2017年11月24日 (金)

2017年11月24日(金)の聖教

2017年11月24日(金)の聖教

◆わが友に贈る

後輩や新しい同志を
自分以上の人材に!
リーダーの真剣さと
渾身の励ましから
歓喜の連帯は広がる!

◆〈名字の言〉 2017年11月24日

 「父は、『人は一人でも世の中を変えることができる、皆やってみるべきだ』とよく言っていました」。キャロライン・ケネディ前駐日米大使が、山形県米沢市を訪れた折に語ったものである▼この言葉は同市内にある第9代米沢藩主・上杉鷹山の銅像の前に掲示されている。鷹山は、父・ケネディ大統領が“最も尊敬する日本人”として挙げた人物。「あなたが国家に対して何ができるかを自問してほしい」という大統領就任式の演説は有名だが、その考え方には、鷹山の思想が深く影響していると、前大使は述べた▼鷹山が米沢藩主となった時、藩は深刻な財政破綻に陥っていた。洪水や干ばつなどで耕地は荒れ果て、農民たちは働く意欲をなくしていた。鷹山は自ら鍬を持ち、田を耕し始めた。当時の社会では考えられない行動である。この「率先垂範」が皆の心を動かし、改革を断行する力となった▼鷹山は家臣に「なせば成る/なさねば成らぬ/何事も/成らぬは人の/なさぬなりけり」との歌を詠み贈った。いかに時代が変わろうとも、まずリーダー自身が先頭を走ることが、新たな時代を開く要諦だ▼創価の歴史は、三代会長の「一人立つ」精神に源流がある。そこに連なる勇気の挑戦を開始する時、自らの境涯も大きく開けていく。(澪)

◆〈寸鉄〉 2017年11月24日
 

 創価教育の学舎には対話
 の気風があふれる―博士
 平和貢献の英才よ陸続と
      ◇
 法華経の「一句は諸仏の
 種子」と御聖訓。大誠実で
 結びゆく仏縁は必ず開花
      ◇
 純金は火によって精錬さ
 れる―偉人。苦難は青春
 の誉れ。強き祈りで進め
      ◇
 学力調査「協同して問題
 解決する力」で日本2位。
 青少年の長所を伸ばそう
      ◇
 居間と浴室・トイレ等の
 温度差による血圧変動に
 注意。防寒などの工夫を

◆社説  悪質な特殊詐欺に注意   “深き用心”で本年の総仕上げを


 もうすぐ師走。年末に向けボーナス商戦が本格化すると、飛び交う金銭を狙った悪質な特殊詐欺(振り込め
詐欺など)が横行する。警察庁によれば、本年1~9月の認知件数は1万3000件を超え、前年同時期より3000件増加。2010年(平成22年)以降、6年連続で増え続け、例年、最も被害が多いのが12月だ。
 内閣府が行った特殊詐欺に対する意識調査によれば、「自分は被害にあわないと思う」と答えた人が80%。その理由は「不審電話には出ない、すぐに切る」が62%と最多で、「だまされない自信がある」が46%と続いた。だが、その過信や油断から多くの被害が生じていることを絶対に忘れてはならない。師走を前に、誰もが事件に巻き込まれる可能性があることを認識し、十分に注意していきたい。
 「振り込め詐欺」とは、主に電話などを使い、顔を合わせることなく現金をだまし取る犯罪。主に「オレオレ」「架空請求」「融資保証金」「還付金」の四つの手口を指す。その他にも、震災やオリンピックなどに便乗し、寄付や株などを口実にした詐欺や、マイナンバー制度や日本年金機構の個人情報流出を口実にした詐欺など、年ごとに悪辣な手口が多様化している。
 特に近年、急増しつつある「還付金等詐欺」には要注意。自治体職員などを名乗る者が、医療費や保険料が戻ってくるなどと言ってATM(現金自動預払機)に誘い、携帯電話で指示して振り込ませる手口だ。そもそも、還付金をATMで返還することは絶対にない。「手続きは今日まで」と慌てさせる場合もあるが、「ATMへ」と言われたら詐欺だと心に留めよう。
 政府広報は、高齢者が詐欺被害を一人で防ぐのは困難と訴えている。家族や友人、地域が一体となって注意喚起し、本人も問題意識を高めることが大切である。金銭の話が出たら一人で判断せず、誰かに相談する“心の余裕”を持つことが、詐欺防止の鍵。日頃から家族や近隣と詐欺について話し合い、緊急時の連絡先を共有しておくなどの対策も肝要だ。警察庁は「不審電話などがあったら、迷わず警察相談専用電話『♯9110』まで」と呼び掛けている。今一度、注意事項を確認し合い、徹底したい。
 御書には、「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(1169ページ)と仰せである。強盛な祈りと聡明な知恵で魔を魔と見破り、健康・無事故で本年の総仕上げを飾ろう。

◆きょうの発心   誓願の祈りで病魔を乗り越える2017年11月24日


御文 
此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、1124ページ・編569ページ)
通解 この曼荼羅(御本尊)をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。

 
唱題によって、どんな病にも負けない境涯を築くことができるとの慈愛の励ましです。
 1969年(昭和44年)8月、東京・日大講堂で行われた第2回高等部総会で池田先生とお会いし、「生涯、広布に生き抜こう!」と決意。以来、創価の庭で育てていただきました。
 結婚後、死産を経験。胎盤剥離の末に生まれた長男は九死に一生を得たものの、病魔との闘いが続きました。その中、“宿命を使命に”と一念を定め、真剣な祈りと広布の実践で乗り越えました。
 5年前には、突然の吐血から、がんの一種である胃マルトリンパ腫と判明。家族や同志、そして何よりも池田先生の励ましと祈りに包まれ、自分も誓願の祈りを重ねる中、がん細胞が消失するという体験をつかむことができました。
 この間、見守り支えてくれた母は、本年5月に98歳で霊山へ。最後まで師を求め、勝利の人生の範を示してくれました。
 悩みは境涯革命の時と捉え、「神奈川広布のトップランナーたれ」との指針を胸に、誓いの道を歩んでまいります。
 神奈川・横須賀総県副婦人部長 上石悦子

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   七十一 2017年11月24日 (6232)



 中華料理店にあった『聖教グラフ』は、太田美樹が、学会のすばらしさを知ってほしくて、オーナーや従業員に見せるために渡したものであった。
 従業員の一人が、山本伸一に言った。
 「ヤマモト・センセイのことは、いつも太田さんから聞かされ、グラフの写真も見ていますので、よく知っていますよ。お会いできて嬉しいです」
 伸一は、皆と握手を交わし、自分たちが宿泊しているホテルの名前を告げて別れた。
 この日、太田は旅行から帰り、中華料理店に土産を持って立ち寄ったところ、伸一たち一行が訪ねて来たことを知らされたのだ。
 “創価学会の会長である山本先生が、全く面識のない自分を訪ねて来るわけがない”と半信半疑であったが、ともかく一行が宿泊しているホテルへ向かった。
 伸一は、妻の峯子とともに、太田を温かく迎えた。ここで彼女は、カナダ人の男性から求婚されており、どうすべきか迷っていることを話した。
 伸一は、励ました。
 ――幸福は彼方にあるのではなく、自分の胸中にあり、それを開いていくのが信心である。強盛に信心に励んでいくならば、いかなる環境であろうが、必ず幸せになれる、と。
 「だから、どんなに辛いことがあっても、決して退転しないということです。世界中、どこに行ったとしても、着実に、謙虚に、粘り強く、最後まで信心を貫いていくことです」
 幸福は、広宣流布の道にこそある。
 太田は、数年後に、その男性と結婚して、カナダに渡ったのである。
 伸一は、今はミキ・カーターと名乗るようになった彼女と、夫、その子息であるスキー場の支配人と語り合った。
 彼は、婦人が、あの時の指導を胸に、信心を貫いてきたことが、何よりも嬉しかった。十七年前に植えた種子が、風雪の時を経てカナダで花開いていたのだ。励ましという種子を植え続けてこそ、広布の花園は広がる。

【聖教ニュース】

◆ アメリカ創価大学「科学棟」起工式 
新コース「生命科学」スタートに合わせ、2020年の完成目指す

「科学棟」の起工式には、未来を担う地元の小学生らも参加した(アメリカ創価大学で)
「科学棟」の起工式には、未来を担う地元の小学生らも参加した(アメリカ創価大学で)

 アメリカ創価大学(SUA)の「科学棟」の起工式が18日(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学内で開催された。これには来賓として同州選出のダナ・ローラバッカー連邦下院議員、同郡第5区のリサ・バートレット行政官、同市商工会議所のエリック・ハウバー会頭が出席。SUAの学生・教職員、地元の小学生らが参加した。
 「リベラルアーツ(一般教養)」の教育課程のもと、幅広い分野の学問を修める授業を行うSUA(3面に関連記事)。

 3年次からは、「国際研究」「人文科学」「社会・行動科学」「環境」の「コンセントレーション(集中コース)」のうち一つを専攻する。
 2020年9月には、これに加えて、「生命科学」コースがスタートすることが決定している。
 「科学棟」は同コースの開設に合わせて建設されるもので、同年3月の完成を目指す。
 地上3階、地下1階建て。教室や実験室など理数系科目の授業に必要な施設のほか教員研究室、事務室、会議室などを備える。同コースの生物学、化学、物理学、数学などの講義が行われる。
 また、同棟の整備を受け、「生命科学」コースと同時に「医学大学院進学準備プログラム」も設置。SUA生が卒業後、米国内のメディカルスクール(医学系の専門職大学院)に直接出願できる条件を満たすもので、「生命科学」コース以外の学生も履修することができる。
 起工式では、ハブキ学長のあいさつの後、「生命科学」コースを担当する予定の教員の紹介、科学棟の概要説明が行われた。
 ローラバッカー連邦下院議員、バートレット行政官は、新たな教育施設への期待を述べつつ、世界市民の潮流を築くSUAのますますの発展を望んだ。
2019年春 新学生寮の建設も決定
 一方、SUAに新たな学生寮が建設されることが、このほど発表された。19年春に完成予定である。
 新設の寮は、4階建て。24時間使用可能な学習室も用意されており、世界から集う学生が学問に徹する環境が整っている。
 かつて創立者の池田大作先生はSUA生に「英知の最高峰を目指し、一歩一歩、学問の山を登攀していってください。そして、鋭き知性と強い正義の魂、さらに深き人間愛に輝く世界市民へと成長してもらいたい」と万感の励ましを送った。
 科学棟と新・学生寮は、貢献的人生を送る世界市民を育成するSUAから、さらに多彩な分野へと人材が巣立ちゆく“英知の城”となろう。

全米大学ランキング SUAが上位に選出
 米メディア会社「USニューズ・アンド・ワールド・リポート」による全米大学ランキング(本年9月に発表)では、SUAが数々の部門で上位に選出されている。
 SUAは、233校のリベラルアーツ大学の中で総合39位(昨年は41位)。
 奨学金の充実度と教育水準の両方を審査する「ベスト・バリュー・スクールズ」部門では7位に輝いた。
 このほか、留学を体験する学生の割合(SUAは全学生が必修)、米国外からの留学生の割合、留学生を除いた学生の人種の多様性でも高い評価を得た。

◆青年部訪中団 上海魯迅記念館を訪問   革命作家の人間愛を学ぶ


 日中友好青年交流団は21日午後、中国・上海魯迅記念館を訪問(写真)。王錫栄元館長らが出迎えた。
 同記念館は2002年、池田先生に「名誉顧問」称号を授与。12年には、日中国交正常化40周年を祝賀する「自然との対話――池田大作写真展」が開かれ、大反響を呼んだ。
 交流団一行は、革命作家の燃えたぎるような“ペンの闘争”と、青年を慈しむ人間愛の姿を胸に刻んだ。
 見学後、同記念館内で、池田先生の名誉顧問就任15周年を記念し、王元館長が「魯迅・池田先生と青年」と題して講演した(2面に要旨を掲載)。

 竹岡青年部長は「私たち学会青年部は、実践者である池田先生と魯迅先生の精神を継いでいきたい」と語った。 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈新世紀の旭日 アメリカ創価大学〉第5回 リベラルアーツ  真実を求め本質を見抜く

充実の教育環境を誇るSUA。奥に立つ建物が大学の“心臓部”である図書館
充実の教育環境を誇るSUA。奥に立つ建物が大学の“心臓部”である図書館

 アメリカ創価大学(SUA)の教育課程は、リベラルアーツ(一般教養)と呼ばれる。少人数制で授業が行われ、教員が学生一人一人の成長に力を注げるのが特色である。
 リベラルアーツの歴史は、紀元前の西洋にさかのぼる。「リベラル」は「自由」の意味であり、リベラルアーツとは、人間の自由を可能にするための学問であるとされた。
 その内容は、古代ギリシャ、ローマを経て体系化された「自由七科」――文法・修辞学・弁証法の「3学」と、算数・幾何学・音楽・天文学の「4科」。これらが、中世にヨーロッパで大学が誕生した際、公式の科目として定められたのだ。
 このヨーロッパの流れを継ぎ、アメリカにも大学が創られていった。ハーバード大学をはじめ、後に大学院を併設する総合大学に発展した名門大学も、その多くはリベラルアーツを淵源としている。
 一方、伝統を守るリベラルアーツ大学は、今もアメリカに多くある。知識の詰め込み式ではなく、自ら考え、判断し、表現する力を養うことで「人間力」を育む教育は、近年、日本でも注目が集まっている。
                                                              ◇ 
 SUAでは2年間で幅広い分野の基礎を学んだ後、3年次からは「国際研究」「人文科学」「社会・行動科学」「環境」の四つのコンセントレーション(集中コース)の一つを選び、専門性を深める。
 初めから専攻を決めず、さまざまな科目の“入門”となる内容を俯瞰的に学ぶことで、自らが進む「学問の道」を確立するのだ。これは、他のリベラルアーツ大学にも共通する取り組みである。
 SUAに入学後、最初に受けるのが「コアⅠ」と呼ばれる授業。1クラスの人数は約10人で、ディスカッションを中心に行われる。
 ここでは古代インドの哲学書『ウパニシャッド』、孔子の『論語』、プラトンの『饗宴』、ルクレティウスの『物の本質について』など、東洋と西洋の古典を教材に扱ってきた。
 古典には、私たちが当たり前のように接している哲学、法、制度などの“出発点”となる英知が凝縮している。そうした人類の思想の源に触れることで、物事の表層ではなく、核心に迫る姿勢を確立していく。
 コアIの続編となるのが、2年次に受講する「コアⅡ」。ここでひもとくのは、マハトマ・ガンジー、マーチン・ルーサー・キング、カール・マルクス、チャールズ・ダーウィン、ジークムント・フロイトなど、近現代の人物の著作である。
 二つの「コア」の授業を通して、学生は、数千年前から今日までの思想の流れを捉えていく。その中で、人類の「長年の問い」は何なのか、現代の紛争、貧困、環境問題などの諸課題を生み出した原因はどこにあるのかを思索するのである。
 コアをはじめ、SUAのリベラルアーツ教育で培われるのが、情報をうのみにせず、多角的に物事を捉えて判断する「クリティカル・シンキング(批判的思考力)」。「本質を見極める力」ともいえよう。
 こうした基盤の上に、3年次以降は特定の科目を集中して学ぶ。一つの物事に対して、さまざまな角度から柔軟に問い掛ける習慣は、結果として、あらゆる専門分野においても、より深い学びへとつながる。
 アメリカの教育者ハッチンズは、こう語っている。
 「(リベラル教育を身に付けた人間は)どのような分野でも、そこでなされる重大な発言を理解し、それが、自分の専門に投ずる光を認識し、役立たせることができる」(田中久子訳『偉大なる会話』岩波書店)
 実際にSUAの卒業生は、卒業後のあらゆる分野において、リベラルアーツ教育の真価を発揮している。
 イサム・ヨシオカさん(1期生)はSUAを卒業後、コロンビア大学医学部に進学した。現在は、カリフォルニア州の医療機関で救急医として働いている。
 SUAでは集中コースに「社会・行動科学」を選んだ。医学を直接学んだわけではないが、「幅広く学習したことで、自分がどう社会に還元したいのかを知った。SUAの教育がなければ、医療の道には進みませんでした」と言う。
 弁護士のリサ・サパスティンさん(3期生)は、在学時代の集中コースで「国際研究」を選択し、法律を本格的に学んだのは法科大学院に進学してから。猛勉強の末、司法試験を突破した。
 現在はロサンゼルスの法律事務所に勤める。自身が担当する事例に、一つとして同じものはない。学びの連続の日々だが、「物事の真実を、徹底的に深めたSUAでの4年間が生きています」と笑顔で語る。
                                                              ◇ 
 米メディア会社「USニューズ・アンド・ワールド・リポート」が本年9月に発表した大学ランキングで、SUAは、全米233のリベラルアーツ大学の中で39位に入った。
 キャンパスでは今月、2020年の完成を目指す「科学棟」の起工式が行われた。同棟の誕生とともに、同年9月には、五つ目の集中コースである「生命科学」が開設され、生物学、化学、物理学、数学などの理数系の授業が用意される予定だ。
 さらに、卒業後にアメリカの医学系専門職大学院に応募できる条件を満たすための「医学大学院進学準備プログラム」も設置される。
 リベラルアーツの課程をもとに、その学問の地平を一段と広げて発展するSUA。創立者の池田先生は、こう語っている。
 「SUAが、リベラルアーツ大学として出発したのは、あらゆる知識を無限の価値へと生かし、人類の幸福と平和を建設しゆく、世界市民としての真正の『力』を磨いてほしいと願ったからであります」
 多彩な分野に羽ばたく卒業生は、SUAでの薫陶を糧に、価値創造の人生を開いている。

インタビュー エドワード・フィーゼル副学長
●「人間主義」を体現する人に


 SUAの建設は、真っ白のカンバスに絵を描くような、ゼロからのスタートでした。設立準備委員会では、教育内容を巡って議論が続きました。
 世界最高水準の大学教育を誇るアメリカの伝統を受け継ぐ一方で、他の大学にはない新しい価値を、いかに提供できるか。さまざまな学者を招き、伝統と革新のバランスを、どう取るかについて話し合いました。
 私たちが立ち返ったのが、1996年に創立者・池田先生がコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演です。先生はそこで、世界市民となるための三つの資質を示されました。
 1点目は、「生命の相関性を深く認識する『智慧』」であり、2点目は、「差異を恐れるのではなく、尊重し、成長の糧とする『勇気』」。そして3点目は、「物理的な距離にかかわらず、他者の苦しみに同苦し、連帯していく『慈悲』」でした。
 この3点をもとに、SUAの教育の中身が決まっていったのです。
 例えば、生命の相関性を認識する智慧を磨くための授業として、古今の書物に触れながら、現在の自分との関係性を知る「コア」があります。
 また、“差異を成長の糧とする勇気”を育む一環として、SUAは全寮制を敷き、異なる文化の友人と切磋琢磨し、自らの価値観を確立していく機会を提供しています。
 そして、3年次に全学生が経験する留学や、発展途上国などで実地調査を行う「ラーニング・クラスター」などの授業を通して、他者の苦しみに同苦し、連帯する慈悲を備えることができます。
 池田先生の構想を根本として、SUAはリベラルアーツ大学としての伝統を守りながら、斬新かつ画期的な教育内容で、各界から評価される存在になりました。感謝は尽きません。
 SUAは新しい大学だからこそ、私たち教員には開学当初、“卒業生を良い大学院に送れるだろうか”という不安もありました。しかし、それは杞憂に終わりました。
 1期生は、その並々ならぬ努力によって、アメリカ国内外の一流大学院に進学を果たしたからです。後に続いた後輩も、実績を積み重ねてくれています。
 開学17年目の今、卒業生は就職面でも目覚ましい成果を挙げています。医師であれ、学者であれ、SUAで育んだ「人間主義」を体現してほしいと願っています。
 卒業生が、自ら決めた道で自分らしく輝いてくれることが、私たちの何よりの喜びです。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験〉 復興支える技術士事務所代表 今月、新社屋が完成  夫婦で歩む 報恩の道

【岩手県盛岡市】“学会創立の月”の今月、㈲GAT技術士事務所を営む鈴木信彦さん(59)=盛岡支部、圏副書記長=は、3階建ての新社屋を完成させた。「社員が増えて手狭だったので、やっと充実した職場を提供できます」と喜ぶ鈴木さん。開業して17年。総務部長でもある妻・恵美さん(58)=総岩手婦人部長=に支えられ、今、復興工事に携わる。

2017年11月23日 (木)

2017年11月23日(木)の聖教

2017年11月23日(木)の聖教

◆わが友に贈る

創価学会は永遠に
異体同心の団結で勝つ!
全員が主体者として
断固と一人立て!
人間主義の連帯を築け!

◆〈名字の言〉 2017年11月23日
 

 「素晴らしい取り組みです。もっと多くの人に知ってもらいたい」――先日、宮崎で開催された九州教育本部の「人間教育実践報告大会」の後、来賓の一人が熱く語っていた▼大会では、3人の代表が報告。熊本で小学校の教壇に立つ女子部員、長崎で高等専門学校の准教授を務める男子部員らの発表に共感が広がった▼宮崎の中学校で美術を担当する壮年部員は、色紙に絵を描き、裏に真心のメッセージを添え、生徒の誕生日など折々に贈ってきた。その数、この35年間で800枚以上。一方で「二紀展」に挑戦し、入選するなど精進を続ける。彼は「生徒たちとの出会いを通して、自分も成長させてもらいました」と。感謝を胸に、現在は市の美術展で運営委員長も務める▼池田先生の提案で、1984年から始まった教育本部の実践記録運動。教育の最前線で奮闘する友が地道に積み上げてきた記録は、累計で10万事例を超える。その一つ一つに「子どもの可能性を信じ抜く心」が脈打っている▼池田先生は「真剣な教育者の心に灯る『勇気』と『智慧』と『慈悲』こそが、若き生命の進むべき栄光の道を開く光」と期待を寄せる。子どもたちに慈愛の陽光を注ぎ続ける“太陽の教育者”たちの、未来を創る使命は計り知れない。(誼)

◆〈寸鉄〉 2017年11月23日
 

 学会の対話闘争は平和を
 築く王道と確信―識者。
 友情育む草の根運動更に
      ◇
 大東京の心臓部・江戸川
 の日。不屈の庶民ありて
 広布は前進。凱歌を頼む
      ◇
 青年なら託された舞台で
 日本一目指せ―戸田先生
 燃える志こそ後継の生命
      ◇
 勤労感謝の日。働くのは
 何の為―その意味知る人
 は幸福。改めて問う日に
      ◇
 火災警報器、12%の家庭
 で電池切れや故障。乾燥
 する季節。点検しっかり 

◆社説  池田先生のエッセー  師との絆胸に歩む“忘れ得ぬ旅”

 
師弟一体の旅路である。
 2012年から月刊誌「パンプキン」で連載されている池田先生のエッセー『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』(潮出版社)が、書籍化されて好評だ。第1巻は14年までの掲載分から再構成、加筆・編集したもの。
 まえがきの一節に、こう記されている。
 「師の人生は、希望と勇気の対話を日本中に広げゆく旅であったと言っても、決して過言ではありません。この旅にお供できたことは、私の何よりの誇りです」
 日付は本年8月14日。70年前のこの日、19歳の池田青年は恩師・戸田城聖先生と出会った。
 懐かしき情景、各地の風土や歴史、偉人の足跡、そして交友を結んだ人々との思い出の数々……。忘れ得ぬ旅は、各地を巡る。
 戸田先生は生涯、国外の土を踏むことはなかった。若き弟子は、日本から世界へ。思想や文化の差異を超え、師の心を抱いての旅だった。
 師と弟子――その峻厳な結び付きは、人生に大いなる価値を生む。
 教育者であり、講道館柔道を創始した嘉納治五郎は、師とすべき人物をどう探し求めるかに苦心したという。正しき師を得た後も、その道を貫くには困難がある。生涯にわたり、恩に報いる大切さを語っている。
 「恩を受けた当分だけは感謝の意を有しても、時日を経るに従って忘れてしまうなどは誠に軽薄な事である」
 その眼は、峻厳な道を見詰めた。「師に対する言語挙動は師の眼前に在ると否とに拘らず、礼にかなったものでなければならぬ」(『嘉納治五郎著作集第1巻』五月書房)と。
 『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』の第1巻が始まる舞台は「北海道」。恩師の古里。この、恩師と先師・牧口常三郎先生が過ごした天地に札幌創価幼稚園を創立した。
 訪問を重ねた「北京」。中国はじめアジアの民衆から信頼されてこそ平和国家と言える――師の信念を受け継ぎ、友好の橋を架けてきた。
 本書につづられているのは、恩師の精神を胸にした“心の旅”であり、その生き方に連なる人々をも伴った人間絵巻でもある。
 まえがきには「私たちの旅は、未来へ向かって続きます」とも。師との絆を胸に歩んだ先生の“旅”。この書を糧とし、私たちもまた、日々、師と共に美しき世界広布の旅路を歩んでいる幸せをかみしめたい。

◆きょうの発心  「当起遠迎当如敬仏」の実践を!  2017年11月23日


御文 『此の品の時最上第一の相伝あり、釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり』
(御義口伝、781ページ)
通解 この品(法華経普賢品第28)の時に、最上第一の相伝がある。釈尊が8年にわたって説いた法華経を8字に留めて、末法の世の人々に譲り与えられたのである。その8字とは「当起遠迎当如敬仏」の文である。

 法華経を行ずる人を仏のように敬っていくことが法華経の眼目であると仰せです。
 1992年(平成4年)、記念行事の役員に就いていた折、池田先生が遠方か訪れた3人の青年を激励される姿を目の当たりにしました。
 「よく来たね。ありがとう。ありがとう」。先生は、一人一人の顔をのぞき込むように見つめ、励まされました。そして私たち役員に対して「会員の方が来たら、王様を迎えるようにするんだよ。そうしてきたから学会は発展したんだよ」と言われたのです。この出会いが誓いの原点となりました。
 思えば大学受験の失敗。父の不慮の死など、心が折れそうになった時、多くの同志が寄り添い、励ましてくれました。師とい創価の同志に感謝の念は尽きません。
 先生が自ら示してくださった「当起遠迎当如敬仏」の実践を「最上第一の相伝」と受け継ぎ、異体同心の団結光る富山正義県を構築していく決心です。
 富山正義県長 森泉 志郎

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  七十 2017年11月23日 (6231)



 二十三日、トロント郊外にあるカレドンに千人余のメンバーが集い、日本の親善交流団との文化交歓会が、晴れやかに開催された。
 会場は、木々に囲まれた丘で、冬はスキー場になるという。ゲレンデの緑が、太陽の光に映えてまばゆかった。
 文化交歓会は、ガーデンパーティー形式で、昼食をとりながら行われた。
 やがて、カナダの少年・少女部の合唱で、ミニ文化祭の幕が開いた。日本の交流団は、「厚田村」や中部の「この道の歌」の合唱、「さくら変奏曲」や、「武田節」の舞などを披露。カナダの友は、ケベックのフォークダンスや、音楽家メンバーによる「森ケ崎海岸」の演奏、婦人部による「広布に走れ」の合唱など、熱演、熱唱を繰り広げた。
 あいさつに立った山本伸一は、「見事な合唱、芸術の薫り高い演奏、真心のダンスなど、夢のひと時をすごすことができました」と感謝の思いを述べた。そして、将来、カナダ文化会館を建設してはどうかと提案するとともに、この千人の同志が太陽の存在となって、地域に貢献しつつ、洋々たるカナダ広布の未来を開いてほしいと期待を寄せた。
 この日、伸一は、ミニ文化祭の前後に、多くのメンバーに声をかけ、激励を重ねた。会場を提供してくれたスキー場の支配人にも、御礼のあいさつをした。
 対話することは、仏縁を広げることだ。
 この支配人の継母はメンバーで、伸一が一九六四年(昭和三十九年)にイランのテヘランを訪問した折、激励した婦人であった。
 ――テヘランで伸一たちは、中華料理店のマネジャーをしている太田美樹という学会員の婦人を店に訪ねた。ところが、オーナーの話では、契約が切れたので既に店を辞め、今、旅行中とのことであった。
 その時、イラン人の従業員が、伸一の顔を見て「オーッ!」と声をあげ、店の奥から写真誌を持ってきた。『聖教グラフ』であった。ページを開き、伸一の写真を指差し、「ミスター・ヤマモト!」と言って微笑んだ。 

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉95  信心即生活の賢者たれ


御文 『敵と申す者はわすれさせてねらふものなり、是より後に若やの御旅には御馬をおしましませ給ふべからず、よき馬にのらせ給へ』
(四条金吾殿御返事、1185ページ)
通解 およそ敵というものは、(その存在を)忘れさせて狙うものである。今後もしも旅に出られる際は、馬を惜しんではならない。良い馬にお乗りなさい。

同志への指針
 門下の無事を願い、乗る馬のことまで案じられる。これが御本仏のお心である。
 油断と慢心に魔は忍び寄る。「信心即生活」とは観念ではない。惰性を排して、具体的に
勝ち取るものだ。
 張りのある勤行と教養ある生活リズムで健康管理を!交通事故や火災に注意し、悪縁を寄
せ付けぬ鋭き用心を!
 栄光の人生を飾りゆく創価の賢者たれ!

