2018年1月16日 (火)

2017年1月16日(火)の聖教

2017年1月16日(火)の聖教

◆わが友に贈る

広布を切り開くのは
勇気と執念の行動だ!
弘教に走る若き友よ。
臆病の壁を打ち破り
わが勝利史を飾りゆけ!

◆〈名字の言〉 2018年1月16日
 

 吉野弘さんは「言葉」を真摯に見つめる詩人だった。「『歩』は『止』と『少』から出来ています。/歩く動作の中に/『止まる』動作が/ほんの『少し』含まれています。」(『吉野弘詩集』ハルキ文庫)▼慌ただしい日々の中でも、自らの歩みを少し止め、友とじっくり話し合う時間を大切にしたい。それが“共に歩む”ということだろう。2月から毎月、訪問激励・個人指導に力を入れる「励まし週間」が設定されることになった▼一対一の励ましは、地道で忍耐のいる仏道修行である。すぐには目に見える“結果”が出ないことも多い。しかし、その持続があってこそ「勤行・唱題を実践する人」「折伏に挑戦する人」は着実に増え、人材の城は栄え光っていく▼世界192カ国・地域に広がる創価の連帯。その礎を築いたのは、池田先生の激励行にほかならない。激務の合間を縫うように同志のもとへ足を運び、声を掛け、手を取り、「一人」を奮い立たせてきた▼池田先生は「一対一で語り合ってこそ、本当のことが分かる。一対一の触発があってこそ、一人一人の持つ『大きな力』を引き出していくことができる」と。励ましは、まさに「万の力」。師の闘争に学びつつ、勇んで友のもとへ足を運び、心通う対話を重ねていきたい。(値)

◆〈寸鉄〉 2018年1月16日
 

 青年と語る事が最高の喜
 び―戸田先生。人材を育
 てる人は自身も若々しく
      ◇
 「法華経を持つ人は父と
 母との恩を報ずるなり」
 御書。君よ真の親孝行を
      ◇
 愛知婦人部の日。師弟の
 道歩む堅塁の母よ!幸の
 連帯拡大の一番星と輝け
      ◇
 オゾン層破壊、20%減と。
 フロンガスの制限で。世
 界が歩調合わせ対策更に
      ◇
 雪道や凍結路での転倒に
 注意。歩幅は狭く、しっか
 り踏み締め。焦りは禁物

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 三十二 2018年1月16日 (6273)

 婦人部のメンバーは、真剣な面持ちで、山本伸一の次の言葉を待った。
 「若手の婦人部幹部は、未知への挑戦の意欲に燃えているし、先輩には豊富な体験と実践経験のなかで培ってきた考えがある。
 両者のギアが嚙み合い、円滑に進んでいくには、潤滑油になっていく存在も必要です。たとえば、世代的にも中間ぐらいで、双方の考えを十分に理解し、意思の疎通が図れるように努めてくれる人です。
 また、娘が母親に対する時も、お嫁さんがお姑さんに対する場合も同じですが、若手幹部は先輩幹部の言うことを、真っ向から否定したりするのではなく、まず、『はい』と言って、素直に聞いていく姿勢が大事です。そのうえで、こういう考え方もあると思うと、自分の意見を述べていくんです。
 それを、頭ごなしに、つっけんどんな言い方で否定すれば、相手もこちらの話を聞いてくれなくなる。反対に、優しく頷いて聞いていけば、相手だって嬉しい。年配になればなるほど、その傾向は強まっていきます。
 人間の心の機微を知り、聡明に対応していくことができるかどうか――これは、リーダーに問われる大切な要件です」
 広宣流布のリーダー像は、新たなる前進の段階に入って若手幹部が誕生し、世代交代が進められることによって、大きく変わりつつあった。リーダーには、新たな開拓力とともに、皆の力を引き出し、全体の調和が図れる指揮者(コンダクター)としての役割がより求められていた。
 広宣流布の教団である学会のリーダーには、弘教の力や指導力、率先垂範の行動が必要であることはいうまでもない。そして、さらに重要視されるのが、誠実、真剣、良識、勤勉、配慮など、人間としての在り方であり、どれだけ信頼を勝ち得ていくかである。
 信仰のいかんは人間性に表れる。創価学会が人間革命の宗教である限り、「あの人がいるだけで安心できる」と言われる、人格の輝きこそが、リーダーの最大の要件となる。   

【先生のメッセージ】

◆本部幹部会で紹介された池田先生の指針  皆に勇気を! 皆に希望を!
一番地道な活動こそ 一番大事な勝利の道


1998年9月に行われた本部幹部会の席上、勝利の“Vサイン”を掲げ、全同志にエールを送る池田先生(東京牧口記念会館で)

1998年9月に行われた本部幹部会の席上、勝利の“Vサイン”を掲げ、全同志にエールを送る池田先生(東京牧口記念会館で)

 「世界広布新時代第30回本部幹部会」(7日、八王子市の東京牧口記念会館)の席上、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。「世界広布新時代 栄光の年」の勝利を期す友への指針として掲載する。

 一、終戦後、1945年(昭和20年)の9月22日。戸田先生が出獄されてから、2カ月半たっていた。
 師匠の牧口先生は、すでにいない。学会の組織は全滅。戸田先生の事業も多額の借金。焼け野原。社会も殺伐。生きる糧も、生きる柱もない。荒れ果てた、すさんだ時代であった。
 その最大の苦境のなかで、戸田先生は、この9月22日、ご自身のノートに、こう厳然と記されたのである。
 「南無妙法蓮華経の信仰は、向上を意味する。無限の向上である。朝に今日一日の伸びんことを思い、勇躍して今日一日を楽しむ。しかして無限に向上して行く」
 「まだまだ、その上へその上へと向上して行く法である」
 きょう一日、自分はぐんぐん成長しよう。生き生きと生きよう。楽しんで生きよう。無限に向上していくのが信仰なんだ。南無妙法蓮華経なんだ――そういう先生の大確信であった。

膝づめの対話で
 皆が絶望し、何の希望も見えない時代。その時に、戸田先生は一人、戦いを開始された。
 「お金もない。何もない。しかし、妙法がある! 皆に『無限の希望』の妙法を与えよう!
 『宇宙の宝』の妙法を与えよう! これ以上の宝はないのだから! そのために、勇気を出して、自分は戦闘を開始しよう!」――そういう思いで。
 人生、何かを始めなければいけない。
 やるんだか、やらないんだか――すぐに舞台の裏に隠れてしまうような、そんな人生ではつまらない。
 わが「使命の舞台」に、さっそうと立ち、「さあ、やるぞ!」「何かをやってみせるぞ!」「観客に感銘を与えてみせるぞ!」――こういう人生でありたいと思うが、どうだろうか(拍手)。

 一、戸田先生は考えられた。どうしていこうか。会場もない。お金もない。なんにもない……そうだ! 「膝づめの対話」でやろう! こう決められた。
 これが知恵である。慈悲である。
 一人一人、悩める人に耳を傾けながら、徹底して「この一人を幸せにしよう!」「妙法を教えていこう!」――そこに執念を燃やされた。「大事なのは、たくさんの人ではない。『一人』だ!」と。
 あるとき、戸田先生は、経済苦で悩む人を、ユーモアを込めながら、こう激励された。
 「今に必ず幸せになる! 心配しなくてもいいよ。必ずなるんだから。
 仏に仕えた功徳は大きい。必要なときには、どっと功徳が出てくるんだ。
 ちょうど水道の蛇口のようなものだ。ふだんは、余計なお金は使えないように、蛇口が閉まっている(笑い)。必要なときに、その蛇口を開ければいいんだ。そういう功徳あふれる自分の生命に必ず、なっていくんだよ」と。
 また、ある人には、先生は、こう教えられた。
 「この仏法は、どんなことがあっても、最後は、幸せで幸せで困るような境涯になることが決まっているんだ。それが、すぐに良くなってしまったら、もう死ななければいけないことになる(笑い)。若いうちには、うんと苦労したほうがいい。
 最後に、絶対に、『幸福でたまらない境涯』『楽しくてたまらない境涯』になる。そういう人生を飾っていくのが、この妙法なんだ。学会活動の功徳なんだ」
 事実、その通りになっている。

 一、日蓮大聖人は仰せである。「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143ページ)
 “妙法を唱える以上の幸福はない”との御断言である。これを心から確信していただきたい。
 皆に「自信」を与える!
 「勇気」を与える!
 「希望」を与える!
 それには妙法しかない。創価学会しかない(拍手)。

法華経の根本精神
 一、日蓮大聖人の「御義口伝」には「釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり」(同781ページ)――釈尊が8年間にわたって説いた法華経を、八文字に留めて、それを末法の衆生に譲り与えられた――と。
 “法華経の真髄”である、その「八文字」とは何か。
 それは、法華経の最後(普賢品第28)に説かれた「当起遠迎、当如敬仏」(法華経677ページ)の文である。即ち「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」――法華経をたもつ者を見たならば、仏を敬うように、必ず、遠くからでも立ち上がって出迎え、敬っていきなさい、という教えである。
 これが法華経の結論であることを、大聖人は「最上第一の相伝」(御書781ページ)と述べられている。以前にも申し上げたことがある。総じては、「大聖人の仰せのままに広宣流布する人を、仏のごとく大切にせよ」ということである。

 一、戸田先生も、この「法華経の根本精神」を常に大切にしておられた。
 ある時は、こう言われた。「学会の会合は、たとえ一人でも、二人でも、その人を大切にし、その人のために仏法を説き、感激をもって、真剣に語り合っていくのだ」と。
 牧口先生も同じであられた。
 反対に、小さな座談会や会合を軽視する人間は、慢心があるのである。


形式にとらわれず
 一、戸田先生は、座談会を大事にされ、事前に綿密に打ち合わせをされた。
 「司会者は?」「内容は?」「私がこう話すから、あなたはこのように話してあげなさい」等々。
 来た人が、本当に満足できるよう、皆で考え、準備していくことである。この「地道」が「勝利の道」である。いかなる時代になろうと、「基本」をおろそかにしてはならない。
 豪放磊落な先生であったが、小さな会合にも、こういう心の砕きようであった。
 会合中も、絶えず「これでみんな満足するか」と、アンテナを張り巡らされていた。
 「形式などに、とらわれる必要はない。初めて来た人も『本当に楽しい!』『よく、わかった!』と言える雰囲気をつくってもらいたい。そうでないと、かわいそうだ」とよく言われた。
 少人数の会合こそが本当の勝負である。

 「一番地道な活動が、一番大事な戦」と決めて戦うことである。そこに、本当の勝利が生まれる。「地道」に徹し、「地道」を粘り強く繰り返しているところが強い。この方程式を忘れないでいただきたい。

 一、きょうは遠いところ、本当にご苦労さま。
 海外の皆さまも、ありがとう!
 サンキュー・ソー・マッチ!(大拍手)

【聖教ニュース】

◆伝統の2月の本部幹部会は栄光開く関西総会  方面歌「常勝の空」発表40周年
アメリカ青年部と各府県で交流 関西ワールド総会も

  
 

中之島の大阪市中央公会堂(手前の建物)。大阪大会(57年7月17日)が開かれた常勝不敗の原点の地

中之島の大阪市中央公会堂(手前の建物)。大阪大会(57年7月17日)が開かれた常勝不敗の原点の地

 栄光の峰へ、いざや前進!――「伝統の2月」の本部幹部会が「関西総会」の意義を込めて開催される。
 本年は、関西の方面歌「常勝の空」(山本伸一作詞)の発表40周年。
 「君と我とは 久遠より」「護りに護らん 我が友を」――池田大作先生の、共に広布の錦州城を築いたあの友この友への思いがほとばしる「常勝の空」は、1978年(昭和53年)7月17日に発表されて以来、いつも関西の同志を励ましてきた。
 今回の総会は、この佳節を記念し、関西が永遠に師弟直結で進みゆく「誓願」の舞台となる。
 また総会と併せて、来日する約200人のアメリカSGI(創価学会インタナショナル)青年部との交流交歓会が、「世界広布新時代 関西ワールド総会」として各府県の10会場で開かれる。
 小説『人間革命』等を通じて、56年(同31年)の「大阪の戦い」、57年(同32年)の「大阪事件」と「大阪大会」をはじめ、池田先生の若き日の闘争を学んできた世界の同志にとって、関西は憧れの天地。
 関西の栄えある冠である「常勝」は今、「Josho」として、そのまま各国で、師弟共戦を誓う同志の合言葉ともなっている。
 池田先生のもと進められてきたのが、関西とアメリカの交流であり、ワールド総会は、この絆を後継の青年たちが継承する機会ともなろう。
 「常勝の空」発表の模様が描かれた小説『新・人間革命』第28巻「広宣譜」の章に、池田先生はこうつづっている。
 「愛する、愛する関西の同志よ! 未来永劫に関西は、正義の旗が高らかに翻る常勝の都であれ! 民衆を守り抜く人間讃歌の都であれ! 関西がある限り、学会は盤石だ!」
 このあふれる師の期待に断じて応えるべく、関西では今、間近に迫った総会を目指し、全ブロックが拡大の金字塔を打ち立てることを目指し、壮年・婦人部と男女青年部が一体となって、弘教と人材の拡大へ「前進また前進」を続ける。
 山内関西長、直里婦人部長は、代表して決意を語る。
 「皆が師匠への求道心を燃やし、“栄光の年”を大拡大で先駆していきます。そして、常勝の関西魂を世界へと示します!」
◆アルゼンチン ラファエラ市議会 池田先生に「卓越した人物」証
 

「1・2」の記念勤行会の席上、ラファエラ市議会から池田先生に顕彰が贈られ、SGIの友が喜びを分かち合う(アルゼンチン創価女性平和会館で)

「1・2」の記念勤行会の席上、ラファエラ市議会から池田先生に顕彰が贈られ、SGIの友が喜びを分かち合う(アルゼンチン創価女性平和会館で)

 アルゼンチンのサンタフェ州ラファエラ市議会から池田先生に、世界平和への貢献をたたえて「卓越した人物」証が贈られた。
 授与式は2日(現地時間)、首都ブエノスアイレスのアルゼンチン創価女性平和会館で、池田先生の90歳の誕生日を祝賀して開かれた同国SGIの記念勤行会の席上で挙行。これには、同市のウーゴ・メノッシ、リサンドロ・マルシコ両市議が出席した。
 同市は「パンパス」と呼ばれる大草原の中にあり、地理的にアルゼンチンの心臓部に位置。農牧業、工業が盛んで、周辺各国との流通の要衝としても知られ、サンタフェ州の重要な都市の一つである。
 式典では、青年部の「池田バンガード・オーケストラ」が演奏を披露。続いて、メノッシ市議が「卓越した人物」証の証書をSGIの代表に手渡し、あいさつした。
 「池田SGI会長の90歳の誕生日をお祝いでき、大変うれしく思います。これまで、トインビー博士との対談集など、会長の著作を読ませていただき、“全ての戦いは人間革命から始まる”ことを深く理解しました。この創価のメッセージを、多くの人々と分かち合っていきたい」
 本年は、池田先生のアルゼンチン初訪問(1993年2月)から25周年。参加したメンバーは、地域に信頼と友情を広げゆく誓いを一段と新たにした。 

◆ICAN事務局長が来日 長崎・広島で交流行事 学会青年部代表が参加

 

長崎原爆資料館ホールでの特別市民セミナーで講演するフィン事務局長(13日)


長崎原爆資料館ホールでの特別市民セミナーで講演するフィン事務局長(13日)

 昨年のノーベル平和賞を受賞した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のベアトリス・フィン事務局長が来日し、長崎、広島で諸行事に出席。それぞれの行事に学会青年部が参加し、交流した。
 14日には長崎大学で若者との対話集会(主催=同大学核兵器廃絶研究センター等)が行われ、同事務局長は「“核兵器廃絶は絶対にできる”と希望をもち、被爆者から受け継いだ記憶を、声を全世界に伝え広げてほしい」と期待を寄せた。
 これに先立つ13日には、長崎原爆資料館ホールで特別市民セミナーが開かれた。
 15日には、広島市等が主催する若者との対話集会が広島市内で開かれ、フィン事務局長が講演。核兵器廃絶の障害は“できない”と思ってしまう、人間の可能性に対する不信である等と強調した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈御書池田大学運動のために 池田華陽会御書30編に学ぶ〉 顕仏未来記㊤
自他共の幸福広げる深き使命を胸に

 偉大な妙法を持つ誇りを胸に、世界広布新時代の弘教拡大へ前進!(12月24日、東京・信濃町の創価女子会館で行われた女子部「デザイングループ」の総会)
偉大な妙法を持つ誇りを胸に、世界広布新時代の弘教拡大へ前進!(12月24日、東京・信濃町の創価女子会館で行われた女子部「デザイングループ」の総会)

 「世界広布新時代 栄光の年」に学ぶ重点御書は、「顕仏未来記」(1・2月)、「上野殿御返事(竜門御書)」(3月)、「生死一大事血脈抄」(4・5月)、「種種御振舞御書」(6・7月)、「観心本尊抄」(8・9月)、「報恩抄」(10・11月)、「聖人御難事」(12月)の7編です。今月は「顕仏未来記」の前半を学びます。
 広宣流布の大願に貫かれた日蓮大聖人の御精神を拝し、「世界広布新時代」に生まれ合わせた私たちの深き使命を心に刻みましょう。(拝読範囲は御書505ページ冒頭~507ページ9行目)
本抄について
 本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で認められたものです。
 題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
 「仏の未来記」とは、釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は“末法の御本仏としての大聖人の未来記”を明かされることにあります。
 釈尊の未来記とは、本抄の冒頭で引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここには、末法における世界広宣流布が予言されています。本抄では、この釈尊の未来記を実現したのは、大聖人ただお一人であることが示されます。そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が全世界に広宣流布することが明かされます。

御文

 法華経の第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云、予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依って仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あって後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや(中略)時代を以て果報を論ずれば竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり(御書505ページ1行目~506ページ1行目)

通解

 法華経第7巻には「私(釈尊)が滅度した後、後の五百年のうちに、この法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(薬王菩薩本事品第23)と述べられている。
 日蓮は一度は歎いて言う。今は釈迦仏の滅後、すでに二千二百二十余年が経っている。いったいどのような罪業があって、釈尊のおられる時代に生まれ合わせることができず、また、正法時代の四依の人(迦葉・阿難や竜樹・天親等)にも、像法時代の天台大師や伝教大師にも会えなかったのであろうかと。
 また、一度は歓喜して言う。いったいどのような福運があって、後の五百年である末法に生まれ、この薬王品の真実の文を拝見することができたのであろうかと。(中略)
 生まれ合わせた時代によって、身にそなわる果報の優劣を論ずるならば、日蓮は正法時代の竜樹・天親を超えているだけでなく、像法時代の天台・伝教にも勝れているのである。

〈解説〉流罪地・佐渡から民衆救済の大宣言

 本抄の冒頭で日蓮大聖人は、釈尊の未来記を示す法華経の経文を引かれます。その趣旨は“末法において、法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない”というものです。本抄では、この未来記を実現したのが大聖人であると明かされていきます。
 続く御文で大聖人は、末法という時に生まれた心情を、「歎いて云く」と述べられます。末法は、釈尊の滅後、仏教の正しい教えが見失われ、人々を救う力が弱まっていく時代です。仏法の衰えが社会にも反映して、人々の生命が濁り、争いが絶えなくなるのです。
 この末法に生まれれば、法華経を説いた釈尊や、その教えを正しく継承した正法・像法時代の人々にも巡り合うことができません。ゆえに、大聖人は“嘆かわしい”と仰せなのです。
 しかし、次に大聖人は一転して「喜んで云く」と、末法に生まれ合わせた“喜び”を示されます。なぜ“喜び”なのでしょうか。それは、末法こそ、法華経という“真実の法”が全世界に広宣流布する時だからです。
 この釈尊の未来記の通りに、末法広宣流布を進められたのが大聖人です。さらに大聖人は本抄で、大聖人御自身の未来記として、法華経の真髄である南無妙法蓮華経が世界へと広まりゆくことを宣言されています。
 この大聖人の仰せの通りに、現代にあって世界広布を現実のものとしたのが、創価の三代の師弟にほかなりません。
 今、全世界に創価の連帯は広がり、一人一人が地涌の使命を胸に前進しています。まさに、世界広布の“新時代”です。この最重要の時に生まれ合わせた使命は計り知れません。
 池田先生は今月の本部幹部会へのメッセージで、「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」と呼び掛けました。3月の「世界青年部総会」へ、「ロマン総会」からにぎやかに出発し師と共に栄光の歴史を築いていきましょう!

池田先生の講義から

 「顕仏未来記」は、私の大好きな御書です。「仏が予見した世界広宣流布を実現せん」との日蓮大聖人の広大なる御境涯を拝することができるからです。
 そして、「未来の我が弟子よ、仏の心のままに世界広布に立ち上がれ!」との、御本仏の御遺命の叫びが、私の生命に響き渡って止みません。大聖人直結の学会精神の源流は、この一書にあると言っても過言ではありません。ゆえに戸田先生も、力を入れて幾たびも本抄を講義してくださっています。(中略)
 ある質問に答えて、先生は断言された。それはまさに師子吼でした。
 ――法華経で南無妙法蓮華経を受けとった地涌の菩薩が、広宣流布のときに生まれて集まってくる。だから皆さんは貧乏なんかしていられないのだよ。「南無妙法蓮華経」という題目の力、無限の福運の力をもっているのだ! 題目を唱え、人にも唱えさせることによって、この力を開くのだ!――(中略)
 創価の原点たる「広宣流布の大願」に立ち、連続勝利の凱歌の「勝ち戦」を繰り広げていきましょう。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)

◆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 

「今いる場所」で勝つ  志賀昭靖 男子部長


   一、男子部は昨年11月に、「全国3万の折伏」を達成。さらに勢いを増して、12月から「1・2」までに、新たに「7000の弘教」を成し遂げ、池田先生の卒寿を、青年拡大の実証でお祝いすることができました(拍手)。
 「世界広布新時代 栄光の年」は、男子部一人一人が今いる使命の場所で栄光の実証を示す年であると決めて、「3・16」60周年を迎える「世界青年部総会」へ、折伏と人材拡大の勝利の結果を持って集っていきます。
 具体的には、昨年の「11・18」から本年「3・16」に向けて、「3万の弘教」を掲げて、一人一人が折伏の誓願を立てて、全国各地で、勢いよく仏法対話に挑戦しています。
 池田先生は65年前の1月、男子部の新たな広布拡大の闘争を開始するに当たり、こう叫ばれました。「私は情熱の塊です。この情熱で指揮を執っていきます」
 このほとばしる決意を胸に、当時25歳の池田先生は、破竹の勢いで折伏の壁を破り、男子部の陣列を拡大されました。
 「青年・山本伸一」が行く所、朝日が昇るように明るくなり、希望と勇気がみなぎった。広宣流布の誓願を達成せんとの気概に満ち満ちていったのです。
 われわれ男子部も、同じ気概と清新な決意を胸に、一人一人が「世界広布新時代の山本伸一」となって、広宣流布の歴史に残る大闘争に挑んでいきたい。

   一、このたび、創価班大学校、牙城会大学校等を統合・一本化し、新たに「男子部大学校」として発足させ、新出発を切ることになりました。
 この「男子部大学校」を通して、これから学会活動に挑戦し始めるメンバーや、新入会のメンバーなどが、「信行学」の基本を身に付け、折伏の実践の中で確信をつかみ、社会や地域で活躍する人材へと成長できるよう激励していきます。そして、こうした新たな人材が、学会創立90周年、100周年を担う、わが地域のリーダーへと成長するよう、全力で励まし続けていく決意です。
 池田先生は、30年前の3月、長編詩「青は藍よりも青し」の中で、このようにつづってくださいました。
 「汝自身の胸中に/自らの汗と労苦により/広布を必然たらしめんとする/熱情のありや無しやを 常に問え」
 さあ、今こそ創価の青年が立ち上がる時です。御聖訓に「青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる」(御書1221ページ)とあるように、師匠の心をわが心とし、男子部は「今いる場所で断じて勝つ」との強き一念を定め、皆が広布後継の勝利の証しを打ち立て、「世界青年部総会」へ勇んで集っていきます(拍手)。 


対話の花を幾重にも  伊藤樹美 女子部長

   一、晴れやかに「世界広布新時代 栄光の年」が開幕しました。
 「3・16」60周年記念「世界青年部総会」へ、女子部は今、池田先生の「青年拡大の大いなる原動力は、華陽姉妹である」とのご期待を胸に、各地で対話の花を咲かせています。
 中部では昨年、方面女子部長自らが、幼なじみに折伏を実らせました。リーダー率先の戦いに皆が続こうと勢いが増し、前年の4倍となる拡大を成し遂げました。
 北海道では、新入会メンバーが勇んで折伏に挑戦。その波動が、いまだかつてない勢いにつながり、近年、最高 の弘教が実りました。
 関西でも、婦人部の応援をいただく中、未入会家族や、長年、対話を重ねた友人にも、次々と折伏が実っています。
 私も、何としても自身の拡大で「3・16」の勝利を開きたいと祈る中、以前、私が弘教した親戚の大叔母から突然、連絡がありました。話を聞いてみると、娘さんがご主人を亡くし、今後、どう生きようかと、悩みにぶつかっているとのこと。そして、学会に入会して輝く大叔母の姿を見て、信心に目を向けるようになったというのです。
 対話をすると、彼女は「母を学会の世界に導いてくれた樹美ちゃんの紹介で入会したい」と言ってくれるようになり、晴れて先月、御本尊を受持することができました(拍手)。
 先生は「まず、折伏をさせてくださいと、御本尊に懸命に祈り抜くことです。すると、そういう人が出てきます。また、ともかく、あらゆる人と仏法の対話をしていくんです」と教えてくださいました。女子部は、友の幸福を祈り抜き、自他共の幸のスクラムを拡大していきます。

   一、「栄光の年」に当たり、先生は、永遠の栄光を勝ち開く要諦は「人を育てること」であると教えてくださいました。
 まさに、一人を大切に励まし合い、姉妹の絆を強めゆく集いが、女子部「ロマン総会」です。
 本年も婦女一体の「サン🌸フラワー キャンペーン」で励ましを送り、人材の拡大をもって、先生の卒寿のお誕生月をお祝いしていきます。
 今年の「ロマンカード」には、「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492ページ)との御聖訓が刻まれています。
 大変うれしいことに、先生は「さいわいを/万里の外より/あつむ姫/華と舞いゆけ/陽光(ロマン)ひろげて」とのお歌を詠み、女子部に最大のエールを送ってくださいました。
 女子部は一人一人が、福運をあらゆるところから呼び寄せる幸福の王女との誇りも高く、師弟の誓いに生き抜き、一切の勝利を開いていきます(拍手)。
◆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 
活動体験 メキシコ創価学会 マリア・エウヘニア・ロハス 婦人部長
   メキシコに広がる創価の平和哲学

   一、幼い頃に母と死別した寂しさから、私は、いつも心に不安や不満を抱えていました。
 17歳のある日、「この言葉を唱えたら気持ちが落ち着くよ」と、1枚のカードを渡してくれた婦人がいました。そこには”ナンミョウホウレンゲキョウ”と書いてありました。
 この不思議な言葉の意味を聞こうと数日後、仏教の会合に参加することにしました。
 教えてもらった住所を訪ね、建物の階段を上がっていくと、その不思議な言葉を皆で何度も唱えている声が聞こえました。私は、なんだか怖くなり、そのまま帰ろうとあ階段を後ずさりしました。しかしその時、後ろから婦人と、その娘さんたちが元気に階段を上ってきてしまいました(笑い)。
 「会合に来たの?」と聞かれたので思わず、「違います。見に来ただけです」と答えました。しかし、子どもたちに「どうぞ入って」と背中を押され、そのまま会合に参加することになりました。温かな参加者とすぐに打ち解け、初めて題目を唱えた後は、とても晴れやかな気持ちになりました。
 それから3ケ月後には、御本尊を受持することができました。明るく変わっていく私の姿ウィ見て、家族や親戚、職場の同僚などが次々と入会しました。

    一、1981年、池田先生がメキシコを訪問してくださることを聞いた時は、あまりの感動で、気が付けば職場でも、常に先生の素晴らしさを語っていました。
 先生が空港に到着された日、職場のほぼ全員が歓迎に駆け付けてくれました。この時の先生との出会いが原点となり、生涯、広宣流布に生き抜こうと、心から決意することができました。
 日本でのSGI研修会にも、毎年のように参加しました。そのたびに、数カ月でいいから日本で暮らして、先生のもとで師弟を学びたいとの思いが募りました。
 89年の研修会からの帰国後、採用希望の書類を提出していた外務省から連絡がありました。なんと、1年契約で東京のメキシコ大使館への赴任が決まったと告げられたのです。
 来日後は入省試験にも合格し、正式に外交官になることができました。「使命の分野で第一人者に」との先生のご指導を胸に、ますます誠実に仕事に取り組みました。
頑張りすぎたのか、そろそろメキシコに帰国したいと思っても帰らせてもらえなくなり(笑い、 拍手)、結局13年、日本で働くことになりました。千代田区の新世紀地区の皆さんと共に活動した思い出は、生涯の宝になっています。滞在中に、2人の友人に弘教を実らせることもできました(拍手)。
 その後、アメリカ、再び日本への赴任を経て、2012年にメキシコに帰国。以来、メキシコ広布に全てを懸けて奮闘しています。

    一、昨年7月、メキシコにとっても、大変に重要なニュースが飛び込んできました。国連での「核兵器禁止条約」の採択です。世界に先駆け、ラテンアメリカの各国で核兵器の使用・製造・取得などを禁止した「トラテロルコ条約」の調印から、昨年はちょうど50年目でした。
 原田会長がメキシコを訪問中の8月25日、条約調印の舞台となったメキシコ市トラテロルコ地区にある、わが国の歴史にとって大変に意義深い「三文化広場」で「核兵器なき世界への連帯」展が開催されました。
 この展示は、SGIがノーベル平和賞を受賞した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」の協力のもとに制作し、共催団体にはメキシコ外務省、トラテロルコ条約の実施機構であるOPANAL(ラテンアメリカ及びカリブ地域核兵器禁止条約機構)も名を連ねました。OPANALと私たちは「核兵器は絶対悪」という理念を共有し、長年にわたって信頼を深めてきました。
 この展示の開催に合わせ、三文化広場には記念の銘板が設置されました。銘文には、条約調印50周年と共に、戸田先生の原水爆禁止宣言60周年記念と刻まれました。
 戸田先生が生前、世界広布を夢見られたメキシコに、青年への第一の遺訓とされた核兵器廃絶の先見を永遠に顕彰するモニュメントができた――私たちにとって、これ以上の誇りはありません。 OPANALのソアレス事務局長は「信頼してくださっている池田SGI会長の期待に応えられるよう、われわれは活動を推進していきます」と力強く語っていました。
 同じ日、原田会長は外務省を表敬訪問し、カバニャス外務副大臣と会見しましたが、副大臣は、かつて駐日大使を務めた私の上司です。
 会見では「皆さん方が推進している平和運動や対話運動は、大変に素晴らしい。心から尊敬しています」と語っていました。いい上司を持ったと心から感謝しました。
 さらに、創価の師弟の平和哲学をメキシコ中に広げていけるよう、ますます語りに語っていく決意です。
 メキシコは「11・18」を記念し、青年部5000人を結集する文化祭を開催します。各部の団結で拡大に勝利し、必ずやメキシコから栄光の新時代を開いていきます(拍手)。


◆〈婦人部のページ〉 「グループ」発足40周年特集

1987年3月17日、創価婦人会館(現・信濃文化会館)で婦人部の代表を励ます池田先生。出会いの一瞬一瞬を逃さず、慈愛の陽光を送る

1987年3月17日、創価婦人会館(現・信濃文化会館)で婦人部の代表を励ます池田先生。出会いの一瞬一瞬を逃さず、慈愛の陽光を送る

 5月の婦人部総会、そして広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を目指し、朗らかに前進する婦人部。ここでは「グループ」発足40周年を記念し、永石貴美子婦人部長と代表の友に、地域に信頼と友情のスクラムを広げるグループについて語り合ってもらった。
 

2018年1月15日 (月)

2017年1月15日(月)の聖教

2017年1月15日(月)の聖教

◆わが友に贈る

地区は広布の母なる港。
友よ来れと賑やかに
栄光の船出の座談会を!
「うれしきかな」と
喜び勇んで拡大だ!

