2017年12月12日 (火)

2017年12月12日(火)の聖教

2017年12月12日(火)の聖教

◆わが友に贈る

寒さ厳しい季節。
防寒対策を万全に!
凍結した道や段差での
転倒にも注意を怠らず
事故を未然に防ごう!

◆〈名字の言〉 2017年12月12日
 

 人生は“言葉の積み重ね”であり、「どんな言葉を話すかで、終着点も大きく変わる」。そう語るのは、73歳で大学生となったコメディアンの萩本欽一さん。ちょっとした言葉の言い方、使い方を大切にしてきた▼例えば「苦労」は「工労」と書き換える。困難を前に「苦しみに労を費やす」のではなく、乗り越えるための「工夫に労を費やす」。たった一文字の違いだが前向きな気持ちが湧いてくる▼そんな萩本さんも70歳で「ゴール」という文字が脳裏をよぎった。だが今は「70歳は人生のスタート」と感じるそうだ。「スタート」だから“若者と一緒に勉強でも”と思える。萩本さんは言う。「思考が言葉を変えるように、言葉もまた思考や行動を変えていきます」(『ダメなときほど「言葉」を磨こう』集英社新書)▼先日、訪れたある地区で、ブロック長が笑顔で語っていた。「わが子に信心を伝えようと、信仰体験を話していたんです。すると当時を思い出し、だんだん胸が熱くなってきて。その歓喜のまま、久しぶりに友人を訪ね、仏法対話をしてきました」と。確信の言葉は、相手はもちろん、自らの心も大きく揺さぶる▼実現したい目標や決意は、まず口に出してみよう。勇気と希望の言葉の力によって人生は変わり始める。(誼)

◆〈寸鉄〉 2017年12月12日

 堅塁・中部が盛大に総会。
 断じて広布の一番星に!
 「栄光の年」へ先駆の船出
      ◇
 会長の振る舞いは相手を
 謙虚にさせる―元学長。
 真心は伝わる。師を鑑に
      ◇
 静岡女子部の日。朗らか
 に幸のスクラムを拡大。
 貴女の勝利が正義の証明
      ◇
 20年度までに私立高校を
 無償化の方針と。公明の
 貢献大。庶民守る要たれ
      ◇
 良い作品で分断の時代を
 壊したい―作家。我らも
 言葉の力で人々を結ぼう

◆小説『新・人間革命』第30巻  勝ち鬨の章 五 2017年12月12日 (6246)

 十条潔が亡くなった十八日の夜には、十条家としての通夜が、また、翌十九日には告別式が営まれた。さらに、二十三日夜には、創価学会本部葬の通夜が、翌二十四日には本部葬が、巣鴨の東京戸田記念講堂で厳粛に執り行われた。山本伸一は、すべてに参列し、追善回向の唱題を捧げた。
 また、二十四日夜には、新宿文化会館で東南アジア八カ国・地域のメンバーと勤行し、十条の遺徳を偲ぶとともに、東洋広布の未来展望について語り合った。
 伸一の行動に休息はなかった。
 彼は、二十五日、世界の平和実現への道を探るために、アメリカの元国務長官キッシンジャー博士と三度目の会談を行った。
 さらに同日、東京戸田記念講堂で開催された新出発の本部幹部会に出席した。彼は、新会長の秋月英介を中心とした学会の新たな船出を心から祝福し、「明るく、朗らかに、仲良く、広宣流布への一歩前進を遂げていただきたい」と期待を述べた。
 その翌日から八月上旬まで、長野を訪問し、会員の激励に徹し抜いた。
 そして、八月十七日、明石康国連事務次長と東京・渋谷の国際友好会館(後の東京国際友好会館)で会談し、10・24「国連デー」や、世界平和の推進と文化の向上を図るうえでの、日本の役割などについて語り合った。
 世界の平和を実現していくには、国連が力をもち、国連を中心に各国が平等の立場で話し合いを重ね、進んでいかなければならないというのが、伸一の一貫した主張であった。
 彼は、明石事務次長に言明した。
 「私どもは、国連支援のために全力を尽くします。世界の平和を築き、飢えや貧困、疾病から人間を守ることこそ、生命の尊厳を説く宗教者の使命であると考えるからです」
 人びとの現実の不幸を、いかに打開し、幸福を実現していくか――そこから、日蓮大聖人の立正安国の戦いは始まっている。仏法者の宗教的使命は、この立正安国という社会的使命の成就をもって完結するのである。 

【先生のメッセージ】

◆本部幹部会・中部総会への池田先生のメッセージ
「若き命」を慈しみ伸ばそう  励まし抜く心で未来を開け

 

 天下の名城・名古屋城を望みつつ、研修会で来日した16カ国・地域のSGIメンバーが誓いも新たに(10日、名古屋市内で。氏名を2面に掲載)。「諸天舞え」との大中部の同志の祈りに包まれて、天は晴れ、城は映(は)え、海外の友の心も喜び舞う

天下の名城・名古屋城を望みつつ、研修会で来日した16カ国・地域のSGIメンバーが誓いも新たに(10日、名古屋市内で)「諸天舞え」との大中部の同志の祈りに包まれて、天は晴れ、城は映(は)え、海外の友の心も喜び舞う

一、我らの大中部から、「世界広布新時代 栄光の年」へ、大いなる飛翔、誠におめでとう!
 世界の気高き求道の友を迎え、愛知、岐阜、三重の各地で、素晴らしい交流が行われたことも、うれしく伺っています。
 16ケ国・地域の慈折広宣流布のリーダーの皆さん方、本当にありがとう!熱き心で大歓迎しようではありませんか!
 そして、目覚ましい勢いで、幸福拡大の対話を繰り広げてこられた中部をはじめ全国、全世界の同志の皆さん方、この1年の悔いなき大奮闘、本当にご苦労さまでした。お互いの健闘と団結を讃え合うとともに、「諸天舞え」との息吹を込めて、皆で万雷の大拍手をしたいと思うが、どうだろうか!
 一、1976年(昭51年)の1月、私は、「広布の一番星」の誇りも高く、全国で一番早く行われていた名古屋市内の婦人部総会に出席して、中部家族と共に宣言しました。
 ――この世界で一番尊く偉いのは、誰か。それは、名もなき庶民のお母さんです。なかんずく、「広布の太陽」である母たち、女性たちです、と。
 毎朝昇りゆく太陽のように、「月月・日日につより」(御書1190ページ)ながら、今日も元気に、全学会を照らしてくれている偉大な婦人部に、改めて最大の感謝と尊敬を捧げたい。
 そして、明年も、何より婦人部の皆さんが笑顔で喜んでくれる「創価」の前進と勝利を、皆で決意し合いたいと思うが、どうだろうか!

強盛の信心は後継に脈々と

 一、「広宣流布の堅塁たれ」とは、戸田先生と不二の心で、私が愛する中部に贈った指標であります。今や、その通り、苦難の彼方に、堅塁・中部の揺るぎなき金の城が堂々とそびえ立ちました。
 「堅塁」とは、英語で言うならば、「ストロング・フォートレス」です。
 この「ストロング・フォートレス(堅塁)」を築き上げる原動力は何か。それは「負けじ魂の信心」以外の何ものでもありません。
 御本仏・日蓮大聖人は仰せになられました。
 「大難来たりなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448頁)と。
 いずこにもまして三類の強敵が襲いかかろうと、中部の誉れの父母たちは、この仰せのままに「強盛の信心」を貫き通してきました。
 1953年(昭和28年)の12月――中部広布の一粒種である初代の地区部長が、私に毅然と語られた言葉が忘れられません。
 それは、「何があっても、私たちは負けません。学会とともに、広宣流布のために戦います。どんなことがあっても、学会を守ります。学会を広げます」と。
 この正義の堅塁魂を、今も脈々と、わが後継の青年部が受け継いでくれていることが、私の喜びであり、誇りなのであります。

 一、人生と社会のいかなる試練にも、絶対に屈しない、生命尊厳の「ストロング・フォートレス(堅塁)」を一人一人の心に打ち立てる究極の力こそ、妙法であり、私たちの学会活動なのです。
 御聖訓には、「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557頁)と説かれております。
 時代が混迷を深めているからこそ、私たちは自行化他の題目という大歓喜の勝ち鬨を朗々と轟かせ、立正安国の民衆のスクラムを、いやまして拡大していこうではありませんか! 

世界市民を育む希望のモデル

 一、明年は「栄光の年」。はかなく、もろい一時の栄華ではなく、永遠の栄光を、いかに勝ち開いていくか。それは、「人を育てること」「若き命を慈しみ伸ばすこと」に尽きるといってよいでしょう。我ら創価の人材城には、一人を大切にし、励まし抜く心がみなぎっています。
 とりわけ大中部は、未来の世界市民を育む希望のモデルです。
 今、地球社会は、「人道」と「人権」と「平和」への大道を渇仰しております。我らが決めた栄光の「この道」に、地涌の青年を、ますますにぎやかに呼び寄せながら、いよいよ勇敢に、たゆみなく進もうではありませんか!
 わが宝友の皆さん一人一人に、さらに題目を送ってまいります。
 どうか、健康で無事故で、大満月の如き所願満足の栄光の人生を、共に仲良く朗らかに充実させていってください。   よいお年を!

【聖教ニュース】

◆世界広布新時代 第29回本部幹部会 中部総会

“青年拡大の年”の大奮闘をたたえ合い、明「世界広布新時代 栄光の年」へ勇躍前進を誓った本部幹部会・中部総会。さあ、自らが決めた「この道」を真っすぐに! 平和の地球の建設を、世界の友と朗らかに!(中部池田記念講堂で)


“青年拡大の年”の大奮闘をたたえ合い、明「世
界広布新時代 栄光の年」へ勇躍前進を誓った本部幹部会・中部総会。さあ、自らが決めた「この道」を真っすぐに! 平和の地球の建設を、世界の友と朗らかに!(中部池田記念講堂で)


 「栄光の年」へ飛翔する「世界広布新時代第29回本部幹部会」が10日午後、「中部総会」の意義を込め、名古屋市の中部池田記念講堂で開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、来日した16カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の友と出席。中部3県14会場と中継で結び、計1万2000人が参加した。池田大作先生はメッセージ(3面に掲載)を寄せ、戸田城聖先生と不二の心で贈った「広宣流布の堅塁たれ」との指標の通り、堅塁・中部の揺るぎない「金の城」が堂々とそびえ立ったと賞讃。そして「『ストロング・フォートレス(堅塁)』を築く原動力は『負けじ魂の信心』である」「若き命を慈しみ育て、人材の城を築いてこそ、永遠の栄光がある」と述べ、平和への大道を渇仰する地球社会のために、勇敢に創価の「この道」を前進しようと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は15日から18日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
 本部幹部会が開かれた10日、名古屋市は、雲一つない晴天に恵まれた。漆黒からブルーへ移りゆく早朝の空を見上げると、彼方に“一つの星”が煌々と輝きを放っている。まるで、広布の“一番星”と光る中部の晴れの日を、天がことほぐかのように――。
  
 〽ああ中部中部
  諸天舞え……
  
 幹部会のフィナーレを飾るのは、中部の全同志が愛してやまないこの曲しかない。場内には、中部歌「この道の歌」が高らかに響きわたった。
 ――1978年(昭和53年)7月27日、「中部の日」記念幹部会の席上、池田先生が作詞した同歌が発表された。当初、歌詞の結びは「ああ中部中部 諸天舞う」だった。
 その後、さらに推敲を重ねた池田先生。発表の翌日、岐阜県多治見市の東濃文化会館へ向かう途中、「諸天舞え」と、筆を入れたのである。
 後に、その時の心境を、こう述懐した。
 「諸天をも『舞わせる』、つまり『動かしていく』、我々自身の強き祈りと行動にしていくべきである」
 中部歌誕生から、明年で40星霜。中部の友は、宗門の悪侶による迫害も、いかなる障魔の嵐にも、「この道の歌」を心に抱き、口ずさみながら、威風堂々と乗り越えてきた。
 池田先生は、今回の本部幹部会に寄せたメッセージで訴えた。
 「我らが決めた栄光の『この道』に、地涌の青年を、ますますにぎやかに呼び寄せながら、いよいよ勇敢に、たゆみなく進もうではありませんか!」
 師の呼び掛けの通りに今、「広宣流布の道」「師弟の道」「同志の道」を真っすぐに歩み、目覚ましい勢いで成長する後継の青年群が、中部各地に陸続と躍り出ている。 
1万人の拡大! 全員が「勝利の一番星」

中部音楽隊が中部歌「この道の歌」を勇壮に(中部池田記念講堂で)広布に走り抜いてきた一人一人の“歓喜”が、その旋律を一段と力強いものにする。11・17「中部音楽隊の日」に念願の弘教を実らせた友や、隊員自ら入会に導いた友人が対話拡大を決意し、本部幹部会の前日に弘教を果たしたというエピソードも

 中部男子部はこの1カ月で、部平均1世帯の弘教を結実。女子部は本年、4000を超える仏法対話を重ね、幸福の花を爛漫と咲かせた。そして学生部は見事、日本一の拡大を達成した。
 この正義の“堅塁魂”光る若き力を先頭に、中部3県は団結固く前進。先月だけで「地区1」の弘教を成就し、本年、年間目標を超える1万人の拡大を遂げたのである。
“天下の栄光城”と光る岐阜。池田先生が、先師・恩師を宣揚する正義の言論で、「中部での初陣」を勝ち飾った天地である。田中岐阜総県長、宮田同婦人部長は「栄光の歴史は、われら岐阜から開きゆく!」と固く誓った。
 “勝利の大鷲”の誇りに燃える三重。池田先生は同県を20回訪問。墨痕鮮やかな「道」の書は、三重の地でしたためられた。松尾三重総県長、稲原同婦人部長は、「空飛ぶ者の王・鷲のごとく、世界広布へ雄飛します!」と力強く。
 「名古屋城 よりも偉大な 愛知城 広布と人材 輝きわたりて」との池田先生の和歌を胸に、強固な人材城を築きゆく愛知。熱田総愛知長、神原同婦人部長は「“偉大なる愛知”の新たな扉を開きます!」と語った。
 かつて池田先生は、“「日本の中部」は、「世界の中部」となった”“地球全体から市民が集いゆく大舞台となった”とつづったことがある。この言葉を象徴するように、世界の代表16カ国・地域の同志が、中部総会に集った。
 池田先生が何度もシャッターを切った天下の名城・名古屋城を、感慨の面持ちで見上げていたシンガポール創価学会の許益盛さん(区男子部長)。同国も中部と同じように、「堅塁」をモットーにしている。
 “同じ指針を掲げる同志のもとに行くのだから、私たちも拡大の結果を!”――許さんは本年、3人に弘教を実らせ、さらに社会でも勝利の実証を示し、来日を果たした。
 本年はシンガポール広布50周年。許さんが担当する地域でも、年頭の目標を大きく超え、さらなる陣列の構築を目指している。
許さんは述べた。「池田先生は『堅塁』という言葉を通して、負けない人生を教えてくださっているのだと、中部に来て思いました。堂々とそびえる名古屋城のように、不動の自身を築き上げます!」
                     ◆◇◆
 幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。平山中部長、松波同婦人部長らが、池田先生の中部初訪問から65周年の佳節となる明年へ、「堅塁・中部」が「栄光の年」の先駆の道を開こうと呼び掛けた。
 次に、渕野春美さんと、長男・哲也さんの母子がリレー体験を披露。病苦や経済苦など、次々と一家を襲う宿命の嵐を、広布拡大に挑む中で乗り越えた喜びを語った。
 赤須未来部長、勝岡少女部長は、未来部歌「正義の走者」発表40周年となる明年に向けて、後継の未来部員と共に、栄光の道を走り抜きたいと力説。
 原田会長は、今秋、10万人の青年部員が誕生したインドに象徴されるように、世界教団・創価学会を担う池田門下の青年が今、世界中に躍り出ていると強調。徹して一人を大切にし、励ましてきた池田先生の不惜身命の激励行を紹介しつつ、広布の要諦はどこまでも「一対一の励まし」にあると訴えた。
 そして、一人一人が明年の「わたしの栄光」へ、池田先生が卒寿を迎える1月2日から誓願のスタートを切ろうと呼び掛けた。
 続いて記念映像「我らが決めた師弟の道――池田先生と中部」が上映された後、最後に、全員で中部歌「この道の歌」を大合唱。
 「世界広布新時代 栄光の年」へ!――中部の同志を先頭に、勝利の「道」を進み、広げゆく新たな挑戦が幕を開けた。
  
                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈紙上セミナー 生活に生きる仏教〉 同苦と慈愛を胸に寄り添う 
超高齢化に伴い必要性増す在宅医療
 
 

 
                      
                                                                                                                                       

「本当は、最期は住み慣れたわが家の畳の上で、見守ってくれる家族みんなに『おかげでいい人生だった。ありがとう!』って告げて静かに逝きたい」

◆2018年(平成30年)壮年部の活動


一家と広布の黄金柱、職場の勝利者、地域貢献の第一人者として、朗らかに使命の道を進む壮年部の友

一家と広布の黄金柱、職場の勝利者、地域貢献の第一人者として、朗らかに使命の道を進む壮年部の友



 壮年部は、2018年「世界広布新時代 栄光の年」を「題目の師子吼で、人間革命の勝利劇を!」とのスローガンを掲げて前進していきたい。
 「壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい」(壮年部指導集『黄金柱の誉れ』21ページ)との池田大作先生のご指導の通り、創価の大城を支え守る広布の黄金柱として、題目を根本に職場や地域で実証を示し、広宣流布大誓堂完成5周年となる18年「11・18」を、かつてない広布拡大で荘厳してまいりたい。
 具体的には、次のポイントを基調に活動を推進していく。

●指針

壮年は広宣流布の黄金柱

●スローガン

題目の師子吼で、人間革命の勝利劇を!

●3モットー

一、生涯求道の壮年部
一、職場で勝利する壮年部
一、地域貢献の壮年部

活動のポイント

1、壮年勇者のスクラムを拡大
 ①「訪問・激励運動」で人材を総結集
 3・5「壮年部結成記念日」、8・24「壮年部の日」の意義を留める会合を開催。毎月、「訪問・激励週間」を設けるなど、「訪問・激励運動」を強化し、人材を総結集する。(開催単位は方面・県に一任)
 ②「ブロック5勇士」運動に全力
 最前線のブロックで、新たな活動者を拡大・育成する「ブロック5勇士」運動を引き続き全力で推進。全幹部がブロックに入り、一人一人への励ましに徹する。
 ◎担当幹部が地区・ブロック幹部と共に行動する中で、信心の喜びを語り合い、励ましの対話を広げていく。
 ◎本部壮年部長、支部壮年部長の体制を整え、各組織で壮年部強化を進める。
 ③率先して広布拡大に挑戦
 弘教、聖教新聞の購読推進、学会理解の対話など、率先して広布の拡大に挑戦していきたい。
 ◎自他共の人間革命・宿命転換を目指し、勇気をもって弘教拡大に挑戦する。
 ◎「人間の機関紙」である聖教新聞の購読推進と、新たな聖教拡大推進者の育成に取り組む。
 ◎SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)、モバイルSTBなどを活用し、学会理解の輪を広げる。また、新たな友人への友好拡大にも積極的に挑戦する。

2、後継の青年を自分以上の人材に
 未来を託す青年部には、「絶対の『信頼』をもって接することである。信頼の心が伝われば、人材は伸びていく」(『黄金柱の誉れ』227ページ)とのご指導通り、青年部の育成に、さらに力を入れていく。
 ①後継の人材育成に力を注ぐ
 壮年が青年の先頭に立って戦うとともに、「壮男・躍進会議」「壮男・合同座談会」などを開催し、男子部の人材育成に力を注いでいく。男子部・学生部・未来部への訪問・激励を進め、座談会や本部幹部会などの中継行事への参加を後押しする。
 ②一家で師弟の信心を継承
 一家で、信心の原点や体験、広布史を語る機会を積極的に設け、子や孫などへ学会精神を伝え残していく。

3、求道の心で、生涯研さんを
 日曜日を中心に、壮年座談会・懇談会、サンデー勤行会など、信心の触発を受けられる会合を定着させ、活動のリズムをつくる。
 ①小説『人間革命』『新・人間革命』を学ぶ
 創価学会の“精神の正史”である小説『人間革命』『新・人間革命』を通し、師弟の生き方を学ぶ。開催単位は地域の実情に合わせる。
 ②教学研さんを通して人材を拡大
 「大白蓮華」の学習や教学部任用試験(仏法入門)等を通し、仏法の人間主義の哲学を学ぶ喜びを広げながら人材を拡大していく。
 ③壮年部指導集『黄金柱の誉れ』の研さん
 指導集『黄金柱の誉れ』を学び、一人一人が池田先生の指導を実践していく。

4、職場・地域で模範の存在へ
 「壮年部が地域に積極的に関わり、活躍する時こそ、地域広布の総仕上げの時代である」(『黄金柱の誉れ』107ページ)とのご指導の通り、地域の繁栄、職場の発展を日々祈り、模範の存在となって尽くしていきたい。また、壮年部の会合などで、仕事や地域活動の体験を積極的に語っていく。
 ◎仕事において、信心根本に不断の努力を重ね、勝利の実証を示していく。
 ◎地域行事の運営など地域の活動に積極的に携わり、献身の行動で信頼と友情の輪を広げていく。
 ◎親戚との交流を深め、理解と共感の対話で、共に幸福の道を開いていく。

5、各種グループの育成・強化
 〈太陽会を一層充実〉
 昼間に活動できる太陽会(総称)の、さらなる発展・強化を目指し、本部・支部の議長の体制を整える。ラインの壮年部とも連携を密にし、訪問・激励や会合の充実を推進する。体調の優れない人への声掛けにも十分に配慮する。
 〈王城会の強化〉
 わが地域の宝城を厳護する使命と誇りを忘れず、絶対無事故の任務を勝ち取る。定例会や研修会を軸に、壮年部強化の柱の一つとして人材育成に力を注いでいく。ラインの壮年部幹部が率先して王城会メンバーへ励ましを送っていく。
 〈次代を担うヤング壮年部の育成〉
 ヤング壮年部を次代のリーダーとして育成していくため、先輩幹部による激励・指導をこまやかに進めていく。人材グループなど、同世代の団結を強めるための取り組みも工夫する。
主要行事
 (1)3・5「壮年部結成の日」記念行事の開催(3月)※開催単位は方面・県・分県に一任
 (2)8・24「壮年部の日」を記念する全国壮年部幹部会を開催(9月度本部幹部会)
 (3)方面・県壮年部長会の開催

◆2018年(平成30年)男子部の活動
正義の弘教拡大で後継の勝ち鬨を!
 
                      
                                                                                                                                       



本年4月に熊本・菊陽町の熊本平和会館で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」

本年4月に熊本・菊陽町の熊本平和会館で行われた「新時代第10回全国男子部幹部会」

 2018年「世界広布新時代 栄光の年」は、戸田先生が次代を担う青年部に広宣流布の一切を託された、「3・16」の広宣流布の記念式典から60周年の佳節を迎える。

◆〈信仰体験 母ありて〉第22回 富山県滑川市 北野照代さん  
託される思い出に心込め

 服からその人が見えてくる。袖口に汚れが目立つ方が利き手。ズボンの裾の幅は、義足の方が少しだけ広い。ただ洗えばいいわけではない。服から語り掛けてくる”言葉”に耳を傾けながら、心を込めて、汚れを落とす。日の出屋クリーニングには、北野さんの腕を頼って、遠くからも客が来る。
 苦い前半生だった。
 結婚当初、家は田んぼの真ん中にポツンとあった。日本海の潮風が壁と床から吹き込むボロ家。水道もなく、向いの家からもらった水で顔を洗い、米をといだ。
 夫の稼ぎだけでは苦しくて、北野さんはクリーニング店で働いた。店主は頑固者で、手ほどきはなかった。「見て盗め」。容赦なく叱られたが、「信心しているから負けられん」。へこたれはしなかった。
 夫は信心に理解がなかった。親戚からも何かと疎まれた。それでも縮こまらず題目を唱えては、20年間働いた。そしてクリーニングの技術と、思い出を託されるという心得を学んだ。
 ひたむきさを買われ、23年前に屋号を譲り受けた。自宅を改装した13坪の店内に、アイロン台と乾燥機、プレス機などを所狭しと並べた。
 夫は仕事を辞めて酒を飲み、北野さんが暮らしを支えた。学会活動から帰ると、深夜まで服を洗った。池田先生の弟子として、恥じない自分でいたかった。
 ある客が着物を持ってきた。染みを取ってほしいと頼まれた。「母の形見なんです」。思い出を託される――だが無理はできない。洗剤の量や、わずかの時間の差で、色落ちなどの致命傷となる。緻密な手仕事。ぎりぎりに挑んだ。
 数日後、着物を取りに来た客の気色に、北野さんは生きがいを見つけた。
 日の出屋クリーニングでは、60度の湯で洗う。灯油代が掛かるが、手を抜きたくない。洗浄液の透明度にも自信がある。
 決め手は「心」だという。「きれいな心で洗えば、きれいに仕上がる。でも汚い心で洗えば、不思議と汚れが落ちない。生真面目にアイロンをかけて43年。「深く信心を発して日夜朝暮に又おこたらず磨くべし」(御書384ページ)。師弟の題目で心を磨き続けた。
 クリーニング師の資格を取った娘たちと働く。「働かざる者食うべからず」。育ての母からの教えだ。生みの母は19年の命と引き換えに、北野さんに生を授けた。「母が自分の命をくれたから、今がある」
 洗う前、ボタンのほつれを見つければ、針に糸を通す。お客さまを喜ばせたいという心も、芸者さんだった母親譲りかもしれない。

◆〈信仰体験〉 夫婦で空手道場を30年    学会で学んだ”尽くす生き方”

