校で働いた。“おいしくて栄養も抜群の学校給食を、地域の人にも食べてもらいたい”――昨年5月、調理員を辞め、思い切って店をオープンした。「手頃な値段で、子どもにも安心して食べさせられる」「味付けも工夫されていて、おいしかった」と評判は上々だ。
 小学6年で鼓笛隊に入隊し薫陶を受けた。学会活動にも率先し、これまで3人の友に弘教を。女子部の部長時代には、「多くの時間を共にすること」を心掛け、新しい人材が多く立ち上がった。
 朝の早い仕事。開店してからは目の回るような忙しさだが、“会合の最後の数分だけでも、1軒の訪問激励だけでも”と時間をこじ開け、学会活動に挑戦する。
 「最近、お客さんから『ここは私にとって、なくてはならない場所なのよ』と言われたんです」と小林さん。今日も朗らかな笑顔でカウンターに立つ。
 池田先生が“近隣友好の模範”とたたえた荒川。その心は青年たちに受け継がれている。

栄光の共戦譜


 荒川では2・20「区の日」を記念するブロック座談会が、にぎやかに行われている。
 「区の日」の淵源は1972年(昭和47年)2月20日。隅田川のほとりの台東体育館(当時)に、4200人の同志が集い、池田先生との記念撮影が行われた。
 この師弟の誓いから、荒川広布の新たな前進が始まった。
 当時、小学5年だった名嘉典子さん(荒川牧口区、婦人部本部長)も参加者の一人。“今日のこの写真を引き伸ばして、会館に飾ろう”との先生の言葉が耳に残っている。その言葉通り、写真は旧・尾久会館に長く展示された。「写真を見るたびに、あの日を思い出し、決意を新たにしました」と振り返る。
 区女子部長、区総合女子部長を務めた後、結婚。生まれた長男・正夫さんは軽い知的障がいがあった。さらに次男の秀夫さんが3歳の時に川崎病を発症。医師からは後遺症が残ると告げられた。
 子どもたちのためにも自分がしっかりしなければと思いつつ、時に不安で押しつぶされそうになる。名嘉さんは赤裸々な思いを手紙につづり、池田先生に届けた。
 数日後、先生から、万感こもる励ましの伝言が。“先生が祈ってくださっている。先生と一緒に病魔と闘うんだ”。胸に希望がよみがえった。治療も奏功し、秀夫さんは、見る見るうちに回復。後遺症もなく退院できた。その後、夫・充夫さん(同、副区長)の病などの苦難も、師との誓いを胸に、題目第一で乗り越えてきた。
 幼稚園の“ママ友”と立ち上げたコーラス部も15年目。園の行事や地域の文化祭などで歌声を響かせ、好評を博してきた。
 現在、子育てを支援するボランティアや、小学校での読み聞かせにも携わる名嘉さん。信頼と友情の輪を大きく広げる日々である。
                                                                           ◇ 
 15回に分けて行われた記念撮影。終了後、荒川の友が合唱や日本舞踊などを次々と披露した。参加者と一緒に手拍子を打ちながら、友の演技をたたえる池田先生。
 「皆さん方とは、久遠元初以来の兄弟であり、家族なのだから、気軽に対話しようね。きょうはとってもうれしかった」
 「どうか、どこよりも明るく、信心即生活の功徳の実証に満ちあふれ、力強い団結で荒川の繁栄を目指していってほしい」
 この時、女子部の代表として日本舞踊に出演した熊木美夜子さん(荒川池田区、区副婦人部長)。
 高校3年の時、一家が厳しい経済苦に。進学を断念し、就職した。記念撮影会に参加したのは、そんな苦闘の時。先生の話を聞きながら、“功徳の実証”で必ず応えようと誓った。
 25歳で結婚し、夫の良一さん(同、副支部長)とメッキ工場を経営。先代から残る負債も、広布の最前線で活動に励みつつ完済。従業員にも恵まれ、業績は順調だ。
 自宅は広布の会場に提供。地道に友情を広げ、近隣住民の多くが学会の深い理解者となっている。「生涯、学会、先生と共に。後継を育てながら、報恩の道を進みます」
                                                                                 ◇ 
 83年(同58年)2月10日、荒川文化会館で行われた「区の日」記念の幹部会。出席した池田先生は語った。
 「庶民のなかの一番の庶民が荒川の皆さんです。だから私は世界のどこにも言っていませんけど、荒川は私を守ってください」
 現在も、荒川の全同志が生命に刻んでいる言葉だ。
 学会は庶民の団体である。先生はあらゆる難を一身に受けながら、庶民を守り、庶民の幸福のために戦ってきた。
 幹部会に参加していた金子広充さん(荒川戸田区、副総区長)。
 「“先生をお守りすること。それは師弟の道に徹することだ”と強く思いました」
 72年の記念撮影が信心の原点。高校卒業を間近に控えていたが、将来の希望が見いだせなかった。しかし、先生の慈愛の振る舞いに触れ、「生涯、先生の弟子として生き抜こう」と決めた。
 以来、学会活動に全力。区の男子部長等を歴任し、先生とたくさんの出会いを刻んだ。「信心は観念じゃないよ。実践の中に真髄がある」との激励は忘れられない。
 建築・不動産の会社を経営する金子さん。バブル崩壊のあおりを受け、苦境に陥ったこともあったが、信心根本に活路を開いてきた。
 「仕事がどんなに忙しくても、広布の第一線から引かず、戦い抜いてきたことが人生の宝。誉れの弟子の道を歩み抜きます」
 今、「人材の城 荒川大勝利月間」を驀進する荒川の友。
 池田先生は呼び掛けた。
 「荒川から、新しい広宣流布の『聖火』を赤々と炎上させていただきたい。『東京の前進は荒川から』を合言葉に!」
 師匠の期待を胸に、友は「常勝不敗の荒川」の新時代を開きゆく。

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 自動車メカニックからフローリスト&ガーデナーに 松村千春さん 


 神奈川県鎌倉市で造園会社を営む家庭に育った松村千春が選んだ仕事は、自動車メカニックだった。フェラーリやランボルギーニといった外車のカッコよさに憧れた。

2017年2月18日 (土)

2017年2月18日(土)の聖教

2017年2月18日(土)の聖教

◆わが友に贈る


今日の課題に勝て!
今日の自分に勝て!
この信心即生活の
たゆみなき挑戦の中に
偉大な未来は築かれる!

◆名字の言


  きょうは二十四節気の一つである「雨水」。空から降るものが雨に変わり、雪や氷が解け始める時季とされる▼今年、大雪に見舞われた友が語っていた。「雪の解け始める頃に一番、日差しのありがたさを感じます」。どんなにかたく冷たい雪も、太陽の光が解かし、躍動の春をもたらす▼群馬の山間地で育った婦人部員。小学6年の時、骨肉腫を発症した。入院先では一緒に遊んでいた同じ病気の友達が、突然亡くなる日常。自身も骨を切る手術や抗がん剤治療で脱毛・発熱・吐き気に苦しんだ。生きる希望を奪われそうだった▼ある日、池田先生から真心の伝言が届いた。自分のことを祈り、見守ってくれる師匠がいる――凍えていた心が温かくなった。院内学級の担任の励ましも心の支えになった。治療に前向きに取り組み、無事退院。その後、創価大学へ進み教師を志す。「院内学級の先生が創大出身でした。池田先生の“あなたが自分で自分を見捨てても、私は見捨てない”という言葉を胸に子どもたちを励ましていたと聞き、私もそんな教師になりたいと思いました」。現在、発達障がい児の教育に情熱を注ぐ▼厳しい嵐の時も雲上には太陽が輝き、やがて大地に慈愛の光を注ぐ。そんな太陽のような人のいる人生は幸福である。(江)

◆〈寸鉄〉 2017年2月18日

 新・人間革命の連載、6千
 回に。師の激闘に深謝。正
 義の言論戦に青年よ続け
      ◇
 「九州壮年部の日」。先駆
 の天地に輝く不滅の人材
 城。拡大の最高峰に挑め
      ◇
 御聖訓「蓮華とは因果の
 二法なり是又因果一体な
 り」。決めて祈れば道開く
      ◇
 歯磨き中の子供の喉突き
 事故が多発。3歳以下が
 突出。親は目を離さずに
      ◇
 がん10年生存率が改善。
 幸齢社会へ“生き方”問わ
 れる時代。充実の日々を

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   四十 2017年2月18日
 法悟空 内田健一郎 画 (6000)
 

 山本伸一の会長辞任は、あまりにも突然の発表であり、県長会参加者は戸惑いを隠せなかった。皆、“山本先生は宗門の学会攻撃を収めるために、一切の責任を背負って辞任された”と思った。だから、十条潔から“勇退”と聞かされても、納得しかねるのだ。
 宗門との問題が、会長辞任の引き金になったことは紛れもない事実である。しかし、伸一には、未来への布石のためという強い思いがあった。
 十条の額には汗が滲んでいた。彼は、皆の表情から、まだ釈然としていないことを感じ取ると、一段と大きな声で、「山本先生は、ご自身が勇退される理由について、次のように語っておられます」と言い、伸一の話を記したメモを読み上げた。
 「第一の理由――十九年という長い会長在任期間のため、体の限界も感じている。したがって学会の恒久的な安定を考え、まだ自分が健康でいる間にバトンタッチしたい。牧口・戸田門下生も重鎮としており、青年の人材も陸続と育っている今こそ好機である。
 第二の理由――一九七〇年(昭和四十五年)以来の懸案としてきた、社会と時代の要請に応える学会の制度・機構の改革も着々と具体化した。それを踏まえた会則も、このほど制定される運びとなった。次代へ向け、協議し合って進みゆく体制も整った。会の運営を安心して託せる展望ができた。
 第三の理由――近年、仏法を基調とした平和と文化・教育の推進に力を注いできた。この活動は、今後、日本、世界のために、さらに推進し、道を開いていかなくてはならないと感じている。また、一緒に歴史を創り、活躍してくださった全国の功労者宅への訪問や、多くの執筆等も進めていきたい。それには、どうしても時間を必要とする。
 以上が、山本先生の会長勇退の理由です」
 人も、社会も、大自然も、すべては変化する。その変化を、大いなる前進、向上の跳躍台とし、希望の挑戦を開始していく力が信心であり、創価の精神である。

【聖教ニュース】

◆インド・ラダクリシュナン博士と池田先生の対談集 タミル語版の出版発表会
 「非暴力思想を現代に蘇らせた」(翻訳者)

ガンジーの精神を世界へ、未来へ――出版発表会の来賓らが対談集を手に記念のカメラに
ガンジーの精神を世界へ、未来へ――出版発表会の来賓らが対談集を手に記念のカメラに

 非暴力の思想を社会の根底に――インド・ガンジー研究評議会議長を務めるN・ラダクリシュナン博士と池田大作先生の対談集『人道の世紀へ――ガンジーとインドの哲学を語る』のタミル語版が完成した。その出版発表会が7日、南インドのマドゥライ社会科学院で行われ、ラダクリシュナン博士、同学院のラージャ議長、創価池田女子大学のクマナン議長をはじめ、来賓・学生など約500人が出席した。
 「この書籍は、世界にガンジーの思想をとどめゆく、非常に重要な一書になることは間違いありません」
 出版発表会の冒頭、あいさつに立ったマドゥライ社会科学院のラージャ議長が熱を込めて語った。
 対談集『人道の世紀へ――ガンジーとインドの哲学を語る』は、ガンジーの高弟であったG・ラマチャンドランに師事したラダクリシュナン博士と、池田先生が、1986年9月の初会見以来、幾度も重ねてきた対談等を結実させたもの。
 釈尊やアショカ大王の時代から、マハトマ・ガンジーへと受け継がれてきた“非暴力の精神”こそ、現代の諸課題を解決する希望となると洞察し、「対話」の重要性を強調。さらに教育や人権などについて縦横に語り合っている。
 池田先生は対談の中で訴えた。「対話のもたらす相互作用は、さらに社会を変革し、発展させゆく、計り知れない力とエネルギーを生んでいく」と。
 発表会の席上、ラダクリシュナン博士は池田先生との語らいを述懐。「悪を憎むのではなく、善へと転換しゆく変毒為薬の思想が、今、どれほど必要とされていることか。池田博士は、あらゆる分野の変革を自身の心の内に見いだす日蓮仏法の体現者であり、“現代のガンジー”と言っても過言ではありません」と力説した。
 また、タミル語翻訳に携わったP・アーナンディ博士は、「平和を誰よりも希求したガンジーの思想が忘れ去られようとしている昨今、対談を通じて2人の博士が、その哲学を現代に蘇らせました。宗教や民族などの差異を超え、調和に満ちた社会建設には、『対話』が最も重要だということを読者に伝えたい」と述べた。
 これまで中国語や英語、マラヤラム語に翻訳されてきた同対談集。話者人口が7千万人を超えるタミル語版の発刊により、さらに多くの人々に、非暴力の精神を伝える貴重な一書となろう。

【先生のメッセージ・特集記事】   
                        

◆〈小説「新・人間革命」連載6000回特集〉   生命の限り書き続ける
  

 池田先生が「法悟空」のペンネームでつづる小説『新・人間革命』が、本日付の「大山」40で連載6000回を迎えた。第30巻に入った大長編は、人類の未来を開く希望の大叙事詩である。2面では、「『新・人間革命』と私」とのテーマで代表の友の声を紹介。3面では、「『新・人間革命』とその時代」と題し、執筆時の時代状況を振り返りつつ、渾身のペンの闘争をたどる。

「新・人間革命」と私


★主任副会長・総九州長 山本武
 池田先生は、いわゆる“小説家”ではない。『新・人間革命』は、世界広宣流布の指揮を執る中での執筆である。その激闘は、余人の想像を絶する。
 79回を数える九州指導の中でも、激闘の間隙を縫って口述したテープを、東京に送られたことがあった。誰もが後々の随筆で初めて知ったことだ。
 「文章はペンで書くものではなく、命の筆先に血をつけて描く」(川端康成『新文章読本』)と。だが、先生の執筆は、文豪の思惟の範疇を超える。
 卒寿を前にした今日なお続く、『新・人間革命』の執筆。永遠の師匠である牧口先生、戸田先生、池田先生の「創価三代の師弟の真実」を記し残してくださっている。
 広宣流布という未聞の革命。三障四魔、三類の強敵に立ち向かい、尊い地涌の菩薩を守り抜く――その深慮は先生にしか分からない。私たちが心して学ぶべきは、その先生の心にこそあると思う。
 忘れられないのは、1980年(昭和55年)8月10日、2年間にわたって休載を余儀なくされていた『人間革命』の第11巻が開始された日だ。早朝、自宅に届いた新聞を、あの時ほど焦がれる思いで開いたことはない。
 当日の新聞には、題字下に小さく「小説『人間革命』第11巻 きょうから連載」とあるだけだった。しかし、私たちの心には、その活字が何倍にも大きく映った。
 当時、私は大分県にいた。宗門事件の嵐が吹き荒れていた。休載中に、先生が第3代会長を辞任。厚い暗雲に覆われ、広布の視界は闇だった。
 その日から皆で『人間革命』を読み合った。脱会者が出た地区でも、同様だった。
 どこまでも弟子を思う先生の深い心に涙した。やがて反転攻勢の大波が、日本全土を包んでいった。
 広宣流布は、仏と魔との間断なき闘争である。魔の狙いは永遠に一つ。「師弟の分断」である。
 今、「大山」の章を学ぶ中で、先生がどれほどの思いをもって、永遠なる創価の未来を切り開いてこられたかを知り、粛然と襟を正す。
 私たちは『人間革命』『新・人間革命』を何度も何度も読み深め、師の心を常に自らの指標にしていかねばならないと、自らに問うしかない。
 宿命転換の信心の姿勢、目指すべき広布のリーダー像、勝利への指揮の執り方、組織発展の方程式、世界広布の方軌――一切が『人間革命』『新・人間革命』にある。
 「根深ければ枝繁し」。今を生きる私たち一人一人の弟子の生きざまが、その地の師弟の精神の伝統をつくる。先生と共に、総仕上げの時を生きる私たちの使命と責任と福運は、限りなく大きい。
 九州は3年前から「人間革命池田塾」と銘打ち、月ごとに巻を定め、研さんを重ねてきた。これまで『人間革命』全12巻、そして『新・人間革命』は11巻までを学んできた。
 うれしいのは、研さんを通し、新しい人材が目覚ましく成長していることである。  “先生からの金文字の手紙”を、人生と広布の現場で戦いながら学び、師の精神を鑑に、自らの人間革命に挑戦することを誓うのみである。
 「石に金をかへ糞に米をかうる」(御書910ページ)との思いで――。

★第2総東京婦人部長 橋口美雪

 『新・人間革命』連載6000回の大偉業に、尽きせぬ感謝の思いでいっぱいです。池田先生は人知れず、構想を練られ、1993年(平成5年)8月6日に長野の地で執筆を開始されました。その「時」「場所」は、先生の深いお考えのもとにあり、戸田先生を常に胸中に抱かれながらの闘争であったことに心が震えます。
 また、この年は、八王子市に東京牧口記念会館が完成した年でもありました。先生は、同会館を“本陣”として各国の要人らとの対話を展開されるなど、世界広布の指揮を執られ、その大激闘の中で『新・人間革命』を執筆くださっていたことは、第2総東京の誇りです。
 第28巻「広宣譜」の章では78年(昭和53年)、山本伸一が各部や方面・県などに、次々に学会歌を作る場面が描かれています。
 その頃、私は創価女子高校(現・関西創価高校)の1年生でした。新たな歌の譜面が聖教新聞に掲載されるたびに、うれしくて全国から集った高等部の仲間と歌いました。
 当時、学会を取り巻く状況など知る由もなく、あらためて、一つ一つの歌に込められた先生の万感の思いに胸が熱くなりました。
 「大道」の章では、東京の歌「ああ感激の同志あり」の意義をつづってくださっています。東京への期待に触れ、日々「感激」の命で前進を誓いました。
 そして現在、連載中の「大山」の章。79年(同54年)、先生がどれほど命を削り、学会を守り、同志を守り、今日の世界広布の大潮流を起こしてこられたことか。当時、先生は立川文化会館を反転攻勢の闘争の舞台とされ、壮絶な攻防戦の真っただ中にありながら、会館を訪れた同志を直接、激励してくださいました。その日々は、弟子として申し訳なくも、宝の歴史です。
 第2総東京婦人部・女子部では15年ほど前から『新・人間革命』を学び合う「コスモス平和大学校」を開講しています。
 受講生はのべ15万人を数え、そのうち1割以上が友人です。今や地域に根付いた運動として広く親しまれています。友人からは、次のような感想が寄せられています。
 「小説のタイトルの通り、より良い人生を生きるための教科書、手引きです」「小説を読む中で、学会の真実の歴史を知り、たくさんの方の苦労や努力によって今日の学会が築き上げられたことに驚きを隠せません」「コスモス平和大学校は、人間革命号という大型客船に乗って、時間を超え、哲学・真理・人生を学ぶ世界旅のようです」
 社会に希望の光を送り、世界を分断から調和へと導くメッセージ、励ましの力で一人の友が蘇生しゆく宿命転換のドラマ、そして私たちが幸せになるために「どう生きるべきか」を示す指針――先生が『新・人間革命』でつづられる言々句々が会員のみならず、どれほど、多くの読者の心を照らしているか計り知れません。
 私自身、学会の永遠性を確立する今この時に『新・人間革命』を真剣に学び、“先生なら、どうされるか”と常に師と対話する思いで、弟子の道を貫き、“東京凱歌の年”を勝ち開いていきます。

★インド男子部長 ゴーラブ・サブー 

 19歳の私は、貧困や不平等を解決する道を探し求めていました。
 ある時、大学の友人が持つ本が目に入りました。タイトルは『人間革命』。「読ませてほしい」と言うと、彼は「これはメンバーのためのものだ」と。
 インド創価学会(BSG)に入会し、私の新たな人生が始まりました。小説『人間革命』を初めて開いた日、本を閉じることができずに朝を迎えたことを覚えています。バスや電車でも、食事の時さえも手放さず、一気に読みました。  “一人の人間における偉大な人間革命は、全人類の宿命の転換をも可能にする”――この哲学を知り、私の疑問は晴れました。
 以来、15年がたちます。『人間革命』を学び抜き、“池田大学”の一員として人生の確信をつかんだことが、私の最大の誇りです。
 『新・人間革命』第3巻には、1961年2月、池田先生がインドのブッダガヤで“出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ”と願われた場面が描かれています。私たちBSGにとって「山本伸一」は、広布の全責任を担い立つことを意味します。
 最も重要なのは、伸一が常に師を心にとどめ、師に喜びをもたらし、師の期待に応えようとすることです。今日、BSG青年部は、「私は山本伸一だ!」と皆が誇らしく宣言します。これが、私たちの先生への誓いです。
 2015年、私は『人間革命』第11巻「大阪」の章を根本に戦いを起こしました。その結果、55人の地区の座談会に、111人の友人が参加。それが波動となって、多くの地区が座談会に100人以上の友人を誘うことができました。
 BSGは同年8月に10万の連帯を実現し、「11・18」には11万1111人に拡大。そして昨年、二月闘争を研さんする中で、15万5000人の地涌のスクラムを築くことができたのです。
 池田先生は89歳の今も、執筆を通し、一人一人に手を差し伸べてくださっています。先生のお心を知るには、『人間革命』を学ぶ以外にありません。
 毎週、地区ごとに研さんの集いを実施。携帯やタブレットで『人間革命』を学ぶ青年部も多くいます。『人間革命』を持ち歩くことが、先生と一緒にいるということなのです。
 『新・人間革命』第5巻「勝利」の章に、「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」とあります。師の構想を実現された先生のごとく、本年、BSG青年部は「10万の青年の連帯」という金字塔を打ち立てます。

〈小説「新・人間革命」連載6000回特集〉
 「新・人間革命」とその時代
   
13言語に翻訳された『新・人間革命』の一部。無限の「生命の力」の開拓が、世界を「平和の世紀」へと転じゆく――人間革命の哲学を、世界の民衆が学ぶ
13言語に翻訳された『新・人間革命』の一部。無限の「生命の力」の開拓が、世界を「平和の世紀」へと転じゆく――人間革命の哲学を、世界の民衆が学ぶ

 「真実の師弟の道を示し、人類の幸福と平和のために、広宣流布の流れを永遠ならしめたい。
 そして、その原動力たる創価学会を恒久化する方程式を明確に残さんと、今日も私はペンを執り続けている」
 池田先生は、日々、『新・人間革命』をつづる真情をそう語ったことがある。
 1993年(平成5年)8月6日、「広島原爆の日」に、恩師との思い出深き長野の地で執筆は始まった。同日、会見していたのがインド・ガンジー記念館のラダクリシュナン館長(当時)である。
 この時、池田先生は65歳。連載に当たって、「はじめに」で、こう述べている。
 「完結までに三十巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となるにちがいない」。そして、「まだまだ若い」と。
 同年11月18日に新聞連載が開始され、短期の休載を除いて、足かけ25年にわたってペンの闘争は続く。
 池田先生は記した。
 「できることなら、全同志の皆さま、お一人お一人にあてて、感謝と励ましの手紙を差し上げたい。しかし、身は一つである。そこで、毎日、手紙をつづる思いで、小説『新・人間革命』の執筆に取り組んでいる」
 真実の師弟の道を永遠に刻み残すとともに、同時代を生きる庶民に、平和と人生勝利の指針を贈る。
 そこに、新聞連載の意義があろう。

1993年8月6日に執筆開始

★混沌とする冷戦後の世界へ 仏法ヒューマニズムの光を送る

 
 『新・人間革命』第1巻は、60年(昭和35年)10月2日、山本伸一が初の海外歴訪に旅立つ情景から始まる。
 「はじめに」には、こうある。
 「日蓮大聖人の仏法のヒューマニズムの光をもって世界を包み、新たなる人類の歴史を開く創価ルネサンスの民衆の凱歌の姿を描くことになる」
 執筆が開始された93年は、宗門の鉄鎖を断った「魂の独立」から2年。同志は、新たな世界広布の道標を求めていた。
 冷戦後の当時は、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の和平協定(93年9月)、欧州連合の発足(同年11月)などの平和と統合への動きと、ボスニア紛争、ルワンダ虐殺などの戦乱と分断の動きが相半ばしていた。新たな時代哲学への渇仰は、人類全体もまた同じであった。
 池田先生は、執筆開始の翌9月に訪米し、ハーバード大学で「21世紀文明と大乗仏教」と題し、2度目の講演を行ってもいる。
 世界を縦横に巡り、指導者、識者と文明間の対話を繰り広げつつ、『新・人間革命』のペンを握り、世界平和の基をなす、仏教の慈悲と寛容の哲学を発信していくのである。

2001年 対話こそ人間結合の力

★9月11日 米同時多発テロ
★10月11日から文明間対話を描く(第12巻)

 
 2001年(平成13年)9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が起こった時、『新・人間革命』は、第12巻「天舞」の章を連載中であった。
 暴力の連鎖に懸念が強まる中、同章では、10月11日付から、欧州統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵との文明間対話(1967年〈昭和42年〉)を描いていった。
 「対話には、人間と人間を結び合う、結合の力がある」「人間の幸福、救済をめざす思想、宗教には、本来、人間を尊重するという共通項があります。それがある限り、必ず通じ合い、共感し合うはずであり、相互理解は可能であると思います」
 「現代社会の不幸の元凶は、人間生命が尊厳なる存在であるという、本源的な考えが欠如していることだ」
 アメリカSGIのストラウス理事長は語る。「先生は同じ第12巻(『新緑』の章)で、ニューヨーク訪問の模様を紹介してくださっていました。私たちはあの惨事の後、日々、小説の一節一節を読み返しながら、新たな平和と広布の建設へ進んでいったのです」
 同国SGIでは現在、壮年部や婦人部の人材グループ等で、小説を学び合っている。
2011年 新生の春を告げよう!

★3月11日 東日本大震災
★9月1日から「福光」の章(第25巻)

 
 「春を告げよう! 新生の春を告げよう!」――2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災から半年。第25巻「福光」の章は9月1日付から始まった。
 「冒頭の詩の一節が目に飛び込んだ時、身震いするほどの感動を覚えました」と盛島東北長が語る。「復興の指標として、心のど真ん中に据えたのが『福光』の章です」
 津波で4人の子を失った宮城・女川町の婦人部の友は、「福光」の章から、小説をノートに書き写し続けた。すると「心に少しずつ光が差し込んだ」。
 写し続ける中、ある言葉に出あう。「生きて信心に励める人には、他界した法友の志を受け継ぎ、戦う使命がある。それが故人への最高の回向となるのだ」(第26巻「厚田」の章)。題目で子らとつながっていることを確信できたという。
 福島では冒頭の詩の暗唱運動が青年部を中心に始まり、この詩とともに、苦難を越えてきた。福島文化会館には、詩の銘板がある。
 また同県の壮年部「正義大学校」、婦人部・女子部「うつくしま人間革命大学校」、青森の壮年部「勇将会」、婦人部・女子部「人材の森大学校」など、東北各地に小説研さんの波が広がる。

新聞連載回数で日本一

★「人間革命」と合わせ7509回

  
 小説『新・人間革命』は日本の新聞小説史上、最多の連載回数を更新し続けている。2011年11月3日付で連載は4726回となり、山岡荘八氏の『徳川家康』の4725回(余話も含む)を超え、日本一に。
 連載は、1509回にわたる小説『人間革命』と合わせると、きょうで7509回になる。
 『新・人間革命』第1巻の「あとがき」に池田先生はつづっている。「生命の続く限り、私は書き続ける。正しい仏法とは何か。正しい人生とは何か。そして、何が歴史の『真実』か。人間にとって『正義』の戦いとは何かを。そこに、人類の未来を開く、一筋の道があるからだ」

23カ国地域・13言語で出版

★世界が学ぶ 幸福への指針

 
 小説『新・人間革命』は、各国語に翻訳、出版されている。
 初の外国語版は1995年(平成7年)1月、アメリカで発刊された、第1巻の英語版である。以来、スペイン語、デンマーク語、韓国語、インドネシア語、イタリア語など13言語、23カ国・地域で出版。本年1月15日には、同書の中国語版(繁体字)第27巻が新たに発刊された。
 「『真実』を明確に書き残すことが、未来の人びとの明鏡となる。真実は、語らなければ残らない」。この思いで池田先生がつづる同書は、世界の友に幸福への指針を贈り、世界広布の方途を示し続けている。

朗読ラジオ番組は12年間

★励ましの声は電波に乗って

 
 小説『新・人間革命』は、朗読ラジオ番組として、2003年(平成15年)4月から15年(同27年)3月まで、文化放送をキー局に、全国ネットで3123回にわたって放送された。
 朗読を担当したのは、声優の小野田英一さんと沢田敏子さん。「歴史に残る最高の朗読番組を」との思いを込めた声に、多くの反響が寄せられてきた。
 なお、ラジオ放送とは異なるが、聖教新聞社の公式ホームページ「SEIKYO
online(セイキョウオンライン)」では、「音声配信サービス」で『新・人間革命』の音声ファイルをダウンロードして聴くことができる。

◆〈教学〉 2月度「御書講義」の参考 佐渡御書 
御書全集 957ページ7行目~12行目
編年体御書 472ページ3行目~8行目

一切の障魔を打ち破る弟子に!                      
 2月度の「御書講義」では「佐渡御書」を学びます。拝読範囲は「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる~千経・万論を習学すれども時機に相違すれば叶う可らず」(御書全集957ページ7行目~12行目、編年体御書472ページ3行目~8行目)です。ここでは、拝読の参考として、本抄の背景と大意、また、拝読範囲の理解を深める解説を掲載します。

背景


 本抄は、文永9年(1272年)3月、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地の佐渡から門下一同に与えられたお手紙です。
 前年の「竜の口の法難」以降、迫害の手は大聖人だけでなく門下にも及び、弟子たちは投獄・所領没収などに処されました。その中で、「大聖人が法華経の行者であるなら、なぜ大難に遭うのか」等の疑念を抱き、厳しい迫害を恐れて退転する者が続出したのです。
 難に動揺する弟子たちを案じられた大聖人は、文永9年2月、御自身が末法の御本仏であることを示された「開目抄」を門下一同に送っています。
 この2月には「二月騒動(北条一族の内乱)」が起きましたが、これは「立正安国論」で予言された「自界叛逆難」の的中を意味します。「佐渡御書」は、その知らせを受けて著されたものであり、本抄は「開目抄」の趣旨を要約して示された御抄とも拝されます。

大意


 本抄では、人間にとって無上の宝である生命を仏法にささげれば、必ず仏になれると教えられ、その実践は時代によって異なることを示されます。
 中でも、悪王と悪僧が結託して、正法の行者を迫害する末法においては、「師子王の心」で悪と戦い抜く人が必ず仏になる、と述べられています。
 また、自界叛逆難の的中という厳然たる事実から、大聖人こそ日本の人々にとって「主師親の三徳」を具えた存在であり、大聖人を迫害する者が滅亡の報いを受けるのは、法華経の経文に照らして明らかであると断言されています。
 さらに、御自身の法難の意味を洞察され、法難を受けることによって、過去世からの罪業を滅することができるという、宿命転換の原理を示されます。
 そして、大聖人に対する退転者の、愚かな批判を一蹴されるとともに、彼らが念仏者よりも長く無間地獄に堕ちると弟子を厳しく戒められ、本抄を結ばれています。

不惜身命
 一人立つ信心が成仏の要諦

 「佐渡御書」の冒頭部分は、「世間に人の恐るる者は火炎の中と刀剣の影と此身の死するとなるべし」(御書956ページ)との一節から始まっています。死を恐れ、命を惜しむのは、生きる者の常です。だからこそ、かけがえのない自分の命を、人生でどのように使うかが重要になってきます。
 日蓮大聖人は本抄の前段で、法華経薬王品の一節を挙げられ、「この大宇宙に敷き詰められるほど多くの財宝を供養するよりも、手の小指を法華経に供養することには及ばない」と述べられています。すなわち、身命を仏法にささげることが、どれほど素晴らしいことなのかを示されているのです。
 さらに、釈尊の過去世の姿である雪山童子や楽法梵志が、仏法のために大切な自身の身命をささげたことを通して、不惜身命こそが仏道修行を成就させる成仏の肝要であると仰せです。
 ここでいう「不惜身命」とは、決して命を粗末にすることではありません。全生命を懸ける覚悟で真剣に信心に励んでいくことです。
 大聖人は「世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし」(同ページ)と、「世間の浅き事」のために自分の身を滅ぼすのではなく、「大事の仏法」のために身命をささげてこそ、仏になることができると強調されています。
 池田先生は、「私たちにとって『不惜身命』とは、恐れなく南無妙法蓮華経を唱え抜くことであり、世界のため、未来のため、人々のために、懸命に信心の実証を示しきっていくこと」と、つづられています。
 大聖人は「佐渡御書」を通して、所領没収や投獄、追放などの難を恐れる門下たちに、「今こそ成仏のチャンスである」と、不惜身命の覚悟を促されているのです。
師子王の心 「三類の強敵」に敢然と挑む
 本抄の御執筆当時、大聖人を見下す諸宗の僧たちが権力者と結託して、大聖人を亡き者にしようとしました。
 その中にあって大聖人は、法華経に説かれる通りの「三類の強敵」との闘争に敢然と挑み、乗り越えて、末法の御本仏としての御境涯を示されました。
 そのことについて拝読御文では、「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる当世の学者等は畜生の如し智者の弱きをあなづり王法の邪をおそる諛臣と申すは是なり」(御書957ページ)と仰せです。
 「諛臣」とは、こびへつらう臣下の意味です。大聖人は、政治権力を恐れてこびへつらい、また、物事の道理に暗いために「正義」の人を侮る、諸宗の僧や迫害者たちの本質を、「畜生の心」と破折されています。
 大聖人が、どこまでも大切にされたのは「法」でした。本抄では、御自身の不惜身命の実践を支える根本精神について、“正法を惜しむ心が強盛だからである”と仰せです。
 また、拝読御文で「悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして」(同ページ)とあるように、邪悪の勢力は結託して正義の人を弾圧します。大聖人も、平左衛門尉頼綱らの政治権力と極楽寺良観ら悪僧の結託によって、命にも及ぶ迫害を受けましたが、全てを勝ち越えられました。それは「師子王の如くなる心」(同ページ)があったからである、と仰せです。
 「師子王の如くなる心」とは、百獣の王・獅子のように、何ものをも恐れず、どんな状況にも常に全力で挑んでいく「勇気の心」と拝されます。
 悪の結託による迫害の時に、「師子王の心」で立ち上がり、戦い抜く人は必ず仏になると、大聖人は断言されています。
 そして「例せば日蓮が如し」(同ページ)と仰せになり、“師が一切の魔性を打ち破ったように、弟子も「師子王の心」を取り出して、魔を打ち破れ!”“師と同じ心で戦え!”と呼び掛けられているのです。
摂受・折伏 時機に適った実践こそ重要
 拝読御文の最後の部分で大聖人は、「正法は一字・一句なれども時機に叶いぬれば必ず得道なるべし千経・万論を習学すれども時機に相違すれば叶う可らず」(御書957ページ)と仰せです。
 どこまでも時に適った実践こそ成仏の要諦であり、いかに、膨大な経典や書物を読んでも、時に適った実践がなければ成仏はかなわないと教えられています。
 このように本抄では、一貫して「時に適った実践」の重要性が強調されています。
 御文の前段で大聖人は、「仏法は摂受・折伏時によるべし」(同ページ)とも仰せです。「摂受」は、人々の機根に合わせて法を説いていくことであり、「折伏」は、極理の南無妙法蓮華経を説き切っていくことです。
 末法では、折伏こそ時に適った実践です。大聖人は、末法において法華経を流布すれば、釈尊在世よりも激しい怨嫉(=敵対、反発)が起こり、大難が競い起こることを教えられています。
 しかしながら当時、大聖人の門下の中にも、正義ゆえに大難が競い起こることを、受け止められない者がいました。師匠である大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪と、命に及ぶ大難に遭うと、恐れと、師匠への不信を抱くようになっていったのです。
 彼らは、「日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべし」(同961ページ)と言いだしました。
 大聖人はこうした退転の心に覆われた門下を、「蛍火が太陽や月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や川が大河や海を侮り、鵲が鸞鳳を笑うようなものである」(同ページ、通解)と、悠然と見下ろされています。
 創価三代の師弟は、この大聖人の精神を受け継ぎ、広宣流布にまい進。一切の大難を勝ち越え、厳然と正義の旗を打ち立てました。学会は永遠に「折伏の団体」であり、声も惜しまず、自他共の幸福を広げる対話に率先しているのです。                                                       

【信仰体験】

◆〈信仰体験 母ありて〉

 夜が明けきらない山あいの静けさに、雪を踏みしめる音がする。氷点下の厳寒にも、藤井文子さん=西木支部、支部副婦人部長=は手袋をはめないで、聖教新聞を大切に抱える――。


◆〈信仰体験〉
 児童発達支援事業所を開設 
 【札幌市清田区】「○○君の良いところは?」。本村千惠美さん(53)=東平岡支部、地区副婦人部長=の問い掛けに、子どもたちが次々と答える。「絵を描くのが上手」――。
 

2017年2月17日 (金)

2017年2月17日(金)の聖教

2017年2月17日(金)の聖教

◆わが友に贈る


会場提供のご家族に
心からの感謝の言葉を!
時間厳守や節電・節水
近隣への配慮を忘れず
地域の宝城を皆で守れ!

