2012/2/3(金)
2012/2/3(金)
1、池田大作名誉会長の著作 中国語(簡体字)版の出版が60点以上に(抜粋)
東洋の人間主義の哲学を広く世界に紹介する池田名誉会長の著作。中国では、中国語(簡体字)版の名誉会長の著作の出版が相次いでおり、その数は60点を超えている。このほど、中国語(簡体字)版のロケッシュ・チャンドラ博士との対談集『東洋の哲学を語る』が四川人民出版社から、名誉会長のエッセー集『大道を歩む――私の人生記録Ⅲ』が湖南師範大学出版社から発刊された。
地球的問題群に直面する人類社会。ロケッシュ・チャンドラ博士と名誉会長は、人類を真の「融合」へと導く〝智慧の泉〟を探究するため、釈尊、ガンジー、老子、孔子、日蓮大聖人ら東洋の「魂の巨人」たちの思想について意見を交わす。
名誉会長は語る。
「東洋的な自然観・世界観が、人類的規模で展開されていくことが求められています」
「インドと中国の深遠なる精神的伝統が、相互に啓発し合いながら、『第三の千年』の人類文明を確立しゆくことを希求しています」
ロケッシュ・チャンドラ博士は応じる。
「いくつかの伝統の崇高な精神性が合流し、それぞれの領域において、その力を発揮すれば、生命と自然、そして自身に内在する超越性を悟ることとの間に調和をもたらすことができます」
「私には、あなたが人類の命運を担う『道』と『徳』を象徴されているように思われます」――。
「インド文化国際アカデミー」の理事長であるロケッシュ・チャンドラ博士は、仏教研究の世界的権威。博士と名誉会長は1979年、インドで初めての出会いを刻んで以来、対話を重ね、2002年、対談集を第三文明社から発刊した。
2、人民日報・海外版が新連載 中国の名門大学の伝統と精神を池田名誉会長の謝辞を通して紹介(抜粋)
中国を代表する日刊紙「人民日報」の海外版「日本月刊」が、新連載「中国の名門大学――池田大作名誉教授が語る伝統と精神」をスタートした。
「日中国交正常化40周年特別企画」として、池田名誉会長に「名誉教授」称号を授章した中国の名門大学を、授与式での名誉会長の「謝辞」(抜粋)を通して紹介するもの。
1月25日号の第1回は「清華大学」。同大学は、胡錦濤国家主席や習近平副主席などを輩出してきた世界的な名門大学である。2010年5月、顧秉林学長らが来日し、名誉会長に「名誉教授」称号を授与している。
連載の前文では「創価学会の池田大作名誉会長は、日中友好の井戸を掘った一人」との書き出しで、名誉会長の謝辞は「各大学の建学精神などを紹介しながら、卓越した教育理念や中国観を披歴している」と言及。連載によって「〝日中友好の使者〟の思いを伝えたい」と記している。
編集後記では?豊編集長が「水を飲むとき、井戸を掘った人を忘れてはならない」との周恩来総理の言葉を引用し、名誉会長が日中友好に貢献してきた事実を綴っている。
3、わが友に贈る
「意が声とあらはる」
友の幸福を
真剣に祈り抜くのだ!