 【神奈川県藤沢市】「エイ、ヤーッ!」
 自治会館に、威勢のいい掛け声が響く。幼稚園児から高校生、大人も交じった約40人が、空手の稽古に励む。
 滝内洋子さん(64)=六会支部、婦人部副本部長=は、夫・一夫さん(68)=副支部長=と共に、空手道場「空手アカデミー拳勝館 六会支部」を開き、今年で30年。多くの子どもたちを全国大会に送り出してきた。「まさか、空手がライフワークになるなんて」
 空手を始めたのは1973年(昭和48年)、20歳の時。歯科衛生士として働いていたが、貧血やたちくらみに悩み、医師から運動を勧められて道場に通うように。空手のつながりで一夫さんと出会い、結婚した。
 2人の子を出産。近隣の母親友達から、創価学会の話を聞く。「”宿命論”に感動したんです。私の父がアルコール依存症で亡くなっていて、”なんでうちは、こんなに不幸なの”と思っていました」
 84年に入会。猛然と祈り、3ケ月後、一夫さんも信心を始めた。
 当時、婦人部の先輩が、組織活動に加えて、ボランティアなど地域に根差して活動していた。
「信心をしてから、”誰かのため”を強く意識するようになりました。婦人部の先輩の姿を見て、私も人のために尽くそうと決めたんです」と滝内さん。友人から「子どもたちに、ぜひ教えてほしい」と請われたこともあり、夫婦で空手道場を始める。
 一夫さんが勤務していた大学の許可を得て、構内に簡易なビニールハウスを建て、すのこを敷いて道場に。当初は、5人ほどだったが、次第に口コミで評判が広がり、入門者が増加。1年もたたないうちに自治会館へ場所を移し、本格的にスタートした。
 空手を主に指導するのは、学生時代から競技を続けてきた一夫さん。滝内さんも指導員の資格を取り、アドバイスを送る。実直に教える一夫さんとは対照的に、滝内さんは褒めて伸ばす。
 空手の世界は厳しい。礼儀作法はもちろん、一対一で戦う格闘技だけに、とても勇気が必要。そして、ほとんどの選手が、いつかは負ける。そうした経験を経て強靭な心身が形成されていく。
 滝内さんは、子どもたちの普段の生活にも目を向ける。学校の成績の思わしくない子には、練習の前に勉強もさせる。家庭の環境も考慮し、親ともじっくり話し合う。「子どもたちが真っすぐ元気に育ってほしいと、毎日、真剣に祈っています」。信頼を広げ、地域の保護司も任されるように。
10年前には胃がんを発症。胃を全摘出したが、後遺症や再発もなく乗り越えた。「増えていた体重も、すっかり元に戻りました(笑い)」
 入門当初はあいさつも正しくできなかった子が、正々堂々と戦う姿を見ると、何よりうれしくなる。「本当に、やってきてよかった」
 心に残る、池田先生の歌がある。
 「常楽を 我浄と生きなむ この世をば 桜梅桃李で わが身咲ききれ」
 生まれたからには、自分らしい花を咲かせたい――それが滝内さんにとって、空手だった。
学会で学んだ”尽くす生き方”を、道場で貫き通している。

2017年12月11日 (月)

2017年12月11日(月)の聖教

2017年12月11日(月)の聖教
新聞休刊日 

12月の広布史  池田名誉会長 小説『人間革命』の執筆を開始
写真 小説『人間革命』と『新・人間革命』 
小説『人間革命』と『新・人間革命』

創価学会の真実を描く小説『人間革命』
 1964(昭和39)年12月2日、池田名誉会長が小説『人間革命』の執筆を開始しました。
 池田名誉会長は第1巻の「まえがき」につづっています。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする。——これが、この物語りの主題である」と。
 戦後、戸田第二代会長が創価学会の再建に一人立ち、75万世帯の弘教という誓願を達成し、後継の弟子・山本伸一(池田名誉会長のペンネーム)が第三代会長に就任するまでをつづった『人間革命』。日蓮仏法の信仰によって目覚めた人びとの“蘇生のドラマ”と“師弟不二の闘争”を描く、“不滅の真実”の一書なのです。

平和原点の地・沖縄で執筆を開始

 池田名誉会長が『人間革命』の執筆を開始した地は、日本で唯一、太平洋戦争の地上戦が行われ、多くの一般市民が犠牲となる悲惨と苦汁をなめた沖縄でした。
 名誉会長はのちに「その朝、私は一人、文机に向かい、万年筆を握ると、原稿用紙の第一行に力を込めて書き始めた。『人間革命』—そして、『第一章 黎明一』と続けた……」と、当時を回想しています。「戦争ほど、残酷なものはない。/戦争ほど、悲惨なものはない」との言葉で始まる『人間革命』の執筆開始は、人類の平和と幸福の「黎明」を開きゆく闘争を開始する、高らかな宣言でもあったのです。
 以後、名誉会長は激務の合間をぬい、時には高熱を押して執筆を続けました。体調を崩し、口述をテープに吹き込むこともありました。『人間革命』全12巻は、完結まで28年あまりの歳月をかけ、聖教新聞での連載は1509回に及びます。
 池田名誉会長は現在も、『人間革命』の続編である、小説『新・人間革命』を聖教新聞紙上に連載。新聞連載の回数は日本の新聞小説で最多となりました。

コラム
山本伸一と法悟空

 小説『人間革命』に登場する「山本伸一」は、池田名誉会長のペンネームです。
 1949(昭和24)年1月、戸田第二代会長が経営する出版社に入社した若き日の名誉会長は、少年雑誌の編集を任され、「山本伸一郎」のペンネームで、ベートーベンの伝記などを執筆しました。戸田会長は「山に一本の大樹が、一直線に天に向かって伸びてゆく」と、このペンネームを評し、若き 弟子の奮闘を温かく見守ったのです。
 戸田会長は、「妙悟空」のペンネームで、戦時中の獄中体験などをつづった小説『人間革命』を聖教新聞に連載していました。『人間革命』『新・人間革命』執筆の際に用いる、「法悟空」というペンネームの由来について、名誉会長は「(仏法の原理からいえば)妙は師、法は弟子となる。私の師は戸田先生である」と述べています。
 「恩師の真実を伝える伝記を書き残すことは、私の青春時代からの誓いであった」「先生のご生涯は、そのまま一個の人間の偉大なる人間革命の軌跡であり、それを書き残すことによって、万人に人間革命の道を開くことが可能になると確信していたからである」と『人間革命』のあとがきにつづった池田名誉会長。二つのペンネームには、恩師・戸田会長の偉業を世界に宣揚することを誓う、池田名誉会長の真情が込められているのです。
参考資料
『人間革命』  第1巻「まえがき」「黎明」  第11巻「大阪」  第12巻「涼風」「あとがき」
『新・人間革命』  第9巻「衆望」
『随筆 人間革命』  「ペンネームの由来」 「山本伸一の命名理由」
『データに見る「人間革命」の時代』  潮出版社 パンプキン編集部・編
 

2017年12月10日 (日)

2017年12月10日(日)の聖教

2017年12月10日(日)の聖教

◆今週のことば

創価の前進を支える
役員の皆さまに深謝!
「陰徳あれば陽報あり」
健康・無事故で
凱歌の総仕上げを!

◆〈名字の言〉 2017年12月10日

 「まるで人間がモグラになったようだ」。初めて乗った人は、こんな感想をもらしたという。90年前の1927年(昭和2年)12月、浅草・上野間で開通した「地下鉄」である▼当初、地下に鉄道を敷設できると考える人は少なかった。実現に貢献した“地下鉄の父”早川徳次も、「ほら吹き」「山師(詐欺師)」などと、世間から悪口を浴びた▼しかし、彼は信念を曲げなかった。「ほら吹きだと罵られた福沢諭吉先生は、ご自分からホラをフクザワ、ウソをユウキチ、と言って笑って弁明しておられた。だが、後には社会から時代の先覚者として、尊敬を得たではないか」(中村建治『地下鉄誕生』交通新聞社)▼創価学会はかつて“貧乏人と病人の集まり”などと嘲笑される時代があった。だが、草創の同志は「それがどうした!」と笑い飛ばし、「そういう人を本当に救える宗教が、他にありますか」と切り返して、仏法を語り抜いた▼インドを独立に導いたガンジーは、偉大な運動は、無関心・嘲笑・非難・抑圧、そして尊敬という五つの段階を経ると言った。世界広布を開いた学会の歩みも、この慧眼の通りである。広布の苦労や悩みも「未来までの・ものがたり」(御書1086ページ)と確信して“栄光の年”へ進みたい。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2017年12月10日

 世界人権デー。生命尊厳
 こそ仏法の根幹。我らの
 草の根対話で時代精神に
      ◇
 「須弥山の始を尋ぬれば
 一塵」御書。若き君よ一人
 立て!そこに広布万波も
      ◇
 「行動の奥に慈悲の心が
 あれば必ず相手に通ず」
 戸田先生。題目から出発
      ◇
 現実の意思疎通を大事に
 したい人は7割。会って
 語る。これ絆を結ぶ基本
      ◇
 速度規制区域導入1年で
 通学時等の事故24%減。
 安心安全の街づくり更に

◆社説  きょう「世界人権デー」  草の根対話こそ時代変革の原動力


 第3回国連総会で、基本的人権をうたった「世界人権宣言」が採択されたのは1948年12月10日。「世界人権デー」の淵源となった日から、きょうで69周年を迎えた。
 わが国でも、翌年から毎年、「人権週間」(12月4日~10日)を定めて、各地で啓発活動に取り組んできた。
 「憎悪表現も『自由』17%」――これは、2日に発表された内閣府の「人権擁護に関する世論調査」の結果を報じた見出しである。調査では、“ヘイトスピーチ”と呼ばれる憎悪表現を伴うデモ等を実際に見聞きした人に対し、受け止めを尋ねた。そこには「『表現の自由』の範囲内だと思った」と答えるなど一定の容認論があったという。法務省の担当者は危機感を強めている。
 こうした特定の民族や国籍の人々を排斥する差別的言動だけではない。子どものいじめ問題や児童虐待、インターネット上での誹謗中傷、プライバシー侵害などが日々、世間を騒がし続けている。もはや、そうした報道の数々に、人々の心は“まひ”しているのかもしれない。
 世界でも、日本でも、厳しさを増す人権を巡る状況。改善していくには、どうしたらよいのだろうか。
 新しい潮流をつくるには、意識変革を促す「一対一の草の根の対話」を粘り強く積み重ねることが、一層重要となろう。
 先月、バチカン市国で開催された、核兵器のない世界への展望を巡る国際会議。核兵器廃絶という地球的課題を論じた会議で、ノーベル平和賞受賞者であるアルゼンチンの人権活動家のエスキベル博士が、まさに、草の根の運動の大切さを強調していた。
 SGIも、“万人に尊極なる生命が内在するがゆえに人間は根本において平等である”との仏法思想を基調に、「現代世界の人権」展や映画「尊厳への道」の上映会等を世界各地で開催し、草の根の人権意識を高める「人権教育」に力を入れてきた。
 池田先生は語っている。
 「教育は、『時として目に見えない』誠に地道な営みであります。しかし、その弛みなき挑戦の中にこそ、時代を変革し、社会を安定させ、前進させゆく、偉大なる原動力がある」
 世界人権宣言70周年の明年を前に、私たちにできることは、相手の幸せを祈り行動する、真心からの一対一の対話であろう。苦しむ友に寄り添い、人々の意識を変えゆく語らいで、人権文化を根付かせていきたい。

◆きょうの発心   師の指導を心に刻み、夢を実現2017年12月10日


御文
 此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、1124ページ)
通解 この曼荼羅(御本尊)をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。

 唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築くことができるとの慈愛の励ましです。
 空手道場を開いていた私の入会は、1982年(昭和57年)の元日。その前月に、池田先生が長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表された場に参加した紹介者の喜々として仏法を語る姿に心を打たれ、信心しました。
 “日本一の空手の指導者に”と決め、先生の指導を人生の指針と定めて、夢に向かって学会活動と仕事に全力で取り組んできました。
 ある日、仕事中に心筋梗塞を起こして倒れましたが、この御文の通り、病魔を粉砕する祈りに徹した結果、一命を取り留めることができたのです。
 現在、県空手道連盟の会長を務め、空手指導で日本各地や海外へも行くようになりました。振り返ってみると、夢が現実になり、感謝の思いとともに信心の素晴らしさを実感する日々です。
 「世界広布新時代 栄光の年」、「広宣流布大誓堂」完成5周年の明年を目指して、弘教拡大の大波を起こしてまいります。
 大分池田県副県長 清原今朝勝

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 希望広げる「人材の城」を

 人を育てる――。
 私の心には、それ以外に何もない。
 創価学会は、
 世界の民衆の幸福と平和を担う、
 かけがえのない人類の希望である。
 この重大な使命を立派に後継し、
 未来に限りなく広げてくれる
 一流の人物を育てたい。

 人格の輝きこそ、
 人間として最も大事である。
 それには、精神闘争が必要である。
 自分の弱さに挑み、
 苦労に苦労を重ねて、
 自己の精神を
 磨き上げていくことである。
 そして、
 人材には、力がなくてはならない。
 何か一つでよい。
 これだけは
 誰にも負けないというものを
 もつことが必要である。

 人材育成の要諦とは何か。
 それは、リーダーが
 成長し続けていることだ。
 人は触発があってこそ奮起する。
 触発をもたらすには、
 日々、自分が
 成長していなければならない。
 ゆえに、リーダー自身が
 心に師をいだき、求道心を燃やし、
 新しい挑戦を重ね、
 自分を錬磨していくことだ。

 国家も、社会も、団体も、
 人によって決まる。
 「人材の城」を
 盤石に築き上げたところが勝つ。
 平和をつくるのも、
 文化をつくるのも、人間である。
 ゆえに、その人間をつくることが、
 一切の価値創造の根本となる。
 夕日に染まる天下の名古屋城――
                      

 1986年(昭和61年)6月、池田大作先生は中部文化会館(現・中部池田記念会館)の目の前にそびえ立つ名城の天守をカメラに収めた。

 西日本各地の石材を集めて築かれた名古屋城の石垣。池田先生は、その経緯に触れ、語った。「名古屋城の石垣がなぜ強固なのか。大小の石が組み合わさってできているからです。学会も、いろんな特徴の人が調和し、団結してこそ強固になる」
 明年は「世界広布新時代 栄光の年」。さあ、異体同心の団結で、一人一人が輝く「人材
の城」を築きゆこう。

【聖教ニュース】

◆タイで記念の幹部会 青年の拡大に先駆 2017年12月10日

タイの記念幹部会に参加した友。集いでは、ブンラット男子部長、ナッタポーン女子部長が青年拡大へ先駆する決意を述べた(タイ本部で)
タイの記念幹部会に参加した友。集いでは、ブンラット男子部長、ナッタポーン女子部長が青年拡大へ先駆する決意を述べた(タイ本部で)

 タイ創価学会の「11・18」を記念する幹部会は、バンコク近郊のタイ本部で行われた(11月19日)。
 青年部の代表4人が信心根本に人間革命の勝利劇をつづった模様を報告。ナワラット理事長は、一人一人が師弟誓願の心を燃やして、栄光の歴史を築こうと望んだ。

◆アメリカの代表が求道の研修会 2017年12月10日

 正義の師子・5万人の結集へ、異体同心の団結で前進するアメリカSGI(創価学会インタナショナル)の研修会が、フロリダ自然文化センターで開催され、全土から176人が参加した。

◆中部3県でSGI交流交歓会 2017年12月10日
 日本の友  ようこそ!「堅塁」の天地へ
 海外の友  学びたい!師弟の「道」を

中部鼓笛隊の演奏に耳を傾ける南アジアの友。同鼓笛隊の日野原南さんは2人の友人を入会に導き、この日を迎えた(岐阜文化会館で)

中部鼓笛隊の演奏に耳を傾ける南アジアの友。同鼓笛隊の日野原南さんは2人の友人を入会に導き、この日を迎えた(岐阜文化会館で)

 ようこそ! 堅塁・中部の天地へ――SGI交流交歓会が9日、愛知・三重・岐阜の3県6会場で行われた。「師弟の『道』を中部の友から学びたい!」と、海を越えてやって来た16カ国・地域105人の友との交流の模様を紹介した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験〉妻に送る感謝と誓いのラブレター
6度の転職、大震災、脊柱管狭窄症を越え  あなたと築く幸福の花園


「いつもありがとう」――常に、感謝の言葉を交わしてきた二人。
夫婦円満の秘訣は、家族であっても、誠実な振る舞いと言葉遣い」と語る

【東京都江戸川区】日頃、妻に感謝している夫も、「それを直接伝えていますか?」と問われると……。「言わなくても、分かってくれている」と、歯切れの悪い答えをする人も多いのでは。「思い」は「言葉」にしないと伝わらない。波瀾万丈の半生を送ってきた大林章さん(56)=中央支部、副本部長(本部書記長兼任)=は、苦労を掛けてきた妻・光子さん(59)=支部婦人部長=へ、折々に手紙をつづってきた。それは、気骨の男が愛する妻に送る、感謝と誓いのラブレターである。

真剣な祈り

 幼い日から辛酸をなめてきた。10人兄弟の長男、両親の離婚、義父のギャンブル、経済苦……。
卑屈にならなかったのは、男子部の先輩が一緒に祈ってくれたから。
 また、何があっても明るい母がいたからだった。そして、22歳の時、光子さんと結婚する。

〈光子へ 9人の弟がいる家に嫁いでくれるだけで、感謝しかなかった。それなのに、結婚の3カ月前に会社をクビ。次に勤めた水道工事会社は給料が遅配し、その上、社長の借金の連帯保証人になってしまうなんて。幼い娘を抱きながら、懸命に御本尊に向かうあなたを見ると、男として、情けなくて、ふがいなくて……。
 負けたくなかった。学会活動からは一歩も引きはしなかった。そうしたら、転職先の面接官が「君の字は上手だね」って。即採用。夫婦して、「信心はすごい!」と喜んだね。でも、心の中で思っていたんだ。あなたの真剣な祈りのおかげだ、と。〉

平凡でいい
 転職した給水タンク製造会社では、無我夢中で働いた。特許を9件取得。40歳で最年少部長に抜擢され、役員候補にもなった。
 だが、会社の不正行為に気付き、改善を指摘すると、経営者側からの風当たりが激しくなり、進退窮まる事態になってしまう。極度の心労を抱えた。
 やがて、退職の気持ちが固まる。一方で、妻に詳しい事情を説明できない大林さんは、ある日、手紙を送った。

〈あなたや子どもたちのおかげで、毎日、無事に過ごせています。本当にありがとう。
 池田先生は「順調ばかりの人生などありえない。たとえ不本意な環境におかれたとしても、一切を“満足”の方向へと回転させながら、『自分自身の幸福の花園』を、咲き薫らせていただきたい」と教えてくださっています。
 “自分さえ良ければいい”という利己主義の心は、結局、自分自身を不幸にします。やがては、大切なあなたや家族を不幸に落とし入れてしまいます。
 だから、平凡でもいい。「お父さんといると安心するよ」「お父さんの話を聞くと勇気が湧くよ」と言われるような、思いやりのある夫へ、父へと成長していきます。
 これからも末永く、また、来世もあなたのそばにいられるように精進します。〉

 9カ月後、大林さんは「会社を辞める」と、家族に告げた。皆の驚き、悲しむ顔を見ると、決意が揺らぐ。“これで良かったのか。家族は幸せなのか”
 苦悶する大林さんの姿を見た光子さんは、題目を唱える夫の隣に座った。3時間、5時間……と。苦労を分かち合い、共に乗り越えようと、御本尊に祈った。
 その後、大林さんは、業務用厨房機器の大手企業に就職。46歳、7社目の職場だった。

全てが必然
 2009年(平成21年)、副工場長として福島・浪江町へ単身赴任。そのさなか、東日本大震災が起きた。過酷な避難生活。親友を津波に奪われた。身も心もボロボロに。そんな時、光子さんが福島まで駆け付けてくれた。帰り際、大林さんは、手紙をそっと渡す。

〈福島まで来てくれてありがとう。仕事が忙しくて、二人でゆっくりできないのが残念です。でも、あなたが帰りを待っていてくれると思うと、生きる希望が湧いてきました。
 僕は「偶然」を信じていない。全て「必然」だと考えている。だから、逆境や試練は、あなたと一緒だから克服できると信じている。あなたが、僕の信心を強く、深く、強固なものにしてくれるから。〉

 12年、東京の本社に戻り、以来、設計課長として会社の発展に貢献してきた。また毎月のように、福島に出張し、復興を支えている。

守り、守られ
 2年前、「脊柱管狭窄症」を発症し、激痛で歩けなくなった。
 6時間に及ぶ大手術。背中にメスを入れ、神経の圧迫を取り除いた後、骨を削って、脊椎を金属のネジと棒で固定。1カ月後、検査で異常が見つかり、再手術となる。
 同志の前で笑顔をつくっても、一人になると、“なぜ俺ばかり、苦難に遭うんだ……”という、ぶつけようのない怒りが込み上げる。そんな不安を吹き飛ばしてくれたのが、見舞いに訪れる光子さんや子どもたちだった。病院を後にした妻へ、メールを打つ。

〈病室の天井をジッとにらんでいると、あなたはそっと手を握って、「絶対に大丈夫よ」と励ましてくれたね。震える手からも、あなたの決意が痛いほど伝わってきました。本当にありがとう。
 あなたを守っているつもりで、いつも守られている。感謝の心を教えてくれるのが「信心」なんだね。
 どんな苦難に直面しても、「負けてたまるか!」という強い心で乗り越えていくよ。〉

 その後、大林さんは懸命なリハビリの末、歩けるまでに回復した。夫婦で、支部の会合に参加すると、はじけるような笑顔と鳴りやまない拍手が祝福してくれた。
 それは、苦楽を共にしてきた二人にしか見ることができない、“幸福の花園”だったに違いない。

愛する夫へ  〈あなたは、いつも「思い」を「言葉」にしてくれました。交換日記が手紙になり、最近は、メールやLINEへとカタチは変わっても。
 また、言葉とともに行動が伴う人です。だから、どんな苦難があっても、あなたを信じて乗り越えてこられたんだと思います。
 夫婦である前に、同志であり、戦友であり、池田先生の弟子であるという思いが、お互いを成長させてくれるんでしょうね。
 100歳までと誓った私たちの広布旅は、まだまだ折り返し地点。これからも、池田先生のため、同志のために、信心の素晴らしさを一人でも多くの人に語っていこうね。〉

2017年12月 9日 (土)

2017年12月9日(土)の聖教

2017年12月9日(土)の聖教

◆わが友に贈る

掉尾を飾る座談会。
一年の奮闘をたたえ
皆で体験を語り合おう!
近隣や会場提供者への
配慮・感謝も忘れずに。

◆〈名字の言〉2017年12月9日

 写真を味わうのに言葉はいらない――ウズベキスタンのテルメズ国立大学で先月24日に開幕した「自然との対話――池田大作写真展」を取材し、改めてそう思った▼多くの来場者が詰め掛けた会場では、著名な画家がヒマラヤの夕景の写真を見つめながら「この作品を、ぜひ絵画に描かせてほしい」とうなっている姿や、学生たちが気に入った作品の前で記念撮影するなど、大いににぎわった▼中には記者の元に駆け寄ってきて「撮影した方はどこにいますか。この感動と感謝をお伝えしたいんです」と興奮の面持ちで話す女子学生もいた▼開幕式に出席した同国高等中等教育省の副大臣も「池田SGI会長の大自然に対する、みずみずしい感性が、私たちに新しい世界観を示してくれました」と感想を。翌日会った際には「感動が忘れられなくて、実は式典の後、もう一度、一人で見に行ったんですよ」と笑顔を見せた▼池田先生の心の世界が伝わる写真の数々が“友好の使者”となって、日本から6000キロ離れた中央アジアの人々を魅了した。その事実は、いかに国や民族、文化が異なろうと、自然や人間を愛する心は万人共通だと再認識させてくれる。一瞬の美を捉える“光の芸術”には、人々を結ぶ平和の力が宿っている。(朋) 

◆〈寸鉄〉 2017年12月9日

 社会貢献の精神が溢れる
 学会の発展こそ平和の礎
 ∣大臣。共生の哲理胸に
      ◇
 希望があれば、何があろ
 うと戦える―戸田先生。
 さあ、励ましの輪を拡大
      ◇
 御書「心の外に別の法無
 し」。一念の変革で環境も
 変えられる。強き祈りを
      ◇
 強いストレスで発がんの
 リスク増―調査。賢明な
 生活リズムから健康人生
      ◇
 多忙な師走、振込詐欺に
 警戒を。不審な手口は即、
 相談電話の「188」へ

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 四 2017年12月9日 (6245)



 五十八歳での十条潔の他界は、早いといえば、早い死であったかもしれない。しかし、広宣流布に人生を捧げ抜き、自らの使命を果たし切って、この世の法戦の幕を閉じたといえよう。海軍兵学校出身で、「同期の桜」をよく歌ったという十条らしく、桜花の散るような最期であった。
 御聖訓には、「須臾の間に九界生死の夢の中に還り来って」(御書五七四ページ)と仰せである。正法を受持した私たちは、死して後も、束の間にして、この世に生じ、広布のために活躍していくことを述べられた御文である。
 十八日朝、十条家に弔問に訪れた伸一は、十条の妻である広子を励ました。
 「広宣流布の闘将として完結した、見事な生涯でした。日蓮大聖人が賞讃してくださり、また、恩師・戸田先生が腕を広げてお迎えくださることは間違いありません。
 どうか、悲しみを乗り越え、ご主人の遺志を受け継ぎ、ご主人の分まで、広宣流布に生き抜いてください。その姿こそが、最大の追善になります。また、子どもさんたちを、皆、立派な広布の人材に育て上げてください。あとに残った家族が、幸せになっていくことこそが、故人に報いる道です」
    
 この十八日午後、会長・十条潔の死去にともない、臨時の総務会が開かれた。席上、第五代会長に、副会長の秋月英介が推挙され、参加者の全員一致で就任が決定したのである。
 秋月は、五十一歳で、一九五一年(昭和二十六年)の入会である。草創期の男子部建設に尽力し、男子部長、青年部長を務め、また、聖教新聞の編集に携わり、編集総局長、主幹として活躍した。さらに、総務、副会長として学会の中枢を担ってきた。
 伸一は、冷静、沈着な秋月ならば、大発展した創価学会の組織の中心軸として大いに力を発揮し、新しい時代に即応した、堅実な前進が期待できると思った。また、自分は、皆を見守り、これまでにも増して、力の限り応援していこうと、強く心に誓った。   

【聖教ニュース】

◆広布の先陣を切る栄光の走者たれ 
明年 全国男子部幹部会を京都、東北で 関東、東海道、中国方面に加え

第1回の開催となった四国での全国男子部幹部会(2014年、高松市で)
第1回の開催となった四国での全国男子部幹部会(2014年、高松市で)

 本年の拡大目標である「3万」の弘教を達成した男子部に朗報! 全国男子部幹部会が明年、京都と東北で行われることが決定した。
 既に発表されている中国方面(4月)、東海道(7月)、関東を加えると、明年は全5カ所で開催されることに。“全国男幹”を勝利のリズムとして、弘教・人材拡大の旋風を列島中に巻き起こす。
 池田大作先生は、第1回の全国幹部会へのメッセージで訴えた。「君たちと私は、この世で共に世界広布を成し遂げゆくことを誓い合って踊り出てきた師弟である。この大使命をいやまして深く強く自覚しながら、新たな創価学会の発迹顕本の船出をしよう!」
 この師の呼び掛けに呼応するように、地涌の使命に目覚めた青年たちが台頭している。
 愛知の阿部和也さん・真二さん兄弟は、3年前にそろって入会した。仕事や生活で苦手なことに直面すると逃げてしまいがちだったという兄・和也さん。だが昨秋、高校時代の友人と一緒に教学部任用試験に臨み、共に合格。本年1月、その友人を入会へと導いた。さらに、その友人の母親が、日増しに成長していく息子の姿を目の当たりにして自らも入会。歓喜の波動が幾重にも広がった。和也さんは今、創価班大学校41期生として、さらなる対話に挑んでいる。
 一方、弟の真二さんは数年に及ぶ引きこもり生活から抜け出すことができた。その力となったのが、男子部の先輩ら創価家族の懸命の励ましだった。牙城会新世紀大学校17期に入校後、小学校時代の友人に対話を続けた。友人は「真二の姿を見て、自分も信心をしたくなった」と、先月、御本尊を受持した。
 愛媛からもエピソードが。野本昌孝さんはかつて学会組織から離れそうになった時、男子部の先輩たちの温かくも力強い激励に奮い立った。「先輩のように、人に寄り添える人間に成長したい」と、学会活動に挑戦。本年9月に弘教を成し遂げた。仕事の姿勢も積極的になり、信仰の力をかみ締める。「この感動を、縁する人に語り抜いていきます」
 さあ、次に目指すは「広宣流布記念の日」60周年となる明年の3・16。栄光の走者よ、前へ、前へ!――志賀男子部長は誓う。
 「師弟の魂を明々と燃やし、広布拡大の先陣を切ります!」 