【聖教ニュース】

◆韓国最大の港湾都市・釜山広域市議会が池田先生ご夫妻に「特別顕彰牌」 
「池田先生ご夫妻の平和哲学に基づき共生の道を歩みたい」市議会議長


特別顕彰牌の授与式の参加者が記念のカメラに
特別顕彰牌の授与式の参加者が記念のカメラに

 韓国・釜山広域市議会から、池田大作先生ご夫妻に、「特別顕彰牌」が贈られた。これは、世界平和と日韓の友好促進への貢献をたたえたもの。授与式は16日、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の金井平和文化会館で挙行され、釜山広域市議会の白宗憲議長ら来賓をはじめ、金仁洙理事長、金暻希婦人部長、釜山第5方面の代表ら約500人が出席した。
 釜山広域市は韓国東南端にある同国最大の港湾都市。約360万人が暮らす。海や山が織りなす景観や歴史的建造物をはじめ、近年では国際映画祭が毎年開かれることなどから、多くの観光客を魅了してやまない。
 地元SGIメンバーはこの憧れの天地で、社会の調和と繁栄に貢献すべく、地道に諸活動を展開してきた。
 その取り組みを支える創価の理念に深い理解が広がり、同市は2008年3月に、池田先生を「名誉市民」に迎えたほか、市内の各区が先生に名誉区民称号を授与している。
 晴れの式典では、婦人部の新世紀合唱団が合唱。続いて、「特別顕彰牌」が、白市議会議長から代理の金理事長、金婦人部長に託された。
 あいさつに立った白議長は、「池田先生はイデオロギーが優先される冷戦時代にあっても、政治体制の異なるソ連や中国の国家指導者と会い、平和構築のために貢献されてきました」と指摘。さらに、「文化大恩の国」である韓国との友好を一貫して切り開いてきた事績をたたえた。
 また、白議長は、両国の友好のみならず平和・文化・教育の運動を世界的に展開する池田先生の行動を賞讃。「先生こそ、真の指導者であり、師匠です。池田先生ご夫妻が広げてこられた人間主義や平和主義の哲学をわが市にも反映させ、釜山市民の幸福のため、共生と繁栄の道を開いていきたいと思います」と述べた。 
 
【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉3 儀典部の皆さまの奮闘に心から感謝 創価の宗教改革は時代の要請    巧妙化する「詐欺」に厳重注意


御本尊に追善回向していくならば、妙法の偉大な功徳力により、故人は必ず成仏できる――この確信のままに、各地で開かれる追善勤行法要(9月、奈良・大和郡山文化会館で)
御本尊に追善回向していくならば、妙法の偉大な功徳力により、故人は必ず成仏できる――この確信のままに、各地で開かれる追善勤行法要(9月、奈良・大和郡山文化会館で)

 原田 11月30日は「儀典部の日」です。1991年(平成3年)の同日、儀典部が発足したことに由来します。以来26年。皆さまの尽力により、創価の宗教改革を大きく進めてくることができました。陰に陽にわたる日夜の奮闘に、心から感謝いたします。

 長谷川 世界宗教として、さらなる飛翔を期す創価学会にとって、儀典部の使命は、ますます重要です。「友人葬」などでの誠実で真心こもる姿が、どれほど信頼を広げているか。

 五郎部 葬送の多様化が進む現代社会で、「友人葬」や「家族葬」を望む傾向は年々、増加しています。

 長谷川 まさしく、学会が執り行う「友人葬」は、“時代の最先端”といっても過言ではないでしょう。

 原田 仏教には、葬儀に僧侶が出席しなければならないという教義はありません。現に、釈尊は、“私の葬儀は在家に任せて、僧は修行に専念せよ”と言い残されました。日蓮大聖人も、「今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり」(御書712ページ)と、題目の功力こそが、成仏の因になると御断言です。学会の「友人葬」は、仏法の本義に則った葬儀なのです。

 五郎部 「一生成仏」――その根本は、どこまでも今世における自身の信心の実践にあります。亡くなってから、僧侶が成仏・不成仏を決めるのではありません。そんなことは、御書のどこにもありません。

 志賀 “僧侶が祈念しないと故人は地獄に堕ちる”などという日蓮正宗(日顕宗)の坊主の“脅し文句”が、いかに仏法に違背するものであるかは明白です。

 原田 学会が、この四半世紀の間、推進してきた真心の「友人葬」は、形式化した葬式仏教を変革し、日本の封建的な宗教風土を大きく変えてきたのです。

儀礼的香典は不要
 五郎部 「友人葬」で大切なのが、「随方毘尼」の法理です。葬儀の形式は、共同体で異なります。仏教の本義にたがわぬ限り、各地の文化・習慣、時代の変化に従うべきという随方毘尼の法理のままに、地域の実情に応じて、友人葬に取り組むことが重要です。

 永石 友人葬は今、妙法への仏縁を結ぶ、学会理解の舞台にもなっています。実際、友人葬に参列した方から、「すがすがしい葬儀で感動しました」「明るく荘厳でした。これが本来の葬儀だと思いました。私の時も、ぜひお願いしたい」などの声が聞かれます。

 志賀 「導師の方の勤行が大変に立派で驚いた」という感想もあります。

 原田 「声仏事を為す」(同708ページ)です。儀典部の指針にも、「慈悲と確信あふれる仏の声で 一、創価正義の大賢者たれ! 一、常楽我浄の生命の宝塔たれ! 一、広布拡大の全権大使たれ!」と、「声」の大切さが示されています。朗々たる題目の音声で、仏事を遂行する皆さまへの感謝は尽きません。

 長谷川 御書には、「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし、我等が小音なれども、題目の大音に入れて唱え奉る間、一大三千界にいたらざる所なし」(808ページ)と仰せです。池田先生は、「生者が正しい信仰をもって、その成仏を願い、唱題していくならば、それが死者の生命に感応し、苦を抜き、楽を与えることができる。南無妙法蓮華経は宇宙の根本法であり、全宇宙に通じていく」と綴られています。真剣な唱題こそが、最高の追善となります。私たちは日々の勤行・唱題を通じ、故人の追善を懇ろに行っていきましょう。
 原田 ここで確認ですが、友人葬を執り行う場合、「会員からの儀礼的な意味での香典は必要ない」というのが、基本的な考え方です。この点を多くの方が理解していくことで、創価の宗教改革が、より進んでいくと確信しています。

 長谷川 また、小規模な葬儀や近親者のみの「家族葬」、火葬のみの「直葬」の場合、家族・親族の代表が導師を務めても問題はありません。よく寄せられる質問ですので、この点も確認させていただきます。

 五郎部 間もなく28日には、邪宗門の権威の鉄鎖を断ち切った「魂の独立記念日」を迎えます。今後も私たち儀典部は、「広布拡大の全権大使」との自覚を胸に、地域に人間主義の連帯を広げていく決意です。

油断、過信を排す
 原田 年の瀬が近づいてきました。何かと慌ただしい時期だからこそ、事件や事故に巻き込まれないよう気を付けていきたい。

 永石 特に、「詐欺」には注意です。「私は大丈夫」と油断していると、思わぬ被害を受けるのが、「詐欺」です。皆で声を掛け合い、撃退しましょう。

 志賀 詐欺の手口は年々、巧妙になっています。「劇場型」といって、「身内を名乗る者」や「警察」「弁護士」などが次々と登場し、お金をだまし取ろうとすることもあります。

 永石 “医療費が戻る”と持ち掛け、ATMに誘導し、お金をだまし取る「還付金詐欺」も増えています。ATMで還付金が戻ることなど絶対にありません。

 原田 いずれも、対処法は、慌てずに、「本人」や「関係公共機関」に確認をすることです。一人で判断せず、家族など相談できる人に、話をしてみることが防止につながります。

 永石 高齢の方がいる家庭は、特に声を掛け合い、「不審な電話はすぐに切る」や、「家族だけの合言葉」を作っておくなど、具体的な対策を、どうかお願いします。

 原田 「自分だけは平気」との過信を排し、祈りを根本に、絶対無事故の日々を送ってまいりたい。

◆〈信仰体験 生きるよろこび〉 悪性リンパ腫と闘った長女
最後は必ず勝つ! これが信心   闘病越え、娘は社会復帰


【青森県平川市】わが子を襲った、突然の病。三浦政子さん(62)=平賀支部、圏副婦人部長=の長女・暖奈さん=女子部部長=は「悪性リンパ腫」と診断された。社会人となって1年後のこと。
学習支援員として、子どものために懸命に働く姿がまぶしかった。“それなのに……。できるなら私が代わってあげたい”。母は何度、そう思っただろう。だが、暖奈さんは苦難に屈することなく、母の思いを胸に病に立ち向かった――。

厳しい現実
 「微熱が続いている」と訴える娘を、母は案じていた。2010年(平成22年)2月、検査を重ねる中、「悪性リンパ腫の可能性が高い」と診断される。
 総合病院へ入院が決まった日、院内エレベーターの案内板が目に入り、息をのんだ。
 ほとんどの階に「○○がん治療センター」の表示が。一気に不安が押し寄せた。
 詳しい検査の結果、「悪性リンパ腫」との確定診断が。国内では発症頻度の低い、「ホジキンリンパ腫」の結節硬化型で、ステージ3であることが判明した。左足の付け根や首など、複数にリンパ腫が認められた。
 病室を出る母の背中を見送った後、暖奈さんは、あふれる涙を抑え切れなかった。
 三浦さんも同じだった。自宅へ向かう車中、声を出して泣いた。帰宅後、長男・晃功さん(34)=男子地区リーダー=に状況を伝える。晃功さんは真っすぐに母を見つめ言い切った。「お母さん、今泣いても何も変わらない。これから祈って、治すしかないよ!」
 その言葉に、われに返った。夫・輝幸さん(62)=地区幹事=と共に誓った。“これは一家の宿命。
暖奈が背負ってくれているんだ。家族で病に打ち勝とう”と。
 約半年間、8クールに及ぶABVD療法(ホジキンリンパ腫に対する抗がん剤治療)を耐え抜き、暖奈さんは一時退院を果たす。
 “これで、あの子のつらい治療は終わる”。そう思った。だが、厳しい現実が待っていた。腫瘍は縮小したものの、がん細胞は、抗がん剤に抵抗性(耐性)を示していることが分かった。
 新たな化学療法を行うため、数日後には、再入院となる。泣き言一つ口にせず、頑張ってきた娘を思うと、胸が締め付けられるようだった。
 化学療法は、さらに強い副作用をもたらした。食事を口にすることができず、吐き気と倦怠感が、暖奈さんを苦しめ続けた。
 それでも心は前を向いていた。「いかなる事ありとも・すこしもたゆむ事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(御書1090ページ)の一節を心に刻んでいた。
 「また試されているんだね。お母さん、私、頑張るから!」。娘の決意に、母は勇気づけられた。

ジャンパー
 新たな治療の結果、2カ月後には腫瘍が縮小。医師から「予後をより良い状態にするため、造血幹細胞の移植を」と勧められた。
 しかし、HLAと呼ばれる白血球の型は、家族では合致せず、ドナー登録者の中にも、暖奈さんの型と一致する人はいなかった。
 これでもかと立ちはだかる現実の壁。一家は決して嘆くことはなかった。誓いを貫こうと、祈り続けた。
 残されたのは、「さい帯血移植」。抗がん剤投与、放射線治療といった、前段階の治療を受け、11年2月8日、移植に臨んだ。
 約20日後、生着が確認される。「順調に進んでいます」との医師の言葉に、胸をなで下ろした。
 3月24日、無菌室から一般病棟へ。窓から見える空や木々が新鮮だった。日常の光景を肌で感じられること、それ自体、喜びだった。そして、入院から1年7カ月が過ぎた8月31日、退院を果たす。
 ある日、自宅療養中の暖奈さんの元を、女子部の先輩が訪ねてくれた。その手には、まもなく開催される創価青年大会のスタッフ用のジャンパーが。
 「参加できなくても、心は一つだからね」。そう励まされ、手渡してくれた。
 “元気になって、次は必ず、青年大会に参加しよう”懸命にリハビリを続けた。自分一人で起き上がれた、支えられながらも歩くことができた……歩みは小さかったが、少しずつ健康を取り戻していった。
 学会創立の月、11月。暖奈さんは心待ちにしていた。万全の体調ではなかったが、気持ちは晴れやかだった。約2年ぶりに会館へ足を運ぶ。本部幹部会の中継行事に参加することができたのだ。
 「よく頑張ったね」「ずっと祈っていたよ!」――暖奈さんの姿を見るなり、地域の同志が次々と駆け寄り、声を掛けてくれた。感謝で胸がいっぱいになる。
 中継はやがて、池田先生のスピーチを映し出した。
 〈今は、どんなに苦しくとも、どんな病気でも、どんなにいじめられていても、最後は必ず勝てる。絶対に勝利者になる。これが仏法だ。これが信心だ〉
 まるで、自分に呼び掛けてくれているような、師の温かい声と姿。暖奈さんは心を定めた。“病に打ち勝って、先生に勝利を届けよう!”

大きな確信
 リハビリは続いた。一歩一歩、その歩みを止めることなく、前に進んだ。
 14年4月。病の発症から4年が経過していた。暖奈さんはついに、学習支援員として、復職を果たした。
 仕事を再開できることに喜びはあったが、体力的に大丈夫かどうか、母は心配だった。しかし、「やっぱり、子どもたちに関わる仕事は楽しい」と、笑みを浮かべる娘の姿に、“暖奈がやりたいことに挑戦することが一番”と、背中を押そうと決めた。
 女子部の部長として、学会活動も再開。同志と共に祈り、励まし合う。そんな日々に、暖奈さんは、この上ない幸せを感じていた。
                        *
 本年9月10日、リンクステーションホール青森(青森市文化会館)で、創価青年大会が開催された。暖奈さんは、女子部の合唱団の一員として出演。最前列で出番を待った。
 ステージに立つと、ここまで支えてくれた人たちの顔が思い出された。そして感謝の心を歌声に乗せた――。
 三浦さんの目に映った娘の姿は、一回りも二回りも大きくなっていた。つらく、苦しい闘病にも、決して弱音を吐かず、笑顔を絶やさなかったわが子を、誇りに思った。
 “絶対に、病に勝とうね”――家族で祈り、誓い合った日々が、信心を深めてくれた。同志の支え、師の励ましが、生きる勇気を与えてくれた。
 苦闘の日々が今、信仰の大きな確信となったことに、感謝の気持ちが込み上げてくる。
 母と娘は、いつも心に決めている。「これからは、恩返しの人生を生きよう」と。

2017年11月22日 (水)

2017年11月22日(水)の聖教

2017年11月22日(水)の聖教

◆わが友に贈る

「志ざしと申す文字を
心へ(得)て仏になり候」
強盛な祈りと行動で
人間革命の大叙事詩を
朗らかに綴りゆこう!

◆〈名字の言〉 2017年11月22日
 

 地球の歴史の中で、77万~12万6000年前の地質年代が「チバニアン(千葉時代)」と名付けられる見通しとなった。「ジュラ紀」「白亜紀」などと肩を並べることになる▼地球は“大きな磁石”であり、北極がS極、南極がN極。実はこれまで、両極の逆転現象が何度も起きているという。最後に地磁気の逆転が起きたのは約77万年前。その痕跡が千葉県市原市の地層から読み取れることから、今回の名称の検討につながった▼46億年の地球の歴史からすれば“ごく最近”の出来事ともいえる。こうした時間軸やスケールに触れると日頃の悩みや苦労も、ちっぽけなものに思えるから不思議だ。心理学に「メタ認知」という言葉がある。自分の行動や考え方を、一段高い所から客観的に捉える見方を指す。「地球や宇宙の中の自分」を考えることは、究極のメタ認知といえるだろう。その中で新たな発見もある▼池田先生は述べた。「『星を見よ!』。私は、こう叫びたい。宇宙時代にふさわしい人間へと心の大空を広げるべきである」「大宇宙を仰ぎ、その神秘に驚くことが、かけがえなき自分自身の尊厳に気づかせる」▼宇宙や地球の営みを思えば、人は謙虚になれるだろう。広布という大いなるロマンを胸に、限りある生命を燃やしていきたい。(粗)

◆〈寸鉄〉 2017年11月22日

 仏法はすべて証拠主義―
 戸田先生。幹部は自身の
 体験を率先して語りゆけ
      ◇
 山形支部結成の日。幸の
 笑顔咲く広布の理想郷。
 さあ弾ける心で対話拡大
      ◇
 会館周辺に配慮を。違法
 駐車・立ち話・喫煙等は厳
 禁。よき市民の良識持ち
      ◇
 自分らしく働ける人ほど
 力を発揮―調査。青年よ
 信心根本に「世雄」と光れ
      ◇
 「いい夫婦の日」。感謝
 の思いを言葉に。和楽の
 家庭が安穏の社会の基盤

◆社説  あす「勤労感謝の日」   働き方改革も信頼と尊敬の心から


 あすは「勤労感謝の日」。広辞苑によると「勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあうとする日」とある。職場や地域の皆に感謝を伝える有意義な一日としたい。
 満車状態の大型スーパーの自転車置き場。「ありがとうございます」と、自然に声を掛けた。高齢の従業員が、自転車を置けるよう素早く整理してくれたのだ。よく見るとそこでは、多くの高齢の方が生き生きと働いている。人生の先輩に謝意を伝えると、笑顔が輝いていた。
 今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」に、政府が推し進める「働き方改革」がノミネートされた。政府は非正規労働者の処遇改善や長時間労働の是正に乗り出している。
 インターネットなどを利用して職場以外の場所で仕事を行う「テレワーク」等、多様な働き方を選択できる環境整備が進められている。女性や高齢者、障がいや難病のある人も存分に働ける「一億総活躍社会」の実現に注目が集まっている。
 ところで、ある調査によると、「新入社員が会社に望むこと」で最多だったのは「人間関係が良い」こと。一方、退職理由にも「職場の人間関係」が多く挙げられた。
 いくら仕組みや制度を整えても、そこで働くのは結局「人」である。働く人の人格を尊重し、互いの相違点を認め合うことが、まずは肝要といえよう。
 パリではレストランから小売店まで、「ボンジュール!」と、あいさつが重要視されているという。無愛想だった従業員の態度が、あいさつ一つで驚くほど変わる場合も。欧米には、サービスを「受ける側」と「する側」という“主従関係”ではなく、店を訪れた「人」と、働く「人」という、対等の人間関係がある。対等であるからこそ、何かしてもらったら「メルシー(ありがとう)」と素直に謝意を伝えることができるのだ。
 御書に「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(769ページ)とある。相手の仏性を信じ、尊敬する時、相手の仏性も、必ずこちらの仏性を礼拝すると仰せだ。職場で、地域で、または家庭で、周囲の存在と協力に感謝する心が信頼感を育み、やがて麗しい強固な絆を生んでいく。
 池田先生は、「友の幸福のため、社会のために、喜々として懸命に活動する姿のなかに、仏法はある」と語った。
 まずは今の職場を自らの「働き方改革」の場と捉え、目の前の仕事に全力で挑みたい。

◆きょうの発心   たゆまぬ信心に励み宿命転換を2017年11月22日


御文
 月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし(聖人御難事、1190ページ)
通解 月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってく
るであろう。

 
月々日々に、たゆまず信心を強めていくことの大切さを教えられています。
 中学3年の時、信心強盛だった父が、がんで亡くなり、母は女手一つで懸命に働きながら私と妹を育ててくれました。
 そんな母も、がんを発症。母が入退院を繰り返す中、1990年(平成2年)10月、大学1年生だった私は、関西文化祭に出演。初めて池田先生にお会いし、「生涯、師匠と共に歩み、必ず信心で幸せになろう」と固く誓いました。
 文化祭から約2カ月後、母も帰らぬ人となりました。3歳年下の妹と2人だけの生活は、悩みや将来の不安などで苦しい思いもしましたが、師との誓いを胸に宿命転換に挑みました。
 あれから27年――。私も妹も家庭を持ち、それぞれ3人の子どもに恵まれ、当時は考えられないような境涯に。これからも報恩感謝を忘れずに「月月・日日に」信心を強めていく決意です。
 本年は、池田先生の船橋文化会館訪問から30周年。同志の皆さまと団結し、「美しき『人華』の咲き薫る理想の国土を」との先生の期待にお応えしてまいります。
   千葉・船橋総県長 市川尊康

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十九 2017年11月22日(6230)



 根が深く、しっかりしていてこそ、枝や葉も茂る。平和運動も同じである。多くの人が平和を願い、平和を叫びはする。しかし、根となる哲理なき運動ははかない。私たち創価学会の平和運動には、生命の尊厳を説き明かした、仏法という偉大なる哲理の根がある。
 人間一人ひとりを「仏」ととらえる仏法の法理に立てば、絶対に人の生命を、生存の権利を奪うことなどできない。また、イデオロギーも、民族も、国家も、宗教も超えて、万人が平等に、尊厳無比なる存在であることを説く仏法の視点には、他者への蔑視や差別はない。さらに、慈悲を教える仏法には、いかなる差異に対しても排他性はない。
 この生命尊厳の法理を、つまり、妙法という平和の種子を、人びとの心田に植え続けていくことこそが広宣流布の実践であり、それが、そのまま世界平和の基盤になることを、山本伸一は強く確信し、実感していた。
 次いで彼は、人生の目的とは真の意味で幸福になることであり、それには「死」という問題を解決することが不可欠であると述べた。
 この大問題を根本的に解決し、生命の永遠と因果の理法を説き明かしたのが日蓮大聖人の仏法である。その仏法に立脚してこそ、不動なる人生観を確立し、困難を乗り越える智慧と力を涌現させ、絶対的幸福境涯を開いていくことができるのである。
 伸一は、この日を起点に、さらに新たな二十年をめざしつつ、清らかな、麗しい創価家族として、所願満足の人生を送っていただきたいと望み、話を結んだ。
 総会の最後は、愛唱歌の合唱である。二十人の鼓笛隊が壇上に進み、演奏を開始した。メンバーは、バンクーバーやカルガリー、モントリオールなどからも参加しており、全カナダの鼓笛の友の演奏は、これが初披露となった。その中心者は、イズミヤ夫妻の長女カレンであった。新しい世代が育っていた。
 場内の同志は、総立ちとなり、肩が組まれた。スクラムは大波となって、右に左に揺れた。歌声は歓喜の潮騒となって轟いた。
【聖教ニュース】

◆ 中国・佛山科学技術学院で国際学術シンポジウム 2017年11月22日
池田先生がメッセージ 青年の連帯で平和と共生の世界を


池田大作教育思想国際学術シンポジウムの参加者が記念のカメラに。後方は、シンポジウムと写真展の会場となった図書館(佛山市で)
池田大作教育思想国際学術シンポジウムの参加者が記念のカメラに。後方は、シンポジウムと写真展の会場となった図書館(佛山市で)

 「平和・人本(人間主義)・創価――2017池田大作教育思想国際学術シンポジウム」が18日、中国・広東省佛山市の佛山科学技術学院で開催された。
 これは、同学院と創価大学が主催したもの。中国・日本・韓国の約50人の研究者らが出席し、池田大作先生の教育思想などに関する論文を発表。分科会も行われ、活発な議論が交わされた。
 また、日中国交正常化45周年を祝賀する「自然との対話――池田大作写真展」(主催=佛山科学技術学院、中国人民対外友好協会、中日友好協会、創価学会、協力=広州市人民対外友好協会、創価大学北京事務所)が同日、同学院でスタート。開幕式には、同学院の曾崢党委書記、郝志峰学長、中日友好協会の王占起副秘書長、佛山市の鄧燦栄副秘書長をはじめ、来賓や教職員、学生の代表150人が集った。同展は12月2日まで開かれる。(記事・写真=松村光城)
                    ◇ 
 「『佛山』――『佛の山』とは、何と素晴らしい地名でありましょうか。私には『佛』の智慧が『山』の如く積まれゆく天地とも思われてならないのであります」
 国際学術シンポジウムへの池田先生のメッセージが読み上げられると、参加者たちが深くうなずく。
 1974年、池田先生は、中国への第一歩を広東省にしるしたその日、広州・白雲空港へ向かう車窓から夕日を望んだ。西の空を染めた夕焼けの下には佛山市も広がっていた。
 明の時代、窯業を中心に発展した同市は、中国の四大名鎮としてその名を轟かせた。現在は、隣接する広州市とともに一大経済圏を形成し、中国経済を力強くけん引している。
 その佛山市に本年9月、佛山科学技術学院の新キャンパスがオープン。正門をくぐると茶色を基調とした暖かみのある真新しい校舎が並び立っていた。
 シンポジウムが開催された11月18日は、牧口常三郎先生と戸田城聖先生の師弟によって『創価教育学体系』が発刊された日であり、創価学会の「創立記念日」(1930年)。この意義深き日に、日中韓の気鋭の研究者が一堂に会し、シンポジウムが開かれたのである。
 登壇した曾党委書記は語った。
 「池田先生の教育思想は、学生のみならず教職員、そして全人類への深い愛に裏打ちされています。学校教育の現場は多くの課題を抱えていますが、池田思想には、その問題を解決する方途が明確に示されているのです」
創価の教育思想を巡って活発な意見が交わされたシンポジウム(佛山市で)
         
 2003年、肇慶学院の教授だった曾党委書記は、同学院の「名誉教授」称号を池田先生に授与するための訪日団の一員として、池田先生と初めての出会いを刻んだ。
 その際、先生の人格、仏法に基づいた生命尊厳の思想に魅了された。帰国後、先生の著作を読み込み、赴任先の肇慶学院や韶関(しょうかん)学院、佛山科学技術学院で池田思想の研究所の設立にも尽力してきたのである。
 曾党委書記が言葉を継ぐ。
 「私は本来、数学の専門家です。そのため”なぜ日本の仏教者を研究するのか”と聞かれることがあります。しかし、池田先生の思想は、人生全般に影響を与え、あらゆる分野を包含するものなのです。
 教育者として、私は池田先生に教えていただいた『学生中心主義』を胸に、学生や教職員をどこまでも大事にし、皆を心から敬う池田先生の思想を実践してきました。また、これからも実践していく決意です」
 シンポジウムでは、佛山科学技術学院の(かく)学長があいさつ。創価大学の田代理事長が池田先生のメッセージを代読した。
 その中で先生は、法華経に示される「仏知見」の「開示悟入」という究極の生命啓発の原理を、牧口先生が全ての子どもの幸福を目的とする「創価教育学」に展開したと強調。子どもたち自身が、若き生命に具わる幸福と平和を創る智慧を発揮できるようリードすることこそ、人間主義の教育の神髄であると述べた。
 また、牧口先生が、中国からの留学生を受け入れた日本の弘文学院で独創的な地理学を講義し、異国で苦学する留学生たちに、こまやかな心を砕いて教育に当たった史実を紹介。中国の若き英才と心を通わせた、この先師の心を受け継いで、学会の青年部は、中国の青年たちと一貫して友好の歴史を刻んでいることに言及した。
 最後に、21世紀を担い立つ、中国、韓国、日本の青年たちが手を携えて、平和と共生の創造的な大連帯を築きゆくことを望んで、メッセージを結んだ。
 続いて、中国の北京大学、南開大学、大連工業大学、厦門(あもい)大学をはじめ、韓国の慶?(キョンヒ)大学、日本の創価大学などの研究者が、池田先生の教育思想の広がりや卓越性を、それぞれの専門的知見から論じた。

◆ 〈地域を歩く〉 大阪府東大阪市     モノづくりの先進都市

 高い所から見渡せば、鉄道や高速道路が縦横に走り、ビルが所狭しと立ち並んでいる。地に足着けて町を歩けば、あちこちでドリルの音や油のにおいに出合う。
 中小の工場が密集し、“モノづくり”の町として知られる東大阪市――ある金型の製造会社を訪ね、代表取締役の松岡成さん(地区幹事)に、仕事と信心について聞いた。
 同社は1958年に、現在会長を務める父・隆永さん(副支部長)が鉄工所として立ち上げた。その後、精密金型の製造をはじめ、プラスチック製品、アクリル板加工を手掛ける、四つの会社を持つグループに発展してきた。
 成さんは、99年に父の会社へ入社。技術を身に付けなければ何も言えないと、仕事を終えた後も、毎日深夜まで工場に残り、腕を磨いた。
 5年ほどで、営業を任されるようになった。図面をもとに取引先から要望を受け、現場に指示を出す。多少難しい注文でも、積極的に受けた。
 会社の業績は少しずつ上向いた。しかし、職場には、どこかギスギスした雰囲気が漂い始める。難しい仕事が増えたことに、従業員の不満が大きくなっていたのだ。
 だが、成さんは“時間内に終わらなければ、2時間でも4時間でも、終わるまで残ってやればいいじゃないか”としか思えなかった。自分はそうするのが“普通”だった、という思いがあった。
 男子部の会合に誘われて参加するようになったのは、その頃だった。

町工場が密集する東大阪市の町並み
町工場が密集する東大阪市の町並み

 幼い頃から、信心に励む両親の姿を見てきた。何となくすごいんだろうなと思う半面、自分には必要ないと思っていた。何より、仕事以外のことで自分の時間を取られることが嫌だった。
 男子部の先輩たちは、親身になって話を聞いてくらた。利害関係を抜きに関わってくれる学会の世界は、成さんにとって新鮮だった。会合に行く前はイライラしていた気持ちが、帰る時にはすっきり晴れていた。
 「自分には何の得にもならないはずなのに、先輩たちは『そこまでしてくれるんですか』というくらい心配してくれて。自分には、相手の気持ちを理解しようという”当たり前”の姿勢さえ欠如していたことに気付かされました」
 以来、職場では、皆の意見に耳を傾けるよう努力した。徐々に社内の雰囲気も良くなった。
 学会活動をするようになってから、すっと祈ってきたことがある。ボーナスを払える会社にすることだった。
 「代表取締役になり、初めてボーナスを出せた時、以前衝突したことがある従業員が『頑張ってきて良かったな』と言ったんです。その瞬間、信心してきて良かったと心から思えました」
                    ― ◇ ―
 日常の”当たり前”を積み重ねて、揺るがない信頼は築かれていく――この町では、そう語る人に多く出会った。
 同市の西に位置し、大阪市にほど近い高井田は、市内でも特に工場が密集する地域だ。自宅兼工場の建物が多い。濱口博洋さん(副支部長)の家もその一つ。
 1階部分は、長男の紘一さん(男子部副部長)と経営している、金属部品を加工する工場。2階部分が居住スペース。3階部分を広布の会場として提供している。紘一さんが所属する関西吹奏楽団の会合なども行われている。
 工場では、コンピューターによって数値制御された高性能の機械が所狭しと並んでいた。機械の中では、濱口さんが、プログラミングした指示通りに、ネジやボルトが次々に加工されていく。
 他の工場が引き受けたがらない複雑な加工や、厳しい要望を受けているうちに、「技術が自然と磨かれました」と笑う濱口さん。同じ機械を使う同業者から、操作方法について問われることも多い。今では、無償で同業者への技術指導を買って出る。「御書にある『人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし』(1598ページ)との一節が好きなんです」と。
 1992年に独李tづして以来、評判を聞きつけたり、取引先から紹介を受けたりした業者から、途切れることなく仕事が舞い込んできているというのも、うなずける。
 「『困った』との連絡が入れば、父は仕事中でもすぐに飛んで行くので困ります(笑い)」と紘一さん。
 濱口さんに仕事で心掛けていることを聞いた。
 「それは、不良品を絶対に出さないことですね。ネジ1本が、不具合の原因になることだってありますから」
 全て順調だったわけではない。家や機械のローンもある。2歳違いの次男と三男を、東京の創価大学に送り出した時には、学費を工面するのにも一苦労だった。リーマン・ショック直後は収入が半減した。
 支えてくれたのは、妻の庸子さん(地区副婦人部長)だった。
 どんな時も明るく振る舞う庸子さんの姿に「心がホッとしました」一方の庸子さん。「私は婦人部の皆さんからパワーをもらってますから。昔は結構大変だったはずなんですが、今になって考えると、思い出せませんね(笑い)」
                     ― ◇ ―
 そんな高井田で信頼を広げる人に、山口智子さん(支部副婦人部長)がいる。78年に引っ越してきて以来、地域で友好を拡大してきた。
 地区婦人部長としてメンバー宅への訪問激励に励む山口さんを見て、自治会長から「ぜひ自治会の婦人部副部長も引き受けてほしい」と頼まれた。
 以来、積極的に地域行事に参加し、町の人に会うたびに「何でも言ってな」と声を掛けて回った。
 「道路の陥没を直してほしい」「蜂の巣を取ってくれ」「野良猫のいたずらに困っている」等々……。さまざまな要望に対し、山口さんは、広い人脈を頼みに、一つ一つ誠実に解決策を探した。
 「最近は、『何かあれば、山口さんに聞け』と言われるようになってしまったんですよ」と、笑顔で話す。
                    ― ◇ ―
 モノづくりの町・東大阪の高い技術力を世間に広めたのは2009年、人工衛星「まいど1号」の打ち上げ成功だ。
 その発起人だった父の後を継ぎ、航空機部品製造会社「アオキ」で若き社長として奮闘するのは、青木理さん(県副青年部長)。
 働き始めた当初は、アメリカ同時多発テロなどの影響で、航空機業界全体が落ち込んでいた。
 仕事と学会活動に奔走した。地道に訪問激励を重ねる中で、少しずつメンバーが心を開いてくれた。悩んだ友人を励まし続ける中で弘教が実った。「そうやって学会活動の中で、目の前の一人のために尽くすことを教わりました」
 男子部では、後輩の激励に全力。職場では、中学生の工場見学や、修学旅行で訪れる児童の受け入れも積極的に行う。
 同社は高い技術が認められ、1997年からアメリカのボーイング社の認定工場にもなっている。毎年行われる更新審査に合格を続ける。「不具合を出さないことは素晴らしいことだよ」と、審査の担当者は言う。
                     ― ◇ ―
 小さなことを大切に。”当たり前”と思えることを継続する中に、時代の変化にも揺らぐことのない「信頼」が、光り輝いていく。

