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2017年1月

2017年1月31日 (火)

2017年1月31日(火)の聖教

2017年1月31日(火)の聖教

◆わが友に贈る


体調管理を賢明に!
流感 (インフルエンザ)にも十分注意し
疲れをためない工夫を。
豊かな智慧と生命力で
健康を勝ち取れ!

◆名字の言


  携帯電話の待ち受け画面は、空のアイスクリームのカップを写した画像だった。不思議に思い、その理由を持ち主の婦人部員に聞いた▼小学生だった息子が遠足に行く日の朝、彼女は体調を崩して寝込んでいた。それでも弁当を作り、送り出した。お土産に、と息子は母の大好きなアイスクリームを買う。だが、持ち帰った時には溶けきっていた▼「おっちょこちょいな、わが子らしい」と述懐する婦人は泣き笑い。以来、そのカップを大事にとってあるという。婦人が宝のように大切にしているのは、息子の「優しい気持ち」だろう。今や立派な青年になった“息子”は、母の隣で照れ笑い。周囲も親思いの彼をたたえた▼ある仏法説話を思い出す。道端で、徳勝童子、無勝童子という2人の子どもが土遊びをしていると、釈尊が弟子を連れて通り掛かった。2人が、実際には食べられない土の餅を供養すると、釈尊はほほ笑み、受け取った。その功徳で徳勝童子は、後にアショカ大王として生まれた。純粋な真心は大功徳に結実する、との教えである▼御書に「凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり」(1596ページ)と。だれかのために尽くそうという「心」「志」が、福徳あふれる人生を開くと確信し、今日を前進したい。(城)


◆〈寸鉄〉 2017年1月31日

 「
悪縁に遇えば迷と成り
 善縁に遇えば悟と成る

 御書。生涯、仏勅の学会と
      ◇
 
大変な所、人が嫌がる所
 でうんと戦うのだ
―戸田
 先生。苦難は青春の誉れ
      ◇
 
常に心の窓を開けておけ
 ―偉人。幹部は友の変化
 見逃すな。激励は迅速に
      ◇
 
脳が最も働くのは起きて
 3時間
―脳科学者。朝を
 価値的に。多忙な時ほど
      ◇
 試しのはずが定期購入―
 
通販の問題急増。契約前
 に確認。落とし穴見抜け

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十五
 
 


 山本伸一が中国の留学生と友誼の糸を紡いだ前日の四月八日、故・周恩来総理の夫人で、中国の全国人民代表大会(略称・全人代)常務委員会副委員長である鄧穎超が来日した。彼女は衆参両院議長の招待で、全人代代表団の団長として日本を訪問したのである。
 九日には、衆参両院議長、大平首相と会談したのをはじめ、天皇陛下との会見など、七十五歳にして次々と精力的に行事をこなしていった。
 伸一は、十二日午後三時半、東京・港区元赤坂の迎賓館で約七カ月ぶりに鄧穎超と再会したのである
 前年九月、第四次訪中の折、彼は二度にわたって彼女と語り合う機会を得た。その折、訪日の意向を尋ねると、「周恩来も桜が好きでしたので、桜の一番美しい、満開の時に行きたいと思います」とのことであった。
 ようやく実現した日本訪問であったが、あいにく東京は、既に桜の季節が終わってしまった。伸一は、ささやかではあるが、桜の風情を楽しんでもらいたいと、東北から八重桜を取り寄せ、迎賓館に届けてもらった。彼女は、大層、喜んでくれたという。
 その桜は、会談の会場である迎賓館の「朝日の間」に美しく生けられていた。
 この日の出席者には、団長の鄧穎超のほか、周総理との会見で通訳を務めた全人代常務委員の林麗韞、中国仏教協会の責任者である趙樸初副会長らの懐かしい姿もあった。
 鄧穎超は、声を弾ませて語った。
 「私の方から、あいさつに伺わなければならないのに、こちらに来ていただいて申し訳ありません
 人を思う真心は、気遣いの言動となり、それが心の結合をもたらす。
 伸一は恐縮しつつ、歓迎の言葉を述べた。
 「お元気で何よりです。遠路はるばると、ようこそ日本においでくださいました。お迎えできて、心から嬉しく思っております。
 鄧先生の訪日は、春の桜の匂うがごとく、歴史に薫り残ることになるでしょう」

【聖教ニュース】

◆中国・蘇州大学に池田大作研究会が発足 2017年1月31日
羅教授 先駆者の哲学を学び広げたい
“池田文庫”も開設

            
蘇州大学の敬文書院に誕生した「池田大作中日友好思想研究会」。教職員、学生らが記念のカメラに
蘇州大学の敬文書院に誕生した「池田大作中日友好思想研究会」。教職員、学生らが記念のカメラに

 中国東部・江蘇省に立つ蘇州大学の敬文書院に、「池田大作中日友好思想研究会」が発足した
 創立117年の歴史を誇り、約5万人の英才が学ぶ蘇州大学は、国家重点大学に指定される、中国最高峰の総合大学の一つである。
 2001年には、中国の学術界に与えた影響と東西文明の交流促進への貢献をたたえ、池田大作先生に「名誉教授」称号を授与している。
 敬文書院は、香港の慈善事業家であった朱敬文氏の理念を実践する全寮制の学びやで、有為の人材を国内外へ輩出し続けている。
 同院の院長を務める羅時進教授は、日本での滞在経験もあり、かねて池田先生の平和運動に深い共感を寄せてきた。池田先生の調和と共生の哲学と、周恩来総理をはじめ先人が築いてきた中日友好の歴史を、未来を担う青年たちに伝え、継承していきたいとの強い思いから、研究会の設立に至った。
 4日に行われた開設式では、初めに羅教授があいさつ。池田先生の「日中国交正常化提言」(1968年)に触れ、「池田先生は中日の友誼の使者であり、国交正常化以前の“氷を砕く旅”の先駆者でありました」と紹介した。
 また、歴代の指導者らと重ねてきた友誼の交流に言及し、「私たちには池田先生が提唱されてきた両国友好の思想を、民間レベルで一段と広げていく義務があります」と力を込めた。
 さらに、参加した学生たちに向け、複雑化する時代にあって調和と共生の哲学を育むために、イギリスの歴史家トインビー博士をはじめ、世界の識者と池田先生との対談集を読み深めていってほしいと呼び掛けた。
 この日、同院に「池田大作文庫」も設置された。

◆〈季節の詩〉 北海道・美瑛町 サンピラー

 


 夜明け前の静寂ゆえか。まるで時が止まっているかのようだ。
 吐息も、樹木も、空さえも、全てが凍てつく北海道・美瑛町。やがて、望むは遠く、白雪の山あいから朝日が昇る。空気中の氷晶が、輝き、舞う。
 午前8時。目の前に、一本の“光の柱”が現れた。カメラのファインダーをのぞくと、宝石にも似た氷の粒が、光を散らしているのが分かる。時間とともに、柱は、少しずつ伸びていく。太陽に向かって、空へ、空へと――。
 その名も「サンピラー(太陽柱)」。氷点下20度前後、高湿度、無風、晴天の朝、等々の条件がそろわなければ、見られない。天の芸術と言うべきか。
 北国の同志を思う。風雪に耐え、自らが太陽となって友を照らす、無数の“励ましの芸術家”の姿を。地域の希望の柱たる人材が今、陸続と立ち上がっている。(24日=上沢尚之記者撮影)

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誉れの学園 世界市民を育む創価教育〉  第8回 貢献の志
 誠実貫く「美しい生き方」

          
雪かきをしていた生徒、居合わせた役員の生徒らと共に、記念のカメラに納まる創立者・池田先生(1983年2月17日、東京・創価学園の栄光橋で)。当時を知る卒業生は述懐する。「“花びら”のようにひらひらと舞う雪と、先生の温もりあふれるまなざしを、今も鮮明に覚えています」と
雪かきをしていた生徒、居合わせた役員の生徒らと共に、記念のカメラに納まる創立者・池田先生(1983年2月17日、東京・創価学園の栄光橋で)。当時を知る卒業生は述懐する。「“花びら”のようにひらひらと舞う雪と、先生の温もりあふれるまなざしを、今も鮮明に覚えています」と

 深々と、雪が降り積もっていた。
 早朝4時、30人ほどの学園生が静寂に包まれた雪道を歩く。誓球寮に住む東京・創価学園(小平市)の硬式野球部の生徒だ。
 夜明け前の町。吐息は白く、寒風は身を刺すように冷たい。生徒が向かったのは、寮の近くにある東大和市駅。その周りで、黙々と「雪かき」を始めた。
 通勤・通学ラッシュの時間が来る前に、雪を除き、歩道を確保しよう――練習で鍛えた体を懸命に動かす。主将は語った。
 「いつも応援し、支えてくださる地域の方々に、少しでも恩返しができたらとの思いで、寮生全員で取り組んでいます」
 朝6時を過ぎ、活気づく町。行き交う人々から、「いつもありがとね」「助かるよ」と、ねぎらいの声が掛かる。
 学園野球部の雪かきは、誓球寮が鷹の台にあった時から、30年以上の伝統があり、東大和市からは4度、表彰されている。
 その健気な行動を、創立者・池田先生は「偉いね」「うれしいね」と、たたえる。「みんな風邪をひかないように」と、全員に温かい飲み物を贈ることもあった。

 「雪か。雪もいいな。天からの便りだよ」
 東京の創価学園を訪れた池田先生は冬空を見上げ、そうつぶやいた。1983年(昭和58年)2月17日のことである。
 栄光橋の付近には、雪かきをする生徒たちがいた。その姿を見つけた先生は、「そこで雪かきをしている人たち、こっちに来なさい」「記念撮影しよう!」と。
 雪まじりの風が吹く中、先生は傘も差さず、生徒を励ました。「寒かっただろう」「みんな、本当にありがとう」
 卒業後も見守る。22年後、先生は当時の出会いを随筆に記し、彼らに句を詠んだ。
 「忘れまじ 君の凜々しき あの姿」
 “雪の原点”を結んだ生徒の中からは、学園の教職員も4人誕生した。今、東西の創価学園、札幌創価幼稚園で、池田先生の心を継ぎ、後進を育てている。
 その中の一人は、こう述懐する。
 「どんな些細なことも、“人のために”と頑張ったことを、池田先生は、誰よりも褒めてくださいました。『特掃』(行事前などに行う校舎内の清掃)や雪かきなどに取り組む中で、自然と、人に貢献しようとする心を磨いてきたのだと思います」
 人のため――その真心を、その献身を、池田先生は見逃さない。常に、人知れぬ努力に光を当て、喝采を送ってきた。
 だからこそ、学園生は労を惜しまない。「人のために」と率先する。学園の仲間と「貢献の心」を磨き、やがて、人生を貫く「志」へと昇華させていくのである
 一方、日本社会では、子どもたちの「思いやり」の低下が危惧されている。原因には、家族間での会話の減少や「自分さえ良ければ」という「大人社会の風潮」などが挙げられている。(文部科学省ウェブサイト)
 ゆえに、世界の知性は、学園生の特性に注目する。米国・マサチューセッツ大学ボストン校のラングリー学事長は、「思いやりにあふれた学園生の振る舞いに、創価教育の真価を見ました」と評した。

 四季を彩る学園の数々の記念行事。その運営は全て、生徒が自発・主体的に行う。
 関西創価中学・高校(大阪・交野市)の「新世紀栄光班(旧・整理班)」は、行事の準備、参加者の整理誘導、清掃や片付けなどに取り組む。班の伝統は、関西校の前身である「創価女子学園」の1期生から、大切に育まれてきた。昨年11月、1期生は、現役の班員に、班の名が入ったジャンパーを贈っている。
 行事の成功を支える重要な役目。だが、決して目立つことはない。それでも、班員たちは「ここが自分を成長させる場所」と、誇らしく胸を張る。
 今、新世紀栄光班には、約500人の生徒が所属。出身者からは、博士、外交官、弁護士、国連機関の職員、企業の取締役ら、社会貢献の人材が多く誕生した。医師になった兄弟もいる。李瑛さんと李悠さんだ。
 二人は、関西高の受験などで、整理誘導を行う班員の姿を見て感動した。笑顔を絶やさず、きびきびと動く姿。優しく声を掛けてくれ、受験の不安が和らいだ。
 「あんな学園生になりたい」――強い憧れを抱いた。瑛さんは27期生、悠さんは34期生として、関西高に合格。国立大学の医学部を目指しつつ、新世紀栄光班で3年間、青春の汗を流した。二人は語る。
 「班の活動を通し、『陰の支え』に感謝できるようになりました」と。今、沖縄の病院に勤務する瑛さんは、「患者さんを支える“背景”を尊重しながら、一人一人に寄り添いたい」と「家庭医」を目指す。
 悠さんもまた、「患者さんの不安を和らげ、笑顔を共有できる医師に」と、大阪で研修医として、奮闘の日々を送る。

 京都大学名誉教授・加藤尚武氏の編著『人間と貢献心』(芙蓉書房出版)では、「貢献心は人間の本能である」との考えが明示されている。「人の役に立ちたい」との思いは万人共通のものである、と。
 であるならばこそ、いかにして、内在する「貢献心」を引き出すか。小学校からの一貫した教育実践が鍵になる。
 東京創価小学校(小平市、国分寺市)では、3年生が近隣の高齢者ケアセンターを訪問。8年前から毎年続けられてきた取り組みで、高齢者の方々との交流を通し、「思いやりの心」を育てている。
 核家族が増える中、祖父母と共に暮らす児童は少ない。そのため、まずは介護などについて学び、センターを2度訪問する。
 1回目の訪問では、児童が高齢者の方々に自己紹介し、いくつか質問をする。
 耳の不自由な方がいた。自分の声が届かず戸惑う児童。次の訪問に向け、どうすればいいか考え、班で話し合った。
 「パズルが好き」というおばあさんがいた。だが、最近は指が思うように動かず、小さなピースは取りづらいという。「おばあさんが疲れずにできるパズルを作りたい」。児童たちは絵を描いた段ボールを切り、大きな“特製パズル”を作った。
 迎えた2度目の訪問。児童たちの姿勢に変化が見られる。椅子に座る高齢者の耳元で話をする児童。高齢者の前にしゃがみ、低い体勢で話す児童。ある女子児童は、折り紙のメダルを贈った。受け取ったおばあさんは、メダルをそっと胸元に。「最高のメダルだね」とほほ笑んだ。
 児童たちが書いた感想。その多くには、「おじいさん、おばあさんが、えがおになって、とてもうれしかった」とあった。
 児童の変容を、教員はこう分析する。
 「最初、児童の心には、『自分たちが学ぼう、楽しもう』という思いがあります。でも、高齢者の方々と触れ合う中で、『何とかして皆さんに喜んでもらいたい』との思いが芽生えます。相手の方の趣味や状況を考え、児童同士でアイデアを出し合う中で、他者意識が育っていくのです」
 学園生が発揮する豊かな「貢献の心」。それは一朝一夕に育まれるものではない。小学校から高校までの創価一貫教育の取り組み、地道な日々の実践、その努力をたたえる池田先生の励ましがあるからこそ、「人のために」との姿勢が身に付く。
 かつて、先生は、学園生に呼び掛けた。
 「誰が見ていようが見ていまいが、自ら決めた道を歩み続ける。この『誠実』を貫き、『誓い』を果たしゆく行動のなかに、人間として最高に美しい生き方がある」
 称賛がなくてもいい。今、目の前にいる「一人」のために。真心込めて誠実に――青春の誓いに生きる学園生の姿を、卒業生の奮闘を、池田先生は見守っている。

池田先生の指針


 どんな人生を生きるのも自由ですが、ただ自分の生きがいとして、社会のために何らかの貢献をしようという進歩だけは忘れてはならない。
 不幸な人、悩める人など、庶民の味方になっていただきたいのです。本質を見て、正義の思考と指針を持った指導者になってください。
 どんなに知性があっても、優秀な頭脳の持ち主でも、そのなかに福運がなければ、人のため、社会のために貢献できない場合があります。空転したり、ニヒリズムに陥ったりしてしまうことがあるのです。
 全体人間となるための福運をどのようにつけるか、これを生涯の課題として、お互いに励まし合い、仲良く頑張っていただきたい。
 〈1972年3月18日第2回創価高校卒業記念謝恩会〉
 ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 かむ力を維持し若々しい日々
 


 現代は情報化社会。インターネットの発達により私たちを取り巻く日常には、ものすごい量の情報が氾濫しています。
【信仰体験】

◆〈信仰体験 ブラボーわが人生〉第26回 心の長者は91歳

 題目は打ち出の小づち

2017年1月30日 (月)

2017年1月30日(月)の聖教

2017年1月30日(月)の聖教

◆今週のことば

我らの伝統の2月!
最前線の心通う対話から
壁を破るパワーが。
祈りと勇気の拡大で
「今生人界の思出」を!

◆名字の言


  四国の高知と東北の秋田。距離は遠く離れているが、広布史をたどると一つのルーツに行き着く。「蒲田支部」だ▼「二月闘争」から1年後の1953年(昭和28年)2月、蒲田支部のメンバーの対話によって、四国初の学会員が高知に誕生。当初、蒲田支部に所属していた高知は、その後、大阪支部に編成された。56年(同31年)の「大阪の戦い」にも高知の友は勇んで参加した▼一方の秋田は草創期、蒲田支部矢口地区に所属。「二月闘争」から2年後の54年(同29年)に、約800世帯の陣容で秋田大班が結成され、56年には秋田支部が誕生した。翌年、全国3位の弘教を達成し、“広宣流布の「日本海の雄」ここにあり”と、全国の同志を驚嘆させた▼この事実こそ、池田先生の「二月闘争」が、恩師・戸田先生の誓願であった75万世帯達成への突破口となった証明である。御書に「
竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046ページ)とある通り、「201世帯の弘教」という限界突破の拡大は、蒲田支部から全国に飛び火し、「壁を破る」学会の伝統となった▼「二月闘争」は、一人から一人へ、訪問激励によって友の心を動かす“決意の共鳴”から始まった。時代が変わろうとも、この「勝利の方程式」は不変である。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年1月30日
 

 「
日輪と星との光くらべ
 のごとし
」御書。混迷の今
 こそ地域に希望の哲学を
      ◇
 
偉大な弟子をもつことは
 最高に嬉しい
―戸田先生
 池田門下の本領発揮の時
      ◇
 「
目標を明確に」が勝利の
 一歩。決意語らう協議会
 から団結固く広布へ前進
      ◇
 外国人労働者、100万人超
 と。差異から学び合う心
 を。国際社会築く契機に
      ◇
 上司と部下の会話減少―
 パワハラの温床と。まず
 挨拶。職場も小事が大事

◆社説  東洋哲学研究所創立55年  仏法の人間主義の思想を世界へ


 1962年(昭和37年)1月27日に東洋哲学研究所(以下「東哲」)が設立されてから、55年の月日が流れた。
 
 東哲の淵源は、前年の61年(同36年)2月4日、仏教発祥の地であるインドのブッダガヤを訪問した創立者・池田先生の設立構想にある
 「法華経を中心に研究を重ね、仏法の人間主義、平和主義を世界に展開していける人材を育む必要がある。それらをふまえ、東洋の哲学、文化、民族の研究機関を設立していきたい」――この先生の構想を原点に、東哲は仏教研究を中心に着実な成果を上げていく
 特に、法華経の文献学的、歴史的、思想・哲学的研究と、世界のあらゆる思想・宗教・文明との対話推進において大きな業績が成し遂げられてきた。
 2006年よりスタートした「法華経――平和と共生のメッセージ」展は、インド、ネパールをはじめ、韓国、マレーシア、欧州、南米など、世界14カ国・地域で開催され、60万人が観賞に訪れている。
 創価学会の委託を受けた法華経写本シリーズの刊行は「ネパール系」「中央アジア系」「ギルギット系」の主要3系統、16点にわたり、初期大乗仏教研究の基礎を固めていった。そして東哲の学術交流協定は、7カ国・9の世界的研究機関と結ばれ、主な共同シンポジウムは2000年以降、10カ国・18の機関と行われた。
 さらに、研究の成果を広く社会に還元するため、さまざまな出版活動を続けている。設立以来、刊行している機関誌「東洋学術研究」は現在までに177号に至り、アルゼンチンのノーベル平和賞受賞者エスキベル博士など、各国の識者・指導者と先生との対談集も「文明間対話シリーズ」として7冊刊行されている。
 アメリカ・デンバー大学のベッド・ナンダ教授は、こうした東哲の展示や会議、出版などの諸活動に対し、「大変に貴重であり、実際に触れた人に有益であるのはもちろんですが、それにとどまることなく、研究所で生まれ、育まれた知恵が広まることによって、世界の文化に寄与しているのです」と述べている。
 現代社会には、核兵器の問題や、相次ぐ紛争、経済格差など、多くの問題が山積している。これらの人類が直面している重大な課題を克服するため、東哲が、人類のための英知を探究し、より広く多様な世界とつながり、仏法の人間主義、平和主義を広げていくことに一段と期待したい。

◆きょうの発心  信心根本に一家の宿命を転換 2017年1月30日

御文
 我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。

 いかなる難があっても疑うことなく信心を貫けば、成仏の境涯を得られると仰せです。  真面目に信心に励む両親のもと、高校まで三重県で過ごし、創価大学に進学。入学後、父がリストラを機に精神疾患を患い、2人の姉は原因不明の病やけがに侵されるなど、家族に宿命の嵐が吹き荒れました。
 そんな中、男子寮の全寮代表を務めていた2000年(平成12年)4月14日の朝、寮を訪問された池田先生とお会いし、大激励をしていただきました。この御文を胸に、信心根本で一切を乗り越えていこうと固く心に誓いました。
 同志の温かな励ましにも支えられ、卒業後は本部職員として地元・中部へ。学生部・男子部で対話拡大に挑戦する中、父と姉たちは、次々と苦難を打開し、社会へ復帰。一家で宿命転換の体験をつかみました。
 広宣流布大誓堂完成5周年の明年は、中部広布65周年の佳節でもあります。「絶対勝利の一番星」との中部男子部スローガンの通り、中部男子部が先頭に立って、人材を輩出し、「堅塁中部」の名のごとき金城鉄壁の団結で、師の期待に必ず応えてまいります。
中部男子部長 近藤正樹

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   二十四

 


 山本伸一は、中国の留学生たちに言った。
 「皆さんの入学を記念して、一緒に写真を撮りましょう」
 彼は、四人の留学生、引率してきた在日中国大使館の関係者と共にカメラに納まった。そして、皆と握手を交わし、語らいながら歩き始めた。
 「これからは、ここが皆さんの母校です。わからないことがあったら、遠慮せずに、教員や学生に相談してください。
 先輩にあたる一期生も、二期生も、真剣に勉強し、立派に成長して、巣立っていきました。皆さんも負けずに頑張ってください。
 皆さんの双肩に、中国と日本の未来がかかっています。皆さんが学んだ分だけ、中国の日本への理解は深まります。皆さんが交流を結んだ分だけ、日本の中国への理解は深まります。ともどもに平和の“金の懸け橋”を守り、築いていきましょう
 留学生は、目を輝かせ、頷きながら、伸一の話を聞いていた。
 玄関ロビーを出てブロンズ像の前まで来ると、伸一たちの姿を見て、創大生が集まってきた。
 彼は学生たちに、留学生を紹介した。
 「中国からの三期目となる留学生が到着しました。みんなで学生歌を歌って歓迎してはどうだろうか」
 この提案を受けて、学生たちはすぐにスクラムを組んだ。留学生もその輪に加わった。
 元気な歌声が、春の夜空に響いた。
  
 〽 紅群れ咲く つつじの丘を……
  
 創立者も、学長も、力の限り手拍子を打つ。スクラムが右に左に揺れ、熱唱が一つにとけ合い、天に舞う。
 伸一は、日中友好の未来を思い描いた。平和へと続く希望の灯を見た。青年たちの交流の姿は、明日の世界の平和図を映し出す。
 留学生たちにとっては、深い思い出を刻む“創大生第一日”となったにちがいない。

【聖教ニュース】

◆男子部 創価班・牙城会大学校が入卒式 
 君よ 青春勝利の歴史を築け

            
東京(23区)創価班大学校の入卒式では、角田委員長、永井東京委員長、松田同大学校事務局長が登壇。2015年に入会した神橋清二さん(41期)が、昨年弘教を実らせた喜びを語った(東京戸田記念講堂で)
東京(23区)創価班大学校の入卒式では、角田委員長、永井東京委員長、松田同大学校事務局長が登壇。2015年に入会した神橋清二さん(41期)が、昨年弘教を実らせた喜びを語った(東京戸田記念講堂で)

 男子部の創価班大学校40・41期生、牙城会新世紀大学校16・17期生の入卒式が28、29の両日、各地で開かれた。これには池田大作先生がメッセージを贈り、厳護の使命を担う創価班、牙城会の奮闘をたたえ、全員が青春勝利の歴史をと望んだ
 どの会場でも、活動報告に大喝采が!――東京(23区)の会合は29日、それぞれ巣鴨の東京戸田記念講堂で。
 創価班の奥野哲史さん(40期)は昨年、髙城裕二郎さんに仏法対話した。教学部任用試験に向けた研さんを通して、学会への理解を深めた髙城さんは晴れて入会し、このたび大学校41期生に。2人は共に鍛えの道を進む。
 牙城会の坪松直哉さん(16期)は2年前の入会。設立した会社の経営難に苦しんでいた時だった。大学校で折伏に挑戦し、2人に弘教。事業も軌道に乗るように。「祈りとして叶わざるなし」の信心でさらに前進を誓う。
 両会合で、谷川主任副会長は、師の期待を胸に新しい決意で勝利の実証をと述べ、志賀男子部長が励ました。
 第2総東京の集いは同日、それぞれ府中文化会館で意気高く。
 創価班の富山晃樹さん(40期)は、1年間で70人を超える友人と仏縁を結び、2人の友を入会に導いた。プロのミュージシャンを目指し、活躍の場を世界に広げるなど、社会でも実証を示す様子を力強く語った。
 牙城会の石原修平さん(16期)は内気な性格を変えたいと必死に祈り、折伏に挑んだ。昨年、2人に弘教を結実。周囲から「積極的になった」と言われるように。石原さんは信仰の喜びを報告した。
 両会合には、多田第2総東京男子部長が登壇し、友を励ました。
 また、北陸創価班(石川平和会館)は28日、本郷誠さん(41期)と野坂健朗さん(40期)が、同牙城会(富山文化会館)は29日、橋元宗太郎さん(16期)と柴山泰輔さん(県副委員長)が活動報告した。
 総新潟の創価班・牙城会(新潟池田文化会館)は同日、牙城会の熊谷建二さん(16期)と創価班の今井翔太さん(41期)が、総長野の創価班・牙城会(松本平和会館)も同日、創価班の本道貴文さん(41期)が青年拡大への決意を述べた。

◆米ハーバード大学でシンポジウム 2017年1月30日
人道活動における宗教の貢献を討議 SGIが登壇

SGIの発表に対しては、「励ましや寄り添いなど、独自の視点からの興味深い発表でした」などのコメントが寄せられた(20日、ハーバード大学で)
SGIの発表に対しては、「励ましや寄り添いなど、独自の視点からの興味深い発表でした」などのコメントが寄せられた(20日、ハーバード大学で)

 米国ハーバード大学の神学大学院が主催するシンポジウム「人道活動における宗教」が19、20の両日、マサチューセッツ州ケンブリッジ市の同大学で開催され、SGI(創価学会インタナショナル)の代表が招へいを受け、参加した。
 同会議は、人道支援活動において宗教がいかなる役割を果たすかを探るもの。
 テーマ別の討議のうち、「自然災害」に関する回(20日)では、SGI平和運動プロジェクトの浅井副部長が登壇。東日本大震災などにおける学会の支援活動を概説した。
 創価学会は日常の人々のつながりを生かした支援を展開してきたと言及。また、東日本大震災の折、池田先生が“「心の財」だけは絶対に壊されない”とのメッセージを寄せたことに触れ、信仰をもとにした励ましが人の内面に備わる力を引き出し、多くの人が「支援される側」から「支援する側」になり、行動を起こしてきたエピソードを紹介した

◆〈地域を歩く〉 長崎県・島原半島 わが地の未来を創ろう

長崎・島原半島から望む朝日。空も海も鮮やかに染めながら、赫々と昇りゆく
  長崎・島原半島から望む朝日。空も海も鮮やかに染めながら、赫々と昇りゆく

 今月、「成人の日」を迎えた新成人は123万人。昨年より2万人増えたそうだが、1995年以降、その数は減少傾向にある
 雲仙岳がそびえ、海に囲まれた長崎県の島原半島の3市(雲仙市、島原市、南島原市)は、若者が帰省する正月3・4日に成人式を行った。
 人口減。若者減。だからこそ、一人の青年を大切にすることが、地域の未来を創ることである。
 本年は「世界広布新時代 青年拡大の年」。拡大とは「一人」を徹して励ますこと――島原の友は、そう決めて地域に尽くしてきた。
 例えば、榊原啓さん(先駆長=ブロック長)。スクールカウンセラーとして若者の悩みに耳を傾ける一方、学会では青年部員への訪問激励に力を入れている。
 榊原さん自身、高校時代は、いじめに遭い不登校を経験した。大学で、同級生の平野淳二さん(支部長)に勧められて信心を始めた。経済的に苦しい時や就職活動に励んでいる時、地区の同志が、自分のために勤行会を開催してくれた。
 榊原さんは、アメリカでカウンセリングを学び、日本人学校の副校長などを務め、10年ほど前に島原市に帰ってきた。
 「一度は人生を諦めかけた自分でさえ、仏法に巡りあい、多くの人の励ましを受けて、アメリカでもやっていくことができました。人の可能性って、分からないですよね。ましてや青年は」
 優しく笑みを浮かべながら、榊原さんが一人の青年を紹介してくれた。
【先生のメッセージ・特集記事】

◆チョウドリ元国連事務次長から1・2祝賀のメッセージ
 対話を通して平和を建設 
 池田会長の行動こそ人類の希望

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉5 「伝統の2月」が開幕!
 報恩の心で広布拡大の突破口を
 「SGI提言」に各界が注目
 
 
二月闘争の舞台となった大田の地で開催された東京(23区)男子部の幹部会(21日)。世界広布新時代の青年拡大の二月闘争を、勇敢に朗らかに!――それが自身の永遠の誉れとなる
二月闘争の舞台となった大田の地で開催された東京(23区)男子部の幹部会(21日)。世界広布新時代の青年拡大の二月闘争を、勇敢に朗らかに!――それが自身の永遠の誉
れとなる

 清水 池田先生は本年も「SGIの日」記念提言を発表してくださいました。
 原田 「人類社会に対する渾身の提言」(日本ユネスコ協会連盟・米田伸次理事)等と、識者から高く評価されています。本年のタイトルは、「希望の暁鐘 青年の大連帯」。米ロ首脳会談を早期に開催し、緊張緩和と核軍縮の流れをつくり出すことを提唱するなど、国内外から注目されています
 清水 毎年、新聞各紙、ラジオなどで報道され、各国のオンラインメディアでも掲載されていますね。
 長谷川 インドでは、各界の識者が出席し、SGI提言を巡るシンポジウムが活発に開催されています。
 竹岡 戸田先生の「原水爆禁止宣言」から60周年となる本年の提言で、先生は、「青年」に光を当てられました。若い世代が、“自分が行動したところで何も変わらない”との無力感を打ち払い、「今ここにいる自分だからこそ、果たせる使命がある」と意欲的に行動することの大切さを訴えられたのです。
 清水 私が心に刻んだのは、「課題に立ち向かう挑戦の中に分かち合う喜びがあり、希望があると信じるからこそ前に進んでいく」との指針です。SGIの平和・文化・教育の運動が、これだけ世界に広がった理由でもあると思います。
 竹岡 国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現へ、青年部も真剣に取り組んでまいります。

「一人」との語らい


 永石 いよいよ「伝統の2月」の開幕を迎えます
 長谷川 今から65年前の「二月闘争」の時、池田先生は、24歳の青年でした。
 永石 思うように進まない広布の未来を憂慮された戸田先生の英断で、若き池田先生が、蒲田支部の支部幹事に登用されたのですね。その戸田先生の真情を、先日の随筆には「希望の突破口を開く使命を青年に託してくださった」と綴られていました。
 長谷川 周囲は年上ばかり。けれども、池田先生の真剣さに心を打たれ、多くの同志が立ち上がります。
 永石 この時、先生の胸に去来していた思いは、“戸田先生の指導のおかげで、今の私たちがあり、信心に巡り合えた”という感謝でした。その恩返しのため、戸田先生の誕生の月・2月に、広宣流布の拡大の金字塔を打ち立てましょうと訴えられたのです
 清水 御書に、「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり」「師弟相違せばなに事も成べからず」(900ページ)と仰せです。
 原田 広宣流布の戦いにあって、「師恩にお応えしてみせる」「師匠に喜んでいただくのだ!」――この「師弟」という一点に徹し抜く時、いかなる壁も打ち破る力が生まれます。
 長谷川 先生は、決意を語られるだけでなく、「行動」を貫きました。“立場や口先や要領で、人が動くはずがない。人を真剣にさせるものは、虚栄も気取りも捨てた、自分の真剣さ以外には絶対にない”と。
 原田 最前線で奮闘するリーダーをはじめ、一人一人を励まして歩き、さらに座談会等に出席できない方々のもとにも、小まめに足を運ばれます。「一回の座談会、一軒の個人指導、一通の激励の手紙……すべてが私の主戦場と思って真剣に取り組んだ」と述懐されている通りです。
 竹岡 こうした行動の積み重ねが、それまでの広布拡大の壁を大きく打ち破る原動力となったのですね。
 原田 そうです。ゆえに私たちは、ゆめゆめ忘れてはなりません。未曽有の拡大も、一人と会い、共に祈り動くという、最も地道な活動からであったことを。
 
 先生は、「『広宣流布』は、一人の『人間革命』から始まる。決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この『一対一』の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である」と教えてくださっています

対話の模範を示す


 永石 また、二月闘争について、先生は、「学会の歴史において、これこそ、青年が大先頭に躍り出て、壮年・婦人と一体で戦い、実質的に広布拡大を牽引した初陣であった」と言われたことがあります。
 竹岡 学会の前進の突破口を開いた二月闘争は、「青年拡大」の原点といえるわけですね。「青年拡大の年」であり、二月闘争65周年の本年だからこそ、まず私自身が深く胸に刻み、実践してまいります。
 原田 「青年を先頭に」というのは、もちろん、「青年だけにやらせよう」とか「青年を動かそう」ということではありません。
 先輩である壮年・婦人が自ら、青年の模範となる対話拡大に挑む。青年の心意気で、青年と一緒に、拡大に挑戦する。その中でこそ、拡大のうねりが起こり、次代を担う青年も大きく成長していくのです。
 長谷川 今、この時に生まれ合わせた青年部・未来部こそ、創価学会を永遠に盤石ならしめる、使命深き大事な人材です。壮年・婦人が先頭に立って動き、その姿をもって、後継の青年たちを育んでいきたい。
 原田 先生は綴られました。「私の心には今も“二十四歳の青年”の大情熱が燃え盛っている。青年と共に、青年の心で壁を破り、広布拡大に生き抜くのが、青年学会の永遠の伝統である」と。希有の大師匠である池田先生と共に歩めることを最大の誇りとし、自らが人間革命の実証を示し、前進していきましょう。

◆2月の広布史 2017年1月30日

◎「二月闘争」
 1952年(昭和27年)2月、当時24歳だった池田先生が、蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、当時の支部の限界を打ち破る「201世帯」の弘教を達成。本年で65周年となる。最前線の組織単位である「組」(現在のブロック)に焦点を当て、第2代会長の戸田先生の誕生月を、拡大の金字塔で荘厳した。
 ※参考資料=小説『人間革命』第5巻「驀進」、『新・人間革命』第3巻「平和の光」
 

 ◎2・11「戸田城聖先生誕生日」
 戸田先生は、1900年(明治33年)2月11日、現在の石川県加賀市塩屋町で生まれた。
 苦学して北海道の小学校教員となり、19歳で上京。初代会長の牧口先生に出会い、牧口先生と共に創価教育学会(現在の創価学会)を創立した。戦後、学会を再建し、51年(昭和26年)5月3日、第2代会長に就任。57年(同32年)12月には、75万世帯の弘教を達成し、広布の永遠の基盤を築いた。
 ※参考資料=『教学の基礎』『新会員の友のために③』
 
 
◎2・11「戸田記念国際平和研究所」設立
 96年(平成8年)2月11日、戸田先生の生誕96周年を記念し、戸田記念国際平和研究所が発足。世界的な研究者らが、恒久平和への研究を進めている。
 
 
◎2・17「農漁光部の日」
 77年(昭和52年)2月17日、学会本部で開催された農村部(当時)の第1回勤行会を記念して「部の日」が制定された。同部はその後、農漁村部に発展。2011年(平成23年)に農漁光部となった。
 ※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」 

【信仰体験】

◆〈世界の機関紙・誌から〉 韓国SGI 申敬美さん 
 文部科学省の長官表彰3回
 教員生活27年の小学校教諭
  児童の無限の可能性を開きたい

 昨日は弱気になり、“もう自分には、この子たちを変えられない……”と落ち込んでも、翌朝、顔を合わせると、“いや、大丈夫。大事なこの子たちのために頑張ろう。
 

2017年1月29日 (日)

2017年1月29日(日)の聖教

2017年1月29日(日)の聖教

◆わが友に贈る


人生は自己との闘争だ。
戦いがあるから面白い。
悩みや課題があるから
人間革命できるのだ。

楽しく強く進み勝て!

◆名字の言


  ディープ・ラーニング(深層学習)という技術によって、人工知能(AI)は著しい発展を遂げている▼自動運転の車や、会話のできるロボットなどが登場し、日常生活にも変化が起こりつつある。2045年にはAIの知能が人間を超える、との予測もあるが、AIと人間の関係を問う視点を持ち続けたい▼AIはモーツァルトになれますか――音楽学者の岡田暁生さんは最近よくそんな質問をされるという。“モーツァルト風の曲が作れるか”という意味なら「イエス」、“モーツァルト並みの曲が書けるか”なら「ノー」と答えるそうだ(「毎日新聞」16日付夕刊)▼どんな大作曲家の曲にも、独特のパターンがあるから、AIは、パターンなどデータの集積と組み合わせによって“モーツァルトらしい曲”に仕上げることはできる。だが、パターンそのものを生み出し、人々の心を打つ名曲を作ることは、偉大な作曲家、つまり人間にしかできない、と岡田さんは強調する▼AIという存在は、私たちの「人間の証し」について鋭く問い掛ける。物事の善しあしを判断し、新たな価値を創り出すことは、人間にのみなせる業。技術革新とともに、人間が価値創造の知恵を発揮していくならば、生活や社会は真に豊かなものとなるだろう。(朋)


◆〈寸鉄〉 2017年1月29日
 

 
学会の対話運動には人の
 生命を躍動させる魅力が

 ―識者。励ましの声更に
      ◇
 御書「
天晴れぬれば地明
 かなり
」。仏法は苦悩の闇
 晴らす光。断じて信強く
      ◇
 
仏の種を蒔こう。花開く
 事は決まっているのだ

 戸田先生。大確信で語れ
      ◇
 流感には高熱出ない軽症
 もあると。マスク・手洗い               
 励行。
油断なく感染防止
      ◇
 
運転免許取り消しの理由
 ―飲酒が多し。飲んだら
 乗るな。心の隙つくらず

◆社説  65周年迎える「二月闘争」 希望の光送る黄金の師弟共戦譜を


  アメリカ心理学会元会長のセリグマン博士は、日蓮仏法が、人間を受動的な存在ではなく、「自らを主体的に限りなく高めゆく存在である」と説くことに深い共感を示した人間は環境の犠牲者ではなく、環境をも、より良く変えゆく主体者――師弟がつづる黄金の共戦譜は、それを証明してきた。
 1952年(昭和27年)に刻まれた「二月闘争」。今年は65周年の佳節を迎える。蒲田支部は支部幹事であった池田先生の指揮の下、限界を破る201世帯の弘教を達成した。
 師は、二月闘争について記している。「常に膝詰めの語らいであった」「地味で目立たぬ労作業であった。華々しい活動など、何一つなかった。しかし、そのなかで使命に目覚め、立ち上がったメンバーが、新しい拡大の起爆剤となっていったのだ」(小説『新・人間革命』第24巻「人間教育」の章)
 当時、社会はまだ戦後の闇の中にあった。「無縁の(戦争)孤児よ眠れ」「全国188万の未亡人」――新聞記事に残る戦争の爪痕だ。家族を失った子どもや女性の悲しみは深かった。経済苦が覆い、死の病である結核が猛威を振るう。慈善事業を行う団体もあったが、どれも弱者への“施し”に終始していた。
 しかし、創価学会は違った。第2代会長・戸田先生と、若き池田先生は、日蓮仏法の「万人成仏」の法理に基づき、どんな人も仏であり、幸福を獲得する主体者であると力強く訴えた
 「弱者」と呼ばれてきた庶民が、あの二月闘争の中で、苦しむ末法の衆生を救う「地涌の菩薩」の自覚で、一人また一人と立ち上がっていったのだ
 “こんな社会でも、私もあなたも必ず幸福になれます!”――悲嘆と決別した蒲田支部の同志が人々の魂を揺り動かした結果が、201世帯の金字塔であった。勇気と歓喜の波動は、やがて全国に広がり、数年にして戸田先生の願業であった75万世帯の一大勢力へと発展した。
 今、世界は、65年前とは違ったカオス(混沌)の入り口にいる。だが時代は変われど、地涌の菩薩の使命に変わりはない。
 インド・ガンジー研究評議会のN・ラダクリシュナン議長は、「(池田)先生のもと、全員が世界広布の崇高なる使命を果たしゆくことを心から願っています。皆さんが、先生直結の弟子であることは、何にも替え難い特権です」と述べる。
 全員が広布の主役――その尊い使命を弟子が自覚し、友のもとへ足を運び続ける限り、希望の明かりが消えることはない。

◆きょうの発心  〝師との誓い〟果たす喜びを胸に(諸法実相抄)

御文
 行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ)
通解 行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

 信心根本に「行学の二道」にまい進することが仏道修行の根幹であるとの仰せです。
  高校1年の時、池田先生との初めての出会いに感動し、“成長した姿で、また師匠にお会いしよう”と固く心に誓いました。
 6年後の1984年(昭和59年)9月30日、阪神甲子園球場で開催された「世界平和文化祭」に向けて、皆で「諸法実相抄」を研さん。寸暇を惜しんで拝読し、“地涌の使命を果たそう”と祈る中、初の弘教を実らせて当日の役員に就きました。かつての誓いを果たし、先生をお迎えできた喜びは、忘れられない金の思い出です。
 その後も、この御文を胸に縁する方に弘教を拡大する中、陰で支え続けてくれた母が霊山へ。地区婦人部長の時には、夫が原因不明の病に。しかし、苦難に直面するたび、師への誓願を胸に、信心根本に全てを乗り越え、和楽の家庭を築くことができました。
 「松原文化会館」開館20周年の本年、報恩感謝の心で青年拡大に先駆し、大勝利してまいります。  大阪・松原常勝県婦人部長 佐藤真理子

【聖教ニュース】

◆欧州SGI青年部座談会㊤   世界広布は我らの手で
 各国に広がる若き地湧の連帯
 祈りと信仰体験が拡大の源泉
 
今月、ドイツで開かれた新時代第4回「欧州広布サミット」。欧州の友は、池田先生と共に新たな前進を開始した(フランクフルト池田平和文化会館で)
今月、ドイツで開かれた新時代第4回「欧州広布サミット」。欧州の友は、池田先生と共に新たな前進を開始した(フランクフルト池田平和文化会館で)

 欧州SGIの9カ国16人からなる欧州青年委員会。今回、同委員会の代表が「欧州青年部座談会」と題して、青年の使命や世界平和への取り組み、人材育成、広布の未来への展望などについて語れりあった。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆池田大作先生(SGI会長) 四季の励まし  二月闘争65周年 心の壁を打ち破れ


 新たな歴史は
 一人の挑戦から始まる。
 偉大な勝利は
 一人の戦いから始まる。
 状況を嘆いたり、
 人任せにしてばかりいては、
 何も変わらない。
 
自分が変われば、
 その分、世界が変わる。

 「妙法」に、
 行き詰まりは絶対にない。
 あるのは、
自分の一念に巣くう、
 臆病や諦めの壁だ。

 己心の壁を打ち破れ!
 あらゆる障害を乗り越え、
 無限に前進する力が
 信心だからである。

 「限界を破ろう!」――
 そう決めた時、
 実は自分の心の限界を、
 すでに一歩、破っている。
 その時点で、理想や目標も、
 半ば達成されているとさえ
 言ってよい。
 
  実践あるところには
 ドラマがある。
 ドラマがあるところに
 感動が生まれる。
 当然、失敗もあろう。
 それでも、めげずに挑み抜いた
 体験にこそ、共感が広がるのだ。
 苦闘を勝ち越えた体験談は、
 “自分には、とてもできない”と
 弱気になっている同志の、
 心の壁を打ち破る
 勇気の起爆剤となる。
 
  人の心を動かし、捉えるものは、
 策でもなければ、技術でもない。
 ただ誠実と熱意によるのである
 
“いかなる人も、広宣流布の味方に
 変えてみせる!”――
 この烈々たる
 祈りと勇気と勢いで、
 栄光の歴史を開くのだ。



「これは地球が吠える声か。地球のうなり声か。地球が笑う歓呼の声か。聞こえてきたのは、水音ではなかった。雷鳴だった」――。カナダを訪れていた池田大作先生は、メンバーと共に「ナイアガラの滝」へ赴き、カメラを向けた。1981年(昭和56年)6月のことである。
 轟然と落下する膨大な水流。もうもうと立ちのぼる水煙。ナイアガラ瀑布は、約1万2000年前の氷河期に誕生したという。一瞬の停滞もなく、ほとばしる光景は、見る者を圧倒する。
 本年は、若き池田先生が広布拡大の突破口を開いた「二月闘争」から65周年。我らも満々たる生命力で、怒濤の前進を!滝のごとく、激しく、たゆまず、堂々と!

【信仰体験】

◆【信仰体験 白ゆりの詩】経済苦、直腸がん、脳梗塞を乗り越え
 〝2つの宝物〟抱きしめて歩む
 夫婦二人三脚で始めた会社は発展

2017年1月28日 (土)

2017年1月28日(土)の聖教

2017年1月28日(土)の聖教

◆わが友に贈る


弘教・拡大に挑み抜く
創価班・牙城会の
大学校生よ 頑張れ!

誓いは果たしてこそ。
誇り高く鍛えの青春を!

◆名字の言


  「第72代横綱・稀勢の里」が誕生した。日本出身力士として19年ぶり。中学の卒業文集に「努力で天才に勝ちます」と書いてから15年、その志が実を結んだ▼初場所千秋楽の結びの一番。横綱・白鵬の猛攻に押し込まれながらも土俵際で踏ん張り、逆転勝利を収めた。「あんな残り方をしたのは人生でもないような、自分の力でないような感じだった」亡き先代師匠の鳴戸親方(第59代横綱・隆の里)は稀勢の里に、俵を背にする不利な体勢から何度も相撲を取らせた。そうした稽古を体が覚えていたという。師匠の教え通り、地道な精進を重ねてきたからこそ、ここ一番で想像以上の力を発揮できたのだろう▼生前、鳴戸親方は本紙のてい談で語っている。「土俵の丸い俵は、力士にとって勝負を決する“生命線”です。だから土俵の外は断崖絶壁だという思いで稽古し精進しないと強くなれません」。今、ここしかないという覚悟が人間を強く大きくする。万般に通じる教訓である▼御書に「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去って彼に行くには非ざるなり」(781ページ)と。今いる場所こそ、私たちにとって勝負を決する最高の舞台。この人生勝利の指針を学びつつ、不屈の努力で逆境をはねのけ、歩み続けていこう。(差)


◆〈寸鉄〉 2017年1月28日

 御書「
大難なくば法華経
 の行者にはあらじ
」。創価
 三代の師弟に連なる誇り
      ◇
 
意志の強弱の相違は粘り
 強く考え抜くかどうか

 哲人。広布へ一念定めて
      ◇
 各地で
女子部ロマン総会
 たけなわ。最高の生命哲
 学胸に希望と友情を拡大
      ◇
 寒さで空気の乾燥続く。
 火の元点検しっかり。
 火災防止へ二重三重の用心
      ◇
 今年度の大卒内定率が過
 去最高と。次代の宝よ、頑
 張れ!公明が更に牽引を


◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   二十三
 

 四月九日は、創価大学の第九回入学式であった。快晴の空のもと、正午から始まった式典に出席した創立者・山本伸一は、人生における学問の意味に触れ、“謙虚な学問探究の姿勢を貫いて、悔いなき四年間を”とスピーチし、若き知性の前途を祝福した。
 そのなかで彼は、ドイツの哲学者ジンメルの言葉を紹介した。
 
誇り高い者は自分の価値の絶対的な高さだけを気にかけ、虚栄心の強い者は自分の価値の相対的な高さだけを気にかける」(注)
 人間は、一人ひとりが尊厳無比なる固有の絶対的価値をもった存在であり、皆に固有の使命がある。その誇りをもち、自己の使命に生き抜くなかに、人生の本当の幸せも醍醐味もある。ゆえに、人生の真実の勝利は、社会の相対的な地位や立場などが決するものではないことを、伸一は訴えたのである。
 「
諸君の一生の価値は、誰が決めるのでもない。ほかならぬ諸君自身が決めるのであります。他人と自分を比べて、相対次元で一喜一憂してみたり、世間の評価や流行現象のみを追ってみたりしても、詮ずるところは、それらは、いつかは、うたかたのように消え去ってしまうものであります
 そして、他に依存した生き方ではなく、自ら決めた信念の道を貫いてほしいと念願したのである。
 入学式終了後、伸一は、来賓との懇談会に臨み、午後七時、大学の正面玄関ロビーに向かった。別科(日本語研修課程)に入学する中国からの四人の留学生が到着したのだ。
 「わが創価大学へようこそ! 創立者として、心から歓迎いたします。また、私の創った大学で学んでくださることに、深く感謝申し上げます」
 
創価大学が、中国から第一期となる留学生六人を迎えたのは、一九七五年(昭和五十年)四月のことである。日中国交正常化後、初めての日本への国費留学生であった。
 
以来、第三期となる。既に一期生たちは、両国友好の檜舞台に立って活躍していた。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「断想」(『ジンメル著作集11』所収)土肥美夫訳、白水社


◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉50  未来を開く人材の流れを

御文
 「令法久住・故来至此」等云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心の中をすいするに父母の一子の大苦に値うを見るよりも強盛にこそ・みへたる  (開目抄、236ページ)
通解 (宝塔品に)「法を永久に存続させるために、ここにやって来た」とある。三仏が未来に法華経を弘めて、未来の一切の仏子たちに与えようとされたお心のうちを推察すると、わが子が大きな苦しみにあっているのを見る父母よりも、何としてでも救わずにはおかないとの思いが強く盛んであったと思われる。

同志への指針

 未来の一切衆生を救いゆく平和と幸福の大建設――これが広宣流布であり、令法久住である。ゆえに、わが未来部の成長こそ、無限の希望となる。
 
 宝の一人一人を誠実に励ましてくれる担当者の方々の尊き献身に心から感謝したい。
 本格的な受験シーズンが到来した。試験に挑む友と、ご家族にエールを送りたい。
 世界へ、未来へ、滔々たる人材の流れを創りゆこう!

【聖教ニュース】

◆1・26「SGIの日」各国で祝賀の集い 
 平和の文化築く希望の連帯

           
良き市民として信頼を広げるブラジルSGIの友。その姿に、各地で慶祝議会や顕彰などが相次ぐ(ブラジルSGI平和講堂で)
良き市民として信頼を広げるブラジルSGIの友。その姿に、各地で慶祝議会や顕彰などが相次ぐ(ブラジルSGI平和講堂で)

 1・26「SGI(創価学会インタナショナル)の日」を祝賀する集いが26日、世界各地で晴れやかに開催された。
 フィリピンSGIでは、国内の4会館をはじめ、全土で1000人を超える友が仲良く集い合った。フィリピン文化会館では、アルカンタラ理事長が、若き池田大作先生が指揮を執った「二月闘争」に触れ、師恩に報いる人生をと念願した。
 世界広布の王者・ブラジルSGI。サンパウロのブラジルSGI平和講堂には、コウサカ理事長ら代表が集い、“青年拡大の年”の勝利に向け、「平和」「文化」「教育」運動をさらに力強く進めゆくことを約し合った。
 題目を根本に、教学・訪問激励・青年部育成に励むメキシコ創価学会の友はメキシコ会館で。オルダス理事長は「第2代会長の戸田先生が世界広布の旅路を夢見たメキシコの社会に希望の光を送ろう」と呼び掛けた。
 池田先生は、「青年」に焦点を当てた、本年の「SGIの日」記念提言でつづった。
 「いかなる分断の濁流も押し返す、多様性の尊重に基づいた『平和の文化』のうねりは、青年たちの友情から力強く巻き起こっていくと、私は期待してやまないのです」と。
 SGIの友は、師の期待を胸に、青年と共に、青年の心で、平和を築く希望の連帯を広げゆく

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈2月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 椎地四郎殿御書 
 嵐にも揺るがぬ信心を!
 “行き詰まりの壁”を破れ

 
陽光輝く樹氷の林(長野県・山ノ内町)。厳寒に胸張り、広布の最前線へ!
陽光輝く樹氷の林(長野県・山ノ内町)。厳寒に胸張り、広布の最前線へ!

 2月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「椎地四郎殿御書」を研さん。大難に直面しても、強盛な信心を起こして喜び勇んで戦っていくのが「法華経の行者」であることを学ぶ。

御文
 末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや(御書1448ページ)
通解
 末法には法華経の行者が必ず出現する。ただし大難が起こったならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくのである。火に薪を加えれば、燃え盛らないことがあろうか。

背景と大意

 本抄は、椎地四郎に与えられたお手紙で、弘長元年(1261年)4月の御執筆と伝えられるが、詳細は不明である。
 四条金吾や富木常忍に宛てた御書に、椎地四郎の名があることから、同志と共に地道に弘教に励んできた人物だと考えられる。
 本抄で大聖人は、大難を受けることは「法華経の行者」の証しであると述べられた後、法華経を一文一句でも説き語る人は「如来の使」であり、椎地四郎自身も、その最高に尊い使命に生きる人であると称賛されている。
 また、法華経を一文一句でも魂に染め抜いた人は、苦悩の生死の大海を越える「妙法蓮華経の船」に乗った人であり、大聖人の門下こそ、その人であると教えられている。

解説

 拝読御文の冒頭で大聖人は、「末法には法華経の行者必ず出来すべし」と仰せである。
 釈尊が“末法に必ず出現する”と予見した「法華経の行者」とは誰か――。それは五濁悪世の時代に妙法を流布し、民衆救済の実践に立ち上がる人のこと。具体的には、あらゆる大難を勝ち越え、末法万年の正法流布の道を切り開いた大聖人であり、その大聖人の尊き御精神のままに、現実の上で世界広布を進める、私たち創価学会員にほかならない。
 同じ御書で「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(1448ページ)と仰せのように、法華経の行者に大難が起こるのは、必定である。
 ゆえに大聖人は拝読御文で、難が起こった時こそ、強き信心を奮い起こし、喜び勇んで進んでいくべきであると教えられている。
 また、大難に挑む法華経の行者の境涯を「火」に、大難を「薪」に譬えられ、火に薪をくべれば火の勢いが盛んになるように、難が起これば、信心の炎はいやまして燃え上がり、法華経の行者としての自覚と確信も強固になっていくことを示されている。
 かつて池田先生は、この御聖訓を通して、次のようにつづられた。
 「人生は、どこまでいっても、行き詰まりとの戦いです。(中略)一つ一つ行き詰まりを、喜び勇んで打開しながら、一歩また一歩と、粘り強く仏の境涯を開いていく。これが、私たちの『発迹顕本』です」
 私たちにとっての「大難」とは、人生のさまざまな場面で直面する“行き詰まりの壁”と言い換えることもできる。仕事、家庭、病気、経済苦、人間関係……。人生の途上には時に、幾多の“壁”が立ちはだかる。
 また、末法の現代において友に仏法を語れば、偏見や無理解による中傷、悪口を受けることも少なくない。
 しかし、その時にこそ“信心で、絶対に乗り越えられる!”との大確信に立ち、「強盛の信心」を奮い起こして進んでいきたい。その人は、どんな逆境も自身の成長への原動力としていける。また、難との戦いがあればこそ、嵐に揺るがぬ信心を築くことができる。
 間もなく“伝統の2月”。1952年(昭和27年)1月29日、蒲田支部の緊急組長会で、24歳の池田先生は力強く訴えた。
 「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
 “青年拡大の年”の本年、池田門下の私たちも、報恩の決意で拡大の突破口を開いていきたい。あらゆる苦難や試練にも負けず、一人一人が「新時代の二月闘争」に断じて勝利していこう!

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 “希望の哲学”を世界に発信! 
 【山形県鶴岡市】池田先生が折に触れて、その功労をたたえ、「私の心は常に、不二の皆さんと共にあります」と深い信頼を寄せる本紙通信員。

2017年1月27日 (金)

2017年1月27日(金)の聖教

2017年1月27日(金)の聖教

◆わが友に贈る


熱意なくして
達成された偉業はない。

苦闘なくして
偉大な人間は育たない。

大情熱のリーダーたれ!

◆名字の言


  川の水面に咲く“花”を見たことがあるだろうか。厳寒の地では、空気中の水蒸気が凍りつき、川に張った氷の上に霜が広がる。それはまさに花々のように美しく、「フロストフラワー(霜の花)」と呼ばれる▼先日、氷点下28・7度を記録した北海道の陸別町で、この現象がよく見られる。ちょうど本紙が各家庭に届く早朝の時間帯だ。同町の配達員は2人。東京23区とほぼ同じ広大な天地を、寒風に胸張り、意気高く配達してくださっている▼配達時、マスクをしていなくても、息で眼鏡がすぐ曇る。車はエンジンがかかりにくいことがあり、常に大きなバッテリーを積んでいる。手袋の小さな穴に気付かず、指が凍傷になりかけたこともある。上着は5枚以上重ね着する▼「でも、いいこともあるんです」と婦人部の配達員が言っていた。「寒いと、空気がきれいに澄みますから。とっておきの星と月と空と、毎朝会話しながら歩くんです」▼「冬日の閉凍や固からずば、則ち春夏の草木を長ずるや茂からず」とは、第2代会長の戸田先生が好きだった名句(竹内照夫著『韓非子』明治書院)。冬に固く凍るほど鍛えられてこそ、春に草木は生い茂る。その美しさは、きょうも歩みを止めない、配達員の皆さまの心と同じである。(鉄)


◆〈寸鉄〉 2017年1月27日

 
幸福な生活には勇気が必
 要
―牧口先生。試練の時
 こそ強盛に祈り勝ちゆけ
      ◇
 
東京「豊島婦人部の日」。
 三代有縁の地に語らいの
 旋風を!幸の行進賑やか
      ◇
 
題目を唱える人は我が
 身宝塔
」と御聖訓。生命
 尊厳の正法弘める大聖業
      ◇
 
本紙通信員制発足の日
 同志の共戦譜を綴る使命
 深く。ペンの闘士、万歳!
      ◇
 
事故の死者数が67年ぶり
 に四千人以下に―警察庁
 社会全体で対策推進更に

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十二

 


 山本伸一は、全青連代表団の団長を務めた高占祥より七歳年長であった。伸一は彼を“若き友人”として尊敬し、日本で結ばれた二人の友情は色あせることはなかった。
 日中国交正常化二十周年にあたる一九九二年(平成四年)の錦秋、伸一は第八次訪中を果たす。その折、中国文化部から、伸一が両国の文化交流事業を推進、貢献してきたことに対して、授賞第一号となる「文化交流貢献賞」が贈られている。
 この授与式で証書を授与したのが、文化部常務副部長(副大臣)となっていた高占祥であった。彼は、詩歌、書道、写真への造詣も深く、記念として伸一に、「一衣帯水 源遠流長」と認めた書を贈っている
 高占祥は、その後、全国政協委員、中国芸術撮影学会会長、中国文学芸術界連合会党組書記、中華文化促進会主席などの要職を担い、さらに中国の文化事業の発展に力を注いでいくことになる。
 また、著書も『文化力』をはじめ、『社会文化論』など数多い。
 伸一との間では、その文化力をめぐって意見交換を重ね、二〇一〇年(同二十二年)から約一年間にわたって、月刊誌『潮』誌上に対談『地球を結ぶ文化力』を連載。一二年(同二十四年)に単行本として出版された。人類を結ぶ平和の力は文化力にあることをテーマに、日中の交流の歴史や芸術、文化、宗教など、多岐にわたる語らいが展開されている。
  
 会長辞任を決めた伸一の心は、既に世界に向かって、力強く飛び立っていたのだ。
 彼は、アジアをはじめ、各地でくすぶる戦火に胸を痛め、仏法者として、人間として、今こそ、「平和の道」「人類融合の道」を開かねばならぬと決意していた。また、それは、世界の指導者、識者が心を一つにして立ち向かうべき最重要課題であると考えていた。
 伸一は、巍々堂々たる大山のごとく、未来の大空を見すえていた。周囲の囂しい喧騒は、風に揺れる樹林のざわめきにすぎなかった

【聖教ニュース】

◆民音公演 中国国家京劇院が送る三大傑作選
 日中国交正常化45周年を慶祝
 日本初披露を含む 3~4月、29都市で

報恩や、心のつながりの大切さを描いた「鎖麟嚢」
報恩や、心のつながりの大切さを描いた「鎖麟嚢」

 民主音楽協会(民音)主催による「中国国家京劇院『愛と正義と報恩の三大傑作選』」の日本公演が、3月から4月まで、29都市で開催される。
 本年の日中国交正常化45周年を慶祝するものである。
 民音が中国との文化交流をスタートしたのは、国交正常化から3年後の1975年。「中国北京芸術団」を日本に招き、全国公演を大成功に終えた。
 その背景には、民音創立者・池田大作先生の強い信念があった。
 国と国との間における、経済や政治の結び付きも、もちろん大事である。だが、永遠の友好の王道は、民衆と民衆とが織り成す文化・教育の交流によってこそ開かれる――と。
 これまでに民音が招聘した中国の文化団体は、「東方歌舞団」や「中国雑技団」など40以上。公演回数は2000回にも及ぶ。
 今回来日する「中国国家京劇院」は、中国国内においても屈指の人気を誇る。池田先生は長年にわたって同京劇院の俳優らと出会いを重ね、信頼を育んできた。2002年3月には、日中国交正常化30周年を記念して、同院初の「名誉芸術顧問」証が池田先生に贈られている。
 今回の公演は、京劇界の至宝、于魁智や李勝素をはじめ、中国トップクラスのスターが一堂に会する夢の舞台となる。
 上演される演目は、「西遊記・金銭豹」や「太真外伝」、さらに日本初披露となる「鎖麟嚢」といった豪華な名作ばかりだ。
 笑いあり、涙あり、息をのむアクションあり――まさに大人も子どもも楽しめる公演となっている。
 問い合わせは、各地の民音センターまで。

◆創価大学から世界へ未来へ 17カ国・地域の留学生が修了式
 創立者が祝福のメッセージ


式典終了後には、17カ国・地域から集った修了生が、数え切れない思い出をつくった学友と共に笑顔で記念撮影を(創大で)
式典終了後には、17カ国・地域から集った修了生が、数え切れない思い出をつくった学友と共に笑顔で記念撮影を(創大で)

 創価大学(東京・八王子市)で学んだ交換留学生、アメリカ創価大学(SUA)の研修生、別科特別履修生の修了式が26日、創価大学中央教育棟・ディスカバリーホールで開催された。
 54カ国・地域の182大学と交流を結び、キャンパス内での日常的な国際交流が盛んな創価大学。晴れの門出を祝うように、白雪の富士が見守るキャンパスで行われた今回の式典には、創大での課程を修了した17カ国・地域の友が出席した。
 創立者である池田先生は、かけがえのない友情を育みながら学び抜いてきた修了生に、万感のメッセージを寄せた。
 その中で、池田先生は、この平和のフォートレスで英知を磨き、世界市民の深き心の連帯を結んだ皆さん方こそ、新たなる人類の歴史の最も偉大な時代を創出しゆく「宝の中の宝」の一人一人であると強調。
 「どうか、これからも、何があっても負けない『創大スピリット』を燃え上がらせ、それぞれの使命深き大事な人生を、明るく朗らかに、そして忍耐強く勝ち開いていってください」と念願した。
 田代理事長のあいさつ、受講証書の授与に続き、交換留学生の趙一勲さん(韓国)、SUA研修生のクキ・ユミコさん(アメリカ)、別科特別履修生のタン・ミンアルさん(マレーシア)が、日々の努力と葛藤を経て、大きく成長を遂げた創大生活を振り返った。
 馬場学長は、“多様性は自己を見つめ直し、互いの生の意味を豊かにする源泉である”との創立者の言葉に触れつつ、「創大の中で培った価値創造の生き方を根本に、世界へ未来へ、力強く船出を」と望んだ。



【先生のメッセージ・特集記事】

第42回「SGIの日」記念提言㊦  「希望の暁鐘 青年の大連帯」
 米ロ首脳会談を早期に開催し、緊張緩和と核軍縮の流れを
 
「原水爆禁止宣言」を発表する戸田第2代会長。仏法の生命尊厳の思想に基づき、核兵器の使用は絶対に許されないと訴えた(1957年9月、横浜・三ツ沢の競技場で)
「原水爆禁止宣言」を発表する戸田第2代会長。仏法の生命尊厳の思想に基づき、核兵
器の使用は絶対に許されないと訴えた(1957年9月、横浜・三ツ沢の競技場で)

 続いて、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」が目指す“平和で公正かつ包摂的な社会”の実現に向け、①核兵器の禁止と廃絶、②難民問題への対応、③「人権文化」の建設、の三つの課題について具体的な提案を行いたい。
 第一のテーマは、核兵器の禁止と廃絶です。
 先月、国連総会で歴史的な決議が採択されました。核兵器禁止条約を交渉する会議の開催が決定したのです。
 3月末と、6月中旬から7月にかけて国連で討議を行い、早期締結に向けて最善を尽くすことが呼び掛けられています。
 いまだ世界には、1万5000発以上の核弾頭が存在しています。核軍縮の停滞に加え、核戦力を強化する近代化計画も進み、脅威の解消どころか、脅威を増幅しかねない方向に向かいつつあります。
 かつてアメリカのケネディ大統領が、古代ギリシャの“ダモクレスの剣”=注4=の故事を通して警告した、人類と地球の生態系が常に壊滅の危機にさらされる事態は、決して過去の話ではありません。
 むしろ、国連総会での決議で強調しているように、核問題の解決は「いっそう緊急のものとなっている」のです。
世界で今も続く高度警戒態勢
 そこで私は、いくつか提案をしたい。
 一つ目は、アメリカとロシアの首脳会談をできるだけ早く開催し、核軍縮の機運を再び高めることです。
 両国の指導者には、地球上の人々の生命を脅かし、人類がこれまで築いてきた文明を灰燼に帰しかねないほどの大量の核兵器を保有している責任が、重くのしかかっているからです。
 3年前にウクライナ情勢を巡って緊張状態に陥って以来、両国の関係は“新冷戦”といわれるほど厳しく冷え込みました。
 核軍縮交渉も、2011年に新戦略兵器削減条約(新START)が発効したのを最後に進んでおらず、この条約が削減の達成期限としている来年以降の先行きは、不透明なままになっています。
 今月20日に就任したアメリカのトランプ新大統領は、当選決定後にロシアのプーチン大統領と行った電話会談で、両国の関係改善を目指すことで意見の一致をみています。世界の核兵器の9割以上を保有する両国が緊張緩和を図り、核兵器の問題についても真摯に話し合うことを、私は強く願ってやみません。
 冷戦終結から四半世紀が経つ今もなお、核抑止政策が続く中で、世界では約1800発もの核兵器が、即座に発射できる「高度警戒態勢」に置かれています。
 その状態は一体、何を意味するのか――。
 ウィリアム・ペリー元米国防長官は、カーター政権下で国防次官を務めていた頃(1977年)、真夜中に戦略空軍の当直将校から「ソ連のミサイル200発がアメリカに向けて飛来中」との緊急電話を受けた時の衝撃が忘れられないと述懐しています。
 すぐに誤作動が原因とわかったものの、それが正しい情報であれば、核兵器で即座に反撃するかどうか、究極の判断が大統領に迫られる事態だったからです。
 核戦争など決して望んでいなくても、他国からの核攻撃を阻むには、“いつでも応酬する準備がある”との意思を示す必要がある。しかし、それが言葉だけではないことを証明するには、即座に発射できる態勢を維持せねばならず、片時も安心できないばかりか、結果的に、核戦争の危機を常に背負い込む状態から逃れることができない――。
 実のところ、それが冷戦時代から現在まで続く、核抑止の実態なのです。
戸田会長が宣言で訴えかけたもの
 思い返せば、私の師である戸田第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表したのは、核抑止態勢の基盤が実質的に完成をみた時期にほかなりませんでした。
 当時、アメリカとソ連が水爆実験を行い、威力の増大を図る競争がエスカレートする一方、核開発の焦点は核兵器を爆撃機で投下する方式から、核弾頭を誘導兵器に取り付ける方式に移行しつつありました。
 宣言発表の前月(57年8月)には、ソ連が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に成功し、地球のどこにでも核兵器を発射できる状況が現実となったのです。
 また、9月に入ると、国連の枠組みの下で半年近く続けられてきた、原水爆の削減と禁止などをめぐる軍縮交渉が決裂するという事態が生じました。
 アメリカ、イギリス、フランス、ソ連に、カナダを加えた5カ国が集中的に討議を重ねたものの、意見が一致せず、無期休会という形で幕を閉じたのです。
 実にそれは、宣言発表の2日前のことでした。
 そうした事態を前にして、戸田会長は、核兵器の存在が人類の破滅に直結しているにもかかわらず、軍拡競争が一向にやまない理由は、核抑止論にあると洞察しました。
 核兵器が抑止力となり、平和が維持されるといった、核保有を正当化する論理が目を向けているのは、“相手の攻撃を阻止すること”や“自国を守ること”だけであって、その奥底には、目的のために人類の大半を犠牲にすることも辞さない冷酷な思想が横たわっているのではないか――。
 ゆえに戸田会長は宣言で、核保有を正当化する論理に対し、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、その思想の克服を強く呼び掛けたのです。
 当時、米ソ両国が対峙する構図を、“瓶の中の2匹のサソリ”に譬えた議論がありました。
 しかし、その瓶には、核保有国だけでなく多くの国が存在し、数十億もの民衆が暮らしていることが忘れ去られていました。
 また、刺すか刺されるかといった対峙の構図に目が奪われ、互いが手にしているのが、通常兵器とは明らかに一線を画した絶滅兵器であるという事実が捨象されていました。
 この核抑止論が生み出す幻影を打ち払うべく、戸田会長は、「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております」(同)と訴え、その権利を脅かす行為は、どの国も許されず、いかなる理由があろうと核兵器の使用は絶対にあってはならないと宣言したのです。
“核の傘”にひそむ重大な非人道性
 抑止が働くことだけを信じ、それが破綻した場合の壊滅的な結末を思考から切り離してしまう。また、偶発的な事故による核爆発は、抑止に関係なく常に起こりうるという現実を考えないようにする――。
 こうした思考停止は、“核の傘”においても同様に懸念される問題です。
 実のところ、“核の傘”は、その一本一本が核兵器という“ダモクレスの剣”で構成されたものにほかならず、自国を守るためには、広島と長崎で起きたような惨劇が他国で繰り返されても構わないという前提に立った、極めて非人道的な安全保障観であることを忘れてはなりません。
 ひとたび発射ボタンが押され、核の応酬が始まってしまえば、紛争当事国だけでなく、周辺国や地球全体に取り返しのつかない大惨事を招く――そこではまさに、「自国の安全保障」と「大勢の民衆の生命や地球の生態系」とが天秤にかけられているのです。
 この問題を、前半で言及した経済学者のセン博士の正義を巡る議論に敷衍してみるならば、核抑止政策や“核の傘”で他国からの核攻撃を防ぎ、自国を守るという安全保障は、目的の正当性を重視する「ニーティ」的な正義に立つものといえましょう。
 しかし、結果の正当性、つまり、実際に人々の身に起こることに焦点を当てる「ニヤーヤ」的正義に照らしてみれば、多くの民衆の犠牲と地球の生態系の破壊もやむなしとする、核依存の安全保障が許される余地は、どこにも残されていないのではないでしょうか。
 武力攻撃に対して自国を守る権利は国連憲章でも認められており、国際法上、「ニーティ」的な観点に立つ安全保障は一律には否定されないとしても、自国を守る方法が果たして“核兵器を必須とするもの”であり続けるしかないのか、その一点が問われていると、私は強調したいのです。
武器を持つことで生じる恐怖と不安
 そもそも抑止の考え方は、長い歴史を通じて多くの国が武器を保持し増強する際に用いてきた論理ですが、戦争に次ぐ戦争の歴史が物語るように、抑止が破綻し、衝突に至った史実は枚挙に暇がありません。
 それが、核兵器に限って抑止が破綻しないと、なぜ断言できるのか――。
 核問題の専門家であるウォード・ウィルソン氏は、『核兵器をめぐる5つの神話』と題する著作で、このことを問いかけました。
 ウィルソン氏は、集団的暴力や戦争をめぐる人類の歴史は6000年に及んでおり、第2次世界大戦以降の60年だけを切り取って論じることは、「データの1%を基にして、ある傾向を見つけた、と主張するに等しい」(広瀬訓監訳、法律文化社)と指摘しています。
 この問題を考えるには、数千年に及ぶ文明の盛衰を俯瞰して洞察を深めた歴史家のトインビー博士のような眼差しが不可欠であり、「とりわけ、人間の本質に深く根付いた現象を扱うにおいて、これは無謀といえるのではないだろうか」(同)と強調するのです。
 まったく同感であり、抑止が「人間の本質に深く根付いた現象」であるとの急所をしっかり踏まえた上で、核抑止論の奥にひそむ重大な危険性を見つめる必要があると考えます。  そこで私は、「人間の本質」を深く掘り下げる中で生命尊厳の思想を打ち立てた仏教の視座から、一つの問題提起をしたい。
 釈尊の言葉に、「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)とあります。
 これは、二つの部族の間で水をめぐる争いが起きた時に、釈尊が述べたものと伝えられています。
 私が着目するのは、釈尊が対峙する人々の心の動きを見定める中で、“相手に対する恐怖があったから武器を手にした”のではなく、“武器を手にしたことによって恐怖が生じた”と洞察している点です。
 つまり、武器を手にするまでは、自分たちの水を奪おうとする相手への激しい怒りがあったとしても、そこに恐怖の影はなかった。しかし、ひとたび武器を手にし、何かあれば相手を打ちのめそうと思った瞬間に、人々の心に恐怖が宿ったというのです。
 