◆〈名字の言〉 2018年1月15日
 

 昔は字を拾う仕事があった――こう未来部員に語ったら、「それ、なぞなぞ?」と言われてしまった。かつての活版印刷も知る人は少なくなってきた▼活版とは「活字版」のこと。削った金属型に鉛などを流し込んで作った字が「活字」。1字ずつ活字を拾い、組み上げた活字版で大量印刷する。15世紀にグーテンベルクが発明して以来、出版物の主要な印刷方式となった▼本紙も1988年(昭和63年)まで、この方式で紙面を作っていた。池田先生を聖教新聞本社に迎え、コンピューター化された紙面制作システムの始動式を行って、今月18日で30年となる。印刷直前まで編集作業が可能となるなど、紙面の質が格段に上がった▼海外の友がよく「日本時間の午前5時が毎日待ち遠しい」と言う。「セイキョウオンライン」が、その日の内容に更新される時間だ。活字がデジタルになっただけでなく、紙面が瞬時に世界を駆け巡る時代となった▼情報技術の進歩は知識へのアクセスを容易にしたが、人間の「知恵」は増えただろうか。コミュニケーションの手段は整ったが、世界は分かり合えただろうか。仏法を基調に豊かな知恵を育み、世界を友情で結ぶ“人間の機関紙”の使命は変わらない。30周年の節目に、一層の精進を決意したい。(鉄)

◆〈寸鉄〉 2018年1月15日
 
 
「男子部大学校」が発足。
 皆を一騎当千の人材に!
 ここから新しき歴史築け
      ◇
 中等部結成記念日。君ら
 の大成長を世界が待つ。
 勉学と親孝行の博士に!
      ◇
 組織を動かすのは信仰へ
 の絶対の確信―戸田先生
 幹部は自らの体験を語れ
      ◇
 東京・新宿の日。本陣の
 創価家族は常に朗らか。
 幸福と勝利の花を爛漫と
      ◇
 22年後、4割が単独世帯
 に―推計。孤立進む時代。
 近隣の絆結ぶ対話を益々

◆社説  “志国”に脈打つ学会精神  求道の弟子の行動が勝利開く


 曇天の海。烈風と大波が白亜の客船を襲う。低気圧で荒れた太平洋を越え、四国の同志約800人を乗せた「さんふらわあ7」号が晴天の横浜港に着岸したのが、38年前の1980年1月14日。神奈川の友との“正義共戦”の交流幹部会の光景は、小説『新・人間革命』第30巻「雌伏」の章にも記されている。
 当時、池田先生は会長を辞任し、行動が制約されていた。聖教新聞にほとんど掲載されず、先生と呼ぶこともはばかられる。邪宗門による迫害の嵐の渦中に、四国から厳冬の海を越えて師のもとへ!――障害は多かった。しかし、先生は「その心意気が嬉しい」と待っていた。
 友の胸には、求道の“志”が赤々と燃えていた。航海中は、海外航路に従事する波涛会の友が海の変化を逐次、報告。ドクター部の医師らは、同志の健康管理に万全の態勢を敷いた。
 船は逆巻く波浪を砕き、師弟の航路を真っすぐに進んだ。横浜港の大桟橋で出迎えた先生は「これで勝った! 二十一世紀が見えたよ。君たちが新しい広布の突破口を開いたんだ」と笑みを浮かべて友をたたえた。
 当時、女子部本部長として乗船した高知の友は語る。「“先生にお会いしたい”との求道心から生まれる勇気と行動は、今も苦難を打ち破る源泉です」
 小学校の教員だった彼女は、“妙法の教育者に”と誓い、全力で仕事に励んだ。家庭の経済問題もあったが、学会活動との両立を貫き、見事に宿命を乗り越えた。校長となった今も、教職員の先頭に立って、誰よりも動き、自ら範を示している。
 池田先生は「雌伏」の章につづった。「大事なことは、学会が苦境に立った時に、いかに行動し、新しい突破口を開くかだ」
 広布と人生の怒濤を切り開く鍵は、弟子の“自発の行動”にある――これが“志国”に厳然と脈打つ学会精神である。
 四国婦人部では2007年、「1・14」を「部の日」に制定。以来、この日を「さんふらわあデー」とし、子や孫、青年部に志国の魂を語り継いできた。
 38年前、四国は1月に続いて5月にも2度、同船で神奈川文化会館を訪れた。翌年11月、今度は池田先生が電撃的に四国・徳島へ。反転攻勢を告げる師弟勝利の凱歌「紅の歌」誕生へと創価の歴史は紡がれていく。
 世界広布新時代は、弟子が師と不二の心で立ち上がる時。いかなる時代も求道の行動が勝利を開く。さあ、艱難の波浪を越えて、栄光の大海原へ!

◆きょうの発心   広布大願に生き抜く尊い一生を2018年1月15日


御文
 命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也(富木入道殿御返事、955ページ)
通解 命は限りあるものである。これを惜しんではならない。ついに願うべきは仏国土である。

 不惜身命で「広布大願」に生き抜くことを教えられた御文です。
 1982年(昭和57年)3月22日に開催された、関西青年平和文化祭に出演。その後も白蓮グループの任務を通し、池田先生との出会いを刻み、女子部時代に信心の原点を築きました。
 92年に結婚。支部婦人部長として学会活動に励む中、不慮の事故で1歳の長男を亡くしました。深い悲しみに押しつぶされそうになりながら、先生の指導を読んでいる時、この御文に出合ったのです。“尊い一生を何のために生きるのか”――そう自身を見つめ直し、改めて使命の道を進み抜こうと決意。以来20年、地域の同志の皆さまと心を合わせ、広宣流布の最前線を駆け巡ってきました。
 全ての苦難を乗り越えた今日、夫と3人の子どもと共に報恩感謝の人生を歩めることが何よりの喜びです。
 98年11月15日、落成間もない京都国際文化会館に池田先生と奥さまが初来館されてから本年で20周年を迎えます。
 本陣先駆の誇りに燃えて、弘教拡大に全力で取り組み、「世界広布新時代 栄光の年」を勝ち飾ってまいります。
 京都中央総県婦人部長 岡村加代子

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 三十一 2018年1月15日 (6272)


 山本伸一は、懇談会のあとも、数人の県幹部らとさまざまな協議を重ね、二つの文書を代表に贈った。
 一つは、会長辞任を発表した一九七九年(昭和五十四年)四月二十四日の夜に、記者会見の会場となった聖教新聞社で、終了後、その模様などを記した一文であった。
 もう一つは、宗門事件が勃発した七七年(同五十二年)の十二月四日夜、訪問先の宮崎の宿舎で、自身の心境を綴ったものである。
 そこには、こう書かれていた。
 「宗門問題起こる。
 心針に刺されたる如く辛く痛し」
 「広宣流布のために、僧俗一致して前進せむとする私達の訴えを、何故、踏みにじり、理不盡の攻撃をなすのか」
 「大折伏に血みどろになりて、三類の強敵と戦い、疲れたる佛子に、何故、かかる迫害を、くりかえし……」
 「私には到底理解しがたき事なり。尊くして 愛する 佛子の悲しみと怒りと、侘しさと辛き思いを知り、断腸の日々なりき。此の火蓋、大分より起れり……」
 この二つの文書を渡し、伸一は言った。
 「これが私の心だ。同志こそ、私の命だ。会員を守り抜くことがリーダーの使命です。
 もしも、また、こうした事態が起こったならば、これを持って、仏子のために、広布のために、君たちが真っ先に立ち上がるんだ。最も苦しみ抜いた大分には、破邪顕正の先駆けとなる使命がある!」
 大分の同志の顔が、決意に燃え輝いた。
  
 翌日、伸一は、会員が営む喫茶店を訪れ、婦人部の代表らと懇談した。
 彼は、若手の婦人部幹部に、先輩との関わり方についてアドバイスした。
 「一家のなかでも嫁と姑の問題がある。婦人部のなかで、先輩幹部と若手幹部の意見が食い違うのは当然です。それを乗り越えて、団結し、心を合わせていくなかに、互いの人間革命も、広宣流布の伸展もあるんです」   

【聖教ニュース】

◆「男子部大学校」が発足 後継の陣列を拡大 各方面に事務局長


「男子部大学校」の新リーダーが誓いのカメラに納まった(八王子市の東京牧口記念会館)。中原事務局長(前列左から4人目)を中心に、前列左から峰尾(東京)、萩野(第2総東京)、鬼防(東海道)、柳川(関東)、青江(関西)、笠原(北海道)、岡﨑(東北)、後列左から徳山(中部)、田丸(北陸)、秋山(信越)、髙岡(中国)、吉本(四国)、川﨑(九州)、光延(沖縄)方面事務局長。団結固く、次代の世界広布を担う人材の育成に全力を尽くす!
「男子部大学校」の新リーダーが誓いのカメラに納まった(八王子市の東京牧口記念会館)。中原事務局長(前列左から4人目)を中心に、前列左から峰尾(東京)、萩野(第2総東京)、鬼防(東海道)、柳川(関東)、青江(関西)、笠原(北海道)、岡﨑(東北)、後列左から徳山(中部)、田丸(北陸)、秋山(信越)、髙岡(中国)、吉本(四国)、川﨑(九州)、光延(沖縄)方面事務局長。団結固く、次代の世界広布を担う人材の育成に全力を尽くす!

 創価の未来を決する男子部に朗報!
 このほど、全国に新たな人材育成の潮流を巻き起こす「男子部大学校」が発足。これまでの各種人材グループの大学校を発展させ、後継の大城を築く、より重厚な布陣が各地に整えられた。
 本部人事委員会の検討・決定を経て、大学校事務局長に中原洋平さん(副男子部長)が就任。各方面事務局長にも、気鋭のリーダーが登用された。1、2月を中心に全国各地で栄光の「第1期」の入校式が開催される。
 男子部の魂とは何か。それは、創価三代の会長に貫かれる師弟の精神を堅持し、広布拡大の先頭に立ち、断じて学会を護り抜くことにほかならない。
 この師弟不二の人材の輩出こそ、男子部大学校の使命である。
 1年間の入校中、「信行学」の信心の基本をたゆみなく実践し、信心の確信を深めるとともに、小説『人間革命』を研さんし、学会精神を培う。大学校卒業後は各種人材グループの一員として活躍していくことになる。
 中原事務局長は東京・大田総区男子部長の時、“師弟源流の地に拡大の実証を”と心に定め、同志と共に広布に奔走し、過去最高の後継の陣列を築いた。そうした中、さまざまな試練を勝ち越えてきたことが信心の宝となっている。
 「一人一人の胸中に永遠に崩れない師弟の魂を打ち立てていくのが私の使命です。広布拡大の最前線を走り、さらなる池田門下のスクラムを断じて構築します」と固く誓う。
 65年前の1月、池田大作先生は男子部の第1部隊長に就任。組織の中心者の「核」を固め、自らが最前線の同志に徹底した励ましを送り、不動の信心を訴えていった。そして、1年間で青年の陣容を3倍に拡大したのである。
 池田先生は当時を振り返り、つづった。
 「私は自分が縁した同志を励まし、励まし、また励まし続けた。会合も、個人指導も、御書講義も、一回一回が真剣勝負だった。疲れて、ペンを握ることさえ辛い夜もあった。だが、必死に書いた激励の手紙ほど、同志は奮い立ってくれた。勝利は突然やってくるものではない。日々の、懸命な『小勝利』の積み重ねの上に『大勝利』があるのだ」
 さあ、栄光の新時代へ! 全国の男子部の友は、各種人材グループの現役大学校生、入校を控える男子部大学校生ら、若き力の育成に総力を挙げ、新たな広布の金字塔を打ち立てゆく。

◆中等部結成53周年の大会  池田先生がメッセージ「努力の一番星」たれ

  首都圏中等部の大会。鼓笛隊の創価ジャスティスウィングス・ジュニア、富士中学生合唱団、音楽隊の創価グロリア・ジュニア吹奏楽団の友が、心潤す舞台を披露した(金舞会館で)

首都圏中等部の大会。鼓笛隊の創価ジャスティスウィングス・ジュニア、富士中学生合唱団、音楽隊の創価グロリア・ジュニア吹奏楽団の友が、心潤す舞台を披露した(金舞会館で)

 1・15「中等部結成記念日」53周年の首都圏大会が14日、東京・新宿区の創価文化センター内の金舞会館で行われた。
 これには池田先生がメッセージを贈り、自身の目標に向かって祈り、「さあ、やってみよう!」と、たくましくチャレンジして、何かで「努力の一番星」にと呼び掛けた。
 吉村女子総合未来部長があいさつ。田中中等部長、尾身女子中等部長は心に師を抱き、自身の夢や目標に向かい、一日一日を勝利しようと励ました。
 続いて代表2人が活動報告。神奈川の橘和海さん(中学2年)は、家族で唱題に励み、信心の確信をつかんだ体験を発表。埼玉の前畑美幸さん(同)は、池田先生の指導を学び、挑戦の日々を歩む様子を語った。
 山口未来本部長は、夢を大きく広げながら、勇気の挑戦を開始しようと望んだ。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆アルゼンチンSGIの「環境」「平和と女性」などの展示活動に反響 池田先生に3都市
が顕彰
 

コンセプシオン市での「平和の文化と女性展」を観賞する来場者。「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が

コンセプシオン市での「平和の文化と女性展」を観賞する来場者。「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が

 アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)が各種展示活動を活発に行い、各地で反響を呼んでいる。
 近年、「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展や環境展示「希望の種子――持続可能性のビジョンと変革へのステップ」、「平和と文化と女性展」など、多岐にわたる内容の展示を実施してきた。

◆〈開学50周年へ 世界に挑む創価大学〉 創造性磨くアクティブ・ラーニング 文部科学省の支援事業にも採択

活発に意見を発表し合う「開発と貧困の経済学」の授業。参加者は、「小さな理解を積み重ねることで、全く分からなかった部分が、少しずつ理解できるようになるんです」と

活発に意見を発表し合う「開発と貧困の経済学」の授業。参加者は、「小さな理解を積み重ねることで、全く分からなかった部分が、少しずつ理解できるようになるんです」と

 文部科学省では、先進的な教育改革を行う大学を「大学教育再生加速プログラム」に採択し、支援している。創価大学(東京・八王子市)も同プログラムに選ばれている。

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉13 SOKAチャンネルVODを活用 友人参加の朗らかな座談会に  インフルエンザ感染を予防


各地で行われる座談会。友人と共に笑顔あふれる語らいを!



各地で行われる座談会。友人と共に笑顔あふれる語らいを!

 伊藤 今月17日で、阪神・淡路大震災から23年です。兵庫・大阪の会館では「『阪神ルネサンスの日』勤行会」を開催します。

 原田 全ての犠牲者の方々に対し、あらためて追善回向の題目を送ってまいります。この間の皆さまの奮闘を思うと、どれほどのご苦労があったことか。

 長谷川 池田先生はかつて、被災地の友に「人生は戦いです。幸福になるための戦いです」「朗らかな人には、だれもかなわない。そして忍耐をもって生き抜いていただきたい」と大激励をされました。

 永石 先生からの励ましの言葉を胸に、多くの同志が頑張ってこられました。自分だけではなく、人々のため、社会のために貢献しながら偉大な人材城を同志は築いてこられました。

 原田 師弟一体で復興へ歩んでこられた兵庫・大阪の同志に学び、私たちも今いる場所で勝利の実証を示そうではありませんか。

折伏と対話の好機
 志賀 間もなく、今年最初の「座談会」が各地で開催されます。皆で今年の抱負や目標を発表し合うとともに、友人を招き、楽しく開催していきたいですね。

 原田 創価家族がはつらつと集い、語り合う座談会は学会の実像そのものです。折伏と対話の場でもあり、理解を広げる絶好の機会です。

 伊藤 その際にぜひとも活用していただきたいのが「SOKAチャンネルVOD」ですね。全地区に配布されている「モバイルSTB」も持ち運びに便利です。

 永石 VODでは、現在150を超える多彩な番組を視聴できます。友人の状況や悩み、将来の目標などに合った番組を事前に検討することも大切ですね。

 長谷川 友人の方々にも大きな感動を呼んでいるのは、何といっても信仰体験の番組です。

 永石 「母と子の絆 あなたがくれた勇気と希望」や「笑顔記念日~『歓喜の劇』を演じた“大女優”~」は、家族に降りかかる困難を信仰で乗り越えていく婦人部員の姿を描いています。その、けなげな生き方に、涙ながらに視聴される方も多くいらっしゃいます。

 志賀 一人の青年が自らの人間革命に挑みながら、食堂を発展させるドラマが描かれた「名物もつ煮 三代目奮闘記――自分が変われば環境が変わる」も、対話の場で活用されています。青年世代にぴったりの内容に「自分も信仰を通して成長していきたい!」との声も相次いでいます。

 長谷川 「人生は、これからだ!~信仰に出あった壮年のドラマ」では、人生の折り返し地点で学会に入会した壮年の体験を収録。同世代に共感を広げています。

 原田 御書には「道理証文よりも現証にはすぎず」(1468ページ)と仰せです。信仰に励み、「信心即生活」「仏法即社会」の原理を体現する学会員の「体験」こそ、生きゆく希望となり、広布拡大の最大の推進力となります。

 志賀 友人参加の座談会には、これらの体験談をはじめ、芸術部や教育部などによる「VODセミナー」など、友人向けの番組が多く収録されているカテゴリー「よくわかる創価学会」の番組がおすすめです。

 永石 また、カテゴリー「世界に広がるSGI」も、好評です。仏法を実践する世界各国の同志の生き生きとした姿に、生命尊厳の仏法を根幹とするSGIの哲学、運動の素晴らしさが伝わってきます。海外のメンバーが朗々と勤行・唱題をする姿に新鮮な驚きを覚える方も多いようです。

 伊藤 まさに、学会が世界宗教として大きく発展している姿の象徴ですね。

 志賀 また、カテゴリー「池田先生の行動と軌跡」では、世界から称賛される、池田先生の平和・文化・教育運動を多角的に紹介しています。

 長谷川 ゴルバチョフ元大統領、マンデラ元大統領、松下幸之助氏ら、世界的な著名人と、池田先生との交流を特集した番組など、充実の内容となっています。

 原田 国境や民族などの違いを超えて平和・友好の道を開いてこられた先生の行動こそ、仏法が説く人間主義の真髄です。生き方の規範です。番組を通し、堂々と師匠の正義、師匠の偉大さを語っていきましょう。

 伊藤 本年末までの期間限定で、好評の3番組とネットCM2本を創価学会公式ホームページ「SOKAnet」内の特設視聴ページ「ネットでVOD」から見ることができます。

 志賀 これらの番組はパソコンやスマートフォンがあればいつでも、どこでも見ることができます。ぜひ、活用してください。

 原田 池田先生は「座談会とは、人間と正しい信仰とを結びゆく、最も民主的な語らいの場です。そして、希望と確信ある人生を勝ちゆくための強き発条なのです」と教えてくださいました。朗らかな座談会から、拡大の突破口を開いてまいりましょう。
咳エチケット励行
 伊藤 さて、現在、インフルエンザが大きく流行しており、全国各地で「警報」が発令されています。

 永石 インフルエンザとの診断があった場合は、医師の指示に従い、決して無理をせず休養をとりましょう。感染拡大の恐れもあります。会合参加も含め、外出は控えてください。参考までに、学校保健安全法では、出席停止期間を「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」としています。

 伊藤 厚生労働省では、感染症予防のための「咳エチケット」として、人が集まる場所で、咳やくしゃみをする時は「マスクを着用する」「ティッシュ・ハンカチで口・鼻を覆う」「袖で口・鼻を覆う」ことを呼び掛けています。

 原田 また、朝の冷え込みが厳しい季節です。毎日、聖教新聞を配達してくださる無冠の友の皆さまの健康・無事故を、皆で真剣に祈っていきましょう。

◆〈信仰体験〉 自身の卵巣がん 夫の大動脈弁狭窄症を共に越えて
  強盛な祈りで勝つ!

【東京都日野市】
日蓮大聖人が、門下の南条時光を苦しめる病魔に対し、厳しく責め、述べられた御聖訓がある。「鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまに・のむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか」(御書1587ページ)――二上育代さん(61)=旭が丘支部、婦人部副本部長=は、この御文を胸に刻んできた。自身と夫の闘病。病に向かう当事者と支える家族。両方の立場を経験し、題目への確信を深めてきた。

孤独から安心へ
 二上さんが体調に異変を感じたのは、2002年(平成14年)1月末のことだった。
 微熱が続き、1週間たっても治まらない。脇腹も痛み始め、手を当ててみると、固い……。
 病院を受診すると、「卵巣がんです」と診断された。通常は2センチほどの卵巣が、10センチほどにまで肥大。1カ月後に腫瘍を摘出することが決まった。
 だが、入院し、手術を待っていたある日、突然体調を崩す。何度も吐く中、医師が駆けつけると、腫瘍が破裂したことが判明する。緊急手術が行われた。
 「可能な限り、おなかの中も全てきれいにしましたが、腫瘍が破裂したため、がん細胞がどこかに残っているかもしれません。抗がん剤を投与し、その後、もう一度、リンパ節を取る手術をします」
 約半年間の抗がん剤治療が始まった。点滴を受け、2週間後にもう一度投与。次は3週間空ける――。それを5度繰り返す。
 抗がん剤の点滴治療を受けた日は、目まいと吐き気で、歩くこともままならなかった。髪が抜け、1週間は、水以外、食事も喉を通らないほど、気分が優れなかった。
 結婚した年に建てたわが家は、広布の会場に提供していた。2階の自室で寝ていると、階下の仏間から、会合参加者の笑い声が聞こえてくる。
 “私も、会合に参加したいなあ”
 人と会えない孤独な状況が、自身の生命力まで奪っていくように感じられた。
 “自分に、もしものことがあったら”
 当時、長男は成人していたが、年の離れた次男は小学3年生。暗い気持ちに襲われた。
 そんな時、婦人部の先輩が二上さんを訪ねてきてくれた。御書にある「法華証明抄」を引用し、池田先生の指導を紹介してくれた。
 先生はつづっている。
 「日蓮門下を病で苦しめる鬼神は、『剣を逆さまにして飲むことになるぞ。大きな火を抱き、身を焼かれることになるぞ。全宇宙の仏の大怨敵になるぞ』と、鬼神をも激しく叱咤し、門下を守ってくださっている」
 「皆さんも、『鬼神めらめ! 絶対にお前たちなどに負けるか!』という大信念と不屈の心をもつことです。勇気を奮い起こすことです」
 その励ましに、包み込まれるような安心感を覚えた。勇気をもらった。
 半年後、抗がん剤の投与を終え、リンパ節の切除手術を。手術は成功し、転移も認められなかった。

病魔へ挑む力が
 実は腫瘍破裂に伴う緊急手術から数日後、夫・寛さん(67)=副本部長(本陣長〈ブロック長〉兼任)=から、思いがけない事実を打ち明けられていた。
 「リストラされることになったんだ」
 夫は大手電機メーカーで、ブラウン管の製造設備の設計に携わっていた。業績の悪化や液晶テレビ時代への変化――厳しい現実を突き付けられた。
 「心配するな」と夫は笑った。術後間もない、病室のベッドにいる妻を、不安にさせたくなかった。
 「大丈夫よ。お互いが元気なら、何とかなる」――二上さんも笑顔で応える。それが、寛さんの支えにもなった。
 寛さんは、再就職を果たし、定年まで勤め上げた。そんな夫に病が見つかったのは、15年のことだ。
 定期健診で、心音に異変があった。精密検査の結果、心臓にある四つの弁のうち、「大動脈弁」に異常があることが分かる。「大動脈弁狭窄症」と診断され、狭心症(冠動脈の狭窄などにより、心筋が酸素不足に陥り、胸痛が起こる疾患)も判明した。
 翌年、人工弁への「置換手術」と、「バイパス手術」が行われた。右足の血管を代用して冠動脈の狭い箇所の前後をつなぎ迂回路を作る。手術は、10時間を超えた。成功したものの、二上さんは、医師からこう告げられた。
 「長年の生活で、心臓だけでなく肺に負担が掛かっていたため、術後、自力呼吸ができていません。人工呼吸器で、呼吸の回復を待ちたいと思います」
 寛さんは、そのまま集中治療室(ICU)へ。呼吸器や点滴など、7本の管につながれた。
 一日に許された面会時間は10分程度。二上さんが手を握ると、握り返してくる。耳元で「お題目だよ」とささやくと、眠っている夫は“分かったよ”と、うなずいたように見えた。
 自身の闘病を経て、今度は、夫の回復を待つ側に。自宅に戻ると、“何もできないことがもどかしい”と思った。だが、御本尊に向かい、祈る中、かつての婦人部の先輩の言葉を思い出した。
 「一切の病魔を打ち破る強気の祈りで闘い抜くこと。絶対に、大丈夫よ!」――。あの時の、先輩の烈々たる気迫を思い、ハッとした。
 “私には、題目がある。病魔と闘う、最大の力がある! 夫の病魔は、私が倒すんだ”
 ICUに入って5日後、夫は呼吸を回復。目を覚ました。現在、寛さんは体調と相談しながら、パートタイムで働く。「体が動く限りは、生涯現役」と。
                    ◇
 それぞれの病を越え、二人は今、同じ思いを抱いている。
 「かつては、当たり前に生きているように思っていました。でも今は、息をしていること、元気に動けること、共に歩む人がいること。その全てに感謝しています」
 学会の同志へ、地域の友人へ――。広布に歩む中で、その恩返しをと決意している。

◆〈世界の機関紙・誌から〉 アメリカSGI フィリップ・シャーパーさん 
自然と共生する研修機関を設立  「21世紀のソロー」よ羽ばたけ

 この仏法に巡り合ったのは、1986年のことでした。
 当時の私は、バレエダンサーとして、半ば放浪するようにヨーロッパで暮らしていました。
 

2018年1月14日 (日)

2017年1月14日(日)の聖教

2017年1月14日(日)の聖教

◆わが友に贈る

さあ友と会い語ろう!
人は対話の中でこそ
大きく成長できる。
生き生きと弾む命で
友情の花を爛漫と!