【特集記事・教学・信仰体験など】


◆〈信仰体験〉 師との誓い果たし税理士として奮闘
苦悩突き抜け喜びの日々  支え続けてくれた妻に感謝

【岡山市】
宿願ともいうべき目標を達成すれば、その先には未来が洋々と開けていく――はずだった。10年前、税理士試験に合格した守井照久さん(40)=上南支部、区男子部主任部長(部長兼任)=は、そう信じて疑わなかった。だが守井さんにとってその“合格”は、まさに、次なる苦闘への序曲にすぎなかった。

2017年11月21日 (火)

2017年11月21日(火)の聖教

2017年11月21日(火)の聖教

◆わが友に贈る

教学は幸福への道標(みちしるべ)だ。
行き詰まった時こそ
御書を真剣に拝そう!
「行学の二道」から
宿命転換の劇は始まる。

◆〈名字の言〉 2017年11月21日
 

 人生を豊かにするものとは――ハーバード・メディカル・スクールの研究者が1938年から75年にわたり、724人の追跡研究を行った▼分かったのは、“人生を最も豊かにする”のは「人間関係」ということだった。身近な人と良い関係にある人、いざという時に頼れる人がいる人ほど、人生の満足度が高かった▼健康社会学者の河合薫氏は、先の研究結果を踏まえ、“幸せは人それぞれ”との風潮はあるものの、やはり、日常の中に真の幸せは存在すると指摘した(『他人をバカにしたがる男たち』日経プレミアシリーズ)▼ある男子部員の言葉を思い出した。「歩いて行けるところに、何でも相談できる人がいる。当たり前のことではありません。本当に幸せだと思います」。かつて仕事で行き詰まった彼は、学会の少人数の集いで“職場の不満”をぶちまけた。すかさず同志は「一緒に祈ろう」と。そして、じっくり話を聞いてくれた。気持ちが落ち着くにつれ、“愚痴ばかりの自分”に気付く。仕事に臨む姿勢は変わり、苦境を乗り越えた▼池田先生は「学会員は、地域の幸福責任者です」と。この尊い使命を自覚し、今いる場所で真心の対話を重ねたい。その日々の中に人生の充実があり、自他共の幸福への道がある。(差)

◆〈寸鉄〉 2017年11月21日
 

 多様な人々が団結し社会
 に貢献するSGIに学ぶ
 べき―識者。地域の太陽
      ◇
 仏の御功徳をば法華経を
 信ずる人にゆづり給う―
 御書。題目に勝る力なし
      ◇
 「人生の名優たれ」戸田
 先生。苦難を勝ち越え、
 わが使命の舞台で実証を
      ◇
 一緒に外出するだけでも
 親孝行―子を持つ50~70
 代の7割。青年よ心して
      ◇
 日中関係に改善の兆し、
 互いの「往来を重視」と。
 民衆交流の絆も更に強く

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十八 2017年11月21日 (6229)



 カナダ広布二十周年記念総会に出席した山本伸一は、約二十一年ぶりにカナダを訪問できた喜びを語るとともに、初訪問の思い出に触れながら、一人立つことの大切さを訴えた。
 「『0』に、いくら多くの数字を掛けても『0』である。しかし、『1』であれば、そこから、無限に発展していく。このカナダ広布の歴史は、イズミヤ議長が、敢然と広宣流布に立ち上がったところから大伸展を遂げ、今や約千人もの同志が集うまでになった。
 すべては一人から始まる。その一人が、人びとに妙法という幸福の法理を教え伝え、自分を凌ぐ師子へと育て上げ、人材の陣列を創っていく――これが地涌の義であります。
 こうした御書の仰せを、一つ一つ現実のものとしていくことこそ、私ども創価学会の使命であり、それによって、御書を身で拝することができるのであります」
 ここで伸一は、今回、ソ連をはじめとする訪問国で、政府要人や有識者と会談を重ねてきたことを述べた。
 「そこでは、人類にとって平和こそが最も大切であることを訴え続けてきました。
 万人が等しく『仏』の生命を具えていると説く仏法こそ、生命尊厳を裏づける哲理であり、平和思想の根幹をなすものです。また、そこには、他者への寛容と慈悲の精神が脈動しています。
 その思想は、戦争を賛美し、民衆を隷属させて、死に駆り立てる勢力とは、原理的に対決せざるを得ない。ゆえに学会は、戦時中、国家神道を精神の支柱に戦争を遂行する軍部政府から、弾圧を受けたんです。
 私は、政治家でも、外交官でも、また、経済人でもありません。しかし、平凡な一市民として、一個の人間として、仏法を根底に、平和実現のために対話を続けています。
 それは、人間は等しく尊厳無比なる存在であると説く仏法の精神を、あらゆる国の人びとが共有し合い、国境を超えた友情の連帯を強めていくことこそ、最も確実なる平和への道であると確信するからです」

【先生のメッセージ】

◆〈御書と歩む――池田先生が贈る指針〉94 妙法は“世界第一の良薬”


御文
 入道殿は閻浮提の内日本国の人なり、しかも身に病をうけられて候病之良薬の経文顕然なり(妙心尼御前御返事、1479ページ)
通解 (妙法蓮華経の五字は「全世界の人の病の良薬」と説かれているが)入道殿は、この「全世界」の中の日本国の人である。しかも、その身に病を受けられている。「病の良薬」の経文は、はっきりとしている。

同志への指針

 妙法とは、生命の無上の「良薬」である。
 いかなる病魔にも負けない大生命力を涌現できる。医療を最大に生かす智慧も発揮できる。必ずや幸と栄光の境涯を開いていけるのだ。
 この大良薬の功力を引き出すのが、信心である。強盛な祈りと聡明な生活で、断じて健康長寿の人生であれ! わが宝友に、私と妻は、朝な夕な、題目を送っている。
【聖教ニュース】

◆中国・南開大学で日中青年友好フォーラム 2017年11月21日
池田先生が連帯のメッセージ贈る
創価学会青年部訪中団が参加 周恩来・池田大作研究会や諸青年団体と友誼の語らい

南開大学で開催された「日中青年平和友好フォーラム」の参加者が記念のカメラに。先人が両国の間に架けた信頼と友誼の「金の橋」を一段と輝かせゆくことを誓って(17日、天津市で)
南開大学で開催された「日中青年平和友好フォーラム」の参加者が記念のカメラに。先人が両国の間に架けた信頼と友誼の「金の橋」を一段と輝かせゆくことを誓って(17日、天津市で)

 【天津17日】中国の周恩来総理の母校・南開大学(天津市)で17日午後、「日中青年平和友好フォーラム」が開催された。創価学会青年部の日中友好青年交流団と、同大学の学生団体「周恩来・池田大作研究会(周池会)」との共催である。これには池田大作先生がメッセージを贈り、心から祝福。同大学マルクス主義学院青年連合会の陳永剛主席をはじめ、周池会の教員・学生、中華全国青年連合会(全青連)の代表、天津市青年連合会の代表らが出席した。
 テーブルを囲む周池会の学生の顔は終始、真剣そのものだった。周恩来総理と池田先生という、日中友好と世界平和を希求した2人の偉人の精神を学び、実践しようとする「周池精神」が、その目の輝きに表れていた。
 周池会が誕生したのは、2006年12月。周総理と池田先生の思想と行動を探る、中国初の学生主体の研究会として産声を上げ、読書会等を通して研究している。学術シンポジウムを主催し、論文発表等も。08年12月には南開大学の全115団体の中から優秀学生団体に選出された。
 今回のフォーラムのテーマは「周池精神の継承と実践」。偉大な精神も、未来に継承されてこそ、真の輝きを放つ。自分たちの世代のみならず、次代のことを真剣に考え、今、何ができるかを追求する――学会青年部と周池会を結ぶ根本の理念であり、信念である。
 フォーラムでは、11年に及ぶ周池会の活動の足跡を振り返る紹介ビデオや、池田先生と周総理の交流の歴史に迫った映像を視聴。陳主席がフォーラムの意義を確認しつつ、学生・青年に対して「永遠に平和友好理念の伝達者に」「永遠に平和友好行動の実践者に」「永遠に平和友好事業の推進者に」との3点を望んだ。
 青年交流団の竹岡団長は、池田先生のメッセージを紹介した。
 その中で先生は、いかなる差異や変化も超えて、常に心を一致させていく共通の指標として、「我々の活動は全ての人民のためのものである」との周総理の信条に言及。「この開かれた『世界市民』の心で両国の若人が、平和と文化と教育の揺るぎない連帯を深め、広げていくならば、それは、やがて、アジア全体、さらには世界の民衆を赫々と照らしゆく、英知の大光になるに違いありません」と強調した。
 さらに、日本の軍国主義に対峙して信念の獄死を遂げた初代会長・牧口常三郎先生が生前、教育者として中国からの留学生のために奮闘し、平和と人道の歴史を開こうとした史実に触れ、その先師の心をしのびつつ、池田先生が自ら1968年(昭和43年)に「日中国交正常化提言」を通して、青年たちと共に両国の平和友好へ行動を開始したことを述懐。今回のフォーラムを新たな出発として、世々代々にわたる「従藍而青」の青年交流が、どんな試練も乗り越え、勝ち越えながら、滔々たる平和の大河となって21世紀を潤していくことを強く望み、メッセージを結んだ。 

  続いてテーマに沿って代表が講演。青年学術者会議の松森秀幸・創価大学准教授は、池田先生と周総理の共通点は「民衆のために」「人民のために」との生き方であると強調。2人の思想を学び、自問し、行動を重ねる中で、周池精神の継承ができると訴えた。
 周池会の劉暁雅(りゅうぎょうが)さん(マルクス主義学院修士2年)は、”青年は毅然と一人立ち、道を切り開いていくのだ”との池田先生の励ましを通し、「私たち若者の力で貧困や戦争、いじめや不平等のない平和な世界を切り開くべきです」と力説。揺るぎない思想、行動する勇気、絶対的な確信を持った力ある青年に成長しゆくことを参加者に呼び掛けた。
 その後、参加者が3会場に分かれ、グループでディスカッションを。①どうすれば「周池精神」を継承できるか、②青年はどうすれば「世界平和の使者」になれるか、③日中の青年にとって「対話の力」とは何か、等の内容で活発に意見が交わされた。
 最後に、周総理夫妻と池田先生との間に結ばれた友誼の絆をうたった「桜花縁(おうかのえにし)」を、日本語と中国語で合唱。春が訪れたような笑顔の花が、会場いっぱいに広がった。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆本年 開園40周年 北海道・戸田記念墓地公園   1000万人が来場
恩師の故郷に築かれた 生死不二の永遠の都

戸田記念墓地公園の開園式の翌日、恩師・戸田先生の墓前に立つ池田先生(1977年10月3日、同墓地公園で)                                                                                                戸田記念墓地公園の開園式の翌日、恩師・戸田先生の墓前に立つ池田先生(1977年10月3日、同墓地公園で)

 本年、開園40周年を迎えた北海道・戸田記念墓地公園(石狩市厚田区)。年間を通して、多くの人が訪れ、来園者は1000万人を超えた。ここでは、創価学会初の墓地公園が厚田に誕生した意義とともに、識者の声を紹介する。
 春には8000本の万朶の桜。秋には燃えるような紅葉。自然豊かな約48万坪の敷地に、6万基の墓所が整然と並ぶ戸田記念墓地公園。
 第2代会長・戸田城聖先生の名を冠したこの墓園は、今から40年前の1977年(昭和52年)10月2日、創価学会初の墓園として開園した。
 池田先生が、恩師・戸田先生と共に厚田の地を初めて訪れたのは、54年(同29年)8月16日。日本海を見つめつつ、師は弟子に世界広布の未来を託した。
 恩師亡き後、池田先生は第3代会長として再び厚田へ。その時の真情を、後につづっている。
 「この厚田村から、戸田先生という若鷲が、人類救済のために羽ばたいていった。そして広宣流布の礎を築かれた。その先生を、後世永遠に顕彰していくためにも、いつかこの地に、先生の精神をとどめる、『記念の城』を築かねばならない。それが弟子としての私の使命であり、責任である」(小説『新・人間革命』「厚田」の章)
 戸田第2代会長の出獄30年に当たる75年(同50年)7月3日、同墓地公園の建設構想が発表された。
 その2年後に、開園の式典が行われたのである。
 席上、池田先生は語った。
 「この戸田前会長の故郷である厚田の大地を、私を含めて全学会員の心の故郷ともし、広布の“生死不二の永遠の都”としていくよう提案したい」
 さらに、今後は国内外から多くの来園者があるだろうと述べ、ここに「生命と生命のふれあいを通して、麗しい理想的な人間共和の世界を築いていただきたい」と語った。
 その後、戸田記念墓地公園をはじめ、各地に14の学会の墓園が誕生した。いずれも、戸田記念墓地公園と同じ基本理念に貫かれている。すなわち、①時代の移り変わりに左右されない「恒久性」②仏法の生命観に根ざした「平等性」③墓参者に潤いを与える親しみやすい「明るさ」――である。
 戸田記念墓地公園は“生死不二の永遠の都”の先駆けとして、今も北海天地に輝いている。
地域に輝く人間交流の場――旧厚田村・牧野健一元村長
 初めて戸田記念墓地公園を訪れた時のことを、今でもはっきりと覚えています。
 “札幌以北では咲かない”といわれたソメイヨシノを咲かせようと、努力を重ねていた桜守の故・佐々木忠さんから「一度、桜を見に来てほしい」と声を掛けられたのです。
 実際に行って、本当に驚きました。墓園には“暗いイメージ”があったのですが、そこに広がっていたのは、散策にちょうどいい、素晴らしい“庭園”でした。そして桜が見事に咲いていたのです。墓園の存在によって、「厚田」の名は、今や日本だけでなく、世界にも広がりました。
 旧・厚田村の「栄誉村民」である戸田先生をはじめ、厚田には、誇るべき大先輩が数多くいます。特に若い人には、こうした偉人たちの人生から学んでほしいと願っています。
 偉人たちを育んだ要因の一つに、厚田の雄大な自然が挙げられるのではないかと思います。
 冬は、雪嵐や「シベリアおろし」と呼ばれる厳しい風が吹きわたります。
 しかし、春になると、一転して穏やかな気候になります。私は、「あい風」と呼ばれるそよ風が吹き、ニシン漁が始まるこの季節が大好きです。
 この環境が、厳しさと優しさを備えた、スケールの大きい人格を育むのだと思います。
 さて、厚田の四季折々の美しさが凝縮された墓園は、地域の交流の場として親しまれ、人々の生活に潤いをもたらしています。
 また、創価学会の皆さんは長年、地域貢献に率先して取り組んでくださいました。
 私が村長だった時には、厚田の発展に尽くしてくださる池田先生に、「讃辞」をお贈りしました。今も忘れられない思い出です。
 今後も学会の皆さんと共に、地域に人間的な交流を広げながら、愛する厚田のために、力を尽くしていきたいと思います。

◆〈青年部のページ〉 誓願の祈りで広布拡大を! 2017年11月21日

 明「世界広布新時代 栄光の年」の完勝に向け、青年部の友は広布に生きる歓喜を胸に、折伏弘教にまい進する。ここでは各地のリーダーの弘教体験を紹介。併せて、「池田先生の指針」と「職場で輝くSOKAの一番星」を掲載する。

池田先生の指針
 日蓮仏法の「一念三千」の法理は、一念の偉大な転換が三千諸法の転換を可能にすることを教えている。
 一念が変われば、自分が変わる。自分が変われば、環境が変わり、世界が変わる。
 この大変革の根源をたずねれば、御本尊に向かう自分自身の「祈り」の革命的深化にほかならない。
 祈りは、いわゆる「おすがり信仰」とは全く違うのだ。弱々しく、漠然と、誰かにお願いするものではないのだ。
 祈りとは本来、「誓願」である。「必ずこうする」という誓いであり、明確な目標に挑み立つ宣言である。
 であるならば、自身の「人間革命」と、世界平和をめざしゆく「広宣流布」の誓願に勝るものがあろうか!
 自身の苦悩と戦いながら、友の幸福を祈り、創価の勝利を祈る。組織の活動の目標があれば、その達成を祈る。
 「三類の強敵」との攻防戦では、正義なればこそ断じて勝つと、猛然と祈る。そして、勇んで打って出るのだ。
 この「誓願の祈り」「戦う勤行」を貫いてきたからこそ、学会は邪悪をすべて打ち破り、ありとあらゆる法戦に、一切勝ってきたのである。
 だから学会員には、無量の智慧と力がわき、勝利、また勝利の功徳が満ちあふれるのだ!(『随筆 旭日の光』〈「勤行」は勝利の源泉〉)
                                                                           ◇◆◇ 
 私は決断していた。断じて山口県を蘇生させてみせる!
 歴史に残る、広宣流布の人脈を作ってみせる! と。
 会って、語る。
 会って、悩みを聞く。
 会って、励ます。
 会って、指導する。
 会って、共に祈り、御書を拝する。
 直接会えなくとも、手紙等で、会ったと同じだけの誠実を尽くし切っていく。
 私は、喜び勇んで、体当たりで毎日毎日を走りながら、飛びながら、勝利のために、建設のために、乱舞していった。
 そして、「縁した方々を、皆、偉大な広宣流布の大闘士に育成していくのだ!」と、歓喜踊躍して、苦しみを楽しみに変えながらの人生を、自分の身で創っていった。
 御書には「日蓮は此の法門を申し候へば他人にはに(似)ず多くの人に見て……」(1418ページ)と仰せである。
 この意味は、“他の人と比較にならないくらい、大勢の人に会ってきた”との御聖訓である。
 わが学会員も、大聖人の御心と同じでなくてはならぬ。
 まさに「会う」ことが折伏なのである。
 生命と生命のぶつかり合う勝負なのだ。(『随筆 勝利の光』〈懐かしき山口闘争〉)
                                                          ◇◆◇ 
 繰り返し繰り返し、御書を拝し、一節一節を行動に移していくことだ。
 そうすれば生命が覚えていく。確信になっていく。深く「心肝」に染めた御文は、必ず人生勝利の土台となり、宿命転換の力となる。
 御書に仰せではないか。
 「法華経にそめられ奉れば必ず仏になる」(1474ページ)
 「此の経を一文一句なりとも聴聞して神にそめん人は生死の大海を渡るべき船なるべし」(1448ページ)
 自分自身が、いかなる人生の荒波も乗り越えながら、多くの友を幸福の港へと運ぶ、偉大な賢者の大船となれるのだ。
 「御書とともに」走った青春には、生涯消えることなき聖火が宿る。その求道の炎を、いやまして燃え上がらせ、未来の広布の大指導者として羽ばたけと願ってやまない。(『随筆 我らの勝利の大道』〈「行学の道」を共々に(下)〉)

◆〈信仰体験 母ありて〉第21回 堺市西区 戀塚良子さん  信心一筋 粉もん人生
 

 人情あふれる街角に、お好み焼き「恋さん」はある。のれんをくぐると、鉄板に焦げるソースの香りがする。看板おばちゃんの戀塚良子さん(66)=津久野支部、白ゆり長=が、とびきりの笑顔で迎えてくれた。「お帰り」。実家のような温かみが、ここにはある。
 木造の質素な店造り。鉄板を挟んだ対面式の店内は、4人も入れば満杯。壁のメニューは横一列にざっと13種類。ブタ玉、イカ玉、焼きそば、もだん焼き。5個100円のたこ焼きも忘れるなかれ。
 みじん切りのキャベツとネギ。天かすと紅しょうがを少々。それらをボウルに混ぜて、焼けた鉄板に落とす。ふっくらとした仕上がり。談笑しながら頰張る。味も確か。“恋さん”の人柄が、美味に一役買っている。
 27歳で離婚。3人の娘を連れての暮らしは貧しく、朝昼晩と働いた……と書けば悲哀が漂いそうなもんだが、そこは大阪人の心意気。豪快な笑い声を文化住宅に響かせた。原付のヘルメットをかぶったまま授業参観に行くのが、おちゃめなところ。ヒョウ柄を着て商店街を歩く“無敵艦隊”にもなる。わが子と一緒に勤行し、「なんしろ思っただけで願いのかなう信心や」と育てた。だいたいの問題は「大丈夫や。いける」で決着。豪快かつ繊細。運動会で組み体操をする、よその子を見ただけで「頑張ってんなあ」と泣く。いろんな意味で忙しい。
 試練も味わった。10年前、母と長女を同じ年に亡くした。次女と三女の前では「あんたらが泣くから、お母ちゃん泣かれへんわ」と泣かなかった。でも一人の時は、御本尊の前でおんおん泣いた。
 それでも「信」を貫いた。題目の人となり、自宅を広布の会場に提供した。「わざはひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)。池田先生の心に届く自分でいたかった。
 お好み焼き屋を始めた。不思議と、焼き方を伝授してくれる人が現れ、いい材料にも巡り合えた。「うちの御本尊様が夢を後押ししてくれはった」。店で一番初めに焼いたブタ玉をまず御本尊に供えた。
 「恋さん」は、すぐに交流の場となった。100円玉を握り締める子どもから、鼻の赤いおっちゃんまで。身の上話、人生相談……鉄板を挟んで人間模様を見続ける。
関西風お好み焼きのように「ごちゃまぜ」を地でいく。お好み焼きのおばちゃん、信頼厚き白ゆり長、老人ホームで介護職。極め付きは、盆踊りの櫓の上で「河内音頭」を着物姿で歌う。名を「戎家音良と申します」。なんでもやるのは、町に育ち、育てられて、ここまできたから。つまりこの町が好きなのだ。
 よって、もうけは二の次。値上げの波は「心中、穏やかではございません」。格好つけず、素で生きる。毎日ほぼノーメーク。上品ぶらないし、お世辞もない。その平凡さゆえに、強いと映る。
あふれんばかりの“粉もん”人生。お客さんが帰る時は、いつも店の外まで見送る“恋さん”。近所の人から「幸せの種まきばあば」と慕われている。
 

2017年11月20日 (月)

2017年11月20日(月)の聖教

2017年11月20日(月)の聖教

◆今週のことば

新しい人に
光を当てよう!
新しい青年を
大いに伸ばそう!
ここに地涌の勝鬨が。

◆〈名字の言〉 2017年11月20日

 バチカン市国で開かれた核軍縮を巡る国際会議に、SGIの代表が参加した(10、11日)。7月に核兵器禁止条約が採択されて以来、初めて開かれた世界規模の会議である▼カトリック教会の中心地であるバチカンは長年、核廃絶や環境問題などの地球的問題に向き合ってきた。現教皇のもと、そうした取り組みをさらに加速する機関が設置され、今回の会議を主催。SGIは、仏教団体で唯一の招聘を受けた▼バチカンがSGIに注目した理由――それは生命尊厳の哲学を基調とする対話の取り組みが、青年を先頭に広がっている事実を認識したからである。会議関係者は語っていた。「私たちの未来は、若者たちにあるのです」と▼今年は戸田先生の「原水爆禁止宣言」から60年。恩師の叫びを胸に、池田先生は思想や信条の壁を越え、世界を舞台に友情と信頼を結んできた。「『宗教間の対話』『文明間の対話』の道を開いておくことが、後に続く青年たちのための、私の責務」――かつて先生はつづっている▼師の心を継いだ各国の青年の連帯は、今や時代をリードする、確かな平和の力となった。世界宗教として新たな飛躍を開始した87周年の「創立の月」。創価の誇りを胸に、わが使命の場で平和への対話を重ねたい。(蹴)

◆〈寸鉄〉 2017年11月20日
 

 人々の心結ぶ学会の活動
 こそ真の平和築くと確信
 ―大臣。対話の道、今日も
      ◇
 宮城が「県の日」。新世紀
 に輝く人材城を!同志の
 不屈の前進は世界の希望
      ◇
 御書「今までかうて候事
 は一人なれども心のつよ
 き故」。何があろうが信心
      ◇
 国連「世界の子どもの日」
 子らの笑顔守るのは大人
 の責務。夢抱ける未来を
      ◇
 身近な不安、ネット犯罪
 が詐欺を抜いて1位に。
 情報管理怠らず賢く利用

◆社説  きょう「世界子どもの日」 一個の人格を尊び、一緒に成長


 きょう11月20日は、国連が定める「世界子どもの日」。1989年の同日、国連総会で「子どもの権利条約」が採択されたことを祝し、制定された。
 今の日本は、「子どもの権利」が十分に守られている社会といえるだろうか。昨年度の児童虐待に関する相談所への相談件数(速報値)は、過去最多で12万件を超えた。さらに、改善傾向にあるが、7人に1人の子どもが貧困状態にある。この貧困の概念には、経済的理由によって、修学旅行や進学など普通の学校生活が送れない状況が含まれる。
 こうした諸問題の解決を困難にしている要因の一つに、家庭・地域の“つながりの希薄化”があろう。近年は、スマートフォンの普及により、問題を“相談する”よりも“調べる”ことで自身を納得させてしまう機会が増え、子どもたちの悩みが把握しづらいともいわれる。
 今、求められるのは、現実を捉えた制度改革とともに、子ども観の転換ではないか。
 まず第1に、子育てを「家庭の問題」から「社会の問題」にシフトしていく必要があろう。
 各地で反響を呼ぶ「平和の文化と希望展」(創価学会平和委員会制作)では、子どもの育成の鍵を握るのは、“親”と“学校の先生”に加え、“地域の大人”であると訴える。
 中部のある地域では、学会の会館で、教育部や青年部のメンバーが子どもたちに勉強を教え、同時に別会場で保護者への教育相談も行う「未来部育成プラザ」を推進。地域を挙げて子どもを育てていく取り組みだ。
 第2に、「子どもたちが一個の尊重されるべき人格、権利を持った主体」という子ども観を共有することが重要といえる。
 「子どもの権利条約」が定める権利には、休んだり遊んだり、また、自分の意見を表し、活動する権利などが含まれる。そこには、“子どもらしい自己実現”という指向性がある。
 「『成長させる』のでもなく、『伸ばす』のでもない。主役はあくまでも子どもたちです」と池田先生が指摘するように、子どもたちが「主役」として、自分らしく生きていくには、周囲の大人たちの根本的な意識変革が不可欠である。
 万人に仏性が具わると説く日蓮仏法は、年齢や性別に関係なく、相手の尊厳性を敬う哲学だ。日々の学会活動の中で、子どもたちを一個の人格として尊び、一緒に成長していくことは、「子どものための社会」構築への希望の挑戦なのである。

◆きょうの発心   信心根本に勝利の道を開く2017年11月20日


御文
 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし(兄弟抄、1088ページ)
通解 たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
 何があっても信心第一を貫く姿勢を教えられています。
 学会2世として生まれ育ったものの、若い頃は信心に関心がありませんでした。しかし、足しげく通ってくれる女子部の先輩の姿に触れ、次第に心を開くように。悩みを打ち明けたところ「学会活動に参加すれば、絶対に幸せになれるよ」と励まされ、活動するうちに生活全般にわたって歓喜に満ちた日々を送ることができるようになりました。以来、「生涯、池田先生と共に、学会と共に」との誓いのままに広布に邁進してきました。
 結婚後、身内に多額の借金があることが判明し、連帯保証人であった夫が窮地に。八方ふさがりの状況でしたが、この御文を拝しながら夫婦で信心一筋に戦い抜いてきました。本年、この悩みが円満に解決し、“師と心を合わせて信心に励めば、必ず勝利の道は開かれる”と実感しました。
 1978年(昭和53年)12月、池田先生は高知研修道場(現・土佐清水会館)を訪れ、共戦の歴史を刻んでくださいました。この師弟有縁の天地に「立正安国」の勝利の旗を打ち立ててまいります。
  高知創価県婦人部長 三好美香

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十七 2017年11月20日(6228)



 一九八〇年(昭和五十五年)の十月、山本伸一は、北米指導でカナダを訪問する予定であった。しかし、シカゴの空港を発つ直前にエンジントラブルがあり、訪問を中止せざるを得なかった。皆が待っていてくれたことを思うと、心が痛んだ。この時、伸一は、議長のテルコ・イズミヤに和歌を贈った。
 「忘れまじ カナダの天地に 君立ちて
    広布の夜明けは ついに来りぬ」
 また、訪問先のロサンゼルスにカナダの代表を招いて、語らいの機会をもった。そのなかにテルコ・イズミヤと共に、夫のヒロシ・イズミヤの姿もあった。温厚な、端正な顔立ちの紳士である。伸一と同じ年齢であるという。
 伸一は、固い握手を交わしながら、彼が信心したことを心から祝福し、二人で記念のカメラに納まった。夫の横顔を見るテルコの瞳には、涙が光っていた。
 ――以来八カ月、伸一のカナダ訪問が実現し、今、イズミヤ夫妻は、一行をトロント国際空港に迎えたのである。
 このカナダ滞在中、伸一は、ヒロシ・イズミヤと一緒に行動するように努めた。カナダの法人の運営面を担う理事長である彼には、メンバーを守り抜く精神をよく学んで、身につけてほしかったのである。
 また、組織の中心者として広布の道を切り開いてきた議長のテルコに、伸一は言った。
 「ご主人の協力がなかったら、ここまでこられなかったでしょう。カナダの組織が大きく発展できたのは、ご主人のおかげですよ」
 人は、物事が成功した時には、ともすれば自分の力であると思いがちである。しかし、成功の陰には、必ず、多くの人の尽力があるものだ。常に、そのことを忘れず、謙虚に、皆に感謝の心をもって生きることができてこそ、常勝のリーダーとなり得るのである。
 伸一のカナダ訪問二日目となる二十二日、トロント市内のホテルの大ホールで、約千人の同志が参加し、カナダ広布二十周年記念総会が盛大に行われた。それは、新世紀への、希望あふれる新しき出発の集いとなった。

【先生のメッセージ】

本部幹部会で紹介された池田先生の指針        2017年11月20日

 
1995年11月、本部幹部会が行われた大阪市の関西文化会館で。池田先生ご夫妻が、関西の有志が作成したオブジェを見つめる。この日の幹部会で先生は「妙法を唱える人生は、すべてが喜びとなる。すべてを変毒為薬できる」と語った
「世界広布新時代第28回本部幹部会」(11日、巣鴨の東京戸田記念講堂)の席上、1995年11月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。弘教拡大への指針として掲載する。