冷戦終結の翌年の出会い(1990年7月)から、池田SGI会長とゴルバチョフ元ソ連大統領は、平和共存の世界を求めて、何度も対話を重ねてきた(2007年6月、八王子市の東京牧口記念会館で)
冷戦終結の翌年の出会い(1990年7月)から、池田SGI会長とゴルバチョフ元ソ連大統領は、平和共存の世界を求めて、何度も対話を重ねてきた(2007年6月、八王子市の東京牧口記念会館で)

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構築が検討された自動制御の核反撃
 翻って冷戦時代においても、恐怖に支配された心理が究極の悪夢を生み出そうとしていた事実を、長年、「ワシントン・ポスト」紙で記者を務めたデイヴィッド・E・ホフマン氏が浮き彫りにしています。
 ――1980年代初め、ソ連の指導部はある計画を検討し始めた。核攻撃を受け、「“すべての”指導者が失われ、正規軍の“すべての”指揮命令系統が破壊されても、依然として機能するシステム」である。
 「反撃のチャンスを逸すること」を何よりも恐れ、「完全に自動化され、コンピューターによって動かされる報復システム」を本気で考えたのだった。
 しかし、計画の途中で、修正が入る。
 「いかなる人間的要素も一切関与しないまま機能する」システムへの抵抗感が拭えず、核ミサイル発射の判断を、深深度の地下壕に生き残った当直士官が下す方法に最終的に改められた――と(『死神の報復(上)』平賀秀明訳、白水社を引用・参照)。
 かくして冷戦末期、人間の意思では止められない核反撃のシステムが構築されかけたのです。構想に終わったとはいえ、武器(核兵器)を手にしているために強く感じる恐怖が、渦を巻いて生み出そうとした“抑止の最終形態”だったのではないでしょうか。
 昨年は、冷戦終結の扉を開く契機となった、レイキャビクでの米ソ首脳会談(86年10月)から30周年にあたりました。
 米ソの中間にあるアイスランドの首都で会談を行うことを提案した、ソ連のゴルバチョフ書記長の脳裏には、その半年前のチェルノブイリでの原発事故を通して実感した、核戦争への深刻な懸念がありました。
 一方のアメリカのレーガン大統領にも、核兵器による大量殺戮の脅しをもって平和を維持しようとする状態には耐えられないとの思いがあったといいます。
 その深刻な懸念を両者が共に抱いていたからこそ、核全廃の合意にあと少しで手が届く所まで話し合いが進んだといえましょう。
 最終合意には至らなかったものの、翌87年に中距離核戦力(INF)全廃条約が締結され、核軍縮の歯車が回り始めたのです。
 今一度、アメリカとロシアがレイキャビクの精神を踏まえ、世界平和のために歩み寄るべき時を迎えているのではないでしょうか。
 3月から始まる国連での交渉会議では、検討すべき課題の一つとして、事故や過誤などによる核兵器爆発の危険性を低下させ、除外するための措置が挙げられています。
 冷戦時代からその危険性を何度も感じてきた米ロ両国が、首脳同士の対話を重ね、「高度警戒態勢」の段階的な解除とともに、大幅な核軍縮に向けて新たな一歩を踏み出すことを、強く呼び掛けたいのです。

広島と長崎の強い願いを共有

 続く二つ目の提案は、唯一の戦争被爆国である日本が、その歴史的な使命と責任を深く自覚し、核保有国や他の核依存国を含めた多くの国々に、国連の交渉会議への参加を粘り強く働きかけることです。
 近年、被爆地での外交会議の開催や、各国の要人の被爆地への訪問が相次ぐ中、核兵器の問題に関する重要なメッセージが繰り返し発信されてきました。
 2014年4月、広島で行われた軍縮・不拡散イニシアチブの会合では、核依存国のオーストラリア、ドイツ、オランダなどの外相が被爆者の体験に耳を傾ける機会も設けられる中、核兵器の非人道的影響に関する議論は「核兵器のない世界という目標に向けた国際社会の結束した行動のための触媒であるべき」との宣言が発表されました。
 また昨年4月には、広島でG7(主要7カ国)外相会合が開催されました。アメリカ、イギリス、フランスの核保有国と、ドイツ、イタリア、カナダ、日本の核依存国の外相らがそろって原爆ドームに足を運び、「核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている」との宣言を採択しました。
 そして昨年5月には、オバマ大統領が、現職の米大統領として初めて広島訪問を果たし、「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません」(朝日新聞取材班『ヒロシマに来た大統領』筑摩書房)と、演説を行ったのです。
 私は、被爆地で議論を共に重ねてきた国々をはじめ、できるだけ多くの国々に、日本が核兵器禁止条約の交渉会議への参加を呼び掛けるよう訴えたい。
 2年前の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、核保有国と非保有国との溝が埋まらず、最終文書の採択が見送られたように、今回の交渉会議も難航が予想されます。
 しかし、NPTの重要性と、核兵器がもたらす壊滅的な結末への懸念は、どの国にも基本的に共有されたものであるはずです。
 私は、その共通認識を足場に、核兵器を巡る議論の再構築を行うことが肝要ではないかと考えます。
 この点、温暖化防止対策の転換点となったパリ協定の交渉の教訓は、重要な示唆を与えるものです。
 パリ協定の交渉では、温暖化の原因や対応に関する責任論に終始するのではなく、どの国にとっても望ましい未来像となる「低炭素社会」のビジョンを掲げて、共にその実現を目指すことに照準を合わせる努力が行われました。そうした中で、合意への突破口が開かれたのです。
 核兵器の問題についても同様に、生産や移転、威嚇や使用などを規制する条約づくりを、どの国にも核兵器による惨劇を絶対に引き起こさないための“地球的な共同作業”と位置づけ、そのビジョンに基づく歩み寄りを真摯に模索すべきではないでしょうか。

NPTの討議と連動性の確保を

 NPTは、前文にある通り、核戦争は全人類に惨害をもたらすとの認識に立って、「諸国民の安全を守る措置」の必要性に基づき、制定されたものです。
 この本旨に照らせば、交渉会議で討議される核兵器禁止条約と、立脚点に違いはありません。
 核兵器禁止条約はNPTに取って代わるものではなく、完全な核軍縮に向けて誠実に交渉を行うことを定めたNPT第6条を具体化し、NPTの強化につながるものなのです。  その意味で大切なのは、それぞれの国が抱えている“安全保障上の懸念や防衛上の課題”と、“核兵器のない世界を実現するための方途”が交差する点はどこにあるのかを、より多くの国の参加による議論を通じて浮かび上がらせていくことだと思います。
 5月には、2020年のNPT再検討会議に向けた第1回準備委員会が、ウィーンで開催されます。
 準備委員会でNPT第6条の核軍縮義務に焦点を合わせた討議を行う中で、互いの国が抱える安全保障上の懸念に向き合い、懸念を共に取り除くにはどんな行動が必要となるのかについて意見を交換していく。
 その上で、6月以降の核兵器禁止条約の交渉会議での議論につなげていくことが、どの国にとっても有益ではないでしょうか。
 NPTの討議との連動性を確保し、立場が異なる国の間の溝を埋める努力を重ねてこそ、禁止条約の交渉は建設的なものになるに違いないと思うのです。
 核兵器の問題は、国連創設当時から70年来の重要課題であり、いよいよ始まる禁止条約の交渉もかなりの困難が予想されます。
 しかし、こうした真摯な対話を粘り強く続けていけば、「核兵器のない世界」への流れを後戻りできない確かなものへと押し上げていくことができると、私は信じてやみません。  交渉会議の後には、来年までに国連で「核軍縮に関するハイレベル会合」を開催することも決まっています。
 核兵器禁止条約を何としても締結に導き、大幅な核軍縮、さらには核廃絶へのプロセスを始動させる機運を高めていくべきではないでしょうか。

集団の論理を離れ人間の思いに立脚

 次に、三つ目の提案として述べたいのは、交渉会議に向けて市民社会で多くの声明を出し合い、それらを「核なき世界の民衆宣言」として核兵器禁止条約の礎石にしていくことです。
 市民社会の役割――それは、国境を超えて全ての人々に深く関わる性質を持ちながらも、国家単位の政策議論にとどまりがちな課題に対し、その議論を“人間化”して問題の所在を浮き彫りにし、グローバルな行動の連帯を力強く形づくることにあります。
 核兵器の問題では、1955年7月に科学者らが発表した「ラッセル=アインシュタイン宣言」=注5=が、その嚆矢でした。
 「私たちは、一つの集団に対し、他の集団に対するよりも強く訴えるような言葉は、一言も使わないようにこころがけよう」
 「私たちは、人類として、人類にむかって訴える――あなたがたの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ、と」(久野収編『核の傘に覆われた世界』平凡社)
 この一節が象徴するように、宣言を貫くのは国家や民族などの“集団の論理”ではなく、“人間としての思い”でした。
 ゆえに、核兵器を国ごとの問題とするのではなく、「自分自身や子どもや孫たち」に直接関わる問題として提起したのです。
 96年7月に国際司法裁判所で、核兵器の威嚇と使用に関する勧告的意見が示されたのも、「世界法廷プロジェクト」のような市民社会の強い働きかけがあったからでした。
 審理にあたり、40の言語、約400万人による「市民の良心宣言」が提出される中、核兵器の威嚇と使用は国際法に一般的に違反するとした上で、全ての面での核軍縮を導く交渉を誠実に行い、完結させる義務があると明記した勧告的意見が示されたのです。
 時を経て、核兵器禁止条約の交渉会議の開催が決定した今、会議を力強く支持する市民社会の声を届け、禁止条約を“民衆の主導による国際法”として確立する流れをつくり出すべきではないでしょうか。

人道危機が続くシリア紛争  
国連の支援で和平実現を

「正義に基づく平和」の構築を共に!――シドニー平和財団のスチュアート・リース理事長と再会を喜び合う池田SGI会長(2009年4月、八王子市の東京牧口記念会館で)

「正義に基づく平和」の構築を共に!――シドニー平和財団のスチュアート・リース理
事長と再会を喜び合う池田SGI会長(2009年4月、八王子市の東京牧口記念会館
で)


人類に意味と活力を与える力

 今回の国連での交渉会議は、核問題の解決を求める国々の外交努力もさることながら、広島と長崎の被爆者をはじめとする世界のヒバクシャ、科学者や医師、法律家や教育者、また宗教者など、さまざまな分野の人々と団体が行動を積み重ねる中で、実現への道が開かれたものでした。
 こうした人々や団体の思いを、それぞれ声明にし、会議に寄せる形で「核なき世界の民衆宣言」の裾野を広げる。また、核兵器禁止条約の意義を草の根レベルで語り合う機会を設け、賛同の輪を拡大する――。
 その行動の一つ一つが、国連決議が呼び掛ける「市民社会代表の参加と貢献」につながり、禁止条約の礎石になると思うのです。
 核保有国や核依存国を含め、各国の民衆の間で、核兵器のない世界を求める声が根強い状況を目に見える形で示すことは、禁止条約の実効性と普遍性を高める“かけがえのない支え”になるに違いありません。
 そうした民衆の声は、決して少なくないはずです。
 例えば、核廃絶を求める「平和首長会議」に加盟する都市は、162カ国・地域、7200以上に及び、核保有国や核依存国の都市も多く含まれています。
 かつて広島市に自らの彫刻を寄贈した人権活動家のエスキベル博士が、平和とは「人類に意味と活力を与える力」であらねばならないと、強調していたことを思い起こします(『人権の世紀へのメッセージ』東洋哲学研究所)。
 果たして、核兵器に依存しなければ維持できないといった安全保障に、その力が宿っているといえるでしょうか。
 「人類に意味と活力を与える力」は、“あらゆる差異を超えて生命の尊厳を共に守り合う世界を築く”という民衆の誓いが生み出す平和にこそ、力強く脈打つと確信するのです。
 私どもSGIは、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に平和運動を進める中、2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」と題する活動を展開してきました
 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と共同制作した「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展を各国で開催してきたほか、核軍縮の誠実な履行を求める運動「ニュークリア・ゼロ」に賛同し、2014年に500万を超える署名を集めました。
 また、昨年の核軍縮に関する国連公開作業部会に寄せた「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」の共同声明の作成に協力するとともに、国連総会第1委員会にも、同コミュニティーとしての共同声明を提出しました。
 2015年8月には、他の団体と協力して「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を広島で開催し、それを機に、核廃絶を求める世界の青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」が昨年発足しています。
 そして今年は「原水爆禁止宣言」60周年を記念し、宣言発表の地・神奈川で「青年不戦サミット」を行うことになっています。
 こうした10年にわたる一連の取り組みを支えてきた思いは、SGIが国連公開作業部会に提出し、国連文書となった作業文書の次の言葉に凝縮しています。
 「核兵器は、人間生命を無意味なものとし、希望をもって未来に目を向けるという、私たちの能力の発揮を妨げている」
 「核兵器の根源的な問題は、他者を徹底的に否定するところにある。それは、人間性の否定であり、平等であるはずの幸福への権利や、生命への権利の否定でもある」
 「核軍縮への挑戦は、核保有国だけでなく、全ての国家を含みつつ、市民社会の十分な関与を得た上での、地球的な共同作業でなければならない」
 3月から国連で始まる交渉会議を「地球的な共同作業」を生み出す場とするために、他の団体と協力し、市民社会の声の結集に全力で取り組むことを固く決意するものです。


家族を守るために日々迫られる選択

 続く第二のテーマは、難民の人々が生きる希望を取り戻すための支援です。
 近年、紛争や迫害によって生まれ故郷や住み慣れた場所を追われる人々が急増し、その数は6530万人にのぼります。
 中でも、6年に及ぶシリアでの紛争に伴う人道危機は極めて深刻です。30万人以上が命を失い、恐怖と欠乏のために人口の半数以上が避難生活を強いられ、480万人が国外に逃れざるを得ませんでした。
 こうした中、国連のグテーレス事務総長は、就任前の昨年10月、国連で最も対応に急を要する優先課題は「平和に関するものになる」とし、「人間の苦難をあらゆる次元で和らげる最善の方法は、平和のための外交の活性化である」と訴えました(国連広報センターのウェブサイト)。
 先月30日、シリア全土での停戦合意が発効し、国連安全保障理事会も支持する決議を採択して停戦の順守を呼び掛けましたが、このまま内戦が鎮静化するかどうか、予断を許さない状況が続いています。
 国連の支援で来月に開催予定の和平協議の場などを通じて、難民高等弁務官を長らく務めたグテーレス事務総長が率いる国連と、関係国が連携し、シリア紛争を一日も早く終結させることを願ってやみません。
 この外交努力と並んで、グテーレス事務総長が重要課題と位置づけているのが、「恐ろしい紛争を逃れ、保護を必要としている人々との全面的な連帯を確保すること」(同)です。
 昨年5月にトルコのイスタンブールで行われた国連の世界人道サミットで焦点となったのも、このテーマでした。
 開幕式でも提起されていたように、紛争によって突然、生活を破壊された人々は、来る日も来る日も厳しい選択を迫られていることに、思いをはせる必要があります。
 爆撃の危険を常に感じる中で住み慣れた場所の近くにとどまるのか、それとも、家族を引き連れて長い道のりを移動し続けるのか。
 海を渡る途中で命を落とす恐れがあるのを承知の上で、一縷の望みを託して船に乗るのか、それとも踏みとどまるのか。
 避難生活の中で子どもが病気になった時、限られた所持金の中で家族のための食料を買うのか、子どもの薬を買うのか――。
 先の見えない苦境に立たされているのは、生まれ育った環境や歩んできた人生は違っても、私たちと変わらない人間であることを忘れてはならないのです。


レジリエンスを共に高める活動

 市民社会の代表も数多く参加した世界人道サミットでは、人道と開発の取り組みを切り離さずに進めることや、難民の人々と受け入れ地域のレジリエンス(困難を
乗り越える力)を高める重要性などが確認されました。
 レジリエンスの強化は、私どもSGIが、「誰も置き去りにしない」世界を築くための柱として考えるもので、サミットで初開催した人道展「人間の復興――一人一人がつくる未来」でも強調した点です。
 そこで私は、受け入れ地域のレジリエンスを向上させるために、難民の人々がSDGsの課題に関わる仕事などに共に携わることのできる道を開く「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の枠組みを設け、国連を中心に推進することを提案したいと思います。
 現在、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が支援する難民の86%は、紛争地域の周辺にある途上国に集中しています。
 そうした国々は、貧困や保健衛生をはじめとするSDGsの課題に直面する一方、難民の受け入れに伴う問題も抱え、厳しい状況に置かれています。その打開には、サミットで確認されたように、人道と開発の取り組みを包括的に進めることが重要になります。
 国連開発計画(UNDP)がエチオピアで進めてきたプロジェクトは、その一例ともいえましょう。
 エチオピアでは、周辺国での相次ぐ紛争の影響で73万人もの難民を受け入れる中で、昨年、30年に一度といわれるほどの最悪の干ばつに見舞われました。そこでプロジェクトでは、自然資源の管理やインフラの復旧支援とともに、地域住民と難民との共存を図る活動に力を入れ、危機の悪化を防いできたのです。
 難民が増加の一途をたどる状況下で、受け入れ国の安定と発展なくして、難民の人々の生活を安定させることはできません。
 また、SDGsの課題を抱える点では、先進国や新興国も同じです。
 SDGsの達成に向け、食糧危機を防ぐための持続可能な農業をはじめ、再生可能エネルギーの導入に関わる仕事や、医療と保健衛生に携わる仕事など、さまざまな仕事が必要になると見込まれています。
 国際労働機関(ILO)のガイ・ライダー事務局長は昨年、難民の人々にとっての仕事の重要性を踏まえて、難民のための「ニューディール」の考案を呼び掛けました。
 私は、その一つの形として人道と開発をつなげ、難民の人々がSDGsに関わる仕事に携われるよう、国連と各国が協力し、技能習得や就労研修の機会を積極的に設けていってはどうかと提案したいのです。


受け入れ国での経験を復興の糧に

 人間にとって仕事は、生活を支える経済的な糧となる大切なものです。そして同時に、生きがいの源泉となり、自分が生きている証しを社会に刻む営みでもあります。
 仕事の確保は「社会正義の実現」に不可欠の要素と訴える、シドニー平和財団のスチュアート・リース前理事長も、私との対談で、こう強調していました。
 仕事がない状態は、「何かを達成する満足を感じながら、もしくは社会に貢献しながら自身の生計を立てるという人間的感覚」を否定し、「人間の尊厳を根源から脅かす問題」になる、と(『平和の哲学と詩心を語る』第三文明社)。
 その際、話題になったのが、1929年の世界恐慌による大量失業を解決するために、アメリカのルーズベルト大統領が始めたニューディール政策でした。
 そこでは、ダムの建設事業に加え、国立公園の保全や植林をする市民保全部隊も結成され、部隊には約10年間で延べ300万人もの若者が従事しました。
 20億本以上の木が植えられたほか、各地の国立公園の整備が進んだのです。
 その仕事は、多くの若者にとって、社会や人々のために役立っているという“手応え”や“誇り”に直結するものでした。それだけでなく、整備された国立公園や森林は、現在にいたるまで生物多様性や生態系の保全に貢献し、温室効果ガスの吸収などの面でも役立っているのです。
 こうした事例なども踏まえながら、難民の人々が仕事の機会をより多く得ることができ、SDGsの前進も後押しするような枠組みを検討すべきではないでしょうか。

「多様性」と「尊厳」守り合う社会へ
人権教育に関する条約を制定

 

エマソン協会のサーラ・ワイダー会長との語らい。次代を担う若者たちへの教育の重要
性が話題となった(2006年7月、東京・八王子市の創価大学で)

 何より、難民の人々は多くの苦しみや悲しみを味わってきたからこそ、さまざまな問題に苦しむ人々の力になれる存在です。
 また、紛争が終結して帰国を果たせた時には、受け入れ国でのSDGsに関わる仕事の経験が、生まれ育った国の復興と再建の大きな原動力になっていくに違いありません。
 折しも昨年9月、難民と移民に関する国連サミットで、「難民に関するグローバル・コンパクト」という新たな規範を来年に採択することが合意されました。
 過去最大の人道危機となった難民問題の解決なくして、世界の平和と安定はなく、「誰も置き去りにしない」とのビジョンを掲げるSDGsを本格的に進めることもできません。  先のエチオピアでのプロジェクトなどを支援してきた日本が、国連が重視する「人道と開発をつなぐ活動」に今後も力を入れていくことの意義は大きいのではないでしょうか。  国連サミットの翌日に、オバマ大統領が主催したリーダーズ・サミットで、日本は、紛争の影響を受けた約100万人に教育支援や職業訓練を実施するほか、今後5年間で最大150人のシリア人留学生を受け入れることを表明しました。
 そうした取り組みを基盤に、SDGsの推進につながる技能習得や就労研修の機会を設けるなど、「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の先駆けとなる活動を積極的に進めてほしいと念願するものです。

大学の社会的使命
 また、これに関連し、世界の大学が国連と連携して、難民の若者たちが教育機会を少しでも得られるよう、さまざまな形で後押しすることを呼び掛けたい。
 7年前に始まった国連と世界の大学を結ぶ「国連アカデミック・インパクト」の取り組みには、120カ国以上の1000に及ぶ大学が加盟しています。
 それらの大学が研究するテーマは、地球的な課題のほとんどを網羅しており、こうした世界の大学が持つ力を人類益のために発揮することが期待されます。
 歴史を振り返れば、前半で触れた、貧困に苦しむ人々のためのトインビー・ホールの活動を担ったのも、移民が尊厳を取り戻す支えとなったハル・ハウスで教育活動を行ったのも、大学の関係者たちでした。
 大学には、社会の“希望と安心の港”としての力が宿っているのです。
 その意味で、世界の大学が地球的な課題をめぐる研究での貢献とともに、出張講義や通信教育を含め、難民の若者の教育機会をさまざまな形で支えていくことの意義は、極めて大きいと思えてなりません。
 私が創立した創価大学も、昨年5月、UNHCRと「難民高等教育プログラム」の協定を結び、今春から難民の留学生を受け入れることになっています。
 昨年のリオデジャネイロ・オリンピックに出場した難民選手団の一員で、シリア出身のユスラ・マルディニ選手は、同じ難民の人たちに向けて次のような言葉を語っています。  「どんな困難も、嵐のような辛い日々も、いつかは落ち着く日が来る。難民になっても、夢や、やりたいと願っていたことをあきらめないで欲しい」(UNHCR駐日事務所のウェブサイト)
 紛争のために住み慣れた家を離れざるを得なくなり、見知らぬ場所で暮らすことになった難民の人々にとって、人間らしい生活の実感や、生きる希望の手応えを感じられるのは、仕事に就くことや教育の機会を得ることを通してではないでしょうか。
 国連が採択を目指す「難民に関するグローバル・コンパクト」では、この仕事や
教育の重要性を踏まえた内容を盛り込むことが大切ではないかと思います。
 難民問題を解決する道は、難民の人々が安心と希望と尊厳を取り戻す中でこそ、大きく開いていくことができるからです。

暴力的過激主義をどう食い止めるか
 最後に第三のテーマとして、「人権文化」の建設に関する提案を行いたい。
 世界で今、長引く紛争や内戦に加えて、深刻な脅威となっているのが、相次ぐテロや暴力的過激主義の高まりです。
 生きる意味や人生の希望を見いだせなくなった若者たちが、暴力的過激主義に引き込まれてしまう状況もみられます。
 私が創立した戸田記念国際平和研究所は昨年11月、こうした暴力的過激主義の蔓延を防ぐための研究会議を、アメリカのイースタン・メノナイト大学で開催しました。
 「処罰こそ暴力を防ぐ手段」との認識が各国で広がる中で、その有効性や課題について各地の事例を通して検証するとともに、緊張が続く地域で平和構築を進めるには何が必要かを探る会議となりました。
 そこで焦点となったのは、暴力的過激主義が広がる背景に目を向け、予防に力を注ぐこと――つまり、人々の意識を暴力的な手段によらない問題解決の方向へ向ける努力を、社会に組み込むことの重要性です。
 私は、その鍵を握るのが、人権教育の推進だと考えます。
 昨年は、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択5周年にあたりました。
 人権教育の国際基準を初めて定めた宣言で、SGIも起草段階から市民社会の声を届け、制定の支援をしてきたものです。
 昨年9月に国連人権理事会で、宣言の採択5周年を記念する政府間会議が行われた際には、SGIの代表も参加しました。
 席上、国連のケイト・ギルモア人権副高等弁務官は、各地で憎しみや暴力が広がる一方で、人権教育を通し、人々の行動を鼓舞する動きが見え始めていることは良いニュースであるとし、こう訴えました。
 「人権教育は、私たちの個々の多様性を超えて、私たちの共通の人間性を育みます。それはオプションの追加でも、習慣化された義務でもありません。人間にとって根源的なことを教えてくれるものなのです」
 人権教育の真価がどこにあるかを物語る言葉であり、私も深く共感します。

18億人の若者の大きな潜在力
 政府間会議では、人権教育を通して一人の少女の身に起こった変化などの事例が紹介されました。
 ――一人の少女が、学校で人権教育を受け、自分の尊厳について深く考えるようになった。
 以来、彼女の心に、自分の未来に対する自信と強さが宿り、周囲の状況に左右さ
れることなく、彼女自身が変わっていった。
 人権を踏みにじられる犠牲者ではなく、周りの人々の人権を守る存在になりたいと願うようになった――という話です。
 ギルモア副高等弁務官は、こうした少女の姿こそ「人権意識の驚くべき力」を示すものであり、「教育こそ変革の促進剤」と強調しました。人権教育には、限りない力と可能性が秘められているのです。
 私は、この変革の波をあらゆる場所で広げるために、人権教育に関する宣言を基盤に、「人権教育と研修に関する条約」の制定を目指し、実施手段の強化を図ることを提案したい。
 世界人権宣言の採択から70周年を迎える来年を機に、例えば、「人権教育に関する国連と市民社会フォーラム」のような場を設けるなどして、条約制定に向けての議論を高めていってはどうでしょうか。
 世界には、10歳から24歳までの若い世代が、18億人いるといわれています。
 こうした若い世代が、暴力や争いではなく、人権を守る方向へと心を向けていくことができれば、人権教育に関する宣言が掲げる「多元的で誰も排除されない社会」への道は、大きく開けていくはずです。
 その原動力となる人権教育を、各国で持続的に進めるためには、法律や教育プログラムを整備した上で、実施状況を定期的に評価し、改善する制度を設ける必要があります。
 政府間会議で私どもSGIが、市民社会ネットワーク「人権教育2020」を代表する形で訴えたのも、その点でした。
 世界人権宣言に始まる国際的な人権保障は、人権の規範設定や保護規定に続き、人権侵害の救済制度に力が注がれてきました。
 そして今、焦点となっているのが、互いの多様性を大切にし合い、互いの尊厳を共に守り抜く「人権文化」を、社会に根付かせていくことです。
 SGIでは、国連機関や関係団体の協力を得て、2月末からの国連人権理事会の会期にあわせて、新しい人権教育展示を開催する予定です。
 この新展示などを通し、市民社会の側から「人権文化」建設の輪を力強く広げていきたい。そして、他のNGOと連携し、「人権教育と研修に関する条約」の制定に向け、国際世論を喚起したいと思います。

安保理で起きた歴史的な大転換
 結びに、「人権文化」の建設に深く関わる、ジェンダー平等の重要性について論じたいと思います。
 ジェンダー平等とは、男女の差別なく、平等な権利、責任、機会を保障することです。国連機関のUNウィメンが強調するように、その主眼は、多様性を認識し、女性と男性の双方の関心やニーズを共に大切にする社会を築く取り組みにあります。
 SDGsでは、ジェンダー平等を達成し、あらゆる場所における、あらゆる形態の差別を撤廃するとの目標を打ち出しています。
 その重要性への認識の広がりを裏付けるように、ジェンダー平等が焦点となった昨年3月の「国連女性の地位委員会」には、過去最多となる80カ国以上の大臣と約4100人の市民社会の代表が集いました。
 私どもSGIでも、代表が参加するとともに、並行行事として「SDGs達成への道を開く女性のリーダーシップ」と題するフォーラムを開催しました。
 そこで確認したのは、ジェンダー平等が重要な人権問題であると同時に、その取り組みの前進がSDGsの全ての目標の前進につながるとの認識です。つまり、前半で言及した、SDGsの取り組みを包括的に進める「ネクサス(関係)アプローチ」の中軸を担うのが、ジェンダー平等であるということです。
 各国がジェンダー平等の重要性に対する認識で一致をみたのは、1995年の第4回世界女性会議にさかのぼります。その後、転機となったのが、2000年10月に国連安全保障理事会で採択された「1325決議」=注6=でした。
 平和と安全保障に関わる取り組みに女性が平等かつ全面的に参加できるよう、具体的な措置をとることを促した決議です。
 採択に尽力したアンワルル・チョウドリ元国連事務次長が語っていましたが、決議を実現に導いた背景には、女性の役割に関する「概念的、政治的大転換」があったといいます。  同年3月の国際女性デーに安保理が出した声明で、平和とジェンダー平等が不可分の関係にあると明記されたことで、「戦争や紛争の無力な被害者」とみなされてきた女性に対し、「平和と安全保障の維持と推進には不可欠」との認識の転換が図られた、と(『新しき地球社会の創造へ』潮出版社)。
 そして、この転換が「1325決議」として結実し、和平プロセスなどに女性が参加する道が明確に開かれたのです。

国連憲章を巡って女性が上げた声
 2年前には、決議の実行状況を振り返った国連の文書が発表されました。
 女性が関わった和平交渉は合意に達しやすく、持続性も高いことが明らかになったほか、国連の平和維持活動でも女性要員が現地の人々の信頼を得る上で重要な存在になっていることが報告されています。
 現在、SDGsの達成に向け、各国でジェンダー平等に関する政策の検討や実施が始まっていますが、大切なのは、「1325決議」を導いた認識の転換を顧みること――つまり、女性は無力な存在ではなく、その力の発揮が欠かせないとの認識に基づき、社会を組み直していく視点ではないでしょうか。
 この点、エマソン協会元会長で女性学に造詣が深いサーラ・ワイダー博士も、「いかなる人であれ、人の下座に置かれることを強いられてはなりません。誰もが“隣り合わせ”に座り、耳を傾け、語り合い、互いの持てる力や存在を尊重し合うべきではないでしょうか」(『母への讃歌』潮出版社)と、私との対談で強調していました。
 最近の研究で、国連の誕生時において、国連憲章に人権保障の中核をなす一節を組み入れる貢献をしたのが、女性たちだったことが浮き彫りにされています。
 1945年、サンフランシスコで国連憲章の制定会議が開かれた時、各国の代表団から、人権に関する規定を盛り込むことを求める意見が相次ぎました。その際、単なる“人間の権利”といった表現では不十分であると声を上げたのが、中南米諸国などから参加していた女性たちでした。
 こうした中で、憲章前文での男女同権への言及や、性による差別なく人権を尊重する規定(第1条3項)に加えて、国連の全機関で男女が平等に参加する資格があること(第8条)が明記されたのです。

法華経に描かれた竜女の尊極の姿
 このような国連誕生時のエピソードを知るにつけ、胸に浮かぶのは、仏教の精髄である法華経で「万人の尊厳」を説く中、それを現実のものにした具体的な姿として「女性の尊厳」が描かれていることです。
 ――釈尊が、いかなる人々にも尊極の生命が具わっているとの「万人の尊厳」の法理を説き明かし、重要な話は聞き終えたと思った智積菩薩が、その場から去ろうとした。
 釈尊の勧めで、文殊師利菩薩と対話をすることになった智積は、わずか8歳の少女(竜女)が尊極の生命を輝かせて、人々に対する深い慈愛の念を持っているとの話を聞かされる。
 にわかに信じられずにいた智積の前に、竜女が姿を現すが、釈尊の弟子である舎利弗も、まだ幼い彼女の姿を見て、本当にそんなことができるのかとの思いを拭えなかった。
 竜女は尊極の生命の証しである宝珠を釈尊に手渡した上で、舎利弗に対し、自分の本当の生命の輝きを見てほしいと叫ぶ。
 そして、竜女が人々のために尽くす姿を実際に目にした舎利弗と智積は、文殊の話が真実であると確信するにいたった――と。
 私は、この場面には、「万人の尊厳」といっても、抽象的な理解だけでは完結しえないことが示されていると感じます。
 また日蓮大聖人が、竜女の叫びの核心は、「舎利弗竜女が成仏と思うが僻事なり、我が成仏ぞと観ぜよ」(御書747ページ)との思いにあると強調したように、竜女の尊厳と舎利弗の尊厳は、決して別のものではありません。竜女の尊厳(女性の尊厳)に照らされて、その実感を通し、舎利弗の尊厳(男性の尊厳)も浮かび上がっているのです。
 つまり法華経では、「女性の尊厳」が現実に示されたことで、「万人の尊厳」が真に内実を伴うものとして結晶しています。
 現代の人権についても、女性の権利の重要性が国連憲章に刻まれたからこそ、国連に人権の精神が鮮明な形で宿るようになったのではないでしょうか。
 国連憲章の制定会議で声を上げた女性たちの思いも、女性の権利を大切にしなければ、“人間の権利”を大切にする社会は築けないとの一点にあったに違いないと思
うのです。
 UNウィメンでは現在、ジェンダー平等の推進の輪に、積極的に男性も加わることを呼び掛ける、「HeForShe(ヒー・フォー・シー)」のキャンペーンを進めています。
 自由と権利を得られずにいてよい人間などなく、自由と権利を求める行動において差異による区別を設けてはならないはずです。
 ジェンダー平等の目的――それは男女を問わず、全ての人々が尊厳の光を自分らしく輝かせていける道を、皆で大きく広げていくことにあるのです。
 私どもSGIは青年を中心に「人権文化」を担う民衆の連帯を強めながら、「誰も置き去りにしない」世界を築く希望の暁鐘を、力強く打ち鳴らしていきたいと思います。

語句の解説
 注4 ダモクレスの剣
 「身に及ぶ危険に常にさらされている状態」を示す譬え。紀元前4世紀、シラクサの王ディオニシオスが、王の幸福を称賛する廷臣ダモクレスを、頭上から1本の毛で剣が吊された王座に座らせ、栄華のうちにも常に危険があることを悟らせた故事に由来する。ケネディ大統領が1961年9月の国連総会の演説で言及した。

 注5 ラッセル=アインシュタイン宣言
 1955年7月、哲学者のラッセルと物理学者のアインシュタインら11人が、核兵器廃絶と戦争のない世界を呼び掛けた宣言。これを基礎に、世界の科学者によるパグウォッシュ会議が57年に発足し、核廃絶の運動を続ける中、95年にノーベル平和賞を受賞。2001年に、宣言を復刻した特装版の第1号が、同会議のロートブラット名誉会長から池田SGI会長に贈られた。

 注6 1325決議
 2000年10月、国連安全保障理事会で全会一致で採択された決議。紛争予防や平和構築における意思決定への女性の参画とともに、紛争下の女性に対する暴力や人権侵害の防止などを国連加盟国に要請する内容となっている。以来、40カ国以上で決議を実行するための行動計画が策定されてきたほか、安保理でも1325決議を補強する六つの決議が採択されている。

2017年1月26日 (木)

2017年1月26日(木)の聖教

2017年1月26日(木)の聖教

◆わが友に贈る


今日という一日を
悔いなく戦い抜こう!

一瞬一瞬を大事にする
真剣勝負の積み重ねが
揺るがぬ自身をつくる!

◆名字の言


    ヒロシマ・ナガサキの惨劇から72年。いよいよ
3月27日から国連で「核兵器禁止条約」制定に向けた交渉会議が始まる。過去に核使用を禁じる明確な国際法はない。「核なき世界」の選択へ、人類は歴史的な岐路に立つ。条約制定の機運を高めたのは、核被害を受けた世界中の“ヒバクシャ”の声だった▼「核兵器は絶対悪」との第2代会長・戸田先生の叫びを原点とする創価の平和運動もまた、人間に寄り添い、蘇生させ、一人一人の声を世界に届けることを主眼としてきた▼広島で被爆した82歳の婦人は、あの惨劇の記憶を心の奥にしまって生きた。「おばあちゃんと一緒に幸せになりたいの」――女子部員の孫が長年、仏法の話をした。凍えた心が解け、2年前のある日、「分かった。やってみるよ」と入会。今、喜々として座談会に参加し、生命尊厳の哲学を学ぶ▼池田先生は断言する。「『核兵器禁止条約』を実現させる上で、最大の原動力となるものこそ、目覚めた民衆の連帯なのだ」。核兵器廃絶へ、その王道は、民衆の心にある良心と勇気を呼び覚ます地道な対話以外にない▼きょう第42回「SGIの日」記念提言が発表された。分断の波にあらがい、調和の新世界を築くために、その平和哲学を学び、民衆の連帯を強めたい。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年1月26日

 
「1・26」記念提言を発表
 平和と人道の世紀の開拓
 へ。若きスクラムを拡大
      ◇
 
東北女性の日。地域の友
 に希望送る福光の太陽。
 皆様の前進が創価の勝利
      ◇
 
真に必要な学問はどう生
 きるかを学ぶ事
―文豪。
 学会は人生の“総合大学”
      ◇
 
高き価値を創造するよう
 絶えず考えよ
―戸田先生
 青年は新思考で突破口を
      ◇
 
いじめ防止対策が「学校
 評価」の項目に。二重三
 重の対策で悲劇の根絶へ

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二十一
 
 


 山本伸一は、先頭に立って、全青連のメンバーを案内した。
 「周桜」から数十メートルほどのところに植えられた、二本の桜の前に土が盛ってあった。木の高さは四メートルほどあり、淡いピンクの花をつけていた。向かって左側が「周恩来桜」、右側が「鄧穎超桜」である
 一行と創価大学の学生代表らが見守るなか、記念植樹が行われた。伸一と高占祥団長がスコップを手にして、桜の根元に土をかけていった。青年たちから拍手が起こった。
 「では、一緒に記念写真を撮りましょう」
 伸一の提案で一行はカメラに納まった。
 高団長は感無量の面持ちで語り始めた。その言葉を、通訳の青年が日本語で伝えた。
 「『周桜』『周夫婦桜』には、中国との平和友好を心から考え、行動してこられた山本先生の真心が痛いほど感じられます。私は強い感動を覚えました。先生への感謝を、即興の詩に託したいと思います」
 中国語で朗々と詩を披露していった。
  「桜花時節訪東隣 意最濃来情最真
   賞花倍感栽花者 飲水常思掘井人
 (桜花の時節に東隣を訪ぬるに、意最も濃くして情最も真なり。花を賞でるに倍して感ずるは花を栽えし者、水を飲むに常に思うは井を掘りし人)」
 胸中深くこだまするような声調であった。この感謝の表明に、伸一は恐縮した。
 友誼の源泉とは、相互の心に宿る感謝の思いである。
 高占祥は中国に帰国したあと、日本訪問の喜びを詩に込め、手帳に「一衣帯水の流れは尽きず、友誼の花は万古に春なり」と中国語で記す。また、その後、子息と共に日本語の勉強を始めている。中日両国の人びとの友好交流は、永遠に続いていくことを、強く確信してのことである。
 周恩来総理は、世々代々にわたる友好を築かねばならないと、深く決意していた。
 世代から世代へ、友誼のバトンが受け継がれてこそ、真の友好となる。

【聖教ニュース】

◆第42回「SGIの日」記念提言㊤ 創価学会インタナショナル会長 池田大作 
  「希望の暁鐘 青年の大連帯」
 「原水爆禁止宣言」から60周年
 平和と人道の時代潮流を
           
                                                                                                                                                 
 きょう26日の第42回「SGIの日」に寄せて、SGI会長である池田大作先生は「希望の暁鐘 青年の大連帯」と題する提言を発表した。
  提言ではまず、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進には、温暖化防止対策にみられるようなグローバルな行動の連帯が欠かせないとし、その精神的基盤を形づくるものの一つとして大乗仏教の「菩薩」の精神に言及。青年の力を引き出す世界市民教育の重要性を論じるとともに、民族や宗教の差異を超えた友情の水嵩を増しながら、多様性の尊重に基づく「平和の文化」を築くことを呼び掛けている
 また、青年が人々をつなぐ信頼の結節点となり、さまざまな課題を乗り越えるプラスの連鎖を広げることが、SDGsの達成に向けての原動力になると強調している。
 続いて、核兵器の問題について、世界の核兵器の9割以上を保有するアメリカとロシアの首脳会談を早期に開催し、緊張緩和と核軍縮の流れをつくり出すことを提唱。今年で発表60周年を迎える戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の意義に触れつつ、唯一の戦争被爆国である日本が、国連で始まる交渉会議への参加を各国に働きかけ、核兵器禁止条約を締結する道を開くよう訴えている。また難民問題に関し、難民の人々が受け入れ地域でSDGsに関わる仕事などに携わり、地域の発展に貢献できる道を開く「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の枠組みを国連を中心に設けることを提案。
 最後に、全ての人々の尊厳を大切にする社会の建設に向けて、「人権教育と研修に関する条約」の制定とともに、男女差別の解消を図るジェンダー平等の促進を呼び掛けている。(㊦は次号に掲載予定)
  私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が、「原水爆禁止宣言」を発表してから、今年で60周年になります。
 牧口常三郎初代会長と共に、平和と人道のために戦い抜いた戸田会長の思想の柱は、仏法が説く生命尊厳の哲学に根差した「地球民族主義」にありました。
 どの国で生まれ、どの民族に属そうと、誰一人、差別したり、踏み台にしたり、犠牲にすることがあってはならない――。
 それは今思えば、「誰も置き去りにしない」という、国連が現在、国際社会を挙げて成し遂げようと呼び掛けているビジョンとも響き合う思想にほかなりませんでした。
 その強い思いがあればこそ、戸田会長は、世界の民衆の生存権を根源から脅かす核兵器を“絶対悪”であるとし、核兵器禁止の潮流を民衆の連帯で築き上げることを、訴えずにはいられなかったのです。
 1957年9月8日、台風一過の秋空の下、横浜・三ツ沢の競技場で5万人の青年らを前に叫ばれた、「いやしくも私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」(『戸田城聖全集』第4巻)との言葉は、今も耳朶を離れることはありません。
 以来、私どもは、志を同じくする人々や団体と連携しながら、核兵器の禁止と廃絶を求める運動を重ねてきました。
 時を経て、核兵器の非人道性に対する認識が国際社会で幅広く共有される中、先月の国連総会で、核兵器禁止条約の交渉開始を求める歴史的な決議が採択されました。
 3月からニューヨークの国連本部で始まる交渉会議を通し、核時代に終止符を打つ道が開かれることを強く願ってやみません。
 世界では今、こうした核兵器の問題をはじめ、相次ぐ紛争や急増する難民など、多くの課題が山積しています。
 しかし私は、人類の行く末を悲観する必要はないと考えます。
 なぜなら、青年の数だけ希望があり、未来があると固く信じるからです。

   SGIの国連支援に脈打つ
 大乗仏教の「菩薩」の精神

         
世界人道サミットで、SGIが他の団体と共に開催したワークショップ。人道支援における宗教組織の役割について討議が行われた(昨年5月、トルコのイスタンブールで)
世界人道サミットで、SGIが他の団体と共に開催したワークショップ。人道支援における宗教組織の役割について討議が行われた(昨年5月、トルコのイスタンブールで)

 確かに、昨年からスタートした国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」において、最も配慮すべき存在の筆頭に、子どもと若者が挙げられているように、その多くが貧困や格差などの厳しい状況に直面している現実があります。
 しかし一方で、平和構築における青年の役割を強調した安全保障理事会の「2250決議」をはじめ、若い世代の力に着目した動きが国連で相次いでいます。
 SDGsを定めた国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、若者を“変革のための重要な主体”と位置づけ、その力の発揮に期待を寄せていますが、まさに私の確信もそこにあるのです
 青年の存在と活躍こそ、地球的問題群を解決する原動力であり、2030年に向けた国連の挑戦の生命線である――と。
 そこで今回は、「青年」に焦点を当てながら、SDGsが目指す“平和で公正かつ包摂的な社会”を築くための方途について論じたいと思います。

地球温暖化防止の「パリ協定」が発効

 
第一の柱は、「同じ地球で共に生きる」との思いに立った連帯を、青年を中心に広げることです。
 昨年11月、地球温暖化防止の新たな国際枠組みとなるパリ協定=注1=が発効しました。
 4月の署名式で175カ国・地域が一斉に調印を果たす中、協定の採択(2015年12月)から1年たらずで発効するという画期的なスピードです。長らく不可能と言われてきたことが、今では世界中の国々で協力して臨もうとする流れに変わってきたのです。
 潮目の変化が生じたのは、異常気象や海面上昇など、気候変動の影響が次々と目に見える形で現れ、どの国にとっても喫緊の課題であるとの「認識の共有」が進んだことが大きかったと思われます。
 貧困の解消をはじめとする17の分野、169項目に及ぶSDGsの目標を前進させるには、温暖化防止対策のような「認識の共有」に基づく行動の連帯を、あらゆる分野で築いていかねばなりません。
 SDGsの多岐にわたる目標を前にして、達成を危ぶむ声もあります。
 しかし、目標の数の多さは、それだけ大勢の人が深刻な問題に直面していることの証左であり、どれ一つとしてそのままにしてよいものではないはずです。紛争にしても災害にしても、直接的な被害に加えて人々を苦しめるのは、“自分たちのことが見過ごされているのではないか”との思いではないでしょうか。
 焦眉の難民問題についても、昨年5月の世界人道サミットに続き、難民と移民に関する国連サミットが9月に行われましたが、国際協力は思うように進んでいません。
 その現状に対し、国連のアントニオ・グテーレス新事務総長は就任決定直後(昨年10月)のインタビューでこう述べました。
 「こうした動きを逆転させ、難民保護を本来のグローバルな責任として受け入れてもらえるよう、全力を尽くしていきます。それは単に、難民条約に盛り込まれているだけではありません。全世界のあらゆる文化や宗教にも深く根づいた理念です。イスラム教にも、キリスト教にも、アフリカを含む各地にも、そして仏教やヒンズー教にも、難民を保護するという強い意識が見られます」(国連広報センターのウェブサイト)
 グテーレス事務総長が訴える通り、難民問題への対応を強化することが急務であり、しかも、そのための精神的な基盤は、さまざまな形で世界に息づいているものなのです。
 ゆえに大切なのは、どれだけ問題が大きく、解決が困難であろうと、互いに連帯しながら、人々のためにできることを積み上げていくアプローチではないでしょうか。 

釈尊の教えを貫く応病与薬の励まし


 仏教の出発点も、人々の苦しみを一緒になって乗り越えることにありました。
 釈尊は、後に八万法蔵と呼ばれるほどの多くの教えを残しましたが、その大半は、目の前にいる人々の悩みや苦しみと向き合う中で語られたものでした。
 釈尊は、教えを説く対象を限定することなく、「われは万人の友である。万人のなかまである」(『仏弟子の告白』中村元訳、岩波書店)との信念のままに、行く先々で出会ったさまざまな人々に法を説いたのです
 釈尊の評伝を綴った哲学者カール・ヤスパースも、「仏陀の出現は知識の教師としてではなく、救済の道の告知者としてなのである」(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)と記しています。
 「救済の道」との表現はインド医学の用語を踏まえたものであるとヤスパースは述べていますが、まさに釈尊の説法の底流にあったのは、病気になった人に最も適した薬を施すような“応病与薬”の励ましだったといえましょう。
 釈尊は、仲間になった弟子にも、「比丘たちよ、遊行せよ、多くの人々の福利のために、多くの人々の安楽のために」(『原始仏典』第1巻、畝部俊英ほか訳、講談社)と、声をかけました。
 民族や社会的階層の隔てなく、悩める人々の所に足を運ぶ実践を重ねた釈尊と弟子たちは、「四方の人」と呼ばれたのです。
 釈尊には、生命の尊厳に対する深い確信がありました。全ての人に尊極の生命が具わっており、厳しい環境にあっても生命に具わる可能性を開花させることができるとの確信です
 当時の社会では、自分の今の姿や未来は、過去からの宿命で一切が定められ、変えることはできないと説く「宿命論」が支配的である一方で、人間生活の出来事には特別な原因や条件はないとする「偶然論」の思想も説かれていました。
 「宿命論」の思想は、どれだけ努力しても運命は変えられず、自分の境遇をただ受け入れるしかないとのあきらめを植え付け、人間の心から希望を奪い去るものでした。
 また「偶然論」も、どんな行いをしようと結果には関係ないと考えるために、人生を無軌道にしてしまうばかりか、他の人々を傷つけても意に介さない状態を招きました。
 釈尊は、こうした呪縛や悪弊などから人々を解き放つため、「生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生ずる」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)と呼び掛けました。
 人生は全て動かし難いものと決定づけられているのではなく、今この瞬間の「行い」で切り開くことができると説いたのです。
 仏教では、自らの一念の変革によって、未来の結果(果)につながる今現在の状態(因)そのものを変えることができると訴えるとともに、原因と結果の関係を方向づける「縁」の重要性を提起しています。
 つまり、「因」が同じでも、そこにどのような「縁」が結びつくかによって、一人一人に現れる「果」は異なってくる、と。
 この視座に立って、生命の尊厳と可能性への確信を抱きながら、生きる希望を失いかけた人に寄り添い、共に前へ進もうと励ます生き方を、仏教は促しているのです。

自分の今いる場所から尽きない光明広げる
内なる力引き出すエンパワーメント


 大乗仏教では、自他共の幸福を目指す生き方を「菩薩」と名付け、維摩経には、その精神を象徴する言葉が記されています。
 「疾病の(多い)中劫にあっては、彼は良質の薬となり、それによって人々は解脱し、諸病もなく幸福になる。
 飢饉の(多い)中劫にあっては、食物や飲み物となり、飢えと渇きとを除いて、人々に法を説く。
 武器の中劫にあっては、彼らは慈愛心を修め、多くの衆生、幾百幾万の衆生を、憎悪のないところへおちつける」(長尾雅人訳、『大乗仏典7 維摩経・首楞厳三昧経』所収、中央公論新社)と。
 「四苦」と呼ばれる生老病死の悩みを抱える人々への励ましはもとより、社会で深刻な問題が起きた時、「一切衆生の病を以て是の故に我病む」との維摩経の文のごとく、脅威が自分に及んでいようといまいと、同苦の心で、今いる場所から行動を起こしていく。
 その行動は、維摩経の「無尽燈」の法門=注2=のように、目の前の一人を希望の光で照らすだけでなく、尽きることのない輝きをもって周囲や社会をも明るく照らし出していくと、仏教は説きます
 私どもSGIが、国連の活動を支援し、地球的問題群の解決を目指す行動を続けてきた基底にあるのも、この「菩薩」の精神にほかなりません。
 これまで難民救援活動の支援や、災害時の復興支援などにも取り組んできましたが、活動の柱として最も重視してきたのは、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント(内発的な力の開花)」です。
 エンパワーメントが引き出す内発的な力こそが、「無尽燈」のように、尽きることのない変革のエネルギーとなり、希望の光明になると信じるからです。

「化城宝処」の譬え


 釈尊の教えの精髄である法華経には、「化城宝処」という譬えがあります
 ――ある隊商の一行が、険路をよく知る導師の案内で、砂漠を進んでいた。しかし途中で疲労の極みに達し、これ以上、前に進めないとあきらめかけた。
 ここで引き返しては、皆の苦労が無駄になると考えた導師は、神通力を用いて前方に城をつくり、あの場所まで進もうと励ます。
 元気を取り戻した隊商の一行は、城にたどりつき、休息することができた。
 疲れが癒えたのを見届けた導師は、これは皆のために現した幻の城(化城)であると明かす。そして、本当の目的地(宝処)は近くにあり、共にそこまで進んでいこうと声をかけた――という話です。
 釈尊が重ねてその意味を述べた偈において「宝所」と言葉は変わっていますが、この話を貫く主題は、「共に宝所に至るべし」との一節にあります。

どこまでも一緒に前へ進む歩みに
尊極の生命は共に輝く

 
人類が直面する課題を解決するには、多くの人々の意思と力と努力を結集する以外にない!――アルゼンチンの人権活動家であるエスキベル博士夫妻との語らいでは、民衆の連帯の重要性や、人権の普遍性が焦点になった(1995年12月、東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館で)
人類が直面する課題を解決するには、多くの人々の意思と力と努力を結集する以外にない!――アルゼンチンの人権活動家であるエスキベル博士夫妻との語らいでは、民衆の連帯の重要性や、人権の普遍性が焦点になった(1995年12月、東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館で)

 それは、どれだけつらく絶望しそうになっても、手を携えて前に進もうと自他共の幸福を求め抜く、人間精神の大宣言ともいうべき輝きを放っているのです
 また、先ほどの因果の関係から捉え直せば、砂漠で疲労困憊し(因)、本来は立ち止まってしまうところ(果)を、励ましの言葉を得て(縁)、目的地にたどりつけた(異なる果)とも位置づけられましょう。
 法華経の精神を根幹に、13世紀の日本で仏法を展開した日蓮大聖人は、ここでいう化城と宝処は決して別々のものではなく、「化城即宝処」(御書732ページ)であると説きました。
 宝処にたどりつくという結果もさることながら、「共に宝所に至るべし」との心で、一緒に進む過程そのものが尊い、と。
 人々の苦しみとそれに対する励ましが因縁和合して、前に踏み出す一歩一歩が「念念の化城」と現れるだけでなく、それがそのまま、自他共に尊極の生命が輝く「念念の宝処」となっていくと強調したのです。

エスキベル博士が培ってきた信念


 私は以前、SDGsに先立つ形で、2015年まで推進された国連のミレニアム開発目標について、「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と呼び掛けたことがあります。
 数値的な改善ばかりに目を奪われると、苦境に置かれた人々への配慮が後回しにされ、また、目標達成への息吹を長続きさせることも難しくなってしまうと考えたからです。
 この点、アルゼンチンの人権活動家であるアドルフォ・ペレス=エスキベル博士が語っていた言葉が思い起こされます。
 「人間は、人間としての共通の目的を目指して進むとき、自由や平和を志向しているとき、尋常ではない能力を発揮する」(『人権の世紀へのメッセージ』東洋哲学研究所)
 こうした信念は、厳しい社会情勢が続いても、未来への希望を決して手放さなかった中南米諸国の民衆と連帯を深める中で、博士が培ってきたものでした。
 博士は、民衆の行動をたたえながら、こう述べています。
 「民衆の生活をさらに踏み込んで見てみると、老若男女を問わず、民衆は、英雄になろうなどとは思っていません。ただ、奇跡が起きて『一輪の花』が咲くことを日々求めているだけなのです。その開花は、日常生活という戦いのなかにあります。つまり、人生に対して子どもが見せる笑顔のなかに咲き、希望を創り出し、希望の光で道を照らすなかに咲きます。『すべての努力は、自分たちの解放のためなのだ』と気づく瞬間のなかに咲いていくのです」(同)
 非常に味わい深い言葉だと思います。
 SDGsの目標達成は、いずれも容易ならざる挑戦です。
 しかし、苦しんでいる人々に寄り添い、エンパワーメントの波を起こす中で、自分たちの身の回りから「一輪の花」を咲かせることはできるはずです。
 そして、その何よりの担い手となりうるのが青年ではないでしょうか。
 冒頭で触れた国連安保理の「2250決議」が、平和構築に青年が参画する重要性を呼び掛けたのと同様に、あらゆる分野で青年が活躍の機会を得ることができれば、そこから突破口が開けるはずです。

難民選手団の決意


 昨年8月、ブラジルのリオデジャネイロで行われたオリンピックに、難民選手団が初出場し、感動の輪を広げました。
 出場にあたり、選手が口々に語っていた決意は、胸に深く残りました。
 「オリンピックの舞台で走ることで、自分と同じ境遇にある難民に、人生は変えられるというメッセージを送りたい」
 「これまでの人生を思い返し、それを自分の強さに変えたい。難民がより良い人生を送れるように願って、私は走りたい」(UNHCR駐日事務所のウェブサイト)
 これらの言葉が象徴するように、青年の青年たる真骨頂は、過去の姿でも、未来の姿にあるのでもない。
 自分自身の“今の姿”をもって、同じ時代を生きる人たちの力になりたいという心にこそ、輝くのではないでしょうか。
 SDGsが掲げる「誰も置き去りにしない」とのビジョンは、青年にとって、遠く離れた場所にある指標でも、いつか成し遂げるべき未来のゴールでもないと思います。
 それは、「同じ人間として同じ地球で共に生きる」ことと同義であり、日々の行動を通して「生きる喜びを分かち合う社会」を築く生き方に等しいものなのです
 青年が、今いる場所で一隅を照らす存在になろうと立ち上がった時、そこから、周囲の人々が希望と生きる力を取り戻す足場となる、安心の空間が形づくられていきます。
 その安心の空間に灯された「共に生きる」という思いが、そのまま、国連が目指す「誰も置き去りにしない」地球社会の縮図としての輝きを放ち、同じような問題に苦しむ他の地域の人々を勇気づける光明となっていくに違いないと、確信するのです。

苦しむ人々の立場に身を置く


 私は3年前の提言で、SDGsの達成を図る上で、青年たちが「最も影響力のある存在」になると強調しました。
 また、青年の限りない力を引き出す世界市民教育を、国連と市民社会との協働によって推進することを提案しました。
 それだけに、韓国で昨年行われた国連広報局/NGO(非政府組織)年次会議で、「世界市民教育――SDGsを共に達成しよう」がテーマに掲げられ、青年が数多く参加する中、世界市民教育の推進を約し合う「慶州行動計画」が採択されたことを、心から歓迎するものです。
 国家や社会の真価は、軍事力でも経済力でもなく、“最も苦しんでいる人のために何ができるか”の一点にこそ現れます。
 教育には、そうした社会のベクトルを形づくる働きを持続的に生み出す力があります。
 中でも世界市民教育は、どんな場所で起きた出来事にも、同じ人間としての眼差しをもって向かい直す「縁」となり、問題解決への行動の連帯を育む「縁」となるものです。それは、グローバルな課題を人間一人一人の生き方に引き寄せながら、その人自身が持つ可能性を開花させていく源泉にほかなりません。
 この世界市民教育の推進を通し、①苦しむ人々の立場に自分の身を置く経験を重ね、②共に生きる社会を築くために何が必要かを見いだし、③皆で力を合わせて足元から「安心の空間」をつくり出していく――。
 私は、こうした教育による「縁」の波動を広げ、青年の力を引き出す中で、時代変革の潮流は勢いを増すと信じるものです。

多くの国で強まる排他主義の動き


 第二の柱は、分断や格差の拡大を乗り越える社会の土壌づくりです。
 グローバル化が急速に進む中、生まれ育った国を離れて他国に移り住む人が増加の一途をたどっており、世界全体で2億4400万人に及んでいます
 21世紀に入ってから、その数は4割も増えました。
 世界経済の長引く停滞と相まって、排他主義の動きが強まり、移民とその家族に対する風当たりが厳しくなっています。
 「ヨーロッパのほとんどの諸国は、移民や亡命者、そのほか抱えている問題に直面すると、連帯意識が低下します。ほぼ全ての政治指導者たちが、選挙運動となると『外国からの貧しい人々との連帯意識よ、さようなら』と悲しくも言うことを、私は報告せざるを得ません」(ジェレミー・ローゼン編『世界はなぜ争うのか』渥美桂子訳、朝倉書店)
 これは、オーストリアのフランツ・フラニツキ元首相が、3年前にウィーンで開催された宗教間対話の会議で述べた言葉です。
 近年、ヨーロッパに限らず、世界の多くの国で、憎悪に基づき差別を扇動するヘイトスピーチや、排他的な政治主張が顕著になってきていることが懸念されてなりません。
 国連では、昨年9月に行われた難民と移民に関する国連サミットを機に、国際的な人の移動の拡大が引き起こす社会の不安を希望に変えるためのキャンペーンを立ち上げました。
 この現実と向き合うにあたって、受け入れ国で広がる不安を考慮しなければ、解決が遠のいてしまうことは否めません。
 しかし、その上で大切になるのは、国連のキャンペーンが呼び掛けるように、正当な懸念を踏まえつつも、排他主義への傾斜を克服する道を模索することであり、難民や移民の人々を巡る議論を人間的なものにしていく共通の努力ではないでしょうか。
一人一人の幸福に焦点を当てた
社会正義を実現する道を

オーストリアのフラニツキ首相との会見では、文化交流や青年交流の重要性が話題に。戦時中の体験を交えつつ、平和の世紀への課題が語り合われた(1989年10月、都内で)
オーストリアのフラニツキ首相との会見では、文化交流や青年交流の重要性が話題に。戦時中の体験を交えつつ、平和の世紀への課題が語り合われた(1989年10月、都内で)

平和を望むなら平和の準備を!


 かつてフラニツキ元首相とお会いした時(1989年10月)、文化交流や青年交流の重要性を巡って、「ジェット機で何時間とかの距離よりも、『心の距離』が大切です」と語っておられたことを思い出します。
 その折、元首相のご両親が、第2次世界大戦中に、迫害されたユダヤ人を自宅にかくまった話にも話題が及びました。
 緊迫した状況下にあって、宗教や民族の違いなど一切関係なく、人間としての道を貫き、行き場を失った人々を守ったのです。 
 こうした戦時中の体験を振り返った会談の最後で、元首相は次のように述べられました。  「『平和を望むなら、戦争の準備をせよ』というラテン語の格言があります。しかし、これを私は、こう置き換えて行動しているのです。『平和を望むなら、平和の準備をせよ』と」
 その信念を伺ったのは、ベルリンの壁が崩壊する1カ月前のことでした。
 フラニツキ元首相が89年2月に、オーストリアとハンガリーの国境にあった鉄条網の撤去に合意したことで、9月には東側の国から西側へ移動できる道が開かれました。
 この国境開放が、ベルリンの壁の崩壊にもつながっていったのです。
 ベルリンの壁について、統一ドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー初代大統領は、「人間性を拒否する政治が石となった」(加藤常昭『ヴァイツゼッカー』清水書院)と指摘していましたが、こうした深刻な分断を21世紀の世界で繰り返すようなことがあってはならないと思います。
 民族や文化を同じくする人が周りにいることが、大きな安心感につながるとしても、社会で緊張が高まった時に、その集団意識が他の人々への激しい差別や敵対心に転化しかねないことに、十分留意しなければなりません。
 先に私は、「生れを問うことなかれ。行いを問え」との釈尊の言葉を引きましたが、人間を一つの属性だけで色分けして差別をすることは誤りというだけでなく、社会を蝕む分断の温床となってしまうのです。
 また、現在の世界の状況を考えるにつけ、排他主義の動きにひそむ危険と“同根”のように感じてならない問題があります。 
 それは、多くの国が経済の停滞に直面する中、市場原理に基づく経済的合理性を最優先する風潮が強まり、そのしわ寄せが、弱い立場に置かれた人々をさらに深刻な状態に追い込む傾向がみられることです。
 確かに、経済的合理性の追求が、成長や発展への活力を生んできた面はあります。しかしそれは、あくまでも一つの要素であって、全てではないはずです。
 そのことが見失われ、経済的合理性を何よりも優先する時流が強まっていけば、重要な判断が半ば機械的に下され、社会で生きる多くの人々の思いが介在する余地が狭められてしまう恐れはないでしょうか。
 排他主義が善悪二元論的な思想によって突き動かされる時、わずかなためらいも心から締め出されてしまうのと同じように、経済的合理性の追求において、人間性という胸にとどめるべき判断の伴侶が不要とされるならば、どんな犠牲も顧慮しない冷酷な心情が暴走しかねないと思うのです。

公正さに関するセン博士の議論


 この問題を考えるにあたって重要な示唆を与えると思うのが、経済学者のアマルティア・セン博士が提起した、社会正義における公正さを巡る議論です(以下、『正義のアイデア』池本幸生訳、明石書店を引用・参照)。
 考察を進める上で、博士が手がかりとして着目したのは、倫理と法に関する古典的なンスクリット文献において、正義を表す「ニーティ」と「ニヤーヤ」の二つの言葉が区別して用いられていることでした。
 博士は、ニーティが「制度、規則、組織」の正しさに関心を向けるのに対し、ニヤーヤは「実際に何がどのように起こるのか」という結果、特に「人々が実際に送ることのできる暮らし」に焦点を当てるものだったと指摘します。
 その上で、「制度、規則、組織の役割は、それ自体重要ではあるが、単に我々が持つに至った制度や規則だけではなく、実際に現れた世界と不可避的に結びついた、より広く、より包括的なニヤーヤの視点から評価されなければならない」と強調しました。
 またセン博士は、二つの概念の違いが実際の政治に現れた例として、古代インドのアショカ王と宰相カウティリヤの治政を、次のように対比させています。
 ――紀元前4世紀に『実利論』を著したカウティリヤは、アショカ王の祖父に宰相として仕えた人物で、その最大の関心は「政治上の成功」と、経済効率の高い成果を生み出す「制度の役割」に注がれていた。
 一方、アショカ王の治政は専ら「人々の行為」に焦点を合わせたものだった。
 アショカ王の思想には、「社会の豊かさは、力によって強制されるのではなく、人々の自発的な良い行ないを通して達成することができる」との確信が含まれていた――と。

偏見や暴走に流されない楔


 こうしたアショカ王の思いは、自らが率いた他国への侵略が惨劇を引き起こしたことに対し、激しい悔恨の念にさいなまれ、仏教への信仰を深める中で培われたものでした
 仏教の根幹には「中道」という思想があります。「ニヤーヤ」の概念に敷衍して言えば、一切の基準を人間の幸不幸に置き、自分の行動の影響が及ぶ人々の姿を思い浮かべながら、それが道に適ったものなのか、どこまでも心を砕く思想というべきものです。 
 一方の「ニーティ」的な思想は、セン博士が「今日の多くの経済学者は、金で動かされる人間観をカウティリヤと共有している」と懸念の言葉を述べているように、現代の社会でも大きな位置を占めています。
 しかし、そこで何よりも重視されるのは、成長率や利潤の最大化といった数値的なアップであって、数字に換算しにくいために軽視されがちな弱い立場の人々の存在が、切り捨てられてしまう恐れがあります。
 同様に、ヘイトスピーチに象徴される排他主義は、「自分たち」と「他の集団に属する人々」との対を、一切の例外なく、「善」と「悪」との対に置き換えてしまうものです。  
  では、分断をもたらす排他主義や、犠牲を顧みない経済的合理性の追求に抗する、社会の楔となるものは何か――。 
 私は、一人一人の顔といった具体的な像をもって心に立ち現れる「友情」のような、確固たる結びつきではないかと考えます。 
 「私の経験では、伝統的な偏見を徐々になくしてゆくのは、個人的な付き合いであった。どんな宗教、国籍、あるいは人種の人とでも、その人と個人的に付き合えば、かならずその人が自分と同じ人間であることがわかるものである」(『交遊録』長谷川松治訳、社会思想社)
 かつて対談した歴史家のアーノルド・J・トインビー博士の言葉です。
 友情のかけがえのなさは、私自身、世界の人々と交流を重ねる中で身をもって実感してきたものでした。80点近くに及ぶ対談集の一つ一つも、歩んできた人生や信仰は違っても「平和を願う心情」に変わりはないことの証しであり、「次の世代に歴史の教訓を伝え残したい」との互いの思いが相まった“友情の結晶”にほかなりません。

移民たちを支えたアダムズの活動


 移民の人々を取り巻く状況についても、ジョン・デューイ協会のジム・ガリソン元会長とラリー・ヒックマン元会長とのてい談で、語り合ったことがあります。
 その際、アメリカで先駆的な社会活動を行った、ジェーン・アダムズの取り組みが話題になりました。
 トインビー博士の叔父の名を冠した、ロンドンにある福祉施設のトインビー・ホール=注3=を訪問し、感銘を受けたアダムズが、自分も同様の活動を行いたいと始めたものです。
 19世紀末、アダムズが施設を開設したシカゴの貧困地域に暮らしていたのは、大半が移民でした。
 アダムズの評伝によると、経済的な困窮と劣悪な環境に苦しむ移民にとって、ハル・ハウスと呼ばれたこの施設は「自由に息ができる唯一の避難場所」になったといいます。
 そこでは、「自分たちの言語を話し、音楽を奏で、自分たちの文化を生きることができた」と(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース 
ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版を引用・参照)。
 こうして移民の人々は、アダムズらの手助けを得ながら、アメリカでの新しい生活の基盤を固めていくことができたのです。
 また、“人類を結びつけることは分離させることよりも価値がある”との信念で行動したアダムズに影響を受けた若者たちが、社会科学者やソーシャルワーカーの第一世代になっていきました。彼らの粘り強い研究と調査によって、移民をはじめ貧困に苦しむ人々を救う法律の改正も進んでいったのです。
 ヒックマン元会長は、アダムズらの活動は、「ますますグローバル化(地球一体化)する世界と向き合う私たちにとって、重要な教訓を与えてくれます」(『人間教育への新しき潮流』第三文明社)と述べていましたが、私も深く同意します。
 
「持続可能な開発目標」を地域で担う
行動の波を民衆の手で!
 