◆名字の言


  作家・吉川英治氏の信条は「生涯一書生」。世間が「大家」ともてはやそうと、謙虚さを失わなかった。さらに氏は言う。「一生一書生である者には、『疲れ』とか『倦む』とかいったことはない。およそ、そうした類の言葉には絶縁である」(『吉川英治全集52』講談社)▼完結した生涯最後の作品は『私本太平記』。この新聞小説の連載開始の前年まで、週刊誌上で7年にわたり『新・平家物語』の筆を執り続けている。大衆の心に響くものを求め、最後まで書き続けた生涯だった▼池田先生の小説『新・人間革命』の連載が、あす「6000回」を迎える。この連載回数は「日本一」の記録を更新し続けている。同志への激励や世界の識者との対話など、激務の合間を縫って重ねた執筆は、400字詰めの原稿用紙で、実に1万枚以上。まさに“大山”を仰ぎ見るような偉業である▼起稿は1993年8月6日、先生が65歳の時。70歳の時には「新聞の連載小説は過酷な作業である。しかし、わが使命なれば力がこもる」とつづった。89歳の今も「日本一」のペンの闘争は続いている▼私たちも「生涯一弟子」として、朗らかに「正しい人生」を求めて歩みたい。師匠が魂魄をとどめる創価の民衆の大叙事詩を学びつつ。(芯)


◆〈寸鉄〉 2017年2月17日

 若き力によってこそ大事
 業は成就する―戸田先生
 世界広布は青年の双肩に
      ◇
 「農漁光部の日」。自然の
 恵みを知る心の長者よ!
 信心一筋に堂々勝ち進め
      ◇
 唱題すれば「我が身の仏
 性もよばれて必ず顕れ給
 ふ」御書。全員に尊き使命
      ◇
 還付金詐欺が増加。「今日
 が返金期限」と言葉巧み
 な手口も。声掛けで撃退
      ◇
 アレルギー週間が開始。
 “国民病”対策、公明の
 実績光る。具体策さらに

◆社説   きょう「農漁光部の日」  “食”育む友の奮闘は広布の黄金史


 2月17日は「農漁光部の日」。1977年(昭和52年)の同日、池田先生を迎えて開催された第1回「農村・団地部勤行集会」が、部の日の淵源だ。席上、先生は「地域広布の先駆けとなっていただきたい」「皆さんの地域を頼みます! 今いるところで、幸せの大城を築いてください」と、友の活躍に万感の期待を寄せた。
 各地の農漁光部メンバーは、この励ましを心に刻み、「わが地域」で模範の実証を示してきた。きょうからは、第21回「農漁村ルネサンス体験主張大会」が「SOKAチャンネルVOD」に配信される(VODが利用できる会館等で3月31日まで視聴可能)。信心根本に仕事に取り組み、困難を乗り越えたドラマは、多くの人の胸を打つことだろう。
 千葉県の女子部本部長は、農園に勤務し、自身が記録した栽培の作業工程が、農園の“マニュアル”として広く使用されるようになった喜びの体験を披露。今、「農ガール」とも呼ばれ、増えつつある農業を志す若い女性へのエールとなろう。
 兵庫県の婦人部員は、結婚後、初めて農業に従事。懸命の努力を重ね、最高峰の酒米・山田錦の産地で今、個人のコメ農家として、市で最も大きい面積を耕作する。地域の農業を守るだけでなく、最高の品質を追求する姿勢に信頼が拡大。次々と地域団体の役職を任されるようになり、多い時は26を数えたという。
 また、鳥取県のメンバーの体験は、JA職員、農学研究者の夫と、看護師を退職してブルーベリー作りを始めた妻との、二人三脚の歩み。多くの来園者でにぎわうまでに、ブルーベリー農園を発展させた充実感と、これからの展望を語っている。
 池田先生は、農漁光部の労苦と奮闘に思いをはせ、心からたたえた。「あの時、流した汗と涙は、広布と人生の黄金の歴史となっています」「皆様は断固として勝ったのです!」  人間の生存の基盤である「食」を育む農漁業は「命の灯」ともいえる営みだ。一方、自然を相手とするゆえに、気候変動や天候の急変に大きな影響を受ける。農漁光部メンバーが語る体験や、今回の主張大会のドラマは、試練に向かい、祈り、工夫を重ねて、勝利の春を勝ち取ってきたものだ。その意味で、農業・漁業従事者に限らず、多くの人にも共感を呼ぶ勝利劇である。
 農漁村ルネサンスの未来を開く友の奮闘に、あらためて最敬礼したい。

◆きょうの発心  “壁を破る”鍵は勇気の心に2017年2月17日

御文
 つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 剣なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経(御本尊)の剣は、信心の強い人が用いてこそ、役に立つ。まさに鬼に金棒である。

 潔い、勇気ある信心にこそ御本尊の功力は現れる、と仰せです。
 大学受験の浪人中、父が突然他界。家計も苦しく、進路に悩みましたが、未来部担当者の励ましにより、再度、受験を決意し、夜間の大学に進学しました。
 栃木から上京し、昼は働き、夕方に通学する生活。自ら選んだ道ですが、どこか悔しさを感じていました。さらに、仕事での行き詰まりや人間関係で悩んでいた時に、大学の先輩からこの御文を教わり、勇気ある信心と強盛な祈りで勝利を開くことを決意。その後、公務員になり、社会で実証を示すことができました。
 学会本部で池田先生にお会いし、大激励をいただいた時の感激は、今も忘れられません。  本年12月は、池田先生が小岩会館に来館されてから40周年。また広宣流布大誓完成5周年の明年は、先生の第1部隊長就任から65周年の佳節を迎えます。師匠有縁の地で、「壁を破れ!」との指針を胸に、勇気の心で全てに勝利してまいります。  東京・江戸川太陽区本部長 生井将夫

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十九 

 


 未来を展望する時、社会も、学会も、ますます多様化していくにちがいない。したがって、山本伸一は、これまで以上に、さまざまな意見を汲み上げ、合議による集団指導体制によって学会を牽引していくべきであると考えていた。もちろん会長はその要となるが、執行部が、しっかりとスクラムを組み、力を合わせ進んでいくことを構想していたのだ。
 また、彼の組織像は、全同志が会長の自覚に立って、互いに団結し合い、活動を推進していくというものであった。
 理事長の十条潔は話を続けた。
 「山本先生は、ご自分でなくとも、会長職が務まるように、制度的にも、さまざまな手を打たれてきたのであります。
 先生は、以前から、私たちに、よく、こう言われておりました。
 『私がいる間はよいが、私がいなくなったら、学会は大変なことになるだろう。だから今のうちに手を打っておきたい。いつまでも私が会長をやるのではなく、近い将来、会長を交代し、次の会長を見守り、育てていかなければならない』
 また、『君たちは、目先のことしか考えないが、私は未来を見すえて、次の手を打っているんだ』とも言われております。
 その先生が、今回、『七つの鐘』の終了という歴史の区切りを見極められ、会長辞任を表明されたのであります」
 この瞬間、誰もが息をのんだ。耳を疑う人もいた。愕然とした顔で十条を見つめる人もいれば、目に涙を浮かべる人もいた。
 十条も万感の思いが込み上げ、胸が詰まったが、自らを励まし、言葉をついだ。
 「先生は、『次の創価学会の安定と継続と発展のために、新しい体制と人事で出発すべきである』と言われ、熟慮の末に会長勇退を決意されたのであります」
 弟子のために道を開くのが師である。そして、その師が開いた道を大きく広げ、延ばしていってこそ、真の弟子なのである。この広布の継承のなかに真実の師弟がある。

【聖教ニュース】

◆日蓮大聖人の御聖誕日を慶祝 
 各地で広布誓う勤行会を厳粛に
 池田先生は創価学会第2別館、原田会長は広宣会館で

原田会長の導師で厳粛に行われた「日蓮大聖人御聖誕の日」慶祝の勤行会。広宣流布の誓願を新たにした(広宣会館で)
原田会長の導師で厳粛に行われた「日蓮大聖人御聖誕の日」慶祝の勤行会。広宣流布の誓願を新たにした(広宣会館で)

 2月16日は「日蓮大聖人御聖誕の日」(1222年=貞応元年)である。
 この日を慶祝する勤行会が16日を中心に、全国の各会館・恩師記念室などで厳粛に営まれた。
 総本部(東京・新宿区)では16日、池田大作先生が、創価学会第2別館で勤行・唱題を行った。御本仏の末法御出現を寿ぎ、全人類を救済しゆく死身弘法の大慈悲の御闘争を偲んだ。また、広宣会館では、首都圏の代表が参加し、勤行会が開催された。
 原田会長は、あらゆる大難を勝ち越え、民衆の幸福のために戦い抜かれた大聖人の崇高な御生涯に言及。その際、「一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(御書1558ページ)を拝読し、御本仏の広宣流布への気迫と信念こそ、学会精神の根幹であると力強く語った。
 そして、不惜身命の闘争で平和の大潮流を起こしてきた創価の三代会長に連なり、偉大な勝利の実証を示そうと念願した。

◆きょう2・17「農漁光部の日」40周年 
 第21回農漁村ルネサンス体験主張大会を開催
 VODが利用できる会館等で視聴可能に 3月31日まで


大地に生きる喜びを発信!――今や“日本最大級の農漁村の集い”となった農漁村ルネサンス体験主張大会(11日)
大地に生きる喜びを発信!――今や“日本最大級の農漁村の集い”となった農漁村ルネサンス体験主張大会(11日)

 きょう17日、「農漁光部の日」40周年を迎えた。「部の日」の淵源は、1977年のこの日、池田先生が、学会本部で行われた農村部(当時)の第1回勤行会に出席したことにある。農漁光部の友は11日、佳節を記念し、第21回「農漁村ルネサンス体験主張大会」を開催した。同大会の模様は、きょうから3月31日まで、「SOKAチャンネルVOD」が利用できる会館等(モバイルSTBは除く)で視聴可能になる(4面に関連の「社説」)。
                                                                      ◇ 
 1997年に始まった、農漁村ルネサンス体験主張大会。今回、さらに共感の輪を広げるべく、初の試みとしてVODを活用した取り組みとなる(視聴する集いの日程は県・分県等で決定)。
 11日の大会(東京・新宿区の常勝会館〈本部第2別館内〉)には、同部の代表約240人が集い合った。 
 落合農漁光部長が、池田先生の記念のメッセージを紹介した。
 先生は冒頭、各地を襲う鳥インフルエンザ、暴風雪の被害を受けた方々に、心からのお見舞いを。その上で、命を慈しむ農漁業こそ万人の生命力を解き放つ最も“開かれた営み”であると述べ、女性・青年・熟年の方々が、農漁業の舞台で発揮する絶妙なチームワークこそ、地域の安寧の基盤であると強調した。そして、この大会が、郷土に信頼の輪を広げゆく機会となることを念願。共々に、「冬は必ず春となる」との何ものにも負けない希望と勇気を、世界へ、未来へと広げゆこうと強く呼び掛けた。
 竹内裕美さん(千葉)、井上芳子さん(兵庫)、瀬戸川正章さん・浩美さん夫妻(鳥取)の3組が体験主張を。原田会長は、どこまでも伸びゆく青年の心こそ創価の精神であると訴え、一人一人が永遠の青年として、はつらつと地域に友情を広げようと語った。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆【池田大作先生が贈る 青春勝利の大道】 創価新報
 第10回 仲良く桜梅桃李の人華(にんげ)を

◇同じ目的へ、同じ心で
広宣流布は、皆が主役である。創価の青年は、一人ももれなく、尊き地涌の菩薩である。
日蓮大聖人は、『法華経を持つ者は必ず皆仏なら仏を毀(そし)りては罪を得るなり』〈御書 1382㌻〉と仰せになられた。
同志を尊敬し、大事にする。ここに、仏法の魂があり、学会精神がある。
広布の目的に向かって、仲良く学び、支え合う。その心が、充実した人生を開き、平和の連帯を広げるのだ。
戸田先生は、『異体同心の『心』は、信心の心である』と教えられた。
異体同心の信心で進めば、破れぬ壁など断じてない。

◇励ましから生命は開花
先輩は後輩を、弟・妹のように大切にし、安心と自信を持たせていただきたい。温かな言葉で労い、讃えることだ。
御聖訓には、『桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの特質を改めることなく、そのままの姿で無作三身の仏であると開き見ていくのである』〈784㌻ 通解〉と仰せだ。
誰もが自分にしか成し得ない無限の可能性をもっている。
それを伸びやかに開花させゆく“芸術”が、励ましである。
励ましの滋養を送り続ければ、生命の大輪は必ず開く。
我らの地域の青年スクラムに、桜梅桃李の人華を、爛漫と咲かせゆこう!

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 うつ病を克服し、一家全員を入会へ

 【東京都武蔵野市】家族と出掛ける。家族で食卓を囲む。家族が笑う……。そんな日常の一こまが、大谷祐司さん(39)=太陽支部、男子部部長=の記憶にはなかった・・。


◆〈信仰体験〉 「絶対に勝つ!」と決める――それが信心 夫の大事故を乗り越えて

  【和歌山県田辺市】「日本三美人の湯」として知られる龍神温泉。その名湯が湧き出る龍神村は、かつて林業で栄えた・・。

2017年2月16日 (木)

2017年2月16日(金)の聖教

2017年2月16日(木)の聖教

◆わが友に贈る


一日の命の尊さは
全宇宙の財宝にも勝る。
かけがえのない今日を
存分に喜び生きよう!
大生命力を燃やして!

◆名字の言


  私たち記者はたいてい質問する側だが、海外取材などでは同志から“質問攻め”になることも多い。「池田先生との出会いは?」「信心の体験は?」とともに、よく聞かれるのが「あなたは“フォーチュン・ベビー(福子)”?」▼学会員の家庭に生まれる子どもを「福子」とか「学会2世」「3世」と呼ぶことがある。日本には「6世」もいるが、新会員の多い国や地域では珍しく、親の信心に包まれて育った人の話を聞いてみたいのだという▼アメリカのある「2世」は、弘教に挑戦する中で、両親が誰の勧めで入会したのか知りたくなった。その人の元を訪れ、誰に紹介されたのかを聞く。さらにたどると、3人目は池田先生の「大阪の戦い」で入会したことが分かった。誰かの勇気のおかげで今の自分があると感じ、感謝の念が湧いたと言っていた▼海外の友からは、外国人に信心を勧められたという話もよく聞く。国や人種を超える信心の絆。それを図にすれば、地球を舞台にした壮大な“広布の系図”が浮かび上がるに違いない▼御書に「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」(1360ページ)と。真心の対話は未来へ世界へ、必ずつながる。三代会長の大闘争に連なる誇りを胸に今日も前進!(献)


◆〈寸鉄〉 2017年2月16日

 「大願とは法華弘通」御書
 さあ我らも拡大へ!誓い
 深める大聖人御聖誕の日
      ◇
 千葉の日。旭日の同志が
 勇気の対話に先駆。広布
 70周年の佳節を勝ち飾れ
      ◇
 大切なのはこの瞬間に為
 すこと―文豪。勝利の因
 は今にあり。挑戦の心で
      ◇
 携帯電話に暗証番号等の
 画面ロックを。紛失・盗難
 で情報は流出。油断せず
      ◇
 花粉症の時期。症状緩和
 の鍵は早めの対策。服薬
 やマスク着用などを賢く

◆社説  日蓮大聖人御聖誕の日  2017年2月16日 広宣流布の誓願受け継ぐ実践を


 2月16日は、795年前の貞応元年(1222年)に日蓮大聖人が安房国(千葉県南部)でお生まれになった日に当たる。
 今、毎年行われている教学部任用試験(仏法入門)で、受験者に最も感動を広げているのが、教材の中の「日蓮大聖人の御生涯」だという。
 大聖人の61年の御生涯は、全人類を未来にわたって救済する民衆仏法の確立のために、ささげられた。当時、仏教内部で生じた混乱と争いの中に正法が隠没し、従来の釈尊の仏教では人々を救済できない時代を迎えていた。
 そこで大聖人は、人々がとらわれている迷妄を打ち破り、根源の妙法を信受させていく折伏の実践を展開された。
 その結果、大聖人は人々から悪口罵詈されただけでなく、権力による流罪・死罪など、生命にも及ぶ大難を受けられた。大聖人は、末法の人々を救い抜く大慈悲から、それらの法難を耐え忍ばれたのである。
 例えば「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」(御書329ページ)との仰せに、どこまでも民衆の幸福を願われた大聖人の御心情が拝されよう。
 仏典には「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して」(法華経601ページ)と説かれる。末法において妙法を全世界に広宣流布していくべきことを述べた経文だが、大聖人は、この法華経の心のままに、生涯、広布誓願の闘争を続けられた。
 そして現代、広宣流布を貫かれた大聖人の御精神が創価三代の師弟によってよみがえり、池田先生の尽力で世界広宣流布は現実のものとなった。
 “世界広布新時代”を進む今、私たち学会員一人一人にとって、その舞台は、どこか遠くにあるのではない。
 池田先生は綴っている。「人間がいる場所が『世界』である。そこで、一対一の対話の波を、一つ、また一つと起こしていく。この着実なる民衆の連帯の広がりが『世界広布』である」(『池田大作全集』第135巻)
 目の前の悩み苦しむ一人。また折々に縁する一人。こうした一人一人を大切にして、今いる場所で友好と対話を広げることが、世界広布を前進させる。
 不惜身命の実践で末法広宣流布を進め、未来へと続く民衆の幸福の大道を開かれた大聖人。末法の御本仏への報恩感謝を胸に、広布の主人公の自覚で、幸福の大道を広げる自らの歴史を綴りゆこう。

◆きょうの発心   青年の気概で“師弟不二”を貫く2017年2月16日

御文
 はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし、すぎし存命不思議とおもはせ給へ、なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし(四条金吾殿御返事、1192ページ・編1219ページ)
通解 勇んで強盛に信力を出しなさい。過日、強敵にあいながら、無事に助かったことは、まったく御本尊の不思議な功徳と思いなさい。どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。

 強盛に大信力を出す、信心の一念の大切さを教えられ、法華経の兵法こそ、勝利への最高の要諦である、と仰せです。
 秀麗な伯耆富士「大山」の雄姿を見ながら育った私は、1958年(昭和33年)に入会。経済苦や母の病気等に信心で立ち向かう父の姿を見て、題目のすごさを感じながら育ちました。
 女子部時代には、夏季講習会で池田先生と一緒に「人生の並木路」を歌い、“師と共に広布の人生を”と固く誓いました。
 78年(同53年)7月、鳥取に来県された先生から「人材になろう。人材を育てよう」と激励をいただき生涯の原点を刻みました。
 結婚後は、病魔との闘いの連続でした。中でも関節リウマチを患い、激痛に苦しんだ時、“広布に戦える身体に”と感謝の心で唱題を重ねながら治療に励んだ結果、3年半で克服できたのです。
 「一人を大切に」との思いを胸に、明年の「11・18」を目指し、青年の気概で師弟不二の信心を貫いてまいります。  鳥取・米子常勝県副婦人部長 中村智恵子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   三十八 
 


 四月二十四日午前十時、東京・新宿文化会館で県長会が開催された。同会館は、信濃町の学会本部、聖教新聞社からも、徒歩十分ほどのところにある。統一地方選挙の支援活動を大勝利で終え、全国から集ってきた参加者の表情は晴れやかであった。
 まだ、会場に山本伸一の姿はなかったが、開会を告げる司会の声が響いた。
 冒頭、理事長の十条潔が登壇した。五月三日を前にした新出発の県長会である。しかし、彼の顔には、笑みも精彩もなかった。
 十条は「七つの鐘」の淵源を語り始めた。
 「山本先生は、戸田先生が逝去され、皆が悲しみに沈んでいた一九五八年(昭和三十三年)五月三日の本部総会で、『七つの鐘』の構想を語ってくださいました。かつて戸田先生が、『学会は創立以来、七年ごとに大きな前進の節を刻んできた』と話されたことを確認されて、この年が、『第五の鐘』を鳴らす時であると訴えられたのであります。
 それによって私たちは悲しみを乗り越え、『第七の鐘』が鳴り終わる一九七九年(同五十四年)を目標に、未来に希望を仰ぎ見ながら、新しい出発をいたしました。
 今、その『七つの鐘』が、いよいよ鳴り終わる時を迎えようとしているのであります。今後は、明一九八〇年(同五十五年)から五年ごとのリズムで広宣流布の歩みを進め、さらに二十一世紀から、再び新しい『七つの鐘』を鳴らし、前進していく構想を、先生は既に発表してくださっております。
 山本先生は、会長就任以来、広宣流布の流れを渓流から大河へ、大河から大海へと、大きく発展させながら、時代に即応できるよう、さまざまな改革に着手してこられました。運営面での民主的な下意上達の組織づくりをされ、合議制も深く根差してまいりました。七四年(同四十九年)には代表役員を会長から理事長にするよう推進されました」
 伸一は、未来のために新しい体制づくりを進めてきた。時代即応の適切な布石がなされてこそ、創価学会の永遠の栄えがあるからだ。

【聖教ニュース】

◆ドバイで第6回詩人の集い
 池田先生の人間讃歌に共鳴する12人 自作の詩を披露 
  アラビア語、英語など6言語で平和を歌う
   
「会場全体が詩心で結ばれた家族に」ナイロビ大学教授
 
詩心は人間性の最高の発露――「詩人の集い」の参加者が記念のカメラに。コーラスや楽器演奏も披露され、文化の集いに花を添えた(ドバイで)
詩心は人間性の最高の発露――「詩人の集い」の参加者が記念のカメラに。コーラスや楽器演奏も披露され、文化の集いに花を添えた(ドバイで)

 今こそ、詩心の復権を!――湾岸SGI(創価学会インタナショナル)、ドバイ文化科学協会など7団体が主催する第6回「詩人の集い」が4・5の両日、中東・アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで行われた。これは、「詩心は人間性を結ぶ」とのテーマのもと、池田大作先生の人間讃歌の詩に共鳴する詩人や学識者、学生らが集い、自作の詩を披露するもの。先生の中東初訪問50周年となった2012年以来、毎年開催されている。
 今回は、過去最多となる1250人の聴衆が詰め掛け、池田先生の詩集等の翻訳を手掛けたシハブ・ガネム博士や、UAEの作家であるタラール・アル・ジュナイビ氏をはじめ、各国・各地から集った12人の詩人が、英語、アラビア語、スワヒリ語など6言語で、世界平和への願いや人間愛等を歌った詩を詠じた。
 また、200人を超える応募者から選ばれた学生の代表32人が、青春の情熱あふれる力作を発表し、大きな共感が広がった。
 席上、池田先生の詩「散る桜」「旅人」「五月の海」「爽やかな別れの日に」が、日本語と英語で朗読され、喝采が送られた。
 参加した詩人のギータ・チャブラ氏は「池田博士の詩心は、世界の隅々にまで、知恵の光を永遠に送り続けていくでしょう」と。
 ケニア・ナイロビ大学言語学部長のカタカ・ワ・ベリア教授は「昨年に続き、参加しました。言葉の壁を超え、参加者全員が詩心で結ばれた家族のようになる一体感に、感動を禁じ得ません」と声を弾ませた。

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉53  生命の宝塔を林立させよ

御文
 末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり  (阿仏房御書、1304ページ)
通解 末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのである。もしそうであれば、身分の貴さや賤しさ、立場の上と下は関係なく、南無妙法蓮華経と唱える人は、その人自身が宝塔であり、また、その人自身が多宝如来なのである。

同志への指針

 “あなたの生命こそ最極の宝塔なり”と御本仏は語り掛けられた。妙法は、生命を蹂躙する魔性を打ち破り、宝塔を自他共に輝かせる哲理だ。
 65年前、東西冷戦の渦中、二月闘争に走りゆく私たち青年に、恩師は「地球民族主義」を提唱された。開かれた対話で差異を超え、生命の宝塔を林立させていく。地道にして最も力強く、幸と平和の連帯を拡大する道が、ここにある。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉8 「農漁光部」が開く希望の新時代 
 笑顔が輝く地域の灯台に!

 
池田先生の指針に広がる感動 
妙法に行き詰まりはない。忍耐の持続の彼方に、栄光があり勝利がある。さあ、社会に、勇気と智慧の蘇生の光を!(昨年、愛媛で行われた農漁光部の体験主張大会)
妙法に行き詰まりはない。忍耐の持続の彼方に、栄光があり勝利がある。さあ、社会に、勇気と智慧の蘇生の光を!(昨年、愛媛で行われた農漁光部の体験主張大会)

 志賀 池田先生はいつも、農業、漁業に携わる方々に最大の励ましを送ってくださっています。
 清水 第3代会長就任の時から、「豊作であるように」と祈られていることは有名な話です。
 原田 1977年(昭和52年)2月17日には、農村部(当時)の第1回勤行会に出席され、その使命を示されました。「人間の命をつなぐ食の生産に従事する農村部は、人類の生命を支え、守る、極めて重要な部である」と。
 奥谷 また、ある時は、牧口先生が日本海に臨む新潟県の荒浜の生まれであること、戸田先生が石川県の漁村に生まれ、北海道の厚田で育ったことを紹介してくださいました。 落合 そして、“私は、東京湾の海苔屋の息子である”と言われながら、創価の三代は皆が、生命を育み支える海辺の農漁村の出身であり、「農漁光部の一員」であると宣言してくださったのです。
 原田 その後も、農漁光部に大切な指針を残してくださっています。たとえば、「文化の真髄は『生命を大事に育てる心』である」と言われ、ゆえに「生命を守り、一生懸命、育てている人が文化人である」とされ、農業に携わる方々こそ、「一番の文化人であり、農業を大事にする国が文化国家ではないだろうか」と強調されています。
 清水 農漁業の従事者こそ、「一番の文化人」との言葉には、国内の多くの関係者から称賛の言葉が寄せられていると伺いました。
 奥谷 ええ。現在、農漁光部では、池田先生の農業・漁業への提言や指針をまとめた指導集『希望の新時代は我らの農漁村から』(本社刊)の研さんの輪を拡大する運動に取り組んでいます。
 落合 あるJAの総会では、会長自ら、指導集を読んで、感動した部分を長文にわたって引用し、スピーチされていました。
 原田 また、ある地域では、「素晴らしい指針が、ちりばめられていますね。ここまで農漁村を大切にしてくださる方はいません」と、指導集への感想を寄せる来賓もいたそうですね。

原点の日から40年


 落合 「農漁光部の日」の原点である2月17日の勤行会から40周年を迎えます。小さな流れから始まった農漁光部は今、多くの方から注目されるグループとなりました。
 奥谷 ひとえに池田先生の度重なる激励のおかげです。そして、先生の指針を胸に、歯を食いしばって努力を重ねてきた同志がいたからこそです。
 原田 「地域の灯台」と輝く農漁光部の皆さんが、ひときわ力を入れている活動が、「体験主張大会」ですね。各地の村や町で、信仰を根本に、あらゆる苦難をはねのけ、生き生きと農漁業に従事し、実証を示してきたメンバーの姿に、喝采が送られています。
 奥谷 農漁村ルネサンス体験主張大会も毎年開催し、本年は21回目となります。今年は、2月17日~3月31日の期間中、SOKAチャンネルVODが利用できる会館等で視聴が可能となっています。
 原田 今や、体験主張大会は、地域の恒例行事となり、毎年の参加を楽しみにしている友人や来賓も多くいますね。
 清水 今回は、約10年ぶりに女子部員が登壇しました。園芸高校の出身で、農園に就職し、100種類を超える野菜の栽培に挑戦。“農ガール”として、働く喜びを語っています。

女性の活躍が光る


 落合 全国に女性部長が誕生して3年。女性農漁光部の皆さまの輝きが、一段と増しています。中でも、見ず知らずの土地に嫁いで、しかも、農家や漁業関係者の嫁として、仕事や家事・育児に奮闘する方々の並々ならない苦労を聞くにつけ、頭が下がる思いでいっぱいです。
 奥谷 三重県に住む、ある婦人部員は、「何もしなくていいよ」と言われ、酪農家の夫と結婚したそうです。けれども、朝早くから一日も休むことなく働く夫や、ご両親の姿を見て、仕事を手伝うように。当初は、分からないことだらけで苦労の連続でした。
 その中でも、題目をあげながら、必死に仕事を覚え、努力を重ねた結果、今では「地域の灯台」として輝く一家に。創価大学に進学した長男も、後継者として成長しています。
 志賀 池田先生と対談集を編んだ、世界的に有名なインドの農学者・スワミナサン博士は「農民が不幸な国は、どんな国民も幸福ではありません。農民の幸せな笑顔が、その国の幸福を決める」と述べています。
 原田 農業従事者の幸せな笑顔が、その国の幸福度を決める。何と示唆深い指摘でしょうか。日蓮大聖人は、「民のほねをくだける白米」(御書1390ページ)――民の骨を砕いて作った、尊い労苦の結晶の白米、と言われました。
 また、「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」(同1597ページ)――この白米は白米ではありません。一番大切な命そのものです、とも仰せです。大聖人は、「食」を育む農漁業を心から大事にされていたのです。
 落合 台風、冷害、干ばつ、感染症など、自然との戦いに終わりはありません。だからこそ私たちは、日々、平穏な気候であり、災害がないよう祈るとともに、地域に希望の光を送る灯台になれるよう、英知を結集してまいります。
 志賀 農漁光部の青年委員会は昨年、全国の各方面に新委員長が誕生し、新たな決意で出発しています。各地域で青年の連帯を拡大し、希望の新時代を開いていく決意です。

◆創価学園の女子学園生歌「幸福の乙女」発表11周年祝う集会 

 
学びの青春を歩む創価高校の女子生徒が記念撮影を(13日、東京・小平市で)
学びの青春を歩む創価高校の女子生徒が記念撮影を(13日、東京・小平市で)

 創価学園の女子学園生歌「幸福の乙女」の発表11周年を記念する集いが、東西の各キャンパスで、はつらつと開かれた。
 
 〽桜花舞いゆく 学び舎の
 希望は高き 乙女らよ
  深き使命は 果てしなく
 知性の翼で 飛びゆけや
 
 学園創立者である池田先生と香峯子夫人の共同作業で2006年2月に誕生した、この歌とともに、生徒たちは充実の日々を送る――。

◆〈大学は平和の門〉第5回 韓国・済州大学
日韓の未来を開く教育交流 不信の壁越える「尊重の心」

和やかに語らう池田先生と趙文富元総長(1999年5月17日、済州大学で)。後に、元総長は語っている。「池田先生が、韓国のことを『文化大恩の国』と讃えてくださったからこそ、日本人のみならず、私たちもまた、相手の国の人に感謝できる『価値創造の人間』へと成長する方途に、気づくことができた」と。両者の7度の対談は、2冊の対談集に結実している
和やかに語らう池田先生と趙文富元総長(1999年5月17日、済州大学で)。後に、元総長は語っている。「池田先生が、韓国のことを『文化大恩の国』と讃えてくださったからこそ、日本人のみならず、私たちもまた、相手の国の人に感謝できる『価値創造の人間』へと成長する方途に、気づくことができた」と。両者の7度の対談は、2冊の対談集に結実している

 韓国社会からの池田先生に対する称賛の声は、日韓の政治情勢に左右されることなく、広がり続けている。
 韓国を「文化大恩の国」「兄の国」とたたえ、日韓の教育・文化交流を促進してきた池田先生。その足跡を語る上で、国立済州大学と創価大学の教育交流は欠かせない。済州大学は、池田先生に、韓国の国立大学として初となる名誉学術称号を贈った大学である。さらに、先生が共に対談集を発刊した韓国の識者も、済州大学の趙文富元総長であった。
 韓国最大の島・済州島は、世界7大自然景観の一つである観光地。しかし、その美しい大地には、幾多の人々の血と涙が染みこんでいる。
 日本軍の支配から解放された終戦後の1948年4月3日、祖国・朝鮮の分断に、済州島の人々が抗議の声を上げ、蜂起。軍や警察などによって武力鎮圧され、数万人の島民が虐殺されたといわれる(四・三事件)。
 戦乱の中で、多くの教育施設が破壊された。“教育によって、郷土に平和を”――島民の思いが大学設立運動へと高まり、52年に誕生した大学が、済州大学の前身である。
 四・三事件、朝鮮戦争(韓国動乱)の渦中に創立され、平和を希求する済州大学だからこそ、池田先生の平和行動に、深い信頼を寄せる。
 大学交流の根本目的は、「世界平和」である――池田先生と趙元総長が一致した理念。それは、創大と済州大学の学生交流に息づいている。
 明年、両大学の交流は20周年。創大からは24人の交換留学生と90人の短期研修生、済州大学からは22人の交換留学生が往来。不信の壁を越える「尊重の心」を継ぎ、日韓友好の未来を育んでいる。

創価大学 理工学部3年 玄在珉さん
幼き日に池田先生と握手を

 「大きくなったら創価大学にいらっしゃい」
 あの日、池田先生が掛けてくださった言葉を忘れたことはありません。
 済州大学の「名誉文学博士号」が、池田先生に贈られた1999年5月17日。私は、授与式の会場で、池田先生の奥さまに祝福の花束を贈りました。隣にいらっしゃった先生は、小学1年生だった私の目線に合うように腰を折り、“大きくなったら創大に”と、握手をしてくださったのです。
 さらに、先生と奥さまから、私の家族にも真心のメッセージが届きました。
 「一生、皆さまが、幸福で、平和でありますよう、お祈りいたします」
 深い慈愛に両親は大感動し、「池田先生との約束を果たすんだよ」と、私を応援してくれました。
 以来、部屋に掲げた創大の写真を見ながら勉強を重ねる日々。12年の歳月を経て、念願だった創大への留学が決まったのです。
 しかし、留学の直前、私はあまりのショックに言葉を失いました。東日本大震災が発生したのです。多くの方々が犠牲になり、世界中が悲しみの底に沈みました。
 留学を延期すべきかとも考え、「何のために学ぶのか」と、自身の心に問い続けました。そして、思ったのです。「多くの人の笑顔をつくれる人になりたい。そのために学ぶことをやめてはいけない」と。
 父と母の後押しにも支えられ、2011年5月、憧れの創大へ。池田先生に到着の報告をすると、「約束を守ってくれて、本当にうれしいよ」とのご伝言が。私と両親の思いを温かく包んでくださり、胸がいっぱいになりました。
 現在、私は、創大の理工学部に在籍しています。韓国の兵役から復学し、来年度は、学士号取得への最終年度です。将来は、世界の環境保護に寄与するため、エネルギー開発などに携わり、故郷・済州の美しい自然を次代につなげるよう、努力していきます。 

交換留学経験者 創価大学36期 森久美子さん
忘れ得ぬ趙元総長の励まし

 済州大学に留学中、私が最も感激したのは、趙文富元総長が、私たち創大生のために、会食会を開いてくださったことです。
 一緒に留学した創大の友人と共に会場に向かうと、趙元総長ご夫妻が、温かく迎えてくださいました。
 4人だけの会食で、最初は緊張しましたが、元総長は日本語で、私たちの留学生活の状況などを親身に聴いてくださいました。
 「つらいことがあったら何でも言うんだよ。私も留学を経験したから、君たちの大変さが分かるんだ」
 「ご飯ももっと食べていきなさい」――ご夫妻の真心に包まれ、留学の寂しさは消えていきました。
 著名な教育者である元総長ですが、権威的な態度や冷たさは、みじんもありません。常に柔和な笑顔をたたえておられる姿に、一流の姿勢を学びました。
 夏休みに入り、私と友人は、いったん済州を離れてソウルへ。創大ハングル文化研究会の訪韓団の短期研修に合流しました。
 その道中、私の携帯に一本の電話が。「もしもし、趙と申しますが……」。私は耳を疑いました。元総長の声だったのです。
 「元気にしているかと、心配で電話しました。また会いましょうね」
 夏期休暇中、私たち創大生が心細い思いをしていないかと、気に掛けてくださったのです。慈父のような優しさに、涙が出るほど感動しました。
 創大と済州大学の交流が始まった当初から、元総長は、創大生を励まし、池田先生との対談の喜びを、語ってくださいました。
 「池田先生は、私の全てを包んでくださるような温かい方でした」との言葉が忘れられません。
 私たち創大生が済州大学で金の思い出をつくることができたのも、お二人の固い友情の絆があってこそだと、深く感謝しています。
 報恩の思いで、まずは今いる職場(大手IT企業)で力を磨き、世界平和に貢献していく決意です。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【信仰体験】

◆〈信仰体験 まうごつすごか 熊本の友〉 
 「おてもやん」に扮し旅先案内人ボランティア

 【熊本市西区】九州新幹線「熊本駅」に降り立つと、かすりの着物を着た曲梶裕美さん(67)=旭日支部、副白ゆり長=が笑顔で迎えてくれた。毎週末、「おてもやん」に扮
し、旅先案内人ボランティアとして、駅に来た観光客の応対にあたる――。

2017年2月15日 (水)

2017年2月15日(水)の聖教

2017年2月15日(水)の聖教

◆わが友に贈る


勝利の知恵は
組織の最前線にあり。
リーダーは喜び勇んで
同志の輪に飛び込み
現場の声を生かせ!

◆名字の言


  2月のある朝、新幹線の「こまち号」で、車窓に雪原が続く秋田県を横断した。暦の上では春になったとはいえ、まるで時が止まり、音も雪中に吸い込まれたような、静寂な冬の情景だった▼時折、はるかに民家が見え、そこへ続く一本道に人の通った跡が、かすかに残る。足跡なら徒歩、1本の線ならオートバイか自転車で、2本なら車といったところだろう。横殴りの吹雪にあらがいながら進む人の心の強さとけなげさを思い、胸が熱くなった▼65年前の、若き池田先生の「二月闘争」で結実した弘教201世帯のうちの一人だという壮年に、話を聞いたことがある。彼は出稼ぎで東京にいた昭和27年2月に入会。その後、故郷の東北に戻った▼厳しい自然環境のもとでの農業は、一家が食べるだけで精いっぱい。常に家計は苦しかった。それでも胸中は広布のロマンに燃えていた。大雪の中、はぐれないように荒縄で体を結び、同志と数珠つなぎで学会活動に歩いたこともあったという。現代の状況からは想像もつかない話ばかりだった▼壮年の広布の“足跡”は、今や後継の同志の活躍、地域広布の発展と花開いた。厳寒の鍛えなくして、爛漫の春は訪れない。“現実”の大地で、“忍耐”を滋養にした時、花は必ず咲く。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年2月15日

 SGIは青年を向上させ
 社会に貢献できるように
 する―教授。人材の大城
      ◇
 人は潑剌たるものに好意
 を寄せる―文豪。皆が主
 役の心で触発の座談会を
      ◇
 「河つもりて大海となる」
 御書。一度の語らい、激励
 に全力!広布は足元から
      ◇
 火災警報器、設置10年以
 上で鳴らない恐れと。乾
 燥する季節。点検・交換を
      ◇
 就業者数が4年で170
 万人増加。更なる労働環
 境の改善へ公明が旗振れ

◆社説   SGIの友と語り広げる  「地球民族主義」の潮流を世界へ


 厳しい寒さに身も心も縮こまる時節だが、視線を上げると、澄んだ空が広がっている。空気がさえる今の季節は、星が鮮やか。今夜は月と木星のランデブーが楽しめる。近くにおとめ座の1等星スピカが輝き、にぎやかな夜空になるという。
 地球から見る星も美しいが、他の天体から見る地球もまた美しいに違いない。宇宙旅行を体験したある実業家は、「宇宙から見た地球ほど美しいものをこれまで見たことがない」と。
 65年前、第2代会長・戸田先生が深刻な世界情勢を憂慮して語った「地球民族主義」も、宇宙的視野からの提唱だった。
 「二月闘争」のさなかの1952年(昭和27年)2月17日、戸田先生は青年部の研究発表会の席上、仏法の絶対的な生命の平等性を示した。
 宇宙から見た地球に国境はない。人類を、地球を故郷とする一つの民族と見るならば、いかなる差異も超えて共生することができるはずだ。民族や国家にとらわれず、人間という共通の基盤に立つことが平和への出発点となる――この創価の平和の指針を、世界中の同志が日々の仏法対話の中で実感している。
 昨年、テロに脅かされた、ある国の青年部が語った。
 「“自分には何もできない”という無力感がまん延していて、恐怖で将来のことを考えられないという友人もいます」
 入会前、暗い事件を耳にするたびに絶望したという、青年部リーダーが言葉を継いだ。  「ですが、仏法の平和の哲理を知り、“平和を創造していける。自分にはその使命がある”と確信しました。『依正不二』を学び、私たちの命を変えることが、平和の創出に直結していくことを知りました」「信心を始める前、全ての人に幸せになってほしいという気持ちはありましたが、それは無理だと、どこかで諦めていました。でも信心でそれができると確信し、今は毎日がその実感でいっぱいです」
 特に海外の新会員からは、老若男女を問わず、自身の幸福と周囲の平和の両方を祈り開けることがうれしいと、喜びの声を聞くことが多い。平和創出の充実感が友の心にあふれている。
 本年の「SGIの日」記念提言の中で、池田先生は「地球民族主義」の精神に触れ、「どの国で生まれ、どの民族に属そうと、誰一人、差別したり、踏み台にしたり、犠牲にすることがあってはならない」と語った。
 世界の同志と同時進行で、生命尊厳の平和の潮流を、わが地域で語り広げていきたい。

◆きょうの発心  師との原点を胸に、青年と前進2017年2月15日

御文
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ・編880ページ)
通解 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。

 いかなる時も唱題し抜いていくことこそ最高の幸せである、との仰せです。
 10代の頃は荒れた生活を送っていましたが、内心では自信が持てず、将来に不安を感じていました。そんな時、友人から「この仏法を実践すれば幸せになれる」と折伏され、26歳で入会しました。
 入会から数カ月後、神奈川青年平和音楽祭に参加。練習を通して、この御文を拝し、題目の大切さを学びました。
 唱題に挑戦する中で、漠然とした不安が晴れていくのを実感。仕事でも、営業成績を大幅に上げることができ、信心の確信をつかみました。
 1991年(平成3年)から本紙販売店主に。同年11月24日、「横須賀文化音楽祭」に池田先生が出席され、牙城会室にいた私たちに、「みんな分かっているよ。大丈夫だから」と激励してくださいました。この日が、生涯、師匠と共に戦い抜く原点になりました。
 本年12月、横須賀平和会館は開館10周年を迎えます。青年を先頭に全てに勝利し、“青年拡大の年”を勝ち開いてまいります。   神奈川・横須賀総県書記長 岩佐義隆

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十七

 


 偉業は、継続のなかにある。真の大業は、何代もの後継の人があってこそ、成就するものだ。
 山本伸一は、さらに所感で述べていった。
 「ここで大事なことは、広宣流布は、不断の永続革命であるがゆえに、後に続く人びとに、どのように、この松明を継承させていくかということであります。一つの完結は、次への新しい船出であります。一つの歴史の区切りは、今再びの新たなる壮大な歴史への展開となっていかねばなりません。
 私は、二十一世紀への大いなる道を開くために、また皆様方の安穏と幸福のために、さらにお子様たちが、正法正義を受け継ぎ、永遠に繁栄していくために、その流れをどうつくりゆくか、ということに、日々月々に煩悶し思索し続けてまいりました。これが時代とともに歩みゆく、私の責任であったからであります。
 そして今ここに、化儀の広宣流布の歩みは、渓流から大河に、さらに大河から大海へと新しい流れをつくるにいたりました」
 続いて、この大河の流れを安定、恒久ならしめなければならないことを痛感しているとの心情を披瀝。広宣流布は「大地を的とするなるべし」(御書一三六〇ページ)との日蓮大聖人の御金言を深く深く心に刻み、たゆまざる信行学の前進を再び誓い合っていきたいと強く訴え、結びとしたのである。
 
 伸一のこの所感「『七つの鐘』終了に当たって」が掲載された「聖教新聞」を見た学会員は、同志に対する伸一の深い感謝の心と新出発の気概を感じ、新たな決意に燃えた。
 この日に会長辞任が発表されるなど、誰も予想だにしなかったのである。
 実は、学会員は、大きな喜びに包まれ、この朝を迎えたのだ。前々日の二十二日、第九回統一地方選挙を締めくくる東京特別区議選、一般市議選、町村議選などの投票が行われ、二十三日夕刻には、学会が支援した公明党の大勝利が確定したのである。

【聖教ニュース】

◆池田先生のアテネ訪問55周年 ギリシャSGIが記念総会 
師弟の魂輝く哲学の都から 平和文明の創出を

首都アテネでの記念総会。仏法の人間主義の哲学を掲げ、平和文明を世界へ広げゆこうと誓い合った(アテネ会館で)
首都アテネでの記念総会。仏法の人間主義の哲学を掲げ、平和文明を世界へ広げゆこうと誓い合った(アテネ会館で)

 ギリシャSGI(創価学会インタナショナル)の広布55周年記念総会が5日、主要3都市で開かれた。
 1962年(昭和37年)2月4日、池田大作先生は、ギリシャ・アテネを訪問。第2次世界大戦でドイツ軍に占領され、終戦後も内戦があった同国は、その当時も政治的混乱が続いていた。
 白亜のパルテノン神殿がそびえる「アクロポリスの丘」に立った池田先生は、ギリシャの“平和の春”の到来を心から祈念。また、ソクラテスが投獄されたと伝えられる牢の前で、ソクラテスとプラトンの師弟に思いをはせた。この時の心情を、小説『新・人間革命』第6巻「遠路」の章でつづっている。
 「私は本物の弟子をつくる。“正義の師子”を育てるしかない」と。
 当時、同国に池田先生を迎える同志はいなかった。しかし今、師の祈りに呼応するかのように、幾多の地涌の友が、師弟の魂輝く“哲学の都”で躍動。“良き市民、良き国民たれ”との指針を胸に、地域社会に大きく信頼を広げている。
 首都アテネでの記念総会は、アテネ会館で開催。ディモプロス理事長は、池田先生が初訪問して以来のギリシャSGIの師弟共戦の歴史に言及。「今こそ一人一人が人間革命に挑戦し、広布と人生の勝利の実証を示そう」と呼び掛けた。
 南部のパトラ市内で行われた会合は、多くの青年部と共に、にぎやかに。ブチーナ婦人部長が「目の前の一人に励ましを送り、平和と幸福の連帯を広げましょう」と訴えた。
 北部のテッサロニキ市内での集いでは、オイコノモプロス副壮年部長が「勇気の対話で信仰の体験と歓喜を語り抜き、人材の拡大を」と力説した。
 ディモプロス理事長は語った。
 「広宣流布大誓堂完成5周年となる明年11月18日を目指し、“ギリシャが世界広布の原動力に!”との決意で、どこまでも師と共に前進していきます」