 一、日蓮大聖人は、仰せである。
 「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし、我等が小音なれども、題目の大音に入れて唱え奉る間、一大三千界にいたらざる所なし、譬えば小音なれども貝に入れて吹く時・遠く響くが如く、手の音はわずかなれども鼓を打つに遠く響くが如し、一念三千の大事の法門是なり」(御書808ページ)
 ――題目を唱え奉る音声は、十方(東西南北の四方と東南・東北・西南・西北の
四維と上下の二方)の世界に届かない所はない。
 我々の小さな声でも、題目という「大音」に入れて唱え奉るゆえに、大宇宙の中で到達しない所はない。
 たとえば小さな音でも、ほら貝に入れて吹く時、遠くまで響くようなものである。また手の音はわずかでも、鼓を打てば遠くまで響くようなものである。一念三千の大事の法門とはこれである――と。
 妙法は、大宇宙に轟きわたる「希望の音声」である。「勇気の音声」である。人々の心を善の方向へ変え、喜びで包んでいく「智慧の大音声」である。
 生命の大音楽であり、大シンフォニー(交響曲)とも言えるであろう。
 題目の大音によって、三世間の五陰、衆生、国土のすべてが変わる。全宇宙の諸天善神、十方の仏・菩薩につながり、勝利の方向へ動かしていく。これが一念三千の法門である。
 ゆえに、題目の大音声にかなうものは何もない。何も心配もなければ、恐れる必要もない。
 題目にまさる力は何もないのである。
 この「大確信」で進んできたゆえに、学会の今日の大発展がある。
 これからも朗々と題目を唱えに唱えながら、「栄光の序曲」を奏でてまいりたい(大拍手)。

自分らしく貫く

 一、永遠不滅の大哲理を「信じ」「行じ」「学ぶ」ことが、どれほど豊かに人生を飾るか――。
 日蓮大聖人はこう仰せである。
 「譬えば春夏・田を作りうへつれば秋冬は蔵に収めて心のままに用うるが如し春より秋をまつ程は久しき様なれども一年の内に待ち得るが如く此の覚に入って仏を顕はす程は久しき様なれども一生の内に顕はして我が身が三身即一の仏となりぬるなり」(同411ページ)
 ――(一生成仏の法理とは)たとえば、春・夏に田を耕して種を植えるならば、秋・冬にはその実りを蔵に納めて、思うままに用いるようなものである。
 春から秋を待つ間は長いようであるけれども、一年の内に必ず来るように、この悟りに入って仏の境涯をあらわすまでは長いようであるけれども、一生の内に(仏の境涯を)あらわして、我が身が三身即一身の仏となるのである――
 一、蒔かぬ種は、生えない。すでに私どもは、「妙法」という「成仏の種子」を生命に植えたのである。
 これを育てるのが「仏道修行」である。育て切れば、必ず一生のうちに「仏」という「大境涯」の実りを得る。
 これが大聖人のお約束である。大聖人のお言葉には絶対に間違いはない。
 そして「一生成仏」した人は、次の世も、また次の世も、永遠に仏の境涯を得ることができる。
 だからこそ御本仏は、繰り返し「退転してはならない」「仏道修行を続けよ」と説いておられる。
 一、途中が順調でも、最後が不幸であれば、人生は敗北である。そういう人は多い。「一生成仏」は、最後に「勝利の総仕上げ」をするのである。
 ゆえに、焦ることはない。人をうらやむ必要もない。自分は自分らしく、仏道修行を貫き通していけばよい。
 途中で何が起ころうとも、嘆くことはない。最後に勝つ、一生の総仕上げで見事に勝つ――ここに仏法の精髄がある。
 「煩悩即菩提」であるゆえに、悩みがあっても、全部「成仏への滋養」となる。
 やがて、金秋の豊かな実りのような「熟達の人生」をもたらす。三世永遠に無量の福徳を広げる果実となる。
 そして、この最も尊き「幸福の種子」を、世界の人々の心田に蒔きゆくことが、広宣流布の大運動なのである。これほどの崇高な作業はない。
 目先の欲にとらわれた人々には、到底、想像もできない聖業なのである。
 すでに皆さまは、心に一生成仏の種を植えておられる。「苦労」があっても、それはすべて種子を果実とするための“肥やし”なのである。この大確信で生き抜いていただきたい(大拍手)。

青年よ勝ち抜け

 一、また、大聖人はこうも仰せである。
 「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(同1056ページ)
 ――この法門を日蓮が説くゆえに、「忠言は耳に逆らう(正しい忠告ほど聞き入れられにくい)」という道理で、流罪され、命にも及んだのである。
 しかしながら、いまだにこりてはいない。
 法華経は種のようであり、仏は植え手のようであり、衆生は田のようである――
 御本仏は「いまだこりず候」と。どこまでも、どこまでも「一生涯、妙法流布」、これでいきなさいとの仰せと拝される。
 この大聖人正統の「不屈の大闘争心」が、学会精神である。
 一、創価学会は、大聖人の真実の御精神を体した仏勅の団体である。全世界に、ほかにはない大「創価学会」である。その真実の直系、広宣流布の後継者こそ、わが青年部である。
 ゆえに私は「青年よ、断じて、生き抜け。断固、勝ち抜け」と強く強く念願し、私のスピーチを終わりたい。ありがとう!(大拍手)

【聖教ニュース】

◆〈グローバルウオッチ〉 若者と幸福 職場で光る② 2017年11月20日
I am the master of my destiny――
自分の運命は自分で変える。


「皆と励まし合って進むから、絶対に負けないという心を燃やし続けることができています」と高谷哲美さん(中央。その左が上野光平さん)
「皆と励まし合って進むから、絶対に負けないという心を燃やし続けることができています」と高谷哲美さん(中央。その左が上野光平さん)

 現代社会の課題に向き合う「グローバルウオッチ 若者と幸福」。今回は日本と韓国から、男子部メンバーの話題を紹介したい。2人は、仕事上の障壁に対し、創価学会の励まし合いの活動を通して、現実を変えゆく生命力を得ながら立ち向かい、苦境を乗り越えた。(記事=金田陽介)
失業に勝つ
 人を真剣に励ませば、かえって自分が励まされ勇気をもらう――「失業」に直面した高谷哲美さん(秋田県大館市、男子部本部長)の実感だった。
 2010年のことである。
 電気通信会社に勤める高谷さんはこの前年、地元組織の大館常勝県で、創価班大学校団長の任命を受けた。
 大学校とは、信仰の実践や定期的な学び合いを通して、人間としての成長を目指す人材育成グループである。団長は、その責任者だ。
 “まず自分が、社会で実証を示す、手本の姿を見せよう”
 10年2月、上野光平さん(男子部副本部長)たちを大学校生として迎え、気持ちも新たに、薫陶の日々が始まった。
 だが――。
 3月の、ある朝。
 「高谷君、ちょっと」
 出勤早々、社長に呼ばれた。
 当時、給料の遅配が続いていた。眉間にしわを寄せ、社長は会社の窮状を語り始める。
 そして、頭を下げられた。
 「検討した結果、高谷君は、どうしても解雇せざるを得ないという結論に……」
                                                                      * 
 高谷さんは06年に入会した。人付き合いが苦手な自分を変えたいという思いからだった。信心に励む中で、着実に変われる実感を重ねてきた。
 一方、上野さんは生まれて間もなく入会しており、就職で故郷の北海道から大館へ。熱心に信心していたわけではないが、中途半端な自分を見つめ直したいと、大学校に入った。
 「高谷さんは、ガタイが良くて、最初は怖い人かと思っていましたが(笑い)、見た目より優しい団長でした」
 高谷団長は大学校の会合で、いつも上野さんに断言した。
 「祈りは絶対にかなうよ!」
 世の中に絶対なんか、ないのでは――上野さんはいつも、内心ではそう思っていた。
 だが、職を失った直後の会合でも、高谷さんは自身の状況を皆に語り、言い切った。
 「今は苦しいけど、絶対に、乗り越えて見せるから。その姿を見ていてほしい」
                                                                    * 
 「本当は、解雇を告げられた時の感情は、“怒り”でした」
 高谷さんはそう振り返る。仕事は真面目にやってきたはず。それだけに“何で俺が?”と頭にきた。
 だが、気持ちを落ち着けるように御本尊に祈り始めて、考えが変わった。“上野君たちに、この試練を乗り越える姿を見せたい”という思いが、怒りよりも強くなったのだ。
 「僕が人に語る『絶対』は、自分に言い聞かせる言葉でもあったんだと思います」
 大学校生と競い合うように唱題を重ね、就職活動に臨んだ。
 半年が経った。
 ある日、かつて一緒に仕事をしたことのある人と、町でばったり出会った。近況を聞かれ、自身の状況を話す。
 後日、高谷さんのもとに、その人から連絡が来た。「どんな仕事にも真面目に取り組む、あなたの仕事ぶりは、よく知っているから」――うちの社に来ないか、との誘いだった。
                                                                              * 
 高谷団長の姿に、大学校生の上野さんは学んだ。“どんな場で、どんな人に対しても、変わることなく誠意を尽くせる人になろう――”
 高谷さんを手本に、勤務する医療機器製造会社の仕事で奮闘。男子部の活動では、県創価班委員長の任を受けた。
 高谷さんは、さらに、願った運送会社に転職を勝ち取った。息子の姿に、両親も入会した。

事故に勝つ

 人から励まされれば、自らの運命を変える気力が湧いてくる――「事故」で右手を負傷した金泰龍さん(ソウル特別市、圏男子部長)の実感だった。
 2013年のことである。
 4月のある日、金さんは、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の、会館の前にいた。
 姉が連絡を付けてくれていた男子部のメンバーと会うことになっていた。緊張。久しぶりに包帯を外した右手が寒い。
 笑われないか。
 受け入れられるのか。
 だが、金さんの姿を見つけた皆は、駆け寄ってくると、温かくその右手を握った。
                                                                          * 
 金さんが事故に遭ったのは、1998年だった。兵役の関係で通っていた工場の、掃除をしていた時である。
 一瞬のことだった。突然、動き始めた機械に右手が巻き込まれた。手を引いた時、親指以外の指が、骨だけになっていた。
 指の肉を戻すため、4年間で13回の手術。幾らか形は戻ったが、金さんは手を見られたくなくて、友人たちの見舞いを拒絶した。退院後は自室に鍵を掛け、引きこもった。
 事故の前、すでに才能を開花させ、ファッションデザイナーとして知られ始めていた。
 「でも、自営で仕事を再開してからも、いつも右手に包帯を巻いていた。理由を聞かれそうになったら、無理に話をそらして話題を変えました」
                                                                        * 
 事故の前は、人が好きな、明るい性格だった。が、人が怖くなり、関わりを遠ざけた。2009年、自分を変えたくて右腕にタトゥーを入れた。I am the master of my destiny(私は、自身の運命の支配者)――だが、心は変わらなかった。
 13年の春、ふと、姉が郵送し続けてくれていた、韓国SGIの機関紙を開いた。金さんは信仰活動はしていなかったが、幼少の頃、SGIに入会していた。世界平和のために行動を続ける池田大作先生の記事を読んだ。“自分も、こういう生き方がしたい”――初めて、会館に行ってみようという気が湧いた。
                                                                         * 
 包帯を外して人に会いに行くのは、初めてだった。
 しばらく会館の玄関でためらっていた。だが、何人もの男子部メンバーが迎えてくれ、金さんが反射的に隠そうとした右手に、次々と、握手をしてくれた。
 「長年の呪いが消えていくような感覚でした」
 会館で、共に勤行をする。
 「僕は手をけがしていて、経本をうまく開けないかも……」
 隣に座るメンバーに、遠慮がちに伝えると、「気にしなくていいよ。一緒にやろう」。そしてまた、握手をされた。
 ありのままの自分の存在を、皆が受け入れ、認めてくれる。この日から、金さんは本来の自分を取り戻し始めた。
                                                                            * 
 気持ちが前に向くと、培ってきた仕事の実力が、存分に発揮されるように。俳優のスタイリストの依頼、店舗の拡大――活躍の場はどんどん広がった。
 今、金さんは仕事で実証を示す一方で、男子部のリーダーとして、自らの体験をメンバーに語り、励ましている。

共に喜ぶ

 どの国にあっても、仕事と幸福感は強く関係する(注1)。しかし、現実の仕事には思わぬ出来事がつきものだ。失業、事故、望む職に就けない悩み、人間関係……。だから、そうした現実に振り回されるばかりでは、幸福感も時の運に任さざるを得ないことになる。
 近年「レジリエンス」という言葉を耳にする。「困難を乗り越える力」「回復力」などと定義されるが、個人におけるレジリエンスは「精神的な習慣」であり、集団では「いざというときに協力し合う人間力」が、そのポイントだという(注2)。
 日本と韓国の2人はまさに、他者と協力し合い心を磨く学会活動の中で、困難に立ち向かう姿勢を少しずつ習慣化しながら自尊心を取り戻し、それぞれの苦境をはね返してきた。
 池田先生はかつて「レジリエンス」に触れながら、日蓮大聖人の「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761ページ)との精神を、現代社会の骨格に据えるべきであると語った(2014年「SGIの日」記念提言)。
 こうした価値観を根本とする創価の思想と運動が今、世界の多くの青年に力を与えている。
 注1 WORLD HAPPINESS REPORT 2017(Sustainable Development Solutions Network)などによる。
  
 注2 アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー著『レジリエンス 復活力』(須川綾子訳、ダイヤモンド社)
 感想・意見をお寄せください
 メール:g-w@seikyo-np.jp
 ファクス:03-5360-9613

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉2 インフルエンザなど流行の時季 賢明な生活で万全の体調管理   感染症予防に手洗いの励行を

寒さが厳しくなる季節は、感染症の流行に万全な備えを。家庭で、医療機関で、具体的な対策に努めよう(時事)                                                                          
寒さが厳しくなる季節は、感染症の流行に万全な備えを。家庭で、医療機関で、具体的な対策に努めよう(時事)

 志賀 各地で新任のリーダーが誕生し、勢いよくスタートを切っています。
 
 原田 池田先生は連載中の小説『新・人間革命』「暁鐘」の章で、こうつづられました。「最も幹部に求められていくのは包容力であり、温かい人間性です。いかに人格を高めるかが、信仰の力の証明となっていきます」と。新任の皆さまは唱題根本に人格を磨き、生き生きと広宣流布の名指揮をお願いいたします。
 
 永石 先生はかつて、組織が新体制を迎えるに当たって「人事の交代は、これまでの人と、これからの人の両方が一段と成長する。一段と朗らかになる。そして一段と勝利を決していけるようになる。これが大事だ」と、教えてくださったことがあります。
 
 原田 学会の人事とは、ともどもに元気になり、勝利するためのものです。皆が新鮮な息吹で、拡大に飛び出してまいりましょう。

「咳エチケット」も

 永石 本格的な冬の到来を前に、寒さが増し、空気も乾燥してくるなど気候が大きく変わる季節です。
 
 原田 気候の変化に応じて、体調にも変化が現れやすくなります。風邪などひかないよう、健康管理に万全を期してまいりたい。
 
 酒井 例年、12月から3月ごろにインフルエンザが流行します。すでに流行期に入った地域もあります。流行が始まると短期間に感染が広がるのが特徴です。
 
 平栗 予防にはワクチンの接種が有効です。なるべく、流行期に入る前に接種することを推奨します。
 
 酒井 日々の生活の中では、外出後の手洗いが予防対策の基本です。また、インフルエンザの主な感染経路は、咳やくしゃみによる飛沫感染です。普段から、咳やくしゃみが出る時はなるべくマスクを着けたり、ティッシュなどで口と鼻を押さえたりするなど、「咳エチケット」を心掛けましょう。
 
 志賀 冬になると、毎年、感染性胃腸炎の原因であるノロウイルスの流行も報じられますね。
 
 平栗 ノロウイルスに感染すると下痢、おう吐、腹痛などの症状を起こします。子どもやお年寄りなどは重症化する恐れもあり、十分な警戒が必要です。
 
 酒井 手指から感染するケースが多いため、具体的な予防方法として、食事の前やトイレの後などに、必ず手を洗うことを心掛けましょう。せっけんを十分に泡立てて、よく洗い、清潔なタオルやペーパータオルで拭くことも効果的です。
 
 平栗 トイレの使用後、トイレットペーパーを三角に折る人がいますが、手に付着したウイルスから感染が広がることも考えられるため、望ましくありません。また、トイレのフタを開けたまま流すとウイルスが飛散するという報告もあります。フタは閉めてから流した方がよいでしょう。
 
 酒井 加熱を必要とする食品は、中心部までしっかり加熱してから食べてください。調理器具等は使用後にしっかり洗浄、殺菌をするようにしましょう。
 
 永石 また、冬場に細心の注意を払うべきものの一つが、いわゆる「ヒートショック」ですね。
 
 平栗 はい。寒い時季に、暖房の効いた暖かい部屋から、浴室など温度が低い部屋に入ると、温度差により血圧が激しく変動し、体調不良を招く現象です。
 
 酒井 特に、脳卒中や心筋梗塞などの重大疾患を引き起こす恐れがあります。高齢者の方が入浴中に失神し、溺水してしまうなどの事故も後を絶ちません。高血圧・糖尿病・不整脈などのある方も要注意です。
 
 平栗 消費者庁は、入浴の際の注意事項として呼び掛けています。①入浴の前に脱衣所、浴室を暖める②湯温は41度以下、つかる時間は10分までを目安に③浴槽から急に立ち上がらない④アルコール摂取後や食後すぐは控える⑤精神安定剤・睡眠薬などの服用後は危険なので避ける⑥入浴前に同居者にひと声掛け、同居者はいつもより入浴時間が長いときには入浴者に声を掛ける、です。
 
 酒井 冬場は、暖かい室内と外とで温度差が激しくなります。外出する際や、会合が終わり、会館から帰宅する際などは、必ず防寒具を着てから外に出ることを心掛けましょう。
 
 志賀 池田先生も「寒い時に外出するさいには、『これから寒い外に出るんだ』と、はっきり意識してから出ることである」と教えてくださっています。
 
 原田 特に夜は冷え込みます。ご年配の方や体調の悪い方など、会合参加については、決して無理をしないようお願いします。

“冷え性”への対策

 永石 寒くなってくると、特に女性は手や足先の冷えが気になる方も多いですね。“冷え性”について、対策など教えていただければと思います。
 
 平栗 冷えは“万病のもと”ともいわれます。肩こりや腰痛、抵抗力の低下など、さまざまな症状を引き起こすこともあります。
 
 酒井 具体的には、体を内側から温め、血行を促すような生活習慣を整えていくことを心掛けましょう。
 
 平栗 “三つの首”といわれる「首」「手首」「足首」を温めることも大切です。太い血管が通る部分をよく温めることで体全体を温める効果があります。マフラー、手袋、レッグウオーマー等を活用するとよいでしょう。
 
 酒井 食生活でいえば、タンパク質は熱源となる筋肉を作ります。ビタミンEには、末しょう血管を広げて血液循環を良くする働きがあります。また、根菜類、発酵食品なども、体を温める食材です。
 
 志賀 御書には「飲食節ならざる故に病む」(1009ページ)と、食生活の乱れが病気の原因の一つと説かれています。
 
 平栗 食事に限らず、十分な睡眠や適度な運動など、健やかな生活には、正しい知識を身に付け、実践していくことが大切です。
 
 原田 池田先生は、「健康は、信心と努力と智慧で勝ちとっていくものだ」と指導されたことがあります。どこまでも、自他共の健康を祈り、互いに声を掛け合い、使命の日々を過ごしてまいりましょう。

◆11・18「創価学会創立の日」記念 世界広布新時代第28回本部幹部会 SGI総会から(要旨) 竹岡光城 青年部長   「3・16」60周年へ 誓いの陣列築く


 一、青年部は、池田先生から、万感の期待と激励を日々、頂戴しながら、この後半戦も全力で戦い抜き、「世界広布新時代 青年拡大の年」の総仕上げの勝利へ、力強く前進しています。
 男子部は2万8000の弘教を達成。女子部も各地で拡大のエピソードが誕生し、意気軒高です。青年一人一人の勝利の姿こそが、厳然と指揮を執り、最大の応援をしてくださる先生への報恩であると、全力で戦い抜いていきます。
 一、明年、青年部は、師匠につくっていただいた青年拡大の勢いを、さらに加速すべく、伝統の全国男子部幹部会、女子部ロマン総会、学生部の結成記念総会を、拡大と人材育成の決勝点として、盛大に開催していきます。
 そして明年は、「3・16」から60周年という大きな節目を迎えます。
 「創価学会は、宗教界の王者である!」――この戸田先生の大師子吼から60星霜。池田先生の不惜身命の大闘争によって、創価の連帯は192カ国・地域へと広がり、世界の識者や指導者が、池田先生の人間主義の哲学を求め、創価学会を称賛する時代が到来しました。
 かつて池田先生は、「3・16」の意義について語ってくださいました。
 「この日を、広宣流布への記念の節にしていこう。青々とした麦のような青年の季節たる3月に、師のもとに青年部が大結集したことに、不思議な意義があるんだよ」と。
 この言葉のまま、まさに不惜身命で世界広布を進め、「3・16」の精神を永遠ならしめたのが、師匠・池田先生の大闘争です。
 そして弟子たる後継の青年部には、時代が変わろうとも、広布拡大の結果をもって、新たな「3・16」の歴史を打ち立てゆく使命と責任があります。ゆえに、60周年を迎えるこの時に、拡大に走り抜いた世界の池田門下が集い、新時代の後継の誓いを固めたい――青年部として、こう決意しました。
 そして、その決意を池田先生にご報告し、明年の3月に、世界各国の池田門下の青年が集い、後継を誓い合う「世界青年部総会」を開催することが、このたび決定しました(拍手)。
 この式典は、全国の会館をリアルタイムの同時中継で結び、一人でも多くの池田門下の青年が師匠のもと、後継と前進を誓う場としていきます。
 一、60年前の「3・16」の式典は、広宣流布の未来像を描いた広布の模擬試験であり、6000人の青年が集い、戸田先生から池田先生へ後継の印綬が託された儀式でありました。
 であるならば、明年の「3・16」の総会は、池田先生の大闘争の結果としての世界広布の実現を示す儀式であり、師匠のもとに何十万人もの世界の池田門下が連なる、池田先生から世界の青年への広布後継の儀式としていきたいと決意しています。
 そして、青年部として、この「3・16」を断じて、6万人の弘教拡大の勝利の実証を持って迎え、われわれ池田門下の青年部の戦いで、歴史に残る「3・16」を必ずや築き上げていきます。
 池田先生は、教えてくださいました。
 「壁を破り、決然と一人立つ青年が一切を変える」と。
 池田先生の示された、この精神こそが、あらゆる人生の坂を乗り越え、時代の壁を打ち破る力であることを確信し、青年部は一人一人が新時代の青年拡大の金字塔を力強く打ち立てていきます。
 そして、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)との御聖訓のままに、池田門下の力を満天下に示す拡大の戦いを、本日から全力で開始していきます(拍手)。

◆〈世界の機関紙誌から〉 アメリカSGI スペンス・フォードさん
信仰とは揺るがぬ自信 ダンスが私の生きがい!

 思えば、私はいつも環境に頼り、人に頼り、何かにおびえながら生きてきました。
 10代の頃から、常に成績トップの優等生。

2017年11月19日 (日)

2017年11月19日(日)の聖教

2017年11月19日(日)の聖教

◆わが友に贈る

一人の勝利の背景には
無数の同志の祈りがあり
人知れぬ支えがある。
この麗しき人間の絆を
地域に社会に万代に!

◆〈名字の言〉 2017年11月19日
 

 なぞなぞがある。「あげてもあげても、なくならないもの、なーんだ?」。筆者の考えた答えは「元気」だったが、正解は一つではないだろう。例えば「歌声」。これもまた、あげてもあげてもなくならない▼世界的に有名な農学者のスワミナサン博士は、「人は与えることで失うものはないものだ。与えれば、それだけ自分が豊かになるのだよ」と語っていた。味わい深い至言である▼仏典には、どんな人でも他者に尽くせる方法として、「無財の七施」が説かれている。「眼施」(相手を好み愛するまなざしで見る)、「言辞施」(優しい言葉を発する)、「身施」(身をもって尊敬の態度を示す)、「心施」(善い心で他者に接する)など。これらも、冒頭のなぞなぞの「正解」だろう▼このほか、「和顔悦色施」(にこやかな顔つきを他人に示す)がある。黒人への不当な差別をはね返し多くの人に敬愛された、アメリカのディレーニー姉妹の言葉に、「(朝、起きた時)目を開けて一番にすることは、笑顔をつくること」と。池田先生は「実にすがすがしい」と紹介した▼笑顔に触れれば、おのずと笑顔になる。私たちの日々の活動は、わが家、わが地域に“笑顔を増やす挑戦”ともいえる。今日も自分から、笑顔の輪を広げよう。(道)

◆〈寸鉄〉2017年11月19日
 

 日中の青年が北京で友誼
 の集い。民衆交流は平和
 の礎。「金の橋」を永遠に
      ◇
 御書「闇なれども灯入り
 ぬれば明かなり」。太陽の
 仏法。苦しい時こそ唱題
      ◇
 気鋭の新リーダーが各地
 で誕生。最初の3カ月が
 勝負。満々たる生命力で
      ◇
 未来部の日。中継行事に
 家族で参加。創立100周年
 の主役に真心の励ましを
      ◇
 物事を前向きに捉える人
 はストレスに強い―医師
 楽観主義こそ健康の王道 

◆社説  2018年へ喜びの船出     皆が「栄え光って」いく日々を!

 
創立87周年の「11・18」を晴れやかに祝賀した、世界広布新時代第28回本部幹部会・SGI総会の席上、明2018年のテーマ「世界広布新時代 栄光の年」が発表された。
 明年は、私たちが大切な目標としてめざしてきた11・18「広宣流布大誓堂」完成5周年をはじめ、3・16「広宣流布記念の日」60周年、また8月6日には、池田先生の小説『新・人間革命』執筆開始から25周年を迎える。
 幾重にも重要な節を刻む明年の活動のポイントとして、先の全国総県長会議で、1年間を通じ、折伏・弘教と人材育成・活動者増を、大きく進めていくことが確認された。
 広布の戦いは、どこまでも「信心をして幸せになった人」「学会活動で功徳を受けた人」を増やす戦いである。すなわち、「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」が増えていくことが肝要である。それは、自行化他にわたる実践の中で、自他共の幸福境涯を開くことができるからである。
 とはいえ、多様化した現代社会にあって不規則勤務など、さまざまな理由や状況で会合に集えない人、学会活動から遠ざかっている人もいるだろう。だからこそ、徹して訪問激励に、小単位の心通う語らいに、各部が一丸となって挑み、一人一人に“信心の炎”をともしていこう。また、次代を担う青年の育成に全力を注いでいきたい。
 かつて池田先生は、本部幹部会で“栄光”という言葉に関連して、こう指導された。
 「人生も、我が家も、福運に満ち『栄え光って』いただきたい」「『我が栄光は、我が勝利による』
――ナポレオンは、こう決めて戦った。彼の座右の銘であった。それはともあれ、“我が支部も、全員が勝利に栄えていこう。我が地区も、全員が幸福に光
っていこう”“創価学会も、ますます栄え、光り輝いていこう”と決めて前進してまいりたい」と。
 今年も残すところ、1カ月余り。この師匠の心を我が心として、個人や各家庭においても、また、広布最前線の支部・地区においても、皆が「信心で勝った」と喜び合える、見事な1年の総仕上げを成し遂げていきたい。そして、全ての同志が「栄え光って」いく明年へ、希望に燃えて、力強く助走を開始したい。
 師と共に、全世界の同志と共に、誓いを新たに栄光の広布史をつづりゆこうではないか。
◆きょうの発心   「今が“まことの時”」と決める   2017年11月19日

御文 『我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは
 約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』
(開目抄、234ページ)
通解 (難にあっても疑う心がなければ成仏すると)わが弟子に朝に夕に教えてきたが、難に
あって疑いを起こし、みな退転してしまったようである。愚かな者の習いは、約束した
ことをまことの時には忘れるのである。

 いざという時にこそ勇気をもって戦う人が仏の境涯を開くことができるとの仰せです。
 1981年(昭和56年)頃、京都の伏見区で開かれた少年部員会の場で、毎月、御書
の要文を暗唱しました。その際に学んだ一節です。
 未来部担当の方が手をつないで家に送ってくれる時「この御文さえ覚えておけば創価学会は大丈夫なんや。池田先生がそうおっしゃたんやで」と丁寧に教えてくださったことを今でも覚えています。
 79年(同54年)4月に池田先生が第3代会長を辞任された際、多くの先輩方が「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば……」から始まる「開目抄」のこの一節を抱き締め、師弟の共戦譜を堂々とつづり、歩み抜かれました。
 私自身、弘教を実らせる時も、妻がうつ病で苦しんだ時も「今こそ”まことの時”」と心
に決め、題目に徹するなかで道が開けました。
文芸の力で時代をつくる同志のスクラムをさらに強く、深く、豊かにするため全力を尽くします。
 文芸部青年会議議長 山口 徹

【聖教ニュース】

◆ 北京で中日青年交流フォーラム 青年部訪中団が参加 2017年11月19日
国交正常化45周年を記念 日本から諸団体が出席

国交正常化45周年を記念して開催された「中日青年交流フォーラム」。学会青年部の交流団が参加し、竹岡青年部長は池田先生の日中友好への軌跡を紹介した(16日、北京市内で)
国交正常化45周年を記念して開催された「中日青年交流フォーラム」。学会青年部の交流団が参加し、竹岡青年部長は池田先生の日中友好への軌跡を紹介した(16日、北京市内で)