◆香港の創価家族が総会行う 2017年12月9日

 
 “世界広布の希望の都”と輝く香港SGI(創価学会インタナショナル)の総会が3日、香港文化会館で開催された(写真)。

 メイン会場を含めて全7会場を中継で結び、総勢約1800人が参加した創価家族の集いは、合唱あり、紫荊鼓笛隊の演奏ありと、にぎやかに。
 曽頌文さんが一家和楽を実現した体験談を披露し、蔡少薇女子部長が大学の教員として実証を示す模様を報告。郭心心青年部長が明「世界広布新時代 栄光の年」の活動方針を発表し、関偉能壮年部長、胡惠娟婦人部長、張伸城男子部長が抱負を述べた。
 呉楚煜理事長は「今、最も大事なことは『異体同心』の団結です。充実と歓喜の座談会を通して、青年の陣列を一段と広げていきましょう」と呼び掛けた。 


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ 減劫御書
民衆の幸福の実現が仏法の目的

今いる場所で信頼と共感を広げゆく挑戦の一日一日を(11月12日、大阪市の関西文化会館で行われた関西白蓮グループの総会)
今いる場所で信頼と共感を広げゆく挑戦の一日一日を(11月12日、大阪市の関西文化会館で行われた関西白蓮グループの総会)

 今月は、「減劫御書」を研さんします。
 池田先生は、つづっています。
 「万人の幸福を実現するために戦い抜く究極の人生、これほど心躍る生き方があるでしょうか。これ以上に生命が充実する生きがいはありません。日蓮大聖人の仏法の実践こそが、『万人の幸福への根本の道』であることを明らかになされたのが、今回学ぶ『減劫御書』です」
 人々の幸福の実現のために、妙法を根本に現実の変革に挑戦し続ける信仰者の生き方を学んでいきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。

本抄について
 
 本抄は内容から、日蓮大聖人が建治2年(1276年)ごろに認められたお手紙で、駿河国(静岡県中央部)の門下・高橋六郎入道の死後、その縁者に送られたものと考えられます。
 題号の「減劫」とは、人々の心のうちの“貪瞋癡(貪り・瞋り・癡か)の三毒”が盛んになる時代のことをいいます。
 本抄御執筆の当時は、蒙古の再来に対する危機感が国中に広まっていました。大聖人は本抄で、仏教の誤った教えが不幸の根本原因であると指摘されます。そして、大悪は大善の起こる瑞相(前兆)であり、今こそ広宣流布の時であると述べられています。

御文①

 法華経に云く「皆実相と相違背せず」等云云、天台之を承けて云く「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」等云云、智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり(御書1466ページ13行目~15行目)

通解

 法華経の法師功徳品第19には「(法華経を受持し抜いた人が世間のいかなることを説いても)全ては実相に違背しない」とあり、天台大師はこれを受けて、「一切の日常の生活や社会の営みは、みな実相に違背しない」と言っている。
 智者とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではない。
 世間において、世を治める法を十分に心得ている人を智者というのである。

御文②

 大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ(御書1467ページ5行目)

通解

 大悪は大善が来る前兆である。一閻浮提(全世界)が打ち乱れるなら、「閻浮提の内に広く流布せしめる」との経文通りになることは、よもや疑いあるまい。
〈解説〉誠実な振る舞いで周囲に信頼を
 日蓮大聖人は本抄で、現実を変革し自他共の幸福を広げる仏法の智慧を明かされています。

 〈御文①について〉

 まず法華経法師功徳品第19の文や、それを解釈した天台大師の言葉を通して、政治や経済など、日常の生活や社会の万般にわたる営みは、決して妙法と異なるものではないことを示されています。さらに「智者」とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではなく、現実社会において、世を治める法を心得ている人のことであると仰せです。
 仏法の智慧と慈悲の力で、社会に貢献し、社会を正しく導いていく人が智者なのです。
 どこまでも「仏法即社会」であり、「信心即生活」です。現実を離れて仏法はありません。私たちの実践で言えば、職場や地域、家庭など、今いる場所で信心根本に努力し、誠実な振る舞いで信頼を勝ち取っていくことが大切です。
 そのための原動力が唱題です。池田先生は、「妙法は『生活』と『社会』と『宇宙』の根本のリズムです。(中略)真剣な祈りから出発する。そして、これ以上ないという努力を重ね、死力を尽くす。これが『信心即生活』の生き方です」と述べています。

 〈御文②について〉
 本抄御執筆の当時、人々は蒙古の再来への不安の中にいました。大聖人は、この不幸の原因について、人々が誤った教えを信じて妙法に背いていることにあると指摘されています。
 国中が動揺するなかにあって、大聖人は、“大悪は大善が来る前兆であり、今こそ、妙法が広宣流布することは間違いない”との大確信を示されます。
 混迷の闇が最も深い時代にこそ、“太陽の仏法”が人々を照らしていくのです。
 その偉大な広布の使命を担っているのが創価学会であり、私たち池田華陽会です。池田先生は今年9月の本部幹部会のメッセージで、「どうか、広布と青春の途上に何が競い起ころうとも、『大悪は大善の来るべき瑞相なり』と大確信に燃え、いやまして勇敢に立ち向かってください」と呼び掛けています。
 「世界広布新時代 栄光の年」へ。尊い“地涌の使命”を胸に、今いる場所から幸福のスクラムを広げていきましょう。


池田先生の講義から

 民衆が賢明になり、強くなってこそ、社会の中で、生命尊厳の思想、絶対平和の思想が広く、また深く定着していきます。(中略)
 その社会を築くためにこそ、仏法の「生命尊厳の思想」「万人尊敬の思想」「平和建設の思想」を幅広く宣揚していくことが不可欠なのです。「言論の力」「対話の力」「思想の力」で、人々の心に訴えかけ、安穏な社会を築くことが、私たち仏法者の人間的使命であり、社会的責務にほかならない。
                 ◇ ◆ ◇ 
 すべてが行き詰まった末法の時代だからこそ、あらゆる旧弊を打ち破って根本から見直し、根源から出発して変革しようと動き出せるのです。大変革だからこそ当然抵抗はあります。しかし、そこにこそ新たな道が開けるのです。(中略)
 希望へ、幸福へ、安穏へ、平和へと、大悪を常に大善の方向へ転じていくのが、現実変革の宗教の証です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻)
研さんのために
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻、「減劫御書」(聖教新聞社)

◆〈信仰体験〉 日本有数の三崎漁港で奮闘する  運命に負けない強き母になる
  「出刃選別」でマグロを見極める職人技


【神奈川県三浦市】三崎漁港に冷気が立ち込める。年の瀬を迎え、一年で最もマグロの取扱量が
多くなる時期を迎えた。「三崎魚類㈱」で、現場に出る社員の中では唯一の女性として、マグロの品定めから営業までこなす鈴木綾さん(38)=初声支部、副白ゆり長。力仕事もいとわない。時には、150キロのマグロを引っ張ることもある。周囲から“綾ちゃん”と親しまれる、自称・マグロの親善大使である――。

2017年12月 8日 (金)

2017年12月8日(金)の聖教

2017年12月8日(金)の聖教

◆わが友に贈る

詐欺に厳重警戒!
"おかしい"と思ったら
一人で判断せずに
必ず周囲に相談しよう。
百千万億倍の用心を!

◆〈名字の言〉 2017年12月8日
 

 中国の古典小説『西遊記』は、仏典を求めて中国からインドへ向かう玄奘三蔵と孫悟空ら一行の物語。旅の途中の苦難にも屈せず、邪悪な者を倒し、人々を助けていくストーリーは、今も多くの人を魅了する▼「孫悟空」という名前には意味がある。「悟」は悟る、「空」は仏教の「空」の概念を示す。「孫」は単なる名字との説だが、そもそも「孫」には、“小さい子ども”という意味がある。つまり、仏教哲理をわずかに悟ったとも読み取れる▼戸田先生は自らが執筆した小説『人間革命』のペンネームを「妙悟空」とした。この名は、「孫悟空」をもじったものだ。「妙」は“妙法”を表し、自身が獄中で生命の本質を悟ったことを示している。戸田先生の『人間革命』は本紙創刊号から、3年余にわたり連載された▼池田先生が恩師の小説の“続編”を記そうと思い立ったのは、恩師が原稿をポケットに入れ、「小説を書いたよ」と話す姿を見た時である。ペンネーム「法悟空」は、恩師の「妙悟空」と合わせると、「妙法」となる。その意義について、池田先生は「『妙』は師、『法』は弟子」と▼『新・人間革命』「勝ち鬨」の章が始まった。師弟の大叙事詩に学びつつ、日々、自らの人間革命の物語をつづりたい。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年12月8日

 外交の根本とは誠実だ―
 戸田先生。交流多き季節。
 爽やかな振る舞いで輝け
      ◇
 北九州の日。先駆の中の
 先駆の勇者よ!火の国か
 ら新たな拡大のうねりを
      ◇
 良書は眼開き挑戦の力を
 生む―首相。民衆厳護の
 青年よ知勇兼備の将たれ
      ◇
 「無冠の友」に感謝!転倒
 事故、体調管理に注意。
 健康・無事故こそ勝利と
      ◇
 子どもに多い「手足口病」
 の流行続く。マスク着用、
 小まめな手洗いで撃退。

◆社説  ネット社会を賢く生きる

   
近年、夜中にポチポチしている人が増えている。ポチポチというのは、ネット通販で決済ボタンを押している音。以前とは異なり、家から出なくても好みの商品を手に入れることができる。こんな買い物サイトでは、自分が興味を持った商品に、関連した品物を並べてお薦めしてくれる。ついつい買い物を続けてしまう仕組みだ。 インターネット、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、IT技術によって、私たちの生活は大きく変化した。検索すれば知りたい情報が即座に表示され、SNSでは口コミと同じように、第三者のお薦めを知ることができる。まさに、便利な世の中になったといえるだろう。 一般的な検索システムでは、過去の検索ワードに関連した情報を上位に表示してくれる。検索すればするほど、自分の興味に合った情報が表示され、必要な情報を素早く探し出すことができる。一見、便利な仕組みだが、これが思わぬ問題を引き起こしている。
 フィルターバブルという問題だ。偏った情報ばかりを検索すると、それに関連した情報が上位に表示され、より偏った情報に囲まれていくというもの。自分では一般的な意見に接していると思っていても、実はそんなことはないのだ。先の米大統領選では、フィルターバブルによって真実だと信じられたフェイク(偽)ニュースが、結果を左右したとの分析もある。 今年10月に神奈川・座間市で9人の遺体が見つかった事件は記憶に新しい。自殺願望がありそうな女性を狙ってツイッターを通じて知り合いになり、自宅に連れ込んで殺害したという。実生活で悩み苦しみ、SNSによって励まされ、生きる希望を見いだしたというケースは多い。しかし、座間事件のように、悪の手に落ちてしまう場合もあり、あまりにも痛ましい。 日本人は便利なモノ、新しいモノが好きといわれる。生活をする上で、便利さを求めるのは間違いではない。しかし、その便利さに隠れている危うさを見落としてはいないだろうか。長く使われてきたモノには、それだけの理由がある。そこには、不便さを補って余りある安定感・安心感が存在するからだ。 便利さや新しさを満喫するのはいい。しかし、それが絶対だと思って、依存するようになると、危うささえ感じ取れなくなってしまう。そこにこそ危険の芽が存在することを忘れてはならない。

◆きょうの発心   功徳満開の勝利の歴史を  2017年12月8日

御文 『餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがって見るところ各別なり』
(法蓮抄、1050ページ)
通解 餓鬼は恒河を火と見る。人は水と見る。天人は甘露と見る。水はひとつのものであるが、
果報にしたがって別々なのである。

 見る者の生命境涯によって、物事の見え方がまったく異なるとの仰せです。
 未来部・女子部の頃から創価家族の中で育まれ、鼓笛隊の薫陶を通して信心の土台を築きました。
 婦人部になり、長男の吃音、次男の発達障害やいじめ、隣家の義父母宅の全焼など、宿命の嵐が吹き荒れました。家族一丸で信心根本に学会活動に励み、同志の支えもあって全て乗り越えることができたのです。
 現在、男子部として広布の庭で頑張る息子たちの姿を通し、悩みがあったからこそ信心を深められたと実感しています。
 昨年、夫婦そろって病魔に襲われ、宿業の厳しさに直面しましたが、”必ず師匠に勝利の報告を”と夫婦で祈り抜きました。今も治療に励んでいますが、師と共に元気に過ごせる喜びと感謝で胸がいっぱいです。どこまでも一人に寄り添える自身に成長し、何があっても負けない師弟の道を進む決意です。佐賀太陽県の同志の皆さまと共に、功徳満開の勝利の歴史を開いてまいります。
 佐賀太陽県婦人部長 古賀 幸子

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 三 2017年12月8日 (6244)



 それは、突然の訃報であった。七月十八日午前零時五十三分、会長の十条潔が心筋梗塞のため、信濃町の自宅で他界したのである。享年五十八歳であった。
 前日、十条は、山本伸一と共に、東京・小平市の創価学園グラウンドで行われた北多摩圏の総会に出席し、引き続き創価中学・高校の恒例行事である栄光祭に臨んだ。
 夜、伸一は、十条や秋月英介ら首脳幹部を自宅に招き、共に勤行した。唱題を終えて伸一が、世界の青年たちが目覚ましい成長を遂げていることを伝えると、十条は、嬉しそうに、「二十一世紀が楽しみです」と言って目を細めた。語らいは弾んだ。
 午後十時ごろ、伸一の家を出た十条は、さらに、数人の首脳と懇談し、帰宅した。自宅で御本尊に唱題し、入浴後、就寝したが、体の変調を訴えた。そして、そのまま眠るがごとく、安らかに亡くなったのである。
 十条の会長就任は、荒れ狂う宗門事件の激浪のなかであった。伸一が名誉会長となり、会合に出席して指導することもできない状況下で、十条は必死に学会の舵を取らねばならなかった。また、この年の一月に恐喝の容疑で逮捕された山脇友政が、学会を意のままに支配しようとした卑劣な謀略への対応にも、神経をすり減らし、苦慮し続けた。体は人一倍頑健であったが、この二年余の心労は、いたく彼を苛んだようだ。
 伸一は、十条とは青年時代から一緒に戦ってきた同志であった。一九五四年(昭和二十九年)三月、伸一が青年部の室長に就任した時には室員となった。十条の方が、五歳ほど年長であったが、信心の先輩である伸一を慕い、共にあらゆる闘争の先頭に立ってきた。伸一にとっては、広布の苦楽を分かち合った、信頼する“戦友”であった。
 伸一が第三代会長に就任すると、十条は彼を師と定め、自ら弟子の模範になろうと努めてきた。師弟のなかにこそ、創価学会を永遠ならしめ、広宣流布を大発展させゆく要諦があると、十条は深く自覚していたのだ。   
【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉97 清新な祈りから出発


御文 『妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり』
 (千日尼御前御返事、1316ページ)
通解 妙の一字の智慧の火は、一切を焼き尽くす火のようなものである。あらゆる罪が消えるだけでなく、それら全ての罪はかえって功徳となる。「毒薬が変化して甘露となる」とは、このことである。

同志への指針
 どんな苦悩の闇も幸福の光へと転じる。これが「妙の一字」にそなわる智慧の力だ。
 過去の罪業が深いなどと嘆く必要は断じてない。今ここから一切を変毒為薬できるのが、我らの信仰だからだ。
 創価の父母は、自行化他の題目で、宿命転換を断固と成し遂げてきた。
 ゆえに若人よ、広布と人生の栄光へ、今日も清新な勤行・唱題から出発するのだ!

【聖教ニュース】

◆池田先生ご夫妻の平和行動を讃えブラジル2都市が顕彰 2017年12月8日
カンピーナス市議会    ポンタグロッサ市議会

緑が輝く観光都市・ポンタグロッサ市の市議会から池田先生への顕彰状を手に、授与式の参加者が記念のカメラに(ポンタグロッサ会館で)
緑が輝く観光都市・ポンタグロッサ市の市議会から池田先生への顕彰状を手に、授与式の参加者が記念のカメラに(ポンタグロッサ会館で)

 南米ブラジルから、池田大作先生ご夫妻の人間主義の行動を讃える顕彰が相次いでいる。サンパウロ州のカンピーナス市議会は11月20日(現地時間)、池田先生に「顕彰状」、香峯子夫人に「ズンビ・ドス・パルマーレス栄誉賞」を授与した。一方、パラナ州のポンタグロッサ市議会は11月26日(同)、池田先生に「顕彰状」を贈った。
 サンパウロ近郊の100万都市であるカンピーナス市。池田先生は1960年10月、初のブラジル指導の折に同市を訪れた。この指導の中で、池田先生は海外初の支部と、カンピーナスなどへの地区の結成を発表し、ブラジル広布の気高き第一歩を刻んだ。
 以来、メンバーは師との誓いを胸に、「良き市民」として幾多の艱難を乗り越え、愛する天地に信頼と友情の輪を大きく広げてきた。
 同市議会は2013年、池田先生に「ズンビ・ドス・パルマーレス栄誉賞」を授与。同賞に名を冠したズンビは、植民地時代の17世紀のブラジルで、奴隷解放を目指した人々のリーダーである。
 同市は、人間主義の哲理を掲げ、地域の発展に尽くすメンバーの貢献と、その民衆運動のリーダーシップを半世紀以上にわたってとる池田先生の思想と行動を心から讃え、同賞を贈ったのである。
 その際、同賞の発議をしたルイス・カルロス・ホッシーニ市議会議員が主導し、今回の池田先生ご夫妻への顕彰も実現した。
 授与式は、同市議会議場で開催。地元市民ら約160人が列席した。ホッシーニ市議は「池田先生と香峯子夫人は、平等のため、人道のための運動を展開し、平和・文化・教育の価値の普及に貢献されてきました。この偉業は後世へ受け継がれていくに違いありません」と祝辞を述べた。
 一方、パラナ州のポンタグロッサ市議会からの「顕彰状」は、ダニエル・ミラ・フラカロ市議会議員が発議したもの。授与式は、ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)のポンタグロッサ会館で行われ、マリオ・ボナート市議会執務室長をはじめ、約140人が参加した。
 同執務室長は、ブラジルSGIの教育・文化運動に謝意を表し、こう語った。「人類の価値の変革、核兵器廃絶や紛争解決のために、世界の人々と対話を進めてこられた池田博士の功績に、心から敬意を表します」 

◆インドネシアが盛大に総会       団結にまさる力なし

インドネシア総会では、少年少女部員がバリ島に伝わる舞踊を元気いっぱいに。婦人部、女子部の演目も披露された(インドネシア本部で)
インドネシア総会では、少年少女部員がバリ島に伝わる舞踊を元気いっぱいに。婦人部、女子部の演目も披露された(インドネシア本部で)

 インドネシア創価学会の総会が11月26日、首都ジャカルタのインドネシア本部で開催され、700人の同志が全土から集った。
 婦人部のジュリア・ウィジャヤさんが活動報告。本年5月に支部婦人部長に任命されて以来、訪問激励に徹し、10月の支部の集いでは81人の新来者が参加するなど、広布が伸展する喜びを語った。
 女子部のマヤ・チェンダナさんはリーダー率先の対話で連帯を広げる模様を報告した。
 マガレナ・ポリム婦人部長の後、ペーター・ヌルハン議長は、異体同心の団結固く栄光の歴史をと語った。
 また、11月25、26の両日、全国リーダー研修会がインドネシア本部で行われた。
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界の識者の眼〉 タイ メージョー大学 テープ・ポンパーニット元学長 
「労苦」が人生に価値をもたらす  人類を幸福に導く池田博士


 2006年7月、タイ最古の農業大学である国立メージョー大学から、池田先生に「名誉管理科学博士号」が授与された。当時、同大学の学長だったテープ・ポンパーニット博士に、先生との思い出や創価学会への評価などについてインタビューした。(聞き手=小野顕一記者)

誓いを果たす「師弟の精神」

 ――メージョー大学では創立以来、“労苦は人生を永遠にする”との精神が継承され、構内には農作業に汗を流す学生の像が立っています。今、急速なグローバル化にあって、コストパフォーマンス(費用対効果)が良い生活を望む価値観が広がっていますが、その中で、苦労した経験を積むことにはどのような意味があるとお考えですか。
 テープ博士 「苦労」とは、単に石やセメントを運ぶといった作業を指すものではありません。「責任」を持って成し遂げる、「精神的な労苦」のことを言います。
 責任を持たない人は、社会から認められず、信頼もされません。厳しい言い方ですが、ただ息をしているだけなのです。
 責任ある人生を送り、価値をもたらした人間は永遠に不滅です。それが“労苦は人生を永遠にする”との哲学です。
 メージョー大学創立者のプラチュワン先生は、「責任」には2種類があると言われました。
 第一に「自分」への責任。第二に「自分以外の人」、すなわち「社会」に対しての責任です。
 自分の人生に責任が持てなければ、社会への責任も果たせません。そうした人が増えてしまえば、社会は混乱します。
 池田博士は全ての仕事に責任を持って臨んでこられたからこそ、その思想と行動が、人類を平和へと導くものとして認められているのです。その業績は永遠に残ります。
  
 ――タイには「師弟の契り」を交わす「ワイクルー」と呼ばれる儀式があります(「ワイ」は「合掌」、「クルー」は「師」を意味する)。博士はかつて、「この師弟の精神こそ、タイの教育の最も大事な根本です」と述べられました。若者にとって、師弟はどのような意義を持つのでしょうか。
 博士 ワイクルーは、毎年、弟子が花や、ろうそくなどを師にささげる、タイの伝統行事です。
 大学では、学生が学業を成就する決意を述べ、教師に花を手渡します。それを受け取った教師は責任を持って学生を薫陶する誓いを立て、師弟の誓約を交わすのです。
 私が経験したワイクルーでは、教師が私たちの幸福を祈り、卒業後は両親の願い通りの人生を歩めるようにと祝福してくれました。心に「約束」が生まれ、向学の励みとなりました。誓ったことはやり抜く――その責任感を学んだと思います。
 約束を果たそうとする「誓い」が、苦難に負けない青年を育むのです。


偉大な人物は心をつくる

 ――メージョー大学のラジオ局では、池田先生の思想と哲学を紹介する番組「人生に価値創造」をチェンマイ全域に放送しています。同番組は2004年、当時の学長だったテープ博士の提案で実現したと伺いました。
 博士 市民に開かれた学府を目指し、大学にラジオ局を開設しました。最新のシステムを備え、タイのアナウンサー試験にも提供しています。
 当時、創価学会の知人から池田博士のことを聞き、その平和の哲学に感動しました。とともに、博士の思想を語り伝える学会員に感謝の念が湧きました。そこで、博士の哲学を紹介するラジオ番組を提案したのです。
 開始当初は、『青春対話』の原稿を朗読するだけでした。私は、原稿を読むだけでなく、対話形式にすることを勧めました。今では学生が自在に番組を仕切り、池田博士の哲学が、なぜ人類の平和にとって不可欠なのかを語り合っています。
 打ち切りになる番組もある中で、「人生に価値創造」は世代交代を重ねながら13年にわたって続いています。番組が続いているという事実が有益な内容である証しです。価値がなければ存続しません。世界150カ国以上で暮らすタイ人に、この番組を聞いてもらいたいと思っています。
  
 ――池田先生に名誉博士号を授与された経緯について教えてください。
 博士 池田博士の業績を学び始めると、博士は世界中で広く知られている方だと分かりました。
 当時、私は学長でしたが、名誉博士号の授与は簡単にはできません。国王陛下か王妃陛下、もしくは皇太子からお許しを得なければならないのです。慎重に検討し、池田博士はプーミポン国王に3度にわたって謁見されているので、きっと、お許しを得られるに違いないと結論しました。
 国王陛下と、あのように謁見することは大変なことです。私は学長に就任した後も、離れた場所から謁見することしかできませんでした。
 既に池田博士は100以上の名誉学位を授与されており、メージョー大学は198番目でした。
 私のような者に会っていただけるのか心配でしたし、大学からの授与を受けてくださるのか不安でした。
 授与のために、博士がお会いしてくださるという連絡を受けました。うれしかったのですが、どう振る舞えばいいか悩みました。当時、私は54歳で博士は78歳。親と子ほど年が離れていました。
 副学長らと共に、授与のために創価大学を訪問しました。授与式が行われる階でエレベーターのドアが開くと、池田博士が立って待っておられたのです。驚きました。
 博士は、私の肩を抱くようにして会場へと迎えてくださったのです。そして私自身や大学のことについて、気さくに話し掛けてくださいました。
 特に感動したのは「学長になった時はどう感じましたか。奥さまにはどう伝えましたか?」との質問です。私がとてもお答えしたい内容でした。
 私はこう答えました。
 “学長職を頂き、タイの教育界のために大きな仕事ができるのはうれしい。だが多くの難題を抱え、迷惑を掛けるので、妻には心の準備をしておいてほしい”と――。
 池田博士は、ほほ笑まれて、「私も同じでした」と言われました。
 博士も、日本、世界の人々のために生きることを決意された時、奥さまに言われたそうです。
 “これからたくさん迷惑を掛けるかもしれないが、覚悟してほしい。それは全て世界を良くするためのことだから、誇りに思ってほしい”と。
 実際にお目にかかり、博士がこれほどまでに優しい方とは思いませんでした。これこそ偉大な指導者の振る舞いです。
 偉大な人物は、何か大きなことをするのではなく、人の心をつくることによって偉大なことを成し遂げるのです。
 力だけに頼れば、平和を築くどころか混乱を招きます。ですが池田博士は、このような平和的な対話を、世界中で実践してこられたのです。


「平和」とは人の振る舞い

 ――学会の青年部に対し、テープ博士は「このような若者がいれば、社会は変えられる」と期待を寄せておられます。
 博士 人類にとっての危機的問題は、互いを理解しないことです。
 他人の気持ちが分からなければ、考え方の相違から対立が生まれ、ひいては暴力に至ります。
 どうすれば平和が実現できるか。池田博士が教えられている一つ目は、自分を知ること。そして二つ目は相手を理解することです。相手を理解できれば、問題解決の方途が見えてくるからです。
 大事なことは、どうしたら相手の心を安穏にできるかという点です。それには、自分の心が安穏でなければなりません。
 池田博士の振る舞いは相手を謙虚にさせます。言うなれば、平和とは、人間の振る舞いそのものなのだと感じました。
 これまで、さまざまな行事を通し、創価学会の青年と触れ合ってきましたが、どの青年も誠実で、思いやりのある人柄がうかがわれました。池田博士の哲学と行動を継ぐ、この青年たちが、秩序ある平和な社会をつくりゆくことを確信します。