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈明日を求めて 池田大作先生の対話録Ⅱ〉第33回 タイ王国 プーミポン前国王 
 民衆を助けるのに「近道」はない。会わなければ。好きにならなければ

1988年2月、タイ・バンコクのチトラダ宮殿にプーミポン国王を表敬した池田先生。文化論、平和論、日タイ友好の未来等を巡り、語らいは1時間に。会見はこの時に加え、92年、94年と3度にわたった
1988年2月、タイ・バンコクのチトラダ宮殿にプーミポン国王を表敬した池田先生。文化論、平和論、日タイ友好の未来等を巡り、語らいは1時間に。会見はこの時に加え、92年、94年と3度にわたった

 その名には、「国土の力・比類なき威勢」との意味が込められていたという。
 タイ王国のプーミポン・アドゥンヤデート前国王。在位70年の間、国民から絶大な尊敬と信頼を集め、国家の安定と発展、国民の融和の要となってきた。まさに「名は体を表す」である。
 昨年10月13日に崩御されて4カ月。国王が眠るバンコクの王宮には、今なお弔問に訪れる人々の姿が絶えない。
 弔問者の一人が語っていた。
 「国王陛下は、タイの全ての国民を愛し、模範の生き方を示してくださる“お父さん”でした。その大きな愛情に包まれて、タイの人々の心は一つになり、仲良く暮らすことができたのです」
 その「国父」を、池田先生は3度、表敬している。最初の訪問は1988年2月3日であった。
 「うれしいです! ご多忙のところ、ありがとうございます。光栄です!」
 池田先生があいさつ。国王から差し出された右手に力強い握手で応えた。そして言葉を継いだ。
 「25年前(63年)、国王が日本を訪問された時のことを強い印象をもって覚えております。国王と私が同い年であることも知りました」
 当時の国王初来日は、戦後の日タイ友好の基礎を築くものだった。しかしその後、日本の洪水のような経済進出によって、70年代から80年代、両国間に経済摩擦が生じる。
 日本人はタイに経済的関心を向けても、その文化を理解し、学ぼうという機運は乏しかった。
 「私は、日本とタイの関係が経済だけを中心に進むことが寂しかった」。そう思案していた池田先生が、国王との初会見で強調したのは、いかにして「“民衆の心に触れる”友好の歴史」をつくるかであった。
 先生は語った。「21世紀をつくっていくのは『青年』です。青年の存在ほど、大切なものはありません。世界の青年に対する指針を挙げていただけないでしょうか」
 国王が快く応じた。
 「過去・現在・未来、時は瞬時もたゆまず流れていきます。一切は変化します。ゆえに未来をあれこれ思い迷うよりも、現在にこそ自己のベストを尽くすことです」
 現在にベストを尽くせ!――その言葉には、王宮の席が温まる暇もないほど、全国を行脚して、国民一人一人と膝詰めの語らいを続けた国王ならではの、千鈞の重みがあった。
 「民衆を助けるために働くなら、まず民衆を知らなければ。『近道』はない。調査機関が用意した調査書類を読んで、民衆を知ることはできない。彼らに会わなければいけない。そして彼らを好きにならなければ」。これが国王の信条であった。
 多い年で、1年のうち7カ月間は地方へ。移動距離は年間5万キロに及んだこともある。全国津々浦々、「まさか国王が、こんな所に」と驚くような、遠い農村地域まで――。
 地方を歩き、訛りをもつ人々と話すことが習慣になったため、「国王は方言を話しておられる」と感嘆する人もいたという。
 こうしてすくいあげた“現場の声”を生かし、国民生活向上のために立ち上げた“王室プロジェクト”は、3000以上。治水、土壌管理、環境再生や福利厚生など、多岐にわたった。
 池田先生との初会見で、国王は語っている。「『平和』といっても、『世界』といっても、結局は一個の人間に集約されます。ゆえに私が言いたいのは、こういうことです。『人間の問題』を解決せよ! そうすれば『世界の問題』を解決することになる」
                                                                        ◇ 
 文化の「大王」として、国王の名声は世界に聞こえた。音楽、絵画、写真、スポーツなど幅広い。国内行脚の合間にも日本製のカメラを離さず、タイの美しい人々と自然の営みを写真に残してきた。
 「私も、忙中閑のひとときに、写真を撮ることがあります」「写真は、近代の“感性の芸術”として重要だと思います」――初会見で池田先生はそう述べつつ、「国王の写真作品を、ぜひ日本や世界で展示し、紹介させていただきたい」と要請した。国王の優れた写真芸術を知ってもらうことが、タイとの友好を広げる上で最も近道である、との真情からである。
 国王は快諾され、程なく準備が始まった。会見から数カ月後、王室から、国王御撮影の写真が届いた。1989年、東京富士美術館で実現した「特別写真展」に出展された写真の数は、101点。国王自ら選定に当たったという。
 開幕式にはチュラポーン王女が臨席し、海外はもちろん、タイ国内でも例を見ないほどの大規模な展覧会となった。ロサンゼルス、ロンドンでも開催され、反響は世界に広がった。
 さらに池田先生は、92年の会見で、国王御作曲作品の演奏会を、94年の会見では、国王御制作の絵画展を、それぞれ提案。
 御作曲作品の「特別演奏会」は国王の姉君・ガラヤニ王女が出席して、創価大学で(93年)。御制作の絵画は、即位50周年を慶祝する「特別展」として東京富士美術館で開かれた(96年)。
 国王との3度の会見を礎として、創価大学、民音、東洋哲学研究所などを中心に、タイとの教育・文化交流は大きく広がった。
 2015年にはシリントーン王女が創大に来訪。昨年には、創大のタイ事務所がタマサート大学内に開設された。なお池田先生は1991年、タイ王室から「一等王冠勲章」を受章している。
 昨年10月、国王が崩御されると、先生は、すぐさま弔電を送り、翌11月には、原田会長ら南アジア訪問団が、先生の弔意文を携え、王宮を弔問した。
 「国家の繁栄と国民のために献身された崇高なご生涯は、世界史に輝きわたることでしょう」――先生の哀悼の言葉が、特別に通された王宮内の記帳所で記された。
 国王は、池田先生との会見で語っていた。「タイと日本は、友好関係をもって、平和と繁栄のために進んでいくべきです。両国の綿密な協力は、アジアのみならず、広く世界に大きな貢献をなしうるに違いありません」
 本年は日タイ修好130周年。国王が体現した民衆愛と友好の精神は、タイの大地を潤すチャオプラヤー川の悠久の流れのごとく、滔々と未来へ続くに違いない。
 プーミポン・アドゥンヤデート国王 1927年12月5日生まれ。46年にラーマ9世として国王に即位。以来、タイの全地域、特に地方の貧しい地域を繰り返し訪問し、民衆の声に耳を傾け続けた。写真・作曲・演奏・絵画・彫刻など、文化・芸術の分野にも造詣が深く、全国民の総意で「大王」の尊称が献じられた。また、池田先生の提案で、国王御撮影の「特別写真展」(89年の東京富士美術館など)、国王御作曲作品の「特別演奏会」(93年、創価大学)、国王御制作の絵画を中心とする「特別展」(96年、同美術館)が開かれた。2012年、創価大学は、国王に名誉経済学博士号を贈っている。2016年10月13日、崩御。在位期間は、存命する世界の君主の中で最長となる70年にわたっていた。新国王には、ワチラロンコーン皇太子が即位した。
 〈引用・参考文献〉池田大作著『世界の指導者と語る』潮出版社(『池田大作全集』第123巻所収)、「微笑の国・タイ王国――プーミポン・アドゥンヤデート国王陛下御撮影特別写真展」の図録(東京富士美術館編集・発行)、綾部真雄編著『タイを知るための72章第2版』明石書店ほか。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 金型一筋56年の代表取締役
 負けない一念で人生を開く

 【埼玉県所沢市】熟練の職人の表情が光る。「高い精度の技術と顧客対応の早さが、うちの売りです!」
 佐々木久雄さん(72)=西狭山ケ丘支部、副県長=は、プラスチック・・・。

◆〈信仰体験〉 暴力追放運動で全国表彰 
 この街の治安は俺が守る!


 【札幌市北区】北海道の交通の要・札幌駅から、地下鉄で北へ3駅進んだ「北24条駅」。1952年(昭和27年)に市電が、71年には地下鉄が開通し、駅周辺は人口が急増。

2017年2月14日 (火)

2017年2月14日(火)の聖教

2017年2月14日(火)の聖教

◆わが友に贈る


誓願と感謝の
勤行・唱題から
一日を出発しよう!
「苦楽ともに思い合せて」
生命練磨の日々を!

◆名字の言


きょう14日で熊本地震の発災から10カ月。4月に熊本で行われる新時代全国男子部幹部会へ、九州男子部が一丸となって対話拡大に奔走している▼福岡の男子部員は、一般廃棄物の収集運搬業務に就いて6年。昨春までは「きつい」「汚い」「危険」の“3K”が嫌で、転職しようか迷い続けていた。そんな時、男子部のメンバーに勧められ、唱題の挑戦を開始。使命の職場を模索していた時、熊本地震が発生した▼彼はボランティアで熊本を訪れ、災害廃棄物を運搬した。すると至る所で「ありがとう」と被災者から声を掛けられる。その中で彼の心は変わり始めた。自分がやっている仕事は「感謝される」「感動できる」「かっこいい」の“3K”じゃないか。よし、今いる場所で戦おう――。学会活動にも積極的に取り組み、今月、創価班大学校に入る予定だ▼御書に「いま南無妙法蓮華経と唱える日蓮とその門下の住所は、それが山であり、谷であり、広野であっても、全て寂光土である」(781ページ、通解)と。信心の炎が胸に燃えていれば、どんな場所も幸福への最高の環境となる▼熊本を訪れた際、つぼみの膨らんだ桜を目にした。大地にしっかりと根を張り、開花への歩みを止めない姿が、人生をつかもうと進む若き友に重なった。(剣)

◆〈寸鉄〉 2017年2月14日

 全国のB長・白ゆり長が
 躍動。地域広布の先駆者
 よ!二月闘争を勝ち飾れ
      ◇
 岡山の日。求道の勇者は
 いつも晴れやか!共戦の
 心で地域に福徳の大輪を
      ◇
 非暴力は万人が等しく行
 使できる力―偉人。臆病
 の壁破り対話の最前線へ
      ◇
 砂漠化が世界で進む。日
 本人は意識低いと。依正
 不二の哲理を時代精神に
      ◇
 雪崩、落雪に警戒。短期間
 に大量積雪が特に危険。
 「無冠の友」よ安全第一で

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   三十六



 山本伸一は、人類の危機が現実化しつつあるなかで、地涌の菩薩の連帯は世界九十数カ国に広がり、日蓮仏法が唯一の希望となっていることに言及し、未来への展望に触れた。
 「いまだ世界にわたる平和と文化の実現は、緒についたばかりの段階でありますが、この地球上には、確実にその種子は植えられ、芽をふいております。これについては、私も今まで努力を積み重ねてまいりました。しかし、本格的に取り組むのはこれからであり、信仰者としての私どものなすべき大きな未来図として描いていかねばならない。
 平和、文化の魂は宗教であり、その潮流の力は、国家を超えた人間の力であります。古来、文化とは宗教が生命であった。
 平和もまた、人間の心の砦のなかに築いていくしかない。一つの基盤が整った時は、恒久的な文化、平和へと歴史の流れを私どもの力でつくっていくしかないのであります」
 宗教者が、宗教という枠のなかだけにとどまり、現実世界の危機に目をふさぐなら、その宗教は無用の長物といってよい。宗教は社会建設の力である。仏法者の使命は、人類の幸福と世界の平和の実現にある。ゆえに日蓮大聖人は、「立正安国」を叫ばれたのだ。
 文豪トルストイも、こう記している。
 「宗教は、過去に於けると同様に、人間社会の主要な原動力であり、心臓であることに変わりない」(注)
 伸一は続けた。
 「ともあれ、ここに広布の山並みが、はるかに展望し得る一つの歴史を築くことができました。既に広布への人材の陣列も盤石となり、あとには陸続と二十一世紀に躍り出る若人が続いている。まことに頼もしい限りであります。私どもは、この日、この時を待ちに待った。これこそ、ありとあらゆる分野、立場を超えて結ばれた信心の絆の勝利であり、人間の凱歌であります」
 それは、彼の勝利宣言でもあった。
 創価学会が、わが同志が成し遂げた、厳たる広宣流布の事実は永遠不滅である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「宗教とは何ぞや並びに其の本質如何」(『トルストイ全集18』所収)深見尚行訳、岩波書店=現代表記に改めた。

【聖教ニュース】

◆総東京女子部が大会 原田会長が出席 
 対話・友情・人材拡大の青春劇を
 池田先生ご夫妻がメッセージ贈る

             
新時代の「二月闘争」を勢いよく前進する本陣・総東京女子部の友。大会では、東京の歌「ああ感激の同志あり」を、スクラムを組んで高らかに合唱した。さあ、師と共に! 華陽姉妹と共に! 歓喜の道を、希望の道を、真っすぐに!(12日、東京戸田記念講堂で)
新時代の「二月闘争」を勢いよく前進する本陣・総東京女子部の友。大会では、東京の歌「ああ感激の同志あり」を、スクラムを組んで高らかに合唱した。さあ、師と共に! 華陽姉妹と共に! 歓喜の道を、希望の道を、真っすぐに!(12日、東京戸田記念講堂で)

 創価の春を告げゆく新時代の女性リーダーが一堂に――総東京女子部の大会が12日、巣鴨の東京戸田記念講堂で盛大に開催された。
 これには、池田大作先生ご夫妻がメッセージを贈り、各地で開かれたロマン総会の大成功を心から賞讃。
 そして、妙法とともに広宣流布に生きゆく青春こそ、「どんな人も、励ましで包みゆく歓喜の道」「どんな苦難も、福徳へと転じゆく希望の道」であると強調。「学会の庭は、すべての女性が幸福博士と光りゆく宝の城」だと訴えた。
 さらに、“私が祈り仏縁を結んだ人は必ず幸福になる”との大確信で、明るく愉快に前進をと念願。「良き華陽姉妹と支え合って、仲良くまた朗らかに、『対話の拡大』『友情の拡大』『人材の拡大』の青春の劇を勝ち飾っていただきたい」と望んだ。
 大会では、清水女子部長のあいさつに続き、調布総区の山口恵美子さん(部長)が活動報告。一対一の対話、“婦女一体”の訪問激励に走り抜き、先月行ったロマン総会の参加者数が昨年の3倍に。拡大の喜びのままに今、地域に友情の輪を幾重にも広げる模様を伝えた。
 田村総東京女子部長、井上第2総東京女子部長は、「総東京は一つ」との異体同心の団結で、東京凱歌の歴史を開こうと訴えた。
 原田会長は、池田先生がこれまで、間隙を縫って東京各地に激励の足跡を刻んだ歴史に言及。師の万感の期待と、世界広布の本陣・総東京で戦う誇りを胸に、ほとばしる若き生命力で、青春勝利の金字塔を断じて打ち立てようと語った。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆【希望航路】スペイン〈2〉1992年   育ちゆく“本物の人材”

 
エンリケ・カプート青年部長(現・理事長)と握手を交わす池田大作先生(1998年1月8日、東京牧口記念会館で)
エンリケ・カプート青年部長(現・理事長)と握手を交わす池田大作先生(1998年1月8日、東京牧口記念会館で)

  今、スペインSGIでは、青年を中心とする新入会者が、続々と誕生している。1991年を中心に起こった第2次宗門事件という障魔を越えて、スペインは“黄金時代”を迎えつつある――。

◆【この一節を胸に 行学に励む】大聖人直結
 御本仏の御金言を創価学会が実現!

          
2月16日は日蓮大聖人御聖誕の日。創価学会はこれまで、大聖人に直結して広宣流布を進め、末法の御本仏の御金言を現実のものとしてきました。今回は御書を拝しながら、「大聖人直結」について学んでいきます。 
 
〈Q〉信心を貫く上で、大事な姿勢とは何でしょうか?
〈A〉「日蓮が如く」との一念で、一歩も退かないことです。

 総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし(四菩薩造立抄、御書989ページ)
 創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、「信心は大聖人の時代に還れ」と語られていました。学会は、この言葉の通りに御書を拝し、御書の仰せのままに実践してきました。
 特に、第3代会長の池田大作先生のもと、「御本尊根本」「御書根本」の広布の勢いは一段と加速。学会は世界192カ国・地域に発展したのです。
 大聖人は「総じて日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹女も必ず守護されるであろう」(御書989ページ、通解)と仰せです。また、「日蓮と同意」(同1360ページ)など、大聖人と同じ決意に立つ重要性を訴えられています。
 大聖人は立宗宣言以来、あらゆる迫害や大難を勝ち越えて、妙法流布に生き抜かれました。そして自ら広布の先頭に立つとともに、弟子にも“私と同じように戦いなさい!”と呼び掛けられました。
 大聖人と同じ心で、さまざまな障魔の嵐にも、一歩も引くことなく戦い抜いてきたのが創価三代の会長であり、学会員です。この「戦う心」こそ、私たちが継承していく信心の根本姿勢です。

〈Q〉大聖人と同じ決意に立つには、どうすればよいですか?

〈A〉自身に具わる「師子王の心」を取り出して、戦い抜くことです。

 強敵を伏して始て力士をしる、悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし(佐渡御書、御書957ページ)
 大聖人は「強敵を倒して、はじめて、力ある者であると分かる。悪王が正法を破ろうとし、邪法の僧らがその味方をして、智者を亡き者にしようとする時は、師子王の心を持つ者が必ず仏になるのである」(御書957ページ、通解)と断言されています。
 御書には、「師子」「師子王」という言葉が多く見られます。師子が吼えれば百獣が従うように、仏の教説は人々の魂を揺さぶります。逆境に直面している時こそ、自らが師子となって、「師子王の心」で戦うことで、逆境を変えていくことができると説くのが、日蓮大聖人の仏法です。
 別の御書で大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190ページ)とも述べられています。
 「師子王の心」とは「勇気」と言い換えることもできます。また、「各各」と呼び掛けられているとおり、「師子王の心」は万人の胸中に存在します。それを取り出すための要諦こそ、師弟不二の強盛な信心の実践にほかなりません。
 大聖人が勇気ある信心の実践を門下に促したように、私たちもまた、一人一人が「師子王の心」を取り出して、「覚悟の信心」を実践していくことが重要なのです。

〈Q〉なぜ、学会は世界広宣流布を実現できたのですか?

〈A〉御書根本に、目覚めた一人が目の前の友を激励してきたからです。

 衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり、日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一渧・一微塵のごとし
 (撰時抄、御書288ページ)
 目覚めた一人が、次なる一人を呼び覚まし、拡大していくのが広布の方程式です。
 大聖人も「多くの川の流れが集まって大海となり、小さな塵が積もって須弥山となったのである。日蓮が法華経を信じ始めたのは、日本国にとっては、一滴の水、一粒の塵のようなものである」(御書288ページ、通解)と語られています。
 そして、「やがて法華経の題目を、二人、三人、十人、百千万億人と、唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう」(同ページ、通解)と宣言されています。
 学会は御本仏の仰せの通りに、目の前の一人を励まし、蘇生させてきました。その先頭に立ってきたのが創価三代の会長です。
 池田先生は語られています。
 「法華経は万人を目覚めさせる教えです。一人一人の無明を力強く打ち破って、法性の生命を呼び覚ます力がある。一人の『法華経の行者』が行動を起こせば、太陽の如く周囲の闇を照らし、晴らしていくことができます」と。
 「御本仏の仰せを決して虚妄にしない!」と立ち上がった一人の強盛な信心が次々に伝播することで、世界広宣流布は成し遂げられてきたのです。
〈智慧の扉〉 「実践の教学」の伝統
 大聖人は、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」(御書1361ページ)と仰せです。戸田先生は「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」と語っていました。
 一人一人が御書を学ぶことで、信が深まり、深まった信は、おのずと行動へとつながります。また、一つ一つの御金言を自身に当てはめ、人生を支える指針としていくならば、どんな事態に直面しても御本尊根本に立ち向かっていくことができます。
 学会員は「行学の二道」に徹する中で確固たる信心を確立してきました。この「実践の教学」こそ学会の伝統なのです。

◆〈婦人部のページ〉【白ゆりの輝き】 弘教に挑戦する白ゆり長・副白ゆり長 
  使命の舞台で幸の花を爛漫と
  池田先生の言葉から


本年は、若き日の池田先生が広布拡大の突破口を開いた「二月闘争」から65周年。先生は組織の最小単位である「組」(現在のブロック)に焦点を当て、歓喜の波動を広げた――。

【信仰体験】

◆【信仰体験】広島で被爆して―命の尊さを刻む料理人

2017年2月13日 (月)

2017年2月13日(月)の聖教

2017年2月13日(月)の聖教
 
新聞休刊日

2017年2月12日 (日)

2017年2月12日(日)の聖教

2017年2月12日(日)の聖教

◆今週のことば

体験に勝る雄弁なし。
信仰の喜び弾ける
明るい座談会を!
「冬は必ず春となる」
朗らかに希望を語れ!

◆名字の言


  「♨」は何のマーク?と聞かれたら、ほとんどの日本人は「温泉」と答える。だが、外国人に聞くと「温かい食べ物」などと返ってくるそうだ▼街中にあるトイレや非常口、車いすなどの案内用のマークを「ピクトグラム」という。日本では前回の東京五輪で生まれたものだが、経産省は2020年の五輪に向け、一部のピクトグラムを外国人にも分かりやすいものに変更するなど、検討を進めている▼一方、同じ東京五輪を目指して進む国家的プロジェクトが自動翻訳技術だ。AI(人工知能)の進化によって実用化は間近で、2020年には、これによる翻訳アプリが“おもてなし”の主役になるかもしれない▼テクノロジーや創意工夫によって、「物のグローバル化」から「人のグローバル化」への条件は急速に整いつつある。だがそれが即、平和につながるわけではない。逆に自国優先主義、排外主義の動きが世界各地で勢いを増しつつある情勢だ▼創価教育の父・牧口常三郎先生は、既に20世紀の初頭、「郷民」「国民」「世界民」の三つの自覚を併せ持つ必要性を訴えた。そうした意識変革を促す、広い意味での「教育」が、最も確実な国際理解への価値創造である。創価の平和・文化・教育運動の意義をかみしめたい。(灯)


◆〈寸鉄〉 2017年2月12日
 

 会長の思想には人類社会
 の課題見抜く先見性が―
 識者。青年が学び広めよ
      ◇
 きょう未来部の日。後継
 の宝を皆の激励で育成。
 受験生へ“祈りの応援”も
      ◇
 一日一日が一年で一番良
 い日と肝に銘じよ―哲人
 さあ挑戦!今を悔いなく
      ◇
 冷え込み続く季節。外出・
 入浴時の寒暖差に注意。
 健康な日々を賢き工夫で
      ◇
 介護理由に離職―企業の
 1割で1年以内に発生。
 対策急務。政治は総力を

◆社説  幸福は負けない生き方に  かけがえのない自分が輝く仏法


 早咲きの河津桜が、例年より早く開花し始め、訪れる人を楽しませている。伊豆半島の観光名所では、ピンクの河津桜と黄色の菜の花の競演が間もなく最高潮を迎えるという。それぞれが互いを引き立てる自然美に魅了される人も多いだろう。
 人もまた、自分だけの、自分の花を咲かせていける。
 「みんなちがって、みんないいんです」と語るのは電動車いすサッカー選手の永岡真理さん。「顔がちがう。背の高さがちがう(中略)障がいは、そんなちがいの一部であり、同時に私たち一人一人はちがう個性を持った、同じ人間です」(江橋よしのり著『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』講談社)
 桜が冬を越えて花を咲かせるように、どんな悩みや葛藤があっても、それと向き合い、ハンディを乗り越える生き方は、その人にしかない輝きを放つ。
 仏法は「桜梅桃李」の個性を輝かせる生き方を説く。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李――それぞれの特質を改めることなく、ありのままで咲き薫る姿を、「成仏」に譬えている。
 その軌跡は、嵐と悪戦苦闘する中で、かけがえのない自分の使命を見つける旅でもあろう。
 埼玉・所沢市の壮年部員。35歳の時、仕事中、右足を失う大事故に遭う。ベッドの上で動けず、ただ過ぎ去る日々。「なぜ俺が……」と恨んでも、何も変わらない。絶望する彼を立ち上がらせたのは、寄り添い、同苦してくれた同志の真心だった。
 彼は祈った。“自分にしかできない使命を果たしたい”。リハビリに挑戦し、ついに社会復帰を果たす。そんなある時、自分のように、右足を失った友人と出会う。対話を重ねる中、晴れて弘教を実らせることができた。同じ苦しみを味わった彼だったからこそ、友人と、勇気と希望を分かち合えたのだ。
 早く咲く花もあれば、遅く咲く花もある。しかし、どんな花も、必ず美しく咲く時が来る。法華経の薬草喩品に「仏の説きたまう所の法は 譬えば大雲の 一味の雨を以て 人華を潤して 各実を成ずることを得しむるが如し」(法華経254ページ)と。この文に触れ池田先生は「『人華』という言葉が好きです。個性を持った一人一人の人間の開花というイメージが強く出ています」と語る。
 全ての人が百花繚乱と咲き薫る社会を築きたい。それには、自分を信じ、励まし合って、今いる場所に根を張ることだ。負けない生き方に幸福は輝き、多様性の花咲く新時代が始まる。

◆きょうの発心  希望を彩るデザインを世界へ  2017年2月12日

御文
 心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり。設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし
(兄弟抄、1088ページ・編689ページ)

通解 わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない、とは六波羅蜜経の文である。たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。

 自身の弱い心には従わず、何があっても信心第一を貫く姿勢を教えられています。
 デザインの分野で実証を示したいと決意し、働き始めたものの、激務に追われ、疲れから大きな失敗もしてしまいました。逃げ出したくなる時もありましたが、“池田先生ならどうされるか”と、いつも心に問い掛け、挑戦を重ねてきました。
 気が付けば、広告・雑貨・菓子などのデザインや企画に携わることができ、夢に描いた通りの人生を歩んでいます。
 現在務める家具メーカーでは、売り上げに大きく貢献でき、表彰を頂くこともできました。信心の功徳に、感謝は尽きません。
 どこまでも池田華陽会の誇りを胸に、御本尊と御書を根本に、師弟不二の信心を貫き、幸福を彩る“妙法のクリエーター”として、世界へ希望の虹を懸けてまいりま
す。  第2総東京デザイングループ長 佐藤彩

【聖教ニュース】

◆新時代の二月闘争を走り抜け!

   
東京・港総区の総会では、河合総東京婦人部長があいさつ。創価グロリア吹奏楽団の演奏で、「青い海少年少女合唱団」が歌った(東京戸田記念講堂で)
東京・港総区の総会では、河合総東京婦人部長があいさつ。創価グロリア吹奏楽団の演奏で、「青い海少年少女合唱団」が歌った(東京戸田記念講堂で)

 新時代の「二月闘争」を走る友が11日、各地で集い合った。
 2・11「港の日」を記念する東京・港総区の総会は巣鴨の東京戸田記念講堂で開催。
  会合の冒頭、第2代会長・戸田城聖先生の生誕の日に当たり、原田会長の導師で厳粛に勤行・唱題を行った。
  集いでは、斎藤総区総合長に続き、須藤英男さんと宇都宮文子さんが活動体験を
披露。
 原田総区長、柚木同婦人部長は「師匠への報恩の心を燃やし、『黄金の港』から広宣拡大の旋風を巻き起こそう」と呼び掛けた。
 東京・杉並総区の地区部長・地区婦人部長会は、杉並文化会館で行われた。
 金澤総東京長が、本陣広布の先頭に立つ一人一人にと強調。佐藤総区長、佐藤同婦人部長は、師子となって、走り、叫び、仏縁と友好を広げて“常勝の杉並”の新たな歴史を築こうと訴えた。
 両会合に出席した原田会長は、広布の全責任を担い立ち、率先の行動に徹する中で新たな拡大の突破口は開かれると力説。“わが戦いを見よ”との心意気で東京凱歌を満天下に轟かせようと望んだ。
国際本部結成46周年の記念大会
 2・11「国際部結成の日」46周年を記念する国際本部の大会は、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で開催された。
 長野副国際本部長の後、中山プリシラさん、森口弥栄さんらが、経済苦や家族の病気などを信心で乗り越えた喜びのドラマを語った。
 吉郷国際本部長が、世界の友と心を一つに青年拡大に挑もうと強調。笠貫SGI女性部長の後、池田主任副会長は、戸田先生が訴えた「地球民族主義」に言及。平和の大哲学を胸に、さらなる活躍をと念願した。
関西常勝大学校第2期が開講
 関西の壮年・婦人部の人材グループ「新時代 常勝大学校」第2期の開講式は、大阪市の関西池田記念会館で行われた。
 本年は、池田先生が権力の魔性との人権闘争を宣言した「大阪大会」から60年。今再びの師弟の誓いを新たにする集いとなった。
 山内関西長は「新しい人材を温かく育みながら、リーダー率先で仏縁を広げ、広布拡大の水かさを増していこう」と強調。直里同婦人部長は「破竹の勢いで弘教に挑み、永遠に崩れぬ“青年錦州城”を」と訴えた。
 水岡るり子さん、東秀司さんが活動報告。谷川主任副会長は、戸田先生への報恩感謝を胸に、池田先生が常勝関西を築いてきた歴史に言及。弟子の私たちも、弘教の大行進で、師弟共戦の劇をつづろうと念願した。


【先生のメッセージ・特集記事】


◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 感謝の心で人生は輝く

 感謝がある人は幸福である。
 心には豊かさがあふれ、
 喜びに満ち、
 生き生きとして明るい。
 福徳が輝く。
 感謝のない人は不幸である。
 いつも、不平と不満、
 嫉妬と恨みと愚痴の
 暗雲が渦巻いている。
 だから、人も離れていく。
 わが人生を輝かせゆく源泉は、
 報恩感謝の一念にこそあるのだ。
 
 誰のどのような行いによって
 今の自分があるのか。
 そのことを深く知り
 感謝することで、
 自己を最も強く肯定し、
 自分自身の存在の基盤を
 確立することができる。
 自身の基盤を確立することは、
 自分自身の大いなる
 発展の土台となるのである。
 報恩とは、
 自身の可能性を最大に開いていく
 「人間革命」の挑戦なのだ。
 
 大文豪ゲーテは言う。
 「感謝しなければならぬ人と
 出あいながら、
 感謝をわすれていることが、
 どんなにしばしばだろう」
 その通りである。
 陰で支えてくれた方々に、
 感謝の声を掛けていくことだ。
 決して
 当たり前と思ってはならない。
 声一つ、言葉一つで、
 人間の心は動く。
 その心が一切を決める根本だ。
 
 感謝を忘れず、
 報恩に徹すれば、
 自ずから
 為すべき行動は定まる。
 必ず無限の勇気と智慧が、
 滾々と
 湧き起こってくるのだ。
 感謝の人は光る。
 報恩の世界は栄える。

 


 沿道には、池田大作先生の訪問を心待ちにしていた同志の姿があった。1988年(昭和63年)2月のシンガポール。感謝の思いを込めて、先生は車内からシャ
ッターを切った。
 感謝のない人は、自分のために人が何かをしてくれても「当たり前」だと思う。この「当たり前」を「ありがとう」の言葉に置き換えれば、どれだけの人が笑顔になるだろうか。地域へ、社会へ、笑顔を広げゆく感謝の人でありたい。
 ※ゲーテの言葉は大山定一訳「ゲーテ格言集」、『ゲーテ全集第11巻』所収、人文書院。

◆〈世界の識者の眼〉 オランダの平和団体「PAX」 セルマ・ファン・オーストヴァーズ氏 
   核兵器なき世界へ青年の連帯を
   私たちが平和実現の世代に


 創価学会、SGIでは、戸田先生の原水爆禁止宣言を原点に、核兵器廃絶を訴えてきた。宣言発表50周年となった2007年からは、池田先生の提案を受けて「核兵器廃絶への民衆行動の10年」を開始。国際NGOと協力し、草の根の運動を展開してきた。昨年12月、国連総会の席上、2017年に「核兵器禁止条約」制定への交渉開始を求める決議の採択を巡り、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が軒並み反対を示す中、オランダのみが反対を回避して棄権したが、その強い後押しとなったのが、同国の平和団体PAXが推進した署名活動だった。その模様をPAXのセルマ・ファン・オーストヴァーズ氏に聞いた。
国会を動かした4万5千の署名
 ――「核兵器禁止条約」の交渉開始決議へ、PAXではオランダの賛成を求める署名活動を展開されました。結果、NATO加盟国がおしなべて反対する中で、オランダだけが決議案への反対を回避して棄権するに至りました。
 
 ファン・オーストヴァーズ氏 民衆の声が勝った。そう言えると思います。
 オランダでは4万人以上の国民の署名が集まれば、直接、国会の議題として提出できる制度があります。オランダSGIの友人の皆さまにもご協力をいただき、4万5000人もの署名を集めることができました。署名は国会に提出され、論議の対象となりました。
 私も連日、路上で署名をお願いしました。
 いまだに1万5000発もの核弾頭が存在していること、オランダもその状況を容認していること、しかし市民の声を合わせれば必ず変えられること……。
 行き交う人々に、一人の市民として何ができるかを一緒に考えようと地道に訴えてきました。
 オランダはNATOの一員であり、決議案の反対を迫られていました。しかし外務大臣も、国民の声を無視し続けるわけにはいかないと判断し、決議案の採決を棄権したのです。草の根の行動が実を結んだといえます。
 また、棄権に大きな影響を与えたのが、日本の被爆者とオランダの国会議員の面会だったと思います。日本から来られた生存者の方々をPAXで仲介し、国会議員に紹介しました。
 “あと10年もすれば、被爆体験を語れる人も限られてしまいます。次の世代を担う方々の手で、核のない世界をお願いします”。被爆体験を通して訴える姿に、涙を浮かべて核廃絶への尽力を誓う議員もいました。
全ての指導者が被爆地を訪れよ
  ――PAXで反核を担当されています。反核に携わるきっかけは何だったのでしょうか?
 
 ファン・オーストヴァーズ氏 2011年にPAXに加わりました。
 PAXはオランダをベースに活動しています。主に紛争地域の国々の市民を守るために、市民と政府関係者の連携をサポートしています。
 もともと私は、子どもの人権等の分野を担当していましたが、核兵器への理解を深めるうちに、地球から絶対に核をなくさなければならないとの使命を感じました。
 ある時、日本の被爆者の方がオランダに来られたのですが、その体験を聞いて、胸を打たれました。本や映像等の資料で見知ってはいましたが、実際の体験談に圧倒されたのです。
 「生きている間に核をなくしたい」――その叫びに、なぜ指導者は応えられないのか。なぜもっと積極的な行動に出られないのかと、歯がゆい思いです。
 ――昨年も来日し、広島を訪問されています。実際に広島を訪れての印象を教えてください。
 
 ファン・オーストヴァーズ氏 世界の全ての指導者が被爆地を訪れるべきです。
 8月6日の式典に出席し、いまだに後遺症で苦しんでいる方のもとにも伺って、当時の模様を聞きました。二度とこのようなことを起こしてはいけない――そう感じたのとともに、70年以上の時間がたっているのに、まだこの状況なのかと憤りを覚えました。
 国民の命を預かるはずの指導者が、考えを転換できていない。イニシアチブを取ろうとしないのです。個々の状況がどうあろうと、そこを平和の方向へかじを切っていくのが、指導者の役割ではないかと思います。
 ともかく世界中の人が被爆地を訪れることで、平和の意識が変わっていくと確信します。
核廃絶への歴史的なアプローチ
 ――一昨年8月、広島で開催された「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を機に発足した、核廃絶を求める青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の共同代表も務められています。
 
 ファン・オーストヴァーズ氏 若い世代がするべきことは何かを語り合う中で、ごく自然に「アンプリファイ」の連帯ができていました。
 現在、SGI等と連携を取り合って活動をしていますが、異なる宗教や文化的背景を持つ人々が一緒になって活動する重要性を感じます。
 昨年10月の国連総会第1委員会で、PAX、SGIをはじめとする23団体が、「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」として共同声明を発表することができました。核廃絶への歴史的なアプローチになったと思います。
 それぞれの団体が、何を一番大切に考えるか。その根本の理念に立ち返るのであれば、必ず意義のある連帯を築けるはずです。
 SGIは多くの国に広がっており、世界にネットワークがあります。
 どの国のメンバーにも平和の思想や生命への尊厳、献身的な精神が息づき、社会活動にも積極的に取り組んでいます。このような連帯は、大変に貴重です。
 この5年間、反核に携わってきました。
 当初は、大多数の人が政治的な進展は見込めないと考えていました。ですが、署名活動や国連での共同声明といった運動に呼応するように、オランダ国内にあっても非核への論調の高まりを感じます。何より、運動の主体者自身の、核廃絶への確信が強まっている印象を受けます。
 この動きをさらに強めていき、核のない平和な時代を、私たちの世代で実現していきます。
 Selma van Oostwaard オランダの平和団体PAXで反核のネットワークを広げる。核兵器禁止条約の制定に向け、オランダに交渉開始の賛成を促す署名活動の中心的役割を担った。核兵器廃絶を求める青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の共同代表も務める。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 しあわせ家族〉 氏子総代の家に嫁ぎ 27年で一家和楽を実現 
 春呼ぶ 母の祈り

2017年2月11日 (土)

2017年2月11日(土)の聖教

2017年2月11日(土)の聖教

◆わが友に贈る


創価の師弟の精神こそ
前進と勝利の力だ!
報恩の戦いと実証で
二月闘争を荘厳し
青年拡大の大潮流を!


◆名字の言


  創価学会の青年平和会議議長会が広島で行われ、原爆資料館を訪れた(5日)。その敷地内では今も発掘調査が続く。溶けた牛乳瓶、被爆した瓦など、72年間眠っていた生活用品が掘り出される。「市民の日常を一発の原子爆弾が奪ったんです」。案内した壮年の声に、一行は耳を傾けた▼戦争の悲劇の歴史を持つドイツ。同国では、ナチス関連の遺産を保存し、積極的に公開している。学校教育でもユダヤ人迫害の歴史を伝えることに多くの時間をかけている▼メルフェルデン・ヴァルドルフ市にも、ナチスが建設した強制収容所があった。そこから400メートルの至近に立つフランクフルト池田平和文化会館では、遺品「コップの破片」を展示。地元の中高生が歴史を学ぶ場としても活用されている▼ガス室、飢餓、発疹チフス――収容所では、日常に「死」があふれた。精神医学者フランクルは『夜と霧』で、自身の苛酷な体験を世界に伝えた。「わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と」(池田香代子訳、みすず書房)▼記憶をつなぐ努力があってこそ、平和は築かれる。我らは第2代会長・戸田先生の遺した核兵器廃絶の叫び、地球民族主義を広げる誓いを新たにしたい。きょう恩師生誕の日。(子)


◆〈寸鉄〉 2017年2月11日

 戸田先生の生誕日。不二
 の弟子が全ての構想を実
 現。後継よ陸続と出でよ
      ◇
 国際部結成の日。語学と
 人格磨く新時代の賢者。
 人々の心を結ぶ大行進を
      ◇
 目的を見つければ手段は
 ついてくる―偉人。学会
 と歩む誉れの人生を堂々
      ◇
 子供座席、6割が不適切
 な取付。致死率は29倍と。
 油断排して子の命を守れ
      ◇
 人との繫がりが防災の鍵
 ―専門家。人間関係が希
 薄な現代。近隣を大事に

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十五
 
 


 山本伸一は、四月二十四日付の「聖教新聞」一面に所感「『七つの鐘』終了に当たって」と題する一文を発表した。
 これは、学会の首脳幹部と検討して、決まったことであった。
 彼は、学会が目標としてきた「七つの鐘」の終了にあたり、苦楽を分かち合って戦ってくれた同志へ、感謝を伝えるとともに、新しい出発への心の準備を促したかった。
 「私どもは、初代牧口会長以来、広宣流布の大道に向かって、七年ごとのリズムを合言葉にして進んでまいりました。ここに来る五十四年(一九七九年)五月三日を中心に、ついに『七つの鐘』の総仕上げともいうべき記念の日を迎えることができました」
 そして、慈折広布の聖業に不屈の奮闘を重ねてくれた同志に、深甚の敬意を表した。
 「戸田前会長逝いて二十一年、私もおかげさまで会長就任から満十九年、あしかけ二十年に及ぶ長き歳月を、皆様方と共に苦難と栄光の歴史を綴り、今日にいたりました。
 浅学非才な私を、陰に陽に、守り支えてくださり、広布のために走りに走ってくださった妙法の勇者の皆様方に、重ねてここに謹んで感謝いたします。この貴重な足跡は永遠の生命の宝となることを確信していただきたいのであります。
 もとより、私どもは、末法の凡夫の集いであります。幾多の試行錯誤もありました。前進もあり、後退もありました。しかし、常に波浪を乗り越え、上げ潮をつくり、その潮流を、立正安国と人類の幸福と平和のために安定ならしめる努力を傾けてきたのであります」
 伸一には、断固たる確信があった。
 “日蓮大聖人の仰せ通りに、死身弘法の実践をもって広宣流布の道を切り開いてきたのは誰か――それは創価学会である。私と共に身を粉にして戦ってくれた同志である!
 まさに、創価の旗のもとに地涌の菩薩が雲集し、大聖人の御遺命たる『末法広宣流布』を現実のものとしてきたのだ。学会なくば、大聖人の言説も虚妄となるのだ!”