【北京】創価学会青年部の日中友好青年交流団(団長=竹岡青年部長)が15日午後、最初の訪問地である中国・北京に到着。16日午前には、同市内で開催された「中日青年交流フォーラム」に参加した。同フォーラムは、青年交流団の招へい元である「中華全国青年連合会(全青連)」が、本年の日中国交正常化45周年を記念して主催したもの(協力=中国国際青年交流センター)。同団をはじめ、日本内閣府青年代表団や日本青年団協議会等の諸団体、日本人留学生の代表、中国青少年研究センター、中国青年企業家協会、中国メディアなど約140人が参加した。(記事=早川公貴、写真=上沢尚之)
 高層ビルが並び立つ北京の街の中で、色づいたイチョウが葉を揺らしていた。水彩画のような淡い水色の空に、葉の金色が鮮やかに映えている。
 「中日青年交流フォーラム」に参加したのは、学会青年部をはじめ日中両国からの若い世代。日中交流の未来を担い立つ決意にあふれたメンバーである。
 フォーラムで、各登壇者からたびたび言及されたこと、それは、池田大作先生の「日中国交正常化提言」であり、先生と周恩来総理の「一期一会の出会い」だった。
 ――国交が正常化して2年後の1974年(昭和49年)12月。「世々代々の交流」を念願していた周総理は、30歳年下の池田先生に語った。「中日友好は私たちの共通の願望です。共に努力していきましょう」
 先生は、その力強い言葉を総理の“遺言”と受け止めた。そして日中の友好と平和のために駆けた。最も心血を注いだのは、青年交流だった――。
 日本から参加した学生が語ってくれた。「創価学会の池田大作名誉会長が、日中友好のためにそこまで貢献していることを知りませんでした。歴史の事実に感動しました」
 フォーラムは午前9時すぎ、伍偉全青連副秘書長の開会宣言でスタート。
 歓迎のあいさつに立った汪鴻雁全青連副主席は、これまでの日中の青年交流を振り返り、第1段階を1950年代と60年代に分けて説明。さまざまな圧迫の中、池田先生が68年に「日中国交正常化提言」を発表したことに言及し、両国の国交正常化への「先導的役割を果たした」と分析した。
 基調講演に立った周秉徳氏(周総理の姪)は、日本に留学経験のある周総理が、日本に深い友情の念を抱いていたと強調。74年12月に行われた池田先生との会見でも、桜の満開の季節に日本をたったことが話題に上ったと紹介した。また、周総理が民間外交に全力を傾注し、国交正常化後も「世々代々にわたる交流」との目標を掲げる中で、池田先生との会見がもたれたと、出会いの意義を語った。
 講演に続いて、「青年交流を通して、いかに中日の関係を発展させられるか」とのテーマでパネルディスカッション。中国の大学教授や日本の各団体の代表がスピーチした。
 学会の青年交流団からは、竹岡青年部長が登壇。日中関係の打開の見通しが立たない状況下で、池田先生が身の危険を顧みず国交正常化提言を発表してから、明年で50年になることを紹介。同提言を周総理が高く評価するとともに、日中友好に尽力していた関係者にとって“希望の光”となったと述べた。
 また、池田先生と周総理の出会いを通し、「一対一の友情の構築こそ、日中の青年交流を促進する根本」と力説した。

◆訪中団 心の絆結ぶ語らい       全青連本部を表敬       抗日戦争記念館で献花

全青連本部を表敬し、汪鴻雁副主席(右端)らと会見。さらなる青年交流の流れをつくることを約し合った(16日、北京市内で)
全青連本部を表敬し、汪鴻雁副主席(右端)らと会見。さらなる青年交流の流れをつくることを約し合った(16日、北京市内で)

 【北京】日中友好青年交流団は訪問初日の15日午後、北京の中国人民抗日戦争記念館を訪問した。
 本年は、日中戦争の発端となった「盧溝橋事件」から80年。青年交流団は戦争の犠牲者を追悼し、献花、黙とうをささげ、不戦の誓いを新たにした。
 李宗遠館長の出迎えを受けた一行を代表し竹岡青年部長は、「正しい歴史認識こそ、日中友好の前提条件」との池田先生の指導を紹介し、「歴史と真摯に向き合い、新たな友好を開きたい」と決意を述べた。
 李館長は「池田名誉会長のもとで学ぶ学会青年部は、私たちにとって特別な存在です。中国を訪れて真っ先に記念館に来てくださった。中日の友好と発展のため、共に頑張りましょう」と語った。
 さらに、青年交流団は16日午後、北京の全青連本部を表敬し、汪鴻雁副主席と会見。伍偉副秘書長らが同席した。
 汪副主席は、同日に行われた「中日青年交流フォーラム」を振り返り、「私たち全青連と創価学会の皆さんが取り組んでいることは、両国の関係のみならず、世界平和の促進に貢献する事業です。この伝統を受け継ぎ、次代の青年に伝えていけるよう、互いに協力していきたい」と力を込めた。
 これに先立ち青年交流団は15日夜、全青連の万学軍主席補佐、張暁羽副秘書長らとも懇談した。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆小説「新・人間革命」第29巻のあらすじ 2017年11月19日

 
「源流」の章から(内田健一郎画)
「源流」の章から(内田健一郎画)

 待望の池田先生の小説『新・人間革命』第29巻(単行本)が、学会創立記念日を祝賀して16日に発売された。ここでは、各章のあらすじを紹介する(第1~28巻の要旨は、創価学会の公式ホームページ「SOKAnet」の「会員サポート」の「小説人間革命 関連データ」に掲載)。

「常楽」の章
 1978年(昭和53年)10月10日、山本伸一は、ハーバード大学名誉教授のジョン・K・ガルブレイス博士と会談。読書論や指導者論、また、互いのモットーなどについて、心通う率直な語らいのなかで、友情の絆が結ばれていく。対談を終えた伸一は大阪へ。翌11日、城東区の総会に出席し、熱原法難700年の意義をとどめ、現代における殉教の精神について指導する。
 同月21日、東京・板橋文化会館で行われた本部幹部会で彼は、学会歌の制作に込めた同志への真情を語ったあと、自ら作詞した新婦人部歌「母の曲」、茨城の歌「凱歌の人生」を発表する。その後も、埼玉には「広布の旗」、世田谷には「地涌の旗」、新潟には「雪山の道」、栃木には「誓いの友」と、次々に県・区歌を作詞して贈る。
 一方、宗門では、学会批判を慎むようにとの宗務院の通達は守られず、学会への中傷が続いていた。その背景には、宗門を利用し学会を操ろうとの野心に狂った弁護士・山脇友政の暗躍があった。横暴な宗門僧の言動に苦しめられる同志に、伸一は、間断のない励ましを続けながら、指導部には、生涯、広宣流布への闘魂を燃やし続け、常楽我浄の大勝利の人生を飾ってほしいとの思いを託し、「永遠の青春」を作詞。さらに、山梨には「文化と薫れ」を、大阪・泉州文化会館を初訪問した折には、車中で「泉州の歌」を完成させ、贈った。

「力走」の章

 11月18日、創価学会創立48周年を記念する本部幹部会が、東京・荒川文化会館で開催された。
 席上、伸一は、「七つの鐘」が翌1979年に鳴り終わることを述べ、80年から2000年までは5年単位で、前進の節を刻んでいく未来展望を語る。
 「11・18」を記念して発表した提言では、環境問題や「地方の時代と創価学会の役割」にも言及。「最も光の当たらない人びとのなかに、率先して入り、対話していくことが、私ども幹部に課せられた、当面、最大の課題」と記し、自らその範を示すかのように、これまで、あまり訪問できなかった地域へ行き、同志と会おうと行動を開始する。
 21、22日は神奈川の戸塚文化会館へ。30日には、大阪・交野の創価女子学園で、松下幸之助と4時間近く会談したあと、三重に向かう。翌12月1日、名張市を初訪問し、失明の危機を乗り越えた壮年本部長やその家族、地元の同志を激励。三重での諸行事を終えるや、大阪に戻り、さらに6年半ぶりの高知指導へ。四国の西部南端に位置する土佐清水市の高知研修道場も初訪問し、高知の全同志を激励したいと、力走を続ける。
 年の瀬も押し詰まった12月26日から28日も、栃木・群馬へ。“今、戦わずして、いつ戦うのだ! 時は今だ! この一瞬こそが、黄金の時だ”――伸一は、自身に言い聞かせるのであった。

「清新」の章

 1979年(昭和54年)、「人材育成の年」が明けた。「七つの鐘」の総仕上げとなる年の清新の出発にあたり、伸一は、1月9日には宮城県仙台市の東北平和会館で同志を激励。最も寒い季節に行かなければ、寒冷の地で暮らす人々の苦労も気持ちもわからないと、東北指導に赴いたのである。
 11日には、岩手県の水沢へ。翌日には、水沢文化会館の開館を記念する自由勤行会を開催し、「皆が“地域の柱”に!」と訴える。
 東日本大震災(2011年3月11日)で、地域の人々のために勇んで献身する学会員のなかには、この水沢文化会館での自由勤行会で伸一との出会いを結んだ人たちが少なくなかった。
 1月13日には、青森へ。青森文化会館では、10年前の約束を忘れず訪ねてきた、下北のかつての中等部員たちを歓迎。“自分の立てた誓いを果たす。そこに人生の勝利を決する道がある”と励ます。幹部会や懇談会の合間には、成人式を迎えたメンバーや役員の青年らと記念撮影。さらに小雪の舞うなか、会館周辺をまわり、路上で何人もの学会員を励ます。
 東京に戻った彼は、オックスフォード大学のウィルソン教授(宗教社会学者)と、宗教が担うべき使命などについて語り合う。
 伸一は、戸田城聖が東洋広布を託した九州からインドに出発しようと、九州研修道場を訪問。2月1日に行われた九州記念幹部会では、インド訪問団の壮途を祝して、タゴールが作詞・作曲したインド国歌「ジャナ・ガナ・マナ」(インドの朝)が合唱団によって披露される。

「源流」の章

 2月3日、鹿児島空港を発った伸一は、5年ぶりに香港を訪問。九竜会館を初訪問し、香港広布18周年を祝う記念勤行会に出席するなど、短い滞在時間を惜しむように、励ましに徹した。
 一行は、6日午前0時過ぎ、インド・デリーの空港に到着。深夜にもかかわらず招聘元のインド文化関係評議会(ICCR)の事務局次長やデリー市の市長ら多数が出迎えてくれた。その日の午後には、デリー大学で行われた図書贈呈式に出席。翌7日以降、デサイ首相やバジパイ外相等、要人との会見が続く。過密なスケジュールの合間を縫ってインドの同志との懇談会が行われた。全インドから集った約40人のメンバーに、伸一は、「ガンジス川の流れも、一滴の水から始まる。同じように皆さんは、インド広布の大河をつくる、源流の一滴、一滴となる方々です」と指導。“ガンジスの一滴に”――それは、インドの同志の合言葉となった。
 9日に図書贈呈式を行ったジャワハルラル・ネルー大学では、後にインド大統領となるナラヤナン副総長と友誼を結ぶ。2月11日、恩師・戸田先生の生誕の日にニューデリーからパトナに移動した伸一は、夕刻、ガンジス川のほとりに立ち、東洋広布を念願した恩師を偲ぶ。カルカッタ(後のコルカタ)では、タゴールの精神を継承するラビンドラ・バラティ大学に図書を贈呈し、創価大学との交流の道を開く。帰国後も伸一は、インド広布の悠久なる大河の流れを開こうと祈り、励ましを重ねていく。
 21世紀に入ると、仏教発祥の国に躍動する地涌の菩薩は15万人を超える。その世界広布新時代の“源流”が、躍動のしぶきをあげて走り始めたのである。
                                                                         ◇ 
 本社刊。1337円(税込み)。全国の書店で発売中。SOKAオンラインストアでも注文、購入できます。
 

◆〈11・18「創価学会創立記念日」特集〉㊦ 教育 2017年11月19日

創価高校の学園祭ではSGHについて紹介するブースでポスターセッションが実施された(本年9月)
創価高校の学園祭ではSGHについて紹介するブースでポスターセッションが実施された(本年9月)

 1930年(昭和5年)11月18日、創価学会初代会長・牧口常三郎先生は、第2代会長・戸田城聖先生と共に『創価教育学体系』第1巻を発刊した。その教育哲学は池田先生が創立した創価学園に受け継がれ、学園は本年、創立50周年を迎えた。今、創価高校、関西創価高校では「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」(注)など、未来の国際社会を担うリーダーを育成するための教育に取り組んでいる。11・18「創価学会創立記念日」特集㊦「教育」では、そうした実践を間近で見てきた識者に、創価教育の実像について聞いた。
 (注)スーパーグローバルハイスクール(SGH) 国際的なリーダーの育成を図ることを目的とする、文部科学省の教育事業。東西両高校が指定校となっており、関西創価高校の取り組みは本年、平成27年度に指定を受けた56校を対象とする中間評価で、最高評価に認定された。

桃山学院教育大学(来年度発足) 学長 梶田叡一氏

●「生きる力」育む先達の役割を

 学校教育の場において、人間教育をただの「スローガン」に終わらせず、具体的な形で実践することは、そう簡単ではありません。
 私は、50年ほど前に、牧口先生が提唱された、価値創造を柱とする人間教育の思想を知りました。自宅には、牧口常三郎全集もそろえています。そして、牧口先生、戸田先生が据えられた土台を、創価学園の創立者である池田先生が具体的な形で継承しておられる、と理解しています。
                      ◇ 
 現在の学習指導要領の改定にも携わってきましたが、私は教育において、人間そのものを育てる、という観点を最も大切にしています。「人間としての生」を生きる力です。より具体的には「我々の世界」を生きる力、「我の世界」を生きる力、この二つをどう育むかということです。
 「我々の世界」を生きる力とは「世の中で生きていく力」です。社会で他者と手をつなぎ、他者から承認され、他者と支え合って生きるための知識・理解・技能を得ることです。
 「我の世界」を生きる力とは、「自分自身と対話しながら、自分だけの固有の世界を生きる力」です。自身の実感や本音をよりどころとして、自らの存在を自分で認め、受け入れ、内面的な充実や満足を大事にすることです。この力を獲得する中で、「我々の世界」を生きる力も深まるのです。
                      ◇ 
 私は、創価学園とお付き合いして久しいですが、その理念と実践に触れるほど、創価教育は「生きる力」を養う教育であるということを感じます。何よりも特徴的だと思うのは、その「熱」です。概して、生徒が物事に取り組む、一生懸命な「熱」がある。一人一人の心に火がついている。
 なぜ、そうなるのか。それは、先生方が「熱」を持っているからだと思います。私はSGHに関連して関西創価高校を訪問し、授業の様子を拝見したり、先生方と話したりする機会がありますが、先生方に「学ぶ姿勢」がある。学校は、常にさまざまな課題があるものですが、それをどう乗り越えるか、どう工夫を重ねるかという姿勢があります。
 そして、その根底には、牧口先生や戸田先生の生き方を受け継がれた池田先生の生き方、人間としての在り方が“実物見本”として存在しています。今、教育の現場でアクティブ・ラーニング(自ら課題を見つけて解決する力を育成する、主体的・能動的な学習)が注目されていますが、そのために大事なのは教員と生徒が共に学んでいく“教育共同体”をつくることです。創価学園は、まさに、それを実践しているのです。
                     ◇ 
 教育の目的は「生きる力」の養成、つまり、人生の中で起こることに意味を見いだしていく力の養成にあります。価値創造です。それは、学校を卒業して20年、30年と現実の中で苦労して、初めて本当に身に付くものなのかもしれませんが、創価学園の生徒は学校生活の中で、そうした生き方の価値と基本を学んでいるのでしょう。
 人間をつくる――それは創価学園だけの課題ではなく、日本中の学校の課題です。だからこそ、創価教育の実践は全国のモデルになっていくと思いますし、そうした先達の役割を着実に果たしていってほしいと考えています。

公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟 顧問(元理事) 米田伸次氏

●全校に広がる“共に変わる”実践

 関西創価高校の、SGHの運営指導委員として、同校の取り組みや学業の様子に触れてきました。関西創価の取り組みは本年、SGHの指定校の中で、最高の評価を受けています。
 私が同校の実践を評価する点は五つほどにまとめられます。
                     ◇ 
 一つ目は、建学の理念を教育実践の基本にしっかり据えておられるということです。
 創価学園には「生命の尊厳」を第1に掲げる「学園の五原則」、池田先生が提言された「他人の不幸のうえに自分の幸福を築くことはしない」との理念があります。
 SGHの取り組みにおいては、こうした理念のもと、文部科学省が掲げる「グローバル・リーダーの育成」という目的を「世界市民の育成」と捉え直し、「同苦の心」や「問題解決への創造力」「対話力」を養うことなど、独自の目標を定めて実践されています。
 二つ目は、全校的なSGHの実践を行っていることです。
 関西創価高校は本年、ユネスコの「持続可能な開発のための教育(ESD)」を実践する「ユネスコスクール」に加盟されました。ESDは、未来にわたる地球的課題に取り組む人づくりの、国際的な教育システムですが、持続可能な社会をつくる人間の「生き方の変革」を大切にしています。関西創価高校は全校で「模擬国連」の取り組みを行うなど、一部の生徒だけではなく学校全体で、この「生き方を変革する学習」を進めています。
 三つ目は、学校外の団体や大学、地域などと連携して学習を進めていること。四つ目は、狙いに即した独自の効果的・先駆的な学習方法を取り入れていることです。
 「環境・開発・人権・平和」の四つの分野について協働学習を行う「GRIT」(地球的課題の調査と探究の時間)など、学校の内外で学びを深める場をつくっている。広島を訪れての平和教育や、東北で東日本大震災のことを学ぶプログラムなどもそうです。
                     ◇ 
 そして五つ目は、こうした取り組みによって、生徒が確実に変わっている、という点です。
 あらゆる教育は、生徒の変容が目的でなければなりません。生徒や我々を取り巻く国際社会は今、急激に変化しているからです。
 さらにいえば、ESDの考え方は、生徒をそうしたグローバル化に「適応」させるというよりも、持続可能な新しい社会を築くための人をつくる、教育の「創造」という点にポイントがあります。
 そうした「生き方の変革」を実現していくためには、子どもを変えようとするのではなく、教員など周囲の大人も一緒に変わっていくという姿勢が重要です。
 この点、創価学園は、牧口先生の創価教育学の源流のもと、校長や教員がESDの理念を真剣に受け止め、自ら生徒と共に変わろうとする実践があるから、生徒の変容を実現できているのではないでしょうか。
                    ◇ 
 私はこれまで、SGHとユネスコスクールの教育実践を多く見てきましたが、特に私学では、建学の精神を大切にしているところが、素晴らしい実践をしていると感じています。創価学園は、その典型的な例でしょう。
 私は、今後のさらなる発展への期待も込めて、確実に日本の教育をよい方向に引っ張っていくであろう創価学園、創価教育に、大きな夢と希望を抱いています。

◆〈信仰体験 ターニングポイント〉 県内最年少の精神科認定看護師 小田桐卓也さん 

 統合失調症や双極性障害(そううつ病)など、精神疾患で入院している患者は現在、国内におよそ30万人いる。
  その約3分の2は1年以上の長期入院。
 中には、意思疎通が困難な場合や、妄想を抱き、治療を受け入れないこともある。
小田桐卓也は、その最前線で「精神科認定看護師」として奮闘する。かつては同僚として、また創価学会の外側から、その姿を見てきた妻の祐子さん(35)=白ゆり長。今回、祐子さんの目線から、間近にいたからこそ分かる、彼の輝きを伝えたい。
 

2017年11月18日 (土)

2017年11月18日(土)の聖教

2017年11月18日(土)の聖教

◆わが友に贈る

広宣流布大誓堂
完成5周年の明年へ
民衆凱歌の大行進を!
世界の友と肩組み
平和の世紀を築こう!

◆〈名字の言〉 2017年11月18日
 

 恩師・戸田先生が池田青年に万般の学問を教授した「戸田大学」。当初、日曜日に行われていた講義は、1952年(昭和27年)から、戸田先生の会社の事務所でも始業前に開かれ、57年(同32年)まで続いた▼戸田大学の薫陶は広布の激闘の中で行われた。57年10月18日、池田先生は「大阪事件」の初公判に出廷。その翌日、翌々日と関西の同志を激励し、夜行列車で21日の午前7時半に帰京。この日はそのまま、日本史の講義を受けている▼戸田先生は「命に刻め」と、講義の内容を書き取ることを許さなかった。池田青年は恩師の言々句々を海綿のように吸収し、自らの魂に刻んだ。講義を共に受ける機会のあった婦人は、“咳をするのもはばかられるほど峻厳な雰囲気でした”と▼今、世界に広がる創価の平和・文化・教育の大道は戸田大学に全ての礎があったといえよう。「師弟」という関係は、常に弟子の側が「師を求める」ことから始まる。師弟に生きる人生が、いかに力強く、豊かで、喜びに満ちているか――それを池田先生は身をもって示してきた▼60年前のきょう11月18日、池田先生は日記につづった。「師恩は、山よりも高し。海よりも深し」「偉大なる師の歴史を世界に示さん」。報恩と誓願を胸に学会創立の日から出発したい。(嶺)

◆〈寸鉄〉 2017年11月18日
 

 栄光の創立記念日。創価
 三代の師弟に連なる誉れ
 192カ国で地涌の連帯拡大
      ◇
 情熱漲る青年を社会に送
 り出す学会の使命は大―
 識者。時代は仏法を待望
      ◇
 専門部の日。一騎当千の
 勇将ありて広布は伸展。
 職場・地域で信頼の柱に
      ◇ 
 流感が例年より早く流行
 と。嗽・手洗い等、予防を
 万全に。健康第一で前進
      ◇
 通販大手を騙る架空請求
 が横行。冷静に確認。身に
 覚えのないメールは無視

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十六 2017年11月18日 (6227)
 

 心が定まれば、生き方の軸ができる。その一人が組織の軸となって、広宣流布の歯車は回転を始めていく。
 山本伸一は、さらに、テルコ・イズミヤの夫のヒロシのことに触れ、こう語った。
 「ご主人には、信仰を押しつけるようなことを言うのではなく、良き妻となって、幸せな家庭を築くことです。信心のすばらしさを示すのは、妻として、人間としての、あなたの振る舞い、生き方です。一家の和楽を願い、聡明に、誠実に、ご主人に接していくならば、必ず信心する日がくるでしょう」
 この指導を、テルコ・イズミヤは、全身で受けとめた。彼女は、カナダ国籍も取り、美しき紅葉と人華のカナダの大地に骨を埋める覚悟を決めた。どんなに、悲しい時も、辛い時も、夫に愚痴をこぼしたりすることはなかった。すべてを胸におさめ、苦しい時には御本尊に向かい、ひたすら唱題した。
 妻として家庭を守り、母として三人の子どもを育てながら、明るく、はつらつとカナダ広布の道を切り開いてきた。弘教の輪も着実に広がっていった。
 夫のヒロシが、信心することを決意したのは、一九八〇年(昭和五十五年)三月のことである。テルコは夫に、「一緒に信心に励み、あなたと共に幸せになりたい」と、諄々と夜更けまで話した。ちょうど彼は、大好きだった姉二人が、相次ぎ病で他界したことから、宿命という難問と向き合っていた時であった。戦争によって、少年期に収容所生活を強いられたことにも、思いを巡らした。
 自身の力では、いかんともしがたいと思える不条理な事態に遭遇する時、人は、それを「運命」や「宿命」と呼び、超越的な働きによるものなどとしてきた。仏法は、生命の因果の法則によって、その原因を究明し、転換の道を説き明かしている。
 妻に遅れること十八年、夫は創価の道を行くことを決めたのである。この夜、夫婦で初めて勤行をした。外は大雪であった。部屋は歓喜に包まれ、テルコの頰を熱い涙が濡らした。

【先生のメッセージ】

◆創価学園創立50周年記念式典への池田先生のメッセージ

 
関西創価学園を訪問した池田先生が、「悔いなき充実の青春を」と呼び掛け、ピアノの鍵盤をたたく(1995年10月、交野市で)
関西創価学園を訪問した池田先生が、「悔いなき充実の青春を」と呼び掛け、ピアノの鍵盤をたたく(1995年10月、交野市で)

      わが創価学園の創立――それは、牧口常三郎先生の悲願であり、戸田城聖先生から託された、最重要にしてロマンあふれる使命でありました。
 半世紀を経た今、世界を結ぶ壮大な連帯となった、創価の師弟の夢の実現を、牧口・戸田両先生もどれほどお喜びでありましょうか。天も地も心も晴れやかな、50回目の創立記念日、誠におめでとう!
 50年前、私には固く誓ったことがあります。それは、「学園生の先頭に立って、世界の知性と対話しよう!」ということです。
 その最初の対話は、「ヨーロッパ統合の父」と呼ばれる、クーデンホーフ=カレルギー伯爵との語らいです。初めての出会いは、学園創立の年・1967年(昭和42年)の10月でした。3年後には、伯爵が学園に来校され、草創の学園生に万感のエールを送ってくださったことも、懐かしい歴史です。
 以来、学園の目覚ましい発展とともに、私の対談集も、伯爵、そしてトインビー博士をはじめ80点に及び、文明を結ぶ対話として、40の言語で出版・翻訳されるまでになりました。
 東西の学園キャンパスを訪れた海外の識者も、ゴルバチョフ元大統領ご夫妻を筆頭に、5000人をはるかに上回っております。この「対話の道」を、わが学園生は誇り高く進んでいってください。
 今ほど、対話が求められている時代はありません。あらゆる差異を超えて、平和と共生の社会を築く道は、対話をおいて他にないからです。
 そのためにも、皆さんは「英知」と「人格」という、世界へ羽ばたくための翼を大きく伸びやかに鍛え抜いていただきたい。語学にも積極果敢に取り組んで、どんな国の、どんな英邁な人とも、率直に自在に語り合い、友情と信頼を結べる力を着実に磨き抜いていただきたいのです。
 「対話の道」は「友情の道」であり「平和の道」です。青年が語り合い「良き友をつくる」ことこそが、「平和をつくる」第一歩だからです。

「学園生」とは親孝行の異名

  ともあれ、大切なのは青年です。青年の連帯です。青年の前進です。
 クーデンホーフ=カレルギー伯爵も、私との対談で、青年こそが「明日の世界を決定づける指導者となる」「その自覚に立って、未来に向かって自己形成し、準備をするべきだ」と強調されていました。
 オーストリア人の父と、日本人の母との間に生まれた伯爵は、戦争のない世紀を築くため、青春の日よりヨーロッパ統合への挑戦を開始されました。あのヒトラー率いるナチス・ドイツから迫害を受け、亡命を余儀なくされてもなお、正義の旗を断じて降ろしませんでした。伯爵には、お母さん譲りの「負けじ魂」が輝き光っていたのです。
 お母さんは、日本から遠く離れた異国での生活に耐え抜き、しかも、夫に先立たれながら、7人きょうだいを立派に育て上げた方です。
 皆さんにも、苦労しながら学園へと送り出してくれている、偉大なお母さん、偉大なお父さんがいます。学園生とは「親孝行」の異名でもあります。
 途中で何があっても、次は勝つ! 最後は必ず勝つ! この不屈の負けじ魂を明々と燃やし、自分のため、父母のため、皆さんの勝利を祈り待つ世界中の人々のため、そして人類の未来のため、進取の気性に富んだ、栄光ある世界の指導者へと成長していっていただきたいのです。

青年は絶えず再生し更新す

 伯爵は、こうも訴えました。「青年は、絶えず再生し、更新する」(鹿島守之助訳『クーデンホーフ・カレルギー全集9』鹿島研究所出版会)と。
 大いなる目標に向かう途上には、必ず大いなる壁が立ちはだかります。たとえ失敗したとしても、嘆かず、恐れず、また挑めばよい。昨日より今日、今日から明日へと、たゆみなく前へ前へ朗らかに進み続ける――その人こそが青年です。ゆえに、皆さんは、日々月々に生まれ変わった命で、向上しゆく「英知の挑戦王」「勇気の前進王」であってください。
 今年、私は、名作『青春万歳』で知られる、中国の文豪・王蒙先生と対談集『未来に贈る人生哲学』を発刊しました。結びに、この王蒙先生の言葉「自分を信じて努力し、自分に最善を尽くせ」を贈り、私のメッセージといたします。
 私が信じてやまない大切な大切な学園生の努力の青春、万歳! 50年の勝利の象徴たる「鳳友会」「金星・蛍会」「創栄会」「創光会」「創陽会」の愛弟子たちに、健康あれ! 幸福あれ! 栄冠あれ!(大拍手)

【聖教ニュース】

◆ きょう11月18日 学会創立記念日 池田先生が全同志に和歌
 

 創価学会はきょう11月18日、栄光の創立記念日を迎えた。1930年、初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生の師弟によって産声を上げた学会は、第3代会長・池田大作先生の師弟不二の大闘争によって、世界広宣流布を現実にした。そして今、「世界教団」の盤石な体制を整え、本格的な興隆の時を迎えている。池田先生は創立87周年を祝賀し、共戦の全国・全世界の同志に3首の和歌(別掲)を詠み贈った。また創立記念の勤行会が17日、牧口先生の殉教(44年11月18日)から73年に当たる祥月命日の追善法要の意義も込め、東京・信濃町の広宣流布大誓堂で行われた。

 胸を張れ
  万年までの
   平和の道
  師弟で開けり
   誓い果たして

 苦楽をば
  わかち微笑み
   母の舞
  心王の都へ
   人類を導き

 青春の
  そして広布の
   勝ち鬨を
  後継よ 上げゆけ
   創価は王者と

◆ 広宣流布大誓堂で原田会長を中心に創立記念勤行会 2017年11月18日
初代会長・牧口先生の追善法要の意義込め


原田会長を中心に厳粛に執り行われた創立記念の誓願勤行会。創価の三代会長の死身弘法の闘争に連なり、栄光の前進をと約し合った(広宣流布大誓堂で)
原田会長を中心に厳粛に執り行われた創立記念の誓願勤行会。創価の三代会長の死身弘法の闘争に連なり、栄光の前進をと約し合った(広宣流布大誓堂で)

 創価学会創立87周年を記念する誓願勤行会が17日、東京・信濃町の広宣流布大誓堂で行われた。これには、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表らと出席。勤行・唱題し、世界広宣流布の大誓願へ、師と心一つに前進することを約し合った。
 席上、原田会長は、世界広布への誓いと歓喜にあふれた「創価学会会憲署名式」(今月10日)の模様に言及。「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」(御書1360ページ)の御聖訓を拝しつつ、池田先生が全身全霊で励ましてきた地涌の同志が各国・各地で陸続と立ち上がり、世界広布は新たな飛翔の時を迎えたと述べた。
 そして、今ここから広宣流布大誓堂完成5周年となる明年の「11・18」へ、池田門下の一人一人が、「新たな決意」「先駆の行動」で折伏・弘教の拡大に勇んで打って出ようと呼び掛けた。

◆創価学園が創立50周年 東西キャンパスで記念式典 2017年11月18日

 
東京・創価学園の集い。中川同学園長が励ました(小平市で)
東京・創価学園の集い。中川同学園長が励ました(小平市で)

 11・18「創価学園創立記念日」50周年を祝賀する式典が17日、東京と関西の各キャンパスを映像と音声でつないで、盛大に開催された。創立者の池田先生がメッセージ(3面)を寄せ、心から祝福。また今年度の卒業予定者に卒業指針(2面)を贈った。同日、札幌創価幼稚園でも記念の集いが行われた。
                                                                    ◇ 
 11月18日は、学園の創立記念日であるとともに、「英知の日」と呼ばれている。7・17「栄光の日」、10・10「情熱の日」に続くもの。毎年、学園生たちは、この日を目指し、自らに問い掛ける。
 「僕が学園に入学したのは、何のためか」
 「私が学園で勉強するのは、何のためか」
 〽英知をみがくは 何のため(東京校校歌「草木は萌ゆる」)――その問いへの答えと決意を、自身の成長した姿をもって、創立者や保護者、教職員、さらに学園を支え続ける全ての人々に示す場こそ「英知の日」の集いにほかならない。
 「創立50周年」という創価教育の黄金の冠を頂いた今回の集い――東西のキャンパスごとに行われた第1部に続き、東西を中継でつなぐ第2部が始まった、その時だった。
 創立者から、伝言が届いたのである。
 「学園生の皆さん方の様子を、ずっと、見守ってまいります。
 どうか元気に、晴れ晴れと式典を行ってください。創立50周年、本当におめでとう!」
 学園生一人一人の頬が紅潮した。緊張とともに、喜びで胸がいっぱいになった。“創立者に私たちの姿を見ていただこう!”と。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆天も地も心も晴れやかに!創価学園が創立50周年 東西キャンパスで記念式典(1面から続く)      負けじ魂を明々と!英知の挑戦王 勇気の前進王たれ

   創立から50年の歩みをたどる記念映像の上映に続き、東西の小・中・高の学園生たちが各校歌を高らかに歌い上げる。
   かつて、池田先生は学園生にこう語ったことがある。「歌は情熱の発露です。目的への推進力ともいえる。その情熱がなくなってしまったならば、『何のため』『何のため』という精神がなくなってしまう」
 学園生たちは心に期していた。ただ歌うのではない。”訴(うった)う”のだ。父母のため、平和のため、共に学び、生きようと、わが胸に、聴く人の心に、強く深く訴えるのだ――と。
 その燃えるような情熱は、各校が今回の式典に向けて掲げたテーマにも表れていた。
 「生命(いのち)に問わん! 『何のため』 次代につなげん 師の魂」 (創高校)
 「学べ! 勝ち抜け! 我らが新時代(とき)の創立者」 (創価中学)
 「この『時』集った喜び胸に 英知の力で きょうも挑戦!」 (東京創価小学校)
 「未来を照らす 我らあり」 (関西中学・高校)
 「自分に挑戦! 明日(みらい)をつくる英知の指導者(リーダー)に」 (関西創価小学校)
 東京校のある女子生徒は、歌声に感謝を込めた。他人と比べて、落ち込んでばかりいた自分を、励ましてくれた先輩がいた。心の壁を破ろうと、友との対話に挑戦。ありのままの自分を受け止めてくれる、学園の温かさを肌身で感じた。
 関西高のある男子生徒は、校歌に決意を託した。勉強に励むも目標の成績に届かず、悩んでいた。生徒会や部活動に加え、「英知の日」の行事運営にも携わり、めまぐるしい日々が続く。諦めそうになる心を奮い立たせてくれたのは、創立者の励ましだった。「何があっても学び続ける自分に!」と今、誓う。
 校歌の斉唱に続き、高橋詩織さん(東京高3年)、永田和男さん(関西高2年)が、創立者への感謝と、世界市民に成長しゆく決意を述べた。
 原田学園理事長が、創立者のメッセージを紹介。常に創立者と共に歩もうと望んだ。
そして舞台は、学園愛唱歌「負けじ魂ここにあり」の合唱へ。東西の学園生の心と歌声が、一つにとけ合う。
  〽学べ勝ち抜け 世界まで 負けじ魂 朗らかに……
 ――式典の閉会が告げられようとしたその時、創立者から再びの伝言が届いた。
 「素晴らしい式典でした。みんな、ありがとう。お元気で!」
 学園生たちの瞳が、一段と輝いた。 

卒業指針
〈中学・高校卒業生へ〉
 創価の世界市民たる君よ
 勝利は自分自身の中にある
 負けじ魂のスクラムで
 大きく朗らかに学びゆけ!
 正義の太陽と勝ち光れ!!