◆〈名字の言〉 2018年1月14日

 東京富士美術館で好評開催中の「東山魁夷展」(3月4日まで)。初期から晩年にわたる東山芸術の傑作約80点が公開されている▼幼少の頃、内気な性格だった東山氏は、部屋で絵本を見たり、絵を描いたりしていた。そんな氏を外の世界に連れ出したのが幼稚園の先生。“黒板にチョークで描いた花やチョウ、犬などを褒められた時は本当にうれしかった”と氏は述懐する(佐々木徹著『東山魁夷ものがたり』ビジョン企画出版社)▼中学校でも先生に油絵を褒められ、次第に画家を志すようになる。父親の猛反対に遭い、先生に泣いて打ち明けると、「親孝行は親が生きている間だけのことではない」と。さらに先生は熱心に父親を説得してくれた▼周囲の“あの時の一言”がなければ、国民的画家は生まれなかったかもしれない。励ましは、時に人生を左右する。とりわけ若い頃に認められ、信頼された記憶は心に深く刻まれ、その人を力強く支えていく▼「褒める」とは相手の長所を発見し、正しく評価する行為。ピントの外れた褒め言葉は「お世辞」と見透かされる。褒める側の「目」も試されているのである。きょうは本年最初の「未来部の日」。生命を磨きつつ、大いなる使命を持った宝の友に、精いっぱいの励ましを送りたい。(声)

◆〈寸鉄〉 2018年1月14日
 

 青年部が世の中に仏法の
 大確信を伝え切れ―恩師
 時代動かす言論戦今こそ
      ◇
 四国婦人部の日。燃える
 師弟共戦の志。後継と共
 に幸のスクラムを拡大!
      ◇
 人を感動させるなら自分
 が感動を―画家。幹部が
 率先で人間革命の挑戦を
      ◇
 わが子に信心の継承を!
 ここに創価の万代決する
 要。本年初の未来部の日
      ◇
 厳しい冷え込み。流感や
 風邪に呉々も注意。睡眠
 ・食事などをしっかりと

◆社説  あす「中等部結成記念日」  “未来の大樹へ”と総力挙げエール

   明15日は中等部結成記念日。池田先生は、「中等部の愛弟子の皆さん方が、ますます立派に成長してくれていること」が「何よりの誇り」と、メンバーに万感の期待を寄せている。わが地域の“創価家族”もまた、“未来の宝”へのエールを送り続けていきたい。
 近年は、恒例となった「E―1グランプリ」をはじめ、各種コンクールへの応募を通して励ます機会も多い。さらに今年は6月に実施予定の「教学部任用試験(仏法入門)」で、高等部員に加え、中等部員も受験可能となる。インターネットなどで、さまざまな情報が飛び交う現代において、中等部員の時代から教学を学び、確たる人生の指標、羅針盤となる哲学を学ぶことはとても重要だ。
 昨年8月、創価大学で開催された首都圏中等部の夏季研修会では、創大生を交えたディスカッションや代表による活動報告のほか、森中教学部長による「一生成仏抄」の講義が行われ、「勤行・唱題をする意義」や「成仏とはどういうことなのか」など、中等部員の素朴な疑問に答える内容が好評だった。
 参加者からは「朝晩の勤行・唱題は困難に負けない自分になっていくためにやっているのだと初めて知った」「祈りながら努力することが大切なんだということがわかった」など、反響の声が多く寄せられた。
 思春期の多感な時期だからこそ、正しい法理を学び、信仰する意味や学会の歴史、池田先生の思想や行動、功績を学ぶことは、未来部員にとって大きな触発となる。任用試験の勉強会はもちろん、部員会等でも積極的に御書や小説『人間革命』『新・人間革命』を学ぶ機会を取り入れよう。
 「未来ジャーナル」では今、池田先生の「未来対話『夢の翼』」が連載中だ。また5月号で任用試験特集紙面を掲載する予定。中・高等部向け御書学習の入門書『ビクトリー御書』も活用するなど、こまやかな配慮のもと、丁寧に進め、メンバーと共に研さんしていきたい。
 先生は、中等部員へのメッセージで「若くして信心にめぐりあえた皆さんは、自分自身の可能性を限りなく開く最強無敵の鍵を持っている。ゆえに、何があっても題目を忘れず、大いなる夢を掲げて、朗らかに青春の生命を開拓していってください」と呼び掛けている。
 わが地域の未来部員が世界に平和と友好の虹を懸ける大樹と育つことを願い、未来本部長、未来部担当者を先頭に、総力を挙げてエールを送っていこう。


◆きょうの発心   「挑戦」の心で創価の道を歩む 2018年1月14日


御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(聖人御難事、1190ページ)
通解  月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。

月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。入会した翌年の1973年(昭和48年)、大学受験に悩んでいた私は、初めて自ら唱題に挑戦しました。
 勉強にも励み、日を重ねるごとに、「大学に行きたい」という漠然とした願望が「断じて創価大学へ行く」との真剣な決意に変わっていき、合格できたことが自身の原点となりました。
 大学4年の夏、“母が入院”との電報が。「女手一つで育ててくれた母を助けたい」と題目を唱えました。やがて母は失明の危機を乗り越えて健康を回復し、学会活動に復帰することができました。
 結婚後、子どもの病や、仕事と活動の両立など、悩みは尽きませんでした。特に、娘が人間関係で悩んだ時には、私も心を痛めましたが、女子部の激励も頂き、今では元気に仕事に励んでいます。
 池田先生が教えてくださった、「挑戦し続けること」「戦い続けること」を人生の指針として、創価の道を歩んできました。
 師匠と素晴らしき同志の皆さまと共に東久留米広布に走れることに感謝しつつ、日々、「挑戦」の心で前進してまいります。
 東京・東久留米池田区本部長 高橋誠一

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩むⅡ――池田先生が贈る指針〉2 明確な目標こそ前進の力

御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
 (聖人御難事、1190ページ)
通解 月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔が、そのすきにつけ込んで襲ってくるであろう。

同志への指針

信心は永遠に挑戦だ。たゆまず自身と戦うことである。「今日の課題は何か」「今月の目標は何か」――明確に的を定め、具体的に祈ることだ。題目の師子吼で魔を打ち破り、満々たる生命力と随縁真如の智を湧き出すのだ。
 昨年まで、そして昨日までの自分より一歩、前進する。ここに「人間革命」の喜びがある。スタートダッシュで黄金の一年を勝ち進め!

【聖教ニュース】

◆フィリピン国立カガヤン大学が決定 池田先生に「名誉人文学博士号」 
教育貢献と平和推進への傑出した功績たたえ


 国立カガヤン大学のキャンパス。同大学には教育、美術、産業技術など多数の学部がある ※学長とキャンパスの写真は大学のホームページから
国立カガヤン大学のキャンパス。同大学には教育、美術、産業技術など多数の学部がある ※学長とキャンパスの写真は大学のホームページから

 フィリピンの国立カガヤン大学から、池田大作先生に「名誉人文学博士号」が授与されることが決定した。
 長年にわたる教育分野への多大な貢献と、平和推進への傑出した功績をたたえるもの。
 同大学理事会の厳正な審査を経て決議され、このほど、ウルドゥハ・テハダ学長から決定通知書が届いた。
 ルソン島の北東部に位置するカガヤン州。州都トゥゲガラオは商業・学問の中心地として名高く、観光名所も多い。この州都をはじめ州内に八つのキャンパスを構えるのが名門・カガヤン大学である。
 農業教育や科学技術の研究機関を前身に、1978年、総合大学として誕生。現在、多彩な学部を擁し、1万人を超える学生が学ぶ。
 大学の理念は“教育を通して、個々人の人生を最も豊かに充実させていくこと”。そして“地域社会の発展へ貢献する人材を輩出すること”である。さらに“国家と世界を結びゆく懸け橋に”との価値観を掲げ、学生の育成に総力を挙げる。
 池田先生は64年、広布旅の途次、フィリピンのマニラの空港で草創の同志を激励。さらに91、93、98年に同国を訪問。大統領ら国家首脳、各界の識者との会見や、フィリピン大学で記念講演を行うなど、日比両国の友好促進と教育交流の推進に尽力してきた。
 今回のカガヤン大学からの知性の宝冠は、平和・文化・教育への貢献とリーダーシップへの称賛であるとともに、先生の思想・哲学を、フィリピン社会が希求している証左にほかならない。 

◆福島・いわき市で「希望の絆」コンサート 2018年1月14日
音楽隊・関西吹奏楽団が“日本一”の熱演


 関西吹奏楽団の圧巻の演奏が響いた「希望の絆」コンサート(いわき芸術文化交流館アリオスで)
関西吹奏楽団の圧巻の演奏が響いた「希望の絆」コンサート(いわき芸術文化交流館アリオスで)
 音楽隊・関西吹奏楽団(吉村陽一楽団長)による「希望の絆」コンサートが13日、福島県いわき市のいわき芸術文化交流館アリオスで行われた。
 この日は東日本大震災から、ちょうど2500日。被災した同志をはじめ、吉野正芳復興大臣や同市の清水敏男市長ら多くの来賓・市民が鑑賞した。
 同楽団が東北を訪れるのは2015、16年に続いて3度目。そのたびに、“日本一”を勝ち取って帰ってくる。こう誓って心と技を磨いてきた。昨年の全国大会で4年連続の「金賞」に輝き、誓いを果たして迎えた今回のコンサートは、全国大会の課題曲「マーチ・シャイニング・ロード」(木内涼作曲)で開幕。重厚感ある演目やユーモアを交えた曲など、笑いあり、涙ありのステージとなった。
 あいさつに立った吉野大臣は「復興のために不可欠な『希望』と『元気』をいただきました」と語った。
 また同日、いわき文化会館でもコンサートが開かれた。 
 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈明日を求めて 池田先生の対話録Ⅱ〉第47回 上海大学 銭偉長元学長 
生ある限り働く。自身の汗を「発展」という大河に注ぐのだ

 “銭学長のご一生は、「自分のため」でなく「人々のため」の決心で貫かれています。私は心からの敬意を捧げます”――1998年4月6日、池田先生は銭学長と創大入学式に出席。学長の半生を通し、学生に祝辞を贈った
“銭学長のご一生は、「自分のため」でなく「人々のため」の決心で貫かれています。私は心からの敬意を捧げます”――1998年4月6日、池田先生は銭学長と創大入学式に出席。学長の半生を通し、学生に祝辞を贈った
 池田先生が上海大学の名誉教授に就任した1997年5月12日。授証式の会場に向かう先生と銭偉長学長を学生たちが出迎えた。
 銭学長は語った。
 「今、私たちがいるこの場所は、日本軍が攻撃し、すべてが破壊されつくし、焼け野原になった場所なのです。そこに、この大学が立っているのです」
 激しい市街戦で大学は大きな被害を受けた。学費はおろか、その日の食事に事欠く学生を、市民がバザー活動で支えた。大学を守るため、研究者は自らの生活を後回しにして書物を買い集めた。
 窮乏を乗り越え、市民が戦災の焦土から団結して立ち上がった舞台こそ、この上海大学であった。
 「池田先生を心から歓迎します。先生は中日の友好と平和のために尽くしてこられた。そのために、人民を団結させてこられた。先生が努力してこられたように、私たちも努力したいと思います」
 「私は一貫して軍国主義に反対です。しかし日本の人民の感情を傷つけたくはありません。中国と日本は、力を合わせて、偉大なる東アジアを建設すべきです」
 銭学長の言葉に、池田先生は深謝して語った。
 「日本と中国は絶対に『世々代々の友好』を実現しなければなりません。そのために私は青年に、正しい歴史観と友好の精神を語っています」
 中国と国交を結ぶなど考えられなかった時代に、池田先生は身の危険を冒しながらも「日中国交正常化提言」を発表(68年9月8日)。その後も日中友好に尽くしてきた行動を知り、銭学長は深い信頼を寄せたのである。
 銭学長は1912年生まれ。池田先生より15歳年上である。後に世界的な物理学者として活躍するが、少年時代は不遇だった。
 政情不安の中で小学校を転々とし、中学校を退学。だが、父が向学を後押ししてくれた。
 大学入学の日は雨。銭青年は、見送りに来た父と、破れた一本の傘に入って歩いた。病身の父は、咳き込みながら言葉を継いだ。
 「しっかりと努力するんだぞ。……決して、時を空しく使うな。誰にしたって……苦しい中を頑張り続けて、初めて、ことを成就できるのだ。忘れるな」
 父は39歳で世を去る。この言葉が銭学長への遺言となった。
 「今なら薬で治せる病気だったのですが、貧しくて薬が買えなかったのです……」。大学に入った時、銭青年は、生まれて初めて新しい服に袖を通した。
 31年、名門・清華大学に入学し、卒業後はカナダ、アメリカに留学。ロケット工学で研究成果を上げ、アポロ計画の基礎をつくった。
 そのまま恵まれた環境で研究に打ち込むこともできたが、学長は激動の中国に戻ることを選んだ。
 大学は日本軍の病院として使用され、廃虚と化していた。建物を掃除するところから、祖国での闘争は始まったのである。
                      ◇ 
 だが57年、44歳の時、銭学長は反革命の“右派”と決め付けられ、免職処分に。きっかけは、銭学長が提案した教育改革案だった。
 既成の知識を覚えるだけではなく、自分で問題を分析し、解決できる能力を育てる。そのために、教師は教科書を読むだけの存在ではなく、教師自身が研究で進歩しなければならない――この正論が問題視された。背景には、銭学長へのねたみがあったとされる。 
 文化大革命(66~76年)では、家族にまで迫害の累が及び、子どもたちは「犬」と罵られた。
 「銭偉長! 5分以内に出頭せよ!」
 大学構内のスピーカーで批判集会に呼び出され、口汚く罵倒される。髪をそられた銭学長の首には“罪人札”が掛けられ、革のベルトで打たれた。
 苦境の銭学長を支えたのが、周恩来総理であった。
 かつて学長は、総理が指導する科学事業に参加した経験がある。総理は、中南海の自宅に学長を招き、折に触れて激励を重ねた。
 さらに、活動が制限された銭学長を外国要人との会見に同席させるなど、名誉回復のために心を尽くす。「四人組」の策謀に耐え、病魔と闘いながら、周総理の励ましは逝去直前まで続いた。
 それゆえに銭学長は、医師から仕事を止められていた周総理が、病軀を押して池田先生と会見した意義を深く受け止めていた。
 銭学長に自由な活動が許されたのは、70歳を過ぎてからである。
 「生ある限り、夜を日に継いで働こう! たとえ、わずかであろうと私自身の流した汗を、祖国の怒濤のごとき発展の大河に注ぎこむのだ」。78年以降、銭学長が発表した論文は100を超えた。
                     ◇ 
 98年4月6日、創価大学を訪問した銭学長は、周総理をしのび、日中友好を願って植樹された「周桜」を訪れた。周総理の生誕から100周年に当たっていた。
 その夕刻、二人は東京牧口記念会館で語り合っている。
 日本の軍国主義に真っ向から反対した牧口先生が、冷たく狭い独房で獄死したこと。自分が死にもの狂いで働き、牧口先生の平和の魂を残す記念館をつくろうと誓ったことを池田先生は述懐した。
 「21世紀は全部、青年にバトンタッチする以外にありません」
 そう先生が語ると、銭学長は、「中日の青年が手を携えれば、中国、アジアの平和はもとより、世界の平和へとつながります」。
 さらに「私は重ねて言いたい。私たちの世代ができなかったことを、次の世代に託したい、と。断じて受け継いでもらいたいのです。それしかありません」。
 池田先生が銭学長に贈った詩には、こうある。
  
 日中民衆の友情の海を
 文化と教育の舵を握り
 われら兄弟 手を携え
 新たな千年へ 船出せん!
  
 池田先生の日中国交正常化提言から半世紀――民衆の友誼の往来は、いかなる嵐にも揺るがず、万代へと続いていく。

 銭偉長(せん・いちょう) 1912年、中国・江蘇省生まれ。清華大学を卒業後、カナダ・トロント大学で応用数学の博士号を取得し、米カリフォルニア工科大学に勤務。ジェット工学研究所でロケット工学に多大な業績を残し、アポロ計画の基礎を築いた。46年に帰国し、清華大学教授に就任。その後、周恩来総理が指導する科学プロジェクトに加わった。57年、右派のレッテルを張られ、免職。26年にわたって迫害を受けた(正式な名誉回復は83年)。高エネルギー電池を開発し、78年から92年までの15年間で約100編の科学論文を発表した。全国政治協商会議副主席、中国科学院院士、中国海外交流協会会長等を歴任。2010年7月、97歳で逝去。
 〈引用・参考文献〉池田大作著『私の世界交友録Ⅱ』読売新聞社(『池田大作全集』第122巻所収)、天児慧他編『岩波現代中国事典』岩波書店、時事通信出版局編『扉はふたたび開かれる――検証 日中友好と創価学会』信太謙三監修・編著/時事通信社、南開大学周恩来研究センター著『周恩来と池田大作』周恩来・鄧穎超研究会訳/王永祥編・朝日ソノラマ、厳家祺・高皋著『文化大革命十年史』辻康吾監訳・岩波書店ほか。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈ターニングポイント〉 けがを越え、たどり着いた理学療法士の道 松永義雄さん
  「試練」から「使命」を見つける力


 理学療法士の松永義雄には新春の楽しみがある。全国高校サッカー選手権のテレビ中継を見ることだ。熱い声援を一身に受ける選手たちは、青春の全てをぶつけ合う。“みんな、輝いているな”。
毎年、胸が熱くなる。松永自身も18年前、その頂点を目指した一人だった。

 成績優秀で強豪サッカー部の主将、生徒会副会長もしていた。誰もが「いいやつ」と慕い、周りの3倍努力するストイックさも持つ。プロサッカー選手になることを、友人も信じて疑わなかった。
 1999年(平成11年)、高校最後の夏。インターハイ2回戦敗退の雪辱を期して臨んだ国体予選の事実上の決勝戦。司令塔の松永を起点に先制ゴールを奪った。その直後、相手の激しい当たりを受け、ピッチに倒れた。担架で運ばれた後、チームは逆転負け。夢もついえた。
 松永に残ったのは「左膝前十字靱帯断裂」という、選手生命を断つけが。
 “なぜ俺が……”。リハビリに通う中、けがをした試合で活躍したライバルが、プロ選手になったことを知る。
 “もしも、けがをしなければ……”
 心に渦巻く悲哀、憤怒、失望。わずかな希望を信じて、大学へ進み、サッカーを再開したが、3年の時、今度は右膝の前十字靱帯が断裂。2度目の挫折で、松永の心は折れた。目標を失い、自暴自棄になった。毎晩のように遊び歩く。だが、帰宅し、一人になると、残っているのは虚無感だけ。
 ある日、自宅の本棚の『希望対話』が目に入った。中学生の頃、信心に熱心な母親に薦められ、好んで読んでいた。懐かしさで、ページをパラパラとめくる。一文が目に留まった。
 〈幸不幸は、環境で決まるのではない。自分で決まる。環境に負けるか、打ち勝つか。それで決まる〉
 中学生の時は、“ふーん”と思っていた。だが今は――。心にズシンと響いた。“俺の人生は惨めだと思っていたけど、それは、変えられるんじゃないか”
 導かれるように御本尊の前に座り、題目を唱えるようになった。
 祈る中、頭に浮かんできたのは、自分と同じようなけがをした人が、新しい夢に向かって挑戦している姿。そして、けがをした時、親身になって支えてくれた理学療法士や柔道整復師など、チームのスタッフたちの姿だった。
 表舞台に立たずとも、選手を陰で支える人がいる。“あの人たちのように、けがをした人に寄り添い、励ませる自分になりたい”。心が決まった。
 9年後の2011年、松永は、プロサッカーの世界にいた。大学卒業後、専門学校で猛勉強し、理学療法士に。採用枠の少ないプロサッカーチームのメディカルスタッフになった。
 だが選手たちは、松永よりも経験豊富なスタッフにボディーケアを依頼した。松永は負けじと専門書を開き、技術を身に付けるが、頼ってくれる人は少ない。
 “他のスタッフと何が違うんだろう?”
仕事を終え、意気消沈する松永が向かったのは、創価学会の男子部の集まりだ。一人一人が日々の挑戦や悩みを語り、励まし合う。実は松永は、相談するのが大の苦手。“弱さをさらけ出す”ことは、ダサいことだと思っていた。しかし、この時は不思議と口にしていた。
 男子部の先輩から思いがけない答えが返ってくる。「スマートにやろうと思わなくていいんだよ。もっと失敗だらけ、泥だらけでいい。苦しい時だからこそ、何か得られることもあるはず。そうやって、“人間力”が磨かれていくんだよ」
 ドキッとした。“何で、俺のことが分かるのかな”
 先輩たちはいつも赤裸々に失敗談を語っていた。でも、愚痴や弱音には聞こえない。「できない自分」から「できる自分」へと、はい上がろうとする不屈の意志がビンビン伝わってくる。
 それから数日後、けがに悩む選手が訪ねてきた。「結果を出さないといけない。けど、無理をすると、けがが怖くてね」。その何げない一言に込められた“焦り”が、松永には痛いほど分かった。“俺も同じだった”
 松永は照れながらも、挫折してきた青春を打ち明けた。高校や大学時代のけがのこと、長期間のリハビリを越えて、今、夢の舞台で働いていること……。
 そして、「試練を成長のバネにできるか、できないかは、全部、自分で決まると思うんです。それなら、変わるチャンスと考えてみませんか。僕が学んできた知識や技術は『与える』ものではなく、あなたの可能性を『引き出す』ためのもの。一緒に戦わせてください!」と。
 選手はその後、万全の状態で復帰し、今でも現役として活躍している。また、松永に依頼する選手も増え、5年間で、100人以上の選手を担当した。
 一昨年、病院勤務から独立し、事業所「BRIO」を立ち上げた。イタリア語で、「生命力あふれる」という意味。松永は、もっと多くの人に関わりたいと、病院や診療所、学校などに赴き、一人一人に寄り添った活動を始めた。また、発達障がいのある子どもへの運動教室や、スポーツ指導者向けの講演、中高生には、けが予防の指導などを行っている。さらに、海外での展開も準備している。
 「“もしも、けがをしなかったら”とは今も考えます。それだけ真剣だったから。でも後悔はしていません。試練と向き合い、意味を見いだすことで、想像を超える使命の道を開くことができたから」

まつなが・よしお 1981年(昭和56年)生まれ、同年入会。岐阜市在住。中学時代、県内のクラブチームの主力メンバーとして、日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会の準優勝に貢献。高校時代は県内の強豪校で主将を務めた。大学卒業後、専門学校に学び、理学療法士の資格を取得。プロサッカーチームのメディカルスタッフや整形外科病院の理学療法士として尽力した。一昨年、「BRIO」を設立。病院や診療所、学校などに赴き、理学療法士の観点で活動している。男子部本部長。宇佐支部。

2018年1月13日 (土)

2017年1月13日(土)の聖教

2017年1月13日(土)の聖教

◆わが友に贈る


未来部を応援しよう!
宝の子どもたちが
「心が軽くなった」
「自信が湧いた」と
笑顔になれる励ましを!

◆〈名字の言〉 2018年1月13日

 その日にあった感謝すべきことを記す「感謝ノート」が5冊目になりましたと、青森の婦人から投稿をいただいた▼きっかけは自営業を営む夫の病だった。後遺症も残る。夫も家計も支えねばならず、妻として困り果てていた時だ。夫を亡くした体験を持つ同志から“そんな時こそ感謝できることを見つけてごらん”とアドバイスが。ノートに書き出すうち、どれほど多くを周囲に支えてもらっているかに気付いた▼八王子の婦人からの投稿には、以前に聖教で紹介された「一日3つの幸せ」を探す努力を、発達障がいのある長男と一緒に続けていますと。「給食がおいしかった」「風が気持ちよかった」。どんなことでもいい。五感を研ぎ澄ませてみる。小さな幸せに気付く力を鍛えることで、長男は和やかで明るい生き方に変わった▼ある年の正月、日蓮大聖人は「さくら(桜)はをもしろき物・木の中よりさきいづ」(御書1492ページ)と手紙につづられた。ごつごつとした木の中からも、やがて美しい花が芽吹くではないかと。迫害の連続の人生にあって、森羅万象から希望を見いだされた▼「祈る」という行為は“気付きのアンテナ”を立てることでもあろう。わが心の大地を耕し、日々、感謝の種をまき、幸せの芽を伸ばしていきたい。(進)

◆〈寸鉄〉 2018年1月13日

 人生を価値創造していく
 学会の哲学を時代は希求
 ―博士。幸福建設の指標
      ◇
 創価班・牙城会大学校生
 が弘教に挑戦。生涯の原
 点を築く時。負けるな!
      ◇
 活動が活発になるか否か
 長たる者で決まる―戸田
 先生。最前線を走り抜け
      ◇
 大学入試センター試験が
 今日から開始。受験生の
 健闘祈る。執念で栄冠を
      ◇
 車の子供座席、59%が不
 適切な取付と。命守る為、
 今一度確認。事故は一瞬

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 三十 2018年1月13日
 (6271)
 

 山本伸一は、語るにつれて、ますます言葉に力があふれていった。
 「日蓮大聖人は、さらに仰せである。
 『但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり』(御書九六二ページ)
 御自身の生涯が、いかに迫害の連続であったとしても、それは、もとより覚悟のうえである。どんな大難に遭おうが、決意が翻ることはないし、誰に対しても恨みもないとの御断言です。
 広宣流布の久遠の使命を果たし抜いていくうえで、また、一生成仏を遂げ、崩れざる幸福境涯を確立していくうえで、最も大切なことは何か――。それは『覚悟の信心』に立つことです。心を定め、師子の心をもつならば、恐れるものなど何もありません。
 そして、その時、自分を苦しめ抜いた、もろもろの悪人も、すべて善知識となっていくんです。覚悟を定め、大難に挑み戦うことによって、自らの信心を磨き鍛え、宿命転換がなされていくからです。
 大分の皆さんは、今回の問題で、大変な苦労をされた。でも、それは、次への飛躍を遂げるジャンプ力になっていきます。
 私は、もう一回、広布の大闘争を開始します。本当の創価学会を創ります。皆さんも、私と一緒に戦いましょう!」
 「はい!」
 力強い、決意のこもった声が響いた。最も辛酸をなめた大分の同志は、伸一と共に、決然と立ち上がったのだ。
 懇談会では、「男子部員で、この宗門事件によって学会を離れていった人は、ほとんどおりません」との、嬉しい報告もあった。
 伸一は、身を乗り出すようにして言った。
 「そうか! すごいことじゃないですか。青年が盤石ならば、大分の未来は盤石だよ。青年たちに、前進の励みになるような、何か指針を残したいな」
 大分では、明後日の十日に、県の青年部幹部会を予定していた。   

【聖教ニュース】

◆愛知・名古屋市博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展が開幕 
在大阪イタリア総領事、名古屋市長らがテープカット  東京富士美術館企画


 開会式のテープカット。右から、中日新聞社の鷲見取締役事業担当、名古屋市博物館の伊藤館長、河村市長、ディオダーティ総領事、東京富士美術館の平山参事(名古屋市博物館で)
開会式のテープカット。右から、中日新聞社の鷲見取締役事業担当、名古屋市博物館の伊藤館長、河村市長、ディオダーティ総領事、東京富士美術館の平山参事(名古屋市博物館で)

 東京富士美術館(八王子市)企画の「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」名古屋展の開会式が12日、愛知・名古屋市博物館で行われ、在大阪イタリア総領事館のルイージ・ディオダーティ総領事、河村たかし名古屋市長らが出席した(主催=同博物館、中日新聞社。一般公開は、きょう13日から)。
 ◇ 
 「作品からあふれる躍動感が時代を超えて迫ってきます。これほどの貴重な機会は滅多にありません。一人でも多くの人に、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロというルネサンスの二大巨匠の“幻の競演”に触れてほしい」
 同博物館の伊藤彰館長の声に熱がこもる。
 後世の人類に多大な影響を与えた2人の天才が挑んだ“革命的大壁画”。その謎に迫る同展のメイン作品「タヴォラ・ドーリア」は、レオナルドが手掛けた壁画「アンギアーリの戦い」の中心部を描いた16世紀前半の油彩画である。
 剣を振り上げ、猛々しい表情で激突する軍旗争奪の場面は、天才レオナルドの筆遣いを最も忠実に伝えているとされている。
 一方、レオナルドの「アンギアーリの戦い」とともに、フィレンツェのヴェッキオ宮殿に描かれるはずだったミケランジェロの壁画「カッシナの戦い」の下絵模写も出品(2月18日までは複製を展示)。会場では、両巨匠の才能に包まれた芸術の世界を存分に味わうことができる。
 日本の各方面で反響を呼んできた同展では「天才ダ・ヴィンチのひみつ」コーナーも開設。幅広い分野で功績を残したレオナルドのアイデアを再現した立体模型(栃木市所蔵)が並び、親子で楽しめる内容になっている。
 開会式では、主催者を代表して河村市長、中日新聞社取締役事業担当の鷲見卓氏があいさつ。ディオダーティ総領事は、「歴史的なこの展示会を両国友好の懸け橋に」と期待を述べた。
 【案内】
 ▽会場=名古屋市博物館(愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂通1の27の1)
 ▽会期=3月25日(日)まで。月曜休館(2月12日は開館。翌13日は休館)、第4火曜休館(1月23日、2月27日)
 ▽開館時間=午前9時30分から午後5時まで(入場は同4時30分まで)
 ▽入場料=一般1300円(1100円)、高校・大学生900円(700円)、小・中学生500円(300円)。未就学児は無料。カッコ内は各種割引料金 

◆米ロサンゼルス郡から池田先生に顕彰状  「人類の平和と幸福への貢献に感謝」


贈られた顕彰状
贈られた顕彰状

 アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡から、池田大作先生の長年にわたる平和貢献をたたえ、「顕彰状」が贈られた。
 ロサンゼルス郡は、同国屈指の大都市ロサンゼルスを中心に、約1000万人の人口を有する西海岸を代表する地域である。
 1960年10月22日、池田先生はロサンゼルスを訪問し、北米初となる支部を結成。アメリカ広布の大道を開いたその歴史を、同地のメンバーは、最大の誇りとしている。
 「良き市民たれ」との先生の指針を胸に、地域に信頼の根を張り、非暴力の精神を伝える「ガンジー・キング・イケダ――平和建設の遺産」展の開催や、地元の大学等への図書贈呈を行うなど、人間主義の哲学を掲げて幅広く友情の連帯を広げてきた。
 2010年12月には、そうした活動の精神的支柱となった池田先生に対して、同郡から「名誉郡民証」が贈られている。
 1月2日付で記された今回の顕彰状には、同郡のヒルダ・ソリス行政長官(第1区)の署名入りで、「池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の90歳の誕生日を祝い、生涯にわたる人類の平和と幸福への貢献に対する感謝とともに」との言葉がつづられている。
 顕彰には、地域のさらなる発展を目指し、“池田先生とSGIと共に進んでいこう”との郡の期待が込められている。 