〈池田先生と共に 新時代を進む〉   〈4〉ああ感激の同志あり!
 

   全国各地の大雪、暴風雪による被害にお見舞いを申し上げます。農作物への影響なども案じております。
いまだ寒さも厳しく、わが宝友の健康・長寿、なかんずく、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さま方の絶対無事故を、さらに強盛に祈ります。
                               
                                                                   ― ◇ ―
戸田城聖先生の生誕の日(2月11日)に当たり、恩師記念会館で報恩感謝の勤行を行った(10日)。
「報恩抄」の文段には、「若し法を伝えて衆生を利せば、畢竟、恩を報ずるなり」と示されている。
師恩に報いる最上の道は、妙法を語り、一人でも多くの友と仏縁を結び、幸福の人生へ導くことである。
戸田先生は、広宣流布の拡大、立正安国の進展を何より願われた折伏の大師匠であられる。青年部を先頭に、新たな二月闘争が、日本中、世界中で繰り広げられていることを、最も喜んでくださるに違いない。
                                                                                                                                                                                                                       ― ◇ ―
恩師は、1900年(明治33年)の生まれ。文字通り、20世紀に輝きわたる不滅のご生涯であられた。
それからまさに百年の時を経て誕生したのが、今の未来部のメンバーである。
先生が呼び出された地涌の人材群は、もはや何ものも押しとどめることのできない潮流となった。
恩師記念会館には、少年少女希望絵画展の作品が展示されていた。皆、本当に上手であり、若き価値創造の生命が生き生きと、また伸び伸びと躍動している。
創価後継の若人たちが、21世紀を限りなく照らし晴らしゆく未来へ、私の心は限りなく広がる。
会館には、我ら東京の歌「ああ感激の同志あり」の歌詞も掲げられていた。
戸田先生にお聞かせする思いで、妻と口ずさんだ。
〽おお東天に 祈りあり
元初の生命の 曙は
春の桜の 匂うごと
喜び勝たなん 力あり
総本部の桜も、寒風に負けず蕾を膨らませている。
功徳満開の創価の大桜を、今年も恩師に捧げたいと祈る日々である。

【聖教ニュース】

◆きょう2・11 戸田城聖先生 生誕の日 
 来月 戸田平和研究所が国際会議

 きょう11日は、創価学会第2代会長・戸田城聖先生の生誕の日である。
 地球上から「悲惨」の二字をなくそうと、地球民族主義を掲げ、原水爆禁止宣言を発表するなど、平和と人道のために闘い抜いた、戸田先生――。
 その精神をとどめる戸田記念国際平和研究所(創立者・池田大作先生)が3月、総合研究会議「激動する現代世界における地球的平和への挑戦」を東京で開催する。
 会議はニュージーランドのオタゴ大学国立平和紛争研究所との共催で、戸田研究所の上級研究員のほか、欧米諸国をはじめ国際的に評価の高い平和研究機関から、著名な研究者・識者が参加を予定している。
 英国のEU(欧州連合)離脱や米国の新政権誕生など、特に先進国において従来の価値観やルールが大きく揺らぎ始めていることを踏まえ、激動する現代世界の実情を分析し、今後の国際社会に平和と安定を生み出すための方途を議論する。
 また、戸田研究所の具体的な展望についても意見交換し、国際的な平和研究機関との協力のネットワークを広げる。

◆池田先生ご夫妻 恩師記念会館で 師の遺徳を偲び勤行 

 戸田先生の生誕117周年となる2月11日を前に、池田先生と香峯子夫人は10日午前、東京・新宿区の創価学会恩師記念会館を訪れ、厳粛に勤行・唱題。死身弘法の大闘争を貫き、世界広布の礎を築いた恩師の崇高な生涯を偲ぶとともに、新時代の「二月闘争」を進む全同志の健康・幸福・勝利を深く祈念した。

◆結成60周年を記念 首都圏女子学生部が大会 
池田先生ご夫妻がメッセージ 原田会長が激励

新しい「女性の世紀」の構築へ、仲良く朗らかに前進する首都圏女子学生部の友。大会では、学生部の淵源に迫る結成60周年記念の研究発表が行われた(巣鴨の東京戸田記念講堂で)
新しい「女性の世紀」の構築へ、仲良く朗らかに前進する首都圏女子学生部の友。大会では、学生部の淵源に迫る結成60周年記念の研究発表が行われた(巣鴨の東京戸田記念講堂で)

 創価学会学生部の誕生は、1957年(昭和32年)6月30日。第2代会長の戸田先生が出席し、東京・麻布公会堂で学生部結成大会が行われた。
 逝去9カ月前の戸田先生が、良き社会の建設を願い、池田先生と師弟して結成した最後の部こそ、英知の学生部である。
 以来、60星霜。その佳節を記念する首都圏女子学生部の大会が10日、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
 これには、池田先生ご夫妻がメッセージを贈り、女子学生部の健闘を心から賞讃。平和と友情のスクラムの拡大へ、良き華陽姉妹と何でも励まし合いながら、共に祈り、学び、勇気と前進の一日一日をと呼び掛けた。
 大会では、伊藤女子部書記長の後、2人のメンバーが活動報告。
 加芝菜結さん(3年)は先日、池田先生の励ましの言葉を胸に、高校時代の友人との仏法対話に臨んだ。友人は創価家族の温かさに触れ、会合にも参加するようになり、共に学会理解を深めている。加芝さんは「師と心を合わせれば、限りない勇気が湧きます」と語った。
 長内麗奈さん(4年)は就職活動がうまくいかず、不安でいっぱいだった。その中で、青年部教学試験2級に挑戦。開目抄の「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)を拝し、“絶対に負けない!”と心が定まった。信心根本に努力を重ね、希望通りの職場にも内定。「題目こそ、絶対勝利の力です」と述べた。
 横井女子学生部長は結成60周年を迎える今こそ、勇気の対話で福智のスクラムの拡大をと訴えた。
 原田会長は、学生部時代の努力で培った人格と教養は「人生の土台」「生涯の財産」になると強調。池田先生の万感の期待を胸に、「行学の二道」に率先しながら、新たな青春勝利の歴史を築こうと念願した。
 (3面に大会の関連記事を掲載)

【先生のメッセージ・特集記事】
                         

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ 女子部教学室〉 佐渡御書㊤

   
広布の労苦を惜しまず、真っすぐに幸福の軌道を(1月22日、茨城文化会館での総茨城女子部本部長会)=茨城支局・佐川正洋通信員

 今月から2回にわたり、「佐渡御書」を学びます。
 第2代会長・戸田城聖先生はかつて、論文「佐渡御書を拝して」に次のように記されました。
                                                      
【信仰体験】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 信仰体験 周りと違うから輝ける


渋谷の街でほほ笑む松本幸子ソニアさん
 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 若者と希望」。信仰体験のページでは、アルゼンチンと日本育ちの「2人の松本さん」を取材した。

2017年2月10日 (金)

2017年2月10日(金)の聖教

2017年2月10日(金)の聖教

◆わが友に贈る


リーダーの本領は
励ましのスピードだ!
時を逃さぬ真剣さだ!

報告・連絡を綿密に
電光石火で友の元へ!

◆名字の言


   駅のホームで手伝いを必要とする人がいる。「何かお困りですか?」と声を掛けようか躊躇するうちに機を逸してしまった。こんな経験はないだろうか▼善行をなすときには勇気が必要だが、こうした場合は勇気のあるなしよりも、むしろ“習慣になっているかどうか”で行動が違ってくるだろう。ある文化人は、困っている人に自然に手を差し伸べることが「自分の人生の一部になる必要がある」と指摘する▼アメリカでは10代からホームレスへの炊き出しなどを重ねることで、ボランティア精神を身に付けるという地域がある。やり方はさまざまあるにしても、自分の小さな世界にとどまることなく、同じ「人間として」行動する日頃からの訓練や教育が重要といえる▼海外の企業から日本の企業のトップに就いた人が、「愕然としたことがある」と言っていた。一つは、日本社会に「社会貢献の文化が乏しい」こと、もう一つは「女性の登用など多様性が乏しい」こと。ただ前者は、東日本大震災を契機に「急速に根付いてきた」とも▼仏法は「同苦」の姿勢――自分の心の中に他者を置き、相手を理解する努力と行動を教える。震災から間もなく6年。被災地の「苦しむ心」を置き去りにせず、同苦し続ける自分でありたいと思う。(側)


◆〈寸鉄〉 2017年2月10日
 

 
会長が訴える団結の思想
 こそ社会に必要
―裁判官
 結合は善。心結ぶ対話を
      ◇
 
信仰は生活であって観念
 の遊戯でない
―戸田先生
 仏法は勝負。強き祈りで
      ◇
 「
鏡に向って礼拝を成す
 時浮べる影又我を礼拝

 御書。真心の激励は通ず
      ◇
 家庭の節電が低炭素社会
 の要。空調の温度設定等
 賢く。2月は
省エネ月間
      ◇
 
日中国交正常化45年の本
 年、各地で催し。民衆交流
 ・文化交流で絆を万代へ

◆社説  あす戸田先生の生誕日  「永遠の五指針」胸に幸福の王道を


 あす2月11日は、第2代会長・戸田先生の生誕日。1900年(明治33年)に石川県で生まれ、本年で117年となる。
 
 第2次世界大戦中、軍部政府からの弾圧と戦い抜いた戸田先生。43年(昭和18年)には、初代会長・牧口先生と治安維持法違反ならびに不敬罪の容疑で逮捕・投獄され、翌年11月18日に牧口先生は獄死される。出獄した戸田先生は、学会の再建に一人立ち、生涯の願業として75万世帯の弘教を掲げ、民衆の真っただ中に飛び込んでいった。
 病を患う壮年には病院まで一緒に行こうと語り、寄り添った。夜遅く指導を受けに来た同志には、床に就いていた体を起こし、「よく来たね。さあ、話を聞こう」と迎えるなど、人間主義の対話で悩める庶民に慈愛の声を送り続けた。
 57年(同32年)12月、学会は75万世帯を達成。開けゆく未来を展望した戸田先生は、同月の本部幹部会に「三指針」を伝言として送る。
 池田先生は、2003年(平成15年)、新たに2項目を加え、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」からなる「永遠の五指針」を示された。
 指導集『創価学会永遠の五指針』で池田先生は、そこに込められた恩師の思いについて、「全同志を、一人ももれなく幸福に導くために、一人一人が目指すべき信心の在り方を、また、そもそも、何のための信心なのかを、明確に示し留めておこうとされた」と述べている。
 大阪に住む婦人部員の夫が急逝した際に池田先生は、中学生と小学生の子どもを抱え途方に暮れるその婦人に念珠を贈り、励ました。半年後には子どもたちへ「お父様の代わりに、いつも見守っています」と伝言し、さらに1年後には、桜並木の絵はがきを石川の地から送った。
 婦人は、「どこにいても即座にお便りで励まされるんや、とびっくりした。ほんまにありがたかった」と述懐する(『民衆こそ王者』第3巻)。
 池田先生は、かつて“会長とは、どういうお仕事ですか?”と聞かれ、「人生励まし業」と答えたように(「大白蓮華」2011年5月号)、「一人ももれなく幸福に」との恩師の心をわが心として、苦しむ一人に、一貫して希望の言葉を届けてきた。
 三代会長の願いが込められた「永遠の五指針」を胸に、学会活動という「幸福への王道」をきょうも同志と共に歩みたい。

◆きょうの発心   広布の労苦は全て福運となる2017年2月10日

御文
 仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり(諸経と法華経と難易の事、992ページ・編1275ページ)
通解 仏法は本体であり世間法はその影のようなものである。体が曲がれば影はななめになる。

 信心という根本が曲がると、生活も乱れてくる、と教えられています。
 
 男子部時代、学会の兼任役職の両立に悩んだ時、先輩から“将来には全てが福運になるから”と激励を受けました。以来、未来部や創価班をはじめ、さまざまな責任を果たす中で、信心の土台を築くことができました。
 「信心は一人前、仕事は三人前」との学会指導を指針として、建築会社の経営にも奔走。  2008年(平成20年)、リーマン・ショックの影響で、経営が窮地に。しかし、大変な時だからこそ学会活動に励もうと決意。同じく仕事で悩む同志の激励に徹し、共に題目を唱えました。
 それから間もなく、多くの同志が困難を克服し、わが社も危機を乗り越えることができました。
 現在、本紙の通信員と配達員も務めています。配達員の笑顔に触れて、自ら購読を希望する友人が現れるなど、広布の機関紙を届ける使命の深さを実感しています。
 これからも池田先生への報恩の思いを忘れず、師弟共戦のロマンを掲げて、仕事と学会活動に全力で臨んでまいります。 愛知・豊橋総県副総県長 鈴木登志明

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十四




 四月二十二日、山本伸一は総本山に足を運んだ。日達法主と面会するためである。
 うららかな午後であった。澄んだ空に、富士が堂々とそびえていた。雪を被った頂の近くに雲が浮かんでいる。山頂は、風雪なのかもしれない。しかし、微動だにせぬ富士の雄姿に、伸一は心が鼓舞される思いがした。
 彼にとって法華講総講頭の辞任も、学会の会長の辞任も、もはや未来のための積極的な選択となっていた。
 もちろん辞任は、宗門の若手僧らの理不尽な学会攻撃に終止符を打ち、大切な学会員を守るためであった。しかし、「七つの鐘」が鳴り終わる今こそ、学会として新しい飛翔を開始する朝の到来であると、彼は感じていた。また、これまで十分な時間が取れず、やり残してきたこともたくさんあった。世界の平和のための宗教間対話もその一つであったし、功労者宅の家庭訪問など、同志の激励にも奔走したかった。
 伸一は日達と対面すると、既に意向を伝えていた法華講総講頭の辞任を、正式に申し出た。そして、二十六日には辞表を提出する所存であることを告げた。日達からは、「総講頭の辞表を提出される折には、名誉総講頭の辞令を差し上げたい」との話があった。
 さらに伸一は、十九年の長きにわたって創価学会の会長を務めてきたが、学会がめざしてきた「七つの鐘」の終了にあたり、会長も辞任するつもりであることを述べた。
 彼は、新しい体制になっても、平和、文化、教育の運動に力を入れながら、皆を見守っていくこともできると考えていた。
 学会は、民衆の幸福のため、世界の平和のために出現した広宣流布の団体である。ゆえに、その広布の歩みに停滞を招くことは、断じて許されない。彼は、自分は自分の立場で新しい戦いを起こす決意を固めるとともに、創価の新しき前進を祈りに祈り抜いていた
 “必死の一人がいてこそ道は開かれる。わが門下よ、師子と立て! いよいよ、まことの時が来たのだ”と、心で叫びながら――。

【聖教ニュース】

◆北米・オセアニア教学研修会 フロリダで3カ国200人の青年が求道の心燃やし参加  
   池田先生が若き友にメッセージ贈る 

師弟の絆、同志の絆は永遠! アメリカ・カナダ・ニュージーランドの青年部の友が、広布への深き誓いを胸に(4日、米フロリダ自然文化センターで)
師弟の絆、同志の絆は永遠! アメリカ・カナダ・ニュージーランドの青年部の友が、広布への深き誓いを胸に(4日、米フロリダ自然文化センターで)

 人間主義の大哲学を胸に、世界広布新時代の建設を!――求道の心みなぎる「北米・オセアニア教学研修会」が3日から6日(現地時間)まで、アメリカのフロリダ自然文化センターで開催された。これには、アメリカ・カナダ・ニュージーランドから青年部の代表約200人が参加。池田大作先生は“幸福と平和への智慧を学び、一段と輝かせながら、「人間革命」即「広宣流布」の潮流を、いよいよ力強く拡大していこう”とメッセージを贈り、若きリーダーたちに最大の期待を寄せた。
 2月のフロリダは、1年で最も快適で、自然の彩りが人々を魅了する季節だ。
 澄んだ青空と緑の芝生。さわやかな風にそよぐヤシの木。そして、陽光にきらめく湖――。センターの豊かな環境が、最高の鍛えの舞台を提供する。
 研修会では、福田SGI(創価学会インタナショナル)副教学部長の担当で、計10時間にわたり、講義と質問会を開催。池田先生の『開目抄講義』や御書「檀越某御返事」を学んだほか、「世界広布新時代と我らの使命」のテーマで、ここ3年間の学会会則改正の意義を学び深めた。
 アメリカ青年部では、2013年から池田先生の著作を学ぶ運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」を活発に展開してきた。
 毎月、本部等の単位で青年部が集い、『法華経の智慧』を研さん。先月29日には、その成果を問う試験が全米93会場で実施された。
 仏法の研さんは信仰への強き確信と歓喜を生み、各地で弘教が大きく伸展。昨年は全米で約5000人の新青年部員が誕生するなど、人材拡大の潮流が勢いを増している。
 今回の研修会は『開目抄講義』を新たな教材とする、同アカデミー第2期の発足の意義を込めたもの。そして、次の目標である18年11月18日へ、さらなる連帯の拡大を誓い合う場でもあった。
 ウィトコスキー青年部長は、「『開目抄講義』の研さんを通し、師弟の誓願こそ広布実現の原動力であると胸に刻みました。行学二道の前進で、断じて新たな歴史を開きたい」と熱い思いを。
 また参加者は口々に決意を語っていた。
 「研修を通し、困難に直面した際に“池田先生ならどうされるか”を考えることが重要だと分かりました。わが地域に、平和の城を築きます」(米ニューメキシコの女子地区リーダー)
 「どうすれば壁を破れるかを学びました。一刻も早く自分の地区に帰って、それを皆に伝えたい。わが地区を必ずカナダ広布前進の原動力にしていきます」(トロントの男子地区リーダー)
 研修会では代表による体験発表も。信心根本に苦闘を乗り越えた報告、友人への弘教が実った喜びの報告が行われるたびに、総立ちの大拍手が起きる。
 皆の決意と歓喜が爆発したのは、最終日に先立って行われた5日夜の閉講式。参加者一人一人に修了証書が手渡され、最後に全員で肩を組んで学会歌「フォーエバー・センセイ」を大合唱した。
 1番、2番、3番と進むほどに、歌声は力強さを増していく。“先生、私たちは断じてわが国、わが地域の広宣流布を成し遂げます!”――各国・各地から集った200人の心は、やがて一つに。若き地涌の同志は、未来へ向かって雄々しく飛翔を開始した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 インタビュー デンバー大学 教授 ベッド・ナンダ博士
  人類的課題に立ち向かう
         
1997年9月、池田先生と対談を行ったベッド・ナンダ博士㊧(東京・新宿区内で)。その後も、東京とデンバーで出会いを重ね、人類の未来を志向する対話を続けてきた
1997年9月、池田先生と対談を行ったベッド・ナンダ博士㊧(東京・新宿区内で)。その後も、東京とデンバーで出会いを重ね、人類の未来を志向する対話を続けてきた

 現代社会が直面する課題と向き合う「グローバルウオッチ」。世界各地の“若者”が“希望”を持って生きられるためには何が必要か、思想・宗教はいかなる貢献ができるか。今回は、世界法律家協会名誉会長を務める、アメリカ・デンバー大学教授(元副学長)のベッド・ナンダ博士に話を聞いた(聞き手=村上進)。
 ――先行きが見えにくい核兵器廃絶への道、異文化対立やテロの頻発、深刻な難民問題や地球環境問題、さらには貧困や格差の拡大など、現代世界には、人類の生存そのものを脅かしかねない地球的課題が山積している。
 世界的な国際法学者であるナンダ博士は、SGI会長の池田先生と編んだ対談集(『インドの精神』)の中で「私たちは、明日にでも世界を終わらせられるほどの、あらゆる手段を蓄積してしまいました。人間の心は、それを思うだけで耐えられなくなります」と述べ、そのような現在を「希望を求める死闘の時代」と呼んでいる
 あらゆるモノと情報が国境を越え、素早く移動するグローバル化の中で、特に社会的立場が弱い若者などは、将来に不安を感じ、激しい競争の中で自己中心主義に陥り、孤立して無力感を抱いている人も少なくない。ナンダ博士は、若者を取り巻く現代社会をどう見つめているだろうか
  
 まず、現代のグローバル化の時代には、過度にモノを追い求める「物質主義」の生き方がまん延しています。もう一つは、自分と他者を区別し、時に排他的にもなる「個人主義」です。この二つが顕著になってきていると思います。
 一方でグローバル化は、その変化の流れに追い付けない人々を生み出してしまっている。社会的な変化から取り残されてしまった人たちは、さまざまな局面で大変に不利な立場に置かれている場合が多い。そういった人たちは、物質主義や個人主義だけでは、自分たちの「内面の平和」を満たす答えを見つけることはできないと理解しているのではないかと感じます。

  ――世界各地の人々が不安を感じ、希望を持ちづらい現代社会の中にあって、多くの人が、自分の生き方の中心にどんな考えや思想を持つべきか、迷っているともいえる。

  私の住むアメリカには現在、大きく二つの対立する傾向性があると考えます。一つは無節操な資本主義的価値観に基づいた欲望主義です。例えば、特に発展途上国において、多くの多国籍企業が弱い立場の人から利益を奪い取るような状況が横行しています。
 もう一つは、そういった際限なき欲望に満ちた人々と、それに違和感・疎外感を抱いている人々の両方の中で、内面の平和を渇望する傾向があるということです。現在、アメリカでヨガや瞑想を行う人が急激に増えているのも、その表れだと思います。
 私は、この「欲望主義の拡大」と「精神性の覚醒」の対立においては、「精神性の覚醒」の方が勝ると確信しています。
 私は長年、1万3000人の学生をかかえるデンバー大学で法学部の教授を務めてきましたが、多くの若者は何らかの理想をもっています。そうした彼らが潜在的な可能性として持っている、人類のためになりたい、他者のために貢献したいという精神性をどう覚醒させることができるかが重要です。そこにこそ、教育機関や宗教機関が果たすべき、大きな役割があると考えます。
  
 ――ナンダ博士は少年時代、現在のパキスタン領に住むヒンズー教徒の家庭で育ち、12歳の時、宗教の違いを理由に故郷を追われ、インド領に行き着いた壮絶な経験を持つ。その後も、宗教の名のもとに引き起こされた紛争やテロを見てきた博士は、今日、求められる宗教の在り方について、どのような考えを持っているだろうか。
  
 いかなる宗教も、その本来の教えに立ち戻るならば、民族や信仰を理由に人を傷つけ殺してもよいということにはならないと思います。
 もちろん一部に見られるように、自分の信仰、宗教のみが平和をもたらすことができるといった主張をするならば、それは明らかに間違っていますが、それだけをもって、宗教の価値を否定的に見るのは歪曲した見方だと考えます。
 国際社会にあっても、国連が世界平和の実現という目標達成に健全な貢献を果たす上で、宗教が重大な役割を担うことができると考えたからこそ、近年、国連は世界の宗教指導者たちに平和への協力を呼び掛けているのです。
 私は、UBEROI(ウベロイ)という宗教研究の財団の理事長を務めています。当財団では、ダルマ(法)の教え――ヒンズー教、仏教、ジャイナ教、シーク教――への意識啓発・向上を目的として、アメリカ、カナダを中心に仏教研究者・学者でもある125人以上の専門家が活動しています。
 また私は、現代世界の各地で仏教を実践するSGIについて、池田会長はもちろん、アメリカやインドの多くの若いメンバーとも直接、触れ合う機会を持ってきました。
 その中で、SGIが模範的だと感じたのは「他者を理解する精神性」です。それは単に、他者を理解するというだけにとどまらずに、相手を尊敬・尊重して共通点を見いだし、自ら他者と交流して、慈悲と寛容に基づいた対話を重ねていくという積極的な姿勢です
 現代世界の山積する課題は、軍事力や排他主義で解決できるものではありません。唯一の方法は、全てを包含・包摂し、異なる文化や異なる宗教の間に橋を架けることにあります。
 それは、まさに池田会長をはじめSGIの皆さんの思想と実践が教えてくれていることであります。

 ――世界各地のSGIの歴史を見ても、
混迷する時代を生きる若者に希望をもたらす生き方を示してきたことが、発展の大きな要因として挙げられるのではないだろうか。
  
 きっぱりと言いましょう。今、インド創価学会が目覚ましい発展をしているのは、皆さんご存じの通りです。
 私の周囲でも、青年たちがSGIに入会し、題目を唱え始め、それまでの日々を一変して、充実した青春を送っている様子を見ています。
 また昨年秋、日本を訪問した際も、大学生やSGIの青年とお会いしましたが、仏教を信仰しているからこそ、社会のため、人類のために貢献したいと多くの人が語る姿が印象的でした。
 SGIの信仰によって、青年一人一人の人生が向上し、さらに社会にも貢献できるようになっていく。そのことが、SGIの社会への大きな影響力を象徴しているでしょう。
  
 ――ナンダ博士は国際法の専門家として、人権や人道の分野での国際法を促進する上で、世界各地の市民の声を糾合するNGO(非政府組織)の役割に注目し、支援してきた一人である。
  
 2015年、国連において、貧困や飢餓、気候変動などの包括的な解決を目指す「持続可能な開発目標(SDGs)」という新たな目標が合意されました。
 この合意文書には、地球的問題群と向き合う世界中のNGOや市民から出された声や提案が多く盛り込まれています。
 そして、池田会長も一貫して主張されてきた「誰も置き去りにしない」という誓いが明記されました。
 50年前でしたら、人権、環境さらには平和問題についての議論の場、ましてや意思決定の場において、私たちのような個人が、自らの主張を表明する機会を要求できる時代が来るとは、誰も想像できなかったと思います。
 しかし今や、国家・政府よりも市民の声を反映したさまざまな団体――国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチ、また多くの環境団体・平和団体――が力を発揮し、国連や政府と共同して、国際条約を起草する場面も現れてきました。
 国際社会も、一般的な国家中心の仕組みから、抜本的な変化を遂げようとし始めていると思います。
 先行きが見えにくい核兵器廃絶についても、NGOや市民社会の声が大きな力をもって、問題解決に向かって前進する日が来ることを、心から願ってやみません
 もちろん市民社会の個々人や団体の間にも、対立する主張や価値観もありますが、それでもなお、世界に変化をもたらし、未来を形成することができるという私の希望は、市民社会の中にこそあります。
 そういった多様な市民を結び付けるという意味において、SGIは重要な役割を果たすと確信しています。

 Ved Nanda 世界法律家協会名誉会長(元会長)。アメリカ・デンバー大学教授(元副学長)。1934年、インド・グジランワラ(現パキスタン)で生まれ、12歳の時、インド・パキスタンの分離独立の混乱の中で故郷を追われ、インドに移る。デリー大学を経て、アメリカのエール大学などで学ぶ。世界的な国際法学者として活躍し、国際刑事裁判所設立プロジェクトの顧問を務めたほか、核兵器の使用や威嚇の違法性の是非を問う「世界法廷プロジェクト」等を推進した。2005年、池田先生と編んだ対談集『インドの精神』(東洋哲学研究所)の英語版を、15年、アメリカで出版している。
 グローバルウオッチへの感想・意見をお寄せください。 
 メール:g-w@seikyo-np.jp     ファクス:03-5360-9613

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 “箏の道”で人材育成に徹し半世紀 自分に勝ち試練に勝つ!


 【札幌市北区】箏曲生田流「正派邦楽会」で大師範を務める、鈴木雅楽裕こと鈴木裕子さん(71)=麻生支部、区副婦人部長。19歳で教授免状を取得して名取となり、以来・・・」

2017年2月 9日 (木)

2017年2月9日(木)の聖教

2017年2月9日(木)の聖教

◆わが友に贈る


限界とは
自らが作り出すものだ。
もう5分 頑張ろう
心の壁を打ち破るのは
その小さな一歩から!

◆名字の言


  1分の1と100分の100。算数では、どちらも同じ「1」だが、人間の世界では大いに違う▼実はギター作りの話。楽器製作者の椎野秀聰さんは、職人1人が全工程を手掛けることを「1分の1」。100人が各工程を担当することを「100分の100」と表現する▼職人1人が作るギターには、1人の経験や技術だけが込められる。一方で「100分の100」の魅力は、それぞれに特化した専門知識と技能を結集できることだという。各工程の担当者が力を注ぐほど、ギター「1本」が、違う「1本」になる。そして「分母の数が大きくなればなる程、面白みは増していく」と(『僕らが作ったギターの名器』文春新書)▼釈尊の十大弟子は、それぞれ第一とされる能力を生かして弘教に励んだ。池田先生は釈尊の時代と現代を比較し、「広宣流布の伸展も立体的、多元的になっており、『十人』程度の人材ではとうてい足りるはずもない。世界広布のためには、何万、何十万の人材が必要なのである」と述べた▼舞台を最前線の地区・ブロックに移しても同様であろう。広布の目標を掲げ、挑戦する過程に、“代表選手”でなく一人でも多くの友が加わってこそ、地域広布は躍進する。“分母の数”だけ生命の歓喜も大きくなる。(値)


◆〈寸鉄〉 2017年2月9日
 

 「
友の幸せを祈り、妙法を
 語ることは、最高の友情

 戸田先生。さあ仏縁拡大
      ◇
 「
民音の日」。文化交流で
 結んだ絆こそ平和の礎。
 推進委員の尽力に感謝!
      ◇
 「
闇鏡も磨きぬれば玉と
 見ゆるが如し
」御書。日々
 の勤行・唱題が勝利の力
      ◇
 
歴史の真の担い手は庶民
 ―大統領。永遠に民衆と
 共に!ここに学会の強さ
      ◇
 
ネットで知り合った人と
 会った―小中学生の23%
 
犯罪の影。親が意識高く

◆社説   11日は国際部結成46周年  世界広布の大願へ 師とともに!!


 道案内の標識などで目にする“見慣れない”文字。電車の中や街中で耳に入ってくる“聞き慣れない”言葉――。日常の至る所で、外国語を見聞きする機会が増えた。
 2016年の訪日外国人旅行者数は、前年比22%増となる、過去最多の2403万人超。政府はさらに、「20年までに4000万人」との目標を掲げ、観光先進国への新たな国づくりに取り組んでいる。東京五輪の開催も合わせ、さらなる国際化が進むことは必至だ。
 今月11日、「国際部」結成から46周年を迎える。1968年(昭和43年)、池田先生は“これからは語学の時代”と、通訳や翻訳に携わる友を激励。3年後の71年(同46年)2月11日、国際舞台で活躍する代表50人で国際部は発足した。
 
 同部は現在、通訳翻訳部、国際ボランティア部、国際交流部、在日外国人部の4部からなる「国際本部」へと発展。「三代会長の精神を世界に」との気概に燃え、国内外で奮闘する。
 「グローバル化」が急速に進展する現代にあって、時代のニーズにどう対応していくのか。あらゆる組織、団体の盛衰を分ける重要な鍵の一つが、ここにある。そう考えた時、国際本部の友の使命は、ますます大きいといえよう。
 ブラジル・サンパウロ州出身のある女子部員は、高校時代に父の仕事の関係で、一家で来日した。しかし、言葉も通じず、異国での生活は悪戦苦闘の連続だった。そんな時、心の支えとなったのが、同志との触れ合いの中で育まれた「世界広布の一翼を担う」との誓いだった。
 「池田先生の希望の哲学を、仏法の素晴らしさを、一人でも多くの友に伝えたい」。その一念が彼女を鼓舞し、来日から12年後、社会人生活を経て、創価女子短大に入学。卒業後は、日本語、ポルトガル語、英語を自在に駆使し、社会の第一線で奮闘。現在、東京インタナショナル・グループ(首都圏在住で英語を話すSGIメンバーの代表)の女子部責任者として、さまざまなバックグラウンドを持つ同志の激励に奔走する。
 池田先生はかつて、「世界広布は、人で決まります。人材で決まります。一騎当千の国際本部が前進した分だけ、広布の新時代は大きく開かれるのであります」と語った。先生がまいた平和の種は今、192カ国・地域に大輪の花を咲かせている。国や民族、言語、文化の差異を超え、善の連帯を拡大しゆく国際本部の友の、さらなる活躍に期待したい。

◆きょうの発心  「青葉の誓い」35周年の大勝利を2017年2月9日

御文
 但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり(富木殿御返事、962ページ・編477ページ)
通解 ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。(佐渡へ流罪になった)今になって翻ることもないし、そのうえまた恨みもない。(迫害した)もろもろの悪人はまた善知識である。

 日蓮大聖人の不惜身命の御精神をとどめられた御文です。
 
 1982年(昭和57年)5月、長崎を訪問された池田先生のもと、愛唱歌「火の国『青葉の誓い』」が発表され、記念撮影を。“誓いを持つ人生は深く、充実がある”との先生の言葉に、弟子として生き抜こうと決めました。
 翌年、創価大学受験の折、再び先生との出会いが。結果は不合格でしたが、同志に励まされる中、地元の大学に進学し、学会活動に奔走。未入会だった父に仏法対話を実らせることができました。
 卒業後は、長崎平和会館に勤務。第2次宗門事件の渦中に、邪宗門の“衣の権威”と戦い、学会と師匠の正義を語り抜きました。
 折伏した主人と結婚し、報恩の思いで義父母も入会に導くことができました。現在、長男と長女が創大へ進み、中学生の次女も自らの夢の実現を目指しています。
 長崎新世紀県の皆さまと本年5月の「青葉の誓い」35周年を、青年を先頭に勝ち飾ろうと、決意に燃えています。必ず師恩に報いてまいります。 長崎新世紀県婦人部長 尾﨑幸代

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   三十三
 


 山本伸一は、今こそ、平和の礎となる、仏法から発する生命の尊厳と平等の哲理を世界に伝え、広め、二十一世紀の時代精神としなければならないと決意していた。
 彼は、「聖教新聞」の創刊二十八周年にあたる四月二十日には、インドの新聞「インディアン・エクスプレス」のS・ムルガオンカル論説総主幹と神奈川文化会館で会談し、平和建設と新聞の使命などについて語り合った。
 伸一は、世界平和の実現という壮大なる目標に向かって、指導者、識者らとの対話を進める一方、一人ひとりの同志の幸福を願い、家庭訪問や個人指導に余念がなかった。神奈川文化会館にあっても、何十人もの来館者に声をかけ、激励と指導を重ねた。
 “何があろうと、いかなる立場になろうと、私は尊き学会員を励まし続ける。庶民と共にどこまでも歩み続ける”――彼は、そう固く心に決めていたのである。
 一人の人を大切にし、守り励ますことも、世界平和の建設も、同じ原点をもつ。万人が等しく「仏」であるとの、仏法の哲理と慈悲から生じる実践にほかならないからだ。
 神奈川県青年部長の大賀孝芳をはじめ、青年たちとも語り合った。
 「君たちの舞台は世界へと広がるよ。同じ人生ならば、私と一緒に、世界広布の大ロマンに生きようじゃないか!」
 決意に燃える青年たちの瞳に、伸一は無限の希望を感じた。
 彼の脳裏には、戦争、飢餓、貧困等々で苦しむ世界の民衆が鮮明に映し出されていた。彼は、何よりも人類を引き裂く東西冷戦にピリオドを打つために、自分ができることは何かを問い、考え抜いてきた。
 “一人の人間として、一民間人として、世界の首脳たちと対話を重ね、人間と人間を結ぶことだ。いかに不可能に見えようが、それ以外に、平和の創造はない!”
 人間主義の旗を高く掲げ、二十一世紀の新大陸へと進む創価の新航路が、ありありと彼の瞼に浮かぶのであった。

聖教ニュース】

◆文化の力で人類を調和 きょう民主音楽協会の日 
 世界105カ国・地域と交流 4350校で「学校コンサート」

中国国家京劇院の「太真外伝」から(本年3~4月)                                                                      
中国国家京劇院の「太真外伝」から(本年3~4月)

 きょう2月9日は「民主音楽協会(民音)の日」。1961年のこの日、創立者である池田大作先生が、アジアを歴訪中に民音設立の構想を示した。“平和のための文化交流を”――この理念のままに、音楽の力で世界を結んできた民音の歩みと、識者から寄せられた声を紹介する。

 「真実の世界平和の基盤となるのは、民族や国家、イデオロギーを超えた、人間と人間の交流による相互理解です」「民衆が古今東西の音楽、芸術に触れるとともに、人間の心を結ぶ運動を起こしていこうと考えている」(小説『新・人間革命』第3巻「平和の光」から)
 池田先生は、戦争の惨禍に苦しんだアジア諸国を初訪問するさなかの1961年2月9日、同行の幹部に民音設立の構想を語った。
 2年後の63年10月、先生の平和建設の一翼を担うべく、民音が誕生したのである。
 65年には、イスラエルからピアニストを迎え、初の招聘公演が実現した。
 また79年から97年には「シルクロード音楽の旅」が、シリーズ企画として10回にわたり行われている。
 これは池田先生が、モスクワ大学での記念講演(75年5月)で訴えた、人間と人間との心をつなぐ『精神のシルクロード』が、今ほど要請されている時代はない」との言葉を結実させたもの。民族音楽学に精通する故・小泉文夫氏をはじめ、多くの識者やスタッフが携わった。
 冷戦の渦中にあって、かつてシルクロードで結ばれた各国の音楽家が、国境や人種を超えて一つのステージで共演するという画期的な公演となったのである。
 池田先生の設立構想から56星霜――。民音の海外文化交流は、105カ国・地域へと広がった。
 本年は、48回目となる「民音タンゴ・シリーズ」の「ドラマチック・タンゴ『バンドネオンの匠』」を日本各地で実施(3月8日まで)。さらに、3月10日からは、日中国交正常化45周年を記念する「中国国家京劇院」の舞台も控えている。
 一方、“青少年にすてきな音楽との出あいを”と73年に開始した「学校コンサート」は、これまで4350校で開催。延べ133万人の児童・生徒に、一流の音楽家との交流の機会を届けてきた。
 音楽文化の振興に尽力してきた民音。人間の心を結ぶ希望のメロディーが今、世界を大きく包んでいる。

民音研究所が新体制

 このほど「民音研究所」の所長に、オリビエ・ウルバン氏が就任した。
 同研究所は、音楽文化による平和貢献を目指し、2015年に開所した。シンポジウムの開催や出版物の発刊などを行い、音楽の力について学際的に研究・発信していく。 
東海大学 小柴はるみ名誉教授
 私は、「シルクロード音楽の旅」の企画・制作に携わった故・小泉文夫先生のもと、民族音楽学の研究をしてきました。
 恩師に誘われ、私がこの企画に参加したのは、シリーズ2回目となった1981年以降です。翌82年には民音や演出家などスタッフの方々と共に、考察団の一員として、2カ月ほどかけてユーラシア大陸を横断しました。
 交通の不便さや訪問国の政治事情など、いくつもの困難がある中、文字通り“足で稼ぐ”ように、出演者を探し出して交渉。その場で公演のプログラムを決めていくという緊張感のある日々は、決して忘れることができません。
 文化や言葉は違えど、演奏を聞けばたちまち打ち解け合える出演者の姿に、音楽の力を実感したものです。
 また、特に思い起こされるのは、それぞれの楽器や言葉に共通点が見られること。「ドースト(友達)」という単語が中央アジアをはじめ、トルコやイラク、ルーマニアなどの出演者に通じたことには驚きました。
 異文化を理解するには、自分の肌で感じることが一番です。
 そのきっかけとなる世界の音楽文化を生で人々に届ける民音に、期待してやみません。
甲南大学 胡金定教授
 中日国交正常化45周年を迎える本年、両国関係の現状を考えた時、今こそ、民間レベルでの人間の交流が求められていると思えてなりません。
 その点において、池田名誉会長が果たされた功績は極めて大きい。特に、周恩来総理と1974年12月に結んだ一対一の“友情の絆”は、今でも語り継がれる中日友好のお手本です。
 さらに名誉会長は、周総理との出会いから1年もたたずに、「中国北京芸術団」を日本に招聘し、全国公演を行いました。以来、40以上の中国の芸術団体が日本を訪れ、2000回を超える公演を成し遂げました。どれほど多くの日本の方に中国文化を認識してもらう機会になったことか。
 私も日本の友人と共に、2015年に行われた上海歌舞団の舞劇「朱鷺」の公演を鑑賞しました。「こんなに素晴らしい舞台は見たことがない!」と、友人が絶賛していたことをよく覚えています。
 音楽は、人と人との心を通わせる世界共通の言葉です。文化交流のおかげで政治的緊張が緩和された史実は、枚挙にいとまがありません。今後も民音には、調和と共生の世界の構築へ、活躍していただきたいです。

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉52 家族を照らす「太陽」に

御文
 浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり終に父を導いて沙羅樹王仏と申す仏になし申されける  (聖愚問答抄、492ページ)
通解 浄蔵・浄眼は、父の妙荘厳王が外道の法に執着して仏法に背かれていた。けれどもこの二人の王子は、父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり、ついに父を導いて沙羅樹王仏という仏に成したのである。

同志への指針

 法華経に説かれる浄蔵・浄眼の二人の王子は、仏法で得た歓喜の功徳の姿を見せることで父親を正法に導いた。まさしく「人間革命」の力だ。
 一人の「希望の太陽」が昇れば、必ず一家和楽を実現できる。
妙法を持った人間性の輝きが、皆を明るく照らし、幸福家族を創るのだ。焦る必要はない。日々、太陽の如く、わが使命の軌道を朗らかに進み抜こう、勝利の春へ!

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉7 聖教新聞PR版を発行
 希望の仏法哲理を社会へ! 未来へ!
 11日は戸田先生生誕日 師弟が学会精神の真髄

 
聖教新聞を支えてくださる全ての皆さまに感謝(1月、奈良での新春配達員大会)。「世界のセイキョウ」のさらなる発展のため、皆の熱と努力を結集し、「新時代」を開きゆこう!
聖教新聞を支えてくださる全ての皆さまに感謝(1月、奈良での新春配達員大会)。「世界のセイキョウ」のさらなる発展のため、皆の熱と努力を結集し、「新時代」を開きゆこう!