 Thep Phongparnich タイ初の農業大学・メージョー大学の学長(2002年~10年)。同大学の前身であるチェンマイ農業大学を卒業後、アメリカの大学で博士号を取得。1979年、母校の教壇に立ち、農業事業学部長、副学長(学生担当、学務担当、特別事業担当、外事担当)などを歴任した。

◆〈信仰体験〉 助産師として34年 何があってもわが子の手を離さないで
息子の弱視、非行を乗り越えて

【宮城県大崎市】市内のレディースクリニックで、助産師として勤務する齋藤まゆみさん(56)=古川支部、支部婦人部長=の手は温かく、柔らかい。「妊婦さんのマッサージで、指紋が薄くなっちゃってね」と、ほほ笑む。助産師として34年。その手で、6000人以上の赤ん坊を取り上げる一方、自身の子育てに悩み苦しみ、乗り越えてきた。

特別なひととき
 
 陣痛や破水などが起きて、出産を間近に控えた妊婦が、慌ただしく入院してくる。部屋に案内してから、出産を経て、退院するまでは通常、約1週間。それは短期間であっても、母親にとっては、生涯忘れられない特別なひととき。齋藤さんは妊婦に寄り添い、待ちわびた赤ん坊との対面をサポートする。
 そして齋藤さんは、時間をかけて退院指導を行う。話をじっくりと聞き、抱えている心配事を解きほぐし、語り掛ける。「母乳にこだわらなくてもいいのよ」「育児は100%ではなく、70%くらいの力でいいからね」
 “母になる”責任を、気負う人もいれば、まだ実感が伴わない場合もある。齋藤さんは、時に自らの実体験を踏まえてアドバイスする。
 必ず添える言葉がある。「でもね、何があっても子どもの手を離さないで。何かあったら、生まれてきた日の感動を思い出して」
 自身にも、そんな経験があった。

次男のおかげ
 長男の達也さん(29)=名古屋市、男子部員=はよく夜泣きをしたが、次男の誠さん(26)=男子部員=は手が掛からなかった。
 保育園の運動会。齋藤さんは身を乗り出して、6歳になった誠さんの姿を追った。障害物競走。一斉に駆ける園児の中で、誠さんが先頭に出た。「頑張れー!」と応援に力が入る。だが、平均台では半分も進めずに落下した。“あれ、どうしたんだろう?”と思ったのが、最初の違和感だった。
 間もなく、就学前健診で、右目の視力がほとんど無く、弱視だと判明した。医師は「原因不明。これ以上の回復は見込めません」と。
 齋藤さんは自分を責めた。“なぜ気付いてあげられなかったのか。早く気付いていれば治療は可能だったのでは……”
 女子部時代、交代勤務の中でも学会活動に励んでいた。だが離婚後、信心から遠ざかるように。夫・五郎さん(61)=地区幹事=と再婚し、夫は学会に入会したものの、最初は活動に反発していた。
 母・ちう子さん(79)=地区副婦人部長=の言葉に、われに返った。「今、自分たちで題目をあげなくて、どうするの!」。母はいつも、齋藤さんの勤務中、“きょうも無事故で。母子共に健康で生まれますように”と応援の題目を送ってくれていた。
 やっと夫婦で御本尊に向かうことができた。“誠が、信心に向き合わせてくれた”と感謝の思いが込み上げてくる。寝顔を見ながら、“この子は使命のある子なんだ”と強く心に刻んだ。

いつの日か
 2012年(平成24年)のある夜、警察から連絡が入った。
 誠さんが暴走行為で自損事故を起こし、石巻の病院に搬送されたという。夫の運転で闇夜を走る。助手席でひたぶるに無事を祈った。「あの子はどれだけ心配を掛ければ、気が済むの……」。苦しい胸の内が、つい言葉になっていた。
                        ◇
 誠さんは、左目だけの生活にもかかわらず、元気に成長。だが兄への劣等感もあってか、中学では、けんかに明け暮れるように。トラブルを起こすたびに、齋藤さんが学校や警察から呼び出された。
 高校は入学初日に退学した。16歳で建設会社に勤めたが、長続きしない。仕事を転々とし、18歳で結婚するも、すぐに離婚。成人しても相変わらず、けんかが絶えなかった。
 そんな息子のことを、齋藤さんは信じ続けた。支えは、かつて婦人部の先輩から教わった「褒めて、信じるのよ」との言葉。それを励みに、“いつか笑い話にできる日が来る”と願い、支部婦人部長として奔走するように。そんな時に起きた事故だった。

母への申し出
 幸い、事故は軽傷で済んだが、次はどうなるか分からない。「仕事と学会活動がなければ、私が落ち込んでしまったかもしれません」
 齋藤さんはそれまで、分娩室で、妊婦のマッサージをしながら、「もう少しよ。頑張って」と励ましてきた。学会活動でも苦悩に沈む同志に、「必ず乗り越えられるから」と声を掛けてきた。どちらも、励ましているようで、自分のほうが元気づけられていた。
 どんな子も、生まれてきた意味がある。“あの子は、私を選んで生まれてきてくれたんだ”と心から感じた。そして思い出す。生まれた日、差し出した小指を、ぎゅっと握ってきた小さな手を。温かな記憶が勇気をくれた。“私の信心で何とかしてみせる”と決意できた。
                     ◇
 自分本位に生きてきた誠さんだったが、13年に独立した仕事で、行き詰まった。信頼を得られず、仕事は減る一方。“自分が変わらなければ”と思い至り、本を開いた。それは、これまで何度も母から手渡された池田先生の著作。「お題目をあげて、努力しぬいていけば、青年に不可能はない」との言葉に奮い立つ。地域の同志に激励され、御本尊に向かうように。14年に再婚した際、妻となる千佳さん(25)=婦人部員=を入会に導いた。
 15年春、誠さんから申し出があった。「一番最初に、触ってもらいたいのは、おっかあだから」。夫婦で話し合い、齋藤さんに孫を取り上げてほしいと決めたようだった。
 妊娠をきっかけに、誠さん夫妻と同居することに。かつて「こんな家、出てってやる!」と飛び出した面影はない。建設会社に転職し、午前5時に起きて仕事の準備に取り掛かる。資格を取得し、大きな現場を任されるようにもなった。
 同年7月3日、いつもの分娩室に産声が響いた。齋藤さんの手には、2698グラムの孫。「おめでとうー!」と言いながら、瑠海ちゃん(2)をそっと千佳さんの胸元へ。そして誠さんにも抱かせた。
 小さな命を見つめながら、齋藤さんは思う。“ここから、新しい家族のスタート。皆で一緒に幸せになろうね”

2017年12月 7日 (木)

2017年12月7日(木)の聖教

2017年12月7日(木)の聖教

◆わが友に贈る

異体同心の団結こそ
広布拡大の原動力。
皆が納得し、共感できる
目標を明確に定めよう!
心合わせて明年へ!

◆〈名字の言〉 2017年12月7日
 

 先日行われた「少年の主張全国大会」で群馬の女子中等部員が発表した。彼女は足の障がいで義足を着けていた。物心ついた頃から劣等感にさいなまれ、足の隠れる服ばかり選んだ▼中学校で裏方をやろうと演劇部へ。だが、ひょんなことから役をもらう。最初は恥ずかしさでいっぱいだったが、演じ切った時、味わったことのない達成感が。自分を表現する喜びだった。そして気付く。今まで多くのことを諦めてきたが、それは義足のせいではなく、自分を抑えつけていたにすぎないのだと▼彼女いわく、個性とは「私の境遇の中で感じたことや考えたことの先に見えるもの」。だから「私は、私の足で生きていく」――発表は「理事長賞」を受賞した▼彼女には“周囲にどう見られるか”より“自分がどう生きるか”という、考え方の転換があった。池田先生は「個性とは、『人と違うことをやろう』というような浅いものではない。そんな虚栄を捨てて、自分が精一杯、何か価値あることをしようと打ち込んで生きた結果、光ってくるものです」と▼人生という舞台の主役は自分自身。今、置かれた境遇で努力を重ね、懸命に生き抜く。他人と比べるのではなく、“昨日の自分”より一歩でも前進する。その中で、かけがえのない個性が花開く。(江)

◆〈寸鉄〉 2017年12月7日

 「畏れ無きこと師子王の
 如く」御書。必ず勝つ仏法
 だ。何があろうと悠然と
      ◇
 個人指導は会うが基本。
 電話やメールで伝えられ
 ぬことも。心通う対話を
      ◇
 統監部に深謝。徹底して
 一人を大切に。この真心
 の労作業は広布万年の礎
      ◇
 保育所の待機児童解消を
 望む声多し。母子が輝く
 社会へ。公明が主導せよ
      ◇
 仮想通貨のトラブル急増
 と。絶対に儲かる…甘い
 話はウソだ。鋭く見抜け

◆社説  積雪、路面凍結の季節  尊き「無冠の友」よ 絶対無事故で


 12月に入り、寒さが一段と増している。きょう7日は、二十四節気の一つ「大雪」に当たる。気象庁によると、今後1週間程度、上空の強い寒気が流れ込みやすく、気温が平年より低い状態が続くという。
 ニュース等で、雪道での転倒やスリップ事故などを目にする時季となった。一年間で最も昼の時間が短い「冬至」(22日)も間もなく。日の出時刻も、日に日に遅くなっているため、毎朝、まだ暗い中で本紙を配達してくださる「無冠の友」も多い。
 先月から「支部ヒヤリハット配達員会」が各地で開催されている。事故を未然に防ぐため、SOKAチャンネルVODなどを活用し、活発な意見交換を行いたい。
 「『だろう』より『かもしれない』と危険予知」――これは今回、配達員の皆さんに配布された小冊子に掲載の配達標語だ。配達の方法は、徒歩、自転車、車、バイクなど、さまざま。いずれの手段でも、危険予知のための“かもしれない運転”を心掛けることが重要である。
 冬は、路面の凍結や積雪など、一段と注意が必要。心と時間に“ゆとり”を持って配達を行うことが大切だ。配達前夜は、無冠の友が早めに休めるよう、地域の友も、夜遅くの電話やメールを控えるなど配慮していきたい。
 大雪や強風の朝には、どうしても配達が難しい地域も出てくる。「“池田先生の真心がこもった新聞を少しでも早く届けたい”という思いを胸に、安全を確認してから、配達に動きます」と岩手の配達員さんが語っていた。奮闘する無冠の友にとって、安全・無事故こそ第一の使命である。
 また、寒暖差を考慮し、体調管理にも注意が必要。筋肉は寝ている間に縮み、固まってしまう。起床後にはストレッチなどで硬直した筋肉を伸ばし、血液の流れる量を増やし、配達の準備を整えていきたい。
 池田先生はつづっている。
 「毎朝、真っ先に気に掛かるのが、その日の全国の空模様です。毎夜、最後まで気遣うのが、次の日の各地の天候です。雨や雪だと、足もとの悪い中、新聞を濡らすまいと必死に庇いながら配達される皆さま方のことが、深く偲ばれてなりません」(2008年1月、無冠の友へのメッセージ)
 我らも、師匠と同じ心で、尊き使命を担う「無冠の友」の健康長寿・絶対無事故を真剣に祈っていきたい。

◆きょうの発心   粘り強く励んだ対話が原点に2017年12月7日


御文
 行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし
(諸法実相抄、1361ページ・編550ページ)
 行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

 
信心根本に「行学の二道」にまい進することが仏道修行の根幹であるとの仰せです。
 創価大学に進学し、良き先輩や同期生に恵まれ、学会活動をスタート。初めて御書に線を引き、心に刻んだのが、この御文でした。
 先輩から「思う存分、語ることが大事だよ」との激励を受け、仏法対話に挑戦。なかなか理解を得られなくても、御書や池田先生の指導を学び、再び対話へ。くじけそうになるたび、先生からの激励に奮起し対話に励み続けた結果、大学3年生の時に念願の弘教が実り、信心の原点を築きました。
 このたび、「創価班ネクタイ」の導入が決まりました。現在、「創価班の日」41周年を記念する「師弟の大城を護り抜け!勝利の拡大期間」を勇んで力走しています。
 関東創価班は、師の心をわが心とし、先生の卒寿となる明年の「1・2」と、1・6「創価班 師弟誓願の日」を弘教・人材拡大の結果で荘厳してまいります。
 関東創価班委員長 加藤子憲二

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 二 2017年12月7日 (6243)



 山本伸一の祝電は、こう結ばれていた。
 「アメリカの青年も
  ドイツの青年も
  またイタリアの青年も
  そしてフランスの青年も
  イギリスの青年も
  東南アジアの青年も
  皆 真実の平和のために立ち上がった
  
  わが真の同志たる日本の青年部の
  すばらしい団結とすばらしい成長と
  すばらしい勝利の連続の歴史を
  祈り待ってメッセージとしたい」
 伸一は、広宣流布即世界平和のために、地球上の創価の青年たちが、スクラムを組み、先駆となって、生命尊厳の人間蘇生の哲理を広げていってほしかったのである。
 この呼びかけに応えるかのように、会場後方には、青年たちの誓いとして「新たなる広布の歴史は始まった 2001年へ勇んで勝利の前進を‼」との横幕が掲げられていた。
  
 一方、地球の反対側に位置するブラジルでは、大瀑布イグアスの滝から二十キロほどのところにあるフォス・ド・イグアス市で、十一日午後四時(現地時間)から、ブラジルをはじめ、パラグアイ、チリ、ウルグアイ、アルゼンチン、ボリビアのメンバー千人が集い、初の南米男子部総会が開かれた。
 アマゾン方面最大の港湾都市ベレンから、バスをチャーターしてブラジルを縦断し、八十時間をかけて参加した同志もいた。
 伸一は、ここにも祝福の言葉を贈った。
 「ともかく二十一世紀の舞台は君たちのものである。あらゆる苦労をしながら、題目を声高らかにあげながら、職場で第一人者になりながら、生涯を大切にしながら、生活を大切にしながら、教学を研鑽しながら、一歩、一歩、また一歩と、南米の歴史に残る諸君の成長と健闘を心から祈り待ちます」
 伸一の呼びかけに、南米の青年も意気盛んに立ち上がった。青年の時代の幕は開いた。   

【聖教ニュース】

◆インドが創価菩提樹園で総会   青年部10万人達成記念誓願の式典も
池田先生がメッセージ贈り祝福
「社会のため未来のため 人間革命と広宣流布の黄金の栄光譜を刻みゆけ!」

インド総会に集った友。明「世界広布新時代 栄光の年」に向け、さらなる広布伸展の歩みを開始した(創価菩提樹園で)
インド総会に集った友。明「世界広布新時代 栄光の年」に向け、さらなる広布伸展の歩みを開始した(創価菩提樹園で)

 「世界のSENKU(先駆)」の誇りで進むインド創価学会(BSG)の「世界広布新時代 第5回総会」が11月26日、全土から2000人の代表が出席し、ニューデリー近郊の創価菩提樹園で行われた。これには、池田大作先生が万感のメッセージを贈り、世界広布の模範の開拓者と光るBSGの大発展を心からたたえた。総会は全国215会場に同時中継され、合わせて約1万3000人の同志が集った。また総会に先立ち、BSG青年部10万人の連帯の達成(本年10月)を記念した式典も、同菩提樹園で挙行された。
 “私はやる。断じてやる。私が道半ばに倒れるならば、わが分身たる青年に託す。出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ”――。
 1961年(昭和36年)、池田先生はインドを初訪問。先生は、その時の、恩師・戸田城聖先生の悲願である「東洋広布」への誓いを小説『新・人間革命』にこう記した。
 以来56星霜。仏教源流の国・インドに今秋、10万人の青年部員が誕生した。
 池田先生は「仏法西還」の実証をたたえ合う総会へのメッセージにつづった。
 「今、貴国インドに西還した太陽の仏法が全地球を希望の大光で照らし始めています。『日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照す』(御書589ページ)との御聖訓の通り、私たちの、幸福と平和の広宣流布の運動が人類社会に偉大な貢献を果たしていくのはいよいよこれからです」
 「どうか皆さんは、何があっても学会と共に生き抜き、友のため、社会のため、未来のために、人間革命と広宣流布の黄金の栄光譜を刻んでいってください」
 師の呼び掛けが紹介されるや、全参加者は総立ちとなり、万雷の拍手が鳴り響いた。
 総会は青年部による演技・演奏で開幕。未来部の合唱・ダンス、男子部・女子部の力強い舞が花を添えた。
 カンドゥーリー壮年部長の後、サブー男子部長、グプタ女子部長は「創価の連帯を広げ、学会の永遠性を確立します」と決意を。
 続いて、男子学生部員のリブ・バジパイさん、女子地区副リーダーのスワルンマラ・シンさん、壮年部副本部長のパワン・クマール・ミシュラさんが、信心根本に勝利の人生を歩む喜びを語った。
 ビネイ・ジェイン副壮年部長の後、アフジャ婦人部長が、新入会のメンバーらの人材育成の重要性に言及し、「自らが人間革命に挑み抜き、一対一の対話に率先しましょう」と呼び掛けた。
 グプタ議長は、明「栄光の年」の意義に触れ、今こそ自他共の幸福を築く時と強調。「地涌の菩薩の使命を胸に、池田先生との絆を強めながら幾重にも励ましの連帯を」と訴えた。
 また、BSGの青年部が10万人の陣列を達成したことを記念する式典では、青年部の代表が、新しき地球文明の先駆けとなり、世界広布の柱、眼目、大船となるとの誓いを宣言。記念の植樹などが行われた。 

◆「随筆 永遠なれ創価の大城」 きょう発刊    池田先生執筆の18編を収録

 池田先生の『随筆 永遠なれ創価の大城』が、きょう7日、発刊された(写真)。

 2016年1月から本紙で掲載してきた同題の随筆のうち、18編を収録したもの。「勝利の花」「人材の花」「平和の花」の3章で構成されている。
 “広布の黄金柱”壮年部、“創価の母”婦人部をはじめ、後継の男女青年部や未来部、各種グループの友らへ送った、励ましの言々句々がつづられている。
 「まえがき」の中で池田先生は、戸田先生の「私は城聖、君は大作だ。一緒に、偉大な『創価の大城』をつくろうではないか!」との言葉を通し、「九十歳を迎える今も、わが人生は、日々、この師の声と共にある」と述べ、次のように呼び掛けている。
 「我らは、仏法の『娑婆即寂光』の法理に則り、民衆が生きる現実世界に、不朽の『幸福と平和の大城』を創造するために立ち上がった。一人ひとりが尊い誓願を抱いて、地より湧き出でてきたのだ。新しき一年を、新しき決意で、私は進む。友よ、若人よ、共に励まし、共々に征こうではないか! 今日の一歩また一歩が、新しき世界を開き、『創価の大城』の永遠の土台を盤石に固めていることを、明るく朗らかに確信して!」と――。
 読者の心に、不屈の勇気、無限の希望を届ける一書となろう。
 本社刊。1800円(税込み)。全国の書店で発売。SOKAオンラインストアでも注文、購入できます。
 電話=(0120)977800(午前9時~午後5時。土・日曜、祝日を除く)。
 FAX=(0120)977900(24時間受付)。
 URL=http://www.sokaonlinestore.jp
 ※電話・FAXで注文の場合は代金引換のみとなります。
 コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「ローチケHMV(ローソングループ)」での注文、受け取りも可能です。 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界写真紀行〉第28回 国際都市・香港   さあ出発! 新しき航海へ

香港島を東西に走るトラム。車体に広告が描かれた、2階建ての路面電車だ。人々の移動手段として活躍する、香港の“顔”の一つである(先月、本社カメラマン撮影)
香港島を東西に走るトラム。車体に広告が描かれた、2階建ての路面電車だ。人々の移動手段として活躍する、香港の“顔”の一つである(先月、本社カメラマン撮影)

 紺碧の海がまぶしいビクトリア港。両岸の九龍半島と香港島には、近代的な高層ビル群が、競い合うように天へと伸びていた。
 より高く、どこまでも上へ上へ!
 東洋と西洋、過去と現在が交わる国際都市・香港の発展の象徴である。
 香港は今年、アメリカのシンクタンクが発表した「経済自由度指数」で23年連続、スイスのビジネススクールによる「世界競争力ランキング」で2年連続の第1位に輝いた。
 その力強い経済成長とともに、アジアを代表する観光都市としても注目を集める。
 香港島のビクトリア・ピークから望む「100万ドルの夜景」。インスタグラム(写真共有アプリ)でも話題となった超密集アパート。
 さらに、グルメや買い物など、魅力いっぱいの“旭日の港”には、毎年、海外から2000万人をはるかに超える観光客が訪れる。
 ちなみに、人口は約730万人。世界屈指の人口密度を誇る香港は、常に多くの人でにぎわっているのだ。
 まさに、アジアの玄関となった香港を、池田先生が初めて訪問したのは、56年前の1961年1月28日。夜には座談会に出席した。
 先生は自らの筆による「純心」の文字を染め抜いた袱紗を手渡し、参加者と質問会を。「生命はなぜ永遠なのか」との問いに丁寧に答えつつ、集った十数人に呼び掛けた。
 その様子が、小説『新・人間革命』第3巻「仏法西還」の章につづられている。
 「永遠の生命といっても、いっさいは『今』にあります。過去も未来も『今』に収まっている。ゆえに、この一瞬を、今日一日を、この生涯を、感謝と歓喜をもって、広宣流布のために、力の限り生き抜いていってください」
 そして、アジアで初となる地区の結成が発表されると、場内は賛同と感動の拍手に包まれた。
 翌日、先生は同志の案内で香港を視察。未来へ伸びゆく街の勢いを感じながら、恩師・戸田城聖先生が夢見た東洋広布に思いをはせた。不二の師弟の仏法西還の旅路は、ここから始まったのである。
 以来、先生の香港訪問は、実に20度を数える。
 84年12月、「中英共同声明」が発表され、イギリス領だった香港は、97年7月1日をもって、中国に返還されることが決まった。
 社会には不安が渦巻き、海外への移民ブームも起きた。
 その中で先生は、返還前後の91年から98年まで、8年連続で香港へ。返還直前の97年2月には、「SGI総会」や100カ国の友による第16回「世界青年平和文化祭」が香港で開催された。
 永遠の指針となる長編詩「『栄光の都市』香港の旭日」を贈ったのも、この時である。
 その一節には、こうある。
 「さあ 出発だ!
 帆を上げよう
 新しき航海には
 不安もあろう
 しかし
 恐れるものなど何もない
 人も変わる
 社会も変わる
 時代も変わる
 すべては変化の連続だ」
 返還から20年――。
 あらゆる波浪を乗り越えた“人間主義の宝島”には、新たなる地涌の人材群が陸続と躍り出ている。

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉7 「3・16」60周年記念の世界青年部総会へ 拡大の実証こそ後継の使命  「架空請求」のメールに注意

「後継」とは、広宣流布の血脈を受け継ぐこと。他の「誰か」でなく、「自分自身」が広布の誓願を打ち立てること。さあ、「後継」の集い「3・16」へ!(本年9月、山形での創価青年大会から)
「後継」とは、広宣流布の血脈を受け継ぐこと。他の「誰か」でなく、「自分自身」が広布の誓願を打ち立てること。さあ、「後継」の集い「3・16」へ!(本年9月、山形での創価青年大会から)

 原田 1951年(昭和26年)5月3日、第2代会長となった戸田先生は、生涯の願業として「75万世帯の折伏」を宣言されます。
 
 山本 当時の会員数は、約3000人。「戸田先生はずいぶん長生きをされるのだな」と他人事に思った人、夢物語のように感じた人など、反応はさまざまだったと伺いました。
 
 原田 しかし、わずか6年7カ月後、戸田先生の宣言通り、学会は75万世帯の折伏を達成します。今から60年前の12月のことです。そこには、全国各地で折伏の旋風を巻き起こした池田先生の闘争がありました。
 
 竹岡 3カ月後には、「3・16」の式典が行われます。拡大の闘争があったがゆえに、広布後継の儀式は開催されたのです。「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」に向け、全世界の青年部が今一度、“拡大なくして後継なし”と、命に刻んでまいります。
 
 鈴木 3・16「広宣流布記念の日」30周年を記念して、先生が詠まれた長編詩「青は藍よりも青し」に、「その広布の大河の流れが/歴史の必然であるか否かを/君よ問うなかれ/汝自身の胸中に/自らの汗と労苦により/広布を必然たらしめんとする/熱情のありや無しやを 常に問え」との有名な一節があります。
 
 原田 ここには、「常に広布の主体者たれ!」との青年部への期待が示されています。広布へのロマンと情熱こそ青年の特権です。
 
 志賀 何より大切なのは、「3・16」を、単なる歴史の一ページと捉えないことです。先生は、「私にとって、毎日が『3・16』であった。毎日が、恩師との対話であり、恩師への誓いであり、恩師との共戦であった」と、何度も何度もつづられています。
 
 鈴木 「自分と師匠」――この一対一の誓願を立て、出発をしてこそ、「3・16」の精神が現代によみがえるのだと思います。
 
 竹岡 私たち池田門下の青年部は、師匠の総仕上げの今こそ、師弟の魂を継承し、誓いを果たしていきたい。意義深き佳節を「6万の弘教拡大」をはじめ、「人材育成」「総会大結集」の勝利の実証で飾り、歴史に残る「3・16」を築き上げていきましょう。

弘教と人材の育成

 伊藤 折伏の戦いでは、全国で感動的なエピソードが生まれています。先日も、東京で白蓮グループの班長を務める女子部員が、喜びの報告をくれました。彼女は、大学の同級生が入会を決意して以来、半年以上、一緒に会合へ。白蓮姉妹の集いにも共に参加しました。そして、初の本部幹部会の任務の日に、御本尊授与ができたのです。
 
 山本 「池田先生に勝利の結果を報告したい! と祈り、挑戦したことが、拡大の原動力になりました」と、すがすがしく語っていた姿が印象的でした。
 
 志賀 男子部でも怒濤の折伏戦が展開される中、全国8000人のニュー・リーダー輩出の戦いにも全力を注いでいます。
 
 原田 先生はかつて、「今ある環境、限られた条件の中から、一生懸命、智慧を出し合って、広布を進めていくのだ。そうやって信心で苦労すれば、苦労した分だけ、諸君の子孫にも必ず功徳が集まっていく」と語られました。
 
 志賀 少子化の中でも、工夫をこらし、執念を燃やす中で人材は育ちます。三重のある部長は就任以来、毎日5軒の家庭訪問を自らに課しました。その結果、この6年で、延べ1万軒の訪問・激励となり、多くの人材を輩出しています。
 
 鈴木 愛媛のある部長も、自らが大病を乗り越えた体験をメンバーに語り続けました。あるメンバーとは毎週1回、会う日を決めて対話。そうした執念が実り、この本部では、2年連続で部1人の大学校生を輩出しています。
 
 伊藤 「総会大結集」に向け、女子部ではまず、池田先生の卒寿のお誕生日を迎える、明年1月を中心に開催する「ロマン総会」の大成功を目指しています。
 
 山本 先生は、「同世代の女性のスクラムを広げよう! にぎやかで、朗らかで、楽しい雰囲気のところに、人は集まってくる」と言われました。一緒に訪問・激励、一緒に唱題、一緒に御書の研さんなど、“婦女一体”の「サン❀フラワー キャンペーン」を柱に、「新しい人材」を一人でも多く華陽姉妹の連帯に加えていく決意です。
 
