2012/5/24(木)
1、南米・パラグアイ独立記念日パレード 音楽隊・鼓笛隊が熱演
南米・パラグアイの独立記念パレードが14日、同国南部エンカルナシオン市で行われ、音楽隊・鼓笛隊が祝賀の演奏を披露した。
本年、独立201周年のパラグアイ。昨年の200周年記念パレードに続いて、市の要請を受けての出演となった。
音楽隊・鼓笛隊の行進が始まると、アナウンサーがSGI(創価学会インタナショナル)の平和貢献を紹介。沿道の市民から盛んな喝采が送られた。
パレードの模様は同国のテレビ3局、新聞、ラジオ等で報道。
同日、独立記念の式典が市内で行われ、フアン・スマルコ市長からSGIへの感謝の言葉が寄せられた。
2、わが友に贈る
人と比べるより
自分に勝つことだ!
昨日よりも今日
今日よりも明日へ
成長の日々であれ!
3、名字の言 どんな苦難をも成長の糧とできる人が、幸福な人である
コオロギの研究者から話を聞いた。生野菜だけをエサとする“贅沢コオロギ”から、飼料だけをエサとする“貧乏コオロギ”まで、5通りのエサの与え方をする▼①常に贅沢②基本的に贅沢で、たまに貧乏③贅沢と貧乏が半々④基本的に貧乏で、たまに贅沢⑤常に貧乏――このうち、一番生命力が強いのはどれか。答えは④。飼育箱のふたを開けた途端、部屋中を跳びはねるほどだという▼近年、ストレス社会の影響で抑うつ的な症状に悩まされる人が増えている。長期間にわたってオーバーワークが続くと、精神的に弱ってしまう。しかし逆に、全くストレスのない状態だと、頑張らなくても生きていけるため、生きる意味が見いだせなくなり、その結果、やはり元気を失ってしまう▼ストレスにも、自身を高めるきっかけとなる良いストレス(ユーストレス)と、弱くする悪いストレス(ディストレス)がある。そして、同じ環境でも、それが良いストレスか悪いストレスかは、心の状態で決まってくる▼仏法では「煩悩即菩提」と教える。苦難や逆境のない人生はない。御本尊という「生命の鏡」に照らして自身を見つめ、心を磨き、強くしていきたい。どんな苦難をも成長の糧とできる人が、幸福な人である。(共)
4、若き君へ 新時代の主役に語る 第4回 新社会人に贈る 〔下〕
じっとこらえて今に見ろ!
私の宝は「妙法」と「師弟」 そして「誠実」です。 どこまでも誠実一路で行こう
──今は派遣社員やアルバイトなど、非正規の雇用が増大しています。社会的にみると、非正社員の割合は全体の3分の1以上に達していますし、特に、10代後半の若者の非正規雇用の比率は、近年では、実に7割以上とも言われています。
こうした非正規雇用においては、給料や社会保障などの待遇面で、正規雇用とは大きな差があることが指摘されています。
ただ反対に、正社員になったばかりに、過酷な長時間労働が待っていたというケースもあります。
池田名誉会長 青年を大切にしない国に未来はない。若者が希望を持って働いていける社会を、真剣につくっていかなければなりません。これは最重要の課題です。
不安定な立場で、先の見えない中、働かねばならない苦しさは、痛いほど分かります。
次元は異なりますが、戦争中、10代半ばの私は、鉄工所で旋盤工を務めました。
血豆や切り傷、小さな火傷などは日常茶飯事で、危険と隣り合わせの仕事です。油にまみれ、汗だくになり、神経を鋭く張りつめながら、懸命に働き通しました。
本当にきつい仕事でした。
この時、体で覚えた機械工作の基礎的な技術は、その後、直接、生かす場面はありませんでした。しかし、人生を深く思索していく上で、また苦労している仲間の気持ちを知り、励ましていく上で、どれだけ役立ってきたか、計り知れません。どんな労苦も決して無駄にはならないことを、私は断言できます。
いわんや、皆さん方は「御みやづかいを法華経」(御書1295ページ)と決めた、偉大な使命の青春です。今、どこで、どのように働くとしても、それは必ず広宣流布に連動していきます。
自分で決めたところが、自分の“使命の舞台”となり、“人間革命の道場”となります。
「足下に泉あり」です。まずは今いる職場で、「自分らしく戦い切った」という努力と結果を残していくことです。
そこから、勝利の人生を絶対に開いていけるからです。見てくれている人は必ずいます。