誠心誠意の声は
必ず相手の心に響く。
4、名字の言「難信難解」は〝難に鍛えられての信仰、難を乗り越えての理解〟
どんな人のなかにも「仏の生命」がある――これが法華経のメッセージだ。しかし、これは難信難解(信じ難く理解し難い)。日蓮大聖人は例えば「観心本尊抄」の中で、そのことを繰り返し強調されている▼のみならず「汝之を信ぜば正法に非じ」(御書241㌻)とまで仰せである。〝今あなたがこれを信じたら、正法にはなりません〟と。法華経のすばらしさを宣揚しつつも、法華経の教えはたやすく信じられるものではない、ということだ▼その心は「軽信に陥るな。分かったつもりになってはならない」との戒め、と拝することもできるだろう。まことに、信仰の敵とは〝懐疑〟ではない。〝軽信〟なのだ▼苦難に直面したとき――。祈り、戦い、乗り越えてこそ、人は自身の胸中に〈不屈の魂〉を実感する。真心こめて励ました友が、見事に蘇生し得たとき、私たちはそこに〈大いなる生命〉を発見する。信仰体験とは、互いの〈仏性〉確認のためのドラマであろう▼「難信難解」の4文字は〝難に鍛えられての信仰、難を乗り越えての理解〟と受け止めたい。だからこそ私たち創価の友は、どんな苦難にも決して負けず立ち上がるのである。万人に仏性あり――その証明は、私たちの使命であり、喜びである。(克)
5、中国内蒙古芸術学院温元院長から「厚田村の書」(抜粋)
中国・内蒙古芸術学院の温玉庭元院長から池田名誉会長の詩「厚田村」の中国語訳を認めた書が届けられた。
「厚田の故郷 忘れじと
北風つつみて 美少年
無名の地より 世のために
長途の旅や 馬上行」
恩師・戸田第2代会長の故郷、厚田村を偲ぶ詩である。
1954年8月、若き名誉会長はここで、「厚田村」の詩を着想した。
厚田の浜辺で、恩師は弟子に語った。「この海の向こうには大陸が広がっている」「大作、世界へ行くんだ。私に代わって!」
名誉会長は恩師の遺訓を胸に、世界で平和・文化・教育の大道を切り開いてきた。
厚田の海の向こうには中国大陸が広がる。名誉会長は、10度の訪中を通し、平和と友好の「金の橋」を懸けてきた。
人間を文化を、そして国家を結ぶ「師弟の馬上行」。世界の識者は、その長途の旅に鋭く着目する。
6、わが教育者に贈る 第1回 青年から「共育」の新時代を〔下〕共に学び共々に成長を
アメリカの教育者デューイ
一人の人間、一つのグループのなし遂げたことが次の土台に
私は、牧口先生・戸田先生が敬愛してやまなかったアメリカの教育哲学者ジョン・デューイ博士をめぐって、デューイ協会の会長を務められた二人の碩学、ラリー・ピックマン博士とジム・ガリソン博士と有意義な語らいを重ねてきました。
デューイ博士の教育哲学の中心は、「成長」であります。
お二人との鼎談では、その「成長」とは、人と人との関係を通し、社会の中で磨き深められていくものであり、個人の成長は自ずと他者の成長、社会の成長にも寄与するものであることを語り合いました。
一人の「個人の成長」が「他者の成長」を促し、周囲や社会の成長をも促していく──まさに、偉大なる「人間革命」の原理です。
ゆえに、教師自身が成長すれば、子どもたちも必ず成長します。また、教師自身が成長するためには、子どもたちの成長に学ぶことです。
教育は「共育」──教師も生徒も共に育って、成長していくことなのです。
自身も大教育者として、多くの青年を育ててこられたガリソン博士は、こう語られていました。
「教師は、生徒たち一人一人を観察し、実験を試み、省察して、彼らのことを学びながら、あくまでも思いやりのある、深い共感を最も大切にしなければなりません。
よき教師は、生徒だちと一緒に学ぶことを、また生徒たちについて学ぶことを、大いに楽しむものです」
「子どもだちから学ぼう」 「一緒に成長しよう」とすることは、一人一人の人格を最大に尊重することになる。その心は、必ず伝わります。
「子どもを尊重せよ」「子どもの考え方にたいして、その仲間であり、子どものもつ友情にたいして、友であれ」
これは、アメリカ・ルネサンスの哲人エマソンの呼びかけでした。
一人の人間として、大切な友として、子どもたちに接する時、その子が自分でも気づいていない長所まで如実に見えてきます。
教師の信頼と期待にあふれた一言一言こそ、子どもたちを大きな自信と安心感で包み、その可能性を伸びやかに開花させていく力となるでしょう。
いわんや皆さんは、自他共の生命を最高に光り輝かせていける大哲学を持っています。