 原田 「ロマン総会」で配布される「ロマンカード」には、「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492ページ)とあります。御本尊を信じ、行学の二道に励む中で、無量の心の財は積まれていくのです。
 
 伊藤 「3・16」で、池田華陽会の誕生から10周年となります。この日を記念し、新たに11期生も結成されます。2月に入卒式を行う予定の白蓮グループをはじめ、新しい力の躍動をもって、盤石な後継の陣列を築いていく決意です。
 
 竹岡 「弘教拡大、人材育成、大結集」の勝利を示し、戸田先生から池田先生に託された広布のバトンを、池田門下の青年部が受け継ぐ、「現代の3・16」ともいえる、世界青年部総会にしてまいりましょう。
返信せず無視する
 伊藤 さて、最近、携帯電話やパソコンに、「架空請求」のメールが届くことが増えています。
 
 竹岡 実在の企業になりすましているため、すぐに詐欺とは見抜けないようです。しかし、心当たりのない請求が、メールで突然、来ることなどありえません。絶対にメールに返信したり、記載の電話番号にかけたり、URLをクリックせず、無視してください。
 
 志賀 設定によっては、ブロックすることもできます。利用してください。
 
 原田 ともかく、皆で声を掛け合い、事故を未然に防いでいきましょう。

◆〈信仰体験 それゆけ! オタク道〉2 “ガンプラ”マニア
信心は“好き”を貫く原動力  ロボット研究に励む大学院生 文部科学省から表彰も


【岩手県滝沢市】運命の出あいだった。小学5年の夏、友人宅で初めて目にした
「機動戦士ガンダム」のプラモデル。「あまりのカッコよさに、涙が出ました」。赤川徹朗さん(24)=滝沢支部、学生部部長=は現在、大学院でロボットのソフトウエアを研究中。“ガンプラ”(ガンダムのプラモデル)からロボットへ――その「オタク道」に迫る。

◆〈信仰体験〉乳がん、骨転移を勝ち越えた鍼灸師


【愛知県春日井市】玄関に飾られた白ゆりの花が、きょうもたくさんの笑顔を見送った。
ここは、鍼灸師の服部千鶴子さん(62)=藤山支部、地区副婦人部長=が自宅で営む「レディース鍼灸白ゆり」である。
 小学校教員を退職し、50歳で始めた挑戦だった。聞き上手で懐の深い服部さんの人柄が愛され、市外からも多くの人が訪れる。入口の看板も、患者さんの手作りによるものだ。
 白衣の左胸には、刺しゅうで「白ゆり」の文字。そこには、幾多の病魔を勝ち越えた、服部さんの深い決意が込められている。
 1986年(昭和61年)、乳がんを患ったことがきっかけで、31歳で創価学会に入会した。3年後、右膝の骨に転移するも、祈りと放射線治療・手術で完治。だが、人工関節で右膝が曲がらなくなった。
 支えとなったのは、夫・克己さん(63)=副支部長(地区部長兼任)=の存在だ。「一緒に信心したい」との妻の願いを素直に受け入れ、87年に入会。二人三脚で学会活動に歩んできた。
 服部さんは、長男・志信濃生さん(37)=男子地区リーダー=と長女・佑里さん(33)=婦人部員=を育てながら、小学校の教員として28年働いた。
 だが、50代を前に体の限界を感じるように。2003年(平成15年)に、うつ病を患う。障がいのある右脚の負担も大きかった。”脚の治療に役立ち、人のためにもなる転職を”と祈る中、はり・きゅうの仕事に巡り合った。
 3年後の春、専門学校を受験し、合格。体に異変が起きたのは、合格証を受け取った翌朝だった。全ての物が二重に見え、歩くこともままならない。診断は「フィッシャー症候群」。複視や目まいを引き起こす免疫性神経疾患だった。
 休学を余儀なくされた。やっとの思いで御本尊の前にたどり着くも視界がぼやける。悔しさで涙があふれた。
 ”どうして今なの。なぜ私ばかり……”
 重たい心を持ち上げてくれたのは、池田先生の和歌だった。「雑草に 囲まれ吹雪に 耐えゆかむ 王女の如き白ゆり優雅に」
 ”そうだ!白ゆりのように胸を張ろう。先生に勝利を報告する日まで、絶対jに負けない。復学して鍼灸師になってみせる”
 社会復帰が早まるよう、そばで支え続けたのは克己さんだった。回復後、すぐに復学できるようひそかに手続きをしてくれていた。
 服部さんの目は、免疫グロブリン大量療法などで、徐々に症状が改善。1年後に復学を果たす。
 教科書の詰まったリュックサックを背負い、つえを突きながら学校へ。10代の若者たちと机を並べて授業を受けた。
 無事、3年で卒業し、10年、念願だった鍼灸師の国家試験に合格を果たす。「私の目となり、足となって支えてくれた家族、同志の方々。暗闇にあった私の心に光を送ってくださった池田先生に、一つ恩返しができた思いでした」
 開業して7年。今では、複視の症状もほとんど現れなくなった。
 「目の障がいは『信心の眼』を磨く試練だったと思います。御本尊を信じる『眼』がぶれなければ、どんな宿命も使命に変えられる。病気の経験は全て、仕事で生かされています」
 来院者の中には、闘病中の人や障がいのある人も。がんと闘う人は「服部さんは抗がん剤のつらさを分かってくれる。話を聞いてもらうだけで、ほっとする」とほほ笑む。
服部さんは、現在、市の障がい者施策推進協議会委員として、障がい者の視点からの声を市に届けている。さらに、「乳がんで悩む方に寄り添っていきたい」と、ピンクリボンアドバイザーの認定試験に向け、勉強を重ねる日々だ。
 白ゆりの花言葉の一つは「純潔」。服部さんはきょうも、清らかな信心に徹しながら、愛する地域に希望の輪を広げる。

2017年12月 6日 (水)

2017年12月6日(水)の聖教

2017年12月6日(水)の聖教

◆わが友に贈る

御礼は迅速に。
応対は感じよく丁寧に。
小事が大事だ。
誠実を積み重ね
信頼の花を爛漫と!

◆〈名字の言〉 2017年12月6日
 

 世界的にも高い識字率を誇った江戸時代の日本。その背景には「地域の教育力」があった。当初、僧侶が担った寺子屋の講師は、後に農民・町人が過半数を占め、近隣の子どもを教えるようになる▼子どもには高価だった書物を、村の有力者は屋敷の蔵に置き、無料で貸し出した。この“私設図書館”が学びの輪を広げた。こうした、寺子屋・地域・家庭が連携した“子どもを育むネットワーク”が日本中に張り巡らされていたという(高橋敏著『江戸の教育力』ちくま新書)▼「勤行してる?」――昨年の12月、島根県の婦人部員が、3人の少年部員に尋ねた。「途中までしか分からん」。そこで家族の承諾を得て勤行の練習を開始。今では「勤行って気持ちいい!」と心待ちに▼この様子を見た他のメンバーも次々と“練習会”へ。手作りの勤行表とシールを活用し、これまで計24人が実践した。今、座談会場の最前列で、朗々と勤行する未来部員の姿に喜びが広がる▼子どもたちの健やかな成長を願う心は昔も今も変わらない。家庭や学校とともに、地域の大人との関わりは、子どもたちにとって社会に視野を広げ、成長する機会にもなる。子は親にとっての宝であると同時に「社会の宝」「世界の宝」。全ての子どもに勇気と希望の励ましを。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年12月6日

 長期的努力で平和を創る
 学会は時代の先駆∣識者
 人類の未来照らす灯台と
      ◇
 難ある時こそ「心にうれ
 しくおぼすべし」御書。
 青年よ断固戦い大成長を
      ◇
 仏法で学んだ事は話せば
 必ず身に付く―戸田先生
 さあ境涯開く対話に挑戦
      ◇
 災害時の業務継続計画、
 自治体の35%が未策定。
 「予防の文化」の確立急げ
      ◇
 多忙な年末、空き巣が増
 加と。わずかな時間でも
 施錠を。心の守り堅固に

◆社説  「人生100年時代」を生きる    友を励まし輝く多宝の賢者に学ぶ

 
あるエッセー本が話題となっている。著者は執筆当時、92歳だった作家の佐藤愛子氏。「もう『進歩』はこのへんでいい。更に文明を進歩させる必要はない。進歩が必要だとしたら、それは人間の精神力である」(『九十歳。何がめでたい』小学館)などと鋭い論評は健在である。
 佐藤氏は88歳で自身最後の長編小説を書き上げ、“これからは、のんびりと老後を”と過ごしていたという。しかし、“ハリ”のない毎日を送るうちに、老人性のうつ病になりかける。
 しばらくして、エッセー連載を持ち掛けられ、仕事を再開。すると、体調も回復。「人間は『のんびりしよう』なんて考えてはダメだということが、九十歳を過ぎてよくわかりました」と、巻末でつづっている。
 「人生100年時代」ともいわれる現代日本。この言葉は、今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」にもノミネートされた。医療技術の発達や社会福祉制度の充実により、多くの人が長寿を手に入れられるようになった今、“いかに生きるか”“何のために生きるか”といった人生の目的観に、ますます焦点が当てられるようになった。
 加齢による脳や体の衰えなどで、どうしてもできないことは増えていく。だが、長年の人生経験は何物にも代え難い。定年退職後に、経験や技術、人脈、趣味などを生かして「シニア起業」に踏み出す人もいる。
 本紙「信仰体験」のページには、「多宝会」(宝寿会=東京、錦宝会=関西)の方々が多く登場する。今や100歳を超える方も決して珍しくはない。
 これらの方々に共通するのは、いつまでも信仰の喜びに満ちていること。毎日、心行くまで題目を唱え、自身の体験を、出会った友に語っては励ます。“生きる喜び”にあふれている。学会活動に励み、地域に貢献することが健康長寿の大きな秘訣になっているのだ。
 池田先生は、つづっている。
 「病や老いなどの苦悩はあっても、それに打ちのめされない、負けない心、強い心、広い心、豊かな心を培っていけばいいんです。それができるのが、信心なんです」
 長い人生の旅路の中では、必ず苦難や課題に直面するものだ。その時に「煩悩の薪」を燃やし、仏の悟り、智慧の炎へと転じ、幸福前進の力にしていける究極の大法こそ妙法である。いつまでも“生涯青春”の心意気で、魅力的に年を重ねる多宝の同志から、“輝いて老いる”生き方を学んでいきたい。
 
◆きょうの発心   師弟誓願の唱題で苦境を打開! 2017年12月6日

御文
 『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし』
(開目抄、234ページ)
通解 私と私の弟子は、多くの難があろうとも、疑う心を起こさなければ、自然に仏界に至るであろう。

 いかなる難があっても疑うことなく信心を貫けば、成仏の境涯を得られると仰せです。 1970年(昭和45年)、その前年に入会した兄の紹介で17歳で入会。82年、聖教新聞本社で思いもかけず池田先生に激励していただいたことが信心の原点です。
 結婚後は3人の子宝に恵まれ、広布一筋に走ってきましたが、2010年(平成22年)に宿業の嵐に襲われました。次男が人間関係の悩みを抱えて自暴自棄になり、私たちがそれを知った時は、すでに状況が悪化していました。
 ”必ず信心で乗り越えてみせる”と決意し、震災からの”福光”とともに息子の幸福を御本尊に祈念。そうした中、昨年3月から状況が好転し、地域の男子部も温かく接してくれるように。家族や同志の皆さまの真心が通じ、本年9月、総宮城の創価青年大会に、次男が出演者として参加できたのです。 
 現在は、わが家で男子部の会合を開くまでに。この御文の通りに師弟誓願の信心で、宿命を使命に変えていけると確信しました。
 本年5月、県長の任命を頂きました。「師弟の絆で広布の大前進」の新スローガンを胸に、広布拡大の実証を示してまいります。
  宮城勇舞県長 仙谷 久男


◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 一 2017年12月6日 (6242)


 青年の心には、果てしない希望の青空が広がり、真っ赤な情熱の太陽が燃えている。ほとばしる勇気と、限りない創造の泉がある。
 新しき時代の主役は青年である。青年が、いかなる志をいだき、どれほど真剣に学び、果敢に行動し、自身を磨き鍛えているか――そこに、未来の一切がかかっている。
  
 ソ連・欧州・北米訪問から帰国した山本伸一は、今こそ青年の育成に力を注がねばならないと、固く心に決めていた。
 一九八一年(昭和五十六年)七月十日夜、男子部・女子部結成三十周年を記念する青年部総会が、常勝の天地である大阪市の関西文化会館で意気軒昂に開催された。伸一は、次代のリーダーたちの、新たな前進と活躍に心から期待を寄せ、長文の祝電を送った。
 「道は刻々と開かれている
  若き君達の舞台は
  刻々と近づいている
  私はそのために死力をつくして
  君達を広宣流布の
  檜舞台にのせたいのだ
  一人も退いてはならない
  一人もたじろいではならない
  一人も軽蔑されてはならない
  
  わが学会の青年部も三十周年を迎え
  ここに三十歳になった
  三十にして立つとは
  古賢の言葉である」
 青年よ、立て――彼の魂の叫びであった。
 「西暦二〇〇一年に向かって
  つねに世間の人々が感嘆し
  感服しゆくような
  この二十年間
  本舞台ともいうべき激動にして
  このすばらしき時代を
  私とともに勇気凜々
  築いていっていただきたいのだ」
 眼前の課題を、一つ一つ確実に勝ち越えていくなかに、新世紀の絢爛たる勝利もある。   

【聖教ニュース】

◆列島各地でにぎやかに座談会   原田会長は東京・日野へ


12・2「日野池田区の日」を記念する東京・常勝地区の座談会。大勝利の一年を皆が喜び、集い合った(日野市内で)
12・2「日野池田区の日」を記念する東京・常勝地区の座談会。大勝利の一年を皆が喜び、集い合った(日野市内で)

 広宣流布は、少人数での自由で平等な、双方向の語らいで進む。初代会長・牧口常三郎先生以来、座談会こそ学会の前進の原動力。師弟凱歌を飾った本年の奮闘をたたえ合い、明「世界広布新時代 栄光の年」へ出発する集いが今、列島各地で、にぎやかに行われている。
 原田会長が激励に駆け付けた東京・日野池田区の常勝地区の座談会(5日、日野市内)は、壮年有志によるギターとサックスの演奏で始まった。
 本年、6世帯の弘教が結実した同地区。中でも白ゆり長の山口美香さん、男子地区リーダーの優さん親子がそれぞれ先駆の弘教を成し遂げ、勇気の波動を広げた。この日の会場を提供した二上寛さんは、地元の自治会長として地域に貢献。公認会計士試験の合格を勝ち取った創価大学4年の濵田勇太さんら、後継の青年も育っている。
 中村公雄地区部長、赤川千賀子同婦人部長は、「信心即生活で、地区の名にふさわしい『常勝』の証しを、わが地域に打ち立てよう」と訴えた。
 原田会長は、世界に広布の道を開き、青年を育てた池田大作先生の半世紀の激闘を紹介。「次なる栄光の50年へ、皆が折伏精神を燃やして、自身も家族も地域も、全てに勝利し、福徳輝く歴史を開こう」と呼び掛けた。
 岩手の宮古太陽県・陸中創価支部の座談会は3日、宮古平和会館で開かれた。
 本年、同支部の友は対話と仏縁の拡大に挑戦し、全地区が弘教の目標を達成。この日も9人の友人が参加し、活気に満ちた集いとなった。
 座談会は女子部のさわやかな歌声で始まり、花坂博支部長、堀内りつ子同婦人部長が「本年の総仕上げを対話拡大で勝ち飾ろう」と強調。中村総岩手副総合長が自らの体験を語り、励ました後、婦人部員と友人による踊り、壮年部の学会歌「滝の詩」の合唱などが、集いに花を添えた。
 岩間県長は模範の実証をたたえつつ、「異体同心の団結で、師恩に報いる福光勝利の歴史を築こう」と訴えた。
 神奈川の小田原県・新生地区の座談会は4日、小田原市内で開催。
 同地区の友は本年、地区一丸で訪問激励を重ね、新しい活動者や新入会者が多く誕生した。かつてない聖教の購読推進も成し遂げ、皆が晴れやかにこの日を迎えた。
 座談会では、“黄金柱”の壮年部の代表が「滝の詩」を高らかに合唱。参加者から盛大な拍手が送られる。
 熊田正義副本部長の御書講義に続き、志水豊市地区部長、田中明美同婦人部長が、広布拡大に駆けた友に感謝を述べつつ、明年へさらなる前進をと呼び掛けた。
 神奈川凱旋総県の吉村総県長は「地涌の菩薩の誇りと勇気で、わが地域に幸福のスクラムを広げよう」と語った。 

◆シンガポール経営大学でイケダ講座   インドの平和活動家「宗教間対話」テーマに


シンガポール経営大学で行われたイケダ平和講座。同大学の学生や教職員ら、800人が参加した
シンガポール経営大学で行われたイケダ平和講座。同大学の学生や教職員ら、800人が参加した

 シンガポール経営大学「ウィ・キムウィ・センター」とシンガポール創価学会の共催による第3回「イケダ平和講座」が11月20日、同大学で行われた。
 同講座は、混沌とした世界情勢にあって、池田先生の思想を基軸に、人類の平和と幸福を実現しゆく方途を探るもの。
 第3回では、世界的に活躍する平和活動家であるインドのシュリ・シュリ・ラビ・シャンカール氏が「宗教間対話の創造と多文化世界の理解」をテーマに講演した。
 氏は、共生の哲学を発信し、世界平和に貢献してきた池田先生の行動を心から称賛。「分断」の暗雲漂う現代にあって、あらゆる差異を超えた対話や交流こそが、多様性のある社会を築く鍵となると述べた。 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆中国の日本研究者が考える両国友好  未来志向の対話を今こそ


中華日本学会と中国の日本研究誌の編集者一行が創価大学を訪れ、同会の高洪常務副会長㊧と「日本学刊」の林昶編集出版部主任㊨が、未来志向の対話と両国友好を願い、講演を(11月27日)
 
中華日本学会と中国の日本研究誌の編集者一行が創価大学を訪れ、同会の高洪常務副会長㊧と「日本学刊」の林昶編集出版部主任㊨が、未来志向の対話と両国友好を願い、講演を(11月27日)

 中国の周恩来総理と池田先生が両国の未来のために語り合ってから、5日で43周年となった。11月27日に東京・信濃町の総本部と八王子市の創価大学を訪れた中国を代する日本研究者、日本研究誌の編集者ら4人に、池田先生の行動と理念、日本関係の今後などについて聞いた。表

◆世界平和の十字路・パナマに輝く創価の連帯   広布の最前線を訪ねて
「人間の無限の可能性」を信じて  「一人を大切にする心」を広げる
 
白亜の高層ビルがそびえ立つパナマ市。経済発展が著しく、建設ラッシュに沸いている
白亜の高層ビルがそびえ立つパナマ市。経済発展が著しく、建設ラッシュに沸いている

 人は、その国を「世界の十字路」と呼ぶ。南米と北米、また太平洋と大西洋を運河で結ぶ交通の要衝だからだ。池田先生は、その国を「世界平和の十字路」とたたえる。侵略にさらされた歴史を乗り越え、人間が最も人間らしく輝く「友情の文化」を広げているからだ。その天地の名はパナマ――ここにも、師の心をわが心として人間主義の哲学を語り広げるSGI(創価学会インタナショナル)の友がいる。先月下旬、首都パナマ市を訪れ、広布伸展の模様を取材した。(巴大輔記者)
 赤道に程近い北緯8度に位置するパナマ市。じりじりと照りつける日差しは、肌を刺すような強さだ。滞在中の最高気温は30度前後を記録した。
 市街地を歩くと、至る所で「パナマ国旗」が目に飛び込んでくる。この時期、“二つの独立”をことほぐ意義で掲揚されるという。スペインからの独立(1821年11月28日)と、コロンビアからの独立(1903年11月3日)である。
 さらに、パナマ運河がアメリカから返還された99年12月31日は、“第3の独立”と称されている。
 太平洋と、大西洋に隣接するカリブ海の結節点に当たる地理的重要性から、パナマにはこれまで、多くの国の思惑や軍事戦略が交錯してきた。そうした背景などから、メスティソ(ヨーロッパ系白人と先住民の混血)や、アフリカ系、ヨーロッパ系パナマ人など、さまざまなルーツをもつ人が暮らしているのである。
 「人種のるつぼ」であるこのパナマに、“広布の一粒種”が誕生したのは、1960年代末のこと。
 以来、50年の時を刻んだ今、同国SGIは9本部26支部の陣容にまで発展を遂げた。多種多様な人種や文化がひしめき合う国にあって、SGIメンバーは、どのように広布拡大に励んでいるのだろうか。
                   ◆◇◆ 
 「徹底した教学研さんを通して、人間主義の哲理を深め、師弟の絆を強くする――これが、広布伸展の要諦です!」
 カルロス・マイレス理事長、ビエルカ・デ・バルガス婦人部長は、力強く語る。
 2012年から毎年、周辺各国から代表が集い、パナマの地で「中南米教学研修会」を開催してきたことは、まさに“徹底した研さん”の象徴といえよう。
 さらに同国SGIでは毎月、国内約60会場を中継で結ぶ御書講義を開催している。今月3日には、初級試験(日本の教学部任用試験に相当)を実施。例年の2倍を超えるメンバーが受験した。
 「パナマの国民性を鑑みた時、広宣流布の裾野を広げていくには、友人たちに『因果俱時』の法理を理解してもらうことが大事だと感じています」と、マイレス理事長は言う。
 蓮華は、花と実が同時に成長していく。つまり原因(花)と結果(実)が同時にそなわる。それと同じように、妙法は、一念に成仏の「因」と「果」が同時にそなわると説き明かしている。「いつか、どこかで、仏になるというのではない。今この時、真剣に妙法を説き弘めゆく、わが命に、即、仏の大生命が躍動してくるのです」と池田先生は語っている。
 パナマでは、“運命は定められたもの”と考える人が少なくない。その中にあって、「自分の人生は、今この瞬間の自身の“一念の変革”によって切り開いていける」と説き、「人間の無限の可能性」を信じて励まし抜くことを促す仏法の哲理に今、共感の輪が大きく広がっているのだ。
 かつて池田先生は述べた。「世界広布といっても、究極は、『一人が一人を折伏する』ことにつきる」と。バルガス婦人部長は、この呼び掛けに呼応し、毎週、自宅に友人を招き、一家で“折伏座談会”を行っている。
 「広布拡大といっても特別な方法はありません。信仰への確信を、自身の振る舞いを通して周囲に広げ、信頼の花を咲かせるのみです」と笑顔で。「根本は、“一人を大切にする心”です。それを教えてくださったのは、池田先生でした」
 池田先生はこれまで、パナマを3度訪れている(1974年、81年、87年)。バルガス婦人部長の原点は3度目の訪問の折。池田先生の情熱あふれる言々句々、渾身の励ましを重ねる姿を目の当たりにし、「生涯、広布に生き抜こう!」と誓ったのだ。
 一方、マイレス理事長は81年の訪問時には、会友として「日パ親善文化祭」に参加。その後入会し、87年には、行事運営の役員の一人として師を迎え、薫陶の歴史を刻んだ。以来、次々と競い起こる宿命の嵐も、この時の原点を胸に、信心根本に乗り越えてきた。
                     ◆◇◆ 
 池田先生のリーダーシップのもと、平和・文化・教育運動を多岐にわたり展開するパナマの友。その「良き市民」としての貢献に対して、これまで各界から高い評価が寄せられてきた。
 87年2月、池田先生に国家勲章である「バスコ・ヌニェス・デ・バルボア勲章グラン・オフィシアル章」が授章された。
 2000年には、パナマSGIと文化庁との間に「文化協定」が締結。同年8月に、この協定に基づく第1号行事ならびに教育省の「文化・教育公認行事」として、「世界の少年少女絵画展」が行われている。
 その翌9月には、国内随一の名門学府・国立パナマ大学から、東洋人初となる「名誉博士号」が池田先生に贈られた。さらに、同大学のキャンパス内には、「池田大作公園」と「池田香峯子庭園」や、池田先生作詞の「母」の歌詞が台座の銘板に刻まれた「母子像」が設置されている。
 ――パナマSGIのメンバーが目指すのは2024年、先生の初訪問から50周年の佳節である。
 友の胸には、池田先生が詠んだ長編詩「パナマの国の花」の一節が響き、離れることはない。
 「平安の風そよぐパナマの地 ゆえに 君たち使命の若人よ 仏法の平和勢力の 幾代にも崩れざる構築を 私は 君たちに託したいのだ」
 この師の期待こそ、パナマの友の誓いである。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 
左顎関節骨肉腫、3度の肺転移を克服 勇気の信心で“壁”を破った!
師匠のため、同志のために――  勝つと決めて祈り抜く



【札幌市清田区】ひとたび「がん」の宣告を受けた人は、適切な治療で克服できた後も、心の片隅に再発や転移への不安を抱え続けることがある。我妻靖基さん(52)=緑ケ丘支部、区長=は、
38歳の時、左顎関節に骨肉腫が見つかり、抗がん剤と切除手術で乗り越えたものの、その後、約4年間で肺へ転移すること実に3度。だが、執拗に襲い掛かる病魔に対し、一歩も引かない決意で立ち向かい、壮絶な闘いに“3連勝”を収めた。我妻さんが、がんを完全制圧することができた背景には、信心への“絶対的な確信”をつかんだ青年時代の体験があった。

トップギアで
 2003年(平成15年)秋、我妻さんは、左のこめかみ辺りに痛みを感じた。歯科医院、市内の病院の口腔外科、最後は北海道大学病院で受診。検査の結果、「左顎関節の骨肉腫」と診断された。
 骨肉腫は20代前半までの発症が多く、しかも膝や肩関節周辺が大半を占める。顎関節の骨肉腫は「極めてまれな症例」と言われた。
 「単なる病気ではない、これは宿命との戦いだ。いきなりギアをトップに入れた信心で立ち向かわなければ勝てないと、腹を決めました」
                     ◇
 我妻さんは1967年(昭和42年)、母・弘子さん(83)=札幌市厚別区、婦人部員=と共に、1歳で創価学会に入会した。
 大学を卒業し、社会人となった88年、母が上部胆管がんを発症。肝臓から胆汁が流れなくなり、激しい黄疸が見られた。医師は「黄疸が引かなければ手の施しようがなく、余命は3カ月」と告げた。
 我妻さんはこの時、母を救いたい一心で、初めて本気で信心に励むことを決意。1日3時間の唱題を自らに課し、仏法対話にも奔走した。すると1カ月ほどで、医師も驚くほど劇的に黄疸が消失し、治療の第1段階をクリアした。
 信仰に消極的だった父・厚治さん(80)=壮年部員=も、確かな現証に目を見張り、妻の回復を願い、題目を唱えるようになった。
 その後、医師の的確な治療が続き、家族や同志の祈りにも守られ、弘子さんは大病を克服することができた。
今も、地道に信心を貫いている。
 「あの時の体験があったので、自分が骨肉腫と言われた時も、“信心で乗り越えられない苦難はない”という信念が、揺らぐことはありませんでした」