〈小学校卒業生へ〉
 「栄光の時」に集った君よ
 今日も負けじ魂の挑戦を!
 学びの道 正義の道
 友情の道 平和の道
      を勝ち進め!!

〈幼稚園卒園生へ〉
 大好きな
 太陽の王子・王女よ!
 つよく ただしく のびのびと
 学びの道を ほがらかに!!


創価の師弟の夢を実現した半世紀
 ある日ある時、創価学園生と創立者・池田先生との語らいの折。一人の生徒が「池田先生の夢は何ですか」と尋ねたことがある。創立者は答えた。「私の夢は、戸田先生の夢を実現することです」と。
 恩師の夢――その一つが創価教育の学びやを築くことだった。
池田先生が学園の「創立記念日」と定めたのは1967年11月18日。「11・18」は、初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生が『創価教育学体系』第1巻を発刊した日である。教育によって、人間をつくる。この牧口・戸田両先生の夢を実現したい――池田先生は学園建設に奔走した。
 68年、東京に創価中学・高校が開校。73年に創価女子中学・高校(現在の関西創価中学・高校)が、76年には札幌創価幼稚園、78年に東京創価小学校、82年には関西創価小学校が誕生したのである。
 池田先生は激務の合間を縫って学園に足を運び、学園生と思い出を刻んだ。時に食事を囲みながら、時に卓球で汗を流しつつ、時に誰もいない教室の黒板にメッセージを残して。親を亡くした学園生がいれば、抱きかかえるように励ました。「学園生は、かけがえのない、私の宝です。私の命です。大切な、たいせつな私の子どもです。どんなことをしても、生徒を守ります。生徒のために戦い抜きます」これが創立者の真情だった。
 その真心に学園生たちも応えた。勉強で、部活で、親孝行で。創立者との”父子の絆”を胸に、社会に世界に巣立っていった卒業生は、3万人以上。約400人が博士号を取得するなど、一人一人が使命の舞台で活躍している。
 学園の教育プログラムも拡充し、東西の創価高校は今、文部科学省による国際的リーダーの育成を支援する教育事業「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」の指定校に。創立から半世紀、学園は世界を結ぶ教育の大城と輝く。創価の師弟の夢は現実のものとなったのである。
◆【生老病死を見つめて】介護と向き合う〈2〉
-父と息子-  「親の老い」を受け入れる

  「介護と向き合う」の第2回では、父親の介護に携わった壮年の体験を紹介する。信心強盛だった父親が病を患い、在宅介護となった時、息子の胸中に去来したものとは……。

心に刻む御聖訓

 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄、御書1132ページ)
幸福の宮殿は生命の中に
 御書には「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(787ページ)と仰せである。池田先生は、この御文を拝して語られている。
 「どのような人の生命にも、仏界という金剛不壊の生命の境涯がある。それは、いわば、まばゆいばかりの無量の“財宝”で飾られた、永遠不滅の幸福の『宮殿』である。信心をし、題目を唱えることによって、その生命の宮殿に入っていくことができる。つまり、自分自身の生命の宮殿を、燦然と輝かせていくことができる」と。
 世間には、財産や名声や地位など、人それぞれの「宮殿」がある。しかし、それらは永遠性のあるものではない。一方、自身の生命に築いた「宮殿」は、年を重ね、体が思うように動かなくなったとしても決して消えることはない。
                     ◇ ◆ ◇ 
 兵庫県姫路市在住の植木重年さん(64)=姫路大光県総合長=は、2014年1月、8年間の在宅介護の末、父・豪さんをみとった。
 ――植木さんは両親と共に3歳で入会。豪さんと母・水江さん(87)=婦人部副本部長=は、草創の地区部長・地区担当員(当時)として、地域広布に走り抜いてきた。
 植木さんは26歳で妻・龍子さん(65)=支部副婦人部長=と結婚後、両親と同居生活を送る。豪さんは儀典部として友人葬の導師を務めるなど、地域の同志からの信頼も厚かった。そんな豪さんに腫瘍が見つかったのは、05年9月のこと。医師は「上顎がん」と診断した。植木さんは語る。
 「当時、父は78歳と高齢だったこともあり、手術をしないという選択肢もありました。医者からも『手術すれば、あごを大きく切除して顔の形が変わる』と言われ、手術をすべきか悩みました。最終的には父の意思を尊重し、11時間に及ぶ大手術に臨みました」
 手術は無事に成功し、豪さんは放射線治療を受ける。だが、次第に飲み込む力が弱くなり、やがて経鼻経管栄養に。その後、胃ろうとなり、介護が不可欠となった。
 手術から半年後には在宅介護となり、植木さんは母親や妻とともに、豪さんの面倒をみることになった。

父親の「下の世話」を経験

 「手術を受けると決断した父は、本当に“強い人”だなあと思いました」と、植木さんは振り返る。しかし、在宅介護が始まると、その様子は一変した。
 「愚直で、まじめ、温厚な性格だった父が、手術後は『部屋が寒い』『暑い』とか、ささいなことで家族に当たり散らすようになりました。時には母親に手を上げることもあり、正直なところショックでした」
 豪さん自身の決断だったとはいえ、植木さんは“手術を受けたことが本当に良かったのだろうか?”と思い悩んだ。植木さんは、豪さんの通院の送り迎えや入浴の介助などを担い、夜はトイレに付き添うこともあった。
 当時、学会では圏長や県長を務め、仕事と活動の両立は多忙を極めた。活動を終えて夜遅く帰宅すると、両親の言い争いの声が聞こえてきたことも一度や二度ではない。そのたびに暗たんとした気持ちになり、心の休まるいとまはなかった。
 植木さんにとって特につらかったのは、父親の「下の世話」だったという。
 「年を取ったのだから当然のことですが、父親の『老い』という現実を見せつけられるので、気持ちがついていきませんでした。また、いつまで、こんな状態が続くのかと悩みました」
 同志の励ましを支えに、植木さんは真剣な祈りを重ねた。その中で常に心に刻んでいたのは、「いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている」(御書1132ページ、通解)との「呵責謗法滅罪抄」の一節だった。

自身の境涯を広げる戦い

 「介護は、自身の境涯を広げる戦いでした」と植木さんは語る。
 「根本は唱題で心を磨き、満々たる生命力を蓄えることです。自分の境涯が広がった分だけ、心豊かに父と接することができ、相手を思いやる余裕ができました。反対に心に余裕がない時は、厳しい言葉を父にぶつけて自己嫌悪に陥ることもありました」
 植木さんは祈りを重ねる中で、「一番苦しんでいるのは、父だ」と思うようになったという。
 「父は胃ろうによって口から食べる楽しみを奪われ、思うように体も動かせず、つらかったと思います。でも、父はもがきながらも精いっぱい、毎日を生き抜こうとしていることに気付いたのです」
 介護中には、母・水江さんが病に伏せるなど、支える家族にも試練が襲った。植木さんは介護中、かつてない祈りに挑戦した。
 また、普段から豪さんと家族が触れ合う機会を増やし、楽しい時間を過ごせるよう心掛けた。
 8年に及ぶ介護の末、豪さんは霊山へと旅立ったが、介護によって親子の絆、家族の絆は、より強くなったと植木さんは語る。
 「介護で大事なのは、現実をありのままに受け入れて、自分の素直な感情に向き合うことではないでしょうか。ただし、何でも我慢だけでは、精神的に耐え切れなくなりかねません。私たち家族も、時には気持ちをぶつけ合うことで、互いの思いを共有しました。なぜなら、介護は支える側が無理をしないことが最も大切だからです。そんな中、御本尊への強い祈りが、父への感謝を湧かせ、思いやりのある行動になったのです」

取材メモ

 かつて本紙「幸齢社会」に登場した哲学者の岸見一郎さんは、実父の介護経験を通して、「子は親の老いを受け入れるとともに、『親が生きていることが喜びで、いかに家族に貢献しているか』という点を伝えることが大切」と語っている。
 植木さんは介護が始まった当初、「父を病院に連れていくのが恥ずかしかった」と語っていた。手術で顔が変形し、病院内で奇声を発する父を見られることに抵抗があったという。しかし、唱題根本に介護を続ける中で、「父の生きざまを尊敬し、一日でも長く生きてほしいとの気持ちが強くなりました」。
 植木さんにとって、信心根本に生きてきた“強い父親”が老いていく姿は、息子として受け入れがたいものだったにちがいない。だが、介護中も欠かさず勤行を実践する豪さんの姿に触れ、肉体的な衰えは進んでも、豪さんの内面にある「信心の炎」は、いささかも消えていないことに気付いたという。
 取材を終えて記者は、冒頭に引用した池田先生の指導の続きを、あらためて心に刻んだ。
 「信心によって、自分自身の生命の宮殿を三世永遠に輝かせていく。その人こそ最高の幸福者である。皆さま方は、広布の活動によって、日々、自らの生命の中に幸福の『宮殿』を築き、開いておられる。ゆえに、一生成仏は間違いないし、必ずや宇宙大の生命の宮殿に住む“幸福の王者”となっていけるにちがいない。どうか、その強い確信と誇りをもって、明るく、堂々と信心の大道を進んでいただきたい」(秀)


◆【信仰体験-ブラボーわが人生】〈38〉とうとう100歳になりました
「今が一番幸せですわいな」

【鳥取県・三朝町】これほどおめでたいことはない。先月末に、渡邊よし江さん(100)=三朝支部、支部副婦人部長=は、とうとう百寿を迎えた。人生の波しぶきに耐え、89歳の時にはそれこそ、自転車ごと車に飛ばされる事故にも遭ったが、目指す頂に立つことができた。「今が一番幸せですわいな」。喜びの声の後ろに沸き起こる、師弟の感激を聞く。

 すいませんなあ。こんなおばあちゃんの所に来てくれて。ことわざで「夢にぼた餅」というけれど。私はええおばあちゃんで、ありゃせんのにから、写真まで撮ってもらって……ありがたいことですなあ。
 信心したから、元気でおる。信心せなんだら、今はないねえ。70歳の時にな、「もし100歳まで生きたら、まだ30年もある。そしたら30年も、池田先生のおそばで信心ができるなあ」と思いましてな。それこそ毎日、御本尊様に「100歳までは」と申し上げてきました。これは2年前の婦人部総会まで、誰にも言わんかったことだけえ。
                     *
 ついに御本尊様は、願いをかなえてくださったなあ。100歳の誕生日には、花がいっぱい届いたにい。地区の人とか皆さん来てごしなって、「もっと長生きしなれや」と祝ってごしなった。
 お礼にな、赤飯を蒸し器で作って、配ったんよ。みやすい(簡単な)ことだ。朝4時半に起きてな、小豆を炊いて、南天の葉を添えて。昔から南天は「良い家庭」というでな。
 みんなが「元気で来なったか」と迎えてくれなる。「食べてごしないな」と赤飯あげた。玄関先で「私も年とった」って言いなる。だけん「何言っとんだえ。まだ若いが」と言ったげる。
 70代の人は、まだまだ若い。私は70代の時、まだ元気に働いとりましたなあ。
 80代の人も、まだまだ若い。私は80代の時、老人会の役員しとりましたなあ。
 90代の人は「年とったにい」と言いなさる。だけえ「まだ若い」と言ったげる。「何が若いだいな」とおっしゃるからな、「私からしたらまだ若いぜ」と言ったげる。
 自分の気持ちがな、年とったら駄目だと思うわ。私には信心があるからな、そうはならん。題目あげとるからな。題目2時間は楽ですわいな。何もすごいことは、ありゃあせん。朝1時間あげて、夕方1時間あげたら2時間になるけえなあ。題目あげるんは、普通ですけえ。
 100歳になっても、年とったとは思わん。いつまで動けるか分からんけども、まだ動けるけんなあ。信心の功徳ですけえ、私の体は。題目すごいと思いますよ。
 嫁さんが年寄り扱いせんだが。一緒に暮らせばな、普通は「手出しなんな(手を出さないで)」とか言われて萎縮するでな。けど嫁さんは、私に何でもさせてくれるけんな。
 朝起きたら、まず題目を1時間あげるんだけど、それから洗濯して、みんなが起きる頃には、みそ汁作ってなあ。学校とか勤めに出るんを見送って、洗濯物を干して、玄関を箒で掃いて、聖教新聞を読まにゃいけん。補聴器の電池が切れたら替えにゃいけん。忙しいだけん。それが元気に生きるコツかもしれんわなあ。
                      *
 学会活動は大事だにい。何があっても、創価学会のたもとでええから、つかんどかな。離れたらいけんよ。私はな、100歳まで広宣流布の最前線におれたことが、うれしゅうて、うれしゅうてなあ。
 ちょっと前、本部幹部会の中継行事に、息子が連れて行ってくれてから。池田先生と一緒に題目あげました。池田先生は、私のために題目をあげてくださった。だけん私も一生懸命に題目あげた。あ、これで元気になると思ったけんなあ。そしたらほんとに元気になったわいな。
 2030年に学会創立100周年になるが。その時を池田先生と迎えたいけど、私はそこまで生きられん。けどな、生きるって決めたら、細胞がそのように動いて、生きられるかもしれん。まだまだ元気でおらんといけん。
                       *
 100歳になった感想? そうねえ……普通だ。みんなから「次の目標は何にしなる?」と聞かれますで。110歳とか120歳とか、ひ孫には200歳と言われるけども。もうねえ、何歳までとか、そういうことは考えないの。続きだけえ、普通だ。
 私はな、池田先生と毎日お会いしとるで。聖教新聞のな、池田先生と奥さまの写真を切り取ってな、御本尊様の所に置いて、一緒に題目あげとる。だからいっつも、池田先生は私のそばにおってくださる。それは、きっと一生。続きだけえ。まあそれが、100歳になった感想ですわいな。
 おしゃれでモダン。近所から「お手本」と慕われ、人望も厚い。高齢主婦たちとランチを楽しむ社交家でもある。
 歯を食いしばって生きてきた。薄皮まんじゅうの店に嫁ぎ、よく働いた。5歳の息子を亡くした。涙に暮れることを時代が許さず、4人の子を育てた。ところが夫がぜんそくで働けなくなった。1956年(昭和31年)、よし江さんは信心を始めた。薄皮まんじゅうを背負って、町までの砂利道を売り歩いた。
 支えがあった。「東洋の 広宣流布に 断固征け 日本海の 波は荒くも」。鳥取を初訪問した池田先生が、鳥取砂丘に立ち、詠んだ和歌だ(60年2月)。怒濤に突き進んでこそ、仏法。山陰総決起大会で、師弟の出会いを果たしたよし江さんは、苦しければ苦しいほど、子を連れて、折伏に走った。
 信心10年目に夫が世を去った。よし江さんは店を畳み、建設会社の賄いをした。子のために「男になり、女になりして働いた」。夜学に通う長男が、昼働いた給料を全部渡してくれた。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)。唱題の圧倒的な数を帳面に残しながら、子を見事に育て上げた。
 70歳からの30年間。それは生き抜くという誓いを貫いた30年だった。細くなった指でカレンダーをめくりながら、師弟を見つめた年月。池田先生と一緒に戦うという思いが、師弟の距離をぐんと縮めた。今は、池田先生の体温が伝わるほど近くに感じるという。「続きだ」という一言。ずしんと胸に響く。(天)

2017年11月17日 (金)

2017年11月17日(金)の聖教

2017年11月17日(金)の聖教

◆わが友に贈る

健康こそ躍進の力だ!
気温の変化に要注意。
風邪をひかないよう
体調管理を万全に。
リズム正しい生活を!

◆〈名字の言〉 2017年11月17日

 「め」と「ぬ」の区別ができない。2桁の足し算、引き算ができない。“変わった子”とレッテルを貼られ、小学校を退学した名司会者がいる。テレビでおなじみの黒柳徹子さんだ▼「君は、ほんとうは、いい子なんだよ」――転校した小学校で校長先生に励まされ、彼女は変わった。後に才能を開花させ、テレビ女優の第1号に。抜群の記憶力が司会業に生きた。「『校長先生はいい子だとおっしゃった、だから私はできるだろう』と思うときがいっぱいありました」(『トットちゃんとカマタ先生のずっとやくそく』ソフトバンク クリエイティブ)▼鳥取の男子部員は、人付き合いが苦手だった。職場でも、すぐ口論になってしまう。同僚に疎まれる中、励まし続けてくれる女性がいた。「君にも使命があるんだよ」。学会の婦人部員だった▼彼は2年前に入会。音楽隊で薫陶を受けた今、得意のピアノを生かして音楽家に。報恩の心で、自作の歌を弾き語る。「今度は僕が音楽を通して人々に寄り添い、励ましたい」▼人に「どんな」使命があるかは、誰にも分からない。だが、「必ず」使命があることを仏法は説いている。信じてくれる人がいれば、人はどんな苦難にも負けない。信じ抜くことこそ、最高の励ましである。(子)

◆〈寸鉄〉 2017年11月17日

 アフリカで第2回統一教
 学試験。伸びゆく大陸に
 生命尊厳の哲理の大光を
      ◇
 幸福を得るには勇気が最
 も必要―哲人。逆境でも
 題目の師子吼で勝ち進め
      ◇
 夜間中学設置、80自治体
 が検討と。幅広い教育の
 機会が豊かな社会の礎に
      ◇
 世界自然遺産の4分の1
 が危機。気候変動の加速
 で。英知の結集が急務だ
      ◇
 危険ドラッグ、ネット販
 売が浸透と。若者の生命
 を蝕む魔物。根絶へ総力

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章  六十五 2017年11月17日 (6226)



 一九六〇年(昭和三十五年)、ヒロシ・イズミヤが勤める日本商社の現地法人が設立された。この年、彼は、日本で知り合ったテルコと結婚した。彼女は、春にカナダへ渡り、山本伸一のカナダ初訪問の折に、トロントの空港で伸一の一行を迎えたのである。
 その後、入会したテルコは、“カナダ広布に生きよう”と思うようになった。また、学会活動に励むなかで、夫は協力的であるとはいえ、信心しないことが気がかりになっていった。
 六四年(同三十九年)の秋、来日した彼女は、カレンという愛らしい女の子の手を引いて、学会本部に伸一を訪ねた。四年前、お母さんのおなかの中で、一緒に彼を迎えてくれた娘である。
 カナダの地で信心を始めたテルコには、辛いこと、苦しいことも、たくさんあったにちがいない。彼女は、目を潤ませ、語り始めた。伸一は、何度も頷きながら、話を聞くと、力のこもった声で言った。
 「日々、大変なことばかりでしょう。しかし、経文に、御書に照らして見るならば、あなたは、久遠の昔に広宣流布を自ら誓願し、地涌の菩薩として、カナダの天地に出現したんです。この地涌の使命を自覚し、果たし抜いていこうと、決意することです。その人生こそ最も尊く、そこにこそ最高の歓喜が、最高の充実が、最高の幸福があることを確信してください。
 人は、さまざまな宿命をもっています。何があるかわからないのが人生です。また、どんなに裕福に見える人であっても、老、病、死という問題は解決できず、心には、不安や悩みをかかえています。
 私たちは、あらゆる人びとに、揺るぎない、絶対的幸福境涯を確立する道を教えて、社会、国家、人類の宿命を転換していくという、誰人もなしえなかった未聞の聖業にいそしんでいるんです。そう思えば、苦労はあって当然ではないですか。迷いは人を臆病にします。心を定めることです。その時に、無限の勇気と無限の力が湧きます」 

【聖教ニュース】

◆ アフリカで第2回統一教学実力試験 2017年11月17日
21カ国で実施「佐渡御書」「日蓮大聖人の御生涯」などから出題

爽やかな木陰で試験に臨むガーナの友(10月29日、ケープコーストで)
爽やかな木陰で試験に臨むガーナの友(10月29日、ケープコーストで)

 アフリカ各国で10月29日を中心に、第2回となる「アフリカ統一教学実力試験」が実施された。
 これには池田大作先生がメッセージを贈り、仏法の生命哲学を学び抜いた尊い求道の友を賞讃。「誉れの創価の同志として、地涌の菩薩の使命に生き抜こう」と呼び掛けた。
 今回の実力試験は、昨年実施されたウガンダ、ガーナ、ガボン、カメルーン、ケニア、コンゴ民主、ザンビア、シエラレオネ、ジンバブエ、セネガル、タンザニア、トーゴ、ナイジェリア、ブルキナファソ、ベナン、マダガスカル、南アフリカ、モーリシャスに加え、初開催となったナミビア、モザンビーク、さらに今月開催予定のコンゴ共和国を含め、21カ国での実施となる。
 試験問題はフランス語と英語で作成され、「佐渡御書」や「日蓮大聖人の御生涯」「日顕宗を破す」から出題。
 各国では受験者数の目標を年頭に立て、申し込みの推進と教学の学習会に全力を挙げた結果、昨年を上回るメンバーが教学運動に取り組むことができた。
 偉大なる民衆仏法の興隆を象徴するアフリカ統一教学実力試験。
 友は「21世紀はアフリカの世紀」との師の展望を胸に、人間主義の思想の体現者として幸福大陸を建設する。

◆ 池田先生ご夫妻 東京牧口記念会館で勤行    11・18「殉教の日」を前に


 池田先生と香峯子夫人は16日午前、創価学会の創立87周年、そして初代会長・牧口常三郎先生の殉教の日に当たる「11月18日」を前に、八王子市の東京牧口記念会館を訪問。「初代会長牧口常三郎先生顕彰室」で厳粛に勤行・唱題した。死身弘法の正義の闘争を貫き、創価の礎を築いた先師の遺徳を偲び、追善するとともに、明「世界広布新時代 栄光の年」へ勇んで進む全国・全世界の同志の健康・幸福・勝利を深く祈念した。
 この後、ご夫妻は創価大学を訪れ、「ワールドグラウンド」「太陽の丘クラブハウス」「総合体育館」など、錦秋の彩りに包まれたキャンパスを車で視察。大学の発展を喜びつつ、創大生、創価女子短大生、留学生の活躍と成長に、心からの期待を寄せた。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆<11・18「創価学会創立記念日」特集>中 文化
  相互理解育む文化交流こそ人類が歩むべき平和への道
 
 
 11・18「創価学会創立記念日」特集㊥のテーマは「文化」。1961年2月、アジア諸国を歴訪し、平和への思索を重ねていた池田先生は、長兄が戦死したビルマ(現・ミヤンマー)を

    訪れた」翌日、タイの地で同行メンバーに提案した。「真実の世界平和の基盤となるのは、民族や国家、イデオロギーを超えた、人間と人間の交流による相互理解です。そのために必要なのは、芸術、文化の交流ではないだろうか」。その構想は、民主音楽協会(民音)、東京富士美術館、東洋哲学研究所の設立として結実。先生の指針を胸に、学会の同志は、地域や社会を舞台に、広範な文化運動を展開してきた。こうした文化交流の意義などについて、タイのウィーラ・ロートポッチャナラット文化大臣に話を聞いた。

 ――タイ創価学会(SGT)では、「世界の少年少女絵画展」や「核兵器廃絶への挑戦」展をはじめ、これまで数多くの文化行事やイベントを、タイ文化省のご尽力を頂きながら開催してきました。SGTの活動のどのような点に共感されていますか。

 注目すべきは、数々の行事を通して、若い世代に文化・教育・平和のために貢献する姿勢を教えている点です。青年育成の素晴らしい模範です。
 自分のことのみを考えて生きるのではなく、社会のため、人々のために何かできることはないか ――若者の社会への意識を高めるに当たって、SGTの文化行事が果たしている役割は大きいと感じます。私がSGTと交流を始めて、はや20年ほどになりますが、一つ一つの行事が国民を豊かにし、」より良い社会を築くための貴重な機会となっています。

 ――今年5月から2ケ月間にわたって行われた「法華経――平和と共生のメッセージ」展には、12万人が来場しました。

 私も仏教徒ですが、法華経展を鑑賞し、仏教への理解をさらに深くすることができました。展示の構成やデザインにも工夫を凝らし、多くの人が法華経のメッセージである平和と共生の考えについて関心を持ち、社会的にもインパクトがありました。
 この法華経の理念を国民が自らの生活の中で実践していくことが、平和への礎になると確信します。善なる社会を築くためには、経済成長に伴い、人々の精神性や倫理観を高めていくことが欠かせません。

 ――本年9月、タイと日本は修好130年を迎え、両国を行き来する訪問者数は、年々、増加する傾向にあります。「微笑みの国」として知られるタイですが、そうした国民性はどこから来ているのでしょうか。

 タイは日本と同様に仏教が栄えた国です。仏教が文化の土壌となり、社会や経済の発展に寄与してきました。
「微笑みの国」の根底にあるのは、仏教の平和と共生の知恵にほかなりません。
 タイでは、さまざまな人種が共存しており、その多様性という土壌の上に文化と社会が成り立っています。
 異なる者同士が争うことなく共生を続けてこられたのは、互いの差異を認めてきたからです。これは仏教の教えに基づく道徳観です。
 タイは仏教国ですが、基本的には全ての宗教を認め、支援しています。とりわけ代々のタイ国王も全ての宗教の庇護者であり、政府も宗教の共存に向けて取り組んでいます。

同じ人間として差異を認め合う

 今、グローバル化に伴う急速な技術の進歩によって、周囲の人々との関係性が希薄になっています。発達した情報通信技術で世界中の情報を得ることはできても、身近な人間との相互理解は難しくなっている。
 人間は、相手を通して自分を知ることができます。だからこそ、相互理解は欠かせません。互いに理解を深めようと努力する中で、表面的ではなく、真に世界を理解することができるのです。
 その意味においても、「忍耐」と「寛容」を説く仏教の教えは、現代の人々にとって、いや増して重要です。

 ――今、宗教の役割が問い直される中で、教義や信条の差異を超え、人類が尊重すべき倫理規範への関心が高まっています。今後、宗教はどのような形で平和に貢献していけるでしょうか。

 宗教は、普遍の心理の教えであり、大きな思想の遺産です。
 良い人生を生きるために、より良い社会を築くために、個人にとっても社会にとっても、宗教の役割は重要です。
 人類が直面する諸課題は、人種、宗教、文化の違いを認め合うことができず、相手を理解しようとしないところから発生しています。
 違いを受け入れるためには、周囲と自分を正しく見つめなければなりません。宗教には、道徳を身に付けるとともに、人類への理解を促す知恵があるのです。
 時代や社会の変化によって生活が多忙を極めたことで、人々は周囲について考える時間を持たなくなってしまっているのかもしれません。
 あるいは、私たちが同じ人間であり、互いに慈悲を与え合う存在であることを忘れてしまっているのかもしれません。
 今こそ宗教の力で人と人を結び、相互に慈悲を育んでいかなければならないのです。
 宗教・芸術・文化の保護と発展は、私たち文化省の使命でもあります。
  文化省では、異なる宗教の指導者同士の交流を持つとともに、若い世代の宗教間の交流の場を設けています。それによって、教義の違いを超え、人間としての連帯感を培うことができるのです。自身の宗教への理解を深めるためにも、他の宗教を学ぶ機会が必要です。
 実際に人々の生活のレベルでいえば、私が訪問したある地域では、タイの寺院をはじめ、中国仏教の寺やキリスト教の教会、イスラムの礼拝所など、さまざまな宗教施設が存在していましたが、異なる宗教が連携し、町の活性化に取り組めているように見えました。宗教の多様性が地域の発展を促しているのです。

人と人を結ぶ池田会長の行動
 ――2004年2月に創価大学を訪問し、池田SGI会長に文化功労顕彰を授与されました。池田会長のどのような点を評価されていますか。

 社会のために、世界の平和のために、生涯をささげてこられた方です。池田会長の振る舞いに接し、人類の幸福のために尽くされている指導者であると実感しました。強い慈悲を感じました。
 会長は、さまざまな分野の識者と対話を重ねてこられましたが、その全てが平和に結び付くように、一貫して行動を続けてこられました。毎年、平和提言を発表され、人類の相互理解を促されています。
 タイだけでなく、SGIの皆さんは、世界各国で文化と芸術を通じて平和を築いている。
 池田会長に授与されている、あまたの名誉博士や教授の称号は、その平和への貢献を世界が認めた一つの証左でしょう。
 また会長が、仏教の永続の献身されていることも見逃せません。
 法華経の理念、日蓮の教えを根本に活動され、「東洋哲学研究所」を設立し、『私の釈尊観』をはじめ、多様なテーマで仏教に関する本を著されています。
 会長は、平和という一点で、さまざまな宗教を結ぶ努力を続けてこられました。そして次の世代が平和創出の大事な力であると信じ、平和や文化を推進する施設を各地に設置されてきたのです。
 さらに大事なことは、池田会長がプーミポン前国王陛下と3度にわたって会見されていることです。タイの王室の方々も創価大学を訪れ、非常に親密な親交があります。
 池田会長がつくってこられたのは、人と人の心を結ぶ「平和の文化」です。その精神が受け継がれているからこそ、SGIには社会貢献の心があふれ、会員も増え続けている。そうした文化交流の永続的な流れが、真実の平和への礎となるに違いありません。