女子部が学ぶ御書三十編の一つ「一生成仏抄」に、こう仰せであります。一月度の座談会でも研鎖した一節です。
「只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈(おこた)らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(御書384ページ)
日々、妙法を朗々と唱えゆくことは、わが生命を明鏡の如く磨き上げていく力です。毎日、太陽が新鮮な陽光を放ちゆくように、信仰は、どんなに厳しい試練の時にも、決して負けない「生命の輝き」を発していく究極の光源なのであります。
とともに、心がけていきたいことは、身近な存在である経験豊富な先輩をはじめ、良き教育者から学ぶことでしょう。
若さ日の牧口先生か、綴り方の授業に挑戦した際、当時の北海道尋常師範学校附属小学校の主事(現在の校長職)であった岩谷英太郎先生が、高く評価してくれました。牧口先生の教案は、“子どもが作文の出来ない原因を巧みに見抜いている。これは、他のあらゆる学科にも通じる”とほめてくれたのです。
それが、大きな励みになったことを、牧口先生は終生深く感謝されていました。
かのデューイ博士も、シカゴ大学の実験学校(付属小学校)などで、現場の先生たちと苦楽を分かち合い、共に学び合った。その中で、大きな啓発を受け、自らの教育哲学を鍛え、発展させていったのです。だから深かった。
昨今、教育現場は多忙を極め、職場の上司や同僚に相談したくても、互いに時間に追われて相談できず、孤立してしまう場合も少なくないと伺っています。その意味で、教育本部の先輩・同志は、何ものにも勝る、ありかたい存在です。
長年、教育本部の皆様が債み重ねてこられた教育実践記録は五万事例を突破しました。さらに月刊誌「灯台」に連載されている実践記録集「『教育の世紀』の若き太陽」も教育界から注目されています。その一つ一つに、教育現場の生きた知恵が光り、困難を勝ち越えた尊いドラマが結晶しています。
こうした先輩方の実証は、青年教育者の皆さんにとって得難い手本であり、励ましです。ぜひとも学んでいただきたい。また信頼できる「教育名誉会」(退職教育者の集い)の大先輩もおられます。遠慮なく相談していただきたいのであります。
何かあっても 強く朗らかに
大事なことは、一人で悩みを抱えないことです。先輩たちも、皆、悩んだのです。皆さんは、一人ではありません。孤独になって、悩みに押し潰されてはならない。乗り越えられない壁など、絶対にないのです。
何があっても、頭を上げ、胸を張って、強く朗らかに生きることです。自分のために! そして、愛する子どもたちのために!
私は、宮城県の被災地で奮闘する一人の女性教育者の話を伺いました。彼女が勤務する中学校は、津波で甚大な被害を受け、大切な教え子も犠牲になりました。
いったい、どうすればいいのか──悲嘆に暮れ、呆然とする彼女を支えてくれたのは、母校の創価大学・関西創価高校の旧友たちの励ましでした。日本中、さらに世界からも真心のエールが連日、届きました。
懐かしい友の声に触れ、自身の胸のうちを聞いてもらうと心が落ち着き、勇気がわいてくるのを感じたそうです。「子どもたちのために、自分がまず立ち上がろう!」と。
今、その彼女に続き、生徒たちもまた深い悲しみから立ち上がって、成長しているといいます。
デューイ博士は語っています。
「一人の人間が、或は、一群の人々がなし遂げたことが、それに続く人々にとっての、足場となり、出発点となる」
わが教育本部の方々が、地道にして誠実な努力によって開いてこられた前進の歩みは、現代の暗き世相に大いなる希望を贈り、未来を開く不滅の足跡となるに違いありません。
若さ皆さん方は、この麗しき人間教育の連帯の輪を、さらに大きく広げながら、スクラムを組んで勇気凛々と進んでいっていただきたい。
デューイ博士の名著『民主主義と教育』では、次のような視点が示されています。
「社会的観点から見れば、依存性は弱さよりむしろ力を意味するのであり、それは相互依存を伴うのである」
相互の関係性の中で人間の成長をとらえていたデューイ博士は、個人が自立して人から頼りにされることを重視していました。さらに、人を頼りにすることも「弱さ」ではない。むしろ独善を排して連帯を強める「力」であると考えたのです。
支え合い、励まし合って生きるのが、人間です。そこに人間性の源泉もあります。