◆ロマン総会から「3・16」へ 華陽姉妹が栄光の前進 2018年1月13日

 本年の3・16は、「広宣流布記念の日」の淵源となった広布後継の式典から60周年。
 さらに、女子部の「池田華陽会」が誕生して10周年の佳節である。
 全国・全世界の華陽姉妹は今、広布と人材の拡大で栄光の記念日を飾ろうと、さっそうと対話に駆けている。
 列島各地では、今月から「ロマン総会」を開催(2月4日まで、本部・支部単位)。“婦女一体”の「サン❀フラワー キャンペーン」を活動の柱に、新たな友を糾合するべく励ましの語らいを広げている。
 中部・尾張総県では、圏や本部単位で婦人部と女子部の代表が定期的に協議を重ね、華陽のスクラム拡大に総力を挙げる。中でも海部希望圏の大治本部の取り組みが光る。
 女子部の友と婦人部のリーダーが集う「ひまわりガーデン」を実施。そこで語られる婦人部の信仰体験などが感動を呼び、前進の原動力に。日常的な“婦女一体”の訪問激励の勢いも強まり、活動するメンバーの水かさは増した。
 そうした実践によって、昨年の「ロマン総会」には、一昨年の約2倍の女子部員が参加。趣向を凝らした総会の内容も好評で、「こういう楽しい集いに、また参加したい」との声が相次いだ。
 いよいよ全国でスタートする本年の総会に向け、伊藤女子部長、山本書記長は固く決意する。
 「ロマン総会を通して、華陽姉妹の連帯を大きく広げます。そして、広布後継の『3・16』へ、新たな人材の花を爛漫と咲き薫らせていきます!」

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆インド創価池田女子大学で1・2「世界調和の日」記念式典を開催 2018年1月13日

女性の世紀を駆ける創価池田女子大学の学生たちが、“イケディアン”として生きゆく宣誓を

女性の世紀を駆ける創価池田女子大学の学生たちが、“イケディアン”として生きゆく宣誓を

 南インド・チェンナイの創価池田女子大学で2日、1・2「イケディアン(池田先生の哲学の実践者)・世界調和の日」を祝賀する式典が行われた。

◆〈世界のザダンカイ〉 オーストラリア シドニー    差異を超える人間の連帯を


シドニーのレーン・コーブ・ノースグループの座談会。「皆さんが喜んでくれるなら」と、ステインズ理事長がギターの弾き語りを披露した(昨年11月25日)

シドニーのレーン・コーブ・ノースグループの座談会。「皆さんが喜んでくれるなら」と、ステインズ理事長がギターの弾き語りを披露した(昨年11月25日)

 南半球のオーストラリアは夏真っ盛り。この地でも毎月、“ザダンカイ”が行われ、太陽のような笑顔が広がっている。ここでは、シドニーで行われた「グループ座談会」の模様を紹介する。

◆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 原田稔会長  青年を先頭に「3・16」60周年へ前進  励ましの力で人間革命と広布拡大を


 一、「世界広布新時代第30回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 本日は、SGIメンバーも代表で参加されております。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
 さらに本日は、新成人の代表も参加しています。栄光の人生へ第一歩を踏み出す門出に、祝福の大拍手を送ろうではありませんか(大拍手)。
 一、初めに、昨年末の財務につきまして、広布部員の皆さまの尊き真心に、あつく御礼申し上げます。かつて池田先生は、「真心の財務をもって学会を守り、学会を発展させ、広宣流布の勝利の道を大きく開いてくださっている功労者の方々にも、深く御礼を申し上げていかねばならない。その心がある限り、学会は発展する」と、ご指導くださいました。
 弘教は、人々に正法を教え施す「法施」に当たり、財務は、その活動を経済面から支える「財施」です。法施と財施の両輪が相まってこそ、この現実社会で広布を推進できます。ゆえに、広布部員の皆さまの大功労は計り知れません。本当にありがとうございます(拍手)。
 併せまして、学会の大動脈たる「無冠の友」の皆さまにも、衷心より感謝申し上げます。
 明年11月の「世界聖教会館」落成に向け、全国の配達員・通信員の集合写真が、今月から順次、聖教紙面に掲載されることとなりました。誠におめでとうございます(拍手)。
 特に冬は、暗い時間帯の配達が増え、早朝の冷え込みも厳しく、積雪や路面凍結などによる転倒事故が起こりやすくなっています。どうか健康・無事故の配達を、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 一、さて、2018年「世界広布新時代 栄光の年」がにぎやかに開幕しました。
 池田先生も3日、広宣流布大誓堂で勤行・唱題し、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。
 その御宝前には、昨年11月に世界のリーダーが署名した「創価学会会憲」の署名簿も供えられ、先生は「『異体同心』のスクラムで、一段と世界広宣流布を進め、各国・各地が平和に安穏に、繁栄していかれるよう、真剣な祈りを捧げた」と、つづってくださっております。世界中の池田門下にとって、これにまさる喜びはございません。
 そして、何よりうれしいニュースは、池田先生の卒寿をお祝いする1月2日、イタリアのトゥルシ市と韓国の天安市から先生に名誉市民称号が贈られ、これで先生に授与された名誉市民称号が「800」となったことであります。古今東西に類例を見ない、まさに前人未到の壮挙です。大変におめでとうございます(拍手)。
 一、名誉市民称号は、民族や宗教の壁を超えて、「世界市民」に寄せられた尊敬と信頼の証しです。池田先生の平和・文化・教育へのご業績の偉大さを、雄弁に物語っています。
 そして特筆すべきは、それらの都市の多くは、直接、先生が訪れたことのない地だという事実です。
 今回、先生に名誉市民称号を贈ったトゥルシ市のコズマ市長は、数年前から地元のSGIメンバーと交流を重ねてきました。その中で、誠実に対話と友情を広げるメンバーの姿に共感を覚え、さらに先生の著作などを通して、その平和運動の足跡を知るなど、長年にわたって理解を深めてこられました。
 また、天安市は「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる抗日運動の女性闘士・柳寛順の故郷であり、独立記念館も立つ地です。
 SGIの友は、この天安市で環境保全運動や慈善バザーなど、幅広く地域のために尽くしてきました。具市長は、そうしたメンバーの行動を通してSGIの哲学を知り、支部の集いにも来賓として参加。交流を重ねる中で、池田先生に深い信頼を寄せるようになりました。昨年は天安希望文化会館の開館式にも出席し、祝辞を述べてくださっています。

「弟子の勝利」が「師匠の勝利」と

 一、この両市に限らず、いずこの地にあっても、地道に社会貢献の行動を続けるメンバーの姿が注目され、やがて、その活動の根底に脈打つ池田先生の人間主義の理念への理解が広がり、深い共感へとつながっています。
 「弟子の勝利」こそ「師匠の勝利」です。そして、弟子の勝利とは、現実の広布拡大以外にはありません。
 池田先生は、小説『新・人間革命』に、こうつづってくださっています。
 「学会を守ることが私を守ることになる。一人の会員を、十人、百人、千人の会員を守ることが、私を守ることです。なぜなら、私の人生は、そのためにあると決めているからです」「学会を離れ、会員を離れて、私はない。もし、君に少しでも、私を守ろうという心があるなら、学会の組織の最前線を走り抜き、会員を守ることです」と。
 学会のありとあらゆる今日の活動は、この娑婆世界にあって事実の上で広宣流布を伸展させ、立正安国を実現するために、全て池田先生が手作りで築き上げてくださったものであります。
 その宝を受け継ぎ、守り、さらに発展させゆく、最も地道にして粘り強き戦いなくして、師弟の精神など断じてありません。
 日蓮大聖人は、「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」(御書509ページ)と仰せです。私を見よ! 創価の青年を見よ!――こう胸を張って宣言しゆく時こそ、この「栄光の年」であります。
 まずは「3・16」60周年を、全門下の折伏・弘教、そして、創価後継の青年拡大をもって大勝利し、池田先生にご安心いただきたい。
 一、2月から毎月、極力、会合をなくして、全てのリーダーが徹底した訪問激励へと歩きに歩く「励まし週間」を設定します。一人一人に寄り添い、励ます中で、人間革命と広宣流布の実践に立ち上がらせていきたい。
 さあ、「今年こそ!」との大誓願の祈りで、先生と共に、広布と人生の「栄光の年」を勝ち進もうではありませんか(拍手)。

◆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 永石貴美子婦人部長  平和と幸福の連帯を広げよう

 一、ますますお元気な池田先生・奥さまのもと、世界宗教へ飛翔する「世界広布新時代 栄光の年」開幕の本部幹部会、大変におめでとうございます(拍手)。

◆〈信仰体験〉 雪の秋田指導、青年平和合唱祭が原点 不屈の祈りで病に勝つ!
  大腸がん、肝臓への転移を克服   断じて生き抜くと決めた



【山形市】1982年(昭和57年)1月、秋田を訪れた池田先生は、県幹部会や自由勤行会などの集い、広場や往来での記念撮影を通し、滞在6日間でおよそ9300人に及ぶ同志に励ましの声を掛けた。36年が経過した今も、多くの同志が“雪の秋田指導”を心の支えとして、自身の課題に挑み、地域に幸福の連帯を広げている。寒風が吹き付ける街頭での師との出会いを胸に刻むのは、遠藤文人さん(53)=香澄町支部、副圏長。昨年、単身赴任で秋田から転居した山形の地で、信心根本に大腸がんと肝臓への転移を克服した自らの体験を語り、病と闘う友に希望を送っている。

手のぬくもり
 その年の1月10日は日曜日だった。昼時、遠藤さんの母・恙子さん(83)=副白ゆり長=が家族に食べさせようと餅を焼いていた、そこへ「池田先生、秋田入り」の一報が飛び込んできた。しかも、程なく地元の国道を通過する予定という。
 遠藤さんは当時、高校2年生。もちろん、池田先生のことは話に聞いてはいたが、どこがどう偉大な人なのか考えも及ばない、遠い存在だった。
 「餅食ってる場合でねえ! 早くあべ(行こう)!」
 訳も分からず母にせかされ、雪道を駆けだした。壮年部員が営むすし店が国道沿いにあり、そこまで速足で5分少々。見知ったおじさん、おばさんが店の前に集まり、総勢70~80人になっていただろうか。
 国道を走り抜ける先生の車を、手を振って見送ろう。そんな思いで、今か今かと待ち続けていた一団の前に、ふいに1台の車が停車した。
 そして思い掛けず、目の前に池田先生が降り立った。だが誰もが緊張してしまい、しばし「先生」という一声が出なかった。
 「先生は車中から私たちを見つけ、車を横付けしてくださったんです。師匠をお迎えした地域のおじさん、おばさんたちの感極まった様子と、握手してくださった先生の手のぬくもりを、今もはっきりと覚えています」
 その3年後の85年5月に開催された第1回秋田青年平和合唱祭に、遠藤さんは男子部の組み体操の一員として出演。厳しい練習を耐え抜き、池田先生の前で闘魂みなぎる演技を披露できたことが、青年時代の原点となっている。

43歳の誕生日
 2007年(平成19年)9月、父が他界。翌10月には勤務先の日本郵政公社が民営化され、公私共に大きな変化に直面しながら、遠藤さんは支部長として、広布の最前線で奮闘した。
 12月2日、43歳の誕生日を迎えた午後、激しい腹痛に見舞われた。前日まで全く自覚症状がなかったが、検査で大腸に腫瘍が見つかった。
 翌3日に緊急手術。ステージ3の大腸がんだったと告げられたのは、手術で切除した後だった。
 “早く元気な体になって同志と共に広布の活動に励みたい!”との一心で、病室で懸命に題目を唱え、医師の適切な処置もあって、年内に退院を果たす。
 「抗がん剤の投与を受け、これでもう大丈夫と思っていたんですが、実は1年もたたないうちに、宿命と向き合う再びの闘いが待ち受けていたんです」
 08年秋。定期的に通院し、診察を受けていた遠藤さんに、医師が腫瘍マーカーのデータに目をやり、告げた。
 「転移の可能性があるので、詳しく調べましょう」
 CT検査の結果、やはり、肝臓に転移していた。しかも、すぐそばに太い静脈があるため、その病院では切除手術が難しいと判断され、化学療法を受けることになった。
 「切除できない」という医師の言葉が、遠藤さんには“死の宣告”に聞こえた。
 思えば父の死から1年余り。“おやじの後を追うのか……”。不安と絶望で、心は黒く塗りつぶされた。

信心で再起を
 題目を唱える気力が湧かず、病に立ち向かう勇気も出せない。そればかりか、迫り来る死の恐怖を忘れようと酒に逃げ込み、揚げ句は、妻・亜紀子さん(49)=地区副婦人部長=や2人の娘の気遣いさえ受け止められず、「誰も俺の気持ちなんか分かりはしない」と当たり散らした。
 そんなある日、医師でもある信心の先輩、武田正人さん(63)=第1秋田総県副総県長、総秋田総合ドクター部長=が見舞いに来訪。病状を聞き、「設備の整った病院だと切除手術を受けられるかもしれない」と助言してくれた。
 そして、信心で試練を乗り越えようとする気迫に欠ける、遠藤さんの“弱さ”を察知した武田さんは、今度は毅然と言った。
 「今こそ信心で立ち上がる時です。このままだと、周囲の人を恨みながら死んでいくことになりますよ」
 命の奥底に巣くう魔を打ち破ろうとする先輩の一言が、グサッと胸に刺さった。自分は何のために信心してきたんだ……。池田先生から何を教わってきたんだ……。「つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234ページ)とは、今の自分のことじゃないか……。
 心の底から、“もう一度、信心で立ち上がろう!”と思えた。酒を断ち、猛然と題目を唱え始めた。
 その後、担当医の同意を得て転院。新たに診察に当たった医師が言った。「切除はできます。ただし、5年生存率は40%です。どうしますか」
 遠藤さんは、恐れなく答えた。「切除してください。お願いします」

師匠のように
 年が改まった09年1月、手術で肝臓の3分の2を切除した。抗がん剤の副作用に苦しんだが、強い心で耐え抜いた。
 ある先輩が、池田先生の壮年部への指針を収録した冊子を届けてくれた。
 「生老病死は人間の常である。病気になったから、信心に負けたわけではない。永遠の生命から見れば、また一念三千の法理から見れば、すべてに意味がある」「『信心即健康』の軌道で、聡明に、賢明に、健康を維持しながら、
ご家族のため、自分自身のため、そして広布のため、近しい同志のために、生きて生きて生き抜いていただきたい」
 病院のベッドで読み進むうち、師匠の思いが胸に染み、目頭が熱くなった。
 家族や地域の同志も回復を願い、題目を唱えてくれた。
 “何としても皆の真心に応えたい。病に勝って、恩返しがしたい!”
 遠藤さん自身も一段と深く、祈り続けた。
 「人生で最大の苦境に立った時、改めて師匠のありがたさ、家族や同志との絆の強さを思い知らされました。仏法への確信と、私自身の人生観が、一つ、深まったことが、私にとっての“病の意味”だったと思います」
 最後の手術から今月で満9年が経過した。現在、定期検査は年1回。医師から「完治」の言葉は聞いていないが、事実上、克服できたと確信している。
 山形の雪道を歩きながら、遠藤さんは、深く心に期している。
 “あの日の師匠のように、自分も、目の前の一人を励まし続けよう”と――。

2018年1月12日 (金)

2017年1月12日(金)の聖教

2017年1月12日(金)の聖教

◆わが友に贈る

積雪や凍結路に警戒!
決して無理せず
安全第一の行動を!
配達員はじめ全同志の
絶対無事故を祈る。

◆〈名字の言〉


   言語学者の大野晋氏によれば、新聞や雑誌で使われる単語は年間で約3万語。そのうちの半分が1年で1度しか使用されないという。だからといって、それらの言葉が不要なはずはなく、その時々に的確な語彙を使えるように修練を積むことが大切と、氏は自著『日本語練習帳』(岩波新書)で訴える▼同じ岩波書店からきょう、「広辞苑」第7版が刊行された。今回、新語として「東日本大震災」や甲状腺がんを防ぐ薬「ヨウ素剤」などが収録された。前者の単語は何度も目にしたが、「ヨウ素剤」は縁のない人もいるだろう。それでも“生命に関わる”ことが考慮され、追加となった▼原発事故から今も避難生活が続く同志と再会した。語らう中、「これまでの年月、これからの日々を、それぞれ一言で表すなら?」と聞いた▼友は答えた。「これまでは『歩む』。これからは『開く』だな」と。将棋駒の歩兵のように、一歩一歩前に進んできた約7年間。そして3月からの8年目は未来を縦横に開拓していきたい――不撓不屈の日々を送った人ならではの決意に胸が熱くなった▼仏法では「八とは開く義」と説く。復興に挑む友が、信心根本に幸福を開く喜びを何度も実感できるよう、今後も支え続けたい。13日で大震災から2500日。(城)

◆〈寸鉄〉 2018年1月12日

 会長の思想を市民と共有
 し平和都市を築きたい―
 市長。人間共和の羅針盤
      ◇
 神奈川・湘南総県の日。
 大聖人有縁の天地に光る
 正義城。さあ対話拡大へ
      ◇
 真の善は小事から始まる
 ―哲人。周囲の友に励ま
 しを!真心の声が希望に
      ◇
 本年最初の中継行事。各
 役員の尊き献身で広布は
 前進!「冥の照覧」は燦然
      ◇
 110番通報、2割が緊
 急性なし。「到着遅れる可
 能性」も。賢明な利用を

◆社説  日々、御書と共に  勇気の心で対話拡大に挑戦!

     「大白蓮華」連載中の「世界を照らす太陽の仏法」で、「わが愛する青年に贈る」と題する池田先生の青年部への御書講義が始まった。
 第1回(1月号)では「勇気――『今』を勝つ一念が一切を変える」をテーマに、「御義口伝」と「乙御前御消息」をひもときながら、次代を担う男女青年部に向けて、“人間王者のリーダー学”“青春凱歌の人間学”を、つづっている。
 早速、各地の会合で講義を学んだメンバーからは、「勇んで折伏に挑戦します!」「御文を胸に、自身の壁を破る戦いを起こします!」といった決意や感動の声が寄せられている。
 今回の講義では、「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790ページ)との御文が取り上げられている。これは池田先生が戸田先生から、「この御書だけは命に刻んでおきなさい。
学会の闘士になるためには、この御書は忘れてはならない」と言われた御聖訓である。
 先生は若き日から、この一節を文字通り命に刻んで戸田先生の苦境を支え、「大阪の戦い」をはじめとした、あらゆる法戦を勝ち抜いてきた。池田先生自身が、御書を身読する戦いを実践してきたのである。
 池田先生は語っている。
 「あの『大阪の戦い』にあっては、毎朝、勤行のあとに、御書を真剣に拝し合い、皆の勝利への一念を合致させていった。不可能を可能としゆく『法華経の兵法』『妙法の将軍学』を心肝に染め抜いた。『絶対勝利』の活力を満々と漲らせて、皆が最前線に躍り出た。そして、勇敢に道を切り開いていったのである。御書根本こそ常勝のリズムである」(第2回関西最高協議会でのスピーチ)
 学会員の心の強さの裏には、御書の一節を心に刻み、あらゆる苦難を乗り越えてきた幾多の体験がある。「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同234ページ)、「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(同1253ページ)など、同志が心の支えとしている御聖訓は枚挙にいとまがない。「実践の教学」に徹する伝統の中で、世界広宣流布は伸展してきたのだ。
 世界の同志も今、御書を真剣に研さんし、「3・16」60周年を大勝利で飾ろうと、広布拡大にまい進している。私たちも日々、御書を拝しながら、勇気の対話拡大に挑戦していきたい。
 
◆きょうの発心   一家の悩みを「笑顔」で包みゆく(辧殿尼御前御書)


御文 日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度どもしりぞく心なし
(辧殿尼御前御書、1224ページ・編571ページ)
通解 日蓮はその身に当たって、仏の大軍を起こして20余年になる。その間、一度も退く心はない。

 
妙法流布の戦いを起こして以来、一度も退くことなく障魔と戦い前進してきた、との仰せです。
  女子部時代、池田先生が渾身の激励をされる姿に触れ、生涯不退転を近いました。
 1991年(平成3年)に結婚。婦人部として充実した日々を送るなか、重度の障がいがある三男を授かりました。
 宿業に押しつぶされそうになりながらも懸命に題目を唱えていた時、本紙に掲載された「五月晴れ/母の笑顔が/ある限り/天上天下は/楽土と変わらむ」との先生の和歌が目に飛び込んできました。
 ”何があっても負けない笑顔で家族を包んでいける母になろう”と深く決意。以来、同志の皆さまにも支えていただき、学会のど真ん中で、どんな時も一歩も引かずに目の前の活動に全力投球してきました。
 三男は、昨年晴れて20歳に。苦しんでいた頃からは想像もできないほど、笑いが絶えない日々に感謝でいっぱいです。
 広布の総仕上げの時、福岡大勝県は師と共に「しりぞく心なし」との決心で先駆の使命を果たし、師恩に報いてまいります。
 福岡大勝県婦人部長 錦戸 協子


◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 二十九 2018年1月12日 (6270)

 山本伸一は、御書を拝していった。
 「『悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり』(御書七ページ)
 悪知識というのは、誤った教えを説き、人びとを迷わせ、仏道修行を妨げる悪僧らのことをいいます。彼らは、広宣流布に生きようとしている人を、甘言をもって騙し、また、媚びて、言葉巧みに『善』を『悪』と言いくるめ、その人の心を奪って、信心を破っていくと仰せになっているんです。
 皆さんも、悪僧によって、さんざん苦しめられてきた。彼らは、学会を謗法であるなどと中傷する一方で、狙いをつけた人間に対しては、褒めそやし、媚びへつらい、巧妙に騙して退転させていく。それが悪知識の手口なんです。
 この悪知識の本質は、慢心であり、エゴです。そこに付き従ってしまえば、当然、信心の正道を踏み外してしまうことになる。
 広宣流布に生きるうえで大切なことは、清純な信心を破壊する、この悪知識を鋭く見破っていくことです。
 皆さんの周りにも、共に信心に励んできたのに、悪僧にたぶらかされ、学会を去っていった人がいるでしょう。皆さんは、学会という仏意仏勅の団体から離れさせまいと、何度も説得に通われたことと思う。ところが、せっかく学会員として頑張ると決意しても、またたぶらかされ、翻意し、学会を誹謗して去っていった。皆さんが断腸の思いを重ねてこられたことを、私はよく知っております」
 その時の悔しさを思い起こしてか、目を潤ませる人もいた。
 伸一は、さらに訴えた。
 「仏法では、『変毒為薬』、毒を変じて薬と為すと説いています。災いも幸いに転じていけるのが信心です。風があってこそ、凧が空高く舞い上がるように、苦難、試練を受けることによって、境涯を大きく開き、幸福の大空に乱舞していくことができるんです」
 この転換劇に、仏法のダイナミズムがある。   

【聖教ニュース】

◆日中平和友好条約締結40周年を記念 民音公演「北京民族楽団」 2018年1月12日
2~4月 全国48都市で開催


 心に染み入る音色を奏でる北京民族楽団。息のあった流麗な演奏で、日中友好の節目に花を添える
心に染み入る音色を奏でる北京民族楽団。息のあった流麗な演奏で、日中友好の節目に花を添える

 民主音楽協会(民音)主催の「北京民族楽団――風華国楽~日中の四季を彩る名曲の調べ~」の日本公演が、2月から4月まで全国48都市で開催される。
 これは、民音創立55周年、日中平和友好条約締結40周年を記念するものである。
 民音と中国との文化交流が始まったのは、国交正常化から3年後の1975年。「中国北京芸術団」を初めて日本に招き、民音公演が実現。大成功を収めた。
 その背景には、68年9月8日に民音創立者・池田大作先生が発表した「日中国交正常化提言」がある。
 池田先生は、1万数千人の青年を前に訴えた。
 “国と国との間における、経済や政治の結び付きは大切である。しかし、両国の友好を永遠たらしめる大道は、民衆と民衆とが織り成す文化・教育の交流によって開かれる”
 以来、先生は自ら幾度も中国に足を運び、人と会い、語り、日中友好の道を切り開いてきたのである。
 これまで民音は「中国雑技団」や「東方歌舞団」など40以上の文化団体を招へい。
 公演回数は2000回に及び、両国の文化交流に大きく寄与してきた。
 今回来日する「北京民族楽団」は、中国音楽界を担いゆく若手トップアーティストで構成される。
 尺八の祖先といわれる洞簫、弦楽器の二胡や琵琶、中国の武劇で用いられる打楽器の堂鼓などの民族楽器を巧みに操る技術は、海外でも評価が高い。
 現代風にアレンジした伝統音楽や、中国古来の楽器で奏でるオペラなど、新たなジャンルの音楽を創出する新進気鋭の楽団である。
 今回は、四季折々の移ろいを、中国と日本の名曲を交えて表現。華麗な音色で、日中両国の友誼を表現するステージは、聴衆を魅了するに違いない。
 問い合わせは、各地の民音センターまで。 

◆今月、教学部の教授講座 「観心本尊抄」を研さん
 

 「SOKAチャンネル」(中継)による、「教学部教授講座」が今月、開催される。
 対象は「教授」「名誉教授」、または「青年部教学資格1級」を持つ壮年・婦人部員。
 さらなる研さんと教学運動の推進を目的とするものである。
 3回目となる今回の講座では「観心本尊抄」を学び、「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す」等の御文を拝し、全民衆を救済する御本尊の意義等を研さんする。
 ※講座の申し込み等は不要です。教授補資格を持つ方が教授に登用される講座ではありません。
                                                                       ◇ 
 【講座の放映日時】
 1月27日(土)、28日(日)
 日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定。
 【教材】
 「観心本尊抄」。23日付の聖教新聞に解説が掲載される予定。
 受講者は御書と、解説が載った聖教新聞を持参し、各会場の放映に参加してください。 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆池田先生の「第1部隊長」就任65周年 師の構想を実現してこそ弟子
 

世界広布は、私たちの手で!――昨年8月、研修会で来日したブラジル青年部の友。師との誓いに生きる青年のスクラムは世界へ(創価文化センター内の金舞会館で)

世界広布は、私たちの手で!――昨年8月、研修会で来日したブラジル青年部の友。師との誓いに生きる青年のスクラムは世界へ(創価文化センター内の金舞会館で)

 池田先生が男子部の第1部隊長に就任して、本年で65周年。先生が指揮を執った1年余りで、第1部隊の陣容は約4倍に拡大した。いかに青年を糾合し、新たな人材を育てたのか。先生の行動から、広布拡大の要諦を学ぶ。
 1953年(昭和28年)1月2日、25歳の誕生日の日、池田先生は男子部の第1部隊長に就任した。
 この日の日記につづっている。
 「健男子として、何ものにも恐れず、青年を率いて起とう」
 戸田先生は各部隊に目標を示した。年末までに「各部隊1000人」の達成である。
 この時、第1部隊の部員数は、337人。1年間で3倍の拡大である。
 池田先生は、第1部隊の最初の班長会で力説した。
 ――「第1部隊」という名の通り、すべての戦いで「第1」になろう。
 当時、先生の体調は万全とはいえなかった。「身体の調子すこぶる悪し」(53年1月25日)、「身体の具合、悪し。背中に、焼けたる鉄板を一枚入れたるが如し」(同年2月4日)等と日記に記している。
 さらに、先生は4月に文京支部長代理にも就任。戸田先生の会社では営業部長の重責を担い、多忙を極めていた。
 そうした状況の中で、自ら拡大の先頭に立ち、同志の激励に奔走した。
 ある日、第1部隊の友が尋ねた。
 「私なんかより、はるかに多忙なのに、どうしてそんなに悠然としていられるのですか」
 先生の答えは明確だった。「戸田先生の構想を破綻させるような弟子には、絶対にならないと心に決めているからです」
 そこには、「言われたから」「打ち出しだから」などという受け身の姿勢など微塵もない。
 師の構想を断じて実現してみせる――25歳の青年の胸中には、誓いの炎が赤々と燃えていた。

「一人」を心から大切に

 恩師が示した「部隊1000人」達成に向け、池田先生は目標を明確にした。
 まず、新たな人材を登用し、六つであった班を、10班に再編・拡大。10人の班長を「部隊十傑」と命名し、中心者の団結を図った。
 さらに、各班で10人の分隊長を登用して「部隊百傑」として、各分隊が10人の部員を達成することを掲げたのである。
 目標は定まった。では、それを遂行するための鍵とは何か――先生は「一人」を心から大切にした。
 形式的に人数が増えることが広宣流布ではない。
 この信心で何人の人が幸福になったのか。何人の青年が広布の使命を自覚し、自らの人間革命に挑んでいるのか。
 ここに広布の実像があることを、池田先生は第1部隊の戦いで示した。
 第1部隊の活動の舞台は、墨田・江東・江戸川区など、いわゆる下町を中心とした地域であった。
 先生は同志から自転車を借り、路地を走っては、一軒また一軒と、班長と共に訪問激励に回った。
 会えない友には、移動の合間を縫って、はがきを書き送った。会合の前には、部員のもとへ足を運び、不在の場合には、激励の言葉や御書の一節をつづったメモを残した。会合の後にも参加できなかった友への激励に走った。
 また、壮年・婦人部の対話で信心を始めた家庭に青年がいれば、あいさつに行った。同世代の友として、成長を誓い合った。
 下町で働く同志は残業が多かった。先生は日曜日に自宅を開放し、集ってくる友に励ましを送った。
 時には、レコードをかけて親しく語り合い、戸田先生から作り方を教わったカレーを振る舞ったこともあった。
 こうした懇談の場が、自然と“勝利への作戦会議”の場となった。
 さらに、先生は教学に力を注いだ。第1部隊には、読み書きが苦手な青年もいた。先生は友を自宅に招き、「観心本尊抄」「撰時抄」「当体義抄」「如説修行抄」「顕仏未来記」などを共に研さん。部隊独自の弁論大会も企画した。
 教学の研さんを通し、第1部隊のメンバーは、自らの深い使命を自覚し、現実を変革する仏法の哲理を生命に刻んだ。
 こうして、第1部隊の戦いは、日を追うごとに勢いを増していったのである。