真心の千羽鶴
 骨肉腫の切除手術がどういうものになるか、執刀医が言った。
 「腫瘍を残らず取り去ることを最優先するため、左の眼球は残せません。顔の左半分は神経が駄目になるので、顔付きは右と左で別人のようになります」
 絶望的な見立てだったが、我妻さんは希望を手放さなかった。病室で、小声で懸命に唱題を続け、池田先生の指導を、何度も何度も、命に刻み付けるように読み返した。
 「人は臆病になると、敵が大きく見える。自分には無理だと思うと、困難の壁はますます高く堅固に映る」「しかし、『断じて勝つ!』と決めた瞬間、己心の壁は破れる。『さあ来い!』と困難に挑みかかる、胸中の師子が目覚めるのだ」
 回復への祈りを込め、地域の同志が千羽鶴を届けてくれた。かつて学会活動を共にした、室蘭市の男子部の友からも、同じく千羽鶴が届いた。
 「室蘭のメンバーは一人が一人に仏法対話をして1羽を折ってくれたと聞き、“必ず元気になって、
みんなの熱い思いに応えていこう”と奮起しました」
 結果、手術は無事に成功。多少の顔面まひはあるものの、眼球を残すことができ、顔の変化は初対面ではすぐに気付かないほど最小限に。会話や飲食など、日常生活にも大きな支障はない。
 7カ月に及ぶ入院生活を終え、職場復帰を果たした我妻さん。だが喜びもつかの間、退院後、半年余りの2005年2月、両肺の5カ所に転移が見つかった。もし肺の手術を回避したらどうなるか。医師の返答は――「この先、1年の命は保証できません」。
 再びの苦境に直面し、くじけそうになる気持ちをねじ伏せるように、猛然と唱題に挑んだ。手術で腫瘍を切除し、肺転移の第1ラウンドを、勝利で終えた。

根っこを断つ
 第2ラウンドは翌06年9月。2度目の転移を、我妻さんはどう受け止めたのだろう。
 「信心への確信はありましたが、半面、また転移するのではという臆病な心が命の根っこに巣くっていたのも事実です。そのことに気付いた時、この根っこを断ち切らない限り、病魔との闘いは終わらないと、決意を新たにしました」
腫瘍摘出のために開胸手術は避けられないと言われたが、状況が好転し、内視鏡による手術で事なきを得た。
 2度目の肺の手術から1年余り。07年12月、我妻さんは第3ラウンドのゴングを聞く。だが不思議と心の動揺はなく、“これが病魔との最後の闘いになる”という確信めいた思いが、静かに胸に広がった。
 唱題に励むほどに、家族や同志、温かく見守り続けてくれた職場の上司、そして師匠・池田先生への感謝の思いが深まっていく。
 “同志のため、師匠のために、もう一度、この病に勝って、仏法の偉大さを証明したい。いや、必ず証明してみせる!”――我妻さんの胸中に、誓願の炎が赤々と燃え上がった。
 3度目の肺の手術は08年1月。過去2回に比べ、いっそう難しい箇所に腫瘍が転移していたが、
経験豊かな医師が的確な処置を施してくれ、無事に切除することができた。
 闘病中も同志に支えられながら、支部長、本部長として広布の使命を担い続けた我妻さん。最後の手術から5年9カ月が経過した13年10月に区長の任命を受け、今も日々、全力で学会活動に取り組んでいる。
 「私たち清田栄光区は本年、異体同心の団結で地区2世帯に迫る弘教を達成しており、私自身も闘病体験を語りに語り、多くの人に励ましの言葉を送っています。師匠と同志の大恩に報いるため、これからも使命の道を走り抜いていきます」

医師の声
北海道大学 大学院医学研究院 木下一郎准教授(大学病院 腫瘍内科医師)肺への転移が見つかった2005年2月から、我妻さんの治療と検査を担当しています。昨今、効能の高い新たな抗がん剤が開発されており、骨肉腫が完治する割合は、進行度にもよりますが、おおむね7、8割まで上昇しています。しかし、再発・転移した場合はそれが大きく下がります。
我妻さんの場合、肺転移が3度に及びました。治療に当たりながら、確率的には4度目もあると予見していましたが、よく食い止められたと思います。
度重なる転移の中でも、完治を目指し、より効果の高い治療法を積極的に取り入れようとされていたのが印象的で、強い精神力を感じました。心身ともに負担は相当なものだったと思いますが、よく耐え抜かれました。
年明けの1月で最後の手術から丸10年が経過します。年に1度の検査は続けていますが、完治したと言って差し支えないと思います。

2017年12月 5日 (火)

2017年12月5日(火)の聖教

2017年12月5日(火)の聖教

◆わが友に贈る

宝の未来部の成長を
全力で応援しよう!
受験生にもエールを。
使命深き一人一人の
健康と勝利を祈る!

◆〈名字の言〉 2017年12月5日
 

 「一から十まで」とは“最初から最後まで”を意味する慣用句。だが、干支は十二支、1年は12カ月、1日は午前と午後が12時間ずつ、というように、時に関係する言葉では「12」が最後を区切る数となる場合が多い▼文字盤が洋数字の時計で、「12」の位置に短針・長針・秒針がそろうのは12時間に1回。その瞬間、時計をじっと見つめてみる。一回り12時間の時の流れが完結する瞬間は、同時に、新たな時を刻み始めるスタートでもある▼先日、気仙沼文化会館(宮城県気仙沼市)の開館式が行われた。東日本大震災が起きた年の7月、復興を目指す東北に、八つの新会館を建設する計画が発表された。同会館の誕生で、その計画は全て実現したことになる▼式典当日、池田先生は同志に贈った祝福のメッセージの中で、「陰徳陽報御書」の一節を拝した。「これは、まだ始まりです。さらに大果報が来ると確信しなさい」(1178ページ、通解)。友は“この宝城の完成が新たな出発”と決意し合った▼美しい夕焼けが、明日の晴天を約束するといわれるように、一つの偉業の完結は、次なる活躍の舞台への一歩へと連なる。12月――師と心を合わせ、今年を総仕上げするとともに、明「世界広布新時代 栄光の年」への力走を開始しよう。(城)

◆〈寸鉄〉 2017年12月5日

 「志有らん諸人は一処に
 聚集して」御書。本年飾る
 座談会。明年へ決意新た
      ◇
 周総理と池田先生の会見
 から43年。金の橋を永遠
 に!この心は後継に脈々
      ◇
 第2総東京青年部の日。
 拡大の金字塔を今こそ!
 輝く「広布電源地」の誇り
      ◇
 立場でなく折伏に励む者
 が学会の重鎮―戸田先生
 幹部は尊き同志に最敬礼
      ◇
 憎悪表現に不愉快、印象
 悪いとの意見多し。言論
 の暴力許さぬ社会を更に

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   八十 2017年12月5日 (6241)



 山本伸一は、平和と民衆の幸福への闘争を重ねつつ、詩を書き続けた。多忙なスケジュールの合間を縫うようにして口述し、書き留めてもらった作品も数多くある。
 その後、彼には、インドの国際詩人学会から「国際優秀詩人」賞(一九九一年)、世界詩歌協会から「世界桂冠詩人賞」(九五年)、「世界民衆詩人」の称号(二〇〇七年)、「世界平和詩人賞」(二〇一〇年)が贈られている。
  
 伸一がアメリカでの一切の予定を終えて、成田の新東京国際空港(後の成田国際空港)に到着したのは、日本時間の七月八日午後四時過ぎであった。空港には、会長の十条潔らの笑顔が待っていた。
 今回の訪問は、六十一日間に及び、ソ連、欧州、北米と、八カ国を訪ね、ほぼ北半球を一周する平和旅となった。各国の政府要人、識者らと、文化・平和交流のための対話を展開する一方、世界広布の前進を願い、各地でメンバーの激励に全精魂を注いだ。
 第一回世界平和文化祭をはじめ、ヨーロッパ代表者会議、各国各地での信心懇談会や御書研鑽、総会、勤行会、交歓会など、いずれの行事でも、力の限り同志を励まし続けた。
 また、今こそ、未来への永遠の指針を残そうと必死であった。片時たりとも無駄にするまいと、パリでは地下鉄の車中など、移動時間を使って詩を作り、フランスの青年たちに贈りもした。
 間断なき激闘の日々であった。しかし、進むしかなかった。二十一世紀を、必ずや「平和の世紀」「生命の世紀」にするために――。
 彼は、新しい時代の夜明けを告げようと、「時」を待ち、「時」を創っていった。一日一日、一瞬一瞬が真剣勝負であった。死闘なくしては、真実の建設も、栄光もない。
 その奮闘によって、遂に“凱歌の時代”の暁鐘は、高らかに鳴り渡ったのだ。今、世界広宣流布の朝を開く新章節の旭日は、悠然と東天に昇り始めたのである。
 (この章終わり)

【聖教ニュース】

◆〈ワールドリポート〉 東洋の真珠・香港 長洲島の友 
いつも笑顔で皆に希望を  支部結成35周年 妙法で築いた幸福家族

変化に富んだ地形と豊かな自然に囲まれた長洲島。リゾートとしても人気で、各地から多くの観光客が訪れる。道には土産物店や海鮮料理店などが並ぶ
変化に富んだ地形と豊かな自然に囲まれた長洲島。リゾートとしても人気で、各地から多くの観光客が訪れる。道には土産物店や海鮮料理店などが並ぶ

 きょう5日は、43年前に池田大作先生が中国の周恩来総理と会見を行った日。また今年は、香港の中国返還から20周年でもある。歴史の転換期を経て発展を続ける香港は、池田先生がアジア広布の第一歩をしるした天地だ(1961年1月28日)。この時、アジア初の地区が結成され、わずか10世帯ほどで船出した香港SGI(創価学会インタナショナル)は今、平和・文化・教育の壮大なスクラムとなった。先月、その香港を訪れ、信心で人生を勝ち開いた友を取材した。ここでは、離島で活動する長洲支部を紹介する。(記事=西賢一、写真=外山慶介)
 面積にして、東京都の約半分、札幌市とほぼ同じの香港。世界地図だと点のように表示されるが、東西を結ぶ経済と金融の一大拠点であり、「東洋の真珠」と仰がれる“憧れの港”は、はちきれんばかりのエネルギーに満ちていた。
 今や有数の国際都市・観光都市となった香港のもう一つの特徴は、大小さまざまな島である。
 その数、実に230余り。多くは無人島だが、有人島には、いわゆる香港の摩天楼のイメージとは異なる、のどかな風景が広がっている。こうした島々にも、たくさんのSGIメンバーがいる。
                                                                      ◇ 
 高層ビルが林立する香港島からフェリーでおよそ1時間。人口約2万の長洲島に到着した。
 漁業で栄える小さな島。沿岸には無数の船が並んでいる。
 驚いたことに、島には、緊急車両などを除いて、車が一台も走っていない。というより自動車道路がないのだ。
 自転車だと1時間ほどで回れるというが、「移動手段は、この足です!」と、支部婦人部長の胡玉珍さんが笑顔で迎えてくれた。共に歩くと、島の全員が知り合いなのかと思うほど、会う人会う人に声を掛けている。
 1島1支部の長洲島。広布の一粒種が誕生したのは、1960年代である。
 「“日本教”を信じるのか!」。戦時中、香港を侵略した日本への反発と土着の信仰が根強い島で、草創の同志は純粋な信心を貫き、弘教に奔走してきた。
 「狭い島ですから、誰が学会員か、よく知られています。だからこそ、普段からの行動が大事です。誠実な振る舞いを心掛けながら、皆が勝利の実証を示してきました」。メンバーは現在、400人。新会員も着実に増えているという。
 胡さんは、長洲支部が結成された82年の入会。生後間もない次男が、原因不明の病に侵されたことがきっかけだった。
 知人から仏法の話を聞き、わらにもすがる思いで御本尊に向かった。ところが、症状は好転するどころか、悪化する一方。長女の内臓疾患まで重なった。
 憔悴する胡さんに、先輩は言った。「これが宿命なんです。使っていない水道の蛇口をひねると、最初は汚れた水が出るでしょう。でも、やがてきれいな水になる。人生も同じです。ここが踏ん張りどころ。一緒に題目を唱え抜きましょう」
 次男が完治したのは、それから6年後。彼は今、内装業を営むまでに。設計会社社長の長男、弁護士事務所勤務の長女と、全員が元気に後継の道を歩む。夫の李幹和さんは次男の闘病を通して発心。建築関連会社を経営しながら、支部長として夫婦二人三脚で広布に尽くす。
 胡さん自身、その後も語りきれないほどの困難に見舞われた。だが、一切を信心で受け止め、乗り越え、島で10人の友を入会に導いてきた。「突然、膝が腫れ上がって手術を余儀なくされたことがありました。それでも同志から相談事があれば、歩いて会いに行きました。香港を訪問された池田先生から『必ず治ります』と激励もしていただきました。そうこうしているうちに、痛みが消えてしまったんです。不思議ですね」とほほ笑む。
 自分のこと以上に、人の幸福を祈り、行動する――創価の母の慈愛と献身は、世界共通だ。
 島の埠頭から少し行くと、大きな市場がある。ここで取れたての魚を売るのは、陳洪基さん・黄好さん(地区部長・地区婦人部長)夫妻だ。
 陳さんは、明年で入会40年。貧乏のどん底から抜け出したいと、漁業をしながら、懸命に学会活動に励んだ。
 命に及ぶような事故にも遭ったが、信心の功徳で、いつしか生活に困ることはなくなった。長年の借金は全て完済。両親や5人のきょうだいをはじめ、家族皆が学会員となり、マイホームを購入することもできた。
 夫妻の店の数軒先には、張木嬌さん(地区副婦人部長)の洋服リフォーム店がある。
 この場所で商売を始めたのは18年前。「いつも笑顔で! 快活に! そうすれば、周囲も笑顔になる」との池田先生の指導を根本に、並びの店舗や顧客との信頼関係を築いてきた。乳がんを克服した信仰体験も持つ。
 この日、張さんは、大病の手術を終えて退院した婦人部員のもとへ。今後が不安で仕方ないと相談されていたのだ。
 そっと寄り添い、励ましを送る。そこに、連絡を受けた胡支部婦人部長らも加わる。「遠慮なく何でも言ってね。私たちは“姉妹”なんだから!」
 温かな創価家族の輪に包まれた友は顔を上げ、決意を口にした。「きょうは本当にありがとう。病魔と闘う勇気が湧きました!」
                                                                            ◇ 
 取材した11月20日、香港は班座談会の週。島唯一の会館「長洲会館」では、漁楽地区・建新班の座談会が予定されていた。
 午後8時の開会を目指し、続々と参加者が集まる。青年部は香港島に通勤・通学する友が多い。皆、会合に間に合うようにフェリーで帰ってくる。
 女子部部長の黎旨琼さんも、その一人。航空会社の客室乗務員として多忙な日々を送りながら、副部長で姉の琼語さんと、メンバーの激励に余念がない。
 当日は琼語さんら3人の女子部員が集い、御書講義も担当。若き友の成長を壮年・婦人が優しく見守った。
 会場前方をよく見ると、支部の指針が掲げられている。「令法久住の支部」「異体同心の支部」「師弟不二の支部」と。
 長洲島で生まれ育った人の多くは、島と共に生きていくという。それだけ郷土を愛する思いが強いのだろう。
 令法久住とは、未来永遠にわたって妙法を伝え弘めること。
 支部結成から35年。宿命転換の信心を教えてくれた先輩・同志、何より池田先生への感謝を胸に――。“長洲の幸福家族”には、島の全ての人々を幸せにしたいと願う心が、満天の星のように美しく輝いていた。
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【特集記事・教学・信仰体験など】

◆ウズベキスタン・リポート  輝く教育と文化と友情の道
生命を総合的に把握した「万人成仏」の法理
 
ウズベキスタンのカリモフ初代大統領を顕彰する記念館で、カリモワ夫人㊥と(11月22日、首都タシケント)
ウズベキスタンのカリモフ初代大統領を顕彰する記念館で、カリモワ夫人㊥と(11月22日、首都タシケント)

 創価学会派遣団が11月下旬、中央アジアのウズベキスタン共和国を訪問。同国のテルメズ国立大学で行われた諸行事に出席するなど、日本との外交関係樹立25周年を飾る友好交流を行ってきた。現地での模様をリポートする。

◆〈みんなで学ぶ教学~新会員教室~〉11 一念三千㊤ 
生命を総合的に把握した「万人成仏」の法理

マンガ・イラスト 逸見チエコ

 池田先生は、折々の指導で“信心における「心」「一念」の姿勢”について言及されています。今回の「みんなで学ぶ教学」から、上下2回に分けて「一念三千」について学びます。
                   ◇ 
 中国の陳・隋代にかけて法華経を宣揚した天台大師が、『摩訶止観』で「一念三千」を体系化して示しました。
 「一念」とは、私たち一人一人の瞬間瞬間の生命を指します。「三千」とは、全宇宙に起こりうる、あらゆる現象・はたらきのことです。
 すなわち、一念三千とは、私たちの一瞬一瞬の生命に全宇宙を具している、自身の一念が宇宙と一体であるということです。
 この三千は、具体的には十界互具(百界)、十如是、三世間から構成されています(百界×十如是×三世間=三千)。
 これら異なった角度から生命とその因果の法則を捉えた法理を総合し、私たちの生命と世界の全体観を明かしたものが一念三千です。
 一念三千の法理によって、煩悩に覆われた私たち凡夫(=普通の人間)が、誰でも等しく成仏できることが明かされました。
 今回は「三千」の構成を通して、“万人成仏の哲理”への理解を深めていきましょう。

十界互具 九界の衆生も仏に

 一念三千の中核の原理となるのが、「十界互具」です。
 十界は、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界という十種類の生命の境涯のことです。
 これら十種の生命境涯は、十界のいずれの衆生にも欠けることなく具わっています。すなわち、人界の衆生にも、地獄界の衆生にも、それぞれ十界の生命、なかんずく仏界が具わっています。
 このように十界のおのおのの生命に十界が具わっていることを「十界互具」といい、「三千」を構成する要素のうち「百界」として示されます。

十如是 各界に因果の法則

 生命の十種類の側面を示したものが「十如是」です。十界のどのような衆生・環境も等しく十如是を具えています。十如是は、生命境涯の因果の法則を示したものです。
 具体的には、如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等です。私たちが読誦している法華経方便品第2に示されています。一つずつ説明していきましょう。
 如是相の「相」とは、表面に現れて絶え間なく移り変わる形、様相です。
 「性」とは、内にあって一貫している性質・性分です。
 「体」とは、「相」と「性」を具えた主体です。
 「力」とは、内在している力、潜在的能力です。
 「作」とは、内在している力が外界に現れ、他にもはたらきかける作用です。
 「因」とは、内在していて、結果を生み出す直接的原因です。
 「縁」とは、外から「因」にはたらきかけ、結果へと導く補助的原因です。
 「果」とは、「因」に「縁」が結合(和合)して内面に生じた目に見えない結果です。
 「報」とは、その「果」が時や縁に応じて外に現れ出た報いです。
 「本末究竟等」とは、「相」から「報」までの九如是が一貫性を保っていることです。つまり、仏界であれば、仏界の相……仏界の報というように、仏界としての一貫性をもっているということです。
 十如是のそれぞれのあり方は、十界それぞれの生命境涯に応じて異なります。

三世間 自身と環境を構成

 最後は、「三世間」です。「世間」とは“違い”を意味します。つまり、三世間とは、十界それぞれの違いが、五陰世間・衆生世間・国土世間という三つの次元に現れます。
 衆生はその生命境涯に十界の違いがあります。これを「衆生世間」といいます。
 仏教では、この衆生の構成要素として「五陰」を考えます。
 五陰世間の五陰とは、色陰・受陰・想陰・行陰・識陰のことで、衆生の生命を成り立たせる五つの要素をいいます。五陰の「陰」は“集まり”“構成要素”の意味です。
 「色陰」は、生命体を構成する物質的側面。
 「受陰」は、知覚器官である「六根」(眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根)を通して外界を受け入れる知覚のはたらき。
 「想陰」は、受け入れたものを心に思い浮かべるはたらき。
 「行陰」は、想陰に基づいて思い浮かべたものを行為へと結び付けるはたらきで、意思や欲求などのさまざまな心の作用。
 「識陰」は、認識・識別するはたらき。
 この五陰のはたらきは、十界各界の衆生によって異なります。この違いが「五陰世間」です。
 さらに、衆生の十界の生命境涯の違いに応じて、その衆生が住む国土・環境にも、十界の違いが現れます。この違いが「国土世間」です。
 五陰が変わることで、衆生や国土も変わることが、三世間の法理から分かります。つまり、心のあり方で、自身と環境を変えていくことができるのです。
                     ◇ 
 以上、一念三千の法門によって生命が総合的に把握され、全ての衆生が等しく成仏できる理論が明らかになりました。次回(1月6日付予定)は、一念三千が私たちの生きる現実に、どういう意味をもっているかを学びます。

放課後メモ

 「一念三千」については、次の書籍の中でも言及されています。
 ○…『東洋の哲学を語る』265ページ(第三文明社)
 ○…『教学入門――世界宗教の仏法を学ぶ』(聖教新聞社) 

◆2018年(平成30年)婦人部の活動

 
明年の「世界広布新時代 栄光の年」へ、朗らかに前進を開始した婦人部の友(本年11月、巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会から)
明年の「世界広布新時代 栄光の年」へ、朗らかに前進を開始した婦人部の友(本年11月、巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会から)

 2018年「世界広布新時代 栄光の年」は、広布に前進する世界の友と、希望の目標である広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」へ、師弟勝利の勝ち鬨をあげる黄金の1年となる。

◆2018年(平成30年)女子部の活動


 
本年8月8日、東京・信濃町の創価女子会館で行われた「日伯池田華陽会大会」。日本とブラジルの友が心を一つに、世界中に幸福の連帯を広げようと誓い合った
本年8月8日、東京・信濃町の創価女子会館で行われた「日伯池田華陽会大会」。日本とブラジルの友が心を一つに、世界中に幸福の連帯を広げようと誓い合った

 広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」へ! 栄光の暁鐘を打ち鳴らす、世界広布の時が到来しました!
 2018年の「3・16」は、師匠より、青年部に広宣流布の一切を託していただいた記念式典から60周年。

◆〈信仰体験〉 IgA腎症に感謝し“今”を重ねて 今秋、漫画家デビュー
命を燃やす時 人は真に輝く


【埼玉県熊谷市】人気のテーマパークで働きながら、今秋、漫画家としてデビューした橋口絹子さん=久保島支部、女子部副部長。明るい笑顔の彼女は、指定難病のIgA腎症と闘っている。進行すると腎機能が低下し、高血圧の合併症や腎不全が懸念される。苦悩と前進の物語を追う。

新聞の切り抜き
月末から翌月上旬にかけては、カレンダー、時計とにらめっこ。締め切りに追われる。かといって、体調を遣いながら決して無理はしない。母〈三代子さん(57)=支部副婦人部長〉が作る減塩の食事に支えられ、根本的な治療法がない病と向き合う。
 明確にリズムを決めて1週間を過ごす。月・火曜日は、通勤に2時間以上をかけてテーマパークへ。アトラクションの案内係を担い、笑顔で来場者を迎える。
 倦怠感が抜けず、水曜日は休養に充てる。横になって資料を読み込み、描く力を蓄える。木曜から日曜日までの4日間で、漫画に命を吹き込む。
 父〈伊三美さん(63)=支部長〉は、「体の負荷に心配もありますが、命を燃やす時、人は本当に輝くんだなと感じています」と娘を見守る。
 迷いを突き抜けて、自ら切り開いた道。だから、橋口さんは「テーマパークも、休養も、漫画制作も、全てが大切で必要な時間なんです」と。
 いつも大事に持ち歩く小説『新・人間革命』の切り抜きがある。
 「自身の悩み、苦しみの克服や、種々の願いの成就を祈る時にも、“広宣流布のために、この問題を乗り越え、信心の見事な実証を示させてください。必ず、そうしていきます”と祈っていくんです。祈りの根本に、広宣流布への誓願があることが大事なんです」
 この池田先生の言葉を胸に刻み、現在の環境を勝ち取った。

両親の祈りと姿
 7年前の秋、健康診断をきっかけにIgA腎症が見つかった。まだ23歳。“見た目も変わらず、自覚症状もないのに……”。悔しくて、涙する毎日だった。
 仕事を辞めるのも選択肢の一つ。だが、諦めたくなかった。幼少から何度も家族で訪れたテーマパーク。そこでの仕事が憧れだった。
 父も母も、「最後は、自分で決めなさい。祈りがあれば、後悔しないから」。今までも、そう言われて決断してきた。
 熊谷から東京都心の放送専門学校へ長時間の通学。CM制作会社に入社しての1人暮らし。人間関係に悩んだ末の退職……。
 だが今回は、後ろ向きになる要素がたくさんあった。入院治療が必要で、通院も定期的にしないといけない。完全に治るわけでもなく、費用もかさむ。
 重すぎる現実に打ちひしがれながら、胸によぎるのは両親のことだった。
 陽気な母は、右脚に義足を着けている。先天性の病で、5歳の時に膝から下を切断するしかなかった。体の不自由を感じさせないほど、いつも明るい笑顔だった。
 穏やかな父は、昔から信心の大切さを聞かせてくれた。本紙の体験談や同志の話に、池田先生の言葉を交えながら。いつからか、机に新聞の切り抜きも置かれるように。父の思いを感じ、よく手に取った。
 病を受け止めるには、涙と時間が必要だった。
 “私も乗り越えられる”
 その思いにたどり着けたのは、両親の祈りと姿に触れてきたからだった。

振る舞いの変化
 働き続けると決めた。時にはステロイドの点滴を受けた後、通勤電車に飛び乗った。
 テーマパークには、人々が喜々として訪れる。迎える自分にとっては、毎日が同じ光景かもしれない。“だけど、お客さまにとっては、そうじゃない”。だからこそ、一人との出会い、一つの言葉に心を配ってきた。
 もちろん無理はできない。それでも笑顔で来場者に声を掛け、手を振った。表情が崩れそうな時は、心の中で題目を唱えた。
 病気になり、初めて意識したことがある。それは、人生には、いつか終わりが訪れるということ。“今”を誠実に生きようと決めた。
 悩みの歳月は、仕事への向き合い方を深めてくれた。今日という日は、二度とこない。目の前の人と共有できる瞬間は、“今”しかない。そう思えば、毎日の景色が輝いて見えた。
 ある日、上司から呼ばれた。
 「急に振る舞いが変わったね。短期間でこんなに成長する人はいないよ。何かあったの?」
 闘病を伝えると、上司は感極まり、目を潤ませた。
 治療を続けながら3年、5年――。腎機能は緩やかに低下し続けた。
 2015年(平成27年)春。体の限界を感じ、仕事を辞めるつもりで上司に相談した。返ってきたのは、思わぬ言葉だった。
 「橋口さんの貢献度はとても高い。あなたの1日は、他の人の5日分の価値がある。だから、辞めずに週1日でも来てほしい」
 治療を最優先し、仕事を減らして働き続けることに。祈っていた通りになった。

全部が功徳です
 脚が不自由な母とは、あまり外で遊べなかった。その分、幼少から絵を描くことが大好きだった。大人になると、時間を見つけてはイラストをSNSで発信。反響が心の支えだった。
 闘病のため家で過ごす時間が増えると、ストーリーを考えて漫画も手掛けるように。自費出版も重ねた。イラストのコンテストで入賞したこともある。描く趣味を仕事にできないかと模索した。
 今年6月、母が自宅で転倒し、大腿骨を骨折してしまう。長女として、親の将来や自分の生活をより考え、決意を定めた。
 “いくつになっても夢をかなえながら、広宣流布のために生きていきたい”
 こう祈り始めた直後の7月だった。SNSにのせていたアドレスに1通のメールが届く。送信元は有名な出版社。内容は漫画家デビューの打診。夢かと思ったが、現実だった。
 編集担当者から評価されたのは、細やかな描線だった。方向性を検討した末、コミカライズ(アニメ・小説等の漫画化)でのデビューが決まる。今秋から、月刊誌で連載が始まった。
 放送の専門学校やCM制作で培ったプロット作成の能力が、ページの構成に生きている。体を安静にする間、効果的なこま割りを研究した努力も、絵の見せ方の素地になっている。
 あらゆる経験が漫画家への道につながっていた。その確信があるから、“もし、病気になっていなければ”とは考えない。今、「全部、功徳なんです」と言い切れる。
 橋口さんは「過ぎていく一日一日に、同じ日はありません。今日より明日の方が、いい絵が描けるんです。遠く離れた人にも、信心の素晴らしさを届けていきたい」と。
 闘病は続く。未来を思うとまた悩む時も来るだろう。
でも――。
 信心さえ揺るがなければ、どんな試練が来ても、幸せな物語を紡いでいける。そう信じている。

2017年12月 4日 (月)

2017年12月4日(月)の聖教

2017年12月4日(月)の聖教

◆今週のことば

充実の地区協議会が
広布推進のエンジンだ。
会場のご家庭に感謝を。
「常に(語)かたりあ(合)わせて」
栄光の年輪を朗らかに!