SOKAグローバルアクションの一環として、青年部の交流団が、北京城市学院の教員・学生の代表とアジア平和フォーラムを開催。終了後も、両国の青年が友誼を深め合った(2015年6月、中国・北京市内で)
SOKAグローバルアクションの一環として、青年部の交流団が、北京城市学院の教
員・学生の代表とアジア平和フォーラムを開催。終了後も、両国の青年が友誼を深め合
った(2015年6月、中国・北京市内で)

 当時、活動を支えた人々は語っています。
 「ハル・ハウスで働いていた私たちは、世界じゅうを善くするなどという大それた望みは持ちませんでした。ただ、自分たちのまわりのさびしい人々の友だちになりたいと、それだけをいつも考えていました」(ジャッドソン『ジェーン・アダムスの生涯』村岡花子訳、岩波書店)と。
 それは、アダムズ自身の信条とも重なり合っていました。
 「わたくしたちは、友だちになり隣人になることができます。あの人たちから、人間の暮らしのほんとうの姿をおしえてもらい、わたくしたちの誇る『文明』のどこに、たりない点があるかを知ることができます」(同)というのが、彼女の思いだったからです。
 このように、互いの思いを通わせ合う中で、人間の心を深部で揺り動かすものこそ、一対一の友情ではないでしょうか。
 インドネシアのアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領も、社会で声高に叫ばれる対立の構図に流されないよう、警鐘を鳴らしていたことを思い起こします。
 イスラム団体の指導者を長らく務めたワヒド元大統領は、「文明と文明との間にみられる差異は、本来、“衝突するか否か”の問題ではない」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)とし、他者への無理解や偏見を克服することが一番の課題になると強調していたのです。
 その上で、何度も友情の大切さを訴えつつ、自らの留学経験に触れ、「青年には、自身の利益だけを考える人ではなく、社会の利益を考える人、世界の平和共存のために行動する人になってもらいたい」(同)と、青年交流への強い期待を寄せていました。
 私も、宗教や文化的背景の異なる世界の人たちと友情の絆を一つ一つ結ぶ中で、平和のための連帯を築いてきただけに、ワヒド元大統領の言葉が深く胸に染みます。
 戸田第2代会長の「地球民族主義」や「原水爆禁止宣言」を基盤に、私が1996年に戸田記念国際平和研究所を創立した際、初代所長にイラン出身の平和学者のマジッド・テヘラニアン博士に就任していただいたのも、そうした友情が機縁となったものでした。

「不戦の世代」を築き上げる挑戦


 世界は、単なる国の集まりでもなければ、宗教や文明だけで構成されているものでもありません。
 固有の背景を持ちながらも“誰一人として同じではない人間”の営みが織り成す中で、世界は息づいています。
 民族や宗教といった枠組みに基づいて、他の人々を一律に判断するのは、本来は限りなく豊かな一人一人の人間の実像をゆがめる結果を招いてしまう。
 そうではなく、一対一の友情を通し、互いの存在のかけがえのなさを心の底から感じた時に、民族や宗教といった差異も、友の姿によって照らし出された多様性の輝きに包まれていくのではないでしょうか。
 その友情という磁場があればこそ、自分の生き方に迷った時には“羅針盤”となって、進むべき道を見いだすことができる。
 また、社会が誤った方向に傾きかけた時には、その傾斜を立て直す方途を浮かび上がらせる“映し鏡”ともなっていきます。
 私どもSGIが、一貫して民間交流の裾野を広げる努力を続け、特に青年交流に力を入れる中で、顔と顔とが向き合う一対一の友情を大切に育んできた理由もそこにあります。
 国と国が緊張関係に陥った時や、宗教対立が深まった時でも、友情の絆を足場に、憎悪の扇動に押し流されない。一人一人の顔を思い浮かべながら、友が悲しむような社会にしては断じてならないと、対立から共存への流れを自分の足元からつくり出す――。
 暴力の連鎖を断ち切り、友好を深め合う「不戦の世代」をグローバルに築き上げることに、その眼目はあるのです。
 何より、友との語らいには喜びが宿っています。言葉を交わすこと自体が楽しく、互いの存在が励みになるのが友情です。
 であればこそ友情は、困難な課題に立ち向かう勇気の支えとなるのです。
 若い世代の間で、友情の水嵩が増していけばいくほど、社会は必ず大きく変わっていきます。
 いかなる分断の濁流も押し返す、多様性の尊重に基づいた「平和の文化」のうねりは、青年たちの友情から力強く巻き起こっていくと、私は期待してやまないのです。

包括的に解決を図るアプローチ


 最後に、第三の柱として挙げたいのは、どんな困難に直面しても、状況を好転させる力を地域で高めていくことです。
 SDGsには、以前のミレニアム開発目標と比べて多くの違いがありますが、特に重要だと思うのは、市民社会の声を十分に踏まえる形で採択された点です。
 国連では制定作業にあたり、女性や若者をはじめ、さまざまな人たちとの対話を進めたほか、重点的に取り組んでほしい課題を投票する調査を行い、700万人以上が参加しました。
 30歳未満の若者が参加者の7割以上を占める中、調査で上位となった、教育、保健、雇用など多くの項目が、SDGsに盛り込まれました。
 こうした経緯を踏まえて、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、次の一文が記されています。
 「すでに幾百万もの人々が、このアジェンダに関わり、自分のものにしようとしている。これは『民衆の民衆による民衆のためのアジェンダ』であり、その一点がアジェンダを成功に導くと、我々は信じる」
 このような“民衆のアジェンダ”という骨格を据えることは、私が5年前、SDGsを制定する出発点となった「リオ+20」(国連持続可能な開発会議)に寄せた提言で、強く呼び掛けた点でもありました。
 多くの人が自分に関わる課題として、行動を起こしていかなければ、どんな目標も力を得ることは難しいと考えたからです。
 “民衆のアジェンダ”であるSDGsには、もう一つの特徴があります。
 貧困や飢餓といったテーマごとの前進を図ったミレニアム開発目標とは異なり、全ての課題は相互に深く関連し包括的に解決を進める必要があるとの認識に立って、新たなアプローチが志向されていることです。
 つまり、個々の取り組みを連動させる形で、他の多くの目標も前進させる“好循環”を生み出すことが目指されているのです。
 例えば、安全な水の確保が進んでいけば(SDGsにおける目標6)、病気や感染症に苦しむ人が減り(目標3)、毎日、長時間の水くみをしてきた女性の負担が軽減し、仕事に就く道も開かれ(目標5)、極度の貧困から脱することができ(目標1)、子どもたちも学校に通えるようになる(目標4)――といったプラスの連鎖です。
 これは、「ネクサス(関係)アプローチ」と呼ばれ、SDGsの開始前から、国連大学の研究所で研究が進められてきたほか、実際に各地で試みられてきたものでした。
 SDGsには17分野にわたる169の項目がありますが、多岐に及ぶ課題の関連性を見いだしながら、同時進行的に解決を図っていくアプローチといえます。
 気候変動や格差の拡大など、ミレニアム開発目標では対象となっていなかった課題がSDGsに多く追加されています。
 しかし、いずれも元をたどれば、人間がつくり出したものである以上、人間の手で解決できないはずはない。行動を起こし、一つでも問題解決の足がかりを築ければ、そこから一点突破で、他の問題も解決に導く歯車を回すことができるのではないでしょうか。

関係性の網に自分の糸を紡ぐ


 大乗仏教には、この問題解決のダイナミズムを示唆するような「煩悩即菩提」の法理が説かれています。
 人間の幸福は、悩みや苦しみをもたらす煩悩をなくすことや、そこから離れることで得られるのではなく、悩みや苦しみを抱える自分自身の生命にこそ、菩提(人生を切り開く智慧や力)が秘められているとする、“視座の逆転”を提示した法理です。
 問題は、煩悩の苦しみだけにあるのではない。煩悩にどう向き合い、そこからどのような行動に踏み出すかにあります。
 日蓮大聖人も、法華経の「一切の苦・一切の病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたまう」の文について、「離の字をば明とよむなり」(御書773ページ)と説きました。
 自分を取り巻く問題と真正面から向き合い、状況を明らかにして行動を起こす中で、煩悩の苦しみを感じていた自分が、そのまま、幸福を自ら切り開く存在になっていけることを説いた変革の原理なのです。
 また仏教では、その変革の波動は、相互連関を織り成す関係性の網を通して、周囲や社会にも大きく広げていくことができると促しています。
 状況に縛られるのではなく、自分の手で関係性を紡ぎ出し、状況を変えていくという視点は、興味深いことに、哲学者のハンナ・アーレントが、「フマニタス(真に人間的なもの)」について論じた際に提起していたものでもありました(以下、ジェローム・コーン編『アーレント政治思想集成1』齋藤純一・山田正行・矢野久美子訳、みすず書房)。
 彼女は、師であるヤスパースの「公共的領域への冒険」の言葉を通し、こう述べています。
 真に人間的なものは孤立したままでは得ることはできず、「自分の生ならびに人
格を『公共的領域への冒険』に委ねることによってのみ達成されうる」と。
 そしてその冒険は、「関係性の網の目のなかに、私たちが自分自身の糸を紡いでいくということ」であると位置づけました。
 私が何よりも共感したのは、「それがどのような結果を生むかは、私たちにはけっしてわかりません」と断りながらも、アーレントが深い確信をもって語った次の結論です。
 「この冒険は人間を信頼することにおいてのみ可能であると申し上げておきたいと思います。つまり、なかなかそれとしてイメージを結ぶことは難しいけれども、根本的な意味であらゆる人間が人間的なものに対して信頼を抱くことです。そうでなければ冒険は不可能です」
 その信頼とは、「根本的な意味で」とあるように、自分自身への信頼や、周囲の人々に対する信頼にとどまらず、“自分たちの生きる世界にどこまでも希望を失わず向き合う”という意味での信頼をも含んでいるのではないでしょうか。タンザニアの女性が勝ち取ったもの
 国連機関のUNウィメンは昨年、「私のいる場所から」と題し、厳しい環境に置かれながらも人々のために行動し、SDGs推進の一端を担う女性たちを紹介しました。
 その中に、タンザニアでソーラー発電の技術者として活躍する女性がいます。
 障がいのある彼女は、苦労を重ねながら技術を身につけ、その知識を自分の村のために生かす努力を続けてきました。
 当初、多くの男性は、彼女の仕事を認めようとしませんでした。
 しかし、彼らの家にソーラー器具を設置して光を灯し、壊れた時には修理を行う中で、次第に彼女の仕事に敬意を払う男性たちも出始めるようになったといいます。
 彼女は語っています。
 「日が沈むと暗闇に包まれていたかつての村に、今は光が灯ります。たった今ですが、二人の子供が、私の直したソーラーランタンを引き取りに来ました。大きな笑顔を浮かべていました。きっと今夜宿題をすることができるのでしょう」(UN Women日本事務所のウェブサイト)
 ここでは、再生可能エネルギーの導入が進むだけでなく、女性に対する見方が少しずつ改められ、子どもたちが勉強する環境も整えられている――まさに“民衆のアジェンダ”の字義通り、一人の女性が立ち上がったことで、SDGsを前進させるプラスの連鎖が、タンザニアの村で実際に起きているのです。
 私は、地道ながらも尊い彼女の取り組みに、アーレントの言う「自分自身の糸を紡いでいく」ことで、自分の今いる場所を照らし出す「フマニタス(真に人間的なもの)」の輝きをみる思いがしてなりません。
 問題解決の力は、特別な人だけに具わっているわけではありません。
 現実と向き合い、その重みの一端を引き受け、行動の波を起こす――。
 困難を乗り越える力は、自分が感じた心の痛みを決意に変えることで、誰にでも発揮できる道が開けていくのです。
 とりわけ青年には、みずみずしい感性と理想への情熱を燃やして、人々をつなぐ信頼と信頼との結節点となり、プラスの連鎖を巻き起こす大きなエネルギーがあり
ます。
無力感を打ち払う青年部の取り組み

 戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」以来、私ども創価学会とSGIの平和運動の中核を、一貫して担ってきたのも青年です。
 現代社会に広がる“自分が行動したところで何も変わらないのではないか”との無力感を打ち払い、「今ここにいる自分だからこそ、果たせる使命がある」との思いに立って、意欲的な行動を広げています。
 日本の青年部は、3年前からSOKAグローバルアクションの運動を行い、東日本大震災で深刻な被害を受けた東北の“心の復興”を後押ししてきたほか、中国や韓国との交流を通じた「アジアの友好」の推進と、「平和の文化」を建設し、核兵器の廃絶を目指す活動を進めてきました。
 各国の青年部も、環境保護の活動や人権教育をはじめ、非暴力の意識を高める取り組みなど、現実変革への挑戦を続けています。
 SDGsに焦点を当てた活動にも力を注いでおり、昨年11月には、「青年こそがSDGsの普及と推進をレベルアップさせる」と題する会議を国連本部で共催しました。
 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」担当のデビッド・ナバロ国連事務総長特別顧問は、会議でこう訴えました。
 「世界中の青年が持続可能な開発の運動で活躍できる場を作らなければならない。青年は共に行動し、歓喜を共有し、信頼し合うことを求めている」
 私どもが、SDGsの挑戦にかける思いもまったく同じであります。
 青年は、目の前の脅威への不安を感じなければ動けないような消極的な存在ではありません。一つ一つの課題に立ち向かう挑戦の中に分かち合う喜びがあり、希望があると信じるからこそ前に進んでいくのです。
 SDGsには、目標達成を義務づける拘束力はないものの、2030アジェンダの題名に記されているように、そこには「私たちの世界を変革する」との希望が息づいています。  その希望を自らの誓いとして立ち上がる青年の行動が広がっていけば、全ての目標に前進のギアを入れる力を生み出すことができるのではないでしょうか。
 私どもSGIは、今後も青年を中心に、地域の課題からグローバルな脅威にいたるまで、問題解決のためのプラスの連鎖を巻き起こす挑戦に取り組んでいく決意です。(㊦に続く)
語句の解説

注1 パリ協定
 2015年12月、フランスのパリでの国連気候変動枠組条約締約国会議で合意された、2020年以降の温暖化防止対策。先進国だけでなく、新興国や途上国を含めた196カ国・地域が協力し、産業革命以前と比べた世界の平均気温の上昇を「2度未満」に抑える目標を掲げる。21世紀後半には、人類の活動による温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、実質的に温室効果ガスの排出量をゼロにすることを目指す。
 
注2 「無尽燈」の法門
 仏教の在家信徒である維摩詰が、天女たちに述べた教え。一つの灯火から何百、何千の灯火が点火されても、もとの灯火の明かりが減じることなく、暗闇を照らす光が広がっていくのと同じように、自分自身が「人々に尽くす心」を灯し、その輪を広げていく中で、社会における善が大きく増すことを説いた。

注3 トインビー・ホール

 1884年にイギリスのロンドンで開設された世界初のセツルメント(隣保館)。貧困に苦しむ人々を救済するための研究と活動に情熱を注ぐ中、31歳で早逝した経済学者アーノルド・トインビーの生涯を偲び、施設にその名が付けられた。住民の生活環境の改善を図る活動のほか、大学公開講座などの教育活動が行われた。

2017年1月25日 (水)

2017年1月25日(木)の聖教

2017年1月25日(木)の聖教

◆わが友に贈る


未来部育成に全力を!
長所を見つけ
ほめて伸ばそう!

「後継の宝」の成長が
人類の命運を決める。


◆名字の言


  鹿児島・宮崎の県境に位置する新燃岳の爆発的噴火から、27日で6年を迎える。気象庁による火口周辺警報は「噴火警戒レベル2(火口周辺規制)」とされ、監視カメラやGPS観測などによる警戒が続く▼当時、中学3年だった友は、「噴火で授業は中止。帰宅の途中、かぶっていたヘルメットにコツコツと降灰の当たった音が忘れられません」と振り返る。その後、避難勧告が発令され、避難所生活を余儀なくされた▼受験は目前に迫っていたが、“こんな状態では不合格でも仕方がない”と、一時は進学を諦めかけた。そんな彼を支えたのは、避難所に駆け付けた同志の言葉。「大変な時こそ、人間革命のチャンスだよ。君の心が負けなければ、絶対に合格できる」▼奮起した彼は、避難所で勉強を再開。翌月、第1志望の高専に見事、合格した。電気情報工学を学びつつ、一昨年はフィリピンに留学し、英語とセブアノ語を習得。現在は中国語を学び、「世界に雄飛を」と誓う。今春、首都圏の企業に就職する予定だ▼池田先生は「自身の弱さや臆病、怠惰、逃避、あきらめの心――それらを制してこそ、あらゆる勝利の扉が開かれる」と。環境に負けず、自分に負けず、勇気を奮い起こして挑戦し抜く人が人生の勝利者と輝く。(誼)


◆〈寸鉄〉 2017年1月25日

 大阪事件の無罪判決から
 55年
。仏法は勝負。正義が
 永遠に勝つ時代を我らで
      ◇
 
関西婦人部の日。なんと
 明るい常勝の母よ!広布
 拡大へ仲良き団結で前進
      ◇
 「
病即消滅して不老不死
 ならん
」御書。病と闘う友
 よ負けるな。強き祈りを
      ◇
 
夫婦の一日の会話、半数
 が400文字未満。心を結ぶ
 時間大切に。和楽の礎と
      ◇
 
ウイルス付メールが拡散
 ―警視庁。出所不明文書
 は開くな。危機意識高く

◆社説  大阪事件・無罪判決55年  師と共に常勝不敗の民衆城を


 きょう1月25日は、関西の“常勝不敗の原点”である「大阪事件」の無罪判決の日。今年で55年の節目を刻む。
 
 60年前の1957年(昭和32年)7月、池田先生は事実無根の選挙違反の容疑で不当逮捕された。同年10月からの法廷闘争は4年以上、公判は84回に及んだ。62年1月25日に無罪判決が下され、検察は控訴を断念。同年2月に無罪が確定した。冤罪の構図は、新しい民衆勢力の台頭に危機感を抱いた権力が、関西で躍進の指揮を執る池田先生を狙った卑劣な弾圧であった。
 創価の「民衆勝利の日」である「1・25」は、後に「関西婦人部の日」ともなった。逆境の中でも無罪を確信し、不屈の祈りを貫いた“常勝の母”への感謝を、先生はつづっている。
 「四年半に及ぶ裁判の間、誰よりも真剣に、私の勝利を祈り抜いてくださったのは、大関西の婦人部の皆様である。常勝の母たちは、『負けたらあかん』との断固たる決意を込めて、この日を、原点の記念日と定めたのである」
 判決前夜、兵庫・尼崎で開かれた関西男子部幹部会で師は叫んだ。「善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う!」と。正義の師子吼は全関西の青年世代が継承している。中でも、正義の陣列を拡大する尼崎総県男子部では、“部10勇士”を総県の全100部が達成。昨年秋に入会したメンバーの弘教をはじめ、今年の弘教の約半数がヤング男子部だ。ある新任の県男子部長は就任2カ月で5世帯の弘教を実らすなど、新しい人材の台頭とリーダー率先の対話で、関西男子部の弘教拡大をけん引している。
 判決後、池田先生は力強く友に語った。
 「むしろ、戦いはこれから始まるのだ。一つの段階を越えると同時に、次の段階へ向かってスタートする。これが本因妙の仏法のゆえんだよ

 師の闘魂に、常勝の弟子は爆発的な拡大で応えた。「1・25」の直後から、2月、3月、4月と関西から拡大の渦が巻き起こり、5月には全国の弘教の3割を成し遂げた。この年、学会は、第3代会長の就任時に目標に掲げられた300万世帯を達成。「まさに関西の師弟不二の戦いなくして、この拡大勝利はあり得なかった」と師がたたえる拡大劇の実証を満天下に示した。民衆勢力の勝利を目指す「創価の人権闘争」の原点となった「1・25」。今再び、師弟の正義を語り、拡大の実証を示す誓いの日としたい。

◆きょうの発心  “正義の本陣”から広布を拡大2017年1月25日

御文
 中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ(崇峻天皇御書、1173ページ・編1038ページ)
通解 中務三郎左衛門尉は、主君のためにも仏法のためにも世間的な心根も非常に立派であったと、鎌倉の人々に言われるようになりなさい。

 
苦境から脱しようとしていた四条金吾に、職場でも、信心のうえでも、地域にあっても、たたえられる存在に、と励まされた御文です。
 自身の病魔を乗り越えたいと願う母が、3歳の私を連れて入会。少年部総会に、この御文を暗唱して集いました。高校生の時、弟の骨肉腫が判明。義足になっても強盛な祈りを根本に病に立ち向かい、2年も更賜寿命して霊山へと旅立った弟の姿を通し、信心の偉大さを知りました。
 創価大学に10期生として入学し、卒業後は現在の商社へ。苦難に直面するたびに、池田先生の指導を胸に、組織の第一線でも奮闘する中、仕事で実証を示すことができました。  2005年(平成17年)5月、創価教育同窓の集いの席上、思いがけず先生から声を掛けていただいたことは、生涯の原点です。
 本年12月23日は、先生が「わが闘魂の勝利城」と綴られた立川文化会館への初来館40周年の佳節です。師が反転攻勢の指揮を執られた「正義の本陣」の誇りを胸に、永遠の常勝城を築いてまいります。  東京・立川池田区本部長 井上雅樹

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   二十
 


 「你好(こんにちは)! ようこそいらっしゃいました!」
 山本伸一は両手を広げ、人民服に身を包んだ全青連代表団の高占祥団長の肩を抱き、そしてメンバー一人ひとりと握手を交わした。
 「私たちは、中日友好の橋を架けてくださった山本先生とお会いできることを、楽しみにしておりました。その願いは叶いました」
 頬を紅潮させ、声を弾ませる高団長らに、伸一は、「周桜」の由来を語っていった。
 「この桜は、一九七五年(昭和五十年)の十一月二日に、周恩来総理の健康を祈り、万代にわたる平和友好を願い、私の提案によって、新中国から留学生として創価大学に来られた青年たちの手で植樹されました。
 その前年の十二月、周総理は、北京の入院先の病院で、病を押して私と会い、未来永遠の中日友好と世界平和への熱願を語ってくださいました。この会談のなかで総理は、懐かしそうに、桜の咲くころに日本を去った思い出を話された。
 私は、『ぜひ、また桜の咲くころに日本へ来てください』と申し上げました。総理は、『願望はありますが、実現は無理でしょう』と言われた。大変に残念そうなお顔でした。だから私は、総理が愛された桜の植樹を提案して、その志を受け継ぐ中国の留学生たちに植えていただいたんです」
 友好の絆は、真心の糸によって縒られる。
 全青連の青年たちは、頷きながら彼の話に耳をそばだてていた。
 「周総理は、桜の植樹から約二カ月後の翌一九七六年(同五十一年)一月に亡くなられました。深い大きな悲しみのなかで、私は誓いました。総理が念願された中日友好に一身を捧げ、必ず永遠のものにしようと。
 この決意を込めて、よき日を選んで、中国の青年リーダーと共に、周総理と鄧穎超夫人を讃える『周夫婦桜』を植樹したいと考えておりました。実は、本日、その用意をしております。ご夫妻への感謝と、万代までの友誼を誓い合い、一緒に植樹をしましょう」

◆「女性たちのヒロシマ」出版記念会から 証言者5人があいさつ
 「二度と繰り返さないで」


出版記念会では、池上中国婦人部長があいさつ。核兵器は“絶対悪”との思想を広め、いのちのバトンを次代に託していきたいと力を込めた(21日、広島市内で)
 創価学会広島女性平和委員会編『女性たちのヒロシマ――笑顔かがやく未来へ』(第三文明社刊)に反響が広がっている。本書は被爆70年(2015年)を期に、広島の平和
委員会が中心となって推進してきた被爆証言集の第三弾。『男たちの広島』、『家族から見た「8・6」』に続き、原爆の悲劇と戦ってきた女性たちの苦闘が収録されている。21日には出版記念会が広島市内で開かれ、松井一實市長ら来賓とともに証言者の代表が出席。出版に込めた思いを語った。識者の感想とあわせて掲載する。

【聖教ニュース】

◆アルゼンチン・タンゴの若きマエストロ オラシオ・ロモ氏から民音創立者の池田先生に献呈曲「夜明けの道」 
 ドラマチック・タンゴ「バンドネオンの匠」で初演
 3月8日まで24都市で開催

 
献呈曲の贈呈式。オラシオ・ロモ氏(前列右から4人目)から民音の小林代表理事に楽譜が手渡された
献呈曲の贈呈式。オラシオ・ロモ氏(前列右から4人目)から民音の小林代表理事に楽譜が手渡された

 アルゼンチン・タンゴ界の“新・黄金世代の巨匠”と称されるオラシオ・ロモ氏から、民音創立者の池田大作先生に献呈曲「夜明けの道」が贈られた。同曲の贈呈式は20日、東京・信濃町の民音文化センターで行われ、24日に横浜市の神奈川県民ホールで開幕した「民音タンゴ・シリーズ」の第48回公演「ドラマチック・タンゴ『バンドネオンの匠』」で初演された。
 「“音楽には国境がない”との池田博士の理念に触れ、深く心打たれたのは4年前の民音公演でのことです」
 献呈曲の贈呈式で、オラシオ・ロモ氏が当時を振り返った。
 氏は、2013年の「民音タンゴ・シリーズ」で、タンゴ界の巨匠ニコラス・レデスマのもと、第1バンドネオン奏者として熱演した。
 その際、多くの日本人がタンゴを心から愛していることを実感。民音創立者の池田先生が、音楽を通して世界平和に貢献してきた歴史を学んだという。
 これまで、氏は数々の有名楽団で活躍。現在、世界的なタンゴブームを巻き起こし、ブロードウェーでも一世を風靡したショー「タンゴ・アルヘンティーノ」などで演奏した楽団「セステート・マジョール」の第1バンドネオン奏者・指揮を務める。そして今回、著名なアーティストを率いて来日したのだ。
 献呈曲「夜明けの道」に込めた思いを語る。
 「紛争が絶えない世界情勢の中で、人類が歩むべき平和への道のりは、決して平たんではありません。しかし、希望を持って進むことが大切だと考え、この曲を書き上げたのです」
                                                                   ◇ 
 公演初日を迎えた神奈川県民ホールは、コンサートの開幕を今か今かと待ち望む人の熱気にあふれていた。
 午後6時半。「オラシオ・ロモ・セステート」6人の“魂のセッション”が一瞬で観衆の心をとりこにする。
 バンドネオンが心地よく刻む音色、バイオリンとピアノの色彩豊かな旋律――ため息が出るほど美しい響きを、コントラバスの深い音律が支える。
 そこに、タンゴダンス世界選手権ステージ部門の初代チャンピオンのガスパル氏を筆頭に、シルビア&ガスパル、ビクトリア&リカルド、昨年の同選手権で優勝に輝いたアグスティーナ&ウーゴの3組のトップダンサーが躍動の舞を。
 そして、世界的歌姫イネス・クエージョ氏の胸に迫る美声がステージに花を添える。
 終盤に差し掛かり、満を持して「夜明けの道」が演奏された。
 楽器が演奏者の心を代弁するかのように、音楽に生きる喜び、平和への願いなどの感情をストレートに観衆に伝える。演奏が終わるや否や、客席から万雷の拍手喝采が轟いた。
 公演は、3月8日まで24都市で行われる。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆随筆 永遠なれ創価の大城  15 師弟共戦の勝利道
 広宣流布の大願へ心勇みて
 快活な対話を 新たな自分の二月闘争を!
 
冬空に紅梅が鮮やかに。我らも広布の誓願を赤々と燃やし前進しよう(2007年2月、池田先生撮影、新宿区内で)

 朝夕に
  宝友の健勝
    祈る日日
  諸天よ護れや
   地涌の舞をば   

 日蓮大聖人は、佐渡や身延で厳しい冬を堪え忍ばれた。
 「北国の習なれば冬は殊に風はげしく雪ふかし」(御書1052ページ)、「雪つもりて山里路たえぬ」(同1554ページ)等と仰せの通りだ。その中でも、訪ねてきた門下を最大に励まされるなど、麗しい師弟の交流は絶えなかった。御書に厳と記されている。
 我ら創価家族も、風雪に負けず、励まし合って前進していきたい。
 特に聖教新聞の配達でご苦労をおかけする尊き「無冠」の皆様の絶対無事故とご健康を、更に強盛に祈ってまいります。
                      ◇  
 今、「世界広布新時代」の朝を迎えた。その先頭を、「午前八時の太陽」の勢いで、地涌の青年たちが走り、広布拡大をリードしてくれている。
 「若い世代のあいだに、責任感と率先して物事を行なう気構えとが、今や働きつつある」――戦後まもなく、こう語って青年に信頼を寄せたのが、大科学者アインシュタイン博士であった。
 博士は95年前(1922年)に日本を訪れ、来日最初の講演会を慶応大学で行った。この記念すべき講演を、22歳の戸田先生は牧口先生と一緒に聴講され、生涯の誇りとされていた
 博士が旅の最後に訪れ、美しい風光を喜び讃えたのは、福岡の門司(現・北九州市)である。
 その九州で今、皆が青年の心で「先駆」の使命を担い、拡大に挑んでいる。頼もしい限りだ。
 アインシュタイン博士は、こんな言葉も残している。「高貴な思想と行為に導きうるのは、偉大でかつ純粋な個性の実例のみである」と。  率先垂範の「実例」がありてこそ、新たな価値創造の波動も広がる。  我らの掲げる「青年の拡大」も、先駆の「一人」から始まるのだ。

報恩の心で立つ

 「いざ往かん
     月氏の果まで
       妙法を
     拡むる旅に
       心勇みて」
 日蓮大聖人の立宗700年の大佳節に当たる1952年(昭和27年)の1月、戸田先生が詠まれた和歌である。
 当時の学会は、およそ6,000世帯。しかし、恩師の眼は、日本を遙かに超え、東洋広布、さらに世界広布の壮大なる未来を見つめておられた。
 妙法流布の使命に生きる人生が、どれほど尊貴であるか。全同志にその福徳と歓喜を知ってもらいたいと、先生は念願されていたのだ。
 だが、残念ながら、1月の弘教も、どの支部とも伸び悩んでいた。
 先生は“このままでは広宣流布はできない”と嘆かれ、24歳の私を蒲田支部の支部幹事に抜擢された。希望の突破口を開く使命を青年に託してくださったのだ。
 1月29日、大田区・鵜の木の集会所で、蒲田支部の緊急の会合を行った。私には、新出発に際し、同志と共有したい誓いがあった。それは――  我々はなぜ、この信心に巡り合えたのか。  末法の御本仏・日蓮大聖人が不惜身命で妙法を弘め遺してくださったゆえである。今日では、恩師が戦時下の獄中闘争を勝ち越え、広布の大願に一人立たれたゆえである。 
 その奇しき縁に思いを致せば、報恩感謝の念が込み上げる。時あたかも大聖人の御聖誕の月、恩師の誕生の月を迎える。
 であれば、この2月、我らは広布拡大の勝利をもって、お祝いしようではないか!――と。
 会場に戸田先生の姿はなかった。それでも集った弟子たちは、師がここにおられるが如く、前進を誓い合ったのである。

「一人」に全力で


 私は懸命だった。私と同じ心で、壮年も婦人も立ち上がってくれた。自らの折伏の挑戦が、師匠の生涯の願業である75万世帯の拡大に直結することを、皆が自覚し始めたのだ。
 具体的には、師が示された通り、当時の組織の最小単位の「組」を軸に、「組」を盛り立て、折伏を推進していった。
 つまり、一切の焦点を少人数の語らい、一対一の対話、心通う座談会に定めたのだ。ゆえに――  まず、真剣に祈ろう!  近隣を大切に、身近なつながりから勇気と真心の対話を広げていこう!
 自信満々、生き生きと信心の体験を語ろう!  この対話の最前線こそ広布の主戦場だ。ゆえに全精魂を注ぎ、全力を尽くすのである。
 勇気を出して、一人の友に会う。相手の幸福を祈り、誠実に、情熱込めて語っていく。その一人立つ挑戦が、己心の壁を破り、友の心を動かす。ここに、大聖人が「声も惜まず」と言われた“随力弘通”の実践がある。
 大聖人は、四条金吾を讃え語られた。
 「貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ是れ豈流通にあらずや」(御書1117ページ)と。
 師と心を合わせ、自分が縁を結んだ人びとに正義を語っていくことが、流通すなわち世の中に妙法を流れ通わせるのだ。

善き「縁」を宝に

 蒲田支部には、当時、約100の「組」があった。私は、中心者の組長など最前線に立つ方々を、一軒一軒訪問し、親しく語り合い、励ますことを重要な日課としていた。
 その中に戦前に入会されていた一家があった。組長の壮年は、牧口先生の折伏である。
 牧口先生は、家族の信心に猛反対だった壮年を訪ね、諄々(じゅんじゅん)と対話された。
「学会は人間の幸福と社会を善くするためにあるのです」と。その「立正安国」の大確信に触れて、壮年は発心した。
 先師が縁し、種を蒔かれた方を、孫弟子の私が励ますという不思議なご縁である。ご一家は目標を遙(はる)かに上回る弘教を推進してくださった。
 一つ一つの縁を「仏縁」としゆく対話と弘教の喜びは勇気の波動となり、誰も彼もが「やらんかな!」の意気を爆発させた。どんどん功徳爛漫の体験が生まれ、新たな対話の勇者たちが陸続と誕生したのだ。
 そして、遂に壁を破る弘教201世帯――大田区内はもちろん、神奈川の川崎、東京の目黒、品川など各区に、更に首都圏、全国まで広布の陣列は広がっていった。
 
 
人と人の縁は、自分が考えるよりも深く広い。家族・親戚の縁、近隣・地域の縁、仕事や学校の縁……大切に結んだ善き縁が、また新たな宝の縁をつないでくれる。
 師弟共戦と異体同心で「広宣流布の大願」を成就しゆく勝利道が、晴れ晴れと開かれたのである。
                                                                        ◇
 この1952年の2月1日、大阪支部長心得として関西入りしたのが、蒲田支部出身の我が友・白木義一郎君であった。
 戸田先生が、「大阪にも一日も早く支部を作るべきです」との私の進言に応えて、手を打ってくださったのである。
 我らが“常勝関西”の起点も、「二月闘争」と軌(き)を一(いつ)にしているのだ。
 関西との宿縁は深厚である。この1月25日で、横暴な権力の弾圧による「大阪事件」の無罪判決から55年となる。共に祈り戦ってくださった同志、とりわけ婦人部の関西魂は変わらない。
 今再び、威風堂々たる「折伏の関西」の大行進を嬉しく見守っている。

火ぶたは青年が


 広宣流布のため、立正安国のため、「師弟共戦」の心で走った天地には、宝友との「今生人界の思出」が輝いている。
 男子部の第一部隊長として奔走した、墨田・江東・江戸川など城東方面。支部長代理として前進を指揮した、文京・豊島など有縁の各地。夏季指導の荒川、総ブロック長を務めた葛飾もそうだ。
 本陣・大東京の勝利が日本全国の勝利を開くゆえに、私は東京中を何度も何度も駆け巡ってきた。愛する同志の幸福と安穏を祈り、国土世間の変革を念じながら!
 「二月闘争」から65星霜――今や東京中、日本中、そして世界中で、後継の青年たちが「新時代の二月闘争」の火ぶたを切ろうとしている
 日蓮大聖人は、東京の同志の大先輩たる池上兄弟に、三障四魔に打ち勝つ闘魂を注がれた。
 「此れより後も・いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(同1090ページ)  さあ、感激の同志よ! いよいよ勇気を奮い起こし、いよいよ声を励ましながら、朗らかに前進しようではないか!  

    青年の
  生命で開く
   新時代
  平和の柱ぞ
   我ら創価は     
(随時、掲載いたします)
 アインシュタインの最初の言葉は「世界政府を目指して」(『晩年に想う』所収)市井三郎訳(講談社)、二つ目は『アインシュタイン選集3』井上健・中村誠太郎編訳(共立出版)から。   (2017年1月25日付 聖教新聞)

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 頼れるシニアグループ会長 


 【横浜市金沢区】横浜市の南側。海沿いに広がる「金沢シーサイドタウン」。1977年(昭和52年)に開発されたニュータウンだ。

2017年1月24日 (火)

2017年1月24日(火)の聖教

2017年1月24日(火)の聖教

◆わが友に贈る


いかなる苦難の嵐にも

御書を羅針盤として
敢然と立ち向かえ!

試練の烈風を追い風に
堂々たる人生行路を!

◆名字の言


戦時中の広島を舞台にした映画「この世界の片隅に」が、第90回「キネマ旬報ベスト・テン」で日本映画1位に輝いた(10日)。アニメ作品では28年ぶりの快挙。動員数は100万人を超え、上映拡大が続く▼「何でもつこうて、暮らし続けにゃならんのですけぇ」――主人公・すずの日常を描いた作品。監督の片渕須直氏は、当時の天気、店の品ぞろえから、空襲警報の発令時刻に至るまで徹底して調査した▼映画では旧・中島本町の庶民の暮らしぶりも丁寧に描かれている。この繁華街では原爆で458人が犠牲になり、現在は広島平和記念公園の一部になっていることはあまり知られていない▼「72年前、ここに私の家があってのう」。その公園で壮年部員が語ってくれた。当時9歳。原爆投下から8日後、疎開先から家に戻ると一面の焼け野原と化していた。母が愛用していた鉄瓶を見つけ、父の遺骨を入れた。「命ある限り、語り伝えたいんじゃ」▼園内の原爆慰霊碑にある死没者名簿が昨年、30万人を超えた。たった1発の爆弾が生んだ、無数の悲劇。地球上には今なお1万5000発以上の核兵器がある。廃絶へ何ができるか一人の声を聞き、一人の心を継ぐ――いちずに同苦を貫くなかに、その一歩があることを忘れまい。(子)


◆〈寸鉄〉 2017年1月24日

 「
自他共に智慧と慈悲と
 有るを喜とは云う
」御書
 最高の団結で歓喜の舞を
      ◇
 
尼崎の日。勇気光る常勝
 の心臓部。勝利の歌声高
 らかに民衆の大行進更に
      ◇
 
社会の行き詰りの根源は
 人材の欠乏に
―牧口先生
 “人材競争”の時代を勝て
      ◇
 
報告・連絡・相談は組織の
 生命線
。幹部は電光石火
 のスピードで。誠実第一
      ◇
 「
他人に相談しない人」は
 詐欺に騙されやすいと。
 固い絆と呼び掛けで撃退

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   十九

 


 山本伸一をはじめ、弟子たちの道理を尽くした真摯な説得の結果、宗会議員の多くは考えを改め、戸田城聖を処分するという決議の撤回に同意した。また、法主の水谷日昇は、この宗会決議を採用しなかったのである。
 笠原事件を乗り越えた学会の、師弟の魂の結合は一段と強くなっていった。逆風に翼を広げ、会員七十五万世帯の達成へ、雄々しく飛翔していったのである。
 伸一は今、学会の首脳たちに、広宣流布に断固と生きる師弟の気概が、燃え盛る創価の闘魂が、感じられないことを憂慮していた。
  
 四月六日、彼は、宗門の虫払い大法会に出席するため、総本山大石寺に赴き、日達法主と面会した。そこで、法華講総講頭の辞任とともに、創価学会の会長も辞任する意向であることを伝えたのである
 伸一にとっては、悪僧らの攻撃から、学会員を守ることこそが最重要であった。
 彼には、“自分は会長を退いても、若き世代が創価の広宣流布の松明を受け継ぎ、さっそうと二十一世紀の大舞台に躍り出てくれるにちがいない”との、大きな確信があった。
 後継の人あれば、心配も悔いもない。「私には青年がいる!」と胸を張れる指導者は幸せである。未来は希望に満ちているからだ。
  
 四月七日の午後、伸一は、創価大学を訪れた中華全国青年連合会(略称・全青連)の一行二十人を、「文学の池」のほとりにある、美しく花開いた「周桜」の前で迎えた。
 一行は、この日、午前十時に、信濃町の聖教新聞社を訪問し、青年部代表の熱烈歓迎を受け、万代の友好交流をめざして意見交換した。そして、伸一の待つ創価大学にやって来たのである。
 伸一には、“今こそ、平和の哲学をもって世界を結ばねばならない”との強い思いがあった。だから、何があっても、いかなる嵐の渦中にあっても、世界に平和の橋を架ける作業に全力を注ぎ続けた

【聖教ニュース】

◆韓国 蔚山広域市の東区議会が池田先生ご夫妻に特別顕彰牌
 区議会議長らが列席し授与式

アジアの平和は、日韓の友好ありて――晴れやかに行われた「特別顕彰牌」の授与式。韓国SGIの金理事長があいさつした(方魚津文化会館で)
アジアの平和は、日韓の友好ありて――晴れやかに行われた「特別顕彰牌」の授与式。韓国SGIの金理事長があいさつした(方魚津文化会館で)

 韓国・蔚山広域市の東区議会から、池田大作先生ご夫妻に「特別顕彰牌」が贈られた。人間主義の哲学に基づき、世界平和と日韓友好への不断の貢献を讃えたもの。授与式は19日、同区内にある韓国SGI(創価学会インタナショナル)・方魚津文化会館で挙行され、張萬福区議会議長が出席し、同国SGIの蔚山方面の代表700人らが祝福した。
 豊かな海洋資源と美しい景観に恵まれ、韓国の産業をけん引する造船業で知られる蔚山広域市の東区。これまで同市の市議会と教育庁は、池田先生ご夫妻に「特別顕彰牌」をそれぞれ贈っている(2013年2月と11月)。
 東区議会の張議長は「わが議会は、住民一人一人と心を通わせ、皆が安心して暮らせる区を実現すべく尽力しています。池田SGI会長は、世界平和と人類社会のために、その尊い一生を捧げてこられました。その姿は、全世界の模範であり、私たちが継承し、実践していくべきです」と強調する。
 同区のSGIのメンバーは、「良き市民たれ」との池田先生の指針のままに、読書教育の推進をはじめ、多様な社会貢献を粘り強く展開してきた。
 こうした取り組みを通して、池田先生やSGIへの理解が広がり、今回の顕彰につながった。
 晴れの式典では、婦人部の有志が“市の歌”などを披露。張議長から、代理の金仁洙理事長、金暻希婦人部長に、池田先生ご夫妻への「特別顕彰牌」が託されると、万雷の拍手が場内を包んだ。
 張議長は感激の面持ちで語った。
 「池田会長は韓日両国をはじめ、世界中の人々の友好促進に多大な貢献を果たされました。その志はSGIの皆さんに受け継がれています。全ての人の幸福に尽くされる池田会長ご夫妻に特別顕彰を授与できることは、私どもにとって、大変に光栄なことです」
 文化大恩の国・韓国との万代の友好を願い、両国の民間交流・文化交流に尽くし続ける池田先生。日韓の友情の歴史に新たな一ページが加えられた。

◆各部代表者会議 原田会長が出席   
いまだこりず候」と広布へ!

 世界広布新時代第39回の各部代表者会議が23日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
 池田先生はメッセージを贈り、その冒頭、北国・雪国をはじめ、風雪の中、奮闘する友をねぎらい、「極楽百年の修行」に勝る功徳を、一日また一日、積んでいることを誇りとしてほしいと讃えた。
 次いで、全国で始まった女子部の「ロマン総会」を祝福するとともに、婦人部の真心の応援に深く感謝した。
 その際、夫妻で戦った65年前の「二月闘争」でも、「太陽の婦人部」と「花の女子部」の麗しいスクラムが光っていたと述べ、「信心は持続が大事」と励まし合った姉妹たちには、今も心の絆が結ばれていると紹介。
 世界広布の未来を限りなく開きゆく宝の女子部の友に、創価家族の皆で、大声援を送りたいと呼び掛けた。
 続いて、1月25日が「大阪事件」の無罪判決の日(1962年〈昭和37年〉)であることに言及。一心不乱に勝利を祈り抜いた関西婦人部をはじめ、不二の同志に感謝は尽きないと力を込めた。
 さらに、判決後に関西本部に戻り、拝した次の御聖訓を、「今再び心肝に染めたい」と述べつつ、拝読した。
 「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(御書1056ページ)
 そして、「いまだこりず候」――この御本仏直結の学会精神の真髄を燃え上がらせ、広宣流布のため、立正安国のため、民衆の心の大地に「妙法の種」をいやまして蒔き、広げていこうと力説した
 最後に、「一人一人が、『健康長寿の信心』『絶対勝利の信心』の模範を示しながら、そして、この世で最も強い『感激の同志』の団結で、一切を勝ち切ってくれ給え!」と念願し、メッセージを結んだ。
 原田会長は、「具体的な目標」を定め、「執念の行動」に徹する中で、限界の壁を打ち破る力は生まれると強調。リーダー自らが智慧と勇気を満々とたぎらせ、新時代の「二月闘争」を堂々と勝ち開こうと望んだ。
 また長谷川理事長、谷川主任副会長、板子学生部長、本社写真局の種村伸広副主任があいさつした。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈世界写真紀行〉第8回 グアム  平和の種をまく挑戦

 
海抜122メートルの岬からグアム島の中心部を望む。日本の淡路島とほぼ同じ面積のこの島から、SGIの歴史は始まった
海抜122メートルの岬からグアム島の中心部を望む。日本の淡路島とほぼ同じ面積のこの島から、SGIの歴史は始まった

 今、世界192カ国・地域に広がるSGI。その“誕生の地”こそ、海に囲まれた緑豊かなこの島である。
 日本から飛行機で、わずか3時間半。揺れるヤシの葉と寄せては返す波。常夏の海はどこまでも青い。
 西太平洋の島・グアム。
 紀元前、東南アジアから人々が渡来した。後にチャモロ人と呼ばれる先住民である。
 300年を超えるスペイン統治の影響で、色鮮やかな建物や石造りの家並みが残る。海洋文化とヨーロッパ文化が融合した、憧れの楽園だ。
 だが、その美しさからは想像もできない悲惨な歴史が、グアムには刻まれている。
 19世紀末からは、米国に統治された。1941年12月8日、ハワイの真珠湾攻撃と同じ日、日本軍はグアムを攻撃し、10日に占領。それから2年余り、グアムは「大宮島」と呼ばれた。

 44年6月、マリアナ沖海戦に勝利した米軍は、グアム島奪還を目指し、翌月、グアム島に上陸した。日本軍は数日で壊滅状態となり、約1万8000人が死亡。米軍も約1400人の死者を出した。激しい戦闘に巻き込まれ、多くの現地住民が犠牲になったという――。
 SGI結成の前年に当たる74年4月、ハワイを訪問した池田先生は、グアムのメンバーと懇談。この苦難の歴史をつぶさに聞いた。
 そして決意する。
 “戦争の悲惨な歴史が刻印されたグアムを、世界平和の発信地にしなければならない”と。
 小説『人間革命』の執筆を開始した沖縄。世界広布の第一歩をしるしたハワイ。そしてSGIが結成されたグアム。いずれも、戦争の爪痕が深く残された地だ。
 争いの地から新たな平和の波を――一貫した先生の信念であり、祈りである。
 ◇
 1975年の1月26日、グアムの国際貿易センターに51カ国・地域の代表158人が集い、第1回「世界平和会議」が行われた。席上、「創価学会インタナショナル(SGI)」が結成され、参加者の要請によって、池田先生がSGI会長に就任する
 その時の模様が、小説『新・人間革命』第21巻「SGI」の章につづられている。
 SGI会長となった先生は、会議の意義を述べた。
 「この会議は小さな会議であるかもしれない。また、各国の名もない代表の集まりかもしれません。しかし、幾百年後には今日のこの会合が歴史に燦然と輝き、皆さんの名前も、仏法広宣流布の歴史に、また、人類史に、厳然と刻まれゆくことを私は信じます
 さらに緊迫する世界情勢を論じ、平和の道を開くのが高等宗教の使命と強調。歴史学者トインビー博士や国連事務総長らの学会への期待を紹介した後、強く言った。
 「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします
 この先生の言葉を胸に、SGIの友は立ち上がった。そして今、絢爛たる世界広布新時代が到来したのである。
 巡り来る1月26日。万年の未来のために、師と同じ心で、「平和の種を蒔く挑戦」を開始する日である。


◆〈教学〉 「教学部教授講座」のために   社会の繁栄と平和を築く信仰
 人々の胸中に「人間主義の哲学」を
 共感と希望広げる対話を粘り強く



 「SOKAチャンネル」(中継)による、「教学部教授講座」が、28日(土)、29日(日)に行われます(日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定。対象は「教授」「名誉教授」、または「青年部教学資格1級」を持つ壮年・婦人部員)。ここでは、同講座で学ぶ御書の大意、御文、通解、ならびに池田先生の指導を掲載しました。受講者は、御書と教材(本欄)を持参し、各会場の放映に参加してください。

「立正安国論」について

 
「立正安国論」は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、鎌倉幕府の実質的な最高権力者、北条
時頼に提出された国主諫暁の書です。

 「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読みます。人々の心に正法を確立し(立正)、社会の繁栄と平和を築く(安国)との意味であり、客(北条時頼を想定)と主人(大聖人を想定)との十問九答の問答形式で記されています。
 災難の根本原因が、正法に背く「謗法」にあることを明かし、このまま謗法が続けば、三災七難のうち、まだ起きていない「自界叛逆難」(内乱)と「他国侵逼難」(外国の侵略)の二難が必ず起こると警告され、「実乗の一善」に帰依するよう促されています。
 最後に客が、謗法の教えを捨て、正法に帰依することを誓い、その言葉が本書全体の結論となっています


第1段~第8段の大意
 

第1段(御書17ページ1行目~14行目)
 相次いで起こる天災や疫病。なすすべもなく人々が苦しむ世の中を客は嘆き、その原因がどこにあるのかと主人に尋ねる。主人は、世の人が皆、正法に背き悪法を信じているために、国土を守護すべき善神が去り、その後に悪鬼、魔神が入り、それが災難を引き起こしているのであると「災難の根源」を明かし、「神天上の法門」を説く。

第2段(同17ページ15行目~20ページ13行目)
 先の答えに対する根拠を求めた客に対して、主人は四経(金光明経、大集経、仁王経、薬師経)を引いて説明する。

第3段(同20ページ14行目~21ページ16行目)
 客が、当時の仏教が隆盛する姿を示して反論する。主人は、当時の僧侶が実は、正法に背く悪侶であることを、経文を示しながら説く。

第4段(同21ページ17行目~24ページ4行目)
 悪侶とは誰のことを指しているのか、客が問う。主人は、法然を名指しし、法然の著した『選択集』こそが、正法誹謗の邪説であることを明らかにしていく。

第5段(同24ページ5行目~25ページ18行目)
 法然を悪侶とした主人に対し、客は憤る。法然の念仏も釈尊の経典から生まれたものに変わりはなく、主人が釈尊に背いていると指摘し、帰ろうとする。
 対して主人は笑みを浮かべて客をとどめ、まず、仮の教えを尊ぶ誤りを指摘。中国と日本の例を現証として挙げ、法然の法華経誹謗の罪を説いていく。

第6段(同26ページ1行目~12行目)
 客は主人の言葉を聞き、少し態度を和らげる。しかし、これまで高僧が多くいたが、念仏を禁じる説を誰も言い出したことはなく、低い身分の主人がそう言うのは僭越だと語る。
 主人は謗法呵責の教えを語り、過去に念仏を禁止する勘状(意見書)が出された事実も述べる。

第7段(同26ページ13行目~30ページ7行目)
 客が災難を治める具体的な方法を問う。主人は、涅槃経・仁王経等を挙げながら、謗法の人を戒めて正法を行じる人を重んじれば、国家は安穏になると述べ、国中の謗法を断つように勧める。

第8段(同30ページ8行目~18行目)
 “謗法の輩を断ぜよ”との主人の言葉に客は、斬罪は仏法の教えに反しないかと問う。主人は、涅槃経等では斬罪が説かれているが、それは釈尊以前の事例であり、釈尊以後は、謗法への布施を止めることがそれに通じると述べる。


第9段(同31ページ1行目~32ページ17行目)
●大意


 これまでの疑いや迷いが晴れた客は、主人が言った通りに謗法に対する供養を止め、正法を行じる僧を重んじていくとの決意を表明する
 主人はその申し出を喜んだ上で、七難のうち、まだ現実のものとなっていない他国侵逼難、自界叛逆難の二難が起こらないように、速やかにその決意を実行するよう訴える。

 汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、此の詞此の言信ず可く崇む可し(御書32ページ14行目~17行目、編年体御書170ページ15行目~17行目)


●通解

 あなたは早速ささやかな信仰の心を改めて、速やかに、本当に成仏へ至らせる教えである唯一の善い法に帰依しなさい。
 そうすれば三界は皆、仏国である。仏国であるなら、どうして衰微することがあるだろうか。
 十方の国土は、ことごとく宝土である。宝土であるなら、どうして破壊されることがあるだろうか。こうして国土が衰微することなく破壊されることもなければ、身は安全であり、心は動揺せず安定しているだろう。これらの一言一句を信じて敬わなければならない。


池田先生の指導から 


 「実乗の一善」とは、実大乗教たる法華経であり、一切衆生は本来、仏なりと教える、最高の人間尊厳の大法である。そして、一人ひとりの人間が、この妙法に則って、胸中の仏の生命を開いていく時、その人の住む場所も、仏国土と輝いていくのである。
 つまり、時代、社会の創造の主体である、一人ひとりの人間の内発性の勝利を打ち立て、社会の繁栄と平和を創造していこうとするのが日蓮仏法である。そして、その原理を説き明かしたのが、この「立正安国論」であった。
 衆生に仏を見る仏法は、すべての人間に絶対の尊厳性と無限の可能性を見いだす。それは、揺るがざる民主の基盤を形成する哲理となるにちがいない。また、自らに内在する仏の生命を顕していくということは、他者への慈悲の心を育むことでもある。
 いわば、「実乗の一善に帰せよ」とは、「偏頗な生命観、人間観を排して、生命の尊厳に立ち返れ」「エゴを破り、慈悲を生き方の規範にせよ」「真実の人間主義に立脚せよ」との指南といってよい。ここに、人類の繁栄と世界の平和のための、普遍の哲理がある。
 (小説『新・人間革命』第4巻「立正安国」の章)


第10段(同32ページ18行目~33ページ4行目)
●大意


 客は自らの謗法を速やかに改めることを決意するとともに、自分と同じように邪義に惑わされている世の多くの人々を覚醒させる実践に励むことを誓う。
 

 弥よ貴公の慈誨を仰ぎ益愚客の癡心を開けり、速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん、唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ(御書33ページ3行目~4行目、編年体御書171ページ3行目~5行目)


●通解

 あなた(主人)の慈悲あふれる訓戒を、いよいよ仰ぎ、ますます自分の愚かな心が開いていこう。速やかに謗法を滅する方策をめぐらせて、早く天下泰平を実現し、まず生前を安穏なものとして、さらに没後も救われるものにしていきたいと思う。
 ただ自分一人が信じるだけではなく、他の人々の誤りをも制止していこう。


池田先生の指導から 


 仏教経典の多くが対話や問答によって成立しているように、「立正安国論」も、権力者と仏法者という立場の異なる両者が対話を通じて議論を深めていく形となっています。
 最初は、杖を携えて旅をする客人(権力者)が主人(仏法者)のもとを訪れ、天変地異が相次ぐ世相を嘆く場面から始まります。
 しかし二人は、災難をただ嘆き悲しんでいるのではない。災難が繰り返される状況を何としても食い止めたいとの「憂い」を共有しており、そこに立場の違いを超えての“対話の糸口”が生まれます
 そして始まった対話では、両者が互いの信念に基づいた主張を真剣に交わしていく。その中で、客人が示す怒りや戸惑いに対して、主人がその疑念を一つずつ解きほぐしながら議論を深めるという、魂と魂とのぶつかり合いが織り成す生命のドラマを経て、最後は心からの納得を得た客人が、「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(御書33ページ)と決意を披歴する形で、主人と「誓いの共有」を果たす場面で終わっています。
 では、対話を通じて両者が見いだした結論は何か。それは、仏典の精髄である「法華経」で説かれた“全ての人間に等しく備わる無限の可能性”を信じ抜くことの大切さでした
 つまり、人間は誰しも無限の可能性を内在しており、かけがえのない尊厳を自ら輝かすことのできる力が備わっている。その尊厳の光が苦悩に沈む人々の心に希望をともし、立ち上がった人がまた他の人に希望をともすといったように、蘇生から蘇生への展転が広がっていく中で、やがて社会を覆う混迷の闇を打ち払う力となっていく――との確信であります
 (2012・1・26付、第37回「SGIの日」記念提言)


◆〈男子部のページ〉 青年の勇気の行動が次代をつくる


 男子部の創価班・牙城会大学校の入卒式が、1・2月を中心に全国各地で開催される。ここでは、拡大に率先する東京・荒川総区、青森総県でのメンバー育成の取り組みを紹介するとともに、池田゛先生の指針を掲載。

池田先生の指針


 仏法のリーダーは、ともかく「人に会うこと」である。とくに、新しく入会され
た方々に、どんどん会っていただきたい。人間と人間の出会いのなかにこそ、仏法
は脈動するからである。
 御書にも、「直接、会うこと」の大切さが種々、示されている。
 「人間対人間」のつながりを、どうつくるか。ここに発展のカギがある。あらゆ
る国家も、企業も、団体も、この一点に注目して、今、しのぎを削っている。
 それには「会う」以外にない。
 会ってこそ、人はつながる。心は結ばれる。人材も育っていく。
 学会は、一対一の膝づめで対話してきたからこそ、今日の世界的な発展がある。
これが鉄則である。
 観念論や空想論ではない。戸田先生ご自身が、徹して会員と会われた。一人の人
と会い、心から励まし、ともに広宣流布に進んでいく。その行動のなかにしか、創
価の魂はないのである。
 わざわざ会いに来てくれれば、人は「自分を認めてくれた」と思う。「会えてう
れしい」「あの人と一緒にがんばろう」となるものである。
 また、会合が終わっても、「一人で、さっさと帰る」のではなく(笑い)、帰る
道々、後輩の話を聞いてあげることだ。
 会合で話せないことでも、一対一になれば話せることもあるだろう。
 一緒に語り、一緒に動くのが学会の根本精神である。策でも、方法でもない。
 いわんや青年部は、決して偉ぶってはいけない。真心こめて、後輩を大切にして
いくことである。友に尽くしていくことである。
 仕事や家事で忙しい時もある。それでもなお、やりくりして、時間をつくって会
っていく。それが慈悲である。仏の振る舞いに通ずる。これしか道はない。
 (2002年8月6日付本紙・全国最高協議会でのスピーチから)
                       ◇◆◇ 
 リーダーの話に気取りはいらない。事務的なことばかりであったり、味気ない話
では、皆の心に響かない。また必要以上に大声を出したり、怒鳴ったりするのは、
時代遅れの指導者である。
 学会員は人柄がいいから、どんな話でも、皆、拍手をしてくれるかもしれない。
 しかし、それで、いい気になっていては、幹部の成長はない。
 幹部は、しっかりと勉強し、広布の最前線で戦って、同志と心を結んでいくのだ。
 そうした努力を真剣に重ねたうえで、あとは、“真実の自分の心を友に語っていこ
う”と思っていけばいいのである

 気取らず、真心と勇気をもって!
 皆を包み込む、慈愛と温かさをもって!
 ある時は情熱的に。
 ある時は心静かに。
 聞く人の胸に、すーっと染み入るように。
 ともあれ、学会ほど話をする機会が多いところもないだろう。
 だからこそ、絶えず自らを磨き、高めて、「きょうは清々しい話を聞けたな」と
いわれるような聡明な指導をお願いしたい。
 そこに学会が一段と発展しゆくかどうかの鍵があるからだ。
                              ◇ 
 「師弟」を語ることは大切だ。
 
 そのうえで、大事なのは、「師匠の教えを守り、実践する」ことである。
 「師弟」という言葉を単なる掛け声にしてはならない。
 また、師匠の近くにいるから師弟不二であるというのも間違いである。師弟は“距
離”ではない。師匠の教えを実行する人が真実の弟子なのである。
 
 (09年4月19日付本紙・全国代表協議会でのスピーチから)

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 都営団地の女性自治会長   幸せのつながり ここから私から

 【東京都豊島区】世界で類を見ない超高齢社会に突入した日本。「平成27年国勢調査」によると、65歳以上は3400万人を突破した。
 

2017年1月23日 (月)

2017年1月23日(月)の聖教

2017年1月23日(月)の聖教

◆今週のことば

女子は門をひらく
楽しきロマン総会から
希望と幸福の連帯スクラムが

心の宮殿を光らせ
未来へ青春勝利の舞を!
                                                

◆名字の言

  厳しい寒さが続くが、都内の公園では、梅のつぼみがほころび始めた。どの花にも先駆けて咲くことから、梅は「百花の魁」とも呼ばれる▼「明治六大教育家」の一人である
新島襄は梅を愛したことでも知られる。彼が詠んだ漢詩に「真理は寒梅のごとし あえて風雪を侵して開く」と。風や雪に耐えて咲く梅のように、あえて逆境や苦難に挑み、乗り越えていく心を、彼は「敢為の精神」と呼んだ▼「敢為」は「敢えて為す」「敢で為す」と読む。私たちが日々、読誦する勤行にも「勇猛精進」とある。この「勇」こそ「敢で為す」と同じ意味に当たる。あえて苦労を求め、堂々と勝ち越えていく。そして再び、新たな挑戦を開始する――。この地道な鍛えの連続が“人間革命の道”だ▼戸田先生は「信心も、平坦な道ばかりを、ゆっくりと歩いていては、何も変わらない」と。今日の学会の発展は、創価の三代会長と草創の同志の忍耐と勇気によって切り開かれた。世界広布新時代の今、私たちは“新たな開拓者”との自覚に立ちたい▼「百花の魁」には、“すぐれた人物などが輩出する時期の先駆をなすこと”との意味もある。自身の最高峰を目指し、あえて挑戦を開始する。その勇気の一人から、百花繚乱の人材城の建設は始まる。(嶺)

◆〈寸鉄〉 2017年1月23日
 

 「人間革命」こそあらゆる
 教育の基盤の理念
―博士
 人類は待望。我らが率先
      ◇
 
青年は先駆者たれ!広布
 を完遂するのは君たち

 戸田先生。本領発揮の時
      ◇
 御書「
日蓮が一門となり
 とをし給うべし
」。誓願に
 生き抜く人生に真の充実
      ◇
 
常に挑戦を続ける人の脳
 は年を重ねても衰えない

 ―研究。多宝の友が見本
      ◇
 タイヤチェーンの緩みは
 事故の元。使用前に確認。
 気持ちの緩みなき運転も

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章   十八 



  山本伸一は、一九五二年(昭和二十七年)四月、日蓮大聖人の宗旨建立七百年慶祝記念大法会の折の出来事を思った。
 ――学会の青年たちが、僧籍を剝奪されているはずの笠原慈行を総本山で発見した。
 笠原は、戦時中、時局に便乗して神本仏迹論の邪義を唱え、保身のために大聖人の正法正義を踏みにじった悪僧である。彼の動きが契機となって軍部政府の弾圧が起こり、牧口常三郎の獄死の遠因ともなったのである。
 青年たちは彼を牧口の墓前に連れて行き、神本仏迹論の誤りを認めるように迫り、それが騒ぎとなったのだ。この時、既に宗門は、笠原を密かに僧籍復帰させていた。正法を根本から歪める邪義を不問に付したのである。
 宗門は宗会を開き、戸田城聖が笠原に「加害暴行」し、法主を悩ませ、登山した檀信徒に信仰的動揺を与えたとして、「開山以来、未曾有の不祥事」としたのだ。そして、戸田に対して、謝罪文の提出、大講頭の罷免、登山停止という処分を決議した。
 神本仏迹論を主張し、宗祖の教えを踏みにじった悪僧を、宗会は庇いたて、その悪を正した戸田を厳重処分にしようというのだ。
 「宗会の決議取り消しを要求する!」「断じて戸田先生を守れ!」――伸一をはじめ、弟子たちは決然と立ち上がった。宗会議員一人ひとりと直接会って、笠原事件の経緯と真実を語り、決議の理不尽さを訴え、撤回を求めていったのである。
 伸一は、礼を尽くして対話していったが、胸には憤怒の火が燃え盛っていた。
 “宗会は、戸田先生の大講頭罷免や登山停止など、お一人だけを処分するつもりだ。これは、会長である先生と会員との分断策だ。
 戸田先生なくして、いったい誰が広宣流布を進めるのだ! 何があろうが、私たちが戸田先生をお守りする。正義を貫かれた、なんの罪もない先生を処分などさせるものか!”
 それが伸一の胸中の叫びであり、当時の学会首脳、青年部幹部の決意であった。広布破壊を狙う魔は、常に師弟の分断を画策する。 

 小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎神本仏迹論/仏と神の関係について、神が本地で、仏は神の垂迹(仮の姿)であるとする説。元来、仏教では“仏が主、神が従”であるのに対し、国家神道のもとに国論を統一しようとした軍部政府に迎合した邪説。

【聖教ニュース】

◆女子部 ロマン総会がスタート 
 池田先生ご夫妻がメッセージ「朗らかに歓喜の語らいを」

東京・目黒支部の総会。柴美波さん・七海さん姉妹が作成したポスターが会場を彩った。清水女子部長、目黒総区の加藤女子部長が友をたたえた(目黒区内で)
東京・目黒支部の総会。柴美波さん・七海さん姉妹が作成したポスターが会場を彩った。清水女子部長、目黒総区の加藤女子部長が友をたたえた(目黒区内で)

 麗しき友情の花を万朶と咲き薫らせる女子部の「ロマン総会」が各地でスタートした
 これには池田大作先生ご夫妻が万感のメッセージを贈り、「世界第一の生命哲学とともに、また、心から信頼し合える創価家族とともに、誇りをもって、気高く、青春を走り抜いていってください」と念願。「一人ももれなく、桜梅桃李の生命を自分らしく輝かせながら、朗らかな幸福勝利の劇を」と、華陽姉妹の活躍に心から期待を寄せた。
 本部・支部単位で開かれ、歓喜の語らいを広げる「ロマン総会」。新たな人材拡大の好機として、各地でアイデアあふれる取り組みが光っている。
                  ❀ ❀ ❀
 「私にぴったり!」「お気に入りの御文なんです」と参加者が声を弾ませたのは、清水女子部長が駆け付けた東京の目黒戸田区・目黒支部の総会(21日、目黒区内)。
 「池田華陽会御書30編」から選んだ御文が書かれた手作りのカードを囲み、皆で研さんした。カードを手にした人には、御文を拝読してもらい、さらに研さんできる資料を渡すなど工夫を凝らした。「『女子部は教学で立て』との指針があります。みんなで楽しく学び、そのきっかけになったら」と、荒巻陽子部長を中心に企画した。
 1級建築士として、仕事でも実証を示す荒巻部長。婦女一体の唱題と同志の激励に徹した。迎えた総会当日、昨年を上回る女子部員が集った。
 荒巻部長と二人三脚で準備に奔走してきたのが鶴田博子地区リーダーだ。広布に駆ける中で一昨年、子会社から親会社へ転籍を勝ち取った。また以前の職場の上司に勇気の対話を。その上司は昨年の「教学部任用試験(仏法入門)」を受験し、合格を果たした。
 荒巻部長は誓う。「支部の全員が使命ある人材です。友情の絆を強めながら前進していきます!」
                   ❀ ❀ ❀
 宮城・宮城野総区の中野常楽本部の総会(22日、東北文化会館)では、折り紙で雪の結晶をかたどった、部屋飾りを作った。
 「その形、すごく斬新でいいね!」「その模様、とってもきれい」――和気あいあいとした輪の中心には、柏舘慶子本部長が。
 同本部の地域は、東日本大震災で甚大な津波被害を受け、柏舘本部長の自宅も床下浸水に。また、仕事と学会活動の両立に悩んだ時期もあったが、“試練を乗り越える私たちの姿で信心の素晴らしさを伝えたい”と唱題を重ね、奮闘してきた。
 加藤真名美部長は率先の訪問激励で勇気と希望を送り、村井和美副部長(地区リーダー兼任)も本紙購読の推進や友好拡大に先駆。
 柏舘本部長は「創価の連帯を一段と広げ、福光勝利へ歩み抜いていきます」と、輝く笑顔で。
                 ❀ ❀ ❀
 広島常勝区・己斐支部の総会(22日、広島市西区内)では、ペーパーナプキンを使って、せっけんにデコレーションする「デコパージュ」を皆で楽しく。
 前任の部長である佐藤正美副本部長は一昨年11月に弘教を結実。入会した友は同志の励ましを受け、御書の研さんに挑戦し、昨年、「池田華陽会御書30編」の読了を達成した。
 今井唯地区リーダーは白蓮グループでの薫陶を胸に対話拡大に率先。友人と共に座談会に参加するなど学会理解の輪を広げている。
 総会に向け、手作りのチラシを携えて婦女一体の訪問激励に全力を注いできた友。今井樹里部長は「行学の二道に励み、何でも話し合える仲の良い“華陽のスクラム”を築きます」と語った。

【先生のメッセージ・特集記事】


◆無冠の友への新春メッセージ 池田大作
 皆さまは幸福勝利のアンカー
 さあ、人間革命の栄光のゴールへ
   
池田先生が「常勝の錦州城」と贈った、東京・調布市の配達員の代表(同市内で)
池田先生が「常勝の錦州城」と贈った、東京・調布市の配達員の代表(同市内で)

 尊き使命を胸に、本紙の配達に走る「無冠の友」。厳寒の朝も、朗らかに希望の便りを届けるその一歩一歩こそ、広布拡大を支える力である。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の新年特集(1月)に掲載された、池田先生のメッセージを紹介する。
 全国の「無冠の友」の皆さま! あけましておめでとうございます。
 「世界広布新時代 青年拡大の年」の晴れやかな新春を、皆さまと共に迎えることができ、これに過ぎる喜びはありません。
 さらにうれしいことに、1月2日には、わが創価大学が2年ぶり2度目の箱根駅伝に出場となりました。
 この日を目指して、努力また努力を重ねてきた若人たちが、多くの温かな声援を受けて、私の故郷・大田や聖教新聞の創刊号を飾った鶴見も駆け抜け、箱根路へ、そして栄光のゴールへとひた走る光景を、私は皆さまとご一緒に、快哉を叫ぶ思いで見守っております。  駅伝競走は、各チームが襷をリレーしてゴールを目指します。前の走者は全力を尽くして自分が任された区間を走り抜き、「あとは頼むぞ!」と次の走者に襷を託していくのです。
 勝利への熱き心の襷を受け取った次の走者はまた、その心を燃え上がらせて走り切る。誰一人、どの区間も欠けることなく襷をつないだ先に、完走のゴールがあるのです。
 新聞づくりもまた、駅伝に例えられるかもしれません。広宣流布への熱き心が込められた聖教新聞は、通信員の方々や記者による取材から、編集・広告、紙面制作、校閲、印刷、輸送、そして販売店へとつなげられ、最後に「無冠の友」の皆さま方が、一軒また一軒への無事故の配達というゴールを、毎日毎日、積み重ねてくださっているのです。
 
 最終区間のランナーが、ゴールして初めて駅伝のドラマが完結するように、「無冠の友」の渾身の力走あればこそ、聖教新聞の真心のリレーも実を結ぶのです。
 皆さま方こそ、信心の息吹と感動を伝える“人間機関紙”を、「日本中、世界中の人に読ませたい」という恩師・戸田先生の熱願を、全国の同志に届けてくださる、最強の幸福勝利のアンカーなのです。
                     ◇ 
 この「無冠」の襷が、時を超え、先輩から後輩へ、次の世代へと受け継がれ、各地で喜びを広げていることもありがたい限りです。
 広島・尾道市街の対岸に位置する向島で、約30年前に自ら志願して「無冠の友」になったお母さんは、聖教新聞の配達という「朝一番の言論戦」に徹し抜いてこられました。  4年ほど前、職場の人間関係に悩む女子部の娘さんに、配達をする中で苦難を乗り越えてきた自身の体験を語りました。
 すると、娘さんもまた自ら志願して母の心を受け継ぎ、「無冠の友」になってくれたのです。娘さんは配達中、出会う人に進んで朝のあいさつをし、終えると心ゆくまで唱題するリズムができました。やがて、白蓮グループの一員となって対話拡大にも挑戦する中、より条件のいい職場への転職も勝ち取ることができたのです。
 近隣の読者からは、「聖教新聞は、前向きで、生きる希望が湧いてくるね」との声が寄せられます。母から子へと「幸福の襷」をつなぐ姿は、地域にも信頼の輪を広げているのです。
                   ◇ 
 中国作家協会・中華文学基金会の先生方より、詩聖・杜甫の像を頂いたことがあります。像には、「ひとたび筆を揮えば、風や雨さえも驚かせ、詩歌を作れば、鬼神をも泣かせる力がある」と、私も青年時代から愛誦してきた詩の一節が刻まれていました。
 これは杜甫が、敬愛する友人で詩仙と謳われた李白を励ましたものです。
 李白は、嫉妬の讒言によって追放され、さらには投獄され、流罪されました。その苦難の時に、杜甫は詩に託して、友に万感のエールを送ったのです。
 言葉は心を動かします。友の幸福への願いを込めて、生命尊厳の希望と正義の言論を、あの家にも、この家にもと、勇んで届けてくださる「無冠の友」の皆さまこそ、新たな人間世紀を照らす太陽なのです。
 本年は、私が拡大の初陣の指揮を執った「二月闘争」から65年になります。
 師の心をわが心として、本陣・東京から広布の大潮流を起こし、世界を駆け巡って192カ国・地域に妙法を広げてきました。
 私の言論戦は、これからが総仕上げです。まだまだ書きたいことがあり、もっと励まし、もっと光を当てたい多くの同志がいます。
 
私のライフワークである小説『新・人間革命』も、いよいよ30巻に入り、学会の正義の闘争を綴っていきます。
 法のため、友のため、社会のため、未来のための言論戦を戦う聖教新聞です。その共戦の「無冠の友」の皆さまの姿を心に浮かべる時、私のペンを持つ手には一段と力がこもります。
 長年にわたり、新聞のコラムで人々を励まし続けた、アメリカの人権の母エレノア・ルーズベルトは「新たな一日の始まりと共に、新しい力と考えが生まれる」と綴っています。  新たな一日を、誰よりも早く出発される「無冠の友」の皆さまとご一緒に、私もまた、生命力を漲らせながら、ペンを走らせていきます。
 一年で最も寒い時期を迎えます。細心の注意と祈りで、絶対無事故の配達をお願いします。皆さまの無事故・安穏と健康長寿、そしてご一家の人間革命の勝利劇を、私と妻は真剣に祈り抜いてまいります。
 さあ、生命凱歌の栄光のゴールへ、一歩また一歩と踏み出していきましょう!