友を奮い立たせた檄文

 同年10月、2カ月後の12月20日に行われる第2回男子青年部総会に、各部隊1000人の結集目標が発表された。
 この時点での第1部隊の部員数は約600人。1月のスタートから2倍近くの拡大である。
 しかし、「1000人の結集」という目標達成のためには、わずか2カ月で、それまで以上の拡大が求められる。
 浮足立つメンバーに、先生は確信を込めて語った。
 「そんなに大変なことじゃないよ。簡単なことなんだよ。一人があともう一人を連れてくれば、目標は完遂することができる」
 戦いが終盤に差し掛かった時点で、再び「一人」を焦点にした拡大を訴えたのである。
 先生は自ら最前線の友を励まし続けた。共に戦ってきた班長一人一人に激励のはがきを書いた。
 第1部隊の拡大は加速し、10月の1カ月間で、部員数は800人を突破。そして翌11月、ついに「部隊1000人」を成し遂げた。
 同年11月20日、第1部隊の臨時の決起大会が開催された。この場で、参加者に1枚の印刷物が配られた。「我が親愛なる同志諸君に告ぐ」と題する、先生自らが自費で作った活版刷りの檄文である。
 そこには、部隊1000人の結集の意義とともに、広布の使命を果たすための心構えが、4点にわたって示されていた。
 1点目は、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であると確信すること。
 2点目は、教学に励むこと。
 3点目は、行動に当たっては、勇気をもち、沈着にして粘り強くあること。
 4点目は、学会精神を会得し、自ら広宣流布の人材たらんと自覚すること、である。
 男子青年部総会を目前に控えた同年12月7日にも、先生は総結集を呼び掛ける檄文を送った。先生の大情熱に、友は奮い立った。
 ある班は、4月の時点で部員数は20人ほど。メンバーは東京のほか、埼玉にもいた。だが、総会には、埼玉で50人、東京で50人を超す部員を結集した。
 ほかの班も次々と壁を破り、第1部隊は1000人を超す結集を果たした。
 池田先生は、翌54年(同29年)3月に青年部の室長に就任するまで、第1部隊長として指揮を執った。その間に、部員数は当初の4倍近くにまで拡大した。
 さらに、第1部隊からは、多彩な人材が陸続と育っていった。それは、「一人」を大切にする行動の持続が、新たな歴史を開くという証明でもあった。

積み重ねの上に勝利が

 53年(同28年)という年は、「創価学会の発展の歴史にあって、最も折伏意欲のみなぎった年であった」と池田先生はつづっている(『人間革命』第7巻「翼の下」の章)。
 事実、この1年で、学会の世帯数は約2万から7万世帯にまで伸びている。
 前年の「二月闘争」で、「201世帯」の弘教という当時の支部の限界を突破する拡大を達成し、53年に青年拡大の金字塔を打ち立てた池田先生の戦いは、学会の飛躍的な勢いを生み、恩師の願業である75万世帯の弘教へとつながった。
 第1部隊の戦いを通し、池田先生は語っている。
 「会合も、個人指導も、御書講義も、一回一回が真剣勝負だった。
 疲れて、ペンを握ることさえ辛い夜もあった。だが、必死に書いた激励の手紙ほど、同志は奮い立ってくれた。
 勝利は突然やってくるものではない。
 日々の、懸命な『小勝利』の積み重ねの上に『大勝利』があるのだ」

◆〈信仰体験〉 ボランティア団体の代表
  励ましの絆を地域へ社会へ  阪神・淡路大震災を機に、世界の被災地へ支援を


【兵庫県明石市】
今月17日で、阪神・淡路大震災から23年となる。あの日、未曽有の惨状を目にした多くの人が、救援に加わった。1995年(平成7年)は「ボランティア元年」といわれ、その後、NPOなどの市民活動が大きく広がった。ボランティア団体「ゆりのき支援ネットワーク」代表の今井和子さん(56)=大久保中央支部、婦人部副本部長=の原点も阪神・淡路大震災。以来、世界12カ国・地域の災害被災地に救援物資を届けている。

交わす真心
 神戸市の西隣に位置する明石市。JR「大久保」駅前には、ショッピングモールを併設した大型マンションが並ぶ。
 公園の一角に毎年3月、「東日本大震災支援 書き損じはがき受付」との大書きが張り出される。今井さんが代表を務めるボランティア団体が主催。はがきを換金し、被災地を支援する活動は、6年間続いている。
 ――事前に配られたチラシを見た、近隣の住民が三々五々、はがきを手に集まる。
 「ありがとうございます! お元気でしたか?」
 「私も、定年を迎えてね。人手がいるなら、お手伝いしますよ」
 交わされる真心と笑顔。世間話に花が咲く。今では近隣の2000世帯のうち、約300人が協力するまでに支援の輪が広がっている。
 受付当日が、ひどい風雨の日もあった。中止しようか迷ったが、ずぶぬれになって踏ん張っていると、一人の婦人が傘を飛ばされそうになりながら、はがきを持ってきてくれた。終了後、受付スタッフと共に銭湯へ。心も体も温かくなった。
 ――23年前の阪神・淡路大震災。“何かできることはないか”と、家中のタオルなどをかき集めた。被災地に届けようとしていた時、近所の人から声を掛けられた。
 「私も協力させて!」
 近隣にも呼び掛けようと、募集の張り紙をすると、数日で多くの物資が集まった。
 日頃、あいさつを交わさない青年も参加した。いつも不機嫌そうで目も合わせない婦人は、「こんな機会をつくってくれてありがとう」と。
 困っている人を助けたいという思いは、誰もが持っている――。
 この時の活動が起点となり、地域の人たちの協力を得て、2000年、「ゆりのき支援ネットワーク」を設立した。

星空を見上げ
 今井さんには、知的障がいの姉・中村美智子さん=婦人部員=がいる。1962年(昭和37年)、娘の将来を案じた両親は創価学会に入会。今井さんが1歳の時だった。
 障がい者への理解が浅かった当時、姉と一緒にいると差別され、石を投げられたこともある。だが、学会の同志は、誰もが分け隔てなく、温かく接してくれた。
 未来部の会合に行った時、担当者が池田先生の指導を紹介してくれた。
 “つらい時こそ、頭を上げて、胸を張ろう。空を見上げるような思いで進もう”
 心に勇気が湧いてきた。“先生の指導通りに進めばいいんだ”――その日、見上げた星空は、今も鮮明に覚えている。
 高等部歌「正義の走者」(現・未来部歌)が発表された時は、あまりの感動に、友人を自宅に招き、歌って聞かせた。
 〽君も負けるな いつの日か 共々誓いし この道を 嵐も吹雪も いざや征け
 その時、歌を聞いてくれた山本千鶴さんは10年後、今井さんの紹介で学会に入会。現在は同じ地域で、婦人部の本部長を務めている。
 懸命に学会活動に励んだ女子部時代。結婚後も、地区婦人部長、支部婦人部長と常に地域の最前線で、励ましの輪を広げてきた。
 今井さんがボランティアを続けるのは、信仰で培った“希望を忘れない生き方”を多くの人に伝えたいから。そして姉や、姉を支えてくれる人への恩返しでもある。

本当の“娘”
 団体を立ち上げた当初、素行が悪く、周囲に迷惑を掛けていた少年に出会った。ある時、彼に「ボランティアを手伝ってみない?」と誘うと、意外にも「OK」の返事。その後、髪を金色に染めた友達と手伝ってくれるように。
 ボランティア活動を続ける中で、少年は「俺、働こうと思う」と。彼は仕事に就き、今では2児の父となった。
 2006年、あるNGOから依頼され、モンゴルの孤児をホームステイとして受け入れた。
やってきた少女は、バトナサン・バトゲレルさん。2日間の滞在だったが、今井さんは「バトちゃん」と呼び、かわいがった。
 2年後、突然、彼女が訪ねてきた。その後のホームステイ先で、つらい思いをし、逃げ出してきたのだ。当時、今井さんは乳がんの宣告を受けた直後だったが、それでも「彼女の面倒を見たい」とNGOに申し出る。彼女が実母を乳がんで亡くしたのを思い出したからだ。
 夫・英光さん(62)=副区長=の支えもあり、今井さんは手術、抗がん剤治療に耐え、病魔を克服。その間、3人の息子たちと共に、バトちゃんは本当の娘のように、今井さんを励ました。
 バトちゃんは約1年、今井さんの家で暮らした後に帰国。現在は、創価大学に留学している。
 今井さんと共にボランティア活動を続けてきたNGO「アジアアフリカ環境協力センター」(アセック)理事長の瓜谷幸孝さんは語る。
 「今井さんには、“ぶれない正義感”を感じます。“弱い立場の人のために”との強い志を持っておられる。だから、信頼できるんです」
 当の今井さんは「本当に相手のためになっているのか。いつも迷いの連続です」と。
 阪神・淡路大震災から23年――ボランティア活動を続けるほどに、支え、支えられてこそ、人は強く生きられるのだと感じる。だから、感謝を胸に、“励ましの心”を広げたい。地域へ、社会へ、わが友へ――。
 

2018年1月11日 (木)

2017年1月11日(木)の聖教

2017年1月11日(木)の聖教

◆わが友に贈る

最も偉大な勝利とは
「自分に勝つこと」。
今日という一日を
悔いなく生き抜こう!
さあ一歩でも前へ!

◆〈名字の言〉 2018年1月11日

 ラグビー大学選手権で前人未到の9連覇を達成した帝京大学(7日)。決勝では、わずか1点差で激闘を制し、敵将に“常に勝ってきたチームとの差”と言わしめた▼スポーツの世界は勝てば勝つほど、ライバルからのマークが厳しくなる。まして毎年、戦力が入れ替わる学生スポーツで勝ち続けることは容易ではない。では、なぜ強いのか▼秘訣の一つは「絶えず考え、変化し続けること」。同大学では“指示待ち”ではなく、選手自らが考え、主体的に行動する習慣を徹底している。選手は一日を終える前に、その日の行動や思考を細かく振り返るという。すると「こうすれば良かった」という課題に気付く。それを改善していく(岩出雅之共著『負けない作法』集英社)▼こうした習慣を続けた人の真価は、いざという時に現れる。今回の決勝で後半途中までリードを許しながら、決して慌てず、見事な逆転劇を演じた選手の姿が、それを物語っていた▼広布と人生の勝利もまた、自分自身の絶えざる変革から始まる。御書に「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし」(384ページ)と。朝の祈りで目標を確認して出発する。夜の祈りで行動を振り返り、次なる前進を決意する。日々の価値創造の積み重ねが、偉大な勝利を生む。(差)

◆〈寸鉄〉 2018年1月11日

 「一人を大切に」を現実で
 実践する学会員に感銘―
 韓国市長。わが振舞から
      ◇
 大事なことは全同志が力
 を出し切れるかだ―戸田
 先生。励ましこそ万の力
      ◇
 組織発展の鍵は副役職者
 にあり。正副の連携密に。
 皆が長と同じ自覚で前進
      ◇
 「お試し」のつもりが定期
 購入…通販の問題多発。
 契約内容の事前確認必ず
      ◇
 北日本中心に吹雪・暴風
 ・高波に警戒を―気象庁。
 無冠の友よ絶対無事故で

◆社説  広宣流布は世界同時進行  人間主義の哲理が地球を包む

   広宣流布が世界同時進行で伸展している――近年、こうした言葉を頻繁に聞く。新年にその一端を垣間見る機会があった。
 東京・信濃町の総本部で開催された記念勤行会(1~3日)でのこと。数十分ごとに行われ、参加者の顔ぶれは毎回異なる。にもかかわらず、いずれの回にも例外なく、SGIメンバーの姿があるのである。それも、1カ国や2カ国ではない。この3日間、広布の本陣には、五大州から地涌の同志が集い来た。
 ある壮年はその光景に、“このような時代が到来するなんて、想像もできなかった”と驚嘆していた。
 戸田先生は晩年、日本中、世界中に創価の同志が大勢誕生する日が来ることを楽しみにし、池田先生に語った。「そういう時代が来たら、うれしいな。その時まで、私も頑張れたら、うれしいんだが……。大作、後を頼むよ」と。以来、幾十星霜。恩師の構想実現を誓った不二の弟子の透徹した一念と激闘によって、世界広宣流布という未聞の大道は開かれた。
 そして今、地涌の陣列が、あの地この地に澎湃と躍り出ている。
 昨年11月、中南米のパナマとペルーで「教学研修会」が開かれ、周辺の各国からも求道の友が集った。日本から取材に訪れた記者が感銘を受けた一つは、アンデスの峰々にも、ジャングルの秘境にも、はたまた古代遺跡の町にも、SGIの同志がいることである。一体なぜ、日本とは地球の対極に位置する地でも、日蓮大聖人の仏法が希求され、人間主義の連帯が広がっているのか。
 中南米の同志が、口々に語っていたことがある。それは、周囲に“運命は定められたもの”と考える人が多くいる中で、“万人に仏性が内在する”と説き、自己の変革によって無限の可能性を開花させ、宿命を使命へと転換しゆく創価の哲学が、いやまして輝きを放っているということだ。
 「世界広布新時代 栄光の年」が幕を開け、7日には、本部幹部会が開催。ここには134人のSGIの友も集った。池田先生はかつて、「世界広布といっても、究極は、『一人が一人を折伏する』ことにつきる」と訴えた。仏法に巡り合えた喜びを、感動を、自信満々と語り広げていきたい。そして、“わたしの栄光とは何か”を常に問い掛けながら、全世界の創価家族と共に、各人が人間革命の挑戦を重ねる一年にしたい。

◆きょうの発心   魔を打ち破る要諦は強盛な祈り2018年1月11日


御文 『我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』
(開目抄、234ページ)
通解(難にあっても疑う心がなければ成仏すると)わが弟子に朝に夕に教えてきたが、みな退転してしまったようである。愚かな者の習いは、約束したことをまことの時には忘れるのである。

 いざという時にこそ勇気をもって戦う人が仏の境涯を開くことができると仰せです。
 2007年(平成19年)11月、小学5年生の次男が下校後に突然、片足が動かないと倒れ込み、すぐに病院へ。CT検査の結果、「脳出血」との診断を受け、”難に直面した今こそ宿命転換の好機。退いてはならない”とあらためてこの御文を拝しました。
 「強盛で明確な祈りを」と先輩から励ましをいただき、家族で懸命に唱題と学会活動に挑戦。治療とリハビリの結果、次男は病魔を克服し、今では学生部として元気に広布に駆けています。
 一昨年、待望の新「本荘文化会館」が完成し、報恩感謝を心に刻み、同志の皆さまと一丸となって聖教の購読推進をはじめ、あらゆる拡大で実証を示してきました。
 今月、「雪の秋田指導」から36周年を迎えました。広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」へ、本荘大勝県は師弟共戦の誓いを胸に勝利の歴史を築いてまいります。
 秋田・本荘大勝県長 加藤 光一

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 二十八 2018年1月11日 (6269)

 山本伸一は、別府文化会館の玄関周辺にいた人たちに語りかけた。
 「さあ、写真を撮りましょう! 別府の新出発の記念です」
 彼は、カメラに納まったあと、広間で皆と一緒に勤行した。
 「別府の同志の勝利を御本尊に報告するとともに、皆さんの永遠の幸せを願っての勤行です!」
 誰もが歓喜に胸を躍らせ、声を弾ませて、祈りを捧げた。同志は、悪侶の仕打ちに耐えながら、この瞬間を待ち続けてきたのだ。
 勤行を終えると、彼はマイクに向かった。
 「長い間、皆さんには、苦しい思いをさせてしまい、まことに申し訳ありません。
 本来、仏子を最も大切にするのが僧侶の道であるはずです。ところが、悪僧たちは、広宣流布に走り抜いてきた同志を苦しめ続けてきた。とんでもないことです。
 しかし、最も苦しみ、戦い抜いた人が、いちばん幸福になれると教えているのが仏法です。皆さんは、こうして障魔を打ち破り、堂々と勝利したんですから、功徳爛漫の人生が開かれていくことは間違いない。いよいよ春が来たんです。どうか、不幸に泣く人びとを救いながら、最高の人生を生きてください」
 わずかな時間であったが、伸一は思いの限りを注いで、皆を励ました。そして、大分市内にある大分平和会館へ向かった。
 午後六時過ぎ、会館に到着した彼は、玄関に居合わせたメンバーとカメラに納まった。皆、晴れやかな笑みである。
 会館には、県の各部代表ら四百人が集っていた。伸一が広間に姿を現すと、大拍手と歓声が沸き起こった。
 広間には、「大分家族に春が来た!」の横幕が掲げられていた。そこには、皆の思いが表現されていたのである。
 伸一は、力のこもった声で話し始めた。
 「皆さんは勝ちました。長い呻吟の歳月を経て、師子身中の虫を打ち破り、遂に正義が悪を打ち破ったんです!」  

【聖教ニュース】

◆ブラジル各界から顕彰状  池田先生の世界平和への貢献を称賛


 今月2日は池田先生の卒寿(90歳)の誕生日。その祝福の意義も込めた式典の参加者が喜びを胸に。タイヨウ音楽隊の演奏や、地元SGI壮年部の合唱が式典に花を添えた(北パラナ文化会館で)
今月2日は池田先生の卒寿(90歳)の誕生日。その祝福の意義も込めた式典の参加者が喜びを胸に。タイヨウ音楽隊の演奏や、地元SGI壮年部の合唱が式典に花を添えた(北パラナ文化会館で)

 ブラジル各界から、池田大作先生の平和・文化・教育への多大な貢献に称賛が相次いでいる。同国連邦下院議会の伯日国会議員連盟をはじめ、ブラジル・パラナ州議会、同州ロンドリーナ市議会、同州カンベー市議会から、それぞれ池田先生に顕彰状が贈られた。合同の授与式が1日、ロンドリーナ市にあるブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の北パラナ文化会館で盛大に行われた。
 式典には、伯日国会議員連盟のルイス・ニシモリ連邦下院議員をはじめ、ロンドリーナ市議会のマリオ・タカハシ議長、カンベー市のジョゼ・ド・カルモ・ガルシア市長、来賓としてドン・ボスコ大学のドリバウ・アウメイダ理事長など、州議会議員や地元SGIメンバーら、約600人が参加した。
 伯日国会議員連盟は日系の国会議員らで構成され、日系2世のニシモリ下院議員は同連盟の元会長。これまで、来日するたびに創価大学や民主音楽協会などを訪問し、池田先生の平和・文化・教育の思想と行動への理解を深めてきた。
 「世界規模の平和行動を貫かれてきた池田先生を顕彰できることは、私たちにとって最高に名誉なことです」
 こう語るニシモリ下院議員の地元は、今回、顕彰状を贈ったパラナ州。ブラジル南部に位置し、教育・環境の先進地帯として知られる。
 同州のSGIの友は、初代会長・牧口常三郎先生の創価教育学説に基づいて子どもの情操を育む「牧口教育プロジェクト」などを通し、社会に貢献してきた。
 同州は1992年、池田先生に「名誉州民」称号を授与。同州の各都市が池田先生に贈った「名誉市民」称号は30を超え、州内の六つの大学が名誉学術称号を授与している。
 今回、顕彰状を贈ったロンドリーナ市には、東京ドーム26個分の広大な「池田大作博士環境公園」が設置。カンベー市では2004年、市立「池田大作博士幼稚園」が開設されるなど、池田先生への尊敬とSGIへの理解と共感は、年を経るごとに広がっている。
 ロンドリーナ市議会のタカハシ議長は語った。「池田博士が築いてこられた連帯は、決して一時的なものでなく、心と心を結ぶ永続的なものです。その博士の教えと実践こそが世界平和を実現する鍵となると確信します」
 式典では、カンベー市のガルシア市長が「私の人生の模範は、全ての人を包み込む池田博士の振る舞いと精神にある」と強調。ニシモリ下院議員は、本年が「ブラジル日本移民110周年」の佳節であることに触れ、「さらなる伯日関係の発展のため、SGIと力を合わせて前進していきたい」と語った。
 最後に、それぞれの顕彰状がブラジルSGIのエンドウ副理事長に託され、場内は大喝采に包まれた。 

◆原田会長が出席 沖縄代表幹部会   共に幸福と希望の楽土を!


 地涌のスクラムを広げゆく誓願が光った沖縄の代表幹部会。学会歌「紅の歌」を大合唱した(沖縄研修道場で)
地涌のスクラムを広げゆく誓願が光った沖縄の代表幹部会。学会歌「紅の歌」を大合唱した(沖縄研修道場で)

 沖縄総県代表幹部会が10日、恩納村の沖縄研修道場で行われた。
 本年は、池田先生が同研修道場を初訪問してから35周年。1983年(昭和58年)3月、先生は敷地内のミサイル基地跡を視察し、こう提案した。「永遠に残そう!」「この場所を『世界平和の碑』にしよう!」と。
 また同研修道場で88年(同63年)2月、愛する沖縄の友に長編詩「永遠たれ“平和の要塞”」を詠み贈ってから30周年に当たる。
 先生は長編詩につづった。「使命深き沖縄の友よ/平和の開拓者たちよ/我らの手で/ここに/永久平和の堅塁の砦を/崩れざる幸の楽園を創りゆこう」
 師の深き慈愛と未来への展望に呼応し、「世界が仰ぎ見る宝島に!」と走り抜いてきたのが、沖縄の誉れの広布史である。
 幾重にも意義深い本年の凱歌へ、平和発信の象徴の地から出発を切った代表幹部会。
 安田総県長は、広布の未来を決する一年にと呼び掛け、沖縄創価県の比嘉良則県長、玉那覇正美婦人部長が求道の決意を述べた。
 照屋総県婦人部長、竹岡青年部長に続き、原田会長は、真剣な決意に立つ「一人」がいれば、いかなる状況も変えていけると強調。皆がその「一人」となり、誠実と確信の対話で平和の連帯を大きく広げ、沖縄広布の栄光の新時代を洋々と開きゆこうと語った。 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆アフリカ各国で「栄光の年」を出発  幸福大陸へ異体同心


 南アフリカでは、5会場に180人が集い、勤行会をにぎやかに。代表の決意発表に喝采が送られた(写真は西ケープ州で)
南アフリカでは、5会場に180人が集い、勤行会をにぎやかに。代表の決意発表に喝采が送られた(写真は西ケープ州で)

 “栄光の年”を出発する新年勤行会が1日、アフリカの各国SGIで盛大に開催された。幸福大陸を目指して異体同心の団結固く進むウガンダ、ガボン、ザンビア、セネガル、ブルキナファン、マダガスカル、南アフリカ、モーリシャス、モザンビークの9か国の模様と、カメルーン、南アフリカ、ザンビアのリーダーの決意を紹介する。
                     ◇ 
 
カメルーン・ディコンゲ理事長 池田先生という卓越した師匠のもとで前進する福運に、厚く感謝いたします。地涌の菩薩としての私の使命の地・アフリカで、青年の後継者を育成し続けながら、創価のスクラムの拡大に貢献するため、情熱、活力、利他の精神あふれる振る舞いで、広宣流布のために師弟共戦で戦っていきます。
  
 南アフリカ・ブレイスウェイト理事長 池田先生の間断なきご指導と激励のおかげで、信心を今日まで貫き、私はより強く、より大胆で、より良い人間になることができました。拡大の戦いに当たっては、青年を先頭に、壮年・婦人が団結して青年を支え、それぞれが誓った目標を達成する喜びと充実感、そして何より、信心の確信と功徳の実証を体験できるよう、励んでまいります。
  
 ザンビア・テンボ青年部長 1960年に仏法を世界へ広めようとした池田先生の偉大な勇気の第一歩のおかげで、私は信心に出あうことができました。2020年には「21世紀はアフリカの世紀」との先生の展望から60周年となります。多くの人々に仏法を語り、アフリカを平和と喜びの大陸にしていきます。

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉12 学会の永遠性を確立する最重要の年 青年の拡大と人材の躍動を リーダーが「励まし」に先駆


広宣流布への「誓願」――これこそが仏法の極意。さあ、自らが誓い願って、師と共に、大願の成就へ進みゆこう!(7日、SGIの友も参加し、八王子市の東京牧口記念会館で行われた本部幹部会)

広宣流布への「誓願」――これこそが仏法の極意。さあ、自らが誓い願って、師と共に、大願の成就へ進みゆこう!(7日、SGIの友も参加し、八王子市の東京牧口記念会館で行われた本部幹部会)

 永石 「栄光の年」の本年、学会は、新年勤行会から広布拡大へ勢いよくスタートしました。

 伊藤 池田先生の卒寿(90歳)の誕生日となる今月2日には、イタリアのトゥルシ市と、韓国の天安市から、先生に「名誉市民」の称号が授与されました。

 竹岡 先生の卓越した平和行動と、人間主義の理念をたたえての顕彰です。

 原田 これで、先生に贈られた名誉市民称号の数は、「800」となりました。全世界から尊敬と信頼が寄せられる、池田先生の功績に、弟子一同、心から喜びの大拍手を送ってまいりたい(一同、大拍手)。

 長谷川 お正月は総本部も千客万来でした。また各地の新年勤行会では、新会員の誕生が相次ぎました。

 原田 3日には、池田先生が広宣流布大誓堂で勤行・唱題をされ、全同志の健康と幸福と勝利、そして、世界広布の伸展を祈念してくださいました。また、理事長と共に、今後の広布の展望について、種々、懇談もさせていただきました。

 長谷川 先生は昨年末の「随筆」の中で、「九十歳になる今、一層、熱い思いが湧き上がる。『不思議なる霊山一会の愛弟子たちと共に、末法万年尽未来際までの地涌の義を決定づける』――これが、新しい一年に臨む私の決意である」と記されました。

 本年は、学会の永遠性を確立する「最重要の年」であり、未来までを決定づける年です。

 竹岡 年頭に当たり、先生は、さまざまな会合へのメッセージの中で、広宣流布という「元初の誓願」に立ち返ることの大切さを呼び掛けられています。

 原田 「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」(御書1439ページ)との御聖訓を心肝に染め、「広宣流布」という「偉大な初心」に立ち返るべき時が今なのです。

 永石 焦点となるのは、先生が言われている通り、「青年の拡大」であり、「人材の躍動」ですね。

 長谷川 「青年の拡大」については、3月の世界青年部総会へ、各部が一体となり、弘教と人材の拡大に全力を注いでいきたい。

 原田 御書に「殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり」(1169ページ)と仰せです。弟子の成長を深く祈る師匠の心が表された一節です。後継の人材を、慈しみ育て、励まし伸ばすのが、日蓮仏法です。この御精神のままに、壮年・婦人部の力で、大成功の世界青年部総会にしていこうではありませんか。

 竹岡 ありがとうございます。今こそ、「後継」の時と定め、私たち青年部は、いまだかつてない弘教・拡大に挑み、一人でも多くの青年を結集して、歴史的な総会を広布誓願の舞台にしていく決意です。

 原田 池田先生が、心から楽しみにされ、見つめられている総会です。全学会の同志の団結で、世界広布新時代の「3・16」の集いにしていきましょう。

一念を定めて折伏

 永石 弘教・拡大といえば、女子部長も自ら、昨年12月に御本尊流布を成し遂げられましたね。本当におめでとうございます。

 伊藤 「3・16」へ向け、「何としても、池田先生に勝利の報告を!」と祈り抜いた結果です。心から、うれしく思います。

 長谷川 折伏を成就する要諦について、先生は語られています。大切なのは、「決意です。一念が定まれば、必ず状況を開くことができる」と。

 竹岡 戸田先生が、牢獄の中でも看守を折伏されたことを通し、池田先生は、「折伏は、どこでもできる」と強調され、「まず、折伏をさせてくださいと、御本尊に懸命に祈り抜くことです。すると、そういう人が出てきます」とも教えてくださっています。

 伊藤 「ともかく、あらゆる人と仏法の対話をしていく」大切さも示されています。たとえ、入会に至らなくても、粘り強く、交流を深め、相手の幸福を日々祈り、対話を重ねていくことが肝要であると。

 永石 一緒に勤行をしたり、一緒に会合に参加して教学の勉強をしたりすることもできます。弘教に励む苦労は全て、自身の財産になると実感しています。

 原田 種をまき、大切に育てていけば、いつか花が咲き、果実が実るのは、自然の法則です。御聖訓に、「法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(同1056ページ)とあります。あらゆる機会を通し、仏法を語り広げることが大切なのです。

いよいよ総仕上げ

 長谷川 一方、「人材の躍動」において重要なことは、「訪問激励」であり、「個人指導」です。学会としても、本年2月から毎月、「励まし週間」を設定し、最優先で「励まし」運動を推進していきます。

 原田 具体的には、「本部幹部会の中継行事」や「座談会の週」の前に、「励まし週間」を設定し、学会活動に挑戦できる方が、一人でも増えるよう、全リーダーが訪問激励に走っていく運動です。

 永石 懇談の中で、一緒に勤行・唱題に励み、信心の確信をつかめるよう、継続して励ましを送っていきたいと決意しています。

 原田 先生は、本部幹部会のメッセージの中で、現在連載中の小説『新・人間革命』第30巻「勝ち鬨」の章に続き、最終章となる「誓願」の章を執筆されることを発表されました。
 いよいよ総仕上げの時です。この時に生まれ合わせた私たちは、これまで以上の決意に燃えて、新たな戦いを起こしていこうではありませんか。

◆〈信仰体験〉 無償の「学習クラブ」を地域に創設
  子どもは皆、輝く“ダイヤモンド”
  30年以上の病魔との闘い 妹との別れを乗り越えて


【静岡市清水区】「日本では、6人に1人の子どもが貧困状態にある」。
3年前、テレビから流れてきたニュースに、長﨑健二さん(69)=岡支部、副区長(地区部長兼任)=は驚き、胸を痛めた。
さらに深刻なのは、「ひとり親家庭」である。子どもの貧困率は50%を超え、高校進学を断念する子も少なくないという。
長﨑さんは、2014年(平成26年)に退職するまでの42年間、高校で数学などを教えてきた。また、7年前からは、自治会の青少年育成部長として、地域の子どもたちに関わり続けている。
“これまでの経験を生かして、子どもたちのために貢献できることはないだろうか”。祈り抜いた末、一つのアイデアが浮かんだ。それは、地域の子に門戸を開いた無償の学習教室をつくることだった。
最大の課題は、講師・スタッフの募集。運営は全てボランティアのため、引き受けてくれる人がいるかどうか。
周囲に声を掛けると、中学校の元校長ら教員経験者や有志の方々が快諾してくれ、10人を超える講師・スタッフが集まった。
また、地元の岡地区連合自治会の望月勝会長らが率先して、学校や地域に呼び掛けてくれた。望月会長は語っている。
「長﨑さんが、学校と連携しながら、地域ぐるみで教育に関わっていこうと奮闘する姿を間近で見てきました。
学習クラブの創設は、地域における彼への信頼のたまものでしょう」
こうして、2年前の4月に誕生した「おか学習クラブ」には、現在、48人の小・中学生が在籍。月2回、地域の生涯学習交流館で開催されている。
学習クラブでは、各学年に合った学習プリントを作り、配っている。子どもたちは、そのプリントや学校の宿題を持ち寄り、分からない箇所は講師が丁寧に教えてくれる。さらに、好評なのは「お楽しみコーナー」。クイズや工作、音楽などを交えた学習をはじめ、サツマイモの栽培・収穫なども体験できる。
保護者からは「ベテランの元教員の方々が面倒を見てくれて、子どもを安心して任せられます」と喜びの声が寄せられている。

2018年1月10日 (水)

2017年1月10日(水)の聖教

2017年1月10日(水)の聖教

◆わが友に贈る

インフルエンザに注意!
手洗い・うがい・加湿・
マスク着用の励行を。
強き祈りを根本に
賢く健康を勝ち取ろう!