 清水 
2月11日は、戸田先生の生誕日です。 
 竹岡 かつて、池田先生は教えてくださいました。「宿縁深厚の直弟子の私と妻にとって、一年のうちで最も嬉しい日だ。この日を迎えるたびに、私の胸には、師と共に戦い抜いた一日一日が、黄金の映像となって蘇ってくる」と。
 永石 ある時、戸田先生は「わたくしが、牧口先生のことを申しあげると、止まることがなくなる」と語られたそうです。そのことを振り返りながら、池田先生は「私も、同じである。恩師のことは、何時間、いな、何日かかっても、とうてい語り尽くせない」と言われたことがあります。
 原田 これが、創価の師弟です。「師と共に」「師のために」――これが、学会精神の真髄です。池田先生は、師の正義と真実と偉大さを、全世界に宣揚されました。創価三代の広布の精神を、後世に伝え切るのが、弟子の責務です。我らは2月11日を迎えるに当たり、今一度、「弟子の姿勢」を確認してまいりたい。

民衆の幸福のため

 竹岡 
16日には、日蓮大聖人の御聖誕の日を迎えます。 
 清水 大聖人は、御自身の出自について、「民が子」(御書1332ページ)、「貧窮下賤の者」(同958ページ)、「海辺の旃陀羅が子」(同891ページ)等、徹底して庶民の出身であることを強調されています。
 竹岡 一方で、当時の諸宗の開祖・僧たち(法然、親鸞、一遍、道元など)は皆が、貴族、豪族の出身でした。
 原田(光) “出世には、貴族や豪族等の子弟であることが必須”“才能があっても出自が悪くては、僧侶として栄達できない”と言われていた時代です。
 清水 庶民の出を宣言することは、マイナスこそあれ、プラスになることなどなかったわけですね。にもかかわらず、大聖人は、庶民の出であることを誇り高く、幾度も述べられます。
 竹岡 そこに、民衆仏法の宣言ともいえる大聖人の強い御決意を感じます。民衆の中に生まれ、自らが民衆であることが最大の誇りであること。そして、「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(同758ページ)との仰せのままに、民衆と共に歩み、その幸せを実現することが、誓願であり、使命であるとの、御本仏の大慈悲です。
 原田 大聖人の仏法は、万人に仏性があることを明かし、いかなる差異をも超え、差別と憎悪の連鎖を、慈愛と対話の連帯へ転じる「皆成仏道」の世界宗教です。これこそ、人類が渇望する大哲理です。
 永石 昨年、教学部任用試験(仏法入門)を受験された方の中で、この2月16日「日蓮大聖人御聖誕の日」を希望して、入会される会友の方が、全国に多くいると伺いました。
 原田 民衆の幸福のため――この大聖人の御精神は今、創価学会に着実に受け継がれています。これからも私たちは、大聖人直結の信心で、わが使命の天地から世界広宣流布を力強く前進させていきましょう。

購読推進に全力!


 原田(光) さて、日頃より、聖教新聞の購読推進に力を注いでくださり、心から感謝申し上げます。
 おかげさまで、聖教新聞社には、学会員ではない新聞購読者の方からも、多くの声をいただいています。
 永石 先日は、こんな声があったと聞きました。「数年ぶりに聖教新聞を購読して、びっくり。明るくて読み応えがあり、本当にいい新聞ですね。隅々まで読んでいます。宗教を持たない人でも読みやすい」
 清水 また、「聖教新聞は勇気と希望にあふれていますね。特に、『新・人間革命』の山本会長の一言一言は、胸に迫るものがあります。本当に感動します。他の著作も読んでみたい」との感想も寄せられたそうですね。
 原田(光) こうした読者の皆さまの期待に応えるためにも、聖教新聞社の職員一同、紙面の充実に一層の力を入れています。
 また、今月、聖教新聞のPR版春季号を発行いたします。まず何より、職員の私たちから、購読の推進に力を注いでいきます。
 原田 すでに報道された通り、2019年11月18日の落成を目指し、「創価学会 世界聖教会館」が建設される予定です。
 原田(光) 同会館には、聖教新聞本社の新社屋として、機関紙・誌の編集室や、礼拝室をはじめ、配達員顕彰室、展示室等が設けられ、聖教新聞を支えてくださる全ての会員・読者の皆さまが、集い合う場となります。
 永石 正面玄関には、聖教新聞創刊の原点と、聖教の使命をとどめる記念碑も設置されます。
 原田 戸田先生は、「聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい」と言われました。その志を継ぎ、聖教新聞を世界に飛翔させたのが、池田先生です。
 原田(光) 先生は現在も、小説『新・人間革命』をはじめ、数多くの執筆を続けてくださり、「世界のセイキョウ」の発展のため、尽力をしてくださっています。
 原田 聖教は、私の生命であり、創価学会の命であり、仏法厳護の生命であり、広宣流布の生命である」――これが池田先生の思いです。師弟不二の言論城である聖教新聞から、人間主義の仏法の哲理を、社会へ、世界へ、未来へと、さらに力強く発信してまいりたい。

◆〈世界写真紀行〉第9回 ギリシャ「パルテノン神殿」 2017年2月9日
聡明な民衆のスクラムを

池田先生(手前右)がパルテノン神殿のある丘に立つ。先生は「パルテノンには、永遠性を願う人びとの思いが、結晶しているように感じられてならなかった」とつづっている(1962年2月)
池田先生(手前右)がパルテノン神殿のある丘に立つ。先生は「パルテノンには、永遠性を願う人びとの思いが、結晶しているように感じられてならなかった」とつづっている(1962年2月)

 青空に映える白亜の殿堂。威厳をたたえて並び立つ列柱。ここだけ時が止まっているかのようだ。
 ギリシャ・アテネのパルテノン神殿。
 名実共に“ギリシャ文明の最高傑作”と呼ばれる建築である。東西に約70メートル、南北に約30メートル。海抜約160メートルの丘アクロポリスにあり、アテネ市内を一望できる。
 完成したのは紀元前5世紀。当時、アテネは“地中海世界の覇者”として栄華を極めていた。建設を主導したペリクレスは、長年続いてきた貴族政治に終止符を打ち、人類史で最初の民主制を実現した政治家である。
 この時代にはまた、ソクラテス、ヘロドトス、トゥキュディデス、ソフォクレスら、名だたる哲学者・歴史家・詩人らが活躍した。
 パルテノン神殿のほか、アテネには、今も古代ギリシャの遺跡が数多く残る。西洋文明の重要な源流の一つといえよう。
                                                          ◇
 1962年の2月、池田大作先生は初めてギリシャ・アテネの地を訪れた。
 先生は、同行の青年たちとアクロポリスの急な参道を上り、パルテノン神殿へ。
 青春時代、恩師・戸田城聖先生と、ソクラテスやプラトンを巡って幾度も語り合った。その哲人たちが、かつて歩き、対話を交わしていた地を感慨深く踏みしめた。
 眼下には古代の劇場跡。家々の向こうには、青い海が光っていた。
 一行は、近くにある「アゴラ」と呼ばれる広場の遺跡へ。古代ギリシャ市民の生活の場であり、情報交換の場であったという。
 その時の様子が小説『新・人間革命』第6巻「遠路」の章につづられている。
 人々が集い、自由に語り合う場は、まるで座談会のようだと語る青年。山本伸一はこう応じた。「学会の座談会は“民衆の幸福のためのアゴラ”であり、また、自他ともの成長のために仏法を学び合う、人間錬磨の広場でもある。この“現代のアゴラ”ともいうべき座談会から、新しい民主の大波が起こっていくことは間違いない
 さらに一行は、哲人ソクラテスが投獄されたと伝えられる牢へ向かった。鉄格子の付いた小さな岩穴である。
 ギリシャで生まれた民主制。その民主制によって、ソクラテスは無実の罪で告発され、死刑となった。
 師・ソクラテスの正義を証明せずにはおかない――弟子・プラトンの言論闘争が始まる。その師弟の姿は、軍国主義と戦って獄死した初代会長・牧口常三郎先生と、戸田先生の師弟の闘争と深く響き合っていた。
 岩穴の前にたたずむ一行。伸一は言った
 「現代でも、しばしば民主政治に対して“衆愚政治”などという非難があるが、民衆の健全なる魂の開花がなければ、真実の民主はありえない。結局、民衆を賢く、聡明にし、哲人王にしていくことが、民主主義の画竜点睛であり、それを行っているのが創価学会なんだよ」
 いかに社会体制が変わろうと、人間が変わらなければ根本は変わらない。ゆえに対話で一人の魂の開花を。共に学び、共に賢く聡明に。これが真の民主主義を実現するための、創価学会の挑戦である。

【信仰体験】

◆ ボランティア団体の代表として地域貢献 団地を幸福の理想郷に
◆ ローリングバレーボール普及に全力   違いを超えて、皆で笑顔に
 

2017年2月 8日 (水)

2017年2月8日(水)の聖教

2017年2月8日(水)の聖教

◆わが友に贈る


インフルエンザが猛威!
熱が出ないケースも。
手洗い・うがいを励行し
加湿等の対策も万全に。
賢く健康管理を!

◆名字の言


  力強く鍵盤をたたくと、脳から“やったるで効果”が出て、頭が良くなる――そんな理由で母にピアノを習わされた、とジャズシンガーの綾戸智恵さんが、かつて、ラジオ番組で自身の少女時代を語っていた▼綾戸さんのお母さんの説が、医学的に正しいかは分からない。ただ、ある楽曲のフレーズを聴くと、気持ちのスイッチが入ることがある。そう言われると、うなずく人も多いのではないか▼先日、音楽隊の「しなの合唱団」が宮城を訪れ、復興支援の「希望の絆」コンサートを県内各地で行った。仙台市での公演の最後は「母」の曲だった。〽母よ、と歌声が響くや、会場のあちこちで目頭を押さえる人の姿があった▼愛し育んでくれた母。わが地域の広布の母。震災以来、涙を封印し、気丈に家族を守ってきた母である自分自身……皆がそれぞれの“母”を思い浮かべていたのだろう。そして、合唱団が歌い終わった瞬間、聴衆は、りりしい顔で喝采を送っていた。皆の心の“やったるでスイッチ”が入ったのだろう▼池田先生は「『今』『ここで』『直ちに』人間の生命を励ますことができる。これが音楽の妙なる力」と。音楽の力は偉大だ。そして、その力を心いっぱいに受け止めて、立ち上がる人間も、また偉大になれる。(城)


◆〈寸鉄〉 2017年2月8日

 創価の女性には非暴力で
 世界をより良くする力が

 ―識者。平和の先頭走者
      ◇
 
沖縄の日。信頼光る広宣
 流布の模範地域。勇気の
 対話で更なる幸の連帯を
      ◇
 「
法は重ければ必ず弘ま
 るべし
」御聖訓。生き生
 きと信心の体験を語ろう
      ◇
 
幹部が必死に走るから皆
 もついてくるんだ
―戸田
 先生。率先垂範の戦いを
      ◇
 世界保健機関
ががん対策
 へ声明。早期診断・治療が
 重要。公明が後押しせよ

◆社説  本紙「PR版」が完成   聖教の拡大は人間主義の拡大に


   このほど、本紙「PR版」(春季号)が完成した。
 昨年の秋季号に続き、コンパクトで持ち運びやすいタブロイド判(本紙の2分の1の大きさ)。オールカラー12ページに、本紙の魅力を凝縮している。
 PR版には、毎回、大きな反響が寄せられる。
 昨秋のPR版を手にしたある婦人部員は、“今度のPR版って、なんかいいな”と率直な思いを口にしながら、池田先生が撮った花いっぱいの写真に彩られた1面に
「気持ちが軽くなりました」と感想を。
 そして、心弾ませ多くの友人に対話を広げ、“皆に聖教の素晴らしさを語りたい”と述べていた。
 今号のPR版も充実の内容となっている。
 1面は、池田先生撮影の美しい写真と、珠玉の言葉を納めた「四季の励まし」。「わが最高峰を目指して」との見出しとともに、夕焼けに染まるヒマラヤが目に飛び込んでくる
 2面から5面では、アフリカとスペインのSGI(創価学会インタナショナル)の発展の模様や、国内外のメンバーの信仰体験を紹介。6・7面には姉妹紙「少年少女きぼう新聞」で連載中の「希望の虹」の第34回「ゴルバチョフ元ソ連大統領とライサ夫人」を掲載している。
 また8面からは、「認知症の人が落ち着く言葉」「トランプ時代のアメリカを読む」「身に付けよう! 『頼み方』と『謝り方』」「かんたん エコ・ラッピング」をテーマに、日々の生活に役立つ情報が満載。
 なお、PR版は、聖教新聞社公式ウェブサイト「セイキョウオンライン」でも、4月20日まで見ることができる。
 「聖教新聞には、非常に強い光と、強いパワーと、強いエネルギーがあります。それは、人間を大事にする、人間尊重の魂がこもっているということです」(政治評論家 森田実氏)――混迷の時代に、生命と平和の尊さを広げる聖教の言論に、多くの識者が賛辞を送る。
 かつて池田先生は、「『聖教』とは、『仏の説いた教え』という意味である。現代における『聖教新聞』の拡大は、妙法流布の拡大、人間主義の拡大に通じていく」(『池田大作全集』第99巻)と語った。
 “聖教は広布拡大の力”と、PR版を携え、多くの友と会い、多くの友に創価の哲学を語りたい。その快活な対話から、地域、社会を希望と幸福の光で照らす人間主義の拡大が始まる。

◆きょうの発心   家族一丸の祈りで病魔に勝つ!2017年2月8日

御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(聖人御難事、1190ページ・編1209ページ)
通解 月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう。

 月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。
 1964年(昭和39年)、わが家に宿命の嵐が襲いました。父が末期の腎臓がんと宣告されたのです。両親の懸命な祈りで病魔を克服し、翌々年の10月には、飯塚市での池田先生との記念撮影会に夫婦で元気に参加。その姿を通し、「信心に不可能はない!」との確信をつかみました。
 81年6月、アメリカ・シカゴで行われた「第1回世界平和文化祭」に「火の国太鼓」メンバーとして出演し、初めて師匠との出会いを刻みました。
 85年2月に先生を筑豊文化会館(現・飯塚平和会館)にお迎えした時は、「烈士太鼓」として参加。温かい激励をいただき、生涯「日々前進」で“楽土筑豊”を目指すことを誓いました。
 次男が舌がんの疑いで腫瘍を摘出した時や、自身の左目の視力が一時失われた際も、家族一丸の唱題で全てを乗り越えました。
 筑豊は昨年、先生の初訪問から50年を迎えました。学会創立100周年を目指し、新たな拡大の歴史を筑豊家族と共に勝ち開いてまいります。 福岡・筑豊県長 永岡秀作

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十二 
    


 山本伸一とキッシンジャーは、庭を散策したあと、応接室で語り合った。
 キッシンジャーは、自身の回想録が、間もなく発刊の予定であることを伝えた。
 「ここに書かれた内容は外交政策についてであり、私の行ったことです。私の人生についてのものではありません」
 すかさず伸一が、「“現実に何を行ったか”こそが、外交上も、人生を創造していくうえでも、最重要です」と言うと、彼は照れたように笑いを浮かべた。
 話題は多岐にわたった。
 それぞれの人生を振り返りながら、影響を受けた人びとや、“今の青少年に伝え残すべきことは何か”などが語り合われ、世界の諸情勢へとテーマは広がった。戦争の危機に話が及ぶと、伸一は、平和には裏づけとなる哲学、思想、宗教が必要不可欠であると主張。キッシンジャーも全面的に同意した。
 そこで伸一は、インドの歴史に触れ、アショーカ大王の治世に言及し、平和の礎となる仏法の法理について訴えていった。
 「アショーカは、仏法の教えというものを根幹にすることによって、理想的な政治を行うことができたといえます。
 仏法は本来、すべての人びとが『仏』という尊極無上の生命、すなわち『仏性』を具えていると説いています。それこそが、生命尊厳の確たる裏づけであると同時に、万人平等の哲理ともなります。また、そこから平和主義、人間主義の思想も生まれます」
 二人は、提起し合った問題を掘り下げていくには、多くの時間を要するため、将来、もう一度、対談し、二十一世紀を建設するための示唆を提供していこうと約し合った
 それが実現し、一九八六年(昭和六十一年)九月、二日間にわたって語らいが行われた。これに往復書簡もまじえ、月刊誌『潮』に翌八七年(同六十二年)一月号から八月号にわたって対談が連載された。そして同年九月、単行本『「平和」と「人生」と「哲学」を語る』として潮出版社から刊行されている

【聖教ニュース】

◆中米ドミニカ共和国で団結と躍動の総会 
 池田先生の訪問30周年の佳節を荘厳
 高等教育科学技術副大臣ら多数の来賓、4300人が参加
  先生から後継の友へ祝福のメッセージ 新時代の開拓者たれ
  忘れ得ぬ1987年2月8日

総会のフィナーレを飾った「キスケーヤ(母なる大地)」の大合唱。出演した青年部の一人は「先生が、この会場で見守ってくださっているような思いでした」と語った(サントドミンゴで)
総会のフィナーレを飾った「キスケーヤ(母なる大地)」の大合唱。出演した青年部の一人は「先生が、この会場で見守ってくださっているような思いでした」と語った(サントドミンゴで)

 【サントドミンゴ5日】きょう8日は、1987年に池田大作先生がドミニカ共和国を初めて訪れた日である。この訪問から30周年を記念するドミニカ共和国SGI(創価学会インタナショナル)の総会が5日午前、首都サントドミンゴの国立バレーボールパビリオンで盛大に開催され、全土から約4300人が集った。総会には、高等教育科学技術省のプラシド・ゴメス副大臣や、ラファエル・スベルビ・ボニージャ元内務警察大臣、憲法裁判所のジョティン・クーリ・ジュニア裁判官、サントドミンゴ自治大学のフェルナンド・サンチェス・マルチーネス元総長、ロベルト・レイナ元総長ら多数の来賓が出席。池田先生が祝福のメッセージを贈り、“一人一人が新時代の開拓者たれ”と念願した。(2・3面に関連記事。記事=谷口伸久、写真=外山慶介)
 記念日とは、過去を“振り返る”ためにあるのではない。原点に“立ち返る”ため、誓いを新たにするためのものであろう。
 ドミニカ共和国の同志にとって、毎年巡り来る「2月8日」は、常に、広宣流布の「新生の出発の日」であった。池田先生の訪問当時、1本部4支部だった陣容は、30回目の記念日を迎えた今日、7本部16支部に発展している。
 「先輩方が師と共に築いてきた勝利の歴史、夢を実現するまで諦めない勇気を、受け継ぐ時は“今”です」――同国SGIのファミリア理事長のこの言葉に、今回の総会の意義が集約されている。
 事実、青年部は対話拡大の“勝利の歴史”をもって、総会を迎えた。ステージに躍り出た出演者たちは、その姿をもって、“勇気”を届けようとした。
 青年部が力強い太鼓のバチさばきと組み体操を、音楽隊・鼓笛隊は珠玉の旋律を、未来部も笑顔いっぱいのダンスを披露。「歓喜の歌」と「青年よ広布の山を登れ」の合唱は、聞く人の心を打たずにはおかなかった。
  池田先生はメッセージで訴えた。
 「30年前、憧れのカリブの宝石である貴国を訪問し、あまりにも心清らかなドミニカの宝友と刻んだ歴史を、どうして忘れることができるでしょうか
 今日も、私の心は、久遠の家族の皆さんと共にあります
 「皆さんは何があっても『師子王』の心を取り出だし、福徳に満ちた広布と人生の道を歩み抜き、世界一、『仲の良いドミニカSGI』を築いて行ってください

【先生のメッセージ・特集記事】

◆池田先生ご夫妻の女子部ロマン総会へのメッセージ
 人類の宝の華陽姉妹よ 朗らかな幸福の劇を!

 「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)――この明るい希望の哲学の光を広げ、うるわしい友情の花を咲かせゆく「ロマン総会」、誠におめでとうございます!
 世界192カ国・地域の友も、皆さんの青春満開の語らいを熱く見つめ、声援を送っています。私と妻の心も、若き日に戻って、皆さんの輪の中に飛び込む思いで、けなげな活躍を讃えております。
 日蓮大聖人は、「喜ぶということは、自分も他者も共に喜ぶことである」「自他共に智慧と慈悲を持っていることが、本当の喜びなのである」(同761ページ、趣意)と仰せになられました。
 その通りの仲良く聡明な女性の連帯から、どれほど生きる喜びが湧き出ずることか。皆さんの智慧と慈悲のスクラムこそ、地球の平和の尽きることのない泉なのです。
 ともあれ、皆さんの生命には、最高の幸福の宮殿があります。ゆえに、自信をなくしたり、弱気になったりする必要はありません。
 どうか、世界第一の生命哲学とともに、また、心から信頼し合える創価家族とともに、誇りを持って、気高く、青春を走り抜いていってください。
 
 私と妻は、皆さんが一人ももれなく、桜梅桃李の生命を自分らしく輝かせながら、朗らかな幸福勝利の劇を飾りゆかれんことを、強盛に祈り、見守ってまいります。
 人類の宝の華陽姉妹よ、健康と福智の青春凱歌を共々に!

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 子宮体がん(ステージ3C)と闘う
  “誓い”が苦難を越える力

 【大阪府泉佐野市】「がん」と宣告された日、金子さよ子さん(66)=泉佐野北支部、地区副婦人部長(白ゆり長兼任)=は、御本尊に向かい、“絶対に乗り越えてみせる!と、誓った――。

2017年2月 7日 (火)

2017年2月7日(火)の聖教

2017年2月7日(火)の聖教

◆わが友に贈る


いかなる労苦も喜びに!
全てプラスに転じるのが
信仰者の生き方だ。
その原動力こそ信心だ。
〝朗らか王〟で進もう!

◆名字の言


  御書を開き、「立正安国論」を学んだ壮年が「青年部時代の書き込みを見つけて、決意を新たにしました」と、うれしそうに語っていた。先月末の「教学部教授講座」での一こま▼学会は創価三代の会長のもと、御書を心肝に染め、「実践の教学」を貫いてきた。事実、学会員の多くは皆、“座右の御書”ともいうべき一節を心に刻み、人生を歩んでいる▼栃木の男子部員が発心したのは24歳の時。きっかけは、父親が脳梗塞で倒れたことだった。医師も悲観する意識不明の重体。そんな中、男子部の部長が彼を励ました。「今こそ題目だ。御書に『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし』(1192ページ)とある。絶対に大丈夫だ!」▼確信の言葉に触れ、彼は初めて真剣に唱題に励んだ。治療は奏功し、1カ月後に父親の意識が回復。「家族の題目の声が聞こえた。一緒に唱題していたよ」と父は語った。以来、彼は「法華経の兵法」を根本に広布の最前線で奮闘。現在は総栃木男子部のリーダーとして人材を育てる▼池田先生は、「御書の通りに戦えば、絶対に間違いなく勝てる。御書こそ、究極の将軍学である」と語っている。日々、「御書根本」の実践に立ち戻り、新時代の「二月闘争」を進んでいきたい。(鷹)


◆〈寸鉄〉 2017年2月7日
 

 会長の著作には人類精神
 を豊かにする思想が漲る
 ―教授。後継よ学び抜け
      ◇
 御書「声もをしまず唱う
 るなり」。題目こそ一切の
 前進の力。今日も朗々と
      ◇
 受験生の健闘祈る。呉々
 も健康第一で。悔いなき
 挑戦で勝利の栄冠つかめ
      ◇
 仕事の生産性妨げる因は
 「長い打ち合わせ」―調査
 組織の発展も会議革命に
      ◇
 「祖国へ帰れ」等、法務省
 が憎悪表現の例を提示。
 地球民族の思潮を今こそ

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三十一

 


 創価学会は、日蓮大聖人の御遺命である広宣流布を成就するために出現した、地涌の菩薩の集いである。ゆえに、初代会長の牧口常三郎も、第二代会長の戸田城聖も、万人の幸福の実現に思いを馳せ、死身弘法の決意で、広宣流布の道を切り開いてきた。
 われらもまた、その創価の師弟の精神を受け継ぎ、今世のわが使命を果たすために、誇り高く、勇んで弘教に走る。
 どのような事態になろうが、創価の師弟の大道を守り抜く限り、慈折広布の前進がとどまることはない。世界の平和へ、人類の幸福へと歴史の歯車は回り、一人ひとりの桜花爛漫たる幸の人生が開かれていく――山本伸一は、全同志に、その確信を、断じて持ち続けてほしかったのである。
  
 四月十六日の午後、伸一は、来日していたアメリカの前国務長官ヘンリー・A・キッシンジャー博士の訪問を受け、東京・渋谷区の国際友好会館(後の東京国際友好会館)で会談した。約四年ぶりの対面である。
 博士は、一九二三年(大正十二年)にドイツで生まれ、少年時代にナチスによるユダヤ人への弾圧を逃れ、一家でアメリカへ移住する。ハーバード大学で政治学を専攻し、さらに博士号を取得。六二年(昭和三十七年)に同大学の教授となる。ニクソン政権では大統領補佐官、国務長官を歴任。その間に、ニクソンの訪中、訪ソを推進し、米ソ戦略兵器制限交渉、ベトナム和平、中東和平などを手がけ、彼の外交手腕は、世界の耳目を集めた。
 七三年(同四十八年)にノーベル平和賞を受賞。七七年(同五十二年)、カーター政権の誕生を機にホワイトハウスを去り、ジョージタウン大学の教授等を務めている。
 「ようこそ! お待ちしておりました」
 伸一は、博士と固い握手を交わし、一緒に会館の庭を散策しながら、近況を語り合った。
 彼は、対話を通して、恒久平和の道を開く手がかりを、共に探し出そうとしていた。語らいによる啓発から新しい知恵が生まれる。

【聖教ニュース】

◆アメリカSGIが青年部教学実力試験
 全米93会場で求道の友が挑戦
 研鑽運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」の成果を発揮

研鑽運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」で学んできた成果を発揮しようと、真剣に受験するアメリカSGI青年部の友(ロサンゼルス友好会館で)
研鑽運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」で学んできた成果を発揮しようと、真剣に受験するアメリカSGI青年部の友(ロサンゼルス友好会館で)

 「行学の二道」こそ幸福への直道――アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の第2回「青年部教学実力試験」が1月29日、首都ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルスをはじめ、全米93会場で実施された。これには、池田大作先生が万感のメッセージを寄せ、教学の研鑽に励み、挑戦してきた友を心から賞讃。「受験された全員が、『行学』の実践者であり、人生勝利の大哲学者であり、幸福栄冠の大博士です」とつづり、「妙法の智慧と希望と勇気の光を、大きく朗らかに広げていってください」と念願した。
 今回の実力試験は、池田先生の著書『法華経の智慧』4~6巻(英語版)が出題範囲となった。
 アメリカ青年部では2013年から、教学運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」を展開。これは、毎月、本部単位等で勉強会を行い、活発な討議などを通じて『法華経の智慧』を学ぶもの。実力試験は、その研鑽の成果を存分に発揮する機会となった。
 問題は選択式で、全40問からなる。十界論、九識論や発迹顕本、第六天の魔王など、仏法の法理、用語に関する問い、御書の御文について答える問題等が出題された。
 試験時間は90分。会場では、行学根本に挑戦と成長の青春を送る友が、全力で試験と向き合った。
 「『イケダ・ウィズダム・アカデミー』、そして今回の試験に向けての研鑽が、信心の原点になりました」と語るのは、ロサンゼルス・パンパシフィック圏のクリスティーン・コールさん(女子地区リーダー)。入会3年目のコールさんは今、自身の宿命と真剣に戦っている。
 「『薬王菩薩本事品』の章を学ぶ中で、この信仰があれば、どんな魔にも打ち勝てると、大きな勇気と決意が湧きました。真の幸福と勝利を手にするため、一層、広宣流布に尽くしていきたい」と力を込めた。
 シカゴ圏のルチ・シンさん(女子部部長)は当初、『法華経の智慧』の試験と聞いて戸惑った。「仏法の知識がほとんどない中での受験だったので、不安でいっぱいでした」
 しかし地域の同志が付きっ切りで勉強会を開いてくれた。“一人の青年を何としても育てよう”とのSGI家族の温かさを実感。シンさんは試験を終えた後、さらなる行学の実践と躍進への決意を燃やしていた。
 ニューヨーク圏のクリスティアン・シオバヌさん(男子地区リーダー)は、共に受験するメンバーと、試験範囲を何度も学び直し、多くのディスカッションを交わした。
 「皆と心ゆくまで話し合う中で、“自分にとって師匠とは、どういう存在なのか”を考える最高の機会になりました。また、創価の三代会長に脈打つ師弟の精神の重要性を深め、心に刻むことができました」と。
 「世界広布の模範」と輝くアメリカ青年部。同国には今、創価の人間主義の哲学を希求する、確たるスクラムが広がっている。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価大学〉第9回 パン・アフリカン友好会
 生涯、アフリカから学べ

横断幕を手に、パン・アフリカン友好会のメンバーがマンデラ氏を歓迎(1990年10月31日、東京・信濃町の聖教新聞本社で)。池田先生はこの日、27年半もの獄中闘争を勝ち越え、差別撤廃に尽力した氏に「人道の旗 正義の道」との詩を贈った
横断幕を手に、パン・アフリカン友好会のメンバーがマンデラ氏を歓迎(1990年10月31日、東京・信濃町の聖教新聞本社で)。池田先生はこの日、27年半もの獄中闘争を勝ち越え、差別撤廃に尽力した氏に「人道の旗 正義の道」との詩を贈った

 「アフリカの年」といわれた1960年の10月14日。創価大学創立者の池田大作先生は、アメリカ・ニューヨークの国連本部を訪れていた。
 この年、アフリカの17カ国がヨーロッパの植民地支配から次々と独立。国連への加盟が認められたアフリカ諸国の若き指導者たちの雄姿を、池田先生はその目に焼き付けた。
 「21世紀は、必ずアフリカの世紀になるよ。その若木の生長を、世界はあらゆる面から支援していくべきだ」
 貧困、疫病、紛争、難民……世界の縮図ともいうべき課題が山積するアフリカ。
 だが先生は、一貫して「希望大陸」の可能性を訴え、平和と友情の道を切り開いてきた。
 「アフリカの世紀。それは生きとし生けるものが調和して生きられる『生命の世紀』でもある。奪われても、奪われても、命の陽気な鼓動を失わなかったアフリカのエネルギーに、強さに、英知に、『世界が学ぶ』時が来たのだ」と。
 先生の思想と先見に学び、創大に「パン・アフリカン友好会」が発足したのは、開学から5年後の76年であった。
 この年、先生は当時のタンザニア大使と会見し、創大生がスワヒリ語を学んでいくことを提案。後に始まった友好会主催のスピーチコンテストは、昨年で26回を数え、国内唯一のスワヒリ語の大会として、高い注目を集めている。
 87年には、研修でアフリカへ向かう友好会の3人の学生に、先生は揮毫を贈り、エールを。
 翌年、創大はケニアの国立ナイロビ大学と、日本の大学として初めて学術交流協定を締結。以来、アフリカの大学との学術交流は、8カ国・10大学にまで広がっている。

民衆に力を!


 アフリカの歴史や政治・経済を学び、歌やダンスを練習する友好会。アフリカのリーダーとの会談の際、先生は毎回のように、彼らと一体となって、真心の歓迎を行ってきた。
 90年10月31日、南アフリカのネルソン・マンデラ大統領(当時、アフリカ民族会議副議長)が東京・信濃町の聖教新聞本社へ。先生が前庭からロビーへと案内すると、友好会の代表が高らかに叫んだ。
 「アマンドラ・ンガウェトゥ!」(民衆に力を!)――それは、人種差別の壁を打ち破った南アの人々の合言葉だった。
 そして、人民の愛唱歌「オリサッサ・マンデラ」を大合唱。大統領は驚き、満面に笑みを浮かべて応じた。
 5年後、大統領は先生と再会し、述懐している。「あの素晴らしい歓迎――創大の学生の皆さんも実に温かく迎えてくださった。忘れられません」
 アフリカの環境の母、ワンガリ・マータイ博士が来日したのは2005年2月である。18日には、先生との会見が予定されていた。
 “どうすれば喜んでもらえるか”――歓迎の準備に当たった友好会の友は、一本の映画に流れる曲を何度も聴き、譜面に起こして歌の練習を重ねた。
 それは、博士がアフリカ各地で推進した植樹運動「グリーンベルト運動」の愛唱歌「私たちの大地」であった。
 当日、故郷の言葉・キクユ語による合唱を耳にした博士は、全身でリズムを取りながら、一緒に口ずさんだ。メンバーの思いが届いた瞬間だった。

全ては将来の因に


 会見の合間を縫って、先生は折々に友好会を励ましてきた。
 ある時は、太鼓を演奏した学生に「うまかったね」と、ねぎらいの言葉を。
 またある時は、先方にお土産を渡す学生の背中をぽんぽんとたたき、「頑張ったね」と優しく声を掛けた。
 「こうして歓迎に参加することは、将来アフリカに行ける因をつくっているんだよ」と語ったこともある。事実、多くの学生が交換留学や隔年のスワヒリ語研修で海を渡り、現地で働く卒業生もいる。
 02年5月18日。ケニア国立ケニヤッタ大学「名誉人文学博士号」の授与式には、友好会の卒業生の代表が出席した。
 大学の教員や国際機関の職員など、さまざまな使命の道でアフリカとの信頼と友情を深めゆく友を、先生は「創大アフリカ研究会」とたたえた。
 「友好」そして「研究」を!
 君たちよ、生涯、アフリカから学べ!――それが、アフリカを愛する創立者の期待であり、願いである。 
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆2月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息

   
御書全集 1253ページ16行目~17行目
編年体御書 715ページ8行目~9行目
“苦難の冬”を“勝利の春”に
凡夫が必ず仏に成る仏法            
 
                                                                                                 
 
本抄について                     

  本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
 大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という迫害に遭われ、多くの門下が退転する中にあっても、妙一尼は夫と共に法華経の信仰を貫き通しました。
 ところが、そのために夫は、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも大聖人が佐渡流罪を許される前に亡くなりました。
 残された妙一尼は、自身も体が強くないうえに、病気の子らを抱える中、佐渡へ身延へと従者を送り、大聖人にお仕えさせたのです。                

拝読御文                     

  法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候                

難を乗り越える信心                     

    “法華経を持つ”人が難を避けることはできません。「法華経を信ずる人は冬のごとし」との仰せの通りです。拝読御文は「難を乗り越える信心」を教えています。
 まず大切なことは、私たちが地道に信仰を持続する中で、いかなる難にも崩されない強盛な信心を確立していくことです。
 では、正しい法(正法)を持った人が、なぜ難に遭うのでしょうか。
 正法を信じ行じて、成仏の境涯を目指すということは、自身の生命を根底から変革させていくことです。
 どんな変革にあってもそうですが、仏道修行においても、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、あるいは周囲の人間関係の中に生じます。ちょうど、船が進む時に、抵抗で波が起こるようなものです。
 成仏を目指す仏道修行の途上に起こる、このような障害に「三障四魔」があります。
 また、法華経には、末法濁悪の世に法華経を弘める「法華経の行者」に対して「三類の強敵」が現れ、迫害することが説かれています。これは、釈尊入滅後の悪世において、一切衆生の成仏を願って、法華経を広宣流布しようとする実践のあるところに起こってくる迫害です。
 信心の途上で、こうした難を受ける意味について、個々人の宿業という観点から捉えれば、難は「宿命転換」の好機となります。正法を行ずる功徳によって、自身の生命に刻まれた悪業の報いを現世で現し、消していくことができるのです。
 創価学会では草創以来、「難を乗り越える信心」に励んできました。現在、「難を乗り越える信心」は、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」と共に、創価学会の永遠の五指針の一つとなっています。

万人成仏                     

 拝読御文に、「若有聞法者無一不成仏」との法華経方便品第2の文が引用されています。この経文は、法華経を聞いた人は、一人ももれなく成仏するとの意味です。
 法華経には、一切衆生の成仏、万人成仏の教えが示されています。それは、あらゆる生命に「仏界の生命」が具わっているという法理です。言い換えれば、万人に「仏性」(仏の性分)があるということです。
 例えば、法華経方便品では、あらゆる仏は衆生に仏の智慧を開かせ、清浄な境涯を得させたいと思うゆえに、この世に出現したと述べられています(法華経121ページ、趣旨)。これは、衆生の生命に本来、仏の智慧が具わることを意味します。
 法華経以外の経典では、例えば二乗(声聞界・縁覚界の衆生)は絶対に成仏できないと強調されたり、あるいは女性や悪人は仏になれないと説かれるなど、“誰もが皆、成仏できる”とは述べられていません。
 法華経の万人成仏の法理は、その後、中国の天台大師によって、「十界互具」「一念三千」の法理として展開されました。
 そして、末法において日蓮大聖人が不惜身命で大難と戦う中、御自身の胸中に仏界を現し、妙法と一体の御自身の生命を御本尊に顕されました。この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱題する時、自身の仏界が呼び起こされます。末法のあらゆる人々が仏に成る道を、大聖人が開いてくださったのです。                

妙一尼への励まし                     

   本抄は、夫に先立たれて心細くなることもあったであろう妙一尼への励ましの心にあふれています。
 本抄で日蓮大聖人は例えば、“法華経のために所領を没収されたあなたのご主人は、不惜身命の実践をした雪山童子や薬王菩薩と同じ功徳があるのです。月の中か、太陽の中か、天の鏡に妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう”(御書1253ページ、趣旨)と述べられています。
 大聖人は妙一尼に対し、何も心配する必要はなく、必ず霊山にいる故人が守ってくれることを伝え、安堵させようとされているのです。
 さらに、大聖人は、“もし私が、力のある身となりましたなら、幼いご子息たちのことは見守っていきましょう”(同1254ページ、趣旨)とまで心を配っておられます。
 妙一尼の不安を払拭しようとされる大聖人の心情がにじみ出た仰せです。
 佐渡や身延へと従者を遣わし、師・大聖人への真心を尽くした妙一尼。
 信心を根本に何としても苦境を乗り越えてほしいと願われた大聖人の深い慈愛を、本抄から拝することができます。                

池田先生の指針から 真っすぐに幸福の軌道を                     

   「妙一尼御前御消息」は、徹底した励ましの一書です。本抄を送られた時点で、妙一尼自身が、健気に信仰を貫き通していることは間違いありません。佐渡流罪、蒙古襲来という、教団も社会も激動の変化を続ける中、妙一尼が一点のぶれもなく大聖人とともに純真に信心に励んできたことは、御消息の文面からも推察されます。
 しかし、その置かれている環境は、まさしく冬のような逆境でした。大聖人は妙一尼に「絶対に幸せになってほしい」「必ず成仏してほしい」との思いから、妙一尼の心に潜む悲哀や不安を一掃させようと、本抄で入魂の激励を重ねられていると拝察されます。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
                                                         ◇ ◆ ◇ 
 「法華経を信ずる人は冬のごとし」――それは、一切の宿命と戦い、乗り越え、「成仏への厳然たる軌道」を歩んでいきなさいとの厳父の慈言と拝することができます。
 その成仏への軌道を「冬は必ず春となる」と示されているのです。
 冬は春となる。秋に逆戻りすることはない――。これは誰も動かすことのできない自然の法則です。同じように、成仏の大法である妙法を受持しきった人が仏になれず、まして、凡夫の迷いのままで終わるはずがない。妙法を聞いて信受した人は「無一不成仏」――一人ももれなく成仏する。これが法華経に説かれた仏のお約束です。生命の大法則です。
 仏の眼から見れば、誰人にも幸福になる権利がある。誰もが、歓喜踊躍の人生を送ることができる。いわんや胸中の妙法を涌現する方途を知っているのが、日蓮仏法を持った私たちです。ゆえに私たちには、幸福になる権利があるだけでなく、真の幸福を万人に開いていく大いなる使命もあるのです。
 「冬は必ず春となる」とは、「信心の試練を勝ち越えた凡夫は必ず仏となる」ということです。本来、誰もが胸中に仏の生命をもっています。それを開き現していく人生の軌道に入った大聖人門下が成仏できないわけがない、との師子吼が轟いてきます。(同)                

参考文献   ○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻(聖教新聞社)                  

 

◆〈未来部育成のページ〉 生命尊厳の哲学を次の世代へ 2017年2月7日

 「世界広布新時代」が到来し、世界中で若き後継者の活躍の裾野が広がる。今回の未来部育成のページでは、韓国SGIの未来部育成について取り上げる。

◆日本における民音の文化貢献 音楽評論家 青澤唯夫


 来る2月9日は「民音(民主音楽協会)の日」。1961年のこの日、創立者の池田先生が民音の設立構想を示した。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 チャレンジロード 3・11 私の挑戦〉 
 避難指示解除へ向けて働
く 浪江町の役場職員 
  故郷の復興をあきらめない

 【福島県南相馬市】「少しずつ町が整備されていくことが、未来をつくると思っています。町民が戻る日のために、自分にやれることを果たしたい」。
 

2017年2月 6日 (月)

2017年2月6日(月)の聖教

2017年2月6日(月)の聖教

◆今週のことば
仏縁を結ぶ「勇気
心を動かす「
確信
信頼を生む「
誠実
地涌の誇りも高く
幸の眷属を広げゆけ!