◆池田大作先生が贈る青春勝利の大道  第8回 一切の根本は唱題行なり  創価新報

◇日々“生命の鏡”を磨け

 皆、自分自身を磨く方途を求めている。信心は、わが生命を最高に磨く実践である。
 日蓮大聖人は、『只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし』〈御書 384p〉と仰せになられた。
 題目で磨いた“生命の鏡”は、智慧と勇気の輝きをいやまし、健康と幸福と勝利の光彩を放っていける。どんな富や名声であろうとも、“生命の鏡”を磨いた若人には、かなわない。
 労苦を惜しまず広布に戦う青年は、友の労苦も鏡のように映し出せる。日々、題目を唱え、この濁世に、自他共に生命輝く世界を創り出していくのだ。

◇決意を込めた題目を


 戸田先生は師子吼された。
 『本当の決意を込めた題目をあげよ!題目は利剣である。題目は宝刀である。題目で勝つのだ!』
 青年ならば、『試練を絶対に乗り越えてみせる』『わが地域を断じて日本一にする』と勇敢な決意で祈り、奮い立つのだ。
 最強無敵の宝剣を持つ青年に、打ち破れない苦難などない。
 この『変毒為薬』『煩悩即菩提』の原動力が、唱題なのだ
 『
南無妙法蓮華経は精進行なり』〈790p〉との御指南のままに、たゆまぬ信行学を貫き、 青春の逆転劇を!広布のロマンの宝友と励まし合い、凱歌の歴史を飾ってくれ給え!

【信仰体験】

◆〈世界の機関紙・誌から〉 「大丈夫、私には信心がある」
 弁護士として社会に貢献 アメリカSGI シーラ・シャンクスさん 
 池田先生の哲学で社会を変えたい

2017年1月22日 (日)

2017年1月22日(日)の聖教

2017年1月22日(日)の聖教

◆わが友に贈る


あの人に会おう!
この友と話そう!
行動した分だけ
仏縁と歓喜は広がる。

さあ勇んで人間の中へ!

◆名字の言


  マレーシア・ボルネオ島の先住民プナン族は、「ありがとう」を意味する言葉を持たないらしい▼“互いに助け合うのは当然”と皆が思っているから、言う必要がないのだという。ただ、多様な考えを持つ人々が触れ合う社会では、なかなかこうはいくまい。人々の心を潤す「ありがとう」は、やはり大切である▼東京のある少年部員が昨年の「きぼう作文コンクール」でホイットマン賞(詩部門)に輝いた。題名は「ありがとう」。彼は先天性の脊髄疾患により、手術と入院を繰り返してきた。不可能と思われた歩行も、小学1年の今では、杖を使って歩けるまでに。家族や同志の励ましに包まれながら、リハビリに挑戦する日々だ▼彼は詩につづった。「ぼくはなんにでも、ありがとうをいうよ」。夏には鳴いているセミたちに。春には桜、秋には紅葉、冬には雪に。「いつもいうのは、かぞくとがっこうのともだち」「あと、のみものとコップとつくえと、もう/ちきゅうのぜんぶ!/ついでに、うちゅうのぜんぶにも!」▼「有り難う」は元来、“そうあることがまれだ”との意味。この、当たり前を当たり前と思わない心は、困難を乗り越える中で育まれる。生きる喜びを広げ、周囲にも笑顔を送る。感謝できる人は幸福の灯台である。(之)


◆〈寸鉄〉 2017年1月22日

 
学会の対話運動こそ現代
 の諸問題に立ち向かう力

 ―教授。人類結ぶ希望と
      ◇
 北九州の友が奮戦。執念
 の拡大で断じて新時代を
 勝ち開け!全国が大声援
      ◇
 
高知青年部の日。広布は
 私たちの手で!「魁」の
 後継の友が頼もしき前進
      ◇
 
真剣にやらずしてできる
 ものは、この世にない

 文豪。今日も挑戦の一歩
      ◇
 外出前に天気予報の確認
 を。降雪は交通機関にも
 影響。行動にはゆとりを

◆社説  第一線こそ知恵の宝庫  全リーダーが励ましの連鎖の波を


 「皆がさらに力を培い、一騎当千の知勇兼備の闘将に育ってほしい」(大山 四)
 池田先生の小説『新・人間革命』には、広布のリーダーへの深い期待がつづられている。  民衆のために尽くし抜くリーダーが陸続と躍り出なければ、激動の時代を勝ち抜き、新しい道を開くことはできない。その要諦は、どこにあるのか。
 生前、池田先生と深い交流を続けた松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏は、いかに地位が高くなろうとも、努力を怠らず、現場感覚による知恵を重視した
 ある時、「知恵ある者は知恵を出せ、知恵無き者は汗を出せ、それも出来ない者は去れ」という言葉を雑誌で読んだ部下は、なるほどと思い、松下氏に報告した。すると、氏は次のように語ったという。
 「わしならな、『まず汗を出せ、汗の中から知恵を出せ、それが出来ない者は去れ』と、こう言うな。ほんとうの知恵は汗の中から生まれてくるもんや。だから、まず、汗を出さんといかん」
 単に机の前で出しただけの現場遊離した知恵は、本物の知恵とは考えなかった(江口克彦著『松下幸之助はなぜ成功したのか』東洋経済新報社)。
 学会活動に励む私たちにとって、「現場に知恵あり」とは、誰もが実感するところだろう。第一線の「地区・ブロック」にこそ、拡大勝利の知恵は厳然とある。
 学会の永遠性を確立する今、全幹部が地区に勇み出て、励ましの連鎖を広げていきたい。
 「大白蓮華」では先生の指導選集「幸福と平和を創る智慧」が好評を博す。今月号は指導者論を収録。次のようにあった。
 「皆の中に入っていこう、皆を尊敬していこう、皆から謙虚に学んでいこうと思った瞬間に、偉大な指導者へと出発できる
 「リーダーとは『人に喜びをあたえる』人のことである」
 「指導者は『自分が、いちばん苦労してみせる!』と決めることである。同時に、『自分が、いちばん楽しんでみせる!』と朗らかに、悠々と生きぬき、戦いぬいていくことである」
 リーダーが走る。自らが成長する。すぐに思うような結果が出なくとも、同志を信じ、未来を信じて挑戦を重ねる。その広布への一念と不屈の行動がある限り、勝利の道は必ずや開かれていく。
 大寒を過ぎ、来月には立春がやって来る。沖縄では早くも桜が開花した。弾む心で、友のもとへ希望の歩みを運びゆこう。

◆きょうの発心  一念を定めて障魔に勝つ!2017年1月22日

御文
 ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし(四条金吾殿御返事、1192ページ・編1219ページ)
通解 ただ心こそ大切である。いかに日蓮が祈っても、あなた自身が不信ならば、濡れている火口に火を打ちかけるようなものである。勇んで強盛に信力を出しなさい。

 
強盛に大信力を出す、信心の一念の大切さを教えられた御文です。
 1982年(昭和57年)に2度開催された「中部青年平和文化祭」に参加。“生涯、師匠と共に”と誓いました。
 婦人部となり、4人の子宝に恵まれ、子育てと学会活動に奔走。そうした中、長女の不登校や長男の足の難病など、障魔が襲いましたが、懸命に唱題を。自身の弱い心を打ち破ろうと一念が定まり、“母よ! 強くあれ!”と励ましを送ってくださる池田先生の期待に応えようと奮起。一歩も引かずに祈り、活動に励む中で、全てを勝ち越えることができたのです。
 長女は自身の夫を折伏し、1児の母として奮闘。長男は健康になり、創価班で薫陶を受け、弘教を実らせました。
 文化薫る三河の地に、師は幾度も訪問し、広布の歴史を築いてくださいました。今こそ師弟共戦の誇りを胸に、青年部を先頭に報恩感謝の拡大をしてまいります。  愛知・三河本陣県婦人部長 清水王子

◆池田先生と共に 新時代を進む 2 福智輝くロマンの青春道を   
 


 各地の大雪や荒天による被害に、心からお見舞い申し上げます。
 厳寒の中、聖教新聞を配達してくださる「無冠の友」をはじめ、皆さまの健康とご多幸、絶対無事故を、毎日、真剣に祈っております。
                   ― ◇ ― 
 にぎやかに楽しく女子部のロマン総会が始まった。列島のあの地この地に、青春の希望の舞が躍動する。  御聖訓に「仏になるみちは善知識にはすぎず」(御書1468ページ)と仰せである。
 善知識――善き友と支え合い、励まし合う絆にこそ、「一生成仏」という幸福への確かな軌道がある。
 このスクラムを手作りで広げる乙女たちの語らいが、どれほど尊く、大切か。
 苦楽を分かち合って祈る。共に笑い、共に歌い、共に進む。ここに、孤独や不安を深める現代社会にあって、かけがえのない連帯がある
 草の根の対話は、地味であり、地道である。しかし、草創の女子部のリーダーたちとも、私は語り合った。
 ――世界広布といっても全ては足元から始まる。足元のできることから一つ一つ着実に積み重ねれば、必ず道は開ける、と。
                   ― ◇ ― 
 日蓮大聖人が女性の門下に贈られた御文を、あらためて拝読したい。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(同1253ページ)
 誰もが幸福になるために生まれてきた。
 長い一生にあって、どんな厳しい試練の冬が襲いかかろうとも、断じて負けない。大歓喜の幸の春を、自他共に勝ち開いてみせる――この「絶対勝利」の福智の光を、わが生命に無限に漲らせていけるのが、正しき青春の信仰なのである。
 幸福は、心で決まる。境涯で決まる。哲学で決まる。 
                   ― ◇ ― 
 今、目覚ましい発展を続けるインドなど、いずこでも、青年拡大の大いなる原動力は、華陽姉妹である。
 女子部が一人立てば、「希望の門」が開かれる。家庭に地域に、職場に社会に、さらに世界に未来に、妙法の幸の花は、幾重にも咲き広がっていくのだ。
 さあ、太陽の婦人部を中心に、皆で応援しよう!  世界のどこよりも仲良く麗(うるわ)しく、朗らかな平和のロマンの集いであれ!

【聖教ニュース】

◆ブラジル創価学園 新校舎誕生 小中高の児童・生徒が学ぶ
 高校の部が開設 盛大に記念式典

ブラジル創価学園の新校舎誕生の記念式典に出席した友が記念のカメラに。来賓のモハメッド・ハビビ教授(サンパウロ州立カンピーナス大学)は、「池田博士の人道主義に根差した人間教育の大城が、ここに誕生しました」と語った
ブラジル創価学園の新校舎誕生の記念式典に出席した友が記念のカメラに。来賓のモハメッド・ハビビ教授(サンパウロ州立カンピーナス大学)は、「池田博士の人道主義に根差した人間教育の大城が、ここに誕生しました」と語った

 ブラジル創価学園の新校舎(サンパウロ市内)の誕生を記念する式典が19日(現地時間)、同校舎で盛大に行われた。これには同学園の教職員をはじめ、児童・生徒の代表、来賓ら450人が出席した。
 創立者の池田大作先生はメッセージを贈り祝福。「学園生こそ、わが命なり。学園生が伸びゆく限り、人類の希望は無窮なり」との真情を述べ、「『何のため』に学ぶかを忘れず、自分らしく個性を開花させながら、青年として最も尊く、栄光輝く青春の道を歩んでいただきたい」と呼び掛けた。
 そして、自身の大いなる夢に向けて挑戦を始め、「負けじ魂を燃え上がらせて努力し、青春の勝利の日記をつづっていただきたい」と期待を寄せた。
                                                                        ◇ 
 2001年、同学園はブラジル創価幼稚園として出発を切った。その後、「小・中学校の部」が設けられ、ブラジル創価学園として発展を重ねてきた。
 そして、今月、新たに「高校の部」を開設した
新校舎では、小学校から高校までの児童・生徒たちが学ぶこととなる(幼稚園は別校舎)。
 「高校の部」では、公用語のポルトガル語とともに、英語での授業も行う。世界市民を育成する環境が拡充され、国内外の名門大学への進学を視野に入れた高水準の教育を提供する。
 「高校の部」の新入生たちは、一人一人が向学の情熱を燃やし、瞳を輝かせている。
 「平和の使者として活躍できるよう、高校で語学力を伸ばし、後輩の模範となっていきたい」(ガブリエラ・マルトゥッシさん)
 「世界で活躍できる人材に成長するため、学園で人格と英知を磨いていきます!」(マリアナ・ヘジナさん)
 式典では、生徒の代表が国歌を斉唱。日本の創価学園、創価大学、アメリカ創価大学(SUA)などからの祝辞が紹介された。
 ヤマウチ学園長は、「人類の平和と幸福に寄与する人材を育成することが、世界が求める教育のあり方です。私たちは、『良識・英知・希望』との新モットーを高々と掲げ、人間教育の潮流を起こしていきたい」と力強く訴えた。
 チナ学園理事長が、新校舎と「高校の部」の概要を報告。来賓のブラジルSGIのコウサカ理事長は「学園生全員が社会に貢献し得る模範のリーダーに成長を」と望んだ。
 最後に学園生全員で愛唱歌「英知の王者」を大合唱した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈世界広布と新入会の友〉 スペイン㊤ マドリード・バルセロナ
 生き方を深め 現実を変える
 
カタルーニャ地方の中心都市バルセロナで、一人一人に励ましを送る青年部メンバー(昨年12月17日)               
 カタルーニャ地方の中心都市バルセロナで、一人一人に励ましを送る青年部メンバー(昨年12月17日)

 新入会のSGIメンバーを紹介する本企画。欧州スペインでは、仏法の哲学に希望を見いだし、勝利の人生を歩み始めたメンバーが、この25年間で約60倍に拡大した。

◆〈親が子に語る物語〉 ウマにされたお父さん
 少年の勇気が国が救う
 
                                                                                                                                                 
おうちの方へ

 今回の物語は、「千日尼御返事」の中に出てくる話(御書1321ページ)を基にしています。
 千日尼の息子である藤九郎は、父・阿仏房の遺骨を携え、佐渡から遠く離れた身延にいる日蓮大聖人を訪ねました。
 父親の信心を継承した子どもの姿を見た大聖人は、千日尼に手紙を書かれました。
 その中で、
馬にされた父を救った息子の話を、親孝行の例として取り上げられ、「子にすぎたる財なし・子にすぎたる財なし」(同1322ページ)と励まされています。
 親を思う息子の行動は、馬に変えられた父を人間に戻しただけでなく、王さまの心を動かし、国の人々をも幸せにしました
 私たちは、勇気をもって行動していく大切さを伝えていきましょう。


【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 助産師から大学教員へ 岡潤子さん 
  居場所があるから 一歩前へ踏み出せる
 岡潤子は、看護者であり、患者でもあった。
 東京の足立区で生まれ、生後1カ月の時、「胆道閉鎖症」「心内膜床欠損症」と分かった。

2017年1月21日 (土)

2017年1月21日(土)の聖教

2017年1月21日(土)の聖教

◆わが友に贈る


わが地区を世界一に!
そう大きく祈れば
境涯も大きく開かれる。
さあ動こう語ろう!
足取り軽く 弾む命で!

◆名字の言


   「時代の飢餓感にボールをぶつける」。自身の創作活動を、そう表現したのは作詞家の阿久悠さんだった。作詞とは「時代のなかで変装している心を探す作業」と(『書き下ろし歌謡曲』岩波新書)▼「幸福」という言葉一つとっても、人々の考える意味は時代によって変わる、と阿久さんは言った。おなかが満たされていること、欲しいものが手に入ること、友人や家族と楽しく過ごすこと――。それを知るために、阿久さんは後半生の二十数年間、日記をつけることを習慣にしていた▼書きとどめたのは主に日々のニュース。世界情勢、経済の動向や、天気、スポーツの結果など。毎日の記録で「昨日と違う今日の確認」をしたという。ささいな出来事から時代の変化を洞察する。そうして人々が待ち望む言葉を世に送り続けた▼戸田先生は「歩き方、肩の怒らし方、また、声で、その人が分かるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みが分かるものだ」と。池田先生は、この恩師の指導を通して、人々の生命状態を見抜くことが指導者の要件であることを強調した▼日頃から接し、“よく分かっている”と思う相手でも、その心は常に動いている。祈りを根本に感受性を磨きつつ、今、目の前の一人が求める「言葉」を届けたい。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年1月21日

 
SGIは自由と公正が共
 存する生命の復興の象徴

 ―識者。人類の希望の柱
      ◇
 
練馬の日。本陣の模範を
 示しゆけ!師弟共戦の地
 から民衆勝利の大行進を
      ◇
 
信ずる心が強ければ青年
 は敗れない
―戸田先生。
 君の成長を師が祈り待つ
      ◇
 刑法犯、戦後初の100万件
 割れ。防犯活動など奏功。
 安全社会へ地域の絆強く
      ◇
 「
敵と申す者はわすれさ
 せてねらふもの
」御聖訓。
 詐欺等に注意。油断大敵

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十七


 戸田城聖は、弟子たちに、「
第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。
 山本伸一は、自分を守ってもらいたいなどという気持ちはなかった。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
 彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。
 「私は師子だ! 何も恐れはしない。皆も師子になれ! そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!」
 彼は席を立ち、部屋を出ていった。
 窓の外で、桜の花が舞っていた。
 伸一は、その花を見ながら、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争を思った。
 一九四三年(昭和十八年)六月、国家神道を精神の支柱にして戦争に突き進む軍部政府の弾圧を恐れ、宗門は「学会も一応、神札を受けるようにしてはどうか」と言いだした。
 牧口は、それを拒否し、大難を覚悟で国家の諫暁に立ち上がった。その時、弟子の戸田もまた、死身弘法の決意を固めたのである。そして、牧口と共に逮捕・投獄された戸田は、獄舎の独房にあって、“罪は私一身に集まり、先生は一日も早く帰られますように”と、ひたすら祈り続けたのだ。
 宗門が謗法の濁流に没しようとしていたなかで、師弟のこの魂の結合が、
日蓮大聖人の正法正義を守り抜いたのである。牧口は獄中にあって殉教するが、生きて獄門を出た戸田は、師の遺志を受け継いで学会を再建し、日蓮仏法の悠久なる流布の道を開いていった
 創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念が嚙み合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。
◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉49 真剣と行動の人を仏天は守る

御文
 たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞ・かたにかけせなかにをふべきぞ  (諸法実相抄、1359ページ)
通解 (末法の法華経の行者には「三類の強敵」による大難が起こるが)この難に耐えて法華経を弘める者を、釈迦仏は衣をもって覆ってくださり、諸天は供養をし、あるいは肩に担い、背に負うて守るであろう。

同志への指針

 大聖人の仰せ通り、我らはいかなる苦難にも耐え抜き、広宣流布に戦い続けている。ゆえに、仏天が厳然と守らないわけがない。真剣な祈りに、諸仏も応えてくださる。勇敢な行動に、諸天も動き働くのだ。仏法は道理である。
 大誠実の人が、最後は必ず勝つ。正法正義の人は、宇宙まで味方にできる。信心とは、大満足の人生を勝ち開く絶対の大法則なのだ。

【聖教ニュース】

◆SGIが人権教育の新展示 3月に国連欧州本部で開催 
 誰もが尊厳をもって生きられる社会へ

カナダ・モントリオール大学での「現代世界の人権」展。池田先生が同大学のシマー学長らと共に観賞した(1993年9月)
カナダ・モントリオール大学での「現代世界の人権」展。池田先生が同大学のシマー学長らと共に観賞した(1993年9月)

 誰もが尊厳をもって生きられる社会へ――SGIが人権教育のための新展示「変革の一歩――人権教育の力(仮称)」を制作している
 これは、国際的な市民社会ネットワーク「HRE2020」や「人権教育・学習NGO(非政府組織)作業部会」と共同し、国連人権高等弁務官事務所の協力を得て進められているもの。
 同展示は、国連が人権教育の国際基準を初めて定めた「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択(2011年12月)から5年になることに合わせ、準備されてきた。本年3月、ジュネーブの国連欧州本部で開かれる第34回国連人権理事会の会期中に、同本部での開催を予定している。
 全ての人間が生まれながらに基本的人権をもつとした「世界人権宣言」の採択(1948年12月)から、明年で70年。紛争による難民など、世界では今もさまざまな形で人権に関する課題が存在している。人種や性、宗教、国籍等で不当に差別されることなく、人間としての尊厳が尊重される文化を根付かせていく努力は、国際社会共通の挑戦になっている。
 SGIは、これまで「現代世界の人権」展や人権教育の映画「尊厳への道」の上映会等を世界各地で開催し、人権意識を高める取り組みを重ねてきた。
 池田大作先生は、昨年の1・26「SGIの日」記念提言で、次のように言及している。
 「市民社会の側からも、難民問題などの人道的課題に連帯して行動することが重要となってきており、SGIでは『すべての人々の尊厳を大切にする世界』を目指す観点から、特に人権教育の推進に力を入れていきたい」と。
 こうした提言などを受けた新展示は、人権を守り育む「行動」を促す価値観、態度を喚起するために、私たちに何が求められているかを考える機会を提供している。
 展示パネルは、第2次世界大戦の反省から、平和にとって人権が不可欠であると考えられるようになった歴史を紹介。人権が確実なものとなるためには人権教育が欠かせないと伝えている
 また、人権教育によって実際に変革をもたらした、ペルーやポルトガルの学校での取り組みなど5件の事例を紹介する。
 さらに、人権文化を構築する取り組みは政府だけの課題ではないことから、幅広く市民団体などの活動にも言及。観賞した人々に、“今いる場所”から行動を起こすよう呼び掛ける。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆2月度拝読御書 妙一尼御前御消息など
勝利の人生の春を

◆【生老病死を見つめて】「賢者の信心」を貫く
  「戦う魂」を持った人が最後は勝つ!
                                                                                                                                                 

 連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は夫の「余命宣告」から亡くなるまでの日々を、一緒に歩んだ婦人の体験を通して考察したい。

心に刻む御聖訓

 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ)

突然の余命宣告に動揺


 日蓮大聖人は、苦境の渦中にあった弟子の四条金吾に語られている。
 「賢人は、八風といって、八種の風に侵されない人を賢人というのである。(八風とは)利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。おおよその意味をいえば、利益があっても喜ばず、損をしても嘆かない等のことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天善神は守られるのである」(御書1151ページ、通解)
 信仰とは、何ものにも揺るがない、堂々たる自分を創り上げる力である。大聖人は、さまざまな面から人の心を迷わせ、紛動させる「八風」に侵されることなく、信心を貫く人こそ「賢人」となり、人生を勝利できると述べている。だが、迫りくる「死」や「病」といった障魔にも揺るがない生き方を貫くのは、決して容易ではない。
                                                    ◇ ◆ ◇ 
 山田栄子さん(55)=東京・港太陽区総合婦人部長=の夫・茂さんが亡くなったのは、2014年(平成26年)7月30日のこと。享年55歳。末期のすい臓がんとの宣告から、2年後のことだった。
 茂さんの病が判明した時、腫瘍は既に5~6センチあり、腹膜にも転移して手術は困難だった。茂さんから、その事実を伝えられた時、山田さんは頭の中が真っ白になり、涙があふれた。
 担当医からは、「もっても良くて1年、まれに2年」と告げられた。動揺する山田さんや3人の子どもを前に、茂さんは毅然と語った。「大丈夫だよ。御本尊様は絶対だから。必ず治すよ」――それは、いつもと変わらない茂さんの言葉だった。

常に変わらない夫の姿


 山田さんは郷里の愛媛で茂さんと知り合い、23歳で結婚。長男が1歳で、くも膜下出血を発症するなどの試練を乗り越えて、信心の確信を深めた。
 1988年(昭和63年)には茂さんの転勤で東京・港区に転居し、その後、夫妻は広布の最前線で戦い抜いてきた。余命宣告を受けた時、茂さんは副区長。茂さんはその後、抗がん剤治療を開始するが、それは亡くなるまで50回を超えた。
 山田さんは語る。
 「がんによる痛みがなかったのが幸いでした。医者は『絶対に痛みがあるはずだ』と言うのですが、本人はいたって変わらないのです。がんが分かってからも通院で治療し、普段は仕事へ行き、学会活動にも一歩も引かずに挑戦していました
 茂さんは闘病中、「同志の励ましがあるからこそ病気と闘える。ありがたいね」と語っていた。
 山田さんも夫と共に戦い抜こうと決意し、池田先生の指導を何度も読み返し、唱題に励んだ。だが、抗がん剤治療は必ずしも良い結果を示さず、落ち込むこともあったという。
 そんな山田さんを励ますように、茂さんは語った。「この病は僕の宿命なんだよ。おかげで、本気の題目があがるよ
 “夫は決して諦めていない。病魔に負けるものか!”――茂さんの言葉を聞いて山田さんも気持ちを新たにした。
 「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(同1143ページ、通解)との御聖訓を心に刻み、時間をこじ開けて御本尊に向かい続けた。
 茂さんは医師の予想を覆し、強い生命力で病魔と闘い続けた。だが、2014年4月に入ると、次第に腹水がたまるようになり、茂さんは休職を余儀なくされる。
 同年5月からは自宅療養となり、山田さんは在宅介護で献身的に支えた。この間、茂さんは亡くなる前日まで、力を振り絞るように自力でトイレに歩いていき、普段と変わらない生活を送り続けた

悲しみに負けず前進


 山田さんには忘れられない光景がある。
 「亡くなる数日前、夫がかつて折伏した人からお見舞いの手紙が届きました。その時、夫はかなり体力も落ち、食事も十分に取れない状況でした。夫は手紙をうれしそうに何度も読み返しては唱題し、必死に食事を取って体力を回復させようとしていました。その姿に、夫の“生きるんだ!”という強い意志を感じました」
 茂さんの振る舞いは、最期まで変わらなかったという。亡くなる直前、茂さんは山田さんを呼んで「背中をさすってほしい」と頼んだ。山田さんが唱題しながら背中をゴシゴシとさすると、「もうちょっと優しくして」と、茂さんは笑いながら言った。
 そして「ありがとう」と語ると、ゆっくり目を閉じた。これが夫婦で交わした最後の会話になった。茂さんは山田さんにみとられ、苦しむことなく安詳として霊山に旅立っていった。
 「夫の葬儀を終えてホッとすると、強い悲しみに襲われました。通りすがりの夫婦を見るだけで涙がこぼれ、“私は二度とこんなことはできないんだな”と思って悲しくなりました。そんな私の支えとなったのは、池田先生をはじめ同志の真心の励ましでした」
 茂さんが亡くなってしばらくしたころ、地元の麻布文化会館で宝寿会の同志とばったり会った。
 自身も幾多の苦難を乗り越えてきた宝寿会の婦人は、山田さんに駆け寄ると何も言わず抱きしめてくれた。そのぬくもりに学会の温かさを感じた。
 夫の死から2年半――。この間、残された山田さん家族は、互いを思いやりながら、悲しみに負けず進んできた。山田さんは仏壇のそばにある遺影に日々の出来事を語り掛けながら、学会活動に歩いている。
 「闘病中の2年間は、夫婦や家族の絆が最も強くなった時でもありました。夫が、どんな時も常に変わらない姿で家族に接して、病と闘い抜く姿を見せてくれたから、私たち家族も信心を疑うことなく進んでくることができました。『宿命を使命に変えよう』と、必死で闘い続けたこの2年間があったればこそ、今、病で苦しむ友に心から同苦し、励ましを送っていくことができるのだと思います

取材メモ


 取材で茂さんの人柄を尋ねると、一様に「誠実で、常に変わらない人」との答えが返ってきた。茂さんをよく知る、小野正則・港太陽区長も語っている。
 「見た目は優しい雰囲気なのですが、本質は強い信念を持った骨っぽい人だったと思います。青年部時代から一緒に戦う中で、広布への強い責任感と行動を目の当たりにしてきました。亡くなる10日前に自宅を訪問した時も、いつもと変わらない笑顔で接してくれた姿が忘れられません」
 池田先生は「いかなる試練に直面しようとも、『さあ戦おう!』『成長するチャンスだ!』と勇んで立ち向かっていく、『強い自分』をつくるのが日蓮大聖人の仏法である。この『戦う魂』を持った人が最後は勝つのだ」と語られている。
 闘病中に茂さんが記入していた「題目帳」には、きちょうめんな文字で毎日の唱題時間が「5時間」「6時間」と記されていた。
 茂さんは最期まで病魔に負けず、「賢者の信心」を貫いたのだと確信する。その「生」の軌跡は、山田さんをはじめ多くの同志の心に、深く刻まれている。(秀)

【信仰体験】

◆【信仰体験】自閉症の長男、次女に感謝して

2017年1月20日 (金)

2017年1月20日(金)の聖教

2017年1月20日(金)の聖教

◆わが友に贈る


小さな油断が
大きな事故につながる。

可燃物は放置せず
火の元の総点検を!
百千万億倍の用心で!

◆名字の言


  雪晴れの日曜の朝、ジャージー姿の高校生たちが、歩道橋の階段に残る雪を掃いていた。「今日は学校?」と話し掛けると、「野球部の朝練です!」と元気な返事と白い息。「グラウンドが使えないと練習できないね」と言うと、彼らは胸を張って答えた。「これも練習です」▼上達に技術の習得は大事。だが、それ以上に「人間教育」ともいうべき“心の修練”が大切だと彼らの言動に教えられた▼有名な進学校の私立灘校で50年間、国語の教師を務めた橋本武さんも、同様の考え方を持っていた。教科書ではなく、1冊の小説を中学の3年間かけて学ぶというユニークな授業には、深い信念があった。「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」「何とか生徒の心に生涯残って、生きる糧となる授業がしたい」(『一生役立つ学ぶ力』日本実業出版社)▼例えばスナック菓子や嗜好品は、一時の空腹は満たせても、体をつくる本当の栄養にはならない。同じように、“人生の骨格や血肉”は、即席でなく、十分な時間をかけてつくりあげるものだ仏法も、真の功徳は「冥益」、真の人生の財産は「心の財」と教える。自身の無限の可能性を信じ抜き、鍛錬の日々を重ねる中で、絶対的幸福の軌道は着実に、堂々と築かれていく。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年1月20日
 

 御書「
一人もかけず仏に
 成る
」。仏法の慈光は万人
 を照らす。皆に尊き使命
      ◇
 
埼玉・戸田県婦人部の日
 幸の対話“満開”に!富士
 を望む天地に凱歌よ轟け
      ◇
 
一方的に話すリーダーは
 成功しない
―研究。聞き
 上手に。これ名将の条件
      ◇
 ネットで使われる暗号の
 17%、「123456」と。
 安易さ排し
個人情報守れ
      ◇
 防災用品に関心高しと。
 
「まず自分」が災害時の
 基本
。万全の備え怠らず

◆社説  真冬の体調管理を万全に  信心即生活の賢きリズムで健康を


 先週、今季の最強寒波が襲来。記録的な大雪など、列島各地に大きな影響を及ぼした。まだまだ寒い日が続く、本格的な冬シーズン。空気が乾燥しており、感染症には十分に注意したい。
 例年より早く流行期に入っていた「インフルエンザ」。今年に入り、定点報告を行っている全国約5000の医療機関の平均患者数が、4週間以内に大流行が起きる可能性のある「注意報レベル」の10人を超えた。低温・低湿度の環境下ではウイルスは活発化し、感染力が強くなる。
 また、体温が下がると、人の免疫力も低下しがちで、感染しやすくなる。発症すると、持病のある人、乳幼児や高齢者、妊婦は重症化することもあるので気を付けたい。
 インフルエンザが通常の風邪と違うのは、突然の高熱や、関節痛、頭痛などのほか、倦怠感や食欲不振など、全身の症状が強く現れること。しかし、感染者であっても、全く症状のない「不顕性感染」の例や、通常の風邪のような症状のみで、感染していることに気が付かない軽症の例も少なくない。
 少しでも発症を疑わせる特徴があったり、体調が優れなかったりすれば、感染拡大を防ぐためにも、しっかりと受診・療養することが必要だ。
 インフルエンザの主な感染経路は、咳やくしゃみなどによる飛沫感染だ。
 そうした飛沫を浴びないようにすれば、感染する危険性は大きく減少する。日頃から、皆が「咳エチケット」として①咳やくしゃみを他の人に向けて発しない②咳やくしゃみが出る時はできるだけマスクをする③マスクがない場合は、ティッシュや腕の内側などで口と鼻を覆い、顔を他の人に向けない④鼻汁や痰などを含んだティッシュは、すぐにゴミ箱に捨て、手のひらで咳やくしゃみを受け止めた時はすぐに手を洗うこと――などを心掛けたい。
 感染症への共通の予防法は、「手洗い」「うがい」の励行や外出時のマスク着用など、基本を大切にすること。そのほか、室内の乾燥を防ぐことや、意識的な水分補給も効果がある。
 池田先生は、本年の新年勤行会へのメッセージで「さあ、歓喜のはじける題目で、価値創造の充実の一日一日を! 『信心即生活』の賢きリズムで、健康長寿の楽しき春夏秋冬を!」と呼び掛けている。聡明な生活で健康を勝ち取り、はつらつと前進していきたい。

◆きょうの発心  青春の原点胸に、師恩に報いる2017年1月20日

御文
 あいよりもあをく・水よりもつめたき冰かなと・ありがたし・ありがたし(上野殿御返事、1554ページ・編1170ページ)
通解 青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆している。ありがたいことである。ありがたいことである。

 南条時光が、父親の故・兵衛七郎の信心を継承し、強盛に貫いている姿をたたえられています。
 中学に入学した直後、人間関係で悩み、不登校に。父は「信心で乗り越えよう」と多忙な中、毎朝一緒に勤行してくれました。未来部担当者の方の励ましもあって、少しずつ登校できるようになりました。
 そんな中、中部での文化祭に出演できることに。池田先生に元気な姿をお見せしようと練習に励みました。当日、先生は参加されませんでしたが、師への思いは強くなり、先生が創立された創価学園の受験を決意。勉強と部活動に全力で取り組み、合格を果たしました。
 入学式で創立者にお会いした時の感激は、今でも忘れられません。栄光寮で過ごした3年間、師匠からの度重なる激励を頂いたことは、青春の宝と輝いています。
 卒業後は地元・愛知の大学へ進学。青年部時代も師と多くの原点を築きました。
 師恩に報いるためにも、青年部と未来部の育成をはじめ地域広布のさらなる拡大へ、各部が団結し取り組んでまいります。   愛知・尾張王者県長 梅本渉

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十六

 


 山本伸一は、首脳幹部の一人ひとりに視線を注いだ。皆、眉間に皺を寄せ、口を開こうとはしなかった。長い沈黙が続いた。
 伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。
 「時の流れは逆らえません……」
 なんと臆した心か――胸に痛みが走った。
 伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしても不甲斐ないのは“時流”という認識である。
 “ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか! 大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
 伸一の声が静寂を破った。
 「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな! すべては収まるんだな
 しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
 伸一には、“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
 戦後、宗門が危殆に瀕した時、外護の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって、実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を推進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
 伸一の話に感極まった首脳が言った。
 「先生! 誠に申し訳ありません……」
 広布の道は、第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。

【聖教ニュース】

◆池田先生、ハンコック氏、ショーター氏のてい談集「ジャズと仏法、そして人生を語る」英語版が完成
  
世界最高峰の音楽家であるハービー・ハンコック氏(右から2人目)、ウェイン・ショーター氏(右端)を力強く抱きかかえ、心から励ましを送る池田先生(2000年4月、八王子市の東京牧口記念会館で)
世界最高峰の音楽家であるハービー・ハンコック氏(右から2人目)、ウェイン・ショーター氏(右端)を力強く抱きかかえ、心から励ましを送る池田先生(2000年4月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 池田大作先生と世界屈指のジャズ音楽家ハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏とのてい談集『ジャズと仏法、そして人生を語る』の英語版『REACHING BEYOND Improvisations on Jazz, Buddhism, and a Joyful Life(限界を超えて――ジャズと仏法、そして喜びにあふれた人生の即興)』が完成した(アメリカのワールド・トリビューン出版刊)。
 ハンコック氏はジャズピアニスト、作曲家であり、音楽界最高峰の栄誉・グラミー賞を14度、受賞している。2008年にはジャズで43年ぶりとなる「最優秀アルバム賞」にも輝いた。ジャズ史にその名を刻むサックス奏者、作曲家であるショーター氏は、これまで10度、グラミー賞を受賞。83歳になる現在も世界のフュージョン界をリードし続ける。
 2人は共にアメリカSGIの一員。またSGI芸術部長として、希望の音律を世界中に響かせてきた。
 池田先生と2人の出会いは1974年。以来、幾度となく師弟の出会いを重ね、2010年9月、本紙上で、てい談「魂の人間讃歌――ジャズと人生と仏法を語る」が往復書簡等によりスタート。13年には、その内容を加筆・再編集したものが、てい談集として日本で発刊された。
 本書では、ジャズとの出合いから、人材育成の要諦、さらには、核兵器のない世界、環境問題など、さまざまなテーマで対話が織り成されていく。
 現代における音楽の役割について話が及ぶと、池田先生は「強く前向きな生き方へと人々をリードしゆく『妙音』の音声を、いやまして高めていくべき時ではないでしょうか」と展望。
 ショーター氏が「人々に、人生のあらゆる課題に挑戦し、自らが持つ生命の傾向性やネガティブ(否定的)な側面に真正面から立ち向かい、勇敢に、前に踏み出すよう励ますことであると思います」と応じ、ハンコック氏は「不透明で、急激に移り変わる現代を生き抜き、勝利するには、師子王のような勇気が必要だと思います。池田先生は、ご自身が尽力される姿と振る舞いをもって、私たちにその完璧な模範を示してくださっています」と語っている。
 当意即妙の対話のセッションから、ジャズの精神と創価の人間主義の哲学とのハーモニーを堪能できる、珠玉の一書である。

◆フランクフルト池田平和文化会館で強制収容所の遺構から出土した遺品を展示
 
ナチス・ドイツの強制収容所の遺構から出土した遺品「コップの破片」(フランクフルト池田平和文化会館で)
ナチス・ドイツの強制収容所の遺構から出土した遺品「コップの破片」(フランクフルト池田平和文化会館で)

 欧州SGIの教学研修会・広布サミットに参加したメンバーが13~15日の期間中、ドイツのフランクフルト池田平和文化会館内に設置された平和展示を見学した。この展示は昨年9月に完成したもので、欧州各国から集ったメンバーにとって初めての見学の機会となった。
                                                                           ◇ 
 ドイツ中部のヘッセン州メルフェルデン・ヴァルドルフ市。森に囲まれた閑静な街並みが広がるこの地に、フランクフルト池田平和文化会館は立つ。
 そのロビーには、ナチス・ドイツの強制収容所(ヴァルドルフ分所)の遺構から出土した遺品「コップの破片」が、「人々が思い出すなら、希望はそこにある」とのタイトルで展示されている。
 ――人間がいた。恐怖に耐えて、生きていた。非人道的かつ過酷な状況の中で――その事実を物語る、貴重な遺品である。
 これは2年前の同会館の開館を記念し、強制収容所の遺構を発掘・所有していたマルギット・ホルヴァート財団からドイツSGIに寄贈されたもの。財団の名前となっているマルギット・ホルヴァート氏は、強制収容所の生存者だった
 財団はなぜ、この貴重な品を寄贈したのか。それは、池田先生とSGIが長年、生命尊厳の哲理を根本に世界規模で平和に貢献していることや、初代会長の牧口先生と第2代会長の戸田先生が軍国主義と戦って不当逮捕・投獄され、牧口会長は獄死したという史実などに感銘を受けたからだという。
                                                                         ◇ 
 会館の北側にある森の中の小道を400メートルほど進むと、強制収容所の遺構がある。
 1944年8月、14歳から45歳のハンガリー系ユダヤ人女性約1700人が、アウシュビッツ強制収容所から、この場所に移され、フランクフルトの空港の拡張工事のための強制労働等に従事させられた。
 「若く、美しい時に私たちは連れ去られ、収容所に入れられた」(生存者の証言=イボルヤ・ヤコブ氏)
 隠蔽のためか、後に強制収容所の建物は爆破されてしまったが、懲罰房として使われた地下室の痕跡や砕けた壁などが今も残っている。長い間、むき出しのままだったそれらの遺構を保護するための建物が、昨年、財団によって建設された。
                                                                       ◇ 
 今後、ドイツSGIは展示を通し、財団等と連携しながら、ヘッセン州の学校の生徒・児童に、歴史を学ぶ機会を提供する。
 展示制作を担当した同SGIのリヒター女子部書記長は語る。
 「会館のすぐ近くに強制収容所があったという事実は、決して偶然ではないと確信します。ここから平和の文化と不戦の誓いを発信していく私たちの使命を、再認識しました。
 私はミュンヘン大学の大学院生時代、文学を通してナチス・ドイツを研究テーマに学びました。悲惨な歴史を繰り返さないために、この展示を一人でも多くの人に見てほしい。きっと、重要なメッセージを受け取れるはずですから」

◆アフリカに地涌のスクラム 

   
“青年拡大の年”を勢いよくスタートしたコートジボワールの友(15日、首都ヤムスクロで)。アビジャン第1方面(7日)、アビジャン第2方面(8日)でも集いが行われた
“青年拡大の年”を勢いよくスタートしたコートジボワールの友(15日、首都ヤムスクロで)。アビジャン第1方面(7日)、アビジャン第2方面(8日)でも集いが行われた

 アフリカに平和の潮流を広げる地涌の連帯――本年を出発する集いが各国で行われた。コートジボワール、セネガル、ルワンダ、コンゴ民主共和国の4カ国の模様を紹介する。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誓いの天地〉 東京・北区 
  わが町に光る 希望の北極星
     “喜び多き”勝利の道を

             
北総区青年部の友が、広布拡大を誓って(今月15日、旧古河庭園で)
北総区青年部の友が、広布拡大を誓って(今月15日、旧古河庭園で)

 「『半平』の明かりが見えるとほっとする。王子に帰ってきた気がしてね」と常連客は言う。
 JR王子駅で降りると目に飛び込む「半平」の看板。旬の食材を生かした釜飯やすき焼きが大好評の、駅前を象徴する食事処だ。
 4代目店主として店を切り盛りするのが、藤原一郎さん(喜多創価区、男子部副本部長)。
 創業70年。終戦後、“若い人にご飯をおなかいっぱい食べさせてあげたい”と祖母らが開業した。
 北区は戦後の高度成長期に人口が急増し、集団就職で上京する若者も多かった。祖母は、身寄りのない女性を引き取り、一緒に職を探して面倒を見たこともあった。
 半平のすぐそばにある王子百貨店では、たびたび戸田先生の講義が行われていた。「婦人訓」が発表されたのも、この会場である。
 ある時、祖母は知人に誘われて講義へ。女性を最大に尊敬する戸田先生の心に触れ、入会を決めた。
 以来、藤原さん一家は、広布の会場として自宅を提供してきた。
 円高や大手チェーン店の進出などで、経営が苦しくなる時もあった。座談会に集う友を笑顔で迎えながら、“この座談会が最後か”と覚悟したことも、一度や二度ではない。だが、そのたびに家族一丸となって広布拡大に挑み、経営難や家族の病等の一切の困難を、信心で乗り越えてきた。
 藤原さんは毎年のように弘教を実らせ、これまで15人を入会に導いた。牙城会の区大学校団長としても模範の人材育成に取り組む。
 半平は近年、寄席やジャズといったイベントの会場としても親しまれ、地域の祭りでは休憩所に。老若男女が心を通わせる、交流の場としてにぎわう。
 「“楽しいひととき”を送り続け、王子の発展に尽くしたい」。創業100周年のその先を見つめつつ、藤原さんは力を込める。
                                                                ◇ 
 荒川を挟んで埼玉県と接する北区は、桜の名所である飛鳥山公園など、情緒豊かな景観が広がる。
 JRの駅の数は23区で最も多く、区内のほぼ全域が駅から徒歩10分圏内。都心へのアクセスも良く、子育ての環境も充実している。
 中でも区の北西端の浮間はマンション建設が進み、転入する青年世代も多い。
 浮間本部で女子部本部長を務める磯夢月さん(喜多池田区)は、創価女子短期大学を卒業後、大手都市銀行に勤務する。
 信心の原点は、富士中学生合唱団での活動。ゴルバチョフ元ソ連大統領をはじめ、池田先生との会見のために訪れる識者を、歌声と笑顔で歓迎した。一つの出会いに全精力を注ぐ先生の姿を目の当たりにし、磯さんは“私の師匠は先生だ。生涯、先生の弟子として広布に生き抜こう”と誓った。
 銀行に入った直後、仕事が思うようにいかず、苦しい日々が続いた。祈りを重ねては、先生の指導を学んで奮起した。職場で“なくてはならない存在”になろうと決め、猛勉強。4期連続で支店長表彰を受け、常務賞にも選ばれた。
 そうした磯さんの姿に、職場の先輩が入会を決意するなど、信頼が着実に広がっている。
 「信心の確信を築かせていただいた職場に、感謝の毎日です。短大出身の誇りを胸に、後輩の模範となっていきたい」
 夜空に光り、真北を示す北極星のように、創価の青年が希望の輝きを放っている。

栄光の共戦譜

 「大東京の難攻不落の『北の砦』こそ、わが誉れの北区創価学会」――池田先生が北総区の友に寄せる期待は、一貫して変わらない。
 1984年(昭和59年)8月18日、先生は懇談会で、北区を拠点に名を轟かせた室町時代の名将・太田道灌を通し、「北の砦」の使命を語った。
 さらに「北」は「喜多」に通ずると語り、「喜び多き喜多区でいこう!」と、人生勝利の要諦を打ち込んだのである。
 先生自らが範を示し、北区の共戦の歴史は織り成されてきた。
 本部幹部会で“座談会に全力を”と訴えた先生は、即座に最前線へ。東十条支部北地区の座談会(68年10月19日)では自ら司会を務めた。
 参加者の質問や悩みに誠実に答え、先生は「生涯、強盛な信心を貫いていくならば、必ず幸福になります」「本当に強い人というのは、自分に負けない人のことなのです」と。その場で、新来者4人が入会を決意している。
 JR田端駅近くに立つ北文化会館を池田先生が訪れたのは、1992年(平成4年)1月17日。
 先生は、全同志の健康、長寿を祈念し、「強い人間は幸福です。勝った人は幸福です」「『北区ここにあり!』の思いで戦っていきなさい」と万感の期待を語った。
 関口和子さん(喜多創価区、婦人部副本部長)は、長女の聖子さん(女子部副本部長)が前年12月から入院し、途方に暮れていた。
 そのことを近藤ヨシ子さん(総区婦人部主事)が報告すると、先生は、“病気になったことで、幸福の因を積んだことになるんだよ”“御本尊に全て任せて祈っていくんだよ”と心からの伝言を。
 さらに、関口さん一家に寄り添う近藤さんにも、“人のために祈る。それはすでに仏です。仏の所作です。人のために尽くす。その功徳は生々世々に伝わっていく”と、ねぎらいの言葉を掛けた。
 医師からは厳しい見通しが告げられた。時を同じくして、夫の金型加工会社の経営が悪化し、工場を閉鎖。多額の借金がのしかかる。
 「でも、気持ちは負けませんでした。“池田先生が御本尊にお任せするんだとおっしゃっているんだから、その通りにお応えしていこう!”って」と和子さん。
 病院の個室や屋上で「今日も元気で」を口ずさみ、自らを鼓舞。祈りを重ねた。一進一退の闘病の末、病状は好転。7年をかけ、聖子さんは見事に病を克服する。
 2012年、今度は和子さんが病魔に襲われた。進行性の乳がんでステージ3。しかし、つかんだ確信が揺らぐことはなかった。
 1年8カ月の抗がん剤治療等を経て、主治医は「前例がないほど薬が効きました。完全奏効です」と。現在まで再発はない。
 長年、自宅を広布の会場に提供してきた関口さん一家。父と同居するために新居を探していた昨年1月17日、不動産会社から連絡があり、破格の条件で転居が決まる。
 新居の詳細を知って和子さんは驚いた。かつて御祈念帳に書き連ねたが、いつしか忘れていた些細な点までも、全てが希望にかなっていた。工場の借金も完済できた。
 「池田先生と広布に生きる感謝でいっぱいです」と、和子さんは喜びをかみしめる。
 原点の「1・17」から25年。友の表情には充実と満足が光る。
 荻野修さん(喜多戸田区、区主事)は、“北区は、いい人がいっぱいいるね”との、先生の慈愛の一言が忘れられないと振り返る。
 19歳で入会した荻野さん。独立して卸売りを手掛けていた、入会30年の節目の時だった。
 「先生の期待にお応えしたい。その一点で全てを勝ち開いてきました」。社会で実証を示し、第一線で激励に走る荻野さんの姿は、友の信心の模範となっている。
 西川よしのさん(喜多牧口区、区婦人部主事)も、「1・17」に激励を受けた一人だ。
  
 すばらしき
  北区は喜多区と
     うたわなむ
  大東京を
   四方に見つめて
  
 この折に先生が詠んだ和歌を、西川さんは心に抱きしめてきた。
 夫の事業の苦闘や子の病。その全てを勝ち越え、自治会などの責任者として地域に尽くしてきた。
 池田先生はつづっている。
 「仏法は勝負であり、人生もまた勝負である。この厳しき闘争のなかで、断固として、勝ち続ける! そこに、最も『喜び多い』痛快なる人生があるのだ」
 歓喜の勝ちどきへ、「北の砦」の友は金剛の団結で驀進する。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 舞台は地球――輝くSGIの友〉 韓国 副男子部長 黄在億さん
 激動の時代に挑む 不可能を可能に!

2017年1月19日 (木)

2017年1月19日(木)の聖教

2017年1月19日(木)の聖教

◆わが友に贈る


強き一念の祈りは
必ず諸天を動かす!

自身の最高峰を目指し
何があっても
たゆまず前に進め!

◆名字の言


  アフリカで4000万本の植樹を推進した「グリーンベルト運動」。創始者のワンガリ・マータイ博士は、人間の底力を引き出す“触発の闘士”だった▼果敢に権力と戦い、草の根の対話に身を投じる博士の熱情に触れ、一人また一人、自然を守る“緑の勇者”に変わった。自らの運動を、彼女はこう振り返る。「民衆のために何かしてあげたい」という気持ちではなく、「民衆とともに汗すること」に徹したからこそ、人々の力を引き出せたと(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)▼製鉄の街・北九州市に「溶鉱炉のように熱い」と評判の情熱的な壮年がいる。30年間、学会活動から遠ざかっていたが、一人の先輩の励ましで昨年、発心した▼その先輩は大病と闘いつつ、激励に通ってくれた。雪の日も、かじかむ手を息で温めながら「あなたの顔を見るのが一番の特効薬っちゃ」と。真心が痛いほど伝わってきた。“よし頑張ろう”。壮年は奮起し、任用試験に合格。「新米らしく“青年の心”で驀進!」と、仏法対話に駆ける▼御聖訓「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)を深く、深く拝したい。人生を懸け、より真剣に、より誠実に、より真心を込めて。この心で語らう触発が、勇気のうねりを起こす。(誠)


◆〈寸鉄〉 2017年1月19日
 

 
未来は明るい。平和に尽
 くす学会員がいれば
!―
 市議。胸張り広布に邁進
      ◇
 
人生を無為に過ごすなか
 れ。活動的であれ
―楽聖。
 今日も勇んで友のもとへ
      ◇
 
将に将たる心構えを持て
 ―戸田先生。戦いは団結
 と勢い。堂々たる指揮を
      ◇
 
地域交流に図書館を活用
 ―自治体46%。本に親し
 む一計。文化振興の力に
      ◇
 
車の操作ミス、75歳以上
 は75歳未満の倍と。体の
 衰えで。互いに注意喚起

◆社説  仏法の「変毒為薬」の法理   苦労を喜びに、悩みを成長の糧に


 「アップルをクビになったことは、私の人生の中で最良のことだった」。米アップル社創設者の一人、故スティーブ・ジョブズが生前に語った言葉だ。
 iPhone(アイフォーン)などの革新的な製品やサービスで、世に大きな影響を与えたジョブズ。天才的な人間のように思われるが、彼の人生は、挫折を何度も味わう波乱に満ちたものだった
 家庭の事情で養子に出され、中学校ではいじめにもあった。大学を中退し、コーラの瓶の収集で生計を立てたことも。そして自身が設立した会社と意見が対立し、追放される。  だが、ジョブズはこれらを全て、成長の糧とした。大学中退後も、講義に潜り込む。そこで学んだ西洋書道は、製品に使われる美しいフォント(文字)として結実した。失業後、「もう一度、挑戦者に」との思いで始めたソフトウエア事業は、彼が社に復帰した後、業績を大きく向上させる礎となった。
 
苦境に陥った時、心に挑戦の炎を燃やし続けられるか否かが、成長の鍵となろう
 創価学会には、苦難をバネに飛躍する体験が無数にある。
 会社員として奮闘する、ある男子部員は、本意でない部署へ異動を命じられた。慣れない仕事や人間関係に苦しみ、心身ともにボロボロに。「なぜこんな目に……」と絶望した。  だが題目を唱えると、次第に「今いる場所で、最高の結果を出す」との思いが湧く。仕事への意欲が増し、アイデアもどんどん浮かんだ。やがて企画が社内で表彰されるまでになった。
 仏法には、「変毒為薬(毒を変じて薬と為す)」の法理が説かれている。法華経(御本尊)への信心を貫くことで、苦しみの生命(毒)が、幸福の生命(薬)に転ずる、妙法の大功力を表す
 信仰を根本に、強靱な生命力で苦難に立ち向かっていきたい。また、創価のリーダーは、課題を抱えた同志の状況を素早く察知し、耳を傾け、同苦し、心から励ませる人でありたい。
 池田先生はかつて「人生は劇である。波瀾万丈を越え、最後に勝つのが真の勝利者である。偉大なる妙法に生きぬき、苦労を喜びに変え、悩みを成長への糧にしながら、深き使命の人生を晴ればれと生きぬいていただきたい」と同志を激励した。
 偉大な人間は、皆、大きな苦闘を経て強くなった。最高の仏法と師匠と共に、苦難を切り開き、人生の勝利劇をつづっていきたい。

◆きょうの発心   青年と共に地域広布を推進2017年1月19日
御文
 かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり、法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり(寂日房御書、903ページ・編1206ページ)
通解 このような日蓮の弟子檀那となろうとする人々は、宿縁が深いと思って日蓮と同じく法華経を弘めるべきである。法華経の行者と言われていることは、もはや不祥なことであり、免れ難い身である。
 地涌の菩薩の使命を自覚し、日蓮大聖人と同じく法華経を弘めるべきであると教えられています。
 3歳の時に、母と兄と共に入会。わが家は町内の草分け的存在として広布の会場も提供していたので、まさに学会の庭で育てていただいたと感謝しています。
 1968年(昭和43年)5月12日、池田先生が出席された倉敷市での記念撮影会に、高等部員として参加。先生の前で“大楠公”を歌ったことが、信心の原点です。
 その後、大学に進学して常勝関西の地で学会精神を学び、卒業後は、人生を地域広布に託そうと帰郷。公務員として定年まで37年間勤め、現在は、地域の役員や、ボランティア活動を通して友好の輪を広げています。
 3人の子どもも後継者に育ち、それぞれが社会貢献の道を元気に歩んでいます。“青年拡大の年”の本年も、青年と共に地域広布を進めてまいります。  岡山旭日総県副総合長 草加 昌昭

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十五




 四月四日の夜、宗門と学会の窓口になっていた山脇友政から、青年部長の野村勇に電話が入った。宗門の現況について、どうしても知らせておきたいことがあるというのだ。
 野村は、理事長の十条潔と共に山脇と会って話を聞いた。山脇は、さも困ったかのような顔で語り始めた。
 「鮫島発言によって、宗門は徹底して学会を攻撃する構えです。事態収束のためには、鮫島副会長を処分するのは当然ですが、それだけでは収まりません。山本先生にも、法華講総講頭だけでなく、学会の会長も辞めていただくしかないでしょう。
 そうしない限り、若手僧侶が矛を収めることは絶対にありません。宗門の怒りがさらに高じていけばどうなるか――最悪の事態を覚悟する必要があります。今回のことでは、日達上人も大層ご立腹です」
 「最悪の事態」との言葉が、十条の胸に深く突き刺さった。鮫島の不用意な発言で、学会側の僧俗和合への必死の努力もすべて無駄になり、それが、学会の支配を画策する邪智の謀略家たちの好餌となってしまったのだ。
 十条は、山本伸一と連絡を取り、大まかな話を伝え、緊急首脳会議の開催を要請した。
  
 空は雲に覆われていたが、満開の桜が、王者の風格をたたえて枝を広げていた。
 五日午前、伸一は東京・立川文化会館での学会の首脳会議に出席した。宗門との問題に、いかに対処するかを協議する場である。集っていたのは十条をはじめ、数人の中心幹部である。皆、沈痛な面持ちであった。
 初めに山脇が伝えてきた話の報告があり、さらに、宗門の僧たちの動きが伝えられた。
 伸一は、いよいよ魔が、その目論見をあらわにしたと思った。彼を会長辞任に追い込み、創価の師弟を離間させようとする陰謀である。それは、結果的に、広宣流布を進めてきた仏意仏勅の団体である創価学会を破壊することにほかならない。魔の蠢動は、信心の眼をもって見破るしかない

【聖教ニュース】
◆3月本部幹部会が東北総会に 復興のシンボル東北文化会館で開催 
青年を先頭に勝利の春を!

昨年3月に宮城・利府町で行われた第1回「東北青年音楽祭」。今、大東北の天地から次代を担う若き力が陸続と躍り出て、希望と励ましを送る対話拡大の先頭を走る!                                                                         
昨年3月に宮城・利府町で行われた第1回「東北青年音楽祭」。今、大東北の天地から次代を担う若き力が陸続と躍り出て、希望と励ましを送る対話拡大の先頭を走る!
 3月の本部幹部会が「新生・東北総会」の意義を込めて、昨年11月に開館した東北文化会館(宮城・仙台市)で開催される運びとなった。総会当日は、東北全県の会場に中継される。さらに、来日するSGIメンバーとの交流交歓会が、宮城、岩手、福島の3県で行われる。
                                                                                ◇ 
 未曽有の被害をもたらした東日本大震災から本年3月で6年を迎える。東北の友は、現実の厳しさと向き合い、岩盤に爪を立てる思いで、忍耐と勇気の前進を続けてきた。池田大作先生は、その不屈の友に心からのエールを送り続けてきた。
 大震災から半年後、先生は小説『新・人間革命』「福光」の章の連載を開始。その第1回の冒頭でつづった。
 「春を告げよう!/新生の春を告げよう!/厳寒の冬に耐え、/凍てた大地を突き破り、/希望の若芽が、/さっそうと萌えいずる春を告げよう!/梅花は馥郁と安穏の園を包み、/桜花は爛漫と幸の歓びを舞う、/民衆の凱歌轟く、勝利の春を告げよう!」と――。
 復興のシンボル・東北文化会館で行われる東北総会は、みちのくの大地に“福光の春”を告げゆく、跳躍の一歩となる。
 また、本年は7・3「東北の日」の淵源である池田先生の東北指導から30周年、永遠の指針「人材の牙城・東北たれ」の発表から50周年の佳節を迎える。幾重にも意義深き本年の勝利へ、東北は各部が一丸となって広布拡大に駆けゆく。
 まずは、3月の総会に向け、全地区が1世帯の折伏・弘教を目指してまい進。聖教新聞の購読推進に全力を挙げる。
 男子部は“日本一”の弘教に挑戦。女子部は、ロマン総会を軸に友情の輪を広げる。
 男女学生部は、結成60周年を勇気の対話で荘厳する。
 盛島東北長、今村同婦人部長は誓う。
 「一番大変な時に、皆の心に勇気を吹き込んだのが“心の財だけは絶対に壊されません”との池田先生のメッセージでした。これからが、新生・東北の報恩の戦いの本舞台です。『最も大きな難を受けた東北が、最も勝ち栄えていくことこそが、広宣流布の総仕上げ』との先生の期待にお応えするため、東北の天地に人間共和の永遠の都を築いていきます! そして、不屈の東北魂を世界へと発信していきます!」

◆池田先生の指導集 「創価学会 永遠の五指針」 きょう発売 本社刊

一、一家和楽の信心
一、幸福をつかむ信心
一、難を乗り越える信心
一、健康長寿の信心
一、絶対勝利の信心

 池田先生の指導集『創価学会永遠の五指針』が、きょう発刊された。
 1957年12月、恩師・戸田先生は、各人が目指すべき信心のあり方、信仰の目的を明示した「永遠の三指針」を発表した。2003年12月には、21世紀の広布を展望し、池田先生が新たに2項目を加えることを提案。「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」からなる、「創価学会永遠の五指針」が示された。
 本書は、「大白蓮華」に連載された「世界を照らす太陽の仏法」(2016年1月号~5月号)を、著者の了解を得て収録したもの。仏法の本義に基づいた「五指針」の意義が、御書講義を通して明らかにされている。
 本社刊。700円(税込み)。全国の書店できょうから発売。SOKAオンラインストアでも注文、購入できます。また、コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「ローチケHMV」での注文、受け取りも可能です。

◆インドが代表幹部会   若き力で世界をリード!
 
 
師弟の誓いを胸に、全てに勝利を――歓喜と希望に燃えるBSGの友が記念のカメラに納まった(インド国際平和会館で)
師弟の誓いを胸に、全てに勝利を――歓喜と希望に燃えるBSGの友が記念のカメラに納まった(インド国際平和会館で)

 “青年拡大の世界の模範”インド創価学会(BSG)の新たな前進を期す代表幹部会が8日、ニューデリーのインド国際平和会館でにぎやかに行われた。


【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈大学は平和の門〉 第4回 モンゴル国立大学 
 対談集の発刊10周年「友情の大草原」に輝くロマン

モンゴル国立大学のガンツォグ学長(当時)が、池田先生に、同大学の「名誉人文学博士号」を授章。池田先生は謝辞の中で、元寇やノモンハン事件(ハルハ河戦争)などの歴史に触れつつ、「私は、貴国との不幸な歴史の『空白』を、今こそ『文化』の力で埋めたい。『教育』の力で埋めたいと思う」と語った(1997年11月8日、東京・八王子市の創価大学記念講堂で)
モンゴル国立大学のガンツォグ学長(当時)が、池田先生に、同大学の「名誉人文学博士号」を授章。池田先生は謝辞の中で、元寇やノモンハン事件(ハルハ河戦争)などの歴史に触れつつ、「私は、貴国との不幸な歴史の『空白』を、今こそ『文化』の力で埋めたい。『教育』の力で埋めたいと思う」と語った(1997年11月8日、東京・八王子市の創価大学記念講堂で)

 10年前、モンゴルと日本の絆を深め、未来につなぐ本が出版された。その名は『友情の大草原』。創価大学創立者の池田先生と、モンゴルを代表する文学者ドジョーギーン・ツェデブ博士の対談集である
 両者の初会見は、1996年2月、東京の信濃町で。博士は、池田先生が進める教育活動に称賛を寄せた。
 この対談と時をほぼ同じくして、創大はモンゴルの大学とは初となる学術・教育交流協定を結んでいる。
 その大学は、モンゴル国立大学。首都ウランバートルの中心に立ち、2万人の学生を擁する国内最高峰の総合大学である。本年、創立75周年。世界の220以上の大学・学術機関と交流している。
 学術・教育交流協定の締結は、モンゴルの民主化から6年後のこと。社会主義と決別し、過渡期の混乱に直面していた渦中にあって、平和と友情を願い、教育交流を推進する両大学の学生交流は始まった。
 97年には、国内外の有識者の推挙に基づき、モンゴル国立大学は、学術審議会で、創大創立者である池田先生への「名誉人文学博士号」の授章を決定。同年11月、ガンツォグ学長(当時)が来日し、創大記念講堂で授与式が挙行された。
 98年には、モンゴルのバガバンディ大統領が創大を訪問。「両国の青年が一層近づき合い、未来の命運を決定していく基礎ができたことを、ここに宣言したい」――記念講演で、大統領はそう訴えた。
 本年は、日本とモンゴルの国交樹立45周年の佳節。
 創大とモンゴル国立大学の学生の往来は36人となり、両国友好の未来を照らしている。


モンゴル国立大学 交換留学生 ウーガンバヤル・ビレグサイハンさん
慈愛光る人間主義の教育者に


 モンゴルにおいて、「教育者」は、最も尊敬される仕事の一つです。高校卒業の時、ある先生が声を掛けてくれました。「“自分のために”ではなく、周りの人のための人生を生きていきなさい」と。その時、私は、教育者になって、「人間教育」の発展に尽くしたいと決意したのです。
 モンゴル国立大学に好成績で入学することができ、“エリート”の道に進むこともできましたが、私の夢は揺らぎませんでした。
 見識を深めようと留学を志し、世界中の大学をつぶさに調べる中で、理想的な教育哲学を掲げる大学を見つけました。アメリカ創価大学です。どうしても留学したかったのですが、残念なことに、条件となる英語力が足りませんでした。
 そんなある日、モンゴル国立大学の職員に呼ばれ、「おめでとう! 私たちの大学が協定を結ぶ中で、最も素晴らしい大学への派遣が決まりましたよ」と、言われたのです。その大学が、日本の創価大学だったのです。
 モンゴル国立大学の教員である父に、それを伝えると、創大創立者の池田先生は、モンゴルの国家勲章を受章された世界的な哲学者であると教えてくれました。
 創大に留学し、「創価教育」を学ぶ中で、池田先生の“大学は、大学に行けなかった人のためにある”との指針に出合い、感激しました。奨学金の充実や教職員の方々の温かさに、池田先生の真心を感じます。
 ロシアと中国という大国に挟まれるモンゴル。経済的な豊かさに憧れ、母国を離れる若者も多くいます。
 母国に残り、母国の発展のために貢献する青年の存在は、いっそう重要になると思います。私は、人間主義の教育者となり、新時代の世界市民を育成したい。それが、私を生み、育ててくれたモンゴルへの恩返しだと思っています。


交換留学経験者 創価大学40期 溝渕紀子さん
池田先生の言葉刻む碑に誓う


 「いつの日か、二人して、モンゴルの大草原を馬に乗って走ってみたいな!」――かつて、戸田先生は池田先生にそう語られました。お二人の描かれたロマンを胸に、私は「日本とモンゴルの友情の懸け橋になろう」と誓いました。
 留学前の約3カ月間、創大のモンゴル語の教員に指導を受け、2012年夏、モンゴル国立大学へ。
 「成績優秀者になる」と目標を立てましたが、語学の難しさに苦悩する日々。池田先生から頂いた、対談集『友情の大草原』(モンゴル語版)を開いては奮起し、日本語版と照らし合わせながら、語学力の向上に力を注いだのです。
 努力の末、修了式では、上級クラスの中から「成績優秀者」に選ばれました。
 研究のほかにも、10日間の移動式住居ゲルでのホームステイや、360キロの“馬旅”など、現地の方々と交流を。地平線まで続く大草原。夜空に輝く天の川。壮麗な大自然に、幾度もカメラを向けました。
 写真を池田先生にお贈りすると、「体を大事に。お元気で。モンゴル在住の創価同窓の皆さんにもくれぐれも宜しくお伝えしてください」とのご伝言が。モンゴルで活躍する先輩方と、喜びを分かち合いました。
 モンゴルは、「非核地帯化」を宣言した国です。
 チョイバルサン市にある「池田平和記念公園」の記念碑には、「平和ほど、尊きものはない」で始まる、小説『新・人間革命』の冒頭文が、日本語とモンゴル語で刻まれていました。ノモンハン事件(ハルハ河戦争)の戦場のほど近くに立つ碑の前で、平和を担う後継の決意を深くしました。
 現在は、大手人材派遣会社に就職し、再就職支援を担当しています。まずは今いる場所で、信頼を勝ち得ながら、留学で抱いたロマンを実現していきます。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉4 女子部「ロマン総会」が各地で開催 
 希望のスクラムを世界へ未来へ拡大
 手洗い・うがいを励行 健康第一の日々を
 
 
「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(御書787ページ)――題目を唱え、広布のために行動する中で、自身の生命の「幸福の宮殿」は輝く(昨年の「ロマン総会」の模様)
「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(御書787ページ)――題目を唱え、広布のために行動する中で、自身の生命の「幸福の宮殿」は輝く(昨年の「ロマン総会」の模様)

 竹岡 昨年末のことです。池田先生に、アメリカ最大のカトリック系私立大学であるデポール大学から、「名誉人文学博士号」が授与されました
 永石 1898年に創立されたデポール大学には、2014年、“池田先生の教育思想を研究、探究していきたい”と全米初の「池田大作教育研究所」が設立されていますね。
 清水 同大学の大学院では、池田研究を専攻する学生がいて、今後、牧口先生・戸田先生・池田先生の教育哲学に焦点を当てた修士課程のプログラムも開設されると聞いています。
 原田 すごい時代になりました。池田思想研究は今や、中国最高峰の名門・北京大学をはじめ、インド、カナダ、アルゼンチンなど世界中に広がっています。世界が、先生の思想・著作の研究を進めています。
 私たちは、この誇りを胸に、一層、研さんに励み、わが地域で対話の輪を大きく広げていきたい。
 竹岡 さて、女子部の「ロマン総会」開催の季節がやってきました。
 永石 本年で3回目の開催となりますね。池田先生の誕生月をお祝いする女子部の新しい伝統行事となったロマン総会は、創価の新春を彩る希望の集いです。
 長谷川 池田先生と奥さまも、ロマン総会の大成功を祈り、何度もエールを送ってくださっています。
 清水 先日も、先生は、「竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす」(御書223ページ)との御聖訓を引かれ、綴られました。「創価の女性は闇夜の希望の灯台だ。その笑顔は暗い世相を照らす光明である。一人の聡明な女子部がいれば、パッと明るくなる。はつらつたる華陽の乙女の語らいは、友の心に具わる仏の生命を呼び覚まし、歓喜と希望のスクラムを、世界へ、未来へと広げていくのだ」と。
 このご期待にお応えするためにも、一人でも多くのメンバーと絆を結び、励ましを送り、人材の裾野を広げていく決意です。
 永石 婦人部と女子部では、本年から婦女一体の取り組みの総称を「サン?フラワー キャンペーン」としました。その初陣となる「ロマン総会」に、多くの女子部員が集えるよう、婦人部も全力で応援していきます。
 原田 先生は、「ある時は“母娘”の如く、またある時は“姉妹”の如く――大事なことは、なんでも話せる、なんでも相談できる、そして励まし合っていける、希望と和楽の園を築いていくことだ」「この模範の“婦女一体”の前進を地域に、そして全国・全世界に広げてこそ、広宣流布は着実に、重層的に伸展していくのだ」と教えてくださっています。
 共に行動し、共に成長する“婦女一体”の希望の前進で、「青年拡大の年」の勝利の先駆を開きゆくことを念願しています。

防寒対策を万全に

 長谷川 先週末にかけて、数年に一度の寒気が日本の上空に入り込み、大雪が続きました。被害に遭われた全ての方々に、深くお見舞いを申し上げます。
 原田 今後も寒波の襲来が予想されます。「無冠の友」の皆さまをはじめ、全同志の健康と無事故を心から祈念しております。
 清水 寒さも本格化し、風邪等には注意が必要です。特に、インフルエンザが猛威を振るっています。
 竹岡 手洗い・うがいはもちろん、マスクの着用などで未然に防いでいきたいと思います。
 原田 子どもや高齢者など、免疫力の低い人がインフルエンザにかかると、「インフルエンザ脳症」や「肺炎」などの合併症を起こすこともあります。対策を怠ってはいけません。
 長谷川 また、この時期は、暖かい場所から寒い場所へ移動する際、血管が収縮して血圧が急上昇し、脳卒中や心筋梗塞などを起こす「ヒートショック」にも注意していきたい。  永石 入浴前後やトイレに立つ時はもちろん、リビングから廊下に出る時などは、本人だけでなく、家族も見守ることが大切です。
 長谷川 シャワーのお湯を少し使って浴室を暖めておいたり、タイマーやセンサー付きの簡易暖房器具を活用したりするのもよいでしょう。
 原田 
特に多宝会の皆さんは、会合の出席も無理はせず、周囲の方々も、こまやかな配慮をお願いします。たとえば、外に出る際は、肌着・手袋・ニット帽などで防寒対策をし、どうか健康第一・無事故第一で活動してください。

勝利を誓う北九州


 竹岡 最後に、北九州市議選についてです。
 清水 2017年の政治決戦の緒戦となる同市議選は、明20日告示、29日投票の日程で実施されます。
 竹岡 この選挙は、私たちが支援する公明党にとって、夏の東京都議選大勝利に連動する“前哨戦”として重要な意義を持つといわれています。
 永石 公明党は7選挙区に現職9人、新人4人を擁立し、現有11議席から2議席増の13議席獲得に向けて、総力を挙げています。
 長谷川 公明党にとって過去最高の議席数への挑戦です。その中、総定数が前回より4減という、かつてない緊迫した情勢で、小倉南区、小倉北区、戸畑区、若松区、八幡東区、八幡西区、門司区の各選挙区で激戦が必至です。
 原田 公明党が掲げる「希望がゆきわたる国」の実現へ、絶対に負けられない戦いです。議員はもちろん、家族やOBも全力で動き、支持者の期待に応えてもらいたい。そして、「日本の柱・公明党」の真価が問われる一年の緒戦を断じて勝ち抜いてもらいたい。

【信仰体験】
◆〈信仰体験 母ありて〉 生命の歓喜の主旋律
◆〈信仰体験〉 児童のために“今”に全力 郷土教育に懸ける小学校校長

2017年1月18日 (水)

2017年1月18日(水)の聖教

2017年1月18日(水)の聖教

◆わが友に贈る


厳寒の朝を駆ける
無冠の友に最敬礼。
無理せず 安全第一で。

勇気と希望を届ける
聖業に福徳は燦然!