◆〈名字の言〉 2018年1月10日
 

 「平均寿命が高い市区町村の男女別ベスト10」が先日、発表された。長寿の秘訣には「お茶がらを食べる」「坂道ウオーキング」など地域ごとの特色があった▼こうした食事や運動などとともに「生き方」も寿命に影響するという。1921年、スタンフォード大学のターマン教授は1500人の小学生の性格を分析。さらに、どんな人生を歩むか、研究チームが80年間にわたり追跡調査した。その結果、長寿の人には共通点があった▼それは「社交ネットワークを広げている」こと。近所の方々のお世話をする、ボランティア活動をするなどだ。「健康になって長生きもしたいと思っているのなら、まず社交ネットワーク作りに取り組むのがいちばん」(ハワード・S・フリードマン共著『長寿と性格』清流出版)▼女性の長寿で全国第2位の島根県吉賀町。この町に住む76歳の婦人部員の目標は「住民全員と仲良くなる」。8年前から小学校で読み聞かせを始め、ふれあいサロンや高齢者の見守り訪問員も務める。「人に尽くすことが健康の源。今が一番忙しいけれど一番元気です」▼御書に「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598ページ)と。他者の幸福のために生きる人の心は、常に若々しい。ゆえに幸福に輝いている。(子)

◆〈寸鉄〉 2018年1月10日
 

 勇気の人が一人いれば大
 事を成就―牧口先生。青
 年よ一人立つ師子たれ!
      ◇
 秋田「師弟原点の日」。雪
 の激励行36周年。新時代
 の広布拡大の“勝ち鬨”を
      ◇
 「法華経は種の如く仏は
 うへての如く」御書。我こ
 そ仏の使いの自覚で語れ
      ◇
 世界の諸課題解決には結
 束が不可欠―国連総長。
 我らは心結ぶ対話に全力
      ◇
 自己啓発本等、能力開発
 の市場が9千億円と。時
 代の焦点は人間の変革に

◆社説  小説『新・人間革命』を熟読   “師に続く”の決意が成長の糧に

 
池田先生が法悟空のペンネームでつづる小説『新・人間革命』は、次章「誓願」で全30巻が締めくくられることが発表された。起稿から25年。6千回を超える連載が総仕上げの時を迎えている。池田先生はかつて、執筆への真情をこう吐露された。
 「できることなら、全同志の皆さま、お一人お一人にあてて、感謝と励ましの手紙を差し上げたい。しかし、身は一つである。そこで、毎日、手紙をつづる思いで、小説『新・人間革命』の執筆に取り組んでいる」
 師の思いは、一人一人に向いている。“ただただ、あなたに励ましを送りたい”。その真心が感動となり、読者の決意を呼び覚ますのであろう。
 昨年、男子部の大学校に入校後、小説『人間革命』を読了したあるメンバー。引き続き、小説『新・人間革命』に触れ、“自分も、人のために尽くしてみたい”と決意し、仏法対話に挑戦するようになった。
 また、学会活動から遠ざかっていたある婦人部員は、小説『新・人間革命』の学習を通じ、“人に励ましを送れる自身に”と再起。本格的に活動に参加するようになり、地区の推進力として活躍している。
 “師に続き、自分も”――この“私も”“自分も”の決意が、成長の糧となるのだ。
 小説『新・人間革命』には、珠玉の人生の指針とともに、民衆が築き広げてきた不滅の広布史がつづられ、地域広布の師弟のドラマを学び合う学習会は、日本だけでなく、世界各地でも広がっている。
 小説『新・人間革命』を巻ごとに解説した創価新報の「弟子の道」の連載なども、学習会の一助となるであろう。
 特に、リーダーと育ちゆく青年部員は、主体的に研さんに励み、地域にとどめられた師弟の絆を心肝に染めていきたい。
 著名なデューイ研究者で、池田先生の書物にも造詣が深いジム・ガリソン博士は、小説『人間革命』『新・人間革命』に向き合う心構えについて語っている。「たとえ本を通してであっても、著者との心の交流を図り、一つ一つの物語を自身の身に引き当てて読み、自分自身にとっての新たな意味を、その物語からくみ取っていくことです。言い換えれば、『人間革命』を読んだ一人一人が、自らの“人間革命”の物語を綴り残せるよう努めていくことです」
 小説を通じた“師弟の対話”が、自身の人間革命を大きく開いていくのである。
 
◆きょうの発心   若き日に誓った“不退の信心” 2018年1月10日

御文
 『水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるか』
(上野殿御返事、1544ページ)
通解 水のように信じるとは、常に後退することなく信ずることをいうのである。あなたは、いかなる時も、常に退することなく、(日蓮を)訪ねられるのであるから、水の流れるように信じておられるのであろう。

 水の流れるような持続の信心を教えられています。
 中学に入学してすぐ学校生活が苦痛になり、不登校に――。状況を変えたい一心でご本
尊に向かいました。唱題すると心が晴れて、力が湧き上がることを実感。祈り始めて1週間で登校を再開し、初心の功徳を確信しました。池田先生が出席された未来部の夏季講習会で学んだ御文の中で、特に印象に残ったのがこの一節です。「持続の信心」の大切さを深く心に刻み、”生涯不退の信心を貫こう”と心に決めました。以来、魔が競い起こるたびに、この一節を思い出し、一つ一つの試練を乗り越えてきました。
 先生が淡路島に初訪問されてから、1月27日で50周年。この佳節を荘厳しようと、朗らかに前進しています。使命の天地・淡路島で広布の活動に励むことのできる福運に感謝し、師弟共戦の誓いを胸に拡大に挑戦してまいります。
 兵庫・常勝淡路島県婦人部長 武田ひとみ

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 二十七 2018年1月10日 (6268)

 大分空港で山本伸一が車に乗ろうとすると、二、三十人の学会員が駆け寄ってきた。手に花束を持っている人もいる。
 「ありがとう! 辛い思い、悲しい思いをさせてしまって、すみません。でも、皆さんは、遂に勝ったんです」
 伸一は、こう語り、目を潤ませるメンバーに、「朗らかにね!」と、笑顔を向けた。
 彼は、空港から真っ先に功労の同志宅へ向かい、一家を激励した。その後、大分平和会館に直行する予定であったが、まず、別府文化会館に行くように頼んだ。別府は、宗門事件の震源地ともいうべき場所であったからだ。
 国道沿いには、あちこちに、車に向かって手を振る人たちの姿があった。伸一が大分に来ると聞いて、“きっと、この道を通るにちがいない。一目でも姿を見たい”と、待ち続けていたのであろう。
 ガードレールから身を乗り出すようにして、手を振り続ける婦人もいた。
 伸一は、その健気さに、胸が熱くなった。
 “皆さんは、耐えに耐えてこられた。ひたすら広布に生き抜いてきた、この尊き仏子たちを、正信会の悪侶たちは苛め抜いた。絶対に許されることではない。御本尊、また日蓮大聖人から厳しきお叱りを受けるであろう。今日の、この光景を、私は永遠に忘れない”
 伸一は、路上に待つ同志を目にするたびに、合掌する思いであった。
 日没直前、彼は別府文化会館に到着した。会館の窓という窓に明かりがともされ、たくさんの人影が見えた。伸一が車を降りると、近くにいた三人の老婦人が声をあげた。
 「ああっ、先生! お会いしたかった」
 「とうとう来ましたよ。私が来たんだから、もう大丈夫です!」
 会館には、二百人ほどのメンバーが詰めかけ、玄関に「先生、お帰りなさい」と書かれた横幕が掲げられていた。皆、伸一の別府文化会館訪問を確信していたのだ。
 邪悪と戦い続けた別府の同志たちと伸一は、共戦の魂で強く結ばれていたのである。   

【聖教ニュース】

◆中米の名門・国立パナマ大学に立つ「母」の歌を刻んだ「母子像」 制作したエルナンデス教授が語る 2018年1月10日
本年5・3「創価学会母の日」制定30周年 婦人部「グループ」発足40周年


池田先生が作詞した「母」の歌詞が台座の銘板に刻まれた「母子像」。パナマ大学の校門を入ってすぐの場所に設置され、同大学を象徴するモニュメントの一つになっている
池田先生が作詞した「母」の歌詞が台座の銘板に刻まれた「母子像」。パナマ大学の校門を入ってすぐの場所に設置され、同大学を象徴するモニュメントの一つになっている

 太陽の励ましで、平和と幸福の連帯を広げる全国・全世界の婦人部の友。本年は5・3「創価学会母の日」制定30周年、婦人部の「グループ」発足40周年など幾重にも意義深き佳節を迎え、5月には各地で婦人部総会がにぎやかに開催される予定だ。
 世界中の母をたたえ、各国・地域で愛唱される曲の一つが、池田大作先生作詞の「母」の歌である。一昨年4月、中米パナマ共和国の名門学府である国立パナマ大学構内に、その歌の歌詞(スペイン語)を台座の銘板に刻んだ「母子像」が設置された。像の建設を中心的に担った同大学のエドガー・ルイス・エルナンデス教授に、制作に懸けた思いなどについて聞いた。
 ――「母」の歌は10言語以上に翻訳され、世界中で愛されています。その歌詞を銘板に刻む「母子像」を、どのような思いで設置されましたか。
 私はSGI(創価学会インタナショナル)の知人を介して「母」の歌を知りました。
 この歌には、平和を慈しみ、未来を育む世界中のお母さんの幸せを願う池田博士の心が凝縮されています。特に私は、冒頭の一節が大好きです。
  
 〽母よ あなたは   
  なんと不思議な
  豊富な力を
  もっているのか
  
 このフレーズを聞くと、私もSGIの皆さんと同じように、自分の母を思い出します。
 高校卒業後、芸術の道を深めるためにメキシコへの留学を決意したものの、思い悩む私の背中を押してくれたのが母でした。今の自分があるのは、母のおかげです。この歌を聞くたびに今でも鮮明に、あの時の光景がよみがえり、熱いものが込み上げてきます。
 ゆえに私たちは、この「母子像」に全世界の母へ心からの「感謝」を込めるとともに、「平和のシンボル」になるようデザインしました。
  
 ――制作する中で、思い出深いエピソードはありますか。
 
 材料の選定や周辺道路の舗装、資材の運搬など、多くの困難が伴いました。
 しかし、携わった全員が、偉大なプロジェクトに参画できる喜びに満ちていました。建築家も、エンジニアも、教職員も、そして美術学部の学生も、例外なくです。
 特に重要だったのは、学生たちと共に作業できたこと。彼らには、台座を含めて全長約6メートルになる像の「型作り」を手伝ってもらいました。皆、“この作品に関わること自体が大きな社会貢献である”との気概に燃えていました。
 池田博士は青年の育成に力を注いでおられますよね。
 私自身、政府が推進する芸術教育プログラムのアドバイザー等を歴任し、若者の才能を開花させる支援活動に長年、取り組んできました。そのためSGIが掲げる理念に深く共感するのです。
  
 ――SGI会長は3度、パナマを訪問(1974年、81年、87年)しています。
 よく存じ上げています。その全てで本学を訪問し、図書贈呈や学生との懇談等を通して教育交流を進めてくださいました。
 2000年にアジア人初の「名誉博士号」を授与したことや、07年には構内に「池田大作公園」と「池田香峯子庭園」を開園できたことは、わが大学の誇りです。
 これからもSGIとともに、対話と文化・教育の力で平和建設に貢献したいです。
プロフィル
 エドガー・ルイス・エルナンデス 1945年生まれ。パナマ大学美術学部造形美術学科長。メキシコやホンジュラスの大学等でも教壇に立ってきた。パナマの教育省が推進する芸術教育プログラムのアドバイザーや、米州機構の芸術研修講師を務めるなど、多方面で活躍する。 

◆ブラジル・南マットグロッソ州から平和貢献をたたえ池田先生に顕彰状 

顕彰状の授与式に出席した議員や地元SGIの代表が記念のカメラに(カンポグランデの南マットグロッソ州議会議場で)

顕彰状の授与式に出席した議員や地元SGIの代表が記念のカメラに(カンポグランデの南マットグロッソ州議会議場で)

 ブラジル・南マットグロッソ州議会から池田先生に顕彰状が贈られた。
 長年にわたる世界平和への貢献と、池田先生の卒寿の誕生日である「1月2日」を慶祝する意義を込めたものである。
 授与式は昨年12月20日、州都カンポグランデの同州議会議場で晴れやかに行われた。
 ブラジル南西部に位置する南マットグロッソ州。世界最大級の大湿原・パンタナールが広がる、大自然との共生の天地である。
 同州SGIの友は、これまで「共生と希望 アマゾン――環境と開発展」や「生命への語らい」展など、環境や人権の尊さを訴える展示会を開催。各界から高い評価が寄せられてきた。
 2004年8月には、池田先生に「名誉州民」称号が授与されている。
 今回の式典では、地元のSGIメンバーらが見守る中、発議をしたパウロ・シウフィ州議会議員から同SGIのビエイラ分圏長に顕彰状が手渡され、会場は祝福の拍手に包まれた。
 シウフィ州議会議員は語った。「SGIの平和・文化・教育運動は、わが州においても大変に重要であると考えております。州として世界的な偉人である池田先生の功績と90歳の誕生日をお祝いできることは、この上ない喜びなのです」 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆海外の新年勤行会から 青年を先頭に希望の船出!


ボリビア

ボリビア

 社会貢献の模範と輝く南米・ボリビアSGIの友が1日、各地で開かれた新年勤行会にはつらつと集った。サンタクルス市・ボリビア文化会館の集いでは、タケノ理事長が「一人一人が広布拡大に挑み、人間革命の実証を示そう」と訴えた(同会館で)

◆東京富士美術館35周年記念 東山魁夷展   日本画の巨匠生誕110周年を彩る


「白い馬の見える風景」シリーズの代表作「緑響く」。八ケ岳山麓の奥蓼科の御射鹿池(みしゃかいけ)を神秘的に描いたもの(82年 84.0×116.0センチ 長野県信濃美術館東山魁夷館所蔵)

「白い馬の見える風景」シリーズの代表作「緑響く」。八ケ岳山麓の奥蓼科の御射鹿池(みしゃかいけ)を神秘的に描いたもの(82年 84.0×116.0センチ 長野県信濃美術館東山魁夷館所蔵)

 東京富士美術館の開館35周年を記念する「東山魁夷展」が2日に八王子市の同美術館で開幕し、大好評を博している。四季折々の日本の風景を描き、「国民的画家」ともたたえられる日本画の巨匠・東山魁夷氏。…

◆〈信仰体験〉 リストラの危機からの逆転劇! 印刷会社の取締役で奮闘
  “なにの兵法よりも法華経の兵法”で進む
  妻、父はがんを克服し一家で勝利


【千葉県君津市】
インターネットや電子書籍の普及などで、印刷業界の市場規模は縮小傾向にある。特に中小企業では生き残りを懸けて、紙媒体からの脱却など、試行錯誤が続く。千葉県内に本社を置く印刷会社に勤務する大庭潤一さん(60)=外箕輪支部、副本部長=は一時、リストラの危機に追い込まれたが、現在は取締役として営業の指揮を執る。浮き沈みの激しい社会で、大庭さんが支えにしたのは、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)との御聖訓にほかならない。

一人の部署
 入社当初は印刷工場の担当だったが、25歳の時、営業に配属された。最初は嫌だったが、諦めずに通うと、“しつこさ”が“情熱”に変わり、頭角を現していった。新規開拓で“切り込み隊長”と呼ばれるほどに。ただ学会の会合へは、たまに参加する「お付き合い程度だった」。
 1997年(平成9年)、信心強盛な母にがんが見つかったことを機に一念発起。学会活動に励むようになった。
 仕事では毎年、目標を達成。「お客さまには、うちが作った印刷物でいい仕事をし、成果を上げてもらいたい」を信条に実績を積み上げた。しかし、自社全体からすれば、業績は下降線をたどっていた。
 巻き返しを期待された2010年(平成22年)、大庭さんは営業本部長を命じられる。培った人脈を生かし、売り上げを伸ばすものの、なかなか事態は好転しない。さらに経営者との対話もままならず、何度も衝突。現場の声を代弁して進言を続けたことで、かえって煙たがられる存在になっていた。
 わずか半年で異動の憂き目に。それは大庭さん用に新設された一人だけの部署だった。事実上のリストラ勧告ともいえた。
 会社までの通勤の車中。送り迎えをしてくれる妻・知美さん(59)=婦人部副本部長=に明るく言ってみる。
 「うちに来ないかって誘ってくれる会社もあるし、どうしようか」
 「そっちに行けばいいじゃない」
 「今、辞めても退職金は出ないぞ」
 「あなた次第よ。でも、今日の『寸鉄』には、『御みやづかいを法華経とおぼしめせ―御書。今いる場所が人間錬磨の道場』ってあったわよ」
 「そうだな!」
 そんな会話を何度も繰り返す日々だった。

相次ぐ試練

 翌11年は、今後の見通しが持てないまま年が明けた。そして1月下旬には、知美さんに大腸がんが見つかり、すぐに入院・手術をすることに。日常は一変した。
 幸い、何でも器用にこなす父・光さん(88)=地区幹事=が家事を買って出てくれた。「うまいよ。この豚汁」と言うと、豚汁が1週間続いた。次はカレーが鍋いっぱいに。奮闘する大庭さん一家を同志も励ました。
 2月末に知美さんの抗がん剤治療が始まり、そして3月11日――。東日本大震災が発生した。
 大庭さんの職場では、新年度の仕事が相次いでキャンセル。さらに計画停電が追い打ちを掛けた。工場は稼働できず、雪だるま式に負債が増え、経営状態は悪化した。
 社員のリストラ、給与のカット。銀行からは融資できない旨が告げられた。ついに会社が銀行の管理下に置かれることに。
 そんな中、4月には、父に悪性リンパ腫が見つかり、抗がん剤治療を開始することになった。
 八方ふさがりの中でも、大庭さんは希望を失わなかった。
 「もっと大変な困難を跳ね返した同志を身近に見てきたからでしょうか。追い込まれて、なお、“こういう時こそ信心だ”と決意できました」
 それは妻、父も同じだった。同志の励ましを得て、各自が現実と対峙していた。

最後の面談

 銀行は、返済計画、再生計画の立案を迫る。実態を熟知する大庭さんは総務部と協力して計画書を作成することになり、連日連夜の作業が続いた。
 社内には良くない噂が広まった。社員から「僕はリストラ対象になるんでしょうか」と相談されるが、「自分たちの商品価値を上げる努力を続けよう」と励まし続けた。
 神経をすり減らす日々の中、大庭さんにも退職の文字が頭をよぎる。「そんな時に限って、何度も、『今いる場所で勝て!』との池田先生の指導が、目に飛び込んでくるんです。『信頼を勝ち取っていくことだ』と」
 大庭さんに闘病中の妻と父がいるように、社員にも家族がいた。自分が逃げれば、人生の信用を失う気がした。
踏ん張って前に進もうと決め、目標を明確に掲げて祈るように。「倒産しないこと」「社員全員で再起すること」。そして「折伏を実らせること」。
 それは大庭さんにとって“誓願の祈り”に違いなかった。朝、決意して出発しても、打ちのめされた思いで帰宅する。その繰り返しの中、努めて明るく振る舞う姿に、周囲から「大庭さんは、いつも元気ですね」と不思議がられた。
長年の友人に弘教を実らせることもできた。
 13年、大きなチャンスが舞い込む。大手の印刷会社との経営統合の話だった。
 主要社員との面談が始まった。だが、普通なら真っ先に呼ばれる立場の大庭さんが呼ばれない。“私のリストラは免れないだろう……”と覚悟していると、最後に呼ばれ、会議室に入った。
 大手印刷会社の社長は開口一番、「君が、現社長とやり合っている大庭さんか!」と笑顔で迎えてくれた。社員、幹部への聞き取りで、これまでの経緯や大庭さんの人柄から、「いずれは役員として迎えたい」と告げられた。

常に前へ

 その晩、知美さんにありのままを伝えた。思わず涙声になったが、誰よりも心配を掛け、支えてくれた“戦友”と喜びを分かち合う。
 「すごいわ! 祈った通りになったじゃない」。他の社員もそのまま雇用された。
大庭さんは、再構築された会社で営業本部長に返り咲くことに。さらに15年には取締役に就いた。
 経営側に立つ責任、担う役割も重大かつ膨大になった。現在も支店の拡大販売に奮闘中だ。
 「厳しい業界ですから、軌道に乗るのはこれから」。今後も荒波は絶え間なく打ち寄せる。そして、それを乗り越えるためには、新しい挑戦と努力が常に求められることだろう。
 “だからこそ”と大庭さんは思う。“誓願の祈り”に立たなければ、振る舞いも結果も、違ったものだっただろう。厳しい現実があっても、信仰という、こんこんと希望を湧かせる“水源”があったから、現実に活力を行き渡らせることができたのだ。
 その後、知美さん、光さんは共にがんを克服した。家族それぞれが新たにつかんだ確信と感謝を胸に、広布に前進している。

2018年1月 9日 (火)

2017年1月9日(火)の聖教

2017年1月9日(火)の聖教

◆わが友に贈る

わが地区の躍進は
充実の協議会から!
皆の意見を大切に。
ポイントを絞って
時間を有効に使おう!

◆〈名字の言〉 2018年1月9日
 

 アテネ五輪の男子ハンマー投げで金メダルに輝いた室伏広治氏。座右の銘は「目的と目標を定めて最短の軌道を描け」という。「目的」と「目標」という言葉は似ているが、氏は「別々のもの」と強調する▼それを氏が改めて痛感した出来事が、アテネ五輪から7年後の2011年にあった。当時、36歳。“ピークは過ぎた”と自分でも思っていた。だが東日本大震災の被災地を訪れ、被災者を励ます中で、思わず「メダル宣言」を。2カ月後、氏は世界陸上に出場し金メダル、翌年のロンドン五輪では銅メダルを獲得した▼氏によれば、被災地に勇気を送りたいというのが「目的」、メダルを獲得するのは「目標」に当たる。もし、メダルを「目的」にしていたら、結果は違っていただろうと振り返る。「『だれかのために』という思いがあるほうが、より強いエネルギーを得られる」(『ゾーンの入り方』集英社新書)▼目標の大切さは言うまでもないが、前進の原動力となる目的観の重要性を忘れてはなるまい。“何のため”という目的が明快な人には、張りや歓喜がある。目的を見失えば、行き詰まったときに再起する力が湧かない▼この一年、わが人間革命と世界広布という大目的を胸に、一つ一つ具体的な目標を掲げ、挑戦を始めよう。(誼)

◆〈寸鉄〉 2018年1月9日

 なすべきことを率先して
 着々と勇敢に実践せよ―
 戸田先生。幹部が波動を
      ◇
 「仏法の根本は信を以て
 源とす」御書。絶対成し遂
 げる!確信の祈りで前進
      ◇
 「目黒師弟正義の日」。
 さあ自己の“壁を破る”
 挑戦で黄金の拡大譜綴れ
      ◇
 宝の未来部を励ます担当
 者に感謝!後輩を育てる
 人が人材。大樹を伸ばせ
      ◇
 世界保健機関が依存を疾
 病に指定。親子で話し合
 い規則を決める等、賢く。

◆小説『新・人間革命』第30巻 勝ち鬨の章 二十六 2018年1月9日 (6267)


 “最も苦しんだ同志のところへ駆けつけよう! 一人ひとりと固い握手を交わす思いで、全精魂を込めて、生命の底から励まそう!”
 山本伸一が、九州の大分空港に降り立ったのは、十二月八日の午後のことであった。四国、関西、中部等を巡った激闘の指導旅を終え、東京に戻って六日後のことである。
 大分訪問は、実に十三年半ぶりであった。
 彼は、広宣流布の勝利の上げ潮を築くために、「今」という時を逃してはならないと、強く心に言い聞かせていた。
 「正信」の名のもとに、衣の権威を振りかざす“邪信”の僧らによって、どこよりも非道な仕打ちを受け、苦しめられてきたのが、大分県の同志であった。「御講」などで寺に行くと、住職は御書ではなく、学会の中傷記事を掲載した週刊誌を使って、「学会は間違っている。謗法だ!」と言うのだ。
 そして、脱会したメンバーが学会員に次々と罵詈雑言を浴びせ、そのたびに場内は拍手に包まれるのだ。それを住職は、ほくそ笑んで見ているのである。老獪この上なかった。
 学会を辞めて寺につかなければ、葬儀には行かないと言われ、涙ながらに、会館に訴えてくる人もいた。また、あろうことか、葬儀の席で学会攻撃の暴言を投げつける悪侶もいたのである。遺族の悲しみの傷口に塩を塗るような、許しがたい所業であった。
 伸一は、そうした報告を受けるたびに、胸が張り裂ける思いがした。同志がかわいそうで、不憫でならなかった。
 “負けるな! 必ず勝利の朝は来る!”
 彼は心で叫びながら、題目を送り続けた。
 空港に来ていた九州方面や大分県の幹部たちは、伸一の姿を見ると、「先生!」と言って駆け寄って来た。
 「さあ、戦うよ! 大分決戦だ。大逆転の栄光のドラマが始まるよ!」
 師子吼が放たれた。皆、目を輝かせ、大きく頷いた。どの顔にも決意がみなぎっていた。
 苦節のなかで培われた闘魂は、新しき建設への限りない力となる。   

【聖教ニュース】

◆本陣・東京でSGI交流交歓会 世界の友と心一つに誓いの前進


「センセイ・エスタ・アキ!(私たちの心にはセンセイがいる!)」――メキシコと日本の友の誓いの掛け声が会場に響いた(江東文化会館で)
「センセイ・エスタ・アキ!(私たちの心にはセンセイがいる!)」――メキシコと日本の友の誓いの掛け声が会場に響いた(江東文化会館で)

 1月度SGI(創価学会インタナショナル)本幹研修会で来日中のSGIの友が8日、世界広布の本陣・東京各地の交流交歓会に参加した。
 韓国の友は、中央区の中央文化会館を訪れた。
 各部一体で青年の拡大に力を注ぐ韓国。昨年は、1万6000人を超える青年世代の新入会者が誕生。その勢いのまま、2日には、青年部が相次ぎ弘教を実らせた。
 来日中の韓国男子部の金鎭先さんは、「『世界青年部総会』へ、さらなる対話拡大で、師恩に報いていきます」と力強く語った。
 交歓会でも、青年部の活躍が光った。ひときわ感動を呼んだのが韓国と日本の青年部による体験発表だ。
 女子部の菅原康子さんは15年前の入会以来、幾多の苦難を信心根本に乗り越えてきた。昨年、祈っていた以上の条件で転職することができた喜びと、さらなる広布拡大への決意を述べた。
 韓国女子部の夫榮禧さんは、信心根本に45倍の倍率を突破し就職を勝ち取った。その職場では優秀な成績を収めるなど信頼を広げる。また、信心の歓喜を女子部員に伝え、華陽姉妹の輪が大きく広がる様子を語った。
 メキシコのメンバーは、江東区の江東文化会館で交流した。
 「ビエンベニードス!(ようこそ)」――未来部や青年部らが、スペイン語で遠来の友を歓迎した。
 婦人部の江東スクラム合唱団が「母」「青年よ広布の山を登れ」を合唱。メキシコのエウヘニア・ロハス婦人部長のあいさつに続き、代表による体験発表が行われた。
 男子部の山下金吾さんは、昨年、39歳で念願のプロレスラーとなり、報恩の思いで弘教を実らせた模様を報告。メキシコ婦人部のスサナ・フェルナンデスさんは、度重なる病魔など、家族の宿業を信心で乗り越え、和楽を実現した喜びを語り、会場は感動の拍手に包まれた。
 続いてメキシコの友が軽快なリズムに乗って、にぎやかな歌声を披露。山本総区長が励ました。
 タイとカンボジアの友は、武蔵村山市の武蔵村山文化会館へ。
 男子部の藤村愛彦さんが折伏を結実させ、漫画家の仕事で実証を示した体験を発表した。タイ壮年部のユット・パニターンウォンさんは、信心根本に仕事や学業に挑戦した模様を紹介しながら、広布に生き抜く中に、行き詰まりはないと確信を語った。
 その後、メンバーがタイ伝統の踊り「ラムウォン」を披露。明るい音楽に手拍子が自然と沸き起こり、手招きに応じた日本の友も一緒に踊った。
 タイの友は語る。
 「創価家族の温かさを感じ、勇気をもらいました。師匠への報恩の戦いに、さらにまい進します」 

◆各地で「成人の日」記念勤行会  池田先生がメッセージ 栄光の未来へ輝け


池田先生の提案で1972年以来、毎年結成されている東京・新宿総区の「新宿成人会」。勤行会では、47期の萩原伸さん、堀内昌美さんが清新な決意を述べた(8日、新宿池田文化会館で) 
池田先生の提案で1972年以来、毎年結成されている東京・新宿総区の「新宿成人会」。勤行会では、47期の萩原伸さん、堀内昌美さんが清新な決意を述べた(8日、新宿池田文化会館で) 

 「成人の日」を記念する勤行会が8日を中心に、全国各地で行われた。
 これには、池田大作先生が次のメッセージを贈り、新成人の門出を祝福した。
 また新成人の友に、池田先生の指針を掲載した記念のカードが贈られた。
                                                                     ◇ 
 晴れ晴れと「成人の日」を迎えた宝の皆さん、誠に誠に、おめでとうございます!
 いよいよ青春の無限の力を発揮して、使命深き人生の本舞台へ躍り出ていく、わが創価の新成人の皆さんに、私は全世界の同志と共に、心から祝福申し上げます。
 日蓮大聖人は、「法華経を持つ者は、一切衆生の主に当たると、仏は御覧になっているであろう。また梵天・帝釈もこの人を尊敬されるであろうと思えば、うれしさは申しようもない」(御書1134ページ、通解)と仰せになられました。
 若くして妙法を持った皆さんほど、尊く偉大なリーダーはおりません。
 この佳き日に、現在の皆さんを育んでくれたお父さんやお母さんをはじめ、お世話になった方に感謝を表せる聡明な皆さんであってください。
 そして、今日ここから、限りない栄光の未来へ、希望に燃え、勇気に燃えて、力強く出発していただきたいのであります。
 皆さんには、人類最高の「生命尊厳」の哲学があります。「祈りとして叶わざるなし」の題目があります。そして絶対に信頼できる創価家族の励ましのスクラムがあります。
 どうか、誇り高く伸び伸びとこの信仰を貫きながら、幸福と平和の新たな潮流を、地域へ、社会へ、さらに地球へと創り広げていってください。
 大切な大切な皆さんの健康と活躍を、毎日、妻と祈っていきます。世界一の新成人の皆さんに、栄光輝け! 