◆名字の言


  すぐ目の前にいる同僚と、メールで“会話”する若者が増えているそうだ。パソコンやスマートフォンが普及する現代社会。以前なら直接、言葉を交わしていた場面でも、メールやラインでのやりとりが多くなっていないか▼こうした状況に警鐘を鳴らすのは、脳生理学者の有田秀穂氏。メールだけのコミュニケーションでは、人を信頼し、人のために何かしたいとの気持ちが減退するという(『「脳の疲れ」がとれる生活術』PHP文庫)。鍵になるのが「オキシトシン」という神経物質だ▼オキシトシンとは、別名「幸福ホルモン」。他者への信頼感を強め、ストレスが消えて幸福感が増す作用がある。さらに血圧の上昇を抑えて、心臓の機能を向上させ、長寿になるとの研究結果も▼オキシトシンの分泌を促すのは、スキンシップや一家だんらんなどの親しい語らいだという。人の幸福を願ったり、親切を心掛けたりすることもいい。他者に関わる行動自体が、心と体を健やかにする▼日蓮大聖人は「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(御書1598ページ)と。友のために動くと、同時にわが生命も躍動する。さらに仏法を語れば、歓喜と功徳は計り知れない。この自他共の幸福の道を、今日も生き生きと歩みたい。(剛)


◆〈寸鉄〉 2017年2月6日
 

 
題目あげて語れ!すごい
 境涯になれる
―戸田先生
 共々に人間革命の直道を
      ◇
 尊き「新聞長」の大奮闘に
 深謝。皆様ありて正義の
 言論は拡大。福徳は無量
      ◇
 「
後輩を自分以上に」が
 育成の魂。真心の激励を。
 若き力が光る二月闘争に
      ◇
 車の自動ブレーキ義務化
 検討と。命守る技術の普
 及急げ。一番は
安全運転
      ◇
 癌検診受けぬ理由、3割
 が「健康に自信ある」と。
 
早期発見が鍵。過信禁物

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   三十
 
 


 神奈川文化会館の開館記念勤行会は、十四日、昼夜二回にわたって、同志の喜びのなか盛大に行われた。山本伸一は、いずれの勤行会にも出席し、これまでの皆の労苦に最大の感謝の意を込め、全力で励ましを送った。
 席上、彼は、初めて神奈川県横浜市の座談会に参加した、懐かしい思い出を語った
 「それは、三十年前(一九四九年)であったように思う。当時、私は二十一歳でした。国鉄(後のJR)鶴見線の国道駅近くの幹部のお宅が、座談会の会場であった。そこには、未入会の友人が五人、おみえになっていた。青年だけでなく、婦人も、年配の壮年も参加していました。
 私は、若人らしく、元気に体験を語り、師匠・戸田先生の指導を通して、大確信をもって、日蓮大聖人の仏法の偉大さを訴えていった。その五人の方々は、全員、入会を決意されたように記憶しています」
 弘教の最大の力は、豊富な人生経験もさることながら、御本尊への確信であり、相手の幸せを思う真剣さである。ゆえに、若くとも確信と思いやりに満ちた言葉は、人びとの生命に響き、共鳴をもたらすのだ。
 「私は、この神奈川でも、弘教に、座談会に、地区講義に、個人指導にと、走りに走った。それは、すべて青年時代の楽しい有意義な思い出となっています。また、共に活動に励んだ方々は、かけがえのない忘れ得ぬ同志として、深く心に刻まれています」
 伸一は思った。
 “自分の会長辞任が発表されれば、少なからず皆は驚くにちがいない。しかし、何があろうが、いささかたりとも、信心に動揺があってはならない。そのために、不動の信心の確立を叫び抜いておかねばならない”
 彼は、言葉をついだ。
 「学会においても、幾つかの転機があり、乗り越えるべき節があります。いかなる時でも、私たちが立ち返るべき原点は、初代会長の牧口先生が言われた“一人立つ精神”であり、広宣流布の大精神であります」

【聖教ニュース】

◆SGI発足の地 グアムで平和の祭典 2017年2月6日
 池田先生ご夫妻とSGIの社会貢献たたえ
 グアム準州から宣言書 議会から決議書

 
グアム準州議会が池田先生ご夫妻の平和貢献をたたえる決議を。タムニンの公園内にある「SGI発足記念碑」の前で、ベンジャミン・クルーズ議長(左から6人目)からSGIの代表に、決議書が手渡された
グアム準州議会が池田先生ご夫妻の平和貢献をたたえる決議を。タムニンの公園内にある「SGI発足記念碑」の前で、ベンジャミン・クルーズ議長(左から6人目)からSGIの代表に、決議書が手渡された

 SGI(創価学会インタナショナル)発足の地、アメリカ・グアム準州の経済の中心都市タムニンで1月21、22の両日、SGI発足42周年を祝賀する第5回「ラッテ平和祭」が開催された。これには、タムニンのルイーズ・リベラ市長をはじめ地元市民、SGIメンバーら3000人が集った。また、同祭典の開催を記念し、グアム準州(エディ・カルボ知事)は、本年の1月23日を「ダイサク・イケダ博士とSGI感謝の日」と宣言。28日には、同準州議会から、池田大作先生と香峯子夫人の世界平和への貢献をたたえる決議書が贈られた
 輝く陽光と豊かな自然にあふれた、太平洋に浮かぶ常夏の楽園・グアム。
 古くから、先住民のチャモロ人が独特の文化を形成し、穏やかな生活を送っていた。
 だが、平和の島は、戦場となった。1941年、太平洋戦争が勃発。グアムは、日米の激戦地に。母子の叫びと砲声が飛び交い、多くの人の血が流れた。
 「あまりにも深い悲劇を刻んだグアムを、二度と戦場にさせてはならない。そして、このグアムから、平和創造への新たな希望のメッセージを、人類に発信していくのだ」――池田先生の信念のもと、75年1月26日、この地に世界51カ国・地域の代表が集い、第1回「世界平和会議」が開催された。席上、SGIが発足。あらゆる差異を超え、世界平和を実現しゆくことを約し合った。
 この“不戦の誓い”を継承していくことを目的に開かれているのが、「ラッテ平和祭」である。
 SGIやICAP(平和のための国際芸術家委員会)などが共催し、5回目の開催となった祭典では、リベラ市長の歓迎あいさつの後、アメリカSGI西部方面のデボジー壮年部長がSGI発足の経緯と池田先生の行動を紹介した。
 続いて、祝賀の演目が行われ、地元の小学生約300人による合唱や、ミクロネシア地域に伝わる伝統舞踊などが披露。来場した人々から大きな喝采が送られた。
 祭典後、リベラ市長は語った。
 「平和祭は、多様な価値観を持つ市民が一つになり、対話と共生の重要性を確認できる大切な場となっています。この祭典に尽力くださった池田SGI会長に心から敬意を表します」
                      ◇ 
 1・26「SGIの日」42周年――。グアム準州の「ダイサク・イケダ博士とSGI感謝の日」の宣言書や、同準州議会の決議書など、池田先生ご夫妻、SGIメンバーの社会貢献に対する顕彰が相次いだ。
 決議書には「池田博士は、核兵器廃絶を訴えた恩師・戸田第2代会長の遺訓を受け、平和運動を大きく促進してきた傑出した世界的指導者である」等と記されている。
 太平洋の小さな島・グアムの人々の信念のスクラムは、大きな希望の光となって、これからも世界を照らし続けるに違いない。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈希望航路―池田大作先生と進む人生旅―〉 スペイン1 1983年

 
第1回SGIスペイン総会に出席した池田大作先生ご夫妻(1983年6月14日、マドリード市内で)                                                                          
第1回SGIスペイン総会に出席した池田大作先生ご夫妻(1983年6月14日、マドリード市内で)

 池田大作先生は、これまで2度にわたって欧州のスペインを訪問している。この激励行を胸に同国の広宣流布を進めてきた、メンバーの思いを聞いた。

◆弟子の道 一 小説『新・人間革命』に学ぶ  池田 主任副会長へのインタビュー

   小説『新・人間革命』「大山」の章の連載が、本年の元旦から始まりました。「恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の 『弟子の道』を書き残さなければならない」(同小説「はじめに」から)との思いが込められた池田大作先生の執筆闘争も、いよいよ第30巻となり、”総仕上げ”を迎えています。青年部の一人一人が、師匠の心の奥底に迫り、師弟の精神を深める時は”今”です。

 新企画「弟子の道 一一 小説『新・人間革命』に学ぶ」では、今後、各巻の特集を掲載していきます。
 今回と次回(3月1 日付予定)は、そのプロローグとして、戸田城聖先生の小説『人間革命』、池田先生の小説『人間革命』『新・人間革命』に紡がれた”師弟の絆、思想の展開”について学びます。また、池田 主任副会長へのインタビューを2回にわたって掲載します。

戸田先生の「人間革命」 連載:1951年~54年
先師・牧ロ先生と弟子の悟達

 池田先生が小説を書こうと決意したきっかけは、恩師・戸田先生が小説『人間革命』を執筆したことにあります。
「妙悟空」というペンネームを用いた戸田先生の小説は、1951年4月20日付の聖教新聞創刊号から、約3年にわたり連載されました。
 主人公は「巌
九十翁(がんくつおう)」。牧ロ常三郎先生を師匠とし、心がすさんだ貧しい生活から、見事に蘇生していく姿が痛快に描かれています。 前半は小説を意識したフィクションですが、後半は、主人公に戸田先生の実体験が重ねられ、貴重な "真実の記録"となつています。
 軍部政府の暴走が進むにつれて、信教の自由はむしばまれていきます。その中で、創価の師・牧ロ先生は、「仏法の力によつ て、日本を栄えさせてこそ、大聖人 はお喜びになるのではないか!」 と、「国家諫暁」を決断。多くの弟子たちは、保身の心から恐れを抱きますが、巌さんは、真正の弟子として続きます。「ぼくは牧ロ先生の弟子さ」「一大折伏戦に入ろうではないか!」と
 やがて牧ロ先生と巌さんは投獄。牢獄の中で巌さんが、自身が 「地涌の菩薩」であると悟り、広宣流布に生き抜く決意を定める場面で、物語は幕を閉じます。
 ここでは、牧ロ先生の獄中での逝去は描かれていません。しかし、 日本のために正法流布に挺身した師を、獄死に至らしめた時の権力への怒り、そして、師の仇討ちを誓った戸田先生の思いは、主人公の「巌
九十翁」に託されています。

 54年、牧ロ先生の十回忌法要の折に、戸田先生は語りました。
あれほど悲しいこと(牧口先生の獄死)は、私の一生涯になかつ た。そのとき、私は『よし、いまにみよ!先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、 先生にお返ししよう』と決心した」
  戸田先生は、自身の分身である 小説の主人公を、名作『モンテ・クリスト伯』の「巌窟王」になぞらえ、「巌九十翁」と命名したのです。
 
 戸田先生の小説『人間革命』の執筆には、池田先生も携わっていました。戸田先生は折々、途中まで書いた原稿を池田先生に渡したといいます。「後は君が書いておけ。また、直したいところは、好きなように直してよい」。
 池田先生は当時を「ありがたき師の訓練」だったと振り返っています。 師弟の共戦で完成された小説 『人間革命』は、57年7月3日、 単行本として出版されます。この日、池田先生は、選挙違反という無実の罪を晴らすため、自ら大阪府警察本部に出頭し、逮捕・勾留 されました(大阪事件)。先生は、羽田の空港で師匠から贈られ た小説を抱き、権力の魔性との闘争を開始したのです。
 戸田先生の小説『人間革命』下巻には、「人間革命の真髄」と題した「あとがき」が掲載されています。その中で戸田先生は、巌さんや同志たちの経済的な蘇生のド ラマなどに触れて、「真の人間革命はまだまだこれからである」。
そして「三類の強敵と闘い抜き、三障四魔を断破して、真の大利益、人間革命の真髄を把握されんことを希望する」と記しています。
 その後の巌さん、つまり戸田先生が率いる草創の同志の”真実の闘い"を、弟子・池田先生は書き記していくことになります。
先生、戸田は命をかけて戦います。何がどうなろうと、 戸田は、どこまでも先生のお供をさせていただきます。 (小説『人間革命』第1巻「一人立つ」から)

池田先生の「人間革命」 連載:1964年~92年
学会再建に立った戸田先生

  先生!伸一は征きます。先生がおっしゃった、わが舞台である 世界の広宣流布の大道を開き続けてまいります!弟子の敢闘をご覧ください。 (小説『新・人間革命』=第29巻「源流」から)
 池田先生は小説『人間革命』第12巻「あとがき」に、こう記しています。
恩師の真実を伝える伝記を書き残すことは、私の青春時代からの誓いであった
 先生が戸田先生の小説の”続編”を記そうと思い立つたのは、 恩師の小説が新聞掲載される前、「小説を書いたよ」と原稿をポケットに入れ、うれしそうに話す師 を見た時でした。
 1954年8月 には、戸田先生と共に、恩師の故郷、北海道の厚田村(当時)を訪問。 その思いを、さらに深めます。
 執筆の決意が不動のものとなつたのは、長野軽井沢での、戸田先生との語らいの直後、57年8月14日でした。 恩師の最後の夏であり、師弟の出会いから満10周年を迎える、まさにその日。池田先生は、恩師の生涯と精神を後世に伝えゆくことを、「不二の弟子とし ての私の使命」と誓ったのです
戦争ほど、残酷なものはない」。
 池田先生が小説『人間革命』の執筆を沖縄の地で開始したのは、164年12月2日。戦争の爪痕が深く刻まれた地で、人間主義の平和の哲理を記し始めました。
 先生が「最も頭を悩ませた」と語る小説の冒頭は、「
地涌の菩薩」の使命を自覚した、戸田先生の出獄の場面から始まります。
 第1章のタイトルは「黎明」。 後年、池田先生は随筆で「『人間革命』とは、人間の、そして人類の平和と幸福の『黎明』を開きゆく闘争である」とつづっています。出獄した戸田先生の心中にともされた、広布誓願の炎こそ、まさに、新しき時代を開く人類の黎明でした。
 全12卷の小説『人間革命』は、 戸田先生が第2代会長となり、生涯の願業「75万世帯」を成し遂げ、弟子に広布のバトンを託すストリーになつています。その中で、山本伸一との出会いと、師弟不二のドラマが描かれています。
 戸田先生の小説の「巌さん」と 同じく、「山本伸一」もまた、絶体絶命の苦境の中で、師弟の道を貫きました。第4巻「秋霜」の章では、戸田先生が、事業の破綻によって学会の理事長を辞任。多くの人たちがののしり、去る中で、 伸はただ一人、戸田先生こそが永遠の人生の師であると定め、次の和歌を、恩師に贈ります。
「古の奇しき縁に仕へしを 人は変れどわれは変らじ」
 池田先生の小説『人間革命』の 執筆は、体調が優れない時にはロ述をテープに吹き込み、また時には、香峯子夫人の代筆により、続けられてきました。第10巻の連載が終了した78年8月からは約2年間、休載となり、その間、第1次 宗門事件によって、先生は79年4 月に会長を辞任。
 80年09月、第11 巻「転機」の章から再開し、その後、世界広布の本格的な展開のためにカ走を重ね、10年半にわたる休載もありましたが、92年11月、 全12卷の執筆が完結。そして93年2月11日に連載を終了します。
 当初、小説『人間革命』は、戸田先生の逝去をもって筆を置く予定でした。しかし、池田先生は、
伸一が第3代会長に就任するまでを描いた「新・黎明」の章を加えます。伸一の心に燃え上がる"弟子の一念"が、世界広布の黎明を告げたところで結んだのです。

池田先生の「新・人間革命」 連載:1993年~
池田先生の世界広布の軌跡

  「平和ほど、尊きものはない」 1993年8月6日、広島に原爆が投下されて48年に当たるこの日、恩師との思い出の地・長野の軽井沢で、池田先生は小説『新・人間革命』の執筆を始めました。
 同年10月には、八王子市に東京牧ロ記念会館が誕生。学会創立記念日の11月18日から、聖教新聞での連載がスタートしました。
 池田先生は、かつて随筆でつづっています。「弟子が師匠の誓願を受け継ぎ、その構想を実現する。広宣流布を事実のうえで伸展させる、この師弟不二という、 まことの後継の弟子の戦いを書き記さなければ、戸田先生、さらには牧口先生の本当の偉大さを宣揚することはできない」と。
 第1巻の「はじめに」では、すでに、”完結までに30巻を予定”と明記されています。それは、弟子たちが織り成す後継の遥かなる道を描き抜く、人生を懸けた闘争宣言でした。
 第1巻の冒頭は、山本伸一が、 第3代会長就任から5カ月後の3月2日、世界への第一歩を踏み出すシーンです。出発の日は、戸田先生の月命日である2日。アメリ 力、カナダ、ブラジルの3力国を歴訪する伸一の胸ポケットには、 恩師の写真が収めてありました。
 池田先生にとって、『新・人間 革命』の執筆もまた、激務に次ぐ激務の中での闘争でした。先生は 「海外の旅先で、夜更けて原稿に向かった時もあった。地方指導の旅の車中で、構想を練り上げることも珍しくなかつた」と振り返っています。
 池田先生の『人間革命』と『新・人間革命』。その共通テーマ は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」という哲理にあります。それこそが、「戸田先生が示された平和建設の原理」なのです。
 戸田先生の小説のペンネームが「妙悟空」だつたのに対し、池田先生は「法悟空」という名を用いています。この対比について、池田先生は『新・人間革命』第1巻の単行本の「あとがき」で、詳しく説明しています。
 もともと「妙悟空」は、『西遊記』の「孫悟空」をもじったものであり、生前、戸田先生は、「孫」には"小さなもの"の意味があり、この名は仏法で説く”空"の概念をわずかに悟ったことを表していると語りました。
 それに対し、「妙悟空」の「妙」 は”妙法"を表しており、牢獄の中で生命の本質を悟つたことを示すペンネームになつています。
 戸田先生と池田先生のペンネームを合わせると、「妙法」となります。池田先生は記しています。
「仏法では『妙』は本源、『法』 は現象。『妙』は仏界、『法』は九界」「いわば、『妙』は師、『法』 は弟子ということになる」と。
 戸田先生の『人間革命』、池田先生の『人間革命』『新・人間革命』をひもとくと、その執筆の歴史、小説の内容の全てが、金剛不壊の”師弟の物語"そのものであることが明白になります
「師弟して 人間革命 光あれ」
 この池田先生の句の精神を胸に、日々の『新・人間革命』の連載を学び深めながら、自分自身の人間革命の大叙事詩をつづり残していきましょう。

池田博正 主任副会長へのインタビュー
師の人生を "追体験" 誰もが「山本伸一」に

 池田先生は、小説『新・人間革命』第1巻の「はじめに」で、"完結までに30巻を予定"と書かれています。 ついに、その第30巻の連載が、本年の元日から始まりました。
 昨年夏、池田先生が『新・人間革命』の執筆を開始された軽井沢の長野研修道場を訪れました。研修道場には、最初の執筆の日に記された「全30冊の予定なり」との直筆原稿が展示されていました。
 当時、先生は65歳。ー般的には、"定年"を過ぎ、退職 という人生の一区切りの年齢でもあります。その時点で、 先生は全30巻での完結という壮大な目標を目指し、新たな挑戦を宣言されたのです
 前書き(「はじめに」)には、小説の執筆は「限りある 命の時間との、壮絶な闘争となる」と記されています。
 先生は、『新・人間革命』の執筆こそ、人生で果たすべき使命であると定められていると感じます。連載を待ってくれている読者、後継の弟子たちに、何を伝え残していくか。 そこに、先生の人生を懸けた戦いがあるのだと思います。

 
池田先生が小説を書いた直接的なきっかけは、戸田 先生の小説『人間革命』にあります。その意味で、池田先生の『人間革命』『新・人間 革命』は、”師弟の物語の続編"と言えるのでしょうか。
 戸田先生は、逝去の8力月前、軽井沢の地で、池田先生に語りました。「牧口先生のことは書けても、自分のことを一から十まで書き表すことなど、恥ずかしさが先に立つて、できないということだよ」と。この時、池田先生は、恩師の真実を残すために、”続編"を執筆することを固く決意されています。
 一方、『新・人間革命』 は、戸田先生の理想を、弟子山本伸一がどう実現していくかということに力点が置かれている。また、伸一と共に、世界の後継の弟子たちが、どのように戦つたかということに光を当てています。
 池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「(戸田) 先生亡き後の広宣流布の世界への広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えた」と記しています。
 半世紀にわたる『人間革命』『新・人間革命』の執筆は、全国、海外各地を駆け巡る激務の中で続けられてきました。先生は、日々の連載を通して、今の同志への激励や指針を贈っています。毎日、 戦いながら書き、同志を励ましていく。先生にとって小説の執筆は、"人生の大きな 柱"だと言っても過言ではありません

 
なぜ『続・人間革命』ではなく、『新・人間革命』というタイ卜ルにされたのでしようか。
 池田先生の『人間革命』の結びは、戸田先生が逝去された後、山本伸一が創価学会の会長に就任する場面で終わります。一方、『新・人間革命』の冒頭は、伸一の会長就任から5力月後、海外初訪問のシーンから始まっています。
 これは、『新・人間革命』 が、単に歴史的事実を追うものでなく、「世界広布」を主題としているからではないでしょぅか。戸田先生から託された広宣流布の壮大な構想を、弟子がいかに実現していくか。いかに新たな時代に、人間革命の哲学と実践を展開していくか。そこに「新」と いう一字の意義があると言えるかもしれません。

創価の師弟の歴史をつづるに当たり、「小説」の形態を取つた理由とは?
 池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある」と書かれています。小説は、人の心を描くには、一番適した形であると思います。
 そして小説だからこそ、!! 者は、主人公の人生を「追体験」できます。
「山本伸一」は、あくまで仮名です。もちろん池田先生 の生涯そのものですが、弟子の戦いが凝縮されたモデルとも言える。つまり、誰もが 「山本伸一」として生きる可能性を持っている。「山本伸一」の人生、心の奥底を追体験し、先生の思いに自分の思 いを重ね合わせながら、共戦の道を歩むことができるのです。
 大発展するインド創価学会のメンバーの合言葉は、「アイアムシンイチ・ヤマモト(私は山本伸一だ)」で す。先生の『新・人間革命』 を読み、インド広布に一人立った伸一の思いと行動を追体験しながら、"今こそ、自分が山本伸一の精神で戦おぅ" と立ち上がっています。

 
現在の第30巻の連載は、海外でも大きな反響を呼んでいると聞いています。
 各国・地域のSGIメンバーからは、連日、連載中の 「大山」の章を、”即日で翻訳してほしい"という要望を たくさんいただいているようです。池田先生の今の思いを ”同時共有したい”というのが、海外の同志の率直な思いです。
 先生の日々の連載を、日本語でリアルタイムで学ぶことができる私たちは、求道の心 を燃やして真剣に拝していきたい。今はまさに”黄金の時"です。 (次回に続く)
                    (2017年2月1日付 創価新報)

◆二月闘争に学ぶ

 戸田城聖先生が示した「75万世帯」の願業達成へ、若き池田大作先生が広布拡大の先頭に立ち、獅子奮迅の戦いで突破口を開いた「二月闘争」から、本年で65周年
「世界広布新時代」の時を迎えた今、師弟の魂を継承し、新たな拡大の波動を世界に広げゆくのは、池田門下の青年の使命にほかならない。
 先生は若き日を振り返り、つづっている。
「わが青春の『最も栄光輝く時』は、一体、いつか。
 それは、戸田先生の事業が破綻し、学会存亡の危機にさらされたなか、一心不乱に戦い抜いた日々であった」「”まことの時”にこそ、臆することなく、師子奮迅の力で戦い抜くことだ。それが、永遠の誉れの歴史と輝く」と。ここでは、池田先生の指導を通し、後継の育年にとっての”二月闘争”について考えたい。
地涌の使命に勇み立とう

一人を励ますポイント


1 納得と共感が前進の力
2 「新しい人」から波動を
 徹して一人を励まし抜き、大切にする ― 若き池田先生 が、二月闘争の折、何よりも 重視したのは、「一人」の可能性を開くことだった。
 1952年(昭和27年) 1月、戸田先生から、蒲田支部に任命された池田先生は、戦いに臨むに当たり、支部の緊急組長会で「組2世帯の弘教」という目標を示した。
 当時の学会は、「支部 ― 地区 ― 班 ― 組」と組織体制を整備したばかり。特に、最前線の「組」には新入会の友が多かった。"「組」単位など、新しい人ばかりで信用できない"と反対する声もあったという。しかし、戸田先生の心をわが心とする池田先生は、誰よりも最前線の同志を信じ抜いていた。
 後に先生は、この時の心境を語った。
「新しい人」だからこそ、『新しい力』をもっている。それを引き出そう。 新鮮な若芽のごとく『新しい息吹』もある。それを伸ばそう ― そこに私の着眼点があった」

「組織といっても、『人』である。『組』という小さな単位に光を当てた結果、一人一人に、きめ細かな激励ができた。納得し、心から立ち上がる人が増えてきた。その『新しい波動』が 次の波動を呼び、組織全体がフレッシュに躍動してきた」
 やがて、先生の恩師を思う真剣な姿に触れた友は、一人また一人と地浦の使命に立ち、2月、蒲田支部は、壁を破る「201世帯」の弘教を成し遂げた。 さらに、勢いは全国に波及し、広宣拡大の炎が燃え広がった結果、57年(同32年)、ついに恩師の願業である「75万世帯」が達成されたのである。
「新しい力」に着目した先生の闘争。 これを私たちに引き当てていえば、広布拡大をするためには、どこまでも「一人」の可能性を信じ抜き、「目の前の 一人を全力で励ましていくことが、根本となるのは論をまたない。その上で、新たに立ち上がった友や若いメンバーが、力を存分に発揮でできるように、リーダーがこまやかに心を砕いていきたい。
 特に、情報化の進展によって、価値観が多様化した現代は、これまで以上に、「納得」と「共感」が求められている時代といえる。リーダーが「当たり前」と考えることでも、新しい友にとっては、 そうとも限らない。先輩の側には、「どう進むのか」「なぜそうするのか」を分かりやすく、丁寧に伝えていく姿勢がなくてはなるまい。
 皆が何に悩み、何を求めているのか ― 最前線の尊き一人一人が張り合いを持って広布に前進できるよう、リーダーは徹して「一人」に寄り添い、励ましを重ねたい。何より、自らの率先の姿が、 納得と共感の触発を生んでいく。その中からこそ、新時代の拡大の息吹は生まれるのではないだろうか。

師弟不二の実践
ポイント

3 師のためにとの一念で
4 広布の大願に立つこと
 24歳の池田先生は師子吼した。
戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩 返しをするには、広宣流布の戦いしかな い。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」
 ”師のために"と燃え立つ青年の決定した一念によって、歴史的な戦いの火ぶたが勢いよく切られたのである。
 池田先生は、「戸田先生!戸田先生!」と叫び抜き、自らが範となって戦い、師弟の精神を支部の隅々にまで、みなぎらせていった。
 その熱意が、共戦の同志の心を打ったことは言うまでもない。
 やがて、師弟に徹する一念を根幹として、蒲田支部に固い団結が生まれた。師を思う心から、困難に挑む勇気が湧き、 壁を破りゆくカが出た。
 同志の歓喜のうねりは次第に高まり、 ついに蒲田支部は、不可能とも思われた弘教拡大の目標を達成し、圧倒的な勝利の金字塔を打ち立てたのである。
 先生はつづっている。
「『師弟不二ならば、一切を勝利できる』― これが、仏法の要締であり、 学会の真髄である。『師と共に』戦うから、小さな自分の殻を破れる。『師のために』戦うから、本当の底力が出せる。『師弟不二』なればこそ、いかなる 苦難も恐れず、生命の最極の軌道を進める」
 若き弟子の手によって成し遂げられた未聞の拡大。それは、「師と共に」「師のために」との”弟子の誓い"こそが、学会にとって、永遠に勝利の方程式となると、後世に
示すことになった。
 翻って、今日の世界広布の基盤は、池田先生の不惜身命の闘争によって築かれた。すなわち、先生の指導・激励があって、今の私たちがあるのだ。このことを確信し、「必ず師匠の期待に応えよう」 と誓い、不可能を可能にしていきたい。
 そして、この「師弟不二」の精神を次代に継承していくことが、青年部の大きな使命である。
 新しく立ち上がった友の多くは、身近な学会の先輩の姿を通して「師匠」を学ぶ。だからこそ、自分自身がどこまでも師匠を求め、師の心をわが心として戦いを起こすことだ。そして、「自分の師弟の原点」を、ありのまま語っていく。その姿勢、率先の振る舞いが、何より重要ではないだろうか。
「池田先生!池田先生!」と叫びながら、地道な実践を積み重ねていくことが、「学会の永遠性の確立」につながる 大きな一歩となる。さあ師と共に、「私の二月闘争」を!
(2017年2月1日付 創価新報)

【信仰体験】

◆世界の体験プラザ〉 イギリスSGI ポール・フィッツシモンズさん
北アイルランドの平和と繁栄のために
紛争に振り回された人生から再起


フィッツシモンズさんと妻のオケインさんがベルファスト市庁舎の前で。夫妻で「北アイルランド本部」の本部長を務めている
 1950年、イギリスSGIのポール・フィッツシモンズさんは、北アイルランドの首府ベルファストに生を受けた。

2017年2月 5日 (日)

2017年2月5日(日)の聖教

2017年2月5日(日)の聖教

◆わが友に贈る


「青年」とは
「希望」の異名だ!

青年の心で
青年と共に歩む人も
断じて行き詰まらない!

◆名字の言


冬晴れの午後、近くの公園を散策した。寒風の中、色鮮やかに咲き薫る梅や椿の美しさに目を奪われた▼花々は直接、何かをしてくれたわけではない。ただ“咲いているだけ”。しかし、自身の使命を全うするかのように色めく姿は、大切なことを教えてくれる▼心理学者のアドラーは、「普通であることの勇気を持て」と訴えた。子の存在そのものが親にとっての喜びであるように、特別なことをした時にだけ自分に価値があるのではなく、“ありのままの自分でこそ他者に貢献できる”と捉えれば、生きる勇気が生まれると(岸見一郎著『生きづらさからの脱却』筑摩選書)▼3年前に入会した三重県の男子部員。他人の目ばかりが気になり、自信が持てなかった。そんな彼の元に地区の同志や男子部の友が通い、「大丈夫。君らしくやればいいんだ」と励まし続けた。自分を信じ、待っていてくれる人がいる――彼の中に自信が芽生えた。その喜びを伝えようと対話に挑戦し、5人の友人に弘教を。明るく変わる彼の姿をそばで見ていた父親も、昨年末に入会。歓喜は幾重にも広がる▼御書に「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(759ページ)と。飾らない姿と言葉が、人の心を動かす。大誠実こそ、真実の友情を築く要諦である。(靖)


◆〈寸鉄〉 2017年2月5日

 幸福を願って相手に寄り
 添う学会員は平和の要

 識者。心結ぶ行動、今日も
      ◇
 
創価班・牙城会大学校
 が各地で入卒式。大事な
 未来の指導者。皆で激励
      ◇
 
言葉より実例で導く教育
 が効果的
―哲人。人材の
 大河も率先の幹部ありて
      ◇
 
特殊詐欺、昨年の被害は
 406億円と。周囲の声掛け
 更に。社会の悪を許すな
      ◇
 「
生活習慣病予防月間」。
 日頃の食事・睡眠・運動
 が健康の基。賢く見直し

◆社説  モバイルSTBを活用   生き生きと友に“共感の春風”を


 「幸福の 扉を開ける STB」「わが友に 師の声届ける STB」。いずれも本紙連載の「新・生き生き川柳」に掲載された読者からの秀作である。
 2013年(平成25年)秋に始まった新しい映像配信サービス「SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)」。その視聴端末「モバイルSTB」が全地区に配布されて今春で約2年がたつ今年の活動の一つとして「友人参加の座談会! 『モバイルSTB』で対話と共感を拡大」と呼び掛けられている。同機器の活用について確認しておこう。
 
 前出の川柳には「重かった 映写機いまは STB」とも。映像・動画を利用した対話運動は“映写”の時代から“モバイルSTB”の時代に入った。
 中国方面では、昨年下半期から、モバイルSTB等の映像を友人に視聴してもらい、学会理解を深める「ハッピーチャンネル運動」(略称・ハピチャン)を展開し、友好対話が幾重にも広がっている。岡山のある支部では、2カ月間で8人の友が入会を希望。150人以上への聖教拡大も実った。
 「いつでも」「どこでも」視聴できるがゆえに“貸し出しカレンダー”を作成して調整するなど、効率的に視聴できるように工夫したい。と同時に、皆が利用する機器なので、その管理も徹底するように心掛けよう
 「STB 観れば心は ニューヨーカー」。ニューヨークの友を紹介する番組に触れた一句である。VOD開始当初の番組数は60だったが、現在、130を超える多彩なラインアップに。SGIの同志の体験談も瞬時に共有できる時代になった。
 友人や会合の趣旨に合わせ、どの番組が最もふさわしいかを事前に観賞するなど、参加する人の立場に立った準備が、友の共感をより一層強くする。
 「STB 対話拡大 フル回転」
 手軽に扱える対話のツールであるモバイルSTB――。相手の生命を最後に揺り動かすのは、こちら側の抜苦与楽の真心と絶対的確信にある。
 
 池田先生は「大白蓮華」2月号の「世界を照らす太陽の仏法」で語った。「相手の心が開き、大きく動いていくのは、どこまでも人間的な魅力、人格の力です。それは、自身の置かれている立場や肩書によるものでは決してない。一人の人間としての生き方に現れるといっていいでしょう
 
モバイルSTB等を大いに活用し、生き生きと自らの信仰体験を語りに語り、友の心に“共感の春風”を送っていきたい。

◆きょうの発心  “三代城の理想郷”から幸を拡大2017年2月5日

御文
 我等も無明の卵にして・あさましき身なれども南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられ・まいらせて三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生そろひて実相真如の虚空にかけるべし(新池御書、1443ページ・編1267ページ)
通解 われらも無明(迷い)の卵で、あさましい身であるけれども、南無妙法蓮華経の唱題の母に温められて、三十二相の觜が出てきて、八十種好の鎧毛が生え揃い、実相真如の大空に飛ぶことができる。

 自身の可能性を開花させる、唱題の力の偉大さを教えられた一節です。
 1964年(昭和39年)、病弱な私の健康を願った母と共に入会しました。温かな学会の庭で育まれ、女子部時代は本部職員として苫小牧平和会館に勤務。池田先生が来道されるたびに、師弟の縁を深めさせていただきました。
 結婚後、子宝に恵まれず悩んでいた時にこの一節を研さん。感動が込み上げ、祈りの姿勢が変わり、確信の題目を唱え抜く中、2人の子どもを授かりました。
 以来、家業の倒産や人間関係の悩みに直面するたび、この御文を胸に、師に応えようと唱題し、願った以上の人生が開けました。師匠と同志への感謝は尽きません。
 手稲総区、小樽県、倶知安・岩内・余市等19町村の創価県からなる札幌牧口総県は、「三代城の理想郷」として仲良く団結し、報恩の心で、行学の実践を根本に幸福の実証を示してまいります。  札幌牧口総県婦人部長 熊谷きよ美

【聖教ニュース】

◆アルゼンチン ブエノスアイレス市宗務局から池田先生・香峯子夫人に顕彰状
 アルゼンチン創価女性平和会館で授与式
 「SGIの女性こそ社会変革の主体者」市課長

池田先生・香峯子夫人への顕彰状の授与式。ブエノスアイレス市関係者とアルゼンチンSGIの友が笑顔でカメラに
池田先生・香峯子夫人への顕彰状の授与式。ブエノスアイレス市関係者とアルゼンチンSGIの友が笑顔でカメラに

 民衆の文化薫る南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレス市宗務局から、池田大作先生と香峯子夫人に、女性の社会的役割を宣揚する功績をたたえて、顕彰状が贈られた。授与式は1月21日、同局のフェデリコ・プグリエセ局長ら市関係者と、同国SGI(創価学会インタナショナル)の婦人部・女子部の友が出席して、同市の「アルゼンチン創価女性平和会館」で執り行われた。
 南半球のアルゼンチンは今、夏真っ盛り。
 同国に輝く幸の宝城「アルゼンチン創価女性平和会館」にはこの日、師の栄誉を祝おうと、太陽の母たち、華陽の乙女たちが喜び勇んで駆け付けた。
 晴れやかな雰囲気に包まれた授与式。
 プグリエセ局長から同国SGIのオオシモ婦人部長とフェルナンデス女子部長に顕彰状が手渡されると、会場の「カネコ・イケダ希望の間」は、祝福と笑顔の大拍手で満たされた。
 あいさつに立った同市のグアダルーペ・タグリアフェリ人間開発居住課長は、女性のための会館施設がブエノスアイレス市に立つことに感銘を受けつつ、こう語った。
 「歴史を振り返れば、女性は多くの社会変革を、平和的に成し遂げてきました。きょう、この会館で皆さんにお会いして、創価の女性には、非暴力で世界をより良く変える力があると確信しました。これからも皆さんが主体者となって、争いではなく、人間同士の理解と尊敬によって調和のある社会をもたらしてほしいのです」
                                                                        ◇ 
 アルゼンチン創価女性平和会館では1・2月、全国各地の婦人部・女子部の友が集い、勤行会が順次、行われている。各会合では歓喜の信仰体験が披露された。
 婦人部のカリーナ・ルイスさん。生後間もない息子は重い心臓の病を患っていた。彼女は一遍の題目にわが子の勝利を刻み込むように祈りを重ねた。そして適切な治療が奏功し、病状は好転。退院することができた。だが医師の言葉は「歩くことも、話すこともできないでしょう」。
 その後、母の強盛な祈りと懸命なリハビリで、息子は健やかに成長。14歳の現在、後遺症もなく、健康な体を獲得した。「全ての困難が私たちを強くしました」と語る、ルイスさんの確信は揺らぐことはない。
 女子部のマルセラ・マルガグリオッティさん。高校卒業時は、将来への不安を抱えていたが、母の勧めで題目を唱え始めた。
 ――以前は祖父母宅に住み、1部屋に家族が寝起きする状況。そんな中で母がSGIに入会した。信心に励むほど、母の仕事は順調に。家計は安定し、広い部屋に転居するなど境涯革命ができた。
 マルガグリオッティさんは唱題すると自信が湧くのを実感。その後、大学で生物学を学び、女子部ではリーダーとして華陽の連帯を広げる。「人々に希望を送る女性になります」と決意している。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈世界広布と新入会の友〉 ベネルクスの婦人部
 今なら言える “人生は素晴らしい” と
 
欧州随一の国際都市ブリュッセルで、仲良く友情を広げるベルギーの友
欧州随一の国際都市ブリュッセルで、仲良く友情を広げるベルギーの友

 新入会のSGIメンバーを紹介する本企画。今回は、欧州北西部に位置するベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の婦人部員に、信心を始めて得た実感を聞いた。

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 手作り結婚指輪専門店を経営 宮内幸夫さん 

 
夫婦で手作り結婚指輪専門店を営む、宮内幸夫。JR甲府駅から車で10分ほどの場所に、そのアトリエがある。

2017年2月 4日 (土)

2017年2月4日(土)の聖教

2017年2月4日(土)の聖教

◆わが友に贈る


悩める友に寄り添い
最大の理解者になろう!
懸命に耳を傾け
同苦しゆくことが
我らの対話の真髄だ。

◆名字の言


  「御書の研さんがますます楽しみ」「要望に応えてもらい感謝」――本紙新年号から「寸鉄」欄に登場する御書にページ数が付記され、多くの喜びの声を頂戴した。「寸鉄」を書き写し、御書を開くという方ばかり。真摯な求道の心に、身の引き締まる思いがする▼定年を迎えた東京の壮年は日々、心に残った本紙の記事を切り抜き、ノートに貼る。余白には感想や意見がびっしり。座談会でノートを開きつつ、広宣流布の世界的な広がりを生き生きと語る。地道な努力に裏付けされた言葉には、確かな説得力があった▼お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏は、朝昼夕の2時間ほど新聞を読む。頭を働かせ、自らを高め続けることが目的だという。93歳の今もなお、執筆など精力的に活動する▼氏は中高年に向けて、新聞を活用した自学自習を勧める。毎日、自宅に居ながら新しい情報が届く新聞を生かせば、いくつになっても自分を新しくできる、と(『新聞大学』扶桑社)▼池田先生は「創価学会は、文字通り『学ぶ会』である。世界第一の生命尊厳の極理を学び、立正安国の平和・文化・教育の大哲学を行じゆくのだ」と語る。向学の心こそ学会の誉れの伝統。本紙もまた、読者の皆さまの学びの人生に資するため、紙面の一層の充実に努めたい。(差)


◆〈寸鉄〉 2017年2月4日
 

 きょう立春。
さあ躍動の
 春へ驀進!
地域に励まし
 の連帯拡大。皆が主役に
      ◇
 
東京・中野の日。本陣にそ
 びえる人材の大城。勇気
 の対話で新時代勝ち開け
      ◇
 
東洋哲学研究所の日。仏
 法思想を世界へ、未来へ。
 人類のために英知を結集
      ◇
 「
深く信ずる者は満月の
 闇夜を照すが如し
」御書。
 題目第一の人生こそ無敵
      ◇
 
乳幼児の抱っこ紐、転落
 事故相次ぐ。安全性に過
 信は禁物。賢明な使用を

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十九
 
 


 迎賓館で鄧穎超と会見した翌日の四月十三日午後、山本伸一は、東京・新宿区内で、松下電器産業(後のパナソニック)の創業者である松下幸之助と懇談した
 深い交友を重ねてきた松下翁にも、会長を辞任する意向であることを伝えておかなくてはと思った。
 「私は、次代のため、未来のために、会長を辞任し、いよいよ別の立場で働いていこうと思っています
 松下翁は、子細を聞こうとはしなかった。笑顔を向けて、こう語った。
 「そうですか。会長をお辞めになられるのですか。私は、自分のことを誇りとし、自分を称賛できる人生が、最も立派であると思います
 含蓄のある言葉であった。立場や、人がどう思い、評価するかなどは、全くの些事にすぎない。自分の信念に忠実な、誠実の人生こそが、人間としての勝者の道である
  
 この日、伸一は、神奈川県横浜市に完成した神奈川文化会館へ向かった。翌十四日に行われる開館記念勤行会に出席するためである。午後八時過ぎに、新法城に到着した。
 文化会館は、地上十階、地下二階建てである。赤レンガの壁が重厚さと異国情緒を醸し出していた。
 恩師・戸田城聖は、一九五七年(昭和三十二年)九月八日、ここ神奈川県横浜市にある三ツ沢の競技場で行われた東日本体育大会「若人の祭典」の席上、「原水爆禁止宣言」を発表している。いわば、神奈川は、創価学会の平和運動の原点の地である。
 会館の前は山下公園で、その先が横浜の港である。船の明かりが揺れ、街の灯が宝石をちりばめたように、美しく帯状に広がっている。「七つの鐘」を鳴らし終え、平和・文化の大航路を行く創価の、新しい船出を告げるにふさわしい会館であると、伸一は思った
 星空に汽笛の音が響いた。新生の朝が、間近に迫りつつあることを彼は感じた。

◆池田先生と共に新時代を進む  〈3〉勇気・誠実・団結で勝て!