◆名字の言


  この冬一番といわれる強い寒波に襲われた日本列島。各地で大雪が続いた。今週末、さらなる降雪が予想される地域も多い。万全の対策を期したい▼本紙16日付「暮らしのアンテナ」の「積雪対策」にあるように、積雪時の事故は「屋根雪」に関する割合が高く、山形では7割以上という。屋根やはしごから転落したり、屋根の雪が一気に落ちたりすれば、大けがにつながる。雪下ろしの際にはヘルメットを着用し、2人以上で行うなど細心の注意を払いたい▼都心をはじめ雪に慣れない地域では、いっそうの注意が必要だ。歩道に雪が積もると、車道との段差や側溝が見えにくい。バス停やタクシーの乗降場所も、雪が踏み固められ、滑りやすくなる。雪道を歩くポイントは、地面に垂直に足を踏み出し、重心をやや前へ。靴の裏全体を路面に付け、歩幅を狭くすることだそうだ▼何より“自分は大丈夫”という油断が事故の温床になる。普段から危機意識を高めることが事故を防ぐ最善の方法だろう。「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(御書1169ページ)との御聖訓を今一度、深く拝したい▼周囲への呼び掛けも遠慮してはならない。「くれぐれも気を付けて!」。この一言が、油断を破り、無事故を勝ち取る力になる。(灯)


◆〈寸鉄〉 2017年1月18日

 
仏法に基づく会長の思想
 を実践すれば平和は実現

 ―教授。これ弟子の責務
      ◇
 戸田先生「
今年の学会は
 去年の学会であってはな
 るまい
」。新生の決意で
      ◇
 
不動の心構えの人だけが
 真の優しさを持つ
―哲人
 我らの祈りで幸の連帯を
      ◇
 社会で成功する性格、

 位は誠実、2位は開放的

 学会活動こそ錬磨の道場
      ◇
 
子は大人の振る舞いをま
 ねる
―実験。命令よりも
 親の姿勢を正すことから

◆社説  大学校生が雄々しく飛翔  「厳護」の心で民衆が輝く時代を


 二十四節気では、立春(今年は2月4日)までのおよそ30日間を「寒」という。この時期、武道や伝統芸能の世界では、古くから「寒稽古」を行い、心身を鍛錬する。厳しい環境の中だからこそ、“自身に打ち勝つ”強靱な精神力が鍛えられるのだろう。
 日蓮大聖人は、厳寒の佐渡の地において「
師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になべし」(御書957ページ)と一歩も退かれることなく一切衆生の救済と立正安国の実現へ闘われた
 今、この確信を胸に、寒風の中、さっそうと広布に走る青年がいる。男子部の創価班・牙城会の大学校生だ。1年間の研修期間を通じて、自身の課題や折伏・弘教に挑戦してきた。1・2月を中心にそれぞれの大学校入卒式が全国各地で行われる。
 一昨年8月に入会した北海道・太平洋総県のメンバーは、昨年2月、創価班大学校に入校。仕事は多忙を極めたが“激闘の中でこそ、人間革命できる”と弘教拡大に挑む。会社の同僚から悩みの相談を受けたことをきっかけに、誠実に対話し、弘教を実らせた。さらに、妻と2人の子どもを入会に導き、11月にも友人に弘教。現在は会社の代表取締役を務め、社会で実証を示しつつ、日々、広布模範の拡大に励んでいる。
 また、福岡総県のある牙城会大学校生は、昨年、妻の病が判明。地区の壮年部や婦人部、牙城会の同志から励ましを受け、宿命転換を懸けて必死に唱題を重ねたところ、未入会の母親が、一人を大切にする学会の温かさに感動し、学会創立記念日である11月18日に入会。一家和楽の祈りで迎えた妻の手術は無事、成功した。
 青年が一人立ち上がれば、どんな困難も乗り越えていける。そして青年には、率先して民衆を守り、民衆に希望を送りゆく使命がある。大学校で学んだ、この「厳護」の精神を、今度は広布の舞台で実践していく。
 池田先生は、かつて創価班の友に「寒風に/一人立ちたり/創価班」、牙城会の友には「ただ頼む/冥の照覧/牙城会」と詠み贈った
 誰が見ていようがいまいが、広布の責任を担い、使命の道、陰の戦いに徹するからこそ、人の労苦が分かる人間王者の指導者に成長できるに違いない
 今日も会館に行くと、心温まる笑顔と爽やかなあいさつで迎えてくれる青年がいる。まだ寒さは続くが、創価の青年たちと共に、皆が青年の心で、新たな黄金の歴史を築いていきたい。

◆きょうの発心  相手の仏性を信じた時に共に成長2017年1月18日

御文
 鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり(御義口伝、769ページ・編1615ページ)
通解 鏡に向かって礼拝する時、そこに映っている自分の姿もまた自分を礼拝する。

 相手を仏のごとく尊敬していった時に、相手の仏性も必ず自分を礼拝すると仰せです。  1976年(昭和51年)5月5日、「創価学会後継者の日」が発表された未来部の勤行会終了後、関西創価学園に来てくださった池田先生から激励していただいたことが私の原点です。
 「紅の歌」が誕生した36年前に、創価大学を卒業し、地元・香川で小学校の教員になりました。特別支援学級担任となった時、コミュニケーションがうまく取れず、周囲にいらだちをぶつけてしまう子を担当。周りとなじめるようにさまざまな手を打ちますが、変化はありません。
 そんな時、鏡に映る険しい顔をした自分の姿に、「この子は変わるべきだ」と決め付けていた自身の弱さに気付きました。以来、相手の仏性を信じ抜ける自分になろうと決め、心の声に耳を傾けるよう心掛けました。すると荒れていた子が次第に勉強や友達との関わりを楽しめるように。この子を通して自分の成長も実感しまし
た。
 未来本部長として、創価の未来を決するかけがえのない「後継者」である未来部の成長を心から祈り、生命の輝き放つ対話に励んでまいります。  四国女性未来本部長 北野 淳子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十四




 翌四月三日午後、山本伸一は、聖教新聞社の販売店主会に出席した。
 学会を大波が襲うなかにあっても、彼の戦いはとどまることはなかった。
 伸一は、尊き使命の友が人生の堂々たる勝利者になることを念じて、力強く訴えた。
 「販売店の皆さんは、夜明け前からの仕事であり、ともすれば睡眠不足になりがちであると思います。しかし、しっかりと自分で工夫して体調管理に努め、無事故で、わが使命を果たし抜いていっていただきたい
 事故を防ぐ要諦とは何か――それは、信心においても、生活においても、しっかりと基本を守るということです。基本を怠るというのは油断であり、さらに、そこには慢心があります。
 特に信心の世界にあっては、基本を疎かにし、名聞名利にとらわれ、要領よく立ち回ってきたりした人は、必ず最後は失敗しています。人の目はごまかせても、仏法の因果の理法からは、誰人も逃れられないことを心に刻んでいただきたい。
 どうか皆さんは、あらゆる面で基本に徹し、何があっても紛動されることなく、どこまでも真面目に、誠実に、一つ一つの課題に全力で取り組み、勝利していってください。その積み重ねのなかに、人生の輝きがあることを知っていただきたいのであります。
 販売店というのは、地味で目立たず、休みもなかなか取りにくい大変な仕事です。しかも責任は重い。しかし、皆さんがいるから、また、皆さんと共に新聞を配ってくださる配達員さんがいるから、読者に新聞を届けることができ、広布の前進がある。
 私は、誰よりも、冥の照覧を確信して進む皆さんに敬意を表し、日々、安全と無事故を祈り、題目を送り続けております
 伸一は、そこに健気な同志がいる限り、どんなに疲れ果てていようが激励をやめることはなかった。いかなる事態に置かれようが人びとを励まし、また、仏法を語り続けるために、わが人生があると決めていた。

 小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎冥の照覧/「冥」とは、奥深く、目に見えないことで、ここでは凡夫には見えない仏神をいう。仏や諸天善神が、人びとの一念や行動をことごとく知っていること。 

【聖教ニュース】

◆全国で躍進の一年誓う座談会  原田会長は東京・足立へ

東京・足立の春風地区の集いでは、青年部の後継の誓い光る報告に笑顔があふれた。また、婦人部の谷山五百子さんが友好拡大が進むブロックの様子を語った(千住文化会館で)
東京・足立の春風地区の集いでは、青年部の後継の誓い光る報告に笑顔があふれた。また、婦人部の谷山五百子さんが友好拡大が進むブロックの様子を語った(千住文化会館で)

 創価家族が躍進の一年を誓う、学会伝統の座談会が、全国各地ではつらつと行われている。
 原田会長は17日、東京・足立総区千住池田区の春風地区の集いへ。
 JR北千住駅からほど近い、集合住宅を広布の舞台とする同地区。友は地域に根を張りながら、着実に信頼を広げる。
 中には、集合住宅の自治会長を務める友や防災部長を担う友も。一人一人が地区名の通り、「春風」のような温かな励ましを、近隣の人々に送っている。
 同地区の広布拡大の原動力は、数年前から続く、週1回のブロックの集いだ。皆で心を合わせ、地域の発展を祈ることを主眼に開催している。
 そうした中で、昨年の「教学部任用試験(仏法入門)」に5人の合格者を輩出。そのうちの一人である20代の青年は、先月に入会を果たした。
 青年拡大の喜びの中で迎えた座談会では、峯孝正さんがあいさつ。山田玲子地区婦人部長が仲良きスクラムで、広布に率先しましょうと訴えた。
 続いて、男子部の吉田幸男さん、女子部の坂野和枝さん、梅田麻穂さんが本年の抱負を力強く述べた。山田俊二さんの御書講義の後、梅田大介地区部長が「皆が人間革命に挑戦し、幸福境涯を開く一年に」と望んだ。
 原田会長は、世界の各界の識者が池田先生の思想と行動に深く共感を寄せている模様を紹介。師と共に広布の大道を歩む誇りを胸に、偉大な勝利の人生をと激励した
 一方、大阪の東成黄金区・玉津地区の座談会は16日、友人も参加し、にぎやかに。
 池田先生が「大阪事件」の無罪判決を勝ち取った、1・25「民衆勝利の日」55周年を記念して行われた。
 会合では長尾昌美さん、山田友和さんが、弘教拡大への決意を披露。丸谷真琴地区部長、金光ひろみ同婦人部長は、皆が青年の心を燃やして進みゆこうと語った。
 森和宏さんの御書講義に続き、岡本総大阪長は、目の前の一人を徹して励ましながら、池田先生が築いてきた世界広布の道を大きく広げていこうと呼び掛けた

◆1・17大震災から22年 兵庫・大阪で阪神ルネサンス勤行会
   
厳粛に営まれた「阪神ルネサンスの日」勤行会。勤行・唱題、焼香を行い、震災の全犠牲者を追悼した(兵庫池田文化会館で)
厳粛に営まれた「阪神ルネサンスの日」勤行会。勤行・唱題、焼香を行い、震災の全犠牲者を追悼した(兵庫池田文化会館で)

 阪神・淡路大震災から22年となる17日、「阪神ルネサンスの日」勤行会が、兵庫と大阪の4会場で行われ、震災で犠牲になった全ての方々に追善の祈りをささげた
 池田大作先生はメッセージを寄せ、未曽有の大震災を、妙法とともに勝ち越えてきた兵庫の同志こそ、「常楽我浄の宝塔」であると強調。ここに師弟勝利の誇り高き象徴があるとし、「ルネサンスの若々しい生命で、栄光凱歌の素晴らしき大前進を」と念願した。
 兵庫池田文化会館(神戸市中央区)の法要では、広崎総兵庫長の後、齋藤雅世さんが登壇。師の励ましに復興を誓い、地域に友好の絆を結んできた歩みを報告した。松原総兵庫婦人部長の後、谷川主任副会長は「不屈の祈りと行動で、世界の希望と輝く幸福の連帯を築こう」と述べた。
 長田文化会館(同市長田区)では、勤行・唱題、焼香し、全犠牲者の冥福を祈念。山川喜代美さんが、家を失う苦難を乗り越え、友に希望を送る模様を語った。河原総兵庫総合長、宇田同総合婦人部長があいさつ。山内関西長は“心の財”“励ましの力”の大切さを広く発信し、兵庫から新時代の潮流を起こそうと力説。常勝のスクラム固く、今再びの前進をと呼び掛けた。
 西宮平和講堂(西宮市)の勤行会では、桑原定知さんが体験発表。震災時の地元会館での救援活動が地域に信頼を広げたと語るとともに、現在、町内会長として奮闘する様子を報告した。西山関西総合長、勝本同婦人部総合長らがあいさつした。
 一方、関西文化会館(大阪市天王寺区)の法要では、岡本総大阪長、直里関西婦人部長に続き、藤原同副総主事が激励した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆中等部結成52周年大会への池田先生のメッセージ


1・15「中等部結成記念日」52周年を祝う首都圏の大会が15日、巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた。大会に寄せて、池田先生が贈ったメッセージを紹介する。
 
中等部結成52周年の記念大会では、富士中学生合唱団が広布後継への誓いを込めて歌声を響かせた(東京戸田記念講堂で)
 朗らかに青春の生命を開拓   「勇気」「学び」「感謝」の言葉で
中等部結成52周年の記念大会では、富士中学生合唱団が広布後継への誓いを込めて歌
声を響かせた(東京戸田記念講堂で)

  大好きな中等部の結成の日を祝う大会、誠におめでとう!
 今日は、愛する皆さんに「青春勝利の開拓者たれ!」と申し上げたい。
 日蓮大聖人は、「妙法の妙とは『開く』という意義である」(御書943ページ、通解)と仰せになられました。私たちが唱える南無妙法蓮華経の題目には、「仏界」という最も強く、最も賢く、最も豊かな宇宙大の宝の生命を開きゆく力があるのです
 特に、若くして信心にめぐりあえた皆さんは、自分自身の可能性を限りなく開く最強無敵の鍵を持っている。ゆえに、何があっても題目を忘れず、大いなる夢を掲げて、朗らかに青春の生命を開拓していってください
 ここで、「正義の走者」たる皆さん方の若き命を、大きく開き、拡大してくれる、三つの不思議な言葉を伝えたいと思います。
 
 
一つは、「ありがとう!」という感謝の言葉です。お父さんやお母さんをはじめ、皆さんの一日一日は多くの人々の真心や親切に支えられています。そのことに気づいて、「ありがとう!」と言葉に表せる人は、皆から大切にされ、知らず知らずのうちに、喜びと福運に満ちた絆を結んでいけます。
 二つ目は、「教えてください!」という学びの言葉です。この世界には、学ぶべきことが無限にある。探求心を燃やして、先生や良き先輩などに「教えてください!」と、どんどんぶつかって学ぶ。さらに良き本にも積極果敢に挑んでいけば、次から次へ新しい発見をして、心の宇宙を広げられます。
 三つ目は、「楽しく乗り越えよう!」という勇気の言葉です。青春は皆、試練がある。しかし、苦しいことがあっても、断じて弱気にはならない。「楽しく乗り越えよう!」と自分を励まし、師子王の心で立ち向かえば必ず道は開けます。そして、何ものにも負けない人格が鍛えられていくのです。
 最後に、私が30年前に訪れた、カリブ海に浮かぶ美しきドミニカ共和国の大思想家(ペドロ・エンリケス・ウレニャ)の言葉を贈ります。「未来を信ずること。それは、健全にして気高き青年の信条である。これこそ、我らの勝利の旗印とすべきなのだ」と。
 さあ、希望の未来を信じて、歌声も明るく、私と一緒に進みゆこう! 世界が見つめる人類の宝、負けじ魂の中等部、万歳!
 みんな元気で!

◆〈世界写真紀行〉 第7回 エジプト「ピラミッド」      民衆勝利の金字塔を 

砂漠の中にそびえるエジプト・ギザのピラミッド(左がカフラー王、中央がクフ王)。完成した当時は白い化粧石に全体を覆われ、太陽の光を浴びて輝いていたといわれる
砂漠の中にそびえるエジプト・ギザのピラミッド(左がカフラー王、中央がクフ王)。完成した当時は白い化粧石に全体を覆われ、太陽の光を浴びて輝いていたといわれる

 エジプトの首都カイロからナイル川を越えて西へ。にぎやかな市街地を過ぎ、砂漠が始まる台地に、それは忽然と姿を現した。
 エジプト・ギザの三大ピラミッド。
 完成したのは紀元前2500年代というから、約4500年の歳月が経つ。あるアラブの歴史家は「この永続的な建造物の試練に時が耐えてきた」(山田美明訳)とさえ言った。
 最も大きなクフ王のピラミッドは高さ137メートルで、石の総重量は約600万トン。四角錐の側面は、ほぼ正確に東西南北を向くなど、測量・建築技術の高さは、現代から見ても驚異的だ。
 これほど巨大かつ緻密な建造物がどうやって造られたのか――ギリシャの歴史家ヘロドトスは、強大な王の権力によって、奴隷が強制的に働かされたと記した。すなわち“10万人もの人間が、3カ月交代で苦役を強いられ、石材を引く道路をつくるのに10年、ピラミッド自体の建設には20年を費やした”と。
 今も揺るぎない威容は、歴史のロマンをかき立ててやまない。
 池田大作先生が初めてピラミッドを訪れたのは1962年の2月7日である
 先生は内部を見学した後、周辺を散策。同行の青年たちとの語らいは尽きなかった。
 その模様が小説『新・人間革命』第6巻「遠路」の章につづられている。
 一人の青年が、王の強大な権力による“奴隷建造説”に触れた。しかし山本伸一は、疑問を口にする。
 「なんの責任感もなく、ただ奴隷根性で、強制と義務感によって行われた仕事が永遠性をもつだろうか
 「クフ王の大ピラミッドが残っているということは、作業にあたった一人ひとりが、強い責任感をもって、自分の仕事を完璧に仕上げていったからだ。さらに、皆が互いに補い合おうとする、団結の心がなければ不可能といえる

 その後の発掘成果によって“ピラミッド建設の主体者は一般市民”という報告や研究が相次いだ。“奴隷建造説”は、今や通説とはいえなくなっている。
 民衆を信じ、民衆を励ましてきた池田先生。その目は常に「人間」を見つめていた。
                                                                       ◇ 
 翌8日、日本から池田先生宛てに電報が届いた。
 「KOUSO NASI(控訴なし)」
 選挙違反という事実無根の容疑で、池田先生が逮捕・拘勾された「大阪事件」。エジプト訪問に先立つ1月25日、第一審の無罪判決が。そして検察側は控訴手続きを取らなかった。この無罪確定の報を、先生はエジプトの地で受け取ったのである
 満天下に証明された先生の正義。いかに権力の魔性が牙を剝こうと、目覚めた民衆の前進を押しとどめることはできない――その厳然たる歴史の真実を、悠久の時を刻むピラミッドが見守っていた。
 先生は語っている。
 「大ピラミッドは立派だ。しかし、結局、一番偉大なのは、それをつくった人間だよ。人間の力、人間の英知、人間の情熱は、無限の可能性をもっている。この人間の宝庫を開き、世界の平和を築くのが、これからの私たちのテーマだ
 “義務感”や“受け身”の姿勢で、永続性のある建設などできるはずもない。自身の誇り高い使命を自覚する。そうした一人一人の心の結合によって、不滅の「民衆勝利の金字塔」は築かれていく。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 脳梗塞による失語症と闘う
 使命は試練から開く

 【香川県・綾川町】ある朝、田中正浩さん(56)=綾南支部、地区部長=は突然、「脳梗塞」を発症した。

2017年1月17日 (火)

2017年1月17日(火)の聖教

2017年1月17日(火)の聖教

◆わが友に贈る


リーダーは
同志の無事故を
誰よりも祈り抜こう!
魔を寄せ付けぬ覚悟で
鉄壁のスクラムを築け!

◆名字の言
 

 高齢化が進む東京郊外の集合住宅。創価家族の集いに顔を出すと、背筋をピンと伸ばした和服姿の婦人が迎えてくれた▼大正12年(1923年)生まれの93歳。耳は少し遠くなったが、1人暮らしの生活に全く支障はない。健康の秘訣を聞くと、「御本尊の前に座る時以外は、友のために歩くのよ!」と笑顔で。半世紀以上、自宅を地域広布の会場に提供する“広宣流布の闘士”に心から最敬礼した▼別の会合には、昭和3年(28年)生まれの88歳の会友の婦人が参加していた。「地味な服を着ると心まで暗くなる」と、花柄の明るい服がまぶしい。昨年11月の教学部任用試験に合格。「心の持ち方一つで人生は決まります。同じ生きるなら、皆さんのように前向きに生きたいですね」▼
2人に共通するのは、心が若いということ。82歳の生涯を閉じるまで活発に行動した文豪ゲーテの言葉を思い出した。「年をとるということ自体、新しい仕事をはじめることなのである。状況は一新し、行動することをすっかりやめてしまうか、あるいは、新しい役柄を意志と自覚をもって引き受けるか、どちらかである」(木原武一訳)▼さあ、新しい仕事を始めよう! 日々、生まれ変わった息吹で行動しよう! これが本因妙の仏法者の生き方である。(川)

◆〈寸鉄〉 2017年1月17日

 御書「
心ざしあらん諸人
 は一処にあつまりて
」。座
 談会の充実で広布は加速
      ◇
 
信心で辛労を尽くした人
 が最後に勝つ
―戸田先生
 青年は勇んで苦難に挑め
      ◇
 ロマン総会へ“
婦女一体
 で前進!女子部が輝けば
 地域が明るく。皆で応援
      ◇
 
阪神・淡路大震災22年
 家族で災害時の対応など
 を確認。教訓を次世代へ
      ◇
 
流感が注意報レベルに
 嗽、食事前の石けんでの
 手洗いを。対策を万全に

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十三

 


 山本伸一には、以前から考えてきたことがあった。それは、会長の交代であった。
 一人の人間が長期間にわたって責任を担っていたのでは、人材は育ちにくい。令法久住のためにも、早く後継の流れをつくっておきたいというのが、彼の願いであった
 会長就任十年を経た一九七〇年(昭和四十五年)に、いつかは辞任したい旨の意向を何度か執行部に伝えたが、会長は「終身」であることを理由に反対された。
 また、七四年(同四十九年)に、宗教法人としての創価学会の代表役員を理事長に委譲した際や、七七年(同五十二年)にも交代の話を出したが認められなかった。
 しかし、会長就任以来十九年を経て、「七つの鐘」も終了する。“折を見て会長の交代を”とも考えていた。彼は、まだ五十一歳であり、幸いにして元気である。“会長を退いても、皆を見守りながら、応援していくこともできる”との思いがあった。
 仏法者として世界を展望する時、伸一には、やらねばならぬことが多々あった。
 世界平和の建設のため、より広範に具体的な行動も起こしていきたかった。世界の指導者との対話も、さらに重ねていく必要性を感じていた。仏法を基調にした文化、教育の推進にも、一段と力を注ぎたかった。そして何よりも、世界広布は、いよいよこれから本格的な建設期を迎える段階にある。
 だが、自分が世界へと大きく踏み出すならば、日本国内のバトンを受け継ぐ者は、激浪の海へ船出していくことになる。学会は絶頂期にあるとはいえ、暗雲が垂れ込め、嵐が吹き荒れているのだ。それは、決して容易な航路ではない。大試練を覚悟しなければなるまい。後を託す幹部には、信心の透徹した眼で魔を魔と見破り、勇猛果敢に戦い進んでいく決意と行動が不可欠になろう。伸一は、今こそ皆に勇気をもってほしかった。
 古代ローマの哲人セネカは言う。
 「逆境の衝撃も勇気ある人の心を変えることはない」(注)

 小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎令法久住/「法をして久しく住せしめん」と読む。法華経見宝塔品第十一の文。未来にわたって、妙法を伝えていくこと。  
 引用文献
 注 「神慮について」(『セネカ 道徳論集(全)』所収)茂手木元蔵訳、東海大学出版会

【聖教ニュース】

◆ドイツ フランクフルト池田平和文化会館で 新時代第4回 欧州広布サミット
 池田先生がメッセージ
 確かな精神革命の大道を開け

新時代第4回「欧州広布サミット」に集った33カ国の代表・約300人。皆が「ワン・ヨーロッパ! ウィズ・センセイ!(欧州は一つ! 先生と共に!)」の合言葉を胸に刻み、そして青年の心意気で躍進することを誓い、“青年拡大の年”のスタートを切った(フランクフルト池田平和文化会館で)
新時代第4回「欧州広布サミット」に集った33カ国の代表・約300人。皆が「ワン・ヨーロッパ! ウィズ・センセイ!(欧州は一つ! 先生と共に!)」の合言葉を胸に刻み、そして青年の心意気で躍進することを誓い、“青年拡大の年”のスタートを切った(フランクフルト池田平和文化会館で)

 【フランクフルト15日】新時代第4回「欧州広布サミット」が15日(現地時間)、33カ国のSGIの代表・約300人が参加し、ドイツ・フランクフルト池田平和文化会館で行われた。これには池田大作先生がメッセージを寄せ、広布拡大に奮闘する欧州SGIの大前進を讃えた。参加者は、2018年の11月18日を目指し、皆が青年の心意気で、師の期待に応えようと誓い合った。
 過去最多となる33カ国の友が一堂に会し、晴れやかに開催された欧州広布サミット。冒頭、欧州青年委員会のリサ・コーワン総合委員長から、池田先生の記念のメッセージが紹介された。
 その中で先生は、「不信と憎悪が渦巻く社会にあって、私どもは、自身の仏性を信じ、人々の仏性を信じて、『自他共の幸福』のために更に、行動していきたい。この確かな精神革命の道を大きく開いていきたい」と強調。「皆が青年の気概で、仲良く、福運に満ち満ちて、わが境涯を拡大しながら、勇敢に朗らかに、希望と幸福と平和のスクラムを、限りなく広げていこうではありませんか」と呼び掛けた。
 今月、日本での研修会に参加したプリチャード欧州女性部長らによる報告の後、フジイ同書記長が本年の欧州の活動方針を発表。
 スペインSGIのエンリケ・カプート理事長、セルビアSGIのミレンカ・タジチ支部長らが活動報告した。
 続いて、キヨシ・オザワ委員長を中心とする欧州青年委員会が、昨年から始めた「歓喜の体験を語ろう」キャンペーンについて報告。“体験に勝る力はない”との確信で仏法対話を展開し、欧州全土に喜びの輪を大きく広げる青年の奮闘と心意気を語った。
 さっそうと会合運営に当たっていた創価班のウルフ・ベックさん(ドイツ・男子地区リーダー)も、模範の活躍をする一人だ。
 友人から仏法の話を聞き、入会したのは、一昨年の11月18日。入会記念勤行会の席上、彼は決意を述べた。
 「家族・親族、そして友人の中から、必ず2人に弘教を実らせます」。その誓い通りに、昨年12月にいとこを、今年の元日には友人への弘教を成就させた。躍動の息吹あふれる彼の体験は、地域の同志に触発を。「私たちも拡大に挑戦しよう!」との勇気の波が広がっている。
 ベックさんは、「本年も2世帯の弘教に挑戦します。そして、わが地区で4人の新たな男子部員を育成します」と力強く語った。
 サミットの中で、9カ国16人からなる欧州青年委員会全員が、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の全文を英語で朗読した。
 「我らは今/広宣流布の山である/二十一世紀の山を/登攀せんとしているのだ!」「我が 青年達よ/妙法正義の旗を振りながら/満ちたりたる人生の自立のために/二十一世紀の山を/勇敢に登り征け!」――この呼び掛けに断じて応えようとの情熱あふれる朗読に大喝采が寄せられた。
 森中SGI教学部長、タカハシ欧州議長があいさつ。最後に全員で「誓いの青年よ」を大合唱した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆本部幹部会で紹介された池田先生の指針

東京・青梅市にある吉川英治記念館を訪れた池田先生ご夫妻。吉川文子夫人らと懇談した。池田先生は、この日の来館を記念し、「嬉しくも ついに来りし 草思堂」と詠んだ(1987年5月1日)
東京・青梅市にある吉川英治記念館を訪れた池田先生ご夫妻。吉川文子夫人らと懇談した。池田先生は、この日の来館を記念し、「嬉しくも ついに来りし 草思堂」と詠んだ(1987年5月1日)

   世界広布新時代 青年拡大の年」の開幕を祝賀する「世界広布新時代第23回本部幹部会」(7日、巣鴨の東京戸田記念講堂)の席上、池田先生のスピーチ映像が上映された。この映像は、1994年1月に行われた「新春幹部会」でのもの。本年の躍進を期し、勇気と希望の声を響かせながら、地域広布にまい進する友の指針として掲載する。

 一、全国の皆さま、あけましておめでとうございます!
 皆さま方が、健康で、希望に燃えて、幸福になっていかれますように、裕福でありますように、そしてご長寿であり、無事故でありますように――私は毎日、真剣にご祈念してまいります。
 「人材育成」――。私は本年、この重要な課題に、全力をあげる決心である。その意味を含め、少々、お話しさせていただきたい。
 一、作家・吉川英治氏の随筆(『折々の記』、『吉川英治全集』52所収、講談社)に、こうあった。
 「育つものを見るのは気もちがいい。ぼくは、育つものが好きである
 吉川氏は、「土」でいうなら、新芽が土を割って出る5月の大地が好きだという。私も同じである。
 「反対に、おなじ土でも、たとえば現代の寺院などに立ち入ると、あの数世紀間も踏みかためられたまま、冷んやりしきった土」は、「育つものを生む何の力も失った」土であり、「何の希望もよろこびも足の裏から触れて来ない」と氏は比較している。
 その通りと思う。至言である。
 また、「人間のばあいにしてもそうである。『もう育ちはない』と思われる人と対坐していると、堪らない退屈が座間にただよい、こっちも、やりきれないものに鬱してしまう(憂欝になる)」と。
 氏は「育つ人、育ちのない人の差」は、年齢には関係がない、年をとっていても「ゆたかな生命のひろがりを覚えさせる」人もいる、と書いている。
 随筆を、氏は、こう結んでいる。
 「地球自体の生態は、四季不断に、何かを育てたがっているものにちがいない」と。
 宇宙には「育てる力」がある。生命には「育つ力」がある。
 氏の言うように、地球は、いつも何かを「育てよう」としている。春も夏も秋も冬も。花を育てよう、野菜を育てよう、木を育てよう、と。
 宇宙の「育てる力」。生命の「育つ力」――その根源が妙法である。その実践が信心である。
 「妙とは蘇生の義なり」(御書947ページ)と日蓮大聖人は仰せである。
 妙法に連なっていけば、どこまでも生き生きと「成長」「発展」の軌道を進んでいける。個人も、団体も、国も、この方程式は変わらない。ゆえに信仰者とは「育ち続ける人」でなければならない
 また、仏意仏勅の創価学会は「育ち続ける団体」である。そして「人材をつくる」団体、「有為な人間を社会に輩出する」団体なのである。
 伸びていく樹は美しい。伸びていく人間は美しい。生き生きと光っている。
 成長もなく愚痴や批判ばかり、妬みばかりの人生は、感動もなく、美しくもない。
 法華経の薬草喩品に、こうある。
 「一切の諸樹は 上中下等しく 其の大小に称いて 各生長することを得」(妙法蓮華経並開結248ページ)
 ――すべての諸々の樹木は、(性質や能力などで)上の木も、中ほどの木も、下の木も、平等に、その大小にしたがって、それぞれが生長できる――と。
 人間にも、さまざまな機根がある。しかし、だれびとたりとも、「信心」があるかぎり、妙法の雨に潤い、ぐんぐん伸びていける。育っていける。その広々とした生命の法理が、ここには説かれている。
 私どもは生活に「根」を張り、希望の「太陽」に顔を向けて生きたい。そして本年を、老いも若きも、生き生きと「伸びゆく年」にしてまいりたい。
 一、日蓮大聖人は、関東の天地で活躍する門下の曾谷殿――今の千葉県、茨城県の一部にあたる下総の曾谷教信に、こう仰せである。
 「今法華経と申すは一切衆生を仏になす秘術まします御経なり、所謂地獄の一人・餓鬼の一人・乃至九界の一人を仏になせば一切衆生・皆仏になるべきことはり顕る、譬えば竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(御書1046ページ)
 ――今、法華経という経は、一切衆生を仏にする秘術をそなえた御経である。いわゆる地獄界の一人、餓鬼界の一人、(さらに畜生界、修羅界……という)九界の一人を仏にすれば、一切衆生が、みな仏になれるという法理が、あらわれる。たとえば、竹の節を一つ破れば、他の節も、次々に破れるようなものである。
 (十界互具であるゆえに、たとえば地獄界の一人が成仏できるということは、その地獄界を具す九界の人々も成仏できる証明となる)――。
 病気、経済苦、心の苦しみ――地獄の苦悩にある「一人の人」。その人を成仏させられるかどうか。その人が絶対の幸福をつかめるかどうか。それができるのが法華経である。それができることが、一切の人を救える証明となるのである。仏法は大きい。一切を救う。その大きさも「一人の人間」に集約され、すべて含まれているのである。
 「一人」が成仏すれば、周囲の人々をも成仏の軌道へ導ける。
 一家も、一族も、また友人も、たとえ地獄界、餓鬼界の苦しみにある人であっても、希望や幸福へと方向づけてあげられる。それが妙法の力である。
 「一人の人間革命」が、やがて「世界の変革」をも、成し遂げていく――その根本原理も、ここにある。
 ゆえに、大事なのは、強盛なる信心の「一人」である。一人の「一念」であり、「心」である。
 環境がどうあれ、魂の「金の城の人」が一人いれば、「黄金の人材」さえ一人いれば、すべてを良き方向へ、幸福の方向へと開いていける。
 この「真剣の一人」を育て、「真剣の一人」に育ちながら、私どもは進んでいきたい。
 学会員一人一人が、真金の人と輝くならば、全人類も、「幸福」へ、「安穏」へ、「平和」へと導いていけないはずがない
 事実、学会の発展と、歩調を合わせるかのように、日本と世界の歴史も、大きく転換してきた。
 その意味から、学会こそ、「日本の柱」「世界の光」との気概で進みたい。
 私どもは、この偉大なる仏法を、さらに深く体得し、広布に生きる人生の喜びを満喫しながら、前進してまいりたい。
 そして、この一年、「境涯の拡大」「功徳の拡大」「友情の拡大」「広布の拡大」「団結の拡大」「励まし合いの拡大」へ、“破竹の勢い”で進んでまいりたい
 「拡大しよう」という一念、祈りによって、自分自身の人生が大きく、楽しく広がっていくのである。
 全国の皆さまが、風邪をひかれませんよう、重ねてお祈り申し上げ、年頭のスピーチとさせていただきたい。

◆〈この一節を胸に 行学に励む〉 テーマ 障魔に負けない 
「戦い続ける人」が偉大な境涯を築く

 広宣流布に進む途上には、必ずそれを阻もうとする障魔が現れる――。日蓮大聖人は繰り返し教えられています。今回は御書を拝して、「障魔に負けない」生き方について考察していきます。

〈Q〉入会した喜びを友人に語ったら、事実無根の悪口を言われました。 
〈A〉仏法では、信心に励む人を三障四魔が襲うと説いています。

 行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ (兄弟抄、御書1087ページ)

 日蓮大聖人は「仏法の修行が進み、その理解が深まれば、三障四魔が入り乱れて競い起こってくる。……だが、この三障四魔に、決して随ってはならない。畏れてはならない。これに随うならば、必ず人を悪道に向かわせる。これを畏れるならば、正法を修行することを妨げる」(御書1087ページ、通解)との天台大師の言葉を引かれ、真剣になって信心に励めば、それを妨げようとする障魔が競い起こると断言されています
 私たちの目的は「一生成仏」であり、何ものにも揺るがない幸福境涯の確立です。しかし、信心を持続する中には、必ずさまざまな障魔が現れてきます。このことを知って、いかなる障魔にも崩されない信心を確立していくことが肝要です。
 信心の実践とは、自身の生命を大変革させていく戦いです。仏道修行の途上において、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、周囲の人間関係の中に生じます。それは、船が進むときに波の抵抗が起こるようなものです。“仏道修行に励めば魔が競い起こるのは、正法の証しである”と、覚悟を定めることこそ信心の第一歩です。


〈Q〉「魔」を、どのように捉えるべきでしょうか?

〈A〉試練こそ成長のチャンス。「賢者の信心」が求められています。


 火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり
 (四条金吾殿御返事、御書1136ページ)

 大聖人の御在世の時代に活躍した四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の中傷などで、さまざまな圧迫を受けました。苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。「火に薪を加える時には、火は盛んに燃える。大風が吹けば、求羅は倍増するのである」(御書1136ページ、通解)
 御文に出てくる「求羅」は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のこと。大風という苦難や試練が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていける好機になるのです
 自身の境遇を嘆いていても始まりません。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法です。
 大聖人は、別の御書で「夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)とも仰せです。
 試練に直面した時こそ、自身を成長させるチャンスと前向きに捉えて、信心根本に進んでいく
 それこそ、大聖人が教えられている「賢者」の生き方なのです。

〈Q〉障魔との闘争で心掛ける点は何ですか?

〈A〉いかなる試練にも、同志や学会と共に前進していくことです!
 

 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
 (聖人御難事、御書1190ページ)

 信心は永遠に仏と魔との闘争です。大聖人は、立宗宣言して以来、一貫して妙法流布に生き抜かれました。その間の御心境について、「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せです。
 そして、大聖人と同じ心で戦う門下に対して、「月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう」(同1190ページ、通解)と強調されています。
 では、大聖人が生涯をかけて戦い続けた魔性とは何でしょうか――。それは人間の根源的無明でした。魔の本質は、「奪命者」「奪功徳者」です。この魔を打ち破っていく源泉が、月々日々に「強める」心です
 池田先生は、「戦い続ける人、すなわち、常に仏界を開いている人は、魔を寄せつけません。常に前進する人が、必ず偉大な境涯を築き上げることができる。そのための仏法です」と語られています。
 学会と共に、同志と共に進む中でこそ、障魔を打ち破っていくことができるのです。


〈智慧の扉〉 池上兄弟への励まし

 池上宗仲・宗長兄弟は、日蓮大聖人が立宗宣言されて間もない頃に門下となり、信心に励んできました。しかし、父に信仰を反対され、兄・宗仲は2度にわたって勘当されます。当時、勘当は社会的立場も経済的基盤も失うことを意味していました。
 大聖人は、苦難に直面した宗仲、宗長やその夫人に対し、「三障四魔との闘争」「一家和楽」「信仰者が難を受ける意味」等をつづった励ましのお手紙を折々に送られます。その一つが「兄弟抄」です。池上兄弟は大聖人の御指導通りに実践し、純粋な信仰を貫くとともに、後に、父親を入信させたのです。

◆〈婦人部のページ〉 白ゆりの輝き


  求道の心強く、幸福のスクラムを大きく広げる婦人部の友。ここでは、「ヤング・ミセス」「女性平和委員会」「白樺会(婦人部の看護者の集い)」の2017年の活動を、各委員長のアピールとともに掲載する。

★2017年(平成29年)の活動 ヤング・ミセス   幸のスクラムを明るく楽しく

 
ヤング・ミセスの首都圏県区委員長会が朗らかに。使命の天地に友情と幸福のスクラムを!(昨年12月、東京・信濃町の創価世界女性会館で)
ヤング・ミセスの首都圏県区委員長会が朗らかに。使命の天地に友情と幸福のスクラムを!(昨年12月、東京・信濃町の創価世界女性会館で)

 池田先生・奥さまと共に「世界広布新時代 青年拡大の年」を勢いよくスタートすることができ、喜びでいっぱいです。ヤング・ミセスは、家事・育児に奔走する毎日の中で、一日また一日、負けじ魂を燃やしながら、、祈り抜き、広布の味方を拡大し、一つ一つの課題に勝利していきたいと思います。

★2017年(平成29年)の活動 女性平和委員会  平和の文化築く希望の光源
 
創価学会平和委員会が企画制作した「平和の文化と希望展――少子高齢社会を生きる」。各地で開催され、好評を博している(昨年9月、東京・武蔵野市で)
創価学会平和委員会が企画制作した「平和の文化と希望展――少子高齢社会を生きる」。各地で開催され、好評を博している(昨年9月、東京・武蔵野市で)

 2017年は、創価学会の平和運動の原点である、第2代会長・戸田先生の「原水爆禁止宣言」から60周年を迎えます。
 平和委員会は、フォーラム、展示活動、講演会など、草の根の平和運動を地道に広げてきました。

★2017年(平成29年)の活動 白樺会  一人を大切に人材の大河を
 
一人一人が希望と安心を送る“生命の太陽”に!――晴れやかに開かれた白樺会の結成30周年を記念する総会(昨年11月、東京戸田記念講堂で)
一人一人が希望と安心を送る“生命の太陽”に!――晴れやかに開かれた白樺会の結成30周年を記念する総会(昨年11月、東京戸田記念講堂で)

 2017年、白樺会は、池田先生・奥さまへの報恩の誓い新たに、明るく前進していきたいと思います。先生の「一人を大切に」との言葉を胸に、目の前の一人が幸せになるよ うに、また安心できるように、寄り添い続けることを大切にします。

 
【信仰体験】

〈信仰体験〉 阪神・淡路大震災から22年 復興に駆けた理髪店
負けたらあかん“心の財”の結晶

【兵庫県芦屋市】阪神・淡路大震災から、きょうで22年が経過した。震災の渦中、がれきの中を走り抜いた人々は、あの時、何を感じ、何を抱いて、この歳月を生きてきたのか――。

2017年1月16日 (月)

2017年1月16日(月)の聖教

2017年1月16日(月)の聖教

◆わが友に贈る


青年拡大の座談会だ!
皆が青年の心で
皆で青年を励まし

若々しく語り合おう!
声仏事を為す」と。

◆名字の言


  漆黒の空が朝日に照らされ、オレンジ色に染まっていく。東京の夜明けの美しさに息をのんだ。一日の始まりは荘厳だ▼60年前の1957年(昭和32年)7月3日、羽田空港でのこと。「大阪事件」で不当逮捕された池田先生は、空港に駆け付けた文京の婦人に語った。“学会の夜明けが来た――そう、わが同志にお伝えください”。先生の獄中闘争は、この深き決意に立った宣言から始まったのであるこの2週間後、先生は出獄。公判は4年半、84回に及んだ。「3・16」の記念式典の陣頭指揮を執っていた58年(同33年)3月5日にも大阪へ。その折、恩師・戸田先生は「最後は勝つ。金は金だ」と愛弟子に語った。その言葉は、「日ごとに不動の確信となり、大山のごとく胸中にそびえていた」と池田先生はつづっている▼「大阪事件」の無罪判決が出た55年前の1月25日、先生が関西の友と拝した御書に「設い身は此の難に値うとも心は仏心に同じ今生は修羅道に交わるとも後生は必ず仏国に居せん」(1069ページ)と。師の構想実現のため、あらゆる難を勝ち越えた先生の大闘争ありて今、広宣流布は世界各地で躍進する時代を迎えている▼私たちも師弟の誓願に立ちたい。そこから、わが人生、わが地域の「勝利の夜明け」が始まる。(芯)


◆〈寸鉄〉 2017年1月16日
 

 欧州で広布誓う研修会。
 さあ我らも心一つ。
世界
 同時進行の偉大な前進を

      ◇
 
愛知婦人部の日。自他共
 の幸福築く「この道」を!
 地域照らす堅塁の太陽よ
      ◇
 御書「
一人を手本として
 一切衆生平等
」。拡大の潮
 も範示す率先の将ありて
      ◇
 雪かき時は屋根雪の落下
 に注意。事前の水分補給・
 体操も。呉々も無事故で
      ◇
 珊瑚礁99%が今世紀で消
 滅の可能性。
温暖化対策
 急げ
。青き地球を未来へ

◆社説  阪神・淡路大震災から22年  “励ましの心”が復興と前進の力


 明17日で阪神・淡路大震災から22年を迎える。日常生活で震災の痕跡を感じることは少なくなった。一方、「心のケア」や「地域コミュニティー」の重要性が、阪神・淡路大震災を機に、社会に定着した。また、1995年は「ボランティア元年」と呼ばれ、この年から、被災地に全国から救援へ向かう運動が定着した。現在、1・17は「防災とボランティアの日」と定められ、15日から21日までは、「防災とボランティア週間」として、啓発運動も行われている。
 地域における“つながり”や絆の重要性が再認識される中で、その一翼を担ってきた学会員は多い。兵庫・西宮市の山下和夫さんもその一人。19歳から消防団員として活動し、47歳の時に大震災に遭遇。自身が被災する中、不眠不休の救援活動に奔走した。「あの時ほど、人と人のつながりの大切さを感じたことはありません」。以来、防災の啓発をはじめとする地域活動に尽力。こうした取り組みが評価され、消防庁長官から永年勤続功労章を授与された。広布の舞台では支部長として、一人を大切に真心を尽くす日々だ。
 神戸市の関西国際文化センターでは、講演会や展示会などを数多く開催し、兵庫から復興へ向けた励ましと希望を発信し続けている。2015年には、「負けたらあかん! 負げでたまっか! フォトエッセー展」を開催。昨年は「心の財は絶対に壊されない!――神戸から東北へ励ましのメッセージを贈ろう」の企画展示が催された。両展は、東日本大震災の被災地となった東北でも開催され、神戸と合わせ、それぞれ約1万人が
来場。神戸から東北や熊本の友へ、エールを発信し、共に未来への一歩を踏み出している。
 物質的な豊かさを一瞬にして奪った震災は、被災した人々に“本当に価値ある人生とは何か”との問いを投げ掛けた。また、被災地に限らず、超高齢社会や過疎化など、迫り来る地域の難題に誰もが直面しうる時代に入った。慈愛の声、同苦の心、苦難に負けない人間の歩みは、万人に生きる力をもたらす。池田先生は、兵庫の友に綴った。「厳然たる復興を遂げてきた兵庫は、人類の希望の先進地」「世界が仰ぎ見るモデルと輝いていく」と。  今年、国際交流の拠点・神戸は開港150年という新しい時代を迎えた。“心の絆”“励ましの力”が地域を潤し、発展させていく。自他共の幸福を目指す「共助の力」の大切さを、社会、世界に発信していきたい

◆きょうの発心  職場で地元で師の正義を宣揚!2017年1月16日

御文
 強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ(四条金吾殿御返事、1118ページ・編486ページ)
通解 強盛の大信力を出して、法華宗の四条金吾、四条金吾と鎌倉中の上下万人および日本国の一切衆生の口にうたわれていきなさい。

 強盛な信心を貫き、信心の実証を示して名を上げていきなさい、との仰せです。
 高校卒業後、現在勤務する会社に入社。将来への不安で悩んでいた19歳の時、先輩の激励により発心しました。
 信心を理由に職場でいわれなき非難を受けましたが、この御文の通り人間性で勝負しようと決意。“仕事は三人前”との学会指導を胸に、どんな時も真剣に取り組んできました。
 男子部では18年間、創価班で薫陶を受けました。池田先生から多くの励ましを頂き、師と共に歩む人生の醍醐味を実感しています。
 壮年部に進出後、転勤や長距離通勤など環境は変わりましたが、青年期の原点のまま奮闘。職場で多くの部門長や役員を務めることもできました。職場・地域で実証を示すことが、師の正義を宣揚することだと確信します。
 坂戸県の同志の皆さまと共に、強き祈りと団結で、広宣流布大誓堂完成5周年の2018年11月18日を目指し、さらなる拡大に挑戦してまいります。   埼玉・坂戸県長 仲正見 

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十二

 


 山本伸一は、創価の正義の大道を見つめ、そして足下の喫緊の課題に視線を移した。
 “今、何よりも優先しなくてはならないのは、僧たちの非道な攻撃をやめさせ、会員を守ることだ。これまで学会が、何度も、さまざまな宗門の要求を聞き入れ、譲歩を重ねてきたのも、そのためである”
 彼は、各地の会員に対する悪侶の暴圧を聞くたびに、胸が張り裂けんばかりに痛んだ。苦悩し、呻吟する同志の顔が瞼に浮かび、悲痛と激怒の叫びが聞こえた。その事態を脱却しようと、重ねてきたさまざまな努力も、今や、副会長である鮫島源治の発言によって無に帰してしまったのだ。
 “戸田先生が「命よりも大切な組織」と言われた学会である。その学会を、会員を、断じて守り通さねばならない。そのために、いかなる道があるのか……”
 彼は、最愛の会員のためなら、一身に集中砲火を浴びることも恐れなかった。事あれば一人で、一切の責任をとろうとの決意を固めていた。それは、彼が第三代会長として立った日からの、変わらざる誓いであった。
 このころ、学会は、絶頂期を迎えていたといってよい
 日本にあっては、名実ともに宗教界の王者となり、確固たる一大平和勢力となった。そして、民衆の大地に根を張った創価の同志の連帯は、世界を結ぼうとしていた。
 実践の教学が、会員の生き方の規範、哲学として根差し、広宣流布の深い自覚のうえに、社会のあらゆる分野で活躍、貢献する多くの逸材が育っていた。仏法を基調にした、平和、文化、教育など、社会に開かれた広範な創価の運動も高い評価を受け、学会への共感と賞讃の輪は大きく広がっていた。
 いわば、最高の上げ潮をもって、学会は一九七九年(昭和五十四年)という、「七つの鐘」終了の佳節を迎えたのだ。伸一には、いつでも、師の戸田城聖に胸を張って勝利を報告できるとの自負があった。師に応えようとの一念こそが、彼の原動力であった

【聖教ニュース】

◆哲学とロマン薫るドイツで欧州教学研修会 
 池田先生がメッセージ贈る 人間共和への智慧を!対話を!
 求道光る33カ国300人が研さん

ドイツのフランクフルト池田平和文化会館で行われた欧州教学研修会。イタリアSGIのサンティ男子部長は「目の前の『一人』を仏のごとく敬い、大切にしながら、地涌のスクラムを広げていきます!」と決意を固めた(14日)
ドイツのフランクフルト池田平和文化会館で行われた欧州教学研修会。イタリアSGIのサンティ男子部長は「目の前の『一人』を仏のごとく敬い、大切にしながら、地涌のスクラムを広げていきます!」と決意を固めた(14日)

 【フランクフルト14日】哲学とロマン薫るドイツのフランクフルト池田平和文化会館で13、14の両日(現地時間)、欧州SGIの教学研修会が開催された。これには、池田大作先生がメッセージを贈り、33カ国から集った求道光る約300人の友を心から賞讃。研修会では、森中SGI教学部長の担当で「聖人御難事」の研さんや質問会等を活発に行った。この信心錬磨の研修会から“青年拡大の年”を先駆する欧州の異体同心の大前進が始まった。(記事・写真=木村正一)
 13日の午前8時。
 真冬のドイツは、まだ夜明け前だ。寒波の影響で雪交じりの雨が降る中、フランクフルト池田平和文化会館に、続々とメンバーが集って来た。
 遠来の友を出迎えるのは、地元ドイツの創価班や白蓮グループのメンバーだ。
 「グッドモーニング(おはようございます)!」「ウエルカム(ようこそ)!」――会館の入り口をくぐると、英語での元気な掛け声と笑顔が、真っ先に飛び込んでくる。
 その爽やかで献身的な振る舞いが、冷え切った体で集った参加者の心を温めてくれた。
 吹き抜けのロビーでは、1年ぶりの再会を喜び、固い握手を交わす友、抱擁する友の姿が。異国に暮らす母と息子のほほ笑ましい再会もあった。
 外気との温度差はどれほどだろう。会場は、あっという間に汗ばむほどの熱気に満ちていった。
                                                                         ◇ 
 開講式では、池田先生のメッセージが紹介された。
 先生は、各地から集った尊き友を心からたたえ、「欧州の異体同心の団結は、全世界の友の希望と輝いています。いかなる時代の変動にも怯まぬ不撓不屈の大前進は、未来の世代の模範と仰がれゆくでしょう。欧州の勝利は即、世界の勝利です」と強調。
 「人類は、調和と平等、信頼と和楽の哲学を一段と真剣に探求しています。だからこそ、人間共和を創造する我ら創価の『普賢の対話』が、いやまして、平和と安穏と寛容の地球社会を築きゆく確かな方途として、待望されてやまないのです」と語り、皆が青年の心で若々しく、色心共に威光勢力を増しゆく、楽しく明るい有意義な研修会となることを、心から念願した。

◆中等部が結成52周年記念大会
 
1・15「中等部結成記念日」52周年の大会に集った首都圏の代表。鼓笛隊、創価グロリア・ジュニア吹奏楽団が演技・演奏を披露した(東京戸田記念講堂で) 
1・15「中等部結成記念日」52周年の大会に集った首都圏の代表。鼓笛隊、創価グロリア・ジュニア吹奏楽団が演技・演奏を披露した(東京戸田記念講堂で)

 中等部の結成52周年を記念する首都圏の大会が15日、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
 これには池田先生が万感のメッセージを寄せ、愛する中等部の友に「青春勝利の開拓者たれ!」と励ました。
 大会では、竹岡青年部長のあいさつの後、黒土中等部長、和田女子中等部長が、“2030年の主役”との自覚で、今、ここから勇気の一歩を踏み出そうと訴えた。
 続いて、大塚巧也さん(千葉・1年)と細川花鈴さん(東京・同)が、悩みに向かって題目根本に自分らしく挑戦する様子と夢への決意を堂々と述べると、会場から共感の拍手が送られた。
 富士中学生合唱団が「青年よ広布の山を登れ」などを合唱。石黒未来本部長は勤行・唱題の意義を確認し、自身の無限の可能性を信じて、目標へ力強く前進をと呼び掛けた。
 最後に未来部歌「正義の走者」を全員で歌い上げた。

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉3 1月26日「SGIの日」 
 平和と人間主義の連帯は世界へ
 27日東洋哲学研究所が創立55周年
 
 
「青年拡大の年」を祝賀する新年の集いが世界各地で盛大に(左上から時計回りに、ブラジル、シンガポール、ドイツ、ガーナ)
「青年拡大の年」を祝賀する新年の集いが世界各地で盛大に(左上から時計回りに、ブ
ラジル、シンガポール、ドイツ、ガーナ)

 永石 世界各国で、「青年拡大の年」を出発する新年の集いが、晴れやかに開催されましたね。全世界の創価家族の目覚ましい前進に感動しています。
 志賀 池田先生のお誕生日の1月2日に、私自身、御本尊流布を実らせて本年をスタートすることができました。今後も全ての戦いにおいて、先頭に立って進んでいく決意です!
 原田 1月26日には「SGIの日」を迎えます。1975年のこの日、グアムに世界51カ国・地域の代表が集い、SGIが発足されました。創価の連帯は今や192カ国・地域に広がり、世界中で「人間革命の劇」が繰り広げられています。
 
 清水 教学研鑽の潮流も地球規模で拡大しています。特に象徴的なのは「魂の独立」から25年の昨年、アフリカの19カ国105会場で第1回統一教学実力試験が実施されたことです
 永石 アフリカ各国の青年リーダーたちの「ぜひ、わが国でも教学試験を行いたい」との決意から始まったそうですね。どの地にあっても新たな広布の歴史はまさに青年の熱意から開かれていくことを実感します。
 原田 アフリカにSGIの組織が全くなかった時代からは、想像もできなかった壮挙です。「21世紀はアフリカの世紀」との先生の展望は現実のものとなっています。ともあれ世界中で仏教史に燦然と輝く大教学運動が展開されている。すごい時代に入っています。

草創の同志の思い

 永石 先生は「未来ジャーナル」新年号の「未来の翼」で南米ペルー広布の歴史も綴られていましたね。
 萩本 ペルーの地でも、想像もつかないほどの困難がありました。草創の同志は20時間、30時間とかけ、一人の友のもとを訪ね歩き、誠実に粘り強く広布の道を開拓していかれました。
 原田 世界中の創価のスクラムは、「同志一人一人が必死に祈り、動き、汗を流し、涙を拭いながら、『手づくり』で築き上げてきたものなのです。そこに、どれだけの祈りがあり、どれだけの苦難があり、どれだけの戦いがあったか」と先生は語られています。
 萩本 先生はペルーを3度訪問され、数多くの同志を最大に激励してこられました。今や、ペルーSGIは大発展を遂げ、後継の青年も陸続と育っています。
 志賀 先生の平和・文化・教育交流のおかげで、ペルー社会のSGIへの評価・期待も大変に大きいですね。84年に先生が訪問された折には、ベラウンデ大統領と会見され、最高位の国家勲章「ペルー太陽大十字勲章」も贈られています。
 永石 官房長官として叙勲に立ち会ったマウルツァ元外務大臣が語っています。「今、青年を正しく育成できる団体は、SGI以外にありません。こんなにも素晴らしい青年たちが育っていることに、深い感銘を受けました。そのSGIの運動をリードする池田博士に連なり、前進できることに、私たちは誇りと喜びを持つべきなのです」と。
 清水 御書に「終には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし」(816ページ)と仰せの通り、常に地球のどこかで題目の音声が轟く時代を迎えました。
 原田 先生は、「自分が花を咲かせるのではなくして、妙法という平和の種をまくことに、人生をささげてくれた偉大な父たち母たちの大闘争があったことを、私は永遠に忘れません」と語られました。私たちは、この先生の思い、草創の同志の思いを胸に、いよいよ、世界宗教として飛翔してまいりましょう。

文明間対話を展開

 永石 1月27日には、「東洋哲学研究所」の創立から55周年を迎えますね
 萩本 池田先生は、61年2月4日、仏教源流の国・インドのブッダガヤを初訪問され、東洋哲学の発信拠点の設立を構想されました。そして、翌62年1月27日、構想は東洋哲学研究所として結実します。
 原田 「法華経を中心に研究を重ね、仏法の人間主義、平和主義を世界に展開していける人材を育む必要がある。それらをふまえ、東洋の哲学、文化、民族の研究機関を設立していきたい」――半世紀にわたる東哲の歴史は、まさに、この先生の構想のままの歩みでした。
 萩本 特に、法華経の文献学的、歴史的、思想・哲学的研究と、世界のあらゆる思想・宗教・文明との対話推進において大きな業績が成し遂げられてきました。
 志賀 昨年、仏教伝来の“大恩の国”韓国で初開催された「法華経――平和と共生のメッセージ」展には、13万6000人が来場し、大きな反響を呼びましたね。
 清水 フランス・パリのユネスコ本部でも、「仏教経典 世界の精神遺産――写本と図像で知る法華経」展が行われ、各国のユネスコ大使等も観賞し、歴史的な展示会となりました。
 原田 仏教学者が驚嘆するほどの学術的価値をもつ展示品が、世界の大衆に広く公開されています。先生の設立構想は、こうした展示会によって、一つの大きな結実をみています。
 萩本 法華経をテーマにした展示会は、これまで世界19カ国・地域で開催されています。また創価学会の委託を受けた法華経写本シリーズの刊行は「ネパール系写本」など主要3系統、16点に。そして東哲の学術交流協定は、7カ国・9の世界的研究機関と結ばれ、主な共同シンポジウムは2000年以降、10カ国・18の機関と行われています。
 原田 アルゼンチンのノーベル平和賞受賞者エスキベル博士など、各国の識者・指導者と先生との対談集も「文明間対話シリーズ」として刊行されてきました。先生の対話の積み重ねこそが、東哲の活動の何よりも大きな礎となっています。平和の創造へ、世界を結ぶ“文明間・宗教間対話センター”として、東哲のさらなる展開に期待したい。

【信仰体験】

◆〈世界の機関紙・誌から〉 台湾SGI 簡淑娟さん
 基隆市十大優良店 全土100大名店に輝く
 家族の確執、交通事故乗り越え、使命の

2017年1月15日 (日)

2017年1月15日(日)の聖教

2017年1月15日(日)の聖教

◆わが友に贈る


人と人のつながりが
地域の安全の基盤。
日頃の声掛けを大切に。

心通う交流で
安心のネットワークを!


◆名字の言


  わが社の製品の悪口を言ってくれたら100万円――大手アパレルメーカーが売り上げに伸び悩んでいた時、こうした広告を全国紙に出し、消費者から“クレーム”を募った実に3万通近くの手紙が届いたが、そのおかげで製品の抜本的な見直しができ、品質が格段に向上した(野地秩嘉著『一流たちの修業時代』光文社新書)▼あるITシステム企業では、「残業時間を減らした分、手当を出す」というユニークな方針を社内に打ち出した。その結果、社員の仕事の能率が上がり、残業時間は半減。業績も大幅に伸ばすことができたという(テレビ東京「カンブリア宮殿」)▼通常の経営から見れば、「逆転の発想」といえるかもしれない。共通するのは、消費者や従業員という「人間」を中心に据えた視点だ。
とことん「一人」の声に耳を傾ける。従業員の働きがいを真剣に模索する――そこから常識を覆す、斬新な発想が生まれた目の前の「一人」を大切にするのが学会の伝統。その範を示し続けてきた池田先生と、先生の行動に連なる同志によって、世界的な民衆の連帯が築かれた。「信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし」(御書1072ページ)。真剣に祈り、行動する中で無限の知恵が湧き、価値創造のドラマが始まる。(靖)

◆〈寸鉄〉 2017年1月15日
 

 きょう
中等部結成記念日
 皆の成長が創価の希望。
 勉学・親孝行の勝者たれ
      ◇
 
東京「新宿の日」45周年。
 世界の模範と光る拡大の
 歴史を!本陣の誉れ胸に
      ◇
 
信心だけは忘れるな。全
 てに必ず勝てるからだ

 戸田先生。気迫の祈りで
      ◇
 雪道・凍結路での
転倒に
 注意。
歩幅は狭く、踏みし
 めて。焦らずゆっくりと
      ◇
 
携帯の長時間使用で若者
 の視力低下。過度の利用
 で思考も近視眼に。賢く

◆社説  きょう「未来部の日」   全員が育成責任者の自覚で激励


 「親孝行とは元気にひたむきに生きること」「皆の努力が人を感動させるのだ」「よく考えた言葉の方が大事」――大人が読んでハッとする、本質を突いた言葉の数々。いずれも第5回の「きぼう作文コンクール」「読書感想文コンクール」の入賞作品の一節である。子どもたちの豊かな感受性がよく表れていて、心が洗われる思いだ。(10日付の本紙「未来部育成のページ」では最優秀賞の作品を紹介)
 子どもたちの心が揺さぶられ、人の心を打つ言葉が生まれるのは、どのような瞬間だろうかそこには悩みや困難な出来事に向き合ったときの、家族や地域の人との触れ合い、あるいは良書との出合いがある
 ある少年部員の入賞作。自分がいじめられていることを母親に相談した様子を書いた。母から「(いじめをしている)友達のことを祈ろう。逃げないであいさつをしよう」と励まされ、家族全員の祈りで乗り越え、いつしか、その友達とも笑顔で話せるようになった。今度は、その子が悩み苦しんでいるときに、少年部員は一番の味方になることができたという。
 「題目で勇気が出た。題目をあげる前までは、いつも心の中で戦争をしていた」「まず、自分の弱い心から平和にしていけば、家族や周りとも仲良くできる」と、彼は自分の実感を作文につづった。
 周囲の大人が一緒に悩みを受け止め、誠実な励ましを送れば、子どもたちは心を成長させながら、たくましく困難を乗り越えていく。
 池田先生は「何より、子どもたちが鋭敏な生命で感じ取っているのは、大人たちの『自他共の幸福を目指す真剣な生き方』であり、『正義の道を貫く勇気と信仰の喜び』であろう」と、未来部員に関わる大人の生き方、信心の姿勢を教えている。
 きょう15日は、今年初めての「未来部の日」。また1965年(昭和40年)の出発から52周年となる中等部の結成記念日でもある。その結成は小説『人間革命』の連載が開始された月。師弟勝利の大叙事詩の創作と時を同じくして、未来部の育成に一段と力を入れた歴史の意味は大きい。
 日々の学会活動は多岐にわたるが、常に「一貫して後継の人材を育てよう」との一念をもって行動してこそ、盤石な広宣流布の未来は開かれる。“私たち全員が、地域の未来部の育成責任者である”との自覚で、子どもたちの幸福を祈り、共に成長の黄金譜をつづっていきたい。

◆きょうの発心   苦難を乗り越え、朗らかに前進2017年1月15日


御文 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈?抄、1351ページ・編519ページ)
通解 大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

 法華経の行者の祈りは必ずかなうと仰せです。弘教が進まずに悩んでいた女子部の時、この御文を学び、対話を実らせることができました。
 結婚後、夫の会社の経営が、バブル崩壊と共に悪化。苦境を打開しようと、唱題に徹し抜き、夫婦で学会活動に走り抜いた結果、翌年には経営が軌道に乗り、会社は発展するようになったのです。
 2013年(平成25年)、夫に手術で切除できない胆道がんが。夫は、治療を続けながらも、仕事と個人指導に励み、一時はがんが消えるという更賜寿命の実証を示して、霊山へと旅立ちました。
 現在、頼もしい息子たちの支えもあり、家族仲良く前進を開始しています。全ての苦難を乗り越えられたのは、師匠と同志からいただいた励ましのおかげです。
 報恩感謝の心を胸に、広宣流布大誓堂完成5周年となる2018年11月18日を目指し、広布拡大に朗らかに前進してまいります。  岡山旭日総県副婦人部長 薬師寺史恵

【聖教ニュース】

◆インド・創価池田女子大学で1・2「世界調和の日」を祝賀
 
暴力に立ち向かい、世界に調和と生命尊厳の哲学を――イケディアンの決意を胸に宣誓する創価池田女子大学の学生たち
暴力に立ち向かい、世界に調和と生命尊厳の哲学を――イケディアンの決意を胸に宣誓する創価池田女子大学の学生たち

 南インド・チェンナイの創価池田女子大学で2日、1・2「イケディアン(池田先生の哲学の実践者)・世界調和の日」を祝賀する式典が行われた。

◆アメリカ 求道の研修会

   
①
   共に求道の人生を!――世界広布の模範と輝くアメリカSGIの研修会が、フロリダ自然文化センターで活発に開かれている。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 わが最高峰を目指して

 


 大きな目標を立て、
 それぞれの道で
 最高峰を目指して
 努力を重ねていく。
 その労苦のなかでこそ、
 自らの秘められた可能性が
 解き放たれていく。
 
 それは、他人と比較して
 どうかではない。
 昨日より今日、
 今日より明日へと、
 向上していくことである。
 
 いかなる分野にも、
 “浅深”がある。
 人生にあっても同じである。
 自分一人のために生きるのか、
 より大きな価値のために
 生きるのか。
 自分のことのみを考えて
 生きることはたやすい。
 大いなる理想のために生きるには
 強靭なる決意と勇気が必要だ。
 その決意と勇気に立てるか否か。
 そこに人間としての
 真価が問われるといえよう。
 
 牧口常三郎先生は
 「目的は行動を生む。
 曖昧な的に向かって
 放たれた矢が当たるわけがない

 と語られた。
 明確な目的のあるところ、
 明確な行動がある。
 そしてまた、
 偉大な行動ありて、
 初めて偉大な目的が達成できる。
 
 
 さあ、新しき前進のこの年も、
 わが大道を歩みながら、
 多くの人と会い、
 多くの友と会おう。
 また多くの人と語り、
 多くの友と語ろう。
 この快活な人間と
 人間との「対話」の大波が、
 「人間主義の世紀」であり、
 「創価の世紀」である。

 万年の白雪を冠した峰々が夕焼けに染まる。世界一の大山脈・ヒマラヤ。その威容が、厚い雲の上に浮かんでいた。1995年(平成7年)11月、ネパールの首都カトマンズの郊外から、池田大作先生がカメラに収めた。
 ヒマラヤは、あらゆる小事を見おろして微動だにしない。堂々と屹立する姿は、まさに王者の風格である。
 かつて池田先生は語った。「人間、仰ぎ見る最高峰を心の中に持ってこそ、強く、気高く生きることができる」と。人生の最高峰を目指していけば、勇気も希望も無限に湧いてくる。
 さあ、新たな勝利の峰へ威風堂々と出発し、人間王者と輝きゆこう!