◆〈名字の言〉 2017年12月4日
 

 6万8000人の従業員を擁する世界最大のスポーツ用品メーカー「ナイキ」。創業者フィル・ナイト氏の自伝(『SHOE DOG』東洋経済新報社)を一気に読んだ▼氏の日本との縁は深い。ビジネスの始まりは“日本製のランニングシューズをアメリカで販売すること”。何度も日本に来て交渉を重ね、販売権を得たという▼その後、独自ブランド「ナイキ」を立ち上げるが、事業は低迷。状況を打開するため、たびたび相談した相手も、日本の経営者だった。ある時、氏が彼の前で“人材不足”と愚痴をこぼした。すると彼は外を指さし、“あの竹が見えますか”と聞く。そして“次に来る時には1フィート(約30センチ)伸びていますよ”と。その一言に、氏は“今いる社員を粘り強く育てよう”と決意。その後、氏の元から今日の発展を支える人材が陸続と生まれた▼いかなる団体も、その盛衰は「人材」で決まる。とはいえ、目先の結果に目を奪われ、育成を焦ってはならない。励ましを絶やさず、粘り強く関わり続ける中で、本物の人材は育つ▼池田先生は「人材育成は、どこまでも、地道な労作業の積み重ねである」と。力ある人材は、わが地域にも必ずいる。そう決めて、縁した使命の同志と共に、伸び伸びと成長しよう。(差)

◆〈寸鉄〉 2017年12月4日

 偏見取り除く仏法の平等
 観に感銘―識者。我らの
 姿で!今日から人権週間
      ◇
 「謗ぜん者は毒鼓の縁と
 なって仏に」御書。希望と
 正義の哲理を堂々と語れ
      ◇
 高知婦人部の日。地道に
 誠実に。清流の如き母達
 の信心で幸の連帯は拡大
      ◇
 全国で流感が流行入り。
 手洗い・嗽しっかり。健康
 第一で本年の総仕上げへ
      ◇
 災害応援の受け入れ―自
 治体7割が規定なし。い
 ざの備えを。教訓忘るな

◆社説  周総理との会見から43年   青年の交流で開く日中友好新時代


 日本と中国の関係を表す言葉は、いくつかある。
 一衣帯水の国――古来、両国は文化を交流する重要な隣国。現在も、日本にとって中国は最大の貿易相手であり、中国国内で日本は進出企業数の第1位となっている。
 近くて遠い国――近代史の不幸な歴史は、両国の国民感情に深い溝を生んだ。言論NPOによる調査では、日本人で9割、中国人で8割近くが相手国に対する印象を「良くない」と答えた(2016年)。
 その一方、日中関係が重要だと考える人も双方で7割を超える。関係を発展させるには、どうすればいいか。識者の多くは、「民間交流の促進が必要」と答える。
 先月、学会青年部の「日中友好青年交流団」が、中華全国青年連合会の招聘で中国各地を訪れ、熱烈な歓迎を受けた。
 交流の原点は、池田先生と周恩来総理の友情にある。
 1974年12月5日、中国・北京で周総理と池田先生の会見が行われた。周総理は両国の友好の未来を、親子ほど年の離れた若き池田先生に託した。先生は、日中友好の未来のため、青年交流に全力を注いできた。
 今回、交流団が訪問した中国人民抗日戦争記念館の李宗遠館長は「学会青年部は、私たちにとって特別な存在です。中日関係が良くない時でも創価学会は変わりません」と語った。
 中国では「飲水思源(水を飲む時、井戸を掘った人の恩を忘れてはならない)」との言葉がある。しかし、時の流れとともに、日中関係における池田先生の果たした役割を直接、見聞きしていない世代が増えている。
 本年、中国・広東省の名門大学などで「自然との対話――池田大作写真展」が開催され、多数の学生らが来場した。
 展示を食い入るように見ていた一人の学生が、後に語っていた。「美しい作品の数々に、作者はどんな人なのか興味が湧いて調べてみると、びっくりしました。中日友好にこれほど尽くす日本人がいたなんて!」
 交流団が参加した「中日青年交流フォーラム」でも、学会の代表が、池田先生の業績や周総理との友誼を語ると、多くの人から驚きと共感の声が寄せられた。
 時の流れは止められない。だからこそ、両国の青年は歴史の真実を学び、語りながら、新しい友情を結ぶ努力を続ける必要があろう。あすは、周総理と池田先生の会見から43年。友好の原点に立脚し、新時代の日中関係を築く誓いの日としたい。

◆きょうの発心   悩みに勝つ要諦は強盛な祈り2017年12月4日


御文
 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ・編880ページ)
通解 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。ますます強盛な信心を貫いていきなさい。

 
いかなる時も唱題し抜いていくことこそ最高の幸せである、との仰せです。
 長女が重度の病を伴った極低出生体重児として誕生。次女は心臓病。その後、三女を授かりましたが、“産むのは難しい”と医師から宣告が――。過酷な現実と真っ正面から向き合い、この御文を拝しながら一心不乱に題目を唱える中で、三女を無事出産でき、全てを乗り越えることができました。
 長女の病に際して、池田先生や同志の皆さまから万感の激励を頂き、“悩みに必ず打ち勝ち、師匠に報告を”と苦しみの心が報恩の心に変化。夫婦共にどんな時でも、唱題に徹した結果、長女は病魔を克服することができたのです。
 一昨年、待望の新「西淀川文化会館」が落成。その感謝の心を胸に、皆で仲良く、明るく、広布拡大に勝利してきました。
 これからも強盛な祈りを根本に、わが地域に幸福と希望を大きく広げてまいります。
 大阪・西淀川総区婦人部長 堀本一恵

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   七十九 2017年12月4日 (6240)



 世界平和文化祭には、テレビ局をはじめ、三十余の報道各社が取材に訪れた。ABC放送は、終了後、直ちにニュース番組で、その模様を放映。祭典は世界平和と生命の尊厳を志向して開かれたものであり、出演者は素人であると紹介した。
 テレビのインタビューに登場したメンバーは、「一人ひとりの人間の可能性を最大に発揮させつつ、世界平和のために貢献しているのが、創価学会の運動です」と胸を張った。
 翌二十九日昼、世界平和文化祭の感動は、シカゴの街に広がった。晴れ渡る空の下、シカゴ市庁舎前の広場で、文化祭の舞台が再演されたのだ。シカゴ市並びに市民の惜しみない協力に感謝しての催しであった。
 市庁舎前には、各界の来賓、招待した老人ホームのお年寄り五百人をはじめ、一万人の市民が詰めかけ、熱演に喝采を送り続けた。
 音楽隊の演奏、イタリア・韓国・ハンガリー・インドの民族舞踊、日本の交流団による勇壮な太鼓演奏や梯子乗りの妙技、オーケストラによるテーマ曲「朝日」の演奏、組み体操では人間ロケットが飛び交う。
 山本伸一と共に演技を鑑賞していた来賓の一人は、満面に笑みをたたえて語った。
 「感動しました。すばらしい文化をありがとうございます!」
 喝采と賞讃の交響曲に包まれて、創価学会は、アメリカの天地から二十一世紀への新しい船出を開始したのである。
 伸一がシカゴから最後の訪問地ロサンゼルスに到着した七月一日、詩人のクリシュナ・スリニバス博士が事務総長を務める世界芸術文化アカデミーは、伸一に「桂冠詩人」の称号授与を決定した。
 後に届いた証書では、彼の詩を、「傑出せる詩作」と評していた。伸一は、過分な言葉であると思った。そして、心に誓った。
 “私は、人間の正義の道を示し、友の心に、勇気を、希望を、生きる力を送ろうと、詩を書いてきた。この期待に応えるためにも、さらに詩作に力を注ぎ、励ましの光を送ろう!”

【聖教ニュース】

◆韓国・京畿道安城市から池田先生ご夫妻に特別顕彰牌 
黄市長「人類の幸福と韓日の友好へ対話と友情の橋を架けた」

本年9月に開館したばかりの平澤希望文化会館で行われた特別顕彰牌の授与式。参加者が祝福のカメラに
本年9月に開館したばかりの平澤希望文化会館で行われた特別顕彰牌の授与式。参加者が祝福のカメラに

 韓国・京畿道の安城市が池田大作先生ご夫妻の日韓友好への多大な貢献をたたえ、「特別顕彰牌」を贈った。授与式は11月23日、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の平澤希望文化会館で行われ、黄銀性市長をはじめ来賓が出席。同国SGIの京畿第1方面の代表が祝福した。
 京畿道の最南端に位置し、瑞雲山や古三湖など美しい自然が広がる安城市。
 古くから真鍮製品の名産地として栄え、この地の職人の技が「アンソンマッチュム」(最適、おあつらえ向き)という韓国語の語源にもなっている。近年、著しく発展を続けており、明年は郡から市に昇格して20年の佳節を迎える。現在は約18万人が暮らし、「市民が幸せな都市」を目指す。
 安城市では長年にわたり、韓国SGIメンバーが国土大清掃運動等のボランティア活動を通して、地域社会に貢献。同志に「良き市民たれ」と呼び掛け、世界平和を願い行動する池田先生のリーダーシップを、同市は高く評価してきた。
 黄市長は、次のように語っている。
 「池田先生は常々、韓国を『文化大恩の国』『兄の国』『師匠の国』と語り、韓国と日本に友情の橋を架けてくださいました」
 「人類の幸福と韓日友好のために、世界中の指導者や民衆と対話を重ねながら、次代を担う青年を育む池田先生ご夫妻。お二人を顕彰できることは、わが市にとって光栄なことです」
 晴れの式典では、婦人部の無窮花合唱団が「安城の歌」などを披露。黄市長から韓国SGIの金仁洙理事長と金暻希婦人部長に、ご夫妻への「特別顕彰牌」がそれぞれ託されると、喜びの大拍手に包まれた。
 顕彰牌には、次のように記されている。
 “人間主義をもとに、世界平和と韓日友好促進に献身的に努力された功労をたたえ、特別顕彰牌をささげます”
 夫妻の平和への信念と市民の幸福を願う心が響き合った今回の特別顕彰。日韓の友情の歴史に新たな一ページが加えられた。 

◆少年少女きぼう合唱祭    首都圏の代表10団体が歌声を披露

首都圏少年少女きぼう合唱祭。富田少年部長、勝岡少女部長、石黒未来本部長が友の成長をたたえた(東京・小平市で)
首都圏少年少女きぼう合唱祭。富田少年部長、勝岡少女部長、石黒未来本部長が友の成長をたたえた(東京・小平市で)

 首都圏少年少女きぼう合唱祭が3日、東京・小平市の創価学園で行われた。これには、池田先生がメッセージを贈り、歌は「希望の源」「勇気の泉」であり、「一人一人の歌声こそ、新しい栄光の未来を開く大いなる光なのです」と強調。良き仲間と明るく、朗らかに歌声を響かせながら、つらいことや悲しいことも吹き飛ばして前進をと呼び掛けた。
 合唱祭は、首都圏1都3県からエントリーのあった130以上の合唱団のうち、録音審査で選ばれた代表10団体が、堂々と歌声を響かせた。
 勉強や読書に挑戦しながら、合唱の練習に懸命に励んできた少年少女部員たち。日頃の感謝や決意の心を歌に乗せ、会場で見守る保護者や担当者ら全ての人に届けた。
 終了後、来場者からは「ステージで一生懸命に歌う合唱団員の姿から、勇気と笑顔をもらいました」「メンバーの目の輝き、純真な心、発する声の響きに、感動で胸がいっぱいになりました」等と感想が寄せられた。
 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉6 全国で「ヒヤリハット配達員会」を開催 皆様の健康と無事故を祈念   明年の前進へ 目標を明確に
 
 
配達員会では、危険箇所の共有のため地図を確認し合うなど、各地で工夫が光る。無事故を勝ち取るのは、真剣な祈りと具体的な対策                                                                          
配達員会では、危険箇所の共有のため地図を確認し合うなど、各地で工夫が光る。無事故を勝ち取るのは、真剣な祈りと具体的な対策

 永石 現在、全国各地で「支部ヒヤリハット配達員会」が開催されています。

 原田(光) 日々、本紙を配達してくださっている尊き「無冠の友」の皆さまに、改めて心より御礼申し上げます。この配達員会は安全への意識を向上し、互いの無事故を啓発し合う大切な場です。

 原田 特に冬季は、日の出が遅く、暗い時間帯の配達が増えます。早朝の冷え込みも厳しく、積雪や路面凍結などによる、転倒事故が起こりやすくなります。今回、配達員会のためにSOKAチャンネルVODに追加された教材では「冬道の転倒予防策」についても詳しく解説しています。

 原田(光) 大切なことは「冬道は滑って転びやすい」という危機意識をもつことです。また、滑りやすい路面を避けて歩くことを心掛けてください。具体的には、雪が降った後、人や車に踏まれる場所は危険です。踏まれることで雪が氷のように固まって、滑りやすくなります。

 永石 靴選びも大事なポイントです。底の部分に柔らかいゴムを使っている、深く細かい溝がついている、など滑りにくい工夫がされている靴を選んでください。歩く際は、かかとから雪面に着けずに、靴の裏全体で踏みしめることで、転倒の防止につながります。

 伊藤 雪がめったに降らない地域が降雪に見舞われると、転倒事故が多く発生するとも聞きました。

 原田 御書には「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(1169ページ)と仰せです。無事故を勝ち取るためには、常日頃から正しい知識を身に付け、警戒を怠らない姿勢が大切です。

 永石 併せて、配達員の皆さまは、健康管理にくれぐれも留意していただきたいと思います。起床後は血流が増えて血圧が上がります。また血液が固まりやすい状態にあり、一日のうちで「朝」が、心筋梗塞が起きやすい時間帯といわれています。

 志賀 今回の配達員会で配布しているパンフレットでは、朝を健康的に出発するための工夫が紹介されていますね。

 原田(光) 「就寝前は不眠を招く可能性があるため、カフェインの摂取は控える」「起床後はゆっくりと起き上がる」ことや、配達前の準備運動などが記されています。身近なことから習慣づけしてください。

 原田 その上で、根本となるのは健康と絶対無事故を祈念する、張りのある勤行・唱題です。

 原田(光) 池田先生はかつて、随筆の中で「毎朝、皆様の『絶対無事故』『健康長寿』を妻と共に、ひたぶるに祈っております。配達員の皆様の無事故・健康こそ、私たち創価家族の願いであり、喜びであります」と無冠の友の皆さまに大激励を送ってくださいました。

 永石 日々、誰も見ていないところで奮闘される皆さまは、広宣流布の真の功労者です。どうか、悪天候の時、体調が優れない時などは決して無理をせず、賢明な配達に努めていただければと思います。

 原田 私たちも、毎日配られる聖教新聞の陰に配達員の方々の労苦があることを断じて忘れず、日頃から感謝の言葉を述べるとともに、健康・無事故を真剣に祈念してまいりましょう。

火災を起こさない

 伊藤 もう一つ、これから特に注意しなければならないのが火災です。先日、保管していた使い古しの電池が「火元」となったケースの話を聞きました。

 志賀 電池のプラス極とマイナス極に金属製品が触れ、ショートを起こすことで、発熱、破裂、発火する恐れがあります。ネックレスやヘアピン、コイン、鍵などの金属製品と一緒に、電池を保管することは絶対にやめましょう。

 伊藤 学会の会館でも、懐中電灯や無線機など、多くの電池を使用しています。電池の保管方法や廃棄
の仕方について正しく知っておく必要がありますね。

 志賀 具体的には以下の3点を全会館で徹底していきたいと思います。①不用になった電池は速やかに廃棄。その際、電池の両極には必ずセロハンテープやビニールテープ等を貼り、電流が流れないように絶縁する②パッケージから出して電池を保管する場合は電池専用のプラスチック製保管容器を用意し、金属製品が混入しないよう、フタをして管理する③牙城会(王城会)の館内点検項目に、電池の管理状況の確認を追加する、です。
 
 永石 これを参考にして、家庭でも十分に気を付けていきたいと思います。

 原田 各人が油断を排するとともに、リーダーが祈り、細部まで心を尽くし、絶対無事故を勝ち取ってまいりたい。

黄金の一日一日を

 永石 これから各地で、明年の目標を決める地区討議やブロック討議が行われます。折伏・弘教、聖教拡大、人材育成の目標などを具体的に定めていくことが大切ですね。

 志賀 地区やブロックなど組織で目標を立てますが、あくまで大事なのは個人の目標です。

 原田 各人が、自身の人間革命、宿命転換を懸け、目標に向けて戦う中で地域広布の伸展があり、強固な組織の基盤も築かれます。

 伊藤 池田先生は、「学会活動のうえで、個人の目標、組織の目標を常に明らかにして、その達成を御本尊に誓い、祈り、目標を成就していくことが大切である」とつづられています。

 原田 広宣流布大誓堂完成5周年に向けての黄金の一日一日を勝ち取っていけるよう、明確で具体的な目標を掲げ、前進していきましょう。

◆〈無冠の宝友 配達員のページ〉 〈池田先生の言葉から〉

 「無冠の友」の地道で尊い行動に支えられ、聖教新聞は読者に希望と勇気を届けることができる。ここでは、池田先生が配達員の同志に贈った言葉を紹介する。

 日蓮大聖人は「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ等)――隠れての善行があれば、善き果報がはっきり現れる――と仰せであります。
 まさしく「無冠の友」の皆さま方こそ、この御聖訓を誰よりも深く、生命で拝しておられます。深く陰徳を積みゆかれる皆さま方の福徳は、無量であり無辺であります。未来永遠にわたって、どれほど偉大な陽報に包まれゆくことでありましょうか。
 どうか、これからも、「無冠」の誇りを胸に、広宣流布の先頭を突き進む「栄光の走者」「完勝のランナー」として、堂々と前進していってください。
 (2004年4月、無冠の友へのメッセージ)
                    ◆◇◆ 
 広宣流布のための「破邪顕正の活字文化」――「聖教新聞」を配っておられる“無冠の友”の皆さまこそ「最高の正義の人」である。
 「聖教新聞」の配達には、それ自体、折伏に通ずる功徳が現れる。永遠の生命から見れば、絶対に「勝利者」となる。究極的な幸福境涯となることは間違いない。
 「配達即折伏」「配達即広宣流布」「配達即友好活動」「配達即拡大」である。 
 どうか“無冠の友”の皆さまは、お体を大切にしていただきたい。寝不足にならないよう、聡明に工夫しながら、「絶対無事故」でお願い申し上げたい。
 「無冠即無事故」「無冠即健康」「無冠即長寿」「無冠即福徳」であれと、私も妻も、毎日、真剣に祈っている。
 (『池田大作全集』第92巻所収)

◆〈世界の体験プラザ〉 韓国SGI 金経日さん  庶民のための公的機関の弁護士
声きな声に耳を傾け幸福を推進  農協や学校に出向き法律講義も


ニュース専門テレビ局が注目
 「被告は原告に対して、金1900万ウォンを支払え……」。昨年5月のことです。ソウルの高等裁判所で、一つの判決が出ました。
 原告は、中学校校舎の階段と、校庭の排水路を修繕した建設作業員5人。被告はその賃金1900万ウォン(約190万円)を支払わなかった業者です。第一審では、残念ながら原告側が敗訴。私は第二審から担当し、最後まで粘り強く臨んだ結果、勝訴することができたのです。
 第一審ではなぜ、敗訴してしまったのか。そこには、少し込み入った事情があります。
 まず大手の元請け業者Aが、零細な下請け業者Bに工事を委託し、下請け業者Bが建設作業員を雇ったのです。その後、業者Bは経営状態の悪化を理由に賃金を不払い。第一審では別の弁護士が、業者Bと共に業者Aも雇用主として提訴しましたが、敗訴しました。
 私が訴訟を引き受けた第二審では、以下の2点に注目しました。
 1点目は、下請け業者Bが無登録業者だったこと。2点目は、下請けが無登録の場合は、元請けと下請け業者が連帯して責任を負う、との勤労基準法(日本の労働基準法)の条文を示したことです。この2点を主張した結果、元請け業者Aにも支払い義務があると認められ、勝訴したのです。
 この判決は、24時間ニュース専門のテレビ局YTNでも取り上げられ、関係者に驚きを持って受け止められました。被告側は上告せず、判決は確定。2年間以上に及んだ裁判は無事に終わり、建設作業員の方々にも大変、喜ばれました。
 実は私は、法律事務所ではなく、公的機関に勤める弁護士です。
 経済的に困窮している人や法律に詳しくない人を救済するための機関で、日本の法テラス(司法支援センター)に似ています。刑事も民事も、あらゆる訴訟を扱いますが、私は、主に賃金の未払いと退職金関連の訴訟を担当しています。
 全ての人が平等に、幸福を追求できる社会を――幼い頃に抱いた夢の実現に向け、今、前進の毎日です。

「英知を磨くは何のため」を胸に
 両親は、私が生まれる前に入会。家にはいつも韓国SGIの機関紙・誌がありました。
 だからでしょうか。小学生の頃、月刊の機関誌「法蓮」で読んだ、リヤカーを引いて苦労する青年の体験が心に残り、その後、社会の不平等と戦う弁護士という職業を知ると、いつしか自身の夢になっていたのです。
 中学時代には、勤行・唱題を実践することで生命力が湧き、勉学に対する意欲が向上することを経験。ところが高校は、屈指の進学校に入ったものの、周囲のレベルが高く、自信を喪失してしまいました。
 大学受験に向けて、国内随一の名門校である国立ソウル大学法学部に行きたいと受験担当の教諭に話すと、「ソウル大学のトイレなら行けるよ」と、相手にもされませんでした。
 しかし、私はどうしても諦め切れず、そこから勉学と唱題漬けの日々。成績も一歩一歩、着実に上がり、入試当日は最高のコンディションで受験できました。400点満点で396点を獲得し、堂々と合格できたのです。
 司法試験はそれ以上の難関でしたが、机の前に張った「法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(御書1352ページ)との御聖訓と、「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」との池田先生の指導に心を奮い立たせ、大学在学中の2005年に合格できました。
 卒業後はソウル大学大学院修士課程(06年~11年)で学びつつ、司法研修院(06年~08年、日本の司法修習に相当)、兵役の代替服務である公益法務官(08年~11年)を経て、11年から現在の公的機関に勤めています。

ソウル大学で法学博士号を取得
 一つの転機となったのは、ある依頼者との出会いでした。「証拠になるような契約書や領収書はありますか」と聞くと、「それがあれば、最初からこんなところには来ないよ!」と怒りだしたのです。
 当初は“ここまで尽くしているのになぜ”と、理解できませんでしたが、SGIの活動でさまざまなメンバーと触れ合うなかで、私の方から依頼者の気持ちを理解し、共感していくべきだと思うようになりました。
 池田先生はかつて、次のようにつづっています。
 「詩人は、なんのために言葉を紡ぎ出すのか」「一人ひとりの声なき声を、願いを汲み上げ、民衆の代弁者として叫びをあげるためではないか!」
 この「声なき声」を聞く作業、同苦することが最も大切だと思い直しました。
 そして「あなたを弁護するために必要なのです。通帳でも日記でもいいです。どうか力を貸してください」と訴え、親身に話を聞くと、依頼人も必ず心を開いてくれることを知ったのです。
今、1年間で受け持つ案件は約800件。現在も200件を並行して進めていますが、一つ一つ心を込めて、丁寧に対応することを心掛けています。
 また法的な知識の普及も大切だと思い、農協や学校に出向いて法律講義も行っています。堅苦しくならないよう、分かりやすく、面白く説明するために、映像や音楽を入れ、クイズも交えるなど、毎回悩みながら、さまざまな工夫を凝らしています。
 さらに常に学び続けたいと、大学院の博士課程にも挑戦。仕事とSGIの活動を終えてから、分厚い法律書を開くのは大変でしたが、毎日、少しずつ挑戦し、本年2月、晴れてソウル大学大学院で法学博士号(商法専攻)を取得することができました。
 今、思うのは、幼い頃、機関誌「法蓮」に感動したのは、この「声なき声」をすくい上げていたからではないかということです。信仰と法律は、次元は異なりますが、私も弁護士として、一人でも多くの幸せのエピソードを
つづっていく決意です。

2017年12月 3日 (日)

2017年12月3日(日)の聖教

2017年12月3日(日)の聖教

◆わが友に贈る

本年の総仕上げへ
幸福と歓喜を広げる
対話に走り抜こう!
自らの誓いを果たし
堂々たる凱歌の歴史を!