 暦の上で「立春」とはいえ、まだまだ寒い日が続く中、創価の宝友が新たな二月闘争に挑んでくれている。
 日蓮大聖人は、地涌の菩薩を「大地の底にかくしをきたる真の弟子」(御書905ページ)とも明かされた。
 世界広布新時代の今この時、躍り出た地涌の若人が、どれほど深い使命と宿縁を帯びていることか。
 創価班、牙城会をはじめ、頼もしき男子部の皆さん!
 白蓮グループをはじめ、清々しい女子部の皆さん!
 そして、結成60周年へ走りゆく凜々しき男女学生部の皆さん!
 未来の凱歌は、伸びゆく君たち、貴女たちのスクラムにある。
 「青年を呼ぶのは、青年である。青年の心を揺さぶるものは、青年の叫びである」――恩師と同じ心で、私は皆さん方を絶対に信頼し、一切を見守っている。
 また受験や卒業の季節であり、宝の未来部の友、一人一人に、温かくこまやかな励ましを送っていきたい。
                    ― ◇ ―
 御聖訓には、「夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」(同1237ページ)とある。
 全ては、一人から始まる
 一人を激励し、育てる。一人と対話し、仏縁を結ぶ。
 地道にして粘り強い、この執念の積み重ねこそが、創価の大勝利山を築き、広布の大海原を開くのだ。
 大聖人は「日蓮さきがけしたり」(同910ページ)と仰せになられた。御本仏に直結する「先駆」の学会精神で戦い進む皆さん方を、諸天が護らないわけがない。
わが学会の誇りは、大変であればあるほど、一人立つ勇者が、いずこにも光っていることだ。
 御書に照らし、先駆の労は、三世十方の全ての仏を供養したのと同じ、無量無辺の大功徳に包まれることを確信していただきたい。
                   ― ◇ ―
 勝利の方程式は、常に変わらない。
 一人一人の「勇気ある信心」で勝つ! 
 一日一日の「誠実なる振る舞い」で勝つ! 
 そして、「異体同心の団結」で勝つ!
 我ら創価家族は、不屈の負けじ魂で前進だ。
 「青年拡大」へ、いよいよ仲良く、明るく、朗らかに、若き地涌の友を呼び出していこうではないか!

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と希望 “不安社会”の中で1 2017年2月4日
本心や長所が見え、新たな自信が湧いた。

悩みを語り、励まし合い、社会貢献を誓うアメリカSGIの青年部(昨年5月、カリフォルニア州のシリコンバレー会館で)
悩みを語り、励まし合い、社会貢献を誓うアメリカSGIの青年部(昨年5月、カリフォルニア州のシリコンバレー会館で)

 現代社会が直面する課題と向き合う新連載「グローバルウオッチ」。日本を含む世界各地の人々が、希望の人生を送るために何が必要か、創価の思想・哲学はいかなる貢献ができるかを考えていく(毎週末を中心に掲載予定)。
 日本は、若者が希望(=願いがかないそうな明るい見通し)を持ちにくい社会だといわれる(注1)。もちろん、日本だけでなく世界にも、多様な不安を抱えながら生きる若者は少なくない。仕事、結婚、収入、人生――仏法は各国・地域で“不安社会”を生きる若者に、どのような希望をもたらしているのだろうか。(記事=金田陽介)
 「不安」は「恐怖」と違い、見えないものに脅かされる時、抱く感情だという。
 未来が見えない。
 自分が見えない。
 幸せが見えない。
 確かに今、日本を覆うのは、こういう漠然とした不安かもしれない(注2)。
 世界は、どうか。
 2013年、内閣府は、日本を含む7カ国の、13歳から29歳の男女を対象に「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」を実施した。
 “自分の将来に明るい希望を持っているか”という質問に、「希望がある」と答えた日本の若者は61・6%。一方、同じ質問への答えが、韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンの6カ国全てで80%を超え、日本を上回った。
 だが、海外各地を訪ねて取材するたび、多様な不安を語る、多くの若者に出会う。
 ここで紹介する日本とアメリカの青年も、それぞれの不安に直面した。そして、創価学会でそれぞれの希望を見いだした。

“本音”の発見

 滝口修さん(千葉県船橋市、総県男子部長)は、祖母も両親も創価学会員の“学会3世”。友達が自宅に来た時、仏間から響く母の唱題を恥ずかしく思うようになったのは、中学生のころだった。夜遊びを覚えると、15歳でスケートボード、18歳でラップを始め、ストリートが居場所になった。
 仲間たちと群れるのが楽しかった。だが、周囲で相次ぐ交通事故や内輪のけんか。本音で話せる友達がいないことにも気付いてしまう。20歳を過ぎると、自然に縁が切れたが――。
 この先、何をするかと考え、また気付いてしまった。
 やりたいことが、ない。
 手本にしたい人も、いない。 
 自分が見えなかった。
 梅村清さん(同市、現・壮年部県書記長)は、そんな滝口さんの自宅に、男子部の先輩として通い続けた。
 「彼は、好奇心は旺盛だなという印象。誰かの役に立てる人間になりたいと、心の底では願っているんだと感じた。ぜひ一緒に学会活動したいと思った」
 ある日、滝口さんは、日頃の疑問を梅村さんに聞いてみた。「うちにもよく来てくれますけど、何でそんなに、人のことに一生懸命なんですか?」
 答えはすぐに返ってきた。
 「そういう生き方が一番幸せだと、池田先生の行動に教えてもらったからかな
 気付かされた。梅村さんたち学会員は、人の役に立とうと本気で思っている。だから、こちらも本音を話せるし、そういう人と話すから、自分の本心も、少しずつ見えてくるのだ――。
 アルバイトから正社員に採用された印鑑等の販売会社で、人の3倍貢献し、結果を出す。それが、本気でやりたいことだと思えるようになった。
 2006年、さらに自身を見つめ直す出来事があった。信心で変われる喜びを伝えたいと思っていた親友が、突然の病で、亡くなったのだ。
 先輩と一緒に泣いた。さらに考えるようになった。これから自分は、彼の分まで、どう生きるのか――。
 今も、明確な答えが出ているわけではない。「でも、一つ言えるのは、彼のことがあったから、今の生き方への決意が深まったんだと思います」
 そうした夫の変化を見てきた妻は、3年前に入会した。2014年、滝口さんは会社で最年少の常務取締役になった。

存在価値の発見

 ナイジェリア人の父、日本人の母の間に生まれた、ナルミ・リリアン・オカヤマ・ネクペンネクペンさん(米カリフォルニア州、女子地区副リーダー)は、幼少期を日本で過ごした。
 そのころの、忘れられない記憶がある。幼稚園で、ままごと遊びをしていた時、一人の女の子に言われたのだ。「あなたは黒人だから、私たちとは遊べないの
 6歳の時、家族でアメリカに移住。通い始めた学校の教室では、ただ一人の“黒人”であり“アジア人”だった。授業で奴隷制度の歴史を学んだ日、皆に同情された。だが、真珠湾攻撃を学んでからは、どの生徒にも責められた。
 私は、ナイジェリア人?
 日本人? アメリカ人?
 自分が見えなかった。 
 神に祈れば全てがうまくいくと母親には言われた。が、「自分の外にある存在に、この自身への嫌悪を取り除いてもらう考え方には、どうしても納得できませんでした」。
 09年、強い心を持ちたいと願っていた母が、SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーと知り合い、題目を唱え始めた。その時の、母の輝く瞳を見て、ネクペンネクペンさんも一緒に入会することを決めた。
 女子部のメンバーたちが、会いに来てくれるようになった。そして、いつも池田先生の行動や言葉を教えてくれた。
 先生は語っている。
 「分断の世界を結びつけるものは何か? 人間自身だ。濁乱の世界を浄化するものは何か? 人間自身だ。ゆえに、人間革命が絶対に必要なのである

 結びつける――その言葉が、自分を見つめようとしていたネクペンネクペンさんに響いた。
 自身は、アメリカ人であり、同時にアフリカ人でも、アジア人でもある。人種、国籍、心。壁を超えて「結びつける」ことが、自分だからこそできることなのかもしれない――。
 「『使命』を見いだした時、不安や苦しみの根源だと思っていたものが、実は大きな宝物だったことに気付いたんです」
 自信が湧いた。勉学への意欲も。今、学者を目指し、大学で学んでいる。

「手本」の発見
 法華経の如来寿量品第十六には「如実知見」と。現実世界をありのままに見つめる、仏の智慧を指す言葉である。
 環境や他者のみならず、自らを信心で“ありのままに”見つめる。その中で、自分でも気付いていなかった「本心」や「長所」を見いだすとともに、同志また“人生の師”という、生き方の「手本」をも発見する――それは青年にとって、一つの、確かな希望に違いない。 

 注1 「リスクへの不安が支配し、希望の力が失われている」(『希望学1 希望を語る 社会科学の新たな地平へ』東京大学出版会)
 注2 一昨年、高校生・大学生・20代社会人を対象に行われた「若者まるわかり調査2015」(電通総研)では、64・4%が「自分の将来が不安」、また77・3%が「日本の将来が不安」と答えている。
 感想・意見をお寄せください
 メール:g-w@seikyo-np.jp
 ファクス:03-5360-9613

◆ブラジル創価学園で始業式
学び鍛えて世界市民へ羽ばたけ!
高校の部 1期生が入学

 
ブラジル創価学園の新時代が開幕! 始業式を終えた同学園の教職員、児童・生徒らが記念のカメラに納まった
ブラジル創価学園の新時代が開幕! 始業式を終えた同学園の教職員、児童・生徒らが記念のカメラに納まった

 ブラジル創価学園の新年度の始業式が1月26日、誕生したばかりの新校舎(サンパウロ市内)で開かれ、「小・中学校の部」「高校の部」の児童・生徒らがはつらつと登校。…                                  

【先生のメッセージ・特集記事】 
                        

◆【みんなで学ぶ教学 新会員教室】〈1〉広宣流布
〝自他共の幸せ〟の連帯を世界に広げよう
 
マンガ・イラスト 逸見チエコ

池田先生は、今年の年頭に「“青年拡大の年”なれば、共々に若々しく張り切って『一生成仏』『人間革命』という自転と、『広宣流布』『立正安国』という公転を、たゆまず進めてまいりたい」とつづられました。今回の「みんなで学ぶ教学」は、前回の「一生成仏」に続いて、「広宣流布」をテーマに学びます。

勤行の御祈念文にも

 ――創価学会の方々が、人のために尽くす姿に胸を打たれて入会しました。
   仏法では、万人に本来具わっている仏の生命を開いていくことで、全ての人が幸福になれると説いています。
 学会員は皆、この仏法の広宣流布を目指して学会活動に取り組み、縁する人々に励ましを送っているのです。
  
 ――「コウセンルフ」? どういう意味ですか。
  
 「広宣流布」という言葉は、釈尊が説いた法華経の中に出てきます。
 「私(釈尊)が亡くなった後、末法において、全世界に正法を広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣意)
 「広宣」には「広く宣べる」との意味が、「流布」には「布のように布き広げていく」との意味があります。略して「広布」と言うこともあります。国や言語、文化土壌などの、あらゆる差異を超えて、万人成仏の妙法を広め、伝えていくことを指します。
 御書に「大願とは法華弘通なり」(736ページ)とある通り、広宣流布こそ日蓮仏法の根本精神です。
  
 ――勤行の御祈念文にも「世界広宣流布大願成就」とありますね。
  
 私たちの信心の大切な目的だから日々、祈るのです。
 前回(1月10日付)学んだ「一生成仏」は、いうならば「個人の幸福」を願うものでした。
 それに対して、世界平和や社会の繁栄を意味する「広宣流布」は、「万人の幸福」の実現を目指しています
 大聖人は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761ページ)と仰せです。
 「自分の幸福」だけを願う姿勢は、エゴ、利己主義であり、他方、「他人の幸福」を声高に叫ぶばかりでは、“偽善”に陥ってしまいかねません
 「一生成仏」と「広宣流布」双方の実現――つまり「自他共の幸せ」を目指して信心の実践に励むことが大切なのです。


仏意仏勅の創価学会

 ――創価学会の会合で、「広布」「広宣流布」という言葉を耳にする理由がよく分かりました。
  
 先に引用した法華経の経文の後には、広宣流布を阻む障魔の働きを予見する言葉が続きます。事実、大聖人は末法の悪世にあって、命に及ぶ大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました
 この大聖人の死身弘法の精神に連なり、妙法を広め、広宣流布を進めてきたのが創価学会です
 大聖人の御入滅から700年、誰も妙法を世界に広めることはできませんでした。創価学会が、釈尊と大聖人の未来記(予言)を現実のものにしたのです。学会こそが「仏意仏勅」「大聖人直結」の教団である理由がここにあります。
 広宣流布の担い手は、特別な聖職者ではなく、庶民である学会員でした。その尊き広布のバトンを受け継ぐ私たち一人一人も、創価学会の深き使命を自覚して、幸せの連帯を広げていきたいですね。
永遠に続く“流れ”
 ――「全員が学会員になれば、広宣流布は達成する」と考えていいのでしょうか?
  
 世の中は絶えず変化し、その時代が抱える課題や人々の悩みも千変万化します。形式的に人数が増えることだけが広宣流布ではありません。「これで、広宣流布は終わり」という時もありません。
 大聖人は、「日蓮の慈悲が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年のほか未来までも流布するであろう」(同329ページ、通解)と仰せです。
 広宣流布とは、妙法を広めた先の到達点ではなく、妙法を広めゆく流れそのものといえます。
 終わりのない運動ですから、私たちも常に未来を見据えて信心に励み、後に続く人を大切にしていきたいですね。
  
 ――私にできることは何でしょうか?
  
 家族や友人の幸福を「祈る」ことから始めてみてはどうでしょう。そうした祈り自体が、広宣流布に通じる立派な実践です。
 また、御本尊への祈りを根本に、より良い自分に変わっていく――こうした人間革命の実証を通じて、周囲に信心の素晴らしさを伝えていくことも大切です。
 池田先生は語られました。
 「広宣流布のために働き、広宣流布のために『信心の勝利』の実証を示そうと立ち上がるとき、言うに言われぬ大功徳が身にあふれてくるのです」
 多くの学会員が、“広布のために”と奮闘する中で、自身にしか果たせない使命を見いだし、想像すらできなかったような幸福境涯を築いてきました。広布の使命に生き抜く中で、歓喜の人生を勝ち開いていきましょう。

放課後メモ
 「広宣流布」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…小説『新・人間革命』第14巻「大河」297ページ(聖教新聞社刊)
 ○…指導選集『幸福と平和を創る智慧』第3部[上](同)
 ○…『青春対話』(普及版)第1巻387ページ(同)




◆SGI国連事務所20周年特集 2017年2月4日
池田先生の平和思想 草の根のネットワークで人類の議会を一貫して支援
NPT再検討会議の準備委員会に合わせ開催した「核兵器なき世界への連帯」展(2013年、ジュネーブで)
NPT再検討会議の準備委員会に合わせ開催した「核兵器なき世界への連帯」展(2013年、ジュネーブで)

 「SGI(創価学会インタナショナル)国連事務所」(寺崎広嗣代表、桜井浩行所長)の前身であるSGI国連連絡所が、アメリカ・ニューヨークとスイス・ジュネーブに開設されてから本年で20周年。第2代会長・戸田城聖先生は、国連について“20世紀の人類の英知の結晶である。この世界の希望の砦を、次の世紀へ断じて守り、断じて育てていかねばならない”と訴えた。その志を継いだ池田先生は、国連を「人類の議会」「グローバルな対話の場」と位置付け、国連中心主義の道を永遠に進むと明言。1983年からは、1・26「SGIの日」記念提言を発表し、具体的な提案を発信し続けている。ここでは、SGIとSGI国連事務所の活動についての談話を掲載。また、国連の展望などについて、元国連軍縮担当上級代表のセルジオ・ドゥアルテ氏に聞いた。

桜井所長の談話

 池田先生が「SGIの日」記念提言を最初に発表された1983年、SGIは国連経済社会理事会との協議資格を取得。国連NGO(非政府組織)としての活動をスタートしました。
 その後、97年に国連との恒常的な連携窓口としてニューヨークとジュネーブに国連連絡所が開設。SGI発足40周年に当たる2015年1月26日には、法人認可を得て、「SGI国連事務所」として新出発しました。
 SGI、学会本部と連携を取り、平和、軍縮、人権、持続可能な開発、ジェンダー、青年などの角度から、市民教育の活動を中心に取り組んでいます。
 2000年の国連ミレニアム宣言、2015年の実現を目指したミレニアム開発目標、昨年に2030年に向けてスタートした持続可能な開発目標(SDGs)など、国連は地球的問題群に取り組み、「誰も置き去りにしない」世界を実現する指標を国際社会に提示しています。
 こうした目標の達成には、あらゆるステークホルダー(利害当事者)の参画・共同努力が必要であり、この点はアントニオ・グテーレス国連事務総長をはじめ、多くの国際社会のリーダーが強調しています。
 SGI国連事務所はそうした共同努力に精力的に参加してきました。現在、ジュネーブでは、SGIが軍縮NGO委員会の共同議長を務めており、また、ニューヨークとジュネーブ両方で「女性の地位NGO委員会」の執行メンバーとなっています。これまで、軍縮・平和・安全保障NGO委員会議長、人権教育学習NGO作業部会議長、宗教NGO委員会議長なども務めてきました。
 委員会の議長職は、対外的に委員会を代表するのみならず、加盟する多様なNGOの意見や要望を聞き、協議をまとめることが求められます。こうした調整努力を地道に続けていく中で、さらにSGIへの信頼と期待が広がっていきました。
 SGI国連事務所職員の原点となっているのは、池田先生の一貫した信念です。
 2006年、アンワルル・チョウドリ元国連事務次長との語らいで池田先生は、「国連は、人類が築いた『平和の塔』です。いわば、“地球民族の魂”であり、“地球民族の生命の源”なのです」と力説されました。
 SGIの国連連絡所が誕生して20年、今では「SGIにも会議などの行事運営に携わってほしい」「SGIに運営をリードしてもらいたい」など、SGIに寄せられる期待は、ますます高まっていると実感します。
 それはチョウドリ元国連事務次長が先日、「SGIは国連本部においても、前向きな意思を持った国際NGOとしてしっかりと認識され、積極的な役割を果たしています」(本紙1月30日付)と言われている通りです。
 これは、池田先生の人間主義、平和思想、そしてそれらに基づいた国連ビジョンと、SGIという世界に広がる草の根の民衆のネットワークがなければ、決してなしえなかったものです。
 創価の人間主義の思想を胸に、市民社会による国連支援を、今後さらに展開してまいります。

核兵器のない世界へ 「平和・軍縮」


 平和・軍縮分野においてSGIは、「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」の一員としての共同声明発表や、核兵器禁止条約の制定を求める署名の提出、「核兵器なき世界への連帯」展(18カ国71都市=昨年12月時点)などを開催。核兵器廃絶を、あらゆる国家と市民社会を含む「地球的な共同作業」とするべく、さまざまな活動を展開してきた。
 SGI国連事務所では、核兵器廃絶を求める世界の青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の取り組みも支援し、共同議長の一人に就いている。

誰も置き去りにしない 「持続可能な開発」「人道支援」


 持続可能な未来へ――昨年11月、地球憲章インタナショナル等とSGIでSDGsと青年の役割を巡るシンポジウムを国連本部で開催。また環境展示「希望の種子」を34カ国・地域200都市以上で行うなど、“変革の主体者”としての意識の啓発に取り組んでいる。
 一方、昨年5月にトルコで行われた世界人道サミットでは、東日本大震災における学会の復興支援活動などを通して、人道支援における宗教の貢献の実例を紹介した。

万人の尊厳輝く社会を 「人権教育」「ジェンダー」


 万人の尊厳が輝く社会を――「現代世界の人権」展を40都市で開催したほか、2団体と共同制作した人権教育映画「尊厳への道」を各地で上映してきた。昨年9月にはジュネーブの人権教育学習NGO作業部会として、国連人権理事会と政府間会議に共同声明を提出。SGIも署名した。
 一方、昨年3月に開催された第60回女性の地位委員会では、並行行事としてフォーラム「SDGs達成への道を開く女性のリーダーシップ」を行っている。                     

【信仰体験】

◆広大な雪国で生き抜く 幸福は忍耐があってこそ
 一家の経済苦、夫のがんを越えて迎えた春

2017年2月 3日 (金)

2017年2月3日(金)の聖教

2017年2月3日(金)の聖教

◆わが友に贈る


わが心を変革すれば
環境は劇的に変わる。

逆風を飛翔の力に!
悩みを躍進のバネに!
〝今いる場所〟で勝て!

◆名字の言


65年前の「二月闘争」。その最中、青年部による第1回の教学の研究発表会が開催された。この席上で、戸田先生は初めて「地球民族主義」との言葉を用いた▼東西陣営が激しく対立し、不信が渦巻いていた時代。恩師は一人一人の根本的な意識変革によってこそ、人間を分断するイデオロギーの壁が破られ、地球上から悲惨の二字を無くすことができると考えたのである▼戸田先生は「地球民族主義」について、発表会の場では一言も説明を加えなかった。思想の意義を示し、宣揚し続けたのは池田先生である。本年の「SGIの日」記念提言では「地球民族主義」について、「『誰も置き去りにしない』という、国連が現在、国際社会を挙げて成し遂げようと呼び掛けているビジョンとも響き合う思想」と位置付けている▼「地球民族主義」を実現するための具体的方途は「対話」である地球には、一人として同じ人間はいない。それぞれが、かけがえのない固有の文化の中に生きている。だからこそ、“同じ地球に生きる人間”という共通項を手放さず、胸襟を開いて語り合うことだ自国優先主義が拡大する世界にあって、仏教の万人尊敬の教えに根差した対話の哲学が、今ほど求められる時はない。足元から挑戦を開始したい。(芯)


◆〈寸鉄〉 2017年2月3日

 
池田先生は中日の“氷を
 砕く旅”の先駆者
―中国
 教授。民衆交流を万代へ
      ◇
 「
人は善根をなせば必ず
 さかう
」御書。境涯革命
 は友に尽くす日々の中に
      ◇
 
統監部の尊き労苦ありて
 組織は発展。広布の土台
 支える聖業。福徳は無量
      ◇
 歓喜の念は行動と同時に
 起きる
―哲人。自他共の
 幸福へ、まず勇気の一歩。
      ◇
 
自転車で車・歩行者に
 突しかけた
―高校生8割
 “車両”運転する意識持て

◆社説  あすは「世界対がんデー」  病に負けない創価の「心の強さ」


 あす4日は「世界対がんデー」。がんへの意識向上と予防、検出、治療への取り組みを促すために定められた日である。医療の進歩により生存率が高まり、がんと向き合いながら生活する人が増えている。がんに限らない。今、社会では、病気の治癒や予防だけではなく、病気に直面しても人生をどう充実させるかが問われるようになってきた。
 本紙の信仰体験のページでは、病と闘う多くの同志が登場してきた。病気になった時、“なぜ自分が”とショックを隠せなかったことや、どう現実に立ち向かっていけばいいのか苦悩したことなどを多くの友が語っている。誰人にとっても、「生老病死」の「四苦」は避けられない人生の課題である。
 3度のがんと闘ってきた婦人部員もその一人。「病気になったから私は負けてしまった……。何度もそう感じました。でも、決してそんなことはありませんでした」
 二度、三度と苦難が押し寄せるたび、たくさんの同志の支えが彼女を立ち上がらせた。何より、池田先生の指導を読み返す中、“絶対に病に負けない”との心が育まれ、前を向くことができたという。彼女は3度にわたる手術・抗がん剤治療を乗り越え、自営する仕事に復帰。病に立ち向かう多くの友を励ませる日々に喜びを感じている。
 これまで体験のページにコメントを寄せた医師の中には、創価の友の「病に立ち向かう心の強さ」を称賛する声も少なくない。日蓮大聖人の仏法は、「生命力」を自身の中から引き出す信仰でもある。真剣な唱題は、「生きる力」をますます豊かにし、困難を乗り越える力をわが身に現していくことができる。
 大聖人は闘病中の夫を支える女性門下へ、真心から励ましを送っている。「この病は仏のお計らいだろうか。そのわけは、浄名経、涅槃経には病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである」(御書1480ページ、通解)。病を経験したからこそ、信心を鍛え、幸福の境涯を開いていけることを教えている。
 池田先生は次のように語っている。「病気だから不幸なのではない。病気だからこそ境涯を深め、偉大な宿命転換ができる。一生成仏の信心だ。ゆえに、心は一歩も退いてはならない
 仏法の眼から見れば、病という苦悩も、宿命転換していけるチャンスである。そう捉え、前進していけるのが、われら創価の同志の心の強さである。

◆きょうの発心  一家で広布の使命を果たしゆく2017年2月3日

御文
 一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか(種種御振舞御書、912ページ・編949ページ)
通解 一丈の堀を越えられない者が、どうして十丈・二十丈もの堀を越えることができるだろうか。

 祈雨の勝負に敗れた極楽寺良観に対して、“目先のことすらできないのに、成仏往生など遂げられようか”と破折された一節です。
 27歳で待望の第1子を出産した喜びもつかの間、長女はダウン症と判明。重い心臓病も併発していたため、生後8カ月で亡くなりました。医師からは「次の子も障がい児の可能性が高い」と――。悲しみの中、友人の“必ず宿命転換できる”との言葉を信じ、その年に入会しました。
 前向きに変わっていく生命に信心の功徳を実感し、私の姿を見た夫も後に入会。今日までこの御文を胸に、目の前の壁を一つまた一つと、夫婦で唱題根本に乗り越えてきました。  その後に授かった子どももダウン症と判明。先輩は、より深い人生のあり方を教えてくれ、池田先生から激励の伝言を頂きました。“この子と広布の使命を果たしゆこう”と決意。現在、息子は創価家族の中でたくましく成長し、任用試験の合格を勝ち取りました。
 昨年12月の本部幹部会は、北陸総会として石川の地で開催され、喜びが幾重にも広がっています。先生への感謝を胸に、幸福のスクラムを拡大してまいります。 石川・金沢創価県婦人部長 野畠美伸

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十八 

 
 山本伸一は当初、一九八九年(平成元年)九月に中国を訪問し、建国四十周年の関連行事に出席する予定であった。しかし、諸情勢から延期を余儀なくされた。彼は代理を立て、鄧穎超あてに、明春には必ず訪問する旨の伝言を託した。また、周夫妻の等身大の肖像画を贈った。
 “中国を孤立化させてはならない!”と、彼は強く心に期していた。
 そして翌九〇年(同二年)五月、創価学会第七次訪中団と友好交流団の計二百八十一人が、大挙して中国を訪れたのである。それは中国との交流再開の大きな流れをもたらし、関わりを躊躇し、状況を見ていた多くの団体等が、これに続いた。
 伸一と峯子は、この折、再び北京市・中南海にある鄧穎超の住居・西花庁を訪問した。
 彼女は八十六歳となり、入院中であったが、わざわざ退院して、玄関に立ち、伸一たちを迎えたのだ。彼は、駆け寄って、手を取った。彼女の足は既に不自由であり、衰弱は誰の目にも明らかであった。しかし、頭脳はいたって明晰であった。
 伸一は、祈る思いで訴えた。
 「人民のお母さんは、いつまでも、お元気でいてください。『お母さん』が元気であれば、『子どもたち』は皆、元気です」
 彼女は、周総理の形見である象牙のペーパーナイフと、自身が愛用してきた玉製の筆立てを、「どうしても受け取ってほしい」と差し出した。「国の宝」というべき品である。人生の迫り来る時を感じているにちがいない。その胸の内を思うと、伸一の心は痛んだ。
 彼は“永遠に平和友好に奮闘する精神の象徴”として拝受することにした。これが最後の語らいになったのである。
 鄧穎超は、二年後の九二年(同四年)七月、八十八歳で永眠する。しかし、彼女が周総理と共に結んだ、両国間の友情と信義の絆は、民衆交流の永遠の懸け橋となった。
 心は見えない。しかし、その心と心が、固く、強く結ばれてこそ、真実の友好となる。

【聖教ニュース】

◆あす「東洋哲学研究所の日」 創立55周年の節を刻む 2017年2月3日
池田先生とブルガリア科学アカデミー会員ジュロヴァ博士との対談進む
機関誌「東洋学術研究」に連載決定

ジュロヴァ博士と池田先生ご夫妻。先生と博士は4度にわたり出会いを重ねている(2006年3月、東京・八王子市で)
ジュロヴァ博士と池田先生ご夫妻。先生と博士は4度にわたり出会いを重ねている(2006年3月、東京・八王子市で)

 あす4日は、「東洋哲学研究所の日」。「人類の分断」「文明間の衝突」の危機が叫ばれる今、いかに仏教の知見から解決の道を模索・発信していくか。同研究所創立55周年の節を刻む本年、機関誌「東洋学術研究」で、創立者・池田大作先生と、ブルガリア科学アカデミー会員のアクシニア・ジュロヴァ博士(国立ソフィア大学教授)との対談の連載が決定した。また、シンポジウムや講演会、展示などを通して、文明間対話の促進に努める。(3面に関連記事)

2017年の主な事業

・世界仏教徒大学とシンポジウム
・“法華経展”を開催 5・6月にタイ 10月にはシンガポール
・「法華経写本シリーズ」17点目を発刊
・今秋連続公開講演会「生命倫理と宗教」
 「東洋哲学研究所の日」の淵源は1961年2月4日。仏教発祥の地インド・ブッダガヤを訪れた折の池田先生の構想にある。
 “法華経を中心に研究を重ね、仏法の人間主義、平和主義を世界に展開していける人材を育む必要がある。東洋の哲学、文化、民族の研究機関を設立していきたい――”
 翌62年1月27日に同研究所は誕生。法華経の文献学的、歴史的、思想的研究を進めながら、展示・出版・学術交流を通して、仏法の平和主義を発信してきた。何より、機関誌「東洋学術研究」誌上で世界の知性との対談を行うなど、文明間対話のリーダーシップを執ってきたのが、ほかならぬ池田先生である。
 先生とジュロヴァ博士との連載対談は、今回が2度目。初の対談は「東洋学術研究」誌上で開始され、99年には、対談集『美しき獅子の魂』へと結実している。
 再びの語らいは、2012年末に、ジュロヴァ博士からの提案があり、始まった。
 前回の対談から世紀をまたぎ、過去に例を見ない人類的危機が地球の各地で表面化している。ゆえに「現在の世界の状況と諸問題について、池田先生と往復書簡を通し、新たに対談を開始したい」と。
 現在、2人の語らいは、「文明間対話」をテーマに進んでいる。
 池田先生は言う。
 「対話とは、『皆、同じ人間である。必ず共感し合える』という信念の発露であり、それぞれが自分らしく輝く多様性を讃えるものでありましょう」
 博士は応じる。
 「対話によって、世界に友情の絆を結んでおられる池田先生とSGIに注目しています。寛容・相互尊重の精神で、世界に友好の懸け橋をつくる――それは、ほかの団体にはできない、貴会に特別に課せられた使命ではないでしょうか」
 対談は、希望の未来へ一歩踏み出す人々へのエールとなろう。
                                                                         ◇ 
 本年、東洋哲学研究所は主に次の事業を展開する。
 ①第32回「学術大会」を3月に実施。タイ・世界仏教徒大学のノーラニット学長、パッタラポーン副学長を迎え、「人類的課題と仏教」をテーマにシンポジウムを行う。
 ②17点目となる「法華経写本シリーズ」を発刊。『ネパール国立公文書館所蔵 梵文法華経写本――ローマ字版』の発刊を、創価学会との共同事業として推進する。
 ③機関誌「東洋学術研究」第56巻を発刊。前述の池田先生とジュロヴァ博士との連載対談や論考等を掲載し、研究成果を発信する。
 ④タイ・バンコク(5、6月)とシンガポール(10月)で「法華経――平和と共生のメッセージ」展を開催する。
 ⑤今秋、連続公開講演会を開催。統一テーマに「生命倫理と宗教」と掲げ、現代科学がもたらす生と死をめぐる諸課題への宗教の使命を展望する。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆創立55周年 東洋哲学研究所が取り組む3つのテーマ

 
昨年、韓国・ソウルで行われた「法華経――平和と共生のメッセージ」展。13万6000人が観賞した
昨年、韓国・ソウルで行われた「法華経――平和と共生のメッセージ」展。13万6000人が観賞した

 現代社会には、核兵器の問題や、相次ぐ紛争、経済格差など、多くの問題が山積している。東洋哲学研究所は、人類が直面しているこれらの重大な課題を克服するために、①「仏教学」の研究、②人類的課題を克服する持続可能な地球文明の創出に向けた宗教の役割の探究、③仏教の現代的展開の、3つをテーマに活動に取り組んでいる。ここでは同研究所の活動・実績とともに、韓国宗教学会の金在榮前会長の声を紹介する。

①「仏教学」研究

 東洋哲学研究所の研究対象は、仏教全般にわたる。インド仏教、東アジア仏教、上座部仏教、チベット仏教等々――。
 中でも力を注いできたのが、法華経の研究である。インドで誕生した法華経の教えが、竜樹、世親を経て中国の天台大師(智顗)、日本の伝教大師(最澄)、そして日蓮大聖人へと受け継がれてきた系譜をたどりながら、その思想・哲学の普遍性・世界性の研究と発信に努めている。
 高い評価を得ている事業の一つに、「法華経写本シリーズ」の編集・出版がある。法華経の原典を「写真版」と「ローマ字版」(経文の読みをローマ字に転写)として刊行するものだ。創価学会の委託を受けて始まった。世界の各研究機関と連携しながら、現在までに「ネパール系」「中央アジア系」「ギルギット系」の主要3系統16点を刊行している。
 また2006年からスタートした「法華経――平和と共生のメッセージ」展はインド、ネパールをはじめ、マレーシア、欧州、南米など世界14カ国・地域で開催され、これまでに60万人が観賞に訪れている。
 昨年には、韓国・ソウルで開催。観賞した大韓仏教法師会の金相圭理事長は、語っていた。
 「人々の中にある仏性を涌現する道を明らかにした日蓮大聖人の思想に感動しました。展示をきっかけに、より多くの人が法華経の人間主義思想を持って行動すれば、幸福な社会、人道的社会が築かれると思います」

②人類的課題と宗教

 仏教思想の立場から平和、環境、人権、ジェンダー、生命倫理等の人類的課題を、どう克服するか。
 異なる思想、哲学、宗教、また諸文化・文明との対話を、どう進めるか。
 その方途を探る研究も、事業の一つだ。

 研究所は現代文明が直面する諸課題を①地球環境問題②政治・社会・経済の問題群③人間の精神性の危機――の三つに大別。それぞれの課題の解決に向けて、「持続可能な地球文明」創出への道筋を展望してきた。
 異なる思想や哲学を互いに学び合う「学術交流協定」は、インド文化国際アカデミーから始まり、近年ではブラジル哲学アカデミーや、イギリスのオックスフォード仏教学研究所、マレーシアのマラヤ大学文明間対話センターなど、7カ国・9の世界的研究機関と結んできた。
 また、文明間・宗教間対話を進める活動として実施してきたシンポジウムは、2000年以降だけでも10カ国・18機関と協力して開催。昨年は、フランス・パリのユネスコ本部でも行った。
 その際、パリ・カトリック学院のドニ・ジラ名誉教授は「さまざまな人を救うために、巧みな比喩を使ってきたキリスト教と仏教には、さまざまな形で対話ができる可能性がある」と述べている。
 対話とは、文明間の差異を超え、互いの思想を真摯に学び、高め合う創造的な営みであろう。そうした営みの“場”を生み出すことに、「対話の宗教」たる仏教の役割もある。

③仏教の現代的展開

 研究所が重視する三つ目の研究テーマ――それが「仏教の現代的展開」である。
 仏教の「人間主義」「平和主義」を現代に還元していくために、教育論、人間論、生命論、平和論、歴史論等を学術的観点から考察し、研究している。

 そして、研究の成果を広く社会に発信していくことを目指し、さまざまな出版活動にも取り組んでいる。
 創立以来、刊行している機関誌「東洋学術研究」は、現在までに177号まで発刊。法華経や仏教思想のみならず、平和、人権、ジェンダー、環境、生命倫理、宗教間対話など今日的課題に対しても、幅広い視点で論考を発表している。
 研究員が、1年間の部門別の研究やプロジェクトで研さんした成果をまとめる「東洋学術研究所紀要」は、第32号を数える。
 さらにアルゼンチンのノーベル平和賞受賞者であるエスキベル博士など、各国の識者・指導者と池田先生との対談集も、「池田SGI会長の文明間対話シリーズ」として7冊、刊行されている。
 かつて、中国・中日友好協会の宋健名誉会長は、池田先生との対談の折に、こう語っていた。「池田先生に、仏教の現代的展開に関して、ご教示をいただきたいのです。仏教の思想は、現代の科学にも非常に近い。互いに融合することもできるでしょう」
 混迷を極める現代にあって、宗教、なかんずく仏教の役割とは、いったい何か――研究所は、この文明史的挑戦を続けている。

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 脳挫傷、脳梗塞、硬膜下血腫… 瀕死の事故から三男が蘇生 
 「生きる」とは「戦い勝つ」こと

2017年2月 2日 (木)

2017年2月2日(木)の聖教

2017年2月2日(木)の聖教

◆わが友に贈る


笑顔を絶やさない人は
どんな時も負けない。

笑え合えば心が通う。
互いに元気になる。
溌剌と広布の劇を!