◆〈インタビュー〉 ペルーの識者に聞く 国立ピウラ大学 シヒフレド・ブルネオ主任教授 
    池田博士の人間主義の思想には時代を超えて輝く永遠性が

           
「池田博士の姿は私の心に刻まれました。詩心が、ふつふつと湧いてきました」――池田先生との初の出会いを喜ぶブルネオ博士㊧。ベガス総長も共に(2003年2月、東京・八王子市の創大本部棟で)
「池田博士の姿は私の心に刻まれました。詩心が、ふつふつと湧いてきました」――池田先生との初の出会いを喜ぶブルネオ博士㊧。ベガス総長も共に(2003年2月、東京・八王子市の創大本部棟で)

 昨年、創立55周年の佳節を迎えた南米ペルーの名門・国立ピウラ大学が、池田先生に「名誉博士号」を贈ったのは、2003年2月。この折、授与式のため来日したのが、同大学主任教授のシヒフレド・ブルネオ博士(社会科学・教育学部長)である。著名な詩人・作家でもあるブルネオ博士に、当時の思い出とSGIへの共感などについて語ってもらった。(聞き手=西賢一記者)
 ――ブルネオ博士にとって、一冊の本との出あいが、池田先生を知るきっかけになったと伺いました。
 
 ブルネオ博士 2002年の11月だったと記憶しています。
 ある日、エドウィン・ベガス総長(当時)から、『新しい人間主義』(邦題『21世紀文明と大乗仏教』)という、池田博士の大学講演集を手渡されました。

 「感想を聞かせてほしい」とのことでしたが、著者はそれまで全く耳にしたことがない人物でしたので、正直に言うと、当初はざっと目を通すだけのつもりでした。
 しかし、ページをめくり始めてからすぐに“これは表面だけを読むような本ではない”と直感したのです。なぜなら、人間の生命や人生を左右するようなキーワードが、随所にちりばめられていたからです。
 最も印象的だったのは、教育の重要性や再生が訴えられている点でした。とりわけ“教育こそ人間形成の鍵である”とのメッセージに深く共感しました。
 あまりに感動した私は、時間をかけてじっくりと読み込んだ後、地元紙「エル・ティエンポ」に書評を寄せました。それが目に留まって、大学内でも話題となり、博士への関心が高まっていきました。
 ベガス総長も同様に、博士に対して好印象を抱いていました。
 やがて私たちには、名誉博士として、池田博士を国立ピウラ大学に迎えるというアイデアが浮かびました。そして、私が学部長を務める社会科学・教育学部から、大学評議会に名誉博士号の授章を推薦したのです。
 評議会は、総長、副総長と、14人の学部長に加え、学生の代表1人によって構成されます。当然ながら、全員が納得しなければ議案は承認されません。
 人間主義の思想と行動を通じて、人類に多大な貢献を果たされてきた博士の業績や経歴を伝えると、参加者から「もっと詳しく説明してほしい」と要望されました。
 そこで私は、博士の『新しい人間主義』を取り出し、本に記されている内容を紹介しました。
 博士が語る、新鮮な言葉、明確なビジョンに、皆が感動していました。
 こうして、偉大な哲学者であり、教育者である博士に、東洋人初となる名誉博士号を贈ることが全会一致で決議されたのです。

真の人生の価値
 
――「池田博士は、この私に、生きることの本当の価値を教えてくれたのです」。ブルネオ博士は、池田先生との出会いを、こう振り返っておられます。
 
 博士 まさに、私の人生における最も重要な出来事となりました。
 それまでの私は、いわゆる「思想家」や「哲学者」と呼ばれる人たちに対して、少しうがった見方をしていました。というのも、彼らの考え方は時に混乱を招くことがあり、学者としての研究の妨げになると感じる点があったからです。
 しかし、池田博士という真の思想家、哲学者を知り、直接お会いし、その卓越した人格に触れたことで、私の心は一変しました。学術的な仕事における一つの課題を乗り越えられたような気がしました
 博士の思想・哲学を基として、人生や人間の本当の価値を、わが大学の学生や、国内外の人々に訴えることができる――学者として、これ以上の幸せはないと思ったのです。平和と幸福の世界を築くために、博士と一緒に努力していきたいと、決意した瞬間でもありました。
 現在は、大学の思想・哲学のシラバス(学習計画)に「池田大作」と掲げ、授業を行っています。『新しい人間主義』を通して、生きた思想を学ぶことができるため、学生たちは非常に集中して講義を受けています。
 14年前、日本に滞在したのは1週間ほどでしたが、とても心地よい訪問でした。
 授与式が行われた創価大学をはじめ、創価学園などにも足を運ぶことができ、忘れ得ぬ旅となりました。
 実は、私には日本でどうしても見たいものがありました。それは「雪」です。
 2月といえば、日本は冬ですから、期待していたのですが、暖かくて降る気配がありませんでした(笑い)。
 語らいの中で、「ただ一つ残念なのは、雪が見られなかったことです」と私が話すと、池田博士は「希望を捨てずに! 私が祈ります」と言われました。驚いたことに、何とその後、雪が降ったのです!
 初めて見る雪を前にして、私は詩を詠まずにはいられませんでした
 
 東京の太陽のもとで、東京の雪の中で――。
 正しき人は夢を描き、心を尽くし、綴りゆく。
 善を はぐくむために、命を賭して。
 自らの楽しみよりも、他の人々の幸福を願う。
 なぜなら彼は、人類に生涯を捧げているから。
 彼の思想、彼の言葉、そして彼の声は、魂と体の滋養となる。
 あたかも果実のように、花々のように、世界の隅々までも埋め尽くしてゆく。
 毎朝――一日の始まりを会心の笑みで迎え、毎晩――満足の笑みを浮かべて眠りにつく。
 池田大作博士、貴方のこの地上における日々が、永遠のものでありますように。
 その時、私たちの世界は、不滅の楽土となることでしょう。
 東京には、希望の光が煌めいています。
  
 
この詩を、私は博士にお届けしました。すると、すぐに“太陽の帝国の賓客である最愛の友に”との返詩を贈ってくださったのです。私の宝物として、わが家に大切に飾ってあります。
生命を躍動させるSGIの民衆運動
 ――以来、ブルネオ博士は、SGIの諸活動にも深い理解を寄せてくださっています。
 
 博士 SGIの運動には、人間の生命を躍動させる魅力があります。なぜなら、それはどこか遠くにあるものではなく、地に足の着いた思想と生き方が教えられているからでしょう。私にとっては、人類が人類によって破壊される可能性を止めることができる手段の再発見となりました。
 座談会にも参加したことがありますが、SGIの皆さんは、自分だけでなく、全ての人々がよりよく生きていけるように願っている、素晴らしい方々です。
 とりわけ、青年によって進められている活動を見るにつけ、池田博士の言葉が、現実の行動へと昇華されていることを実感し、とてもうれしく思います。
 仏法を基調とした博士の思想には、時代を超えて輝く永遠性があります。博士の指導を実践すれば、世界平和は必ず実現する――これが私の確信です。
 ゆえに私には、現代の青年たちに、そのことを伝えなければならない使命があると自覚しています。それこそが、生きることの本当の価値を教え、残りの人生を照らしてくださった博士に対する、私からの恩返しだからです。
 シヒフレド・ブルネオ・サンチェス 1952年、ピウラ生まれ。国立トルヒーヨ大学卒。国立ピウラ大学で教育学博士号を取得。現在、同大学社会科学・教育学部長。詩人、作家としても知られる。著書多数。
国立ピウラ大学とは
 砂漠を開拓して発展したペルー北部最大の都市・ピウラに、1961年に創立された。最初は「ピウラ工科大学」として出発し、69年に条例で現在の名称に。農学、経済学、医学、畜産学、社会科学・教育学などの14学部と大学院に、2万人の学生が学ぶ。ペルー屈指の名門学府へと成長を遂げ、各界に多彩な人材を送り出している。

◆〈教育〉 家庭は子どもの安全基地㊤  「やらせる」より自主性育む言動を
 立命館大学准教授 安田裕子さん  大阪教育大学教授 戸田有一さん
               
 家庭は子どもにとって一番身近であってほしい居場所。家庭が安心・安全を得られる場所になることで、子どもは諸活動にも意欲を燃やすことができます。家庭を子どもの安全基地にするために、どのような心掛けが大切なのか、立命館大学の安田裕子准教授と大阪教育大学の戸田有一教授に語り合ってもらいました(㊦は22日付掲載予定)。

手が出るのは不安が強いから

 戸田 安田さんは虐待された子や家庭でのDV(ドメスティックバイオレンス)に心を痛め、何とかしたいという思いでの研究もされてきました。虐待というレベルまでいかなくとも、思わず子どもを厳しく叱ってしまうことは、少なからずあることかもしれません。しつけの延長で暴力に至ってしまうケースです。
 例えば、小学校低学年の子どもが家でなかなか宿題をせず、授業の復習ができていない状態だったとします。親は「このままではいけない」と焦る。それで、嫌がっている子を叱りつけてでも勉強させる。こうした状態に陥ることもあります。
 
 安田 「子どもをちゃんと育てなければ」という親の気持ちは自然なありようですし、また、親としての責任感からくるものでもあるでしょう。ただ、そうした気持ちがあまりにも強すぎ、変に気負ってしまって、その「理想的な」ありようから子どもがはみ出してしまったと思った時、不安と焦りで思わず手が出てしまうこと
があり得るのではないでしょうか。
 しかし暴力は、子どもの成長の観点からも、有効な方法とはとても言えません。たしかに子どもが幼い時は、力ずくで親の言うことを聞かせることができるかもしれません。しかし、子どもも心身ともに大きくなりますから、そんなことがいつまでも続くわけではありません。
 
 戸田 子どもはやがて親の力でコントロールできなくなりますからね。そうなれば、力ずくで勉強させることはできないし、「勉強しなさい」と言う親に対して反抗したり、やっているふりをしたりするようになるでしょうね。
 
 安田 力ずくで言うことを聞かせていると、子どもはそうした対処の仕方を学んでしまって、やがて子どもも力で反抗するようになったり、また、親のコントロールから逃れることばかりにエネルギーを注ぐようになってしまうのです。問い掛けの工夫でやる気に
 戸田 力で子どもを従わせるのは疲れますし、無益ですね。自発性を重視した関わり方が、長い目で見て有効という考えは同感です。わが家でも子どもに何かをさせたい時に、「~しなさい」という命令文ではなく、「イエス」か「はい」で答える質問をするように心掛けました。
 
 安田 勉強やお手伝いは、子ども自身も、やらなければいけないと、どこかで分かっています。それなのに、親から「やりなさい」と先に言われてしまうと、一気に嫌になり、やる気を失ってしまうのですよね。「イエス」か「はい」ですか(笑い)。面白いですね。具体的にはどんな質問ですか。
 
 戸田 例えば「勉強する? お手伝いする?」とか、「今やる? 後でやる?」といった問い掛けをしていました。たいがい「後でやる」と言いますし、両方嫌と言われると困るのですが(笑い)。
 親から言われたらやる気をなくすけれど、自分の意志でやることやタイミングを選べるのであれば、より主体的になれます。子どもには命令よりも、いろいろな選択肢を与えて、自ら選ばせてあげることが大切ですね。
 
 安田 そうですね。それに加えて言葉による報酬も大切だと思います。本人が選択して行動した「勉強」や「お手伝い」に対して、「頑張ったね」とか、「お母さん、すごく助かったわ」とか。そうしたコミュニケーションを日頃から心掛けることが、子ども自身のやる気を高めることにつながりやすいとされています。
 
 戸田 そもそも、子どもが何でも誰かの言うことに従うとしたら、困ったものです。子どもに「やらせる」ことよりも、駆け引きを通して自主性や忍耐力を育むことが大事です。それを、子どもを従わせるべきと思い込むと、怒ったり、ついつい、手を出したりしてしまうのでしょう。
 
 安田 ただ、それでも手を出してはいけないのだと思います。たとえ、たたかれて身につく生活習慣や社会のルールがあったとしても、それは、たたかれたくないという気持ち、痛いことから自分を守りたいという思いから、従っているにすぎないといえるからです。
 そうしたことを繰り返していれば、子どもは、自分の行動基準を、自分の言動そのものの善しあしではなく、相手が「こわいか、こわくないか」というような点にしてしまう恐れがあります。権威への迎合につながり得ることでもあります。そうしたことが、人格形成によい影響を与えるわけがないと思うのです。


大人の振る舞いをまねる


 戸田 力で従わせるのではなく、辛抱強く、言葉で駆け引きしたいものですね。大変ですが。安田さんの研究や発言を通して、子どもの命と安心・安全を守るための、強い願いとたゆまぬ歩みを感じます。
 昔から世の中の一部には「口で言っても分からない子には、手を出してもいい」という考え方が、浸透しているように感じます。
 こうした考え方を大人は、いったいどこで学んだのでしょうか。おそらく、自分の人生の中で編み出したものではなく、誰かの考えを受け売りで言っているだけなのでしょう。
 
 安田 普段の人間関係で、そのようなことは通用しませんよね。言うことを聞き入れてくれないからといって、友達、上司をたたいたら言うことを聞いてくれた、なんてことはあり得ないことです。それなのに、わが子にだけ、それが可能であると、どうして思うのでしょうか。
 
 戸田 おかしなことです。近年、北欧などではわが子への体罰も法律で厳しく禁止されていますね。
 
 安田 「子どもが大人の振る舞いをまねる」といったことに焦点をあてた行動心理学の実験があります。ケガをして困っている人に援助をしている大人の様子が映し出されたビデオを見る子どもと、ケガをした人がいても援助をしない大人が映し出されたビデオを見る子どもとに分けます。そして、実際にケガをした大人が来た
時に、それぞれのビデオを見ていた子どもがどのような行動をとるのかを観察しました。
 援助する大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをしている大人に「どうしたの?」と援助しようとしたのに対し、援助しない大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをした人に気をとどめることなく遊んでいた、という傾向が捉えられたのです。
 この実験からも、大人の振る舞いを見て、子どもは自分の行動を学んでいくことは明らかでしょう。
 
 戸田 なるほど。しつけのために子どもに暴力を振るうことは、結果として子どもに、「腹立たしい時は、相手に暴力を振るっていい」という考え方を伝えてしまっているとも言えるのですね。そういう論理が、平和の文化の対極にあります。大人の振る舞いが、子どもにどれほどの影響を与えているのか、深く自覚しておきたいものです。

 
やすだ・ゆうこ 大阪府生まれ。臨床心理学専攻。子どもを自然には授からなか
った女性の経験と選択を捉える研究や、虐待被害に遭った子どもやDV家庭で育っ
た子どもへの地域援助に関する研究、人の発達や人生径路の多様なありさまを捉え
る方法論に関する研究などを行う。著書に『不妊治療者の人生選択―ライフストー
リーを捉えるナラティヴ・アプローチ』(新曜社)など。
 
とだ・ゆういち 1962年(昭和37年)、長野県生まれ。教育心理学専攻。
ロンドン大学客員研究員、ウィーン大学客員教授なども経験。子育て支援やいじ
め・虐待防止関連の国内外の調査に携わる。著書に『育自・共育あらかると―親の
願いと子どものこころ』(北大路書房)など。

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 誰かの支えになりたい
 アンプティサッカーのヘッドコーチ/義肢装具士 野口魁さん

2017年1月14日 (土)

2017年1月14日(土)の聖教

2017年1月14日(土)の聖教

◆わが友に贈る


温かな励まし
誠実な語らいが
友情と信頼を育む。

さあ今日も元気に
一人の友のもとへ!

◆名字の言


その名も「凱歌の行進」。青年たちの勇壮な歌声が、新春の本部幹部会を晴れやかに飾った▼この歌の原曲「凱旋行進曲」は、巨匠ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」の劇中歌。若き将軍が激戦を勝ち抜き、共戦の同志と共に凱旋する。勝利をかみしめる勇者の誇り、その雄姿に喝采を送る民衆の歓喜――曲に躍動する心は“青年拡大の年”の開幕を告げるにふさわしい▼ヴェルディの時代、祖国イタリアは戦渦に翻弄され、圧政が人々を苦しめた。この時、自由を求める民衆運動に火を付けたのが、彼の歌劇。当局の検閲や悪意の中傷にも、「闇を恐れてはいけません」「絶え間なく真っ直ぐに前進することしかありません」と信念を貫いた(アルド・オーベルドルフェル編著、松本康子訳『ヴェルディ』カワイ出版)▼“年が明けたばかりで「凱旋」とは、気が早いのでは”と、冷静な壮年部が言った。“でも、勝つと決めることから何事も始まりますよ”と婦人部が応じ、皆が納得。やはり、年頭に「凱旋」を誓うところに、格別の意義がある▼新年の出発の集いが、各地でにぎやか。広布拡大へ日々の目標を明確に掲げ、きょうもわが家に凱旋し、明日もわが家に凱旋する。その積み重ねが、人間革命の英雄劇をつづっていく。(鉄)


◆〈寸鉄〉 2017年1月14日

 
混迷する現代には会長の
 人間主義の哲学が不可欠

 ―学長。平和創出の指標
      ◇
 
四国婦人部の日。共戦の
 志 深き母の連帯。愛する
 郷土に希望と幸福を拡大
      ◇
 
青年が存分に働けるよう
 応援する人が偉い
―戸田
 先生。地域に人材城築け
      ◇
 列島各地で寒波が依然と
 して猛威。無冠の友よ
、断
 じて無事故で!皆で祈念

      ◇
 万能細胞で視機能の回復
 確認。
難病治療に希望
 光。公明よ更に追い風を

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十一

  


 日蓮大聖人は、皆が等しく仏の生命を具えていることを明かされ、万人に成仏の道、すなわち絶対的幸福境涯の確立の道を示された。つまり、「生命の尊厳」と「人間の平等」の根幹をなす法理を説かれたのである。ゆえに、真実の仏法は、人類の平和建設の基をなす普遍の原理となるのだ
 山本伸一は、僧たちの信徒支配の意識に潜む、恐るべき魔性を感じていた。
 初代会長・牧口常三郎と、第二代会長・戸田城聖は、戦時中、思想統制が進み、宗門が神札を容認した時、正法正義を貫き、軍部政府の弾圧によって投獄され、遂に牧口は殉教した。その学会に、僧たちは登山禁止など、卑劣な仕打ちを重ねた。
 だが、それでもなお、戦後、学会は広宣流布の実現のためにと、宗門を外護して、赤誠を尽くしてきた
 日蓮大聖人の末弟を名乗る僧たちが、宗祖の御遺命通りに死身弘法の実践を重ねてきた学会を迫害する。およそ考えがたい事態が、創価教育学会の時代から続いてきたのだ。
 しかし、それも仏法の眼を開けば、すべては明らかである。大聖人は、誰が仏法を破壊していくかに言及されている。

 「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云」(御書九五七ページ)
 仏法を誹謗する外道や悪人ではなく、仏弟子が仏法を破る働きをなすというのだ。それは、経文に「悪鬼入其身」とあるように、第六天の魔王が僧の身に入って、人びとを攪乱するゆえである。僧の姿をした者が、大聖人の御精神を踏みにじって、広宣流布を妨げるのだ。戸田城聖の時代にも、学会は僧たちの理不尽な圧迫に苦しめられた。
 伸一は、かつて戸田が厳しく語っていたことを思い起こしていた。
 “学会の存在なくして、広宣流布の伸展は断じてない。和合僧たる学会を破ろうとすることは、要するに、広宣流布を妨害することではないか!” 

【聖教ニュース】

◆南米アルゼンチン カレタオリビア市議会が池田先生に「卓越した人物」証 
 「核兵器廃絶への挑戦」展の開幕式で授与
 宣言書 異文化間対話に貢献した世界的な業績をたたえて

授与式に参加した地元SGIメンバーと市関係者らが記念のカメラに。後ろには、真っ青なサンホルヘ湾が広がる(カレタオリビア市内で)
授与式に参加した地元SGIメンバーと市関係者らが記念のカメラに。後ろには、真っ青なサンホルヘ湾が広がる(カレタオリビア市内で)

 南米アルゼンチンのサンタ・クルス州カレタオリビア市議会から、池田大作先生に「卓越した人物」証が贈られた。平和への世界的な貢献をたたえたものである。授与式は昨年12月20日、同市の女性総合センターで開催されたSGI制作の「核兵器廃絶への挑戦」展の開幕式の席上で晴れやかに挙行され、地元SGIメンバーをはじめ市関係者らが列席した。
 首都ブエノスアイレスの南約1800キロに位置し、パタゴニア地方に属するカレタオリビア市。サンホルヘ湾に面する美しい景観が魅力の都市として知られ、主に観光業や漁業、石油産業を中心に発展し続けている。
 同市では、SGIが主導し、昨年9月から市関係者と「平和への行程」と題する運動をスタート。生命尊厳や人道主義、教育・文化の価値を高めることを目的に、各地で諸活動を行ってきた。
 SGIの友が地道に信頼を広げる中で、市当局からも、池田先生の多大な業績に対して共感が寄せられるように。そしてこのほど、池田先生への「卓越した人物」証の授与が、市議会の満場一致で決議されたのである。
 授与式では、発議者のフアン・ホセ・ナーベス市議から、SGIの代表に宣言書が手渡されると、万雷の拍手が会場を包んだ。
 宣言書には「世界的リーダーとして、平和の構築と異文化間の対話による相互理解に貢献した業績をたたえて」と記されている。
 ナーベス市議は、感動の面持ちで語った。
 「世界には多くの問題が山積し、混沌としていますが、私は未来に楽観的な見方をしています。
 なぜなら、私たちには、平和のために力を尽くし続ける池田SGI会長がいるからです。そして、SGI会長の卓越したリーダーシップのもと、生命尊厳の価値に基づいて活動するSGIがいるからです!」
 その思いは、12月27日まで開かれた「核兵器廃絶への挑戦」展で、市民から寄せられた期待でもあった。
 「自らの行動によって、平和を築く。SGI会長こそ人類の希望です」
 「人類の変革といっても、一人一人の内面の変革から始まる。その道を地道に貫くSGIの皆さんから学び、皆さんと共に進んでいきたい」
 師匠の心をわが心とし、地域を愛し、地域に根差し、地域に尽くすSGIの友。その誠実な姿は、社会を照らす光源となっている。

◆子育て世代支える場「家庭教育懇談会」を推進
 

神奈川・平塚県の友が主催した「家庭教育懇談会」。少人数だから何でも聞ける。何でも言える。「パパが子どもたちを外に連れ出してくれると、本当に助かるんです。その間に、家事が進むから」とママが言うと、照れくさそうに頭をかくパパ。教育本部の友が「これからは皆で一緒に、子育てする時代ですね」と励ました(平塚市内で)

 太古から、人類が営々と続けてきた「子育て」。ある意味、人間にとってこれほど当たり前で、平凡な営みはない。だが近年、「子育ての難しさ」を訴える声が大きくなってきた。「わが子のことをかわいく思えない」と相談する親がいる。児童虐待事件も後を絶たない。行政や福祉の分野で為すべきことは山ほどあろう。長時間労働の是正という「働き方改革」しかり、「待機児童の解消」しかり、「子どもの貧困対策」しかり……。「王であれ、農民であれ、わが家に平和を見るものこそ幸福だ」との文豪ゲーテの言を用いるまでもなく、「家庭」こそ子どもにとって幸福と成長の基盤であることは、紛れもない真実である。創価学会教育本部がライン組織と連携し、長年続けてきた取り組みの一つに「家庭教育懇談会」がある。“家庭コン”の愛称で親しまれ、子育て世代を支え励ます“場”となってきた。本年、教育本部はモバイルSTBの教育セミナーを活用した“家庭コン”の推進に力を注いでいくという。親と子の笑顔のために、何ができるのか。あす15日の「未来部の日」を前に、各地の取り組みを取材した。
 「あっ!」という母親の声がした方向に、皆の視線が一斉に集まった。
 2歳の男の子が、オモチャの取り合いをしたのか、他の子を思わずパチンと、たたいてしまったらしい。
 たたいた男の子のママが申し訳なさそうに「すいません」と頭を下げると、たたかれた子のママは「大丈夫よ~」と笑顔で返す。幸い、けがもなさそうだ。
 幼い子どもが集まれば、よく見られる光景である。
 ここは神奈川県平塚市内の、とある創価学会員宅。今月8日午前、3組の親子と地元婦人部のリーダー、そして教育本部の代表が集い、家庭教育懇談会が行われていた。“家庭コン”では、ささいな一場面から自然と教育談議に花が咲く。
 「こんな時、親はどんな風に子どもと接したらいいのでしょうね」。一つの問いをきっかけに、その場に居たママたちが思い思いに経験談を語るも「正直、これでいいのかどうか……」と、確信が持てない。
 「難しいですよね」。幼児教育に長年携わってきた飯田静代さん(平塚県副教育部長)が、「あくまで一つの例ですが」と述べた上で、優しく言葉を継いだ。
 「たたいた子には『どうして、たたいちゃったのかな』と、落ち着いて理由を聞きながら『○○だったから、嫌な気持ちになったんだね』と、まずは受け止めてあげることです」
 子どもは、良くも悪くも「自分が一番!」。大好きなママやパパには、「最初に僕(私)の気持ちに寄り添って!」と、望んでいるものだからだ。
 その上で、たたかれた方の気持ちも代弁する。「お友だちも、たたかれて悲しい気持ちになったんじゃないかな。たたかれたら痛いよね。『たたいちゃって、ゴメンね』しようか」と。
 つい「たたいたらダメでしょう!? 『オモチャ貸して』って言えばいいじゃない! ほら『ゴメンね』しなさい!」と、叱ってしまいがちなところだが……。
 子育てで大切なのは「大人の常識や価値観で、言葉を省略しないこと」だという。「自分の気持ちと、相手の気持ちを考えられるような“共感”と“援助”の言葉掛けがあると、子どもは豊かに成長しますよ」
 ママたちは「うんうん」と大きくうなずくと、膝の上に抱えた幼いわが子と目を合わせ、ほほ笑んだ。
 
【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誓いの天地〉 東京・新宿   今いる場所で輝く人に  
決意ではなく「実証」を 
 
区内に立つ広宣流布大誓堂の前で、世界の模範の前進を期す新宿青年部(今月9日)

 東京23区の中央に位置する新宿区。江戸時代、五街道の一つ・甲州街道に「新しい宿」が設けられたことから、その名が付いた。
 交通の中心である新宿駅には、JR・私鉄・地下鉄の5社が乗り入れ、1日の平均乗降者数は世界一。まさに日本の“心臓”だ。
 天を突く高層ビルが並ぶ駅周辺から足を延ばせば、「美しい日本の歴史的風土100選」に選ばれた神楽坂、神田川沿いの「水とみどりの散歩道」など、情緒豊かな景色が広がる。
 池田先生は、新宿の友に呼び掛けた。「自分のいるその場所を、『本有常住の常寂光土』と輝かせ、地域社会に貢献していくのが、仏法だ」と。その師の指針のままに、今、青年を先頭に、地域に信頼を広げている。
 島名伸章さん(新宿本陣区、男子部副本部長〈部長兼任〉)は、新宿1丁目で「cocochiyo cafe」を経営している。
 友人と共に行くカフェの、心安らぐ雰囲気が好きだったという島名さん。創価大学卒業後に菓子作りを学び、都内のカフェでメニュー開発を手掛けた。
 「何度も試作を繰り返す中で、現在の技術の基礎ができました。とともに、学会活動で“人間力”を鍛えました」と島名さん。
 大手コーヒーチェーン店で働いていた頃、全国で最も売り上げが低い店舗の店長に就いた。そこで気付いたのは、従業員の意欲の低さだった。
 島名さんは一人一人と懇談の場を設け、調理や接客の基礎を徹底するとともに、皆が主体的に仕事に励めるよう、心を砕いた。
 当時、時間をこじ開けて学会活動に取り組んでいた島名さん。広布の目標に、皆が喜びを感じて取り組めば、壁は破れると実感していた。その確信で、従業員にも対話を重ねる中、店の雰囲気が変わっていく。店長の3年間で、客の満足度評価は全国の上位に上がった。
 「cocochiyo cafe」のオープンから2年3カ月。カフェ・喫茶店の激戦地域にあって、淹れたてのコーヒーとバラエティーに富んだ食事・デザートのメニュー、そして心和むひとときを求めて、常連客も増え続けている。
                             ◇ 
 タイ式ヨガのインストラクターとして活躍する伊藤真由美さん(新宿常勝区、女子部部長)は、「お客さまの健康の悩みを解決できるよう、自分を磨く毎日です」と語る。
 今は健康そのものだが、幼い頃は病弱で、よく風邪をひいていた。“元気になりたい”との思いで運動を始め、中学・高校ではバスケットボール部、大学ではラクロス部で汗を流す。
 ラクロス部では、早くからチームの中心的存在となった。人間関係に悩んだ時、“皆のために”と心を決めて祈ると、チーム内に団結が生まれた。自分が変われば周囲が変わる。この確信を語り、在学中に2人に弘教を実らせた。
 卒業後は大手ホテルで、スパのインストラクターとして就職。仕事は充実していたが、既存のメニューだけでは、客の要望には十分に応えられないと感じてもいた。
 「職場の第一人者に!」と奮起し、上司に頼み込んでタイへ。そこで、本場のマッサージと整体法を学んだ。
 帰国後、タイ式ストレッチの提供を開始。評判が評判を呼び、ホテルの全インストラクターが学ぶプログラムになった。
 今、伊藤さんはインストラクターとして独立し、活動の幅を広げる。心掛けているのは「誠実」。心を込めて施術した分だけ、笑顔が返ってくると実感している。
 多忙でも、毎週の活動者会を欠かさず開き、女子部員を励ます。気軽にできる“健康法”を教えることも。伊藤さんの行くところ、笑顔の輪が広がっている。


栄光の共戦譜


 「創価学会の本陣」――池田先生は、新宿への期待を語った。
 学会本部が、西神田から現在の信濃町に移転したのは1953年(昭和28年)。以来、新宿は、全国、全世界の広布前進の「模範」の使命を担い続ける
 「我ら新宿家族」――先生は、万感を込めて呼び掛けた。
 66年(同41年)、先生ご一家は大田区から信濃町に転居。“私も新宿の一員です”と、先生自らが先頭に立って、同志を励まし、近隣友好のために汗を流した。
 根本勤一さん(新宿本陣区、副本部長)は、そうした先生の振る舞いに触れた一人である。
 小学生の頃に入会した根本さん。中学に入ると、新聞配達のアルバイトで家計を支えた。
 信濃町も担当区域。当時、学会本部の新しい建物が建設中だったと根本さんは記憶する。
 「建設現場を視察する池田先生を、よく見かけました。会員や近隣の方々に、先生は、丁寧に挨拶されていました」
 ある日の配達中、根本さんは先生から声を掛けられた。「ご苦労さま。君に本をあげるから、明日、聖教新聞社にいらっしゃい」と。
 翌日、聖教新聞社の受付に、書籍が託されていた。その中には、「君が成長を祈らん」と揮毫が。
 まだ墨も乾ききっていない本を手に取り、「生涯、学会、先生と共に生き抜こうと誓いました」。
 その後も、先生の自宅で開かれた勤行会に地元の男子部の代表として参加するなど、幾度となく、師との原点を刻んだ。
 感謝を胸に、今、広布に走りながら、町会の役員などで地域の発展に力を尽くす。
                                      ◇ 
 あす15日は「新宿の日」。72年(同47年)、新宿区体育館(当時)で、池田先生と新宿の同志の記念撮影会が行われた日である。
 当日は、みぞれまじりの雨だった。大学3年生だった舟越八重子さん(新宿常勝区、婦人部副本部長)は役員の一人。晴天を祈ってきただけに、“雨を降らせてしまった……”と落胆していた。
 同志の心を晴らしたのは先生だった。記念撮影が始まると、先生は“天気を残念に思う必要はありません。これで空気も湿って、火災も少なくなるでしょう。私も風邪で喉を痛めていましたが、おかげで楽になりました”と。
 「参加者を励まさずにはおかないという、先生の慈愛が心に染みました」。舟越さんは振り返る。
 この日、彼女は約30人の同志と共に編さんした「新宿郷土史」を先生に届けた。直後、携わったメンバーに先生からの書籍が。その全てに、一人一人への指針が認められていた。舟越さんには「健康と成長を祈りつつ」と。
 その日を原点に、女子学生部、女子部の活動に奔走。地区婦人部長、支部婦人部長も歴任した。
 団地に住んで35年。「世界で一番、先生の近くで広布に励む喜びを伝えたい」と、一軒また一軒、同志の励ましに歩く。
                                   ◇ 
 池田先生との撮影は、まず婦人部、次に男子部の順で行われた。
 男子部を前に、先生は言った。「今日、参加した青年部で、『1・15グループ』を結成してはどうだろうか」と。そして毎年、この日を中心に集い、成長を確認し合おうと呼び掛けたのである。
 男子部のリーダーとして参加していた福澤栄二さん(新宿池田区、副区長)。「思いがけないご提案に、皆が歓喜し、満場の拍手で応えました」
 また席上、「新宿成人会」が結成。以降、毎年結成されてきた新宿伝統の人材グループである。
 この提案通りに、1・15グループの最初の会合が行われたのは翌73年(同48年)1月7日。
 男子部は、広布への決意を実践項目にまとめていた。会合で代表がそれを読み上げようとした時、先生は言った。「決意ではなく、実証を見せてもらいたい。君たちの実践の証しを、私は祈り待っているんだよ」と。厳愛の指導だった。
 さらに85年(同60年)1月、「新宿の日」記念総会に出席した先生は、『三国志』の諸葛孔明の生涯を通して訴えた。座して待つよりも、打って出よ――と。
 師の励ましに、新宿の友は奮い立った。翌86年から3年連続で、「日本一」の弘教を果たす。
 そして地域に貢献することを、新宿の同志は約し合ってきた。福澤さん自身、地元の町会長を務めて今年で6年目となる。
 今、総本部がある新宿へ、世界の友が集い来る。“広布と社会で断じて勝利の実証を”。その誓いの前進の先頭に立つのが、幸の城・新宿の同志である。


◆池田華陽会御書30編に学ぶ 日女御前御返事(御本尊相貌抄)
 御本尊根本に幸福の軌道を

 
どんな時も御本尊根本に、鍛えと成長の青春を(昨年12月18日、栃木平和会館での「総栃木女子部誓春講義」)=栃木支局・梅田幸子通信員
どんな時も御本尊根本に、鍛えと成長の青春を(昨年12月18日、栃木平和会館での「総栃木女子部誓春講義」)=栃木支局・梅田幸子通信員

 今月から毎月、心新たに「池田華陽会御書30編」を学んでいきます。創価学会創立90周年の2020年末までに全30編を研さんします。本年の重点御書は、「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」(1月)、「佐渡御書」(2・3月)、「乙御前御消息」(4・5月)、「兄弟抄」(6・7月)、「一生成仏抄」(8・9月)、「法華証明抄」(10月)、「阿仏房御書」(11月)、「減劫御書」(12月)の8編です。
 今月は「日女御前御返事」を拝して、御本尊への確信の祈りを根本に、「ロマン総会」から一年の誓いの出発を切っていきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。

本抄について


 本抄は、建治3年(1277年)8月、日蓮大聖人が56歳の時に身延で認められ、女性門下の日女御前に送られたお手紙です。日女御前についての詳細は不明ですが、頂いた御書の内容から、信心と教養の深い女性であったと考えられます。
 本抄は、御本尊の御姿等の深義が明かされていることから、別名を「御本尊相貌抄」といいます。
 当時は、蒙古襲来(文永の役)後の混乱期で、再びの襲来の恐怖から、社会は騒然とした状況でした。
 そのような中で、日女御前は純粋な信心を貫き、大聖人から御本尊を頂いたことへの感謝を込めて、御供養の品々をお届けしました。本抄は、その真心に対する御返事です。

御文

 此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり(御書1244ページ9行目~12行目)

通解

 この御本尊を決して別の所に求めてはならない。ただ、私たち衆生が法華経を持って南無妙法蓮華経と唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのである。これを「九識心王真如の都」というのである。
 十界具足とは、十界のどの一界も欠けることなく一界に納まっているということである。このことによって、御本尊を曼陀羅というのである。曼陀羅というのはインドの言葉であり、訳すと輪円具足とも功徳聚ともいうのである。
 この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。「信によってこそ入ることができる(以信得入)」とはこのことである。

〈解説〉 ありのままで自分らしく輝く


 「万人を必ず幸福に」――この仏の願いを実現するため、日蓮大聖人は、末法の民衆を救う御本尊を顕されました。
 私たちは、この御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱えることで、自身の仏界の生命を現すことができます。
 本抄の前半で大聖人は、この御本尊は、それまで誰も顕すことのなかった“未曽有の御本尊”であり、大聖人が初めて「法華弘通のはたじるし」として末法広宣流布のために顕されたと示されます。
 そして、掲げた御文で、“この御本尊を決して別の所に求めてはなりません。妙法を持ち唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのです”と、自らの生命の偉大さに目覚めていくよう教えられています。御本尊は自身の外にあるのではなく、信心に励む自身の胸中にあるのです。
 ゆえに、この御本尊がある「胸中の肉団」を、大聖人は、生命の根底に存在する何ものにも汚されない清浄なものとして、「九識心王真如の都」と表現されています。
 続いて、「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり」と仰せです。
 御本尊の相貌(姿・様相)を拝すれば、中央に「南無妙法蓮華経 日蓮」と認められ、その周りに、仏・菩薩をはじめとする十界の衆生が納まっています。妙法には、十界のいかなる衆生も救う力があります。自身が今、どんな境涯であっても、御本尊を拝すれば、ありのままの姿で仏界の生命を現し、自分らしく輝いていくことができるのです。
 大聖人は、十界の全てが欠けることなく一界に納まっているゆえに、御本尊を「曼陀羅(曼荼羅)」というと示されています。「曼陀羅」とは、サンスクリット(古代インドの文章語)に由来し、「輪円具足」(全てが欠けることなく具わること)とも、「功徳聚」(功徳の集まり)とも訳されます。
 この御本尊の偉大な功力を引き出すのは、どこまでも「信心」です。大聖人は“この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている”と仰せです。私たちの信力・行力によって、御本尊の限りない仏力・法力を引き出すことができるのです。
 池田先生は、「勇気も、智慧も、慈悲も、希望も、確信も、忍耐も、幸福へと前進しゆく、すべての力の源泉は、わが胸中にある」とつづっています。
 私たちの生命それ自体が尊極の“妙法の当体”であると確信し、唱題根本に勝利の一年を開いていきましょう。

池田先生の指針から


 「御本尊根本」の信心を教えてくださったのが、牧口先生、戸田先生です。「御本尊根本」の信心と実践は、創価学会の出現によって厳然と確立されました。ですから、創価学会は御本尊の無量の功徳力を引き出すことができたのです。(中略)
 大聖人の仰せの通りの御本尊根本の信心は、創価学会にしかありません。だから、世界広布が現実のものとなったのです。
 私たちは、どこまでも「御本尊根本」の信心で、また、「大聖人直結」「唱題根本」「御書根本」の実践で前進してまいりましょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻)
                                                                  ◇ ◆ ◇ 
 「御本尊」つまり根本として尊敬すべき当体は、自分自身を離れて、どこか特別な場所にあるのではない。
 妙法を信受して題目を唱え、広宣流布に励みゆく、ありのままの私たちの「胸中の肉団」に、おわします。これこそ、最も清らかで何ものにも汚されず、最も尊貴で何ものにも壊されない「元初の心の都」なのです。(2014・6・8付、本部幹部会へのメッセージ)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻、「日女御前御返事」(聖教新聞社)
 ○…『御書の世界』第2巻、「御本尊」㊤㊥㊦(同)


【信仰体験】

◆〈信仰体験 まうごつすごか 熊本の友〉 西原村のフレンチレストランが本格始動!

 【熊本県・西原村】熊本地震で通行不能だった西原村と南阿蘇村を結ぶ約10キロの「俵山トンネルルート」が昨年末の12月24日、開通した。

2017年1月13日 (金)

2017年1月13日(金)の聖教

2017年1月13日(金)の聖教

◆わが友に贈る


奮闘する受験生に
皆で最大の応援を!
挑戦と鍛えの冬から
栄光と歓喜の春へ
共に一日一日を勝て!

◆名字の言


  これほど豪華な出演者は本国でも見ることは難しい――そう評される中国国家京劇院の民音公演が、3・4月に全国29会場で実施される▼日中国交正常化45周年を記念する今公演では、2大トップスターの于魁智さん、李勝素さんをはじめ同国を代表する役者陣が、国外初披露となる「鎖麟嚢」など珠玉の作品を演じる。中国最高峰の舞台芸術の粋を堪能できる絶好の機会となろう▼同院は中国文化部直属の芸術団体として周恩来総理が設立し、初代院長には京劇界の巨匠・梅蘭芳氏が就任した。周総理は若い頃、京劇で女形を演じ、“政治家にならなかったら、有名な役者になっただろう”といわれるほど、芝居に精通していた。同院設立後も、稽古場に足を運び、自ら演技指導もしたという(「潮」2月号)▼周総理が後年、重病を押して会見を望んだのが池田先生だった。この時、総理から託された「日中友好の未来」を開くため、先生は心を砕いてきた。「(民音創立者の)池田先生は、周総理との約束を果たし続けてくださっている」。かつて同院を率いて来日した王秀雲氏(2009年当時、団長)は民音公演の意義をそう語った▼5回目となる今回の公演も、周総理の願いをまた一つ、池田先生が実現した証しとなる。(朋)


◆〈寸鉄〉 2017年1月13日
 

 我らの合言葉は“
皆が青
 年の心で
”。弾ける生命を
 輝かせ異体同心で大行進
      ◇
 「
法華経の命を継ぐ人な
 れば
」と御聖訓。未来部
 育成へ励ましを惜しまず
      ◇
 
人は腹が決まっていない
 場合に限り不安を持つ

 作家。誓願の人は朗らか
      ◇
 
紛争への対応から予防に
 重点
―国連新総長。人類
 の議会の使命更に大きく
      ◇
 日本で就職希望の留学生
 増加も半数が断念。地球
 時代に適した環境整備を

◆社説  老若男女集い新春座談会  世代間交流で歓喜と躍動の出発


 米アップル社の製品「iPhone(アイフォーン)」の発表から、今月9日で丸10年。同製品を端緒にスマートフォンは爆発的に普及。検索サービスやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の日常的利用を浸透させるなど、私たちの生活を大きく変えた。
 そうした時代の変化に敏感なのが、95%がスマートフォンを持つ20代の若者だ。
 大事な連絡すらSNSで済ますことがあるという彼ら世代の感性には、違和感を覚える人もいよう。しかし、彼らの物事への取り組み方や人との接し方には、それなりの理由がある。
 不況下で育ったため、不必要な出費は避ける。日々、膨大な情報を処理しなくてはならないから、長い説明や前置きは時間の無駄と映る。手軽で効率的な手段を好み、友人に対しても短時間で気持ちが伝わるよう、絵文字などを多用する。いわば、“コスパ(コスト・パフォーマンス)重視”の姿勢といえる。
 だが一方で、周囲との協調性を大切にし、非効率的と思える社会貢献活動や他者からの感謝の言葉に、強く心を動かされる世代でもあるという(藤本耕平著『つくし世代』光文社新書)。
 各地で新春を飾る座談会が、いよいよ始まる。座談会は老若男女が集う“世代間交流”の場。広布の未来を担うメンバーは先輩世代の心に新風を送り、地域に歓喜の波動を起こす。
 識者によれば、彼ら若い世代との対話には「1分間の雑談」「相手の心を満たす声掛け」――が効果的という(晴香葉子「『世代間対話』の極意。」、「潮」1月号)。相手の感性を尊重しつつ、歯切れのよい会話を心掛けたい。
 また彼らは「競争」よりも、仲間と手を取り合い「共創」する方が得意な世代だという。  研さん成果の発表なども、単にお願いするのではなく、「参加者に、こういう決意を伝えたいね」と目的を共有し、「こんな出し物はどうかな」と、共に考え、行動することで、彼らの長所が引き出され、既存の常識を打ち破る斬新なアイデアが生まれるのではないだろうか。
 池田先生は、新年のメッセージで、「私は、不思議な宿縁と誓願を帯びて、この時に躍り出た若人たちを、最大の喜びをもって、仰ぎ見つめております」と、大いなる期待を寄せる
 青年のために、青年と共に、青年の心で――師の思いをわが思いとして「世界広布新時代 青年拡大の年」を飾るスタートダッシュを切っていこう。

◆きょうの発心   世界一の青年部と共に勇気の前進2017年1月13日

御文
 浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり(顕仏未来記、509ページ・編562ページ)
通解 浅い教えは信じやすく理解しやすいが、深い教えは信じ難く理解し難い、とは釈尊の教判である。浅きを去って深きに就くのが仏の心である。

 浅い爾前権教を捨て、深い法華経につくことが、仏の心であり成仏の直道である、との釈です
 創価大学に在学中、この御文を拝し、「深きに就く」とは自身の苦手なことにも勇んで挑戦することと決め、学会活動に取り組んできました。
 男子部の頃、担当した少年少女部員会で、この御文を通して体験を語りました。後日、部員会に参加していた不登校に悩む少女部員が、学校に通い始めたとの報告を聞いた時の感動は、今も忘れられません。その後、娘の不登校もありましたが、家族で力を合わせて乗り越えることができました。
 県長となって3年、家庭訪問が1000軒を超えました。お会いする皆さまが、悩みや課題を抱えながらも、懸命に信心に励む姿に、仏の境涯を見る思いです。そんな同志の奮闘を、池田先生に報告することを心掛けています。
 本年は、「福岡栄光県の日」の淵源である、池田先生の福岡研修道場初訪問から30周年の佳節を迎えます。世界一の青年部と共に“青年拡大の年”の突破口を勝ち開いてまいります。  福岡栄光県長 川上 昭裕

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  十 

 


 戸田城聖への追善の唱題のなか、山本伸一の瞼に、自分を見つめる恩師の顔がありありと浮かんだ。
 師の声が耳朶に響いた。
 「伸一、頼むぞ! 世界の広宣流布を。恐れるな! 堂々と使命の大道を征け!」
 胸に勇気が湧いた。力が全身にたぎるのを覚えた
 “私は戸田先生の弟子だ! 広宣流布に一人立った師子王の子だ! 何があっても、大聖人の仏法を、創価学会の精神をまっすぐに伝えていく! 尊い仏子である会員を守り抜くために戦っていく!”
 戸田の追善勤行を終えて帰宅した彼は、宗門との問題について思索を巡らしていった。
 学会は、これまで宗門を最大に外護し、宗門は大興隆を遂げた。また学会は、広宣流布をめざし、広く社会に仏法を展開することに最大の力を注いできた。しかし、宗門僧らは、その言葉尻などをとらえ、教義の逸脱、謗法だと言って学会員を見下し、責め続けた。彼らの姿には慈悲のかけらもなかった。
 そうした横暴に、わが同志は、悔し涙を堪え、じっと耐えてきた。それを思うと、伸一は居ても立ってもいられなかった。
 学会は、僧俗和合のため、会員を守るために、事態を収束させようと、あらゆる努力を重ねた。学会の対応についての、宗門側のさまざまな言い分も、あえて聞き入れた。それでも執拗に学会攻撃が繰り返されてきた。
 宗門には、もともと檀家制度の歴史のなかで培われてきた「僧が上」「在家は下」という考えが根強くあった。学会の草創期から、僧たちが衣の権威をかざし、仏子である学会員を苦しめる事実が数多くあった。
 それは、宗祖・大聖人の御精神に反する

 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく」(御書一三三七ページ)等の御文に明らかなように、僧も、在家も、本来、平等であるというのが大聖人の教えである。
 人間の差別の壁を打ち破る、万人平等の法理こそが、日蓮大聖人の仏法である。

【聖教ニュース】

◆人間教育の最高学府・創価大学 教員採用試験合格者 16年連続200人突破 
2017年度入試出願を受け付け中 創大19日まで 短大20日まで

2021年の開学50周年へ、発展する創価大学のキャンパス。創大シルクロードの一角にある創価教育万代之碑(右下)には「人間教育は最極の聖業にして/万代を照らしゆく不滅の光なり」等の創立者の言葉が刻まれている
2021年の開学50周年へ、発展する創価大学のキャンパス。創大シルクロードの一角にある創価教育万代之碑(右下)には「人間教育は最極の聖業にして/万代を照らしゆく不滅の光なり」等の創立者の言葉が刻まれている

 創価大学(東京・八王子市)の2017年度教員採用試験の合格者が、16年連続で200人を突破した(通教生、卒業生を含む)。
 これで、1971年(昭和46年)の開学以来の同試験合格者は、延べ7100人になった。
 創大では、創立者・池田大作先生の教育理念のもと、時代の変化や学校現場の動向を的確につかんだ授業を行っている。また、採用試験対策や教職相談などのサポート体制も整う。特に「教職キャリアセンター相談室」は「教職経験豊かな方々が親身に対応してくださり、大いに役立ちました」と利用者が口をそろえる。
 今春も、創大キャンパスから、未来の教育界を担う“新鋭”が陸続と躍り出る。
生徒たちの成長を後押ししたい
 地元である福岡・北九州市の中学校社会科の採用試験を突破した松本美幸さん(教育学部教育学科)が教員を志したのは、中学生の時。生徒思いの担任教員との出会いがきっかけだった。「担任の先生の温かなサポートがあって、人間的に成長できたと実感しています。私も、子どもたちの成長を後押しできる教員になりたいと強く思いました」
 創大への進学を決めたのは人間教育の理念に感銘を受けたから。松本さんの両親も創大出身で、折々にキャンパスを訪れては、その魅力に触れてきた。
 創大では、関心のあった美術教育を学ぶゼミに所属。卒業制作では能面を題材にした日本画を描いた。「美術は社会科との関連性が高い。この経験を生かし、教養を深める授業を展開していきたい」
 教師こそ最大の教育環境――松本さんは創立者の指針を胸に、使命の舞台に羽ばたく。
目の前の一人を徹して大切に
 小野幸一さん(教育学部児童教育学科)は東京都、愛知県、大阪市の小学校の採用試験を受験し、三つ全ての合格を勝ち取った。
 茨城県出身。創価中学・高校時代は、片道2時間半かけて自宅から通学しながら、サッカー部で汗を流した。「部員一人一人と真っ正面から向き合う顧問の先生の姿に、大きな触発を受けました」
 教職の道に進むため創大へ。全国の模範的な授業を研究し、“子ども第一”の教育実践を学び深めてきた。
 小野さんにとって、創価教育とは何か。
 「目の前の一人を徹して大切にすること。一人も置き去りにしない教育であると思います」と力強く。今、教職サポートスタッフの責任者として、後輩の支援にも全力を注ぐ。目指すは、誰からも信頼される教員だ。
                                                                 ◇ 
 創大と創価女子短期大学では現在、2017年度入試の出願を受け付けている。締め切りは次の通り。
【創価大学】
 センター試験利用入試(前期)=きょう13日(金)まで。
 一般入試・全学統一入試=1月19日(木)まで。
【創価女子短大】
 一般入試=1月20日(金)まで。
 ※いずれも当日消印有効。入試の詳細、願書の請求はホームページ=http://www.soka.ac.jp/等を参照。問い合わせは創大アドミッションズセンター=042(691)4617、創価女子短大入試事務室=042(691)9480まで。

◆今月 教学部教授講座を開催  「立正安国論」を研さん


 「SOKAチャンネル」(中継)による、「教学部教授講座」が今月、開催される。
 対象は「教授」「名誉教授」、または「青年部教学資格1級」を持つ壮年・婦人部員。
 さらなる研さんと教学運動の推進を目的とするもので、昨年に続いて実施されることとなった。
 仏道修行の根幹は、行学の二道に励むことにある。講座では「立正安国論」を学び、日蓮仏法の魂である社会変革の使命を心肝に染める。
 ※講座の申し込み等は不要です。教授補資格を持つ方が教授に登用される講座ではありません。
 ◇ 
 【講座の放映日時】
 1月28日(土)、29日(日)
 日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定。
 【教材】
 「立正安国論」。24日付の聖教新聞に解説が掲載される予定。
 受講者は御書と、解説が載った聖教新聞を持参し、各会場の放映に参加してください。


◆ニュージーランドに輝く“良き市民”の誓いの連帯
 
 
広布拡大の誓願にあふれたオークランドの集いでは、2人の友が入会し、大きな喜びに包まれた(1日、ニュージーランド文化会館で)
広布拡大の誓願にあふれたオークランドの集いでは、2人の友が入会し、大きな喜びに包まれた(1日、ニュージーランド文化会館で)

 ニュージーランドSGIの新年の集いが1日、首都ウェリントンをはじめ、オークランド、ワナカなどで意気軒高に開催された。
 旭日の勢いで発展する同国SGI。ゴードン理事長は誓う。
 「メンバー一人一人が、“良き市民”“良き隣人”として地域に貢献したい。そして、縁した全ての人を幸福にするとの決意で弘教拡大に挑み、池田先生の期待にお応えする世界広布の模範の連帯を構築します!」
【先生のメッセージ・特集記事】

◆シンガポール創価幼稚園からアルバムや新年のカード 

   
 シンガポール創価幼稚園(陳振喜園長)から、園児たちの写真を収めたアルバムや新年のカードなどが届いた(写真)。

◆〈青年SGI 世界の若きスクラム〉 スペイン 
  
首都マドリードの近郊から集った、青年部メンバー(昨年12月8日、市内にあるマドリード王宮の前で)
首都マドリードの近郊から集った、青年部メンバー(昨年12月8日、市内にあるマドリード王宮の前で)

 各国青年部の活動の様子などについて、各部・各グループのリーダーに語ってもらう本企画。今回は、拡大の勢いを増すスペインSGI青年部の代表に、信仰の動機、学会活動
への思いなどを聞いた――。


◆世界広布新時代第23回本部幹部会から(要旨) 原田稔会長
 「決意」と「実行」こそ学会の伝統
 若々しい心で新たな拡大を


 一、「世界広布新時代第23回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 また本日は、13カ国・地域から、SGIの代表120人が参加されております。
 遠いところ、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
 さらに本日は、新成人の代表も参加しています。世界広布新時代へ、さっそうと躍り出た「学会の宝」の皆さんです。その新出発に、祝福の大拍手を送りましょう(大拍手)。
 一、初めに、昨年末の財務につきまして、尊き信心の真心をお寄せくださった皆さまに、心から感謝し、あつく御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 また、すでに聖教新聞で報じられた通り、このたび信濃町の総本部に、聖教新聞本社の新社屋として「創価学会 世界聖教会館」を建設する運びとなりました。2019年11月18日の落成を目指し、本年7月から本格的な工事が開始されます。
 「聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい」との大情熱を燃やされた戸田先生と、それを現実のものとされた池田先生による、師弟不二の言論城こそ聖教新聞です。
 私どもは、さらに「世界のセイキョウ」へと大発展させ、新社屋の完成を晴れやかに荘厳していきましょう(拍手)。


理想に生きる人


 一、かつて池田先生は随筆で、初代会長・牧口先生に折伏された青年の手記を紹介してくださったことがあります。折伏の場で、牧口先生は、この青年に訴えられました。
 「畳の上の水練ではだめ。実行だ! 修行だ! 世界最高の宗教なるがゆえに、絶対にわかる。この最高宗教を命がけで修行する、その努力と勇気があればね」と。
 そして、牧口先生は結論されます。
 「老人にはなったが、私も実践はしている。若者は実行と決意、やれば必ずできる」と、力強く励まされたのであります。
 この牧口先生の闘魂と真心に触れて、青年は自らもまた実践を決意しました。
 この時、牧口先生は63歳。まだ日本人男性の平均寿命が50歳を超えていない時代です。まさに「実行」と「決意」こそ学会精神であり、この学会精神が燃え盛っていればこそ、新たな青年の拡大もまた、成し遂げられるのであります。
 池田先生の「四季の励まし」には、このようにありました
 「若き日の誓いを忘れぬ人は青年である。生涯、師と共に、広宣流布の理想に生き抜く人は青年である。現状を破り、一歩でも二歩でも前進しようという挑戦の人は青年である。傍観者にならず、常に主体者となりゆく人は青年である。この青年の心が生き生きと脈打っている限り、無限の向上があり、発展がある」との大事なご指導であります。
 「青年」とは、「誓い」と「理想」の異名であり、また、「挑戦」と「主体者」の異名です。青年か老人かを決するのは、年齢でも体力でもなく、「心」であり「行動」なのであります。
 いよいよ開幕した「世界広布新時代 青年拡大の年」。一人一人が、「さあ、今年こそ!」と青年の決意で立ち上がり、「さあ、私が!」と青年の行動を開始していきたい。そして「わが新時代の拡大」を勝ち開いていきましょう(拍手)。


団結固く勝利の大海原へ船出


 一、日蓮大聖人は「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」(御書1337ページ)と厳然と仰せです
 池田先生は会長就任5周年の本部総会で、5年間における学会の見事なる前進を振り返られました。小説『新・人間革命』第10巻「言論城」の章には、こうつづられています。
 「この聖業を成し遂げた創価学会は、まさしく、仏の御金言通りの、信心を骨髄にし、慈悲を血管にした一大和合僧の、仏の生命体であります。そして、鉄壁の団結をもって、民衆救済に進む、この姿、この力こそ、世界最高の、平和の不沈大戦艦であり、これを私は、“異体同心丸”と名づけたいのであります」との大確信の宣言であります。
 すなわち「創価学会仏」の生命は、わが「異体同心の団結」の一念にこそ脈打つ――この一点を、私たちは深く銘記していきたい。
 そして、広宣流布大誓堂の完成5周年へ、ますます鉄壁の団結で、広布を阻まんとする嫉妬の魔性を打ち倒しながら、全世界の民衆救済という大海原へと船出していきたい。
 破竹のスタートダッシュで、まずは上半期、全ての戦いを完全勝利で飾り、「8・24」池田先生のご入信70周年を、門下一同、盛大にお祝いしていきましょう(拍手)。

【信仰体験】

◆〈信仰体験 白ゆりの詩〉 “雪の秋田指導”から35年 風雪の日々を越えて 
 悩んだ分だけ強くなる! 荒れた長男が構成、妻を折伏
 

2017年1月12日 (木)

2017年1月12日(木)の聖教

2017年1月12日(木)の聖教

◆わが友に贈る


挑戦している人には
嘆きも愚痴もない。

清新の息吹が漲る。
生まれ変わった決意で
前進また前進!

◆名字の言


  年末年始と、駅伝をテレビで見る機会が多かった。昨年末に行われた女子の全国高校駅伝。画面は、競技場を走る最下位のランナーを映していた。観客席から声援と拍手を受けながらゴールテープを切った時、アナウンサーは言った。「それぞれの目標があります」▼事実、そのチームは大会前に掲げた目標タイムより数十秒、早かった。競走なので、結果に順位はある。だが、他と比較するばかりが勝負ではない。自分に負けなかった人もまた、偉大な勝者だ▼実に12回目の挑戦で教員採用試験を突破し、現在、小学校の教壇に立つ婦人部員がいる。若くして体調を崩した彼女は、長いリハビリ生活を強いられ、思う存分、勉強ができなかった。回復後、夢だった教師になろうと、創価大学通信教育部で学んだ▼大学は4年間で卒業したが採用試験の壁は厚かった。途中、東日本大震災にも遭った。試練の渦中、彼女はいつも母校・創大の学生歌を口ずさんでは自身を奮い立たせた。そして、ついに合格を手にした▼夢実現までの道のりも時間も、共に最短ではなかっただろう。だが、こう語る彼女は、間違いなく人生の勝者だった。「学生歌の歌詞にある『誰がために 人間の道学ぶかな』の精神を深めた、かけがえのない年月でした」(城)

◆〈寸鉄〉 2017年1月12日

 
価値ある人生とは他者に
 尽くす学会員の生き方に

 ―博士。きょうも広布へ
      ◇
 御書「
何れの処にても候
 へ常寂光の都為るべし
」。
 さあ今いる所で友情拡大
      ◇
 本年初の中継行事開始。
 
サテライトG、各種役員
 に深謝
。陰徳陽報は厳然
      ◇
 
週末だけの運動でも死亡
 リスク低下と。友の為に
 歩く活動で心身共に健康
      ◇
 
入浴中の事故、高齢者が
 9割。寒暖差ある時こそ
 賢く工夫。家族も意識を

◆社説  太陽の婦人部・花の女子部  創価の女性の連帯は希望の光明


 
明後14日は「四国婦人部の日」。淵源は、池田先生が第3代会長を辞任した直後の1980年(昭和55年)、邪宗門が先生と呼ぶな、聖教新聞に載せるなと強要していた暗雲の時代。四国の同志約千人を乗せた「さんふらわあ7」号が太平洋の荒海を越え、師の待つ横浜港へ到着した日が「1・14」だった
 寒風の中、大桟橋で出迎えた池田先生は、尊き求道の友を心からたたえた。後年、先生は綴っている。「創価の歴史に不滅の/正義の反転攻勢の出発は/常に四国であった」「おお/あのメロスのごとく/最も信義に篤き/志国の我が盟友よ!」(長編詩「四国合衆国の讃歌」)
 この船旅は、5月にも2回、合計3千人が先生のもとへ、はせ参じた。同志を送り出した草創の先輩や、無事故を祈り留守を守った家族だけでなく、出迎えた神奈川の同志も含め、広布史に輝く師弟のドラマだ。
 四国婦人部では、「部の日」に制定された10年前から、この日を「さんふらわあデー」として、子や孫、地域の青年たちへ、師弟共戦の心を語り伝えることが伝統に。今年は、婦人部と女子部のリーダーがペアで訪問激励に歩くなど、実践の中で求道の心を学び合う取り組みも始まっている。
 四国の鼓笛隊のリーダーの一人も、「さんふらわあデー」で母が語ってくれた青春の原点の歴史を心に焼き付けた。「横浜港でのコート姿の池田先生の様子や、帰路に就いた船を先生・奥さまが懐中電灯を振りながら見送ってくれたことなどを感動しながら聞きました」
 女子部本部長だった母は当時、宗門事件の詳しい背景は知り得なかったが、師を求める一心で乗船したという。娘に語るため「1・14」の意義を再確認し「弟子である私たち自身が行動し、勝利することの大切さを伝えたい」と誓いを共有した。
 夫との死別も乗り越えた母に、娘も続いた。今、女子部のリーダーとして、師の誕生月を祝うロマン総会を目指し、華陽のスクラム拡大の先頭を走る。
 「太陽」の婦人部と「花」の女子部の連帯――今年、婦女一体の励まし運動は、新たに「サン?フラワー キャンペーン」として全国でスタートした。「それぞれの地域社会にあって、創価の女性のスクラムこそ、灯台のごとく、太陽のごとく、希望の光明を放ちゆく存在だ」――2018年の「11・18」へ向けた「サン?フラワー」の笑顔の前進は、師が確信する新時代の姿そのものだ。

◆きょうの発心  常に唱題根本に広布に生き抜く2017年1月12日

御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(聖人御難事、1190ページ・編1209ページ)
通解 月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう。

 月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。
 1961年(昭和36年)に両親と姉が一家で入会。学会2世として生まれた私は、創価家族の皆さまに温かく見守られながら育ちました。
 82年、高校2年生だった私は、長居陸上競技場で行われた「第1回関西青年平和文化祭」に人材グループの代表として参加。池田先生と初めてお会いし、生涯、師匠と共に、学会の中で生き抜くことを誓いました。
 この日を原点として、女子部時代を悔いなく戦い切り、宝の青春時代を過ごせたことに、感謝の思いでいっぱいです。
 婦人部になり、子育てに奮闘する中、どんな時もこの御文を胸に唱題を重ね、広布の活動に励んできました。また、わが子を広布後継の人材にと祈り抜く中、娘は創価大学に進学。女子学生部員として、広布の庭で育てていただいています。
 師匠への報恩感謝を胸に、広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を目指して、近江常勝県は青年部を先頭に、弘教拡大に大勝利してまいります。  滋賀・近江常勝県婦人部長 小山 宏子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  九




 鮫島源治は学会の副会長であることから、追及の矛先は会長の山本伸一に向けられた。
 宗門僧は、喧伝した。
 「鮫島発言に明らかなように、学会も、山本会長も、なんの反省もしていない」

 「宗門を誠心誠意、外護する気持ちなど、全くなかったのだ!」
 学会側が事態を収束させるために苦心し、誠意を尽くして努力を重ねてきたことが、これで水泡に帰してしまったのである。
 伸一は、宗門においては法華講の総講頭という立場であったが、宗門では、総講頭の辞任を勧告すべきであるとの声もあがった。抗議の文書を送ってくる僧もいた。
 さらに、三月末、法華講連合会が緊急理事会を開いて、伸一に対して総講頭の辞任勧告を決議。勧告書を送りつけてきたのである。
 檀徒となった脱会者らは、「山本会長は責任を取って辞任せよ」と盛んに騒ぎ立てた。
  
 満開の桜が、春風に揺れていた。
 四月二日は、第二代会長・戸田城聖の祥月命日である。恩師逝いて二十一年となるこの日、学会本部をはじめ、各県・区の中心会館で追善勤行会が営まれた。
 山本伸一は、理事長の十条潔や副会長の秋月英介、戸田の近縁者らと共に、東京・信濃町の学会別館で追善の勤行を行った。騒然としたなかで迎えた恩師の命日であった。
 しかし、戸田の構想をすべて実現してきた伸一の胸中には、青空が広がっていた。弟子として自身の来し方に、一点の曇りもなかった。心のなかの師と、常に晴れやかに向き合えてこそ、真正の弟子である
 恩師が示した「七つの鐘」のうち、「第七の鐘」が、いよいよ鳴り終わる時を迎えようとしていた。広布の大河は、世界の大海原に注ぎ始めた。二十一世紀に飛翔する学会の盤石な基盤が築かれ、新段階に入るのだ。
 伸一は、広宣流布が進めば進むほど、魔の蠢動も激しくなることを覚悟しなければならないと、強く自分に言い聞かせた。 

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉48 友の心に大歓喜の慈光を
御文
 竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす  (開目抄、223ページ)
通解 竜女の成仏は、竜女一人だけの成仏ではない。全ての女人の成仏を示している。

同志への指針

 創価の女性は闇夜の希望の灯台だ。その笑顔は暗い世相を照らす光明である。
 一人の聡明な女子部がいれば、パッと明るくなる
 はつらつたる華陽の乙女の語らいは、友の心に具わる仏の生命を呼び覚まし、歓喜と希望のスクラムを、世界へ、未来へと広げていくのだ。
 皆の幸福と、楽しい「ロマン総会」の大成功を、私も妻も心から祈っています。

【聖教ニュース】

◆本年、学生部が結成60周年 女子(2月)男子(3月)記念の大会 新指導集を発刊
 
 
“戦う知性”が集い、広宣流布の先駆を誓い合った全国学生部大会(昨年3月、八王子市の東京牧口記念会館で)
“戦う知性”が集い、広宣流布の先駆を誓い合った全国学生部大会(昨年3月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 青年拡大の旋風を起こすのは我ら! 学生部が本年、結成60周年の佳節を迎える。
 1957年6月30日。学生部は、新たな民衆の台頭を恐れる権力による迫害の真っただ中で産声を上げた。
 それは“民衆のために戦い、民衆を守り抜く、慈悲と英知の新時代の指導者に”との期待を背負った峻厳なる出発であった

 池田先生はその意義を「指導者革命であり、エリート革命である。そこにこそ、学生部の永遠不変の使命がある」とつづる。そして、自ら学生部に御書講義を行い、海外の識者との会見に同席させるなど、あらゆる機会を通して薫陶し続けてきた。師の深き思いに応え、友は知勇の力を磨き、破邪顕正の言論戦の先頭を走り抜いてきたのである。
 次なる栄光の峰へ、飛躍の時を迎えた男女学生部の友。
 女子学生部は2月に記念大会を各地で実施する。また教学大学校で「一生成仏抄」を学び、人間主義の哲理を心肝に染めていく。
 横井女子学生部長は「青春勝利の誓いを果たすのは今です。皆が行学の二道に励み、福智の太陽として世界に希望の光を送っていきます!」と瞳を輝かせる。
 男子は、全方面の代表が一堂に会する全国学生部総会を3月に開催。さらに池田先生の「御義口伝」講義開始55周年を記念し、「御義口伝」を命に刻む。
 板子学生部長は固く誓う。「学会の永遠性を確立しゆくこの時に、圧倒的な地涌の陣列の拡大で新たな歴史を築きます!」
 さらに学生部の友に朗報が。結成60周年を記念し、3月に新指導集を発刊する。最高無上の青春を歩む友の座右の書となろう。

◆青年大陸アフリカが各国で広布誓願の集い

 
ザンビアでは4会場で新年を船出。青年を拡大し、師弟の絆を一段と強固にしようと約し合った(1日、首都ルサカのザンビア総合文化センターで)
ガーナのテマ会館に集った200人の友が喜びのカメラに。学会歌の合唱や御書拝読、体験発表などが行われた(1日)

 青年が陸続と育つアフリカの各国で、“青年拡大の年”を出発する集いが行われた。
 ガーナでは1日、地域本部別にガーナ会館、テマ会館、クマシ会館などで集いを開催。…

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉2 1月15日は中等部結
 成記念日 君らこそ創立100周年の主役!
 阪神・淡路大震災22年 不屈の心で自他共の幸福へ
 
後継の人材こそが、いかなる財宝にも勝る創価の至宝――本部幹部会に参加した未来部の代表(7日、東京戸田記念講堂で)
後継の人材こそが、いかなる財宝にも勝る創価の至宝――本部幹部会に参加した未来部の代表(7日、東京戸田記念講堂で)

 永石 先日の本部幹部会は、晴れやかな「青年拡大の年」の開幕を告げる、素晴らしい会合でした。
 清水 求道の心で集ったSGI各国の同志の姿に、世界同時進行で拡大しゆく創価の大連帯を実感し、私自身も前進への決意を新たにしました。まずは女子部が、全国で開催されるロマン総会で華陽のスクラムを大きく広げてまいります。
 志賀 千葉の男子部の活動体験も大感動でした。荒れた青春時代から先輩の激励によって立ち上がり、職場で、地域で実証を示し、広布のリーダーとしても率先の行動。まさに「青年拡大」の先駆の姿に大拍手が送られていました。
 原田 幹部会へのメッセージで池田先生は呼び掛けられました。「妙法と共に、学会と共に生きるならば、誰人も絶対に正しい生命の軌道を歩みゆける。このことを、私たちは人間革命の歓喜の劇をもって、道を求める世界の若人へ、一段と伝え弘めていこうではありませんか!」と。
 時代は不透明な様相を呈しています。だからこそ、私たちは希望と正義の連帯を広げていきたい。
 清水 本当に、その通りだと思います。先生が「世界はますます深く強く仏法を求めている」と言われたように、多くの友が、私たちの勇気の声、確信の声を待っています。
 原田 総県長会議でも申し上げましたが、私たちは池田先生の、あの「二月闘争」に学びつつ、折伏・弘教を進めてまいりたい。本年の完勝を開くためにも、「師のために」「各部一体で」「一人を励ます」の3点を確認しながら日々、前進していきたい
 志賀 「二月闘争」は、池田先生が、日蓮大聖人の御聖誕の月、戸田先生の誕生月を、報恩の戦いで祝賀しようと、同志と共に築かれた弘教の金字塔です。
 原田 池田先生は、「『師と共に』戦うから、小さな自分の殻を破れる。『師のために』戦うから、本当の底力が出せる」と教えてくださっています。今こそ、自身の境涯の拡大、幸福の拡大、友情の拡大へ、勇気凜々と打って出ましょう。

すべては“真剣さ”

 黒土 今月15日は、中等部の結成記念日です。中等部が結成されたのは、1965年(昭和40年)の1月15日のことです。
 
 和田 この年の聖教新聞元日号から、小説『人間革命』の連載が開始されます。そして52年の時を経た今、小説『新・人間革命』第30巻の執筆を開始されたことを思うと、中等部員の大きな使命を感じずにはいられません。
 原田 思えば、現在の中等部員は、2030年「学会創立100周年」の時には、26~28歳となります。まさに、青年部の中核として活躍する一人一人です。皆が師弟の精神や歴史を学び、継承していくことは、「学会の永遠性」を考えても極めて重要です。
 黒土 小説『新・人間革命』「鳳雛」の章には、中等部結成の模様が描かれています。未来を担う鳳雛たちに、次々と激励の手を打たれる先生が、その真情を語る場面は私たち担当者の命に焼き付いています。
 和田 先生は、「すべては真剣さだよ。私は、二十一世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を担っていくのか。誰が二十一世紀に、本当の学会の精神を伝えていくのか。それは、今の高等部、中等部のメンバーに頼むしかないじゃないか」と綴られます
 黒土 さらに先生は、こうも教えてくださいます。「大切なのは触発だ。その触発をもたらすには、日々、命を削る思いで、成長を祈ることだ。そして、“どうすれば、みんなの励みになるのか”“どうすれば、希望がもてるのか”“どうすれば、勇気が出せるのか”を、瞬間瞬間、懸命に考え続けていくことだ」と。
 和田 間もなく受験シーズンも本格化します。こまやかな配慮で、真心の応援をしてまいります。
 原田 先生は「未来ジャーナル」新年号の「未来の翼」の中で、未来部員は、「新時代の『青年拡大』の主役」と呼び掛けてくださいました。今、この時に当たり、私たちは、先生の人材育成の指導を胸に刻みながら、未来を担う宝の人材たちと接してまいりたい。

価値創造の生き方

 永石 17日で「阪神・淡路大震災」から22年となります。兵庫・大阪の会館では、「『阪神ルネサンスの日』勤行会」が行われます。
 原田 私たちも、あらためて、お亡くなりになられた全ての方々を追善し、お題目を送らせていただきます。
 志賀 池田先生は綴られました。「生命は永遠です。亡き家族も、今を生きる皆様と一体です。笑顔で見守っておられると確信します」と。
 原田 兵庫・大阪の被災地の方々は、自身が災難に遭いながら、どんなに深い悲しみにも、不屈の心で立ち向かい、自他共の幸福のために懸命に頑張ってこられました。その姿こそ、まさしく仏であり、地涌の菩薩です。
 永石 菩薩が発す「四弘誓願」の第一で、日蓮大聖人が「肝要」とされたのが「衆生無辺誓願度」(御書846ページ)でした。つまり、「全ての衆生を生死の苦しみから救済し、成仏に導こう」との誓いに生き抜くことです
 原田 その意味において、自身の誓いのままに、人々の苦悩に寄り添い、真正面から取り組み、価値創造の生き方を示していく、私たちの使命は重大です。「人を幸福にする」ことが「自分が幸福になる」道です。いずこの地にあっても断じて負けない信心で、多くの人々に希望と勇気を送っていく活動を進めていこうではありませんか。

◆「雪の秋田指導」35周年記念特集㊦
 一人ももれなく幸福王者と輝け

雲の切れ間から、陽光が雄物川に降り注ぐ(池田先生撮影、1982年1月、秋田県内で)
雲の切れ間から、陽光が雄物川に降り注ぐ(池田先生撮影、1982年1月、秋田県内で)

 池田先生は秋田への万感の思いを詠んでいる。「おお秋田 偉大な秋田に 勝利あれ 一人ももれなく 幸福王者と」。

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 地域で評判の整骨院40年   耳を傾け語り合う


 【岡山県倉敷市】10台ほどの駐車スペースには、車がひっきりなしに出入りする。原田良吉さん(77)=上成支部、副本部長=が院長を務める「原田整骨院」。
 

2017年1月11日 (水)

2017年1月11日(水)の聖教

2017年1月11日(水)の聖教

◆わが友に贈る


インフルエンザや
ノロウイルスに注意!