また、自営の家業を継ぐために働き始めた人もいるでしょう。
「はたらく」とは「はた楽」、つまり「はた(周囲)の人を楽にすること」だと言われてきた。働いてお父さん、お母さんに喜んでもらうことは、最高の親孝行です。最高の人間の振る舞いです。偉大なる仏法の実践です。
食を支え、命を育む農業・漁業を継いだ、わが農漁光部の頼もしい青年たちも、本当によく奮闘してくれている。厳しい社会情勢のなかで、地域になくてはならない「希望の灯台」と光っています。
──池田先生が19歳で戸田先生にお会いした直後に詠まれた詩「希望に燃えて」を支えにして、頑張り抜いてこられた先輩方のお話をうかがいました。この詩は、今の私たちにも、何よりの励ましであり、不変の指針ですので、ここで朗読させていただき
たいと思います。
希望に燃えて 怒濤に向い
たとい貧しき 身なりとも
人が笑おが あざけよが
じっとこらえて 今に見ろ
まずは働け 若さの限り
なかには 侮る者もあろ
されどニッコリ 心は燃えて
強く正しく わが途進め
苦難の道を 悠々と
明るく微笑み 大空仰ぎや
見ゆる未来の 希望峰
ぼくは進むぞ また今日も
名誉会長 ありがとう。
思えば、日蓮大聖人の門下も、逆境をはね返して、職場で勝利の実証を示してきました。
四条金吾は、正しき信仰ゆえに同僚から讒言され、冤罪で所領没収の危機に陥るという窮地に追い込まれました。しかし、大聖人の御指導通りに、祈り、行動して、最後は逆に、それまでの3倍の所領を主君から授かりました。
大聖人は、金吾の振る舞いについても、こまやかに御指南されています。
「あなたは短気であるから、火の燃えるようなところがある。必ず人に足をすくわれるであろう」(同・1169ページ、通解)
「あなたは確かに怒りっぽい相が、顔にあらわれている。どんなに大事と思っても、短気な者を諸天は守らないということを知りなさい」 (同1171ページ、通解)
厳しくも、温かい御指導です。大聖人からのお手紙を読んで、金吾が冷や汗をかいていた様子が、目に浮かぶようです。
さらに大聖人は、金吾に対して次のようにも言われている。
「世間が過ごしにくいというようなことを嘆いて、人に聞かせてはならない。もし、そのようなことをするならば、賢人から外れたことになります」(同1173ページ、通解)
「グチをこぼすな!」と誠められているのです。
このお手紙では、「主君のためにも、仏法のためにも、世間に対する心がけについても、非常に立派だと、鎌倉の人々の口々にいわれるようになりなさい」(同ページ、通解)とも仰せです。
職場で、広布の舞台で、社会で、全てに勝利しゆけ! 皆から讃えられるような実証を示すのだ! との御本仏の励ましです。
皆さんの多くの先輩たちも、この御文を自分に与えられたものと受け止めて挑戦してきたのです。
さらに大聖人は、「心にふかき・えうじん(用心)あるべし」(同1176ページ)等と、繰り返し繰り返し「油断大敵」ということを強調されています。師匠とは、弟子を勝たせるために、あえて厳しく叱咤してくださるのです。
優れた勇気や才能とともに、多くの欠点も持っていた、人間味あふれる金吾が、何ゆえに仕事で勝利できたのか。
それは、信心根本に師匠の指導通り真っすぐ実践したからです。
とりわけ、金吾は、どこまでも仕事に誠実でした。
大聖人は、金吾の所領加増の報告に対して、「陰徳あれば陽報あり」(同1178ページ)と仰せになられ、「あなたが正直な心で、主君の後生をお助けしたいと思う真心が強く、信心を貫き通してきたので、このような功徳を受けることができたのです」(同ページ、通解)と讃えられています。
欠点がない人などいない。仕事で壁にぶつからない人もいないでしょう。いじめや嫌がらせなどもあるかもしれない。
しかし、自分らしく、信心を根本に、大誠実に徹していけば、全てを生かして、必ずいい方向に転じていくことができる。仕事で勝ち、信頼を広げることができる。これが、妙法です。
私には三つの宝があります。
一つは、この偉大なる「妙法」です。また「師弟」すなわち師匠である戸田先生と、愛弟子である君たちです。そして「誠実」です。
どこまでも「誠実一路」で行こう! 朗らかに堂々と勝とう! 仕事で。人生で。
みんな、私の弟子なのだから。最後は必ず勝てる!