特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青年SGI 世界の若きスクラム〉 香港  時代は仏法を求めている。

若き人材が躍動する香港SGI。青年部の友は、きょうもあの地この地で友情と信頼の対話を広げる(昨年11月、香港島で)

若き人材が躍動する香港SGI。青年部の友は、きょうもあの地この地で友情と信頼の対話を広げる(昨年11月、香港島で)

 「世界広布新時代 栄光の年」――その焦点は「青年の拡大」であり「人材の躍動」である。各国・地域の若き友は今、「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」へ、勢いよく弘教拡大に挑んでいる。

◆1月度座談会拝読御書 『顕仏未来記』
御書全集 509㌻8行目~11行目 編年体御書 562㌻17行目~563㌻2行目
「丈夫の心」で民衆救済の誓願貫く
世界広布を実現させた創価学会


本抄について
 本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で著されたものです。
 題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
 「仏の未来記」とは一往は釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は“末法の御本仏としての大聖人の未来記”を明かされることにあります。
 釈尊の未来記とは、本抄冒頭に引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここでは「私(=釈尊)が亡くなって後、『後の五百歳』に正法を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣旨)と述べられています。
 本抄では、この釈尊の未来記を現実のものとしたのは、大聖人ただお一人であることが示されます。
 そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が世界中に流布することが明かされています。 
御文 『伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就くは丈夫の心り 天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云 安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通三に一を加えて三国四師と号く』

六難九易

 拝読御文の冒頭には伝教大師の言葉が引用されています。これは、法華経見宝塔品に説かれる「六難九易」を通して、深い教えである法華経の弘通を呼び掛けた言葉です。六難九易は、六つの難しいことと九つの易しいことを挙げて、仏の滅後の妙法弘通の難しさを示しています。
 九つの易しいこととは、「須弥山を手にとって他の国土に投げ置く」「足の指でこの大宇宙(三千大千世界)を動かして、遠くへ投げる」「枯れ草を背負って劫火のなかに入っても焼けない」などです。常識では到底、成しがたいと思われることばかりですが、悪世に妙法を持ち弘めることに比べれば、これらはまだ易しいと釈尊は言います。
 六つの難しいこととは、滅後悪世に「法華経を弘める」「しばらくでも法華経を読む」「法華経を受け、持ち続ける」などです。
 仏の滅後に妙法を自ら実践し、弘めていくことが、いかに難事であるかが強調されているのです。
 釈尊は、この六難九易を通して何を示したかったのでしょうか。
 池田先生は「それは、末法広宣流布が難事であることを強調することで、民衆救済の強い誓願を起こすべきであることを菩薩たちに勧めるためです」と述べています。
 仏の滅後に妙法を弘める人には、必ず難が競い起こります。その困難を自覚し、“いかなる難があっても末法広宣流布を断固、進める”と誓うことが、広布推進の原動力となります。広布の誓願を立て、それを貫くことが、信仰の実践における根幹となるのです。

広宣流布
 正しい教えである正法を流布し、万人を仏の境涯に導くことこそが、仏法の目標です。それゆえ、法華経には「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」(法華経601ページ)と説かれています。
 この経文は「後の五百歳」、すなわち末法において、正法を全世界(一閻浮提)に広宣流布していくべきことを述べたものです。
 日蓮大聖人は、こうした法華経の経文の通り、末法の悪世において命に及ぶ幾多の大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。
 御書には、次のように示されています。
 「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)
 「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」(同329ページ)
 まさに広宣流布こそ、大聖人の根本精神であり、大聖人は弟子に対しても、広宣流布に生き抜くよう、繰り返し促されています。
 この大聖人の御精神を受け継いで、御書に仰せの通りに妙法を弘通し、広宣流布を進めてきた和合僧(仏法実践者の集い)が創価学会です。
 大聖人滅後700年の間、創価学会が出現するまで、誰も妙法を弘めることはできませんでした。創価学会が、「閻浮提に広宣流布」との経文の通り、事実の上で日本はもとより、世界中に妙法を弘めてきたのです。釈尊と大聖人の未来記(予言)を実現したのが創価学会にほかならないのです。

「三国四師」
 「三国四師」の「三国」とは、インド、中国、日本を指し、「四師」とは、妙法を覚り、時代に応じて正法である法華経を弘めた4人の正師を指します。
 日蓮大聖人は拝読御文で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という三国の正師を受け継いで、御自身が末法に妙法を弘通してきたと述べられています。そして、この三国三師に御自身を加え、「三国四師」と名付けると宣言されています。
 これは、釈尊から始まる仏教正統の精神が、天台大師、伝教大師を経て、大聖人に継承されているとの宣言です。
 三国四師は、法華経の行者の系譜です。この系譜こそ、仏教の“本流”であることを示すものにほかなりません。仏法の継承は、万人の幸福の実現という根本の目的を正しく受け継ぐところにあるのです。
 大聖人は、末法濁世に生きる人々を救うために、法華経の極理である「南無妙法蓮華経」を顕され、唱題行によって万人がその身のままで成仏できる幸福の大道を開かれました。
 創価学会は、この大聖人の御精神を寸分も違えずに継承し、広宣流布を進めてきました。仏法の正統は、創価の師弟に厳然と受け継がれているのです。

池田先生の指針から 仏教の正統に連なる誉れ
 いかなる大難をも越えて、法華弘通の誓願に生き抜くことが、「仏の心」を我が心としていく唯一の道なのです。
 どんなことがあっても、広布の誓願に生き、自身の使命を果たし抜こうとする「強い心」「深い心」を貫けば、我が生命を仏の生命へと鍛え上げていくことができる。
 そのことを大聖人は「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」との伝教大師の言葉をもって示されています。
 「丈夫の心」とは、法華経に示された「仏の心」のままに、敢然と広宣流布の信心に立ち上がる「勇者の心」にほかなりません。
 勇敢に広布に戦い抜くなら、「仏の心」が我が生命に満ちあふれてこないわけがない。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
                   ◇ ◆ ◇ 
 本抄の末尾で大聖人は、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という法華宗の三国三師を受け継いで、末法に妙法を弘通してきたと述べられています。したがって、御自身を加えて「三国四師」と名づけると宣言されています。
 この「三国四師」は、法華経の行者の系譜です。それは、万人の成仏という、仏教の究極の理想を実現する真の正統であり、その道を開きゆく創造的開拓者が法華経の行者です。
 妙法という無限の力を自他ともの胸中に湧き立たせ、濁悪の世にあっても蓮華のように価値の花を咲かせ切っていく。その勝利の人華を陸続と開花させ、自分も蓮華と咲き、万人をも蓮華と輝かせていくのが「法華宗」です。言い換えれば、「法華宗」とは、万人に尊極の生命を開く「人間宗」であり、「価値創造宗」です。(中略)
 創価学会は、この三国四師の系譜において創立された、真の法華宗を世界に弘通している唯一の仏勅の教団です。
 そして、無数の地涌の菩薩を全世界に呼び覚まし、万年の未来にわたる堂々たる平和への大行進を続ける尊貴なる和合僧団であります。
 戸田先生は「広宣流布のさきがけをしようではないか」と叫ばれ、「創価学会は宗教界の王者である」と宣言されました。
 私は、私とともに戦ってきてくださった皆様とともに、「我らこそ御本仏の未来記の主人公なり」と、誇り高く宣言したい。(同)

参考文献
 ○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)

丈夫の心を燃やそう  (2018-1『大白蓮華』 聖教新聞社)より

 拝読御文の冒頭は、伝教大師の言葉で、法華経宝塔品で説かれた「六難九易」について解釈した『法華秀句』の文です。六難九易は、釈尊滅後に法華経を受持し、弘通することの困難さを示しています。
 「浅きは易く深きは難し」とあるように、爾前経などの浅い教えは、理解し易いため、弘めるのは易しいといえます。反対に、最も深い教えである法華経は信じ難く、弘めることが難しい経典です。しかし、悪世末法において、法華経以外の浅い教えでは、人々を救うことはできません。
 いかに困難であったとしても、万人成仏の唯一の法である法華経を弘める以外に人々の幸福を開く道はありません。ゆえに大聖人は、浅い教えを去って、法華経を弘めることこそが「丈夫の心」、つまり、「仏の心」であると教えられています。
 後半部分では、この仏の心のままに実践し、この法華経を宣揚し、弘めてきた正しい仏法指導者を挙げられています。すなわち、中国の天台大師、日本の伝教大師です。
 この伝教の言葉に続けて、大聖人は、御自身がインドの釈尊、中国の天台、日本の伝教という三師の後を受け継いで法華経を弘めていることを明かされ、この三師に御自身を加えて「三国四師」と名付けられています。
 創価学会は、この大聖人の御精神を継承し、世界192ヵ国・地域に仏法を弘めてきました。大聖人直結で世界広宣流布を進めているのは学会以外にありません。
 池田先生は、「人間の生き方として拝すれば、『浅き』とは惰性であり、安逸であり、臆病である。この惰弱な心を勇敢に打ち破って、『深き信念』と『深き人間の偉大さ』につくのが『丈夫の心』だ」と語られています。私たちは「丈夫の心」を燃やして、「世界広布新時代 栄光の年」を勢いよく前進していきましょう。』
 
◆〈未来部育成のページ〉 「きぼう作文コンクール」「読書感想文コンクール」作品紹介 

 第6回「きぼう作文コンクール」(少年少女きぼう新聞主催)、第6回「読書感想文コンクール」(未来ジャーナル主催)の入賞者が発表されました。全国の未来っ子たちがつつづった努力の結晶。今回の未来部育成のページでは、それそれのコンクールで最優秀賞に輝いた作品を紹介します。

◆〈信仰体験〉 ボクシングの頂点に母子の勝ち鬨
  「勝ったと思う日は必ず来る」 冬を春へ――私が変えていく
  「おっかさんを悲しませない」 この心が本当の強さをくれる

【堺市美原区】昨年8月27日、山中理恵さん(46)=美原南支部、副白ゆり長=は、ボクシングのリング上を一心に見つめた。WBO世界ミニマム級の王座を懸け、長男・竜也さん(22)=神戸市兵庫区、男子地区リーダー=が拳を交える。ラウンドを重ねても決着はつかない。12ラウンドを終え、判定に。「3―0」で竜也さんの腕が高々と上がった瞬間、母の目から大粒の涙がこぼれた。直後、ジムの関係者から手招きされ、母は歓喜に沸くリング上へ。はにかみながらも誇らしげな息子と一緒にカメラに納まった――。

2018年1月 8日 (月)

2017年1月8日(月)の聖教

2017年1月8日(月)の聖教

◆今週のことば
 

対話の第一歩は
自分から胸襟を開き
語り掛けることだ。
「心の思いを響かして」
勇気と誠実の声を

◆〈名字の言〉 2018年1月8日

 俳優の小沢昭一さんは「舌耕」という言葉を好んで使った。講談や演説など、弁舌をなりわいとすることを指す言葉だ▼「舌で耕す。どこを耕すのかと申しますと、人の心を耕すんであります」と小沢さんは語った。田畑を丹念に耕すように、毎日毎日、言葉で人の心をこつこつとほぐしていく。「その積み重ねの中で、いつかきっと花が咲いて実もなる」(『話にさく花』文春文庫)▼「以心伝心」とよく言うが、実際は、言葉に表さなければ、本当に思いが伝わっているかどうかは分からない。親しい家族の間でさえ、そうである。改まる必要はないが、普段からさりげなく、思いを伝える努力を重ねたい。それが小沢さんの言う「耕す」ということだろう▼池田先生はかつて、未入会の家族を持つ女子部員を励ましたことがある。「どうか、朗らかに進んでください。大事なことは、あなた自身がよき娘であることです」「感謝の気持ちを、何かで伝えることです」▼家族の幸福を願い、真剣に祈る。その上で「いつも支えてくれてありがとう」「健康を祈っているよ」との一言を忘れまい。最も身近な仲だからこそ、日頃の振る舞いが大切だ。焦らず、しかしたゆまず。真心の行動を続けていく中で、一家和楽の花は咲いてゆく。(値)

◆〈寸鉄〉 2018年1月8日

 晴れやかに新春幹部会。
 さあ皆が青年の息吹で!
 人間革命の栄光の劇綴れ
      ◇
 きょう成人の日。未来は
 君らの双肩に。挑戦また
 挑戦で熱き青春時代貫け
      ◇
 偶然は準備しない人を助
 けない―学者。目標・課題
 を明確に具体的な祈りを
      ◇
 インフルエンザが注意報
 レベル。手洗い・嗽の基本
 徹底を。健康第一で前進
      ◇
 「犬は師子をほゆれば・は
 らわたくさる」御書。腐敗
 堕落の宗門。脱講者続々

◆小説『新・人間革命』第30巻   勝ち鬨の章 二十五 2018年1月8日 (6266)

 十一月十五日昼、山本伸一は四国の高松空港から、空路、再び大阪入りした。その後、和歌山県、奈良県と回り、激闘は続いた。
 二十二日には、大阪府豊中市の関西戸田記念講堂で行われた第三回関西総会に出席し、「嗚呼黎明は近づけり」の指揮を執った。
 さらに、滋賀県、福井県を訪問したあと、中部を巡り、静岡県でも指導と激励に全力を注いだ。伸一が、東京へ戻ったのは、十二月二日の夜であった。
 男子部では、十一月二十二日、福島県郡山市で全国男子部幹部会を開催した。彼らは、この幹部会を、“紅男幹”と名づけ、「紅の歌」とともに二十一世紀へと旅立つ、師弟共戦の誓いの集いとしたのである。
  
 〽ああ紅の 朝明けて
  魁 光りぬ 丈夫は……
  
 集った青年たちは、広布の魁として、茨の道を開きゆく決意を固めたのである。
 “たとえ、いかなる試練の烈風が競い起ころうとも、同志のため、社会のために、険しき坂を勇んで上りゆくのが創価の丈夫だ! 負けてなるものか! われらは、老いたる父や母が命がけで築いてくれた広布の城を、断固、守り抜いてみせる!”
 その合唱は、宗門事件の嵐を見事に乗り越えた青年の凱歌であり、未来にわたる人生勝利の勝ち鬨となったのである。
 なお、この「紅の歌」の作詞者名について、四国男子部から、「山本先生が作られたものであり、先生の作詞として、後世に残していただきたい」との強い要請を受け、後に「作詞・山本伸一」に改めることになった。
 また、伸一は、二〇〇五年(平成十七年)、歌詞に手を加え、三番の「老いたる母の」を「老いたる父母の」とした。そして、一六年(同二十八年)十月、四国での本部幹部会の折、四国青年部から、二番の「父の滸集いし」を「師の滸集いし」として歌いたいとの願い出があり、伸一はその志を汲んで了承した。

【先生のメッセージ】

◆世界広布新時代第30回本部幹部会への池田先生のメッセージ 
 元初の誓願わが胸に人類の宿命転換へ進め
 創価の師弟は永遠に不二なり  勇猛精進! 誓い躍り出た使命の国土で


広布の労苦は自らの財産に――1998年9月の本部幹部会でスピーチし、友をたたえる池田先生(東京牧口記念会館で)

広布の労苦は自らの財産に――1998年9月の本部幹部会でスピーチし、友をたたえる池田先生(東京牧口記念会館で)

 一、地球を結ぶ我ら創価家族の明るくにぎやかな新年の本部幹部会、誠におめでとう!
 年の初めの忙しい中、厳冬の日本へ、燃え上がる求道の魂で勇み集われた、アメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパ6カ国の皆さん、タイ・カンボジアの皆さん、韓国の皆さん、そしてブラジルの皆さん、本当にようこそ、おいでくださいました!(大拍手)
 何より、御本仏・日蓮大聖人が「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書1223ページ)と、皆さん方の深き尊き信心の志を讃えておられることでありましょう。
 この功徳は計り知れません。ありがとう! 本当にありがとう!(大拍手)

日々「心の対話」を交わす思いで

 一、きょうは、久方ぶりに東京牧口記念会館での開催となりました。
 創立の父・牧口常三郎先生が若き愛弟子・戸田城聖先生と共に、日蓮仏法を信奉されたのは、ちょうど90年前の1928年(昭和3年)であります。
 それは、法華経の極理である「広宣流布」という地涌の菩薩の「誓願」を、大聖人から、そのまま創価の師弟が受け継ぐ永遠の原点となりました。
 牧口先生の座右の御書には、力強く二重線が引かれ、格別に大切にされていた箇所があります。
 「開目抄」の「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232ページ)から始まる「大誓願」の一節です。
 すなわち、「大願を立てん」。そして、「智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同ページ)と。
 御本仏の大誓願に寸分違わず立ち上がったのが、わが創価学会です。
 大聖人の御在世から一段と末法が進み、経文に説かれる白法隠没・闘諍堅固の様相が深まるなかで、我ら創価の師弟は、勇敢に自行化他の題目を唱え抜き、いかなる大難も「風の前の塵」と吹き飛ばしながら、ただただ広宣流布、また立正安国、そして令法久住の誓願を貫き通してきたのであります。
 何ものにも負けない、この民衆による平和・文化・教育の栄光の大叙事詩を、私は戸田先生の直弟子として、小説『人間革命』全12巻、さらに『新・人間革命』全30巻に書きつづり、いよいよ総仕上げに入っております。全同志の愛読、応援に、感謝は尽きません。
 そして、本日は、一点、ご報告があります。
 それは、今、連載している「勝ち鬨」の章に続いて、最終章を執筆し、タイトルは「誓願」といたします(大拍手)。
 この章では、僭聖増上慢の迫害を勝ち越え、痛快なる「魂の独立」を果たすとともに、SGIが目を見張る大発展を遂げ、世界宗教として地球社会を照らしゆく軌跡と、未来までの展望をとどめていきます。
 世界中のかけがえのない宝の友の一人一人と、日々、心の対話、生命の交流を交わす思いで力の限り執筆を続けますので、引き続き楽しみにしてください(大拍手)。

強く朗らかな人間革命の劇を

 一、ともあれ、地涌の「誓願」に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません。何かにすがるのでもない。誰かを頼るのでもない。自分自身が妙法の当体として師匠と共に誓い祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就するのです。自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築くのです。
 「誓願」は、仏の生命と一体の智慧と力を湧き出していく勇気の泉です。
 「誓願」は、試練の宿命も使命に変えて勝ち鬨を轟かせる常勝の旗です。
 「誓願」は、あらゆる差異を超えて異体同心の連帯を広げる希望の光です。
 そして距離も時間も超え、「誓願」によって、師弟は永遠に不二なのであります。
 今、「栄光の年」の年頭に当たり、共々に「久遠元初の誓願」に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!
 3月の世界青年部総会を楽しみに見つめつつ、わが後継の宝友に御聖訓を贈ります。「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903ページ)と。
 終わりに、全同志の健康長寿と福徳無量の一年を祈り、メッセージとします(大拍手)。

本部幹部会で紹介された「栄光乃城」の書

 「世界広布新時代 栄光の年」の門出となる本部幹部会の席上、池田先生がしたためた「栄光乃城」の書(写真)が紹介された。
 この書が記されたのは、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる最中の1980年(昭和55年)1月。第2総東京の立川文化会館で指揮を執っていた池田先生のもとに、東北・秋田のリーダーが駆け付けた時だった。
 当時、“東の秋田、西の大分”と言われるほど、邪悪な僧らの謀略に苦しめ抜かれた地で、血涙を流しながら奮闘してきた同志である。先生は、その友に渾身の激励を。そして目の前で筆を執り、一文字また一文字、したためて贈ったのがこの書であった。
 まことの「栄光」とは、いかなる試練の風雪も恐れない「不屈の勇気」の異名である。先生が、この書に託された創価の「師子王の心」を一人一人が取りいだして、新たな一年、広布と人生の「栄光乃城」を築き上げていこう!

【聖教ニュース】

◆世界広布新時代第30回本部幹部会    民衆栄光の叙事詩を綴れ
池田先生がメッセージ 原田会長、永石婦人部長が各部代表、海外の友と出席
小説「新・人間革命」第30巻 最終章は「誓願」の章



 “栄光の年”の開幕を告げた本部幹部会。創価の太陽・婦人部も、広布の黄金柱・壮年部も、後継の男女青年部も、「今年こそ!」の大誓願に立ち、出発を切った。さあ「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」へ、広布史に燦然と輝く黄金の歴史を!(東京牧口記念会館で)
“栄光の年”の開幕を告げた本部幹部会。創価の太陽・婦人部も、広布の黄金柱・壮年部も、後継の男女青年部も、「今年こそ!」の大誓願に立ち、出発を切った。さあ「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」へ、広布史に燦然と輝く黄金の歴史を!(東京牧口記念会館で)

 「世界広布新時代 栄光の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第30回本部幹部会」が7日午後、八王子市の東京牧口記念会館で開催された。原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、来日したSGI(創価学会インタナショナル)の友らと出席。池田大作先生は祝福のメッセージ(3面に掲載)を贈った。その中で先生は、現在連載中の小説『新・人間革命』第30巻の「勝ち鬨」の章に続いて、最終章となる「誓願」の章を執筆すると発表。共に祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就し、自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築こうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
 かなたから、白雪に輝く日本一の名峰が見守っていた。
 燦々と降り注ぐ陽光も、師弟の大城・東京牧口記念会館に集い来った全国・世界の同志を照らしている。
 創価の「栄光の朝の門出」を、富士も、諸天も、祝福するかのように――。
 本部幹部会の冒頭、場内に喜びと決意の渦が広がった。池田先生の「書」が紹介された瞬間である。
 墨痕鮮やかに、したためられたその文字は「栄光乃城」。先生が第3代会長を辞任した翌年(1980年)の1月に書きとどめられたものだ。
 いかなる障魔も「風の前の塵」(御書232ページ)と吹き飛ばし、わが地域に、わが人生に、栄光の城を築きゆけ!――「師子王の心」がみなぎるその四文字を、会場の全同志が、熱いまなざしで見つめる。さらに、民衆による栄光の大叙事詩である小説『新・人間革命』の最終章となる「誓願」の章の執筆が発表されるや、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
 先生は、幹部会へのメッセージで訴えた。「地涌の『誓願』に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません」「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」
 「誓願」――この二字を胸に、海を越え、はるばる来日を果たしたSGIの友の瞳が、ひときわ輝く。とりわけブラジル・イケダヒューマニズム交響楽団のメンバーは、格別の感慨をかみ締めていたに違いない。まさにこの幹部会こそが、師への「誓願」を果たす舞台であったからだ。
 「世界の同志を代表して、池田先生の卒寿(90歳)を祝賀する演奏をお届けします!」――シンイチ・イケダ楽団長の声が響くと、楽団の代表25人が颯爽と楽器を構えた。男性は黄色のネクタイを結び、女性は黄色のワンピースに身を包む。創価学会の三色旗の中で「栄光」を意味する黄色を選び、そろえたという。「栄光の年の開幕を拡大で飾ろう!」と誓い、来日に当たって全員が“2世帯の個人折伏”を実らせた。 

  本年、結成25周年を迎えるイケダヒューマニズム交響楽団の歩みそのものが「誓願」に貫かれた四半世紀でもある。1993年2月、ブラジルを訪問した池田先生の前で演奏した折、先生から「世界一を目指そう! 世界各国で演奏して、いつの日か、日本へ凱旋の公演をを!」と呼び掛けられた。
 この師弟の約束を果たしたのが2008年1月、東京牧口記念会館で行われた本部幹部会だった。
池田先生の80歳を寿ぐ音色を奏でる中、友は師に再び誓ったのである。”先生の人間主義の哲学を宣揚して、いつかまた日本で公演を!”と。
 これまでアメリカ、アルゼンチン、パラグアイなどで演奏。昨年11月には南米屈指のサンパウロ市立劇場で公演し、6000人を魅了した。楽団の陣容も500人に発展。プロの演奏家として世界で活躍する友や、教員、医療従事者など多士済々の顔ぶれに。それぞれの使命の舞台で人間主義の哲学を発信する。
 10年ぶりの日本での凱旋公演――指揮者のアレシャンドレ・コンセイソン・ピントさんが大きく深呼吸した。10年前に師の前で演奏した思い出がよみがえる。プロの指揮者として国有数の音楽院で教壇に立ちながら、恵まれない子どもたち1300人に一流の音楽教育を提供するなど、人間教育を実践してきた10年だった。
 ”誓願に生き抜く人生は、かくも素晴らしい!”――師弟共戦の誇りに瞳を輝かせ、タクトを振り上げる。曲目にはサンバの名曲「ブラジル」、そしてラテンのリズムが心地よい「チコチコ」だ。音楽隊・創価グロリア吹奏楽団も演奏に加わった。参加者が立ち上がって体を揺らし、手拍子を刻む。満座の聴衆がスタンディングオベーション(総立ちの拍手)となり、「誓願のステージ」に応えた。

                    ◆◇◆
 幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。伊藤女子部長は先月、自らが弘教を実らせた喜びとともに、ロマン総会に向けて各地で華陽のスクラムが広がりゆく模様を報告。志賀男子部長は、男子部として昨年11月までに3万の折伏、そこから本年の「1・2」までに新たに7000の弘教を果たした戦いに言及し、3月の「世界青年部総会」を拡大で荘厳しゆく決意を述べた。
 次いで、メキシコ創価学会のロハス婦人部長が登壇。かつて日本に仕事で赴任した折、東京の同志と共に広布に駆けた思い出を述懐しつつ、メキシコの天地に今、核兵器廃絶を目指す創価の平和運動への称賛が広がる様子を伝えた。
 永石婦人部長は5・3「創価学会母の日」制定から30周年となる本年、広布の母の”励ましの力”で、平和と幸福の連帯を広げたいと力説した。
 原田会長は、池田先生の卒寿の誕生日である2日、イタリア・トウルシ市と韓国・天安市から先生に名誉市民称号が贈られたことをもって、授与された同称号が計800に及んだことを紹介。この歴史的壮挙の背景には、各地で地道に社会貢献の行動を続ける創価の同志がいることに触れ、「弟子の勝利」が「師の勝利」であると訴えつつ、弘教と青年拡大の潮流を高めゆこうと呼び掛けた。
 続いて、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像を皆で視聴。最後に学会歌「紅の歌」を合唱した。

〽老いたる父母の
 築きたる
 広布の城をいざ
 護り抜け……

 師と共に、創価の父母たちが築き上げてきた「広布の栄光の城」を護り、さらに荘厳しゆく主役こそ、青年にほかならない。
 さあ、青年を先頭に、師弟の誓願を胸に、舞いに舞い征け! 万葉の人間賛歌の時代を開くために!