祈りを根本とした
リズム正しい生活で
生き生きと健康人生を!

◆名字の言


  アフリカ南部のザンビアから先月、ハンドボールの男子代表(U―20)チームが来日し、創価学園を訪れた▼これはハンドボールで両国が交流し、2020年の東京五輪を共に目指そうというプロジェクト。滞在中は、学園のハンドボール部と汗を流したほか、調布市内の高校や大学などと親善試合をした▼ザンビアの国土面積は日本の約2倍。政治は安定しているものの経済的には豊かとはいえず、生活のために競技を諦める選手も多い。ザンビアから来た代表も「一流選手になって少しでも家族を助けたい」「努力すれば夢や希望が持てることを、同じ境遇の子どもたちに見せたい」と切実な思いを語っていた▼ザンビアは1964年の東京五輪に「北ローデシア」として参加した。その閉会式当日の10月24日、祖国の独立が実現。閉会式では新しい国旗を掲げて行進し、喝采を浴びた。池田先生はこの出来事を述懐し、「その光景は、私の命に鮮烈に焼きついて離れません。『21世紀はアフリカの世紀なり』との祈りと大確信を、私はいやまして強めたことを、昨日のように思い起こします」と語り、同国の未来に大きな期待を寄せた▼五輪は平和と友情の祭典。2020年へ向け、我らも草の根から世界へ、友好対話を大きく広げよう。(灯)


◆〈寸鉄〉 2017年1月11日

 
青年部は柔軟な思考と心
 で平和のために行動
―日
 本の識者。新時代の魁と
      ◇
 「
根深ければ則ち条茂く
 御書。決意の深さが飛躍
 に直結。不退の大前進を
      ◇
 
はち切れる生命力を湧き
 立たせよ
―戸田先生。信
 心の輝きにまさる力なし
      ◇
 
AED、未使用時に比べ
 救命率2倍と。
会館内の
 設置場所・使用法を確認

      ◇
 段差のない道を案内する
 アプリ開発へ―国交省。
 五輪へ万人に優しい国に

◆社説   「雪の秋田指導」から35年  新時代の師弟共戦の勝ちどきを


 1982年(昭和57年)1月、池田先生は厳寒の秋田を訪れた。秋田県上空の機中でシャッターを切った一枚の写真が、現在、秋田文化会館の恩師記念室に展示されている。  雲海の切れ間から陽光が降り注ぐ写真の前で、秋田の同志は、師と共に刻んだ反転攻勢の軌跡を語り合い、広布の勢いは、いや増していく。
 「第1次宗門事件」の嵐が吹き荒れた70年代後半、秋田では、悪侶による理不尽な学会攻撃に多くの同志が苦しめられた。歯を食いしばって耐え抜く友のため、池田先生は寒風の中、激励に駆け付けた。
 空港から会館に向かう車中、沿道に同志の姿を見つけた師は、革靴のまま車から降り、ぬかるんだ雪道を踏みしめて友の輪に飛び込んだ。「私が来たから、もう大丈夫だよ!」――同志の顔にぱっと光が差した。
 6日間の激励行で、約9300人の同志との語り合いや触れ合いが。会館に隣接する広場では、自由勤行会に集った友らとの勝ちどきが天にこだました。“エイ・エイ・オー!”――同志を苦しめる邪悪を断じて許さないとの師の叫びに、弟子が呼応した。励ます側と励まされる側が向かい合うのではなく、師弟が同じ方向を向き、高らかに拳を突き上げた。雪の舞う空を見上げる同志の目には希望の光が宿り、苦闘を勝ち越えた笑顔が輝いていた。
 その声は反転攻勢の“のろし”となり、全世界の広布の水かさは増してきた。邪宗門が衰亡の一途をたどる一方、創価のスクラムは192カ国・地域へ、大発展を遂げている。  秋田では今月、激励行35周年を記念し「『正義の秋田』――青年・大拡大月間」(31日まで)をにぎやかに展開。共戦の誓いに燃え立つ同志の拡大の勢いはとどまるところを知らない。
 ある婦人部員は、30年間以上、重ねてきた夫との仏法対話を、男子部員の息子と共に結実。新年勤行会の席上、念願の一家和楽を実現した。また、女子高等部メンバーは、悩みを抱える担任教師のため、真剣に題目を送ってきた。それを知ったメンバーの母が教師を心から激励。教師は母子の誠意に胸を打たれ、会友として、教学部任用試験に合格するなど、広布の活動に励む。
 師弟共戦の精神は、世代を超えて受け継がれ、今、新時代の青年部が拡大の突破口を開いている。どれだけ厚い雲がたちこめようとも、胸中に仏法という希望の太陽を抱く同志の前進を遮ることはできない。

◆きょうの発心   御本尊に祈り抜けば全てが開く2017年1月11日

御文
 元品の無明を対治する利剣は信の一字なり無疑曰信の釈之を思ふ可し(御義口伝、751ページ・編1597ページ)
通解 元品の無明(根本の迷い)を対治する利剣は信の一字である。法華文句の「疑い無きを信と曰う」という釈をよく考えるべきである。

 どこまでも御本尊を信じ抜くことの大切さを教えられています。
 1992年(平成4年)12月、池田先生は6日間にわたって、中部池田記念墓地公園に滞在されました。寒風が吹く中、何度も園内を回られ、車窓から三色旗を大きく振って、同志を励まされる先生。その気迫のお姿を忘れることはできません。
 ちょうど同じ頃、香川県の実家に住む父の手術も無事に成功。ずっと看病していた母と電話口で歓喜を分かち合いました。その後、父は3年間の寿命を延ばし、家族全員にみとられる中で霊山へ旅立っていきました。
 師弟の道に生きることを誓い、この御文のごとく「信」の一字をもって御本尊に祈り抜いた時、全てが開けていくことを確信しています。
 94年12月、先生は三重の同志のために「真実と/正義のために/戦いて/偽善を切りたる/三重を讃えむ」とのお歌を詠んでくださいました。「正義」の文字を掲げる三重正義県が先頭に立って、師弟の「この道」に生き抜き、舌鋒鋭い言論で、青年と共に拡大勝利の歴史を築いてまいります。  三重正義県長 有馬 隆浩

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  八

 


 宗門僧たちは学会攻撃の材料探しに血眼になっていた。年が明けると、学生部の幹部が「『学会が真実の正義の団体』であることを厳然と証明していきたい」と呼びかけたことを取り上げて、学会は反省がないと言いだした。
 そして、一月二十八日には、第二回の全国檀徒総会が総本山で行われた。二百三十人の僧、五千人ほどの檀徒が集い、学会を謗法と決めつけ、謗法に対しては、和解も手打ち式もないなどと対決姿勢を打ち出したのだ。
 しかし、学会は、和合のために、どこまでも耐忍と寛容で臨み、神経をすり減らすようにして宗門に対応し続けた。
 そんなさなかの三月上旬、法主の取次役の僧から副会長の秋月英介に連絡があった。
 「副会長の鮫島源治氏が、宗門と学会の問題について、いろいろ発言されています。話の内容を聞いて、猊下をはじめ、私どもは驚いております。この件について、文書にてお尋ねしますので、お答えいただきたいと思います
 宗門が問題にしたのは、三月六日に福岡県大牟田で、宗門との和合を図るために開かれた会合での、鮫島の無責任な発言であった。彼は、それまでも非常識な言動で、純真な九州の同志を苦しめることが多々あった。
 鮫島は、この会合で、「総本山は旅館業と同じである」「宗門の学会批判は妬みによる邪推である」等と語っていた。しかも調子にのって語った私見を、「すべて副会長全員の意見である」などと述べていたのである。
 それが宗門に伝えられ、大騒ぎとなった。鮫島の発言は不遜であるとし、宗務院と内事部が、それぞれ学会に質問状を送ってきた。
 日蓮大聖人は「わざわい(禍)は口より出でて身をやぶる」(御書一四九二ページ)と仰せである。傲りと油断は禍を生み、自分の身を破る。そればかりか、広宣流布をも破ることになるのだ。一人の幹部の軽率極まりない発言が、信徒を隷属させようとする宗門僧による学会攻撃の、格好の材料となっていった
 広布の航路は、常に激浪の海原である。

【聖教ニュース】

◆青年大陸アフリカが各国で広布誓願の集い
 異体同心で勝利を!

             
ガーナのテマ会館に集った200人の友が喜びのカメラに。学会歌の合唱や御書拝読、体験発表などが行われた(1日)
ガーナのテマ会館に集った200人の友が喜びのカメラに。学会歌の合唱や御書拝読、体験発表などが行われた(1日)

 青年が陸続と育つアフリカの各国で、“青年拡大の年”を出発する集いが行われた
 ガーナでは1日、地域本部別にガーナ会館、テマ会館、クマシ会館などで集いを開催。1200人がはつらつと参加し、200人を超える友人の姿も。共感と友情を広げる好機となった。企画・運営は青年部が率先して担当。合唱やダンスに喝采が送られた。
 インド洋に浮かぶ自然豊かな島・マダガスカルでは同日、6会場で集いを。合計130人が出席し、「異体同心の団結で、社会に信頼を広げていこう」と約し合った。
 大陸最南端の南アフリカでは、このほど西ケープ州に新たな拠点会場が誕生し、同志は喜びに沸いている。同会場を含む4カ所で広布拡大の誓願を新たにする集いが行われた。
 昨年、19カ国105会場で第1回統一教学実力試験を実施したアフリカの友。行学の二道に徹しながら、アフリカ広布新時代へ、希望のスクラムを大きく広げている。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆「雪の秋田指導」35周年記念特集㊤   世界の友が仰ぎ讃えむ


 「雪の秋田指導」で師弟の勝ちどきが響いた、秋田中央文化会館に隣接する広場で、秋田青年部が広布後継を誓って(昨年12月18日)
「雪の秋田指導」で師弟の勝ちどきが響いた、秋田中央文化会館に隣接する広場で、秋田青年部が広布後継を誓って(昨年12月18日)

 1982年(昭和57年)の1月10日から15日まで行われた「雪の秋田指導」。池田先生は「それは忘れえぬ 決して忘れることのできぬ 私の胸中の歴史の一コマであった」とつづっている。今回は「雪の秋田指導」35周年記念特集として2回にわたって掲載する。㊤では、先生の足跡を追い、「励ましのドラマ」に迫る。
 秋田文化会館の1階ロビーにある金色に輝く銘板。池田先生の長編詩「みちのくの幸の光彩」が刻まれている。
 その銘板の由来文に、先生は秋田の友への万感の思いをつづった。
 「忍耐強く試練の冬を勝ち越えし不屈の勇者あり
 「全世界の創価の同志も その英姿を仰ぎ讃えむ
 ――1977年(昭和52年)ごろから、秋田で第1次宗門事件が勃発。悪侶が退転・反逆者と結託し、謀略の限りを尽くした。
 秋田の友は懸命に耐えた。その迫害の嵐を乗り越え、師弟の勝利の雄叫びが轟いたのが、82年(同57年)1月の「雪の秋田指導」である。

2017年1月10日 (火)

2017年1月10日(火)の聖教

2017年1月10日(火)の聖教 

◆わが友に贈る


「誰か」ではない。
「自分」が一人立つ!

これが団結の要諦だ。
広布誓願の旗を掲げ
異体同心で進もう!
                   

◆名字の言

  よく見かける大きなドラム缶の容量は200リットル。このドラム缶40本分(8000リットル)の液体を1日で移し替えようとすれば、大変な労力が必要だろう。実は、私たちの心臓は毎日、それだけの量の血液を体じゅうに送っている▼1回の拍動で送り出すのは、わずかな量だ。しかし80ミリリットルずつとして、1分間で70回の拍動があれば5・6リットル。1時間では336リットルとなり、1日で8064リットルという計算になる。このまま続けると1年では3000トン、80年続けば24万トンという、最大級のタンカーほどの途方もない量になる▼埼玉の地区部長から喜びの報告があった。学会活動に消極的な壮年部員のもとに通い続け、そのたびに励ましの手紙を置いてきた。なかなか状況は変わらなかったが、ある日突然、壮年部員が座談会場に現れた▼「あなたに、あれだけの“ラブレター”をもらったら、来ないわけにはいかないよ」と笑いながら語っていた。その後、忙しい仕事の合間を縫っては活動に参加するようになったという▼一回一回の前進はわずかに思えても、続けることに徹すれば偉大な勝利につながる。御金言に「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)と。
たゆまぬ地道な積み重ねこそ力となることを忘れず、今年も確かな広布拡大の日々を。(道)

◆〈寸鉄〉 2017年1月10日
 

 「
竹の節を一つ破ぬれば
 余の節亦破るるが如し

 御書。いざ勇気の一歩を
      ◇
 「
雪の秋田指導」から35周
 年。師弟共戦の炎は友の
 胸に赤々。継承の時は今
      ◇
 
人生の一番大事なことは
 目的観
―牧口先生。大願
 に生きる人生は最高無上
      ◇
 米家電見本市で人工知能
 が話題に。技術を使う人
 間の精神の成熟も忘るな
      ◇
 メコン川で新種動植物163
 種発見も多くが絶滅の恐
 れと。
地球守る知恵更に

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  七



                                                                                                                         
 インド、香港訪問を終えて、山本伸一の一行が成田空港に到着したのは、二月二十日午後七時のことであった。
 伸一は、心に期していた。
 “間もなく「七つの鐘」が鳴り終わり、二十一世紀への五年ごとの新しい歩みが始まる。今こそ、力強く、その助走を開始する時だ! 新しい離陸のためには、エンジンを全開にして疾走しなければならない。それだけに、油断を排し、細心の注意を払うことだ。皆が心を一つに、希望の前進を開始できるように、これまで以上に同志の激励に徹しよう。一人でも多くのメンバーに会い、広宣流布に生き抜く創価の精神を訴え抜いていこう!”
 帰国翌日の二十一日は、インド訪問について新聞各紙から依頼されていた原稿の執筆に力を注いだ。二十二日は、来日中の北欧メンバーを激励したあと千葉指導へ向かい、二十五日には、信濃町の創価文化会館に集った山梨や茨城の同志と記念のカメラに納まった。
 さらに二十七日には神奈川県に舞台を移し、藤沢市の湘南文化会館で行われた湘南圏大ブロック担当員(後の地区婦人部長)勤行会に臨み、引き続き同会館で開催された藤沢支部結成十六周年の勤行会でも指導。しかも、この勤行会は三回にわたったのである。
 そして翌日には、二回にわたる小田原文化会館の開館記念勤行会に出席している。
 まさに間断なき全力疾走の日々であった。
 このころ、またもや各地で、宗門僧による学会攻撃が繰り返されるようになっていた。彼は、いかにして会員を守るか、ひたすら心を砕いた。本来、前年の十一月七日に行われた創価学会創立四十八周年を記念する代表幹部会で僧俗和合が再確認され、事態は収束に向かうはずであった。
 しかし、この代表幹部会の直後から、学会の和解は偽装であるなどという意図的な話を、一部の週刊誌などが盛んに書き立てた。背後で、学会攻撃を煽る陰湿な謀略が進んでいたのだ
 険難の峰こそが創価の師子の征路である。

【聖教ニュース】

◆韓国・京畿道議会から池田先生ご夫妻に特別顕彰牌
 鄭議長 非暴力と協調の時代を築くために人々を啓発

                            
京畿道内の安養希望文化会館で行われた授与式。池田先生ご夫妻への「特別顕彰牌」の授与を祝福し、列席者が記念のカメラに(2日)
京畿道内の安養希望文化会館で行われた授与式。池田先生ご夫妻への「特別顕彰牌」の授与を祝福し、列席者が記念のカメラに(2日)

 韓国・京畿道議会から、池田大作先生ご夫妻に「特別顕彰牌」が贈られた。日韓友好への多大な貢献をたたえたもの。授与式は2日、安養希望文化会館で鄭基烈道議会議長をはじめ、韓国SGI・京畿第3方面の代表800人が出席して盛大に行われた。
 1300万人が暮らす韓国最大の行政区域の京畿道。現在の「京畿道」という名称が初めて使われたのは、11世紀頃にまでさかのぼるという。以来、約1000年にわたって韓国の政治・文化・経済の中心的な地域として栄えてきた。
 現在も、世界有数の多国籍企業が本社を置くなど、韓国経済をけん引。世界各国の人々が行き交う国際的な地域である。
 一方、京畿道は北朝鮮との軍事境界線に103キロにわたって接していることもあり、安定と平和を求める住民の意識は高い。
 晴れの式典では、韓国SGIの金仁洙理事長、金暻希婦人部長に、池田先生ご夫妻への「特別顕彰牌」が託された。
 登壇した京畿道の鄭道議会議長は、熱を込めて語った。
 「南北分断の最前線に暮らす道民の、平和を願う心は大変強いものがあります。だからこそ、池田SGI会長が非暴力と協調の時代を築くために、一貫して人々を啓発し続けてこられたことを心からたたえたい。世界平和と人類の繁栄のために貢献されてきたSGI会長ご夫妻に特別顕彰牌を授与することができ、とても光栄です
 鄭議長は、SGIメンバーが仏法の人間主義に基づき地道に地域貢献する姿を、じっと見守ってきたという。最後に議長は「SGIの皆さん! 全ての人が自分らしく輝く社会を、力を合わせて共に築いていきましょう」と高らかに語った。

◆各地で「成人の日」記念勤行会 
 池田先生がメッセージ 勝利の大樹たれ


 東京・新宿総区の新成人のグループ「新宿成人会」46期生が記念撮影を。1972年、池田先生の提案で誕生した同会。以来、毎年結成されて本年で45周年となった。同総区の集いでは、川口汐里さん、池田翔輝さんが後継の誓いを語った(9日、新宿池田文化会館で)
東京・新宿総区の新成人のグループ「新宿成人会」46期生が記念撮影を。1972年、池田先生の提案で誕生した同会。以来、毎年結成されて本年で45周年となった。同総区の集いでは、川口汐里さん、池田翔輝さんが後継の誓いを語った(9日、新宿池田文化会館で)

 「成人の日」記念勤行会が9日を中心に、各地で晴れやかに行われた。池田大作先生が次のメッセージを贈り、新成人の門出を祝福した。また、新成人の友に、池田先生の指針を掲載した記念のカードが贈られた。
                                                                       ◇ 
 創価の宝であり、人類の希望である新成人の皆さん、晴れの門出、おめでとう! 私は、今日ここに集った一人一人の輝く瞳を見つめ、固い握手を交わす思いで、祝福の拍手を送っております。
 御聖訓には「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)と説かれております。皆さんは、尊き父母たちをはじめ、多くの方々の真心と期待に包まれながら、この晴れの日を迎えました。そして、宿縁深く、世界第一の生命哲学を持った皆さんは勝利の未来を必ず開いていけるのです。
 私も、成人を前に入信して、今年で70年になります。信心を教えてくださった戸田先生の弟子として、一点も悔いのない、最高に栄えある人生を歩むことができました。その感謝と確信を込めて、恩師から励まされた、「青年らしく仏法を勉強し、勇敢に実践してみたまえ!」との信頼の言葉を託します
 どうか、皆さんは、題目の師子吼を轟かせ、創価の負けじ魂を発揮しながら、青春の悩みも苦難も一つ一つ乗り越えて、桜梅桃李という自分らしい人間革命の勝利劇を飾っていってください。そして、楽しく賢く、良き友と友情を結び、仏縁を広げ、この地球を舞台に、平和の青年スクラムを拡大していただきたいのであります。
 学会創立100周年となる、2030年のその時の君たち、貴女たちの、輝きわたる栄光の晴れ姿を見つめつつ――
  
 挑戦の
  根を張り 勝利の
      大樹たれ
  
 と贈ります。
 大切な父母とご家族にも、くれぐれも宜しくお伝えください。
 従藍而青の愛弟子に、健康あれ! 努力あれ! 凱歌あれ! 

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉1 一生成仏 2017年1月10日
唱題で仏性を開き、喜びの人生を歩もう

 
マンガ・イラスト 逸見チエコ

 今回から「みんなで学ぶ教学~新会員教室」と題して、新入会の方に仏法を分かりやすく解説していきます。また、「放課後メモ」では、テーマの理解を深める書籍等を紹介していきます。初回は「一生成仏」をテーマに、正しい成仏観・幸福観を学びます。


皆に無限の可能性が

 ――創価学会に入会して、何よりも驚いたのは、だれもが生き生きと信仰に励んでいることです。
  
 現代にあって、日蓮大聖人の仏法を正しく実践している団体は創価学会以外にありません。「成仏」への直道がここにあります。
  
 ――「成仏」といわれても、ピンときません……。
  
 「仏」というと、一般的には、きらびやかな仏像を思い浮かべたり、亡くなった方を表す言葉と理解したりしている人が多いかもしれません。
 しかし、大聖人の成仏観は全く異なります。一人一人の生命に仏性(成仏するための性分)が具わっており、自分の祈りと行動で現実に顕していけると説いているのです
 朝晩の勤行で読誦する「法華経」には、万人の成仏が説かれています。凡夫(普通の人)がその身のままで、しかも今世で成仏できる――このことを大聖人は、「一生成仏」という言葉で示してくださっています。
  
 ――一生成仏? 初めて聞きました。
  
 一生成仏とは文字通り、この一生のうちに成仏することです。
 一生成仏について、大聖人は示されています。
 「法華経の行者は、仏が説いた通りに修行すれば、必ず一生のうちに一人残らず成仏することができる。譬えば、春や夏に田んぼを作るが、稲に早生と晩生という品種の違いがあっても全て1年のうちに収穫できるように、法華経の行者も上中下の機根の相違があっても、必ず一生のうちに成仏できるのである」(御書416ページ、通解)


絶対的幸福境涯とは

 ――「成仏できる」とは、「幸せになれる」と言い換えることもできるでしょうか。
  
 そうです。現実は悩みの連続です。そのために信心が必要になるのです。
 創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、幸福について「絶対的幸福」と「相対的幸福」があると述べています。
 相対的幸福とは、恵まれた環境や裕福さ、社会的地位の高さなどで感じる満足感を指します。いわば、欲望が満たされたことで得られる幸福感といえます。しかし、人間の欲望には際限がないので、永続させるのは困難です。
  
 ――たしかに欲望がなくなることはありません。
  
 これに対して、絶対的幸福とは、欲望にとらわれたり、状況に左右されたりすることのない“歓喜の境涯”を指します。
 戸田先生は、絶対的幸福について次のように語っています。
 絶対的幸福というのは、どこにいても、生きがいを感ずる境涯、どこにいても、生きている自体が楽しい、そういう境涯があるのです。(中略)腹のたつことがあっても、愉快に腹がたつ、そういう境涯ができたら、うれしくありませんか」


深き信と持続の祈り

 ――一生成仏するためには、具体的にどうすればよいのでしょうか?
  
 大聖人は、「一生成仏抄」に詳しく記されています。
 深く信心を起こして、昼も夜も朝も夕も怠ることなく磨くべきである。では、どのようにして磨けばよいのか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということである」(御書384ページ、通解)
 ここで、ポイントは二つあります。
 第一に、「深く信心を起こす」ことです。自身に具わる仏性を確信して、御本尊に題目を唱えていきましょう。
 第二に、「持続の信心」です。大聖人は、この御文の直前で鏡を譬えとして、映りの悪い鏡も磨いたならば、くっきり全てのものをよく映すことができると仰せです。同じように、生命も“磨き続ける”ことで、真実の悟りの生命と現れることを教えられています。
  
 ――創価学会の皆さんが輝いている理由が、分かったような気がします。
  
 大聖人は、成仏の「成」について、「成は開く義なり」(同753ページ)と仰せです。人間離れした特別な“神仏”に成ることを目指す必要は全くありません。万人の生命に本来具わる“仏の生命”を開いていけるのが、私たちの信仰なのです
 信心を通して、以前の自分では思いもよらなかった、どんな時にも常に希望を見いだしていける人間に変われた――こうした喜びの連鎖が広まり、今では世界中で題目を唱える同志が立ち上がっているのです。
放課後メモ
 「一生成仏」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…『一生成仏抄講義』(『池田大作全集』では第34巻に収録。いずれも聖教新聞社刊)
 ○…小説『新・人間革命』第9巻「光彩」265ページ(聖教新聞社)
 ○…指導選集『幸福と平和を創る智慧』第1部[上](同)

【信仰体験】 
                                                 

◆〈信仰体験〉 北九州市で歯科医院を開業して40年 地域貢献の使命に生きる
 

【北九州市小倉北区】1976年(昭和51年)に歯科医院を開業し、昨年春に40年の節目を迎えた中富俊介さん(70)=到津支部、総県副総合長、九州副ドクター部長。

2017年1月 9日 (月)

2017年1月9日(月)の聖教

2017年1月9日(月)の聖教

◆わが友に贈る


新成人の友は
新時代の誉れの主役だ。
願くは我が弟子等・
大願ををこせ

偉大な人生を共々に!


◆名字の言


  職場の上司から仕事を頼まれる。得意なものなら問題はない。だが、ちょっと負担感のある仕事だったらどうするか
▼“仕事ならやって当然”という声も聞こえそうだが、最近、上司の依頼を簡単に断る若者が増えているという。これを人材コンサルタントの田中和彦さんは「もったいない」と強調していた。「『断る』のは簡単ですが、その瞬間に
自分の可能性を閉ざすことになる」からだ。万事、前向きに臨めば、新しい自分との出あいがある▼青年の特権は「挑戦」だ。挑戦すれば失敗することも、もちろんある。だが再び立ち上がれば、失敗は、かけがえのない「宝」に変わる。失敗のない人生とは、成長のない人生かもしれない▼ミュージシャンの木根尚登さんは、自身の人生を振り返って語る。「僕も約100回、オーディションを受けました。落ちることが負けだとしたら、僕の人生は圧倒的に負け越しです。しかし、自分の貫きたい信念があるなら、たとえ何度失敗しても挑戦するしかないんです。忍耐と努力、挑戦する勇気を、胸に抱き続けられるかどうかです」(「大白蓮華」1月号)▼今年も推計123万人の「新成人」が誕生した。人生の本舞台に躍り出た皆さんに“恐れるな”と、心からのエールを送りたい。(鷹)

◆〈寸鉄〉 2017年1月9日

 SGI交流交歓会
を盛大
 に。新たな拡大の歴史を。
 世界の友とスクラム固く
      ◇
 
創価教育は生き方を向上
 させ差異超えた対話を可
 能に
―博士。人材の揺籃
      ◇
 
目黒師弟正義の日。壁を
 破る対話を今こそ!勇気
 の行動で大東京をリード
      ◇
 
皆を偉くし、皆を敬う人
 が偉いのだ
―戸田先生。
 誠実な振舞に仏法は脈動
      ◇
 
幸福感はお金ではなく人
 との繫がりに関係
―調査
 絆結ぶ学会活動こそ王道

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  六
 
 


 文化祭の出演者のなかには、中国人をはじめ、イギリス人も、日本人もいた。フィナーレでは、すべての出演者が、いや、ヘルメットを被った大道具の担当者など、裏方のメンバーも舞台に上がり、に肩を組み、声を張り上げ、「香港広布の歌」を熱唱。歓喜の大合唱がこだました。山本伸一は、ここにこそ、人間共和の姿があると感じた。
 香港に地区が結成され、わずか十八年にして、これほど盛大な文化祭が開催できるまでになったのである。
 伸一は、さらに、世界のために力を注ぎたかった。しかし、あまりにも多忙であり、激務のなか、時間をこじ開け、海外を訪問できる機会は限られている。“でも、今、各国に全力を注いでいけば、広宣流布即世界平和の飛躍的前進が可能となる。時を逸してはならない!”と強く思った。
 観客席にいた伸一が、あいさつに立った。
 「すべての人は、皆、平等であり、人類という家族であります。それが、私どもの仏法の教えであり、その象徴が、本日のこの舞台であると確信しております
 私たちは、幸せのために信心をしている。永遠の生きがいのために信心をしている。さらに、社会にあって友情の絆を結び、平和の連帯を広げていくための信心であります。
 本日の、皆さんの歓喜と躍動にみなぎる表情は、まさに幸せと生きがいにあふれた生命の発露であり、また、皆さんの固いスクラムこそ、友情に結ばれた平和の縮図であると、私は声を大にして訴えたいのであります。
 世界の平和を築くことは、私たち仏法者の使命です。しかし、平和といっても彼方にあるのではなく、近隣、わが地域に、信頼と友情の輪を広げていくなかにこそある。そこに、人間共和のモデルを創り上げていくことにある。どうか、この香港の地から、平和の世紀の旭日を昇らせていただきたいと念願するものであります
 伸一は“香港に、二十一世紀を照らし出す平和の灯台が築かれた”と実感した。

【聖教ニュース】

◆世界広布の本陣・東京でSGI交流交歓会
   
インドと荒川の同志が誓いのカメラに。会合では、本田晴子さん、森谷久美子さんがピアノとフルートで歓迎演奏を行った(荒川文化会館で)
インドと荒川の同志が誓いのカメラに。会合では、本田晴子さん、森谷久美子さんがピアノとフルートで歓迎演奏を行った(荒川文化会館で)

 1月度のSGI本幹研修会で来日した友が8日、世界広布の本陣・東京各地の交流交歓会に参加した
 このうち“青年拡大の源流”インドの友は荒川文化会館へ。
 「常勝不敗のアラカワ!」――会館に到着するやインドのメンバーがそう呼び掛けると、出迎えた荒川の友も呼応し、会館内は早くも歓喜のるつぼに。
 会合では熱気がさらに高まり、荒川希望少年少女合唱団による“大楠公”の歌の前奏が始まると、インドの友も立ち上がり、手拍子をしながら一緒に日本語で歌い始めた。会場に集った荒川の同志も口ずさみ、その唱和の声は“師に必ず勝利を届ける!”との誓いの凱歌となった。
 その後、男子部の和田剛部長、インドのプラティーク・シン圏副男子部長が青年拡大に励む喜びを報告。インドの友の愛唱歌「先駆の歌」の情熱の歌声が会場にこだました。藤村副会長、上沢総区長、菊地同婦人部長らが遠来の友をたたえた。
 メキシコのメンバーは武蔵野総区の同志が待つ三鷹平和会館へ。
 男子部の髙丸一哉さんの和太鼓の演舞、星の王子王女合唱団の歌声の後、日本とメキシコの代表による体験交流が行われた。
 女子部の山田純子さんは、世界広布のロマンを抱いて大学時代や卒業後、メキシコに滞在。このほど日本で就職を勝ち取り、日墨両国の友好へ飛翔しゆく決意を語った。
 メキシコ壮年部のホセ・フィリベルト・エルナンデス・アルピサルさん(本部長)は、宿命の嵐を信心根本に乗り越え、一家和楽をつかみ取った奮闘の様子を伝えた。
 続いてメキシコの友によるアトラクションが。民族衣装をまとい、軽快なメロディーに乗ってにぎやかな歌声を披露。会場もリズムに合わせて一体となり、友情あふれるひとときとなった。最後に両国の友が肩を組み、学会歌「誓いの青年よ」を高らかに歌った。
 濱辺総区長、那須同婦人部長が「世界の求道の同志と共に、広布の新時代を開こう」と望んだ。

◆マレーシア創価幼稚園 第23回入園式 
 つよく、ただしく、のびのびと! マレーシア創価幼稚園の第23回入園式が3日、首都クアラルンプール近郊の同幼稚園でにぎやかに開催された。
 創立者の池田先生はメッセージを贈り、「毎日、元気でいこう」「きちんとありがとうを言おう」「お友だちを大切にしよう」と三つの約束を提案。137人の“宝王子・王女”の出発を心から祝福した。
 式典では、園児たちが歌や体操を行い、教員による人形劇が楽しく披露された。
 黎来好園長が「友だちと仲良く遊び、たくさん学び、成長しましょう」と念願した。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈誓いの天地〉 高知市  地域でなくてはならない人に
  団結固く“広布の魁”と光れ


高知城の前で、青年部の友が“先駆の拡大”を誓う(昨年12月23日)
高知城の前で、青年部の友が“先駆の拡大”を誓う(昨年12月23日)

 高知市は「都会と田舎」の魅力を併せ持った街だ。
 市街地にある「ひろめ市場」は、飲食店や雑貨店が集まり、連日、多くの人でにぎわいを見せる。カツオやウツボのタタキ、屋台餃子など、高知の名物料理が味わえる。
 毎週日曜日には、高知城の追手門から東に延びる追手筋に、400を超える露店が並ぶ。この日曜市には、300年以上の歴史があるという。
 市街地から南へ車で25分ほど移動すれば、太平洋を望む桂浜に到着する。月見の名所であり、坂本龍馬像の前は、絶好の記念撮影スポットだ。
 池田先生はかつて、高知男子部に「自分の世代の広宣流布は、自分たちが開き築いていくんです」と語った。今、その誓いのままに前進するメンバーが、高知の地に陸続と誕生している。
 高橋大樹さん(高知池田正義県、男子部本部長)、弟の輝男さん(高知池田本陣県、同)兄弟も、地域広布に駆ける青年だ。桂浜の近くで、船舶用の冷凍・冷蔵設備製造の会社を経営する。
 大樹さんが中学1年の時、両親が離婚。母・小夜さん(白ゆり長)は、2人を育てるため、昼夜なく働き続けた。
 「一刻も早く母を楽にしてあげたかった」と大樹さん。中学を卒業した後、職業訓練校へ。輝男さんも同じ道を進んだ。
 だが、2人とも仕事が長く続かない。大樹さんは、短気な性格が災いし、輝男さんは、仕事で嫌なことがあるたびに逃げた。
 そんな兄弟の転機は、創価班大学校の入校だった。“自分自身を変えたい”と、がむしゃらに学会活動に励んだ。
 「本気で信心に取り組むようになってから、簡単に諦めなくなった。耐える強さが身に付きました」と兄弟は声をそろえる。
 2011年(平成23年)、現在の会社を立ち上げた。当初は経営が軌道に乗らなかったが、苦境を乗り越えようと、2人で真剣に祈った。また、その年、共に弘教を実らせた。今、売り上げは順調だ。
 「この先、海外の船舶にも、自分たちの設備を搭載できるようにしたい」と大樹さん。兄弟の視線は、龍馬のごとく、世界へ向けられている。
                                                              ◇ 
 安部直美総県女子部長に高知の魅力について質問すると、「夏の太陽のように熱い心」との答えが返ってきた。
 “勝ち気”などを意味する土佐弁の「はちきん」に象徴されるように、高知女性はたくましいといわれる。
 実際に、高知県は、女性の有業者、管理職比率が全国一(総務省統計局の平成24年就業構造基本調査)。高知は女性活躍の先進県である。
 窪田美穂さん(高知池田本陣県、県女子部主任部長)は、県内の病院の循環器内科で、慢性心不全看護認定看護師として奮闘を重ねる。
 小学生の時、母・スエ子さん(地区副婦人部長)が指定難病の潰瘍性大腸炎を発症した。看護師の励ましで、弱気だった母が明るくなる姿を見て、看護師を志すようになった。
 看護学校を卒業後、現在の病院へ。患者の死に直面するたび、人間の命の重さを実感し、“どうすれば患者の心に寄り添う看護ができるか”を祈り、実践してきた。
 看護に当たる慢性心不全の患者には、食事や運動など、さまざまな制限がある。そうした中で、生きる希望を失う人もいる。だからこそ、窪田さんは、患者に積極的に声を掛け、“生きていて良かった”と感じられる真心の看護に努める。
 現在、白樺グループの四国総合委員長を務める。多忙な中で、学会活動にも全力を注ぐ。
 「人の心が温かい高知が大好きです。地域でも、職場でも、“なくてはならない人”に成長していきます」――広布への誓いが、窪田さんの心に、夏の太陽のように輝いている。

栄光の共戦譜


 東京・大田での池田先生の「二月闘争」から1年後の1953年(昭和28年)2月、蒲田支部(当時)のメンバーの対話で、高知に四国初の学会員が誕生した
 同年12月には、高知班の結成式が行われ、翌年7月、高知地区に発展した。
 55年(同30年)1月22日、池田先生は恩師・戸田先生と共に高知へ。同地区の総会に出席した。
 池田先生は「高知の広布は皆さんの手で」と強調。戸田先生は「幼稚園から大学まで、一貫教育の学校を必ずつくる。日本一の学校をつくるよ」と、創価一貫教育の構想を語り残している
 この総会に集った滝本冨美子さん(高知池田大光県、県議長)。「戸田先生と池田先生の高知初訪問の場に居合わせたことは、生涯の誉れです」
 72年(同47年)6月20日、池田先生と、約6000人の高知の友との記念撮影会が開催された。撮影会に向かう途上、先生は詠んだ。
 「我が友に 諸天も舞いゆけ 土佐の旅」
 16回に及んだ撮影会では「日本一、世界一の模範の団結の高知を築こう」と呼び掛け、友の勝利の前進に期待を寄せた。
 冨美子さんは、夫・永年さん(高知池田大光県、県主事)と参加。この折、先生と夫婦で懇談する機会があった。
 「高知の友を深く思う先生の真心に、生涯、弟子として高知広布に戦い抜こうと腹が決まった瞬間でした」と永年さん。
 その後、冨美子さんは初代の高知県婦人部長として、永年さんも壮年のリーダーとして、広い高知中を駆け巡った。
 夫婦は今、合わせて167歳だが、広布への情熱は、ますます盛んだ。昨年は、全国に対話を拡大。今年も、と誓う。
 ◇ 
 7回の池田先生の訪問の中でも、78年(同53年)12月4日から始まる7泊8日の高知指導は、多くの友が「宝の歴史」として胸に刻む。
 翌5日の昼、先生は高知支部結成22周年の記念幹部会に出席。法華経の「普賢菩薩勧発品」を通して語った。
 「信心を貫いていくうえで必要なのは、勇気です」「高知の皆さんは、自分に打ち勝つ、勇気ある信心の人であってください」
 川田富松さん(高知池田大光県、副県長)は、この幹部会で先生と初の出会いを刻んだ。
 10日に開催された高知県男子部幹部会にも、川田さんは参加。その時の「一人一人が、なんらかのかたちで社会に貢献してほしい。何かでトップになっていただきたい」との師の指導が、人生の指針となった。
 92年(平成4年)、川田さんは、社会保険労務士試験に合格。現在、高知県社会保険労務士会の副会長を務める。
 妻の敏枝さん(総県副婦人部長)は、高等部の人材グループ「四国鳳雛会」の一員として、72年の記念撮影会に参加した。
 84歳の母・島田美津子さん(高知池田正義県、支部副婦人部長)は、これまでに96世帯の弘教を達成。高知広布を支えてきた功労者だ。
 敏枝さんの原点は、45年前の6月18日に香川で行われた先生と四国鳳雛会の懇談会。師匠の「学会一筋で頑張っていくんだよ」との激励に、“生涯、先生・学会と共に”と誓った。
 学会活動に率先しながら、県女性保護対策協議会副会長を務めるなど、地域貢献にも尽力する。
 3人の子どもも“師弟一筋”の道を進む。
 関冨美子さん(高知池田正義県、地区副婦人部長)は、78年12月10日、高知平和会館の周辺を散策していた先生から、激励を受けた。「3人の子どもも励ましてくださり、記念撮影までしてくださいました」と感謝は尽きない。
 この時の感動を決意に、60歳まで証券会社に勤務しながら、学会活動にも取り組んできた。
 一昨年、弘教を実らせた。師恩を胸に、広布の最前線を走る。
 78年の高知指導で、先生は高知の友に指針を示した。
 「
水の信心
 「
団結の高知
 「
功徳の高知
 
2018年は、この永遠の3指針の発表から40周年。師が「魁の高知」とたたえた天地で、友は団結固く、世界広布の“先駆け”の使命を敢然と果たしゆく

2017年1月 8日 (日)

2017年1月8日(日)の聖教

2017年1月8日(日)の聖教

◆わが友に贈る


仏道修行の要諦は
「人格」を磨くことだ。
周囲の信頼を勝ち得る

振る舞いの積み重ねが
仏法正義の証明となる。

◆名字の言


  「厳粛な『師弟の日』」――「1月8日」について、池田先生がそう語ったことがある▼1943年(昭和18年)7月6日、初代会長・牧口先生と第2代会長・戸田先生は、治安維持法違反と不敬罪の容疑で逮捕・投獄された。翌年11月18日、牧口先生は獄死。「牧口は死んだよ」と戸田先生が取り調べの判事から告げられたのが、45年(同20年)1月8日だった▼その時の心中を、後に戸田先生は語っている。「先生の死をお聞きしたとき、だれが先生を殺したんだと叫び、絶対に折伏して、南無妙法蓮華経のために命を捨てようと決心したのであります」▼牧口先生の命を奪ったものとは、生命を軽視する国家主義であり、権力の魔性であった。ゆえに人間主義の仏法を語り、善の連帯を広げることで、師匠の「仇討ち」をすると誓ったのである。戸田先生は戦後、壊滅状態だった学会を再建し、75万世帯の弘教を達成。この精神闘争は、第3代会長の池田先生に受け継がれ、広宣流布の潮流は世界へと広がった▼御書に「日蓮が法華経を弘める功徳は、必ず(師匠の)道善房の身にかえるであろう」(900ページ、通解)と。広布に戦うことが、師匠への最高の報恩である。「弟子の勝利が師匠の勝利」と定め、わが栄光の劇をつづりたい。(芯)


◆〈寸鉄〉 2017年1月8日

 本年の勝利誓う幹部会。

 
拡大の突破口は私から!
 ―皆が挑戦の息吹で出発
      ◇
 
組織の発展の急所は?―
 「青年を育てること」と

 戸田先生。励ましの風を
      ◇
 「
自他彼此の心なく」御書
 副役職の友も長と同じ自
 覚で。勢いも2倍3倍に
      ◇
 創価班・牙城会大学校生
 が弘教に奮戦。人生の礎
 を築く時は今!誓い貫け
      ◇
 
インフルエンザが各地で
 猛威。手洗い・嗽を入念
 に。咳エチケット励行も

◆社説  成人式を迎える皆さんへ  胸中の誓い忘れず栄光の人生を


 あすは「成人の日」。昨日、行われた本部幹部会でも、初々しい新成人の爽やかな笑顔の花々が会場に咲いた。
 総務省の調べでは、今年の新成人の数は、推計123万人。昨年より2万人多いものの、総人口に占める割合は7年連続で1%を割り込むことが確認されている。そうした時代だからこそ、一人を大切にし、支え合う心の連帯が、いや増して重要となろう。
 
 今年、成人式を迎える熊本・阿蘇市のある女子学生部員は、同志の真心の励ましで立ち上がった一人。原点は、昨年4月に起きた熊本地震だった。
 震災で、家の中はめちゃくちゃ。1週間にわたって近隣の小学校で避難生活を余儀なくされた。変わり果てた故郷の姿に込み上げてくる悲しみ、将来への不安に耐える毎日を過ごした。
 そんな中、佐賀県の学会員から、手作りの念珠入れが届いた。「創価の師弟に、越せい坂は絶対にありません」との励ましの手紙に心が震えた。
 “復興のために、まずは自分が強くなろう”と奮起。唱題根本に、初めての仏法対話に挑んだ。“地域に尽くしたい”と祈る中、昨年10月には、地元で就職の内定を得た。「多くの人の優しさを感じた分、人の役に立てる人材に」との決意を胸に、復興への歩みを続ける。
 また、20歳で学会に入会した東京・板橋区のある男子部本部長は、成人した当時の誓いのままに、広布の青春を生きる。
 入会のきっかけは、学会の座談会で耳にした80代の婦人の決意だった。「生涯、目の前の一人を励まし続けます」――人生の晩年を迎えてなお、人に尽くす情熱に満ちた姿に、“俺もそんな生き方をしたい”と、創価家族の仲間入りを。以来18年、仕事と学会活動に挑戦し、6年前には弟への弘教を果たした。システムエンジニアとして働く職場でも、実直な姿勢が認められ、昨年末、社長賞に輝いた。
 信仰に反対していた両親も、わが子の成長を通し、少しずつ理解者に。今、兄への弘教を目標に先駆の対話に励む。
 池田先生は、「
目標を見失わない限り、無駄な日は一日たりともない。日々、価値ある黄金の一日となり、希望がわき、成長もできる」と。また、「わが胸に広布の誓いを燃やせば、誰もが永遠の青年だ」とも語る。
 夢に向かって前進する“青年”に行き詰まりはない。新成人の皆さんが、今の決意を忘れず、自分らしく、栄光の人生を開きゆくことを念願してやまない。

◆きょうの発心  報恩の心で“人材城”を構築 2017年1月8日

御文
 何に況や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしって知恩報恩をいたすべし(開目抄、192ページ・編419ページ)
通解 まして仏法を修学する人は、知恩報恩がなくてはならない。仏弟子は必ず四恩を知って知恩報恩するべきである。

 恩を知り、恩を報ずることこそ仏法の根幹であり、真髄であるとの御文です。
 1966年(昭和41年)に一家で入会。父は九州研修道場(当時)での研修を陰で支える「霧島会」の委員長として、どんなに多忙でも道場の整備に励み、汗を流しました。そうした父の背中から、信心の姿勢を学びました。
 78年、同道場の開所6周年を祝う「火の国の夕べ」の準備をしていた際、池田先生・奥さまとの出会が。“御書をしっかり学び、成長していきなさい”と激励していただいたことが生涯の原点です。
 その後、男子部として、九州をリードする弘教・拡大を達成。訪問激励にも奔走するなど、全力で学会活動に取り組む中、常に師匠、地域の壮年・婦人、男子部の同志の温かな励ましと応援をいただいたことは忘れられません。
 この御金言の通り、皆からいただいた大恩に報ずるため、自ら霧島池田県の同志の皆さまの先頭に立って、広布拡大に挑みます。学会の永遠性を確立する今この時に、師弟直結の人材城を築いてまいります。        鹿児島・霧島池田県長 桑原田英雄

【聖教ニュース】

◆世界広布新時代第23回本部幹部会 
 平和の地球へ希望の大音声を
 池田先生がメッセージ
 原田会長、永石婦人部長が各部・海外の代表と出席

“青年拡大の年”の開幕を飾る新春の本部幹部会。席上、人生の新たな門出となる新成人の友を全参加者が祝福した。成人の日(9日)を前に、ある男子学生部員は「広布後継世代として、小説『新・人間革命』を徹して学び、生涯、師弟の道を歩み抜きます」と抱負を語った(巣鴨の東京戸田記念講堂で)
“青年拡大の年”の開幕を飾る新春の本部幹部会。席上、人生の新たな門出となる新成人の友を全参加者が祝福した。成人の日(9日)を前に、ある男子学生部員は「広布後継世代として、小説『新・人間革命』を徹して学び、生涯、師弟の道を歩み抜きます」と抱負を語った(巣鴨の東京戸田記念講堂で)

 「世界広布新時代 青年拡大の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第23回本部幹部会」が7日午後、巣鴨の東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、海外の友と出席。池田大作先生はメッセージ(3面)を贈り、「『平和の文化』を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!」と念願。題目を唱え抜き、希望の大音声を轟かせながら、この地球上に正義と人道と平和の寂光土を築きゆく「凱歌の行進」へ踏み出そうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)

 東京の空には、澄み切った「青」が広がっていた。まばゆいほどの陽光が、東京戸田記念講堂に降り注ぐ。
 “青年拡大の年”の幕開けにふさわしい大晴天に包まれ、行われた本部幹部会。冒頭を飾ったのは、音楽隊・しなの合唱団と、女子部・富士合唱団の歌声だった。
  
 〽太陽昇る 凱歌の朝
 生命を燃やし 人間革命の旗を掲げ……
  
 歌の名は「凱歌の行進」。ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」の「凱旋行進曲」に、青年部有志が歌詞を加えたものだ。世界広布という崇高な使命を自覚した青年の誓いが込められている。
 合唱の終盤で、会場後方にいた500人の青年が一斉に立ち上がり、歌声を重ねた。
   
 〽征け! 時は来たり 青年の年
 拡大の 世界広布ここに
 征け! 理想の道 平和の道
 まっすぐに 進め進め 進めよ……
   
 歌詞の基になっているのは、1970年12月に池田先生が発表した長編詩「青年の譜」。
 当時の学会には、暗雲が立ち込めていた。言論問題である。
 320行を超えるその詩は、こう始まる。「天空に雲ありて/風吹けど/太陽は 今日も昇る/午前八時の青年の太陽は/無限の迫力を秘めて/滲透しつつ 正確に進む」
 長編詩に託した真情を、先生は、小説『新・人間革命』「蘇生」の章につづった。
 「仏法を根底に社会の建設に立ち上がるなかにこそ、仏法者としての、青年の尊き使命がある」「青年が立つ時、時代は新しき回転を開始する。歴史を創る決戦の勝敗の鍵は、常に青年の腕のなかにある」と――。
 この師の思いと歴史を学び、青年たちは歌の練習に励んできた。
 「拡大の結果をもって集うことができました。池田先生に届けとばかり、精いっぱい、歌いました」(東京、男子部部長)
 「先生との新たな原点を築くことができました。この一年も、必ず勝利するとの決意を歌声に込めました」(大阪、女子部部長)
 清新な声の響きは、世界の青年たちの魂の共鳴板を激しくたたいた。香港で男子部部長を務める黃嘉南さんも決意を新たにした一人である。“よし! 希望の哲学を多くの友に語ろう! 地涌の連帯を広げていこう!”
 師との原点は88年、香港で行われた第9回世界青年平和文化祭。後継の未来っ子の一人として、組み体操に出演した時のことだ。

【先生のメッセージ・特集記事】

◆本部幹部会への池田先生のメッセージ
 「正しい人生」を忍耐強く
 わが人間革命の「歓喜の劇」を示しゆけ
 題目こそ究極の妙音 いかなる苦悩も幸福への智慧に
 
20世紀最高峰の歴史家トインビー博士と池田先生の初の対談から、本年で45周年。語らいは2年越し40時間に及んだ。池田先生の文明間対話は、ここから大きく広がった(1973年5月、ロンドンで)
20世紀最高峰の歴史家トインビー博士と池田先生の初の対談から、本年で45周年。語らいは2年越し40時間に及んだ。池田先生の文明間対話は、ここから大きく広がった(1973年5月、ロンドンで)

 一、広宣流布を成し遂げゆかんとする全世界の創価家族と共々に、希望に燃えて、明るく、仲良く、にぎやかに、新春を出発することができました。
 とりわけ、一番寒く、一番忙しい、この時期に、はるばる来日してくれた、偉大なるSGIの指導者の皆さん方を、御本仏・日蓮大聖人も、三世十方の仏菩薩も、どれほど讃嘆なされていることでしょうか。
 研修会で参加のアメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパの皆さん、香港の皆さん、タイ・インドの皆さん、そして、韓国の皆さん、本当にご苦労さまです。世界の求道の友を、私たちは「ああ感激の同志あり」と熱烈に歓迎しようではありませんか!(大拍手)
 「青年拡大の年」の開幕を飾る、地涌の若人たちの今日の歌声は、私の生命にも、何よりうれしく、頼もしく響いてきます。
 音楽隊、鼓笛隊、そして、合唱団等の皆さん、いつもいつも、ありがとう!
 法華経に登場する妙音菩薩は行く所、向かう所、「百千万億」もの音楽を奏でながら、衆生に、生きる喜びと希望の生命力を贈ります。
 この「平和の文化」を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!

師匠と定め70年


 一、フレッシュな新成人の皆さんも、誠におめでとう!
 思えば、私が恩師・戸田先生に初めてお会いをしたのは、成人を迎える直前に出席した座談会でした。敗戦まもない、深い闇に包まれた時代です。
 私は質問しました。
 「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」と。
 戸田先生は、にっこりと微笑まれて、大聖人の大生命哲理の上から、満々たる確信で、生老病死の打開の道を明快に示してくださいました。
 そして、こう言われたのです。
 考えるのもよい。しかし、考える暇に、大聖人の仏法を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と。
 先生は、貧しい庶民の、病弱な一青年を信頼し、励ましてくださいました。妙法の実践によって、若き生命から何ものにも負けない力を引き出し、民衆に、社会に、世界に貢献する未来を開くことができる。いな断じて、そうしてみせると、指導し、薫陶してくださったのです。
 この先生を師匠と定めて、私はまっしぐらに走り抜いてきました。
 そして70年――。波瀾万丈の大闘争を勝ち越えて、先生が約束してくださった通りに、一点の後悔もない「正しい人生」を生き抜くことができました。
 
 これは、私より6年早く、家族と一緒に入会した妻も、全く同じ思いで、師匠と同志に心より感謝しております。
 妙法と共に、学会と共に生きるならば、誰人も絶対に正しい生命の軌道を歩みゆける。
このことを、私たちは人間革命の歓喜の劇をもって、道を求める世界の若人へ、一段と伝え弘めていこうではありませんか!
 青年の蘇生にこそ、人類の宿命をも転換しゆく希望の光があるからです。
 今月から始まる女子部の「ロマン総会」の楽しく朗らかな大成功も、婦人部の先輩方をはじめ、皆で祈り、応援していきたいと思います。

声を惜しまず


 一、本日は、各界で活躍する方々も参加されています。皆で大喝采を送ろうではありませんか!(大拍手)
 賢明にして誠実な民衆からの敬愛と賞讃に勝る栄光は、決してありません。
 大聖人は、妙音菩薩についての御義口伝に、こう仰せであります。
 「妙音とは今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る事は末法当今の不思議の音声なり、其の故は煩悩即菩提生死即涅槃の妙音なり云云」(御書774ページ)と。
 我らには題目という究極の妙音がある。
 ゆえに人生においても、社会においても、いかなる苦悩が立ちはだかろうと、断固として怯まず、一つ一つ幸福への智慧に転じ、自他共に境涯を開くことができる。試練が大きければ大きいほど、「心の財」も大きく積める。
 
 我らは、題目を「
獅子の吼ゆるが如く」(同764ページ)唱え抜き、励ましの声を、友情の声を、勇気の声を惜しまずに轟かせながら、この地球上に、正義と人道と平和の寂光土を、いやまして建設し、拡大してまいりたい。

さあ凱歌の行進!


 一、今年は、トインビー博士と対談を開始して45周年。博士から託された「人類の心をつなぐ対話」という使命を、私は今も貫いております。
 文明を結び、未来を照らす世界の知性との対談集も、80点に及びます。
 トインビー博士が忘れ得ぬ語らいの最終章に、若き世代へ贈ってくださった励ましは、「忍耐強くあれ!」との一言でありました。
 この言葉に加えて、「
負けじ魂の青春に勝利あり」、そして「異体同心の民衆に凱歌あり」と申し上げ、私のメッセージといたします。 
 さあ、共々に、胸を張って、「凱歌の行進」へ踏み出そうではないか!(大拍手)

【信仰体験】

◆〈ターニングポイント〉 モルタル造形師 蛯名絢也さん
 己の壁に立ち向かう!

2017年1月 7日 (土)

2017年1月7日(土)の聖教

2017年1月7日(土)の聖教

◆わが友に贈る


リーダーの気迫が
広布の未来を決する。
燃えるような情熱と
新しい発想・行動で

皆の魂を鼓舞しよう!

◆名字の言
                         

ドイツの作家トーマス・マンは、若い頃からほぼ毎日、日記をつけた。1953年には、ミケランジェロやベートーベンについての新聞記事を読み、こう記している。「偉大さと関わることをひじょうに好むのは、私にはプラスの材料と、私は思う」(森川俊夫ほか訳『トーマス・マン 日記 1953―1955』紀伊國屋書店)▼当時、78歳。体は衰えつつあったが、創作への情熱を燃やし続け、決してペンを離さなかった。翌年には30年越しの作品『詐欺師フェーリクス・クルルの告白、回想録の第1部』を発表。これが彼の遺作となった▼偉大な精神に触れれば、自らの心も刺激を受け、前進の意欲も生まれよう。目の前の壁が高く思える時にも、より大きな視点に立てば活路も見えてくる▼職場での不遇や、病魔との闘いなどを勝ち越えた北九州の壮年。「大変なことばかりでしたが、“広宣流布のために、池田先生と共に”と決意を新たにするたび、勇気が湧くんです。気付けば、一つ一つの具体的な祈りは全てかなっていました」と▼初代会長の牧口先生は「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」と語った。広宣流布という大目的を胸に、それぞれの使命の舞台で、黄金の自分史を刻もう。(蹴)

◆〈寸鉄〉 2017年1月7日
 

 
SGIは「一対一」の対話
 で希望生み出す
―博士。
 さあ心結ぶ語らい勇んで
      ◇
 御聖訓「
仏法を学せん法
 は必ず先づ時をならうべ
 し
」。青年を先頭に拡大を
      ◇
 
全体験が生きる。これが
 妙法の功徳
―戸田先生。
 信心の労苦に無駄はなし
      ◇
 
受験シーズン到来。健康
 第一で悔いなき挑戦を。
 勝利の春祈る。負けるな
      ◇
 交通事故死減少も高齢者
 の割合、過去最高に。慢心
 や
油断を排し絶対無事故 

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  五




 二月十九日午前、山本伸一は香港総督公邸に、マレー・マクリホース総督を表敬訪問した。総督は、友人である在日イギリス大使館のマイケル・ウィルフォード大使から、手紙を通して、伸一の人となりについて聞いており、会見を楽しみにしていたという
 語らいは弾んだ。繁栄へと向かう香港社会の行政上の成果や、福祉などの現状が話題となった。
 また、総督は、香港中文大学の総長でもあることから、これまでの同大学と創価大学との教育交流にも話が及んだ。
 伸一は、総長としての総督の尽力に深く感謝の意を表し、率直な思いを語った。
 「青年と青年が友情で結ばれ、世界の未来について忌憚なく意見交換し、スクラムを組んで進んでいく――そのための両校の教育交流でありたいと考えています。
 この交流を通して、国家や民族、宗教、風俗、習慣等の違いを超えて、同じ人間として共に苦しみ、悲しみ、喜び、連帯していける人材を、私は育みたいんです
 総督も、目を輝かせ、「イエース、イエース」と言いながら大きく頷き、賛同の意を示していた。
 世界といっても、根本は「人間」と「人間」である。同じ「人間」という視座に立ち返れば心は通じ合い、共感し合えるものだ。
 二十一世紀まで、既に二十余年となっていた。伸一には、世界の平和のために、人類の未来のために、急いで行動を起こさねばならぬ課題が山積していた。彼は、ただただ時間がほしかった。人生は時間との闘争である。
 伸一たち一行は、この日の午後、九竜・大専会堂で行われた香港のSGIメンバーによる「’79香港文化祭」に出席した。
 出演者総勢五百五十六人が、アジアの平和建設への誓いを、中国伝統の宮廷舞踊や収穫の舞、獅子舞、合唱、演奏などに託して熱演し、華麗で迫力あふれる舞台が繰り広げられた。
 人びとの幸せを願い、行動する、はつらつたる生命の躍動は、芸術・文化創造の源となる

◆御書と歩む――池田先生が贈る指針【47】 清新なる決意が成長の力

御文
 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、天台云く「従藍而青」云云  (上野殿後家尼御返事、1505ページ)
通解 法華経の法門を聞くたびに、ますます信心に励んでいく人を、真の求道の人というのである。天台大師は「青は藍から出て、藍よりも青い」と言われている。

同志への指針

 我らの信仰は、たゆまず成長し、前進するためのエンジンである。
 「この一年、生まれ変わった決意で!」「もう一歩、自分の殻を破ろう!」――その清新なる誓いが、因果?時で勝利を開く力となる。
 
 いよいよ戦い続ける信心が、日蓮仏法の真髄である。たゆまぬ発心、そして挑戦の繰り返しこそ、わが生命を永遠に輝く仏界に染め抜いていくのだ。

【聖教ニュース】

◆原田会長を中心に出発の全国総県長会議
 異体同心で青年拡大へ力走

未来に輝く広布の黄金時代を!――新たな拡大と勝利を約し合った全国総県長会議(創価文化センター内の金舞会館で)
未来に輝く広布の黄金時代を!――新たな拡大と勝利を約し合った全国総県長会議(創価文化センター内の金舞会館で)

 さあ、異体同心の団結固く、青年拡大へ力走を!――全国総県長会議が6日午後、東京・新宿区の創価文化センター内の金舞会館で勢いよく開催された。
 “青年拡大の年”の出陣に当たり、誓いに燃える各地のリーダーが集った総県長会議。
 若き池田大作先生が広布拡大の突破口を開いた「二月闘争」から65周年の本年、河合総東京婦人部長の決意は固い
 「今こそ師匠への報恩の心を胸に、誓願の祈りから出発し、信心の確信を語り抜き、わが使命の地域に、友情と幸福の花を爛漫と広げていきます!」
 また本年は、邪宗門の迫害の嵐を乗り越え、反転攻勢ののろしを上げた「雪の秋田指導」から35周年。高山総秋田長の言葉に力がこもる。
 「わが秋田に“正義の炎”をともしてくださった池田先生の闘争を生命に刻み、池田門下の弟子の拡大で35周年を勝ち飾ります!」
 会議では、北九州総県の園田総県長があいさつ。板子学生部長は、先駆の対話に走り抜き、学生部結成60周年の本年を堂々たる英知の陣列で荘厳したいと訴えた。
 志賀男子部長は、広布の全責任を担い立ち、圧倒的な折伏・弘教のうねりを巻き起こし、師弟勝利の決定打をと呼び掛けた。永石婦人部長は、本年からスタートする「サン❀フラワー キャンペーン」に全力を注ぎ、“婦女一体”の仲良きスクラムで、平和の大行進を朗らかに開始しようと語った。
 原田会長は、「二月闘争」の広布史に言及しつつ、拡大の要諦として①師弟の戦いが壁を破る②青年を先頭に各部一体で拡大③徹して「一人」を大切に――の3点を確認。師と共に広宣勝利の旗を掲げ、拡大と勝利の金字塔を打ち立てようと望んだ(2面に要旨を掲載)。

◆総県長会議での原田会長の指導 要旨 
 「師のために」「各部一体で」「一人を励ます」 

 二月闘争に学ぶ拡大の要諦
 

 一、「世界広布新時代 青年拡大の年」がスタートしました。皆が「青年の心」を燃やし、「異体同心の団結」で、本日から出発を切っていきたい
 昨年末の財務につきましては、皆さまの強き祈りと温かな激励により、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
 このあとは、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、丁寧にお渡しいただき、最後まで無事故の財務としてまいりたい。
 一、池田先生は、年頭の3日、広宣流布大誓堂で、創価学会の前進と団結と勝利をご祈念してくださいました。聖教新聞元日号からは、小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章をスタートしてくださいました。
 私たちは、先生がつづってくださる小説『新・人間革命』を日々、しっかりと学び、呼吸を合わせながら、広宣流布大誓堂の完成5周年となる2018年の「11・18」を目指し、まずは本年前半に拡大と勝利の金字塔を打ち立て、先生の入信70周年の佳節をお祝いしていきたい。
 2018年の「11・18」を目指し、各方面・県が世帯増を成し遂げていく決意で、この2年間を戦っていきたい。


自身の殻を破れ


 一、折伏・弘教を大きく進め、本年の完全勝利を開くためにも、本日は今一度、65周年の佳節を迎えた「二月闘争」から、拡大の要諦を3点、確認したい
 二月闘争の前月である、1952年(昭和27年)1月。戸田先生が詠まれたお歌は「友どちの 集いも堅き 学会は 折伏行の 王者なりけり」でありました。同じ月、戸田先生は“いよいよ大作を出すか”と、池田先生を蒲田支部幹事に任命されました。
 当時24歳の池田先生は、力強く訴えます。
 「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
 弟子の、この決定した一念が、二月闘争のスタートでありました。

 さらに先生は、二月闘争を振り返り、「『師と共に』戦うから、小さな自分の殻を破れる。『師のために』戦うから、本当の底力が出せる」と教えてくださいました。「師と共に」「師のために」――この「師弟の戦い」こそ、広布拡大の最重要の力であります
 言うまでもなく、池田先生の指導と激励があって、今の私たちがいます。そして先生が「学会の永遠性の確立」を訴えられ、「総仕上げ」と言われている今この時よりほかに、池田門下の弟子が広布拡大でご恩返しをする時はありません。
 1月2日を目指し、多くの男子部が折伏を実らせました。女子部のロマン総会も、先生の誕生月をお祝いする新しい伝統になりました。年齢に関係なく生涯、師との誓いを忘れない人が青年です。師と共に広布に生き抜く人が青年です。
 私たちは、「断じて師匠にお応えする」「必ずや師匠に喜んでいただく」との一心で、動き、語り、壁を破っていきたい。


青年と一緒に


 一、先生はかつて随筆で、二月闘争を「学会の歴史において、これこそ、青年が大先頭に躍り出て、壮年・婦人と一体で戦い、実質的に広布拡大を牽引した初陣であった」と意義づけられました
 さらに「常に、未来を託す人材の流れを『二陣三陣』と育成するために、間断なく種を蒔いていくことだ。これが、令法久住のための鉄則である」とも教えてくださいました
 今、この時に生まれ合わせた青年部・未来部こそ、創価学会を永遠に盤石ならしめる、使命深き大事な人材です。
 その青年部・未来部を激励することはもちろん、二月闘争から学ぶ勝利の要諦は、青年を先頭にした「各部一体の団結」です。「青年を先頭に」というのは、当然ながら「青年だけにやらせよう」とか「青年を動かそう」ということではありません
 先輩である壮年・婦人が自ら、青年の模範となる対話に挑む。青年と一緒に、青年への折伏に挑戦する。それでこそ、拡大のうねりが起こり、その各部一体の拡大のなかでこそ、次代を担う青年が、拡大の先頭に立てる一騎当千の人材へと成長するのです


功徳の体験こそ


 一、池田先生は昨年、小説『新・人間革命』に、二月闘争について「勝利の眼目は、まさに徹底した個人指導にあった」と改めてつづられました
 さらに、続けられます。
 「山本伸一に励まされた蒲田支部の同志は、一騎当千の闘士となって二月闘争に走った。皆が、途方に暮れるしかないほど深刻な悩みをかかえていた。しかし、そのなかで“私は信心で勝つ! 負けるものか!”と、広宣流布の使命に奮い立っていった
 「その戦いの帰結が、一支部で一カ月に二百一世帯という当時としては未曽有の弘教を実らせたのだ。そして、より重要なことは、勇んで二月闘争を展開した同志は、功徳の体験を積み、歓喜と確信に燃え、苦悩を乗り越えていったという厳たる事実である」と。
 先生は二月闘争を振り返る際、「一人を大切に」と繰り返し教えてくださっています未曽有の拡大が、直接一人と会い、共に祈り動くという、最も地道な活動からであったことを、ゆめゆめ忘れてはならない
 そして何より、先生が「折伏の成果」にも増して、拡大に取り組んだ一人一人の「功徳の体験」「苦悩を乗り越えた実証」を強調されていることを肝に銘じたい
 昨年の任用試験では、会友の合格者が前回に倍する数となりました。最近3年間の任用試験の合格者は、およそ30万人いらっしゃいます。
 ここに象徴される「新しい力」が対話に打って出た時、拡大の結果が出ることはもちろん、功徳の体験が、歓喜の実証が、各地域で大きく花開くことは間違いありません。
 私たちは「全員を勝利者に」との思いで訪問激励に徹し、拡大の上げ潮をつくっていきたい。


人間革命の旗を


 一、聖教新聞元日号で発表されたように、聖教新聞社の新社屋が「創価学会 世界聖教会館」として建設されることになりました。2019年の11月18日に落成予定となっています。この日を目指し、聖教新聞のより一層の拡大にも、全力で取り組みたい。
 2月には、聖教新聞PR版の発行も予定していますので、よろしくお願いいたします。
 先生は、新年勤行会のメッセージで「いざ共に 人間革命 凱歌あれ」と詠んでくださいました。
 「大白蓮華」1月号の「世界を照らす太陽の仏法」では、「今いる場所で、『わが人間革命の姿を見よ!』と、勝利の旗を掲げゆけ!」「陽出ずる21世紀に 人間革命 光あれ!」と呼び掛けてくださいました。
 私たちは、今、先生と一緒に人間革命の旗を掲げて戦えることを最大の誇りとし、自らが人間革命の実証を厳然と示しながら、「凱歌の歴史」を堂々と切り開いていきましょう