5、小説「新・人間革命」人材城 38
牧口常三郎は、一九一三年(大正二年)に赴任した東盛尋常小学校をはじめ、大正尋常小学校、西町尋常小学校、三笠尋常小学校、白金尋常小学校、麻布新堀尋常小学校で、校長を歴任することになる。
牧口が最初に校長として赴任した、東盛尋常小学校は、東京市北部に位置する下谷区の龍泉寺町にあり、貧しい家庭が多く、文房具を持っていない児童も多かった。彼は、文房具を一括購入し、市価より安価で配布するなど、心を配らねばならなかった。
牧口は、東盛、大正、三笠、麻布新堀の各校では夜学校の校長も兼任していくことになる。夜学校は、昼間、労働しなければならない貧困家庭の児童が通えるように、尋常小学校に併設された学校である。
彼は、すべての子どもに愛情を注いだが、貧しい子ども、悩める子どもには、特に心を砕いた。また、権力に迎合し、身の安泰を得るような生き方を嫌った。
東盛尋常小学校で大きな教育実績を残した牧口は、隣町に新設された大正尋常小学校の校長となり、その夜学校の校長も兼務する。ここも、貧困家庭が多く、読み書きができない親もいた。就学率は低かった。牧口は、自ら児童の家を家庭訪問し、「学校なんか、行かないで働け!」という親を、説得して歩かねばならなかった。
この大正小で、ある時、地元の有力者が、自分の子どもを特別扱いするように、校長の牧口に頼みに来た。断ると、その有力者は、東京市政を牛耳る大物政治家に、牧口の排斥を要請する。
牧口には、“教育にかかわりのない者が権力にものをいわせて教育に口を出すべきではない”という、一貫した強い信念があった。大物政治家は、前々から、それが面白くなかったようだ。そこで、地元有力者の意向を聞き入れ、牧口を左遷する。
権力におもねらず、信念を貫こうとすれば、迫害という嵐が競い起こる。それに負けぬ強さをもつことこそ、改革者の条件である。
6、座談会 師弟の大道を歩む 近隣友好は誠実な行動から
「御書全集」が発刊60周年
吉井 4月28日の「立宗の日」は、『御書全集』の発刊記念日でもあります。今年は60周年という大きな佳節を迎えました。
正木 1951年(昭和26年)5月3日に第2代会長に就任された戸田会長が、まず着手されたのが、日蓮大聖人の御精神を伝える新たな御書の発刊事業でした。
原田 学会が戦時中に弾圧を受けた際、退転者が多く出たのは教学がなかったからである――戸田会長はそう考え、徹して教学に力を入れられました。
西山 確信のない信心は、困難にぶつかったときに弱い。教学に裏付けられた大確信があってこそ、いかなる障魔も乗り越えられます。
原田 御書発刊は、人類を救済しゆく日蓮仏法の生命哲学を万人に伝え、世界へ広めゆくための最重要にして壮大な事業でした。
古屋 それに対して日顕宗は、法主本仏論、僧俗差別義など、御書にない邪義を振りかざしている。全くの「師敵対」そのものだ。
正木 最も象徴的なのは、91年(平成3年)に送りつけてきた「破門通告書」に御書の御文が一文もなかったことだ。世界広布を進めてきた仏意仏勅の学会を破門するなど、教義的な裏付けがあるはずがない。いかに大聖人の御精神に背いた暴挙であったか。その結果が、最盛期の2%まで信徒が減った衰退ぶりだ。仏法の因果は厳しい。
「絶対勝利」の活力
原田 ともあれ、学会が大聖人直結で、「信・行・学」という仏道修行の王道を真っすぐに歩むことができているのも、御書発刊のおかげです。
杉本 戸田先生は御書の「発刊の辞」で「諸法実相抄」を引かれています。
「行学の二道をはげみ候べし、行学た(絶)へなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(同1361ページ)
この御文通り、学会には「実践の教学」「生きた教学」があります。
関西から新たな常勝の歴史を
大確信で友を激励