◆名字の言


  腹をすかせたキツネが、支柱から垂れ下がるブドウを見つけた。取ろうとしたが届かない。立ち去り際に独り言。「まだ熟れてない」――“できないことを何かのせいにしてごまかす人がいる”ことを表した寓話だ(『イソップ寓話集』中務哲郎訳、岩波文庫)▼環境や状況のせい、他人のせい、タイミングのせい……人は、“できない理由”を外に求め、自己正当化してしまいがち。しかし、そんな理由を並べているうちは、成長への軌道は開けない▼10年以上、自宅に引きこもっていた男子部員。先輩に励まされ、弘教に挑戦した。対話した友人が、次第に悩みを打ち明けてきた。自信がない。○○が憎い。○○に困っている――驚いた。まさに自分の変えたい部分。友人が自身の“鏡”の存在だと思った。弘教を実らせた彼は胸を張って語る。「対話は、弱い自分と向き合い、変わるためでもあるんですね」▼池田先生は小説『新・人間革命』につづっている。「仏法者というのは『自己挑戦』の人、『自己対決』の人です。我即宇宙ですから、自身を征する人は一切に勝つことができます」▼「人のせい」から「人のおかげ」へ。「逆境だから無理」から「逆境だからこそ成長できる」へ。勝利を開く鍵は、自身の一念の変革にある。(速)


◆〈寸鉄〉 2017年2月2日

 
会長は人間教育と世界市
 民の育成に先見的に貢献

 ―国連元次長。希望の光
      ◇
 「
法華経を持つ人は一切
 世間の天人の眼
」御書。
 信心即生活の実証を堂々
      ◇
 
親友を訪ねる為ならば千
 里の道も遠くない
―文豪
 友情は人生彩る最高の宝
      ◇
 「
情報セキュリティ月間
 暗号の変更、対策ソフト
 更新忘れず。意識向上を
      ◇
 今年の花粉は4・4倍―
 昨年比予想。飛散前の対
 策有効と。
賢く健康管理 

◆社説  本社公式サイト 刷新1年  価値創造の哲学を世界に発信


 セイキョウオンラインを大幅にリニューアルしてより1年、これまで世界177カ国・地域からアクセスされている。
 「紙面がスマートフォンで読めて便利」「全国の方面・県版の写真がカラーで見られるので感動した」「友人に紹介しやすく、購読推進にも役立つ」「出張先でも、クリップした記事をメールやSNSでメンバーと共有し、激励も送れるので助かる」など、利用者から多くの声を頂戴してきた。
 ある調査では、メディアとしての信頼度が、新聞はテレビ・インターネット・雑誌に比べて高い。また、ネット利用者の中でも、ニュースサイトへの信頼度は、SNSやブログなどのサイトに比べると高い(情報通信政策研究所調べ)。
 さらに、ニュースサイトについては米国の調査に、「若い世代には、ニュースは動画よりも、テキストの方が好まれやすい」という、興味深いものがある(ピュー研究所調べ)。  これは、「情報を効率よく収集する」というネット利用者の傾向だろう。セイキョウオンラインのスマートフォン・タブレット向けアプリには、こうした要望に応えて、ボタンタップ一つで、その日の見出しを一覧で閲覧できる機能を備えている。
 また、同アプリの特長に、「一度ダウンロードした紙面は、オフラインでも閲覧可」という機能がある。ある男子部メンバーは、入院中の家族が通信しなくても新聞が読めるよう、この機能を利用して“紙面”を届けている。
 2006年11月18日、前身の「セイキョウネット」を開設し、ネットを介して世界に情報発信を開始してより10年余り。これまで、「日本の新聞がリアルタイムで見られるのは勉強になる(欧州)」「留学先でも、池田先生のメッセージ等が読めてうれしい(北米)」など、世界中から反響を頂いてきた。
 池田先生は小説『新・人間革命』第14巻「大河」の章でつづっている。
 「現代は情報が氾濫しており、ともすれば、その情報の洪水に押し流されて、自らがものを考え、自身の価値観を確立できないでいることが少なくない。それだけに情報を見極める哲学の“眼”をもつことが極めて重要になる。そのための新聞が、聖教新聞であるといってよい」と。

 “情報氾濫の時代”であるからこそ、確かな価値創造の哲学を日本中、世界中に届けるため、世界広布を加速しゆくサイトへと、一層の充実を期したい。

◆きょうの発心  後継の決意を胸に地域広布へ2017年2月2日

御文
 其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし(高橋殿御返事、1467ページ・編1427ページ)
通解 その国の仏法流布は、あなたにお任せする。仏種は縁によって起こる。その故に一乗(法華経)を説くのである。

 地域広布の使命と責任を教えられた一節です。
 
 小学6年生の時に、愛媛文化会館(現・松山文化会館)で初めて池田先生にお会いしました。“創価大学にいらっしゃい”――この先生の温かな励ましが生涯の原点となりました。
 念願かない創価大学に進学し、師と幾重にも思い出を刻みました。卒業後は、青年部の第一線を走りながら、愛媛、滋賀、香川と転勤。49歳になった一昨年、愛媛に異動となり、21年ぶりに故郷に戻りました。
 1991年(平成3年)、信心一筋の父が亡くなったのも49歳でした。愛媛広布に走り抜いた父から“後継のバトン”を託された思いです。
 昨年11月、愛媛池田松山県長の任命を頂きました。松山文化会館を擁するこの地で、同志宅を訪問するたび、地域広布に駆けた父の思いを身近に感じ、この御文を胸に決意を新たにする日々です。
 “青年拡大の年”の本年、松山文化会館は落成40周年を迎えます。意義深き年に使命の天地で、後継の青年と共に前進してまいります。  愛媛池田松山県長 築山伸一

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十七

 


 鄧穎超は、念を押すように言った。
 「一歩も引いてはいけません!」
 彼女の顔に笑みが戻った。
 「前も敵、後ろも敵」という断崖絶壁のなかで、何十年もの間、戦い続けてきた人の言は重たかった。進退は自分が決めることではあるが、山本伸一にとっては、真心が胸に染みる、ありがたい言葉であった。
 彼は、鄧穎超の思いに応えるためにも、いかなる立場になろうが、故・周恩来総理に誓った、万代にわたる日中友好への歩みを、生涯、貫き通そうと、決意を新たにした。
 伸一は、彼女との約束と日中友好の誓いを果たすために、翌年の一九八〇年(昭和五十五年)四月、第五次訪中へと旅立った。
 この時、鄧穎超は、伸一夫妻を北京市・中南海にある西花庁に招いた。彼女が周総理と一緒に、長い歳月を過ごした住居である。
 伸一たちが通された応接間は、人民大会堂が完成するまで、総理が外国の賓客と会っていた部屋であるという。さらに、彼女は、「ぜひ、ご覧いただきたいと思っていました」と言って、中庭を案内した。海棠の花が淡い桃色のつぼみをつけ、薄紫のライラックの花が芳香を漂わせていた。
 庭を散策しながら友誼の語らいは続いた。
 伸一が次に訪中したのは、八四年(同五十九年)六月のことであった。鄧穎超は人民政治協商会議の主席として人民大会堂に伸一を迎え、中日の青年交流をさらに拡大していきたいとの希望を語った。
 五年後の八九年(平成元年)六月四日、中国では第二次天安門事件が起こった。
 以来、欧米諸国は政府首脳の相互訪問を拒絶し、日本政府は中国への第三次円借款の凍結を決めるなど、中国は国際的に孤立した。
 伸一は思った。
 “結果的には、中国の民衆が困難に直面している。私は、今こそ、友人として中国のために力を尽くし、交流の窓を開こう。それが人間の信義であり、友情ではないか!”
 窓が開かれていてこそ対話も可能となる。

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉51  仏縁の拡大は幸福の拡大

御文
 されば此の経文をよみて見候へば此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり  (千日尼御返事、1319ページ)
通解 (法華経の一字一句を読めば、一切経を読むことになる)それゆえ、この経文(方便品の「若有聞法者 無一不成仏」)を読んでみると、この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏になるという文なのである。

同志への指針


 一字一句でも耳にした人は一人も残らず成仏に至る――これが法華経の偉大な力だ。
 
 妙法を聞いた人が、すぐに発心しなくても、決して落胆することはない。妙法を語れば、必ず仏縁は結ばれ、相手の生命の仏性は、既に揺り動かされているからだ。
 私たちが対話した分だけ、幸と希望のスクラムは大きく広がる。さあ、勇気凜々と行動を! 楽しく朗らかに!

【聖教ニュース】

◆アジアに咲く福徳の花   各地で春節 慶祝の集い

 
「東南アジアの宝石」と輝くフィリピンで、良き市民として信頼を広げるSGIの同志(マニラ国際平和会館で)
「東南アジアの宝石」と輝くフィリピンで、良き市民として信頼を広げるSGIの同志(マニラ国際平和会館で)

 アジア各地で1月28・29日、春節(中国の旧正月)を祝う新春勤行会が開催された。
 このうち香港SGI(創価学会インタナショナル)の集いは28日、香港文化会館で。
 この日はちょうど、池田大作先生が香港を初訪問した日(1961年)。「皆で力を合わせれば、大きな力になる。団結の力は足し算ではなく、掛け算なんです」――先生は、到着日の夜の座談会でそう語り、席上、アジアで初となる香港地区が結成された。
 先生は、この香港指導の後、インド、タイ、カンボジアなどを続けて訪れ、アジア広布の原点を確固と刻んだ。
 以来、56星霜。アジア各地にまかれた妙法の種は福徳の花を見事に咲かせ、友は今、団結固く信頼と友情のスクラムを広げている。
 香港の勤行会では、世界広布の伸展を厳粛に祈念。呉楚煜理事長らが励ました。
 一方、フィリピンSGIの集いは国内3会場で開かれ、1300人を超える友が参加。
 マニラ国際平和会館(28日)では、各部の有志による合唱やダンス、管弦楽団の演奏等が披露され、祝賀の集いに彩りを添えた。アルカンタラ理事長は、「伝統の2月」に向け、強き祈りで前進をと呼び掛けた。
 タイ創価学会は28日、タイ本部をはじめ全土9会館で新春の集いを晴れやかに。首都バンコクのトンブリ会館では計6回の勤行会を行い、異体同心の躍進を誓った。

◆〈富士美の至宝〉 デュフィ「アネモネ」   
 好評開催中の西洋絵画展から  
           
1942年 水彩・グァッシュ/紙 50.0×65.0センチ
1942年 水彩・グァッシュ/紙 50.0×65.0センチ
 作者はフォーヴィスムの画家ラウル・デュフィ(1877~1953年)。音楽好きの父の感受性を受け継ぎ、明るい色彩の軽快な描線が走るリズミカルな絵で知られる。デュフィの絵筆は、花を描いた本作でも、その軽やかな調子を画面いっぱいに満たしている。
 【案内】東京富士美術館で3月20日(月・祝)まで。月曜休館(祝日は開館)。開館時間は午前10時~午後5時。入館は同4時半まで

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉6 
 インフルエンザが各地で猛威 日々の健康管理を賢明に
 発熱なくても感染のケースも
 
インフルエンザなどに厳重注意。体調が悪い時は、早めに医療機関を受診。予防対策を万全に©PIXTA               
インフルエンザなどに厳重注意。体調が悪い時は、早めに医療機関を受診。予防対策を万全にcPIXTA

 永石 今、全国各地でインフルエンザが猛威を振るっています。「警報レベル」を超す地域も増え、流行のピークを迎えています。
 酒井 例年、12月から翌年3月ごろにかけて流行しますが、今季は流行入りが早く、患者が急増し、学級閉鎖なども相次いでいます。
 原田 “自分は大丈夫”という油断や過信は禁物です。皆で意識を持って対策できるよう、基本的な事も含めて、確認し合いたい。

決して無理しない


 石川 典型的なインフルエンザの特徴は、高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状が、比較的急速に現れることです。また、風邪と同様に、喉の痛み、鼻汁、咳やくしゃみなどの症状も見られます
 酒井 ここで気を付けたいのは、ほとんど発熱がなくても、インフルエンザに感染しているケースが多いということです。本人も周囲も気付かずに感染を拡大していることがあります。
 石川 少しでも症状がある場合や、体調が優れない場合は、早めに医療機関を受診し、療養することが重要です。
 永石 責任感の強い人ほど、「少しの熱では休めない」「休んだら周りに迷惑をかけてしまう」と思うかもしれませんが、体調が悪い時に休むのは、当然のことです。感染症の場合は、無理をすれば結果的に周囲にも広がってしまいます。
 酒井 もし、インフルエンザと診断された場合は、医師の指示に従い、安静にして休養をとることです。十分な睡眠をとり、水分補給も心掛けましょう。まれに肺炎や脳症などを起こして、重症化することもあるので侮ってはいけません。
 石川 感染が拡大しないよう、マスクを着用することも必要です。人混みや繁華街への外出を控え、無理して学校や職場等に行かないようにしてください。
 志賀 外出はどれくらいの期間、控えた方がいいでしょうか?
 石川 基本的には医師の診断に従うことが重要です。参考ですが、学校保健安全法では「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」を出席停止期間としています
 酒井 インフルエンザの予防法として、最も有効なのはワクチン接種です。ただし、接種をしていても発症するケースはあります。また、一度感染した後も、他の型に感染することがあるので油断はできません。
 石川 インフルエンザの主な感染経路は、飛沫感染です。感染している人の咳や、くしゃみを浴びる距離(2メートル程度)にいる人は、感染の危険性が高くなります。マスクなどで、飛沫を浴びないように対策をとることが重要です。
 酒井 流水・せっけんによる手洗いも大事です。ウイルスを物理的に除去する感染症対策の基本です。アルコール消毒も有効です。
 永石 適切な湿度を保つのも、予防に効果的と伺いました。低温・低湿度の環境下では、ウイルスの感染力が強くなるそうですね。
 石川 空気が乾燥すると、気道粘膜の防御機能も低下し、感染しやすくなります。特に乾燥しやすい室内では、加湿器などを使って適切な湿度(50~60%)を保つことが望ましいです。マスクも、喉の乾燥を防ぐので効果的です。
 永石 定期的に換気を行う、ぬれタオルを干す、霧吹きを使う、といった工夫もいいかもしれませんね。湿度を50%以上にすると、インフルエンザウイルスは不活化するともいわれています。
 酒井 そして何より大事なのは、体の免疫力、抵抗力を高めるために、日頃から十分な休養、バランスのとれた栄養を心掛けることです。規則正しい生活こそ、健康の基本といえます。

温度変化に要注意


 志賀 ノロウイルスも、例年を上回る勢いで流行し、集団感染などのニュースも報じられています
 酒井 例年、11月から翌年2月に流行します。主な症状は、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛で、発熱は軽度です。通常は、症状が1~2日続いた後、治癒します。
 石川 予防で大切なのは、調理前、食事前、トイレ後などに、せっけんで入念に手洗いをすることです。アルコールの消毒効果は十分ではありません。
 酒井 有効なワクチンはなく、対症療法のみになります。脱水症状や体力消耗を避けるため、経口補水液などで水分補給し、栄養をとることが大事です。
 原田 この時期、激しい寒暖差などで、体調を崩す方も多くいます。寒い場所に移動する際は、強く意識して、防寒対策などを心掛けることが大事ですね。
 石川 浴室やトイレ等でも、急激な温度変化による、血圧の変動が生じる恐れがあります。「ヒートショック」と呼ばれ、心筋梗塞や脳卒中などが起こりやすくなります。特に、高齢者の方が入浴中に失神を起こして、溺水してしまうなどの事故も起きています。
 酒井 入浴の際は、次のような注意が必要です。①入浴前に脱衣所や浴室を暖める②湯温は41度以下、漬かる時間は10分までを目安にする③浴槽から急に立ち上がらない④アルコール摂取後や食後すぐは控える⑤精神安定剤・睡眠薬などの服用後は避ける⑥入浴前に同居者に一声掛ける。
 石川 高齢者や、高血圧・糖尿病・不整脈のある方などが、ヒートショックを起こしやすいといわれています。降圧剤を服用している方は、薬を飲み忘れると血圧が変動しますので、注意してください。
 永石 池田先生は語られています。「健康を維持するためには、平凡なようであっても、こまかい点に注意することである。生活の基本を大事にすることである」「ちょっとした心がけで、かけがえのない命を守れる場合が多々ある」と。
 原田 「心にふかき・えうじん(用心)あるべし」(御書1176ページ)と仰せの通りです。ある意味で自らが“医師”となり“看護師”となって、自身の健康を賢明に守り、使命の日々を送ってまいりましょう。

◆〈誓いの天地〉 東京・中野区 
   信心の歓喜広がる青年の街
    「今」を勝ち「ここ」で勝つ!

 
軍部政府と戦った戸田先生は、ここから出獄した。豊多摩刑務所の遺構「旧豊多摩監獄表門」の前で、男女青年部の代表が正義の誓いに燃えて(1月28日)
軍部政府と戦った戸田先生は、ここから出獄した。豊多摩刑務所の遺構「旧豊多摩監獄表門」の前で、男女青年部の代表が正義の誓いに燃えて(1月28日)

 JR中央線で新宿駅から4分。
 中野区は、中野駅を中心に、北は西武新宿線、南は地下鉄丸ノ内線が走る交通至便の町である。
 特に近年は、中野駅周辺の整備が進み、北口の西側に「中野四季の都市」が誕生。区民が憩う「中野四季の森公園」を囲むように、オフィスビルや3つの大学などが立ち並び、新たなにぎわいを見せている。
 中野駅北口から真っすぐに延びる中野サンモール商店街に向かうと、まず目に飛び込んでくるのが、おやき処「れふ亭」――今川焼きの名店である。
 多彩なメニューに、庶民的な価格。何より、その確かな“味”を求めて、客足は絶えない。一番人気は小倉あんこだという。
 「区内だけでなく各地から、遠くは韓国にも常連のお客さまがいます」と語るのは、千葉拓雄さん(中野戸田区、男子部本部長)。1984年(昭和59年)に父・公毅さん(同区、地区幹事)が始めた同店の経営を、専務として任されている。店長の林正樹さん(同区、男子部副部長)との息もぴったりだ。
 千葉さんは生粋の“中野っ子”。青春時代はスポーツに汗を流し、高校では卓球の東日本大会で優勝した経験も。しかし、その後は一転、荒れた生活を送るように。
 転機は22歳の時。男子部の先輩の激励と妻・美智子さん(同区、白ゆり長)との出会い、さらには“宿命に苦しむ友人を救いたい”と初めての折伏に挑んだことが、発心のきっかけになった。
 以来、3年連続で弘教を達成。2004年9月26日には「21世紀中野兄弟会」の一員として、「『中野兄弟』栄光の集い」で、師匠・池田先生との原点を刻んだ。
 分区の牙城会委員長も兼務。人材育成に奔走する傍ら、特技を生かし、60人以上が所属する卓球サークルで友好を拡大。商店街の2代目たちとも交流を深める。
 社長の父と母・富江さん(同区、地区副婦人部長)が信心で築いた店を守り発展させようと、誠実第一の接客を心掛ける千葉さん。
 「あまりにも 日本一かな 今川の 焼きたて見つめて 同志らは笑顔に」――池田先生から贈られた和歌を胸に、きょうも来店客との一瞬の出会いに真心を込める。
                                                                                  ◇
 都心へのアクセスがよく、若者に人気のエリアとなっている西武新宿線沿線。その一つ、野方駅周辺の地域で女子部本部長を務めるのは、白藤啓子さん(中野牧口区)。訪問介護の事業所に勤める多忙な毎日の中、「楽しく朗らかに」をモットーに、はつらつと学会活動に励む。21世紀中野兄弟会のメンバーでもある。
 将来への夢がなく、仕事で悩んでいた時、介護施設で働く親友の職場を見学。人と触れ合う仕事に魅力を感じ、かつて同じ業界にいた母・由美子さん(同区、支部副婦人部長)の勧めもあって、現在の会社に入社した。
 だが、しばらくすると、経営方針の変更により、同僚が次々と退社していった。慢性的な人手不足が続く介護の世界。白藤さんは意を決し、上司に“皆が働きやすい環境づくりを”と直訴する。その分、周囲の2倍、3倍の努力を重ね、懸命に信頼を広げた。
 そうした姿が認められ、4年前からは事業所の最年少管理者に。社内表彰も2度受賞し、模範の実証を示してきた。「利用される方々全員に満足していただきたい。『ありがとう』と言われるたびにやりがいを感じ、この仕事が大好きになります」
 家族の事故や病、経済苦などの困難を、信心で乗り越えてきた白藤さん。生まれ育った中野では、中学の同窓会の幹事となって、卒業後も友情を大切にしている。
 本部の女子部の活動者も増加。“楽しいところに人は集まる”との師の指導のままに、広布と社会の女性リーダーとして、縁する全ての人たちに希望を送り続ける。

栄光の共戦譜


 中野は池田先生が手塩にかけて育てた、妙法の人材山脈である。
 来る2月4日は「中野の日」。
 1973年のこの日、先生は中野駅近くの中野体育館へ。「中野・青少年スポーツの集い」に出席し、参加者と記念撮影を行った。
 先生は男子部・女子部・学生部・未来部のメンバーを「中野兄弟会」と命名し、ある提案をする。
 一つは「将来の希望をメモに書いて、提出すること」。もう一つは「30年間、2月4日を中心にして、毎年集まること」であった。
 「一流のジャーナリスト」と記した上田康晴さん(中野牧口区、副本部長)は当時、大学4年生。学会が権力から弾圧を受けた言論問題の後であり、胸中には正義の炎が赤々と燃えていた。
 当初はアルバイトだった大手出版社で正社員採用を勝ち取り、漫画雑誌の編集部では担当した連載作品が大ヒット。「社内一の売り上げ」という目標を達成し、編集長、編集本部長に抜てきされる。
 50代で取締役、常務取締役となり、学会組織では支部長に就任。唱題根本に病魔も克服し、信心の功力を深く実感してきた。
 だが4年前、試練に襲われる。社内での意見の相違から、退社を余儀なくされてしまったのだ。
 収入もなくなり、妻の香代子さん(同区総合婦人部長)と共に、ただ祈るしかなかった。折れそうになる心を支えたのは、師匠への誓いであり、欠かさずに参加してきた中野兄弟会の誇りだった。
 1年後、フリーの編集者として新出発することに。かつての実績が高く評価され、企画編集の依頼が次々と舞い込むようになった。
 「池田先生を範として、『一流のジャーナリスト』の道を追求していきたい」。上田さんは生涯、信念のペンを振るい続ける。
                                                                   ◇ 
 「大実業家」と書いたのは、学生部だった金子裕次さん(中野池田区、副支部長)。あの日、卓球の試合に“参戦”した先生の慈顔が、目に焼き付いて離れない。
 大学を卒業し、父が営む工務店に就職。しかし2年後、父が亡くなると、潮が引くように取引先が去っていった。
 題目を唱える中、リフォーム業を手掛けることを決意。最初は全く仕事が入らなかったが、具体的な目標を掲げ、祈り動いた。
 経営は徐々に軌道に乗り、28歳で「金子外装工事」を設立。入会時はバラック小屋だった実家に、広布の拠点となる4階建ての会社兼自宅を新築した。妻・裕美さん(同区、婦人部副本部長)との間に誕生した3人の子は皆、21世紀中野兄弟会。夫婦で大病も乗り越え、報恩の道を一筋に歩む。
                                                                                 ◇ 
 中野総区の団地部女性部長として、近隣友好に尽くす佐藤通子さん(総区副婦人部長)は振り返る。「記念撮影の折、清掃役員だった私に、池田先生は『風邪を引かないように。ありがとう』と、温かく声を掛けてくださいました」。夫の文孝さん(中野戸田区、副区長)は中野兄弟会である。
 佐藤さんには忘れられない場面がある。85年6月15日。中野牧口区の中野北会館を訪れた先生ご夫妻と、中野駅南口近くで、ばったり出会ったのだ。先生は不登校になった小学1年生の長女・範子さん(蒲田広宣区、地区婦人部長)の両肩に手を置き、力強く激励。長男・伸孝さん(中野戸田区、男子部副部長)の前にしゃがみ、優しく頭をなでた。「また会おう!」。その後、範子さんは元気に学校へ通えるように。二人が21世紀中野兄弟会の一員となったことが佐藤さんの最大の誉れだ。
 両兄弟会をはじめ、中野の隅々で綴られた師弟の共戦譜。池田先生は93年6月3日、中野池田区の中野南文化会館を車で視察。昨年5月25日には、中野戸田区の中野文化会館を写真に収めた。
 何より中野は、戸田先生が学会再建の一歩を踏み出し、池田先生が中野駅から入信の儀式の場へと向かった広布誓願の天地。
 「仏法の勝負は、常に『今』であり、『ここ』である。だから、『今』を勝つのだ! 『ここ』で勝つのだ!」――厳寒の冬から、躍進の春、栄光の夏へ、仲良き中野は先生と共に、新時代の凱歌の扉を、さっそうと開きゆく。

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 家庭のぬくもりに真心込める1級建築士
 限りある人生 自分にしかできない使命がある

 【東京都清瀬市】例えば――。夫の帰宅は何時で、夫婦は一緒の寝室なのか。子どもは受験を控えているか。趣味や料理の習慣は……。住宅リフォーム営業のプロ、土屋尚子さん(45)、支部副婦人部長は、依頼主の思いを引き出し、。形らにするため「しつこいくらい質問します」と目を細める。

◆〈信仰体験〉 90歳の“横綱”ボウラー 2017年2月2日
 信心一筋 多宝の輝き

 【東京都江東区】公益社団法人「日本ボウリング場協会」が、毎年発表する「ご長寿ボウラー番付」。ボウリングを定期的(月1回以上)に楽しむ高齢者を年代で分け、大相撲の番付のように紹介している。

2017年2月 1日 (水)

2017年2月1日(水)の聖教

2017年2月1日(水)の聖教

◆わが友に贈る


広宣流布とは
友情を広げることだ。

誠実な「
近隣友好」と
地道な「
地域貢献」で
信頼の絆を結びゆこう!

◆名字の言


 英語の「spot」には「場所・現場」のほか、「見つける」等の意味がある。机上で終わらせず実際の場所に立てば、新しい発見があるものだ▼長崎のテーマパーク・ハウステンボスの澤田秀雄社長は、現場第一の人。7年前、18年間の赤字が続く同社の再建を託されるも、冬季の集客率の低さに悩まされた。打開策を探そうと、園内をくまなく歩いて回った▼日暮れが早く、花も咲きづらい。その中で思い付く。「暗いなら明るく、花が咲かないなら“光の花”を」と。多数のLEDで、世界最大級のイルミネーションを考案。日が短い分、華やかな演出を長く観賞してもらえると発想を変えた。その結果、冬季に多くの客を呼び込むことに成功。創業から初めて経営が黒字に転じた▼いかなる分野においても「現場」に発展の鍵がある。学会もまた、リーダーが現場に身を置き、考え、行動することを重視してきた。65年前の「二月闘争」では、池田先生は組織の最小単位の「組(現在のブロック)」に焦点を当て、自身は同志の家を歩きに歩いた▼打ち合わせや会合は大切だが、友の元へ足を運び、耳を傾ける労を惜しむまい。そこに人間革命のドラマがあり、変革への知恵があるからだ。寒風に胸張り、最前線へ飛び出そう。(剣)


◆〈寸鉄〉 2017年2月1日
 

 
さあ新時代の二月闘争が
 開幕
。皆が青年の心意気
 で!黄金の自分史綴ろう
      ◇
 「
牙城会結成の日」。本陣
 厳護の労苦に感謝。正義
 の師子吼で拡大の先陣を
      ◇
 戸田先生「
時代遅れの幹
 部になるな。自ら学び成
 長せよ
」。信心は現当二世
      ◇
 「
諸仏の成道も信の一字
 より起る
」御書。題目の
 利剣で“心の迷い”を断て
      ◇
 流感など感染症がいまだ
 猛威。手洗い・嗽・マス
 ク着用。対策ぬかりなく

◆社説  きょう牙城会結成記念日  師弟不二の心で厳護と勝利の青春


 きょうは牙城会結成記念日。法華経に「
当起遠迎、当如敬仏」(当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)とある。日蓮大聖人が「最上第一の相伝」(御書781ページ)とされたこの大精神を胸に、牙城会の友は広布に生きる会員の皆さまを仏のごとく敬い、大切に迎えている。
 日々、仕事をやり繰りしながら、絶対無事故に尽力するメンバーの存在があってこそ、創価の法城は守られ、安心して会合を開催できる。あらためて心から感謝したい。
 1971年(昭和46年)の結成から46星霜。牙城会の友は、学会と同志、会館を厳護し抜く一方、仕事、家庭、生活、病気など、あらゆる宿命との闘争を一歩も退くことなく勝ち越えてきた。その「難こそ誉れ」という確かな伝統は、各地で勇敢に戦い続ける友の誇りとなり、後に続く大学校生の心を打つ。
 実家を飛び出し、荒れた青春を過ごした大阪・吹田摂津総県の友は、ある時、厚生労働省指定の難病に罹患した。高熱や嘔吐に苦しむ日々に、経済苦と人間関係の悪化が重なり、逃げるようにして故郷に戻った。そこへ駆け付けた男子部の先輩の励ましに感動して発心。昨年1月、自ら進んで大学校へ。
 以来、必死に自身の人間革命を祈る中、迷惑を掛けて絶縁状態にあった父に、勇気を出して謝罪し、和解。その後、一つ一つの活動に地道に取り組み、8月には弘教も実らせる一方、仕事でも同僚の3倍の好成績を収めた。この一年間の薫陶で「苦難に立ち向かえる自分へと成長できた」。そう信心の確信を語る彼は先日、晴れて新世紀16期生として卒団した。
 こうした青年の蘇生のドラマや勝利の実証が、どれほど地域や社会の希望の光となっているか計り知れない。
 かつて恩師・戸田城聖先生から「大城」の雅号を贈られた池田先生は、牙城会指導集『師子王の誓い』の巻頭につづった。「『城』の一文字に込められた記別に、私は『厳護』『拡大』『勝利』をもってお応えした
 戸田先生から池田先生へ――その師弟不二の峻厳な心を受け継ぎ、正義の人材城を輝かせ、全ての戦いに挑み勝つのが、誉れ高き牙城会の使命である。
 学会伝統の「二月闘争」がスタートした。青年拡大の突破口を開くのは、若き師子の陣列だ。「勝って護れや 創価の大城をば」――。広宣流布の勝利劇を、師は大きな期待を込めて待っている。

◆きょうの発心  原点を胸に広布の大願に生きる2017年2月1日

御文 
願くは我が弟子等・大願ををこせ(上野殿御返事、1561ページ・編1241ページ)
通解 願わくは、わが弟子らは大願を起こしなさい。

 師弟の魂を胸に、広宣流布の大願に生き抜くことを教えられた一節です。
 母子家庭に育った私は、題目根本に生活を送る母の姿に信心を学びました。内向的な性格でしたが、東京・渋谷の温かな創価家族と触れ合う中で克服することができました。
 高等部時代、池田先生にお会いした際に頂いた、“お母さんを幸せに”との励ましを今も忘れることができません。一人一人に渾身の激励をされる先生の姿に接し、“生涯、師と心を合わせ、広布の大願に生き抜こう”と決意。女子部、少年少女部の担当者として、悔いなき青春を送りました。
 武蔵野の地で婦人部として奔走する中、自身にがんが見つかりました。この一節を心肝に染め、病魔に決然と立ち向かいました。その後、同志の祈りにも包まれ、回復することができたのです。
 現在、創価の学びやで育った2人の子どもと、夫と共に一家和楽の家庭を築くことができ、2年前に霊山へ旅立った母へ、最高の恩返しができたと感じています。
 2018年の「11・18」を目指し、「人材光る武蔵野! 師と共に新時代をリード!! 皆が幸福勝利の広宣家族」とのスローガンを胸に、友好の輪を大きく広げてまいります。 東京・武蔵野広宣区総合婦人部長 井出ゆき子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十六

 


 山本伸一は、一冊のアルバムを用意していた。そこには、故・周恩来総理の日本への思いに応えたいと創価大学に植えた「周桜」、全青連の青年たちと記念植樹した周恩来桜と鄧穎超桜の「周夫婦桜」、創価大学に学ぶ中国人留学生の写真などが収められていた。
 伸一は、アルバムを一ページ一ページ開いて、鄧穎超に見せながら、「留学生も、しっかり勉強しています」と、近況を紹介していった。彼女は、写真に視線を注ぎ、満面に笑みをたたえて言った。
 「日本へ来る前から、創価大学には、ぜひ行きたいと思っていました。しかし、その時間が取れずに残念です」
 そして、前年九月の、伸一の第四次訪中を振り返り、懐かしそうに思い出を語った。
 伸一は、その折、子々孫々の日中友好のために、周総理の精神と輝かしい事績を紹介する周恩来展の日本開催などを提案していた。
 迎賓館での語らいでは、この周恩来展をはじめ、日本訪問の印象、天皇陛下との会見の様子、また、「四つの現代化」に取り組む中国の現状などに話が及んだ。友好的な意見交換がなされ、時間は瞬く間に過ぎていった。
 鄧穎超は伸一に、「ぜひ、また中国においでください」と要請した。彼は、「必ずお伺いします。中国での再会を楽しみにしております」と笑顔で答え、約四十分間に及んだ和やかな語らいは終わった。
 皆、席を立ち、出入り口に向かった。伸一は“鄧先生には、どうしても伝えておかなければ……”と思い、口を開いた。
 「実は、私は創価学会の会長を辞めようと思っています
 鄧穎超の足が止まった。伸一を直視した。
 「山本先生。それは、いけません。まだまだ若すぎます。何よりあなたには、人民の支持があります。人民の支持がある限り、辞めてはいけません
 真剣な目であった。周総理と共に、中国の建設にすべてを捧げてきた女性指導者の目であり、人民を慈しむ母の目であった。

【聖教ニュース】

◆我らの二月闘争を驀進 総東京青年部が「凱歌のスクラム拡大月間」

 総東京青年部の「凱歌のスクラム拡大月間」が、きょう1日から勢いよくスタート!(3月16日まで)
 「二月闘争」65周年を記念する月間では、青年部が先駆の対話拡大に驀進。新たな人材の裾野を大きく広げながら、世界広布の本陣に若き地涌の陣列を築きゆく。
 65年前の1952年(昭和27年)2月、当時24歳であった池田大作先生は、蒲田の支部幹事として、折伏の大旋風を巻き起こし、広布拡大の金字塔を打ち立てた。この「二月闘争」から恩師・戸田城聖先生の願業である75万世帯の弘教の突破口は開かれたのだ。
 “新しい力”が“新しい時代”を創る!――これこそ若き池田先生が示した広布の要諦であり、魂である。
 この心を受け継ぐ、“若き感激の同志”は今、師弟共戦の誇りを胸に、わが使命の舞台で正義と希望の連帯を堂々と広げている。
 豊島総区の藤田智章さん(男子地区リーダー)は、7年前に入会。タクシー会社に勤務する中、題目根本に真剣に仕事に取り組み、売り上げが上昇。念願の昇進を勝ち取った。
 信心の確信を強めた藤田さんは、弾む心で折伏に挑戦。職場の同僚に真心の対話を重ね、昨年11月に御本尊流布を成し遂げた。
 さらに入会した友は、今年から創価班大学校に入校。共に充実の青春を進む日々だ。
 村山総区の西畑香織さん(女子部副本部長)は創大卒業後に英国へ留学。帰国後、その経験を生かし、社会の第一線で奮闘の日々を送っていた。しかしある時、家族が続けて病を患うなど宿命の嵐に襲われる。出口が見えないトンネルに入ったようだった。
 「この信心で必ず乗り越えてみせる!」と奮起した西畑さんは、昨年11月と本年1月に弘教を結実。変毒為薬の実証を示した。
 足立総区の大村智生さん(学生部グループ長)は昨年1月、父の病気を機に発心。懸命な祈りが実を結び、父の手術は無事に成功した。首都圏学生部の人材グループである21世紀伸一会で薫陶を受ける中、池田先生の若き日の闘争を学び、折伏の挑戦を決意。同世代の友に仏法を語り抜き、昨年12月に入会へと導いた。大村さんは「創価の師弟の正義を縁する全ての友に伝えていきます!」と、情熱をみなぎらせる。
 河西総東京青年部長は力を込める。「師匠への報恩の心を燃やし、圧倒的な拡大で『東京凱歌』の歴史を開いてまいります!」

◆太陽の国の王子・王女たち――ブラジル未来部が研修会 
 
「希望の翼で羽ばたく創価の未来部」とのテーマで行われたブラジル未来部の研修会。参加者は、「夢をかなえるために勉強に挑戦します!」(9歳、少女部員)など決意を語っていた(首都ブラジリアの国会議事堂前で)
「希望の翼で羽ばたく創価の未来部」とのテーマで行われたブラジル未来部の研修会。参加者は、「夢をかなえるために勉強に挑戦します!」(9歳、少女部員)など決意を語っていた(首都ブラジリアの国会議事堂前で)

 ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の未来部「2030年ブラジル後継池田会」の研修会が1月20日から22日まで、首都ブラジリアで行われ、約800人の未来部員が全土から集った。
 これには池田先生がメッセージを贈り、愛する未来部の一人一人に「青春勝利の開拓者たれ!」と念願。
 「未来部の皆さんは、全員が使命の人です。新たな社会の平和建設を担う人たちです。最高の思想であるこの仏法を実践し、自身の未来を信じて、朗らかに、共々に進みゆこう!」と万感の期待を寄せた。
 研修会では、小・中・高の各部に分かれ、御書学習会や、大学教授らを講師に勉学や仕事、社会貢献についての講演などが行われた。
 22日には、合同で記念の集いを開催。イケダヒューマニズム交響楽団の「NDO(楽団養成グループ)」、「ノーヴァ・エラ(新世紀)鼓笛隊」、「タイヨウ(太陽)音楽隊」、ダンスグループ「タイガ(大河)」などが躍動のステージを繰り広げた。
 また、未来部の代表が体験を発表。ギリェルメ・タカユキ・イトカゾさん(男子中等部)は、家族の病に負けず、勉学に勇んで挑戦する決意を。ジオバナ・カルドーゾ・エンリケ・サンチアゴさん(女子高等部)は、未入会の父親や友人への仏法対話に励む喜びを語った。
 トクザト未来部長は「私たちの成長が、師の勝利の実証です。全員が題目根本に夢を実現させ、希望のリーダーに」と呼び掛けた。
 コウサカ理事長、エンドウ青年部長が、太陽の国の王子・王女たちを励ました。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆二月闘争 65周年 池田先生の行動に学ぶ 2017年2月1日
「師弟の精神」は絶対勝利の力
〈拡大の要諦〉
・祈りから出発
・近隣を大切に
・体験を語る

志賀男子部長が対話拡大に率先する調布総区の友を激励(1月30日、調布文化会館で)
志賀男子部長が対話拡大に率先する調布総区の友を激励(1月30日、調布文化会館で)

 恩師・戸田先生の願業である75万世帯の実現へ、池田先生が当時の支部における弘教の限界を打ち破った「二月闘争」から65周年。師の構想実現のため、弟子はいかに戦い、勝ったのか。その行動に学ぶ。

 1951年(昭和26年)5月3日、戸田先生は会長就任式で宣言した。
 「私が生きている間に、75万世帯の折伏は、私の手でいたします」
 当時の会員数は約3000人。“戸田先生は、うんと長生きされるのだろう”と考える幹部もいたほど、「75万世帯の折伏」を、ほとんどの人が“夢物語”と受け止めたのである。
 実際、広布は遅々として進まず、その年の12月の拡大は、全国で466世帯。このままでは、75万の達成には、100年以上もかかってしまう――。
 年が明けた52年(同27年)1月、戸田先生は叫んだ。
 「『雁行進』は、今月をもって、一切、打ち切りとする!」
 雁は、横一列の編隊を組んで飛ぶ鳥である。横一線で、お互いが張り合っているのであれば、勢いも出るだろう。だが、馴れ合いになれば、惰性に陥るだけだ。
 戸田先生は、「驀進あるのみ」と訴え、24歳の池田先生を蒲田支部の支部幹事に任命した。
 闘争に臨む覚悟を、池田先生はつづっている。
 「戸田先生が広布の大師匠として立たれた今、いったい誰が『戸田先生! 戸田先生!』と叫び抜いて、真実の『師弟不二の道』を示すのか」
 「創価の師弟に流れ通う『絶対勝利の血脈』を、学会総体にみなぎらせるのだ」
 「師と共に」「師のために」――この弟子の決定した一念こそ、一切の戦いの根本であることを、池田先生は、「二月闘争」で示したのである。
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 「二月闘争」で、池田先生は現在の「ブロック」に当たる「組」に焦点を当て、「組2世帯の弘教」という明確な目標を掲げた。
 組には入会から日の浅い友もいた。組中心の戦いに対して、“できるわけがない”と言いだすリーダーまでいた。
 だが、組単位の活動は、戸田先生の構想である。組中心の活動が軌道に乗るのか、停滞するのか――。
 それは、師の広布の構想を実現する戦いであり、今後の学会の命運を決する試金石でもあった。
 池田先生は「新しい人」を信じた。「新しい人」には、「新しい力」があるからだ。同志の勇気を鼓舞し、自ら広布の最前線に飛び込んで励ましを送っていった。
 率先の行動を起こし、同志と共に動き、共に語りながら、先生は「二月闘争」で、三つの具体的な取り組みを展開した。
 1点目は「祈りから始める」ということである。
 先生は会合が始まる前に会場に到着し、必ず御本尊の前に座った。その姿を、蒲田支部の友は模範とした。祈りから出発することが、伝統となった。
 2点目は「近隣を大切にする」である。
 先生は当時、大田区内の「青葉荘」というアパートに住んでいた。近隣に爽やかにあいさつをし、時には子どもたちと、一緒に遊んだこともあった。
 やがて、自らの部屋で開いた座談会に、隣近所の人たちが参加するように。入会する人も出た。
 3点目は「体験を語る」。
 先生は青年に、信仰体験を持つ壮年・婦人と一緒に対話に歩くよう訴えた。それは、「各部一体の団結」の先駆けであった。
 また、自らの体験を語りながら、同席した友にも、体験や教学の基本を語るよう促すこともあった。その中で、皆が自信と確信を深めていったのである。
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 「二月闘争」の勝利は、2月だけに終わらなかった。蒲田支部は“三月闘争”“四月闘争”も勝ち、その後も連続勝利の歴史を刻んだ。
 その勢いは、四国や九州、東北、北海道など、全国に波及していった。「二月闘争」によって、恩師の願業実現への突破口が開かれたのである。
 「二月闘争」とは、「壁を破る」先駆の戦いである。その精神は今、世界広布新時代を担う青年にも受け継がれている。
 野中正博さん(東京・大田総区、区男子部主任部長)は、祖父と母が「二月闘争」の折に入会した。
 9年前、条件のいい職場へ転職を勝ち取った。それまでは、仕事が多忙で、学会活動への参加は難しかったが、転職を機に、挑戦を開始。弘教も実らせた。
 一昨年12月、先生が大田池田文化会館を訪問した。師の激励に応えようと、大田総区男子部は昨年2月、訪問激励に率先。翌月の記念総会を、1200人の男子部の陣列で飾った。野中さんも、師の青春の故郷で、人材の拡大に奔走した。
 野中さんは現在、区牙城会委員長としても奮闘。「学会厳護」の使命に燃え、同志の激励に駆ける。
 桑田啓子さん(同、総区女子部主任部長)の原点は、「二月闘争」50周年の時。この時、初めて友人を入会に導いた。
 「“勝ってこその信心”。それが『二月闘争』の精神ということを教わりました」
 祖母は、「二月闘争」の火ぶたを切った、鵜の木三丁目の集会所の「緊急組長会」に出席。「201世帯目」の弘教を実らせた。
 緊急組長会で、池田先生は“戸田先生の誕生月を広布拡大でお祝いしよう”と語った。その心に、皆が呼吸を合わせたことが、「壁を破る」拡大を成し遂げた原動力となった。
 桑田さんも今、“先生と共に”との心で、仲良き華陽姉妹と、地域で対話の花を咲かせている。
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 「二月闘争」の魂は今、世界の友にも広がっている。
 昨年2月、インド創価学会(BSG)では、「カマタ(蒲田)キャンペーン」と題し、各地区で「二月闘争」を研さん。
 友の心は勇気でみなぎり、対話に躊躇していたメンバーも歓喜をもって弘教に飛び出した。皆に「アイ アム シンイチ・ヤマモト(私は山本伸一だ)!」との決意があふれた。
 時を同じくして取り組んだのが、「黄金地区」の達成である。
 その内容は、地区で①1回の地区座談会に16人の新来者が参加②1カ月で60人の訪問激励を行う、というもの。
 これまでにない戦いだったが、1000を超える地区が黄金地区を達成し、BSGは15万5000人の陣列を築き上げた。
 75万世帯の達成へ、さらには今日の世界広布への「驀進」の原動力となった「二月闘争」。池田先生はつづっている。
 「学会員は皆、偉大な菩薩である。ひとたび使命を自覚するならば、必ず第一級の広布の闘士として、本領を発揮できないわけがない。破れぬ壁など、断じてないのである」

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 社会で輝く女性取締役


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