【先生のメッセージ・特集記事

◆〈世界の識者の眼〉 米プリンストン大学名誉教授 リチャード・フォーク博士
   「原水爆禁止宣言」60周年 平和の未来を青年の手で
 真に責任を担い立つ人は 目先の結果に落胆しない

 
戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」発表(1957年9月8日)から60周年の本年、国連では「核兵器禁止条約」制定への交渉開始が決定しており、今後の動向に注目が集まっている世界の「今」について、著名な国際法学者であり、核廃絶、平和構築の分野で研究・運動を重ねてきたリチャード・フォーク博士(米プリンストン大学名誉教授)に聞いた。(聞き手=萩本秀樹記者)

グローバル化がもたらした変化

 ――国際法・政治学の権威である博士は、グローバル化の影響を研究してこられました。世界は今、どんな時代を迎えているのでしょうか。
 
 フォーク博士 グローバル化はさまざまな変化をもたらしましたが、その一つは「格差」です。経済成長の恩恵は不平等に分配され、市民と経済エリートの間には、明確な摩擦が生じています
 それとは対照的に、2点目として、グローバル化は文化間・文明間の差異を打ち消し、ある種の“同一性”も、もたらしました。今日、私たちは東京、ニューヨーク、ロンドンのどこにいても、同じホテルやレストランを見つけ出すことができるように、です。
 その反動として、差異を認めてほしいとの感情が爆発し、ナショナリズムの運動などに形を変えています。
 つまり私たちは、一方ではアイデンティティーの喪失、他方ではその復興という矛盾を目の当たりにしているのです。
 最後に挙げたいのは、かつてないほどの資本と労働力の移動です。これにより、とりわけヨーロッパや北米では、近年、移民と居住者の間で摩擦が生じています。
    
 ――博士は「上からのグローバル化」「下からのグローバル化」という二つの見方を提示しています。そこに込められた意味は何ですか。
 
 博士 「上から」に象徴される人々は、市場を支配しようとする経済エリートです。彼らの主導による「上からのグローバル化」は、効率的に富を生み出すことを目的とし、人々の幸福には目を向けません
 反対に「下からのグローバル化」は、そうしたエリート主義に対抗し、社会的・経済的な正義を広める人々の運動を指します。それは、実質的な民主主義を築く挑戦――選挙で人を選ぶだけではなく、経済成長の恩恵が平等に分配される社会を共に築く挑戦です
 この「下からのグローバル化」が真に力を発揮するには、アイデンティティー喪失への恐怖心に駆られた暴力的エネルギーではない、新しい政治エネルギーを必要とします。しかし残念ながら、世界では右派ポピュリズム(大衆迎合主義)ともいえるナショナリズムが席巻し、自国を“第一”に置く風潮があります
 そうした風潮は、人類への共感を欠くだけでなく、自らが人類の一部であるとのアイデンティティーを、放棄することにも通じます。
 ゆえに私は、道徳的価値と人類的視野に立った「人間的グローバル・ガバナンス(地球社会の統治)」の必要性を訴えてきました。


相手を理解するのが対話の本質

 ――では、グローバル化の中で宗教が果たす役割をどうお考えですか。
 
 博士 グローバル化への反動として、人々が自らのアイデンティティーを模索しているのは、前述した通りです。宗教はそのアイデンティティーの一つであり、ゆえに、強烈な個性の表現としてのナショナリズムと結び付けられがちです。
 一方、グローバル化は「世俗主義」の帰結ともいえます。その場合、宗教の挑戦は、物質主義が生む“空虚さ”を埋める役割を果たすことにあります。機械化・デジタル化された世界にあって、生きる目的を教えるのが宗教なのです。
 歴史を見れば、宗教は非人道的側面も備えているのが分かります。今日の宗教的過激主義は、その典型的な例でしょう。多くの人々は、それが信仰心の正しい表現であると錯覚し、テロリズムと狂信をもってしか、真理への到達と救済はなされないと考えています。
 未来の世界は、宗教の善の可能性を育んでいく必要があります。その善性の開花にこそ、地球を守る道徳的価値の萌芽があるからです
    
 ――その“二面性”ゆえに、宗教は、他の思想に勝ろうとするのではなく、協力し合うことが肝要です。宗教間対話の意義もそこにあります。
 
 博士 とりわけ私は、個人主義を重んじる西洋社会において、対話の必要性を感じます。近代化と啓蒙思想を経て、科学技術と理性に価値が置かれ、西洋人は宗教や国家から離れていきました。コミュニケーションの文化が失われ、家族の絆が弱まったのは、なんら驚きではありません。
 対話がもたらす最高の“贈り物”とは、相手の話を聞くことにあると私は思います。そこでは、たとえ相手の意見が異なろうとも、その型に自分を“はめる”必要はありません。大切なのは、他者の悲しみや理想を理解することなのです。
 人間には本来、積極的に他者と関わる能力があります。子どもが、家族の中で自然と対話の力を身に付けるようなものです。宗教や思想を超えた対話は、その「家族」の枠を延長していく挑戦であるといえるでしょう。


小さな善の行為が大きな連鎖に


 ――本年は、戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表から60周年です。博士は昨年10月、SGIと核時代平和財団が主催した核廃絶シンポジウム(米サンタバーバラ市内)に参加されました。
 
 博士 核兵器を巡る問題は非常に深刻です。冷戦(Cold War)の再現の危機にあり、それはともすれば武力を行使する熱戦(Hot War)の性質すら帯びかねません。
 問題の根底には、核兵器に対する無関心があります。一般市民だけではなく指導者までもが、核兵器の脅威を十分に理解していないのです。サンタバーバラでの2日間のシンポジウムは、こうした無関心、無責任な態度を改善する方途を探るものとなりました。
 60年前、戸田第2代会長の宣言が、数万人の青年を前に行われたことに深く共感します。なぜなら私も、核兵器なき未来への希望があるとすれば、それは無関心の壁を打破しゆく青年の連帯によるものであると、確信するからです。
 戸田会長もまた、そうした思いに立ったのではないでしょうか。
    
 ――そうした平和の精神が次世代に受け継がれ、実践されるために何が必要でしょうか。
 
 博士 世界の人々が責任を持って、核兵器廃絶への取り組みを政治のアジェンダ(行動計画)に乗せていくことが大切です。それが最初のステップであり、とても困難なステップでもあります
 SGIの運動は、そうした取り組みに重要な貢献を果たしてきました。
 核廃絶への容易ならざる挑戦を前に、私たちは、不確実な現実を受け入れ、遠い未来への“保証”はないことを知るべきでしょう。成功が保証されているから前進するのではなく、自らの努力が正しいとの確信を糧にして、行動を続けなくてはならないのです。
 チョウの羽ばたきが、はるか遠くで竜巻を起こす“バタフライ効果”という概念があります。これに倣えば、どんなに小さな善の行為も、平和への大きな連鎖を起こしゆく因となりえます。行動しているその時には、そうした変化には気付かないものです
 平和の責任を真に担い立つ人は、目先に変化が表れなくとも、決して落胆しない忍耐の人であるといえます。その人の胸中には、高潔な理念の行動が慈愛に満ちた世界を築くとの、確固たる確信が輝いているのです。

 Richard Falk 1930年、ニューヨーク生まれ。プリンストン大学名誉教授。国際法、国際政治学を専門とし、安全保障、人権、環境等の分野で優れた業績をもつ。世界の平和研究の権威である「世界秩序モデル・プロジェクト」を創設し、中心メンバーとして長年、指導的役割を果たしてきた。


◆〈教学〉 1月度座談会拝読御書 生死一大事血脈抄
 御書全集 1337ページ12行目~14行目
 編年体御書 402ページ3行目~5行目
 信心の団結こそ拡大の要諦
 仲良き前進で崩れざる幸福を

本抄について

 本抄は文永9年(1272年)2月11日、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地・佐渡の塚原で認められ、最蓮房に与えられた御書とされます。本抄は、最蓮房が「生死一大事血脈」という仏法の極理について質問したことに対する御返事です。
 「生死一大事」とは、生と死を繰り返して流転する生命において根本の大事、つまり万人成仏の法を意味します。また「血脈」とは、法が仏から衆生へ伝えられていくことを、親から子へ血筋が受け継がれることに譬えた言葉です。結局、「生死一大事血脈」とは、仏から衆生に伝える根本的に重要な成仏の法を意味します
 大聖人は本抄で、「生死一大事血脈」とは妙法蓮華経であることを、天台・伝教の釈を引いて明らかにされます。そして、衆生が生死一大事の血脈を受け継ぐために、どのような信心の姿勢に立つべきかを、3点にわたって示されます。 
 第一に、仏と法と衆生の生命の三つに差別がない、すなわち妙法の当体である衆生自身の胸中に尊極な仏の生命が具わっていることを信じて題目を唱える実践です。
 第二に、三世にわたって御本尊から離れないという持続、不退転の信心です
 第三に、広宣流布を目指して、異体同心で南無妙法蓮華経と唱える中にこそ、生死一大事の血脈があることを教えられています。拝読御文は、この3点目の仰せの中の一節です。

拝読御文


 総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば
広宣流布の大願も叶うべき者か

異体同心


 「異体同心」とは、広宣流布を進めるに当たって、私たちが信心を根本に団結していく時に最重要とすべき指針です。「異体」とは、それぞれの見かけ、個性、特質、立場などが異なることです。「同心」とは、志、目的を同じくすることです。各人が同じ心に立って、力を合わせていくことをいいます。
 仏法の実践においては、万人成仏を実現するために妙法を説き弘めていく広宣流布こそが、仏の大願であり、根本の目的です。ゆえに同心の「心」とは、信心のことであり、広宣流布という大願に心を合わせていくことにほかなりません。
 
 すなわち、各人の個性や特質を生かし、一人一人の可能性を最大限に発揮しながら、広宣流布を目指していくことが、異体同心です
 日蓮大聖人は、「異体同心事」でこう仰せです。
 「異体同心なれば万事を成じ」「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候」(御書1463ページ)
 信心の団結によって、さまざまな難を乗り越えながら前進すれば、仏法が必ず広まっていくことは間違いないと、大聖人は教えられているのです。
 池田先生は、次のように述べています。
 「異体同心というのは、現代で言えば『組織』ということです。『異体』というのは、人それぞれ、姿も立場も、状況も使命も違う。しかし『心』は――信心は『同心』でいきなさいというのです
 異体同心の組織があれば、仏の広布大願が途切れることなく継承され、広宣流布が成就することは、大聖人の仰せに照らして間違いありません。
 異体同心の指針のままに、一人一人が存分に力を発揮しながら、大聖人の御遺命である広宣流布へ前進していきましょう。

広宣流布の大願


 日蓮大聖人は拝読御文で「広宣流布の大願」と仰せです。ここでいう「大願」とは、自身の成仏とともに一切衆生を救済しようとする、仏や菩薩の願いのことです。この大願と同じ意義の言葉に「誓願」があります。
 法華経の方便品には、釈尊自身の誓願について「如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしめん)」(法華経130ページ)と説かれています。
全ての人々の内面に、自身(釈尊)と同じ仏の境涯を開かせたいという誓願のままに釈尊は仏法を弘めました。  また、法華経では釈尊が弟子たちに対して、“万人の成仏を説き明かした法華経を弘める者はいないか”と呼び掛けています。これを受けて、弟子たちも妙法弘通を誓います。  この“万人の成仏を願う法華経の心”のままに、末法広宣流布の誓願を生涯、貫かれたのが大聖人です。「日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)、「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候」(同1056ページ)との仰せの通り、死身弘法の御生涯を貫かれました。
 そして、この御本仏のお心のままに広布の大願に生き抜いてきたのが、創価三代の会長であり、なかんずく池田先生であることはいうまでもありません。
 池田先生は「『広宣流布の大願』と『仏界の生命』とは一体です」と述べています。広布の誓願と仏界の生命は一体です。広布の誓願を貫く中に、崩れざる幸福境涯が築かれることを心に刻みましょう

最蓮房


 最蓮房は、元は天台の学僧であり、日蓮大聖人と同じ時期に何らかの理由で佐渡へ流罪となり、文永9年(1272年)2月初めに大聖人に帰依したとされます。
 大聖人は、弟子となった最蓮房に与えられた御書の各所で、“師弟の深い因縁”を述べられています。
 例えば、本抄では「過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか」(御書1338ページ)――過去の宿縁(過去世に作った因縁)から今世で日蓮の弟子となられたのであろうか――と仰せです。
 最蓮房は、大聖人の弟子となったために、さまざまな難を受けたようです。大聖人は、御自身も大難の渦中にありながら、「難に値い給う事・心中思い遣られて痛しく候ぞ」(同1337ページ)――(最蓮房は)法華経のゆえに難に遭われており、その心中が思いやられて心を痛めている――と述べられ、深い慈愛の激励をされています。
 
 最蓮房は難に屈することなく、厚い求道心をもって信心を貫いていったと考えられます。それは、最蓮房が、たびたび大聖人に法門についての質問をし、甚深の法門を明かされた御書を頂いていることからうかがえます。

池田先生の指針から 心を一つにして祈ろう


 「異体同心」についての大聖人の教えの要点を述べれば、第一に、異体同心こそ万事において「事を成就するための鍵」「勝利の要諦」であると強調されています
 第二に、特に仏と魔との戦いである末法広宣流布においては、「異体同心の団結」が絶対に不可欠である
 そして、いかに広宣流布を妨げる悪の勢力が強くても、「異体同心の団結」があれば、必ず勝ちこえていけるとの大確信を打ち込まれています。
 異体同心は、いわば「法華経の兵法」の究極であると言えます。「法華経の兵法」とは、要するに「祈り」です。なかんずく、異体同心とは、「心を一つにして祈る」ことにほかなりません。(『生死一大事血脈抄講義』)
                  ◇ ◆ ◇ 
 広宣流布への祈りを根幹とする異体同心の前進には、勢いがあり、勝利への力があります。
 さらにまた、その中で前進している人々は仲がよく、労苦があっても楽しい。その勝利のリズム、躍動のリズムを築くための要諦は、ひとえに「同心」にあります。
 すなわち「広宣流布の大願」という「仏の心」に皆の心を合わせていくから、妙法のリズムが生まれる
 仏の尊極の心に共鳴していくから、成長があり、前進があり、歓喜があり、勝利がある。  また、世間的な仲間意識やつながりを、はるかに超えた、崩れることのない「人材の城」「幸福の城」「平和の城」ができあがるのです。
 「仏の大願」「師の心」に自分の心を合わせるのが異体同心です。その意味で、異体同心の核心も「師弟不二」にあるといってよい。
 本抄では、大聖人の弘通の「所詮」つまり目指すところは、「異体同心」の実現にあるとの重要な御指南をされています。
 これは、異体同心の組織こそが、仏の血脈を通わせることができるからです。師弟不二の実践を、どこまでも大きく広げ、いつまでも長く通わせる力を持っているのが、異体同心の和合僧です。(同)
参考文献
 ○…『生死一大事血脈抄講義』(聖教新聞社)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻(同)

【信仰体験

◆〈信仰体験〉 土産物の木刀「白虎刀」職人60年
 
 【福島県会津若松市】会津の白虎隊をモチーフにした土産物の木刀「白虎刀」を作り続けて今年で60年。

2017年1月 6日 (金)

2017年1月6日(金)の聖教

2017年1月6日(金)の聖教

◆わが友に贈る


一日のスタートは
清々しい挨拶から!

張りのある声と
さわやかな笑顔で
社会の信頼の灯台に!

◆名字の言


  ある青年部員は、子どもの時分から悩みに直面するたび、父に話を聞いてもらうという。相談を受けた父が最後に必ず口にする言葉がある。昔から全く変わらない。「判断が正しいかどうかは、『それをしたら、母さんが喜ぶか、どうか』で考えろ」▼そこには父から息子への大きな信頼がある。“母を思え。そうすれば、君は間違わない”――少年、青年、熟年、どの年代になろうとも、変わることのない判断基準や価値観が、この世にはある今年の新年勤行会の折、高齢の婦人が入会した。婦人は数十年来、ある母子を見てきた。子は病を患い、母子は試練に深く悩まされた。だが決して逃げず、信心を貫いた。年月を重ね、子は立派に成長した。そして婦人と会うたび、子は「おばさん、元気? 風邪ひかないでね」などと心優しい言葉を掛けた▼“この親子の苦労は本物だ。この子の姿と言葉に、真実の学会を見た”。婦人は心からそう思い、入会を決めたという▼御書に「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174ページ)と。今や、多様な映像や活字を通し、学会を知る機会は格段に増えた。だが、技術が進歩し、環境が激変する現代だからこそ、「人の振舞」という仏法の変わらぬ本質を見失うまい。(城)


◆〈寸鉄〉 2017年1月6

 
会長は世界市民を鼓舞し
 革新の時代を牽引
―識者
 平和と人道の世紀の太陽
      ◇
 「
創価班師弟誓願の日」。
 創価とは勝利の異名だ。
 広布の責任担い一人立て
      ◇
 
青年の情熱が高まる時、
 組織はグングン躍動
―戸
 田先生。後継育成を皆で
      ◇
 
還付金詐欺が再び急増。
 「ATMへ」は信じるな。
 声を掛け合い冷静に撃退
      ◇
 
景気予想、拡大が6割と。
 経済再生と生活の安定へ
 正念場。公明よ総力を!

◆社説  「創価班 師弟誓願の日」 目前の一人から青年拡大の大波を


 「世界広布新時代 青年拡大の年」が晴れやかに開幕した。学会の永遠性を確立する今、最重要の鍵となるのは青年の育成である。信仰でわが生命を生き生きと躍動させ、後継の人材育成に努めていきたい。
 きょう1月6日は「創価班 師弟誓願の日」。1977年(昭和52年)の同日、池田先生が出席された第1回「創価班総会」の意義をとどめる。51年、23歳の池田先生が、苦境にあった恩師・戸田先生から広宣流布の一切の後事を託された日を淵源とする。厳粛な師弟の魂を受け継ぐべく、5年前に「創価班 師弟誓願の日」と定められた。
 “誓願”について、池田先生はこう語られている。「広宣流布の誓願とは、そもそもが『師弟の誓願』です。師弟の一念が合致して、祈りきっていくところに、計り知れない力が出る。『祈り』は即『行動』だ」
 学会を厳護し、新時代を切り開く、崇高な使命と“誓願”を胸に、創価班の友がきょうも、地域や職場で奮闘する。
 富山総県では、創価班大学校39期生全員が、個人の年間目標である、1世帯の弘教を達成。人材育成の模範を示した。
 “師に勝利でお応えしたい”と奮起した大学校生と、彼らを何としても成長させようと懸命に奔走した創価班の先輩が起こした対話の波動が大きく広がり、昨年、富山総県男子部は支部3世帯を超える弘教を成し遂げた。
 現在の40期生のあるメンバーは、初めは弘教に消極的だった。しかし、先輩自ら率先して弘教を実らせた姿を見て、自身の殻を破ろうと挑戦を決意し、真剣に唱題を重ねた。そんなある日、自分と同じく、職場の人間関係で悩む友人と出会う。「一緒に乗り越えよう」と励ます彼の温かな言葉に、友人は入会を決意した。
 混迷する時代の中で、一人また一人と立ち上がる創価の青年の連帯は、偉大な広布の歴史の一ページを刻んでいると言っても過言ではない。
 御書に「人のものををしふると申すは車のおもけれども油をぬりてまわり・ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり」(1574ページ)と。一人一人の悩みや状況に寄り添い、誠実な振る舞いで接していく――その積み重ねの中でこそ、広布の人材城は築かれることを忘れまい。目の前の一人を励まし、共に使命に立ち上がり、広宣流布大誓堂完成5周年の2018年11月18日へ、青年拡大の大波を起こしたい。

◆きょうの発心  平和の創出は日々の学会活動に2017年1月6日

御文
 女子は門をひらく(上野殿御返事、1566ページ・編1296ページ)
通解 女子は門を開く。

 女性の役割として、一門、すなわち一族を開き栄えさせていく特性があることを教えています。 
 
 2000年(平成12年)、大学進学に伴い、山口から大阪へ。同年12月、池田先生のアジア歴訪後、関西で開催された本部幹部会で先生は「女性の世紀」について言及されました。
 07年(同19年)の関西総会の席上、先生から激励をいただく機会が。私は、慣れない英語で、海外メンバーへの歓迎の言葉と、広布に生き抜く誓いを申し上げました。師匠に続き、“皆を励ます側”に立ってメンバーに希望を送っていく弟子のあり方を教えていただきました。
 その後、人間関係や自身の境涯の悩みに直面。唱題と学会活動を重ね、師との原点に立ち返った時、迷いが感謝に変わり、使命の道を開くことができました。
 現在、平和・文化運動を進める中で、若い女性が確固たる哲学を持って主張できることを、多くの方が歓迎してくださいます。日々の学会活動こそ、人類の境涯を高めゆく「平和への直道」であると確信します。
 本年は、戸田先生の「原水爆禁止宣言」より60周年の佳節。関西池田華陽会は、師匠から受け継いだ生命尊厳の哲学を多様な分野に展開し、調和と価値創造の方向へ世界をリードしてまいります。   関西女性平和文化会議議長 阿野 理恵

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  四

 


 山本伸一は思った。
 “ここに集った方々は、日蓮大聖人の太陽の仏法をもって、アジアの大地を照らし、幸福の光を送りゆく崇高な使命の人である。一人ひとりの行動と成長が、国や地域の広宣流布を決定づけていくことになる。それだけに、皆がさらに力を培い、一騎当千の知勇兼備の闘将に育ってほしい
 彼の声に、自然に力がこもっていった。
 「私たちは、信心の世界に生きています。したがって、御本尊根本に、信心第一に団結していかなくてはならない。しかし、それぞれの感情が中心になってしまえば、怨嫉や争いが生じていく。それは己心の魔に翻弄され、仏法から外れた姿です。団結していくことは、その己心の魔との闘争であり、異体同心の成就は、皆が自分を制し、魔を打ち破った、人間革命の証といえます
 リーダーの皆さんは、広い心でメンバーを愛し、社会を大切にし、自分の国を愛していただきたい。広宣流布の姿とは、日蓮大聖人の仏法という最高の法理に生きる皆さんが、その国の“精神の柱”“信頼の柱”“良心の柱”となっていくことでもあります。
 広布の途上には、必ず幾つもの大難があります。学会への誤解や無認識などによる迫害や弾圧もあるかもしれない。退転者らによる裏切りや組織の攪乱もあるかもしれない。第六天の魔王は、全く予期せぬかたちで、広宣流布の破壊を狙ってきます
 だが、何が競い起ころうが、御本尊を信じて、仏意仏勅の団体である学会と共に、広宣流布に生き抜いていただきたい。大試練に打ち勝ってこそ、大功徳に浴し、崩れざる幸福の基盤を築くことができる。また、その時にそれぞれの国・地域の大飛躍もあります
 信心とは勇気です。師子王の心で、敢然と前進していってください。太陽の仏法を、太陽のごとく燃え盛る信心で語り抜き、世界広布の先駆の道を開いていただくことをお願いし、あいさつといたします」
 祈りにも似た、伸一の魂の叫びであった

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉①  いざ楽し 創価家族の共戦


 青き地球を希望の光で包み、世界の創価家族が新年をスタートした。五大州のいずこでも、わが同志はにぎやかで明るい。皆が新時代の「地涌の第一走者」である。
 思えば、創価学会常住の御本尊が本部に安置され、初めての正月を迎えたのは1952年(昭和27年)。
 この御本尊の御前から、私は戸田先生の若き直弟子として出陣し、「大法弘通慈折広宣流布」へ青年拡大の翼を東京・蒲田より広げた。あの2月闘争である。
 以来65星霜――。
 
私は広宣流布大誓堂で、全ての宝友のますますの健康とご多幸、全学会のいよいよの前進・団結・勝利を真剣に祈念した(3日)。
 
日蓮大聖人は「此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310ページ)と宣言なされている。
 この一年、我らは、師子王のごとく恐れなく、不二の師子吼の題目を響かせながら、いかなる険難も勇気凜々と勝ち越えたい。
 そして若鷲のごとく颯爽と、試練の烈風をも力に転じて、広布と人生の凱歌を天空高く、世界へ未来へ、轟かせていこう!
                                                     ― ◇ ― 
 大聖人は、ある年の正月、四条金吾夫妻をねぎらい讃えられて、「
法華経を持たれる人は、一切衆生の主であると、仏は御覧になっているでしょう。また、梵天・帝釈も、この人を尊敬されるであろうと思えば、うれしさは言いようもありません」(同1134ページ、通解)と仰せになられた。
 来る年来る年、広宣流布に励みゆく学会員こそ、人類の中で最も気高き使命を担うリーダーであり、梵天・帝釈をはじめ、無量無辺の諸天善神から仰がれ、守護される存在なのだ。
 
“青年拡大の年”なれば、共々に若々しく張り切って「一生成仏」「人間革命」という自転と、「広宣流布」「立正安国」という公転を、たゆまず進めてまいりたい
 そして勇敢に朗らかに、希望と幸福と平和のスクラムを拡大していくのだ。
                  ― ◇ ― 
 我らには絶対に信じ合える善友がいる。その信頼に応え、広布に走る人生ほど、爽快なロマンはない。負けじ魂の力走が、未来の友の希望と栄光を開くのだ。
 
仲良く励ましの声を掛け合い、絶妙のチームワークで楽しき創価家族の共戦譜を勝ち綴ろうではないか!


【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 世界の“ザダンカイ” スペイン・マドリード 
 師と共に歩む歓喜   
 「あなたが変わるから、皆も変わろうと思える」

 
「エスプレンドール地区」の地区総会。新入会者や新来者も交え、2017年への決意や目標を笑顔で語り合った(昨年12月17日、マドリード市内で)
「エスプレンドール地区」の地区総会。新入会者や新来者も交え、2017年への決意や目標を笑顔で語り合った(昨年12月17日、マドリード市内で)
 
 「世界広布新時代 青年拡大の年」――各国・地域のSGIメンバーは、どんな思いで本年に臨み、何を語り合って出発しているのか。昨年、池田大作先生のスペイン初訪問55周年を迎えた首都マドリードで、12月の地区総会に参加した。(記事=金田陽介、写真=種村伸広)

 冬のマドリードは、午後6時前後が「日の入り」である。マンションや住宅が並ぶ街を包んだ夕焼け空は、取材地に着いた時、星を抱いた藍色に変わろうとしていた。
 昨年12月17日、土曜日。マドリード東部の「エスプレンドール(輝き)地区」の総会は、午後6時からの予定だった。
 会場は、住宅街のマンションである。近隣への配慮もあり、会場への入室は午後5時45分からという「自主ルール」を定めている。参加者の何人かは、それぞれ2、3脚の折り畳みイスを抱えてやって来た。
 時間になるや、会場の玄関には参加者が次々と、“待ちきれない”といった笑顔でやって来る。「この数年で、青年部が増えたのよ!」。長くこの地区にいるという婦人がコートも脱がないまま、感動の面持ちで記者に語り掛けてきた。
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 「池田先生のスペイン初訪問から55年。ここから、さらに師と共に成長していくという意味で、今日の集いがあります」
 男子部のブルーノ・マトスさんが司会を務め、定刻から10分ほど遅れて会合は始まった。
 勤行の後、数人が信仰体験を披露し、さらに自由発言の懇談に移っていく。
 「今年の出来事とか、誰でも何でもどうぞ」とマトスさん。自宅を会場に提供した、婦人部のラウラ・ヒスメラさんが、自らの思いを述べる。
 「座談会のために、もっと大きな家をと祈ってきて、ここを得ることができました。信心をしていく中で少しずつ人間革命することができ、自分の意見をはっきりと言えるようになったと思います」
 さらに、続けた。
 「今年はグループ長に任命されました。自分にとっての進歩がいろいろあった年でした」
 青年部員が増えることを祈り抜いてきたという婦人が「青年拡大の年」への決意を語れば、「私は一方で、自分が若者ではない、大人であるということを誇りに思っています」と言う婦人も心情を語る。
 「私たちって家族みたいなものだけど、家族は大人と、次の世代が団結して進むでしょ? だから、青年と同じ若々しい心で進んでいきたいです」
 ある婦人は、「今日は疲れてストレスがたまっていたけど、参加して元気になれたわ」と。「彼女はそんな中でも時間をつくって参加してくれている。尊敬します」との司会の言葉に、賛同の拍手が起こった。
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 スペイン人は陽気で話し好きといわれる。もちろん多様な人がいるが、会合では発言も笑いも、尽きるところを知らない。カトリックだという新来者が会合の感想を語れば、「今日は私の友人が誘ってくれました」という別の婦人も、自身の思いを話した。
 「私が思うのは、私たちは子どもの頃から、学校で算数とか社会とかいろいろ習うけれど、人生で一番大事なことは習わない、ということ。ここでは、皆さんが笑顔で、積極的に、それぞれの経験を学び合っている。それに比べると、私の職場は、人間関係も複雑で、ストレスが大きいの……。今日、ここに参加してよかったです」
 すかさず、皆が口々に信心の歓喜を語り始める。
 「題目を唱えると、内側からすごい力が湧いてきて、人生が変わっていくわ。私たちもあなたに題目を送るけれど、あなた自身が、人生で何を成し遂げたいかという目標を定めて祈っていくことが大事よ」
 「私も近所だから、あなたをサポートしていくわ」
 「世界や環境を変えていくことは難しいけれど、自分が変わることで、物事の捉え方が変わっていくと思いますよ」
 「なぜ人生に困難が現れるのか。人のせいにするのは簡単だけど、信心していくと、知らぬ間に怒りが薄れ、周囲の小さなことにも気を配れるようになって、困難への臨み方が変わる。そういう姿勢の変化を見ている人も、必ず周りにいるよ」
 一人一人が語る信心の実感。聞いていた婦人は、肩をすくめて言った。「私の職場には、そんなふうに考える人はいないかもしれないですね。もちろん、いい人も多いけど」
 聞いていた女子部員が、応えるように口を開いた。
 「私も同じです。私は学校の教員をやっていて、複雑な背景や環境で育つ子が多いです。でも実は、教える側の教員も複雑な家庭にいて、時に、子どもと同じような理由で、大人同士がけんかをします。3年ほど前に今の職場に来て、最初は私、毎日泣いていました。毎日、辞めたいと思っていたけど、毎日、挑戦してきた。例えば、私の今週の目標は『気難しくて近づきにくい子どもに近づく』ことでした。題目をあげると、その子を優しく抱きしめてあげることができたんです」
 拍手が起こる。婦人は、じっと聞いていた。「あなたが変わろうとしているから、皆も変わろうと思えるんでしょうね」と参加者の一人が言った
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 時計の針は、午後7時半を指そうとしていた。「みんなが話せたらいいんだけど……」と、閉会が告げられる。
 壮年部のパブロ・フアレスさんが、「座談会は“癒やし”だけでなく、それぞれの人生の戦いを応援する場。今後も、ぜひ参加を」と締めた。
 会合終了後、参加者は近隣や会場に配慮して、潮が引くように退出していく。皆、歓喜を胸に、真っすぐ家路へ――。
 とは、いかなかった。
 住宅地から少し離れた歩道や駐車場で、地区総会を終えた参加者たちの輪が、幾つもできていた。折り畳みイスを抱えたまま、歓談は続く。2017年も挑戦の日々を――そんな握手や抱擁が、街灯の下で、しばらく繰り広げられていた。
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【信仰体験】

◆〈信仰体験 しあわせ家族〉 自閉症の長男と歩む
 私たちは強く明るく生きられる!


 【大阪府泉南市】一家の母・岡田加代美さん(59)=阪和支部、地区副婦人部長=は、結婚を機に、創価学会へ入会した。当初は、信仰の実践に消極的だったという――。

2017年1月 5日 (木)

2017年1月5日(木)の聖教

2017年1月5日(木)の聖教

◆わが友に贈る


青年ならば
理想に生きよ!
使命に生きよ!

自らが掲げた目標へ
真剣な祈りから出発を!

◆名字の言


  「初刷の雄々しき文字のかがやける」(殿村莵絲子)。2017年「世界広布新時代 青年拡大の年」が開幕した。本年も本紙は、一文字一文字に力を込め、平和の言論城としての使命を果たしていきたい▼「初刷」は新年最初の印刷物を指す。「書き初め」という言葉には親しみがあるが、新年最初に書物を読むのは「読み初め」という。電車などに乗れば「乗り初め」。最初の入浴は「初湯」。食事に関しては「初竈」「焚き初め」、掃除なら「掃き初め」「初箒」、化粧には「初鏡」「初化粧」という言葉もある▼友との親交を深める「初便」も積極的に取り組みたい。現代では、メールやSNSなどでの連絡も入るだろう。友と会い、ともどもに楽しい「初笑」「笑い初め」の場も増やしたいものだ▼今年初めて行ったことは、言葉の上ではいずれも「初」といえる。しかし重要なのは、そこに清新な決意が込められ、どこまで継続できるか。池田先生は「新年は、惰性を破るチャンスである。『新しい自分』へと脱皮する好機である。年頭の決意を貫いたとき、どれほど大きな実りが年末にもたらされることか」と▼遠慮することはない。「本年初」のみならず、「人生初」へのチャレンジ精神を忘れず、実りある一年にしていこう。(道)


◆寸鉄  2017年1月5日

 
人類に光明を与える力こ
 そ広宣流布だ
―戸田先生
 さあ大確信で一年の前進
      ◇
 千客万来の総本部。各国
 指導者から祝電も続々。
 学会は旭日の勢いで発展
      ◇
 若獅子が年始から先駆の
 弘教!「青年拡大の年」を
 リードする頼もしき主役
      ◇
 後部座席ベルト、義務化
 から9年も未着用が多し
 と。その慢心が悲劇の因
      ◇
 寒の入り。外出時の防寒
 対策しっかり。体調管理
 にも留意して健康生活を


◆社説   新国連事務総長が就任  地球的課題解決へ民衆の連帯を


 元ポルトガル首相のアントニオ・グテーレス氏が国連の第9代事務総長に就任した
 グテーレス事務総長は、昨年12月に東京の国連大学で開催された「
国連加盟60周年記念行事」にビデオメッセージを送り、日本に対して、国家レベルだけでなく、一人一人の生存、幸福を追求する「人間の安全保障」に引き続き尽力してほしいと期待を寄せた
 国連の活動は「平和と安全」「持続可能な開発」「人権」を3本柱とし、これまでさまざまな成果を上げてきた。昨年1月からは、2030年を見据え、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けてスタート。貧困や気候変動をはじめとする世界的な課題の解決を目指している。
 しかし一方で、相次ぐテロや核開発など、平和と安全を脅かす出来事が報じられ、人々を不安にさせ、無力感を抱かせている。こうした状況下だからこそ、国連を中心に結束していけば、自らの地域の安全や安心につながるのだと、一段と強く訴えていくことが重要だ。
 国連には、世界のほとんどの国と言っていい193カ国が加盟している「普遍性」と、世界中の情報や知見が集約されている「専門性」という二つの強みがある。そして、国連が活動を進める上で、加盟国の推進力は欠かせないが、その推進力を高めるものこそ、市民社会の一人一人の働き掛けだということを再認識していくべきだろう。そのためには、「世界」「社会」と「自分」との“接点”を増やし、さまざまな課題をわが事として捉えていく必要がある。
 創価学会、SGIは長年、一貫して市民社会における「教育」の活動を推進し、社会や世界が直面する課題の現状を知り、学び、日々の生き方を見直す機会をつくってきた。そして、エンパワーメント(内発的な力の開花)を通じて、各人が今いる場所でリーダーシップを発揮して変革のうねりを起こしてきた。
 その中核は青年であり、誰よりも池田先生が、恩師・戸田先生の実践通り、青年を大切にし、育成してきた。“私の師である戸田会長が「原水爆禁止宣言」で、核兵器の廃絶を特に青年に託したのも、遠大な未来展望に基づくものにほかなりませんでした”と、2006年の国連提言で綴っている
 本年は原水爆禁止宣言から60年。青年部代表が集っての「青年不戦サミット」が神奈川で開催される。次代を担う青年を拡大し、新しい発想と力で平和と共存の道を築いていきたい。

◆きょうの発心  障魔を乗り越える信心に励む2017年1月5日

御文
 此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず(兄弟抄、1087ページ・編688ページ)
通解 この法門を説くと、必ず魔が現れるのである。魔が競い起こらなかったならば、その法が正法であると考えてはならない。

 
正法を行ずるなら、必ず障魔が競うと仰せです。
 就職後、仕事と信心の両立に悩んでいた時、先輩から「絶対に負けてはならない」と励まされ、奮起。3年間、何事にも全力で取り組み、資格試験に合格。業界主催の大会で県内1位になるなど職場で実証を示すことができました。
 圏男子部長時代、生後6カ月の次男がインフルエンザ脳症のため生死をさまよう容体に。「できる治療は全てしました。後は、この子にどれだけの生きる力があるかです」との医師の言葉に夫婦ともども頭が真っ白になりました。
 しかし、相次ぐ同志の激励に、病魔に紛動され、信心を忘れてしまっていた自身を猛省し、夫婦で真剣な題目を唱え続けました。1カ月後、次男は退院。心配していた後遺症もなく、現在、学生部の活動に励んでいます。
 私も入社から35年たちますが、役員として後輩の指導に当たっています。
 池田先生は「信心とは、間断なき魔との闘争」と教えられています。「弟子の勝利が師の勝利」との決意で、さらなる挑戦を続けてまいります。
青森・下北新世紀県長 坂本 法雄

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  三


 東南アジア代表者懇談会で山本伸一は、各国・地域のリーダーとしての在り方を語っていった。
 「何も社会に貢献せず、自分のことだけを考えて生きていく一生もある。仏法のため、自他共の永遠の幸福のために、一生懸命、仏道修行に励むのも一生である。なかには、信心していても、本気になって広宣流布に取り組むのではなく、要領よく立ち回ろうという人もいるかもしれない
 しかし、人の目はごまかせたとしても、誰人も因果の理法から逃れることはできない。仏法の因果は厳然です。御本尊は一切を御照覧です。したがって、仏法の眼から見た時、アジアの広布の先駆者として立派に道を切り開かれてきた皆さんの功績は偉大であり、その功徳はあまりにも大きい
 日蓮大聖人は、『始より終りまで弥信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん』(御書一四四〇ページ)と仰せである。ゆえに、皆さんは、妙法流布の生涯を凜々しく生き抜いていただきたい。信心を全うしていくならば、何があっても崩れることのない幸福境涯を確立し、福運に輝く人生を謳歌できることは間違いありません
 そして、これからの世界のリーダーが心すべきこととして、次の三点を語った。
 「
第一に、皆が尊い仏子です。学会には、組織の機能のうえでの役職はありますが、人間としての上下の関係はありません。ゆえに組織にあって、幹部だからといって、決して人を叱るようなことがあってはならない。
 第二に、世法と信心を混同し、学会のなかで、利害の対立などによって、争いを起こすようなことがあっては絶対になりません
 第三に、どこまでもメンバーの幸福こそが目的であり、組織は手段であることを銘記していただきたい。その意味からも、信心の姿勢について厳格であることはよいが、組織の運営等については皆の意見をよく聴き、各人の主体性を尊重し、人間共和の組織をめざしていくことが肝要です」

【聖教ニュース】

◆SGI各国・地域で新年の集い 
 池田先生が祝賀のメッセージ
 皆が永遠の「地涌の青年」たれ

多様性こそ力! 団結の心光るアメリカ・ニューヨークの友(1日、ニューヨーク文化会館で)
多様性こそ力! 団結の心光るアメリカ・ニューヨークの友(1日、ニューヨーク文化会館で)


 「世界広布新時代 青年拡大の年」を出発する各国・地域の新年の集いが1・2日、活気にあふれて行われた。
 池田大作先生は祝賀のメッセージを贈り、この一年も全世界の尊き同志・家族・友人の皆さまが健康長寿で福徳に満ちあふれ、それぞれの使命の天地が無事安穏に繁栄しゆくことを心から祈念。後継の友に励ましを送りながら、平和と人道を前進させゆく若き創価の世界市民の大連帯が、一段と力強く広がる年にしたいと強調した
 そして「一人一人が、永遠なる『地涌の青年』として、新たな友を呼び出し、新たな人材を育てながら、本年も『広布と人生の凱歌を!』」と訴え、メッセージを結んだ(「グラフSGI」1月号に全文掲載)。
 世界広布の電源地・アメリカではロサンゼルス、シカゴ、デンバーなど各地で集いを。ニューヨークでは5回で計1900人の友が参加し、“青年世代の圧倒的な拡大を!”と約し合った。
 世界広布の王者ブラジルも意気軒高だ。2年間で支部50世帯の折伏を達成したリオをはじめ各地で躍動の会合を。サンパウロのブラジルSGI平和講堂では、コウサカ理事長と共に弘教前進の大旋風をと決意を固くした。
 調和社会の建設に尽くすイギリスでは、全土から代表500人が参加し清新な息吹で出発。ハラップ理事長は人々が求めてやまない仏法を堂々と語り抜く一年にと念願した。
 ニュージーランドでもSGI家族がにぎやかに。オークランドではニュージーランド文化会館に360人が集い、ゴードン理事長、ササキ・オセアニア長を中心に、幸の対話を広げようと誓った。
 アジアの旭日・シンガポール創価学会(SSA)ではSSA本部、センジャ創価会館、創価青年センターに計8500人が集った。鄭永吉理事長は「広布50周年の本年を新たな地涌の陣列拡大で荘厳を!」と呼び掛けた。
◆さあ使命の大海原へ! 新年勤行会から船出

【東海道】1982年の元日、池田先生が1万7500人の同志を激励した神奈川文化会館での新年勤行会から35周年。同会館に集った南横浜総県中区の友が晴れやかに。勤行会では、杉山義孝区長があいさつし、畑東海道長が「師弟共戦の心で、今こそ世界広布の新たな歴史を雄々しく開きゆこう」と力説した(1日)
【東海道】1982年の元日、池田先生が1万7500人の同志を激励した神奈川文化会館での新年勤行会から35周年。同会館に集った南横浜総県中区の友が晴れやかに。勤行会では、杉山義孝区長があいさつし、畑東海道長が「師弟共戦の心で、今こそ世界広布の新たな歴史を雄々しく開きゆこう」と力説した(1日)
 「世界広布新時代 青年拡大の年」がスタート!――各人の使命の大海原へ、悠然と船出する新年勤行会が1日を中心に、全国で晴れやかに行われた。各地の模様を、4日付に

【先生のメッセージ・特集記事】

◆〈座談会 栄光の峰をめざして〉 1 晴れやかに「青年拡大の年」が開幕! 
 一対一の対話が広布の鉄則
 未来担う新成人を全力で応援

 
小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章に「未来は今にある。この一瞬を、一日一日を、いかに戦い生きるかが、未来を決定づけていく」と。広宣流布の未来を開きゆく決意を語り合う出席者(学会本部別館で)
小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章に「未来は今にある。この一瞬を、一日一日を、いかに戦い生きるかが、未来を決定づけていく」と。広宣流布の未来を開きゆく決意を語り合う出席者(学会本部別館で)
 志賀 「世界広布新時代 青年拡大の年」、おめでとうございます!
 原田 元日、そして池田先生のお誕生日である2日と、東京・信濃町の総本部は、諸天も寿ぐような素晴らしい日本晴れで、多くの方が来訪されました。
 そして、日本全国、全世界の同志が、新年勤行会から新しい年を勢いよく出発することができました。

 永石 お元気な池田先生・奥さまと共に、新たな年を迎えられたことに感謝と喜びでいっぱいです。
 何より、新年号から小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章の連載が開始され、毎日、先生が示してくださる指針を拝しながらスタートできること以上の喜びはありません。  長谷川 本年は、若き日の池田先生が、恩師・戸田先生と出会って入信されてから70周年。さらに、池田先生が指揮を執り、拡大の突破口を開かれた「2月闘争」から65周年など、師弟誓願の佳節を幾重にも刻みます。私たちは、決意も新たに、大前進の年にしてまいりたいと思います。

行動即勝利の大道

 志賀 思えば、戸田先生は、1951年(昭和26年)5月3日の会長推戴式で、「私が生きている間に、75万世帯の折伏は、私の手でいたします」と烈々たる師子吼をされ、もしも達成できなかったならば、“遺骸は品川沖に捨てよ”とまで語られました。
 原田 当時の会員数は、約3000人。75万世帯へは、実に250倍の拡大です。その壮大な目標に向かう方途を、戸田先生は、このように示されました。“どこまでも、一対一の対話によってのみ広宣流布は成し遂げられる”と。それは、牧口先生以来の広布前進の鉄則でした。
 清水 本年は、この戸田先生の願業であった75万世帯の達成から60周年となります。  
 原田 また、池田先生は、青年会長として新たな前進を開始された60年(同35年)からの「2年間」が勝負と定められます。先生は当時を振り返り、「席が温まる暇がない」というよりは、「席そのものがない」といっていいほど動き、道を開いたと、述懐されています。
 志賀 そして、そのまさに2年後、戸田先生の遺言であり、第3代会長の就任時に池田先生が宣言された「300万世帯」が、見事に達成されました
 清水 本年は、この300万世帯の成就から55周年の佳節ともなります。
 原田 一対一の対話、そして、動くことでしか道は開けない――世界広布新時代を迎えた今も、そしてこれからも、拡大の方程式は永遠に不変です。池田先生が示された「信心即行動」「行動即勝利」の大道を、私たちが受け継ぎ、実践してこそ、本年の勝利があります
 竹岡 池田門下の私たちにとっても、広宣流布大誓堂完成5周年となる2018年までの「2年間」が勝負です。
 長谷川 何があろうと、弟子が総力で、全ての戦いに断じて勝利し、広布拡大の金字塔を打ち立ててまいりたい。
 竹岡 青年部は、創価青年大会をはじめ、全国男子部幹部会や女子部のロマン総会、学生部結成60周年記念の総会など、大きな行事を迎えます。限りない期待を寄せ、薫陶してくださる池田先生に、必ずや、“青年部は、これだけ成長しました!
 強くなりました! 拡大しました!”という実証を示してまいります。
 長谷川 御書に「九界の一人を仏になせば一切衆生・皆仏になるべきことはり顕る」(1046ページ)とあります。自分自身の勝利、一人が示す人間革命のドラマは、万人の幸福の道しるべとなります。
 原田 まずは、自らが一人立ち、目の前の友と、幸福な人生を勝ち開いてまいりたい。そのように、一歩一歩、粘り強く弟子が実証を示すことが、先生の総仕上げの戦いに連なる不二の道です。青年はもとより、全世代が青年の気概で、信心に徹し、励ましに徹し、拡大に徹し、洋々たる世界広布新時代を決然と開きゆこうではありませんか。
 竹岡 うれしいことに、2・3日には、創価大学の駅伝部が、新春の箱根路で見事な快走を見せてくれました。
 永石 「青年拡大の年」を飾る大健闘に、全国、全世界の同志が深く感動しています。  原田 初出場から2年にして、総合12位の大躍進。創価のタスキをつなぎ、力の限り走り抜いた選手をはじめ、スタッフや支えられた全ての関係者の方々に、心からの拍手と感謝を送りたいと思います。本当に、ありがとうございました。
 長谷川 目標に掲げるシード権の獲得へ、これからも応援し続けていきます。

皆に大きな可能性
 永石 さて、今月9日は「成人の日」です。未来を担う新成人の皆さまを、心から祝福申し上げます。
 清水 全国の各会館で記念の勤行会も開催されます。皆で最大に励ましを送っていきたいと思います。
 永石 かつて、先生は、清新の息吹にあふれる新成人の姿に、“皆が、大きな可能性をもっている。この青年たちが育っていけば、未来は大きく開ける。苦労し、苦労し抜いて、忍耐力を培ってほしい。苦労なくしては、強くなれない。人の苦しみは分からない。そして、広宣流布への大情熱を、さらに、さらに燃え上がらせてほしい”との期待の言葉を贈られています。
 原田 「国家であれ、団体であれ、会社であれ、また、いずれの時代にあっても、青年を育て、訓練し、後継者にしていったところが、必ず勝っている。ありとあらゆるところにおいて、これが不変の法則であり、正しい鉄則である」――私たちは、この指導を胸に刻み、「黄金の時」である「青年拡大の年」の本年、青年を育て、皆が青年の心で、自身と広布の新しい歴史を築いていきたい。

◆新春恒例の第93回箱根駅伝 創価大学の大激闘の軌跡


人生初のタスキリレーを行った2区・ムイル選手㊧。1区・大山選手から受けた(2日)                                                                          
人生初のタスキリレーを行った2区・ムイル選手㊧。1区・大山選手から受けた(2日)

 新春の風物詩である第93回箱根駅伝(2、3日)で、創価大学は往路9位、復路13位で総合12位に入った。初出場した2年前に比べると、総合タイムを11分3秒も縮めた。さらに、区間1桁順位の選手が5人も誕生し、躍進を遂げたのである。ここでは、中継所を中心に選手たちの大激闘の軌跡を追った。

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 心のふるさと・十津川村発 もちもち夫婦物語
 今いる舞台が一番輝く場所
 【奈良県・十津川村】昨年の大みそか、紅白歌合戦などのテレビ番組がお茶の間をにぎわせた。そうした中、奈良県南部に位置する十津川村では、午後8時になると、異色の番
組が放送された。村内専用チャンネルの「とつかわテレビ」。村人たちの元気なタイトルコールで幕を開ける。



 

2017年1月 4日 (水)

2017年1月4日(水)の聖教

2017年1月4日(水)の聖教

◆わが友に贈る


万代の礎を築く一年。

創価の励ましの光を
一人から一人へと

勇んで広げゆこう!
地涌の使命に燃えて!

◆名字の言


  新春のドラマを白雪の富士が見守っていた。熱戦が繰り広げられた
第93回箱根駅伝。選手たちの力走、快走、襷を託して倒れ込む姿……全力を振り絞る勇姿が、真冬の光の中で躍動していた▼2年ぶりの出場となった創価大学。シード権獲得には一歩及ばなかったものの、往路で一時5位、復路で3人抜きを見せるなど、並み居る強豪を相手に12位と大健闘した。創大の出場は2回目。歴史はまだ始まったばかりだ▼駅伝の誕生は1917年、箱根駅伝が始まる3年前。首都が東京に移されて半世紀となる慶祝行事として、京都から東京を目指す全23区の競走だった。この時の走者の一人が、後に箱根駅伝を創設する金栗四三である▼金栗は日本が五輪に初めて代表を送ったストックホルム大会(1912年)にマラソン選手で出場。だが途中棄権という無念の結果に終わる。彼は日記に悔しさを記しつつ、こう続けた。「しかれども失敗は成功の基にして、また他日その恥をすすぐの時あるべく、雨降って地固まるの日を待つのみ」と(読売新聞運動部『箱根駅伝』中公新書ラクレ)。この経験が箱根駅伝を生み出し、日本長距離界の礎を築いた▼創大の赤と青の襷は未来へとつながった。不屈の創大魂を受け継いだ次の世代の活躍に期待したい。(朋)

◆寸鉄   2017年1月4日

 全世界で誓いの新年勤行
 会。
平和建設の志は一つ。
 さあ青年拡大の大行進を
      ◇
 「
一閻浮提に広宣流布せ
 ん事一定なるべし
」御書。
 “私の勝利”が新章節開く
      ◇
 変化の時代、勝負決する
 のは
スピードと知恵だ。
 幹部は祈り、迅速に動け。
      ◇
 無冠の友こそ正義の言論
 戦の魁。皆様と共に本年
 も躍進!充実の紙面必ず
      ◇
 
創大駅伝部が箱根路を見
 事に力走!
日本一の団結
 光るドラマに感動の拍手

◆社説  平和と正義の言論戦誓う  聖教は希望の灯台、人類の羅針盤に


 世界広布新時代に輝く正義の言論城――全世界の創価の同志が喜び集い、広布誓願を立てる東京・信濃町の総本部に、「創価学会 世界聖教会館」が建設され、聖教新聞本社の新社屋となることが発表された。
 世界同時進行で躍動する広布最前線の「今」を伝え、池田先生と共に、全人類の幸福と平和を築きゆく民衆運動を報じる発信地となる。2019年11月18日
「学会創立記念日」の落成を目指し、7月から本格工事が開始される。
 建物には機関紙・誌の編集室とともに、礼拝室の「言論会館」や配達員顕彰室、展示室等が設けられ、聖教新聞を支えてくださる会員・読者の皆さまが集うことができる宝城となる。
 そして、聖教新聞の創刊原点の意義と使命をとどめる記念碑が設置され、「人間革命」と「生命尊厳」の哲学の光で、永遠に人々を照らしゆく聖教の誓いが打ち立てられる。
 「学会も、いつか、新聞を持たなければならない。大作、よく考えておいてくれ」――1950年(昭和25年)8月24日、第2代会長の戸田城聖先生は、若き池田先生に語った。
 この時、戸田先生の事業は、最も厳しい苦境に追い込まれ、新聞記者も取材に攻め寄せた。戸田先生の言葉は、その記者との誠心誠意の渉外を終えた後のことであった。
 後年、池田先生は、「この師弟の語らいに聖教の淵源がある。一番の試練の時に、一番の偉大な価値を創造していく。これが、変毒為薬の妙法を体した創価の師弟で
」と語り、師弟の激闘の中で生み出された聖教の峻厳なる原点を刻み残している。
 そして、翌51年(同26年)4月20日、「聖教新聞」は、世界広宣流布という未聞の大言論戦を担い、宗教改革の大運動を進める機関紙として、産声を上げたのである。以来、どこまでも庶民と共に、仏法即社会の哲理に基づき、人間主義の論調を幅広く展開してきた。
 世界は今、政治も経済も社会も激しく揺れ動き、分断の様相は、いっそう強まっている。  聖教には、そうした時代の変化を鋭敏に捉えながら、人々に勇気と安心を送る希望の灯台としての、また、人類の進むべき行路を指し示す羅針盤としての使命がある。
 池田先生は、かつて日記に記した。「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す」と。新社屋を師弟勝利と発展のシンボルと輝かせていくため、精神革命の大言論戦に、これからもまい進していきたい

◆きょうの発心   先駆の誇り胸に不退の信心を!2017年1月4日

御文
 我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし(開目抄、234ページ・編464ページ)
通解 (難にあっても疑う心がなければ成仏すると)わが弟子に朝に夕に教えてきたが、難にあって疑いを起こし、みな退転してしまったようである。愚かな者の習いは、約束したことをまことの時には忘れるのである。

 
いかなる難があっても疑わずに信心を貫けば、必ず成仏の境涯を得られると仰せです。  未来部・女子部時代と、鼓笛隊で薫陶を受け、広布に走る青春を過ごしました。
 結婚を機に大分へ。悪侶と反逆者による卑劣な弾圧が続く中、1981年(昭和56年)12月8日、池田先生と大分空港でお会いし、正義の反転攻勢を誓いました。
 2度の流産を乗り越えて授かった、待望の長男は口唇口蓋裂で生まれてきました。心身共につらかった83年12月8日に先生が北九州へ。生後2カ月の息子と一緒に駆け付けた私に対し、“必ず良くなるよ。確信のある題目をあげていきなさい”と激励してくださったのです。「開目抄」に仰せの不退の信心を誓う原点となりました。
 その後、北九州に転居し、夫と共に報恩感謝の心で活動に励みました。長男と2人の娘も青年部で奮闘しています。「先駆の中の先駆・北九州」の誇りを胸に、師弟勝利の道を開いてまいります。   福岡・八幡西県婦人部副総合長 野田 弘子

◆小説『新・人間革命』第30巻 大山の章  二


 二月十八日、シンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシアなど九カ国の代表と、香港、マカオの二地域の代表六十五人が集い、山本伸一が出席して、香港島のホテルで東南アジア代表者懇談会が行われた。
 「七つの鐘」を総仕上げし、新しい東南アジアの新出発を期す集いとあって、色鮮やかな民族衣装が目立った。
 参加者はいずれも、それぞれの国・地域にあって、広宣流布の茨の道を切り開いてきたメンバーである。なかには、当初、現地の言葉がほとんど話せず、身振り手振りで懸命に弘教に励んだ日系人のメンバーもいた。
 東南アジアの国々は、戦時中、日本軍の侵略を受けており、反日感情も根強い。学会が日本で誕生した宗教というだけで、嫌悪感をあらわにする人たちも少なくなかった
 しかし、どんなに無理解や誤解の壁が厚かろうが、退くわけにはいかなかった。“この信心で、ここで幸せになるしかない! 学会員は自分しかいない。自分がやらなければ、この国の広宣流布は誰がやるのだ!”との強い思いがあった
 一人立つことこそが広布の原動力であり、いかに時代が変わろうが、その決意なくして前進はない
 宗教事情も、風俗、習慣も異なるなかで、粘り強く対話を重ね、一人、二人、何十人、何百人、何千人……と、創価の同志のスクラムが広がっていったのである。
 日蓮大聖人は「地涌の大菩薩・末法の初めに出現せさせ給いて本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱えさせ給う」(御書三四六ページ)と御断言である。
 同志は皆、さまざまな苦悩と格闘しながら、広布の道を開き進む無名の民衆である。しかし、この方々こそ、紛れもなく仏から遣わされ、偉大なる広宣流布の使命を担って末法濁世に出現した、地涌の菩薩なのである。伸一は仏を仰ぐ思いで、皆に視線を注ぎ、最大の感謝と敬意を表し、賞讃した。

【聖教ニュース】

◆全国で希望と和楽の新年勤行会 
 いざ共に 人間革命 凱歌あれ
 晴れやかに「世界広布新時代 青年拡大の年」を出発
 池田先生が新春のメッセージと句を贈る

広宣流布大誓堂で厳粛に開かれた新年勤行会。各部の代表が集い、世界平和を築く地涌のスクラムの拡大を、固く誓い合った(1日)
広宣流布大誓堂で厳粛に開かれた新年勤行会。各部の代表が集い、世界平和を築く地涌のスクラムの拡大を、固く誓い合った(1日)

 さあ「世界広布新時代 青年拡大の年」を颯爽と出発だ! 世界192カ国・地域の同志と共に!――新年勤行会が1日を中心に、東京・信濃町の広宣流布大誓堂をはじめ、各地で晴れやかに開かれた。これにはSGI会長の池田大作先生が新春のメッセージと句、また3首の和歌を贈り、希望と和楽に満ちた創価家族の集いを心から祝福した。(2・3面に関連記事。新年勤行会の記事は後日にも掲載)
 栄光の朝が明けた。
 富士の大山を金色に染めながら、壮麗なる太陽が昇った。
 元朝を迎え、東京・信濃町の総本部に集った創価の同志の胸中にも、希望の旭日が燦然と輝きを放っていた。
 本年は、池田先生の入信70周年、また若き日の池田先生が東京・蒲田の地で弘教拡大の大波を起こした「2月闘争」から65周年。さらに、戸田先生の願業である「75万世帯」の達成から60周年など、重要な佳節を幾重にも刻む。
 時代は変われど、変わらないものがある。それは、広宣流布という学会の使命である。
 そして、新しい時代は、常に新しい人材によって開かれてきた。新しい発想から、新しい勝利のドラマが生まれるからだ。焦点は、「青年」である。
 1日午前に広宣流布大誓堂で行われた新年勤行会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。清水女子部長が「撰時抄」を拝読した。竹岡青年部長に続き、永石婦人部長は、世界が渇望する創価の希望の哲理を一人でも多くの友に語り広げようと訴えた。
 原田会長は、池田先生・戸田先生の師弟があらゆる誓願を成就することができたのは、牧口先生以来の伝統である“一対一の膝詰めの対話”を貫いてきたからであると強調。我らは対話の大道を歩み抜きたいと語った。
 また「九界の一人を仏になせば一切衆生・皆仏になるべきことはり顕る」(御書1046ページ)を拝しつつ、一人の人間革命の姿が、万人成仏の道標になると力説。皆が一人立つ決意に燃え、目の前の友と苦楽を分かち合いながら、人生を勝ち開こうと念願した。

◆箱根駅伝 創価大学が大躍進   総合12位 12面に特集

            
創価大学主将のセルナルド選手が4区終盤で強豪校の選手と競り合う(2日)
創価大学主将のセルナルド選手が4区終盤で強豪校の選手と競り合う(2日)

 新春恒例の第93回「東京箱根間往復大学駅伝競走」(10区間=217.1キロ)が2、3日に行われ、21チームが出場した。2年ぶり2度目の挑戦となった創価大学は往路9位、復路13位の総合12位。抜群のチームワークと執念のタスキリレーで、初出場時から八つ順位を上げる大躍進を果たした。(12面に特集。11面に関連記事)

【先生のメッセージ・特集記事】
◆全国の新年勤行会への池田先生のメッセージ 人類の幸福と平和の大道を開け!   

 
偉大なる広宣流布の同志の皆さん! 意義深き2017年の新春、明けましておめでとうございます。
  希望にあふれ、和楽に包まれた、日本一、いな世界一の創価家族の集いを、諸仏も諸天も喜び讃え、見守っていることでしょう。
 御聖訓には、「太陽や月が四天下(世界)をめぐるのは、仏法の力による」(御書1146ページ、通解)と説かれております。
 大宇宙をも動かし、照らしゆく究極の力こそ、妙法であります。
 ゆえに、この妙法を抱いた私たちは、いかなる乱世も恐れなく、心晴れ晴れと久遠元初の太陽を昇らせ、いよいよ明るく、大情熱に燃えて、最高無上の生命の軌道を邁進していきましょう!
 今、世界の青年たちは「誰と共に」「何を道しるべに」、そして「どこへ向かって」進みゆくべきか、真剣に道を求めております。
 御本仏・日蓮大聖人は厳然と、また明確に仰せになられました。
 「南無妙法蓮華経と唱え奉る日蓮と門下は、一同に、皆、共に宝のある処、すなわち成仏という最高の幸福境涯に必ず至ることができるのである」(同734ページ、趣意)と。
 私たちは、大慈大悲の御本仏とご一緒に、また全世界の地涌の菩薩と共々に、生命尊厳の大哲理を掲げ、ますます仲良く朗らかに、人類の幸福と平和の大道を開いていこうではありませんか
 さあ、歓喜のはじける題目で、価値創造の充実の一日一日を!
 「信心即生活」の賢きリズムで、健康長寿の楽しき春夏秋冬を!
 そして、異体同心の団結で、見事な社会貢献の大勝利の一年であれ!
 愛する皆さん方の無事安穏と所願満足の人生を祈りに祈って――
 いざ共に
  人間革命
   凱歌あれ
 
 と贈ります。
 
 いつも、また常に、不二の絆のわが友、万歳!


◆池田先生の書「大山」「大桜」を紹介 
 
「大山」の揮毫                                                                          
              「大山」の揮毫

  本紙新年号から連載が始まった小説『新・人間革命』第30巻の第1章は「大山」の章。そのタイトルの由来となった池田先生の揮毫が、広宣流布大誓堂での新年勤行会(1日)の席上、池田主任副会長から紹介された。この「大山」の揮毫は1979年(昭和54年)5月3日、第3代会長の辞任直後に創価大学で行われた本部総会の後、認められた。脇書には「わが友よ 嵐に不動乃信心たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 式後 記す也」とある
 併せて紹介されたのが「大桜」の揮毫。脇書に「わが友乃功徳満開たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 合掌」と記され、池田先生の全同志に寄せる深い心が託されている
 時は巡り38星霜。「大山」のごとく嵐に不動の信心で、「大桜」のごとく功徳満開の人生を走り抜いていきたい。 

◆全国の新年勤行会から 2017年1月4日

   
東北文化会館での新年勤行会に集った、宮城・太白総区の友。元日から多くの新入会者が誕生。綿貫香里さんは、夫の宏さんと2人の子どもがそろって入会するなど喜びが広がった。韮沢東北総合長、今村同婦人部長は、一人一人が勝利の実証を打ち立てようと呼び掛けた(1日)
東北文化会館での新年勤行会に集った、宮城・太白総区の友。元日から多くの新入会者が誕生。綿貫香里さんは、夫の宏さんと2人の子どもがそろって入会するなど喜びが広がった。韮沢東北総合長、今村同婦人部長は、一人一人が勝利の実証を打ち立てようと呼び掛けた(1日)

 富士よりも
  高く積みゆけ
   この一年
  不二の同志と
     心の財を
 
 風雪も
  この世この道
    ひとすじに
  冬は必ず
   春…

【信仰体験】

◆〈信仰体験〉 慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)に負けない 
  闘い続ける人が真の勝利者 


 【山形県・白鷹町】選手たちの力走に、大声援を送る沿道の人、人、人。新春恒例の「箱根駅伝」(東京箱根間往復大学駅伝競走)で、2年ぶり2度目の出場を果たした創価大学は、総合12位でゴール! 大躍進を陰でサポートしてきたのが、笹原美晴さん(49)支部副婦人部長の長男・広一さん(21)学生部員である。創大駅伝部の主務として、選手や監督、コーチたちの“潤滑油”に徹してきた。彼の胸には、「慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)」と闘う母・笹原さんへの感謝にあふれていた。


◆第93回箱根駅伝 創価大学が未来へ希望の襷つなぐ 
チーム一丸で総合12位 往路9位の快挙

 
3人抜きの力走を見せた3区・蟹澤選手㊧からセルナルド主将にタスキリレー。今大会から距離が延びた4区で、主将は壁を破る快走を披露。区間5位に輝き、チームを5位まで押し上げた(2日)
3人抜きの力走を見せた3区・蟹澤選手㊧からセルナルド主将にタスキリレー。今大会から距離が延びた4区で、主将は壁を破る快走を披露。区間5位に輝き、チームを5位まで押し上げた(2日)

2017年1月 3日 (火)

2017年1月3日(火)の聖教

2017年1月3日(火)の聖教

新聞休刊日


第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)

                            (5区間=109・6キロ)

 

創価大学 12位でゴール

2017年1月 2日 (月)

2017年1月2日(月)の聖教

2017年1月2日(月)の聖教

新聞休刊日

◆新年メッセージ      (グラフSGI 2017・1月号)

「地涌の青年」よ! 人類の希望の光源に

 太陽を中心として、われらの青き地球の新たな公転が、たゆまず正確なリズムで始まりました。
 この一年も、全世界の尊き同志とご家族、また、大切な友人の皆さま方が、健康でご長寿で、福徳に満ちあふれていかれることを、そして、それぞれの使命の天地が、平和で無事安穏に、繁栄していかれることを、心よりお祈り申し上げます。
 私たちは、本年を「世界広布新時代 青年拡大の年」と銘打ちました。
 
青年こそ、人類の宝です
 青年こそ、正義の力です。
 青年こそ、本来の希望です
 戦後の日本の焼け野原に一人立って、「人間革命」の民衆運動を開始された、わが師・戸田城聖先生が徹して 光を当てられたのも、青年でした
 信念の獄中闘争を勝ち越えられた戸田先生に、私が初めてお会いして、生命尊厳の大仏法の実践という「正しい人生の道」を教えていただいたのは、19歳の時でした。その通りに歩み通してきて、今年で70年となります。
 今、うれしいことに、世界中で、この道に、地涌の青年が澎湃と続いてくれております。
 私は、不思議な宿縁と誓願を帯びて、この時に躍り出た若人たちを、最大の喜びをもって、仰ぎ見つめております。
 私たちは、いやまして、後継の友の一人一人に励ましを送りながら、人類の平和と人道を前進させゆく、若き創価の世界市民の大連帯が一段と力強く広がる年にしていきたいと思うのであります。
 日蓮大聖人は、「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(御書947㌻)と仰せになられました。
 妙法を唱えゆく生命には、いつでも、いずこでも久遠元初の太陽が昇ります。ですから、何歳になろうとも、常に自分らしく新鮮に、生まれ変わった生命力を発揮できるのです
 御書に「
年は・わか《若》うなり福はかさなり候べし」(1135㌻)と示されているように、皆が「青年の心」で、いよいよ若々しく、境涯を拡大し、仏縁を拡大し、福運を拡大していけるのが、私たちの徹喜と充実の年輪です。
 「青年の心」――それは、第1に「挑戦の心」でありましょう
 御聖訓には、「月月・日日につよ《協》り給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(同1190㌻)と説かれます。
 人生は、維しも、思いも寄らぬ試練や行き詰まり、また、忍び寄る情性や停滞との戦いでしょう。それらの一切を突破していく究極の力が、題目の師子吼です。何があっても、「唱題の人」は負けません。
 各国のSGIでも、生き生きと新たな挑戦が光っています。
 広大な太平洋にあまたの海洋国が点在するオセアニアでは、インターネットのビデオ通話システムを活用して、リーダー会議を開催していると伺いました。
 交通の制約などがあり、なかなか一カ所に定期的に集まることは難しい。その中で、こうした会議によって意見を交換し、励まし合いながら、喜びと触発の波動を広げています。距離の隔たりを飛び越えて、心と心をつなぎ合い、壁を打ち破る「勝利島」の人材のネットワークが拡大しているというのであります。
 時代の変化は、スピードを増しています。だからこそ、大事なことは、日日、強盛な祈りで、「随縁真如の智」を湧き出しながら、たくましく挑戦し、自他共に人間革命の希望の劇を綴っていくことではないでしようか
 第2に、「青年の心」とは「学びの心」です。
 SGIは「行学の二道をはげみ候べし」(同1361㌻)との仰せのままに、御書根本の実践で、世界広布を推し進めてきました。
 とりわけ、近年、各国・各大陸の教学運動の進展は、誠に目を見張るものがあります。
 アフリカ諸国でも、第1回の統一教学実力試験が大成功で行われました。
 仏法は、「一生成仏」という絶対的な幸福への軌道を明かしております。さらにまた、日蓮大聖人は「立正安国」という社会の安穏と繁栄、世界の平和と人道の進路を留め置かれたのであります。
 この最も普遍なる生命の法理への探究は、各人の人生にあっては「宿命転換」の希望となり、それぞれの国にあっては、良き市民の「社会貢献」の源泉となっております。
 そして必ずや、地球民族の「融合・共生」と、人類全体の「境涯革命」の光源となっていくであろうことを、私は確信してやまないのであります。
 第3に、「青年の心」とは「開かれた対話の心」です。広宣流布は、「友情」の拡大であり、「共感」そして「信頼」の拡大であります。
 わが家庭で、わが職場で、わが地域で、わが世界で、勇気と誠実の対話を重ね、温かな人間の絆、心の結合を築き広げていくことであります。
 法華経に登場する不軽菩薩は、万人に具わる「仏性」という尊極の生命を信じて、出会う人々に声を掛け、最大の礼儀と尊敬を表していきました
 たとえ、増上慢の人間たちから反発され、圧迫されても、決して屈しない。快活に、聡明に、しかも忍耐強く、不動の信念の対話を貫き通していくのであります
大聖人は、この不軽菩薩の振る舞いを「鏡に向って礼拝を成す時浮かべる影又我を礼拝するなり」(同769㌻)と仰せです。
 表面の姿はどうあれ、生命の奥底では、私たちが相手の仏性に働き掛ける時、その仏性も、こちらの仏性に応えているのであります。
 ゆえに、相手の可能性を信じ、語り掛けていくことです。祈り抜いていくことです。そこに、必ず仏縁が結ばれ、友情と信頼の花が咲き薫っていきます。これが法華経の精神であり、私たちの実践です。
 各地で分断の危機が憂慮される今だからこそ、ありとあらゆる差異を超えて、世界市民を結ぶ創価の「人間尊敬」の対話によって、地球の未来を彩る「平和と共生の虹」を懸けていこうではありませんか
 さあ、一人一人が、永遠なる「地涌の青年」として、新たな友を呼び出し、新たな人材を育てながら、本年も「広布と人生の凱歌を!」と叫んで、私の新年のメッセージとさせていただきます。
     2017年     元旦

◆新春メッセージ     (2017年1月号 「無冠」)

皆さまは幸福勝利