◆〈名字の言〉 2017年12月3日

 音楽隊・しなの合唱団が先月26日、「全日本合唱コンクール」の全国大会で熱演。7カ月間の練習でつくり上げた渾身の演奏は、圧巻だった▼大会を目前に控えたある日。練習の合間の休憩時間に、団員同士の会話が聞こえた。「みんなの声がぴたっと合うと、楽譜にはない音が聞こえてくるんだよね」。聞けば「倍音」というものらしい▼空気が振動して伝わる音は、ほとんどの場合、一つの音を出しても、実はその2倍、3倍の振動数を持った音(=倍音)が同時に鳴る。一人の歌声だと小さくて聞き取れないが、合唱になれば音が重なって響くため、通常は聞こえない倍音が、はっきり聞こえるようになるという▼心一つに声を合わせると、多彩で豊かな音が生まれる。まさに合唱の醍醐味だが、そこには「団結の妙」に通じる示唆があるように思える。万事、一人でいると分からない“自分の姿”がある。目標に向かって、仲間と心を合わせて共に進む中で、今まで気付かなかった“自身の新たな可能性”を感じ取ることができる▼一人一人の個性を最大に引き出し、輝かせていくのが「異体同心の団結」。大目的へ共に進む同志の存在がどれほど大切か。さらなる高みを目指して、挑戦を開始した合唱団の友の姿に教えられた。(湧)

◆〈寸鉄〉 2017年12月3日

 広布の為に弾けるような
 題目をあげよ―戸田先生
 勝利の要は強き祈りから
      ◇
 「仏は文字に依って衆生
 を度し給う」御書。言論戦
 担う新聞長の奮闘に感謝
      ◇
 多忙な師走。会合・会議は
 焦点絞り価値的に。メリ
 ハリ付けて前進の勢いに
      ◇
 交通事故、火災の発生率
 は12月が最多―警視庁。
 幹部から注意呼び掛けを
      ◇
 賃上げ企業数が過去最高
 と。実感伴う景気回復へ
 公明よ今こそ死力尽くせ

◆社説  きょうから「障害者週間」 誰もが尊厳を輝かせる共生社会へ


 2020年東京五輪・パラリンピックに向け、大会施設やホテル、交通機関のバリアフリー化が急ピッチで進む。多くの駅でエレベーターやスロープ、車いす対応トイレが増設され、案内表示や音声ガイドなども拡充。障がい者、高齢者をはじめ、外国人も含めた全ての人に配慮した街づくりが当然といえる時代になってきた。
 物理的な障壁(バリア)を取り除くバリアフリーに対し、設計段階から全ての人が利用しやすいものをつくる考え方を「ユニバーサルデザイン」という。そうした思想が広がってきた背景には、長年にわたる障がい者の自立と差別解消への努力があることを忘れてはならない。
 きょう3日は国連が制定した「国際障害者デー」。この3日から9日まで、障害者基本法で定める「障害者週間」となっている。「障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」の実現を目指して設定されたものだ。
 誰もが尊厳を輝かせながら共に支え、共に生きる社会へ――政府は「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を策定し、ハード面の街づくりと共に、ソフト面での「心のバリアフリー」を打ち出した。「障がい」に対する理解を深め、困っている存在に気付き、自然に声掛けができるよう、国民一人一人の行動を促している。
 とはいえ、人の心に思いやりを育み、行動につなげるのは容易ではない。内閣府の世論調査では、日本社会で障がいを理由とした差別や偏見が「ある」と思う人は84%にも上っている。教育・研修を通じた意識啓発の取り組みが最も重要となろう。さらに、無関心から共感へと内面を変革する宗教の役割にも期待が高まっている。
 日蓮仏法は「桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの当体を改めず、そのままの姿で無作三身(本来ありのままの仏)と開きあらわしていくのである」(御書784ページ、通解)と、ありのままの姿で尊極の生命を輝かせていけることを教えている。そして、学会には障がいのある人も、ない人も、互いに尊重し合いながら生き生きと活動に励む姿がある。共生社会の一つのモデルといえよう。
 池田先生は随筆に「今、人類を結ぶ共生の智慧が求められている。万人が自分らしく輝きながら、共に支え合う世界こそが待望されている」とつづった。生命尊厳の哲学を広げゆく使命と誇りを胸に進んでいきたい。

◆きょうの発心   師に呼応し“第2の山口開拓”を2017年12月3日


御文
 なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず(四条金吾殿御返事、1192ページ)
通解 どのような兵法よりも法華経の兵法を用いていきなさい。法華経薬王品第23に「諸余の怨敵は、皆悉摧滅せり」と説かれる金言は決して空しいはずがない。

 
法華経の兵法こそ、勝利への最高の要諦である、と仰せです。
 病気、経済苦など、宿業の嵐が吹き荒れる一家に育った私は、1963年(昭和38年)の入会を機に宿命転換を懸けて学会活動に挑戦。84年10月24日、旧岩国文化会館に池田先生をお迎えしての記念撮影、自由勤行会に参加したことが、信心の原点です。
 還暦をすぎた頃、副総県長として決意も新たに弟子の道を進もうと唱題を重ねる中、池田先生からこの御文と共に激励を頂き、あらためて奮起しました。
 現在、地区部長を兼務する地区で一昨年、昨年とブロック1世帯の弘教を達成。自身も3年連続で御本尊流布を果たすことができました。
 昨年10月、心臓の不整脈が明らかになり、手術を受けましたが、同志の祈りに支えられ乗り越えることができました。今年は上半期に地区でブロック1の折伏を達成し、地域の同志は意気軒高です。
 次代の広布を担う青年部の激励に全力を注ぎ、東山口戸田総県から“第2の山口開拓指導”の大きなうねりを起こす決意です。
 東山口戸田総県主事 横田周昌

◆E-1グランプリへの池田先生のメッセージ
可能性を引き出す鍵は「勇気」   勤行・唱題で挑戦の炎を燃やせ

 世界平和の偉大なリーダーと育ちゆく宝の皆さん、第3回「未来部E―1グランプリ」、誠におめでとう! Congratulations!
 皆さんが、忙しい日々に、心を合わせ、力を合わせて、懸命に練習を重ねてきてくれたことも、よく分かっています。陰に陽に、この晴れ舞台を支えていただいているご家族や担当者の方々にも、心より御礼申し上げます。
 皆さんは、今回、若き世界市民として宇宙の旅を演じてくれています。私も一緒に、ロマンに満ちた大冒険を楽しむ思いで、一切を見守っています。
 宇宙というと、思い起こす大切な友人がいます。人類初の女性の宇宙飛行士となった、ロシアのテレシコワさんです。幾たびもお会いし、宇宙と人生と平和をめぐって語り合いました。テレシコワさんは、3歳でお父さんを亡くし、10代から工場で働かねばなりませんでした。そうした苦労の中で、学び抜き、鍛え抜いて、ついに宇宙に羽ばたく夢を実現したのです。
 彼女は語っています。
 「人間ひとたび何かを心の底からやりとげようと思い、この志に全力でとりくむならば、必ず目的を達するものだと思います」(宮崎一夫訳『テレシコワ自伝 宇宙は拓かれた大洋』合同出版、現代表記に改めた)
 宇宙は無限です。その大宇宙と同じように、限りない可能性が、皆さん一人一人の生命の中に秘められています。それを引き出す「鍵」は何か。まさに、テレシコワさんが言う通り「心の底からやりとげよう!」という「勇気」です。大いなる理想と夢を実現しゆく粘り強い「行動」です。そして、この挑戦の炎を燃え上がらせる「生命のエンジン」こそが、日々の勤行・唱題なのです。
 どうか皆さんは、人類の幸福と平和の未来へと飛翔しゆく「創価号」の若き船長として、栄光かがやく使命の青春を、思う存分、前進していってください。 
 さあ、ディスカバリーホールから新たな出発です。
 You are the hope for humankind. Be the one who lights up the whole world
 with the heart of a lion king!(君たち、あなたたちこそ、人類の希望である。師子王の心で、全世界を照らしゆく人たれ!)と申し上げ、私のメッセージといたします。
 風邪をひかないように。皆さん一人一人の健康と成長、そして大勝利を信じ、祈っています。
 Thank you very much!

【聖教ニュース】

◆カナダで人権教育巡る国際会議 SGIがワークショップ   会場で展示会も

人権教育の専門家が参加して行われたワークショップ。SGI国連事務所ジュネーブ連絡所のガゾッティ氏が司会・進行を務めた(モントリオール市内で)
人権教育の専門家が参加して行われたワークショップ。SGI国連事務所ジュネーブ連絡所のガゾッティ氏が司会・進行を務めた(モントリオール市内で)

 人権教育に関する国際会議が11月30日からきょう12月3日(現地時間)まで、カナダのモントリオールで開かれ、SGI(創価学会インタナショナル)の代表が出席している。
 「私たちの多様性に橋を架けて」をテーマにした同会議は、カナダの人権教育団体「エクイタス」をはじめ、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)など6団体の主催によるもの。政策立案者や実務者、学者、NGO(非政府組織)など約350人が参加した。
 このうち1日には、国連NGO「教育の権利と自由」とSGIの主催によるワークショップが行われた。
 人権教育は学校のみで行われるものではなく、あらゆる世代の人が生涯を通じて関わるべきものであることから、今回のワークショップでは学校のカリキュラム外のノンフォーマルな場で用いられる教育ツールの効果と可能性を巡り議論した。
 ここではSGI国連事務所のエリザ・ガゾッティ氏が司会・進行を務め、そうしたツールの一つとして、SGIなどが3月にスイスで公開した展示「変革の一歩――人権教育の力」を紹介した。
 続いて、人権教育の先駆者であるナンシー・フラワーズ氏が登壇。自らが人権教育に携わる契機となった体験を語った。
 アメリカ・ミネソタ大学のクリスティ・ルデリウス=パルマー氏は、ノンフォーマル教育のツールの活用について発表。体験談やエピソードを語る「ストーリーテリング」の手法の効果を強調した。
 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」のバーバラ・ウエーバー人権教育部長は、人権教育を実施する際には、その成果を明確にすることが必要であると指摘。同団体の取り組みを通し、目標を設定してプログラムを企画する重要性を述べた。
 その後、小グループに分かれてディスカッションが行われ、ノンフォーマル教育のツールの効果と可能性について活発な意見交換が行われた。
 また、国際会議の期間中、「変革の一歩」展の英語版とフランス語版が会場内に設置され、多くの会議参加者が観賞に訪れた。 
 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆第3回「未来部E-1グランプリ」全国大会
 

 
第3回「未来部E―1グランプリ」の全国大会に出場した、代表10チームが記念のカメラに。各チームが信心を磨き、努力と笑顔の輝く演技を披露した。今夏、“E―1”には全国から約8000点の応募があり、多くの友が世界市民を目指して鍛えの道を歩んだ(創価大学で)
第3回「未来部E―1グランプリ」の全国大会に出場した、代表10チームが記念のカメラに。各チームが信心を磨き、努力と笑顔の輝く演技を披露した。今夏、“E―1”には全国から約8000点の応募があり、多くの友が世界市民を目指して鍛えの道を歩んだ(創価大学で)

 未来部員の希望とロマンに満ちた第3回「未来部E―1グランプリ」の全国大会が11月26日、創価大学ディスカバリーホールで行われた。ここでは、大会に寄せられた池田先生のメッセージを掲載。また、大会に出場した10組のうち、東京・村山総区「Smiles」、四国から初出場した愛媛池田東県の「Peace & Smile」を紹介する。

東京・村山総区  4人の特技を生かしユニークな舞台を
 全国大会に出場したチームのうち、小・中・高の男女混合で構成されている東京・村山総区の4人。
 佐藤正吉さん(高校1年)、久保緑さん(中学1年)、仲田里奈さん(小学6年)、高橋凪咲さん(同)は、さまざまな音楽にせりふ、ダンスを合わせたミュージカル風の寸劇を発表した。
 ”どのチームもやったことのない劇に”と、リーダーの佐藤さんを中心に意見を交わし、方向性を決めた。さらに、バレエや歌など、随所にメンバーの特技や興味・関心のあるものをちりばめ、皆が楽しく演じられるようにした。
 積極的に取り組む未来部員の姿に各部の友が刺激され、英語や演出指導、小道具や衣装の制作など各分野で熱を入れて応援した。
 メンバーは”自分たちは、多くの人たちに期待され、支えてもらっているんだ!”と実感。自然と感謝する心が育まれた。
 ”ミュージカル”という新たな挑戦に、自身の壁にぶつかりながらも、表現力を磨き、無限の可能性を広げたメンバーたちは、思いを語ってくれた。
 「少しずつ自信を持てるようになりました! 大きな声を出せるようになり、笑顔でいる時も増えました」「日常生活から英語を取り入れ、語学に挑戦していきます」

愛媛池田東県  世界市民とは何か 話し合い深める
 「世界市民になるには」とのテーマで行われた今回のE-1グランプリ。
 愛媛池田東県の正木良美さん(高校2年)、新崎智子さん(中学2年)、末廣純子さん(同)、羽田久留実さん(中学1年)のチームは登場人物の一人に米国ハワイの女性を選んだ。
 彼女たちは「世界市民」について考えを深めるため、池田先生が「未来ジャーナル」で連載していた「未来の翼」や小説『新・人間革命』を読み合った。その中で、先生が世界広布への第一歩をしるした地が戦時中、激戦地となったハワイであることを学んだ。
 最も苦しんだ人々こそ、最も幸せになる権利がある――先生の心に触れ、劇は平和に関する内容に。時間をかけて研さんし、話し合ったことで、演技への思いが深まり、集中して練習に臨むことができた。
 四国から初出場となった同チームは、今回、多くの人に支えられ、当日を迎えた。メンバーは「創大での大会に出場し、池田先生に見ていただく思いで最高の演技ができました」「”E-1”を通じて英語の成績が上がり、授業中、発音も褒められるようになりました」等と口々に感動を述べた。
 彼女たちは、演じた劇の中で、世界市民になるため、こう決意を語った。
 「平和な社会にするために、みんなを尊敬できる人になって、人々を笑顔にしたい。まずはクラスで一人ぼっちでいる子に、笑顔で声を掛けることから始めるよ!」

◆〈世界の「地区」を訪ねて〉 タイ 
微笑みの国に咲く17万人の笑顔

使命の道を喜び歩むシリントーン地区の友(タイ東北部のシリントーンダムで)
使命の道を喜び歩むシリントーン地区の友(タイ東北部のシリントーンダムで)

 「地区」は広布の起点。今日も世界の幾万の地区で、希望と勇気のドラマが生まれている。本年、17万人の連帯へと発展を遂げたタイでは、近年、地方で広布の伸展が目覚ましい。北部、東北部、南部の地区を取材して感じた点を紹介したい。

①広布の主役は私! 自身の目標を明確に

 ラオス、カンボジアと国境を接するタイ東北部・ウボンラーチャターニーのシリントーン地区を訪ねた。
 この地で最初に御本尊を受持したのはトーンダム・シリノンさん(写真、支部長)。農業を志し、1987年に片道切符で同地へ。知人から信心を勧められ、見よう見まねで机に花と水を供え、勤行を始めた。
 トーンダムさんは読み書きが得意ではない。12人きょうだいの2番目。弟妹を学ばせるために小学校を4年で中退した。知人をまねて近隣に仏法を語るが、耳を傾ける人はいなかった。
 壁に向かっての勤行は23年間続いた。くじけそうな時は、知人がくれたSGIの機関誌をめくった。
 トーンダムさんは機関誌を「ゼンチシキ(善知識=善友)」と呼ぶ。内容は分からなかったが、いつか写真のような笑顔になれると信じ、愚直に題目を唱えた。
 2010年、トーンダムさんは知人との再会を果たし、念願の御本尊を受持。同志の存在のありがたさを身にしみて知るトーンダムさんの対話と激励で、地域広布は瞬く間に伸展した。
 翌年にブロック、その翌年に地区、本年4月に支部に発展。トーンダムさんもブロック長、地区部長を務めた。現在、同地区では69世帯231人が活躍する。
 「地区では、1年の折伏の目標をどう決めているのでしょうか?」。オーラサー・ソンマニー支部婦人部長は、「一人が一人を折伏――これしかありません。50世帯の地区なら、もちろん目標も50です」と。
 「対話した結果、御本尊流布につながらなくてもいいんです。でも自分が語らなければ意味がない。人生の主役は自分。折伏は誰もができる仏道修行ですから」

②共に学び共に語る 「新たな力」が躍動

 シリントーン地区では、御本尊授与式の会場が、400キロ離れたウドーンターニー会館のみとなる。年2回の授与式には、バス数台を借り切って向かう。
 授与式は日曜日の午前10時から。ウボンラーチャターニーの友は、前日の午後7時に出発する。
 バスには新会員の家族や友人も同乗するのが通例という。乗客がそろい、バスが出発すると、「初信の功徳」の体験発表が始まる。次々に語られる“信心のビフォーアフター”に、バスの運転手が入会を希望したこともある。
 会館に到着した友を、牙城会が合掌の礼で迎える。ウドーンターニー会館には数十台のバスが駐車可能だが、夜が明ける頃には駐車場もいっぱいとなる。
 10月29日の授与式では、東北部の友800人が入会し、御本尊に備わる偉大な功力について学んだ。
 タイでは、少人数で学ぶ「グループ」の活動が、婦人部だけでなく壮年部でも活発である。新会員は、そこで日蓮大聖人の仏法を徹底して研さんする。
 仏教国のタイでは、「宿命」や「業」といった概念はなじみ深い。だが、それが「宿命転換」につながる実感はなく、どこか別の世界の話に思えるという。
 タイ語版の『法華経の智慧』や池田先生の御書講義を通し、個々人の体験と照らし合わせながら、宿命転換の法理を深め合う。
 新会員は、座談会の司会を積極的に担当するなど、一参加者ではなく、広布の主体者として活動。5月に12万人が来場した「法華経展」には5000人のスタッフが携わったが、その多くが新会員の友だった。

③全ては「祈り」から 異体同心の題目で

 取材中、特に同志の純真さを感じたのが、「御本尊を受持した瞬間の感想」を聞いた時だ。何人かは、その時を思い出し、感極まって声を詰まらせていた。
 どれほどの思いで御本尊を受持し、一遍の題目に心を込めているか――まさに「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)の姿に、教えられる思いだった。
 とともに、毎日の唱題の数を、皆が克明に記録していることに驚いた。
 男子部では、昨年の唱題目標より2割増やそうと具体的に掲げた。例えば1日の目標が60分だった人は、72分を目指している。
 SNSの活用もタイの友の特徴だ。タイでは4000万人がLINE(無料通信アプリ)を使用。日本に次いで利用者が多い。
 北部チェンマイで男子部の部長を務めるナンタコーン・チャルーンタキンさんは、日々、部員と唱題時間をLINEで共有。部としての唱題目標を立て、題目の渦を巻き起こしている。
 また、地区で皆が集まって祈る時も、それぞれに具体的な意義が込められているのが印象的だった。
 例えば、シリントーン地区では、月曜は「正義のため」、火曜は「友の幸せのため」、水曜は「婦人部・女子部発展のため」、木曜は「未来部のため」、金曜は「壮年部のため」と。
 1992年に池田先生がタイを訪問した時、女子部は1年間で25億遍の唱題を達成し、各人が自身に打ち勝った姿で師を迎えた。
 異体同心の題目への確信が、今に受け継がれている。

④万人成仏の下種仏法 大確信で種を蒔く

 プーケット等で知られるタイ南部でも弘教が進む。
 プラチュワプキーリーカンのある地域は、2003年に初の学会員が誕生し、現在は808世帯2053人の本部に発展している。
 漁師のチャイナロン・ノーイポンさんは、題目の功力に歓喜し、入会を決意。その体験を近所の友に語って回り、友人3人と共に御本尊を受持した。さらに友人が友人を折伏し、信心の輪は70人に。
 「これまで何人の方に仏法を語ったんですか?」と尋ねると、「覚えていないよ。いつ誰に会っても、種を蒔くつもりで信心のことを話すから」と。
 折伏というと堅苦しく考えがちだが、チャイナロンさんは、友人の幸せをいつも祈っているから、肩肘を張らずに話せるという。
 新会員の入会理由の多くが、「いろいろな人から信心を勧められたので」。地域の一粒種であるパイブーン・タンマウィスット本部長は、「多くの人から折伏を受けると、動執生疑(より大きな価値観へ目を開かせること)が強まります」「悩みのない人はいません。万人成仏の仏法ですから、会う人全てに伝えます」と。
 下種には、相手が即座に発心する「発心下種」と、すぐには発心しない「聞法下種」がある。いずれも最高に尊い「如来の事」であり、その功徳は変わらない。
 「折伏すると、心が充実し、幸福を感じます」と話すのは、ノンヌット・トーンフアーンさん(2013年入会、女子部部長)。
 唱題で、悩みの日々が一変。“まだ信心も分かっていないのに、こんなに功徳を頂いて申し訳ない”と、御本尊を受持する日までに1000人への下種を決意し、その誓いを果たした。

⑤合言葉は「報恩」 あふれる師弟の心

 タイの新会員は池田先生に会ったことはない。しかし、どの友も、先生がいつも身近にいるかのように、生き生きと先生のことを語ってくれた。
 一昨年に入会したサハラット・ウィワッタナーノンさん(男子部部長)は、母の病を克服し、確信をつかむ。就職試験では200倍の競争率を突破。家族のために家も購入できた。
 「身の周りに起きることは、全て信心を強くするための試練であり、チャンスであると確信できるようになりました。題目を唱えさせてくれる全ての事柄に感謝しています」と振り返る。
 サハラットさんは、先生の『青春対話』を題材に、学生600人を招いて講演会も。縁する全ての人に先生の哲学を伝えたいと語る。
 タイ広布は、法華経の真髄を教え伝えた先生への、感謝の歩みそのものだ。70年代、政情不安で戒厳令が敷かれ、5人以上で集まれない中、先生は“常識豊かに”“逆境に負けるな”と励ましを送り続けてきた。
 そして、歓喜の輪は今や17万人の連帯となった。
 今回の取材で一番耳にした言葉、それは「報恩」である。「一人でも多くの人に信心を伝えたい。それが信心を教わった池田先生への報恩です」。50人ほどの方に体験を伺ったが、全員が異口同音に語っていた。
 ある女子部の友は「数え切れないほどの功徳を頂きました。でも今は、先生を知ったこと、何より、この人生で先生と師弟の絆を結べたことが、一番の功徳と実感しています」と。
 世界広布とは「師弟の心の広がり」。先生の心に連なりゆく限り、自身と広布の未来は洋々と開ける。
 タイの同志の微笑みが、そう教えてくれた。

◆〈信仰体験 ターニングポイント〉 大手電機メーカー勤務 金田美智代さん
声をつないで花開かせる

 マーケティングの部署で電子レンジの担当になったのは、2011年(平成23年)。金田美智代がパナソニックに入社して、3年目のことだった。
 「レンジでチン」が表す性能は、「加熱」だけではない。生や冷凍の食材から、ワンタッチで「調理」できる時代。開発競争が進み、同社でも、フラッグシップモデル(最上位機種)には約400ものメニューがプログラムされている。
  だが担当を引き継ぐ際、美智代は意外な事実を知らされた。
 「(売り上げが)少し厳しいんだよね」
 高価格帯の製品が、伸び悩んでいる。美智代は、小売店を回る営業担当者へ、ヒアリングを始めた。
 「どんなふうに商品を語っていますか?」
 「うーん、どうしても冷蔵庫とか大物の商談後になりがちで、あまり話ができないというか……。製品の説明も、なかなか難しくて」
 店頭販売に立ったことのある営業からは、こんな声も。「主婦のお客さまがすごくお詳しいので、“自分には答えられないんじゃないか”と不安で、トークも弾まないんです」
 営業の多くは男性で、料理の経験があまりない。レンジと男性は相性が悪いのか……。
 「そんなことないですよ」と言う人がいた。商品研修を行う男性社員だ。商品愛にあふれ、開発部門にまで名をとどろかす電子レンジマニアである。目を輝かせて語ってくれた。
 「一緒に料理すると、営業の人も“こんな簡単なの!?”って感動してくれます。店頭でも一緒に実演販売しましたが、お客さまとの会話も弾み、売り上げが伸びました。実際、うちの製品はすごいですから!」
 多くの声を集め、つないで、美智代は考える。上司に、ある提案をした。
 「電子レンジで料理を作る研修プログラムを、全国で実施したいと考えています」
 こうして「キッチン部」がスタートした。全国約1000人の営業担当者を、社内資格である「キッチンマイスター」に育てる取り組みだ。
 不安もあった。営業担当者にとって、仕事量が増えても、給料が増えるわけではない。レンジで調理する感動だって、全員が抱くかどうかは未知数だ。
 “もしも、うまくいかなかったら……”
 出勤前、帰宅後、美智代が欠かさず向かったのは、自宅にある御本尊だった。創価学会の信仰に励む両親を見て育ち、進学や就職、多くの場面で祈りの力を実感してきたから。
 仕事は、先が見通せない状況。祈り続ける中で、その受け止め方が変わった。
 “この状況を、思いっきり、楽しんでいこう!”
 自分の視界が、大きく開けた気がした。
 大好きな、池田先生の指導がある。
 「真剣と深刻とは違う。勇敢と悲壮とは違う。大勇の人は、明るい。確信の人は、冷静である。知性の人には笑顔の余裕がある。まさしく闊達な『笑い』こそは、不屈なる『心の勝者』の証しである」と――。
 多くの課題が生まれたが、向き合うことが楽しくなった。いつも笑顔で朗らかに、“どんな壁も、来るなら来い!”。
 職場では、各地のキッチン部責任者と対話を重ねていった。何のために、この取り組みがあるのか?
 「“レンジで調理するという文化”を社会に届けたい。それによって、働く女性に休む時間ができる。お母さんが、子どもと遊べる。お父さんが“クッキングパパ”になれる。生活を豊かにする、そんな手助けがしたいんです」
 上司をはじめ、多くの責任者が動いてくれた。そこには創業者・松下幸之助氏の精神が共有されていた。“社会に貢献した報酬として、社会から与えられるのが利益である”――。
 努力は、結果となって花開いた。高価格帯電子レンジの売り上げは、2年連続で2桁成長の伸びを記録。営業マンからも「調理は楽しいですね。プライベートでも、レンジで家族に唐揚げを作りました」と、喜びの声が寄せられた。
 電子レンジから始まった「キッチン部」は、炊飯器、ベーカリーなどにも幅を広げ、営業マンに親しまれている。
 美智代は、社内規定の最年少の年で昇進を果たした。異動を経て、現在は商品企画の仕事を担う。
「いつの日か、家電で開発途上国の生活を豊かにするサポートがしたいと思います」
 家電製品の多くは“必欲品”。経済水準に余裕がないと普及していかない定めにある。
 だが彼女の夢は、その限界を超えていく。

彼女の原点
「秀才とは、人の5倍の勉強家なり」
 創価大学の入学式で聞いて以来、美智代が自らの指針と決めた、池田先生のスピーチだ。
 就職活動の時は、小説『新・人間革命』第15巻の「創価大学」の章を読んだ。――創大の草創期、創立者の池田先生は、何度もキャンパスへ足を運んだ。秋の「創大祭」では、就職活動に挑む 1期生のため、企業の代表など来賓一人一人に声を掛け、名刺交換を。
「(1期生へ)ご指導、ご尽力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」。先生は、深々と頭を下げて回った。噴き出した汗を、スーツの襟にまで、にじませながら――。
 創立者の学生に対する心を知り、美智代は決意した。“今度は私が、先生の名刺の1枚となって、同窓生たちと一緒に、社会の信頼を得る青年になる”
 単に“自分が認められたい”という功名心では、キッチン部は成功しなかったと思う。応えたい師匠がいるからこそ、「持っている以上の力が出せた」のだと。

かねだ・みちよ 京都市在住。創価高校・大学に学び、大学卒業後、パナソニックに就職する。東京でマーケティングの部署に配属され、ミキサー、ホームベーカリー、電子レンジなど調理家電の担当を。「キッチン部」や一般顧客向けの料理体験教室など、数多くの取り組みを手掛けた。現在は昇進、異動を経て、コーヒーメーカーやトースターの商品企画を担う。女子部本部長。塩小路支部。

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