西山 関西婦人部では各地で、グループ長などが参加して伝統の「旭日教学大学校」を行い、先生の御書講義を学んでいます。研鑽したことを最前線のグループでも学び合い、草の根の学習を通して大確信あふれる関西婦人部の陣列を築いています。
壮年部も人材グループやヤング壮年部の集い、サンデー勤行会で教学研鑽に励んでいます。
古屋 関西男子部では独自に一般講義を開催。会館別の講義では関西一円の約170会場で1万数千人が参加しています。最前線の幹部が自ら講義を担当し、リーダー自身の教学力・指導力も向上しています。3年前からは本部長・部長の代表で「常勝教学大学校」も開き、実力ある新しい人材が育っています。
英知の学生部も、伝統の大学別御書講義や部長大学校、人材グループなどで偉大な生命哲学を学び、言論の力を養っています。
吉井 戸田先生は「女子部は教学で立て」と永遠の指針を贈ってくださいました。また、池田先生は「御書と青年」〈御書根本の常勝〉で、「女子部は一人も残らず、これ以上ないという幸せを勝ち取ってもらいたい。そのために教学がある」と語ってくださっています。
関西女子部でも、御書池田大学校で先生の講義を学び合うとともに、「池田華陽会 御書30編」を研鑽。さらに各地の教学部長を「常勝教学部長」と命名。学会創立100周年を目指して「御書根本の常勝! 関西池田華陽会」をテーマに、皆が師匠と同じく御書根本に生きようと立ち上がっています。
杉本 着実な教学運動が進んでいますね。
とくに青年部の皆さんが、若い時代から御書に親しみ、教学研鑽に励んでいることは、本当に尊いことです。
原田 学会は、永遠に御書根本です。
ゆえにリーダーは日々、大いなる求道心を起こして御書を拝し、あふれる大確信をもって同志を激励していくことです。
7、社説 信頼の絆基盤にした安全網を
故郷の島を海軍に壊滅され、一人生き残った少女ニコ・ロビンは“悪魔の子”として追われ続ける。しかし、主人公ルフィたちと出会い、世界政府を敵に回しても命懸けで守ろうとする彼らの存在が希望となって、心から“生きたい!”と叫ぶ――尾田栄一郎氏の漫画「ONE PIECE(ワンピース)」の名場面の一つだ。人間関係の希薄さが指摘される若者に「仲間」という絆の尊さを教えてくれる。
今月2日に発表された内閣府の意識調査で、成人男女の4人に1人が「自殺したいと思ったことがある」との実態が明らかになった。中でも20代が最も多く、3割弱が自殺を考えた経験をもつ。
実際、20~30代の死因のトップが自殺であり、昨年は「学生・生徒」で初めてその数が1000人を突破。全体では14年連続で3万人を超えている。
また、自殺を考えた人の6割が、誰にも「相談したことはない」との統計もある。ゆえに自殺の危険を示すサインに気付き、適切に対応できる「ゲートキーパー」の存在が重要になる。
わが国だけでなく、諸外国やWHO(世界保健機関)でも自殺対策に広く用いられている概念だ。私たち一人一人が“命を守るとりで”との自覚で、周囲の人々との関わりを大切にしていきたい。
自殺の原因は、うつ病を含む健康問題が最も多く、借金など経済・生活問題や家庭不和、職場や学校の人間関係、就職難など、人それぞれである。一人で抱え込んでしまうと、悩みは深まるばかり。身近に相談できる人がいれば、話すことで解決の糸口が見つかったり、考え方が前向きに変わったりするものだ。
先の意識調査では、自殺を考えた時にどう乗り越えたかとの問いに、「身近な人に悩みを聞いてもらった」が多数を占めた。自らの地域や職場、あるいは学校などで、悩みを分かち合い、励まし合える信頼関係を築く――そうした絆を基盤にしたセーフティーネット(安全網)を社会全体に広げていくことが、悲劇を防ぐ根本策となろう。
池田名誉会長は「互いが励まし合い、元気を出せる絆の回復が『生きる力』の源泉となる」と語っている。
私たちには、生命の本源から生きる力を呼び覚ます信心がある。進んで縁を結ぶことで、救える命があり、生きる希望を与えていけることを深く確信したい。