◆11・18「創価学会創立の日」記念 世界広布新時代第28回本部幹部会 SGI総会から(要旨) 原田稔会長   明「世界広布新時代栄光の年」へ前進  弘教と人材の新たな拡大を 

 一、創立の日を記念する「世界広布新時代第28回本部幹部会」ならびに「SGI総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 SGI秋季研修会で来日された70カ国・地域、280人の皆さま、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
 一、さて、10月22日に行われた衆院選で、学会が支援する公明党は、比例区21議席、小選挙区8議席の計29議席を獲得することができました。
 台風などによる悪天候が続くなか、ずぶぬれになりながら、最後の最後まで、対話拡大に奔走してくださった同志の皆さまに、心から御礼を申し上げます。本当にありがとうございました(拍手)。
 史上まれに見る短期決戦にもかかわらず、多くの地域で得票増を果たすことができました。全ては学会員による献身的な支援のたまものであります。
 公明党は全議員が、この支持者への大恩を心底から、かみ締め、立派な仕事を成し遂げて、恩返ししてもらいたい。
 学会員は信心一筋――手弁当で、祈り、歩き、語り、歯がみをする思いで戦っている。そのおかげで自分は、議員として働かせていただいている。この一点は、誰が見ていようが、いまいが、一瞬たりとも断じて忘れるなと、声を大にして訴えたいと思います。

異体同心の団結で出発
 一、さて、9月に制定された創価学会会憲について、昨日、各国の代表に賛同の署名をしていただき、世界教団の創価学会として異体同心の新出発を切ることができました。
 いよいよ明2018年は、目標点である広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を迎えます。さらに「3・16」60周年、池田先生による小説『新・人間革命』の執筆開始から25周年という佳節を刻みます。
 栄光の2018年「11・18」は、私たち一人一人の「栄光の歴史」で飾りゆくものです。そこで明年は、テーマを「世界広布新時代 栄光の年」と掲げ、前進していきたい(拍手)。
 池田先生は、9月の本部幹部会へのメッセージで、「不思議なる『大法弘通』の時を迎えた今、一人でも多くの新たな地涌の友を誕生させながら、『慈折広宣流布』という幸福と平和の大潮流を起こしていっていただきたい」「さあ、共々に『地よりか涌きたる我なれば この世で果たさん使命あり』と胸を張り、人間革命の栄光の暁鐘を打ち鳴らしていこうではないか!」と呼び掛けてくださいました。
 折伏・弘教と訪問激励で、明年、一人一人が、わが地涌の使命を果たしゆく、栄光の1年にしていこうではありませんか(拍手)。
 一、いまや全世界が、学会の栄光を祝賀する時代が到来しています。
 例えば、ブラジルでは10月だけでも、サンパウロ州のジュンジアイ市から名誉市民称号、インダイアトゥーバ市から顕彰状が、それぞれ池田先生に授与。ピンダモニャンガーバ市には「平和主義者・池田大作博士広場」が誕生し、さらにジアデマ市、サンビセンテ市、ベルチオガ市では慶祝議会が開催されました。
 この慶祝議会を開いたジアデマ市のマルシオ・パスコアル・ジウジシオ副市長は、8月に私がブラジルを訪問した折に挙行された、バレンサ大学からの池田先生への名誉博士号授与式にも参加していました。
 副市長は「池田博士の偉大さを、よりいっそう実感しました」と、授与式の感想を語っています。そして、慶祝議会を発議した市会議員は、この副市長のご子息です。
 一つの出来事から、新たな出来事へ。一人の人から、新たな人へ――。重層的に織りなされるブラジル広布の現在は、「地域貢献」即「広宣流布」のモデルであります。

苦労した人が必ず強くなる

 ブラジル大発展の原点は何か。それは1974年、学会に対する偏見からビザがおりず、池田先生のブラジル訪問が中止となった瞬間にあったと、私は確信します。
 当時、先生に随行していた私が、ブラジルのリーダーに電話で中止の決定などを伝えるや否や、すぐさま先生は、私が手にしていた受話器を取られ、こう指導されました。
 「辛いだろう。悲しいだろう。悔しいだろう……。しかし、これも、すべて御仏意だ。きっと、何か大きな意味があるはずだよ。
 勝った時に、成功した時に、未来の敗北と失敗の因をつくることもある。負けた、失敗したという時に、未来の永遠の大勝利の因をつくることもある。ブラジルは、今こそ立ち上がり、これを大発展、大飛躍の因にして、大前進を開始していくことだ。また、そうしていけるのが信心の一念なんだ。長い目で見れば、苦労したところ、呻吟したところは、必ず強くなる。それが仏法の原理だよ」と。
 ブラジルの同志の生命を全身で抱き締め、全霊で揺さぶらんばかりの、あの時の先生の大激励は、今なお忘れることができません。
 広布の遠征においても、また人生の旅路においても、全てを「信心の一念」で、大発展、大飛躍の因にしていく。否、必ず因にしていくことができる。まさにブラジル大勝利の姿は、その偉大なる大前進の実証なのであります。
 さあ、まず目指すは明年の「1・2」。先生の卒寿をお祝いすべく、新たな拡大へ、総立ちとなろうではありませんか(拍手)。

◆〈信仰体験〉 “鍼灸美容”を究める大学教授   誓願の祈りが人生を照らす!
師が開いた「日中友好」「金の橋」を守り広げる

【神戸市中央区】関西の医療系大学で教授を務める王財源さん(57)=雲中支部、副支部長(地区部長兼任)。東洋医学を専門とする鍼灸師で、特に“鍼灸美容”に関する研究が高い評価を得ている。在日中国人3世として生まれ、日本と中国の“はざま”で揺れ動いた青年時代。日中友好の「金の橋」を築く師の闘争が、王さんの心に向学の灯をともした。

2017年11月16日 (木)

2017年11月16日(木)の聖教

2017年11月16日(木)の聖教

◆わが友に贈る

寒い中 忙しい中
中継行事に携わる
全役員に心から感謝!
尊き陰徳に陽報は厳然。
絶対無事故を頼む!

◆〈名字の言〉 2017年11月16日

 手掛けた作品は4000曲余。昭和を代表する作曲家の古賀政男氏は、幼少期から音楽の才に恵まれてい
た。琴であれ、三味線であれ、その音色に夢中になれば、ほどなく独力で弾きこなせるようになったという▼その原動力について氏は、「少年時代の私には“驚く”という能力があった」と振り返った(『歌はわが友わが心』潮出版社)。珍しい楽器に出合えば、驚きと好奇心で心がいっぱいになった。どんどん手に取り、音を出さずにはいられない。そうした姿勢が、やがて作曲という創造活動へと大きく開花したのだろう▼「驚く」「感動する」という心の動きが、新しい「行動」へとつながっていく。信仰の世界にも相通ずるものを感じる▼御書には「不軽菩薩は初随喜の人」(507ページ)と。初随喜とは、法華経を聞き、歓喜の心を起こすという、信心修行の中でも初信の位を示す。不軽菩薩は、初めて正しい法を知った感動のまま、真っすぐに仏法を語り抜いた。いかなる迫害にもひるまない、確信に満ちた姿は、信仰者の模範と仰がれる▼仏法と出合い、目の前が開けたときの「驚き」。他者に尽くす同志の姿に、充実の人生を知った「感動」。それぞれの“信心の原点”を、胸に輝かせ、さあ、生き生きと友との対話に歩こう。(値)

◆〈寸鉄〉 2017年11月16日
 

 「南無妙法蓮華経は自行
 化他に亘るなり」御書。
 その祈りは必ず友に通ず
      ◇
 熊本支部結成の日。皆様
 の前進こそ希望の光。新
 たな広布の坂を上りゆけ
      ◇
 悩む子供にとって休める
 場所が何よりの力―識者
 家庭こそ最大の教育環境
      ◇
 温暖化めぐる国連会議で
 「自治体レベルの対策重
 要」と。行動の積み重ねを
      ◇
 社会保障策を最優先に―
 世論調査。公明の出番だ。
 確かな実行力で応えよ!
 
◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十四 2017年11月16日 (6225)
 


 「私は一人で立つ」「自分の足で、敢然と」(注)とは、カナダの画家で作家のエミリー・カーの心意気である。
 信心を始めたテルコ・イズミヤは、たった一人から活動を開始した。日本から送られてくる「聖教新聞」を頼りに、知り合った人たちを訪ねては仏法対話した。
 会合などには、国境を越えて、アメリカのバファローやニューヨークへ、長距離バスや飛行機で通わねばならなかった。
 夫は、彼女の信心のよき理解者であり、よく車で送迎してくれた。しかし、自分は信心をしようとはしなかった。
 夫のヒロシ・イズミヤは、一九二八年(昭和三年)、カナダのバンクーバー島に生まれた。彼の父は和歌山県からカナダに渡り、一家は漁で暮らしを立ててきた。
 四一年(同十六年)、太平洋戦争が始まると、イギリス連邦のカナダにとって、日本は敵国となった。翌年、日系人は、ロッキー山中の収容所に入れられた。厳冬の季節になると、零下二〇度を下回った。
 カナダに忠誠を尽くすために、軍隊に志願する青年もいた。それを「裏切り」として非難する人もいた。日系人同士がいがみ合い、心までもが引き裂かれていった。
 戦争が終わった。しかし、帰るべき家はなかった。日系人は、日本に帰るか、東部に移住するか、選択を迫られた。
 ヒロシの父は既に七十歳を超えており、「死ぬ時は日本で」との思いがあった。一家は、父の故郷の和歌山県へ帰った。
 やがてヒロシは、東京に出た。大学進学を決意し、進駐軍の基地にある店で働きながら勉強に励んだ。不慣れな日本語の習得にも努力を重ね、慶応大学の経済学部に進むことができた。卒業後、外資系の銀行に勤めるが、カナダへ帰って日本との懸け橋になりたいとの思いが募り始めた。彼は、トロントに出張所のある日本の商社に勤務した。
 戦争で苦しんだ人には、平和のために生き抜く使命がある。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ケイト・ブレイド著『野に棲む魂の画家 エミリー・カー』上野眞枝訳、春秋社

【先生のメッセージ】

◆〈池田先生と共に 新時代を進む〉22  世界の友と人間革命の更新

 全国、全世界の同志と共に、晴れ晴れと創立の日を迎えることができ、これほどうれしいことはない。
 栄光の未来を開く宝友の幸福勝利と無事安穏、そしてSGIの大発展を祈って、広宣流布大誓堂で勤行・唱題した(13日)。
 総本部も一段と整い、人間主義の言論城「世界聖教会館」の建設も進む。尊き同志を迎える「総合案内センター」「創価宝光会館」も来年着工の運びとなった。
 創価の宝城は千客万来の賑わいである。「太陽の仏法」は、いよいよ赫々と人類を照らしている。
 「うれしきかな末法流布に生まれあへる我等」(御書1439ページ)
 御本仏の仰せを胸に、喜び勇んで出発しよう!
                                                                       ― ◇ ―
 大誓堂の北側広場に「人間革命の歌」の碑がある。
 1976年(昭和51年)の年末に除幕された懐かしい歌碑である。この碑の前で、寒風に胸張る創価班、厳護の誇りの牙城会、清々しき花の白蓮グループの友らと記念の写真に納まったことも思い起こされる。
 青年こそ、地涌の光だ。
 我らみは地涌の誉れありと、皆で高らかに歌った。
 「地より涌きたる 我なれば 我なれば この世で果たさん 使命あり」
 碑の歌詞の最後に、私は刻み留めた。
 「恩師戸田城聖先生に捧ぐ 弟子 池田大作」と。
 この師弟共戦譜を継ぐ人間革命の行進が、幾百千万と世界に輝いている。
                                                 ― ◇ ―
 秋季研修会で来日したSGIのリーダーが、埼玉の友と33会場で感動の交流を繰り広げた。交歓会には、多くの友人の方々も参加され、有意義な対話の花また花が咲き薫ったと伺った。
 愛する埼玉といえば、恩師の命を受け、1951年(昭和26年)の9月から足かけ3年、志木市部の川越地区の御書講義など、各地へ走った日々が蘇る。
 草創の父母たちと共に学んだ一節に「後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して」(法華経601ページ)とある。
 当時、村あげての圧迫にも、勇敢に誠実に信心を貫く友に、私は申し上げた。
 ――必ず素晴らしい世界広布の時代が来る。その時を目指して、励まし合い、断じて退転せずに走り抜こう、と。
 今まさに、その時が来た。
 「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書1361ページ)
 生き生きと、自信満々と大仏法を語りゆこう!
 皆、健康で、絶対無事故の一日一日を!

【聖教ニュース】

◆ イギリスで戸田研究所が国際会議  ノルウェー、ニュージーランドなどの機関と主催
欧米の政府関係者、学識者が安全保障と核軍縮巡り議論

戸田研究所などが主催した国際会議。数百年の歴史を持つ英国王立協会のある建物で行われた(ロンドン市内で)
戸田研究所などが主催した国際会議。数百年の歴史を持つ英国王立協会のある建物で行われた(ロンドン市内で)

 戸田記念国際平和研究所(創立者=池田大作先生)が、ノルウェー国際問題研究所、ニュージーランドのオタゴ大学国立平和紛争研究所、英国紛争研究学会と共に主催する国際会議「協調的安全保障――核軍縮と軍備管理の再検討」が9、10の両日、イギリス・ロンドンで開催された。
 第2代会長・戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器を“絶対悪”であると糾弾して60年。本年は国連で画期的な「核兵器禁止条約」が採択され、核兵器の非人道性が叫ばれる一方、核兵器による威嚇や拡散の危機は喫緊の課題となっている。
 こうした世界情勢を踏まえ、今回の会議は行われた。
 会議には欧米9カ国の政府関係者、研究機関の代表をはじめ、核軍縮に取り組む学者・識者が参加した。
 初日の第1セッションは、「国際安全保障の現状――協調的安全保障への展望」がテーマに。多くの国が制裁や武力行使といった威圧的な外交を前提としている現在の国際情勢において、対話や協力を通じた相互の信頼に基づく協調的安全保障の現状と展望について議論した。
 続く第2セッションは、「核軍備管理と軍縮」を巡って。軍縮の取り組みが直面している課題と、協調的安全保障の視点がもたらす効果が語り合われた。
 2日目の第3セッションは「核兵器禁止条約とNPT(核拡散防止条約)」が焦点に。
 核兵器保有国や依存国などが将来的に核兵器禁止条約に署名する可能性や、禁止条約とNPTの双方のアプローチが補完し合う点などについて活発に論じ合った。
 戸田研究所のケビン・クレメンツ所長は、世界の英知を結集し、国際社会に平和と安定を生み出す連帯を広げていきたいと語った。

◆ 北海道・戸田記念墓地公園が開園40周年 石狩市から池田先生に感謝状
長年にわたる地域振興たたえ


石狩市の田岡市長(左から4人目)と原田会長が、池田先生への感謝状を手に(札幌市内で)
石狩市の田岡市長(左から4人目)と原田会長が、池田先生への感謝状を手に(札幌市内で)

 北海道・石狩市から池田先生に感謝状が贈られた。
 同市厚田区にある戸田記念墓地公園の開園40周年に当たり、同墓地公園が長年にわたって地域の振興に尽くしてきたことに対し、その創設者である池田先生をたたえたものである。
 同墓地公園の開園は1977年(昭和52年)10月2日。開園式で池田先生は、恩師・戸田城聖先生の故郷・厚田の発展を願いつつ、北海道の友に呼び掛けた。「生命と生命の触れ合いを通して、麗しい理想的な人間共和の世界を築いていただきたい」と。
 同墓地公園内は、墓参のほか、自由に見学・散策することもでき、来園者は年間約45万人を数える。本年5月には累計1000万人を超えた。
 また、桜の景勝地としても多くの人々から愛されており、満開の桜花に包まれる毎年5月の「厚田さくらまつり」には、道内外から名士が集う。
 感謝状の授与は15日午後、開園40周年の祝賀会(札幌市内)の席上、行われた。
 これには原田会長、忍田墓苑公益事業代表理事が、北海道知事室の平野正明室長、石狩市の田岡克介市長ら多数の来賓と出席。
 日下北海道長のあいさつの後、原田会長は40年の歩みを振り返りながら、「恩師の故郷を宣揚したい」との池田先生の思いをわが思いとして、献身的に墓園を支え続ける北海道の人々の真心に深い感謝を述べた。
 田岡市長は、旧・厚田村をはじめとした石狩市内の豊かな自然と歴史、そして精神文化を世界に発信していく上で、戸田記念墓地公園が大きな役割を果たしてきたことに言及。戸田墓園は、時代とともに受け継がれた厚田の精神風土を表現するものであり、今日、霞立つ春容は、厚田に活気とにぎわいを誘起するなど、個性ある地域形成に深い関わりを有するものであると語った。
 平野道知事室長は、高橋はるみ道知事の祝辞を代読した。
 祝賀会に先立ち、原田会長は同日午前、石狩市役所を表敬。田岡市長に池田先生からの謝意を伝えた。

◆小説「新・人間革命」第29巻 きょう発売   「常楽」「力走」「清新」「源流」の章を収録 


 池田先生の小説『新・人間革命』の第29巻(写真)が、11・18「創価学会創立記念日」を祝賀して、きょう発売された。
 本巻には、「常楽」「力走」「清新」「源流」の4章を収録。宗門の若手僧らによる理不尽な学会攻撃が続く中、同志の激励に奔走するとともに、世界に平和・文化・教育の対話の道を開こうとする山本伸一の奮闘が描かれている。
 1978年(昭和53年)10月10日、伸一はハーバード大学名誉教授のガルブレイス博士と対談。心通う率直な語らいの中で、友情の絆を結ぶ。また、諸行事の合間を縫って、新婦人部歌「母の曲」をはじめ、茨城、埼玉、東京・世田谷、新潟、栃木と、次々と歌を作詞し、贈る。
 11月18日には、学会創立48周年記念の本部幹部会に出席。翌年が「七つの鐘」の総仕上げの年に当たることに触れ、80年から2000年まで、5年単位で21世紀への前進の節を刻んでいこうと未来展望を語る。
 また、三重県名張市や高知県土佐清水市の高知研修道場と、これまで訪問できなかった地域へ赴き、一人でも多くの同志を励ましたいと力走する。
 79年(同54年)、「人材育成の年」が開幕すると、厳寒の中、東北の宮城、岩手、青森を回り渾身の激励行を続ける。
 さらに、オックスフォード大学のウィルソン教授と対談し、宗教が担うべき使命などについて語り合う。
 2月3日、伸一を団長とする創価学会訪印団が鹿児島空港からインドへ出発。デリー大学の訪問、同国のデサイ首相との会見など、過密なスケジュールの中で全インドから集った約40人のメンバーと懇談。“ガンジスの流れも、一滴の水から始まるように、皆がインド広布の大河の一滴に”と、21世紀への広宣流布の源流を開く励ましに全精魂を注ぐ。
 本社刊。1337円(税込み)。全国の書店できょうから発売。SOKAオンラインストアでも注文、購入できます。
 ※電話・FAXで注文の場合は代金引換のみとなります。
 また、コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「ローチケHMV」での注文、受け取りも可能です。 

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈座談会 師弟誓願の大行進〉1 大誓堂完成5周年の明年「11・18」へ 弘教・拡大で輝く「栄光の歴史」を  世界広布の新たな扉は開いた!
創価の黄金時代に轟く勝ち鬨      日々、「新・人間革命」と共に前進

創価学会の活動を「身近な地域を足場にしながらも、世界へと思いをめぐらす。ローカルな軸足を持ちながらも、世界市民として発想し、行動」と評価する識者も(昨年、岐阜での地域部の大会)
「師の心のままに、今こそ学会の永遠性の確立を」と誓う(学会本部別館で)

 志賀 私たちが目標としてきた、「2018年11月18日」広宣流布大誓堂完成5周年への“黄金の1年”のスタートです。

 長谷川 この「紙上座談会」も、「師弟誓願の大行進」とタイトルを改め、清新な決意で出発を切っていきましょう。

 志賀 昨年、池田先生は、「広宣流布大誓堂の完成から5周年となる2018年の11月18日を、われら創価家族の前進の目標と定め、いよいよの『大法弘通』へ、いよいよの『慈折広宣流布』の山を、歓喜踊躍して登りゆこう!」と呼び掛けられました。

 伊藤 さらに、「私と一緒に、世界の同志と一緒に、一人一人が地涌の友を拡大しながら、『師弟の凱歌』を、強く賢く朗らかに、末法万年尽未来際まで轟かせゆくこと」を約し合おうとも述べられています。

 原田 先生の指針のまま、私たちは、「師弟誓願の大行進」をさらに力強く展開していきたい。
 先日の本部幹部会では、明年のテーマが、「世界広布新時代 栄光の年」と発表されました。3・16「広宣流布記念の日」60周年の佳節であり、池田先生による小説『新・人間革命』の執筆開始から25周年となる明年、一人一人が「師弟の栄光の歴史」を築いてまいりましょう。

 竹岡 青年部としても明年、「3・16」60周年を記念して、「世界青年部総会」を盛大に開催することが決定しました。拡大の結果をもって、この日を迎えてまいります。

 原田 思い返せば、1968年(昭和43年)も、学会は「栄光の年」とのテーマで前進しました。この年、先生は、創価学園の第1回入学式を開催。また、「日中国交正常化提言」を発表されました。

 長谷川 それから50年。先生の数々のご構想は見事に結実しています。そして先生は、“今再び、新たな50年へ、学会と全同志の栄光の未来のため、道を開こう”と述べられました。

 原田 「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書903ページ)との御聖訓を心肝に染めながら、私たちは一層、若々しく、勇気凜々と、仲の良い前進を続けていきたい。
 そして、「弘教を実らせることほど、すばらしい人生の栄光はありません。慈悲と友情の究極です」との指針を胸に、勢いを増して、折伏・弘教に取り組んでいきたい。

厳粛に会憲署名式

 竹岡 この時に当たり、10日、広宣流布大誓堂の三代会長記念会議場で、世界70カ国・地域280人の広布のリーダーが集い、「創価学会会憲」の署名式が厳かに行われました。

 原田 日蓮大聖人の御遺命の通り、広宣流布を進める世界教団として、さらなる飛翔を遂げるため、また池田先生が築かれた世界に広がる学会を、未来永遠に継承していくため、本年9月、「創価学会会憲」を制定しました。

 長谷川 「会憲」は、創価学会の根本規範であり、世界教団である学会の統一的なルールを明文化したものです。具体的には、三代会長の指導・精神を根幹とし、それを正しく継承して、発展させていくための根本的な規範が記されています。

 原田 三代会長の死身弘法の闘争こそ、学会の永遠の規範です。世界広布に向け、この師弟に生き抜くことが、私たちの誓願です。

 永石 署名式では、参加者が署名を終えると、皆が立ち上がり、拍手が鳴りやみませんでした。池田門下の弟子としての、世界広布への誓いと歓喜にあふれた麗しい光景でした。

 長谷川 署名式に先立ち、会憲に定められた、教師・准教師の任命式も行われ、世界広布新時代の歴史的な扉が大きく開かれたのです。

 原田 時を同じくして、バチカンで開催された、核兵器のない世界への展望を巡る国際会議に、ローマ教皇庁の招へいを受け、SGIの代表が出席。世界宗教へ飛翔し、人類的視野で平和運動を力強く進める私たちにとって、象徴的な出来事となりました。また、池田博正SGI副会長が、ローマ教皇と謁見しました。

 伊藤 前日の9日には、中国の湖北大学で、池田先生の、教育貢献と日中友好への傑出した功労をたたえて、「名誉教授」称号の授与式が挙行されました。「11・18」を前に、これもうれしいニュースでした。

 原田 先生は、本部幹部会へのメッセージの中で、小説『新・人間革命』第30巻の第4章「暁鐘」に続き、第5章となる「勝ち鬨」の連載を、来月から始められることを発表されました。いよいよ、これからが、「人間革命」と「立正安国」の栄光の勝ち鬨を轟かせゆく黄金時代です。

 永石 「勝ち鬨」の章では、1981年(同56年)の秋から続く、関西、四国、九州、そして翌年の雪の東北など、各地の同志の皆さんとの共戦譜がつづられる予定だと伺いました。毎日の先生からの“お手紙”ともいえる『新・人間革命』と共に歩めることに、感謝と喜びでいっぱいです。

二つの新施設建設

 伊藤 さらに、うれしいことに、2020年の学会創立90周年を記念する事業として、新たに二つの施設が、総本部に建設されることが発表されました。

 志賀 すでに、19年の「11・18」を目指し、「世界聖教会館」の建設が進んでいますが、それに加え、二つの施設が建設されることになりましたね。

 永石 まずは、「創価学会 総合案内センター」です。これは、JR信濃町駅から出てすぐの場所に建設される地上4階建ての建物です。
 伊藤 会員や友人の皆さまに、周辺施設の案内を行い、休憩もできるスペースですね。明年の5月に着工し、19年の11月に開館予定だと聞きました。
 竹岡 さらに、現在の「接遇センター」に代わる建物として、日本、そして世界の同志を迎え入れるための「創価宝光会館」も建設されます。
 永石 今、「常楽園」などがある場所に建てられ、地上3階、地下1階の施設になると伺いました。20年5月の開館が楽しみです。

 原田 かつて、池田先生は言われました。「皆さんが堂々と、友人を創価学会へ招けるように。『創価学会を見よ!』と胸を張って歩んでいけるように――これが私の思いである」と。ますます発展を遂げる総本部の建設の槌音とともに、私たちは、勝利と栄光の人生を歩んでまいりたい。

 長谷川 今回の本部幹部会には、“同心”の姿で、広布へ前進する世界70カ国・地域の求道の友の代表が集い、明るく晴れ晴れと、創立の月を祝賀することができました。これほど喜ばしいことはありません。
 永石 この本部幹部会の中継行事の席上、各地の会館では、「広宣貢献賞」や、「SGI平和友好賞」「聖教文化賞」「地域貢献賞」「守る会栄誉賞」などの各賞が授与されます。
 原田 広布の道を一筋に歩み、多くの信頼と称賛が寄せられる方々への表彰です。感謝の喝采と大拍手を送りながら、共々に、広布誓願の道を進みゆくことを約し合っていきましょう。

学園創立「50周年」

 志賀 一方、創価学園が、この11月18日で、創立から50年を迎えます。

 長谷川 この50年で、東京、関西の小・中学、高校、札幌の幼稚園の卒業生は、合わせると3万人を超えています。

 原田 約400人の博士号取得者をはじめ、法曹、経済、医学、教育、芸術など、社会のあらゆる分野で、幾多の人材が活躍する時代となりました。

 永石 本年4月の入学式へのメッセージの中で、池田先生は、「我らの学園は、新たな時代を開幕しました。皆さんは、全員が、この『学園新時代』を照らしゆく旭日であり、真っ先に輝きわたる金星なのであります」と呼び掛けられ、「わが命は、いつも学園に留めてあります。わが心は、瞬時として学園生から離れることはありません」と強調されました。

 竹岡 SOKAチャンネルVODでは、「創立者とともに 学園生と池田先生の絆――負けじ魂ここにあり」とのタイトルで、創立50周年を記念する映像も配信されています。
 原田 創立者である池田先生と、学園生が、ひとたび結んだ「父子の絆」は永遠です。創立50周年の節目が、21世紀の世界に、創価教育の力を存分に示しゆく、新たなスタートとなるよう、皆で応援していこうではありませんか。

◆〈11・18「創価学会創立記念日」特集〉㊤ 平和 インタビュー 国際政治学者 武者小路公秀氏  原水爆禁止宣言 生存の権利訴えた先見  痛みに寄り添う民衆運動に期待


 11・18「創価学会創立記念日」特集㊤のテーマは「平和」。本年は国連で核兵器禁止条約が採択され、軍縮の歴史に大きな一ページが刻まれた。明年「世界人権宣言」70周年を迎える今、世界平和の実現に尽くす創価の民衆運動の意義について、国連大学元副学長で国際政治学者の武者小路公秀氏に話を聞いた。(聞き手=南秀一)

 ――本年7月、核兵器禁止条約が採択されました。創価学会としても、本年は、平和運動の原点である第2代会長・戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」(1957年9月8日)発表から60周年の節目であり、同条約の実現は大きな喜びです。
  
 冷戦の真っただ中にあった60年前に、人類の「生存の権利」に着目した先見にこそ宣言の大きな意義があります。現代に通じる戸田先生の普遍的な指摘は、政治的な計算を含まない、完全に倫理的な立場からの発言でありました。私はその点に深く感動しています。しかし、実は政治的な観点からいっても、倫理的な立場で核兵器廃絶に取り組むことは重要です。
 それ以外の形では、結局は核戦略の問題になり、“どこから減らしていくのか”という軍備規制の対象になってしまうからです。
 また、核兵器を禁止する立場は、核保有国だけに保持を許すNPT(核拡散防止条約)体制に対する、有力な対案といえます。
 今、北朝鮮の核軍備を巡って緊張が高まっています。もし紛争になってしまえば、日本も原子力発電所などへの攻撃により、大変な被害が発生することも考えられます。北朝鮮に核実験をやめさせるためには、他の核保有国に対しても核兵器を廃止することを同時に求めていかなくては、説得力のある論理にならないと私は考えます。
 その上で、現在、行われている北朝鮮への経済制裁については、戦略核部隊の核実験の手段を奪うという効果以外に、食糧など生活物資の輸入を止めて国民の人間らしい生活を不可能にするという側面もあるといわざるをえません。私は、人道的な観点からみれば、核兵器を禁止するための正当な手段とは言い切れないと思います。

核兵器禁止条約の意義

 そうした人道的な観点からいっても、戸田先生の原水爆禁止宣言において重要なのは、人々の生活に根差し、現実の苦しみに寄り添う精神が脈打っていることです。
 1980年代に“核の冬”という研究が報告されました。核爆発で生じた大量の煤煙や塵埃が太陽光線を吸収して、地球が冷却化し、世界中の農業に損害を与える。ゆえに核兵器は被爆者だけの問題ではないと専門家が立証した。それ自体は、その通りの研究成果でありました。しかしそこには、被爆者が経験した「痛み」や、遺された者たちが抱え続ける目に見えない「苦しみ」という視点は感じにくいものでした。
 倫理といっても、抽象的な倫理ではなく、痛みを実感した生身の人間に寄り添う姿勢が最も大切です。戸田先生が人類の「生存の権利」を訴えられ、その後を継いだ池田先生が推進してきた創価の民衆運動の特徴も、人間の現実の「痛み」に同苦する倫理観にあるといえるでしょう。
 核兵器禁止条約の実現においても、交渉会議での被爆者による証言が大きな影響を及ぼしましたが、「被爆者の苦しみ」が中心になったことが大切であると思います。生存の権利という発想からすれば、今回の禁止条約も核兵器にとどまるのではなく、生物・化学兵器や通常兵器も含めて考え直す出発点としていかなければ、本質的な意義をもつ条約にはならないと思います。