御書には「されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつ(温)きつめ(寒)だきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせち(大切)なり」 (1468ページ)と説かれております。
また、「麻の中のよもぎ(蓬)・つつ(筒)の中のくちなは(蛇)・よ(善)き人にむつ(睦)ぶもの・なにとなけれども心も・ふるまひ(振舞)も・言も・なを(直)しくなるなり」(1591ページ)と仰せです。
この世の希望であり、未来の宝である子どもたちのために悩む──何と尊く誇り高い悩みでありましょう。それ自体が、地涌の菩薩の悩みであります。「煩悩即菩提」の法理に照らし、悩みは智慧に変わります。子どもたちや、その家庭の幸福と安穏を祈ることは、仏の祈りであります。
ゆえに、青年教育者の皆さんに、きょうも、希望あれ! 勇気あれ! 連帯あれ! 成長あれ! そして、皆さんこそ混迷の時代を照らす「教育の世紀の太陽」であれ! と願ってやまないのです。
(つづく)
7、小説「新・人間革命」薫風6
山本伸一の話を聞いて、安宅清元には、思い当たる節があった。本部幹部会が行われる福岡県の男子部長である彼は、諸準備に多忙を極め、睡眠不足が続いていた。また、前日も、当日も、十分な唱題の時間が取れぬまま、本部幹部会を迎えてしまったのだ。
司会で失態を演じてしまったあと、安宅は、深く反省した。
”ぼくは、忙しかったことは確かだ。しかし、必要な睡眠時間も、唱題の時間も本当に取れないほど、多忙だったのか……。
一つ一つを冷静に見ていくと、一生懸命に取り組んでいたつもりでも、いつの間にか惰性化し、だらだらと時間を費やしていた面があったように思う。
また、心のどこかに、先生を迎えての、広宣流布のための行事運営なんだから、すべて守られるだろうという、安易な気持ちがなかったか……”
いわば”油断”があったのだ。それが著しい睡眠不足、唱題の不足を生み、弱々しい生命力の司会となってしまったのだ。結局は、創価学会の前進の活力源となる本部幹部会の司会を、軽視していたと言わざるを得ない。
伸一は、安宅を笑顔で包み込むように、話を続けた。
「また、司会をする際に大事なのは、〝間合い〟です。間髪を容れずに言葉を発しなければならない場合もあれば、一呼吸置くことが大事な場合もある。そのタイミングを間違えてしまうと、会合の雰囲気を壊してしまうことになりかねない。
たとえば、『暑い方は、上着をお取りください』と言っておいて、みんなが背広を脱いでいる途中で、次の登壇者を紹介したらどうなるか。拍手したくともできず、ざわざわしたなかで、次の人の話が始まることになる。
その場合は、脱ぎ終わるのを待って、さらに一呼吸置き、参加者の意識を整えてから、声を出すんです。会合に限らず、演劇も、舞踊も、音楽も、〝間〟の取り方に、成否のカギがあるんです」
8、きょうの発心(妙法比丘尼御返事、1415ページ)
御書・其の時先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし(妙法比丘尼御返事、1415ページ・編1140ページ)
通解・天魔が人の身に入り迫害を加える時、第一に先駆けした者は、三世十方の仏を供養するのと同じ功徳を得るであろう。
《行動第一、団結第一で前進!》
迫害が起こった時に法華弘通に先駆けした人には絶大な功徳がある、との仰せです。
5歳の時、父を病気で亡くし、貧乏のどん底の中、家族で静岡の地に。優しく迎えてくださった創価家族の温かさに感動しました。
1977年(昭和52年)、高校3年生の時に池田先生と初めての出会いを。思えば第1次宗門事件が顕在化しはじめた大変な時でした。「一人でも多くの友と会い激励を」との師匠の一念に触れ、生涯不退転を誓いました。
職場の同僚だった夫を折伏し結婚。間もなく第2次宗門事件が起き、地区の同志が邪宗門に誑かされ、本当に悔しい思いをしました。先生から静岡婦人部に頂いた「心清ければ永遠に天女」を合言葉に掲げ、静岡で戦う使命を胸に、必死で祈り活動しました。
その中で長女は創価大学を卒業し、静岡で希望の職場に就職。地区部長の夫と共に、一家和楽の家庭を築くことができました。
一昨年、遠州創価県の新宝城・磐田文化会館が完成し、皆が正義の静岡の使命に燃えています。師匠への報恩感謝を胸に、行動第一、団結第一で前進していきます。
静岡・遠州創価県婦人部長 森杉典子
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