8、きょうの発心 三世諸仏総勘文教相廃立563ページ
御書・此の八万法蔵を我が心中に孕み持ち懐き持ちたり我が身中の心を以て仏と法と浄土とを我が身より外に思い願い求むるを迷いとは云うなり(三世諸仏総勘文教相廃立、563ページ・編1226ページ)
通解・この八万法蔵を我が心のなかにはらみ、懐き持っているのである。それなのに我が身中の心で、仏と法と浄土とを我が身より外にあると思い、外に願い求めていくのを迷いというのである。
《不屈の“みちのく魂”で勝つ》
自身の生命が妙法の当体であることを信じられない迷いの心を戒められた一節です。
10年ほど前、椎間板ヘルニアになり、悩み苦しんだことがありました。自らの境遇を嘆くばかりの時期もありましたが、徹して題目を唱え抜いた時、この御文の通り、自身の一念に全てを打開していく力があると気づいたのです。そして祈りの姿勢が変わった時から、病状も快方に向かいました。
東北は未曽有の大震災に直面し、今も苦難の真っただ中におかれている方が数多くいます。しかし、そうした境遇を強き一念で切り開きながら、不屈の“みちのく魂”で前進しています。自ら被災しながら献身的に行動し、地域の希望と輝く青年も多くいます。
「最も大きな難を受けた東北が、最も勝ち栄えていくことこそが、広宣流布の総仕上げ」との池田先生の言葉の通り、東北健児が先頭に立って、全国へ友情の対話を大きく広げてまいります。 東北青年部長 中川法雄
9、37年の教員人生に感謝 東京都東村山市の庄司由規子さん
創価大学1期生の誇りを胸に、教員として37年間を駆け抜けてきた、庄司由紀子さん。そのうち、特別支援学級を受け持ったのは30年。本年3月に定年を迎えた
庄司さんが障がい児教育を志そうと思ったのは、小学校教諭となって7年目のこと。一人の児童との出会いがきっかけとなった。
児童には、「言語発達障がい」があった。放課後、児童の横に付きっきりで一緒にひらがなの練習を始めた。一年が終わるころには、文字が書けるようになり、創作劇を楽しむようになったりと、大きく成長した姿に感動した。
「納得いくまで、障がいがある子どもたちと関わりたい。その気持ちで特別支援学級への異動を希望したんです」
志願したものの、“どうしていけばいいのか。私にやっていけるだろうか”
御本尊に向かい、悩みを祈りに変えていく。よみがえった一つの記憶がある。それは68年8月に行われた「第1回高等部総会」に参加したときのことだ。
池田名誉会長は、御書の「譬えぱ゛、鳥の卵は、はじめは水のようなものであるが、その中から誰が手を加えなくても、くちばしや目が出来上がってきて、ついには大空を飛ぶようなものである」(1443ページ 通解)との一節を拝し、「未来に羽ばたく使命を自覚するとき、才能の芽は急速に伸びることができる」と指導した。
祈りは深まった。次第に“あの生徒にはこういうふうに接しよう。この授業は、もっと工夫できるはず”と、どんどん智慧が湧いた。
生徒たちを前に、“何か一つでもいい。自身を持たせてあげたい”それが庄司さんのモットーとなった。
「生きていくための力を培ってほしい。その一心でした」
生徒は着実に、一日一日、成長していく。「せんせいのおかげで、できるようになったよ」
退職の日。そして、生徒たちの前での最後のあいさつ。
「幸せを創り出せる人に。そして、日々の積み重ねで、確かな未来を創っていってくださいね」
話が終わると、一人の生徒がそっと立ち上がった。
「せんせい、今までありがとうございました」
〔感謝状 庄司由規子先生 長い間 僕達にたくさんのことを教えてくださり ありがとうございました〕
その横には、クラス全員の名前が、毛筆で丁寧に、庄司さんに知られないように書いたものだ。
庄司さんは、あふれるものをこらえながら両手でしっかり受け取った。
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