反戦出版・反核展示を展開
 
――人の痛みに寄り添うとともに、民衆自身が行動を起こすことも重要であると思います。学会は婦人や青年が主体となって被爆・戦争体験を聞き取って出版したほか、世界各地で“核の脅威展”などの展示運動を実施し、市民の声を世界に届けてきました。
  
 30年、40年以上にわたるそうした学会の皆さんの活動が今、実を結んできているのではないでしょうか。展示や証言集を通し、広島や長崎について、原爆が落ちたという事実だけではなくて、どれほど悲惨な状況になったのかを世界中の人たちに伝えてこられた。
 特に私が重要だと思うのは、展示パネルの内容を専門家ではない一市民が説明し、来場者と対話してきたことです。核兵器の非人道性を、理屈だけでなく、目で見せて、あるいは対話をする中で理解することは、非常に大切なことです。そういった地道な取り組みを、ラテンアメリカやヨーロッパなど世界中の会員が倫理的な運動として支えてこられたという点に、歴史的な意味があると思う。そうした積み重ねが禁止条約の採択を支える土台になったのです。

 ――武者小路さんご自身は、国連大学の副学長として、文明の差異を超えた「対話」に取り組まれてきました。
  
 国連大学はウ・タント(ミャンマーの政治家)国連事務総長が、在任中に設立を提唱したのですが、当時の国連は、大国のはざまで最も無力感に苛まれた時期でした。
 そこでウ・タントが注目したのが、若者でした。1960年代から70年代にかけ、若者たちは中国では紅衛兵になり、アメリカではベトナム反戦運動を展開し、フランスでは五月革命を起こしていた。
 アメリカやヨーロッパ中心の国連をいわば“解体”し、それぞれの文明の良い点を持ち寄って、より平等な新しい世界を築くための国連をつくる――そのためにウ・タントは、それぞれの文明の既成概念にとらわれずに立ち上がった若者を国連大学に呼び入れて、国連を変えていこうとしたのです。
 私の役割はそのためのネットワーク作りであり、国連大学で“世直しのための対話”の重要性を痛感しました。
 学会の皆さんが実践されている対話の運動も、お互いを知るということだけにとどまらず、人類的課題を解決していく“世直しのための市民による対話”といえます。その点に私は注目しています。

明年「世界人権宣言」70周年へ
 

 ――明年は「世界人権宣言」が採択されて70周年です。“世直しのための対話”という話がありましたが、武者小路さんは人権啓発の活動にも取り組んでこられました。
  
 私が反差別の運動に携わっているのは、差別はいけないとか、差別された人が気の毒だからという理由だけではありません。その人たちこそが、世直しの中心になっていくと考えるからです。
 イスラム世界の英知といわれるイブン・ハルドゥーンは、歴史を動かす力として「アサビーヤ」に着目しました。
 アサビーヤとは集団における連帯意識を指します。都市に住んでいる人たちは、分業体制になって仕事をしますが、全体に貢献するという意識が薄い。ところが砂漠に住んでいる民は、社会的分業ができないので、皆が集団のために尽くす。このアサビーヤがある砂漠の民は、いざとなると結束して都市に立ち向かうのです。
 都市の人々は雇い兵に守りを任せているから弱い。こうして新しい王朝ができていく。しかし新しい王朝も2世代、3世代たつと都会生活に慣れ、別のアサビーヤを持った人たちに敗れる。
 ハルドゥーンは、世直しというのは、アサビーヤをもった、最も軽蔑されている人たちがするのだと主張するのです。
  
 ――創価学会も草創の頃、“貧乏人と病人の集まり”と揶揄されましたが、“現実の不幸を幸福に変える力がある”と、むしろ誇りにしてきたという歴史があります。仏法を基調として、平和・文化・教育の連帯を一段と広げていきたいと思います。
  
 日本の国際的な活動において、創価学会は非常に大きな役割を果たしています。
 私が特に啓発を受けるのは、学会の方々がそうした活動を、いわゆる平和運動としてではなく、日々の生活の一環として取り組まれている。信仰を深めながら、市民レベルで運動を支えているという点です。
 私の親友で、フィリピン大学総長を務めたホセ・アブエバと、池田先生は対談集(『マリンロードの曙――共生の世紀を見つめて』=第三文明社刊)を発刊されています。その中で「ノンキリング(不殺生)」について語り合われていることに感銘を受けました。
 アブエバは、国連大学時代の同僚の中で私が最も尊敬していた人物ですが、自分の両親を日本軍に殺されています。子どもたちが“祖父母を殺した日本には絶対に行かない”と言ったことに対しアブエバは、“そういうことを乗り越えるために国連大学に仕事に行くのだから、一緒に来てほしい”と言って、子どもたちを連れて日本に来た。その彼は、和解と不殺生を柱に掲げた大学(カラヤアン大学)をフィリピンに創立しています。
 平和をつくることは大変な作業であり、必ずしも未来が明るいとは限りません。それでも、やらなければならないことがあります。今は、まさに変革の時ではないでしょうか。
 その意味でも、創価学会の民衆運動が果たす役割は大きいと期待しています。

◆〈信仰体験〉 公認会計士として地域・社会に尽くし30年   心に燃える創大魂!


【香川県高松市】  最難関の国家資格の一つに数えられる公認会計士。加藤整さん(63)=瀬戸内支部、副県長=は、高松市内に会計事務所を開設して30年になる。東京の創価高校、創価大学の3期生。地域に根を張り、病を越え、今、息子も同じ道を行く。社会貢献の原動力は、若き日に出あった信仰。そして池田先生への誓いだ。

2017年11月15日 (水)

2017年11月15日(水)の聖教

2017年11月15日(水)の聖教

◆わが友に贈る

楽しいところに
人は集まる。
仲良きところに
福徳は輝きわたる。
和楽の連帯を広げよう!

◆〈名字の言〉 2017年11月15日

 「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」――小説『新・人間革命』の冒頭の一節である▼スペインのリーバス・バシアマドリード市、モンゴルのチョイバルサン市、ニュージーランドのロトルア市などには、先の言葉を刻んだ記念碑が立つ。『新・人間革命』は、今や13言語で翻訳・出版され、海外でも広く読まれている▼小説『人間革命』は、山本伸一が第3代会長に就任する場面で幕を閉じる。その続編である『新・人間革命』は「旭日」の章でスタートした。そこには、赫々と昇り、世界を照らす太陽のごとく、恩師・戸田先生から託された広布の構想を、弟子が実現する意義が込められている▼『新・人間革命』第1巻の「あとがき」には、こうつづられている。「師の偉大な『構想』も、弟子が『実現』していかなければ、すべては幻となってしまう。師の示した『原理』は『応用』『展開』されてこそ価値をもつ」。その言葉通りの行動を、池田先生は貫いてきた▼『新・人間革命』第30巻「勝ち鬨」の章が、来月からスタートすることが発表された。一人一人の人生の「勝ち鬨」へ、日々、師の言葉を心に刻みつつ、新たな挑戦を開始しよう。(芯)

◆〈寸鉄〉 2017年11月15日

 信仰とは無限の向上だ―
 戸田先生。昨日より今日。
 深き祈りから挑戦の一歩
      ◇
 地域部の日。地道に信頼
 と友情を拡大。「其の国の
 仏法」弘める尊き先駆者
      ◇
 会合と個人指導の比率は
 「2対8」を目標に。幹部
 の行動変革で広布は加速
      ◇
 きょう「七五三」。我らの
 激励で皆を平和の指導者
 に。健やかな成長を祈念
      ◇
 自殺未遂者、推計53万と。
 社会に強固な絆を!希望
 の哲学を!信念の対話で

◆社説  きょう「地域部の日」   共生と共栄の連帯拡大担い先駆


 「無縁社会」の言葉が象徴するような、人間関係の希薄化が社会問題となって久しい。特に、高齢者が孤立する背景には、周囲に「迷惑を掛けたくない」との気遣いが働いているというだけに、心が痛む。
 「つながり」が弱まる現代社会の中で、人間的な絆を回復しようと、行政をはじめ多くの人が、さまざまな工夫と挑戦を重ねている。そうした人々と力を合わせ、心通う地域社会の建設を目指し奮闘するのが、きょう「部の日」を迎えた地域部の友である。1987年の11月15日に開催された「第1回地域部総会」が、この日の淵源。日頃から、町会・自治会、商店会、老人会、PTA、民生委員、保護司、消防団、ボランティアなどの要職に就き、地道に活動を続けている。
 福岡県田川市内の自治会で副区長、老人会長として尽力する壮年の話を聞いた。壮年は、定年を機に横浜市から36年ぶりにUターンして約20年になる。地域貢献の中で友人づくりをとの思いで、自治会活動に参加。15年前には、老人会を仲間と共に立ち上げた。当初、15人だった会員は、現在40人近くに。そのうち、1人暮らしの高齢者が15人も増えるなど、こまやかな対応が求められている。壮年自身も今は81歳だが、民生委員を務める妻と共にかくしゃくとして地域住民に尽くす。
 誕生日を迎えた老人会員には、月末に鉢植えの花を届ける。最近の話題や健康への心掛けなどをつづった手作りの“通信”も毎月、家庭を訪問して渡す。台風などで災害の危険が予想される際には、「何かあったらすぐに電話を下さいね」と声を掛ける。その一つ一つには、「特に1人暮らしの方が、寂しい思いをしないように」との願いが込められている。
 こうした献身的な生き方を「いつも尊敬し、信頼しています」と語るのは、自治
会の区長として長年苦楽を共にしてきた壮年。3年前に入会し、今年は教学部初級
試験に合格した。
 全国各地で活動する地域部の友に、かつて池田先生は語った。「広宣流布は地域部が原点。その皆さま方には偉大なる使命と福運がある」と。また、「近隣友好の3つの心がけ」として、「地域の安穏と繁栄を祈ろう!」「礼儀正しく 良識豊かに!」「励まし合い 助け合う連帯を!」と示している。
 師の指針を胸に、共生と共栄の地域建設に先駆する地域部の友に感謝し、ともどもに“幸福拡大”の道を歩んでいきたい。

◆きょうの発心   今の努力が未来を勝ち開く力に2017年11月15日


御文
 過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ(開目抄、231ページ)
通解 過去の因を知りたいと思うなら、その現在の果を見なさい。未来の果を知りたいと思うなら、その現在の因を見なさい。

 厳しい生命の「因果の理法」を記された一節です。創価女子短期大学に進学する時にこの御文を拝し「成長を願い、励ましてくださった同志の皆さまのおかげで今の自分がある」との感謝の思いでいっぱいになると同時に「今の努力が未来を開く」と決意し、徹して学びました。
 卒業直前、池田先生に激励していただく機会があり、「生涯、創価の師弟の道に生き抜こう」と誓いました。不思議にもこの日を境に、幼少期から悩んできたアトピー性皮膚炎が快方に向かいました。
 女子部時代は、千葉県で悔いなく活動に励み、結婚を機に三重県へ。当初は、学会活動と子育ての両立に悩み、家族も病魔に襲われましたが「苦しい時こそ原点に立ち返ろう」と祈り、活動に励む中で境涯を開きました。悩んできたこと自体が「宝」となり、自らの体験を友人にも語っています。
 三重県婦人部には、「今日も元気で」を声高らかに歌いながら、広布の扉を開いてきた師弟共戦の不滅の歴史があります。学会の永遠性を確立する今こそ、「輝く創価の未来を勝ち開こう」と誓いも新たに前進してまいります。
 三重総県婦人部長 稲原香

◆小説『新・人間革命』第30巻 暁鐘の章   六十三 2017年11月15日(6224)
 

 山本伸一がニューヨークを発って、カナダのトロント国際空港に到着したのは、六月二十一日の午後四時過ぎ(現地時間)のことであった。空港では、カナダの理事長であるルー・ヒロシ・イズミヤと、議長で彼の妻であるエリー・テルコ・イズミヤをはじめ、大勢のメンバーが、花束やカナダの国旗を持って一行を出迎えた。
 カナダは、伸一が一九六〇年(昭和三十五年)十月、最初の海外訪問の折にトロントを訪れて以来、二十一年ぶりである。
 思えば、その時、空港で一行を迎えてくれたのは、まだ未入会のテルコ・イズミヤただ一人であった。
 彼女は、この年の三月、日系二世のカナダ人で、商社に勤めるヒロシ・イズミヤと結婚し、四月にカナダへ渡った。
 そして、伸一が到着する日の朝、日本に住んでいる学会員の母親から、エアメールが届いたのだ。そこには、山本会長がカナダを訪れる旨が記され、「ぜひ空港でお迎えしてください」とあった。
 しかし、行くべきかどうか迷った。身重で気分も優れなかったし、“もしも折伏などされたら困る”との思いがあったからだ。それまで、母親から教えられた功徳などの話が、迷信めいた時代遅れなものに思え、信心に抵抗を感じていたのである。でも、行かなければ、母の願いを踏みにじり、親不孝をするような気がして、空港に向かったのだ。
 伸一は、出迎えてくれたことに心から感謝するとともに、家庭の様子などを尋ね、「なぜ、人生にとって信仰が大切か」を述べ、仏法とは、生命の法則であることを語った。
 この一年七カ月後、病気がちであった彼女は、健康になれるならと、自ら信心を始めた。体のことで夫に心配をかけたくなかったし、入会することで、母親を安心させたいとの思いもあった。
 心田に植えられた妙法の種は、時がくれば必ず発芽する。大切なことは、自分に関わる人びとと仏縁を結び、種を植えることだ。

【聖教ニュース】

◆ バチカンで国際会議 SGIが仏教団体として参画 2017年11月15日
国連、各国政府、市民社会の代表らが出席
SGI訪問団 ローマ教皇と謁見


核廃絶を巡る国際会議で発言する池田SGI副会長。SGIは、参加者中唯一の仏教団体として、生命尊厳の立場から核兵器を糾弾し、民衆の連帯で「核兵器のない世界」の実現をと呼び掛けた(11日、バチカン市国で)
核廃絶を巡る国際会議で発言する池田SGI副会長。SGIは、参加者中唯一の仏教団体として、生命尊厳の立場から核兵器を糾弾し、民衆の連帯で「核兵器のない世界」の実現をと呼び掛けた(11日、バチカン市国で)

 核兵器のない世界への展望を巡る国際会議が10、11の両日(現地時間)、ローマ教皇庁・人間開発促進省(仮訳)が主催し、バチカン市国で開かれた。同会議の開催に協力したSGI(創価学会インタナショナル)からは、池田博正SGI副会長ら訪問団が出席した。会議初日には、参加者らがフランシスコ教皇と謁見。SGI副会長が会議の協力団体として招へいを受けた感謝と、池田大作先生からの伝言を伝えると、フランシスコ教皇は笑顔で応じた。また11日には、SGI副会長が「人間精神の変革」をテーマに登壇した。
 バチカン市国は、イタリアの首都ローマの北西部に位置する。総面積は44ヘクタール。世界最小の独立国家である。
 国家元首は、カトリック教会の最高指導者であるローマ教皇。現フランシスコ教皇はアルゼンチン生まれで、2013年、アメリカ大陸出身者としては初めて、第266代の教皇に選出された。「真の力とは奉仕である」との信念で、苦しむ人たちへのまなざしを大切にした行動を続けている。
 本年1月、教皇のリーダーシップのもと、教皇庁にあった12の評議会のうち、「正義と平和評議会」など四つの評議会が統合され、環境、平和、人権、人道等の問題を担当する人間開発促進省(仮訳)が設置された。
大聖堂のクーポラ(ドーム)から、ローマの街並みを望む
                  
 人間開発促進省の設置に関わったシルヴァーノ・トマーシ教皇大使(前国連駐ジュネーブ常任代表)は、2014年にオーストリアのウィーンで開かれた核兵器の非人道性に関する国際会議で、SGIの代表と出会った。以来、核兵器廃絶を目指すSGIの草の根の運動を深く理解し、評価してきた。
 そして今回、同省が主催した国際会議にSGIは唯一の仏教団体として招へいを受けた。SGIのほか、パグウオッシュ会議、米ジョージタウン大学等が協力団体に名を連ね、政府や市民社会の代表、ノーベル平和賞受賞者などが世界各国から集った。
                        ◇
 「この会議に参加している学生と若き専門家に感謝したい。未来の世代に正義と平和のメッセージを伝えるのは、あなたたちです」
 2日間の会議は、人間開発促進省のピーター・タークソン長官による、この言葉で始まった。
 前日(10日)に行われた謁見でのスピーチで、フランシスコ教皇は、核兵器の偶発的な事故の危険性を考慮するならば、その使用の威嚇や保有そのものも責められるべきであると指摘。核兵器に代表される大量破壊兵器は誤った安全保障観をもたらすだけであり、人類の平和的共存は、武器ではなく連帯の倫理によって醸成されねばならないと訴えた。
 また同日午前には、バチカン市国のピエトロ・パロリン国務長官、グラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス氏、国連の中満泉事務次長(軍縮担当上級代表)らが登壇。その後のセッションでは、4人のノーベル平和賞受賞者がスピーチした。
 IAEA(国際原子力機関)前事務局長のモハメド・エルバラダイ氏、地雷禁止を求める活動をけん引したジョディ・ウイリアムズ氏に続き、今年の同賞受賞が決定したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のベアトリス・フィン事務局長は、7月に採択された核兵器禁止条約は、核時代の「終わりの始まり」であると強調。核廃絶への道のりにおいて、信仰心は恐怖に支配された世界に希望を送り、暗闇に光をともす力であると述べた。
 アルゼンチンの人権活動家のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士は、社会的弱者の声を政治に届け、全ての人が平等に自由を享受できる社会の建設をと訴えた。
 会議2日目では、オランダの平和団体「PAX」のスージー・スナイダー氏が「市民社会の役割」をテーマに発表したほか、ノーベル平和賞受賞者のマイレッド・コリガン=マグワイア氏らがスピーチした。
 池田SGI副会長は「平和への道と証言」と題するセッションで、被爆者で日本原水爆被害者団体協議会事務局次長の和田征子氏らに続き発言した。
 その中でSGI副会長は、縁によって変化する生命の可変性に触れ、人間精神の変革とは、生命の善性を顕現させていくことに通ずると主張。核廃絶とは核兵器を容認する”生命の魔性”との戦いであり、核軍縮という困難な課題への挑戦の中で、人間の生命の可能性が開花されるとの見方を示した。
 また、核兵器の人道性をめぐる議論を支えたのは、核問題は倫理的・道義的な問題との視点であり、その意味で、宗教は積極的な役割を果たしてきたと強調。SGIも、「大切なものを守りたい」という感情を共有するという立脚点から、「核兵器なき世界への連帯」展を各国で開催し、誰もが始めることができる「対話」を手段として、市民社会での意識啓発と青年の育成に取り組んできたことを紹介した。
 事実、例えばイタリアSGIの青年部の語らいから生まれた「センツァトミカ(核兵器はいらない)」運動は今、社会に広く浸透している。国際会議の期間中、同運動の展示が、会場内のホールで開かれた。
 全てのプログラムを終えた参加者は、共に展示の鑑賞へ。パネルを1枚ずつ、丹念に見つめながら、会議の熱気のままに、議論を続けていた。
宗教や信条は異なっても、「平和を創る」という一点で協力できる。SGIの対話の取り組みは、一段とその地平を広げ、地道にして最も確かな平和の道を前進している。

◆ SGI訪問団が表敬 ローマ教皇庁、ノーベル平和賞受賞者など 2017年11月15日
 
 
SGI訪問団がタークソン長官(右端)、トマーシ教皇大使(右から2人目)を表敬(9日、ローマ市内で)
SGI訪問団がタークソン長官(右端)、トマーシ教皇大使(右から2人目)を表敬(9日、ローマ市内で)

 会議の開幕に先立つ9日(現地時間)、SGI訪問団は、ローマ教皇庁の人間開発促進省を表敬し、同省のピーター・タークソン長官(枢機卿)、シルヴァーノ・トマーシ教皇大使と会見した。
 冒頭、池田SGI副会長は、会議に招へいされた唯一の仏教団体として、宗教的使命を一段と自覚し、核廃絶の新しい道を開くために尽力したいと強調。会議に寄せた池田先生のメッセージを、タークソン長官に託した。
 同長官は、深刻の度を増す核開発の問題を克服するには対話が必要であり、信仰を持つ人たちが対話促進の役割を担うべきであると語った。
 また同日、一行はノーベル平和賞受賞者のジョディ・ウィリアムズ氏とローマ市内で会見した。氏は2015年、アメリカ創価大学の卒業式で記念講演を行い、“善の力の連帯が世界を変える”と学生に呼び掛けている。
 会見でウィリアムズ氏は、市民の連帯によって対人地雷禁止条約が採択(1997年)され、それがモデルとなってクラスター爆弾禁止条約などが実現した歴史に言及。社会変革は、誰もが参加し得るものであると自覚する重要性を訴えた。
 池田SGI副会長は、地雷廃絶への道を開いた氏の功績は、核兵器のない世界を目指す上で大きな希望になると述べ、人間の持つ善性を信じ、一人でも多くの人の力を結集していきたいと語った。
 なお一行は8日、在バチカン日本国大使館の中村芳夫特命全権大使を、ローマ市内の同大使公邸に表敬。大使からは、日本とバチカンの国交樹立75周年に当たる本年、両国の交流を深めるためにさまざまな行事を開き、今後も予定しているとの話があった。
 SGI副会長は、東京富士美術館で開催中の「遥かなるルネサンス」展でバチカン教皇庁図書館の所蔵品が展示されていることに触れながら、今後も友好促進のために努力したいと語った。
 さらに9日には、国際的な人道支援等に取り組むカトリックの信徒団体である聖エジディオ共同体を表敬。アルベルト・クァットルッチ、チェーザレ・ズッコーニ両事務総長と平和をつくる教育の役割などを巡って意見を交わした。

【特集記事・教学・信仰体験など】

◆〈青春譜――池田先生と綴る未来 創価大学〉第17回 美術部 2017年11月15日
労苦の先に勝利はある


美術部の友が完成させた壁画を鑑賞する創立者・池田先生(2004年12月)。反対側の壁には、創立15周年(1986年)を記念して、当時の美術部員が制作した創大の四季を描いた壁画が
美術部の友が完成させた壁画を鑑賞する創立者・池田先生(2004年12月)。反対側の壁には、創立15周年(1986年)を記念して、当時の美術部員が制作した創大の四季を描いた壁画が

 創価大学が立つ東京・八王子の丹木の丘は、鮮やかな紅葉の季節を迎えた。文化の秋、芸術の秋の到来である。
 キャンパスでは、今年も「創価芸術展――創価一貫教育の光彩」が開幕。現在は各地を巡回している。創大生、創価女子短大生、東西の創価学園生をはじめ、日本・世界の創価幼稚園児から寄せられた絵画や書などの力作が展示されている。
 この“創芸展”に意欲的に出展するのが、伝統光る創大の美術部である。油絵や水彩画、日本画、陶器などの各分野に分かれ、皆で切磋琢磨しながら、技量を磨く。4月の新入生歓迎展や他大学との合同展等の開催のほかに、創大祭の「創価栄光の集い」で使用する横断幕なども手掛けている。
 創部は創大が開学した1971年。高校時代に美術部だった学生が中心となり、創立者・池田先生が示した建学の精神の一つ「新しき大文化建設の揺籃たれ」の一翼を担おうと、入学直後の5月に発足させた。
 部室での石膏デッサン。大学構内でのスケッチ。芸術論や美術論をぶつけ合いながら、懸命に努力を重ねる草創の美術部員たち。それを誰よりも見守り、励まし続けてきたのが、池田先生である。
努力の日々たれ
 「みんな、うまくなったね。去年より数段上達しています」
 73年10月の第3回創大祭。美術部の展示会場に、先生の姿があった。第1回・第2回創大祭の展示にも足を運んでいる。
 「みんな生命が素直できれいだ。そのきれいな生命が絵に表れている」。一つ一つの作品を講評しつつ、「来年が楽しみです」と、さらなる成長に期待を寄せた。
 迎えた翌年。展示会場の隣の部屋では、部員数人が作業に当たっていた。大きな厚手の模造紙を床に広げ、先生を歓迎する看板を準備していたのだ。
 「先生、ようこそ」と書き上げたが、なかなか納得のいく字にならない。やり直して、もう1枚の紙に「先生」と書いたその瞬間、部屋の扉が開いた。立っていたのは先生だった。
 「貸してごらん」。驚くメンバーの中に分け入り、筆を受け取った先生。自ら「ようこそ」と書き加え、その上には「そして美術部の友」と記した。
 思いがけない出来事に喜びが広がる中、先生は作品を丹念に鑑賞し、こう助言した。
 「これには自分の心境が入っていますね」「これはもう一歩、大胆さがほしい」
 激励はさらに続いた。
 「頑張ってね!」「“頑張る”というのは、“頑なを張る”と書く。自分の自信をもったものを、努力を張って、やり抜くんだよ」
 目頭を熱くしながら、部員たちは誓った。“先生の期待に応えられる作品をつくろう!”
 その後も先生は、多忙の合間を縫って、美術部の友と交流を重ねている。
 ある時は、新入生歓迎展へ。夜の訪問だったため、会場に人影はなかった。
 後日、部員が受付にあった感想ノートを開くと、先生の筆致で、こう認められていた。
 「まことに爽やかな絵です。(平均八十五点)
 画伯(未来の)の魂がよく入っています。
 若干の絵には未だ雄渾さがみられないと思います。ともかく力作であることは間違いない」
 またある時は、香峯子夫人と共に「平安の庭」へ。梅を描いていた美術部の女子学生を見つけると、「私も大好きな場所なんだ」と声を掛け、家族や生活の状況にじっと耳を傾けた。
 「いい目をしているね。頑張りなさい。よく覚えておくよ」――彼女は今、創大の教員となり、法科大学院で教壇に立つ。
                     ◇ ◆ ◇ 
 創大の文系校舎A棟の地下には、一面に大壁画が広がっている。先生の提案に応えた美術部の友が、構想から1年以上をかけて、2004年に完成させた労作である。
 「扇面散らし」と呼ばれる技法で、「つつじと蝶」「夜景と金星」など、創大学生歌に歌われる名場面が色彩豊かに描かれている。
 先生は同年12月、この壁画を視察。「素晴らしい。本当に上手だ」とたたえ、制作に尽力したメンバーに感謝を伝えた。
 創部から46年。卒業生からはプロの画家やアニメ制作者、美術の教員など、多彩な人材が使命の舞台に躍り出ている。
 1978年7月、美術部の展示を訪れた先生は語った。
 「学生の絵の中にある労苦を見に来たのです」と。
 人生のキャンバスを彩る勝利の晴れ姿は、労苦の先にある。先生が示した美術部の永遠の指針である。
ご感想をお寄せください news-kikaku@seikyo-np.jp

◆〈信仰体験〉特発性間質性肺炎の夫を支えて 前を向く心に確かな幸せ
闘病を機に夫婦そろって活動へ


【長野県飯田市】今月12日、テーブルに紅白のまんじゅうが並んだ。1年に1度、三浦百合子さん(65)=松尾支部、支部副婦人部長=が用意するものだ。
 この日が、特発性間質性肺炎を患う夫・一男さん=壮年部員=の69回目の誕生日。まんじゅうでささやかに祝い、日常生活を支えてくれる理学療法士や訪問看護師にも感謝を込めて贈る。
 夫の病は、肺胞の壁が厚く、硬くなり、酸素を取り込みにくくなる、厚生労働省の指定難病。鼻へのチューブから酸素を吸入して生活する。  
 夫の起床は早い。本紙がポストに投函される音を楽しみにしている。座談会の日になると、携帯用の酸素ボンベを車に積み、夫婦そろって会場へ向かう。  
 夫の笑顔を見ると、三浦さんの胸には感謝が込み上げる。こうして共に過ごす時間。そして、共に学会活動に励む時間に――。
                     ◇   
 夫が発病したのは42歳の時。医師の診断に動揺はあったが、ステロイド治療が功を奏し、病は影を潜めた。  
 一男さんは創価学会には入会していたが、「俺には俺の信念がある」と、活動していなかった。「一家和楽」が三浦さんの目標だった。  
 頑とした態度の夫を見るにつけ、半ば諦めの思いにも駆られた。だが、地区婦人部長として活動に励みつつ“いつかは夫と一緒に”と信じる心を手放しはしなかった。  
 そんな歳月を重ねていた2008年(平成20年)、夫を再び病魔が襲う。呼吸がしづらくなり、入退院を繰り返した。医師は「長くとも5年の命」と。12年末にはさらに悪化し、酸素吸入が必要な体に。  
 “新しい年を一緒に迎えられないかも”。今までにない不安が三浦さんを襲う。“ここで退いてはいけない!”と腹を決めた。唱題と御書拝読の目標を定め、挑戦を始める。祈りが深まるほど、夫に明るく振る舞えた。  
 13年、在宅での酸素療法が始まる。夫は肺機能が低下し、起き上がれない日もあった。  
 三浦さんから話を聞いた壮年部員が週末に訪れるように。その励ましと真心に接し、一男さんの心に変化が。
ベッドで題目を唱え始め、聖教新聞にも目を通すようになった。  
 理学療法士と訪問看護師に支えられ、懸命にリハビリにも励んだ。14年には、ゆっくりと歩けるまでになった。同年4月、初めて座談会へ。  
 「闘病する姿が、誰かの励みになれば」。いつしか、夫が前向きな発言をするようになった。  
 昨年秋、様子を間近で見ていた理学療法士から依頼され、「日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会」で一男さんの症例が紹介された。そこでは一男さんの言葉にも触れられた。「病気になることが、人生の敗北につながるわけではない」と。  
 今年、一男さんは長野壮年部の「創価信濃大学校」の一員に。小説『新・人間革命』を研さんする。感想を語る際、池田先生の次の言葉を紹介した。  
 〈人間の真価は、最も大変な苦しい時に、どう生きたかによって決まります。さらに、勇気の人、希望の人がいれば、周囲の人も元気が出てきます〉  
 三浦さんは会館まで夫を送り、会合中は読書をして待つ。病に落涙していた夫が今、生き生きと学会活動に励む。その姿に幸せをかみ締める。
                       ◇   
 今月12日の座談会。参加者が近況や決意を順番に語った。信心への感謝の気持ちを三浦さんが話した後、隣の夫が思いを口にした。  
 「病院では64歳までの命と言われましたが、今日、69歳の誕生日を迎えられました! 
教学試験で勉強した『更賜寿命』で、これからも生き抜きます」
 祝福の拍手に包まれた。  
 三浦さんは、「御書の『病によりて道心はをこり候なり』(1480ページ)を実感しました。次は、夫と一緒に折伏をして、周りの人を幸せにしていきたい」と。  
 闘病は夫にとっても、妻にとっても、信心を深める機会になった。苦難を幸せへの糧にしながら、二人して年を重ねていく。

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