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈世界の機関紙・誌から〉 香港SGI 李潔明さん  ジュエリーデザイン会社を経営
どんな人にも使命の宝は備わっている

 「え、車の窓ガラスが割れている……」
 2008年、アメリカ西海岸に出張中のこと。商談のために車で約7時間の移動中、同僚との食事を終えて駐車場に戻った私は、愕然としました。・・・
 

2018年1月 7日 (日)

2017年1月7日(日)の聖教

2017年1月7日(日)の聖教

◆わが友に贈る

創価の新価は
人の振る舞いにあり!
友のため 社会のため
貢献と人生を堂々と。
皆が地域の信頼の柱に!

◆〈名字の言〉 2018年1月7日
 

 江戸時代中期、信州松代藩の家老として活躍した恩田木工。当時、藩は深刻な財政難に陥っていた。その中で彼は、抜本的な改革へ陣頭指揮を執り、見事に藩をよみがえらせた▼まず彼が行ったのは、厳しい財政状況を全ての藩士に包み隠さず伝え、協力を求めることだった。と同時に、決してひとごととは考えないよう訴えた上、改革に同意し、藩のために行動するという誓書を、藩士はもとより藩主や一族からも取りつけた(童門冬二『名家老列伝』)▼何をするにせよ、“ひとごと”と思えば力は湧かない。“自分の問題”と捉えればこそ、知恵や力が生まれ、活路も開ける。改革が成功した要因の一つは、“傍観者から主体者へ”という一人一人の意識の転換にあったともいえよう▼「傍観者」と「主体者」の違いについて池田先生は語っている。「『傍観者』『見物人』には責任感がなく、ゆえに幾ら多く集まっても価値を創れない」「『行動する人間』には、当然、苦労も大きい。無責任な批判も多い。しかし、生命の底からの充実と満足は、その人のものである」▼同じ行動に見えても、主体者か傍観者かという根底の一念の違いによって、結果は大きく変わる。広布と人生の大舞台に立ち、“新しい挑戦は私から!”との気概で進みたい。(道)

◆〈寸鉄〉 2018年1月7日

 SGIにはあらゆる人を
 支える力があると確信―
 香港識者。励ましの団体
      ◇
 年頭から後継の青年たち
 が弘教の上げ潮。栄光の
 新時代開く頼もしき前進
      ◇
 慈悲の上に立つ折伏は強
 い仏の力がこもる―戸田
 先生。強き祈りから出発
      ◇
 人間の活動は新しい目標
 を追うてはじまる―詩人
 さあ広布の峰へ決意新た
      ◇
 100歳以上に聞く長寿の秘
 訣、6割が「食」と。賢き
 生活を。きょう七草の日

◆社説    「成人の日」に寄せて   “大人”とは困難と戦い抜く人


 大きな夢を持つ人は明るく、大きな使命に生きる人は強い。
 あすは「成人の日」。新成人の皆さんに、心からの祝福とエールを送りたい。成人の日は、改めて「大人になる」ということを考える、いい機会でもある。
 新成人を対象にした、ある調査では、「将来の夢がある」と答えたのは約54%で、過去10年で最低だった。社会で自分の居場所が見つからず、将来の展望が描けない。そんな若者たちの“生きづらさ”が見えてくる。
 日蓮大聖人は、満20歳の南条時光に対して、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)と仰せだ。亡くなった父の信心を受け継いだ、いわば“学会2世”の時光は、若き日の誓いを忘れず、信心を貫いて力強く生き抜いた。
 “大きな願い”を立てれば、“大きな人生”が開ける。人類の幸福と世界の平和を目指す「広宣流布」こそ、究極の大願である。広布の誓いを胸に、励ましの対話を広げる創価の新成人には、夢と使命に生きる充実のドラマが光っている。
 東京・日野市のある学生部員は、ファッションショーを手掛ける学生団体に所属。自分らしく個性を輝かせながら、学生部の会合にも積極的に参加。昨秋から50人以上の友人に対話し、友好の花を咲かせている。
 また、千葉市のある学生部員は、障がいがあり、普段から電動車いすを使っている。大学進学後に出会った、学会の先輩の姿に感動し、会合への参加や訪問激励、折伏にと駆けている。
 さらに、創価大学に学ぶ横浜市の学生部員は、幼稚園教諭の夢を目指して、勉強に挑戦中。信心根本に成長したいと、100人以上の友に対話し、元日に御本尊流布を実らせた。
 多種多様な人々と関わることが、生きづらさを軽減すると指摘する研究者もいる。多くの友との語らいが、青春の悩みと格闘しながら、生きる意味をつかむことにつながっている。
 池田先生は語った。「誓いを貫こうと決めたならば、幾多の困難と戦わねばなりません。だから『大人になる』とは、『戦いを開始すること』です」「へこたれずに戦い抜く人が偉大な人です。戦い続ける人こそが勝利の人なのです」
 師匠と共に戦い抜く青春は、勝利の人生に直結する。生命尊厳の哲理を学び、創価家族の励ましのスクラムを広げる――この大願に生き抜く青年には、無限の希望が光る。さあ、本年も全員が青年の心で、元気いっぱい広布の活動に取り組もう。

◆きょうの発心   生涯“慈悲の医療”に尽くす2018年1月7日


御文
 若し爾らずんば五体を地に投げ?身に汗を流せ、若し爾らずんば珍宝を以て仏前に積め若し爾らずんば奴婢と為って持者に奉えよ
(顕立正意抄、537ページ)
通解 (未来の苦悩を逃れようと思うなら)五体を地に投げ、全身に汗を流すべきである。そうでなければ、珍宝を仏前に積むべきである。そうでなければ、召し使いとなって持者に仕えるべきである。

 信心は観念ではなく、五体を大地にたたきつけるような思いで仏道修行に取り組み、汗を流しての実践に生きるなかに、その真髄がある、と御教示された御文です。33歳で総ブロック長(当時。現・支部長)の任を拝した時から、この御文を人生の指針としてきました。
 医師としてハンセン病患者に出会い、“慈悲の医学の体現者に”と決意。自身のさまざまな課題に悩みながらも真剣に患者に向き合う中で、若くして療養所の管理職に。その後、沖縄やアジア諸国でも医療に従事しました。
 経済革命を果たして、子どもを創価の学びやに送り出し、現在は子ども4人全員が健康で、一家和楽の人生を歩んでいます。
 過日、ハンセン病について池田先生がつづってくださった小説『新・人間革命』第26巻を読み、「師の思いを弟子として実践できた」と感動がこみ上げました。
 妙法のドクターとして、苦しむ方のためにこの一生をささげていく決意です。
 香川池田正義県総合長 長尾榮治

【先生のメッセージ】

◆〈池田大作先生 四季の励まし〉 青年と共に偉大な人生を
 

 大いなる理想に生きる――
 そこに青年の証しがある。
 そして偉大なる人生とは
 “青年の心”で
 一生を生き抜くところにある。

 若き挑戦の魂に
 行き詰まりはない。
 全ては“行動”から始まる。
 行動を開始すれば、知恵がわく。
 「道」が見えてくる。
 道があるから歩くのではない。
 歩くから道ができるのである。

 若いということは、それだけで、
 いかなる権力者も敵わない
 「無限の財宝」をもっている。
 くよくよと
 後ろを振り向く必要など、
 まったくない。
 まず今いる、その場所で、
 自分らしく光っていくことだ。
 信頼を勝ち取っていくことだ。

 あの大歴史家トインビー博士の
 「若さ」の秘訣は明快であった。
 「次の世代に
 起ころうとしていることに、
 ほんとうに
 関心をもつこと」である。
 人生の総仕上げとは、
 過去の肩書など取り払って、
 未来のため、青年のために、
 心を砕き、知恵を出し、
 手を打つことなのだ。

 私は青年を信ずる。
 一点の曇りもなく、
 わが弟子を信じている。
 青年には、限りない宝がある。
 それは誠実だ。正義だ。勇気だ。
 青春には、誇り高き使命がある。
 それは行動だ。前進だ。勝利だ。
 君たちよ! あなたたちよ!
 青春の生命の本領を
 大いに発揮し、
 私と共に、新時代を断固として
 勝ち飾ろうではないか!

 ジェット機が雲を突き抜け、大空へ上昇していくと、眼下に白雪のアルプス山脈が広がっていた。1994年(平成6年)5月、ドイツからイタリアに向かう機中、池田大作先生がシャッターを切った。
 人生は、決して平たんな道ばかりではない。仕事の問題や病気、家庭不和など、次々と試練の山が立ちはだかる。そうした山々に挑むからこそ、自身の秘められた力を引き出せる。
 スイスの思想家・ヒルティは叫んだ。「さあ、前進だ、断固として『より高きをめざせ』」(草間平作・大和邦太郎訳『幸福論(第三部)』岩波書店)
 さあ、新しき勝利の峰へ出発しよう。青年と共に、青年の心で――。

【聖教ニュース】

◆原田会長を中心に出発の全国総県長会議  未来までの栄光を勝ち開け


青年を慈しみ育て、励まし伸ばして地涌の大連帯を!――新たな決意で拡大に出発した全国総県長会議(創価文化センター内の金舞会館で)

青年を慈しみ育て、励まし伸ばして地涌の大連帯を!――新たな決意で拡大に出発した全国総県長会議(創価文化センター内の金舞会館で)

 広宣流布という元初からの誓願のままに、未来までの栄光を勝ち開く一年の出発を期する全国総県長会議が6日午後3時から、東京・新宿区の創価文化センター内の金舞会館で行われた。
 席上、本部人事委員会で検討・決定された各部・各方面の信任人事が発表。
 竹岡青年部長は、年頭から進む各地の弘教の模様を紹介。3月の世界青年部総会を目指してかつてない弘教に挑み、総会に日本と世界の一人でも多くの青年を結集して、歴史的な後継の誓いの舞台としゆく決意を述べた。
 松波中部婦人部長は、昨年12月の中部総会を目指して青年拡大、未来部員が大前進した喜びを語り、中部広布65周年の本年を、宝の青年部の成長で飾りたいと述べた。
 寺崎SGI(創価学会インタナショナル)平和運動総局長は、昨年に大きく伸展したSGIの平和運動について報告した。
 原田会長は、世界からの称賛に包まれた池田先生の90歳の卒寿を喜び合うとともに、師が”未来まで決定づける”と言われる本年を大拡大で飾ろうと訴えた。
 そして、「青年の拡大」「人材の躍動」のための取り組みとして、2月から毎月、「励まし週間」を設定することを発表。同週間には、可能な限り会合を減らすなどして、最優先で訪問激励、個人指導を推進していくよう呼び掛けた。
 さらに、青年を勝利させる責任は、師の薫陶を受けてきた壮年・婦人部にあると力説。まずは世界青年部総会の成功に各部で総力を挙げようと訴えた。

◆全国総県長会議から 原田会長の指導   人材の躍動を青年の拡大を

 
 一、「世界広布新時代 栄光の年」が幕を開けました。何よりうれしいことに、いつもよりも満月が明るく、大きく見える「スーパームーン」も寿ぐ中で、池田先生は90歳、卒寿のお誕生日を迎えられました。大変におめでとうございます!(拍手)
  全国・全世界で新年勤行会が盛大に行われ、1月2日の先生のお誕生日も、1月4日の仕事始めも、総本部は千客万来。さらに、イタリアのトウルシ市、韓国の天安市から名誉市民称号が先生に授与され、これで世界からの名誉市民称号は、800を数えるに至りました。
 名誉市民とは「市の模範」「市の誇り」と認められた人物に、市民の総意を込めてささげられる栄誉であり、いわば「民衆の栄冠」です。世界の民衆から慕われ、尊敬されている証しでもあります。
800という大偉業に改めて祝福と感謝の大拍手をお送りしたいと思います(大拍手)。
 大変ありがたいことに、1月3日、先生は広宣流布大誓堂で、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。長谷川理事長と一緒に、今後の広布の展望について、種々、ご指導をいただきました。
 先生は昨年の随筆で、次のようにつづってくださいました。
 「90歳になる今、一層、熱い思いが湧き上がる。『不思議なる霊山一会の愛弟子たちと共に、末法万年尽未来際までの地涌の義を決定づける』――これが、新しい一年に臨む私の決意である」
 そして「大百蓮華」新年号の巻頭言「未来までの栄光ひらく一年に!」でも、「『この一年あればこそ』と後世から謳われゆく栄光の歴史を、共々に飾り綴ろうではないか!」と呼び掛けてくださいました。
 師匠が、未来までを決定づけると強く決意されている本年です。師匠と同じく、いな、師匠以上に弟子が決意を燃やし、戦いを起こすのは当然であります。
 「本年の折伏・弘教」が広布の未来を決します。「本年の活動者増」が、学会の未来を決します。私たちは今、世界一の師匠である池田先生と共に戦えることに最大に感謝し、最大の誇りとしながら、未来までの地涌の義を決定づける本年の大拡大を師弟共戦で成し遂げてまいりたい。この深き誓いのもと、出発を切ってまいりたい。

一、昨年末に行われました財務につきましては、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
 この後、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、一人一人に丁寧にお渡しいただき、受領証の配布をもって、無事故の財務としてまいりたい。

「励まし週間」に総力
一、昨年末の最高協議会の折、池田先生は「焦点は、青年の拡大であり、人材の躍動である」と明快に示してくださいました。
 前回の総県長会議でも確認した通り、私たちの戦いは「信心をし、学会活動に励んで、功徳を受け、幸せになった人を増やす」ことにあります。
 「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」を増やすために、本年は年間を通じて、徹底して訪問激励を進めたい。
 言うまでもなく、小説『新・人間革命』の山本伸一会長の激励行は、私たちの実践の鏡であります。
 たとえば、今から40年前、1978年の新年がつづられた第26巻「法旗」の章では、山本会長の元日の行動が描かれています。
 元旦、自宅での勤行で、全会員の健康・長寿と一家の繁栄を真剣に祈念された後、山本会長は峯子夫人が用意された筆を執り、次々と色紙に揮毫されていきます。さらに自宅を徒歩で出発されるやいなや、出会った会員と記念撮影。学会本部での新年勤行会に出席し、指導に全精魂を傾けられるのであります。
 この1978年という年は、広布第2章の「支部制」が発表された年です。そして”会合と個人指導の比率は2対8を目標に”との指導をしてくださった年でもあります。それを自ら実践されるかのごとく、先生は元日から励ましに次ぐ励ましの戦いを開始されたのであります。
 本年、私たちも、未来までの栄光への道は、「今日一日の訪問」「目の前の一人の激励」にあると決めて、励ましに徹してまいりたい。その充実のために、最高協議会でも種々検討を重ね、本年は毎月の「座談会の週」と同様に、全国共通で毎月「励まし週間」を設定し、徹底して訪問激励を推進していきたい。
 「励まし週間」は原則、「本部幹部会・中継行事」や「座談会の週」の前に設定し、本幹同中や座談会に多くの方の参加を促すとともに、一人でも多くの方が勤行・唱題や学会活動に励み、信心の確信をつかめるよう、訪問激励・個人指導に当たってまいりたい。
 可能な限り会合を減らすなど、訪問激励の時間を優先的に割けるよう、工夫したいと思います。
 まずは来月2日から8日を2月の「励まし週間」として、訪問激励に総力を挙げてまいりたい。
 小説『新・人間革命』には、次のようにもつづられています。
 「座談会を迎えるにあたっては、幹部が手分けをして、連絡、指導、激励にあたり、全員が参加できるように力を尽くしていくことが大事になります。座談会は、当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まってしまう」(第13巻「北斗」の章)
 会合に来られない方を、どう励ませるのか。座談会、本幹までに、どう激励できるのか。これこそが勝負であります。
 また、ある地域では「区・圏の日」などの記念日には「記念の会合」を行うのではなく、「記念の訪問激励」を行おうと決めて、実践しているという話もうかがいました。素晴らしい工夫例であると思います。
 励ましの週は、私も徹底して訪問激励に動きます。
 「リーダーの活動の基本は個人指導にあり」。これを全幹部が肝に銘じて、本年一年間、戦いを進めてまいりたい。

一、本年は、栄光の「11・18」、広宣流布大誓堂完成5周年に向けて、皆で折伏・弘教に挑戦していきます。まず目指すは「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」です。
 この日までに、どれだけ青年世代の折伏を進められるのか。そして、3月の「励まし週間」は、世界青年部総会を前にした1週間とします。当日に、わが地域・わが家庭の青年部をどれだけ結集できるのか。壮年・夫人も、この点に心を定めて、各部一体の団結で、世界青年部総会を大成功させていきたい。
 時代を画する世界青年部総会、その主役が青年部であることは言うまでもありません。
 その青年を成長させ、勝利させる責任は、青年部時代から先生に薫陶を受け、青年を大事にするという伝統を教えていただいた壮年・婦人部にあります。
 青年と共に折伏に挑む。青年の見本となる折伏に挑む。壮年・婦人が範を示してこそ、世界青年部総会の大成功があり、青年の育成が成し遂げられます。
 友人一人一人に合わせ、聖教新聞ならびに聖教PR版、またモバイルSTB、さらにはSOKAnetなど、広布拡大の”武器”を大いに活用し、各部一体の団結で大きく折伏を進めてまいりたい。
 ”焦点は人材の躍動と青年の拡大”、これを肝に銘じて、一人でも多くの地涌の菩薩を呼び出だしながら、先生と共に、未来までの栄光を勝ち開こうではありませんか!(拍手)

◆全国総県長会議から 寺崎SGI平和運動総局長の話    “角は絶対悪”の声を一段と


 一、戸田先生の「原水爆禁止宣言」発表60周年の昨年は、歴史的な節目を刻む一年となりました。
  9月には、神奈川で宣言発表60周年を記念し、SGI各国の青年部も参加しての「青年不戦サミット」が開催されました。戸田先生が“遺訓の第一”として託された宣言の精神が、世界の青年部へ着実に継承され、広がった意義は、誠に大きいと思います。
 国際社会にあっては、何と言っても、SGIも一貫して推進してきた「核兵器禁止条約」が7月7日、国連において122カ国の賛成を得て採択されたことです。核兵器非保有国の有志国と市民社会が連携して積み上げてきた成果であり、まさに歴史的と言ってよい出来事です。
 人類の生存の権利をもとに発せられた戸田先生の宣言、また、恩師の遺訓を継承し、禁止条約の必要性を毎年の平和提言等で繰り返し展開されてきた池田先生の戦いに通じる、大きな前進の一歩です。
 国連経済社会理事会のNGO(非政府組織)であるSGIは、市民社会の立場から、核兵器禁止条約の交渉会議はもとより、その前段階として3回にわたり開催された「核兵器の人道的影響に関する国際会議」や「国連公開作業部会」等の全ての関連会議に出席し、議論に参加してきました。
 主張の柱は、池田先生がさまざまに展開されてきた“核兵器は生命軽視の思想の象徴であり、人類の生存の権利に対する最大の脅威である”という倫理的観点に基づく問題提起でした。禁止条約には「軍縮教育の重要性」等、SGIの提案も反映されています。

 一、もう一つ、昨年は大きな出来事がありました。ノーベル平和賞が国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」に贈られ、12月に行われた授賞式に、ICANの国際パートナーとしてSGIの代表がノルウェー・ノーベル賞委員会から招待され出席したことです。
 日本からは、ICANの国際運営委員、被爆者のお二人、広島・長崎の市長、そしてSGIの6人が公式に招待されました。この分野に携わる主要な方々が世界中から招待された中に、SGIが存在した意味は非常に大きいと思います。
 受賞後、ICANのリーダーたちから、「10年前の発足時からのSGIの協力と支援がなければ、ICANの運動はここまでの広がりになることはなかったでしょう。今回の受賞の喜びを、SGIの皆さんと分かち合いたい」と声を掛けられました。
 授賞式は素晴らしい式典でした。特に、受賞講演した広島の被爆者であるサーロー節子氏の訴えには胸が熱くなりました。
 氏は、声を絞り出すようにして、こう語り掛けました。「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪なのです」――戸田先生の原水爆禁止宣言以来、学会が一貫して主張してきた言葉と一致するものでした。

 一、昨年はもう一つ画期的な出来事がありました。11月10、11の両日にわたって開催されたバチカン(ローマ教皇庁)での核軍縮の国際会議にSGIが招聘されたことです。
 この国際会議は、禁止条約採択後、初めて行われる大型の国際会議として注目を集めました。バチカン、すなわちカトリックとして禁止条約を支持することを鮮明にし、その普及を図ることを目的に開かれたものです。
 昨年4月末、バチカンより「会議の開催に創価学会、SGIとしてぜひ、協力を」との要請が届き、唯一の招聘を受けた仏教団体として参画しました。
 会議初日、フランシスコ教皇と会議参加者との異例の謁見がありました。1列目の配席は、ノーベル平和賞受賞者8人、国連の軍縮担当事務次長、そして池田博正SGI副会長、さらに被爆者の方の11人でした。
 会議にあたり、先方から「池田会長の平和提言も読み、皆さんのことを詳しく調べました」「皆さんが長年にわたり核兵器廃絶に向け、取り組まれてきた活動は本当に称賛に値するものです」と話がありました。
 さらに、「青年を糾合する運動にも成功されている。その経験と教訓を、ぜひ共有させていただきたい」との意向を受け、池田SGI副会長がスピーチしました。
 仏教の人間観、社会観からSGIの平和運動の取り組みの視点を話す機会ともなったことの意味は大きいと確信します。

禁止条約の意義と展望
 一、最後に、核兵器禁止条約の意義と今後について若干触れたいと思います。
 条約の最大のポイントは「全廃こそが、いかなる状況においても核兵器が二度と使われないことを保証する唯一の方法である」と確認がなされたことであり、その具体的な第一歩として一切例外のない核兵器の全面禁止を謳っていることです。すなわち、“核兵器は違法”との規範が明確化されたわけです。
 そして、これまで見えにくかった「核兵器は悪」であり、「核兵器は毒」の存在であるという真実が条約で明示化されることになりました。
 また、条約の前文で、ヒバクシャの苦しみと被害、ヒバクシャの努力への認識が明記されたことの意義も大きいと思います。
 禁止条約は、「採択」はされましたが、条約の「発効」には、50カ国以上の批准が必要です。「核抑止」の政策をとる国々の反発もあり、発効には時間がかかるとも言われています。しかし条約の採択で「核兵器は悪」との烙印が押されました。この条約の普及によって、核兵器の生産・保有・使用、使用するとの威嚇などが許されない政治的・社会的環境を創出していかなければなりません。
 条約推進国や市民社会はこうした状況を作り出し、核保有国や依存国に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換せよ、核軍縮を進め“「核のない世界」を共に”と迫ろうとしています。
 私たちSGIは、さらに市民社会における条約の普及に貢献していきたいと決意しています。

◆谷川壮年部長が誕生 総東京、第2総東京、関東、九州、文化本部、未来本部が新布陣 

 全国総県長会議の席上、本部人事委員会で検討・決定された新任人事が発表された。
 新壮年部長に谷川佳樹主任副会長が就任。広布を支える「黄金柱」の拡大に全力を注いでいく。


【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈信仰体験 登攀者〉外資系ホテルの広報で活躍 ノース典子さん
ノーと言わない。どう実現するかを考える。
“模範のおもてなし”として表彰も


 その道の第一人者を紹介する「登攀者」。本年最初は、外資系ホテルに勤めるノース典子さん(59)=大阪府吹田市、桃山台勇勝支部、地区婦人部長、関西国際部総県主任。普段は、ホテルのマーケティングコミュニケーションズ(広報)に勤務する。一方で、ゲスト(宿泊者)からの要望やクレーム対応を任されることも。目の前の一人に尽くす誠実な応対は、“模範のおもてなし”として表彰され、全世界に配信される社内報に紹介されてきた。ノースさんの歩んできた道のりとは。語る言葉とは――。

 大阪駅前の一等地にそびえる外資系ホテル。ノースさんが担う広報は、ホテルのブランド価値を高める重要な立場。
 あらゆるイベントのメディア報道をサポートし、成功させてきた。その手腕に、上司や同僚は「今の部署だけでなく、営業、婚礼部門でも必ず結果を出せる人」と信頼を寄せる。
 普段は、ゲストと接する仕事ではない。例外は、特殊な事案が発生した時。上司の指示で対応する。
 「ゲストの依頼にノーとは言いません。常に考えることは、どうしたら期待以上に喜ばれるか。ゲストの気持ちになって取り組むから、責任感も知恵も湧いてくるんです」
 仕事をやり遂げる実力と周囲に安心感をもたらす朗らかさ。長年のキャリアがあるわけではない。入社したのは10年前のことだ。
                     *
 それまでは、社会学者である夫のノース・スコットさん(62)=壮年部員=の研究に付き添い、アメリカで7年間暮らした。
 2002年(平成14年)に帰国。幼少期から青年期を過ごした大好きな関西の地に戻り、英語教室の講師などを務めた。
 “もっと自身の可能性を試し、使命を果たしたい”との思いが高じたのは07年。現在勤めるホテルに応募し、広報の担当になった。
 周りの社員は20~30代がほとんどで、50歳目前での採用は異例。しかもホテル業界の経験は皆無。
 「周りの社員からは、“何ができるの?”と思われていたかもしれません」
 新人であっても、ゲスト対応や業務に落ち度は許されない。緊張の日々。
 周囲の見る目が一変したのは、半年後のことだった。
                       *
 ある日、上司から一通の手紙を渡された。オーストラリアから家族旅行で訪日したゲストからのもの。
 〈小学生の息子が大切にしていたクマのぬいぐるみを、どこかで紛失したようです。見つかったら送ってほしい〉
 ホテル内を探し、同じ形のぬいぐるみを見つけた。しかし、それをただ送るだけにしなかった。“クマ君”からのメッセージを添えたのだ。
 〈ぼくを捜してくれてありがとう。迷子になっちゃったんだ。やっと君の所に帰ってこられてうれしい。これからはずっと一緒だよ。もう離れないよ〉
 「ゲストからは、『家族で涙して喜びました』との手紙が寄せられ、オランダ人の総支配人からは“これこそ感動のおもてなし”と評価されたのです」
 その後、ある年配夫婦からのクレームには、対応に半年間をかけた。最後は、「いつも誠実に対応してくれる、あなたの心に感謝します」とリピーターへと変わった。
 ゲストへの対応は、常に柔軟かつ瞬発力が求められる。
 ノースさんは、“あなたメッセージ”を強調する。
 画一的な対応ではない。目の前の一人が何を求めているのか。“感動のおもてなし”とは何なのか。それを考え抜き、実現することに大きな喜びを感じる。
 「お母さんがこんなに素晴らしい仕事をしているなんて初めて知りました」と語るのは、一人娘の尚美さん(22)=女子部員。本年、カナダの有名大学を3年で早期卒業する予定で、昨秋帰国。就職活動をしながら、系列ホテルでアルバイトをした際に母の仕事の一端を垣間見た。
 「私のアイデアに、ゲストの表情がパッと明るくなる瞬間が一番の喜び」と語るノースさんの信条は、「Whole Hearted(全身全霊)」。
 一瞬一瞬に全力を注ぎ、感動のおもてなしを表現する――。

信仰の輝き
 ノースさんが一人に尽くす姿勢を学んだ出来事がある。
 青春時代を過ごした福井県で、女子部の先輩と出会ったことだ。
 「大手デパートで秘書として働くその人は、どんなに忙しくても学会活動に励んでいました。まだ信心が浅かった私に、いつも力を込めて語ってくれたんです。『あなたには使命があるよ』と」
 一緒に家庭訪問に歩くと驚いた。メンバーの状況に合わせて御書を引いて激励し、アドバイスを送っていた。
 「どうしてそこまでできるんですか」
 ノースさんの質問に先輩は笑顔で答えた。
 「みんな無限の可能性を秘めているから。一期一会の思いで、真剣に祈り、言葉を紡いでいるの」
“目の前の一人を最大限に励ます”。ノースさんが今も心掛ける姿勢だ。
 主な仕事は、イベントの企画立案から、各種メディアへの情報発信など多岐にわたる。マーケティングコミュニケーターとして、世の中の動向を見極め、何がヒットするかを考え続ける。
 池田先生の言葉を心の糧にしてきた。
 〈日々発心、日々挑戦である。“きょう一日、何をなすべきか”を明確にし、心に張り合いを持ちながら、献身的に動き、自分らしく輝いてもらいたい〉
 入社して満10年。貫いてきたことは、午前5時に起床し、自己研さんに励むこと。
 勤行・唱題を行った後、関西ワールドグループ(通訳・翻訳を専門に行う国際部員の集い)のチームリーダーとして英語力はもちろん、教養と思考力の向上に余念がない。
 職場に着くと、一日のやるべき仕事を明確化。それを必ず達成し、夜は、地区婦人部長として学会活動に励む。これがノースさんの生活スタイルになっている。
 夫のスコットさんはいつも励ましてくれる。「のんちゃんがイキイキと輝くことが、僕も家族もみんなハッピーになるんだよ。夢に向かっていつまでも若々しくいてね」と。
 「夫にも娘にも感謝しかありません。学会活動の最前線で自分を磨いて、結果を出し続けないと!」

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